老いもよし

高齢者問題など社会問題の発言をしたいと思っています

012

 

新聞の随筆からです・

 

「随筆喫茶 読書とは 小野正嗣

ありがたいことに、イベントの会場からまさにその質問が出た。あなたにとって読書とはどのようなものなのか?読書の効用とは?アキールは答えた。自分にとって読書とは読む人の孤独=さみしさを薄めるものであり、他者への共感=優しさを強くするものなのです、と。

読むとは、書いた人間の言葉を受け取ることだ。孤独のうちに書かれた本が、孤独を抱えた読者の心に触れる。その瞬間、その人はもうひとりではない。読むことで複数の孤独がつながる。そういえば、フランス語では孤独と連帯という語はよく似ている。一方、本を読めば、他者への共感が 必ず養われるというのは、ナイーブな 思い込みではないか?しかしアキールはこう言ったのだ。優しさはもともと誰のなかにもありま す。読書はその優しさが成長していく のを支えるささやかな〈添え木〉なの です。 むろん、どんな本でもその役割を果たせるわけではない。だからこそ、そ のときの自分の心のありようにふさわしい添え木が見つかったときの喜びは大きい。

最後にアキールは言った。読書とは〈経験〉です、ちょうど〈人との出会い〉と同じようにね、と。意気投合することもあれば、仲良くなれないこともある。4月から新学期。教室にやって来る学生たちに僕は言おう。本を読もう。読み続けていれば、つらいときに支えてくれる親友にきっと出会えるよ。(一部引用)」(201841日西日本新聞)

 

2週間に一度図書館に行きます。借りた本の返却と借りるためです。図書館はたいていにぎわっています。年寄りの新聞読みも少なくないですが、平日の午前、それなりに混んでいます。誰かの投稿に「本を書く人にも生活がある。図書館だけでなくできるだけ本を買う」という人がいました。そうしてでも本を読むということは、「複数の孤独がつながる」ことだという。

 

 

 

006

 

「オピニオン  デスク日記

  実家を掃除している最中に古いレコードを見つけ、手を止めた。絵本のようなジャケットに、本体の円盤は真っ赤。50年近く前、父に買ってもらったLP盤だ。

 プロコフィエフ作曲の「ピーターと狼」で、カラヤン指揮。永六輔さんが脚本を書き、坂本九さんが朗読していた。絵本で親しんでいた物語が、音楽と語りで映像化されたように浮かび上がってくる一枚。わくわくどきどきしながら聴いた子ども時代がよみがえってきた。

 ただ、実際に聴こうにもレコードプレーヤーは手放してしまい、もうない。CDプレーヤーにスマートフォン、AIスピーカーとデジタル機器が席巻する昨今。アナログ機器を持つのは、よほど好きな人たちだろう。

 懐かしいレコードは、本当はどんな音だったのか。記憶の中の優しい音と思い出に、古き良きものを大切に、と教えられている気がした。 (広瀬留美)=2018/05/16付 西日本新聞朝刊=」

  

独身の頃から、レコードを買い集めました。ですが、CD全盛なりプレーヤーもレコードも処分されてしまいました。その時は、もう日の目を見ることはない思いましたが・・・。

プレーヤーはプレイヤーと思っていました。

024

 

「仲畑流万能川柳 毎日新聞2018517日 東京朝刊

☆印は秀逸(仲畑貴志選)

☆老人はみんな何かの専門家 川越 麦そよぐ

積み上げた信もくずれる財無省 青森 すのべえ

独裁を目指すトップが増える世に 大阪 ださい治 (以下略)」

 

西城秀樹さんが63歳でなくなりました。今の日本では若死にだと思いますが、93歳で元気なお年寄りも増えているのでしょうか。

 

