法螺と戯言

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フーリエ生誕250年、常陸国風土記香島郡条(編纂時期考察)、新潟知事

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:前回記事の「巻頭グラビア」で見る一級河川のフェンスで愛の言葉を交わす番の鴨。そしてその傍らでうらやましげな雉。いずれも昨日朝の光景。何せ当地の今朝は土砂降りの雨でありました。拡大は図のクリックで)
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 宿命か ワイ(Y)染色体の 哀しみは 世の規範では 抑えかねれり

 なんといっても残念なのは、新潟県知事の女性問題です。ネット記事は未だ詳細を報じてはいませんが、知事をして「辞職を検討」せしめるほどの深刻な事件のようです。新潟から兵庫県の灘に留学、あっさりと東大理IIIに合格、医師研修医として臨床実習の傍らに司法試験もあっさりと合格など、秀才の誉れも高かった人物です。一年半前の知事選挙勝利に喜びつつも、プロフィールに「独身」とあり、演説の語り口も流暢とは言いがたく、なんとはなしの危惧もありました。
 日本のエネルギ問題のシンボル的存在である新潟県。ここで、世界最大の電力出力を生産する刈羽原子力発電所の稼動をストップさせることの意義は大きい。そして地元の選挙民もそのように考え、現知事を勝たせた。
 エネルギを搾り出した灰と道具は放射能汚染物として地中深くに埋めるしかないなどは、知性ある人間のやり方ではなかろうと思ってきました。少なくも、核利用はエネルギと兵器ではしてはいけない。必ずや、将来安全な利用法と安全の利用分野が編み出されるだろうと(私の死後のことであはありますが)思っています。ただし人類が地球の主役であり続ければの話です。
 その日本列島での第一歩としてしっかりと痕跡をとどめることを期待されていた新潟であり、その県民の代表たる知事が、・・・・と思うと残念であります。

+++++常陸国風土記香島郡条(4)
 素人の香島郡条の逐語読み、読者の方には退屈感をもたらしているやもしれぬと推察しています。実際、個々の文節の意味なり、解釈なりを忠実に書き下すことは、それほどの面白みを伴いません。今日の逐語読みを始める前に、現ブログ管理人の“狙い”とでもいうべきことに触れておきたいと思います。「なるほど、そういうことを考えておったのか」を知って頂こうというわけです。
(図:常陸国風土記香島郡条冒頭部分。拡大は図のクリックで
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 何回も書いてきましたが、古代東国の真実の歴史は、藤原不比等による「古事記」、「日本書紀」編纂によって暗闇に置かれ、爾後1300年もの長きにわたってそれは放置されてきた。これが私の東国古代史観です。現実の鹿島は本ブログでも書いてきたように六世紀半ばには遠く西域からの渡来族による政治拠点が構築されていた。その物証が現代人によってすら検証できる形で紙上ではなく地上に残されている。それが八溝山・静神社・吉田神社・鹿島神宮の直線配列です。この方位は1500年前のシリウス星方位、すなわちゾロアスタ教信仰の象徴です。その傍証とでも呼ぶべき記述が常陸国風土記のいたるところに散見されます。たとえば筑波郡の条に登場する「筑譚」(2016年11月11日記事 )、行方郡条に登場する「夜刀神」、「阿多智」(2017年2月17日記事)などなどです。

 もう一つの現ブログ管理人の日本列島古代史観、それは“「記紀」を逆さまに読むべし”から得られています。詳細は繰り返しませんが、記紀が語る「神々の出現」、「天照大神」は、記紀が編集された時代、すなわち藤原不比等にとっての「日本列島現代史」の重要な事象となっているのです。そして藤原不比等にとっての東国制覇は鹿島制圧によってとりあえずの完成を見るのです。その最終局面の厳しい真実の舞台が、ここ鹿島であり、それを穿り出すのが鹿島郡条の逐語読みであるというわけです。

 すでに書いてきたように「天照大神」らしき「神」は登場しますが、その名称は未だ記載されていません。これは、奈良中央からの訓令(史書編纂に当たっての指導書)が、届いていなかった故なのか、それとも藤原不比等が「天照大神」問題を決着させていなかった時点であったのか?あるいは、奈良中央がこしらえあげた新宗教体系への風土記編纂者の意図的無視なのか?いずれにしてもかなりきわどい歴史時点で「鹿島郡」条は執筆されたことを思わせます。

 上記のような問題意識を念頭において、更なる逐語読みを続けたいと思います:
 高天原に降り来たった神は香島天之大神と称された。『天にのっとり(天のやり方に倣えば) ‘日香島の宮“と号した』。と、風土記執筆者は書きます。ところが、このくだりを、「風土記」(岩波書店)の校注者は『天すなわち(即)‘日香島の宮“呼んだ』と解読します。門外漢たる私が苦戦するところです。地にのっとるのであれば、(地のやりかた「呼び方」では)、それは「豊香嶋之宮」と号した。
 素人には解読が難しい一節です。私には、古代文学の専門家たる校注者はこの表現について熟考をさぼっているのではなかろうかと愚痴が口をつきます。どうやら、香島郡条執筆者には、「天神・地祇」(あまつかみ・くにつかみ)なるものの概要が届いていたのではなかろうか、と思わせます。しかし、執筆者は、それらが何を意味しているのか掴みきれていない。または意識して無視しているのか。

 八世紀初頭になって、やっと藤原不比等は新興宗教としての「天照大神」を『編み出した』。そしてこの新宗教は、いまだ風土記編纂者には概要はともかく、詳細が伝わっていない。常陸の国の編纂者は、「どうやら新しい神がつくられつつあるらしい」との指示・情報に基づいて書いていると思えます。

 ところで、地に則った「豊香嶋神宮」についても気になります。まずは「神宮」です。日本書紀に登場する三つの神宮の中で、最も多数回登場するのが、私はいまだ訪ねたことはありませんが伊勢神宮です。
%%%%%ウイキより
「お伊勢さん」「大神宮さん」と親しく呼ばれる伊勢神宮は、正式には「神宮」といいます。
神宮には、皇室の御祖先の神と仰ぎ、私たち国民の大御祖神(おおみおやがみ)として崇敬を集める天照大御神(あまてらすおおみかみ)をお祀りする内宮(ないくう)(皇大神宮(こうたいじんぐう))と、衣食住を始め産業の守り神である豊受大御神(とようけのおおみかみ)をお祀りする外宮(げくう)(豊受大神宮(とようけだいじんぐう))を始め、14所の別宮(べつぐう)、43所の摂社(せっしゃ)、24所の末社(まっしゃ)、42所の所管社(しょかんしゃ)があります。これら125の宮社全てをふくめて神宮といいます。
%%%%%
「宮」の由来は「一族首領の座す中心」を意味する「myan」(古代ペルシャ語)に由来します。一方、「カミ」は「カムイ」、すなわち渡来族と協同した「アイヌ」族の信仰体系です。博覧強記を誇る藤原不比等は自らの敵を正しく把握していたがゆえに「神宮」(シンキュウ)なる漢語を探し出して、それに「神々の中心地」なる意味づけをしたのだろうと思っています。となると「神宮」なる表現の登場も七世紀末から八世紀初頭です。しかし、風土記「香島郡」条の執筆者が藤原不比等の「神宮」概念を然るべく理解していたのかどうか?
 いずれにしても、「神宮」なるものの構想について、古代史研究者は、其れが大昔からあったかの如く疑念しないようです。ここには藤原不比等の日本列島の「政治的」、「思想的(宗教)」支配志向が体現されていることに思いを致した研究がなされるべきではなかろうか。

 さて次に考察するのが「豊」です。何故、鹿島郡条に「豊香嶋神宮」が記載されているのか?
そして、上に引用した伊勢神宮に関するウイキ記事にあっても「豊受大御神」として、伊勢神宮の外宮に祀られています。「豊」とは?何か?人なのか?神なのか?次回、それを考察します。
(つづく)

+++++数学者フーリエ生誕250年
今年は、数学者フーリエ生誕250年に当たるということで、いくつかの数学関連雑誌が特集記事を掲載しています。1768年生誕といいますから日本の江戸時代、田沼意次が江戸幕府老中の座に就く五年前、浅間山代噴火の15年まえです。又12年後の1780年に死去した平賀源内がその能力開花の絶頂期であったやもしれません。
(図:フウリエ肖像画とフーリエ特集号「数学セミナ」2018年3月号、日本評論社発行。拡大は図のクリックで)
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 理工系技術分野で仕事をする人間にとっては「フーリエ解析」は必携の知識です。計測された時系列が、いくつかの周期的変動から構成されていると仮定して、それぞれの周期成分の「周期、振幅」を計算する数学的根拠をフーリエ解析は提供しています。私はかって日本書紀が語る持統女帝の34回にも及ぶ吉野詣でに周期性を発見するべくフーリエ解析手法をつかったことがあります(2010年4月26日記事)。時系列がN個の計測点での数値からなっており、それにフーリエ解析を適用するとするとN*N回の乗算をせねばなりません。1960年代に急速に進展を遂げたコンピュタ技術をもってしても、フーリエ解析計算には多くの時間が必要でした。ところがそこに一人の天才が出現します。1965 年の J.W.Cooley とJ.W.Tukey (たとえばを参照)です。巧みな工夫をすることで以って乗算の回数がN*log(N)にまで減ぜられるのです。たとえば10000回の計測についての乗算回数は一億回の乗算が四万回になります。こうして技術者は手軽にフーリエ解析を自らの実験データなどに適用できることになりました。この手法はFFT(Fasy Fourier Transiformation)と呼ばれています。
 そうした技術計算に革新をもたらす理論を編み出したフーリエについて、科学誌natureが記事を掲載しています。それを二回にわけて以下に紹介しておきます:。
%%%%% Fourier’s transformational thinking(1) 
When you listen to digital music, the harmonies and chords that you hear have probably been reconstructed from a file that stored them as components of different frequencies, broken down by a process known as Fourier analysis. As you listen, the cochleae in your ears repeat the process — separating the sounds into those same sinusoidal components before sending electrical signals to the brain, which puts the components together again.
Fourier analysis allows complex waveforms to be understood and analysed by breaking them down into simpler signals. And it’s a shining example of the power and value of intellectual boldness.
デジタル音楽を聴くとき、あなたが聞くハーモニーとコードは、フーリエ解析と呼ばれるプロセスによって異なる周波数に分解したいくつもの成分を重ね合わせて再構築されたものなのだ。音楽を聴くということは、耳の中の蝸牛が上のプロセスを繰り返していることなのだ。すなわち耳から脳に信号が届く前に、音はたくさんの周波数の正弦波に分解し、其れらが脳で再び寄せ集められる過程である。フーリエ解析により、複雑な波形をより簡単な信号に分解して解析することが可能になっている。それは知的な大胆さと価値の輝かしい一例だ。

The roots of the idea go back to the mid-1700s, when the Italian mathematical physicist Joseph-Louis Lagrange and others studied the vibration of strings and the propagation of sound. But it was one of Lagrange’s pupils, Joseph Fourier, who in 1822 truly founded the field that carries his name.
Fourier was born 250 years ago this week, on 21 March 1768. Today, there is virtually no branch of science, technology and engineering that is left untouched by his ideas. Modern versions and analogues of his theory help researchers to analyse their data in almost every discipline, powering everything from YouTube’s videos to machine-learning techniques.
Among the scientists who benefited is Ingrid Daubechies, an applied mathematician, who in the 1980s helped to develop the theory of wavelets, which generalized Fourier analysis and opened up previously inaccessible problems. Wavelets were one of the main data-analysis tools used to detect gravitational waves for the first time in 2015, to worldwide acclaim. “He’s one of my heroes,” Daubechies says.
このアイデアのルーツは、イタリアの数学者ジョゼフ・ルイ・ラグランジュなどが弦の振動と音の伝播を研究した1700年代半ばにまでさかのぼる。しかしそれを実際にやってのけたのがラグランジェの生徒の一人、ジョセフ・フーリエ(Joseph Fourier)であった。彼は1822年に本当に自分の名前を持つ分野を創設した。
フーリエは、1768年3月21日に250年前に生まれた。今日、彼のアイデアに触れられていない科学、技術、工学の分野は事実上ない。彼の理論の近代的なバージョンと展開は、研究者がほぼすべての分野で見られる。データを分析し、YouTubeのビデオから機械学習の技術に至るまでのすべてを強化するのに役立っている。
恩恵を受けた科学者の中には、数学者であるIngrid Daubechiesがいる。1980年代に彼は、フーリエ解析を一般化し、以前はアクセスできない問題を引き起こしたウェーブレット理論の開発に役立てた。ウェーブレットは、2015年に初めて重力波を検出するために使用される主なデータ分析ツールの1つであり、世界的に高く評価されている。「彼は私のヒーローの一人だ」とDaubechiesは言う。
(つづく)

 最後に自由党の記者発表風景の動画を転載します。
セクハラ事務次官を容認・擁護!もはや人類の敵・アベ政権にこそ空爆を---
山本太郎&小沢一郎「自由党」代表会見 2018 04 17

311巨大地震前の伊豆・小笠原、前川前文科省事務次官の指摘

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(写真:田圃に水を配る役目を担って掘られたはずの人工川に「一級河川」の格付けです。どう見ても氾濫するとも思えない。どんないきさつであったのか?不明です。拡大は図のクリックで)
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支持率の 調査いいかげん 知りつつも 日テレ先陣 低値を弾く

 読売新聞と昵懇の仲の安倍首相。読売新聞の子会社である日本テレビが世論調査で、他報道機関に先駆けて安倍氏への支持率が三割を切ったと報道しました。ついに読売は安倍氏を見限ったということでしょうか?しかし、油断はなりません。昨年の九月もノックアウト寸前から持ち直しています。愛媛文書には安倍氏首相退陣の留めの一撃という役を期待したいものです。 

 %%%%%支持率2割台 与党内「危険水域に入った」 2018年4月16日 11時55分 日テレNEWS24
この週末のNNNの世論調査で、安倍内閣の支持率は第二次安倍政権発足以来、初めて2割台になった。これを受け、政府・与党内には危機感が強まっている。
菅官房長官は会見で、冷静に対応する考えを強調したが、政府・与党内には「危険水域に入った」との認識が広がっている。
菅官房長官「よく申し上げておりますように、支持率は高い時もあれば低い時もあります」
安倍首相周辺は、「こういう状態だからしようがない。しっかり政策を進めていくしかない」と話しているが、別の官邸関係者は「大変だ。こんなくだらない疑惑の追及ばかりやっていたら、日本の政治はメチャクチャになる」と嘆いている。
また、自民党の閣僚経験者が「分水嶺(ぶんすいれい)を超えた。支持率は回復しないと思う」と話しているほか、9月の自民党総裁選で安倍首相が三選を果たせるか「わからなくなった」という声も出ている。
一方、野党側は攻勢を強めている。
立憲民主党・福山幹事長「国民の安倍政権離れが加速していると感じます。もはや政権を維持できるような状況ではないのではないかと」
また、希望の党の泉国対委員長も「安倍首相が強弁を重ねる姿が、国民の信頼を失っている」と指摘した。
与党側は柳瀬元首相秘書官の国会招致について、来週以降、何らかの形で応じる考えだが、野党側はあくまでも証人喚問を求める方針。
%%%%%
 今般の愛媛文書、あの和泉洋人氏による「首相の意向」伝達とあわせ考えると、首相は明確に科計への指示を秘書官になしていたと診たてることができる、と九州での講演会で名言しました。
%%%%%愛媛文書
「安倍首相の意思表示あった」前川前次官が見解

毎日新聞2018年4月14日 21時41分(最終更新 4月14日 22時11分)

 学校法人「加計学園」の獣医学部新設について柳瀬唯夫首相秘書官(当時)が学園側に「首相案件」などと発言したと記載した愛媛県の文書について、文部科学省の前川喜平前事務次官は14日、「安倍さんの明確な意思表示がなければあんな文書は出てこない」と述べ、安倍晋三首相の直接的な関与があったとの見解を示した。北九州市での講演会で発言した。
• 【獣医学部新設を巡る主な経緯】
• <前川前次官「加計ありき」の決定的証拠 愛媛県側文書>
• <「首相案件、柳瀬氏が発言」面会者が証言>
• <加計文書、首相答弁崩壊も 官邸疑惑深まる>
• <森友、加計、日報 「安倍式政治主導」の正体>
• <森友文書改ざん 疑惑の主役は「安倍首相夫妻だ」>
 前川氏は「愛媛県庁から出てきたのは決定的証拠だと思う。安倍さんの明確な意思表示がなければあんな文書はつくれない。出てこない。説明責任は満載」と指摘した。
 加計学園の問題を巡っては、前川氏は国家戦略特区での獣医学部新設に関し、文科省が特区担当の内閣府から「総理のご意向」と早期開学を迫られていた文書が存在していたと証言。「文科省に首相官邸から圧力がかかり、行政がゆがめられた」などと批判していた。【比嘉洋】
%%%%%

 世の中、便利になりました。まことに説得力ある講演が居ながらにして視聴できます。
前川喜平 講演「権力の腐敗と暴走」(熊本市) 
 それにしても東京新聞・望月衣塑子記者の迫力ある語り口。すばらしい。
<講演・鼎談>前川喜平・寺脇研・望月衣塑子(ノーカット) 2018-4-12
 関連記事を文末に掲載しました。
+++++2011.03.11前後(3)
 4月11日記事の図2で3月30日に作成した地震活動図を掲載しました。活動図(seismicity map と呼ばれます)の下に、東北日本と伊豆・小笠原諸島の地震発生頻度の時間推移をあわせ掲載しています。ところがその掲載した図そのものには誤りはありませんが、使いどころをまちがってしまったため、議論の筋書きを見えなくしてしまいました。
 以前も書きましたが、地震調査というのはついつい欲張ります。ある時期以降の地震活動を調べていると、その前はどうであったのだろうか?とか、ある限られた領域を調べていると、その隣ではでうであったのだろうか?などなどです。その都度、必要な図を作成しなおします。古い図も、後日参照する必要が生じるかもしれません。何せ、地震数にもよりますが一葉の図作成に1時間から2時間かかることもあるからです。こうして当方のPC内には膨大な図版がたまっています。 ほとんどは将来見ないであろうと思いつつ捨てるにすてられず、PC容量をを占拠しています。いわばこのゴミ箱状態の中から、本日ブログ記事に必要な図版をさがしだす作業で、時間がとられ、にもかかわらず、しばしばしかるべき図版の発見で間違いが起きます。
 そうした作業で、論文に使用する図版のとり違いを犯してしまったのが小保方晴子さんです。世界を驚愕させたSTAP論文は「不正研究による」と断じられ、世界的な細胞学者であった笹井芳樹博士が自死してしまうという悲惨な結末でした。時間がかかるにせよ、多様なデータが昔より手軽に取得でき作成できるが故の起こりがちな「ミス」です。

 以上は、4月11日記事図版取り違えミスの言い訳であります。というわけで、3月30日に作成した図を以下の正しい図に置き換えます。
(図1:東北日本と伊豆・小笠原界隈の2011年3月11日前のm>4.0地震活動(4月16日再作成であるが、3月30日作成図と同じ)。トップの数字列は、まずは調査期間(2004年1月1日〜2011年3月11日14時40分、次が図中に表示される地震の個数、最後は図の作成日時(本日朝5時散歩を終えた後作成。拡大は図のクリックで)。
180416東北伊豆indexmap

 こうしたPCを用いた計算・調査では、調査対象の地震規模の下限と対象域(時間、空間)の広がりには、ある種の関係(比例に近い)があります。どの程度でトレイド・オフするかを決定する決め手がPCの要領と能力です。本記事では、再作成にあって、対象領域が広がっているので、地震規模下限は3.5から4.0にと上げています。

 4月11日記事でも書きましたが、小笠原諸島東方のuyeda ridge(ウエダ海嶺、上図右下赤点線で囲まれている)界隈で2011年12月21日にm7.8の地震が起きていたことはまことに興味深い。この地域では2005年2月に活発な地震活動があったこともわかっています。この地震の性状を今回書く予定ですが、まずは4月11日記事で用いた図の改訂版を図2に掲載しておきます。改定せざるを得なかった事情は冒頭に書きました。
(図2:一番上の(1)を付した図は図1の領域,任きた地震の月当たりの発生回数。トップの数字列は調査期間、マグニチュード下限値、調査対象の地震個数、頻度の一目盛り(この場合は一月毎)、顕著地震の発生年月日。下段の数字は平均値と偏差、カイ二乗値(自由度が大きいので、重要な意味はないかもしれない);(2)は領域△涼録未侶遒△燭蠅糧生回数;(3)発生頻度分布について領域,鉢△料蟯悄3搬腓録泙離リックで)
180416東北伊豆相関


 ,鉢△鯣罎戮襪函見えてくるのは調査期間末の大きな地震活動です。これが決め手となって(3)の図の理解が容易になります。2−3ヶ月のずれで、地震活動が重なってきそうであることが予想されます。そのずれでの相関係数が0.6です。大きな相関といえます。さらに2005年8月あたりにもピーク値は大きくありませんが、なにやら小規模な活動が,鉢△凌泙妨えます。2005年8月16日m=7.2の東北の地震活動と、2005年5月22日m=5.3の伊豆・小笠原弧の地震が同様に三ヶ月遅れの地震活動であり、これも相関係数を高めるのに貢献しているように見えます。しかし、2008年6月の東北地方のm=7.2地震に対応するような地震は伊豆・小笠原弧には見出せません。

 2011年3月11日巨大地震に付随して当時の電離層の電子密度の偏在が大きな話題となりました。
 (図3:2011年12月5日記事使用図の再掲。拡大は図をクリック) 
180416電離層無題

図の最右下は、地震発生の翌日です。なんと伊豆・小笠原海溝の北端にその荷電粒子の局在が観測されています。これも又謎です。次回、2010年10月22日のuyeda ridgeでのm=7.8地震の性状を調べておきます。
そのうえで、地震後の伊豆・小笠原弧の地震活動の推移を眺めることにします。
(つづく)

+++++加計問題関連記事二題
%%%%%(1)疑惑続出に与党危機感=首相苦境、3選困難の声も 4/13(金) 7:05配信

 安倍政権を揺るがす不祥事の続発に、与党が危機感を募らせている。

 自衛隊日報、森友学園への国有地売却と財務省文書改ざん、加計学園の獣医学部新設をめぐり、新たな事実や疑惑が連日表面化し、政権の対応が後手に回っているためだ。自民党各派や公明党からは厳しい批判が相次ぎ、安倍晋三首相は一段と苦境に追い込まれている。

 「状況はどんどん悪くなっている」。首相周辺はこう頭を抱えた。政権は日報や文書改ざんについて、あくまで財務、防衛両省の問題と位置付けて収束を図ろうとしたが、加計問題で当時の首相秘書官が「首相案件」と発言したとする愛媛県文書が明るみに出て、首相本人に対する野党の追及が強まっている。

 首相の3選が懸かる秋の総裁選について、党関係者の1人は「首相を支持できないという声が大きくなり、不出馬が常識的な線ではないか。任期満了前の退陣もあり得る」との見方を示した。

 首相の支持基盤である麻生派の12日の会合でも、山東昭子会長代行が「緩みやおごりがあれば堅城も崩れ去る」と戒めた。森友問題で麻生太郎副総理兼財務相の辞任論が党内でくすぶる中、同派中堅は「首相が麻生氏に罪をかぶせるのは許さない。総裁選での首相支持は無理だという空気がある」とけん制してみせた。

 首相の求心力低下に伴い、これまで様子見の構えだった「ポスト安倍」候補らも、政府への批判を展開し始めた。岸田文雄政調会長は岸田派総会で「(疑惑を)数えるだけで時間がかかってしまう」と皮肉を口にした上で、「行政、政治の信頼が問われる事態だ。政府はしっかりと説明責任を果たしてほしい」と強調した。

 石破茂元幹事長は石破派総会で「真実を解明し、行政の信頼を回復することは与党の責任だ。批判するなという方もいるが、自浄作用を失う方がよっぽど怖い」と訴えた。石原伸晃元幹事長も石原派総会で「(疑惑が)いろいろ出てくる。あきれている方も多い」と語った。

 一方、公明党の井上義久幹事長は代議士会で、文書改ざんなどについて「とんでもないことで極めて遺憾だ。厳正に対応してもらいたい」と主張した。

 菅義偉官房長官は記者会見で「(各問題には)丁寧に誠意をもって答えていく」と守勢を強いられた。
%%%%%

%%%%%(2)韓国で生徒集め 「偏差値最下位レベル」の加計学園 2018年4月10日 14時15分
FRIDAYデジタル
韓国で誇大広告してまで人集めに必死だけれど……
建設が進む獣医学部の校舎。建っているのは、今治市民の間でも猯Δ慮錨膈瓩噺討个譴討い覽屬両紊
「獣医学科の定員140人を埋めるのは、かなり厳しいでしょう。全国に17ある獣医学部のなかで、新設される岡山理科大の偏差値は最下位レベルですからね。昨年12月に行われた推薦入試では、定員21人にもかかわらず、193人もの合格者を出した。これは、加計学園が『相当数の辞退者が出る』と予想しているからです。加計学園の担当者と話しましたが、『すべり止めが多すぎて何人合格させれば定員に達するのかわからない』とグチっていましたよ」(獣医専門予備校担当者)
 大学の設置認可に獨崚扠瓩あったのではないかという疑惑を巡り、昨年日本中を騒がせた加計学園に、新たな問題が浮上している。上の写真の通り、同学園が運営する岡山理科大獣医学部(愛媛県今治市)の建設はほぼ完了。後は4月の開校を待つばかりだが、肝心の学生が集まらないのでは、というのだ。
 河合塾によると、岡山理科大獣医学部獣医学科の予想偏差値は55。すぐ上の酪農学園大(北海道江別市)から2.5ポイントも差をつけられている。偏差値が最低レベルなのは、ベネッセが運営する大学情報サイト『マナビジョン』でも同様だ。
 岡山理科大の一般入試の受験日(2月1〜3日)は他大学とかぶっており、同大を受ける者はほとんどいないという。
「うちの塾では、学力が低い子でも加計学園が第一志望という生徒はほぼいません。というのも、立地的に魅力がありませんからね。自然豊かなキャンパスが良ければ酪農学園大を、首都圏が良ければ神奈川県相模原市の麻布大(河合塾予想偏差値60)を志望する」(同前)
 何とか学生を集めたい加計学園が窮余の一策として打ち出したのが、留学生の大募集。実に、全体の7分の1にあたる20人を「留学生枠」としている。だが、その留学生集めにも苦戦している。
「最も留学生が見込める韓国でパンフレットを配ったんですが、〈’10年にノーベル化学賞を受けた鈴木章北海道大名誉教授を輩出〉との記述が誤解を招くのではないかと毎日新聞から指摘を受け、刷り直しになった。鈴木氏は’94年に1年間岡山理科大の教授を務めただけですからね。新しく配られたパンフレットは、特筆すべきところのない平凡な内容です」(ソウル留学センター関係者)
 こうした状況に、96億円もの補助金支出が決定している地元・今治の市民からは不満が噴出している。
「最寄り駅からはタクシーで1000円以上かかるのに、バスはない。大学の周りにはコンビニもスーパーもない。今治はマンションやアパートが少ないのに学生寮も作っていないし、これでどうやって学生を呼べるのか」(地元不動産業者)
「推薦入試に合格して下宿先を探しているという親子を乗せたけど、『ここまで辺鄙(へんぴ)とは……』と絶句していた。その親子は『予定を変更して他の大学も受ける』と言ってました」(地元タクシー運転手)
 1月21日に開かれた市民向け説明会では、終了後、「何も説明されていないじゃないか!」と、今治市長に詰め寄る出席者の姿も見られた。説明会に参加した愛媛県議の福田剛氏が言う。
「長期的に学生が獲得できるのか。それを実現するためのビジョンがあるのか。そういった疑問には一切答えず、まじないのような難しい言葉で大学の設備がいかに立派かという説明をするだけ。これでは、市民の皆さんが納得しないのは当然でしょう。『説明はした』というアリバイ作りだったとしか思えません」
 本誌の取材に加計学園は、「現在も入試への出願期間であり志願者数等についてのコメントは差し控えさせていただきます」と回答。不安を抱える市民の気持ちを獨崚扠瓩垢覽い楼貔擇覆い茲Δ澄
1月21日の市民向け説明会に加計孝太郎理事長(左から2人目)の姿はなかった
韓国で配られたパンフレット。「外国人留学生20人選抜」と募集を呼びかけている
PHOTO:加藤 慶(獣医学部) 2枚目写真は萩生田光一衆議院議員のブログより
%%%%%(FRIDAY2018年2月9日号)

香島天之大神、相撲土俵と女性、首相案件(東京新聞)

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:北風のせいでしょうか、当地の朝は未だ肌寒いんであります。拡大は図をクリック)
180413八重桜無題

 
七重八重 ボタン桜が 盛りなり 初夏の香り 冷気に漂う

 どこぞの市長さんが相撲土俵上でたおれ、女性看護士さんが救命のため土俵に上がりました。これをめぐって、土俵に女性が上がることを禁ずることの是非が論議されています。なぜこんな当たり前の救命措置にこんなばかげた議論が起きるのか。私は、「Y染色体」の哀しみを見ます。相撲関係者はこれは伝統であるといってなかなか素直に女性の相撲土俵とのかかわりを受け入れることができないようです。
 土俵には女性の神様がいるので嫉妬するからだ、なぞの理屈も聞こえてきます。この種の話で、もっと深刻な言い伝えはトンネルです。トンネルは穴です。まさに女性そのものです。トンネルの掘削作業に女性が入ってくることをトンネルは断固拒否すると言い伝えられます。女児も男児も母親から生まれますから、通過することはかまわないのです。しかし、穿つのは男だけで、女はイケナイと言います。何せひとたび崩落事故が起きようものなら悲惨な犠牲者が出ます。この言い伝えを無視することはできないようです。多分、現在もトンネル工事現場に女性が入ることを拒む建設関係者は多いのではなかろうかと思います。

 文化人類学という学問があります。著者も本のタイトルも忘れましたが、ある本で以下のようなことが書かれていました:
 とある大洋の中に浮かぶ島の住民の文化です。女性は男を大切にする。それは、男がいないことには子孫を授かることができないからです。一旦授かっても男を粗略にしない。一方男は、出産前後および育児中の食料採取・狩猟の活動を終えてしまえば、やることが無い。そこで、暇つぶしに作り出すのが宗教であり、「神」の創造である。創造した神をあがめるとの理屈からさまざまな神事を企画する。その一つが祭りである。祭りを通じて女を喜ばせ、其れが男の喜びでもある。これが文化の起源である。

 といった内容であったと思います。神事は「やることを奪われた」男の数少ないamusement(喜び)なのですな。昨今、そうした男の精神舞台にまで女が「男女平等」のプラカードを掲げてズカズカと入り込んでくる。てな事を書くと、女性の方々にどやされるやも知れません。

+++++常陸国風土記鹿嶋郡条
 4月4日記事で茨城県取手市の市之台古墳群の三号墓である前方後円墳の軸が北から時計回りに163度の方向を向いているとの取手市埋蔵文化財センタ学芸員の調査結果を紹介しました(第43回企画展パンフレットより)。この特異な方位を以って築造された墳墓には、相互に参照される史跡があるはずとの視点から、南々西3.5kmにある白山神社がそれであろうとして、墳墓から神社を望む角度を計測すると171度を得ました。この角度をシリウス年代に換算するのですが、その計算に誤りがあったことを読者から指摘されました。以下に訂正しておきます:
510-(171-163.7)*50/1.2=486(誤)、206(正)
 西暦206年といえば、卑弥呼が生きた時代よりも前になってしまいます。2015年1月26日記事に書きましたが、同様の大きな方位角を見たことがあります。それは佐賀県吉野ヶ里の西隣の「神埼(古)道」です。古を括弧でくくっているのは、これが古道の名残をとどめているのか否かが定かではないからです。大昔からの区割りを保っているとすると、その角度が168度です。
 上記の式に従えば、171を168に置き換えて、331という数値を得ます。すなわちこの区割りは西暦331年頃に、当時のシリウス星方位観測から築造されたのではないかと書きました。
(表:現ブログ管理人が構築した紀元一世紀から四世紀初頭の日本列島西部・九州の歴史。拡大は図をクリック)
180413卑弥呼無題


 この年代は、西都原古墳群の中の女狭穂・前方後円墳の築造年代(これも古墳軸の方位から推定、2013年8月26日記事)に近接しています。
 市之台三号墓と白山神社を結ぶ線がシリウス方位によって定められたとするならば、その設計年代は古すぎます。私は、三号墳のもっと西にもう一つの前方後円墳があるのではなかろうかと想像しています。が、パンフレットには記載されていません。判明し次第本ブログに書き留めておこうと思っています。

 さて常陸国風土記香島郡条の解読の続きです:
(図:常陸国風土記香島郡条冒頭部。拡大は図をクリック)
180316香島無題

の傍線を付した条に始まる三行です:
八百万神を高天原にあつめ、「我が天神の祖の孫を遣わして、これから豊葦原水穂国を光宅せしむる」と宣言した。そして、祖たる大神が高天原に降り来たった。名前は“香島天の大神”と称した。天にあっては日香島の宮と呼び、地にあっては豊香嶋の宮と号した。
 
  「諸祖天神」の孫が「ニニギ」命とするならば、「諸祖天神」は「天照大神」ということになるのですが、風土記はそれを書きません。常陸国風土記編纂時には、「天照大神」なる新しい信仰体系の中心人物(?神と書くべきか)の構想が定まっていなかったのか?それとも、奈良権力の東国侵攻の中心舞台でその名称を掲げることの危険性に思いを致したのか?現地住民は、香島の地に君臨した王を知っているので、奈良の新興宗教のシンボルを掲げることは挑発行為にもなりかねません。どちらであったのか?まことに興味深いことです。

 風土記では、あちこちで“天照大神”と紛らわしい似通った名前が登場しています。「之」を「照」と違えただけの名称です。この経緯は、もしかすると、「天照大神」なる名称にたどり着く思考経過なのかなとも思えます。
 
 さて、常陸国風土記編纂者にとっては、高天原は香島の地にあるのです。尤も「高天原」が固有名詞ではなく、あちらこちらにあったとも思えます。かって鹿島神宮の宮司を勤めた矢作幸雄氏は、そうした視点から常陸国には少なくも三つあると自著で書いています。香島に加えて筑波山、そして水戸です。筑波国風土記はそうした神の降来を思わせる伝承を書きます(2016年11月11日記事)。そして、水戸は吉田神社の存在です。まさに「高」一族が八溝山から南下する際に設営した拠点です(2018年2月14日記事)。

 何はともあれ、諸祖神の孫は香島に降来したのです。香島に座す神は、そもそも香島にいたのであるとの主張をしているのです。しかし、この一節は異なる意味にも解釈できます。それが建貸間命であり、中臣と称する藤原一族による香島侵攻と征服行動を記載しているとも読み取れるからです。このくだりは彼らの侵攻・征服の成功譚を語っているとも読めます。そして大多数の学者先生、そして香島研究者たちがそのように考えており、これについては疑いをさしはさみません。しかし、そうであるならば、八溝ー静ー吉田―香島の直線配置とそのシリウス方位の存在をどう理解すればよいのか?確信は必ずや揺らぐであろうと私は思っています。

 降来した地は「豊葦原水穂国」であった。「豊」は「ホウ」であり、それは「高」と音を同じくします。それは高(または興)のラテン文字表記が「kho」に由来するからです。古代ペルシア語ではkhorは天国を意味します。「高(興)」一族の出自は「高昌」であると考えていますが、この一族は西域と深いかかわりがあり、その名称も「天国」を意味する「khor」に由来したのではなかろうか想像しています。
 この「高昌」の「ショウ」が「セオ」に転化し「コウセオ」となり、さらには「こう」が「カガ」に転化して「香々背男」となった顛末は以前書きました。一方日本海岸側ではそれは「コシオウ」に転化します。秋田から新潟県に多く分布する「古四王神社」の由来です。さらにはこれが「越」(コシ)の字源でもあります。
さて次回は「葦」を考察します。
(つづく)

+++++安倍氏の国家私物化
 国のトップたる者には何よりも「知性」が求められている。それを如実に現出しているのが今般の「モリトモ」事件であろうと思います。「頭のよしあし」、「数学ができる、できない」ということではありません。「知性」です。安倍氏は多分頭は悪くなかったのでしょう。しかし、伝え聞くところでは、本は読まない。勉強はしない。そのくせ抜きがたい学歴コンプレックス。こうして無知性のまま「二世」議員の役得で首相の座にまで上り詰めた。そして無知性がゆえにモリトモ事件を引き起こし、それを指弾されると、知性のかけらも無い無残な対応。無知性であるがゆえにこうした人間をトップの座から退いてもらうには、庶民と庶民の側に立つ政治家は工夫を凝らさねばならないのではなかろうか。
(図:東京新聞4月13日付一面記事。拡大は図をクリック)
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311地震前の伊豆・小笠原、加計「首相案件」

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:箱根のこちらは、いや利根川のこちらはいまだ肌寒い朝が続いています。にも関わらず、花の世界では、芥子の花が菜の花に置き換わろうとしています)
180411雉と菜の花無題

 
三羽連れ おしゃべりしつつ 案内(あない)せる 今日こそ葛篭 されどゲットせず

 曇天下、肌寒い今朝は、三羽の雀が散歩する私の前をピョンピョン進んでいます。ペチャクチャとおしゃべりに夢中です。先日の濃霧の朝、途中まで同行してくれましたが、彼女雀に魅かれて、私を見捨てた雀がいたのではなかろうか、と思いました(顔は識別できませんでしたが)。そのお詫びに私をしかるべき場所に案内しようとしてるんだと思い込みました。それにしては三羽連れとは珍しい。「どこまでも彼らについてゆこう。家に帰れなくなっても良い。なんとしても葛篭(つづら)をゲット」と決断しました。ところが、またしても裏切られました。

+++++安倍スキャンダル
 国会衆議院予算委員会での質疑をPCで視聴しています。野党議員の質問への安倍氏の答え、そしてその挙動。オドオドしており自信が無いことがはっきりと見て取れます。答えもはぐらかすということではなく、(意図的な?)見当違い。多分、想定問答で側近から指南を受けたままなのでしょう。もはや自分の頭で考えることができていない。こうした人物に長く五割を超える支持率を与えてきた我同胞よ!しっかりしてくださいよ。自分たちがアクセク働いて稼いだ資産が、安倍氏一統に吸い取られ、戦争の惨禍もこうむりかねない。当然、それへの説明責任はしどろもどろ。かくして、あなた方の子供が泣くんです。私は、もうじき消える身だからこそ言うんです。

%%%%%「本件は、首相案件」と首相秘書官 加計めぐり面会記録
4/10(火) 5:01配信
180411総理案件無題


 獣医学部新設をめぐり、愛媛県が作成したとされる記録文書
 学校法人「加計(かけ)学園」が愛媛県今治市に獣医学部を新設する計画について、2015年4月、愛媛県や今治市の職員、学園幹部が柳瀬唯夫首相秘書官(当時)らと面会した際に愛媛県が作成したとされる記録文書が存在することがわかった。柳瀬氏が面会で「本件は、首相案件」と述べたと記されている。政府関係者に渡っていた文書を朝日新聞が確認した。

 文書は「獣医師養成系大学の設置に係る内閣府藤原次長・柳瀬首相秘書官との面談結果について」との題名で、15年4月13日の日付が記されている。
%%%%%朝日新聞社

 次は週刊誌「文春」です。
%%%%%「柳瀬秘書官発言」文書に安倍首相と加計理事長が会食の記述
4/10(火) 20:21配信
 加計学園の獣医学部新設を巡り、愛媛県が作成した柳瀬唯夫首相秘書官(当時)との面会記録に、安倍晋三首相が加計孝太郎・加計学園理事長と会食した際の記述があることが、「週刊文春」の取材でわかった。

