ブルブル ブルース (Blues)

荻哲の音楽日記−Blues、世界の音楽、よもやま話など

僕は淋しいと中年。
でも、そんな寂しい時にね、女性のボーカルに慰められたりするんだよ。
そして、今は懐かしきモールス信号で、「誰か助けて!」とS.O.Sをオナラで「プププ、プウプウプウ、プププ」と打電したと考えておくんなさい。

あーら、するとどうでしょう。
懐かしい、モールス(モース)信号で、リー・モースという戦前に活躍した女性のジャズシンガーが現れたじゃないですか!

<If want the rainbow (1928)>

<愚痴何かこぼしちゃダメ、もし虹を見たいのなら、始めに雨が降らなければ>
雨降って地固まるじゃないですが、辛い日々があるからこそ、次には幸せの虹が現れるということでしょうか。落ち着いた深みのある優しいボイスに慰められたこの中年オヤジでありました。
Lee Morse
ちょいと調べてみると、彼女の活躍したのは、1920年代から1930年初頭まで。歌い手だけではなく女優さんでもあったそうです。売れっ子でもあったようで、自分のバンドも持っていたようですね。
面白いと思うのは、彼女も含めて白人がジャズを演じていることで、ここでも人種的な棲み分けみたいなものが在ったんでしょうか。
1930年ごろから体調を崩してしまったらしく、しばらく一線から退いていたようですが、40年代後半から再び歌い始めたらしいのですが、残念なことに1954年に亡くなったそうです。

さて、彼女の歌のタイトルは面白いものがいくつかあります。
I'm An Unemployed Sweetheart (1931)
「私は失業中のかわいい子」という題なんですが、1931年にリリースされているので、大恐慌中の失業女性の歌なんですね。しかし、よく来てみると、「月の光の下で私を愛してくれる殿方」を探しておられるようで、日本でいえば夜鷹の歌なんですね。しかし、可愛らしく歌われております。彼女の深みのあるボーカルが大人の女性を感じさせますね。ラブ!

Tain't No Sin To Dance Around In Your Bones (1929)
「あなたのお骨の周りで踊っても罪じゃないでしょう」という題なんですが、人食い人種の歌ですかね。変な歌ではあります。

最近、ちょっと調べてみた曲に<The Cuckoo>という曲。Cuckooは、日本語ではカッコウですね。元々はイギリスの民謡だったそうです。

まず、始めに聞いておいたいのが、クラレンス・アシュリーの<Coo Coo Bird

この歌は、彼の高い声や憂鬱なメロディといい、一度聞くと耳について離れない不思議な曲であります。歌詞はといえば、いくつかの歌詞を寄せ集めたらしい脈略のないフレーズが並んでいる。

<山の高みに小屋を建てよう、ウィリーが行き来するのが見えるところに>と不思議な歌詞から始まる。ウィリーというのが何の隠語か分からないけれど、何となく密造酒がらみの歌詞の様な気する。
そして、題名のカッコウの歌詞が続く。<カッコウは美しい鳥だよ、飛ぶ時はよろよろと歩く、7月の4日まで、カッコーと鳴かないよ>と鳥のことを歌ったかと思うと、次にはギャンブルの歌詞が続く。<俺はイギリスでも、スペインでも、カードの賭博をしたのさ。そら、10ドルを賭けよう、今度は俺が勝つからな>

そして、興味深いのは次に続く歌詞。
<ダイヤのジャック、ダイヤのジャックは悪名高き奴。俺の貧しいポケットから金貨や銀貨を巻き上げやがった」という部分。
実はブルースの歌でも、<欲張りジャック>の歌詞がある。何故、欲張りかというと顔がダイヤを見つめているように描かれることが多いからだそうな。レモン・ジェファーソンも歌っていますが、今回は、ジョン・リーのモソモソとした歌を聞いてみましょう。
John Lee Hooker- Jack O' Diamonds