「(ひととき)93歳間近、日々楽しく2018518日朝日新聞

 93歳の誕生日が間もなく来る。こんなに長生きするとは。夫の七回忌も無事終えた。 五感がみな衰え、歩くのはそろり、そろり。何をするのもおっくうだ。それでも、楽しみはある。子は4人、孫8人に、ひ孫16人。ひ孫5人が小学校に入学した。一番上は来春大学受験を迎える。同居する息子夫婦は時にごちそうを食べに誘ってくれる。県外に住む娘2人は毎日電話をくれ、大声でしゃべる。 週2回、デイケアで体操、筋トレ、脳トレをして、仲間とおしゃべりをする。町内の有志の方のご厚意で月1回サロンがあり、喜んで出席する。

(略)

 戦中戦後をくぐり抜けてきた老人にとって、平凡な日々が何事にも代えられぬものと感謝しつつ、もうちょっと頑張るか。誕生日には鉢植えのアマリリスが紅白の花をかかげてくれる。 (愛知県岡崎市  92歳)」

 

こうした平和が続けばと願うばかりですが。

016

 

 

「タカ移転30年 日本一を願う  58

明日30日、待ちに待ったプロ野球の開幕。ホークスにとって今年は球団創設80年、福岡移転30年と節目の年です。小さいころから私はライオンズファンだった。突然、ホークスの福岡移転の話を聞いた時は青天の霹靂、寝耳に水の言葉がぴったりでした。当時、最大の宿敵だったホークス。とても受入れられるものではなかった。一体、「南海」を九州の誰が応援するというのか。実際、妻と出掛けた平和台球場。三塁側西武の応援は変わらなかった。そんな時、新聞にプロ野球誘致活動に奮闘されていた故稲尾和久氏のコメントが載った。そこには「心のどこかにライオンズの思い出はあるだろう。しかし今はダイエー(ホークス)を応援してほしい」とあった。今でも忘れられない。(以下略)」(2018329日西日本新聞)

 

ライオンズからホークスになって、とまどいはありましたが・・・。

 

玄海原発は再稼働しましたが、世界最高水準の規制だというが、配管からの漏れは見つけられずに一度は再稼働した。このように原発も攻撃に耐えることは無理でしょう。国際的な緊張状態が続く限り・・・。

 

卿の話題は次の新聞の投稿からです。

 

「原発への攻撃 安全か議論を 58

原発が他国から軍事攻撃された場合の構造的脆弱性、被害の大きさに関する本紙の記事に驚いた。燃料貯蔵ブールは通常兵器の攻撃に耐えられず、もし格納容器が破壊された場合、1 38千人が急死とか。長期に居住不能となる範囲は最大87キロ圏内にも及ぶとの試算だ。玄海、川内原発はもちろん、四国伊方原発からも九州が入る。原子力規制委員会では、自然災害に対する厳格な安全基準が構築されているのだろうが、ひとたび日本が戦争に巻き込まれた場合、原発を守る対策はなされているのだろうか。(以下略)」(2018329日西日本新聞)

011

 

 

「夫は「同居人」けんか減った 66

69歳との熟年夫婦である。夫婦とは不思議なもので、けんかをするたびに相手が分からなくなり、愛情が失われていく。若い時はちょっとしたことで意見が合わず、大げんかになった。親になると子どもたちの育て方を巡ってけんかになった。今思えば、夫の両親と同居していたので、両親のことで夫につい 言い過ぎていた。 夫は50歳の時、大阪に単身赴任した。その時は平和であった。私の両親の夫婦げんかは手を上げたり、怒鳴ったりと激しく怖かった。それからすると、私たちのけんかはかわいいもの。現在は飼い犬のことで意見

がぶつかることが多い。 最近は「同居人」と割り きることで、けんかも少な くなった。

(以下略)」(2018331日西日本新聞)

 

夫婦のことはよく分かりません。

新聞のこともよくは分かりませんが、ブロック紙として地域からの一部撤退というのは相当な葛藤があったと思う。

 