 記録によれば、2015年4月2日、柳瀬秘書官は首相官邸で、愛媛県地域政策課長や今治市企画課長、加計学園事務局長らと面談し、次のように発言したという。

<加計学園から、先日安倍総理と同学園理事長が会食した際に、下村文科大臣が加計学園は課題への回答もなくけしからんといっているとの発言があったとのことであり、その対応策について意見を求めたところ、今後、策定する国家戦略特区の提案書と併せて課題への取組状況を整理して、文科省に説明するのがよいとの助言があった>

 安倍首相は、昨年夏、国会で次のように答弁していた。

「(加計理事長からは)『獣医学部を作りたい』、さらには『今治市に』といった話は一切ございませんでした。(学部新設の計画は2017年)1月20日の国家戦略特区諮問会議で私が知るにいたった」

 面会記録に記載された内容が事実とすれば、安倍首相は加計学園の獣医学部新設計画について、2015年4月以前の段階で既に知っており、国会答弁は虚偽だったことになる。

 柳瀬氏は面談自体を否定するコメントを出しているが、愛媛県の中村時広知事は、記者会見で記録を県職員が作ったことを認めている。

 記録に名前が登場する下村博文文科相(当時)を電話で直撃すると「(文書を)読んでいないので、コメントできません」とし、改めて文書でも確認を求めたが、締切までに回答はなかった。

 4月12日(木)発売の「週刊文春」では、「柳瀬秘書官発言」文書の詳細や「加計優遇」の実態などについて報じる。
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(図:東京新聞4月11日付、一面記事)
首相案件4232


+++++2011年3月11日巨大地震の前後
 あの巨大地震発生前、伊豆・小笠原海溝に沿う地震活動は活発であったことを3月26日記事http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/52104914.htmlで書きました。その時期は、日本海溝に沿う地震活動とその陸側の地震活動も決して平穏とは言いがたい状況であった。それを示したのが図1です。
(図1:3月26日記事掲載図の再掲、図中の番号については、前記記事で説明しています)
180326_04_16無題

 あの2011年3月11日の巨大地震発生前、東北地方、その東方の海上沖の地震活動は日本海溝軸にまで及んでいます。一部はその外側(ひがしがわ)にまであたかも染み出すがごとく発生しています。
一方、東北地方の南方に位置する伊豆小笠原海溝に沿う地震活動も活発であることが明瞭です。この伊豆・小笠原海溝軸に沿う地震活動は図1では、途中で途切れているように見えます。地震活動は表示されている範囲を超えてさらに南に広がっているかのごとくです。
 
 地震活動を調べる作業では、しばしば、陥るジレンマの一つを思い起こします。すなわち、地震活動を調べるほどに時間カバー域が広がり(具体的には過去に際限なく調べたくなる)、空間カバー域も広がります。その地震の向こうは動であったのか<という興味です。そこで、図1に示す表示領域を南に拡げてみます。
(図2:311巨大地震発生前の日本列島南沖の地震活動)
180411伊豆小笠原


図1との違いは南北の表示範囲をー400kmからー800kmに拡大し、その結果小笠原諸島までも表示していることです。その代わり(見返り)として表示する地震の規模をマグニチュード3.5から4に引き上げざるを得なくなっています。理由は私が使用するPCの能力によるものです。 地震発生数が“地震のマグニチュド分布(テンベルグリヒタの経験式)”に従うとするならば、図2の地震数を三倍にすれば図1と比較できることになりますが、現時点では地震の空間的発生分布に関心があるのでその必要は無いでしょう。
 
 まず領域Aの地震活動です。まことに興味深い。それは日本海溝軸とその近傍にそっては地震活動が無い、または低いことです。この地震活動分布も、やがて来る巨大地震への「準備」過程の表現なのでしょうか?興味深いことです。
 
 図2の左下棒グラフは矩形領域A内での地震発生頻度(10日間あたり)の時間変動です。平均10日あたり6個、カイ二乗値は自由度250余で2161となります。一様な発生頻度からはそれほど隔たっていないことを示すのかもしれませんからは遠い。すなわち時間的に一様な発生頻度ではないので、そこから活動異常を認識することはできません。棒グラフの再右端に70を越える飛び切り大きい値が見えます。これは2011年3月9日のm=7.3の地震とその余震です。これは、post_prediction(
地震後(予ではない)知研究)で、311巨大地震の前震であったと以後長く語り伝えられている地震です。さらに二、三の大きなピークが見えますが、ここではそれらについての詳論はしません。

 一方右下の棒グラフは矩形領域B内での地震発生頻度(10日間あたり)の時間変動です。発生頻度は3個/10日ですから、A領域での地震活動の半分です。カイ二乗値も大きい。平坦な分布から大きく隔たっているというわけです。このグラフでは270日ごろに大きなピークが見えます。これは2005年2月10日のm=6.5に始まる群発地震活動です。図2上の地震活動マップの右下です(矢印で示している、又図3を参照)。注目するべきは地震発生頻度分布図では顕著ではありませんがこの地域にきわめて大きな地震が発生しています。2011年12月21日、m=7.4の地震です。この地震はどうやら2005年2月の地震と関係がありそうです。
(図3:2005年、2010年12月の地震の震央域)
uyeda_ridge_b


 海底には無数の海山があります。そのいくつかには地球科学研究に大きな業績を上げた研究者の名前が付されることがあります。2005年2月、2010年12月の地震は図3星印の近くUyeda Ridgeでおきています。最近は上田誠也氏のお名前は地震予知で登場することが多いのですが(2011年6月3日記事)、1960年代から長くプレート・テクトニクス理論構築強化での日本国でのパイオニアとして多くの業績を積み重ねてこられました。岩石の残留磁気の精密測定から、その岩石が生成された時代とその時代の地磁気の方位をさぐりプレートの運動を特定する研究。又、地球の深部から地殻を通して地表にもれ出る熱量(ヒート・フロウHeat flow)を測定して、プレートの生成年代, 地球の熱史をさぐるなど多くの世界的研究を積み重ねてこられた方です。
 太平洋の国際的海域調査を先導してきた業績を長く記憶にとどめるべく、この海山に命名されたのだろうと想像しています。

 余談を書きましたが、そのUyeda Ridge 界隈でまさに興味深い地震が起きています。2005年2月の地震もさりながら、2010年12月21日にM7.4の地震が発生しています。2011年3月1日すなわちわずか80日後にあの巨大地震が起きていることに私は注目しています。
 この地震の地震学的知見いついては次回に斯くこととして、この地震にまつわるエピソードを付記しておきます。
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Magnitude 7.4 Earthquake Bonin Islands Japan December 21 2010 
 この地震が、なんと2010年の冬至日に起きていることが、一部の関係者の注目を集めています。私が調べた限りでは、1940年以降、M>7.8のいわゆる巨大地震の発生時期を調べると、なんと北半球では冬至の日に集中していることがわかっており、まことに興味深いことである、と考えています。(図4:巨大地震は冬至に起きやすい。上は北半球の巨大地震発生月、下は南半球の巨大地震発生月(2017年9月25日記事より)。
180124冬至

(つづく)

大谷、米国を鎮圧、島根地震、森友事件あれこれ

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
本日は、大谷ショックでありまして、大谷報道の追っかけで一日が終わりそうであります。
(写真:つがいの鴨がいつもの蓮沼でゆったりと浮かんでいました。)
180409鴨二羽4213 


 驚いた まさに漫画の 主人公 米国メジャーで 大谷躍動

 ホームランは打つわ、三振はとるわ。すごい選手を日本は輩出したものです。
 以下はこの話に便乗した私の自慢・昔話です。恥ずかしながら、私も小学校高学年のころは野球少年でありました。学校から帰るとランドセルを放り投げ、草原での三角ベースに夢中でありました。小学校六年の市内野球大会では、左翼オーバの三塁打をかっとばしました。監督から「今晩、母ちゃんに赤飯炊いてもらえ」とのお褒めの言葉がありました。そういえば、もう一つ良い記憶がありました。大学の教養時代に選択したスポーツ種目は、野球でした。授業形態は二チームに分かれての試合です。その試合で、私が打った打球がグランドの外野芝生際に届いたんですな。敵チームは芝生上と認めたがらなかったが、授業担当の教官が「ホームランだろ」と言ってくれました。なんと「満塁ホームラン」という言う嘘のような実話です。この教官は大学・野球部の監督でもありましたから、もしかしたらこの打棒ゆえに野球部に戦力としてスカウトされ、神宮球場の土を踏めるかな、なぞと密かな期待もしました(勿論そんな話はありませんでした)。

 というわけで、今朝6時からTVに噛り付いていました。試合終了後、TVカメラが球場バック・スクリーンの映像を写していました。そこにはなんと「黄色の猿」が踊っていたんですな。悪意は無いとは信じたいが、喜びに水を注された気分でありました。数秒間の映像でしたが、一体あれは何であったのか?

%%%%%全米メディアも大谷の「完全試合未遂」に大興奮「本当に人間か?」2018年4月9日 11時40分
 エンゼルスの“二刀流”大谷翔平(23)が、今度は投手で全米に衝撃を与えた。8日(日本時間9日)のアスレチックス戦で、7回一死まで完全試合を続ける1安打12奪三振の圧巻ピッチングで2勝目を飾ったのだ。全米メディアもすぐさま興奮気味に反応した。
地元のオレンジカウンティ・レジスター紙は「エンゼルスのルーキー、大谷が地元デビューの登板でパーフェクトに迫る」との見出しで「エンゼルスタジアムに衝撃を起こした」と報じた。同紙は、7回一死からマーカス・シミエンに左前安打を許して、完全試合が消滅した瞬間について、こうレポートした。
「打球が、三塁手ライアン・シンフと遊撃手アンドレルトン・シモンズの間を抜けると、満員となった4万4742人の多くからは低いうめき声が上がった。それからファンは立ち上がり、日本から来た23歳のルーキーに大きな感謝の拍手を送った。ただ、これは彼が受けた最初のスタンディングオベーションでも最後のものでもなかった。もう一度、七回の最後にアスレチックスのマット・オルソンを三振に仕留めた後に起きた」
 スタジアムの興奮は地元メディアから見ても異例だったようだ。
CBSスポーツも「大谷が素晴らしい1週間を完全試合未遂で締める」との見出しで、ベーブ・ルース以来となる、投手として登板後、10日以内に3試合連続本塁打を果たした、この1週間を振り返りながら“二刀流”大谷を絶賛した。
「大谷は2度目の先発でもアスレチックスを抑えた。セオリーでは、最初の対戦では投手、2度目の対戦では打者が有利とされる。しかし、大谷は投手でもあり、打者でもあることから、このような慣習は当てはまらないのかもしれない。その証拠に大谷が6回までどうやって完全試合を進めてきたか考えてみてほしい」と、アスレチックスの対策を振り切って圧倒したピッチング内容を評価した。
 そして、「残念ながら大谷は7回一死でシミエンに安打を許し完全試合は未遂で終わった」と、大記録を逃したことを残念がった。
 同メディアによると、この日の大谷は、91球の投球数のうち、24球で空振りを奪っているという。その内訳は、34球投じたスプリットで16個、42球のストレートで8個の空振りがあった。ストレートの最速は、99.6マイル(約160キロ)に達し、最遅は、68.5マイル(約110キロ)のカーブ。「速度の差は31マイル(約50キロ)あった。ありえないことだ」と、その緩急を使った投球技術を讃えた。
完全試合とはならなかったが、「シーズンが終わるまでに(大谷が完全試合を)達成しないということではない」と、今後、どこかで大記録をやりそうだと予測した。
 スポーツイラストレイテッド誌は「大谷が完全試合に手を出す。2度目の先発で12奪三振」との見出しで、あわや、完全試合となった部分をクローズアップした。
同誌は、「大谷は、その二刀流の姿から『日本のベーブ・ルース』として、少しばかり過大評価されたニックネームをつけられていた。だが、大リーグでの2回の先発で2勝0敗、防御率2.08、18奪三振。打撃では、この多才なスターは、打率.389、わずか4試合出場で3本塁打、7打点を挙げている」と、そのニックネームが決して過大評価でなかったことを示唆した。
スポーツ情報サイトの「Sporting News」は「大谷は(二刀流として)本物だ。もう、そう宣言するべきだ」と訴えかけた。
「我々は、まだ彼の一握りの試合しか見ていない。大谷が“二刀流として成功できる”と宣言するまで、どれくらい待たねばならないのか?という疑問だけが残っていたが、彼は、マウンド上での支配的な投球と、3試合連続本塁打の打席を見せた。これからもますます(それを見る機会が)増えていくと感じさせるものだった」と絶賛した。
 同メディアも奪った空振りの数のデータに注目。大谷が7回までに奪った24回の空振りは、ここまでのシーズンで最多のものだったという。
「彼の投球は、厄介なものであり続けた。まぐれではこれほどの投球にはならない。アスレチックスは、2度目の対戦なのに混乱していた。1週間の準備と修正も助けとならなかった」 
 そう分析した上で、「ルーキーにとって大リーグ2度目の先発は、通常、普段通りには投げられないものだ。大谷は確かに普通ではなかった(もはや議論は彼が本当に人間かどうかという点になっている)」とまで表現した。
 そして、「もう一度問いたい。これで、もう十分だろうか。大谷は、ベーブ・ルース以来初めてとなる正当な二刀流スーパースターと我々は確かに言えるだろうか。それには、この先、どれほどのサンプルが必要だろうか。5度の先発や、いや10度か。50打席か、100打席か。確かに大リーグ(の他の選手たち)は、彼を研究して対応をしてくるだろうが、彼のここまでのマウンド上、打席での成功が、“幸運な、はかない夢だった”と言えるようなものは何もない。もはや(大谷はまだ本物かどうかわからないと)主張するのは難しくなった」とまで書き、その実力が疑いのないものであることを伝えた。
 “二刀流”大谷のあまりに衝撃的な実力に全米メディアがついていけないような様相となっている。
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 一方、サッカー界には激震が走りました。代表監督が突然解任され、日本人が新監督に就任しWカップの指揮を執ることになりました。遅きに失した感があります。解任された監督には「アジア人=黄色い猿」風の蔑視感が漂い好感を抱けませんでした。私は中田英寿氏(通称ヒデ)が最適任と思っていますが。
 それはさておき、誰が、メンバにえらばれるのか?長友、香川、長谷部、武藤、久保、柴崎、大迫、酒井(顎がしゃくれているほう)、岡崎、昌子、植田、吉田の十二選手を新監督に推薦しておきます。といっても新監督がこのブログを閲覧してくれているか否かは定かでありませんが。どうなりますことやら、であります。

+++++311地震後(2、伊豆小笠原)
 激震といえば、本日未明、島根県中部で地震がありました。
(図1:防災科学技術研究所HPより)
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 以下に転載する気象庁記者発表資料によるこの地震の余震分布と、上の発震機構解を照合するならば、どうやら断層面は南北走行左横ずれの破壊であったようです。

 下記は気象庁による記者発表抜粋です。。 
(図2:気象庁記者発表より )
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 西に伸びる地震活動帯は今般の地震震央あたりに始まっています。そしてそこから南に伸びる短い地震帯が存在します(図1:参照)。「共役」(conjugate)断層の存在を思わせます。朝日新聞紙で京都大学の研究者がこの地域の地震活動を語っています。
 %%%%%山陰に「ひずみ集中帯」存在か 島根地震、専門家が指摘
2018年4月9日 11時33分 朝日新聞デジタル

 島根県は大地震が少ない地域だが、マグニチュード(M)5〜6規模の地震は過去にたびたび起きている。
 島根大の向吉秀樹助教(構造地質学)によると、今回の震源を含む同県大田市付近から広島県三次市にかけてのエリアは地震活動が比較的活発で、M5以上の地震が1950年以降に10回以上起きている。
 今回の地震の震源付近には明確な活断層はないが、京都大防災研究所の西村卓也准教授(測地学)は「山陰のひずみ集中帯」の存在を指摘する。2011年の東日本大震災以降、山陰地方の日本海側は、瀬戸内海側に対して年に5、6ミリ東にずれ動いている。兵庫県北部から今回の震源付近にかけて陸側プレート内部のひずみが集中し、地殻の浅いところで地震が起こりやすいという。2000年には鳥取県西部地震(M7・3)、16年には鳥取県中部地方の地震(M6・6)が起きている。
 気象庁によると、今回の震源の周辺では、1週間ほどの間に同程度の大きさの地震が繰り返されるケースが1930年以降、4回確認されている。西村さんは「山陰地方の地震は続発する癖があるので、しばらくは注意した方が良い」と話す。
 今回、強い揺れが起きたことについて、鳥取大の香川敬生(たかお)教授(強震動)は「人が多く住む日本海側の平野は、堆積(たいせき)層が厚く揺れやすい」と分析している。
180409島根朝日

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+++++森友事件
 三権分立とは建前で、実際には、行政のトップたる安倍氏が最高権力者として、行政からは独立しているはずの司法関係者が持つ資料を承知しているという構図を天木直人氏が書いています。
%%%%%森友文書改ざんのすべてを語る近畿財務局職員の遺書 2018-04-09 天木直人のブログ
 きょう4月9日発売の週刊現代(4月21日号)の「ジャーナリストの目」連載第381号で森功氏が教えてくれた。
 大阪地検特捜部関係者が森功氏に漏らしたと言う。
 森友事件は3月に不起訴処分で終わらせるはずだったと。
 ところが朝日新聞のスクープ報道で方向転換をせざるを得なくなったのだと。
 この記事には驚いた。
 私は朝日にスクープのネタ元は大阪地検特捜部による内部告発ではないかとてっきり思っていたからだ。
 ところがそれどころか、大阪地検特捜部は朝日のスクープを見て、3月末の不起訴処分を見送ったというのだ。
 大阪地検特捜部はすでに昨年の4月から関係者からの事情聴取や資料押収で改ざんの事実をつかんでいたという。
 押収したパソコンのデータ解析が文書改ざんの決め手になったという。
 それにもかかわらず、官邸の圧力により3月末の不起訴処分が決定済みだったという。
 それが朝日のスクープで見送られたというのだ。
 と言う事は、朝日は大阪地検特捜部とは別の誰から得た確かな情報で、あのスクープ記事を書いた事になる。
 その誰かとは誰か。
 財務省の内部告発しかない。
 そしてその財務省の告発者と言えば自殺した近畿財務局の男性職員以外には考えられない。
 だからこそ朝日新聞はスクープ情報の情報源について黙して語らないのだ。
 私にそう確信させた週刊現代の森功氏の「ジャーナリストの目」だったが、いまから思えば、ちょうど一週間前に送られて来た月刊情報誌「選択」の「政界スキャン」連載398号の記事が極めて暗示的である。
 その記事は、NHKの独自取材を引用して、近畿財務局職員が残したとされるメモ(遺書)の内容について次のように書いていた。
 「決裁文書の調書の部分が詳しすぎると言われ、上司に書き直させられた」
 「勝手にやったのではなく、財務相からの指示があった」
 「資料は残しているはずで、ないこことはあり得ない」
 「このままでは自分一人の責任にされてしまう」
 「冷たい」
 などと書かれていたという。
 このメモ、つまり遺書は、警察が押収し、検察にわたっているはずだ。
 遺族がそれを見たかどうかわからないが、おそらく口止めされているか、それとも遺族が見る前に押収されたかどちらかだ。
 しかし、このNHKの独自取材から分かるように、その内容は一部伝えられているい。
 しかし、それはあくまでも聞き込みの一部情報でしかない。
 その全文を知っているのは警察、検察であり、もちろんそれら組織から官邸に報告されているに違いない。
 このメモ(遺書)の全文が公開すれば、文書改ざんのを支持した責任者がおのずと明らかになる。
 佐川元国税庁長官をはじめとした関係者のおためごかしの証人喚問など吹っ飛ぶことになる。
 なぜ野党はメモ(遺書)の公開を政府に求めようとしないのか。
 なぜ朝日新聞は情報源を明らかにしないのか。
 なぜメディアは自殺した職員のメモについて、もっと騒がないのか。
 故人に対する冒とくと考えて封印するのは、むしろ故人が命を懸けて訴えた遺志に反するのではないか。
 「選択」のその記事は、「殺人組織」の責任者は、理財局長だった佐川国税庁長官と麻生財務省だと書いている。
 しかし、本当の責任者は安倍首相夫妻だ。
 やはり近畿財務局職員の自殺は大きかった。
 だからこそ、このメモ(遺書)については野党でさえ触れないのかも知れない。
 さぞや故人は無念であるだろう(了)
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 もうひとつ、森友事件の隠蔽に首相自らの関与をうかがわせる「ある行為」が国会内の会議中になされていたという、週刊誌のリーク記事です。
%%%%%「もっと強気で行け」安倍首相は佐川氏にメモを渡していた 2018年4月9日 16時0分 文春オンライン
 今から約1年前、2017年早春の国会でのことだった。
 学校法人「森友学園」への国有地売却を巡り、財務省の佐川宣寿理財局長(当時)は野党の質問攻めに忙殺されていた。委員会室で10数メートル先に座る首相の安倍晋三の秘書官の一人が佐川氏に歩み寄り、1枚のメモを手渡した。
「もっと強気で行け。PMより」
「PM」は「プライムミニスター(首相)」、即ち安倍首相を指す官僚たちの略語である。

佐川宣寿前国税庁長官の証人喚問 c杉山拓也/文藝春秋
「近畿財務局と森友学園の交渉記録はございません」(2017年2月24日)
「価格設定して向こうと交渉することはございません」(同2月27日)
 当時、野党の攻め口を遮断するこんな強気の答弁を連発し、国有地売却の適法性を主張して追及に一歩も引かない佐川氏への首相官邸の評価はうなぎ上りだった。「PMメモ」の含意は佐川氏個人への激励にとどまらない。
 首相官邸と財務省は第二次安倍内閣の発足から冷え切った関係が続いていたが、突如勃発した森友問題で、この両者は疑惑の火の粉を払う共通の利害で結ばれ、政治的に初めて「同じ舟に乗った」といえる。それを「PMメモ」は象徴していた。
 2012年末の第二次安倍政権発足以来、経産省に軸足を置き、財務省をカヤの外に置く安倍首相の財務省「敵視政策」は徹底されてきた。
 遠のく官邸との間合いをどう詰め、2019年10月まで実施が延びた消費税増税への道筋をどうつけ直すのか。2017年前半は財務省にとって、お先真っ暗の状態から手探りを再開した時期だった。そこへ勃発した森友問題での“佐川氏の活躍”はかすかな光明にすら思えた。この対応にはどんな些細なミスも許されない。これが理財局で改ざんが進む前後の、財務省内の空気だった――。
 財務省はなぜ「決裁文書改ざん」に手を染めたのか。その背景に切り込んだレポートの全文は、4月10日発売の「文藝春秋」5月号に、10ページにわたって掲載される。
(「文藝春秋」編集部)
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取手・白山神社、証人喚問と刑事免責(郷原氏ブログ)

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:朝の散歩途上の農道と畑です。雉の親子が地面を穿って虫を探しています)
180406雉親子

 
お日様が 出るのを待たず 畑に出 地面を穿(ほじ)る 親子雉かな

 60台以前の自死、そこには、何がしかの自己主張自己顕示があります。不満の源への「あてつけ」であったり、「訴え」「いやがらせ」であったりです。70を過ぎて「死にたい」と思う理由。特別な対人的気分はありません。ただ「消えたい」それのみです。哀しいかな、そうではあっても、死に直面すると体・肉体が意に逆らって抗うんです。私は西部氏の「死」への憧れがわかるような気がします。犯罪人とされてしまった幇助者に強く同情しています。
%%%%%https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180406-00000012-asahi-soci西部邁さんの長女「申し訳ない」 自殺幇助容疑の2人に
4/6(金) 10:48配信
評論家の西部邁(にしべすすむ)さん(当時78)が1月に自殺した際に手助けしたとして、東京メトロポリタンテレビジョン(MXテレビ)の子会社社員窪田哲学(45)、会社員青山忠司(54)の両容疑者が自殺幇助(ほうじょ)の疑いで警視庁に逮捕された。西部さんの長女智子さんは6日、朝日新聞の取材に「生前本当によくして下さった方々。父の自殺にお二人を巻き込んでしまい本当に申し訳ない」と語った。

 智子さんによると、窪田容疑者は西部さんの出演番組のプロデューサーを担当し、青山容疑者は西部さんと約20年にわたり親交があった。窪田容疑者は通夜や密葬にもずっと付き添い、今月下旬に予定されている西部さんの「偲(しの)ぶ会」のとりまとめ役もしていたという。

 智子さんは「父の自殺したいという気持ちを変えることができなかった。お二人が自殺を手助けしたというのなら、娘として父を止められなかった私も同罪です」と涙声で話した。

 逮捕容疑は、1月21日未明に東京都大田区の多摩川付近まで西部さんを連れて行き、ロープなどを装着させたうえで川に入水させたというもの。西部さんと親しく、窪田容疑者とも交流があった民族派「一水会」の木村三浩代表は「西部さんの死生観に共鳴していたのだろう」と話す。

 MXテレビは窪田容疑者の逮捕を受けて、「警察の捜査への全面的な協力をさせていただいた上で、進展を見守りたいと考えております」とコメントした。(編集委員・藤生明)
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+++++取手・白山神社
 4月2日の記事で取手の古墳を書きました。当地近辺で最大の古墳は大日古墳で円墳とされています(常陸国では舟塚山古墳)。しかし、発掘が進んでいないとの事で、その詳細はわかっていません。この古墳から子貝川に沿って上流側に数km隔たった所に「市之台古墳群」があります。古墳のいくつかが発掘されており、その出土物が取手埋蔵文化財センタで公開されています。
 私が注目したのはその三号墳です。調査した同センタ学芸員が、この古墳のかっての姿を復元しそれを公開しています。それによれば、その前方後円墳の軸が北から時計回りに計って163度であることをセンタ発行の冊子で示しています(4月2日記事)。この角度はシリウス方位を思わせます。そうであるならば、この墳墓築造年代は529年と算定される。と、前回記事で書きました。
 本ブログでもさまざまなシリウス年代を留めていると思われる史跡を書いてきました。天空上の星を物差しとして地上に何がしかの建造、造成をする問い作業にあっては、一般には単独の史跡は存在せず、他の何がしかの築造物と関係付けてその方位を明示しています。
その最も顕著な事例が埼玉県行田の稲荷山古墳と埼玉県志木の南東縁にある宮戸神社であることを、x月x日記事でかきました。この神社こそが、稲荷山古墳から出土した金錯銘鉄剣(きんさくめいてっけん)に刻まれた斯鬼宮(しき)が遠く離れた奈良盆地の磯城ではなく埼玉県の「志木」であると、葉、上記記事での重要な発見であり、私にとっては古代史調査の大きな節点ともなりました。

 そこで、同じ作業を市之台三号墳に適用します。すなわち、シリウス方位を明示する史跡があるであろうか?それを近辺に探します:
(図1:市観光パンフレット「とりで」に加筆。拡大は二回クリック)
180406白山取手無題

お笑い芸人何とかではありませんが「間違いない!」というわけで、航空写真を眺めます:
(図2:白山神社の参道はシリウス方位、拡大は二回クリック)
180404取手白山無題

 思ったとおりです。この神社の北方にシリウス方位を思わせる参道が北々西に向かっています。そこでまずは市之台三号墳から見た白山神社の方位をいつもの手順で計算します:
->exec('C:\FR55G_B\SCI_lesson\cl_delazm.sci', -1)
epi(lat,lon)=[35.9465 140.0261] 市の台 三号墳の座標(緯度、経度)
sta(lat,lon)=[35.9153 140.032] 白山神社の座標
Dlt,Azm,Bzm= 3.5-km 171.29 351.30 0.03deg
 得られた方位は、171度と大きな値になります。古墳軸の方位からは8度ほどずれています。ピタリと値が一致というわけにはいきませんでした。171度から換算されるこの配置の構築は
510-(171-163.7)*50/1.2=486 年
 となり、五世紀末、いささか古すぎるように思えます。首領陣屋が定まった時点で、首領の墳墓の場所をあらかじめ決めておく。その上で、死去した際に改めてシリス星の方位を観測して前方後円墳の軸を定めるといった手順を考える事もできますが、なにやら不自然に思えます。三号墳の位置測定精度、神社の改築の際の移築などに加え、当時のシリウス星方位の測定精度などの原因が絡み合っていると想像しています。確定的な議論は現時点ではできません。

 さて、ここで、登場してきたのが白山神社です。白山といえば、北アルプスの北に隣接する名峰です。詳細は書きませんが、古くから山岳信仰の拠点とされ、「白山信仰」は全国区とでも呼ぶべく日本列島にいきわたっています。東京の本郷駒込と小石川の境界にある白山神社は古くから江戸庶民のための崇敬を集めていた、と研究者は語ります。金沢藩前田家の上屋敷が近くにあるので、それに伴い金沢からやってきた多くの商人、職人が江戸に住まっていたでしょう。彼らの多くが「白山」の神を崇敬していたことが、ここに白山神社がある理由でしょう。

 ここに登場する取手の白山(しろやま)神社はどうやら常陸国と下総国界隈ではトップクラスの神社であったようで、市の埋蔵文化財センタは以下を書きます:
「取手市指定建造物(昭和56年2月3日指定)
養老2年(718年)創建という取手一の古い由緒を伝え、寛延2年(1749年)の再建以来、現在までの棟札22枚が残されており、屋根の葺き替え、その他造営、修復など、歴史を知る上で大変貴重な資料となっております。」
 伝承によれば西暦718年、すなわち日本書紀が撰上される2年前ということになります。
 私も、この神社の創建は多分そのころであったろうと考えています。そうとすると、市の台古古墳軸の方位から推定される六世紀半ばの墳墓造成推定時から実に150年以上もの隔たりがあります。これをどのように理解したらよいのでしょうか?以下は私の想像です。
 現在の白山神社には渡来族の流れを汲むこの地域の有力首領の陣屋があった。その首領の亡くなった時期が六世紀前半。それ以後もこの首領の後継者がこの地に拠点を構えていたけれども、8世紀始めに奈良の軍勢が侵攻し、首領を含む現地民への大量殺戮がなされた。
 すでに書いたように奈良の軍勢は二つの側面を現出させています。侵攻にあたっては「原住民の無慈悲な殺戮」、一方統治では、「殺戮されて住民の祟りとその鎮魂」です。統治にあたって、陣屋跡にあらためて鎮魂のための神社、すなわち現在の白山神社が創建された。これが私が考える七世紀末から八世紀初頭の事件です。

 この推測を裏付けるものとして私が注目しているのが白山神社の東の「戸頭」地区です。ウイキはその由来を
%%%%%「地名の由来[編集]
地域の南部を流れる利根川に「七里ヶ渡し」の津頭(船着場)があり、津頭が訛って戸頭になったと言われている。」
と書きます。私は「トガ・シラ」にその由来が隠されていると考えています。「トガ」は「咎、科」です。すなわち囚われ人、あるいは犯罪者が流された流懺の意です。本ブログでいつも例に出すのが長野県の「とが・くし」(戸隠)です。そしてなぜか「科野」を「しなの」と訓ませます。これはこの地に天武天皇(といっても奈良に住まった天武とは別人)、古事記では建身名方命と呼ばれ、奈良政権に激しく抵抗した人物です。この筋立てについてはこれまでも詳しく書いてきたので、ここでは繰り返しません。
 この「トガ」が付される地には、必ず、奈良軍勢に殺戮された東国の哀しい影が潜んでいます。富山県五個山の「利賀」、栃木県の「都賀(多分原音はトガ)」、茨城県・鹿島の津賀(これもトガが転化した)などを挙げることができます。

 となると「戸頭」の「しら」は何か。これぞ白山神社の「白」です。「白山神社」と「被差別の民」との関係が話題になることがあります。私は、「トガ」がその解明の鍵であろうと考えています。これについては機会を改めて考察します。

+++++森友の真相に近づく方途(郷原信郎氏ブログより)
3月27日の佐川元財務省理財局長の国会での証言拒否に私は大きな失望を覚えました。権力を持っているものは、その権力でもって自らが犯した犯罪をあらゆる手立てをもって隠す。そうやって、権力にしがみつく。地球上のどの権力もそうであるのかもしrません。
 しかし、わが国では、昨年前川喜平氏という逸材が出現しました。そのために、私は佐川氏に課題の期待を寄せすぎたのかもしれません。
 国会証人喚問での商人の証言拒否について郷原氏が書いています:
%%%%%「刑事免責」は「司法取引」とどう違うか 〜“国会証人喚問への「刑事免責」導入”で期待できること
投稿日: 2018年4月5日投稿者: nobuogohara
財務省の決裁文書改ざん問題に関して行われた佐川宣寿氏の国会証人喚問について、先週末、BS局やネットテレビの番組に出演して、国会証人喚問への「刑事免責」の導入の必要性について発言し、月曜日には、【「刑事免責」導入で文書改ざん問題の真相解明を】と題するブログ記事で詳細に述べた。
ブログ記事は、BLOGOS、アゴラ、Huffington Postなどに転載されて、大きな反響を呼んでいる。野党の有力議員から、公の場での言及が行われており(【希望の党玉木代表定例会見】、【無所属の会原口一博元総務大臣の4月3日衆議院総務委員会での発言】)、与野党議員の間では、「刑事免責」の導入の必要性について、検討・議論を行う動きが始まっているようだ。
上記ブログ記事でも書いたように、刑事裁判での「刑事免責」制度が、2年前に成立し、今年6月に施行される刑事訴訟法改正法で導入されることから、国会証人喚問への「刑事免責」の導入も制度論として十分に可能であり、それが、決裁文書改ざん問題の真相解明のための唯一の実効的な方法だ。
「刑事免責」は、英米各国では、刑事裁判のみならず、議会での調査にも古くから活用されてきた歴史がある。ところが、日本では、ロッキード事件での嘱託証人尋問の際以外には、ほとんど注目されてこなかった。ネットで「刑事免責」を検索しても、海外の制度に関する日本語の紹介は殆どないし、改正刑訴法に導入される刑事免責についての解説も極めて少ない。同じ改正法で導入される「日本版司法取引」に対して社会的関心が高いのと異なり、「刑事免責」はこれまではほとんど注目されてこなかった。
私も、刑訴法改正の国会審議の際に、衆議院法務委員会に参考人として出席して意見陳述を行ったが、その際の議論は、もっぱら「司法取引の導入の是非」であり、その後、弁護士会や司法関係者によるシンポジウムの中でも、「刑事免責」はほとんど議題になっていなかったように思う。
それだけに、そのような「刑事免責」を国会証人喚問に導入することについて正確な理解を得ることは必ずしも容易ではない。
そこで、今回の刑訴法改正で日本の刑事裁判に導入される「刑事免責」とは、どのようなものなのか、海外の制度とどう異なるのか、それを国会の証人喚問に導入した場合、佐川氏の証人喚問について、どのようなことが可能で、どのようなことが期待できるのかなどについて、誤解されやすい点を中心に解説を行っておきたい。

まず第1に、「刑事免責」を「司法取引」と混同してはならないということだ。
日本で導入される「司法取引」は、捜査機関等に協力して「他人の犯罪事実」について供述を行う者に対して、自己の犯罪事実について不起訴にしたり、量刑を軽減したりするという「恩典」を与えるものだが、「刑事免責」は、当該証人尋問で証言を求められる事項について、その証言がどのように使われるか、それによって刑事訴追される可能性があるかどうかという問題である。
「刑事免責」は、その証言を行ったことで、証人が犯した犯罪について刑事訴追を免れさせてやる「恩恵」を与えることで証言をさせようとするものではない。「刑事免責」を認めることで、証人は、証言を拒否できなくなり、「証言拒絶」や「偽証」をすると刑事制裁が科される。それによって真実を証言させることが目的だ。
「司法取引」による供述については、その「恩典」を得ることを目的に、無実の「他人」を巻き込んでしまう可能性があることが問題にされているが、「刑事免責」による証言の方は、真実を証言している限り、刑事訴追という不利益を受けることはないというだけで、それ以上に「恩典」が与えられるわけではない。恩典を受けようとして「他人を巻き込むおそれ」があるわけではない。このような「刑事免責」と「司法取引」との違いを正しく理解する必要がある。
第2に、前回ブログ記事でも述べたように、刑事裁判に導入される「刑事免責」は、英米各国で導入されている事件免責(case immunity)、すなわち、「当該証人尋問で証言を求められる事項について証人が刑事訴追を受けるおそれがある場合に、その犯罪についての訴追自体を行えないようにする制度」ではない。日本で導入されるのは、使用免責(use immunity)であり、「当該証人尋問で証人が行った証言が、刑事訴訟手続の中で証人に不利益な証拠として使用されることがない」という制度だ。
いずれも、「当該証人尋問で、証人が供述拒否権を行使できないようにすること」を目的とするものだが、英米の制度が、当該証人尋問で、証言を求められる事項について「刑事責任自体を免責する制度」であるのに対して、日本で導入される「刑事免責」は、あくまで「当該証人尋問での証言を刑事訴追に使用することの制限」であり、当該証言やそれに基づいて得られた証拠「以外の」証拠によって起訴される可能性を失わせるものではない。
国会での証人喚問に刑事免責を導入するとしても、刑事裁判と同様に「使用免責」にとどまる。
もちろん、「使用免責」であっても、国会証人喚問と刑事手続との関係如何では、事実上、「事件免責」と同様の効果をもたらすことも考えられる。例えば、刑事事件にもなり得る問題が、発覚直後、捜査が開始される前に、国会証人喚問が行われ、証人が犯罪事実を全面的に認めた場合、国会での証言を刑事訴追に使えないだけではなく、それ以外の証拠も、国会での証言内容公表後に収集された証拠となって、「国会証言に基づいて得られた証拠」であることが否定できないとすると、その後、証人が、捜査当局の取調べに対して黙秘ないし否認した場合には、事実上、刑事訴追は困難になる。
このような場合以外は基本的には、国会での証言を刑事手続で不利な証拠として使用することについての制限に過ぎず、刑事訴追そのものが否定されるわけではない。

佐川氏の証人喚問に当てはめて考えると、今後、佐川氏の証人喚問で「刑事免責」が認められれば、刑事訴追の可能性があることを理由に証言を拒否することができなくなり、すべての質問に答えなくてはいけなくなる(証言拒否はできないので、拒否すれば、「証言拒否罪」で告発される可能性がある)。一方で、国会で、決裁文書改ざんに関与したことを認めたとしても、刑事処罰の手続きにおいて、その証言を証拠として使うことはできないし、捜査当局の取調べで黙秘ないし否認した場合に、捜査当局が、国会の証人喚問で改ざんに関与していることを認めていることを指摘して自白を迫ったりすることもできない。
しかし、再度の証人喚問が行われる前に、佐川氏が捜査当局の聴取を受けて供述した内容は、国会再喚問での証言とは無関係の証拠ということになるので、その供述に基づいて刑事訴追を受ける可能性は否定されないし、国会証人喚問とは無関係に、他の関係者の供述や他の証拠が得られていて、関与が認定されるのであれば、それによって刑事訴追される可能性はある、ということになる。

