2014年04月03日

田んぼに立って思うこと(「まほろば」掲載)

田んぼに立って思うこと(「まほろば」掲載)

温泉人(おふろうど)
画像をクリックすると、HPにリンクします♪





まほろば掲載
画像をクリックすると、HPにリンクします♪
田んぼに立って思うこと(「まほろば」掲載)



まほろば掲載





まほろば掲載





まほろば掲載





まほろば掲載





まほろば掲載





まほろば掲載



里の総合誌「まほろば」第2号へ原稿掲載

  田んぼに立って思うこと
 
                              温泉人 鈴木和夫



東北に生まれ、四季折々田んぼの景色に親しみながら大人になった。育った家は町中にあったので、身近に田んぼがあったわけではないが、幼い頃から父が自転車 に乗せ、そして一人で乗れるようになってからは、自転車を連ねて田んぼが広がる道を走ってくれた。それは、近くを流れる小川へ魚取りにつれて行ってくれる ためだった。
父は、勤めや家業のあい間を利用して田んぼの近くを流れる小川で、私を楽しませてくれたのである。自転車のハンドルには、ミルクの空き缶に針金で取っ手を付けてぶらさげていた。後方の荷台には半月型の魚取り網がひもで結んであった。

田んぼが広がるあちこちの草むらには何本もの小川があった。水の流れに網を仕掛け、足で泥を探りながら網に小魚を追い込むと、たくさんの小魚が飛び跳ねた。 捕った魚は空き缶に入れる。魚のほかに、ゲンゴロウ、水カマキリ、タガメ、腹の赤いイモリなどがいっしょに網に掛かってきた。また、網ですくった泥の中に は無数の小さな生き物が体を動かしていた。初夏の夕暮れどきなどには、月見草が川沿いに咲きそろい、膝ほどの高さに育った稲の間や小川の草むらには、ホタ ルも淡い光を点滅しながら飛んでいた。

当時の我が家は、決して楽な暮らしではなく、一時は長屋住まいを余儀なくされ、再起を計って父母は力を合わせて苦労に耐えていた。家族が多かったので両親にとっては並大抵の苦労ではなかったはずだ。
生活は苦しかったが、父母は常に明るく振る舞って、子供たちには少しも暗い影を見せず、幾多の困難がやってきても、常に前向きに対処して、家族に明るい灯りをともし続けてくれた。

父 は勤め人として働きながら、休日には家業の「最中の種屋」(「最中」のかわを作る商売)を手伝っていた。少しの時間でも惜しむかのように、畑に出てクワも 持った。落ち葉などを集めて腐葉土を作り、そこに種を蒔いていた。作業をしている父の姿は、いかにも楽しみながら働いているといった様子であり、作物を慈 しみ、育てる父の姿は、いまでも私の脳裏に焼き付いている。土の中から這い出てくるミミズ、コガネムシの幼虫、ハサミムシなど、何が出てくるのかと、興味 津々と見入っていた。

一方夏休みともなると、決まって母方の実家に泊まりに行った。入り口の井戸には、冷たい水が満々と満ちていて透き通った水の底には虹色に光るカラスガイが沈んでいた。農作業を終えた近所の人が気軽に立ち寄っては、汗を拭きながら井戸水を飲み干した。
井戸水の流れ落ちる後方には、奥羽山脈の蔵王連峰が連なり、手前には、青々とした田んぼが広がっていた。
田んぼのあぜ道を歩き、所々に立ち止まってしゃがんでは、稲の根本に広がる浮き草の間からきょろっと覗いたカエルの目や、草わらの間にカサコソ動き回るコオロギなどを食い入るように見つめていた。
また、藁葺きの家の中で、開け放たれた広い座敷に横になり、頭の上に降るように響くセミの鳴き声、むせ返るような稲や草の薫りの中で昼寝をした。

このように、父や母とともに田んぼを身近に過ごした幼年期の体験は、多くの生き物が自然とともに生きる時間感覚、そして自然の懐に抱かれながら、心を解き放って過ごす手放しの安心感を十二分に身につけさせた。

そして、小学校に入学し間もない授業で、担任の先生が「今日は晴れているから、外に出ましょう」と田んぼに連れ出した。緊張しながら登校した最初の授業で、遊びとしてではなく正規の授業の場が田んぼだったことは、とても驚かされた。

