ブルブル ブルース (Blues)

荻哲の音楽日記−Blues、世界の音楽、よもやま話など

ついこの間まで知らなかった。
あのハーピストのライス・ミラー(サニー・ボーイII)はギターも上手に弾けたことを。

Sonny Boy Williamson‐Kind hearted woman

聞いていると何となくロバート・ジョンソンみたいだけど、彼はロバジョン共演したことが有るそうだし、彼の弁では「俺はよ、ロバートが最後に演奏した夜にも一緒だったんだ」そうな。まあこの人の場合は、ハープ吹きだけあって、ほらも吹きますけどね。
歌を聞くとやはりサニーボーイのやらしい声が、「ウーマン、んんん」と響きます。歌詞はロバジョンのとは少し変えておりますね。
彼のキツイ性格を反映していか、最後では「お前が泣けば泣くほど、俺は離れてしまうのさ」みたいなことを言っています。

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写真のお顔に、「やあ、ギターも弾けたんですね? サニーの旦那」と問いかけたところ、「オギテツや、俺みたいに才能のある人間はだな、人の演奏を一度聞いただけで、ギターでもハープでも、すぐに弾けるようになるんですよ」と申しておりました。

Youtubeでは良く関連のある動画を右端に並べて紹介したりしてますが、サニー・ボーイとゴスペル<教会音楽>というのも違和感を感じさせるものです。晩年の彼なんか、猫背に山高帽でひょっこりと現れるわけで、海千山千の山師か悪魔みたいではないですか。

Sonny Boy Williamson sings Milky White Way
そして、始めはボソボソと歌ったていますが、段々と歌に感情がこもって来ます。モコモコとしたハープも良いです。<最後の審判の日が来るなんて誰にも分らんよ、でも、俺は立ち上がって旅立つのさ、ベッドに佇む人々と握手をしてからな、あのミルキーウェイへと…>

この<ミルキーウェイ>の元歌はこんな感じです。
あの、リトル・リチャードさんにとりを取っていただきましょう。この彼のバージョンもとても良くて、心に染み入りますです。さすが、リトル・リチャード!
Little Richard - Milky White Way

サニー・ボーイ:「おい、お前、俺のことを書いてたんじゃないのか? 若造👀」

僕は大食らいで食べるのも早い方です。自慢にもなりませんけど。

大体、飯を前にして、楽しく談笑するというのが苦手です。まず、とにかく食べたい。ビールを食べる前に飲む人がいますが、これも、僕は駄目。ビールで腹が膨れると食べれなくなるからです。腹を満たすという欲をまず満たしたいわけですな。

昔、商売で接待などで食事が出る場合、意識してゆっくりと音も立てないように食べたこともありますが、お腹が空いていていて、しかも出された料理が美味しかったりすると、辛かった、という思い出が有ります。

昔の時代劇に「木枯し紋次郎」というのが有りまして、僕は欠かさず見ていましたが、その中でも特に記憶に残ってるのが、紋次郎の食べ方。
木枯し紋次郎の食事シーン

食べるという行為は、動物にとって基本的な行為であります。そして、その食べ方で「お里が知れる」とかいわれておりまして、お育ちの良い人は躾の一つとして、お行儀のよい食べ方を習ったりします。世の中は、面倒な仕来たりや規則で成り立っているのです。紋次郎さんは箸の持ち方も自我流ですね。しかも味わうのではなく、すきっ腹に飯をかき込んでいます。まるで野生動物ですが、これが如何にも彼らしい。
僕も紋次郎さんの様に、「あっしには、関わりのないこって」と言って、さっと立ち去りたい時もあります。

で、この「あっしには、関わりのないこって」は、英語ではなんて言うのかな?
“It ain’t my business”ですかね。
わざと、isn’tの代わりに ain’tを使ってみました。
というわけで、今回のイメージソングです。
Frank Stokes - Tain't Nobody Business If I Do
まあ、「俺のやる事はほっといてくれよ」という題名ですけどね。写真のスートークさん、悪人面ですね。フェリー・ルイスの顔が整っている分、悪人面が引き立ちますかな。
bealestreetsheiks

悪人面と言えば、この人を思い出します。
続・夕陽のガンマン
食べながら人を恫喝するようなシーンは、「続・夕陽のガンマン」の一コマ。リー・バン・クリフの顔が如何にも悪人。最後に硬いパンを大きなナイフで切り取って、口に入れながらニタリ。嫌な奴ですねぇ。でも凄く良いシーンです。

