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ヨンスジョン。
 彼女は高句麗歴史上 唯一の女性城主として存在していたとされる。 確固たる証拠はないだろうが、時の東部家門の長女として また ヨンゲソムンの妹としてそうであったとしても不思議ではないかもしれない。
前回からの続き 
その前に少しお浚い。

まさに一行が降伏の儀の場所にあと少しで到着のタイミングで 
『 陛下(ペーハー)をお救いしろー 』 
と威勢のいい唐兵の声があがった。

そして 一行を促していた同行の高句麗兵をけちらしていく。

その様を見たケピルハリョクは棺を地面に叩きつけ粉砕し、 チャンソンムギはイセミンの口から玉を出させるのだった。
 リソンギも兵から剣を受けるとしんがりをかって出て追撃する高句麗兵を蹴散らす。

そして来た道を引き返すイセミン一行だった。
ここで ゲソムンはソリョンタの長安攻撃が本気でなかったことを悟るのだった。そしてここでとうとう追撃をすることをあきらめるのだった。
しかし ここで納得していない将軍がいた。 
次回へ!!

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ヨンスジョン
女子軍を率いて戦って来て、イセミンを今一歩のところまで追い詰めたのに 意外にも早く 太子 チ が送った救援軍に 、セミン一行が救出され逃げていく様を黙って見ていられなかったのだった。

ネイノーー イ・セミンーー


と叫びながら 高句麗の武将が並ぶ列から飛び出していくのだ。
しかし そこで待ち構えるは ソリンギであった。
ソリンギには 腹心のサムゴニョを前の戦いで殺されているので 心の中では怒りに燃えているのだった。

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向かってくるヨンスジョンに ソリンギは部下に命じ矢を取り閃光の如く射かけた。 

その矢がヨンスジョンを射抜く。

それを見た彼女の部下の女子軍も救出に一斉にかけよるが、一斉射てき攻撃をを受け全員が討ち死にする。
そして 動かなくなったヨンスジョンを乗せた馬が 高句麗軍の陣営に戻ってくる。

コモニムーーー(叔母様)

と駆け寄る ヨンナンセン

叔母の変わり果てた姿を見て ゲソムンに追撃の許可を得るが、一喝され、悲嘆するナンセンに 

よくやった それでこそ東部の一門だと妹 ヨンスジョンを褒めるヨンゲソムンだった。

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その死顔は やりきった感の漂う綺麗なものだった。
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無事 唐に帰った イセミン一行。 今後の外交をどうするかの朝廷の集まりにこの男がやってきた。

後の 新羅の王 キムチュンチュである。
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 善徳女王の甥にあたるのだが、 百済に長女コタソを大耶城(テヤソン)の陥落時殺された恨みから、唐と結んで百済を倒す事を決心したのだった。

そして 唐に従う証として 新羅の官服ではなく 唐と同じ様式で イセミンに謁見する。
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それに感心しながらも懐疑的になるイセミン。  チュンチュは新羅が三韓を統一するためにまず 新羅が百済を討ち併合したのち 高句麗を挟み撃ちにしようと提案する。

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イセミンは最弱国の新羅をそうやすやすと信用しないのであるが、キムチュンチュの言い分にも一理ある。
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随の煬帝と今回の唐の高句麗出兵の失敗部分を論じる キムチュンチュに 唐をバカにされたと思った ソリンギとイジョクは激怒するが、
キムチュンチュは更に持論を述べる。

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唐と新羅が連携することで イセミンの ヨンゲソムンに対する恨みを晴すべきと力説に イセミンの心が揺らぐ。

しかし その宿恨を晴らせず イセミンは 太子 イ・チに託して永眠する。
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その後 新羅では キムチュンチュが
武烈(ムヨル)王となる

一方高句麗の東部家門にもうれしい知らせが
ナンセンの双子の弟
ヨン ナンゴン
ヨン ナンサン
が 早衣(チョイ)の修行を終えて 家門に帰ってきた。
そして ナンセンと
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生みの母親 コ ソヨンに挨拶にきた。  
兄弟同士思いやりを忘れず協力をするのだぞ と諭すソヨン。


移動の馬上で 母 ソヨンの
小言にボヤく ナンゴンとナンサンだった。

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閣僚が唐と新羅が手を組む事に懸念を示し、宴は控えてくれと 内政を引き締めを提言するが、  閣僚の佐平(チャピョン)ソンチュンとその弟ユンチュン将軍(新羅の大耶城(テヤソン)を陥落させた)はウイジャ王の振る舞いを心よく思っていない。  しかし奸臣のイムジャは今の平和はウジャの政策がもたらした結果だと歯が浮くようなお世辞を述べ それをうれしがる ウジャ王だった。 そして ソンチュン ユンチュン兄弟はイムジャを苦々しく思っていた。 
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そして この人 ケベク将軍も同意見で 内政を固めることを主張する。
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一方新羅では 太子のポンミンが極端な唐との近づきを心配するが
唐との連携こそが大事だとチュンチュは説く。 
そしてキムユシン将軍もポンミン同様少し心配していた。

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