近年になって、その時の担任の先生にお会いする機会があり、入学時の驚きの気持ちを伝えたところ、ほほえみながら「私は何もあなた方に教えませんよ、連れ 出しただけなのです」と返事が返ってきたのである。「教育とは決して一方的に教えるのではなく、自ら感じ考えるよう啓発をするのだ」という確固たる理念に 裏付けられたものだったのだ。

大人になった今も、小さい頃の記憶に突き動かされるかのように、田んぼに出かけるのである。“自分も生き物の一つ”といった感覚で心を解き放し、田んぼに立ち止まっている。
 小川の草むらから聞こえてくるコオロギの声、月に照らされた田んぼの水面に響きわたるトノサマガエルやウシガエルの鳴き声など、まさに“命の声”に聴き入っている。

普段、都会の中では当たり前と思っていたものが、とても受け入れ難いものに見えてきた。遠くを走っている車の強烈なライトの明かり、人工的で規則的なエン ジン音やタイヤの連続音、大音量のカーステレオなど、なんとも不愉快であり、自然界に同居している他の生き物の立場に立つと、何と身勝手なのかと思い知ら された。
そこには、自然に共存している生き物の“命の声”を聴こうとする姿勢は全くない。無責任なニュースや番組が繰り返し流され続ける社会に 私たちは生きている。“言論の自由”と言うが、「受け手は自立した正常な判断のできる人間である」との前提に立っているのだろう。しかし、世の中は常に精 神的に正常な人ばかりが生活している訳では決してないと思う。このような精神が左右されやすい生活者に対して、興味本位の番組や、人を殺したとか、盗まれ たとかの過激で目立ったことのみがニュースとして取り上げらる。毎日毎日このような身勝手な情報が流され続け、受け取ることを拒否しがたい社会にあって、 人間として正常な精神を持ち続けることは大変難しいことに思える。いつしか心に支障を来し、肉体の健康すらも維持できない状態になってしまう。

 90歳を越えた祖母に「どうして長生きできたのか」と問いかけたところ、すぐに「ニュースは見ない。どうせ人を殺したとか盗まれたとかの繰り返しだか ら・・。90年間生きてきても、いつも内容は変わらなかった」との返事が帰ってきた。人間が勝手に作り上げた世の中の毒気から、自ら遠ざける工夫をしなが ら永らく生きてきた、まさに人生の達人の言葉だった。

最近、未成年者が親や家族を殺害する事件が多発している。そのたびに、生身の人間に 備わっている精神の強さは、どれほどのものか疑わしく思えてきた。どれが本物でどれがフィクションなのか、どれがリアル(実体)でどれがバーチャル(仮 想)なのか、まだ自分の頭で考え判断することに慣れていない、いわば詰め込み式の教育の最中にある我が国の未成年者にとっては、人間社会の生み出す身勝手 な情報は、濁流のようなものだ。しかも都会という人間の作った限られた空間の中に押し込められている。社会に船出した成人であれば、自分の意志と経済力 で、そこから脱出する方法も見いだせるが、まだ社会的にも、経済的にも自立できない未成年者にとって、社会の檻の中に閉じこめられたようなものだろう。こ のような時期に、社会や自分自身を認識し、自らの意志で何に向かって生きるかを決めようとするには、何と人間の身勝手な社会や情報に取り囲まれているのか と恐ろしくなる。しかも、一筋の明かりを必死に探そうとする善良な者を標的にした組織も、人間社会には多く存在している。人間社会が作り出した濁流に飲み 込まれたら最後、人間のみの価値観で作られた檻から抜け出せない。

一方、成人した人々であっても決して“自立した市民”とは言えない。企 業社会の中にあって多くの場合、立ち止まることは許されず、そして何よりも効率性を求められる。それは、組織が継続して生き延びていくために必要なことで あり、決してこのことを否定するものではない。そして、企業人として求められる行動様式も、これに合致した価値観が求められるのは当然である。
 ところが、企業にとって良いように育てられた行動様式が、知らず知らずに、我々の暮らし全体に渡るものであるかのような錯覚を自ら抱いてしまっていること が問題を生んでいる。我々人間の体は、企業といった組織体は異なり、無限の時間を持ち続けることは絶対に不可能である。“限りある命”の持つ有限な時間の 中で、いかに有効な時を過ごし、いかに社会に接し、次の命にバトンタッチするかを問われているのだ。

