2006年11月30日

「嫌われ松子の一生」

 

「不幸って何?」って。

それは他人にはわからないこと。

それは自分で決めること。

「幸せって何?」って。

それも他人には決められない。

それは自分だけがわかること。

松子さんの人生が不幸であったか幸福であったか、そんなこと、私たちが決めちゃいけない。

それは、松子さんの走りぬいた一生を、貶める行為だと思う。

 

松子さんは、ごく普通のかわいい女性で、幸せになることを夢見てる。

きっとそれは、ある時期までは「夢」ではなく、「当然の未来」だったのだと思う。

それが、ある事件に、ちょっとした複雑でせつなくて幼い想いが絡み合ったとき、松子さんの人生は大きく変わっていく。

 

それからの彼女の選択は、ことごとく彼女を追い詰めていくのだけれど、自分をそうやって追い込んでいくときの松子さんは、決して不幸だとは思っていない。

彼女はその先に素敵な未来があると「知っている」からだ。

誰かに殺されてしまった松子さん、だけど、その直前、彼女は何を思っていたのか。

私は決して彼女が不幸せだったとは思わないのだけれど、彼女にかかわった人で、それを知っているのは、甥っ子の笙だけなのが、とても残念。うーん、だけど、これは「笙君が知っていてくれて幸せ」と思うべきなのかもしれない。

きっと、松子さんはそう考える人だと思うよ。

自分が幸せであったことを、誰かが知っていてくれたほうが、断然うれしいに決まってる。

 

いやー、泣きましたよーー、この映画。松子の健気さに。

特に父親に対する幼いけど精一杯の愛情にね。

監督は「下妻」の中島哲也。

この人はこれから「下妻」の中島監督と呼ばれるのか、「嫌われ松子」の中島監督と呼ばれるのか。

「下妻物語」のヒットで「嫌われ松子」では、少なからずプレッシャーがあったことと思います。

中谷美紀さんとはずいぶん荒れていたようですが、深キョンとはどうだったのかと、誰もが気になるところです。深キョンのほうが強そうだ☆

まあ、こういう言い方は深田さんに失礼かもしれませんが、きっと監督は中谷さんを女優だと認めていたからこその仕打ちだったのだと思います。「恭子ちゃんはもう自由にやって、それを生かすのが僕の役目だから」的なものがあったかもしれません。(すごい妄想です☆ こんなソースどこにもありません)

 

で、この映画の中谷さんは本当にすごいです。

超美人も、超迷惑なおばちゃんも、しっかり演じられる、恵まれたルックスです。松子さん、時々ぞくぞくするほど美しい表情をします。こんなに美しい表情をする人が不幸なはずがありません。

 

この映画のすごいところがいわゆる「演技ができる」人があまり出てないってことです。でも、しっかりはまっているのは考え抜かれた幸福なキャスティングでしょうね。

劇団ひとりやクドカンさんなんかも、別に演技がうまいとは思わないけど、そのオーバーアクションや素の出っぷりが、あまりにうまく役にはまってます。

ただ、「女優・中谷美紀」のオーラとは全然違う・・・しかし、その違和感が松子さんの危なげな一生を通じてよいのだと思います。

伊勢谷くんなんかも、なにそれえらいヒーロー声で「あんたまだキャシャーンなのかよっ」な感じだけど、それがまた伊勢谷君演じる龍が非常に自己陶酔しやすいあほな(だけど松子さんにとっては愛すべき)男だと思えるし、松子さんの傍から見たら「波乱万丈で不幸」な人生にフィクション性を与えていてよいです。

 

リアルじゃないけどこんな不器用な人もいるかもしれない・・・・いや、きっといる。

そして、こんなに(傍から見たら)安易に自分を投げ出してしまう人だけど、実は自分のことばかり考えて、人のことをしっかり見られない人だったかもしれないけど、でも、愛すべき人だと、そう思わせてくれる。

 

松子さん、とにかく人を愛したかったし、愛されたかったんだよね。

彼女、ほんとはたくさんの人に愛されていたはずなんだけど、もしかしたら、父親の愛情になかなか気づけなかったように、気づいていなかったかもしれないね。

愛情って言うのがいちばん人に自信を与えるものなんだなーと、彼女の死に向かっていく姿の中で、本当にそう思いました。

なんだかねぇ、笙君が松子さんの人生に出会えてよかったと思うように、私も松子さんに出会えてよかったと、ちょっぴり思うよ。

 

 

それにしても、内海君はクレジット無しなのか?

あの中で内海君ってところがポイントなんだろうな・・・・・若い子たちにはわからん微妙な位置づけだろうな・・・・・・

いやそれにしても、ジャニーズもヨンさまも偉大だわ・・・・

 

嫌われ松子の一生 通常版



2006年11月28日

「オーメン666」

 ああ、私すごくすごく楽しみにしてたんですーーっ。

「オーメン666」観るのーーっ。

わーいわーい・・・

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

比べたからどうだって話なんですが・・・・やっぱ比べちゃうよね、オリジナルと。

仕方ないよね、リメイク作品は、最初からその知名度をちゃっかりいただくわけだから。これは宿命ですわ。

だけど、最近のリメイクもの、結構よかった気がするのね。「悪魔の棲む家」とか「リビング・オブ・ザ・デッド」とか。

だからさ、ちょっとだけ期待しちゃったわけ。

それがいけなかった・・・・ふ・・・・

 

いちばん好きな映画のジャンルがオカルト映画な私。中でも「オーメン」っていちばん好きなんだよねー。

「オーメン」「オーメン2」ったら、もう神の領域じゃない? 悪魔だけど☆ 34は無かったことにしてね。とくに「4」はなんじゃこりゃーーーっ。

 

「オーメン666」って、結局のところ、オリジナルについて何も知らない人にとってはどうなんでしょう? 面白いわけ? 怖いわけ?

うーん・・・・・

 

私には怖いよりもかわいそうな映画と言う位置づけになっちゃいましたよ。

悪魔の子として生まれちゃったダミアンもかわいそうで、その親にされちゃった二人もかわいそうで、その子供たちもかわいそうで、神父さんたちも、周りの人たちも、みんなかわいそうで・・・。

まあ、正直いちばんかわいそうなのは映画の出来なんですが・・・

ダミアンの乳母のミア・ファローだけが憎かったよ。って言うか、ミア・ファロー、若返ってない?

ミア・ファローのキャスティングっていうのもどうなの?

