二〇一六年長月廿五日

音楽に技術は必要か,という話を書く.

このネタは実際のところ穏やかではなく, より具体的には若い盛りの例えば大学オケの現役生が深夜2時の飲み会で友人とさんざ稚拙な激論を交わした挙句後で何だか関係が気まずくなる程度の話ではあり,つまりいい歳こいて本気で言い出すと比喩的表現として血を見る.それくらいには難しい話だ,ということは普段音楽と関係ないところにいる人には通じない気がするので最初に書いておく.

あまりに自明なほど,音楽は技術である.にもかかわらず,音楽に技術は必要ではない,と思わせる演奏は存在する.つまり,技術的には割と色々ある.どのパートでも譜面1ページに2度はひやひやする.そして,面白い.いい演奏だった,いいものを聞いた,この曲はこんなに(うん百年残ってるんだから勿論当たり前のように名作なのだけれど)すごかったんだ,そういったことを思わせる,つまり誰もが評価するような本当にいい演奏と同等のことを感じながら終演を迎えることができるような.

そこで,音楽にとって技術とは何かという問いが生まれる.

そりゃ技術は必要ですよ.意思でコントロールできる何かのことを技術と呼ぶので.楽器を構えられる音が出せるちゃんとハイトーンが当たるリズムが出せる見るべきところが見れる言われてない書かれてないことを汲んで全部出来る事故った時に対処できる,楽器がちゃんとメンテできる,テクニックともどもそれを物理的金銭的に維持できる,ステージマナー意識や演奏会を作り上げるモチベーションを持っている,音楽を好きでいられる,演奏会を聴きにくる人を維持できるような社会を作り上げる,それからそれからそれから….

こうして,音楽は技術によって生まれる.それは向上させることもできれば放置して枯らしてしまうこともできる.自らの心から技術に養分を与え続けていれば,それはどんどん伸びてゆく.そして上を見たらきりがないし,そこに何も基準はない.無限に伸び行く摩天楼の先端は到達不能基数だ.そんな時ひとはこんな単純なモデルを考える.上を目指した方がいい演奏ができる,と.

でも,そのモデルはどこまで適用可能なのか.モデルが何かを限界づけてしまってはいないだろうか.何かが見えなくなっていないだろうか.乃至,その何かはそもそも見えるようなものなのだろうか.

もしかしたら,音楽は,けして見えないものなのではないだろうか.

そんなことを考えていた. 

(00:03)

二〇一六年葉月九日

いくら検索しても自分が肯首できる意見がちっとも出てこないのでこんな論点の奴は多分いないのだろうと考えさらにがっくりきたのですが何がアレだと思ったのかを書いておきます.

何が問題かというと本編冒頭五分目までで,だからそこでがっくりと来たにもかかわらずそのまま見続けたのはゴジラが地学映画などではないことを前知識として知っていたからで,残りの部分は(冒頭のがっくり感と無関係に)鑑賞したのですが,まあ理由はわかる.わかるけれどアレだ.アレすぎて「またか」という感じだ.何がアレだったか.

「そんなところで噴火するわけないやろ」

これに尽きます.ナノ秒オーダーで断言していい.理由は後述します.

もちろん,あそこで噴火が示唆される理由は「シン・ゴジラ」がこれまでのゴジラの伝統を敷衍しているからにすぎないのでいいっちゃいいのかもしれませんが,それにしてもだ.初代で海底噴火の可能性が示唆されたのは小笠原諸島で,対して「シン・ゴジラ」の最初のシーンはアクアラインの直上です.それまで何の兆候もなかったのに東京湾の真ん中でいきなり火山が噴火するものか. いやそんな可能性はゼロではないだろ,というのであればそんな可能性よりゴジラが実在する可能性の方がまだ高い.

現在の関東平野は新第三紀より継続する関東造盆運動によって形成された沈降帯に厚く堆積した堆積物の上に広がっています.この堆積物は平野中部で(記憶によれば)たしか数千メートルに達し(関東平野直下の地殻ブロックがそれだけ沈降したことになります)であり,そこに新第三系から完新統に至るまでの堆積物がまるで鍋を埋めるかのように厚く堆積しています.他方,この鍋の端では隆起が卓越しており,三浦半島・房総半島に形成される新第三系からなる山地はこの隆起によるものです.