【前回ブログ記事】でも述べたように、刑事訴訟法の改正で、刑事裁判の証人尋問に「刑事免責」の制度が導入されたことによって、国会証人喚問についても、「刑事免責」を導入して証言拒否権を失わせることに、立法技術上の困難性はほとんどなくなっている。「国権の最高機関」である国会(憲法41条)が、国政調査権に基づく証人喚問に関して、刑事裁判と同様の「刑事免責」を導入する立法を行うことを否定する理由はない。
実際に立法するに当たって問題になり得る点があるとすれば、「刑事免責を行って証人喚問を実施することの相当性の判断の手続き」についてどのように規定するかであろう。
導入するとしても、刑事訴訟法と同様の制度であれば、あくまで証言を「使用」することについての「免責」であり、刑事訴追の可能性が否定されるものではないが、上記のように、国会証人喚問のタイミングが捜査の進行より早い場合には、それが事実上の「事件免責」になる可能性もある。
「殺人」など、凶悪事件等の重大な個人犯罪について、国会が証人喚問での刑事免責によって捜査機関による捜査や起訴を妨害・介入することが許されないことは言うまでもなく、刑事免責を付与して証人喚問を行うべきか否かについては、「当該事項について国会で証言させることの重要性」と、「関係する犯罪の軽重及び性格」を比較考慮し、事件の性格が、国会の国政調査権による事実解明を優先するのが相当と考えられる場合に限定すべきだ。
国会の証人喚問に「刑事免責」を導入する場合、「刑事免責」を付与するかどうかは議院又は委員会の議決によって決することになるだろうが、それに加えて、例えば、「裁判所の承認」を免責決定の要件とするなど、判断の適正を担保する仕組みを設けることも考えられる。いずれにしても、議院証言法の改正によって「刑事免責」を導入することに、理論上も、制度の整合性という面でも全く問題がないことは明らかである。立法の経験の豊富な検察OB、現職検事等からも意見を聞いたが、同様の意見だった。
議院証言法改正により、国会証人喚問に刑事免責を導入することに向け、与野党の議員間の議論を深め、国会での議論に結び付けていくべきである。
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霰零はアラブル?、311前の伊豆・小笠原地震、オボちゃんと昭恵さん

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:統治の霧深い夜明け前の風景です。拡大は二回クリックで。)
180404霧の朝無題

 
 霧の中 雀の案内(あない)で 散歩せり されど葛篭(つづら)に ありつけなんだ

 今朝は、濃い霧でありました。前方視界10mほどでしたでしょうか。ふと前方に雀が跳ねているのに気付きました。雀を追うように歩くと、雀は私との距離を保つようにピョンピョンと前方に移動します。どうやら「雀のお宿」に案内してくれるらしい。と、そこに彼女らしき雀が近づいてきました。私との「約束」(したわけではありませんが)を放り投げて、二人(正確には二羽)でどこぞにいってしまいました。というわけで、「つづら」をゲットし損ないました。

+++++常陸国風土記・香島郡条
 図1は常陸国風土記・香島郡条の冒頭部分です。赤線△鯢佞靴進言瓩派土記は「霰零香島之国」と現地住民には言い伝えられていると書きます。「あらぶる」という表現が既にあった筈であるのに、わざわざ語感が酷似している「霰零」と漢字表記し、「あられふる」と仮名をしています。常陸国風土記香島郡条の執筆者は、「香島天の大神」の実像を知っていたのではないか。その大神は「あらぶる神」であったことを。しかし、それをあらわに書けない政治的事情に思いを致さねばならなかったのではないか?後述するように、奈良の権力は、この香島大神と藤原一族を政治的・宗教的に「リンク」してしまいます。春日大社がその具現です。まさに権力簒奪・宗教簒奪の現場が鹿島であったと思っています。
 それを考察するためにまずは丁寧に原文を読み進めることとします:
(図1:常陸国風土記鹿島郡条の冒頭部分。拡大は二回クリックで。)
180316香島無題
 
 い忙呂泙詈言瓩任蓮嵒土記」(日本古典文学大系、岩波書店、1985年)は文意を以下のように書きます(デジタル版を見つけられないため、ここに原文を書き写す事ができません):
『天地が混沌として分離する前のことである天神の諸祖(言い伝えに拠れば、賀味留弥・賀味留岐といった)が八百万神を高天原に集めて以下を告げた“今我らの御孫の命(みこと)が豊葦原瑞穂の国に光宅された”』と。
 学研大漢和辞典(藤堂明保編)によれば「光宅」とは「天子の徳が四方に満ち及ぶこと」とあります。注目すべきは、「支配・統治」に関わる重要な行為について、当時の日本列島の政治用語(漢字表音による)を用いず、「漢語」を用いていることです。ここには、大陸の意向を忖度する藤原不比等の強い意思がはたらいたと想像できます。

 「賀味留」弥・「賀味留」岐の「賀味」は「カミ」です。とするならば、何故「神」なる漢字表記をしていないのか?「光宅」する前の豊葦原にいた天神の祖は、現時点(風土記編纂以前)の「神」とは違うが、それと似た「何か」であったということを強調することにあると思っています。
「賀味留」弥・「賀味留」岐 の「弥」(に)と「岐」(ぎ)から直ちに連想するのが「ニニギ」命、すなわち古事記・日本書紀が語る天照大神の孫です。

 さてこうした説話が八世紀初頭以前に常陸国で言い伝えられていた、とは考えられません。鹿島の地に陣屋を設営したのが六世紀半ばであったことは「八溝−鹿島」シリウす聖線の構築から明らかです(2月5日記事)。そもそも「天照大神」なる「神名」は西暦600年倭国が隋国に派遣した使節の言行記録を書き記した「隋書倭国」伝から「捏造」(こしらえあげた)されたものです。隋書は「倭王姓阿毎、字多利思比孤」と書きます。「阿毎(あめ)は天」、「多利(たり)は照」、そして「王(おう)は大」です。「天照大神」は藤原不比等が構築した新興宗教の一部でしかなかったのです(2015年5月22日記事)。この部分の記載には藤原不比等の日本列島強権支配の思惑がみなぎっているというべきです。

 ところで、「賀味留」弥・「賀味留」岐の「留」(る)とは何か?現在、日本列島の多くの場所で美しい桜が民を楽しませています。私は「サクラ」は「サカ」族に由来しているのではなかろうかと考えています。九州の「朝倉」これは「ア=火」「サク=サカ族」と「ラ」から合成された名称ではなかろうかと考えています。「相良」も「サガ=サカ」と「ラ」、「恐山」の「オソレ」は「オス=アシ」と「ラ」、「アシュラ」は「アシュ=アシ」と「ラ」、などなど事例は沢山あります。

 この「ル」は古代ペルシア語に起源を持つのではなかろうかと考え、早速近くの私立大学図書館に駆けつけ、いつもの「新ペルシア語辞典」(黒柳恒男著)を調べました。それによれば
「rまたはre」は:
『直接目的を示す後置詞。古典においては与格。本を読むの「を」など。』
とあります。

 「賀味留」の「賀味」は「カミ」であり、共同行動をしてきたアイヌ族の信仰名称を取り入れ、それに「後置詞」である「留」を付したのではなかろうか、と考えています。とするならば、「賀味留」弥・「賀味留」岐は奈良の軍勢が行方郡を軍事制圧して鹿島に侵攻する以前、現地の民によって信仰または崇敬されていた対象の呼称ではなかったか。だからこそ「俗云」なのです。風土記の執筆者は中央の言いなりになる風を装いながら、真実をチラリと書き留めていたのです。
(つづく)
 
+++++311巨大地震に先立つ伊豆・小笠原海溝の地震活動
 3月26日記事で、2011年3月11日の巨大地震発生前の日本列島の地震発生概況を示す図を掲載しました。ただし、北海道を除きました。北海道、沖縄を含めると、当PCの能力を超えてしまいます。結果として、小地震の活動状況が見えなくなってしまいます。
(図:2 20041月1日から2011年3月14時40分までの地震活動。図中に示されるm>3.5地震の個数は8307個。図上部右端の数字は図作成日2018年3月24日19時。拡大は二回クリックで。)
180326_04_16before311

 
 3月26日記事でも書きましたが、図3はまことに興味深いのです。順不同でいくつかを挙げておきます:
-の地震活動:1983年の秋田県沖巨大地震(5月26日、m=7.7)とその北方1993年奥尻島沖地震活動(7月12日、m=7.7)の余震活動が明瞭に見られます。これらは余震であるのか、それとも新たな再活性化の兆しであるのか?要監視域なのでしょう;

-┐涼録務萋亜表示する地震の規模下限を3.5に引き下げると四国沖の南海海底渓谷に絡みつくように地震の発生がある。その東端で、地震予知関連研究者が「スワッ!!」とおののいた2004年の地震が起きています(2004年9月5日、m=7.4);

-△涼録務萋亜Цに丙蠅ら南東に垂れ下がるように線状に分布する地震活動。これは一体何だ?;

-xで示される地震:仙台のはるか東沖、日本海溝の外側で起きています(2005年11月15日、m=7.2)。東北日本沖を南北に走る日本海溝に沿っては、地震活動は、海溝軸を避けるようにその両側で地震活動が活発であった;

 そして
-の地震活動です。伊豆・小笠原海溝にそって活発な地震活動が明瞭に見られます。伊豆・小笠原海溝に沿う地震活動は海溝軸の外側で活発であるように見えます。

 そこで、まずは図でA,Bと付された矩形領域での地震活動発生状況に時間的相関のありやなしやを調べてみます。
(図3: ↓派矩形領域A,Bでの地震発生頻度(15日毎)の時間推移。G鋲鵑弔了間推移の相関。拡大は二回クリックで。)
180404東北伊豆相関無題


 東北の地震活動と伊豆・小笠原の地震活動に何がしかの『連動性』が認められるのだろうか?上図からそれを即断はできません。概して相関値は0近辺を徘徊していますから、ほとんど関係がないといえます。横軸目盛りで70あたり(日数で1050日)すなわちおよそ3年ぐらいのずれで一方が他方の地震活動を促しているとの見方もできるかもしれません(相関値は0.3強)。これは一方の矩形域での強震とそれに伴う活発な余震活動がもたらしたものです。とするならば、双方の強震がじつは 一方が他方を3年の猶予を置いて発生を促したとも考えることができます。いずれにしても更なる考察が必要です。
(つづく)

+++++STAP騒動
 あれからすでに四年余が経過しました。私のこの事件の診立て、それは若山照彦・山梨大学教授の野望と小保方氏への「嫉妬」であったろうと思っています (2016年5月20日記事)。小保方氏が試験管の中で発見した現象は事実であったろうと考えているので、下に転載した記事は少なくも小保方氏については見当違いと思っています。一方の安倍首相夫人については、森永製菓社長の令嬢にしてはなにやら「育ちの悪さ」がにじみ出ていたのかなとは思いますが、それでも「旦那に良かれ」との思いからの行動であったろうと思います。昨今の非難集中は不憫に思っています。なにせ極悪の大元は旦那安倍晋三氏であることは間違いないのですから。ここは、腹を括って国会の証人喚問に応じ、国の最高権力者である安倍氏がやった行政私物化を明るみに出すことが、ご本人のこれからの悔いの無い生き様であろうと思っています。
%%%%%「小保方晴子さん」と「昭恵夫人」 お騒がせな2人に“欠けているもの”
2018年4月4日 7時0分 デイリー新潮
 元“リケジョの星”の34歳と、日本のファーストレディの55歳。フィールドも世代も違う小保方晴子と安倍昭恵の両氏が、いま、注目を集めている。試みに2人を比較・分析して見えてくるものとは。
 ***
 共に“お騒がせ”な2人だが、文書改ざんが明るみに出たことによって注目されてしまった昭恵夫人に対し、小保方氏は自らスポットライトの下に出た感がある。このほど『小保方晴子日記』(中央公論新社)を上梓し、「婦人公論」の4月10日号に登場したのである。
「今日を生きることにもう迷いはありません」と題されたその記事では、日記を綴るに至った経緯などのほか、STAP細胞についてもこんな風に言及している。〈研究していた当時から今に至るまで一貫して、私の思いは何一つ変わっていません〉〈STAP細胞の未来に、あまり心配はしていません。この世に現象としてあるものはいずれ必ず出てくる。それが自然科学だと考えているからです〉。
共に“お騒がせ”な2人
 思いは変わっていないという小保方氏だが、顔は変わっていた。「婦人公論」がなにより話題を呼んだのは、記事と共に掲載された2枚の近影のためだった。やはり2年前にも同紙に登場、その時は瀬戸内寂聴氏と対談していたが、それと比べても痩せている。
「“輪郭が変わった”といった方がいいくらいの変わり様。撮影した篠山紀信さんの“腕”とかいうレベルじゃない。そんな彼女が目を見開いて、こちらを見つめていて……。SNSでは『顔の細胞が生まれ変わる』なんてネタにされています。大きなリボンとフロントを貫くジッパーの衣装もインパクト大で、こちらはGUCCIの20万円するワンピースだと特定されていました。いずれにせよ、割烹着を着ていた頃とは隔世の感がある。STAP騒動で自殺した元理化学研究所の上司・笹井芳樹氏の遺族は、どんな思いでこれを目にするのでしょうね……」(雑誌記者)
 騒動をめぐって自殺者が出たのは、森友学園のケースも同じ。にも拘わらず、昭恵夫人は籠池夫妻との3ショットを自らのFacebookから削除すらせず、もちろん証人喚問になど応じる気配ナシである。財務省の職員が自殺したとの報が流れてから3時間後にSNSを更新し、登壇したイベントでにこやかに笑う写真を世間に公開したその“空気の読めなさ”は、「週刊新潮」3月22日号でも言及したとおりである。
悪性のナルシシズム
 素人目には“注目されたい”そして“私は悪くない”の意識が透けて見える2人だが、専門家はどう分析するのだろうか。精神科医の片田珠美氏は、6つの共通項目を挙げる。
「まず『自己顕示欲の強さ』。そして『想像力の欠如』。『現実否認』と『状況判断の欠如』もそうですし、あと昭恵さんに強いのが『自覚の欠如』です。想像力の欠如とも関連しますが、自分がどういう立場である人間か分かっていません。そして何よりお2人は『罪悪感の欠如』があるといえるでしょう」
 もう少し詳しく解説して頂くと、
「要するに、2人とも無自覚に行動して罪悪感がなく、自身の行動が、周囲にどんな影響を与えるか、理解していない。無自覚というのは、昭恵さんでいうならば“首相夫人としてどれほどの影響力を持っているか”というところの話です。そういう意味では、迷惑な人たちではある。それぞれ自殺者を出す事態を招いたにも拘わらず雑誌やイベントに顔を出したりして、自重していませんしね」
 一方、昭恵夫人と小保方氏では、こんな点が異なるという。
「パーソナリティは違うかなという気がします。アメリカの精神科医であるM・スコット・ペックは、『平気でうそをつく人たち』という著書で、彼らは“悪性のナルシシズムの持ち主だ”と指摘しています。ドイツの社会心理学・精神分析学者のエーリッヒ・フロムも“悪性のナルシシズム”について書いていて、その特徴として『補正要素がない』『現実からどんどん分離していく』ことを挙げています。これは小保方さんに当てはまる。つまり“STAP細胞が存在しない”と認定され、博士号が取り消されれば、普通は反省しますよね。それが彼女には全くない。あくまで“自分は正しいのに、理研や早稲田大学から圧力をかけられた”という被害者の立場なのです。その点、昭恵さんには“悪性のナルシシズム”は見られない。むしろ“良かれと思って”動く彼女は『週刊文春』の見出しにもあった『善意の怪物』です」
“エリート”と“落ちこぼれ”
 2人ではまた、「学歴」も異なる。早稲田大学の大学院まで進みハーバードのメディカルスクールに籍を置いた小保方氏が“エリート”であるのに対し、昭恵夫人は聖心女子学院高等学校から、専門学校に進学。「誤解を恐れずにいえば“落ちこぼれ”ルートで、そのコンプレックスは根深い」(政治部記者)という。この辺りの差位はどうなのだろうか。『高学歴モンスター』(小学館新書)という著書がある片田氏は、
「その特徴のひとつに、『強い特権意識』があると私は書きました。つまり高学歴なのだから、自分は少々のことは許される、と。まして小保方さんは女性の少ない理系の環境にいましたから、この要素は強いでしょうね。その点、昭恵さんにそれはないと一見思われるかもしれませんが、彼女は『首相夫人』という、学歴とはまた異なった“特権”を持っているわけで、それに基づく行動がたびたび見られますね。にもかかわらずその影響力について想像力が足りないので、問題を引き起こしているわけですが」
 「週刊新潮」が報じてきただけでも“支援するイベントに協力するよう文科省に協力を求めた”とか“元暴力団組長と原発20キロ圏内に侵入”といったエピソードに事欠かない昭恵夫人。そもそも森友問題も、そんな特権意識による行動が発端ではなかったか。いずれにせよ「反省」「謝意」なき2人。先に名が挙がったフロムは、こう言っている。「自分自身を信じている者だけが、他人に誠実になれる」と……。
週刊新潮WEB取材班
%%%%%2018年4月4日 掲載

茨城県取手の古墳を訪ねる、「あられふる=あらぶる」、森友関連

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:当地の桜の名所である某高校の校庭で鑑賞する桜と鶯の唄180331桜鶯4147 )


鶯も 桜を愛でて 唄いおる 瞬く間といえ 春の楽しみ

 土、日と連日花見に出かけました。と、言っても日曜日はかねてより 訪ねたいと思っていた近場、利根川と子貝川に挟まれる古墳、「大日古墳」(だいにち)です。この古墳は幸いにして取手市の桜の名所、岡堰に隣接した場所にありました。車を置く場所に困るほどの人出でした。あちらこちらで、酒盛りがあり、バーベキュウから漂う肉の匂いが私の胃を刺激しました。
 取手市に付設される「取手市埋蔵文化財センタ」が毎年、市内の遺跡に関する展示企画を春に開催していることはビラなどで知っていました。本年のテーマは「取手の古墳」であります。展示を見学し、帰路、花見がてら「大日古墳」を見物するとの計画をたてました。
(図1:上は子貝川の堰と桜。下はここから南東へ徒歩15分ほどにある大日古墳の上に立つ神社の鳥居)
180402取手市子貝川堰


 この古墳の形状、などインタネットでは知ることのできない情報があるかと期待しました(大日古墳 )。残念ながら発掘が進んでいないとのことでした。が、実は、この展示では別の古墳に関しても何がしかを知ることができるのではないかと思っていました。「取手市埋蔵文化財センタ」が発行する表紙を含めてA4サイズ8頁の立派なパンフレット「取手の古墳」をめくると四頁に興味深い図が掲載されています。それを下の図2に示しました。それは大日古墳の2kmほど北西にある市之台古墳群のひとつです。その三号墳がなんと「シリウス方位」でもって建造されていたらしいのです。
(図2:取手市之台古墳群のシリウス方位をとる三号墳)
180402取手市之台B


 必ずや、センタ展示場には更なる情報、あわよくば解説員が居られて何がしかの詳細をお尋ねできると期待し30分ほど車を走らせて駆けつけました。パンフレットによれば、この前方後円墳の軸方向は北から時計回りに計って163度です。
 この角度がこの墳墓築造の年代を表していると仮定してそれを推定します。2月5日記事の式に従えばそれは次の数式で算出できます。
x=510-(163-163.7)*50/1.2 ,ここで 163 は三号墳の軸の方位。
上式からx=(西暦)539年という値が得られます。すなわち六世紀の前半ということになります。この見積もりが出土物の年代推定と整合するか否かを知りたく思いましたが、展示場は入場無料ゆえか解説してくださる方が居られず、詳しい説明を得ることはできませんでした。

 収穫もありました。センタ催事では「アジアの西と東」なる企画点もかってなされていたことを知りました。どのような問題意識があったのだろうか?なぜなら、本ブログの主要テーマは遠く西域からの渡来人が東国でしかるべく「国家」を形成していたらしいことの証拠を追求しているからです。上記の数式もゾロアスタ教の信仰シンボルであるシリウス星の運行計算です。
 パンフレットを見る限りではたまたまこうした展示テーマに関する資料を所有しておられた元外交官氏からの寄贈によるらしいということが判明しました。しかし、そのお名前が「蘇武演」氏とのこと。多分「ペンネーム」であろうかと推察しています。「蘇」は「蘇我」に通じ、それは古代ペルシヤの「サカ」族に由来すると、本ブログで私は書いてきました。また「武」は遠く西域から東北日本を経由して渡来した一族の「王」で、所謂「倭の五王」のお一人でもあります。これを念頭に置いたペンネームであるとするならば、ぜひ一度お話を窺ってみたいと思ったしだいです。

+++++常陸国風土記・鹿島郡条
 風土記は、冒頭部分で孝徳天皇の治世下で、「天の大神」が居られた場所に「神郡」を設置し、他の二つの社、すなわち坂戸社と沼尾社とをあわせて、香島天之大神と呼ぶことにした、と書きます。
(図3:坂戸社と沼尾社、風土記(日本古典文学大系2、岩波書店)より)
180402鹿島常陸マップ003


 そして香島天之大神を「国俗」の言葉で補足説明します:“国俗説云霰零香島国”と。

 この漢字表現は「あられふるかしま」と仮名を振られ、古代学者は多様な解釈・解読をします。
 (図4)常陸国風土記香島条の冒頭部分
180316香島無題

 
 研究者が施した解読を前回紹介しました。私はそうした解釈(解説)に同意しません。
「霰零」の語感から真っ先に連想する言葉は「荒れる」です。「霰」は当時の住民の言葉である「あられ」に表意文字として「霰」を付したのでしょう。次の「零」はそのまま「表音」文字として漢字を使うという構造です。
 したがってこれを「音(オン)」するとすれば「あられれ」であり、「あられふる」と仮名を振ることはできません。なぜ其れが「あられふる」となったのか?こうした仮名振りは最近の研究者によるのではなく、八世紀末にはそうした仮名が定着していたと思われます。それゆえ、研究者は自己流の仮名ではなく、既存の仮名を基に考察して来たからです。
 さて、そうとすると八世紀ごろに日本列島に存在した表現は「あらぶる」であった、と私は考えています。これが藤原不比等による造語であるのか否かは定かでありません。すなわち八世紀初頭の日本列島、とりわけ、九州と東国では、奈良の藤原一族が統帥する軍事勢力による虐殺がいたるところで起きていた。当然、そうした蛮行への反逆もあちらこちらであがっていたはずです。こうした「反抗」行為こそが「あらぶる」と称されたのです。そして殺戮後には、虐殺者たちは、「怨霊」に深く悩まされたのです。かくして虐殺者を「神」として祀り、ひたすら鎮魂に勤めるという行為喪並行してなされたのです。これはひたすら「あらぶる神々」への祀りです。

 さてこうした「あらぶる」反逆者たちを、風土記は何故そのまま書けなかったのでしょうか?理由は明らかです。行方・鹿島に拠した反奈良勢力の存在に言及することを避けねばならなかったからです。それは、奈良の軍事勢力が東征する前に厳然と鹿島に一大政治勢力がいたことを明記ねべせばなら無いからです。明記するということは、奈良の軍隊が暴力でその東国の勢力を殺戮したことも書かねばならない。これは、奈良の勢力の野蛮性・凶暴性を史書に書き残すことです。これは避けねばならなかった。これが「アラブル」が「あられふる」に変容した理由です。

 史実は、すでに書いてきたように六世紀の半ばにはすでに鹿島に渡来族が政治拠点を構築していたのです。この構築には、八溝山で鹿島を遠望してから70年もの年月をかけています(2月5日記事l )。このことをありのままに書けないがゆえに常陸国風土記鹿島の条は、「なにやらわからないがすでに天の大神」が鹿島の地にはすでに存在していたことを前提して、書き始めるのです。
(つづく)

+++++森友関連新聞切り抜き
 東京新聞4月1日付で宇野重規東大教授が公文書改ざんについて語っています。書いていることのおおむねにはは賛同できるのですが、冒頭に「真相究明は遠のくばかりである」と一節にひっかかっています。政治学者の目には、「この問題の真相解明は遠ざっかって」いると見えているのだろうか?というわけです。したにも添付しましたが週刊誌記事は安倍氏の悪運の強さを書いています。
(図:東京新聞4月1日付け紙面より)
CIMG4183


 東京新聞の以下の社説、痛快であります。この麻生氏という人物はまさに「政治ゴロツキ」とでも呼ぶべき人物と思っています。氏がまったく政策についての勉強をしないことについては、若手官僚の多くが匿名で語っています。本はといえば漫画です。その無知を覆い隠す所作があの傲慢さです。
(図4:東京新聞3月31日付社説より)
社説03314160


 安倍氏がうろたえるのは前回記事で紹介した今井尚哉首相秘書官、安倍昭恵夫人が質疑に登場する場合であります。やましいところが無ければ斯くもうろたえはすまい。

「疑惑はますます深まった」小池晃・共産党【国会中継 参議院 予算委員会】平成30年3月28日 

%%%%%安倍首相の最大の敵は野党でも世論でもなく「党内反乱分子」
2018年4月2日 7時0分 安倍首相は「悪運」が強い。「官邸からの指示は一切ございませんでした」──運命の証人喚問の日、3月27日に首相は官邸の総理執務室のテレビにしがみついて4時間にわたる佐川宣寿・前国税庁長官の証言の一部始終を見守っていたが、そのひとことを聞くと我が意を得たように「うん」と力強くうなずいたという。
 その日の夕方にはすっかり上機嫌で都内のホテルで開かれた日本看護協会主催のヘルシー・ソサエティ賞授賞式に出席し、満面の笑みを浮かべてスピーチした。
「人間は諦めない、この精神が人を若くしていくのではないか」
 その言葉には“政権の危機を乗り切れる”という安堵と同時に“オレも総裁3選を諦めない”という思いが込められていた。
 喉元過ぎればすぐ熱さを忘れる軽さが首相の“強さ”であり、政権の不祥事が後を絶たない原因でもある。喚問から一夜明けた翌日の参院予算委員会では、すっかり自信回復した安倍首相から、思わず耳を疑う言葉が飛びだした。
「あとは国民のみなさまが判断することだ」
 証人喚問では誰が、なぜ文書改竄を行なったかについて肝心な部分は何一つ明らかにされていない。それなのに“オレの疑惑は晴れたから後は知らない”とは、つい先日、「行政の最終的な責任は私にある」「真摯に受け止める」と国民に反省の言葉を語った人物の弁とは思えない。
 しかし、危機を乗り切れそうだと判断した首相には、もはや国民は眼中にない。あるのはいかにして政権の座にとどまり続けるかという権力欲だけだ。安倍側近が語る。
「佐川喚問でヤマは越えた。総理はこれなら麻生太郎・財務大臣の辞任も必要なしと考えている。後半国会では、いよいよ憲法改正案を国会提出することで秋の自民党総裁選での3選態勢を固めるつもりだ。総理は佐川喚問に便乗して騒ぎ出した党内の安倍批判派を絶対に許すつもりはない」
 自民党内では、喚問後も安倍批判が止まない。
「誰が、なぜ、が一切分からない、証人もそれを認めるという極めて異例な喚問だった」(石破茂・元幹事長)
「森友にしても加計にしてもすべて安倍さんの心の友や後継者にしようとしていた人たちに対して、人事や仕事において優遇していろんな問題が起こった。最高責任者が責任を取らないというのは、私は一番問題だと思っている」(村上誠一郎・元行革相)
「なぜという部分が残っている以上、この問題は一件落着しない。第三者に入って頂いて全容解明しないと、不信感はずっと続いていく」(伊藤達也・元金融相)
 佐川喚問で「疑惑が晴れた」と言い張りたい安倍首相にとって、自分の足を引っぱる党内の反安倍派は邪魔でしょうがない。
 秋の自民党総裁選で勝つための最大の敵は、野党でも世論でもなく、政権の先行きを見限って“安倍降ろし”を画策している自民党内の反乱分子であり、それを粛清することが政権を保つための最優先事項と見ているのである。
%%%%%※週刊ポスト2018年4月13日号

風土記「あられふる」(1)、官界内と東大内の差別

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:花にじゃれ付く小鳥さんの盗撮桜とヒヨ4137 )


満開の 花にじゃれおる 小鳥さん ついばむごとに 花びら 舞落つ

+++++神秘のなかに閉じ込められてきた香島(2)
 本ブログで鹿島を議論したのは3月16日ですから実に2週間ぶりの古代史考察であります。久しぶりの再開ですので、まずは記事の流れをざっと振り返っておきます。鹿島(香島)の由来を調べようとして突き当たる困難は、関連書物がそれほど多くないことです。私が居住する当市内には文系の私立大学があり、地元民たる私は大学に付設される図書館への入館・閲覧は言うまでもなく本を借り出すこともできます。
 そこには、県内という地の利を生かした茨城県関連の文献が多く所蔵されています。そうではあっても、この大学図書館では、宇佐神宮、伊勢神宮に関する文献に比べると鹿島神宮関連の文献はきわめて少ないのです。この地でしか閲覧できない文献といえば、中世以後に編纂あるいは所蔵されている鹿島神宮史関連の文献をのぞけば、古代鹿島については、地元の歴史愛好家が著した書が二点ほど見つかるに過ぎません。一つは「鹿島神宮ふるさと文庫」(堀田富夫‖著 (図書)筑波書林 1981.1)です。著者は元鹿島神宮・宮司さんです(2018年3月14日記事 参照)。もう一つは「古代筑波の謎」(矢作幸雄‖著学生社 2001.7 )です。著者の矢作氏も元鹿島神宮・宮司をされた後、筑波神社宮司に「移動」された方です。宮司さん始め神社で働く方々が「神社本庁」のいわば「社員」(雇員)としてあちらこちらを転勤されることを知りました。矢作氏は鹿島神宮在職時代に、「高天原」に強い興味をお持ちになり、その調査結果を上の著作で書き記しています。いずれ、そのくだりを本ブログで紹介します。
 というわけで、残る文献といえば、鹿島神宮に特化しない一般的な日本列島の神社記事です。本ブログでは「日本の神々」(全十三巻、白水社、1984年)の11巻を2018年3月8日記事 で引用しました。この巻では鹿島神宮に関する記事に最も多くの頁数が割かれ、著名な大和岩雄氏が筆を振るっておられます。しかし、その内容は、これから解読を再開する常陸国風土記・香島郡条の記載が下敷きになっているのです。
(図1)常陸国風土記香島条の冒頭部分、拡大は図のクリックを。
180316香島無題

 
 香島条冒頭部分で私が着目する記述は上記で△鯢佞靴燭だりです。「風土記」(日本古典文学大系2、岩波文庫、1985年編)に従えば、その訓は以下です(同書65頁):
 “古老が言うには孝徳天皇の時代の太歳・巳酉(西暦649年と通説は云う、大化の改新の五年後)に大乙上中臣(X)子(xは 文字判読できず。 xは「鎌」であるとの説が有力である)とほか二名に請して、下総国を含む五つの里から夫々一部を割き新たに神郡を設置した。そこにいませる天の大神の社、坂戸の社、沼尾の社の三処を合わせて、香島天の大神と総称することとなった。香島の名称はこれに因んでいる。”

 神のために新設した「郡」には「天の大神」の社があったと、風土記は書きます。そして、本ブログ記事で紹介した諸文献はすべてこの記述から出発しています。言葉を変えれば、「天の大神」とは「どなたであるのか?」、「社」とは 何か?についての当然生ずるであろう疑問を自らに問うことはしません。
  実はこの設問への回答について、風土記記載者は重要な示唆を与えているのですが、学者先生はそれに気付きません。すなわち風土記は書き込みという形式で(上記では小文字で)以下を続けます:

“国俗説云霰零香島国”と。
 この記述について「風土記」(日本古典文学大系2、岩波文庫、1985年編)編纂者は以下を解説します:
「霰の降る音のカシマシというかかりとも解されるが、霰の降る音のきしむ意で地名キシマ(杵島)に冠した称辞の転用であろう。肥前国風土記逸文杵島の条参照」と。そこで、その逸文を以下に掲載します
 (図2:肥前国風土記逸文より。杵島のくだり。拡大は図のクリックを。)
180330杵島山風土記

(図3:杵島山。拡大は図のクリックを。)
180330杵島山無題

 杵島で連想するのが日本書紀景行天皇紀(巻七)18年(岩波文庫(二)、80頁)です:
そこに下記の記事があります。
『秋七月辛卯朔甲午 到筑紫後國御木 居於高田行宮 時有僵樹 長九百七十丈焉 百寮蹈其樹而往來 時人歌曰 阿佐志毛能 瀰概能佐烏麼志 魔弊菟耆瀰 伊哆羅秀暮 瀰開能佐烏麼志 爰天皇問之曰 是何樹也 有一老夫曰 是樹者歴木也 嘗未僵之先 當朝日暉 則隱杵嶋山 當夕日暉 亦覆阿蘇山也 天皇曰 是樹者?木 故是國宜號御木國』
意訳は「筑紫の国の巡狩の際、御木で大木が倒れていた。土地の古老が言うには、この木は歴木(くぬぎ)といいます。かっては、日の出には、朝日が杵嶋山に差すのを遮り、日の入りには、夕日が阿蘇に当たるのを遮ったものでした』です。
2009年4月26日記事 参照)
 なぜ、杵島がここに登場してくるのか?興味深い想像がむくむくと私の頭にわきあがってきます。
(つづく)

+++++森友学園を支える高級官僚達の出た東大内の差別(2)
 3月21日記事で、想像を超える頭脳明晰人間を書いた記事を紹介しました。思えば、3月27日で国会証人喚問に借り出された証人佐川元財務省理財局長は東大といっても法学部ではなく、経済学部出身です。日本官界の出世コースは法学部出身であるとの慣例からすると佐川氏の財務省での出世は異例であったのかもしれません。言葉を変えるなら、佐川氏には、そのポストにまで上り詰めるまでには他の同期の法学部出身者の味わわない苦労が遭ったのではなかろうか、と想像しています。政治家への必要以上の追従も求められたのではなかろうか。そうした苦難を想像するならば、あの国会での立ち居振る舞いも「さもありなん」と納得できるように思います。そうした一種の「劣等感」につけ込んだのが今井書記官を典型例とする官邸の闇勢力ではなかったか。

 以下の記事は、そうした差別は官界に限らない。東大内部自身にも厳然と存在しているというお話です。
%%%%%究極の偏差値エリート集団・東大教授の「凄まじい階級社会」http://gendai.ismedia.jp/articles/-/54825
その出身校を徹底調査してみた
週刊現代講談社毎週月曜日発売
プロフィール
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日本の最難関大学、東大。そこで教授になるには、運、才能、努力、様々なものが必要とされる。しかし、教授になれても安心はできない。そこでは、さらなる競争と選抜が待っている。
同じ高校の出身者を教授が推薦
「東京大学の医学部に小川誠司さんという特任准教授(有期雇用)がいました。遺伝学が専門で抜群の実力があったのですが、東大の中では評価されず、結局、'13年に京都大学に移ってしまい、今そこで一流の学会誌に掲載される論文を量産しています。
東大時代の彼の上司たちは、実力がありすぎる彼を嫌ったのではないかと言われます。しかも彼は岡山朝日高校の出身。それが影響している可能性もある」(東京大学医学部の元教授)
東京大学教授――。
日本最高の知性が集まる大学で出世の階段を昇り、確固たるポストを勝ち得た人々である。その数、1171人、平均給与は約1189万円、平均年齢は56.4歳(すべて'16年度)。
東大教授と言えば、世間では「特別な存在」として尊敬の念を集め、好きな研究に没頭できる人々と思われている。しかし実は、偏差値エリートの頂点にたどり着いた後にも、そこには格差や階級が存在し、嫉妬や蔑みといった上下意識が渦巻いている。
もちろん、そのポストにたどり着くまでも茨の道だ。優秀な東大生が学問に励めば自動的に教授になれるわけではない。大学入学前の出自、「出身高校」が大きく関わってくるのだ。
今回本誌は、理系、文系の偏差値トップである医学部と法学部の教授の出身高校を調査した。
まずは医学部。73人の教授が所属しているが、判明した中で最も多いのが灘高校出身者(10人)だった。その後に開成高校(8人)、筑波大学附属駒場高校(筑駒・6人)、筑波大学附属高校(筑附・5人)、麻布高校(5人)などが続く。
そのほかも都立西、駒場東邦、武蔵といった都内の進学校が名前を連ねており、地方の進学校出身者が医学部教授になるのはレアケースだ。
そもそも東大入学時の「医学部進学コース」である東大理靴蓮年間100人強しか合格できない狭き門。灘高校から20人前後、筑駒から10人前後が合格するのだから、学生時点で超進学校が大勢を占めている。
しかし、出身高校がどこであるかということが、教授になる際にも影響を持つとすればどうか。前出の元教授が解説する。
「かつての東大医学部は、ボス医師が自分の担当する講座で絶大な人事権、裁量権を握る『講座制』だった。山崎豊子の小説『白い巨塔』の世界です。その弊害を受け、建て前では講座制を廃止しましたが、今もそうした状況から完全に脱し切れたわけではない。
ポストについても、教授会で協議されるとはいえ、一定の条件を満たせば、現役教授が強く推すことで決まる。同じ高校の出身者を推そうとすれば推せるのです。
医学部はそうした側面が、ほかの学部に比べて圧倒的に強い。冒頭にお話しした小川さんの件も、嫉妬に加え、出身高校の論理が働いているかもしれない」
中学から「選抜」が始まる
出身高校によって研究者たちの生き方や研究の仕方に特色や特徴があれば、なおさらのことだ。元教授が続ける。
「筑駒の出身者は、官僚主義的で上からの通達を守り、その指示に従って動く。結束も固い。バランス感覚のある偏差値エリートで、企業との関係づくりもうまい。
糖尿病部門のトップを務める門脇孝教授は筑駒出身。武田薬品工業と密接な関係を持ち、多大な研究費を獲得しながら糖尿病薬の論文を書いていました。
灘高校や開成高校出身者は筑駒ほど群れないけれど、緩いつながりや派閥を持っている。別の出身高校の部下を遠ざけることは自然です」
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東京大学大学院医学系研究科国際保健政策学教室の渋谷健司教授(東京学芸大学附属高校出身)も言う。
「現在のところ、東大では教授の評価機軸が明確になっていません。そのため、医学部での評価に際して、どの教室のどの派閥にいたかが一定程度影響を持ってしまうという面が強く残っている。
東大医学部の内部だけにとどまっていると、その内部の論理に取り込まれ、視野が狭くなっていく。医学部はもう少し外に開かれてもいいのではないかと思います」
続いて文系のトップエリートが集結する法学部はどうか。70人いる教授のうち、出身高校が判明した中では筑駒が最多(5人)だった。その後に筑附(3人)、栄光学園高校(2人)、ラ・サール高校(2人)が続く。
さらに、神奈川県立湘南高校、東京学芸大学附属高校、灘高校、開成、麻布など、やはり灘以外は首都圏の高校ばかりが名前を連ねる。
なぜこうなるのか。法学部には、医学部とは違った「学士助手」という東大法学部独特の制度の影響がある('04年までの制度)。文系学部の現役教授が解説する。
「東大では3年生から専門教育が始まりますが、優秀な学生はその頃から教授や准教授などに目をかけられ、それとなく大学に残るよう告げられます。彼らは卒業後すぐに『助手』として研究室に入り、3年間で助手論文を書くのです。
年に多くて10人程度、少ないと3〜4人です。法学部は1学年400人強ですから、トップ1〜2%の超エリートと言えます。彼らを『学士助手』と呼ぶ。博士課程をすっ飛ばして助手になるわけですから、いわば飛び級。
かつては、そのまま東大に留まって、一度も外に出ずに教授になるというケースもありました。最近の有名人だと、憲法学者の木村草太・首都大教授や、元マッキンゼーの瀧本哲史さんが学士助手です。
大学入学以前から、相当、教育環境に恵まれていなければ、学部3〜4年生で頭角を現すというのは難しい。そうした人は、筑駒や開成、麻布といった超名門に通う人に限られる。
たとえば政府の委員などを多数務める憲法学の宍戸常寿さんは、筑駒→学士助手→東大教授です。中学、高校の時から『選抜』が始まっているようなもの」
さらに法学部の教授の履歴を見ていて驚くのは、「東大法学部卒」の割合の多さだ。70人の教授のうち、東大法学部卒ではない教授は、わずか9人に過ぎない。
そんなこと普通ではないかと思われるかもしれないが、決してそうではない。アメリカでは、大学内の多様性を確保するためにわざわざ出身大学の教授に就くのに高いハードルを設けている。そうしなければ、大学が閉鎖的な世界になってしまうからだ。
自校出身者を教員として採用することは「インブリーディング(近親交配)」と言われ、揶揄される。
京都大学経済学部を卒業後、民間企業などを経て東大に就職した、東洋文化研究所の安冨歩教授は、東大の「純血主義」的な側面について、違和感を口にする。
「法学部や経済学部、文学部といった伝統ある学部の教授は大半が東大出身者で占められています。今も『東大に合格したこと』に高い価値を置く文化が支配しており、受験生の時に成績が日本一だった先生が、未だにそのことで畏怖されていたりする。
私が東大に就職できたのは、駒場の教養学部の三谷博先生に声を掛けられて公募に応じたからですが、歴史と伝統を重んじる本郷の学部では、こんな間違いは起きなかったでしょう。
東大は国内最高の権威を誇りますが、東大教授はその権威を守るため、自分を押し殺すのも厭わず、他人にもそれを押し付ける。そんな文化が蔓延しています。しかし、純血主義のせいで誰もその異常さに気づかない」
こうして様々な関門をくぐり抜けて教授になるわけだが、その後の身の振り方でさらに様々な「階級」ができあがっていく。
「教授になれば一国一城の主。まわりのことを気にせず、研究ができるから幸せだという人もいるのもたしかです。
しかし、偏差値エリートとして生きてきた彼らの中には、まわりとの『差』を常に確認しないと気が済まない人がいるのも事実です」(前出の文系学部の教授)
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そこに見出される「差」はわずかであるが、狭い世界ゆえ、強烈に意識され、嫉妬を呼び起こすのだ。かつて東大に所属していた研究者が言う。
「たとえば、教授になってしまえば、学士助手出身か否かは関係ないはずですが、学士助手でないことにコンプレックスを抱く教授もいます。
前の東大総長である濱田純一先生やJICAのトップを務める北岡伸一先生などは、学士助手になれなかったことをバネに発奮されたという話を聞きます」
東大教授ともなれば、メディアから声がかかることも多いが、そこには思わぬ陥穽がある。
同研究者が続ける。
「たとえば、法学部を出て学士助手になった御厨貴さんは山っ気が強く、メディアで発信をしたいと考えていた。しかし東大では、研究を脇に置いてメディアに出ることは一段低く見られがちです。
それが影響したのか、御厨先生は、都立大学(当時)の教授などを歴任した後、法学部には戻らず、東大の先端科学技術研究センターという王道からはやや外れたポジションに就きました」
研究がうまくいかない場合、その穴埋めをするかのように、大学運営に邁進することもある。
東京大学名誉教授で『東大教授の通信簿』などの著書がある分子生物学者の石浦章一氏が解説する。
「中には能力が高くないのに、人間関係のあやなどによって教授になってしまった人もいる。彼らは、もはや研究では大成できないとわかると、文科省にゴマをすったり、面倒な大学運営の事務仕事を担ったりして、大学組織の中での『出世』を目指します。
東大教授の給料は年功序列で決まりますが、学部長になれば年収も上がるし、世間的には名声も得られます。だから実のところ、一般に偉いと思われている学部長の中には、研究者としては優秀でない人も少なくないのです」
いずれにせよ、教授として様々な生き方を選ぶに至るまでに、出身高校が重要であることは間違いない。
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森友スキャンダル(佐川氏と影の差配・今井秘書官)、赤村古墳

