2012年05月08日

藁ぼっち(波暮旅二画伯に学ぶ)

藁ぼっち

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藁ぼっち





藁ぼっち





藁ぼっち





藁ぼっち






 “藁ぼっち”に見る、自然との共生
                                鈴木和夫

作:
波暮旅二


 「“藁ぼっち”は、人と自然との共生のシンボルである」と言っていた波暮画伯の言葉がいつも心から離れなくなってしまった。

「大草原の小さな家」の舞台となったアメリカの
マニトワック市の美術館に、画伯のテンペラ画で描かれた“藁ぼっち”の絵(50号の大作)が、海を渡って掲げてある。

その絵が完成し、日本で公開されたのは1998年5月の所沢(西武百貨店)での自然派絵画美術展の期間のみであり、その後間もなく海を渡ってしまった。そのテンペラ画の“藁ぼっち”は、見たものに強烈な印象を与えた。藁の一本一本、土手の草の動き、背景の山々のもやの表情は、とても絵とは思えないほどの真実味あふれる描写に、見るものがしばらく立ちすくんでしまうほどであった。

それほどの忠実な描写は、自然の持つ細かな表情を深く見つめる作者の心そのもの、いや、自然が作者を動かして訴えかけようと描かせてしまったのではないかと思えるほどであった。画伯自身が述べているが、自分を生かしてくれた自然への深い感謝、自然への恩返しといった、深く心の中心に不動のものとしてある画伯の哲学を見た。

この“藁ぼっち”の絵は、行き過ぎた現代の経済優先の社会、また工業化社会への警鐘として、日本人にこそ感じてほしいものであったはず。画伯は、「一度額に納めた作品は、決して取り出したりはしないもの」と話していたが、たった一度だけ自らそれを破ったことがあり、偶然にもその場に立ち会うことになった。真剣勝負で取り組んだ絵、それを海外に手放さざるをえない無念さが「ぜひ、日本に写真で残したい」という我々の無理な申し出を聞き入れ、自らの手で完成した絵を額から外すまでの行動となったに違いない。

また、その思いをしっかりと受け止め、真剣勝負で写真撮影に取り組んでいただいたのがTさんであり、撮影中の目をくいるように見つめる画伯が、瞬間に「自分が絵に取り組む時と同じ目になっている」と、ふとつぶやいたのを私は見逃さなかった。

こうして画伯の許しと、Tさんの好意を得て、“藁ぼっち”が我が家にも残ることになった。

川越に、老舗の額縁屋がある。その年配のご主人に額合わせを頼み込むと、「この絵は、アンドリュー・ワイエスのような絵ですね」と、その繊細な筆さばきを一目見てすぐ話しかけてきた。これまでに至った無念のいきさつを話した。「そうですか、それならば絵と同じように裏張りをして、画面を途中で切ることがないように額に納めてみましょう」

日が経ったある日、「ようやく出来上がりました」とのご主人から連絡を受け、はやる気持ちで川越に向かった。
店に着くとすぐに、ご主人が奥の棚から注文の額を取り出して、「いかがでしょう」と職人の自信に溢れる仕事ぶりが伝わってきた。
そこに見たものは、まぎれもなく“藁ぼっちの絵”そのものであった。

多くの人の想いが重なり合って、今、我が家で貴重な“藁ぼっち”と向かい合うことになった。そしていつの間にか、藁ぼっちに取りつかれてしまった。

現在、私の住むここ埼玉の富士見市にも、はんの木に巻かれた藁ぼっちがあったとのこと。有名な写真家が撮影した藁ぼっちのある田園風景として、地元の図書館に大きな写真パネルを掲げてあった。また妻が地元出身であったこともあり、はんの木の藁ぼっちを小さい頃に見たと聞かされた。これは、画伯が描いた“土に帰すための藁ぼっち”ではなく、草履やムシロといった身の回りの生活用品を作る上での、藁の一時的保管の意味合いのものだったようだ。しかし、この藁ぼっちもまた、自然との共生のシンボルであることに変わりはない。

いつの間にか、休日には妻とともに地元の田んぼや農家のまわりを目を凝らして見て歩くことになった。妻に教わったはんの木、それが何本か一列に並んで立っている姿を追いかけた。その幹に藁が巻き付けてあっただろう光景を心に描いては、しばらく立ち止まって想いを巡らしていた。

そんなある日、バッタリと“藁ぼっち”に出会った。探していたはんの木の藁ぼっちではなかったが、画伯の描いたものと同様の“”藁を土に帰すためのもの”であった。それは、二つ並んで寄り添うように立っていた。まるで“藁ぼっちの夫婦”かと思える様子で、互いに絆で繋がっている姿であるかのように見えた。

朝に出会い、その姿を写真に収めた。そして、何という偶然だろうか、出会いの日の午後に、にわかに降りだした大粒の雪に、“雪を背負った藁ぼっち”の姿を見せてくれた。

数日して、まだ雪の残る藁ぼっちに会いたくなって出かけたが、不思議なことに、懐かしい友人に会いにいくような心持ちになっていた。

雪が降り、雨が降り、太陽に照らされているうちに、だんだんと土に帰っていく様子を見ていたいと想い始めていた。

夕日に照らされ、真夜中の星空の中にたたずみ、霜の降りた早朝や、雨に濡れて立っている藁ぼっちを見つめている。

                           温泉人(おふろうど)





波暮旅二
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自然の在り様を描く :波暮旅二 画伯(テンペラ画)

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温泉人(おふろうど)
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http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/51917344.html 田んぼに立って思うこと :温泉人(おふろうど)





波暮旅二さん&温泉人(おふろうど)





田園安居
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波暮旅二展・・・アートギャラリー銀座(2007.5.8)
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波暮旅二展・・・アートギャラリー銀座(2007.5.8)




アトリエでの波暮旅二さん
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風景画家・波暮旅二さん:楽園雑誌 渚でくらす 2008年5月5号





「価値逆転を招く 環境変化」:温泉人(おふろうど)
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http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/51928334.html 【じねん(自然)】:あるがまま:Blog「温泉人(おふろうど)ライフ」より





温泉人(おふろうど)
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略 歴(写真活動):温泉人(おふろうど)



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