2016年02月14日

圏央道で、多賀城での下宿の友人に会いに!(平塚へ)

圏央道で、多賀城での下宿の友人に会いに!(平塚へ)

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大学時に多賀城での下宿で隣合わせの部屋に暮らした友人に、40年ぶりに会いに出かけました。

当時彼は電気工学科、私は機械工学科を専攻していました。二人とも真面目に学び、真面目に遊びまわっていました。襖越しに、「お隣さん、お茶する?」って声を掛け合っては、人生を語り明かした友人です。

平塚に住まいし働いているとのことを知り、圏央道を走って川越の先の川島インターチェンジから、平塚に向かいました。

春一番が吹いた日でしたので、雲の流れがとても速く、新しい土地へ向かうワクワク感もあって、緊張感のあるドライブでした。

先日、車のエンジンも交換したばかりでしたので、慣らし運転の走りもあって、安定した走りを確認し、収穫の多い休日となりました。*\(^o^)/*




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七ヶ浜国際村&七ヶ浜の海辺にて(父の卒寿祝時に立ち寄る)&想い

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http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/52078024.html




3月11日は東日本大震災の日ですが、ここ七ヶ浜国際村は高台にあったことで難を逃れ、被災地にあって支援の音楽祭などによく登場するようになったところです。

これからも音楽祭の場所になることと思います。

坂の登り口の砂浜は、サーファーのメッカで、イルカの絵で有名なラッセン氏も来日し、この砂浜の復活に尽力したことが番組で紹介されたところです。

温泉人(おふろうど)が学生のころ、この砂浜で真っ暗な中に夜光虫の光る光景に出逢った想いでの場所なのです。

そして、ハワイアン部で良く演奏されていたのが「南国の夜」のメロディーで、海の解放感の中で未来を想っていました。

トワエモアの「誰もいない海」を、砂浜を歩きながら口づさんでいました。





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山を見て育ったため、海での強い驚きの体験は数少ない。その中でも、夜光虫には驚いた。


夜のしめった空気を受けながら、海岸の道をバイクで走る。ちょっとした空気の流れのせいだろうか。生暖かい風と、冷たい風が混じり合って交互にぶつかってくる。
林の先には、静まり返った砂浜が広がっており、浸食され覆いかぶさるように砂岩の壁が続いていた。

その中にあって光るものがある。波打ち際で海を見る。波頭がボワ−ッと薄青く光る。
回りに光りのない砂浜はそう無い。たまたま、砂岩の壁と松林に囲まれ、明かりの差し込まない砂浜で出会った光景である。

おそらく、これが夜光虫なのだろうと、その砂浜へ足を差し出し、ゆっくり波打ち際を歩きだす。とたんに、また不思議な光が在ることに気づいた。それは、波打ち際の濡れた砂を踏みつけた足の回りが、なにやら光っている。確かめるために、力を入れて踏みならしてみると、その回りでやはり、ピカリ。
ためしにしゃがみこんで、指を開いた手のひらでパンパンと濡れた砂をたたく。やはり指の間の砂が、ピカリ。パンパン!、ピカリピカリ! 

しばらく、飽きずにやっていた。田んぼのホタルの何十分の1かの、小さな光が瞬くのだ。

目の前の、海と空との境を見る。そして見上げる。頭の上の遠くの遠くの光と、足元の波打ち際の小さな生き物の光は、互いに話をしているような。

海の、忘れられない光景である。

                    「心の風景のデッサン」より





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ささやき

画像をクリックすると、HPにリンクします♪
ささやき:Blog「温泉人(おふろうど)ライフ」より






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千年に一度の大津波の根拠・多賀城(産経新聞記事)画像をクリックすると、HPにリンクします 
千年に一度の大津波の根拠・多賀城




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心に残る風景、その場所に立つ!(多賀城市七ヶ浜町)
http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/52103825.html



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“出航” (仙台新港:多賀城)
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“出航” (仙台新港:多賀城)




当時の多賀城市長からの手紙(同姓同名)





当時の多賀城市長からの手紙(同姓同名)





当時の多賀城市長



当時の多賀城市長からの手紙(同姓同名)
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当時の多賀城市長からの手紙(同姓同名)&現在の多賀城市(H25正月)