都会を離れ、郊外に広がった田んぼに立ち止まってみることで、自らも生き物の一つに過ぎないこと、そして自らが関わっている人間社会が、どれほど人間にとって身勝手に作られてきたかを思い知った。
産業革命以来、技術・経済中心で突き進み、化石資源の枯渇や人口増大、そして環境悪化、その結果ストレス社会が生まれるといったひずみを生んだ。
こ のような絶望の淵から這い上がるには、すべての人間の生き方が「地球そのものすら生き物ととらえ、地球上に存在を許されている生き物と共存していくような 「環境共生社会」の方向しかないことを知るべきである。世の中にあるすべての組織活動(たとえば企業は、すべての業種における商品やサービスの提供、そ して我々のライフスタイル)は、何らかの環境共生社会の方向を意識したものとならなければ生き残っていけない時代が、今まさに到来したのである。

人間が生きていくためには、何らかの“生産”が必要である。空腹を満たし、温度差や危険から体を守る衣服を作り、地球上に生きてきた。しかし、生産の方法に よっては、緑の地球環境を悪化させ破壊し、ついには砂漠にしてしまうこともあり、また反対に緑の地球環境を作り上げ、環境と上手に共生してきたことを教 わった。

哲学者 梅原 猛さんは、「稲作の文化(東洋文化)こそが、いつまでも自然とともに共生していくことができる文化である」「哲学の構築方向は、西洋哲学だけでなく、東洋哲学と融合する方向に向かうべきである」と述べている。
また、「一言でいうと、西洋は『小麦と牧畜』の文化であり、東洋は『稲作と養蚕』の文化である」「言い換えると、西洋は『パンとバター』の文化であり、東洋は『米とシルク』の文化と言えるだろう。」
  「西洋(西アジアおよびヨーロッパの思想)は小麦栽培を行ってきたため(ほとんど水なしにできる、雨が降らない方が良い、だからどこでもできる、山の上ま で畑がある、耕して天に至る。どうしても耕せないところには家畜を放牧すればいい)、徹底して自然は痛めつけられた。だから歴史的な文明が発達したところ (中央アジアとか西アジア)は、現在ほとんどが砂漠と化してしまった。最初から砂漠だったわけではなかった」
 「ところが東洋はちがう。やっぱり稲作にとってなくてはならない水を確保するために森が大事。森は水を蓄えている。水を重んじる。特に森を重んじる。日本は、山にたくさん木があり、田んぼに水が引かれている豊かな自然がとても美しい。」

地球上を砂漠にしないのは、稲作文化の東洋だったという。これまで当たり前と思っていた田んぼを見る目が変わった。一粒のごはんを口に運ぶことがとても嬉し くなった。そして、田んぼによって米を生産し、緑の環境を維持しつづけている農家の方々に感謝するとともに、私たちの食生活も見直していきたいと考えるよ うになった。

ふと“自然の声を聞くことができる”という感性は、どのようにして育まれ、どのような意味を持つものなのか考えつづける中でその解の一つと言えるものに出会った。
それは、環境問題を最初に問いかけた名著「沈黙の春」の著者であるレイチェル・カーソン、 その最期の執筆となった「センス・オブ・ワンダー」の一節に次のように述べられている。「小さい頃にこの『神秘さや不思議さに目を見はる感性』、この感性 は、やがて大人になるとやってくる倦怠と幻滅、わたしたちが自然という力の源泉から遠ざかること、つまらない人工的なものに夢中になることなどに対する、 かわらぬ解毒剤になるのです」

自らの生き方に照らしながら、考えてみた。決して、一目散に駆け抜けるのではなく、気にかかる所では積極的に“立ち止まる”ことを指向し、実行してきた。
 結婚し新しい家庭を持ち、家族子供が誕生してからというもの、週末ともなると家族を連れ、山懐に“気配”を求めては各地の温泉を訪ね歩いた。途中の道すが ら、なぜか不思議に心に止まる景色に出会うと、草むらに足を降ろし、五感のみならず六感以降の感覚をとぎすまして、自然の声に聴き入っていた。

