ブルブル ブルース (Blues)

荻哲の音楽日記−Blues、世界の音楽、よもやま話など

アイチという名前のシンガーを見つけたので聞いてみた。

houria
でも、愛知の方ではなくアルジェリア出身で、フランスを中心に活躍している民族歌手だそうな。
アルジェリアというと日本では一時期、<地の果て>という印象でありました。何、そこのお若い方、意味が分からんと。じゃあ、<これ>、聞いてね。

で、アイチさんの歌です。
Houria Aichi – Jamila

リズムのメリハリ、バックのお囃子、日本語にはない強い喉音。聞いていて自然と体が反応して来ます。これは、シャウイ音楽と呼ばれているようで、アルジェリアの南に住むベルベル人たちの音楽であるようです。
そういえば、頭突きで一世風靡したサッカーのジダンも、フランスのアルジェリア系ベルベル人ですね。

次も伝統的なシャウイ音楽の曲だそうで、<ジェミラの祭り>という意味でしょうか。
Houria Aichi - festival de Djemila
ビデオに映る会場では、数人の人々が踊っている。日本には阿波踊りが有りますが、アルジェリアのベルベル人はこんな音楽で一踊りです。

さて(如何にも取ってつけたように)、これを聞きながら、大学生の時、時々、聞いたブリジット・フォンテーヌの<ラジオの様に>という曲を思い出したりします。この彼女のアルバムの音楽を担当している人はアルジェリア人だったように記憶しております。
Brigitte Fontaine - Comme a la radio
大学の4年頃でしょうか、暇を持て余したK君と僕は、K君の下宿のちょっとすり切れた畳に寝そべりながら、こんな音楽を聞きながらポリポリと腹でも掻いていたのかしらん。あの時、大阪出身のK君が作ったお好み焼きは、メリケン粉と刻んだキャベツだけでした。それに東京のブルドックソースをかけただけ。でも、腹の足しにはなったか。

こちらは段々と夏から秋へと移行しておりますが、まだ夏の彩が残っている間に、こんな沙漠の音楽を聞いて過ごしております。サキソフォン、ベンディルと呼ばれるハンドドラム、ウード、拍手というシンプルな構成ですが、エキサイティングな曲が奏でられます。
Houria Aichi

今回のテーマ曲:
Canned Heat - Going Up The Country


上の歌なんぞを聞いていると、<(北部の)水がワインの様に美味しい所に移ろう>とかってぇのが出て来ます。上の"Going up the country"は南部から北部に移るという意味でしょう。水は山間部の多い北部の方が質が、南部よりも宜しいようですね。
僕も今回の引っ越しでそれが分かるような体験をしております。今回、北部から移り住んだバージニア州の町は、蛇口から飲む水が美味しくないので、もっぱら浄水ポットを使っています。

昔、ミシシッピなどの南部では井戸から水を取っていたそうですが、飲み水には適さず、水がサビや硫黄の匂いがしたとかという話を聞きます。例えば、ジミー・ロジャースが1927年に吹き込んだ<Blue Yodel>の歌詞でも、<(水が)テレピン油の様な味>というフレーズが出て来ます。
Jimmie Rodgers‐Blue Yodel
<オイラ、チェリーワインの様な美味しい水が飲める所に行くんだ、ジョージアの水はテレピンみたいな味だから>。

南部では、夏には水代わりに西瓜を食べてたそうで、綿花摘みなどの重労働を行う人々には、水分とカリウムなどの補給が出来て疲労の回復にもなったことでしょう。そんな南部から、仕事を求めて、上水道が敷かれている北部のシカゴやデトロイトなどに移った人々は、ミシガン湖を水源とする水の良さに驚いたと思います。

僕が、少し前まで住んでいた町はペンシルバニア州ピッツバーグから北へ30キロほど離れた所に有って、水源は貯水池でしたが、池どころか湖並みに大きくて、水道水といえども味が良かった。夏は冷たくて、そのまま蛇口からごくごくと美味しく飲めました。近くに大きな公園があったのですが、そこら辺の小さな川でも鱒釣りが出来るほど水がきれいな場所だったんです。

さて、同じ水源でも季節によって味が変わることをご存じでしょうか。
夏の始まりなんかなどでは、時々、水がすこし藻の匂いがする時が有ったりしました。秋の長雨の時の後や雪解けの時の澄み切った水の味の爽やかなこと。水から四季が分かるなんて風情が有りますよね。

