2011年10月19日

自立・自律した市民として暮らす

自立・自律した市民として暮らす

講演案内「自立・自律した市民として暮らす」





講演案内「自立・自律した市民として暮らす」





講演案内「自立・自律した市民として暮らす」




さて、次回第2回(10月23日)は自立・自律した市民として暮らす』を予定しています。

いまの時代にあって、これまでの価値観ではなく新しい価値逆転が起こった現代に、自分で“自立”して暮らし、自分で方向を決めて自分らしく生きて行くための“自律”と、その具体的な方法について、仕事と暮らしの中で実践してきたことをお伝えすることから始めて、途中ところどころ、皆さんにも話していただき、“まなびあい”となるような進め方をしてみたいと考えています。

仕事と暮らしを結ぶ情報学」として、市民講師のテーマを登録していますが、ぜひ今回はその内容に触れながら今まさに起こっていることについて、そしてこれからの暮らし方について問いかけてみたいと思っています。

お時間の許す方は、ぜひご参加いただければ嬉しいです♪


                                        温泉人(おふろうど)



http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/51891226.html “思うこと” 銀座アップルストアにて、ジョブズ氏に感謝!(20011.10.7):Blog「温泉人(おふろうど)ライフ」より


http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/51893497.html 市民講師『富士見市に重なる「心の風景」』(2011.10.16):Blog「温泉人(おふろうど)ライフ」より

 

“何となく”そう思っている、“何となく”分かっているということがあります。でも、自分だけでなく人にも伝えたい、そう強く思えるのです。

どうして、これほどに強い思いに付き動かされるのでしょうか?きっと、身近に有限ないのちと向きあって生きてきた家族が、そのことに気づかせてくれたからに違いないのです。

実は、温泉人(おふろうど)は社会人になるちょっとまえに、かこさとしさんの“夢をカードに書く方法”を新聞記事で知りました。

実は、新聞記事から35年経った今年5月、日本未来科学館でのかこさとしさんの展示(その会場で開催された講演には立てませんでしたが、後にVTRでの講演録画を拝見できました)で、自分の夢をカードに書いて、以来550冊もの絵本を書いてきたその思い、突き動かしたこころを知ることとなったのです。

「飛行機に乗りたくて、十分に内容をしっかり知らないまま軍人を目指したけど、好きな本を親に隠れて読みふけったことなどで視力が低下し、なれなかったんです。仲間は軍人になって、戦場に行って帰らぬ人になった。だから仲間のいのちの分、自分の生きてやるべきことをやりたい、その強い想いがあって、ここまでやってきたように思えるんです」

そうだったのです。自分が生かされていること、生きている有限な時間の中でやるべきことを、真摯に向かいあって生きてきた姿だったのです。

学生時代に出会った一遍の新聞記事が、自分の心に描いたことをいつでもどこでもカードに書くという確かな習慣を与えてくれたのです。
いつしか、「モヤモヤすることをまとめるのが得意」と言えるほどになっていました。

このセンスが、身上書を送った応募先の会社の目に止まり、新しい方向を定め、新しい仕組みを作っていく社内コンサルタントの道へと向かうことになったのです。

思いもよらず、捕われることなく新しいことを考え行動する各種問題解決技法があることを学び、仕事のみならず暮らしの中で活用する生活になりました。
仕事では、改善プロジェクトに活用し、暮らしでは、人生プロジェクト(そう思えたのです)に応用してみました。

こうした経験で身に付いた問題解決能力を、地球市民として生きていくことに活かし、もっとやって良いこと、もっと自立した市民として生きていくことに気づいてほしい、そう強く思えたのです。

自分が経験し、伝えられるものをまずお伝えし、そして私も多くの方々のより良く生きる工夫を学んで行きたいと思っています。“まなびあい”ですね。


仕事と暮らしを結ぶ情報学」(まなびあいセミナー)

 崗霾鵐札鵐后
現地に立って、現物に触れて、原体験をして(“四季”の在るところに暮らす)感じたこと(五感で感じる、第六感以降に忠実に!)を、“何となく”から、“目に見える”ものへとどめる方法です。

◆嵜佑鯑阿す、組織を動かす」
→大切に感じる事柄の一つひとつを関連付け、鳥の目(鳥瞰図)として描き、“何となく”から、“目に見える”ものへ表現する方法です。

「自らのライフデザイン」
→限られたいのちの中で、自分の人生をどのようにデザインするのか“人生のテーマ”を決めたその心、将来をイメージし、その実現のための材料(経験や身に付いているもの)をきちんと表現する方法です。これもまた“何となく”から、“目に見える”ものへ表す方法です。

ぁ崗霾鶻悗離蹈泪鵝
→いまやインターネットが普及し、自らの大切と思えることを、全世界に向けて発信することができる様になりました。その具体的な方法について、実践を通して形にしたホームページとしての構成・表現日々のBlog掲載の工夫について(40000アクセス記念)、具体的にご紹介しています。まさに、“何となく”から、“目に見える”ものへ形にしていくことで、まさに“この指止まれ”といった、まさにネットワークを自分の味方にする方法(ネットワーク時代の“自分探し”)です。


http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/51759593.html “何となく”から、“目に見える”ものへ:Blog「温泉人(おふろうど)ライフ」より



とらわれることなく





自然と生きる“温泉人”



 

