2016年08月22日

祖父 鈴木徳多郎 (M19.7.19生まれ)♪

祖父 鈴木徳多郎  (M19.7.19生まれ)♪

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祖父 鈴木徳多郎 (M19.7.19生まれ)♪

祖父のこと、思い起こしたいと思いました。
「おしん」の筏で奉公に出るシーンを撮影したところ、最上川の上流の川沿いの住まいです。祖父の育った時を知る人を訪ねて、学生時に父と弟とバイクで山を越えて行ったことがありました。
「徳多郎さんは、勉強熱心で、いつも最上川の瀬音を聞きながら本を読んでいるような人だったですね」と話してくれました。
そして山形市に育つ中で、「身体が大きかったので、自ら騎馬隊を志願したのだけれど、家のものから反対されて、どうしても馬に乗りたくて消防隊に入ったんだよ」と聴いたことがありました。
大人になって、東京に出て種屋(最中の皮を焼く商売)の修行をする中で、筆が立つので帳簿も任されたと聴いたことがあります。周りからも好かれ、ルナパークと書かれた袢纏が残っています。「これを着ると、タダで入れてくれたんだよ」
ここまでは、聴いた話です。
私の記憶に残る話をします。「珍しく、和夫を連れて写真館で写真を撮って来たことがあるんだよ」って、祖母が話してくれました。
山形市内八幡石で、種屋を営み、祖母とともに餅をつき、座り仕事で最中の皮を炭火で焼く毎日が記憶にあります。
「ふらっと、山登りに遠くまで出かけて、駅から電話がかかってきて、土産を買ってきたから持つのを手伝ってくれと言うので行って見ると、石なんだよ」
祖父の手書きの日記(和紙に筆で書いたもの)には、旅の勧めという記事の中に、「お金ができたら、その金でなるべく他の地に行って見聞を広げ、自分の足で歩いて感じてくるのがいい」と記してありました。
温泉人(おふろうど)の小学校時にこの祖父の記事を目にして、その後の生き方に大きく影響を受けたのです。
今の温泉人(おふろうど)の生き方は、実はここに原点が在るのです♪

祖父が亡くなったのは、小生が小学6年時で、卒業式の日に祖父の告別式だったため、門出式に参加できませんでした。
その年には、東京オリンピックが開催されたときだったのです。



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おしんロケ(展示複写)






おしん (おしん生家ロケ地)
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おしん (おしん生家ロケ地)



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「近くて懐かしい昭和のひとコマ」





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明鏡橋・雪谷で河原遊びと三つ扇の家紋・寒河江つつじ公園に弟と♪(故郷・山形にて父と:2017.5、20~21)
http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/52179431.html

故郷・山形の父と、先日の帰省時に、鈴木家の家紋「三つ扇」に出会いに行きました。先祖がどう暮らし、今の自分が在るのか?、そのことを実感できたひと時でした。温泉人(おふろうど)




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家 紋(新しいカメラでの初撮り)・・・息子、娘からの祝をカタチに!・・・ありがとう!



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松平伊豆守の家紋:三つ扇、お堀(喜多院)&松平伊豆守の(仙波東照宮) & 温泉人(おふろうど)の家紋
http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/52128153.html


“三つ扇”、松平伊豆守の家紋に出逢いました。そのまま同じではありませんが、温泉人(おふろうど)の家紋もまた、“三つ扇”なのです。
故郷の山形市、山形城にかつて徳川の時代に松平大和守が城主となり、実家のすぐ近くのもみじ公園をつくることを指示した人でした。その人が、川越・喜多院本堂の後ろに眠っているのです。川越が、益々身近なものとなりました。




★扇
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松平伊豆守の家紋:三つ扇、お堀(喜多院)&松平伊豆守の(仙波東照宮)&温泉人(おふろうど)の家紋




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平林寺の紅葉 & 松平伊豆守信綱の廟所(新座市)
http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/52128250.html
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動画
https://www.youtube.com/watch?v=vLzj-sngrzg&feature=youtu.be