さて、最近の東京の水の味はどうなんでしょうか。
僕は、三十年ほど前に杉並区に住んでいたのですが、水は結構、美味しかったような記憶が有ります。また、友人が住んでいた吉祥寺や三鷹でも水はまずくなかった記憶がある。そうそう、兄がしばらく住んでいた世田谷の等々力渓谷の付近なども、お茶が美味しくいただけたような気がします。昔話でなければよいのですけど...。

tapwater-1

nekoja
酔漢が酌婦相手に「私ゃ、猫ですよ」とおどけているのでしょうか。他愛もない歌ですが、何だか時々は猫の仲間入りをしたい気もする。
猫が気楽そうにあくびなんぞをしてるのを見たりすると特にそう思います。
猫じゃ、猫じゃ

猫も歳を重ねると尾が割れて化けるようですが、さすが霊長類の王であります人様も猫に化けることが有るようで、時々、公金を猫ババする悪い猫君もいますね。かと思えば、人様に迷惑をかけておいて、素知らぬ顔で砂をかけて逃げて行く猫男(猫女)もおりますね。

さて、亜米利加のブルースにも似たような発想の曲が有ります。題して、「猫男のブルース」。
Blind Boy Fuller-Cat Man Blues

ただし、アメリカの猫男の方は、もう少し辛辣な内容で、<ある日、家に帰ってきたら、家に何か気配がする。なんだと女房に聞くと、「何言ってるのよ、あーた、ただの猫じゃないの」との返事。 しかし、主人公は言うのだ、<俺は今までズボンをはいた猫ってのは知らないぞ>と。
その猫君は、何だか一番の御馳走を横取りする悪い奴で、家に帰って来ると裏口からそそくさと逃げて行く、ということで、つまりは<間男>の歌なのでした。
今の今まで、この歌はブラインド・ボーイ・フラーのオリジナルだと思っておりましたが、調べたら、レモン・ジェファーソンが1929年に吹き込んでいました。これがオリジナルですね。

BLIND LEMON JEFFERSON - Cat Man Blues
フラーもジェファーソンも盲目ということで、嫉妬深かったのでしょうか。それとも、情夫が目が見えないことを良いことに、浮気を楽しむ情婦がいたのでしょうか。とにかく、危なっかしい話であります。

さて、レオン・レッドボーンが1972年にこの歌を吹き込んでおりますが、優れたアレンジを施してあり、ラグタイム系のギターの名手の面目躍如で有ります。
Leon Redbone- Cat Man Blues
サングラス無しの珍しい写真が紹介されていますが立派なお鼻で有りますね。最後の方でレオンと娘さんが一緒に写った写真が出ておりますね。レオンさんは近頃、認知症を患って引退をしましたが、残念な事であります。

写真(下)は南部の綿花畑でポーズを取るブルースの大御所達。
blues gentlemen

さて、エディー・テイラーの演奏やマックスウェル・ストリートでブルースが演奏されている映像がYoutubeに載っていたので、ご紹介します。

<EDDIE TAYLOR 1983>
https://youtu.be/NZU0VNNa-L8


何だか初っ端から、「楽譜を読めますか?」とか「英語を読み書き出来ますか?」なんて馬鹿な質問に答えている。エディさんの答えは両方とも「ノー」であります。二つとも出来ないから、ブルースつて表現方法に頼ってるのさ、彼は。

4:00ごろから生き生きとした市場の様子が映されています。
ブルースで市場に出かけて来た人々を楽しませているんだな。
貰った銭を口に咥えて演奏したり、生臭そうな魚市場で演奏ってのも良い光景。ブルースって楽しい!
南から移って来た人々にとっては、ナマズは大衆魚ざんすねぇ。
フライにされてサンドイッチだな、これは。僕もミシシッピでナマズサンドを食べましたが、揚げたては、なかなか美味しかったですよ。
養殖場ではナマズにドッグフードを与えると聞いて、ムムムでしたが。

マックスウェル・ストリートは1990年代に、イリノイ大学が土地を買収し区画整理して建物などを建ててしまっているので、事実上、消滅しているそうです。
工事に伴いこうしたブルースの路上演奏も締め出されていったそうな。
こうして、古き良き時代は終わって、歴史の片隅に押しやられて行くのです。

新しい土地に移り、生活が変わったせいか、なかなか文章が書けなくて、ブログが滞っております。

さて、大学などで日本語を教えているいた身でありますが、実は「100%正しい日本語」など存在しないと常日頃感じております。英語も同様で、色々な訛りも有るし、個人的な言葉の癖なんぞも有りますしねぇ。

しばらく日本に行かない時などには、言葉も生き物だなと思う時があります。毎年幾つもの新語が作られては消えて行くのでしょう、寄せては返す波の泡の様に。そして、一番厄介なのは、流行語やスラングの類でしょうか。

