日本の斜面問題を支えてきた根幹は、計画安全率にあります。この存在によって、斜面を安定化させるのにはどれほどの対策が必要なのかという難しい問題を、ショートカット(というよりもっと高速のワープのイメージ)することができました。

その御蔭で、高度経済成長期の電力需要の逼迫問題を見事にクリアしました。

もともと、産業界が求める電力を早く供給するための予算措置(大蔵省)の都合でできた、戦後復興の便宜的方法、緊急避難的方法が「計画安全率」だったわけです。

計画安全率には科学技術的証拠があったわけではありません。だから根拠文献が存在しないし、海外にその概念がないのです。

ただ、決定にあたって公的研究所のハイレベルな技官の意見を聞いたと想像できます(これも証拠はありませんが)。その際に、「1.2程度にしておけばほとんど動かなくなる」と答えたのだろうと思います。ダム地すべりで1.2は結構大きな値です。現在ダムの地すべりの計画安全率は、工事費が高くなりすぎるということで引き下げられていると思います(あまり詳しくないですが)。

1970年(昭和45年)刊行の『地すべり調査と解析』(谷口敏雄・藤原明敏著)の中に、計画安全率、必要抑止力という用語は出てきません(少なくとも索引にはありません)。

Fs>1.2で「完全に安定」という表現が出てきます。Fs>1.0で「安定」、Fs<1.0で「不安定」という表現もあります。まだこの時点(1970年当時)では安定・不安定の閾値はFs=1.0だったようです。

そして、対策工(杭工など)を入れて安全率を計算して、それと1.2を比較しています。今どきのような、ちょうど1.2となるようにギリギリの計算などはしていません。1.3であっても、おおらかにOKとしてあります(ギリギリまで工事費が安くなるまで検討するという「焦り」は感じられません)。

1.2が地すべり対策の対策工による安定の目安となる閾値(といってもそれは「完全に安定」の目安)だということは1970年当時には認識されていたようです。安全率は絶対値よりも、変化率(%)を重視していました。自然現象のことをよく考えていた時代なのだろうと思います。