ブルブル ブルース (Blues)

荻哲の音楽日記−Blues、世界の音楽、よもやま話など

いらっしゃい〜。
まずは、歌でも聞いてください。

青山ミチ‐風吹く丘で

この曲、聞き覚えがありませんか? ビレッジ・シンガーというグループが<亜麻色の髪の乙女>という題で吹き込んで1966年にヒットしたんです。
私は、若いから知らんって? でも、ハーモニカなども入って、のどかな良い歌でしょう?

MIchi aoyama

1966年に青山ミチ(写真上)が録音しましたが、ある事情のためにお蔵入り。
ハッキリした理由は分かりませんが、彼女は覚せい剤所持で捕まったとか、事務所移籍に絡むいざこざで干されたとか言われています。でも、このレコードは少数販売されたのでしょうかね。Youtubeで聞くことが出来ます。作曲はすぎやまこういちさんですね。その二年後にビレッジ・シンガーの歌でヒットしました。しかし、ビレッジ・シンガーのと聴き比べると、僕には青山ミチさんの歌の方が胸に迫るものが有ります。デビュー当時は元気なアメリカンポップで有名になった少女歌手ですが、この様に情緒的な歌も上手ですね。上の写真では最近亡くなった樹木希林さんを洋風にした感じですね。

なんでも、今年の1月にひっそりと亡くなったそうです。戦後、米国人の軍人と日本人の母の間に生まれ13歳ぐらいでデビューしましたが、前述のようなトラブルなどで芸能界から消えてしまいました。その後の暮らしぶりは楽ではなかったそうです。
同じく、今年に亡くなったフォーク・ロックのミュージシャン、エンケンこと遠藤賢司さんもこの「ミッチー音頭」をカバーしてましたっけ。

青山ミチ - ミッチー音頭
歌詞がいけます。「歌って踊ってスタミナつけて〜」ってところ好きだな。ニラやニンニクを食べてから踊ると臭いで周りに嫌われるので気を付けましょう。この歌を吹き込んだ時は14歳ぐらいで、よく聞くと声がまだまだ少女の声ですね。若々しいっす。

この歌も僕の姉二人が聞いていましたよ。懐かしいですね。
涙の太陽
この元歌も青山ミチで、これもパンチのある声を聴かせました。作曲は湯川れい子さんだそうです。ベンチャーズしてますねぇ。僕が中坊の時は安西マリアさんの歌で流行ったな、たしか。

さて、私ごと。また、12月に日本に帰ります。
そして、母の墓参りは青山墓地です。

少し前まで住んでいたピッツバーグで乱射事件が有った。

事件の起こった地区は、街並みが多く普段は落ち着いた瀟洒なところだ。ユダヤ人が多く住むことで有名で、カーネギーメロン大学や私が教えていた大学などもある文京地区でもある。

犯人はライフルやハンドガンを携えて、朝のユダヤ寺院に集まった人々を無差別で撃った。犯人は反ユダヤ主義者だそうだが、話に整合性がない狂人である。死者は11人を数えた。18年前にもピッツバーグで有色人をライフルなど5人殺害した男がいたことを思い出したが、今回はそれよりも犠牲者が多い。
ピッツバーグに住んでいる私の知人の中に犠牲者は含まれていなかったが、事件の詳細が分かるにつれて悲しい気持ちでいっぱいになる。

犠牲者の中に97歳の女性が含まれていた。彼女はホロコーストからの生還者だった。1945年にナチの悪夢から逃れることは出来たが、その悪夢は執拗に彼女を追いかけて来て最後にはその命を奪ってしまったのだ。
この女性の人生を考えると、悲しみや憤慨と共に、幾つかの「なぜ?」が頭に浮かぶ。
「なぜ、我々に人生が与えられているのか?」。
「なぜ、ある特定の人々、会ったたこともない人々をこれほど憎むことが出来るのか?」

