ブルブル ブルース (Blues)

荻哲の音楽日記−Blues、世界の音楽、よもやま話など

このブログで取り上げる音楽は、いわゆるカントリーブルースの類が多いのだけど、僕自身は聞いて良ければどんな音楽でも良いので、まあ、いわゆる大衆音楽について書いている。で、近頃ではこんなバンドを聞いております。
Opa Tsupa
彼らの東欧風大衆音楽はジプシー風、カレズマ風、それとアラビア風がごたまぜな感じ。同じ鍋の中で煮込んでいると、何とも言えない香りのスープ音楽が…。沖縄の言葉でいうチャンプルーなわけだ。聞いていて滋養一杯、心に優しい。

Bei mir bist du schon

何だか聞いたことがるなぁ…戦前にイディッシュ語のミュージカルに使われたこの歌はジャズのスタンダード曲となりました。

寒い時はやはりロシアのジプシーの曲です。
Les deux guitars
夜、二人のジプシーがかき鳴らすギターを聞きながら、昔の悲恋の記憶を蘇らせる男の悲しみが歌われているそうな。分かるねぇ。


キンクスの曲をアレンジしておりますが、この物憂げな調べを聞いて、なんとなく歌を口ずさみたくなって来ますよ。
OPA TSUPA : Sunny afternoon

インストルメンタルで聞いても、良いですねこの曲。

最後はフレンチハワイアンとでも申しましょうか。
夏のムードで一杯であります。
OPA TSUPA : Quand je t'aurai oubliee
何となく1980年代に流行ったペンギンカフェオーケストラを思い出したりします。

さて、このOpa Tsupaというフランスのグループ、活動時期は2000年から2015年の間。三人の決まったメンバーが中心となって、他のメンバーが加わるという形式だったそうです。

おまけ:
これの調べは、懐かしきチャップリンの映画…。
嗚呼、古き良き時代哉。
Les Yeux Noirs

二週間ほど日本に行ってまいりました。
もう年は変わりましたが、今年は午年なんだですね。
僕は時差ボケとお付き合いしながら、こうしてブログを書き始めているわけであります。すでに世界では様々なニュースが流れておりますが、僕はこんなゴスペルを聞き流して
Boyd Rivers & Ruth May Riversー Fire In My Bones


今までに歌を歌うことも無かった奥方を何とか説得して歌わせたとかいう話ですが、よい感じですね。

僕は特に旦那のボイドさんの力強い声を気に入っております。
僕はこの動画で初めて彼の歌を知りました。
彼はミシシッピ州の中央に位置するカントンという町でアラン・ローマックスによって見出されたようですが、彼の演奏はいかにも南部のブルースじゃありませんか。
rivers

You Gonna Take Sick and Die

力強い声と溢れる情念。
「いつかは病を得て死んでしまうんだよ」と歌う彼。だからその日が来るまで、心正しく生きて行きましょうということだろう。

一休禅師曰く「門松は冥土の旅の一里塚、目出度くもあり、目出度くもなし」。
新年は、自分の残された人生を考えるには良い機会かもしれません。
それでは良いお年をお迎えください。

なんだか、12月に入って突然、冬らしくなって来た。

外はみぞれが降り、早朝の街路は薄暗い。
いや、いいんだ、いいんだ。
冬が夏の様に暑かったら、そっちの方が心配だ。
しかし、俺っちの頭が悪いのか、お天気に影響されて、鬱々とする。
みぞれや雪の歌などが頭に流れる。

Make Me A Pallet On Your Floor

<北に向かうのさ、20マイル以上、
俺の行くのは、みぞれや雪の降る寒い郷、
ああ、あとどれくらい行かなければならないのか>

LonnieJohnson2
前にも書きましたが、この哀調な曲の歌詞は意外にも暴力的なんです。
ロニー・ジョンソン(写真上)は意外にも喧嘩早い男だったのか…。
Lonnie Johnson - Careless Love (1928)
<不誠実な女め、雨と雪の降る中に、俺を追い払いやがった
俺の金や銀を取っり上げて、俺の魂を迷わせた。
おまえを撃ち殺して、息が絶えるのをしっぱり見届けてやるさ>