 気が滅入る昨日でありました。もしかしたら真相の一部を語るかとの私のささやかな希望的予期は見事に砕かれました。そしてサッカの惨敗です。柴崎など鹿島アントラーズ出身のプレイヤはそこそこの存在感を見せましたが、日本代表チームとしての強さが感じられません。私は「黄色差別意識が、ない混じり日本サッカーへの軽侮感漂う」現監督の更迭を願ってるのですが。じゃあ代わりは?私が指揮を取ってもよいのですが(wこれは冗談)。この際、中田英寿氏はどうでしょうか?
(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:今朝の春かすみ。濃く地表を覆っていました。そのため日の出の太陽光が散乱せずまん丸でありました。そして当家の桜の木では小鳥さんが憩うていました。拡大は図のクリックを)
180328桜小鳥太陽無題

春が来た 箱根を越えて 春が来た 学校の庭の 桜満開

 昨日に春が突然当家の玄関の扉を叩きました。道理で、早朝散歩に湧き出してくるヒトが急増しています。「オハヨウゴザイマス」と、すれ違う毎に挨拶を交わします。が、腹の中では「日和見主義者めっ!」と嗤います。なんとなれば、当方は本年の厳寒の中も朝の散歩を欠かしてこなかったからです。誰かにそれを自慢したいのですが、それをしてどうなるとの思いもあります。

 こんな記事を見つけましたので貼っておきます:
%%%%%福岡で卑弥呼の墓?発見か それでも調査の予定ない理由
2018年3月26日 16時0分 NEWSポストセブン
(図1: 赤村古墳とその場所、拡大はクリック)
180328九州赤村地図古墳

 古代史最大の謎がついに解明か──。福岡県の赤村にある丘陵をめぐって、西日本新聞が報じた「『卑弥呼の墓では』巨大な前方後円墳? 謎の丘陵」(3月20日付)という記事が大きな話題を呼んでいる。
〈全長は約450メートル。日本最大の前方後円墳『大山古墳』(堺市)の墳丘長に迫る大きさとあって、古代史ファンからは『卑弥呼の墓では?』といった期待の声も聞かれる〉
 地域住民などによる「豊の国古代史研究会」の調査では、後円部に当たる部分は直径約150メートルで、これは魏志倭人伝にある卑弥呼の墓の直径の記録とほぼ一致するのだという。
 卑弥呼が治めた邪馬台国の所在地については、長く九州か畿内かで論争が続いてきたが、奈良盆地の纏向(まきむく)遺跡と箸墓(はしはか)古墳の調査が進んだことにより、近年は畿内説を有力視する声が強まっていた。しかし、この丘陵は、九州説巻き返しの切り札になる可能性を秘めているという。
「福岡は志賀島で漢の皇帝から送られた金印が見つかるなど、古代の中心地だったことは間違いない。この丘陵がもし前方後円墳だということになれば、再び九州説の可能性が高まることになり、古代史ファンとしては夢のある話です」(歴史研究家の河合敦氏)
 ところが、高まる期待とは裏腹に発掘調査が始まる見通しは立っていない。「豊の国古代史研究会」の一人が事情を打ち明ける。
「発掘には文化庁に届け出た上で厳しい審査が必要とされる。丘陵地の地権者の方で発掘に反対している方もおり、現状としては本格的な調査に取り掛かることができないでいる。たまたま遺物が出てきた、といったことでもあれば調査のきっかけになるのですが……」
 調査には自治体の協力が欠かせないが、赤村役場の文化財担当者は「丘陵は自然の地形で前方後円墳である確証がないため発掘調査の予定は現在ない」と否定的で、調査実施のハードルは高そうだ。“巨大な謎”のまま封印されてしまうのか。
%%%%%※週刊ポスト2018年4月6日号記事転載終わり
 赤村の所在場所は図1に示しています。私は2013年8月26日記事で書いたように卑弥呼の墓は宮崎県・西都原であろうと考えています。一部の「京都学派」あるいは「国立民俗博物館」研究者が主張する「奈良盆地内の箸墓古墳」ではないことだけは確かです。

+++++森友国会議論(1、佐川氏証人喚問)
 昨日、国会では「佐川元財務省理財局長」に対する証人尋問がなされました。冒頭に書いたように一抹の希望がありました。しかし、大方の人たちが予期したように、証人は「捜査の対象であり、刑事訴追の恐れがある」との言を連発し、真相を語ることはしませんでした。東京新聞社説が末尾で「安倍首相からの指示はありませんね」なる丸川議員の質問を引用しています。確かにこれは異様でした。思えば丸川氏と佐川氏は東大経済学部で先輩後輩の間柄です。そうしたしがらみが国会での質問にえいきょうするものかどうか。私の記憶では、丸川氏は、TVキャスタ時代は共演する桝添要一氏の政府への批判的言辞に賛同していました。丸川氏の変貌を見るにつけ「地位が人(あるいは考え方)をつくる」のであると実感したしだいです。
 国有地の私的知人への無料同然の払い下げ、それを隠蔽するための公文書改竄が「国を危うくする行為」そのものとの自覚が丸川氏には無いんですな。丸川氏の国会議員としての資質に関わると思っています。一方の佐川氏です。前回記事で郷原弁護士の指摘を掲載しました。国会で佐川氏に陪席した弁護士も郷原氏の指摘内容については法曹関係に身をおいているのですから疾うに承知していたはずです。「国を想って」上級国家公務員の職を選んだのであれば、この機会は自らの深奥の生き様を開陳すべく、もっと大胆な証言ができたのだろうと想像します。それを阻んだのは佐川氏を取り囲む政治の闇であったのか。そうとすれば暗澹たる気分です。

+++++森友国会論議(2、今井尚哉・首相秘書官の登場か?)
 上で書いた「政治の暗闇」空間にうっすらと浮かんでいる玄関こそが、下の記事に書かれている今井尚哉・首相秘書官 であろうとは、前川喜平前文部科学省事務官の指摘です。民進党の増子議員がその玄関の背後に半身以上を潜ませていたこの人物を標的にしました。
%%%%%アベ氏が今井秘書官の大阪での行動を追及され異常な狼狽
森友疑惑の本丸はやっぱり“影の総理”か! 安倍首相が今井尚哉・首相秘書官の大阪での行動を追及されて異常な狼狽

安倍自民党のシナリオに、ヒビが入りはじめている。それは“影の総理”との異名をもつ安倍首相の最側近・今井尚哉首相秘書官の関与が追及され始めているからだ。すでに複数のメディアが今井氏を名指しして“疑惑の本丸”“司令塔”と書き始めているし、前川喜平・前文部科学事務次官や、元通産官僚で首相秘書官や総理夫人担当の経験をもつ江田憲司衆院議員ら官僚経験者も、不当な土地取引や改ざんに今井首相秘書官が関与している可能性を指摘している。
 実は、本日おこなわれた参院予算委員会の集中審議でもその疑惑をさらに濃厚にするようなシーンが見られた。安倍首相が今井首相秘書官の名前を出されて、あからさまに狼狽し、慌てふためいたのだ。
 安倍首相の言動に異変が起きたのは、民進党の増子輝彦議員が「2015年9月3日〜5日」の動きについて質問したときだった
森友問題が大きく動いたあの日、安倍首相と今井首相秘書官は大阪に
 本サイトの既報の通り、この3日間は安倍夫妻が非常に怪しげな動きを見せている。というのも、2015年9月3日に、安倍首相は国有地払い下げの“責任者”である当時の理財局長である迫田英典氏と面談。そして、翌日4日には国会をサボって大阪入りし、読売テレビの『情報ライブ ミヤネ屋』に生出演したあと、冬柴鉄三・元公明党幹事長の次男の料理店「かき鐵」で食事。この日、一方では、小学校建設工事を請け負った設計会社所長ら森友学園関係者が近畿財務局を訪ね、近畿財務局の統括管理官と大阪航空局調査係と話し合いをおこなったことがわかっている。さらに5日には、昭恵夫人が森友学園の経営する塚本幼稚園で講演をおこない、その場で小学校の名誉校長に就任しているのだ。
 増子議員はこの3日から5日のうち、安倍首相が大阪にいた4日のことについてこう問いかけたのだ。

2180328安倍B無題

「(大阪入りした4日に)総理は日帰りされた、今井さんは残った。次の日に御夫人が名誉校長に就任されているんですね」
「今井さんは残りました、大阪に。これ、事前通告してありますよ? ここのところの事実関係、森友学園や近財局長たちとお会いになったという事実はございますか?」


 たしかに、この大阪行きに首相秘書官の今井氏が同行していたのは事実だ。安倍首相ご一行が「かき鐵」で食事した際、店側が撮影した写真が「食べログ」に掲載されており、そこには、今井首相秘書官もはっきりと写っていた。
 当時は安保法制議論の真っ只中で、総理秘書官としては省庁間の様々な調整をしなければいけない時期。そんなタイミングに大阪にわざわざ同行するとは、よほどの用事があったとしか考えられない。しかも、今井首相秘書官はそのまま大阪に残って、近畿財務局の関係者らと会っていたのではないか──。増子議員はそう追及したのだ。
 すると、この質問に安倍首相は急にオタオタしはじめた。答弁に立つと、見るからに焦った様子で「あの、質問にお答えする前にですね」と述べて、「妻は文書の書き換えを指示していない」などという質問の答えになっていない話を延々つづけ、その後、必死になって「9月4日は2つの報道番組の収録と生出演のために大阪に行った」「食事をして東京へ帰った」「近畿財務局関係者とまったく会っていない」と釈明。問題の今井首相秘書官については、こう答弁したのだ。
「今井秘書官がですね、残っていたかどうかということについては、質問通告ございません。(キレ気味に)質問通告ございませんから、いや、大阪、大阪に、同行したのは事実です。しかし残ったかどうかについては、質問通告受けておりませんから」
「残ったかどうかということについては、これは私もいますぐにはお答えできません。しかしこれ調べればすぐわかる話でありますし、そこでですね、今井秘書官が近財の人びと等々と会ったということは、もちろんないということは申し上げられる」
慌てふためき必死で否定する安倍首相、しかし一方で次々と疑惑が
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 今井首相秘書官は大阪に残ったのかどうかは「わからない」と言うのに、なぜ「近畿財務局の人とは会っていない」と断言できるのか。しかも、安倍首相は答弁を終えて自席に戻ってからも手を挙げ答弁をさせろと要求。増子議員は別の質問に入ったが、安倍首相は次の答弁でも必死になって“今井首相秘書官は関係ない”と言わんばかりに、以下のように主張しつづけたのだ。
「いま、あの、答弁しておられる最中にですね、あの、今井秘書官に確認をいたしました。あの、えー、この大阪にですね、泊まる……(ここで増子議員が「残ったんでしょ?」と問いかける)、いや、残ったということはないというふうに記録をしているところでございます」
「なぜ私がそう答えたのかということについてはですね、いわば出張の、主たる目的についてずっと秘書官とは話していますから、そこで彼がテレビ局との打ち合わせ等を全部やっておりましたので、そこで当然、その話は、たとえば理財局とそういう話をするんであればですね、当然、私に報告があるだろうと思っておりますから、それはまったくなかったということを申し上げているわけでございます」
この慌てぶり、饒舌は安倍首相が嘘をついているときの典型的なパターンだ。少なくとも、安倍首相にとって、今井首相秘書官の大阪での動きは絶対に触れられたくない話題であったのだろう。
 しかし、安倍首相がいくら否定しても、今井氏をめぐっては、森友問題への関与を物語るような疑惑や背景が次々と明らかになっている。「週刊文春」(文藝春秋)が指摘した今井秘書官と佐川氏が同期で省庁の壁を越えた非常に親しい関係にあったという事実、また、昭恵夫人担当秘書・谷査恵子氏の動きはすべて、同じ経産省出身で、官邸では上司にあたる今井氏が指示していたとの見方も浮上している。そして、今回、森友問題が大きく動いたその日に大阪にいたという事実もあらためてクローズアップされた。
 一部では、佐川氏が明日の喚問でトカゲの尻尾切りに抵抗して、今井氏の名前を出す可能性も指摘されているが、証人喚問の結果にかかわらず、野党とメディアはこの“影の総理”の異名をもつ首相秘書官を徹底追及すべきだろう。
%%%%%
国会質疑動画
《森友文書問題》増子輝彦・民進党 VS 安倍晋三総理【国会中継 参議院 予算委員会】平成30年3月26日 
27分ごろから、今井氏関連の質問です。

311前の伊豆・小笠原海溝地震活動、郷原信郎氏の見解

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:名前は知りませんが、可愛らしい小鳥が体を震わせて友を呼んでいました)
180326畑

 
関のこっち 彼岸過ぎれど 朝晩の 空気の冷たさ 老いに染(し)めれる

 鶯が唄い、ひばりの天空での激しい羽の舞と饒舌が始まっています。しかし、新聞、TVが報ずる江戸の桜も当地ではいまだ満開に遠い。当家の桜は二分咲きというところでしょうか。箱根の関の東は、春の入り口です。

 「チバラギ」地震の話も一区切りついたので(もう少し調べたいことが残っていますが)、今日は古代史の話に戻ろうと思っていました。が、今回は下に書く事情から地震の話を続けさせてください。
+++++日本列島の地震活動
 ずいぶんと大仰なタイトルです。チバラギ地震は太平洋プレートの上面の「破断」とは、大げさすぎる表現であることを前回記事で書きました。「上っぺりの破損」であることがわかりました。それは幅は東西20km程度、長さは南北に高々200km弱です。発震機構解からは、どうやらチバラギ地震帯形成は、太平洋プレートのフィリッピン海プレートとの物理的接触が原因と推定されます。進行する巨大・古参の太平洋プレートの行く手を成り上がり・新参のフィリッピン海プレートが妨げている構図です。情けないことに、巨大・古参であるはずの太平洋プレートが若輩のフィリッピン海プレートから損傷されているという情けない「小規模バトル」というわけです。
 そうとすれば、日本列島東岸と日本海溝に挟まれる太平洋プレート内の地震活動の中に、軽微といえども損傷を受けるような状況が見られるのかも知れないと考え作成したのが前回記事中の図です。結果は期待に反していた。そんなに明瞭な痕跡が見つからないことはご承知のとおりです。

 もう少し、調査期間を広げることを考えました。本ブログ管理人が気象庁データベースを基に作成してきたデータファイルは2004年から2018年3月23日までをカバーしています。ところが、20017年1月から5月までの五ヶ月間のデータが欠落しています。この欠落を埋めるためには、つい最近までは150日分のデータを一日一日と読み込んでそれを編集せねばなりません。手間がかかるので、辛い辛いと日延べをしてきました。ところが、ごく最近、気象庁は1月から4月では、月ごとに編集して公開しました。これで、一日一日の作業は5月分だけとなったのです。というわけで、土、日昼の暖かい時間帯、まさに散策日和でありましたが、外気満喫をあきらめてファイル作りに専念し、ついに2004年から2018年3月までの地震発生ファイルを完了しました。

 地震ファイル完成の祝賀行事として日本列島全体の地震活動をまずは眺めることにしました。と、言ってもPC能力の限界から、申し訳ないのですが今回は本州列島とその界隈に限定しています(北海道、沖縄の皆様にはお詫びいたします)。
(図1:本州界隈の地震活動〔データ・ソースは気象庁〕。等距等方位図法。原点は2004年9月5日三重県南東沖地震震央にあります〕。地震規模表示はシアン〔7.5以上〕、黄色(7.0),赤〔6.0〕、青(5.0)、黒〔4.5〕。緑の番号は本文参照。南海トラフの駿河湾内での位置は座標の読み間違いで、いずれ訂正します。拡大はクリックで)
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 期間は2004年から2016年、マグニチュード下限は4.5の地震が表示されています(もっと小さくすると、PC能力を超えてしまうためです)。まず気付くのは緑の┐納┐気譴詢琉茵△修海脇邀ぅ肇薀佞寮沼ι分に当たります。地震活動が見当たりません。地震調査委員会が南海トラフでの地震発生確率を高値に修正した理由のひつがこの事実なのでしょう(2018年2月12日記事)。
 日本列島陸上部にはいくつもの連結した地震活動が散見されます。これも興味深いことです。\朕晃東方沖、△浪皀浦から犬吠崎沖、は1983年秋田沖地震の余震活動、い賄賈牝本脊梁山脈、イ論彡点鄰覗愀蓮↓Г老本地震というわけです。日本列島の傷がそれぞれ発現しています。それに加え伊豆・マリアナ海溝に沿う地震活動が見られます。
 因みに上図の東北日本太平洋側領域での地震発生頻度(30日あたり)の時間的推移を見たのが図2です。
 〔図2:2004年―2016年の東北日本の地震活動の30日間ごとの発生頻度の時間的推移〕
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2011年3月11日の巨大地震発生後、地震発生数は急激に減少(指数関数的減少)していますが、巨大地震発生前の状態と比べるとまだ幾分高めに見えます。
 一部の「地震予想オタク」と思しき人物がこの発生頻度分布の時間的推移を知らずして、”最近の東日本の地震活動は異常である。これはM8クラスの地震の予兆である”と騒ぎ立て顰蹙をかっています。図では一本の柱が30日ですから、わずかこの一本の柱の話をこの御仁はしていることになります。この図を見る限りでは、活動の突然の異変を思わせるものはありません。尤も、変動が無いから地震が起きないということではありません。その意味では、明日地震が起きる可能性は無いではありません。しかし、そうではあってもそれはこの御仁の地震発生予測が「当たった」ということを意味しません。

 図1で注目したのが伊豆・マリアナ海溝に沿う地震活動です。それを眺めることにします。
 そこで、この地域については、特に311巨大地震前の活動を見ることにします。調査期間を縮めたので、地震数は減ります。ということはマグニチュードの下限を小さくするすなわち4.5から3.5に落とし、3.5を越える地震について発生状況を調べます。
(図3:2011年3月11日巨大地震発生直前までの本州とその近辺の地震活動。マグニチュード下限を3.5に下げたため、図1では見えなかった興味深い活動が顔を出している〔番号の詳細は図2とおなじで本文参照〕。拡大はクリックで)
180326_04_16before311

 あらためて驚いています。目に留まることはいくつもあります。まずは南海トラフの西側、┐領琉茵△垢覆錣岨郵餡部分に地震活動がほんのりと姿を現しています。又、◆き、ぁ↓ァ↓Δ覆疋泪哀縫船紂璽媛叱唾佑魏爾欧薪喘爾砲修涼録務萋阿力△覆蠅鮮明に浮き上がってきました。これらについては、いずれ詳しく吟味します。
 ここでは、なんといっても伊豆・マリアナ海溝に沿う活動が311前、極めて活発であったことです。それらの地震活動を眺めることにします。
 まずは、図中の領域Bでの地震活動推移を15日毎に見ることにします:
〔図4:図3の領域Bでの地震活動の15日後との発生頻度の時間推移。大きなピークは大地震とその余震。拡大はクリックで〕
180326_04_16before311Bonin

 図4で示される大きな地震についての情報は下記です:
(1)2005 2 10 3 46 15.37 6.5 26.31 144.22 15.6
気象庁モーメント・テンソル( 7.2 18 -2.560 2.580 -0.020 -2.650 0.390 -0.810 )
米国地質調査所情報M 6.3 - Bonin Islands, Japan region 
2005-02-09 18:46:09 UTC26.088°N 143.997°E24.0 km depth

(2)2005 11 16 8 1 17.01 6.0 22.25 145.27 10.0
気象庁モーメント・テンソル( 7.9 17 2.040 0.260 -2.310 -0.290 3.360 1.220)

(3)2010 9 19 20 51 54.71 5.6 23.38 144.95 10.0
気象庁モーメント・テンソル( 2.1 16 -1.250 1.520 -0.270 -5.510 2.980 -0.720 )

(4)2010 12 22 2 19 49.88 7.8 27.12 144.01 12.5
気象庁モーメント・テンソル( 12.7 20 -0.780 0.380 0.400 -0.090 -0.370 -0.760 )
米国地質調査所情報M 7.4 - Bonin Islands, Japan region
2010-12-21 17:19:40 UTC26.901°N 143.698°E14.0 km depth

 私は、上の4つの地震の中で、311地震の80日前に太平洋プレートとフィリピン海プレートの衝突域でM7.6の地震が発生したことに重大な関心を持っています。
(つづく)

+++++「モリトモ」疑惑に関する佐川氏証人喚問
 日本中が注目する明日の佐川元財務省理財局長への国会証人喚問について、弁護士の郷原信郎氏が、弁護士ならではのまことに説得力ある見解をブログで表明しています。
 氏は、ブログ記事を「財務省のキャリア官僚として活躍してきた佐川氏であれば、法的知識・素養も十分にあるはずであり、弁護士に相談することなく、被疑者になり得る立場と国会での証人という立場から、自らどのような法的な権利・義務があるかを判断することも可能なはずだ。
国会の証人喚問に弁護士の補佐人を立ち会わせることなく、証言拒否は一切行わず、記憶していることをありのままに証言することを期待したい。」と締めくくっています。心から同感であります。

%%%%%佐川氏は、証言拒否で身を守れるのか投稿日: 2018年3月26日投稿者: nobuogohara
森友学園に対する国有地売却の決裁文書改ざん問題に関して、明日(3月27日)行われる、当時の理財局長の佐川宣寿氏の証人喚問に注目が集まっている。
証人喚問で予想される展開について、複数のメディアから取材を受けたが、
補佐人の弁護士が喚問に立ち会った場合は、決裁文書に関する質問に対しては、刑事訴追を受けるおそれがあるという理由で、証言を拒否するだろう。国会答弁に関する質問も、改ざんに関連するとの理由で拒否するかもしれない。そうなると答えられるのは、答弁内容の決定の流れの一般論ぐらいになる。
との趣旨のコメントをした。
補佐人の弁護士が立ち会った場合は、佐川氏は、質問の一つひとつについて助言を求めるであろうし、補佐人の弁護士としては、万が一、自らの助言にしたがった証言が証拠となって刑事訴追を受けたり、その証言が偽証とされた場合、弁護士として過誤の責任を問われることになるので、些かなりともリスクがあれば、証言を拒否するように助言することにならざるを得ない。
しかし、佐川氏が、ほとんどの質問に対して証言を拒否すれば、世の中の批判が佐川氏に集中することになるのは必至だ。「刑事訴追のおそれ」を理由として証言を拒絶することで、その「刑事訴追」が現実化することを求める社会的なプレッシャーが高まることになる。それを受けて、検察当局が、常識的には無理筋とも思える、決裁文書に関する文書犯罪で強制捜査に着手し、場合によっては佐川氏を任意聴取した上逮捕することも考えられないではない。
「刑事訴追を受けるおそれ」があるとして証言を拒絶することは、佐川氏にとって、法的権利行使として許されることである。しかし、それが、本当に、佐川氏自身にとって、最終的に自らの正当な権利を守ることにつながるのだろうか。
佐川氏は、国会証人喚問の場で「刑事訴追を受けるおそれ」を理由に証言を拒否し、その後の検察での取調べに対しても、聴取を拒否したり、黙秘権を行使したりすることは可能だ。しかし、その場合、「罪障隠滅のおそれ」があるとされ、強制捜査や、逮捕・勾留の理由にされる可能性がある。常識的に考えれば、国会での証人喚問では証言を拒否しても、検察での取り調べでは供述するということになるだろう。結局、供述は、すべて捜査機関である検察に対して行い、刑事処分についての判断を委ねることになる。
佐川氏が国会で証言を拒絶し、検察の任意聴取に応じるということになれば、国会での真相解明には限界があることが認識され、非公式リークでしか情報が出てこない検察の密室での取り調べに社会の関心が集中することになる。
しかし、現在の検察は、佐川氏にとって、すべてを供述し、その適切な処分に全面的に委ねることができる信頼できる存在なのだろうか。
今回の決裁文書書き換え問題の表面化に関しても、検察側のリークによるものではないかとの疑いが指摘されている。佐川氏の証人喚問の決定の前後に、検察が証人喚問後に佐川氏の任意聴取を検討していることが報じられた。検察側への取材によらなければ書けない記事だが、それによって、佐川氏が証人喚問で証言拒否をする流れを作っているように見えなくもない。
また、野党議員と籠池氏との接見が認められたことについても、弁護人以外の者の請求で接見禁止一部解除が認められることは稀であり(野党議員が話を聞こうとしている「籠池氏と財務省側とのやり取り」は、検察捜査の対象となっている財務省側の「背任罪」に関して籠池氏の共犯の成否にもつながりかねない点なので、弁護人側から接見禁止一部解除の請求をすることは考えにくい。)、検察が接見禁止の一部解除に強く反対しなかったとすれば、異例の対応だ。「検察関係者」が、今回の財務省の決裁文書改ざん問題に対する社会の批判を煽ろうとしているように見えなくもない。
最近の特捜検察の動きは、リニア談合に対する東京地検特捜部の捜査に典型的に表れているように(【リニア談合捜査「特捜・関東軍の暴走」が止まらない】【“逆らう者は逮捕する”「権力ヤクザ」の特捜部】)、率直に言って全くデタラメであり、適正な判断を行うことを期待できる組織とは思えない。
佐川氏にとっては、むしろ、国会の場で、記憶していることをすべて証言し、その評価を、国会や国民に委ねるという態度をとることが、自らの正当な利益を守ることになるのではないか。真摯にありのままに証言する姿勢をとれば、それは、国民の共感を呼ぶであろうし、検察も、偽証の制裁の下で佐川氏が行った証言の内容を前提に、刑事責任追及の可否を検討することになるであろう。【森友文書書き換え問題、国会が調査委員会を設置すべき】でも述べたように、決裁文書書き換えで刑事責任が問われる可能性は、常識的に考えれば決して高くはない。
佐川氏が、拒否することなく証言すれば、喚問すべき証人を喚問することに加えて、私が決裁文書の書き換えが明らかになった時点から上記ブログなどで主張してきたように、今回の問題の被害者とも言える「国会」が独立・中立な「調査委員会」を設置し、真相を解明していくことについて真剣な議論を行うことも可能になるだろう。
財務省のキャリア官僚として活躍してきた佐川氏であれば、法的知識・素養も十分にあるはずであり、弁護士に相談することなく、被疑者になり得る立場と国会での証人という立場から、自らどのような法的な権利・義務があるかを判断することも可能なはずだ。
国会の証人喚問に弁護士の補佐人を立ち会わせることなく、証言拒否は一切行わず、記憶していることをありのままに証言することを期待したい。

チバラギ地震(5)、大学入試は知性の発掘の道具?

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:久しぶりの雨の無い夜明け前を歩きました。公園の山茶花は花が強風によって散らされていました。気温は突如高く暖かい。散歩人が湧き出ています。拡大は図のクリック)
180323龍ヶ崎無題


 いつの間に 彼岸が過ぎれど 気がつかず 孫の高熱 早く治れと

 犯人は”アデノウイルス”らしい。二週間以上も熱状態、しかも間歇的に高熱であります。ちょこちょこと無邪気に動き回っている孫の姿がまぶたに浮かび、ひたすらこちらが辛いんですな。当方の連れ合いもベビーッシッタ時に感染し、つい最近まで熱を出していました。てなわけで、春分の日を忘れていました。

 %%%%%岸田文雄政調会長 山口組元幹部との「親密写真」が流出 
 パーティ会場でニッコリ笑う、自民党の岸田文雄政調会長(60)。その隣には岸田氏と親密そうにガッチリ握手をしている、目つきの鋭い人物がいる。本名は若野康夫氏というが、「矢野康夫氏」といったほうが通りがいいだろう。山口組の武闘派組織として名を馳せた『中野会』の元副会長である。この写真は3月2日、大阪・梅田の『ザ・リッツ・カールトン大阪』で開かれた、自民党衆院議員・竹本直一氏(77)の『新春賀詞交歓会』で撮影されたモノだ。
 文書改ざん事件が収束を見せない中、"ポスト安倍"の最右翼と呼ばれる岸田氏の存在感は日に日に高まっている。岸田氏が総裁候補と目されるのは、その安定感と、これまで目立った疑惑やスキャンダルが報じられたことがないというのが理由のひとつ。そのプリンスと"大物ヤクザ"の写真とあってはただごとではない。
競拳インターナショナル』の代表理事を務めている。「若野康玄」という名で活動しており、なんと、その自らのフェイスブックに、この「親密写真」をアップしているのだ。団体の事務局に話を聞くと、  矢野氏は、かつて山口組系二次団体の幹部などを歴任し、『中野会』の副会長も務めた。現在は大阪で格闘技団体『一般社団法人
「(矢野氏が)パーティに行ったことも、岸田氏と写真を撮ったことも間違いない。しかし、(矢野氏が)9年前にキックボクシングジムを作ったときに(暴力団、そして暴力団との関わりは)全部やめている」
 との回答だった。しかし、大阪府警関係者は次のように話す。
「今年2月に神戸山口組の中核組織『山健組』の下部組織である『兼一会』が絶縁処分を受け、その後、六代目山口組側である『極心連合会』の傘下に入ったのです。山口組分裂の帰趨を決する大型移籍が実現したと、大きな騒ぎになった。実はこの移籍の裏工作を成功させたのが矢野氏だと言われているのです。現在でも、矢野氏は極心連合会の『特別相談役』と呼ばれており、"現役"という認識です」
 政治アナリストの伊藤惇夫氏が話す。
「政治家がパーティ会場で握手や写真を求められたら断れない、というのはわかります。ただ、それでも相手の様子や身なりなどを見て、警戒しないといけない。総裁候補なのですから、本人の脇の甘さ、そして秘書など周囲の人間のガードも甘いと言わざるを得ません」
 こんな写真が流出しては、暴力団の「シノギ」の材料として利用されかねない。この間の悪さ、どうやら総理に必要な「運」は持ち合わせてはいないようだ。
 %%%%%
 モリカケ・スキャンダルがどうやら、次期首相に直接リンクしたようです。すなわち次の首相は誰かということで、自民党内部は持ちきりとのこと。有力候補者に上記記事のようなネタが飛び出してきました。真偽のほどは不明ですが、「岸田氏」追い落としの勢力がリークしたのでしょうか?当方はそれには関心が無い。なんとしても安倍氏と周辺による国有財産私物化の犯罪を解明して欲しい。と、思っています。

+++++チバラギ地震(5)
 気象庁は地震の震源を二つの方法で計算し、それを公表しています。P波震源位置とCMT解震源位置です(詳細は前回記事参照)。CMT解震源の計算に当たっては、その出発値(第0近似)としてP波震源を用い、そこからのずれを計算します。そこで、本ブログ上の議論では、両者の位置関係は、当該地震の断層面上に存在するはずであるとの仮定をします。この仮定を是とするならば、CMT震源のP波震源からの位置関係は、地震断層面の幾何性状を与えているはずです。ところで、CMT解を算出するに当たっては、その断層面の幾何学的性状(発震機構解など)も未知数として含んでいます。その計算過程で得られた発震機構解による二つの節面と二つの震源の位置関係を照合することで、どちらの節面が断層面であるのかが特定できそうです。
 その照合の結果は単純ではないので、次回に考察することにして、前回記事では、二つの震源の位置関係を、P震源位置からのCMT震源位置の相対的位置として、それを方位(南北−東西−上下なる右手系座標系)でもって表現したものが図1です。
(図1:縦軸は北から時計回りに計測した方位角、横軸は南北鉛直断面の北端からの距離(km)、詳細は前回記事所載の図参照)
180321CMT2ndevent


 データはばらつきますが、方位角が0度で水平に並ぶ10個の点列があります。これは真北を向き、且つCMT震源位置がP震源位置より“北あがり”であることを意味します。この地震群については、発震機構解と照合するなどの吟味が必要です。もう一つは-90度当たりに安定して横方向に並ぶ13個の点列です。これは“西上がり”(言葉を変えれば、“東下がり”)の位置にCMT震源が位置することになります。
 その事情を図2で見ることにします。
(図2:前回所載の図に加筆。チバラギ地震を囲む矩形領域の東西鉛直断面への地震群と節面の投影。左が西、右が東。図1の計算結果から、13個の地震は、緑太い矢印に沿って東側(右側)が下方に滑り落ちる逆断層型である推定される)
180323fault無題


 31個の地震のうち13個は“西上がり”(”東下がり“)との計算結果から、13個の地震については上図で緑のbで示した節面が、これらの断層面ではなかろうかと推定しました。
 この地震の活動域の大きさは、図の右に見るように東西15〜20kmほどの幅を持っています。一方鉛直方向には10km程度です。左回りの回転モーメントを持つ地震群がこの塊を形成しているということになります。
これから、図3に描くように潜り込む太平洋プレートの表面に10kmほどの深さの傷が20kmほどの広がりで集中しているとのイメージです。其れが「チバラギ地震群」の正体ということになりそうです。
(図3:チバラギ地震の発生模式図。l(エル)は太平洋プレートの上縁、Sは東西20~25km、深さ幅10kmほどの領域を占める逆断層地震群。太い矢印はこの地震群にかかるテクトニックな圧縮応力)
チバラギ模式図4088


 さて、この「チバラギ地震帯」の活性化はその東側の太平洋プレートの西進とどのように関わっているのかを調べておくことにします。
(図4:チバラギ地震を含む領域Aとその東側の領域B)
180323smap無題


 図4の説明で領域S内の逆断層地震群(チバラギ地震)の発生を東西方向のテクトニック・圧縮応力に帰しました。とするならば、チバラギ地震帯の活性化はその東側の地震活動と連動しているのや否やに興味が向けられます。そこで、図4に見るように関東の北部域をA,Bと東西二つの域に分割し、それぞれの域内での地震活動を眺めてみることにします。
(図5: 領域Aと領域Bでの地震発生頻度(10日ごとの集計)。は二つの頻度関係の相互相関。の横軸「時間シフト」の単位は10日)
180323CrossCorr無題

 余談でありますが、私がしばしば閲覧する投稿掲示板があります。その災害版 に「俺々サギ」ならぬ「来る来るsaggy(歯牙にもかけない、とでもいった意味か)」とでもよぶべき人物が「明日にでも関東に大地震が来る」との投稿を連発しています。その最近の論拠は「関東とその近辺で3月の地震活動が顕著に低下している」と、言うのですが、上の図を見る限りではそうは思えません。
 この類の投稿については専門家は口を閉ざすしかありません。なにせ、日本列島は地震列島でもあります。いつ何時(なんどき)地震が起きても不思議はありません。そして、地震学者はいまだに地震時発生則を発見するに至っていません。かくして、この種の予言は必ず「いつか、当たるんです」が、それを否定できないという致命的弱味を地震学者はもっているのです。したがって、誰しもが地震発生予測ができ、誰しもが必ずその予測に成功するのです。しかし、これは「科学」ではありません。

 さて、それはともかく、上図は、Bでの地震活動とAでの地震活動とのあいだに何がしかの時間的相関が見えるかということを調べるための図です。これを見る限りでは、その影響を与えているとは思いがたいことです。相関係数も0.3程度です。調査期間を広げるならば、違った景色がみえてくるのかもしれません。又、参照領域として他の領域を選ぶならば、相関が浮き上がってくるのやも知れません。その領域、または調査期間をどうやって「発見」するのか?難しい問題です。
 一つの試みとして対象領域を東北日本に広げてみます。その議論を次回に書きます。
(つづく)

+++++頭脳明晰人間(2)
 東京新聞の「本音のコラム」欄の木曜日は、経済学者が担当しているようです。つい最近までは竹田茂夫法政大学教授が限られた文字数のなかで、最大限の情報量を書き込むことで苦心しておられました(注:これは私の想像です)。短い文章で何かを言わんとするならば、広範囲を意味させることのできる「専門用語」を駆使せざるを得ません。おかげさまでその用語をしらべることで勉強をさせてもらいましたが、次の問題は「意味はわかったが言わんとしてることが見えなくなる」という問題がしばしば生じました。下に紹介するコラム記事もその事例でしょうか?
(図6:東京新聞3月22日付け記事より)
CIMG4078


