ブルブル ブルース (Blues)

荻哲の音楽日記−Blues、世界の音楽、よもやま話など

今回は、僕のお里が知れるお話でありますので、ご注意ください。

中学校の3年の時の校長は大木先生といった。
中坊の僕から見れば爺さんに見えたが、声には張りがあり大きかった。
ただ、どうも校長先生というより元気な町会長さんという感じでは有りました。
今考えてみれば、教員生活の最後に校長職を与え、退職金の額を上げてあげようという配慮だったのだろうか。のちに聞いた話では、どこかで漢方薬の店を開いたらしい。

大木先生は、ある時、朝会の話で「30センチの健康」の話をしました。
彼によれば、「太さは魚肉ソーセージぐらい、長さは30センチの大便をしていれば、人間は健康を保てるのです」といった話を、三波春夫の様な通る声で朗々と仰いました。校長は国語の先生だったので、「うん〇」ではなく「大便」という言葉を使ったことを特筆して置きます。
(ここで疑問…今も売っているのかマルハの魚肉ソーセージは? 原材料を見ると、あれはかまぼこの親戚みたいなもんだった。)
gyoniku

その話を、素直に聞いていた中坊の僕は、ひそかに「じゃあ、僕は健康なんだろうな」と一安心したわけですが、次の日に和風水洗トイレの上に鎮座する我が「健康」を竹の物差しで測ると、一センチ足りなくて、「一センチ足りな〜い」と番町皿屋敷のお菊の様に嘆くのでありました。

今日のイメージソング:
Screamin' Jay Hawkins - Constipation Blues (1969)

これは「健康」が出ない男のブルースであります。

ああ、子供の時に受けた教育とは恐ろしもので、いまだに30センチに足りない不健康が出ると「不安」になる私です。

さてさて、その後、一時期大食漢となった僕は、時々、健康過ぎたりしました。「一粒で2度おいしい」、じゃなくて「一度に2倍健康」ぐらいでしょうか。すぐに流れない健康が出ると困るのよね。
それに硬さ、色艶なんかも気になったりするねぇ。

今回、長さ、硬さ、色、太さの話でしたが、この健康はあそこの話ではなく、あれの話でありました。

じゃんじゃん。

女性で派手にギターを弾きまくる。しかも左利き。ということで、昔、どこかでバーバラ・リンさんを「女ジミヘン」などと書いていた人がいた。たしかに、下の動画などを見ると、カッコいねぇ。
Barbara Lynn – What’d I say

しかし、「女ジミヘン」と呼ぶには、ギターのソロがもう少し派手だといいのだけど…などと考えていると、ああ、あの人こそ真の「女ジミヘン」かも知れないぞ、などと思えて来た。
sister-rosetta-tharpe

Sister Rosetta Tharpe - Up Above My Head


1:30ごろからのソロは、ディストーションもかかっていてなかなかのドライブ感。戦前にゴスペルを歌ってデビューしておりますが、その音楽に影響を受けたとされる初期のロックンローラーは、チェック・ベリー、リトル・リチャード、カール・パーキンス、エルビス・プレスリー、ジェリー・リー・ルイスなどの名前が連なっております。

名前の前にシスターとついていますから、敬虔なキリスト教の信者なんでしょうけど、この音楽のノリはブルースやロックですね。

Sister Rosetta Tharpe - That's All
これなんかはブルースですね。歌ってるのはゴスペルの歌詞っぽいですが。

女性のギタリストというのは、戦前ではかなり珍しかったはずですが、果たして、彼女は誰からギターを習ったのでしょうか。両親は共にゴスペルの歌い手で6歳の頃から、南部のバプティスト系の教会の巡回説教団のバンドに加わって、早くからその才能を周りから認められたということです。
さて、彼女に影響を与えたギタリストについて調べてみたのですが、分からずじまい。しかし、ゴスペルだけでなくジャズやブルースの要素も含んだ彼女の歌と演奏は時代を先取りしてたことは確かです。