動画
https://www.youtube.com/watch?v=Q-4YrWHzO8o&feature=youtu.be




動画
https://www.youtube.com/watch?v=wHsbptWlt8o&feature=youtu.be




動画
https://www.youtube.com/watch?v=IiMGC4COqBM&feature=youtu.be




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王将の“最中の種”




最中の種って、最中の皮のことです。その最中の種をつくる商売を、種屋(たねや)と言います。温泉人(おふろうど)は、小学2年生の秋まで、種屋で過ごしました。

最中は、もち米を蒸かし、餅を搗き、のし棒で均一に薄くのします。それを包丁で小さく切って、最中を焼く鋳型に入れて(人形焼きのような)焼き上げます。

この型が最中のデザインを作り出すもので、お得意先のお菓子屋さん毎に決まっているのです。頼まれて作るだけでなく、独自のデザインで作った自前の型もあり、“半月”と銘々した最中の種が、大好評だったと父から聞きました。

そう、正月飾りも最中で作り、ヤナギの枝に紅白の丸い餅、恵比寿・大黒の最中の人形、そして大判小判など、縁起物が最中で作って吊してあるのです。

毎日もち米を蒸かすためのカマドに杉の葉をくべて燃やし、その枝の切り口からじゅうじゅうと汁が吹き出すのを眺め、蒸かしたてのもち米を塩をまぶした片手の に乗せて握ったおにぎりをふうふう食べ、うまく焼けなかった最中の種を崩して蒸かし直した“種くず餅”を、納豆でいただいたことなど、種屋ならではの暮ら しが、記憶の中に詰まっているのです。

手伝いの職人さんもいて、祖父のもとで修行したお弟子さんが、埼玉の秩父にいるとも聞いたことがあります。
当時、大きな風呂敷をかついだ紙売りの行商人も、玄関のあがりに腰をかけて、持参の弁当を食べている光景も覚えています。

職人さんや、お年寄りへの人懐っこさは、案外こんなところから出来上がったのかもしれません。東京の下町、江戸の母・川越の持つ雰囲気が、こうした心の風景重なり合い、安心の気持ちになるのでしょうか。




王将の“最中の種”





王将の“最中の種”




温泉人(おふろうど)は、小さい頃最中の皮を焼く“種屋”に生まれ育ちました。

じいちゃん、ばあちゃん、父、母、お弟子さんがいっしょになって自宅で働いている光景を覚えています。

もち米を蒸籠で蒸かし、臼の中で杵で突いて餅にして、のし棒で薄く延ばし重ねる。それをまな板の上で小さく切って餅片にします。鋳型を開けて、型のなかに餅片を入れてレールに乗せながらひっくり返しながら焼いて、開くとあの最中の皮が出来上がります。

正月の縁起物の飾り「ふなせんべい」も、最中で作って、デパートに飾り付け、初市で商売していました。

三軒長屋でしたので、両隣とくっ付いた住まいでしたので、まさに近所の大人や子供が井戸端会議なのです。

城下町山形市育ち、この街で人の間近に袖ふれあう暮らしの中で育ったからでしょうか、東京の下町育ち、職人育ちそのものの気質が身についたようです。

“人として”の判断を大切にしたい価値観が、こうして自然に備わったのが、温泉人(おふろうど)です。
何と言われても、それを一途に大切にしたいと思う感性の、温泉人(おふろうど)が居ます。

次第に、“職人”としてのこだわった生き方をしたい、もともと備わっていたものが、次第にはっきりと意識できるようになってきました。

自分で感じて納得して好きな物は、徹底して好きなのです。納得できない物は、やっぱり納得できないのです。
好き、嫌い、このことをはっきりと分けたい気持ちが、次第に強くなってきました。

“人として”、その判断を大切にしたいのが、温泉人(おふろうど)です。






本物
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本物:最中の種(皮)

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本物:最中の種(皮)

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本物:最中の種(皮)

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本物:最中の種(皮)

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八幡石(アーカイブ)




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銭湯「桃の湯」:温泉人(おふろうど)の産湯
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湯煙の向こうに自分が見える