彼女はすでに「悪魔を産んだ女・ローズマリー」なわけじゃない? 少なくとも、世間一般ではそう認知されてるんじゃない? え、違うの? 私だけ? ううーん、たとえ私の中だけども、彼女は「悪魔の母」だから、いまさら「乳母」ではありえないのよー。

 

ダミアンのパパのリーヴ・シュレイバーは、お顔にインパクトはあるけど、今まで役柄的にはそんなに印象深いものが無かったので「ああ、誰だっけ誰だっけーーー」と悩みつつ、半分過ぎた頃にやっと「クライシス・オブ・アメリカ」じゃんっ。とやっと思い出した。

もうっ、中途半端にメジャーな人を使わないでよっ。気になって集中できないぢゃんっ。(これは私の勝手な言い分ですね)

こういう役はもう、いつだって、サム・ニールでいいんだよ。ああ、だけどサム・ニールはすでにダミアン役をやったのであった・・・・しかもやっぱり34歳の役は無理ですね。

 

ダミアンママのジュリア・スタイルズですが、この人の場合、こういう役は似合わないよね。生き生きとした表情が素敵な女優さんなので、こういうのはちょっと・・・

 

でね、まあ、結論として、全編を通して、怖くないんです。

 

主な舞台はロンドンとイタリアなんだけど、前作ではそのいかにも「ヨーロッパー」な感じが濃く出ていたのが、あんまりそういう感じじゃなく・・・・なんかアメリカンな。

ああ、空が明るかったのかも。ヨーロッパの空はいつも曇っているべきです!(なんて勝手な・・・)

それから、こういう映画って、ミサ曲みたいなのがよくBGMで使われるはずなんだけど、あまりなかったよねー。使おうよー。もっとー。

 

そんなわけで、とても消化不足だったので、オリジナルの「オーメン」を探して観たいと思います!

 

 

 



2006年11月05日

「ブラザーズ・グリム」

ブラザーズ・グリム DTS スタンダード・エディション

 

観よう観ようと思いつつ、やっと観れました。

 

で、普通に面白いです。

 

が。

 

無駄にマット・デイモンとヒース・レジャーを使っているなーと言う感は否めません。

つーか、この映画に演技派はいらんよーっ。

それから、モニカ・ベルッチ、この人の映画選びって、方向間違ってる気がします。

美人過ぎるのがいけないんでしょうか・・・

確かに、モニカ・ベルッチが出てくると、あまりに美しくて、演技にまで目が行きません☆

同じようにものすごい美人でも、シャーリズ・セロンやイザベル・アジャーニを見るとやっぱり演技にも感心させられるので、やっぱいまいちなのかな。それが出演作にも影響してるのかもしれません。

インパクト勝負です。そんな感じの役が多いよね。

 

さて、肝心の映画ですが。

「グリム童話ができるまで」みたいなお話だと思っていたので、内容はちょっとびっくり。結構ダークなファンタジーなんですね。コメディってほどじゃない気もしますが、ちょこっと笑えるところもあるかもしれません。ただ、そういうシーンが唐突過ぎて場面をぶち壊してるところもあり・・・・

でも、このエピソードはあのお話がモチーフになってるのねー、なんていうところは楽しいです。

なんだけど、映画として・・・・もっとやっちゃって欲しかったって感じですか。

観てる間うっかりテリー・ギリアムだったことを忘れてて、最後のクレジットで思い出しました。

そういえば、テリー・ギリアムっぽくないわけでもなかった・・・・・

が。

意外性は最初しかないし・・・・・なんといいますか。

普通に面白いんだけど、それだけだった・・・・・ってわけです。

映像はそれなりに面白いけど、映像だけならもっと面白い映画も今やいっぱいあるわけで・・・・

でもでも、まだまだテリー・ギリアムには期待してます!

 

 

それにしても、モニカ・ベルッチ。

年取ったらどうなっちゃうんだろーーーー。

不老不死を望む魔女の気持ち、実はベルッチにはよーーーーーくわかるんじゃないでしょうか・・・・

って言うか、誰かあの美しい人に不老不死を授けてくださいよー。

イザベル・アジャーニみたいにさっ。



2006年10月28日

「かもめ食堂」

かもめ食堂

 

アキ・カウスリマキが大好きだ。

だけど、フィンランドにってみたいと思ったことは無い。

だけど、「かもめ食堂」を観ると、フィンランドに行ってみたくなる。

 

雑貨の雑誌でよく出会う、今流行の北欧インテリアも、小さな子供のいる家ではちょいデンジャラスなのでそんなに興味が無い。(IKEAは安いところが好きなのだ☆)

どちらかと言うと、パステル系の配色が好きなので、マリメッコも好きじゃない。

だけど、「かもめ食堂」を観ると、それらがちょっと好きになる。

 

だからつまり、「かもめ食堂」というのはそういう映画。

その画面に映るものが、今までとは違って見えてきて、それらがみんな好きになってくるという。

 

「人が食べている姿が大好き」、そんなサチエさんが、フィンランドで食堂を開く。

きっとフィンランドにたどり着くまでに、いろんなこともあったのだと思う。

それは映画では明かされないけれど、その「ちょっとした出来事」が何かを詮索する気にはならない。

そっとしておいて、いつか彼女が話すのなら聞こう、そんな「親しみ」と同時に「相手への尊敬」が感じられる。

他の女性もそう、中には「聞いて欲しい」女性もいて、そんな人の話はしっかり聞いてあげて、でもおそらくそっとしておいて欲しいだろう人はそっとしておいてあげられる、そんな心遣いができる人は、本当の素敵な人だと思う。

 

サチエさん役を、見るからに可愛い若い子じゃなく、個性派な小林聡美を使っているところがこの映画のキーポイントだと思う。

こういう役って、いかにも「モデル出身の新進美人女優」さんがやりそうな役だもの。

でも、この映画が、小林聡美さんだけではなく、彼女がその画面と一体化したところで、なんだかすごく可愛く見える。

画面の中に自然に収まった小林さんは、ちょっとレトロな雰囲気をかもし出すブラウスもスカートもエプロンもよく似合う。くっきりした赤い口紅も、どぎつくなく愛らしい。小林さんって、こんなに肌の白い方だったのねぇ・・・うらやましい。

小林さんがお皿を拭く姿も、そこだけ切り抜いてきても可愛いシーンになる。

片桐はいりさんのユニークな容貌も、この物語をちょっとだけおとぎ話に近づけてくれていいし、もたいまさこさんの昔から形作られたきたような微笑みは、きっとこの人にもたくさん「何か」ある、そんな大物振りがいい。

日本おたくの男の子は本当にいそうだし、噂話好きなおばちゃんたちもうっとおしいのにどこか憎めない。

で、またうれしいのが、マルック・ペルトラが「マッティ」の名前で出ていること。またまたとても胡散臭い。その胡散臭さがたまりません。小心者っぷりがよいですね。

 

で、まとめますと、この映画を見る前は、しっかりご飯を炊いといて。

見終ったら、きっとおにぎり食べたくなるから。

 



2006年10月16日

「真夜中のピアニスト」

「真夜中のピアニスト」

なんだか「ピアニスト」というタイトルがつく作品が多くてちょっと混乱しちゃってた。

ただ、「ピアニスト」という言葉の入っている映画、ことごとく、いい!

この「真夜中のピアニスト」というタイトル、それにあやかったのかと思いきや、なんと、この映画もすごくいい!