何でこんな事をウダウダと書き連ねているかというと、新しい土地(バージニア)にやって来て、時々、聞き取れない英語に遭遇する機会が増えたからです。もうアメリカに長く住んでおりますが、時には「もう一度、言って」ってお願いすることもあるのですね。
最近は悲しいかな、日本でも若者の言葉が分からないことが有ったりして、「浦島太郎」的気分になったりします。

Blind-Boy-Fuller-newspaper-photo

最近、ブラインド・ボーイ・フラーの<Truckin' My Blues Away>が、実はダブルミーニングの歌で、結構、スケベな歌なのね、ということに気が付いた次第なのです。上のフラーさんも、なぜか笑っていますね。
Blind Boy Fuller ‐Truckin' My Blues Away

この軽快な歌は昔から好きです。題名からすれば、<オイラの憂鬱を(トラックで)運び出して頂戴な>ということなんだけど、聞いて行くと<お願いだよ、ママ、夜も昼もトラックして>なんて、言葉も飛び出してくる。

で、最近、タンパ・レッドのこの歌を聞いていた私は、その歌詞を聞いて、ああ、そうかと手を叩いた次第です。
Tampa Red - Let's get drunk and truck
<お前の男は留守だし、俺のスケもお出掛けだ。さあ、飲んでトラックしようや>という歌詞で、ははあ、truckというのはスラングで、最初のtrをfに置き換えれば、その意味が分かるわけだ。

まあ、ギターの名手のフラーさんにはこんな下ネタ歌が結構あったりするのです。

久しぶりの書き物は疲れるね。ということで、今回はお仕舞。

浜の近くに居を移した。バージニア州の海沿いの街で、今まで住んでいたピッバーグと比べるとかなり暖かい。

移って来て間もないのですが、何となく子供の頃に住んでいた千葉に似ているかな、と思っています。もっと詳しく書くと西千葉とか幕張なんて町です。

窓を開けると浜風が入り込み、じっとしていても肌が汗で湿った感じになります。
夕方の凪の頃、それとなく浜辺を散策すると、「夕涼み よくぞ男に生まれけり」などという川柳をば思い出す私めであります。
千葉も西瓜の産地ですが、こちらでも水の代わりに西瓜にかぶりつくわけです。海沿いの街は残念ながら水は美味しくないので、西瓜で正解。

しかし、新しいアパートに来てから翌日、しばらく忘れていた奴に出くわした。前に住んでいたピッツバーグは北海道並みの寒さなんですが、ここは蒸し暑い温暖地なんだよん。

奴は、ご挨拶のつもりか長いアンテナをピクリピクリと動かしておりました。体長は5センチ程度か。暑いのに黒光りのシルクのタキシードをまとうあやつは間違いなく、少年の頃に数限りなく遭遇した<ゴキブリ>でありました。ピッツバーグではもう20年以上も見たことが無くて、はるか昔の記憶に埋もれつつあったきゃつです。

久しぶりで、ごきぶり。
でも、「やあ、なつかしいね」なんて、間違っても言えなかった。奴に関しては嫌な思い出ばかりだ。

繁華街などを歩いていたら、通り魔の様に人様めがけて飛んで来た攻撃的な虫。子供の時、母親がヒイヒイ言いながら、殺虫剤のスプレー缶半分を使ってようやく鎮圧したのは宜しいが、その後、家の中が臭くてしばらく外に退避しなくてはならなった。

幼い頃は、だらしなくこの虫を怖がっておりました私ですが、中坊になる頃には手で捕まえて窓から放り投げることぐらいは出来たんです。で…も、久しぶりに見たら、やはり触りたくない。嫌だ!こいつ。

早速、アマゾンで中国製ゴキブリホイホイ(蟑螂屋)を購入。現在、8匹の顧客が我家のホテルに滞在中であります。

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ブルースのハーピスト、ビッグ・ワルターが楽しげに演奏するは<ラ・クカラチャ>。メキシコの曲で、題名は<ゴキブリ>。 こんな虫に楽しいメロディを付けてしまっているが、メキシコの人はゴキブリは大丈夫なんだろうか。
Big Walter Horton - La Cucaracha

まずは、お知らせから。
転居に伴いしばらくインターネットが使えません。したがって、ブログの更新が滞ると思いますのが、しばらくお待ち下さい。
トラックに荷物を積み込んで、7時間以上を運転する(東京から兵庫県明石までぐらいの距離を行くわけですね)…なんて考えても、億劫なので、気楽な曲を考えてみたりします。