ブルースもスコットランドの民謡などから少なからず影響を受けているという話を前に読んだことがあるが、これなどは白人の歌う歌から歌詞を借りて来たという例でしょう。
イギリスのロック系のギタリスト、ロリー・ギャラガーもこの歌を吹き込んでいますが、歌詞はアシュリーに似ています。
Rory Gallagher - The Cuckoo


それでは、アメリカの山間部では、もともとどんな感じで歌われていたのだろうかという疑問がわいて来ます。
KellyHarrell

1920年代に吹き込まれたケリー・ハレル(写真)の<The Cuckoo She's a Fine Bird>が元歌に近いのじゃないかしらん。この人はバージニアの山奥で生まれた人で、いわゆるヒルビリー系のミュージシャンだろう。この歌、鳩時計のクックとフィドルの音がなんとも侘しい。
ところで、カッコーという鳥は、他の鳥の巣に卵を産み付けるそうで、その連想から不誠実な女性を意味するのだとか。歌詞にも「彼女は水は飲まない、いつもワインを飲んでるのさ」なんて部分が有ります。

その他にも、題名は違いますが、メロディは似ていて、これも古風なメロディで有ります。
Old Kimball
これなんかも如何にもアパラチアンの山間部の歌という感じがします。

気が付けば、また今回もだらだらと締まりなく書いてしまいました。

僕が子供の時に家に有ったレコードの一つにこんなのがあった。うちの誰が買ったかは知らないけど、時々小学校の時からレコード・プレーヤーで聞いていた。
Georges Jouvin - Mea Culpa> 
何とも懐かしいことに、今ではYoutubeで見つけられるんだね。確か、日本の題名は「七つの大罪」。人が犯してしまう大罪は七つ有るそうですが、俺なんか全部犯してそうです(反省)。
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このジョルジュ・ジューバンというトランペット吹き。フランスのトランペット奏者で、色々なポピュラー曲を演奏してた。レコードの解説で、「彼の唇の薄いは、トランペットに向いていた」みたいなことが書かれていたのを思い出す。まあ、彼は多分、あまり有名じゃないかもしれないけど、家に有ったレコードには有名で懐かしい曲が含まれていた。
例えば、イタリア映画「道」の主題曲の、<Gelsomina>もこのレコードで初めて聞いているはず。
そうそう、これも入っていた。あの懐かしの<ジョニーギター>だ。マンボかルンバか。母が社交ダンスを踊っていたので、このレコードを買ったのかも。

で、調べてみると、<Mea Culpa>はエディット・ピアフが歌っていますね。
mea culpa - Edith Piaf


やっぱ、エディット・ピアフの歌はジンと来ますね。時代がかった大げささが有るけど、素直に感動出来る。退廃的な曲だけど、なぜだか、子供の僕は好んで聞いていました。変な子供だね。

そして、ジョニー・ギターはペギー・リーが歌った<大砂塵>という映画の主題歌。映画はヒットしなかったけど、この歌だけは大ヒットしました。
Peggy Lee Johnny Guitar

ペギー・リーはぱっと見には、美人じゃないけど、歌声を聞いてしまうと、いつの間にか彼女に惚れてるんだよね。僕の好きな女性シンガーの一人です。おまけとしてこれを張り付ける私です。
Peggy Lee – Fever
凄い恋の歌ですよ、これ。

家系のことを訪ねると、「私はハインツのソースみたいなもんよ」という表現をするアメリカ人がたまにいる。ハインツ(Heinz)というのは私が住むピッツバーグに本社を置く、大手のソースメーカーですが、上の言葉は、ソースの様に色々な原料(血)が混じってる、という意味でありましょう。建国してまだ250年ぐらいだけど、すでに色々と混血している。まあ、アメリカは移民の国だからさ、ねぇ。
Heinz

この頃、アメリカでも自分の家系などを調べるサービスを使う人が多くなっている。そして、DNAから自分の祖先を調べるというサービスもある。

Ghillie's - Musical Priest


実は、一月前に僕はそのDNA分析のサービスを受けたのでした。まあ、母の家系は4〜500年は先祖がしっかり辿れるとの話だったし、父の家系は長野あたりの農家らしいので、結果は、平凡に日本人の典型的なDNAでしょう、と思っていたのです。

