2016年11月17日

【再掲載】山形城(霞城):2016.5.3・・・父(満90歳)と:2015.9.19

【再掲載】山形城(霞城):2016.5.3・・・父(満90歳)と:2015.9.19

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山形城
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E5%BD%A2%E5%9F%8E


【再掲載】山形城(霞城):2016.5.3・・・父(満90歳)と:2015.9.19
http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/52163025.html


山形城、温泉人(おふろうど)はこのお堀端で生まれ育ちました。最上義光公が城主となり、徳川家康の時代には、家康側に参戦勝利し、五十七万石の東北地方で最大規模の大名となるのです。以降、川越藩主・松平大和守が山形城主となり、白河城(小峰城)、姫路城の城主となったことを知りました。父と歩んできた故郷・山形市、城下町なのです。




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お城の土手、ここで、登ったり下りたりして遊んだ。  

ここに、春先には一面に草の間からニョキニョキ土筆が顔を出すのである。この土筆をおもしろがって採り合いし、入れ物が無いため、着ていたガウンに入るだけ家に持ち帰った。 

新聞紙を広げ、土筆の袴を一つ一つ根気よく取り除き、まとめて湯で茹でる。あんなに採ってきたと思うのも、茹でてしまえば以外にあっけなく、少ないガサ(量)になってしまうのである。 

かつお節と醤油を少々かけ、もやしのように頂く。あっさりとした味は、いやみがなく季節の味わいとして、家族で楽しむ。  

つくしのことを、”土筆”とは、うまく表現したものだと関心している。その土に突っ立った筆そのものである。子供のこころにどの様な思い出の風景を描いた筆なのだろう。じっと、顔を近づけ同じ目の高さから見つめ、語りかけると、そのひとにだけその風景を教えてくれそうな土筆である。 

長い冬から覚め、太陽の光をいち早く受け止め、温かい土の中からこの世界に住む住人の思いを引き出し、デッサンしようと筆を携えて生まれてきたのかもしれない。  

日当たりの良い丘にその土筆は、群生した。何本もの筆は、通りががりの子供や大人のこころにそっと近づき、しっととどまっている。  そんな、思いが”土筆”の姿に思い浮かぶ。土筆の持つ、素朴さ,土くささ,品格が、接する者への安心感や素直さを引き出すのか。  

冬の寒さを耐え、ようやく日の光が黒い土に吸収されたころ、その温度となって感じるあの春先の心の動き、その動きに対応するかのように土筆が現れる。巧妙な”季節のからくり”に、ため息が出るような・・・。




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春爛漫、城跡の土手に咲きそろう桜は、東北の長い冬を越えてきた者にとって安堵の印であるような。

モノクロの景色から、カラ−の景色へと変化したような、そんな錯覚を抱いてしまう。
そして、匂いのない世界から、香りの世界へと確実に変わっていくのを実感する時でもある。
静から動へと移っていく。

ほんのちょっと気温が変化しただけで、こんなにも多くの感覚が働きはじめるのか。
生き物のリズムが、外界の温度の変化に敏感に反応していく。
そうそう、私たちもその生き物だから、やっぱり心の高鳴りは抑えようがない。こんな変化した心で、まわりの景色やら生き物たちと接するのだから、接した相手も刺激されて変わっていく。互いに接した生き物同志が刺激され、変化が加速していくのかもしれない。
土手の一面に咲いた桜は、気温の変化に対応して自ら変化したものであるが、実はそれに接するもの達を変えていく力の方が大きい。
心を変えてしまうこと、小さな出来事のようだが、このことが最も大きな変化を引き起こすのであるから。

一面に咲きそろった土手の桜、厳しさに耐えてきたことへの精一杯のうれしさの現し方なのか・・・。

あと何度、この花に出会えるだろう。今、このとき出会っていることへ感謝!感謝!・・・感謝!。




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西蔵王高原 展望広場で目覚め〜父と山形市内・八幡石〜山形道で蕎麦〜荒浜・仙台新港・七ヶ浜町で刺身・防波堤整備(2017.8.6)
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温泉人(おふろうど)の生まれ育ったところを、新幹線が駆け抜けるんです。父も元気です♪