昨年12月にロックンロール・ミュージアムの殿堂入りを果たしていますが、そんな彼女に付けられたあだ名は「ロックのゴッドマザー」だそうです。

トリビュート盤は結構好きで買ったりする。
自分の好きな昔のミュージシャンの歌を、最近の人たちがカバーしているわけだけど、例えば、初期のカントリー・ミュージシャン、ジミー・ロジャースのトリビュート盤は(最初の一曲だけを除けば)良いカバーが軒並みであります。ミシシッピー・シークスのトリビュート盤も好きです。

Blind Willie Johnson
さて、<唸り念仏の聖者>と密かに私が呼んでいる、ブラインド・ウィリー・ジョンソンのトリビュート盤を最近、見つけました(2016年)。で、買おうかどうか迷っているのです。Youtubeには、すでに全曲アップロードされているのだけど、どうも感心しない曲もいくつかあるのです。興味のある方は<こちら>です。

トム・ウェイツのカバーは2曲収録されていますが、(ファンの方には済まないけど、)どうも僕は曲のアレンジが好きになれない。残念であります。この人の場合、当たり外れが多い様な...。

意外だったのは、この人のカバーがすごく素敵だったことかな。
そのミュージシャンとは、あのシネード・オコナー。色々とトラブルの多かった人で、感情の起伏が激しくて、穏やかさと攻撃性の二つの相反する面があった人だ。ヤジが気に入らないと観客に罵声を浴びせて引っ込んでしまったり、人前で法王の写真を破いて物議を醸したりと彼女のスキャンダルには枚挙がいとわない。
最近はそれでもかなり落ち着いて来たようですが、アイリッシュのミュージシャンをバックに力強く歌い込む彼女の歌はソウルフルで、改めて歌手としての力量を感じさせられました。
Sinead O'Connor− Trouble Soon Be Over

厳格なカソリックの家庭に生まれ、母親への反目から荒んだ十代を送ったというシネードですが、最近ではかなり落ち着いて来たそうで、ある宗教団体の女性司祭としての顔も持っているとか。
ちょうど、荒んだ生活を送っていたブルースマンが、ある時から改心してゴスペルを歌い出すのと似ているのかな。その彼女が歌うのは<Trouble Soon Be Over(救いはすぐそこに)>とは出来過ぎですか? でも、色々な悩みが有ったからこそ、こうして心のこもったゴスペルが歌えるんじゃないかしらん。

とにかく、このCDの場合、デレク・トラックやルーサー・ディキンソンの様な比較的若手の方が良い演奏をしてるような気がします。

「…いったいどうして人々はあんなものを聞きたがるのかしらね。馬の尾っぽの毛で、死んだ家畜の腸をこするんじゃないの」 (W.Somerset Maugham の『女ごころ』から)

CZARDAS, Desafiando toda tecnica

この演者が少しも楽譜が読めないとしても少しも驚きではありません。ヴァイオリンの持ち方からして、明らかに正規の音楽教育を受けていないことが分かります。聞いていると何回かミスタッチも有るようですが、このみすぼらしいなりの男が路上で奏でるジプシーの調べには、技巧だけでは説明出来ない音楽の生命みたいなものが迸っているような気がします。
ライブでの演奏ではこういうことが良くあります。

それまで、ブルースは「悪魔の歌」であると信じて嫌っていた青年サン・ハウスが、ある時、誰かがパーティか何かで弾いていたボトルネックのブルースにすっかり魂を奪われてしまい、ついには自分自身がブルースの演者になってしまったという逸話を思い出しました。

Klezmer-front
さて、最近、買ったカレツマ―音楽のCDの表には上の様な写真が使われていました。
よく見ると、一弦さんなんだけど、ガット弦でしょうね(昔、<一弦のミュージシャン>について書いたことが有ります)。彼の表情やボロボロの服装など目を見張らせる何かが有ります。この一本弦のバイオリンでどんな音楽を弾いていたのでしょうか。

