老いもよし

高齢者問題など社会問題の発言をしたいと思っています

015

 

新聞の投稿欄からです。よく理解できていない問題ですが、大切なことだと思います。

 

「教員採用年齢引き上げ疑問  58

福岡県が教員の大量定年時代を迎え、採用試験の対象年齢を従来の40歳から59 歳へと大幅に引き上げるという。 「教員の人手不足」の深刻さとともに「高等教育の無償化」が憲法改正の論点となる中、それ以前にこの国の義務教育は国民に保障されているのかと不安にかられる。59歳で採用されたとして、定年まで1年。なりふり構わぬ対象年齢の引き上げだ。「他県に流れていた、人材を呼び戻す」とのことだが、他県で一定の経験を積んで職住も安定して、いかほどの教員が家族を抱えて地元に帰郷するだろう。福岡市の場合、第1次の筆記試験では「専門教科」を外し、2次の模擬授業で「人物重視の採用を」という。が、そもそも教師は専門性が大切であり、限られた模擬授業の中で、恣意性を排除して的確な選考ができるのだろうか。 教員不足の解消には、教 師を取り巻く労働環境の改 善が喫緊の課題だ」(20171012日西日本新聞)

 

 

 

「(声 若い世代こう思う)「私の相棒」 20171014日朝日新聞 

  大切にしたい、そして頼りになる相棒とは……。人気ドラマ「相棒」で、いつも「ヒマか?」と現れる角田課長役を演じる俳優・山西惇さんのお話とともに、皆さんから寄せていただいた投稿の一部を紹介します。

 

 ■頑張れる仲間とあの日の「教訓」 中学生 (東京都 15)

私の相棒は、まず、野球部で2年半、バッテリーを組んでくれた捕手の子です。最初は内野手だったのに、できる人がおらず先生から言われて捕手になり、ずっと私のボールを受けてくれました。練習や試合で、配球の意見が食い違ったりしてけんかもしましたが、一緒に乗り切ってきました。高校でも同じ硬式野球部で、また頑張るつもりです。

 もう一つは、2年生の夏の大会でもらったボールです。その試合、先制のヒットを打ったのに走塁ミスで追加点が取れず、外野守備でも一歩目が遅れてフライが捕れずに1点失い、負けてしまいました。ボールに「あせったりするな、あわてたりするな」と書いて、机の上に置いてあります。試合の日は、それを目に焼き付けてから出かけます。

 私の相棒は、切磋琢磨(せっさたくま)できる相手。それと教訓を刻んだものです。(以下略)」

 

相棒がいるというのは幸せなことだと思います。年寄りは失うことの方が多いと思います。

 

010

 

「妻逝って1年寂しさが募る 81

深い悲しみも全て時が解決すると人は言う。けれど、妻が亡くなって1年、残り少ない自分の人生を模索している。 8月のある日、漫画家のばんば三郎さんからお電話を頂いた。面識がないので驚いていると、昨年10月の 「こだま」で君の奥さんヘの惜別の情を読んで感動したと言っていただき、それにちなんだ色紙を書いたとのこと。恐縮しつつ家に伺い、すてきな詩文を頂いた。その人柄に触れ、和み、帰路に就いた。新聞の媒介の力を知らされ、縁とは不思議なものと思った。美しき花の散るごとく逝った持持ある妻の死、私 にはとてもまねできない。いなくなって、妻の存在感の大きさに打ちのめされた。人は皆、どのように悲しみを乗り越えているのだろうか。過ぎ去ったつつましい思い出が消えるどころか、だ

んだん勢いを増してくるの私はなぜだろう。 暮れなずむ残光の中、あなたを思い、無性に寂しい一日です。」(20171012日西日本新聞)

 

老いる覚悟もたやすくないようです。

 

選挙の争点ではないか。

 

「米軍ヘリ不時着『基地持って帰れ』

住民相次ぐ事故に怒り

米軍のCH53E大型輸送ヘリコプターが炎上、大破した沖縄県東村高江の米軍北部訓練場近くでは12日、住民約50人が詰め掛けて抗議の声を張り上げた。「基地があるから、こんなことが起こるんだ」。米軍の車両前に立ちはだかり、県警機動隊員らともみ合いになる場面もあった。(略)

