崇徳天皇(1119-1164)は異母弟の近衛天皇が若くして崩御したときに、
再度、自分が天皇になるか息子を天皇にさせようとしました。
近衛天皇の母が「近衛が亡くなったのは崇徳が呪いをかけたからだ」と言い、
その讒言を信じた父の鳥羽上皇は弟の後白河天皇を即位させたのです。
ここに1つ目の恨みが生まれました。
父と不仲になった崇徳天皇は保元の乱をおこしますが、敗れて讃岐に流刑となります。
讃岐で謹慎しながら、自ら書き記した5巻の経典を、弟の後白河法皇に送って
京の仏閣に収めてほしいと伝えたのですが、朝廷はこれを拒否して送り返したのです。
これが2つ目の恨みとなりました。
送り返された経典を見た崇徳天皇は、自身の舌を噛み切って、
その血で経典に呪いの言葉を書いたのです。
「この経典の力を持って天皇家を永遠に呪い、民を皇に、皇を民にする」と言い、
自らを「日本国の大魔王」と称して爪や髪を伸ばし続け、
夜叉のような姿になって没したと言います。

崇徳天皇の亡くなった16年後に「平家にあらずんば人にあらず」の平家全盛時代が来て、
それから12年後には平家が滅びます。
幼い安徳天皇までが、一族もろとも海に沈んでしまいます。
そして鎌倉幕府の武家の政治が始まります。
「民」が日本を支配した、つまり崇徳天皇の呪いが死後30年も経たないうちに
実現してしまったわけです。
この間、後白河天皇の息子や息子の奥さんも孫も病死するわ、
疫病は流行るわ都が大火にあって御所も焼けるわ。
天皇家も、民衆も「こりゃ祟りだわ」と思いました。
その後もまだ、後鳥羽上皇が武士に対して承久の乱を起こして破れ、流罪になる。
天皇が、臣下であるはずの武士に島流しになる。
呪いが成就した。「こりゃ祟りだ」と思ったでしょう。

明治天皇(1852-1912)は明治に変わる12日前に、崇徳天皇の御陵に大納言を
勅使として送ってるんですね。
「陛下の霊には京都へお帰りいただくべきで、その為に神社も建立いたしました。
長年のお怒りをお鎮めになって、京都にお帰りいただきたい。
そして官軍に刃向かう賊徒を鎮定し、天下が安穏になるようお助けください」。
そんなことを崇徳天皇に向かって読み上げてるんですね。
明治ですよ、近代です。
7百年も崇徳天皇の怨霊って恐れられていたという…。


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