コトゥローによるバンデューラ-ベック統合

 

 現行の認知行動療法信奉者は、患者が『見通しを持って』生活を構築あるいは脱構築できるようするような、進化した治療モデルを設定することを目論んでいる。フランスでは、ジャン・コトゥローが、バンデューラ、ベック、マークスの正統な後継者であると自認し、自らをその推進者とする治療のシナリオを喧伝する。かれの研究対象である恐怖症は、複合的障害だとされ、「不安のアラームの調節不全が関連しており、{・・・}このアラームは扁桃の高さの位置にセットされている15」と。治療方法は簡易なものである。すなわち不全となったメカニズムを代償する部分の調整である。調節をすることをまなばなくてはならない・・・「認知行動療法が試みるのは、このアラームを調整し、患者を障害が生ずるような状況に少しずつ直面させてゆくことである。認知行動療法の効果は十分のものがあるが、ヴァーチャル・リアリティーを利用すれば、更なる効果を期待できよう。ヴァーチャルな世界に対処する術を備えることができればその延長線上で過酷な現実をもあまり深刻に考えなくてdédramatiser済むようになるだろう16。」扁桃の調節から始めれば、人間のドラマに到達できるというのだ。ではアリストテレスのカタルシスも分泌腺と主体が融合したカタルシスということになる。そこには、「人生の劇的な側面dramatismeなど馬鹿げたこととして解決する画一的な行動概念17」の規範を窺うことができる。

 

15. j. Corttraux. «Le virtuel contre les phobies», La Rescherche, no 384, mars 2005, p. 41

16. 同書、p.40.

17. J. Lacan, Le Triomphe de la religion, précédé de Discours aux catholiques, Paris, Le Seuil, 2005, p. 19.

 

 ヴァーチャルな世界に依拠するには、後述するような、新たなテクニカル装置を借りなくてはならないが、原則論はこうである、つまり病的主体を克服しなくてはならない外傷シナリオが記された人生に押し込める。セックスセラピストのあいだでは既に、性的障害の治療にポルノ映画をみせるといった方法が講じられている。ポルノ映画は、クライアントの嗜好にしたがい、ソフトからハードまで適宜選ばれる。性行為に及ぶ際、外傷後ストレス症候群を呈する症例も同様に治療が行なわれる。長い眼で見れば、この方法で、われわれの文明と性との関係が改善されるとは思えないが。

 ヴァーチャル・リアリティーを用いた、この新しい治療法が恐怖症に適用される場合はどうなのか検討してみよう。コトゥローは集団治療を試みている。まず集団をかれの研究室あるいは不安治療ユニットに押し込める。あたかも飛行機に搭乗する乗客のようにだ。不安は広がる。なにしろ「この障害は全人口の少なくとも10%が経験するはずだ。さらに航空会社各社の出してきた数字によれば、乗客の約20%が離陸前に抗不安薬の助けを借りている18」のだからだそうである。航空機乗客輸送というものが、現代の病める主体の‹他者›の欲望への関係による症状なのだという歴然とした事実についてまったく触れていない。最近、ジャック=アラン・ミレール・は、この点について、寓意的なみせしめとしてのリスク社会・を提示している。確かにわれわれが生きる社会こそ、毎日がリスク社会だ。リスクは、乗馬や馬車による移動と航空機による輸送とでは大違いである。航空機の場合は選択の余地がない。信じるしかないのである。飛行機恐怖症の意味がいかに大きいかは、ジュール・ヴェルヌの時代ほど、ひとは科学に信頼感を持てなくなってきていることの現れなのである。とくに飛行機でひどい眼に遭うことになれば。米国連邦当局が英国航空機が、4本のジェット噴射機のうち3本しか作動せぬまま航空を続けたとして当航空会社を追及しようとしたニュースには驚きを隠せない。今回限りとのお達しで、当局は、正規手順のコードの適用を見送ることとなった。実はそもそもが3本のジェット噴射機による飛行はこのコードで保証つきとなっているのだ。しかしながら、責任担当者は、正規手順どおりに飛行していながら英国航空が乗客を危機的状態に追い込んだことを重視している。この機は低空飛行を余儀なくされ、予想外の燃料を消費することとなり、やっとのことで着陸出来たとのことである。20%の航空機乗客がリスク社会によって生じてくる不安のため、治療を試みる所以であろう。

 

18. J. Cottraux, «Le virtuel contre les phobies», art.cité, p. 43.

 

 このような現実の問題からがらっとはなしは変わるが、ヴァーチャル映像を用いた治療について検討してみよう。ヘッドマウントディスプレイ(両眼ごとのスクリーンを備えた眼鏡様の器具)を用いて、「患者はヴァーチャルなシーンに投げ込まれる。シーンはシナリオに従って随意に調整が可能になっている{・・・}。比較試験のどの結果をみても、この新たな治療技法は認知行動療法と同等かそれ以上の効果を示している{・・・}。スイス航空で旅行中、危うく死の飛行となるところ、間一髪で九死に一生を得るという外傷体験を味わった二人の若い女性は、飛行機に乗ることに恐怖を抱くようになり{・・・}1セッション10分、総計4セッションのヴァーチャル・シーン治療により、不安は{・・・}50%減少した。認知行動療法ではこのような短期間での改善は見込めない19」。科学者作となる見事なヴィデオとハイテク玩具のお陰で、意識的で、単なる反応性の恐怖症と、原因は多元決定的でなにかに還元されることもなく『局在化』できない、想像上の怪物に対する小児性恐怖症との間には違いがあることを忘れるところであった。同様に、快楽追求主義者であればこのようなシミュレーション・ゲームの虜になるかもしれないが、このような条件づけは好子にも嫌子にもなりうるということを忘れるところでもあった。くわばらくわばら。認知行動療法の英国人指導者のひとりで行動理論協会ヨーロッパ連盟本部の現会長であるアイザック・マークスも同様のことを述べている。マークスとアイゼンクは同性愛者の治療として、電気ショックによる嫌子が負の強化をもたらすことで評価している。マークスは言っている。「これはサディスティックな行為ではない。歯科医師のところで治療を受けるときよりも苦痛は少ない」と。

 

19. 前書