「本紙購読70年使命忘れずに  83

宮崎、鹿児島県で西日本新聞の配達が今日3月いっぱいで終わる。寂しい。思えば転勤に 次ぐ転勤の社会人生活。一時、地方紙に切り替えたこともあったが、大半は本紙で購読は70年近くになる。プロ野球.「西日本パイレーツ」に熱狂したのが懐かしい。当時、私にとって唯一の情報源が新聞であった。各社の新聞を配達するおばちゃん。来るのがどれだけ待ち遠しかったことか。多くの情報は生活の糧となった。無数の切り抜きは貴重な資料として保存している。今後、有効に活用したい。 紙の新聞に代って、電子版の利用を案内された。が、高齢者には今更無理です。(以下略)」(同前)

 

70年の読者が続けられない。電子版の利用についてなんらかの支援があっても良かったのではと思いますが、時代の流れでしょうか。

006

 

 新聞の投稿欄からです。

 

「難病に負けずリハビリ励む  83

パーキンソン病と診断されて3年。発病時、手足は震え、歩行も困難。字は書けず、新聞、テレビに見向きもせず、寝たきりの状態だった。 リハビリに通い、専門の方々の指導の下、少しずつ 動けるようになった。3カ 月ごとの体力測定。それに よって個別指導がなされる。1人ではいいかげんになりがちの運動も、グループでやれば集中できる。音楽を使った運動も楽しい。現在はリハビリで教わったことを毎日、自宅でやり、習慣化に励んでいる。散歩前にストレッチ、ウオーミングアップ、体操をすれば、歩行も軽やかになるし、転倒予防にもなる。 家庭菜園をしたり、友人を訪ねたりもする。生活にめりはりができ、ほぼ元の 生活に近づいている。(以下略)」(2018322日西日本新聞)

 

リハビリで元の生活を取り戻す人もおられますが、支援があれば助かる人も少なくないです。

 

「この子らが照らす道  初めての飛行機に付き添い 中原京子

和磨君は特別支援学校高等部 2年生。私が相談支援に携わっている縁で今月68日、ディ ズニーランドへの修学旅行に看 護師として同行しました。久留米市では独自の補助制度で、医療的なケアが必要な子どもの場合、市教育委員会などに認められれば、訪問看護師が宿泊行事に付き添うことができます。喉に穴を開けて長めの特殊な管を気管支に入れた和磨君はたんの吸引が必要です。てんかん発作を薬で調整しています。片側から支えられて歩くことはできますが長い距離は難しく、姿勢を調整するための車いすやカーシートを使っています。幼い場頃は人工呼吸器も着けていて、周りが片時も目を離せない、いわゆる「動く重症児」でした。6日の午前7時半、学校に集合。みんなでパスで福岡空港ヘ。初めての飛行機体験!どんな表情をするのかな?母も私も学校の先生もハラハラ ドキドキ。搭乗後、最初は 「どこに行くのかな」と不安そうな顔でしたが、慣れできたら「ぶつぶつぶ!」。調子のいいときに出てくる口ならしと笑顔が!機内では 専用の器械で血液中の酸素量を 測定しながら体調を管理。着陸 体勢に入ると気圧のせいか耳をずっとたたいていましたが、無事、到着できました。 初日は、フジテレビを見学し ホテルヘ。よく食べて元気に笑 顔を振りまいていました。2日目にいよいよディズニーランド。朝からとても寒くて心配で したが何のその。同級生と記念 撮影をしたり、アトラクションに乗ったり、興味あるものに「目が点」になっていました。パレードでは友だちと車いすで並び、キャラクターが音楽に合わせて進む方向に左から右へと首を動かします。真剣に見ている姿が何ともかわいくて、私はパレードより子どもたちをまぶしく眺めていました。夜のバレードまで楽しみ、ホテルに戻ったのは午後8時すぎ。最終日は疲れが出て少し体調を崩し、福岡に戻ってから病院に行きましたが、ほどなく着くことができました(以下略)」(同前)

 

こうした援助体制が広がれば社会参加が広がりそうです。

027

 

自衛官採用数、4年連続計画割れという報道がありました。少子化も背景というが、集団的自衛権の行使によるきな臭さもあるのかも。

 

