ブルブル ブルース (Blues)

荻哲の音楽日記−Blues、世界の音楽、よもやま話など

どうも、更新が滞っておりますが、何か小文でも書いて入れておこうかと思い、書き下ろししてます。

僕の住んでいる町にも軽い食事を出すバーなどが幾つか有りまして、週に一度、ステージをオープンにして演奏したい人たちに開放したりしております。その内、僕も演奏しようと考えてます。

さて、この間、クラプトン君の「愛しのレイラ」のアンプラグ・バージョンを演奏していた人がいて、聞いていてこんなことを考えてました。

若い頃、僕は余りこの歌を好きでなかった…というか、うるさいと思っていた頃が有りまして、余り真面目に聞いていなかったわけですが、クラプトン君がアンプラグドで演奏した時には懐かしさもあり、歌詞なども調べてみました。

考えてみれば、この曲は男の生理を見事に歌い上げてる気がします。
愛しい女性に対して、色々と「始めはね、貴女を慰めようとしてたんだけど、いつの間にか愛しちゃったのよ!」と口説き始め、ますます募る恋心。
「愛しのレイラ」というロマンティックな題名がついてますが、「愛しの…」のなんて穏やかなもんじゃねぇ。嗚呼、劣情がますます競り上がり、辛抱の限界、珍棒の玄界灘! 
そこら辺はリードのソロで良く表現されてます。激しいですねぇ。怒張する怒りが天を突く様だ!

しかし、しばらくすると突然穏やかなメロディのピアノのソロが…。
ううん、なるほど、思いを果たしてすっきりしたのね。解放感…ああ良かった...一服付けるかという感じなんだろうねぇ。「ささ、近こう寄れ、レイラ嬢。余は満足じゃ」という感じであります。
ここらへんで、私も若き日々の劣情との葛藤を思い出すわけです。
Eric-Clapton_1975

で、齢を重ねると、こう、下の様に落ち着いてくるわけですね。
どちらかというと、二人で静かに肌を寄せ合いう感じか。激しい思いはない代わりに、静かな熟年の情念を感じます。お前百まで、わしゃ九十九まで…というと大袈裟か。

Layla (Live)

そう、基本的に恋というのは悲しいものかもしれません。二人ともいつまでも生きていられるわけじゃなし、まだ心臓が丈夫なうちに束の間の二人の時間を慈しみましょう、ということだね。

僕がこの歌を初めて聞いたのは、このロバート・クラムのドキュメンタリーだった(と思います)。

このシニカルな変人っぽいロバート・クラムが、「最近の音楽は、(この歌が持つような)悲劇に対する表現力をすでに失ってしまっている」と言い放った後、ベッドの上に腰を掛けながら、虚ろな表情で虚空を見つめます。メガネの奥にあるガラス玉の様な目が印象的です。
Last kind word blues by Geechie Wiley

歌はいくつかの歌詞の寄せ集めのようですが、ちょっと意訳してみます。
確かに、この不思議に美しいメロディの歌には悲しさ、フラストレーション、やるせない気持ちなどの色々な感情が溢れています。

<お父さんが、最後に優し気に語った言葉は、「もし、今度のドイツで始まった戦争(第一次世界大戦)で俺が病死したら、体はお前の母のところに運ぶように頼むよ。
もし俺が戦死したら埋めないでハゲワシどもに全部喰わせてやれ。もし、俺があの裕福な農家の畑を横切って帰って来た時は、小麦粉は持って来れなくても、コーンミールぐらいは持って帰れるだろう。
停車場に行ったけど、もう夜空に星が輝き始めている。ああ、汽車が待っていても来ないのなら、歩いて行くしかなさそうだわ。
お母さんが亡くなる前に言ったのは、「私の大切な娘よ、どうか身を慎んで生きてね」だった。
ミシシッピ河は幅広くて深いけど、ここに立って私の子供を彼岸から見ることも出来るわね。私の傍から離れたことが無い子だけど、私が深い海を渡ってしまったらもう見ることも出来なくなるわね>


この歌い手はGeeshie Wiley(ギーシー、またはジーシー ワイリー)という名前の女性で、残念ながら余り資料が残されていません。しかし、彼女はこの曲だけでブルースの歴史にしっかりと名前を刻んだミュージシャンじゃないかな。1908年にルイジアナ州に生まれたという説が有力です。
1930年にElvie Thomas(エルヴィー・トーマス)という女性の歌い手と共にこの「Last Kind Word Blues」と「Skinny Leg Blues」をパラマウントレコードで録音したそうです。