伊丹十三の<たんぽぽ>は、主人公たんぽぽのラーメン修業が本題だけど、この映画は「人がものを食らう」ということに最大のテーマがあります。あ、物語の筋は西部劇の「シェーン」をベースにしていると思いますよ。色々と良いシーンが有りますが、今回はこのシーンをば。
爺さんの食欲


最後は<Big Night>という映画のシーンです。
Breakfast Scene
このシンプルなオムレツの作り方が印象的なんですよね。タマゴ、オリーブオイル、塩だけ。この映画を見た次の朝は、もちろん、これを真似してオムレツを作りました。

最近になってようやく、選挙に負けたクリントンが、「不利になるような組織的工作があった」と言い始めた。そして、今日のニュースではFBIの長官が突然、罷免されています。口封じかしら。

政治の政界では、庶民のレベルでは分からない「組織的な工作」がしばしば行われます。
その中で戦後、最も有名な事件は、「JFKの暗殺」ではないでしょうか。単純に考えても、あのオズワルドに暗殺を遂行出来るだけの能力はないでしょう。

その後、審問に掛かるまでもなくオズワルドも「都合よく」暗殺され、R・ケネディも暗殺されます。映画みたいな出来事ばかりで、誰がこの脚本を書いたんだって聞きたくなります。大きな規模で「組織的な工作」が行われたとしか、僕には考えられません。この事件の真相は2038年に明かされるとかいうことですが、僕は生きてないかもなあ。
jfk-sticker

いつもの様に書き出しが冗長になりましたが、今回はケネディ大統領のブルースのことを書きます。

ジョン・エスティスのこの歌は、ライ・クーダーのアルバムで始めて聞いたのでした。ご存知の方も多いことでしょう。
Ry Cooder & Sleepy John Estes - President Kennedy
エスティスも、一般的に信じられているように、<下らないチンピラ(オズワルド)が、大統領の命を奪った>と歌っています。

で、今回、エスティスがこのアルバム以外で録音した曲を調べてみたのです。

この歌詞の中で僕が印象的な部分は、<彼は家に戻ったんだよ、永く家離れていた家に>というところかな。ブルースやゴスペルを聞いていると、「この世は仮の住まいで、本当の家はあの世にある」という歌詞が出て来るのです。意外にも信心深かったチャーリー・パットンも<I'm Goin' Home>という歌を吹き込んでいます。考えてみれば、肌の色で差別される不公平な話は無いわけで、天国では人々はも平等に扱われるだろうという希望が、「この世は仮の住まいで苦界である」と考えさせるのでしょうね。そして、ケネディ大統領も栄光の国へと戻ったのです。うんうん。


しかし、面白い事を発見しちゃったのです。
だから、ブルースは面白い!
下がこの歌のエスティスの最初の吹き込みだと思います。タイトルではハープ吹きのハミー・ニクソンの名前が出ていますが、聞いて分かる通りギターと歌はエスティスです。
Hammie Nixon - Im Going Home>

2:04あたりでしょうか、エスティスは<I’m going home, going back home
I stayed away too long(俺はもう家に帰る、余りにも長く不在してたから)>なんて、歌いだしているわけ。ここ、「He」じゃなくて「I」です。

多分、この録音の前でも「もう、帰りたい」とこぼしていたのでしょう。つまり、ツアーに来たのは良いんだけど、エスティスさん、ホームシックかな?お家に帰ると駄々をこね始めたらしくて、ハミーが「I hear you, man, I hear you!(わかったよ、わかったよ!)」と苛立たし気に話しかけています。

さらに、4:13ごろでは、「毎夜、寝る前に、六人の子供のために祈るんだ」とか、歌の最後のあたりでは、「心配だったから血圧を測ったんだ、血圧が103もあったんだよ(多分、下の血圧)」とか、自分の健康について心配してるわけで、ケネディの大統領の話から自分の愚痴に変わってしまっています。

変な歌だな、と思うかもしれませんが、僕はこれが昔のブルースの面白い所だと思います。いつも歌詞を忠実に歌う代わりに、頭に浮かんだことを即興的に歌に載せているところが、いかにも自由な感情の表現、<ブルース>ですよ。