実は、学生時にオーディオに興味を持ち、週間FM、FMファンといった雑誌を読みあさり、下宿生活の費用を切り詰め、自作スピーカー(大工さんに図面通りに 切ってもらい、断熱材をいただいて吸音材にして)、アンプキット(作れないので完成品を安く購入)、チューナー(はじめは、ステレオラジオ)、デッキ (オープンリールのデッキが大半で、出たてのカセットデッキは画期的でした)を組み合わせて、エアーチェック(FM放送の番組録音)で音楽を楽しんでいま した。

“自然に積極的に関わる生き方”、を生涯のテーマにしていますが、実は“音楽と自然に関わる・・・”がテーマだったのです。
“自分らしく”といった感覚は、束縛を最小にし、開放されたところから生み出されるものと感じ、自然や音楽に積極的に親しもうとするところから何かヒントがあるに違いないと思えたのです。

学生時には、一時期ハワイアン部に居たこともあり(演奏のセンスがないことを知らされましたが・・・)、ロックバンド部とステージを交代しながらダンスパーティーの演奏をしたこともあったのです。

フルートの音色が好きで、フルートを買い込み「林りり子のフルート教室」の教則本で鳴らしたこともありました。クラシックの演奏だけでなくジャズの演奏も好きで、ハービーマンの来日コンサートを多賀城の下宿から電車で仙台に向かったこともありました。
東北地方の若い学生が集まる仙台市内には、当時Jazz喫茶が数件あり、何度か足を運んでいました。

温泉人(おふろうど)の音楽との接点を述べましたが、家内がJazzボーカル、そして珈琲好きだったことも手伝って、いまではこうしたJazzの音楽の流れる店で、音のゆらぎを楽しんでいるのです。

いつも田んぼや温泉に居るイメージの温泉人(おふろうど)ですが、こんなふうに音楽に親しむ日常の一面もあるのです(^_-)




忘れ得ぬ想い♪「TEAC カセットデッキ」
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約40年前の作品、我が家のTEACカセットデッキに、また灯が点りました。

学生のころ親元の山形市を離れ、宮城県の多賀城市に下宿して機械工学を学んでいました。

初めての一人暮らし、初めての海辺の景色、北海道行きの大きなフェリー、そして夏休みでもほとんど宿題の製図描きの時間の下宿生活でした。

そんな中、仙石線で仙台に出かけ、 決まって立ち寄るのがオーディオショップ。当時、ステレオはとても高価で気軽に聴けるものではありませんでした。でも、高校時代にアルバイト(お蕎麦屋さ んで接客と出前)をした小遣いでパナソニックのホームラジオとステレオアダプターを買って、FMステレオの魅力にはまってしまったのですが、そのFMステ レオから流れてくる音質の良いステレオの音を、そのままの音質で録音(エアチェックと言ってました♪)するには、高額のステレオデッキがどうしても必要だったのです。

仙台新港でのフェリー接岸や搭載する車止めなどのアルバイト、そして近くのSONY工場でのカセットテープの箱詰めのアルバイトなどで貯めた資金で、ようやく手に入れたのがこのTEACカセットデッキでした。

高校時に買ったパナソニックのホームラジオとステレオアダプタをチューナーとして使い、週刊FM(当時のFM放送の番組表や手作り特集記事が目当て♪)に 載っていた手作りのスピーカーボックスを作り(吸音材は、近くの大工さんからグラスウールを分けてもらって詰め込みました)に、良い音で定評のオンキョー の12センチのフルレンジスピーカーを取り付けたものを使用し、それに音を送り込むアンプは、アンプキットの完成品(自分で作るのが自信が無かったので す)を使用しました。

ここに、憧れのTEAC(当時は高級デッキの憧れの的)のカセットデッキを繋いだのです。

良い音でした♪ 毎日自分の一人で過ごす時間は、ほとんどかFMステレオから流れてくる映画音楽などで、そのエアチェックに明け暮れていました。当時、小さいことからの夢で、音楽に関わってみたい(親戚のおじさんが自宅にピアノがあって、遊びに行くとピアノを教えているのを横目で見た居た事を覚えています)、そしてハワイアン部に入っていました。
でも、楽器演奏はウクレレもウッドベースも付いて行くのがやっとでした。当時、一人で楽典を見ながら林りり子のフルート教室のカセットを聴きながらフルートを吹いて見たときもありましたが、これも人前で演奏するなんて程遠いものでしたのでした。