翌年1931年にも「Pick Poor Robin Clean」と「Eagles on a Half」の2曲を録音したわけですが、その後のギーシーの消息は知られていません。後に演奏生活を辞めて、宗教活動に入り教会などで歌っていたという話もありますが。
LV Thomas

ギーシーの写真は見つかっていませんが、上の写真は相方であったElvie Thomasのものだと言われています。長くて細い指が印象的です。相方のギーシーもこんな感じの人だったのでしょうか。

実は昔、観た映画の筋を忘れてしまう傾向が有る私であります。
すらりと筋を思い出す映画というのは、かなりのめって観た映画だけなんじゃないかしら(「のめって」とは「のめり込むようにして」の意味であります)。

でも、昔、中学ぐらいにテレビで観たこの映画の場面だけは鮮明に覚えておりまして、久しぶりに観ても、なんだか薄気味が悪い。
DUELING BANJOS ~ Guitar & Banjo Song ~ Deliverance
https://youtu.be/gsC4kf6x_Q0


始めてみた時に、この少年(映画の中では先天的障害者だと言われていますが)のバンジョーの見事さには驚いたわけです。そして、直後にはそっぽを向いてしまう彼の態度にも腑に落ちない思いをしました。でも、映画の筋は全然覚えていなくて、調べたらミステリー映画なんだとさ。バート・レイノルズが出演しています。

こんな山奥に住んでいる人は、あまり外部の人々と付き合うことなく、よそ者を嫌う傾向が有るようです。そんな山の人々の排他的な雰囲気が良く表れているシーンです。
このバンジョー弾きの兄ちゃんは当時16歳で、名前はビリー・レッドン、肩書は俳優だそうですが、ジョージア北部の地元ではコックや皿洗いの仕事をして生計を立てているそうです。下は最近のビリーさん。
billy

山の生活ってどんなだろう? 
僕自身もそんな環境で暮らしたことは無いけれど、タウンズ・バン・ザントというミュージシャンのドキュメンタリーで、<Heartworn Highways>という映画が有って、下の冒頭のシーンからも山の生活が垣間見れます。
寒い朝でありましょう。しかし、蛇口からは冷たい水だけで温水は出ない。冷蔵庫もかなりの年代物です。ええ、朝からバーボン?を飲むんですかね。
タウンズ・バン・ザントという人は変わり者で、非常に裕福な家庭に生まれているけれども、家と故郷を離れてこんな山奥に隠棲していた人です。彼の作品の中で、一番有名な曲は、ウィリー・ネルソンがカバーした<Poncho and Lifty>でしょう。この動画では後ろで歌を聞いている黒人の老人の表情が良いですね。


Heartworn Highwaysの冒頭シーン


人気が無い様な山の中にも音楽は流れています。洗練された音楽では有りませんが、彼らの曽祖父の時代から続く音楽です。
下のブルーマウンテインの音を聞いていると、時々、ウッディ・ガスリーの歌に似たメロディが流れてきたりします。この素朴な山の歌がアメリカの50年代のフォークソングにも少なからず入り込んでいるのでしょうね。
Ballads and Songs of the Blue Ridge Mountains
今もこんな素朴な音楽が流れているのでしょうか? かの山では。

最近、この夫婦のデュオをたまにYoutubeで見ている。

もちろん、お目当てはカミさんの方で彼女の美貌に見とれたりしている俺です。
Varerie and Ben

が、何回か彼らの演奏動画を見てるとこの「ぴんから兄弟のお兄さん」的、というか「サイモンとガーファンクルのガーちゃん」的なベンさんの味も何だか分かってくるような気がする。

下の動画でも、決して出しゃばらずリズムを刻み、ほんのりと温いバックボーカルを付けている。ちなみに、奥さんの方はヴァレリーで旦那の方はベンさん。

Fishin' Blues - the Piedmont Blūz Acoustic Duo
歌詞では、「釣りに行くと、カミさんの方がもっと魚を取るんだろう」という一節が出て来る。カミさんの方がやりてなんだね。まあ、夫婦(めおと)でオトトの歌というわけ。