確かなことは、今回、犠牲者は「ユダヤ人」だったけれども、代わりに日本人、有色人種、黒人、イスラム教徒、同性愛者などが代わって入る可能性があるということ。つまり、誰でもいいのだ。白人同士でも「宗教的な理由から」殺し合うこともあるのだから。「我々」“We”に入らない人々である「奴ら」”Them”を憎むのだから。

ある研究では、この様な事件を起こす犯罪者の多くは、親や社会から子供時に受けた虐待やイジメ、または精神的な苦痛に「怒りや憎しみ」を持っているのだとか。そして、その歪んだ心は次第に社会的な”Them”を見つけ出し、理由をでっち上げて攻撃する。
マザー・テレサがこんなことを言っていた。「もし、世界の平和を真剣に望むのであれば、まず、自分と身近な人々を幸せにしなさい」と。身近な人とはほとんどの人にとって家族であろう。不幸な子供時代を送る人達が減れば、この様な凶悪犯罪も少なくなるのであろうか。

Gebbeles hate

上の写真はあるパーティで撮られたナチの宣伝相ゲッペルスの写真である。

彼は写真家が気に入ったのか、満面の笑みを漏らしている。しかし、ある一言が告げられたのちには、右の様な厳しい顔を向けた。「引き金」となったその一言は、「あの写真家はユダヤ人だ」である。この二枚の写真はある特定の人に向けた嫌悪の感情によって起こされる「ヘイトクライム」というものを如実に物語っている。その個人(カメラマン)ではない、そのレッテル(ユダヤ人)に対して憎悪しているのである。
ゲッペルスは大学時代、特に反ユダヤ的なところは無く、ユダヤ人の学友ともごく普通に接していたと言う。自分が宣伝したナチの「反ユダヤ主義」のプロパガンダに自己も洗脳させたのであろう。


今度、ピッツバーグに行ったら、そのユダヤ寺院(Tree of Life)に花を捧げに行こうと思う。そして、犠牲者のために涙を流そうと思う。今の自分にはささやかに泣くことしか出来ないのだから。

こんな動画を発見して、「う〜ん、かっこいいな」と唸って居ります。
私の様なアナログな野郎は、音楽の仕掛けが単純なほど喜ぶのでありましょう。 余り凝ったことをされると脳みそがついて行けない...ハアハア。

Lonnie Pitchford - National Down Home Blues Festival - Atlanta, Georgia (1984)

「気が付いたかな、俺のギターは弦が一本だけなんだ、安上がりでいいや」などと始めに語りを入れております。この人は以前にも紹介しましたね例えば、これ<家ギター>。
残念ながら、家ギターの動画が消されていましたので、聞きたい方ためにここに載せて置きましょう。<Froggie Went A Courtin'> 

弦が一本だけだと弾くのが簡単そうかな?などと考えてしまいます。
が、そうギター人生は甘くはなかろう。
これは弦楽器であるとともに、打楽器でもあります。弦がせわしなく爪弾かれるたびに、忙しなくカタカタと箱が鳴っています。そして、こすられる弦はヒュンヒュンと鳴りますが、これも演奏に合わせたリズムになりますね。これを弾くのは体全体で歌にならなければならないわけで、違う言い方をすれば、「馬鹿」になりきらなければなりません。
Lonnie Pitchford

ロニーさんは残念ながら、HIV感染がもとで、1998年に若くして亡くなっています。上の写真はなくなる前年に撮られたものだそうですが、意外に元気そうだ。
なんでもギターの手ほどきをロバート・ロックウッド Jr. から受けたそうで、ロバート・ジョンソンの孫弟子になりそうです。
そういえば、彼がロバジョンの歌をカバーしていました。夜中に弾いているのでしょうか、薄暗い中での演奏、雰囲気有りすぎ!
If I had Possession Over Judgement Day
なに?、ロバジョンと比べて歌がソフトだとな? 
ご近所を気にしてのことでしょう。年を経たエピフォンがすすり泣いております。ああ、ロバジョンの演奏もこんな感じだったんだろうなぁ…。