で、僕は98%は典型的な日本人のDNAを持っているそうです。だから、DNA的にも日本人。しかし、残り2%に、意外な結果(?)が...。

母方の8代先の祖先に、イギリス人かアイルランド人が一人いるとの分析...。つまり、十八世紀半ばから十九世紀半ばにかけてのことらしい。また、この時期に中国人と朝鮮人も一人づつ先祖に入って来ている。加えて、10代先ぐらいに中央アフリカの祖先がいるらしい。

まあ、隣の国だから、中国や朝鮮からの血が入るのは分かるが、さすがに英国やアフリカとなると、一体、鎖国の時代にどんな混じり方をしたか空想してしまう。まあ、オランダの商船に雇われて、日本の長崎を訪れたイギリス人かアイルランド人がいたのかな。母の家系は京都や金沢にも住んでいたらしいから、この時も可能性はあるかも...。
僕は子供時に、そばかすが有ったので、時々、人からからかわれた。母や祖父は彫の深いエキゾチックな顔立ちをしていたし、母は軽くウェーブが掛かった細い髪だった。
ああ、それに僕はブルースやアイリッシュの音楽が好きだし…なんて書くと、こじつけに近いね。結論的には、僕も「ハインツのソース」というか、日本人ベースに隠し味的に外国の血が混じっているということらしい。

でも、そんなわけで、ちょっとアイルランドやスコットランドに訪れてみたい気がしている。

僕が一昔前、ギターを再び弾き始めて、ブルースを集中的に聞き始めた頃のヒーローの一人にスキップ・ジェームスがいました。彼の奏でる不思議で憂鬱な調べ、そして誰にも似ていない高い声での歌唱は、印象深いものでした。
彼の<Cherry Ball blues>や<Illinois Blues>などの数曲は、大学の時にすでに耳にしていましたが、どうやって弾いているのか想像もつかなかった。まあ、オープンチューニングすら、当時の僕には珍しかったの時に、オープンDmチューニングなんて考えもつかんかったです。ミシシッピのベントニアという町辺りで使われていた奏法だと知ったのも10年前ほどです。

おや、この動画は初めて見るなあということで見ていると、その昔彼の歌ばかり聞いていた時のことを懐かしく思いだします。もちろん、この曲は言わずと知れた彼の代表作の一つ。初めての録音は、戦前の大恐慌の頃に録音されています。
Hard Times Killing Floor Blues

1967年にドイツのケルンで開催されたAmerican Folk and Blues Festivalのツアーで録画されたものだ。当時65歳、亡くなる2年前の演奏だけれど、何とも言えない雰囲気がある。その歌詞は大恐慌時代に住むところもなく彷徨う人々のことを歌ってる。聞いていて何とも不安定な気持ちになってしまうが、そんな所も他のブルースとは一線を画しているところだろうか。

この<Mountain Jack (Live)>という動画でも、彼のユニークな奏法を見ることが出来る。何とも静かに歌われるブルースだが、周りの男達が真剣に耳を傾けているのが印象的。

彼のブルースは多くの聴衆の前で演奏するよりも、小さなクラブで弾き語る方が雰囲気が伝わることでしょう。確かに、しんみりとウィスキーを傾けながら飲むのがお似合いのブルースであります。

Skip+James+SkipJames

昨年12月30日にある忘年会で少しギターの演奏をさせて頂きました。
会場は新宿区曙橋にある<Back in Town>というライブバー。地階にあるわけですが、中は広々としていて素晴らしい空間でした。その壁には、今まで出演したミュージシャンのサインや言葉なども書いてあるわけですが、<Jim Kweskin &Geoff Muldaur>なんてのがあったりする。そして、カタカナでこのミュージシャンの名前も。<ボブ・ブロズマン>…かあ。
さて、今回のテーマはハワイアン。音楽の研究家でもあったブロズマンは、ハワイの音楽も手掛けていて、彼によれば、ハワイアンは土着の音楽とハワイへと移住したメキシコ人がもたらした音楽の融合したものだそうな。
Bob Brozman Hawaiian guitar history