時々、美人さんに昼行燈の様な旦那がコバンザメの様にくっついてることが有る。
ある友人曰く、「ダメ風の男にしっかり者のいい女が付くんだよね」だとか。彼に拠れば、「素敵な女性も、家では自然体の男の方と居る方が寛ぐんだろうな」との解説です。なるほど、誰もが認める才色兼備の女性も、お家では<美女>のガードを外して、人目を気にせずのんびりしたいわけだね。そんな時に、さりげなく冷えた麦茶と水ようかんを一緒に持って来るのがこの手の旦那かも知れない。タイミングを図ったかのように縁側の風鈴がチリ〜ンとなって、風情を盛り上げるのだ、ウッフン。

友人の説を聞きながら、「そうか、俺ももっとだらしない方がもてるのだな」と勘違いし、ますますだらしなくなりましたが、鳥が卵から孵っても、俺はモテませんです。

次の動画ではミシシッピ・ジョンの住んでた家の前で録音しています。
小股の切れ上がった色っぽい脚のヴァレリーさんであります。
蝉しぐれの中、途中で風の音がマイクに入って来てるけど、アラン・ローマックスなどが採集した野外録音もこんな感じで録音されたんだろうか。
西瓜が美味しい季節です。

That's No Way to Get Along

旦那のウォッシュ―ボードですが、この打楽器に大小が有るとは知りませんでした。聞いているうちに蝉しぐれが古いレコードの雑音に聞こえて来ます。
最後に優し気に夫に微笑みかけるヴァレリーさんであります。

色々と書きましたが、本当に素敵なカップルです! この夫婦デュオが僕の家の近くにコンサートをするんだったら、観に行こうかなと思う次第です。

おまけ動画:
Canned Heat Blues - Valerie and Ben Turner
あまり上手とは言えないがベンさん、ハーモニカも吹くのです。

朝早く車の少ないハイウェイで車を走らせている時、ラジヲからこんな曲。

もちろん、お馴染みのメロディなんだけど、何だか凄く良い感じなんだな。何だかぴったりとツボに嵌ったというか。ラジヲは曲の題名も歌っていた歌手の名前も告げずに次の歌を掛け始めた。
黒人の女性なんだけど、声がハスキーだったな。気になるなあ、もう一度聞きたいなあ…と車を走らせながら切望する僕なんだが…。
御用を済ませて、家に帰りインターネット様で調べた。歌詞の内容からか、男性歌手のものが圧倒的に多いが、女性の歌手も幾人か見当たる。
有名なところでは、フランク・シナトラか…ふむふむ。オリジナルは、フレッド・アステアさんなのだそうな。1936年のオスカー賞に輝いておりますね。
The Way You Look Tonight - Fred Astaire

ああ、そうか、ラジヲから流れて来たのはこの人の歌ですね。
Billie Holiday with Teddy Wilson & his Orchestra

ピアニストはテディ・ウィルソン。
歌詞はこんな感じ。
<とても嫌な気分の一日、世界中が私に冷たいみたい
でもね、あなたのことをことを想えば元気が出るwa、
そして、今宵のあなたはとても素敵yo>

他愛のない恋の歌なんだけど、忙しくなりそうで少し不安な一日の朝にこんな歌を聞いてちょっと爽やかな気分になるのも良し。
ラジヲさんや、アリガトウ。

billy-holliday-2

1.墓場で歌う
小泉八雲の耳なし芳一の話には、「芳一という琵琶の名手が、壇ノ浦で滅ぼされた平家の怨念に取り憑かれ、夜の墓場で平家物語を弾いて語る」という場面が出て来る。

miminasi
僕は子供の時、この話が恐ろしくて、初めて話を聞いた夜、便所に行くのが怖かった思い出が有ります。多分、兄か母に便所の傍に居てくれるように頼んだのだと思います。当時のうす暗くて、汲み取り式の穴がぽっかりと開いていたあの場所は、トイレではなく「便所」とか「厠」という呼び名がふさわしい。
余計な話ですが、芳一さんのあの部分にはどんな呪文が書かれたんでしょう。
「摩羅 不思議」ですかね?

