2009年11月20日
● 世界道路交通犠牲者の日 北海道−福島−東京−大阪の集いワールドディ。道路交通被害と安全を考え、行動に向かう、重要な日になりました。私は13日の北海道フォーラム、13日の東京・日比谷公園でのキャンドルナイト、大阪での交通死ゼロの集いに参加しました。その様子と、その後の動き、意見交換については「つながるプラザ」で。
福島ではtakumamaさんがひとりでワールドディ。そして、講演、NHK。このことは「天使だった卓弥」で。
ワールドディのことは重要です。昨日、今日はモスクワで交通安全大臣会議。これについてはあらためて書きます。
● ソフトカー・2050
今、私が務める千葉商科大学・政策情報学部の10周年論文集(エッセイ集)をつくっています。私は、「ソフトカーとキャンパスを飛び出した若者たち −いつか、きっと、世界を変える−」というタイトルで、短い原稿を書いています。
今朝起きたとき、そのエッセイの終わり方が見えました。それは・・・
・・・21世紀はじめ、ソフトカー普及のためにキャンパスを飛び出して活動した若者たちが、
中年になり高齢に向かうとき(40年後、50年後? 私はもうこの世にいない)、まちを、
レインボーライトをつけたソフトカーがゆっくり走っている。
中年になり高齢に向かう今の学生たちが、自分のこどもや孫に、
「自分たちが学生の頃、このソフトカーの普及のための活動をしたんだよ」と伝える。
「えー、凄い!」「本当?」とざわめくこどもたち、孫たち・・・・
というものです。ソフトカー・2050の風景、でしょうか。
命を与えられたことに感謝し、命をつなぐ仕事をしたい、しなければ、と心から思います。
論文集は『大学維新に挑戦した学者たち』のタイトル(仮)で中央公論新社から、2010年4月(ちょうど学部10周年です)に刊行されます。書店にも並びます。(アマゾンでも、もちろん。)
● いちかわ・ユニバーシティ・フォーラム・2009
エッセイ書きと平行して、以下のフォーラムの準備をしています(写真)。
いちかわ・ユニバーシティ・フォーラム 「強い大学・強い学生・強い社会」
2009.11.28(土) 13:00開場 千葉商科大学1号館 1101
内容
崟こΔ梁膤悄廖‖膤惴Φ羃函山内太地さん 基調講演
安全・安心まちづくり、ソフトカーなどに関する学生の活動報告
(明治大学、千葉商科大学など)
学生の活動報告を中心に、研究者・企業人・行政・市民がコメント、討議
* 基調講演をお願いする山内さんのブログ「世界の大学めぐり」でフォーラムを紹介していただいています。
16:45- 懇親会
ユニバーシティ・フォーラムは大学と地域の交流の場として2001年にはじめましたが、今年は、学生の発表を中心に、社会人がコメントをするフォーマットにしています。
遠方の方にはご通知だけになりますが、お近くの方、ご参加いただき、学生に力を与えていただくことをお願いいたします。
2009年11月07日
[2009年11月12日追記] 「まちと生命を守る・・・」の講演を、千葉商科大学で、11月10日には「都市デザイン論」と「都市政策経営論」で、今日(12日)は「超領域研究法」の授業で、聞いてもらいました。このコメント欄には受講した学生のみなさんのコメントが書き込まれています。そして、学生のみなさん、ここにコメントを残してください。浦王毎年11月3日は「世界道路交通犠牲者の日(ワールドディ)」です。ことしの世界のスローガンは From Remembrance to Action 追悼から行動へ。世界各国で追悼とアピールの行動がおこなわれます link。
私は、11月13日(金)に北海道で、11月15日(日)に、ワールドディの基調講演をさせていただきます。
講演タイトルは 「まちと生命を守る「脱・スピード社会」を」。サブタイトルは、北海道では、「北海道から世界へ」、大阪では 「大阪から世界へ」。そして、「悲しみを希望に」。このタイトルに私のすべての思いを込めました。
『脱・スピード社会』を今年4月に刊行し、以来、様々な活動をおこないました。そのことを、この講演に凝縮します。
講演の大きな流れは、次のようなものです。
●遺族と被害者の命がけの訴え
・「わが子の生命にかえて、10の生命、100の生命、1000の生命を守りたい」
・風になる、虹になる Becoming Winds, Becoming a Rainbow
・「道路が安全になれば、世界の母親の悲しみを避けることができるでしょう」
ギリシャ、Eleni Karidiさん
・生命のメッセージ p.331 link
・黙祷 link
・署名
・訴えが実現した法改正
・法廷での闘い
・被害体験者の支援の力
・黄色い風車 link
・世界道路交通犠牲者の日 link つながるプラザ p.317 link
●癒えぬ心と体の傷
・生きていることが地獄 p.330
・本当に交通死者は減少しているか
・増加する重傷者 p.85
・医療技術のトリック
・2次被害・3次被害
・検察審査会 p.343
・悲惨な高齢者社会
・引きこもる子供たち
・見せかけのバリアフリー・ユニバーサルデザイン
●世界をみると
・年間130万人の死者、2000万人ー5000万人の重傷者
・これまでに3500万人の死者 − 現在文明の最大の犠牲
・21世紀末には 惨憺たる未来
●なぜ道路交通犠牲が見過ごされてきたか −「犠牲許容社会」の構造
・産業革命による「スピードの発明」
・スピードがもたらした芸術家、建築家、都市計画化、市民の興奮
・自動車と道路がつくりあげた工業化経済
・自動車産業が創出した消費者金融 金融経済の勃興
・不況克服のための企業と国家の超資本主義体制
・GMが示した未来 フューチャーラマ link
・戦争の遂行と自動車
・戦後復興と成長も自動車と道路で
・戦争特需の残酷 「戦後の戦争経済」
・犠牲の増加をビジネス化した保険 仁木雄作『交通死』の分析
・自動車に見るサブプライム問題
●道路交通犠牲は増える
・GM,クライスラーの破綻
・トヨタショック
・グリーンニューディールのバブル
・BRIC’s(中国、ロシア、インド、ブラジル)新興国経済の危うさ
・F1から撤退したけれど
・ITSは「安全な道路交通社会」をつくるか? link? link? link? link?
・高速道路無料化、暫定税廃止の危険 link
・自動車依存社会が続く? link
●「脱・スピード社会」がひらく未来
・自動車速度制御と表示 ISAとソフトカー
・「脱・スピード」という発明
・たち帰るべき未来
・中心は歩行者、自転車、バス、電車
・自然に戻る道路
・道路税源で区画整理地に自然を
・分離信号、ドライブレコーダーと連動して
・ニューディールは「安全」によって
・湧きあがる人間産業
・道路交通法と車輌保安基準の改正で「戦争経済」を終焉させる
●未来へのステップ
・「小さな世界で一番になる」
・レインボーライトの希望
・お母さん・お父さんの夢
・希望格差社会を超える
・「最先端研究」
・「交通事故ゼロの社会」 10年間で1/10、そして、ゼロへ
●私たちの役割
・悲しみを知るからこそ
・小集団主義を超えて
・被害者と心ある市民が それぞれの小さな場から link
・政治を動かす市民
・世界とつながる
・From Remembrance to Action 追悼から行動へ
・ブリュッセル・世界NGO会議からモスクワ交通安全大臣会議へ
・上海の若者たち
・小さな生命と大きな世界
・悲しみを希望に
・風たちへ
以上が目次です。目次内の頁ナンバーは本『脱・スピード社会』の関連頁。みちろん本がなくても聞いていただけるお話をしますが、本を対応させるともっとわかります。もちろん、本に書かなかったことも沢山お話しします。link は関連するサイトです。
これから手を入れていきます。60分の講演時間は、実は、短い。多くを話そうとすると散漫な感じになります。しかし、伝えたい、そして、語り合いたい、そして、みなさんと一緒に次の一歩を踏み出したい。こうして目次を書くだけで、多くの心の痛みが、悲しみが、そして、希望の行動が私に涙させます。
こんなに緊張して講演の準備をするのは、はじめてのことです。
∞
最後になりましたが、北海道、大阪のプログラムをお伝えします。
■北海道 世界道路交通犠牲者の日・北海道フォーラム
11月13日㈮ 18:00 〜 20:30 かでる2・7 4階大会議室
札幌市中央区北2西7
後援:北海道・北海道警察・札幌市
協力:交通権学会北海道部会・クルマ社会を問い直す会・道はだれのもの?
札幌21・スローライフ交通教育の会
主催:北海道交通事故被害者の会
(札幌市中央区北1条西9丁目 ノースキャピタルビル4階
Tel.011-233-5130
ゼロへの提言記念講演 小栗 幸夫
まちと生命を守る「脱・スピード社会」を
〜 北海道から世界へ、悲しみを希望に 〜
コーディネーター: 山本 純 氏(札幌学院大学教授)
ゼロへの願い被害者からのメッセージ
ゼロへの誓い関係機関より報告
★「息子は意識も戻らないまま、小さな体で闘っています」…小学1 年生でクルマに轢かれ、寝たきりとなった米内隆輔君(稚内市)の報道映像による声なき訴え。
★飲酒運転・ひき逃げの悪質交通犯罪で高校生の息子を奪われて…江別市 高石洋子
交通死傷ゼロへの提言
詳しくはこちらから。
■大阪 交通死ゼロをめざして 〜世界道路交通犠牲者の日の集い〜
11月15日(第3日曜日)午後1時30分から、大阪市立中央会館ホール
主催:TAV 交通死被害者の会 共催:大阪府・大阪市
後援: 大阪被害者支援アドボカシーセンター、京都犯罪被害者支援センター、神奈川被害者支援センター、大阪弁護士会、自動車事故対策機構、クルマ社会を問い直す会、帝塚山大学こころのケアセンター、豊中市教職員組合、命と安全を守る歩車分離信号全国連絡会、北海道交通事故被害者の会、交通事故被害者遺族の声を届ける会、頭部外傷や病気による後遺症を持つ若者と家族の会、読売新聞大阪本社、毎日新聞社、朝日新聞社、産経新聞大阪本社、讀賣テレビ放送?
協力: 関西テレビ放送?、あひる一会、阿津川令子(関西大学)、山室真澄(東京大学大学院教授)、?アルトワン、きび心の相談室
第1部 道路交通犠牲者追悼セレモニー
朗読劇「あいみての…」作:CHUBU 出演:TAV会員
第2部 講演:まちと生命を守る「脱・スピード社会」を
〜大阪から世界へ、悲しみを希望に〜
小栗幸夫(千葉商科大学教授、ソフトカー・プロジェクト・チーム代表)
(TAVプロフェッショナル・アドヴァイザー)
前日の14日(土)には、大阪、名古屋、滋賀の3ヶ所で、街頭啓発活動が行われます。
詳細はこちらから。
北海道の前田さん、大阪の西浦さん・森本さん、よろしくお願いします。そして、みなさん、会場で、また、このブログで、「つながるプラザ」で、そして、「世界とつながるプラザ Meet-the-World Plaza」で、お会いしましょう。
その前に、広島の学会の論文を仕上げねば。随分遅れました。
2009年10月29日
[10月31日 緊急追記 「一般道時速80km」の危険] 緊急報告です。10月29日、警察庁が、「一般道でも、安全が確保されている場合は時速80kmまでのを認めてよいと全国の警察本部に通達を出しました。この通達が「一般道路も80km出せます」と報道されていること(読売新聞10月30日朝刊)が気がかりでした。ところが、今、千葉商科大学の1年生の金田康平君(千葉県白石市)から、「この記事の結果だと思われるが、家の周辺の道路の車の速度が一挙にあがっています」と連絡がありました。みなさんの地域ではどうですか?自動車被害が増加してからでは手遅れです。みんなで、何か、手を打ちませんか?