 

真夜中のピアニスト DTSスペシャル・エディション
青年トム。

昔は亡くなった母のようにピアニストを目指していたこともあった彼だが、現在はちょっとばかりあくどい仕事に手を染めている。

ところがある日偶然、昔の恩師に出会い、再びピアニストへの夢を目覚めさせる・・・・

 

「完璧」という言葉は好きじゃないし求めていないのだけれど、この映画はもう、何から何まで「完璧」。どこか不安定な要素すら「完璧」。

キャストよし、ストーリィよし、映像よし、バランスよし。この「バランス」が徹底的に私好み。

観ている間は結構「さらさらー」と流しちゃう。でも、まったく時間は感じさせない。

で、観終わってからの余韻。それがもう素晴らしいのー。

観ている間に「どうなっちゃうの」とはらはらさせるのもいいけど、観ている間はそんなこと感じさせず、終わった後に「ああ、そうだ、あの時そうだった」とか反復してしまうのってもっとお得感ないですか?(あらら、主婦の発想だわー)

何だったっけ、あの映画のタイトルって・・・・?

しっかりと記憶に残っていないのに、ふっと思い出してすごく気になっちゃう映画、そういう位置づけも私の中ではかなり好ましいです。

 

この映画、みんないいんだけど、やっぱり外せないのは主役のロマン・デュリス。

よく見るとごつい顔なんだけど、それに似合わずうるうる目。

そのアンバランスさが母性本能をくすぐるし、トムという、悪どいことに手を染めつつもまだまだ純粋で、大人になってもまだまだ親の愛情を求めている、そんな28歳の男性にはマイナスな要素さえも魅力になる。

28歳にもなって、実は中身はまだまだ純粋な子供であることが、もう、許せちゃうのねー。

 

そんなわけで、ちぇっくちぇっく♪なのです。



2006年08月23日

「アルフィー」

「さあ、今晩はジュード・ロウ・ナイトよっ」
と、勝手にイベントに仕立て、「ハッカビーズ」と「アルフィー」を続けて観たんですよ。(ちなみにもう一本見たのが確か「ジェイソン勝廚世辰燭痢トホホ)
でも、「アルフィー」にはまったく期待してなかった。
だって、「この映画でシェナ・ミラーとジュードが出会った」。と言う以外に何か話題でもありました?
ファンとしては、ちっともうれしくない話題じゃないですか。ね。
それに、私の中でジュードは「基本的に美女に興味はない」というコンセプトだったのに(←超勝手☆)、美人モデルと公式カップルになっちゃうなんてさっ。
しかししかし、しかししかし・・・・
大声で言わせてもらうと、

「アルフィー」のジュードはアリっ!

アルフィー スペシャル・コレクターズ・エディション

いやーー、もう、「アルフィー」はだいすきっ。
ジュードの映画の中で、一番好きかもっ。
映画としてはもちろん「ガタカ」とかのほうがいい出来なんでしょうが、なんか、このジュード、よいよ。もう一回観たいっ。
本日は私、特にミーハーに叫んじゃってて見苦しいので、もう読み飛ばしちゃってくださいっ。

このジュード@「アルフィー」ったらもうおばかさんなのっ。
見た目だけがいい男。女のあしらいだけがうまい男。(まあ、実はそんなにうまいわけでもないんだけど)
だけど、そのおばかさんっぷりが母性本能を刺激しまくり☆
ああ、もしかして、これが「萌え」というやつですか?
ああもうばかばかっ。私がお母さんになって慰めてあげたいっ。
恋人になるのは嫌。絶対捨てられるから☆

イギリスからやってきたアルフィーは、とにかく女の子が大好き。
しかもストライクゾーンがむちゃくちゃ広い。
ほとんどすべての女の子(熟女もオッケー。ロリはなさそう)が彼の「タイプ」。
とにかく今を楽しく生きようと、女の子のチェックに余念なく、当然モテモテ。振られたこと、なかったんだろうなー。

複数の女の子と付き合っていて、その中の一人がシングル・マザーのジュリー。
ジュリーを演ずるマリサ・トメイがむちゃくちゃかわいい。マリサ・トメイって、こんなにかわいかったっけ?このとき40歳・・・・・ええーーーーっ。
この息子がまたかわいくて、アルフィーがこの映画の中で一番メロメロになるのはたぶんこの男の子・マックス。もしかしたら、生まれて初めて愛したのがマックスだったのかもしれない。

注目のシェナ・ミラーはゴージャスな美女・ニッキーとして登場。
でも、実は「見た目だけ」でたいした魅力のない女性だったとアルフィーも気づく。しかし、あんたにそう言われたくないだろう、彼女も☆ つまり二人とも「同じ穴の狢」ってことですね。
関係ないけど、シェナ・ミラー、確かに美人だけどどちらかと言うと大味な美人。ニコール・キッドマンやシャーリズ・セロンみたいな本気の美人じゃないのよ。
この二人って、無様な姿をしても美しいけど、シェナは案外普通。
「ジュードは基本的に美女に興味ない」と言う私のコンセプトはぎりぎり守られたわ。ほっ。
アルフィーと別れるときのニッキーは美女でもなんでもなく、普通の寂しい女の子で、それがすごくかわいくてかわいそうでした。
このときはアルフィーが憎らしかった。

それから、熟女も熟女なスーザン・サランドンに「あなたは見た目と違って実は賢い」みたいなこと言われて喜んじゃうあたりがまたおばかさんなアルフィー。
あんた、熟女にいいようにあしらわれてるんですよっ。
そしてほかの男に女をとられその理由が「あなたよりも若いのよ」と、思いもよらなかった現実。
うわーーー。この理由って、すごいよね。すごいよね、すごいよねっ。

そして、ずーーーーっとおばかさんでいられたら、ある意味アルフィーも幸せだったのだろうけれど、やはり映画だもの、「目覚め」はやってくる。
友達も恋人も、すべて失って、独りぼっちになるアルフィー。
そのまま、ホームレスになって街をさまよっちゃいそうな勢いなんだけど、何とか彼ががんばれますように!

俳優・ジュード・ロウって、結構賢いイメージなんですよ、私の中で。
インタビューの発言なんかもすごくちゃんとしている。
(浮気を公式に認めちゃうところがおばかさんだけど)
でも、「アルフィー」ではそんな知性などまったく感じさせず、ただおばかさんで薄っぺらな男を演じきっている。そこがまた素敵。
最近、ちょっと低迷気味なジュードだけど、なんとか盛り返してくださいね。
美形過ぎるって、大変だよねぇ、ほんとに・・・・・



「ハッカビーズ」

日本に1ヶ月近く帰ってました。
その間に、50枚くらいDVD借りて観ました。
実家で子供と同じ部屋を使っていたので、消灯が早かったんですねー。
「キングダム・ホスピタル」も全部見られました。
観た中で特に印象に残ったのは「エミリー・ローズ」「バーバー吉野」「ドッグヴィル」「輪廻」「ダークネス」あたりでしょうか・・・・
実は、何を観たか、全部は思い出せないのーーー☆

すべての感想を書く気力はまったくないけれど、せっかくなので、何本か。
(必ずしも、「これがお勧めだから」ってわけじゃないんですが)

