WAT 2019 女性監督ドキュメンタリーアニメーショントークイベント「”生きづらさ”に挑む、韓国の女性監督」
特別ゲスト:映画パブリシスト、岸野令子さん
聞き手:伊藤裕美(WAT2019主催・オフィスH代表)
開催日時:2019年9月1日(日) 15:50〜16:40
場所:京都・出町座
岸野令子さんの略歴:映画パブリシスト(広報宣伝、配給)。1997年以来、毎年釜山国際映画祭、全州(チョンジュ)国際映画祭、ソウル国際女性映画際に参加し、韓国映画の動向を見続けています。
主な配給作品−「髪結いの亭主」「永遠なる帝国」「もし、あなたなら〜6つの視線」「永遠の語らい」「金子文子と朴烈」
主な宣伝作品−「赤毛のアン」 「子猫をお願い」「ほとりの朔子」「ニッポン国VS泉南石綿村」
主な企画−大阪韓国映画祭、中国映画祭(ホクテンザ)、燃える7時間〜 日韓映画バトル
岸野令子さんのトークノート
韓国映画は「シュリ」「JSA」あたりから1000万人動員を越すメガヒット映画が増え、国内のみならず国際的な脚光を浴びています。
歴史を翻れば、1998年に金大中大統領(当時)が日本文化の開放を決め、「韓国映画は韓国の文化を世界に知らせるツール」であると、積極的に映画振興を政策に取り入れ、制作支援や海外プロモーションに力を入れるようになりました。すでに開校していた韓国映画アカデミーに加え、国立芸術総合学校にも映画科を設置、また各私立大学にも映画演劇学部といった学部が設置されていきます。
商業映画で新人監督が積極的に起用されるようになりますが、ヒットしないと次回作が撮れず、1作だけの監督も増えます。映画祭だけでお蔵入りになる映画も多くあります。
さらに女性の場合は、大学で優秀な成績を納めても監督になるチャンスは男性より少ないのが現状です。
このような背景から、多くの女性監督は独立映画(インディペンデント映画)で作品を発表することとなり、小規模で製作できるドキュメンタリーやアニメーションに女性監督の名前がたくさん並びます。ソウル国際女性映画祭が若い女性監督をサポートして育てていることも女性監督が増えている理由です。
女性監督たちは〈商業映画〉から排除されたがゆえに、自分たちの問題を映画で表現するフェミニズム的な傾向が強くなります。
彼女たちが問題にしたのは儒教的伝統に根ざした家父長制による女性差別です。このテーマの作品は非常に多く、代表的な映画はチョン・ジェウン監督の「子猫をお願い」でしょう。
■ チョン・ジェウン監督「子猫をお願い」(2001年)
商業高校を卒業したての5人の女性たち(19〜20才、韓国では数え年)が家庭内に残る家父長制・男子優先の因習、就職や昇進での差別、セクハラ、経済格差など、社会に出てさまざまな生きづらい現実に直面します。この女性たちのその後が、いわば小説「82年生まれ、キム・ジヨン」になるわけです。ある意味で15年後も韓国社会の生きづらさは変わっていないともいえます。
シネマコリア レビュー>
チョン・ジェウン監督は「子猫をお願い」、その後の映画もヒットせず、商業映画がなかなか撮れない状況が続いているそうですが、大学で教鞭を執り、映画祭の審査員などを務めています。監督の映画は叫んだり、喚いたりするシーンがなく、ヨーロッパ映画のような雰囲気を持っており、私は監督の才能に惚れこみました。
独立映画で製作をする場合、女性監督たちは労働組合や女性運動団体と共同で製作するケースがあります。当然、セクハラ、パワハラ、職場の女性差別などをテーマにした作品が増えます。
わたしが注目した女性監督の作品をいくつか紹介しましょう。
■ チミン監督 「2 LINES あるカップルの選択」(2011年)
結婚せず同居生活をはじめたカップル(チミン監督とパートナーのイ・チョルさん)が、妊娠をきっかけに自分たちのこれからを話し合い、出産後の子どもの病気手術の必要から結婚届を出すというセルフドキュメンタリーです。韓国では医療援助を受けるには正式の夫婦でないといけないという制度だったからです。
アニメではありませんが、アニメ的な場面を使ってドキュメンタリーを面白く見せる工夫をしています。