話題は介護の話です。

 

「みんなの広場

介護への励ましで心が楽に=主71歳 毎日新聞2018514日 東京朝刊

亡き義父は90歳を超えていましたが、大きな手術にも耐え、私は付き添いで病室に泊まり込みました。医療機器に囲まれて体が自由に動かせないためストレスがたまり、優しかった義父の様子は一変。険しい目で私をにらみつけ、大きな声を出したりしました。

夜もなかなか寝つかないため私も疲れ切ってしまいました。やっと眠った義父から離れたくて深夜の待合室でぼんやりしていた時のこと。病棟担当の看護師長さんが私を見つけて親身に話を聞いてくださったのです。義父のことを嫌いになりそうな私の気持ちを黙って受け止め、「私も母に対しては思うようにはできないのよ。一人で頑張り過ぎないで、私たちになんでも言ってくださいね」と激励してくださいました。義父は退院後4年間穏やかな日々を過ごしました。(以下略)」

 

どうしようもないことってありますよね。周りも何もできないということも。そんなときに話を聞いてもらえることのありがたさが・・・。

020

 

「積雪の東京に 悪夢が重なる 69

南の島、長崎の五島列島も積雪、寒さに震えた。テレビに映し出された雪の東京。交通まひで駅は大混雑。帰宅できない大群衆。一瞬、脳裏にあの悪夢がよみがえった。7年前の東日

日本大震災発生時、私と妻は東京・新宿御苑にいた。初経験の震度5の揺れ。立つこともできない。妻が腕をつかんで支えてくれた。御苑が避難所だったので、周辺から大勢の人々が集まってきた。余震の続く中、状況は分からず、携帯に電話は不通。夜8時ごろ、指示に従って、徒歩で新宿高校に向かった。(以下略)」(2018222日西日本新聞)

 

震災後、特に福島に対しての政策は積極的だったでしょうか。「美しい国」をというが利権にまみれた醜態をさらしています。それでも熱狂的な安倍ファンは、そのことを批判しません。セクハラをはめられたと言い放つ副総理。それでも批判しない人たち。

 

「改憲前のめり首相の焦りか  82

  安倍首相は「与野党を超え、改憲論議を」と呼び掛ける。どうも、首相の改憲には「前のめり」姿勢ばかりが目につく。が「馬を水辺に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできない」という。例えて言えば、今の姿勢のまま改憲に反対する一部の野党()を国会や憲法調査会の議論の場(水辺) まで強引に引っぱってきても、議論がかみ合う(水を 飲ませる)ことはない。 本来、法律や条例は、行政が国民を束縛するのに対し、憲法は逆に政府権力の 暴走、逸脱を制限するものである。その制約される側の長、首相が自己に都合のよい改憲を提唱するとは本末転倒ではないか。しかも「在任中に成し遂げたい」とは3分の2の改憲勢力を背景に今こそ「何が何でも」という首相の「焦り」が見える。」(同前)

 

 

015

 

「人生美談で終わるか、醜聞で終わるか、そんなこと死んでしまえば同じ色の灰になるわけですから、どうでもいいことですよね/藤原新也」(『若き日に薔薇を摘め』

 

 死でしまえばそうですが、美談でなくとも「まっとうな生き方」は貫きたいが、難しいそうです。

 

「コラム 気流

森友学園問題で、 立て板に水のような答弁をしてきた 太田充財務省理財局長が言葉に詰まった。19日の参院予算委員会。野田佳彦前首相の秘書官だった経歴から「安倍政権をおとしめるため、意図的に変な答弁をしているのか」と質問を受け、怒りを抑えられなかった真相を明らかにしない財務省をかばうつもりはない。が、このときばかりは太田氏が哀れに見えた。質問したのは自民党の和田政宗氏。政権に尽くしても、都合が悪くなればトカ ゲの尻尾のように切り捨てら れる。財務省を、佐川宣寿前 国税庁長官を悪者にして幕引 きを図ろうとする政治家の姿は醜い▼質問の問題部分は議事録から削除され、なかったことになる。理事会で与野党が合意したためだが、こうした発言こそ公文書に残すべきだ。ばかな質問をした議員の名がきちんと分かるように。」(2018323日西日本新聞)