 現在の大学における研究体制を見直し「業績主義」を貫けという趣旨なのでしょうか?この議論は正論と思いますが、この論法の研究現場への機械的適用が、多くの弊害と問題を引き起こし、結果として研究の遅滞を招いてきたことを日本の研究業界は経験してきたはずです。これには最適解が無いのかもしれませんが拙速な議論の前に、もう少し緻密な観察が求められていると思います。

 それは、さておき、研究を支える人材発掘の一つの舞台が大学入学試験です。以下のような記事を見つけたので転載しておきます:
%%%%%1964年に東大合格したZ会出身の神童は、大人になってどうなったのか?http://bunshun.jp/articles/-/6451?utm_source=news.livedoor.com&utm_medium=referral&utm_campaign=relatedLink
Z会会員の難関大学合格実績はすごい
 Z会の通信添削。
 東京大受験生からいまもむかしも圧倒的に支持されている通信教育である。Z会会員の難関大学合格実績はすごい。2017年度は東京大1100人、京都大924人、早稲田大2797人、慶應義塾大1873人。
 Z会の通信教育は難問ぞろいで解くのにやたら時間がかかった。上位成績者は灘とか開成とかばっかりである。
 いまから半世紀以上前のこと、1964年の東大入試でもZ会会員がブイブイ言わせていた(当時は増進会と名乗っていた)。高校別、上位校の東京大合格者のうちZ会会員数は次のとおり(カッコ内が会員数)。当時は都立高校全盛期で、1位 日比谷 193人(81)、2位 西 156人(53)、3位 戸山 101人(24)、4位 新宿 96人(28)……9位 灘 56人(21)、10位 東京教育大学附属駒場 52人(28)、11位 開成 42人(12)。
増進会旬報(1964年8月1日発行) c小林哲夫
 1964年、増進会は大学合格者名簿を作っている(「増進会旬報 1964年8月1日発行」)。同名簿の東京大合格者は、いわば1964年Z会同窓生である。なかなか興味深い人たちが並ぶ(カッコ内は出身高校)。
1964年のZ会同窓生はこんな人たち
 東大文気砲論治家、元政治家の名前が見える。平沢勝栄(福島)、谷垣禎一(麻布)、仙谷由人(城南)、松原脩雄(大手前)、白川勝彦(十日町)。

平沢勝栄氏 c文藝春秋
 平沢は警察官僚からの転身。安倍晋三総理の家庭教師をつとめたことがある。安倍総理の言動が迷走するたびに、平沢は「先生の教えがなっていないからだ」ととばっちりを受けることがある。

(右)谷垣禎一氏 c文藝春秋
 谷垣は総理候補と言われながらも、自転車転倒事故で政治生命が途絶えてしまった。仙谷は民主党政権時代に官房長官、法務大臣など要職をつとめた。白川は橋本龍太郎政権時代に自治大臣、国家公安委員会委員長に就任している。松原は日本社会党所属の議員として、『朝まで生テレビ!』などメディアへの露出度が高かった。

(左)仙谷由人氏 c文藝春秋
 1945年生まれのZ会神童は1960年代後半の左翼運動に積極的に関わっていく。

 1969年の東大安田講堂攻防戦のとき、東大全共闘メンバーの松原は逮捕され、仙谷は安田講堂内に弁当を差し入れたと、伝えられている。白川は東大全共闘と対立する民青(民主青年同盟=日本共産党の友好団体)の活動家だった。
 
 現在、上記のうち平沢以外は政治家を引退している。さびしい。
よど号ハイジャック事件を起こして北朝鮮に渡った人も
 左翼運動参加でもっとも極端なケースが、小西隆裕(小石川)である。東京大ではいまもむかしも最難関の理掘憤絣愽進学コース)に入学。野球部員として神宮球場で活躍していたが、赤軍派メンバーとなり、1970年によど号ハイジャック事件を起こして北朝鮮に渡った。いまもピョンヤンで暮らす。赤軍派は連合赤軍、日本赤軍などに分かれていく。Z会で学び京都大工学部に進んだ奥平剛士(岡山朝日)の場合は、1972年に日本赤軍メンバーとして、イスラエルのテルアビブのロッド空港で乱射事件を起こす。
 1972年、連合赤軍は浅間山荘事件を起こす。この成り行きを興味深く見つめていたZ会神童がいた。映画監督、長谷川和彦(広島大学附属)である。連合赤軍をテーマに映画を撮ると宣言しながら果たせないままだ。代表作は沢田研二主演の『太陽を盗んだ男』(1979年)。
サポート役として“余人をもって代えがたい才能”を発揮
 北朝鮮を朝鮮民主主義人民共和国と呼ぶことにこだわっていた歴史学者がいた。東京大、一橋大の名誉教授、油井大三郎(麻布)である。東京大文気貌学したZ会神童で、その後、アカデミズムの道に進む。現在は、「高大連携歴史教育研究会」の会長職にある。同会は、最近、高校の歴史教科書に盛り込むべき基礎用語が多すぎるとして、日本史では約3600語から約1600語にして、「坂本龍馬」「吉田松陰」は削除すべきと主張した。これが各界から総スカンをくっている。
 学生運動、左翼運動とはおよそ無縁だったZ会神童に堀紘一(東京教育大学附属駒場)がいる。ドリームインキュベータ 代表取締役会長。東京大法学部卒、読売新聞経済部記者、ハーバード大学でMBA取得、ボストンコンサルティンググループ入社という、いまどきの東京大生には憧れの経歴である。のちに同社の日本法人社長に就任した。
堀紘一氏 c文藝春秋
 堀はビジネス指南書を多く出しているが、ときに読者を惑わす。1998年に『一番いいのはサラリーマン―苦境を乗り越える新現場発想』(扶桑社)を出しておきながら、 2004年に『サラリーマンなんか今すぐやめなさい』(ビジネス社)を著してしまう。このぐらいの神経の図太さがなければ、コンサルタントはつとまらないのだろう。
 東京大文供教養学部を経て朝日新聞記者になったZ会神童がいる。ジャーナリストの船橋洋一(灘)だ。アジア・パシフィック・イニシアティブ(旧、日本再建イニシアティブ)の理事長もつとめる。著書はサントリー学芸賞、ボーン・上田記念国際記者賞、日本記者クラブ賞 、新潮学芸賞、吉野作造賞、石橋湛山賞、大宅壮一ノンフィクション賞などを受賞している。船橋の視点はアメリカ寄りと言われるが、これほどの賞を取った新聞記者はほかにいない。
船橋洋一氏 c文藝春秋
 10代後半、東京大をめざしてZ会の難問を解いていた平沢、谷垣、仙谷、小西、長谷川、油井、堀、船橋など、東京大1964年合格のZ会神童たち。

 総理になれなかった。革命も失敗した。一方でコンサルタント、ジャーナリストとして功成り名遂げている。サポートする、フォローする側にまわると、さまざまな意味で余人をもって代えがたい才能を発揮した。
(敬称略)
%%%%%関連記事は次回に掲載します。

チバラギ地震の断層面、小沢氏の見解、高級官僚と頭脳明晰人間(1)

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:このところの雨続きで北関東の朝の風景を撮ることができません。仕方ないので、19日の参議院予算委員会での自民党議員の低質な質疑の一駒を掲載します。Youtubeは報道メディアの著作権により、時々閲覧できなくなります。その際は、ここを閲覧下さい。)

和田政宗が太田理財局長を「旧民主党のスパイ」財務省徹底追及【真実と幻想と】 【 面白 国会中継】

 公僕は 民に仕えると 口にする その言しかと 聞き置き候
 
 財務省幹部の国会での言明です。和田政宗自民党議員の問いに、財務省理財局長・太田氏は「私は公務員として一生懸命お仕えするのが仕事」と反論し、「それはいくら何でも、それはいくら何でもご容赦ください」と顔を赤らめ、首を何度も横に振る場面もあった。
 この答弁については庶民たる私には違和感を感じないでもありません。高級官僚のトップに「仕える」といわれても実感はありません。勿論、太田氏にとっては仕える相手は政府幹部であり、われわれではないことは疾うに承知はしているのですが。小林ヨシノリ氏が同趣旨のコメントをしておられます。
%%%%%内閣人事局は問題ある 
今朝のモーニングショーで玉川徹が「内閣人事局」について、肯定的な発言をしていた。
その例として持ち出したのが鳩山由紀夫の「少なくとも県外」が外務省や防衛省に頓挫させられた件だ。だが、あれは官僚の造反が真因とは思わない。もともと米軍基地をどこに置くかという判断には、日本政府は関与できない。憲法9条のせいで日本は国家主権を持っていないのだから。
わしは森友学園への国有地タダ同然売却事件と、財務省の公文書改ざん事件は、「アッキード事件」で括れるものだと考えるし、「内閣人事局」の悪影響だと思っている。太田理財局長が「お仕えした方にお仕えする」と言っていたが、そのお仕えする方が単なる「政権」になっていて、「公」になっていないのが問題なのだ。和田政宗議員に関しては単なるネトウヨの陰謀論で考慮に値しない。
%%%%%

 上記の自民党の議員もさりながら、知能を結集したとされる原子力規制委員会の決断にもあきれます。2011年3月の史上最大の事故によって打ちのめされた福島県民。その後遺がいまだ続く。その科学的評価も定まらないうちになした決定には驚きました。理由は経費であるのか?それとも他地での再稼動への反発を薄めるためなのか?なにやら政治的思惑を疑わざるを得ません。
%%%%%福島県内「放射線監視装置」撤去へ 避難12市町村以外2400台
3/21(水) 8:19配信
 県内の空間放射線量を測定している放射線監視装置(モニタリングポスト)について、原子力規制委員会は20日、原発事故で避難指示が出た12市町村以外にある約2400台を2021年3月末までに順次、撤去する方針を決めた。線量が低く安定して推移していることを理由としている。
 規制委は20日の定例会合で、県内に約3000台設置されたモニタリングポストの配置を議論。このうち学校や公園などに設置され、線量が低く安定した地域にある約2400台を撤去することを決めた。高線量も測定可能な可搬型の監視装置約600台は従来通り測定を継続するとしている。
 一方、避難区域や避難区域だった地域がある南相馬、双葉、大熊、浪江、富岡、楢葉、広野、川内、葛尾、飯舘、田村、川俣の12市町村は従来通り測定を継続する方針も決定。撤去したモニタリングポストを活用できる場合は、12市町村内に再配置する。
福島民友新聞
%%%%%

+++++チバラギ地震
「チバラギ地震」では、その発震機構解から見える岩盤破壊の断層面が東に傾くのか、西に傾くのかを見定めることが、この地震発生の物理学考察への手がかりを与えます。
 前回記事では、その手がかりとして、この場所での地震活動分布図を調べました。残念ながら、地震活動は決定打とはならないようです:
(図1:前回記事掲載の図)
180307深さB無題

 
 そこで、次の手がかりとして地震の震源位置計算の二つの手法の比較を考えます。一つはP波の観測点への到達時間から算出される震源位置と、地震発生時刻です。もう一つはCMT手法による震源位置と地震発生時刻です。その違いの概要を図2に示しておきます:
 (図2:断層面の構造概要。黒曲線で囲まれた領域が地震発生で生じた岩盤内の滑り領域。橙色がは主要な滑り域で強震動発生域ともかんがえられる。P点は初動P波の到達時刻から算出される震源位置;CMT印はCMT解析から算出される主要動の発生位置)
CIMG4074


 上図でPの位置を算出するためには短周期地震計上でのP波、とりわけその到達時刻を吟味します。波の到達時刻が0.1秒以内の精度で特定できるので、それが震源位置の高精度決定をもたらします。一方。CMT震源決定には、広帯域地震計での地震波形が解析されます。地震域での破壊がより忠実に波に反映されているからです。そして当然ですが、この二つの震源位置は異なっています。いずれにしてもこの位置関係は地震断層上での関係に縛られているであろうと前提します。
 (図3:座標軸に移し変えた二つの震源位置の関係。東西軸−南北軸−上下軸の右手系座標系での二つの震源位置)
CIMG4075


 そこで、震源位置Pから見たCMT震源の位置を図3に示した座標系に照らして調べることにします。下表はその計算例です:
(表:二つの震源位置の関係の計算例、2012年7月3日11時発生の地震の場合。本記事では△里澆魑掴世垢襦B召亙無_顱
180321CMThypo無題


 上の座標系とその計算にあっては、CMT震源がP震源に対して上(浅い)に位置する場合の方位に注目することにします。つまり、もしそれが、下に位置した場合はP震源から見て計算結果はその点対称位置を見ることにします。上表の行目を見てください。(0、−0.77、0.64)がP震源から見たCMT震源の位置です。これから方位角(alpha、北から時計回りに計った角度)を計算すると
-->atan(-0.77,0.0)*180/%pi = - 90.
となります。すなわちこの事例ではー90度すなわち西方向となります(上下成分が0.64と正なので、符号転換はしない)。これは、CMT震源がP震源に対して西側が上がっている(浅い)、言葉を変えると“東下がり”であることを示しています。この作業を2004年―2016年間に起きたCMT解が求まっている「チバラギ地震」について調べたものが図4です。

(図4:チバラギ地震におけるP震源から見たCMT震源の位置関係。三分の一ほどの地震の方位が安定的にー90度近辺に分布している)
180321CMT2ndevent


 計算結果はばらつきますが、おおむね西に上がる(−90度)、言葉を変えれば東にさがる方向にCMT震源が位置することがわかります。どうやら図1で示す二つの節面a,bの内、面bがチバラギ地震の断層面であるらしいことが推定できます。
 どうやら、チバラギ地震はフィリピンプレートと太平洋プレートとの相互作用(擦れあい)ではなく、フィリピンプレートに上からのしかかられた太平洋プレートの「重みに耐えかねた」自損地震であるらしいことがわかってきました。
 さてこうなると、太平洋プレートの西方向への潜り込みをフィリピン海プレートが邪魔をしているという力学関係ということになります。これは本年1月10日記事 に論議した高橋雅紀説(日経サイアンス誌2017年10月号、28−39頁)と整合的であるのか否かも今後考えねばなりません。
(つづく)

+++++政治家と官僚
 自由党党首の小沢一郎氏が以下を語っています:
森友問題「権力の乱用、私物化です」 自由・小沢代表2018年3月20日 22時46分

 (森友問題は)国民財産を特定の人にほぼ無償で払い下げるという問題で、あまりにもレベルの低い権力の乱用、私物化です。
 (文書改ざんは)財務官僚の劣化も問題だけどね、やっぱ、都合の悪いことを役人に押しつけようという政治家の根性はもっとひどいね。(内閣支持率は)もっと下がるんじゃないですか。30%まだあるのか。っちゅう感じだな。
 彼(安倍晋三首相)の心理は分からないけど、このままズルズルと恥をさらしていくっちゅうのは、普通の政治家だと、ちょっと耐えられないよね。やっぱり潔くこの際、身を引く方がいいだろうとボクは思いますね。いくら頑張っても、このまま頑張り切れるとは私は思っていません。第1次(安倍政権)の時と似たような。(記者会見で)
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+++++頭脳明晰人間
 本ブログ記事トップで官庁の中の官庁である財務省。そのトップ幹部が口にした「仕える」という言葉。発したご本人は財務省に入るまでは、「神童」として遇され、入省した後も、多分「仕える」という気分とは程遠い世界に身をおき、時の政府と対応していたのであろうと思います。さてそうした生い立ちをしてきた人たちを週刊誌が書いています。今回は記事紹介に留め、次回掲載予定の関連記事の後ろに私のヤッカミと嫉妬気分満載のコメントを付します。

%%%%%東大の中でも「神童」と呼ばれた男達の人智を超えた超絶エピソード これが本物の天才か…2018年3月20日 11時0分

「東大生もこんなもんか」
3月10日、今年も東京大学の合格者が発表された。厳しい競争を勝ち抜き、晴れて東大生になる学生は言うまでもなく優秀な人間ばかり。
地元では天才ともてはやされ、勉強では誰にも負けない、そんな一握りのエリートだけが赤門をくぐることを許されるはずだが……。
「東大生もこんなもんか」
'81年、特別な受験勉強もせずに難なく東大に合格した河東泰之氏(55歳)は当時、全国から選りすぐられた秀才たちと接してみて、率直にそう思ったという。
河東氏は現在、東大大学院数理科学研究科の教授を務める数学者だ。幼い頃から、周囲と頭のデキが違うのは感じていたという。中学高校は名門私立の麻布で過ごすが、自分以上の「才能」に出会うことはなかった。
東大に行けば自分よりも凄い人間に出会えるのではないか、そんな期待もあったが、傑出した「神童」からしてみれば、参考書を片手に必死に勉強をして入学した東大生たちは「ただの人」にしか映らなかった。
もっとも、河東氏がそう思うのも無理はない。中学生のときから、『超積と超準解析』『位相と関数解析』といった大学院レベルの数学の専門書を読んでいたという次元が違う神童だったからだ。河東氏本人が語る。
「物心ついた頃から数学が好きでしたね。でも、学校の授業で学んだことはありません。ノートは一度もとったことがなかった。飛び級ですぐに大学にいければいいのに、と思っていました。
中学生の頃は麻布の先生の紹介で東大生が開いている数学の勉強会に参加しました。その時点で、東大生が講義で学ぶレベルの数学は理解していましたし、問題が解けない東大生に解法を教えたこともあります。
数学だけでなく、暗記も得意でした。教科書を一冊丸々、自然と覚えられたので、試験はほとんどできましたね」
Photo by iStock
河東氏は東大入学後、数学研究の道を邁進する。'99年に37歳の若さで東大教授になると、'02年には、その年の優れた数学研究者に贈られる日本数学会賞春季賞を受賞するなど学者としての実績は申し分ない。大人になってからもその神童ぶりを発揮し続けている。
「十で神童十五で才子二十過ぎればただの人」ということわざがあるように、普通の秀才であれば、幼少期は優秀でも年齢を重ねるにつれて、「上には上がいる」ことを思い知らされ、「ただの人」に成り下がってしまう。
しかし、河東氏のように東大教授ともなると、生まれてから定年で退官するまでの65年間、ずっと「神童」と呼ばれ続けている人間が少なくない。
現在、東京大学国際高等研究所で教授を務める物理学者、立川裕二氏(38歳)も桁違いの頭脳を持つ神童だった。立川氏は灘中学・高校在学中に、国際数学オリンピックの日本代表に選出され、二度銀メダルを獲得。
その後、当たり前のように東大に進学し、そのまま学者になると35歳以下の理論物理学の権威に与えられるヘルマン・ワイル賞('14年)など世界的な賞を数々受賞した若手の天才教授だ。
中学校時代からの同級生だった経営コンサルタントの岡村聡氏によると、立川氏は天才、秀才が集まる灘においても「完全に別格」の存在だったという。
「灘では中1から高3まで6年間同じ先生に習うのですが、私たちの代の物理の先生は指導要領を完全に無視して大学レベルの解き方などを教えていました。テストも難しく、灘の生徒でも100点満点で平均点が13点ということもあった。
ところが、そんな問題でも立川君は満点を取る。それどころか『先生の解法はエレガントじゃない』と言って激怒するんです。その物理の先生は涙目になってました(笑)。結局、自分の手に負えないから、阪大の物理の教授を紹介していましたね。
また彼には4つか5つ上に同じく灘に通う兄がいました。その兄が東大の受験を控える高3になると、中学生の弟に数学を習っていたんです。
私にも学者になるという夢がありましたが、彼を見て諦めました。それは正しい選択だったなと、今の彼の活躍を見ると改めて思います」
頭が良すぎて「可哀想」
立川氏と同じく灘から東大に進学し、現在東大大学院理学系研究科物理学専攻で教授を務めるのが岡田康志氏('68年生まれ)だ。440点満点の東大模試で2位と100点差のダントツ1位になるなど彼もまた「神童」エピソードに事欠かない東大教授の一人。
灘時代からの同級生で、東京大学医科学研究所を経て医療ガバナンス研究所を主宰する上昌広氏が語る。
「彼はまず読書量が尋常ではなかった。灘には高校3年間の読書量を記録する『読書マラソン』というものがあったのですが、彼は30万ページ分の本を読んだと言われています。『ファインマン物理学』などの難解な本も当時から読んでいました。
岡田は私と同じで、東大医学部に進学しました。今は分子生物の研究者です。彼は医学部の教授会で政治闘争をするような性格ではないので、一人で理論を考える今の道のほうが肌には合っていると思う。
東大の研究室にも彼と同レベルの人はいないでしょう。岡田は自分のレベルが突出しすぎて周囲に恐縮しているように見えることもあり、ある意味、可哀想でした」
Photo by iStock
東大には理系だけでなく、文系の分野でも並外れた才能を持つ教授がいる。理系教授とは趣の違う畏怖を感じさせるのが東大大学院法学政治学研究科准教授の和仁陽氏('63年生まれ)だ。
和仁氏と東京学芸大学附属高校、そして東大でも同級だった脳科学者の茂木健一郎氏は「物語の世界から抜け出してきたような奴」だったと語る。
「和仁は頭脳だけでなく、お洒落でスタイルもよく、少女漫画に出てくる『天才貴公子』みたいな感じでした。ドイツのステッドラー製の鉛筆を自分で削って使っていたり、こだわりも強かった。
当時からヘーゲルやカントなどありとあらゆる西洋古典に通じていて、クラシック音楽にも造詣が深かったですね。また皆が思い出などを綴る卒業文集も和仁は『ラテン民族における栄光の概念について』(笑)。
勉強面も凄かった。センター試験のときは生徒が自己採点して学校に申告するじゃないですか。和仁が申告したのは1000点満点中の981点。その年の大学入試センターから発表された最高点とぴったり一致していたので、『あ、1位は和仁だったんだぁ』と。
私にとって彼との出会いは一種のPTSD(心的外傷後ストレス障害)のようなものでしたね」
東大教授より勉強のできる人間などいないように思える。しかし、その「権威」のなかではハッキリとした序列が存在することもまた事実だ。
「週刊現代」2018年3月17日号より
尚、月刊誌「数理科学」2017年7月号は
河東教授自身が語る自伝を掲載しています 。

%%%%%(関連記事次回につづく)

チバラギ地震のCMT震源位置、森友参院質疑

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
〔写真:彼岸前の北関東の夜明けの風景〕
180319フレスコ朝空無題

 押しボタン 瞬時にわかる 支持率が 大きく変動 民度の故か

 昨年10月の総選挙直前の安倍内閣支持率が30%台であったはず。選挙が終わった途端其れが50%台に戻る。このメディアが頻繁に行う世論調査に応じてクルクルかわる、国民意識になんとも不思議感を持っています。
%%%%%内閣支持率31%、第2次政権以降で最低 朝日世論調査(朝日新聞デジタル, )
投稿掲示板
朝日新聞社が17、18両日に実施した全国世論調査(電話)によると、安倍内閣の支持率は31%で、前回調査(2月17、18日)の44%から急落、第2次安倍内閣の発足以降で最低となった。不支持率は48%(前回37%)だった。学校法人・森友学園との国有地取引に関する決裁文書の改ざんについて、安倍晋三首相にどの程度責任があると思うかを尋ねると、「大いに」と「ある程度」を合わせ、「責任がある」は82%に上った。
 第2次安倍内閣以降の支持率の推移をみると、昨年7月調査の33%がこれまでの最低だった。このときは学校法人・加計(かけ)学園の獣医学部の新設をめぐる問題などがクローズアップされ、自民党が歴史的惨敗を喫した東京都議選後の時期にあたる。
 決裁文書の改ざんをめぐる安倍首相の責任の有無・程度については、「大いに責任がある」42%が最も多く、「ある程度責任がある」40%▽「あまり責任はない」10%▽「まったく責任はない」4%と続いた。
 安倍首相は14日の参院予算委員会で「書き換え前の文書を見ても、私や私の妻が関わっていないということは明らか」と答弁。この発言に「納得できない」は72%で、「納得できる」は17%。内閣支持層でも「納得できない」46%が「納得できる」41%を上回った。
 この問題の解明のため、安倍首相の妻昭恵氏が国会で説明する必要があるかどうかについては、「必要がある」が65%で、前回2月調査の57%から増加。「必要はない」は27%(前回調査33%)だった。
 麻生太郎財務相が今回の責任をとって大臣を辞任すべきかについては、「辞任すべきだ」50%、「辞任する必要はない」は36%。麻生氏が改ざんについて「理財局の一部の職員によって行われた。最終責任者は佐川(宣寿(のぶひさ)・前理財局長)だ」と説明していることに「納得できない」は75%に上り、「納得できる」は13%にとどまった。麻生氏の財務相辞任は「必要ない」と答えた層でも、麻生氏の説明に「納得できない」は56%で、「納得できる」の28%を上回った。
 今回の改ざんはどの程度問題だと思うか聞くと、最多の63%が「大いに問題だ」とし、次いで「ある程度問題だ」23%▽「あまり問題ではない」9%▽「まったく問題ではない」3%。内閣支持層でも、36%が「大いに問題」、36%が「ある程度問題」とした。
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 本日は朝から、参議院予算委員会「財務省決済文書改竄問題・集中審議」が開かれます。今、朝6時半です。多分私は、朝から国会中継にかぶりつくでありましょう。本日のブログ更新日と重なってしまいました。と、あらかじめ本日の記事内容についての「言い訳」をしておきます。

+++++チバラギ地震
 3月7日記事 でチバラギ地震の特徴を書きました。霞ヶ浦の西から東京湾・東岸をかすめ、ほぼ南北に特異な地震活動が分布します。深さは地下60km程度に発生します。その発震機構こそがこの地震の特異性を明瞭に示しています。
〔図1:3月7日記事所載の図再掲。/民分布と年毎の地震数、⊃民分布域の地震活動についてその東西断面への投影、F酲銘婆未悗療蟇董3搬腓脇鷁鵐リックで〕
180319無題


 「チバラギ地震」活動は、二通りの解釈が可能であるのかもしれません。
(1) 太平洋プレート内の破断;
(2) 太平洋プレートと、その上にのしかかるフィリッピン海プレート間の相互作用

 上図で緑点線で囲まれた,鉢△隆箍瑤魯侫リッピン海プレートの南北断面への投影と思われます。東京湾北岸から房総半島にかけての浅い地震は潜り込んだ直後の様相を示しています。横方向150kmに対して40km沈降しています。角度にすると
atan(40,150)*180/%pi= 14.931417 (度)
となり、おおむねフィリッピン海プレートに想定されている潜り込み角度となります。
(1) の解釈では、緑,離侫リッピン海プレートが太平洋プレート上にのしかかっている。その重さに耐えかねて太平洋プレートに小規模の破断が生じている。其れがチバラギ地震である。その破断は150kmほどの長さに達することが上の図で推定されます。
(2) の解釈にあっても状況は(1)と同じです。違いは、太平洋プレート自身の破断ではなく、二つのプレートが接触していることから生ずる「相互」作用が地震として発現している。上図で地下60kmあたりで南北に連なる地震活動は二つのプレートの接触線である。

 どちらが、より説得的な考察であるのかを違った角度から検討するべく作成されたのが上図の△任后これは震央分布に示される地震活動を東西鉛直断面に投影したものです。チバラギ地震においてはその発震機構解の「中間主応力軸」は紙面に垂直です。その結果、断層面と思しき「(P波〕節面)は、ほぼ直線として鉛直断面に投影されます〔で示す二本の緑矢印〕。そこで、その投影された節面と地震活動分布との照合から、チバラギ地震群の破壊性状が見えてくるやも知れないと期待したのです。
 しかし、この照合もなかなか難しい。左下がりの矢印のほうが整合性が良いかなと思えますが、決定的とはいいがたい。そこで、新たな接近を試みます。
図1△留βΔ房┐気譴訝録矛欧狼ぞ歡によって、CMT手法で発震機構解が得られているものです。
〔図2:チバラギ地震発震機構CMT解析例気象庁・発震機構図データベース 
180319cmtmodified無題

 CMT法は、地震の規模を解析・算出するに当たって、地震波形全体を使います。従来は、初動P波の振幅、または表面波と呼ばれる相の振幅を計測します。地震波形全体を解析対象にするということは、地震現象が射出する情報を可能な限り多く使う、言い換えれば、観測波形と解析から得られる理論波形の合致が極めて重要です。その過程は、地震波の発生源に関する情報、すなわちその最初の発生位置と発生時に関する吟味を含みます。
 地震源の発生位置、発生時刻の算出〔実際のその場所は、地下深くであったり、海底下であったりするので目視できず、それを専門家といえども特定できない〕には地震観測所に最初に到達する地震波の到達時刻(arrival time)が解析されます。これは物理的には最初の破壊の小さな種の位置とその発現時を推定していることになります。
 地震は種が生じるや否や、成長します。成長はより大きな振幅の地震波を時間経過の中で生成します。この成長がどういう機構で停止するのか?現在もいろいろな研究が続いています。いずれにしても成長はやがてとまり、最終的な破壊領域が定まります。この最終的な破壊領域形成のいわば中心的位置が図2中の赤点線でアンダーラインした震源位置です。また、その中心的破壊が生じた時刻が△tで示した値で、これが発震時とのずれということになります。

 このCMTで求まった、震源位置は、発震機構解析で得た二つの節面と関係があるはずです。
そこで、このCMTによる震源位置とP波到達時刻から得られる震源位置との関係を次回検討します。
(つづく)

+++++森友決済文書改竄事件
  
%%%%%2018.03.16 新恭(あらたきょう)『国家権力&メディア一刀両断』 
まぐまぐニュース
マスコミや野党の追求に対して何度もシラを切った挙げ句、ついに森友学園に関する決裁文書の書き換えを認めた財務省。しかし同省は「理財局の指示」による書き換えであるとしあくまで政治家の関与等は認めず、麻生財務相も責任逃れに終始しているように見受けられます。本当に権力サイドからの働きかけはなかったのでしょうか。メルマガ『国家権力&メディア一刀両断』の著者で元全国紙社会部記者の新 恭さんが、これまでに判明している「事実」を積み上げながらその真相に迫ります。

財務省を犯罪行為に走らせた巨悪は誰か

ついに、財務省は森友学園への国有地売却に関する決裁文書14件の「書き換え」を認めた。

「朝日新聞の刺客、『森友文書』改ざん問題は内閣を2つ吹き飛ばすか」で、「文書は、安倍夫妻との関連を拭い去るように書き換えられたのではないだろうか」と書いたが、公表された“原本の中身”は想像をはるかに超えていた。

役所の決裁文としては異例と思える詳細な記述。森友疑惑の解明にとって肝心なことがビフォー文書には綴られていたのに、アフター文書ではバッサリ取り除かれていた。書き換えではなく、明らかに改ざんである。

元の決裁文書からは、担当した近畿財務局職員の心理状況がありありと浮かび上がる。

平成27年4月30日付の「特例承認の決裁文書」に注目したい。事案の概要と題し、森友学園に国有地貸し付けという特別な計らいをするに至った経緯が書かれていたが、差し替え後は全て削除されている。消された記述のうち、ポイントとなる部分を抜き出してみよう。


平成25年8月13日 鴻池祥肇議員秘書から照会。森友学園が本件土地について購入するまでの間、貸し付けを受けることを希望。


平成26年4月28日 (森友学園との)打ち合わせの際、「本年4月25日、安倍昭恵総理夫人を現地に案内し、夫人からは『いい土地ですから、前に進めてください。』とのお言葉をいただいた。」との発言あり。


産経新聞社のインターネット記事に森友学園が小学校運営に乗り出している旨の記事が掲載。記事の中で、安倍首相夫人が森友学園に訪問した際に、学園の教育方針に感涙した旨が記載される。


平成27年1月29日 平沼赳夫衆院議員秘書から財務省に「概算貸付料が高額であり、なんとかならないか」と相談。


平成27年2月17日 鳩山邦夫衆院議員秘書が近畿財務局に来局。「概算貸付料が高額であり、なんとかならないか」と相談。


(参考)森友学園への議員等の来訪状況:平成20年11月、中山成彬議員(講演会)▽平成25年9月、平沼赳夫議員(講演会)▽平成26年4月、安倍昭恵総理夫人(講演・視察)

籠池氏が日本会議のメンバーで、安倍首相や麻生財務大臣が日本会議国会議員懇談会の幹部であることにも触れている。

前例踏襲を常とし特例を嫌う役人たちの葛藤が、この一見淡々とした文章の行間からにじみ出ているように感じられないだろうか。

資金力がなく、幼稚園の経営はしていても小学校は未経験である森友学園。その理事長は、さかんに政治家や安倍昭恵総理夫人の名を持ち出して声高に要求を通そうとしてくる。財務局職員はさぞかし苦労しただろう。

こういう事情のある、いわゆる「マル政案件」を近畿財務局だけで処理できるわけがない。当然、本省の理財局長、さらには事務次官にまで対処方針について相談が持ち込まれるに違いない。

通常、このくらいの規模の国有地案件なら、近畿財務局レベルで済む話だ。本省にまで上がらない。だが、首相周辺から何らかのアプローチがあったら話は別だ。

2015年11月15日に、内閣総理大臣夫人付、谷査恵子氏は、賃料負担の軽減を求める籠池氏に「財務省本省に問い合わせ、国有財産審理室長から回答を得ました」とFAXを送っている。谷氏は前年から昭恵夫人に同行して森友学園を訪れていた。

谷氏の事実上の上司は政務担当総理秘書官、今井尚哉氏である。総理の懐刀と言っていい。小泉首相における飯島首席秘書官と同じく、「官邸のラスプーチン」といえるような影の実力者だ。

昭恵夫人がその前年から森友学園に関心を持っていることを当然、今井氏は承知していたはずで、ひょっとしたら今井氏からの、なにがしかの働きかけを受けた本省の指示で、近畿財務局が小学校新設の話を前に進めようとし、無理を重ねてきたのかもしれない。

森友学園の交渉窓口になっていた近畿財務局の池田靖・国有財産統括官の部下が自殺を遂げた。その原因は不明だが、森友問題との関連が強く疑われる。

3月13日の読売新聞によると、自殺した男性職員は本省の指示で文書を書き換えさせられたという趣旨のメモを残していた。「常識が壊れた」と親族に話していたともいう。

実は、決裁文書の原本というのは正確に言うと、存在しない。差し替えられた文書はペーパーそのものが廃棄されており、復元できない。今回、財務省が出したのはパソコンに保存していた原本のデータをプリントアウトしたものである。

そして、調書の中身を実際に差し替えたのは近畿財務局の職員であり、それを指示したのが本省の理財局だ。

森友案件は、もともと本省マターであり、近畿財務局はその下請けをやってきたに過ぎないのではないだろうか。

籠池氏の人格を見抜けなかったことはともかくとして、安倍首相夫妻が教育勅語を園児に教える森友学園に強い関心を抱いたことや、昭恵夫人が籠池夫妻と親交を深めた一時期があったことは間違いない。

昭恵夫人の行動を夫である安倍首相はもちろん、今井秘書官も十分に認識していただろう。

報道によって疑惑が発覚し、2017年2月17日の衆議院予算委員会で安倍首相が「私や妻が国有地払い下げに関わっていたのであれば総理大臣も国会議員も辞める」と発言したところから、本省の理財局が慌てはじめた。忖度ではなく、おそらく、官邸サイドから対応を迫られたのではないだろうか。

その後、佐川氏が国会で繰り返し答弁してきたのは主として次のような内容だった。

「規則にのっとって適切に処分した」「森友学園と事前の価格交渉はなかった」「交渉記録は廃棄したので、わからない」。

森友学園との交渉経過や、決裁文書を世にさらせば、安倍首相の進退問題に発展する恐れがある。忠臣・佐川氏はかたくなに口を閉ざし続けた。

理財局は一方で近畿財務局が作成した決裁文書のなかに、安倍首相夫妻の関わりが疑われる内容がないかをチェックし、前掲のような不都合な記述を見つけた。いったん決裁された文書は本来、どうすることもできない。

だが、このまま国会に出すと、間違いなく、首相の責任が追及される。「何でこんなことを書いたのか」。安倍首相をとりまくマッチョな面々の怒りが官僚たちの脳裏に浮かんだだろう。

理財局のキャリアたちの間には、組織の信用より、目先の保身を優先する空気が強かったに違いない。首相周辺から「何とかしろ」と言われれば誰も逆らえない。まさに組織の劣化だ。

こうしたなかで、前代未聞の決裁文書改ざんが実行されたと考えるのが自然であろう。多くの識者が指摘するように、官僚が自分たちの判断で、虚偽公文書作成や公文書偽造などが疑われる行為に及ぶはずがない。最高権力者の意思を感じるからこそ、嫌なことでも歯を食いしばってやるのではないだろうか。

安倍首相夫妻を守った論功行賞で国税庁長官になったはずの佐川宣寿氏は、決裁文書の改ざんという財務省の歴史的犯罪行為が暴かれるや、こんどは安倍官邸に捨てられる立場になってしまった。

佐川氏とて、何が悲しくて、有るものを無いと言い、していることをしていないと強弁するだろうか。官邸の怒りを買いたくない一心だったに違いない。

ほんとうの巨悪は誰なのか。少なくとも佐川氏ではない。彼を生贄にして、罪を何もかもかぶせようとしている連中だ。

前文科事務次官、前川喜平氏は、佐川氏に同情をこめて言う。

「辞めるなら、もっと自由に発言したらいい」「無理なことを役人は自発的にするはずがない。何らかの政治的な力が働いている」

前川氏のように自由人として老後を生きる自信を持つ官僚はさほど多くはない。忠臣であり続けた佐川氏は、おそらくこれから先も律儀に沈黙を守るだろう。

だが、佐川氏の本心はいかがだろうか。誰のために頑張ってきたと思っているのだ、と言いたいだろう。省内にも、全ての責任を財務省になすりつけて、逃げ延びようとする巨悪への怒りが渦巻いているはずだ。

麻生大臣は今になって「理財局長時代の国会対応に丁寧さを欠き、国会審議の混乱を招いた」と言う佐川氏の退職理由を受け入れ、減給20%、3か月の懲戒処分を課した。

それでいて「彼は理財局長としてきちんと仕事をしてきた」と平気で麻生氏は言う。あいかわらず矛盾を怖れない男だ。

麻生氏は組織ぐるみの不正であることを否定しながらも、「理財局の一部の職員により行われたことは事実だと考えている」と認めた。ならば大臣自身が責任をとるのかと問われると、「責任者は佐川だ」と逃げを打った。

ところで、今回、財務省が決裁文書の「書き換え」を認め、公表したのは、大阪地検特捜部から朝日新聞が情報を得ている可能性が強いと判断したからではないだろうか。

大阪地検のリークの可能性については先週号の当メルマガでふれたが、ここにきて日経新聞が次のような記事を掲載した。


財務省の決裁文書が書き換えられた問題で、疑惑が表面化する前に大阪地検特捜部が書き換えを把握し、財務省職員に経緯の説明を複数回求めていたことが13日、関係者への取材で分かった。

(3月13日、日経電子版)

関係者への取材で分かった」というのは、おそらく日経の記者が検察幹部への夜回りなどで得た情報だということを意味するのだろう。

これがただちに朝日へのリークがあったことを裏づけるものではないが、少なくとも検察サイドが財務省の公文書管理に重大な関心を寄せていることがうかがえる。

改ざん前の決裁文書公表に当たっては、事前に事務次官あたりが佐川氏に話をしたであろう。国税庁長官の座を追われたというより、佐川氏がマスコミや野党の激しい追及から逃げ出した側面があるのも事実だ。