ジュード・ロウ好きでありながら、まだ「アルフィー」と「ハッカビーズ」が観れていなかったので(ちなみに「クローサー」もまだなの)、早速観ました。

「ハッカビーズ」

ハッカビーズ スペシャル・エディション

予告特番みたいなのを観て、もしかしたら思いっきり外れるかも・・・・と思いつつ、びくびくしながら観た・・・・わけですが、

いやー、眠かったよーーーーーっ☆

ナオミ・ワッツはかわいく、イザベル・ユペールもいつもとまた違ってよかった。
哲学探偵と言うわけわかんない設定もいい。
あんまり生かされてなかったけどスーパーマーケットという舞台もよい。
でも、とにかくつまんなかったの・・・・・
なんだか「ツウ」好みの気を利かしたコメディという雰囲気で、好きな人は好きかも。
まあ、いい。
私はジュード・ロウ好きだから観ただけなので。
もっとも、この映画のジュード・ロウはそんなに見所ないけど・・・・唯一の見所はブロンドのウィッグかぶっての授乳シーン? 別にそんなシーン見たくないけどね。
で、何度も書いてるかもしれないけど、ジュード・ロウを「鑑賞」するならやっぱり「クロコダイルの涙」なのよ。DVD買いました♪えへ♪
クロコダイルの涙 DTSエディション

そういうわけで、次は「アルフィー」。



2006年06月23日

「バッド・エデュケーション」

アルモドバルだし、ガエル・ガルシアなんとか(←やっぱ名前覚えられない)だし。

まあ、観とかなくちゃですね。

 

アルモドバルといえば、「オール・アバウト・マイマザー」。

この映画が大好き。好きな映画10本には絶対入れる。

そんなわけで、どうしても、期待してしまう。多分、これからも彼の作品にはずっと期待し続ける。

たとえ「トーク・トゥー・ハー」が私にはどうしても許せないものであったとしても、「オール・アバウト・マイマザー」の存在がそれだけ大きい。

 

そんなわけで、「バッド・エデュケーション」。

バッド・エデュケーション

最近は、いわゆる「賞」と私のアルモドバルへの感じ方はずいぶん異なってしまって、この映画もずいぶん賞を獲ったり評判も良かったりしていたのだけれど、私としてはやっぱりどうも納得いかない。

大人だろうが子供だろうが、自分のものだろうが他人のものだろうが、その肉体と精神をもてあそぶというのはやはり許せないんだもの。嫌悪感が先にたってしまって。そして、この映画ではそれを消化してくれなかったから。

 

若き映画監督エンリヒの下に、突然やってきた俳優。

彼は昔の彼の親友で初恋の相手だったイグナシオを名乗る。

彼は、二人の幼い頃の秘密を基にした脚本を持ち込んでくる。

あまりに印象の変わったイグナシオに対し疑いを抱きつつも、その脚本に惹かれ、映画化することにするが、やはり、そこには大きな秘密が隠されていた。

 

同性同士の恋愛をごく普通に受け入れることがまず大前提の映画なので、そこに違和感や重要なテーマを置いてはだめ。

「純愛」と「変化」と「本質」「疑惑」「裏切り」。その全ては同時に一人の人間の中に存在する。

それは複雑なことのようで実はとても単純だったりするのでけれど、ひとつに絡まっていく多くの要素が、どのように現れていくかは、やはり育ってきた環境や、衝撃的な、あるいは些細な出来事によって変化していく。

うーん・・・なんですか、消化不良。。。。。。

 

なので、ミーハーな感想を言わせていただきます。ガエル・ガルシア・ベルナル視点で。

彼の映画、やっと3本目なのですが、全部印象が違います。

「天国の口、終わりの楽園」の坊ちゃん、「モーターサイクルダイアリーズ」のゲバラ、そして今回の謎の青年。

うーん・・・やっぱりゲバラがいいなぁ。

「バッド・エデュケーション」自体はちょっとよくわからなかったんだけど、出ている俳優さんたちはみんなすばらしくて、ガエル・ガルシアもすごくいい。天使と悪魔が混在している、美しくて醜くて、心優しく冷酷で、そんな誰もが魅了される青年をしっかり魅せてくれる。(それにしても、ゲイだとはっきりわかるおっさんの前で、白ブリーフオンリーで腕立て伏せしちゃったり腰ぐるんぐるんしちゃったりはやめようよー。しかもさー・・・・以下自粛)

だけど、今回はエンリヒ役のフェル・マルティネスが良かったです。ナイスナイス。なんか、昔々の少女マンガ・・・・たとえば一条ゆかりのうんと初期の作品に出てくるお兄さんみたいでした。

 

うーん。なんかよくまとまらない・・・・

しかし、観終わった後に「なんかよくわからん。納得いかん」と思った映画って、案外長く心の中に残り続けるものだから時が経つと大好きな映画に変化したりもするんだよね。うーん・・・・いつか、この映画が大好きになってるかもね★

 

私は好きじゃなかったけど、「面白かった」と評判のいい映画なので、どうぞご覧になってください。

ただ、子供のいる前では観ちゃだめですーーー。

それと、けっこう激しいので、覚悟してみてください。男同士で観ると気まずくなるか笑っちゃうかだと思うのでお気をつけくださいませ。私はしばらく、「ブエノスアイレス」以来の白ブリーフ後遺症です・・・・



2006年06月22日

「SAW2」

「SAW 2

 

うわーーー、観たよ観たよーーーーーっ。

ちゃんと日本語訳で観たよーーーーっ。

うわーーーー、またやられちゃったよんっ、私♪

こいつ、歴代悪役キャラの5本指にまで入れちゃうから♪

取り乱しててすみません。でも、うれしかったんです。面白かったから。

 

SAW」があまりに面白くて面白くて、「2」を見つけた時、英語のみとわかっていても、ついついDVDを買っちゃっいました。

でも、途中まで観て、「アー、やっぱ英語じゃわからん」と、挫折して、先日やっと日本語字幕付のを手に入れたんですよっ。

 

相変わらず、えぐいですよ、殺し方が。

なんと言うか、「もしかしたら逃れられたかもしれないけどやっぱり逃れられなかった」という絶望感って、ジェイソンみたいな圧倒的な力でバンバンやられちゃうよりも、さらに怖くないですか?

正直、殺人シーンは画面を隠しながら観ちゃってましたが、でも、そうまでしても観たい!

