法螺と戯言

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十九号台風、ノーベル賞と日本の科学技術,ラグビ考

 久しぶりにブログの更新をします。管理人自身の病状改善に加え主夫業も軽減に向かっているためです。今回は、長く休んでしまったので、いわば「リハビリ」でありまして、管理人が書きとめておきたいと思う出来事のコピペとなりますことをご容赦ください。追々、古代史、あるいは科学誌記事の紹介など、いつもの内容に復したく思っています。
(本ブログ更新は、体調不良のため当分の間、不定期になされます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へお寄せください。)
(写真:まずは、上陸直前の台風の規模(気象庁より)。下:台風一過の近所を見て回りました。15号台風の際には、神社の古木が五本ほど倒壊するなど、すさまじい痕跡をみました。が、今般の19号台風では、当地はさしたる被害はなかったようです。途上「チキチキ」との百舌の鳴声が聞こえました。)
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 あちこちで 大雨降らす 野分去り 各地に残る 爪あと悲惨
 
 柿撮(と)れば もずが啼くなり 藪の道
 
+++++日本ラグビ賞賛を考える 
 台風被災者に申し訳なく思いつつ、ラグビの試合を観戦しました。細かいルールはよくわかりませんが、確かに面白い。「日本」と名乗っても、プレイヤの半分が外国籍ということで、大会が始まるまではさほどの関心はありませんでしたが、ゲーム展開には惹きつけられました。
 前半終了間際、日本チーム中盤のプレイヤが蹴ったあの楕円球がポンと手ごろの高さに跳ね上がり、それを福岡選手がぱっと摑まえ、そのままゴールに走り込みました。あのような不定形なボールの挙動に驚きました。あれはプレイヤの計算尽くのキックだったのでしょうか?スコトランドを撃破した瞬間には思わず快哉の雄たけびをあげてしまいました。

 ネット上には日本チームの快挙を賞賛する言辞で溢れています。それは敗者であるスコットランドのメディア、ラグビ関係者の「絶賛」も含んでいます。とかく、日本のメディアはこうした場合、意図的に「日本賛辞」記事を集めますから、「眉唾」で見るべきかもしれません。何せ、それがこの大会を招致した森喜朗氏への忖度、お追従にもなります。

 それはともかく、「地元英国での賛辞」から連想したのが、40年以上も昔の出来事です。NHK管弦楽団が欧州演奏旅行に出かけた際のエピソードです。ロンドンでの演奏は英国音楽界、メデャアが高く評価したとのことで、関係者は意気揚々と帰国したのです。これに気を良くしたN響は、何年か後に再度欧州演奏旅行を挙行し、再度ロンドンでも演奏した。その演奏は、団員には「達成感」をもたらすほどの満足いくものであったようです。ところが、ロンドンのメディア、音楽界からの講評は極めて辛辣かつ厳しいものであったとのことです。
 このエピソードを伝える新聞・学芸記事を書いた音楽評論家(名前は失念)は、『西欧人の東洋人への蔑視とは言わないが「侮り」を感ずる』と、記事を締めくくっていました。すなわち、上から目線で眺めている分には、対象を褒めもするが、自分らの「高み」に接近したとなるとそれを跳ね除けるのだと、その音楽評論家は書きます。それは、私の六年間の欧州生活から体験した実感でもあり、かつ彼らのアジア人観は「黄色の猿」なのだ、という私の「僻み」感でもあります。

 今般の日本ラグビー賞賛も、早晩、日本チームの更なる躍進につれてそれは逆風と転ずるのでしょう。「日本チームは純粋の日本人だけから構成されているわけではない。それが躍進の秘密である」なぞの非難まがいの指摘も公然となされるに違いありません。そもそも、ラグビなる競技はその出生からして大英帝国下での上流階級によってのみ楽しまれるいわば欧州白人選民のスポーツです。参加国をみれば一目瞭然です。「ティア」なる階層分けはそれを端的に表しています。そこに何を勘違いしたのか「黄色い猿」が紛れ込んでしまい、そこそこに存在感を示したのです。これは、「ティア」国に属する選民には我慢ならないことでしょう。私は、この大会後の世界のラグビ界の論調を観察することを楽しみにしています。
 
+++++十九号台風
 現ブログ管理人が住まう茨城県も各地で被災しています。特に水災害は、台風の過ぎた後に顕在化します。10月15日夕方の報道では水戸市を貫いて太平洋に流れ込む那珂川とそこに流れ込むいくつかの支流で溢水、堤防損壊が発生し、周辺住宅地、田畑への浸水が収まっていません。 
%%%%%台風被害 茨城県内で甚大 川氾濫、水郡線の橋落下 10/13(日) 9:46配信
(写真:濁流で崩落したJR水郡線の袋田駅北側の橋=13日午前9時36分、大子町久野瀬、菊地克仁撮影。拡大は図のクリックで)
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12日夜から13日未明にかけて東日本を直撃した台風19号は県内に甚大な被害をもたらした。

 大子町、常陸大宮市を流れる久慈川、北茨城市の大北川、筑西市の鬼怒川、水戸市の那珂川で氾濫や越水。周辺道路や住宅で浸水被害が出ている。大子町では、JR水郡線袋田駅北側の「第6久慈川橋梁」が落下した。

 県災害対策本部によると、13日午前11時現在、県内の負傷者は14人で行方不明は1人。各地で停電も続いた。同日、自治体から自衛隊に災害派遣要請が相次いだ。

 国道や県道の一部で通行止め。鉄道の県内在来線は同日午前、計画運休で運転をとりやめている。
%%%%%茨城新聞社

 民主党政権発足時に政治問題となった八ッ場ダムが再び論議されています。それは12年前の民主党政権発足時に遡ります。大金を投じて大規模ダムを建設することが税金の浪費であるとの主張に基づいて、この工事の「取りやめ」が論議されました。
 実際、この工事着工が大手ゼネコンの利益のためにのみ計画されていたことは明らかでした。そこに利権を目ざとく見付ける政治家が介入したため、所管する国土交通省の「建設根拠」の杜撰さがたびたび国会でも論議されてきたのです。政治家、国土交通省役人のどこにも、「今回のような異常豪雨」の想定は無かったのです(参考:2010年2月26日記事)。
 今になって「八ッ場ダム」のおかげで災害の巨大化が防止できたなぞの論議は筋違いです。いわば「偶々」(たまたま)なのです。私は当時の民主党のこの問題への対応は真っ当であったと考えています。
 当時、国会での論議動画です:
「スーパー堤防」は「スーパー無駄遣い」w←笑いながら言うことか? 緒方林太郎よ謝蓮舫よ。10,023 view•10 Sep 2017 
%%%%%八ッ場ダム、一気に「満水まで10m」…台風で54m上昇 10/13(日) 13:22配信

 国が来春の運用開始を目指し、今月1日に貯水試験を始めた八ッ場(やんば)ダム(群馬県長野原町)の水位が、台風19号による大雨で急上昇した。国土交通省関東地方整備局の速報によると、13日午前5時現在の水位は標高573・2メートルとなり、満水時の水位(標高583メートル)まで10メートルほどに迫った。台風によるダムの被害は確認されていない。

 八ッ場ダムでは、満水にした後に最低水位の536メートルまで下げていき、ダム本体や周辺の斜面の安全性を確かめる試験湛水(たんすい)が始まっている。国交省は、最高水位に達するまで「3〜4か月かかる」とみていたが、周辺では11日未明から13日朝までに累計347ミリの雨が降り、山間部から流れ込んだ水でダム湖の水位は約54メートルも上昇した。水没予定地に残された鉄橋も11日時点では見えていたが、完全に水の底に沈んだ。

 満水時の水位に近づいたことから、国交省は「今後は水位維持の操作に移る」としている。
(図:八つ場ダム。左:試験湛水直前の9月29日撮影、右:台風翌日の10月13日撮影。拡大は図のクリックで)
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 異常気象、異常地象(地震・津波)にどのように社会が対応するのか?国土を鉄とコンクリートで固めれば済むのか?そういう問題設定しかないのか?研究者にとって新たな難問・研究課題が突きつけられていると思えます。

 参考記事:国外での台風報道です。
%%%%%Flooding, devastation, trapped residents as Typhoon Hagibis hits Japan killing at least 14 people (PHOTO, VIDEO)

+++++日本の科学研究
 本年もノベル賞受賞者を日本国は輩出できました。つい先日まで、台風報道にまぎれながらも、受賞者である吉野氏とご家族の映像を頻繁にTVが放映していました。私はこの手の報道、奥様がどうした・うんたらかんたらの類は好みません。放映するならば、研究課題の設定への道筋(偶然出会った課題であったのか、それとも長いこと追求してきた課題であったのか)、研究途上で遭遇した困難とそれを解決する道筋の発見などを丁寧に報じてこそ、日本国民の「糧になる」と思っています。浮かれている現在の状況こそ、下の記事が警告する日本国の科学技術の衰退に手を貸すことにもなります。
 
%%%%%日本人のノーベル賞が「急減する」絶対的理由 2019年10月10日 8時0分  東洋経済オンライン

ノーベル賞受賞者を数多く輩出している日本ですが、この状況が将来にわたって続いていく可能性はとても低いと言わざるをえません(写真:Wdnet Studio/PIXTA)
2019年のノーベル化学賞を吉野彰氏が受賞しました。昨年、医学・生理学賞を受賞した本庶佑氏に続く快挙で、近年は日本人の受賞ラッシュが続いています。しかし、一方で、科学立国の危機を示す数々のデータが明らかになっています。
近著『科学者が消える ノーベル賞が取れなくなる日本』を上梓した岩本宣明氏が、今後のノーベル賞について驚きの未来予測を明らかにします。
『Nature』の衝撃
これまでの日本人ノーベル賞受賞者は24人。2017年に文学賞を受賞した長崎出身の英国人作家カズオ・イシグロさんら外国籍の日本出身者を含めると27人で、世界第7位。欧米諸国以外の国々の中では首位独走です。

今世紀の自然科学部門に限ると、日本人受賞者は15人。アメリカ(68人)、イギリス(16人)に次ぐ第3位で、堂々のノーベル賞受賞大国です。
2008年に物理学賞を受賞したヨウイチロウ・ナンブ(南部陽一郎)さんと2014年に物理学賞を受賞したシュウジ・ナカムラ(中村修二)さんは米国籍のためアメリカにカウントしていますから、この2人を日本人受賞者に加えると、イギリスを抜いて2位です。授賞理由の研究はお二人とも国籍変更前の実績ですから、我田引水ではありません。
しかし、残念なことに、この状況が将来にわたって続いていく可能性はとても低いと言わざるをえません。ノーベル賞の受賞者は高齢化の傾向があり、受賞者が授賞理由となった研究を発表した年と受賞した年には、概ね25年のタイムラグがありますが、近年、さまざまなデータが日本の科学技術力の劣化を示しているからです。
つまり、今世紀に入っての日本人受賞ラッシュは過去の遺産の賜物なのです。
日本の科学技術力の劣化は数年前からさまざまな研究者によって指摘されていたことですが、研究関係者や日本社会に衝撃を与えたのは英国の科学誌『Nature』の2017年3月号でした。
日本の科学論文数の国際シェアの低下を分析し、日本の科学研究力が失速していることを指摘したのです。『Nature』誌は世界で最も権威ある学術雑誌の一つで、同誌に論文が掲載されると科学者は一流と認められます。
各国の科学技術力を比較する指標には、論文数、高被引用論文数(他の研究者の論文に引用される頻度の高い論文の数)、世界大学ランキングなどがあります。そのいずれもが、日本の科学技術力の低下を示しています。
まず、大学ランキングを見てみましょう。世界ではさまざまな機関が独自の基準で評価し、大学ランキングを公表しています。
最も有名なのは英国教育専門誌『Times Higher Education(THE)』の「世界大学ランキング」ですが、2016年に評価基準を変更し推移が理解しにくいため、上海交通大学の「世界大学学術ランキング」(上海ランキング)を例に見てみます。
(図:大学ランキング。拡大は図のクリックで)
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上海ランキングに限らず各機関の大学ランキングでは、毎年トップ10は米英の大学がほぼ独占しています。評価の基準はさまざまですが、どのランキングも論文数や被引用論文数を重視しているため、論文数が圧倒的に多い米英の大学が有利だからです。

注目すべきは上位にランクされた日本の大学の、順位の推移です。表に上海ランキングでの日本のランキング上位大学の順位の推移を示しました。今世紀に入り、日本の大学が徐々にランキングを落としていることがわかります。

上海ランキングの評価基準は研究力のみです。具体的には、ノーベル賞やフィールズ賞を受賞した卒業生や教員(研究者)の数、被引用論文の多い研究者の数、『Nature』誌と『Science』誌に発表された論文数などが指標です。
つまり、上海ランキングで順位が下がっていることは、大学の研究力が劣化していることを示しています。
主要国で唯一、論文数が減少
次に論文数です。世界の自然科学系論文数の推移のデータを見ると、全世界の論文数は増加し続けています。1981年の約40万件から2015年には約140万件に増えました。3.5倍です。
日本を除く主要国も論文数を増やし続けています。ここでいう主要国とは研究開発費総額上位のアメリカ、中国、日本、ドイツ、韓国、フランス、イギリスの7カ国のことです。
そのような趨勢の中で、唯一日本だけが近年、論文数を減らしています。1990年代後半に横ばいの時代を迎え、2000年代に入ると論文数世界2位の座から陥落、2013年以降は論文数が減少し始めています。
かつてアメリカに次ぐ論文数を誇った日本の現在の位置は、アメリカ、中国、イギリス、ドイツに次ぐ5位です。
論文数は研究者の実績となるため、よいポストを得るためにとにかく論文の数を稼ごうとする研究者は少なくありません。が、粗製乱造ではいくら数が多くても意味はありません。反対に言うと、全体の数は少なくなっても、優れた論文の数が増えていたり維持されていたりするのであればそれほど大きな問題ではないともいえます。
ところが、「優れた論文」の数も日本は減らし続けています。「優れた論文」とは随分、主観的な表現に聞こえるかもしれませんが、ちゃんと客観的な指標があります。
自然科学の世界では、ほかの研究者の論文に引用される回数が多ければ多いほど優れた論文とみなされます。ほかの研究者の研究の役に立ったり影響を与えたりした証しだからです。引用数が上位10%に入る論文の数も、上位1%の数も日本は下げ続けています。
毎年、ノーベル賞の発表が近づくと、世界の各メディアはノーベル賞受賞者を予想します。当たるも八卦当たらぬも八卦です。が、自然科学部門では、論文数やその被引用数による予想がある程度当たっています。
2018年の本庶佑さんの生理学・医学賞受賞は多くのメディアが予想していました。つまり、研究者の論文数や被引用論文数の多寡とノーベル賞受賞には関連性があるということです。優秀な研究者の論文は多く引用される、あるいは被引用数の多い論文を発表した研究者が優秀と認められることを考えれば、当然のことです。
そこで、ある国の論文数や被引用論文数と、その国のノーベル賞受賞者数に相関が見られるのかどうか、ちょっと調べてみました。前提は、論文数や引用されることが多い論文の数は、その国の学術の活性や優位性の指標となるはずで、その象徴であるノーベル賞受賞とも相関しているのではないか、という仮説です。
ノーベル賞受賞の時期と、授賞理由となった研究の時期には大きなタイムラグがあります。受賞者すべてのタイムラグの平均はとても算出できませんでしたが、日本人受賞者の平均は25年です。
25年前の論文が重要
日本人受賞者の受賞年齢と、授賞理由となった研究を発表したときの年齢から簡単に計算できます。ほかのデータから全受賞者の平均タイムラグにも大きな違いはないと推察できます。
ある年の各国のノーベル賞受賞者数シェアと、その25年前の論文数や高被引用論文数に有意な関係が認められるかどうかを調べてみました。
といっても、ある1年だけを抽出するとノーベル賞受賞者がいない国も多いので、2001年から2010年と2011年から2018年の2つの期間を設定し、その期間の各国のノーベル賞受賞者の合計と、25年前の期間の論文数シェアと高被引用論文数シェアの平均値を比較してみました。
2001年から2010年の25年前は1976年から1985年、2011年から2018年の25年前は1986年から1993年です。残念なことに、1976年からの10年間の論文数シェアのデータのすべては古すぎて見つからなかったので、見つけられた一番古いデータの1981年から1985年の平均値で代用しました。
1976年から1985年の平均値ではありませんが、重なる時期もあり、シェアは数年では大きくは変動しないのでさほど大きな違いはないと思われます。
2001年から2010年の表を見てください。受賞者数シェアと25年前の5年間の被引用論文数シェアの平均を比較してみます。アメリカは52%と52.8%、日本は8%と6.5%、イギリスは11%と10.6%、フランスは5%と5.3%、ドイツは7%と7.6%です。
(図:引用される論文数。拡大は図のクリックで)
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お見事と言ってよいほど近似しています。2011年から2018年の受賞者数シェアと25年前の被引用論文数シェアも、同じように近似しています。
つまり、各国のノーベル賞受賞者数と25年前の被引用論文数シェアは相関しています。もちろん、ノーベル賞の全受賞者とその授賞対象の研究時期や、1970年代以前の論文データを網羅した精密な検証ではないので、偶然の一致である可能性は否定しません。
日米は減少、中国が毎年受賞する!?
被引用数が上位1%の論文のことはTop1%補正論文、上位10%の論文はTop10%補正論文と呼びます。2013年から2015年の平均値で、Top1%補正論文数の日本のシェアは2.4%、Top10%では3.1%です。
25年前の高被引用論文数シェアとノーベル賞受賞者数のシェアが強い相関を示すという仮説が正しければ、2015年の25年後、つまり2040年ごろには、日本人ノーベル賞受賞者のシェアは3%前後となる可能性があります。自然科学系受賞者の数は毎年6人前後ですから、その3%は0.18人です。5年に1人受賞できるかどうかという数です。
日本に代わって台頭してきそうなのがTop1%補正論文数シェア14.3%の中国です。現在の受賞者シェア約50%のアメリカもうかうかできません。Top1%論文のシェアは34.3%にまで減少しています。
アメリカは受賞者を減らし、中国は毎年のように受賞者を輩出する。そして、日本は5年ぶりの受賞の知らせに拍手を送っている。25年後のノーベル賞受賞シーズンは、そんな光景になっているかもしれません。
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体調不良のため、しばらく更新は不定期とします

冒頭に書きましたが、気管支系疾患のため、定期的なブログ更新が不可能となっています。申し訳ありません。

現代の「纏足」、トリチウム水の海洋投棄、消費増税

(本ブログは月木に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:当地の朝焼け風景です)
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 秋なかば 木々は 葉っぱを 切り離す 眺める我は そろそろかと思う

 木々の枝から見放されて地面に落ちてゆく枯葉が、わが身の近未来と重なります。腰部脊椎管 症で連れ合いを病院に連れて行った際の医師の言「これは加齢です。もう直りません。痛みと末永く付き合うという心構えがあれば、孫を抱こうが何をしようがかまわない」でありました。歳を重ねるということの真実を突きつけられた思いがしました。まさに「われが枯葉なり」を実感しています。 


 ネットで以下の記事が目に入りました:
%%%%%「うれしかった…」鈴木奈々、出川哲朗から“ガチ注意”された出来事を号泣告白 2019年10月2日 7時30分  E-TALENTBANK
9月30日深夜放送、テレビ朝日系『しくじり先生 俺みたいになるな!!』に鈴木奈々が出演した。番組では今回、鈴木が“全てに全力で取り組んで頑張った結果、嫌いな女ランキングの1位になってしまった”として自身のしくじりの経験をスタジオで告白する企画が行われた。
この中で鈴木は、1度偶然転んだことが大ウケしたことがきっかけで、バラエティ番組のオチで悩んだ際に大股開きで転ぶことで笑いを取っていたという過去を振り返った。鈴木は「1年くらいたくさん股を広げました」と発言して周囲を笑わせるも「ある芸人さんから注意されました」と他人から注意を受けていたことを明かした。
鈴木は出川哲朗らと食事をしたことについて触れると「出川さんは私のことを本当に思って『パンツは見せちゃダメだよ、女の子なんだからそこは守るんだよ』って」と当時出川からかけられたという言葉を再現し「出川さんに言われたことすごくうれしかったです。本当に考えてくれたんだって」と涙ながらにコメント。
さらに他の出演者から「女性鈴木奈々的にもそうだし、タレント鈴木奈々としても寿命を縮めるよ、というかね。ちゃんと全部見てくれてるっていうね」と声がかけられると、鈴木は「そこから、私1度も(足を)広げなかったです」と、大股開きで行うリアクションを控えるようになったと説明した。
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 この記事から連想したのが「纏足」です。すなわち男が女を私物化、すなわち支配するとの慣習です。つまり男尊女卑を体現した風習といえます。女性のスカート着用はまさに現代の「纏足」版ではなかろうか、と考えた次第です。スカート着用の女性は股を広げて歩く、転がる、そうしたことはできません。まさに現代の「纏足」です。スカートの着用の歴史は知りませんが、マルクスの「解説」に頼らずとも、その思想的起源が見えてきそうです。どうやら、単なる「性的刺激」、あるいは「フェロモン」なぞといった軽薄な考察を超えていそうです。いずれ、考察します。

+++++福島第一原子力発電所事故、放射の汚染水の海洋投棄
 トリチウムとは、水素の同位体原子です。通常の水素原子には一個の陽子しかありませんが、トリチウムには陽子一個に二個の中性子があります。当然、その存在が不安定であるので、余分の二個の中性子をみずから切り離すように変化します。そのさい危険な放射線(高エネルギ電磁波)を放出します。
 遺伝子を構成する核酸は水酸基、OH-を持ちます。ということは遺伝子そのものが放射性元素を抱えてしまうということに成ります。それに加えて、通常の水素原子の三倍の質量を持つがゆえに、他の塩基との結合で障害を生ずる可能性があるとの研究結果を福島県ガンセンタの研究者が指摘しています。

「黙っているとトリチウムを海に流される! 更田氏を規制委員長から外せという運動を!!」〜カオンタリオ湖はトリチウム汚染で流産・死産増加、ダウン症候群1.8倍―広瀬隆が訴え 成る動画がトリチウムを含んだ放射能汚染水の海洋投棄に危険性を指摘しています。




+++++消費然増税
 一昨日、10月1日、に消費増税が8%から10%に増税されました。これについて多くの動画で、その理不尽さが指摘されています。
2019.9.30 BS-TBS 報道1930 れいわ新選組 山本太郎 生出演

池上彰の嘘を山本太郎が完全論破の構造。嘘はダメですよ池上さん。2019年9月28日”池上彰のニュースそうだったのか”より。

 消費税増税がもたらす日本国民の貧困への道筋を経済学者が指摘しています:
羽鳥慎一モーニングショー神回! ブチ切れ藤井聡さん。老後2000万円問題、政府の悪事をわかり易く、熱くぶった切る!玉川さんは安定のブチ切れ

消費税10%で日本経済沈没 藤井聡

藤井聡]支援は余計なプッシュ式でも、貿易協定ではプッシュでやりこまれてもWin-Winて、ど〇ホか!

[森永卓郎]タイミング悪し消費増税、これから起こりうる惨劇とは?


+++++神武東征
 9月23日記事 では、古事記、日本書紀の歴史記述には、何がしかの編纂者の思惑による「仕掛け」があるとのこれまでの現ブログ管理人の主張をお浚いしてきました。
記紀編纂準備の第一段階は:
 編纂事業の最高黒幕である(黒幕にとどまらず公然と表立って指図していたのではと疑ってますが)藤原不比等は、自分自身が生きている現代、すなわち自らが体験した事件に加え、父鎌足の時代の事件をまずは列記します。

 なんといっても最大の事件、それはいうまでも無く蝦夷(かっての「倭国」)を殲滅したことです。葦原中津国を挟んで東西に威を張っていたのが、邪馬国連邦(邪馬台国のこと)末裔、アジア北方民族(アイヌを含む)、そして遠く西域(ペルシア)からの渡来族からなる一大勢力です。日本書紀はこの勢力を蝦夷と呼んでいます。蝦夷による支配地域は葦原国と日本書紀は呼んでいます。
 一方、現在の奈良盆地とその周辺に威を張っていたのが、です。なぜなら、この国は東西に夷を張る蝦夷支配地域の真ん中に存在していたからです。この葦原中つ国が唐・新羅の軍事支援を得て蝦夷支配地域に軍事的攻勢をかけます。九州など日本列島の西部に拠していた蝦夷(旧倭国勢)は、西暦663年の白村江の敗戦をきっかけとした唐・新羅連合軍の九州進駐に支援された葦原中津国によって、劣勢に追い込まれ、西暦672年の壬申の乱で九州からの撤退を余儀なくされ、東国に活路を求めて移動します。蝦夷の主力の出自が日本列島の東北地方にあるからです。彼らは遠く西域(ペルシアなど)北方アジア、を経てサハリン、北海道を経て本州に渡来した一族であるからです。
(つづく)
 ぶり返した私自身の気管支障害と連れ合いの腰痛のため、生活のペースが保てて居りません。しばらくは、落ち着かないブログ記事と成ります。ご容赦ください。古代史に関しては、当初の計画であった「お浚い」を中断し、「吉備」国に残る「シリウス」の痕跡考察に戻ることを考えております。

「主夫」活動のためブログが滞っております。

(本ブログは月木に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:本日のブログ・写真は白で決めました)
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 咳(せき)やまず 連れ合い腰で 歩けない 歳を重ねる 辛さを実感

 九月半ば以降、九月の後半は辛い日々でありました。まずは、江戸へ出府した直後に、なにやらの病原体に感染し二週間余、咳、痰で一週間近く夜眠れない苦しい日々が続きました。それが収まりつつある時期に、今度は連れ合いが腰が痛い、歩けない、立っていられないとの悲痛の訴えであります。本日診察してくれた中年医師が言うには:
「これは高齢ゆえの骨の劣化である。症状が改善することは絶対にない。とすれば、痛みを抑える薬で辛い気分をまぎらわし、痛みが治まったら気分良く暮らすしかない」
と宣告されました(診断は腰部脊椎狭窄症)。
 思えば、私も10年前、ミャンマ国での仕事の最終盤に持病の腰痛(椎間板ヘルニア)が再発し、タイ・バンコク空港での飛行機乗り換えは死ぬ思いであったことを思い出しました。這うようにしてたどり着いた拙宅でニ・三日はトイレにも這って行く始末でありました。

 てなことを思い出し、連れ合いには、この病は「腰痛・足痛」とは仲良く付き合ってゆくしかない、と言い聞かせておりますが、きゃつは痛さゆえ不機嫌この上もありません。

 うえに書いた事情から、ここ一週間そしてしばらく、現ブログ管理人は「主夫」生活であります。まずは夜寝る前の、明日の食事の献立設計から始まります。起床すると味噌汁の具の煮付けであります。俎板の上で大根の葉なんぞをトントントンと刻んでおります。そして豆腐の賽の目であります。次は米の炊飯です。昼は何がしかの惣菜を購入し、麺類、そして夜は軽食の準備です。なにせ鎮痛薬など胃に負担のかかる薬剤摂取の副作用を軽減するべく食事は欠かせないのです。その間、お掃除、お洗濯なぞなぞ、と主夫は忙しいのであります。

 という事情で、ブログ更新が滞っています。しばらくはこのような状態が続きますことをお許しください。

記紀編纂過程(お浚い)、東電事故責任(2)、進次郎氏の30年後

2019年9月23日(月)
(本ブログは月木に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:自治会主催の地域歴史散歩なる催しに参加し、源頼政を祀る「頼政」神社を訪ねました。参道の長さは高々10mほどでしょうか?それにしては神社の象徴である楠が大きく育っています。鵺(ぬえ)退治でその名を知られる人物が何故此の地に祀られているのか?とのご疑念は尤もです。当地の領主下河辺氏は頼政の側近であったからとのことです。西暦1180年宇治平等院の合戦で破れた頼政の首を下河辺氏がはるばる東国・龍ヶ崎に持ち帰り此の地に埋葬したとの言い伝えであります。)
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 夜通しで 唄い続ける 秋の虫 何時の間にか 蛙身(み)を退(ひ)く

 八月中ごろ, 夕方から夜明け間にかけて、蛙の合唱が一晩中続いていました。が、フト気づくと何時の間に秋の虫の時期となっていました。

+++++東京電力経営者(原発事故当時)に無罪判決(2)
 1970年初頭に政府が描いた原子力発電政策は、大量の物資両面での支援をつうじて、大手電力会社を鼓舞することで、遂行されてきました。電力会社にしてみればすべてのお膳立てを政府がしてくれるわけですから断る筋合いはありません。損失は政府がかぶってくれることを前提とした事業、やればやるほど儲けとなります。それでもビタ一文身銭を切りたくない姿勢を貫いた東電経営陣が犯したのが今般の重大犯罪です。津波の防護柵建設をサボったのです。そして通産省はそれを容認したのです。
 このサボタージュが日本国災害史上でも未曾有の悲惨な結果を生み出しました。そのサボタージュが裁かれるとなると、またも政府が出てきて今度は裁判所にも手を回します。なんと最高裁長官が判決直前に安倍氏を訪ねているのです。まさに「李下に冠をただす」行為であります。安倍氏はこうしたことにまったく無頓着なのであります。
(図1:首相動静)
190923司法22650

(図2:無罪判決を伝える東京新聞一面記事。拡大は図のクリックで)
東電経営7135


社会・政治問題ランキング

+++++吉備に残る古代史事跡
 前回記事の後半部をもうすこし詳しく眺めておきます。
記紀編纂準備の第一段階は:
 編纂事業の最高黒幕である(黒幕にとどまらず公然と表立って指図していたのではと疑ってますが)藤原不比等は、自分自身が生きている現代、すなわち自らが体験した事件に加え、父鎌足の時代の事件をまずは列記します。
 なんといっても最大の事件、それはいうまでも無く蝦夷(かっての「倭国」)を殲滅したことです。葦原中津国を挟んで東西に威を張っていた葦原国は現在の奈良盆地とその周辺に威を張って唐・新羅の軍事支援を得た葦原中津国によって軍事的攻勢をかけられます。九州など日本列島の西部に拠していた旧倭国勢は東国に活路を求めて移動します。何故なら倭国の主力の出自が日本列島の東北地方にあるからです。彼らは遠く西域(ペルシアなど)北方アジア、を経てサハリン、北海道を経て本州に渡来した一族であるからです。

 ところで、この史実の詳細、すなわち旧倭国の主力が遠く西域(ペルシアなど)北方アジアからの渡来民であることを、藤原不比等あるいは父の鎌足が記紀の編纂を思い立ったときに把握していたとしても。彼らが日本列島・東北地方に拠して後の活動をどれくらい把握していたのか?誠に興味深い点です。なぜなら藤原不比等一派は、渡来の民の日本列島での初期活動の把握では、渡来の民にあって書記の役割を担ったと思われる稗田阿礼の助けを借りているからです。

 東北日本のあって、地理上に渡来の民の痕跡をとどめているのが須賀川の二等辺三角形です。この三角形の底辺と直行する方角がシリウス星位置であるとすると、そこから計算される年代すなわちこの直角三角形を地表に描き出したのは西暦374年、すなわち四世紀末と算定されます(2014年8月13日記事)。
 さらには茨城県北端の八溝山から鹿嶋にいたる110km余のシリウス方位線の着工が西暦464年で鹿嶋にたどり着くのが西暦543年頃です(2018年2月5日記事)。常陸国風土記・鹿嶋郡の条で、鹿嶋大神はすでにそこに居たと書きます。その鹿嶋が日本列島古代史解明のための重大な鍵の役割を果たしていることを本ブログでは繰り返し強調してきました。
 この八溝―鹿嶋シリウス線に先行したと思われる痕跡が福島県会津に残されています。それは伊佐須美神社です(下の図参照)
(図3: 飯豊山(中央上部)と(赤丸)。拡大は図のクリックで)
190922伊佐須美無題


 以下に伊佐須美神社の由緒を示しておきます:
%%%%%伊佐須美神社由緒と社格
社伝によると、凡そ二千有余年前第10代崇神天皇10年に諸国鎮撫の為に遣わされた大毘古命とその子 建沼河別命が会津にて行き逢い、天津嶽(現・新潟県境の御神楽嶽)において伊弉諾尊と伊弉冉尊の祭祀の礼典を挙げ、国家鎮護の神として奉斎した事に始まると伝えられます。
我が国最古の歴史書とされる『古事記』には「大毘古命は先の命のまにまに、高志国に罷り行きき。ここに東の方より遣はさえし建沼河別、その父大毘古と共に相津に往き遇ひき。かれ、そこを相津と謂ふ。ここを以ちて各遣はさえし国の政を和平して覆奏しき。ここに天の下太平けく、人民富み栄えき。」とあり、“会津”地名発祥の由来と創始を共にしております。
その後、博士山、波佐間山(現・明神嶽)と会津の山々を巡り、第29代欽明天皇13年(552)に高田南原(現・境内高天原)に遷られ、同21年(560)現在の宮地に鎮座されました。以来千四百有余年、大毘古命、建沼河別命 父子も合祀し、四柱の大神を伊佐須美大神と称え奉りお祀り申し上げております。
創始以来、古代北限の地に奉斎され悠久の歴史を培ってきた当社は、鎮護神として朝野の崇敬篤く、様々な社格や神階の奉授がなされました。
『貞観格式』において“正一位”の神階奉授の記録があり、『延喜式「神名帳」』には朝廷の名神祭に与る“名神大社”に列せられました。朝廷を含めて地方では“奥州二宮”と称えられ、開拓や東征が進むにつれ変遷があったとされる一宮に対して、古来揺るぎ無い不動の崇敬を得ておりました。寛政11年には、第119代光格天皇より大神宮号宣下を受け“伊佐須美大神宮”と号し、現在でも扁額や御神札に名残を留めております。
また、会津文化の生みの祖神でもある当社は“会津総鎮守”とも称され、会津蘆名家や会津藩祖保科正之公をはじめ御歴代藩侯には殊の外篤い信仰を寄せられ、社殿の修改築や社領、宝物等数々の寄進が多くなされました。
降って明治維新以降戦前に至るまでは、“国幣中社”として官祭に与り、戦後は神社本庁の別表神社に列せられております。現在では、当地方の古大社として“岩代国一之宮”として、全国より多くの巡拝者が参拝に訪れております。
御神徳
崇神天皇の御代、諸国鎮撫を終えて天下泰平、人民富み栄えた時と同じくして奉斎された当社は、創始以来、第一に国家鎮護神としての御神格を有しております。
御祭神である伊弉諾尊・伊弉冉尊は、初めて夫婦の道を開かれ親子、兄弟、朋友、社会の基を為し、私たちが生活するこの大地をはじめ森羅万象の神々を生み給い、世の自然と秩序を整えられました。
また、四道将軍のうちのお二方である大毘古命・建沼河別命父子は諸国鎮撫の為、服さない者等に対して和平の言葉を向け、時に戦いながらそれぞれ北陸道と東海道をお進みになられ、諸国を平定すると共に開拓発展にも尽くされてきたことでしょう。
伊佐須美大神様は、常に世の人々を幸福に導き守護され給い、会津地域はもとより全国の崇敬者へ広大無辺なる御神徳をお授けになられます。特に夫婦円満や様々な縁結び、あらゆる殖産興業や土木建築、交通運輸に御利益があるとされ、また八方除東北総鎮護として、日常生活に関わる方除けの御神徳をも戴いております。
%%%%%

 八溝山から鹿嶋を遠望するシリウス線構築に先行して一つの「演習」とでも呼ぶべき作業が実施されていたようです。
 それは、福島県の名峰飯豊山(いいとよ、標高2105 m)から会津盆地を眺め、しかるべき地に陣屋を設営する作業です。その作業が決定した地が現在の伊佐須美神社です:

飯豊(lat,lon)=[37.8530216 139.708416]
伊佐須美(lat,lon)=[37.4568 139.8407]
Dlt,Azm,Bzm= 45.6-km 165.15 345.23 0.41deg
-->exec('C:\FR55G_B\SCI_lesson\sirius2age.sce', -1)
Angle?(0:stop)=165.15
azimth= 165.2,age= 449.6
 私が、陥りがちな「脱線」行為をみずからに戒める意味で、この話しはそろそろやめようと思っていますが、最後にひとつだけ付け加えます。本議論の冒頭で「八溝山から鹿嶋を遠望するシリウス線構築に先行して一つの「演習」とでも呼ぶべき作業が実施されていたようです。」と、書きました。
 上の計算結果に見るように現在の伊佐須美神社の地に陣屋設営を決定したのが西暦450年ごろと見積もられています。飯豊山頂からの距離は45kmです。さらにこのシリウス線を南に延長する計画はなかったようですから、八溝―鹿嶋線構築に存在した困難はなかったと思われます。
 そうではあっても、鏡を用いたことが窺われます。飯豊山から5kmほど真南に鏡山(標高1339m)があります。この山から切り取った岩を磨いて鏡としたのか、それとも、ここに補助の観測点を設置したのか?当時どの様な技術があったのか?知りたいものです。
いずれにしてもそれからわずか15年後の西暦465年ごろに、八溝山でのソリウス星観測点が設置されたと思われます。話がドンピシャリと符合するのです。

 さてそうなると、問題は須賀川の二等辺三角形配置構築です。それは西暦374年頃と見積もられています。どうやら渡来の民は須賀川から直接に八溝へ南進するにはまだまだ技術不足であったようです。何せ二等辺三角形の底辺長が高々10km従ってシリウス星方位をとる垂直二等分線のながさは高々6kmです。此長さからいきなり測線を数10kmにまで伸ばすほどの観測能力をアップするには何がしかの技術革新があったはずです。
(図4:須賀川西の二等辺三角形。拡大は図のクリックで)
190726須賀川二等辺三角形無題


観測能力アップを試みたのが飯豊山―伊佐須美神社の知りすす線構築ではなかったか、と想像しています。

(つづく)

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 小泉純一郎氏の息子が環境相に抜擢されました。安倍氏は河野太郎氏に続いて、小泉進次郎氏にも「踏絵」を足元に置いたようです。早速、その場面が現出しました。しかし、口が立つ、すなわち論旨明快との前評判どおりとはいきませんでした。それを以下のニュースが報じています。
%%%%%関口宏、小泉環境相の「30年後の自分は何歳か」発言に「いやいや、そういうことを聞いているんじゃない」 2019年9月22日 8時45分  スポーツ報知
 22日放送のTBS系「サンデーモーニング」(日曜・前8時)で福島第一原発の処理水問題を特集した。
 番組ではオーストリアのウィーンで開かれたIAEA(国際原子力機関)で韓国の科学技術情報通信省の文美玉次官が処理水の海洋放出は世界の環境に深刻な影響を及ぼと主張しIAEAによる現地調査を受け入れるように求めた。日本は竹本直一科学技術相が「公正かつ理性的な議論を求めます」など主張が対立していることを報じた。
 さらに国内では原田義昭前環境相が処理水の海洋放出を発言し小泉進次郎環境相が「所管は環境省ではありません。福島のみなさんをこれ以上傷つけないように議論を進めないといけない」などと発言。これに橋下徹氏が「所管外ということで逃げるべきではない」などとツイッターに投稿したことを伝えた。
 さらに汚染土問題の具体策を記者から聞かれた小泉氏が「私の中で30年後を考えた時に、30年後の自分は何歳かなと発災直後から考えていました。だからこそ私は健康でいられれば、30年後の約束を守れるかどうかという、そこの節目を見届けることが、私はできる可能性のある政治家だと思います」と発言した。
 この発言に司会の関口宏は「いやいやそういうことを聞いているんじゃないですよ。どうなさるおつもりですか?って答えていただきたかった」とコメントしていた。
%%%%%
 この進次郎氏のうけこたえについて元財務官僚山口真由氏が論評しています。そのなかで宮沢、竹下の元首相を比べています。
%%%%%元財務官僚山口真由氏、小泉進次郎環境相の発言は「竹下型。どんなことを聞かれても誠実な面持ちをしてまったく違うことを答える」
2019年9月21日 9時58分スポーツ報知
 21日放送のTBS系「まるっと!サタデー」(土曜・前5時半)で小泉進次郎環境相が会見などでの発言を「“ポエムのような発言”連発で波紋」と題し特集した。
 番組では、福島第一原発の処理水問題に関して橋下徹元大阪市長がツイッターで小泉氏の発言について「ポエムを発している場合じゃない」などと指摘。さらに処理水を海洋に放出すると発言した原田義昭前環境相を取材し「しっかり学習して彼なりの判断をしてもらえると思います」などとコメントしたことを紹介した。
 さらにSNS上では小泉氏の発言に絡めて「#進次郎さんにキリッと朗読して欲しいコメント」という大喜利のようなお題が話題になっていることを紹介した。
 こうした現象にコメンテーターで元財務官僚の山口真由氏は「あれは政治家の答弁のひとつの型で、竹下型と言われるものなんです」と指摘した。その上で「宮沢総理に代表される宮沢型っていうのは、どんなことを聞かれてもまっすぐ答える。これは圧倒的な知識量を前提とするといわれ、竹下型というのは、どんなことを聞かれても誠実な面持ちをしてまったく違うことを答える。言語明瞭意味不明と言われたタイプで、これも立派な方なので、こちらをお極めになるおつもりなんだろうなという気がします」とコメントしていた。
%%%%%

原発事故責任者に無罪判決、記紀変過程のお浚い

一週間ほど前より、喉(気管支?)をやられ咳が止まりません。やむなく記事を途中で中断いたしました。もうしわけありません。
(本ブログは月木に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:今日は秋の風景です)
190919秋空無題


 安倍菅に 阿ね忖度 国の司法 菅菅(すがすが)しき汚染に 民泣かされる
  
 と、いうわけで、本日東京地裁は東京電力元三幹部への無罪判決であります。憤りの言を吐きたいところですが、咳のためできません。立身出世しか考えない保身の裁判官。これじゃ、民はうかばれません。
%%%%%東電旧経営陣3被告に無罪判決 福島第1原発事故で東京地裁 9/19(木) 13:16配信

 東京電力福島第1原発事故を巡り、業務上過失致死傷罪で強制起訴された東電旧経営陣の勝俣恒久元会長(79)、武黒一郎元副社長(73)、武藤栄元副社長(69)の3被告に対し、東京地裁(永渕健一裁判長)は19日、いずれも無罪(求刑・禁錮5年)の判決を言い渡した。事故の刑事責任が問われた唯一の公判で、3人は無罪を主張し、検察官役の指定弁護士と全面的に対決していた。【巽賢司】
(図:【福島第1原発の主な汚染水対策のイメージ】
190919汚染2無題

190919汚染2無題

 事故は2011年3月の東日本大震災に伴う津波により発生した。起訴状によると、3人は、海抜10メートルの原発敷地より高い津波が押し寄せて事故が起きることを予見できたのに、原発の運転を漫然と続け、「双葉病院」と介護老人保健施設「ドーヴィル双葉」(いずれも福島県大熊町)から避難を余儀なくされた入院患者ら44人を死亡させるなどしたとされた。

 3人が津波による事故を予見し、事故を回避できたと言えるかどうかが最大の争点となった。

 検察官役の指定弁護士によると、東電は08年3月、政府の地震調査研究推進本部が公表した地震予測(長期評価)を基に「最大15.7メートルの津波が原発に襲来する可能性がある」との試算を子会社から受け取った。

 武藤元副社長は同年6月、担当者から試算の報告を受けたが、翌月、長期評価の信頼性について外部の専門家に調べてもらうよう指示。当面は長期評価を取り入れずに津波対策の検討を進めるよう求めた。

 勝俣元会長も09年2月、最高経営陣が出席する通称「御前会議」で、担当部長の「14メートル程度の津波が来るという人もいる」との発言を聞き、武黒元副社長も同年4〜5月、担当者から試算の報告を受けた。

 指定弁護士は、武藤副社長が対策を先送りせず、津波の報告を受けた3人が適切に情報収集していれば、津波による原発事故で死者やけが人が出ることを予見できたと主張。津波対策が完了するまでの間、原発の運転を停止していれば、事故は回避できたと訴えた。

 一方、弁護側は、長期評価の信頼性は低かったと反論した。政府の中央防災会議や同業他社も長期評価に基づく津波対策を講じていなかったと指摘。長期評価は、原発の運転を停止する根拠としては不十分で、事故は予見できず、回避もできなかったと主張した。

 事故後、福島県の避難者らが業務上過失致死傷容疑で3人を告訴した。東京地検は2度にわたって不起訴としたが、市民で構成する東京第5検察審査会の起訴議決を経て、16年2月に強制起訴された。

 初公判は17年6月。4日間の被告人質問を経て今年3月に結審するまで計37回の公判が開かれた。

 ◇東京電力福島第1原発事故

 2011年3月11日の東日本大震災に伴って、福島県双葉町と大熊町にまたがる福島第1原発に最大約15.5メートルの津波が押し寄せた。原発は全電源を失って原子炉を冷却する機能を喪失し、核燃料の温度が上昇。発生した水素が原子炉を覆う建屋に充満した結果、1、3、4号機の建屋内で爆発が起き、放射性物質が大気中に飛散した。原子力トラブルの深刻度を示す国際評価尺度では、チェルノブイリ原発事故(1986年)と並ぶ最悪の「レベル7」とされた。
%%%%%
 昨日東京新聞が掲載したこの裁判の重要論点です:
(図:東京新聞9月18日付記事。拡大は図のクリックで)
190919裁判7115
 

 元原子力規制委員会委員長代行の嶋崎邦彦氏が月刊誌「科学」(岩波書店)で、憤りをこめた論説を半年に渡って寄稿しています。そこでは、地震研究者の主張にとどまらず「防災会議」の欺瞞的でしかし陰湿な蠢動を暴露しています。控訴審ではその点を鋭く追及することになるはずです。

+++++吉備と神武東征のかかわり(復習)
 何故、備前一宮が安仁神社から現在の吉備津彦神社に移ったのか、何故規模において日本列島四番目に位置する造山神社が「移築」または「改築」されたと思われるのか?本ブログでは、その政治的背景が承平・天慶の乱にあるとの私の想像のみを語ってきました。すなわちそのように考える道筋については、詳しい説明は不要と、どこかで思い込んでいるからです。
 物事を語る、あるいは文字で表現するというときには、自分の中では「わかっている」がゆえに、必要なことに十分な説明をせずに次のシナリオに話題を移してしまうことがしばしばあります。「自省せねば」とみずからに言い聞かせるのですが、対象の筋書きをどのように語るかに心をうばわれ、のめりこんでしまう結果、一番訴えたい、わかってほしい人たちの理解を軽視してしまうんですな。どうやら今回がそれらしいと感じています。

 と、いうわけで、昔の経緯を知らずに読み初めて下さった方には「何故、大昔日本書紀によれば紀元前(!!)660年の出来事であるとされている神武東征が「吉備」の国を語るときに、それは、時間的にどう遡っても、四ー五世紀の出来事、あるいは七―八世紀の出来事として、理解されることになるのか?ましてや承平・天慶(じょうへい・てんぎょう)の乱に至っては十世紀、西暦935年から940年すなわち西暦十世紀半ばの「政乱」で事件です。それが、神武天皇東征とどのように関わっているのか、多くの読者にとっては理解不能であると思っています。

 そこで、今回改めてその一見ばらばらの歴史事件をつなぐ糸について概観しておくことにします:
 この話しは 古事記・日本書紀を編纂する時代の話、すなわち西暦八世紀前半です。藤原不比等は日本列島の軍事的・政治的支配を成し遂げ、それを大陸中国の「史書」に倣って、「記録」を作成することとしたのです。
 以下は 話をわかりやすくするために私の想像を交えてその過程を描いてみます:
藤原不比等を中心として奈良に拠した軍事政権の中枢幹部、そして藤原不比等によるいわば蝦夷政権(「倭国」)転覆のクーデタを梃入れした新羅・唐による日本列島進駐軍幹部などで「正史」の編纂を計画することとなります。
 その第一段階は:
 藤原不比等の生きている現代をまとめることです。最大の事件、それはいうまでも無く蝦夷(かっての「倭国」)を殲滅したことです。東西に威を張っていた葦原国は葦原中津国(現在の奈良盆地とその周辺に威を張っていた)によって軍事的攻勢をかけられます。九州など日本列島の西部に拠していた旧倭国勢は東国に活路を求めて移動します。何故ならそもそも、倭国の出自が日本列島の東北地方にあるからです。彼らの主要部分は遠く西域(ペルシアなど)から、北方アジアの勢力を糾合しつつ、サハリン(ここでは多分アイヌ族をも糾合し)、北海道を経て本州に渡来した一族であるからです。

>>>申し訳ありません。先週の金曜日に、入院した知人を見舞うべく江戸に出たのですが、そこで、ひどい咳に感染したようです。ずっとそれに悩まされています(私は病院内での院内感染ではないかと疑っています)。というわけで、本日の記事、ここで一旦中断することをお許しください。
(つづく)

+++++平沢勝栄氏の不運
 代わりにといったはなんですが、こんな記事を見付けたので添付しておきます。
 ずいぶん前のことですが、共産党の志位和夫氏は当時委員長であった宮本顕治氏の長男の家庭教師をしていたが、子息を東大に入学させられなかった。しかし、その長男氏は某私立大学で一生懸命勉強し北海道大学の教授になった。一方、下に出てくる平沢氏は安倍晋太郎氏の長男の家庭教師としてずいぶん力を尽くしたが、本人にやる気が無く、結局箸にも棒にもかからなかった。などというエピソードが聞こえてきたものです。
(図:日刊ゲンダイ紙より。拡大は図のクリックで)
190918平沢22569

MGC,安仁神社(岡山、元備前一宮)

 酷暑の時期のみ更新を「月・木」に行うと書きましたが、このところ他用が重なっています。酷暑は収まったようですが、しばらくはこのまま更新ペースを続けます)
(本ブログは月木に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:台風一過、農家の庭先で二匹の猫が「風体験」を語り合っています。(下)この農家近くの市の民族博物館に展示されている蒸気機関車。1972年ごろまで客を乗せて働いていたとのことです)
190916猫と機関車

 
昨日の マラソン日和 嘘のよう 朝からどっさり 雨がつづける 

まずは、興味深い動画から:
ナチスドイツが戦争を起こすためにどこからお金を引き出したか【NET TV ニュース】


 昨日の午前中に行われたMGC( Marathon Grand Championship)で、二人のランナが2020年のOlympic game日本代表に確定しました。二人のこれまでの研鑽、努力には敬意を表しますが、私は来年のオリンピックでの日本人選手の成績がすでに見えたように思いました。これまでのように、端(はな)からアフリカ人選手と競り合うことは諦め、日本最速走者がせいぜい十位前後にゴールするのだろうと。今般のMGC優勝者のベルリンマラソンでの走りっぷりが、それでありました。
というわけで、五輪レース後には“緊張のあまり事前の調整を誤った”などの反省の言も聞けるはずです。すなわち、国内のレースでは地道に集団の中を走り周囲が疲労困憊したところを抜け出して勝ち、日本代表になるとのいつものパターンです。面白くもなんともないんであります。

 とてつもない期待を抱かせる選手が日本代表になってほしい。惨敗してもよい。そんな期待を抱かせたのが、35kmまで独走という無茶をしてのけた設楽選手です。かっての中山竹通選手を彷彿とさせました。あれは何年であったでしょうか?瀬古選手にあてつけるように序盤からびゅんびゅん雨の中を飛ばし当時の世界記録更新を期待されながら、結局は九段の坂で寒さゆえに失速した豪快な走りっぷりは未だに記憶に残っています。
 大迫選手の世界に通用する一級品の素質にも、瀬古利彦氏を見る思いがしており、五輪では、アフリカ人ランナに伍して、何かやらかすのではと期待していました。
 代表ランナ選考法に公平を期すというやり方に異存はありません。が、逸材を発掘する、とてつもない常識を超えたランナを代表にするための選考法を工夫できないものか。何はともあれ、五輪マラソンへの期待は早くも消えてしまったとの思いです。

+++++神武東征が立ち寄った吉備(7)
 吉備津神社、吉備津彦神社建造の経緯は、建造前の「政治的・宗教的な何がしか」かを想像させます。理由は吉備津彦神社の東に北北西―南南東に走る長い参道の背景を探るためです。そこで、吉備津彦神社についてウイキ記事を再度眺めておくことにします:
%%%%%吉備津彦神社
社伝では推古天皇の時代に創建されたとするが、初見の記事は平安後期である。神体山と仰がれる吉備の中山の裾の、大吉備津彦命の住居跡に社殿が創建されたのが起源と考えられている。
延喜5年(905年)から延長5年(927年)にかけて編纂された『延喜式神名帳』には、備前国の名神大社として安仁神社が記載されているが吉備津彦神社の記載はない。しかしながら、一宮制が確立し名神大社制が消えると、備前国一宮は吉備津彦神社となったとされている。これは天慶2年(939年)における天慶の乱(藤原純友の乱)の際、安仁神社が純友に味方したことに起因する。一方で吉備津彦神社の本宮にあたる吉備津神社が、朝廷による藤原純友の乱平定の祈願の御神意著しかったとして940年に一品の神階を授かった。それに伴い安仁神社は一宮としての地位を失い、備前の吉備津彦神社にその地位を譲る事となったとされる。
%%%%%
 上のウイキ記事によれば、どうやら安仁神社を知る必要がありそうです:

(図:安仁神社境内。拡大は図のクリックで)
190916安仁神社無題


 下に転載した記事に書かれているように、備前一宮はそもそもは安仁神社とされていた。が、”939年(天慶2年)の天慶の乱において当社が藤原純友方に味方したため、一宮の地位を朝廷より剥奪された”とされる。と書いています。
 上の図にみるように神社境内の配置は吉備津彦神社のそれと似ています。東側に長い参道が北北西―南南東に走っているのも同じです。
 吉備津彦神社の拝殿はほぼ北30度東―東60度南に走る長い参道に直交する向きです。すなわち夏至日の日の出の方位を向いていることになります。
 ところで、そもそもの一宮であった、安仁神社の境内の東を走る長い参道は北40度東―東50度南です。この方向に直交する方位からは夏至日に太陽はのぼりません。おまけに神社建築群の東は木々の林です。昔はわかりませんが、日の出というものは地平から上がります。従ってその方向には太陽光を遮る障害物はない筈なのです。さらには、拝殿は、長い参道と並行する向きです。正確ではないけれどもそれは「シリウス」方位に近いというべきです。

 吉備津彦神社を建造する際に、おおむね安仁神社を模倣していることが明瞭にみてとれます。が、中央政権が最も気に掛ける所で重大な改変をしていることがわかります。
%%%%% 安仁神社
• 安仁神社(あにじんじゃ)は、岡山県岡山市東区西大寺にある神社。式内社(名神大社)、備前国元一宮。
祭神:
現在の祭神は、以下の3柱。
主祭神五瀬命
配神稲氷命御毛沼命
古くは「兄神社」と称していたと伝えられることから、初代天皇の神武天皇の「兄」に当たる五瀬命ほか二神を祭神としたもので、明治時代に定められた。
古文献では当社の祭神については様々な記述がある。社名より平安時代の参議秋篠安仁(あきしののあに)や右近衛大将安倍朝臣安人(あべのあそんやすひと)、和珥氏の祖神であるとするもの、天照大神、五十狭芹彦命(吉備津彦命)、また、単に当地の地主神であるとする説もある。このように諸説あって定められないことから、1870年(明治3年)の『神社明細帳』では「未詳」と書かれている。現在の五瀬命は1875年(明治8年)に安仁神社社務(神職)が作成した『安仁神社御傳記』に初めて現れるが、1925年(大正14年)に社務所が作成した『安仁神社誌』では、やはり定められないとして社名に神をつけた「安仁神」としている。第二次世界大戦後の1952年(昭和27年)に作成された『神社明細帳』で再び五瀬命とされ、現在に至る。
歴史[編集]
創建の年代は不詳。社伝では、神武東征の際に五瀬命が数年間この地に滞在し、神武天皇が即位の後に五瀬命ら皇兄たちをこの地に祀って「久方宮(ひさかたのみや)」と称したのが起源としている。
国史の初見は『続日本後紀』の841年(承和8年)2月8日条に「安仁神預名神焉(あにのかみみょうじんにあづかる)」とあるもので、平安時代後期に編纂された『延喜式神名帳』では備前国では唯一の名神大社に列せられている。元々は当社が備前国一宮となるはずであったが、939年(天慶2年)における天慶の乱において当社が藤原純友方に味方したため、一宮の地位を朝廷より剥奪されたとされる。その後、備前国一宮の地位は天慶の乱勃発当時に朝廷に味方した備中国の一宮である吉備津神社より御霊代を分祀されて創建した吉備津彦神社(岡山市北区一宮)に移ったと伝えられる。
%%%%%
 さてその改変、移設の理由が天慶の乱であると上のウイキ記事は書きます。それは造山古墳の「造成」と同じ政治背景であったことが推察できます。

 以下に吉備津彦神社について以下を追記しておきます。
<<吉備津彦神社由緒(追加)
%%%%%桃太郎伝説 大和朝廷から派遣された大吉備津彦命が吉備の地を平定するに際して、渡来人として吉備の国に製鉄文化をもたらした 温羅(うら)との戦いが、童話「 桃太郎さん 」の物語として今に伝承されています。
<<卑弥呼古代邪馬台国の女王、卑弥呼とは大吉備津彦命の姉である大倭迹々日百襲比賣命ともいわれています。
%%%%%吉備津神社HP記事(追加)おわり

 実は何時までも吉備津彦神社にとどまっておられません。吉備津神社との間に挟まれる「中山」がこれまた興味深く、吉備をめぐるややこしい政争を示唆しています。次回は話をそこに移します。

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(つづく)

電子書籍化、紙書籍か?増大する企業内部留保金 他

本日の記事の大半は“コピペ”であります。お詫びします。所用のため他出していたため、記事を作成する時間がとれません。しかし、ネットで散見する重要問題は、本ブログでそれが消失する前にとどめておきたい。それが理由です。
(本ブログは月木に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:9月9日台風(ファクサイ)一過の後の夕方の空。近くの鎮守様の杜では、多くの巨大古木が倒壊していました。)
台風7066

(写真:他出先の一つが大田区蒲田でした。そこで、なんと「稗田神社」を見付けました。あの稗田に関連しているのか、それとも「蒲」が変化したものなのか。由緒書はそのあたりの曖昧さも正直にかいていました)
稗田7096


 とまらない 次から次と えび煎が そうではなくて 水の放出 (下品な一首、お詫びします)

 私が普段通う某私立大学図書館も台風による停電で利用できませんでした。実は、下半身に差し迫った事態が生じており、図書館での解決を考えていました。仕方ないので、大学キャンパスから300mほど隔たったコンビニで解決せんと急ぎました。なんと、そこも停電で本日は閉店。已むを得ず周辺に草むらを探しましたが、若い女性も歩いています。困り果てて、道路を挟んだ郵便局の女性局員に窮状を訴え、やっと事態の解決と相成りました。尾篭な話でありますが、「もしやこのまま止まらないのではないか?」と不安感に駆られるほど多量でありました。今般の台風襲来の影響はことのほか大きかったようです。

 さて、本ブログで真っ先に選んだのが「年金」です。
%%%%%元国税が暴露。年金を喰い物にする天下り官僚たちのピンハネ天国 2019.09.05 
大村大次郎『大村大次郎の本音で役に立つ税金情報』 まぐまぐニュース
年金を喰い物にする官僚たち
ついに、10月から消費税が上がりますね。筆者はこのメルマガで「今の日本の財政、税制の状況は欠陥だらけ、矛盾だらけ。これを改善せずに増税するなどはあり得ない」と主張してきました。今回は今の日本の財政欠陥の一つである「年金制度の欠陥」についてお話ししたいと思います。
現在の日本の歳出の中でもっとも大きいのは社会保障関連費です。社会保障関連費は、30兆円を超えています。深刻な少子高齢化社会を迎えている日本にとって、この社会保障関連費は非常に重要な支出です。が、この社会保障関連費は、天下り官僚たちのカッコウの利権温床になっているのです。
特に年金はその代表格です。今の年金制度は、いろいろ複雑になっていて、一般の人からはなかなかわかりにくいものになっています。なぜもっと単純なわかりやすい仕組みにできないものか、と不審に思っている人も多いはずです。なぜ年金がこれほど複雑な制度になっているのかというと、それはキャリア官僚の天下りが大きく関係しているのです。
今の日本の公的年金システムは、様々な機関がたくさんあります。それぞれが別個の仕組みで成り立っています。それが、年金や保険の制度を複雑化し、「消えた年金」などが生じる大きな要因となっています。
なぜたくさんの機関があるのかというと、機関をたくさんつくることで、キャリア官僚たちが天下り先を確保しているのです。
たとえば、公務員の社会保障を管理する団体には、地方公務員共済組合、国家公務員共済組合という組織があります。いずれもキャリア官僚が数名ずつ天下りしています。国家公務員も地方公務員も、その年金の原資というのは、100%税金です。だから公務員の年金を扱う団体というのは、当然のことながら税金を支出してつくられています。つまり地方公務員共済組合、国家公務員共済組合も、その原資は100%が税金なのです。そこに天下りの席を用意しているのだから、税金で天下り先を確保しているということになります。
そして、この天下りの報酬は、決して安くないのです。一人あたり1,000万円前後もするのです。
公的年金の管理などは、いろんな団体が乱立するよりも一元管理した方が、効率的で公平になるはずです。これまでも何度も公的年金の複雑な制度を一元化するべき、という議論が起こっています。しかし、多々の団体をつくることで、キャリア官僚たちが天下りの席を確保しているので、これらの団体を整理することができないのです。そのために、日本の公的年金システム自体に巨大な無駄を生じさせているのです。
「確定拠出年金」という巨大利権
公的年金が、いかにキャリア官僚に食い物にされているか、それを象徴するのが「確定拠出年金」です。
確定拠出年金というのは、個人が加入して、運用まで行う「公的年金」です。iDeCoという名称で、国などがたくさん宣伝していますので、ご存知の方が多いはずです。この確定拠出年金は、現在の公的年金だけでは、将来、年金額が不足するのは目に見えているので、個人個人で年金を積み立ててもらおうという趣旨でつくられたものです。加入は自由で、掛け金も自分で自由に決められるもので、税制上の優遇措置もあります。
実は、この確定拠出年金には大きな落とし穴があります。手数料が異常に高いのです。
まず、確定拠出年金に入った場合、口座開設手数料として2,777円払わなければなりません。また毎月の手数料も数百円から数千円かかります。実はこの手数料の大半は国の機関が分捕っているのです。
口座開設手数料2,777円と毎月103円の口座管理費を「国民年金基金連合会」という機関が徴収しています。が、「国民年金基金連合会」に支払っているこの手数料は、なぜ必要なのかまったく意味がわからないものです。
確定拠出年金は、窓口となっている金融機関が、掛け金の預かり、運用の手続きなどすべてを行なってくれます。「国民年金基金連合」が行なう業務などは事実上ないのです。にもかかわらず、開設時に3,000円近くと、毎月103円も取っているのです。これは、ピンハネ以外の何モノでもありません。
確定拠出年金の利益の半分は手数料で取られる
確定拠出年金は、加入することによって平均で1〜2万円の節税になります。しかし国と金融機関への手数料が年間数千円かかるので、節税額の半分くらいが手数料で消えてしまうのです。
しかも、確定拠出年金は給付時にも手数料がしっかりかかってきます。給付時に取られる手数料は、給付1回につき432円です。これも「国民年金基金連合」に吸い上げられます。この国がピンハネしている手数料の受取先である「国民年金基金連合」というのは、厚生労働省などの天下り先になっている機関です。つまりは、霞が関の官僚たちの天下り先にお金を回すために、「確定拠出年金」は手数料を異常に高く設定しているのです。将来不足するであろう年金を補うために国民が自分で年金を積み立てるように作った制度でさえ、役人はピンハネしているのです。しかも、一人一人から年間1,200円以上とっているわけだから、その額はかなり巨額となります。もし1,000万人が加入すれば、120億円になります。
こういう仕組みは、何も確定拠出年金に限ったものではありません。国民生活のあらゆる部分に及ぶのです。霞が関の官僚たちは国民にとって必要な制度をつくるとき、必ず、ピンハネする仕組みをつくって、自分たちに利益を誘導するのです。
雇用保険、労災もピンハネされている
キャリア官僚にピンハネされているのは、確定拠出年金だけではありません。国民生活のあらゆる場所に、官僚のピンハネの仕組みがあるのです。たとえば、雇用保険、労災などもそうです。
雇用保険、労災は、独立行政法人「労働政策研究・研修機構」、独立行政法人「労働者健康福祉機構」などの運営費も支出しています。この「労働政策研究・研修機構」「労働者健康福祉機構」というのは、労働保険業務を補完するような役割を持っています。
が、両機構とも、別に厚生労働省がやればいいんじゃない?という業務しか行っていないのです。ざっくり言えば、厚生労働省の業務の一部を、この「労働政策研究・研修機構」「労働者健康福祉機構」に振り分けているということです。
そして、この「労働政策研究・研修機構」「労働者健康福祉機構」も、厚生労働省の官僚の出向先、天下り先になっているのです。つまりは、雇用保険、労災の財源を使って、官僚たちは天下り先を確保しているのです。
そもそも、雇用保険や、労災というのは、労働者の雇用補償や健康補償のためにあるものです。しかし、日本の雇用保険は非常にお粗末なものです。先進国に比べれば、給付額や給付期間がはるかに短いのです。それが、中高年の自殺や、子供たちの貧困につながっているのです。
それも、雇用保険の財源が、本来使われるべきところに使われずに、天下り官僚などに費消されているからなのです。
またキャリア官僚によるピンハネは、他にも多々あります。健康保険にも、官僚の天下り先になっている機関が多々あるのです。社会保険やそれに類するものは、ほとんどが何らかの形で、国家にピンハネされているといえます。
税金や社会保険料というのは、官僚たちの利権がびっしり張り付いているのです。増税などを言い出す前に、まずは税金利権を全部整理し、国民が払いすぎている税金や社会保険料を返還すべきです。
%%%%%(メルマガ『大村大次郎の本音で役に立つ税金情報』より一部抜粋)

+++++さて次の話題は企業「内部留保」です。
 政府よりと評判の報道機関ですらわが国の経済状態の悪化を指摘しています。その悪化をもろに蒙っているのが低収入の国民です。然るに、大企業の内部留保がここ数年異様に増大しているのです。内部留保を吐き出せとの庶民の声に今のところ財界は明確な反応を示していません。それどころか、「会計学」熟知を自認する輩が「そんなことはナンセンス」であると訳知り顔で財界を応援する風景も見受けられます。内部留保が許される背景には昨今の金融緩和がらみの経済不安定があるのです。そうした状況では企業はまずみずからを守るためにあらゆる理屈をひねり出して、資産を守ろうとするのです。それがこれまでにもみてきた「ツウィンクル理論(理論の体を為していませんが)」の破綻です。金持ちが儲けるほどに貧困者がやせ細ってゆくという{プアリンクル}過程であったのです。
%%%%%内部留保446兆円、6年連続で過去最高更新 企業統計 笠井哲也 2018年9月3日12時07分
(図:「内部留保」の推移)
190914内部留保無題

 財務省が3日に公表した2017年度の法人企業統計で、企業が得た利益から株主への配当などを差し引いた利益剰余金(金融業、保険業を除く)は前年度より40兆2496億円(9・9%)増えて446兆4844億円だった。6年連続で過去最高を更新。第2次安倍政権が発足する直前の11年度末に比べ、いわゆる企業の「内部留保」は約164兆円積み上がった。
 世界的な景気回復で、経常利益は前年度比11・4%増の83兆5543億円。8年連続の増益で、比較が可能な1960年度以降で最大。国内の設備投資額も同5・8%増の45兆4475億円と、リーマン・ショック直前の2007年度の水準を上回り、01年度以降では過去最大となった。
 設備投資は、人手不足を補う生産の自動化のための投資や賃貸用不動産の建設投資が増えた。ただ、利益の伸びに比べると、伸び率は小さく、企業が利益をため込む構図は続いている。
 同時に発表された今年4〜6月期の企業の経常利益も、前年同期比17・9%増の26兆4011億円で、四半期としては過去最高。設備投資額も前年同期比12・8%増で、10兆6613億円。07年1〜3月期以来、最も高い伸び率となった。(笠井哲也)
%%%%%

+++++NHK放送法4条
 放送法四条は「放送事業者が国内外で放送する番組の編集について定めた条文。(1)公安及び善良な風俗を害しないこと(2)政治的に公平であること(3)報道は事実をまげないですること(4)意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること――を求めている。」を書きます。
 この条文を公然と蹂躙したのがNHK前会長です。「政府が右というのを左というわけには行かない」と公言したのです。結果として官邸のスピーカとなってきました。さらには、無条件で、受信機を持った途端にNHKと受信契約をせねばならないとNHKは主張します。そこには政治的中立に配慮した放送内容を堅持するなどといった理念はありません。
%%%%%「ぶっ壊す!」と言われ続けるNHKが、今いちばん恐れていること

選挙期間中は泡沫政党として受け取られていた「NHKから国民を守る党」。しかし「NHKをぶっ壊す!」とのキャッチが有権者の共感を呼び、議席獲得を果たす快挙を成し遂げました。今回の無料メルマガ『おやじのための自炊講座』では著者のジミヘンさんが、今や司法によって受信料徴収権の正当性まで認められるようになった、NHKという公共放送のあるべき姿について論じています。
NHKの在り方について考える
皆さん、お元気ですか。ジミヘンです。
先の参院選で「NHKから国民を守る党」が議席を獲得し、国民がこの問題に関心を持っていることを示した。調べてみると、立花党首は元NHKの職員であり、2005年にNHKの不正経理を内部告発したことにより懲戒処分を受け、依願退職した人物である。つまり、 NHKの裏事情を知っている人らしい。
やはり元NHKで社会部記者をしていた評論家が、ラジオでこんなことを語った。
「NHKは立花さんが国会に出て、議論の俎上に上ることに脅威を感じているはずだ」
氏によれば、NHKは年間7,000億円に上る受信料収入を費消せんがため、多くの子会社を作り、(1万8,000人の内)6,000人ほどを出向させた。自社で製作すれば安くできるものを、子会社に高額な製作料を支払っているとか。
また氏は、英国BBCにインタビューしたとき、印象的だったのは、「BBCは英国政府を批判できる」という発言だったという。一方のNHKはどうか?報道の中立性を保っておらず、政府の言いなりになっているのが現状ではないか?「政府広報」と化したNHKのニュースを小生は見なくなった。
肥大化した日本の公共放送をどうするべきかは非常に難しい問題だ。そもそも見たくない人からも受信料を徴収する公共放送が必要なのか?災害報道と(偏向しない)ニュース番組だけでもよいのではないか?もしくは、民営化してもよいのではないか?
公共放送が必要だとした場合、受信料の徴収方法はどうあるべきか?国営放送に切り替えて税金を注ぎ込むか、立花氏が主張するように、見たい人だけが見られるようにスクランブル化するのが良いのか、それともテレビ受像機の出荷時に徴収するのが良いのか…。
インターネットの急速な普及により、若者のテレビ離れが言われている。テレビを長時間見ているのは中高年世代であり、特にNHKはシニア層が観る傾向が強く、若者に支持されていない。それでも尚、(昭和25年に成立した「放送法」に規定された)現在の仕組みを固守しようとしている。
先の評論家はこう言った。
「NHKはどんどんと肥大化してきたが、自らダイエットすることを拒絶している。受信契約拒否について裁判で争うようになったことにより、強制力を持つ権力になった。NHKは、国民が(NHKの在り方について)議論することを一番恐れている」
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+++++スマフォと本
 伝書に載ると、八割近くがスマフォを凝視しています。月刊誌{世界}(岩波書店)8月号が特集記事を企画しています。
%%%%%特集2 出版の未来構想 
 通勤電車の中,ふと顔をあげると,本を手にしているのは自分だけ.
 天を仰いで呟く.もう絶滅するしかないのか――.
 四半世紀にわたって一直線に下落,縮小していく出版市場の光景を前に諦念の声も聞かれる出版業界.
 ここでは二つのことを,読者とともに考えたい.
 第一に,このような破滅的な市場縮小は,世界各国で同時進行していることなのか.もしそうでないとすれば,なぜ日本でこうなのか.
 第二に,この傾向を反転させる道筋はありうるのか.
 私たちが本を読むことの意味,その楽しみを捉えかえしながら,模索する.
%%%%%
 記事によれば、スマフォでの閲覧では、キンドル版の本を読んでいる人は極少数で、大半は漫画、情報、ゲームであるとします。すなわち、紙の本出版の現状は暗くないと書きます。ただし、そもそも活字離れという別の問題があるとも指摘します。
%%%%%デジタルよりも紙の本が優れている点はある? 2019年9月9日 15時54分  日刊SPA!
―[魂が燃えるメモ/佐々木]―

いまの仕事楽しい?……ビジネスだけで成功しても不満が残る。自己啓発を延々と学ぶだけでは現実が変わらない。自分も満足して他人にも喜ばれる仕事をつくる「魂が燃えるメモ」とは何か? そのヒントをつづる連載第120回

「Kindle」や「めちゃコミック」など電子書籍や電子コミックが当たり前の時代になりました。デジタル化は保管や持ち運びという面では便利ですが、「あらゆる面で紙媒体よりも優れている」というわけでもありません。では、電子書籍よりも紙媒体が優れている点とはなんでしょう。それは「手触り」です。

◆「手触り」は想いを呼び起こす

 触覚と視覚はそれぞれ異なる印象を呼び起こします。これは情報が流れる回路の問題です。目で見た情報は頭に流れて「考え」になります。それに対して、手で触れた情報は胸に流れて「想い」になります。もちろんこれは科学的な話ではありません。しかし、自分の胸から想いがこみ上げてくるような体験は誰にでもあるはずです。

 もしトロフィーや賞状といった記念品を持っているのなら、それをただ壁に飾って眺めているだけでなく、試しに手に取ってみてください。それを受け取った時の記憶が、眺めているだけの時よりも豊かに蘇ってくるはずです。その豊かな印象が「想い」です。

 人は物に想いを宿らせます。同じマグカップでも、雑貨屋の売り場で落として割ってしまうのと、恋人とおそろいで購入して家で落として割ってしまうのとでは、浮かんでくる想いはまったく違ってきます。人間は客観ではなく、主観の世界に生きているのです。

 そして、その主観的な想いが、私たちをある方向へつき動かしたり、ある地点へ引き止めたりしています。だからこそ自分の想いをないがしろにしていると、やる気や動機、モチベーションで悩むことになります。ただ頭で客観的に考えているだけでは、にっちもさっちも行きません。かといって「考えても無駄。行動あるのみ」と考えても、行動できるようになりません。大切なのは「想い」です。

◆電子書籍で読んで、大切な本は紙版を買う

 タブレットやスマホや電子書籍の普及によって、手触りが呼び起こす「想い」は、ないがしろにされるようになりました。こうした考えも少し前なら「時代についていけない遅れた考え方」と揶揄されたかもしれません。しかし、当たり前になるくらい普及した今だからこそ、「そういう考え方にも一理ある」とうなずけるようになります。

 音楽業界は出版業界よりも早くこの流れが起きました。ハイレゾやネットワークオーディオが普及する一方で、レコードやカセットテープといったアナログメディアに魅力を感じる若者が現れて話題になりました。音楽は他の文化に比べてトレンドの変遷が早く、他の文化の動向を予測する上で参考になります。

 時代の流れがペーパーレスなのは間違いありません。その流れに無闇に逆らっても、ストレスになるだけなのは明らかです。実際に情報収集や気休めが目的の読書なら、電子書籍の方がはかどります。しかし、自分が心を揺さぶられた一冊に出会った時は、紙媒体で所有してみてください。その手で触れる度に、読んだ時の印象や自分の状況が蘇り、あなたを動かす原動力になってくれるでしょう。

―[魂が燃えるメモ/佐々木]―

【佐々木】
コーチャー。自己啓発とビジネスを結びつける階層性コーチングを提唱。カイロプラクティック治療院のオーナー、中古車販売店の専務、障害者スポーツ「ボッチャ」の事務局長、心臓外科の部長など、さまざまな業種にクライアントを持つ。現在はコーチング業の傍ら、オンラインサロンを運営中。ブログ「星を辿る」。著書『人生を変えるマインドレコーディング』(扶桑社)が発売中

韓国スキャンダルを考える、大地震を小さいうちに見分ける( nature誌)、吉備(6)

 本ブログ更新は予定通りであれば9月12日(木)です。が、所用のためその日、夜まで他出せねばなりません。申し訳ありませんが、休載させていただき、変わりに9月14日(土)更新いたします。
(本ブログは月木に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:関東直撃台風におびえた夜明け前でした。うなりを挙げる強風、大きく揺れる桜の木、そして網戸が風に突き動かされ、左右に激しく滑り動きます。こんなことは滅多にあることではなかろうとYahooニュースから朝4時の気象図をコピしました。よしんば無事に台風が通り過ぎても、当地では吹き返しによる竜巻警報が発令されています。ナンマイダ・・ナンマイダ・・・こういうときだけは敬虔な仏教徒であります。)
190909台風large


 次々と 台風襲う 我が列島 地学の掟に 人は逆らえず

 昨今の異常気象こそ、地球温暖化が引き起こしているとの主張が声高に飛び回っています。しかし、11年周期に現れるという太陽表面の黒点活動が、最近その周期性を逸脱し活動が著しく低下しています。昨今の気候変動の原因をそれに求め、地球を取り巻く大気、および海水面温度への影響を探るべきだとの研究者の声も聞こえてきます。すなわち何時までも炭酸ガス放出を犯人だといい募っても出口は見えないという議論が登場したようです。勿論生物が吸う大気への二酸化炭素ガス濃度の増加は何がしかの影響を生物に与えるのでしょうから、それはそれで看過できないのかもしれませんが。そんななかで、新しい視点が提示されています:
  Earth's Orbital Shifts May Have Triggered Ancient Global Warming (SCIENTIFIC AMERICAN 3 Sept, 2019)(地球軌道の移動が昔の地球温暖化のひきがねになったかもしれない)
 と題する記事を見付けました。全文はここでは表示しませんので、興味ある方は、上の記事をクリックしてみてください。

 日本と韓国の関係が悪化しています。一部の日本人が、韓国人への「嫌悪感」を執拗に高言・広言し、反安倍言辞を弄する人物にたいしてネット上で「在日(朝鮮人)」とのレッテルを貼るなどの憎悪を煽って来ました。さらには、一部の芸能人がネット上で、官報までも引っ張り出して、その出生を晒されます。しかし、貿易面・経済面ではそれが障害となるようなことは無く、日本は韓国との貿易で六兆円を超える輸出の結果、数兆円の黒字を得てきました。日韓両国の経済にとってはお互いに大切なパートナであったし、あり続けるべきと思っています。

 つい最近までは両国間に愉快でない雰囲気が一部には漂っていたとはいえ、表向きは騒ぎ立てるほどのイザコザは起きてきませんでした。隣国関係というものは、とりわけ仲良くすることはないにしても、険悪関係になることは互いの知性と良識で踏みとどまってきたのです。
 昨今の「従軍慰安婦」問題、「徴用工賠償判決」、「日本海での巡視艇レーザ照射事件」、「竹島帰属」問題などがぶりかえす経緯は振り返るのも億劫ですが、あっと言う間に貿易での優遇措置停止、軍事情報法共有停止など一気に緊張関係が高まったのです。
参考動画:経済産業妨害省を解体せよ!電子デバイスメーカーを潰している張本人。国賊に近いような連中が真ん中に。背中の日の丸の入れ墨がうずいてくるようなひどい状態。金子勝慶応大学名誉教授 

 この事態について、国際ジャーナリストの田中宇氏(元共同通信記者)は「日韓対立の本質」 と題する分析記事を書いています。昨今の日韓対立は米国の当面の世界戦略の反映で、そのトランプ戦略上での事象であると分析します。
 それはさておき、韓国側では、日本政府に対する強い反感を表明する示威運動が高まり、かつ韓国内部での政府高官をめぐるスキャンダルが重なっています。その醜聞は韓国内ばかりでなく、日本国内のジャーナリズムをも席巻しています。なぜ日本が、自国に数多ある安倍氏絡みのスキャンダルを脇において隣国のスキャンダルに大騒ぎするのか、誠に不可解でありましたが、上の田中宇氏の分析に照らすならば、「マスゴミ」と揶揄される日本のメディアの昨今の“奇態”は不思議でも何でもないのかもしれません。つまり「安倍犯罪隠し」なのです。

 そんな折、「文・韓国大統領は朝鮮労働党・党員であり、文氏の金正恩氏に宛てた「誓詞」が発見された」との記事が月刊誌Hanadaに掲載されました。この月刊誌の発行人は今を去ること24年前の1995年(神戸大震災、およびオウム犯人逮捕)「マルコポーロ事件」の直接的な当事者、花田紀凱氏です。花田氏が編集長をつとめていたマルコポーロ誌が1995年2月号に掲載した「戦後世界史最大のタブー。ナチ『ガス室』はなかった」なる西岡昌紀氏(当時厚生省医務官、内科医)による寄稿記事が発端でした。
参考記事:無料全編】西岡昌紀氏『マルコポーロ廃刊事件と「出版の自由」弾圧の背景』ワールドフォーラム2004年11月
  反ユダヤ的言論に常に目を光らせているSWC(Simon Wiesenthal Centerサイモン・ウイゼンタール・センタ、/在米国)がこの記事に激しく反応し、日本国にセンタ責任者が押しかける大騒動となり、花田氏はこの記事掲載号の発売中止にとどまらず、この月刊誌を廃刊してしまいました。米国の一私的組織の圧力で日本国の雑誌が廃刊されるという事態に日本の言論界がダンマリを決めこむという、なんとも情けない経緯を辿ったのです。

 西岡氏の寄稿(後に本として出版される)が、現代世界の「闇」支配に直結する重大な問題を孕んでいることに気づかなかった花田氏にしてみれば、それは「キャッチ・アイできる目先のタイトル」に商売勘が刺激された結果にすぎなかったのでしょう。
 今般の「文大統領・・・誓詞云々」記事もそうした花田氏の浅薄な商才が導いたのではなかろうか、と私は想像しています。実際記事を物した篠原氏は自らのyoutubeで、月刊誌が増刷されたことや、韓国からも多くの引き合いが来ていることを得々と語っています。この記事が表に出た時期が誠に微妙ですが、上で紹介した田中宇氏の観察に照らすならば、政治的インパクトは小さく、日韓関係の流れの中の小さい事象にすぎないようにも思えます。しかし、昨今の東アジア諸国での政治的スキャンダル源の大半が「米国発」であると考えるべきことは常識とされています。古くはロッキード事件、陸山会事件などなどです。
【田中角栄と小沢一郎は】田中真紀子さんの証言【CIA配下の検察に嵌められた!】

 今般の情報も米国筋から、韓国高官スキャンダルと共に意図的に流出されたのであるならば、存外その根は深いのかもしれません。篠原氏はそうした胡散臭い情報に踊らされたのでしょうか。

社会・政治問題ランキング

+++++大きな地震とちっぽけな地震
 日本人地震研究者がnature誌に興味深い論文を発表しています。“やがて大きくなる地震”と“小さいままで破壊をやめてしまう地震”について、それらが発する地震波を比較します。大きく育つのか、小さいままでぽしゃるのか、まさに初端(しょっぱな)においてその帰趨が決まっているのであれば、大きな地震動が人間生活の場に到着前に、何がしかの防災手段を講ぜられます。著者は、結論として、大きな地震と小さな地震には強い類似性があり、短時間の間にそれを見定めることは難しいと結論しています。
%%%%% Frequent observations of identical onsets of large and small earthquakes
大地震と小地震の同一の開始の頻繁な観測 Satoshi Ide
Naturevolume 573, pages112–116 (2019) | Download Citation
Abstract (要旨)
Every gigantic earthquake begins as a tiny rock failure at almost a point, followed by successive slip of the complex fault system, before radiating strong shaking from a vast rupture area extending over hundreds of kilometres. Whether the growth process of the rupture of a large earthquake is predictable and whether it produces observable signatures different from that of smaller events1,2,3,4,5 are fundamental questions related to the potential for earthquake early warning and probabilistic forecasting. Inspired by a recent discovery that large earthquakes might have seismic waves, and probably rupture processes, that are almost identical to those of smaller events6,7,8, we show that such similarity characterized by large cross-correlation is a common feature of earthquakes in the Tohoku–Hokkaido subduction zone, Japan.
すべての巨大地震は、ほとんど点とでも言うべきちっぽけな岩盤の破壊に始まり、その後に、複雑な断層系での滑りが次から次におきる物理現象だ。その過程が、結果として、数百キロメートルに及ぶ広大な破壊領域を形成し、強い揺れの源である地震波を生ずる。大地震の破壊の成長過程は予測可能であり、それは小地震とは異なるとすれば、それは観察可能な何がしかを生成しているやも知れない。さすれば、緊急地震速報や確率的大震動予測の可能性が高まり、地震防災視点からは、社会の要請に応えることになる。大地震が作り出す地震波に関する発見、破壊過程に関する最近の発見などから推察すると、地地震による地震波と巨大地震に夜それははほとんど変わらないらしい。そのことを東北−北海道のプレート沈み込み帯で発生したした地震の様相からそれが見えてきた。

A systematic comparison of 15 years of high-sensitivity seismograph records for approximately 100,000 events reveals 80 extremely similar and 390 very similar pairs of large (moment magnitude M > 4.5) and small (M < 4.0) earthquakes, co-located within about 100 metres. An extremely high similarity is observed for pairs of subduction-type earthquakes (170 of 899 large events) separated by a long period of up to 15 years, whereas for pairs of other types of large earthquakes only the foreshocks and aftershocks are similar. This frequently occurring similarity between different-sized subduction-type earthquakes suggests repeated cascading rupture processes in a widespread hierarchical structure9,10,11,12 along the plate interface and indicates a specific but probabilistically limited predictability of the final size of the earthquake (that is, the location and a set of possible sizes of an earthquake are well predicted, but its final size is not at all well constrained).
約100,000地震の15年間の高感度地震計記録の体系的な比較により、80個は非常に類似したペアであり、390個は非常に類似した大きなペア(モーメントマグニチュードM > 4.5)、100m内に隣接して起きる小さなペア(M <4.0)地震の特徴が見えてきた。15年間の期間で隔てられた沈み込み型の地震のペア(899の大規模地震のうちの170個)では非常に高い類似性が観察されたが、他のタイプの大地震ペアでは前震と余震のみが類似していた。異なるサイズの海溝型地震の間にこの頻繁に生じる類似性は、広範な階層構造で繰り返しカスケード(扇状に拡大知るという意味か)破壊プロセスを示唆している。 プレートの境界に沿って、地震の最終的なサイズを特定できる予測可能性を論じている(つまり、地震の場所と可能なサイズのセットは十分に予測されできるが、その最終サイズはまったく制約できない)。
全文はこちら
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科学ランキング

+++++吉備国(6)
 吉備津彦神社についてウイキは以下を書きます:
%%%%%社伝では推古天皇の時代に創建されたとするが、初見の記事は平安後期である。神体山と仰がれる吉備の中山の裾の、大吉備津彦命の住居跡に社殿が創建されたのが起源と考えられている。
延喜5年(905年)から延長5年(927年)にかけて編纂された『延喜式神名帳』には、備前国の名神大社としてが記載されているが吉備津彦神社の記載はない。しかしながら、一宮制が確立し名神大社制が消え安仁神社ると、備前国一宮は吉備津彦神社となったとされている。これは天慶2年(939年)における天慶の乱(藤原純友の乱)の際、安仁神社が純友に味方したことに起因する。一方で吉備津彦神社の本宮にあたる吉備津神社が、朝廷による藤原純友の乱平定の祈願の御神意著しかったとして940年に一品の神階を授かった。それに伴い安仁神社は一宮としての地位を失い、備前の吉備津彦神社にその地位を譲る事となったとされる。
%%%%%ウイキ引用終わり

 前回記事で吉備津彦神社、吉備津神社の参道がシリウス方位を向いていることを書きました。ここで言う“参道のシリウス方位”とは、その方向がおおむね北々西−南々東であるとの意です。それについて読者から吉備津彦神社のHPの説明と異なっているとの指摘をいただきました。そこで、吉備津彦神社のHPを見ることにします:

%%%%%吉備津彦神社
 当神社は古代より背後の吉備の中山に巨大な天津磐座(神を祭る石)磐境(神域を示す列石)を有し、山全体が神の山として崇敬されてきました。第10代崇神天皇の御世に 四道将軍 として遣わされた大吉備津彦命もこの山に祈り 吉備の国 を平定し、現人神として崇められました。諸民と国を深く愛し、永住された吉備中山の麓の屋敷跡に社殿が建てられたのが当神社のはじまりとなります。後に佛教が入り正宮、本宮、摂末社合わせて51社を具え神宮寺や法華堂も建ちいよいよ御神威は広大無辺に広がり古代気比大神宮・大社吉備津宮とも称され朝廷直属の 一品一宮、吉備大明神として武将庶民に至るまで厚く崇敬されてきました。
皆様の平穏無事と弥栄を二千年に渡って見守り続けてきた神域は神オワス杜、鎮守のやすらぎの杜として、今なお皆様の祈りとともに守り継がれています。

<<朝日の宮:夏至の太陽 日の出>>
夏至(太陽の力が最も強い日)の日出には太陽が正面鳥居の真正面から昇り神殿の御鏡に入ることから「朝日の宮」とも称されてきました。この事は古代太陽信仰の原点、太陽を神と仰ぎ日本民族と人類の豊穣発展と幸運を祈る神社として吉備津彦神社が創建されたことを象徴しています。
%%%%%一旦HP記事紹介中断

 HPが書くように拝殿および本殿は夏至日の日の出の方向を向いていることがわかります。 (図:吉備津彦神社境内内の建築物配置。この境内には二つの鳥居があり(下の図)、一つはまさに拝殿から神池に向かう参道の端です。吉備津彦神社鳥居とある。もうひとつはそれに直行する長い参道で、図上縁やや左、吉備津彦神社大鳥居とある。)
190902吉備津彦グーグル無題


 参考までに神社ガイド は以下の解説を加えています:
%%%%%当神社が夏至の日に太陽を真正面から迎えるよう鎮座していることや、磐座や大杉、鶴島亀島の配祀方位からみても吉備津彦神社が人間本来の自然崇拝を元となし、大自然の恵みに感謝し風水害などの自然の災害を畏敬して鎮め、日本民族の根幹精神たる自然との調和―自然界に育み育まれる地球本来の神様の御心にかなう祈りの神域としてここにあり続けてきたことをありがたく思います。

 五行をご存じの方はピンとくるかもしれませんが、吉備津彦神社の御神名は大自然の核を形成する五行を示しています。
190909無題

%%%%%日本神話における五行
日本では中世以来、記紀の伝える神話を五行説で解釈しようとする動きがあり、それら諸説の中でも比較的有名なのは『神皇正統記』の説で、水徳の神が国狭槌尊、火徳の神が豊斟渟尊、木徳の神が泥土瓊尊・沙土瓊尊、金徳の神が大戸之道尊・大苫辺尊、土徳の神が面足尊・惶根尊だとしている。水戸学などの儒学者の間で議論された。」
%%%%%

 「五行」なる思考と吉備神社を結びつける発想があることが、上の神社案内からわかります。例えば田中崇史氏の小説「QED」シリーズでもしばしば見かけます。古事記・日本書紀に記載されている神々とその関係を後日、公家やら僧、修験者といった「知識人」が解釈する際に導入された手法なのでしょう。どのように解釈しようとも、日本列島上で政治権力をめぐって合い争っている、そしてその帰趨がほぼ決した時期に編纂された古事記・日本書紀の編纂に「五行」なる「思想」が関わったとは思いがたい。すなわちそれらは所詮「後付」(あとづけ)であると私は思っています。とするならば七世紀から八世紀初頭の日本列島の血なまぐさい政情理解には役立たないと思っています。従って、これについては、深入りしないことにします。

 冒頭の「拝殿が夏至日の日の出方位」との神社HP記載を考察するために、何がしかの示唆を吉備津地彦神社wiki記事がしてくれます。それは、安仁神社の存在です。そこで、この神社を調べることにします。それを次回書きます。それはともかく、上掲のウイキ記事は「これは天慶2年(939年)における天慶の乱(藤原純友の乱)の際、安仁神社が純友に味方したことに起因する。」と、下記、10世紀半ばに周辺の反「ふじわら」の動きがあったことを示唆しているのです。これは、私の「造山古墳」にまつわる政治情勢に関する考察に合致しています。
 
(つづく)

考古学ランキング

靖国神社、韓国・香港報道も結構だが安倍スキャンダルはどうなっている?!