このような暮らしを続けるうちに、いつしかこれまで日本の季節や自然と関わって生きてきた中で、忘れることのできない想いがあることに気づき始めた。それか ら数年に渡り、仕事帰りの通勤電車を利用して想いを書き止めた。そのことを通して、身近に自然に接しながら幼年期を過ごしたことが、自らを生き物と自覚 し、自然の声を聞くことができる感覚を育てたのだと確信した。

「 原っぱの子どもたちは、この地球の縮図のような空間の中で多くのことを体験した。雲と天候の移り変わりを感じていたし、朝露の降りた草の感触、カラカラに 乾燥した土ぼこりに耐える草のこわばり、やわらかくしなやかな春の草、一面真っ白に覆われた雪の下でじっと次の命の再生を待ち構える草など、草はそのとき どきで、さまざまに表情を変えていった。それらさまざまな草の表情について、触れた感触も含めて子どもの記憶の中に蓄積されていったのだろう。考えてみる だけで、そのときの草の表情を色合いのみならず感触までも思い出され、体が反応してくるのはおもしろい。
自然の中に身を置いていることは、ただ それだけで自然そのものの自然な姿を、自分の体の中に写し込むことになっているのだろう。体験というけど、まさに体の中にあるがままの自然の動き、感触が 写し込まれていくように思えてならない。その証拠に、五感と六感以降の感覚でとらえた自然との接触の体験は、生き物と接して生きていくためのルールを誰か ら教わったわけでもなく自然に身についていて、多くの生き物と、ともに生きていくことを楽しむ力を与えてくれたのかもしれない。」(「心の風景のデッサン」より)

今でも、自らの心の中心に位置し続けている“心の風景”について書き出したことで、自らが抱き続けている価値観が鮮明に浮き彫りになった。そこには、田んぼ に関わった光景がとても多く、我が国に生まれ育ったものにとって、最も身近な自然であり、しかも、多くの生き物と出会い、自然の声を受け止める感覚を育て てくれたところであった。

田んぼに立ってみて、我々人間が作り出す社会のあり方や生き方について考えさせられた。足下の虫やカエルなどの声、そして草の擦れ合う風の音などが、我々に警鐘を打ち鳴らし、あるべき方向を訴えかけている自然の声に聞こえてきた。
その声は、社会のしくみや我々のライフスタイルの変革を迫っているものであることを人間社会に伝えていくことこそが、自らの命を授かった自然への恩返しと思えてきた。今、仕事と暮らしの両面で、手探りを始めている。
                                        温泉人(おふろうど)





里の春(「曲り屋」の四季への出逢い)
画像をクリックすると、HPにリンクします♪





FB(哲学者の梅原 猛)
https://www.facebook.com/ofuroudo/posts/2277655429115386

「田んぼに立って思うこと」
http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/52056048.html

哲学者の梅原猛さん、大きな影響を受けた方です。波暮旅二さんと共に、「まほろば」に随筆を投稿した際、「田んぼに立って思うこと」に、梅原猛さんの主張を引用させていただきました。
さらに、東日本大震災での政府との会議席上、「23年の東日本大震災の際には、政府の復興構想会議特別顧問(名誉議長)として、震災を「文明災」と批判し、人間の自然支配の限界を説いた。」と、声を震わせながらお話しされる様子を見て、真に哲学者と思わされたのです。
温泉人(おふろうど)




http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/51917280.html 田んぼに立つ、田んぼに感じる、田んぼに学ぶ:Blog「温泉人(おふろうど)ライフ」より

http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/51917029.html 生きる力、“問題解決能力”:Blog「温泉人(おふろうど)ライフ」より





田園安居(波暮旅二)

画像をクリックすると、HPにリンクします♪
http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/51888512.html 田園安居(波暮旅二):Blog「温泉人(おふろうど)ライフ」より




s-DSCF3642





s-DSCF3654






波暮旅二 画伯





波暮旅二画伯の想い
画像をクリックすると、HPにリンクします♪

波暮旅二画伯の想い



波暮旅二&温泉人(おふろうど)
http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/51808662.html 自然の在り様を描く :波暮旅二 画伯(テンペラ画):温泉人(おふろうど)



波暮旅ニさんへ

波暮さんの“想い”が凝縮された随筆集を、こうして届けて頂きましたことに、深く感謝いたします。

ご本を手にして、社会の在り方に対し筆と絵筆で問いかけ、厳しい射抜くような表情で語る波暮さんが思い起こされます。

いまこうして随筆集となったことで、真摯に人生を社会のあり方を問いかける人に、自然と共に歩むことがいかに大事かを伝え、社会に警鐘を鳴らし続けることになると確信しました。