パート1では二人の男が「鎖につながれていて動けない」というジレンマがありました。この設定は密室度がさらに高まりますね。

パート2は、監禁される人数が多く、脱出できないとはいえ、建物の中を移動できるので、いっしょに歯軋りしちゃうような圧迫感は無いんです。

が、動けることによってビックリハウス的な恐怖も感じられます。

それに、人数が多いから裏切りや誘惑も多くなる。

ひとつに突き詰めて考えていくよりも、思考に広がりがあるといえばある。だけど、その広がりが肝心なところをあいまいにしちゃったりねー。

 

あと、密室とトラップということで「CUBE」なんかも思い出しちゃうんだけど、あれほどミステリアスでもないのね。あれは本当に感情を排除した「トラップ」な感じがした。

だけど、「SAW」シリーズは、殺し方が、ある意味非常に人間的。生臭く泥臭く。

あまりに残酷な殺人といえば、「セブン」に並ぶものはないと思っていたんですが、「SAW」もすごいね。

なんと言うか、その方法にインテリくささは感じるんだけど、レクター博士のような品はない。

よくあるようでやっぱり独特。

で、彼がそういう殺し方を選ぶことに疑問がわかない。

「ああ、この男ならこういうことやりかねないよね」、という変な納得をしてしまう。

演じる役者さんも上手なんでしょうね。彼の動機付けをすんなり納得させるというのは。

 

 

ただこの映画、唯一残念なのは、殺されちゃうとき、ほんとに残酷すぎること。

同じ残酷さでも、たとえば「ファイナル・デスティネーション」的な「ううー、どうやってやられちゃうんだろうー」という、映画だから許されるユーモアも含んだ不謹慎な期待にはこたえてくれないというか・・・・

映画ですからね、最後の絶望っぷりはもう観客まで一緒に落としまくるから覚悟しときましょう。

一緒に悔しくなっちゃったよーーーっ。

 

あ、怖いのがだめな人は本当に観ないでね。

映画でもこういうのが許せないという人には不快指数300くらい行っちゃうと思います。

でも、やっぱり面白かったよーー。

でも、すごすぎて映画館では観たくありませんっ。ふと隣の人を見たとき、目が輝いていたら怖いもん。(まあ、実は私も目を輝かせて観ていた口かもしれませんが)



2006年06月18日

「ラブ&デス」 2001年2月22日 4

最近忙しいです。
いろんな事情が重なってまして・・・・
そんなわけで、なかなか新しい感想文も書けないので、ちょっとずるして、以前書いた感想文も日付入りでupします。
もう使っていない「日記」なので、いつか消えちゃうのも怖いから、保存の意味も含めまして・・・

そんなわけで、2001年に観た「ラブ&デス」。
なんと、DVDになってないそうですよー。amazon.co.jpにも画像なし。
結構面白いのにもったいないっ。
ジェイソンの自虐的ともいえる映画です。
ブランドンのイメージが強すぎて、そして、現実の彼がずいぶん役のイメージと違ったがために、今とても苦労していると思いますが、これからも頑張って欲しい俳優さんです。

以下、昔の感想文です。

「ラブ&デス」 - 2001年02月22日(木)

この間借りてきた「ラブ&デス」を見ました。

実はちょっと前まで私、結構「ビバヒル」フリークだったんですよー。
「渡る世間は鬼ばかり」と同じ感覚。ものすごい突込み甲斐のある内容でしょ。どっちも。私、両方とも初回から見てます♪
だけど、ぱったり「ビバヒル」を見る気力が失せてしまった。
それはなぜかって気づいたのはちょっと後。
そっかー。ブランドンがいなくなっちゃったからだわー。
実は私、自分が気づいていなかっただけでブランドン好きだったらしい。
と言うわけで、ブランドンとケリーが妙な別れ方をしたとき、私の「ビバヒル」は終わったのでした。
「ビバヒル」についてはいろいろ言いたいところだけど我慢するっ。

まあね。そんなわけで「ラブ&デス」、借りたんです。
ブランドン役のジェイソン・プリーストリーが出ているので。
彼を見るためであったので全然期待していなかったです。
ところがね!
面白かったんですよーーー。
主役はジェイソンくんじゃなくて、ジョン・ハートでした。
実際にジェイソンが出てくるのはラストのほうだけ。
ジョン・ハート演ずるイギリスの高名な老作家が、ジェイソンくん演ずるアメリカのアイドル俳優に恋しちゃうお話です。
(ジョン・ハートと言えば、私の中ではいまだに「エレファント・マン」。しかもウィリアム・ハートと勘違いすることしばしば)
老作家の行動が、ちょっと変態チックなんだけど、なんかかわいげがあるの。これを変態おじさんジェレミー・アイアンズがやってたりしたら、この映画、一気にサイコ・スリラー化しちゃうかもね。
とにかく、なかなか楽しくて、意外に切ない映画となってます。
かっこ悪い恋愛を許せる方なら、きっと気に入ってくれると思います。
とにかく私は好きです♪



2006年05月12日

「大統領の理髪師」

ひ・・・・久々の更新です。えへへ。

さて、WOWOWにて「大統領の理髪師」を観ました。
いやいや、まさにこういう映画を観たときに思うわけですよ。

やっぱ韓国は「映画」なんだよと。

やっぱソン・ガンホなんだよと。

もともとソン・ガンホさんは大好きな俳優さんですが、私の中で韓国映画といえばやっぱり未だに「8月のクリスマス」。
なので、やっぱハン・ソッキュがいちばん!
と思い続けて来たわけですが、「殺人の追憶」と「大統領の理髪師」を観てしまうと、
ううーやはりソン・ガンホも捨てがたいぞ
と、一人悩むわけです。おこがましいですな。
それにしても、ほんとに、ソン・ガンホさんは何人いるんだろうと思います。どの映画でも別人で、同じソン・ガンホさんは見たことない。
この見事な変身ぶりはラッセル・クロウに勝るとも劣らないと思う。


「小市民を描く」っていう映画、やっぱり自分も「小市民」なので好きですねぇ。
大抵とても地味なのでなかなか触手が伸びないという場合もありますが・・・・

だけど、「小市民を描く」と言いつつ、その人が実はかなり風変わりだったりする場合が多と思うんです。
だけど、この主人公ソン・ハンモさんは 本当に 普通の人です。
普通にこずるく、普通に気が小さく、普通にちょっと人が良く、そして、普通に家族を愛している。
そうです、家族愛って、普通に誰もが持っています。
ハンモさんは子供の病のために奔走しますが、これだって普通。親ならみんな頑張るよ。
そういうハンモさんが唯一普通じゃなかったのが『大統領の理髪師』だったこと。
韓国大統領の専属理髪師なんて、世界唯一の存在ですから。
それから、彼が普通じゃなかったのは、ある一瞬、ほんのちょっとだけ「権力」に対して正直になったこと。
そのときだけが唯一、彼が「小市民」じゃなかったときで、きっとそれは、彼の一生でたった一度のことだったんじゃないかと思う。
で、私のような「小市民」でも、人生のうち、ほんの一瞬くらいは「脱・小市民」な瞬間があると思う。きっと。
つまり、そういう意味でも「普通」なソン・ハンモさんが、私は大好きです。(結婚はしたくないけどさ)

もう、是非是非観てください!