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山形市児童文化センター&市民感覚のめざめ(山形市・霞城公園内):2016年07月16日http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/52151324.html

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山形市児童文化センター&市民感覚のめざめ(山形市・霞城公園内)
http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/52151324.html

温泉人(おふろうど)の今の生き方に、大きく影響したのが、ここ山形市児童文化センターで小学5年生・6年生で学んだことです。
小学校2年生の秋に、第7小学校から第5小学校に転校したことがきっかけで、心的いじめ(自分がそう感じたのですが)に会い、一人遊びの毎日が、宮沢賢治のような感覚を育てた時期です。
ところが、小学5年生のクラスの担任だった片桐先生からの勧めで、通った小学校から離れた児童文化センターで週末に学んだんです。これは生まれ育った八幡石にも近く、霞城公園で出会う虫や植物を歩いて学び、図書館に置いてあった「天文ガイド・増刊号」の天体写真に心が飲み込まれ、中学時には毎晩星空を眺める少年でした。この様子が「心の風景のデッサン」にも、多く登場します。

そして教えてくれたのが、市内に働くクリーニング屋さんがアリの飼い方など教えてくれたんです。大人になっても働きながら市民として学び続けられることを知ったのです。

もうすぐ、この建物が取り壊されることが耳に入ってきました。
心の風景として鮮明に残る、今もとても大事な場所なのです。




山形新幹線で、急遽父(満92歳)を見舞いに山形へ(2017.9.22〜23)
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山形城・本丸一文字門整備へ父と(‎2008‎年‎4‎月‎28‎日)
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山形市児童文化センター&市民感覚のめざめ(山形市・霞城公園内)
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小学校まで毎日、”お堀”に沿って学校へ通った。線路を渡り、お堀の近くに煎餅屋があり学帽をひっくり返して差しだしては、出来たてのくず煎餅をよく入れてもらった道。傘をズルズル引っ張ってはバタバタ歩き、傘の柄の先がすれて曲がってしまった道。そしてお堀の水かさの少なくなった、ドロの臭いのする道。

このお堀もまた、学校帰りに立ち寄る遊び場である。その中でよくやったのが”がいらんご”捕り。がいらんごとは、大きな頭をした(おそらく、食用蛙と思うが)おたまじゃくしのことである。お堀の土手に桜が咲き終わり新緑の中で水も温むころ長靴でドロの中に入り手づかみでがいらんご捕りをやった。頭が直径3〜4センチで尾までの長さが15センチほどの大きさである。頭でっかちで、動きはゆっくりしており、ドロと澄んだ水との境にそのものは、うずくまっている。1ぴき2ひきと、ほどほどの間隔でおもいおもいに寝そべっている。素手で掴んでも幾分か頭の部分が手ごたえのある堅さのみで、体全体がやわらかくドロくさい匂いと一体になった記憶がある。学友と夕方までお堀のドロの中の人となっていた。

お城の大きな石垣をかたわらに見、ようやく一人歩ける幅の踏み固めた土手の道が水辺まで草のしげみの中につづいている。これを伝ってお堀に降り立つのである。お堀の水のなまぬるい水の中で、きめ細かいドロの中で掴んだがいらんごの体の柔らかさと、その臭いの記憶は今も消えない。

がいらんごの入ったビニールの水が穴から漏れて無くならないうちにと、お堀の土手をいっきに駆けのぼり、いちもくさんに駆けて家にもどる。玄関先に流しを利用した箱庭が置いてあった。その景色も大木のしげみの中を渓谷が流れるように造ってあった。
この渓谷の中に、ようやく水の残ったビニールの中からがいらんごを放った。がいらんごは、箱庭の渓谷の中でじっと沈んだ雄大な生き物となった。

この中の幾匹かは、いつしか後足が生え、前足も引き続き、やがて尾もしだいに短くなり、しまいには消え去りどこかへ居なくなってしまった。

忘れた頃に時折、蛙の低い声が遠慮がちに響いていた。



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https://www.facebook.com/ofuroudo/posts/2334088363472092