所沢の自然派絵画・写真展に出かけ、会場で波暮旅ニさんに出会ったことが運命的出会いでした。当時、小生の立ち位置をどう捉えるべきか、考え続けていた時でした。

一つは、経営を支える革新者として、あるべき姿を描くこと、そして現実とのギャップつまり真の問題は何か、その問題解決のために人の心を動かすものは何かを試行錯誤しながら実践する毎日でした。

こ れに対しては、「日本は、四方を海に囲まれた豊かな自然があり、生産出来る海、そして生産出来る山にして、海と山の交換の場づくりをして、そのモデルにし たい」と、鴨川市の総合交流ターミナル「みんなみの里」の構想と実践を、そして地域情報誌「まほろば」の発刊による地域でのキーマンを巻き込んだ自然への 啓蒙などに、執筆者の一人に加えていただくなど、文章指導もいただきました。「絵や写真だけでは、その哲学的な想いの結晶化ができない。文章を書くように しなさい。おれは、随筆を書いて、協会に投稿して腕試しをするんだ」と、自らも手本を示しながら実践される姿を、間近に見させていただきました。

二つ目は、自然とともに自然体で生きる温泉人(おふろうど)として、全国各地の草深い山間の温泉に身を浸しながら、写真(写心)表現で問いかけている時期でした。

「お 前はなぜ温泉にでかけるのか」の問いかけに、とっさに「気配に出逢いに行くのです」と答えました。それに応えて波暮旅ニさんは、「いまの俺の絵に、何かが 足りないと感じていたが、気配だったんだ」「お前がそれを気づかせてくれた」と、後々になっても、いつも身に余る感謝の言葉が帰ってきました。
経験も未熟な年下の小生に、暖かく接していただけたことが、どれほど自信をつけさせていただいた事か、今の写真活動に繋がってきたことは、波暮旅ニさんとの出逢いだからこそです。

アンドリューワイエスの描く繊細なテンペラ画を虫眼鏡で食い入るように見つめ続け、道端の石に、眼から血が出るまでに見つめ続けた話は、自然のあるがままを、自然の姿を描くその後の姿の原点と受け止めました。
鴨 川市と姉妹都市のアメリカのマニトワック市に、鴨川市から渡った絵画「ワラボッチ」は、草木の生きる姿を繊細なタッチで描くことと、背景の山々の気配を感 じる様子は、日本の水っぽい気候での藁ボッチの在り様、土に生まれて土に返って行く姿、そして枯れ草の根元には新しい命が緑色で描かれたその哲学性が、波 暮旅ニさんの独自で生み出した画法で、他にない世界を築いたことをを見届けさせていただく貴重な場に立たせていただきました。

都会の住まいを捨て、自ら田園の広がる地を選び、想いをカタチに実践された生き方を、「田園安居」は語っていました。

その頑固なまでの生き方を、見守り支えて来られた奥さまを始め、多くの人支えられがあってこうしてカタチになり、手にすることができたことに深く感謝致します。

これからも、波暮旅ニさんから育てていただいたご恩に対し、具体的な日々の活動を通して少しでもお返しできたらと考えています。

いつまでも、見守っていてください。

                           温泉人(おふろうど)

                                                                                           


 

http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/51333757.html 波暮旅二画伯の想いBlog「温泉人(おふろうど)ライフ」より





自然の在り様を描く :波暮旅二 画伯(テンペラ画)

画像をクリックすると、HPにリンクします♪ 

自然の在り様を描く :波暮旅二 画伯(テンペラ画):温泉人(おふろうど)



波暮旅二さんの作品「藁ぼっち」全画面
画像をクリックすると、HPにリンクします♪
波暮旅二さん作品「藁ぼっち」は、日本にこそ残したい!



