四*浮上矛盾ノスタルジア

170617たときみタイトル2*ひどいゆめ

「こないだはゴメンね、なんでも打ち明けられるともだちって、トワしかいないからっ」
 あれ、こんなこと、まえにあったっけ。
 それで、服を買いに……、ううん、ちがうな、クロックムッシュを食べにいったんだ。
 ――見て分かるだろ、また、持ってくるからさ、もうやめろよ。
 よかった、トワ、わらってる。トワの笑顔、とってもきれい。
 あしたもまた、あえるよね。笑顔の記憶、もっともっとつくれるよね。
 ――もうやめろよ、イチル……。
 え。
 ――うそつき。
「トワ」
 ――うそつき! ……っ。
「トワ、どうしたの、くるしいの? 胸が、いたいの?」
 ――変だ。まるでココロが、ふたつになってしまったみたいだ。……だれだ、オマエはだれだ、出ていけ、ボクのなかから出ていけッ!
「……あらがえば、その苦しみが続くだけ。ぼくとあなたのココロは、おなじ破壊の色に染まってる。だいじょうぶだよ、とわ。ぼくがあなたを愛してあげるから。心の底から、愛しすぎてくるしくて死んでしまってもいいほどに、」
 ――……ふっ、ふふふ、あははははっ。
「……とわ?」
 ――お姫さまが王子であるボクを愛するのはとうぜんのことだろ、そう言うならさっさとくるしんで死んじまえよ。
「……そんな、」
 ――愛してあげるだって? 笑わせるな、オマエこそただ愛されたいだけのくせに……!
「やめて……、やめてよっ。とわ、いつものやさしいとわにもどってよっ!」

 と、少年の後ろから、すっと白くて細い腕が伸び、その体を抱いた。薄衣のドレス、腰まで伸びる長い髪。
 いたずらっぽい瞳。

「可哀相に。こんなにくるしい思いをさせられて」
「……マナ、」
「気付いているんでしょう? 王子さまをこんなふうにしてしまったのはあなたなのよ、イチル」
「でもぼくは、ぼくはっ、」
「なんでも打ち明けられる、ですって? おかしいわ。何故ならあなたはトワに隠してる」
「……マナ、いやだよ。そんなふうに笑ったりしないでよ、トワをかえしてよ」
「こんなことをしておいて、まだ何かを欲しがる気なの? 本当にズルイ子ね」
 いやだ。いや。いや。いや。いや、いや、いや……

「いやっ!」
 イチルは声を上げて飛び起きた。とたんに冷えた両肩に大きくてあたたかな手が乗り、少女の上体を支え、それから軽く揺すった。
「お嬢さま、落ち着いてください」
 トワと同じプラチナブロンド。シルバーグレイのやさしい瞳。
「……由良。由良? 由良あっ!」
 イチルは青年の腕をたぐり寄せるようにしてしがみつき、まるで母親にそうするように、両手を伸ばしてぎゅっと抱きついた。由良はけっして拒むことはせず、少女を受け入れる。
「お帰りなさいませ、お嬢さま。これまでの働き、お疲れ様でした」
「これで、ぼくはお父さんに褒めてもらえるよね? 認めてもらえるよね? あいして、もらえるよね?」
「ええ。燐様もきっと、お喜びになっているはずです。ほら、まだ起きてはいけません、横になって」
 いまひとつ状況が飲み込めない。とりあえず青年の手を借りて、素直に仰向けになる。僅かな違和感に目をやると、左手は点滴に繋がれていた。
 ぴっ。ぴっ。ぴっ……。そして規則的に続くデジタル音に思わず青年と逆のほうに顔を向けると、ブルーのモニターに自分のバイタルサインが表示されているのがわかった。いつのまにかライトグリーンの入院着に着替えさせられていて、羽布団は腰の辺りまでしか掛けられていない。だから肩が冷たかったのだ。
「由良、さむいよ」
 由良は無駄のない動きで立ちあがると、少女の肩までそっと羽布団を着せた。
「うなされておいででした」
「……ゆめ? ぼくはまだ、ゆめをみることができるんだね」
「そのようです」
「ひどいゆめ」記憶はおぼろげだが、少女の身体は恐怖にぶる、と震えた。「でも、これで、よかったんだよね? ぼくは間違っていないよね? そうだよね、由良」
「はい、そうですとも、お嬢様」
「それなのに……どうしてこんなきもちがするんだろう。どうしてこんなに、心が痛いんだろう……」
「いいのです。それで、いいのですよ……」
「さいしょは、お父さんに喜んでもらいたいって、それだけだったの。それなのに、きえないの、けせないの、トワのこと、忘れたくないの。ねえどうして、由良。ぼく、馬鹿だからわからないの。このきもちがなんて名前なのか、わからないの」
「その感情の名は、きっと」
「きっと?」
「……いえ」青年は白い睫毛を伏せ、言葉を切る。点滴スタンドにセットされた透明な薬剤のアンプルに手を伸ばした。「知らなくて良いことだってあるのですよ、お嬢様。さあ、あまり興奮されてはお体に障ります。もう少し眠りましょう」
 ぷしゅ。小さなバルブ状の取っ手が回され、アンプルから伸びる管と点滴のラインが交わった。
 イチルの意識は、ふたたび乾いた砂の海へと、深く深く落ちてゆく。

つづく
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