55日(518日)

 

第一次連立政府(第二次臨時政府)が、ペトログラード・ソビエトの正式な入閣によってこの日発足した。主要な閣僚は次のとおりだった。

首相兼内相リボフ、陸海相ケレンスキー、外相テレシチェンコ、運輸相ネクラーソフ、商工相コノヴァーロフ、蔵相シンガリョーフ、農相チェルノフ、郵便電信相ツェレテリ、労相スコベレフ。ケレンスキー、チェルノフ、ツェレテリ、スコベレフの4名はペトログラード・ソビエト副議長だった。彼らもふくめて「社会主義者」の閣僚が6名。9名がブルジョア自由主義者だった。

ミリューコフを悪党に仕立てて犠牲にしたうえで、自由主義者と「社会主義者」の妥協は成立したのである。それは他の協商諸国にとって、ロシアを戦争の軛にしばりつけるただ1つの可能な政府形態だった。

ソビエト総会はこの閣僚の人選を約100票の反対で承認した。同じソビエト総会で、前日帰国したばかりのトロツキーは演説を行った。

「わたくしは、いまここでおこなわれている多くのことに反対であることを隠すことができない。この政府への参加は危険だと、わたくしは考える。連合政治は、現存の二重権力からわれわれを救わないで、ただこの二重権力を政府そのものにもちこむだけである」「革命は連合政府によって滅びはしないだろう。だがわれわれは3つの戒めを忘れてはならない。ブルジョアジーを信用するな、われわれ自身の指導者を統制せよ。そしてわれわれ自身の革命的な力を頼りにせよ」。

そして、トロツキーは、全権力をソビエトへ移すべきことを訴え、「世界革命への序曲、ロシア革命万歳!」と結んで演説を終えた。それは、トロツキーとボルシェビキの実践的一致を明らかにしていた。