ワーナー・オンデマンド THE EDGEで配信中の海外ショートアニメーションのオススメポイントです。
ワーナー・オンデマンド THE EDGE

THE EDGEは、ハリウッドのメジャースタジオとして日本で最大規模の会員を擁するワーナー・ホーム・ビデオの公式動画配信サイト「ワーナー・オンデマンド」が、海外のエッジが効いたショートフィルムを日本に紹介し、日本のショートフィルムを海外に向けて発信することにより、世界のショートフィルムクリエーターを応援していく目的で立ち上げたレーベル。
THE EDGEの海外ショートアニメーションは、オフィスHWATセレクションよりセレクトしてお届けします。


『落としもの』、アニメーションを感じる初心を取り戻させてくれた1本
THE LOST THING - Picture 1


オーストリアのグラフィックスブック作家、ショーン・タンさんが初監督した『The Lost Thing(落としもの)』は、世界最大規模のアニメーション映画祭、アヌシーで2010年の短編部門のクリスタル賞(最優秀賞)を受賞しました。
イラストを3DCGへ移し替えた映像の巧みさは言うに及ばず、コメディアンの才能あるティム・ミンチンさんのナレーションを聞く度に、本作の味わいが心に染みてきます。例えが悪いけど、スルメみたいな短編です。

実は、わたしはコンペティションの上映で本作を初めて見た時、その味が分かりませんでした。映像は美しいが、印象の薄い作品・・・。英語のナレーションが時に眠気を誘いました(苦笑)。
わたしの関心は、ノルウェーのアニータ・キリ監督の『The Angry Man(パパ、ママをぶたないで)』に向いていました。
キリさんの『パパ、ママをぶたないで』は、家庭内暴力、児童虐待を真っ正面から扱ったパペットアニメーションです。社会的テーマを扱う監督の人間味ある視点と、隅々に目の行き届いた映像は群を抜いていました。フェスティバル期間に交わされる会話でも話題になっていました。

『落としもの』は、瓶の王冠のような“おもしろいもの”を集めるのが好きな少年と、持ち主が分からない、不思議なクリーチャーとの、言葉を超えた交流を描いた短編です。
ある日、少年がいつものように“おもしろいもの”を探していると、浜辺に座る“それ”に出会います。夕方になっても“それ”の持ち主は現れない。少年は見捨てられず、“それ”が戻る所を探し始めます。“二人”は、名も知らぬ小道の先に“それ”が戻るべき場所を見つけます。月日が経ち、成長した少年は、もの哀しい“落としもの”にもう出くわすことはありません。「もう、落としものなんてないのかな」、それとも・・・。

本作はアヌシーの受賞後、2011年の米アカデミー賞の短編アニメーション賞のオスカーを射止めました。
ところで、米アカデミー賞の短編部門のノミネート決定には、数ある映画祭の中から選ばれた対象映画祭の受賞実績が考慮されます。アヌシーも、対象映画祭の一つですが、最優秀賞と審査員特別賞が対象になります。他の映画祭は、だいたい最優秀賞のみが対象ですから、アヌシーは別格なのです。2009年にオスカーを受賞した、加藤久仁生さんの『つみきのいえ』はアヌシーで2008年に短編部門の最優秀賞に輝いています。

もう少し横道にお付き合いください。わたしが『落としもの』に魅力を感じなかった背景があります。
本作がアヌシーに出品された2010年は、ヨーロッパのアニメーションにエポックメーキングな長編が登場しました。イスラエルのアリ・フォルマン監督の『戦場でワルツを(Waltz with Bashir)』です。
フォルマンさんは実写映画の監督で、『戦場でワルツ』は1982年のレバノン侵攻でイスラエル軍兵士だった監督の体験をアニメーションで描いたドキュメンタリー映画です。カンヌ映画祭で大きな話題となり、アヌシーではオープニング上映に選ばれ、翌年の米アカデミー賞外国語映画賞やアニー賞にノミネートされました。

