デンマークのアニメーション産業
デンマークのアニメーションの黎明は、1910年代の作家・イラストレーターのロベルト・ストーム=ペテアセン(Robert Storm-Petersen)と風刺マンガ家スヴェン・ブラッシュ(Sven Brasch)による作家性の強い短編アニメーションに遡れます。デンマークの長編アニメーション映画の第一作「Fyrtojet (The Magic Tinderbox、魔法の火口箱)」は46年に制作されました。アラン・ヨンセン(Allan Johnsen)が監督した、このアニメーションはハンス・クリスチャン・アンデルセンの物語が原作で、ディズニーのスタイルと異なり公開時の評価は低かったものの、後年再評価が高まっています。ちなみに、東映アニメーション(東映動画)の日本初のカラー長編アニメーション映画「白蛇伝」は58年に完成しています。
しかし、デンマークの長編アニメーション制作は84年の「Samson og Sally (Samson & Sally)」まで中断します。一転、90年代になると長編アニメーションが復活し、7本が制作されます。特筆すべきは、この時期から国際共同製作が増加したことです。ドイツあるいはスカンジナビア諸国をパートナーとして、4本が国際共同製作されました。
そしてEU全体と歩を一に、2000年代になると長編アニメーションが一気に増加します。09年までに21本が制作され、内14本が国際共同製作です。パートナー国はドイツ、スカンジナビア諸国に加え、アイルランド、フランスに広がり、「Asterix and the Vikings(アステリックスとバイキングたち)」、「The boy who wanted to be a bear(白くまになりたかった子ども)」、「Niko - The Way to the Stars(ニコ スターへの道)」、「Metropia(メトロピア)」など、ヨーロッパのヒット作や話題作に参加するようになりました。加えて、ノルディック最大のアニメーション制作会社A.Filmが単独で制作した「Terkel in Trouble」は5億円以下で3DCG長編アニメーションを制作したことで、当時大きな話題となりました。10年と11年には5本が制作され、その全てがデンマーク単独で資金調達し、「The Great Bear」のCopenhagen Bombay社は高品質な3DCG/合成アニメーションを低予算(約3億円)で制作したことにより、ヨーロッパのアニメーション界のプロだけが参加するCartoon Movieで最優秀プロデューサー賞にノミネートされました。本年以降公開が予定される6本が制作中で、再び国際共同製作が増加しています(5本)。
現在デンマークには、A.Film、Egmont、Lego、International Television Entertainment、10 Interactive、Copenhagen Bombayなど20社ほどのアニメーション制作会社があり、400名以上が劇場公開用長編やテレビシリーズを制作しています。加えて、Zentropa、Nordisk Film、Magic Hour、ASA Film、Asta Filmという映画制作会社がアニメーションを制作することもあります。
アニメーション・ワークショップ(TAW)
<アニメーションとマンガによる地域経済振興>
デンマークには、2つのアニメーションの人材養成機関があります:
作家・監督養成は国立映画学校、アニメーター養成はTAWと棲み分けています。両校は制作面で協力関係にあり、国立映画学校の学生が監督する実習作品にTAWの学生がアニメーターとして参加することもあります。
TAWはデンマークのアニメーション業界へ優秀な人材を送り出し、今日の発展を支えています。
国際映画祭で学生作品が高く評価されるTAWは、ユニークな機関です。
常勤専属の教授や講師はおらず、世界中に250名ほどの実務者や専門家とコンタクトを持ち、客員教授や非常勤講師を招き、第一線で活躍するプロが指導を行います。3年半のバチェラーコース(学部レベル)のうち前半2年間をいくつかのモジュールに分け、トレーニング内容にふさわしい講師が指導します。残りの期間は卒業制作に充てられ、最終盤の数ヶ月間がインターン研修となります。インターン生の受け入れ先は150以上、国内はもとよりヨーロッパの企業と広く関係を持ち、日本とのネットワークも希望しています。
89年に設立されたTAWは、実務者の再トレーニングや独立系作家の制作支援を担い、92年には地元ヴィボール市の協力を得て、TVアニメの制作を始めました。若者に人気のアニメーションを失業対策にしたいという自治体の期待と合致した拡張でした。
93年頃からEUとのパイプが強まり、実務者向けのキャラクターアニメーションのトレーニングコースを立ち上げ、オランダやポーランドの教育機関との共同プロジェクトに参加するようになります。
96年には、アメリカからリチャード・ウィリアムス氏を客員教授として招き、短期のマスタークラスを実施。
