3月11日、東日本を大地震が襲ってから今日で5日目。
エレベーターが止ってしまった25Fのオフィスから非常階段で降りたり、
徒歩で会社の友だちの家におせわになるために歩いて向ったり、
電話回線が使い物にならなくなってしまったなかtwitterが大活躍したりと、
書きたいエピソードたくさんあったのでblogにまとめようかなあとボンヤリ思ってたけど、
ついさっき夜の輪番停電を体験したので順番前後しちゃうけどこっちのまとめを先に。
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けど結果をblogに晒すとどこかで集計されるらしい。こわい。
でもやってみたから載せてみます。
ちなみにこれやったの半年くらい前です。
これやったとき、たしかボーっとして3問くらい飛ばしてるので
もう一度やり直したいけどやりなおせないらしいのでなんだか納得いかないなぁ。
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最近、チームロケタッチとしてジオメディアサミットというカンファレンスにちょくちょく顔を出していたら、ジオメディアサミット運営の@hachimitsuさんからFOSS4G 2010 Tokyoっていうイベントで「ジオメディアサミットから枠があるので出てください」 って言われたので行ってきました。 続きを読む
2月に社員になってからは半年。
去年の今日はこれからどうなるもんかと思っておそるおそるだったけど、
今となってはそんなことどっかいっちゃった。
この1年でいちばん変わったことは、つい2-3日前だけどtwitterのプロフィールに
職業と勤務先を書いてしまったことかな。
まだ自分はデザイナーですと言える自信がぜんぜんないので
ほんとはちょっとやなんだけど、会社の名刺にはデザイナーって書いてあるし、
ほかに自分を説明するちょうどいい言葉がないので、しょうがなく。
やっぱり自分はまだまだ、ちょっとMac使えてPhotoshop使えますくらいの人と
どこも変わらないわけですよ。
デザイナーの大師匠みたいな人にびっちり張り付いて修行したわけでもないので。
いっとき、焦りみたいなのでどうしようもなくなっていた時期もあったけど、
いまはこんなデザイナーが一人くらいいてもいいかなぁーと
どっかで肯定できるようになったかなあ。
まぁ、ほんとはだめなのでコソコソ勉強しようと思います。
仕事でデザインのことを文章を書かなくちゃいけなくて書いたけど、
やっぱ文章書くのって慣れないから難しいねー
たいしたこと書けなかったけど、よろしかったらどうぞー
思ったよりいろんなことやらせてもらえてて、あっという間でした。
だいぶ楽しく過ごさせてもらってます。体力的にきついときもあるけど。
また、がんばります。
こんにちは、ogugです。
ロケタッチのデザイン全般を担当しました。
「デザイナーです」と自己紹介すると、
「ああ、じゃあ絵とか描くんですね」と言われる事がいまだにある。
たしかに絵は描くけど、それはデザインに必要だから描いているだけでデザイナーは絵描きとは違う。
最終的なアウトプットがビジュアルではあるけれども、それを通してどう社会と繋がりを作るか、コミュニケーションを作るか、ということを設計するのがデザイナーの仕事なんじゃないだろうか。
思えば、ずっと心のどこかにフラストレーションを感じていたんだとおもう。
2010年3月末。
突然呼ばれて言いわたされたのは、4月から新規プロジェクトをはじめるのでそれに入ってくださいという指示だった。
そのプロジェクトはやる事は決まっているけど、まだほとんど白紙で、サービス名さえ決まっていなかった。
なにも決まっていないという事は、いまからそれを決めることに参加できるということだよね?
のぞむところじゃないか。
以前から個人的に興味があったことがある。
バカ日本地図は、みんなが思っているイメージの中の日本地図を可視化してみせた。
けれどもそれは谷口一刀という人が用意した仕組みに乗っかろうとした人たちの声という、すでに何からのフィルターを通ったものであって、ソーシャルメディアのそれとはまた違う。
そうじゃなくて、もっと実行動とか、人間関係とか、そういう無意識から生まれるものを可視化したい。
ソーシャルメディアに集まるデータっていうのは個人が持っている趣味だとか趣向が反映されるものになっているはずで、そうやって集まったデータはログとしてただ並べて見ているときよりも、ビジュアルとして可視化した方がきっと面白いし、そこからまた新しいコミュニケーションを生み出すことができるんじゃないかと思う。
ソーシャルメディアはたくさんあるけれども、ビジュアライズにフォーカスをしたwebサービスはまだないんじゃないか。
ロケタッチがやろうとしていた事は、それにすごく近いものだった。
実は、最初に佐々木さんがイメージしていたものはもっと牧歌的で、つながりとか暖かみとかそういうことを言っていた気がする。その「想い」の骨組みは最初と変わっていない。でもそこに「参加すること自体を楽しむためのキーワード」として「小学生」というメタファーを取り入れる事で、世界観は一気に加速し、ポップでキャッチーな世界ができあがった。
みんなで知恵を絞ってその世界観を膨らませた。そこでは職能も役職も関係なく、つねにフラットであったと思う。すくなくともわたしはそう思う。
でも、それをビジュアルに落とし込むのは孤独な作業だった。
ロゴの案をいくつもいくつも作っては見せるんだけど、毎回いぶかしげな顔をする佐々木さんの顔色をうかがい、ミーティングが終わるたびにひどく落ち込んだ。そして、わたしが一番気に入っていないものを指して「これかなー」と言うのだ。
何が正解なのかが全然わからない。自分がやりたい仕事もできていない。フラストレーションも高まっていき、作業の手もどんどん鈍くなってきた。
