新年明けましておめでとうございます。今年もどうぞ宜しくお願いします。

2019年は『女王陛下の007(1969)』公開50周年ですね。年賀状を女王陛下風にしながらも干支(亥)を取り入れたり、映画の名場面のイラストやピズ・グロリアをデザインした年賀メッセージなど、何かと女王陛下風にされているボンドファンからもご挨拶をいただき、元旦から大変気持ちよく新年を迎えることができました。

OHMSS 14th September

OHMSS Gumbold paper

OHMSS Merry Christmas

そんなわけでやはり『女王陛下』を見直したのですが、ボンドとドラコがオフィスで出会う場面でボンドがカレンダーの14日にナイフを突き刺すと『今日は13日だ』『縁起をかつぐ質でね』というやりとりがあります。このカレンダーにはポルトガル語で『SETEMBRO(9月)』とあります。『ポルトガルのカレンダーは赤字の日曜日が真ん中なんだ〜』と感心しつつ、1969の数字が見えるので念のため1969年のカレンダーを確認すると確かに1969年9月14日は日曜であります。このやりとりから映画のストーリーを逆算すると、ボンドとトレーシーが出会ったのは恐らく1969年9月12日(金)と考えられます。007シリーズで実際の日付が確認できるのはあまりありませんので、これは貴重な情報だな〜と思いながら、ベルンのグンボルドの事務所でヒラリー・ブレイ卿とのやりとりの書類が1969年6月〜8月であることも確認。まあ、当たり前ですが『女王陛下の007』は1969年の出来事なのです。その後ボンドはブロフェルドを追ってピズ・グロリアに乗り込み、正体がバレて『メリー・クリスマス、007』と言われます。このセリフを額面通りに受け取るならばこの日が1969年12月25日。その後山小屋でプロポーズ、スキー・チェイスの最後は雪崩で二人は生き別れとなります。ボンドはイギリスに戻りますが、ドラコに連絡してブロフェルドの恩赦が承認される直前にピズ・グロリアを急襲。このクライマックスはドラコの部隊を招集する時間を考えると早くても1969年の年末、もしくは1970年正月くらいでしょう。ボンドは任務完了後、トレーシーと結婚式を挙げますが、ハネムーンの最中に新妻を殺されます。

OHMSS Wedding

OHMSS Irma Bunt1

FYEO Teresa Bond

結婚式のシーンは実際には1969年5月にポルトガルで撮影されましたが、温暖な気候のポルトガルとはいえ、さすがに12月には見えません。するとボンドの結婚式、そしてトレーシーが死亡した日は1970年の初夏であったと思われます。ボンドはスイスでの任務のあと、リスボンの銀食器店に結婚指輪を取りに行ってますし、残務整理と結婚式場の確保、招待客への連絡など、どう考えても1969年12月中に結婚式を挙げたとは考えにくいのです。しかしファンの皆さんご存知の通り、『ユア・アイズ・オンリー』の冒頭に登場するトレーシーの墓には1943年に生まれ、1969年に死亡したと刻まれています。これはどう考えればいいのでしょうねえ・・・

【オマケ】

OHMSS Wedding Ring

OHMSS Wedding Ring2

OHMSS Wedding Ring3

メイキング本によればボンドが結婚指輪を購入した銀食器店の窓ガラス越しにイルマ・ブントが映るシーンを撮影していた、という都市伝説があります。しかしメイキング本筆者によれば脚本にそんなシーンはなく、ロケの参加者リストにも彼女はいないし、当時を知る人に聞いてもそんなシーンの撮影はなかったそうです。個人的にはイルマ・ブントが何故執拗にボンドとトレーシーを殺害しようとしたのか不思議に思っていました。このエピソード(限りなくガセネタですが)を知り、もしかしてイルマ・ブントはトレーシーにヤキモチを焼いていたのでは?ブロフェルドの忠実な秘書で、もしかしたら愛人関係にあったかもしれないのに、トレーシーを捕らえてからは急に『何でも願いをかなえてあげる』なんてブロフェルドは調子のいいことを言ってましたからね。そんな恨みを晴らすためにボンドをつけ回していたとしても不思議ではありません。あ〜女は怖い。Bond25でもこんな悪女が登場することを期待しています。

ではまた。