2006年10月

2006年10月31日

「おみやさん」オールアップ 2006年10月31日

hirosawaike東映京都で撮っていた「おみやさん」の仕事が終わった


主演はW大先輩。数年前、2時間ドラマで長崎ロケ以来。相変わらずシブイッス


F先輩とは2年ぶり。以前、共演したドラマで真冬、山奥の露天風呂で裸で何時間もの撮影に耐えた話に花が咲く


この方、若かりし頃、かの有名アングラ劇団のパレスチナ公演で、イスラエル軍の空襲にさらされながら、芝居をした経歴を持つ


今回、私と同じゲストのK君も久しぶり。10歳の娘さんがいるとのこと。ヒェー、青年のイメージなのにな



ジャニィーズのT君が、まだ小学生でドラマに出ていた時、お互い先生役で、当時の話を「ヘイ・ヘイ・ヘイ」で、したって言うから、それ丁度見た見たって話になる



同じくゲストで私に殺される役の夢の遊眠社出身のT君は、ロケ先のお寺で私が、「へえー、ここ幕末に会津藩が駐屯してたんだって。」といったら、ハトが豆鉄砲くらったような顔をしていた



京都の仕事はいろんな人に会えて楽しい

                      

                                    Photo 広沢池

 



ohkouchi_hiroshi at 22:07|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

2006年10月06日

「ちんどん」新宿芸能社 2006年10月1日(日) シアターブラッツ

豊川君、三宅君とc5aac987.jpgちんどん屋さんの全国大会、富山「全国チンドンコンクール」なるものがあるのを、このお芝居で始めて知った。この「ちんどん」の作・演出の羽原大介さんは、私も出させていただいた、映画「フラガール」の脚本家でもあるのだが、彼の創作手腕は実に見事だ。過去の出来事に着目するや、徹底的な取材を敢行し、その上で、その時代その土地に生きた人々に思いをはせながら凝縮した人間ドラマを創造していく。「フラガール」にしても、常磐炭鉱の人々や娘達がフラダンスに必死に立ち向かっていった実話を掘り起こし、良質の娯楽作品に仕上げた。しかも、今回観た「チンドン」も「フラガール」も過去から現在に続いているというところが嬉しくもあり、未来をも見渡せる明るさがある。片や、庶民の人気を集めるリゾートスパ・ハワイアンズとして、もう一方のチンドンコンクールは今年4月で実に52回目を迎えたそうだ。今や、富山の風物詩となったこのイベントは富山市が戦災の焼け跡から立ち直り、復興した昭和30年に市民の心に明るさを取り戻そうと誕生させたものだと聞く。新宿芸能社の面々のお芝居は大変にエネルギッシュで、踊りや演奏も稽古の成果を思う存分発揮していたのではないだろうか。北島君が、役所の責任者としてコンクール開催を、さる人物に懇願する芝居は、羽原さん、つかこうへい師匠の門下だけあってつか調が、北島君から溢れており嬉しかった。何せ、私、芝居は、つかこうへいで育った世代デスカラネ。それから、及川君、フラフープはもっと練習しましょう。(イヤイヤ、一生懸命やって、いの一番に落としてしまうあなたに、とても味があって、おもしろかったですよ!) 

2006年10月04日

「カナリア」海市ー工房 2006年9月18日 「劇」小劇場

当劇団のことを書く前に、9月9日(土)に大人計画のフェスティバルに行った折、どの出し物も、大人気のため、長蛇の列。挨拶だけして帰ろうとしたら、何と正名僕蔵君が、休憩時間中に、私一人だけのために、一人芝居「ガリレオの運動会」を演じてくれた。申し訳ないやら、ありがたいやら、贅沢なひと時を味わった。松尾スズキ君にも久しぶりに会って、懐かしかった。宮沢章夫さんの芝居を一緒にやっていたとき以来だから、17年ぶりか。昨日のことでもあり、ずいぶん昔のことの様でもあるなあ。

さて「カナリア」だが、皆さん演技の基本がしっかりしておられる。役者が自分の役の人物の性根をつかんだ上で、自分の肉体で、それをピュアに表現できるベースが、しっかりしている。と、いうことだが。
海市は、1997年より、代表 小松幸作氏を中心に、脚本家 しゅう史奈氏のオリジナル作品を上演している。この作品は、冤罪によって無念の半生を送った女性の実話を描いているので説得力がある。劇中、無実の女性に、夫殺しの汚名がきせられ、
懲役刑が確定するまでのプロセスが恐ろしい。結局この女性は生前に無罪を勝ちとる
ことはできなかったのだが、登場人物達の、悔恨、憎悪、悲嘆、臆病、愛情、勇気が
過不足なく表現されていた。淡々と静かではあるが、堅実な芝居の積み重ねは、観ていて飽きることがなく、塀から出てきた女性を迎える身内の人々との場面、中でも、娘とのやりとりは、2時間にも満たないけれど、事件を疑似体験してきた私にとって
胸を打つ感動的なものだった。