ブルースじゃないが、こんな歌も思い出した。
Dave Matthews Band - Gravedigger
<墓掘り人よ、私の墓を掘る時は、浅く掘ってくれないかね、降る雨が感じられるように>
この雨もさぞかし冷たいことでしょう。
数年前に、人の葬式で雪の中、棺を霊柩車から墓まで運ぶのを手伝ったことを思い出した。

突然、日本の歌が…あんさんの胸を雪にしてしまいやすぇ。
小林啓子 - 比叡おろし
レタスの和名は「チシャ」ですが、「チシャのカゴ」じゃなくて「レタスのカゴ」としたのは、語呂がよいからでしょうね。

あと数日で少しで日本に行きます。
行ったことが無いので神戸にちょっと寄るつもりですが、あそこはで吹くのは比叡下ろしじゃなくて、六甲おろしでした。

僕が行く時は、よい天気でありますように。

僕はラジオの深夜放送を小学生6年頃から聞き始めた。
今では、子供の夜更かしなんぞは珍しくはないであろうが、当時は11時も過ぎて起きていると、母親から「何してるの!早く寝なさい」と叱られるので、布団の中でこっそりと聞いていた。
ジョニー・キャッシュが子供の頃、黒人の歌などを聞いていると両親が叱るので、こっそりと寝床で毛布を被って聞いていたという逸話は良く分かる。

昭和も半ばの頃のあの変な歌。
しばらくインターネットで探していたが、見つからない歌たち…。
時代の砂に埋もれたのか?
と…悲しんでいたら、有難いことに、youtubeの載せてくれた人が居る。

まずはこれから。

おたずねいたしますーホリ・ジュン

死んだお方の綺麗な墓に唾吐くつもりはないけれど…。
左とん平の「ヘイ・ユー」もそうだけど、歌詞が不条理劇ぽいなあ。
小学の僕は、始まりの木魚に痺れた。色々な音楽を寄せ集めたような曲。
しかし、ホリ・ジュンさんのレコードは、これだけなんだろうな。ドスの効いた良い声なんだけどねぇ。
これもどうぞ、彼女のこの曲も聞いてください。
とりこ
これもなかなか聞かせます。

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これは朝のTV番組で聞いた。こんな歌が朝のワイドショーで紹介されたんだから、昭和は大らかなもんだ。
母は「こんな下らない歌を朝から流して…」とバッサリ。
ユミちゃんは流れのストリッパー  小川たつお
この歌を聞いた後、僕の頭の中では「ユミちゃんは流れのストリッパー」の一節が壊れたレコードの様に何回も流れていた。
今、改めてジャケットを見ると、愛川欽也さんの絵。バンジョーも入ってるのでフォーク系の歌なんだな。

こちらも深夜放送に流れて来た。たしか、小学生6年だった気がする。
『がんばれ ジャイアンツ!! アラジン・スペシャル
鳴り物入りで始まります。歌詞の内容が小6のガキには刺激的だった。

   女「あなたは今 何を考えているの?」
   男「いや…、べつに」
   女「嘘! 誰か好きな人のことを考えている」
   男「許してくれ! 僕が考えていたのは… 1番柴田、2番は黒江、王3番、長嶋4番、5番末次、6番高田、土井7番、8番…ハチハチ!」
終わり方が変だよね。ミミズ千匹の部分を消したかったのか?


