2007年06月19日

ホタル獲り (「心の風景のデッサン」より)

★ホタル獲り

露

 

 


 

田んぼの苗がヒザの高さになり、蒸し暑いほてりをさますように、一面の蛙の声を聞く。この季節は毎年、ホタルの思い出と共に過ごす。

夕方、紅白に染め分けられた乗合バスが、次第に日が落ちていく一面の田んぼの中を走っていく。一本道で田んぼの中を西の山に向かって走る。

バス停でドアが開くたびに一人,二人と客を下ろしていき、終点のバス停に着くころは、父,弟と私の3人と残り2,3人となった。

ドアが開き、あとは日の暮れ掛かった田んぼと蛙の声のみ。その中を畦道に沿って流れる草の繁る川のほとりを、じっと目を凝らしながらゆっくり歩き出す。まだ、回りは日暮れの薄明かりが残っており、ホタルの弱い光は目に映らない。そうこうしていると、“いた”まだ光はじめて光ることを遠慮しているかのように、ゆっくりまたたいている。そっと手を差し出すと草の幹から足をいっせいに離して、川面にポトン。そうなのだ、ホタルの手放し戦略である。そうと判れば二度も同じ手は食わぬ。そっと両手でホタルの光っている草の根元に差し出し、両手をすばやく合わせる。そのタイミングにホタルはボトン。やった!。1匹に集中して見入っているのを止め回りを見渡すと、一面暗闇も広がり対照的にホタルの明かりも鋭さが増しており、数匹まとめて光っているのが見える。やもすると、スーッと飛びながら光っているのも現れる。

  さて、村には大きな川が流れており、その河原には、夕方に一面に咲きそろう月見草がある。その月見草の回りに広がる田んぼの畦道にはトクサが茂り、またアスパラガスの大きく茂った草が、そこかしこにあった。ビニールの袋の中にそれらの草を入れホタルが止まり易くした。こうして手の中におさまったホタルは、父と弟の分を含め20匹くらいになると、ちょうど夜も八時を回ってこうして帰る時間がくる。

  帰りのバスを待つ間もとてもいい時間がゆっくり過ぎてゆく。帰りのバスもスタートは三人から少々。バスの中のホタルは次第に町に近づき乗る客が一人二人と増えてくる。乗客は、ビニールの中の明かりに目を止め、驚きと優しさの目になる。それが何ともうれしく得意だった。

バス停から我先にと、家に走って帰る。すでに寝る準備の整った青蚊帳、これがなんとも安心感がある。部屋の四隅から紐でひっぱり、部屋の中にもう一つの囲いが出来ている。この中にホタルを放す。ホタルは思い思いに袋から飛び出し、蚊帳のまわりにしがみついて光っている。こんなホタルもまれに庭先、そして近くの公園にもいた。この季節になると決まって思い出す光景である。

どこか遠い星と話しているように。

                                                                              「心の風景のデッサン」より

http://ofuroudo.jugem.jp/?eid=37 珠露のホタル

http://www2c.biglobe.ne.jp/~ofuroudo/dessan.htm 心の風景のデッサン

http://comsou.jugem.jp/?eid=162 蛍:Com「想」Blogより 

動画像・・・ホタルの光り飛ぶ様子、蛙の鳴き声

http://www2c.biglobe.ne.jp/~ofuroudo/sasayaki.html “ささやき”

http://www2c.biglobe.ne.jp/~ofuroudo/shyasin_tyoukanzu.html 写真(写心)鳥瞰図



ofuroudo at 22:50│Comments(2)

この記事へのコメント

1. Posted by Com「想」   2007年06月25日 00:03
私も含めて蛍獲り体験の無い人がたくさんいると思いますが、情景が思い浮かぶ文章、とても楽しく拝見させて頂きました。
自然と人とのふれあい、実体験が心の風景になり物語になるんですね。
物語が生まれる環境、子どもたちに残していきたいですね。
2. Posted by 温泉人(おふろうど)   2007年06月26日 06:03
きっとある自分の「心の風景」、これがこれからも大切にしたいと思えるもの、自分の表現したいものになると、自分でやってみて確信しましたから。
大事にしたい「心の風景」、そこには自然もあり、それに関わって生きてきた人の暮らしがあることも実感しました。次の世代に伝えたいこと、残したいことは、自然とともにあった人の暮らし、そう思います。

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