松平大和守家の研究、扉を開けて見ると、温泉人(おふろうど)の故郷山形市、山形城主最上義光以降に、徳川家康の孫の直基、その長男の直矩が城主となりました。直基が姫路城城主へと命を受け赴任すべく山形城を経ちましたが、江戸で亡くなります。長男の直矩は当時5歳、そこで新潟の村上城に預けられ成人になります。そして山形城主や姫路城城主となるのです。川越の喜多院の廟所には、直矩ゆかりの歴代の城主が眠っています。一時川越藩だった前橋城の東照宮には、直矩の陣羽織と軍配が重要文化財として展示してあります。現在、直矩の墓は、福島の白河にあります。
温泉人(おふろうど)


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武鑑(ぶかん) & 川越(松平大和守)・出羽山形(中山・山辺)・水戸(日立・助川)の繋がり




FB:武鑑の世界
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武鑑(ぶかん) & 川越(松平大和守)・出羽山形(中山・山辺)・水戸(日立・助川)の繋がり.
http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/52112396.html

武鑑の世界、気になったところを少しづつ読み進めています。温泉人(おふろうど)は、人の歴史には全く興味がありませんでしたが、山形城に遊ぶ幼少期を過ごし、縁あって川越に近い富士見市に住むようになって、その関係を教えてくれたのが川越藩火縄銃鉄砲隊保存会の会長、寺田さんです。寺田さんは幼少期に秋田で生まれ育ち、小学校の時に近くのお寺のお墓に刻まれた家紋に魅せられ、ノートに書き写していたのだそうです。ある時、お墓に頻繁に来てはイタズラしていていると思われ、お寺の本堂で説教されたとのこと。でも「なぜか?」と問われ、家紋を書き写していることを感心され、ここで家紋なら武鑑に書いてあることを教わったというのです。ここから今では、武鑑の第一人者となったというのですから驚きです。誰もが寺田さんは、鎧兜を着て、火縄銃鉄砲隊を率いている人とばかり思っているのですから。実は、武鑑の第一人者なんです。600冊以上もの武鑑を保有しているんです。寺田さんから、山形城と川越との関係を武鑑を通して、記述の実物を拝見する中で、次第に興味が出てきて、武鑑を手に持ちながら都内の関連の場所に出かけるようになったのです。温泉人(おふろうど)(^_^*)




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記念講演「武鑑あつめて60年 その魅力と楽しみ」寺田図書助勝廣(難波田城資料館)
http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/52173412.html

春季企画展「武鑑の世界」〜江戸時代の大名ガイドブック〜(難波田城資料館)
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ご報告です♪ 川越藩火縄銃鉄砲隊保存会会長の寺田さん、武鑑の第一人者なんです。富士見市難波田城資料館での展示が始まり、記念の講演がありました。温泉人(おふろうど)より♪




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難波田城公園まつり2017(2017.6.4 富士見市)&記念講演「武鑑あつめて60年 その魅力と楽しみ」寺田図書助勝廣(難波田城資料館)
http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/52179711.html




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武鑑
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松平大和守家の研究
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“八幡石”への想い
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“八幡石(山形市)”への想い




“八幡石”への想い




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「城下町やまがた探検地図」上の★心の風景ポイント
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温泉人(おふろうど)を育て、感性を育んだ城下町山形市です。
東北の北の民の暮らす地、どこからも山が臨める山形盆地での水と空気と人、城下町の堀を近く過ごした八幡石、京文化の幼稚園・もみじ公園、奇跡とも思える出 逢いの中で、いまこうして生きる温泉人(おふろうど)の感性が出来上がりました。
感謝です!<(_ _)>




 

城下町・山形市に生まれた意味
 


 

温泉人(おふろうど)は、自己紹介で「“おしん”の筏(イカダ)が流れるシーンの村が、じいちゃんの生まれた村です」と、話します。それは、自然に寄り添って生きてきた“北の民”としての哲学(“もののけ姫”にも感じます)を誇りに思うのです。