1900年代頃からシアーズ&ローバックのカタログ販売でギターを手にした人も多かったわけですが、いかんせん「チューニング」や「正しい弾き方」が分からなかった。だから、視覚的にもオクターブが理解しやすいオープンチューニングが広まるきっかけにもなったのだとか。そのオープンチューニングを使った独自のスライド奏法がハワイでも発達したというというわけらしい。

下は戦前にシカゴで活躍したハワイアンのデュオ。エキゾチックなメロディと高い技巧で人気を博したそうですが、残念ながらボブさんは若くして亡くなってしまいました。とにかく、彼らなどの活躍で、アメリカ本土にハワイの音楽が知られるようにわけです。
Jim & Bob the Genial Hawaiians - The Hula Blues

何となく甘くて物憂いメロディーが切ないですね。このスライドの音は初めて聞いた人達を驚かしたことでしょう。彼らの演奏は、Casey Bill Waldonなどのブルースのミュージシャンにも影響を与えたことが分かります。
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ところで、僕がこの手の音楽を初めて聞いたのは、小学生の頃に行った千葉は鴨川のハワイアンセンターだったような気がする。ショーの踊り子はタヒチの女性だったわけで、かなりアバウトだが、幼い僕には違いが判らなかった。子供の時の僕が聞いていたハワイの音楽といえば、こんな感じかしら。
HOLO HOLO KAA Hawaiian Song Music 1949
戦後まもなくでも、ハワイの音楽は人気で、このラニ・マッキンタイアさんのスライドギターは、カントリーウェスタンにも広く取り入れられるきっかけとなったようです。

でも、最後はこの有名曲を聴きながらしんみりと終わりたいな。
Aloha 'Oe - Queen Lili`uokalani

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。

ブログは、長い冬休みを取らせていただきました。三日にアメリカに帰って来ました。日本からの土産は風邪でございます。正月を風邪で祝うなんて相当久しぶり。

さて、太平洋を横断する飛行機の時間は得てして10時間以上掛かるわけですが、そんな機上で一つの楽しみがあるとすれば、機内映画でしょうか?
数は多くないですが、いくつか日本の映画も見られます。

その中で、観ようと選んだのは以下の通り。
映画『団地』予告編

今回のイチオシはこれ。題名が平凡なので期待していなかった分、出色でした。やはり、岸部一徳の演ずる陰気な感じの元漢方薬屋の親父が嵌っていて、この親父が床下の収納スペースにお隠れあそばすころには、眠いことも忘れてみてしまいました。団地という村の中のゴシップの作られ方や広がり方なども中々興味深いところがありました。観ているとじわーっと効いてくる映画です。

岸部一徳さんは、昔はタイガースのベーシストのサリーでした。ベーシストとしての評価も高いと言われております。そして、俳優としてもこんな滋味のある雰囲気を出している。才人ですね。まだ観てない方は、観ても損はないでしょう。


「シン・ゴジラ」と原発事故の類似性みたいなのは、多くの人が書いていると思いますので割愛。映画でまず僕が気になったことは、初めはウナギ目のウツボに似た、だらしなくエラから血みたいな液体を出す生き物が、最後には何であんなにも雄々しく変化したんだろう、ということ。各様の攻撃にも耐え、歌舞伎の見得の様なにらみを効かせておりました。例えば、小学校の時は鼻たれでとろかった<黒ちん>が、中学生3年ごろには背も高くなり、精悍で逞しい<黒川君>に変わったようなものでありましょうか。

ところで、僕は理屈っぽいので、映画を観ていて何かおかしいなと感じることが多いのです。自衛隊などがゴジラの頭部を攻撃している時に、ゴジラの目が傷つかないので、変だな感じたのです。人体で狙うのに効果的な部分は金的よりも「目」です。護身術でも最後には使う手だと思いますが、目は弱いのです。怪獣だってそうでしょう? ところが、最後にゴジラ君が熱線を吐く段階で、瞬膜みたいなものが眼球を覆いました。「なるほど、これだったか」と感心したわけです。この点は僕の負け。