名護市の男性(35)は度重なる米軍機事故に怒りが収まらない様子。「死者が出てからでは遅い。私たちは声を上げ続けなければいけない」と決意を固めていた。 在沖縄米軍トップの事務所があるキャンプ瑞慶覧(北中城村など)の前では、 事故に抗議する集会が聞かれ、「NOBASE」「怒りは限界を超えた」と記したプラカードを掲げて約120人が集結。「欠陥機を飛ばすな」「訓練やめろ」とシュプレヒコールを上げた。(以下略)」(20171013日西日本新聞)

006

 

遠距離介護の体験談です。

 

「オトコの介護パート3 家族来訪、笑顔の花が咲いた

(81)のいる介護老人保健施設(老健)では、共有スペースで他の入所者と言葉を交わす。普段は無表情でも話し掛けると、生き生きとお孫さんの話などをしてくれる。ある土曜の夕方、50代の夫婦が来訪した。着替えらしき物が入ったボリ袋を手に、ある入所者の女性に近づいた。女性は2人に気づいた瞬間、一気に花が開くように笑顔になった。やはり家族が来るの はうれしいのだ。その変化に思わずこちらも笑顔になる。連休中、兄弟3人が老健でたまたま一緒になった。3人とも古里・鹿児島を離れている。よく話をする入所者のK

さんが「良かったなあ、息子さんたちがいっぱい来やって」と父に話し掛けた。脚を悪くしてつえが離せない男性入所者のTさんもにこやかにこちらに目をやり、いつものようにリハビリ用の自転車型器具に向かった。暇を見つけてはペダルをこぐTさんのやる気を父も少しは見習ってほしいんだけど。 近所の散歩に出掛けた。車いすを押す兄(54)に父が「お疲れさん」とかしこまって声を掛ける。誰か分かってますかあ。(以下略)(SF)」(20171012日西日本新聞)

 

兄弟3人で支えていることが素敵です。

 

次のようなサービスも遠距離介護にはあってもいいかもしれませんね。

 

「元気ダネ

超高齢社会に対応するためさまざまな業種が高齢者に対する見守りサービスを提供してします。高齢の家族と離れて暮らす人には心強いサービスで、高齢者の信頼度が高い郵便局も 10月から「郵便局のみまもりサービス」を開始しました。例えば「みまもり訪問サービス」は、郵便局員らが月1回、 高齢者の家を訪ねて30分程度話をし、最大10項目の生活状況を 確認して、その結果を家族らに メールで伝えてくれます。 月1回の訪問では不安を感じる場合は、毎日決まった時間帯に電話で高齢者の体調確認を行い、その結果を家族らヘメールで伝えてくれるサービスもあり ます。緊急時に警備会社が駆け 付けてくれるサービスもオプシ ョンで用意されています。 料金は、みまもり訪問サービ スが月2700円、電話のサービス が同1058(固定電話の場合。 携帯電話は同1274円〉です。)(同前)

 

 

005

 

戦前は天皇制に依存し、戦後はアメリカに依存してきたのではないかと指摘する本を読みました。選挙序盤は自民党・公明党の連立政権が順調に支持を広げているそうです。国民の意識はなかなか変わらないのかもしれません。

 

新聞の投稿欄からです。

 

「国のかたちを示す人に1票  65

突然の解散、民進党の事実上の解党、新党誕生・・・。慌ただしさの中、衆院選が公示されました。安倍首相は「国難突破解散」として憲法9条改正消費税率10%への引き上げと教育の無償化原発の再稼働などを打ち出しました。 の自衛隊9条明記ついては北朝鮮の現実的脅威の中、日本を戦争の矢面に立たせる結果にならないか危惧します。朝鮮戦争で米国が日本の平和憲法を後悔したとの話を想起します。は巨額の財政赤字を放置していいのか。財政再建の道筋をつけず、人気取りのばらまきを続けていては、国際競争力は低下するばかりです。③の原発の危険性は誰もが認識しています。しかし、政府は現実的対応が必要としています。各党の公約が当面の衆院選に勝つためだけの政策では困ります。10年後、20年後の日本という国のかたちをどう描くのか。目先のことに惑わされてはなりません。信念の政治家に、私は投票するつもりです。」(20171011日西日本新聞)

 

災害対策はどうなるのでしょうか。

 