 

 

010

 

北朝鮮とアメリカの直接対話が6月に行われるという。ですが、日本政府が拉致問題で独自に動いているようには見えないのはどうしたことか。制裁一辺倒は軍事強化路線として必要だから変えないのか。アメリカ頼りの方針で成果はでるのでしょうか。

 

「敗戦告げる紙 祖母は鼻ひげ  84

「日本は負けた」と白い紙に書いたビラが、青い田んぼの上にヒラヒラと降ってきた。間もなく「天皇陛下の声がラジオから流れてきた」と村長さんから話があった。もう松の木から松やにを取らずによい。この田んぼの米はもう自分たちが食べていい、芋めしは食べんでいいのだと思った。 米軍が上陸して女性は連れ去られるとのうわさが流れた。女性は髪を切って男になれという。祖母はタオルでほおかぶりして、炭で鼻ひげを描き「これなら男に見えるかい」と言う。私たちは祖母を見て大笑いo祖父は孫がさらわれないようにとバリカンを手に、逃げる私たちを追いかけた。こんな怖い思いをした。国をつかさどる方々よ、知っているか。戦争とは何たるか。よく考えてもらいたい。」(2018511日西日本新聞)

 

 

004

 

新聞の投稿欄からです。

 

「感激した店の誠実な対応=87歳 毎日新聞2018510日 東京朝刊

 行きつけのコンビニでの出来事だ。先日、千数百円ほどの買い物をした。1万円札で支払い、釣り銭をもらった。

 家に帰って、ポケットから釣り銭を取り出すと、5000円足りない。どこかに落としたかな、と半ば諦めかけた。

翌日、また、買い物でコンビニに行った。帰りがけに店長に呼び止められた。「あなた、昨日、お金を落とされなかったですか?」と聞かれた。そして、5000円札を見せられた。私が釣り銭が足りなかったと事情を話すと、「あなたが昨日、店から出た後、すぐに従業員が5000円札を見つけました。ビデオで確認したら、あなたの姿が映っていました」と説明してくれた。(以下略)」

 

当たり前だけど嬉しい話です。何か明るい話に飢えている私です。

023 

「ものづくりの根幹が揺らぐ 67歳

新聞紙上で「改ざん」「偽装」「隠蔽」「ずさん」の字句をよく目にする。戦後、日本はものづくりで世界に冠たる地位を築いた。「メ一ド・イン・ジャパン」は一優れた技術の代名詞でもあった。それが薄れつつあると危惧せざるを得ない。新幹線台車に亀裂が見つかった。一歩間違えば、大事故につながりかねなかったというから、空恐ろしい。川崎重工業が台車を製造した際、現場のずさんな品質管理と安全意識の欠如が原因とのこと。そのほか、自動車業界の日産、スバルも無資格者が完成検査をし、有資格者が検査したうに偽装もした。神戸製鋼はアルミ製部材の品質データを改ざん。アルミ製部材は新幹線、飛行機、自動車、ロケットにも採用されているというではないか。いずれも会社側は「安全性に問題はない」とコメントする。そういうことではなく、日本のものづくりの根幹が揺らいでいるのだ。(以下略)2018322日西日本新聞」

 

国際会計基準にして利潤を産まない経営者に短時間で結果を求められとも聞いたがどうなのでしょうか。投資会社などが力を持ってきて結果をせっかちに求められるとも。後戻りはきかないであろうが、安全・安心なものづくりを求めたい。

 

011
黛まどかさんの遍路旅の記録からです。

 

