2007年03月
2007年03月26日
注文の多いカレーうどん屋 2 (フンゾ)
カレーうどんはうまかった。
豚肉とたまねぎ、それに白ねぎ。
具はそれだけだったが、辛味もとろみも俺の好みにあった。
うどんも、コシがあって、しかもカレーの汁がうまく絡んでいた。
黄色いマントの効果も絶大であった。
首から下がスッポリ隠れたおかげで、俺は白いボタンダウンのことなど忘れ、いつもより強めにズッ、ズッとうどんをすすることができた。
カレーうどんをこんなに気持ちよく食べたのは生まれて初めてだったかもしれない。
しかし……、ひとつ問題があった。
腹が満たされないのだ。
なぜか。
丼が、普通の半分くらいの大きさしかないのである。
そう、外周を両手のひらで囲めてしまうほどのサイズ。
(せっかくうまいのに、この量じゃ……)
ここで俺はハッとした。
カレーうどんしか頭になかったので、メニューも見ずに注文していたのだ。
俺はこのときになって初めてメニューを見開いた。
カレーうどん ………… 300円
安い。この値段なら、この量でも文句はいえまい。
だが、このままではどうにもスッキリしない。
さて、どうする……。
そして再びメニューに目をやったとき、俺の目に次の1行が飛び込んできた。
カレーうどんDE性格診断 ………… 500円
(な、なんだこれは?)
メニューから目を上げると、いつのまにか親父が真横に立っていて、俺はびっくりして腰を浮かしかけた。
そんな俺を見て、親父はニタリと笑いながら、
「それ、いってみますか?」
俺は、親父の笑顔に誘われるようにコクリとうなずいた。
つづく
2007年03月25日
記念日くらい(ayan)
今日は、8回目の結婚記念日でした。
え、まだ8回なの !? と自分でビックリ。
なんだかもう20年くらいは経っている気分です。
……いろいろありましたからねぇ、なにせ。 しみじみ。
お誕生日も近所の居酒屋で済ます、“日常”好きな私らフウフですが、
「たまには“非日常”にも身を晒しておかんとね」
ということで、某高層ビルのレストランへと繰り出してみました。
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癒しとやすらぎの空間!
天空の隠れ家!!
オーダーに応じた食材や調理法で創作する、Tokyoキュイジーヌ!!!
あぁ、ステキ〜♪
それなのに、です。
私たちったら、やっちまいました。
いつもと変わらず
大食いして、大酒くらって、大議論。
楽しかったし、スッキリしたので、まぁよいのですが……
「なんかちがーうのだ」
と、首をひねる自分もいたり。
エレガントにディナーを楽しむ大人を演じるのって、
むずかしいですね。
ばっちりキメたかったんだけどなぁ(ーー;)
2007年03月17日
ありがとうございました(ayan)
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高田馬場で34年続いた焼き鳥屋さんです。
今日、その幕を下ろしました。
このお店では、いろいろな方から、いろいろな人生勉強をさせてもらいました。
本当にいいお店だった!
ご主人、ママさん、
お礼を言いたいのは私のほうです。
ありがとうございました。
2007年03月06日
世界の歩道から〜第6回〜(ayan)
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阪急六甲駅から歩いて5分ほどの、とある路地。
どん詰まりに見える森は、六甲八幡という大きなお社です。
そして、この写真を撮っている私の背中側には……
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1886年創立。たいへん歴史のある小学校です。
「沈黙」「王国への道」など切支丹をテーマにした作品を多く残した作家・遠藤周作は、10歳のときにこの小学校に転校してきました。
そして、同時に、母からの指示でカトリックの洗礼を受けます。
「あなたは神を信じますか」という神父の問いに、
なにも考えずに「「信じますっ!」と大きな声で元気よく答えていたという周作少年。
が、やがて、受洗したことを深く後悔するようになります。
長いこと、自分がカトリック信者であることを周囲に伏せていたそうです。
周作少年がこの学校で過ごした3年の間に、
日本は一気に戦争国家への道を突き進んでいきます。
国際連盟脱退という決断が、日本の意思を貫いた行為として賞賛された、その熱気が国中を包んでいた時代…。
しかも、ここ六甲小学校は、八幡さまという護国=戦の神様が目と鼻の先に鎮座する土地柄…。
そんな中で、周作少年は、みなに顔向けができないようないたたまれない気持ちで毎日を送っていたのではないでしょうか。
自分の信仰をカミングアウトできなかった気持ち、わかるような気がします。
日本国中どこにでもあるような、なんの変哲もない一本の路地。
でも、この路地は、周作少年の視線そのもののように、私には感じられました。
悪さをしたことがいつばれるかと、上目遣いにチラチラ先生の様子をうかがう、そのときの視線に似ているかもしれません。
それを、周作少年は、ずっとあの八幡さまに向けていたのではないかと。
作家・遠藤周作が〈隠れキリシタン〉に傾注していく、
その出発点を暗示するような歩道でした。



