ブルブル ブルース (Blues)

荻哲の音楽日記−Blues、世界の音楽、よもやま話など

この曲、ブルースなのかケイジャンなのか?

ニューオリンズのクレオール達の間で使われる仏語では、<Good Tone Roll>という意味合いらしい。まあ、英語の曲にも<Good Time Roll>というのがりますね。
バタバタとした始まりだけど、とても楽しい曲であります。
<Bon Ton Roula ‐Clarence Garlow (1949)>

歌を聞いていて聞き覚えのある言葉が出て来た。"raising sand all night"がそれです。ライトニング・ホプキンスの<Mojo Hand>ちう歌にもこのフレーズが出て来ました。「がみがみとうるさい」みたいなニュアンスでしょうか。

このクラレンス・ガーロウという方(写真下)、ケイジャン・ブルース、R&B、ジャンプ・ブルースと様々なジャンルに入れられておりますが、まあこの様なジャンルはネーミングだけならいくらでも作れます。

Garlow

ガーロウ、一言で括れば「何でも屋」ですかね。生まれはルイジアナ州のニューオリンズ近郊だそうですが、幼い時分にテキサスに引っ越したそうで、そんな生まれ育ちも音楽に影響しているのでしょう。これなんか聞くと、ギターがテキサス出身のT・ボーン・ウォーカぽいですね。
<I'm In A Boogie Mood>

活躍の時期は1950年代で、クリフトン・シェニエなどとツアーにも出ていたことがあるそうです。でも、60年以後は音楽活動から離れ、郵便配達などをしていたそうな。ずいぶん前の話ですが、粋な感じの市バスの運ちゃんがいたんですが、たまたま町で出会ったので、少し話をする機会が有りました。それが地元のジャズバーに良く出演するサキソフォン・プレイヤーだったりして。爺さんだったけど、連れていた女房は若くてきれい。やるなあ、と感心した次第。

ケイジャンのジャンプ・ブルースをもう少し聞きたい人に。これも良いよ〜。
<James 'Sugar Boy' Crawford - Jock-A-Mo>
やはり、人生は雑魚も、出世魚さんも、楽しめよ〜。アイコ、アイコ。


おまけ: 
<Clarence Garlow - Crawfishin´>
この曲もたのしいよ! 小粋なルイジナのおばちゃん、マルシア・ボールがカバーしてました。

もう過ぎてしまったけど9月13日はイマ・シューマックの誕生日だった。

なんて書いても、誰それ?かな。
1950年代を中心にアメリカで活躍したペルー出身の女性歌手で、何でも声域が4オクターブ以上有ったんだとか。エキゾティックな美貌の歌手とか言われています。
Yma Sumac
けど、俺は子供の時にテレビか映画館かでこの人の歌うのを見た時、正直、「怖い」と思ったのでした。まあ、コスチュームとか化粧とかがどぎつかったせいもあるんでしょうけどね。今見ると、まあそれなりにエキゾティックな美貌というのにも頷けますけど、ほほ笑んだ顔の方がかわいらしく思えますな。昔の<隠し砦の三悪人>に出演していた上原美佐という女優さんを想い出したりします。

<Virgenes del Sol 1944>
もう、一分過ぎまで歌声が出て来ないわけですが、出て来たかと思ったらもう凄いハイピッチの全力投球。インカなんだかポルカなんだか…。もう、アイスクリームに唐辛子を振りかけたみたいな…。彼女の歌全体に言えることですが、あまり歌詞がなかったりします。どちらかというとスキャットみたいのが多い。

さて、ここで一つ書いておかなければなりません。彼女はインカ帝国の王室の末裔という(いい加減な)触れ込みで、売り出し大当たりしたそうですが、一つの音楽のジャンルに大きく貢献しました。それは<エキゾティカ>という音楽のジャンルです。

前にもブログで紹介した<マーティン・デニー>やレス・バクスター<Les Baxter>などが<エキゾティカ>のミュージシャンとして有名です。オセアニア・ハワイ・インカ、エジプト、日本を含めた東洋などをアメリカ人のイメージで解釈した楽園的音楽と言えましょう。基本的にはイージィリスニングで能天気な音楽です。僕は、まだドルが強くて海外で御大尽でいられた頃のアメリカ人を彷彿したりしますけどね。一時期の細野晴臣などが自分のアルバムに取り入れていた音楽でもあります。

