懇談会の顛末の前に、まず、「自閉症への理解」から。
懇談会の席で、みなさんに読んで頂いたレジュメにも記載したのですが、初心者親御さん達への理解を深める意味で、先に記載します。
高機能自閉症は知的遅れのない自閉症。そのうち、言葉の遅れのない自閉症をアスペルガー症候群といいます。
では、自閉症とはどういう障害なのでしょうか?
自閉症は、社会性の障害・コミュニケーションの障害・想像力の障害という、三本柱を基本としています。
社会性の障害
集団の中の自分をわかることができません。
たとえば、みんなで行う掃除や給食当番。
それぞれの分担がきまっていない場合、どうやって皆さんは自分の持ち場を判断しますか?
周囲を見て、空いている仕事を探して、その作業をする。
全体を見て、不足がちな持ち場を選択する。
ところが、自閉症者は、この集団での自分の立場を把握するのが困難です。
コミュニケーションの障害
では、そうした集団での作業の時、自分の仕事を知るにはどうしたら良いのでしょう?
自分の仕事がみつからないときは、人に聞きませんか?
「なにをやったら良いですか?」「こっちは空いてますか?」
こうしたコミュニケーションを、自閉症者は思いつくことができません。
そのため、無理矢理割り込んでいったり、自分の持ち場をとられた、とパニックを起こしたりします。
想像力の障害
想像力といっても、物語を考えられる という意味ではなく、上記にあげた「集団の中の自分を見る」「一部分から全体を判断する」「相手の気持ちを考える」という想像力です。
見えないもの(言葉や、人の気持ち、時間の流れ等)に想像力が働きません。
会話をするのでも、私たちは、さまざまな情報を無意識に頭の中で選別しています。
相手の機嫌はどうか?会話の流れはなにか?相手の言葉はなにを言わんとしてるのか?相手はどういった言葉を返して欲しいと思って話をしているのか?
こんな情報を、頭の中で一度に処理して会話しています。
ところが、この複雑で且つ健常者にはなんてことはない作業も、自閉症者にとってはとても困難となります。
結果、自閉症者の会話は、一方的なもので、場にそぐわなかったり、一人でしゃべっていたり、相手が必要としない情報ばかりの羅列であったりします。
こうした、全体を見て自分の立場を考える ということは、会話や集団作業のみならず、生活全てにかかってきます。
私は、「自閉症者は、うまれながらにして皆があたりまえに持っている地図を持って生まれてこなかった」と考えております。
たとえば、ここに迷路があったとします。
みなさんは、よほど混んでない迷路ではない限り、上からみた迷路なら簡単に解けるのでは?と思います。
迷路の全体を見れば、どこが行き止まりか、どこが出口に通じているのか一目瞭然のことでしょう。
ところが、自閉症者の脳というのは、この迷路が自分の周り以外、真っ暗になっているようなもの と考えていただきたいと思います。
真っ暗な迷路で出口を探す、ということがどんなものなのか?その不安を想像していただけたらと思います。
もしくは、深い海の底で、どっちが上か下か?右か左かもわからなくなったとします。
その場合、どちらに進んだら海上なのか?
これはかなり不安なことであると、ご想像いただけるかと思います。
おそらくは、少し進んでは「果たしてこっちで良いのか?」と不安になり戻り、反対にすすんでみてはまた不安になるのではないでしょうか?
自閉症者は、先の見通しをたてることができません。
瞬時の判断が苦手です。
様々な情報を一度に処理することが難しいのです。
一部の情報から全体を把握することができません。
常に不安とストレスにさらされています。
ところが、本人は、自分がかかえている不安とストレスが生まれつきのために、それすら自分で認知することも難しいのです。
私たちが、「ストレス」と感じるときは、ストレスを起こさない環境があってこそ「これは自分にとってストレスだ」と認識することが可能です。
でも、生まれつきそのストレスの中で生活していたらどうでしょう?