直接、誰もが、世界とつながる「世界とつながるプラザ」を立ち上げました。このことを、「世界道路交通犠牲者の日・つながるプラザ」に書きました。以下に「つながるプラザ」に書いた記事を転載します。
∞
「つながるプラザ」に集まるみなさんが、こんどは、「世界とつながるプラザ」で、直接に世界につながります。今日はそのお知らせです。
○ ブリジット・ショードリーさんからの招待
世界道路交通犠牲者の日(ワールドディ)のきっかけは、イギリスの交通被害者組織・ロードピースが1993年に開いた追悼の日でした。そのロードピースの活動を始めたのが、1990に息子さんを交通被害で亡くしたブリジッド・ショードリーさんです。
そのショードリーさんから、「このサイトでワールドディの活動が伝えることができますよ」と招待状をいただきました。10月20日のこと。そのサイトは Road Victims World (世界の道路交通被害者)というソーシャルネットワーク(招待によって参加する掲示板)でした。成り立ちを調べてみると、ショードリーさんが会長を務める FEVR(欧州道路被害者連盟)がたちあげたことがわかりました。
いま参加者は45人。ポルトガル、ギリシャ、イタリア、ルーマニア、イギリス、ルクセンブルグ、スペイン、スイスなどの国の人たち。その中の何人かが、今年5月、TAVの森本さんと一緒に参加した、ブリュッセルでの世界NGO会議で会った人たちです。
○ 世界のお母さんの思いは同じ
「道路が安全になれば、世界の母親の悲しみを避けることができるだろう」そう書いたのはギリシャのお母さん、ELENI KARIDI さんでした。ブリュッセルでお会いした方です。本当にそうですね、とELENI KARIDI さんにメッセージを送りました。
世界のお母さんの気持ちは、どこでも同じですね。そして、この悲しみを許してきた世界の残酷さを許すことができません。
○「世界とつながるプラザ」たちあげ
さらに調べて、日本語での書き込みもできることが判明しました。そこで、私は、日本語と英語で(そしてどの国の言葉でも)書き込みができる「世界とつながるプラザ Meet-the‐World Plaza」 というサイト(サブグループ)を立ち上げました。
(まだ、試行錯誤中ですが)
みなさんに、直接、世界とつながっていただくのが一番、という思いで 「世界とつながるプラザ」を立ち上げました。ここに参加していただくためには私がインターネットで招待状をお送りしなければなりません。
私から、また、確認できるかぎり、それぞれの方にご連絡しますが、是非参加したいとお考えの方、そして、お知り合いを参加者にしたいとお考えの方、私宛て、メイルでお知らせください。アドレスは oguri@cuc.ac.jp です。
○ 予感
みなさまと一緒に世界とつながることで、きっと、未来が開けていく。私はそう予感します。
∞
Road Victims World (世界の道路交通被害者)と「世界とつながるプラザ Meet-the‐World Plaza」についてはさらに追記します。
∞
「つながるプラザ」に集まるみなさんが、こんどは、「世界とつながるプラザ」で、直接に世界につながります。今日はそのお知らせです。
○ ブリジット・ショードリーさんからの招待
世界道路交通犠牲者の日(ワールドディ)のきっかけは、イギリスの交通被害者組織・ロードピースが1993年に開いた追悼の日でした。そのロードピースの活動を始めたのが、1990に息子さんを交通被害で亡くしたブリジッド・ショードリーさんです。そのショードリーさんから、「このサイトでワールドディの活動が伝えることができますよ」と招待状をいただきました。10月20日のこと。そのサイトは Road Victims World (世界の道路交通被害者)というソーシャルネットワーク(招待によって参加する掲示板)でした。成り立ちを調べてみると、ショードリーさんが会長を務める FEVR(欧州道路被害者連盟)がたちあげたことがわかりました。
いま参加者は45人。ポルトガル、ギリシャ、イタリア、ルーマニア、イギリス、ルクセンブルグ、スペイン、スイスなどの国の人たち。その中の何人かが、今年5月、TAVの森本さんと一緒に参加した、ブリュッセルでの世界NGO会議で会った人たちです。
○ 世界のお母さんの思いは同じ
「道路が安全になれば、世界の母親の悲しみを避けることができるだろう」そう書いたのはギリシャのお母さん、ELENI KARIDI さんでした。ブリュッセルでお会いした方です。本当にそうですね、とELENI KARIDI さんにメッセージを送りました。世界のお母さんの気持ちは、どこでも同じですね。そして、この悲しみを許してきた世界の残酷さを許すことができません。
○「世界とつながるプラザ」たちあげ
さらに調べて、日本語での書き込みもできることが判明しました。そこで、私は、日本語と英語で(そしてどの国の言葉でも)書き込みができる「世界とつながるプラザ Meet-the‐World Plaza」 というサイト(サブグループ)を立ち上げました。
(まだ、試行錯誤中ですが)
みなさんに、直接、世界とつながっていただくのが一番、という思いで 「世界とつながるプラザ」を立ち上げました。ここに参加していただくためには私がインターネットで招待状をお送りしなければなりません。
私から、また、確認できるかぎり、それぞれの方にご連絡しますが、是非参加したいとお考えの方、そして、お知り合いを参加者にしたいとお考えの方、私宛て、メイルでお知らせください。アドレスは oguri@cuc.ac.jp です。
○ 予感
みなさまと一緒に世界とつながることで、きっと、未来が開けていく。私はそう予感します。
∞
Road Victims World (世界の道路交通被害者)と「世界とつながるプラザ Meet-the‐World Plaza」についてはさらに追記します。
2009年10月18日
● 唐津・JAショッピングセンターのこと 高橋泉さんからのメッセージ
高橋泉さんをご存知の方、多いと思います。唐津で2人のお嬢さんを育てるお母さん建築家。こどもの育つ環境など、多くの提案をされています。写真はお嬢さんたちと乗る自転車のヘルメット。高橋さんの優しさと挑戦心が伝わります。高橋さんのホームページはこちらから。
この高橋さんから直前の記事にコメントをいただきました。「自宅の近くにJAの大規模なショッピングセンターができる。大量の車が心配」。私は沢山の返信を送りました。「ソフトカーのレインボーライト、提案しませんか」など。
<10月23日追記> URLの紹介
主に高橋さんからのメッセージに関連して佐藤清志さん(全国交通事故遺族の会)とお知り合いの井坂@川崎市さんから多くのコメントをいただきました。そこに参考となるURLが紹介されていますので、直接にアクセスできるよう、以下に貼り付けます。
▽大規模小売店舗立地法関連サイト
大規模小売店舗立地法 http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H10/H10HO091.html
国土交通省 http://www.meti.go.jp/policy/economy/distribution/daikibo/index.html佐賀県 http://www.pref.saga.lg.jp/web/ritti.html
▽小学3年生の女の子の自転車事故について
フジテレビ 10/20 17:03 http://www.fujitv.co.jp/news/fnn.html(動画あり)
▽唐津市外町小 「交通事故ゼロ」訴え児童らパレード
佐賀新聞 10月22日 http://www.saga-s.co.jp/news/saga.0.1453000.article.htm(写真あり) (直接にはこちらから。小栗)
佐藤さん、井坂@川崎市さん、ありがとうございます。最後の小学生のパレード、happytogetherさんが紹介されたタイのこどもたちの交通安全運動と重なりますね。こどもたちにこのような行動をさせる社会のありかたを変えねば、と深く思います。
今日、ブリュッセルでお会いしたお母さんの次の言葉に出会いました。”We can avoid the pain of all the mothers in the world if we make the roads safer.” Oct 12 ELENI KARIDI's 世界のお母さんの思いは同じですね。ルーマニアからもメイルが届いています。これらについてはあらためて。
<追記 終わり>
● 『まずは小さな世界で一番になる』 江村林香さんの講演と著作
高橋さんのコメントに強く反応した重要なきっかけは、昨秋水曜(10月14日)、千葉商科大学でひらかれたユニバーシティー・アワーの江村林香さんの講演、そして著作。
江村さんはエアトランセという航空会社の若い女性社長。私が講演の教室に入ったとき(途中から参加でした)の話は「中古タクシー」のビジネス。メインテナンスのいいタクシーが4年から5年使われると廃棄に。タクシー会社は必ず新車を購入。これはおかしい、と考えた江村さんは廃棄直前のタクシーを無料で引き取る。そして、新車の10分の1の価格でタクシー会社に販売。
なるほど。私は唸りました。そして、1年に5万人も生まれる音楽大学卒業生を登録し、格安でコンサートを派遣する人材ビジネス。なるほど。
江村さん、なんて頭がいいんだろう?! いえ、いえ、私はフツーです、と江村さん。???と思われる方に『まずは小さな世界で一番になる』の本をおすすめします。
● 工事現場でスピード超過が問題。レインボーライトが活きる!
江村さんの素晴らしさは、確実に存在するニーズを発見し、それに対応する確実なものやサービスを届ける仕組みをつくる、こと。それが彼女のいう「小さな世界」です。
講演を聞き、サイン本を購入した私は、ソフトカーに対するニーズがあり、それへの対応をしていないことを思っていました。今年3月、ソフトカーのホームページを見たた長崎の西海建設 という会社のHさんという方から、「工事現場の車両がどうしてもスピード違反をしてしまう、何か対策はないか、と考えていてソフトカーの速度表示装置をサイトで見つけた、どんなものか?」と問い合わせがありました。
その頃 『脱・スピード社会』の執筆で忙しく、「レインボーライト(=一番簡単な速度表示装置。設定した最高速度を越えるとライトが点滅。写真)」をお送りしたのですが、うまく点滅しないということで返送されました。
工事現場はスピード超過は許されない「小さな世界」。「小さい世界」だけれど、これは確実にニーズがあり、この「小さい世界」は無数にあります。私は問い合わせに不十分にしか対応していないことを後悔しました。そして就寝。
翌朝、私の後悔は行動に変わりました。長崎に携帯で電話。Hさんはよく覚えておられて、「レインボーライトはいいですね。他にこういうものはありません。点滅するようになったら連絡ください」と反応。
さあ、レインボーライトのチェックを。これが課題になりました。
● 自治会のパトロールでも!
レインボーライトの使い場所は他にある。長崎への電話を終えた私は同じ携帯で、市川のN小学校のPTA会長Sさんに電話。Sさんは、登校する小学生の脇を青色パトロールカーでゆっくり走る対策をおはじめになり、そのパトロールカーとしてソフトQカーを利用することを相談しています。
Sさんは私の急な電話の内容をすぐに理解され、「小学校周辺の自治会が自動車を持ち、それを青色パトロールカーにしています。それにレインボーライトをつけては?」とお返事いただきました。
協議はこれからですが、ここにも「小さな世界」があることが確認できました。
●「技術と心でスピード制御」のソフトカーTシャツ
もうひとつ、大切な「小さな世界」があります。
私のゼミは「千葉商科大学まちづくりゼミナール」というのですが、ゼミの学生たちがオープンキャンパスで高校生を対象にソフトカーの展示・試乗会を積極的にしています。このこと、前回の記事でも書きました。
「この展示・試乗会、なぜやっているのか、もっとわかりやすくしたほうがいいですね」。いろいろな方からアドバイスをいただきました。そうですね。
学生たちと相談し、いつも着るポロシャツの上から着られるノースリーブTシャツを考え始めました。写真はその試作デザイン。「技術と心でスピード制御」のコピーはゼミの4年生・金子君などと懸命に考えました。最終版はこれから。でも、1週間のうちに実現します。
一足先にこのデザインを見た高橋さんから「まちの名前がはいったりするといいですね」とアドバイス。その試作も始めました。そうですね、このTシャツにまちや地域の名前が入る。唐津から、北海道から、大阪から、長崎から、そして、ロンドンから。
この夢は、「小さな世界」から始まるから、宙に浮いたものにはなりません。
● そして、政治イシューに、世界とつながって
「小さな世界」という概念が私の刺激になったのは、この半年ほどの私の体験が背景にあるのだと思います。3月末に本が完成、4月に発売。5月にブリュッセル、6月から東京モーターショーと最先端研究支援プログラムに取り組み、8月は上海、9月に『道路独裁』の書評、民主党の「高速道路無料化」の政策分析、など。
もちろん「小さな世界」を忘れていたわけではないけれど(例えば、ソフトQカーに"群がり”、私の頭をパンパンと小さな手でたたいた品川の小学生のことを、私は楽しく思い出します)、どちらかと言えば、私は「マクロの世界」に向かっていた、と思います。
しかし、「小さな世界」を大切にすることと「マクロの世界」への展望を持つことは全く矛盾しない。「小さな世界」を大切にすることで、江村さんは、今、航空事業という大きな仕事にチャレンジしています。高橋さんが目指すのもこどもたちが普通に、元気に、活き活きと育つ21世紀の世界。
私は、加藤周一先生のおっしゃった日本人の「小集団主義」にも思いを馳せました。『私の昭和史』というエッセイを集めた。そのとき、比率にして50篇中の49編が「個人体験」であり、自分の目で見た「マクロな昭和史分析」は殆どなかった、と。
たまたま私の書棚に『私の昭和史』(岩波新書)がありました。面白い。中国に八路軍の捕虜になった体験など。そして、加藤さんは、「個人の体験を見ていくと、その先に大きな歴史が見える」と書き、エッセイを寄せた人たちに感謝の言葉を送っています。
「小さな世界」とマクロをつなげる、そうした視点で、たとえば、「民主政権の政策分析」を進めることにしましょう。
世界道路交通犠牲者の日(ワールドディ)が近づいています。1昨日、イギリスのブリジット・ショードリーさんに、私がしばらく連絡を途絶えていたことをお詫びし、その背景をお伝えしました。モーターショーのこと、最先端政府プログラムのこと。
ショードリーさんからすぐ返事が来ました。最先端研究に選ばれなかったことは残念。ところで、今年のワールドディに向けて、モスクワの交通安全大臣会議に向けて、一緒に動きましょう。
「小さな世界」を大切にする私たちは「大きな世界」とも確実につながっています。大丈夫、My Friends! (笑)
□
高樹のぶ子さんの『甘苦上海』(日経連載)がどうしても気になります。主人公の紅子は、おかかえ運転手・周の運転する車で寧波に向かっています。
「寧波ににはこれまでの人生で直接触れることの無かった、生と死がある。山寺に立つ自分に何が起きるか興味がある。渋い鈍痛の伴う興味(371、2009.10.16)」「橋に乗ると空が急に近くなる。 ・・・左右の広がりの中に建物が無いだけで、こんなにも身体が浮き上がるものかと思う(372、10.17)」、「世界一の橋をつくることは出来ても、十三億の人間を豊かさで幸福にするのは並大抵のことではない(373、10.18)」
高樹さんの描く紅子の心情が私の気持ちを波立たせます。優れた言葉の選択が優れた旋律のように心に届きます。私は『甘苦上海』を鞄に入れて上海に行き、その舞台となった上海のいろいろな地区を訪ね・・・、そして、高樹さんと私は同じ年に生まれ、人生との、世界との、触れ方に共通項があることを感じます。
この記事、エンドレスになりつつあります。ここでいったん閉じます。夕刻には、ドイツから帰国している宮田と会います。その前に明日の授業の準備をします。
高橋泉さんをご存知の方、多いと思います。唐津で2人のお嬢さんを育てるお母さん建築家。こどもの育つ環境など、多くの提案をされています。写真はお嬢さんたちと乗る自転車のヘルメット。高橋さんの優しさと挑戦心が伝わります。高橋さんのホームページはこちらから。この高橋さんから直前の記事にコメントをいただきました。「自宅の近くにJAの大規模なショッピングセンターができる。大量の車が心配」。私は沢山の返信を送りました。「ソフトカーのレインボーライト、提案しませんか」など。
<10月23日追記> URLの紹介
主に高橋さんからのメッセージに関連して佐藤清志さん(全国交通事故遺族の会)とお知り合いの井坂@川崎市さんから多くのコメントをいただきました。そこに参考となるURLが紹介されていますので、直接にアクセスできるよう、以下に貼り付けます。
▽大規模小売店舗立地法関連サイト
大規模小売店舗立地法 http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H10/H10HO091.html
国土交通省 http://www.meti.go.jp/policy/economy/distribution/daikibo/index.html佐賀県 http://www.pref.saga.lg.jp/web/ritti.html
▽小学3年生の女の子の自転車事故について
フジテレビ 10/20 17:03 http://www.fujitv.co.jp/news/fnn.html(動画あり)
▽唐津市外町小 「交通事故ゼロ」訴え児童らパレード
佐賀新聞 10月22日 http://www.saga-s.co.jp/news/saga.0.1453000.article.htm(写真あり) (直接にはこちらから。小栗)
佐藤さん、井坂@川崎市さん、ありがとうございます。最後の小学生のパレード、happytogetherさんが紹介されたタイのこどもたちの交通安全運動と重なりますね。こどもたちにこのような行動をさせる社会のありかたを変えねば、と深く思います。
今日、ブリュッセルでお会いしたお母さんの次の言葉に出会いました。”We can avoid the pain of all the mothers in the world if we make the roads safer.” Oct 12 ELENI KARIDI's 世界のお母さんの思いは同じですね。ルーマニアからもメイルが届いています。これらについてはあらためて。
<追記 終わり>
● 『まずは小さな世界で一番になる』 江村林香さんの講演と著作
高橋さんのコメントに強く反応した重要なきっかけは、昨秋水曜(10月14日)、千葉商科大学でひらかれたユニバーシティー・アワーの江村林香さんの講演、そして著作。
江村さんはエアトランセという航空会社の若い女性社長。私が講演の教室に入ったとき(途中から参加でした)の話は「中古タクシー」のビジネス。メインテナンスのいいタクシーが4年から5年使われると廃棄に。タクシー会社は必ず新車を購入。これはおかしい、と考えた江村さんは廃棄直前のタクシーを無料で引き取る。そして、新車の10分の1の価格でタクシー会社に販売。
なるほど。私は唸りました。そして、1年に5万人も生まれる音楽大学卒業生を登録し、格安でコンサートを派遣する人材ビジネス。なるほど。
江村さん、なんて頭がいいんだろう?! いえ、いえ、私はフツーです、と江村さん。???と思われる方に『まずは小さな世界で一番になる』の本をおすすめします。
● 工事現場でスピード超過が問題。レインボーライトが活きる!
講演を聞き、サイン本を購入した私は、ソフトカーに対するニーズがあり、それへの対応をしていないことを思っていました。今年3月、ソフトカーのホームページを見たた長崎の西海建設 という会社のHさんという方から、「工事現場の車両がどうしてもスピード違反をしてしまう、何か対策はないか、と考えていてソフトカーの速度表示装置をサイトで見つけた、どんなものか?」と問い合わせがありました。
その頃 『脱・スピード社会』の執筆で忙しく、「レインボーライト(=一番簡単な速度表示装置。設定した最高速度を越えるとライトが点滅。写真)」をお送りしたのですが、うまく点滅しないということで返送されました。
工事現場はスピード超過は許されない「小さな世界」。「小さい世界」だけれど、これは確実にニーズがあり、この「小さい世界」は無数にあります。私は問い合わせに不十分にしか対応していないことを後悔しました。そして就寝。
翌朝、私の後悔は行動に変わりました。長崎に携帯で電話。Hさんはよく覚えておられて、「レインボーライトはいいですね。他にこういうものはありません。点滅するようになったら連絡ください」と反応。
さあ、レインボーライトのチェックを。これが課題になりました。
● 自治会のパトロールでも!
