2006年11月12日

湯煙の向こうに自分が見える(新木鉱泉)

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新木鉱泉(新木鉱泉旅館)

ここは、これだけ温泉にどっぷり浸かることになったきっかけを作ってくれた湯である。

長期間に渡って仕事をこなそうとした結果、心底くたびれ、基礎体力がどーんと落ちてしまい、どこにでも空気中に漂う雑菌に立ち向かえなくなり、急性の肺炎になって入院治療をしたことがある。退院後、体力を戻すためにと、以前から自分が無理せずに自分らしく居られるところ秩父を訪ねた。

体力回復にと、初めて34箇所の札所をめぐる途中、ここ四番札所「金昌寺」で、慈母観音(子育て観世音)に出会った。にこやかに微笑んでいて、生まれた子供におちちを飲ませている姿に、なんとも言えず優しさを感じた。

この金昌寺近くの新木鉱泉を訪ねた。当時から外湯(お風呂だけ入りに来ること)を歓迎する優しさ、そして民芸調のたたずまいと、素朴な湯であったことで、静かに自分の体力をゆっくりと回復することができた。何度も秩父を訪れるたびに、この思い出の湯に立ち寄るところとなっている。

秩父には、東京で暮らすことになり1年が過ぎようとしたころに初めて訪ねた。生まれ育った東北の田舎の環境とは大きく変わり、しかも社会人になりたてで、何もかにもが一度に押し寄せてきた毎日の中、改めて自分の生き方を問いかけたころであった。そのような中で、「積極的に自然に親しむ人生を歩む」と、これまでの自分のたどった道を思い浮かべながら先の生きかたをイメージし、「これなら自分らしい生き方ができる」と心に決めたころであった。まもなく、職場の実習先でお世話になった方に誘われ、写真部に席を置き、休日にカメラ片手に石仏を撮りに訪ねたことが最初だった。

そこで見たものは、田んぼで走り回る子供の光景、寄り合いバスでふざけて騒ぐ子供にきちっと声をかけてやさしく注意するお年寄り、このなにげない光景がなんともいとおしく感じた。そして、ほとんど無人の横瀬駅で電車のドアが開いた途端、いっせいに蛙の鳴き声が耳に飛び込んできたことで、眠っていた何かが呼び起こされるような衝撃的な感じを受けたことを覚えている。

こうして、大切な何かに心が揺れたところ、それが私の秩父との出会いである。

それ以来漠然とではあったが、“秩父に近い所に住みたい”という思いが沸いてきた。縁あって、ここ埼玉・富士見市に住処を決めたが、心の中心で満足してこの地に暮らす自分が、今ここに居る。

話を戻してみたい。きっと自然で満たされ、素朴な感じがする秩父だったからこそ、体力、気力のレベルがこれほど低下した時でも、行ってみたいと強く思えたのだろう。そして、この新木鉱泉の湯に浸かった瞬間、小さい頃に嗅いだ、イオウの香(蔵王温泉を温泉と思って過ごした)がなんとも懐かしく、心のど真ん中が揺さぶれる感じで、もうたまらない。特に、最初のころに出会った改造前の浴槽は、湯の出口から岩を伝って湯舟に注いでいたため、イオウの成分が流れに添って黄色く湯花が付着してるのがまた良かった。湯舟すれすれに口と鼻をすりよせて、体中のすべての感覚で溺れるように香りを嗅いだ。そして透明な湯に浸かっていると、ぬるりとした感触にまた感激。

有り難し、有り難し。もう、なにもかも有り難くて、有り難くて。

そして湯上がりの脱衣場では、秩父音頭の素朴な民謡が流れ、いつしか心が癒されていった。

秩父は、とても魅力的なところ。札所巡りの地で、山里の道端のいたるところに観音様がいらっしゃるように感じる、やさしい気配がするところ。露天の湯船の板塀のすき間からは、農家の畑が間近に臨め、気取らない普段のなにげない景色がそこにある。

こんなやさしさいっぱいの、素朴な落ち着いた民芸調の宿。

そして、夜9時を過ぎるころには、今日も元気で働いた宿のおばさんたちもいっしょに湯に入り、いつしか馴染みになっていた。

「こんにちわ、お元気そうですね」

http://www.onsen-yado.net/(新木鉱泉)

http://www.fudasyo.com/(秩父札所巡り)

http://www2c.biglobe.ne.jp/~ofuroudo/ofuro-udo.htm(湯煙の向こうに自分が見える)

http://www2c.biglobe.ne.jp/~ofuroudo/ofuroudo_kizi01.html(取材記事)



ofuroudo at 00:03│Comments(0)

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