認知行動療法と認知科学
エリック・ロラン 荻本芳信訳
(原題Les Tcc ne font pas partie du programme cognitif Éric Laurent)
・訳語の直後のフランス語→ルビ→末尾に表記・ーXXX―→(xxx)・{・・・}→{・・・}・ «引用»→「同」、«単語、用語、表題»→『同』・原注1.2.3.···・訳注・・・・(XXX)→(xxx)・イタリック→XXX→傍点・˝˝→太字
『認知』cognitionという用語は濫用されており、ここからしばしば混乱が生ずる。『認知行動療法thérapie cognitivo-compotementale』が援用する認知は、当の『認知科学science cognitive』における認知とは別のものである。両者の関係はいささか曖昧な関係であるといわざるをえない。ともかくも、認知行動療法の実践と認知科学のよって提唱される理論モデルを論証的に結びつけることなどできない。
認知科学の認知
この科学の現況および歴史をどのように提示しようと、認知科学の理論的構築と認知行動療法の実践とのあいだにいかなる共通点も見出すことはできない。認知科学の起源を辿ってゆくと、アラン・チューリングの万能マシンに基づく研究プログラムに行き着く。このプログラムは当初、『最初のサイバネティック』(フィード・バックのサイバネティック)のプログラム、ついで『人工知能』のプログラムと呼ばれた。デュピュイは、この人工知能のプロジェクトの失敗を強調しているものの、その原点がどのようなものであったのか、当時を振り返って、正確に述べている。「精神、というよりも精神の個別の能力(たとえば三角形の一般的概念を形成する能力と個々の三角形をこの概念に包摂する能力は、論理的形式言語に類似した、独自の言語の定式にそって作動する一種のチューリング・マシンと看做せる。象徴には{・・・}三つの存在様式がある。まず物質的側面であるが、これは神経生理学の領域の研究対象となる。ということは物理学法則に従うことになる。つまりまず神経生理学の法則に従うのであるが、神経生理学が物理学に還元されると想定されるからである。第二に象徴には形式がある。形式的なものとして、象徴は、統辞論的規則に(論理学でいう形式的体系のなかでの推論規則と類似の規則に)従う。最後に、象徴は意味というものが賦与されており、意味論的価値を有する。物理的世界と意味作用の世界とのあいだの溝は統辞がもたらす媒体により埋められる1」と。
1. J.-P. Dupuy, Aux origines des sciences cognitives, Paris, La Découverte, 1994
ノアム・チョムスキーは、人口知能のプロジェクトの失敗の後も、認知プロジェクトを続行し、人間を数理論理学的『人工物』へと還元する夢を追い続けているが、ダニエル・アンドゥレルはその様を次のように述べている。チョムスキーは「計算するということに普遍妥当性を持たせるとはどうゆうことなのか考えていたに違いない。チューリングが当初、1936年に、考えていたのはこの問題であり、手持ちの唯一のモデルとして拠り所としたのは、計算機としての人間であった。かれが考案した想像上のマシンのモデルとは{・・・}その性質が、かれがコンピューターと名付けた人間計算機の分析に逐一対応しているものである{・・・}ところが、コンピューターとは違ったマシンが存在するのであり、ある研究学派によれば、マシンはさらに精神/脳に近いものとされる。それらはニューロン網と呼ばれる{・・・}。精神のうちに、つまりは脳のうちにモジュラリティーがあるというのが定説になっている。問題は以下のように絞られる。すなわち、精神の部分とはどう理解したらよいのか、脳の部分とはどう理解したらよいのか、そしてこれらふたつの部分をどのようにしてきちんと関連づけるかである。2」。精神の部分あるいはモジュールは「雑多な基準をつなぐものだが、それは人間という生き物が精神/脳結合という構成要素によって説明がつくという希望的観測による。精神/脳結合は、心理学、神経生物学、その他、例えば進化論から引き出された的確な考察と噛み合っている3」というのだ。言語を計算として処理することの徹底化、精神の一部分を特定のタスクのためのモジュールとすること、チョムスキーの生徒であるジェリー・フォーダーに特徴的な方法論である。1975年、『思考の言
語』(mentaleseという用語をフォーダーは当てる)に続き、1983年、『こころのモジュラリティー』4が上梓される。
2. D.Andler, A. Fagot-Largeault, B. Saint-Sternin, Philosophie des sciences, Paris, Gallimard, coll. «Folio», 2002, t.1, p. 289-297.
3.同掲., p. 299.
4. J. Fodor, the Modularity of Mind, Cambridge (Mass.), MIT press, 1983 ;