シネマコリア レビュー『2LINES あるカップルの選択』〜新たな形の幸せを求めて模索するふたり>
■ キョンスン監督「レッドマリア それでも女は生きていく」(2011年)
非正規労働者、ホームレス女性、セックスワーカー、結婚移住した女性、元「慰安婦」、介護労働する在日二世など、さまざまな境遇の韓国人女性が取り上げられています。
映画公式サイト>
チミン監督とキョンスン監督はどちらも姓を名乗らず名前だけにしています。韓国は夫婦別姓ですが、日本と違うのは、女性は男性の家系(族譜)に入れません。すなわち、女性は子供を産む存在であって、結婚しても女性だけ旧姓のまま、子供は男性の姓を名乗ります。家父長的な制度に反対するための“苗字を使わない運動”なのです。
■ オ・ソヨン監督「塩花の日々 希望のバスに乗る」(2012年)
このドキュメンタリーは、本日上映のアニメ「希望のバス、ラブストーリー」(WAT 2019 Bプログラム)と同じ、韓国の巨大造船メーカー韓進重工業の労働争議と一大市民運動となった希望のバス運動のドキュメンタリーです。
韓国ドキュメンタリー「塩花の木々 希望のバスに乗る」上映会の報告>
■ アオリ監督「私の非情な家」(2013年)
実の父親から性的虐待を受けていた女性の告発を描いたドキュメンタリーで、山形国際ドキュメンタリー映画祭で紹介されました。女性は実父を裁判で訴えましたが、母と妹は父の側に立ち、家族内で孤立してしまいます。
WAT 2019 Aプログラムの「父の部屋」は、監督本人が父親から受けた虐待と父への複雑な感情を描いていますね。
■ チャン・ヒソン監督「和気あいあい」(2005年)
職場のセクハラ問題などを実際のデータなどに基づいて取り上げた作品で、韓国女性労働者協議会とチャン監督の共同製作で、4つのエピソード「初体験」「ミソンの場合」「何があったのか…」「刻舟求剣」からなるオムニバスです。
韓国の人権委員会が製作支援する人権啓発映画にも女性監督が多く登用されています。
チャン・ジェウン監督はオムニバス映画「もし、あなたなら〜6つの視線」に「その男、事情あり」で参加しています。単なる啓発ではなく、それぞれの監督が作家性を保持しながら<人権>について考える形態になっており、映画として面白いものになっています。
シネマコリア 岸野さんが「もし、あなたなら〜6つの視線」を配給した経緯>
韓国映画が描くテーマも多様化しており、外国人に対する差別、移民労働者などを女性監督も描いています。
以上韓国の実写映画から女性監督たちの視点や社会との接点が分かる映画を紹介しました。韓国でもアニメーションはもっと個人的なテーマも多いのですが、それでも、日本より社会的な視野を持った作品が多いなと感じています。
■ WAT 2019上映中の「Birth-つむぐいのち」「Birth-おどるいのち」(総合監督:若見ありさ)の感想
私はWAT 2019のAプログラムとBプログラムの日本作品を見て、出産シーンばかりで、もういいと思いました。「出産を秘事ではなく、オープンに家族内や友だち同士で話せるようにしたい」という若見監督の製作意図は支持しますが、出産の前にはセックスがあり、出産後には長い子育てがあります。例えば、チミン監督の「2 LINES あるカップルの選択」では妊娠が分かって、出産そして入籍までチミン監督とパートナーのチョルさんは実によく話し合い、二人で結論を出していきます。それらを抜きにして女性が担う<出産>だけでは、女性と男性の役割分担という古い観念を感じ取ってしまうのです。監督から直接話しを伺ってみたいものです。
Birth-つむぐいのち>
Birth-おどるいのち>
女性監督を取り巻く韓国の社会背景と共に、女性監督たちが日々奮闘する姿を熱く語ってくださった岸野令子さん、ありがとうございました。
WAT 2019 女性監督ドキュメンタリー・アニメーション 公式サイト>
京都・出町座での上映 8月31日〜9月13日>
神戸と姫路の1日限定上映
Animation Runs! in 神戸『WAT2019 世界のアニメーションシアター』9月8日(日)>
Animation Runs! vol.48『WAT2019 世界のアニメーションシアター』9月23日(月・祝)>