戦前のメンフィスなどで演奏をしていたローラ・デュークス<Laura Dukes>という歌い手がおります。小柄なローラさんが専ら演いていたのは、ブルースには珍しい(?)ウクレレ。
Laura Dukes

ウクレレという楽器の何気なく気楽な音色が良いですね。
それに少ししょっぱい様な彼女の声が、ダークチョコレートにまぶされている大粒の塩みたいな味です。

Stack O'Lee Blues


それでは、またいつか〜〜〜再開、再会。


おまけ:
1.< I Got to Get Myself Somebody to Love


2.<Little Laura's Blues

007役のロジャー・ムーア―が亡くなったというニュースを読んで、何となくジェームス・ボンドのことをネツトで調べていたら、面白いことに突き当たるのでした。「オギも歩けば棒に当たる」とか。

「ジェームス・ボンド」はイギリスの作家、イアン・フレミングの書いたスパイ小説であることは、皆さんよくご存じでしょう。そのフレミングがジェームス・ボンドのイメージとして考えていたのは、何とアメリカのジャズとポピュラ―ソングの作曲家、ホギー・カーマイケル<Hoagy Carmichael>だったそうです。
Hoagy_Carmichael_-_1940
写真を見ると確かに渋い伊達男だ。インディアナ州で生まれ、苦学しながら法律の学位を取ったそうです。だから、スパイに必要な知性も有るのですね。
ただし、音楽に精を入れ過ぎたためか、弁護士試験に落ちたそうです。でも、そのおかげで彼は音楽の方に道を進めたのでした。後に彼は音楽出版社の集まるマンハッタンのTin Pan Alleyで売れっ子の作曲家となるわけです。

さて、ホギー・カーマイケルって誰だっけ?と思った方もこの曲の作曲者だと言えば頷くはず。下では歌も彼が歌っています。
Hoagy Carmichael - Georgia on My Mind

さて、この曲はGorrellという人が作詞したわけですが、実はこのジョージアというのは、ホーギーさんの妹の名前です。だけれど、歌詞では女性のこととも、故郷のジョージアのこととも取れるように書いています。その後、歌詞も変えて歌われていますが、もちろん、レイ・チャールズの歌で大ヒットしました。レイの歌の歌詞は、故郷ジョージアの思い出を歌っていますけど。
下の写真はそのジョージアさんです。美人かどうかは各自の判断でお願いしますよ。
georgia

閑話休題。
カーマイケルの歌で僕の好きなのは、この気楽な歌。題名も<怠け者>
Hoagy Carmichael & Dorothy Dandridge "Lazy Bones" 1941
僕はThe Mills Brothersの歌う<Lazy Bones>が好きですが、こうして聞いてみると、カーマイケルさん自身の歌も悪くないですね。インディアナ生まれなので、少し中西部の訛りが有るようですね。
ああ、可愛い女性二人に挟まれていなせなホーギーさんですね。しかし、彼は家が裕福ではなかったので、自分で働きながら大学まで行ったので、怠け者では有りません。時々、バーなどでピアノを弾いていたわけで、芸は身を助けるわけです。

そして、Lazyといえば、この歌も彼の作曲です。僕の好きな赤骨叔父さんことLeon Redboneも<Lazy Bone>とこの曲を録音してますね。とても小粋な曲であります。
Hoagy Carmichael - Lazy River

さて、カーマイケルさんが日本に来た時の逸話を紹介して終わりましょう。
「シャボン玉ホリディ」のテーマ曲は、双子の姉妹ザ・ピーナッツが歌っておりましたが、この<Stardust>もカーマイケルさんの作。来日したカーマイケルさんが宿泊先の帝国ホテルでこのピーナッツの歌をテレビで聞いたそうであります。
感激した彼は早速、関係者に取り次いで、彼の演奏でピーナッツと歌を録音したそうです。このジェームス・ボンドさんは、何とも気さくな方じゃないですか。東洋の島国にも自分の音楽が認められて聞かれていることが嬉しかったのでしょうね。
Hoagy Carmichael−Stardust


<おまけ>
Hoagy Carmichael - Hong Kong Blues
この曲を聞いたことが有りますか? ジョージ・ハリソンや日本のTin Pan Alleyなどが取り上げていますよ。ちょっと中国風のメロディを取り入れて作曲していますが、彼の曲は粋で、そのアレンジの才能に感服します。