(本ブログは月木に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:刈り入れ前の稲田は苗の植え付け時期をそのまま反映しています。下の図で向こう側の黄色い稲田は植え付けが早かったのです。下は用水池に隣り合う沼地です。どうやら、色々と小生物がいるようで、このところ白鷺の滞在が頻繁です。)
190905二色の水田無題

 うぐいすの 読経に替わり ツクツクと 木魚を叩く 蝉法師かな

 九月になって、当地ではウグイスの唄が聞こえなくなりました。替わりに法師ゼミが木蓮経(モクレンギョウ)を大声で唱えています。

 昨今のニュース報道のトップは、韓国政治、香港デモで占められています。今、思うに、モリカケスキャンダルで安倍首相みずからが犯した犯罪事件では、日本の報道関係者がこれだけ大きな新聞紙面なり放映時間なりを割いていたであろうか?あるいは、その背後を報道記者が突きまわっていたのだろうか?わずかに例外があるとすればNHK相澤記者でしたが、早々に退職を余儀なくされました。全ての日本国民が憤りを感じているように、この二つの事件の真相は未だに解明を終えていません。しかし、国民の怒りの記憶を呼び戻すような報道、政治家、とりわけ我国行政のトップにある安倍首相・妻の倫理観を厳しく問う報道はパタリとやんでいます。

 数週間前、大坂地方検察庁は森友疑惑の追及をやめてしまったことを宣言しています。あろうことか、日本政府は文書改竄の主犯と目される財務省官僚を英国公使に昇格させるとの決定をしました。イタリア大使館一等書記官に安倍夫人担当者を昇任させた人事の再来です。まともなメディアであれば、これを大々的に報じ、改めて首相夫妻の犯罪を国民の記憶を呼び覚ますべきであったでしょう。

 先の参議院選挙では、7月始めの公示と時をあわせ、報道はパタッと選挙報道をやめてしまう。国民の政治意識の高揚こそが民主主義の根幹であることを思えば、その使命を意図的にサボった我国の報道は死に瀕しているのです。そのこと自体を奇異とするジャーナリストの声も聞こえてこない。さらには3月から現在に至るまですでに半年間にわたって、国会予算委員会は開かれておらず、国の重要問題が国会で論議されていない。それも報道されない。
 日本国の政治環境は、他国の粗探しをしている場合ではないのです。しかし、安倍首相にとっては、それが都合がよいのです。なにせ、日本国政治始まって以来、始めて、稀にみる低脳者が国の行政トップに地位についてしまったのです。
 しかし、首相の低脳を嘆いていれば、国民の苦しみは和らぐのか?そうではありません。メディアの尻を突くべきなのです。下記のブログ記事がそれを書いています:
%%%%%政府追及事案山積、直ちに国会審議を再開せよ 2019年9月 5日 植草一秀の『知られざる真実』
衆議院予算委員会は6ヵ月、参議院予算委員会は5ヵ月間開かれていない。国会は6月26日に延長なしで会期末を迎えた。予算審議終了後、国会は開店休業状態だった。参院選後に臨時国会が開かれたが形だけの開催に終わった。
9月11日に内閣改造、自民党人事が行われると報道されているが、国会は本来の職責を果たしていない。安倍内閣は米国と通商交渉を行い、9月末にも署名する流れだ。安倍内閣は日米FTAを締結しないと宣言してきたが、日米で合意が結ばれようとしている通商協議は紛れもないFTAである米国はこの協定を
“a Japan-United States Trade Agreement on goods, as well as on other key areas including services”
と表現している。安倍内閣が主張している「TAG」は英文表記の最初の部分
“a Japan-United States Trade Agreement on goods”
であり、「物品貿易協定」としているが、日米通商協議は
“on goods”
だけでなく(=as well as)、
“on other key areas including services”
を含むことを英文表記が明確に示している。
国際法(WTO)上、MFN(最恵国待遇)原則に反する特定国間での関税の引き下げはFTAを結ばないかぎり不可能である。日本が米国からの牛肉、豚肉の輸入関税率を引き下げるには、日米間の協定がFTAであることが必要だ。したがって、日米が締結する協定はFTAあるいはEPAということになる。安倍首相は国会で日米FTAはやらないと繰り返し明言してきた。この点を追及しなければならない。
また、日本から米国への自動車輸出の関税については、TPPにおいて、普通自動車は14年間、売れ筋のSUVなどは29年間、関税を引き下げないが、普通自動車は25年目に、SUVなどは30年目に撤廃するとされた。この取り決め自体が、日本の国益を喪失するものだが、今回の日米FTAでは関税率引き下げ全体が消えた。遠い将来の自動車関税撤廃さえ消滅したのだ。それだけではない。トランプ大統領は日本の対米自動車輸出に25%の制裁関税を発動することもできると明言したのだ。
このような不平等条約を締結したのに日本のメディアが何も騒がない。江戸時代であれば、皇居周辺で交渉責任者が辻斬りにされてもおかしくない程度の交渉結果である。国会が開かれないから、行政に対するチェックがまるで働かない。
安倍内閣は酔っ払いが絡むように韓国に難癖をつけているが、この問題も日本のメディアが中立・公正の報道をまったく行わない。インターネット上の主要なポータルサイトは大資本の支配下にあり、韓国攻撃の情報ばかりが流布されている。発信源の大半はフジサンケイグループのメディアであり、中立性、公正性、客観性をまったく備えない一方的な言説だけが流布されている。日本企業の徴用工に対する賠償責任を認めた韓国の大法院判断に対して日本政府が異議を唱えることは許される。しかし、「国際法違反」であるかどうかについては、法律専門家の間でも見解が分かれている。
日本政府も「個人請求権は消滅していない」ことを過去の国会でも明確に述べており、日本の過去の植民地支配に正統性があったのかどうかについての見解において明確な合意が形成されていない現状では、司法判断が分かれるのは当然であるとも言える。
日本政府は「国際法違反だ」と主張しているが、韓国政府は「国際法違反ではない」と主張しているのであり、公共の電波を用いた放送においては、「日本政府は国際法違反だと主張している一方、韓国政府は国際法違反ではないと主張している」という事実を隠蔽せずに報道する必要がある。日本のメディアが「韓国は国際法に違反している」との日本政府の主張しか報道しないから、日本の主権者がこれを鵜呑みにして、韓国に対する感情を悪化させているのだ。
外に敵を作り、その外敵を攻撃して、庶民の人気を獲得しようとするのは、国家の行動としてあまりにも未熟で幼稚な対応だ。これらの対応の結果として、日韓関係が悪化し、日本経済に深刻な影響を与え始めている。これと消費税増税の影響が重なり合う。極めて深刻な事態に陥ることは確実だ。こうした問題があり、国会審議が求められている。
ところが、安倍内閣は10月4日まで、なお1ヵ月もバケーションを延長しようとしている。
%%%%%引用終わり

+++++靖国神社関連
 前々回記事で、4年前に靖国神社遊就館を見学し、さらには、神社に付設される靖国文庫で資料閲覧したことを書きました。その際、同行し、案内してくださったのが、下の動画に登場する篠原常一郎氏です。ジャーナリストである篠原氏は遊就館スタッフと親しい間柄と見受けました。おかげさまで、入館料を支払わず無料で見学させていただきました。このとき、私には親類四名が同行していましたから、私を含めて総勢五名が「無料(タダ)」で入館したことになります(2015年5月11日記事)。
 この記事で書きましたが、私の伯父は1942年2月20日、パプアニューギニア沖で偵察巡回飛行中に米国艦隊と遭遇し、激しい空中交戦の末、あえなく撃墜されてしまいました。その記録が靖国神社遊就館に存在するかもしれないとの篠原氏の助言をいただいており、親族一同で靖国神社調査・見学をしました。この調査に篠原氏ご自身が同行してくださいました。残念ながら靖国文庫に所蔵されている資料は陸軍関係であることが判明しました。そこで、後日、我々親族は原宿・竹下通りの脇にある水交会を訪ねました(2015年6月15日記事)。対応してくださった方が大変親切な方でした。相当数の資料を閲覧させていただいたばかりでなく、我々にとって最大関心時の資料についてはそのコピまで頂戴できました。ここで改めて御礼申し上げます。
(図1:水交会のご好意で頂いた画像。拡大は図のクリックで)
190904Rabaul無題

 水交会は私の伯父が撃墜された場面が米国資料にファイルされていることをつきとめ、それを教えてくださいました。米国の艦隊、そして伯父と空中戦を戦った米国軍戦闘機まで明らかになったのです。そして、何よりも、我が伯父が武運に恵まれず、海中に墜落してゆく様子を捉えたフィルムまで教えてくれました。伯父は当時まだ妻帯していませんでしたから、最愛の人間は母親(父親はすでに他界)と三歳下の妹(私の母)と弟であったに違いありません。どんな想いで海中に没したのか。私の想像を越えます。

(図2:東京目黒の増上寺の末寺・隆崇院に建つ伯父の鎮魂碑。そこには戦死状況が記されています(全文は右に示しています)。碑の左には東京府立三中(現在の両国高校)校長・廣麝沙が伯父の死を悼んで寄せてくださった一首が刻まれています。
190904Rabaulb無題


%%%%%以下は、2015年6月15日記事からの抜粋。文中のyy大尉が私の伯父です。伯父の最後を見届けた同僚の手記です。
 (前半部省略)これと相前後して次々と自爆機が続き、戦場は悲惨凄絶な光景を呈した。指揮官機自爆ののち、第二中隊長・yy大尉が継承して奮戦、かろうじて爆撃針路に入ったが、このときすでにyy機もまた右発動機は火焰に包まれていた。しかし彼はよく耐えて遂に投下点まで各小隊を誘導し、ともかくも爆弾を一斉に投下した。しかし、無念、命中はしなかった。それからあと、白面痩軀のyy大尉が、上着の乱れを直し、手を挙げて列機搭乗員は悲痛な思いで見守るより仕方なかった。享年30歳。
 四空のこの攻撃を九機の自爆機と二機の海上不時着機を出し、飛行機長、中隊長二名、飛行士一名(三谷中尉)をはじめとし、ベテラン搭乗員を一挙に多数失った。当時わが方が伝えた空母一、艦型未詳一撃沈の戦果も米側の記録はこれを否定し、敵の被害は戦闘機二、操縦員一に過ぎなかったとしている。この戦闘をニューギニア沖海戦と呼んだ。しかし米側は、この無謀にも近い陸攻隊の強襲に度胆を抜かれたのか、ラバウル空襲の企画を放棄して回頭避退した。
%%%%%
  
元共産党員と靖國神社 

 伯父の海軍兵学校を卒業して初めての戦闘参加は重慶爆撃、それも百一号作戦とよばれる絨毯爆撃です。軍内部からもその残虐非道さのためにその軍事的効果を理由に中止の声が上がったとされる軍事行動です。その絨毯爆撃は米国による日本列島空襲の正当化理由ともなったと言われています。
 出陣前の伯父について取材した朝日新聞の記者が「まるで巌流島に渡る前の宮本武蔵を思わせるほどに泰然自若としていた」と母兄弟の長兄に伝えたとの話しを聞き、会ったこともないが、まさに私にとっては偉大な偶像的存在でありました。その伯父が、一方で、軍と言う組織の一員として中国すなわち他国領土内で大量殺戮に加わっていたのです。衝撃であります。篠原氏は靖国神社の性格が戦犯合祀といった政治問題はおいておくとすれば、それは戦争の忠実な記録であると語ります。しかし、私の伯父が関わった外国の地での中国人民の残虐な殺戮も戦争の記録であるはずですが、それは遊就館では詳述されていません。
 
 この動画で語るように、遊就館の展示は明治の日清・日露戦争から始まり太平洋戦争までの戦争をありのままに展示しています。すなわち、個々の戦闘場面での司令官、軍の挙動などが丁寧に説明されています。その意味では、見学に来た中国関係者には大変興味深かったのだろうと思います。そこには、太平洋戦争をことさらに賛美する文言はありません。
 しかし、日本列島内で、ひたすら米国の爆撃におびえ逃げ惑い、食料不足で育児どころか生きる事もままならなかった庶民。そうした庶民の懐に手を突っ込んで現金をむしりとった。それが戦中に、むやみに発行した債権です。この債権は戦争が終わったとたんに紙くずとなります。父親が早くして他界し金に困った母親の手元にこの債権がありました。母親が、この債権を現金に代えたいと思い、中学生であった私が銀行に「使節」に立ちました。窓口の女性が気の毒そうに「これは今は使えません」と私に非情な宣告をします。母親の諦めきった顔が思い浮かびました。
 こうした庶民の血と涙も遊就館では語られていないのです。これもあの戦争の真実です。
どうやら上の動画は一面的、すなわち戦争遂行者・狭い意味での当事者の側に軸足を置いた視点であるとの謗りを免れない、と私は考えています。

 さて、最後に靖国神社の拝殿と参道が「シリウス方位」であることを前回記事に付した図で示しました。私は、この地がどこであるのかが気になっていました。
(図。靖国神社とその周辺。「東京詳細便利地図」(昭文社、2016年)より。拡大は図のクリックで)
190902靖国x


 そこで江戸時代に作られたとされる「絵図」をみてみます:
(図:江戸絵図。書林岡田屋嘉七、天保十四年(1844年)発行。拡大は図のクリックで)
190902靖国鳥居丹波b

 内堀の北縁に田安家、清水家があります。その田安家の堀を越えて左側すぐに鳥居が描かれていることがお分かりでしょうか?上の地図を参照するならば、どうやらこれが後日、靖国神社となる地ではなかったと思われます。
 地図では鳥居丹波と記されています。鳥居家の家紋は篠笹のはずですが、一部では鳥居家の紋は鳥居とウイキは書き、それは定かでありません。従って、江戸絵図に描かれる「鳥居」図が、家紋であるのか、それとも当時そこに鳥居が存在したのかは定かでありません。
 ところで、この鳥居家は「平家」につながる一族であるとウイキは書きます(鳥居家
%%%%%出自は紀伊国熊野権現の神職の家柄である。鳥居氏の祖である熊野新宮第19代別当行範(重氏)は平清盛から平氏の姓を賜り平氏と称し、通称「鳥居法眼」と呼ばれた。承久の乱以降の行忠の代には、三河国矢作庄に移り、土着して忠氏と改名したと伝わる。
%%%%%
と、するならば、自邸屋敷に通ずる通路をシリウス方位に敷くことは理解できます。真実はどうなのでしょうか?興味深いことであります。

社会・政治問題ランキング
 前回の記事で吉備津彦神社の参道がおおむねシリウス方位であることを書きました。が、それについて読者から吉備津彦神社のHPと異なっているとの指摘をいただきました。このことも含め、今回二つの神社の考察をするはずでしたが、靖国神社に関する記事が長くなってしまいましたので、次回に順延します。

トランプ擁護論、福島汚染水、吉備津・吉備津彦

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:常陸国の誇り・鹿嶋アントラーズ出身の大迫がドイツ・ブンデスで大暴れをしています。おとなしく無口・無愛想だけれどもハンサム・才能に溢れる柴崎岳、植田直道、昌子源、そしてこの夏スペインに移籍した安部 裕葵の活躍吉報も待ち望んでいます。絶好調の大迫勇也、2ゴールでブレーメンに今季初勝利もたらす…得点数はすでに昨季に並ぶ 

 払暁の 涼しい大気が 作り出す 靄(もや)でぼやける 円き朝の日

 当地、北関東は暑い日々が続いています。それでも、夜明け前は少しだけ気温が下がるようで湿気をを含んだ大気が靄となって地面をうすく覆うようになりました。朝のギラギラしているはずの太陽の日差しがその靄にさえぎられています、

 いまだに「れいわ新選組」の衝撃的な政治進出が多くの政治評論家の論議の対象となっています。そのひとつを以下に転載します:
参院選後の「れいわ新選組」をこう見る〜市民政党誕生の期待と懸念〜 です。ここで指摘されている諸指摘は説得的です。どのようにしてそれらをクリアしてゆくのか。暖かく見守るだけではなく、老いぼれながらもできることで支援してゆきたいと考えています。
 そんな一方で、「れいわ新選組」の登場を諸手をあげて歓迎すると思っていた立憲民主党・党首・枝野幸男氏がなにやら冷ややかです。以下のツイートがネット上で拡散し、枝野氏の野党第一党党主としての資質を厳しく問う声が上がっています。そもそも枝野氏が冷笑して語る「マレーシアでの消費税撤廃失敗論」は事実認識としても誤っています:
%%%%%mold@lautream
枝野の会見ひでえな。徴用工問題もGSOMIA問題も自民党政府の立場を支持する、朝鮮学校無償化除外適法判決に対しては三権分立だからと見解の表明を避ける(だったら何で韓国最高裁の判決に文句言うんだ?)。マレーシアに対して「消費税廃止して失敗した国ですね(笑)」と冷笑
%%%%%ツイート紹介おわり

 伊勢神宮参拝米国詣で が枝野氏を変質させたのではなく、氏にそうした「詣で」を仕向けた勢力が誰であるのか、それを知りたいものです。
 また韓国問題についての歴史的考察については「引きこもり国家」へと進む日本(ハンギョレ文章) なるタイトルで浅井基文氏が書いています。この考察では、徴用工の外国企業による不当搾取など関する補償問題での国際的認識と最近の事例について、「人権」という視点から詳述しています。弁護士であった枝野氏がこうした経緯について知識がないとは思えない。確かに、徴用工への補償が天文学的膨大経費になることは事実のようです。しかし、求めに応じてそのまま支払いに応じるのかどうかはともかく、論理的な対応をとるべきところを野党第一党・党首が「知らぬ振り」をするとするならば、それは現在の安部政権から権力を奪い取るという姿勢が欠落していることをみずから白状してしまったといえます。そこには、むしろ安部姿勢にみずから取り込まれることで国会議員としての地位を保ちたいすなわち保身の思惑があるとしか思えません。

 もうひとつ、興味深い記事を見付けました。2015年の米国大統領予備選挙の頃、私は、クリントン夫人よりはトランプ候補の勝利を期待していました。それは、米国在住のジャーナリストである堤未果氏の論評に説得力を感じ、さらには、トランプ氏が米国エスタビリッシュメントによる「軍産複合体」に嫌悪感を抱いているとの各種報道があったからです。従って「トランプ政治手法=ディール(取引)」といった安易な図式、トランプ=おもいつき」といった、一級の政治評論家の安易な論評にも賛同してきませんでした。そうしたなかで、元共同通信社・記者の田中宇氏は、こうした視点とは違った角度からのトランプ論を展開しています。(例えばスパイゲートで軍産を潰すトランプ )。最近、こうした考え方を裏付ける記事を見付けましたので転載しておきます。まさに論者の言うとおりなんですね。トランプ大統領が仕掛けた戦争はこれまでのところ無いんです:
%%%%%トランプ擁護論 その3 2019年 8月 29日 <箒川兵庫助>
2019年8月19日 (月)付の『マスコミに載らない海外記事』でケイトリン氏の「トランプが戦争に反対しているという根強い神話」が翻訳されていて容易に読むことができる(8月9日 ケイトリン・ジョンス CatlinJohnstone.com)。
 この記事の中で表題のように,ケイトリン氏はトランプが戦争を遂行しており、平和を好む大統領ではないと主張されている。消極的ながら小生も同氏に同意する。
 しかしなぜ「消極的」に賛成し,「積極的」に賛成しないかと言えば,理由は3つある。第一にトランプが米軍最高司令官として始めた戦争は一つもないからである。北朝鮮,ヴェネスエラそしてイランを観れば現在のところ米軍は投じられていない。戦争する権限は米議会にあるが,米大統領は戦争を事前承認なくして始めたとしても3ヶ月以内に承認をとればいいことになっている。にも拘わらずイランへは10分前に侵攻を止めた。
第二に、ソマリアへの戦争はB.クリントン大統領が始めた戦争である。アイディ−ド将軍を捉えずに撤退(米軍敗走)。腹いせにCIAはソマリア沖に危険な産業廃棄物を捨てることを各国に仕向けた。ために漁民は困って一部は海賊化。ウクライナやアフガニスタンもブッシュやオバマが始めた戦争。トランプ大統領のシリアからの撤退命令は国内の反発で挫折。イエメンも前政権からの制裁継続。要するにトランプは,3代前の大統領の戦争積み残し後を受けた大統領に過ぎず,国務省や国防省が戦争や制裁を継続しているに過ぎない。トランプの大統領としての権限は弱いというべきであろう,からである。
 第三の理由であるが,もしトランプが当選せずヒラリ−夫人が大統領になった場合,ニカラグアやヴェネスエラへの軍事介入をしなかったのであろうか。イエメンやシリアはどうか。カダフィ大佐が虐殺されたとき,ヒラリ−国務長官は“来た、見た、彼は死んだ”と声を上げた。そういう女性が大統領になった場合とトランプ大統領とを比較した場合,後者の方が「まだまし」なのではないだろうか。これが第三の理由である。
 もちろんINF条約を破棄しイラン核合意をご破算にしたトランプの行為等は,容認できるものではない。しかし戦争するかしないかはその国々の問題であって,トランプにとっては武器を売り,農産物を売り,多国籍企業を米本国に戻すことが再選への近道であり,メルケル首相やプ−チン大統領や習主席と意見が一致しなくてもアメリカ第一主義を貫くことが彼の仕事であると心得ているにすぎず,トランプに敢えて戦争を起こす考えはない。したがって,彼は再選された後,何をするかが問題である。
 小生の水晶玉は当たらぬことが多いが当たるときは見事に当たる。先ずは来年2月のNHニュ−・ハンプシャ−予備選で勝てばトランプは再選されるだろう。負ければ再選の可能性はかなり低くなる。
 そしてロシアゲイトの下手人たちやクリントン夫人たちを逮捕し訴追するだろう。また巷間言われているように9.11の真の下手人を公表するだろう。そして韓半島を統一して花道とするだろう。小生の水晶玉がそう予言しております。
追加:横浜の冲仲士のドンは先日,安倍首相をトランプの腰巾着と呼んだが,トランプ再選後も腰巾着を可愛がられるであろう。しかし,首相の座にあるかどうかは不明である。水晶玉の中に白い煙が充満しよく見えない。
%%%%%

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+++++吉備国(6、吉備津、吉備津彦神社)
 今回は岡山市内の史跡に渡来族の痕跡を求めることにします。まずは索引・地図です:
(図1:吉備津、吉備津彦神社とその界隈の重要史跡配置)
190827吉備東半分無題

 まず,
考察せねばならないのがイ納┐気譴詁鵑弔凌声劼任后「総社」なる呼称の謂れもこの丘にある二つの神社「吉備津」神社、「吉備津彦」神社にあると思われます。
 そこで、小高い丘(中山と呼ばれているらしい)をはさんでその東西の縁にある二つの神社の周辺k界隈をながめるべく、その部分を拡大したのが図2です。
(図2:吉備津(丘の西側縁)、吉備津彦神社(丘の東側縁)。拡大は図のクリックで)
190902吉備津中山無題

  上の図には左右に二つの青点線矢印が描かれています。左の矢印は吉備津神社拝殿への参道(黄色で示されている)に読者の皆様の注意を向けていただくべく付したものです。参道がまさにシリウス方位に走っていることが明瞭に見て取れます。ところが、拝殿そのものはその妻方向がほぼ南北の方位となっています。多分、ここには、この吉備津神社は改築されており、それには何がしかの政治抗争が映しだされているとかんがえています。これについては後日考察します。
 一方右側の青点線は吉備津彦神社への参道です。この部分を下の図4で拡大します:
(図3:吉備津彦神社参道)
190902吉備津彦グーグル無題

 図3を見ると参道ばかりではなく、神社境内の建築物のすべてが見事にシリウス方位を取り整然と配置されています。これも誠に興味深いことです。奈良に拠した「反シリウス政権」すなわち「シリウス星新興族を蛇蝎の如く嫌悪した」政治勢力が何故こうした建築物配置を見逃したのか?これも興味深いことです。勿論、後日これも考察します。

 いずれにしても、この地に神武天皇は立ち寄っていると「古事記」、「日本書紀」は書きます。この地が「奈良の政治権力」に対抗する「蛮族」であったならば、古事記、日本書紀はそうした勢力を討伐したことを大々的に書いたことでしょう。しかし、その記載はわずか一行です。ここに歴史の真実が反映されているのです。すなわち、神武天皇の〔東征」は、やがて奈良に政権を樹立する一族の軍事行動ではなかったのです。そのことを追々書いてゆきますが、まずは、古事記はこの吉備津彦をどのように書いているのかを蓑手億子とにします:

 吉備津、吉備津彦について古事記は孝霊記(岩波文庫「古事記」94頁)が書きます:
%%%%%古事記孝霊記
原文:
大倭根子日子賦斗邇命。坐黒田廬戸宮。治天下也。 此天皇。娶十市縣主之祖。大目之女。名細比賣命。生御子。大倭根子日子國玖琉命。〈 一柱。玖琉二字以音。 〉又娶春日之千千速眞若比賣。生御子千千速比賣命。〈 一柱。 〉又娶意富夜麻登玖邇阿禮比賣命。生御子。夜麻登登母母曾毘賣命。次日子刺肩別命。次比古伊佐勢理毘古命。亦名大吉備津日子命。次倭飛羽矢若屋比賣。〈 四柱。 〉 又娶其阿禮比賣命之弟。蠅伊呂杼。生御子。日子寤間命。次若日子建吉備津日子命。〈 二柱 〉此天皇之御子等。并八柱。〈 男王五。女王三。 〉故大倭根子日子國玖琉命者。治天下也。 大吉備津日子命。與若建吉備津日子命。二柱相副而。於針間氷河之前。居忌瓮而。針間爲道口以言向和吉備國也。 故此大吉備津日子命者。〈 吉備上道臣之祖也。 〉次若日子建吉備津日子命者。〈 吉備下道臣。笠臣祖。 〉次日子寤間命者。〈 針間牛鹿臣之祖也。 〉次日子刺肩別命者。〈 高志之利波臣。豐國之國前臣。五百原君。角鹿海直之祖也。 〉天皇。御年壹佰陸歳。御陵在片岡馬坂上也。

文意(岩波文庫「古事記」94頁):
大倭根子日子賦斗邇命は黒田廬戸宮で天下を治めた。 此天皇は十市縣主之祖である大目之女の名は細比賣命を娶り御子、である大倭根子日子國玖琉命を生す。又、春日之千千速眞若比賣を娶り御子千千速比賣命を生す。又、意富夜麻登玖邇阿禮比賣命を娶り御子、夜麻登登母母曾毘賣命と次に日子刺肩別命、次に比古伊佐勢理毘古命を生む。この命は亦名を大吉備津日子命という。さら次倭飛羽矢若屋比賣を生み、 四柱である。 又、其阿禮比賣命之弟(いもうと)蠅伊呂杼を娶り御子、日子寤間命、若日子建吉備津日子命の 二柱 を生む。此天皇之御子等は并せて八柱である〈 男王五。女王三。 〉。かくして、大倭根子日子國玖琉命者(後の考元天皇)が天下を治也。 大吉備津日子命は若建吉備津日子命とともに、針間氷河之前に忌瓮をおいて、針間を道口となして吉備國を治めた。 かくして、此大吉備津日子命は 吉備上道臣之祖であり、次の若日子建吉備津日子命者。吉備下道臣は笠臣の祖である。さらに日子寤間命者は 針間牛鹿臣之祖で、次日子刺肩別命者は高志之利波臣、豐國之國前臣、五百原君。角鹿海直之祖である。天皇は、御年壹佰陸歳。御陵在片岡馬坂上也。
%%%%%
(つづく)

考古学ランキング

+++++福島第一原発 汚染水処理
 韓国政府が福島原子力発電所事故に伴う放射能汚染水の、海洋投棄を懸念し、その処理について日本政府に説明を求めてきたとのことです。七年前の五輪開催地決定の国際委員会で安倍氏は原発汚染に関してはすべて”Under Control”されていると大見得を切ったものの、その実際は遅々として進んでいないことを国民は知っています。まさに、今般の韓国政府の指摘は安倍氏のアキレス腱に迫ったものです。

%%%%%「処理水」放出しかないのか こだわる規制委 福島原発「タンク貯蔵限界」と東電 2019年8月27日

 原子力規制委員会の更田豊志(ふけたとよし)委員長が21日、東京電力福島第一原発でたまり続ける汚染水の「処理水」について、「意思決定の期限が近づいている」と、東電などに海洋放出の決断を促した。海洋放出には、地元の漁業関係者はもちろん多くの反対論があり、処理水をどうするかの政府の小委員会では、今月9日に初めて「長期保管」が選択肢に入ったばかり。規制委トップはなぜ放出にこだわるのか。本当に放出するしかないのか。 (中山岳、安藤恭子)

(図:東京新聞8月10日付記事。拡大は図のクリックで)
汚染水6946


 と、いうわけで、日本政府は苦し紛れの回答をしたとのことです。韓国には何がしかの報復的政治的思惑があったとしても、この説明要請は世界の多くの国にとっても大きな関心事です。
 苦し紛れの回答作成に腐心するより何より、具体的な対策を構築せねばならないはずが、未だにそれができていない。というわけで、いかにも安倍氏らしい、対応をNHKですら報じています:
%%%%%福島第一原発 汚染水処理「有識者会議で検討」韓国側に回答/nhk 2019年8月27日 21時36分福島第一
東京電力福島第一原子力発電所にたまり続ける、トリチウムなどの放射性物質を含む水の処理方法について、韓国政府から説明を求められていた日本政府は27日、「国の有識者会議で検討していて具体的な結論を出していない」などと回答しました。
韓国政府は今月19日、福島第一原発で毎日170トン前後増え続けている、トリチウムなどの放射性物質を含む水の処理方法について、日本側に具体的な説明を求めました。
これを受け日本政府は27日、ソウルの日本大使館を通じて韓国政府に回答しました。
それによりますと、放射性物質を含む水の取り扱いについては、国の有識者会議で総合的に検討していて、現時点で具体的な結論を出していないとしています。
そのうえで検討状況については国際会議の場で明らかにしているほか、韓国側にも大使館などに対して透明性を持って説明してきているとしています。
このほか水を保管するタンクが2022年夏ごろに満杯になることから、東京電力がタンクの増設を含めて対応を検討していることなどを説明しました。
今回の韓国側の求めは、日韓関係が悪化する中、日本に厳しく臨む姿勢を示すねらいもあるとみられます。
%%%%%

無能・無恥首相を辞めさせられない、吉備国考察(4)

(本ブログは酷暑の期間は、月木に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:拙宅の窓の外から家の内を窺う巨大蜘蛛  大蜘蛛1908146950

  雨降って セミも 黙(だん)まる  夜明け前 散歩やめれど 日が差しはじむ (駄首)

 散歩取りやめとの決断を翻すかどうかで悩みましたが(大げさですな)、暑くなりそうなので、今朝の散歩はやめました。しかし、不思議ですな。今朝は、あのやかましいほどのセミが朝6時になってもダンマリです。
 本ブログ八月最後の記事となりました。次回は九月一日(月)です。あっという間に本年も一年の三分の二が経ってしまいました。

 久しぶりに、「板垣情報」です。真偽のほどはまったくわかりません。この情報に先行する数日前、板垣氏は「小泉元首相が米軍横田基地に拉致され拷問まがいの訊問を受けた」と書いていました。この人物、元毎日新聞記者とのことですが、「ヒトを喜ばせるガセネタ」が多い。本ブログ管理人はそのガセネタに気持ちよく乗せられています。
%%%%%)トランプ大統領は、ブッシュ元大統領の協力者「粛清」を断行中、安倍晋三首相に「君のこともリストには載っているが、君のことは助けるよ。その代わり米軍にカネを作れ」と脅迫(板垣 英憲 2019年08月28日 板垣 英憲(いたがき えいけん)「マスコミに出ない政治経済の裏話」
◆〔特別情報1〕
 トランプ大統領は、小泉純一郎元首相、竹中平蔵元郵政民営化担当相ら、アフガニスタン空爆・イラク戦争を遂行したジョージ・W・ブッシュ元大統領の協力者の「粛清」を、米軍と組んで断行している。このことは、小泉純一郎政権の官房長官を務めた安倍晋三首相に伝えており、「君のこともリストには載っているが、君のことは助けるよ。その代わり米軍にカネを作れ」と脅迫しているという。米軍が何をしようと、警察権は及ばない。過去の例を挙げれば、竹下登元首相は、同じナンバーのお札を二重に刷って、1つは市場に、もう1つは自分の隠し財産として30兆円をスイスと台湾の山に隠した。ところが、スイスに隠していたのがバレ、米軍横田基地に連れて行かれて、拷問を受けて白状し、帰りには注射を打たれ、後日廃人のようになって死んでしまったという話が伝えられている。これは、米CIA、英MI6、イスラエルのモサドなど各国の対外情報機関に詳しい専門家から聞いたトップ情報である。
%%%%%

 老いぼれ度の進行につれ、視力がよわり、世の中の動きやら、識者による解説やらを摂取するにあたって活字ではなく、映像視聴によることが多くなりました。と、いうわけで今回もまずはyoutube動画の転載です。
 二人の子供をふくむ家族の体調不良の時、しばしば、民主医療機関連合・医院に多大なるお世話になってきました。始めて、大森にある大田病院を受診・治療のために訪ねたのが、1970年代後半でした。みすぼらしい木造二階建ての一階待合室は畳敷きで、そこに町工場の労働者、子連れのお母さん、老人などがひしめきあって診察を待っています。その光景はまさに山本周五郎が書く「小石川診療所」、「赤ひげ」の世界でした。そして、二階の診察室も、これも「赤ひげ」よろしく畳部屋でありました。その診察室で、私は日本医学会が編纂する「内科学」の一節を執筆するなど後日超一流医学者となる先生に診察していただきました。この病院の当時の小児科医は共産党機関紙「赤旗」の「小児相談コラム」を担当しておられ、その医師の回答が「赤旗世界」のみならずその外側世界で子育てをする母親にも好評であったと聞きます。下の動画で語られているように、少なくとも当時は、このみすぼらしい病院は優秀な医師を多く抱えていたようです。

 その民医連を篠原常一郎氏が語っています。氏には四年前に靖国神社を案内していただき、其の後近くの酒場で歓談したことがあります(2015年5月11日記事)。話しは飛びますが、この靖国神社の拝殿がまさにシリウス方位で建てられています(2018年11月23日記事)。明治時代に招魂社設営が計画された際、当時存在していた神社の跡地を使用したのでしょう。その神社とは何であったのか?それらしき神社は江戸時代の小説に見当たりません。この地が江戸城の外堀の内側であったからでしょうか。
日本共産党の周辺団体 タテマエと実態 民医連 

 「中国に買ってもらえないから、お前のところで引き取れ」と、脅し紛いに命じられ「は〜〜っ」とひれ伏し「買わせていただきます」と阿諛する。まあ、このところ頻繁に見せ付けられる光景です。米国の利己的貿易政策に倣い、日本の安倍氏も日本国民を守るためにそのくらいの気概を見せて欲しいものです。 
%%%%%G7貿易で批判集中、孤立際立つ=日米合意、救いの一手―トランプ氏 /時事通信・gooニュース 2019/08/26 10:10時事通信
 【ビアリッツ時事】先進7カ国首脳会議(G7サミット)の経済討議では、トランプ政権の保護主義や過熱する米中貿易摩擦に批判が集まり、米国の孤立が際立った。中国との報復関税の応酬が米経済に打撃を与え、来年の大統領選を見据えるトランプ氏にも焦りが募る。逆風の中、日米貿易協定の基本合意と日本によるトウモロコシ輸入拡大は「救いの一手」となった。
 「安倍晋三首相と日本国民に感謝したい」。トランプ氏は25日、安倍首相との共同記者発表で、基本合意に達した貿易協定について「素晴らしいディール(合意)だ」と喜びの声を上げた。
 今回のサミットでは、米国の貿易政策がやり玉に挙がった。欧州連合(EU)のトゥスク大統領は、トランプ氏がフランス産ワインに制裁関税を課すと示唆したことに反発。「米国が関税を課すなら、EU全体で対抗する」と警告した。
 トランプ氏にとって唯一の味方になるとみられていたジョンソン英首相も「英国は貿易の平和を望んでいる」と米中の貿易摩擦に苦言を呈した。「関税は好ましくない」とも述べ、制裁関税をちらつかせて他国に譲歩を迫るトランプ氏とは一定の距離を置いた。
 ロシアのサミット再加入やイラン問題でも、米国と主張を同じくする参加国はなかったとみられる。それだけに、日本に農産物市場を開放させる一方、輸入車に対する関税を据え置いた今回の合意は誇るべき成果だった。さらに、日本によるトウモロコシの輸入拡大は、米中貿易摩擦のあおりで輸出減に苦しむ米国内の農家の不満解消にもつながる。
 日米両首脳の共同記者発表は「良い話なので共同発表をやりたい」という米側の意向で急きょ行われた。トランプ氏は発表後も「本当に大きなトウモロコシ購入だ! 農家にとって素晴らしい」とツイッターに投稿し、支持基盤である農家にアピールした。
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 その安倍氏についてあの朝堂院大覚氏が安倍氏を酷評しています。誠に小気味の良い安倍評であります。が、安陪氏の卑屈挙動には、安倍氏の無能に加えて「皮膚の色」による被差別感覚もあるのだろうと思っています。黄色であっても白に対抗できる日本人政治家。誰かいるだろうか?山本太郎氏かなと期待しています。
G7サミットで安倍にはできなかった事がマクロンではできた理由【NET TV ニュース】 
 関連記事を添付しておきます
%%%%%<原稿の安倍>フランスでも、やらせ会見 「見ていて恥ずかしい!」
2019年8月26日のG7出席の内外記者会見の一幕。
上記アドレスで安陪氏の記者会見の様子を眺めることができます。
〆能蕕ら当たる記者が決まっている
⊆遡笋盧能蕕らすり合わせ済み
質問への原稿が最初から用意されており、それを音読
という、いつもの安倍さんの会見。

ほんと、なに、これ?
上記アドレスで記者会見の様子の動画を視聴できます。
%%%%%

社会・政治問題ランキング

+++++吉備国を考える(5)
 古墳サイズ・ランキングで全国十位に位置するのが、造山古墳から西にわずか3.5kmに在る「作山(つくりやま)古墳」です。私は、この古墳の名称にある漢字「作」は「サク」と音したのであろうと考えます。すなわち、「サカ」族(藤原不比等が語るところの「蘇我」)にかかわりのあった墳墓であろうと考えています。
(図1:岡山県中央部グーグル地図。拡大は図のクリックで)
190827吉備西2半分無題
 
(図2:史跡索引地図。拡大は図のクリックで)
190827吉備西半分無題

 この「作山古墳」(上図ででもって表示されている)が、サカ族に関わっているとするならば、この墳墓位置の決定にあっては、シリウス星の観測が先行・実施されたはずです。すなわち しかるべき高地からシリウス星を観測し、その方位線上にこの墳墓を設計・築造するという作業です。尤も、この墳墓も政治的環境の中で、後年強制的に逆シリウス方位に改造され、現在の姿となっています。
 作山古墳を設計するために使われたしかるべき「高地」とはどこか?「妙見山」を探すのが最も手っ取り早いのですが、近辺にありません。次の手がかりは「サカ、ソガ、コウ(高)、ハチ(八)、ア(安、阿)」など、「蝦夷」族を連想させるような「音」(おん)が呼称に含まれている地名、史跡です。これらの手がかりを、周辺の地名、丘名、山名、寺名、神社名などに探します。そうして見つけたのが「赤坂」( 図中の)です。「ア」、「サカ」とありますから、その選択には一応理屈が通っています。
<<赤坂山―作山古墳>>
->exec('C:\FR55G_B\SCI_lesson\cl_delazm.sci', -1)
赤坂山(lat,lon)=[34.7064 133.7558]
作山古墳(lat,lon)=[34.6640 133.7686]
Dlt,Azm,Bzm= 4.9-km 166.06 346.06 0.04deg
 計算結果に見るようにわずか5km弱です。こうした近距離では、有限サイズの対象物のどこを測定すべき場所として選ぶかで、結果に1〜2度くらいの違いを生じます。そうした不正確さを念頭においたうえで、この方位から想定される、計測線が定められた年代を見積もることにします:
-->exec('C:\FR55G_B\SCI_lesson\sirius2age.sce', -1)
Angle?(0:stop)=166.06
azimth= 166.1,age= 411.7
 すなわち西暦五世紀の始めと推定されます。作山古墳は造山古墳より遅れて五世紀半ばとウイキは書きますが、ここで得た推定値は造山古墳が造成されたとする考古学者の推定年代と一致します。これは興味深いことです。
 ところで、作山古墳と造山古墳の間に「こうもり塚古墳」があります。「古墳の秘密」(メイツ出版、2018年)は、22の主要古墳について説明をした後、さらに巻末で30古墳を「全国の必見古墳リスト」として追加し定増すが、こうもり古墳をその一つに挙げ、横穴シキ石室に言及しています。
(図3:こうもり塚古墳)
190708こうもり_岡山無題

 図2を眺めていると、この古墳と鬼城山(図1で,納┐気譴討い襦砲箸琉銘峇愀犬目に留まりました。念のためにその方位を算出します:
鬼城―こうもり
->exec('C:\FR55G_B\SCI_lesson\cl_delazm.sci', -1)
鬼城山(lat,lon)=[34.7266 133.7623]
こうもり塚古墳(lat,lon)=[34.6676, 133.7866]
Dlt,Azm,Bzm= 6.9-km 161.29 341.30 0.06deg
 なにやら尤もらしい方位角が算出されました。これがシリウス方位であるとするならば、その年代は
-->exec('C:\FR55G_B\SCI_lesson\sirius2age.sce', -1)
Angle?(0:stop)=161.29
azimth= 161.3,age= 610.4
すなわち七世紀の初頭です。倭国王が隋皇帝に二回目の使節を派遣したのが西暦607年です。そして、倭国王のメッセージにあった「日の沈む国」なる表現への不快感から隋が倭国に調査団を送ってきたのが西暦608年です。そのわずか2年後に、倭国の貴人が没した。この古墳は、「吉備=キミ」すなわち倭国王の妃であろうか、など色々と想像がふくらみます。

 図2を見ると、こうもり塚古墳は作山古墳と造山古墳の中央にあるように見えます。そこでそれを確かめてみます: 
こうもり塚−造山:Dlt,Azm,Bzm= 1.7-km 65.61 245.62 0.02deg
こうもり塚−作山:Dlt,Azm,Bzm= 1.7-km 256.34 76.33 0.02deg
 三つの古墳は一直線上には並ばないけれども、確かに距離は1.7kmと同じになります。すなわち、造山古墳は、そうなるように設計されたと思えます。造山古墳の位置がこうもり塚−作山古墳を結ぶ線上に無い理由が、設計の手違いであるのか、それとも意図されたものであるのか、それはわかりません。とりあえず、意図されたとするとそこにどのような幾何学が潜んでいるのかを調べたものが下の図です:
(図4:三つの古墳の配置(大げさに描いています)。この三つの古墳はAB,ACがともに1.7kmの二等辺三角形を形成している。Aから底辺BCに下ろした垂線の方向に阿宗神社が位置している)
二等辺7019


 二等辺三角形ABCの底辺に頂点から下ろした垂線の方位は、図から約174.5度です。そこで、こうもり塚古墳からその方向にある史跡、神社を探すと、なんと阿宗神社です。実際にそれを計算すると:
->exec('C:\FR55G_B\SCI_lesson\cl_delazm.sci', -1)
阿宗神社(lat,lon)=[34.7133 133.7788]
こうもり塚古墳(lat,lon)=[34.6676 133.7866]
Dlt,Azm,Bzm= 5.1-km 172.01 352.01 0.05deg
というわけで、その方位は172度となります。すなわちほぼ174.5度とおなじとなるのです。どういうことか?作山古墳、こうもり塚古墳、そして阿宗神社が地上に配置された時点で、造山古墳の位置は二等辺三角形を形成するという条件が課せられている限りにおいて「一意的」に決まってしまうのです。
 ここから直ちに連想するのが須賀川西部、磐瀬国に現在でも確認できる二等辺三角形の史跡配置です(2014年8月13日記事 )。磐瀬国にあっては、底辺に下ろした垂線は明らかにシリウス方位でしたが、吉備のこの地では、それは阿宗神社です。阿宗神社といえば、お隣播磨の国のそれが世間では知られているようですが、本ブログでの考察から吉備国の阿宗神社について更なる調査が望まれます。
  
 阿宗神社の由緒は以下を書きます:
「創建年月不詳。社伝によると旧号を宮原社と称した。三代実録によると、貞観六年(西暦864年)二月従五位下、同十月従五位上の神階を授けられた。旧藩主木下家から神輿二台、社領六畝八歩、社務所、御供所等の寄進があった。後に宮原社は奥坂の八幡社に合祀せられた大正十年九月八幡神社の境内社宮原神社を合祀して、新に阿宗神社と称するに至った。
氏子地域 総社市(奥坂、西阿曽、東阿曽)」

 この神社が宮原社と呼称されていた。すなわち渡来族の「陣屋」が設営されていた思われます。そして、この神社の氏子に阿曾地区のみならず奥坂地区が含まれています。となるとこの「坂」は所謂坂道の「坂」ではなく「サカ」族に由来すると思えます。
 造山古墳の築造あるいは改築を本ブログでは西暦967年ごろと見積もりました。なにやら、従五位上の神階授与とかかわりがありそうです。
 こうもり塚古墳をめぐる考察では鬼城が関わってくるので、「桃太郎伝説」の一端が浮かび上がってくるのではなかろうかと思っていましたが、現時点ではそうした示唆は得られていません。
(つづく)

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須賀川考察(補)、朝堂院大覚氏、三じじ政談(動画)

(本ブログは酷暑の期間、月木に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:カナカナが時折拙宅界隈に出没しているようです。先日は朝早くに当家のサクラの木に取り付いて声を張り上げていましたが、なんと昨日は網窓にそのご尊姿をおそれおおくも拝ませてくれました)
190826カナカナ無題

 
つくつくと 蝉の法師が 経(きょう)唱(とな)う いなほ神妙に 頭(こうべ)を垂れ居る

 そろそろ、稲穂が黄色付き、頭(こうべ)をかしげる時期となりました。ウイキによれば、カナカナは「昆虫綱」・・・「ヒグラシ』種で学名はTanna japonensis Distant であると書きます。Tannaがtannoyから派生した言葉とするならその意味は「スピーカ、拡声器」だそうです。japonensis Distantが付されていることも面白いですな。何故”日本風”なる形容詞がつくのか。いつも遠くのほうで、サイレンのうなりのように聞こえるのでDistantなのか。因みに英語では「Evening Cicade」。つまり夕方になく蝉ということです。
 夕方のお母さん サトウハチロー作詞・中田喜直作曲 Mommy in the Sunset


 緊張する日韓関係の歴史的経緯を勉強するべく、週末にいくつかの動画(youtube)を視聴しました。思えば、学生時代「日韓会談粉砕」などと叫びながら霞ヶ関界隈をデモ行進で這いずっていたにしては、当時の知識の「浅薄」さをいまさらながらに思い知らされています。改めて「自分の頭で考える」ことの大切さを思っています。
佐高信×早野透+平野貞夫のジジジ放談】酷暑と台風のお盆休みのお楽しみ!日本の政治を一刀両断

 上の動画に出演する佐高氏が現代に生き残る最後の政治フィクサ(fixer)と称される怪人物「朝堂院大覚」氏と15分ほどの会談をしています。フィクサと聞くと児玉 誉士夫、笹川良三といったいかにも悪人を連想しますが、ウイキで見る限りでは、真っ当な人物です。
血統が全ての政治  世襲だらけの政治家ゲスト:佐高【NET TV ニュース】

 この「朝堂院大覚」氏に興味を覚え、いくつかの動画を眺めていて、その指摘に思わず首肯したのが下記の動画です。枝野氏については、昨年の「数合わせ」議論あたりからおかしいと不審していましたから、ここで更なる議論を書こうとは思いませんが、「朝堂院大覚」氏が動画の最後で締めくくるように、枝野氏は「国会議員」になる、政治家になると思い立ったときの純粋な初心に立ち返るべきでしょう。政治家として現在するべきことは「反安倍戦線構築」に知恵を絞り、汗をかくことです。それに優先する課題はないはずです。ましてや戦線構築にとって害になりこそすれ益にはならないことに気をとられるなぞは政治家としての質の問題でもあります。
ふざけるな枝野! 総裁から喝のコメント【NET TV ニュース】

 その枝野氏の地元である埼玉県知事選挙で大野元裕氏が勝利したことは誠によろこばしいことと思っています。しかし、大野氏は2003年の米国によるイラク軍事侵攻の際には、豊かな中東に関する知識・経験に基づいてきわめて理性的な発言をTVなどで展開していた方です。こうした人材を地方の首長に据えててしまうことは大変もったいない。この方には国会にとどまっていただき、緊迫を増すペルシア湾に関わる今後の事態について適格にアベ政権を追い詰めてゆく論陣整備の中心に居座って欲しい方であると思いました。どうも人材の発掘、登用が行き当たりばったりではないのか?
 そうなると、野党陣営は、近く予定される衆議院選挙での人材発掘とその配置について心配になってきます。今から計画的に検討して欲しいものと思っています。

社会・政治問題ランキング
+++++吉備の「シリウス痕」
 神武天皇が東征の途上に立ち寄った吉備国にも「シリウス」痕があるに違いないとの「確信」に近い想定に基づき現在の岡山県の古代史跡を考察しています。「造山古墳」は、見せ掛けのシリウス痕として新築あるいは改築され、遠地九州の阿蘇山から切り出した火山性凝灰岩による葺き石で墳墓を覆いさらには、近隣の古墳から集めてきた埴輪、土器などでそれを飾り立てた。これが私の造山古墳に関する仮説です。それが、その後世に言い伝えられてきた名称、すなわち「山を造る」に見えてくるのです。すなわち、もともとその場所あるいは近くにあった墳墓が改築造された、あるいはそこに新たに築造された可能性を本ブログでは指摘しました。

 古墳ではないけれども、「シリウス星」方位を取り入れて建造された構造物が、その「方位」を否定するべく、別の構造物を重ねることで覆い隠す事例を福島県須賀川市の遺跡に見て来ました(8月22日記事)。そこでは、勝手のシリウス星信奉集団の陣屋を取り壊し、新政府権力のための官衙を築造したのです。
 本ブログを途中から読んでくださっている方のために須賀川を本ブログで多く語ってきた理由の一端を振り返っておきます。福島県中央部の古代史が、日本列島全体の古代史の中で「東国」(後日詳述します)が果たした最重要な役割解明の要と、私は考えています。
 須賀川の「スカ」は遠く西域「ペルシア」界隈に跋扈した「サカ」族の東北日本への渡来・移住に由来する呼称です。この呼称があたかも彼らの日本列島内での西進・南進行動に沿うマーキングであるかのようにあちらこちらに「サカ」なる地名が付されます。例えば「坂」、「栄」、「佐賀」、「佐久」などなどです。「桜」(サクラ)も「スカ」に由来するのだろうと考えています。

 JR東北線・須賀川駅の北隣駅が「安積永盛」(アサカナガモリ)です。この「積」(サカ)も、「スカ」に由来することは言うまでもありません。そして「安」(ア)は「アメ=アベ」に由来し、それは古代ペルシア語では「火、明」を意味します。偶然であるのか否かは定かでありませんがアイヌ語では「アピ」は「火」を意味します。日本列島に限らず、地球上の他地でも「バ行、パ行、マ行」の音(オン)は相互に転換します。例えば「馬」が「マ」であったり「バ」であったりします。アイヌ語の「アピ」は「アビ」でもあり、それは渡来民の言葉でもあった。多分、他にもそうした言葉はあったはずです。何故「火」については、7000kmも隔たった地で「共通」の言葉となったのか?興味深く色々な想像が沸きますが、ここではこれ以上深入りしません。

 いずれにしても「安積」の「ア」は渡来民が信奉する「拝火教」を映しだしていることは間違いありません。因みに「アスカ」の由来も「安積」にあると考えることができます。時が経過し、場所がかわり、「安積」は「アツミ」と音(おん)されるようになります。水戸ご老公の側近「安積格之進」は「アツミ」と音(おん)されます。そしてこれは九州の地では「アズミ」に変わり(転化)、さらには漢字表記までが「安曇」となるにおよび、一部のオッチョコチョイの古代史学者が九州には「アズミ」なる豪族がいたなぞと言い出すのです。
 「アスカ」の由来についても諸説が古代史専門家の間で論議されてきました。が、どれも説得力に欠けています。理由は日本列島古代史にあって、渡来それも単なる「文化渡来」ではなく「政治支配」に重要な足跡を残した遠く西地渡来域からの民の存在を完全に無視してきたことによるのです。何故、時に「飛鳥」と漢字表記されるのか?これは柿本人麻呂が作ったという万葉集194歌に由来します:

%%%%%万葉集巻二、194歌
(歌の解説については、私の脱線癖が再発することを危惧し、ここでは原文のみを以下に記しておきます)
"柿本朝臣人麻呂獻泊瀬部皇女忍坂部皇子歌一首[并短歌]",
"飛鳥 明日香乃河之 上瀬尓 生玉藻者 下瀬尓 流觸經 玉藻成 彼依此依 靡相之 嬬乃命乃 多田名附 柔<膚>尚乎 劔刀 於身副不寐者 烏玉乃 夜床母荒良無 [一云 <阿>礼奈牟] 所虚故 名具鮫<兼>天 氣<田>敷藻 相屋常念而 [一云 公毛相哉登] 玉垂乃 越<能>大野之 旦露尓 玉裳者埿打 夕霧尓 衣者<沾>而 草枕 旅宿鴨為留 不相君故"
%%%%%

 上で「スカ」に由来する多くの地名などの呼称を列記しましたが、藤原不比等が一番心を砕いて慎重に熟考したのが「蘇我」です。古事記は「蘇我」一族があたかも古代日本列島に存在した豪族であるかのごとく装うために、「孝元天皇記」(岩波文庫「古事記」96頁)で、蘇我氏の祖を語っています。渡来族、すなわち「サカ」族による日本列島支配を隠したかったはずの藤原不比等が「蘇我」すなわち「サカ」を容易に連想させる呼称、あるいは漢字表記に至ったのか?これも色々と想像できますが、現時点では「わからない」としておきます。

 何故、「造山」まさに「山を造る」に相応しいような大規模な土木工事が為されねば成らなかったのか?私はすでに書いたように十世紀、東北日本と瀬戸内海で相次いで勃発した政治叛乱、すなわち承平天慶の乱であったろうと考えています。八世紀末、政庁を奈良から京都に移したけれども、各国に散らばっている蝦夷の完全制圧にはほど遠かったのでしょう。仏教を流布し、神社を設営し鎮魂したとしてもそれでは収まらなかったのです。造山古墳は、まさに時の為政者の思惑がこめられていたと私は思っています。そしてこれは、埼玉県行田の埼玉古墳群の改・造成にも当てはまるのだろうと考えています。何せ、この地は、かって東国蝦夷が威勢を誇った「シキ」です。いずれ、これについての詳考察をします。

 ところで、吉備については語らねばならないことがまだまだあります。
(図:吉備国史跡考察のためのインデックスマップ。拡大は図のクリックで)
190708_岡山A無題

 まずは作山(つくりやま)古墳です(上図の)。地元では「造山古墳」(つくりやま)と区別するために、「サク」(ザン)古墳と呼ばれることがあるそうです。しかし、この古墳もともとは「サク」すなわち「サカ」族ゆかりの墳墓として造成されたのではなかろうかと私は考えています。それを次回、検討します。
(つづく)

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須賀川・栄町遺跡の遺構、首相自らの手による「現代版指揮権発動」

(本ブログは酷暑の間は月・木に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:(上)二羽の白鷺が互いにソッポ向いています。遠路はるばるここまで仲良く飛んできたのであろうのに、ここで口喧嘩?(下)百合の花が咲く時期となりました)
190822百合無題

 
 あぜ道の 任務果たした なきがらに 蟻が取り付き リサイクル作業

 八月も下旬に入りました。朝の散歩道には、セミがあちこちに転がっています。ほとんどは地上に出てきた目的を達したのでしょう。中には、任務を果たす機会も無く仆れてしまったのもいるやもしれません。不憫・気の毒です。そして早くもアリやら小さな虫やらが亡骸に集(たか)っています。これから分解して自然に帰す作業というわけです。

 大坂地検が財務省幹部による公文書改竄を不起訴処分にしたとたんに、その作業で中心的役割を果たした財務省中村稔氏の英国大使館公使への栄転との報道に接しました(下に添付した記事)。
 すべては、安倍晋三・昭恵夫妻の犯罪を力づくで無かったことにするためです。思えば60年近く前に収賄罪に問われた佐藤栄作氏が、逮捕直前に当時の法務大臣による「指揮権発動」で以ってそれを免れました。今般は、法務大臣の判断を待たずして、安倍氏を忖度した検察官僚の判断です。言葉を変えれば、安倍氏自身による“指揮権発動”で、首相自身が司直に囚われるのを免れたと言うことができます。思えば、佐藤氏は安倍氏の祖父の弟です。血は争えないということです。
%%%%%大阪地検が財務省幹部らを不起訴処分 文書改ざんの張本人は栄転 2019年8月20日 長周新聞

 森友学園への国有地格安払い下げや財務省の関連公文書を改ざんしていた問題で、大阪地検は9日、当時の財務省幹部ら10人をふたたび不起訴処分(嫌疑不十分)とした。3月の検察審査会(検審)による「不起訴不当」議決を受けて再捜査をしていたが、「いずれについても起訴するに足りる証拠を収集することができなかった」とし、一連の捜査に終止符を打った。16日には、決算文書の改ざんで中心的な役割を担った財務省官房参事官を駐英公使に充てる人事を発表。違法行為で処分された人物が栄転を果たした。

 大阪地検の再捜査の対象は、財務省近畿財務局が虚構のゴミの撤去費用8億円を値引きして国有地を森友学園に売却し、故意に国に損害を与えたとする背任容疑、さらに決裁文書を改ざんした有印公文書変造・同行使容疑、財務局が学園側との交渉記録を意図的に廃棄したとする公用文書毀棄容疑の三つ。くじ引きで選ばれた一般市民を加えておこなわれた検察審査会は、今年3月に特捜部が「不起訴」とした財務省幹部ら38人のうち、当時の財務省近畿財務局管財部次長、国土交通省大阪航空局職員ら4人と、公文書改ざんで告発された佐川元理財局長や近畿財務局管財部長ら6人について「不起訴不当」と議決していた。

 今回の不起訴処分について大阪地検は、「廃棄物の処理費用の積算額が不適正であるとは認められない」とし、検審が求めた「客観性のある試算」については「捜査の具体的内容で差し控える」として不起訴の理由を開示しなかった。財務省の公文書から安倍昭恵・首相夫人や政治家の名前を削除した容疑については「(公文書の)変造と認めることは困難」などと、前回とまったく同じ理由をくり返した。交渉記録の廃棄についても「財務省の文書管理規則で1年未満保存文書とされており、毀棄と認められない」と不問に付した。

 森友学園問題は、名誉校長に安倍昭恵・首相夫人が就いた小学校新設のために、財務省が存在しないゴミの撤去費用として九割値引きして国有地を払い下げていたことを発端に顕在化し、国会で問題になると関係する公文書や交渉記録については廃棄・改ざんがくり返され、担当官僚は「記憶にも記録にもない」を連発して疑惑をさらに深めた。森友学園の籠池元理事長が、安倍昭恵・首相夫人の関与によって「神風が吹いた」ように売買交渉が進んでいった経緯や、交渉に関する文書や録音データを提示して、財務省が異例ずくめの配慮をしていたことが明らかになると、大阪地検特捜部は籠池元理事長を詐欺罪で逮捕・収監するなどした。

 昨年3月には決裁文書の改ざんを強要されたとのメモを残して、近畿財務局の男性職員(当時54歳)が自殺し、近畿財務局は公務との因果関係を認めて「公務災害」と認定している。

 国権の最高機関であるはずの国会では、検察による捜査中であることを理由に、政府は説明責任を回避し、佐川元理財局長は証人喚問で文書改ざんにかかわるほぼすべての答弁を拒否し、安倍首相や官邸の関与について否定していた。真相解明が委ねられた大阪地検の「不起訴処分」によって不明瞭な一連の疑惑についての真相は、証拠資料となる文書や記録とともに闇に葬られる結末となった。

 これを受けて政府は、理財局総務課長(当時)として文書改ざんにかかわったとされる中村稔・財務省官房参事官を外務省に出向させ、駐英公使に充てる人事を発表した。

 財務省の調査報告書では、安倍首相が2017年2月17日の衆院予算委員会で「私や妻が関係していたら総理大臣も国会議員も辞める」と宣言したことを受けて、中村氏が昭恵氏の名前が入った文書があるかどうか確認するように田村嘉啓・国有財産審理室長(当時)らに指示し、佐川氏に報告をおこなったうえで、2月下旬から改ざんが始まったと認めている。中村氏は、改ざんの中核にいた人物として昨年6月には停職1カ月の処分を受け、同年7月には理財局から官房参事官のポストに就いていた。

 疑惑の渦中の人物を栄転させる人事は、経産省から派遣された首相夫人付きの秘書として財務省への口聞き役をしていた谷査恵子を在イタリア大使館一等書記官に栄転させたことと同じく「口封じ」以外の何物でもない。公文書改ざんのキーマンであり、官邸にとっての「功労者」であったことをおのずと暴露するものとなった。

 国有地をタダ同然で「お友だち」に払い下げただけでなく、公文書を改ざん・廃棄するという行政組織としての御法度が横行していたことが明らかになり、1年以上も国会審議を混乱させ、自殺者まで出したにもかかわらず、誰一人刑事罰に問われることもなく、立法・行政・司法のどの機関も真相を明らかにすることもないまま強引な幕引きとなった。国家機構としての自浄能力のなさを披瀝するとともに、法治国家とは名ばかりの人治国家へと転落している様を見せつけている。
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+++++シリウス方位・建築物が建て替えられた事例(須賀川市・栄町遺跡)
 「神武天皇東征」は、日本列島における天皇制の出発で以ってしめくくられた。と、古事記・日本書紀は書きます。熱狂的な「国家神道」信者を除けば、大方の学者先生はこれを「説話」すなわち文字通り「神話」であると考えています。言葉を変えれば、「神武天皇東征」説話の深追いからは日本列島古代史の真実は見えて来ないであろう。と、大方の研究者は考えています。

 しかし、現ブログ管理人は、「神武天皇東征」説話には歴史の「真実」が映し出されていると考えてきました。その根拠は記紀編纂の「カラクリ」です。
(図1:6月17日記事図再掲)。
190529記紀編纂無題

「神武東征」に擬せられる事象が、記紀編纂構想時に実際に起きていたのではなかろうか?とすればそれはなにか?九州に拠した蝦夷(倭、アイヌ、渡来族の混合隊)の反逆・反抗が壬申の乱であると現ブログ管理人は考えています。残念ながら、蝦夷はそれに敗戦し、日向から九州を離れ東に逃避する行軍、それが「神武東征」譚として記紀でしつらえられたのではなかったのか?
 この様に考えると、神武天皇の和風呼称「神倭伊波禮毘古」(カムイワレビコ)命は、まさのその実相を体現していたことがわかります。すなわち「神」は「カムイ」、「倭」は「邪馬台国」に、そして「伊波」(いわ=磐)は渡来族に由来するが故の呼称であったのです。

この視点から「神武天皇東征」を吟味すると、立ち寄る先は、まさにかっての「蝦夷」の拠点です。現在考察している「吉備」もその一つです。
 実際、そこには、蝦夷時代の名残を残す多くの事跡があります。そのひとつが「造山古墳」です。しかし、かっての痕跡の強烈な否定の意思を表現するべく、墳墓の軸を「反シリウス方位」に改造するなどの大きな改変の手が加わったのです。

 かっての事跡を改変した事例が一つ明らかにされています。それは古墳ではなく、陣屋です。場所は現在の福島県・須賀川市「栄町遺跡」です:
(図2:(上)栄町遺跡を紹介する須賀川市パンフレット) と(下)いずれも栄町遺構からの出土ではないが、古代の須賀川界隈の威勢を物語る数々の出土品の例です。須賀川駅から南々東の塚畑古墳から出土した冠をつけた埴輪像は、女王を思わせる気品のある、しかしやや寂しげな表情が気にかかります。右は蝦夷穴古墳玄門)
190820須賀川栄無題

須賀川6967
 
 この遺跡についての本ブログ過去記事を以下に再掲します:
%%%%%2014年11月26日記事より
(図3:栄町遺構、須賀川博物館展示より。学芸員のご厚意で撮影できました) 
190822須賀川栄01無題

 上図は、須賀川市の栄町遺跡の発掘から発見された古代遺構です。左の写真に見るようにおびただしい数の柱の跡が発見されています。須賀川市の教育委員会・学芸員スタッフが丹念にこの柱跡を分類し、たどり着いた結論が右の図です。この右の図をもとに発掘委員会は次のように結論しています。詳しい考察は次回します。

 ところで、ここにも栄町が登場しました。「栄」は、町の反映を願って住民が名づけた地名である場合も少なくないでしょう。しかし、この須賀川の地の「栄」それは、明らかに「サカ」族に由来すると思っています。
(図4:栄町のありか。拡大は図のクリックで)
190822須賀川栄02無題


%%%%%2012年2月3日記事転載
 この遺構に関して、須賀川市の教育委員会が詳しく考察しています。
2012年2月3日記事参照 ) 
(図5 発掘結果報告書より、須賀川博物館学芸員の御好意による)
190822須賀川栄03無題

 あの震災の半年後にこの博物館を訪ねましたから、今回は二回目の見学となりました。一回目の訪問では、巨大地震のみならず原発にも被災した福島県は苦渋の時でした。その苦しみはいまだに癒えていないことをあちこちで見聞しました。
 そうした被災直後であったにもかかわらず、この博物館は私を暖かく迎えてくださり、資料室の閲覧など最大限の便宜を図っていただきました。次回訪ねるときは、館員の方々(若い魅力的な女性もおられたので)に何がしか「菓子」でもと思っていました。今回、こうした再訪が叶い、当時の方々にもお会いできました。残念ながら、私のような老いぼれが震災直後に来館したことの記憶はないようでした。「ああ、親がもうすこしハンサムに私を生んでくれていたなら・・・」と思ったりしました。

 また、須賀川市在住の本ブログ読者の方に事前にメールを差し上げて、できることなら博物館でお会いし、当地に残る伝承などを聞かせて頂こうと思っていました。が、残念ながら、メールはその方の目に留まらなかったようです。結局、お会いすることはできませんでした。
%%%%%過去記事再掲終わり

 さて、上の図1です。I期・II期と記された緑と紫の遺構は、赤色、橙色の遺構より前の築造であると発掘委員会は結論しています。すでに勘の働く読者の方々にはお分かりと思いますが、緑と紫色で示される意向の方位が、まさにシリウス星の方位を暗示してるであろうことが推察されます。この方位が160〜162度となります。これが何を物語るのか?それは「過去の否定」であったろうと思っています。
%%%%%
 そこで、昔の遺構の方位をシリウス方位と想定し、その建造年代を推定してみます。
exec('C:\FR55G_B\SCI_lesson\sirius2age.sce', -1)
Angle?(0:stop)=160
azimth= 160.0,age= 664.2
Angle?(0:stop)=162
azimth= 162.0,age= 580.8

 須賀川栄町遺跡に残る「シリウス方位痕」は西暦580〜664年頃の建造であることが推定されるのです。尤も神社の参道方向にみられるように、建築物とその周囲にみられるシリウス方位は、「シリウス方位である」といういわば意思表示であって、それほど正確ではないことが多いようです。
いずれにしても栄町遺跡にあっては、その後奈良の中央権力によってその「痕」は、新たな建造物によって覆われてしまうのです。
(つづく)

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古墳築造年代、枝野幸男氏の変節(?)