仙台にジャズ喫茶に行ったりしながら良い音の音楽に親しみ、下宿でエアチェックした音楽をTEACカセットデッキで楽しむことの毎日でした。

近くにある七ヶ浜町の松島を臨む景色の中、そして多賀城の歴史の史跡跡で過ごすことの多い下宿生活でしたから、まさか東京に就職し関東に住み、ここを拠点に全国の温泉地を巡る生活になろうとは、まったく考えていませんでした。

不思議な縁ですね。でも、お陰で、今の生活が在るわけですから偶然に感謝、そしてその偶然の出逢いをより良い人生になるように計画的に組立ててきた自分自身に拍手です♪

いろいろ自分を支え、楽しませてくれたTEACカセットデッキに、今日コンセントに差し込み、電源スイッチを入れて見ました。

点りました。 灯が、心の灯が点りました!



TEACカセットデッキ
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http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/51925000.html 忘れ得ぬ想い「TEAC カセットデッキ♪」:Blog「温泉人(おふろうど)ライフ」より




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温泉人(おふろうど)の学生時代、兄弟で記念写真を撮ろうと提案し、3人で近くの写真館に向かいました。向かって左に立つのが、温泉人(おふろうど)です♪
 
当時は、生まれ育った山形市を離れ、松島近くの宮城県多賀城市に下宿し、かたい機械工学を学びながら、やわらかいハワイアン部に所属していました♪ 
 
ハンサムでしょ(^^♪

ここから、自分でハンドルを握り、自分で歩む生き方が始まったのです。




“継続は力なり”・一日一行の日記

『一日一行の日記』:温泉人(おふろうど)作

 

 


 


「積極的に自然に関わる人生を歩む」、これが人生のテーマになりました。

これまで、「社会人になった当初に、このテーマが決まったのです」と説明しますが、実は絵として描いたのがその時であって、もっと前にそのテーマは心に浮かんできて、行動に移していました。

学生時代に親元を離れて、海の近い宮城県の多賀城市に下宿している間、一日一行の日記を書き始めたことがありましたが、卒業するまで、そして社会人になって結婚するまで、毎日続いていました。

大学ノートの見開き2ページに横に罫線が引いてあるのを利用して、“今日一日出逢った自然との関わり”を、みどりのボールペンで短い短文でメモ書きしていました。ちょうど、見開きが1ヶ月分に相当するものですから、月ごとに人生のインデックスというか、自然とどれだけ関われたかを自分で見つめてみようとしたのです。

このおかげで、10月3日には、決まってあけびの収穫時期であることなど、季節がもっと細かに移り変わりゆくのを、自分ですぐ身近なところで実感できるようになったのです。

俳句の季語集も複数手元に置いて、寝る前に枕元でページをめくりながら、その花が咲いている光景、風が吹き渡る様子を思い描いていました。

いま、こうしてBlogといった形態で書き記す道具は変わっても、当時考え具体的に書き記そうとした想いは、いまも変わることなく継続しているように思えるのです。

“継続は力なり”です。当時の大学ノートに書き記した一日一行の日記は、Blogの形態でさらに立体的な表現が可能になりました。
多くの事柄との関連をとりながら、自らに問いかけ日々考え続けることとなりました。また多くの人から見ていただき、関係が広がっていくことを実感できるのです。

 

http://www2c.biglobe.ne.jp/~ofuroudo/kagiraretasigenn.html 限られた資源を、自分の意志で配分できる人(人・物・金・時間)
:「自分らしさの発見・育成・表現」より、温泉人(おふろうど)

http://www2c.biglobe.ne.jp/~ofuroudo/zibunrasisa.htm 自分らしさの発見・育成・表現(イノベーターの条件):温泉人(おふろうど)

http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/51365518.html 積極的に自然に関わる人生を歩む:Blog「温泉人(おふろうど)ライフ」より







40年前のスクラップ「かこさとしさんの記事」

40年前(1974年:昭和49年)のスクラップ「かこさとしさんの記事」
 http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/51999648.html





40年前のスクラップ「かこさとしさんの記事」




宝くじを買うより確かな夢の実現方法について、考えてみました。

人って、不思議ないきものと思います。心に描いた“想い”をイメージしたように、その方向に向かって身体が動いていく(行動していく)からです。

学生時代、ちょうどオイルショックの時(昭和48年)に載った新聞記事が、「夢を描くことが大事なこと」というものでした。
夢をふと思いつくと、どこでもカードに書き留めたのです。
その実現のためにとった行動は、夢を書いたカードを実施するにかかる時間を見積もり、身体が動く人生の時間で実現するために、定年を早めたという記事でした。

