2009年12月19日 06:24

カール爺さん 4

期待あり。
*新作レビュー
「カールじいさんの空飛ぶ家」(3D字幕版) ピート・ドクター監督 (米)
声の出演・エドワード・アズナー、ジョーダン・ナガイほか

 今年を締めくくる素晴らしい作品だ。相変わらず非の打ちどころがない鮮明
な映像で、かつ今回は実に「自然」が忠実に表現されている。これほど美しい
映像作品は稀だ。脚本もよく練られていてテンポが良く、疾走感に加え今回は
哀愁や郷愁という、地味でアニメっぽくないテーマが大変上手に描かれている。
そういう意味で、これは大人向けの作品といえるだろう。爽快で、くすっと笑
えて、ほろっとくる名作。3Dの視界が、映像美をさらに演出してくれる。

 長年連れ添った最愛の妻エリーを亡くした老人カール(声・エドワード・アズ
ナー)は、単調で無気力な日々を送っていた。老人福祉ボランティアの証が欲し
いおデブ少年ラッセル(声・ジョーダン・ナガイ)が押しかけてきても当然追い
返す。周りが開発地域となり、周囲はみんな立ち退いてカールの家だけがぽつ
んと残っていたが、ある日彼はアクシデントから事件を起こし、家を売って老
人ホームに入るよう勧告される。思い出の詰まった家を手放したくないカール
は思案の末、大量の風船で家ごと”離陸”し、妻が行きたいと願っていた南米
を目指す。外壁にへばりついていたラッセルと共に、老人と生意気な少年の気
球状態の旅が始まる。
 苦労の果てに何とか南米に着き、目的の滝を目前にした彼らは、七色に輝く
巨大な鳥とそれを追う番犬軍団と遭遇し、さらに秘境の巨大空間で暮らすこわ
もての老人と出会う。この老人こそが、カールが昔、妻と憧れた冒険家だった。
しかし冒険家の目的は、誰も姿を見たことのない例の鳥を捕獲して名声を得る
ことだった。ラッセルが”ケビン”と名づけた鳥を守るため、南米の奥地を舞
台に、冒険家が率いる番犬軍団と、カールたちとの戦いが始まる……。

 「冒険」と「哀愁」が本作のキーワードである。
老いてなお大胆な決断と意思を持つカール。そもそも冒険好きだったエリーに
感化されてこうなったという伏線が効いている。子供らしい好奇心に満ちたラ
ッセルとのバランスがいい。
 冒頭、若かりし頃のカールとエリーの馴れ初めから結婚、そして老いの日々
までの二人の生活が走馬灯のように流れるのだが、この10分のイントロダクシ
ョンが沁みる。通常こういう回顧シーンは中盤以降に入ることが多いので、本
作の編集は意表を付いていて、それが見事に成功している。最初に夫婦の軌跡
がきちんと描かれているからこそ、本編のあれこれが生きてくるのだ。

 中盤以降は、わくわくする展開と、映像の鮮明さ、精密さに引き込まれる。
空と雲、上空から見下ろす地上の風景、岩山、荒野等々広角の自然から、生え
ている草から水溜りのカエルまで、実際に南米に生息する種類が登場するので
動植物に詳しい人には楽しい映画だと思う。背景が自然であり、また時折遠景
描写を取り入れられている効果もあって、動きの速い刺激的な絵作りのアニメ
と違い3Dでも目が疲れない。立体感の見せ方は、これくらいの方がむしろリア
ルに感じるのかもしれない。

 名作絵本「ちいさなおうち」を彷彿させる、ビルに囲まれてゆくカ―ルじい
さんの家、亡き妻の思い出のスクラップブック…哀愁に満ちた人生の宝物を、
けれどカールじいさんは後半、いとも簡単に捨て去る。もちろん哀しい、しか
し一羽の鳥のためにそれらを失った彼の言葉が印象的だ。
「いいさ、たかが家だ」
 年齢とともに人は手にしたものを手放す時が来る。大切な人や大切なモノを
失っても、その先にまだ人生という冒険は続く。カールとエリーには子供がな
く、ラッセルは典型的なメタボ体型。さりげない社会問題の投影は、現実社会
を生きる該当者たちへのエールのようにも思える。
 おもちゃ、魚、怪獣、車、ねずみ……人間以外のものを擬人化させた主人公
で作品を作ってきた製作陣が、あえて人間そのものを主役に据えた背景には、
そんな意図が感じられて興味深い。

 それにしてもさすがピクサー。ディズニーと合併してしまったが、やはりピ
クサーはピクサーだ。キレのあるリアルな映像、わざとらしくない感動表現、
このチームの作るアニメーションは、大人目線であり、涙に頼る安っぽい愛や
友情モノとはひと味違う。日本のアニメは基本的に子供向けに作られていて、
子供が見てわからないもの、あるいは好ましくないものはダメとされるが、逆
に子供にはわからない大人のアニメもあっていいと思う。
 全てが高次元で融合して完成度が高く、テーマも万人向き、観て損のない、
文句なく今月イチオシの優秀作である。

↓「カールじいさんの空飛ぶ家」公式サイト(予告編も観られます)
http://www.disney.co.jp/movies/carl-gsan/index2.html


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