(本ブログは酷暑の期間のみ月木に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:当家の桜の木に夜明け前カナカナが鳴き声で目を覚まされました。カナカナは遠くで聞いてこそ風情がありますな  カナカナ蝉6956 ) 

 老いぼれて 投げやり気分 酷い夏 寒けりゃ寒いで 同じ愚痴こぼす

 老いぼれるということは、こういうことですね。投げやりといいながら、みずから「消える」という勇気を持ち合わせないんです。なんとも情けない。 

 情けないといえば、立憲民主党代表枝野幸男氏には失望ですね。先日の玉木氏との会談で放った言葉。まさに傲慢そのものです。二年前の立党時には「英雄出現」という気分で新党立ち上げを心より喝采したものですが、昨今の氏の言動には安倍政治を覆し、政権をとるとの意気込みはまったく窺えず、ひたすら野党というちっぽけな集団の中でのヘゲモニ獲得のみが目標であるようです。ここには山本太郎氏が熱っぽく語る”国民の苦難を取り除くために働く”という発想は皆無です。伊勢神宮詣で、米国詣での背後に何があったのか知りませんが、こうなったら国民・民主党にはなんとしても「連合」、野田氏、菅直人氏らとのしがらみを絶ち、立憲を相手にせず、「れいわ」との共同戦線構築に本腰を入れて欲しいものです。   
%%%%%政治汚染水化した「民主党」 れいわ4.3%
2019年08月19日 自民党的政治のパンツを剥ぐ
野田氏が自民党に政権返上するために解散した
野田・長島・石原・細野・菅・前原・枝野・藤井・仙谷・岡田・玄葉たちは;
〆睫馨覆了箸ちり=消費税を20%にしたい カネモチ性善説を振り撒き
東電の使い走り=連合にそう言え!といわれ そう言うな!と言われ
N△任蓮^打椶帆宛兇板硬腓 CIA本部でヒソヒソ
ぃ達稗舛ら最強子飼い野党指令を受け マスコミが枝野礼賛記事づくし
こうして枝野立憲民主党の怪しげな生い立ちがある。だからCIA統治下の安倍政権自民党の2軍が立憲民主党であり右ハンドル左ハンドルの違いしかない。
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指令を受けたのだろう ほとぼりが冷めたことにして みんな又集まろう。裏理由は れいわ新選組の登場だ 政治地震予知だ:
‐暖饑任農は世割れそう
△譴い+社民党+共産党+自民党&野党良心派は5%
政党認知を受け100人候補体制本格化の前に
売国新聞・TVは毒だと気が付いた有権者たちわれわれの前に 安倍政権と連合黒仲間たちが恐れ始めた。
%%%%%れいわが倍増、政党支持率 共産に並ぶ4.3% 共同通信 8/18(日) 20:13配信
れいわ新選組から参院選に出馬し、初当選した木村英子氏(左)と山本太郎代表
 共同通信の世論調査で、れいわ新選組の政党支持率が4.3%となり、参院選結果を受けて実施した7月の前回調査から2.1ポイント増えた。野党では、第1党の立憲民主党に次ぐ支持率で、共産党に並んだ。若者の支持が目立った。
 れいわの支持層を年代別で見ると、若年層(30代以下)が7.4%で、中年層(40〜50代)は4.6%、高年層(60代以上)は1.9%だった。男女別では、男性が4.1%、女性が4.6%となった。
 れいわと同様に参院選で政党要件を満たしたNHKから国民を守る党の支持率は0.3ポイント増の1.3%だった。
%%%%%

 関連記事を本ブログ後尾に追加しました。
 
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+++++吉備・古墳考察
 前回記事(8月8日記事)で以下を書きました。造山古墳の位置が、阿宗神社から遠望したシリウス星の方位計測に基づいて決定されたとするならば、その年代は西暦967.5年と算出されます。この年代は造山古墳の造成時期とされる五世紀とは著しく隔たっています。多分、古墳発掘を専門とする考古学者からは「洟もひっかけて」貰えないとんでもない推定値です。
 考古学者がこの造山古墳の造成年代の推定に使っているのは古墳からの出土物すなわち埴輪、土器などです。古墳を形成する土が含む有機物、具体的には古木または食器などに付着する籾殻などが年代決定に役立つことがあります(まさか、古墳に使用済みの食器を備えることはなかろうと思いますが)。出土土器については、その様式について注意深い観察の元に詳細な分類がなされています。それらの土器の製造年代(使用された年代)については、出土した地層の「層序」が勘案されます。これは、地震断層発掘でもしばしば使われる年代推定手法です。断層痕の近くに発見される土器などの年代がわかれば、そこから、その当該断層が動いた時期が推定されるというわけです。ところが、実際の作業では、層序に基づいた土器製造の時間順序がある程度特定されても、その絶対年代の推定作業には大きなギャップと困難があるとされています。

 それに加え、古墳造成にあっては、造成後に並べる土器、埴輪などを近隣の墳墓などからもってきてしまうのではなかろうかと推定される事例が少なくないのだそうです。となると、出土物からの古墳年代決定には精度を期待できないことになります。
 
 古墳に関する素人向けに出版されたと思われる「古墳の秘密」(古代浪漫探究会編、メイツ出版、2018年)も、五世紀始めと書くのみです。古墳の年代決定についてはまことに難しいことは本ブログでも箸墓古墳を取り上げて詳述したことがあります(2013年2月25日記事4月8日記事)。この一連の記事の最後には、一時期もてはやされた炭素同位体による年代決定がすべてを決するとの「信仰」に近い議論がありました。その部分について過去記事を再掲します。
+++++箸墓古墳年代考(15、炭素年代(5))2013年4月8日記事 再掲
 前回のブログで物理研究者・新井宏氏の仕事を幾つか引用しました。炭素年代決定については氏が講演で用いたと思われる:
パワーポイント図が下記で見られます 
 中性子が窒素14に衝突して放射性炭素14に安定的・恒常的に転換するのであれば、窒素は大気の八割を占めるのですから、炭素14は炭素12の1兆分の一などと言った極微量であるはずはありません。したがって、この転換の発生確率は非常に低いはずなのです。そして其の生成物は、一兆分の一ときっちり定まっているわけではなく、相当のばらつきあるはずです。其の生成量が正規分布に従うのか、ばらつきはどの程度なのか?不明です。例えば、それが一兆分の0.5であったとすれば、推定年代には500年ほどの不確定さが生じます。ウラン238、ウラン235の放射壊変から岩石の生成年代を推定するに当たっては、未知数を四つにすることで、生成時の二つのウラン比をも同時に推定します。それによって推定誤差を小さくする工夫をしています。炭素年代決定法にあっても、そうした工夫がなされるべく、更なる研究開発を期待したいものです。
それに加えて、炭素14の残存量の測定にも多様な不確かさがあるようです。
190819炭素年代無題


上図で、縦軸は炭素14を用いた年代(BP、Before Present, 現時点から遡って勘定した年)です。例えば、1800は1800年前ということになります。その1800を右方向に見てゆくと横軸の250又は340辺りで黒い帯とぶつかります。これは、実際の年代を示し、250とあるのは西暦250年、340は西暦340年を意味します。炭素年代で1800年前と推定されたなら、実際の年代は西暦250-340年に相当するという関係を与えています。

IntCalは国際的な(全世界のデータの平均)標準ともいうべき炭素14年代と実暦年との対応グラフです。一方黒い帯は、日本樹木つまり年輪と炭素14から得た対応です。どちらも、西暦270年前後で大きな谷が見られます。遺物から検出された炭素14が少なければ、それは、年代が古いということです(図の左上)。270年ごろは、炭素14が異常に多かったのです。したがって、図の傾向からすれば、新しいはずですが、多分この時期に宇宙空間での何がしかの異常があり通常より多い放射性炭素14が生成されたのでしょう。その効果を勘案・補正すると上図のように、谷間風形状になります。偶々でしょうか?この時期に卑弥呼の存命時代が重なっているということになります。以上に多い炭素14の生成起源は宇宙の変動、或いは太陽活動の変動でしょう。卑弥呼亡き直後の列島の騒乱は宇宙変動が引き起こした地球気候変動でしょうか?想像は膨らみます。

 さて、話を戻します。この対応曲線上に、実際の土器に付着した炭化穀物(黒印)、土器以外の生物起源遺物(白印)の炭素年代を重ねます。同一の地層から出土したと思われる土器の炭素年代が大きくばらつくことが見てとれます(例えば、290年頃の地層の土器が1670年前から1920年前)。
 井氏は、「国立歴史民俗博物館が行った調査では、この対応曲線の構築に多くの問題点がある」と指摘し、更に指摘し付け加えて、土器の年代決定に関る問題を議論しています。報告書ではあたかも箸墓古墳から多数の土器を収集しそれに付着した炭化穀物を年代決定したかの記述があるが、実際は殆どの土器からは年代決定に耐えるほどの標本が得られていないことです。上の図に見るように、データがばらつく上に、統計的検証に耐えられるほどのデータ数も無いのです。

 箸墓古墳築造年代について、それが3世紀半ばとする歴史民俗博物館の推定と、私のシリウス星天空方位からの見積もりとの間には400年近い隔たりがあり、それを現時点では埋められないことを視てきました。私の議論は、誰にでも検証できます。これが「調査が科学的」であるための不可欠な要件です。一方、歴博の議論は、前回紹介したように、肝心の部分について、歴博外の研究者による検証が妨げられているとのことです。
%%%%%

 事ほど左様に古墳の築造年代推定は難しいとされています。と、いうわけで、本ブログ管理人が提示した造山古墳の(再)築造年代西暦967年についても、それを撤回することはせず、そのままとどめておきたいと思っています。
 そうであるならば、何故、10世紀半ばにこの古墳の(再)築造がなされたのか?その背景を推察する上で浮かび上がってきたのが
承平天慶の乱であり、7月26日記事 です。広島県宮嶋の厳島神社の西隅にひっそりとたたずむ清盛神社が示唆するのは「平家」一族の出自です。その出自を背負って京都に反逆を起こしたのが将門です。そしてこの将門の決起に呼応したのが藤原純友ではなかったのか?てな想像をしています。これに恐怖を覚えたのが京都にあって東国を軍事的に殲滅した藤原一族の末裔ではなかったのか。だからこそ、ここで、改めて鎮魂の意思表示をせねば成らなかった、と私は考えています。鎮魂はするが、全面的な名誉回復をしたくない。それが藤原一族に貫かれた意志であったのでしょう。同様が福島県の郡山の総産土阿左訶根神社です。神社由緒は「当該神社創建は資料焼失に依り不明とされているが、康平年間(1060年頃)に伊勢國阿邪訶より分霊を招祀したものが起源とされ、俗に、總産土大神(そううぶすな おおがみ)とも称される。」と、書きます。これも鎮魂であったのでしょう。

 次回は、吉備国にのこる神社群を考察します。
(つづく)

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+++++安倍氏の積み重ねし罪業の数々
 本ブログ記事冒頭でも書きましたが、安倍政治をやめさせねばいけない。あらためて、やめさせねばいけない安倍政治の罪業を振り返っておきます。
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福島原発電源喪失は津波来襲の前、謎の愛媛地震活動

酷暑期間の記事を短く抑えるために、今回予定した古代史記事は次回に順延します。
(本ブログは酷暑の時期に限り月木に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:(上)花生けの小枝で夏バテを癒す蝉;(下)油断してクヌギの木から転落した甲虫。“当宅に連れ帰ってリンゴ・ハチミツでも食わしてやろうか?”、と問うと「いや、ここで彼女を見つけにゃならんのです」と断ってきました)
190815蝉甲無題

  
 ダラダラと 汗滴(したた)らせ 歩きおる 散歩銀座に 老いぼれの群れ

 連日の暑さにへこたれてはならじと、多くの老いぼれが当地の散歩銀座をにぎわせています。よたよた・・ダラダラ・・・。散歩につき合わされているイヌもぜいぜいと大仰に喘いでいます。


 2011年3月11日の東京電力福島第一原子力発電所による事故は、地球上に起きた最悪の原子力じこであったと今や世界が認識しています。しかし、それは”想定外”巨大津波によったのであるからして「人知」を超えていたのであるから、防ぎようはなかったと政府と東京電力は苦しい言い訳を繰り返しています。だから「あの巨大災害には政府と東電は責任を負っていない」と、言い張ります。2006年の衆議院国会で、共産党議員から全電源喪失発生の可能性を指摘された際、安倍首相は「そんなことは起こり得ない」と一笑に付す答弁をしました。そのとおりの筋書きで事故が発生した後、あのときの答弁についてみずからの不明を陳謝するとおもいきや、一言の弁明もなく、あたかも無かったごとくです。そんな中、最近以下のような東電内部からの重大告発がありました。
%%%%%「福島第一原発は津波が来る前に壊れていた」元東電社員“炉心専門家”が決意
実名告発〜
 文春オンライン 福島第一原発 c共同通信社 文春オンライン・msnニュース
「文藝春秋」編集部  2019/08/13 05:30 福島第一原発事故から8年。
190815東電無題

 大事故を受けて、一時は「稼働中の原発はゼロ」という状態にもなったが、新しい安全基準(「新規制基準」)が定められ、現在、国内で7基の原発が稼働中だ(玄海原発4号機、川内原発1・2号機、大飯原発4号機、高浜原発3・4号機、伊方原発3号機)。
 2013年に定められた「新規制基準」について、電気事業連合会はこう説明している。
「東京電力(株)福島第一原子力発電所の事故では地震の後に襲来した津波の影響により、非常用ディーゼル発電機・配電盤・バッテリーなど重要な設備が被害を受け、非常用を含めたすべての電源が使用できなくなり、原子炉を冷却する機能を喪失しました。この結果、炉心溶融とそれに続く水素爆発による原子炉建屋の破損などにつながり、環境への重大な放射性物質の放出に至りました。こうした事故の検証を通じて得られた教訓が、新規制基準に反映されています」

元東電社員が突き止めた本当の事故原因
 要するに、「津波で電源を喪失し、冷却機能を失ってメルトダウンが起こり、重大事故が発生した」ということだ。
 この点に関して、津波の規模が「予見可能だったか、想定外だったか」という議論がなされてきた。しかし双方とも「津波が事故原因」という点では一致し、多くの国民もそう理解している。
 ところが、「津波が原因」ではなかったのだ。
 福島第一原発は、津波の襲来前に、地震動で壊れたのであって、事故原因は「津波」ではなく「地震」だった――“執念”とも言える莫大な労力を費やして、そのことを明らかにしたのは、元東電「炉心専門家」の木村俊雄氏(55)だ。
 木村氏は、東電学園高校を卒業後、1983年に東電に入社、最初の配属先が福島第一原発だった。新潟原子力建設所、柏崎刈羽原発を経て、1989年から再び福島第一原発へ。2000年に退社するまで、燃料管理班として原子炉の設計・管理業務を担当してきた“炉心屋”である。
 東電社内でも数少ない炉心のエキスパートだった木村氏は、東電に未公開だった「炉心流量(炉心内の水の流れ)」に関するデータの開示を求め、膨大な関連データや資料を読み込み、事故原因は「津波」ではなく「地震」だったことを突き止めた。
「津波が来る前から、福島第一原発は危機的状況に陥っていた」
「事故を受けて、『国会事故調』『政府事故調』『民間事故調』『東電事故調』と4つもの事故調査委員会が設置され、それぞれ報告書を出しましたが、いずれも『事故原因の究明』として不十分なものでした。メルトダウンのような事故を検証するには、『炉心の状態』を示すデータが不可欠となるのに、4つの事故調は、いずれもこうしたデータにもとづいた検証を行っていないのです。
 ただ、それもそのはず。そもそも東電が調査委員会に、そうしたデータを開示していなかったからです。そこで私は東電にデータの開示を求めました。これを分析して、驚きました。実は『津波』が来る前からすでに、『地震動』により福島第一原発の原子炉は危機的状況に陥っていたことが分かったのです」
 7基もの原発が稼働中の現在、このことは重大な意味をもつ。「津波が原因」なら、「津波対策を施せば、安全に再稼働できる」ことになるが、そうではないのだ。
 木村俊雄氏が事故原因を徹底究明した「福島第一原発は津波の前に壊れた」の全文は、 「文藝春秋」9月号 に掲載されている。
%%%%%(「文藝春秋」編集部/文藝春秋 2019年9月号)

 上掲の記事で引用されている国会事故調査委員会報告書が、このことに言及しています。すなわち、全電源喪失が巨大津波襲来の前に発生していたと推断できることを地震学的根拠に基づいて考察しています。
国会事故調 東京電力福島原子力発電所 事故調査委員会、229頁
 190815事故調査委員会0無題

190815事故調査委員会無題


 蛇足ですが、上記の主張を図示したものが以下です。
(図:国会事故調査委員会報告書の当該部分。〜甘展餐喙困狼霏臘吐判瑛茲砲茲襦△箸療貪妬鷙陝法┃∩甘展餐喙困狼霏臘吐氾来前であるとの国会事故調査委員会報告;8胸厠枠電所サイト;つ吐噺|離轡好謄狎瀉崔賄澄平絨蟻定で検知);ヅ貪展業に押し寄せる津波(参考:津波の伝播速度公式の導出 )
電源喪失6953

 上の図で着目すべきが,鉢△任后
 東電報告書()は全電源喪失は巨大津波が到達した15時36分頃に発生したと書いています。
 一方、国会事故調査委員会報告()は、15時36分には巨大津波は原発には到達していなかったはずであり、15時36分に起きた電源喪失を津波に帰することはできない。と、書きます。

 国会事故調査委員会の論理が図のぁ↓イ納┐気譴討い泙后
 原発から沖合い1.4kmに設置されていた津波検知システムが15時27分と15時35分に津波の通過を記録していた。最初の津波は波高が高々4mであったので、海水面上10mに建設されていた原発には影響を与えなかったはずである。二つ目の津波は15時35分に検知器上を通過し、それは巨大な波高を持っていた。
 この巨大津波が、原発サイトに到達するのに要する時間を、国会事故調査委員会は詳しく吟味したのです。
 東電報告書では、その所要時間を一分と見積もり、15時36分の電源喪失時刻であるとした。一方、国会事故調査委員会報告書では早くて二分、あるいはそれ以上と見積もったのです。津波の海水面上を走るスピードは海底の深さに強く依存します。浅いほど遅くなります。となると、津波のスピードをより正確に見積もるには海底の深さを知らねばなりません。東電は、その津波スピードを1.4km/分と見積もりますが、これは時速にすると80km/時間となります。理論によれば、そのスピードを生成できる海底の深さは50m以上です。ここで注意せねばならないことは津波が陸に近づくにつれてそのスピードは落ちますから、見掛けのスピードはもっと小さく多分半分ほどとなります。すなわちもっと時間がかかるということになります。このことだけで、東電報告書の不正確な議論が露呈していることになります。
 しかし、念のために国会事故調査夷委員会の考察についても、検討しておきます。 
三陸沖(北部)海底地形,地質構造調査を参考にするならば、三陸沖では10kmで海水面の深さは120mを超えないようです。とすれば1.4kmの直近では水深は高々17mとなります。そこでのスピードを理論式から見積もると800m/分となります。原発にちかづくほどそのスピードは落ちますから、実効スピードを400m/分とすれば、実に津波が原発サイトに達するには三分半ほどかかるということになります。まさに国会事故調査報告での巨大津波の原発到達の推定時刻、そしてそれを導き出した論理は説得的であるということになります。と、するならば、全電源喪失の真因を津波以外に求めねばなりません。それは地震以外にはありえないことになります。

 さて、こうなると、既存の原子力発電所の地震に対する安全性について、改めて厳しい吟味が求められます。稼動していない原発と雖も、そこには膨大な量の核燃料が貯蔵されています。それらの核燃料は、常に水でもって臨海反応に達することの無いよう抑止されているのです。つまり危険はらみなのです。
 現在考察している中央構造線にそった四国・愛媛県伊予には大方の研究者の危惧を省みずに佐多岬半島付け根に設置されている伊方原子力発電所が稼動しています。その伊予近辺で異常な極微小地震活動があるとすれば、注意深く見て置くべきやもそれません。

+++++四国・徳島から愛媛にわたる極微小地震活動
 前回記事で簡単に触れましたが、三重県中部で6月25日頃に発した“微小地震騒ぎ”を追跡していたところ、8月9日頃から今度は愛媛県伊予地方南部での地震活動を気象庁が報じるようになりました。
(図:(上) 2019年5月1日から8月9日までの四国とその周囲の微小地震活動。地震規模下限m>0;(下)辺AB(横軸)に沿った地震発生時期(縦軸))
190815北四国無題


 手持ちのPCの能力(capacity)を勘案しながら、四国での極微小地震活動を調べたものが上の図です。四国北部の西から東に掛けて5つほどのクラスタ(群)が見えます。それらの発生時期が下の図からわかります。
 こうしてみると、なにやら東から西に微小地震活動は遷移しているように見えます。この活動が豊後水道を隔てて熊本の地震活動と何がしかのかかわりがあるのだろうか?大いなる関心があります。いずれ、調べることになります。
 極小さい地震群がテクトニックな地域変動の何を反映しているのか?興味深いことです。が、現ブログ管理人には当面尤もらしい解釈が思い浮かびません。

 うっかりして書きそびれてきましたが、マグニチュード=0に相当する地震が地殻内に作る断層の長さは10m程度、断層面上での地盤のズレ量も高々cmのオーダです。こうした微小の変動が大局的なテクトニックス変化を反映しているのか?その理屈はそう蔵しがたいのですが、少なくもその発生パターンは上の図をミル限りでは乱雑ではないようです。それにしても現在の日本列島上に設置されている気象庁、各大学の手になる地震計群は書くも小さな地震までも捕捉(ホソク)しているのです。にもかかわらず、地震予測(ヨソク)はできていない。地震学研究に「哲学」(のようなもの)が欠落している。それではないかと思っています。「大言壮語」(本質を見抜く)する人材、出でよ!!と思っています。

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+++++政治を語る
 率直に言うならば、以下の記事は共産党の「哀しい片想い」に終わって欲しいと思っています。 
%%%%%共産党とれいわ新選組の統一会派は、なるかならないか
いくら何でもそうはならないだろうと思っているが、共産党側はどうやられいわ新選組を自分たちの陣営に引き摺り込みたいようである。

野党共闘なり野党再編の舵を握るために、勢いのあるれいわ新選組の山本太郎氏の力を借りたいのだろう。
共産党がジリ貧であることは、関係者の皆さんにはよく分かっておられるようだ。
共産党で街頭に立っているのは、大体は高齢者の方々。
熱心にビラ配りをされているのだが、しかし若い人が決定的に少ない。

候補者には若い方や女性を並べているが、支援者は殆ど高齢者。
ポスターだけ見て投票する人には若い共産党をアピール出来るだろうが、街頭演説の会場でビラ配りをされている方は殆どが年輩の方々である。
とても清新さを感じることが出来ない。

れいわ新選組の街頭演説の会場から伝わってくる熱い熱気を何としても取り込みたい、と考えるのは自然なことである。

共産党の候補者に投票していた方々が今はれいわ新選組に流れ始めている、という緊迫感、緊張感が今なお続いているということだろう。

山本太郎氏は、自分たちにメリットがあることが確認出来たら何でもやってのけるタイプのようだから、この先何があるか分からないが、今のところ共産党とだけ手を組んでも先の展望が描けないだろうから、野党共闘の流れが本格化するまでは自分の方からは何もしないはずである。
%%%%%
 共産党が「伝統」なるものに固執して、その名称変更を真剣に検討しないのであれば、統一会派構想は、「レイワ」のさらなる飛躍の足かせになると思っています。それに加え、レーニン主義に囚われた「民主集中制」なるものが、個々の構成員の「みずからの言葉で語る」自由すらも奪っていることも「れいわ」の自由な思考を妨げかねないと危惧しています。共産党執行部がよしんば正しい主張をしていても、それを末端が自分の言葉で語ることが許されないのが共産党です。こうした頑迷な組織との「統一会派形成」は「れいわ」のさらなる影響力拡大を妨げます。共産党が心から国民の「反安倍」なる意志の結集を志すならいまや党名にこだわるべきではなかろう、と思っています。ましてや昨今の香港での政争は、「共産党」像への負のイメージを膨らませます。これが、国民からの支持獲得に大いなる足かせになっていることを何故、幹部は知ろうとしないのか?不思議です。

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謎は三重から伊予南へ,せこい悪は逃げ切るのか(森友)?

(本ブログは酷暑の期間に限り月木に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真: CIMG白鷺つあー6931   

 白鷺の グループ・ツアーの お目当ては 田のザリガニと 当地の青蛙か

 このところ当地では白鷺のグループ・ツアを頻繁に見かけます。必ず、一羽の親分格が少し離れたところからツアーメンバを見守っています。親分はどのようなシステムで決定されているのか興味深いので、近寄ってインタビュせんとしたのですが、警戒されてしまいました。

 世の常識に照らして「犯罪」と思っていたことが、またしても検察庁によって否定されてしまいました。同やら、我が国の検察庁の物差しの目盛りは逆向きについているようですな。
%%%%%森友事件不起訴/国会は佐川氏の再招致を(神戸新聞)
https://www.kobe-np.co.jp/column/shasetsu/201908/0012597904.shtml  学校法人「森友学園」を巡る財務省の決裁文書改ざんや国有地の大幅値引き問題で、検察審査会の「不起訴不当」議決を受けた佐川宣寿元国税庁長官ら10人を大阪地検特捜部が再び不起訴とした。発覚から2年余り。一連の問題は、一切の刑事責任を問うことなく幕を引く。
 だが、政権への忖度(そんたく)はあったのかという疑惑の核心は、くすぶり続けている。官僚が公文書を改ざんし、廃棄した事実は重い。行政の公正性が揺らぎ、国民の信頼を裏切る不祥事だ。
 だからこそ検審は法廷での真相解明を求めた。その判断を退け、官僚の不正に目をつぶった検察の結論は、多くの国民を失望させるものだ。
 財務省の調査報告書などによると、学園が国有地で計画した小学校の名誉校長には安倍昭恵首相夫人が一時就任していた。首相夫人付き政府職員からの照会や政治家秘書らの要請後、財務省は学園側の主張に沿う対応に方針転換していた。
 こうした経緯を記した決裁文書から首相夫人らに関わる記述を削除するなどした改ざんは、安倍晋三首相が国会で「私や妻が関わっていれば、総理も国会議員も辞める」と強弁した直後に始まっていた。これらの因果関係は曖昧にされている。
 不起訴決定について大阪地検は「十分捜査したが、起訴するに足る証拠は得られなかった」とした。政権との摩擦を避け、不起訴ありきの再捜査だったのではないか。疑念を晴らすためにも、再捜査の経緯と不起訴の根拠を十分説明すべきだ。
 一方で、決裁文書の改ざんを強要されたとのメモを残して昨年3月に自殺した近畿財務局職員について、同財務局は労災に当たる「公務災害」と認定した。官僚のモラルを逸脱した改ざん行為が、過重な負担となっていたと認めたことになる。
 改ざんを指示したとされる佐川氏らが刑事責任を問われないのは、なおさら理不尽に映る。
 司法が立件を諦めても、国会には行政の不正をただし国民の疑念を解消する責任がある。佐川氏は刑事訴追の恐れを理由に国会での証言拒否を繰り返してきた。その恐れがなくなった今こそ再招致し、改ざんの動機や経緯をたださねばならない。 
%%%%%

+++++謎は三重から伊予南へ
 気象庁が公開する地震データベースは、利用者にとっては使い勝手が悪い。そこで、必要なものだけを選び出して、みずからのPC内にファイルとして組み替えて作り直す。この作業を本ブログ管理人は五日ごとに継続して行っています。7月21日―25日の期間でその作業を行ってる際に気づいたのが、三重県中部なる文字の連なりです(8月8日記事参照)。地震規模がマグニチュードにして"1"にも達しないほどの微小地震が数多く起きています。これは何じゃい?というわけで、この地震活動の推移を見守っていたところ、今度は愛知県西部の文字列、奈良県の文字列が目に付くようになりました。
(図1:気象庁データ・ベースより抜粋)
<<2019.08.04>>
2019 8 4 00:23 53.4 35° 1.9'N 137°14.8'E 36 0.0 愛知県西部
2019 8 4 00:24 18.5 35° 1.9'N 137°14.8'E 33 -0.1 愛知県西部
2019 8 4 00:24 39.6 35° 2.4'N 137°14.6'E 33 0.0 愛知県西部
2019 8 4 00:25 0.4 35° 2.5'N 137°17.1'E 32 -0.1 愛知県西部
2019 8 4 00:25 16.2 35° 0.3'N 137°15.1'E 35 -0.1 愛知県西部
2019 8 4 00:25 19.2 28°12.1'N 129°29.0'E 24 0.5 奄美大島近海
2019 8 4 00:26 13.2 37°51.9'N 144°29.4'E 46 2.5 三陸沖
2019 8 4 00:26 34.5 35° 4.7'N 137°16.3'E 33 -0.1 愛知県西部
2019 8 4 00:27 57.4 37° 7.2'N 139°56.6'E 2 -0.1 栃木県北部
2019 8 4 00:28 28.4 34°41.7'N 132°49.8'E 17 0.3 広島県北部
 ・
 ・
 ・
2019 8 4 00:56 54.9 35° 0.4'N 137°20.1'E 38 -0.2 愛知県西部
2019 8 4 00:57 42.8 35° 0.4'N 137°20.1'E 38 -0.1 愛知県西部
2019 8 4 00:57 59.1 35° 0.4'N 137°22.0'E 37 -0.1 愛知県西部
2019 8 4 00:58 13.6 35° 0.4'N 137°20.1'E 38 -0.5 愛知県西部
2019 8 4 00:59 13.0 36°48.5'N 140°35.3'E 6 -0.2 茨城県北部
2019 8 4 01:00 0.2 35° 9.7'N 132°35.9'E 10 0.0 島根県西部
2019 8 4 01:00 10.6 28° 4.3'N 129°14.6'E 28 1.9 奄美大島近海
2019 8 4 01:00 14.7 35° 0.2'N 137°21.8'E 31 0.0 愛知県西部
2019 8 4 01:00 21.5 34°59.3'N 137°22.1'E 35 0.0 愛知県西部

<<2019.08.05>>
2019 8 5 01:24 4.9 32° 6.4'N 132°20.6'E 16 1.3 日向灘
2019 8 5 01:25 45.5 33°53.8'N 135°43.6'E 33 -0.2 和歌山県南部
2019 8 5 01:25 48.5 43°41.7'N 147°18.1'E 42 2.5 北海道東方沖
2019 8 5 01:27 37.7 33°54.3'N 135°44.5'E 36 0.0 奈良県
2019 8 5 01:29 19.2 33°54.6'N 135°43.0'E 35 -0.2 奈良県
2019 8 5 01:31 12.2 36°25.7'N 141° 1.2'E 33 0.6 茨城県沖
2019 8 5 01:31 26.2 33°56.9'N 135°49.0'E 36 0.1 奈良県
2019 8 5 01:32 17.2 33°57.9'N 135°48.8'E 30 0.1 奈良県
 ・
 ・
 ・
2019 8 5 01:37 38.3 33°55.7'N 135°42.9'E 34 0.0 奈良県
2019 8 5 01:38 30.9 37°29.1'N 141°43.2'E 31 0.8 福島県沖
2019 8 5 01:38 53.2 33°55.5'N 135°42.3'E 34 0.1 奈良県
2019 8 5 01:38 57.8 33°54.1'N 135°39.8'E 34 0.3 奈良県
2019 8 5 01:39 10.0 33°56.2'N 135°44.0'E 37 0.1 奈良県
2019 8 5 01:39 20.6 33°57.7'N 135°42.3'E 33 -0.3 奈良県
2019 8 5 01:40 28.9 32°22.3'N 130°33.8'E 7 -0.3 熊本県天草・芦北地方
2019 8 5 01:41 13.9 36°27.7'N 138° 2.4'E 4 -0.9 長野県中部
2019 8 5 01:41 44.5 33°54.5'N 135°44.9'E 29 -0.1 奈良県
2019 8 5 01:43 0.9 36°49.6'N 140°35.4'E 7 0.1 茨城県北部
2019 8 5 01:43 25.3 33°55.5'N 135°39.2'E 33 -0.2 奈良県
2019 8 5 01:45 43.9 31°48.0'N 131°48.8'E 23 0.7 日向灘
2019 8 5 01:46 33.5 35°52.0'N 137°38.2'E 9 0.7 長野県南部
2019 8 5 01:47 28.1 32° 2.6'N 131°54.6'E 27 0.7 日向灘
2019 8 5 01:48 29.1 33°55.5'N 135°43.3'E 36 -0.3 奈良県
2019 8 5 01:48 56.1 33°56.4'N 135°43.0'E 39 0.0 奈良県
2019 8 5 01:49 1.1 33°54.8'N 135°45.8'E 29 -0.2 奈良県
2019 8 5 01:51 5.6 34° 7.1'N 135° 6.5'E 8 0.5 紀伊水道
<<
%%%%%デタ例表示終わり

 そこで、紀伊半島と愛知県西部を含む領域について、最近の地震活動を調べ、その一部を8月8日ブログ記事に掲載しました。奈良県の地震活動は三重県に始まる地震活動が南西方向に漏れ出して起きているかのごとく見えますが、愛知県のそれは、一見三重県の地震活動とは独立しているように見えます。言葉を変えれば、二つの地震活動は同一の地震環境がもたらしたものであるがゆえに(けれども?と書くべきか)、個々の関係は無関係に見えているのだろうと考えています。
(図2:2019年7月21日以前、5月16日から群発活動後二週間までの地震活動)
190812_三重群発x無題


 興味深いことは、今般の7月21日の突発的地震活動に先行する三週間前にほぼ同じ場所で激しい微小地震活動が発生していたことがわかります。そしてその6月9日活動の前はきわめて静穏です。この静穏の地震学的意味は何か?回答:・・・・・であります。

 この三重県の突発的な地震活動は気になります。8月8日の記事では5月16日以降の地震活動に限っています。この期間を時間的に遡って設定し、詳しく眺めて行けば良いのですが、当方のPCの物理的環境がそれを許しません。期間を長く取れば、扱う地震数がそれに応じて増加し、結果として私のPCの容量を超えてしまう。
 地震数を減らすためには扱う地震規模の下限を大きくすることです。通常の地震活動のありように照らすならば、地震数はマグニチュドの増加に伴って減少します(グーテンベルグ・リヒタの法則)。従って下限を大きくしてもそれなりに通常の活動をうかがわせる地震活動が見えてくるはずです。ところが、この三重、愛知、奈良の地震活動についてそれを適用すると不思議なことには、活発な地震活動が消失してしまうのです。どうやら、この地域の微小地震活動は、グーテンベルグ・リヒタ則が成立せず、「特殊」のようです。
 そこで、この作業を諦め、気象庁のHPから直近の地震を検索します:
%%%%%(1)2004 年9月7日 08 時 29 分頃の東海道沖の地震について 
(図3:2004 年9月7日 08 時 29 分頃のM7.4地震)
190812_0409a無題

 このM7.4 の地震は、日本中の地震防災関係者を「“スワッ!!南海トラフ巨大地震来襲か!」と「恐怖」に戦(おののかせ)せました。幸いにして、これが来るべき南海トラフ地震の直前の前兆地震ではなかったようです。この地震からすでに15年が経過していることからそのように大方は判断したがっています。

 もうひとつが今般の三重県の地震活動の極近傍でおきた地震です。
%%%%%(2)2007 年 4 月 15 日 12 時 19 分ころの三重県中部の地震について
(図4:2007 年 4 月 15 日三重県中部M5.4地震)
 2007 年 4 月 15 日 12 時 19 分ころの三重県中部の地震について 

(図5:2007 年 4 月 15 日三重県中部M5.4地震の発震機構解)
2007 年 4 月 15 日 12 時 19 分ころの三重県中部の地震について

 発震機構解はほぼ東西圧縮の逆断層型とされています。が、気象庁による記者発表は、この地震についてのテクトニック視点からの解釈が付されていません。
(図6:2007年4月15日地震を挟む前後二週間強の地震活動)
190812_0715x無題

 
  図でみるようにこの地震も周囲との関連をうかがわせるような活動が見当たりません。三重県の突然の群発地震活動は、現時点では調査の手詰まりを思わせます。と、思っていたところ、新たな情報が飛び込んできました。
(図7:気象庁データベースから抜粋)
190812_四国群発x無題

 なんと、今度は“愛媛県南予”なる文字列がずらりと並びます。もしかして中央構造線か?それとも南海トラフでの『変調』の反映か?気持ちが悪いことです。まずはその活動を次回に詳細に見ることにします。
(つづく)

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阿宗−造山古墳、紀伊半島を北東−南西に縦断する奇妙な微小地震活動

(本ブログは平時にあっては月水金に更新されますが、酷暑の候では月、木に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
( 写真:この夏は 空蝉(実)の"なり“具合がはかばかしく”ありません)
空蝉6925


 この夏は たわわならず 空(うつ)せの実(み) 桜樹の元に モグラの土盛

 私の散歩コースにある公園の桜の樹には、夏になると幹、枝は言うまでもなく葉にも折り重なるようにしてせみの抜け殻(空蝉=ウツセノミと現ブログ管理人は呼んでいます)が張り付いています。ところが、今夏は趣が違っています。いつものような「タワワ」感がありません。思えば、この冬から夏に掛けて、桜樹の根元に夥しいモグラによる土木工事痕がありました。どうやらこのモグラ供が空腹にまかせ地中の蝉の幼虫を食い尽くしてしまったのではなかろうか、と疑っています。

 選挙中は「放送禁止物体」であった山本太郎氏が「れいわ新選組」の台頭によってTVで語る機会が多くなりました。選挙前に何故あのすさまじい国民の関心を報道してこなかったのか。
れいわ・山本代表生出演 “天下取り”への勝算は(19/08/03) 

 さらに日本ジャーナリスト協会での会見も大変興味深いので視聴をお勧めします:
山本太郎 れいわ新選組 代表 記者会見 2019年8月7日

 会見に集まった記者さんの最大関心事がすぐにでも来る衆議院選挙です。野党の核と誰しもが期待する立憲民主党の腰がどうにも定まりません。
%%%%%もめる野党にうんざり 与党も与党で/政界地獄耳 2019年8月8日8時19分 日刊スポーツ

★立憲民主党と国民民主党の合流と野党共闘が相変わらずもめている。選挙で負けるたび次の選挙のためにまとまらなくてはと言い合う野党のばかさ加減はもういいかげんにしてもらいたい。参院選挙の前にこの程度の議論が進められない野党に国民があきれるのは当然、敗北も当然だ。あいつは嫌いだが、我慢しろ。あの党のことは許せんが我慢しろ。なぜならあなた方のためではなく国民のための政治を考えれば、ここ数年のレベルの低い小競り合いは見たくない。立憲の党代表・枝野幸男と国民の党代表・玉木雄一郎はこの程度をまとめられないならば早々に政界の中枢から退場してもらいたい。

★野党の寝ぼけた議論にうんざりしていたら与党も無風ではなさそうだ。6日、公明党代表・山口那津男は会見で自民党内にはびこる憲法改正への道筋は「参院選勝利で民意を得た」という論調と、党内にあるそれは当然という風潮に「何の民意を得られたのかさっぱりわからない」と強い不快感を示した。今までも自民党の無理難題に反発しながらげたの雪のごとく、その都度理屈をつけてついていった公明党もそろそろ自民党と与党を構成している限界が来ているのではないか。

★山口は「議論が進むような土俵をつくる与野党双方の努力がまず必要。何を議論するかは土俵を整えた上でのことだ」としたが、もう自民党には時間稼ぎにしか映らないだろうし、この根幹の政策が全く違う両党こそ閣外不一致で連立を解消すべきなのではないか。国民から見れば「民意を得られたのかさっぱりわからない」は両党の関係ではないのか。
%%%%%(K)※敬称略

 おもえば、野党の束ね役と誰しもが期待した枝野氏は、年始に伊勢神宮を詣で、さらには米国にも詣でたそうです。そこから、みずからを( 思想的に)変貌させてきた、とは政界通の言です。何よりも野党統一行動への消極的言動が目立つようになった、と指摘する人も少なくないようです。枝野氏を政治家としての原点に立ち返らせることができるのは「太郎ちゃん」しかいない、と思えます。

+++++吉備国(再)
 前回記事の冒頭で以下を書きました:
「星信仰」の「星」とは「北極星」であるとほとんどの古代日本列島歴史の研究者は、考えています。それは「北辰」信仰と称されます。また日本列島に数多くみられる妙見山とそこから導かれる「妙見信仰」も、北極星信仰の別称と考えられています。こうした星座信仰への思い込みのたに、 シリウス星信仰の存在が隠されてきました。
 もっともそれを、研究者・学者さんの不勉強に帰することは、学者さんには気の毒です。なぜなら、日本列島に七世紀末まで厳然として存在した「シリウス星」信仰を力づくで押しつぶし、日本列島の歴史から排除してきたのが奈良盆地に拠した「藤原不比等」政権であったからです。

 天空上の星に自然理解の拠り所をもとめ、精神的な安定を得るという思考は全世界に共通するものです(例えば本ブログで連載した「宗教と科学」シリーズ参照)。しかし、紀元前・後の時期にあっては、大陸「中国」と、遠く西域の民とでは発想が違っていたらしい。これについては、多分詳しい研究があるのだろうとは思いますが、私はそれらを渉猟する能力と言語力が残念ながらありません。浅薄な俯瞰を許していただけるとするなら、大陸「中国」にあっては、不動であることが「正義」、「倫理」なる普遍的「真理」であり、それが「皇帝」の存在理由ともなった。藤原不比等は日本列島の精神史を構築する上でこの発想を基盤とした。勿論、藤原不比等の政治体制構築が大陸の隋・唐の後押しで構築されたことも大きな推進力であったからでしょう。そこにはことさら北極星を「支配論理」に露に持ち込むことも必要ではなかったようです。

 藤原不比等が日本列島精神史構築に知恵を絞る前の宗教状況を日本書紀は以下のように書いています:
%%%%%原文:神代下
於是、二神誅諸不順鬼神等、〈一云。二神遂誅邪神及草・木・石類。皆已平了。其所不服者。唯星神香香背男耳。故加遣倭文神。建葉槌命者則服。故二神登天也。〉倭文神。此云斯図梨俄未。〉果以復命。

文意:岩波文庫「日本書紀(一)」120頁
 ここにおいて、二神(武甕槌神、経津主)は諸々の不順(まつろわぬ)鬼神等を誅(せいばつ)することとした。〈或る伝承は以下のように書く:二神は遂に邪神を征伐したさらには草・木・石に宿る神をも屈服させた。かくして皆これに平服した。しかし、其所そこ〉に不服者(従わない)者たちがいた。それは星神(ほしのかみ)である香香背男(かがせお=こうしょう=こしおう)であった。そこで倭文神(わぶみ)を派遣した。さらには建葉槌命(たけはつち)を派遣したところ平伏した。こうして二神は天にもどった。〉倭文神を斯図梨俄未(しとりがみ)と言う。〉こうして命を果たして復した。
%%%%%
 上に引用した日本書紀記事中にある “唯星神香香背男耳”を、研究者たちは、「北極星」信仰と決め付けてしまった。それは藤原不比等の政治的思惑が貫かれていたからです。藤原不比等が率いる奈良の軍事政権はこの集団を平服させるのに、“東夷征討”と称して多大な軍事力による残虐な征討を敢行したのです。それでも民意を屈服させることができなかった。そこで、“文化”攻略を併用したのです。一例が、シリウス族影響力の中心にあった建築物を「一見保存するかに装って」内実はそれを否定するという「慰撫の策略」をとった。それが「逆シリウス」であったと考えています。

 その新たな実例が吉備国、現在の岡山県の造山古墳であると現ブログ管理人は考えています。
 8月2日の記事で、造山古墳は、その呼称の中にこの古墳造成に関わる「謂れ」(あるいは言い伝え)が含意されているのではないか、と書きました。「謂われ」とは、何がしかの歴史的事象を後世に対して秘匿するために人為的に既存の墳墓を作り変えたか、あるいは他所に存在した墳墓を改変という作業を加えつつ移築したのではなかろうか、等というものです。

(図1:本ブログで考察される場所:ゝ款觧魁´阿曽地区 作山古墳 ぢせ蓋妬 サ犯中山(吉備津、吉備津彦神社など)Πそ/声辧´Ш脳綛眈尚隹戞´╂嶌篁魁´大平山 こうもり塚古墳。7月8日記事より 拡大は図のクリックで)
190708_岡山A無題

 造山古墳の考察の手がかりは、その北々西に存在する阿宗神社(図1のΑ砲任后この神社の由緒は定かでなく、「創建年」不詳とされています。この神社に通ずる参道はまさにシリウス方位です。そしてその延長線上に造山古墳(図1のぁ砲位置(方角)しています。

(図2:阿宗神社と参道)
190708阿宗_岡山無題

 神社の南東域に広がるのが 「阿曽」地区です。造山古墳造成の際に遠く九州の火山性凝灰岩が使われていると考古学者は語ります。その関係者が住まった地区が「阿曽」と思えば、阿宗神社が造山古墳造成と密接に関わっていたとの推測は合理的です。

 そこで、本ブログの常套手段である「方位算出」でもって、その関係構築の年代を推定してみます。
%%%%%阿宗―造山古墳方位
-->exec('C:\FR55G_B\SCI_lesson\cl_delazm.sci', -1)
阿宗神社(lat,lon)=[34.7133 133.7788] 
造山古墳(lat,lon)=[34.6739 133.8035]
Dlt,Azm,Bzm(距離、方位、逆方位) 4.9-km 152.72 332.74 0.04deg
-->exec('C:\FR55G_B\SCI_lesson\sirius2age.sce', -1)
Angle?(0:stop)=152.72
%%%%% azimth= 152.7,age= 967.5(西暦年)
 阿宗神社から眺める現在の造山神社の方位は北から時計回りに測って152.7度です。これをシリウス星天空遷移則に適用します。この方位を地上に写し取った年代は西暦967.5年と算出されます。尤も、この年代は造山古墳軸の中央点を古墳の座標位置と考えています。神社と、古墳の距離がわずかに4.9-kmと小さい場合は、古墳の位置として、南西端を使うのか、北東端をつかうのかで、その見積もりは20年ほど異なってきます。つまりそれだけの誤差があることになります。年代は10世紀の後半ということになります。
 ウイキによれば、築造時期[編集]は
「墳丘の現在の形状、これまで出土した埴輪の制作時期などから考えて、本古墳の築造時期は5世紀前葉末から中葉はじめ頃と推定されている[5]。
記紀に現れる吉備津彦の陵墓は、足守川を挟んで西に5km弱ほど離れた岡山県内の中山茶臼山古墳(明治7年に宮内庁指定陵、築造は3世紀後半から4世紀)に比定され、現在はそれ以降の築造と考えられている。」
と、書きます。

 私は、上で算出された年代、すなわち西暦10世紀半ばの時期から直ちに連想したのが
“承平天慶の乱”です。八世紀末のアテルイの乱が一見静まった後も、焼けぼっくいは全国でくすぶっていたのではなかろうか、と考えるからです。
(つづく)

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 連日の酷い暑さの中、当ブログ記事量はできるだけ短く治めておきたいと思ったのですが、「わけのわからない現象が目に付いたので以下に掲載しておきます:
+++++奈良県南東部から愛知県にかけての謎の微小地震活動
 7月31日記事で参議院選挙開票日の7月21日に三重県松阪界隈で突然微小地震活動が勃発したことを書きました。私は、これは「政権にしがみつく安倍一派の陰謀」ではないかとの説もありえうるかのごとき地震活動であると(半ば冗談で)書きました。しかし、この"陰謀説"もその後の同地域での活動の推移を眺めると成立しないことがわかります。それは、21日の地震活動から約二週間後の8月4日ごろ、奈良県南西部と愛知県で似たような活発な微小地震活動気象庁データベースに報告がされているのです。図3はその概要を示しています。
(図3:ゝ伊半島界隈の謎の地震活動。地震のマグニチュードが色で示されている。赤はまぐにちゅーどが−1から1の小さい地震。△篭觀僧琉ABを五等分に分割し、それぞれの地域での地震活動分布;が地震数の日ごとの発生数。拡大は図のクリックで)
190808三重無題


 でみるように7月21日以前は、矩形領域ABは静穏であったのです。それが三重県松阪での出来事を契機に突然活発になります。

(図4:た泯韻龍觀僧琉萋發涼録務萋阿了空間分布(縦軸は 2019年7月1日からの経過日数、最上部は8月6日23時;横軸は矩形領域内のAからの距離);サ伊半島西部和歌山市近辺の定常的地震活動。拡大は図のクリックで)
190808和歌山無題


 図4い巴羆部の地震活動は三重県北東部(松阪)界隈の地震活動を示しています。その活動がじわじわと南西部に漏れ出し、8月4日頃に奈良県南西部での地震活動につながります。同時に全く三重県の地震活動とは独立であるかのように、愛知県でも地震活動が、ほぼ同時期に始まっています。一体、この活動の本性は?まさか来るべき南海トラフ地震の予兆ではあるまいな?更なる調査を続けねば成りますまい。
 図イ蕨族了劃床爾涼録務萋阿任后時間的な活動の変動もなく、いわば定常的にこうした地震が起きています。それだけに矩形領域ABでの活動の特異性が目をひきます。
(つづく)

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妙見と北辰、火山マグマの上昇速度

2019年8月5日(月)
お知らせ:酷暑と高齢のため、週三回のブログ更新をしばらくの間(酷暑の間)二回に減らします。ご理解いただきますようお願いいたします。と、いうわけで次回記事は木曜日に掲載します。
(本ブログの更新日は酷暑の期間に限り月、木と致します。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:酷暑の日々であるのに、朝方はカナカナの鳴き声が聞こえます)
 カナカナ蝉6914

 カナカナが 鳴けども秋は まだ先じゃ 蕩ける脳で がんばる老いぼれ

映画「新聞記者」にも登場する内調とは一体どんな組織か。官邸を知る記者や元官僚が対談

 二年前の民進党分裂に際して枝野幸男氏が立ち上がった。まさに政権をとりにいくという気概を見た思いがしたものです。当然一強の安部政権を打倒するべく、反安倍糾合のために大汗をかくのかと思いきや「数あわせには走らない」、「小沢氏には寝首を書かれるかもしれない」などと保身に走る醜態を晒しました。そこには政権をとるといった「大望」を努小曾に投げ捨てた惨めな姿のみを見る思いがしたものです。
 これでは、大多数国民の意思を体現できないと、山本太郎氏が決起しました。山本太郎氏の候補者擁立の論理を法学者小林節氏が見事に支えています。
190805小林節20494


+++++
 古代「吉備」と呼ばれた現在の岡山県に残る大きな古墳、中でもその大きさで全国四位にランクされる造山古墳は前方後円墳です。その前方と後円の中心を貫く線を「軸」と呼ぶことにすると、その軸は北々東―南々西を向いています。本ブログ管理人はこの方位を「逆シリウス」方位として特徴付けしてきました。この方位は、主として前方後円墳の軸に観察されます。円墳では、その対称軸が定まらなにので、当然「方位」なる特徴づけはできません。こうした前方後円墳は奈良盆地の東側に多くみられます。それについてはいずれ議論の機会があるはずです。

 さらには、この方位は時に神社の拝殿、あるいは拝殿に通づる参道方向でも見ことができます。そうした配置を持つ場所は、古代日本列島の歴史にあって重みのあるエピーソドを抱えていることをホンブログ記事で指摘しました。それは、遠く西域(古代ペルシア、北アジア)からの渡来民の痕跡であると考えています。シリウス方位をとりわけ古代人はどのようにして歴史遺物に刻んできたのか?まずは天体空間に浮かぶ星の観測です。

 「星への信仰」については、ほとんどの古代日本列島歴史の研究者は、それが「北極星」であると信じて疑って来ませんでした。「北辰」信仰がそれです。また日本列島に数多くみられる妙見山とそこから導かれる「妙見信仰」も、北極星信仰と考えられてきました。こうした、大昔からの星座信仰が、シリウス星信仰の存在を隠してきました。もっともそれは、研究者・学者さんの不勉強に帰することは、学者さんには気の毒です。なぜなら、日本列島に七世紀末まで厳然として存在した「シリウス星」信仰を力づくで押しつぶし、日本列島の歴史から排除してきたのが奈良盆地に拠した「藤原不比等」政権であったからです。その事情を日本書紀が語っています:
%%%%%2016年5月13日記事一部抜粋
原文:神代下
於是、二神誅諸不順鬼神等、〈一云。二神遂誅邪神及草・木・石類。皆已平了。其所不服者。唯星神香香背男耳。故加遣倭文神。建葉槌命者則服。故二神登天也。〉倭文神。此云斯図梨俄未。〉果以復命。

文意:岩波文庫「日本書紀(一)」120頁
 ここにおいて、二神(武甕槌神、経津主)は諸々の不順(まつろわぬ)鬼神等を誅(せいばつ)することとした。〈或る伝承は以下のように書く:二神は遂に邪神を征伐したさらには草・木・石に宿る神をも屈服させた。かくして皆これに平服した。しかし、其所そこ〉に不服者(従わない)者たちがいた。それは星神(ほしのかみ)である香香背男(かがせお=こうしょう=こしおう)であった。そこで倭文神(わぶみ)を派遣した。さらには建葉槌命(たけはつち)を派遣したところ平伏した。こうして二神は天にもどった。〉倭文神を斯図梨俄未(しとりがみ)と言う。〉こうして命を果たして復した。

(3)原文:神代下
《第九段一書第二》一書曰。天神遣経津主神。武甕槌神、使平定葦原中国。時二神曰。天有悪神。名曰天津甕星。亦名天香香背男。請、先誅此神。然後下撥葦原中国。是時斎主神号斎之大人。此神今在乎東国楫取之地也。

文意:岩波文庫「日本書紀(一)」136頁
 一書は書く。天神は経津主神、武甕槌神を派遣して葦原中国を平定させた。その時この二神が言うには、「天には悪神がいる。その名を天津甕星、亦の名を天香香背男と言う。先ずは此神を征伐して然る後に葦原中国に進軍すべき。是時、斎主(いわいぬし)神を斎之大人と呼ぶ。此神は今は東国の楫取之地在乎東国楫(かとり)に在る。
%%%%%日本書紀記事抜粋終わり

 為政者を牽引した藤原不比等は当然の事ながら民が苦しみから逃れるための思考法を知っていた。それが、上記の日本書紀に記載されている神々です。草、木、石に宿る霊神です。それに加えて星の神です。
 既に書いたように日本書紀の初期の構成では、神代紀(下)は、現代史であったのです。つまり七世紀半ばから八世紀初頭までの列島の政治史、思想史です。しかし、藤原不比等が構築した日本列島の新たな信仰体系の正当性を主張するという政治的思惑からその順序を逆転させたのです。つまり上に書いた日本書紀抜粋記事は実は七世紀の日本列島の思想的、宗教的現状であったのです(神代上(日本書紀巻一)は「神性」を付与するための巻であったのです)。

 この新たな信仰体系(新興の宗教)の正当性と神性付与のためにまずは既存の思想、信仰を破壊せねばなりません。しかし、日本書紀は既存の信仰について、何が悪いのか、効能が無いからなのか、その理由を書かずして、ただ平らげたとのみ書きます。それが上に引用した日本書紀の二つの節です((1)、(2)と番号を付した)。

 そして新しく作り上げた宗教の前段が(3)に書く「此神今在乎東国楫取之地〕の件(くだり)です。しかし、ここでも何の説明も無く「斎」なる『様式』を持ち込み、このことを「カトリ」なる場所に帰するのです。ここにおいても日本書紀は(藤原不比等は と書くべきか)いかなる説明もしません。つまり、日本書紀でこの件(くだり)を記載した時点では、書紀の読者にとっては自明の事であったのやも知れません。

 そうしたことを書いてきた記事は昨年2015年8月10日記事以降長く中断してしまいました。丁度その時期に旅をした北陸域での見聞を忘れないうちに書いておこうと思った故です。案の定深みにはまってしまったわけです。しかし、黒部川の名前の由来を探る過程で天皇家系が「一系」ではないことを改めて確認できました。それは、仁徳天皇から始まる家系に「率直」に反映されていることを解明してきました。
%%%%%過去記事抜粋

 日本列島には「八百万神」がいた。その多くの神は奈良の軍事政権の前に屈服した。しかし、星神香香背男だけは抵抗を続けた。言葉を変えれば、奈良の軍事政権は大いにてこずったのです。それは、ゲリラ戦術を展開していたことに加え、ゲリラ戦抵抗を支える強力な民意が存在したのです。軍事的には指導部を葬るるなり、殺戮したとしても民までも意のままにすることができなかった。そこで、奈良の軍事政権が案出したこと。それは一見「シリウス信仰」を踏襲しているとの風を装うことで民の目をくらますことであったろう。その一つの現出が「逆シリウス」であったと思っています。

それがこの吉備国の最大古墳「造山古墳」でも見ることができます。それを以下考察します。
(つづく)

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+++++火山のマグマ上昇スピード

(図:Bardarbunga Volcano in Iceland. Molten rock flowed from another, now-dormant Icelandic volcano after a blazingly fast rise from near the bottom of Earth’s crust.
アイスランドのBardarbunga火山。地球の地殻の底の近くから急に急上昇した後、今は休眠中のアイスランド火山から溶融岩が流れ出た。クレジット:Arctic Images / Alamy
190731マグマ無題


Volcano’s magma hit top speed 24 JUNE 2019

火山マグマのすさまじい上昇速度
Volcanologists might need to update their ideas about how molten rock travels from deep within Earth to erupt at the surface.
火山学者は、どのようにしてマグマが地球の深部から地表へ移動し噴火する過程についてこれまでの考えを変えることになるかもしれない

Magma needed just a week and a half to rise from more than 20 kilometres below Earth’s surface to erupt as lava from a now-dormant Icelandic volcano, scientists estimate. The finding could prompt volcanologists to revise their methods of predicting future eruptions.
現在休眠しているアイスランドの火山の溶岩は、地下20キロ以上から地表に上昇して噴火するのに1週間半を要した。と、火山学者見積もった。この発見は火山学者に将来の噴火を予測する彼らの方法を修正するように促すかもしれない。

studied lava flows from the Borgarhraun eruption, which took place in northern Iceland between 7,000 and 10,500 years ago. The chemistry of crystals in the lava indicated their depth in Earth’s crust when the magma began moving upwards and how the magma cooled as it rose.
The magma zipped from 24 kilometres deep to the surface in about 10 days — the fastest ascent ever recorded for one of the planet’s most common types of molten rock. It rose so quickly that there was no time to release much of the carbon dioxide trapped within it.
Euan Mutch, John Maclennan and their colleagues at the University of Cambridge, UK,と彼の同僚は、7000年から10,500年前にアイスランド北部で起こったBorgarhraun噴火からの溶岩流を研究した。溶岩中の結晶の化学的性質は、マグマが上向きに動き始めたときの地球の地殻の深さと、マグマが上昇するにつれてどのように冷却されるかを示していた。
マグマは約10日で深さ24キロメートルから地表まで急上昇した。これは惑星で最も一般的なタイプの溶融岩で記録された史上最速の上昇だ。急速に上昇したので、その中に閉じ込められた二酸化炭素の多くを放出する時間がなかった。

This suggests that the common strategy of monitoring the carbon dioxide emissions of active volcanoes might in some cases provide only a day’s warning of an imminent eruption.
これは、活火山監視で、二酸化炭素排出量をモニタするという一般的な戦略では、差し迫った噴火については1日の警告時間しかない場合があることを示唆している。
%%%%%

 このNATURE誌の記事に興味を覚えた理由のひとつは10日間で24劼箸いΕ泪哀涵緇坤好圈璽標積もりです。これは2.8/秒に相当し、地震活動の遷移スピードとほぼ同じです。マグマの上昇過程の物理学から地震活動の遷移物理学を推定する手がかりとなんるのかもしれません。

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活動を強める「れいわ新選組」、山本氏のNHK言及、「逆シリウス」

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:まん丸の赤い朝日が水田にもありました)
二つの朝日6887


高湿の 大気を透かし まん丸に 真っ赤にもえる 二つの太陽

%%%%%誤認逮捕の女子大生 自白強要の手記を公開(19/08/02)

 あいも変わらず無実の庶民が、油断をしてると犯罪者に仕立て上げられてしまう。何せ権力が一旦思い込むと、末端の警察官の予断がまかり通ってしまう。恐ろしい世の中です。その予断は最高裁判所であっても容易にはくつがえせない。というよりは、最高裁そのものが、司法権力体系のトップとして、体系を護持するという内的動機にきつくしばられ、下級の司法体系末端の判断が、みずからの理性的判断に優先しているからです。

+++++神武東征(逆シリウス地の歴史背景)
 逆シリウス方位が敷設されている道路網、社殿配置などを、最近数回のブログ記事で振り返ってきました。その場所は、かっては(その時期を特定はできないけれども)シリウス星信仰一族すなわち作家・松本清張氏の表現をもちいるならばゾロアスタ教を奉ずる渡来民と彼らとの共同行動を通じて歩みをともにした一団の政治的拠点であったと想像できます。すなわち七世紀末ごろに藤原不比等が「蝦夷」と蔑称した一団です。その拠点が福島県の須賀川とその西に広がる磐瀬国です。そのすぐ北方にあるのが、郡山すなわち安積(アスカ)です。また、埼玉県の志木(しき)は、かっては「ワカタケル王」が座した地であり、其の後「美麻貴」天皇がその拠点を簒奪し、旧来の信仰体系を「否定」詩たちでもあります。京都府の宮津(タンバ)についても同様のプロセスウが想像され、結果として蝦夷の思想が否定され、その地に雑多な宗教が押し寄せた地でもあります。その地では、近代になって突然注目をされることになったユダヤ教も含まれています。

これらの地では、「蝦夷」による政治支配の名残とその影響を抹殺するための作業が「物理的」にもなされたのです。すなわち「改造」です。植えに書いた郡山の総産土社の事例に見るならば、「崇拝の対象」をわざわざ伊勢の地から勧請するにとどまらず、拝殿、参道の方位をも変えてしまうのです。興味深いことは、ドラシティックではなく、「逆シリウス」すなわち在来の信仰の名残を一見とどめているかのごとき変更となっています。在来の民の拒否・違和感の醸成を避けたのでしょう。時期は10世紀末です。すなわちアテルイの乱が制圧された九世紀の末から一世紀を経ても蝦夷の影響が強く残っていたのです。その影響を取り除き奈良の中央政権への全面的屈服を迫るには、武力は十分ではなかった。のです。こうして、従来の「信仰」賀残した精神風土を頼ることと成った。こんな過程を想像しています残念ながらそうした造成を記載した文書は今のところ発見されていないようであります。が、実は須賀川市にはそうした経過を思わせる発掘が為されています。すなわち「改造です」

 そのように考えると、古墳にあっても、それが「つくりかえられた」のではなかろうか、と考えています。そのことをあからさまに語っているのが吉備国にのこる二つの大きな古墳「造山古墳」、「作山」古墳です。伝えられる古墳の名称にまさに「造」、「作」成る漢字が使われてい粉とは興味深いことです。

次回、まずは須賀川発掘を書き、次に吉備を書きます。
(つづく)

+++++れいわ旋風はさらに成長する
山本太郎 れいわ新選組 代表 街頭記者会見 東京・新宿 (2019/08/01)

 上の動画、聴き所は少なくありませんが、率直にNHKを批判している箇所は、大いに強調しておきます。
%%%%%れいわ山本代表「NHKをぶっ壊す」なんて言ってる場合じゃない 報道姿勢を問題視
2019年8月1日 22時34分 (上記ビデオ1時間7分ごろ)
デイリースポーツ

 れいわ新選組の山本太郎代表は1日、都内の新宿駅西口で「街頭記者会見」を行った。次期衆院選に向け「(10月の)消費税10%で悪い影響が出ないうちの今秋〜年明けか、来年の五輪後という話もある。いずれにしても、もう衆院選の準備は始まっている。候補者100人、1円からの寄付で10億円以上を集めたい」と政権交代の実現に意欲を示した。
 今回の参院選比例区の全候補155人中、ダントツの最多99万票以上を獲得しながら、ALS患者の舩後靖彦氏と重度障害者の木村英子氏を特定枠に入れたことで自らは落選。2議員が初登庁したこの日、街頭に立った山本代表は「議員をやっていた時よりも、落選した今の方が忙しい。9月からは全国を回り、緩やかなネットワークを作っていきたい」と抱負を語った。
 記者会見ではメディアと聴衆を同列に扱い、挙手した人からの質問に応じた。
 「芸能界にいた山本さんは今の吉本興業の問題やテレビのことをどう思うか」との問いに、山本代表は「民放にとって、テレビは視聴者のものではなく、企業を宣伝するための箱。もちろん、現場で一生懸命頑張っておられる方はいらっしゃるが、テレビから流される情報の意味を考えなければならない。少なくともNHKに関しては『ぶっ壊す』みたいなことを言ってる場合じゃないなと思います」と発言。「NHKから国民を守る党」のフレーズを引用して会場の笑いを誘った。
 山本代表は「NHKはお金を払って見たい、いいコンテンツを作って欲しい。ドキュメンタリーはいい番組がたくさんあるのに、肝心のニュース報道が最低です。1日中、予算委員会でグダグダの答弁をした安倍首相がちゃんとまともにしゃべってるように見せる“素晴らしい”編集をしている。事実を伝えていたただきたい」と、受信料を問題視する以前に、NHKの報道姿勢に苦言を呈した。

%%%%%この報道についたコメント
>予算委員会でグダグダの答弁をしている安倍首相が、まともに答弁したように編集されている

ここ大事ねw  彼は目の前で見ているんだからw 
>>>>>

社会・政治問題ランキング

%%%%%公明党、参院選比例で100万票減 議席増も危機感高まる
2019.7.28 19:11公明党は21日投開票の参院選で、比例代表の得票数は653万6336票となり、28年の前回比で約104万票減らした。選挙戦全体では14議席を獲得し、非改選と合わせれば参院で過去最多の28議席を占めたが、戦果は過去2番目に低い低投票率に支えられたとの見方がもっぱらだ。支援者の高齢化などが影響しているとみられ、党内では危機感が高まっている。
 公明党が比例で100万票以上を減らしながらも、目標の「6議席以上」を上回る7議席を獲得できたのは、比例の投票率が48・79%と低迷したことで、得票総数が減っても、党の得票率(13・1%)の下げ幅が3年前と比べて0・4ポイント減にとどまったからだ。
 山口那津男代表は22日、記者団に「得票率では健闘している。それは議席にも表れている」と強調したが、別の幹部は「深刻に受け止めている」と表情を曇らせる。
 支持母体の創価学会を中心に徹底した組織戦を展開する公明党にとって、低投票率は有利に働くとされる。選挙戦の注目度にかかわらず、公明支持層の投票率は高いからだ。それだけに、ある党幹部は「本来なら、ここで公明が得票率を上げないといけなかった」とこぼす。
 今回、比例で得票数を大きく落とした要因については(1)統一地方選と参院選が同じ年に行われる12年に1度の「亥年(いどし)選挙」の影響で選挙疲れがあった(2)選挙区に注力するあまり比例代表での活動量が落ちた(3)支援者の高齢化−などがあげられる。
 特に高齢化は、組織力を武器にする党の基礎体力をそぐことになるだけに深刻だ。参院選では、私立高校授業料の実質無償化など若者が共感しやすい公約を中心に掲げたが、若者層の支持開拓につながったかどうかは見通せない。
 「党の発信力をどう高めていくかが一つの課題だ」
 山口氏は25日、参院選の結果を受けた党の会合でこう述べ、若者層に影響力の強いSNS(会員制交流サイト)を活用した発信力の強化策を検討するよう指示した。
 29年の衆院選では比例の得票数が落ち込み、前回比で6議席減につながった。仮に、次の衆院選を高投票率で迎えた場合、基礎体力が右肩下がりの現状では厳しい結果が予想される。公明党は今後、各地で夏季議員研修会を開き、組織の立て直しを急ぐ。(大橋拓史)
 %%%%%以下は記事に付されたいくつかのコメント
<<以下は上記記事へのコメント:
• tan*****
だってどう考えても学会の考え方と党の運営に乖離がありますから。前回の選挙の際、幼馴染で30年来の付き合いがある奴が(彼は親族が公明党から地方議員になっている筋金入りの学会員)初めて「今回の選挙は苦しいんだ」って電話をかけてきたので「お前は学会員として今の公明党のあり方を支持できるの?」と聞いたら「うん、そうだよな。忘れてくれ」って感じで、その後は一切選挙の話をしなくなりましたから、本人たちも「これは違う」と思う所があるんじゃないですか
• abs*****
組織の実務を担う所と末端に意識の乖離がある。
最早、自民党の補完勢力に成り下がってる。
意識の乖離は実際の活動に支障をきたしてる。
危機感を持つ必要がない。これが今の実力だ。
これ以上、伸びる事は難しいと思う。
• wd3*****
得票数が議席に明確に反応するような選挙制度にして欲しい。議会制民主主義の限界かもしれないが、議員が選挙制度決めることに無理があると思う。利害関係人が判決を出すことに等しいと思います。
• kit*****
疲れてんだよ
しつこい他県からのお願い・・・
投票したら連絡くれ・・・
あんたに何の得があるのか判らんが
投票する人は自分で決めるわ
無理強いするから嫌われんだよ
• zus*****
それでも投票率が下がると公明党が議席を増やす
内心は投票率が下がるほうがいいのでしょう
• METALMASTER
一度理念を曲げてしまったらもう信頼は取り戻せないよ。
色々な問題を指摘されてる政党ではあるが、表面上は普通の事言ってたと思う。
でも安部政権にしがみついてるうちに党の存在意義を失ったね。
消費税増税、憲法改正全て党の理念と逆だよね。
学会員が減ったら支持する人はいなくなるね。
その点では共産党が無くなることはないだろうね。
• K I X*********
こういう記事を見ると本当に選挙で投票する事が大切だとよく分かります。仮にどの選挙区でも浮動票が候補の当落を左右する様になると候補者は組織票を固めるだけで無くて浮動票の獲得に必死にならざるを得ません。それはそれで派手なパフォーマンスや実現不可能な公約を並べ立てるオポチュニストを助長する危険性も有りますが、組織票に支えられ、楽々当選する議員が続出するよりはずっとマシになると思います。
• wan*****
自民公明、いろいろあった過去のシガラミがあるとは思うが、そろそろ独立してもいいんじゃない?
連立が必要なのは、野党であって二大政党制になるよう是非ともお願いします。
みんな他がないから自民党が多いと思う。
• suz*****
公明党は今回の参議院選挙の勝者の1つだと思う。
得票数は減ったが、投票率が下がり改めて組織票の強さを感じた。
それと公明党、自民党のやってきた政治で有権者の半分以上が投票を棄権させた。投票にこれだけの人たちが棄権して今の政治に信任したから与党は勝利した。
投票に行かないことはどういうことか、特に若い人は考えてほしい。投票に行かないことはアピールにもならないということを。
• tor*****
政教分離に違反、憲法への姿勢も異なるのに同じ政権に居座り続ける。
経済対策はいつも使えない商品券。
連立解消したほうが有権者のため、学会員のためにもなる。
安倍もコバンザメを切り捨てられない。
よほど弱みを握られているか、世間が思うほど自民一強ではないということ。
%%%%%

不正選挙・開票、開票日の突然の地震活動

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:離陸する白鷺。まさに飛行機が飛べる原理は鳥にあると思いました。拡大は図のクリックで)
白鷺離陸6881

 
われながら 見事な技と 自賛せる 飛び立つ白鷺 レンズとらえり

 政治家を志すのであれば、国会議員になることではなく、政権をとることが目的であるべきです。そのためにはどのような政府を構築すべきなのか?誰に依拠して政権を構築・維持するのか?それが目に見えてこそ国民はその良し悪しを見分けることができます。そうした真の政治家像を山本太郎氏が今般の選挙で見せてくれました。「放送禁止物体」であったはずの山本太郎氏が昨日朝、フジテレビに出演しました。その動画を見付けたので、以下に添付しておきます。
とくダネ!2019年7月30日 190730   (56分当たりから)

 さて、今般の参議院選挙での山本太郎氏の獲得した票数についてインタネットで多くの疑義がつぶやかれています。それは、自民党の比例代表候補者・山田太郎氏が得た票数に関わるものです。ネットマニア(ネットオタク)とでもいうべき人間が、この山田太郎氏のこれまでの選挙での獲得票が20万強であったと調べ上げました。ところが、今般の選挙では、低投票率であったにもかかわらず50万に達している。ことさら山田氏がそれだけ票を伸ばす理由は見当たらないというのです。

 その疑惑の根拠として、挙げられたのが、東京選挙区での各投票所での比例開票状況です。
(図1:http://www.asyura2.com/19/cult22/msg/127.html でまとめられた山田票、と山本票の分布)
190721開票無題


 図で赤は、山本票、青は山田票です。一見して赤と青の折れ線分布に強い相関があることがわかります。山田票は山本票におうじて「捏造」されたとの疑いを抱かせます。本来政治的には全く独立した候補者であり、その政治的主張も全く異なります。相違点は候補者名、すなわち「(山)本」、と「(山)田」の違いです。開票に当たって何がしかの作為が働いたのではなかろうかというわけです。TVでは放映されなかったけれども、山本太郎氏の街頭演説会での集「聴衆」力は、他候補を圧倒していた。にもかかわらず、それほどには目立つ存在でなかった山田太郎氏が、山本氏の得票数に比例した票を得ているのです。
 しかるに開票してみると山田太郎氏に斯くも多い票が投ぜられている。開票作業に当たって、山本太郎氏への票数におうじて一定の比率でそれが山田氏の得票に移し変えられたとの疑いは合理的です。
 こうした疑念を否定しがたいことを示すのが上の図です。選挙区の開票と異なり、比例区の開票作業には厳しい第三者の監視の目が届かないとのことです。そこに票数の改竄を可能にする余地があったのではなかろうか。と、思っています。

 参議院選挙関連記事で、私が気にしていたことの一つは、街頭演説で安倍氏がしきりに「期日前投票を済ませてください」と語っていたことです。今回も実に千四百万もの投票があったと報道されています。そして、この票についての投票先分布についてはかって一度たりとも公開されたことはありませんでした。言葉を変えれば、この期日前投票箱の開票がしかるべく真っ当な作業でなされているとの根拠はないのです。次回国政選挙にあっては、開票作業の公正を担保する方途を講ずるべきと思っています。そして、その方途では、有権者が積極的にボランティアとして開票作業に関わるべきと考えています。

 何せ、現在の安倍氏を筆頭とする政権は、不正、改竄、嘘を恬として恥じていない。とすれば、選挙だけは不正をしないなどと考えることこそ非現実的・非科学的なのです。そうした不正を封じ込めるのはこの国民の監視力の結集でしかありません。

参考:%%%%%Donald J. Trumpによるツイート
2019/07/30
We should immediately pass Voter ID @Voteridplease to insure the safety and sanctity of our voting system. Also, Paper Ballots as backup (old fashioned but true!). Thank you!
「選挙の安全と不正阻止のために早急に選挙ID法案を通過させる。
万一のバックアップに手作業の投票用紙も使う。古いが正しい方法だ」
%%%%%
 米国大統領トランプ氏は、選挙での不正開票を防ぐもっとも確かな方法は計算機による機械開票ではなく、時間がかかるけれども人力によるべきとかねてより主張していたとのことです。まさにそのとおりと思います。

社会・政治問題ランキング

+++++謎の7月21日地震活動
 7月28日(日)未明、当地はなにやら気味の悪い地震動に見舞われました。その地震動の正体が下図の新聞記事です:
(図2:東京新聞7月28日付記事より)
深発6891

 この地震について語るべきことの大半を上の新聞記事が語っています。現ブログ管理人は、この地震の周辺を知りたく思い、いつものように気象庁の地震データベースを覗いていました。それは、私自身のPC内に作成している地震ファイルの更新のためでもあります。そこで、妙なことが発生していたことに気づいたのが7月21日(参議院選挙投・開票日)分のデータです。
(図3:気象庁データ・ベース7月21日分より
190731三重中部無題

 投票日、そして開票日の未明から、三重県中部、松阪界隈でしょうか、にマグニhクードが1にも達しない小さな地震群が発生しているのです。これは一体何なのだ?と、いうわけで、まずは弧の地震活動の場所を調べることにします
(図4:7月15日〜7月28日までの二週間の地震活動。マグニチュード表示は図の下部。赤は2より小さい。xは深さが100km以深)
190731三重中部震央無題

 地震活動がもっとも密集してる場所は中央構造線上にあると思われます。それは南西ー北東に分布しその長さは高々40kmです。そのもっとも活発な期間は図5、図6に見るようにまさに一日だけです。
(図5:矩形領域ABCD内での地震活動の時(縦軸)空間(横軸)分布。)
190731三重中部時空間無題

  7月21日に突然活発化した活動はほぼ一日で終了したが、その活動は徐々にBへすなわち南西方向にじわじわ染み出している様子が窺えます。

(図6:地震活動の時間変化)
190731三重中部頻度無題


 突発的な地震活動であったことがこの図から見て取れます。これは28日の深発地震と関わっているとは思いがたいのです。が、、28日の地震そのものが地球科学的な前兆がありそれが浅いほうに染み出したなんぞのシナリオもありえるのかもしれません。いずれにせよ、こうした妙チキリンな地震活動が過去にもあったのかどうか、近日中に調べ、本ブログでそれをお知らせしたいと思います。

科学ランキング

 以下は、陰謀論議を趣味とする方々のための材料です。すなわち「レイワ」ブームで日本列島が政治的に大規模な地殻変動に見舞われることを恐れた「闇の権力」が中央構造線を人工的に地震学的に活性化させるべく、何事かを仕掛けた。ところが、技術力不足のため、それは「暴発に」つながらなかった。なんとか地震のタネは仕掛けたが、中央構造線大地震を引き起こすだけの技術力はなく、失敗した。という「シナリオ」です。現ブログ管理人がこのようなばかげた筋書きを信じているわけではありません。開票日のその日の突然の地震活動から、こうした妄想を抱く人もあるやも、とかんがえたしだいです。

youtube限定公開版,逆シリウス配置(5)、Y遺伝子、張本氏の不適切発言

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:先日は白鷺の群れでした。そして今回は鴨の大群であります。残念乍、葱を背負っている鴨はみあたりませんでした)
15497756730003

鴨6877 

 うらやまし 水に浸かりし 鴨の群れ 涼をもとめて さもなくば 暑か

 当地には、このところ鳥の小さな群れが訪れます。鳥にはこの季節、ここはしのぎやすいのか?ヒトにとってはやたらと蒸し暑く快適ではありません。
 
+++++話題三っつ
(1)とあるツイッタより小田嶋隆@tako_ashi

血筋は一流だけど
貫禄は二等兵
滑舌が三流で
脳みそは与太郎
取り巻きがゴロツキで
親友はロクでなし
性格が七面倒くさくて
先行きが八方塞がりで
悩みのタネが九条って

(はてさて!この御仁は)誰だ?
%%%%%正解は・・・・・です。

(2) youtube限定公開版論議:
 知人が撮影動画をyoutube限定公開版モードで作成し、そのアドレスをある人に送ったそうです。動画にその方が映っていたからです。限定公開版とは、動画をyoutubeにuploadする際の公開仕様の一つです。広く世間の閲覧を望むときには、"一般‘モード(仕様)、自分のみに留めておきたい時には“私"モード、そして、関係者にのみの閲覧に限定したいときには"限定”モードにセットします。この場合には、閲覧して欲しい特定の人にだけ、画像のアドレスを教えます。こうするとannotation(タイトル名)を以ってしても、よしんばそれが第三者に漏れても、その第三者は画像へのアクセスはできません。12−13個から成る文字列で表現されるアドレスのみが、いわばパスワードの役割をなしてアクセスを可能にします。

 さて、その知人は、動画アドレスを教えたことに感謝されると思いきや、アドレスを教えた相手からきびしい抗議と即刻の動画削除要求のメールが届いたのです。すなわち動画アドレスが第三者以外に漏れ、それが悪用される可能性があると主張したのだそうです。しかし、漏れるとすれば、それは送られた当人が漏らすか、動画作成者が漏らすしかありません。結局、知人は「 “もう送ってくれるな”との強烈なメッセージだ」と哀しげにつぶやきます。

 Annotationは動画の中身ですから、それを検索することで、通常であれば、しかるべき動画にたどり着くことができます。一方、annotationのつかない、12〜13個の文字列のみから構成されるアドレス(パスワード)から、第三者は、所定の画像を探り当てることが可能なのか?その確率はどれくらいだろうか?

 そこで、その当事者以外が、特定の動画アクセスのために、対応するアドレスに辿りつける可能性(確率)を試算してみました。動画アドレスはアルファベッド26文字の大文字・小文字に加え数字10文字と+、_の合計64文字です。アドレスそのものは 12〜13桁からなります。従ってアドレスの選択肢は64**12(64の12乗)だけあります。これは 4.7*10の21乗です。10の12乗が一兆ですからそれのさらに10億倍ということに成ります。つまり、動画のタイトル(annotation)に拠らずしてしかるべき動画に遭遇する確率は10の(−21)乗と言う極々(ゴクゴク)小さい確率です。それでも不安というのであれば、そもそもこれからの「AI・社会」では生きてゆけなくなるはずです。

 地球上のyoutube人口が延べにして一兆人・回(すなわち地球・成人人口10億人が1000回の動画作成)であったとして、彼らがさらに10億回試みて後に、もしかするとたどり着くかもしれないアドレスということに成ります。
 それが、安易にたどり着けるほどの確率で発生するアドレス表示とすれば、疾うにyoutube業者にはしかるべき苦情が殺到し、さらに別の数桁からなるパスワードを設定するなどの措置が講じられているでしょう。現時点ではそうした苦情は聞こえてこないようです。てなことを、くだんの知人に教えておきました。

 抗議し動画の即刻削除を求めた御仁の言い分は、上述の確率議論に従えば、「因縁まがいの屁理屈」です。その御仁には「非科学的」、「無知」、「愚かよの〜」という烙印が張られるべきとの思いが頭をよぎリます。が、「無知ではない」、「愚かではない」とするならば、その御仁の知人への強烈な「不快」感であるのやも、とも考えられます。そのことは、知人には語りませんでした。そうしたネガティブな感情の由来は、生来のものではなくその場限りであったり、現今の環境などが絡み合い、なかなかややこしい、と思うからです。
 
(3)%%%%%ダル、「週刊・御意見番」に「このコーナーを消してください」 2019年7月28日 16時21分  サンケイスポーツ

 米大リーグ、カブスのダルビッシュ有投手(32)が28日、自身のツイッターを更新。TBS系「サンデーモーニング」(日曜前8・0)の名物コーナー「週刊・御意見番」について「シェンロンが一つ願いこと叶えてあげるって言ってきたら迷いなくこのコーナーを消してくださいと言う」と投稿した。
 この日の「週刊・御意見番」では、野球評論家の張本勲氏(79)が25日に行われた第101回全国高校野球選手権大会への出場を懸けた岩手大会決勝で、大船渡・国保陽平監督(32)が佐々木朗希投手(3年)を起用せず、敗退したことに「絶対に投げさせるべき」「けがを怖がったんじゃ、スポーツやめたほうがいいよ」と苦言を呈した。
 ダルビッシュはこの発言を紹介した記事を引用しつつツイート。「この番組と言いかけましたが、これ以外のコーナーは雰囲気も好きなので配慮しました笑」と、番組ではなくコーナーに対して意見が合わないと補足した。
 ダルビッシュは27日、「これほど全国から注目されている中で佐々木君の未来を守ったのは勇気ある行動」とツイートし、大船渡・国保監督の采配に理解を示していた。
%%%%%
 かねてより、私は社会問題にも率直に発言するダル・ヴィッシュ氏の感性を高く評価しているがゆえに応援しており、氏のツイッタのフォロワーであります。張本氏が番組を降りることの是非はともかく、年齢相応の思慮深いコメントを張本氏には期待したいものです。時に同席する落合博満氏の冷静で論理的な言、振る舞いに学んで欲しいものと思っています。
 と、思っていたら、私がかねてより贔屓にするサッカープレイヤの長友氏も語っています。話は直接関係ありませんが長友氏の著書『長友佑都の食事革命』( マガジンハウス、2017年9月)は連れ合が絶賛する名著です。
%%%%%長友、張本勲氏の発言は「真実だとしたら非常に残念」 大船渡・佐々木の起用問題に言及 2019年7月28日 20時51分  サンケイスポーツ

 サッカー日本代表DF長友佑都(32)=ガラタサライ=は28日、自身のツイッターを更新。この日放送されたTBS系「サンデーモーニング」(日曜前8・0)の名物コーナー「週刊・御意見番」内の野球評論家の張本勲氏(79)の発言に言及した。
 張本氏は番組で、25日に行われた第101回全国高校野球選手権大会への出場を懸けた岩手大会決勝で、大船渡・国保陽平監督(32)が佐々木朗希投手(3年)を起用せず、敗退したことに「絶対に投げさせるべき」「けがを怖がったんじゃ、スポーツやめたほうがいいよ」と苦言を呈した。
 長友は張本氏の発言を紹介したネット記事のリンクとともに「この記事が真実だとしたら非常に残念。苦境に立たせて大怪我をしたらマイナスでしかない。野球で生きていく選手なら尚更」と張本氏の発言を批判。佐々木を登板させなかった国保監督については「監督は批判覚悟で選手の将来を守った英断」とたたえ「何度も言うが日程を選手ファーストで考えてほしい」と高校野球の日程に苦言を呈した。
 長友は続けて、米大リーグ、カブスのダルビッシュ有投手(32)の「シェンロンが一つ願いこと叶えてあげるって言ってきたら迷いなくこのコーナーを消してくださいと言う。」という今回の「週刊・御意見番」についてのツイートを引用し、「同意」と投稿した。
%%%%%
 張本氏のTVでの過激発言は、「炎上」狙い、すなわち世評の関心を高めるための意図されたものであるとの見方もあるそうです。映像を見る限りではそうは思えません。

+++++逆シリウス(5)
 逆シリウス設営(設計)の政治的意味が前回記事からうっすらと見えてきます。それを書く前にもう三つの事例を書いておきます:
まずは千葉県北部、利根川流域の神埼神社です。
(図1:千葉県神崎2015年4月13日、より)
神崎3

この神社は東国三社(鹿島神宮、香取神社、息栖神社)の東方2km、利根川の南岸にある古社です。この神社境内と周囲の街路配置を眺めておきます:
(図2:神崎神社周辺の街路網と運河)
神崎神社

街路は反シリウス方位をもって配されています。が、図左の運河、そして神社拝殿に通ずる参道はシリウス方位を取ります。この神社の背景のややこしい政治状況を想像させます。この神社をめぐる考察は上に記したブログ記事を参照ください。

 次はいきなり京都に飛びます。
(図3:京都の宮津2014年12月17日記事、より)
190728宮津無題


 宮津市内を走る道路が逆シリウス方位を取っていることが上の図からわかります。宮津とその周辺の「神学的」考察は巷に多く、中にはユダヤ教との関係を論ずる一般歴史書もあります(2015年1月12日〜28日記事 http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/52008259.html 等)。いずれにしてもこの地には多くの宗教が入りこんでいたため、日本列島の中心にすえる宗教を構築する際に、藤原不比等が大いに参考したのであろうことが窺えます。それらを俯瞰して、現今の天照教に収斂させるべく知恵を絞ったのではなかろうかと私は想像しています。しかし、上記のブログ記事から明らかになることは、五世紀前半にシリウス星信仰の痕跡をとどめる史跡配置が見て取れることです(2015年1月19日記事)。

反シリウス方位の最後の事例が前回も書いた埼玉(さきたま)古墳です。
(図4:埼玉古墳群)
190724埼玉古墳無題

 埼玉古墳群を構成する「前方後円墳」のほとんどが「反シリウス」方位をとっていることが上の図から明瞭に見て取れます。
 この埼玉古墳群について、本ブログでは松木武彦氏が東京新聞に寄稿した一文を転載しています(2017年7月14日記事http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/52088911.html )。

(図5:東京新聞への松木氏の寄稿記事。拡大は図のクリックで)
190728埼玉無題

 現ブログ管理人は古墳を含む史跡発掘現場に立ち会った経験はありません。が上記の記事から直ちに連想することは、古墳は「移築」、「改築」など後世の人間が手を加えたことがあるのではなかろうか?との疑問です。

 そうした疑問を抱きつつ、改めて吉備国の巨大古墳を考えてみたいと思います。
(つづく)

+++++子供の育て方とY−遺伝子
 今般の選挙で初お目見えした政治グループ「れいわ新選組」(今般の選挙結果によりめでたく政党要件」をみたすことになりましたが)の異色候補のお一人が安富歩・東大教授です。教授が子供について女性音楽家と懇談している動画を見付けました。誠に含蓄のある言が発せられています。壱聴のみならず、多聴の価値があります。 
#1「子どもを守る」とは? 
【八木啓代 & Friends feat.安冨歩】第2部(トーク) 
【木内みどりの小さなラジオ Vol.2】ゲスト:安冨歩さん(東京大学東洋文化研究所教授)
 この動画の30分ごろには、安富氏の子供観が語られています。

+++++男の悲しい法(さだめ)
 上の木内みどりさんの問いに答えて、安富氏は4−5年前より、女装することが精神に安定をもたらした、すなわち自身をリッラクさせると語っています。これが、下に紹介するY 染色体の現象と関わっているのかどうか、私にはおおいなる関心があります(関連記事2014年4月30日記事2014年5月5日記事)。
%%%%%Y染色体に載っている遺伝子数はどんどん減っている2019年07月10日 by 永田宏

 Y染色体の大きさは、X染色体の3分の1しかないのですから、載っている遺伝子の数の違いもその程度はあると思われる人も多いでしょう。

 ところがそうではないのです。文献によって多少の上下がありますが、アメリカ国立医学図書館のホームページによれば、Y染色体の遺伝子はせいぜい50〜60種類。対するX染色体には800〜900種類もの遺伝子が載っているそうです。Y染色体は、男性と女性を分ける重要な役割を担っているにもかかわらず、思いのほかスカスカです。

 より詳しい研究によって、男女を分けているのは「SRY」と呼ばれる、たった1種類の遺伝子であることが分かっています。SRYはY染色体上にあって、胎児を男の子として成長させる役割を担っています。染色体の組み合わせがXXなら、SRYがないので女の子になります。

 しかしSRY遺伝子に突然変異が生じて、正常に作動しないことがたまに起こります。すると染色体の組み合わせはXYでも、生まれてくるのは女の子になります。またSRY遺伝子が、X染色体にコピーされてしまうことが、まれに起こります。すると染色体はXXでも、男の子が生まれてくるのです。染色体や遺伝子レベルで見ると、男女の違いは結構あやふやです。
 またY染色体には、以前から「絶滅」の噂があります。進化学者によれば、太古のヒトの祖先では、Y染色体とX染色体は同じくらいの大きさで、それぞれ1000種類ぐらいの遺伝子を持っていたとか。それが何千万年もかけてYのほうが徐々に小さくなり、遺伝子の数も減って、今に至ったらしいのです。

 そしてあと数百万年後には、Y染色体のすべての遺伝子が消滅してしまうと予想しています。これが正しければ、遠い未来に人類は女だけになってしまいます。どんな社会が待っているのか、想像もできません。

 もちろん、あくまでも仮説のひとつですし、そんな遠い未来のことを心配する必要もないでしょう。それより、もっと本気で心配するべきことが、あなたの目の前に迫っています。

 実は現代人の男性の間で、年齢とともにY染色体が消滅していくことが明らかになってきたのです。「Y染色体喪失」と呼ばれる現象です。
%%%%%

阿邪訶根神社(郡山、逆シリウス)、山本氏TVで語る

 7月24日(水)はいくつかの所用が重なってしまい、本ブログの定期更新をすることができませんでした。お詫びいたします。
(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真: 白鷺6874 

 白鷺が 一家で群れる 田の上に カラス集まり なにやら威嚇

 田んぼの中で、珍しくも七羽の白鷺が群れています。よーーく見ると家族連れのようで、ちびっ子が三羽ほど混じっています。ところが、何を邪推したのか、近くの電柱にカラスがあつまり白鷺一家を威嚇するかのように見張っていました。

 本ブログでは、万葉集、古事記、日本書紀の原文をできるだけそのまま掲載するようにしてきました。原文だけが表現できる史実があるに違いないと考えるからです。私の漢文知識は高校時代・大学入試時代レベルです。かねてより、日本書紀記載の事柄について漢文は一義的に情景なり筋書きなりを記載していると思い込んでいましたが、学者さんのいくつかの解説をみていると、必ずしもそれが一義的ではない。その謎を、以下の動画が教えてくれました。「道」をふくむ一節ですら、それは多義なんですね。話者は今般の参議院議員選挙でのレイワ新選組・候補者の安富歩氏です。経済学者と思い込んでいましたが、それは氏のキャリアの一部をなすものであることを知った次第です: 
安冨歩「「道」とは何か? :『論語』と『老子』の世界観」ー東洋文化研究所公開講座 2017 「アジアの知」 

+++++逆シリウス(3)
 前回につづき逆シリウス方位の配置を遺す市街地または建造物(神社参道)を挙げておきます。今回は日本のウイーンと呼ばれる森の都・郡山です。この神社については、本ブログでも若干詳しく考察してきましたので、その一部を以下に再掲しておきます:
%%%%%阿邪訶根神社 2011年10月21日記事より抜粋
 10月5日に私は「ば」行と「ま」行の相互転換を書きました。本ブログを読んでくださっている方から有難いコメントを頂きました。「英語で、pまたは bの前の n は m に変ります。たとえば impression impossible, umbrella など。これは Nの発音が それに続く B または Pの発音となじまないからだろう」と、いうわけです。思いがけないところから応援を貰いました。感謝しております。前回、書きましたが古事記が書く「産巣日」(むすび)の「む」は、「産土」(うぶすな)の「ぶ」というわけで、ここにも「ま」行と「ば」行の転化があることを前回書き忘れました。ところで、古事記の書く「高御産巣日神」は日本書紀では「高皇産霊」と書き「たかみむすび」と仮名を振ります。土着信仰の簒奪行為を隠蔽するべく「巣」(す)を神の名から除去するのです。この振り仮名も平安時代(多分)の御用文学者の悪知恵になるものであろうことは前回書きました。
それを承知の上で、「出雲大社」に祀られる神を「ムスビ」にかこつけて、「縁結び」の神と言い立てているのです。「ムスビ」なるものは、古代土着民の信仰の簒奪であることを覆い隠し、ひいては、出雲に祀られる神々の悲劇を隠蔽してしまったのです。

 さて、それはさておき、阿邪訶根神社には、「根」という字が付されています。私は、かねてより「根」は死者の領域をさすと書いてきました。たとえば、「利根川」は「蘇(我)一族を死の界に閉じ込めた際の境界」という意味ではないかと書いてきました。つまり、667年に唐新羅連合軍と列島に呼応する勢力によって九州を放逐された高ー蘇我一族を信州・諏訪、島根の出雲、そして利根川の向こう鹿島の北方に放逐したのです。生きたまま放逐したわけではないことは、龍ヶ崎東方を北西に並ぶ神社列から想像できます。

2010年1月25日記事参照
 とするならば、この神社名に付されている「根」には、放逐された「あさか」一族への鎮魂の思いがこめられているのではなかろうかと思っています。前回書いた、伊勢の阿射加神社(あざかじんじゃ)は、悪神の名を神社名称にしています。これは放逐した側の「怨霊を」恐れた鎮魂ではなかろうかと思っています。「根」とは、「根絶やし」の「根」なのです。
この考察を裏付けるのではなかろうかと考えているのが下の地図です。
190726郡山無題