自公両党は、昭恵夫人の証人喚問を拒否する姿勢こそ継続するものの、「民間人になったから」と渋っていた佐川氏の喚問については検討する方針だという。

今の安倍政権の眼目は、いかにして森友文書改ざんを財務省だけの問題に封じ込め、首相に火の手が及ばないようにするか、ということであろう。

もし国会招致されるとしたら、自分のためにも佐川氏は知っていることを洗いざらいぶちまけるべきだ。政治権力が行政を歪める構図は、加計学園疑惑と同じである。

第二次安倍政権の発足後、内閣人事局が幹部官僚の人事権を握るようになった。だからこそ、首相と側近たちはそれまで以上に“私”を捨て“公”に尽くす姿勢を持たねばならない。だが、安倍政権には“私”が、あまりにのさばっている。

image by: Flickr

新 恭(あらた きょう)
記者クラブを通した官とメディアの共同体がこの国の情報空間を歪めている。その実態を抉り出し、新聞記事の細部に宿る官製情報のウソを暴くとともに、官とメディアの構造改革を提言したい。記者クラブを通した官とメディアの共同体がこの国の情報空間を歪めている。
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 本日は、国会審議のネットでの視聴に気を奪われています。改めて、安倍氏の「酷い人間性」をしっかりと見届けました。警察官僚を中心とする取り巻きが、ともすれば萎えがちの安倍氏を「しっかりせい」としっ出しているのでは無かろうかと舞台裏を想像しています。今般の問題について、前川喜平前文部科学省事務次官が、森友疑惑の官邸での司令官を名指ししています。
%%%%%森友問題の”司令塔”は「今井総理秘書官」前川喜平・前文科事務次官が推測AERA dot. 3/19(月) 8:41配信  
(図3: 森友学園問題の一連の流れ)
180319昭恵791

 “キーパーソン”の佐川宣寿前国税庁長官がようやく国会で証人喚問される。前文科事務次官の前川喜平氏が「森友疑惑」について直言する。

*  *  *
 国政調査権のある国会に提出された文書が改ざんされていたとは、民主主義が崩壊する事態で犯罪的行為だ。こんな悪事を、真面目で小心な官僚が、自らの判断でできるなど、到底考えられない。文書改ざんは、官邸との間ですり合わせがあって行われたとしか思えない。官僚が、これほど危険な行為を、官邸に何の相談も報告もなしに独断で行うはずがない。文書の詳細さを見れば、現場がいかに本件を特例的な措置と捉えていたかがわかる。忖度ではなく、官邸にいる誰かから「やれ」と言われたのだろう。

 私は、その“誰か”が総理秘書官の今井尚哉氏ではないかとにらんでいる。国有地の売買をめぐるような案件で、経済産業省出身の一職員である谷査恵子氏の独断で、財務省を動かすことは、まず不可能。谷氏の上司にあたる今井氏が、財務省に何らかの影響を与えたのでは。今回の問題は、財務省の凋落を象徴しているともいえる。かつての財務省といえば、官庁の中の官庁。官邸内でも、財務省出身者の力が強かった。だが今、官邸メンバーに財務省出身者がほとんどいない。経産省を筆頭に、他省庁の官僚出身の“官邸官僚”の力が増す一方で、財務省は官邸にNOが言えない状態なのだろう。

 佐川氏は今、政治の新たな“犠牲者”になりつつある。彼は“誰か”を守り通すという選択肢以外持ち得ていないようだが、今や一民間人であり、自由人。もう誰にも忖度する必要はない。もし本当のことをしゃべり始めたら、官邸からとんでもないバッシングを受けるかもしれない。しかし私自身がそうだったように、そのバッシングが、身動きの取れない呪縛を解く道につながることもある。

 私も加計学園問題より以前、文科省の天下り問題で国会に参考人招致されたときは、まだ役人体質を引きずっていた。政権を守るために忖度もしなければならないと思っていた。でも、そうした一切の未練が吹っ切れたのが、(加計学園の獣医学部の新設の認可に関して、前川氏が会見を開く3日前に掲載された)読売新聞の記事。「官邸はこういうやり方をするのか。ならばもう何の気遣いもいらない」と、逆にすっきりした。だから佐川氏も本当のことを言えば、楽になれる。

(本誌・松岡かすみ)

※週刊朝日  2018年3月30日号

〔続〕香島考察、大阪地検・特捜部長

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
〔写真:「紅梅」から思い出すのが「グリコ・紅梅キャラメル」です。景品のバットや玩具をもらいました。〕
180316無題

 
うぐいすの 初音に唱和 こけいじゅう 田の畦道に 早くも菜の花

 今朝、雑木林の中から「ホーホケキョ」が聞こえてきました。明日から、又しばらく寒くなると気象予報の姐御はTVで言いますが、今朝の一瞬はまさに春到来感に満ちていました。

+++++神秘のなかに閉じ込められてきた香島(1)
 現在の鹿島神宮の地に渡来族が本陣を定める経緯を本ブログで書いてきました。その出発点は本年1月5日記事 所載の下図〔図1〕の発見です。
〔図1:八溝山・静・吉田。鹿島の直線配列)
大甕神社


 この八溝・静・吉田・鹿島の規則的な直線配列とその方向がおよそ1500年前のシリウス星の方向〔ただし夏至日の真夜中〕であることを天体運行の規則性に基づく計算結果で以て示しました(1月17日記事 )。この計算結果と、実際に現在ですら確認できる線状配列の比較から、1500年前の計測と配置が驚くべきほどの高精度でなされていることが判明しました。この高精度の配置は、計算上の方位線と実際の神社位置とのわずかなずれの議論を可能にします。言葉を変えるなら「ずれ」もまた規則的であるが故に議論の俎上に載せることができるのです。
〔図2:八溝山に基点を置いた静・吉田神社および鹿島神宮への距離(km)〔横軸〕とそれぞれへの方位角〔縦軸、北から時計回り〕
180316八溝ー香島線無題


 すなわち、測量の基点となった八溝山頂上から遠ざかるにつれて、その方位が減少する〔現代に近づいている〕事が上図からわかります。シリウス星方位が地上に写し取られているような歴史遺構にあっては、その年代を従来より精度良く決定できる可能性を示唆しているのです。これはまことに画期的なことです。さしあたりその「示唆」をこの線形配列に適用すると以下が導かれます。まずは八溝山頂上に測量原点を定めてシリウス星方位を精度良く定めた時期が西暦464年と算出されます(天体運行規則性を表現する数式の精度を勘案するならば、多分前後5年ほどのばらつきがあるだろうと思われます。それは以下の議論でも同じ):
%%%%%2月7日記事再掲
-->x=510-(Yshizu-163.7)*50/1.2 = 485
-->x=510-(Yyosida-163.7)*50/1.2 = 522.5
-->x=510-(Ykasima-163.7)*50/1.2 = 530.8

 第一橋頭堡である静神社での陣屋設営〔地点の探索などを含む〕には485-464=21年もの長い年月をかけたことがわかります。シリウス星方位計測のための足場作り、必要な技術開発、道具作成で長い年月を要したと思われます。残る二つについても静・陣屋設営から吉田陣屋の設営には38年弱の年月を要しています。これは、距離が伸びたことに伴う困難であったろうと想像しています。如何にこの三つの陣屋設営が難事業であったかが推察できます。
%%%%%過去記事抜粋終わり

 鹿島の地に本陣を定めた年代は上の過去記事計算結果では西暦531年、すなわち六世紀の上四半期ごろと勘定されるのです。
 こうしたれっきとした歴史事績を常陸国風土記は一言も触れていません。以下に香島郡の条を再掲します:
(図3: 常陸国風土記・香島郡条)
180316香島無題


 余談でありますが、香島郡〔こおり〕の「郡」なるものについて一言書いておきます。古代史研究者にとっての関心事の一つが「郡」が時間経過のなかで「評」なる漢字表記に置き換わったことです。ウイキは以下を書きます:
%%%%%評(ウイキ
 評(こおり、ひょう)とは、古代朝鮮および古代日本での行政区域の単位。
『日本書紀』は「大化の改新」の時に「郡」が成立したと記すが、「郡」という用語が用いられるのは、大宝律令制定以降であり、それ以前は「評」を使っていた文書(木簡類)が見つかっている[1]。平安時代に書かれた『皇太神宮儀式帳』[2]に「難波朝天下立評」という文言[3]があり、大化の改新直後の孝徳天皇の時代に「評」という制度が導入されたと記されており、発掘された金石文にも「評」を使っているものがあることから、こうした事実は古くから知られてはいた。
ところが、『日本書紀』には一貫して「郡」と表記されていた。これについて昭和26年(1951年)に井上光貞が大化改新で導入されたのは「評」だったという説を唱え、これに対して坂本太郎が日本書紀の記す「郡」こそが正式な名称で「評」は異字体に過ぎないとしてこれを否定した。この両者による論争は改新の詔の記事の信憑性や『日本書紀』編纂時の修飾説(原典史料の表現を編纂当時の表現に書き改めた部分があるという見解)などと絡んで長い間議論されてきた。
%%%%%ウイキ記事転載終わり

 さて、この「コオリ」なるものは渡来人による行政区画表示を踏襲したものではなかろうか?と、ふと思いついたのであります。早速、古代ペルシア語も所収する「新ペルシア語辞典」〔黒柳恒男著、大学書林、2002年〕を探しました。ラテン語標記「kol」が「村」を意味することがわかりました。
 日本列島に生きる民が何故「lとr」を聞き分けることができないのか?それは謎ですが、kolをコオルと聞いたであろうことは十分想像できます。私は、古代日本列島に残る支配体系関連の言葉には古代ペルシア語が多く残っているのだろうと考えています。すでに書きましたが「宮」〔ミヤ〕は中心または中央を意味する「myan」です。また警備を示す「屋敷」もyazakに由来すると思っています。公正・正義など裁判所を暗示する「館」〔だて〕もdadeなどなどです。因みに「江釣子古墳群の謎―古代東北と蝦夷」〔三一書房、1994〕を著した大友幸男氏(筆名 大正十三造)はアイヌ語に詳しく、「屋敷」が「カムイイエロキ」なるアイヌ語由来であると書いております。神のおわす場所というような意味のようです。
 〔図4:「江釣子古墳」129頁より〕
江釣子053


 脱線した序でに、何故「鹿島」を「香島」と漢字表記するのか?についても一言しておきます。これは、日本書紀にも登場する「香々脊男」に由来します2015年4月27日記事。「香々」は「高」(興)が転化した表記です。高王〔興王、倭の五王のお一人〕に由来します。「コウ」はその音を口蓋から強く発すると「ガ々」(カガ〕なる音に聞こえることは以前書きました。香島とは「高王」〔興王〕の政治拠点という意味なのです。ところが、その後,この地を簒奪した藤原一族が中臣一族の末裔と称して、鹿を放ったのです。かくして香島は鹿島に転じたのです。

 さて、本題に戻ります。八溝山に測量の原点を定めて66年もの年月を費やして香島に本拠を設営した。如何ばかりの労力が払われたことか。さあこれから西進です。しかし、こうした雰囲気を語る古文書はすでにありません。疾うに日本列島の政治史を語っていたはずの「公文書」は改竄され、肝心の真実に当たる記載は消し去られていたからです(2012年9月14日記事)。現今、日本政府がなしていることは、1300年前の藤原不比等がなしたことの繰り返しなのです。序でに言うならば、この「公文書改竄」をなした当時の政治勢力が構築した思想体系がいわゆる「国体思想の原点」でもあり「安倍氏が要職を占めるに本会議」の原点でもあります。まさに歴史の改竄こそが「日本国支配者」の「伝統」であったのです。
(つづく)

+++++籠池氏を獄舎に閉じ込める大阪地検
 森友スキャンダルを自民公明の政府与党は「佐川事件」と呼ぶにいたっています。すべての根源は佐川元財務省理財局長の決済文書の書き換え〔改竄〕に発しているという筋立てです。この呼称はまさに安倍氏のお好み「印象操作」です。私にはこうした「印象操作」は見え見えとおもうのですが、これでどれだけの日本国民が「目を眩ませられる」のかは、定かでありません。何故ならTVに出演する高級官僚経験者の誰もが、「公式文書の改竄は刑法に違反するがゆえの重大事であり、自らは言うまでもなく、部下にそれを強制することすら「しないだろう」と口々に語ります。
 そうとすれば、この改竄は「天の声」に即応した行為であったろうことが容易に想像つきます。さて、「天の声とは誰か?」獄舎につながれる直前の籠池氏が公然と「天の声。それはすなわち安倍夫妻」であると声高に語り、獄舎に連行されてしまいました。爾来、すでに七ヶ月余です。あたかも口封じされたかのごとく、獄舎につながれています。
 獄舎につなぐよう裁判所に申請したのが大阪地方検察庁・特捜部長です。その人物について以下の情報を見つけました。
 %%%%%
大阪地検女性特捜部長の驚きの経歴2018/03/14(水) 00:52:00 【稗史(はいし)倭人伝】

国の補助金を不正に受給した疑いで逮捕された学校法人「森友学園」の籠池夫妻。2人を逮捕した大阪地検特捜部の山本真千子部長が、「初の女性部長」と注目を浴びている。
「森友問題」担当 大阪地検特捜部“女ボス”の評判と本気度(日刊ゲンダイ 2017年8月2日 )
ところで、籠池夫妻の逮捕は2017年7月31日。
逮捕容疑は詐欺罪。
その後、大阪地検特捜部は21日(8月)、詐欺罪で、学園前理事長の籠池(かごいけ)泰典=本名・康博=容疑者(64)と、妻の諄子(じゅんこ)=同・真美=容疑者(60)を起訴した。また特捜部は同日午後にも、学園が運営する塚本幼稚園で大阪府などの補助金をだまし取ったとして、詐欺容疑で両被告を再逮捕。
追起訴が9月11日。
これで捜査は終結。事件は終わった。と思ったが……。それから間もなく八ヶ月、未だに公判は開かれず、籠池夫妻は檻の中。
日本国憲法第37条 すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。公判も開かず、拘留を続ける検察は明らかに憲法違反である。
その大阪地検特捜部のトップがこの女性。
山本真千子 1963年生まれ、兵庫県出身。大阪市立大卒業後、91年に東京地検に着任。その後、大阪や神戸、金沢地検などを経て、13年7月、法務省人権擁護局総務課長に就任。15年10月、大阪地検特捜部長>。
何と、前職は人権擁護局だったとは!被告人側は、何度も保釈請求を行っているらしいが、検察の反対を裁判所が認めることの繰り返しらしい。
何のための長期拘留か?言うまでもない。口封じである。

財務省の役人も、麻生も、「捜査中の事案」とか、検察の捜査に影響を与えかねないとか、検察捜査が終わったら、とか、検察捜査を理由に答弁拒否を繰り返している。検察の捜査などいつ終わるか見当も付かない。
第一、捜査なんかしているのか?そもそも、大阪地検特捜部とはなんぞや?安倍や麻生を守るために籠池夫妻を憲法違反を犯してまで拘留し続けている。今度の文書改竄事件で大阪地検特捜部が乗り出したなどと期待する声があるようだ。大阪地検特捜部が本気で安倍や麻生と戦う気があるなら、とっくの昔に籠池夫妻を釈放しているはずだ。大事なのは、大阪地検特捜部に対する期待ではなく、監視である。ついでに付け加えておきたい。
検察は司法機関ではない。行政機関である。検察官はれっきとした法務省所属の役人であり、彼らの辞令は法務省から出ているのだ。多分彼らの生殺与奪の権は内閣人事局とやらが握っているのだろう。
%%%%%

鹿島の鏡石、森友公文書改竄(3)

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
 本日は3月14日、「円周率の日」です。関連記事を紹介しようと思いましたが、何せ、森友事件で目が離せません。いずれ機会を見て書きます。
〔写真:昨日の暖気のせいで、今朝は濃い靄が地面を覆っていました。しかし、お日様の光が降り注ぐ昼には畦にイヌフグリ。「フグリ」は古代ペルシア語「fagara」に由来します。これが日本列島で「フグリ」に転化し、万葉集一歌に読み込まれています2016年12月9日記事
180314梅とイヌフグリ無題

 交渉の 経緯を細かく 書きとめるて 後の検証にと 現場の官僚

 麻生氏のあの傲岸な記者会見が、世論の反発を強めているとメディアは書いています。そうではあっても、安倍陣営、とりわけ取り巻きの公安警察親衛隊の動きが見えてきません。何がしかの挽回策を練っているのでしょう。君の悪いことです。
 北朝鮮電撃訪問などといった作戦も考えられているようです。しかし、それは、「世界の平和志向」にあるのではなく、あくまでも失墜した信頼回復のためです。安倍氏には、そうした大局的視点が欠落していることを、国民は疾うに見抜いています。 

 TV報道番組に拠れば、財務省に在籍経験の在る官僚は口をそろえて、決済文書に交渉経緯を細部にわたって書きとめていることに違和感を感ずると語ります。決済文書を起案した人物は、その異様な交渉とその決着を、後世にきちんと書き残しておきたいとの強い意思を「起案作業」に込めたのでしょう。そうでもしないと、いつ何時身の潔白を疑われかねないとの危機感があったのです。まさに異常な事態です。

 元首相が口をそろえて、今回の事態を語っています:
%%%%%(1)「森友」 小泉元総理「判断力がおかしい」(NHK) 「森友学園」への国有地売却に関する財務省の文書の書き換え問題をめぐり、小泉 元総理大臣はBSフジの番組で、安倍総理大臣が辞任した佐川 前国税庁長官の人事を「適材適所」と答弁したことなどを、「判断力がおかしくなっている」と批判しました。
この中で、小泉 元総理大臣は、「ありえないことが起こった。安倍総理大臣が、『私や妻が関係していたら、総理大臣も国会議員も辞める』と国会で答弁したことで、財務省の官僚が、『これは大変なことだ。安倍総理大臣の答弁にあわせなければいけない』と、改ざんが始まったとみている。官僚がそんたくした」と指摘しました。
また小泉氏は、辞任した佐川 前国税庁長官の人事について、「理財局長の時に、『文書は残っていない』と言い、国税庁長官になって記者会見を一度もせず逃げ回っていて、ひどいなと思っていた。安倍総理大臣も、麻生副総理兼財務大臣も、『適材適所の人事だ』と言い切ったのにはあきれた。判断力がおかしくなっているのではないか」と批判しました。(NHK) 。
%%%%%

 鹿島に関する記事の後ろに福田康夫元首相による安倍批判を掲載しておきます。

+++++鹿島議論〔再開〕
 「東国から読み解く古墳時代」(若狭徹著、吉川弘文館、2015年刊)が、上毛野国〔現在の群馬県〕に焦点をあてて、古墳時代と政治機構〔といっても地方首長〕を論じています。著者・若狭氏には「前方後円墳と東国社会 1」なる著書があります(吉川弘文館、2007年)。この本の冒頭で著者は下記を書きます:
〔図1:「前方後円墳と東国社会 1」序論より。拡大は二回クリックで〕
東国001


 「自立的で王権に敵対する存在」は中世の東国像であり、「自立性があり武力に秀でながら王権に忠実でその軍事的基盤であった」のは九世紀以前の東国像である、と。古代の東国像については、私の考えとはまったく異なっていることは、本ブログでの私の考察から見て取っていただけると思います。
 私が考える古代東国像を若狭氏風に書くならば、「武力と知力に優れた存在であったがゆえにやがて〔八世紀〕に中央軍勢に殲滅され、中央軍勢はそれをもとに中央王権の基盤を作った」と書くでしょう。
 冒頭に書いたように、「東国から読み解く古墳時代」では、多くの紙数が榛名山とその周辺の調査記録に使われています。まさに、ここ数回の本ブログ記事の主題でありました。読了次第、近日中に私の「榛名」私見と重ねながら若狭氏の調査を考察することにします。

 さて、話を八溝山・静神社・吉田神社・鹿島神宮の直線配列に戻します(2018年1月5日記事)。
〔図2:2018年1月5日記事)所載図の再掲。拡大は二回クリックで〕
大甕神社


 図2の初出は2010年1月1日記事です。上記の科学的検証に十分に堪えることのできる事実については、本年1月18日記事の続編を参照いただくことにします。多様な考察を積み重ねて2月14日の記事で、吉田神社に到達しました。
 香島の地と八溝山の距離は11.7kmです。八溝山から香島の地を遠望することは幾何学的には可能であると以前書きました。八溝山から見た地平線の内側に香島が存在するからです。しかし、それをどの様に視認するのか?
 吉田神社から香島までの距離は45kmです。まずは吉田神社から遠望して香島を地平線の内側に捉えることを考えます。当然吉田神社の在る朝日山にしかるべき高さの櫓を立てる必要があります。どれだけの高さにすべきか?
 1月12日記事 で計算のための模式図を書きました。櫓の高さをh、地球の半径をR視界距離をdとするとdはRに比べてごくごく小さい〔d<  h(h+R)=d*d
なる関係を導出できます。この式にR=6371(km), d=45kmを代入してhを求めます〔中学の数学で習う二次方程式です。
-->R=6371; 地球の半径
-->d=45;  視界距離
-->h=(-R+sqrt(R^2+4*d^2))/2
h = 0.3178306 ; 櫓の高さkm
 香島と吉田神社の標高差を考慮したとしても、300m余の高さの櫓を組み立てねば香島を望めない。となると、一望して位置を定めることは難しそうです。多分途中に二〜三の中継点を設置し、これまで議論したような「鏡石」を複数個組み合わせて、視認距離を稼ぐという手法をとったと思えます。
 その傍証が香島神社の境内に残されているのではないか。其れが図3です。
〔図3:鹿島神宮境内マップ。拝殿の後ろの鏡石。拡大は二回クリックで〕
180314鹿島鏡石無題

 
 まさに、観光客のためのリーフレットに「鏡石」と記されています。しかし、この石については誰も語りません。鹿島神宮と石といえば、誰しもが思い出すのが「要石」です。水戸光圀公がこの石に関心を寄せ、その大きさを探るべく部下に周囲を掘らせた。一日掘って、続きを翌日にと考え一晩放置している間に土が埋め戻されていたなぞのエピソードが伝えられています。実際のところは、「神罰」をおそれ誰もが「さわらぬ」様にしていたのだろうと思います。

 それに引き換え、上図の「鏡石」については、あまり語られていません。わずかに
「鹿島神宮ふるさと文庫」(堀田富夫‖著 (図書)筑波書林 1981.1)が以下を書きます:
〔図4:鹿島神宮の鏡石。拡大は二回クリックで)
鹿島神社014鏡石

鹿島神社015鏡石


 私の考察は以下です。文字通り「太陽光」を反射させ位置決定の道具であったと考えています。なんとか実物を見てみたいものと想い、神社関係者に尋ねました。しかしこの場所は「神域」であり、鹿島神社では、「鹿島神宮カード」を所持するもののみが内部の観覧できるとの事でありました。年会費は年金生活者にはかなりの高額であるため購入を断念し、本殿の背後からその場所らしき辺りを盗撮するに留めました。
’〔写真:鹿島神宮本殿〔赤い建物〕裏。この下に鏡石があるはず〕
鏡石3155

 いずれにせよ、この地に渡来族が西方への進出拠点を定めるべく測地に要した道具が確かに存在するらしいことが判明しました。
 (つづく)

+++++森友改竄文書
 冒頭の小泉元首相の安倍氏批判に関連して、次は福田元首相の安倍批判です。
%%%%%(2)「森友文書改竄」で“公文書管理法の生みの親”福田康夫元首相が怒髪天 
3/14(水) 7:00配信
決裁文書の書き換えに大激怒
 森友学園との国有地取引に関し、財務省は決済文書を書き換えたことを認めた。桁外れの衝撃に、今も事態は急激なスピードで動いている。その報道の多くで言及されているのが「公文書管理法」だ。日々のニュースを小まめにチェックしている向きでも、初耳だという方は少なくないに違いない。
 まずは日本経済新聞が3月11日の朝刊1面で報じた「決裁文書は複数存在 『森友』書き換えの疑い濃く 財務省、処分拡大へ」の記事を見ていただこう。公文書管理法について以下のような一節がある。
《決裁文書などの行政文書は公文書管理法に基づく政府の統一ルールがある。書き換えはただちに法律違反ではないが、同法の趣旨に反するとみる専門家は多い。内容次第では刑法上の罪に該当する可能性もある》
 少し脱線するが、刑法との関係を報じた記事の要点も紹介させてもらおう。出典は時事通信の「刑法抵触の恐れも=文書書き換えで専門家-森友疑惑」(3月7日)だ。
【1】公文書管理法は、作成済みの文書の書き換えは想定していない。
【2】書き換えても直ちに同法に抵触することはない。だが刑法に触れる恐れは残る。
【3】公文書管理に詳しい弁護士は「作成権限がない人が公文書を変造したなら公文書変造罪、作成権限のある人だと虚偽公文書作成罪などが想定される」と指摘する。
 こうした背景から、公文書管理法に注目が集まっているわけだ。そして、この法律の“生みの親”とも言うべき存在が福田康夫元首相(81)なのだという。
福田元首相が安倍首相を公然と批判
 政治担当記者が解説する。
「かつて公文書の保存は、各省庁が独自にルールを作っていたのですが、昔は相当に杜撰だったようです。その問題に注目が集まったのは07年2月。安倍晋三首相(63)の第1次政権下で『消えた年金問題』が発覚したことがきっかけです。ところが安倍さんは同年9月に首相を辞任。次に福田さんが首相になるものの、参議院での首班指名では、当時、民主党の党首だった小沢一郎さん(75)が選ばれるなど、いわゆる『ねじれ国会』でした。福田さんは国会運営に苦しみ、読売新聞の渡邉恒雄主筆(91)の仲介で、自民と民主の『大連立構想』を進めます。ですが、結局は頓挫し、僅か1年で総辞職することに。そんな福田内閣の唯一といってもいい成果が、『公文書管理法』の制定を目指したことだったのです」
 しかしながら、福田氏も安倍氏と同じように、08年に内閣総理大臣を辞任。次期首相として麻生太郎氏(77)が就任した。
 麻生首相が在任中だった09年5月、朝日新聞は「公文書法案、修正協議へ 連休明けにも 福田氏、今国会に意欲」の記事を掲載した。《旗振り役の福田前首相が今国会成立に意欲をみせている》とし、以下のように解説した。
《福田氏のこだわりは長年のものだ。首相辞意表明後の昨年9月4日、自ら立ち上げた政府の「公文書管理の在り方等に関する有識者会議」に出席し、「公文書は国民に政府が積極的に情報提供する場で、民主主義の原点だ」と力説した》
福田元首相は安倍首相の3選を支持? 
 これほどまでに情熱を燃やした法案を、財務省を筆頭とする“第2次安倍政権”が踏みにじってしまったわけだ。福田氏の意志を継いで公文書管理法を成立させた麻生氏が現在は財相というのも、因縁を感じる。安倍首相に対して福田氏が怒り心頭に発したとしても全く不思議はない。
「福田さんも安倍さんも所属派閥は、岸信介派や福田赳夫派を源流に持つ『清和政策研究会』です。さらに清和会の小泉純一郎さん(76)が首相だった時、福田さんも安倍さんも官房長官として女房役を務めました。同じ釜の飯を食い、同じポジションを経験したわけです。だからこそ今回の公文書書き換え問題で、福田さんは安倍さんに怒り心頭だそうですよ。ある派閥幹部に『公文書に嘘やごまかしがあれば、国家が成り立たなくなる。安倍政権は何をやっているのか』と話していたそうです」
 福田元首相は安倍首相の3選を支持した、という逆の報道もあった。今年2月、産経新聞は「福田康夫元首相『3選でも4選でも』 安倍晋三首相・自民党総裁の党総裁選3選めぐり」(2月28日・電子版)との記事を掲載した。そこには以下のような一説がある。
《福田康夫元首相は28日、東京都内で講演し、9月の自民党総裁選での安倍晋三首相(党総裁)の3選の是非について『いいんじゃないですか。しっかりした人が出てこないんだったら3選でも4選でもしたらいい』と述べた》
「自分自身を客観的に見ることができる」
 ところが、この講演を聴いていた別の政治記者は、記事とは全く違う、むしろ正反対と言っていいニュアンスを感じ取ったという。
「発言そのものは、産経新聞が書いた通りです。ですが、喋っているトーンは真逆の印象でした。『どうぞ3選してください』という肯定的な要素はゼロで、もっと冷たく、突き放した口調でしたね。少なくとも私は福田さんの発言を『3選したければ、勝手にすれば』が本音だと受け止めました。『福田さんって、やっぱり安倍さんのことが嫌いなんだろうなあ』と腑に落ちたほどです」
 実際、いわゆる“ネトウヨ”的な人々は福田元首相を「媚中派」として批判する傾向がある。岸信介(1896〜1987)に仕えたのが福田赳夫(1905〜1995)だが、孫と息子の2人は、むしろ水と油と見たほうがいいのかもしれない。
 その証拠に、福田氏は安倍首相を痛烈に批判している。17年8月に福田元首相は共同通信のインタビューに応じ、東京新聞が「官僚が官邸の顔色見て仕事 福田元首相 安倍政権批判」との記事タイトルで報じている。その中に次のような一節がある。
《中央省庁の公務員の姿勢について「官邸の言うことを聞こうと、忖度(そんたく)以上のことをしようとして、すり寄る人もいる。能力のない人が偉くなっており、むちゃくちゃだ」と指摘。「自民党がつぶれる時は、役所も一緒につぶれる。自殺行為だ」とも述べた》
 福田元首相は退任時の記者会見で「私は自分自身を客観的に見ることができるんです。あなたと違うんです」と発言して波紋を呼んだ。
 当時は「記者の質問に逆ギレした」と受け止められたわけだが、本当は単に事実を発言しただけなのかもしれない。自分を客観視できるなら、それ以上に他人は冷静に見つめられるだろう。先のコメントは“予言”と評していいほど正鵠を得ているが、その客観視によって福田元首相は、安倍政権の“終わりの始まり”を予測しているのかもしれない。

週刊新潮WEB取材班
%%%%%引用終わり

 もうひとつ、村上元行政改革担当大臣が厳しく安倍氏を断罪しています:
%%%%%(3)自民 村上氏「はっきり言って全部出発点は安倍首相 猛省すべき」
3月13日 14時38分森友学園問題
「森友学園」への国有地売却に関する財務省の決裁文書が書き換えられた問題について、自民党の村上元行政改革担当大臣は、安倍総理大臣には行政の長として責任があり、猛省すべきだという考えを示しました。
自民党の村上元行政改革担当大臣は記者団に対し、「南スーダンのPKO部隊の日報問題、加計学園をめぐる問題、今回の問題と、はっきり言って全部出発点は安倍総理大臣だ。一連の問題について、トップとしての責任をもっと猛省すべきだ」と述べ、安倍総理大臣には行政の長として責任があり、猛省すべきだという考えを示しました。

そのうえで、「竹下総理大臣の時に予算の成立と引き換えに大所高所の判断をしたことがあった。予算案や関連法案があるので、そろそろ大所高所の判断をすべき時期に来ているのではないか」と述べました。
また、村上氏は、野党側が求めている佐川前国税庁長官の証人喚問について、「ここまで大きな問題になっているし、籠池前理事長が証人喚問を受けたのに、佐川氏になにもしないのでは政治における正義が果たされない」と述べ、証人喚問を行うべきだという考えを示しました。
%%%%%

羽鳥モーニングショウ180313 が興味深い指摘をしているのですが、どうやらアクセスできなくなっているようです。

榛名神社の祭神補足、森友決済文書

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
〔写真:本日は真冬に始まり、そこから、やっと早春の気候となりました〕
180312無題

 霜降りて 利根のこちらは 春いまだ されど 畦には 小花 芽吹けり

 森友学園土地払い下げ決済文書の原本が公開されたとのことです。詳細が一般国民に届くのは明日の朝刊まで待たねばならないのでしょう。まずは、全体を理解する準備として、羽鳥氏のモーニング・ショウが役立つことがわかりました:
 羽鳥慎一モーニングショー
 女性検事としての経歴を持つ女性コメンテータと大蔵省から法政大学に転職した経済学者の的を射た解説から、改めて今回の事態の深刻さを理解しました。どなたも大っぴらには口にはしないが、加計事件同様「首相のご意向」を想定することがすっきりとした理解につながります。

 さて、決済文書から除かれた部分についての詳細、とそれがはらむ問題点の一つは安倍夫人に関わる記載です。
〔図:安倍夫人に関する原文の記載)
180312森友文書353

 この他、安倍氏自身の名前も「日本会議の副会長」として記載されていると報じられています。
%%%%%決裁文書 安倍首相の名前記載部分も削除
2018年3月12日 13時55分
ライブドアニュース速報
 森友学園をめぐる決裁文書について、籠池泰典前理事長を「(保守系団体の)日本会議大阪に関与」と紹介し、関連の日本会議国会議員懇談会を「副会長に安倍晋三総理らが就任」と説明した箇所も削除されていたことが分かった。共同通信が報じた。
・安倍首相の名前記載部分も削除(共同通信)
%%%%%
 安倍夫妻に関しては、本ブログ記事末尾に関連記事を転載しました。

 この件で12日午後に麻生財務大臣が「ぶらさがり記者会見」に応じました(正式の場での会見ではなく、オフィスに戻る途中の大臣に質問する形式)。麻生氏の傲慢な物言いがこの件を報ずるキャスタからも指摘されています。私も視聴しましたが、「特権意識丸出し」に呆れましたね。さらに酷いのがその内容です。終始、佐川氏へ罪をなすりつける言で、それの繰り返しです。

%%%%%佐川氏に全て罪の擦り付けストーリー。安倍政治の腐敗はここに極まれり << 作成日時 : 2018/03/12 15:19
やはり、昨日このブログで書いた通りの展開である。全て佐川が悪いというストーリーに進んでいる。
麻生大臣が今回の書き換えの報告を行った。
要点は、
〇書き換えを行ったのは理財局の1部の職員がおこなわれた。理由は、国会答弁に合わせて書き換えた。
〇理財局の調査はするが結果は報告しない。検察捜査の結果に影響がでないように、検察の捜査が出るまでやらない。
〇麻生大臣の責任は考えていない。理財局の1部の職員(部長クラス?)の責任だが、最終責任者は
 佐川(当時)理財局長だ。
この答弁を聞いて、政府代弁者の田崎氏の話が納得した。田崎氏は今日各テレビ局に出ていて、麻生大臣、安倍首相の責任の話が出そうな雰囲気になると、責任は佐川氏まで留まりで、麻生、安倍首相への責任はないという話に、まとめよう、まとめようしていた。これが政府の筋書きであったということだ。こんなことを言えるのは、内閣府のどこからか流れていると思っている。
麻生氏は、理財局の1部の職員と特定しておきながら、検察の結果が出るまで、その追及しないと述べた。職員の1部と特定していれば、簡単に調査出来るはずである。自らこの論理破綻に気が付いていない。この心は、検察の捜査が途中で何事もなく終わることを期待しているということだと思っている。安倍首相、麻生大臣も、そのように出来ると思っているようにも思える。
田崎氏に言わせれば、麻生氏は絶対に自分で辞めるとは言わない人だと述べたことに、安倍首相は絶対に守るというストーリーが表れている。
政府がなんと言おうとも、この事件の核心は、安倍昭恵夫人が発端なのだ。希望の玉木氏が今回削除された文書のコピーをツイートした。夫人から「いい土地ですから、前に進めて下さい」とお言葉をいただいた。」との発言があり と書かれている。決済文書に、なぜ安倍昭恵夫人の話が出てくることに、この事件の本質があるのだ。
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 今日の時点では国会での審議にはいたっていません。が野党が財務省からヒアリングをしているとの事で、その動画を入手しました:
文書書き換え疑惑で野党6党が財務省から合同ヒアリング(2018年3月12日) 


 今回から、鹿島問題の議論を再開しようと思っていましたが、上の「決済文書」改竄問題の報道に気を奪われてしまい、本日のブログ記事を用意する時間が足りなくなってしまいました。そこで、今回は『榛名』神社が祀る神についてこれまでの議論の補足をしておきたいと思います。
+++++いよいよ香島のはずが、もう一回だけ榛名の神
 榛名神社で寄り道をしましたが、やっと本題の常陸国風土記香島郡の条考察を再開します。が、前回記事について書き忘れたことを補足として書いて置きます:

 前回記事で以下を書きました:
 『榛名神社の主祭神は火産霊、埴山比売と書きます。前者は火の神、後者は土の神と神社由緒は書きます。ところで、日本書紀では、この二つの神を合体させて、「かぐつち:なる神が登場します:
ウイキは「火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ;加具土命)と表記される。また、『日本書紀』では、軻遇突智(かぐつち)、火産霊(ほむすび)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%82%B0%E3%83%84%E3%83%81」と,書きます。
 これもまことに興味深いことです。
 上に書いた議論からお分かりのように、この神社の祭神は「カグ=高〔興=香〕」なのです。何のことは無い、渡来一族の首領を祀っていたのです。想像するに良い治世をして事を示しているのでしょう。』と。

 この記載は片手落ちでした。埴山比売について書いていないからです。「埴」は学研大漢和辞典によれば「粘土、土」です。「土」すなわち「つち」です。その音(おん)から直ちに連想するのが「建甕槌命」すなわち、国譲りにあって軍事的攻撃を仕掛けた張本人です。「埴」は当初「つち」と音されたのだろうと思っています。どうやら「つち」は在来の日本列島の言葉であったようです。何故、この群馬県西部の地に「つち」なる「音」を持つ神が祀られたのか?
 それは「建甕槌命」〔たけみかつち〕に由来すると思っています。まさにこれから議論する「香島神宮」に祀られる「神」です。この人物は藤原一族の先祖ともされる。なぜなら、常陸国香島の軍事制圧の主導した人物です。当然、上毛野国の軍事攻略を仕掛けた人物でもあります。

 渡来族の拠点を聖なる場所として祀るに際して、そこに安置さるべき「神」は「高」〔興〕王のみで足りたはずです。しかし、この地は東国制圧の重要拠点であり、「建甕槌命」を代行する将軍が、この地に居座ったはずです。そこで、構成「槌」(つち)なる人物が合祀されることになった。榛名山にあっては、「槌」(つち)の漢字表記をあらわに使うことが憚られる事情があったのでしょう。「土」または「埴」なる漢字表記になったのではなかろうか。と、考えています。
 
 興味深いことは、日本書紀は、「高王」と「槌」首領を合体させて、「火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ;加具土命)と標記していることです。「合体」が意味することは、二つの神はもともとは別の存在であった。その二神が、日本書紀編纂にあたって、一つの神として「創造」されたのです。
 この神が登場するのは神代紀〔上〕です。私の古代史編年観によれば、藤原不比等が奈良に拠した政治勢力を指揮して、香島に「巣食う」東国勢力の制圧を完了したのが〔実際はそれからも200年ほどの長きにわたってあちこちで反抗の火はあがっていたけれども〕八世紀の初頭です。新たに日本列島に構築した政治権力の「正当化」と、殲滅させた勢力の「鎮魂」として、急いで、その支配思想たる宗教体系をこしらえあげた。それが日本書紀・巻〔一〕神代紀〔上〕です。二神の合体はそうした作業の一駒であると考えられます。

 古社には、こうした歴史が潜んでいる。榛名神社の地は明らかに山岳民族が築いた城砦を思わせます。ここに司令塔をおいて更なる支配域の拡大活動を展開していた。しかし、七世紀の半ばから、強力な奈良の軍勢による攻勢がしかけられ、結局殲滅され多くが虐殺されたのでしょう。奈良の部隊はこの一族からの祟りを怖れ、鎮魂のために仏教を持ち込んだのです。かくして、榛名には一時的に寺が建立されることとなった。しかし、時代が変遷し、現地民には、鎮魂では収まりきれない記憶があり、滅ぼされた一族を「神」として祀ることとなったのです。榛名神社については、更なる注意深い調査が必要であると思ったしだいです。
(つづく)