“自然に・・・”、このテーマを選んだ生き方は、ある意味“とらわれることなく”ということではなかったかと、ふと考えました。

私たち人間が、自然界の中でより良く生きるために工夫してきたことが、もしかして“とらわれている”ことを作り出したのではないかと思えたのです。雨や風、暑さや寒さ、自然の驚異から身をまもるために、多くの囲いの中で暮らすようになっています。活動し暮らすための建物や乗り物など、多くの囲いの中で過ごすことが日常化していますが、これによってもともと備わっている自然の声を“感じる”力(いきものであれば、その力が自然界の中で生きていく力なのでしょう)が退化している、いわば“とらわれている”状態が起こっているのではないかと思えるのです。

本来の自然の声を感じる力を取り戻すために、囲いから出て、直接に頭の上に空があることを、いつも感じて生きていきたいと考えました。この解決方法の一つに、
オートキャンプとの出逢いがありました。そして各地の温泉と繋いだ自然や人との出逢いを求める旅です。このことが、家族でのアウトドアライフや、一人での休日の田んぼのあぜ道での自然体での過ごし方に繋がっています。思い立った時に行動でき、いつの季節も、時間を気に掛けず、その自然の場に立てるような状況を作ることが出来たのです。こうして、私なりの“自然の声”を聴ける生き方になってきました。

また一方で人間社会で生きていくことも、知らず知らずに“とらわれている”中で暮らしていると感じます。特に思うのは、もともと生きている時間が有限なのですから、“
やって良いことを、最大に見つけ実行する”生き方をしたいと思うのですが、それができないと思いこんでいるのとが多いように思えるのです。過去の価値観やルールからの“とらわれ”です。

このとらわれることから脱出できたのは、社会人になって出逢った“新しいしくみ、しかけづくり”への問題解決技法を学んだことです。それを、実践を通して培われた問題解決能力を、仕事と暮らしの中で活かすことで、自分が大切にしたいと思う方向へ舵取りをしてきたと思えるのです。

http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/51021306.html とらわれることなく:Blog「温泉人(おふろうど)ライフ」より



“ずねんと(自然に)”
 

自然(じねん)と、つまり“自然に”という言葉が訛って“ずねんと”になりました。

この言葉は、かつて山形でよく使われていたものです。「無理をするな、普段から理にかなったことを行っていれば、自然に物事は旨くいくものだ」といった意味で、人生の達人としての年寄りがアドバイスをするときに使われていたことを覚えています。

自然(じねん)とは、人為的なものを一切手を加えなくても、もともと完成された姿のことを示したものとのこと。そのあるがままの姿を、受け止めようとする文化が、東北の地にはあったのです。

社会人になったときに、人生のテーマとして「
自然に積極的に関わる生き方をしたい」と決め、なるべく多くの時間を自然の中に身を置くようにして生きてきました。
それが今では、社会の中で
自然体で無理なく過ごすことで、日々の問題解決に繋がり、バランスのとれた生き方ができていく、そう実践する中で実感するのです。
小さい頃に、身近な自然の中でのいきものとの出会いを通じて、
おどろき、感動したことが心の風景として身体に記憶され、大人になった今も、年を重ねるにつれてますます大切なことなのだと、身を持ってより強く思えるのです。

年を重ねるにつれて、より本質的な自然を受け止め、あるがままのすでに備わったものを“感じる”こころが育っているかが、自然とともに永く生きていくことに繋がっていくことと考えるのです。

こんな素敵な言葉があったのです。東北
山形の地で育ったことで、心の中心に深く染み込んだ、これからも大切にしたい価値観があるのです。

http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/51020511.html Blog「温泉人(おふろうど)ライフ」より:“ずねんと”

 


ラブhttp://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/51875960.html 彩(いろどり):温泉人(おふろうど)






http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/51889804.html 講演会「心の風景のデッサン(心の風景を重ねる)」の案内:温泉人(おふろうど) ←それぞれの想いを重ねます!、ご参加ください!

http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/51885423.html 心の風景のデッサン(心の風景を重ねる):Blog「温泉人(おふろうど)ライフ」より

ラブhttp://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/51843592.html クリーニング屋さんにて(“市民・地球市民”として):Blog「温泉人(おふろうど)ライフ」より


自分の“強み”は、ここから生まれてきたのでしょうから・・・。



ofuroudo at 00:00│Comments(2)

この記事へのコメント

1. Posted by 山脇 孝   2011年10月19日 21:21
温泉人 おふろうど 様
自然は、私たちに糧を授け、い心地の良い大地を築いてくれていました。
近代化に伴い、海であった所を埋め立て、山を削り、川を堰き止め、あるがままの姿を変えてきた結果が、いつ度かの災害があり、その都度対策をするが、
自然と対決するがごとくの施工は微力でした。

これからは、自然と同じ目線での共存を
考えないといけませんね。
自然が作り出した、大きな循環機構を理解したい。

まだまだ、平等にお日様が当たっているうちは、いいのですが。  山脇 孝
2. Posted by 温泉人(おふろうど)   2011年10月19日 23:59
山脇さん
いつも田んぼの畦道に立とうとし、山の麓の道端に立ち、砂浜に降り立ってしゃがみこんでじっと見る。

やっぱり、とにかく現地に立とうとすること、立っている人には敵いません。

温泉人(おふろうど)は、積極的に道草を食う生き方と決めました!

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