で、何だか不意に思い出したのが、日本のこの歌。
<黒百合の歌 織井茂子>
この歌なんかもイマさんの音楽に影響を受けているんじゃないかな。このリズムや音階は絶対アイヌのものではありませんが、日本人が思い起こすアイヌのイメージがこれだったわけですね。

ところで、このイマさん、70年代にロックのアルバムを出してます。彼女はもう50歳ごろだったんでしょうけど、テンションが高いハイボルテージで、聞いていてハイになれます。何でこれが<Remember>なんだろうか?などと考えずに、素直に高音から低音まで、楽しんで下され!
<Yma Sumac – Remember>

後年、活躍したドイツのニナ・ハーゲンが絶対、影響を受けたと直感的に思います。きわ物好きの皆さん! 絶対聞いて欲しなぁ。



おまけ:
<Yma SumacーFotografias de >

この間、ネットでボクシング関連の記事を読んでいたら、こんな写真が有った。
何でも、歌手の橋幸夫さんは、実はプロボクサーを目指していたんだとか。
それで、彼の若い頃の写真を探したら、有りました、有りました。
hashiyukio boxing
瘦せた印象しかなかったけど、よく見ると筋肉質のいわゆる細マッチョタイプだ。品行方正という印象があるけど、意外にも喧嘩好きの悪童で、三人を相手に得意のボクシングで立ち回り、気が付いたら相手3人が地面に転がっていたという話も紹介されていました。好戦的に突っかかっている相手はガードが空いてることが多いので、意外に対処しやすいのですが、さすが3人だと、これは不断の賜物ですねぇ。

じゃあ、あの純真な子供時代を想い出して、これを聞きましょね。
<いつでも夢を>
吉永小百合ってこんなだっけか? 意外に不細●だなあ、なんて思った俺は、「なんだよ〜、お前!」と小百合ストに喧嘩を売られてしまうかも。大体、小百合ストなんて死語か?

ところで、3日前のボクシングのダブル世界戦は、久しぶりに溜飲が下がる思いがしました。実は、僕の予想では長谷川が絶対不利と読んでいたので、嬉しい意味で予想外でした。
<長谷川穂積VSウーゴ・ルイス>

1:25過ぎ、少しバランスを崩した長谷川選手を観て、チャンピオンのルイスがスパートをかけて来ます。体格的に勝るルイスは、これでもかこれでもかという感じでパンチをぶん回して、試合の決着を付けようとします。長谷川が普通の選手で有れば、これに押されて倒れていたでしょう。しかし、ウィービングをきれいに使いながら、相手のフックをかわし、ルイスにきれいな左ストレートを4発ほど入れて行きます。35歳の長谷川の真骨頂ですね。
結果として、スタミナを使い果たし、鼻が膨れ上がって息が上がったルイスは次のラウンドに立ち上がれません。試合を棄権したわけです。長谷川の素晴らしいテクニックを久しぶりに見て、目に涙が滲みました。

そして、宿敵のモレノと雌雄を決した山中の試合も意地と意地のぶつかり合いで見どころの多い試合でした。
<山中慎介 V11達成 歴史的KO決着>
いやあ、ボクシングって本当に素晴らしい!

ミュージシャンが、同じ曲を何回かアレンジを変えて録音するということがある。そんな珍しいことじゃなく、例えばレモン・ジェファーソンなども有名曲「マッチボックス・ブルース」を何回か録音している。

今回はリトル・フィートというバンドの<Willin’>という曲です。昔、アメリカン・ロックを聞いていた方ならお馴染みの曲でしょう。当時、友人などと聞き比べして、どっちのバージョンが好きかなんて論を戦わせた(?)ことが有りましたっけ。

img_0

ある友人は、やはりファーストのが、シンプルでベストであると言ってました。ライ・クーダーがスライド・ギターで参加しているので、それも彼が推した理由だったかな。ま、こんな感じです。
<Willin' (First Version) >

でも、僕の方は2枚目のアルバム<Sailin’ Shoes>に入っていたバージョンの方が聞きやすさでは勝っていたように思ったのでした。こちらでは、スニーキー・ピートがカントリー風のペダル・スチールをのびのび弾いてましたね。
<Willin' (Sailin' Shoes) >

久しぶりに聞き比べていたのですが、もう45年前に吹き込まれた歌なんですね。でも、いまだに古びた感じがあまりしないところが名曲たる所以なのかな?