さて、他にもライ・クーダーのアルバムの頃に録音されたのがあります。下の二つのテイクは、彼の自宅で録音されたそうで、1970年これはライ・クーダーの曲とほぼ同じですね。
President Kennedy (Take 2)

President Kennedy (Take 1)


最後になりますが、これは、ブツカ・ホワイトなども加わってジャムをしています。1969年ごろの録音だとされていますが、ジャムセッションらしく、途中で他の演奏者の掛け声などが入ってます。
President Kennedy Stayed Away Too Long


おしまい。

「人がせっかく盗んで来たものを、横取りするような性根の悪い奴は、俺の仲間にはいねぇよ」と泥棒さんが言った、という落語のまくらが有るそうです。

皆さんは泥棒に入られたことがあるでしょうか。一度だけ僕が中学の時に、コソ泥が家に入ったことが有ります。引き出しにしまってあった五千円をまんまと盗れてしまった苦い思い出が有ります。
石川五右衛門の辞世の歌に「石川や 浜の真砂は 尽くるとも 世に盗人の 種は尽くまじ」と有りますが、人のものを盗むとか人をだますとかは、人の本性の一つかもしれませんって。

今日のテーマソング:
虫さんのブルース


さて、今回は「だます!」の続編を書きましょう。
konchuu

もう数年前のことですが、日本からアメリカに帰国する機中で読もうと買った「昆虫はすごい!」という本が有りました。読んだ時にはもう目から鱗が二三枚落ちた気がしました。

内容? まあ、僕が書くより書籍の案内を紹介した方が良いでしょう。
<人がやっている行動や、築いてきた社会・文明によって生じた物事は、ほとんど昆虫が先にやっている。狩猟採集、農業、牧畜、建築、そして戦争から奴隷制、共生まで、彼らはあらゆることを先取りしてきた。特に面白いのは繁殖行動。相手と出会うためあの手この手を使い、贈り物、同性愛、貞操帯、子殺し、クローン増殖と何でもアリだ。どうしても下に見がちな私たちの思考を覆す、虫たちのあっぱれな生き方を気鋭の研究者が大公開!>

さて、昆虫もだますわけなんですが、これは捕食に関係しています。
大型の肉食性の陸生ホタルのオスは、小型のホタルを捕まえるために、そのホタルの雌と同じサイクルでお尻を光らせるのだそうです。哀れな小ホタルは、「やでうれし!」とばかり、飛んで来て交尾を迫るわけですが、「ヘヘヘ、タッチ〜!」なんて体に触ったその瞬間、相手の正体が...哀れ、頭からバクリと齧られてしまうのです。

怪しげなネオンサインやピンプに騙されて...という話は人間様にもあるでしょうけど、ホタルの場合は食べられてしまうのでもっと恐ろしいです。ホタルなんぞは人様と比べればすごく小さな脳を持つのでしょうが、こんな悪賢いことが出来るんだと感心しました。

さて、この様な虫の行為は進化論的にはどうやって説明するんだろう?
大体、騙す(ここでは疑似行為を行う能力)は、本能としてホタルの脳みそに印譜とされているのでしょうか?
他のホタルがやってることを真似したと考えるにしても、「真似をする」というのはかなり高度な「学習能力」が必要だ。ホタルにそんな学習能力があるのか?
大体、最初に真似されたホタルはどこでそれを習ったか?
などなど、色々と謎が尽きないわけです。
大体、「学習」は遺伝しないことが進化論の定説らしいので、僕は頭を傾げてしまうわけ。

でも、何となくヒントを貰えそうな記事を発見したのです。

書いてる人は、分子生物学の福岡信一さん。
気になる人は読んでみるといいでしょう。彼の説明は分かりやすい比喩を用いているので理解しやすいです。彼の著作も面白いです。
記憶は遺伝するか 2
このメチレーションの考え方は、人の性格は遺伝によるものか、環境によるものか、という問い掛けの答えにもなりそうですね。

何となく、書かないと不安になる。これを習い性と呼ぶ。

今回は書き下ろしです。へっへへって、笑う理由はないのでがね。ついつい、笑う。ツイツイ蠅に刺されてしまったようです。
the drifters

さて、僕にとって夏の海辺に来るとドリフターズを聞いてみたくなるグループなわけですが、まだ夏でもないのにこの歌を聞きたくてね。

Save the last dance for me
可愛らしい歌詞の歌なんですが、やはりドリフターズのコーラスは良いよね。
読みながら頷いてくれていますか?