 決済文書の追加情報: 
%%%%%自殺した近畿財務局職員の遺族「汚いことをさせられた」昭恵夫人の名前が削除されたワケ
AERA dot. 3/12(月) 13:55配信
 森友学園への国有地売却問題で財務省は12日、国会報告を行い、14の決裁文書を書き換えていたことを認め、80ページに及ぶ、調査報告書を発表した。
 さらに決裁文書には、安倍昭恵夫人の名前も記載されていたものの、昨年に削除されたという。
 平沼元経済産業相や鴻池元防災担当相、故、鳩山邦夫元法務相ら4人の政治家の名前も記載されていた。
 文書の書き換えは、森友問題が表面化した2017年2月末〜4月頃に行われ、森友側との交渉の経緯や、「本件の特殊性」「価格提示を行う」などの表現が国会議員に開示された文書ではなくなっていた。
 財務省は12日、与党関係者への説明で、「文書の書き換えは、財務省全体ではなく、9日に辞任し、当時の理財局長だった佐川宣寿前国税庁長官らの判断で行われたもので、麻生(太郎)財務相、福田(淳一)財務省事務次官らからの指示はなかった」などと説明したという。
 だが、霞が関の局長級の官僚はこう首を傾げる。
「少数の判断でやれるものではない。おそらく野党議員に開示するとき、内容を全部見せたらまずいとなり、佐川理財局長らと本省幹部と相談の上、削除したのではないか。こうした場合、直属の財務相を飛び越え、菅(義偉)官房長官、杉田(和博)官房副長官ら官邸が直接、指示するとは考えにくい。省内のあうんの呼吸で実行されたとみるのが自然。安倍昭恵夫人を“忖度”した結果、危ない橋を渡らされたのでは?」
 7日に自殺した近畿財務局の男性職員Aさんの親族が本誌の取材に応じ、「近畿財務局、本省からの連絡などはない。頭が混乱している」と答えた。さらに絞り出すようにこう続けた。
 「Aはハキハキした性格で、実直で世話好き。親に金銭的な負担や迷惑をかけないで、仕事をしながら夜間の大学に通っていました。国鉄の仕事をして、大蔵省に入った。いつも明るくて、声が大きくて。自分が大変なんだということは一切、人に見せるほうではなかった。逆に言えば、それで追い詰められていたんでしょう」
 普段は家族に仕事の話をせず、人間関係や担当していた仕事内容などは報道を通して知ったという。
 だが、「悪口やグチ聞いたことない」というAさんの様子がいつもと違うと親族が感じたのは昨年8月、電話でのやり取りだった。
 「診療内科に通いだしたと聞きました。職場のことが原因なのか、詳しいことは一切言わなかった。兄は『体調がよくないし、夜も眠れない』『自分の常識を壊された』と言っていた。弱音を聞いたのも初めてかもしれない」
 メールで様子を聞いても「あまり元気じゃない」という返事があり、昨年12月のクリスマス前、心配になって電話したという。
 「Aは神戸の自宅にいて、『年明けから仕事に復帰しようと思っている』『心と身体がついてこない』と話していた。私は『自然体のままでいいんじゃないの』と答えた。途中で投げ出さないし、まじめ1本やり。自分には厳しく、人を裏切らないし責めない。親戚付き合いや友達付き合いでも、自分で全部抱えてやってしまうくらいの人だった。そういう性格が裏目に出た。汚いことをさせられていたんじゃないか」と、悔しさをにじませた。
 遺書の内容については、「聞いていない」という。
 一方、財務省職員の自殺が報じられた3月9日以後も、昭恵氏の“活動”ぶりはいつも通りだった。9日午後には、自身のfacebookに<昨日は3月8日は国際女性デー。昨年に引き続きHe for She、HAPPY WOMANのイベントに参加しました。大好きなART FAIR TOKYO 2018のオープニングもありました>と書き込み。併せて、イベントの関係者らと笑顔で並んだ記念写真や、木槌を持って日本酒の樽を「鏡開き」する“お祝い”ムードの写真をアップした。
 財務省が書き換えた決裁文書から、昭恵氏の名前が削除されていたことが判明したが、安倍首相は昨年2月17日、国会で「私や妻がかかわっていれば首相も国会議員も辞める」と答弁しており、書き替えはこうした答弁と辻褄を合わせるためだった可能性も考えられる。
 となると、昭恵氏も無関係ではいられないはずなのだが、昭恵氏はこれまで財務省職員の死や文書の書き換え問題について、一言も発信していない。
 また、麻生財務相は発表後の会見で自身の進退については「考えていない」といい、すでに辞任した佐川氏にその責任をこう押し付けた。
 「書き換えのトップはその時の担当者で、そんな偉い所じゃないが、最終的な決裁として佐川が理財局長だったから、その意味で理財局長となろうと思う」
 与党関係者がこう危機感を募らせる。
「今後は麻生財務相のみならず、安倍首相の責任問題となるのは必至。野党の反発は収まらず、国会の正常化は当面は難しいだろう」
 立憲民主党の福山哲郎幹事長はこう訴えた。
 「誰の指示で、いつ何のために改ざんがなされたのか明らかにすることは不可欠です。財務省だけで判断するなどということは絶対にありません」
 野党は今後、佐川氏、昭恵夫人の証人喚問を求める方針だという。
(週刊朝日取材班)※週刊朝日オンライン限定記事
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榛名・伊香保考察〔最終回)、森友スキャンダル犠牲者

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
〔写真:どこぞより鴨が用水池に戻ってきました。旅の疲れか、十羽近くは池内のコンクリート柵でうたた寝であります。 用水池鴨3975

 
 昨夜来 強い雨降り 風強し 午後に一転 静かな週末

%%%%%近畿財務局職員が自殺=「森友」交渉に関与か 
3/9(金) 12:59配信

 学校法人森友学園に大阪府豊中市の国有地が格安で売却された問題で、学園側との交渉を担当した部署に所属していた近畿財務局の男性職員が兵庫県内で死亡していたことが9日、関係者への取材で分かった。 自殺とみられる。県警などが詳しい状況を調べている。
 警察関係者によると、男性職員は数日前に神戸市内の自宅で死亡しているのが見つかった。事件性はないとみられ、自殺とみて調べている。国有地売却問題との関連は不明。 男性職員は近畿財務局が学園側と交渉していた当時、国有財産を管理する部署に所属。この部署の幹部職員が学園前理事長の籠池泰典被告らとの直接交渉に当たっており、死亡した男性はこの職員の直属の部下だった。
 一連の問題では、この幹部職員と学園側が2016年に交渉した際のものとされる音声データの存在が明らかになっている。音声では、籠池被告が「グーンと価格を下げて」と求め、幹部職員とみられる男性が「ゼロに近い金額まで努力している」などと応じていた。
 一連の問題については、大阪地検が背任や公用文書毀棄(きき)容疑などの告発を受け捜査しており、近畿財務局職員らからも事情を聴いている。
 近畿財務局は取材に「情報を把握しておらず、個人情報でもあるので答えられない」としている。
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 我利我欲の安倍氏による「お友達政治」隠蔽の「口封じ」自殺とも疑えます。まさに松本清張氏によるサスペンスドラマそのものです。いずれにしても、この方はその深刻な犠牲者とおもわれます。お気の毒です。ご遺族にはお悔やみ申し上げます。本記事末に森友関連記事を転載しておきます。

+++++榛名山関連
 3月2日記事で「榛名」なる呼称の由来について私の考えを書きました。「日本の神々」(全十三巻、白水社、1984年)の11巻は関東地方の神社を県毎にまとめて記載しています。109の古社が425頁の紙数を使って記載されています。一古社当たり3.9頁ということになります。これから私が考察しようとしている鹿島神宮は当然そこに含まれています。なんと鹿島神宮については下の目次に見るように32頁もの紙数が使われており、「断トツ」です。二番目がこれも茨城県・大洗磯前神社の27頁が続きます。どちらも執筆者は大和岩雄氏 です。いわゆるアカデミック・象牙の塔に育った方ではない、在野の歴史家です。が、その自らの目による観察は鋭く、それはまことに貴重と思っています。この出版でも大和氏は自らの知りえた観察を少しでも多く書き留めたいとの思いが多数頁になったのかもしれません。そうではあっても、歴史研究者・歴史愛好家にとっては、鹿島神宮は「謎」をはらんだ神社であるとの思いが大和氏にはあるのでしょう。
〔図1:「日本の神々」12巻目次の一部. 拡大は二回クリック〕
神々関東CIMG3940

 
 さて、この本では、榛名神社について考古学者の田島桂男氏が4頁にわたって執筆しています。田島氏は「榛名」神社の由来を万葉集14巻3410歌に求めます(図2参照)。
〔図2:田島氏の解説。冒頭部分, 拡大は二回クリック〕
180309榛名無題


%%%%%万葉集3410歌
原文:
"伊香保呂能 蘇比乃波里波良 祢毛己呂尓 於久乎奈加祢曽 麻左可思余加婆",
訓読:
"伊香保ろの沿ひの榛原ねもころに奥をなかねそまさかしよかば",
仮名:
"いかほろの そひのはりはら ねもころに おくをなかねそ まさかしよかば",
%%%%%
 田島氏に限らず、大方の学者さんは「波里(ハリ)」に「榛」の字を当てて訓読しています。私は、これは植物学で言う「ハシバミ、ハリノキ」ではなく「チクチク」針状の葉を持つ杉であったろうと考えています〔3月2日記事)。いずれにしてもこの歌の歌意は不明です。たとえば「蘇比」とは、何か?万葉集にはまだまだ研究するべきことが多いのです。

 万葉集十四巻は「東歌」と称されるように、東国の地名を読み込んだ歌・230首がまとめられています。「かみつけの」なる呼称は奈良の軍勢が東国を制覇した後の奈良政権の統治の一環として生れたものです。したがって、この歌の読まれた時期は八世紀半ば頃と考えています。詠んだ人物は、東国に進駐した軍将あるいは将兵であったでしょう。
〔図3:万葉集十四巻、上野国関連、「万葉集」本文編、佐竹昭広他著,塙書房、1998。拡大は二回クリック〕
180309十四巻060


 上の22歌の中で、「イカホ」を読み込んだ歌が8首、実に三分の一強を占めます。図2でも示したように田島氏は榛名山は「イカホネ(峰)」と呼ばれていたと書きます。
%%%%%万葉集14巻/3421歌
原文:
,"伊香保祢尓 可未奈那里曽祢 和我倍尓波 由恵波奈家杼母 兒良尓与里弖曽"
訓読:
,"伊香保嶺に雷な鳴りそね我が上には故はなけども子らによりてぞ",
仮名:
"いかほねに かみななりそね わがへには ゆゑはなけども こらによりてぞ"
%%%%%
 だからこそ、田島氏も、其れが榛名なる呼称になった経緯に興味を抱いたのでしょう。
 そこで「イカホ」とは、何か?を、考えて見ます。日本書紀・巻五が何がしかの示唆を与えているやも知れません:
%%%%%《崇神天皇即位前紀》
原文:
御間城入彦五十瓊殖天皇。稚日本根子彦大日日天皇第二子也。母曰伊香色謎命。物部氏遠祖大綜麻杵之女也。天皇年十九歳。立為皇太子。識性聡敏。幼好雄略。既壮、寛博謹慎。崇重神祇。恒有経綸天業之心焉。

文意〔岩波文庫「日本書紀(一)」274頁より〕:
御間城入彦(みまきいりひこ)五十瓊殖(いそにえ)天皇は稚日本根子彦大日日天皇の第二子である。母は伊香色謎(いかがしこめ)命である。物部氏を祖先とする大綜麻杵(おおへそき)之女である。天皇は年十九歳になったとき皇太子となる。識性聡く理解力に敏れ、幼きより雄略をこのむ。既に壮しく、寛伊心性でありながら慎つましい。神祇をたっとび恒に天業之心を保持していた。
%%%%%
 日本書紀の上記引用部分については、3月2日記事で書きました。歌中に「伊香」なる名称が登場します。これを「イカ」と音するのか「イカガ」と音するのかは、大きな問題ではありません。多分地域性によります。「高」を「コウ」と音するのか「カグ」〔「高山」を「カグヤマ」と音する事例をかって書きました〕と音するのかという議論と同じです。とするならば、「香」はまさに「高」〔又は倭五王のお一人「興」王〕であると思っています。 この地が渡来族である「高」〔興〕一族の影響下にあったことを示しています。
 そして数百年後、その地に奈良から派遣された軍将が攻撃をしかけたことに因んだ女性が「イカホ」〔イ・こう〕であろうと考えています。予断ですが、かって、私の職場の同僚に「イカガ」さんという方が居られました。氏にその姓の謂われをたずねたところ、戦国時代にまで辿れるとの事でした。

 日本書紀の巻一〜巻九は、古色を施してあるけれどもその基本的文脈は、現代〔藤原不比等の生きた時代〕から卑弥呼時代、すなわち逆時間順で読み解くべきと書きました。このように考えると神武東征はまさに奈良軍勢による東国制圧の完了で、それは八世紀初頭であったでしょう。と考えると、祟神天皇の時代はいわば神武天皇の「露払い」とでも言える時代で、七世紀末であったろうと考えています。

 まさに熾烈な戦闘の末、奈良軍勢は現在の榛名山に拠する一族を打ち破り支配下に置いたのです。その際に一族の美女を奈良に連れ帰ったのではなかろうかと想像しています。その美女を「高一族の貴姫」と日本書紀はかきます。「シコメ」は「醜女」と漢字表記されます。征服した側の「優越感」がにじみ出ています。実態は違ったのでしょう。
 
 余談ですが、三十年近くも昔、ゲリラと政府軍がドンパチを繰り返していた南米コロンビア国で三ヶ月働いたことがあります2014年6月23日記事。現地に着任すると、まずは在コロンビア・日本大使に挨拶をします。私に同行した一等書記官が「大使の名前は漢字で書くと色摩」であると告げ「イヒヒ」と笑います。大使のお名前は「シカマ」と呼ぶのですが、「シキマ」とも読めます。帰国後調べると「シカマ」という姓は東北に多いのです。私は祟神紀に登場するこの姫の古事に由来するのではなかろうかと考えています。多分古代ペルシア語にその語を見つけることができるのだろうと考えています〔いまだ見つかっていませんが)。

 榛名神社の主祭神は火産霊、埴山比売と書きます。前者は火の神、後者は土の神と神社由緒は書きます。ところで、日本書紀では、この二つの神を合体させて、「かぐつち:なる神が登場します:
%%%%%ウイキ記事
「火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ;加具土命)と表記される。また、『日本書紀』では、軻遇突智(かぐつち)、火産霊(ほむすび)
 これもまことに興味深いことです。
%%%%%
 上に書いた議論からお分かりのように、この神社の祭神は「カグ=高〔興=香〕」なのです。何のことは無い、渡来一族の首領を祀っていたのです。想像するに良い治世をしていたので住民の崇敬を集めていたのでしょう。

(つづく)
どうやら、やっと榛名神社について書いておきたいことをすべて書きました。やっと香島に筆を映すことができます。

+++++森友関連公文書改竄
 榛名を長々と書いたので、議論は割愛して、新聞切抜きを添付しておきます。
180309森とも125

180309森とも122

〔続〕チバラギ地震〔3〕,核・森友〔東京新聞記事より)、寿司友等

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
〔写真:蓮沼周辺の梅はすでに香りを周囲に漂わせていました。しかし,未だ寒い。沼の周辺には立派な霜柱が立っています。拡大は二回クリック〕
180307霜柱


 春だから 梅花匂える 春なのに 関の東は 霜が育てり

 春がすぐそこに、と気象庁は言います。しかし、春は箱根の関を越えるのに難儀をしているようです。

+++++〔続〕チバラギ地震〔3〕
 2月19日記事 で「チバラギ」地震なるものの「定義」を書きました。上記記事で用いて図を再掲します:
〔図1:2月19日記事の図再掲:特徴的発震機構解を持つ地震群。2004年ー2016年の13年間に33個について発震機構解が気象庁によるCMT手法から判明しています。驚くべきことは、それらが霞ヶ浦−市原線の地震活動帯を体現しています。拡大は二回クリック〕
180219中間応力軸

 上図に見るように、東京湾を中心としてほぼ南北に線状に分布する地震活動があります。この活動の特徴は二つです:
(1) 発震機構解
 図2に見るように、記号Mで示される軸です。この軸は「中間主応力」軸と呼ばれます。その軸がほぼ水平で、その方位は南北です。すなわち地震活動分布と同じ向きです。さらに付け加えるならば、東に傾く節面(図でbが付される面)の傾きが、西に傾く面、a,よりも大きい。時に面bはほぼ鉛直をとることもある。圧縮軸Pが東西方向をとり、その傾きは水平に近い。
〔図2:特徴的な発震機構解〕
180219example無題


(2) この地震の深さは60−70kmに集中している:
  図1右に示すこの地域の地震活動で表示されている地震は、夫々の発震機構解がCMT手法によって得られれているもの飲みです。CMT法では、地震波形が解析されます。したがって、波形が明瞭に記録上に認められることが必要です。言葉を変えれば小さい地震についてはその手法を適用することが難しい。結果として、図中の地震のmは4を超えるものとなってしまいます。

 この大きな地震のみでは地下の地震活動の様子は把握しがたい。そこで、同じ領域で、表示する地震のマグニチュード下限を2、すなわち、m>2の地震をすべて表示したものが、下図です。
〔図3:2004−2016の13年間に東京湾近辺のm>2地震の発生状況。データは気象庁。拡大は二回クリック)
180219活動図


 6380ものm>2地震が領域内で発生しているけれども、そのうちCMT法が適用できて発震機構解が得られた地震はわずか33個ということです。それはさておき、図3左の活動図でABにおいた鉛直断面に地震活動を投影したものが図4です。
〔図4:2月19日記事掲載図に加筆。拡大は二回クリック)
180307深さA無題


 大まかな場所名が上辺に赤文字で示されています。霞ヶ浦北20kmから房総半島先端から30kmあたり南にまたがって、深さ60km―70kmの狭い幅の中で地震活動が局在していることが明瞭に見て取れます。確かにチバラギ地震活動線とでもいうべきものが、霞ヶ浦から房総半島沖に渡って存在していることが確認されます。

 この図から、さらにいくつか見て取れることを付記しておきます。
 まずは霞ヶ浦界隈に深さ40−50kmに活動があります(緑,納┐気譴討い襦法その活動は長さにして30kmほどで、西から眺める限りでは南上がりです。フィリッピン海プレートがこの断面図に映し出されているのでしょうか?この活動は東京湾あたりでの深さ20kmあたりでの地震活動とも断続的につながっているようにも見えます(緑△納┐気譴討い襦法この活動は異なる視点からも興味深いのです。
 すなわち、「チバラギ地震活動」は、東京湾北部から50kmあたりに渡っては、その活動が小さくなりますが、その領域では、あたかも活動が緑△法△垢覆錣狙部に40kmほどシフトしたようにも見えます。これは一体、何だ?というわけですが、その理解は現時点での私の能力を超えます。
 直感を書くならば、緑△涼録務萋阿箸修硫爾砲Δ辰垢蕕搬減澆垢襦屮船丱薀地震活動」延長部との間には「負の相関」を思わせます。何がしかの事情で、緑△粒萋阿チバラギ地震活動を抑制しているのかもしれません。
 最後は緑です。チバラギ地震活動も海溝軸に近づくにつれその活動は、海溝近辺の地震活動に合流する。その結果、断面図ではチバラギ活動は浅くなるように見えてくるのかも知れません。

 「チバラギ地震活動」に合っては、それを取り巻く岩盤はどのような破壊をしているのか、さらにはもっと重要な疑問すなわちこの活動を生じる物質〔岩盤)と周囲を取り巻くプレートとの関係です。太平洋プレートに生じた破砕体であるのか、それともフィリピン海プレートが太平洋プレートとの衝突によって生じたプレート破片岩盤であるのか?いずれにしても大プレート本体ではない、プレート破片が周辺巨大プレートによる軋轢から生じているのか?興味は尽きないんであります。

 それを調べるために、まずは、当該地震活動分布を東西鉛直断面に投影します〔図5〕
〔図5:チバラギ地震活動の東西鉛直断面への投影:左はCMT解の求まっている地震〔2004−2016〕;左はm>2.0地震、期間は左と同じ。拡大は二回クリック〕
180307深さB無題


 左の図で赤丸はチバラギ地震では最大の地震で、2005年7月23日に発生し、そのMwは6.0と気象庁は発表しています。二つの緑点線はCMT解から得た二つの節面の投影で、aは傾きが浅い面〔西に傾いている〕、bは大きな傾きを持つ節面で東に傾いています。この二つの節面投影と地震活動分布を照合します。どちらの地震分布が節面投影と整合しそうであるのか?どちらでもよい様に見えます。
 そこで、右の図で同様の照合をして見ます。これまた難しい。強いて言うならば面aが地震分布を説明するように見えます。言葉を変えるならば、面aの上側が東西圧縮応力で上方に動いたと解することができそうです。言い換えるならば、二つの緑線にはさまれる領域が「下方にひっぱられた」ともいえます。
 次回は、この議論に寄与できるか否かは定かでありませんが別の視点から考察します。
(つづく)

+++++東京新聞3月7日付二面記事
 本日の東京新聞二面の二つの記事は見逃せません。下に転載した新聞記事、まずは核問題です。日本国が核兵器を保持せよとの米国政府高官からの要望について外務省から派遣されていた当時の駐米日本国公使が「理解を示した」との記事です。
 私は、ベトナムでの米国侵略軍による「枯葉剤」投下、2003年における米国によるクラスタ爆弾および劣化ウラン弾投下など、攻撃対象への最大打撃を目的とする爆弾投下を思うにつけ、いまや、核関連兵器を特別視する理由は無いのではないかと思うにいたっています。しかし、依然として核関連兵器への人為的に作られた「脅威信仰」が、世界の平和交渉での「人為的」な障害理由とさせられているのではなかろうか、と考えています。その象徴が北朝鮮核能力保有問題です。その意味では秋葉氏の言については、その意図を見定めたく思っています。秋葉氏はポロっと本音を漏らしたのか、あくまでも米国の核の庇護にあるとの恭順の意の表明であったのか。

〔図6(1):外務省審議官〔当時〕秋葉氏の言。拡大は二回クリック〕
東京二面3983b


 しかし、上記と原子力発電所が定常的に作り出すプルトニウム問題は別です。プルトニウム問題と他の軍事兵器との間の差異は核がもたらす「広域的汚染」にあります。この汚染問題に科学的決着の見通しがたつのであれば、核エネルギは一転して「プロメテウスの火」となります。悲惨な火災をもたらそうとも、「火」がかっては、人類の生活に多大な益をもたらす限りないポテンシャルを秘めていたと同様に「核」は人類の未来によくも悪くも多大のポテンシャルを秘めている。それは錯覚であるのか否か。戦争とエネルギには使わない核使用論議は避けられないのだろうと思っています。下に転載した新聞クリップは原子物理学者〔正確には天文物理学者〕たる池内氏はそれを踏まえての発言であろうと思っています。
〔図6(2):日米原子力協定。拡大は二回クリック〕
CIMG3973

 
 さて、三番目の記事は「公文書書き換え」問題です。財務省官僚が、安倍内閣との「政治的取引材料」として意図的に朝日新聞にリークしたのであるか、それとも朝日新聞を蛇蝎のごとく敵視する安倍氏のいわば謀略であって、決着はかってのメール事件〔これでは偽のメールによって当時の民主党代議士が自殺した)と同様の筋書きを辿るのか。はらはらしながら見守っています。何せ、安倍氏の周囲は国家謀略機関たる内閣調査室、警察庁、公安調査室、そして経済産業省によってがっちりと固められています。どのような謀略が仕組まれているのか。見定めねばなりません。
〔図6(3):何故安倍内閣は真っ向から原文書の存在を否定しないのか?、拡大は二回クリック)
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 そして最後は、メディアです。2009年の民主と政権成立よりこのメディアが司法・立法・行政の既存の三権に加えて第四の権力として日本政治に深く関わってきました。その具体的関わりかたの一様態が、「御用評論家(別名「寿司友」)」です。その「寿司とも」をメディアに送り込んでいる実相が明るみに出ました。
%%%%%田崎史郎とケント・ギルバートに自民党からカネが支払われていた! 政治資金収支報告書で発覚2017年12月04日 12時00分 リテラ
フジテレビ『とくダネ!』出演時の田崎史郎氏(17年5月26日放送より)

 本サイトでお伝えしたように、公表された2016年分の政治資金収支報告書からは、安倍首相の政治資金パーティによる莫大なカネ集めや、麻生太郎財務相の"愛人のクラブ"への支出、稲田朋美元防衛相の巨額飲食費の実態があらわになった。
 だが、政治資金収支報告書からはもうひとつわかったことがある。それは、テレビなどのマスコミで日々活躍するコメンテーターや評論家に、自民党からカネが流れていたという事実だ。
 その筆頭が、時事通信社特別解説委員の田崎史郎氏だ。周知のとおり、田崎氏といえば、『羽鳥慎一モーニングショー』(テレビ朝日)、『ひるおび!』(TBS)、『とくダネ!』『直撃LIVE! グッディ』(ともにフジテレビ)などに出演し、まるで官邸の代弁者のごとく政治報道を解説している人物。安倍首相と会食を繰り返していることでも有名で、ネット上では寿司を一緒に食べる間柄を揶揄して"田崎スシロー"などとも呼ばれている。
 ところが、その田崎氏の名前が、今回公表された自民党本部の収支報告書の支出欄に出てきたのだ。16年5月9日に「遊説及び旅費交通費」の名目で、田崎氏に対して6万8980円が支払われていたのである。
 記載を見るだけでは何に対する支出か不明だが、調べてみると、田崎氏はその日付の少し前に当たる同年4月24日、鳥取県のホテルで行われた自民党鳥取県支部連合会・青年部・青年局・女性局・合同大会で、講師として講演を行なっていた。自民党の福田俊史・鳥取県議のブログによれば、会場は400名以上の超満員で、〈多くの皆様にお越し頂き「今後の政局の行方」また「自民党の果たすべき役割」など田崎氏の話に耳を傾けて頂きました〉という。
 しかし、田崎氏に支払われていた金額は前述したように、約7万円。文字通り、東京から鳥取への交通費や宿泊費などで終わってしまう額だ。一方、田崎氏の講演料の相場は30〜50万円といわれている。いったいこの差は何を意味するのか。
「田崎氏にかぎらず、自民党が評論家やジャーナリストなどに講演を依頼するときは、高額ギャラを支払うと政治資金収支報告書に記載されるため、旅費や宿泊費レベルの金額にすることが多い。ただし、別の形で見返りを与えるんです。たとえば、情報提供や政府関係の役職への抜擢、さらには、政治資金収支報告書報酬に記載されない別の仕事を依頼して報酬を支払うケースもあるようです」(全国紙政治部記者)
●過去にも、自民党から26万円を受け取っていた田崎氏
 いずれにせよ、「時事通信社特別解説委員」という看板を使って多大な影響力を発揮している報道人が、自民党で講演をしてカネをもらっていたという事実は重い。しかも、田崎氏の場合、これが初めてではないのだ。本サイトが昨年スクープしたが、田崎氏には自民党の政党交付金からもカネが出されていたことがわかっている。いうまでもなく原資は国民の血税だ。
 たとえば、2013年分の「自民党本部政党交付金使途等報告書」によれば、この年、自民党本部は4回にわけて、田崎氏に対して合計26万360円を支出している。個別には、13年5月9日に8万1740円、同6月3日に5万6140円、同10月4日に6万8740円、そして同10月31日に5万3740円。いずれも名目は「組織活動費(遊説及旅費交通費)」だ。
 2013年といえば、前年末の衆院選で自民党が大勝し政権が交代、第二次安倍政権が本格始動した年だ。おそらく田崎氏は、自民党が政治活動の一環として催した勉強会、集会、政治資金パーティなどで講演等を行い、その報酬もしくは交通費を受け取ったと思われる。
 実際、5万3740円を受け取った10日前の2013年10月20日には、やはり自民党鳥取県連が20年ぶりに開催した政治資金パーティに出席、〈安倍政権の経済政策などを題材に講演〉したことが確認されている(毎日新聞13年10月21日付鳥取版)。ようするに、田崎氏は自民党のカネと支援者集めに協力していたのである。
 前述のとおり、田崎氏は、テレビのワイドショーやニュース番組に多く出演。たとえば昨年、「保育園落ちた日本死ね」ブログが話題になった際も、保育園不足をお受験問題と意図的にすりかえるトンデモ論をぶった。また、今年も森友・加計問題で「総理やご夫人が知らないあいだに利用されている場合もある」「森友問題については、ウソの情報やフェイクニュースが多い」「(前川喜平・前文科事務次官は)"ミスター文科省"と表現するけど官邸の見方はまったく違っていて"最悪の次官だった"っていう認識」「文書を持ち出したとしたら、これ自体が国家公務員違法になるんじゃないかと言う方もいる」などと、露骨に政権を擁護している。
 ようするに田崎氏は、マスコミでの"政権ヨイショ解説"を飯の種にしながら、そのうえ自民党主催の講演等に出て、資金集めや政治活動に協力しているのだ。こんなことが許されるのか。
●ケント・ギルバートにも自民党本部からの支出が
 だが、自民党の16年分政治資金収支報告書からわかったのは、田崎氏への支出だけじゃない。驚くべきことに、なんと自民党はあの人にまでカネを払っていた。2、3年前から"ネトウヨ文化人"として復活したタレントのケント・ギルバート氏である。夕刊フジや「正論」(産経新聞社)などの紙メディアで右派言説をふりまくだけでなく、『ひるおび!』などのテレビでも見かけるようになった。
 報告書によれば、16年11月10日に自民党本部からケント氏に対して9万2980円が支払われていた。名目はやはり「遊説及び旅費交通費」だ。
 実は、ケント氏は同年11月25日に、自民党群馬県連に招かれ講演会を行なっている。産経新聞によれば、講演会には日本会議群馬のメンバーや県議ら約150人が参加。「日本の自立と憲法改正」と題して「(日本国憲法は)よくできているが、ワケあり」「自民党はもたもたせず早く9条だけ直してほしい」などと語ったという。
 他にも、同年5月21日には、自民党金沢支部の政治塾で「日本の自立と覚醒を待望する」と題して講演。地元紙・北國新聞によると、参加者400人(主催者発表)の前で「日本が自立する第一歩は憲法改正だ」と訴えた。この政治塾は、若者の政治参加意識を高める狙いで企画されたといい、ケント氏は自民党の支持者集めに協力していることになる。
 ケント氏といえば、アパホテルの懸賞論文など歴史学の常識からかけ離れた歴史修正主義の陰謀論を展開し、今年ベストセラーになった『儒教に支配された中国人と韓国人の悲劇』(講談社)も、中国人や韓国人をひとくくりにして〈「禽獣以下」の社会道徳や公共心しか持たない〉〈彼らは息をするように嘘をつきます〉などと繰り返し、国籍・民族憎悪を煽る悪質なヘイト本。そんな人物を、この国の政権与党がありがたがって講演会に呼び、また、政治資金でカネを渡していたのだ。あらためて、安倍自民党はネトウヨと同レベルになっていると断じざるをえない。
●稲田朋美は金美齢氏に20万円の「講師謝礼」を支払い
 他にも、本サイトが調べたところ、稲田元防衛相の資金管理団体「ともみ組」の16年分収支報告書には、同年1月23日と12月21日の2回、保守系評論家の金美齢氏に「講師謝礼」等の名目で合わせて20万円を支払っていた。金氏といえば、安倍首相への個人献金が有名で、親族ぐるみで献金を分けることで個人献金の限度額を超えるという"分散献金"の疑いも取り沙汰されたが、テレビでも『バイキング』(フジテレビ)などに出演し、そのタカ派論説をぶっている。安倍政権中枢の政治家とべったりなのは明らかだ。
 いずれにしても、政治資金収支報告書からわかるのは、安倍自民党と御用ジャーナリスト・評論家の癒着関係だ。言っておくが、彼らは安倍政権を擁護するかたわら、政権を批判するメディアに対するバッシングや疑惑潰しの解説も展開してきた。しかもケント氏にいたっては、報道圧力団体「放送法を遵守する視聴者の会」の中心メンバーとして「報道の公正中立」を謳ってすらいる。一方で自民党からカネをもらっていたのだから、完全に化けの皮が剥がれたというべきだろう。
 しかも、これは田崎氏やケント氏らだけの問題ではない。まだ表沙汰になっていないだけで、自民党からカネをもらいながら、政権擁護を連発している言論人は、おそらくたくさんいるだろう。私たちが何気なく見ているテレビ番組の出演者は、実は、自民党からカネを受け取っている"スポークスマン"である可能性は決して低くないのだ。少なくとも、テレビで流れる露骨な安部ヨイショにはよく用心していただきたい。
(編集部)
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MFLを聴く、公文書改竄、核燃料格納容器内に生物?

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:3月2日金曜日の夜明け直前の空の風景です。拡大はクリック)I
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光輪が 東の空に くっきりと 西に満月 沈まんとす 

アマチュア・オーケストラ「MFL」 の定期演奏会に行ってきました。江戸へ出るべく利用するJR常磐線駅前でティッシュを配っていました。私の持病の一つが「慢性鼻炎」です。四六時中鼻から水が垂れている、すなわち「花咲かじいさん」ならぬ「洟垂れ爺」であります。ティッシュ配布には、それが女性対象の宣伝であっても必ず「催促してでも」受け取ります。
〔写真:自衛隊員募集広告のティッシュ〕
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 2015年に国会での強行採決で制定された(とされる、あの採決は違法と思ってますが)「平和安全法制整備法」に見合った軍事整備を安倍政権は進めています。トランプ米国大統領の言いなりになって米国軍事産業から兵器を米国の言い値で購入しています。しかし、それらを使いこなし、米国が海外で仕掛ける戦争に加わるには、日本国の兵員はどうやら不足しているようです。このティッシュ配布にはその「充足」の意図があります。当然目くじらを立てて怒るべきかもしれません。
 
 隣国「北朝鮮」が核武装に邁進しています。中国は日本国領海を頻繁に侵犯し、あわよくば尖閣諸島占拠も企てているかの行動を誇示します。そして、韓国での五輪がすべて終わると北朝鮮と米国との間のドンパチ勃発が懸念されています。ドンパチが始まれば、日本が軍事支援することが、「平和安全法制整備法」に基づき確実視されています。そうなれば、日本への北からの報復爆撃も覚悟せねばなりません。何せ、安倍氏はそれを待ち望んでいるかのごとき「煽り」言辞を吐いてきたからです。

 ところが、一部の日本国民は、この事態を「北憎し」の一念から北朝鮮の暴挙に怒り、危機感を叫んでいます。其れが国民の安倍政治への支持に直結していると言われています。わが国民はいつの間にか、日本国民の安全と国土を守ることより北を叩くことのほうが重要であるとの重大な思い違いに落ちいっています。其れが自民党・公明党です。

 戦争をするかしないかを国民が自ら決めずして、米国が決めている。こんな奇妙でばかげた事態が進捗している。「もりかけ」より、北朝鮮の問題のほうが重大だと思うんであれば、自ら率先して上のティッシュの呼びかけに応えるべきと思いますが、こういう人たちはそうした行動は取らないのです。

 さてMFLの演奏会です。今回の指揮者は常任の方ではなく明星学園音楽教師です。佐渡裕氏ら著名な指揮者に師事し、ウイーンの教会でオペラを指揮するなど研鑽を重ね、経験を蓄積している。と、配布されたリーフレット・プロフィールは書きます。
 指揮者が楽団の良質な音を引き出したのか、それとも個々の楽団員の日頃の練習が実ったのか、わかりませんが良い演奏でした。「丸山眞男・音楽の対話」(中野雄著、文藝春秋者刊、1999)が
職業的音楽評論家をはるかに凌駕するほど音楽に造詣深かった丸山眞男氏を書いています。丸山氏は政治哲学の大家として、日本の政治学分野研究に絶大な影響力を与えた有数の学者さんです。1980年代末には、戦時中の共産党の役割を批判し、宮本顕冶共産党委員長〔当時〕の逆鱗をかった事が知られています。
 それはさておき、オーケストラの良質の音を引き出して音楽を作るのが指揮者の力量である、と丸山氏は語ります。丸山氏の音楽観は、バイロイトでのフルートウエンゲラ指揮のワグナに衝撃を受けた事が大きな契機であったようです。同書には、丸山氏の手になる膨大な書き込みがなされた楽譜のいくつかが載せられています。
 今回の指揮者が幾分なりとも自らの指揮に満足したのか否か、達成感があったのかなどを尋ねてみたいものです。ベートベンの交響曲2番は木管楽器に多くの活躍舞台が与えられています。MFL・木管部隊はその任務を立派にやり遂げたと思います。それを喜び、終演後近くの赤提灯で祝杯をあげました。この曲は1802年、ベートーベンが「ハイリゲンシュッタトの遺書」を認めた直後に作曲されたといいます。15年ほど昔、ハイリゲンシュッタトから3kmの地に住み、休日はしばしば、散歩しました。
〔写真:右は夏のハイリゲンシュタット。路面電車の終点駅です。日本人らしき中年婦人が道に迷ってキョロキョロあたりを見回していました。左は冬です。ベートベンが住んだ家のすぐ北には東西に小川が流れています。その小川に沿う散歩道です。拡大は二回クリック〕
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 日本からの知人が来ると必ず案内した場所の一つでもありました。散策の後は、ホイリゲに潜り込み、チーズと生ハム・塩漬けオリーヴ等を肴にワイン・グラスを傾けるんですな。演奏に耳を傾けながら目を瞑ると、ベートベンが住んだ家とその周囲の情景が浮かんできます。勿論、ワインをも思い出し、口内に唾がたまります。が、交響曲二番はそうした自然、情景とは直接の関係は無いようです。

+++++公文書「改変」か? 
 日本国民よ!怒れ!と憤激しています。権力者が自己の「威勢」を誇示するためには何でもでき、実際にする。これは地球上のいかなる国にあっても、歴史のいかなる瞬間でも「真理」であります。しかし、そうではあっても、教育程度の高まりに応じて、そうした腕力を振るうことには、国民からの強い批判があり、力を持つ側にも自己抑制が働く。其れがいわゆる先進国の政治であろうとの漠然たる信頼があったはずです。しかし、我国は違った。まさに文明国からは程遠い有様です。其れが安倍政治です。国民からの強い批判力も働かない。批判を先導するはずのメディアが率先して安倍氏に屈服してしまっています。其れが今般明るみに出た公文書改竄事件の背景です。
 %%%%%森友文書、財務省が書き換えか 「特例」など文言消える 
3/2(金) 4:58配信
森友学園が国有地に開設予定だった小学校の建物=昨年11月、大阪府豊中市
 学校法人・森友学園(大阪市)との国有地取引の際に財務省が作成した決裁文書について、契約当時の文書の内容と、昨年2月の問題発覚後に国会議員らに開示した文書の内容に違いがあることがわかった。学園側との交渉についての記載や、「特例」などの文言が複数箇所でなくなったり、変わったりしている。複数の関係者によると、問題発覚後に書き換えられた疑いがあるという。
 内容が変わっているのは、2015〜16年に学園と土地取引した際、同省近畿財務局の管財部門が局内の決裁を受けるために作った文書。1枚目に決裁の完了日や局幹部の決裁印が押され、2枚目以降に交渉経緯や取引の内容などが記されている。
 朝日新聞は文書を確認。契約当時の文書と、国会議員らに開示した文書は起案日、決裁完了日、番号が同じで、ともに決裁印が押されている。契約当時の文書には学園とどのようなやり取りをしてきたのかを時系列で書いた部分や、学園の要請にどう対応したかを記述した部分があるが、開示文書ではそれらが項目ごとなくなったり、一部消えたりしている。
%%%%%朝日新聞社
午後 小池晃・日本共産党【国会中継 参議院 予算委員会】平成30年3月2日