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湯煙の向こうに自分が見える




s-デイタムズ
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デイタムズ記事:「温泉人(オフロウド)流、温泉の楽しみ方」





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“職人”





職人
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職人



ふなせんべい(最中種屋)
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ふなせんべい(最中種屋)


王将の“最中の種”
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王将の“最中の種”



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霞城公園(山形市)
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がいらんご(おたまじゃくし




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市民感覚のめざめ
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市民感覚のめざめ




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【ずねんと:自然に】
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【ずねんと:自然に、あるがままに】




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愛車旧デリカと山形・宮城へ(2007.8.16:工坊さんと同行)
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★アーカイブ:愛車旧デリカと山形・宮城へ(2007.8.16:工坊さんと同行)




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“八幡石(山形市)”への想い
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“八幡石(山形市)”への想い


城下町・山形市に生まれた意味
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城下町・山形市に生まれた意味



父の描く“絵”、東北人の心
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父の描く“絵”、東北人の心




職人
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職人


ふなせんべい(最中種屋)
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ふなせんべい(最中種屋)



木彫りの達磨大師&福禄寿:(四国金毘羅宮みやげ)

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「虚無僧は、“無想”になって、あるがままを受け止める。」「自分の想いも大切、そしてあるときは、無になって、“無想”になって、ただ感じることも大事・・・。」

こんな感じを抱かせる木彫りです。

ひとつは、じいちゃんが四国の金比羅山への記念にと持ち帰ったものと聞かされ、小さいころ人形代わりにして遊んでいたものです。

学生のとき、ふとこのことを思い出し、自分で金比羅山に参拝し、じいちゃんの木彫りの話をしたことで、「それなら、これ持って行け」と、自ら彫ったという作品を譲っていただいたものです。

人間社会を生きていくために、自分で考え想うこと、想いがあって強く想うことによって、想いがカタチになることを学び、実践する中で実感してきました。

そして今は、無になって、自然の中に触れて、そこに在ることの素晴らしさ、あるがままに完成された自然(じねん)の姿をいとおしく感じるのです。

“無想”を見ていて、“自ら想うこと”、心に思い描いていくこと、それと同時に“自然の持つあるがままを感じとること”の双方が、人間社会を渡っていくに必要なんだと教えてくれていたんだと、今、温泉人(おふろうど)として風流人として分かってきたのです。

岡 潔「春宵十話」の中で「人間の中心は情緒である。情緒とは、人の悲しさが分かる心である」の言葉が、また改めて心に響いてきました。





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祖父が四国の金毘羅宮参拝みやげにと購入した、木彫りの達磨大師です。

木の堅い芯を掘ったもので、自然の肌触りが奥深く、小さい頃人形代わりにして手にして温泉人(おふろうど)は育ちました。

山形を出て東京に働き住まいする記念にと、頂いて持ち帰ったものです。

学生時に、四国の金毘羅宮に参拝した折、階段途中の木彫り専門の土産店で祖父の達磨大師の話をしたところ、店の奥に飾っていた作品を、ぜひ持ち帰ってほしいと譲っていただきました。

今も大切にしている木彫りの達磨大師と福禄寿です。




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★おまじない(「心の風景のデッサン」より)
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最中
































最中







































うまく行くようにする「おまじない」のはなし。

最中の種屋」に生まれた。じいちゃんとそれを助けて最中の皮を焼く親父さん、そしてお弟子さんと、尋ねてくる紙売りのばあちゃん。こんな、職人の香りがプンプンする環境で小さいときを過ごした。これが、いまでも職人さんとすぐ友達になる特技を身につけさせた。

毎日、もち米を蒸かし、蒸け上がった「お蒸かし」を片手で握って塩をちょっと付け暑いのをフウフウいって食べた米の甘味と香ばしさを忘れない。ドンと蒸け上がったお蒸かしを臼に移し、杵で突く。こうして餅になったものを、のし台とのし棒を使って均等な厚さに伸していく。適当な大きさに揃えて切ったものを、あぐらをかいて座った前に置き、包丁で小さく切っていく。目の前に炭火を起こし、火力を均等にした上に型(最中の皮を焼く型)を4丁並べ、左から順に右に向かって裏表をひっくり返しながら焼いていく。そして、一番右の型を開けて、焼き上がった皮を型から剥がしていく。

