司法書士になった後、しばらくしてから、試験される学習が、今風にいうと「リトリート」ぽく感じていたので、大学時代でバイトしてたWセミナーのカセットテープを大量に買って仕事の合間に、司法試験のお勉強を始めました。

1,2回でいけるだろ(当時受験3回目くらいまで何かが優遇されてたような)とたかくくりをしてました。

4回くらい連続で落ちて、そろそろ試験制度変えるという噂もあったので、残念でしたが止めました。



ところで、試験に何回も落ちてしまうと、通常、「自己疑念」が醸成されます。

自己疑念とは、日々、見える世界が灰色。自分は何をしてもだめという強い情動の記憶です。

最後には、どんな人でもほぼ、「他人が失敗するとちょっと嬉しい」的なマインドにさえ…

そうなってしまうと、逆に「他人がちょっとでも成功する」と、薬が切れたみたいに、さらに、ダメだぁ私は彼に決して敵わない〜となり、自己疑念が深まり、失敗を繰りかえし
ます。

そうなるともう、普通に人として生活することすら難しくなる。

ちなみに、試験に何回落ちても、あるいは試験よりはるかに苦しい状況を何度も経験して、挫折してるように外見では見えても、素晴らしい人格をもち、成果を残している方々がたくさんいます。

そういう方々は、試験に落ちている最中、あるいは苦しい困難の中にあって、自分の能力を高く評価し、偶然の不運を俯瞰し、努力不足を反省し、立ち直りのため、原因と仮説、対策立案にエクスタシィを感じ、どんどんポジティブに変化、成長しているようです。
当然、自分以外の人の成功や活躍を願っています。       
自分は負けないと思っているからです。       


自己疑念の反対は「自己信念self-efficacy」です(Bandura,95)

自分ならば、ある行動によって、最初は大変だが、最後はうまくいくという過去の記憶ですね。

この自己信念は、『自分自身の制御体験』によって形成されます。

いままで無理といわれたダイエットを自分の工夫と試行錯誤によって実現したから超嬉しい。

●ザップも超優れていますが、この自己効力感を醸成できるかどうかにかかるのではないかなと。
(●ザップを申し込もうとしたら、お金は家族使って、ダイエットは自分でやれ、と駄目だしされました。)


自己効力感については、第二次大戦で世界中が廃墟になったあとの復興シーンで研究されてきました。

東西冷戦時代の研究によれば、東ベルリンとアメリカなどの子どもの自己信念度を比較してみると、
前者より後者のほうが自己信念が強く形成されているということでした。
自己信念は全体(目標)主義よりも個人(目標)主義で醸成される。
(より正確には、全体と個人の目標のベストミックスですね。)

風土・文化によっても自己効力感の獲得度合いが違う、というのは重要です。

企業でも、どんな文化にするか、で組織員の効力感が変化し、組織運営に大きな影響を及ぼすのでしょう。
単純なノルマだけではあかんと思いますが。
自己効力感を形成あるいは強化するような、個別目標の立て方は、凄く重要ですね。



ちなみに、

司法試験ですが、

極度のスギ花粉症なので、

短答式が5月初旬ではなく6月に実施されていれば受かってたと思います