つまり、自分の夢の実現のために、そのやりたいことをはっきりし自分で方向を決め、やり切るための人生の時間を自分で決めたということなのです。

まだ社会人になっていないときに、この記事に出逢うことで、自分なりの目標が出来てきたように思います。
ただ流される生き方にしない、そう思えたのです。

その新聞記事とは、絵本作家のかこさとしさんの、夢の実現方法だったのです。

それ以来、温泉人(おふろうど)は、着々と自分の夢を書き出し、描き、自分のための時間を大事にし、人生の時間の使い方を納得できるよう、試行錯誤しながらここまで来ました。

“想い”をイメージする、そして日々出逢いを求めて行動し、出逢いの中から大切と思えるものをカタチにする、こんな生き方が気に入っているのが、
温泉人(おふろうど)です。




かこさとしさんの眼差し
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かこさとしさんの眼差し



日本科学未来館の方から、先日行われた、かこさとしさんの講演の様子が企画展会場で映像で流され、拝見できることをお知らせいただき、さっそく出かけました。

これからの未来を作っていく子供たちに向けたメッセージ「自分で判断できる、心も体も健やかな人間に育ってほしい」という願いを、かこさとしさんの優しい語り口で柔らかく子供たちに伝えようとされる様子が、映像からしっかり伝わってきました。

「何でもやれる丈夫なからだをつくるのは、外遊びが一番。自分の体力にそれぞれが合わせて頑張ったり休んだりできる、こんな素晴らしい方法が他にないんです」

「始めはできなくても、好きだ良いなあと思うことを言葉にして人に話してみよう。そして言葉を書いてみよう。自分が思ったこと感じたことは、 それを伝え、残せる事は大事なことなんだから」

家のお手伝いをしてみよう。 お母さんが料理しているのを手伝うときに、次に何をやるのかな、どう手地だってほしいのかな、喜んでくれるかなって、察して動けるようになること。この力 が付くと仕事や生活の中で大いに役立つんだよ」「大人になって、違う専門の人同士でいっしょに問題を解決していくときに役立つから」

かこさんの小さい頃の生い立ち、自分で体験し、自分で考え、自分で決めて来たこと、そして今考えていること、これからへのメッセージが、気負いなく分かってもらいたいと語るその眼差しが、しっかり伝わって来ました。

「飛行機に乗りたくて、十分に内容をしっかり知らないまま軍人を目指したけど、好きな本を親に隠れて読みふけったことなどで視力が低下し、なれなかったんです。仲間は軍人になって、戦場に行って帰らぬ人になった。だから仲間のいのちの分、自分の生きてやるべきことをやりたい、その強い想いがあって、ここまで やってきたように思えるんです」

会場からの質問に答えて「私は科学者で すから、その基本は人間社会に役に立つものであると思います」「でも、人の暮らしに役に立っていると思えない使い方や、経済など、本来もっと合理的に判断 し、こまったことにならないように科学的に見つめる学問であるべきと思うのですが・・・。」「かつて占星術が科学の進んだ領域であったと考えられますが、 科学技術の分野だけが科学ではなく、もっと科学的に合理的に考え、事前に予測し事前に手を打つように活用する、その分野がまだまだ手が付けられていないように思うので、これからの人に期待したいんです」



オイルショックの真っただ中、学生の頃出逢った一編の新聞記事が、その後の温泉人(おふろうど)の人生を方向づけたのです。

自分の夢を自分で言葉にして、自分で意思決定し、自分でできることの中で実践しつづけてこられ、こうして形にして、そしてこれからの生きる時間をさらにイ メージして生きて行こうとされるかこさとしさん、その確かな眼差しを直に拝見し、心の深いところで受け止めさせていただくことが出来ました。

自然のあるがままに触れ、自分で感じ、自分で考え、自分で意思決定しながら生きていくことなのです。

あるがままの生きた自然に接する子供時代、そして大人になっていくとき、3歳、5歳、11歳、大事なときに自然から学び、自分で感じ考えたことを言葉に出して文字にして、そして自分で動いてみる、この自然体のプロセスを、温泉人(おふろうど)のライフに重ね合わせてみて、また今も心に浮かぶ「心の風景のデッサン」を通じて、その確かさを確信できました。

そして、大人になって社会人となって、企業のなかで多くの違った専門家の人と共に考え行動してひとつのことを成し遂げること(プロジェクトへの参加、志をひとつにする表現者とのコラボレーション)、一方で地球市民として自然を見つめ、この地球の中で自然と共に生きていくことを見つめ、後進の人に伝えたいという強い想いが、温泉人(おふろうど)のたどった道筋に似て、大いに共感し、これからもまた手本としていきたいと思います。

35年前に学生時代に出逢った一遍の新聞記事、そして、またこのたびの展示会場での講演録画、自然体の確かな生き方に、その気負いのない実践者にこうして出逢えたことに感謝です!