話は少しずれますが、ガット弦(腸弦)はどうやって作るのでしょうか。
ということで、こんな動画を見つけました。
Fratelli Toro, cordai. Talenti e Territori
イタリア語なので話の内容は分かりませんが、肉と香草を腸に詰めればソーセージになるんだよねぇ。 美味しいソーセージを食べたくなった私であります。

錆と聞くと、何となくマイナスな印象を持ちます。
でも、以前、どこかで「錆びることで鉄は安定した状態に戻るのだ」と書かれているのを読んで、何となくホッとした気持ちになりました。「鉄も人も同じだな」というか、「鉄もやはり(酸化鉄という状態の)涅槃に戻るのね」という安堵みたいなものです。
何でも我々が日頃使ってる鉄は、かなり不自然な形で存在している、つまり、かなりの無理や我慢をして鉄状態になっているらしいです。
人の体もかなり無理をして人体として形成され機能しているのでしょう。生きるという我慢からも解放された人体は水や有機物などに分かれ、その内、無機物へと分解しされて行きます。意識という電磁場の産物も死と共に拡散して行くのでしょう。これは波立たぬ水よりも静謐です。

Will The Circle Be Unbroken

先週、私の義父が亡くなりました。大往生だったと思います。

死は誰にも訪れるのは確実ですが、残念なことに、死んだらどうなるという体験を語ることは出来ません。ただ、残された者たちは、あの世が有るにせよ何にせよ、死者が錆の様に安らかであれと祈るのみです。

でも、やはり寂しいですね。

この二人が友だちだったというのは、面白い、楽しいねぇ。
全く違う音楽(ブルース)なのにさ。

誰って、ロバート・ピート・ウィリアムス(ピート)とスリム・ハーポの二人のことであります。
とにかく、ブルースという音楽の一つのジャンルは、実は簡単に括り切れないほど多様でありますが、この二人の音楽はかなり違う。

ロバート・ピート・ウィリアムス<Robert Pete Williams>は、荒削りでパワフル。歌詞はシンプルですが、実際の生活の出来事から採られています。色っぽい歌は少ないです。個性的という形容詞が似合うブルースマンですが、この彼が40歳半ばで早世したスリムにこんな歌を書いてます。
Goodbye Slim Harpo - Robert Pete Williams

シュールな歌だ、というのが僕の始めて聞いた時の感想でした。メロディが掴めないというか、これは語りか歌なのか。しかし、3分も(我慢して?)聞いてると何だかか、ジワッっと来るものが有るんです。
彼のクセが強いので、ブルースを聞く人でも好きな人と嫌いな人に分かれましょう。顔もガッツ石松系でありまして、ボクシング好きな僕には憎めない感じの人です。そういえば、このロバート・ピート・ウィリアムスのことについては昔書いたことがありますね<朝起きて>。

slim harpo
で、スリム・ハーポ(写真上)の音楽はと言えば、軽妙でちょっとコミカル。少し助平な歌詞だったりする。音楽的には洗練されていて、幾つかヒットもものにしています。ストーンズも彼の歌を取り上げられていました。
Slim Harpo Baby, Scratch My Back

この曲は1966年のビルボードのR&B部門で#1になった曲。
可愛いネェちゃんに「ちょっと、背中、掻いてね」なんて頼んで、彼女が手を伸ばして来たら、その手をむんずと摑まえて、「俺様は王様蜂であるぞよ、針を刺しちゃうよん」なんて、今じゃ訴えられますよね。
賢い女の子は、「自分で掻き掻きしてね」と孫の手を渡したりするのです。孫の手によって救われた女性は今まで何人いたのでしょう? 音楽的には洗練されていて、ヒットも幾つか出しておりやす。ストーンズも彼の歌を取り上げていました。