ところで、ロニーさんは普通にギターも弾けたのです。もちろん、チューニングはスタンダードでしょう。 <Lonnie Pitchford - C. C. Rider (Live)
でも、彼の本領はやはりスライド演奏にあったような気がしますが、ここでは伸び伸びと歌っておりますね。もう少し、長生きして欲しかったな。


最後に、多分、カセットテープ・レコーダーとマイク一本だけで録音した彼の歌でも聞いてくださいな。 <My Baby Walk Away
こんな歌を、カッコいいと思って聞き入るか、それとも、田舎臭い端唄だと思うか…。
実はどちらも僕にとっては同じ事なのです。
「ああ、少し前まで彼女は一晩中、俺を愛してくれたのに、今の俺に出来るのは泣くことだけだ…」
陳腐な事を歌っていますが、それに聞き入る僕なのであります。分かる分かると…

若い頃ブルースを歌っていた人が後年、ゴスペルを歌い出すという現象がブルースの世界にはある。すぐに思い出すのが、ローリング・ストーンズのカバー曲「放蕩息子」のオリジナルを歌っていたロバート・ウィルキンス。この曲は旧約聖書の中の故事を歌ったもの出すからねぇ。<Rev. Robert Wilkins – Prodigal Son

Bishop Till

さて、この間、上の白黒の写真を見て、「誰だか知らんが、スライドとエレキを持っていてもブルースを弾きそうじゃねぇなあ」と思ったのですが、調べてみるとビショップ・ペリー・ティリスという説教師だった。

盲目の説教師で、若い頃はシカゴでブルースを弾いていたそうだが、やはりゴスペルに転向したそうな。で、すぐに彼のエレキギターと共に歌われる説教歌を聞いてみたんだ。

Bishop Perry Tillis - Look Out Liar

良いよなぁ〜。歌声はちょっとジョン・エステスを彷彿させる。そして、ああ、ギターは南部のデルタの音ですなぁ。

彼は2004年にアラバマの小さな町でひっそりと神に召されたようです。お決まりかのように清貧な暮らしぶりだったとか。でも、考えてみれば、あの世には何も持って行けないのだから、金が有ろうが無かろうが関係ない。「死」も本当に公平なものの一つだね。

えっ、「オギテツや、他に公平なものは何かって?」
う〜ん、考えるに「お日様」かねぇ。 
富める者も貧しきものも等しく照らすわけですからね。

もう少し聞いてみたいよね?
Nobody's Fault But Mine
典型的なゴスペル曲。聞き出すと手が止まってしまう。力強い歌と共にいい感じでスライドが説教しています。目の前で彼が演奏しているのを聞いてみたかったよな。
アメリカ人は一般的に何かが有ると、人のせいにする方が多いですが、この歌は「全て、私が悪いのであります」と歌っています。悔い改めよ、の歌なんだね。

おまけ:
Bishop Perry Tillis - Some Sweet Day
聞いていると涙が出て来る。僕は信心深くないけれど、それでも彼の歌っている神の愛のことは理解出来る。このジイサンの手を両手で包んで握手したいぐらいだ。

ガキの頃、家にはジェファーソン・エアープレーンというバンドの「シュルリアリスティックな枕」というレコードがあった。ビートルズなんかを聞き始める以前のことだ。

surrealistic pillow

姉のレコードだったから、彼女のいない時にこっそりと聞いていた。
で、始めはやはり流行り曲の「あなただけを」が好きだったんだけど、段々とアルバムの中で好きな曲が変わり始めたわけ。 このアルバムは今でも印象に残る一枚だったけど、男性のリードボーカルの歌声が好きだったんだよね。

そのバンドのリードシンガーだったマティ・バーリンが亡くなったというニュースが入った。
上の写真では後列の一番右に立ってますね。隣にグレース・スリックが居ます。
少しごっつい容貌とは裏腹な彼の繊細で伸びるボーカール。今日は彼の歌を少し聞いてみたい。