2006年03月05日

「モーターサイクルダイアリーズ」 5

モーターサイクル・ダイアリーズ 通常版

「ダイアリーズ」と聞いて、私がまず思い浮かべるのは「バスケットボールダイアリーズ」です。
で、ここでまた「ダイアリーズ」とつくタイトルの映画を観て、「日記」という意味の他に「青春」という意味もあるんだなぁと、つくづく思ってしまうのでした。

「バスケットボール〜」は、ヤク中の少年が立ち直っていく姿・・・と言うか、ドラッグから抜け出すことがいかに大変であるかを描いたレオの佳作ですが、「モーターサイクル〜」は、チェコの革命指導者チェ・ゲバラの若い時代のお話。
数年前からチェ・ゲバラは何気に巷のブームでしたが、私はすっかりそのブームに乗り遅れたので、この映画がチェ・ゲバラの映画だってこと忘れてました。無教養ですみません。
なので、この映画が「ある英雄の若かった頃」だっていうのは前提にしておりませんでした。
そうすると、この映画の意味合いが多少変わっちゃうんですが、許してください。

だけど、それを省いてもこの映画は見ごたえがあったんです。

主人公は「天国の口、終わりの楽園」にて、おねえさんに「しょえー」な方向に導かれちゃったガエル・ガルシア・ベルナル(お・覚えられないっ)なんですが、今回は「しょえー」じゃなく、「グレイト」な方向に導かれていきます。
最初はひ弱な坊ちゃんだった彼が、南米を旅するうちに、とてもりりしい男に成長します。
前半はね、結構情けないんですよ。それがみるみる変わっていく。じわじわというよりも、すごいスピードで成長していく。
もう、これがあの坊ちゃんですかと、目を疑いたくなる。本当に顔つきも見事なほどに変化します。いいですよー。
前半ロードムービーで、後半は目覚めの映画。
多少アンバランスではありますが、それでいいんです。
成長と言うのは、やっぱりアンバランスなものなんですよね。


そろそろそういうアンバランスな時期を過ぎて、十分大人になってきたガエル・ガルシア・ベルナルはさらに期待したい俳優さんになりました。
日本に帰ったとき、DVD借りて、彼の作品全部観たいです。



2006年03月03日

「カランジル」

うう、しばらく書かなかったら、また書き込みのフォームが変わっていてよくわからない。がーん・・・・

そんなわけで、ちょっと前に観た「カランジル」です。

ブラジルにあったカランジル刑務所のほんとうの話。
1992年に、そこで111人の受刑者が一方的に射殺された事件。
そういえば、ぼんやりと記憶があるようなないような・・・・
その事件の少し前、ひとりの医師が派遣され、彼の登場によりつかの間の平和が訪れていた頃のお話から描かれ、まさかそこから大暴動につながるとは思いもよりませんでした。

この映画、日本未公開なんですね。
もったいない・・・・・・
私、かなりよい映画だと思ったし、ミニシアターでいけそうな感じがします。
奇妙な人たちの集まりが、一人の人物の登場をきっかけに少しずつ変化していき、だんだんと温かみを帯びていく。
だけどやはり刑務所の中の話。そんなにほんわかなだけじゃ通じない。
みんなが良い方向に向かう中、ただ孤独に闇におちていく人もあったり、あまりにも残酷で悲しい事件もあったり。
中盤までユーモラスに進んでいくのに、一瞬にしてそれが打ち破られるのは、観客にとってもショックです。
だけど、どれだけ人がもろいものかと同時に、人は何かを変えることができることも見せてくれる。
人間って、本当にさまざまな可能性を同時に持ち合わせている生き物なんだなあと、実感します。

そんなわけで、もし機会があればお薦めします。
ちょっとつらいけどねぇ・・・・



2005年12月19日

「69 sixty nine」

69 sixty nine
1969年というのは、その時代を生きた人にとって、すごく特別な年らしい。
人類が月に行ったり、大規模なロックフェスティバルがあったり、ラブ&ピースだったり、学生運動だったり、イーグルスが歌っちゃったり。
で、私にとっても、1969年は特別な年。
なんてことない、単に生まれ年なだけなんですが。

で、私がまだ言葉をしゃべりださない、そういう年に、青春時代を過ごしていた男の子や女の子のお話。

1969年は特別な年であったかもしれないけれど、すべての人が「特別」であったわけではない。
今の時代を生きる「普通」な私に、ちょっとした安心感を与えてくれつつも、やっぱり彼らにとって1969年は特別な年だった。
それは、誰にだって「特別な年」があるように、当たり前のこと。

村上龍の原作を読んだ頃、私は多分20歳くらい。
その印象は
「村上龍」っぽくない。
でした。
でも、今思うと、悪たれのくせに憎めず、どういうわけかごく自然にカリスマ性を持っている、そんな主人公がいかにも村上龍だったかもね。村上龍作品にはカリスマ性の強い主人公がしばしば登場しますものね。
まあ、「村上龍」というキーワードは、「コインロッカーベイビーズ」に期待しつつおいといて、クドカンがシナリオを書いた映画として。(だって、この監督の作品、まだ他に観たことないんだもの)

まあ、正直言って、クドカンの中ではちょっと残念な部類。私にとってですけどね。
何が「残念」だったかと言えば、やっぱり主人公とヒロイン。
クドカン作品の主人公として、妻夫木くんはあまりにも「まとも」。あまりにも「ナチュラル」。
見た目も万人受けのナイスガイだし、演技だって上手。役者として若手有望株の一人。っていうか、有望っていうか、既に実力派だとさえ思う。
いつもだったらよい意味の「ナチュラル」が、クドカンワールドでは災いしてるような気が。
「変なやつ」っぷりがないとつまんない。周りの人が曲者だらけなので、彼が浮き上がってしまう・・・・。なんか、妻夫木くんのオーラだけ美しいというか・・・・
だって、笑顔も普通に可愛いいんだもん。クドカンでは、その笑顔の端っこにちょっとだけ生理的嫌悪感を感じるような、そういうのを望んでしまうんだもの、私。
ヒロインは、1969年にあんなに手足の長く、あんなに小顔な美少女がいたんだろうかっていう・・・・・いや、とっても可愛いんですけどね。
同じ美少女でも水川あさみくらいアクが強いといいんですが・・・・。
水川あさみ、出番はちょっとですが、むちゃくちゃ美しくインパクト強いですーーーーーっ。みとれますーーーっ。
ああ、私女でよかった。男だったらもう、水川あさみしか見えなくなっちゃったかもってくらい、水川あさみ、悪魔的に綺麗です。

私の中で、青春映画ナンバー1は、「青春デンデケテケテケ」。
「69 sixty nine」は、決してその位置を揺らがすことはなかったってことで・・・・・

おしまい。

 



2005年12月18日

「靴に恋して」

靴に恋して

 

日本にいる間に見損なってしまった1本。やっと観られました。

 

5人の女性の人生の転機を、靴を絡めて描いたオムニバス。

この手のお話は、それぞれのストーリィをいかに上手につなげるかがまたひとつのテクニックですよね。

がっちり絡ませるか、もしくはあえて絡めずに、ただ同じ空間でのすれ違いを用意してみるとか。

この映画、そのテクニックは成功してると思います。

ただお話がつながるだけでなく、ちゃんと人間関係がつながり、かつ、そのつながりによって、さらに人生がせつなくなったり愛情深くなったりするからです。

 

この映画の魅力的なところはそれだけじゃなく、やはり女優陣。

5人の女性たちがみんな魅力的。

最初はなんでもないのだけれど、だんだん魅力的になっていくところがよいのです。

私としては、どことなくクリストファー・ウォーケン的風貌のタクシードライバー・マリカルメンさんが特に好きでした。

この方、いつもスリッパを履いているというほど、自分にかまわず、ひたすら夫の残した3人の子供たちのために働いています。自分の子供ではないけれど、心から愛情を注いでいます。でも、その想いがなかなか伝わらない。でも、決して相手を恨みがましく思うことなく、子供たちを守ろうと一生懸命。