「お願い入れて」 操洋子
ずいぶん昔に、このブログで紹介したこの曲。インパクトが強烈で、やはり昭和の変な歌を考える時に、最初に頭に浮かぶ。
始めはニヤニヤと聞いてても、だんだんこの女性のハスキーで恨めし気な声を聞いていると、これは「牡丹灯籠」や「耳成し芳一」みたいな話なんじゃないかと、背筋がぞっとするのでした。

ピートのブルース人生

最近、よく聞いているのは、ロバート・ピート・ウィリアムス(Robert Pete Williams )であります。
初めて聞いた時は、「ああなんて、泥臭い顔と歌なんだろう」と思ったもんです。
思ったことをすぐに歌にして歌う方なんでしょうか。
それでも、聞いているうちにその個性な演奏とだみ声にだんだん惹かれ始めたわけですが、最近、また聞き直して、改めて聞き惚れている状態です。

Free Again

題名は「再び自由に」。つまり、また出所出来たということなんでしょう。
以前にこのブログでも紹介しましたが、この方もムショに入っておりました。正当防衛だったようですが、弁護士を雇えるはずもなく、あえなくムショに…そして労働力として使われたわけであります。
ブルースマンは危険職業?!

ところで、こちらのロバート・ピートさんとあの有名なロバート・ジョンソンって、あまり歳が違わないんだよね。ロバジョンの方が3歳ほど歳が上だ。しかし、このごつい顔のロバートさんの方はムショから出て、屑鉄業を生業にして生活していた。
学校にも行けなかった彼は、人生の辛酸を味わっているのです。
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一見元気そうな馬鈴薯の様なピートさんですが、時には気が滅入るような時もあったことでしょう。
Motherless Children Have A Hard Time
これがまたブルースなんだよね。この人の繊細な部分が出ている様な気がします。
聞いているとなかなかギターも聞かせるではありませんか。

でも、時々、すごく個性的(出鱈目)な曲も歌う彼です。
これなんか、かなりディープです。最後まで聞けますか?
Live video 1970
かなりマイペースで演奏してます。途中でタバコ吸い始めちゃうしねぇ。
英語なんだろうけど、まるきり分からんのも、楽しい(?)。怪しげな歌に頭が痺れてきます。

さて、最後は彼のスライドを聞いて終わりましょう。
Dear Old Mother of Mine
亡くなった母に対する思いを込めた歌。
静かに歌う彼とスライドの音がしみじみと空間に流れて行きます。


オマケ:
フランスの放送局のドキュメンタリフィルムです。以前貼ったのが、消されておりましたので再び載せました。
Old Gal At My Door, interview, Scrap Iron Blues 1971

Tamp 'em Up Solid

この歌は、ライ・クーダーのアレンジを使ってますね。違いは、ジョンさんはスライドを使ってる所だ。しかし、上手に曲をまとめています。

前にも書いたことがあるけど、このアレンジはライ・クーダーがジョッシュ・ホワイトから借りて来たものだ。<Tamp 'em Up Solidの元歌を探して


次の彼の歌も、ライ・クーダーが取り上げていた。
How Can a Poor Man Stand Such Times
聞いていると、歌も上手く、この人なりの良さが出ている。

Cooder
彼のサイトに行ってみると、こんな写真が出て来た。
帽子を被っているのは…ライの息子のヨアキム・クーダーだ。<John ”Greyhound” Maxwell
サイトの下では、様々なミュージシャンと一緒に写真が載せられている。
ライ・クーダーと一緒の写真は見当たらないが、ヨアキムが彼のアルバムに参加してたりするので、ライとも顔見知りだろうな。というか、彼のアイドルかもしれぬ。

そして、ジョンさんはライ同様、マンドリンもこなす。
スライドを入れて彼なりの色を音楽に含めているのだ。
St. Louis Women

彼のバイオには、大学でクラッシック音楽を勉強していたが、BB・キングなどの演奏を目にして、ブルースに傾倒していったようだ。
今はワシントン州の北部を中心に活躍しているようだが、今度、付近を旅した時に、ぜひとも彼のパフォーマンスを見てみたいことだ。
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渋い感じのジイサンだな。

以前にも紹介したカレン・ダルトン。
In A Station
彼女が亡くなってから、20年以上経つが、死後に再評価されているミュージシャンの一人だという話を聞いたことがある。