他方,火山を成立させる条件であるマグマはそれより下,プレート内部にて発生し,それが上部の堆積物を切って噴出することで火山が形成されます.マグマが形成されるエリアは火山フロントと呼ばれる境界により明瞭に区分されており,関東平野においては火山フロントはその縁を縁取るように存在します.フロントに位置するのが日光や赤城山や浅間や箱根,伊豆半島から伊豆諸島のラインで,これよりも関東平野側に第四紀火山は存在しません.例えば筑波山の花崗岩は古いマグマだまり起源という説がありますが,出来たのは関東平野形成よりずっと前の話です.

関東平野の地下構造は相当に精査されているはずですが,そういうところにいきなり火山が出来たとか,出来かけた痕跡があったとかいう地質学的証拠はありません.例えば西ノ島新島や明神礁のように海面近くにまですでに火山体が成長して存在するなら,活動の活発化に伴う本源物質噴出が海水を変色させる現象が起こるので映画冒頭のようなシーンが再現される可能性はありますが,今の場合そうはならないでしょう.だって,そんな火山,東京湾に存在しないもの.

しかし,かりに(現在までの火山学の知見に基づくマグマの発生領域に関する常識を裏切って)関東平野のど真ん中に位置する東京湾内に火山を発生させようとすると,まず今までマグマが発生しそうにないエリアでマグマが発生し,それが数千メートルの堆積物を切って水深10メートルの東京湾に出てこないといけない.

そんなことが実際に起きようものならまず気象庁の地震観測網にこの上ないほど明瞭にひっかかります.ついで東京湾を中心とした地殻変動や熱水噴出が頻発し,その時点で政府はてんてこまいです.最後に地表近くに到達したマグマが地中の水と反応して水蒸気爆発を起こすことでアクアラインを中心とした大噴火が発生し,避難していなければ多分7ケタの死者が出ます.

つまり,火山噴火だというならそれはとてつもなくアホなことが起きてるのだ,という理由がないといけない.前代未聞の物語を支える強度が必要です.大変だ.遺伝子改変で極限環境微生物がごにょごにょな巨大生物どころの騒ぎじゃない.

だから何ががっくりかというと,例えば対ゴジラ迎撃戦においてコンサルしようとしたら防衛省がビビるほどの「リアリティ」を追及するような映画作品において,こと地学に関してはそういうことを考える気がさらさらなさそうだと知れてしまったからです.駄目だよこの程度じゃ.そして冒頭のシーンにおいて誰もその程度のことを考えられないのはいったい何故なのか.あそこに気象庁長官いただろ.言葉を濁してないで言下に否定しろよ.だいたい火山ガーとかゆってるお陰で初動が確実に遅れてるだろ.

今回に限らず「もっと地学を」と感じることはよくありますので,いつか自分が溜飲を下げるような地球科学的描写のある作品を観てみたい.各部描写の精密さによって「シン・ゴジラ」を絶賛する人は多いのですが,地学ファンである自分もそういう絶賛をいつかしてみたいものです.頼みますよ.

(13:08)

二〇一五年卯月十九日

とても眠かった.


二回目の渡道だった.日本国有鉄道という公共企業体が消えてなくなろうという十日ほど前だった.その再建法にてそもそも不要であると断じられたにもかかわらずまだ残されていたいくつかの鉄道路線がこれからどうなるのか,経営を引き継ぐはずの当事者さえ決めかねていた混迷の春だ.毎月発売日に駅前の本屋で時刻表のお知らせ欄を立ち読みすると翌月の死刑執行の予定を知ることができる時期が数年に渡って続いていた.昭和末期とは鉄道ファンにとってそういう時代だった.


夜行を札幌で降り,折り返して乗り継いだ赤い客レの終点で改札を出ると駅前から国鉄バスに乗る.バスは混んでいた.二ヶ月近く前から練っていた予定通りだった.親と,周遊券のための学割を発行する学校との両者が承認できるわずか数日のスケジュールで,一日五本もあれば多いといえる先の見えない鉄路をどれだけ効率的にかつ廉価に「乗りつぶし」できるだろうか.一種のパズルだった.