ウィリアムス氏は98年、2001年そして02年にもマスタークラスで指導し、ヨーロッパ各国から460名もが参加しました。この間に、TAWはマスターレベルのトレーニング方法の基礎を固めました。TAWはウィリアムス氏に「ディズニーとは違うアニメーションスタイル」を求め、同氏の名著「The Animator's Survival Kit (Applied Arts)」はこのマスタークラスから誕生しました。
03年に、TAWはCVU Midt-Vest(デンマーク中西部の統合大学)傘下の国立機関となり、バチェラーコース(学部レベル)を開設。一方、子ども向けのアニメーション指導や、ヴィボール市や中央政府・文化省の理解と助成を受けて実務者向けの短期訓練コースも担うようになります。今後は、通年のマスターコース(大学院レベル)を創設し、マンガ、脚本、サイエンス・アニメーションの新コースを立ち上げる計画があります。
TAWが創立時から続け、TAWを特徴づけるのが“オープンワークショップ”、いわゆるアーティストインレジデンスです。中央政府からの予算で、独立系作家に創作環境を提供しています。作家・監督の参加の仕方はフレキシブルで、参加者の国籍を問わず、半数は外国人です。
また、EU内の大学や専門校との交流が活発で、EUの支援で実施される「Animation Sans Frontiere(アニメーション・サンフロンティエール=国境なきアニメーション)」は、TAW、フランスのゴブラン校、ドイツのバーデンバーデンヴュルテンベルク州立フィルムアカデミー、ハンガリーのMOME校が持ち回りで、学生を移動させながら行うワークショップです。若手は早い時期から国境を越えた活動に慣れ、EUにおける国際共同製作のハードルを低くしています。
ヴィボールの「アニメーション・センター」構想
デンマークでも、制作会社はコペンハーゲンに集中しています。
ユトランド半島にあるTAWは、クロスメディアのコンテンツ産業による雇用創出と地域経済振興を期待されています。
在校生・卒業生の起業支援をおこなうインキュベーションハウスのMiJAV(ミャオ)、アニメーションの活用分野を広げるための研究支援機構The Animation Hubが併設されています。地元にハイスキルな若者が残り、コペンハーゲンや外国とのビジネスを広げ、アニメーション、ゲームそして今後はマンガによる産業振興のため、モルテン・トルニング校長は「ヴィボールを、TAWを中心とする、アニメーション・センターにする」という目標を掲げ、TAWを拡大させています。
2009年TAW訪問記>>
デンマーク発ゲームの躍進
デンマークはゲーム開発の先進地です。
2Dパズルアクションゲーム「Max and the Magic Marker(らくがきヒーロー)」、英国のポケット・ゲーム賞を受賞した「Mystery Mania Mobile」、そしてゲームデベロッパーズ カンファレンス(GDC)に7度もノミネートされたPlaydead社の「Limbo」(52万以上のダウンロード)。Unity Technologies社が“ゲーム開発の民主化”を掲げて提供する3Dゲーム開発ツール「Unity」には多くの愛用者がいます。
米国で開催されるGDCで世界中のゲーム開発者が一斉に48時間以内でゲームを開発する恒例イベント「Global Game Jam」はデンマークのゲーム開発イベント「Nordic Game Jam」をモデルにしたなど、“ノルディック発”、“個人か小さなチーム”、“低価格か無料”、そしてエンドユーザが積極的に開発に参加する“participate design”という新たなスタイルのタイトルが世界的な潮流になっています(ゲームジャーナリストの新清士氏のGDC2011レポートより)。
デンマークのゲームは、ゲーム開発者、業界プレスそして学術研究機関の三者連携で発展してきました。
コペンハーゲンIT大学(IT-University of Copenhagen)そしてデンマーク国立アカデミー・デジタル・インタラクティブ・エンタテインメント学校(National Academy of Digital, Interactive Entertainment)を筆頭にデンマーク中の大学や教育機関とゲーム業界は人材育成や研究開発で協働しています。
さらに、デンマークのゲームはエンタテインメントを超え、身体障害者や高齢者を支える双方向コミュニケーションツールへと発展しつつあります。ヨーロッパではアニメーションとゲームの境目は消えつつあります。それぞれの素養を持つクリエイターらがクロスメディアで活躍を始めています。ヴィボールにも若いクリエイターやプロデューサーらがゲーム開発のスタジオを置き、TAWの学生の雇用も始まっています。
