2007年03月06日
世界の歩道から〜第6回〜(ayan)
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阪急六甲駅から歩いて5分ほどの、とある路地。
どん詰まりに見える森は、六甲八幡という大きなお社です。
そして、この写真を撮っている私の背中側には……
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1886年創立。たいへん歴史のある小学校です。
「沈黙」「王国への道」など切支丹をテーマにした作品を多く残した作家・遠藤周作は、10歳のときにこの小学校に転校してきました。
そして、同時に、母からの指示でカトリックの洗礼を受けます。
「あなたは神を信じますか」という神父の問いに、
なにも考えずに「「信じますっ!」と大きな声で元気よく答えていたという周作少年。
が、やがて、受洗したことを深く後悔するようになります。
長いこと、自分がカトリック信者であることを周囲に伏せていたそうです。
周作少年がこの学校で過ごした3年の間に、
日本は一気に戦争国家への道を突き進んでいきます。
国際連盟脱退という決断が、日本の意思を貫いた行為として賞賛された、その熱気が国中を包んでいた時代…。
しかも、ここ六甲小学校は、八幡さまという護国=戦の神様が目と鼻の先に鎮座する土地柄…。
そんな中で、周作少年は、みなに顔向けができないようないたたまれない気持ちで毎日を送っていたのではないでしょうか。
自分の信仰をカミングアウトできなかった気持ち、わかるような気がします。
日本国中どこにでもあるような、なんの変哲もない一本の路地。
でも、この路地は、周作少年の視線そのもののように、私には感じられました。
悪さをしたことがいつばれるかと、上目遣いにチラチラ先生の様子をうかがう、そのときの視線に似ているかもしれません。
それを、周作少年は、ずっとあの八幡さまに向けていたのではないかと。
作家・遠藤周作が〈隠れキリシタン〉に傾注していく、
その出発点を暗示するような歩道でした。