2006年04月01日

流れるごとく

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流れるごとく

千鳥ケ淵に、今日も立ちました。

ここに立って、ふと思ったのです。

「お堀の土手の中に遊び、足元の草の茂みに咲く小さな花、そして虫たち、そこで見上げた降るように垂れ下がった桜の花を、じっと見つめていたこと・・・」

桜の花を見ているのではなく、そこに立っていた自分自身の心が見えたのです。その「心の風景」を、ここで出逢った光景の中に感じていたのです。

草が、花が、枝が、光の中に流れるごとく・・・。

http://www2c.biglobe.ne.jp/~ofuroudo/tidorigahuti_nagare.html



ofuroudo at 00:27│Comments(2)

この記事へのコメント

1. Posted by 工坊   2006年04月01日 09:44
すごい写真ですね。さすがです。地に足をしっかりと下ろし花を咲かせ、その姿を自分の足元に知らしめるという桜の姿。まるで人の生き様。そう、桜の潔い生き様そのものを見ている感覚です。
2. Posted by 温泉人(おふろうど)   2006年04月02日 17:15
工坊さん、毎日昼休みに千鳥ケ淵に足を運んで写真を撮りました。最初は、周りの見物人に混じって、桜の花に目が行ったのです。でも、ここに立つと、子供の頃に山形の霞城公園のお堀端に立って、斜面の草むらにいきものを間近に見ていたことを思い出したのです。
心が決まりました。その自分の「心の風景」のままに、その視点のままに土手を、草を撮っていました。
こうして出来たのが、コレでした。やっぱり、その人が大切にしている視点こそ、その人の表現に必要なのだと実感したのです。
ますます、自分の「心の風景」大事にして行きたいと感じたのです。

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