ずねん(じねんが訛って)と」と言う山形に残る日常の言葉に、“自然(じねん)”を基本に、無理のない“あるがまま”の生き方を大切にしたいと思えるからです。

その東北の山形にあって、城下町・山形市に生まれ育ちました。小学校2年生の秋まで霞城公園のお掘り端の3軒長屋に暮らしましたので、毎日遊んだお城跡のお掘りの土手や泥の中、これが身近な自然でした。父が勤めや家の商売であった“種屋(最中のカワ)”の傍ら、休日に自転車で出かけた郊外のたんぼでの光景は、今の私の自然と共に暮らす価値観を作ったことはまちがいありません。

幼稚園(大谷幼稚園)も、専称寺という寺町にある真言宗の大きなお寺(大屋根を支える力士は、有名な左甚五郎作とも言われる)の境内にあり、この大公孫樹の気配に包まれて暮らしたことなど、これも大きく影響しているようです。
小学校2年生に転校して、自宅からすぐ近くにある「もみじ公園(京都のもみじが植えられ心字池を木々が囲み、お茶室もある有名な庭園です)」での光景が、身近な自然になりました。池には、とんぼのヤゴもいたし、林の中で小さなもみじの子も採ったし、大自然の中そのものだったのです。

こうした自然と城下町に過ごしたことが、「心の風景のデッサン」として描き出され、その価値観で、今、暮らしの中で出逢うものを見つめているように思えるのです。

現在の勤務地に近い東京・外堀の千鳥が淵に立ち、お堀端で育った光景を感じ、暮らしの近く川越の城下町の町の様子やそこに住む人の感じ、そして自宅のある富士見市に広がるたんぼや貝塚で出逢う季節のいきもの達、これらひとつひとつが、それぞれに自分の心に描かれた光景に繋がって感じ取れるのです。こうして、自分の大切な世界が、新たな毎日の出逢いとなって発展しているように思えてなりません。

(追伸)

「あなたの人柄はとても魅力的です。これは、3世代かかって出来たものですよ、きっと!」と、お話いただけた方に出逢いました。あらためて、「そうだったんだ!」と思えたのです。ありがとうございます。




山形市児童文化センター&市民感覚のめざめ(山形市・霞城公園内)

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http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/52151324.html



温泉人(おふろうど)の今の生き方に、大きく影響したのが、ここ山形市児童文化センターで小学5年生・6年生で学んだことです。
小学校2年生の秋に、第7小学校から第5小学校に転校したことがきっかけで、心的いじめ(自分がそう感じたのですが)に会い、一人遊びの毎日が、宮沢賢治のような感覚を育てた時期です。
と ころが、小学5年生のクラスの担任だった片桐先生からの勧めで、通った小学校から離れた児童文化センターで週末に学んだんです。これは生まれ育った八幡石 にも近く、霞城公園で出会う虫や植物を歩いて学び、図書館に置いてあった「天文ガイド・増刊号」の天体写真に心が飲み込まれ、中学時には毎晩星空を眺める 少年でした。この様子が「心の風景のデッサン」にも、多く登場します。

そして教えてくれたのが、市内に働くクリーニング屋さんがアリの飼い方など教えてくれたんです。大人になっても働きながら市民として学び続けられることを知ったのです。

もうすぐ、この建物が取り壊されることが耳に入ってきました。
心の風景として鮮明に残る、今もとても大事な場所なのです。



市民感覚のめざめ(山形市・霞城公園)

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“市民”、自律した開かれた感じがします。「市民自立による成熟社会」が、目指す方向とも思います。

小学校の2年生の秋、転校したことがきっかけで、仲間に入れない期間が数年ありました。いまでも野球に興味がないのは、この影響かもしれません。
で も、その分自分の時間を、自然の有り様にじっと目を向けることに当てたようです。蝶を山間の細道に追いかけ、河原で石を手にして美しく輝く鉱物を見つめ、 山間の丘の畑に縄目の土器のカケラを見つけ、池の水に透き通りうごめくミジンコ、ゾウリムシをじっと見つめ、そして、星空を見上げては、人の暮らしを取り 巻く自然を感じていました。