さて、アメリカでも墓場でギターを練習していたギタリストがいました。
この話は前にこんな風に紹介しましたね <正彦のギター上達法>。
あの有名なロバート・ジョンソンです。彼は平家の亡霊ではなく悪魔に関わっていたそうですがね。
考えてみれば、夜練をする時に家でやると近所迷惑です。近所の人が怒鳴り込むぐらいなら良いけれど、中にはナイフを持ち出す野郎も居るでしょう。ひ弱なロバジョンでは歯が立ちません。じゃあ、どこか通りや公園で…となると警察官が喜んでやって来て、刑務所などに放り込み、挙句はムショでタコ部屋並みの労働をさせられてしまう…。
と、なると夜の墓場ぐらいしかギターを練習する所はなかったのかもなあ。鬼気として練習をするロバジョンの周りには音楽を聞こうと亡者達が集まったかもしれません。生きながらブルースに葬られ、あの世でもブルースか…?。

2.八木重吉とチャーリー・パットン
下は戦前の詩人、八木重吉の詩。
<太陽をひとつふところへいれていたい
てのひらへのせてみたり
ころがしてみたり
腹がたったら投げつけたりしたい
まるくなって あかくなって落ちてゆくのをみていたら
太陽がひとつほしくなった>

で、この詩を読んでいて思い出したのは、チャーリー・パットンの次の曲。
Charlie Patton - Shake it and Break it

<降ってもしても良いですよ、壊したきゃどうぞ、壁にかけても良いですよ。窓から放り出して、落ちる前にキャッチ。僕のジェリーロールを、落としちゃだめよ。>
ジェリー・ロールは隠語で何のことらしいですが、まあ何にしてもナンセンスな歌詞ですね。

3.「野ざらし」とグレイトフル・デッド
アメリカのバンド、の名前は日本語に訳すと、「感謝する亡者」らしい。バンドリーダーのジェリー・ガルシアが辞書から見つけ出した言葉だという。以下はウィキペディアからの抜粋。
<世界中に残っている「彷徨える魂を成仏させる旅人の寓話」に登場する「感謝する死者(Grateful Dead)」という意味で、「負債を抱えたまま死んだため埋葬されない死者のためにお金を出してやった旅人が、以後不思議な幸運に見舞われるようになり、それはその死者に感謝されたおかげだと気づいた。>
これって、落語の「野ざらし」と同じじゃない?
落語「野ざらし」
小三治の話で選んでみました。

因みに、落語の「死神」はグリム童話から話の筋が取られているとか。

大きな穴が開いたこのギターはかなり有名みたいです。
willie-trigger_0-600x0-c-default
カントリーの大御所のウィリー・ネルソンが愛用しているギターで、今まで一万回以上のステージやレコーディングを彼と共にしているのだとか。名前はトリガー<引き金>だす。

こんな動画がありました。
登場するのはオハイオ州にあるステュワート・マックに勤めるマーク・アールワインという職人さん。ステュワート・マックは、様々なギターのパーツや工具などを幅広く取り扱っている楽器工作店<https://www.stewmac.com>。僕も時々、オンラインでパーツをステュマックから買ったりします。

このトリガーは一年に一度、メンテに出されるようです。
こんな動画を見つけましたが、興味深く観ました。
Repairing Willie Nelson's Trigger

最初の部分で、このトリガーがどの様にして作られたかを紹介しています。
かいつまんで書くと、ウィリーは元々ボールドウィンというギターを使っていたのですが、ある時、コンサートの後で大酒を飲んでうっかりその愛用のギターを踏みつけて壊してしまったそうです。
早速、修理に出しましたが、ネックも折れボディも大破したギターは復元不可能との返事。代わりに、職人さんが、ブリッジに内蔵されたピックアップを取り外して、マーチンのN-20というクラッシックギターに取り付けることが出来るけれど、という提案を採ることにしたそうです。

ギターのサウンドホールの下にある大きな穴は、ウィリーの指が当たる部分で、長年の使用でボード擦れ落ちてしまったそうです。穴の回りのごみを取った後、ワニスを塗って保護しておりますね。そして、ボディの割れなども非常に丁寧に直しております。
そして、よく見ると色々な人のサインがボディに書かれていますね。