 この地図は、東北本線郡山駅西口から1キロメートルほど北にある地域です。緑の矢印が、阿邪訶根神社です。この神社の拝殿は南から西へほぼ20度の方角を向いています。このブログでしばしば引用する「扶桑国王・蘇我一族の真実」(新人物往来社、2004年)を著した渡辺豊和氏(京都造形芸術大学教授)は、そもそも、南から東へおおよそ20度向いた方位(本ブログではこれを蘇我−高聖方位と呼んできました)に着目し考察を展開されてきました。私はこの主張におおいなる共感を覚え、爾来、このブログで渡辺説の検証作業に取り組んできました。
ところで、上記地図にみる神社拝殿の方位は、南北線に関して、蘇我−高聖方位の鏡の方位(対称)となります。渡辺氏は、この方位を蘇我―高聖方位の変形と見做します。私もその考えにおおむね同意します。しかし、そこに暗意される、つまり聖方位ではなく、その対称な方向が、まさに「根」ではなかろうかと考えています。
この神社には、そもそも、「アサカ」(または「アスカ」)一族の宮廷があったのではなかろうか?しかし、7世紀の後半蘇我一族は九州を放逐され、一部の残存勢力はかっての本拠地である、「アサカ」に閉じ込められ、この地で殲滅された。それが「根」の意味ではないだろうかと考えています。この神社に哀しい歴史を感じます。1300年前のその哀しい歴史に覆いかぶさってきたのが、今般の福島原子力発電所事故による放射能汚染です。この惨い仕打ちに私は怒りをあらたにしています。
%%%%%過去記事再掲終わり

 ところで、この「うぶすな」さんである阿邪訶根神社(あさかね じんじゃ)の由緒書きは、以下のように記します:
%%%%%由緒2011年10月19日記事再掲
 当該神社創建は資料焼失に依り不明とされているが、康平年間(1060年頃)に伊勢國阿邪訶より分霊を招祀したものが起源とされ、俗に、總産土大神(そううぶすな おおがみ)とも称される。
源 義家(みなもとの よしいえ)(長暦3年(1039年)〜嘉承元年(1106年)8月4日)の副将として、前九年ノ役(ぜんくねんのえき)(永承6年(1051年)〜康平5年(1062年))、及び、後三年ノ役(ごさんねんのえき)(永保3年(1083年)〜寛治元年(1087年)を戦った 平 忠道(たいらのただみち)(?〜寛治3年(1089年)9月19日)が東征中に戦没したが、後に、寛治6年(1092年)に御霊を道祖神に合祀した。
江戸期たる寛延2年(1749年)に社殿が全焼し今日残存すれば平安期東北地方の研究に欠かせない重要宝物を含め焼失したが、翌寛延3年(1750年)に本殿初め境内社殿が復興された。
昭和9年(1934年)5月郷社指定。
%%%%%由緒引用おわり
 上記由緒書によれば、この神社は伊勢の神社より分霊されたとあります。その本家の神社について
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』は以下のようにかきます:
%%%%%阿射加神社(あざかじんじゃ)の説明
『皇太神宮儀式帳』に、倭姫命が藤方片樋宮において天照大神を奉斎していた時に、垂仁天皇の使者である阿倍大稲彦命(あへのおおしねひこのみこと)が阿佐鹿悪神(あさかのあらぶるかみ)を平定したとあり、『倭姫命世記』には、「阿佐加之弥子(阿坂の峰)」に伊豆速布留神(いつはやふるのかみ)がいて通行の邪魔をするので、その心を和ませるために山上に神社を造営し、(実はこの文章が源氏物語の如く、長々しいので、途中をブログ管理者の一存で割愛しました)「龍天明神」の俗称を得たものと見られている。一方、祭神が3座とされていることについては、出口延経が、当地は『古事記』に猿田彦神が溺れたと伝える伊勢国阿邪訶の地であり、その時に化生した猿田彦神の3つの御魂である底度久御魂(そこどくみたま)・都夫多都御魂(つぶたつみたま)・阿和佐久御魂(あわさくみたま)が当社祭神の3座であると唱え(『神名帳考証』)、本居宣長もこの説を襲って(『古事記伝』)以来、上述の「荒振る神」の様態と、「記紀」の天孫降臨段に記す猿田彦神のそれが重なり合うことから、当社祭神3座を猿田彦神の3つの御魂と見るのが有力な説となっており、現在の両阿射加神社も、祭神として猿田彦神・伊豆速布留神を掲げている。(後略)。
%%%%%説明おわり
 このウイキペディアは、大和中心史観から日本国古代史を説明しています。そうでは、あってもなかなか興味深い記述があります。伊勢にあって阿佐鹿悪神(あさかのあらぶるかみ)は文字通り悪い神なのです。その神の名をとった魂をわざわざ東北に分霊する。しかもその地は、いたるところに「あさか」なる場所があるのです。さらには、すでに書きましたが「産土」は、日本書紀編纂者が新統治体制を確立する際、被支配者の信仰体系を簒奪したものなのです。そのことを私は2010年2月14日に書きました。  
 この記事で私は次のようにかいています:
「もう一つ、前回書き忘れたことは古事記の冒頭記事は三柱の神々です。つまり天之御中主神、次高御産巣日神、次神産巣日神です。後ろのお二方は「産巣日」を「むすび」と詠ませるのです。「産」を「産着」(うぶぎ)の転じて「む」または「うむ」の「む」とすることからきます。平安時代のどなたかの知恵なのでしょう。土着の信仰形態を簒奪しているのに、それから「うぶすな」産を連想させることをふせぐべく「むすび」と仮名をふったのです。明らかなように、これは「うぶすに」、つまり「うぶすな」であったのです。田舎での古くからの神社に祀られる神を私たちは「うぶすな」さん(産土神)と読んで敬愛してきました。私は、此処にも古事記編纂者の政治的思惑を感じます。庶民の信仰心に見かけ上「おもねって」、住民の敬愛する「うぶすな」さんを彼らが新たに拵え上げた「神」さんの名に流用したことは確かでしょう。」

「うぶすなさん」は古来より住民が土着の神として崇めたてまっつきたのです。そしてそれは、古事記が編集される8世紀より昔に遡るのです。こうしてみると、郡山の阿邪訶根神社は伊勢の神社の分霊ではなく古来よりの「うぶすなさん」であったはずです。福島の神社宮司さんに於かれては、福島の古代史に誇りをもたれ、もっと注意深い敬意を払われんことを願う次第です。
%%%%%
 上にも書きましたが伊勢に鎮座した「アサカワル」神にかかわりがあり、その創建が十一世紀とされます。これが、「逆シリウス」方位(または建築物の配置方位)の背景はこの創建経緯と創建年代から解き明かされるのではなかろうか、と考えています。因みに、この神社のすぐ南西が現在の須賀川から長沼に及ぶ「シリウス」信奉族の拠点であった地です(2014年8月15日記事)。
(図:長沼に配置された二つの神社と岩淵古墳)
190726須賀川二等辺三角形無題

(つづく)

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+++++脚光を浴びる「レイワ新選組」関連
%%%%% 山本太郎、地上波テレビで “放送事故”190725そもそもck    
 もう地上波テレビ局からお呼びはかからないだろう。日本政治のタブーに触れてしまったのだから。 前参院議員の山本太郎がけさ、テレビ朝日の「羽鳥慎一モーニングショー」にスタジオ生出演した。 今回の選挙での躍進や原発問題などについて、番組コメンテーターと話した後、つぎのように締めくくった− 
 「この国の20年―30年の間というのは、どのような政治が行われてきたかというと、完全に皆さんの生活を踏みつけて企業側にいかに利益を横流しできるかということの連続でした」
 「例えば、大企業に対して大減税、金持ちに対して大減税。その上に皆さんの働き方を壊して来た。昨年の末に決まったのは何か?大量の外国人を安い労働力としてこの国に招き入れるということ」
 「これによって首が絞まるのはだれか?皆さんなんです。今の政治は皆さんへの裏切りの連続でしかない。それを変えていける。まずは野党で手をつないで政権交代を目指したいと思います」。
 大企業がスポンサーのテレビ局で言ってはならないことを、山本太郎は言ってのけたのだ。
 経団連の下請けと堕した自民党政治への批判は、テレビ局では御法度である。山本の発言は事実上の放送事故だ。

国民・玉木代表 消費税廃止を財源論でかわす
 番組中、「政権を取りに行く」「総理を目指す」と宣言した山本は、野党共闘について聞かれると、「消費税減税であれば手を組める」とした。
 山本に秋波を送るのは共産党の志位委員長と国民民主党の玉木代表だ。
 「消費税廃止を目指す我が党の方針には微塵のゆるぎもない」(小池晃書記局長)とする共産党は、消費税減税にすんなり納得するだろう。
 連合に支えられる国民民主は、簡単に消費税減税とはいかない。玉木代表は24日、定例記者会見で田中の質問に次のように答えた―
 「消費税を廃止するのであれば代替財源を考えていかなければいけないので、公約上の議論をすれば、廃止することだってありうる」。
 財源論で消費税を正当化するのは旧民主党(立憲、国民)の常套手段だ。
 連合の相原康伸事務局長は参院選挙直前、自民党に「消費税を10%に上げるよう」陳情した。
 玉木代表が山本太郎を抱き込みたいからといって、おいそれとは消費税減税とは言えないのだ。
 山本太郎が地上波に出たからと言って喜ぶのは早い。目指すのは「貧乏人が死なずに済む政治」が始まることだ。
%%%%%〜終わり〜

 私の希望、それは、山本太郎を国会に送り返すことです。
(つづく)


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衆議院選挙でリベンジだ!、会津若松城の逆シリウス

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:霧雨煙る早朝の散歩で、今夏二度目のカブトムシとの出会いです。それもオスであります)
190722カブトかも無題


 恨みます 棄権の人たちを 怒ってくれ うそつき安倍を つまみ出せと

 言っても詮無いことですが、ついつい山本氏の落選に愚痴が頭に上ります。投票日前日れいわ応援演説に立った前川喜平氏が「偽装・捏造・晋三」の安倍政治をストップさせねばならないと具体的事例をいくつも挙げて聴衆を鼓舞してくれました。
独善・腐敗・隠蔽にまみれた現政権を退場させようー前川喜平。れいわ新選組@新宿駅西口2019 07 20 

 殆どの国民は、こんな人間が日本政治のトップにいて権力をほしいままにしていることに怒っていると私は確信しています。その怒りの表明の場は現今日本では選挙での投票行動しかない。しかし、半分を超える国民がその行動をしなかった。なんとも不可解であり、棄権した人々に私は怒っています。
 私のような老いぼれは、さきは短い。せめて「やった〜!」との快哉を叫んでこの世を去りたかった。せめて一年以内に行われるとされる衆議院議員選挙まで、その「快哉」のお預けを食らったと思うことにします。おいおい私が考える今般選挙の「総括」を書き連ねてゆくことにします。

 関連記事を本ブログ末尾でも転載しています。
 
+++++逆シリウス方位(4)
 第25回参議院議員通常選挙での「れいわ新選組」の大きな進出を切に願って、本ブログ記事も古代史関連記事をしばしば休ませてもらいました。昨日、まずは選挙が終わりましたので、ふたたび古代史の話に戻ります。

 ざっと現時点での関心事についてお浚いをしておきます。それは神武天皇東征です。日本書紀によれば、現在の宮崎県・日向国(と思われる)を発ち、宇佐、筑紫、阿岐(安芸)、を経ていまや吉備に達したのです。この後、鳴門海峡、紀国、熊野をへて現在の奈良盆地で天皇に即位とのストーリを古事記・日本書紀は書きます。それは、日本書紀編年に従えば西暦・紀元前660年とされています。
 ところで、斉明女帝が西暦660年7月に亡くなられ翌年天智天皇が即位したと日本書紀は書きます。それが西暦661年です。天智天皇こそ中臣鎌足と謀って「乙巳の変」を仕掛け、大化の改新と称する新たな日本列島支配体制を構築した人物とされています。後にこの天皇に諡(お)くられた号が「天命開別」(てんめいひらかすわけ)です。日本書紀によれば、歴代天皇の和風諡号に「開」が使われた天皇は「欽明天皇」です。現時点では詳しく考察しませんが「継体天皇」の嫡男で「秦」を名乗る一族と深い親交があったとされる人物です(「日本書紀」巻十九。即位前紀)。
 それはさておき、現ブログ管理人は神武と天智天皇の即位年が、西暦元年を対称として一方は+660年、一方がー660年であることに注意を払っています。日本書紀を編纂するに当たってキリスト教の影響があったのではなかろうか。建国に二つの時を設定したのです(2008年11月17日記事)。

 このことから推察できることは、神武天皇の即位とそれにいたる「東征」譚には「権威付け」という政治的思惑があったということです。このように考えると神武天皇の東征は全くの「でっち上げ」であるか、あるいは実際にあった史実を転用したのではなかろうかとの疑いが生じます。
 現ブログ管理人はその二つの可能性のうち、後者であろう、すなわち史実の「転用」であったと考えています。その「史実」とは、奈良中央軍事勢力が「蝦夷」(えみし)と蔑称する「倭国」王の九州から東国への逃散行であったと思っています。それは逃散行でありながらすきあらば奈良軍事政権へ一矢を報いる海路行でもあったと考えています。

 いずれにしてもその海路行では蝦夷勢力全盛期に築いた拠点を伝う経路をとることになります。こうしてたどり着いたのが吉備国です。と、考えるならば、吉備国、現在の岡山県には蝦夷が存在した痕跡があるはずです。その第一が「吉備」なる呼称です。隋書倭国伝は、倭国王を語った後に王の妻が「キミ」と呼ばれていたことを語ります。日本列島の話し言葉では「バ行」の音がしばしば「マ」行の音に転換することを考えるなら、「吉備」(きび)は「キミ」が転じた音、すなわち倭国王の妻にかかわりのある地であったと考えることができます。
 倭国王の姓号そして跡継ぎの名前が「古代ペルシア語」に由来することをあわせ考えると、この岡山県にはまさに「蝦夷」の痕跡がその呼称に残されていることがわかります。

 そこで、具体的な古代の建造物にもそうした痕跡が認められる否かを検討してきました。第一に挙げられたのが岡山県の史跡としてとりわけ知られている二つの大規模古墳です。この古墳は前方後円墳ですが、その軸がシリウス方位に“似て非”であることです。これを逆シリウス方位と本ブログ記事では呼んでいます。

 本ブログ管理人は「似ている」という点に大きな関心を払っています。ここには何がしかの政治的メッセ−ジがこめられているのではないか?それを探っておこうというわけです。そうした考えから前回は、古代日本列島の歴史、特に政治史を考察するうえで重要な「シキ」なる場所を最初の事例としてあげました。

 今回は福島県会津です。江戸時代の会津城の藩主で保科正之はその暖かな行き届いた治藩で知られています。墓所が猪苗代湖から近い土津(はにつ)神社に祀られています。
(図:土津(はにつ)神社拝殿に通ずる長い参道はシリウス方位)
190722土津はにつ無題

 ところが、藩主の居城会津の若松状は誠に奇妙な構造となっています。それが福島県会津の若松城・干飯櫓(2014年9月22日記事、です。
(つづく)

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+++++参議院選挙関連
 れいわ候補者の弁:
%%%%%山本太郎氏、NHK報道に不満「どこまで自民党のお尻を舐めるんだろう。本当にひどい」 2019年7月22日 1時18分 キャリコネニュース
190722れいわ無題

第25回参議院議員総選挙の投開票が7月21日、行われた。10人の候補者を擁立した「れいわ新選組」は同日深夜までに、2議席の当選確実が報道された。
団体は同日夜、候補者8人で会見を開いた。記者から、参院選を巡る報道のあり方について聞かれると、各候補者から不満と苦言が相次いだ。代表を務める山本太郎氏がメディアに対し「もっとガチンコで喧嘩してほしいなと思いますね」と語ると、支援者らからは「そうだそうだ」と拍手が沸き起こった。
「なぜ米国からMMTの話が出てるか理解してないでしょ?よく報道機関だと言えますね」

山本氏は選挙戦で「明らかにおかしな報道が続いている」と感じたと言う。NHKのとある特集について「言葉を選ばずに言うと、どこまで自民党のお尻を舐めるんだろうみたいな。本当に酷いんですよ。争点が全く見えないというか」と語り、酷評した。
東大教授でもある安富歩さんは、インターネットの影響で2議席を獲得出来たと振り返り、新聞やテレビなどの既存メディアを揺さぶった。
「ということは、メディアの皆さんはまもなく、あなた方の存在基盤が失われつつあるということを認識してほしい。大学だってそう。色んな既存のシステムが崩れ始めていることをメディアが認識し対応しないと、この国ごと崩れてしまう」
一方、渡辺照子さんは紙媒体の重要性を指摘する。ネットメディアは芸能も政治も同じ扱いで流すとし、
「紙媒体みたいに濃淡が分かるような扱いをする新聞は大事だと思うんですよ。だからその大事な新聞に頑張ってほしいんですよ」
と語った。
大西恒樹さんはメディアの知識不足を痛烈に批判した。争点になった消費税の廃止について、「税収で政府の借金を返すなんてことはありえないってわかってます?」と問いかけ、
「れいわ新選組が消費税ゼロを掲げたとき、そこにちゃんとロジックがあると突っ込んでくれれば、与党の言っていることが間違っていると分かる。みなさんの仕事というのは真実を知って暴くことなんですよ。(中略)増税なんてありえない仕組みだということ、なぜアメリカからMMT(編注:現代貨幣理論)みたいなものが出てきているか、ちゃんと理解してます?してないでしょう?それでよく報道機関だと言えますよね」
と辛口だ。「わかった上で報道してほしい。それが世界中の人たちのためになる」とも付け加えた。
支援者から報道陣に「忖度するなよ」のヤジも
元セブンイレブンオーナーの三井義文さんは、長年訴えてきたコンビニ問題が解決しなかったことには、メディアの責任もあるという趣旨の発言をした。
「ジャーナリストになったとき、真実を伝えたいと思ってなってないですか? いつからサラリーマンになったの? こっちがガチンコで戦ってるところを取材するんだったら、皆さんもガチンコでやってほしいよね。(中略)コンビニの本部は、マスコミなんていくらでも操作できると思っていますよ。舐められているのはあなた達だけだから。これを皆さんが変えてください」
この他、野原善正さんは「反転攻勢の狼煙が上がった感じがしますので、包み隠さず報道して」、蓮池透さんは「タブーを捨てて」、環境保護NGO職員の辻村ちひろさんは「政治部に対して環境部が弱すぎる」と訴えた。会見では候補者の言葉に合わせ、支援者らから報道陣に対し「忖度するなよ」などのやじも飛んでいた。
%%%%%

 選挙こそ日本国の民主主義を育て維持する最大の仕掛けです。国営放送たるNHKの最近の著しい劣化過程の一環として、今般の選挙でもつとめて選挙を話題にすることはなかったとのことです(当家ではNHKを全く視聴していないので伝聞です)。安倍氏の国会答弁は 前川氏が指摘するように、およそ国のトップとは思えぬ言辞に終始していました。これを視聴しただけで、国民の安倍氏への支持は離反することは間違いありません。それを勘案した自民党は実に三ヶ月間の長きに渡って予算委員会を開かなかった。かくして安倍氏は選挙前に国会の場でその無能力をさらけ出すことはなかったのです。そしてNHKはその不正常な国会運営をニュース番組で指摘することもなかったのです。
「NHKから国民を守る党」の主張はともかく、下の動画で久米宏氏が指摘する「人事・予算」の独立こそが、昨今のNHK報道が抱える問題の根幹です。
久米宏さんがNHKの番組【あさイチ】で【NHKは人事と予算で国家に首元を握られている】と発言 

 
%%%%%
池上無双VSれいわ・山本太郎代表は山本氏に軍配? 「政権取る意欲もないのに政治家になる人っているんですかね?」 2019年7月21日 23時5分スポーツ報知

 ジャーナリストの池上彰氏(68)が21日、テレビ東京系の参院選開票特番「池上彰の参院選ライブ」内で、れいわ新選組・山本太郎代表(44)と激突した。
 池上氏は、当選濃厚とみられた東京選挙区ではなく比例で立候補した山本氏に対し、選択の疑問を直言。すると「自分の1議席を守るための選挙はしたくなかった。国会議員でなくても代表をやられている方もいる。そんなに大きな話ではないです」と返された。
 放送時、当落不明の情勢だった山本氏は「もちろん1議席を確保したい思いはありますけど、結果を受け入れる以外にないです。議員でなくてもやれることはあるので、ベストを尽くすだけ。衆院選、3年後の参院選とトライの場面は巡ってくる。政権を狙っているので」と明言。池上氏がさらに「政権を狙っておられるのですね。非常に小さな勢力ですが」と尋ねると、山本氏は「政権を取る意欲もないのに政治家になる人っているんですかね?って話で」と苦笑交じりに反論した。
 最後に「なぜ、旧体制を守る組織だった『新選組』と名付けたんですか?」と党名について問うと、ここもすかさず「維新を名乗りながら政府側にベッタリな人たちもいるので気にしないでください」と切り返されていた。
%%%%%

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れいわ新橋総決起

 今日は、ブログ更新日ではありません。が、明日の参議院議員選挙で「れいわ」を国会に送り込みたい。その気持ち一心です。
(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:れいわ街宣。SL広場は人で埋め尽くされた。安倍首相以上の集客力だ。=19日、新橋駅前 撮影:田中龍作=)
190720新橋raw


 同胞の 声が日々に 高まりて 明日はれいわの 初めの始まり

れいわ新選組 れいわ祭2 新橋駅SL広場


以下は参考記事です:
%%%%%「れいわ」が国民民主を1票でも上回ったら、連合は無力になる 
 「れいわ」を黙殺し続けてきたマスコミも、いよいよ無視できなくなってきた。
 マスコミの情勢分析で、「れいわ」の獲得議席は、これまで1議席と見られていたが、一部のメディアでは上方修正した。修正後の数字は2〜3議席。
 それでも実態を反映していない。理由はこうだ―
 某メディアの政治部記者によると、有権者が比例の投票先を「れいわ」あるいは「山本太郎」と答えた場合、「支持政党なし」に分類しているそうだ。
 「支持政党なし」は通常、調査が回を追うごとに減っていくのだが、今回は増えているのだそうだ。珍現象は「れいわ」支持が増えているために起きているのだ。
 公明党に批判的な学会員のうち相当な割合が、たとえ「野原ヨシマサ」や「山本太郎」に投票しても、出口調査では「選挙区は山口那津男に入れた」「比例は公明党に入れた」と答える。
 この人たちは家族にもウソをついて反学会票を投じるのである。実際、昨夏の沖縄県知事選挙で、玉城デニーに投じた学会員のかなりの数が、家族に「サキマ(自民公認)に入れたさあ」と話しているのだ。
 全国比例や東京選挙区は学会票の母数が大きい。全国比例は750万票。東京は70万票。
 沖縄県知事選挙のように学会の3〜4割も来なくて、かりに2割と見積もっても全国比例だと150万票。東京だと14万票が、「れいわ」に回る。
 開票作業では、氷山の下に隠れた「野原ヨシマサ」「山本太郎」票が、どっと表に出ることになる。 公明党に批判的な学会員は全国規模で「逆F獲り」を続けている。Fとはフレンドである。「逆F獲り」とは公明党に批判的な友人の票を集めることだ。
 「ワタシ100票獲ったよ」なんて話は珍しくない。学会員の女性は国会前の安保法制反対デモ(2015年)に参加したため、査問に遭っている。「早く目覚めて」と学会員たちに訴えた。

 マスコミは国民民主の獲得議席を3議席と予想する。マスコミが過小評価する「れいわ」の獲得議席数と同じだ。国民民主の獲得票は350万票余りか。 「れいわ」が1議席でも1票でも上回ったらどうなるか。
 連合の組織とカネを当てにしなくても、市民の力で選挙ができ、政治を変えることが証明されるのである。この瞬間、連合の影響力は激減する。ほぼ無力化すると言ってよい。
 上述したように「れいわ」はマスコミが予想した以上の議席を獲得する可能性が高い。
 「れいわ」を黙殺し続けてきたマスコミはさらに信用を失う。
 %%%%%  〜終わり〜

(図:東京新聞7月20日付け「こちら特報部」より)
CIMG6826

不正選挙論議(18日福島駅演説で)

 第二十五回参議院議員通常選挙もいよいよ大詰め、投票日までわずか二日のみを残すことと成りました。本ブログを読んでくださっている皆様に私の思いをお伝えいたしたく、今回は関連記事の紹介で記事を埋め、古代史関連は、開票翌日に順延いたします。お許しください。まずは、私が共感を覚えた候補者の政見放送です。


(図:東京新聞7月18日付け、新聞広告。何せ、誕生以来これだけの聴衆の気持ちをひきつけてきたにもかかわらず、大手報道からは完全に無視されてきました。これ自体は大問題ですが、選挙最終版でやっと、広告が世に出ました。拡大は図のクリックで)
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(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:山本太郎氏の仙台駅頭での街頭演説に耳を傾ける大聴衆、れいわHPより )
190718仙台19470


 魂の こもった演説 胸を打つ 議席の確保 切に願えり

 既存の与野党が輩出できなかった政治家が現れた。他党の悪口、軽口ではなく専ら政策を語っています。論理的でありながら、語り口は明快。言葉の端々がちょっと耳にはいるだけで、思わず、立ち止まって、気がついたら耳を傾けている。多分仙台駅の聴衆の多くはそんな人たちではなかったろうか、と想像しました。
山本太郎 れいわ新選組 街頭演説 宮城・仙台駅西口デッキ 2019年7月17日

 昨日18日は福島駅東口での演説です。私の父祖が生まれ育った地です。そして原発事故で最大の被害を蒙った県です。話しの腰を折るかのように、聴衆の誰かが「不正選挙」について口をさしはさみました。山本氏のすごいところは、そうした事態に決して慌てることなく、きちんと対応することです。
「自民党安倍政権は、森友、加計、公文書隠蔽、公文書改竄、側近知人による婦女暴行隠蔽等々、これまでも多くの不正行為を働いてきた。であるから、権力が選挙にだけは手をつけない、と考えることはできない。何がしかの不正を働き、働くであろうことは確かと思っています。しかし、現時点では証拠を捕まえていない。巧妙なやり口で尻尾を出していない。それが現状である。とするならば、それは現時点では選挙の争点にならない。正々堂々と政策と論理でもって国民に語りかけて多くの支持を獲得する。それしかない・・・」と。誠に見事な応答でありました。
 
れいわ新選組 山本太郎 街頭演説会 福島駅東口

 、不正選挙について書いた前回記事を再掲しておきます:
+++++7月17日記事・再掲(安倍氏がこだわる「期日前投票」)
2000年の米国大統領選挙では、フロリダ州の開票作業で、重大な「不正」が発覚し、選挙戦を有利に添加していたアル・ゴア氏の得票が意図的に集計からぞ害されました。結果として、ブッシュ・ジュニア氏が当選、氏が真っ先にしたことはニューヨークの世界貿易センタ崩壊事件とそれを口実としたイラクへの軍事侵攻でした。こんなことを書くと「陰謀論者」とレッテルを貼るかたもいます。しかし、20年前を振り返ってみるならば、巨大な資産家と軍事勢力(軍産複合体)が描いた筋書きであったらしいとの考察には説得力があります。
2016年のクリントン・トランプが争った大統領選挙でも同様な不正か意表が目論まれたとの話があります。それを防ぐ一つの手立てが「期日前投票」であったようです。すなわち期日前投票用紙が治められている箱をそっくり摩り替えてしまうことを防ぐためです。
期日前投票は投票率を上げるのには有効ですが、不正行為に導く危険があるのです。私もかって新潟県知事選で同様を想像しブログ記事にしたことがあります(2018年6月11日記事)。実際、あけすけに「期日前投票」安倍氏が薦めているとネットニュースが報じています:
<<<安倍氏が薦める期日前投票の危うさ
 首相はこれまでも、演説の締めに期日前投票を要請。「一人で行くのも寂しいでしょうから、お友達や家族、恋人、あるいは昔の恋人も探し出して、連れて行ってほしい」などと決まり文句のように呼び掛けてきたが、この日は「脱線」したようだ。
>>>
 新潟県知事選挙開票で私は何を見たのか?開票日当日の夜午後10過ぎに、反原発候補がジリジリッとリードし始めました。ところが10時半に突如、「原発容認候補」に当確が打たれました。なにが起きたのか?どうやら、当日投票分の開票を終え、「期日前投票箱」の票があけられたのです。そして、NHKにはその中身が知らされていたとしか思えません。「期日前投票箱」の票は意図的に改竄されていた。箱が取り替えられていたのではなかろうか?私はそれを疑ったのです。
%%%%%
 福島駅頭での山本氏の演説に戻ります。上の動画では、演説の最後に聴衆からの意見表明の時間がセットされました。聴衆の一人、桃の生産者と思われる方から「風評被害」なる不満が出されました。曰く「自分たちは、出荷にあたっては、厳しく桃の放射線量を測定している。しかし、福島産ということで、謂れの無いレッテルを貼られ続けている。どうしてくれるんだ!」というわけです。これは辛い問いかけです。そもそもは政府の原発政策とそれに乗っかった東京電力の重大な過誤に起因します。その被災の矛先を山本氏に向けることは見当違いです。ましてやこの問題は、当時政権を担っていた菅首相率いる民主党(当時)の重大な初期対応の過誤にも言及さるべきです。山本氏が国会に復帰した際には、真摯な国会での議論を復活させて欲しいものと思っています。

+++++れいわ新選組の主張(続)
 前回に続き、れいわ新選組の主張の真っ当さを示すネット記事を転載します:
%%%%%躍進するれいわ新選組、その公約「消費税廃止」がかなり現実的なワケ 消費税収の9割は法人税減税に化ける  2019.07.19 小川 匡則 週刊現代記者 現代ビジネス

消費税が10%に増税される「Xデー」がいよいよ10月に迫ってきた。いま現実に消費税が10%に上げられた場合、日本経済に壊滅的な打撃となりかねないことはすでに多くのエコノミストが指摘している。しかし、現在行われている参議院議員選挙で「消費増税」が大きな争点になっているとは言い難い。それどころか低投票率が予想される極めて低調な選挙戦となってしまっている。

そうした中、ここへきて存在感を高めているのが山本太郎参院議員が立ち上げた政党「れいわ新選組」。そのれいわ新選組が柱の政策として掲げるのが「消費税廃止」だ。一見突拍子もない公約と思われるかもしれないが、じつは経済のプロの間では決して突飛な話ではないどころか、実現性の高い政策なのだという。選挙戦の最前線と消費税廃止の現実味について緊急レポートする――。

山本太郎が叫んだ!

「私は『消費税廃止』しかないと思ってます。収入が少ない人ほど消費税の負担率は上がる。入ってくる収入のほとんどが消費に消える。負担率が上がるのは当たり前です。ダイヤモンドから紙おむつまで同じ税率なんて不公平と呼ばずになんと呼べばいいんですか」

7月12日夕方、品川駅港南口での演説会には3000人を超える人だかりができていた。ステージ上の山本太郎氏は冒頭から消費税廃止を訴えた。

山本氏は参院選公示前から連日全国各地でこうした街頭演説会をやっており、その各地で千人規模の聴衆を集めている。

有権者に共感が広がっている最大の要素は「経済政策」、とりわけ「消費税廃止」だろう。

その公約には「初年度、物価が5%以上下がり、実質賃金は上昇、景気回復へ。参議院調査情報担当室の試算では、消費税ゼロにした6年後には、1人あたり賃金が44万円アップします」と記している。

今の消費税8%を一気に「ゼロ%」にすると、物価は強制的に大幅な下落を余儀なくされる。その一方、個人は可処分所得が大幅に増え、企業は負担が軽減される。結果、景気の好循環を招き、デフレからも脱却できるという論理である。

消費税収は「大企業のフトコロ」に消えていく

自民党は今回の参院選の公約に今年10月の消費増税を明記している。つまり与党が勝利すれば確実に10%への引き上げが決行されることになる。

これに対して野党各党の公約は「消費増税の凍結」でまとまっているものの、「廃止」にも「減税」にも踏み込んでいない。消費税の減税を主張することで「ポピュリズム」「無責任」といった批判を浴びることを恐れているのかもしれないし、立憲民主党など旧民主党勢力は民主党政権時代に消費増税の道筋をつけたという負い目もあるのだろう。

しかし、山本氏はそのような野党各党の姿勢を「生ぬるい」と批判し、現在の長引くデフレ不況を脱するためには「消費税は廃止。最低でも5%に引き下げるべき」と強く訴えている。

そんな「消費税廃止」については、一見突拍子もない政策に感じるは人は少なくないだろう。しかし、じつは消費税廃止という政策は決して絵空事ではなく、経済のプロのあいだでも実現性の高い政策として注目されているのである。

実際、『消費税は0%にできる』(ダイヤモンド社)の著書を持つ経済学者の菊池英博氏は「消費税を廃止することは可能です」と断言する。

そんな菊池氏によれば、そもそも消費税による税収は私たち一般国民の生活のためになどほとんど使われてこなかったという。次のグラフを見ていただきたい。
190719消費税219539


「月刊保団連」2015年2月号作成。1.消費税には地方分(96年度までは地方譲与税、97年度からは地方消費税)を含む 2.法人3税には法人税、法人住民税、法人事業税の他、地方法人特別税、地方法人税、復興特別法人税を含む 3.財務省及び総務省公表データにより計算、2012年度までは決算、2013年度の国は補正後、地方は予算額、2014年度は国・地方とも予算額

これは消費税を導入した1989年度から2014年度までの消費税収の推移と、1989年度を基準として翌年以降の法人税減収の推移を示したものである。

消費税の累計282兆円に対して、法人税減税は累計255兆円。実に消費税収の9割が法人税の減税に充てられてきたという衝撃的な事実が浮かび上がってくるのだ。

日本の消費税、実は高い

菊池氏が言う。

「消費税収のほとんどは法人税減税に充てられています。これ以外にも大企業には『租税特別措置による政策減税』などの税制優遇があり、実効税率は世界的に見てもかなり低くなっています。その結果、大企業は近年、史上空前の利益を出していますが、経済の活性化にはまったく寄与していません。このデフレ不況下で設備投資を積極的にするわけもないからです。収益のほとんどは株の配当金、役員報酬、そして内部留保に回っています」
菊池氏は安倍政権が国内の経済状況を無視して消費増税に踏み切る理由も「法人税の減税にあるのではないか」と指摘する。
「安倍政権は2013年度に37%だった実行法人税率を毎年引き下げており、2018年度には29.74%まで大幅に引き下げています。安倍政権は消費増税を原資にすることをアテにして法人税の実効税率引き下げを決定したために、その財源確保のためにも消費増税を決行する必要に迫られているのでしょう」
政府与党は「消費増税は社会保障の充実のため」と主張している。しかし、事実としてこれほどまでに消費増税分が法人減税分に充てられてきている以上、その説明には納得しがたいというわけだ。
−−日本の消費税率8%は欧州先進国に比べるとまだまだ低い。
これは消費増税推進派がよく使うセリフだ。実際にそのように刷り込まれ、「10%程度の消費税率は止むを得ない」と思い込んでいる人もいるようだ。しかし、実態は異なる。それは次の表からもはっきり見て取れるという。
(表:主要国の国税収入に占める消費税の割合(「月刊保団連」作成のデータを基に菊池氏作成)
190719消費税119540

現在の消費税率は8%でそのうち国税分は6.3%である(残る1.7%は地方税分)。財務省の発表によると、昨年度の日本の国税収入に占める消費税の割合は27.9%にも上る。これは消費税率の高い国々と比べても遜色がない。

消費税が10%になった場合、国税分は7.8%となり、欧州の中でも特に消費税割合の高いドイツ(国税の標準税率19%)よりも国税に占める消費税の比率が高まる見込みだ。どうして税率が倍以上の国々以上の負担になってしまうのか。大企業優遇をやめ、法人税にも累進性を菊池氏は言う。

「欧州では消費税は『贅沢税』という意味合いが強く、生活必需品には課税しないのが基本です。例えば、イギリスでは教育、医療はもちろん、映画・演劇・コンサートなどは非課税。食料品や出版物、交通運賃、医薬品、子供服などはゼロ税率です」

菊池氏はドイツの学者と懇談した際、「どうして日本人はそんなに高い消費税を課せられて黙っているんだ」と聞かれたことがあるという。日本はすでに世界的に見ても「消費税負担の重い国」になっているのだ。

それでは、どのようにすれば「消費税廃止」が実現できるのだろうか。

菊池氏は、税制の不平等を是正するべきだと説く。

「大企業優遇をやめ、法人税率の最高税率を引き上げると同時に累進性を導入するべきです。それから所得税の累進性を高め、一律20%となっている証券税制をやめて、証券所得を総合所得に入れるべきだ」

じつは山本太郎氏が「消費税廃止」のための「財源」の根拠としているのも、それらの税制改革である。7月15日、立川駅での街頭演説会で山本氏はこう唱えていた。

「消費税が導入される前は所得税と法人税で財源を確保していた。だから、消費税を止めるためには消費税導入前に戻ろうという話だ。下げてきた所得税の最高税率を上げる。また、分離課税をやめて総合課税にする。法人税にも累進性を導入する。儲かっているときには税率は高まるが、儲かっていないときには負担が低くなる。これが一番真っ当な取り方だと思います。

これらの税制改革をやれば、財源は29兆円担保できるという試算もある。ならば、消費税を廃止したとき、いくらくらいかかるかというと20兆円。お釣りがきます」

山本氏は税制改革以外で財源を捻出する方法として、「新規国債の発行」も挙げている。

たとえ税制改革で消費税廃止分の財源を生み出すことができなかった場合でも、国債を発行して埋め合わせたところで問題はない。何よりも緊急を要するのは「デフレ不況からの脱却」だからであるという理屈だ。

それどころか、そもそも日本は世界最大の債権国であり、対外純資産は昨年末時点で342兆円(財務省発表)にも上る。そう考えると、じつは財源はどうにでもなるのである。

「消費税廃止」で景気が好転する

菊池氏もまた税制改革と合わせて、政府がデフレからの脱却に向けた経済政策を打つべきだと語る。

「まずは政府が積極的な財政出動をすることが第一です。民間に資金需要がない以上、政府がお金を使わなければデフレからは脱却できません。積極財政で景気を好転させると同時に、法人税や所得税を引き上げれば消費税を廃止してもそれ以上の税収が得られるでしょう。もちろん、消費税廃止自体が景気を好転させる『経済政策』としても機能します」

「消費税廃止」を実現することはできる。財源もある。そもそも30年前までは存在しなかった税なのだ。

出口の見えないデフレ不況に苦しむ日本経済。消費税が消費を冷え込ます大きな要素となっていることは明らかだ。その処方箋として、もっと真剣に「消費税廃止」が議論されても良いのかもしれない。
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この問題は、しっかりと我々庶民は直視しておきたい。というわけで、もうひとつ。

(5)%%%%%アベノミクス 暮らしは厳しくなった

 参院選はアベノミクスの成果を判断する機会だ。安倍政権が強調する「六年間の実績」をどう評価するのか。有権者は選挙後の 消費税増税を意識しつつ、暮らしを守るための選択を迫られている。

 日銀が地域ごとに景気を分析した七月のさくらリポートは、「拡大」か「回復」という表現を全国で引き続き使った。政府も 月例経済報告で依然「緩やかに回復」との判断を維持している。

 だが五月の毎月勤労統計では一人当たりの現金給与総額が五カ月連続のマイナス。街角の景気実感を示す景気ウオッチャー調査 (六月)も二カ月連続の悪化だった。さらに二〇一八年の国民生活基礎調査によると、一世帯あたりの平均所得額が四年ぶりに 前年割れとなり、「生活が苦しい」と答えた世帯も約57%と高水準である。
 つまり政府や日銀がいくら回復基調を唱え株価や為替が安定していても、暮らしの現実は確実に厳しくなっている。
 安倍政権が掲げたアベノミクスは、大規模な金融緩和と積極的な財政政策、成長戦略を束ねて実施する点が特徴だ。政権は成果 としてまず雇用の改善を強調する。

 確かに完全失業率は2%台半ばで安定し、有効求人倍率も全地域で一倍を超えるなど数字上の成果は出た。
 しかし、雇用改善の流れは〇八年に起きたリーマン・ショックの後から始まっており、成果とは断定し難い。少子高齢化を背景に 生産年齢人口は減っており、むしろこれが失業、求人の数字上の改善の説明としては説得力があるのではないか。
 アベノミクスで最も期待されたのは成長戦略だった。新しい経済のけん引力の提案を国民は待った。だが外国人観光客が大幅に 増えたほかは目立った政策効果は出ていない。

 一方、デフレ脱却を目指して続く金融緩和は地方銀行の経営悪化という副作用ばかりが目立ち、肝心の物価上昇率2%は未達成だ。
同時に緩和策が、年金生活者ら多くの人たちから金利を奪い続けている現実も忘れてはならない。
 選挙後、政府は消費税率10%へのアップを予定する。増税後には個人消費は減少し経営者の心理は冷えるだろう。それは雇用問題へと 波及する懸念さえある。有権者は、暮らしを守る政策をどの政党や候補者が掲げているのか、これまで以上に丹念に吟味して投票せねば ならない。   
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(6)%%%%%れいわ野原候補、学会総本部前で「池田先生の教えに立ち返れ」と叫ぶ

 創価学会の聖地に三色旗が翻った。反旗の三色旗が。
 「現在の公明党、それを支配する創価学会に池田先生の平和思想はあるのでしょうか?」
 「日蓮仏法の真髄は師弟不二にあります。師匠の思いをどれだけ自分の思いとして行動できるか。池田先生の思いを忘れ去ってしまった公明党や創価学会。もう一度師弟不二の精神に戻って下さい」。
 学会総本部前に立ちマイクを握った野原善正候補は、力を込めて語った。尊敬する池田大作名誉会長は、すぐ目の前の本部第二別館で病気療養中だ。
 野原の小気味よい学会・公明党批判に聴衆は沸いた。学会関係者によれば、聴衆の半分近くが学会員だという。
 演説を終えた野原に駆け寄った男性は「期日前投票で入れたからね」と言いながら握手を求めた。査問を受けている最中の現役学会員だ。
 同様に握手を求めた女性は学会員ではないが「野原さんの勇気に惹かれる」と顔を紅潮させた。
 「執行部はおかしい」と首を傾げる学会員は数知れない。野原はこうした人々の受け皿なのである。学会・公明が無視を決め込むのは、驚異に感じている証拠だ。

 野原は「面従腹背の学会員を、サイレントマジョリティーを、どれくらい引き付けられるか」と選挙戦の展望を語った。
 マスコミの世論調査と期日前投票の出口調査では、野原は当落線上にある。ここがミソだ。
 野原に投票する(あるいは投票した)学会員が、マスコミに対して本当のことを言うわけない。「山口那津男に入れた」と言うのである。
 昨夏の沖縄県知事選挙で玉城デニーと書いた学会員は、家族にさえも「佐喜眞に入れたさあ〜」と答えたのである。
 結果は玉城圧勝。学会員が雪崩を打つようにして玉城に投票したのだ。
 学会員の大量離反は野原が立ち上がったからだった。
 「沖縄県知事選挙と似た雰囲気になってきた」。自公にとって最も厄介な男は、不敵な笑みを浮かべながら街宣車に乗り込み、信濃町を後にした。(敬称略)

山本太郎氏の魂の訴え、逆シリウス方位、安倍氏が望む期日前投票

 二日前の7月15日(月)はうっかりミスでブログの更新を忘れてしまいました。申し訳ありません。江戸で自らの高年齢を省みず深酒をした翌日は休日でした。二日酔いの頭で、「今日は日曜日」と、思い込んでしまったのです。夕方になって、はっと気づきましたがもう記事を作成するには遅すぎました。全国を演説会で駆け回る山本太郎さんが、クタクタであろうのに、私はと思うと、すまないという気分であります。
(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:今夏始めてのカブトムシ(雌)との遭遇。翌日雨の中、楢(栗?)木の根元の草陰に戻してきました)
甲虫6776


 政権を 断固奪うと 全国で 大聴衆に 訴える姿 大いに揺さぶらる

 和歌形式からはみ出して、長歌となってしまいました。どんなにデタラメ答弁をしても、嘘をついても、公文書を改竄しても、国の金を友につぎ込んでも、野党はそれを武器に選挙を戦えない。国民の気持ちを結集できない。どうなってるんだろうか?本ブログでもそれを繰り返し愚痴ってきました。
 山本太郎氏率いる「れいわ新選組」の魂の訴えで、その理由がわかってきました。「政権奪取」への本気度にあったのです。既存の野党には当面の議席維持という思惑はあっても、日本を変えるという強烈な意志が欠落しているのです。だから「比例区統一名簿」も「単なる数あわせをしたくない」などといった屁理屈を挙げて、消極的で保身(保自党)に走ります。

 政権奪還のためには、与党のど真ん中に手を突っ込んで、現政権の分断を図るのは当たりまえ。それを「れいわ」はやってのけました。創価学会員を東京選挙区候補者に擁立したのです。
 これが成功したのは、大企業・金持ち優先の現今経済政策が国民困窮の根源であることを繰り返し丁寧に力強く訴え、国民に理解を広めてきたからです。これぞ真っ当な選挙運動です。
 経済政策の中心にあるのが「消費税」です。山本氏の街頭演説youtube動画に付されるコメントを見る限りでは、確実に「消費税廃止」政策の理解が広まっていると思えます。しかし、まだまだインタネットを通じては情報が届かない国民が多数います。結局は電話、手紙で届けるしかありません。これをF作戦と言います(創価学会の編み出した手法)。残る四日、老いぼれの私も「れいわ支持」拡散のため微力を尽くしたく思っています。

 北海道に五年半住んだ私には、山本氏の主張がよ〜く染みとおります。
山本太郎 れいわ新選組 街頭演説 北海道・札幌駅南口広場

れいわ新選組 山本太郎 街頭演説会 新宿駅西口

れいわ新選組 「れいわ祭」 品川駅港南口 

関連記事:
第489回:大盛り上がりの「れいわ祭り」と、これ以上増やしたくないロスジェネの「手遅れ」。の巻(雨宮処凛)

+++++不正開票を警戒せよ!!
 2000年の米国大統領選挙では、フロリダ州の開票作業で、重大な「不正」が発覚し、選挙戦を有利に展開していたアル・ゴア氏の得票が意図的に集計から除かれました。結果として、ブッシュ・ジュニア氏が当選。ブッシュ氏が真っ先にしたことはニューヨークの世界貿易センタ崩壊事件とそれを口実としたイラクへの軍事侵攻でした。こんなことを書くと「陰謀論者」とレッテルを貼る方もいます。しかし、20年前を今冷静に振り返ってみるならば、巨大な金融資本と軍事勢力(軍産複合体)が描いた筋書きであったらしいとの考察には説得力があります。

 2016年のクリントン・トランプが争った大統領選挙でも同様な不正開票が目論まれたとの話があります。それを防ぐ一つの手立てが「期日前投票」禁止であったようです。すなわち期日前投票用紙が収められている箱をそっくりすり替えてしまうことを防ぐためです。
 期日前投票は投票率を上げるのには有効ですが、危険があるのです。私もかって新潟県知事選で同様を疑わせるような開票経緯をブログ記事にしたことがあります(2018年6月11日記事)。そのことをあけすけに安倍氏が語っているとネットニュースが報じています:

%%%%%安倍氏が薦める期日前投票の危うさ
 首相はこれまでも、演説の締めに期日前投票を要請。「一人で行くのも寂しいでしょうから、お友達や家族、恋人、あるいは昔の恋人も探し出して、連れて行ってほしい」などと決まり文句のように呼び掛けてきたが、この日は「脱線」したようだ。
%%%%%
 加計問題について以下のような動画が飛び込んできました:
加計問題に関して7月17日松山地裁で証拠開示予定


社会・政治問題ランキング

+++++「逆シリウス方位」(2)
「シリウス」方位に最初に注目したのは、建築家で元京都造形芸術大学で教授をしていた渡辺豊和氏です。氏は自著「扶桑国王蘇我一族の真実」(新人物往来社、1996年刊)で、神社参道方位、あるいは特別な方位に配置される神社遺跡群などを数多く調べ、そこに存在する規則性、すなわち現ブログが書く「シリウス方位」の存在を指摘しました。渡辺氏の著作に大きな関心を寄せる歴史愛好家は少なくありません。かって小泉内閣の官房長官を務めた「シオジュウ」・塩川清十郎氏は、渡辺氏が主宰する「磐座」(イワクラ)の会の会長を引き受けています。
 また、明治大学教授で衆議院議員も経験したことのある栗本慎一郎氏は渡辺氏の応援をするかのような著作『シリウスの都 飛鳥 日本古代 王権の経済人類学的研究』(たちばな出版、2005年)をものしています。そこでは、渡辺氏の指摘に照らして、みずからいくつかの検証作業をしています。例えばそのひとつが「カ(ka)」なる音です:
%%%%%2009年4月17日記事再掲:
(前略)上記の議論の根拠を 栗本慎一郎がその著作で触れています(「シリウスの都、飛鳥」、たちばな出版、2005)。この本によれば、西アジアの言語ではGがKHに相互転化するといいます。例えば、gujarat(イラン東方)はkhazar(ハザール、8世紀ー12世紀、カスピ海に興った国、現在の肌の白いユダヤ人、アシュケナジの祖先といわれる)と同一と氏は指摘するのです。香具山はkakhayama(かはやま、かああやま、カガヤマ=>カグヤマ)であり、それが高山は「香」を経由して「カグ」山と同一となります。それが、万葉集十三歌です。
%%%%%

 栗本氏の指摘、すなわち古代の文献にあっては「ka」なる音は「ga」に転ずることがあるとの事実は、日本の古代史研究者の何人かも以前から指摘しています。しかし、その由来が西域からの渡来者の「発音」にあるとは誰も思いつかなかったようです。それは当然です。何せ、日本列島にはかってゾロアスタ教を信奉する部族を含んだ勢力による政治が存在したなどとは考えもしなかったからです。
 
 もちろん、渡辺氏は、多くの神社参道の中には「逆シリウス方位」で作られているものがあることも指摘し、それらもゾロアスタ教に関係するとの想像を書いていますが、その背景についての考察はしていません。本ブログ記事でもいくつかの逆シリウス方位を取り上げてきました。こうした方位を今に残す町並み、神社などの事例のいくつかをみてみたいと思います。まずは埼玉県志木です。
(図1:宮戸神社の参道)
190715宮戸無題

 神社の参道が 西北西に向いています。この参道に直行する方角は北東北、すなわち反シリウス方位を向いています。
 
(図2:御嶽神社)
190715御嶽_志木無題

 志木界わいの古社である宮戸神社の西にある御嶽神社の参道はどういうものか、シリウス方位です。ここでは示しませんが宮戸神社の北西にある敷島神社(その由緒はかなり複雑)は明瞭な反シリウス方位です。その解釈を後日書きます。
(つづく)


考古学ランキング


+++++「れいわ」主張のいくつかの論点
(1) 山本氏の主要論点の一つが、日本での自殺者の急増です。未遂を含めると優に50万人を超えるとのことです。「日本が急激に壊れている」との「れいわ」の指摘です。
%%%%%未成年の自殺死亡率最悪…親子関係や進路に悩み 7/16(火) 12:52配信
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 政府は16日午前、2019年版「自殺対策白書」を閣議決定した。18年の自殺者数は2万840人で、9年連続減少した。前年から481人減り、37年ぶりに2万1000人を下回った。人口10万人当たりの自殺者数を示す自殺死亡率は、1978年に統計を取り始めて以来、最も低い16・5だった。ただ、19歳以下の未成年の自殺者数は前年より32人増えて599人となり、自殺死亡率は2・8と、78年の統計開始以来最悪だった。

 白書では、若者の自殺が深刻な問題となっていることから、過去10年の統計によって、原因を分析した。小中学生の自殺の原因は「親子関係の不和」「家族からのしつけ・叱責(しっせき)」などの家庭問題が多かった。中学生以降、高校生や大学生になると、「学業不振」や「進路に関する悩み」「うつ病」などが目立った。

 厚生労働省は、若年者に対する自殺対策として、昨年からSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)での相談事業を始め、昨年度は延べ2万2725件の相談があった。相談者は19歳以下の未成年(43・9%)が最も多く、女性が92・1%を占めた。相談内容は「メンタル不調」「自殺念慮」「家族」などが多かった。

 白書は「若者の状況を把握するとともに、対策の効果検証を行い、見直しを行っていくことが必要である」と指摘している。
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(2)打ちひしがれた国民をまずは大幅な財政出動で立ち直ってもらう
 金を刷りまくることで、「トリクルダウン」なる金の移動が起き、金がめぐりめぐって結果として庶民の懐が潤う。これがアベノミクスでした。しかし、そうはならなかった。大量の紙幣は銀行の内部留保、国外投機家の「玩具紛いの資産拡大」に回り、国民には届かなかったのです。
 山本氏が訴える「財政出動」は、刷られた金の行き先です。刷られた金は介護職、保育職、など公務員の大幅増加、「武富士」化する奨学金返済の「徳政令」、「最低賃金1500円(政府補助)」など国民の生活レベルの底上げに向けられるべきと。そうすれば、地方の活性化、すなわち地方でも快適に暮らせる生活環境を整えられる。耳あたりが良いが、山本氏が語ると説得力が増します。

%%%%%「消費増税はいらない」世界注目の経済学者が来日 2019年7月16日 20時20分  テレ朝news

 世界から注目を集める経済学者が来日し、「消費増税はいらない」と主張しました。
 米ニューヨーク州立大学、ステファニー・ケルトン教授:「消費者が不安を抱いているとお金を使ってくれません」
 財政赤字が増えても国が破綻することはないとするアメリカのケルトン教授は「物価が低迷する日本では消費増税の必要はなく、もっと公共事業にお金を使うべき」だと指摘しています。この考え方はMMT(現代貨幣理論)と呼ばれて世界で注目を集めていますが、麻生財務大臣はハイパーインフレを起こす恐れがあるなどとして否定的な考えを示しています。
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 山本氏の提言・政策については次回ブログ記事でさらに書き加えたく思っています。
(つづく)

米国が目論むイラン戦争に日本参入?、シリウス方位の変遷

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
 前回ブログ記事で山本太郎氏の政見放送を冒頭の「グラビア動画」として掲載しました。なんと、アクセス数がピーンと跳ね上がりました。私と思いを共有する方が多いことを実感いたしました。令和十人組みの全員当選を期待しています。
(写真:穴にもぐって世間を窺うザリガニ) ザリガニ穴6755

 苦しみを 働き盛りに 押し付ける 貧困老後に 今度は戦争

 中村喜四郎氏といえば、建設談合疑惑で無実を訴えぬいたにもかかわらず獄舎に繋がれた方です。この方が興味深い自民党観を語っています。
%%%%%政治家の小粒化か、政治への期待減か/政界地獄耳
2019年7月12日10時2分 日刊スポーツ
★立憲民主党会派の元建設相・中村喜四郎の発言が活字になることは少ない。本人がマスコミとの接触を好まないからだ。その中村の会合での発言にこうある。「私は40年の長い期間、20年は自民党にいた。国の借金が増え、社会保障の予算が伸びている時に、首相は『10年間は消費税は上げなくていい』と簡単に言う。私が知っている自民党にはこの感覚はなかった。昔の自民党は権力に対して非常に抑制的で、言っていいことと悪いことをよく考えて言っていた。品格もあったし責任も持っていた」。
★平成生まれの大半は、首相といえば安倍晋三しか見たことがない。安倍政治への高い評価というより、ほかを知らない。朝日新聞の「安倍政権支持の空気」という記事によれば「自分は貧困層だと思う」としながら「僕が生きていかれるので安倍政権でいいと思う」。ここまでくるともうバブルを経験した世代かどうかの議論を超えている。「この先どうなるかわからない。自民が引っ張っていれば、よくはならないけど悪くもならない」との結論だ。
★一方、50代以上の世代は自民党の派閥のすごみ、総裁選の死闘を見てきている。自民党のすごさ、権力を得る努力と得た後の振る舞い方を知っている者からすれば、中村の言う「権力に抑制的で品格、責任がある」という意味がよくわかるはずだ。つまり世代によって政治とのコミットの仕方、信頼度が違う。加えて有権者にも政治の力への期待に差異があるのだろう。それは政治家が小粒になったからだろうか。最初から国民が政治に期待しなくなったからなのか。ただ、国民が政治や政治家に距離を置いたところで、社会の仕組みは変わらない。その意思表示が選挙であるならば、国民は民主主義を守る役割を担うという意思表示も大切な役割だ。(K)※敬称略
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 山本太郎氏が街頭演説、そして政見放送で庶民の生活破壊の実情を訴えています。しかし、太平洋を越えたあの国米国はどうやら子分たる日本国にイラン周辺への出動を強制する気配です。つい最近、安倍氏はイランへの「パシリ」をさせられました。あれも今般の「出入り」への前触れであったのか?何せ我が国の大将、友達仲間では威張り腐っているが、外に出た途端、口もよう利けない臆病と来ています。こんな人物をいつまでトップであると押戴いているのでしょうか?
 そのキナ臭い話しです。米国がイラン沖に軍を集結させる。どうやら日本の参入を当然のこととして促しているとの事です。
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米、日本に有志連合への協力打診 イラン沖で船舶護衛 2019/7/11 2:00 日経新聞
イラン沖などで民間船舶を護衛するため、米政権は有志連合の結成をめざす(コラージュ、米空母の写真は共同)
トランプ米政権が中東のイラン沖などを航行する民間船舶を護衛するために同盟国の軍などと有志連合の結成をめざし、日本政府に協力を打診したことが10日、分かった。米国は他の同盟国にも呼びかけており、今後、数週間以内に参加国を決める方針だ。日本政府は米側の具体的な要請を見極めながら、参加の是非や参加する場合の法的な枠組みを判断する。
米軍制服組トップのダンフォード統合参謀本部議長が9日、ポンペオ国務長官やエスパー国防長官代行らと協議し、有志連合の結成案について詳細を詰めた。ロイター通信によるとダンフォード氏は複数国と調整に入っていると記者団に明らかにし「数週間のうちにどの国が構想を支持するかわかるだろう」との見通しを示した。
日本は原油のほぼ全量を輸入に依存しており、なかでも中東への依存度が高い。財務省の貿易統計によると2018年は中東依存度が88%に達した。国別ではサウジアラビアが38.6%、アラブ首長国連邦(UAE)が25.4%と高く、イランは4.3%だった。
日本船主協会によるとホルムズ海峡を通過する会員各社の船舶は年間延べ1700隻に上り、そのうち約500隻がタンカーだという。海運会社は危険海域を全速力で通過したり、見張りを増やしたりして対応しているが、民間企業だけの対応には限界がある。
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野上浩太郎官房副長官は10日の記者会見で「ホルムズ海峡の航行の安全確保は日本のエネルギー安全保障上、死活的に重要だ」と強調した。有志連合への参加の可能性には「日米間で緊密なやり取りをしているが詳細は差し控える」と語った。
米側は有志連合について、警戒活動を指揮する米艦船の周辺で参加国がその米艦船や自国の民間船舶の護衛にあたる仕組みを想定しているとされる。現段階では不透明な部分が多く、日本政府は自衛隊派遣以外の選択肢も含め準備を進める。
自衛隊をホルムズ海峡に派遣する場合、大きく4つの法的枠組みが想定される。安全保障関連法に基づく集団的自衛権の限定行使や後方支援、自衛隊法での海上警備行動、海賊対処法による自衛隊派遣、期限を切った特別措置法の制定だ。
安保法に基づく集団的自衛権は日本に関係の深い国が武力攻撃を受けた際、日本が「存立危機事態」に陥ると判断すれば行使できる。国民の生命、財産などが根底から覆される明白な危険が認められるなど3要件を満たすことが前提で、法的な制約は大きい。放置すれば日本に武力攻撃のおそれがある「重要影響事態」と認定した場合は多国籍軍を後方支援できる。

海上警備行動は日本人が乗船しているなど、日本に関係のある船舶を護衛するために防衛相の判断で自衛隊を派遣できる。外国の船は基本的に護衛対象にならない。海賊対処は攻撃対象が海賊とみなせる場合、射撃などで対応できる。多国間での対処が前提だ。
現行法の要件に合わない場合、特措法を新たに制定する可能性もある。ただ国会審議などで時間がかかる。米側の要請を検討した結果、自衛隊の派遣を見送る選択肢もある。伝統的な友好国であるイランとの関係が悪化する懸念もあり、慎重に判断する。
ホルムズ海峡周辺では6月に日本の会社が運航するタンカーなど2隻が攻撃された。トランプ米大統領は「各国が自国の船舶を守るべきだ」と主張していた。
%%%%%
 2015年9月17日に強行採決された安保法制審議の参議院委員会を直ちに思い出しました。あの法案審議で指摘されていたあるいは危惧されていた事態が、まさに起きようとしているのです。いよいよ日本は米国が仕掛ける他国での戦争に参入させられるのか?日本列島にとどまって自国民を守る筈であった自衛隊が、国外で戦闘に巻き込まれ、最悪戦死の危険にさらされるという事態も想定されるのです。
怒号の中、強行採決〜参議院・安保特別委
 思えば、こうした事態勃発の可能性は米国大統領トランプ氏にの年初めのツイッタが示唆していたようです。それを私の大好きな室井佑月さんが指摘しています。室井さんはつい最近乳癌が発見され、8月初旬に手術されるとの事。手術の成功と、術後には再び舌鋒鋭い議論が聞けることを楽しみにしています。お大事に!! 
室井佑月「大事なことを隠してる」〈週刊朝日〉
190712トランプ無題

%%%%%室井佑月「大事なことを隠してる」  7/11(木) 7:00配信 週刊朝日  2019年7月19日号
 作家・室井佑月氏は、日米安保条約に関するトランプ氏の発言について、ベールに包まれた日本側の対応を推測する。
*  *  *
 これがほんとうだったら安倍政権は我々国民に大事なことを隠していたことにならないか。6月29日付の朝日新聞DIGITAL「安保不公平、トランプ氏『首相に伝えた』日本側は否定」という記事。
「トランプ米大統領は29日、主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)閉幕後に大阪市内で記者会見を開き、日米安全保障条約について『不公平な条約だ』と不満を表明した。また、安倍晋三首相に対し、条約の『片務性』を『我々は変える必要がある』と伝えたことを明らかにした。(中略)トランプ氏は会見で、『不公平な条約だと、過去6カ月間、安倍首相に伝えてきた』『我々は変える必要があると安倍首相に伝えた』と強調。ただし、条約から撤退する意思があるかを問われると、『全く考えていない』と否定した」
 つまり、トランプさんは半年も前から日米安保条約にイチャモンをつけ、変えろと安倍さんにいってきた。でも、そのことを国民はまったく知らされてなかったわけよ。
 知らされてきたことは真逆。5月のトランプ氏来日時に、安倍さんは「ドナルドとの非常に親密な個人的信頼関係により、日米同盟のきずなはもはや揺るぎようのない、世界で最も緊密な同盟となりました」とまでいってたしな。
 6月28日の日米首脳会談後、西村官房副長官が、日米安保についての議論は一切なかった、と火消しに走った。その言葉が一斉にニュースになったりした。ニュースにさせたかったんでしょ。
 安倍政権側はトランプさんの日米安保見直し発言をなかったことにしたかった。そして、イチャモンをつけてきたトランプさんは結局、条約から撤退することは「ない」と最後は答えた。普通に考えて、この国は、トランプさんが満足するような何かほかのものを差し出したのではないか?
 トランプ大統領は、米国の農産品や武器をもっとこの国に買ってもらいたい。そして、日系自動車メーカーの対米投資を増やしてもらいたい。まさかこの国は、トランプさんの日米安保の見直し発言で脅され、それをすべてのんだんじゃないだろうね。
 せっかくトランプさんからいい出したのだから、この国は日米安保について、米国とじっくり話し合えばよかったんだ。
 この国が攻撃された場合、米国がほんとに日本を守ってくれるのかといってる識者は多い。安保とセットの不平等な日米地位協定についても、米国と踏み込んで話せるチャンスだったように思う。
 米山隆一氏が6月21日のTwitterに「田中角栄元首相が、憲法9条を盾にベトナム戦争への派兵を断ったという話です(後略)」と、ソースの週刊誌記事をあげ、書いていた。
 安倍政権が急いで改憲したがるのは、表面的な米国との蜜月関係演出のため、自衛隊員の命まで献上することになってるからではないことを祈る。
%%%%%
 上の記事で”「田中角栄元首相が、憲法9条を盾にベトナム戦争への派兵を断ったという話です(後略)」”なるくだりがあります。日本政府のトップであり、国民を守るという責任を自覚しているからこその言と思いました。

 さて、魂を揺さぶる山本太郎氏の街頭演説です。今日紹介するのは、松江、そして大坂です。
れいわ新選組 街頭演説 島根・松江駅北口前(2019.7.10)
 松江の演説では「地方活性」化への道を生き生きと解き明かしています。
れいわ新選組 山本太郎 大阪梅田 街頭演説会
 大坂の演説では、年金問題が実は子供を大切にすることと一体である事を解きます。
れいわ新選組 山本太郎 大阪梅田 街頭演説会 最後の10分間

 それにしても、日本列島に本物の政治家が出現したとの思いです。多分、かっては山本氏が持ち上げる共産党もそうであったのでしょう。しかし、なにせ人材がいない。折角、福井、島根では統一候補として共産党員が指名されたのであるから、千載一遇の好機とばかりに、弁護士さんとか学校教師とか医者とかの知性優れた論客を擁立すればよいものをあいも変わらず、xx地区委員、すなわち党内のたたき上げです。本気で勝とうという気構えがあるのだろうか?山本氏の爪の垢を煎じて飲んで欲しいものです(まあ、いまさら言っても詮無いことでありますが)。

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+++++シリウス方位、逆シリウス方位
 前回、記事をまずは補足しておきます。何せ、現在進行中の参議院議員選挙についつい入れ込んでしまい、本ブログ記事の作成がおろそかになりがちです。自戒しております。
 シリウス星の方位は、宇宙空間の中での地球とシリウス星の位置関係から定まります。シリウス星は恒星ですから、高々3000年くらいの期間では、その位置は不動と仮定できます。尤も宇宙膨張(ルーメートルの法則)で、時々刻々地球とシリウス星の距離は大きくなっています。現在の話は地球から見たシリウス星の方位です。その方位が年々変化すること、そしてその原因については前回記事で書きました。その変化量に与える宇宙膨張の方位変化の影響は小さいとみなせます。

 2010年1月13日記事で2010年のシリウス星の地球から見た天空上の運行を図示しました。

(図1:西暦2000年時点でのシルウス星の天球上の運行軌跡。図の見方の詳細は1月13日記事参照。拡大はクリックで)
190712シリウス現在


 この図で示されるように2010年の夏至の深夜0時では、シリウス星は東38度南の位置にあります(図の右上)。1500年前にはそれは東73.7度南に輝いていたと算出されます。すなわち1500年間の間にシルウス星はなんと約36度もその位置を時計の針の回転方向と逆の向きに変えているのです(これを“反時計回り”と言います counter clockwise)。紀元前200年頃(BC200)には、シリウス星はほぼ真南に見えたはずです。
 
 日本列島に、朝鮮半島または東シナ海ではなく、北方、沿海州、または間宮海峡を横断して渡来した一族はシリウス星を導きのよすがとしていたはずです。そのよすがの確認のために、基点となる場所からシリウス星をその都度観測し、方位を地上に写し取る。その上に構造物配置を設計したのです。その最大規模の構図が茨城県にあり、現在も誰しもが検証できます。八溝山から静神社、吉田神社をへて鹿島神宮にいたる総距離110km余におよぶ大規模な広がりです(2010年1月1日記事)。
(図2:八溝山ー静神社ー吉田神社ー鹿島神宮のシリウス直線配列、拡大は図のクリックで)
大甕神社


 この様な超スパンにわたる建造物配置(南方進出のための陣屋構築)実現に、彼らは持てる技術をすべてを動員したはずです。図2について本ブログでは議論の必要に応じて繰り返し説明してきました。にも関わらず、この図に対する疑問が時に寄せられます。
 すなわち「日本国に神社は多い。八溝山と鹿島神社を地図上で直線で結ぶならば、其の線上に多くの神社が乗ってくるはずだ。そこからしかるべき神社をを選べばよい」
というものです。ここで選ばれている神社は常陸国三大古社(誰がそう呼称したのかはわかっていません)とされています。すなわちこの配列は、設計者の意図が反映している。だからこそ一宮が鹿島神宮、二宮が静神社、三宮が吉田神社なのです。

 一旦、方向が定まれば、其の方向に陣屋なり、陣屋につながる道なりを設置してゆくことは難しくありません。ましてや110kmにもおよぶ八溝山―鹿島線と異なり日本列島の他の場所では、高々数十kmの距離範囲です。,現時点で議論している吉備国の阿宗神社―造山神社の距離は5km 強ですから、造山古墳設営の場所選定は難しくはなかったはずです。

 ところが、その造山神社の古墳軸は、シルウス方位を取っていない。すなわち「逆シリウス」方位です。逆シリウス方位を地上に作成することは難しい。なぜならば、方位を得るための「目印たる星」がないからです。勿論手間を掛ければ可能です。現実のシリウス方位を計測し、それの鏡像ともなるべき角度を作るために、中学校の数学でいえば、南北に向く辺を共有する合同三角形を地上に描きます。そうして南北線の東側に出来上がる三角形が鏡像です。従ってその一辺をつかうことで「逆シリウス方位」を地上に作り出すことができます。

 こうした手間のかかる作業を厭うてか、「逆シリウス方位」を体現した地上構築物の配置にはバラエティはありません。「北々東―南々西」を向いていれば事足れりとの築造者の意図を感じさせます。これは何を意味するのか?
私は「シリウス星を奉じた一族の政治支配・時代の否定」という強烈な思いのみであった、すなわち細かいことにこだわらない設計であったと考えています。それを思わせる事例を次回、いくつか眺めてミル事にします。
(つづく)

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+++++地震の話し
 このところ地震の話しをしていません。日々気象庁の地震カタログから自らの調査に必要なデータのみをエアラビ出して、PC内に取り込み、其の変化などを眺めているのです。が、活動の特徴については、気象庁鳴り防災科学技術研究所のHPで知ることができます。せめて、活動変化が見えないものかと時折データをいじくったりしますが、専門家すら見えないものを一介の在野の人間に見えるはずはありません。それはさておき、本ブログを読んでくださっている方からは時々列島内外の地震のことも知りたいとの要望が届いています。近日中に地震活動のいくつかを掲載したいと思っています。

 さて、それはさておき、昨日の新聞記事では南海トラフ地震の予知が語られています。
%%%%%南海トラフ地震、学者は予知できると思わず 関大アンケ
7/11(木) 12:27配信
190711予知無題


南海トラフ地震の想定震源域
%%%%%南海トラフ地震を予知し、発生前に情報を発表できる確率は5・8%――。地震学者が、地震予知を極めて難しいと考えていることが、関西大の林能成教授(地震学)のアンケートから分かった。
 南海トラフ地震をめぐり、異常現象が確認されるなどして発生の恐れが高まると、気象庁は「臨時情報」を発表することになっている。
 林さんは日本地震学会の理事と代議員90人から、(1)そもそも地震前に異常現象があるか(2)その異常を観測できるか(3)地震の恐れが高まったと短時間で判定できるか(4)判定後すぐ発表できるかについて、経験や直感から確率を聞いた。
 その結果、(1)〜(4)に成功して地震発生の恐れを事前に発表できると学者が考えている確率は平均5・8%だった。その予知が当たって実際に地震が起きる確率は19・7%。結局、地震を予知し実際に起こる確率は1・14%という認識だった。
 林さんは「学者は予知が難しいと考えている。予知の成否にかかわらず、日頃から対策をしておくことが大切だ」と指摘する。
%%%%%(桑原紀彦)

山本太郎氏の政見放送が選挙情勢を激変させている!逆シリウス方位

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:【政見放送】れいわ新選組 代表 山本太郎

 太郎ちゃん 選挙を変える すさまじさ 老いぼれの小生 目に涙せり

 山本太郎氏の政見放送を視聴しました。「すごい・・・」の一言です。この政見放送への反響がすさまじいとネットでは評判になっています。 
%%%%% 政見放送
まずはこの政見放送を両方聞いてください。
方や真摯に自分の政治に対する考えを語る人、方や野党の誹謗ばかりの与党。 あなたはどちらに投票したいですか?
%%%%%

 山本氏の政見放送は、安倍氏のそれと対比することで、その凄さを実感します。

 かっての北朝鮮国営放送の女性アナウンサを連想させる三原女史を伴っての安倍氏の政見放送。わが国政治のトップの無能・低劣さを改めて実感する思いです。この動画への感想を私は敢えてつけくわえません。

 山本太郎氏政見放送への絶賛記事および関連記事を転載しておきます:
%%%%%必見】 感動!山本太郎の政見放送に称賛の嵐! 2019年07月09日 半歩前へ
「感動した」「泣いた」「素晴らしい」(動画17分)#全国から「比例は山本太郎」に投票できる◎国民と一緒に泣いてくれる国会議員はあなただけです。現政権の口だけ偽物の国防や経済政策を止めましょう。日本を本当に守ろうとしているのは山本太郎さんです。心から応援します。
◎こんなに心動かされた演説は初めてだわ。比例はこの人に入れる。
◎海外に住んでいますが、投票させてもらいます。頑張ってください
◎この人だけは必ず国会へ送り出したい。本気で国民の生活を考えてくれているのは山本太郎だけ。必ず当選して下さい。
◎投票には行かないつもりだったが、あなたなら何かやってくれそう腐った国会に一石を投じてください。
れいわに山本太郎さんに投票します!
◎オレは今まで政治に興味なかったし!どこの党に入れても日本は変わらんと思ってた時に 山本太郎君が旗揚げして 毎日、YouTubeを観て れいわ新選組を応したくなり !
ちゃんと選挙投票をしたくなりましたよ!
%%%%%
以下、いくつかのツイッタから
“鶲貳魅縫紂璽垢魯▲ウント凍結@kininaru2014111
心に刺さる、山本太郎の政見放送。
Arinko@arinko710720
朝、9時過ぎからの「れいわ新選組」の政見放送を聞いた。
山本太郎さんの評判はネットでしかきいてないので、投票するならちゃんと政見放送聞いてからと思ったのです。
結果は、本物だなと思いました。チャンと心からの声として届きました。
8孫樹@inagiminochi
山本太郎の「れいわ新選組」政見放送観たよ!
とても良かった!!!!!!!!!!!
政見放送で目頭が熱くなったのは初めてだ・・・
す餾櫂献礇鵐ハンター吉田@よしだ武 Of The End@Yoshidamian
私と同じようにカラダに障害を抱えているすべての人たちに #れいわ新選組 の #山本太郎 組長の政見放送を見てもらいたい。そして全国に多数いる障害者の方々は山本太郎氏へ票を入れて人生の賭けに出てみませんか。障害抱えている人ならばこの感動的なスピーチに涙流せない人はいないはず。国会へ戻す!
イ廖爾舛磴@patycimay7
山本太郎の政見放送カンペなんて使わずずーっと前を向いてひたすら私達に訴えてくれた目ヂカラが凄かった空疎な作られた言葉じゃなくて
本当の熱意が伝わってきたこの人になら任せられると思えた
%%%%%
 
 山本太郎氏の政見放送への絶賛がすさまじい勢いで広がっています。例えばこんな集計があるそうです:
190710政見18989


 「権威主義」と批判があるかもしれませんが、脳科学者・茂木健一郎氏の言を以下に添付しておきます。
%%%%%茂木健一郎‏Verified account @kenichiromogi 16h16 hours ago
More
茂木健一郎 Retweeted 山崎 雅弘
「国会議員一人で何ができる?」という聴衆の問いかけに反応することから始まる、山本太郎さんの熱い魂のスピーチ。米民主党のカーマラ・ハリスさんと通じるものがる。今回の選挙、話している内容やヴィジョンで誰かひとりということならば山本さんでしょう。日本は山本さんを受け止められるのかな。
%%%%%

 選挙公示前の令和新選組の心構えが以下の二つの動画で語られています:
【ダイジェスト】山本太郎氏:山本太郎は何がしたいのか 
れいわ新選組 山本太郎代表に聞く れいわ新選組のビジョン(2019.7.3) 

%%%%%野党統一候補の応援に駆け付けた山本太郎! 2019年07月10日 半歩前へ
 山本太郎という男はなんと凄い男なのか。「れいわ新選組」を立ち上げたばかりで1分、1秒が惜しい時だ。それにもかかわらず今日9日、太郎は、熊本に飛び野党統一候補の「あべ広美」の応援のためにマイクを握った。
 声の限りを尽くして「熊本のみなさん、こっちは“いいほうの”あべさんですよ。あべ広美さんをお願いいたします」と訴えた。
 見上げたものだ。山本太郎は他の議員とは違う。一回りも二回りも器が大きい。
 野党の一部には、「れいわ新選組」は野党の分断を図った、野党の票が食われると太郎を批判する愚か者がいた。
 山本太郎は野党の票を盗むようなケツの穴の小さい男ではない。
 太郎のターゲットは選挙にそっぽを向いた4割の棄権票だ。
 選挙をさぼったり、政治に落胆し、選挙など意味がないと捨て鉢な者たちを覚醒させようと必死だ。
 棄権票の半数とは言わない。せめて2割が振り向いてくれたら、選挙結果は、どんでん返しの大逆転。自民党が大惨敗に追い込まれる。
 自民党が取りこぼした票はそっくり野党に回る。 当然「れいわ新選組」にも、である。
 山本太郎はそこを狙って街頭に立ち続ける。
 ネットのコメントを読むと、太郎の訴えを聞き、感動して「はじめて選挙に行く気になった」という若者が少なくない。
 もう一つのねらい目は創価学会の執行部への批判票だ。
 先陣を切ったのが「野原ヨシマサ」さんだ。彼の演説は舌鋒鋭く創価学会・公明党を批判する。反応は悪くない。
 これを見ても創価学会・公明党執行部への不満が高いことがよくわかる。
 山本太郎は見事な戦いをしている。
 野党ぐるみで安倍内閣を叩き潰そうと懸命だ。その先陣を切るのは当然、「れいわ新選組」、山本太郎である。
%%%%%

山本太郎 熊本県選挙区の野党統一候補・あべ広美 7/9

%%%%%誰に向かい「正々堂々」話しているのか/政界地獄耳 2019年7月10日9時45分 日刊スポーツ

★日本の政治から「正々堂々」という言葉が消えて久しい。選挙中に自党の政策を訴えることを嫌がり、反対勢力のヤジや批判を避けて日程を公表せずに遊説する、こそこそ遊説、これをステルス遊説と呼ぶそうだが何のことはない、支持者だけに訴えたいのだ。だが支持者は既に支持しているのだからわざわざ街頭に立たなくてもいい。陣営は警備上の理由だとか、いろいろ理屈をつけるが要は支持者の前で気持ちよく話したいだけではないか。それと似た状況に首相・安倍晋三は予算委員会などで答弁に立つときに野党のヤジに神経質に反応する。静まり返った中で静かに聞く聴衆が次第に熱狂していくことを期待しているのだろうか。

★それと対極にあるのが大手メディアが報道したがらない政治団体「れいわ新選組」の山本太郎だ。山本は聴衆からのヤジに答えて批判を疑問に答える形で論破するというより批判も取り込んでいく戦法。これこそ街頭のつじ説法の基本だろう。これによって山本の人気や寄付の金額がうなぎのぼりだという。友好的な選民相手に訴える政治と大衆に飛び込む政治は政治家の手法ではなく政治の目標にも関わる。

★その意味では野党もいったい誰に向かって話しているのかわからない。組織に向けて話すことと有権者に向けて話すことの違いを理解していないという意味では選民志向が強いのは同じだ。政治はわかる人だけ分かればいいのか。流儀に合わない人は聞かなくてもいいものではない。政治を大衆から取り上げておいて、有権者の意識の低さなどを口にするのはやめるべきだ。政治は体裁は正々堂々だが実態は変質してはいまいか。
%%%%%(K)※敬称略

 映画「新聞記者」が 権力による陰湿な妨害を撥ね退けて順調に観客数を増やしているとのこと、嬉しい限りです。私もできるだけ早く映画館に出かけます。前回米国ニューヨクタイムズ紙「日本は独裁国家?」なる記事を紹介しました。下に紹介するのは その当事者である東京新聞記者望月依塑子氏のインタビュ記事です(関連:7月8日記事)。 
【NewsX】ハフトーク 望月衣塑子さんと考える「権力と新聞記者再入門」

 今般の国政選挙は、山本太郎氏率いる「令和新選組」の参入によって様相がガラリと変わってしまいました。本ブログ進捗はその状況変化に大いに影響されています。しかし、何とか、本日分の記事を仕上げたく思っております。

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+++++神武東征(造山古墳(2、シリウス星))
 前回記事の末尾で「逆シリウス方位」なる表現を用いました。繰り返しになりますが、ざっと、これを説明しておきます。
 「シリウス方位」とは、毎年の夏至日深夜12時における一等星・シリウス星の天空上の位置です。それは、地平から見上げる角度(仰角)と、北から時計回りに測る方向(方位角)でもって表します。
 シリウス星は恒星です。地球からみる星の明るさは、当然のことながら地球から遠くなるほど暗く見えます。その暗くなる程度を補正するならば、それは星の本来の輝きを示すはずです。シリウス星自体の輝き(明るさ)は、地球上で見る限りでは最上級であるので、「一等星」として分類されています。
 それがゆえに、宇宙の星を対象とする「空想物語」にしばしば登場します。この星は天体上に仮想的に描かれる座標では、南半球に位置するため、赤道に近い場所ではより鮮明に見えたはずです。ましてその地が砂漠であれば、地上からの水蒸気などによって星の観測が妨げられることは少ない。こうした地学的条件が多分シリウス星信仰を作り出したのでしょう。その実例が原エジプト宗教であったろうと思っています。エジプト神学は其の後どうやら太陽神に置き換わってしまったようですが、周辺のペルシア、トルコ、インド西部などではシリウス信仰が残存し、やがてゾロアスタ教(拝火教)が生まれます。
 誤解のないように一言付け加えておきますが、エジプトの緯度はおよそ北緯30度、ペルシア、現在のイランの首都テヘランの緯度が北緯35度です。東京のそれが35.5度ですから、実はほとんど変わらないのです。言葉を変えれば、日本列島からシリウス星を観測することは、気象条件を考慮しなければ、ペルシア同様に観察できるはずです。あいにく日本列島では夏至の時期は多雨のため天体の観測が難しいというだけの違いです。

 ところで、シリウス星は恒星です。惑星と違って、それは天空上で不動であるとされています。従って、何時、何年、何月、何日に観測しても、その観測位置から地球の太陽公転軌道上での位置を補正するならば、シリウス星の位置は不変・不動の筈なのです。
 ところが、古代の天文観測技術者はそれが不動ではないことを知っていたのです。近代以降の天体観測技術の向上からもそれは確認されています。理由の一つとしてまず挙げられるのが、「宇宙膨張」です。所謂「ハブルの法則」正しくは「ル・メートルの法則」(2019年4月19日記事)です。宇宙は日々拡大しているため、地球とシリウス星の距離も時間とともに大きくなっています。
 しかし、シリウス星は、天体上でひときわ明るく輝く星であることから、大昔からその天体上の位置が観測され、それが観測ノートに書き留められていたのです。それによるシリウス星の位置の変化量は宇宙膨張による影響だけでは説明できないのです。

 理由は、多岐にわたると現在の天体力学は解説します。地球が属する太陽系が銀河系の中でその位置を少しづつ変えている;地球の太陽公転軌道が一定ではなく、少しずつ前年の軌道からずれている;地球自身の自転軸が平均的回転軸から年々ゆらいでいるなどです。この結果、地球から見たシリウス星の位置が規則的に少しずつ変化しているのです。そして天体力学者の精密で長期間にわたる観測から少なくも最近2000年間の時間的変動については明らかになっています。
 とするならば、シリウス星の現在の位置は、すぐにでもわかります。それを使ってたとえば1500年前のシリウス星の位置を推定することができます。現ブログ管理人はそれをやってみました。
 2010年1月18日記事はその推定過程を書いたものです。その結果判明したことは、1500年前のシリウス星の位置は、おおむね北々西―南々東を向きます(例えば2010年1月1日記事)。ところで、現在考察している造山古墳の軸の向きは北々東―南々西です。南北軸に対してシリウス星の方位とは鏡像の関係です。本ブログではそれを「逆シリウス方位」と呼んでいます。
(つづく)

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+++++再び「参議院議員選挙」について
 興味深い論説を見付けました。これもできるだけ早く読者の皆様に紹介いたしたく思い、本ブログ記事が長くなることを容赦いただいて古代史関連記事を短くし、それを紹介しておきます。
<<参考記事>> 
%%%%%
【新井信介:2019年7月<特別メッセージ>】(収録時間:28分30秒)(2019年7月1日収録)
ヒロヒト・ファイルが公開されるぞ。明治維新とブレトンウッズ体制、さらに原爆と原発の闇に陽が差し込む。20日「ほのかの会」中止は少し残念。翌21日は皆神塾(東京)です。 
瓊音(ぬなと)チャンネル
こんにちは。
参院選挙が公示です。
長野県選挙区は1人区で、政党での候補は二人にまとまっています。
与党の自民党からは小松さん(信州大卒の医師)。野党は統一候補として国民民主の羽田さん(元総理の息子。家系では徐福がご先祖様)。
これ、悩んじゃうんだよね〜。人物的にみて能力や未来への情熱などは、明らかに小松さんなのです。本人は昨夏、信州中野の小さなイベントまで顔を出してくれたので、私が安倍政権のやり口を非難すると「全くごもっとも」と頷いてくれました。まあ、その時は党首選の前だったので「自民を出なさいよ」とは言わないままだった。
 昨日、地元の社長と昼メシ。このとき社長にどうする?ときくと「民主党なんかに任せられるか」。安倍政権が終わるのを見越した上で、それでも自民という反応でした。でも、今回、小松さんを選んじゃうと安倍政権を認めたことになってしまう。