小学校5年生になったころ、担任の先生の オープンな感覚に支えられ、霞城公園内にできた児童文化センターの生物クラブに入り、さまざまな学校の人と交わり、そこで市民講師と出会うのです。町に暮 らす一人の大人の人が、蟻を水槽に土を入れてその蟻の巣の様子が見えるような飼い方を教えてくれたり、いっしょに公園の土手で蟻を見つけに行ってくれた り、大人になってもこんなにワクワクして暮らす一般の人もいることに、とても救われ、大人になることの畏れが少なくなっていったことを思い出します。

我が国は縦社会である(「縦社会の人間関係」)と、特徴を言い切った中根千枝さんに出会いました。いっしょに絵画写真展を行うきっかけを与えていただいた画家の波暮旅二さんの作品展で、お目にかかりました。記念に、ポケットからどんぐりを握って差し上げましたら、とても嬉しそうな笑顔を返していただきました。

そう、この“縦社会”から抜け出して、“開かれた市民”として、自分で考え自分で意思決定する、いつまでも自然の出来事に驚きの目でワクワクできる「センス・オブ・ワンダー」を持ち続ける、そういうものになりたいと思うのです。

「こんな大人だったら、大人になるのも悪くないなあ」って思ってくれる大人になりたいのです。


片桐先生からの手紙
片桐先生からの手紙(1ページ)






片桐先生からの手紙(2ページ)





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同級会(小学校6年3組):山形「紅の蔵」にて & 「もみじ公園」の紅葉
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「もみじ公園(山形市)」←e公園への編集登録(ofuroudo)
「もみじ公園(山形市)」←e公園への編集登録(ofuroudo)
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心の風景 「もみじ公園」の紅葉へ父と行く・・・動画像も・・・(2013年11月18日)




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松平大和守の転居:姫路城&村上城&山形城&白河城&川越城(山形「もみじ公園」と川越「松平大和守家廟所」の関係)
http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/52153182.html



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同級会(小学校6年3組):山形「紅の蔵」にて & 「もみじ公園」の紅葉



新雪(山形・もみじ公園)
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新雪(山形・もみじ公園)



春の「もみじ公園」
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春の「もみじ公園」



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父へ!(山形蔵王・ホテルオークヒルズにて)&米寿を超えて90歳へ

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父とともに。「親子水入らず湯に入る、至福の三人」・・・父の付けたタイトル(2014.5)(^_−)−☆



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みかん【温泉人(おふろうど)の森作】で故郷・山形の淨光寺へ参拝&千歳山の普賢菩薩参拝(2014正月)
http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/52091682.html



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家 紋(新しいカメラでの初撮り)・・・息子、娘からの祝をカタチに!・・・ありがとう!



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家紋を、棄てられたガラス作りの時計枠に入れて、見事に素敵な置物に変身させてしまった父、柔軟な考えがしなやかに自然体で生きる、米寿を超えた父の生き様に、人生のデザインの実践を見る思いです。素晴らしいです!



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「隅入角 三つ扇」、温泉人(おふろうど)の家紋です。山形に暮らす両親と、玄関先で撮ったものです。

縁起の良い末広がりの扇、それが三つまとまっているのです。

隣に居る妻(温泉人(おふろうど)の名付け親)が、「風を起こして、風を送る人、っていうことかもね」って、またまたサラリと・・・。

なんでも、良く解釈してしまう楽天的な性格、温泉人(おふろうど)夫婦です。





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平林寺の紅葉 & 松平伊豆守信綱の廟所(新座市)

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武者姿の温泉人(おふろうど)です♪ 
http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/51550547.html よろいを着てみよう(難波田城公園):Blog「温泉人(おふろうど)ライフ」より




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★【PHOTO BOOK】全ページ♪:父(満90歳)との山形と東京間の記念すべき大旅行♪
http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/52141902.html



地図(足跡)





地図(足跡)