次は、ライブアルバムの<Willin’ (waiting for Columbus)>です。後になればなるほど演奏時間が長くなりますね。最初の頃と比べるとかなり情緒的な歌い方をしてます。バンドのコーラスもしっかりと入って来ます。ビル・ペインが長いソロを披露してますが、僕にはちょっと間延びの印象が有りますね。

皆さんは、この曲を演奏したりしますか?
私、思うに、英語が母国語でない人間にとって、この曲は歌いにくいです。かなり言葉を詰め込んだ歌詞だし、発音しにくい聞いたこともない地名がぞろりと出て来ます。
ギターはOpen-Gで何とかアレンジして弾いてますが、歌を付けると途中で歌詞が追いつけなくなって、3番目の歌詞あたりはモソモソボソボソになってしまいます。

歌の内容は、トラックで違法なブツを人里離れた採油所に運んだりしているいわゆる「運び屋」のことを歌っています。メキシコからマリファナや人も運んだなんて言ってますね。

<雨に祟られ、雪には追われ、俺は汗臭い酔いどれだ、でも、まだはやれるぜ。

夜中の道を照らすヘッドライトには、俺のかわいいアリスちゃんの顔が浮かんだりするのさ。
あのダラスのアリスちゃんだよ。

ツーソンからタカムカリ、そしてテアチャピからトノファー。途中で検問に捕まらないように裏道を通りながら、色んな採油所に立ち寄る。

葉ッパにコカイン、そしてワイン、そして行く先を書いた紙を渡してくれたら、もうひと踏ん張りして見せるぜ>

ホワイツ<whites>というのは何だかはっきりとわかりませんが、白い粉ってことでコカインかな。昔、誰からかに長い距離を運転しなければならいトラックの運転主が使うことが多いと聞いたことが有りますが、今もそうなんでしょうか。

僕はこの話がとても好きだ。

学生の時に友人のK君が教えてくれた話。
六十年代頃だろう、アフリカのある村で、白人の宣教師が公衆衛生の考えを土地の人々に教えようと映画を見せたそうだ。映画が終わった後で、見ていた村人に「何を見ましたか?」と聞いたところ、ある男が手を挙げて、「鶏が歩いていた…」。宣教師は、何の事だかわからない。後で映画を再度観てみたら、ほんの一場面で確かに鶏が庭を横切っていたそうだ。

人間というものは、興味がある事にしか注意を払わない、ということだろうか。なんだか、のどかな話の中に、すっかり「見せようと意図した側」の目論見が外れてしまって、肩透かしを食った愉快さがある。

村人は汚い手でものを食べても免疫が出来ているので、病気もしないだろう。生水を飲んで下痢をするのはよそ者ばかりなり。
せっかく映画を見せてくれるなら、音入り、歌入りで楽しい映画の方が、彼らも一生懸命観てくれたはずだ。最後に鶏の衣装を着た女性が、「私の生んだ卵は、きれいな手で食べて頂戴ね、コッコッコ」なんてセリフを言いながらにっこりと笑ったら、村の男どもも食事前に手を洗い始めたことでしょう。

人に何かをさせようと思ったら、知性よりも感情に訴える方が効果的だ。男性諸氏なら、涙を流して訴える女性に往生した経験があるに違いない。人を圧倒したければ、エモーショナルになるのだ、諸君。
ブルースはエモーショナルな音楽だけど、ブルースが大きな影響を受けているゴスペルもこれまたエモーショナルな音楽だ。だから、聞いてる人が納得してしまうのですね。

brother-will-hairston-3

ブラザー・ウィル・ヘアーストン<Brother Will Hairston:写真上>という人は、50年代から70年代までデトロイトで活躍したゴスペルの歌手、そして説教師でもあったそうです。説教師らしく落ち着いた深い声をした人です。

< This May Be My Last Time>
聞いていて、ちょっとびっくりしたことが有ります。緩やかな調べのこの曲のどこかに頭を痺れさせる効果があるのでしょうか、3:00前後で、突然、女性がトランス状態に入ってしまったようで叫び声が聞こえて来ます。ちょっと怖い...。