旅費の問題を持ち出すまでもなく,ユースホステルをはじめどこかに泊まるなんて論外だった.逆に,道内には札幌を起点として釧路網走稚内の三方向に夜行が出ていた.移動と宿がセットになった夜行急行以外に周遊券利用者の選択肢は存在しようがなかった.まず三往復六列車の夜行を両脇に挟んだ全ての組み合わせを列挙する.それぞれについて,両列車を繋ぐ可能な乗り継ぎを全て並べ上げる.そんな乗り継ぎユニットを数泊の旅程内で効率最大になるように組み合わせる.


上手くいく組み合わせを探すのには時間がかかった.国鉄時代の北海道に同じ思いをした人は多いはずだ.乗り継ぎ時間二時間以内なら良しである.さらに,民営化直前の合理化の嵐が追い打ちをかけた.この路線がまだ残っていれば.この列車がまだ走っていれば.夜行を宿として利用するにあたってよく知られている「とんぼ返り」は結果として採用されなかった.前日と似たような旅程になってしまうからだ.あれはむしろ同じ路線に通い詰める撮り鉄がよく利用していた.乗りつぶし目的なら夜行を乗換駅で午前二時に降りて始発まで待つほうが効率的だった.何とか納得できる行動予定を緻密に記すと学割申請書に添えて担任に叩きつけ,年二枚までの制限があった学割を何とかもぎ取ることで,二言目には勉強しろとうるさい親の首を縦に振らせた.予定通り行動したことは現地からの電話や事後の写真等で証明することとなる.乗り鉄の高校生はそれでやっと自らの存在意義を社会に認めてもらえることができた.


当時の自分に,それ以上の何ができたというのだろう.


バスを川向こうで降り,やってきた一日三往復の単行の列車(それは鉄道ファンで混雑していて座れなかった)を途中駅で降りると今度は民営のバスで本線へ舞い戻る.列車では乗り継ぎが不可能な区間をショートカットしてわずかの区間を特急に乗り,三時間前に降りた駅を通り過ぎ,次の駅からこれまた混雑した朱色の気動車の二両目に乗りこんだ.港町の駅で二方向に分割される後ろの車両だ.一週間後,国鉄の終焉に駆け込むかのように廃止になることが決まった路線に陽があるうちに終点まで到着する列車で,そこからすぐ接続の最終の上り急行と夜行を乗り継いで翌日にはまだ知らぬ路線に足を踏み入れ,夜行の連絡船から帰宅することにしていた.廃止直前のこの路線にまた乗ろうと思ったのは,前年夏の初渡道のおり,ずっと続く海岸沿いの風景が印象に残ったからだった.


前回と異なり,列車は混んでいた.進行方向と逆向きの窓側に座れたのがどのあたりだったかあまり覚えていない.北海道向け国鉄気動車特有の小さい二重窓は人いきれに曇って景色もあまり見えず,いや,見えたとしてもそれはほぼ常に一面の雪に埋もれる山野や季節風に雪が風紋を作る無人の海岸だけだったはずだ.疲れていたのだろう.駅ごとに「記念乗車」してくる乗客たち,銀箱をかついだ鉄道ファン,たった一両の(それは冬季の北海道では些か例外だった)列車に普段からこれだけ人が乗っていれば.意識が消える.窓枠のつまみに額をぶつけて目が覚める.内地の車両より一回り小さい内窓はそれを開けるためのつまみが額の延長線上にあった.朝のうち雪だった天気も海岸に出ると晴れていて,冬の早い陽が水平線に反射していた.どこの駅でのことだっただろうか,発車直後に低い振動とともに停車した.除雪された線路のくぼみが吹きだまりとなっていたのだ.風が強いのだ.車両は少し後退し,加速をつけて雪を寄せてゆく.さきほどから時折感じていた鈍い振動は吹きだまりを突破するときのものだったのだ.