 
波暮旅二 画伯と温泉人(おふろうど)
画像をクリックすると、HPにリンクします♪
田んぼに立つ、田んぼに感じる、田んぼに学ぶ:Blog「温泉人(おふろうど)ライフ」より




s-ご案内




真の表現者としての在り様を教えていただいた波暮旅二さん、鴨川での回想展に足を運びました。

自然との有り様を感じ考え抜こうとした生き様を、これからの在りたい社会を提案している、そう感じてきました。





s-DSCF3600






s-DSCF2889
画像をクリックすると、HPにリンクします♪
波暮旅二回顧展




s-60caff16
画像をクリックすると、HPにリンクします

「まほろば」パーティー:波暮旅二さん主催(アーカイブ)


s-s-DSCF3600
画像をクリックすると、HPにリンクします♪
波暮旅二回顧展


s-s-DSCF3546
画像をクリックすると、HPにリンクします♪
飛翔


温泉人(おふろうど)
画像をクリックすると、HPにリンクします♪
http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/51917344.html 田んぼに立って思うこと :温泉人(おふろうど)



空から見た富士見市(難波田城資料館) & 埼玉・富士見市近郊で出逢えた自然(じねん)

空から見た富士見市
難波田城資料館での展示写真(昭和48年撮影)より引用





埼玉・富士見市近郊で出逢えた自然(じねん)
画像をクリックすると、HPにリンクします♪



f6772e53




s-DSCF07062




埼玉・富士見市近郊で出逢えた自然(じねん)
画像をクリックすると、HPにリンクします♪













ゴイサギ・・・





























埼玉・富士見市近郊で出逢えた自然(じねん)
画像をクリックすると、HPにリンクします♪























埼玉・富士見市近郊で出逢えた自然(じねん)
画像をクリックすると、HPにリンクします♪



















曲り屋の四季













画像をクリックすると、HPにリンクします♪

曲り屋の四季:"The Magariya in Winter・Spring・Summer・Autumn"



ささやき
画像をクリックすると、HPにリンクします♪
ささやき:Blog「温泉人(おふろうど)ライフ」より



藁ぼっち
画像をクリックすると、HPにリンクします♪
藁ぼっち(波暮旅二画伯に学ぶ)




空から見た富士見市
難波田城資料館での展示写真(昭和48年撮影)より引用




富士見市&山中湖から臨む富士山の雄姿
画像をクリックすると、HPにリンクします♪




富士見市からの富士山





空から見た水子貝塚
画像をクリックすると、HPにリンクします♪
“心の風景”人と自然に遊ぶ魅力!〜自然とともに自然体で〜



市民として
http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/51500351.html 富士見市市民人材バンク通信「登録者の わ」掲載



20081008_405124
画像をクリックすると、HPにリンクします♪
「温泉人(おふろうど)ライフ!」温泉人さんの講演を通して



20081008_405126
画像をクリックすると、HPにリンクします♪
「温泉人(おふろうど)ライフ!」温泉人さんの講演を通して




s-どこまでも、温泉人(おふろうど)!
画像をクリックすると、HPにリンクします♪
市民・地球市民として:Blog「温泉人(おふろうど)ライフ」より



富士見市にかつて海があった(多くの貝塚が・・)
水子貝塚資料館展示より




富士見市での海岸砂浜の斜面





富士見市での海岸砂浜の斜面
画像をクリックすると、HPにリンクします♪
富士見市での海岸砂浜の斜面



貝塚を上空から
画像をクリックすると、HPにリンクします♪
富士見市・川越の史跡巡り


水子貝塚の空撮
画像をクリックすると、動画像にリンクします
水子貝塚の空撮(2006.06.04ヘリコプター)


積極的に自然に関わる生き方(ニュータイムス掲載)
画像をクリックすると、HPにリンクします♪
積極的に自然に関わる生き方(ニュータイムス掲載)


ニュータイムス社
画像をクリックすると、HPにリンクします

連載『自然体の人間学』(「ニュータイムス」掲載)




s-富士見市からの富士山
画像をクリックすると、HPにリンクします♪
富士山が世界遺産に登録決定  ←日本の富士山が“世界の富士山”へ



難波田城公園(埼玉富士見市南畑)での出逢い
画像をクリックすると、HPにリンクします♪

難波田城公園(埼玉富士見市南畑)での出逢い
温泉人(おふろうど)が、自主的にまとめたコーナーです♪




温泉人(おふろうど)
画像をクリックすると、HPにリンクします♪




s-DH000001
画像をクリックすると、HPにリンクします♪
レンゲ畑(富士見市)