「水の怖さ知る筑後川大水害  69

九州北部の豪雨災害から3カ月が過ぎ、被災された方たちは過酷な日々のことでしょう。私も昭和28年の筑後川大水害で被災し、昔の記憶がよみがえります。当時、情報は少なく、両親の五感で避難した時には、私の口元まで水が来ていました。私は6歳でした。7人家族。両親は幼かった妹と弟を肩車、私は両親と手をつなぎ、少し背が高かった兄と姉は両親の服の裾を握っていました。私の口には水が入り、それを吐き出しながらの避難です。たどり着いたのは京町小学校(福岡県久留米市)講堂。避難した人たちであふれ、途中の惨状に水の怖さを思い知りました。婦人会の炊き出しで食べたおにぎりとたくあん。今までで一番おいしく、私の幼心に人の優しさが胸に響き、忘れられない味となりました。人生には、予期せぬ災害に遭遇することがあります。でも、きっと笑える日が訪れます。希望を持って

頑張ってほしいです。」(同前)

 

001

 

新聞のコラムからです。

 

「気流

暮らしに欠かせなくなったコンビニエンスストア。新しい商品やサービスが次々導入され、大手チエーンが競い合う。弁当や総菜などの品ぞろえも2週間で結構入れ替わる。おでん、豚まん、おせちの予約:・店先で季節を感じることも多い▼加盟店オーナーや店長向けに大手チェーンが年2回開くフェアをのぞいた。秋冬向けの新商品や棚割モデルの紹介が中心。九州・沖縄から集まった約2千人に社長が「高齢者世帯の増加を追い風に、一緒に売り上げを伸ばしましょう」 とハッパを掛ける▼会場には「クルー定着対策」と掲げたコーナーも。24時間営業は労働力確保が課題。外国人留学生のアルバイト抜きでは回らない店もあるが、志願してくる外国人も多い。接客で言葉が上達し、1年通して働けば日本の文化や風習を知ることができるのが理由。納得だ。」(2017107日西日本新聞)

 

コンビニも大変そうですね、歩いて15分以内に4店舗あります。今年1店舗が閉鎖したので5店舗一時期はありました。

 イノシシ対策では福岡市や都市圏の山間部などもイノシシに悩んでいます。わが家なども山を切り開いてのニュータウンなので、山との境目では出没しているという。イノシシは昔から付き合いがあったという随筆が載っていました。

 

「随筆 父の三回忌にイノシシを思う 長嶺超輝

長崎県平戸市の寺の畳の上で、私は置いてけぼりとなっていた。父の三回忌に出るため、東京から長崎の実家ヘ帰ったときのことだ。 法要が無事に終わると、母と父の親友の奥さ んが、住職と「イノシシ出没トーク」で盛り上がっている。話題に付 いていけないのだ。庭に植えていたイモが掘り返されたとか、前を走るクルマが大きなイノシシを撥ね飛ばしたとか、驚きとともに微笑ましくもあった。イノシシの尻尾は、先端がヘラ状につぶれたような形になっているという。それはイノシシに付いて回る山の神が尻尾をつまんでいるためらしい。日本古来からの言い伝えだが、特に九州では、古来イノシシが自然の脅威として畏れられつつも、住民と共存してきた形跡がいくつも残っている。

北九州市小倉南区の大夫坂池では、弥生時代から古墳時代のものとみられるイノシシの 親子をかたどった土製品が発見されている。熊本県の五木村では、山の中でイノシシを 倒すと尻尾を切って遠くヘ投げる風習があっ たという。尻尾を山の神に返還する意味らしい。

また、古い民家の鴨居では、イノシシの下顎の骨をズラリと並べて、猟の成果を誇示していることがある。この骨が百頭分や千頭分集まると、「千匹塚」を建てて供養したらしい。

この千匹塚で現存するものは、全国に62基見 つかっており、そのうち57基が九州にあると いう。それも大分県の国東半島、佐賀県の脊 振山系、熊本県の球磨地方に集中している。しかし、今では猟師も減っているし、再三にわたって作物を荒らされるものだから、耕作が放棄された畑も散見される。忍び返しの仕掛けが付いた柵や簡易的な電気柵など、イノシシを追い払う設備は技術的に完成されているのだが、地方では補助金の予算が付けられない自治体が多く、設備の普及は遅れている。(以下略)」

009

 