特別ゲスト:映画パブリシスト、岸野令子さん
聞き手:伊藤裕美(WAT2019主催・オフィスH代表)
開催日時:2019年9月1日(日) 15:50〜16:40
場所:京都・出町座

主な配給作品−「髪結いの亭主」「永遠なる帝国」「もし、あなたなら〜6つの視線」「永遠の語らい」「金子文子と朴烈」
主な宣伝作品−「赤毛のアン」 「子猫をお願い」「ほとりの朔子」「ニッポン国VS泉南石綿村」
主な企画−大阪韓国映画祭、中国映画祭(ホクテンザ)、燃える7時間〜 日韓映画バトル
岸野令子さんのトークノート
韓国映画は「シュリ」「JSA」あたりから1000万人動員を越すメガヒット映画が増え、国内のみならず国際的な脚光を浴びています。
歴史を翻れば、1998年に金大中大統領(当時)が日本文化の開放を決め、「韓国映画は韓国の文化を世界に知らせるツール」であると、積極的に映画振興を政策に取り入れ、制作支援や海外プロモーションに力を入れるようになりました。すでに開校していた韓国映画アカデミーに加え、国立芸術総合学校にも映画科を設置、また各私立大学にも映画演劇学部といった学部が設置されていきます。
商業映画で新人監督が積極的に起用されるようになりますが、ヒットしないと次回作が撮れず、1作だけの監督も増えます。映画祭だけでお蔵入りになる映画も多くあります。
さらに女性の場合は、大学で優秀な成績を納めても監督になるチャンスは男性より少ないのが現状です。
このような背景から、多くの女性監督は独立映画(インディペンデント映画)で作品を発表することとなり、小規模で製作できるドキュメンタリーやアニメーションに女性監督の名前がたくさん並びます。ソウル国際女性映画祭が若い女性監督をサポートして育てていることも女性監督が増えている理由です。
女性監督たちは〈商業映画〉から排除されたがゆえに、自分たちの問題を映画で表現するフェミニズム的な傾向が強くなります。
彼女たちが問題にしたのは儒教的伝統に根ざした家父長制による女性差別です。このテーマの作品は非常に多く、代表的な映画はチョン・ジェウン監督の「子猫をお願い」でしょう。
■ チョン・ジェウン監督「子猫をお願い」(2001年)
商業高校を卒業したての5人の女性たち(19〜20才、韓国では数え年)が家庭内に残る家父長制・男子優先の因習、就職や昇進での差別、セクハラ、経済格差など、社会に出てさまざまな生きづらい現実に直面します。この女性たちのその後が、いわば小説「82年生まれ、キム・ジヨン」になるわけです。ある意味で15年後も韓国社会の生きづらさは変わっていないともいえます。
シネマコリア レビュー>
チョン・ジェウン監督は「子猫をお願い」、その後の映画もヒットせず、商業映画がなかなか撮れない状況が続いているそうですが、大学で教鞭を執り、映画祭の審査員などを務めています。監督の映画は叫んだり、喚いたりするシーンがなく、ヨーロッパ映画のような雰囲気を持っており、私は監督の才能に惚れこみました。
独立映画で製作をする場合、女性監督たちは労働組合や女性運動団体と共同で製作するケースがあります。当然、セクハラ、パワハラ、職場の女性差別などをテーマにした作品が増えます。
わたしが注目した女性監督の作品をいくつか紹介しましょう。
■ チミン監督 「2 LINES あるカップルの選択」(2011年)
結婚せず同居生活をはじめたカップル(チミン監督とパートナーのイ・チョルさん)が、妊娠をきっかけに自分たちのこれからを話し合い、出産後の子どもの病気手術の必要から結婚届を出すというセルフドキュメンタリーです。韓国では医療援助を受けるには正式の夫婦でないといけないという制度だったからです。
アニメではありませんが、アニメ的な場面を使ってドキュメンタリーを面白く見せる工夫をしています。

シネマコリア レビュー『2LINES あるカップルの選択』〜新たな形の幸せを求めて模索するふたり>
■ キョンスン監督「レッドマリア それでも女は生きていく」(2011年)
非正規労働者、ホームレス女性、セックスワーカー、結婚移住した女性、元「慰安婦」、介護労働する在日二世など、さまざまな境遇の韓国人女性が取り上げられています。