父(満90歳)との山形と東京間の記念すべき大旅行♪

きっかけは、父を鉄道博物館を見せてあげたいということでした。山形の従妹の協力もあって、父に山形で新幹線に乗ってもらって、大宮で合流してと考えていたのですが、何よりも本人の気持ちが・・・。
そこで、このたびの休みを利用して、こちらから車で迎えに行こうと考え、行動を開始したのです。
山形の実家に到着し、元気な父の様子を確認し、また自分の体調がよいことも確認し、父とともに首都圏に向けてトンボ帰りを実行。
山形道から村田ICで高速を出て、宮城県亘理市から福島県相馬市に向けて一般道で向かいました。
太平洋沿岸の東日本大震災で住宅地や田畑が被害にあった光景や、復興の様子を見ながら、馴染みの相馬・喫茶ビアンで食事。
さらに進み、福島第一原発の近くを走り、帰宅困難地域を駆け抜け、様々な実態を実感してもらいました。
常磐道の高速で、都心へ向かい、上野で息子の家族と合流するため、東京スカイツリー近くで首都高を下車し記念撮影。上野で合流し、食事しながら念願の4世代記念写真を撮っていただくことができました。
その後、予約していた品川プリンスで旅の疲れを取って休みました。
翌日は、朝起きてテレビをつけると、北海道新幹線の開通出発の様子が流れていました。父は長年国鉄で勤務しましたので、特別な想いだったことでしょう。
「今日、鉄道博物館へとの予定だが、何十年ぶりかの都内の様子を見るだけでいいよ」との話。
それではと、田町のかつての職場のビル、そして首都高で東京湾を眺望できるレインボウブリッジを走り、現在の職場のある飯田橋周辺を説明(国鉄が事業拡大したホテルエドモンド、東京しごとセンター、そして桜が咲き始めた靖国神社など)。
首都高で埼玉の富士見市(温泉人(おふろうど)の住まい)で、難波田城公園(春めいた中を散策)、そして川越(喜多院から食事処「花かげ」で食事)へ向かいました。
後は、川越の北に位置する川島ICから外環道で久喜IC、そして東北道で飯坂温泉IC下車。一般道で栗子峠を抜け、山形の米沢を経由して、山形市内の実家へ無事到着です。
互いの体調と体力、車の車検直後での良好、桜の開花と好天に恵まれたことなど、いとこの義子ちゃんの心遣いに助けられての実現でした。
本当に、一生の良い記念すべき旅になりました。(^_-)-☆


(父へ電話♪)
今しがた、山形の父に電話しました。何十年ぶりかの東京見物、川越見物で、大満足の様子。「いやあ、楽しかった♪」「ますます長生きしたいと、欲が出た。(^^♪」との元気な声が返ってきました。一安心です。(^_-)-☆



人生の再構築



人生の再構築

                               2016.4.11

                               鈴木 和夫

思いがけず切れた仕事や暮らしのシステムを立ち上げ直す必要に遭遇してきた。

そのときに取った問題解決方法を、身近な父と小生の事例で考えてみた。

父は、祖父が友人の連帯保証人で保障弁償となってしまい、住まいも土地も、すべての経済的基盤を一瞬にして失ってしまうが、その後の父の取った考え方や困難への向かい方を実践したことで、いまの暮らしが再構築出来てきた。

また、小生もその父を見て育ち、転校や下宿や、思いがけず東京で働き基盤を作ってきたことなどを体験してきて、今の暮らしや仕事に至っている。

いろいろ語り尽くせないが、その基本は何だったのかをキャリアデザインの視点でまとめてみる。

  状況の変化後、これからも改めて大切にしたいと思う「経験」や「人柄」や「価値観」といったいわば【資源】を確認(自分を知ること)し 続けてきたと思う。大切と思えることをポケットに忍ばせた名刺サイズのカード(ここに至るのに試行錯誤でたどり着いた)に、その場で書き込んできたこと。 また、「心の風景のデッサン」の著書をまとめ、また同時に“写心”として心として重なったものを写し取ってきた。日々、ブログ記事に文章と共に蓄積し続け てきた。