福岡市や近郊では、街角の住居表示がローマ字・ハングル・そして中国語などが並記されているところが少なくない。電車などもそうですが、地名だけでなく案内が並記されています。嫌韓・嫌中などと叫ぶ人もいますが、隣国をまず理解したらどうかと思う。

 

「お隣中韓語で もてなせたら  23

特にアジアからの訪日客が増えている。私は職業柄、外国人観光客と接する機会が多い。同時に、中国や韓国の人たちの日本語能力の高さに驚かされる。日本へは旅行でしか来た ことがないというが、簡単なコミュニケーションは何の問題もないレベルなのはすごい。しかし、日本と中国、韓国との長い歴史や言語的類似性、地理的なアクセスの近さを考えると、不思議ではない。むしろ、私は彼らと英語で話していると、非常に違和感を感じる。文化的には 日本語か、もしくは相手の言語かどちらかを使った方がよほど自然なのに、彼らにとって必須ではない英語で会話することに申し訳なささえ覚える。特に中国語を話せたら、

中国人観光客をもてなすのにどれだけ喜ばれるだろうかと、その必要性をひしひしと感じている。私は日英のパイリンガル教育を受けた。英語は堪能だが、最近はスペインとメキシコに縁があり、スペイン語の勉強も始めた。欧州のように、中・高教育の段階で外国の人たちと交流する機会が増え、第2、第3言語を習うことができたらいいなと願う。」(2017109日西日本新聞)

 

「国難」と聞けば元寇を思い出しますが、古色蒼然。

 

「国難と言うが 招いたのは誰  70

安倍首相は「困難突破解散」と名付けました。困難とは一体、何でしょうか。年に1度、815日の「全国戦没者追悼式」で聞く以外にめったに聞かない言葉です。追悼式の様子をテレビで見ながら「国難に殉じ・・・過去を反省し・・・」との言葉を聞くと、胸に迫るものがあります。それだけ国難という言葉には、重みと反省の願いが込められているのです。が、その国難は誰がもたらしたものでしょうか。裏を返せば、時の政権と政治がつくり上げたものではないでしょうか。現状を国難とするなら、誰がそういう状態にしたのかを聞いたい心境です。本当にキャッチフレーズだけは次から次へとよく出てきます。国政とはそんなに軽いものではないはずです。今、真に必要なものは現状を冷静に見詰め、選挙に勝つ大義ではなく過去を反省し、未来を志向する大義ではないでしょうか。」(同前)

 

005

 

何かあれば総理は「岩盤規制」と非難し、特区で逃れてきた。正面から議論するのではなく特区を多用するのは疑惑を招くのではないか。

 

「『岩盤』突破 身内の影

国家戦略特区 首相指導 成果には明暗

カン…カン、ダダダ・。瀬 戸内海に面する愛媛県今治市。9月末、市街地を望む高台では、学校法人「加計学園」(岡山市)が国家戦略特区を活用し、新設を目指す岡山理科大獣医学部の 建設工事音が響いていた。「腹心の友」。首相安倍晋三は、学園理事長の加計孝太郎をそう呼ぶ。先の国会では、特区指定に安倍の意向が働いたのではないかとの疑惑が浮上し、支持率の急低下を招いた。安倍は「(計画が認定された)今年120日に初めて承知した」と国会で答弁し、関与を否定している。 「そんな訳はない。『自分が働き掛けた』と、堂々と 言ってほしい」。保守系会派に属する今治市議の一人は、安倍の説明に納得していない。

大学誘致は、市が1975年に表明した学園都市構想にさかのぼる。開学を歓迎する声は多く、地元のフリーペーパー発行会社社長、井出千尋(64)も「塩漬けの土地がようやく有効活用される」と期待する。市は2007年以来、国の構造改革特区で獣医学部新設を提案し続けたが、認定されなかった。14年までに不認定は計15回に上る。井出は数年前、人を介して加計と会ったことがある。加計は言ったという。「粘り強く頑張りたいね」(以下略)」(2017108日西日本新聞)

 

私が気になっているのは、福岡市の中心部の再開発にあたり、建物の高さ制限が特区として緩和されるという。特区エリア以外は高さ制限が有効になるのだと思う。高さ制限が問題になるのは、飛行場が都心にあるので飛行の障害にならないように、高さ制限があります。緩和できるのであれば、他の地区もまた検討すべきではないか。もちろん、飛行機の離陸・着陸角度もあるので一律規定にはならないでしょうが、特区として認める方式は最小限にすべきだと思う。