<Brother Will Hairston -The Alabama Bus>
歌詞の中で<もうバスに乗るのを止めましょう>と歌っていますが、これは1955年にアラバマで<ローザ・パークス>という黒人女性が、白人用の席に座ったことで逮捕された事件を歌っています。この出来事が公民権運動につながりました。詳しくはこちらの(<池に小石を投げるということ>をご覧ください)。

こちらはゴスペルの女王と言われていたアルバータ・ウォーカさんの歌。ソウルフルな声が皆様の魂を揺さぶることでしょう。
<Albertina Walker - Tell The Angels>

時々、様々なミュージシャンがカバーしている名曲を聴き比べたりしている。

今回の有名曲は、<Unchained Melody>。昔、<ゴースト>という売れ線の恋愛もの映画が有りました(まだ、デミ・ムーアが清楚な感じの頃の映画です)。
僕はてっきり、あの映画で流れていたライチャス・ブラザース<Righteous Brother>のがオリジナルだと思っておりました。<Righteous Brothers - Unchained Melody>

この歌は聞いていて、何だかこそばゆいんだよね。大げさ過ぎる。何回も続けて聴ける曲ではない。

しかし、この間、この歌のオリジナルは、刑務所を舞台にした映画(ほとんど知られていな)で使われた歌だ、ということを知ったのだ。
歌詞はムショ暮らしの囚人が「寂しいなあ、君に触れてみたいなぁ、でもここでは時間はとてもゆっくりと流れて行く。君はまだ僕のものかしら…」ってな感じだ。

Todd Duncan
聞いてみると、これが一番、自分の趣味に合うバージョン。バリトンの声が素晴らしいです
<Unchained Melody by Todd Duncan 1955>

このトッド・ダンカン(写真上)という人、ブルースやジャズの歌手ではなくて、アメリカのオペラ歌手。有色人種としては、初めて大きな舞台に立って歌った人だそうだ。何でも、ガーシュインのお気に入りで、オペラ<ポーギとべス>ではポーギ役でステージに立ったそうです。

上の動画を見ると、なんか刑務所の割にはこざっぱりした感じで上品ですよね。歌の歌詞も優しい。そして、刑期を終えたら、歌うのはこんな曲か?
<Tie a Yellow Ribbon Round the Ole Oak Tree>

責任感の強い僕は、この記事を書くために、様々なバージョンの<Unchained Melody>を、自分に課せた苦行の様に、聞いてましたが、途中で食傷気味。ライチャスBもエルビスのも、とにかく思い入れ一杯で何回も聞いていられる曲じゃない。

でも、次の二つのバージョンだけは、良いなあと思いましたよ。
<ROY HAMILTON - UNCHAINED MELODY 1955>
これも、本当に初期のバージョンですね。低音の声で落ち着いて歌われているので、安心して聞いていられます。

で、最後は、「さすがだなあ」という感じで、サム・クックのバージョン。
静かに歌われる歌は讃美歌の様で素直に感動出来ます。私生活でワイルドそうなサムさんですが、歌はこんなに落ち着いてます。だから返って情感が溢れるのよね。
<Sam Cooke - Unchained Melody>
結論として、この<Unchained Melody>という曲は、抑えた調子で静かに歌われた方が風情があるようです。うん!

今日は僕の誕生日なので、軽い話題でも、と。

ピッツバーグは、都心部の人口が30万人、周辺部を入れても120万人ぐらいの中規模の都市なんですが、戦前に鉄鋼業が盛んな頃は、かなり活気があり、ジャズも盛んでした。
ピッツバーグのジャズというと最初に思い浮かぶのが、ピアノの<Earl Hines>ですね。ハインズについて、<ピッツバーグの音楽の歴史>という題名で、紹介したことがありましたが、今回は、もう一人のピッツバーグ出身のジャズ・ピアニストを紹介します。名前はエロル・ガーナー(写真)。

garner

この人は音楽的には恵まれた環境に育ったにも拘らず、生涯、楽譜が読めなかったそうです。また、左利きでもあったそうで、独学で学んだピアノを自分の好きなように演奏していたとか。ただし、記憶力は抜群だったそうで、聞いクラッシックのピアノの演奏を聴いて、その曲を自宅でほぼ正確に再現出来たとそうです。