ピートとスリム、二人はどこで出会って友だちとなったのか? 
ネットで調べてみましたが、あまりよくわからない。


歳はスリムの方が10歳ほど若い。だから、スリムが物心ついた時には、すでにピート・ウィリアムスは畑で綿摘みなどの労働を始めていたはず。そうなんです、彼は学校に通ったことが無いのです。そして、40歳ごろに酒場の喧嘩に巻き込まれ、正当防衛を主張したけれど刑務所に、という昔のブルースマンらしい経歴。「第二のレッドベリー」を探していた白人の好事家に見いだされ、早めに出所が許され、レコードを出したのは50歳を過ぎてから。

スリムの方は結構、上手に世間を渡っていたようで、自営業も手掛けており、地元ではパートタイムのミュージシャンとして人気もありました。服装(なり)もパリッとしてるので、もてていても不思議はない。やはり、田舎のおやっさん系のピートとは感じが違う。刑務所も調べた限りではお世話になっていません。

結局、月並みな結論なんですが、1960年半ばに「ブルース、フォークフェスティバル」などで何回か一緒になったのでしょう。彼らの出生地(ルイジアナ州)はかなり近くて隣村です。だから、同郷よしみということですぐに仲良くなったことは考えられます。「あそこの池でナマズつたんか、アンタも!」なんて感じで話が弾んだかも。
Pete Williams

おまけの動画:
ROBERT PETE WILLIAMS ~ Freight Train Blues

散歩の途中で佇んでいる時に、小鳥が飛んで来て、肩などに何気なく止まってくれないだろうか。

いやいや、小鳥だけでなく、小動物なども出て来て一緒に歩いたり佇んでくれたならばうれしい限りだ。キツネでも亀でもスカンクでも蛇でも女性でも。

さて、庭を歩いていると小鳥も近づいて来て彼の説教を聞いたという逸話が残るアッシジのフランチェスコという聖人がいます。僕は宗教深くないのですが、最近は彼の様に動物が警戒せずに近寄ってくるほど、悠揚で自然(じねん)な雰囲気を身に着けたいと思うのであります。

下は聖フランチェスカがオオカミにお話をしてる、の絵。現代で言う「お手」ですね。
Francis_wolf

このアッシジのフランチェスコという聖人を映画化した「ブラザーサン・シスタームーン(1972年)」という映画をご存じでしょうか。ドノバンが主題歌を歌っておりました。

Brother Sun, Sister Moon
裕福な家庭を出て、自然の中で貧しくとも自由な雰囲気のもとで信仰生活を送るフランチェスコの生きざまは、当時のヒッピーに共感されたに違いない。僕も初めてこの映画を見た時は、その美しい自然の風景に心打たれました。

閑話休題。
話は少し変わりますが、今回、紹介するのはイタリアのシンガーソングライター、Angelo Branduardi(アンジェロ・ブランデュアルディ)。
幼い頃からクラッシック音楽の教育を受け、バイオリンの他にも色々な楽器を演奏するマルチプレーヤーでもあります。ミラノ郊外の小さな町に生まれた彼は、早くから音楽に興味を示し、18歳ぐらいから演奏活動を始めたそうですが、特に中世音楽に興味があったとか。

少し前に「スカボローフェア」という曲について調べていたのですが、その時にたまたま見つけた人です。イタリア語で歌っておりましたが、彼の中世音楽風のアレンジが気に入りました。

ヨーロッパでは広く認められてるようですが、アメリカや日本ではあまり知られていないようですね。写真を見ても何となく芸術家肌で内省的といった感じですが、何だか誠実さを感じさせる風貌。
Angelo Branduardi

その彼が「アッシジのフランチェスコ」をテーマにしたアルバムを出しているのです。
Angelo Branduardi - Salmo

日本語で「讃美歌」という題名の曲ですが、昔に観た「ブラザーサン・シスタームーン」を思い出させます。中世の教会の讃美歌(?)で始まりますが、それから何となく暖か味のある彼の歌が始まります。ピッコロの音でしょうか、小鳥のさえずりにも聞こえますね。

