小熊秀雄賞市民実行委員会は、4月3日、市内高砂台の旅館・扇松園で、4人 の選考委員による最終選考委員会を開き、第41回小熊秀雄賞の受賞作を決定しました。最終的に5作品に絞られ、議論を重ねましたが結論が出ず、2回の投票を経ても2作品が同数の得票を得て、結局、甲乙つけ難いと判断し、2つの作品を受賞作とすることにしました。

『タマシイ・ダンス』 作/新井 高子

arai[略歴]1966年、群馬県桐生市生まれ。生家は織物工場。慶應大学文学部卒業。埼玉大学国際交流センターに勤務し、留学生に日本語・日本事情を教えている。1997年、第一詩集『詩集 覇王別姫』(緑鯨社)。

2006年、英日バイリンガル詩集『FOUR FROM JAPAN』(共著/LitmusPrss/Belladonna Books)。2007年、第二詩集『タマシイ・ダンス』(未知谷)。詩と批評の雑誌『ミて』編集人(現在、103 号を準備中)。

『サム・フランシスの恁麼』 作/竹田 朔歩

takeda[略歴]1950年、大阪市生まれ。2006年、第一詩集『軽業師のように直角に覚めて』(思潮社)。2007年、第二詩集『サム・フランシスの恁麼』(書肆山田)。日本現代詩人会会員。関西詩人協会会員ほか。Messier同人。奈良県香芝市在住。

【第41回小熊秀雄賞選考委員】

辻井 喬(作家)東京都
工藤 正廣(詩人・元北海道大学文学部教授)札幌市
石本 裕之(詩人・旭川工業高等専門学校教授)旭川市
藤井 忠行(造形作家)旭川市

【正賞】

「詩人の椅子」
デザイン/元北海道教育大学旭川校教授、彫刻家 板津邦夫氏
制作/カンディハスウス

chair

【副賞】

今回は2人ということで、15万円ずつ

【贈呈式と記念講演会】

5月10日午後3時から
旭川市民文化会館小ホール

選考の過程について    辻井 喬

 小熊秀雄は、しっかりと生活に根を下した感性ばかりではなく、イメージを飛 躍させていく力を持っていた。彼の豊かな想像力の展開は作品を日本的な自然主 義の方向へではなく、リズム感に溢れる冗舌へと導いていったように見える。

 それは当時のプロレタリア文学の世界にあっては独特の性格のものであった が、読む者に自由な解放感を与えたのである。人々は彼の作品から悲愴な使命感 ではなく陽気な歌声を聴いた。

 そのような傑出した個性をもった詩人の名を冠した賞にふさわしく、候補作品 は百十八点に及んだ。そのなかから第一次選考に残った二十二冊の詩集は、まこ とに多彩で個性豊かなものであった。今までに、いくつかの賞の選考の場にいた ことのある私にとっても、このなかから一点を選ぶ作業は楽しいかもしれないが それだけにとても困難なものになるだろうという予感があった。

 選考会がはじまってみると、まさにその予感どおりに、議論は白熱し、その議 論のひとつひとつが具体的な根拠をもっているものでもあった。

 そうしたなかからようやく五冊が残り、それをさらに新井高子さんの「タマシ イ・ダンス」、竹田朔歩さんの「サム・フランシスの恁麼」、そして瀬崎佑さん の「雨降り舞踏団」の三冊に絞った。そこでもう一度小熊秀雄賞の性格に加え て、新人発掘的な要素、芭蕉が弟子に語った言葉などを想起して受賞対象作品は 二つになった。瀬崎さんの詩集は完成度から言えば極めて高いものであったが、 すでに詩人としての地位を確立しているという意見も考慮された。しかし、残っ た二冊を一冊にすることは困難で、異質な二作品のちょうど中間ぐらいのところ に小熊秀雄の詩の世界があるのではないか、それも平面上の中間ではなく立方体 のなかの中間としてあるのではないかと私は思い、私は異例ではあるがこの二作 品を受賞作品にすることを提案した。事務局がこの提案を快く受けいれたこと は、さすがに前向きの空気に満ちた土地の組織だという感銘を私に与えてくれた。

 この受賞作の他にも、私には下村和子さんの「弱さという特性」、国井克彦さ んの「東京物語」、高啓さんの「ザック・デ・ラ・ロッチャは何処へいった」、 山本純子さんの「海の日」、南川隆雄さんの「火喰鳥との遭遇」が印象的であった。

「選評」 工藤 正廣

 新しくなって再出発する小熊秀雄賞の内容について、まず僕は、三つの楔を (それは理念あるいは理想といってもいいが)打ちこみたいと思った。第一は、 現代の詩的言語によって日本語を豊かにし日本語文学に寄与する仕事。第二は、 現代社会の過酷なシステムの中で苦しんでいる人々に思いを寄せる、批判精神に あふれた想像力。第三は、真実のことばの生命力ある発明。

 で、選考にさいして、僕は、新井高子「タマシイ・ダンス」、田中健太郎「深 海探索艇」を先頭に立て、つづいて散文詩集の南川隆男「火喰鳥との遭遇」、田 川紀久雄「生命の旅/見果てぬ夢」、そして手作り詩集の向井恵子「眼(まな ぐ)」をそえて選にのぞんだ。

