2007年01月22日

☆唐傘

☆唐傘


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お城のお堀近くの3軒長屋、その裏庭が、子供にとっての大自然そのものであった。
柿の大木や草木、クモ、柿の木のお神楽虫、垣根の土クモ、すべてが大自然。そのなかで大きな柿の木の下が広場で端には蕗や竹、はずれにはお稲荷さんがあった。
その広場は、近所の子供達が集まって何やらごそごそやる場所であった。しっとりとした雨の日は、茂みの中の大自然の気配が増幅されて、毎日毎日その中に居た。

その中で特に気に入った遊びがあった。 それは大きな唐傘を使った遊び。
プンと開いたときの油のにおい、これを3つ4つと庭に持ち出し傘と傘を合わせてぐるっとまるくする。しばらくそのまま遊んでいるが、家の新聞紙を持ち出し傘の下に敷き詰め、さらに座布団を持ち出しその上にゴロリと横になる。そして傘の天井を見上げる。和紙に油を塗った傘は光をよく通しオレンジ色の晴れた日の光の色となる。曇っていても傘の中は明るいオレンジ色の晴の色である。この時の記憶だろうか、いまでも一番好きな色はオレンジ色。

知らずに寝入ってしまった。回りが囲われ回りの音もオブラートに包まれ、視覚もオレンジ色の油のしみた和紙と竹の骨、そして竹の竿の鉄のバネ。こんな中にいて妙に落ちついた心持ちになる。そして座布団の敷き詰められた”わが家”は、まさに自分の想像力を大いにたくましく広げ、なにものにも束縛されない空間を作っているのだ。 時には、友だちが訪ねてくる。二人だけで、もう満杯。お客さんを迎えて何を話したのだろう。

傘の外は子供にとっての大自然。そしてまた傘の中でゴロリとなる。退屈すると”大自然”の中に傘を持ち出しては、こんな想いを飽きる事なく繰り返し繰り返し楽しんだ。傘の穴よりのぞく下界は、多くの木や草や虫たちが共存し、一種独特の気配を放っていた。

大人になった今もこの想いは変わらない。テントの中から外をのぞく時、子供のころの想いとずーっとつながっている。恐いほどの大自然の気配を、守られている傘の中からのぞく思いを求め、今もキャンプに出かけるのだろうか。

http://www2c.biglobe.ne.jp/~ofuroudo/dessan.htm(心の風景のデッサン)




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★記憶の演出家&温泉人(おふろうど)
http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/52159880.html




★記憶の演出家&温泉人(おふろうど)
http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/52159880.html




★記憶の演出家&温泉人(おふろうど)
http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/52159880.html





あけび料理♪(山形の料理)
http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/52122412.html









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秋の日差しを受ける落葉♪:温泉人(おふろうど)の森
http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/52163082.html



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流れるように咲く桜満開(千代田区・北の丸公園) & 霞城公園(山形市)
http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/52100828.html



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子供の頃の遊び場が、ここ山形城の中でした。お濠で出会ういきものたち、これが温泉人(おふろうど)の感性を育みました。歴史は、ここ最近知ったことなのです♪ 子供の頃に感じた木々の茂みの中、泥臭いお堀端が感性を作ったのです。センスオブワンダーです♪ ⇒【再掲載】山形城(霞城):2016.5.3・・・父(満90歳)と:2015.9.19 ★http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/52163025.html



“ずねんと”
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“ずねんと”『祖父の口癖で、“自然(じねん)が訛って「ずねん」”山形訛りで、自然に、あるがままでという生き方を指した言葉です。
http://www2c.biglobe.ne.jp/~ofuroudo/zinen.html

「自分でやるだけやったら、それで良い」「後は、天に任せるだけ!」「自然とは、人間が一切手を下さなくても、あるがままに完成された姿なのだから・・」


そうなんです、自然には直線も、均一さも無いんです。ぐにゃぐにゃに、いろんなものが混ざり合って、バランスよく生きものが生きていられる場、これが自然界であることを知るのです。本来の人間社会も、この自然界のあり様をもっともっと感じる学問があって良いと思えるのです。そう、感じることの学びの体系です。温泉人(おふろうど)の価値観を作った風土、東北・山形に根付いた価値観です♪

 
⇒略歴(写真活動→「写心」♪)

http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/50953030.html






父の描く“絵”、東北人の心
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父の描く“絵”、東北人の心




山形の父が描いてくれた絵です。

山形の龍山、蔵王山を背景に、温泉人(おふろうど)の故郷・山形市(村山盆地)を描いた絵です。

東北地方は、蔵王連峰をはじめとする奥羽山脈が、背骨のように通っているのです。

このたびの東日本大震災で、壊滅的な被災を受けた人々の真摯な姿勢が、日本人の素晴らしさとして全世界に伝わっています。

もともと東北地方には、今は蝦夷の地に住む縄文人の文化を引き継ぐ人々が暮らしており、今も温泉地には先住民族の長が統治していたことを伝えるところもあります。

温泉人(おふろうど)の故郷・山形や、学生時代に過ごした宮城県など東北地方には、自然について“じねん”、「人の手を加えない、あるがままの姿は、完成された姿である」といった本来の日本人が持つ自然観が心に生き続けていました。

何もなくても、「漬物うまく漬かったから、お茶でも飲んでってけらっしゃい(飲んで行って下さい)」って、誰にも気軽に声をかけてくれる暮らしぶり、人との関わり方が当たり前なのです。

自然の中で、あるがままに自然に(訛って“ずねんと”)と、暮らしてきた人たち、それが東北の人たち、“東北人の心”だからこそ対応できる真摯な姿勢だと思えるのです。

あるがままの自然ととも暮らす東北ならではの社会を、一歩ずつ再建して行ってほしい、きっとできると確信しています!

温泉人(おふろうど)




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心の風景のデッサン
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「心の風景のデッサン」:温泉人(おふろうど)
・・・故郷、それは心の中にある「心の風景」に違いありません。決して消えることのない・・・

まえがき

 誰にでも、生涯の中で忘れ難い自然や季節との思い出があります。でも、これは思い出といったものだけでは語れない「その人が大切にしてきたもの、これからも大切にしていきたい宝物」なのではないでしょうか。

  昔のことを、そして自分の生まれ育った故郷を単に懐かしんでいるということではないのです。きっと大切にしたい何かがそこにあるからと感じるからなので す。自分の心の目で心地よいと感じ、大切にしたいと思っている価値観がそこにあるのかもしれません。きっかけは、小さいころに出合った光景だったかもしれ ません。でも、その時代、その場所に戻ることはできないし、その意味も違うのかもしれません。






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日立市田尻での講演にて
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(哲学堂公園のネコ)・クリックしてみてください。話の様子が聞こえますから。



木札:温泉人(おふろうど)
 温泉人(おふろうど)の意味 



ofuroudo at 22:53│Comments(2)

この記事へのコメント

1. Posted by Com「想」   2007年01月24日 19:18
温泉人(おふろうど)物語り、楽しく拝見させて頂いています。
子供の頃から今の生き方につながっているのですね。
温泉人(おふろうど)さんの片鱗を垣間見ました!
2. Posted by 温泉人(おふろうど)   2007年01月26日 01:12
小さいころに出合って今でも「心の風景」として大切に残っている感覚が、今見て気にかかる光景を切り取っているのかもしれないなあ、っていつも感じるのです。
大人の目で、小さいころに出会った忘れえぬ光景の意味を感じているのです。

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