グーグルの翻訳を使いますと、最初に「昼も夜も私はあなたを探しておりました。さあ、今の私を見てください、そしてお救いください、誰ももう私を助けてはくれません」という歌詞が出て来ます。
これはフランチェスカが人生の目的を見失って、野をさまよってる時の歌でしょうか。伝説では打ち捨てられた粗末な教会を見つけ、その屋内の壁に描かれていたキリストの像に深い感銘を受けたとか。

このアルバムに入っていませんが、これもフランチェスコのことを題材にしたアンジェロの歌です。
Francesco Angelo Branduardi

僕の住んでいる街には、戦前のジャズなどを専ら流しているラジオ局がある。

先日、ディズニーの「ピノキオ」でジミー・クリケットという名前のコオロギが歌う主題歌「星に願いを」を歌っていた歌手が、戦前はウクレレ弾きとしてジャズシーンなどで活躍していた、ということをラジオの番組から知ったのです。
僕の住んでいる街には、戦前のジャズなどを専ら流しているラジオ局がある。

Cliff Edward


先日、ディズニーの「ピノキオ」でジミー・クリケットという名前のコオロギが歌う主題歌「星に願いを」を歌っていた歌手が、戦前はウクレレ弾きとしてジャズシーンなどで活躍していた、ということをラジオの番組から知ったのです。

When You Wish Upon A Star‐Cliff Edwards

大変有名な曲なので知っる人が多いでしょうね。歌ってるクリフ・エドワードさん、よく見るとコオロギの様なお顔...。秋のコオロギの鳴声のように、良い声してますね。

「雨に歌えば」は色々な歌い手が吹き込んでますが、彼にとって初のヒットでもあり、一躍彼の名前を有名にしたようです。
Singin' In The Rain 1929 Ukulele Ike
これ以後、ミュージシャンと声優の仕事の二つをこなし始めます。声優として登場した映画は38本ほどにあるとか。

次の曲では、ウクレレのアイクの演奏がはっきり聞けます。別名、「ウクレレのアイク<Ukulele Ike」」。
Stack O' Lee Blues - Cliff Edwards)

ほのぼのとした感じの戦前のジャズ音楽。久しぶりに「スタッカ・リー」を聞きましたが、彼のこの歌と演奏はすごく雰囲気が有って聞き入ってしまいます。時々、聞こえる後ろのクラリネットも良いでしょう?

14歳ごろからセントルイスなどで歌い始めた彼は、ウクレレも独学だったそうです。
しかし、この当時のエンターテイナーというのは、最後には素寒貧になってしまうことが多かったらしく、彼も例外では有りません。

薬や酒などの厄介の他、三度の結婚で別れた女房達に慰謝料を支払わなければならないなど、金銭的にも余裕のない生活を送っていたようで、仕事にあぶれ始めた晩年は、ディズニーのスタジオ出向いては声優の仕事が無いか尋ね廻る様な暮らしぶりだったようです。冬に向かうコオロギの様に彼の名前も次第に忘れられて行きました。

1971年に無一文で寂しくこの世を去りましたが、死後31年経った2002年に、グラミー賞が彼の声優としての功績に対して“Hall of Fame”を与えています。


締めっぽくなりましたが、最後は彼の温かみのある歌声を聞いてお仕舞にしましょう。
I'll See You In My Dreams (1930)

それでは、皆さま、素敵な夢であいませう〜!