こうして焼き上がった皮(これが最中の皮、つまりこれをつくる商売が「種屋」)を耳きりばさみではみ出した部分を切りそろえて完成品になる。そして、お得意さんに送るために、お茶箱に下から順に隙間なく並べていく。

こんな種屋のじいちゃんの姿やしゃべりが、しっかりと心に焼きついている。いつのころからか自然に心の中で「じいちゃん頼むよ」が口癖になっていった。このおまじないが効くのには、自分で精一杯やってからなのだから、自分でもやるだけやったと実感できるかどうかを確かめるのだ。でも、やっぱりどうしようもないこともある。このとき「じいちゃん頼むよ」が、一番効く。

心の中に住んでいる、安心のおまじない。




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ばあちゃんの椿、開花
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ばあちゃんの椿、開花


★【PHOTO BOOK】全ページ♪:父(満90歳)との山形と東京間の記念すべき大旅行♪

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★【PHOTO BOOK】:父(満90歳)との山形と東京間の記念すべき大旅行♪
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地図(足跡)





地図(足跡)




父(満90歳)との山形と東京間の記念すべき大旅行♪

きっかけは、父を鉄道博物館を見せてあげたいということでした。山形の従妹の協力もあって、父に山形で新幹線に乗ってもらって、大宮で合流してと考えていたのですが、何よりも本人の気持ちが・・・。
そこで、このたびの休みを利用して、こちらから車で迎えに行こうと考え、行動を開始したのです。
山形の実家に到着し、元気な父の様子を確認し、また自分の体調がよいことも確認し、父とともに首都圏に向けてトンボ帰りを実行。
山形道から村田ICで高速を出て、宮城県亘理市から福島県相馬市に向けて一般道で向かいました。
太平洋沿岸の東日本大震災で住宅地や田畑が被害にあった光景や、復興の様子を見ながら、馴染みの相馬・喫茶ビアンで食事。
さらに進み、福島第一原発の近くを走り、帰宅困難地域を駆け抜け、様々な実態を実感してもらいました。
常磐道の高速で、都心へ向かい、上野で息子の家族と合流するため、東京スカイツリー近くで首都高を下車し記念撮影。上野で合流し、食事しながら念願の4世代記念写真を撮っていただくことができました。
その後、予約していた品川プリンスで旅の疲れを取って休みました。
翌日は、朝起きてテレビをつけると、北海道新幹線の開通出発の様子が流れていました。父は長年国鉄で勤務しましたので、特別な想いだったことでしょう。
「今日、鉄道博物館へとの予定だが、何十年ぶりかの都内の様子を見るだけでいいよ」との話。
それではと、田町のかつての職場のビル、そして首都高で東京湾を眺望できるレインボウブリッジを走り、現在の職場のある飯田橋周辺を説明(国鉄が事業拡大したホテルエドモンド、東京しごとセンター、そして桜が咲き始めた靖国神社など)。
首都高で埼玉の富士見市(温泉人(おふろうど)の住まい)で、難波田城公園(春めいた中を散策)、そして川越(喜多院から食事処「花かげ」で食事)へ向かいました。
後は、川越の北に位置する川島ICから外環道で久喜IC、そして東北道で飯坂温泉IC下車。一般道で栗子峠を抜け、山形の米沢を経由して、山形市内の実家へ無事到着です。
互いの体調と体力、車の車検直後での良好、桜の開花と好天に恵まれたことなど、いとこの義子ちゃんの心遣いに助けられての実現でした。
本当に、一生の良い記念すべき旅になりました。(^_-)-☆


(父へ電話♪)
今しがた、山形の父に電話しました。何十年ぶりかの東京見物、川越見物で、大満足の様子。「いやあ、楽しかった♪」「ますます長生きしたいと、欲が出た。(^^♪」との元気な声が返ってきました。一安心です。(^_-)-☆



