青梅市議会議員 大勢待としあき

青梅市議会議員 大勢待利明(おおせまち としあき)の公式ブログです。

カテゴリ: 歴史

講師:齋藤慎一先生
日時:6月16日(日) 13:30〜15:00
場所:瑞穂町郷土資料館 けやき館 多目的室

私の高校の国語の先生。
青梅市の歴史家。
齋藤先生の講演です!
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齊藤先生

来月に行われる
「奥多摩郷土研究会の総会」
への、お誘いがきました。

西多摩地域を中心とする
郷土史&歴史の猛者の皆様が集まる会に
ご招待です。

私の日々の歴史研究の姿勢が
評価されたということで!?
本当にうれしいです!

ということで、早速

予習といたしまして
・『郷土研究』(奥多摩郷土研究会)
・『西多摩郷土研究』(西多摩郷土研究の会)
の2つ。
創刊号からイッキ読みしておこうと思います。
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p.s.
中国・明の時代、時の皇帝・永楽帝は
古今の図書を集めて分類整備し『永楽大典』を編纂。
青梅市にも数多くの歴史家がいまして
高齢化が進む中、皆様の所持する知識と資料を
集めて編纂して『青梅大典』を作りたいです。

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山川の世界史教科書で
永楽帝を読み返してみたところ
「内乱の静定、貿易の推進、文化の再興」などなど
あらためて、永楽帝の凄さを実感しました。
明が最盛期を迎えるわけです!
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2019.4.1は、
青梅の歴史家、齋藤先生のご自宅へ。

私の高校の先生でもあります。

新元号についての見解を
お伺いいたしました。

というか、コタツに入るなり
もの凄い勢いで語られていました。

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『青梅再発見あの人この人』(大倉十彌也)
読んでみました。
大倉

話のネタにレジュメ作成。

以下、興味のある方だけどうぞ。...

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「都市近代化の先達 中村信吾氏」

0 中村信吾氏
・青梅ガスの先代社長。もともとは染色業。大門あたり!?
・「青梅ガス株式会社」を立ち上げた
・都市基盤に欠かせない都市ガス事業に取り組む。
・現代のインフラ施設を民間主導で作り上げる。

1 青梅市の上水道は東京府下で一番
・根岸太助(青梅町長)の尽力で1928年(昭和3年)3月末に上水道工事を完了
・同年4月、東京府下で一番早く公共水道の給水を開始

2 「ガチャ万景気」と市制誕生
・戦後の物不足の中、青梅がいち早く取り組んだのが綿織物の「ふとん地」の生産
・町全体の産業を盛んにし、いわゆる「ガチャ万景気」と称される。
・夜具地を織る織機がガチャと動くたびに〇万円も稼げたと言う意味

3 初代青梅市長・中村来内氏は、中村信吾氏の岳父
・戦後の民主化政策の課題として、自治消防署の設置が求められた折、青梅町と隣接する調布村と霞村との三者が協同で消防署を設置
・消防署の設置が契機となり、町村合併の協議が進み、1951年(昭和26年)4月、東京都で五番目、三鷹市につぐ市として「東京都青梅市」が誕生
・合併時、青梅町最後の町長を務めていたのが、信吾氏の岳父の中村来内氏。青梅市の初代市長。

4 区画整理と新市街地
・合併による市制誕生1951年(昭和26年)で、町村時代には考えられなかった大規模な区画整理や水道のなかった地域への給水計画がたてられた。
・市立総合病院が建設され診療が始まったのは、1957年(昭和32年)の12月

5 将来のガス需要
・中村信吾氏は、青年実業家らしく、新規ガス事業への出資を地域の人々に呼びかける。
・伝統産業としての織物業が盛んであった青梅や長淵地区では、当時も石炭がひろく使用
・繊維関連の染色工場や紡績工場の石炭ボイラー用の煙突は、青梅の風景の一部。
・石炭に代わって、プロパンガスのボンベが、エ場のわきに並ぶさまは、見慣れない光景であった。

6 はるか遠い「都市ガス管」
・中村氏の苦労
・世界最大規模のガス会社「東京ガス」の配管は、当時、立川市までで途切れる。
・青梅ヘガス管を延長する計画は無いとされる。

7 独自方式のブタンガス
・大手供給元からのガスが得られない。
・中村氏は発想を切り替え、ブタンガスによる独自方式の供給が実現できることを探しあてた。
・地元ゆかりの六人の出資者を得て株式会社設立に向けて、具体的な準備を1959年(昭和34年)12月、青梅商工会議所の一角で開始。
→質問・6人の出資者はだれか?
・翌1960年(昭和35年)5月「青梅ガス株式会社」設立。

8 需要は当初565件
・最初のガス供給プラントは、勝沼2丁目の山間に建設。1960年11月、都市ガスの供給が無事開始。
・社史にはこの時の需要がわずか565件にとどまったとある。
・日常生活の変革に関わる新規事業は立ち上げが困難。
・青梅の地形…丘陵と多摩川の変化に富む青梅の自然、複雑な地形の上に市街地で、ガスの供給管の設置が困難
・時に、社長の中村信吾氏は弱冠37歳

9 中村信吾氏の先見性
・公共性の高いガスの供給事業を、大企業の後ろだても無しに、多摩川の南がわの地区に、また山間部にも展開。
・都営や公社の住宅団地をはじめ、各駅周辺の市街地に限らず、長淵地区の高層マンションの建設を可能した大きな要因
・起業初期の困難な時代を経て、事業は発展。
・半世紀を過ぎた現在、初代社長のあとを継いだのが信吾氏の長男・中村洋介社長(現・安全協会会長)
・現在は20,000件を超える需要へ、
・新潟県の南長岡からの天然ガスに切り替えての供給も円滑におこなわれ「青梅ガス」は、青梅市での快適な住環境を得る上で公共性の高い企業となっている。

本日は、とある場所で、お茶会。

8月15日とあって
戦前、戦中、戦後の話から
青梅の政治の歴史(超裏話)。
歴史の話などなど
ディープに語る。

そして話の中で
「こんな資料もあるよー」
と、見せていただいて

発行年を見てみると・・・。
なんと、大正12年!?

今から、94年前の本。

こっ、これは!
『西多摩郡名勝誌』の原本ではないか!

本物だ!

青梅市の図書館には、
1985年の復刻版しかないぞ!

そして、私の手に取り
バサッと開いてみると

安楽寺「軍荼利明王」のページが
一発で出てきました!
「昨夜、見たばっかりだ。なんじゃこりゃ!」

全くの個人的な体験ですが
こういった流れに出くわすと
ワクワクしますよね。

今から、およそ100年前の
安楽寺、軍荼利明王の説明と写真。
北条氏の朱印状、借用状も。
携帯でパシャ。
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