これは、日本では越路吹雪が歌てました。邦題は「ラスト・ダンスは私に」だった。

そして、フランスではダリダが歌ってヒットしたそうです。
Garde-Moi La Derniere Danse
ダリダって誰だって? 昔の歌手だよ。
フランス語の巻き舌の発音がすごいね。個性的な顔立ちの美人?...かな。

しかしだね、今回、本当に紹介したいのは、この歌だね。
「ラストダンスは私に」とビートルズの「ヘイ・ジュード」を組み合わせてしまった日本の歌。
歌はキングトーンズ、アレンジは多羅尾伴内(大瀧栄一)。
The Kingtones - Save The Last Dance For Me ~ Hey Jude

二つの曲を同時に楽しめるという画期的な曲であります。
聴いていて、楽しくかつ笑える素晴らしい歌です。遊びが有ります。
ゲテモノですって? だから好きなのさ。

前略 天国のお袋さま

最近、小生の友達が、フェイスブックというところに李香蘭の<夜来香>のカバーを載せていました。それから、昭和初期の「懐メロ」を聞き続けています。懐メロ番組を子供の時にテレビなどで見ていると、色々と当時のことを解説してくれましたね。今でも、子供の時に聞き覚えた歌などを懐かしく聞くこともあります。お母さんもそちらでそんな曲を聞いているのでしょうか。ああ、それともタンゴかな。 

それでは、また。
草々
li koran


閑話休題
母親は大正の末年の生まれで、彼女の最後の子供が僕なんですが、自然と母の若い頃の流行歌などを聞いて育った僕です。おまけに兄や姉たちとも年が離れていて、彼らが聞く歌も聞かされております。だから、少しレトロな音楽に洗脳され続けておりました。
大瀧詠一さん<さらばシベリア鉄道>という歌を初めて聞いた時に皆さんは、どんなイメージを抱いたのでしょうか?

僕は、この懐メロを何となく思い出していたのです。どことなくロシアっぽい旋律。そして、厳寒の雪の荒野、恋人への想いなどが歌われていたせいでしょうか。

東海林太郎‐国境の町

へへへ、古臭い曲ですみません。
東海林太郎という歌手は、元々は満鉄に勤めていらっしゃったんですね。しかし、左翼的な思想の持主だということで、左遷されてしまったそうです。東京に戻ってからは弟と中華料理屋を開いていたそうで、順調な人生ではなかったようです。30歳を過ぎて歌手として成功した後も、戦後になると軍歌調の歌(<麦と兵隊>など)を戦前に歌っていたため、進駐軍から睨まれ、しばらくは人前で歌えなかったようです。苦労人ですねぇ。

もちろん、有名だと思いますが、<さらばシベリア鉄道>のギターの旋律はここから取られております。この曲もロシア風な感じで寒い感じのする歌であります。これも恋人への傷心が歌われています。画面にJoe Meekという名前が出ておりますが、これはこの歌のプロデューサーですね。
John Leyton ‐Johnny Remember Me

まあ、色々と雑多な曲を楽しんで聞いている僕ですが、その内、またもや夏に似合うユルユルした曲を聞き出すのでしょうね。その時はまたそんな曲のことを書きましょうね。

今日のイメージソング:<Charlie Patton - Banty Rooster Blues

昔から、大食漢だと思われがちな私。確かに食べるのが好きだ。そして、時々、食べたくなるものがある。昨日は、遅い朝のブランチとして、エッグ・ベネディクトが食べたくなった。 日本では、この料理は有名かしらん?

EGGSBENEDICT
簡単に言えば、トーストしたマフィンの上に、カナディアン・ベーコン(日本でいうハム)、半熟にしたポーチドエッグ、そして、オランデーズソースがかけてあれば良い代物である。
昨日はとあるところに行って頼んだけど、ダメだった。自分の方が上手に作れると食べていた(結局は食べるんじゃねーか!)。しばらく、不機嫌でありました。