映画公式サイト>
チミン監督とキョンスン監督はどちらも姓を名乗らず名前だけにしています。韓国は夫婦別姓ですが、日本と違うのは、女性は男性の家系(族譜)に入れません。すなわち、女性は子供を産む存在であって、結婚しても女性だけ旧姓のまま、子供は男性の姓を名乗ります。家父長的な制度に反対するための“苗字を使わない運動”なのです。
■ オ・ソヨン監督「塩花の日々 希望のバスに乗る」(2012年)
このドキュメンタリーは、本日上映のアニメ「希望のバス、ラブストーリー」(WAT 2019 Bプログラム)と同じ、韓国の巨大造船メーカー韓進重工業の労働争議と一大市民運動となった希望のバス運動のドキュメンタリーです。
韓国ドキュメンタリー「塩花の木々 希望のバスに乗る」上映会の報告>
■ アオリ監督「私の非情な家」(2013年)
実の父親から性的虐待を受けていた女性の告発を描いたドキュメンタリーで、山形国際ドキュメンタリー映画祭で紹介されました。女性は実父を裁判で訴えましたが、母と妹は父の側に立ち、家族内で孤立してしまいます。
アオリ監督のコメント「私たちの社会では、家族は誰の介入も許さない聖域だ。ドメスティック・バイオレンスをはじめ、あらゆる家庭内の問題が隠蔽されてきた。この問題のあるシステムが確立したのは、家長に強すぎる権限を与えてきた結果だ。そこでは問題解決のための基本的な行動を取ることさえ難しい。家父長制の家庭は小さな王国で、父親がすべてを支配している。この映画は、家庭内の性的虐待はなぜ起こるのか、なぜ阻止することができず、法律も力を持たないのかという問いに対し、独自の、意味ある答えを提示することを目指している」。(山形国際映画祭2015 カタログより)
WAT 2019 Aプログラムの「父の部屋」は、監督本人が父親から受けた虐待と父への複雑な感情を描いていますね。
■ チャン・ヒソン監督「和気あいあい」(2005年)
職場のセクハラ問題などを実際のデータなどに基づいて取り上げた作品で、韓国女性労働者協議会とチャン監督の共同製作で、4つのエピソード「初体験」「ミソンの場合」「何があったのか…」「刻舟求剣」からなるオムニバスです。
韓国の人権委員会が製作支援する人権啓発映画にも女性監督が多く登用されています。
チャン・ジェウン監督はオムニバス映画「もし、あなたなら〜6つの視線」に「その男、事情あり」で参加しています。単なる啓発ではなく、それぞれの監督が作家性を保持しながら<人権>について考える形態になっており、映画として面白いものになっています。
シネマコリア 岸野さんが「もし、あなたなら〜6つの視線」を配給した経緯>
韓国映画が描くテーマも多様化しており、外国人に対する差別、移民労働者などを女性監督も描いています。
以上韓国の実写映画から女性監督たちの視点や社会との接点が分かる映画を紹介しました。韓国でもアニメーションはもっと個人的なテーマも多いのですが、それでも、日本より社会的な視野を持った作品が多いなと感じています。
■ WAT 2019上映中の「Birth-つむぐいのち」「Birth-おどるいのち」(総合監督:若見ありさ)の感想
私はWAT 2019のAプログラムとBプログラムの日本作品を見て、出産シーンばかりで、もういいと思いました。「出産を秘事ではなく、オープンに家族内や友だち同士で話せるようにしたい」という若見監督の製作意図は支持しますが、出産の前にはセックスがあり、出産後には長い子育てがあります。例えば、チミン監督の「2 LINES あるカップルの選択」では妊娠が分かって、出産そして入籍までチミン監督とパートナーのチョルさんは実によく話し合い、二人で結論を出していきます。それらを抜きにして女性が担う<出産>だけでは、女性と男性の役割分担という古い観念を感じ取ってしまうのです。監督から直接話しを伺ってみたいものです。
Birth-つむぐいのち>
Birth-おどるいのち>
女性監督を取り巻く韓国の社会背景と共に、女性監督たちが日々奮闘する姿を熱く語ってくださった岸野令子さん、ありがとうございました。
WAT 2019 女性監督ドキュメンタリー・アニメーション 公式サイト>

神戸と姫路の1日限定上映