本当に素敵な女性です。

反則技なのは、知的障害の娘を持つ、娼館のマダム・アデラ。

演じるのはアントニア・サン・ファン。

この方、元男性なんです。「オール・アバウト・マイマザー」にも出ていた素敵な女性。

なのでね、アデラがどういう背景の人かわからないんですよっ。

この映画の中でも「セニョール」と呼ばれたのを「セニョリータ」と訂正したり、「私ハゲるわよ」と思わせぶりなことを言ってみたり。

でも、誰一人として彼女の性別に触れないから、こちらとしてはもう気になって仕方ないわけ。

サン・ファンが生まれながらの女性として出ているのか、それとも性転換した元男性の女性として出ているのか。娘は本当に彼女が「産んだ」のか、それとも別の事情で引き取ったのか。

スペインという国は、ゲイの人や性転換した人が当たり前のようにたくさんいるのかもしれません。だから別にあえて触れることのない普通のことなのかも。

でも、日本はまだまだそういうことでは遅れているので、混乱しちゃうんですよね。

ただ、私としては、やはりアデラは元男性で、それによってたくさんの苦労をしてきたからこそ人間的に深みがあるし、小説家になろうという気持ちもあったのじゃないかと。そう思うわけです。

 

そんなわけで、この映画、オムニバスにありがちで、観てすぐに消化はしづらいんですが、こうやって後でじっくり考えてみると「いい映画だったなー」と思います。

あ、それから不思議なほど、出てくる男性たちがみんな見目麗しいです。な・なんでっ?

それから、やけにゲイ率が高いのは、監督からのメッセージなんでしょうか。

「スペイン男性を見たらゲイだと思え」ってことですか? んん?



2005年10月19日

「マグダレンの祈り」

マグダレンの祈り
内容が重たそうなので、多分WOWOWでやらなかったら観ていなかっただろうなー。
つい最近までアイルランドに実在したマグダレン修道院のお話です。
マグダレン修道院は、娼婦であったマグダラのマリアが信仰と労働によって更生したように、性的に堕落した女性を更生させる為の施設・・・・・
のはずだったのですが・・・・

まず
「性的に堕落した」
ということが引っかかりますよね。
それってどういうことなのか。

未婚で子供を産むこと。
女性的魅力にあふれているがゆえに、男性の注目を浴びてしまうこと。
そして何よりも、レイプされること。

そのどれかひとつでも「性的に堕落した」と言えるんでしょうか。

この物語は、そんな理由で施設に入れられた3人の女性と、次第に壊れていくひとりの純真な女性を中心に描かれています。

そこにいるシスターたちは、まったく女性たちを理解しようとせず、ひたすらこき使い、侮辱し、虐待を続けるのです。
このシスターたちにとり、「神」って一体何なのでしょう。
女性たちには貧しい食事しか与えず、その目の前で自分たちは豊かな食事を取る。
女性たちを全裸にして横一列に並べ、その場でランニングさせ、品評会を開く。
神父は弱い女性に性的奉仕を強いる。
聖職者であると言う以前に、人間として、どこでこんなにも歪んでしまったのか。
最初からこうであったのか、ここに来てから歪んでしまったのか。

監禁状態にある女性たちは、脱走を試みても捕らえられ、自分の家族によりさらに傷つけられる。
この「家族」のあり方もおかしい。
大昔の話ではないんですよ。
ほんのついこの間まで現実に存在したんです。
ストーリィ云々よりも、この事実が大事な映画だと思います。

でも、映画として観るならば、女性たちの演技がすばらしいと思います。
だんだん壊れていく女性を演じたアイリーン・ウォルシュもよかったけれど、私は未婚で子供を産んだドロシー・ダフィが印象的でした。
彼女はすぐに子供と引き離されたけれど、それでも母として、強く美しくあり続けたと思います。

かなり暗い話だけれど、映画としてのパワーはあるし、何より事実として、ちょっとお薦めです。

 



2005年09月23日

次に我が家にやってくるお人形にはジュリエットと名づけたい。 4

なんだか全然書き方がわかっていないブログですが、もう強引に進めますよ。
行間を空けない方法だけわかったんで、もうそれで良しなのです

昨日、テレビで「トゥルー・ブルース」やってました。
若き日のブラピとジュリエット・ルイスが出会い、現実で恋に落ちたテレビムービーですね。


実は、テレビムービーだったとは知らなかったんですよ。
日本未公開の映画だと思っていました。
にしても、邦題「トゥルー・ブルース」って、あまりにイケテナクナイ?
原題は「TOO YOUNG TO DIE?」だそうですよ。
幼い頃からあまりにもひどい仕打ちを受け続け、道を外れ、男にもだまされ、そのせいで殺人を犯し裁かれる15歳の少女の話。

ヒロインがさんざんひどい目にあうのだけれど、どういうわけか「かわいそう」と言う気持ちは起こらないんです。

ただ、とにかく理不尽な怒りがわきました。

ヒロインにひどい仕打ちをする男たち、過ちを犯し続けるヒロイン、どうにも結論を出しがたい裁判。

「かわいそう」よりも「怒り」をわかせるのがこの物語の主旨だったように思います。いや、多分ですけど。

で、そういう意味で行くと、ジュリエット・ルイス、素晴らし過ぎなんです。

取り立てての美人じゃないけど、時々すごくかわいいし(以前GAPのCMがあまりにかわいくて、失礼なことにジュリエット・ルイスだと気づかなかった。いやー、ほんとにいろんな意味で失礼だよ、私)、危ういし、いらいらもするし、守りたくもなるし。
「トゥルー・ブルース」と「カリフォルニア」と「ナチュラル・ボーン・キラーズ」と、ちょっと混乱しそうなストーリィなんだけど、そのどれも、ジュリエット・ルイスはすばらしいですよ。

最近はあまりメインの役をやってませんが(多分)、そろそろ再び彼女が大舞台にあがってもいい気がしますね。
彼女の魅力を再認識したと言うだけでも、ありがたい一日でございました。



2005年09月09日

とりあえず、久しぶりに書いてみる・・・・

久々にブログ書こうとしたら、いきなりいろいろ変わっていてびっくりしたなずな@チャイナです。

すっげーーーーーーー書きづらいんですけどっっっ

ところで。

ジョニデが日本に来ていたそうですね。

悔しいので、その手のニュースは読まないことにしてました。うううっ。
ジョニデもジュードも日本には行っても、中国には来やしないよね。
いや、来たところで私にはどうにもできないわけですが・・・・・
何か劇的な変化が起きて、SMAPが中国でライブでもやるとしたら、娘とともにはるばる出かけて行きたいと思います・・・・・ありえないって
しかし、藤井隆のソロコントならあるかもしれませんね・・・・(企画はもちろん「上海大腕」なわけです。まだやってますか?)
そしたら、行きますよぅ。
って言うか、もう誰のでも行っちゃうよ、ほんとに。