うるさく言えば(書けば)、半熟の卵はナイフで切ると、とろ〜りと黄身が流れ出さなくてはいけません。流れた黄身は、待っフィンの端っこを切って、掬いあげてお口へ...。
そして、ソースが美味しくなければいけません(ソースが決めて)。タマゴの黄身とレモンジュースとバータを合わせたソースなんだけど、シンプルなソースだからかえって料理人の腕が出てしまうところだ。寿司職人の腕を見るのに、干瓢巻きを食べてみる、つのと同じ発想だね。実は、僕は隠し味として、少しマスタードを加えるのです。

付け合わせも、昨日のは良くなかった。炒めたポテトじゃしつこくてね。やはり、品の良いサラダを少々。口休めに、メロンを一切れとかお皿の脇に載せているともう高得点だよ。

そんな、うるさいことを書くのなら、自分で作れよ〜というご貴兄もいらっしゃるでしょう。確かに、その通り。しかし、たまにしか作らないので、いちいち材料を買うのも煩わしくてね。 いやいや、今度、作ろうとも考えています。貴方を招待したい。

CHANDOS3
うん十年前の記憶だからあてにならないのですが、大学時代の英語のクラスでジョージ・オーゥエルの随筆を読まされました。その中に、「シェイクスピアは剽窃の天才であった」とか書いてあったように思いだすのです。
調べてみると、当時一般的に行われていたそうですが、シェイクスピアも他の劇作家の作品から物語の筋を借りていたり、古い説話や歴史的な文献に手を加えたものが多々有るそうです。しかし、オーゥエルは、剽窃と言いながらも、彼の作品の中にの中にシェイクスピアの独創性やストーリーテラーとしての才能を認めているのでありました(と、僕は記憶している)。まあ、「シェイクスピアする」とでも言っておきましょう。

さて、最近、この曲を耳にしてちょっと驚いた。
Jean Ritchie - Nottamun Town

ジーン・リッチーは、1922年生まれのフォークシンガーで、1948年から歌い始めている。
さて、この曲はイギリスの古謡だそうです。歌詞は違いますが、ボブ・ディランの<Masters of War>に似てます。というより、ボブさんが、メロディをシェイクスピアしたらしい。曲のアレンジが酷似してるとかで、ボブさんの弁護士がジーン・リッチー側に和解金を支払ったという話も有ります。

調べてみると、初期のボブ・ディランの曲は、昔のフォークソングなどからメロディを拝借して、歌詞を付けているものがいくつかあるのでした。まあ、ブルースなどでもよくあることですけど。でも、これによって、ボブさんの独創性やユニークさが崩れるわけではありません。ただ、ディランの歌は特に著作権にうるさいんで、ちょっと皮肉な感じもする。

クイズ:
じゃあ、この曲に似ているボブの曲は何でしょうか??
1.<Liam Clancy‐The Patriot Game

2.<No More Auction Block For Me
南北戦争当時の歌で、Auction Blockとは、奴隷を競りにかけるための台のことです。アメリカのフォークブームで歌われたのでしょうか。このメロディーは、ボブの歌の中でも良く知られているものの一つですね。

3.<Liam Clancy - The Parting Glass
おや、またリアム・クランシーですね。アイルランドのフォークシンガーでボブさんより、6つぐらい年上ですが、ボブさんもよく彼の歌を聞いていたそうです。特にリアムの歌を評して、「最高のバラッドの歌い手」と評価しています。

ところで、ボブさんは、自分の曲も新しい曲に作り直ししてます。<All Along the Watchtower>が、<Hurricane>と似ていると思います。この場合、著作権の問題は起こりません...よね。

番外:
僕の仲間内では有名でしたが、<純潔 - 南沙織>の出だしが、ヴァン・モリソンの曲と似ていたと評判でした。ハハハ。

今まで日本のロックで西南戦争とか会津の白虎隊の歌を歌ったグループは有るだろうか。
おおよそ、歴史的な出来事ほどロックという音楽に取り込みにくいものは無いんじゃないかな。でも、バンドというグループは南北戦争を題材にして名曲を残して居る。

<The Band−The Night They Drove Old Dixie Down>
https://youtu.be/jREUrbGGrgM


作詞はカナダ出身のロビー・ロバートソンが担当している。しかし、朗々と歌い上げるのは、バンドの中でもだた一人のアメリカ人で南部のアーカンソー出身のレボン・ヘルムだ。