常にわけのわからない、不安と恐怖といらだちの中にいる この感情がなんなのか自分でもよくわからない。
まだ小さな子供ならばなおさらでしょう。
なので、自閉症者の「こだわり行動」は、こうした不安を解消させるための場合もあります。
その「こだわり」が、周囲に無害なものならば誰も困りはしないでしょう。
しかし、生まれながらにしてその判断力を欠いているのですから、その行動は周囲にとって不適切であったり、不快なものであることの方が多く目立ちます。
それは、周囲の反感を買うと同時に、より一層当人をストレスの中にさらすことにもなるのですが、かといって、他の手だてを考えられる幅が狭いものですから、「こだわり」によりこだわる、固執する、より一層不適切な行動を繰り返す ことになっていく可能性が高くなるのであろうと思われます。
では、こうした、困った「こだわり」や「固執」は、どうやってなくしていったら良いのでしょう?
こたえは簡単で、かつ難しいことではありますが、
「本人から、ストレスをとりのぞく」ということが、今のところ考えられる解決方法のひとつです。
まず、常に不安にさらされていますので、
自閉症者は「否定されることを嫌います」
先の話に出てきた、見えない迷路や、360度縦横のわからない海底の中での不安をご想像いただきたいと思います。
どtらに進んでも、どの方向が正しいのか?先の見えない不安、それにくわえてどちらにすすんでも、周囲が「そっちは間違っている」「どうして正しい方向を自分で判断できないんだ?」と言ったとしましょう。
それは、とても不安なことだとは思われませんか?
ならば、正しい方向に目印があって、どのくらいで出口に行き着くか、目安や目印があったら安心できるとは思われませんか?
もしくは「そっちは間違っている」ではなく「こっちの方向にこれだけ行ったら良いですよ」と誘導されるとどれだけ安心できることでしょう」
さて、ところがです。
この方法にも少々問題があります。
高機能自閉症は、知的障害の無い自閉症ですので、本人にはプライドもあります。
むしろ、不安を払拭するため、そのプライドは高い者が多いのです。
このプライドの高さが自閉症者への支援をより困難なものにしています。
知的障害がないため、健常者と同じように考えられるように見えます。
ですが、自閉症という障害を持っているため、世の中は本人にとってわからないことだらけです。
支援者は、「これがわかって、どうしてこうした簡単な常識がわからないのだろう?」と困惑します。
また、逆に支援者が、自閉当事者を「障害者」として扱うと、本人に障害の自覚がなかったり、本人にできる部分とできない部分が支援者にわかりずらかったりすることから、本人のプライドを著しく傷つけることにもなります。
できることなのに「あなたは、出来ないのだから、手伝いましょう」と言われたら、健常者でもカチンときませんか?
なので、できることを支援されると、プライドの高い自閉当事者は、怒り出してしまいます。
でも障害を持っているからできないことやわからないことが多い。
これが、自閉当事者の「対人トラブル」のひとつにもなっています。
なので、自閉当事者に対し、「子供扱い」や「小さい子に対する言葉遣い」は、本人のプライドを傷つけます。
対等に、それでいてわかりやすくお話しして下さるようお願いします。
これは、認知症のお年寄りにも通用いたします。
(※この文章は、レジュメに載せ漏れしました…大事なところなのに…)
自閉症児への指導方法
否定語の指示が通りにくい。
「これをしてはダメ」「○○をするな」と、否定語だけの指示は、本人にとって道を閉ざされてしまい、混乱します。
「走ってはいけません」ではなく、「歩きましょう」のように、肯定指示に変えると指示が通りやすいと思います。
例として、サッカーなどの、手を使ってはいけない競技の場合、
「手を使わない」と指示すると、「じゃ、肘ならいいの?」「なら、腕ならいいの?」と、へりくつともとれるようなことを真顔で聞いてきたりします。一見ふざけているようにも聞こえますが、この場合「手は使いません。足だけを使います」というような明確な肯定指示をプラスすることで、本人も納得します。
耳からの指示より、目からの指示の方が通りやすい。
私たちも、耳から聞いたことは覚えているようで忘れてしまったり、講義で聴くだけより、イラスト付きや、漫画等の方がすんなり頭に残ったりいたします。