Jefferson Airplane - Today

ラブソングなんだけど、何だか遠くの方から響いてくるような繊細なボーカルが余韻を残します。

Jefferson Airplane - She Has Funny Cars
上のアルバムのA面の一曲目の曲にふさわしい溌溂とした曲。

さて、ジェファソン・エアプレーンは、その後分裂します。
僕の好きなヨーマ・コウコウネンやジャック・キャセディ達は、もっと自分たちの原点に近いブルースロックやフォークの方向を求めてホットツナというバンドを結成しました。

残されたメンバーはもっとポプラ―な方向に向かいます。新しいメンバーを迎え、名前もジェファーソン・スターシップと変えて活躍しました。ヒット曲を幾つか出しましたが、ちょっとフォークロックぽい曲を選びます。

Jefferson Starship - Count On Me
もちろん、ボーカルはマーティ・バーリンです。

僕は「スプーンおじさん」の追っかけをしばらくしておりまして、彼ことを数回書きましたがが、今度は新たに「スプーンおばさん」が出て来た(スプーンおじさんのことを知らない人は<これ>を聞いてね)。

spoom lady

「百聞は一見にしかず」と言いますので、まずはこちらをご覧下され。
Angels in Heaven - Chris Rodrigues & the Spoon Lady

始め見た時は、「何だ、このおばちゃんは? クシャおじさんみたいんだね」だったが、意外にもスプーンが巧い。聞かせるなあ、というわけで調べて行くと…。
名前はAbby(アビィ)というらしく、ストリート・パフォーマーとして生活してるそうだ。テレビのタレントショーのおかげで有名になったミュージシャンの一人だ。
Facebookにも彼女を扱ったページが有る。これね⇒<Abby the spoon lady

これなんかは、ダルシマーと一緒に演奏してます。
Lyle Rickards & Abby the Spoon Lady
2本のスプーンを打ち鳴らすだけなのに、かなり大きな音が出ることにも驚かされるが、この様なアメリカの古謡と共に演奏されるとスプーンもしっかりした打楽器として確立されているように思えて来ます。アパラチアンらしい風情があって聞かせます。

気になるのは、アビーさんは何歳ぐらいかということだ。若いのか歳なのか。
あるインタビューで彼女は38歳だとか言ってる。いつ行われたインタビューかは分からないが、どうやらまだ40歳前なんだな。
何でも若くして結婚したけれど、夫は暴力を振るうタイプで挙句の果てに刑務所に。子供も数人いたそうですが、経済的な面で養えず養子に出したのだとか。誰も居なくなった家から逃げるように出て、行き先の当てもなく列車に飛び乗ってホーボー暮らし始めたのだとか。暫くのホーボー暮らしの中で、お金が無くなると道端で幼い頃に習ったスプーンを演奏して小銭を稼いで糊口をしのいでいたそうです。

そのインタビューの最後に彼女はこんなこと言います。
「列車に飛び乗ってさすらいを始めた時、私の人生はもうお仕舞だと思った。でも、今考えるとあの時に私の音楽の旅も始まっていたんだなと思うわ」。
意外にも、彼女の英語は訛りが少なくてしっかりしてました。
「人生、失望するなかれ」だなと彼女の言葉を聞きながら思った僕です。今は人気が出ているアビィさんですが、スプーンの演奏のすばらしさの他に、彼女の生きざまに何かを感じる人も多いのでしょう。

さて、この動画で彼女のソロ・スプーンを観ることが出来ます。簡単そうに見えるけど…
Spoon Solo - Spoon Lady
その内、歯医者のファンでも出来て、入れ歯をプレゼントしてもらうと良いですね、アビーさん。