この修理の動画はパート2が有ります。興味のある方はご覧ください。
Repairing Willie Nelson's Trigger Part 2
面白いと思ったのは、ウィリーがギターの指板やフレットを張り替えさせない、という部分です。目で見てももかなり擦り減っるるのが分かりますが、それによるビビりや音のカスレを好んでいるのだとか。爺の頑固さでしょうね。

最後に彼の歌でも聞いてください。
Willie Nelson - Blue Eyes Crying in the Rain

歌詞を聞くと、切ないですねぇ。僕の持っていた<Red Headed Stranger>というアルバムに入っていた。このトロンとした甘いギターの音色はトリガー君でしょうか。将来、トリガー君は間違いなく何処かの博物館に寄贈されるのでありましょう。

さて、ウィリー・ネルソンというと、マリファナを長年常用していることで有名で、今までに大麻不法所持で逮捕されております。でも最近は彼の住んでいる州(どこだか僕は知らない)では解禁になったのか、彼が長年好んでいる大麻のブレンドを、売り出そうか、などと話しているそうです。ま、ジョークでしょうけどね。

世の中には、マニアックなタイプの少年がいる。ある一つのことを掘り下げて探り、物知りの大人さえも驚かしてしまうタイプの少年である。妙に老成していたりする場合もあり、周りの友達と話や興味が合わないので孤独だったり、時には変人扱いされたりもする。

Young Ry Cooder

ライランド君の場合、幼い時に片目の視力を失ってしまった。隻眼のせいでスポーツが得意でないから家に閉じこもって自分の趣味的な世界、古いブルース、フォークやジャズなどの音楽を聞き漁ったりしたのだろう。バンジョーやギターはかなり小さい頃から手にしていたと言われている。
ライランド少年はカルフォルニアのロサンジェルスの出身だが、その対角線上にあるボストンでもアラン・ウィルソンという名前のマニアックな少年がギターの腕を磨いていた。彼も極度の近視でスポーツは得意でなかったと思われる。

ライランド君の学校の成績が良かったかどうかは分からないが、上のアラン君もライランド君も自分の好きな音楽の情報を拾い集めるに図書館に通ったのだろうと想像する。

下はライランドが17歳の時のステージの録音らしい。
彼の話し方を聞くと、いかにも17歳の青少年という感じだ。「お爺さんの古時計」を弾き始める前に、「これは古い曲なんだけど、多分、南北戦争の頃まで遡るんじゃないかな...」と解説したりする。だが、一旦弾き始めると、「栴檀(せんだん)は双葉より芳し」と言うけれど、やはり将来ライ・クーダーになる男だ。

RY COODER, 1964 at the ASH GROVE
一曲目を無事終えると、次に何を弾こうかと迷いだすが、結局ジョセフ・スペンスの曲を弾くことにした模様だ。
「多分、ジョセフ・スペンスの名前を聞いたことが無い人もいるかと思うけど、彼はバハマのレンガ職人で自分の楽しみのためにギターを弾いているんだ。けど、ちょっと風変わりな音なんだよね。ちょうどモーツアルトのメニュエットとカントリーが交じり合ったような音楽で…」とボソボソと説明を試みている。

今のように教則本やDVDのあった時代ではないからレコードだけを頼りに一生懸命コピーをしたのでしょう。感動するのは13年後に、ライ・クーダーの名前で出した<Jazz>という題名のアルバムにこのジョセフ・スペンスの曲を録音していることでしょうか。17歳から30歳まで、彼はずっとこの曲のアレンジを考え続けていたんでしょう。
上の写真は、ライランド・クーダーと仲間たち。一番左はステファン・グロスマンだそうです。右端がライ・クーダーですが、空手キッドのラルフ・マッチオに似ている様な...。

子供の頃、ラジオをひねると時々、「Day-O」と流れて来た威勢の良い曲。

この曲で一世を風靡したハリー・べラフォンテが、「カリプソ」という題名でレコードを出していたため、この歌は一般的にカリプソだと思われていたのだけれど、どうやらジャマイカの「メント」と呼ばれる民謡音楽らしい。

じゃあ、メントってどんな感じよ?って聞かれたら、こんなのどう?って張り付けてみたりする。

Jamaica Mento Music (banana boat song)
素朴で良いでしょう? こんな洗練されていない土着風な音楽に僕は強く惹かれます。一日のバナナの積み込み作業を終えて、ようやく家族が待つ苫屋に…貧しい暮らしかも知れませんが、「幸福」はしっかりと存在しますね。