残念なのは、アメリカの女性高官の英語がどうも耳障りだったこと。バイリンガルっぽくないんだよね、なんか。大体、あれだけ日本語のボキャブラリーがあって、丁寧語が苦手ってのも解せない。映画に出て来るキャリアの女性像、何か個性が無いような…。日本では、こうした女性像になにかステレオタイプ的なものが有るんでしょうか。何か不自然。


「海よりもまだ深く」
イケメンで背が高い阿部寛のダメ男ぶりが意外にも良かった。久しぶりに見たお母さん役の真木よう子さん。へへへ、良い女だな。


「君の名は」
この題名を見て、岸恵子と佐田啓二の名前を思い出した旧世代の生き残りの私であります。
二人の異なる人間の魂の入れ替えという着想は昔からありました。手塚治虫にもそんなマンガが有ったように記憶している。それに+αでタイムスリップ的な題材が加えられたというストーリー展開。久しぶりに、ジブリ系以外の日本のアニメを観たような気がする。でも、今いち感動が無かったかな。最後の方で、何とかハッピーエンドにしようという意図が見え見えだったかしら。

San House

21日の夕方に日本に到着するこの私めでございます。
まず、帰りますのが、ChicagoじゃなくてChiba...。シカゴと同じぐらいスイートな土地柄ですぜぇ。
久しぶりの日本の冬、楽しみです。京都辺りにも行きまっせ!

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12月25日には、国分寺の<Gee>というお店で、liveを行います。
2016-12-25 (日) [live] 19:30 【夜】出演:さにあらず/オギテツ/深川慶 <深川慶 企画>
*****

それでは、日本で逢いましょう。

Sweet Home Chicago

アンディ・ウォホールの知能指数は89だったとする話がある。ご存じのとおり、100が標準値だとされているので、意外に低い。本当かどうかは分からないが、美術の鬼才が89かぁ、と驚く。絵を描くことに執心し、勉強はおろそかだったのかも。でも、芸術的想像力とお金儲けという点では、A・ウォホールは大天才です。

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今年亡くなった偉大なるボクサー、モハメッド・アリも学校の成績は良くなかったようで、知能指数は80程度とか言われています。しかし、あのスマートなボクシング、次から次と名言が出て来る語り、などを思い浮かべると、どうも不思議だ。あの悪態も自分を宣伝するためだとすればマーケティングのコツも知っていたわけだ。

大学時代にウェクスラー成人知能検査とか鈴木ビネー検査とかを心理学の授業で習いまして、僕も幾つかの知能テストを受けています。で、思うんですが、少しぐらい知能が高かろうが低かろうが、社会に出たら「並みの人」になるんだよね。自分よりも(何かに)優れた人は多いのだし、世間で突出するのは、やはり特殊な方々かと思う。運も必要だしなぁ。

ギターの天才と称されたジミヘンだって、ディランの「見張り塔から」をカバーしたは良いけれど、歌詞が全部覚えられなくて、ライブでは一番の歌詞しか歌わなかったとか言われてますから、知能テストは低そうじゃないか。でも、紛れもなく彼の独創性は天才の部類でしょう。
The Jimi Hendrix Experience - All Along the Watchtower


結局、人の知能を多角的に評価することは限度があるので偏った評価方法しかないのかと思う。
芸術やスポーツ、音楽の才能は評価するのは各人の好みもあるので難しい。
戦争で勝った側の軍人の知能指数は高めに出され、敗将達の知能指数は低めに算定されたりするのだから、評価基準とやらも余りあてにもならない。人気のある大統領の知能は高く、人気のない大統領の知能指数は、チンパンジー並みである。