勝てば官軍というけれど、戦争の最後では北軍はかなりひどいことを南部の人々に行っている。町々の焼き討ち、略奪などが当たり前のように行われていたそうだ。

昔、僕の隣人がこんな話をした。戦後間もなくの頃に弁護士だった父の仕事の関係でフロリダ州にしばらく引っ越したが、学校で友達は一人も出来なかったそうだ。彼は常に「ヤンキー」として仲間外れを受けていたそうだ。戦後百年近くたっても、彼らの恨みは連綿と残っていたようである。
レボンも老人たちから北軍の仕打ちを聞かされていたのだろう。

Dictator_at_Petersburg
歌詞は、バージニアのダンビルからリッチモンドまで、兵站の供給に使えれていたダンビル・リッチモンド鉄道(写真上)で、南軍の供給ラインを遮断するために北軍が、その鉄道を破壊した出来事を背景にしている。そのため南軍は敗北を喫するわけだが、食料もなく植えた南部の市民は、北軍に南へ南へと追いやられて行く。焼き払われた町では警鐘が打ち鳴らされる、「逃げろ、逃げろ」と。

米国は運の良いことに、大きな大戦では本土が戦場となったことはない。しかし、彼らは国が二つに分かれて戦う内戦を経験している。その記憶は長く人々の中に残っているように思われる。


ちょっと訳してみたです。

<奴らが南部を撃ち払った夜>
俺の名前はバージル・ケイン。 俺はダンヴィル鉄道で働いていた。でも、ヤンキー(北軍)が線路をずたずたに壊しやがった。
1865年のあの冬、人々は飢えて生きているのもやっとだった。
そして、リッチモンドが敵の手に落ちたのは、5月10日だったかな。あの時のことは忘れない。

ヤンキーが南部を撃ち払った夜、街の鐘が鳴り響いていた
北軍が南軍を追いやった夜、みんなが口ずさんだ ナナナナナ

妻とテネシーに戻ったある日、彼女が叫んだ。「バージル、急いで、ロバート・リーが通るわよ」
木を切って暮らす生活にも甘んじよう、稼ぎが良くなくてもね
必要なものだけ手に入ればなんとかなる
(戦いで失ったものは多いけれど)でも奴らは、一番大切なもの(南部魂)は奪えなかった

親父と同じで俺は働くだけが取り柄の男さ、そして、兄のように南部に従軍した
南部人の誇りと勇気を持っていた兄は18歳で、北軍の奴等に命を奪われた
地面に眠る兄の血に誓うのさ、敗北を喫しても、ケインの男は逃げ腰にはならないと

ヤンキーが南部を撃ち払った夜、街の鐘が鳴り響いていた
北軍が南軍を追いやった夜、みんなが口ずさんだ ナナナナナ

NYタイムズで知ったブルース・ハーピストのジェームス・コットンの訃報。新聞の1ページを割いて彼の記事を載せていた。普段は飛ばし読みをする俺なんですが、この記事だけはていねいに読んだよ。読みながら、頭に浮かぶ彼の曲の幾つか。
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彼のアルバムで初めて聞いたのは、<Live & On The Move>。このアルバムの写真を見て、ハーモニカに成りたいと思ったのは、俺だけじゃないはずだ!
Cotton Boogie

聞きながら、ただただもうかっこ良くて、よだれが出そうになったら、次には<One More Mile>。
ベースラインもビンビンでこれでもか、これでもか…脳みそが痺れた。
とにかく、コットンは俺をブルースに引っ張り込んだミュージシャンの一人なんだ。

コットンは、幼い頃に父母と死別して、おじさんに引き取られたそうだ。そのおじさんが引き合わせてくれたのは、あのサニー・ボーイ・ウィリアムソンIIだったそうで、実際に彼から手ほどきも受けている。

幼い少年の頃には、農作業をしている人々のために缶に水を汲んで渡すウォータボーイをして、小遣いを稼いだそうだ。そして、その傍ら、ハーモニカを吹いて農作業をする人たちの耳を楽しませたという逸話も残っている。

マディ・ウォーターズのバンドでハープを吹いてたことでも有名でしょうか。1990年に咽頭がんの手術を受けて、あのダイナミックな歌は歌えなくなったけど、その後もハープを吹きながら元気に活躍してました。
とにかく、最後は彼のライブの雄姿を見て、偲びたい。
ハープを吹きながら、横に顔を振るコットン。もう、吹き捨てるって感じ。
James Cotton Blues Band - Rocket 88

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