 ゆくゆく議論の過程で、竹田朔歩「サム・フランシスの恁麼(にんま)」が選 考委員から押し出されたが、迂闊というべきか、僕はこの詩集の書法には余りに も馴れすぎていたせいか、つい採りわすれていたことだったが、思念の追求の清 潔さに奥深い花があったかと思う。

 「タマシイ・ダンス」は、僕が理念にあげた諸点をはるかに凌駕する画期的な 労作だった。日本の現代詩が口語詩としてここまで登りつめたかという感銘だっ た。リングィスティック詩という範疇を越え、悲哀の民俗の絲を横糸にしなが ら、〈神話〉語りのことばによって、古い書き言葉の現代詩ではほとんど不可能 だった、日本語にも可能な〈韻律〉の実験と成立を手に入れている。しかも強靭 な制作意志の貫徹と構成力に舌をまいたことだった。解釈に関しても尽きない魅 力のテクストだった。新しい小熊秀雄賞が一方にこうした詩集をかかげた意味は 大きいと思う。

 田中健太郎「深海探索艇」は、この社会の海底深部で静謐にたたかっている孤 独者の記録だが、ラジカルな抒情詩集としても感銘が深くすてがたい収穫だっ た。選考にのぞんで、このひとすじ詩の仕事についてあらためて衝迫を僕は受け て、ありがたい経験となった。

新生小熊秀雄賞の船出に    石本 裕之

 第41回小熊秀雄賞選考会は委員の顔ぶれが替わった初回であり、冒頭に意見交 換を行って、<詩としてのことば、そこに包含される洞察力、理念、エネル ギー>を備えた作品を見出すべく船出した。まず各委員が数点ずつ指名した計10 点を揉み、さらに議論と投票を経て絞り込んだ5点を対象に審査する、という経 過をたどった。

 受賞作それぞれの講評は他の選考委員がして下さるものとして、それとは別に ここでは私なりに感じたことを少し述べたい。

 冒頭作の出だしに、竹田朔歩『サム・フランシスの恁麼』が「もう そこまで 来ているよ/追いつ 追われつ/火蓋が切られ」(「恁麼(このように)」)と いい、新井高子『タマシイ・ダンス』が「火が来るよ、もうすぐここに火が来る よ、/って 知らせつづける女の蛇がいましてね、」(「Wheels 」)という。

 結果的にとしか言いようがない全くの偶然なのだが、今回同時受賞した2つの 詩集は好一対を為すかのようだ。ことばへの渇望とことばとの葛藤は両者に共通 する戦いである。

 飛び去りつつある思念を鎮めようとするのが『恁麼』なら、落ち込みつつある 思念を浮揚させようとするのが『タマシイ』ではないか。またそれぞれの律動 を、新井の所謂「シェイク」で捉えるならば、『タマシイ』はトランペットを吹 き、『恁麼』はベースを弾きながらシェイクしているといえよう。

 他に、南川隆雄『火喰鳥との遭遇』や高啓『ザック・デ・ラ・ロッチャは何処 へいった』、とりわけ瀬崎祐『雨降り舞踏団』の詩的洞察に満ちた物語性に私は 強く心引かれた。

 力作をお寄せいただいた全国の詩人の皆様に感謝します。優れた現代詩を顕彰 する賞が旭川の地で、市民の手によってかつて作られ今また再出発したことは、 小熊秀雄の名にふさわしい歩みであると同時に快挙です。この賞がさらに誇りあ るものに育つよう、市民や詩人の皆様の応援を今後ともお願いします。

選考をおえて    藤井忠行

 今回の受賞二作品「タマシイ・ダンス」新井高子と「サム・フランシスの恁 麼」竹田朔歩、は好対照の作品でした。新井は喧騒たるエネルギーを吐き出しつ つ水平に疾走する世界を展開し、竹田は静寂の中に垂直に立ち上がる熱い精神の ありかたを提示しているように思います。動と静、水平と垂直、泡立つ言語と研 がれる形象・・・・。しかしながら共通している点もあります。それはいずれも 作品の中にひそかな余白(裂け目)をしつらえており、読者はそのすき間から作 者の世界に入り込み、迷い込み、自らのイメージの浮游を遊ばせてくれるところ でしょうか。感覚的なやわらかさも共通の魅力と感じました。

 候補作の中では、「眼」向井恵子「火喰い鳥との遭遇」南川隆雄に心引かれま した。向井には、うそのない日常のすがすがしさと健康的な「生」のぬくもり を、南川の散文詩には、読むほどに引き込まれる不思議な魅力を感じました。選 考にあたり応募された作品の質の高さから、その優劣を判断することの困難さを あらためて痛感いたしました。

 新鮮な感覚、確固たる自己の世界の方向性、他者との関係、またイメージの誘 発装置としての詩作の可能性という点で、受賞の二作品が優劣つけがたく極めて 優れていると考えました。

 今は表現のあらゆるジャンルに冬の季節が到来している感があります。詩作行 為が充満する閉塞状況の打破の担い手であらんことを願っています。

 終わりに、今回出会えました多くのすぐれた作品にこころから敬意と感謝とを 申し添えたいと思います。

以上4人の選評です。