デンマークのアニメーションの黎明は、1910年代の作家・イラストレーターのロベルト・ストーム=ペテアセン(Robert Storm-Petersen)と風刺マンガ家スヴェン・ブラッシュ(Sven Brasch)による作家性の強い短編アニメーションに遡れます。デンマークの長編アニメーション映画の第一作「Fyrtojet (The Magic Tinderbox、魔法の火口箱)」は46年に制作されました。アラン・ヨンセン(Allan Johnsen)が監督した、このアニメーションはハンス・クリスチャン・アンデルセンの物語が原作で、ディズニーのスタイルと異なり公開時の評価は低かったものの、後年再評価が高まっています。ちなみに、東映アニメーション(東映動画)の日本初のカラー長編アニメーション映画「白蛇伝」は58年に完成しています。
しかし、デンマークの長編アニメーション制作は84年の「Samson og Sally (Samson & Sally)」まで中断します。一転、90年代になると長編アニメーションが復活し、7本が制作されます。特筆すべきは、この時期から国際共同製作が増加したことです。ドイツあるいはスカンジナビア諸国をパートナーとして、4本が国際共同製作されました。
そしてEU全体と歩を一に、2000年代になると長編アニメーションが一気に増加します。09年までに21本が制作され、内14本が国際共同製作です。パートナー国はドイツ、スカンジナビア諸国に加え、アイルランド、フランスに広がり、「Asterix and the Vikings(アステリックスとバイキングたち)」、「The boy who wanted to be a bear(白くまになりたかった子ども)」、「Niko - The Way to the Stars(ニコ スターへの道)」、「Metropia(メトロピア)」など、ヨーロッパのヒット作や話題作に参加するようになりました。加えて、ノルディック最大のアニメーション制作会社A.Filmが単独で制作した「Terkel in Trouble」は5億円以下で3DCG長編アニメーションを制作したことで、当時大きな話題となりました。10年と11年には5本が制作され、その全てがデンマーク単独で資金調達し、「The Great Bear」のCopenhagen Bombay社は高品質な3DCG/合成アニメーションを低予算(約3億円)で制作したことにより、ヨーロッパのアニメーション界のプロだけが参加するCartoon Movieで最優秀プロデューサー賞にノミネートされました。本年以降公開が予定される6本が制作中で、再び国際共同製作が増加しています(5本)。
現在デンマークには、A.Film、Egmont、Lego、International Television Entertainment、10 Interactive、Copenhagen Bombayなど20社ほどのアニメーション制作会社があり、400名以上が劇場公開用長編やテレビシリーズを制作しています。加えて、Zentropa、Nordisk Film、Magic Hour、ASA Film、Asta Filmという映画制作会社がアニメーションを制作することもあります。
アニメーション・ワークショップ(TAW)
<アニメーションとマンガによる地域経済振興>
デンマークには、2つのアニメーションの人材養成機関があります:
- The animation workshop(アニメーション・ワークショップ):ユトランド半島中部ヴィボール、ドローイング/CG/キャラクターアニメーションのアニメーター養成の国立機関 http://www.animwork.dk
- The Danish Film School(デンマーク国立映画学校):コペンハーゲン、アニメーション作家・監督の養成機関 http://www.filmskolen.dk
作家・監督養成は国立映画学校、アニメーター養成はTAWと棲み分けています。両校は制作面で協力関係にあり、国立映画学校の学生が監督する実習作品にTAWの学生がアニメーターとして参加することもあります。
TAWはデンマークのアニメーション業界へ優秀な人材を送り出し、今日の発展を支えています。
国際映画祭で学生作品が高く評価されるTAWは、ユニークな機関です。
常勤専属の教授や講師はおらず、世界中に250名ほどの実務者や専門家とコンタクトを持ち、客員教授や非常勤講師を招き、第一線で活躍するプロが指導を行います。3年半のバチェラーコース(学部レベル)のうち前半2年間をいくつかのモジュールに分け、トレーニング内容にふさわしい講師が指導します。残りの期間は卒業制作に充てられ、最終盤の数ヶ月間がインターン研修となります。インターン生の受け入れ先は150以上、国内はもとよりヨーロッパの企業と広く関係を持ち、日本とのネットワークも希望しています。
89年に設立されたTAWは、実務者の再トレーニングや独立系作家の制作支援を担い、92年には地元ヴィボール市の協力を得て、TVアニメの制作を始めました。若者に人気のアニメーションを失業対策にしたいという自治体の期待と合致した拡張でした。