さて、僕がメント音楽を調べ始めたのは、最近,発見したこの人の歌がとても気に入ったからです。
Hold My Hand ‐ Stanley Beckford

初めて聞いた時に「ずるいなぁ」と思った。こんな声だったらどんな歌でも素敵に聞こえちゃうでしょ? それにこんな包容力のある微笑みだもんね。残念ながら、2007年に65歳で他界してしまったそうな。

メント音楽ということで探していたら、こんな素敵な爺バンド<The Jolly Boys>にも遭遇しました。
jolly-boys-jamaican-mento-music
The Jolly Boys - Hog Inna Mi Minty
メントってのは、基本的にレゲエよりも緩くて、歌詞も穏やかなんだそうな。僕も歳を喰ってからもこんな感じでリラックスした音楽を気の合った仲間と奏でて行きたいなぁ、と思うのであります。カリンバをカホンのサイズにしたようなベース楽器が面白いです。ギターの親父のファッションセンスから学ぶもの多いよな。

これもメント音楽かな。
僕の好きな歌で、ジョセフ・スペンスもカバーしてます。カリブじゃ定番の歌謡曲なんでしょう。
Brown Skin Gal - Hubert Porter with The Tower Islanders
仕事の合間に汗を拭って、冷たいビールなりコーラなりを口に含んで、一瞬の涼をこんな音楽から感じたりするのですな、あそこの土地では。

少し前に取り上げましたスクリーミング・ジェイ・ホーキンスは、髑髏の付いた杖を持ちながら、おどろおどろしい衣装で「お前に呪いを掛けたんだ〜」と歌っておりましたが、戦前にもそんな恰好をして歌うカリプソの歌手がいましたとさ。

戦前の黒人音楽と申しますと、ジャズとかブルースを思い起こす方が多いかと存じますが、もう一つ、カリブ諸島から紹介されたカリプソがあります。

例えば、今回紹介するウィルモス・フーディーニは、カリプソ発祥地トリニダード・トバゴの出身。もちろん、フーディーニは彼の本名ではなく、有名な奇術師ハリー・フーディーニから拝借したもの。当時のカリプソの歌手は大袈裟な名前を付けるのが常だったそうで、日本風には「大魔法使いのウィルモス」とかが近いかな。

Wilmoth Houdini

Wilmoth Houdini - I Need A Man
おどろおどろしい衣装と悪魔のお人形。胡散臭い事かぎりないですが、カリブの人たちがブードゥーの呪術を米国に持って来ているので、こんな衣装で歌えば観客もさぞ喜んだことでしょう。

話はちょっと脇道に逸れますが、ジェリー・ロール・モートンなども、ブードゥーの呪いがかけられたと信じており、そのせいで落ち目になったと信じていたようです。そんなのは戦前の話だけかと思いや、今でもブードゥー人形がアマゾン.comで売ってたりします! 「うらみはらさでおくものか〜」という人は多いのですね、いつの時代でも。

Uncle Jo' Gimme Mo'

この曲は彼の代表曲の一つらしいです。哀愁を帯びたバイオリンにピアノとギターが絡んで来ますが、なかなか凝ったアレンジを聞かせます。

1927頃にニューヨークにやって来たということですが、間もなくレコードを録音するチャンスをものにし1940年までに100枚以上のレコードを出したということですから、当時としてはかなりの売れっ子。もちろん、それらのレコードはアメリカ国内だけでなくカリブの島などでも発売されたていたわけですが。
フーディーニは、同じくトリニダードの出身でライバルだった<The Duke of Iron(鉄の公爵)>などと共に、1960年代頃までNYのカリビアン・クラブでカリプソ音楽を歌っていた長いキャリアのミュージシャンでした。

The devil behind me
後ろの悪魔、何だか後ろの百太郎みたいな題名ですね。ただし曲はコミカルな感じがします。悪魔に絡むのはブルースミュージシャンだけではなさそうですね。

Rum & Coca Cola, by Wilmoth Houdini
暖かい国の音楽だから、こんなほのぼのとした曲も有ります。この曲はだみ声で有名だったロード・インベンターの歌で、色々なミュージシャンにカバーされてます。そういえば、ハリー・べラフォンテも歌ってたように思います。

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