人生の再構築



人生の再構築

                              2016.4.11

                              鈴木 和夫

思いがけず切れた仕事や暮らしのシステムを立ち上げ直す必要に遭遇してきた。

そのときに取った問題解決方法を、身近な父と小生の事例で考えてみた。

父は、祖父が友人の連帯保証人で保障弁償となってしまい、住まいも土地も、すべての経済的基盤を一瞬にして失ってしまうが、その後の父の取った考え方や困難への向かい方を実践したことで、いまの暮らしが再構築出来てきた。

また、小生もその父を見て育ち、転校や下宿や、思いがけず東京で働き基盤を作ってきたことなどを体験してきて、今の暮らしや仕事に至っている。

いろいろ語り尽くせないが、その基本は何だったのかをキャリアデザインの視点でまとめてみる。

  状況の変化後、これからも改めて大切にしたいと思う「経験」や「人柄」や「価値観」といったいわば【資源】を確認(自分を知ること)し 続けてきたと思う。大切と思えることをポケットに忍ばせた名刺サイズのカード(ここに至るのに試行錯誤でたどり着いた)に、その場で書き込んできたこと。 また、「心の風景のデッサン」の著書をまとめ、また同時に“写心”として心として重なったものを写し取ってきた。日々、ブログ記事に文章と共に蓄積し続け てきた。

  一方では、社会や生活の環境の変化を察知して(相手を知ること)で、暮らしと仕事を再構築してきた。住む土地が変わり、結婚しいっしょに暮らす人ができ、仕事内容や職場の変化(転職が大きい変化)時に、どう先をイメージし、目の前に起こる出逢いや偶然を選び取ってきたか、その日々の連続で今がある。

父の人生への前向きに変化して対応した生き方、自分が住む土地を変えながらも、大切なものを心に置いて、新しくも納得した暮らしにして来たこと、人生をどこに向かってどう納得した暮らしと仕事を引き寄せて来たか、実践者としてこれからも問いかけ続け生きていこうと決めている。

頭の中のシナップスの張り方、張り替えである。その想いが、実態を形作っていくと、これまでの実践から体得した。




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★【PHOTO BOOK】:父(満90歳)との山形と東京間の記念すべき大旅行♪
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「城下町やまがた探検地図」上の★心の風景ポイント
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「城下町やまがた探検地図」上の★心の風景ポイント


温泉人(おふろうど)を育て、感性を育んだ城下町山形市です。

東北の北の民の暮らす地、どこからも山が臨める山形盆地での水と空気と人、城下町の堀を近く過ごした八幡石、京文化の幼稚園・もみじ公園、奇跡とも思える出 逢いの中で、いまこうして生きる温泉人(おふろうど)の感性が出来上がりました。

感謝です!<(_ _)>



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心の風景のデッサン
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「心の風景のデッサン」:温泉人(おふろうど)
・・・故郷、それは心の中にある「心の風景」に違いありません。決して消えることのない・・・

まえがき

 誰にでも、生涯の中で忘れ難い自然や季節との思い出があります。でも、これは思い出といったものだけでは語れない「その人が大切にしてきたもの、これからも大切にしていきたい宝物」なのではないでしょうか。

  昔のことを、そして自分の生まれ育った故郷を単に懐かしんでいるということではないのです。きっと大切にしたい何かがそこにあるからと感じるからなので す。自分の心の目で心地よいと感じ、大切にしたいと思っている価値観がそこにあるのかもしれません。きっかけは、小さいころに出合った光景だったかもしれ ません。でも、その時代、その場所に戻ることはできないし、その意味も違うのかもしれません。




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★曲り屋の四季 ★http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/52138719.html







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新どこへでも温泉人(おふろうど)号 での、どこまでも、温泉人(おふろうど)!







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日立市田尻での講演にて
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(哲学堂公園のネコ)・クリックしてみてください。話の様子が聞こえますから。



木札:温泉人(おふろうど)
 温泉人(おふろうど)の意味 



ofuroudo at 04:13│Comments(0)

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