レインボーライトの使い場所は他にある。長崎への電話を終えた私は同じ携帯で、市川のN小学校のPTA会長Sさんに電話。Sさんは、登校する小学生の脇を青色パトロールカーでゆっくり走る対策をおはじめになり、そのパトロールカーとしてソフトQカーを利用することを相談しています。
Sさんは私の急な電話の内容をすぐに理解され、「小学校周辺の自治会が自動車を持ち、それを青色パトロールカーにしています。それにレインボーライトをつけては?」とお返事いただきました。
協議はこれからですが、ここにも「小さな世界」があることが確認できました。
●「技術と心でスピード制御」のソフトカーTシャツ
私のゼミは「千葉商科大学まちづくりゼミナール」というのですが、ゼミの学生たちがオープンキャンパスで高校生を対象にソフトカーの展示・試乗会を積極的にしています。このこと、前回の記事でも書きました。
「この展示・試乗会、なぜやっているのか、もっとわかりやすくしたほうがいいですね」。いろいろな方からアドバイスをいただきました。そうですね。
学生たちと相談し、いつも着るポロシャツの上から着られるノースリーブTシャツを考え始めました。写真はその試作デザイン。「技術と心でスピード制御」のコピーはゼミの4年生・金子君などと懸命に考えました。最終版はこれから。でも、1週間のうちに実現します。
一足先にこのデザインを見た高橋さんから「まちの名前がはいったりするといいですね」とアドバイス。その試作も始めました。そうですね、このTシャツにまちや地域の名前が入る。唐津から、北海道から、大阪から、長崎から、そして、ロンドンから。
この夢は、「小さな世界」から始まるから、宙に浮いたものにはなりません。
● そして、政治イシューに、世界とつながって
「小さな世界」という概念が私の刺激になったのは、この半年ほどの私の体験が背景にあるのだと思います。3月末に本が完成、4月に発売。5月にブリュッセル、6月から東京モーターショーと最先端研究支援プログラムに取り組み、8月は上海、9月に『道路独裁』の書評、民主党の「高速道路無料化」の政策分析、など。
もちろん「小さな世界」を忘れていたわけではないけれど(例えば、ソフトQカーに"群がり”、私の頭をパンパンと小さな手でたたいた品川の小学生のことを、私は楽しく思い出します)、どちらかと言えば、私は「マクロの世界」に向かっていた、と思います。
しかし、「小さな世界」を大切にすることと「マクロの世界」への展望を持つことは全く矛盾しない。「小さな世界」を大切にすることで、江村さんは、今、航空事業という大きな仕事にチャレンジしています。高橋さんが目指すのもこどもたちが普通に、元気に、活き活きと育つ21世紀の世界。
私は、加藤周一先生のおっしゃった日本人の「小集団主義」にも思いを馳せました。『私の昭和史』というエッセイを集めた。そのとき、比率にして50篇中の49編が「個人体験」であり、自分の目で見た「マクロな昭和史分析」は殆どなかった、と。
たまたま私の書棚に『私の昭和史』(岩波新書)がありました。面白い。中国に八路軍の捕虜になった体験など。そして、加藤さんは、「個人の体験を見ていくと、その先に大きな歴史が見える」と書き、エッセイを寄せた人たちに感謝の言葉を送っています。
「小さな世界」とマクロをつなげる、そうした視点で、たとえば、「民主政権の政策分析」を進めることにしましょう。
世界道路交通犠牲者の日(ワールドディ)が近づいています。1昨日、イギリスのブリジット・ショードリーさんに、私がしばらく連絡を途絶えていたことをお詫びし、その背景をお伝えしました。モーターショーのこと、最先端政府プログラムのこと。
ショードリーさんからすぐ返事が来ました。最先端研究に選ばれなかったことは残念。ところで、今年のワールドディに向けて、モスクワの交通安全大臣会議に向けて、一緒に動きましょう。
「小さな世界」を大切にする私たちは「大きな世界」とも確実につながっています。大丈夫、My Friends! (笑)
□
高樹のぶ子さんの『甘苦上海』(日経連載)がどうしても気になります。主人公の紅子は、おかかえ運転手・周の運転する車で寧波に向かっています。
「寧波ににはこれまでの人生で直接触れることの無かった、生と死がある。山寺に立つ自分に何が起きるか興味がある。渋い鈍痛の伴う興味(371、2009.10.16)」「橋に乗ると空が急に近くなる。 ・・・左右の広がりの中に建物が無いだけで、こんなにも身体が浮き上がるものかと思う(372、10.17)」、「世界一の橋をつくることは出来ても、十三億の人間を豊かさで幸福にするのは並大抵のことではない(373、10.18)」
高樹さんの描く紅子の心情が私の気持ちを波立たせます。優れた言葉の選択が優れた旋律のように心に届きます。私は『甘苦上海』を鞄に入れて上海に行き、その舞台となった上海のいろいろな地区を訪ね・・・、そして、高樹さんと私は同じ年に生まれ、人生との、世界との、触れ方に共通項があることを感じます。
この記事、エンドレスになりつつあります。ここでいったん閉じます。夕刻には、ドイツから帰国している宮田と会います。その前に明日の授業の準備をします。
2009年10月12日
世界道路交通犠牲者の日まであと1ヶ月になりました。時折寒さも感じ、時間がはやく経ち、また間があいて・・・と、また言い訳からはじまりそうですが、大切な事柄を記録します。
● 2009年9月25日、川口の現場へ
今年の9月25日も暑い日でした。3年前のこの日、41人の保育園児と保育士の時速60kmのワゴン車が突っ込み、4人の園児を死亡させ、17人の園児と保育士が傷害を受けました。私はその翌々日・9月27日以降、何回かこの事件を記事にしました。
2ヶ月後のこのブログの記事を通じて、亡くなった福地悠月ちゃんのお父さん・福地芳明産と知り合いになり、川口の現場は、ソフトカーを進める私にとっての原点になりました。
今年、当日、福地さんに東川口駅まで車で出迎えていただき、現場に向かいました。「昨夜から眠れなかった。」そうおっしゃる福地さんの気持ちは察するにあまりあり、私は助手席で唇をかみ締める以外ありませんでした。
現場には共同通信の記者の方、そして、悠月ちゃんたちが通っていた小鳩保育園の保育士の方とそのご主人、園長さん。衝突発生の9時55分に黙祷。
私は、現場に、上海万博のマスコット・海宝くんの人形と『脱・スピード社会』をおきました。上海万博にソフトカーを登場させたいののは、この悲しみを繰り返さないため。そして、『脱・スピード社会』は悠月ちゃんたちに捧げるものとして書いたのでした。約束が少し果たせたのかと思います。『脱・スピード社会』を、やはりお嬢さん・夢乃ちゃんを亡くした小山内さんご夫妻にお渡しでき、嬉しく思いました。
黙祷の後、福地さんのお気に入りのコーヒー店で何回もおかわりをし、その後、スペイン料理店へ。すっかりご馳走になりました。
「被害自体も大変だけれど、その後の警察、検察、裁判官の対応が辛かった」、「悠月は小さな庭で遊ぶ天才でした」・・・訥々とお話しになる福地さんの言葉を聞きながら、なぜ、罪のない悠月ちゃんが犠牲になり、福地さんが苦しまなければならないのか?私は、ふたたび、唇をかみ締めました。
福地さんの顔がほころんだのは、私が、上海万博のことを話し、これにつながるキャラバンを映画にしたい、できたら高倉健さんに登場してもらいたい、と話したとき。映画?高倉健?みなさん、何のことかと思われますね。これには深いわけがあります。でもこのことは別の機会に。
● 9月27日 オープンキャンパス
9月27日には千葉商科大学でオープンキャンパス。ゼミの学生のみんなが、キャンパスを訪ねた高校生にソフトカーを紹介するようになっています。みんな板についてきました。
魅力的な方が登場しました。「大学研究家」山内太地さん。やや、これはなんだ、とやってきた山内さんは、ソフトカーに乗り、「こんなにわかりやすい大学の研究紹介ははじめて!画期的!」と、学生にインタビューをはじめました。
「大学研究家」を自称する方に始めてお会いしたのですが、光文社などで出版をしたり、タケシのテレビ番組に登場したり。もう売れっ子なんですね。「世界の大学めぐり」というブログをお持ちで、当日(9月27日)の記事で、早速、私たちのゼミのことを書いていただきました。ありがとうございました。この速さ、見習わねば。
山内さんのお人柄、着眼点の良さ、仕事の正確さ、速さで、山内さんはきっといよいよ売れっ子になる、と私は確信し、メイルでお礼を伝えました。
山内さんは来年4月に新潮社から新刊をお出しになるとのこと。みなさん、注目!です。
● 9月27日 『道路独裁』アマゾンブックレビュー
『道路独裁』(星野眞三雄著、講談社)について、この前の記事に書きました。国土交通省道路局、道路族議員の圧倒的な力に震撼としました。道路公団民営化のプロセスを見出しを追うぐらいではとてもわからない奥深さを、朝日の記者である星野さんは見事に書ききっています。
みなさんに読んでもらいたい。そういう気持ちでアマゾンのブックレビューを書きました。「苦い読後感が決意に変わる」。「苦い読後感」は、より正確には、これまでのソフトカーの提案をどこに向けてしていたのか、という、自分の焦点の定まりの無さへの不快感も反映しています。
星野さんに期待します。出版のからまるさん、よいお仕事をされましたね。いま確認すると『道路独裁』はアマゾンの「政治」部門で19位。皆さんに是非読んでいただきたい本です。
● 高速道路無料化・マニフェストと山崎養世著『日本列島快走論』(NHKブックス)
『道路独裁』を読んでの私の「決意」は、速度制御を政治イシューにすること。ソフトカー、面白いね、で終わらせないこと。
そこで急速に気がかりになりはじめたのが、民主党が「高速道路無料化」をマニフェストに掲げ、今の勢いだと、それをそのまま政策として実行する可能性(危険性)があること。高速道路無料化について懸念を持っていて、そのことを、池袋駅前で民主党候補の江端さんに伝えたことを先に書きました。
山崎養世さんの『日本列島快走論』が「高速道路無料化」のマニフェストのベースになっていることを私は知っていました。しかし読んでいない。私は急いでアマゾンに。そして、他のサイトに。ない!売り切れなんですね。すごい政権交代効果、ですね。
そこで、はじめて楽天のネットブックでダウンロード。読みました。そうか、償還したら名神も東名も無料化、とう約束だったんだ。そしてプール制で、他の高速道路をどんどん作り、名神や東名の「あがり」を不採算の、車の走らない道路の償還にまわしていく。これは理不尽。
そして山崎さんのアイデアは、道路特別会計の税収で償還をする。高速道路は無料化。
なるほど、高速道路の無料化は道路特別会計の聖域を壊す方法でもあるんだ。納得。しかし・・・。
・・・しかし、山崎さんの案は、無料化とあわせて、インターの増設を提案している。インターのまわりの開発が進む。乱開発は促進されるのでは?
山崎さんも、若干、そのことを気にし、また、車の入らない街の重要性も語っているけれど、その具体策がない。アメリカで暮らして、山崎さん、すっかり無料高速道路の魅力にとりつかれたようだ。
高速道路無料化で「列島(を)快走」する前にすべきことがありそうですね。無秩序な市街化の抑制、安全の確保、歩行・自転車・バス・鉄道などの重視。でなければ、日本は、「寂しいアメリカ」、「崩壊していくアメリカ」の後を追うことになるのでは?
また少し、ソフトカー戦略の構図が見えてきたように思います。
宮川公男先生の『高速道路 何が問題か』(岩波ブックレット)では、高速道路の永久有料化論を学びました。大学院時に『計量経済学』の教科書で、そして留学時にもお世話になった宮川先生、また勉強させていただきます。
■
いつものように、情報が溜まりすぎました。今日の記事はここで一度止めます。さらに書きたいことは以下の事柄。これについては次回以降に。
● 損害保険と自動車災害 リスクをビジネスに取り込んだ資本主義について
<参考>竹森俊平『資本主義は嫌いですか』日本経済新聞社、二木雄策『交通死』岩波新書
● 広島「鞆」の埋め立て・架橋差し止め判決
<参考>鞆まちづくり工房
● オリンピック、リオデジャネイロへ
● オバマ大統領にノーベル平和賞
● 広島・長崎にオリンピック
● ほおずきハウス復興
● 市川・中国分小の通学安全にソフトカー(これから、ですが)
そして、今日の『甘苦上海』(高樹のぶ子、日経連載)の言葉に涙したこと。
「・・・様々な世のうつろいや政治の風とは無縁に、何千年の知恵を溜めて静まる場所が、今の中国にもあるのは驚きです、革命ともバブルとも無縁に生きていく周慧尊(ホエイスン)のような人もいるのです。・・・」
石井京の言葉、といっても、お読みでない方にはおわかりになりませんね。これは自分用の覚書、とします。
最後に、そう、少し時間ができた、と感じ、みなさんご紹介したい、と思ったキャラクター J(ジェイ)のスケッチもアップしておきます。ソフトカーと同じ、1982年生まれ。27歳。でも、この J 、生まれたばかりのように見えませんか? 生みの親バカ? でも、J はきっと活躍してくれると思います。もうひとつ(ひとり?)のキャラクター、win(ウィン)と一緒に。私たちの「平和への歩み」とともに。
みなさんにあまりよくわからない終わり方のまま、この記事は、今日のところ、これでいったんアップします。
では、これから明日の授業準備にとりかかります。
● 2009年9月25日、川口の現場へ
2ヶ月後のこのブログの記事を通じて、亡くなった福地悠月ちゃんのお父さん・福地芳明産と知り合いになり、川口の現場は、ソフトカーを進める私にとっての原点になりました。
今年、当日、福地さんに東川口駅まで車で出迎えていただき、現場に向かいました。「昨夜から眠れなかった。」そうおっしゃる福地さんの気持ちは察するにあまりあり、私は助手席で唇をかみ締める以外ありませんでした。
現場には共同通信の記者の方、そして、悠月ちゃんたちが通っていた小鳩保育園の保育士の方とそのご主人、園長さん。衝突発生の9時55分に黙祷。
私は、現場に、上海万博のマスコット・海宝くんの人形と『脱・スピード社会』をおきました。上海万博にソフトカーを登場させたいののは、この悲しみを繰り返さないため。そして、『脱・スピード社会』は悠月ちゃんたちに捧げるものとして書いたのでした。約束が少し果たせたのかと思います。『脱・スピード社会』を、やはりお嬢さん・夢乃ちゃんを亡くした小山内さんご夫妻にお渡しでき、嬉しく思いました。
黙祷の後、福地さんのお気に入りのコーヒー店で何回もおかわりをし、その後、スペイン料理店へ。すっかりご馳走になりました。
「被害自体も大変だけれど、その後の警察、検察、裁判官の対応が辛かった」、「悠月は小さな庭で遊ぶ天才でした」・・・訥々とお話しになる福地さんの言葉を聞きながら、なぜ、罪のない悠月ちゃんが犠牲になり、福地さんが苦しまなければならないのか?私は、ふたたび、唇をかみ締めました。
福地さんの顔がほころんだのは、私が、上海万博のことを話し、これにつながるキャラバンを映画にしたい、できたら高倉健さんに登場してもらいたい、と話したとき。映画?高倉健?みなさん、何のことかと思われますね。これには深いわけがあります。でもこのことは別の機会に。
● 9月27日 オープンキャンパス
9月27日には千葉商科大学でオープンキャンパス。ゼミの学生のみんなが、キャンパスを訪ねた高校生にソフトカーを紹介するようになっています。みんな板についてきました。
魅力的な方が登場しました。「大学研究家」山内太地さん。やや、これはなんだ、とやってきた山内さんは、ソフトカーに乗り、「こんなにわかりやすい大学の研究紹介ははじめて!画期的!」と、学生にインタビューをはじめました。
「大学研究家」を自称する方に始めてお会いしたのですが、光文社などで出版をしたり、タケシのテレビ番組に登場したり。もう売れっ子なんですね。「世界の大学めぐり」というブログをお持ちで、当日(9月27日)の記事で、早速、私たちのゼミのことを書いていただきました。ありがとうございました。この速さ、見習わねば。
山内さんのお人柄、着眼点の良さ、仕事の正確さ、速さで、山内さんはきっといよいよ売れっ子になる、と私は確信し、メイルでお礼を伝えました。
山内さんは来年4月に新潮社から新刊をお出しになるとのこと。みなさん、注目!です。
● 9月27日 『道路独裁』アマゾンブックレビュー
『道路独裁』(星野眞三雄著、講談社)について、この前の記事に書きました。国土交通省道路局、道路族議員の圧倒的な力に震撼としました。道路公団民営化のプロセスを見出しを追うぐらいではとてもわからない奥深さを、朝日の記者である星野さんは見事に書ききっています。
みなさんに読んでもらいたい。そういう気持ちでアマゾンのブックレビューを書きました。「苦い読後感が決意に変わる」。「苦い読後感」は、より正確には、これまでのソフトカーの提案をどこに向けてしていたのか、という、自分の焦点の定まりの無さへの不快感も反映しています。
星野さんに期待します。出版のからまるさん、よいお仕事をされましたね。いま確認すると『道路独裁』はアマゾンの「政治」部門で19位。皆さんに是非読んでいただきたい本です。
● 高速道路無料化・マニフェストと山崎養世著『日本列島快走論』(NHKブックス)
『道路独裁』を読んでの私の「決意」は、速度制御を政治イシューにすること。ソフトカー、面白いね、で終わらせないこと。
そこで急速に気がかりになりはじめたのが、民主党が「高速道路無料化」をマニフェストに掲げ、今の勢いだと、それをそのまま政策として実行する可能性(危険性)があること。高速道路無料化について懸念を持っていて、そのことを、池袋駅前で民主党候補の江端さんに伝えたことを先に書きました。
山崎養世さんの『日本列島快走論』が「高速道路無料化」のマニフェストのベースになっていることを私は知っていました。しかし読んでいない。私は急いでアマゾンに。そして、他のサイトに。ない!売り切れなんですね。すごい政権交代効果、ですね。
そこで、はじめて楽天のネットブックでダウンロード。読みました。そうか、償還したら名神も東名も無料化、とう約束だったんだ。そしてプール制で、他の高速道路をどんどん作り、名神や東名の「あがり」を不採算の、車の走らない道路の償還にまわしていく。これは理不尽。
そして山崎さんのアイデアは、道路特別会計の税収で償還をする。高速道路は無料化。
なるほど、高速道路の無料化は道路特別会計の聖域を壊す方法でもあるんだ。納得。しかし・・・。
・・・しかし、山崎さんの案は、無料化とあわせて、インターの増設を提案している。インターのまわりの開発が進む。乱開発は促進されるのでは?