ただ、打ち合わせを重ねるごとに取捨選択を重ねて徐々にこの世界の輪郭が見え始めた頃からチームのボルテージは一気に上昇していったと思う。
そして、とくに佐々木さんはこれだと思う「ハマり」を見つけると、そのたびにぱあっ顔を輝かせて喜ぶのだ。
それはもう、ドラえもんのひみつ道具に小躍りするのび太みたいに無邪気だった。
ロケタッチは、そうやって各バート担当のそれぞれ仕事がぶつかり合ったり溶け合ったりしながら、船頭であるsasakillのび太が描くヴィジョンを具現化していって生まれたコンテンツかなぁと思いました。
微力ながらわたしもそれに貢献できただろうか。
わたしは佐々木さんのドラえもんになれただろうか。
ティザーサイトをオープンさせる前夜。
あのときの熱病のようなテンションは今思いだしても完全にどうかしていたと思うし、でもそれがたまらなく楽しかった。
そこから出来上がったティザーサイトは、3パターンのデザインがランダムに表示されるという当初の計画を遥かに逸脱したものになっていた。
最高にバカだと思うけど、最高に楽しかった。
作っている人たちが楽しいものは、必ず楽しいものになるとわたしは信じている。
古巣に戻る甘えを甘受した自分への言い訳を、ずっとずっと考えていた。
「病気を経験した」だとか、「ライブドアが好き」だとか、そういうのはぜんぶ後付けだ。
楽しいものが作りたかった。
楽しいものを作ってそれでみんなで遊びたかった。
「いいものを作っていれば人は集まる」なんて幻想だって事くらい十分知っている。
けれど、いいもの楽しいものじゃないと人は寄り付かない。
だからわたしは作り手としてここに居続けるかぎり、これからも楽しいものを作り続けなくちゃいけないんだとおもう。
ロケタッチはみんなで遊びたいわたしたちが、楽しいと思えるものをたくさんたくさん詰め込んだつもりです。
それは、これからもまだまだ続きます。
余談ですが…
それと、一番下の写真のスタッフは、ロケ当時にロゴのカラーリングにあわせたファッションで出社してきました。オシャレの幅が広いスタッフがいて助かりました。
ロケタッチ開発ブログ:ロケタッチの先行発表会
と、あります。
この社員が自主的にこのような服装で出社したような書きぶりですが、一応モデルをお願いする方(と、その嫁を含む)にの企画の趣旨説明と一緒に軽いう打ち合わせをしてこのような感じでというふうにお願いしました。
一応ここもデザインしてるんですよー
余談でした。
チームロケタッチのひとびと
応援してくれたひとびと
- せかいにたっち。ロケタッチがリリースされました。
- 7.15 「ロケタッチ」がサービスインしました。思い出をみんなと
- マジメにいえば地域振興策!「ロケタッチ」デビュー!
- きっとこれが制作チームの想像してた場面 of ロケタッチ
ディレクターブログでの連載記事
- ロケタッチのつくりかた 第1回 プロデューサー編
- ロケタッチのつくりかた 第2回 ディレクター編
- ロケタッチのつくりかた 第3回 デザイナー編
- ロケタッチのつくりかた 第4回 プログラマー編
- ロケタッチのつくりかた 第5回 マークアップエンジニア編
あっ!!!
12×12でできている、もっぱら似てると評判のこのアイコンが
なんとTechCrunchJapan載っちゃいました。
というわけで、ロケタッチはlivedoorIDで使えるよ。
遊んでみてね。
連日夜中まで家で作業してました。
前日も深夜まで作業してたので当然寝不足。
早朝に着付けのために早朝に叩き起こされて
帯でぎゅんぎゅんに締め上げられてフラフラしながら
振り袖で家の近所をウロウロした記憶しかありません。
うん。今とあんまり変わってないな。
ハタチになったとき、まだ自分が学生だったからかもしれないけど
全然大人じゃないのになぁって思いました。
自分は世の中のことも全然知らないし、
社会の役に立つようなこともできると思えなかったし。
ただ、高校生のときから結構バイトはしていたので
そこで「働くことって楽しい」ってことを知っていたので
就職氷河期にも関わらず就職決まってないくせに
ぜんぜん悲観的じゃありませんでした。
30歳になったとき、無職でした。
28-29歳と2年間学生をやっていて、ちょうど卒業した直後だったのですが
何も決めずに実家でぶらぶらしていました。
ただ、実家を出て地方で2年間一人暮らしもできたし、
社会人から学生をになってみて、
ぼーっと働いてる頃より知恵もついた気がするので
30歳で無職にも関わらず焦りみたいなものはなかったかも。
あれ、ハタチのころと変わってない。
これじゃ、わたしがだいぶのんきな人間だってことがわかっただけだ。
オトナってなんだろうね。
成人式って30歳でやった方がいいと思うんですよ。
社会に出てある程度たった頃だからいろいろわかる頃だし
自分のことも社会のこともわかり始める頃な気がするし。
30歳はぜんぜんオトナじゃないけど
30歳はもうオトナにならなくちゃいけない歳だぞ、
という意味を込めての三十路成人式、いいと思うんだけどなー
がっかりすることの方が多いから。
じゃんけんとか席替えのくじ引きでもいい思いしたことないし。
唯一の思い出は、小学校のとき父親の横で
ひとつかみ分パチンコやったら1箱くらいになりました。
カウンターのおばちゃんに全部チョコレートに交換されて
しょんぼりした記憶ならあります。
ファミコンのカセットがほしかったんだけどな。
あ、最近福引きのガラガラポンで500円分の商品券もらったけど
結局使わないまま期限がすぎちゃいました。
でもこれはフロントエンド商品だから
アタリのうちに入らないね!
そもそも人生の方がギャンブルだと思うんだよねー!
だからパチンコとか競馬とか宝くじとかそういうので
わざわざドキドキを買わなくても充分間に合ってますよー!