思い返して、良かった、と思うことがある。

8man

テレビで観ていた8マンは、時々、煙草型の強化剤を吸っていた。まあ、一服していたわけですが、当時でも「子供が真似して煙草を吸うのが心配だということで、その内、その一服の場面が亡くなったようです。
しかし、あれが煙草型ではなく注射型の強化剤だっら、もっと道を外した少年も出たかもしれません。煙草型で良かった。
この主人公の名前は、東八郎という名前でしたが、コメディアンで同名の人がいたな。

ということで、主題歌を聞いてみましょう。
『エイトマンの歌』フルバージョン 1963~1964

手書きのアニメが今となっては逆にかなり新鮮な感じがします。作詞は前田武彦さんです。
この主題歌は克美しげるが歌っていましたが、残念ながらこの方は殺人事件を起こしたり、注射器型の強化剤で逮捕されたりと、なかなか忙しい人だったようです。

今回、彼があのジョニー・レイトンの<Johnny Remember me>のカバーを出しているのを発見したのです。
克美しげる - 霧の中のジョニー >
この歌は一年前に亡くなった彼女の「忘れないでね、私を」という声がいつまでも聞こえて来るんだというちょっとオカルトな感じの歌なんですね。このためにイギリスではレイトンの曲がしばらく放送禁止になっていたという話です。

前にも紹介しましたが、これが元歌。大瀧詠一さんが「さらばシベリア鉄道」でフレーズを借りていることで(一部の間で)有名でした。一応、元歌を紹介しておきます。
John Leyton-Johnny Remember Me>


ところが調べてみると、様々な日本の歌手がカバーしてるのよねこの曲。ちょっと驚いた。
鹿内タケシのバージョン>は途中から英語に切り替わりますが、英語の発音がよいのです。調べてみたら、2年ぐらい米国に留学していたらしい。
その他にも菅原洋一、浅丘雪路などもカバーしてますが、ここに載せるまでもない感じです。

この歌、当時はかなり流行ったのでしょうか、アメリカ、フランス、オランダ、スェーデンでもカバーが出てますが、面白いところではフィンランドのカバーですかね。これだけはリンクを載せて置きます。
Tapio Rautavaara Johnny, mua muistatha
なかなか聞かせますが、ロックというより、ロシアの赤軍の歌みたい。
フィンランドとロシアは戦争していたはずですが、音楽は国境を超えるのか。

この間、昔のカセットテープが見つかった事を書きましたが、嬉しい発見が有りました。

そのカットの中に、昔、持っていたオムニバスのレコードに入っていたこの曲があったのですよ。久しぶりに聞いても良いんだな。
"Big Boy" Teddy Edwards recorded Louise in 1934

軽快に始まるバンジョーのソロ、そして、テディさんの深みのある声。
歌詞を調べてみますと、町角で警察に捕まった男が、ルイーズに早く保釈に来てもらいたいという歌です。
「ルイーズ、ルイーズ、一体どこにいるんだい? 白いロバに乗って、早く俺のところに来ておくれ」
このルイーズは売れ線の歌だったらしく、その後、もう一度吹き込まれますが、最初の録音の方が優れています。

さて、このビック・ボーイ・テディ・エドワーズというミュージシャンのことは文献が乏しく経歴が全く分からない。シカゴに住んでいたということですが、写真すら残っていない有様です。1930年から1936年まで録音を残しておりますが、その後はどうしたんでしょうか。
ルイーズさんならず、テディさん、一体どこに行ってしまったのやら。

ブルースでは唯一、ティプレットという10弦のウクレレに似た楽器(写真下)を弾いていたこと、そして、多くの曲にビック・ボーイ・ブルーンジィがギターで伴奏に入ってることなどが特筆すべきことでしょうか。因みにこの写真のティプレットはマーチン社製です。
Martin_tiple


おまけ:
WPA Blues
彼の最後の録音です。ピアノを弾いているのはBlack Bobという名前のミュージシャンですが、誰かの変名でしょうか? この時代の吹込みは録音機の都合で3分程度。スタジオでは、3分近くなると赤い電球が点滅したそうであります。何だかウルトラマンと同じですね。
でも、聞くのにちょうどよい長さの様にも思います。
古き良き時代の音楽であります。