山崎さんも、若干、そのことを気にし、また、車の入らない街の重要性も語っているけれど、その具体策がない。アメリカで暮らして、山崎さん、すっかり無料高速道路の魅力にとりつかれたようだ。
高速道路無料化で「列島(を)快走」する前にすべきことがありそうですね。無秩序な市街化の抑制、安全の確保、歩行・自転車・バス・鉄道などの重視。でなければ、日本は、「寂しいアメリカ」、「崩壊していくアメリカ」の後を追うことになるのでは?
また少し、ソフトカー戦略の構図が見えてきたように思います。
宮川公男先生の『高速道路 何が問題か』(岩波ブックレット)では、高速道路の永久有料化論を学びました。大学院時に『計量経済学』の教科書で、そして留学時にもお世話になった宮川先生、また勉強させていただきます。
■
いつものように、情報が溜まりすぎました。今日の記事はここで一度止めます。さらに書きたいことは以下の事柄。これについては次回以降に。
● 損害保険と自動車災害 リスクをビジネスに取り込んだ資本主義について
<参考>竹森俊平『資本主義は嫌いですか』日本経済新聞社、二木雄策『交通死』岩波新書
● 広島「鞆」の埋め立て・架橋差し止め判決
<参考>鞆まちづくり工房
● オリンピック、リオデジャネイロへ
● オバマ大統領にノーベル平和賞
● 広島・長崎にオリンピック
● ほおずきハウス復興
● 市川・中国分小の通学安全にソフトカー(これから、ですが)
そして、今日の『甘苦上海』(高樹のぶ子、日経連載)の言葉に涙したこと。
「・・・様々な世のうつろいや政治の風とは無縁に、何千年の知恵を溜めて静まる場所が、今の中国にもあるのは驚きです、革命ともバブルとも無縁に生きていく周慧尊(ホエイスン)のような人もいるのです。・・・」
石井京の言葉、といっても、お読みでない方にはおわかりになりませんね。これは自分用の覚書、とします。
みなさんにあまりよくわからない終わり方のまま、この記事は、今日のところ、これでいったんアップします。
では、これから明日の授業準備にとりかかります。
2009年09月23日
●カーフリーディ
カーフリーディは1997年にフランスではじまった「車を使わない日」のイベント。日本では、ヨーロッパ委員会からコーディネーターに指名された望月真一さん(アトリエUDI都市設計研究所所長)などの働きかけで、2000年からこのイベントに参加し、今年は日本では9都市でイベントが開かれました。世界では・・・、2008年に、2102都市!すごいですね(→サイト?、?、?を参考にしてください。)
ソフトカーは、昨年はじめて、横浜の集まりに参加しました(2008年9月27日付け記事)。。全国交通事故遺族の会(KIK)の佐藤清志さんのお誘いによるものでした。昨年は私が車を走らせたのですが、今年は千葉商科大学大学院博士課程の横嶋勝仁さんに運転をお願いしました。
KIKのみなさんにご挨拶、これが今回参加の最大の目標、と考えて横浜に向かいましたが、ソフトカーの運転を横島さんにお願いしたこともあり、様々な市民団体の活動や活動を見、お話しをすることができました。
なかでも自転車やLRTの普及をアピールしている団体の方とお話しして感じたのは、ソフトカーの提案が「自動車のための提案」であってはならない、ということ。市街地で車をゆっくり走らせることは、歩行や自転車利用の環境をつくり、人々が可能な限り公共交通機関を利用するよう動機づけること。
新宿からご参加の古川さんには、今年12月5日(土)に開催される人と環境にやさしい交通をめざす全国大会(会場=東大本郷キャンパス)論文発表を呼びかけられました。呼びかけに応え、「ソフトカーと歩行・自転車・公共交通を中心とした交通体系の形成」といったテーマを論文をまとめ発表することが重要かもしれません。
横嶋さん、一緒に考えましょう。カーフリーディの会場で長くお話しした「持続可能な地域交通を考える会」の杉本さん、相談に乗ってください。古川さんをご紹介いただいた「路面電車と大森の未来を考える会」の沖山さん、これからもよろしくお願いします。
そして、KIKのみなさん、ご苦労様でした。次はワールドディの活動で。
●『道路独裁』
で、カーフリーディに参加していろいろ勉強になったのですが、ずっと黒い点として心に浮かぶイメージのようなものがありました。ソフトカーをアピールし、同じ考えの人を意見を交換し、その先、どこに向かうのか?
どこに、どう働きかけて、ソフトカーの速度制御と表示を実現するのか? その到達点とそこに至るプロセスを具体的にイメージしていないのであれば、展示も、意見交換も、単なるイベントの終わるのではないか?
このように私が考えたのは、カーフリーディの前日(9月22日)に『道路独裁』(星野眞三雄著、講談社)という本を読んだことが原因でした。
著者の星野さんは朝日新聞の記者。1000円高速道路、道路特定財源の一般財源化の骨抜き、といった現在進行中の道路政策を表面とすれば、それを掘ったとことに出てくる「道路公団民営化推進委員会」(2002年6月設置、2003年12月答申)という地層を詳しく情報整理したドキュメントです。
道路公団を民営化することによって無際限の高速道路整備に歯止めをかける、そのような趣旨で民営化委員会をたちあげた小泉首相、委員となった猪瀬直樹氏などが、国土交通省道路局の官僚、自民党の道路族議員に見事に手玉にとられ、政策意図は崩壊していった、星野さんはそうドキュメントします。そして、そのような結果についての、改革を政治ショーとしておこなった小泉首相、道路公団民営化の本来のあり方が見えていなかった猪瀬氏にある、と星野さんの批判は手厳しく、非妥協的です。
当時ソフトカープロジェクトに携わっていながら、私は、民営化論議を逐一追うことことはしていなかった、猪瀬さんの『道路の権力』も部分読み、そして、『道路独裁』も一度読んだところ。そういう状態で、星野さんの議論だけで、民営化施策を評価することは即断にすぎると思います。
しかし、道路にまつわる権力、利権の凄まじさ、それを解きほぐさなければ眞の改革はない。では、「道路」を「自動車」に変えたとき、そこに、どのような権力、利権が渦巻いているだろう、そのことを自分は理解しているだろうか? そこにきっとある濁流のような圧力に絶えなければ、自動車の改革はありえない・・・星野さんの本からそのような感覚を得たまま、私は横浜に向かいました。そして、"黒い点として心に浮かぶイメージのようなもの”がずっと心に残った、のです。
では、この"黒い点”はどうなったか?
そのことは、次の記事に書きます。ただし、”どこに、どう働きかけて、ソフトカーの速度制御と表示を実現するのか?”という課題に正面から向き合おうという気持ちが心の中で輪郭を明瞭にしつつあることはここに記しておきます。
<追記>『道路独裁』を出版した講談社BIZ編集長・からまるさんのブログが興味深いものです。9月8日からの記事をお読みになることをお勧めします。18日の記事に私のコメントがアップされています。
ソフトカーは、昨年はじめて、横浜の集まりに参加しました(2008年9月27日付け記事)。。全国交通事故遺族の会(KIK)の佐藤清志さんのお誘いによるものでした。昨年は私が車を走らせたのですが、今年は千葉商科大学大学院博士課程の横嶋勝仁さんに運転をお願いしました。
KIKのみなさんにご挨拶、これが今回参加の最大の目標、と考えて横浜に向かいましたが、ソフトカーの運転を横島さんにお願いしたこともあり、様々な市民団体の活動や活動を見、お話しをすることができました。
なかでも自転車やLRTの普及をアピールしている団体の方とお話しして感じたのは、ソフトカーの提案が「自動車のための提案」であってはならない、ということ。市街地で車をゆっくり走らせることは、歩行や自転車利用の環境をつくり、人々が可能な限り公共交通機関を利用するよう動機づけること。
新宿からご参加の古川さんには、今年12月5日(土)に開催される人と環境にやさしい交通をめざす全国大会(会場=東大本郷キャンパス)論文発表を呼びかけられました。呼びかけに応え、「ソフトカーと歩行・自転車・公共交通を中心とした交通体系の形成」といったテーマを論文をまとめ発表することが重要かもしれません。
横嶋さん、一緒に考えましょう。カーフリーディの会場で長くお話しした「持続可能な地域交通を考える会」の杉本さん、相談に乗ってください。古川さんをご紹介いただいた「路面電車と大森の未来を考える会」の沖山さん、これからもよろしくお願いします。
そして、KIKのみなさん、ご苦労様でした。次はワールドディの活動で。
●『道路独裁』
で、カーフリーディに参加していろいろ勉強になったのですが、ずっと黒い点として心に浮かぶイメージのようなものがありました。ソフトカーをアピールし、同じ考えの人を意見を交換し、その先、どこに向かうのか?どこに、どう働きかけて、ソフトカーの速度制御と表示を実現するのか? その到達点とそこに至るプロセスを具体的にイメージしていないのであれば、展示も、意見交換も、単なるイベントの終わるのではないか?
このように私が考えたのは、カーフリーディの前日(9月22日)に『道路独裁』(星野眞三雄著、講談社)という本を読んだことが原因でした。
著者の星野さんは朝日新聞の記者。1000円高速道路、道路特定財源の一般財源化の骨抜き、といった現在進行中の道路政策を表面とすれば、それを掘ったとことに出てくる「道路公団民営化推進委員会」(2002年6月設置、2003年12月答申)という地層を詳しく情報整理したドキュメントです。
道路公団を民営化することによって無際限の高速道路整備に歯止めをかける、そのような趣旨で民営化委員会をたちあげた小泉首相、委員となった猪瀬直樹氏などが、国土交通省道路局の官僚、自民党の道路族議員に見事に手玉にとられ、政策意図は崩壊していった、星野さんはそうドキュメントします。そして、そのような結果についての、改革を政治ショーとしておこなった小泉首相、道路公団民営化の本来のあり方が見えていなかった猪瀬氏にある、と星野さんの批判は手厳しく、非妥協的です。
当時ソフトカープロジェクトに携わっていながら、私は、民営化論議を逐一追うことことはしていなかった、猪瀬さんの『道路の権力』も部分読み、そして、『道路独裁』も一度読んだところ。そういう状態で、星野さんの議論だけで、民営化施策を評価することは即断にすぎると思います。
しかし、道路にまつわる権力、利権の凄まじさ、それを解きほぐさなければ眞の改革はない。では、「道路」を「自動車」に変えたとき、そこに、どのような権力、利権が渦巻いているだろう、そのことを自分は理解しているだろうか? そこにきっとある濁流のような圧力に絶えなければ、自動車の改革はありえない・・・星野さんの本からそのような感覚を得たまま、私は横浜に向かいました。そして、"黒い点として心に浮かぶイメージのようなもの”がずっと心に残った、のです。
では、この"黒い点”はどうなったか?
そのことは、次の記事に書きます。ただし、”どこに、どう働きかけて、ソフトカーの速度制御と表示を実現するのか?”という課題に正面から向き合おうという気持ちが心の中で輪郭を明瞭にしつつあることはここに記しておきます。
<追記>『道路独裁』を出版した講談社BIZ編集長・からまるさんのブログが興味深いものです。9月8日からの記事をお読みになることをお勧めします。18日の記事に私のコメントがアップされています。
2009年09月08日
昨日(9月7日)の日経勇敢社会面に「みどりのおばさん」岐路、という記事が載っていました。一晩寝て、気持ちにひっかかっているので、ここに書いておきます。
記事によると、「みどりのおばさん」の正式名称は「学童擁護員」で1959年東京都で導入。当初は臨時職員、63年から非常勤、65年から正規職員へ。練馬区では152箇所に要因を配置しているが、正規職員は定年間近の3人のみ。ほとんどがシルバー人材センターからの派遣。「学童擁護員」は登下校時間以外には別の校務を果たすが、それが理解されず、「朝夕だけの仕事なのに高給」と批判されたことから、外部委託が進んだ、と練馬区の担当者が話しているとのこと。
以上のことは事実関係を理解しておく意味で特に問題はないのですが、「みどりのおばさん=学童擁護員」制度の廃止の事実とその背景となる認識、そして、記事の書かれ方です。
まず、サブタイトルに「道路事情改善 廃止・委託相次ぐ」とあります。そして1998年に制度を廃止した墨田区の担当者が「大人が見守るのでなく、子供自身に自分の身を守るすべを身に付けてほしい」と述べ、「区内のガードレールや信号機は高度成長期以降、飛躍的に増えた。ルールを守れば登下校中の事故の多くは防げる」と述べたと報じています。
新宿区のみどりのおばさんの「車より歩道を突っ込んでくる自転車の方が危ない」と言葉も報じられています。
私の心にひかかるのは、?こうした記事に書かれる「道路事情改善」をどのように理解したらいいか? ?「道路事情改善」と考えて、次の対策を考える(あるいは、何もしない)ことが正しいか、などのことです。
●「道路事情改善」か?