「泊めていただいた離れの部屋は、百二歳で亡くなられた姑を介護するために建てた。「自分の母親は母屋で介護しよります」。この辺りではみな自分の家で看取るのだそうだ。洗面所には薊が一輪活けてあり、どこもかしこも清潔で遍路への気遣いに溢れている。 夕食は鮎の塩焼きや虎杖の炒め煮、仏手柑の味噌和えなど、心尽くしの手料理が並んだ。筍は猪と競争で掘るのだと言う。糊の利いたシーツをかけた布団に横になると、あっという間に眠りに落ちていた。翌朝は、前日遍路を終えた市野々橋の挟まで、車で送っていた、だいた。「この橋を架 ける工事をしている時に、お嫁に来たんよ」川風に吹かれながらお母さんは話を続けた。「伊与木川は四万十川の水も流れ込んでいて、鮎や川えぴ、鰻も獲れるんよ」もうじき蛍も出ると言う」(『奇跡の四国遍路』)

 

この地では自宅で看取るという。そういう知恵が伝承されていなければ家で看取るというのは大変なことだと思うが。義母を見送り、そして実母を介護しているという。

 

庶民の暮らしは川が流れるように進むが、政治家はどうしてる?

 

「ニュース川柳

・政府丸民に背を向け何処へ行く」

 

006

 

かの前川氏も関わっているという。

 

「自主夜間中学「学びたい」支え 

神奈川県の「あつぎえんぴつの会」

年齢層さまざま「生徒が主役」貫く

 

白板に大きな文字で「生徒が主役」その言葉に大切な意味が込められていた。神奈川県厚木市にある自主夜間中学。夜間中学と言っても学習会は日中にある。本厚木駅近くのビル1階、入り口わきに「あつぎえんぴつの会」と手書きの紙が張られている。午後0時半、代表を務める岩井富貴子さん(68)の声が響く。生徒やボランティア講師の出欠や近況、会の状況、初

めて参加するコロンビア人生徒の紹介・・・。広い教室のあちこちで勉強が始まり、マンツ

ーマンでドリルや教科書に取り組む。生徒は約20入。生徒も先生も年齢はさまざまで、ちょっと見ただけでは誰が生徒か分からない。

(略)

岩井さんは142月から会に加わった。傍ら、福島にも 片道3時間かけて毎月通って いる。 教室の片隅に前文部科学事 務次代の前川喜平さん(63)の姿があった。辞職した後、福

島駅前自主夜間中学でボラティア講師をしていたとき、岩井さんに誘われ「あつぎ」にも参加している。前川さんがルーズリーフに 漢字や平仮名、片仮名を書き、仮名文字の成り立ちを説明する。次は漢字の熟語を並べ、 一つの漢字にいろいろな読み 方があると話している。ニコニコうなづきながら聞 いているのは田中一郎さん。 鹿児島県生まれで、幼い頃は親戚の家で水くみ、まき割り、 子守の生活。飛び出して炭鉱で働き、閉山後、神奈川県に

来た。70歳で昨年ここに来るまで、学校と無縁の生活を送ってきた。

教室が終わった後、前川さんは彼のことを「よくぞ生きてきてくださった」と話した。長く教育行政に携わりながら手が届かなかった人に対する申し訳なさ、生き延びてくれたことに対する感謝。教室には「生徒が主人公」だという考えが貫かれていた。」(201856日西日本新聞)

 

これに対してこんな行動をとる議員もいます。国民が選んだ議員です。

 

「前川氏授業  自民議員が複数回紹介

内容報告要請前、文科省に

文部科学省の前川喜平前事務次官が名古屋市立中の授業で講演した内容を、同省が名古屋市教育委員会に報告するよう求めていた問題で、この報告要請の前に、地元の自民党衆院議員が文科省に、前川氏が授業に招かれた経緯などを複数回問い合わせていたことが18日、政府関係者への取材で分かった。文科省は16日に開かれた野党6党の合同ヒアリングで、外部から照会があったことは認めたが、誰からだったかは「控えたい」とした上で「あくまで文科省初等中等教育局の判断で調査を決めた」と強調した。(以下略)」(2018319日西日本新聞)

 

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