前川喜平さんは「自民党への一票は、改憲への一票になる」と警告を発します。
山本太郎のれいわ新撰組は寄付金を3億円をあつめ、候補者を10名に仕立てた。そのなかに、沖縄でデニー玉城さんを知事にさせた猛者、沖縄創価学会の野原善正さんがいる。山本代表は彼を東京選挙区に立てた。これは面白い。公明党、なかでも創価学会を完全分裂させる爆弾です。学会の構成員は平和と大衆という視点にまじめな人が多いので、今回、野原さんが当選すると、以後、全国の創価学会組織に、自民党からの離反を誘発しますから、公明党もその声に従わざるを得なくなるでしょう。
焦点は年金など他にも多くありますが、今回の選挙は、とにかく、安倍政治、特にそれを支え続けた、金儲け最優先の財界・宗教界のスクラムを壊す、選挙になりますね。次回の衆議院総選挙までに、どんな情勢・布陣になるか、それを明らかにする選挙です。
 一言で言えば、国民が、覚醒するための選挙です。問題は、どの程度、どの次元までの覚醒を引き起こすことができるか、ということです。単なる「お灸をすえる」次元はもう、完全に終わっています。

民主党は現在、分裂しています(立憲と国民)が、いずれも、これまでの経済の枠の中での「労働者に対する不当な搾取分を取り戻す」という視点から抜き出せないままです。彼らには総合的な国家計画を作り直すための方策つくりという視野がない。地球規模の大競争の中でも、どうやって、日本列島の国民の生活と繁栄を立て直すかということです。
 その点、山本太郎の政治に対する見方は、とにかく壊せ。見過ごされてきた、真の弱者の存在を、政治はきちんと見ろ、与野党の暗黙の出来レースはやめろ、という「ビーンボール」です。
戦争をやりたがる人間にとって、社会的弱者とは、お荷物にしか感じられないのでしょうが、れいわ新撰組は、ここから穴をあけていく、とう戦略です。これは、戦後の経済一辺倒の空気を作り、経済発展を最優先にしてきたメディアを破裂させるものです。山本代表は、いまは議席増狙いで、この段階がまず第一歩ということなのでしょう。

私は、今回、長野県の選挙区に共産党の候補が出ないことが残念です。高額所得者に税負担を出させようとの案に対し、安倍晋三から「そんなバカげた政策はない」の言葉を引き出した共産党の小池さんに、是非とも清き一方で報いたかったのです。比例区は、どうしても山本太郎にしたいからです。

日本列島にある統治体をどうするのか?
「安倍さま」は憲法自体も変えて、戦前の国家体制で戦争屋を儲けさせたい、国民をその戦争屋のロボットにしたい、という思惑で、緊急事態条項を発動させたいのでしょうが、これは、もう無理です。

で、今回、安倍晋三党首は、第一声をフクシマで上げました。
「復興を加速する」と言って、相変わらず「カネ配り」の視点のままです。これが、経団連と経産省が支配する安倍政権です。フクシマの問題は、マネーの問題ではなく、「イノチの問題」なのです。特に「311」以後、日本政府は放射能の安全基準を緩めたまま、汚染土を全国にばらまく政策を続け、そうした事態に何ら過誤も責任も認識していないことが問題なのです。この点について、日本国内のアカデミズムもメディアとともに「忖度」したままなのです。

 先月26日のフクシマ5号機6号機の白煙について、村田光平先生が福島県に問い合わせましたが、そのとき、問題ないとの回答でした。私はそのメールを本欄で紹介したものの、コメントをしませんでした。真相はわからないが、福島県がそういう対応だという事実を、紹介したかったのです。そもそも、福島県では空間線量(シーベルト)と、土壌と食品の線量(ベクレル)について、今の基準がどうで、実際に、どうなっていて、・・・だから問題ない、という形での解説は全くありません。
福島県は、とにかく、ここを最終処分場にするな、という声を県民の声として政府に届け、一方、国の方は、とくに財界は、それならばと、汚染土を剥がし、生活に問題ないレベルだと強弁し、その汚染土を全国に送る。これが国策で、このとき、ゼネコン・土建屋に莫大な仕事が永久に回ってくるから、経済界は大歓迎、という判断なのです。
 イノチを基準に考えるのなら、まず、住民の健康状態を正確に把握することが最優先ですが、この正確な情報が封じ込められています。線量を低減させる技術や処方を、公開で世界中から公募し、それを実証することも公式にはやったことがありません。ただただ、国のカネが使われるのみ。鹿島建設がつくったとされる「凍土僻」は、今どうなっているのか?この検証もその報道すらない、させないのです。汚染水は流し放題のままです。そんな国の方針や姿勢を、メディアはなにも批判しないのです。
しかも、世界は、もう、この問題のこの姿勢をどうするのか? 国際的な政治課題という、視点が消えてしまったかのようです。もう、汚れているのを地球人は食べるしかない、との諦念になっているのか? 「わからない」とにかく、「わからない」。
 こうした中で、ムードとして、「問題ないんだろう〜」を日本国民に刷り込み続けます。そこにオリンピックです。これこそが、狡猾な悪魔の所業なのです。
ただ、6月26日の白煙が起きた理由は、本当にわかりません。うがった見方をすれば、G20参加者に「フクシマは問題は終わっていない」と知らせるために、意図された警告だったかもしれないし、あるいは、フクシマでは地下にとんでもないものを造っていて、それが放射能を噴出したのかもしれない。
 唯一つだけ言えることは、今の福島県、さらに隣の、茨城、栃木、宮城の、夫々の県の担当者は放射能に関しては、そこで、どんなに癌や心筋梗塞などが増えていても、生きるのに全く問題ない、としか、何を聞かれても答えようがないのでしょう。今の日本の国家体制のままでは、「そう言うしかない」ということです。すでに安全基準すら不明・曖昧であり、実測値をきちんと図っているかもわからない。それが正しく報道されているのかも、わからない。「忖度」は、財界も自治体(都道府県)もアカデミズムも、お上のマネーを得るために、それぞれが自分で進んでしているのが今の日本なのです。
 不道徳の極み。もう、こんな日本を、止めさせるしかない。それには、どうすればいいのか?その決意が、世界の管理者から出ているのかもしれません。そのときには、日本の明治維新以後の統治体の、根本から全部をやり直す。
こう決意するなら、あの、ヒロヒト・ファイルを公開すればいい。裕仁の出生の秘密、さらに満州事変の背景、ヒロシマ・ナガサキの真実、そして、ブレトンウッズでのヒロヒトの役割も明確になる。
これが、もう、大阪G20を経て、解禁になったのではないか。

以下、れいわ新撰組に関する評論ブログです。メモしておきます。
 攣憶〜】山本太郎、決死の特攻出馬 自らの議席と引き換えに虐げられた者の解放目指す
この男は自分が国会議員の議席を失っても、虐げられた人々を解放する政治を実現させるつもりだ。
〜省略〜
特定枠の2人(木村氏、ふなご氏)が優先的に当選するため、山本太郎が国会議員を続けるには、れいわ新選組から比例区で3人以上を当選させなければならない。それには330〜350万票が必要となる。全国的な組織のない れいわ新選組 が、 それだけのメガ票を獲るのは、至難の業である。「凄まじい勢いで国家の破壊が進んでいる。当事者を国会に送り込むのは喫緊の課題」。山本は常に力説する。
〜省略〜
山本が比例で当選し、れいわ新選組が5議席を獲得すれば、れいわは法的に政党として認知される。
NHKが嫌がっても日曜討論にれいわを出さざるを得ない。党首討論にも出席できる。
政党助成金が得られ、活動資金も潤う。革命が一歩進むのだ。
だが山本が落選するようなことになれば、虐げられた人々は一筋の光を失う。
【田中龍作ジャーナル 2019.7.3.】
∋核楝析沙瓩枠耄磴能佛蓮△譴い錣枠耄稙団袁箸鮖藩
〜省略〜
今回、れいわ新選組は、東京選挙区で立候補者を立てつつ、比例区特定枠を使う。そして難病のALSの当事者で全身まひギタリストとして活動する、介護サービス事業の株式会社アース副社長の舩後靖彦氏(61)を1位、脳性まひで重度障害がある、全国公的介護保障要求者組合・書記長などを務める木村英子氏(54)を2位として、山本代表は3位となる。
山本代表は「山本が議員で居続けるためには、2人を上げたうえで自分も票を獲得しないといけない。私が、このような動きをしているのは自分の議席を守るためじゃない。6年前の1議席を獲得できたのは市民のお力。同じように勝ち取る1議席で良いのか? 納得できない。より議席を獲得できる市民の力を示す必要があると思う」と訴えた。

まだまだ序の口。主戦場は次の衆議院の総選挙でしょう。心ある代議士、立候補志願者は、このれいわ新撰組の結果をじっくり見ています。時代のうねりを感じながら。
********** 引用ここまで **********

結局、安保と貿易で飯を喰ってきた世界拡張主義型米諜報・金融戦争屋民主党勢力とそれに従属することでおこぼれを頂戴してきた日・韓・北朝鮮等〈これには他地域のそれら、例えば中東におけるイスラエル・サウジ+α vs 他アラブ諸国〉の戦争屋勢力(その代償は関連国家群の天文学的返済不能な負債の積み上げや市井の一般市民への金銭的・肉体的・精神的重圧や環境破壊等) vs トランプを核とする国家民族回帰主義勢力の既得権益層同士の利権争いであり、それらは国家間の利害相剋などではないでしょう。

Qだなんだかんだ言っても、大多数にとっては国家・民族回帰主義のほうがまだましであろうと考えられるだけであって、それが今後の世界主導権を握った所で金融の最後の借り手である世界各国国家群の負債や格差が是正できる道理などもなく、環境や他の社会問題なども同様なのではないでしょうか。

弱者はいつもおいてけぼりであり、あんまりそれを軽んじ過ぎると、最終的にはそれが全ての崩壊を導くことを彼等は知らないんじゃないか。

メディアと映画「新聞記者」、神武東征(造山古墳(1))

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:今朝は何が哀しいのか、白鷺が鳴(泣)きながら東に向かって飛んでいました。)
  白鷺1907086729 

 久しぶり 雨無き朝の 散歩道 はしゃぐ飼い犬 老婆を引きずる

 土・日と降り続いた雨が久しぶりに止んでいます。通常より多い散歩人です。犬もなにやらはしゃいでいる風で、どこぞの婆さまは、もてあまし気味でありました。

 外国から鋭い日本国観察記事が飛び込んできました。日本政府のメデャイア対応の酷さを指摘しています。「日本国民はメデイアを通じて国内外の出来事をありのままに知りたい筈だ。それを安倍政権は、あからさまに妨げている」と、世界に向けて米国通信社が発信しています。然るに我が同胞は、「知ることを妨げられている」ことを知ろうとしていない。と、思えます。

 と、そんな折、固定電話に留守電が入っていました。なんと!先方は無言です。ここまでは良くあるパターンですが、程なく、見計らったかのごとく、玄関に来客のピンポーンです。受話器をとるが、こちらからは用心のため「xxです」とは応えず、無言で先方の問いを待ちました。表札を見たのでしょう。しばらくして「XXさんですか?NHKですが」と、明るい声で話しかけてきます。一切の対応をせず、そのまま受話器を置きました。何せ、当方はNHKとは一切かかわりがござんせん。
 
%%%%%質問制限「独裁政権のよう」=日本政府の報道対応批判−米紙 2019年7月6日 11時38分  時事通信社
 【ニューヨーク時事】米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)は5日、日本政府が会見で記者の質問を制限したり、記者クラブに加盟していないジャーナリストの出席を拒んだりしているとして、「日本は報道の自由が憲法に記された現代の民主国家だが、時には独裁政権のように振る舞っている」と批判した。
 記事は、菅義偉官房長官が定例会見で質問を繰り返し物議を醸してきた東京新聞の女性記者に、「あなたに答える必要はない」と回答を拒んだことなどを紹介。情報が取得できなくなることを恐れ、多くの記者が当局との対立を避ける中、「日本の報道の自由にとって彼女は庶民の英雄になっている」と指摘した。
 その上で、記者クラブ制度について「地方の警察署から首相官邸に至るまで、あらゆる組織に存在する」と説明。「多くの記者の調査意欲をそぎ、国民が政治について知ることを妨げている」などとする識者らの声を伝えた。 
%%%%%

 今、日本国で何が起きてるのか?安倍氏は嘘つきなのか?こうしたことを国民が知ろうとしても政府がその邪魔をする。それは、ただ隠す・隠蔽するだけではない。そうではなく積極的に虚偽の情報を拡散する。それを精力的にやっているのが内閣情報室。そんな場面が映画「新聞記者」にあるそうです。早くこの映画を観に江戸へ出ねばと思っています。
 参考動画 
%%%%%興収1億円突破 映画「新聞記者」への嫌がらせが止まらない
 安倍政権に渦巻く数々の疑惑や官邸支配に焦点を当てた政治サスペンス映画「新聞記者」をめぐり、奇妙な出来事が続発している。先月28日の公開直後から、公式サイトが断続的にサーバーダウン。29日の舞台挨拶で、主演した松坂桃李は「『新聞記者』のホームページがきのうパンクしたらしくて、みなさんの感想が多くて。それくらい熱量のある作品なんだなと」とネタにしていたが、どうやらそんな生易しい話ではないようだ。
「当初は観客の書き込み殺到でサーバーがパンクしたのかと楽観的に受け止めていたのですが、とんでもありませんでした。サーバー業者の説明によると、特定のIPアドレスから集中的なアクセスを受けた可能性が高いと。トップ画面の動画データに対し、同一のIPアドレスから人力ではあり得ない数のアクセスを受けているというんです。SNSに出している広告でもおかしな動きが出ていて、相次ぐ通報で掲載の制限を受けている状況。どういう人たちが、どんな目的でやっているのか。とにかく不気味です」(配給関係者)
 事実は小説よりも奇なりではないが、筋書きさながらの展開である。東京新聞社会部の望月衣塑子記者の同名著書が原案のこの作品は、権力とメディアの裏側、組織と個人のせめぎ合いに迫る。ギョッとするのが、政権の手足として動く内閣情報調査室の仕事ぶり。十数人の職員がPCに向かい、政権に都合の良い情報をネットにひたすら書き込み、情報操作を画策するシーンが何度も出てくるのだ。
 人気俳優の主演作にもかかわらずテレビではほとんど取り上げられず、出足からトラブルに見舞われてはいるものの、評判は口コミで広がっているようだ。
 全国143館上映で、動員数は9万3000人を超え、興行収入は1.1億円を突破(7月4日現在)。参院真っただ中の政治の季節、どこまで数字を伸ばせるか。
%%%%%

 関連記事をもうひとつ転載しておきます。
%%%%% 批評家が絶賛 映画「新聞記者」が暴いた安倍政権の“暗部”
公開日:2019/06/21 06:00 更新日:2019/06/21 06:00
 老後資金2000万円不足問題や、ずさんなイージス・アショア候補地調査など、参院選を前に国民の怒りをかきたてる不祥事が続く安倍政権だが、28日から公開される映画「新聞記者」のキョーレツな内容は、さらに彼らを悩ませることになりそうだ。
 東京新聞記者・望月衣塑子氏(44)のノンフィクションを原案に、「デイアンドナイト」など本格的な人間ドラマで定評ある藤井道人監督が、映画オリジナルの脚本を練り上げて実写化したポリティカルドラマ。これが今、試写を見た業界関係者の間で大変な話題になっているのだ。その内容を、映画批評家の前田有一氏が驚きを隠せぬ様子で語る。
「タイトルこそ著書に合わせていますが、映画版はもはや“安倍政権の闇”とでも題したくなるほど現政権の疑惑を網羅した内容です。最近ハリウッドでは、チェイニー副大統領を描いた『バイス』など政治批判の映画が話題ですが、しょせんは過去の話。本作は現政権の、現在進行中の未解決事件を映画化した点で前代未聞です。ハリウッドでさえ、こんなことをしようという無謀な映画人はいない。社会派映画史に刻まれるべき偉業です」
 映画は女記者(シム・ウンギョン)が、加計学園がモデルとおぼしき特区の新設大学にまつわる内部告発を受け取材を始めたところ、あらゆる手段で政権を守ろうとする内閣情報調査室から激しい妨害にあう様子を、重厚な演出で描く。実名こそ出さないものの、伊藤詩織さん暴行揉み消しや、公文書偽造を強いられた官僚の自殺をはじめ、これでもかと出てくるエピソードが現実とリンクしていることは誰が見てもすぐにわかるようになっている。
■「ここまで危険水域に踏み込んだ日本映画はかつてない」
「藤井監督ら3人の脚本チームの力作ですが、感情的にならず、報道等で判明しているファクト中心に構成した点に誠実さを感じます。数年分の事件を凝縮した2時間を見終えた時、我々はなんと異常な政権の元で生きてきたのかと愕然とさせられます。芸能界全般が忖度ムードに包まれる中、松坂桃李や本田翼をはじめ、出演した人気俳優たちの勇気も称えるべきです。安倍政権のもと、ここまで危険水域に踏み込んだ日本映画はかつてなく、映画としての出来もすこぶる良い。これほどの映画がもしヒットしなかったら、もう日本で社会派映画に挑戦する映画人なんていなくなってしまいますよ」(前田氏)
 日本映画界からの痛烈な一撃が、いよいよ安倍政権に引導を渡すことになるか。
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社会・政治問題ランキング

+++++吉備の国の「アソ」
 鬼が城の南東域に東阿曽、西阿曽なる場所があります。「あーそう」だねと「駄洒落」を飛ばしている場合ではありません。その由来は阿蘇山であるのか、それを考察します。本ブログの最近の文脈に従えば、そう思えます。「キビ」なる呼称が、九州に宮(陣屋)を構えていた倭国王の正妻に由来すると思えるからです。当然、九州の地から、正妻に従った部下・側近がいたはずで、そのうちの何人かが阿蘇山界隈に出自を持つことが考えられます。さらには、万葉集十三―十五歌は倭国内の小競り合いを、阿蘇山に託して歌っていますから、「播磨国風土記・揖保郡」を俟たずとも、この地が、阿蘇山に関わっていたであろうことは確かのようです。

 しかし、依然として、万葉集が詠う「伊奈美国波良」が場所であるのか、それとも何がしかの状況をうたっているのか、定めがたいように思っています。一つ付言するならば、どのような経緯かは不明ですが、「風土記」(植垣節也編、小学館)は原文の「伊奈美国波良」を「印南国原」なる漢字に変更することで、地名と断じて、加古郡の印南川界隈と風土記の記述を解読します。それは大岡信氏が著す「万葉集」(岩波書店)も同様です。地名は固有名詞であるので「音」が同じであれば、その漢字表記の変更には問題がないとする考えです。しかし、現ブログ管理人のようにそれが「状況描写」であると考えるならば、それは漢字に「表意」の役割を課しているはずです。その場合には漢字の変更は許されません。

 それはさておき、阿蘇山との関連を裏付ける発掘が考古学者の手によって為されています。造山(つくりやま)古墳です(図で番号4が付されている)。
(図1:本ブログで考察される場所:ゝ款觧魁´阿曽地区 作山古墳 ぢせ蓋妬 サ犯中山(吉備津、吉備津彦神社など)Πそ/声辧´Ш脳綛眈尚隹戞´╂嶌篁魁´大平山 こうもり塚古墳。拡大は図のクリックで)
190708_岡山A無題
  
造山古墳に関してウイキ記事は以下を書きます。
 %%%%%造山古墳・前方部[編集] https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%A0%E5%B1%B1%E5%8F%A4%E5%A2%B3_(%E5%B2%A1%E5%B1%B1%E5%B8%82)
前方部の墳丘は破壊されており、その跡に造山集落の荒(こう)神社が建てられている。同神社の鐘突堂の脇に置かれている手水鉢は、阿蘇凝灰岩製の刳抜(くりぬき)式の長持型石棺の身部分であり、風雨に晒されている。また、神社の右横側後ろに石棺の蓋の破片が放置されている。この石棺はある時期に盗掘、乱掘されたものだと推測され、新庄車塚古墳より運ばれたものであるという伝承がある。この前方部の頂に祭祀に使用された台形壇があったと想定され、後円部への埋葬が終わってから作られたものであると考えられる。その大きさは、台形の短辺(下底)が約70メートル、長辺(上底)は約40メートル、両辺の間(高さ)約50メートルという大規模なものである。後円部へ向かうと広場と呼ぶに相応しい平坦部がある。墳丘上には3列に巡らされている円筒埴輪列が存在しているが、現在では地表に表れた埴輪片はほとんど拾いつくされ、見つけることが困難になっている。
築造時期[編集]
墳丘の現在の形状、これまで出土した埴輪の制作時期などから考えて、本古墳の築造時期は5世紀前葉末から中葉はじめ頃と推定されている[5]。
記紀に現れる吉備津彦の陵墓は、足守川を挟んで西に5km弱ほど離れた岡山県内の中山茶臼山古墳(明治7年に宮内庁指定陵、築造は3世紀後半から4世紀)に比定され、現在はそれ以降の築造と考えられている。
%%%%%
 上記のウイキは“手水鉢は、阿蘇凝灰岩製の刳抜(くりぬき)式の長持型石棺の身部分”と書きます。石棺の少なくも一部は阿蘇火山の凝灰岩で作成されていたと。どうやら、めぐりめぐって私の万葉集十三歌の解読は正しかったようです。そうとすれば、上の図で示す△任靴瓩弘ち召覆訝鰐召皸ち瓢海僕獲茲垢襪塙佑┐討茲気修Δ任后

 この阿曽地区のすぐ北西にあるのが阿宗(あそう)神社です(図2、Δ納┐気譴討い)。神社由緒 は以下を書きます:
%%%%%由緒
創建年月不詳。社伝によると旧号を宮原社と称した。三代実録によると、貞観六年二月従五位下、同十月従五位上の神階を授けられた。旧藩主木下家から神輿二台、社領六畝八歩、社務所、御供所等の寄進があった。後に宮原社は奥坂の八幡社に合祀せられた大正十年九月八幡神社の境内社宮原神社を合祀して、新に阿宗神社と称するに至った。
そこでこの神社の境内とその周辺の様子を上空から眺めます:
(図2:阿宗神社の拝殿に通ずる参道の向き。拡大は」図のクリックで)
190708阿宗_岡山無題

 
図1でΑ↓◆↓い鯆めると、私の「持論」であるシリウス方位らしきものが浮かびあがってきます。もしや、造山古墳の築造年代がこの方位の角度からわかるかもしれません。「ワクワク」感であります。早速。阿宗神社と古墳の座標(緯度、経度)をグーグル地図で読み取り、二つの地点が作る方位角度、距離を算出することにします。結果が以下です:
%%%%%-->exec('C:\FR55G_B\SCI_lesson\cl_delazm.sci', -1)
阿宗神社(lat,lon)=[34.7133 133.7788]
造山古墳(lat,lon)=[34.6739 133.8035]
Dlt,Azm,Bzm= 4.9-km 152.72 332.74 0.04deg
-->exec('C:\FR55G_B\SCI_lesson\sirius2age.sce', -1)
Angle?(0:stop)=152.72
azimth= 152.7,age= 967.5
%%%%%
 なんと、このシリウス線方位は十世紀半ば過ぎと算出されてしまいました。考古学者による発掘は五世紀前半と推定します。五百年近い大きな差です。

 この大きな違いをどのように説明するのか?最も大きな疑問、すなわち造山古墳の建造を決定した際に、シリウス星方位をその設計の最大基準にしていたのか、否かが実は問われているのです。
(図3:造山古墳の軸方位.右中央部に造山古墳、左やや下部に見えるのが作山古墳、そして中央にこうもり塚古墳。拡大は図のクリックで)
190708造_作山古墳


 図3からわかることは、造山古墳の軸の向きが「シリウス方位」に似て実は非なることです。これは後日検討する作山古墳も同じです。私はこの方位を「逆シリウス方位」と呼んできました。この逆シリウス方位で最も世間に知られているのが埼玉(さきたま)古墳群の中の「稲荷山古墳」です。「ワカタケル」、「シキ宮」などが刻まれた金錯銘鉄剣が出土した古墳です。次回は、この「逆シリウス方位」の難題を解きほぐしてゆくことにします。
(つづく)

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「れいわ新選組」出陣、「蘇」考察

(本ブログは月水金に更新されます。コメントは ryuuzaki_i@yahoo.co.jp へお寄せください)
(写真: 久しぶりの雨のない早朝です。7月7日七夕の篠(ささ)を探して、今朝はいつもとは違う散歩道を歩き回ってきました。「爺馬鹿」であります。ウグイス、ホトトギスやらの唄を聴きながら枝振りをみて回りました。なんと、昨日の強風で落下したと思われるイガつき栗が路上に散乱しており、名前を知らない白い花の群生、遠目には欧州の草原と見まごう景色等を愛でて来ました。)

190705栗無題

 
枝振りの 良き笹求め 徘徊す 

 今般の参議院議員選挙では、“れいわ新選組”を先頭にした野党(立民、国民、共産、社民)の大きな前進を強く願い、自公勢力の大幅な後退を期待したいと思っています。

【れいわ新選組】2019年7月4日 参議院選挙1日目 IN秋葉原

 野党の中でもとりわけ大きな躍進を願う“れいわ新選組”第一声は胸に心強く響きます。拉致被害者の兄で原発事故時の東電社員であった蓮池透氏の力強い演説についで登壇した経済学者の安富歩氏は、著書「東大話法」で、「お上=為政者」の言は「為政=隠蔽」のためであり、「民生」のためではないことを解き明かした方です。氏は限られた時間の中で「子供のすこやかな成長」に絞った主張をしました。動画では詳しくは語っていませんが「子供をしつけようと力(りき)まない」、「こどもを叱らない」についての真意を別の場所で詳しく語っていました。すなわち「しつけよう」は「親の子供への支配力行使すなわちパワハラ」であると指摘していました。ゆっくりと時間をかけて子供の理解にあわせて語りかけることこそが子供の人権の尊重である、との趣旨でした。
参考動画:参院選 れいわ新選組 山本太郎 街頭演説 第一声(2019/07/04)

 創価学会員「野原よしまさ氏」は、これから演説を重ねるごとに上手になってゆくことでしょう。何と言っても、誰しもがその「創価学会宗教パワ」なるものに怖気づいて踏み込むことができなかったのです。野原氏は、山本氏の後押しでそれをやってのけたのです。そして21日には、見事ばらのマークが付けられるよう願っています。

社会・政治問題ランキング

+++++「蘇」考察
 古事記・日本書紀が語る「神武天皇の東征」は、「日入国」(西倭国)に宮を構えていた倭国王の東国への逃散であると同時に葦原中国への抵抗・反撃でもあった。と、本ブログ管理人は考えています。その東国へ向かう途次、かっての支配域であった地に物資の補給、援軍の徴集、などのために立ち寄ります。かくして、一行は吉備すなわち現在の岡山県に辿り着きました。当然、古事記も日本書紀もこの「吉備の地」での活動を詳しくは語りません。

 まずは、「吉備」なる呼称について補足しておきます。隋書は王の妻は「キミ」であると書いていることをすでに書きました。隋書に登場する王の姓と号、息子の「号」に付された「タフリ」などは古代ペルシア語に由来すると書いてきました。とするならば「キミ」はどうなのか?「君」と書けば、まさに現代日本語です。これが外来語であるか否かなんぞはほとんど誰も気にしません。念のために古代ペルシア語にその表現があるのでしょうか?(思わせぶりですな)
 ラテン文字表記で「kabini」(カビニ=>カミ=>キミ)なる語があり何と「合法的な妻=正妻?」を意味します。改めて強調するまでもありませんが、西暦600年に倭国の王として隋に使節を派遣した人物の出自は(一世ではなく二・三世であったやも知れませんが)遠く西域ペルシャであったと思われます。とするならば、その使節を隋に派遣した倭国の王は推古天皇ではありえません(なぜなら、倭国王には妻がいます)。また、摂政とされる聖徳太子であったとすれば、太子の出自は日本列島ではなかったということになります(実際、そうした議論をする歴史家もいます。例えば、「興亡古代史」(小林恵子著、文藝春秋、1998))。
 前回隋書倭国伝の一節“名太子為利歌彌多弗利”にみられる「為利歌=いりか」を、日本書紀は「入鹿」であるとして、乙巳の変の筋書きを作ったのではなかろうかと、推察されることを書きました。そうとするなら、前回、うっかり書き忘れましたが「蘇我」氏なる一族が実は西域ペルシアからの渡来族であったことが、図らずも明るみに出たことになります。言葉を変えれば、「蘇我」なる呼称は「サカ」が転じたものであろうことが推察されるのです。これは建築家・渡辺豊和氏が自著「扶桑国王蘇我一族の真実」(新人物往来社、1996)で指摘していたことです。

 西暦600年前後の日本書紀の記載は真実でない。編纂の中心人物である藤原不比等は隋について「語りたくなかった」のです。それをもっとも忠実に反映しているのが古事記編集です。古事記は、まさに推古紀で終えているのです。西暦712年古事記が時の天皇に撰上された時点では 隋書倭国伝の記載を「日本列島政治史」にどのように取り込むべきか定まっていなかったことの証でもあります。その理由については、本ブログでは繰り返し書いてきました。後日、再度他の考察を含めて議論する機会があろうかと思います。

(図:岡山県の地図。本文で言及する場所を赤色の番号で示しています。拡大は図のクリックで)
CIMG6712


 ところで、阿蘇山は、吉備国とは万葉集十三―十五歌に加えて色々な意味で因縁があります。例えば、上図の番号2で記した地域名は東西の阿曾です。そこでもう少し九州・阿蘇の考察をしておきます。「阿」は「阿毎=アメ」に由来し、「火」すなわち拝火教そのものをあらわしています。とするならば、「蘇」は、古代日本列島の話し言葉の「山」を意味する語でしょうか?明らかにそれは「蘇我」の「蘇」でもあるところから大いに気になります。

 魏志倭人伝は倭国内の邪馬台国を含む八つの国を列記した後に、二十一の国々を挙げています。その中で三つの国が「蘇」を含みます。「蘇奴」、「対蘇」、「華奴蘇奴」です。「奴」を「ヌ」と音すれば、それは「ナナ」すなわち「七」であろうことを2013年8月5日記事で書きました。この記事では「対」を「ツイ」と音すればそれは「一(ツイタチ、朔)」、これらは三世紀頃の九州倭国での「数」の表現言葉であることを指摘しました。「華」は不明ですが、いずれにしても魏国皇帝によって倭国に遣わされた調査官が倭国現地人から聞き取った「音」(おん)の漢字表記です。調査官は、まさかその国名が「数」であるとは思いも寄らなかった。倭国現地人が魏の調査官に「いい加減なこと」を語って、真実を隠そうとしたので、手軽な思いつきで番号を「語った」と考えることもできますが、そうとすれば、西暦57年の「奴国」への金印授与を説明せねばなりません。と、いうわけで、実際、九州の地の領土の呼称では遅くとも紀元一世紀にはいくつかの国(区域)の呼称に「番号」が使われていた考えてよいと思っています。

 日本列島歴代の支配者が「八」なる数字への異様にこだわってきました。「八坂神社」、「八幡神社」などなどです。それは、みずからの出自を「邪馬台国」(八女連邦)であることを僭称・誇示することにあったのです。しかし、日本列島に住む国文学者は、現代に至るまでそのことに気づいてこなかったのです。あれこれ「屁」理屈に近い考察をしてきたと思っています。その「極」が「八」という数字の神秘性であるとか、「八」という漢字の末広がりなどの見当違いの議論が「真面目に」なされてきたのです。
 繰り返しになりますが、「八」への特別な思い。それは「われこそが邪馬台国の血統である」との主張なのです。記紀はそれに触れないけれども、藤原不比等は当然「邪馬台国」の秘密を知っていた。倭国も当然それを知っていたのです。そして七世紀の日本列島では、それを主張できる資格を持っていたのが「倭国」であったのです。なぜなら、彼らは、みずからの陣営に邪馬台国の末裔を糾合していたからです。

 それはさておき、「蘇」(ソ)とは何か、何故「蘇」には「数」が付いているのか?阿蘇山周辺の古来に由来すると思われる地名、言葉などを吟味することでこの謎は解けるのかもしれませんが、現時点では、更なる議論は私の能力を超えます。
 一つ、気になるのが長崎県の彼杵(そのぎ)です。それは魏志倭人伝が書く「蘇奴」(そぬ)が転化した地名(国名)ではなかろうか?

(図:長崎県大村市彼杵。拡大は図のクリック)
190701蘇奴無題

 
 どうやら、簡単にこの考察を終えることは難しそうです。この話しは現時点では残念ながら宙ぶらりんの状態に放置せざるを得ません。いよいよ吉備の内側に入って、かっての「倭国」威勢の痕跡を探すことにします。
(つづく)

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令和新撰組に大なる期待、万葉集十三〜十五歌に付された左注

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:三日ぶりの雨のない朝でありました。いつもの蓮池に立ち寄りました。五ー六羽のツバメが池の上を飛び交っていました蓮池つばめ6687

 さっそうと 水面(みなも)の上を 滑空す すばやきツバメ 燕尾の裾乱さず

 明日、第25回参議院議員選挙が公示されます。山本太郎氏が率いる「令和新撰組」に注目しています。次々と公表されている候補者のなかに創価学会員が含まれていることに驚きました。山本氏の「本気度」を見る思いがします。快挙と思っています。創価学会といえば、私の父親が死去した直後から叔母が頻繁に家に押しかけ創価学会への入信を迫りました。読書家で音楽・芸術にも造詣の深かった母はそれをひどく嫌い、叔母に二度と当家の敷居をまたぐなと怒っていたことが記憶にあります。現在の勢力を築き上げた池田大作氏の「行いと言語の大きな隔たり」を長く目にしてきましたから、これからもこの宗教団体と馴染むことはなかろうと思っています。しかし、地べたを這いずり回っている個々の学会員はひたむきに生きていることも見ています。それは、「共産党信者」であった己が大昔の姿でもあります。
 地べたでひたすら真面目に生きる創価学会員に、山本氏は「世直しのため、力を借りたい!」と大胆に手を差し伸べたのです。わずか六年でとんでもない器の大きな政治家に成長したものと、感動の念を覚えます。
 そうであると思うにつけ、下に添付した衝撃の記事に愕然としています:
(図:東京新聞6月30日付記事。拡大は図のクリックで)
自民支持6678


 この新聞記事の読後感、それは青年層への「怒り」なのか、それとも何なのか?「お前ら、バカなのか?自分の未来が破壊されているんだぞ!、そんなことが見えないのか!」なぞなぞ、新聞記事に向かって浴びせます。しかし、そうした罵声、怒声は彼らの琴線には触れないのです。ああ〜〜っ!今度の選挙もあの無知性、無教養のあの御仁が・・・と思うとひたすら無力感であります。そんなことを百も承知で山本太郎氏は頑張っている。私も小さいながらも何かを・・・・・。

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+++++万葉集十三〜十五歌に付される「左注」
 すでに書いたように、万葉集十三〜十五歌に付される「左注」が、この「諍(いさか)い」の起きた時期を暗示しているやも知れません。万葉集十五歌については、すでに2018年8月29日記事(ここではそれを再掲しませんが、私のいわば渾身の解釈であります)で解読しています。そこで、ここでは、参考のために大岡信氏の解説をみておくことにします。
原文:"渡津海乃 豊旗雲尓 伊理比<紗>之 今夜乃月夜 清明己曽",
 この歌に付されている「定説」的「訓読」は下記です。
"海神の豊旗雲に入日さし今夜の月夜さやけくありこそ",
(図:大岡信氏による万葉集十五歌の解読、「万葉集」(岩波書店)1996年、34頁より。拡大は図のクリックで)
古190619016


 大岡氏が施す「歌意」(解説)は鋭い感性の歌人らしからぬ、平凡なものと成っています。その大きな理由が左注が露(あらわ)に書く「反歌」への疑問に強く囚われているからです。すなわち俗説が言う「天智・天武と額田王」の三角関係という愛の構図にこの十五歌が収まらないというわけです。その結果、歌の背景が眼前から消失しているからです。「わだつみ」が外来語でありながら、それに「渡津海」なる漢字で以って情景を描写していることに気づかないことについては大方の研究者も同じですからそれをあげつらうことはしません。(詳細は2018年8月29日記事を参照されたい)。実は、十五歌のほほえましい雰囲気が「諍(いさかい)い」というとげとげしい歌と一見整合しない。このことが、この三歌の読まれた背景を想像するのに役立ちます。
 
 この歌の作られた時代を推定できるだろうか。「左注」が何がしかの示唆を与えてくれるやも知れません。残念ながら、この左注について、大岡信氏、万葉秀歌(一)(久松一潜一、講談社学術文庫)、万葉秀歌(上)(斉藤茂吉、岩波書店)は言及しません。
%%%%%万葉集十三―十五歌に付された左注
原文:
"右一首歌今案不似反歌也 但舊本以此歌載於反歌 故今猶載此次 亦紀曰 天豊財重日足姫天皇先四年乙巳立天皇為皇太子", 

 文意:この十五歌は今思うに反歌には似つかわしくない(先行する二首との関連がわからない)。ただし舊本がこれを反歌であるとするので、未だに反歌と書いておく。「紀」が言うには天豊財重日足姫天皇(皇極天皇)が先の四年(乙巳)に(中大兄)を皇太子とする。
%%%%%

 そもそも大化改新の実相すらも定かでありません。七世紀半ばの日本列島では、列島の西に「倭国(豊葦原国、日入国)」、東に「葦原国・本家(仮の呼称)、日出国」が存在していた(例えば2018年7月16日記事参照)。
(図:日出国、日入国とそれに挟まれる葦原中国。拡大は図のクリックで)
180716七世紀半無題


 その二つを本ブログでは「(広義の)倭国」と呼んできました。この勢力は日本書紀が「蝦夷」と蔑称する勢力とほぼ同じです。一方、奈良盆地とその界隈には「珍(秦と同音)」王の系譜を有する勢力があった。この勢力は、東西を二つの倭国(葦原国)に挟まれていたので、後に(記紀編纂の頃)自らを「葦原中国」と呼称するようになります。

 「葦原中国」勢力は、西暦七世紀初頭頃より、大陸の勢力(隋、唐)に唆されて、日本列島内での軍事的・政治的勢力の拡大を図ったのです。こうした政治状況下で、「倭国」首領の暗殺事件が起きた。それが「乙巳の変」です。しかしそれが西暦645年であったか、否かについては学説は定まっていないようです。倭国の総大将と目される蘇我入鹿が謀殺されることが明らかでありながらわざわざ「葦原中国」の本拠である奈良盆地に出かけ、みすみす暗殺されてしまうという事態は想像しがたいからです。

 この事件を探るために、一つ触れておきたいことがあります。
“隋書倭国伝の一節:王妻號雞彌、後宮有女六七百人。名太子為利歌彌多弗利。無城郭。”
を眺めていて興味深いことに気づきました。上の一節は
「太子を名づけて”リカミタフリ”としている。」
と、現代文に訳されています。この訳は「タフリ」なる古代ペルシア語を理解していないので誤りです(6月17日記事)。が、それは措いておくとして上記の文節に“為利歌”なる文字列が見て取れます。この文字列を漢字音で「音」(オン)すれば「イリカ」です。私は、これぞ西暦645年に暗殺されたと日本書紀が書く「蘇我入鹿」ではなかろうか?その意味では日本書紀は「史実」を書きとめていた、と考えています。ただし、藤原不比等はこの若き王子のペルシア語名を日本書紀に正直に書くことをせず、隋書の記載の文字列を「王子」の名前としてでっちあげ、さらには皇位簒奪者・逆臣として断罪するという筋書きを作ったのです。

 万葉集十五歌のみならず、初期歌群には古代ペルシア語に由来すると思われる「言葉遣い」が、あちらこちらにあり、それが「漢字」でもって表現されています。遣い方は「表意」であったり、「表音」であったりします。例えばそれは一歌に顕著に見ることができます(2016年12月26日記事)。未だ、日本列島で話されている言葉にも習熟せず、さりとて表現文字としての漢字にもなれていないが故であったろうと想像しています。そこで、万葉集に出現する漢字を日本書紀、古事記に見つけ出そうと丁寧に眺めるというよりは凝視するのですが見出すことは難しい。考えてみれば、藤原不比等がそうした人名が露になることを見逃すはずはありません。どうやら、これは「焚書」の最も重要な対象であったと考える事ができます。

 隋書倭国伝の記載の西暦600年から太歳・乙巳(西暦645年)まで45年もの年月が経過しています。どうやら倭国王は多利思比弧から当時の「タフリ」すなわち稚(おさ)なかった「イリカ」の時代、すなわち「蝦夷」の時代となります。これも実名ではないことは明らかです。もっとも倭国王は代々「多利思比弧」を号したのかもしれません。入鹿の父親「蝦夷」の時代、葦原中国の侵略的行為が活発になったため、今まで以上に邪馬台国末裔、アイヌ族などとの連携強化が図られたのでしょう。がために奈良盆地の新興勢力「葦原中国勢力」はこの倭国増強を恐れ、彼らを「蝦夷」と蔑称し、味方を鼓舞したのです。
 そして「乙巳の変」が起き、王子「入鹿」が暗殺された。日本書紀では、皇極天皇の眼前で「入鹿」が暗殺されたと書きます。首謀者は「中」大王、と「中」臣鎌足です。この二人の「中」が、後に藤原不比等が構想する日本列島政治史には「葦原中国」として書き記され、「宗教史」としては三創始神の中心に「天御中主神」として書き記されます。

 このように考えると左注の後段:
「亦紀曰 天豊財重日足姫天皇先四年乙巳立天皇為皇太子"」が付されている理由は、 この歌の題詞「中大兄近江御宇天皇三山歌」に記載される「中大兄」なる人物を説明するためであり、ことさらこの歌の作歌年代を示唆するためではなかった。と、考えられます。
 「亦紀曰」とありますから、この歌に左注が付されたのは西暦720年以後のことです。「中大兄」と聞いても、その人物が近江で政治をしていた天皇であることも知られていなかったということでしょうか?

 十三歌ー十五歌に付されている左注から倭国王「多利思比弧」が九州に拠点を置いて東に勢力を拡大する過程が推察できるやもとの期待は外れたようです。従って、これからさらに読み進める神武東征の途次、吉備国考察では、違った視点から接近することになります。

(つづく)

 <<関連記事>>
 大阪で開催されたG20会議冒頭での安倍氏の挨拶に「障害者軽視」の言が含まれたことに大きな批判が起きています(昨日「遺憾」の意を表したとのことです)。何せ、口だけで内実を伴わずとも暴力装置たる警察・検察力、時には裁判所にまでしっかりと守られている安倍氏は安泰なのであります。とは言え、私が気になったもう一点は挨拶が「仁徳天皇」に言及していることです。
 
%%%%%G20(2019年6月28日大阪)での安倍氏の挨拶
改めて、ようこそ大阪にいらっしゃいました。
ここ大阪は、4世紀ごろに、仁徳天皇により都にさだめられ、その後、商業の街として発展してきました。大阪のシンボルである大阪城は、最初に16世紀に築城されました。石垣全体や車列が通った大手門は17世紀はじめのものです。
110年前の明治維新の混乱で、大阪城の大半は消失しましたが、天守閣は今から約90年前に、16世紀のものが忠実に復元されました。
しかし、1つだけ、大きなミスを犯してしまいました。エレベーターまでつけてしまいました。その大阪城を間近にのぞむこの場所で、さきほど、日本が誇る3名の演者が、皆さんのために心をこめて、それぞれ、舞い、演奏、そして歌を披露していただきました。
%%%%%以下省略
 古事記、日本書紀はこの天皇の事跡の一つとして「民の竈から立つ煙」を語ります。この説話は万葉集二歌にその由来があることは明らかです。しかし、二歌に付されている題詞はこの歌は仁徳天皇ではなく舒明天皇によって作られた歌であると書きます。
 万葉集の個々の歌に題詞を割り付ける人物であるからには、「大鷦鷯」作歌とし、左注を付し「紀曰」なる文章を加えるならば、古事記・日本書紀の記載の信憑性が高まるはずのところそれをしなかった。どうやら、西暦720年ごろ、仁徳天皇なる人物の出自、存在については疑われていたのではなかろうか、と私は考えています。
 そのことを本ブログで書きとめておこうと思った矢先、考古学者として名高い松木武彦氏が鋭い指摘をされています。一方、白石多一郎氏の言には説得力を感じません。因みに氏は邪馬台国=畿内説派とのことです。
(図:東京新聞7月3日付け、三面より。拡大は図のクリックで)
仁徳6691

 

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神武東征(12,万葉集十四歌)、核と気候変動(nature誌投稿)

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp  へ)
(写真:梅雨の長雨の合間に青鷺が当地で一休みしていました。拡大は図のクリックで)
190701青鷺

 
梅雨らしく くる日もくる日も 雨模様 されどもツバメ 雨中をスーイスイ

+++++日本、大丈夫か?
 日本企業の株が買われる。それはその企業が成長株であり、株を保有することで持って株主の高配当が期待できるということです。もっとも昨今の株売買はひたすら投機であり、投資する企業を育てるなんぞの心意気は無いんだそうです。 
 それはともかく、どうやら株主の心意気にお構いなく日本企業は「儲からない」との認識が定着しつつあるのかなと。それは、まさに金子勝氏(立教大学特任教授)の指摘です。
%%%%%逃げた海外勢−日本株の保有比率、アベノミクス前まで急低下
  世界景気の減速懸念や米中通商摩擦で海外投資家が日本株を大幅に売り越した結果、海外勢の日本株人気はアベノミクス本格化前に 戻ってしまったようだ。
  東京証券取引所などが26日に発表した株式分布状況調査によると、海外勢の2018年度末の日本株保有比率は29.1%と前年度から
1.2ポイント低下した。安倍晋三氏が12年末に首相に返り咲き、アベノミクスの「第一の矢」と位置付ける日本銀行の異次元緩和が スタートする直前の12年度末(28%)以来の低い水準になった。過去最高はアベノミクスブームに乗った14年度末の31.7%。
  りそな銀行の戸田浩司チーフ・ファンド・マネジャーは海外勢の保有比率がアベノミクス本格化前の水準に戻った理由について、 「アベノミクスが失敗だったわけではなく、景況感や景気循環のタイミングに尽きる」と指摘する。
  12年度以降は米国が量的緩和策(QE)を行い、「世界的に景気が浮揚する景気循環の追い風にアベノミクスが加わって株価が上昇。 順張りである海外投資家の比率が上昇した」と戸田氏は分析。現在は景気循環的にピークを打ち、「景気が減速局面に入ったことで 景気敏感イメージの日本株を売っている」と言う。
  「海外勢の保有比率は『総資産利益率(ROA)−10年債利回り』のトレンドに連動する傾向がある」と語るのは三菱UFJモルガン・ スタンレー証券の折見世記シニア投資ストラテジスト。そのトレンドが今は落ちているとし、「株式時価総額や国内総生産(GDP)など 経済のパイはアベノミクスで上がったが、その成長速度を維持することは難しい。高齢化が進む中でイノベーションを後押しするような 政策が見られず、先行きへの成長不安が残ることが要因」とみる。
  12年度から18年度の間に海外勢の保有比率が低下した主な業種は輸送用機器や銀行、不動産。りそな銀の戸田氏は輸送用機器について、 「グローバルで自動車が構造不況業種とみなされるようになった」と分析。銀行は日銀の緩和策から金利が低下して利ざやが縮小傾向に あることが大きいとし、「これも日本だけの傾向ではない」と戸田氏。むしろ景気改善期待から買れた時価総額上位業種で、その反動が 出ている側面が強いとみる。
  海外勢の日本株比率がほぼアベノミクス前に戻りながらも、日経平均株価が12年度末の1万2397円より約7割高い水準を維持して いるため、楽観的な向きも多い。東海東京調査センターの仙石誠マーケットアナリストは「この数年間の海外の売りに買い向かったのは 日銀や企業の自社株など国内勢。海外勢が売っても日本株は下がりにくくなっている」と評価する。実際、海外勢の保有比率が上昇した 上位5業種だけでなく、低下した食料品、輸送用機器の指数も上昇している。
  海外勢の18年度売越額は5兆6313億円と、1987年度の6兆2121億円に次ぐ高水準だった。東海東京調査の仙谷氏は「18年度は 米中摩擦に対する警戒感が高まり、海外勢はそれなりの規模で日本株を売った。アベノミクス前まで低下したということは、逆に日本株への 期待感もかなり削がれたことを表す」とし、売りは出にくくなりつつあるとみている。
%%%%%

+++++万葉集十四歌
 日記のつもりでブログをはじめたのは2004年、私が外地に在ったときでありました。その再開を思い立ったのが2008年です。きっかけは万葉集初期歌群への興味でした。三月末に駆け足でしたが国立九州博物館、大宰府、吉野ヶ里、嬉野、平戸さらには出雲、石見、鬼が城(岡山)と駆けずり回って古代史舞台の景色、地名に触れました。その感触を抱いたまま万葉集原文を眺めると、付されている題詞、流布されている「歌意」に違和感がありました。斯くして、「万葉集のめりこみ」状態となりました。本ブログ文脈で万葉集に関わるとついつい「長居」を決め込むことになります。先人の学者さん方の解読が、実はご本人も認めているように「自信無げ」です。さりとて私自身の解読に当たっても同様です。見直す毎に新しい発見があります。というわけで、今回も、道草を食う仕儀となっています。

 と、いうわけで、私の万葉集談義にもうしばらくお付き合いください。この三つの歌の解読(最新版)は2018年8月29日記事を参照ください。とはいえ、今後とも若干の手直しがありえると思っています。
(図:十四歌は下の図の「反歌」の左行に見える歌です)
古190619013

原文は以下です:
"高山与 耳梨山与 相之時 立見尓来之 伊奈美國波良",
 この歌の解読の鍵は“伊奈美國”です。「伊奈」を私は「否」と解読してきましたが、その時点では「吉備」が「キミ」(すなわち王の妻)と隋書倭国伝と関連付けることに思いが至っていませんでした。
 播磨国風土記・揖保郡の条には万葉集当該歌のエピソードと思える記載があるので学者・研究者は伊奈美國は「印南」(いんなみ)であろうと同定します。実際には、この「印南」は揖保郡の地ではなく、播磨国・南東域の加古郡にみられます。その部分を以下に書き下して後、再び大岡氏の解読に触れます:
%%%%%播磨国風土記・揖保の郡条
原文:
上岡里本林田里土中下出雲国阿菩大神聞大倭国畝火香山耳梨三山相闘此欲諫上来之時到於此処乃聞止覆其所乗之船而座之故号神阜阜形似覆

文意(「風土記」植垣節也、小学館、50頁より):
上岡の里。本は林田の里なり。土は中の下。出雲の国の阿菩大神、大倭国の畝火・香山・耳梨の三山が相闘うと聞きたもう。此に諫め止めると欲して上り来し。そこに到る時、戦いが止むと聞き、其所乗之船を覆し、而座した。故に神の阜(岡)と号した。阜の形は覆した船に似ている。
%%%%% 
 そこで、大岡氏はどのように語っているのかをみることにしませう。
(図:大岡氏による万葉集十四歌解説)
古190619015p33

上の図で、右半分は十三歌解読に関する大岡氏の考察の続きです。万葉集の大家、歌人ですら、この有名な「大和三山」の解読に苦戦を強いられていることがわかります。言葉をかえれば、万葉集の研究において「研究課題はもはや無い」と宣う学者さんもいるということです。が、「歌の解読」ですら曖昧さを放置せざるを得ない。それが現状であることを素人の私は知ってしまったというわけです。いいかえれば、更なる研究、すなわちより正確な歌意の把握のためには、どこから手をつければ、突破口を見出せるのか、に実は心ある学者さんは困惑しているとも聞いたことがあります。突破口のひとつの鍵は「題詞」です。平安時代から綿々と受け継がれてきたと思われる「題詞崇拝=絶対視」から脱却することであろうと思っています。

 本論、すなわち十四歌に戻ります。この歌を理解するために播磨国風土記に頼ったのは良いのですが、今度は次の難題に直面します。一つは、出雲に普段は座す「阿菩大神」(大神の正体は特定されていない)です。何故、この大神が遠く九州での争いに関わろうとしたのか、そして諫止であれば、播磨ではなく直接九州に出向くのが筋であろう、というわけです。尤も大方の学者研究者は「争いの舞台は九州ではなく奈良盆地」と考えているのですが、そうだとしても、大神とやらは諌めるのが目的ならば、直接紛争現場に赴くべきと思います。

 「播磨国風土記・編者(執筆者)」は、万葉集十三・十五歌の存在、そしてその実情すなわち「争いの当事者が倭国王をめぐる後宮・女性達なので、仲裁者として適任は王妻である。そこで王妻が動くように誰かが働きかけた」ことを史実として聞いていた。その誰かは、思想を同じくする一族であれば誰でも良い。九州の地から岡山に住まう「キミ(王妻)」に相談に行ったかもしれない。「アボ」は「アビ」の転じたものとおもえば「火」です。とすれば、ゾロアスタ教の聖職者の立場にあった人物でも良い。

 ここで私が興味深く思った表現が「立見」(たつみ)です。繰り返しですが、現在の佐賀県にある天山は「高山」(香具山)ですから、ここから「タツミ」の方角といえばそれは現在の熊本県八代です。そこには、後宮のもう一人の重要女性が住むほどの地です。そう考えると「伊奈」(いな)からは「乾」(いぬい)を連想しないでもない。まさに敵対関係の位置を言い表していたとするなら、出色の状況描写ということになります。前回記事で、この説話を引用する針幕に風土記の記事を紹介しました。この記事を「風土記」(小学館、1997)で解説する監修者・植垣節也氏は、わざわざ「大神はみに来たのではない」と状況を語っています。すなわち歌い手の「言葉遊び」を見逃しているのです。
(つづく)

+++++科学の話題(原発と地震)
 6月24日記事で、海底掘削船”地球”に関するnature誌記事を紹介しました。その記事には「読者からの通信」と題するコラム記事が続いていました。その記事のタイトルは「海底掘削船」とは関係ありません。が、ぎょっとしたので、それを以下に転載しておきます。この「通信」はnature誌4月3日号の以下の記事への反応でした:
%%%%% NEWS FEATURE 03 APRIL 2019 The nuclear sins of the Soviet Union live on in Kazakhstan
ソ連邦の核犯罪はカザフスタンで存在し続けている
Decades after weapons testing stopped, researchers are still struggling to decipher the health impacts of radiation exposure around Semipalatinsk.
核実験が停止されて数十年が経ったが、研究者たちはせみパラチン好く周辺の核汚染による健康被害と格闘している。
%%%%%
 この記事は長いので、ここではそれを転載しませんが多分皆様はそのタイトルからおおよその趣旨は想像できるかと思います。以下はこの記事への読者からの通信です。和文訳は添えません:
核問題:Correspondence | 04 June 2019
%%%%%(1) Low risks of nuclear power worth it for climate gains 核の危険性は気候変動抑制から得るもの比べれば小さい
I fear that your coverage of long-term health effects from nuclear testing in Kazakhstan could unjustifiably promote the public’s phobia about nuclear energy and detract from what nuclear power can do for the global climate (see Nature 568, 22–24; 2019).
Since the fall of the Soviet Union in 1991, Kazakhstan’s Semipalatinsk site has been secured and surveyed, and the results published (N. A. Nazarbayev et al. Scientific, Technical and Engineering Work to Ensure the Safety of the Former Semipalatinsk Test Site Vols 1–3; 2017). The nuclear accidents at Chernobyl, Goiania and Fukushima have indicated that damage to human health from radiation and radioactivity is rare (see go.nature.com/32wxw5b). In my opinion, enough is known today from germline biology to confirm that any risk from historical exposures to radiation is limited.
The blast released by a nuclear weapon is highly destructive over many kilometres. However, radioactivity and low or moderate levels of radiation are much less harmful, as a century of medical use and laboratory tests attest.
Nature 570, 36 (2019)

%%%%%(2)Nuclear energy saves lives 核エネルギが生命を救う
I disagree with your view that the risks of chronic exposure to ‘low level’ radioactivity in Kazakhstan should inform debate on expanding nuclear power to reduce carbon emissions (Nature 568, 22–24; 2019). I find it alarmist and misleading.
It is alarmist because the detonation of nuclear weapons at the Semipalatinsk test site exposed the public to much higher doses of radiation than even the most catastrophic accidents at nuclear reactors such as Chernobyl and Fukushima. It is misleading because, despite extensive research, no adverse effects of chronic exposure to low-level radiation (less than 500 millisieverts per year) have been detected (M. Tubiana et al. Radiology 251, 13–22; 2009). Safety levels are set far below this by regulators out of caution, not because there is any evidence of harm.
The risks of nuclear energy need to be compared with the higher risks of alternative energy sources, notably fossil fuels. By replacing some generators fired by fossil fuels, nuclear energy has saved an estimated 2 million lives since 1971 (see P. A. Kharecha and J. E. Hansen Environ. Sci. Technol. 47, 4889–4895; 2013). Moreover, avoiding the risk of severe climate change requires a rapid reduction in greenhouse-gas emissions, which is not achievable without the expansion of nuclear power.
%%%%%
 私自身のコメントを敢えて添えることはしません・・・・・。

+++++ゆっくり地震
 防災科学研究所HPで興味深い記事を見付けたのでここに転載し紹介しておきます。
%%%%%日本海溝近傍のプレート境界浅部で低周波微動を発見 ✏ 2019/6/24 掲載
新たに整備された日本海溝海底地震津波観測網S-netの記録を用いて,十勝沖・三陸沖の日本海溝近傍で低周波微動(※1)を捉え,その発生様式を初めて明らかにしました。低周波微動の発生位置は,巨大地震(1968年十勝沖地震,1994年三陸はるか沖地震,2003年十勝沖地震)の震源域浅部側に隣接し,プレートの走向に沿う帯状の領域内で2つのクラスタを形成します。陸域の観測網の記録を用いて,おおよそ同じ場所で超低周波地震(※2)の発生が報告されており,微動活動はこれらの活動と時空間的に同期していました。また,2つの微動クラスタの間には,明瞭な空白域が存在し,この空白域には巨大地震の破壊開始域や余震活動が分布します。プレート間のすべり挙動が走向方向に強い不均質性を有することを示しており,プレート境界浅部のすべり摩擦特性を理解する上で重要な知見となることが期待されます。

この成果は,2019年5月29日に,米国地球物理学連合(American Geophysical Union)発行の学術誌「Geophysical Research Letters」に掲載され,「Eos Editors’ Highlights」に選ばれました。

論文:
Sachiko Tanaka, Takanori Matsuzawa, and Youichi Asano (2019). Shallow low-frequency tremor in the northern Japan Trench subduction zone. Geophysical Research Letters, 46, 5217-5224. https://doi.org/10.1029/2019GL082817
Eos Editors’ Highlights:
https://eos.org/editor-highlights/shallow-low-frequency-tremors-in-japan-trench (Shallow low frequency tremors in Japan Trench)
本研究は,JSPS科研費JP16H06473の助成を受けたものです。
※1 低周波微動
通常の地震と比べ,低周波(周期0.1〜0.5秒程度)の微弱な振動が数日間継続する現象。高感度地震観測網Hi-netの展開により,世界で初めて西南日本の南海トラフ域で発見された後,世界各地のプレート沈み込み帯で確認されてきました。東北日本の日本海溝域では観測事例がほとんどなく,その発生についてよく分かっていませんでした。
※2 超低周波地震
通常の地震よりも超低周波成分(周期10〜100秒程度)に卓越する振動を伴うゆっくりとした断層すべりによる地震。南海トラフ沿いの超低周波地震は,プレート境界固着域の浅部および深部で低周波微動と同期して発生することが知られています。
(図.検出された低周波微動の位置(赤丸)。(a)低周波微動は,プレート境界の深さ(灰破線;Kita et al., 2010;Nakajima and Hasegawa, 2006)10〜25 km付近に位置し,空白域を挟んだ2つのクラスタに分かれて分布しています。超低周波地震もおおよそ同じ場所で発生しています。(b)低周波微動の発生場所は,巨大地震で大きくすべった領域(永井・他,2001;Yamanaka and Kikuchi, 2003, 2004)の浅部側に隣接しています。また,微動活動の空白域には,巨大地震の破壊開始域(星印)や余震活動(紫丸,1994年三陸はるか沖地震後7日間,M≥3.0)が分布し,低周波微動はこれらを避けるように発生しています。
190701slowEq


%%%%%転載終わり
 1968年十勝沖地震のテクトニックス視点からの評価を見直すべきなのかなと思えます。

神武東征(11,うねび山補足)、映画「新聞記者(再)」

いよいよ本年の中間点に当たる日のブログとなりました。早いものであります。
(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:用水にかかる小橋の手前で、雉と目線が合いました。あわてた雉君、咄嗟に欄干の背後に身体を隠したつもりであります。が、尻は丸見えなのであります。しばらく静観していると、奴さん、心配になったんですね。欄干の隙間からこちらを覗いてます)。 雉19062566  

 尻を出し 頭かくして やりすごさん 君の思惑 お見通しなり

 昨年度の税収が過去最高であったとのことです。安倍氏支持率が下落しない理由はこれか?勤労者の将来には大いなる不安である非正規雇用者が急増していても、勤労者数が減少しない限りは所得税がガッポリと政府金庫に入ってくる。こうなると累進課税の強化で金持ちに高税金を課せだの、法人税アップだのは、選挙の「スローガン」になりにくい。とするならば、消費税増税はやめるべきではなかろうか?
%%%%%18年度の税収が過去最高 60兆円超でバブル期超え
6/26(水) 13:07配信
 国の2018年度の一般会計税収が60兆円を超え、バブル末期の1990年度(約60兆1千億円)を上回って過去最高となったことが26日、分かった。好調な企業業績を背景に、賃金の上昇や配当の増加に伴う所得税の増加が寄与した。財務省が7月上旬に公表する。
 政府は10月に予定する消費税増税の効果を織り込み、19年度税収は18年度をさらに上回る62兆4950億円を見込んでいる。ただ、米中の貿易摩擦の激化を背景に世界経済の減速懸念が強まっており、今後も思惑通りに税収増が確保できるかどうかは不透明だ。
%%%%%

+++++神武東征(11、吉備考察(4))
 前回記事で、万葉集の解説ではすでに流布されている「訓読」文(感じと平かなの混交)に加えて、“原文をあわせて併記することが歌の読解を助ける”と書きました。万葉集は「万葉かな」で詠われているとされます。それは「漢字」の持つ音で以って在来の言葉を表す、との意味です。いわば「当て字」、漢字という文字を「表音」記号として用いたのです。現在でいえば「ローマ字(ラテン文字)」による日本言葉の表現です。

 そういえば、大昔のことですが、国立大学の先生といえども英語が得意ではなかった時代です。現代でも文科系でも国文学・国史分野では英語を苦手とする教授は少なくないようです。しかし、理科系分野にあっては、自然科学的成果は世界で共有できる内容を多く含みますから、積極的に英語で論文が公表されるべきです。そうした時代の流れに困惑したとある国立大学・理工系分野の教授が自己の論文を何とローマ字で発表したのです。大学内の紀要といえども世界にも配布されます。それを手にした英米の研究者の驚きを想像すると思わず笑いが込み上がります。

 ところで初期万葉集歌では、「漢字」を表音記号としてのみならず「表意」記号としても用いているのです。私がみるところ、古代史研究者にはこの視点が欠落しているように思えます。すなわち、漢字の「意味」を知った上で、それを情景描写の「記号」として用いているのです。それが「雲根火」です。「雲の上に根をはり火を噴く」という情景を漢字を使って表現しているのです。これは明らかに阿蘇山です。この阿蘇山を柿本人麻呂は「畝火」山と標記します。外輪山を田の畝に見立て、畝に囲まれた内側には火を噴く火口があることを表現したのです。いずれにしても、阿蘇山は七世紀半ば頃までは「ウネビヤマ」と呼ばれており、その「文字表記」のために漢字を利用できると知った初期万葉歌人は「表音」にとどまらず「表意」すなわち情景描写のために工夫をこらしたのです。

 初期万葉集作歌では、どうやら「漢字」なる文字を情景表現にどのように上図に使うのかが、どうやら腕の見せ所であったらしいことが想像できます。漢字の使い方の巧みさは、作家が音声を張り上げて朗々と読み上げたところでその面白さ、巧みさがオーディエンス(王、限られた数の側近、そして選ばれた後宮か)には伝わりません。となると、書いた文そのものが閲覧されねばならない。当時、紙なるものがフンダンに仕えたとは思えません。江戸時代ですら、反古紙にいろいろと着想を書き付けていたと当時の絵草子作家が書いているほどです。となると板に書くしかありません。所謂「木簡」です。私は弧の木簡がオーディエンスに回覧されたのではなかろうかと想像しています(参考2009年9月30日記事)。この時代の「歌」は「声音」で観賞するにあらず、「目」で味わうものであった。と、私は考えています。

 興味深いことをもう一つ指摘しておきます。「雲根日、雄々志」は、巨大な噴火の真っ最中であることを思わせます。一方「畝火」は、小康状態でしょう。つまり人麻呂は小康状態の阿蘇を眺めて二十九歌をつくり、十三歌は巨大な噴煙が上がっているときに歌われたのです。六〜七世紀にあって阿蘇山の噴火履歴が地質学調査などから判明してくると、万葉集十三歌の作成時期推定が可能となるのやもしれません。

 そろそろ本題の「神武東征」の考察に戻りたいところなのですが、本日記事では映画「新聞記者」に多くの字数を割きたいと思っています。万葉集十四歌にも興味深い論点があり、すでにそれも書き終えているのですが、それらは次回に書くことにします。
(つづく)

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+++++メディアと政治
 安倍政権にあっては、権力の暴力機構を具備駿河ゆえに中枢をしめる警察・検察(・裁判所)と内閣情報室がしっかりとスクラムを組んで、みずからの権益確保のために首相官邸を守護しています。その守護たるや、決して受身ではなく、むしろ「敵とみなされる対象」への積極的な攻撃と懐柔です。あまりに露骨なそのやり口はついには国際社会が知るところとなりました。
%%%%%“日本メディアの独立性に懸念”国連人権理 2019年6月27日 1時38分
スイスのジュネーブで開かれている国連人権理事会で26日、日本のメディアについて、政府から圧力を受けるなど、「独立性に懸念が残る」とする報告書が提出された。
これは、言論と表現の自由に関する調査を担当している、国連のデービッド・ケイ特別報告者がまとめた報告書で、ケイ氏は日本のメディアに対し、政府当局者が圧力をかけたり、批判的な記事を非難したりするケースがみられるとして、「メディアの独立性に懸念が残る」と批判している。
ケイ氏は2017年、報道を萎縮させる可能性があるとして、特定秘密保護法の改正や、放送局に電波停止を命じる根拠となる放送法の廃止など11項目を勧告したが、このうち9項目について、現在も勧告に従った措置がとられていないと指摘している。
日本の岡庭健・ジュネーブ国際機関政府代表部大使は、「日本政府は、憲法で保障された表現の自由の順守に努めている」と反論している。
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 お笑いタレントが暴力団から持ち掛けられる「おいしい話」、「タケシの離婚手切れ金100億」なぞ、どうでも良い話の背後に醜悪で危険な潮流がその流量を増加させています。その流れをせき止めるために放たれた一矢、それが本日公開される「新聞記者」(6月24日記事)です。お仲間であるはずの大手新聞社、TVはこの映画について沈黙を守っています。
 できるだけ多くの皆様が映画館に出向きこの映画を観ていただきたいと思っています。

 なにせ、既存メディアが徹底的に無視して居る中での映画公開です。
上映館はここをクリックすると知ることができます。それにしてもこれが「民主国家」日本の実相であると思うと、背筋が寒くなります。
%%%%%望月衣塑子原案、松坂桃李出演の映画『新聞記者』が描く「安倍政権」の不正がリアルすぎる! 内閣情報調査室の謀略も
2019.06.27 望月衣塑子原案の映画『新聞記者』の安倍政権描写がリアル リテラ
 明日、あまりに衝撃的な一本の映画が全国公開される。菅義偉官房長官に果敢に切り込みつづけている東京新聞・望月衣塑子記者の著書を原案とした藤井道人監督の『新聞記者』だ。

 一体、何が衝撃的なのか。それは、劇映画というフィクション作品でありながら、ここ数年のあいだに安倍政権下で起こった数々の事件をまさに総ざらいし、あらためてこの国の現実の“異常さ”を突きつけていること。そして、その“異常さ”の背後にある、官邸の“謀略機関”となっている内閣情報調査室の暗躍を正面から描いていることだ。

 ストーリーは、東都新聞という新聞社に、ある大学新設計画にかんする極秘文書がFAXで送られてくることからはじまる。取材に動くのは、日本人の父親と韓国人の母をもち、アメリカで育った女性記者・吉岡エリカ(シム・ウンギョン)。そうした最中にも、政権に絡んだきな臭い問題が立てつづけに起こるのだが、その裏側で動いているのが、内閣情報調査室だ。

 内調に出向している若き官僚・杉原拓海(松坂桃李)は、粛々と任務をこなしていた。政権を守るための情報操作に、政権に楯突く者たちを陥れるためのマスコミ工作……直属の上司である多田内閣参事官(田中哲司)は「国のため」「国民のため」だと言うが、そんななかで杉原の元上司である官僚が自殺したことをきっかけに、吉岡が追う大学新設計画にかんする国家ぐるみの計画を知ることになるのだが──。

 観客にとってきっと忘れられないシーンになるであろうラストまで、息をつかせない重厚な政治サスペンスが繰り広げられる『新聞記者』。だが、あらためてハッとさせられるのは、物語を大きく動かしていく大学新設計画の問題のほかにも、政権に睨まれた元文科省官僚に対するスキャンダル攻撃や、“総理ベッタリ記者”による性暴力被害ともみ消しを訴える告発、政権とメディアの癒着・圧力、官僚の自殺など、さまざまな事件が起こってゆく点だ。

 微妙な違いはあるものの、これらは言うまでもなく、この国で実際に起こった森友公文書改ざん問題での近畿財務局職員の自殺や、加計学園問題に絡んだ前川喜平・元文科事務次官に仕掛けられた官邸による謀略、伊藤詩織さんによる告発などが下敷きになっている。実際、本作の企画・製作をおこない、エグゼクティヴ・プロデューサーを務めている河村光庸氏は、このように述べている。

「これらの政治事件は本来であれば一つ一つが政権を覆すほどの大事件です。ところがあろうことか、年号が令和に変わろうが継続中であるべき大事件が一国のリーダーと6人の側近の“令”の元に官僚達はそれにひれ伏し、これら大事件を“うそ”と“だまし”で終りにしてしまったのは多くの国民は決して忘れはしないでしょう」(「論座」6月23日付)

 普段、御用メディアによる報道しか接していない人がこの映画を観れば、「こんな腐敗や不正が立てつづけに起こるなんてフィクションだ、映画の世界の話だ」と思うかもしれないが、これはすべて実際に、短期間のあいだに起こったことなのだ。逆に、この一連の動きを知っている観客ならば、本作によって、あらためてこの国の現実に背筋が凍ることは間違いない。

 そして、なんと言ってももっとも衝撃的なのが、官邸と一体化した内閣情報調査室の暗躍ぶりだ。「こんなことまでやっているのか」と驚愕させられる謀略の数々に、これもまた観客のなかには「映画だから」と言う人もいるかもしれないが、内調の問題を追及してきた本サイトから先に言っておくと、映画が描いている内調の謀略は現実にやっていることがほとんどだ。

 たとえば、映画では、伊藤詩織さん事件をモデルにしたと思われる事件をめぐり、松坂演じる杉原が上司に命じられるままチャート図をつくって週刊誌に横流しするシーンが出てくるが、現実でも同じことが起きていた。伊藤詩織さんが司法記者クラブで実名顔出しで記者会見をおこなった際、詩織さんと詩織さんの弁護士と民進党の山尾志桜里議員の関係をこじつけ、詩織さんを「民進党関係者」だとするフェイクチャート図の画像がネット上に出回ったが、これも、内調が謀略チャート図を政治部記者に流していたと「週刊新潮」(新潮社)が報じているし、本サイトの調査では、内調が情報を直接2ちゃんねるに投下した可能性すらうかがわれた。

■本物の前川喜平氏も映画に登場し“出会い系バー”通いの謀略を証言!

 さらに、映画には、前述したように、前川喜平元文科事務次官の“出会い系バー通い”リーク問題を下敷きにしたと思われる事案も登場する。

 本サイトでは繰り返しお伝えしてきたが、前川氏の“出会い系バー通い”の情報は、もとは公安出身の杉田和博官房副長官や内調が調査して掴んだものだったという。それを使って加計学園問題の「総理のご意向」にかんする前川氏の告発の動きを封じ込めるために、読売新聞にリークしたのだ。

 当時、本サイトはいち早く報じたが、じつは読売の記事が出た直後から、官邸記者クラブのオフレコ取材では読売記事についての話題が出ていた。そのなかで読売に情報を流したと言われている安倍首相側近の官邸幹部が、記者にこう言い放っていたことをキャッチしている。

「読売の記事にはふたつの警告の意味がある。ひとつは、こんな人物の言い分に乗っかったら恥をかくぞというマスコミへの警告、もうひとつは、これ以上、しゃべったらもっとひどい目にあうぞ、という当人への警告だ」

 内調と官邸が一体化し、告発者だけではなくマスコミまで恫喝するために、何の事件性もないものを最大手の新聞社に記事として掲載させる──。とんでもない話だが、映画では、この内調の前川元次官に対する謀略報道とそっくりなディテールが登場するのだ。

 しかも、驚いたのは、前川氏本人が映画に登場したことだ。主人公が見ている「番組」という設定で、前川氏や新聞労連委員長で朝日新聞記者の南彰氏、元ニューヨーク・タイムズ東京支局長であるマーティン・ファクラー氏、そして原案者である望月氏の座談会の模様が挿入されるのだが(この動画は公開前に「ハフィントンポスト」がYouTubeで公開中)、前川氏はそのなかで週刊誌にも“出会い系バー通い”がリークされたことを明かしている。

「あるほう(「週刊新潮」)は『新宿である店に出入りしているそうだけども、その話が聞きたい』と言ってくる。もうひとつのほう(「週刊文春」)は『そういう話を聞いたんだけども、そっちの話じゃなくてあっちの話を聞きたい』と。そっちは書かないけれども、書かない代わりに、ある大学の獣医学部設置にかかわる内情を聞きたいと。そういうアプローチがあったんですよね。これは非常にわかりやすかった。それは出所は同じだったんだろうと思うわけでね」

■原案の望月記者も「望月さんを内調が調べ始めた」と国会議員らから聞かされたと証言

 もうひとつ興味深かったのは、この座談会で、東京新聞の望月記者も自分が内調に狙われていたことを明かしたことだ。

「私自身の記憶で言うと、やはり非常にバトルを官房長官とやっていたときに、ある内調(の人物)が、非常に仲が良いと、私はその議員が誰だか知らないんですけど、その国会議員に、内調が『望月さんってどんな人?』という調べる電話をかけてきた。この国会議員が非常に仲が良い、あるジャーナリストの人に『望月さんのこと内調が調べ始めたよ』という話をするんですね。この人(ジャーナリスト)から私に『望月、調べられているから気を付けておけ』っていう」
「彼(内調)が知っている政治家とかジャーナリストを使って、あなたを見ているんですよと、ウォッチングしているんですよ、ということを、やっぱり政権を批判的に言ったり厳しめにつっこんでいる私とかに対して、間接的な圧力になるように、そういうことをやると」

 官房長官会見で質問をおこなうことは記者として当然の行為であり、それに答えるのが官房長官の務めだ。しかし、その当然のことをするだけの望月記者に質問妨害をおこなったり、官邸記者クラブに恫喝文書を叩きつけている官邸。だが、それだけではなく、内調を使ってこんな脅しまで実行しているのだ。

 いや、内調と官邸による情報操作、マスコミ工作は映画で描かれているもの以外でもいくらでもある。

 たとえば、2014年、小渕優子経産相や松島みどり法相など、当時の安倍政権閣僚に次々と政治資金問題が噴出した直後、民主党の枝野幸男幹事長、福山哲郎政調会長、大畠章宏前幹事長、近藤洋介衆院議員、さらには維新の党の江田憲司共同代表など、野党幹部の政治資金収支報告書記載漏れが次々と発覚し、政権の“広報紙”読売新聞や産経新聞で大きく報道された(所属と肩書きはすべて当時)。ところが、この時期、内調が全国の警察組織を動かし、野党議員の金の問題を一斉に調査。官邸に報告をあげていたことがわかっている。
 
 また2015年、沖縄の米軍基地問題で安倍官邸に抵抗していた翁長雄志・沖縄県知事(当時)をめぐって、保守メディアによる「娘が中国に留学している」「人民解放軍の工作機関が沖縄入りして翁長と会った」といったデマに満ちたバッシング報道が巻き起こったが、これも官邸が内調に命じてスキャンダル探しをおこない、流したものといわれている。

 野党や反対勢力だけではない。前川氏に対してもそうだったように、内調は官僚の監視もおこなっている。2017年には韓国・釜山の総領事だった森本康敬氏が電撃更迭されたが、これは森本氏がプライベートの席で慰安婦像をめぐる安倍政権の対応に不満を述べたことを内調がキャッチ。官邸に報告した結果だったと言われる。

■報道の萎縮が進行するなか、映画『事件記者』が突きつけるメディアの使命!