006

 

新聞のコラムからです。

 

「花時計

「状態が上向くまで、しばらく待った方がいいで すよ」。研修医の男性(34) は金融関係の会社に勤めていた頃、うつ病になり休職。診察した医師の親身な言葉に力をもらったことで、退職し医学部を目指すことを決めた▼会社員時代は厳しいノルマや暴言だけでなく、スーツを破られたことも。パワハラで心が追い詰められた上に、残業続きで「心が壊れる前に辞めるべきだ」という正常な判断が できない精神状態だったと振り返る。だからこそ産業医になり、働く人の 命と健康を守ることが目標だ▼労働者を守るになるはずの「働き方改 革関連法案」は衆院解散で棚上げされた。首相の自己都合とも批判される解散後は、政局ばかりが注目される。そこに重要法案を先送りしてまでの意義があるのだろうか。(斉藤幸奈)

2017107日西日本新聞)

 

土曜日の夜のNHKは福岡出身のタモリさんの「ブラタモリ」に続いて小松政夫の「植木等とのぼせもん」の土曜ドラマがあります。今のままでは日本は輝きを取り戻せないのでは。

 

「日本が輝いていたあの頃」若い人に伝えたい

植木等さんとの濃密な日々

小松政夫

「よしっ、俺もトシになったから言いたいことを言うぞ」。 コメディアシ小松政夫さん(75)が、故植木等さんとの43年間をつづったエッセー「昭和と師弟愛」を刊行した。付き人 として植木さんに尽くし、かわいがられた濃密な日々。たとえ古くさいと言われても、明日が輝いていたあの頃、を若い人たちに伝えたい」と語る。

 

小松さんが植木さんの付き人兼運転手になったのは 1964年、22歳の時。週 刊誌で募集広告を見つけ て、車のセールスマンを辞めて月給10分の1以下の生 活に飛び込んだ。 「お呼びでない、こりやまた失礼しました」「コツコツやるやつぁ、ご苦労さん!」。おなじみのせりふで既に大スターだった植木さんのスケジュールは想像を絶する過密さで、「1週間でトータル10時間寝られれば御の字」の日々。植木 さんを「親父さん」と呼び、四六時中、どうしたら喜んでくれるかを考えた。秀吉が信長のわらじを懐で温め たように、植木さんが靴擦れを起こさぬよう真新しい靴を代わりに履き慣らすことも。植木さんも、どこに行っても小松さんを紹介し、息子のように愛情を注いでくれた。 「今の若い人はそんな師 弟愛を煩わしいってため息 をつく。自分のことしか考 えていない人間が多いんじゃないかな」 昭和とは、どんな時代だったのか。小松さんの脳裏には、悩みながら底抜けに明るいキャラクターを作り上げた植木さんの姿が浮かぶという。私生活ではダンディで真面目、本格的な歌手を目指していた。「それでもスーダラ節を歌い、無責任男を演じる姿が、敗戦 で沈んだ日本に笑いと元気をくれた」と語る。そんな植木さんに励まされた人々が、より豊かな国を目指してひた走る、希望にあふれた時代だった。2人の師弟物語はNHKドラマ「植木等とのぼせもん」として放送中だ。「人生を形作るのは人間と人間との関係。少しでも役に立てたらうれしい」。2011年から日本喜劇人協会の10代目会長を務めている。福岡市出身、東京都在住。(川口安子)

〈〉「昭和師弟愛植木等 と歩いた必年」はKADOKAWA刊、1512円。

016

 

「次代の甘味料」に懸賞金

コカ・コーラが募集

【ニューヨーク共同】次代の甘味料を探し出してくれたら100万ドルぶ(11千万円)を差し上げます。米飲料大手コカ・コーラが、世界中の研究者や科学者にこんな呼び掛けをしている。(以下略)

 

数年以内に完成すれば試してみることができそうなので急いでほしい。

 

ハンセン病患者の父をもった林氏の回顧談は切ないです。

 