いま、あらためて自動車産業、過去100年の経済発展、1年前の金融危機などの情報を整理しています。そして、毎日連続する自動車衝突、など。
100年前に登場した自動車大量生産のシステムは世界に広がり、いまや年間8000万台という水準に達しています。そして、アメリカで始まった高速道路(自動車専用道)整備の仕組みが途上国(たとえばベトナム)の経済開発の仕組みに組み込まれていき、そこで自動車普及が進みます。1年前の金融危機の衝撃からの立ち上が策として多くの政府が取った施策が自動車買い替えの促進策。これはハイブリッドや電気自動車など環境車へのシフトという装いをしているものの、「犠牲を伴う経済開発」という本質を変えていません。
自動車普及期の犠牲があまりに巨大であったから、それが相対的に減少してきたことが「事情改善」と見なされてしまうのですね。他の交通手段(鉄道、飛行機など)と比べたとき、また、危険性ありとみなされることもある機材(エレベータ、ガス湯沸かし器、穴あきスリッパ、電子レンジなど)と比べたとき、自動車被害は2桁も3桁も大きい。
日本経済新聞に『十字路』という小さなコラムがあります。今年(2009年)2月19日のこの欄に『新「悪の枢軸」』という記事が書かれています。筆者はみずほ証券チーフストラテジストの高田創さんという方。高田さんのいう新「悪の枢軸」というのは住宅・自動車・レバレッジ。
高田さんは、以下のように書いています。
「過去十年の成功体験は個人も企業の金融機関もレバレッジを高めてそれを住宅投資や自動車消費につぎ込み、さらに金融が一層のレバレッジ拡大により自己増殖することだった・・・。」
高田さんの見解は自動車の経済の撹乱要因としての側面を言っているのですが、自動車は生活環境の撹乱要因でもあります。
道路事情が改善しているのは、安全に、道草をしながら、友達と話しながら学校に向かうという、子供の本来の権利の剥奪の上に成り立っています。自動車の優位性、それが及ぼす危険性は本質的に変わっていない。
そして、そのような自動車の優位性と危険性、それをが看過することが、自動車を経済の撹乱要因とする理由でもあります。
「道路事情改善」と安易に言わないことが必要、と私は言いたいのです。
●「環境」は議論されるのだが・・・
ちょうど1年になろうとする金融危機、そして自動車産業の危機の中で、「環境」が大きく取りあげられてきました。たとえば、2008年8月18日の日経社説、そして、2008年9月21日〜23日の日経の「自動車100年目の試練」のシリーズ(担当は西城郁夫、渡辺園子、宮東治彦、式類雅典、小谷洋司のみなさん)。いずれも「脱・石油」、「脱・大型車」。
しかし、なぜ、「安全」が議論されないのだろう・・・?
* 気がかりなのは自動車産業の転機の中で、新興国への輸出、現地生産が重視されることです。例えば「自動車100年目の試練(中)」は「主戦場は新興国」がテーマ。しかし、これは、この記事で指摘される「資源枯渇」や「環境リスク」の問題のみならず、深刻な「被害と危険の輸出とグローバル化」の道となります。
●「原罪」
いや、「安全」を議論した、重い記事がありました。
今年6月1日、朝日新聞の「GMが破産申請へ 80年君臨した「覇者の驕り」」という記事(執筆=編集委員・安井孝さん)は、東京大学教授の藤本隆宏さんの「自動車産業は『原罪』を背負って誕生した産業だ」という指摘を記してきます。記事には、以下の言葉が続きます。
「自動車は人類の自由な移動を可能にしたが、交通事故を起こし、二酸化炭素排出など環境へ負荷を与えるという「原罪」を抱えている。自動車産業あ生き残る条件は「原罪」をあがなうために努力をし続けることに尽きる。しかし、その努力をGMを怠った。」
この記事は、昨年(2008年)1月4日の天声人語(ソフトカーダイアリー・2008年1月1日の記事の追記参照。『脱・スピード社会』のpp.367-368にも記しました)を思い出させます。
この「原罪」の記事は、北海道交通事故被害者の会の前田敏章さんから送っていただきました。前田さんのお誘いで、今年11月13日、札幌でワールドディの「まちと生命を守る脱・スピード社会 〜北海道から世界へ、悲しみを希望に」の講演をさせていただきます。同じ演題で、11月15日には大阪で、大阪から。
そうだ、すでに思いはつながっている。そのことを確認して、この長い記事をいったん終えます。
2009年09月03日
● 家族の光の中へ小沢樹里さんから、昨日、メイルをいただきました。「ホームページをたちあげました、リンクを張っていいですか?」ええ、どうぞ、どうぞ、とお返事し、私は早速小沢さんのサイトをお訪ねしました。
新しいホームページは 家族の光の中へ 〜家族の温かさ・・・・・崩壊させる交通犯罪〜 です。
小沢さんのご家族の全員は、これ以上ないという交通被害にあわれました。飲酒の高速車に正面衝突され、樹里さんとご主人のご両親、義政さん、雅江さん(享年56歳)が死亡、そして、弟妹の恵司さん・恵生さん(事故当時21歳)が重症。他にも2人の方が負傷。
この衝突が起きたのは2008年2月17日。ドライバーが危険運転致死傷罪で起訴され、昨年に一審で懲役16年の判決が出されました(2008年11月12日)。そして、このドライバーに酒をすすめ、加害車両に同乗していた2名が、先日(2009年8月24日)、危険運転致死傷幇助で起訴されました。どれほど酷い危険飲酒運転であったことか、この前例のない幇助罪による起訴からも、よくわかります。
亡くなったお父さま、お母さまのご冥福を深くお祈りすると同時に、私の心にいつもあるのは、重症の中で頑張っておられる恵司さん・恵生さんのこと。酷いことです。いつかお会いしたいと思います。
● 痛みと光
あまりに辛い、痛切で、残酷なことを思うと、私は、日常の小さな喜び、小さな微笑について書くことを躊躇してしまいます。たとえば、杭州の西湖の公園で遊んでいた赤ちゃんとその家族のこと、上海からの留学生・周磊君のお母さんからいただいた子供の塑像、など。
しかし、こうした幸せ、喜び、微笑みが無意味なのではなく、いや、それにこそ価値があり、こうしたものを、突然、焼き尽くし、漆黒の闇と無音の空間に閉じ込めてしまう行為こそ拒否され、忌避され、憎しまればならいのだと思います。こうした拒否、忌避、憎しみをより鮮明にするために、日々の幸せ、喜び、微笑みについても、このブログで書いていこうと思います。・・・・それが、加藤周一さんのいう、”平和、樹木、生命”であり、石牟田さんが”活き活きと美しく描き出した自然と季節の地域文化”なのだと思います。
小沢さんが立ち上げたホームページの「家族の光の中へ」の文字も美しく光っていますね。小沢さん、みなさん、これからもよろしくお願いします。
2009年09月01日
「大江は何故抗議するのか。彼は政策の批判者ではない。・・・ 空想的な物語または生活様式を通じて、体制を支える価値の体系に、彼ははっきりした拒否の意思を示す。その拒否は、どういう積極的な価値に由来するのか。それはおそらく平和であり、樹木であり、生命の優しさでもあるだろう。たしかにそれこそは、もし文学者が語らなければ、誰も語らないだろう壊れ易いものである。」
杭州空港を発つ予定だった昨日のJALのフライトが台風11号で欠航となり、今日(9月1日)の帰国となりました。
ターミナルで、結局旅の最後の日に頁をめくることになった加藤周一著『日本文学史序説』の最後(下巻、p.529)を先回りして開け、そこに、加藤さんの、上の、詩のような言葉を見つけました。
(大江は大江健三郎氏のこと。『ヒロシマ・ノート』や『沖縄ノート』の抗議の
記録、そして、大江氏の抗議の小説について加藤さんは書いています。)
「・・・ それはおそらく平和であり、樹木であり、生命の優しさ・・・」という加藤さんの言葉に触発されたのは、3日間の滞在で感じた杭州の自然の豊かさ、人々のゆっくりした歩み、微笑み、それに対照的な交通の乱暴さ・・・。
そして、大江氏の前に加藤さんは、石牟田道子さんの作品について書いています。石牟田さんがその作品(『椿の海の記』1976、小栗未読)に描いたのは「水俣病を必然的に生み出さざるをえなかった社会体制が、破壊した自然と季節の地域文化」。加藤さんは、石牟田さんが、「(この地域文化を)、その幼年時代の思い出の中によみがえらせ、活き活きと美しく描き出した」と記しています。
石牟田さんの作品についての加藤さんの言葉から連想したのは風見さんの『えみるの赤いランドセル』でした。風見さんも、また、トラックで命を失うまでのえみるちゃんの楽しいまち遊び、いっしょにバスに乗ったこと、旅行などのことを思い出の中に蘇生させています。
そして、あまにに多くの幼い命が、美しい記憶の中にあります。
水俣病と交通被害、これは、出現の結果に差異はあっても、その発生の構造にはっきりとした共通性があります。批判されることのない体制の中で、壊れ易いものから壊されていく。
それは、多くの優れた友人をうしなった加藤さんの戦争体験と通低します。
そして、「・・・ それはおそらく平和であり、樹木であり、生命の優しさ・・・」という言葉に出合って、私は、それらが「文学」の原点であり、同時に、「技術」「経済」「政治」などの原点でもなければならない、と感じたのだと思います。
加藤さんの上の記述は以下の記述につながり、終章が終わります。
「時代の条件は、― あるいは一世代の現実は、その受容や描写よりも、それを批判し、拒否し、乗り越えようとする表現の裡に、またその裡にのみ、抜きさしならぬ究極の性質を、あらわすのである。」
なんども読み返し、その意味を反芻しています。政権交代の時、拒否し続ける政治はあるだろうか、抗議し続ける技術とは ・・・ など。
*
10日を越えた滞在した中国かた帰国した日の感慨を書き留めておこうと、以上を記しました。
杭州空港を発つ予定だった昨日のJALのフライトが台風11号で欠航となり、今日(9月1日)の帰国となりました。
ターミナルで、結局旅の最後の日に頁をめくることになった加藤周一著『日本文学史序説』の最後(下巻、p.529)を先回りして開け、そこに、加藤さんの、上の、詩のような言葉を見つけました。
(大江は大江健三郎氏のこと。『ヒロシマ・ノート』や『沖縄ノート』の抗議の
記録、そして、大江氏の抗議の小説について加藤さんは書いています。)
「・・・ それはおそらく平和であり、樹木であり、生命の優しさ・・・」という加藤さんの言葉に触発されたのは、3日間の滞在で感じた杭州の自然の豊かさ、人々のゆっくりした歩み、微笑み、それに対照的な交通の乱暴さ・・・。
そして、大江氏の前に加藤さんは、石牟田道子さんの作品について書いています。石牟田さんがその作品(『椿の海の記』1976、小栗未読)に描いたのは「水俣病を必然的に生み出さざるをえなかった社会体制が、破壊した自然と季節の地域文化」。加藤さんは、石牟田さんが、「(この地域文化を)、その幼年時代の思い出の中によみがえらせ、活き活きと美しく描き出した」と記しています。
石牟田さんの作品についての加藤さんの言葉から連想したのは風見さんの『えみるの赤いランドセル』でした。風見さんも、また、トラックで命を失うまでのえみるちゃんの楽しいまち遊び、いっしょにバスに乗ったこと、旅行などのことを思い出の中に蘇生させています。
そして、あまにに多くの幼い命が、美しい記憶の中にあります。
水俣病と交通被害、これは、出現の結果に差異はあっても、その発生の構造にはっきりとした共通性があります。批判されることのない体制の中で、壊れ易いものから壊されていく。
それは、多くの優れた友人をうしなった加藤さんの戦争体験と通低します。
そして、「・・・ それはおそらく平和であり、樹木であり、生命の優しさ・・・」という言葉に出合って、私は、それらが「文学」の原点であり、同時に、「技術」「経済」「政治」などの原点でもなければならない、と感じたのだと思います。
加藤さんの上の記述は以下の記述につながり、終章が終わります。
「時代の条件は、― あるいは一世代の現実は、その受容や描写よりも、それを批判し、拒否し、乗り越えようとする表現の裡に、またその裡にのみ、抜きさしならぬ究極の性質を、あらわすのである。」
なんども読み返し、その意味を反芻しています。政権交代の時、拒否し続ける政治はあるだろうか、抗議し続ける技術とは ・・・ など。
*
10日を越えた滞在した中国かた帰国した日の感慨を書き留めておこうと、以上を記しました。
2009年08月31日
●NHKニュースで
自民119、民主308、公明21、共産9、社民7、国民新党3、無所属・他13。昨日の衆議院選挙の結果を、ここ中国・杭州のホテル(新橋飯店)のインターネットでNHKの報道を動画で見ながら、この記事を書いています。
鳩山由紀夫氏が「政治は何をやっているのか、という憤りが民主への支持に向かった」という認識の仕方はいいのではないかと感じます。
私も、日本を離れる前、不在者投票をおこないましたが、民主の政策が良いわけではない、しかし、政治の総点検が必要、そう考えて票を投じました。私がせ投票した東京10区では民主党の江端さんが小選挙区当選、小池ゆりこ元防衛大臣が次点で比例区で議員に。
鳩山氏が「国家戦略局の担当大臣など・・・」とインタビューで語りました。マニフェストのバラ蒔型の政策の羅列でなく、論理性のある政策構築を国民として見守り、少なくともこのブログを通してぐらいは、意見を述べたいと思います。
バラ蒔型の政策のひとつが高速道路の無料化。この政策が見直されねばならないことを、たまたま江端さんの選挙活動を私の知人が応援していて、握手を求めてきた江端には伝えました。江端さんが神妙な顔をし、そのご再度握手を求められ、私は拳を握ってこたえました。必要なのは自動車利用者の社会費用負担増、そして、安全を原則とした総合交通・環境財源としての利用だと私は考えています。
● 日本の敗戦
上海から1時間半の杭州に来たのは、西湖のあるこの都市を訪ねるとおっしゃる千葉商科大学の石山嘉英先生の後についてのことです。
杭州には千葉商科大学への留学生・周君と寥さんが同行してくれ、彼らが上海に戻った後、西湖の辺(ほとり)の、自然の豊かさと人の賑わいが同居する公園を歩きながら、石山先生が、日本は中国に負けたねとおっしゃいました。
どのように負けたのか。
<ここでいったんアップします。>
続きを読む
自民119、民主308、公明21、共産9、社民7、国民新党3、無所属・他13。昨日の衆議院選挙の結果を、ここ中国・杭州のホテル(新橋飯店)のインターネットでNHKの報道を動画で見ながら、この記事を書いています。
鳩山由紀夫氏が「政治は何をやっているのか、という憤りが民主への支持に向かった」という認識の仕方はいいのではないかと感じます。
私も、日本を離れる前、不在者投票をおこないましたが、民主の政策が良いわけではない、しかし、政治の総点検が必要、そう考えて票を投じました。私がせ投票した東京10区では民主党の江端さんが小選挙区当選、小池ゆりこ元防衛大臣が次点で比例区で議員に。
鳩山氏が「国家戦略局の担当大臣など・・・」とインタビューで語りました。マニフェストのバラ蒔型の政策の羅列でなく、論理性のある政策構築を国民として見守り、少なくともこのブログを通してぐらいは、意見を述べたいと思います。
バラ蒔型の政策のひとつが高速道路の無料化。この政策が見直されねばならないことを、たまたま江端さんの選挙活動を私の知人が応援していて、握手を求めてきた江端には伝えました。江端さんが神妙な顔をし、そのご再度握手を求められ、私は拳を握ってこたえました。必要なのは自動車利用者の社会費用負担増、そして、安全を原則とした総合交通・環境財源としての利用だと私は考えています。
● 日本の敗戦
上海から1時間半の杭州に来たのは、西湖のあるこの都市を訪ねるとおっしゃる千葉商科大学の石山嘉英先生の後についてのことです。
杭州には千葉商科大学への留学生・周君と寥さんが同行してくれ、彼らが上海に戻った後、西湖の辺(ほとり)の、自然の豊かさと人の賑わいが同居する公園を歩きながら、石山先生が、日本は中国に負けたねとおっしゃいました。
どのように負けたのか。
<ここでいったんアップします。>
続きを読む
2009年08月27日
短い期間でしたが、大変楽しい授業でしたね。
僕が「オバマ大統領に手紙を書いた」と言ったとき、教室中がウォーとどよめきましたね。「上海世界博覧会にソフトカーをだすべきか?」というアンケートに48人が「Yes」、3人が「どちらかといえばYes」、実質的に100%が賛成。みなさん、よく授業を聞き、関心を持ってくれました。嬉しかったです。
写真は侯さんの「視力障害体験」の感想発表です。目的どおり、「みんなで授業をつくる」こと、できましたね。
では、明日はみなさんの発表です。課題は
超領域研究法で何を学びましたか? 学んだことをどのように活かしたいですか?