 まるで映画のような話だが、この映画のような謀略が、この国では当然のようにおこなわれているのである。そういう意味では、『事件記者』が描いているのはフィクションではなく、まさに現実なのだ。

 しかし、このような独裁的な振る舞いを平気で見せる安倍政権下で、状況をさらに悪くさせているのは、あらためて指摘するまでもなく、メディアの姿勢だ。映画『新聞記者』は、吉岡記者の姿を通し、強大な権力と対峙する恐怖のなかでも真実を伝えようとするジャーナリストの使命を浮き彫りにしている。

 前述したエグゼクティヴ・プロデューサーの河村氏は、製作にあたっての思いをこうも述べている。

「前提としてですが、私はどこかの野党や政治勢力に与するものではありませんし、この作品は一人の記者を礼賛するでもありません。むしろ報道メディア全体、記者一人一人に対するエールを送るつもりで作りました。
「これ、ヤバいですよ」「作ってはいけないんじゃないか」という同調圧力を感じつつ映画を制作し、宣伝でも多くの注目を浴びつつも記事にはしてもらえず、それでも何とか公開まで持っていこうというのが今の状況です」

 大手メディアで政権への忖度がはたらき、報道の萎縮が進行しているなかで、映画でこの国の問題に正面から向き合う──。河村氏をはじめ、見事な作品へと昇華させた藤井監督、製作側の思いに応えたキャスト陣(とりわけ人気俳優でありながら、この挑戦的な作品に主演した松坂桃李)には、大きな拍手を送りたい。そして、ひとりでも多くの人が劇場に足を運び、映画のヒットによって大きなうねりが生まれることを期待せずにはいられない。
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(図:東京新聞6月28日付24面記事。拡大は図のクリックで)
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神武東征(10,吉備(4)),モンサント、現職裁判官・岡口基一の言

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:先日の私の善行であります。農道に這い出てきたザリガニを救助したんであります。さもなくば、必ずや烏の餌食になる運命であったのです。いよいよ夏です)
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 夏が来ぬ ほととぎす鳴き 卯の花が ぬるき水田から ザリガニ這い出る

 巨大農産物産業を支配するモンサントの主力商品である遺伝子組み換え食品については、多くの国でその安全性への危惧が語られています。EU諸国に限らず、ガーナなどアフリカ諸国でもモンサントへの警戒心を露にしています。然るにわが国は遺伝子組み換え農産物受け入れでは上位国です。日本人が大好きな大豆もそうです。そんな中、この危険性を押しとどめるやもしれぬ動きが生じているとのことです。
%%%%%納豆大豆、国産が“自給率”過去最高22%
納豆大豆国産勢い 18年“自給率”過去最高22% 5年で2・5倍
 2018年に納豆の原料に使われた大豆のうち、国産の占める割合が22%となり、統計がある03年以降で最も高かったことが全国納豆協同組合連合会(納豆連)の調べで分かった。消費者の国産志向に加え、輸入大豆に比べて加工適性が高いことも決め手となり、各社が利用を進めている。だが、依然として8割を輸入に依存しており、需要の伸びを“自給率”向上につなげられるかが今後の鍵となる。
 18年の原料大豆の使用量は前年比3%増の14万8000トンで、このうち国産大豆は同1割増の3万3000トンだった。国産大豆の使用量はここ5年で2・5倍に急増。それに伴い、国産の割合は13年まで8〜10%で推移していたが、ここ5年で12ポイント増と大幅に高まった。
 近年、国内の納豆市場は堅調に伸びている。納豆連によると、18年の納豆の市場規模は前年比7%増の2375億円。栄養成分を豊富に含む健康食品として消費者の支持を広げ、3年連続で過去最高を更新している。
 こうした中、「消費者の国産志向は高い」「タンパク質や糖分をバランス良く含み、納豆への加工適性に優れる」(納豆連)ことを背景に、メーカーが利用を進めている。
 業界3位のあづま食品(宇都宮市)は4割で国産を使用。「国産大豆の納豆を指定、注文する小売りが増えている」と話す。最大手のタカノフーズ(茨城県小美玉市)は「需要の伸びに応じて、増産したい」と意気込む。
 産地も対応を進める。納豆連によると、市販商品に占める小粒納豆の割合は7割で、「原料には納豆専用の小粒品種か、一般品種からより分けた小粒大豆を使う」(大手メーカー)。主産地である北海道のホクレンは「納豆専用品種の増産を呼び掛けている。道内の集荷面積がここ5年で3割伸びた」と話す。
 JA全農は「生産者の経営安定に向け、販路を確保した契約栽培を後押ししている。国産大豆の消費拡大につなげたい」と意気込む。
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参考動画:❀モンサント社(遺伝子組み合わせ作物の恐怖) 
【スーパーの食品60%が遺組み】遺伝子組み換え食品の現状と今後について

+++++神武東征(10)
 古事記・日本書紀が語る神武天皇の東征を考察しています。現時点の考察は岡山県・吉備国に及んでいます。この地には桃太郎伝説、鬼が城、さらには規模において全国四番目とも言われる巨大な造山古墳(つくりやま)、全国10番目にランクされる作山古墳(つくりやま、私はこれは「さくやま」と訓むべきと考えています。理由は後述)など日本列島古代史の痕跡をとどめる重要史跡が多くあります。当然語ることも多くなりますが、まず第一に「吉備」(きび)という呼称を現在考察しています。
 私は、「キビ」は「キミ」が転化したものであろうと仮説しています(理由は既述)。日本列島古代史にあって「キミ」から直ちに連想するのが隋書倭国伝に語られる倭国王の妻です。隋書はさらに倭国王が六・七百名にのぼる後宮を抱えていたと書くことも大いに示唆的です。この膨大な数の女性からなる後宮(多分、その多すぎる数は倭国王の隋皇帝に放った見栄であったろうと思ってますが)から思い浮かぶのが万葉集十三〜十五歌です。

 鈍感にも私は隋書倭国伝と万葉集をつなげるとの発想が最近まで全く無く、それらは古代日本列島での独立した事象(相互に関連・関係の無い)にしか過ぎないと思い込んでいました。ところで、私はこれまでも万葉集初期歌群については、古今東西の古文書を渉猟した学者先生と雖も未だに解明できていないことが誠に多い、と書いてきました。そのわかりやすい事例が、感性豊かな詩人として知られる大岡信氏の著作「万葉集」(岩波書店、1996年)の一節に見ることができます(これは、大岡氏を貶めるという意図ではないことをご了解ください)。
(図:大岡氏の著作より ⊂綉著作29頁。拡大は図のクリックで)
古190619013


 大岡氏はまずは万葉集が作られた時代についての歴史的考察を書きます。その上で、先行する十二首をさしおいて真っ先に取り上げるのがこの十三歌です。私が何よりも不満に思うことの一つは、読者にとっては「鬱陶しい」ことではあっても、その原文掲載を避けていることです。実はそれが読者を誤った理解に導くということを大岡氏は認識していないのです:
 原文は"中大兄[近江宮御宇天皇]<三山歌>"を題詞として、その後に本文たる
"高山波 雲根火雄男志等 耳梨與 相諍競伎 神代従 如此尓有良之 古昔母 然尓有許曽 虚蝉毛 嬬乎 相<挌>良思吉"
が続きます。
 私が、この歌の解読作業でまず気になる点、それは原文で「高山」とあるのが、「香具山」と「翻訳」されていることです。何時の頃からかは定かでないけれども「高」は「カグ」と訓(よ)まれることがあったということです(これは何人かの古代学者が指摘しています)。であるならば、日本書紀・神代紀に登場する「香々背男なる邪神」も「高神」と解読できるのではなかろうかとの想像力が働いてしかるべきです。また「鹿児島」も実は「高島」、「高」が「香」を経て「鹿」に転ずるならば「鹿島」ではなかろうかと、何故疑惑しないのか?最近偶々読んでいた「竹取伝説」(高田崇史著、講談社)の主人公として垂仁紀に登場する「迦具夜比売命」(岩波文庫「古事記」105頁)、さらには、火の神とされる「迦具土神」にまで思いをいたすべきではなかろうか?そこには後世どうやら「高」なる漢字表記を躊躇わせる政治環境が介在したのではなかろうか?素人たる現ブログ管理人はそこまで邪推を広げます。

 そして、「雲根火」(原文)です。雲の上に根を張って「雄雄しく」火を放っているはずの山は「畝火」と翻訳されています。因みに「畝火」なる漢字表記を万葉集二十九歌で柿本人麻呂が使っています。人麻呂ですら、畝状の外輪山に縁取られてその中で火を発する山と表現するのです。ここから想起するのは阿蘇山、それ以外にはありません。これが、どうして奈良盆地の中の標高高々200メートル余の山なのでしょうか?古代文学者の貧困な想像力を疑っていました。そしてその貧困な想像力ゆえに突き当たる歌解読の困難が次の節です(図参照)。
(図:大岡氏の著作より◆⊂綉著作30-31頁。拡大は図のクリックで)
古190619大岡31


 古代文学研究者は、平安時代からの綿々と受け継がれてきた解読に抗うことができず、むしろそれに大いに影響されて、みずからの頭で考えることをやめてしまったのです。著名な詩人大岡信氏にしてそうなのです。その結果歌の意を正しく理解する困難に直面するのです。因みにこの困難を吐露するのは大岡氏に限らず大方の古代文学研究者が語っているところでもあります。つまり、男がきれいな女性を得んと争っているのか、それとも女が逞しく凛々しい男性をあらそっているのか?原文をみれば事態は全く明らかなのです。しかし、教養ある文学者たちは大いに悩むのであります。

 上の歌は、万葉集、それもとりわけ初期歌群の解読では原文を眺めることが状況の把握につながるという最良の事例なのです。現文を併記すれば、素人といえでも「待てよ、おかしくは無いか?」と疑問を持つはずなのです。十三歌はいうまでも無く「逞しく凛々しい男性」の愛を競い合う女性の歌なのです。ところが、それを「中大王」が歌う。「イケメン」の当人が歌う。と、題詞が書く。こんな不自然はありますまい。とするならば、題詞を疑ってかかる。それが文学者たる学問姿勢であろうと私は考えています。

 さて次に考察すべきは、逞しく凛々しい男性の愛を求める複数の女性という設定をどう理解するのかです。それを直裁に語っているのがまさに隋書倭国伝であったと思い至ったのです。つまり聡明なる妻と後宮の存在です。
(つづく)

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+++++日本の裁判
 92歳の老婆が無罪を訴えて再審請求を繰り返しているとのことです。最高裁はそれをはねつけた。犯罪事実について当事者が「やっていない」と繰り返し主張するのであれば、国の司法のトップ機関は丁寧に対応する。これが政治というものと私は思うのですがね。
%%%%%「大崎事件」再審取り消し=40年前の殺人−服役の92歳女性・最高裁 6/26(水) 14:46配信
 鹿児島県大崎町で1979年に男性の遺体が見つかった「大崎事件」の第3次再審請求について、最高裁第1小法廷(小池裕裁判長)は25日付の決定で、殺人などの罪で懲役10年が確定、服役した義姉の原口アヤ子さん(92)の再審開始を認めた鹿児島地裁、福岡高裁宮崎支部決定を取り消し、原口さんの再審請求を棄却した。
 地、高裁段階で認められた裁判のやり直しを最高裁が取り消したのは初とみられる。
%%%%%

 日本国の司法について現役の裁判官が厳しい批判をしています。
%%%%%「最高裁は法学部の学生よりもレベルが低い」戒告処分の“ブリーフ裁判官”岡口基一氏が最高裁判所を批判 BLOGOS編集部
SNSにブリーフ姿の画像などを投稿したことから、“ブリーフ裁判官”としても知られている裁判官の岡口基一氏。Twitter上での投稿を問題視され、分限裁判(※)を経て戒告の懲戒処分を受けたことが大きく取り沙汰されているが、この裁判の手続きについては、弁護士や判事からも多くの問題点が指摘されている。
岡口氏も一連の出来事についてまとめた『最高裁に告ぐ』(岩波書店)を著しており、この本の中では自身の分限裁判にとどまらず、近年の最高裁判所に見られる衰退を厳しく指摘している。司法の最高機関で今、一体何が起こっているのか。仙台地裁に異動したばかりの岡口氏に聞いた。【取材:島村優】
※裁判官に懲戒事由に当たる行為があった場合に、その裁判官の所属する裁判所が上級裁判所に申し立てすることで始まる。懲戒事由とは、/μ馨紊竜遡海飽稟燭垢襪海函↓⊃μ海鯊佞襪海函↓I憤未鮨める行状があったことのどれかになる。
情報発信をやめさせたがる裁判所当局
—SNSで積極的に情報発信を行っている岡口さんですが、インターネットとの関わりはいつ頃から始まるんでしょうか。
1999年頃に、ブログもまだ登場していない時代なので「ホームページビルダー」といったソフトを使って、自分のページを立ち上げたのが最初です。周りの同業者にも、世間的にも、そういった情報発信をしている人がそれほど多くなかった時代でした。
最初は司法修習生向けの勉強会の答案をダウンロードできるようなページで、次第に法曹関係の情報も掲載するようになっていったんですけど、現場の人間には喜んでもらえている実感があって。朝出勤したら、官報と私のサイトを見る、という人もいたようです。
ーその頃、裁判所当局からは何か反応がありましたか?
当局は何も言わないですけど、あまり喜んでいなかったようです。当時はインターネットが始まってから時間も経っていないし、何か得体の知れないものというイメージだったんですかね。
少しずつ「ホームページは良くないですよ」とか「やらないほうがいいんじゃないですか」といった話をされることが増えたように思います。表現の自由があるので、もちろん「止めろ」とは言いませんが、「若いから許されるのかもしれないよ」といった感じで。
ーそういった上司からの忠告を受け入れないことで、自身のキャリアに影響すると心配になりませんでしたか?
当時、ホームページを運営している人が私以外にもいましたが、発信者がわかると閉鎖されるというケースが続きました。やめてしまった人は、将来的に良くないんじゃないかと考えたのかもしれないですね。
ただ、私の運営していたサイトは緻密に作り込まれていたので、閉鎖するのはもったいないかなって。その時は結構楽観的で、悪いことをしているわけではないので、自分の経歴に影響が出るといったことは考えませんでした。
ーその後、2008年に殺人予告が書き込まれるという事件が発生し、ホームページは閉鎖されます。この時期にTwitterを始めていますが、どのようなことを発信していましたか?
Twitterは140字しか書けないので、お遊び的なイメージです。当時はブログが全盛期で、しっかりと書きたい人はブログやっていて、Twitterどうでもいいことをつぶやいたり、知り合いと連絡を取り合ったりといった具合です。ツイートの内容としては、こんな法律書が出た、今度の法律はこういう点が問題になる、といったことがメインでした。友人に見せるつもりでブリーフ姿をアップしたことはありました。

裁判所から厳重注意「おちゃらけてる」
ーTwitterの利用について注意されることもあったようで、後に1本の記事をTwitterでシェアしたことで分限裁判にまで至ることになります。
基本的に、裁判官はTwitterなんてやらない方が良い、って偉い人たちは考えているでしょうね。最初は私が水戸地裁にいた頃の話なんですけど、2014年に20年目の官記(※)を受け取って、「これからもエロエロツイートとか頑張るね」とつぶやいたことがありました。ただ、私は自分の職業がわかることは明かさない、というポリシーを持っていたので、ツイート自体はすぐに削除したんです。
すると、少し経ってから裁判所長に呼ばれて「これはなんですか?」と注意を受けたんです。過去のツイートを転載する「ツイログ」というサービスをプリントアウトした紙を見せながら。私としては「これはすぐに消したものなんです」と説明しました。
※10年ごとに再任される裁判官の任命書
—その後にTwitterの利用について何か言われたことはありましたか?
それから2年後に、東京高裁の田倉長官(現・最高裁判事)に呼ばれて、ツイログで発掘されたツイートのほか、2件の投稿(※)を対象として厳重注意を言い渡されました。長官室に呼ばれて、いきなり口頭で厳重注意です。ツイートを一つずつ全部読み上げられて、私はそれを立って聞いていました(笑)。あとは「おちゃらけてるのが問題だ」とも言われましたね。
※「一つは、日本テレビの『24時間テレビ』の生放送で男性出演者の股間が隆起しているのを他の出演者が笑いながら指摘していたことをつぶやいたものであり、もう一つは、私が行きつけの飲み屋で、面白半分で上半身裸になり胸の回りを二周縛ってもらった画像を載せたもの」(岡口基一『最高裁に告ぐ』岩波書店 p.12より)
ーブリーフ姿は何も言われなかったんですか?
不思議なことに、ブリーフ姿は何も言われないんですよね。本当は、そっちを止めさせたかったのかな、とは思いますけど。もしかすると、裁判所に批判の電話が来て、その対応に苦慮してたのかもしれないですね。
ー裁判所当局はどうして情報発信をさせたくないと考えるのでしょうか。
一つにはやはりリスク管理なんでしょうね。一応、裁判所でもSNS利用の指針を作っているんですけど、すごく一般的な話しか書いてなくて。だから、そもそもやらない方がいいんじゃないか、っていうリスク管理ですよね。
もう一つは、裁判官は雲の上にいないといけない、というイメージの管理です。昔から裁判官は世間と関わるな、と言われていますが、世間と関わるとその人たちに有利な判決を下してしまう可能性があるという建前論なんですけど。裁判官の転勤制度が始まったのも同じ理由です。

Twitterをやめろという「表現の自由」の侵害
ーそして2018年5月に、犬の所有権をめぐる裁判についてTwitterでシェア(※)したことで事態は急展開を見せます。犬の元の飼い主から東京高裁に抗議があり、その数日後に岡口さんは長官室に呼ばれ、厳しく非難されることになります。この時は、どのような感想を持ちましたか?
あの時は、ツイートを本文だけプリントしたものを見せられて厳しく非難されましたが、すぐにはどのツイートの話をされているのかわからなかったですね。1日に20回以上つぶやく時もありますし、これって何の話だったかな、とずっと考えていました。
※「このツイートで紹介されているのは、(中略)ペット情報関連のウェブサイト「sippo」の記事で、(中略)その裁判とは、公園に放置されていた犬を拾って育てていた者に対し、放置から約三ヶ月後に元の飼主が名乗り出て犬の返還を求めたが、返還を拒否されたため訴訟を提起したというものである」岡口基一『最高裁に告ぐ』岩波書店
ーこの時、林東京高裁長官からは「実際の事件の判決の内容を確認することなくツイートしたこと」について、批判されたとそうですね。
正直、この人は何を言っているんだろうと思いました。当事者の名前も事件番号もわからない過去の判決なので、私が読むことはできませんから。長官は判決を読んでいたので「ちゃんと読めばこういうツイートはできないんじゃないか」ということが言いたかったのかもしれませんが、私は読めないのでそんなことを言われても、とは思いました。
ー林長官からは「Twitterをいますぐやめなさい」と言われたとのことですが、その時は何を考えましたか?
驚きましたね。それまでの当局者は絶対に言わなかったことですが、こんな表現の自由を侵害するようなことは絶対に言ってはいけないんですね。初めての体験でしたが、心の中では「これは長官アウトだな」と思っていました。でも林長官はそういう高圧的なところがあるんです。でも、後から考えたら「あらゆる元凶はツイッターだから、止めさせよう」と最初から決めていたんじゃないですかね。
ー直属の上司からそう言われても、Twitterをやめなかった理由は何だったのでしょうか。
これはどう考えても、長官がアウトなんです。このゲームのルールでは向こう側が失点を重ねているわけで、展開を見ようと思ってそこで自分が引く必要はなかったですね。だから、その後に分限裁判まであるとは思わなかったですね。むしろ長官が「表現の自由」の侵害で完全にアウトなので、私がそこで譲歩する必要はないと思っていて。
法学部の学生でもアウトな最高裁の振る舞い ≫
法学部の学生でもアウトな最高裁の振る舞い
ー実際に分限裁判が始まってからは、手続き的に問題があったと本でも繰り返し書いています。
分限裁判の申し立てをする際には、‖仂盜坩戮浪燭、3つの懲戒事由のうちどれに該当するか、3催する理由は何か、ということを明らかにしなければいけません。しかし、高裁側は漠然とした申立書を出すという手を打ってきました。これは全くセオリーから外れていることなんです。だから、この時は私の方が勝ったと思いましたね。
申立書が家に送られてきた時は、私は夏休み中だったんですけど、中身は「犬の飼い主を傷つけたものである」って書いてあって、これじゃあダメでしょう、と。この申立書は最高裁に訂正を求められるだろうと思っていました。

ーただ、実際にはそのまま分限裁判が進められることになります。意図的に争点を隠したまま裁判が進められたことに、ショックを受けたと書いています。
ゲームにはルールというものがあります。そのルールが無視されていくので、これは負けるかもしれないな、と思いました。サッカーの試合で、ルール通りやれば勝てるはずの試合なのに、相手がどんどんルール違反をするような感じですよね。そのルールを決めるのは最高裁なので、相手方のチームと審判が結託しているようなものです。
これは法学部の試験だったら不合格になるくらい、とんでもないことなんです。手続きが不十分なだけでも問題なのに、こちらが裁判で防御できないように画策して、意図的に隠している。こんなことは普通ありえないんです。
—結果的に、最高裁は岡口さんに「品位を辱める行状」(※)があったとして、戒告処分とする決定をしました。
※職務上の行為であると、純然たる指摘行為であるとを問わず、およそ裁判官に対する国民の信頼を損ね、又は裁判の公正を疑わせるような言動のこと(裁判所法49条)
最高裁決定は理解できないですね。その内容というのは、要するに私が充分に熟慮した痕跡を見せずに自分で考えた結論だけ書いてしまったので、そういうツイートを裁判官がすると、国民は「裁判官はよく考えずに結論を出すんじゃないか」と思ってしまう、と。まったく意味がわからないですよ。それをやる必要があるかどうかは別にして、ブログだったらできるかもしれませんが、それはTwitterでは不可能です。Twitterというものに対する理解がないんでしょう。
滅茶苦茶な判決を出す最高裁
ーこの件で周囲との関係は変わりましたか?
現場では何もありませんね。どちらかというと同情的に感じてくれていたように思います。
ー現場の裁判官からすると、「最高裁」とはどのような存在なのでしょうか。
司法行政としての最高裁は、自分たちの上司なのですごく気にしています。一方で、裁判体の最高裁は、特殊な世界でよく分からない。15人いる判事のうち、裁判官出身は6人だけ。残りの9人は法学者や弁護士、検事など外から来ているのでよく知らない人たちなんです。

ー『最高裁に告ぐ』の中では、最高裁判事が「王様化」していると指摘しています。最高裁は最終審なので下級裁が守っているルールを無視すれば、好き勝手に振る舞うことができてしまう、と。
現場の弁護士から話を聞くと、最高裁で敗訴してしまった経験から「最近はもう滅茶苦茶なんですよ」っていう話になっていて。私も最近の最高裁の判決を見ていると、ひどいなと思うことが多いですね。NHKのワンセグの例(※)でも、ちゃんとした理由を述べずにNHKを勝訴にしちゃうんだ、と驚きました。
※ワンセグが受信できる携帯電話を持っていたら、NHKと受信契約を結ぶ義務があるかどうかが争われた裁判。最高裁は上告審で「契約の義務がある」としてNHKを勝訴させた判決が確定した。
あれは「三行半決定(※)」なんです。このワンセグ裁判では4件の訴訟があったんですけど、その4件とも三行半で「高裁の判断は間違っています」としか書いてない。
※最高裁の判決文が短く、どの事件でも同じ定型文が使われるため、俗にこのように呼ばれる。
—そうだったんですね。
もうそれで誰も文句を言わないでしょう。結論自体はけしからんって言う人はいても、理由を書かないことに対して、マスコミも学者も文句を言わない。どうして誰も文句を言わないのかな、と不思議に思っています。
ー多くの国民がもっと司法に関心を持つべきなのかもしれませんね。
それは是非お願いしたいですね。かなりハードルが高いことだとは思うんですけど、まず裁判に関心を持ってもらって、ワンセグの時みたいな決定が出た時に、しっかりと批判してほしい。「理由を書かないのは、職責を果たしていないんじゃないか」と言わないといけないんです。ちゃんと理由を書くようになったら、今度は理由まで読む。それを全員がやるかと言ったら難しいとは思うんですけど、できれば判決文の中身を理解するくらいには司法に興味を持ってほしいなと思いますね。
190628裁判無題

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社会・政治問題ランキング

神武東征(9,吉備(3)),映画「新聞記者」、海底調査船「ちきゅう」

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:ペルシア語辞典を見るためいつものとおり近所のA大学へ行きました。調べ終えて、キャンパスの出口で子猫を見付けました。しゃがんでデジカメを向けたところ、嬉々として走ってきました。そして体をこすり付けて甘えるんであります。しばらくかまっていましたが、奴さんが離れたので、門に向かい、ひょっと背後を振り返ると、遠くにいた子猫が一目散で走ってきます。このまま門外についてこられるとそこは車が頻繁に走っています。しかたないので、荒れて無視してその場を去りました。十分遠方で再度振り返ると、キャンパス内をトボトボとあるっていました。何はともあれ、車事故にあわせずにすみました。)  纏わりつく子猫6633 

  岩合さんを 真似て デジカメ 猫に向く 足にまといて 庇護を求める 
 
 映画「新聞記者」について、関係者の鼎談です。「鼎」とは、三本足に器です。とするならば、三名の論者が議論を戦わすと思ったのですが、四名が登場しています(司会者はのぞかれるのか)。まあ、細かいことはさておき、主人公のモデルとなった望月衣朔子氏が前川喜平氏他とこの映画が描き出す日本の政治の深刻な状況を語っています:
映画「新聞記者」にも登場する内調とは一体どんな組織か。官邸を知る記者や元官僚が対談
1 
望月衣塑子記者や前川喜平氏ら、安倍政権の圧力について語る。映画「新聞記者」公開に合わせ
2 
映画「新聞記者」公開を前に、東京新聞の望月衣塑子記者や元官僚の前川喜平氏らが対談
3 

%%<<関連記事>>%%%テレビ朝日が2000万円報告書問題で麻生財相を追及した「報ステ出身の経済部長」を報道局から追放! 露骨すぎる安倍政権忖度人事
2019.06.23 テレ朝が政権批判した経済部長を報道局外し リテラ(長くなるので、関心のある方は本文をクリックしてください。

 6月1日記事で、前川氏の当市での講演の一端を紹介しました。その中で、前川氏は教育問題についても触れていました。それを6月23日付東京新聞で語っています:
(図:東京新聞6月23日付け朝刊より)
前川6658


+++++神武東征(9、吉備(3))
 前回紹介した万葉集十三歌に限らず、大方の万葉学者は初期と思われる歌群の解読に苦慮していることが、解説書などからうかがい知ることができます。「万葉集・初期の歌」にきっちりとした定義があるわけではありませんが、「壬申の乱」関連とそれ以前の歌群です。
十三歌では、近江に宮を構えた天智天皇御製の歌との題詞がまず先行します。これについては、疑義をさしはさむことは許されない。それが万葉集研究者が心に戒めていることです。従って、万葉集十三歌の舞台が奈良盆地とその周辺であるとされていることになんらの疑いを持たないのです。しかし、本ブログで縷々調査してきたように、万葉集の初期歌群の舞台が九州であることは、間違いありません。勿論、二十三歌、二十四歌のように、舞台が明らかに常陸国である歌もあります。
予断の無い万葉集解読作業にあって、私が学んだ事項は、植えに書いたように‖蟷譟∈乎蹐貿られてはいけない、歌の舞台は奈良界隈ではない、K葉仮名にくわえて渡来人言語、例えば古代ペルシア語が使われている、せに言葉遊びとでもいうべき巧みな表現法、漢字使用法
等を挙げることができます。今取り上げている十三〜十五歌には、その五点の特徴がすべて現れています(2018年8月29日記事)。歌の舞台は九州であり、大和三山があるという奈良盆地ではありません。

 隋書の記述から、倭国王の出自が遠く西域ペルシアからの渡来人であることは、その「姓」、「号」、さらには太子に「若い、稚い」を意味する「タフリ」が付されることから明らかです。そして、城郭を持たない。これは遊牧民族の特性でもあります。

 余談ですが、高田崇史氏の「日本列島古代史」を題材とした推理小説を読んでいます。推理小説としては上質とはいい難いのですが、古事記・日本書紀に登場する神々についてよく整理されていることに感心させられます。これらの考察の多くは先人知識人、そして近代以降の学者さんの考察にまで目を通していることが窺われます。これらの考察はすべて古事記・日本書紀編纂で構築された「歴史観」を前提にしていることがわかります。
 こうした考察で欠落しているのが西域からの渡来人がかって日本列島を席巻していたという事実認識です。たまたま西域ペルシア人が中国を経由して日本に彼らの文化・技術を持ち込んだに過ぎない。政治への関与も「参与」という形であったとしても本質的ではない。というわけです。そうした点に多いなる不満、フラストレーションがあります。が、一方で古事記・日本書紀が語る神々の創造、そしてそうした神々の体系構築にあっては編纂者たちはそれなりの論理性を追求していたのだろうと思います。そこの構築にあっては「西域人による支配時代の排除」をどのように貫徹するのか。色々な試行錯誤があったのだとすると、その作業は高田崇史氏の表す小説群でかたられることに似通っていたのやも知れないと思っています。そうした意味で大いに参考にさせて貰っています。

昨日「竹取伝説」(高田崇史、講談社、2003)を読了しました。ここでも尋常ありえないような札事件が数多く発生します。これだけ、特定の場所で人が死に、その状況も猟奇的となれば、マスコミが連日群がり、・・・という事態となるはずですが想はなりません。従ってこの小説を楽しみ観点は作者不明の「カグヤ姫」物語の歴史的背景ということになります。
舞台は関東地方の奥多摩の「丹波山」(タバヤマ、地図上には丹波山という山は無く、村名です)です。「波」を「バ」と音しますが、これが「マ」に転ずると「タバ>タマ」と成ります。実際、東京と神奈川の県境を流れる多摩川の源流が「丹波山」あたりです。かって本ブログでもこの地を詳述したことがあります(x月x日記事)。一方、近畿地方の北縁にも丹波、および丹後(なぜか丹前という地域名が無い)、宮津があります。この場所と主だった神社について高田氏が論じ、私も同じ神社群を全く異なった視点から考察しています。これについてはいずれ議論します。

 さて、万葉集十三歌に戻ります。倭王の妻は「きみ」と号(よば)れ、“後宮有女六七百人”と書きます。日本列島の話し言葉でしばしば起きている「マ」行と「バ」行の相互転換を想起するならば、「キミ」は「キビ」でもあったと考えることができます。
王の妻はどうやら現在の岡山県とかかわりがあったようです。その地を倭王に代わって統括していたのか、それとも、それは「名目」で、実際には宮廷のある九州に住んでいたのか、定かでありません。いずれにしても、宮廷があった地は2018年8月29日記事に書いたように、吉野ヶ里近辺(佐賀県)、八代(熊本県)、あるいは朝倉(福岡県)であったと思われます。その三大「宮」地のいずれかに、とびっきりの美人ちゃんと倭王の妻がいたのではなかろうか。そしてこのうちの、三名がどうやら争ったらしいのです。幸いにして十五歌に歌われているように騒動は平和裡二決着はしたようです。いずれにしても、隋皇帝の前で使節は六・七百名もの後宮と語ったそうですが、私は倭国王の見栄が言わせたのではなかろうかと考えています。
万葉集十三―十五歌で歌われている「阿蘇山にたとえられる逞しい男」を得んとした二人の女性は、「キミ」ではなく、高級の中でとりわけ力を持っていた女性ではなかったろうかと考えています。

 この時点では特定しがたい。十三-十五歌に付された左注は乙巳の変(西暦645年)に関わっていたかの如くを書きます。それについて次回考察することにします。
(つづく)

考古学ランキング

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 金子勝立教大学特任教授(経済学)が年金二千万円問題を語ります。さらには、宮台真司東京都立大学教授が「宮台節」でこの問題を論じています。
年金2000万円不足の試算と年金財政の検証 立教大学大学院特任教授 金子勝

[金子勝]官僚は忖度づけ国会では議論させず得意の有耶無耶に先延ばし

【宮台真司】 老後2000万円問題 「日本面白くなってきたな」


%%%%%安倍首相「議論をしない政党か、議論する政党か、それを選ぶ選挙だ」

 安倍晋三首相は21日夜のインターネット番組で、憲法改正が夏の参院選の主要争点になるとの考えを強調した。「憲法について、 ただただ立ち止まって議論をしない政党か、正々堂々と議論する政党か、それを選ぶ選挙だ。そのことを強く訴えていきたい」と 表明した。
 首相は、衆参両院の憲法審査会の論議が進まない現状に関し「真剣にどういう国をつくっていくかを議論する大切な場で議論が なされていない」と述べ、野党の対応を批判。改憲について「最終的には国民が国民投票で決める。その国民の権利すら奪っている」と
指摘した。
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上記の発言へのコメント
^打楴鸛蝓峙掴世鬚呂阿蕕す自分か、議論しようとする野党か、それを選ぶ選挙だ」
⊆民党も言うほど議論しているとは思えない
5掴世靴覆だ党って… 自民党の事だろ? w笑
ご盈修蛤盂Δ伴民党とアメリカだけで「談合政治」やって、日本の国民の生活は踏みつぶしてばかりだ。
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+++++南海トラフの海底掘削
 海底掘削船「ちきゅう」と聞くと陰謀大好き人間は直ちに2011年3月11日の東日本巨大地震を連想するのかもしれません。あの地震の直前まで、この掘削船は震源サイトで海底の掘削作業を行っていました。陰謀論者はそこに孔を穿ち爆薬をセットしてあの巨大地震を励起したと「妄想」するわけです。それはさておき、近い将来の発生が想定されている南海トラフで「ちきゅう」船が掘削作業を続けていたが、それは失敗に終わったとのことです。国際科学雑誌natureが報じています。  
%%%%%Japanese drill ship fails to reach the earthquake-generating zone
日本の海底掘削船が地震発生深所に到達することに失敗した Nature 570, 15 (2019)

(図:海底掘削船「地球」 Chikyu drilled deeper into the seafloor than ever before, but could not reach point where tectonic plates meet. ちきゅうはかつてないほど海底を掘り下げましたが、造構プレートが交わる点には到達できませんでした。The research ship Chikyu has spent nearly a decade drilling into the sea floor off Japan.Credit: Kyodo News via Getty
190624ちきゅう無題

Japan’s flagship ocean-drilling research vessel, Chikyu, has drilled deeper into the ocean floor than ever before. But it failed to achieve its ultimate goal of penetrating 5,200 metres beneath the sea floor, into the realm where two tectonic plates meet and cause enormous earthquakes. Engineers gave up on that long-sought target in February, after the drill hole kept collapsing, just over 3,250 metres beneath the sea floor.
“It was a continuous six-month nightmare,” says Nobu Eguchi, director of operations at the Institute for Marine-Earth Exploration and Engineering (MarE3) in Yokosuka, which operates Chikyu.
Now researchers are trying to work out what went wrong. Next month, the board that oversees Chikyu’s operations will meet in Kobe to discuss the failed drilling attempt. The Japan Agency for Marine-Earth Science and Technology, which includes MarE3, is also convening an independent review panel.
It is a disappointing end to the almost decade-long effort to drill deep into the Nankai Trough off Japan’s southeast coast. There, one chunk of Earth’s crust — the Philippine Sea plate — ploughs beneath another, the Eurasian plate. That collision causes the area to unleash devastating earthquakes roughly every 100 to 150 years. Most recently, a pair of quakes that each measured over magnitude 8 struck in 1944 and 1946.
The plate boundary is so deep that Chikyu is the only scientific ocean-drilling vessel capable of reaching it. The ship uses a structure known as a riser, similar to the technology used on an oil rig, to stabilize its drilling equipment and penetrate the water, the sea floor and beyond.
日本の代表的な海洋掘削調査船である「ちきゅう」は、これまでに海底最深部掘削をしてきた。しかし、2つのテクトニック・プレートが衝突し、巨大な地震を引き起こしているとされる海底下5,200メートルを貫通するという最終目標を達成することに失敗した。技術者たちは、ドリル孔が崩壊し続けた2月に、海底の丁度3,250メートルを超える深さでその目標を断念した。
「それは6ヶ月にもわたる悪夢であった」と“ちきゅう”プロジェクトのリーダであるthe Institute for Marine-Earth Exploration and Engineering (MarE3) in YokosukaのEguchi
は語る。
今研究者は原因を突き止めようとしている。来月、“ちきゅう”プロジェクトを審査・評価する委員会が神戸で開催され、失敗した掘削プロジェクトについて話し合う。MarE3を含むThe Japan Agency for Marine-Earth Science and Technology(海洋科学技術振興機構)も独立したレビューパネルを開催する。
日本の南東部沿岸沖の南海トラフを深く掘り下げるという10年近くの努力には残念な結果になった。そこでは、地球の地殻の1つの塊 - フィリピン海プレート - が別のユーラシアプレートの下に潜り込んでいる(plough成る表現は始めて見他、訳者注)。この衝突により、この地域ではおよそ100年から150年ごとに壊滅的な地震が発生している。ごく最近では、マグニチュード8以上の地震が1944年と1946年に発生した。
プレート境界は非常に深いので、“ちきゅう”がその深さに達することができる唯一の科学的な海洋掘削船だ。。船はライザとしても知られている仕組みを使用して掘削装置を安定化させ、海水、海底を貫通するはずであった。それは石油掘削装置で使用される技術でもある。

Rocking out揺れる
Last October, Chikyu made its fourth trip to a site on the Nankai Trough known as C0002, where it had already drilled the deepest-ever hole beneath the sea floor. Engineers knew that the next phase of drilling would be tricky, because the hole penetrates rocks that are fractured and folded. The rocks shatter vertically, along the same path that the drill is trying to take. The MarE3 team was able to deepen the hole from just over 2,900 metres beneath the sea floor to 3,262 metres, breaking its own record for the deepest scientific ocean drilling. But the researchers couldn’t go any farther.
Although engineers lined the hole with steel as they drilled, it kept collapsing at the bottom, says Eguchi. The team eventually backed up a few hundred metres and started drilling a new branch off to the side of the main hole. The technique, known as sidetracking, is used in oil and gas exploration but is not common in scientific ocean drilling.
That hole also kept collapsing, and the engineers tried to establish more sidetracks. None worked. Eventually, the team had to cut the drilling pipe and withdraw for good.
去年の10月に、“ちきゅう”はC0002と呼ばれる南海トラフの地点に4度目の設営をした。そこでは、すでに海底下で最も深い穴をあけていた。技術者は掘削の次の段階が難しいことを知っていた。穴をこじ開け、幾重にも畳まれている岩を貫通する作業だ。岩がドリルが進行するのと同じ経路に沿って、垂直に粉々になってしまう。MarE3チームは海底下2,900メートルから3,262メートルまで穴を掘削でき、科学的な最深海洋掘削記録を塗り替えた。しかし研究者たちはそれ以上先に行けなかった。
エンジニアは穴を開けるときに穴をスチールで覆ったが、スチールは先端で崩壊し続けた、とEguchiが言う。チームは最終的に数百メートルをバックアップし、メインホールの横に新しいブランチを掘り始めた。サイドトラッキングとして知られている技術は、石油と天然ガスの探査で使用されているが、科学的な海洋掘削では一般的ではない。
その穴はまた崩壊し続け、そしてエンジニアはより多くのサイドトラックを確立しようとした。どれもうまくいかなかった。結局、チームは掘削用パイプを切断して撤退した。

Eguchi says that the researchers don’t yet know what went wrong. The mud circulating within and around the deep drilling equipment might have been heavier than expected, or tiny cracks in the rock might have destabilized the hole. The MarE3 team had tried to adjust its drilling procedures to prepare for the extra weight of heavy mud, and had reinforced the rock face with fibre.
In the end, a borehole with many side branches may have been just too complex to pull off. “We knew it was going to be an engineering challenge to drill the hole — partly because of the extreme depth, partly because of the unknown geological material we were going into,” says Harold Tobin, a geophysicist at the University of Washington in Seattle and one of the project’s chief scientists. “We strived, and it exceeded our grasp just a little bit. It’s a shame and a bummer.”
Tobin and others described the Nankai drilling project on 28 May in Chiba, at a meeting of the Japan Geosciences Union.
江口氏によると、研究者たちはまだ何が悪いのかわからないという。深掘削装置内およびその周辺を循環する泥が予想以上に重かったか、あるいは岩の小さな亀裂が穴を不安定にした可能性がある。MarE3チームは重い泥の余分な重量に備えて掘削手順を調整し、カーボン・ファイバで岩の表面を補強した。
結局、多くの側枝(小さな枝分かれ状のクラック)がある掘削孔は、取り除くには複雑過ぎる。Harold Tobin, a geophysicist at the University of Washington in Seattle and one of the project’s chief scientists.は、次のように述べている。「私達は努力した、しかし、その課題は私達の把握を超えていた。それは面目ない失敗だ(a shame and a bummer)。」
Tobinらは、5月28日に千葉で開催された南海掘削プロジェクトについて、日本地球科学連合の会議で説明した。

Into the deep 深みに
After the C0002 hole failed, Chikyu moved on to drill without its riser in shallower holes nearby. Its other scientific accomplishments over the years include exploring how much heat life can withstand in sediments beneath the sea floor, and the geology of the shallow fault that unleashed the devastating 2011 Tohoku earthquake1. The ship also investigated the many small, slow-motion earthquakes that strike the Nankai Trough, in addition to the large, devastating ones2.
Chikyu’s future schedule is yet to be decided, although many are not giving up on reaching the 5,200-metre goal. The lessons learned from the C0002 drilling will help to advance deep-sea drilling techniques, says Clive Neal, a geoscientist at the University of Notre Dame in Indiana, who heads a review board for the US scientific ocean-drilling vessel JOIDES Resolution.
And once the various project reviews are over, the Chikyuteam will decide whether to ask for more money from the Japanese government to try again. The latest expedition cost around US$55 million to operate, says Shin’ichi Kuramoto, the director-general of MarE3. “Chikyu must do it,” he says. “I myself wish to do it again.”
But if so, Tobin says, Chikyu would need to start a fresh hole. C0002 is destroyed beyond repair.
C0002の孔が壊れた後、“ちきゅう”はライザーなしで近くに浅い孔をあけた。そうした浅い孔を用いた長年にわたる科学的な成果は、海底下の堆積物中の生物の熱耐性を探ること、壊滅的な2011年東北地方太平洋沖地震を解き放った浅い断層の地質などだ。この船はまた、大きな壊滅的な地震に加えて、南海トラフを襲う多くの小さな、ゆっくりとした地震を調査した。
“ちきゅう”の将来のスケジュールはまだ決定されていないが、研究者は5,200メートルの目標に達することをあきらめていない。C0002掘削から学んだ教訓は、深海掘削技術を進歩させるのに役立つだろうと、Clive Neal, a geoscientist at the University of Notre Dame in Indiana,米国科学海洋掘削船は言う。彼はthe US scientific ocean-drilling vessel JOIDES Resolutionの評価委員会メンバである。
プロジェクトレビューが終わった後、“ちきゅう”チームは、日本政府に予算要求をするか否かの決定をする。Shin’ichi Kuramoto, the director-general of MarE3は「ちきゅうはやらなければならない」と言い「それをやりたい:」と付け加える。しかし、もしそうなら、Tobinは、「“ちきゅう”は新たな孔を開ける必要があるだろう」と言う。C0002は修理不可能なほど破壊されているからだ。
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科学ランキング

神武東征(8、吉備(2))、消費税(大村氏ブログより)

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:明日は夏至です。現ブログ管理人の日本列島古代史仮説に従えば、いよいよ明日はシリウス星の方位計測日です。そのためには、まずは夏至日であることの、確認、および。深夜12時の特定その方向の場所を視認するための諸技術の作動確認などで、関係技術スタッフは大磯貸しであったと思われます。勿論、これらの技術開発には現在のような「パテント」なぞは伴わなかったでしょう。パテントといえば、こんな動画をみつけましたので、添付しておきます。) 
Top 20 Country Total Patent (Invention) History (1980-2017)

 我が国土 自然の資源 生み出さず 研究開発に 生きのこる道

 "上の歌に詠った状況が、わが国が世界に生き残る道である。"第二次世界大戦に突っ込まざるを得なかった先人が現在に生きる世代に残した遺訓でもあると教えられてきたのが私の世代であったのでせう。しかし、二十一世紀も四半分に差し掛かり、そうした遺訓はいまやどこへやらです。本ブログ記事の最後に転載した元国税庁職員による指摘をキリキリと痛みを持って読んでいます。

 下記の記事で思うこと、それは要した経費は措くとしても、それに見合う知力の向上・蓄積があったのでせうか?
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793億もかかったスパコン京、移設再利用「不可能」
神戸・ポートアイランドのスーパーコンピューター「京(けい)」の電源が落とされる8月30日まで、2カ月余りとなった。
理化学研究所(理研)は9月以降に解体を始め、同じ場所に後継機となるスパコン「富岳(ふがく)」を整備するという。開発
費などで793億円もかかった「京」のハードウエアは、移設したり一部を活用したりできないのか? 理研計算科学研究推進室
を取材すると、家庭用パソコンとは異なる、スパコンの特殊性が浮かび上がってきた。(霍見真一郎)
 京は、理研と富士通が開発。世界で初めて毎秒1京回(京は兆の1万倍)を超える計算速度を達成し、本格稼働 前の2011年にランキングで世界一になった。12年6月に米国のスパコンに抜かれ、18年11月現在では世界18位。
しかし、国内ではトップ3に入り、依然として高性能であることに変わりはない。
 このままどこかに移設するなど再利用の道も考えられるが、「現実的ではない」(理研)という。京は本格稼働した 12年9月から約7年がたっており、電気代や冷却用の水道代、メンテナンス費用など、年間約100億円の維持費が必要。経年劣化する中、巨額な経費をかけて運用する施設はなさそうだ。
 では、全体で864台あるラック(筐体(きょうたい))を分割し、全国の大学などに設置してはどうだろう。  これについては理研も最低の構成単位の4台ずつで分割設置できないかどうか検討したという。しかし、新たに 水冷施設なども造らなければならず、移設に約6千万円、年間の運用費に1億円以上かかる。さらに、今後の保守点検作業も保証できないため「実現は困難」と判断された。

 それなら分解して、基盤(システムボード)や記憶装置(メモリー)、中央演算処理装置(CPU)を販売 してはどうか。「基板やCPUは京専用に設計されており一般のパソコンでは利用できない」と理研。結局、「移設は不可能」との結論に至ったという。
理研は部品から金属などの素材を抽出して売却し、撤去費用の一部に充てるほか、計算科学の歴史的資料として全国の科学館に一部を収蔵してもらう働き掛けも進めている。
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 (図:出所不明ですが、見逃しできない情報ですので、添付しておきます)
190621原発議事録0001


+++++神武東征(8)
 阿岐(現在の広島県)を離れた神武天皇は吉備国に立ち寄ります。「日本語」に限らず、世界の多くの国で「バ」行の音(おん)と「マ」行の音が相互に転換しあうということを前回書きました。これが「吉備」の「訓」(よ)みにも起きていたとするなら、それは当初は「キミ」と呼称されていたのではなかろうか。そうであるならばその「キミ」は隋書倭国伝が書く「王(の)妻」である「キミ」であるやもしれません。
 西暦600年、倭国王が隋に使節を派遣した際、どのような事情があったのかは古事記、日本書紀からはうかがい知れませんが、王の陣屋(宮)は現在の九州(多分、佐賀県ではなかろうか)にあり、妻には東国現在の岡山県を統御させていたとの想像が可能となります。これが史実とするならば、九州に拠点を置いた「日入側の倭国」(日出る国は東国、宮は鹿島)は、すでにその勢力範囲を現在の岡山まで拡大していたことになります。
 九州を舞台に激烈に戦われた「中(兄大)・中(臣鎌足)」軍との戦いに敗れた倭国の首領「建御名方」は、かっての倭国の支配地域を頼って敗残の途にあったものの、途上何とか反撃の一矢を報いたいと思っていたはずです。かって倭国王妃が在したこの地には大きな望みを託していたでしょう。しかし、古事記はその滞在をわずか十文字で記載するのみです。八年この地に滞在したと古事記は書くけれども、それは、歴史編纂の都合で、神武天皇の即位を紀元前660年にせねばならないという事情によったのです。
 従って、ここは、この地に残る神社、そして鬼が城などの史跡から何がしかの推論をせねばなりません。さてそれはさておき、前回記事で「吉備」をめぐっての「艶っぽい」話があると書きました。それが万葉集一巻・十三―十五歌です。以下に私が過去になした考察を再掲しておきます。
隋書倭国伝は以下を書きます:
“原文:王妻號雞彌、後宮有女六七百人。名太子為利歌彌多弗利。無城郭。”
 私は、万葉集十三歌の読まれた背景を知ったのです。すなわち、後宮にいた女性間、あるいはその筆頭女性と王妻との間の確執であったようです。一人は明らかに現在の佐賀県・天山(当時の高(カガ)山)におり、
相手は、そこから「タツミ」の方角、どうやら、現在の熊本県八代の宮(陣屋)に居られたようです。この女性が斉明天皇に擬せられているのか否か。それは定かでありません)。
%%%%%過去記事2918年8月22日記事再掲http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/52116485.html
 日本列島に遺されている最古の文字記録の中に「ワタツミ」を探すと、それは万葉集巻一・十五歌であると書きました。次の課題は「ワタツミ」の意味をさぐることです。その課題は万葉集13〜15歌の再解読に帰着しました。
%%%%%万葉集巻一13歌、14歌
巻01/0013歌
題詞:,"中大兄[近江宮御宇天皇]<三山歌>",
原文:"高山波 雲根火雄男志等 耳梨與 相諍競伎 神代従 如此尓有良之 古昔母 然尓有許曽 虚蝉毛 嬬乎 相<挌>良思吉",
訓(よみ):"香具山は 畝傍を愛しと 耳成と 相争ひき 神代より かくにあるらし 古も しかにあれこそ うつせみも 妻を争ふらしき",
かな:"かぐやまは うねびををしと みみなしと あひあらそひき かむよより かくにあるらし いにしへも しかにあれこそ うつせみも つまを あらそふらしき",

巻01/0014歌,
題詞:"(中大兄[近江宮御宇天皇]<三山歌>)反歌",
原文:"高山与 耳梨山与 相之時 立見尓来之 伊奈美國波良",
訓(よみ):"香具山と耳成山と闘ひし時立ちて見に来し印南国原",
かな:"かぐやまと みみなしやまと あひしとき たちてみにこし いなみくにはら",

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 本ブログ記事で始めて万葉集13〜15歌の三歌の解読を試みたのは2009年7月10日記事です。その記事では、従来の学者さんによる解読を紹介しました。歌の題詞は、あの有名な「大和三山(やまとさんざん)」であると書きます。尚、「大和」は後世の学者知識人が付したものです。この「大和三山」の間に起きた紛争を叙事したのがこの三歌です。山に喩えられる戦争の当事者は誰なのか?そしてそれはいつ起きたのか?それがこの歌の解読から解明さるべき古代史の真相である筈です。

「高」は「コウ」であるが、「カガ」でもある!
 まずは、歌に読み込まれている「雲根火雄男志」(うねび。おおし)です。「雲根火」なる表現は、狭苦しい奈良盆地にちょこんと据えられている「畝火山」とは到底重なりません。この山が阿蘇山であることは間違いがありません。さらには「高山」が「天山」であることも判明し、歌の舞台が、狭い奈良盆地ではなく、九州であると結論しました。
 因みに、歌の冒頭の「高山」が「コウ」と音するけれども、強く喉奥から音を発する場合は「コゴ=カガ」に聞こえる。それを遠く西域の民の発声であると栗本慎一郎氏は自著「シリウスの都、飛鳥」(2005年、たちばな出版)」で指摘します(2017年4月21日記事 参照)。この歌の読み手には西域からの渡来人の発音の影響があったのか、あるいは日本列島原住民の言葉に習熟した渡来人自身の歌のかもしれません。
 事の序でに関連することを二三付け加えておきます。
 日本書紀巻二・神代紀下に以下の記述があります。この記載は「日本」提唱者が唱える新興宗教(この時点では「天照大神教」、後に日本神道)の原点ともなります:
%%%%%原文:
《第九段一書第二》一書曰。天神遣経津主神。武甕槌神、使平定葦原中国。時二神曰。天有悪神。名曰天津甕星。亦名天香香背男。請、先誅此神。然後下撥葦原中国。是時斎主神号斎之大人。此神今在乎東国楫取之地也。(以下略)

文意:〔岩波文庫「日本書紀〔一〕」136頁
 天神は経津主神、武甕槌神を派遣して葦原中国の平定をさせた。その際、この二神が言うには「天の悪神有り。名を天津甕星〔天罪か星〕と言う。又の名を天香香背男〔あまかがせおお〕という。請う。この神を誅し、然る後に葦原中国をからわ」と。このとき斎主神を斎之大人と号した。この神、今は東国の楫取之地〔香取〕に在る。
上の書紀引用に登場する天津甕星〔あまつみかほし〕がどうやら「夜刀神」である、あるいは「夜刀神」の信仰体系から天津甕星〔天つみか星〕と言う表記を作り出したといっても良いのです。
%%%%%
 この記載に登場する天香香背男〔あまかがせおお〕なる名前は「香香」を含み、それには「カガ」なる仮名が振られています。上の議論からはこれが「高」の「異音」であるとわかります。つまり、本来は「コウ」であるが、それが「カガ」と発音されてしまう。この人物の出自すなわち西域渡来人であることが見えてくるのです。この人物が香島、香取に「宮」(陣屋)を造ったのです。香島はそもそもは「高」島であった。時代変遷のなかでその真実が隠され現在は何と本来の「高」から遠く隔たった「鹿」にまで変わってしまったのです。
 日本の地名には似たことを連想させる地があります。「鹿児島」もそもそもは「高島」(こうしま)であった;「加賀」も「高」であった。家康の息子の一人が城を構えたのが茨城県結城ですが、そこは「古河」(古河)です。これも「高」の転じた名であろうと思っています。

「耳成」は山ではなく、「倭」内の国であった。
 さて次の問題は「耳梨」の同定です。JR久留米駅から東に5kmほどにある高良山とその東隣の耳納山こそが、歌の読み手の頭にあった高山、耳梨であったのやも知れぬ、などど書きました。が、どうも納得が行きません。そんなわけで、歌の残りの部分の解読を完結させずに、しばらくの時間の経過を待ちました。そのうち「いい考えが出てくるだろう」と、いうわけです。

 2013年2月1日 記事では、畝傍山が阿蘇山であることを再度強調すると同時に「耳梨」の「耳」が聖徳太子の和風諡号とでも言うべき呼称“豊耳聡聖徳”を連想させるとも書きました。すなわち、これは、九州の政治勢力(現時点での認識で言うならば「倭」)と奈良の政治権力(「日本」)との戦いではなかろうかとの仮説を樹てました。しかし、これも全体としては明快ではなかったとの自己評価でありまして、またもや事態解決は先送りとしました。

 と、いうわけで、今回の解読は三回目の挑戦ということになります。問題の焦点は「耳梨」です。それは「ミナ」ではなかろうか、と考えることにしました。すなわち「建御名方」にゆかりの地を指しているのではなかろうかと考えてみました。この人物は日本書紀に照らすならば(「倭」の)天武天皇です。言葉を変えるならば、日本書紀巻二十八(壬申の乱の主人公)で語られる天武天皇です。巻二十八を吟味するならば、この乱の舞台が九州の地であったことは明らかです。その拠点は現在の熊本です。どうやら最初の拠点であった菊池川、広瀬あたりから白川に移り、やがて緑川中流にそして終盤には端海野(鹿児島との県境)にじりじりと南に後退していった戦況が行間から垣間見えます。
 このことを勘案すると「耳梨」は山ではなく、まさに荒尾とその周辺を含む、「建御名方」が君臨する領域を指しているのではなかろうか、と気付いたのです。
%%%%%過去記事転載終わり
 この過去記事の補足を次回に書きます。

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+++++元国税調査官が暴く
 いつもながらの鋭い指摘です。
%%%%%元国税調査官が暴く「少子高齢化は政府による人災」の決定的証拠
https://www.mag2.com/p/news/402263
2019.06.18 大村大次郎『大村大次郎の本音で役に立つ税金情報』 まぐまぐニュース
歯止めのかからない少子高齢化にあえぐ日本。なぜここまで状況は悪化してしまったのでしょうか。元国税調査官で作家の大村大次郎さんは、自身のメルマガ『大村大次郎の本音で役に立つ税金情報』で、少子高齢化は「人災」とした上で、歴代政権が繰り広げてきた「愚行」を詳細に記しています。

※本記事は有料メルマガ『大村大次郎の本音で役に立つ税金情報』2019年6月16日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め初月無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール:大村大次郎(おおむら・おおじろう)
大阪府出身。10年間の国税局勤務の後、経理事務所などを経て経営コンサルタント、フリーライターに。主な著書に「あらゆる領収書は経費で落とせる」(中央公論新社)「悪の会計学」(双葉社)がある。

少子高齢化は人災である

昨今、日本は急激な少子高齢化に見舞われています。先日の厚生労働省の発表では、出生数は91.8万人であり、過去最少を3年連続で更新しています。この急激な少子高齢化は、「日本人のライフスタイルが変わったため」と思っている人が多いかもしれません。しかし、それは誤解です。

確かに、日本人のライフスタイルが変わったことにより、晩婚化や少子化となりました。が、これほど急激な少子高齢化が起きたのは、政治の失策が大きな原因となっているのです。というより、ここ20〜30年の政治というのは、わざわざ少子高齢化を招いているとしかいいようがないほど、お粗末なものなのです。

実は少子化という現象は、日本だけのものではありません。「女性の高学歴化が進んだ社会は少子化になる」ということは、かなり前から欧米のデータで明らかになっていました。そして、欧米では、日本よりもかなり早くから少子高齢化の傾向が見られていました。

日本の少子化というのは1970年代後半から始まりましたが、欧米ではそのときにはすでにかなり深刻な少子化となっていました。そして1975年くらいまでは、欧米の方が日本よりも出生率は低かったのです。つまり、40年以上前から少子高齢化というのは、先進国共通の悩みだったのです。

が、その後の40年が、日本と欧米ではまったく違うのです。この40年の間、欧米諸国は子育て環境を整えることなどで、少子化の進行を食い止めてきました。欧米諸国のほとんどは、1970年代の出生率のレベルを維持してきたのです。だから、日本ほど深刻な少子高齢化にはなっていません。

1975年の時点で、日本の出生率はまだ2.0を少し上回っていました。フランスは日本より若干高いくらいでしたが、イギリスもアメリカもドイツも日本より低く、すでに出生率が2.0を下回っていました。しかし、フランス、イギリス、アメリカは、大きく出生率が下がることはなく、現在は出生率は2に近くになっています。

一方、日本は70年代から急激に出生率が下がり続け、現在は1.4にまで低下しています。もちろん、出生率が2に近いのと1.4とでは、少子高齢化のスピードがまったく違います。

なぜ先進国の間でこれほどの差がついたかというと、日本はこの40年の間に、子育てを支援するどころか、わざわざ少子高齢化を招き寄せるような失政をしてきたからです。待機児童問題が20年以上も解決されなかったり、大学の授業料を40倍にしたり、子育て世代に大増税を課すなどの愚行を繰り広げてきたのです。その愚行の主なものをご紹介していきたいと思います。

非正規雇用の増大が少子化を加速させた

まず、少子化の大きな要因となっているのは、非正規雇用者の増大です。90年代の後半から、2000年代にかけて、日本は労働政策を大きく転換し、非正規雇用を増やしました。

1999年には、労働派遣法を改正しています。それまで26業種に限定されていた派遣労働可能業種を、一部の業種を除外して全面解禁したのです。2006年には、さらに派遣労働法を改正し、1999年改正では除外となっていた製造業も解禁されました。これで、ほとんどの産業で派遣労働が可能になったのです。

派遣労働法の改正が、非正規雇用を増やしたことは、データにもはっきりでています。90年代半ばまでは20%程度だった非正規雇用の割合が98年から急激に上昇し現在では35%を超えています。

なぜ非正規雇用がこれほど増えたのかというと、大企業でつくられた経済団体が政府に働きかけて「非正規雇用を増やせるように」法改正をさせたからなのです。

この非正規雇用の増大は、日本の非婚化を促進しているのです。正規雇用の男性の既婚者は4割ですが、非正規雇用の男性の既婚者は1割しかいません。このデータを見れば、日本社会の現状として、「非正規雇用の男性は事実上、結婚できない」ということです。

現在、非正規雇用の男性は、500万人以上います。10年前よりも200万人も増加しているのです。つまり、結婚できない男性がこの10年間で200万人増加したのと同じなのです。

消費税は子育て世代がもっとも負担が大きい

次に、みなさんに認識していただきたいのが、「消費税は子育て世代がもっとも負担が大きい」ということです。

消費税というのは、収入における消費割合が高い人ほど、負担率は大きくなります。たとえば、収入の100%を消費に充てている人は、収入に対する消費税の負担割合は8%ということになります。

が、収入の25%しか消費していない人は、収入に対する消費税の負担割合は2%でいいということになります。収入に対する消費割合が低い人というのは、高額所得者や投資家です。彼らは収入を全部消費せずに、貯蓄や投資に回す余裕があるからです。こういう人たちは、収入に対する消費税負担割合は非常に低くなります。

では、収入における消費割合が高い人というのは、どういう人かというと、所得が低い人や子育て世代ということになります。人生のうちでもっとも消費が大きい時期というのは大半の人が「子供を育てている時期」のはずです。そういう人たちは、必然的に収入に対する消費割合は高くなります。

ということは、子育て世代や所得の低い人たちが、収入に対する消費税の負担割合がもっとも高いということになるのです。

児童手当は焼け石に水

子育て世帯に対しては、「児童手当を支給しているので負担は軽くなったはず」と主張する識者もいます。しかし、この論はまったくの詭弁です。

児童手当というのは、だいたい一人あたり月1万円、年にして12万円程度です。その一方で、児童手当を受けている子供は、税金の扶養控除が受けられません。そのため、平均的なサラリーマンで、だいたい5〜6万円の所得税増税となります。それを差し引くと6〜7万円です。つまり、児童手当の実質的な支給額というのは、だいたい年間6〜7万円しかないのです。

しかも、子育て世代には、消費税が重くのしかかります。子供一人にかかる養育費というのは、年間200万円くらいは必要です。食費やおやつに洋服代、学用品などの必需品だけでも平均で200万円くらいにはなるのです。ちょっと遊びに行ったり、ちょっとした習い事などをすれば、すぐに200〜300万円になります。子供の養育費が200万円だとして、負担する消費税額は16万円です。児童手当で支給された分を、はるかに超えてしまいます。

つまり子育て世代にとって、児童手当よりも増税額の方がはるかに大きいのです。少子高齢化を食い止めるためには、政府は子育てがしやすいように「支給」しなければならないはずなのに、むしろ「搾取」しているのです。

子育て世代への大増税

また子育て世代からの搾取は、消費税だけではありません。政府はこの40年の間、子育て世代に大増税を何度か行っています。その代表的なものが、「配偶者特別控除」の廃止です。「配偶者特別控除」というのは、「年収1,000万円以下の人で、配偶者に収入がない場合は税金を割引します」という制度でした。それが、平成16年に廃止されたのです。

この「配偶者特別控除」の廃止でもっとも大きな打撃を受けたのは、所得の「低い子育て家庭」だったのです。配偶者特別控除を受けている家庭というのは、子供のいる低所得者が非常に多かったのです。働いているのは夫だけであり、妻はパートしても微々たる収入しか得られない、でも子供もいて養育費がかかる、そういう家庭がこの「配偶者特別控除」を受けていたのです。

配偶者特別控除を受けていた主婦というのは、働きたくても子供に手がかかったりして働けない。働いたとしてもせいぜい近所でパートをする程度。夫の給料だけで、なんとかやっていかなければならない、そういう人が多かったのです。

子供が小さくて妻が働きに出られない家庭などにとって、配偶者特別控除の廃止は大きな打撃でした。この制度が廃止されたために、少ない人でも、だいたい4〜5万円の増税となったのです。

子供がいる所得の低い家庭に4〜5万円もの増税をするなどというのは、少子高齢化の国は絶対にしてはならないことです。「配偶者特別控除の廃止」は、少子高齢化が人災だったことの象徴でもあります。

現在も「配偶者特別控除」という名称の所得控除はありますが、これは平成16年以前のものとはまったく別のものです。現在の「配偶者特別控除」は、一定以上の稼ぎがあって配偶者控除を受けられない人が、ある程度の控除を受けられるという制度です。配偶者控除を補完するための制度に過ぎません。

なぜ待機児童問題は20年以上解決されないのか?

この40年間、子育て世代には、税金の負担増だけじゃなく、様々な負担がのしかかかってきました。その代表的なものが、待機児童問題です。この待機児童問題は、最近でもよく話題に上りますが、問題として認識されたのは1990年代なのです。実に20年以上、解決されていないということです。

1990年代のバブル崩壊以降、サラリーマンの給料が減ったために、主婦が働きに出るケースが激増しました。現在は、夫婦共働きというのは普通のことであり専業主婦の方が珍しいですが、1990年代前半までは、「共働きの家庭」よりも「専業主婦のいる家庭」の方が多かったのです。当然、保育所の需要が増えたわけですが、保育所がなかなか新設されないために保育所に入れない待機児童が激増し社会問題となったわけです。

この待機児童問題は、実はいかにも「現代日本」らしいというか、現代日本社会の政治の貧困が如実に表れたものなのです。

待機児童問題というのは、実は解決しようと思えば、まったく簡単なのです。待機児童の数は2万人前後です。一人あたりに100万円かけたとしても200億円程度で済むのです。日本の国家予算は現在、100兆円の規模がありますから、わずか0.02%です。まったく他愛もなく解決するはずです。

にもかかわらず、なぜ20年間も解決しなかったかというと、保育業界が強力に反対してきたからなのです。「今後少子化が進めば子供の数が減るから、保育所の数をこれ以上増やすな」ということで、保育業界全体が、待機児童問題の解決を阻止してきたのです。

保育所の経営者たちは、自民党の支持母体となっています。また公立保育所の職員たちは、革新系政党の支持母体となっています。この両者が結託して、保育所の新設に反対してきたのです。そのために、たかだか200億円もあれば解決する待機児童問題が、20年以上も解決されず現代も大きな社会問題として残っているのです。

自分たちの利権のために、保育所の新設に抵抗し続けてきた保育業界も保育業界ですが、嘆くべきはたった200億円程度で解決できる問題を放置してきた政治の貧困さ、です。

国公立大学の授業料は40倍に高騰

さらに悲しい事実を紹介しなければなりません。信じられない事に、この40年間で、日本政府は国公立大学の授業料を大幅に値上げしているのです。あまり世間で注目されることはありませんが、現在、日本の国公立大学の授業料は、実質的に世界一高いのです。

日本の国公立大学の授業料は入学金その他を合わせて年80万円程度です。これはイギリス、アメリカと並んで世界でもっとも高い部類になります。が、イギリス、アメリカは奨学金制度が充実しており、学生の実質的な負担はこれよりかなり小さいのです。

日本は奨学金制度は非常にお粗末で英米とは比較になりません。だから実質の学生の負担としては、日本が世界一高いといっていいのです。そのため日本の大学生の半数に近い90万人が、奨学金とは名ばかりの利子付きの学生ローンを背負わされています。

そして日本の大学の授業料がこれほど高くなったのは、80年代後半から2000年代にかけてなのです。つまり、ちょうど少子高齢化が社会問題化したころに、大学授業料の大幅な引き上げが行われているのです。

国立大学の授業料は、昭和50年には年間3万6,000円でした。しかし、平成元年には33万9,600円となり、平成17年からは53万5,800円にまで高騰しているのです。

なぜこれほど高騰したかというと、表向きの理由は、「財政悪化」です。「少子高齢化で社会保障費がかさみ財政が悪化したために、各所の予算が削られた。その一環として、大学の授業料が大幅に値上げされた」というのです。

しかし、日本は90年代に狂ったように公共投資を濫発しています。また80年代から2000年代にかけて歳出規模も大幅に拡大しています。そして、大企業や高額所得者には、大減税を行っています。大企業への補助金も莫大なものです。

2000年代、自動車業界に支出されたエコカー補助金は1兆円に近いものでした。その一方で、国公立大学の学費は大幅に引き上げているのです。政治家や官僚たちに「お前ら正気か?」と言いたくなるのは、私だけではないはずです。

「米百俵の精神」と真逆だった小泉内閣

小泉純一郎氏は、2002年に首相に就任したときに、所信表明演説の最後に「米百俵の精神」を説きました。「米百俵の精神」というのは、明治維新直後の長岡藩では、藩士たちの生活が困窮し、救援のために米百俵が届けられましたが、長岡藩の当時の指導者は、この米百俵を藩士に支給せずに、売却し学校をつくったという話です。

小泉純一郎氏は、この話を引用し、将来の日本のために今の苦しい生活を我慢して欲しいと国民に訴えました。世間的に非常に話題になりましたので、覚えている方も多いはずです。

が、この米百俵の精神で教育の大切さを説いていた小泉純一郎氏は、首相在任中に、国公立大学の授業料を2倍近く引き上げているのです。また先にご紹介した「配偶者特別控除」を廃止したのも、小泉内閣でした。

小泉内閣は、その一方で、投資家の税金を所得税、住民税を合わせて10%にするという、先進国では例を見ないような投資家優遇税制を敷きました。その結果、株価は上昇し、数値の上では景気はよくなったように見えましたが国民生活はどんどん悪くなっていったのです。

以前、このメルマガでもご紹介しましたが、公益法人「1more baby 応援団」の既婚男女3,000名に対する2018年のアンケート調査では、子供が二人以上欲しいと答えた人は、全体の約7割にも達しています。しかし、74.3%の人が「二人目の壁」が存在すると回答しているのです。

「二人目の壁」というのは、子供が一人いる夫婦が、本当は二人目が欲しいけれど、経済的な理由などで二人目をつくることができないということです。この「二人目の壁」をつくってきたのは、間違いなく、この国の愚かな政治家たちだったのです。

日本という国は、世界有数の金持ち国です。バブル崩壊後も決して日本経済は悪くなく、国民一人あたりの外貨準備高は断トツの世界一、国民純資産(資産から負債を差し引いた金額)も同じく断トツの世界一。そして日本企業も、断トツ世界一の利益準備金を保有していますし(人口比換算)、億万長者(100万ドル以上の資産保有者)の人口割合も世界一なのです。実質的に世界一の金持ち国と言っていいでしょう。

にもかかわらず、若い夫婦がたった二人の子供を育てることさえ出来ないのです。今の日本と言う国が、いかに富が偏在しているか、いかに必要な人にお金が回っていないかということです。今の日本に必要なのは、「経済成長」ではなく、「経済循環」なのです。もう富は十二分にある、その富をちゃんと分配していないことが問題なのです。

しかし今の日本の政治というのは、相変わらず「経済成長」を目標にしています。政治家たちが、いかに社会が見えていないかということです。これ以上、日本が富を集めれば、世界中から嫌われます。日本がこれだけ富を集めているのに、若い夫婦がたった二人の子供さえ持てない社会となっていることは、世界的な大恥なのです。
%%%%%(メルマガ『大村大次郎の本音で役に立つ税金情報』より一部抜粋)

山形沖地震、安倍氏の「私政」

昨夜の山形沖地震情報の記載のため、本日は古代史論議を休載します。被災者の方々にお見舞い申し上げます。
(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:六月中旬を過ぎ、当地の雑木林に集う小鳥の歌も多彩(多様とかくべきか)となりました。蓮沼の周囲では、ホトトギスとウグイスの競演であります。録画・音者にはきれいに聞こえたのですが、添付画像でははっきりとは聞こえないようです。すみません。  ホトトギス6617190619 )

 関東の 北地(ほくち)に良(よ)うも 来てくれた 掛け声きれいに キョカキョク連呼

 昨夜10時22分頃に山形県と新潟県の県境の海底下10kmにMw6.8の地震が発生しました。震央から250km弱離れた当地でもゆっくりとした地動を感じました。何よりも、この地動に呼応して、早起きのためすでに布団に潜っていたはずの雉が雄たけびをあげ、そこいらの飼い犬共も臆病な鳴き声を上げていました。

まずは気象庁の記者発表資料を見ることにします:
(図: 気象庁記者発表
190619新潟01無題


 この地震の発震機構解は図2に示されるように逆断層型です。この解はおおむねIRIS
(Internarional Reseach institution for Seismology)によるそれ(図の下半分の数値列)と一致しています。
(図2:発震機構解。下はIRISによる数値表現)
190619新潟06FPS無題
 

(図3: 最近20年間の同地域の地震活動)
190619新潟03無題

 (図4:周辺地域の1600年以降の顕著地震。気象庁資料には1964年5月の秋田沖地震(m6.9)の地震が欠落しているので、現ブログ管理人が補足した)
190619新潟07歴史無題
 

 ところで、この18日の地震発生の半日前に気象庁は緊急地震速報の訓練を実施していました、場所によっては「訓練」であることを周辺に周知しなかったために「本物の自身が来たと思い込むことによる混乱もあったと報じられていました。そんな野菜気、二まさに本物の被害地震が八死してというわけです。参考のために気象庁が一週間前に記者発表した「クンレん」報道を以下に添付しておきます。この訓練が昨夜の地震発生に際して防災上どれだけ有効であったのか、二ついてはメデャにはぜひとも検証して欲しいものです。
%%%%%6月18日に緊急地震速報の訓練を実施します 報道発表 令和元年6月11日
概要
 緊急地震速報を見聞きしてから強い揺れが来るまでの時間はごくわずかであり、その短い間に、慌てずに身を守るなど適切な行動をとるためには日頃からの訓練が重要です。
 6月18日に、国の機関、都道府県、市区町村と連携した全国的な訓練を実施します。
 訓練参加機関のうち、一部の団体では防災行政無線等により地域住民の方に対しても放送・報知するなどの訓練が計画されています。住民への情報伝達が行われる地域(別紙参照)にお住まいの場合は、市区町村からのお知らせを御確認いただき、積極的に訓練へ参加してください。
 1.実施日時
   令和元年6月18日(火)10時00分頃(気象庁からの訓練用緊急地震速報の配信時刻)
   ※気象・地震活動の状況等によっては、訓練用の緊急地震速報の配信を急きょ中止する場合がありますので、御了承ください。中止を決定した場合には、速やかに気象庁ホームページ等でお知らせします。
 2.参加機関
   地方公共団体、国の機関、その他訓練実施を計画している企業等
%%%%%

 今般の地震は、日本列島界隈で交錯する四つの巨大プレートの鬩ぎあいの中で発生したとされています。具体的には上の図でユーラシアプレートと北米プレートがぶつかっているためです。そのぶつかっている現場が東北日本西沖というわけです。
( 図5:2018年9月21日記事
180921EU-NA無題


 ところで、日本海に巨大プレートがぶつかっている現場があると初めて言及したのが日本の地球科学者です。そのことを2018年9月12日記事で書きました。
%%%%%過去記事再掲
研究者にはいろいろなタイプがあります。ひとつは膨大な分野の研究派言うまでもなく計測技術にも目を行き渡らせ、如何に難解な論理も瞬時に理解し、語ることができる。頭の回転の速さは目を見張るものがあるけれども、独創的発想に基づく研究となると特筆すべき成果は多くない。「東大型」とでも呼ぶべき研究者です。
 もうひとつのタイプは「在野型」とでもよべるのでしょうか?論文はあまり書かないが、興味を抱いた対象について、思いがけない鋭い直観力が働く研究者です。私が思うに筑波大学におられた小林洋二氏がそのタイプであったのでしょう。この人の洞察力、直観力を多くの研究者が畏敬の念を持って語っています。その小林氏が、1980年台半ばと記憶しますが、秋田地震―北西日本海地震―新潟地震こそ、NA−EUプレート境界に沿っておきた地震であろうと指摘したのです。実際その指摘と整合する地震学的研究も次々と現れ、いまや誰しもがその指摘を疑いません。

 言うまでも無いことですが、本ブログ管理人は「NA−EUプレート境界は浦河沖を北西から南東に向かって”現時点でも”走っている」と主張しているわけではありません。大昔、そこを走っており、その傷跡が地中化に存在し、それが周囲の地学環境でたまに活性化することがありえるのではなかろうか。それが私の主張です。
 東の日高山系の隆起、西の胆振低地断層系なる低地帯も大昔のプレート境界の残滓とでもいえるのではなかろうか、と地質学に無知な私は思っています( 図3右を参照されたい)。
%%%%%過去記事再掲終わり

 上の図で現ブログ管理人は赤点線で示した,鮟颪込んでいます。これは、北米プレートの日本列島近辺での境界が、現在の日本海東縁ではなく、かっては(どれほどの大昔であるかは定かではないけれども)発起阿藤北西部から北海道を横切って、現在の噴火湾をとおり、日本海溝に達していたのではなかろうか、との想像図です。何時の間にか、この昔の境界での衝突がもたらす地震活動は不活発となり、やがてそれは図△納┐稿本海東に移ったのではなかろうか?

 ところが、その境界活動の遷移は突然では無く時間を掛けて徐々になされるがために、現在ですら思い出したように地震活動が生ずる。それが1981年の広尾沖地震であり、2018年9月の胆振西部地震であろうと考えています。
 そうなると、その地震活動は現在のプレート境界に影響を及ぼす。それが1983年の秋田沖津波地震(Mw7.7)であった。そして2018年9月の胆振地震に呼応したのが今般の山形沖地震であったかもしれないと考えています。本州の東半分は、かってはユーラシアプレートの東端であったということになります。

(図6:防災科学技術研究所による今般地震と周辺地域の地震活動)
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 さて、現在のプレート境界もまだその形状がしかとは定まらないため、相当程度の幅があります。その幅内のどこにあっても地震は起きる。上図を眺めると興味深いことに気づきます。境界内の地震活動にもなにやら構造らしきパターンが認められます。いずれ、この海域の活動を詳細に調べた結果を本ブログに掲載します。

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+++++安倍政治を難ず
 前回記事で紹介した写真は、ハメイネ師との会談で、安倍氏が尻の下になにやらメモらしきものが敷かれていました。それは、トランプ米国大統領からの安倍氏への指示書であったようです。結局出したり引っ込めたりしたものの、「子供の使い」にもならずに安倍氏は帰国。さすがにNHKもこの安倍氏の行動を褒めちぎるセリフが浮かばなかったようです。
(図:日刊ゲンダイ紙6月19日付け)
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 金子勝氏が吼えている動画を転載しておきます:
いつまで続くか、 安倍政治の闇 

  福島原発について、世界のあちらこちらで「福島原発事故」は解決済みと言いまわっていた安倍氏は、東京電力福島第二原子力発電所の廃炉についての適切な指示をしてこなかったことが明らかになりました。結果として、東京電力は、「再稼動」に望みを託しているかのごとくであります。 
%%%%%<福島第2廃炉>決定足踏み 東電方針表明1年いまだ工程示さず、本気度疑う声も 6/16(日) 13:30配信
(図:廃炉方針の表明から1年がたった東京電力福島第2原発=福島県楢葉町、富岡町)
190619福島第二無題


 東京電力が福島第2原発全4基の廃炉方針を表明して1年が過ぎた。この間、東電は廃炉に向けた具体的な工程を明らかにせず、廃炉の「正式決定」の判断もしていない。第1原発の廃炉と並行して進めるには課題が多く、検討作業は足踏みが続いている。(福島総局・神田一道、いわき支局・佐藤崇)

【福島第1原発】2号機、初の接触調査 固着デブリ、取り出し課題
 「多岐にわたる課題を整理し、検討を進めているところだ」
 東電福島広報部の担当者は11日、河北新報社の取材に現在の検討状況を説明した。具体的な進捗(しんちょく)に関する言及を避け「引き続きスピード感を持ってしっかりと検討を進めたい」と述べるにとどめた。
 東電は、第2原発の廃炉を正式決定しているわけではない。
 廃炉方針を表明したのは昨年6月14日。ただ、福島県庁を訪れた小早川智明社長が内堀雅雄知事に伝えたのは、あくまで「廃炉の方向で具体的な検討を進める」ことにすぎない。廃炉手続きは進まず、社長直轄のプロジェクトチームがさまざまな課題を検討するという段階にとどまったままだ。
<「人的資源が壁」>
 正式表明の支障になっているのが、事故を起こした第1原発の存在だ。第1原発では炉心溶融(メルトダウン)した1〜3号機を含む全6基の廃炉作業を安全に進めるため、1日平均4000人が作業に当たる。
 「これと並行して第2原発の4基の廃炉作業も進めた場合、果たして人的資源を確保できるかという課題がある」と広報部の担当者は言う。
 第2原発の廃炉には約2800億円の費用がかかると見込まれる。東電は廃炉を決めた場合の経営への影響も踏まえ、慎重に検討しているとみられる。
 県は東電に対し、早期の廃炉決定を求める。内堀知事は今年1月、県庁を訪れた小早川社長に「第2原発廃炉の正式決定」を要請。今月7日には世耕弘成経済産業相にも「国の責任で決めてほしい」と訴えた。
 県庁内には東電の「本気度」を疑う声もある。県の担当者は「廃炉を検討していると言いながら検討状況が一向に見えない。東電側から廃炉工程をしっかりと示されなければ県としても安心できない」と言う。
<財政への影響大>
 廃炉が決まれば第2原発が立地する富岡、楢葉両町の財政面に与える影響は極めて大きい。廃炉方針を評価する両町は工程の早期明示を求める一方、併せて代替の支援措置を検討するよう国や県などに要望している。
 両町は、原発立地に伴う国の2種類の交付金だけで年約10億円を今も受け取っている。廃炉の正式決定後は激変緩和が目的の別の交付金となり、段階的に減って10年でゼロになる。
 楢葉町は「第2原発の廃炉は第1原発の事故が大きな要因。他の計画的な廃炉とは異なる」(松本幸英町長)とのスタンス。担当者は「事情に配慮した特別な財源措置を引き続き求めていく」と話す。
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神武東征(吉備(1))、今朝(190617)の地震、劣化した日本のメディア

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:水田にいつの間にかザリガニが育っていました。公園の桜の木の下でモグラの土木工事痕・今年はセミは不作かもしれません。拡大は図のクリックで)
190617ザリガニ無題


  地鳴りして 雉が吼えます 久しぶり 震度四(よん)なり コップの揺れる水

 当地、震度三程度の地震は時々あります。概して足元の「チバラギ」地震で突然突き上げるような震動で、何回体験してもあの「持ち上げられる」体感は嫌なものです。今回は久しぶりに地鳴りが先行する地震でした。あの2011年3月11日の記憶が蘇り緊張します。幸いにして程なくゆれが鎮まりました。久しぶりに、茨城界隈の最近の地震活動を眺めておくことにします。
(図1:2018年11月1日以後の地震活動(左)。色はマグニチュードを示す(図の下に示す。例えば赤は3未満、緑は3以上4未満、・・・);右上は矩形領域ABCD内を五分割し、 き◆◆ΑΝイ犯峭翩佞韻靴疹領域内の地震数;右下は矩形ABCD内の地震活動の十日ごとの発生数。拡大は図のクリックで)
190617北茨城02無題

 右上の図によれば、矩形領域ABCD内では、△涼録務萋阿とりわけ活発です。これを図2の上手と比べることで、この活発な地震活動が、潜り込む太平洋プレートとその上に覆いかぶさる北米プレートとの激しい接触場所であることが見て取れます(図3の◆法 

図の右下で目盛り110あたりに大きな地震活動がみられる。これは2月18日のM5.0の地震とその余震活動。海溝近くに発生している。
(図2:矩形領域ABCD内の地震活動について辺ABに沿ってみる発生深さと発生時。拡大は図のクリックで)
190617北茨城01無題


 この地震の発震機構解は気象庁によると正断層です。福島:茨城の県境でしばしば起きるj心の特徴でもあります(上図の,乃きる地震群)。しかし、今般の地震は起きた場所が地表下80kmと深い。ずの上図に照らし合わせると、どうやら二重深発地震面の下層で起きた地震です。そうであるとすると、例外的に大きい。なにやら示唆的であります。

(図3:気象庁による発震機構解http://www.data.jma.go.jp/svd/eew/data/mech/fig/mc2019061708000000N363000E14036000760052.html
190617北茨城0無題


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+++++神武東征(8、吉備)
 神武天皇の東征も瀬戸内海の半ば、現在の岡山県に到達しました。現ブログ管理人は、考えるところがあって、一見何の関係も無い「隋書倭国伝」を前回記事で、突然参照しました。その意味が今回明らかになります。
  
%%%%%隋書倭国伝(前回のつづき)
原文:
 王妻號雞彌、後宮有女六七百人。名太子為利歌彌多弗利。無城郭。内官有十二等:一曰大、次小、次大仁、次小仁、次大義、次小義、次大禮、次小禮、次大智、次小智、次大信、次小信、員無定數。有軍尼一百二十人、猶中國牧宰。八十戸置一伊尼翼、如今里長也。十伊尼翼屬一軍尼。

文意(前回記事で、原文に付した「和文訳」の出所がどこであったのか、失念してしまいました。そこで、今回の和文訳は出所の明らかなところからの転載http://www.eonet.ne.jp/~temb/16/zuisyo/zuisyo_wa.htm
です。参照させていただいたHPの製作者に感謝いたします。):
 「王の妻は”ケミ”と号する。後宮には女性が六、七百人いる。太子を名づけて”リカミタフリ”としている。城郭はない。内官(中央官僚)には十二等級がある。一を大徳という。次は小徳、次は大仁、次は小仁、次は大義、次は小義、次は大礼、次は小礼、次は大智、次は小智、次は大信、次は小信である。人員の定数はない。軍尼(クニ)一百二十人があり、中国の牧宰(官名)のようである。八十戸に一人の伊尼翼を置く。今の中国の里長(官名)のような役職である。十の伊尼翼が一つの軍尼に属している。」
%%%%%
 この文節にも語るべき多くの事柄があります。順序は不動になりますが、まずは、聖徳太子の事跡として知られる十二階・冠位です。日本書紀は以下を書きます:
%%%%%岩波文庫「日本書紀(四)」96頁
原文:《推古天皇十一年(六〇三)十二月壬申【五】》十二月戊辰朔壬申。始行冠位。大徳。小徳。大仁。小仁。大礼。小礼。大信。小信。大義。小義。大智。小智。并十二階。並以当色絁縫之。頂撮総如嚢。而著縁焉。唯元日著髻華。〈 髻華、此云于孺。 〉
%%%%%

 この冠位と隋書が書く倭国「内官」十二等は全く同一です。すなわち、日本書紀の編纂に当たって、藤原不比等は隋書の存在と内容を熟知していた。すなわち西暦600年の時点での倭国の政情を把握していた。にも関わらず、「隋」を正史たる史書、「日本書紀」に明記しなかったのです。多くの日本古代史専門家はそれを「誤記」である、すなわち「隋」と「唐」を取り違えたのであると無理やり解釈するのです。藤原不比等の政治的思惑に想像を広げようとしない。

 次に指摘するべきはその一つ前の文節「名太子為利歌彌多弗利」です。上述の文意を付した学者先生は「太子を利歌彌多弗利と呼ぶ」と解読します。古代ペルシア語で「幼(稚)い」を意味する語は「tafuli」です(2012年9月12日記事)。日本書紀・巻七は景行天皇の嫡男成務天皇の和風諡号を「稚足彦」(わけたりひこ)、すなわち「大足彦」の「稚」であると書いています。隋書倭国伝は倭王に派遣され隋皇帝の前で使節が語った言の内容をそのまま記載していたこと、そして藤原不比等も倭王の嫡男であることを認識していたことが明らかなのです。
 改めて、本ブログ管理人が提起した日本列島政治史の編纂過程の正しさが裏付けられているのです。すなわち この編纂過程の重要な鍵が卑弥呼(神功皇后)、景行天皇、天武天皇(実は建御見名方)の登場の順番にあるのです。
(図:記紀の編纂過程を示す模式図、拡大は図のクリックで)
190529記紀編纂無題


 さて、この文節で、私が注目するのは「王妻號雞彌、後宮有女六七百人。」です。上記の日本文翻訳者は雞彌を「ケイミ」と訓ませます。しかし、同じ翻訳者が「阿輩雞彌」を「号の「アハケミ」は「オホキミ」の聞き取り誤差である」と解読しています。実際、柿本人麻呂による万葉集歌に謳われる「大王」には「オオキミ」なる仮名が付されています。七世紀半ば頃まで、九州の地では「王」が「オオキミ」と呼称されていたことから、上記翻訳者の解説は正しいと思えます。とするならば、「雞彌」も「キミ」と訓むのでしょう。

 さてここからが本題です。日本列島の民の話し言葉にあっては「マ」行と「バ」行がしばしば相互転換するという事実です。これについては、本ブログではたびたび語ってきました。「馬」は「マ」、「バ」、無は「ム」、「ブ」、美は「ミ」、「ビ」など、沢山あります。この相互転換は、発音にあっての口唇の使い方の類似から日本口語に限らず、地球上の他所でもしばしば観察(聴察というべきか)できます。本ブログ管理人がしばしば例としてあげるのが「ミャンマ」と「バーマ(ビルマ)」です。また「アルバニア」と「アルメニア」もその事例です。また英語にあってp,bの前のnに相当する音はmに転じます。例えばimportantです。発音にあって口唇の使い方の類似によるのです。

 この事例に倣うならば「雞彌」は「キミ」とも「キビ」とも呼ばれていたのではなかろうかとの連想が可能です。かってこの地には倭国王の「妻」が住まっていたのではなかろうか、と考えることができます。実は、このように考えると万葉集一巻の第十三〜十五歌の解釈が「艶」っぽくなります。
(つづく)

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+++++メディアと安倍氏イラン訪問
 6月10日記事で、前川喜平氏の講演を書きました。その中で、前川氏は映画「新聞記者」の紹介をしています。その映画を東京新聞コラムで触れています:
(図:東京新聞6月16日付「本音のコラム」より。拡大はくりっくで)
前川6604


 この一日前には、元横綱稀勢里の実家(念のために申し添えますが、稀勢ちゃんが腕白時代を過ごしたのは、我が市、龍ヶ崎であります)がある牛久市で氏の講演会が開かれておりそれが動画となって公開されていましたので、ここに紹介しておきます。
20190608 前川喜平講演会(本編) 
 さらには、大怪我から復帰した慶応大学名誉教授金子勝氏が吼えている動画を見付けましたので、ここに添付しておきます。私が注目しているのがMMT( modern Montary Theory, 現代貨幣理論)への金子氏の厳しい批判です。これは、米国大統領選挙での民主党の有力候補であるBernie Sander氏の掲げる経済政策の柱であるとも言います。私のような素人には、金子氏の説明は納得がいきますが、山本太郎氏の熱意にも強く動かされます。このような経済政策の違いが、反安倍勢力にひび割れを生じしめないこと、それのみを願っています。
金子氏講演 

 前川氏、金子氏そして心ある方々が口をそろえて指摘するのが日本のメデャの劣化です。メデャは「媒質」すなわち事象の発生、原因などに直接見聞して判断することができない大多数国民にかわって、事象を調査し、それを自己が有する媒質(媒体)を通じて国民に届ける役割を課せられています。物理現象でのメデャは根源事象をそのまま伝播するからこそ研究者は大本の事象の解明を可能とします。
 しかし日本社会ではそのメデャが機能しない。今般のイラン国への安倍訪問もまさに事例でした。以下に関連記事を紹介しておきます。
%%%%%安倍首相のイラン訪問 緊張緩和の仲介とは程遠い中身と日本側の甘い評価 川上泰徳 | 中東ジャーナリスト6/14(金) 15:26
米国とイランの緊張緩和のための仲介を目指して行われた安倍晋三首相の2日間のイラン訪問は12日、ロハニ大統領と、13日、最高指導者ハメネイ師との会談を行ったが、13日にホルムズ海峡であった日本のタンカーなど2隻への砲弾攻撃によって、国際ニュースから吹っ飛んでしまった。イランでの報道をみると、米イランの仲介という点では、安倍首相の訪問は完全に失敗だった。それにと止まらず、状況は対話とは逆方向に進んでいることを印象づける結果となった。
 安倍首相とハメネイ師の会談について、首相官邸サイトでは次のように書いている。
 イランの最高指導者である、ハメネイ師と直接お目にかかり、平和への信念を伺うことができました。これは、この地域の平和と安定の確保に向けた大きな前進であると評価しています。またハメネイ師からは、核兵器を製造も、保有も、使用もしない、その意図はない、するべきではないとの発言がありました。
 一方、ハメネイ師の公式ウエッブサイトから発信された情報では首相官邸の談話にはないメッセージがある。イラン各紙が伝えているハメネイ師と安倍首相との会談の様子は次の通りだ。首相官邸の簡単な談話に比べると、安倍首相との会談をほぼ網羅していると思われるので、長くなるがイランの主要メディアのファルス通信から引用しよう。
 会談の中で安倍首相はハメネイ師に「私はあなたに米国大統領のメッセージを渡します」というと、同師は「私は日本が誠実で善意に基づいていることに疑いはありません。しかしながら、あなたが米国大統領について言ったことについては、私はトランプを私がメッセージを交換するに値する人間と考えていませんし、私からはいかなる返事もありませんし、将来においても彼に返答するつもりはありません」と答えた。
 安倍首相が米国はイランが核兵器を製造することを阻止するつもりであると語ったことに対して、ハメネイ師は「私たちは核兵器に反対しています。私のファトワ(宗教見解)は、核兵器の製造を禁じています。しかし、私たちが核兵器を製造しようと考えれば、米国は何もできませんし、米国が認めなくてもそれが(製造することの)障害にあることがないことは、あなたも知るべきです」と語った。
 さらに安倍首相が「トランプ大統領はイランの体制転覆を考えているわけではありません」と語ったのに対して、ハメネイ師は「我々と米国との問題は米国がイランの体制転覆を意図しているかどうかではありません。な」ぜなら、もし、米国がそれ(イランの体制転覆)をしようとしても、彼らには達成することはできないからです。米国の歴代の大統領たちは40年間にわたってイスラム共和国を破壊しようとしてきましたが、失敗しました。トランプがイランの体制転覆を目指していないと言っているのは、嘘です。もし、彼がそうできるなら、するでしょう。しかし、彼にはそれができないのです」と述べた。
 また安倍首相が米国は核問題でイランと協議することを求めている、と語ったのに対して、ハメネイ師は「イランは米国や欧州諸国との六か国協議を5年から6年行って、合意に達しました。しかし、米国は合意を無視し、破棄しました。どのような常識感覚があれば、米国が合意したことを投げ捨てておきながら、再度、交渉をするというのでしょうか? 私たちの問題は、米国と交渉することでは決して解決しません。どんな国も圧力の下での交渉は受け入れらないでしょう」と反論した。
 安倍首相がトランプ大統領の言葉として「米国との交渉はイランの発展につながる」と語ったのに対して、ハメネイ師は「米国と交渉しなくても、制裁を受けていても、私たちは発展してきます」と答えた。
 ハメネイ師から公式に発表された安倍首相の内容を見る限り、安倍首相が提示したトランプ大統領のメッセージは、ことごとく拒否されている。米国との仲介者を演じる安倍首相にとっては取りつく島もなく、イラン訪問は完全に失敗したと評価するしかないだろう。
 日本の主要な新聞各紙の14日付朝刊は、いずれも一面で扱い、上記の首相談話をもとに記事をつくっている。朝日、読売、毎日各氏の見出しを比べてみると、次のようになる。
 ▽朝日新聞
  主見出し イラン「核製造しない」
  副見出し ハメネイ師、米との対話は否定的
 ▽読売新聞 
  主見出し ハメネイ師、米との対話拒否
  副見出し 「核兵器製造 意図ない」
 ▽毎日新聞 
  主見出し 米との対話拒否
  副見出し ハメネイ師 安倍首相と会談後
 