ぜひ、これから機会があれば、直接にお目にかかってお話を聞かせていただきたいと願っています。人生の大先輩として、生き方のお手本として・・・。

     自然の子”・ “次世代の語り部”  温泉人(おふろうど)





かこさとしさん
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かこさとしさん



かこさとしさんについて
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かこさとしさんについて



35年を経て、今こうして暮らしていることを、伝えに行くことができました。

時はオイルショックの真っただ中、企業人を捨てて、自らやりたいことに舵取りしたひとがいることを、新聞記事で知ったのが、温泉人(おふろうど)の社会人直前の学生時代でした。

その中に書いてあった「自分のやりたいこと、夢をカードに書くこと」が、具体的でより実践できるものと思えたのです。そして、すぐに自分でも実践してみようと決意させることになったのです。
今の温泉人(おふろうど)の夢の実現方法に、大きなヒントを与えてくれました。

かこさとしさんは、絵本作家として幅広い基本的なテーマを物語として表現されました。いま83歳で550冊もの絵本を書き残したのです。

今日、その講演会場に伺い、これまでの絵本を組み立てて、これからの子供に伝えたいもの、引継ぎたいものを展示表現しているところに足を運びました。

これまでの絵本作家として表現されたことを、時間軸、空間軸に視座を定め、足元の地球、人としての成長といった視点で、幅広く深く見つめて居ます。

これからのこどもたちに未来を託す、その強い想いが伝わって来ました。





絵本ナビ
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温泉人(おふろうど)のライフ
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http://www2c.biglobe.ne.jp/~ofuroudo/life.html 温泉人(おふろうど)のライフ





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「城下町やまがた探検地図」上の★心の風景ポイント

★城下町やまがた探索地図(「心の風景のデッサン」ポイント)
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「城下町やまがた探検地図」上の★心の風景ポイント



温泉人(おふろうど)を育て、感性を育んだ城下町山形市です。

東北の北の民の暮らす地、どこからも山が臨める山形盆地での水と空気と人、城下町の堀を近く過ごした八幡石、京文化の幼稚園・もみじ公園、奇跡とも思える出 逢いの中で、いまこうして生きる温泉人(おふろうど)の感性が出来上がりました。

感謝です!<(_ _)>





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http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/52136171.html




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心の風景のデッサン
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「心の風景のデッサン」:温泉人(おふろうど)
・・・故郷、それは心の中にある「心の風景」に違いありません。決して消えることのない・・・

まえがき

 誰にでも、生涯の中で忘れ難い自然や季節との思い出があります。でも、これは思い出といったものだけでは語れない「その人が大切にしてきたもの、これからも大切にしていきたい宝物」なのではないでしょうか。

 昔のことを、そして自分の生まれ育った故郷を単に懐かしんでいるということではないのです。きっと大切にしたい何かがそこにあるからと感じるからなので す。自分の心の目で心地よいと感じ、大切にしたいと思っている価値観がそこにあるのかもしれません。きっかけは、小さいころに出合った光景だったかもしれ ません。でも、その時代、その場所に戻ることはできないし、その意味も違うのかもしれません。




“センス・オブ・ワンダー”への想い
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“センス・オブ・ワンダー”への想い




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風の便り(波暮旅二) & 温泉人(おふろうど)



★年賀状(2013年年賀)
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★笑顔♪



“計画された偶発性”(計画的偶発性理論)を起こす行動様式
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“計画された偶発性”(計画的偶発性理論)を起こす行動特性





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トロイメライ



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新どこへでも温泉人(おふろうど)号 での、どこまでも、温泉人(おふろうど)!




振れ幅
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振れ幅



温泉人(おふろうど)
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略 歴(写真活動):温泉人(おふろうど)




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日立市田尻での講演にて
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(哲学堂公園のネコ)・クリックしてみてください。話の様子が聞こえますから。



木札:温泉人(おふろうど)
 温泉人(おふろうど)の意味 

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