です。
超領域研究法课上大家学到了哪些东西?学到的这些东西如何活用? (周君訳です。)
では、みなさん、下のコメント欄に明日発表する内容を書き込んでください。姓と学籍番号、よろしくお願いします。
* コメント欄への記入、日本語と中国語、両方でお願いします。
<追伸>井澤さん コメント、先の記事にありがとうございました。井澤さんのコメントをみんなで読み上げ、授業を進めました。
* 以下のコメントは中国語で送られたコメントを本文に copy & paste したものです。すべて日本語のコメントに対応しています。
58. Posted by 32 沈 2009年08月28日 13:19
老师,您辛苦了!
这次,我们学习了一项新的课题——超领域研究,我感觉非常有意义。特别是在不同的领域,知道的人要支援不知道的人。
老师是在失去家人的立场上考虑,发明了Soft car 。这个车能够减少交通事故。在将来,如果在全部的道路上能使用Soft car的话,我们人类都会很幸福的。还有老师为了能够更好的理解中国,还会去南京大屠杀纪念馆。
将来,我也要和老师一样,为中日友好作出自己的努力,将来去别的国家的话,我也要促进与其他国家的友好关系。我们大家手拉手的话,就能一起来看全世界。
老师深情并貌的给我们上课,我们真是非常受感动。谢谢老师您。
59. Posted by 52 蕢 2009年08月28日 13:24
发表的内容:
小栗老师,您辛苦了。
第一次见到超领域研究法的时候,有一种很奇妙的感觉。站在视力障碍者的立场上,第一次感觉到了下楼梯是很可怕的事情。通过短暂的视力障碍的实验,我们了解了超领域研究法的目标:“人不能仅仅站在自己的立场上,要站在别人的立场上看,就能够掌握克服对立的能力”站在对方的立场上看这个世界,很可能会有完全不同的理解。不仅如此,比起以前我们更理解了相信朋友的重要性。
我认为Soft Car是为了在交通事故中失去家人的人和步行者所造的车。
人只为了自己而生活是不可能的事情。所以,在理解别人的立场以后,无论做什么都可以成功的。
本周,学习了很多东西。
非常感谢老师
希望老师明年可以来上海参加世博会。
(日本語のは50#です。)
60. Posted by 03 王 2009年08月28日 20:18
老師辛苦了
老師的課使我増加了知識。通过這次上課我了解了,每一个人認識事物是不一樣的。如果想了解全部的事情的話就要互相交流。交通事故会給人帶來不幸的事。我们能通过自己的努力减少这样的不幸。视觉障碍者在生活上有很多不便。 我想成为他们的朋友,給他們需要的幫助。将来我们可以通过超领域研究法來理解这个世界。
61. Posted by 侯 10 2009年08月28日 20:27
超领域研究法是一门很有趣的课。它让我对生活有了新的认识。通过超领域研究法的学习我学会了从别人的视角去看世界。这将对我以后的生活有很大的帮助。我可以更好的理解他人,帮助他人。
62. Posted by 25 黄 2009年08月28日 21:01
我觉得超領域研究法是一门非常有趣的课。研究了时间和人之间的关系。因为立场不同所以对世界的看法也一定不一样。通过体验视力障碍后明白了协力和信赖的重要性。我觉得老师的soft car是一个非常棒的构思。如果能在生活中被广泛使用的话一定能减少很多交通事故。但是现在soft car可能还存在某些问题,所以更多人提供一些宝贵的意见是很必要的。今后,在人与人的交往中也应该站在别人的立场上思考。总之,一个人的世界时有限的,需要听取更多人的意见、一起协力合作的话,一定可以创造出更多有价值的东西。
以上这些。老师您辛苦了 请多多关照。
63. Posted by 51 楊 2009年08月28日 21:38
在这一周的学习中真的感到非常的有趣,而且还让我学习到了许多平时所不知道的知识。最初,在听到超领域研究法时,我完全不知道它是什么意思。但是,在经过了小栗老师的教学之后,我开始渐渐明白了他的意思。所谓的超领域研究法,就是指不单单从自己的立场和角度来思考问题,更重要的是站在他人的角度和立场来思考问题。如果这样做的话,就能够更好的理解这个世界。老师所设计的“Soft Q Car”正是以他人的立场为出发点所诞生的灵感!“Soft Q Car”很好的保护了我们的安全,是一种非常好的车子,我非常希望这种车子能够在全世界被使用!今后,我将用这次所学习到得知识点,来改变自己的思考习惯,更多的从他人的角度出发,像老师一样为了这个世界的美好尽一份自己的力量!最后,在和老师相处的这一周里真的非常的快乐,非常感谢老师!
64. Posted by 09 宓 2009年08月28日 21:45
老师您辛苦了
老师的课非常的有趣,让我有了很多新的体会。让我了解了盲人的世界。我也知道了障テ暗世界有多么的可怕。世界很大,要学的东西还有很多,所以,从今以后我要更用心的生活。
65. Posted by 29 董 2009年08月28日 23:22
老師、辛苦了。
不同的人有不同的性格、不同的工作、不同的親友。如此的話、毎個人的角度就会不一様。如果、所有的人都従対方的角度来看、一定能相互理解、就不会有争執了。世界一定会変得幸福的。超領域研究法教会我要試着在従対方的角度来看事物。老師的車真是一部”温柔”的車。普通的車是以開車人的角度来設計的。老師的車是以歩行者的角度来設計的。老師的車就運用了超領域研究法。
希望老師的Soft Car能在上海世博会上展出。明年的上海世博会、歓迎前来。在老師的課上、我学到了許多知識、受益非浅。非常感謝。
66. Posted by 39 叶 2009年08月28日 23:38
老师,您辛苦了,通过这次的课程我们学习了很多日本的文化,老师的soft车是一个非常实用的主意,安全确实是现在开车最重要的,老师再中国的观光的同时,希望老师能对中国文化也有更多的了解,将来一定能使soft车更好的普及,谢谢。
59. Posted by 44 周 2009年08月29日 03:11
中文:老師的softcar非常可愛。老師重視別人。運用超領域研究法製造了softcar。超領域研究法是運用別人的眼睛去看世界的方法。這樣就能集中大家的想法。做出大家都喜歡的東西。我的理想是合併舊的與新的東西、創造座具有中國古代風格的都市、而不是西方的建築、肯定會很漂亮吧?日本人與中國人都是一樣的人類。雖然發生過戰爭、但是現在、最重要的是阻止戰爭的再次發生。如果大家都能考慮到對方的處境、就能消除國境的障礙。世界就會和平。
By:Crimsmoonism2034
60. Posted by 44 周 2009年08月29日 03:18
中文:老師的softcar非常可愛。老師重視別人。運用超領域研究法製造了softcar。超領域研究法是運用別人的眼睛去看世界的方法(借助於別人的視點來瞭解別人周圍的世界,感受別人的想法)。這樣就能集中大家的想法。做出大家都喜歡的東西。我的理想是合併舊的與新的東西、創造座具有中國古代風格的都市、而不是西方的建築、肯定會很漂亮。日本人與中國人都是一樣的人類。雖然發生過戰爭、但是現在、最重要的是阻止戰爭的再次發生。如果大家都能考慮到對方的處境、就能消除國境的障礙。世界就會和平。
By:Crimsmoonism2034
61. Posted by 陸 22 2009年08月29日 08:35
感谢老师教了我很多东西。在第一天的时候,我们一起做了一个“视力障碍体验”。我为那些看不见的人感到心痛,但是,只要我们共同努力,手牵手,一切都会好的。学习了超领域研究,我緒セ了站在对方的立场上考虑问题。将来,我还会学很多东西。老师,緒寳h苦了!
62. Posted by 02 孫 2009年08月29日 09:04
最初,听到“超领域研究法”的时候不知道它是什么意思。第一天的“视力障碍体验”让我体会到了盲人的世界,也让我感到了身边有信任的人时的那种依赖感。一个人的力量也许是渺小的,但团结在一起后就是无穷的,这也就是所谓的“如果把手握在一起,就能看见全世界”
经过这一个星期的学习,让我大致上理解了“超领域研究法”。这是说,不能只站在自己的立场,还要站在对方的立场上考虑。
最后,希望在明年的世界博览会上能再次和小栗老师相遇。
在这短短的几天时间里,谢谢老师,辛苦了。
63. Posted by 20 崔 2009年08月29日 09:13
中文:老师明天就要离开上海了。。真可惜。。我很喜欢上老师的课。。很有意思。。。信任朋友是很重要的。。。SOFT CAR还是需要在改进的
65. Posted by 陳 26 2009年08月29日 10:37
我叫陳鷺。是上海立信會計學院的大三學生。在這個暑假,我很幸運的參加了老師的“超領域研究”這門課。我感到老師的研究很有價值。通過學習,我知道了,不同立場的世界。就算是同樣的事物,也會有不同的方面。讓我多了很多角度去思考事物。在此之前,我卻忽視了這點。通過老師的課,讓我看到了,人與人之間的那種信償ワ。
老師,緒寳h苦了。這一周,多謝処ン的照顧。
66. Posted by 50 張 2009年08月29日 11:29
老師,您辛苦了!
剛開始看到超領域研究法的課題的時候在想這是什麽呀。然而,通過這一周的學習,我對這門課有了些許瞭解。我覺得超領域就是超越自己的立場站在別人的立場上思考問題。在課堂上,我們也通過視覺障礙的體驗,互相幫助,更加深了朋友間的友情。
今後,我們無論做什麽事都不僅要站在自己的立場上,還要站在別人的立場上,更深刻的考慮問題。謝謝~
67. Posted by 54 張 2009年08月29日 11:35
第一節課老師給我們做了視力障礙體驗。實踐與理論相結合,讓我們更好的理解了超領域研究法。我們要學會換位思考,從他人的角度看問題。老師的SOFT car就是一個很好的例子,soft car的發明非常的好。希望soft car在上海世博會可以展出,被更多的人所知道。
我很喜歡老師的課,老師,您辛苦了,非常感謝。
68. Posted by 28 李 2009年08月29日 11:37
老師,您辛苦了
明天是最后一節課。在這一個星期的時間里學習了關於“超領域研究法”的知識。
以前也稍微有一些概念。知道人與人之前由於經歷不同,腦中的思想也不同,對待事物的看法也不一樣。我認為“人”這個漢字的寫法可以看成兩個人相互支撐而構成的。所以,我們不能只在自己的立場上想問題,也要換位思考,站在別人的立場上思考一下。要信償ワ別人,同時也能讓別人依償ワ。互相幫助的話,就能跨越更多領域,看到世界。
我覺得老師關於soft car的構想是個非常好的想法,明年上海世博會也一定要來喔!
在老師的課上、我学到了許多知識、受益非浅。非常感謝。
69. Posted by 18 朱 2009年08月29日 12:41
老师的课十分有趣。超领域研究法课程让我学到了许多东西。学到了:要从他人的角度看待问题。朋友之间要相互信任。在游戏的中,我懂得了团结的道理和团结互助的精神。此外, SOFT CAR 令我影象深刻。老师设计的SOFT CAT的理念很好并且和特别。我希望SOFT CAR能在上海世博会上被展出。谢谢老师,您辛苦了。
70. Posted by 陸 22 2009年08月29日 12:55
對老師告訴了很多東西的事表示感謝。第1天的時候,我們一起1個"視力的障礙體驗",讓我覺得對那些看不見的人非常伤心,可是我們共同努力,手拉手一定變好。學習了超過領域的研究,我對方的立場的考慮的問題。將來,我也在學習很多東西。 老師,您莘苦了!
71. Posted by 27 趙 2009年08月29日 12:55
中国語:
老师、您辛苦了!
通过这门课,让我明白不同领域看到的、听到的、思考的都是不一样的。
对于我来说,超领域研究就是从不同的角度考虑同一个问题。
以后我会站在别人的立场,思考问题。
老师的课很有趣,我非常喜欢!
经后,希望在所有大城市的街道上都能看到老师的Soft Q Car。
非常谢谢!
この私のBLOG:blog.163.com/karenking.y/
72. Posted by 24 田 2009年08月29日 16:32
超領域研究法是從別人的想法來理解問題。讓我知道了很多漢字是從日本引進的,但同時日本很多的平假名也是從中國進口的。另外,我覺得老師研究的Soft car很高級的,自己也想有一輛。希望通過這次的世博會這輛車能普及到全世界。老師,非常感謝。
73. Posted by 45 楊 2009年08月29日 19:59
在超领域研究法的课上,我学到了很多东西。首先,超领域研究法使我能够从他人的角度来思考问题。自己尝试后,了解了他人的感觉。接下来,第一次看见了老师研究的soft car。这车是为了安全的因素被制造出来的,我认为那很好
74. Posted by 38 2009年08月29日 20:56
原文:
私は翁天倫です
今週、私たちは先生の超領域研究法(ちょうりょういきけんきゅうほう)課程(かてい)に参加しました。ソフトカーは私に印象がとても深(ふか)いですね。将来、私は双方(そうほう)の立場(たちば)に問題を考えす。先生の授業は中国先生の方式(ほうしき)と違います、特別ですね!
先生は私に新しい授業する方式を体験(たいけん)させて、先生と学生は対話(たいわ)と疎通(そつう)があります。あなたの授業はとてもらくで、楽しいです。
お世話になりました。本当にありがどうございました。
訳文:
我是翁天伦,这周我参加了老师的超领域研究法这门课程,SOFT CAR 给我留下了很深的映像。在将来我会站在双方的立场看待每一个问题。老师的课与中国老师的授课方式不同,很特别。老师的课给了我新的上课体验,在课上老师和学生有良好的对话与沟通,老师的课非常轻松愉快。
承蒙您的照顾,非常感谢!
75. Posted by 38 翁天倫 2009年08月29日 20:59
原文:
私は翁天倫です
今週、私たちは先生の超領域研究法(ちょうりょういきけんきゅうほう)課程(かてい)に参加しました。ソフトカーは私に印象がとても深(ふか)いですね。将来、私は双方(そうほう)の立場(たちば)に問題を考えす。先生の授業は中国先生の方式(ほうしき)と違います、特別ですね!
先生は私に新しい授業する方式を体験(たいけん)させて、先生と学生は対話(たいわ)と疎通(そつう)があります。あなたの授業はとてもらくで、楽しいです。
お世話になりました。本当にありがどうございました。
訳文:
我是翁天倫,這周我參加了老師的超領域研究法這門課程,SOFT CAR 給我留下了很深的映像。在將來我會站在雙方的立場看待每一個問題。老師的課與中國老師的授課方式不同,很特別。老師的課給了我新的上課體驗,在課上老師和學生有良好的對話與溝通,老師的課非常輕鬆愉快。
承蒙您的照顧,非常感謝!