「二度と家に帰らぬ」  林 力さん

父が2回目の帰宅をしたのは1951(昭和26)年でした。福岡市にある厚生省の出張所に行く用事があったようです。戦中に一時帰宅してから、およそ10年がたつていました。1回目と同じように、夜行列車で博多に着く父を迎えに行きました。父はそのときも中折れ帽子を目深にかぶり、袖口のボタンを、留めず、手の甲までシャツで覆っていました。顔や手を見られないようにするためです。かって暮らした長屋は博多駅から歩いて行ける距離でしたが、2回目の帰宅の頃は福岡市西部の海のそばに引っ越していました。父の足も悪いので、うちまでタクシーに乗りました。博多湾の波打ち際に大きな洋館があり、裁判官が住んでいました。そばに2軒続きの家があり、海側にあるのが、私と母が暮らす借家でした。周囲は閑散としていました。 共同便所、共同水道の長 屋では、父が便所に行くときに誰かに見られることを常に気にしていました。それに比べれば、人目が気になる環境ではなかったのですが、父が帰宅したことを知られたくありません。父が帰ってきてうれしいというより、人に見つかったらどうしよう、と心配する3日間でした。小学校で授業をしていても、父のことが気になって仕方がありません。いつも 他の先生より遅くまで学校に残っているのに、授業が終わったらすぐにうちに帰りました。 厚生省の出張所への用事はよく分かりませんが、星科塚敬愛園内のもめ事に関係しているようでした。暗くなって1人でまちヘ出掛けたこともありました。父はお酒を飲みませんから、盛り場に行くのではなく、なじみのある場所を見に行つたのだと思います。うちの中で、親子3人の会話は弾みません。郵便配達が来るのも警戒していま した。私は父が入った後に 」風呂を使うのをちゅうちょしました。またもぎこちない一時帰宅になってしまいました。博多駅から夜行列車に乗る父を見送るときは、申し訳ない気持ちでした。でも、どこかでほっとしていました。ハンセン病に対する社会の偏見は、患者の家族にも重くのしかかっていたのです。星塚敬愛園に戻った父からすぐに手紙が来ました。家族の冷たさを肌で感じたのでしょう。「もう二度と帰らないから、安心してくれ」と書いてありました。(聞き手前田隆夫)」(同前)

 

偏見・差別が家族をも侵食していたのですね。

 

 

 

012

 

新聞のコラムからです。

 

「デスク日記

 

 待機児童問題に限らず、親が「日本死ね」的な不平を日頃漏らすからか。5歳の娘の問い掛けに背筋が冷えた。

 「ニッポンはなくなるんでしょう?」。理由を確認すると「だってミサイルが…」。ああ、そっち? いずれにせよ、子どもなりに大人の言動を理解しての発言だろう。

 小池新党のネーミングを聞いて村上龍さんの小説「希望の国のエクソダス」を想起した。登場人物の若者は言う。

 「この国には何でもある。だが、希望だけがない」

 もう一つ、魯迅の「故郷」の有名な結びの一節がある。

 「思うに希望とは、もともとあるものともいえぬし、ないものともいえない。それは地上の道のようなものである。(中略)歩く人が多くなれば、それが道になるのだ」(竹内好訳)

 総選挙へ。思惑で動く候補者の道ばかりが広がると困るが、有権者が思惑通りに道を歩くとも限らぬ。次世代のために道を築こう。(内門博)=2017/09/29付 西日本新聞朝刊=」

 

「日本死ね」的な不満は、根本的な格差に迫るものです。これだけの格差の広がりを覆い隠しての政治が続いています。

 

「国際NGO団体オックスファムの調査によれば、2016年の世界の富豪上位8人の資産総額は、下位36億人の財産に匹敵すると言います。一人の能力が、世界の下位50%の平均的なそれの45000万倍あるとは到底説明できません。仮にそうだと証明できたら、近代の理念は幻想だということになります。」(『閉ゆく帝国と逆説の21世紀経済』水野和夫)

006

 

新聞の投稿欄からです。

 

