【従属しない独立した個人の大志が、全体の利益をもたらす。】

240年前の近代経済学の父アダムスミスの言葉ですね。
『An Inquiry into the Nature and Causes of the Wealth of Nations(1776)』

今に通じる生産性向上に関する命題という感じがします。

問題はどのようにしてこれを正しく駆動させるか。

それが組織の腕のみせどころですね。


ところで、経済の中で法律がどう使われるのかといえば、たいていは取引のスタートの場面です。

取引のスタートにおいて、さまざまな思惑で契約の交渉が行われます。

契約とは思惑からでた意思の合致、合意を法的に強制するものです。


交渉というものは、だから、合意に向けた多数当事者の利害構造、それぞれのメリ・デメの多変数

関数を頭の中で駆使しているわけですね。

となれば、いわゆる一定の分野の取引で、そこで使われる契約条項から合意対象、合意対象から

利害構造、利害構造から利害評価を、それぞれあらかじめ計算しておけば、交渉も契約も自律的

にできそうです。

ある事実からある意図、ある意図からある合意、ある合意からある契約が自律生成される。



現在、経済の裏側で進んでいる事象。

それは、このような「個人の意識の少しのきっかけから、欲しい現実が創造される」ということ。

すでに、言いか悪いかではありません。現実のなかで相当進行しています。

それは、「独立した個人の大志」を自分で見ることが相対的に得意でない人に、得意な人々が、

それを見せてあげる仕掛けだと思います。



この事象の一番の問題は独立性です。

言い換えると自由かどうか。


法律家は、依頼者が「自由にそれを選択しているかどうか」、チェックする責任があります。

それだけが21世紀の仕事ではないかといえるくらい重要だと思います。


私たち法律家は、いつの世も、自由の番人であると言い切れるようにありたいと思います。


(だから、まず財の自由の確立がいる。つまり儲けないといけませんよw)