腰が浮くような衝撃とともに列車は停止した.目を開ける.駅ではない.視界の限りの雪原の遠くに丘陵地帯が灌木をその白い山肌に象の毛のように生やし,反対側はそのまま海にまで続くはずだ.列車は後退しようとし,すぐがたがたと揺れて停止してしまった.吹きだまりに突っ込んだので動けません,何とか駅から除雪車を呼びますと放送が入る.車両の確認のために運転士が出ていった乗務員扉から乗客たちが勝手に降りてこりゃ駄目だなどと言っている.目覚ましついでに席を立ち,後に続いてみる.スノープラウの前一メートルのところにその型を取ったような雪の壁が山をなしている.車両後部にも同じような雪山が立ちはだかり,完全にスタックしてしまったことが判った.雪原を一直線に貫くくぼみでそれとやっと判る線路のはるか遠くに無人駅らしき構造物が夕日を浴びている.目を凝らすとかすかに見える数名の待ち客はやはりこちらを見ながら何だ吹きだまりかなどと喋っているに違いなかった.暖房のせいで喉が渇いていたから新鮮そうな雪をひとつまみ食べてみる.車内に戻るとディーゼルエンジンの振動にまた眠気がやってきた.


「眠そうですね」と声をかけられる.前の席の大学生は始発駅からずっと窓際の席を確保して外を眺めていたはずだ.今日は急行に乗り継ぎたいんですが,間に合いますかね.上り列車は無理ですねこれは.毎晩夜行ですか.ずっと寝てたでしょ.何回頭をぶつけるか数えてようかと思った.普段からこんなに人が乗ってればよかったのに.混みますよね.やっぱり一両で吹きだまりに突っ込んだら駄目でしょう.普通なら二両編成だもの….そんな会話を交わし,またうとうとしているうちに手前の駅から黄色い除雪モーターカーが到着したようだった.モーターカーに引っ張ってもらって吹きだまりを脱出すると一旦一駅戻り,側線を使って前後を入れ替えた.珍しいハプニングではあったけれど,物見高い鉄道ファンたちがカメラを構えて連結面側の運転台にかぶりついている中に混ざる元気は起きなかった.吹きだまりの場所を難なく突破した頃には陽は落ちて,じきに車窓にはもう何も見えなくなっていた.


陽が暮れた乗り換え駅の待合室でまどろみながら,数時間後の夜行の到着時間を待った.乗り継ぐ予定の上りの最終の急行はとうに出て行った後だった.キヲスクで冷たいパンを買って頬張り,そして区間列車が到着し,下りの最終の急行が出て行った.同席だった大学生がその間どこで何をしていたのかはよく知らない.歩いて行ける範囲でバルブでもしていたかもしれない.夜行の到着に合わせて開いた改札から凍りついたホームに舞い戻ると何ともなしにお互いの姿を認めてまた言葉を交わし,並びで空いた席を見つけると眠くなるまで鉄道談義を交わした.大学生はビールを開け,自分も多少ご相伴で飲んだかもしれない.大学生は早朝の駅で降りて雪深いことで有名なローカル線を狙うのだと言っていた.そこも本当は乗りたい路線ではあった.明日の晩の連絡船で帰らないといけないんです.そりゃ勿体ないなあ.

「ねえねえ,昨日上りの夜行に乗ってたでしょ」

「あ,そうです.もしかして」

「覚えてるよ.ていうか『あ,この人一昨日一緒だった』みたいな人多いでしょ」

「夜は夜行で別な場所に移動して,昼はあちこちに散って,また夜行に収束するみたいなパターンですよね」

「そうそう,そんな感じ」


その時には確か住所も交わした気がするのだけれど,その大学生とはもちろんそれきりだった.彼は有名大学の恐らくは鉄研のメンバーだったのだろうと思う.当時の鉄道界隈を襲った激震の前には片田舎の高校生との夜汽車での会話なんて記憶のかなただろう.自分と同じことを考える鉄道ファンはやはり多かったのだ.そしてだから恐らく,誰もが同じことを考えていたはずだ.じきこんなことは出来なくなる.乗るべき路線も列車も掌からこぼれ落ちる砂粒のように消え去ってゆき,連日夜行から夜行へと遊弋するような鉄道趣味は成立できなくなってゆく.自分が乗るつもりだった路線も彼が乗り継いだはずの路線も今はない.夜行も今はみんな,なくなってしまった.


目が覚めるともう窓の外は明るくて,大学生はもう降りた後だった.高架になる前の札幌駅ビル内に早朝から開いているファストフード店のおしぼりで顔を拭い,ハンバーガーを頬張りながら時刻表を広げた.まだ寝足りない気がした.夜に函館に到着していなければならないはずの今日の予定はまだ立っていなかった.



(10:46)