 3紙とも、記事の中でハメネイ師側の厳しい言葉にも触れている。ただし、朝日新聞は紙面としてはもっとも肯定的な見出しとなっている。しかし、ハメネイ師側の厳しい発表内容を見ると、「米との対話拒否」を主見出しに掲げた読売新聞や毎日新聞が、実際の会談の様子を伝える紙面づくりになっていると言わざるを得ない。
 世界が注目した安倍首相とハメネイ師との会談であるが、「地域の平和と安定の確保に向けた大きな前進であると評価しています」と肯定的な評価だけで、相手の厳しい反応を一切伝えない首相官邸の発表は、日本国民をミスリードするものであろう。この会談についてのNHKのインターネットサイトの記事は「『核兵器の製造保有の意思なしとハメネイ師が発言』 安倍首相」という見出しで、「ハメネイ師は、アメリカと対立するイランの立場を説明したうえで、核兵器の製造や保有を目指す意図はないという考えを示しました」と書いている。さらに「会談後、安倍総理大臣は記者団に対し、『ハメネイ師と直接お目にかかって平和への信念をうかがうことができた。この地域の平和と安定の確保に向けた大きな前進であると評価している』と述べました」とする。
  NHKはハメネイ師側の言葉は何も上げずに、「ハメネイ師はアメリカと対立するイランの立場を説明」と一言で要約していることには驚かざるを得ない。中東ではイランを含め強権体制のもとで、既存のメディアは政府の意向だけを報じていることはよく知られたことだが、安倍首相・ハメネイ師会談の報道を見る限り、NHKの報道も大差ないレベルである。
 さらに朝日新聞とNHKが主見出しにもってきたイランは「核製造しない」とか「核保有意思ない」ということは、10年以上前からハメネイ師が宗教権威としてイスラムに基づくファトワ(宗教見解)を出して、繰り返し主張していることであり、ニュースでもなんでもない。今回のハメネイ師側の発表でも、「私のファトワ(宗教見解)は、核兵器の製造を禁じています」という事実を語っているだけである。
 40年前の1979年のイラン革命を率いたホメイニ師や、その後継者であるハメネイ師が宗教見解として、無差別殺戮を行う核兵器の製造や保有を禁じ、それがイランで核兵器保有を押しとどめる要因になっていることは既成の事実である。しかし、そのような宗教見解があっても、イラン国内で核兵器保有を目指す動きがあるのではないか、という疑惑があるために、核協議が続けられ、やっと合意ができたのである。その合意から米国が離脱して、軍事的な危険が高まっている時に、日本の首相がテヘランに行き、ハメネイ師と会談して、会談後に「ハメネイ師は核製造も、各保有もしないと発言しました。この地域の平和と安定の確保に向けた大きな前進です」と得意げに自国メディアに語るというようなおめでたい話でいいのだろうか。
 安倍首相や官邸が「平和と安定の確保の前進」をあざ笑うかのように、ホルムズ海峡で日本のタンカーなど2隻が何者かによる砲弾の攻撃を受けた。ホルムズ海峡は日本にくる原油を運ぶタンカーの8割が通過すると言われる要所で、トランプ政権が対イラン強硬策をとり、緊張が高まる中、ペルシャ湾岸のバーレーンに基地を置く米海軍第5艦隊は、海峡周辺のパトロールを強化している。攻撃について、イランは関与を否定しているが、米国のポンぺオ国務長官は「イランに攻撃の責任がある」と断言し、新たな緊張が高まる要因となっている。
 安倍首相がトランプ大統領の意を受けて、イランを訪問し、ハメネイ師と会談することは、中東でも大きく報道されたため、今回の攻撃は、両者の会談に合わせたものと考えるべきだろう。このような破壊活動について、何らかの国家的なインテリジェンスが関わっている可能性は否定できないだろうし、このような破壊活動で犯人捜しをしても、実行者がよほど杜撰でないかぎり、見つかりはしない。ただし、この事件から、日本の首相がイランの最高責任者と会うというタイミングを狙って、破壊活動を行う勢力があり、いつでも危機を生み出すことができるという中東の危うさを再認識することが必要である。
•  安倍首相とハメネイ師の会談と、タンカー攻撃のどちらを一面のトップニュースであつかうかは、日本では新聞によって扱いが分かれた。一方、米国のトランプ政権と並んで対イラン強硬派のサウジアラビアの主要紙シャルクルアウサト紙の14日付の1面は煙を上げるタンカーの写真を大きく扱い、タンカー攻撃が圧倒的なトップニュースである。見出しは「海峡に対するイランによる攻撃の後で、国連が“大規模衝突”を警告」というおどろおどろしいものであり、「イランの攻撃」と決めつけている。安倍首相とハメネイ師の会談の記事は、その左隣に小さくあり、見出しは「ハメネイ師は日本の仲介を拒否」となっている。首相官邸が「地域の平和と安定の確保に向けた大きな前進」と語った安倍首相のイラン訪問は、現地では危機が深刻介する様相の一つとして使われている。

川上泰徳中東ジャーナリスト:元新聞記者。カイロ、エルサレム、バグダッドなどに駐在し、パレスチナ紛争、イラク戦争、「アラブの春」など取材。中東報道で2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。2015年からフリーランスとして夏・秋は中東、冬・春は日本と半々の生活。現地から見た中東情勢を執筆。著書に新刊「シャティーラの記憶 パレスチナ難民キャンプの70年」(岩波書店)「『イスラム国』はテロの元凶ではない」(集英社新書)「中東の現場を歩く」(合同出版)「イスラムを生きる人びと」(岩波書店)「現地発エジプト革命」(岩波ブックレット)「イラク零年」(朝日新聞)
%%%%%連絡先:kawakami.yasunori2016@gmail.com

 米国のwall street Journal 紙が安倍氏のイラン訪問を「未熟な外交で痛みを伴う教訓となった」との記事を掲載したとのことです。
%%%%%A Novice Player Gets a Painful Lesson in Middle East Peacemaking
Japanese Prime Minister Shinzo Abe ends trip to Iran with the U.S.-Iran conflict even more volatile than before
U.S. military officials released a video showing what they said was an Iranian patrol crew removing an unexploded mine from a tanker that was attacked in the Gulf of Oman on Thursday. Photo: U.S. Navy
By  Alastair Gale
TEHRAN—Japanese Prime Minister Shinzo Abe had a rough debut as Middle East peacemaker, ending the first trip by a Japanese leader to Iran in 41 years with the U.S.-Iran conflict even more volatile than before.
Mr. Abe went to Tehran on Wednesday hoping to serve as a bridge between the U.S., Japan’s closest ally, and Iran, with which Tokyo has maintained warm ties.
By...
%%%%%TO READ THE FULL STORY
 上記に加えて世界の政治舞台について独自の視点から分析を加えているのが
田中宇氏(元共同通信)です。 
参考記事:
Japan's Shinzo Abe in Tehran for talks amid US-Iran tensions 
(上記BBS記事の日本語版は下記)
米・イランの仲介役? 選挙前のイメージアップ? 安倍首相がイランへ 

安保法制(元法制局長官)、神武東征(7)、安倍氏のヤッテマス詐欺

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:娘の嫡男、ハラペコ青虫の靴下とTシャツを着用して動き回っています。そんな折、当家ゆずの苗木に本物の青虫を見付けました。)
 腹ペコ青虫6594

 
あるものを なかったことにと のたまわる これがやり口 麻生財閥

 セメント・石炭から身を立てあちこちに金の臭いをかぎつけて、のし上がった麻生財閥。ついには天皇家と姻戚関係を築くほどになった。この過程では、「あるものが無かった」り、「なかったもの」があったりと言った策謀は日常茶飯事であったのでしょう。何せ「下々の皆さん」は平気で騙せる。と思い込んでいる。そうした策謀に身を置いて国会議員にまでなりあがった。その感覚と品性のない思考が抜けないんですな。あの口(くち)とんがりの爺さんは。
 かたや、相棒の安倍氏が「心の内」をつい口にしてしまった。先日の国会で、小池議員が「金持ちへの課税」を糾した途端、安倍氏は「それは誤った政策」であると断じた。驚きましたね。 
 生活できる年金に底上げを
 理性と知性が欠落した暴君の政治をかえる。どうもそれが全国民の共通認識とはならないようです。前回記事で紹介した前川喜平氏の指摘にあるようにメディアの姿勢が問われています。しかし、国民の栗しみに目を向けるべき野党もどうも変です。そこを山本太郎氏が直言しています。
山本太郎氏が暴露!数合わせの政界再編を批判していた立憲民主・枝野幸男代表が参院野党第一会派のためだけに自由党との合流を画策!?〜映画「Beyond
 

 ホルムズ海峡での二隻のタンカへの砲撃は、安保法制下のわが国にとっては、「スワっ!戦争」を実感させる事件です。外交力も外交度胸も無い安倍氏にイラン出張を指示したトランプ大統領の真意が何処にあるかはわかりませんが、安倍氏を「信ずるに足らない」人物と見下していることだけは確かです。しかし、トランプ米国大統領の腹のうちはともかく、安倍氏は自分が側近中の側近と自認している。それがなんとも哀しいですな。
(図:イラン光栄放送で放映された映像。尻の下にアンチョコが隠されている。
ツイッタ 返信先: @alihashem_tvさん より。Several Iranian websites published these pictures of what they described as “a message that didn’t reach”
190614イランFbH


 その安保法制について、かっての国会法制局長官が重大な証言をしています:
(図:東京新聞6月14日付け24面記事。拡大は図のクリックで)
安保法制6598


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+++++神武東征(6)
 神武東征譚は、神功皇后の瀬戸内海・舟行とも重なります。新羅を討ち、帰国早々奈良の宮に戻る旅です。自分の腹を痛めた子ではない二人の息子による襲撃を避けるべく、実子(後の誉田皇子)を死者に見立てて難を避けるという説話です。私は、建御名方の逃散の船行を記紀に書くことができないため、そこでの史実の一部が神功皇后と神武天皇の東に向く舟行説話に盛り込まれているのだろうと考えています。いずれ、このことにも触れます。
 日向を発ち、宇佐、岡田(建御名方の本拠地=現在の宗像)を経て、多祁理(現在の宮嶋)にもその痕跡を遺して、建御名方の軍勢は東に進みます。壬申の乱に破れ、東に向かう逃散の船行であれば、停泊地での滞在は短期間であったはずです。一方、それが「九州での敵(かたき)を奈良で」との反撃の進軍であれば、戦具調達など時間を掛けていたはずです。今般の東征がどちらであるのか?現時点では「隙あれば攻め込む」という姿勢を堅持しつつも、逃散の船行であったろうと思っています。
 古事記は「阿岐国」に七年とどまったと書きます。しかし、これは神武天皇の即位を紀元前660年に設定したための「数字あわせ」の一つです。私は、五世紀から六世紀に掛けて、渡来族が「阿岐国」、「吉備」国を含む、瀬戸内海一帯にかって幾つかの拠点をもっていたのでは無かろうか、と 想像しています。理由のひとつが前回書いた宮嶋の滝宮―清盛神社の配置です。この設計がシリウス星方位であるとするならば、それには年月を要します。つまり、まずは夏至の日を待たねば正確に天空上のシリウス星の方向を観測できません。そのうえで、その方位を地上に写しこむ作業にも人力と手間がかかるからです。逃散の船行ではそうした時間とマンパワを割くことはできないと思われます。
 さらに、この考え、すなわち勝手瀬戸内海に拠点を有していたとの考察に都合の良い説話(エピソード)が八年滞在したと古事記が書く吉備の国です:
%%%%%古事記(岩波文庫「古事記」79頁)
於吉備之高嶋宮。八年坐
(浦島太郎説話) 
故從其國上幸之時。乘龜甲。爲釣乍。打羽擧來人。遇于速吸門。爾喚歸。問之汝者誰也。答曰僕者國神。名宇豆毘古。又問汝者知海道乎。答曰能知。又問從而仕奉乎。答曰仕奉。故爾指度槁機。引入其御船。即賜名號槁根津日子。〈 此者倭國造等之祖。 〉 
%%%%%
 本論に入る前に上記・記事の後半部に触れておきます。吉備國、現在の岡山県沖を越えると、海水がすさまじい速さであたりを吸い込むかのような場所があった。「鳴門海峡」を直ちに連想します(岩波文庫の校注者は、それは豊予海峡であろうと解説します。詳細は後述)。古事記はその浦島太郎の名前がまさに「宇豆毘古」(うずひこ)であると明記しています。ここから「渦」は「ウズ」とよばれていた、すなわち日本列島の古語の一つであることがわかります。この「浦島太郎」の話は後日に考察します。まずは吉備國の話をすすめます。「吉備」から連想するのが、隋書倭国伝の一節です:

 %%%%%隋書倭人伝より
 開皇二十年、倭王姓阿毎、字多利思比孤、號阿輩雞彌、遣使詣闕。上令所司訪其風俗。使者言倭王以天為兄、以日為弟、天未明時出聽政、跏趺坐、日出便停理務、云委我弟。高祖曰:「此太無義理。」於是訓令改之。

 開皇二十年(600年)、倭王、姓は阿毎、字は多利思比孤、号は阿輩雞彌、遣使を王宮に詣でさせる。上(天子)は所司に、そこの風俗を尋ねさせた。使者が言うには、倭王は天を以て兄となし、日を以て弟となす、天が未だ明けない時、出でて聴政し、結跏趺坐(けっかふざ=座禅に於ける坐相)し、日が昇れば、すなわち政務を停め、我が弟に委ねるという。高祖が曰く「これはとても道理ではない」。ここに於いて訓令でこれを改めさせる。 
%%%%%

 冒頭の「開皇二十年、倭王姓阿毎、字多利思比孤、號阿輩雞彌」なる文節はこれまでも繰り返し引用してきました。なぜなら、西暦600年の日本列島の政情、それも日本書紀が書かない、あるいは書きたくとも、政治的思惑から書けなかった政治情況が表出しているからです。
 まずは、「阿毎」です。それは古代ペルシや語で「火」を意味する「abe, ame, ape」に由来します。「多利思」は古代ペルシヤ後で「照らす、輝く」を意味する[tali]に由来します。ここから、どうやら倭国王は遠く西域ペルシアからの渡来族であったことが判明します。

 古事記・日本書紀編纂に当たって、その宗教的側面からは「天」なる概念が持ち込まれます。これも「阿毎」に由来します。藤原不比等はなんと「天」なる漢字をそれに宛てたのです。これを重要な歴史書編纂の第一歩とするのです。まずは、この王が日本列島にあっては、偉大な存在であったことの証を藤原不比等はおのずから明らかにしてしまいました。すなわち、藤原不比等が創造した宗教体系の最初の神の名称「天御中主」の発案に続き、それらは新興宗教である「天照大神」信仰体系に収斂させます。「天照大神」なる名称はそのまま「倭王」の名前であることがわかります。
 
 藤原不比等が学者として偉かったのは、この倭王の名前を景行天皇の和風諡号として古事記、日本書紀に明記し、それを隠さなかったことです。和風諡号には淤斯呂(おしろ)和気が付されています。まさに「オシロ」すなわち「勇猛な」を意味する古代ペルシア語「ashiro」です。日本書紀では一言も語らなかった隋書西暦600年の出来事を藤原不比等は承知しており、その王の名前も承知していたのです。

 後世の知識人、学者はこの歴然たる事実を認識しません。それどころか、「天孫族」なる支配階級がかっての昔、日本列島に押し寄せ、在地の民を征服したなぞの「世迷い言」に近い歴史観を語るのです。繰り返しますが、「天孫族」の「天」は「阿毎」に由来するのです。そしてそれに「天」なる漢字を当てたのが「天才政治家・藤原不比等」であったのです。「阿毎」の「毎」はやがて「海」なる漢字に転化し「大海皇子」なる人物名になります。後世の学者は「大海皇子」がかっては海に関わる人物であったのだろうなぞの想像を書き、いまや定説に近くなっています。しかしそうではありません。「大海皇子」は多分倭国王の嫡男であったのでしょう。それを知っていた藤原不比等が日本書紀でつかった皇子名の漢字標記なのです。
(つづく)
「日本会議」などという似非の歴史観に基づく政治を志向する人たちが政府要職を占めています。科学的冷静な歴史観を訴えたく思い、一人でも多くの方に目を通していただきたく、敢えてブログランキングに登録しました。
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+++++安倍氏の「ヤルヤル言行録」
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在任歴代3位でも約束守らず 安倍首相“4つのヤルヤル詐欺”(日刊ゲンダイ6月6日付け)
 総理大臣の在任日数が6日で2720日となり、歴代3位の伊藤博文と並んだ安倍首相。官邸で記者団に対して「約束をした一つ一つの政策を
しっかりと前に進めていくことでその責任を果たしていきたい」とコメントしていたが、チョット待て。国民との約束を「前に進める」どころか、
内政も外交も何ひとつ守っていないのが現実ではないのか。

 そもそも歴代ナントカとか威張っているが、独裁を避けるために党則で決めていた総裁任期「連続2期6年」を、安倍自民は「連続3期9年」に
変えた。過去、そんな自分勝手な首相はいなかったのだから在任期間が長くなるのは当然。総理を長くやればいいってもんじゃないのは言うまでも
ないが、安倍首相の場合は反故にしている約束を挙げればキリがない。

■北朝鮮拉致問題
「拉致問題は、安倍政権の最重要課題」「最後のひとりまで救出をやり切る」

 安倍首相は事あるごとにこう強調してきたが、いまだに1ミリも進展していない。「対話のための対話は必要ない」と拳を振り上げていたものの、
韓国や米国、中国、ロシアが次々に北と首脳会談を持ち、日本はすっかり蚊帳の外。今になって「前提条件なしの首脳会談をする」とか言いだしたが、
北には「厚かましい」と一蹴される始末だ。

■北方領土問題
「戦後外交の総決算に取り組む」「領土問題の解決をレガシー(政治的遺産)にしたい」

 拉致問題と同様、「北方領土問題の解決」もヤルヤル詐欺だ。「総決算」どころか、ロシアに足元を見られて「ロシアの主権を含めて
第2次世界大戦の結果を認めろ」などと条件を吊り上げられているから最悪だ。「前に進める」どころか、「どんどん後退」が現実だ。

■年金
「最後のおひとりに至るまで、すべて記録をチェックし、保険料をまじめに払っていただいた方々に正しく年金をお支払いしていく」「1年以内に
名寄せを行い、突き合わせを行う」

 消えた年金問題を受け、第1次政権でこう叫んでいた安倍首相だが、名寄せが難しくなった途端にウヤムヤに。「100年安心」と喧伝していたにも
かかわらず、保険料は右肩上がりで、受給金額は減る一方。受給開始や保険料支払期間の年齢を引き上げる議論ばかりが先行し、しまいには金融庁が
年金だけじゃ老後生活は持たないから、2000万円貯めろ! ときたもんだ。これで「約束を守っている」とはどのツラ下げて言っているのか。
%%%%%
<<以下関連コメント>>
■ 福島原発
「私が責任者となって前面に立ち、必ず解決いたします」

 東京五輪招致のために「アンダーコントロール」と大嘘をつき、責任者になるどころか、解決の前面にも立っていない。選挙前になると福島に
出掛けるが、選挙が終われば知らん顔。汚染水のダダ漏れは今も懸念が拭いきれず、メルトダウンした核燃料デブリを取り出す時期も手法も
見えないのに、事実上、ホッタラカシだ。

 他にも「GDP600兆円」「目標出生率1・8」「介護離職ゼロ」……など、ウソばかり。「丁寧に説明する」と丁寧に言うだけで、一切説明しない。
伊藤博文は明治憲法を制定し、2位の佐藤栄作は沖縄返還を実現したが、安倍首相がやったことと言えば「公文書の捏造・改ざん」「統計偽装」だ。
こんな男が首相に居座り続けていること自体が狂っているとしか思えない。
<<コメント終わり>>

平氏の出自、年金と麻生氏の醜悪な取り繕い

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:小田原城天守閣と場内の菖蒲園)
190612小田原無題


 おだわらは すずなすずひろ ウメちくわ これぞ名産 ばああさん群がる

 昨日、町内のバス旅行に参加し、小田原・箱根をさっと経巡(へめぐ)ってきました。朝6時半に自宅を出、帰宅が夜8時半、実に14時間の旅となりました。北関東の寒村から小田原に行くには、あの渋滞で世界に名の聞こえた“首都高(超低)速自動車道”を突っきらねば成りません。思えば、この自動車道上を自分で車を転がしたのは二十年以上もの大昔です。昨日の朝は十一日、所謂「五十日」(ゴトウビと訓む)の翌日であったゆえか。我がバスは速やかに走り30分ほどで用賀の出口に達しました。ところが帰りは凄まじい渋滞。我が運転手はカーナビのサッジェシチョンに従い五号(池袋)線からC2線(環状二号)を経て六号(常磐道)というやや遠回りの作戦でした。しかし、成功しなかったようです。

 小田原城には、1950年代半ばに遠足で行ったことがあります。小学校のあった生田駅から小田急線です。母親の手作りの好物の干瓢まき、せんべい、森永キャラメル一箱、そして夏みかん持参です。今は夏みかんのすっぱさが大の苦手ですが、どうやら当時は嬉々として口に放りこんでいたようです。石垣だけの、まさに古城址でしたが、現在は冒頭の写真のように復元され、内部は、北条家、そして後の大久保家に関する資料館となっています。最上階の天主閣からは南側に相模湾が望め、三浦半島、伊豆の大島もうっすらと海に浮かんでいました。西には箱根の山々も見える筈でしたが、それらは雲に覆われています。

 我がバスはそのまま箱根駒ケ岳に向かいます。ロープウエイで上った頂上からは富士山が見える筈でしたがあいにくの曇天、周囲は濃い霧に閉ざされていました。それでもホトトギスの「トウキョウトッキョキョカキョク(東京特許許可局)」の鳴き声やらが霧の向こうから届きました。 帰路は、箱根登山鉄道の有名なスイッチバックを体験しました。残念ながら電車内は多くの観光客、外国人で混雑しており、線路の切り替えなどをデジカメに撮ることはできませんでした。
最後は担当旅行会社に誘導されるままにカマボコの鈴広本店で土産を買わされる仕儀と相成りました。参加者の大半を占めるお婆さまがたはショッピング籠を腕にひっかけてあちこちを駆けずり回っていました。あちこちに設けられている試食コーナに猪口が副えられていれば、私なんぞも連れ合いと一緒に各店舗を駆け回るのですが。土産物店の検討を願った次第です。

 添乗員さんは可愛く若い女性、口の利き方がハキハキしていて好ましい。自ら独身と語り、千葉県浦安にある某大学観光学部を卒業と語ります。良い生涯の伴侶を得られんことを願った次第です。彼女の話では日本には一万四千余の旅行会社があり、それらは三段階の登録旅行業に分類されるのだそうです。一種は、海外・国内旅行を引き受けられる、二種は国内、そして三種は地域というわけです。今般の業者はそのうちの二種と彼女は語ります。一種業者は700あり、そのうちの大手がJTB,日本旅行、阪急、近畿日本、そしてIHIであったそうです。そこに近年割り込みを掛けてきたのがRakutenだそうでインタネットを駆使していまやJTBに次ぐ急伸長と言います。
 旅行の最後に、参加者にアンケート用紙が配布されます。それは月二回の社内企画委員会で公表され、旅行サービスの改良の資として利用されるとのこと。彼女を大いに気に入った私は褒めちぎったコメントを書き連ねました。

 (図:東京新聞6月12日付一面)
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 何せ、わが国のトップ二人は漢字が読めません(「云々」をデンデン、「未曾有」をミゾユウ)。従って、今般、金融庁に民間経済アナリストなどを結集して編成された金融庁審議会「年金ワーキンググープ」による報告書が公表されました。当初、麻生担当大臣は「冒頭は読んだが全部ではない」と「威張り腐って」国会答弁をし、国民をおおいに憤慨させました。しかし、参議院選挙が近づいているという状況の中で、さすがにあの発言はまずいと思ったのでしょう。なにせ、今を去ること12年前の2007年の参議院選挙では、自民党は惨敗しました。その大きな原因は「失われた年金問題」すなわち厚生労働省の年金に関する杜撰な事務処理のため千万単位の国民の年金支払い証拠が不明となったのです。それを想起したのでしょう。麻生氏は、この報告書を政府が受領することを拒否したと言うのです。そもそもは政府に委託されて、このワーキンググループが編成され、報告書としてまとめたのです。政府審議会ですから、そこには反政府などという意図はありえません。選挙を控えての政府与党たる自民党政府にとってのみ都合の悪い報告です。だから、受理を拒否する、まさに党利党略の身勝手さです。安倍政治はこうしたことの繰り返しです。しかし、お人好しの我が同胞はこの御仁に高い支持を与える。それが自分の首を絞めていることを何故わからないのか?!誠に奇妙であります。
 以下は関連記事です:
%%%%%「老後へ2000万円貯めろ」麻生大臣の“飲み代”は年2019万円  2019/06/10 15:00 更新日:2019/06/10 15:14
「年金が不足するから、老後のために2000万円貯蓄せよ」――金融庁の報告書が波紋を呼び、安倍政権に「『100年安心の年金』はウソだったのか」と批判が渦巻いている。当初、「いまのうちに考えておかないと」と居丈高な暴言を吐いた麻生金融担当相は、慌てて「不適切だった」と火消ししたが、庶民が2000万円を貯蓄するのがいかに大変か、分かっているのか。「2000万円って、年間の“飲み代”だろ」――麻生氏の認識がこの程度だろうことが、政治資金の使途から浮かび上がった。

■有名寿司店に高級和食店、馴染みの会員制サロンにも…
「会合」費用の総額はナント、17年の1年間だけで計2019万6547円にも及ぶ。15年分は計2007万6292円で、16年分は計1947万2575円。庶民に対し「貯蓄しとけよ」と迫っている2000万円は、素淮会にとって、毎年の“飲み代”程度の金額ということだ。

 安倍首相が代表を務める資金管理団体「晋和会」ですら、17年の「会合費」は計145万円。素淮会の「会合」費用は、閣僚の中でも突出している。

 問題なのは、麻生氏が足しげく通う会員制サロン「ボバリー」(東京・港区)を運営する「オフィス雀部」に素淮会が年間数百万円も「会合」費を支出していること。同店オーナーの美人ママと麻生氏の“親密関係”は度々、メディアに報じられてきた。日刊ゲンダイを含め、複数メディアが再三、政治活動として適切な支出なのかと質問してきたが、これまで麻生事務所からの明確な回答はない。
 政治資金規正法は関係者との飲食費を「組織活動費」として処理することを禁じていない。

 しかし、明確な回答をよこさない麻生事務所は、会員制サロンへの支出がよほど後ろめたいのか、それとも「法律に違反してないのに何が問題なの?」と開き直っているのか。いずれにせよ、支出内容の説明を避ける麻生氏に「庶民は2000万円貯めておけ」などと言われたくない。

「麻生氏は首相時代、カップ麺の値段について『400円くらい』と発言し、庶民感覚のなさが問題視されました。飲食費だけで年間約2000万円というのはあまりにも大きい。本来、ポケットマネーで支払うべきものを平然と政治資金から拠出したのではないか。庶民とはかけ離れた感覚が、政治資金の使途に表れているように見えます。少なくとも、マスコミからの質問に対し説明責任を果たすべきでしょう」(政治資金に詳しい神戸学院大教授の上脇博之氏)

 少しは自らの政治資金の“放蕩体質”を改めてはどうか。
%%%%%  

+++++神武東征(清盛神社、安芸国)
 前回記事で、清盛神社拝殿とその南々東に位置する滝宮神社が、清盛神社に通ずる参道を含め一直線上にあり、その方位は、「グーグル地図」上で分度器で計測するとほぼ160度であること、その角度が設営時のシリウス星の方位であるとすれば、その方位をシリウス星が取る時代は西暦664年と算出されることを書きました。しかし、シリウス星は1.2度/50年の真ことに小さいスピードで時計回りにずれてゆきます。上に書いた664年も、もしその角度が1度違えば、±40度異なります。例えば、その角度が159度であれば、滝宮―清盛神社の構築は704年となります。そこから描きえるシナリオも異なってきます。従って、この方位を見定めるための「妙見山」がどこであったかを特定し、さらには、夏至日にシリウス星を精密に観測するための人力、機材、そして年数が必要となります。この「妙見山」に相当する地理的な高所を近辺に見つけることができればその時期を特定できます。が、現在はそれができていません。

平氏の出自は東国であるとの研究成果(前回記事、ウイキによる)を誠に興味深く思っています。「白の民俗学」(前田速夫、河出書房新社刊、2006)は、「白山信仰」の歴史を西暦七世紀前後にまで遡って辿ります。前田氏は「白山信仰」が「被抑圧者」、「被差別者」の間に広まっているという特徴を指摘します。その差別された民についての詳細は語りませんが、そうした民と重なってくるのが、全国に散在する「平家落人」集落に住まったとされる人々です。とりわけ、そうした民が住まったとされるのが飛騨、富山の合掌つくりの住まいで知られる白川郷、五箇山です。さらには四国の祖谷渓(いや)など、あちらこちらに点在します。
私は、こうした「平家落人」集落なるものを形成した民こそが、壬申の乱で倭国を逐(おわ)れた民が、寄り添うようにあつまりひっそりと過ごした地ではなかったかと考えています。実際、それらしき証拠を富山の五箇山で見つけ、本ブログで書いたこともあります(2015年11月27日記事)。
 ところが、後世になり、金沢・富山・岐阜に散在する集落が加賀の名峰白山の麓に位置するところから、この信仰が「白山信仰」と称されるようになった、と多くの研究者は語るのです。しかし、x月x日記事で書いたように、白山信仰の本宮である「白比売神社」の拝殿に通づる長い参道はシリウス信仰そのものを体現しています。
(図:白山比売神社拝殿につうづる参道の明白なシリウス方位)
190520白山神社無題


現ブログ管理人は、「平家落人」集落なるものの原点は「倭国逃散」の民が集うた地であったろうと考えています。言葉を変えれば、どうやら「平家」と「倭国」とのあいだいに歴史書に語られてこなかったひそかな関係があったのではなかろうかというわけです。それが、前回記事で書いた「平氏の出自」です。どうやら平氏は「倭国」を構成した蝦夷の一族である渡来民に強く影響を受けた、あるいは渡来民の末裔そのものではなかったと、考えています。
平成天皇がかってどこぞの場で、自らの出自として「桓武天皇の皇后が百済出」であると語りました。百済は、西暦663年の白村江の海戦で倭国とともに、唐・新羅連合軍による日本列島侵攻を阻止すべく戦った同盟関係にありました。「道鏡」問題でどのようないきさつがあったのか、ともかくかっての倭国につながる天皇が即位した。それが桓武天皇であった。そこから、倭国の末裔がいったんは勢いを取り戻した。といった、筋書きはありえるのかもしれませんが、現実の歴史の推移はそれほど単純な話しではないのかもしれません。しかし、源氏に敗れた平家が定かでありませんがかっての先祖の地に逃げ道を求めたということはあったのかもしれません。

関連する、上記を支持する話しを以下に付記してこの話しを終えることにします:
 江戸っ子が抱える言葉上の問題点は「ひ」と「し」の取り違えです。隅田川の東岸にある古社「白髭神社」を「シロヒゲ」神社と発音できず「ひろしげ」神社といってしまうことです。私の母親はまさに向島育ちでしたから、本人は気をつけていたようですが、時にそうでした。この二つの音の取違は東北地方にもあるとのことで、福島県出身の父親もそうであったように記憶します。私は そうした両親の「二世」とはいえ東京生まれ東京育ちというわけでそんな「野暮」でありません(笑)。時には「ヒ」「シ」のどっちであったなかと迷うこともあります。

 「平」(ひら)は「シラ」が転じたのではなかろうかと考えています。そしてその「シラ」は「アシラ」すなわちその原義は渡来族の「勇猛な」です。それが、こじきの「葦芽」(アシカビ)です。この「アシロ」から「オ」または「ア」が取れて「シラ」となった。ところが、した言語を発する民が当初は東北に偏在したことから「ヒラ」に転じ、そのオンに当てられたのが「平」ではなかったかと、想像しています。
(つづく)

勇気ある俳優・松坂桃李氏、厳島・滝宮神社

((本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:淡々と安倍氏による「嘘まみれ政治」を二時間半にわたって語った前川喜平氏講演の冒頭)
 前川喜平1906096548

 ヤッテル感 されどすべては 嘘まみれ 我が同胞よ 騙さる勿れ

 北関東の寒村ならぬ寒市で開かれたあの前川喜平氏による講演を聴講してきました。国会での参考人聴取のときと同じようにことさら力(りき)むでもなく、淡々と語ります。しかし、その内容たるや、安倍氏による嘘にまみれた醜悪な「政治」の実相でした。しかし、それでも見かけ上は安倍氏への支持が低くならない。立法・司法・行政の三権への支配に第四の権力といわれるメディアの劣化がそれを支えている、すなわちメディアが「国民の知る権利」に応えていないことを指摘します。

 そこで、前川氏が紹介するのが下の映画です(拡大は図のクリックで):
映画6551


 この映画のモデルは言わずと知れた東京新聞・社会部記者で、内閣記者会見時、菅・内閣官房長官と壮絶なバトルを繰り返した望月衣朔子さんです。大きなクリッとした瞳の華奢な美女です。ここでは敢えて「男顔負け」なぞといった形容詞を望月記者には付しません。なにせ、内閣記者クラブの男性記者のだれもがなしえなかったことをやってのけているのです。映画作成の際に、主人公役を演ずる女優さんをあちらこちらで探したそうですが、断られたらしいとの裏話を前川氏は語ります。「演じてみたい」と関心を見せる女優さんは少なくなかったようですが、所属する芸能事務所が「ウン」と言わないのだそうです。何せ、その後のTV出演などに差し障りが出るからです。安倍氏に睨まれたくない企業をスポンサとするTV局の意向です。結局応諾してくれたのが韓国人女優さんとのことでした。そういえば、つい最近も名優・佐藤浩市氏が自らの役作りに関して語った言に安倍氏の「お友達」作家が噛み付いていました。というわけでこうした時勢で映画「新聞記者」のもう一人の主人公役を演ずる松坂桃李氏にはその「女顔負け」の勇気を讃えたいと思います。

 この映画を多くの国民に観て欲しいと思っています。現在、我が日本国民は「自由」を満喫しているように錯覚しているが、実は批判的言辞を口に出すことが難しくなっている。と前川氏は語ります。「モリカケ」は言うに及ばず、伊藤詩織さんの事件には首相の側近たる警察・内閣調査室までがもみ消しに動く。先月初めの池袋の「上級国民」による車事故による母子殺害事件では、事態の重大化を防ぐべくこの二人が現場に駆けつけて「根回し」をしていたらしい写真がインタネット上で公開されていました。それほどに、安倍氏と周辺は国民の「怒りによる暴動化」を恐れていることが、図らずも窺い知れます。

 ところが大多数の国民は「ノホホン」としている。なぜか?教育すなわち人材育成にあると、前川氏は説きます。眼前の事象にたいして、そのまま「お上」の説明に納得してしまい、「懐疑」しない。自分の頭でそうした事象を捉え直そうとしない。そうした教育の積み重ねである、と前川氏は危機感をあらわにします。
 2006年の教育基本法改訂作業の経緯を語る中で、そもそもの終戦直後の教育基本法に謳われていたた高邁な理念のほとんどが削除されてしまったと前川氏は語ります。それでも政府権力による嘘にまみれた政治に気づくことはできるし、それに抗う術はある。地域コミュニティが学校の先生を助け、親がそこに関わってゆくことで、そもそもの教育理念が文言上は削除されていても実践できる・・・などなど。前川氏が言いたいこと、それは学校の現場で「反政府的言語を生徒に語ること」ではなく、「真実を見極める力の涵養」であると、繰り返します。それは「疑う力」、「自分の頭で考える力である」と前川氏は繰り返します。
 まだまだ紹介したい言を前川氏は口にしていました。それにしても官僚の最高位を極めた人物がこれほどに深く憲法を体で捕らえ実践しようとしていたことに大きな驚きを実感しました。憲法議論は九条だけではない。むしろ国民の基本的人権を権力に蹂躙させないための武器、それが現行憲法であることを実感させられました。
 前川氏は講演の最中数回“五日市憲法”に言及しました。私が始めて耳にする事です。この憲法については、かって上皇后・美智子さんがどこぞの機会に口にしたことがあるそうで、上皇ご夫婦の「民主主義理念」への深い関心の表れであったと、前川氏は語ります。
%%%%%五日市憲法
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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五日市憲法(いつかいちけんぽう)は明治時代初期に作られた私擬憲法の一つ。1968年(昭和43年)、色川大吉によって東京都西多摩郡五日市町(現あきる野市)の深沢家土蔵から発見されたためこの名で呼ばれる。
別名を日本帝国憲法という。全204条からなり、そのうち150条を基本的人権について触れ、国民の権利保障に重きをおいたものである。五日市学芸講談会のうちの一人である千葉卓三郎が1881年に起草したとされる。国民の権利などについて、当時としては画期的な内容が含まれ、現日本国憲法に近い内容もみられる。
一方で、第一篇の「国帝(天皇)」においては、嚶鳴社の私擬憲法の丸写しと指摘され、「進んだ人権保障、遅れた統治機構」との批判的な評価も多い。
大日本帝国憲法に似た強大な天皇大権を規定しており、その権限は議会よりも強く、軍隊の統帥権を始め、35条には「国帝は、国会ニ議セズ特権ヲ以テ決定シ、外国トノ諸般ノ国約ヲ為ス」、38条では、「国帝ハ、国会ヨリ上奏シタル起議ヲ充否(いんぴ)ス」とあり、国会に諮ることなく条約を締結できたり、議会の議決に対して拒否権を行使できる規定がある。 さらに、27条では「国帝ハ特命ヲ以テ既定宣告ノ刑事裁判ヲ破毀シ何レノ裁判庁ニモ之ヲ移シテ覆審セシムルノ権アリ」と、天皇の命令によって刑事裁判のやり直しができるなど、司法の独立が不十分であり、第一篇の天皇大権の規定と第二篇の国民の権利保障には矛盾が存在する。
五日市憲法は東京都の有形文化財(古文書)に、深沢家屋敷跡(土蔵などが残る)は史跡に指定されている。前者は東京経済大学に保管されていたが、現在はあきる野市の中央図書館に移管された。
%%%%%

 安倍氏が政治家としての資質を欠いている、すなわち上に書いたような嘘まみれの政治家であることをかっての同志であった筈の籠池泰典氏が暴いています。その動画をここに紹介しておきます:
天下のペテン師・安倍晋三の悪辣非道な犯罪をばらすー籠池泰典「森友学園」元理事長 2019 05 26
 
 ついでにもうひとつ安倍氏の嘘まみれを暴いた動画です。北朝鮮による拉致被害者の蓮池薫氏の長兄・蓮池透氏が、安倍氏の「拉致問題」での「口先だけの勇ましい言動」を暴いています。蓮池透氏が見た安倍氏の実相

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+++++神武東征(5)
 前回記事では、神武東征の日向からの足取りを追うと、そこには「建御名方」の痕跡が宗像三女神の影を通して見えてくるということを書きました。言い換えれば、出発地の日向、宇佐、筑紫岡田、そして安芸の地の陣屋跡に作られた神社は、壬申の乱での敗残者がまつられている。とすれば「建御名方」に関わる人物であったろうことが現地の民に伝承されていたと思えます。
 さて、 厳島神社についてはもうひとつ付記しておきたいことがあります。
(図:厳島神社末社。清盛神社。拡大は図のクリックで)
181126b清盛無題


 厳島神社の西側に小さな用水を隔てた地域にひっそりともう一つの神社があります(上図)。「清盛神社」です。由緒には境外末社として列記されています。ウイキはこの神社の由緒を次のように書きます:
「平安時代末期、神主・佐伯景弘と当時の安芸守・平清盛の結びつきを契機に平家一族から崇敬を受けた。仁安3年(1168年)頃、平清盛が社殿を造営し現在と同程度の大規模な社殿が整えられた[注 5]。平家一門の隆盛とともに厳島神社も栄えて平家の氏神となった。平家滅亡後も源氏をはじめとして時の権力者の崇敬を受けるが、建永2年(1207年)と貞応2年(1223年)の2度の火災で建物の全てを焼失している。そのため、現在残る社殿は仁治年間(1240年-1243年)以降に造営されたものである。」
 この神社の拝殿とそれを囲む塀が 「シリウス」方位と「夏至日」の日没方向との中間方向を向いている事は誠に興味深い。すなわち、何がしかの妥協が映されているように思えます。清盛公の意思が反映したもであるか、それとも宇佐神宮とかかわりの深い佐伯氏の意向であったのか?

 ところで、この「清盛神社」は小さな砂州にあるように見えます。対岸を結ぶ参道は明らかに「シリウス方位」です。この参道をさらに南に延長した先にいったい何があるのでしょうか?それを示すのが下図です。
(図:清盛神社への参道。拡大は図のクリックで)
190610滝宮無題

 上図の下中央にみえる滝宮神社に至るのです。正直のところ驚きでありました。おもえば古事記は「多祁理宮」(たけり)と書きます。どうやら「多祁」(たけ)が「滝」(タキ)に変じたようです。東国に向けて進撃する「建御見名方」が「アキ」の国で泊した痕跡が、この清盛神社であったようです。平清盛はその陣屋跡に何がしかの建築物を作ったのでしょう。参道の方位は東70度南、すなわち北から時計回りに測るとおおよそ160度となります。これが当時のシリウス星の方位であるとするとそこから推定される年代は西暦664年となります。今般の秋田に地上型ミサイル迎撃システム「イージス・アショア」を設置計画に当たって防衛庁は、グーグル地図から分度器でもって仰角を測ったと白状しています。同様の作業を上記のかくど推定では行っています。いずれにしても西暦664年は乙巳の変(西暦645年)、壬申の乱(672年)とも近い。精密に計測するならば、その設営年代が特定されるのではなかろうかと考えています。
 いずれにしても、この発見は、改めて「平氏」の出自を考える際の重要なポイントに成りえるのだろうと考えています。

 その平家についてはウイキが以下を書きます:
%%%%%ウイキ
 平氏の拠点について[編集]
「東国の源氏、西国の平氏」という俗説があるが、高望王流桓武平氏の始まりの地である東国は当然のことながら武家平氏の盤踞地であった。すなわち坂東平氏の一族がその後中央(朝廷)に勢力を伸ばし、西国にも平氏勢力が広がったとするのが適当である。武家平氏としては例えばその祖である上総介の平高望や、東国に独立政権を樹立しようとして失敗した下総の平将門、将門を倒した常陸の平貞盛などが良く知られるが、時代が下って平氏政権で台頭した平家(平清盛の家)を出した伊勢平氏も、貞盛の四男維衡の子孫が伊勢に移り住んだものであり、これを倒した源頼朝を支えた鎌倉幕府の執権北条氏や坂東八平氏も同じく坂東に土着した高望王流桓武平氏の末裔であった[3]。
%%%%%
 次回、このウイキ記事の重要ポイントを書きます。
 (つづく)

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東征(4、広島。宮島)、安倍氏のヤッテルポーズ、消費増税(3)

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:なんと五つ葉のクローバであります。昨日朝、連れ合いが朝の散歩銀座通りで見付けてきました。そして下はザクロの花です。実もみえています)
190607五つ葉題


 梅の実が 落ちて当地も 雨が降る ひばりも今朝は 藪中で唄う

 いよいよ梅雨であります。夏至が近づくと地球は回っているということを実感します。 三K(警察、検察、経済産業省)に自らの身をしっかりと固めさせて、「ヤッテル見せ掛けポーズ」をかもし出させているのが現在の安倍氏です。この御仁に知性が備わっていたなら、己を振りかえり恥ずかしく思うのでしょう。

 %%%%%首相の“やってる感”すごいな/政界地獄耳
2019年6月7日8時43分 日刊スポーツ
★6日、首相・安倍晋三は通算在職日数が2720日となり、歴代3位の初代首相・伊藤博文と並んだ。首相は「(12年以降の)5回の国政選挙で国民の皆さまから力強い支援をいただき、ここまでくることができた。改めて感謝したい」と述べた。最近、首相の政治活動、いわゆる芸能人との頻繁に行われる会食や懇談、さまざまな視察で写真に納まるさまを見て、選挙用の“やってる感”と称する言い方が定着しているようだ。
★さして実績や評価もないのに仕事をしているようなさまをやってる感というようだが、国会で予算委員会も開かず、解散風を吹かせるだけでは確かにやってる感といわれてもやむをえまい。それどころか何をやっているかの説明はままならず、選挙対策用にさまざまな人たちと写真に写るのはけしからんといわれても、政治家はそれも仕事だといえよう。ではやってる感のどこに問題があるのか。当然、仕事もしないで選挙広報にうつつを抜かしているから、首相のくせにそんなことばかりやっている、といった評価なのかもしれない。つまり本来の仕事をしろという声が、やってる感の背景にはある。

★長期政権でなければ成果が出にくいものに外交がある。安定した基盤で外相も同じ顔を据えてじっくりと外交ができるからだ。政権も拉致問題解決を含む日朝関係、日露関係は北方領土の返還交渉、日韓、日中関係など周辺国との懸案処理に取り組み、相応の首脳会談を続けたが日露関係は北方領土を固有の領土すらいえなくなったなど大幅に後退した。北朝鮮には「圧力あるのみ」といい、ミサイルにはJアラートを鳴らして避難訓練をやらせていたが「無条件に会いたい」と言い出し北朝鮮から「ずうずうしい」といわれた。これがやってる感。6日には野党が予算委員会を開かないのはけしからんと合同で怒りの院内集会。国民にはやってる感だけが伝わってくる。
%%%%%(K)※敬称略
上の記事に付されていたコメントの一つです:
%%%%%但馬問屋@wanpakutenshi
#Nスタ
“在籍2720日 安倍首相、伊藤博文に並ぶ”
与党内からも、こんな声が…
「長ければいいというものではない。何をしたか、だ」
拉致問題→足踏み北方領土→後退。
ただ長いだけの、不毛な年数。
実績といえば、吉本新喜劇の舞台に出演したことぐらいしかないな。情けなや
%%%%%19:18 - 2019年6月6日
(図:東京新聞記事より)
190606前川17021


 しかし、実相は!!何と三ヶ月にもわたって予算委員会が開かれていない。恐るべきことです。
%%%%%異常事態です‼️ 異常事態です‼️衆議院議員 柚木 道義
190607国会safe_image

 もう三ヶ月超も安倍総理が予算委員会の開催拒否を続けているのを皆さんはご存知でしょうか??
➡︎もはや安倍審議拒否政権です!
予算委員会開催を拒否している理由は、追及で安倍政権の支持率が下がるから選挙まで開かない、と。
➡︎本当に国民を馬鹿にした話ではないでしょうか!
日米貿易協議の日本に不利な密約問題、年金カットかつ支給開始年齢先送りに加えて出てきた麻生財務相の2,000万貯めろ発言、消費税や景気など。
総理や関係大臣全てが出席する委員会は予算委員会だけです。
さらに本来なら無差別殺傷事件防止や高齢者による、あるいは子どもたちが巻き込まれる交通事故防止など、多くの省庁連携や予算化など総理のリーダーシップが必要な議論を総理や関係大臣も出席して、数日間集中審議を行うべき場面でもあります。
こうした議論をしないまま、衆参同日選挙に「逃げ込む」のは本当に国民を馬鹿にした国会だと言わざるをえません。
強行採決オンパレードも問題ですが、審議すらさせないのは、さらに大問題!!
安倍一強政治のマイナス面です。
やはり、選挙で野党の議席を増やして、与野党バランスある緊張感ある政治にしていかなくてはならない、そう改めて強く感じています。
%%%%%
 
+++++神武東征の足取り(3) 
 東征の主人公を古事記・日本書紀は「神武天皇」であると書いています。これは私の仮説とは異なるので、話しを混乱させないために、ここでは、主人公の名称を「建御名方」と書いておきます。これこそが、東征の実相を最も良く表現していることが、本ブログを読んでいただくとわかります。
 日本書紀は、古事記が書く説話に藤原不比等の政治的思惑をこめた色々な変更を加えます。勿論、登場人物の名前も違っていたりします。その最も良く知られている事例が「武王」とこの「建御名方」です。「建御名方」については、日本書紀は完全に沈黙しているのです。理由は明らかです。藤原不比等が権勢を振るう近未来の日本列島政治のまさに出発点が、「建御名方」なる人物の諏訪幽閉であったからです。古事記はその冒頭の序言で西暦712年に時の天皇である元明天皇にその書を撰上したと書きますが、続日本紀はそれについては一言も触れません。すなわち、古事記は時の権力にとっては禁忌の書であったのです。理由は、「建御名方」の処遇が書かれているからです。

 日本書紀が神武天皇の東征の初期段階で宇佐の後筑紫の国に立ち寄ったことを書きますが、その内容たるや
“天皇至筑紫国岡水門”
と、わずか九文字です。ここには、藤原不比等の思惑、すなわち「胸形=現在の宗像」に触れたくないとの強い思いが反映しているのです。さて、その筑紫を離れて到達した地は現在の広島県です。
%%%%%古事記(前回の続き)
原文:
亦從其國上幸而。於阿岐國之多祁理宮。七年坐。〈 自多下三字以音。 〉 亦從其國遷上幸而。於吉備之高嶋宮。八年坐。

文意(岩波文庫「古事記」79頁)
さらに其國を離れ(奈良方面に向かって)上幸(のぼる)。阿岐國之多祁理宮で七年滞在する。 さらに其國殻場所を遷し東に上幸し、吉備之高嶋宮に八年滞在する。
%%%%%

 安芸の国、すなわち現在の広島です。広島といえば真っ先に連想するのが瀬戸内海に浮かぶ宮島の「厳島神社」です。が、古代史研究者は、厳島神社であるとは想定していません。

 古事記の表現「多祁理宮」は、一つの示唆を含んでいます。一つは「宮」です。筑紫国「岡田宮」と同じく、「宮」と書きます。次に登場する吉備の高島宮も同様です。
 現代において、この表現「宮」からは条件反射的に「神社」風の何かを連想してしまいます。そこに「奇異」観は抱きません。しかし、この記紀が編纂された時代にはまだ神社、なるものも神宮なるものも存在していません。当然、建御名方が立寄った地にあったのはかっての蝦夷一族の幹部の陣屋であり「宮」と呼ばれた一帯であったはずです。そのことを、まさに史実として古事記は「無用心」にも書き留めてしまった。これくらいは書いても「バレル」ことは無かろうというわけです。「多祁理」なる名称も意味深です。「田心姫神(タゴリヒメ)と、「湍津姫神(タギツヒメ)」の両女神の名前からとったかのようです。多分そうなのでしょう。だからこそ、後世の人間が、この地に「神社」を作った際にはそれを、上には無い「「市杵島姫神(イチキシマヒメ)の名を与えることで、三女神を等しく祀る意を表したのです。
厳島神社に祀られる祭神は宗像三女神(ウイキ)です。この三女神とは、九州宗像に由来するとされ、沖津宮の「田心姫神(タゴリヒメ)」、中津宮の「湍津姫神(タギツヒメ)」、辺津宮の「市杵島姫神(イチキシマヒメ)」です。
 広島県宮嶋の厳島神社が、何とこの宗像三女神を祀っていることに、大きな意味があります。
ウイキは、その創建を次のように書きます:
%%%%%社伝では、推古天皇元年(593年)、当地方の有力豪族・佐伯鞍職が社殿造営の神託を受け、勅許を得て御笠浜に市杵島姫命を祀る社殿を創建したことに始まるとされる。「イツクシマ」という社名も「イチキシマ」が転じたものとする説がある。
厳島神社の鎮座する厳島(宮島)は「神に斎く(いつく = 仕える)島」という語源[注 4]のように、古代から島そのものが神として信仰されたと考えられている。厳島中央の弥山(標高535m)山頂には巨石が連なっており、山岳信仰の対象であったとされる(「厳島#歴史」も参照)[3]。
所在地 日本 広島県廿日市市宮島町(標高535m)、位置  北緯34度16分47秒 東経132度19分11秒座標: 北緯34度16分47秒 東経132度19分11秒
%%%%%
 ウイキに記載される弥山は、宮嶋にあって、厳島神社の真南に位置します。後世の厳島神社の再建に当たって、何がしかの後世の宗教的考察から、神社の位置が弥山を考慮して移築されたのではなかろうかと 想像しています。
 
 それはさておき、ウイキは、厳島神社の伝承(由緒)として西暦593年に創建されたと書きます。「宮嶋」の宮は古代ペルシシャ語に由来するとすれば、それは、「中央」ですが意味を転じて「(将軍または首領)の陣屋」を意味します。私は、この伝承はもしかして信頼に足るものではなかろうかと考えています。言葉を変えれば建御名方が率いる一隊が東方に向けて進軍(あるいは逃亡)したのが早くて七世紀末です。そのときには、この「宮」が(かっての)「宮」としてか、その時点で機能していたかどうかはともかく、その地に七世紀末に存在していたのです。

 ところで、世界遺産として名高い厳島神社の鳥居が海を隔てて本土を向いていること、そしてその鳥居から拝殿に通ずる参道が、南北、東西ではない方向、保母北西―南東を向いている(図参照)ことに、現ブログ管理人は注目しています。それは夏至時の太陽が沈む方向とも大きく異なっています。
(図:厳島神社の鳥居と参道)
190607宮嶋無題


 当然、現在の神社境内の配置は繰り返された改築後の姿ですが、かっての「宮」の門と本陣をつなぐ回廊の伝承がこの厳島神社の参道方位に表れている、と私は考えています。それは九州遠賀川の宗像三神社を貫く方向ともほぼ同じで在るともいえますが、それがおおざっぱではあるがシリウス方位をほぼ体現していたからではなかろうか、とも思えます。当然、古事記の記述を色々と飾り立てたがる日本書紀は、この神社についてもきわめてあっさりと書き記します。
(つづく)

+++++元国税調査官が暴く消費税増税の問題
これまでに、本国税局調査官が粟冠るみに出す消費税増是認冠する諸問題を転載してきました(5月22日記事、 2018年12月21日記事。今回はその第三弾です。
%%%%%元国税調査官が暴露。財務省が消費増税をゴリ押しする本当の理由
ビジネス2019.06.03 2082
by 大村大次郎『大村大次郎の本音で役に立つ税金情報』

先日掲載の「元国税が暴く『ヨーロッパに比べ日本の消費税はまだ安い』の大嘘」等で、消費税の「出鱈目ぶり」を指摘し続けてきた、元国税調査官で作家の大村大次郎さん。今回大村さんはメルマガ『大村大次郎の本音で役に立つ税金情報』で、それほど酷い税金「消費税」を財務省が推進したがる理由を暴露しています。
※本記事は有料メルマガ『大村大次郎の本音で役に立つ税金情報』2019年6月1日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め初月無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:大村大次郎(おおむら・おおじろう)
大阪府出身。10年間の国税局勤務の後、経理事務所などを経て経営コンサルタント、フリーライターに。主な著書に「あらゆる領収書は経費で落とせる」(中央公論新社)「悪の会計学」(双葉社)がある。
消費税のラスボスは財務省
これまで、このメルマガでは消費税がいかに欠陥だらけの税金なのかをご説明してきました。総務省の「家計調査」によると2002年には一世帯あたりの家計消費は320万円をこえていたが、現在は290万円ちょっとしかありません。先進国で家計消費が減っている国というのは、日本くらいしかないのです。これでは景気が低迷するのは当たり前です。
この細り続けている消費にさらに税金をかけたらどうなるでしょう?景気がさらに悪化し、国民生活が大きなダメージを受けることは火を見るより明らかです。実際に、消費税が上がるたびに景気が悪くなり、消費が細っていくという悪循環を、日本は平成の間ずっとたどってきたのです。
この欠陥だらけの消費税を一体だれが推進してきたのでしょうか?最大の「ラスボス」は財務省なのです。政治家が消費税を推進してきたように思っている方が多いかもしれないが、それは勘違いです。
政治家は、税金の詳細についてはわかりません。だから、財務省の言いなりになって、消費税を推奨してきただけです。むしろ、政治家は、消費税の導入や税率アップには、何度も躊躇してきました。増税をすれば支持率が下がるからです。
それを強引にねじ伏せて、消費税を推進させてきたのは、まぎれもなく財務省です。なぜ財務省は、これほど消費税に固執し、推進してきたのでしょうか?
「国民の生活をよくするため」
「国の将来のため」
などでは、まったくありません。ざっくり言えば、「自分たちの権益」を維持するためです。今号から2回にわたって、なぜ財務省が消費税を強力に推進してきたのか? 彼らが守ろうとしてきた権益とは何なのかを紐解いていきたいと思います。
財務省は財界の代弁者
まず最初に念頭に置いていただきたいのは、財務省のキャリア官僚にとっては、「消費税は実利がある」ということです。消費税が増税されることによって、彼らは間接的にではありますが、大きな利益を手にするのです。なぜなら、大企業と財務省は、根の部分でつながっているからです。
ただ財務省といっても、財務省の職員すべてのことではありません。財務省の「キャリア官僚」のみの話です。なぜ財務省のキャリア官僚が、消費税の増税で利益を得るのかというと、それは彼らの「天下り先」に利をもたらすからです。天下り先が潤うことで、財務省のキャリア官僚たちは、間接的に実利を得るのです。
財務省のキャリア官僚のほとんどは、退職後、日本の超一流企業に天下りしています。三井、三菱などの旧財閥系企業グループをはじめ、トヨタ、JT(日本たばこ産業)、各種の銀行、金融機関等々の役員におさまるのです。
しかも、彼らは数社から「非常勤役員」の椅子を用意されるので、ほとんど仕事もせずに濡れ手に粟で大金を手にすることができるのです。
財務省キャリアで、事務次官、国税庁長官経験者らは生涯で8億〜10億円を稼げるとも言われています。この辺の事情は、ネットや週刊誌を見ればいくらでも出てくるので、興味のある方は調べてください。
つまり財務キャリアたちは将来、必ず大企業の厄介になる、そのため、大企業に利するということは、自分たちに利するということなのです。
このメルマガでも何度か説明してきましたように、消費税というのは大企業にとって非常に有利なのです。というのも、消費税の導入や消費税の増税は、法人税の減税とセットとされてきたからです。
消費税が導入された1989年、消費税が3%から5%に引き上げられた1997年、消費税が5%から8%に引き上げられた2014年。そのいずれも、ほぼ同時期に法人税の引き下げが行われています。その結果、法人税の税収は大幅に減っています。
法人税は、消費税導入時の1989年には19兆円ありました。しかし、2018年には12兆円になっているのです。つまり法人税は、実質40%近くも下げられているのです。
「日本の法人税は世界的に見て高いから、下げられてもいいはず」と思っている人もいるかもしれません。が、その考えは、財務省のプロパガンダにまんまとひっかかっているのです。
日本の法人税は、名目上の税率は非常に高くなっていますが、大企業には「試験研究税制」「輸出企業優遇税制」などの様々な抜け道があり、実質的な税率はかなり低いのです。
日本の法人税が実質的に低いことの証左は、日本企業の内部留保金を見ればわかります。日本企業はバブル崩壊以降に内部留保金を倍増させ446兆円にも達しています。
また日本企業は、保有している手持ち資金(現金預金など)も200兆円近くあります。これは、経済規模から見れば断トツの世界一であり、これほど企業がお金を貯め込んでいる国はほかにないのです。
アメリカの手元資金は日本の1.5倍ありますが、アメリカの経済規模は日本の4倍です。経済規模に換算すると、日本はアメリカの2.5倍の手元資金を持っていることになるのです。世界一の経済大国であるアメリカ企業の2.5倍の預貯金を日本企業は持っているんですよ!
だから、本来、増税するのであれば、消費税ではなく、法人税であるべきなのです。なのに、なぜ法人税ではなく消費税を増税するのかというと、先ほども述べたように財務省のエリートたちは、大企業に天下りしていくため、彼らは財界の代弁者となってしまっているのです。
なぜ大企業は財務省キャリアを受け入れたがるのか?
官僚の天下りというのは、昔から問題になっていたことであり、何度も国会等で改善策が施されたはずです。官僚の天下りはもうなくなったのではないか、と思っている人もいるはずです。
確かに、財務官僚以外のキャリア官僚たちの天下りは、大幅に減っています。が、財務官僚の天下りだけは、今でもしっかり存在するのです。なぜ財務官僚だけが、今でも堂々と天下りをしていられるのでしょうか?
実は、現在の天下りの規制には、抜け穴が存在するのです。現在の公務員の天下り規制は、「公務員での職務で利害関係があった企業」が対象となっています。が、この「利害関係があった企業」というのが、非常に対象が狭いのです。
たとえば、国土交通省で公共事業の担当だった官僚が、公共事業をしている企業に求職をしてはならない、という感じです。が、少しでも担当が違ったりすれば、「関係ない」ことになるのです。
また、バブル崩壊以降の長い日本経済低迷により、企業たちも天下り官僚を受け入れる枠を減らしてきました。だから、官僚の天下りは相対的には減っています。しかし、財務官僚だけは、ブランド力が圧倒的に強いために、天下りの席はいくらでも用意されるのです。
財務省というのは、一般の人が思っているよりはるかに大きな国家権力を持っています。財政だけじゃなく、政治や民間経済にまで大きな影響を及ぼしているのです。日本で最強の権力を持っているとさえいえます。そのため、その権力をあてにして、大企業が群がってくるのです。
しかも、企業にとって、財務官僚の天下りを受け入れるということは、税金対策にもなります。財務省は国税庁を事実上の支配下に置いており、徴税権も握っています。そのため各企業は、税金において手心を加えてもらうために、競うようにして財務官僚の天下りを受け入れているのです。
つまりは、大企業が税金対策のために財務官僚を天下りで受け入れていることが、国民全体に大きな損害をもたらしているといえるのです。
もし財務官僚を「上場企業への天下り禁止」などにすれば、国の税制は大きく変わるはずです。少なくとも、今のような大企業優遇、消費税推進などの流れは必ず変更されるはずです。
%%%%%(メルマガ『大村大次郎の本音で役に立つ税金情報』より一部抜粋)

東征は日向から。何故?(2), 全野党は小沢氏の提言を重く受け止めよ!

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:植え立ての稲苗の隙間をヨタヨタ歩く鴨。数年前ですが、同じような状況でヨタヨタ歩く鴨が水田の深みに脚を取られずっこけるのを目撃しました。そのときはレンズでそれを捉えられなかったので、今回はそれを期待してレンズが追っかけましたが、期待したシーンはありませんでした。  尻振り鴨1906056505

 二年前 声涙くだる 訴えが 民の心を 捉えたはずじゃ

 二年前の2017年、民進党・前原代表(当時)の突然の裏切り的解党に抗して急遽立ち上げられた立憲民主党・枝野氏のアッピールはまさに感動を呼びました(2017年10月6日記事)。それが、どうしちゃったのか?!昨今の立憲民主党は?
「豪腕・小沢の幻影」に怯えたのか?、来る国政選挙(参議院選挙に加え、衆議院選挙が同時に実施されるやもしれない)に向けて安倍政治打倒にすべての力を結集すると思いきや、未だに「数合わせ」には与しないなどと「ほざいて」います。実相は、勝手にライバルと思い込んでいる「国民民主党」と手を組たく無いんだろうとの噂が飛んでます。

(図:小沢氏の訴えを掲載する日刊ゲンダイ紙。拡大は図のクリックで)
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 前々回記事に紹介した内田樹氏の発言(東京新聞記者望月衣朔子氏の著書「安倍晋三大研究」への寄稿)で指摘されるように安倍氏は日本政治史に突然出現した未曾有の無能・無知トップです。検察・警察という国家権力の中の暴力装置に守護されて私欲を貫徹せんとする最も忌むべき権力者です。それがゆえに本来健全な思考を保持していたはずの政府与党たる自民党も完全に「安倍翼賛政党」に堕してしまいました。暴力装置に守られる政権を覆すには、大多数国民が意志を一致して、唯一の民主的仕掛けである選挙を通じて、それを成し遂げるしか方法は無いのです。枝野氏にはそこのところをしっかりと考え、野党大団結の要の役割を果たして欲しい。これが私の切なる願いでもあります:
  
参考:小沢氏のTVでの発言
天木直人氏の枝野氏への警告 

+++++東征は日向から。何故?
 大隅半島には「壬申の乱の頃、天智天皇が逃げてきた」との伝承があることを前回記事で、書きました。これは、著名な建築家渡辺豊和氏がHPで書いていたことです。残念ながら、このHPは現在アクセスできません。氏はこのHPを閉鎖してしまったからです。渡辺氏には、氏の著作「扶桑国王・蘇我一族の真実」(新人物往来社刊)に接して以来数回、メールを差し上げたことがあり、その都度、丁寧なご返事を頂いていました。五年ほど前に、私の「邪馬台国仮説」を読んでいただきたく、メールを差し上げたところ、目が不自由となり読み書きから遠ざかっている日々であるとのご返事を頂きました。そうした事情からHP閉鎖やむなしとの決断をされたのやも知れません。

 私は「天智天皇の大隅半島」への「亡命」は何がしかの史実が色々と脚色され、変化しながらも伝承されたのだろうと考えています。例えば「天智天皇」とあるのは、私の仮説に従えばそれは天武天皇であるはずです。さらに言うならば、実際は「阿毎多利思比弧」(隋所が書く倭国王)の係累である「大海王子」(仮称、大=王、海=(阿)毎)であったろうと思っています。この王子はすでに書いたように邪馬台国を支えた「彌奴」(ミナ=三七、宗像)国の娘を妃としたことから古事記では「建御名方」命と書かれる人物です。「ミナカタ」が「宗像」に転化したことが明らかだからです。
 ところで、三世紀に死去した卑弥呼は「狗奴」(九七か?)国と「投馬」(十女国)国の境に位置する西都原(さいとばる)に埋葬されています(2013年9月2日記事)。九州に攻め入った葦原中国(オシを名乗る東西の蝦夷国に挟まれた国を意味する)軍勢は、唐・新羅連合軍の支援を得て、西側の蝦夷国を敗残に追い込みます。これが西暦672年の「壬申の乱」です。すなわち壬申の乱の舞台は近畿ではなく九州であったのです。これについては、戦乱の地名、万葉集の詳細な解読から導き出した結論でして、その過程を本ブログでも詳しく書いてきました(例えば、2018年5月4日記事2013年5月13日記事)。逃げ場を卑弥呼の墓所に求めた「大海王子」(建御名方」命)は、そこから反撃を決意し、その途に着いたのです。

古事記は以下を書きます:
%%%%5古事記より
原文:即自日向發。幸行筑紫。 故到豐國宇沙之時。其土人。名宇沙都比古。宇沙都比賣〈 此十字以音。 〉二人。作足一騰宮而。獻大御饗。 自其地遷移而。於筑紫之岡田宮一年坐。

文意(岩波文庫「古事記」79頁より
原文:まずは日向より出發し筑紫方面へ幸す。 豐國の宇沙に、ついたとき、そこの土(くに)人で名を宇沙都比古、宇沙都比賣の二人が足一騰宮(足一つあがりのみや)を作り大御饗を獻する。 自其地遷移而。於筑紫之岡田宮一年坐。
%%%%%
 まずは、宇佐に立ち寄ります。九州に散在した蝦夷残党を糾合することが目的であったか、それとも壬申の乱の終盤での「大海王子」軍の拠点であった宇佐の奪還であったのか?私は後者であったろうと考えています。西暦720年に隼人の乱が勃発し、一年余の戦闘の後九州で鎮圧され、西暦721年に征伐にあたった将が1400名余の捕虜を引き連れて帰還します。伝承によれば、反乱軍が立てこもったのが曽於乃石城(そおのいわき)と比売之城(ひめのき)の2城(ウイキ) と言われています。宇佐神宮には隼人の霊を弔うかのような言い伝えが多くあります。現ブログ管理人は、これらの言い伝えは、神武天皇東征出発地が日向」であったことと密接に関係していると考えています。すなわち七世紀後半、「大海王子」が藤原一族による軍事侵攻(壬申の乱)に抗戦したが敗北のやむなきに至り、九州の地を離れ奈良の本拠地に反撃の戦を仕掛けた。しかし、どうやらそこでもいわば「返り討ち」に遭い、結局和歌山県熊野からさらに東に逃げ、現在の諏訪湖で捉えられ降伏したのです。
 このような問題を抱えていたからこそ、聖武天皇は徘徊(三つの地に遷都先を探す)の挙句に決意したのが東大寺建立です。西暦745年の開眼供養に際して宇佐神宮に祀られる霊の鎮魂を意図し禰宜の参列を天皇は要請しています。思えば、こうした「鎮魂」の儀を行わねば成らなくなった源は西暦645年の乙巳の変です。まさにその100年後に大仏建立の詔が発せられます(これは現ブログ管理人の考えすぎかもしれませんが)。それはさておき、反藤原不比等の思いをこめた軍団が出発直後に宇佐に立ち寄る理由があったのです。
 蛇足ですが、宇佐神宮の主祭神が応神天皇、神功皇后に加えて宗像三神であることが上記から分かるのです。神社の祭神としてどなたを当てるのか?多分、これは後世の学者知識人が知恵を絞って、時には新たに神を創ってそこに鎮座します。この宇佐神宮に関してはそうした作業が必要ではなかったろうと想像しています。なにせ鎮魂さるべきは「建御名方」命と明確だからです。
 
 宇佐神宮の参拝様式は「仁礼四拍手」であり、それは出雲大社の参拝様式と同じです。かって故梅原猛氏はこの「四拍手」に着目し「四」は「シ=死」を暗意したのだろうと「神々の流讒」で書きました。すなわち大和政権によって死に追いやられた大国主命の無念を慰霊する参拝であることを指摘しました。こうした様式を考え出したのが、多分東大寺・大仏建立、開眼の頃ではなかったかと想像しています。そもそも「四」に相当する数(かず)を日本列島原住民は「ヨン、ヨッツ」と音していた筈で、それは「シ」ではなかったのです。それを漢風音である「シ」として、「死」を結び付けているのです。こうした参拝様式も「藤原不比等の「祟り」恐怖発想に由来するのでしょう。
 さて、この反逆の汚名を着せられたのが「隼人」すなわち「ハヤブサ」です。古代史学者は「南九州にいた一族」とし、それが定説となっているようです。
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 はやぶさ」は「タカ」の一種です。すなわち、この反乱軍は「高(タカ)」であったのだろうと私は想像しています。しかし、この呼称は「隼人の乱」の政治的意図を明るみに出してしまいます。そこで、「タカ」を「ハヤブサ」に書き換えて続日本紀に記載したのだろうと思っています。「隼人」なる部族は存在しなかったのです。

 結局宇佐に長逗留はできず、筑紫之岡田宮にうつり一年とどまったと書きます。岩波文庫「古事記」の校注者は「遠賀川下流域の芦屋」であろうと書きます。ここには「岡垣」なる地があります。「垣」とありますから、砦のようなものがあり、そこに拠して若干の小規模な反抗戦があったのかなと、想像しています。なぜならばこの地は現在の宗像の近く、すなわちかっての胸形氏(三世紀半ばの彌奴=三七)の支配域、すなわち「大海王子」の本拠地の一つであったはずです。
(つづく)

金子勝氏復帰、神武東征出発地は日向、何故(?1)、賃金各国比較

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:木間越しに水田を撮ったら、湖水地帯の風景となりました。”先週末、イタリアに行ってきました”と見栄を張ろうと思いましたが、そばで田植えトラクタが一生懸命働いているのを見て、虚偽の世界から身を遠ざけました。拡大は図のクリックで)
190603水田無題


 ルーマサさん 無事生還し 早速に 吼える吼えます 安倍氏の無能を

 まずは経済学者・金子勝氏の回復を喜びたいと思います。毎週金曜日のラディオ文化放送でいつもの「ルーマサ節」(室井佑月氏による呼称)を聞くことができました。安倍氏周辺の謀略組織による金子勝慶大名誉教授への蛮行を案じていましたから、まずはヤレヤレであります。190531ootake 

 +++++「神武東征経路」を眺める
 このところ高田崇史の小説を読んでいます。推理小説仕立てであることに惹かれたのではありません。小説に登場する神社、神々、天皇について、氏自身であるのか、先人学者さんの意見であるのかは定かではありませんが、多くの(仮)説が紹介されているからです。現ブログ管理人には限られた時間内でそうしたことが論じられている多くの文献に目を通すことができませんから、まことにありがたいことと思っています。勿論、そこで、展開される(仮)説のほとんどに私は同意できません。そうではあっても「須賀=蘇我」ではなかろうか?なぞといった推論が導かれる議論に遭遇すると、それは私の年来の主張ですから、その思考過程をなぞっています。

 先人の研究の多くは、古代の神々と天皇、神社について記紀の記載から出発します。これは当然のことですが、何せ記紀の編纂と時代を同じくする文書は全くありませんから傍証はありません。しかも、先人たちはどういうものか万葉集初期歌群を軽んじる傾向があります。従って、多くの考察は八世紀半ば以降の神社・仏閣に残る文書とそれに基づく「想像」です。好意的な言い方をするならば記紀の「深読み」です。かくして、「想像に想像を重ね」なにやら「史実」らしき結論に至るようです。古神社の由緒書などはそうした著名な学者または平安から江戸時代にまたがる僧・公家、武士などの到達した「史実」を基に作成されています。ところが、逆もあるようです。すなわち、由緒書が書く当該神社の主祭神のプロフィールが新たな「筋書き」を生んで、小説やらエッセイやらのネタとなったりします。高田小説はそうした先人たちの考察をマメに参照しているので、思考の経緯をうかがい知ることができます。

 こうした考察から一つ大切なことに気づきます。それは、改めて古事記・日本書紀に所載される多くの説話の由来と、背景にある編纂者の(政治的)思惑への関心です。こうした説話を「無」からひねり出すことは難しい。一見奇想天外・荒唐無稽にみえる[説話]に何がしかの「史実」を嗅ぎ取る考察が求められっています。ところが、先日逝去された梅原猛氏が記紀から嗅ぎ取り体系化した日本列島古代史観がこの考察作業を一変させてしまったようです。あたかも、「怨霊思想」が日本列島の七世紀以前にも民の思考底流にあったかの如き議論が昨今の在野の古代史愛好家、古代史題材の小説・随筆に溢れています。誠に安易と私は考えています。

「怨霊・祟り・鎮魂」は、キリスト教、仏教など外来宗教の影響であろうと私は考えています。すなわちキリスト教が言う「復活」、であり仏教の「輪廻」です。これによって報復がときに[実現]されるからです。「怨霊・祟り・鎮魂」を日本列島の信仰体系に持ち込んだのは藤原不比等であったと考えています。まさに日本書紀を編纂した七世紀末にキリスト教、仏教を取り込み、渡来族のゾロアスタ教と対抗させたのです。

 と言うわけで、空白の三世紀から七世紀初頭、そして激動の七世紀の日本列島史解明には記紀と万葉集にのみこだわり、それら古書の文字にのみ依拠して日本列島古代史を紐解く作業がまずは基本であろうとあらためて思っています。言葉を変えるならば、八世紀半ば以降のさまざまな「解読書」は目を通すだけにとどめることになります。

 さて、前置きが長くなりました。最近二回の記事で、[神武東征]について書きました。「心ある」古代史研究者は、そのような歴史的事件は無かった。日本書紀・古事記編纂に当たっての政治的思惑から編纂者が「捏造」したのである、と語ります。そして同様のアクションを為したのは実は[神武]ではなく崇神天皇であろうと大方の研究者は考えているようです。しかし、本ブログではその崇神天皇の事跡も定かではないことを指摘してきました。
 そこで、しばしの脱線をお許しいただいて、神武天皇の東征の足跡を古事記に従って追ってみたいと思います。敢えて、日本書紀をその追跡の道案内に選ばない理由は当初の古事記編纂にこめた政治的思惑を強調するがあまりに、日本書紀には「修飾文」が多すぎるからです。

%%%%%まずは古事記冒頭部分です
原文:神倭伊波禮毘古命。〈 自伊下五字以音。 〉與其伊呂兄五瀬命〈 伊呂二字以音。 〉二柱。坐高千穂宮而。議云。坐何地者。平聞看天下之政。猶思東行。即自日向發。幸行筑紫。 故到豐國宇沙之時。其土人。名宇沙都比古。宇沙都比賣〈 此十字以音。 〉二人。作足一騰宮而。獻大御饗。 自其地遷移而。於筑紫之岡田宮一年坐。 

文意(岩波文庫「古事記」79頁)
神倭伊波禮毘古(かむやまといわれひこ=神武天皇のこと)命と其の伊呂兄(母を同じくする兄)の五瀬(いつせ)命の二柱は高千穂宮において「どこにいれば、天下之政をすることが適切であるか」と、検討し、結果その地を求めて東に行くことを決め、直ちに日向を出発した。まずは筑紫に向かった(日本書紀編年に従えば西暦紀元前771年のこととなる)。
 そして、豐國の宇沙に着いたとき、其の土人(くにびと)で名は宇沙都比古と宇沙都比賣の二人が足一騰宮(足一つ上がりのみや)を作りて大御饗を獻じた。自其地(その地より)移動し、筑紫之岡田宮にて一年をすごす。
%%%%%

 [扶桑国王蘇我一族の真実](新人物往来社、1996)を著した渡辺豊和氏(元京都造形芸術大学教授)はかって開設していたHPで「九州宮崎から大隅半島にかけて天智天皇が(壬申の乱の後)亡命してきたとの伝承」を書いていました。大隅半島が舞台の騒乱といえば養老四年(西暦720年)二月二十九日に勃発した隼人の乱です。この乱の真っ最中の八月三日に藤原不比等が死去します。ところで、大分県宇佐神宮は三柱の祭神に加えて、隼人族の鎮魂がこめられていると 由緒は書きます。古代史に登場する神々は多く、その中には「ハヤ」を含む神も少なくありません。多くは「速」成る漢字を当てられています。私は「隼人族」なるものは後世の学者がこしらえあげたものでそれは実在せず、この「ハヤ」に由来を同じくするものと思っています。それはさておき、古事記が「神武天皇」の東征への出発地を「日向」としたために、その人物と重なる天智天皇が「亡命した」との伝承になったのではなかろうかと想像しています。実際は壬申の乱で九州南部から南端の宮崎に逃れた倭国王(多分建御名方)ではなかったかと考えています。それでは、何故、宮崎の日向が東征の出発地点となったのでしょうか?それを次回考察します。
(つづく)

+++++憂国談義あれこれ
 米国大統領が日本滞在中に安倍氏の期待を無残にも破って口走った諸事項は国民には深刻な「生きる」(農業関連の貿易協定)、「安全」(米国製軍事兵器大量購入とイラン共同出撃)に関わる問題です。ところが、こうした国民の疑念をはらす場である国会予算委員会が二月以上に渡って開催されていません。ジャーナリズムは時を同じくして発生した「中年ヒキコモリ」関連の事件のみを大騒ぎし、安倍氏の「見苦しいおべんちゃら接待」には時間を割きません。しかし、この間も色々な事実が、国民の怒りを誘う事実が明るみに出ています。以下はその一つです:
%%%%%森ゆう子「OECD発表値ではこの17年で📌主要先進国は賃金が8割上がっている。日本だけが唯一のマイナス。しかもー9%」<朝生>

森ゆう子「OECD発表値ではこの17年で主要先進国は賃金が8割上がっている。日本だけが唯一のマイナス。しかも-9%なんです」
田原「えっ!? 8割もなの!?」
これ、自民党の失政以外に何と言ったらいいの?
190603OECD賃金El3hX

<<関連情報>>
mura@dembay1958
因みにこの間の物価上昇率は、米国で平均で約2.5%、ドイツで約1.5%、日本はほぼ横ばいです。従って1995年を100とすると、2012年では米国の物価は150強、ドイツは130弱、勿論日本は100のままです。同じくGDPの変化は米国216、ドイツは135、日本は113となります。
%%%%%以上朝まで生テレビ! 2019年05月31日より引用抜粋

 さて、安倍氏の姑息さは、自分の「手柄」しか後世には残さない、とのなんとも情けない政治姿勢です。そこには日本国の先行きの政治への蓄積となる教訓、経験をつたえようなぞの気持ちは一切ありません。これだけでも一国の政治を与る政治家としては失格です。
%%%%%https://news.yahoo.co.jp/pickup/6325462安倍首相面会記録、官邸作成せず=菅官房長官 6/3(月) 12:23配信
 菅義偉官房長官は3日の記者会見で、安倍晋三首相が省庁幹部と面会する際の記録について「説明・報告を行う各行政機関で必要に応じて作成・保存するとされている」と述べ、首相官邸では議事録などを作成していないと説明した。
災害に関する簡潔な報告など、一部の面会では省庁側でも記録を作成していないと認めた。
こうした対応で政策決定過程を記録できているかとの質問に対しては「できていると思っている」と語った。
%%%%%
 この記事に多くのコメントが付されていました。そのうちのいくつかを紹介しておきます。
(1)記事録を作らなければ問題発言や失言等があっても後から追求されることもありませんからね。国家レベルでこれを行っていいのでしょうか?森友加計問題以降、ますます嘘の上塗りがひどくなってきましたね。これは吉田慎也みたいな詐欺師連中なんかと何も変わらないレベルだわ。それこそそのうち某国みたいに情報規制が行われてこの国は一党支配になってしまうのではないでしょうか。
(2)明らかにおかしい。機密なら機密で一定期間機密を保てば良く作成しないのは政権の恣意的な隠蔽である。何をしたか常に権力には責任がついて回るべき
(3)なるほどね、もりかけ問題の教訓はこういう形で現れたか。証拠を残すから追及される、後ろめたいことをする時は証拠を残すな。いい加減、次の選挙では野党が伸びないとまずいだろう
%%%%%

こうした暗いニュースへの一筋の光りと期待されるのが「太郎君」です;
(図:日刊げんだい紙6月2日付け、拡大は図のクリックで)
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南海トラフ南東沖(2、居眠り太郎)、神社の起源、安倍を論ずる(内田樹)

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:朝の散歩で見かけた小鳥と用水堀の蛙。図拡大はクリックで) 
190531小鳥と蛙無題

 あけがらす ひばりの唄の じゃまをして 畑の雉に ヤメロっと叱らる

いつものとおり、当地の散歩銀座通りでは雲雀が体全体をふるわせて唄を歌っています。ところが、木立の中の烏がぎゃーぎゃーとひばりが奏でるコルラツーラの邪魔をしています。雲雀の唄に聴きほれていた雉が、カラスに向かって「ダマレイッ!!」と叫んでいます。

+++++南海トラフ南東沖(2)
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5/31(金) 8:09配信南海トラフ地震、死者最大23.1万人=従来想定から9万人減−中央防災会議
(図:中央防災会議。麻生氏、明らかに居眠りしていますな!)
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 政府の中央防災会議(会長・安倍晋三首相)は31日、首相官邸で会合を開き、南海トラフ地震の最新の被害想定を公表した。 死者・行方不明者数は最大約23万1000人で、2012年8月に発表した従来想定の同約32万3000人から約9万人減少。内閣府は住民の津波からの避難意識が向上したことなどが主な要因と分析している。
 内閣府は、人口やライフラインなどのデータや、津波の避難意識に関する住民アンケートの結果に基づき被害想定を再計算。南海トラフ地震の防災対策推進基本計画のフォローアップ結果に盛り込んだ。
 最新の想定では、全壊または焼失する建物も、従来想定の最大約238万6000棟から同約209万4000棟に減少。内閣府は建築物の建て替えや耐震改修が影響しているとみている。ただ、被害想定は人口の変動などの社会的要因で今後も変動する可能性があるとして、政府は計画に基づいた個々の施策を引き続き推進する方針だ。
%%%%%
 こうした被害予測は、一般国民というよりは行政がしかるべき対策を採るに当たっての予算獲得を後押しする論拠となります。今回の被害想定は、当初の見積もりより小さいと言いますから、行政担当部局はこれからの予算獲得で「苦戦」するのかもしれません。
 それはさておき、5月10日の日向灘m6.3の地震は、近い将来必ず来ると地震学者たちが注意を喚起している南海地震の予兆であるのか?残念ながら専門家も含めてそれに応えることができる人がいません。5月24日記事に紹介したように、気象庁担当官は、考え付く限りの手法を動員してのデータ分析から何がしかの予兆らしき変化を嗅ぎ取ろうとしています。ロバート・ゲラー氏が冷笑するように、そうした努力は報われないのかもしれませんが、気象庁が展開する調査は自然現象相手の研究ですから、それは蓄積として後世の研究者に受け継がれ、やがて何がしかの大きな知見になるのだろうと思っています。

 と、言うわけで、気象庁が抱え込む知力・体力には到底及ばない私が気象庁の真似を手元のPCを駆使して追いかけても仕方がありません。そこで、まずは南海トラフ東側の東南沖の地震活動に着目することにしました。
(図:2011年3月11日以前の東南海トラフ沖の地震活動(気象庁データベースを元に現ブログ管理人が)作成)。点の色はマグニチュード(図の下に対応リスト)。拡大はクリックで)
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 東南海トラフの沖の地震活動に注目した理由を図の左側の小図で以って示します。小図では、2000年からあの東日本巨大地震発生直前(2011年3月11に14時40分まで)の紀伊半島南東沖の地震活動が赤い点で示されています。が、あのあたり一帯が真っ赤になるほどの多い地震活動を図の作成前には予期しませんでした。マグニチュード下限を3に設定すると、その発生個数が15000を超えてしまい、現ブログ管理人が所有するPCではすべてを表示できない程です。そこで、小図の四角黒枠で示す領域について、マグニチュード下限を3.5に上げて、同じ作業をすると地震の数を2000余に減らしました。
 グーテンベルグ・リヒタの関係式(地震の発生数のマグニチュード依存性)に照らすならば、2000余という数は少なすぎで、6000近くが予期されるます。これも誠に不思議なことで、マグニチュード3以下の地震が異常に多いのです。後日、これについても調査する必要がありそうです。
 そこで、この東南海トラフ・南東沖地震活動の発生頻度を時間軸、そして空間軸で調べてみます。結果は次回考察します(下に掲載する内田樹氏の文章が長いので、それを優先しました)。
(つづく)

+++++「紀」国考察(4)
 「紀伊」がペルシア語の王(の国)を意味する「kiya」の表音漢字であると考えると、現在の和歌山県の「日崎宮」には、ペルシア語を背負って渡来した民の信仰の痕跡が遺されているはずです。実際、この神社の参道は、真北には向いておらず、5度ほど反時計周りにずれている、すなわち北々西に傾いていることを5月29日記事に掲載した神社境内から明瞭に見ることができます。この方位は、七世紀頃の夏至日の真夜中に、シリウス星が天空に輝く位置をなぞったものです(実際の方位計測には大変な作業が伴います)。本ブログでは具体的天体計算でもってその方位を示してきました(例えば2010年1月18日付記事)。

 列島のあちらこちらの古社(創建が定められないほどに古い神社、神宮)という「施設」は藤原不比等が「天下を取る」(実質的に日本列島の政権を担う立場になったとの意)以前には存在しなかったと考えています。八百万の神々の多くは巨石(磐)、巨木、山に憑依していますから、建設物は不要です。小祠で十分です。例えば、日本書紀巻二十九が書く広瀬・竜田2011年3月7日記事は、そうした神社が七世紀半ばには存在していなかったことを想像させます。
 和歌山県の「日前宮」は、「主」(あるじ、王自身か、重要側近か)が座(いま)す陣屋跡であったろうと考えています。陣屋の玄関あるいは敷地を囲む瑞垣の入り口には、現在の「鳥居」に相当する門があったはずです。「トリイ」の「トリ」は隋書倭国伝が書く王の号である「多利思比弧」の「タリ」に由来すると思っています。これは古代ペルシヤ語の「照らす」を意味する「tali」に由来します。この門はシリウス星の方位を向き、さらには門から陣屋へ向かう通路もまっすぐシリウス星の方位を走るよう設計・配置されていたのでしょう。

 この倭王および重臣・側近の陣屋が、藤原不比等が統帥する軍事的殲滅作戦で、次々に攻略・破壊されます。倭王に従ってきた蝦夷と称される多くの民が虐殺されたのでしょう。わずかに生き残った倭国一派は決死の反撃をしますが、大方は返り討ちに遭います。反撃は結局のところ地下にもぐりゲリラとなります。神出鬼没なゲリラ活動に心を寄せる民は少なくなく、暗殺、火付けなどが横行し藤原不比等指導部は大いに悩まされたに違いありません。それらは殺戮された民の報復、一族の呪いであるとして「鎮圧強化策」が検討されます。それは硬軟二つの側面が在ったはずです。「軟」策では、敗残した蝦夷の陣屋が再建され、そこに、鎮魂の対象となる「犠牲者を神体」として安置する。「カム」(神と後に標記される)を奉ずる「アシ」(後にヤシロ=社と標記される)なる民であるとして「神社」なる漢字表記を作り出します。因みに「神社」はれっきとした日本語で、たとえば学研漢和大辞典(藤堂保明編)には載せられていません。日本列島における神社の始まりです。その「呪い鎮魂」の嚆矢こそが現在の千葉県の香取神社であったのです:
その事情を日本書紀「神代紀(上)」が書きます。
%%%%%日本書紀・巻(二)神代紀(下)《第九段一書第二》
原文:一書曰。天神遣経津主神。武甕槌神、使平定葦原中国。時二神曰。天有悪神。名曰天津甕星。亦名天香香背男。請、先誅此神。然後下撥葦原中国。是時斎主神号斎之大人。此神今在乎東国楫取之地也。

文意(岩波文庫「日本書紀(二)」p.136):
天神(あまつかみ)は経津主神と武甕槌神を遣して葦原中国を平定せ使む。この時二神が言うには「天に悪神が有る。名は天津甕星といい、亦の名は天香香背男である。請う。先ずは此神を誅し、然後に下りて葦原中国を撥え。是時、斎主神は斎之大人と号する。此神は今は東国の楫取之地也在乎。
%%%%%
 日本書紀のこの行はまさに難敵であった「蝦夷」の主要部隊であった天香香背男を倒したけれでも、残党の反逆すさまじく、その対処として彼らをいっそうの武力強化ではなく、慰撫することを通じた鎮魂で達成することを書いているのです。その際、武力を行使する武甕槌神に同行したのが経津主神です。「フツ」は仏です。鎮魂のためには外来の宗教である仏教の助けを得ようという作戦であったのです。

 さて、こうして陣屋跡に作られたのが神社です。そこでは彼らの信仰への敬意こそが重要であるので、とりわけ「シリウス方位」を再現することが肝要です。それを最も明瞭に体現できるのが拝殿、参道、鳥居の三点セットということになります。そこで、もう少しだけ脱線をお許しいただいて、神武天皇が紀国までの経路で立ち寄った先の地について日崎宮と同様の痕跡があるのか否かを次回に眺めて見ることにします。
(つづく)

+++++ 安倍を論ずる
 いまさら、知性欠落、民への思い欠如の安倍氏をあれこれ論じても仕方ないのですが、偶々、全体的に安倍氏を評する議論を見つけたので掲載しておきます。日本列島政治史上でも類まれなほどに知性・道徳心の欠如した人間が警察権力に周囲を固めて首相の座に七年も居座ってきたという構図を指摘しています。
%%%%%望月衣塑子『安倍晋三大研究』から 2019-05-28 mardi 内田樹の研究室
東京新聞の望月衣塑子さんと特別取材班による『安倍晋三大研究』(KKベストセラーズ)の中で望月さんと対談をしている。その中の私の発言の一部を「予告編」として掲載する。

今回のトランプ来日の「異例の接待」に安倍政権の従属的本質が露呈したが、その仕組みについても私見を述べている。

 安倍さんがつく嘘には、「シナリオがある嘘」と「シナリオのない嘘」の二つがあるみたいですね。とっさに口を衝いて出た「シナリオがない嘘」から始まって、「シナリオのある嘘」へと移ってゆく。

 もろもろ不祥事のきっかけは、首相の意図せざる失言です。「それは言ってはダメ」ということを不用意に洩らしてしまう。その場で自分を大きく見せようとしたり、相手の主張を頭ごなしに否定するために「言わなくてもいいこと」を口走ってしまう。その点については自制心のない人だと思います。「その点についてはさきほどは間違ったことを申し上げました。お詫びします」とちょっと頭を下げれば済むことなのに、頑強に誤まったことを拒否する。

 性格的に自分の非を認めることがよほど嫌なんでしょうね。だから、明らかに間違ったことを言った場合でも、「そんなことは言っていない」「それは皆さんの解釈が間違っている」と強弁する。「立法府の長です」なんていう言い間違いは、国会で平身低頭して謝らないと許されない言い間違えですけれど、これについても絶対に謝らなかったですね。間違いを認めず、勝手に議事録を改竄した。

「立法府の長」とか「私や妻が関係していれば」発言がその典型ですけれど、不用意なことをつい口走ってしまう。その失敗を糊塗するために、官僚が走り回って、つじつまを合わせて、もともと言ったことが「嘘ではないこと」にする。首相の不作為の「言い損ない」がまずあって、それをとりつくろうために官僚たちが「シナリオのある嘘」を仕込む。第二の嘘には間違いなく「シナリオライター」がいると思います。誰か「嘘の指南役」がいて、「こういうステートメントでないと、前言との整合性がとれないから、これ以外のことは言ってダメです」というシナリオを誰かが書いている。(...)