レンゲ畑での幼少の家内(真ん中の子)が、富士見市南畑での記念写真です。豊かな自然と人に囲まれて育ったんですね。<(_ _)>

ここが家内の育った富士見市です。良いところでしょ。(^^♪

いま縁あって家内と暮らす富士見市ですが、こうした田畑が広がり、自然と共に暮らしてきた人柄に出逢えることが、とても嬉しいんです。



★城下町やまがた探索地図(「心の風景のデッサン」ポイント)
画像をクリックすると、HPにリンクします
「城下町やまがた探検地図」上の★心の風景ポイント


温泉人(おふろうど)を育て、感性を育んだ城下町山形市です。

東北の北の民の暮らす地、どこからも山が臨める山形盆地での水と空気と人、城下町の堀を近く過ごした八幡石、京文化の幼稚園・もみじ公園、奇跡とも思える出 逢いの中で、いまこうして生きる温泉人(おふろうど)の感性が出来上がりました。

感謝です!<(_ _)>



3a24b58d





心の風景のデッサン
画像をクリックすると、HPにリンクします♪


「心の風景のデッサン」:温泉人(おふろうど)
・・・故郷、それは心の中にある「心の風景」に違いありません。決して消えることのない・・・

まえがき

 誰にでも、生涯の中で忘れ難い自然や季節との思い出があります。でも、これは思い出といったものだけでは語れない「その人が大切にしてきたもの、これからも大切にしていきたい宝物」なのではないでしょうか。

  昔のことを、そして自分の生まれ育った故郷を単に懐かしんでいるということではないのです。きっと大切にしたい何かがそこにあるからと感じるからなので す。自分の心の目で心地よいと感じ、大切にしたいと思っている価値観がそこにあるのかもしれません。きっかけは、小さいころに出合った光景だったかもしれ ません。でも、その時代、その場所に戻ることはできないし、その意味も違うのかもしれません。




s-P1220813





69146c6b
★曲り屋の四季 ★http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/52138719.html






“センス・オブ・ワンダー”への想い
画像をクリックすると、HPにリンクします
“センス・オブ・ワンダー”への想い




s-bf2c5277
画像をクリックすると、HPにリンクします♪
風の便り(波暮旅二) & 温泉人(おふろうど)



★年賀状(2013年年賀)
画像をクリックすると、HPにリンクします
★笑顔♪



“計画された偶発性”(計画的偶発性理論)を起こす行動様式
画像をクリックすると、HPにリンクします♪
“計画された偶発性”(計画的偶発性理論)を起こす行動特性





s-f061f23c
画像をクリックすると、演奏にリンクします♪
トロイメライ



s-★☆
画像をクリックすると、HPにリンクします

新どこへでも温泉人(おふろうど)号 での、どこまでも、温泉人(おふろうど)!




振れ幅
画像をクリックすると、HPにリンクします♪
振れ幅


自分らしさの発見・育成・表現
画像をクリックすると、HPにリンクします♪
自分らしさの発見・育成・表現 
http://www2c.biglobe.ne.jp/~ofuroudo/zibunrasisa.htm

このコーナーは、当初「イノベータの条件」としてスタートし、改善プロジェクトメンバーと共有するために使っていました。これをベースに人生プロジェクトの作り方として「自分らしさの発見・育成・表現」にまとめなおし、ホームページに掲載したのです。そしてニュータイムスの連載として「自然体の人間学」へと進化・深化してきました。Blog記事の末文に掲載し続けたいと思います。




温泉人(おふろうど)
画像をクリックすると、HPにリンクします♪
略 歴(写真活動):温泉人(おふろうど)




cc7b2902





日立市田尻での講演にて
画像をクリックすると、HPにリンクします♪
(哲学堂公園のネコ)・クリックしてみてください。話の様子が聞こえますから。



FB
https://www.facebook.com/ofuroudo/posts/1923399747874291?pnref=story


温泉人(おふろうど)印です。(^_^*)
http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/52177563.html

温泉人(おふろうど)とは、 箸ふろ うど(温泉の狩人)”として、◆肇フ ロード(off Road)”として、温泉と道草を愛しながら、“自然と共に自然体で!”暮らす意味です。(^_-)-☆



木札:温泉人(おふろうど)
 温泉人(おふろうど)の意味 

 日本語ドメイン取得 http://温泉人.jp   

ofuroudo at 00:30│Comments(0)

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