  一方では、社会や生活の環境の変化を察知して(相手を知ること)で、暮らしと仕事を再構築してきた。住む土地が変わり、結婚しいっしょに暮らす人ができ、仕事内容や職場の変化(転職が大きい変化)時に、どう先をイメージし、目の前に起こる出逢いや偶然を選び取ってきたか、その日々の連続で今がある。

父の人生への前向きに変化して対応した生 き方、自分が住む土地を変えながらも、大切なものを心に置いて、新しくも納得した暮らしにして来たこと、人生をどこに向かってどう納得した暮らしと仕事を 引き寄せて来たか、実践者としてこれからも問いかけ続け生きていこうと決めている。

頭の中のシナップスの張り方、張り替えである。その想いが、実態を形作っていくと、これまでの実践から体得した。



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★記憶の演出家&温泉人(おふろうど)
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あけび料理♪(山形の料理)
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秋の日差しを受ける落葉♪:温泉人(おふろうど)の森
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流れるように咲く桜満開(千代田区・北の丸公園) & 霞城公園(山形市)
http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/52100828.html



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子供の頃の遊び場が、ここ山形城の中でした。お濠で出会ういきものたち、これが温泉人(おふろうど)の感性を育みました。歴史は、ここ最近知ったことなのです♪ 子供の頃に感じた木々の茂みの中、泥臭いお堀端が感性を作ったのです。センスオブワンダーです♪ ⇒【再掲載】山形城(霞城):2016.5.3・・・父(満90歳)と:2015.9.19 ★http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/52163025.html



“ずねんと”
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“ずねんと”『祖父の口癖で、“自然(じねん)が訛って「ずねん」”山形訛りで、自然に、あるがままでという生き方を指した言葉です。
http://www2c.biglobe.ne.jp/~ofuroudo/zinen.html

「自分でやるだけやったら、それで良い」「後は、天に任せるだけ!」「自然とは、人間が一切手を下さなくても、あるがままに完成された姿なのだから・・」


そうなんです、自然には直線も、均一さも無いんです。ぐにゃぐにゃに、いろんなものが混ざり合って、バランスよく生きものが生きていられる場、これが自然界であることを知るのです。本来の人間社会も、この自然界のあり様をもっともっと感じる学問があって良いと思えるのです。そう、感じることの学びの体系です。温泉人(おふろうど)の価値観を作った風土、東北・山形に根付いた価値観です♪

 
⇒略歴(写真活動→「写心」♪)

http://blog.livedoor.jp/ofuroudo/archives/50953030.html





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心の風景のデッサン
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「心の風景のデッサン」:温泉人(おふろうど)
・・・故郷、それは心の中にある「心の風景」に違いありません。決して消えることのない・・・

まえがき

 誰にでも、生涯の中で忘れ難い自然や季節との思い出があります。でも、これは思い出といったものだけでは語れない「その人が大切にしてきたもの、これからも大切にしていきたい宝物」なのではないでしょうか。

  昔のことを、そして自分の生まれ育った故郷を単に懐かしんでいるということではないのです。きっと大切にしたい何かがそこにあるからと感じるからなので す。自分の心の目で心地よいと感じ、大切にしたいと思っている価値観がそこにあるのかもしれません。きっかけは、小さいころに出合った光景だったかもしれ ません。でも、その時代、その場所に戻ることはできないし、その意味も違うのかもしれません。




“センス・オブ・ワンダー”への想い
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“センス・オブ・ワンダー”への想い




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風の便り(波暮旅二) & 温泉人(おふろうど)



★年賀状(2013年年賀)
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★笑顔♪



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トロイメライ



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新どこへでも温泉人(おふろうど)号 での、どこまでも、温泉人(おふろうど)!




振れ幅
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振れ幅



温泉人(おふろうど)
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略 歴(写真活動):温泉人(おふろうど)




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日立市田尻での講演にて
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(哲学堂公園のネコ)・クリックしてみてください。話の様子が聞こえますから。



木札:温泉人(おふろうど)
 温泉人(おふろうど)の意味 



ofuroudo at 23:30│Comments(0)

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