アメリカでは、新学期が8月の終わりに始まります。
下の娘がピッツバーグ大学に入学したので、入学式などで色々とバタバタ、羽も無いのに、していました。家からピックバーグまではおおよそ8時間ドライブしなければなりません。
最近、昔の荷物を整理していて見つけたカセットテープからまだ聞けそうなものを選んで、道すがら車のラジカセで聞いてました。僕の車はしっかりと走ってくれていますが、かなりの年代物なのでカセットプレーヤーが有るのです。

テープの中にはこのグループのベスト盤がありました。
There Must Be An Angel

この曲でハーモニカを吹いているのはスティーヴィ・ワンダーです。

高校から大学にかけて、時々、聞いていたユーリズミックス<Eurythmics>。
ボーカリストのアニーさんは、何となくボーイッシュでSっぽい感じ。Mっぽい僕は彼女の写真を見るたびにドキドキ。か細い風貌とは裏腹に、声量は豊かでソウルフル、しかも音域は低音のコントラルト。すぐに誰が歌っているか分かる個性的な声でもあります。

今回、久しぶりに聞いていて改めて驚いたのは、彼女の歌の巧さなんですね。まあ、プロだから巧いのは当然なんですが、彼女はソウルっぽい歌も歌うし、繊細な感じの曲も歌う。そして、どんな歌い方でも音程がしっかりしてる。加えて、声域も3オクターブだとか。

どんな経歴かと調べてみれば、なるほど、子供頃から音楽に才能を見せて、王立アカデミーでクラシックを修学してます。なんでも専攻はフルートだとか。当然のような気もしますね。ただし、自分の音楽を探すために中退したのだとか。

Who's That Girl (Peacetour Live)
最近はツアーも(体の不調で?)行わないそうですが、音楽活動の他に長年に渡って慈善活動を行っていたり、最近では大学の学長になったりと公私ともに忙しいようです。

Annie_Lennox2

上は最近の写真です。
さすがに年齢は見られますが、依然と素敵な女性であります。

久しぶりにNYCの近代美術館(MoMA)に行って来ました。
ここが凄いのは、美術史の教科書に出て来る、いわゆる名画の数々が無造作に展示されていることでしょう。
「この絵って、確かうん億円だよな〜」ってのを、間近に見ることが出来る。始めて行った時には、驚きと感動ものだった。だって、ルソーの「寝ているジプシー女」って間近かで見ると、女が微かな薄目を開けているのが分かるのだから。

jackson-pollock

この美術館は常設を定期的に取り換える。
ポロックの名作が飾ってあった。二階にも届きそうな高い壁に彼の絵が造作もなく掛けてある。
この絵に対して「何だか分からない」という印象を持つ方もいるはずだ。ポロックの絵が初めて発表された時には、その評価が分かれ、乱雑とか言う人も居たようだが、当時としてはかなり斬新であったことは確か。

僕にはペンキ屋が仕事をする前に床などに掛ける布に見える。長い間使った布で有れば、ポロックの画面の様になるはずである。無作為に垂れたペンキの作り出す模様に「美」を発見するのも心地よい。僕はぼんやりとしばらく、この名作を見るともなしに眺めていた。今回、絵を眺めていて思ったのは、「意外に静かなもんなんだな」というとこでした。

今では小学校の絵の時間でもインクを渡して、「さあ、ポロックみたいな絵を作ってみよう」とやるそうだ(描くとは言わないだろうなぁ)。彼の作風はすでに美術の様式として確立されているということなんだろう。
美術館という檻の中に一度納められると、全ての作品は大人しくなる運命にある。ちょうど、動物園にいる猛獣達の様に。評価が定まるというのはそういうことである。

jackson-pollock 2

余談:
ジャクソン・ポロックって、この歌い手に似ている、と思う。アルコール依存症だったのも共通してたりして。
Joe Cocker−You are so beautiful

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