最近、こんな動画を発見した。
Karen Dalton performs A Little Bit of Rain

12弦ギターの音が心地よいです。
<もし、私があなたを残して去ってしまっても、楽しかったことだけを思い出してね、お日様が照らし、少しだけ雨が降る日に>

しかし、聞きながら思ったんだけど、この手の歌はどんなジャンルに入るのか。
ブルースじゃない。フォークでもないような…。
彼女が歌う場合、彼女の人生を背負った歌、という感じだ。
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顔を見ても分かるようにインディアンの血を引き継いだ彼女は、十代で二度の離婚を経験し、子供も二人いたという。1960年代初頭に、オクラホマから子供を連れてNYCに移り住んだ。歌が彼女を突き動かしたのだ。
当時のボブ・ディランとも知り合い、彼の拠れば「バンジョーが自分よりも上手で、ギターもジミー・リードの様に弾いた」そうだ。ちなみにカレンの方がボブよりも四歳年上である。
彼女の写真をインターネットで探すと、こんな写真があった。まだ、十代半ばという感じだが、可愛らしい。
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彼女は二枚のアルバムを残しているが、どちらとも商業的な成功はしなかった。
フォークブーム後の彼女の生活は平坦でなく、酒や薬物依存などの問題を抱え、田舎に引き籠ったりもしていたが、結局、ニューヨーク州に戻り暮らし始めた。
一時期はホームレスであったという話を聞いたことがある。
最後は、友人に看取られながらエイズによる感染症で55歳歳で亡くなった。

このまま終わるのはなんだか寂しいので、少し明るい感じの歌を二つほど紹介します。
この曲はてっきりロッド・スチュワートの歌と思っていけど、ティム・ハーディンという人の作だったんだな。
Reason To Believe
1966年に録音されてそのままお蔵入りになっていたそうで、2012年にリリースされた歌。

Green Rocky Road
<僕がバルチモアに寄る時は、床にカーペットを敷く必要はない、俺とガレリアに一緒に行かないかい?
緑に囲まれた岩だらけの道を、君はそぞろ歩き、ねぇ、君は誰を愛してるんだい? 教えてくれないかな>
僕はデイヴ・ヴァン・ロンクでこの歌を知った。
歌詞はちょっと変てこなんだけど、ラブソングなんだろうな。

19歳だったそうな、彼。
まだ、自分で人生を歩み始めたばかり。人の家に寄宿するのは常日頃の貧乏暮らし。
しかし、どの様なツテがあったのか、ずっと年上の黒人ブルースミュージシャンと共にレコード録音に参加した。
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古いギターを持って、ヴィクトリア・スピーヴィの傍に立っている冴えない感じの青年(少年?)が、この後、数年で音楽界の寵児になると誰も考えなかっただろう。
ヴィクトリアおばちゃんの笑顔が印象的である。

さて、探してみるとこんな動画が出て来た。
Big Joe , Dylan And Victoria ( SPIVEY 1014 )>

何とも特徴的なギターから始まる。こんな変態な音が出せるのは、ビック・ジョーの9本弦のギターしかないだろう。何とかそれに合わせようとするピアノ。そして、ハーモニカはあの青年が吹く。こんなハーモニカも吹けたんだな。器用なもんだ。

しかし、あまり打ち合わせに時間を費やしていないか、ぶっつけ本番という感じでもあります。ビック・ジョーの演奏にハープを付けるのは簡単じゃなさそうだし。
このセッションでディランは何を学んだのか。
彼は後年、この二人とのセッションは自分にとって心に残る出会いだったと述べたそうな。

始めに載せた写真は、ディランの「New Morning」の裏ジャケに使われていましたね。
ディランという人は時々、昔に会った人のことを懐かしく思い出すようで、例えば、レニーブルースという曲を書いている。何でも一度タクシーで乗り合わせたことがあるとかで、その時のレニーとの会話が思い出されたのだろう。<Lenny Bruce