ある時、飛行機に乗っていて思いついたこの曲が彼の代表作でしょうか。
<Erroll Garner plays Misty>

エロルさんは、155センチ程度という小柄な人で、ピアノに添えられている椅子が低い時は、お尻の下に電話帳やクッションを置いて演奏したという逸話があります。

次の曲の題名は<Blues I Can't Forget>
日本語に訳せば、<忘れがたき憂鬱>でしょうか。なめらかでブルージィなメロディが、中年男の誕生日には相応しいような気がしますのことよ。

今週のテーマ音楽:
<Future Blues – Willie Brown>


戦後まもなく『ロボット三等兵』という漫画が発表され、人気があったそうだ。僕も子供時代にこの漫画を読んだ記憶がかすかにある。
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僕は時々、当てもないことをあれこれと考ええしまうことがある。これもそうだ。
*****
あと十年もすれば、町の通りに人間型ロボットが多く歩いているに違いない。その中には「ティッシュいかがですか?」なんて、微笑みながら手渡す乙女ロボもいて、目が悪い老人の私は相手が人間だと思って、最近の若者には珍しく丁寧な言葉を使う人だなと感心しながら、「ああ、ありがとう」などと受け取るのか。それもよかろう。
断言する。
将来、自分の糞ったれた子や孫ではなく、自分を誠心誠意に(とプログラムされた)介護ロボットを遺産の相続人にする人が出る。そうなると、そのロボットの後見人になりたがる、つまりロボットのお世話をする人間様が出てくることも考えられる。その時点でロボットも「三等兵」から将校レベルと昇格するのである。
学習によってロボットたちが人間に近い考え方をするようになると、ロボットも自分たちの廃油捨て場(人間のトイレにあたります)を主張するかもしれない。しかも、男型、女型、両性具有型、型転換したロボットが、それぞれのトイレを欲しがると、建物の4分の1ぐらいがトイレに占められることになるかも。もちろん、トイレの掃除は<お掃除ロボちゃん>だ。場末の横丁などでは、廃棄され行き場の無いロボ達が路地に垂れ流した腐った廃油の匂いがすることでしょう。

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映画「マイ・フェア・レイディ」のもととになったギリシャのピグマリオン<Pygmalion(写真上)>は、若者が彫刻の女性に恋に落ちる話だが、将来は裕福層の男も女もロボットの恋人を作るだろうか。自分の理想とする容姿を持ち、好きな性格をプログラミング出来るのだから、人間の恋人よりも魅力的であろう。そのプログラミングをその神話にちなんで<キューピッド>と名付けよう。 

その結果、裕福層に属する人間達は人類同士で子孫を残さなくなる。子もロボットであるということも考えられる。好きなモデルを指定出来、髪や肌の色などもカタログから選べる。この子供はいつまでも親に親切で、老後の世話も嫌がらずにやってくれよう。そして、あなたを看取る時には大粒の生理食塩水を頬に流すのだ。その代償として人は自分の生物学的な特徴を持つ子孫を残さなくなる。その時、人間は「自分の子孫を残す」意味をもう一度、考え直すことになるのだ。

裕福層に属さない人々は相変わらず、人同士が<生殖>により、時々は親に悪態をつく面倒な子を産み育てて行くが、そのうち<旧態依然で格好が悪い>と人同士の<生殖>も廃れて行く。そして、人類の数は徐々にロボットの数に置き換わられて行くのだ。生物としての人間はかなり珍しい存在になり、そのうちロボットによって<絶滅危機品種>として指定される。どうやって繁殖させようか悩むロボ達…。

だが、人よ、心配することはない。学習によって、人類以上の思考と感情を持ったロボット達が、「生きる意味」を僕ら以上に考え続けてくれるだろう。

宇宙の銀河に「ロボ生、不可解」と嘆いて、飛び込んでしまうロボットも出るであろうし、ワープブランコに寂しそうに座って、「カチューシャの唄」を口ずさむロボも居るでしょう。とにかく、ロボットは彼らなりに「生きること(存在すること)」を考えることを継続してくれます。でも、怒り、妬みや嫉み、品種差別など負の遺産も人から学んで引き継ぐのでしょうか?