93年頃からEUとのパイプが強まり、実務者向けのキャラクターアニメーションのトレーニングコースを立ち上げ、オランダやポーランドの教育機関との共同プロジェクトに参加するようになります。
96年には、アメリカからリチャード・ウィリアムス氏を客員教授として招き、短期のマスタークラスを実施。
ウィリアムス氏は98年、2001年そして02年にもマスタークラスで指導し、ヨーロッパ各国から460名もが参加しました。この間に、TAWはマスターレベルのトレーニング方法の基礎を固めました。TAWはウィリアムス氏に「ディズニーとは違うアニメーションスタイル」を求め、同氏の名著「The Animator's Survival Kit (Applied Arts)」はこのマスタークラスから誕生しました。
03年に、TAWはCVU Midt-Vest(デンマーク中西部の統合大学)傘下の国立機関となり、バチェラーコース(学部レベル)を開設。一方、子ども向けのアニメーション指導や、ヴィボール市や中央政府・文化省の理解と助成を受けて実務者向けの短期訓練コースも担うようになります。今後は、通年のマスターコース(大学院レベル)を創設し、マンガ、脚本、サイエンス・アニメーションの新コースを立ち上げる計画があります。
TAWが創立時から続け、TAWを特徴づけるのが“オープンワークショップ”、いわゆるアーティストインレジデンスです。中央政府からの予算で、独立系作家に創作環境を提供しています。作家・監督の参加の仕方はフレキシブルで、参加者の国籍を問わず、半数は外国人です。
また、EU内の大学や専門校との交流が活発で、EUの支援で実施される「Animation Sans Frontiere(アニメーション・サンフロンティエール=国境なきアニメーション)」は、TAW、フランスのゴブラン校、ドイツのバーデンバーデンヴュルテンベルク州立フィルムアカデミー、ハンガリーのMOME校が持ち回りで、学生を移動させながら行うワークショップです。若手は早い時期から国境を越えた活動に慣れ、EUにおける国際共同製作のハードルを低くしています。
ヴィボールの「アニメーション・センター」構想
デンマークでも、制作会社はコペンハーゲンに集中しています。
ユトランド半島にあるTAWは、クロスメディアのコンテンツ産業による雇用創出と地域経済振興を期待されています。
在校生・卒業生の起業支援をおこなうインキュベーションハウスのMiJAV(ミャオ)、アニメーションの活用分野を広げるための研究支援機構The Animation Hubが併設されています。地元にハイスキルな若者が残り、コペンハーゲンや外国とのビジネスを広げ、アニメーション、ゲームそして今後はマンガによる産業振興のため、モルテン・トルニング校長は「ヴィボールを、TAWを中心とする、アニメーション・センターにする」という目標を掲げ、TAWを拡大させています。
2009年TAW訪問記>>
デンマーク発ゲームの躍進
デンマークはゲーム開発の先進地です。
2Dパズルアクションゲーム「Max and the Magic Marker(らくがきヒーロー)」、英国のポケット・ゲーム賞を受賞した「Mystery Mania Mobile」、そしてゲームデベロッパーズ カンファレンス(GDC)に7度もノミネートされたPlaydead社の「Limbo」(52万以上のダウンロード)。Unity Technologies社が“ゲーム開発の民主化”を掲げて提供する3Dゲーム開発ツール「Unity」には多くの愛用者がいます。
米国で開催されるGDCで世界中のゲーム開発者が一斉に48時間以内でゲームを開発する恒例イベント「Global Game Jam」はデンマークのゲーム開発イベント「Nordic Game Jam」をモデルにしたなど、“ノルディック発”、“個人か小さなチーム”、“低価格か無料”、そしてエンドユーザが積極的に開発に参加する“participate design”という新たなスタイルのタイトルが世界的な潮流になっています(ゲームジャーナリストの新清士氏のGDC2011レポートより)。
デンマークのゲームは、ゲーム開発者、業界プレスそして学術研究機関の三者連携で発展してきました。
コペンハーゲンIT大学(IT-University of Copenhagen)そしてデンマーク国立アカデミー・デジタル・インタラクティブ・エンタテインメント学校(National Academy of Digital, Interactive Entertainment)を筆頭にデンマーク中の大学や教育機関とゲーム業界は人材育成や研究開発で協働しています。
さらに、デンマークのゲームはエンタテインメントを超え、身体障害者や高齢者を支える双方向コミュニケーションツールへと発展しつつあります。ヨーロッパではアニメーションとゲームの境目は消えつつあります。それぞれの素養を持つクリエイターらがクロスメディアで活躍を始めています。ヴィボールにも若いクリエイターやプロデューサーらがゲーム開発のスタジオを置き、TAWの学生の雇用も始まっています。