さて、こちらもビック・ジョーとディランの競演。
録音日は分からないけれど、かなり経ってからの録音かもしれない。ディランのハープも様になってる。
Dylan and Big Joe Williams - Sittin On Top Of The World
ちょっとしたジャムという感じだけれど、いい雰囲気が出ています。
ディランの声も少しだけ聞こえますな。

刑務所でライブを行ったので有名なのは、ブルースの世界ではBBキングの<Live in Cook County Jail:1971年>、とカントリーではジョニー・キャッシュの<At Folsom Prison:1968年>ですね。
ジョン・バエズとミミ・ファリーニャの美人姉妹も刑務所で慰問演奏をしておりましたが、その夜は、さぞかしフエキのりが飛び散ったことでありましょう。

この有名なブルースマンも刑務所で演奏しております。
F King
どういった経緯で彼が刑務所で演奏をしたのかは分からないのですが、二曲を女性棟と男性棟で歌ってます。
Freddie King – Sweet Home Chicago & Let the Good Times Roll

これは、女性の棟で行われた演奏が最初に出て来ます。
やはり、フレディさんも漢!女性の嬌声を聞くと、エネルギッシュになりますですよ。ちなみにセカンドギターは、フレディの兄弟だそうです。


このところで、フレディさんはこの演奏が行われた1976年の暮れに42歳で亡くなっております。
急性膵炎ということですが、ステージを年間300日こなし、いつもストレス過剰。
しかも食事にも無頓着で、食事にも気を配らなかったようです。揚げ物ばかりの食事だったんかな。何でもブラディ・メアリーを野菜のかわりに飲んでいたとか。

皆様は、どうぞ食べるものに気をお配りくださいな。


おまけ:
下はカットされていない動画(?)ですね。
FREDDIE KING : Travis County Jail 1976
自分のギターを持って行かなかったか、持ち運びが出来なかったのか、入り口でアコギを手渡されてます。
「俺はエレキギターを弾くんだけど、アコースティックで弾いてみるかな」とか言ってますな。

自分でもいい加減な題名を付けました。
書くネタにも困っておりますのだ。
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でも、この人の顔を見るとやはり、ガッツ石松系だなあ…と。

そうえば、ガッツ氏もレコードを吹き込んでますよね。
OK食堂>
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さて、ジャマイカのガッツさんは、17歳ぐらいからバンドを組んで歌い始め、初めて吹き込んだ歌をレコード会社に持って行ったりしたが、残念ながら断られてしまった。
仕事をしながらバンド活動、少しづつ認められては来ましたが、ヒットは出せず…。
ボブ・マーリーも売れるまでは溶接工として働いていたそうですが、今回紹介するエリック・ドナルドソンはどんな仕事をしていたのかな…。
ボクサーではないと思いますが…。

彼は1971年のジャマイカ・フェスティバル・ソング大会で、この歌で優勝し、念願のヒットを出したのです。御年24歳。
Cherry Oh Baby‐Eric Donaldson

素直な恋心を親しみやすいメロディで歌いあげていい曲ですね。
<チェリーちゃん、愛しのチェリーちゃん、僕が君に恋してるって分からないかな。信じないなら付き合ってみなよ。
君を失望させたり、嫌な思いをさせないよ。 君もすごく愛してるわって言ってくれたなら、喜んで僕はそれを受け取ろう>

この曲はジャマイカで大ヒットしたわけですが、UB40やローリング・ストーンズがカバーしたことで、世界中い知られるようになりました。
個人的にはストーンズよりもUB40のカバーの方が好きかな、僕は。
Cherry Oh Baby‐UB40
数年前に彼らのコンサートを見なしたが、この曲や<Red Red Wine>を聞いた時は懐かしかったです。

最後にもう一曲、エリックさんの曲を。
Eric Donaldson - Land Of My Birth
ジャマイカ観光局の推薦曲です、というのは嘘です。
この島自慢の歌の動画を観ながら、足の速い人が多いこの島国に行ってみたいな、とも思うのです。

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