ここまで書いて思う。
宇宙人(👽)の顔が何となく生物的ではないのは、実はすでに「人」が死に絶えた星から来たロボット達だからかも。

その昔、感心した言葉がある。
あれは、事務所の引っ越し作業で要るものと要らないものを分けていた時だ。
もたもたと箱の中身を調べ、これどうしようかとか、これ懐かしいなとか、これ何ですかなんて話し声が聞こえて来たその時だ、事務所の先輩の指示がとんだ。
「5年間開けていない箱はそのまま捨てろ。(中身を)見ると捨てられなくなるぞ!」。

その時は、まあそんなもんだな、ぐらいに感じたのだけど、その後「「何かを捨てなければ鳴らない時」に、常にこの言葉を思い出し、その真実に感心するのだ。しかし、開けたくなるんだよね、逆に...。
多分、人と決別する決心をした時もあまり思い出の玉手箱の中身を開けない方が、たやすいのでしょう。開けてしまえば、決心が鈍る。

さて、実は引っ越しを考えています。
その準備として、家に20年以上の間、積もり積もったモノを処分しなければならないのだけど、捨てようとする古い箱を、ついつい開けて中身を見てしまうと、つまらないものでも子供に関連したものなどが入っていたりすると、しばらく思い出に浸り込んでしまい、捨てがたくなる。困ったもんだ。

面倒くさいから全部集めてガソリン振りかけて燃やしてしまおうかとも思ったりするが、消防車が来たりするとこれは困る。近所で古くなった物置小屋を壊すのが面倒だからと、火をつけて燃やした人が居たが、警察に放火で逮捕されてしまった。

お掃除のブルースといえば、これ。え、<お掃除おばちゃん>はって? 
いや、今回はSleepy John Estesのこの歌ですたい。
<Clean up at home>


スリーピーには、台所のネズミの話やお掃除の話など、意外と所帯じみた話題のブルースもあります。掃除をしている時に聞く音楽は、やはり溌溂とした音楽ですね。仕事がはかどります。

しかし、箱を開けるな、と言われると中身を見たくなるのはなぜでしょう。ギリシャ神話のパンドラの箱は、本当に人間の心理をついています。
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俺も箱に入りますので、そしたら、かわいい女性に「開けてはいけないよ」と言伝して下せい。
びっくり箱かって? へへへ。

2年ほど前に同じ題で記事<Am-G-F-E>を書いていますが、今回はその続編ということで。

僕の場合は、このデル・シャノンの曲で覚えたコード進行なので、最初にこの曲が、出るのはしゃーないのん。まあ、基本形ですね。
<Del Shannon – Runaway>
しかし、感心するのはこの歌(原題: Run away <家出>)に<悲しき街角>と邦題を付けたことだろう。歌詞をいくら聞いても街角を連想させる言葉は出て来ない。それに何で、街角が悲しいのだろう? 昔の日本人は街角に佇んですねたりしていたのだろうか? ちょっと、謎なネーミングです。

前回の記事では、洋物を並べたわけで、ボブ・ディランやニール・ヤングの曲なども紹介したわけですが、今回は少し和物を…。

まずは、泉谷しげるの<春夏秋冬>も、このコード進行で始まりますね。
この歌は、歌詞が非常に印象的です。さびの部分の<今日ですべてが終わるさ、今日ですべが変わる…>という下り、やけっぱちな祈りみたいです。

<情熱の砂漠>

歌の歌詞はかなり意味深です。
<愛されたその後で、私は死にたいわ。けだるい命のこのままで〜>
かなり激しい情事だったのねぇ。この曲が発表された当時、少年の僕が、この歌詞の意味を正しく理解していたとは思えません。
最後に付け加えときます。ザ・ピーナッツは永遠です!

さて、この曲は、中国人歌手のカバーがとても多いです。例えば私の大好きな歐陽菲菲のカバーなどで、どうでしょうか?

<歐陽菲菲 - 熱情的沙漠>
読んでいてなんとなくわかるのが中国語。<我的熱情好像一把火、燃焼了整個砂漠>
わかるね?
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そして、彼女の大ヒットもこのコード進行系ですね。
作曲はベンチャーズ。中学時代の僕は、歐陽菲菲がかっこよくて好きでした。テレビの前で「オ〜ヤン、フイフイ!」と叫んだ僕でした。

<雨の御堂筋>
解説のアナウンサーの声が懐かしいですね。そうかあ、ほとんど日本語が出来なかったのか、日本に来た時は。でも、あの外国訛りが妙にこの歌にあいました。
歌詞の中の南は、御堂筋沿いのミナミだと知ったのは、かなり後になってからです。これはいわゆる「ご当地ソング」だったわけですね。とにかく、いい歌です。

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