自閉症者の脳は、一度にいろんな情報を処理するのが難しいので、なにかに書いて見せることにより、通り過ぎていく情報も頭にとどめることが楽になります。
褒める。
常に不安とストレスの中にいますので、責めるより褒める。
困った行動を非として責めるのではなく、10分のパニックを5分でおさえられたのなら、5分我慢できたことを褒める。
15分しか席についていられないと責めるより、15分我慢できたことを褒めて少しずつできる時間をのばしていく。
自信をもたせる。
自閉症者は自分に自信が持てません。褒めることや、肯定指示によって、自分の行動に見通しがもてるようになれば、困った行動はおのずから減っていきます。
叱る。(ただし、大人や目上の立場の者)
一部「自閉症は叱ってはいけない」という誤解をされる方もおられます。
悪いことをしたら叱っても、注意してもいいのです。
ですが、先にご説明のとおり、彼等はプライドが高いものですから、自分と同等(同年代)や、年下の者からの指示に対してはパニックを起こしやすくなります。
また、強い言葉で叱ると、その言葉の表面だけにとらわれて、本来なぜ叱られているのか?ということを理解することができなくなるので、同じ叱られていても信頼のおける人間からの指示なら通るけれど、そうでなければ「怖い人」という認識しかされない場合があります。
悪いことをしたら、自分がなにをしたのか納得するまでよく説明してから叱りましょう。
一部分から全体を想像できない自閉症者は、ただ叱られただけでは善悪がわかりません。
なぜいけないのか?そうすることによって、どんな不利益が自分におこるのか?納得いかないと、謝ることもできません。
(※これも、記載漏れた。大事なことだと思う)
こうした、自閉症児向けの対応は、健常児へのしつけにもたいへん有効です。
小さい子供は、だれでも先の見通しをたてることが難しいですし、見える範囲も狭く、状況判断もできません。
(そういう意味でも、幼児期の自閉症児は『誰でも子供は同じようなもの』と、誤解を受けたり、診断が難しかったりします)
自閉症の研究は、まだまだ発展途上にありますので、こうした情報も 数年後、または人によっては、間違った情報、誤認識になるかもしれません。
なので現段階では、以上は私が認識している情報 ということをご了承いただけたらと思います。
あと、レジュメに書ききれなかったとこととして、(案)
トランプがあります。
赤と黒、半々に入ってます。
裏返しされたカードで、「あなたは黒をひいてはいけません、黒をひいたらあなたは悪い人です」と言われた状態で、
あなたは、黒をひかずに赤だけひくことが可能ですか?
赤をひけば「誰でもできることだからあたりまえ」と言われ、
黒をひけば「悪いこと!」と責められる。
この状態で、黒をひかず赤だけひくことができますか?
なんて、たとえはいかがでしょうか??
あと、「風の谷のナウシカ」で、腐海の毒を吐く植物は、「腐海が悪いのではない、土が悪いのだ。腐海は悪者ではなく、浄化しているのが腐海だ」というシーンがありますよね?
自閉症は、対人・社会性の障害です。
私は、自閉症を知って、自分の対人や社会性を見直すことができました。
自閉症児を指導する方法は、自分が社会において、対人関係をスムーズにさせる方法でもありました。
自閉症児は「社会性のない、対人関係を築けない厄介者」ではなく、
「社会性とはなにか?対人関係を築くとはなにか?」を問いかけてるのではないかと私は思うのです。
それでなくとも、人との繋がりを持とうとしなくなってきた現代社会。
「なにが大事なことなのか?」を、自閉症者を通じて問われてるのでは?と、私は思います。
あ、そうそう、これは、レジュメにも載せた文ですが、
一生治癒することのない障害であろうと、障害を持つ子は、不幸なのではありません。
かわいそうな子なのでもありません。
障害は「上手につきあっていくもの」で、「かわいそうな不幸なこと」ではありません。
むしろ、障害を持つ子達は、生きていくというだけで、とても頑張っている頑張り屋さんです。
私は、「障害を誤解され、理解されない」ことが、当事者にとって不幸なことで、かわいそうなことではないか? と考えます。
…ただ、ちょっと、長かった…。素人相手に、わかりやすく…と思ってあれもこれも…と書いたので。余計混乱させる文章だったかも…(反省)
」