49*白い屋敷の住人たち

 眩しい。
 まぶたを焼く陽光に不機嫌になりかけ、ついで鼻の奥ではじけるいい匂いにまた、眠りの中へ引き戻されそうになった。摘みとったまま窓辺に散らかされた薄桃の花はしおれてもなお鈴のような丸さを保つ。そしてとなりに身を横たえる人形。タオルケットの白にうずもれるなめらかな頬が、わずかなわずかな金色にとけてしまいそうだ。
 聞こえない。よかった、静かだ。
 ふたたび瞳を閉じようとすると、人形がぱちりと目を開いてくすりと笑った。
「トキは、ほんとに綺麗ね。きらきらの髪、なにが入っているの?」
 くるくる。くるくる。やわらかな指先をトキの白銀の髪の毛に絡め、確かめるようにもてあそんでいる。
 ハ、また馬鹿なこと言いやがる。
 されるがままになりながら、だるそうに窓辺を見た。
「あすこの花を花瓶に生けてやれ。そうしたら教えてやる」
「どうせすぐ枯れちゃうもの、」
「じゃあ教えねえよ」
 今度こそ目を閉じた――とたん、ノックのかわりに騒がしい足音がして、砂の少年が飛び込んできた。
「トキ! うわっ、くるくる! すんごい頭!」
 弾んだ声が寝ぼけた耳に大きく響いた。まだ昼前だというのに。
 砂銀相手に寝たふりを決め込んでも無駄だ。トキは人形の手をはねのけ、しょぼつくまぶたをいっそう細め、無茶苦茶にされた髪をおさえると、ことさら機嫌の悪そうな態度で迎えた。
「なんだ。うるさいぞ」
「そっちこそなんなの、その頭!」
「うるせえって」
「ほら、これ、見てよ!」砂銀の手には魔法屋主催音楽会のビラがひと束ほども握られている。「芸術家のたまごたちを従えて、なんとあのコハクの凱、旋、公、演!」
「あああ、うるせえ!」
 とうとう耳をふさいだ少年に、砂銀は黒と青で刷られた字面を見せびらかすように掲げる。と思うと、それを背伸びしながらその場に盛大に撒き散らした。このためだけに持ってきたのだ。
「優雅な拍手で迎えるのは、この退廃都市の生んだ悪魔、その名はトキ!」
「やめろ馬鹿!」顔のあたりに舞ってきた数枚をかなぐり捨てると、トキは観念したように体を起こした。積みあげた羽根枕にふんぞり返り、苛々と髪を何度も引っ張る。
「望みどおり、ちょっと邪魔してやるからよ、騒ぐなっての」
「邪魔って、」砂銀は目を丸くした。「なに言ってるの、ちゃんと花束持って聴きに行こうよ」
 ハ。無理に押し出したような、神経質な声でトキは笑う。
「なあお前、それはないだろ。くだらない暇つぶしを考えたのは誰だよ」
 ――音楽祭に浮かれるばかなやつらをからかってやろう! あいつらが芸術家を名乗るなら、きみは――
「だからってむきになることないじゃないか」
「お前の方がよっぽどだろ。なにがそんなに楽しい。考えてもみろよ、あいつだってもうガキじゃねえんだぜ」
「また僕をこどもあつかいするんだね」あかるい砂色の瞳が、す、と曇った。「仕返しのつもり? そんな覚めたこと言わないでくれる? ……もういいよ、わかったよ、きみの邪魔はしないよ。でも、コハクに怪我させたりしたら、許さないから」
「なんなんだよ、」
 珍しいことに、やはり砂銀のほうが捨て鉢になっているように感じる。芝居なのか本心なのか、トキにもわからない。だが砂銀が毎度ひらめく突飛な遊びは、おそらく砂銀自身のためではない。
 だから乗ってやったというのに。
「……腹がへった」
 逃げるように寝台を下りようとすると、寝間着の袖をつかまれた。
「ね、どの文字がコハクなの?」人形が黒と青のプログラムを一枚手にして、目を輝かせている。
「んなことは知らなくていい。めしを作れ」
 取りあげ、投げ捨てる間際、思わず目を走らせる。
 コハク。アヲイトウワの子。音が見える少女。
「ねえ」唐突に砂銀が、問い詰めるような調子で言った。
「知っていたんでしょ、コハクがこの街に帰ってきたこと」
「……」
「きみは知ってた」
「なんでだよ」
「だって、見ていたんだもの」
「……ならいいだろ」
「僕はあの子が帰ってくるのを、ずっと、ずっと待っていたんだ。きみがわからないよ、嬉しくないなんて」
 ……。トキは答えない。
 コハク。コハクが帰ってきた、それだけだ。
 これまでと変わらず、しばしば青白い悪夢を見る。ジク、ジクと冷えた鐘の音に侵され、これまでと同じように、早く目を覚まそうともがく。
 だが時折、気がつくとそこは、悪夢のなかではないのだった。

つづく
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