ついこの間まで知らなかった。
あのハーピストのライス・ミラー(サニー・ボーイII)はギターも上手に弾けたことを。

Sonny Boy Williamson‐Kind hearted woman

聞いていると何となくロバート・ジョンソンみたいだけど、彼はロバジョン共演したことが有るそうだし、彼の弁では「俺はよ、ロバートが最後に演奏した夜にも一緒だったんだ」そうな。まあこの人の場合は、ハープ吹きだけあって、ほらも吹きますけどね。
歌を聞くとやはりサニーボーイのやらしい声が、「ウーマン、んんん」と響きます。歌詞はロバジョンのとは少し変えておりますね。
彼のキツイ性格を反映していか、最後では「お前が泣けば泣くほど、俺は離れてしまうのさ」みたいなことを言っています。

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写真のお顔に、「やあ、ギターも弾けたんですね? サニーの旦那」と問いかけたところ、「オギテツや、俺みたいに才能のある人間はだな、人の演奏を一度聞いただけで、ギターでもハープでも、すぐに弾けるようになるんですよ」と申しておりました。

Youtubeでは良く関連のある動画を右端に並べて紹介したりしてますが、サニー・ボーイとゴスペル<教会音楽>というのも違和感を感じさせるものです。晩年の彼なんか、猫背に山高帽でひょっこりと現れるわけで、海千山千の山師か悪魔みたいではないですか。

Sonny Boy Williamson sings Milky White Way
そして、始めはボソボソと歌ったていますが、段々と歌に感情がこもって来ます。モコモコとしたハープも良いです。<最後の審判の日が来るなんて誰にも分らんよ、でも、俺は立ち上がって旅立つのさ、ベッドに佇む人々と握手をしてからな、あのミルキーウェイへと…>

この<ミルキーウェイ>の元歌はこんな感じです。
あの、リトル・リチャードさんにとりを取っていただきましょう。この彼のバージョンもとても良くて、心に染み入りますです。さすが、リトル・リチャード!
Little Richard - Milky White Way

サニー・ボーイ:「おい、お前、俺のことを書いてたんじゃないのか? 若造👀」

僕は大食らいで食べるのも早い方です。自慢にもなりませんけど。

大体、飯を前にして、楽しく談笑するというのが苦手です。まず、とにかく食べたい。ビールを食べる前に飲む人がいますが、これも、僕は駄目。ビールで腹が膨れると食べれなくなるからです。腹を満たすという欲をまず満たしたいわけですな。

昔、商売で接待などで食事が出る場合、意識してゆっくりと音も立てないように食べたこともありますが、お腹が空いていていて、しかも出された料理が美味しかったりすると、辛かった、という思い出が有ります。

昔の時代劇に「木枯し紋次郎」というのが有りまして、僕は欠かさず見ていましたが、その中でも特に記憶に残ってるのが、紋次郎の食べ方。
木枯し紋次郎の食事シーン

食べるという行為は、動物にとって基本的な行為であります。そして、その食べ方で「お里が知れる」とかいわれておりまして、お育ちの良い人は躾の一つとして、お行儀のよい食べ方を習ったりします。世の中は、面倒な仕来たりや規則で成り立っているのです。紋次郎さんは箸の持ち方も自我流ですね。しかも味わうのではなく、すきっ腹に飯をかき込んでいます。まるで野生動物ですが、これが如何にも彼らしい。
僕も紋次郎さんの様に、「あっしには、関わりのないこって」と言って、さっと立ち去りたい時もあります。

で、この「あっしには、関わりのないこって」は、英語ではなんて言うのかな?
“It ain’t my business”ですかね。
わざと、isn’tの代わりに ain’tを使ってみました。
というわけで、今回のイメージソングです。
Frank Stokes - Tain't Nobody Business If I Do
まあ、「俺のやる事はほっといてくれよ」という題名ですけどね。写真のスートークさん、悪人面ですね。フェリー・ルイスの顔が整っている分、悪人面が引き立ちますかな。
bealestreetsheiks

悪人面と言えば、この人を思い出します。
続・夕陽のガンマン
食べながら人を恫喝するようなシーンは、「続・夕陽のガンマン」の一コマ。リー・バン・クリフの顔が如何にも悪人。最後に硬いパンを大きなナイフで切り取って、口に入れながらニタリ。嫌な奴ですねぇ。でも凄く良いシーンです。

伊丹十三の<たんぽぽ>は、主人公たんぽぽのラーメン修業が本題だけど、この映画は「人がものを食らう」ということに最大のテーマがあります。あ、物語の筋は西部劇の「シェーン」をベースにしていると思いますよ。色々と良いシーンが有りますが、今回はこのシーンをば。
爺さんの食欲


最後は<Big Night>という映画のシーンです。
Breakfast Scene
このシンプルなオムレツの作り方が印象的なんですよね。タマゴ、オリーブオイル、塩だけ。この映画を見た次の朝は、もちろん、これを真似してオムレツを作りました。

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