先に触れた『パパ、ママをぶたないで』も、児童虐待の実話を基に描かれています。
それまで欧米ではアニメーションは子ども向けと考えられ、幼児・児童教育的なテーマや娯楽性の強い傾向でした。
ここ10年くらいで、変化が現れています。“おとな”向け映画として、アニメーションが映画制作者に再評価され、観客が期待し始めます。
こういう流れを追う、わたしの視線は片寄っていたのでしょう。あの時、『落としもの』に気づかなかったのですから・・・

今、『落としもの』の日本語字幕版が、ワーナー・オンデマンド「THE EDGE」で見られます。THE EDGEは昨年10月に始まった、ワーナー エンターテインメント ジャパンの動画配信サービスの一つで、海外のショートアニメーションが見られます。
配信作品の選考を始めた頃、THE EDGE担当者Tさんから『落としもの』を入れたいと言われました。
それまで制作したPassion Pictures(パッション・ピクチャーズ)と接点はなかったものの、プロデューサーのソフィー・バーンさんから直ぐに返事がきて、エージェントと交渉に入りました。
この時点でもわたしは、アヌシー以降本作を見ておらず、「印象の薄い作品」という気持ちのままでした。
Tさんは未見でしたが、前々から本作に興味を持って、「THE EDGE開始に、目玉作品がほしい」とオスカー受賞直後の本作を強く推されました。
スクリーナーが届き、改めて見ました。
THE LOST THING - Picture 5


共同監督のショーン・タンさんは何冊ものグラフィックスブックで人気を博していました。その作風は、不思議なクリーチャー(生き物)と繊細さが光るイラストで、ゆったりした時間感がおとなの読者を魅了しています。
「The Lost Thing」をアニメーション化では、タンさんも、共同監督でパッション・ピクチャーズ創立者のアンドリュー・ルヘマンさんも、原作の持つ美意識の再現を最優先したそうです。
なるほど、輝くようなファンタジーです。
THE LOST THING - Picture 2


ネタバレになりますが、少年と“それ”が行き着いた空間は、ルヘマンさんがメーキング・コメンタリーで語っているように、タンさんの魔法のキャラクターが遊ぶ、「素晴らしいユートピア」です。登場するクリーチャーはタンさんのデザイン。その数が多すぎて、全てをアニメーションにできなかったそうです。

“それ”と別れた少年は髪を撫でつけ、スーツを着込んで、路面電車に揺られ仕事先と家を往復する毎日を送っています。
監督の二人は「少年が“それ”を捨てたとしても、たとえ短い間でも、言葉を超えた、感動的な関係は現に存在した」ことを、見る者の心に刻みます。
タンさんが心を込めたナレーションの一語一語を、日本語字幕版で味わってください。

“それ”は、見る者それぞれが心の中に持っているのです。心の奥底に閉じこめて、本人も気づいていないことが多いのかも知れません。
アヌシーの初見で“それ”に気づかなかったわたしは、心が鈍くなっていたのでしょう。
「The Lost Thing」の邦題は「落としもの」になりましたが、「失ったもの」「忘れてしまったもの」を、心の中に探り直すファンタジーでしょう。
柔らかい心でアニメーションに接し、生きる楽しさを語る映画を日本に持ってきたい。『落としもの』はわたしに初心を取り戻させてくれました。


※ 『落としもの』は、ワーナー・オンデマンド THE EDGEで配信中>>

※ ショーン・タン監督、アンドリュー・ルヘマン監督のメーキング・コメンタリーもワーナー・オンデマンド THE EDGEでご覧になれます

※ ショーン・タン監督、アンドリュー・ルヘマン監督の略歴など>>


※ 「The Lost Thing」公式サイトでアートワークが見られます>> 

掲載画像「落としもの」より (c) Screen Australia & Passion Pictures Australia