ベックの認知理論

 

 バンデューラの理論は主に教育畑に限定的に応用されているだけである。認知行動療法のメンタル・ヘルス領域における真の推進者はアルバート・エリスの後継者であるアーロン・ベックである。バンデューラ同様、ベックも精神分析理論、特にうつ病を取り入れによる自己攻撃の理論から出発する。1960年代当時、米国ではこの理論が教育の主流となっていた。かれは60年代を通じて、この理論を修正しより倹約的に自家薬籠中のものとする。ベックが依拠としていたのは一種の器質力動論であり、アンリ・エーの用語を再利用する。例えば、幻覚とは誤った知覚であり、患者にこの知覚が現れるのである。サン・ルイ学派・によって、精神医学において気分障害が注目されるようになり、イミプラミンが一斉に処方されるようになったのと同時期、この米国精神科医は、うつ気分を判断の誤りと捉えた。うつ気分は誤った自己評価がもたらす判断の結果なのだと。それゆえ、この判断と戦い、その判断が繰り返し現れて来るのを評価尺度をもってして遠ざけ、ついで、この判断とは反対のポジティヴな自己と他者の知覚を提示することが必要とされる。この操作は枠組みを一新することto reframeと呼ばれる。評価尺度と相俟って、この療法は1970年代にはパラダイムとして重きをなした。判断の歪みをリフレームするというやり方は、評価尺度の項目をチェックすることと同様、荒っぽく素朴である。しかしながら、原則が出来上がってしまうと、恐ろしいこととなる。というのも、こうした症候群の評価尺度とリフレーミング手法をセットとしたメソッドは市民権を得て、すべての障害に適用される。これと軌を一にして、DSMは諸症状のリフレーミングによる治療が用意されているのである。この方法は米国流臨床により認められた障害のすべての範囲に適用される。

 ベック自身のネット上のサイト13には、これらの研究成果がすべて開示されている。精神医学領域の研究調査についていえば、患者個人の障害研究にはとどまらないことがわかる。リフレーミングは個人と同様、グループ・ダイナミックスにも拡大されて適用される。1999年に発表された著作14では、この手法が社会全体の治療にまで手を拡げることになったことが示されている。ペンシルヴァニア大学の財政援助のもと、アイルランドにセンターが設立され、認知療法家が養成され国家規模の問題解決に当てられている。プロテスタント、カトリック両活動家に対して、自己愛的同一化の殻に閉じこもらないように説得するといいうのである。互いに心を打ち明け相手の立場でものを考えることができるように強いられるのである。リフレームされるとはこのことなのだと。治療の成果は評価尺度で確認され、自信をつけたベックは、このメソッドをこの惑星上のすべての紛争に適用しようとする。アイルランド紛争の展開をみるにつけ、このプロジェクトは長期化する恐れがある。われわれ精神分析家は、この成り行きを辛抱強く見守り、出番が来たときに備えねばならないであろう。

 

13. www.beckinstitute.org : ペンシルバニア大学のホームページも参照のこと

14. A. T. Beck, Prisonners of hate, 1999参照のこと