76. Posted by 23 陳 2009年08月29日 21:08
我叫陳翦,第一節課的視力障害体験告訴了我們,如果沒有眼睛就看不清楚這個世界。中國和日本的關係就像A同學和B同學的道理一樣,所以我們就要用對方的眼睛,去了解對方的世界。soft car就是用超領域研究法的原理製造的,soft car考慮到了生命的重要性,利用超領域研究法就能避免很多衝突,中日關係就能更進一步。謝謝老師!
77. Posted by 劉 十三番 2009年08月30日 21:44
通过这周的学习,我获益不浅,老师说的话很有道理,视觉障碍者如果一个人的话就很够呛,如果有朋友在的话就感觉很安心,因为相信朋友,朋友就变成了我的眼睛,就不担心看不见,这就是友情的力量。人与人之间信赖多一点的话,我们的生活就更愉快,工作起来就更顺利了。
这一周,承蒙您的照顾了。
78. Posted by 30 徐 2009年08月30日 21:44
今天是最後一節課了。課程真的很有趣。老師也快要離開了。在課上學理解到失去光明的痛苦。知道了什麽是超領域研究法。他就是站在別人的立場上去考慮問題,理解他人,。如果將來有機會的話,我一定會幫助有困難的人。還知道了SOFT CAR ,這輛車很可愛,小孩子們都很喜歡,同時,也是一部安全性很高的車。希望可以在上海世博會上看見SOFT CAR 。
2009年08月26日
授業は「超領域研究法」。その最初のプログラムは「視覚障害体験」。受講生の半分が眼にテープをはって視覚障害の体験者となり、残りの半分が障害を持たない状態で障害を持つ人を体験するものです。途中で役割交代をします。
初日、52人の受講生が26組のペアをつくり、体験をしました。
このプログラムの一番の発見は、視覚障害が本当に怖い!というものでした。そのことは学生のみんなが体験したことですが、私も眼にテープを貼って、同じ体験をしました。
受講の侯さんからレポートがメイルされてきました。「友達が見えない時、私の目は彼女の目です」という言葉に涙がでました。なんと優しい言葉でしょう。
「超領域研究法」の目的は「自分の立場からでなく、他の人の立場からもものを見ることで、対立を創造的に克服できる力を身につけること」です。
昨日、受講生のレポートとともに「手を握れば、世界が見える」とい言葉にイラストを添えてパワーポイントをつくり、学生に見せました。
視覚障害者−健常者、交通被害体験者−未体験者、中国人−日本人、手をつなぐことが必要な立場が無数にありますね。
今日は、「中国と日本がどのように対立を越えて、手を握りあって未来をつくっていくか」を話し合います。そのなかで、「歩行者を大切にする車とまち」を中国と日本で共同でつくっていくことはどうか?上海万博の機会にその体験の場ができたら素晴らしいね、と話し合います。
この記事に受講生のコメントが書き込まれる予定です。日本のみなさん、コメントお願いします。
2009年08月23日
今朝の上海には靄(もや)がない!写真はホテルの11階の私の部屋からの今朝6時15分(現地時間)の写真。手前の赤いのは、部屋に置かれたカーネーション。5時40分に目覚めて、もう少し寝てもいいね、と6時30分に携帯のアラームをあわせ、しかし、横になったまま、姉や兄たちと来年の上海万博に?と考え(7人兄弟姉妹のうち2人が他界しています。江藤淳さんの『一族再会』を思い出します)、あ、昨日記録したSUPER MARKETは、「上海国際博覧会」の白いネオンサインを写そうとして百貨店の周りを歩いていて発見したんだ、と思い出し、ソフトカーも中国に飲み込まれる?と書いたことを考え、そして! そうか! 上海万博にソフトカー、と連想して、完全に眼が覚めました。
2005年の愛・地球博のソフトカー・キャラバンの”あがり”は、博覧会場で、名古屋・東山小5年、4年(当時)の渡辺早織ちゃん、春香ちゃん(亡くなった姉の孫)のメッセージを中国パビリオン報道官の孟さんにメッセージを手渡したこと(2005年10月2日記事。
早織ちゃん、春香ちゃんのメッセージは、
”このソフトQカーを見て、初めに思ったことは「かわいい車だな」ということです。車の後ろについている光が輝いていて、その光が、速度を表しているので、すごいと思いました。このソフトQカーで交通事故のない住みよい世界になるといいなと思いました。そして、中国の万博でもパレードしてくれるといいなと思いました。”
この中国語訳は
”剛剛看到智慧Q車時,我就在想“這真是一輛好可愛的汽車”。 我覺得車後部用來表示速度的閃閃亮光真的很棒。我想如果智慧Q車的存在能讓世界變成一個沒有交通事故的安心居住地方該有多好!還有要是也能在中國的世博會展出就好了。”
翻訳は千葉商科大学政策情報学部卒業の陳寧さん。
うん、上海万博でソフトカー、実現しなくちゃ! 大丈夫、中国滞在はまだこれから8日間。
ではこれから朝食へ。以上は「朝飯前」のメモ。外山滋比古さんの『思考の整理学』、ほんとに整理しますね。
● 「朝飯後」のメモ
はい、朝食をとってきました。
朝食時に読んだ日経(8月22日付け)が面白かった。記事と短い感想の「メモ」を。主に自分用なのでみなさんに理解できないことも多いか、と思いながら。
・香山リカさんの『しがみつかない生き方』が売れてる。アマゾンのブックレビューが面白い。みだしの最後に「<勝間和代>をめざさない」。これは笑えた。ほんとに、どこに行っても<勝間和代>。で、みんな<勝間和代>を目指してる。ぼくも、少し。でも、なるほど、これはストレスの原因になりますね。あ、こんどは<香山リカ>を目指さないようにしなくちゃ。
・僕が朝を使うようになったのは<勝間和代>からではない。脳研究、<茂木健一郎>さんなどの指摘。『文藝春秋』特集あたりから、か。でも、これは「目指した」からじゃなくて、方法、考察。そして正しい。『脱・スピード社会』がなんとか完成したのは朝起きて書くようにしたことが重要な要因。他に、就寝前のGと目覚めの時のK。これについては別に。(Gの上海携帯を今回忘れたのですが、問題なし。かなり体質になったのか?)
・総選挙便乗商法。「投票済」の証書を持っていくとディスカウントするリゾートホテルがある。これはうまい。集中講義に使えます。
・僕も期日前投票、済ませてきました。僕の選挙区は江端さんと小池ゆりこが競う東京10区。日経によれば江端さんリードで小池さんが猛追、とか。時の流れは怖いね。首相立候補者(笑。いや、真剣?)も追う立場。民主党の圧勝後がこわい。池袋駅前で江端さんの応援団の中に知人を見つけました。土曜会の知り合い。で、江端さんと立ち話。民主党の「高速道路道路無料化」政策はいけない。ええ、これには批判が多いです、と江端さん。いい反応です。でも「やるのは私」の顔。イシューごとに国民投票、などの政策を民主党が打ち出さないかな?それはきっと価値がある。
・「人の金で遊んでくらす」。日経に載った作家のエッセイ。作家の方の名前は忘れました。が、その中身がいい。このタイトルには見本がある、と。昔、バイクに乗っていたころ。エンストしてSOSを送ったらバイク屋さんが来た。で、手際よく修理工場へ。で、このバイク屋さん(ハンサム。照れ笑いがいい)が「金はないけど、人の金で遊んでます。いい仕事です」と言った、ということ。作家の方の「今もバイク屋さんを続けているだろうか」という締め方もよかった。爽やかエッセイ。
・駅ナカ店繁盛。熊谷駅の売り上げが昨年と比べて**増、など。駅ナカを作らなければ、これは中心市街地活性化の「切り札」に近い。ヨーロッパの鉄道は改札口がないので、駅ナカはできない。ハンブルグのアルトナ、大聖堂のケルン駅など。(森本さん、お元気ですか?)これも集中講義の素材になります。
・駅ナカ批判、森ビル型囲いこみ批判。堤清二−三浦展(対談)『無印ニッポン』で。アマゾン書評欄で野火止さんと頻繁に意見交換させていただきました。
・私の履歴書でファッションデザイナーの芦田淳さん。活宮様、美智子さんの皇室デザイナーになり、10年を経て、美智子さんのお母さんの正田夫人の支援もあり、青山に店舗を。銀座にも?各国大使を顧客に。なるほど、こういう生き方もあるんだ。ソフトカーを上海万博に、もいいけど、ソフトカーを青山に、銀座に。ショールームからそのまま街走りができる、そういう展示の仕方もありますね。
・上海万博にソフトカー。これは、しかし、やはり重要。万博の役割は新しいライフスタイルを「実感」すること。つくば万博は周辺があまりにおそまつ。しかし、映像文化、映像環境が残った。愛・地球博のグローバルループもよかった(やはり、周辺環境は悪かった(東海環状道路はトヨタの地域戦略?)けれど)。では上海万博は何を残すべきか。ソフトカー。人の生命とまちを大切にする自動車、道路交通、その思想と技術を残すべき。
・一面トップは「ホンダ・電気自動車に進出」。インフラ整備に問題あり、普及はそれほどの速さではない、という意見、それに対する私の同意。平行して、バッテリーの飛躍的進歩があるかも、という漠然とした予測。しかし、確実なのは、中古自動車も含め、ガソリン車がやはり残り、それにハイブリッド、電気自動車が混ざる”社会的ハイブリッド”。世界規模では100年間はきっとこの”社会的ハイブリッド”状態。この中で最優先されるべきは安全。ソフトカー(そのコンセプトと技術)の役割はやはり大きい。
こうして日経記事と、それからの連想を沢山頭にインプット。しかし、レストランから日経を持ち出すことはできない。そこでマネージャーらしい王さんに、廃棄しないで私の部屋に届けるようお願いしました。これで安心です。
● 南京大虐殺記念館で日本の漫画家が「終戦」作品展
このこと、8月20日に書きましたね。ところが中国でYouTubeが見れない。聞いたことがありましたが、こちらに来てそれが真実とわかりました。
しかし大丈夫。中国に住む日本人の方のブログ。そこに張られた中国メディアの反応のサイト。以下にリンクします。
・「南京大虐殺記念館」で迎えた終戦記念日in南京not北京http://koma.cocolog-nifty.com/emmy/2009/08/post-fec1.html
・日本漫画事務局 私の八月十五日の会
・新華社報道 日本漫画家参观南京大屠杀遇难同胞纪念馆
・新華社報道 日本百名漫画家办画展追忆“八.一五”
いや、むしろ、中国にきて中国のメディアや中国の人たちの反応に眼を向ける機会にもなり、YouTubeには見えないことにも感謝します。
<ここでいったんアップします。>
2009年08月22日
昨日(8月21日)、上海に着きました。千葉商科大学と提携している上海立身会計学院での集中講義のためです。授業は24日(月)から28日(金)まで。
写真は、今宿泊している都心のオークラ・ガーデン・ホテルの11階、私の部屋からの写真です。少しモヤがかかっていますが、これが事実、調整をしないでアップします。
私が最初に上海を訪ねたのが2004年。これで3度目。歴史と未来が渾然とした都市、と少し私も上海を説明できるようになっているのでしょうか?
● 渋滞が気にならない?
上海浦東空港についたのはこちらの時間の午後4時(日本と1時間の時差)、そしてホテルに着いたのが午後7時。空港‐都心が3時間かかったのはこれが始めてです。
渋滞の原因は来年の上海万博。ところどころの路側で万博施設の建設、そして、高速道路の建設。こうした工事のために、高速道路の何本かが閉鎖されているとのこと(お迎えいただいた上海出身のS先生に説明していただきました)。
しかし、私には、この3時間がまったく長く感じられなかった。千葉商科大学の4人の教授、そしてS先生と同じ車で移動していた、これは大きな理由です。しかし、それ以上に、空港から浦東の開発地区に出て、高速道路の流れに乗って(中国国産車? 欧州車? 殆どの車の車種がわからず、ときどき、TOYOTAやHONDAがあります)、私は「中国」に飲み込まれている私を感じました。どうして、ここまで、中国は勢いがあるのか? 中国は、どうしてここまで来たのか?
中国の現代史への関心は、日本の自動車産業誕生への関心とともに、私の中で育ってきました。1932年の満州建国、その翌年の熱河作戦、1937年の盧溝橋事件、南京進行、そして、これらに先立つ1911年の辛亥革命、中華民国の成立、さらに先立つ日露戦争勝利による満州鉄道の利権の獲得(1905年)・・・本来、高校の日本史で学ぶべき歴史の流れの中の事象がやっと頭の中で線状につながってきたのに、それらの事象と眼の前の風景がつながらない。
もちろん、20世紀前半の歴史と「今」との間には、より近くの歴史、すなわち、1949年の共産革命、1996年から10年間の文化大革命、1978年の改革開放、1989年の天安門事件、1992年の南巡講話、と、確認すべき多くの「点」がある。しかし、それらの点をつないでも、「今」につながらない。
訒小平の肖像が頭に浮かびました。しかし、訒小平を引き合いに出して、フランスを体験した訒小平が「今」をつくった、と言ったとして、この巨大な開発を、高速道路を、車の流れを説明したことになるだろうか?あきらかに「ならない」。仮に訒小平が(ひとつの)発火点であったとしても、それが燃え広がり、消えず、熱が保たれる、そのためには、油を染ませた綿(わた)のような面や塊があったに違いない。
訒小平を「今」とつなげる、というロジックが私の頭に浮びながら、それを口に出して隣のI教授に語ることを止めました。それは正しい選択だったのですが、私は、眼の前の事実のコンテクストがわからず、中国に飲み込まれる自分を感じたのでした。
● ソフトカーも飲み込まれる?
私が「中国に飲み込まれた」と感じたことは、しかし、以上の分析的な考察から、というより、私の心にいつもある、ソフトカーについての思いとより深く関わっていました。
この熱気、エネルギーの中で、ソフトカーはどこにいくのだろう?という感覚です。
私たちの乗った車が知らないうちに高速道路からおりて、上海の市街地の道路に。車はいよいよ渋滞に。その車の川を、歩行者が、歩道でないところを平然と、渡ります。渋滞の中、車が殆ど動かないとき、ということも当然重要なのですが、より私の心を支配したのは、ソフトカーに共感していただいている多くの方々にお伝えするのは非常に危険なのですが、この熱気、エネルギーの中で、人が無法に道を渡るのも当然、非難できない、と言った感覚でした。
ソフトカー? 車をゆっくり走らせる? 誰がそんなことを望むの?そういう大勢の人の声が当然のように聞こえてくるように感じられました。確かに自動車で道は渋滞している。しかし、上海の都心は、夜の闇の中で、ショーウィンドーの光が美しく、その光を背景にしたプラタナスの樹の陰も魅惑的です。
車がホテルに着き、部屋に荷物を置いて、ホテルに近い中華料理店に。恋人たち、家族連れ、友人連れ、会社帰り? あらゆるタイプのグループが吹き抜けの中華料理店で金曜の夜を楽しんでいる。
ソフトカー? 車をゆっくり走らせる? 誰がそんなことを望むの? そんな声がもう一度聞こえるように思いました。
ホテルの部屋に戻り、インターネットをつなぎ、メイルをチェックし、返事を書き、集中授業の準備を少し、そして、中華料理店のワインが回って、眠りに。
「朝飯前」、今日(8月22日)の朝は、6時にこの言葉とともに目覚めました。「朝飯前」は、上海への機内で読んだ、外山滋比古著『思考の整理学』の言葉。「朝飯前」は、この『整理学』のひとつの章のタイトル。『思考の整理学』の多くに得心。このことは別の機会に。
しかし、問題は、中国に飲み込まれた、私、と、ソフトカー、は、どこにいくのか?自分の思考は整理できるのか?