ところで、知能指数と聞くとこんな愚問を出したくなる。
<世界で一番高い知能を持つ人の知能は誰が測れるのか?>ということ。山のふもとから山頂を見ることが出来ないのと同じである。知能がとても高いであろう宇宙人から見れば、メンサ(MENSA)の会員だって、目くそ鼻くその類である。

何でも、ものの本によれば、人類の知能指数は年々向上しているらしい。
明治初年あたりのアメリカ人の平均値知能指数は90ぐらいと推定されている。学校教育のおかげであると言えるかもしれない。しかし、逆にこんなことも言える。都市化が進む中で、色々と便利なものの恩恵を受けている我々は、昔の人々が身に着けていた生きるための知識や技術をすでに失なっている。ナイフで鉛筆すら削れない子供の方が圧倒的に多いだろう。それを考えると昔の人の方が逞しいく賢いような気もするぞな。

島国で小さな国ということで「島国根性」なんて言葉がある。でも、そんなに卑下することは無い。大体、国土面積を比べてみると、日本はそれほど小さくないのです(ドイツと同じぐらい)。

それにアメリカみたいな大きな国だって、所々に島国が点在する。そんな所の住人は隣の州に行くのですら大旅行だし、近郊の大きな町も十年前に行ったきりだ、とか話し始めるはずだ。NYCみたいな所はテレビでしか知らない。ニュースでは、いつも犯罪のことばかり報道するので、NYCみたいな都市はとても危険で恐ろしい所だと洗脳されている。

今朝、寝床の中でうつらうつらしながら、トランプの他国に対する侮辱的な発言は<Vigilante Man>の時代を彷彿させるなあ、なんて考えていた。
Vigilante Man - Woody Guthrie


ここでは、小さなコミュニティーを自警する人々のことが歌われている。自警団はコミュニティーでは、信頼されている人々かも知れないが、「納屋の中でひっそりと雨宿りをしている住処を求めて移り歩くよそ者に対しては、ショットガンなどを突き付けて、有無も言わさず雨降る外に追いやる人々」なのである。
「メキシコ人の不法入国者を阻止するために国境に壁を作ろう、不法侵入者のメキシコ人の多くは犯罪者だぞ」という排他的な思想と同じものを感じる。

でも、そんな田舎の人々も糊口を求めて町に行ったりすると、都市の人々達はこんな口上で追い返そうとする。
<住むには良い所なんだけどね、お前さん、ドレミ(金が)が無けりゃ、駄目だよ。さもなければ、美しき故郷のテキサスやカンザスに戻りなさい>
Do Re Mi - Woody Guthrie
ドレミが何でお金の意味かといえば、<dough:パン、現金>から派生しているようです。ここでは、肌の色ではなく金の有無が差別の理由ですね。

何かしらの理由を付けて人間は区別や差別をしたがる。社会を構成する動物には必然的な行為なのかもしれませんね。だから、人間を<ホモ・シグリゲチオニス: 差別するヒト>と呼ぶことも出来そうですね。鶏に突っつき合いの順位があるように人様にも突っつき合いの順位がある。
動物学や文化人類学的には興味深い話だろうけど、自分や家族は、どうか一番下のところに属しませんようにと祈るばかりだ。

woody

さて、トランプさんで興味深い話が有る。あの人の父親はNYCでアパートを経営していたが、たまたまそのアパートにガスリーの家族が住んでいたことがあるそうだ。そのアパートの管理人にトランプ父が「犯罪者が多いから有色人種に部屋を貸してはならぬ」と話していたことを、子供の時のアーロ・ガスリーがたまたま聞いたことをアーローが紹介していた。

ウッディ・ガスリーに憧れて、NYにあるガスリーの家を訪れて来た青年に、受け答えしたのは少年のアーローだったわけですが、その青年もこんな歌を吹き込んでいます。今ではもうこの歌は歌わないでしょうけどね。

The Lonesome Death Of Hattie Carroll
中年の黒人の給仕の女性を、詰まらない粗相をしたというかどで、杖で打ち据えて殺した白人の男性が軽い罪で許されたという事件を歌いあげています。

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