 こういう違法行為で最終的に罪に問われるのは、実行犯である官僚たちなわけですよね。政治家はあくまで「私は知らない。そんな指示を出した覚えはない」と言い張る。それに、官僚たちにしても、たしかに具体的な指示を聞いたわけではないんです。上の人間に皆まで言わせず、その意向を察知して、「万事心得ておりますから、お任せください」と胸を叩くようなタイプでないと出世できない。だから、「忖度」というのは政治家と官僚が「阿吽の呼吸」で仕事をしている限り、原理的にはなくなることはないと思います。
(...)

 首相の「とにかく非を認めるのが嫌だ」という頑なさは常軌を逸していると思います。でも、人は失敗を認めないと、誤りの修正ができない。失敗を認めない人は同じ失敗を繰り返す。過去の失敗だけでなく、これから取り組む政治課題についても、自分の能力が足りないから「できない」ということ言いたくない。だから、「できもしない空約束」をつい口走ってしまう。人格的な脆弱性においてここまで未成熟な為政者をこれまで戦後日本にはいたことがない。このような為政者の登場を日本の政治プロセスは経験したことがないし、予測してもいなかった。だから、そういう人間が万一出て来た場合に、どうやってこの為政者がもたらす災厄を最小化するかという技術の蓄積がない。

 アメリカは、その点がすぐれていると思います。デモクラシーというのは、つねに「国民的な人気があるけれど、あきらかに知性や徳性に問題がある人物」を大統領に選んでしまうリスクを抱えている。アメリカでは、建国の父たちが、憲法制定時点からそのリスクを考慮して、統治システムを設計した。「問題の多い人物がたまたま大統領になっても、統治機構が機能し続けられる」ようにシステムが作られている。

『アメリカのデモクラシー』を書いたアレクシス・ド・トクヴィルがアメリカを訪れたときの大統領はアンドリュー・ジャクソンでした。トクヴィルはジャクソンに面会して、このように凡庸で資質を欠いた人物をアメリカ人が二度も大統領に選んだことに驚いていますけれど、同時に、このような愚鈍な人物が大統領であっても統治機構が揺るがないアメリカのデモクラシーの危機耐性の強さに対して称賛の言葉を書き記していました。

 いまでもそうだと思います。ドナルド・トランプは知性においても徳性においてもアメリカの指導者として適切な人物とは思えませんけれど、とにかくそれでもアメリカのシステムは何とか崩れずに機能している。議会や裁判所やメディアが大統領の暴走を抑止しているからです。

 アメリカ人は政治に大切なものとして「レジリエンス(復元力)」ということをよく挙げますけれど、たしかに、ある方向に逸脱した政治の方向を補正する復元力の強さにおいては、世界でもアメリカは卓越していると思います。そして、いまの日本の政治過程にいま一番欠けているのは、それだと思います。復元力がない。

 日本の場合、明治維新以後は元老たちが総理大臣を選んできました。非民主的なやり方でしたけれど、「国民的人気はあるけれど、まったく政治的能力のない人間」が登用されるというリスクは回避された。戦後の保守党政治でも、「長老たち」の眼鏡にかなう人物でなければ首相の地位にはつけなかった。でも、そういう「スクリーニング」の仕組みはもう今の自民党では機能してないですね。(...)

 彼の生育環境がどうであったか、どのようなトラウマを抱えていたのか、そういったことを心理学的に分析することは安倍政治を理解するためには、いずれ必要になると思います。でも、問題は彼の独特のふるまいを説明することではなくて、嘘をつくことに心理的抵抗のない人物、明らかな失敗であっても決しておのれの非を認めない人物が久しく総理大臣の職位にあって、次第に独裁的な権限を有するに至っていることを座視している日本の有権者たちのふるまいを説明することの方です。いったい何を根拠に、それほど無防備で楽観的にしていられるのか。僕にはこちらの方が理解が難しい。どうして、彼のような人物が政治家になれ、政党の中で累進を遂げ、ついに独裁的な権限をふるうに至ったのか、それを可能にした日本の統治機構と有権者の意識の方に関心がある。

 これは安倍晋三という政治家個人の問題ではなくて、日本のデモクラシーの制度の問題だからです。この六年間、ずっと政権批判をしてきましたけれど、最終的に、安倍晋三という個人を分析してもあまり意味がないというのが僕の得た結論です。彼を「余人を以ては代え難い」統治者だと見なしている多くの日本人がいるわけですけれど、そのような判断がいったいどういう理路をたどって成立するのか、その方に僕は興味がある。安倍さんはいずれどこかの時点で首相の地位を去る。でも、彼を独裁的な権力者にして担ぎ上げた政治体制と国民意識がそのあとも手つかずで残るなら、いずれ第二第三の安倍晋三が出てくることを防ぐ手立てがない。(...)

 彼を担いでいるのは「対米従属マシーン」という政官財学術メディアを巻き込んだ巨大なシステムです。彼らは日本の国益よりアメリカの国益を優先的に配慮することによって、アメリカから「属国の代官」として認証されて、その地位を保全されている。清朝末期にいた「買弁」と機能的には同質のものです。

 ただ、清末の買弁が自分たちは「悪いこと」をしているという犯意があったのに対して、日本の対米従属マシーンのメンバーたちにはその意識がありません。彼らは「アメリカの国益を優先的に配慮することが、日本の国益を最大化することだ」ということを本気で信じているか、あるいは信じているふりをしている。だから、主観的には罪の意識はないのです。日本のために、国土と国民を守るためにアメリカに従属していることのどこが悪い、と自分を正当化することができる。

 もともとこの仕組みは「対米従属を通じての対米自立」というきわめてトリッキーな戦後日本の国家戦略の産物だったわけです。最終目的はあくまで「対米自立」だった。吉田茂の時代から田中角栄の時代まで、サンフランシスコ講和条約から、沖縄返還まで、その軸はぶれていないと思います。

 でも、安倍政権では、もう「対米自立」は国家目標としては掲げられていない。「対米従属という手段」がどこかで自己目的化した。対米従属マシーンのメンバーであることによって国内での高い地位と高額の収入を約束されている限り、彼らにしてみたら、対米従属はエンドレスで続いて欲しい「ステイタス・クオ」であるわけです。

 ふつうの国の統治者は自国益を最優先するけれど、安倍政権は自国益よりもアメリカの国益のほうを優先する。日本国民から吸い上げた税金をアメリカの軍隊や企業にどんどん注ぎ込む。日本の国内産業の保護育成を犠牲にしても、アメリカの企業のために市場を開放する。アメリカの国際政策はどんな不細工なものでももろ手を挙げて賛成する。世界を見渡してみても、これほどアメリカにとって便利な政府は存在しない。だから大事にして当然です。(...)

 アメリカにとって、安倍晋三というのは一面ではきわめて好都合な政治家だけれども、危険な政治家でもある。集団的自衛権を発動して、アメリカの海外派兵の「二軍」として働くこと、アメリカ製の武器をどんどん買ってくれること、巨額の「ホスト・ネーション・サポート」予算で米軍基地を維持拡充してくれることなどは米軍にとっては大変好ましいことでしょうけれど、そういう日本の「軍事優先」がどこかで節度を超えて、軍事上のフリーハンドを要求するようになると、それはアメリカにとっては東アジアに新たなリスク・ファクターが出現することを意味する。

 もし、改憲が「アメリカから押し付けられた憲法」を否定するだけでなく、アメリカの統治原理そのものを否定することを意味するとしたら、ホワイトハウスもいい顔はしないでしょう。その点では、アメリカは必ずしも一枚岩ではない。日本を実質的に支配しているのは「アメリカ」というより、端的に米軍とそれにつらなる軍産複合体です。対米従属といいますけれど、実質的には日米合同委員会を通じて日本をコントロールしているのは米政府ではなく在日米軍です。そして、米軍の意向は必ずしもアメリカ人すべての意向ではない。当たり前です。現に、『ニューヨークタイムズ』のようなリベラル系のメディアは一貫して安倍内閣のナショナリズムや改憲志向や慰安婦問題への取り組みを批判してきた。

 改憲で日本が平和主義を捨てることを望んでいる隣国はアジアにはいません。改憲を強行すれば、当然中国韓国はじめてアジア諸国との外交関係は緊張する。そのようにして西太平洋の地政学的安定を損なうことをおそらく多くのアメリカ人は望んでいない。

 アメリカからすれば「いまで十分」ということだと思います。平和主義国家としては桁外れの防衛予算を組んで、アメリカ製の兵器を買ってくれている。これ以上好戦的な国になってもらうことはない。アメリカの本音は、「日本は黙ってアメリカの言うことを聞いていればよい」ということに尽くされると思います。

 僕たちは忘れがちですけれど、アメリカにとって日本は太平洋戦争で二九万人のアメリカ兵を殺した国です。日本では『鬼畜米英』はもう死語ですけれど、『リメンバー・パールハーバー』は今でもアメリカでは感情喚起力のあるスローガンです。日本は属国だけれど、かつての敵国なのです。属国として厳しい支配下においているのは、ほんとうのところはこの「おべっかつかい」を信用していないからです。この感情的な非対称を日本人は忘れているんじゃないですか。
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神武東征は倭王の反撃経路、安倍氏の天皇観

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:数日前の田んぼの風景です。珍しくも薄く朝もやが立っていました。拡大は図のクリックで) 
190529水田無題

 
 痛ましき わけわからずに 奪われる 永いはずの 子供の命

 池袋の事故、滋賀県大津の事故、そして今回の川崎・登戸殺傷等、このところ児童、小児の命が一瞬で理不尽にも奪われる事件が頻繁に起きています。亡くなった児童のご冥福を祈ります。今般の事件では、外務省の職員も刺殺されました。報道によれば、外務省にあっては主としてミャンマ案件を担当しておられたとのこと。駐ミャンマ国日本国大使館に平成16年(2004年)から数年間勤務されていたとのことです。私の最初のミャンマ国滞在が2007年でした。私の案件を所掌する大使館員との打ち合わせで数度、動物園近くの大使館を訪ねました。その際、館内の廊下ですれ違っていたのかもしれません。ましてや2007年の8月末から9月に掛けてヤンゴン(旧ラングーン)に発した大規模な僧侶による示威行動では、氏は情報収集で駆けずり回っていたのでしょう。私自身も、大使館からこの騒動を挟む数日間「研究所への出勤、まかりならぬ」との足止め指示で、ホテルの窓からピストル音らしきものが飛び交う市街中心部の騒乱を凝視していました(どうやら日本のジャーナリストが亡くなられたのは、この騒乱時であったらしい)。昭和20年代末まで住んだのが、登戸駅から西へ2kmほどにある現在の明治大学キャンパス内です。かっての陸軍登戸技術研究所の敷地で、風船爆弾、各種生物兵器の研究開発をしていた地でもあります。そうした昔の記憶まで引きずり出され、氏の逝去は他所事(よそごと)ではないように感じました。氏のご冥福をお祈りするとともに、ご遺族にお悔やみ申し上げます。

+++++「紀」国考察(3)
 「記紀」は万葉集とともに、日本列島の古代を記す貴重な古文書です。同時代の政治・思想・宗教を語る文書はこれだけなのです。「記」は古事記、そして「紀」は日本書紀です。何故二つの漢字が使われているのだろうか?学研大漢和辞典(藤堂明保編)は、「記」は「記す」、「紀」は「物事の順序を追って書き記す」と説明しています。確かに日本書紀はその体裁をとっています。八世紀初頭、図抜けた学者でもあったろう藤原不比等は当然そのことを承知して、「紀」なる漢字を当てたのでしょう。それに加えて、王国を意味するペルシア語[kiya]の表音漢字として「紀」を用いてきた経緯を勘案したのではなかろうか?
 実際、前回引用した古事記では、神武天皇の東征経路途上に「紀」が登場します。日本書紀は西暦720年、当時の元正天皇に撰上されますが、続日本紀はそれを「日本紀」と書きます。「紀」には、漢字の本来の意味に加え、藤原不比等は「日本国」の思いをこめたのではなかろうか、と考えています。
 ところで、大国主命について日本書紀は七つの別名を挙げます。そのひとつが「大己貴」(おおなむち)です。「己」(き)が使われている理由は、それが「国」を意味する表音文字であったからでしょう。これに「おおなむち」なる「仮名」を付したのは、当時の話し言葉(口語)が反映したのだろうと思っています。

 「紀」を考察するに当たって、「神武天皇東征」なる説話を持ち出したのは、単なる思い付きではありません。「記紀」編集・編纂に関わる私の仮説がその論拠です:
(図:記紀編纂過程の模式図)
 190529記紀編纂無題

 七世紀末ごろ、順調に推移する倭国への軍事殲滅作戦行動を背景に藤原不比等は、その成功譚を書き記すことを思い立ったのです。蝦夷が支配した日本列島の政治史について藤原不比等は知らなかったのです。東国にあって史実記憶を担当した稗田阿礼を捕捉し、一方九州を含む西国については、倭国の叙事担当官であった柿本人麻呂を陣営に取り込んだのです。彼ら二人の豊かな知識を基に作成されたのが「古事記の原本」とも思える「史書・草稿」です。そこでは、藤原不比等の生きた時代、すなわち「現代」から過去に遡る順序で、事象が次々にメモとして書き留められたのです。そして、それは魏志倭人伝が記す邪馬台国にまで遡ります。羅列された事象の夫々に肉付けをして、最終的にその記載順番をひっくり返せば、それが日本列島の政治史の時系列表現になるはずでした。

 ところが、これでは七世紀始めからの中臣(後の藤原)一族の日本列島支配にいたる「功績」が浮かび上がってこないのです。そこに気づいた藤原不比等は、あえて、すでに出来上がっていた「史書・草稿」の時間順をひっくり返さず、それらをあたかも卑弥呼時代以前の歴史事象としてしまうことを思いついたのです。そして新たに卑弥呼時代以降の歴史を「創作」するのです。それが上図の「青点線AF」です。しかし、「創作」するにしても、それを誰しもが知る日本列島政治変動期である七世紀以後に連結するには大いに知恵を絞らねばならなかったはずです。結局は推古紀以後を書きつなぐ作業は「日本書紀」が引き継ぐこととなったのです。

 こうして、日本列島に残る二つの古文書は、卑弥呼紀(神功皇后紀)で折り返される構造となったのです。こうした時系列を「創作」したのちに、その歴史を正当化するべく、神代紀(上)が付加されたのです。

 倭国王に関しては、日本書紀は「天武天皇の信濃への遷都構想」として記載します。一方、古事記では、建御名方命が天照大神の意向に逆らったため信濃の国・諏訪に幽閉されと書きます。日本書紀が語る「天武天皇」は、九州の「胸形」氏と強く関係しています。「胸形」(むなかた)なる呼称は「御名方」(みなかた=宗像)に由来することは多くの歴史家が指摘するところです。さらに言うならば、「ミナカタ」は「三七(みな)」国、すなわち魏志倭人伝に登場する「彌奴(みな)」国です。これについてはすでに書いてますが、いずれ再記することもあります。いずれにせよ、「諏訪」「信濃」をめぐる二つの文書が書く、この二つの事象は実は同一の歴史事件であったのです。

 さらには私の仮説を強く支持する証拠が隋書倭国伝です。それによれば西暦600年の時点で倭国王の名前は「姓阿毎号多利思比弧」であったと明記します。藤原不比等が日本列島古代史を構想するに当たってとりわけ神経を尖らせたのが隋書記載の史実の取り扱いです。その最大の証拠が日本書紀・推古紀です。日本書紀の記載の信憑性を最高に保証するのがこの隋書であるはずが、推古紀は全くこれには触れないのです。そして、歴代の古代史研究者はこの「奇異」なる「無記載」についてその理由を解明しえていないのです。
 しかし、藤原不比等は露(あらわ)にではなくひっそりと倭王を史書に登場させていたのです。それが「景行天皇」です。その倭名(諡号であるかどうかは不明なので敢えて和風諡号とは書きません)は「大帯日子(おおたらしひこ、日本書紀では大足彦)」なのです。隋書が記す倭王の名前そのものです。
 時間軸上で、「建御名方」と「大帯日子」の登場する二点を抑えることで、おのずからその時間軸の方向が定まります。すなわち、記載は新しい事象から古い事象の順になっている、そうして定まってしまった時間軸の真実を覆い隠すさまざまの脚色はありえます。が、それによって時間軸が実は逆を向いているということを否定できません。

 さて、この仮説に従えば、古事記が語る「建御名方命」の説話の後に登場する重大説話である「神武天皇東征」の時間的位置づけが見えてきます。この神武東征は「建御名方命」の諏訪幽閉の直前であったろう、すなわち、本拠地九州にあった倭国からの王の逃亡または葦原中国で軍事行動を統帥する権力への反撃であったと推論できるのです。
 さらにこの説話はもう少し吟味が必要です。それを次回に行います。
(つづく)

+++++安倍氏の天皇観
 私は、TVとりわけNHK放映は全く視聴しないので知りませんでしたが、今般のトランプ米国大統領の訪日と滞在を、大統領をホストした安倍氏とあわせてお祭り騒ぎのように各TV局が追っかけ放映していたことをインタネット記事から知りました。27日(日曜日)の共同記者会見で、トランプ氏が8月に米国民にとって良い話があると語った際の安倍氏に苦々しい表情がチラと走った映像も動画でみました。
 それにしても記者発表で米国記者はずいぶんとズケズケ質問するのにひきかえ、日本の記者はおずおずと尋ねます。答える安倍氏はひっきりなしに紙をめくりながら応えます。ってことは、質問が”やらせ”であることをおのずから暴露しているんですね。こんな人物を日本のトップに何時までも置いとく我が同胞を叱りつけたい気分です。消費税で国の財政の健全化などと言いつくろいながら、トランプ氏の脅迫じみた要請に応え、米軍用機F35を一兆円以上もかけて購入すると約束していたことを暴露されてしまいました。芥川賞受賞作家平野氏が以下をツイートしています。
%%%%%平野啓一郎氏 のツイート
「いい加減、「安倍じゃダメだ」の認識に立つべきだろう。拉致問題に関しての無能ぶりは誰の目にも明らか。というか、この首相が自分の政権維持の役に立つ「お友達」以外の誰かのために、本当に心を動かされて、何とかしようとしている姿を、誰か見たことがある?」
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 どうやら無事だった経済学者・金子勝氏が日刊ゲンダイ紙に寄稿しています。何せ、五月の初め金子氏が大怪我をしたと聞き、直ちに連想したのが小泉元首相と竹中平蔵氏を痛烈に批判した植草一秀氏(当時早稲田大学教授)に仕掛けられた痴漢冤罪、安倍氏の暴力団との癒着  を暴いた新聞記者の階段転落事件でした。
(図:抹殺さていなかった。ヤレヤレであります。 金子教授の寄稿)
190529金子16625


 トランプ訪日のために、安倍氏のもうひとつの所業を書き忘れていましたので、ここに関連記事を紹介しておきます。

%%%%皇室と安倍政権との確執/政界地獄耳 2019年5月25日8時9分
★「『平成の天皇』論」(講談社現代新書)を上梓した毎日新聞編集委員兼論説委員・伊藤智永は同書の冒頭で「平成の天皇は思想家だった。天皇は、ただ『ある』のではない、象徴に『なる』のであるという思想を創造した」と記している。また、皇室と安倍政権の中核との確執にも詳しく触れている。その伊藤が「月刊日本6月号」でインタビューに答えているが、その内容が衝撃的だ。
★16年7月13日。自公連立与党が参院選勝利に沸く3日後、NHKが「天皇陛下 生前退位のご意向」をスクープする。「退位の希望は2年前の秋には宮内庁から官邸にはっきり伝えられていたが、官邸は現行法通り摂政でかわすよう言い含めて頬かむりしていた。消費税引き上げ再延期や衆参同日選を狙うといった政局にかまけて『天皇どころじゃなかった』(政府高官)というのだ」(第2章 退位政局は続くより)。
★その前後について伊藤はこう話している。「麻生副総理は派閥議員たちを前に『退位なんてワガママだ。今の陛下はあいさつも読み間違えるし、判断力が弱ってるんじゃないか』と放言したともいいます。安倍首相、麻生氏、菅氏らには皇室に対する畏れがない。政権のナンバー1、2、3がそういう人物であれば、皇室に関わる物事が政権の都合で進んでいくのは当然です。皇室とは何か、どうあるべきかなどそもそも考えていないのでしょう。安倍政権の対応について皇室関係者が杉田官房副長官に抗議した際、杉田氏が思わず『いや、退位に反対とかいうことはありません。総理は本質的に天皇や皇室に関心がないんですから』と漏らしたので、あきれて絶句したそうです」。
★この衝撃を物言えぬ皇室はどう受け止めているのだろう。上皇が皇室とは、象徴とは何かと問うている間、官邸は譲位を退位と変え、政権の浮揚策に塗り替えたのだろうか。国民には多くの疑問符が浮上したといえる。
%%%%%(K)※敬称略
 
 秋篠宮長女の結婚問題が一向に決着せず、ずるずると放置される間に、婚約者とされる小室圭氏に関する不都合な事実が次々に明るみに出てきます。天皇家に関わるこうした「不祥事」にとりわけ敏感に反応するはずの 「右翼団体」は静まり返っている。こうした現況の背景を、上の安倍氏の天皇観からみえる思いがします。日本会議国会議員連盟の名誉会長たる安倍氏にとっては天皇家は権威を失墜しようが、どうでも良いことなのです。日本国民全体が安倍氏の指示に従い右向けといわれたら右を向き、左といわれたら左を向く、そうした国家体制を「伝統」と言い換えそれを構築したいことがわかります。げに恐ろしき人物といわねばなりません。

(以下 関連記事もあわせて掲載しておきます)
%%%%%首相官邸、安倍首相の「漢字の読み間違い」を否定 「願っていません」報道で異例ツイート(J-CAST)
「首相官邸、安倍首相の「漢字の読み間違い」を否定 「願っていません」報道で異例ツイート
5/25(土) 18:16配信
 首相官邸のツイッターアカウントが2019年5月24日にツイッターを更新し、4月30日挙行の「退位礼正殿の儀」での安倍晋三首相の「誤読」疑惑を否定した。
■「已みません」も否定
 天皇陛下(当時)の退位に伴って行われた「退位礼正殿の儀」で、安倍首相は「国民代表の辞」を読み上げた。その後半、
「天皇皇后両陛下には、末永くお健やかであらせられますことを願ってやみません」
の箇所を「願っていません」と誤読したのではないかという報道が複数あった。
首相官邸は5月24日の投稿で、
「一部の報道に、4月30日に挙行された『退位礼正殿の儀』での国民代表の辞の最後の部分を、安倍総理が『・・(前略)・・。天皇皇后両陛下には、末永くお健やかであらせられますことを願って「い」ません』と述べた、との記事があります」
と報道に言及し、
「これらの報道にある漢字の読み間違いなどは、ありません」
と誤読疑惑を否定した。報道の中では「已みません」の「已(や)」を「い」と誤読したのではないかと指摘するものあったが、これに対しても
「国民代表の辞は、同日の閣議で決定されたものであり、安倍総理はそれに従って述べています」
「閣議決定された国民代表の辞の当該部分は、『・・(前略)・・。天皇皇后両陛下には、末永くお健やかであらせられますことを願って「や」みません』とひらがなです」
とツイートし、漢字の読み間違いはなかったとした。これまで首相らの動静を簡潔に投稿してきた官邸のアカウントとしては異例のツイートだ。
■メディアの「誤読」指摘は、最近も相次いでいた
 首相の「誤読」の指摘は5月上旬から各メディアで報じられている。5月中旬以降も『AERA』5月20日号でジャーナリストの田岡俊次氏がこの件に言及し、『週刊朝日』5月31日号でも作家の室井佑月氏が連載で触れている。このタイミングでのツイートには、「退位礼正殿の儀」から1か月近くたってもなお、「誤読」と報じるメディアがあることも背景にありそうだ。
 なお、首相が国民代表の辞を読み上げる映像は、5月25日現在もユーチューブの首相官邸公式チャンネルと、それを引用する形で官邸ウェブサイトに公開されている。」

「首相は読み間違いなどしていません。『願っていません』と聞こえるというのは気のせいです。」という事でしょうか?まあ、同じyahooニュースで「単に滑舌が悪かっただけだ。それをいつまでもあげつらうのは同じ立場の人への差別だ」なんて書いている人もいましたが。
%%%%% 俵 才記@nogutiya 
首相官邸がわざわざ首相の発言の当該部分は「願って『や』みません、とひらがなでした」と発表。
あの動画を見てみろ。『や』のところでつまり、もう一度読み直して『い』ません、になったのは明らかだろ。
それなら安倍はひらがなも読めんのか。
これを恥の上塗りって言うんだ。素直に謝れよ。
%%%%%森修一@ChemPack
おいおい待てよ首相官邸。閣議決定された言葉が漢字だろうが平仮名だろうが、安倍さんが「願っていません」と読んだことは全国に生中継された動かしようのない事実だろうが。
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国益ではなく安倍益の米国大統領訪日、日前宮(和歌山県)

トランプ大統領はゴルフ後の昨日13時39分、自身のTwitterにこう投稿した。
〈Great progress being made in our Trade Negotiations with Japan. Agriculture and beef heavily in play. Much will wait until after their July elections where I anticipate big numbers!〉
(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:五月もそろそろ終わりのこの時期。目に張る小鳥の種類、鳴き声も多様になってきました。遅れていた水田の水張りも、たけなわです。暑いこのごろ。水音が涼しく感じられます。 小鳥と水張り190527 手違いで動画が表示されませんので、クリックをして可愛い小鳥を眺めて頂きます様。)

 安倍益を 断固死守と おべんちゃら 国の矜持は いずこにありや

 一昨日、昨日と当地は久しぶりに顕著な有感地震に襲われました。また遠く南米ではMw7.5(一時期Mw8.0と報道された)の地震も起きています。また、5月10日の日向灘地震をきっかけに南海トラフ地震に関する不安が未だにネット上で飛び交っています。そこで、前回記事の続きを今回の本ブログ記事の目玉にと考えていました。が、我々老人の老い先は言うまでも無く現在日本国を支えている働き盛り世代の方々の近い将来にとってもとりわけ重大な出来事が米国大統領訪日であることが、わずか数日にして明らかになりました。そこで、その本質に触れる記事をいくつか紹介しておくことにします。何せ、今般の米国大統領訪日は米国のごり押しから日本国民を守ることには無く、ひたすら「安倍氏個人の身分保障」にあります。お人好しの我が同胞に措かれましては、そのあたりを厳しく見付けられますよう願って已(や)みません。
話しはとびますが、先月30日の平成天皇退位に際して安倍氏は国民を代表して「・・・願って已みません。」を読むことができず、「願っていません」と読んでしまったことは、TV,新聞など既存の報道機関が報じなかったにも関わらず、実況放映から全国民が知るところとなりました。

+++++トランプ訪日あれこれ
 このような仕儀になろうことは大方が予想していました。大騒ぎしてるのは、岩田明子氏を抱えるNHKだけだった。とある報道関係者がどこぞで述懐していました。トランプ氏のツイッタからわかることは、安倍氏は「ご機嫌を取り結ぶために」何でもしゃべっているようですな。例えば“Elections”です。何と複数形なのです。すなわち衆参同時選挙の実施トランプ大統領は聞いてしまってるんですね。訪日中の出来事から見えてくる日米の厳しい主従関係が図らずもみえてしまったのです。そして繰返しますが、トランプ氏はあけすけに米国益に基づく主張を機械あるごとに口にしているのです。そして安倍氏はそれへの反論異論をせず、ことさら「ヘラヘラ」とおもてなしです。
%%%%%国賓でも日本攻撃を止めなかったトランプと安倍首相の大誤算 2019-05-26 天木直人のブログ
これでは共同声明など出せないはずだ。日本にきて第一声を発したトランプを見てそう思った。
日本側の財界人を相手に日米間の貿易不均衡に言及し、不公正だといったのだ。とんでもない暴言だ。これまでいくら日本企業がそうではない、日本の投資は米国に利益を与えていると繰り返して説明してきても、まるで聞く耳を持たない。よく日本の財界は怒らないものだ。おまけにライトハイザー米USTRが茂木大臣に要求を突きつけている。
これまでのシナリオはすべて吹っ飛んだごとくだ。せめて国賓で来る時だけは交渉は棚上げするはずではなかったのか。
ゴルフや相撲観戦や天皇陛下謁見や自衛隊艦船の乗船で、日米同盟の強化をアピールするだけで終わるはずではなかったのか。今度のトランプ大統領の国賓訪問は、誰も喜ばない安倍首相一人喜ばせる訪問のはずだったのに、安倍首相をも苦しめ国賓訪問になりそうだ。トランプが帰った後は困ることばかりが噴出する事になるだろう。もうごまかす事は出来なくなる(了)
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 安倍氏にはトランプ氏が面と向かって何を言ってるのかは聞こえてきませんが、産業界に対してはあけすけに圧力を語ります。
%%%%%トランプ大統領が夕食会で演説「貿易はもっとフェアに」
2019年5月25日 19時23分 NHK
令和初の国賓として25日から日本を訪れているアメリカのトランプ大統領は、都内で開かれた日米のビジネス界の代表らとの夕食会で、「2国間の貿易はもっとフェアなものにできるはずだ」と述べ、日本に対する貿易赤字の削減に改めて強い意欲を示しました。
令和になってから初めての国賓として25日から日本を訪れているアメリカのトランプ大統領は、羽田空港に到着したあと、25日夜、東京 港区のアメリカ大使公邸で日米のビジネス界の代表らとの夕食会に出席しました。
夕食会での演説で、トランプ大統領は「アメリカと日本は、貿易が互いに利益をもたらすものになるよう、交渉を続けている。2国間の貿易はもっとフェアなものにできるはずだ」と述べ、先月始まった日本との新たな貿易交渉を通じた日本に対する貿易赤字の削減に改めて強い意欲を示しました。
そのうえで、「近いうちに貿易に関する何らかの発表ができることを期待している。今後数か月のうちに大きな発表ができればいい」と述べ、貿易交渉での早期の進展に期待を示しました。
ただ、トランプ大統領は「今回の訪問は特別なお祝いのためでもある。貿易について話すためだけではない」とも述べ、貿易問題だけを集中的に取り上げるのではなく、令和の時代を祝うことが目的だとの考えを示しました。
一方、トランプ大統領は「日米はこれまでにないほどいい関係を築いているが、令和の時代、経済的な連携がさらに強固なものになるよう願っている」と述べました。
また、トランプ大統領は、夕食会に出席していたソフトバンクグループの孫正義社長やトヨタ自動車の豊田章男社長などに対して、アメリカ経済への貢献に感謝するとともに日本企業にさらなる投資を呼びかけました。
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 そして、極めつけはトランプ氏自らの手になる冒頭に掲載したツイッタです。
%%%%%トランプ大統領がツイッターで、安倍首相の国民騙す“関税密約”暴露!「日本の7月の選挙が終われば農業で大きな数字」
2019.05.26 トランプ大統領がツイッターで、安倍首相の国民騙す“関税密約”暴露 リテラ その過剰接待ぶりでアメリカの属国ぶりを遺憾なく見せつけているトランプ大統領来日だが、メディアは案の定、批判することもなく「ゴルフ後の昼食はダブルチーズバーガー」「トランプ大統領の登場で国技館も大盛り上がり」などと騒いでいる。ところが、そんななか、トランプ大統領が自らTwitterで安倍首相による“国益差し出し”の裏取引を暴露した。

 トランプ大統領はゴルフ後の本日13時39分、自身のTwitterにこう投稿したのだ。

〈Great progress being made in our Trade Negotiations with Japan. Agriculture and beef heavily in play. Much will wait until after their July elections where I anticipate big numbers!〉
(日本との貿易交渉で非常に大きな進展があった。農業と牛肉でとくに大きなね。日本の7月の選挙が終われば大きな数字が出てくる、待ってるよ!)(訳は編集部による)
 周知のように、アメリカ抜きの環太平洋経済連携協定(TPP)の発効によって、アメリカの農業界では、日本の農産物関税引き下げへの圧力がこれまで以上に高まっており、アメリカ政府はTPP以上の大幅な関税引き下げを要求しているとされており、トランプ大統領にいたっては、関税撤廃まで口にしている。
 しかし、関税の大幅引き下げがおこなわれれば、日本の農業界が大打撃を受けるのは必至だ。日本政府も表向きこれに対して抵抗を示しており、メディアも今回の来日で「関税交渉の行方はどうなるのか」などと報じていた。
 ところが、きょう、安倍首相がトランプ大統領との笑顔の2ショット写真を嬉々としてSNS上に投稿していた裏で、その大幅引き下げに応じてしまったらしいのだ。しかも、7月におこなわれる参院選が終われば、引き下げに応じるという、国民を騙すような密約だ。
 参院選前に妥結すれば日本国内の農業関係者から猛反発を受け、安倍自民党が地方票を大幅に失いかねない。しかし、“トランプのポチ”である安倍首相としては、その引き下げ要求を無下にはできない。だから、安倍首相は選挙が終わった「7月以降」に応じると約束したのである。これは明らかに、選挙のためだけに国益を売り渡すという背信行為ではないか。
 じつは、安倍政権がアメリカの関税引き下げ要求を拒否するのではなく、たんに「参院選後に」と引き伸ばし工作をしているという話は、以前から、本サイトが指摘していた。
 それは、4月26日におこなわれた安倍首相とトランプ大統領の10回目となる日米首脳会談で明らかになった。冒頭から記者団がいる前でトランプ大統領は「首相がここにいるのは主に貿易交渉のためだ」「農産物について強力に交渉していく」「日本は重い関税を課している。我々は撤廃させたいと思っている」と農産物の関税撤廃を要求。そして、米メディアの記者に日本との貿易交渉の合意時期を尋ねられると、トランプは「かなり早く進められると思う。たぶん(5月末に)訪日するまでか、訪日の際に日本でサインするかもしれない」と答えていた。
 だが、この発言後に記者団が退室すると、安倍首相はトランプ大統領にこう説明したのだ。
「7月の参院選があるから、それまでは無理だ。2020年秋の大統領選のことはきちんと考えている」(読売新聞4月28日付)
 その後、政府はこの「参院選以降なら関税大幅引き下げに応じる」という方向でずっと米政府と交渉を続け、今回の来日でも、トランプ大統領の気が変わらないように、まるで下僕のような過剰接待を計画した。
 そして、きょうのゴルフや昼食中に、安倍首相とトランプ大統領の間で、国益を売り渡すその密約が成立したということらしい。
■トランプのツイッターは「elections」と複数形…衆参ダブル選挙までバラされた?
 もっとも、そこはさすがトランプ大統領。Twitterで「after their July elections」と、その密約をさっそくアメリカ国民に向けて報告をしてしまった。しかも、気になるのは「elections」と単数でなく複数の「s」が付いていること。これはもしかしたら、安倍首相がトランプに「衆議院を解散して衆参ダブル選をする」ことまでうっかり喋って、そんなことまでバラされてしまったってことなのだろうか……。
 なんとも間抜けな宰相だが、しかし、許せないのはそんなことより、安倍首相が自分の選挙のために、国民を騙し、国益を売り渡す密約をしてしまったことだ。
 しかも、安倍首相がトランプに差し出した貢物はそれだけではない。明後日28日、安倍首相はトランプ大統領と海上自衛隊・横須賀基地でいずも型護衛艦「かが」に乗艦する予定だが、米ワシントン・ポストによると、「かが」は「日本が新しく購入を決めた、アメリカ製戦闘機F-35Bが垂直離着陸できるように改修中」で、この訪問が「たんに防衛協力のためだけでなく、日本がアメリカの武器を購入する意思があるということを、トランプに印象づけるために計画された訪問」であると報じている。
 実際、トランプ大統領は、4月の安倍首相との首脳会談直後におこなわれた支持者の集会で、「安倍首相は、日本企業が400億ドル(約4兆4600億円)を米国の自動車工場に投資すると話した」「日本は大量の防衛装備品を買うことに合意した」と発言しており、安倍首相から関税引き下げ延期のために提案されたことは明らかだ。
 自分たちがおさめた税金が選挙対策としての武器購入費に投入され、選挙後には日本の農業界に大打撃を与える関税の大幅引き下げがおこなわれる。だというのに、笑顔で“仲良し”演出に走るだけの総理に、トランプ大統領の来日でお祭りムードを煽ってばかりで肝心のことを伝えないメディア……。こうして対米従属はますます強化され、わたしたちの生活は破壊されてゆくのだろうか。
%%%%%(編集部)

 安倍氏を筆頭に日本人は、私もそうですが、西欧にたいする抜きがたい劣等感が刷り込まれています。従って、TVなどで安倍氏が米国大統領と談笑する画像からは、「安倍氏」への畏敬の念は抱いても「白人におべっかなんぞを使いやがって」なぞといった気持ちにはなりません。かくして「外交に長けた」安倍氏への支持率が上がるという仕掛けです。こののち、日本の農産物生産への過酷な環境形成が待っており、欠陥が露呈している米国産軍事兵器の返品もできず、それは増税で補われる、安価米国品の多量流入による日本国民就労不安定の拡大等々、の「不幸」が待っているなぞとは思わないのです。
 むしろ、米国メディアのほうが、今般の異常・過剰接待を皮肉っているのです。
%%%%%トランプ氏への厚遇ぶり報道=「ほぼ観光客」「相撲の伝統揺さぶる」−米メディア 5/27(月) 6:39配信

 【ニューヨーク時事】ゴルフから大相撲観戦に炉端焼き−。
 米メディアは26日、国賓として来日したトランプ大統領に対する日本側の厚遇ぶりを大きく取り上げた。 米紙ワシントン・ポスト(電子版)は、大統領がゴルフ場で安倍晋三首相と自撮り写真に納まり、東京・六本木の炉端焼き店での夕食会では和牛ステーキを楽しんだことなどを紹介。「大統領はほぼ観光客として1日を過ごした」と皮肉った。米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(同)は異例ずくめとなった大統領の大相撲観戦の様子を詳報。升席では座布団には座らずに椅子に腰掛け、米国大統領杯の授与のために土俵に上がった際はスリッパを履いたことを伝え、「伝統に縛られた相撲界を揺さぶった」と評した。 
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+++++「紀」国考察
 常陸国風土記・筑波郡条は、この地がかって「紀」国と呼称されたと書きます。「紀」は現在の和歌山県の「紀伊」と同じ由来であり、それは森林、すなわち豊かな「木」に由来する。と、大方の研究者が想像しています。すなわち「紀」は固有名詞ではなく、その地の自然を反映した呼称と語ります。一方、「筑波」なる呼称は「筑箪」を改変したものであることは、風土記自身が語ります。「筑箪」が当時の民の呼称の「音表記」(音(おん)に合う漢字を探しもちいる事)とすればそれは「チクタン」です。本ブログの主題に鑑みるならば、「鹿島」に拠点を構えそこに「宮」(陣屋というべきか)を構えた一族が遠く西域ペルシアからの民を含む渡来人とアイヌの民との混成された一族であることは明らかです。日本書紀はこれらの集団を「蝦夷」(エミシ)と書きます。となると、「チクタン」もその由来(語源)を古代ペルシア語またはアイヌ語に求めるべきではないか?すでに書いたように現ブログ管理人が早速ペルシア語辞典(古代ペルシア語も載っている)、アイヌ語辞典の頁をめくると、「ペルシア語辞典」に「チクタン」(古語)を見付けたのです。その意味は、「視察」、「探索」です。まさに初めて踏んだ地で、調査のために指揮官が側近を派遣し周囲を探らせたとの情景が浮かんでくるのです。
 とするならば「紀」(キまたはキイ)も古代ペルシア語にその語源が見つかるやも知れません。実際、「kiya」なる語があり、「王(国)、勇者」を意味することが判明しました。
 かくして、現在の和歌山県、すなわち「紀の国」に、現在の茨城県筑波および鹿島同様にペルシア人の在留した痕跡があるのではなかろうか?。日本書紀、古事記に「紀」の登場を探してみると、神武東征紀にそれを見つけることができます。そこで、まずは古事記での神武東征をざっとお浚いして置きます。以下の冒頭の部分は長いので、各所省略して概要であることをあらかじめお断りしておきます。漢字の「訓」(よみ)についても古事記原文は注釈をその都度付記していますが、ここではそれも割愛します。

%%%%%古事記中卷 〔神武天皇〕文意(岩波文庫「古事記」79頁より)
神倭伊波禮毘古(かむやまといわれひこ=神武天皇のこと)命と其伊呂兄(母を同じくする兄)の五瀬(いつせ)命の二柱は高千穂宮において「どこにいれば、天下之政をすることが適切であるか」と、検討し他結果、その地を求めて東に行くことを決め、直ちに日向を出発した。まずは筑紫に向かった(日本書紀編年に従えば西暦紀元前771年のこととなる)。
(中略 豐國宇沙、筑紫之岡田宮一年、阿岐國之多祁理宮。七年坐、吉備之高嶋宮に八年坐、浪速之渡而を経て、青雲之白肩津に泊す)。此時、登美能那賀須泥毘古(ながすねひこ)が軍を興し、待地構えていたため戰となった。五瀬命が登美毘古之痛矢串で傷を負った。「日の御子」たる私(神武のこと)が太陽に向かって進んだのがよくなかった。そこで、太陽を背に戦える地を選ぼうと、南方に方向を変え血沼を経て紀國男之水門に達した。さらに進軍し神倭伊波禮毘古命は紀伊半島をぐるっと廻って熊野村に到達した。(以下省略)。
%%%%%古事記・神武紀冒頭部分概要終わり
 
何せ神武天皇は享年137歳という長寿です。日本書紀の編年に従うならば、西暦紀元前437年に逝去したことになります。西暦紀元前760年ごろに現在の和歌山にいたことになり、ここから陸伝いに熊野まで進軍することになります。その地を「古事記」は「紀國」と書いています。

ところで、神武天皇の東征を現ブログ管理人は「壬申の乱に敗れた倭国一派が、奈良の軍事政権に一矢を報いんと、九州の地を離れ、東に進撃する行動」であったと考えています。古事記のこの行(くだり)が、倭国の書記官の口述から知った「史実」を元に執筆されていたとするならば、この東征で神武天皇が立ち寄ったとされる地には「倭国」の信仰体系が反映されているはずです。それは「カムイ」、「シリウス」、「土産」(うぶすな)です。この中で、地表に遺されるがゆえに後世に検証できると期待されるのが「シリウス」方位です。そこで現在の和歌山県にそれをしらべてみます。大阪湾に流れ込む紀ノ川河口の東、60km、JR和歌山駅の南東1kmに紀の国一ノ宮「日前宮・国縣神社」があります。ウイキによれば創建は神武天皇の御世で、主祭神は日前大神 (ひのくまのおおかみ)日像鏡(ひがたのかがみ)を神体とし、国縣神社の主祭神は國懸大神 (くにかかすのおおかみ)で日矛鏡(ひぼこのかがみ)を神体とする。
と、書きます。下にこの神社の境内配置を示しておきます。

(図:紀の国一ノ宮「日前宮・国縣神社」の境内配置。拡大は図のクリックで)
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 二つの神社の参道が南ー北の方位から反時計回りに五度ほどずれていることがわかります。多分この神社も長い歴史の中で再建・改築を繰返したはずですが、その工事作業に当たって参道を真南方向からずらすという“言い伝え”がきちんと守られてきたのではなかろうかと私は想像します。
 それはともかくこの方位はまさに「シリウス方位」です。常陸国筑波と全く同一の精神史が底流に流れていることが確認できました。
 この一宮では、ご神体が「鏡」であることも、私の推論の正しさを裏付けています。「カガミ」は「高見」(カガ みる)すなわち、シリウス星の位置の計測作業を表しています。その作業で重要な道具あるいは仕掛けが「鏡」です。と、するならば、この地に「宮」すなわち一族の陣屋を設営するに当たって、シリウス星を観測する高地(山)が近辺に在ったはずです。それはどの山でしょうか?こうした探索を始めると次から次にしらべたいことが湧き出てきます。
(つづく)

米大統領に媚びる安倍氏、南海トラフ南東沖の地震活動(1)

 本日は訪日する米国大統領に「媚びる安倍首相」特集のため、古代史記事は休載します。
(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:真っ赤な夕焼けと朧(おぼろ)な十九月)
190524夕焼け無題


トランプ(Trump)の どしどし歩く(tramp) 威容さに おどおどおびえ ヘーコラ安倍氏

 明日5月25日に来日するトランプ米国大統領に関わる重大事実がぽろりポロリとこぼれだし、それらが耳やら目やらに入ってきます。以下は、その一部です。
%%%%% 玉川徹:トランプへの政府の待遇に「捨てられたくないから媚びてる」 2019/05/24(金) 12:23:43
 24日のテレビ朝日系「羽鳥慎一モーニングショー」(月〜金曜・前8時)で国賓として来日する米国のトランプ大統領への日本政府の「おもてなし」を特集した。 番組では、来日中に安倍晋三首相とのゴルフ、大相撲夏場所千秋楽観戦、炉端焼き店での会食などの「おもてなし」を紹介した。こうしたスケジュールに同局でコメ ンテーターの玉川徹氏は「付き合っている相手から捨てられそうになって、捨てられたくないから媚びうっているという感じに見えるんだよね」と指摘した。 その上で「捨てられそうだから相撲連れていくよ。美味しいもの食べに連れていってあげるよってしか見えない」とし「それでもいいんだけど、どの面を見ても対等 に見えないんです。属国とまでは言いません、今日は。対等でないってことだけはどの局面においても見える」と見解を示した。 この意見にスタジオでゲスト解説した政治ジャーナリストの田崎史郎氏「もちろん、対等ではないですけど、日米関係ずっとフォローしていけば歴代の総理に比べては、 安倍総理、きちんとモノを言っていることが多いし、かつ大統領からも頼りにされている部分がある」と反論していた。
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  小林興起元衆院議員が21日、東京都内で記者会見を開き、政治団体「オリーブの木」を設立して夏の参院選東京選挙区に立候補すると発表したとのことです。小林氏は郵政民営化に公然と反旗を翻し自民党を除名されるという経歴を持ついまどき珍しい硬骨の政治家です。小林氏が掲げる旗の下に結集したお一人が元在レバノン日本大使・天木直人氏です。2000年初頭に中東関係のHP(中東調査会の監修であったと記憶しますが)で、ありきたりの文章ではなく熱のこもったメッセ−ジを寄稿しておられたため、私の記憶に残っています。現地新聞にしっかりと目を通し、その日に面会するべきレバノン政府要人との階段準備、論議店の整理を差しさわりの無い範囲で書いていました。当時、トルコ大使であった元文部官僚の遠山敦子氏もこのHPに数度登場していましたが、なんともしまらない文章であったため、天木氏の寄稿が一段と際立っていました。私自身は当時、外地にいました。近しい同僚は、偶々であったのでしょうが、米国のイラク侵攻に疑義を唱える独、仏、露、英、中などの国々からの人たちでした。食堂での昼食時には、彼らからずいぶんと皮肉の言辞を浴びせられたものです。
 それはさておき、程なく、氏は、2003年の米国によるイラク侵攻に反対し、小泉首相(当時)に戦争協力をやめるよう勇気の換言をしました。それが因で結局は天木氏は外務省を去ることになりました。その天木氏が以下を書いています。

%%%%% 安倍外交の総崩れを見事に証明した今日の大手紙の三つの記事 天木直人のブログ  
 地球儀俯瞰外交と自画自賛して安倍首相はこの6年半の間、外交に専念して来た。 しかし、その結果がこれだ。  きょう5月21日の朝日が報じた。 まもなく国賓で来日するトランプ米国大統領との首脳会談で、日米両政府は共同声明を出さない見通しであるという。 これは前代未聞なことだ。  もちろん安倍首相は共同声明を出したいに違いない。 しかし、出せないのだ。  トランプ大統領は日本に乗り込んできて米国ファーストの要求を迫り、その成果を世界に誇示したい。 しかしそんな事を共同声明で発表したら選挙を前にして安倍首相はおしまいだ。  だから密約で逃げるつもりなのだ。 トランプ国賓来日のを成果を胸を張って国民に発表できないのだ。 相撲やゴルフや自衛隊艦船の上に乗せるというパフォーマンスでごまかして終わるのだ。 これほどの不毛な外交はない。  そう思っていたら、やはりきょう5月21日の東京新聞「視点」というコラムで、外報部の常盤伸記者が驚くべき事を教えてくれた。  6月に大阪で開かれるG20首脳会合に向けた最後の準備の為にモスクワで5月10日に日ロ外相会談が行われたが、そこでもあらためて北方領土を巡る歴史認識や安全保障にについて対立が浮き彫りになったという。  その外相会合の模様を、ロシアの経済紙RBKは、ロシア外務省幹部の話として次のように書いたという。 「大統領府の原則は、島の交渉に関し、日本側が受け入れられない条件を出して日本に拒否させることだ」と。 常盤伸記者はこの記事をこう解説している。  「これはプーチン大統領の対日方針と読み替えてもよい」と。  30回近くも首脳会談を重ねたプーチン大統領が、まったく安倍首相の北方領土返還要求を、相手にしていなかったのだ。  これ以上の首脳会談の失敗はない。 そして「正常な軌道に乗った」と自画自賛している日中関係である。 きょう5月21日の読売が教えてくれた。 習近平主席との首脳会談は大阪で行われることが分かったと。 つまり習近平主席は東京に立ち寄ることなく大阪で開かれるG20の後とんぼ返りするというのだ。  安倍首相はその大阪で、今度は国賓にするから年内にもう一度東京に来てくれと招待する事になっているというのだが、習近平主席は、会談したいなら、その前に、今年の後半に中国で開催する番になっている日中韓首脳会談があるから、それに出席すればいい、と言っているという。  これを要するに習近平主席の訪日は来年以降だと言っているのだ。 何が日中関係は「完全に軌道に乗った」かだ。 首相になって6年半もたって、首脳の相互訪問すら実現できないままなのである。 韓国や北朝鮮との関係悪化は言うまでもないだろう。 米中ロという三大国との外交に行き詰まり、朝鮮半島との関係は最悪だ。  これ以上の外交失敗はない(了)
 
参考記事: 日米首脳会談、共同声明を見送り 貿易交渉の合意は困難 2019年5月20日12時58分 朝日新聞
 今月25日から来日するトランプ米大統領と安倍晋三首相との日米首脳会談で、日米両政府が共同声明を出さない見通しであることがわかった。複数の日本政府関係者が明らかにした。  首脳会談は27日に開かれる予定で、日米貿易交渉や対北朝鮮政策などがテーマになるとみられる。貿易交渉をめぐっては日米の立場の隔たりが大きく、今回の会談で合意に至るのは難しい情勢だ。 日米両政府は、首相が訪米してトランプ氏と初の首脳会談をした2017年2月に、尖閣諸島への日米安保条約の適用などを記した日米共同声明を出した。そのため、今の状況下で改めて共同声明を出す必要はないとの判断に至った。日本政府関係者は「改めて包括的なものを出す必要はない」と説明する。 トランプ氏は新しい天皇陛下の即位後、初めて会見する外国要人として国賓待遇で来日。日本側はトランプ氏をゴルフや大相撲観戦でもてなし、「強固な日米同盟」を国内外にアピールするねらいだ。
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 こうした安倍氏の卑屈を東京新聞がしっかりと記事にしています:
図1:東京新聞5月20日付「こちら特報部記事より」。拡大は図のクリックで。)
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そして、今回関連記事のトドメがこれです。
%%%%% 「参院選があるから今は勘弁してくれ」と泣きついた安倍首相 天木直人のブログ
 あすから始まるトランプ大統領の国賓訪日は、困難な日米交渉は避けて、パフォーマンス一色の日程になってしまった。 おまけに日米首脳会談の後は共同記者会見でごまかし、共同声明は出されない。 あきらかな争点隠しだ。 なぜなら、参院選を直前に控え、譲歩することがばれたら選挙のマイナスになるからだ。 だから安倍首相はトランプ大統領に困難な交渉は選挙後に先延ばししてくれと頼み込んできたに違いない。 誰もが、そう、容易に想像する。  そして、メディアもそう書いて来た。 そして、その事を証明する記事を、きょう5月24日の毎日新聞「令和時代の日米」が書いた。 「『蜜月』の裏 綱引き激化」という見出しの下に、その記事は次のように教えてくれている。 すなわち、4月26日に急きょ訪米した安倍首相は、首脳会談の冒頭にこうトランプ大統領に伝えたというのだ。 「参院選があるから早期の合意は難しい。大統領選までに形にする」と。  これは動かぬ証拠だ。 「参院選があるから国賓で来日する時は勘弁してくれ」と泣きついたのだ そして、「そのかわりに今度はあなたの大統領選の為にお土産を差し出す」と約束したのだ。 トランプ大統領はそれに応じたが、空手形は認めない。 安倍首相に確約を迫ったに違いない。 トランプ大統領の国賓訪日を成功させたい安倍首相は、間違いなくいますぐ「形に」することを迫られ、それに応じるのだ。 トランプ大統領を喜ばせる対案を密約で示し、コミットするのだ。 だからトランプ大統領は今度の訪日を友好的なもの一色で終わらせる事に協力したのだ。 5月27日の首脳会談の結果を、共同声明をつくらずに共同記者会見で済ませるのはごまかしだ。 その裏で間違いなく密約が交わされる事になるだろう
%%%%%(了)

 政治家としてとりわけ低質の安倍氏を思えば、特には驚きません。トランプ氏は米国の大統領として他国を踏み潰してでも自国の民を守ろうという気概を感じます。それが来年の大統領選挙に直結するからです。一方の安倍氏も本年夏の参議院選挙を控えているのですから、ここは日本国民の利益守護のためにトランプ氏と大立ち回りを期待したいところです。そんなことは臨むべくも無いことは十分承知しています。

+++++南海トラフの地震活動(考)  
 5月10日の日向灘地震は、「もしや、南海トラフ巨大地震の前兆ではなかろうか?」との危惧を国民に抱かせました。通常であれば、マグニチュード6.3程度の地震については、報道用の資料を作成しない気象庁も三日ほど遅れてかなりの頁数の調査結果を公表しました:
気象庁記者発表01
気象庁記者発表02
  調査項目は多岐にわたっています。夫々について報道関係者にどのような説明をしたのかはわかりませんが、私が注目したのは、以下の図です:

(図2:最近の活動)
190517JMA_Nankai最近の活動


  5月10日以前の40日間の地震活動です。今般の地震を除くと、どれもが地殻深部の地震です。その特徴は「低周波地震」そして「ユックリ・すべり地震」です。南海トラフで潜り込むフィリッピン海プレートの西北西への運動が地殻深部で周辺をじわりじわりと圧迫しているらしいことが想像できます。その圧迫圧力が地震として発現していない。そのかわり地殻を大いに歪(ひず)ませていることはGPS観測で判明しています。
 気象庁は以下のような調査結果を資料の中に含ませています。
(図3:地震活動指数:   南海トラフをいくつかの小さい領域に分割して、その夫々の小領域での地震活動の消長を調査したものです(上図の下)。
190517JMA_Nankai12活動度

  活動を比べる際には、領域間の特性のようなものは可能な限り除去することで以って、領域間の「活動度」の比較が可能となるはずです。そうした操作を経て公表されたものの一部が下記です。
(図4:地震活動指数比較)
190517JMA_Nankai11活動01


 2000年以前から現在までの20年余の期間をみる限りにおいては、注目すべき変化は認められないようです。来るべき南海トラフ地震の接近時期にどのような変化があるのでしょうか?

 因みに本ブログ管理人は同地域の2000年以後の地震活動についてそれを二つの期間にわけて調べてみました。  
(図5:2012年1月1日ー2019年5月18日地震活動(m>3。図の下部にマグニチュード毎の地震マグニチュード表示を示している。黒は地震深さが100kmを越える地震。図内に描かれる二つの矩形については後述)
19052109Seis-Mapjmad12_190518


 図についての詳しい説明をする前に本ブログ管理人が気になっていることを書き留めておきます。それは紀伊半島の東岸から南東沖に長く延びる地震活動です(図の右中央から右下にかけた地域)。この下には、地下にもぐっている太平洋プレートが深部にあるため地震活動が活発であることは知られています。それが夥しい数の黒丸で示されています。それは誰しもが知っていることなのですが、この黒丸群に重なって相当数の赤丸が混在していることが気になってしまったのです。ここは、南海トラフ(海底渓谷)の外側にあたり、伊豆・小笠原海溝の西側です。ここでこれほど多くの浅い地震が発生しているものなのか?という疑問です。  
(図6: 図5から100km以深の地震を除去したもの)
19052116Seis-Mapjmad12_190518B


 図5から100kmより深い地震を除いたものが図6です。明らかに問題領域には、それなりの地震活動がみられます。そこで、次回はこの領域の地震活動をもう少し詳しく調べます。
(つづく)

雨宮処凛さん(3),消費税、古代ペルシア語を介した古代史解読

南海地震の話しは次回に順延します。
(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:蓮池を散策するつがいの鴨。この背後にいた、もう一羽「はぐれ鴨」が「つがい」の仲が破綻するのを願っています。この時期の鴨は、互いに牽制しあう二羽のオスと、メス一羽が行動を共にしています。憎憎しげに二羽を見つめる「はぐれ」鴨こそが読者の期待に応える映像足りえるのかもしれませんが、私には鴨の微妙な揺れる心理を映し出す「表情」、「しぐさ」を見分ける力がありません。鴨190522 )

 強雨あけ どこからともなく 湧き出(いずる) 散歩人の多さ 皐月の啓蟄

 厳寒の冬に比べて昨今は当地の散歩銀座通りには多くの村人がいます。さながら、「五月の啓蟄」とでも言うべきで、どこからとも無く人が湧き出て来るんであります。

 世界の権力者が隠し持つ不正の数々を暴いてきたウイキ・リークスのジュリアン・ アサンジ氏が去る四月にロンドンで逮捕されました。それに伴って明るみに出たのか否かは定かでありませんが、興味深い動画を見つけましたので、以下に紹介しておきます。
 1960年代半ばに著名な地球物理学者であった竹内均東大教授(当時)が、どこの場であったかは定かでありませんが「1960年代に人間は月へ行く」と言明(予言?)していました。ほどなくして1969年に人類月面着陸が実現し、その快挙は大々的にTVで実況放映されました。私が所属していた研究所の宿直室に設置してあったTVには教授連を始めとして職員が群がりました。大学院生であった私もその中にまじっていました。しかし、その後、さまざまな情報に接し、現在では、あの報道は「眉唾」物ではなかったか、と疑っています。
 ウイキリークスが暴露してきた世界の大物政治指導者の悪行の信憑性を疑わせるべく、米国が意図してこの動画を公表したのかなとも考えます。事実はどうであったのか?!
アポロ月面着陸の撮影現場 (ウィキリークスが公開)  

 本ブログ記事で東京新聞に掲載された雨宮処凜(かりん)さんのエッセイを紹介しました。その連載エッセイの最終回を掲載しておきます。
(図:雨宮氏のエッセイ。拡大は図のクリックで)
雨宮6431

 自分の頭で考える。こうした若い世代が増えるのであれば、安倍氏の政治生命も早々に絶たれるのだろうと期待したいと思っています。

+++++再開風土記解読(4)
 話しは脱線しますが、このところ、高田崇史の推理小説を立て続けに読んでいます。この作家は全国の神社仏閣を巡り歩き、かつ、関連する記録・書籍にも目を通しています。私は地図やらと首っ引きで、大いに勉強させてもらっています。推理小説仕立ててであることが、惜しまれます。そこで、少し脱線しますが、多様な問題提起を氏の小説から感じるので、それらをここで取り上げておきたいと思います。

『現在の筑波はかっては「紀」国であった。美麻貴天皇はこの地に「筑箪」なる部下を派遣したところ、部下はこの地の呼称を自分の名前にしたいと言い出した。美麻貴天皇はそれを許し、この地は「ツクバ」と呼称が変わった。その結果、漢字表記も「筑波」となるに至った』と、常陸国風土記筑波郡条は語ります。
 この記載は、遠くペルシアからのサカ族、高昌族混成団の筑波への渡来を語っていると私は考えています。この事跡を明快に理解できるからです。「筑箪」はラテン文字表記で「tukhtan」に由来し、「視察」「観察」を意味します。すなわち、日本列島に渡来した集団が関東平野に差し掛かり、そこに見える秀峰を見つけた。そこで、側近を派遣しその地を「調べさせた」と理解できるからです。その行為が「筑箪」です。
 となると、当然「美麻貴」なる人物はこの渡来人を率いた王、または重臣の名前であったのではなかろうかとの推察が可能となります。常陸国風土記筑波郡条の冒頭は、まさに渡来人が筑波界隈に足を踏み入れた際の「史実」であり、その史実が風土記編纂時に民の口を経て伝承されていたのだろうと思えます。この人物は「ミマキ」と伝えられていたのかもしれません。その人物が、後世「崇神」なる名前を諡(おく)られる天皇であると書くのが古事記・日本書紀で、それは「史実」ではありません。
 常陸国風土記監修に関わったとされる常陸国国司など当時の現地高級役人が中央政府の意向を忖度したのでしょう。こうして「ミマキ」なる人物は日本書紀・古事記が描き出す筋書きに「東夷征討」という役割を担って登場することとなったのです。日本書紀編年では、その時代は卑弥呼の時代を遡ること数百年も昔ということになります。しかし、実際には、東国が奈良の軍事勢力から残虐な攻撃を仕掛けられ殲滅する時代ですから、時は七世紀末から八世紀初頭です。この時代の天皇は日本書紀によれば、天武天皇、持統天皇、文武天皇です。
困った藤原不比等はかくして東国軍事侵攻の具体的首謀者である「崇神天皇』すなわち「ミマキ」を卑弥呼時代のはるか昔の時代に追いやってしまったのです。これが、藤原不比等の日本列島政治史編纂を歪めた一つの大きな背景なのです(図参照)
(図:4月15日記事 より)
190415記紀無題

 この図については何回か解説をしてきましたので、要点のみを繰り返しておきます。まずは景行天皇の和風諡号が隋書に登場する倭王の名前と同一といってよいほど、酷似しています。第二点は胸形氏の娘を娶った大海人は建御名方と重なる。この推論から導かれることの重要点は壬申の乱の舞台は近畿ではなく九州である。これに伴って、日本書紀が書く天武、持統天皇の実像については従来の通説を変更せねばならず、それについては過去記事を参照してください。こうしたことから記紀の編纂が卑弥呼の時代でもってあたかも鏡による鏡像のように折り返されていることに大方の歴史研究者は気づくべきなのです。

 ところで、現在の紀伊半島の北西部沿岸から大阪湾を右に見ながら南下し、半島沿岸に沿って反時計周りに熊野までの一帯も、紀伊国と呼称されていた。筑波の「紀」と紀伊半島の「紀」を繫ぐものは何か?それも古代ペルシア語を介在させることで、そのリンクが見えてきます。ラテン文字表記で「keiya」は「王、勇者」なる意味です。「紀」国、または「紀伊」国は、転じて「王国」あるいは転じて「国」(当時の歴史時点ではこれは支配域といった概念であった)の『意』でもあったと思えます。そのことを推察させる記載が日本書紀にも見ることができます。古代史を語る書籍、解説書に必ず登場するのが大国主命です。この御仁にはいくつもの呼称があります。
%%%%%日本書紀巻一(神代紀(上))
一書曰、大國主神、亦名大物主神、亦號國作大己貴命。 亦曰葦原醜男。 亦曰八千戈神。 亦曰大國玉神。 亦曰顯國玉神。
(岩波文庫「日本書紀」(一)102頁)
%%%%%
 上記の七つの呼称のうち大己貴命(おおなむち)がそれです。それを語る前に、高田氏の小説に関わることについての私見を書いておきます。

 一人の歴史人物に多くの呼称が発生する経緯は、それ自体が日本列島における「信仰」、「教義」の創造、「神事」の発生そのものの反映です。古事記、日本書紀が語る日本列島創成期に登場する神々は、八世紀初頭以後、すなわち日本列島から未だあちこちで火種が燻ぶっているとは言え倭国、すなわち蝦夷、アイヌ、八女(やめ=邪馬台国の末裔)国連邦から成る政治勢力が鎮圧、放擲された時代です。鎮圧たるや残虐非道であったのでしょう。いたるところで、燃え上がる反逆行動は、奈良の勢力にとっては、まさに「祟り」でもあったのです。その祟りを「鎮める」それが怨霊鎮魂です。はっきりと認識できることは「祟り」、「怨霊」なる『思想』は、藤原不比等とその一族の報復からの恐怖から生まれたものであって、七世紀半ば以前には、存在していなかったと私は考えています。

 鎮魂の『理論武装』の道具立てとして、こうした夥しい神々が記紀という文書の上で創造されたのです。鎮魂、あるいは「脱・祟り」という深刻な願望から創造された神々に加え在来の信仰である産土(うぶすな)神などを取り込んでいることは言うまでもありません。産土さんなどが座していた従来の祠、磐を、新設した「神社」に招き入れたのも八世紀初頭の頃であったのでしょう。
 「神社」または「神宮」どちらの呼称も倭国を構成した一族の動態に由来します。まずは「神」です。アイヌの信仰体系である「カムイ」を漢字表記するに当たり選ばれたのが「神」です。「社」は「ヤシロ」であり、これは「アシラ、オシロ」に由来します。ラテン文字表記で「ashras」に由来し「勇敢な」『清い』などの意です。これは「葦牙」(あしかび)、仁徳天皇の係累に登場する「アシ、オシ」を付した天皇一族の名前でもあります(下図参照。葦田、押歯、忍海など「オシ」が見られる)。
(図:2016年3月14日記事 より)
清寧_忍歯

 「葦原中国」(あしはらなかつくに)は、まさに七世紀末の日本列島の政治勢力配置をそのまま言い表しています。すなわち「アシ=倭」勢力に東西から挟まれた「中=中大兄・中臣鎌足」勢力の構図です。この戦いで敗れた倭勢力(史書では蝦夷)が列島内に散りじりになって逃げ惑う。そのよりどころとなったのが「(あ)しら」即ち「しろ」集団です。それがのちの「白山信仰」です。これについては、時期を見て、前田速夫氏の業績を参照しながら、考察することにします。

「みまき」天皇が拠したとされる「シキ」が私の主張する現在の行田から志木一帯とすれば、このあたりは江戸時代は「忍」(おし)の藩域です。つまりこの地帯にも「オシ」なる部族がいたことが明らかです。

 次には「宮」です。これもラテン文字表記「myan」で「中央、男根」を意味します。「神宮」とは「カムイの中心」であり、その名称には倭国集団の鎮魂の意がこもっているのです。神社、神宮が七世紀半ば以前に日本列島に存在したはずは無いのです。こうしたことに思いをいたすならば、東国が鎮圧された八世紀初頭は日本列島における支配体制の改変は言うまでも無く宗教改変の時代でもあったと思うべきです。

 この宗教改変作業に当たって、藤原不比等が頼ったのが、仏教であったのです。研究者は「神仏混淆」という表現で、在来の「神」と「新来」の仏教との和合であるかのごとき解説をします。しかし、私はそうではなかったと考えています。上にも書いたように藤原不比等にとって克服すべきは『香々背男』なる信仰体系であったのです(岩波文庫「日本書紀(一)」、136頁)。その影響を抹殺する。それこそが神仏混淆であったと思っています(2010年2月1日記事)。

 大国主命が多くの名称を持っていることの序論として、日本の信仰体系の周辺について上で概略を書いてきました。次回、これを上術の筋書きで考察すると同時に「紀」国を考察することにします。
(つづく)

 ところで、古代史議論再開の前に「科学者はなぜ神を信じるのか」(三田一郎著)を題材にして科学的作業と宇宙での神の存在場所に関する議論を紹介してきました(5月10日記事)。先日以下のような動画を見つけましたので紹介しておきます。
【衝撃】天才物理学者が答えた「神の正体」に世界が震えた!

+++++消費税
 安倍政権は、消費増税の実施判断をするべく、世論の動向を窺っています。消費税については、貴重な情報を見つけたので以下に転載します。 
消費税【山田厚史の闇と死角】消費増税・安倍政権の暗闘〜破局のシナリオ 20190507  

%%%%%元国税が暴く「ヨーロッパに比べ日本の消費税はまだ安い」の大嘘 ビジネス2019.05.20
by 大村大次郎『大村大次郎の本音で役に立つ税金情報』
前回の記事「国際機関が『日本は消費税26%必要』発表の大ウソ」で、財務省の策略を暴いた元国税調査官で作家の大村大次郎さん。今回のメルマガ『大村大次郎の本音で役に立つ税金情報』では、「ヨーロッパの先進国に比べれば日本の消費税はまだ全然安い」という消費増税推進派が用いる言説について、欧州の手厚い低所得層保護の政策や幅広い軽減税率等を解説し、その嘘を暴きます。
ヨーロッパ諸国の間接税と日本の消費税はまったく違う
「ヨーロッパの先進国に比べれば日本の消費税はまだ全然安い」消費税推進派の人たちは、よくこう言います。というより、このことを最大の武器にしてきました。
が、ヨーロッパの先進国の消費税と、日本の消費税というのは、その中身がまったく違います。同じように間接税ではありますが、両者はまるで違うものなのです。
消費税の最大の欠点というのは、このメルマガでも何度もご紹介しましたように、「低所得者ほど負担が大きくなる」ということです。年収200万円の人は、年収のほとんどを消費に使うので、年収に対する消費税の負担割合は、限りなく8%に近くなります。
一方、年収1億円の人はそのすべてを消費に回すことはあまりありません。2割を消費に回すだけで十分に豊かな生活ができます。2000万円の消費に対する消費税は160万円です。
そうすると年収1億円に対する消費税の負担割合は、1.6%に過ぎません。つまり、年収200万円の人からは年収の8%を徴収し、年収1億円の人からは年収の1.6%しか徴収しないのが、消費税なのです。このように間接税というのは、低所得者ほど打撃が大きいのです。
ヨーロッパ諸国の低所得者への手厚い支援
ヨーロッパの先進国は、間接税の税率は高いですが、低所得者に対する配慮が行き届いています。ヨーロッパでは、低所得者に対して様々な補助制度があります。
イギリスでは生活保護を含めた低所得者の支援額はGDPの4%程度です。フランス、ドイツも2%程度あります。が、日本では0.4%程度なのです。当然、低所得者の生活状況はまったく違ってきます。
日本では、低所得者の所得援助というと「生活保護」くらいしかありません。しかも、その生活保護のハードルが高く、本当に生活に困っている人でもなかなか受けられるものではありません。
日本では、生活保護基準以下で暮らしている人たちのうちで、実際に生活保護を受けている人がどのくらいいるかという「生活保護捕捉率」は、だいたい20〜30%程度とされています。
生活保護というと不正受給ばかりが取り沙汰されますが、本当は「生活保護の不受給」の方がはるかに大きな問題なのです。イギリス、フランス、ドイツなどの先進国では、要保護世帯の70〜80%が所得支援を受けているとされています。
欧米の先進国では、片親の家庭が、現金給付、食費補助、住宅給付、健康保険給付、給食給付などを受けられる制度が普通にあります。また失業者のいる家庭には、失業扶助制度というものがあり、失業保険が切れた人や、失業保険に加入していなかった人の生活費が補助されるのです。この制度は、イギリス、フランス、ドイツ、スペイン、スウェーデンなどが採用しています。
たとえばドイツでは、失業手当と生活保護が連動しており、失業手当をもらえる期間は最長18か月だけれど、もしそれでも職が見つからなければ、社会扶助(生活保護のようなもの)が受けられるようになっているのです。
他の先進諸国でも、失業手当の支給が切れてもなお職が得られない者は、失業手当とは切り離した政府からの給付が受けられるような制度を持っています。
また貧困老人に対するケアも充実しています。たとえばドイツでは年金額が低い(もしくはもらえない)老人に対しては、社会扶助という形でケアされることになっています。
フランスでも、年金がもらえないような高齢者には、平均賃金の3割の所得を保障する制度があり、イギリスにも同様の制度があります。
さらに住宅支援も充実しています。フランスでは全世帯の23%が国から住宅の補助を受けています。その額は、1兆8千億円です。またイギリスでも全世帯の18%が住宅補助を受けています。その額、2兆6千億円です。 日本では、住宅支援は公営住宅くらいしかなく、その数も全世帯の4%に過ぎません。支出される国の費用は、わずか2000〜3000億円程度です。先進諸国の1〜2割に過ぎないのです。
またヨーロッパ諸国では、軽減税率も細やかな配慮があります。日本でも、今回2019年10月の増税からは、軽減税率が適用されることになっています。が、軽減税率と言っても8%に据え置かれるだけですから、たった2%の軽減しかないのです。
一方、イギリス、フランスなどでは、軽減税率が細かく設定され、食料品や生活必需品は極端に税率が低いなどの配慮がされています。イギリス、フランスの付加価値税の軽減税率は次の通りです。
●イギリスの付加価値税の税率
・標準税率20%
・軽減税率5%  家庭用燃料・電力の供給、高齢者・低所得者を対象とした暖房設備防犯用品等、チャイルドシート、避妊用品など
・軽減税率0% 食料品(贅沢品以外)、上下水道、出版物(書籍・新聞・雑誌)、運賃、処方に基づく医薬品、医療用品、 子ども用の衣料・靴、女性用衛生用品など
●フランスの付加価値税の税率
・標準税率20%
・軽減税率10% 惣菜、レストランの食事、宿泊費、旅費、博物館などの入場料
・軽減税率5.5% 水、非アルコール飲料、食品(菓子、チョコレート、マーガリン、キャビアを除く)、書籍、演劇やコンサート料金、映画館入場料
・軽減税率2.1% 演劇やコンサートの初演(140回目まで)、処方のある医薬品、雑誌や新聞
・非課税  医療、学校教育、印紙や郵便切手
このように、ヨーロッパ諸国は低所得者に手厚い配慮をした上での「高い消費税」なのです。が、日本では低所得者の配慮などほとんど行わないまま、消費税だけをガンガン上げていこうとしているのです。 最近、国際機関から「日本の貧困率、貧富の格差は先進国で最悪のレベル」という発表が時々されます。それは、こういう日本の政治のお粗末さが数としてはっきり表れているのです。
少子高齢化も政治のお粗末さが原因
「日本の場合は深刻な少子高齢化社会になっているので、イギリス、フランス、ドイツなどとは状況が違う」と思っている人もいるでしょう。 が、実は少子化という現象は、日本だけのものではありません。むしろ、欧米の方が先に少子化になっていたのです。日本の少子化というのは1970年代後半から始まりました。一方、欧米では1970年代前半から少子化が始まっていました。
そして1975年くらいまでは、欧米の方が日本よりも出生率は低かったのです。つまり、40年以上前から少子高齢化というのは、先進国共通の悩みだったのです。
が、この40年の間、欧米諸国は子育て環境を整えることなどで、少子化の進行を食い止めてきました。1970年代の出生率のレベルを維持してきたのです。だから、日本ほど深刻な少子高齢化にはなっていません。
一方、日本では、待機児童問題が20年以上も解決されないなど、少子化対策をまったくおざなりにしてきました。そのために、1970年代から出生率はどんどん下がり続け、現在、深刻な少子高齢化社会となっているのです。これを見ても、日本の政治がいかに愚かかわかるはずです。 日本はこの40年の間に、莫大な財政赤字を貯め込んでいます。そのお金は何に使われたのかというと、本州と四国の間に3本も橋を架けたり、各都道府県に空港を作ったり、新幹線を各地に張り巡らしたりしていたわけです。
こういう愚かな日本の政治状況を、何の改革もせずに、ただただ消費税を上げるだけでは、日本は完全に壊れてしまうはずです。
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