WOWOWにて、映画鑑賞は順調に進んでおりますが、観すぎて感想書けなくなってしまいました。

それにしても、不思議なもので、今までそれなりの本数映画を観てきてしまったので、放送される中でも観たことがあるものがたくさんあります。

そういう時、どういうわけか、一度観たものから観てしまうんですね・・・・・

なぜでしょう。

DVDを借りていたときは同じものはほとんど絶対に借りなかったのに、今は同じものばっかり観てます。

「耳に残るは君の歌声」は3度目を観ちゃったし、「下妻物語」も「動物園の隣の美術館」も「ペイチェック」も「ショコラ」も「シザーハンズ」も「セカチュウ」も「スイミング・プール」も・・・・・

でね、どういうわけか二度目ほうが面白いんですよ。新たな発見です。

「動物園・・・」なんかは、一度目観たときはいつもと違うアン・ソンギさんが素敵だなぁとか、やっぱシム・ウナはかわいいとか思ったくらいで、まあ、普通のラブストーリィかなー、なんて思っていたんですが・・・・・

2回目を観たら、やたらいいんです。

初めて観たとき、シム・ウナの役はちょっと作りすぎだなあと思ったんですが、今回観たらやたらかわいい。

シム・ウナがかわいいだけでなく、ちゃんとシム・ウナが演じている女の子がかわいかったんです。

ラブ・コメディに近いけど、ちゃんと、役者さんたちは彼らの繊細な心の変化を丁寧に丁寧に演じて痛んだなぁと・・・・・感心。そりゃ、名優アン・ソンギが出ているんだもの、丁寧なつくりじゃなくちゃ許されないよね。

それから、昨日、同じくシム・ウナが出ている「インタビュー」が民法BSでやっていたんですね。

チャンネル回したら、すごく若いシム・ウナがこちらを見つめているじゃないですか。

う・美しいーーーーっ。

今テレビで人気の韓国女優さんたちと違って、すごくナチュラルに美しいんですよね。

ほぼすっぴんに近い顔で、そんなに垢抜けているわけじゃないんだけど、素直に「美しい」と思える顔と表情。

ああ、シム・ウナに戻ってきて欲しいなぁ・・・・・と、つくづく思いました。

ちなみに「インタビュー」はほとんど最後になってやっていることに気づいたので、どんな映画かは全く不明です☆

 

それから先日「誰にでも秘密がある」の元になったと言う「アバウト・アダム アダムにも秘密がある」を観ました。

びっくりするほど同じエピソードが多いんですが、ラストは全く違う。

「誰にでも秘密がある」のラストも相当「許せん!!!!!!」ものでしたが、「アバウト・アダム」はそれを上回る「許せーーーーーんっっっ!!!!!!!!!!!!」加減でしたよ。

それでいいのかケイト・ハドソン!

思わず画面にへばりついたよ・・・・・(ほんとです)



2005年09月02日

やっぱり「シザーハンズ」はいい

実は今日初めてWOWOWのつづりを知ったおばかさんです。
ずーーーーっとWOWWOWだと思ってました。えへへ。
 
こちらでは、私の心の支えであった「はなまるマーケット」も「笑っていいとも」もやってないので、子供が寝ていたりすると、ぼーーーっと映画観てることも多いです。
そんなわけで、毎日WOWOWさんのお世話になっとります。
一日2本くらいずつ観てます。まあ、うち1本は流し観になっちゃいますが。
で、今日は「シザーハンズ」のラスト30分だけ観ました。
 
いやーーーやっぱり「シザーハンズ」はいい!
この30分だけで泣けた!
(もちろん、泣けるからいいわけじゃない)
 
公開のとき、私の観たところは何かと同時上映だったんです。
「シザーハンズ」が目的じゃなかったんだけど、もう一本がなんだったか忘れちゃうくらいに「シザーハンズ」がよかったんです。
やっぱり今観てもウィノナは好きになれないんだけど、それを差し引いてもすごく好き。
自分につけてもらうはずだった腕をうれしそうに見つめるエドワード。
これに匹敵するほどにいとおしい表情ってそうないと思う。
普段、ほとんど表情の変わらない彼が見せた、控えめだけど本当に心からの笑顔。
まずその笑顔で泣き、そして、その後の悲劇で泣く。
ジョニーったら白塗りなのに、なんて素敵なのーーーーーっ。
 
ああ、やっぱりもう一度ちゃんと観たいのです。
WOWOWさん、お願いですわーー。


2005年08月29日

「感染」「予言」

WOWWOWでやったのを観ました。
「感染」なんて、どういうわけか2回観ちゃいましたもんね。
で、2回も観るような内容であったかというと、別にそういうわけじゃないんですけどね。
いっぺんに観たわけじゃありませんが、日本で公開するとき2本立てだったので、いっぺんに感想書いてみました。
分けて書くほどのものじゃないですしね。
 
どっちも、意外に贅沢なキャスティングですよね。
どっちが面白かったかと言うと・・・・・・・まあ、「感染」かな。
「予言」は「恐怖新聞」が元になっていて、「感染」は以前「世にも奇妙な物語」でやったうちの一本を練り直したそうです。
 
「感染」についてはとにかくグログロどろどろ。
ちゃちな役者さんがやったら見られたもんじゃないんだけど、佐藤浩市を始め、みんながしっかり演技しちゃってるところが立派といえば立派です。
逆に言えば、ストーリィが気になってどろどろを楽しめないと言うか・・・・
どろどろホラーはあんまり演技達者じゃない人のほうがいい場合が多いのかなーと思いました。
佐藤浩市さんだけでなく、高島正伸さんもテレビとはちょっと違う役柄で、こういう演技もできる人だったんだーと見直しました。
南果歩さんもクールだけれどやっぱりどこか無理をしてる婦長さんで、いろんな意味で怖いです。
で、やっぱり佐野史郎なわけですよ。ね。
それぞれの役者さんがイメージとして違う色なのに、同じ画面にいる。その不安定さがよいですね。けっこうどきどきします。
なので、役者さんをしっかりそろえているのだから、むしろどろどろは見せなくてよかった気がします。
 
「予言」はね。うーん・・・・・・
自分の子供が死んでしまうことを、直前に知ったのに助けられなかった父親が中心の話。
すごく悲しい話なのに、どうもねぇ・・・・
多分、私には酒井法子さんに対して生活観とかリアル感が感じられないのがきついのかなぁ。
のりぴーといえば、私の時代のバリバリアイドルで、しかも、当時とそんなに変わりなく、とても母親と思えないんですねぇ。きれいすぎというか・・・・・(もちろん美人だけど、この場合の「きれい」はそういう意味じゃないんですね)
怖くないけど、まあ「どうなっちゃうんだろう」的な楽しみ方はちょっとできました。
 
まあ、どっちにしても、テレビで観てよかった。
だけど、劇場の暗闇で見たら、そこそこ怖いかもしれません。
 
 


感染 プレミアム・エディション

 


予言 プレミアム・エディション

Profile
シャルロン
メロメロパーク