午前中、『思考の整理学』とともにバッグで運んできた竹内実著『中国という世界』(岩波新書、2009年)のページをめくり、私は、漂流者が丸太を見つけたような気持ちになった、いや、そういうより、漂流者は自分だけではないという安心を感じることになりました。
−なぜ、いつまでも過去にこだわるのですか?
−オリンピックのあとは、どうなるのですか?
−国が大きすぎる。いくつかに分割したほうがいいのじゃないですか。
−オリンピックは大丈夫ですか?
−残った料理はどうなるのですか?
−なぜ、夜間に自転車に乗って、ランプをつけないのですか?
−チュウゴクって、何ですか?
−チュウゴクはどこへいくのか?
−五年後、チュウゴクはどうなるのですか?
多くの疑問。(少なくともすぐには)答えられない竹内さん。私が知る最も巨大な中国文学者として知られる、『現代思想』の加藤周一特集に加藤さんとの対談が現れる、今年で86歳でいらしゃる竹内実さんの『中国という世界』というタイトルの本が、これほどの多くの疑問と、簡単には答えられない答とともに始まっているのだ。
飲み込まれる、という思いは、この調子だと、多分、大多数の人の感覚だ。怖がることはない。
こうして、私は、午前・午後の仕事(留学生の入試監督、面接など、仕事は集中講義だけではありません)を終え、私は、また部屋に戻って、このブログを書き始めました。
● 書を捨てよ、街にでよう!そして、夜8時、「油を染ませた綿(わた)のような面や塊」あたりまで書いて、おなかがすき、私は2年前に訪ねた、ホテルに近い日本文字の「ラーメン店」を訪ねました。
18元(280円ほど)の冷やし中華で腹を満たし、都心の百貨店(百森)を覗き、そのモダンな豊かさを感じ、そこ出て、地下に向かう SUPER MARKET の階段に眼をやりました。え、これはかなりおかしい! だって、スーパーマーケットに至る階段に多くの露天商が店を張っているのです。
明日の朝食を探す目的もあって地下のスーパーマーケットに。そして、露天商が両側に陣取る階段を上りながら、立ち止まり、また階段を下り、私は携帯で何枚かの写真を写しました。
そして、ホテルに帰る道。あ、これが、油を染ませた綿(わた)のような面や塊、かもしれない、と私は思いました。共産革命、文化大革命 ・・・ 多くの革命を経験し、戦争を体験し、高層ビルをつくりはじめ・・・しかし、さまざまな「点」をつなぐ面や塊は、この露天商なのでは?
いや、安易に結論を求めるのはやめよう。あの竹内さんの本もあのように始まるのだ。飲み込まれるのなら思い切って飲み込まれてみよう、漂ってみよう、中国の学生たち後からも借りよう。
こうして、書を捨てて、街に出たことで、私は少し勇気を得て、今、このブログをこのような形で、さしあたり、閉じようとしています。
・・・ そして、「思考の整理」はできるか?という表題に、いや、少し整理が
できないまま、しないまま、少し寝かせよう、これは外山さんの『思考の整理学』
ともつながる、と自答することにします。そして、そのことで、ソフトカーも逞
しく、いや、もっとソフトに、なるかもしれません。
続きを読む
2009年08月20日
この記事も、また言い訳、いや、反省から、はじまります。8月13日に書き始めた記事が未完のまま、6日が経ってしまいました。井澤君(千葉商科大学のあの井澤君に違いない、と考えてワープロを進めます。優秀な3年生です)から、「一番初めにコメントしてもいいものか、躊躇していたのですけどアップから5日経ちましたので書きます」と、未完の記事にコメントをもらいました。そうですね、「これは未完」と書いたら、コメント書きづらいですね。
いろいろあって(たとえば、明日、8月21日から、提携校での集中講義のため上海にいく、など)、ブログがなかなか書けず、書き始めると長く、未完になる、そして、書くべきことが溜まる、これは悪循環ですね。で、ここで方針転換をして、短めの記事を何回も書いていきます。
さて、これがうまく行くか?上海に行けば、また書きたいことがきっと生まれますが。
● 終戦の日、加藤周一さんの映像、言葉
加藤周一さん、ご存知ですね。日本の最高の知性。昨年12月に89歳で他界されました。留学中、一度だけニューヨークの近代美術館で列をつくっているときお見掛けし、「加藤先生ですね。ご著書をいつも・・・」とだけご挨拶した加藤さんへの弔辞を2008年12月6日付けの記事に書きました。
加藤先生は亡くなっていない、そう思ったのは、市川の書店で『現代思想』(青土社刊)の加藤周一臨時増刊号を発見したとき。発行日は2009年7月15日。写真はその表紙です。
加藤先生の本を読むことで、これからも加藤先生からお教えを受けることができる。そう思って持ち歩きはじめた『現代思想』で、加藤先生の「日本」の解説(平凡社大百科事典所収)にあらわれた「日本の小集団の原型はムラである」という言葉に、私は頭の天辺から足の先間まで抜ける「痺れ」のような感覚を覚えました。
もう10年以上前、『この国のかたち』で、私は日本の民族性が小集団主義に特色づけられるという司馬遼太郎さんの認識を知り、その「主義」が南方の古俗である、という司馬さんの説明に私はうなりました。その「うなり」と少し違う「痺れ」の感覚。(どう違うのかは別の機会に。)
そして、8月15日、終戦の日、音声を消していたテレビ(NHK)の画面に、加藤さんが登場しました。加藤さんが80歳の頃でしょうか。手元のリモコンで音をつけたテレビから加藤さんの言葉が声が流れ始めました。「2、3人の少数者が異論を言いはじめると、これが不幸な事件になんだな、日本では。」「そう、そう」と私はうなづく。
「自分にとって一番重要な体験は戦争。戦争で友人の多くが死んだ。彼らが殺される合理的な理由はなかった。」加藤さんも写る古い集合写真が画面に現れました。一緒に写った友人たちの多くが戦争で死んだことをテレビが解説します。
「生きて、声が出せる以上、なぜ、戦争を進めてしまったのか、少数者の意見が無視されるのか、なぜそのような文化が生まれたのかを問わなければならない。」加藤さんの言葉は、ひとつひとつが明確で、揺らがない。そのことに私は改めて感動しました。そして、私は、友人たちの不合理な死に憤る加藤さんの言葉に涙しました。
加藤周一さんのインタビュー映像、ありました。YouTubeに感謝します。
この映像での「ひとつの命を大切に考えられない人間に巨大な死の議論はできない」という加藤さんの言葉も重要ですね。
ムラ社会について語る加藤さんの映像もYouTubeにありました。前半は日本人の視野が私的な範囲にとどまること。これも重要な指摘です。そして後半がムラ社会について。明快な加藤さんの論述をお聞きください。
NHKで放送された加藤さんの映像の最後は、2008年6月でしょう、「病を押してのこの言葉が、加藤さんの公の場での最後の発言となった」というナレーションが流れ、しばらく、下に垂れた手が写り、カメラが上にパンしてそれが加藤さんの手だとわかります。確かにお窶(やつ)れになった、しかし、鋭い眼光が、死に向かう病の床にあっても、加藤先生の精神が真実を見通す強靭さを持っていたことを物語っていると思いました。
画面が、秋葉原の空中写真になりました。2008年6月8日、歩行者天国の交差点をトラックで突っ込み、人を跳ね、その後、人々をナイフで刺し殺した無差別殺人の日の様子。(私は2008年6月9日の記事にこのことについて書きました。)加藤さんは、その後、病のベッドに腰をかけ、テレビのカメラに向かって「絶望の底からの叫び」と言った言葉で秋葉原事件を語られました。
無差別殺人が許されるはずがない、しかし、無差別殺人が起きてしまう社会の仕組みに警告を発しなければ。加藤さんの言葉と厳しい表情から、私はそのようなメッセージを受け取りました。
● 戦争は終わったか?
加藤さんの生涯は膨大な評論、書籍、思想を残しました。日本論もその重要なひとつ。その言葉は私たちの体を痛切に突き抜けます。それらの言葉が発せられる最も奥に、不合理に失われた友人たちの命、その喪失を思う鉛のような質量のある呵責の念があります。
そして、1945年の敗戦で戦争は終わったのか、と言えば、そうではない、という危機の感覚を加藤さんは生涯持ち続けたのだと思います。加藤さんが病を押してテレビカメラの前に向かい、秋葉原事件について語ったのは、現在の中に危機があり、それが現に暴発していることを私たちに伝えようとしたのだと思います。
話は一挙にソフトカーのことになります。これまでに車で失われた生命は3500万人。これはロードピースのブリジッド・ショードリーさんが彼女の講演で引用している数字で、私はさらにその検証をしたいと思っていますが、道路交通が膨大な生命の犠牲を伴ってきた、そのことを、私は、これからも重い原点として、ソフトカーの仕事に取り組もうと思います。
警察庁が今年のお盆の時期(8月8〜17日)の交通事故死者数が118人だったと発表しました。昨年と比べて23人減少した説明されても、10日間に100人を越える死者を出すシステムの危険さに暗澹とします。まして、その時期の事故発生件数は1万8153件。何人の人が後遺症の苦しむのでしょう。
同時に、ほのかな光を感じるのは、この現状を放置してはいけないと考え、ソフトカーの動きを支援しようとする自動車や道路に関わる何人かの人たちを確認したこと。このことはあらためて書きます。
● 南京大虐殺記念館で日本の漫画家が「終戦」作品展
私はこのニュースを、今朝、おはよう日本展で知り、驚きました。YouTube動画がありました。ご覧ください。
戦争の苦しみは中国人も日本人も同じ。ちばてつやさんたちのこの活動に私は意表をつかれ、敬意を覚えます。私はこのことについてこれから調べ、明日から向かう上海で、中国の若者たちと、同世代の人たちと、戦争を知る人たちと、意見を交わしたいと思います。
いろいろあって(たとえば、明日、8月21日から、提携校での集中講義のため上海にいく、など)、ブログがなかなか書けず、書き始めると長く、未完になる、そして、書くべきことが溜まる、これは悪循環ですね。で、ここで方針転換をして、短めの記事を何回も書いていきます。
さて、これがうまく行くか?上海に行けば、また書きたいことがきっと生まれますが。
● 終戦の日、加藤周一さんの映像、言葉
加藤先生は亡くなっていない、そう思ったのは、市川の書店で『現代思想』(青土社刊)の加藤周一臨時増刊号を発見したとき。発行日は2009年7月15日。写真はその表紙です。
加藤先生の本を読むことで、これからも加藤先生からお教えを受けることができる。そう思って持ち歩きはじめた『現代思想』で、加藤先生の「日本」の解説(平凡社大百科事典所収)にあらわれた「日本の小集団の原型はムラである」という言葉に、私は頭の天辺から足の先間まで抜ける「痺れ」のような感覚を覚えました。
もう10年以上前、『この国のかたち』で、私は日本の民族性が小集団主義に特色づけられるという司馬遼太郎さんの認識を知り、その「主義」が南方の古俗である、という司馬さんの説明に私はうなりました。その「うなり」と少し違う「痺れ」の感覚。(どう違うのかは別の機会に。)
そして、8月15日、終戦の日、音声を消していたテレビ(NHK)の画面に、加藤さんが登場しました。加藤さんが80歳の頃でしょうか。手元のリモコンで音をつけたテレビから加藤さんの言葉が声が流れ始めました。「2、3人の少数者が異論を言いはじめると、これが不幸な事件になんだな、日本では。」「そう、そう」と私はうなづく。
「自分にとって一番重要な体験は戦争。戦争で友人の多くが死んだ。彼らが殺される合理的な理由はなかった。」加藤さんも写る古い集合写真が画面に現れました。一緒に写った友人たちの多くが戦争で死んだことをテレビが解説します。
「生きて、声が出せる以上、なぜ、戦争を進めてしまったのか、少数者の意見が無視されるのか、なぜそのような文化が生まれたのかを問わなければならない。」加藤さんの言葉は、ひとつひとつが明確で、揺らがない。そのことに私は改めて感動しました。そして、私は、友人たちの不合理な死に憤る加藤さんの言葉に涙しました。
加藤周一さんのインタビュー映像、ありました。YouTubeに感謝します。
この映像での「ひとつの命を大切に考えられない人間に巨大な死の議論はできない」という加藤さんの言葉も重要ですね。
ムラ社会について語る加藤さんの映像もYouTubeにありました。前半は日本人の視野が私的な範囲にとどまること。これも重要な指摘です。そして後半がムラ社会について。明快な加藤さんの論述をお聞きください。
NHKで放送された加藤さんの映像の最後は、2008年6月でしょう、「病を押してのこの言葉が、加藤さんの公の場での最後の発言となった」というナレーションが流れ、しばらく、下に垂れた手が写り、カメラが上にパンしてそれが加藤さんの手だとわかります。確かにお窶(やつ)れになった、しかし、鋭い眼光が、死に向かう病の床にあっても、加藤先生の精神が真実を見通す強靭さを持っていたことを物語っていると思いました。
画面が、秋葉原の空中写真になりました。2008年6月8日、歩行者天国の交差点をトラックで突っ込み、人を跳ね、その後、人々をナイフで刺し殺した無差別殺人の日の様子。(私は2008年6月9日の記事にこのことについて書きました。)加藤さんは、その後、病のベッドに腰をかけ、テレビのカメラに向かって「絶望の底からの叫び」と言った言葉で秋葉原事件を語られました。
無差別殺人が許されるはずがない、しかし、無差別殺人が起きてしまう社会の仕組みに警告を発しなければ。加藤さんの言葉と厳しい表情から、私はそのようなメッセージを受け取りました。
● 戦争は終わったか?
加藤さんの生涯は膨大な評論、書籍、思想を残しました。日本論もその重要なひとつ。その言葉は私たちの体を痛切に突き抜けます。それらの言葉が発せられる最も奥に、不合理に失われた友人たちの命、その喪失を思う鉛のような質量のある呵責の念があります。
そして、1945年の敗戦で戦争は終わったのか、と言えば、そうではない、という危機の感覚を加藤さんは生涯持ち続けたのだと思います。加藤さんが病を押してテレビカメラの前に向かい、秋葉原事件について語ったのは、現在の中に危機があり、それが現に暴発していることを私たちに伝えようとしたのだと思います。
話は一挙にソフトカーのことになります。これまでに車で失われた生命は3500万人。これはロードピースのブリジッド・ショードリーさんが彼女の講演で引用している数字で、私はさらにその検証をしたいと思っていますが、道路交通が膨大な生命の犠牲を伴ってきた、そのことを、私は、これからも重い原点として、ソフトカーの仕事に取り組もうと思います。
警察庁が今年のお盆の時期(8月8〜17日)の交通事故死者数が118人だったと発表しました。昨年と比べて23人減少した説明されても、10日間に100人を越える死者を出すシステムの危険さに暗澹とします。まして、その時期の事故発生件数は1万8153件。何人の人が後遺症の苦しむのでしょう。
同時に、ほのかな光を感じるのは、この現状を放置してはいけないと考え、ソフトカーの動きを支援しようとする自動車や道路に関わる何人かの人たちを確認したこと。このことはあらためて書きます。
● 南京大虐殺記念館で日本の漫画家が「終戦」作品展
私はこのニュースを、今朝、おはよう日本展で知り、驚きました。YouTube動画がありました。ご覧ください。
戦争の苦しみは中国人も日本人も同じ。ちばてつやさんたちのこの活動に私は意表をつかれ、敬意を覚えます。私はこのことについてこれから調べ、明日から向かう上海で、中国の若者たちと、同世代の人たちと、戦争を知る人たちと、意見を交わしたいと思います。