「大山が一瞬で崩れ去る敗戦  96

昭和18年、戦争に勝つため、あらゆる農業団体を統合して農業会を設立。私は熊本県農業会玉名郡支部に配属されました。ラジオは「軍艦マーチ」 と「敵は幾万」の歌を流し、その一方で玉砕の知らせに胸を痛めました。軍部は、 兵器産業と食糧増産は戦を支える車の両輪とあおりま す。 働き盛りの男子が去った銃後は、女性と老人が田植えし、稲を刈り、米を供出し、その苦労は言葉に表現できません。血の一滴の石油が不足し、山の松の根を掘り出す。困難な苦しい作業でした。職場では、弁当も米に雑穀を交ぜることを強制されました。朝礼は全員で「海行かば」を合唱。参拝し、支部長の話があり、命をささげる覚悟を要請されました。心の中では神風を期待していました。19年の忘年会。鶏2羽を買い、闇で求めた豆腐を加え鶏汁です。血も捨てません。腸は刺し身に、骨はたたいて鍋に。足まで加えました。酒は警察から2升ももらい「戦力がついた」と笑いが出ました。翌年815日、陛下から終戦のお言葉。大山が一瞬にして崩れ去る思いがしました。職場も全員、夢遊病者のようです。日を増すごとに民主主義のありがたさを知り、今日か の平和を謳歌しておりまを す。」(2017922日西日本新聞)

 

その民主主義が危ないのでは・・・。日本も、他国も・・・。

核で解決できるという主張は困ります。

 

「核禁止条約支持相次ぐ

AEA総会保有国からは圧力

【ウィーン共同】ウィーンで開かれている国際原子力機関(IAEA)年次総会で、20日に各国の署名が始まった核兵器禁止条約ヘの支持表明が相次いでいる。米国など核保有国が署名阻止ヘ圧力を強める中、 核禁止条約が掲げる廃絶ヘ向けたIAEAの貢献に、条約支持派の期待もにじむ。(以下略)」(同前)

 

012

 

五輪もスポンサーに弱いことの証明でしょうか。日程はスポンサーの意向だという。

 

「酷暑東京五輪 日程の再考を  78

2020年東京五輪開催」の決定に、会場では日本の関係者が一斉に歓声を上げた光景は記憶に鮮明です。国内では、各競技場の選考、施設の問題が表面化したが、おおよそ決着したのでしょう。報道されることも少なくなった。しかし、決定の折から懸念していたのが開催の時季です。724日開会式、89日閉会式の日程です。盛夏の気温お度を超える猛暑日での開催とは、いかがなものでしょうか。 アスリートだけでなく、 競技を観戦する人たちにとっても過酷な環境です。本番では、全国から多くの人々が観戦のため上京するこ とでしょう。本紙828日 付「論説委員の目」に「大丈夫か『真夏の東京五輪』」が掲載され、私は同じ考えの方がおられるんだと思いました。気象の変動、暑さはその国の人間でないと分からない。今からでも遅くはない。国や関係機関は、熱中症で人がばたばた倒れる最悪の事態を招かないよう、日程を再考すべきである。」(2017916日西日本新聞)

 

五輪も平和の理念を高く掲げないといけないのではないか。

 

「(声)平和は小さな努力の積み重ね  63歳 2017104日朝日新聞

 「平和ボケ」という言葉を聞く。国際情勢の現実を認識せず理想論ばかり、といった意味だろう。「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」などという日本国憲法前文も、そういう批判を受けることがある。

 しかし、憲法は同時に「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ」といっているのであり、ただ願っているわけではない。また、自由や権利を守るのは「不断の努力」による、ともいっている。平和も同じだろう。

 夢想していては平和は守れない。「全力をあげて」維持していかなければならない。戦争という手段に訴えずに、平和を守るにはそれなりの英知や忍耐が必要だ。

 具体的には、民間交流の力、音楽や芸術の力、スポーツの力、文学の力、外交の力、皇室の交流の力など、あらゆる力を使って実現に努めてきた。経済援助による貢献もあるだろうし、被爆国としての発言力もあったろう。

 一つ一つは、ハチドリのひとしずくのような微々たる力かもしれない。しかし私たちはこうして平和を守ってきた。恥じることなく不断の努力を続けたいと思う。」







9月中旬に図書館に行ったときに標題の本が目に飛び込んできました。タイトルに惹かれて借りたのですが、笙野頼子氏の本は読んだことがありませんでした。猫と膠原病、そしてTPPの話が書かれています。TPPの話も細かく描かれています。赤旗日曜版に関心はあるが購読していないとも書かれていました。TPPに反対し、戦争への道を止めさせようとする意志が強く出されています。赤旗で紹介されていたのかどうかと思っていたら、10月8日号の日曜版で取り上げていました。膠原病との関りも書かれています。ここまではっきりと主張する人も少ないかと思いました。別の本も読んでみたいと思っています。


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