昔住んでいた家では、七面鳥の家族が良く庭を横切っているのを目撃しましたが、こいつ等を見たのは初めて。
turkey_vulture_1

つがいで睦まじくオポッサムの死骸をついばんでおりました。「やっぱり、げっ歯類は格別ね」とか「たまにはお前の羽料理(人間で言う手料理のこと)でも食わせろよ」とか、食事中の語り合いをしていたかな。車で近くに寄せて、携帯で写真を撮りましたが、残念ながら映りが良くなかったのでネットで探した写真を使いました。

和名では<ヒメコンドル>ともっともな名前がついておりますが、英語ではターキー・バルチャーと呼ばれています。つまり、七面鳥に似た猛禽類ということであります。
確かに顔は七面鳥に似ておりますね。しかし、七面鳥はサンクスギビングに食卓に供される心優しい鳥ですが、一方、ターキー・バルチャー達は猛禽類であります。やはり、ちょっと獰猛そうな顔であります。赤ら顔で醜く、余り美味しくなさそう。死肉を食すせいか色々な病原菌も持っているとかで、まあ、喰えない奴らあります。

しかし、驚くことにこの鳥は優れた嗅覚を持っているようで、一説には10マイル(16キロ)離れた処に有る動物の死骸を嗅ぎ付けることが出来るそうです。

つがいの鳥たちは、オポッサムの亡骸をついばみ続けておりましたが、時々、頭を挙げてこちらを見ては「変な奴だね」と私を警戒するのでありました。こいつらを醜いと書きましたが、彼らも僕を見て「醜い動物だね」と思ったことでしょう。お互い様でしたね、醜いのは。

しばらく呆けて眺めておりましたが、後ろから車が来たために発車しました。車の音に驚いて彼らは翼を広げて飛び去ったわけですが、何と広げた翼は、150センチ近くはあったでしょう。食事の邪魔をして悪かったなぁ〜、コンドル君たち。


ああ、ヒメ<コンドルは飛んで行く>。

太鼓が入る辺りが素敵ですね。やはり、ドラムのビートは心臓に呼応するのであります。

おまけ:
常田富士男 - 私のビートルズ
ハッシッシと笑うハゲタカの歌ですね。

Turkey_Vulture2

僕が高校の頃、千葉市に有ったライブハウス「マザース」で、ウシャコダというバンドを聞きに行ったのです。彼らは皆、千葉の出身でちょっとコミカルなバンドでしたが、演奏は当時の僕を仰天させるほど上手でした。(ウシャコダについては<キン作かっぽれ>を聞いてね。)

そのバンドのボーカリストの藤井康一がウクレレ弾きながら<My Blue Heaven>を歌ってる動画を見つけたので、懐かしくて聞いてしまいました。

私の青空
https://youtu.be/bIhNdokaX64


さて、この後、どちらに振ろうか迷っている私であります。

ウクレレ・アイクと呼ばれたクリフ・エドワードのことを書こうか…このまま<My Blue Heaven>で続けようか…。

でも、今日は寒いので青空で行こう!

あほ空 二村定一 天野喜久代
「な、なんや、のっけから阿保空とは、どついたるぞ!」と怒らんでください関西の方々。これは戦前の綴りで有りやんす。そう、青空ですよ、読み方は。右から左に読んでくださいよ。
ところで、当時の大阪市では「あほ」をどうやって書いていたのでしょうか...。ああ、そうか昔の人は漢字に強いから「阿呆」って書いてたのかも。
ところで、なんで二村定一はこんなに鼻が長かったんでしょうか。

そして、大瀧詠一さんは、青空ではなく天竺という言葉を使ってます。
私の天竺
彼らしく、Heavenを天竺と訳したんですね。珍しく英語で歌っております。途中で<峠の我が家>のメロディが入って来て、遊びがあります。

この日本語のタイトルは<私の青空>。エノケンこと榎本健一さんの歌で有名なんでしょうけど、最後は私の趣味で、松村詩子の歌で終わらせて頂きますよ。いいでしょう?
松島詩子
私の青空 松島詩子
こんな可愛らしい声のお嫁さんが家で待っていたら、寄り道せずに帰りましょう。
1938年の録音ですから、まだ少しは日本の世情にも余裕があった頃なんでしょうか。
私は、このノホホンとした雰囲気が好きなんどすぇ。

このページのトップヘ