〔図:日刊げんだい紙記事より〕
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+++++原発・格納容器内の生物!
 福島原発の事故処理は遅々として進捗していません。何よりも実態把握に困難を極めているからです。これが福島第一原子力発電所事故現場の現実ではありますが、きわめて興味深い視点が東工大の地球史の専門家から提起されています。
%%%%%フクイチ内の高線量に耐えて発生したのは…「原子炉のたまっている水の中に生物の姿が!」2018年3月5日 6時0分 週プレNEWS

「たまっている水の中に生物の姿が見える」原子炉内の映像を見た専門家はそう言った。
フクイチに新たなる事態が発生。その真実に迫った!
* * *
「なんだ、あのマリモみたいなものは?」「大至急、あの水を調べさせてほしい!」
東京工業大学地球生命研究所特命教授の丸山茂徳氏は、フクイチ(東京電力福島第一原子力発電所)の原子炉格納容器内の映像を見てそう叫んだという。
「昨年から公開されている原子炉内の映像を見て、実に多種多様な生命体がいることに驚きました。しかも、活動しているのは目に見えないミクロン単位のバクテリアや細菌だけでなく、藻類や動物・植物性プランクトンなどミリ単位の多細胞生物が繁殖している可能性が高い。
水中のあちこちに沈殿した泥土や水あかのような物質、2号炉の水没した部分に広がる黒や深緑色のシミなども事故由来ではなく、生命活動によって発生したものでしょう。2、3号炉の金属部分の緑色や、平面に付着した黄土色とオレンジ色の物質は藻類などの群集体でバイオフィルムとも呼ばれています。これは自然界では河原の石などに付着し、好物のミネラルや金属イオンなどを栄養にしながら成長し続けるのです。
1、2、3号炉すべての水中に漂う半透明の物質も、おそらくバイオフィルムの剥離片や生きたプランクトンでしょう。これは水の対流に乗って浮遊しているように見えますが、もっと念入りに観察をすれば、自立して泳ぐ生物が見つかるかもしれません」
今年1月に調査した2号機格納容器底部の放射線量は毎時8Sv(シーベルト)。人間なら1時間で死亡してしまうほどの高線量だ。これだけの高線量の中で、生物が生き延びることはできるのか。
琉球大学理学部の環境放射線学者、古川雅英氏が語る。
「放射能への耐性は、生物によって非常に大きな差があります。今のところ地球上で最強の放射線耐性が確認された生物は『デイノコッカス・ラディオデュランス』という細菌です。
この細菌は20世紀中頃に放射線照射で食品や医療器具などを殺菌消毒する研究過程で見つかり、毎時5000Gy(グレイ、ほぼ5000Sv)の放射線をものともせず、1万5000Gyでも約4割が生き延びるそうです。放射線を浴びれば、ほかの生物と同じく、一時的に遺伝子が破壊されますが、すぐに修復する特殊能力を備えているのです」
こうなると、フクイチの原子炉内に放射線耐性のある生物がいてもおかしくない。
◆マリモのような生物の正体は? フクイチは事故以外にも重要な出来事を抱えているのか? この続きは『週刊プレイボーイ』12号(3月5日発売)にてお読みいただけます。
(取材・文/有賀 訓 写真/時事通信社)
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「榛名」の由来、裁量労働と企業内部留保

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
〔写真:当家の桜の木もどうやら芽吹いてきました。雀が二羽、枝で寛いでいるところをこっそりと窓越しに盗撮しました
雀盗撮CIMG3946 〕


 栄養が いきわたってるのか 丸々と 良い体格の 当地の雀

 先月自死された西部邁氏が、世界は「多極」に向かっているとの認識を遺書に書いているそうです。氏の認識は元共同通信記者・田中宇氏の国際情勢観と合い通ずるものがあるようです。

%%%%%西部邁氏が安倍首相に残していた「痛烈な遺言」 2018/03/01(木) 10:18:54
 保守論客の代表で『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)の常連だった西部邁氏の多摩川入水自殺は、世間に衝撃を与えた。 その西部氏が、遺言を遺していたことが判明したのだ。3月1日に『保守の遺言』(平凡社新書)として刊行される。
〈僕流の「生き方としての死に方」に同意はおろか理解もしてもらえないとわきまえつつも、
このあとがきの場を借りてグッドバイそしてグッドラックといわせていただきたい〉  あとがきの日付は1月15日。亡くなったのはそのわずか1週間後(21日)である。担当編集者が語る。
「西部さんは初稿ゲラを入念に確認していました。言い残すことがないように、大幅に加筆されていた。 最後にお目にかかった時にも『1月下旬にはそう(自殺)するつもりだ。この本は死後の出版になる』とはっきりおっしゃっていました」  その遺作の内容として注目を集めるのが、“保守政治家”を自任する安倍首相への最期のメッセージである。  本書には、「安倍首相よ、プラクティカリズム(実際主義)の空無を知られたし」と題し、こう書かれている。
〈首相に限らず現代人は、指導層であれ追随層であれ、おおむね実際主義を旨として、
経済的利得や政治的権力や文化的栄誉にありつくべく、我欲丸出しで生きそして虚無のうちにんでいるといってよいであろう〉  とりわけ、西部氏がかねて訴えてきた「対米追従からの自立」に、安倍政権が一向に踏み出さないことへの失望は大きい。 〈世界はマルチポーラー(多極)の時代に入っている。そのことに日本政府はどこまで自覚的なのであろうか〉
〈対米追従に徹しておればこの列島は何とか生き延びられるであろうというプラクティカリズム (実際主義)の態度が現代日本人に骨がらみにとりついてしまったことの帰結なのであろう〉
かつて交流のあった安倍首相は、この遺言をどのように受け止めるのか。

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 西部氏の「民主主義」観についても、大きな関心があります。それは2月16日記事の井上達夫氏による憲法改定案とも関わります。両者に「飛躍」、「違和感」を感ずる人もおられましょう。私の体内で熟成させてから本ブログで書きます。民主主義を維持するということは、国民が意識的に努力するべき課題なのだろうと、考えるからです。それは緊張感を保つことです。
 何故こんなことを書くのか?それは昨今の国政選挙での異常に近い低投票率です。これが安倍氏一強の根源です。大多数国民のなかには「民主主義」なぞは疾うに消えうせているのではなかろうかと思えます。このことを西部氏は事あるごとに指摘していたはずです。

+++++常陸国風土記香島条
 長らく休みましたが、古代史の話を再開します。表題の「風土記」の続きを書く前に先週書いた「榛名神社」のことを少し補足しておこうと思います。私の疑問は名前の由来です。「榛」は「ハシバミ」、「ハンノキ」、「ハリノキ」と国語辞書〔小学館〕は書きます。実際にこの榛名山とその周囲にこの木があるのだろうか?樹木に疎い私は、先日の研修旅行でこの目で山の樹木を見る機会があったにも関わらず、ドレが「榛」であるのかわかりません。そこで、ネットで調べてるのですが、そこには「杉」、「ヒノキ」の存在は書かれているのみです。尤も低木・広葉・落葉樹とありますから目に付きにくいのかもしれません。

 ところで、「榛」で連想するのが万葉集十九歌です。2009年7月31日記事 でこの歌を解読しています。それを再掲します。学者間で共通の「歌意」とされるものは、率直に言うならば、されは更なる「解読」が必要です。何を謳っているのか不明である。其れが一般人の感想です。自画自賛でありますが、本ブログ管理人の付した「歌意」はきわめて明瞭です:
%%%%%万葉集十九歌解読〔過去記事再掲〕。
この歌には、題詞がないようです。「万葉集」(本文編、佐竹昭広他共著、橘書房)にも、題詞が付されていません。後世(8世紀)の学者の検討にもかかわらず、題詞とすべき歌の背景が見定まらなかったのでしょうか?それとも、この歌の背後に生々しい、歴史の真実を暴き出す事件が隠されており、題詞をつける事が躊躇われたのか、定かでありません。

(原文)綜麻形乃 林始乃 狭野榛能 衣尓著成 目尓都久和我勢
(訓読)綜麻形の林のさきのさの榛の衣に付くなす目につく吾が背
(仮名)へそかたの,はやしのさきの,さのはりの,きぬにつくなす,めにつくわがせ
(左注)右一首歌今案不似和歌 但舊本載于此次 故以猶載焉
 この左注は興味深いものがあります:「この歌は、今思うに(「今」とは八世紀よりもずっと後でしょうか?)大和国の歌とは思えない。しかし、旧本にあるので、それを省くわけにはいかない。そんなわけで、この歌は以後も万葉集に留まっている」と。

 この左注への確たる解答は、この歌自身が提供しています。それは、この歌がはっきりと「場所」を詠みこんでいるのです。つまり。万葉集十九歌に相応しい歌なのです。

 そのヒントが「綜麻形乃」の「形」です。これは、「潟」です。
 JR佐世保線の「武雄」駅から鳥栖方面へ二つ走ると「北方」(きたかた)駅があります。「北方」は「北潟」の名残と考えます。つまり、この歌の詠まれた頃、有明海は深く北に入り込み、「武雄」近くまで「潟」を形成していたと思われるからです。

「綜麻」は、従来臍(へそ)と訓読されてきました。
「綜麻」を「へそ」と読むのは、日本書紀第五巻、崇神紀(岩波文庫(一)、274頁)の記事に縛られるからです:『御間城入彦五十瓊殖天皇 稚日本根子彦大日日天皇第二子也 母曰伊香色謎命 物部氏遠祖大綜麻杵之女也、』
 この現代文での意味は「崇神天皇は、開化天皇の第二子である。母は、いかがしこめ命で物部氏の遠祖であるおおへそ(綜麻)杵の娘である』。
 しかし、これまでの解読の作業が、我々に教えるのは、万葉集巻乃一が先にあり、そこから、何がしかの意図を以って書紀の記事として書き写されている事でした。とすれば、「綜麻形」は「へその形」とは詠まず、「綜」の形状・機能に着目すべきなのです。

 そこで、「綜」の形状・機能を考察する前に、この歌が場所を露わに詠みこんでいる事を考察します。それは、「都久」です。これは現在の「多久」であろうことが、以下から推察できます。
「多久」の近くには、「馬田」という場所があるからです。「麻」を「馬」と掛けているのです。これも漢字遣いの興趣のひとつです。麻織りでは、「綜」は縦糸の間を縫うようにうねうね進みます。そのように「馬田」の潟を、湿地を避けながら曲がりくねって歩く、との情景を巧みに表現しているのです。

 しかし、この詠み人の目的は何なのでしょうか?軍勢を率いているのでしょうか?十七歌に詠われた「武雄」から、「多久」に向かっている事は間違いありません。多久の北は聖なる山「天山」です。読み人は、何か願い事があり、そこへ向かっているのかもしれません。それは、納得のいかない形で行方が知れなくなった「大事なお方」を弔うためではなかったか、と私は考えています。

 というわけで、私はこの歌の「意」を次のように考えます:
麻を紡ぐときの「へ」の動きのように(馬)潟を、うねうねと通り過ぎ、林にはいると松〔杉か?〕の葉がちくちくと衣にささります。そして、私は「多久」にたどり着きました。
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 私が注目しているのは歌に使われている「榛能」〔はりの〕なる漢字表記です。「榛名」(はるな)との「音」の酷似です。榛名山の命名者は、この地を訪ねた際、万葉集十九歌を思い出したのではなかろうか。そこはチクチクする葉を持つ杉の森であった。「榛」は「針」(はり)です。そこで「シンの山」と呼び漢字表記を「榛名」とした。こういう一定の教養がある人物、漢字の知識もある人物となれば、時代は奈良の権力が東国を席捲した軍事侵攻時代の後、すなわち早くとも八世紀半ば以降であったと、考えています。

 さらに「榛」なる漢字表記は政治的効果を挙げるという思惑もひそんでいたのではなかろうか、と推察します。この地は上毛野〔かみつけの〕であり、すぐ西隣は信濃です。「信」〔しん〕の由来については以前書きました(2013年7月29日記事)。「珍=秦」国に出自を持つ部族が東国への軍事進出の橋頭堡とした地です。そこでこの地に「シン」なる名称を付したのです。そして、この地に九州倭国の指導者であった建身名方を「科人」〔とが〕として封じ込めたことは、古事記に記されています。信濃国にはその名残が残っています。「科野」を「しなの」と音します。一方で「戸隠」〔とがくし〕なる地名が「科」〔か〕から派生しています。

 信濃を軍事攻略した奈良権力は上毛野に東進します。そこで、攻略したのが現在の榛名山の陣屋です。「榛」は「秦」の「木」です。つまりこの地を奈良の新たな領土と宣言したに等しい命名です。
(つづく)

+++++「働き方法案」(別名「定額働かせ放題」法案)と企業内部留保最大へ
 新聞報道によれば:
「安倍氏は28日夜、記者団に「裁量労働制は全面削除するよう指示した。厚労省で実態を把握した上で議論し直す」と言明。「時間外労働の上限規制、同一労働同一賃金、高度プロフェッショナル制度の三つの柱については(一括して法案を)提出し、この国会で成立させたい」と述べた。との事です。
 「データ捏造」がここまで明らかになれば撤回は当然です。しかし、安倍氏は現在森友・加計スキャンダルでがけ際にまで追い詰められています。更なるつき旧によっては崖下への転落が危ぶまれます。ひとまず、その圧力を和らげる一途ではないのか、と思っています。安倍氏のこれまでの国会審議からすると、理屈抜きで、どんなにぼろだらけの法案であってもしゃにむにつきすすで来たことは安保法制、機密保護法名で出我々は見てきます。
 ということは、今回こそ、国民は森友家計で安倍氏を追い詰めているのかもしれない、と思ったりしますが、この読みは甘いんですかね。

〔図:東京新聞、3月2日付二面より、画面拡大は二回クリック〕
裁量労働CIMG3957


 さて、労働者への賃金については、可能な限り縮小せんとの志向の一方で、労働者に本来支払われているはずの利潤が企業の内部に膨大な額として溜め込まれている実態が明るみに出ています。
%%%%%企業の内部留保は417兆円と過去最高! 2018/03/01 22:58 半歩前へ
▼企業の内部留保は417兆円と過去最高!
 企業の内部留保はその後もドンドン積み増し、ついに417兆円にまで膨らみ、過去最高となった。こんなにため込んでどうするのか?その一方で人手不足による人件費の高騰を理由に、モノの値段を釣り上げている。3月に月が替わったのを機に、値上げラッシュだ。 企業は儲け倒し、庶民は値上げに悲鳴!一体、安倍政権はどんな舵取りをしているのか?
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 平成29年10〜12月の法人企業統計調査によると、企業の内部留保にあたる利益剰余金が前年同期比11.2%増の417兆円で、四半期ベースで過去最高となった。 経済の持続成長に不可欠な個人消費の拡大に向け、政府は内部留保を設備投資や社員の賃上げに振り向けるよう求めている。しかし、内部留保は積み上がる一方で、企業側は慎重姿勢を崩していない。 経済の成長を押し上げるには、実質国内総生産(GDP)の約6割を占める個人消費の拡大が重要課題で、そのための賃上げは不可欠。 ただ、企業の収益がどれだけ労働者に配分されたかを示す「労働分配率」では、10〜12月の大企業の分配率は43%台と、低水準を抜け出せていない。労働力不足にもかかわらず、企業側の賃上げ意識は低い。 企業の設備投資は個人消費と並ぶ内需拡大の核となるが、決して高い水準ではない。10〜12月の設備投資は4.3%増の11兆4千億円で、過去25番目の水準に伸び悩む。 将来に向けた投資に対しては“極めて消極的”と断言するアナリストの声も聞かれる。 SMBC日興証券の丸山義正チーフマーケットエコノミストは、「設備投資の増加は中堅企業に集中しており、景気の牽引(けんいん)役として位置づけるには力不足だ」と指摘。 投資が伸び悩む要因について、「人口減少が続く国内の個人消費が見込めず、複数の企業が国内需要の拡大展望を描けていないため」と分析する。 (以上 産経)
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火山の話(3、鬼界カルデラ Livescience誌)、原発ゼロ〔サンデー毎日)

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
〔写真:古代には流浪〔流れのうみ〕と呼ばれた低地です。左方(南)に流れる常陸川〔現在の利根川〕が画面奥にむかい、太平洋に注ぎます。写真撮影の某私立大学もこの流浪の侵食に耐えて残った台地上にあります。中世には龍ヶ崎氏(後の下河辺氏〕の居城がありました)
180228無題


 如月も 本日二十八〔ふそや〕 時早し 物理法則 老いに厳しき

 上の歌に言う「物理法則」とは、いわゆるアインシュタインの「特殊相対性理論」です。静止または超低速運動をする「人間」の時計は、活発に動き回っている人間の時計と比べるとその針の動きが早いのです。老いぼれた私は いつもノロノロとしており動いているのか否かも見定めがたい。かくして時計の針は早く回るのです。あっという間に本年も二月〔ふたつき〕が過ぎ去ってしまいました。

 昨年12月6日NHK視聴契約の違憲性を問う裁判に対する最高裁判決がありました。その決定の 解説 によれば、視聴者側に一方的に不利なものです。国民の権利を一切無視し政治権力に忖度する裁判所。生きることが難しくなります。視聴料を取り立てる側のNHKには下に紹介するようなスキャンダルに加え、視聴料でのみ経営すると思いきや、その余剰金で子会社を設立し営利企業に走る。これは放送法に反しているのではないか!それに加え、疾うに不偏不党なる理念は放擲され、島田すしろうなどと揶揄されるような人物が解説員として安倍氏のご機嫌を伺う報道をしています。
%%%%%相次ぐ受信料着服 NHK、再発防止策2/27(火) 18:46配信
 NHKは27日、職員による受信料着服が相次いだことを受け、職員による契約・収納業務における現金の取り扱いを原則として廃止するなど10項目の再発防止策をまとめた。NHKでは平成28年から29年にかけて、(1)横浜放送局の男性職員=自殺=による約51万円(2)名古屋放送局の男性職員による約58万円−の2件の着服が発生。受信料の大半はクレジットカードや口座振替などでの収納となっているが、29年度末見込みで受信料収入全体の約0.6%(約47億円)が現金収納となっている。そのため、現金取り扱いルールを見直し、30年4月から職員による契約・収納業務における現金の取り扱いを原則として廃止する。また、受信料の減免措置の一環として31年10月からテレビ設置月の受信料支払いを不要とするのに合わせ、委託先の訪問員による契約手続き時における現金取り扱いも廃止する。
 名古屋放送局のケースでは、職員が受信料未納者に集金を行った際、領収書を発行直後に携帯端末上で発行記録を削除して着服。さらに管理システムで未納分がなかったように見せかける処理をしていた。こうした不正を防止するため、今年4月からシステムにおける承認者の権限・職責分離を徹底する。このほか、担当地域における訪問員のローテーションの徹底(4月実施)▽訪問員の説明内容など手順をホームページに掲載(5月実施)−などの防止策も盛り込んだ。
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 失政に次ぐ失政のため、財界の安倍氏評価は今や「株価」のみであると、とある経済評論家が語ります。まあ、私は「経済評論家」なるものの言は眉に唾をつけながら拝聴しますが、確かに国民のなけなしの積み立て金GPIFや郵貯などをつぎ込み、いまや日銀までもが企業株を買いあさって、株価維持に努めていると報じられています。
 そもそも、株の上場は企業が良質の産業活動をするにあたっての資金集めであるはずです〔青臭い議論は無知故かもしれませんが〕。しかし、そこに漬け込んだ「投機」なるものが、その原理を踏みにじっています。東京新聞の昨日の社説が私の青臭い原理に言及しています。
%%%%%ESG投資 利益至上主義に別れを 2018年2月27日
 投資家にとって金もうけが目的の時代は終わるのか。環境や社会問題などに貢献する企業への投資を増やし、逆の企業からは投資を撤回するESG投資が海外で定着している。日本も追いつきたい。 ESG投資は、二〇〇六年に国連の呼び掛けにより、環境(Environment)、社会問題(Social)、企業統治(Governance)の三分野(英語の頭文字をとってESG)に配慮する責任投資原則が宣言されて始まった。大きな転機となったのは〇八年のリーマン・ショックである。 目先の利益ばかりを追求する金融機関が破綻し、強欲主義の醜さがあらわになった。業績など財務指標にとらわれるよりも「企業統治や社会貢献といった基準で投資を判断した方が結果的に企業の持続的な成長も見込める」との考え方が投資家に広がったのである。 環境では地球温暖化や水資源保護、社会問題では地域社会への貢献や原料調達先の労働環境、女性活躍、企業統治では法令順守や情報公開、労働分配率向上などが基準となる。こうした風潮は確実に浸透し、欧州ではESG投資が資産運用全体の半分、米国でも二割を超えている。 日本では拡大傾向にあるものの、一六年時点でわずか3・4%(約五十一兆円)にとどまっている。確かに環境や社会貢献への取り組みは数字には表しにくい。企業の成長にどの程度メリットがあるかや、社会的意義がまだまだ認識されていないのが現状だろう。 だが、世界最大の機関投資家である年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が昨年から一兆円程度をESG投資に振り向け始め、今後も拡大させる方向だ。 企業側も、積極的に取り組みをアピールするべきである。北欧の企業は生産設備すべてを再生可能エネルギーに改めたり、途上国への支援などを強調している。 言い換えれば、環境に負荷をかけたり社会問題に後ろ向きな企業は市場から信認を得られず、株価への影響が避けられない時代に入ったのである。実際、ノルウェーの政府年金基金は、石炭火力発電所の発電比率が高い日本の電力会社数社から投資資金を引き揚げた。いわば市場からの「ノー」が宣告されるのである。 世界的には、たばこ会社や武器輸出企業、核開発企業なども投資撤回の対象に挙げられている。 企業が目先の利益確保に走らず、ESG投資の意義が社会全体に広まっていけば、社会に、人間によい時代が必ず訪れるはずだ。
%%%%%
《森友学園かみ合わないバトル》本多平直・立憲民主党 VS 安倍晋三総理【国会中継 衆議院 予算委員会】平成30年2月26日

 上掲記事に関して、籠池氏の200日を越える拘留を憤る大学講師のブログ記事を転載しておきます:
%%%%%この国で逮捕されたくない
  籠池氏はいつ保釈されるのか 【プロフィール】常見陽平(つねみようへい) 身長175センチ 体重90キロ 千葉商科大学国際教養学部専任講師/いしかわUIターン応援団長 2018年02月25日 23:49
約13年、東京の下町に住んでいる。いつも何かイベントがあって。浅草にふらりと出たら、今日は東京マラソンだと気づき。トップ集団じゃなくても、ランナーってこんなに速いんだね。それはそうと、ふと思い出したこと。籠池夫妻が長い間、勾留されている。「逮捕」されたのであって「容疑者」である。異例の長期間、拘置所にいる。籠池夫妻のしたことについて、法による判断は裁判所が決める。社会通念から見て善いか悪いか、好きか嫌いかは庶民が勝手に論じる。しかし、この長期勾留は納得がいかない。自分事として考えて欲しい。これは森友問題についてどう思うかとは別の話であり。ほとんど「懲役」ではないか。問われているのは、右か左かでもなく、賛でも否でもなく、この国がまともかどうかだ。
%%%%%

 まことに尤もな意見ですが、安倍氏はそれを異常とは思いたくない。何せ、一歩間違えれば塀の向こう側に落ちても不思議は無い犯罪まがいを積み重ねてきています。たまたまモリカケダンゴスパが表に出てきていますが、余罪はたくさんあるんだろうと思っています。安倍氏が韓国のトップの座にいたならば、100年は獄舎につながれるべきとの見積もりをする法学者もいるとの事です。

+++++火山の話〔続〕
 前回の続きです。「竹島」と聞くと島根県の北端にある島と思ってしまいます。しかし、あそこで火山という話は聞いたことが無い。それは前回図示したように、九州の西南に位置する小島です。硫黄島も小笠原諸島の南端の島ではなく、竹島のすぐ西隣にある島です。
〔図: 鬼界カルデラと 竹島・硫黄島〕
180228800px-Kikai_Caldera_Relief_Map,_SRTM,_Japanese

%%%%%ウイキは鬼界カルデラについて以下を書きます;
 カルデラは東西約21km、南北約18km楕円形であり、約7,300年前の噴火で形成された内側のカルデラと、それ以前に形成された外側のカルデラの二重となっている。カルデラ底部の水深は400-500m、海底には多数の海底火山があり起伏に富んだ地形になっている。カルデラ外輪山として竹島、硫黄島が海面上にある。硫黄島の硫黄岳、稲村岳、及び昭和硫黄島は後カルデラ火山。外輪山の矢筈岳、硫黄島西部の平坦部は先カルデラ火山。硫黄島から南東方向の中心部付近には海底の高まりがあり、後カルデラ火山活動によって形成された中央火口丘と推定される。このうち一つの浅瀬は海面上にあり、3つ岩礁からなっている。神戸大などの研究チームが2016年から2017年にかけて行った海底調査では直径約10km、高さ約600m、体積約40km3の溶岩ドームを確認した。
%%%%%ウイキ引用終わり
 さて前回の続き Livescience誌記事の後半部分です:
%%%%%8 Trillion 'Gallons'! Huge Blob of Magma Found Atop Undersea Volcano 2018年2月10日11:02
Hidden Volcano 隠れている火山

But because the caldera is hidden underwater, it's hard to keep tabs on its activity. Tatsumi and his colleagues conducted multiple remotely-operated-vehicle dives to the caldera floor, south of Kyushu Island in the Japanese archipelago. They used sonar to map the caldera's floor and shot small explosive charges into the seafloor to create seismic waves they could record and use to image the subsurface. The team also collected data on the water column's chemistry and took rock samples from the looming dome in the center of the caldera.
 しかし、鬼界カルデラは水中に隠れているので、その活動を監視することは難しい。巽と彼の同僚たちは、日本列島の九州の南にあるカルデラの海底に、複数回の遠隔操作ダイビングを行った。彼らはソナーを使ってカルデラの海底をマッピングし、小さな発破を海底で実施しそれによる地震波を記録し、解析から海底下の構造を描き出した。チームはまた、海水の化学成分に関するデータを収集し、カルデラの中央のドームから岩石試料を採取した。

〔図:This relief map shows the Kikai caldera: The inner and outer caldera are shown in solid lines. The blue diamonds indicate the diving sites of the remotely operated vehicle (ROV).
Credit: Tatsumi et al., Scientific Reports, doi:10.1038/s41598-018-21066-w
180226火山2

The findings proved that the dome was, in fact, built up from lava, specifically a form of lava called rhyolite — some 8 trillion gallons (32 cubic kilometers) of it. This dome could have formed anytime since the last eruption, Klemetti said, so it isn't clear how new it is. However, Tatsumi and his colleagues found that its chemical composition is different than the lava ejected from the caldera during the last super-eruption. This finding suggests that a new magma system formed after the eruption, Tatsumi told Live Science.
"The post-caldera activity, at least [at] this caldera, is regarded as the preparation stage to the next super-eruption, not as the calming-down stage from the previous super- eruption," he said.
その結果、ドームは、実際に溶岩から作られたものであることが明らかになった。具体的には流紋岩と呼ばれる溶岩から形成されており、体積にして約8兆ガロン(32立方キロメートル)と見積もられた。このドームは、最後の噴火で形成されたとKlemetti氏は述べている。しかし、巽教授らは、最後の超噴火でカルデラから噴出した溶岩と化学組成が異なることを発見した。この発見は、噴火後に新たなマグマシステムが形成されたことを示唆している。
「カルデラ形成後の活動は、少なくともこのカルデラでは、過去の噴火の沈静化段階にはなく、次の超噴火への準備段階と見られる」と彼は語った。
Evolving system  変貌する火山系

That doesn't mean an eruption is imminent, but that the volcanic system that underpins the caldera has been changing and evolving over the millennia, the researchers reported. It's interesting to see that the lava dome apparently originates from a different part of the magmatic system (underground chambers of molten rock) than the last super-eruption's lavas, Klemetti said. [50 Amazing Facts About Volcanoes]
The best way to be sure the dome has a separate origin would be to test the minerals in the lavas and to find out when they formed, whether before the caldera-forming super-eruption, around the same time or after, Klemetti said. Tatsumi and his team plan to look deeper under the caldera. Given the giant size of the lava dome, there could be a large magma reservoir under the surface, Tatsumi said. The team plans to use subsurface imaging to look for that reservoir and describe it if it exists.
それは噴火が差し迫っていることを意味するのではなく、カルデラを支える火山系が何千年にもわたって変化し、進化している、と研究者らは語る。興味深いことに、溶岩ドームは、溶岩体系〔溶岩溜り〕から、はっきりと分離している。と、Klemetti は語る。[ 火山についての50のおどろくべき事実 ]
ドームが別の起源を持っているかどうかを確かめる最も良い方法は、溶岩中の鉱物をテストし、カルデラ形成超噴火の前に、それがいつ形成されたかを同定することだ。巽教授と彼のチームは、カルデラの下をさらに深く調べる予定だ。溶岩ドームの巨大な大きさを考えれば、表面に大きなマグマ溜まりがある可能性がある、と巽教授は述べた。チームは地下イメージングを使用してそのマグマ溜りを探しことを計画している。
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+++++原発ゼロと小泉純一郎氏
 前回、予告したように、小泉氏の発言をここに転載しておきます。ネット記事は時間がたつと消滅してしまいます。キャッシュといういわば隠し穴というやり方もありますが、まずは本ブログ上に確保しておこうというわけです。
小泉氏の「原発ゼロ」議論とは直接関係はありませんが、先日、週刊誌「週刊金曜日」2018年2月9日号のペイジをパラパラとめくっていたところ、「約7億5000万円の献金を5年で集めた森喜朗」と題する記事が目に留まりました。 
 副題に「平和の祭典を汚させないためにも国会で「森問題」を追及せよ、平昌冬期五輪への安倍首相出席問題から日韓・日朝関係、東京五輪・パラリンピックまで、論客2人が語り合う。
」とあり、対談を想像もしなかったお二人、すなわち「山口敏夫×佐高信」が語り合っています。政界コボレ話とでも言うべきエピソードが語られています。それによればサンフランシスコ講和条約が発効した直後、1952年公職追放から解き放たれた岸信介氏は政界復帰の第一歩として「社会党」〔当時〕への入党を打診していたが、拒否されたと山口氏が語っています。また、小泉氏のブレーンとして政界を牛耳った竹中平蔵氏について時の財界重鎮が「ありゃあ、小泉の茶坊主だな」と嗤っていたと山口氏が語っています。
 さて、本題です:
%%%%%倉重篤郎のサンデー時評 
小泉純一郎・元首相 激白90分 安倍首相には、もはや期待しない!
2018年1月23日Texts by サンデー毎日
▼原発推進派の主張は全てウソだ!
 年明け、記者会見を開いて「原発ゼロ法案」を発表した小泉純一郎元首相(76)。「安倍政権では無理だろうが、将来に備えて国民運動を展開する」と小泉節を轟(とどろ)かせた。脱原発に向けた確信の根拠は何か? 安倍政権をどう見ているのか? 変革に向けた若々しい情熱を、倉重篤郎が訊(き)く。
 その人に前にお会いしたのは、5カ月前、昨年8月末だった。
 ミサイル威嚇攻撃を繰り返す金正恩(キム・ジョンウン)・朝鮮労働党委員長の北朝鮮へ、日本からの特使派遣で問題解決を図れないか。そんな観測記事が出る中、特使に擬せられたその人に電撃訪朝がありうるか、質(ただ)した。
 その人、小泉純一郎元首相の回答は、「ない、ない」と一笑に付すものだったが、併せて聞いた政局の見立てが忘れられない。森友・加計(かけ)学園疑惑での安倍晋三政権の行き詰まりを指摘、この問題について十分な説明ができないのであれば、臨時国会冒頭解散もありうる、との見解だった。実際に解散の動きが表面化したのは、その2週間後だったから、その予測の的確さに驚かされたものだった。
 その後、小泉氏は脱原発の地方遊説に専念している、と思っていたら、年明けになっていきなり記者会見、原発ゼロ法案を発表した(1月10日)。曰(いわ)く「原発ゼロは、もう安倍政権では無理だと思っているが、必ず実現する。次の総裁選ではわからないが、いずれ国民の声を受け止められる人が出てくる。そのための国民運動を展開していく」。
 久々の小泉節。もはや安倍首相には期待しない。日本政治を原発ゼロに切り替えられる次のリーダー作りのために最後の一働きをする、との意思表示だった。
 もちろん、倒閣運動ではない。だが、安倍1強政局に投げられた曲球(くせだま)のにおいもしないではない。ついては真意を聞こう。17日、小泉氏を都内の事務所に訪ねた。
安倍政権では「もう変えられない」
 3・11から7年。一貫して脱原発の伝道師を続けている。その原動力は何か?
「原発が安全で、コストが一番安く、永遠のクリーンエネルギーという推進論者の主張が明白な嘘(うそ)だからだ。地方講演を数え切れないほどこなし、国民に脱原発への根強い支持があることもわかった。原発ゼロはやればできるし、できるだけ早くやったほうが日本のためにいいということだ」
 小泉氏はその後、この三つの嘘をさまざまな角度から論証。原発に代替すべき水力、風力、地熱など自然エネルギーの開発が世界的にいかに進んでいるかについても、例証してくれた。
 いずれも説得力のある興味深いものだった。関心のある方は、ユーチューブで検索してほしい。小泉氏の地方講演の模様が手に取るように伝わってくる。
 それにしても、なぜ今この時期に記者会見なのか。
「政府・自民党は選挙で原発依存度を下げる、と公約しながら、2030年の電源構成で原発を20〜22%の基幹電源とするなど逆をやっている。すでに原発ゼロで2年間やってきた実績があるし、現時点でも依存度は2〜3%だ。よく恥ずかしくないな、とあきれている」
「加えて政府保証だ」
 小泉氏が取り上げたのは、日立が英国で進める原発事業をめぐり日本が新たに政府保証をつける、という安倍政権の最近の方針だ。
「民間金融機関は政府が保証しないと融資しない。原発メーカーも政府が保証しないと輸出しない。なぜか。原発には依然として事故の可能性がある、事故があれば損害があまりに大きすぎ、民間では負担しきれない。政府が保証しない限りやれない、ということだ。外国で事故が起きても日本が負担する。原発が危険なことがわかっているのにツケをどんどん国民に回す。これには憤りを感じた」
 日立といえば、安倍政権に近い、といわれる次期経団連会長を出す企業でもある。そこに政府保証というのもすっきりしない。
「経団連としてますます原発が必要だと働きかけるんだろう。それにまた引きずられるのが悲しいね」
 同じ原発メーカーである東芝は実質経営破たんした。
「原発をやっていくこと自体に経済性がない。米国がいい例だ。バーモント州で、福島1号機と同じタイプの原発の運転延長をめぐる訴訟があった。原発会社は訴訟に勝ったのに運転をやめた。安全対策で採算が合わないという判断だった」
 日本ではなぜ原発をやめられない?
「そこが私もわからない。原発ゼロにしたら国のエネルギー政策が立ち行かないと言うが、現に原発ゼロでやってきた。コスト安を理由にした推進論者たちは今、口に出しては言わないが、どんなにコストがかかっても原発を維持したいというのに変わってしまった。原子力村の力がまだ強い、ということなのだろう」
 安全保障面での原発維持論もある。核兵器製造の潜在能力保持が目的だ。保守派の本音はそこだと言う。
「私はその議論に与(くみ)しない。なぜ核兵器を持てば安全なのか。それより核兵器禁止条約にどうして参加しないかわからない」
 米国の核の傘の下だと立場が弱い、言いなりだと。
「それは違う。確かに、米国にも原発推進論者がいる。日本の原発ゼロは困るという勢力もいる。だが、私も総理をやったからわかるが、米国というのは日本国民がしっかり決めれば日本の意思は尊重する。(同じ米国との同盟国の)独だって原発ゼロでやっている」
「推進論者は独の脱原発は、仏の原発による電力提供があるからで、島国日本はそれができない、という。シュレーダー前独首相が来た時に聞いたら、あきれていた。独は原発ゼロ宣言後も近隣諸国に売電している。仏に近い地域で原発電力を使っているが、なくても十分やっていける、と」
「安保面でいうと、逆の見方もある。テロの時代だ。9・11ではないが、原発をターゲットに自爆テロをやられたら大変だ。電力会社は日本国民に向けた原爆を持っているようなものだ」
 北のミサイル問題も。
「基地攻撃より、原発を狙われたほうが被害甚大だ」
 日米原子力協定をどうする? 今年7月に30年の改定時期を迎える。安倍政権は自動延長の構えだ。
「日本が原発ゼロを宣言した時に考えればいい。どちらかがノーと言えば、終わる仕組みだ。米国が反対しても日本がやめたと言えばいつでもそれが可能だ。それに米国が怒るというようなことはない。(同盟関係にも)ひびが入らない。むしろ、米国が反対するからという理屈を意図的に作っているのではないか」
 原子力村の中枢はやはり経済産業省・資源エネルギー庁だ。
「原発は、政府の支援、税金を使わないでは維持できない産業と化したのに、なおコスト安という嘘をつく経産省・資源エネ庁とはどういう役所か。電力会社を自分たちの天下り機関だと思っている」
 その経産省色の強い今の安倍政権では変わらない。
「もう変えられない」
 官邸の実力者といわれる経産省出身・今井尚哉(たかや)首相秘書官の力か?
「わからない。最後は首相自身の判断だろう」
総裁選は「間際までわからない」
 安倍首相には小泉さんが何度も説得している?
「うん。だが、全く何も答えない。『経産省に騙(だま)されてんだ、経産省の推進論、全部嘘なんだぞ』と言っても苦笑しているだけだ。もうここまできた以上変えられないということだろう」
 首相が決めればすべて変わるというのが持論だ。
「すべてが変わる。簡単だ。今は首相が推進しているから皆黙っている。逆になれば役所もガラッと変わる。役所も電力会社も原発派と脱原発派があり、今は原発派が権力を握っているだけだ。自然エネルギーが伸びれば、脱原発派がいずれも主導権を握ってくる」
 今の安倍首相である限りそうはならない。
「そうはならないね」
 ということは、次の首相を待つしかないと?
「そう」
 それはいつごろか。
「わからない。ただ、今後も再稼働が進んでいく状況ではない。自然エネルギーが伸びていく。原発がなければやっていけないというのでは取り残される」
 なぜそういう議論を国会でしない?
「原発ゼロ法案を出すのは、そういう議論をしてくれということだ。自民党は反対するだろうが、原発ゼロをはっきり打ち出す政党も出てくる。議論すれば推進論者の大義名分が全部崩れる。そうすれば国民世論を喚起できる。あえて通常国会前に記者会見した」
 選挙での争点化は?
「次の参院選でも衆院選でもいい。争点化できれば面白くなってくる」
 昨年10月の衆院選では争点化できなかった。
「争点化するという意識が野党になかった。自分たちの争いで手いっぱいだった」
 野党一本化、なぜ失敗?
「俺が俺が、というのが野党になると強いのかな」
 小池百合子都知事の采配はどうだった?
「(希望の党党首として)原発ゼロの公約は出した」
 小泉さんが働きかけた?
「都知事が五輪では原発の電気は使わないと表明すれば影響は広がる。原発ゼロでガンバレと言っただけ。選挙に私は関わらない」
 総裁選はどう見る?
「間際までわからない。私自身も2回負けて、3回目も負けるのか、と皆が言っていた。家族にまで『恥ずかしいからやめてくれ』と言われた。もうこれが最後だからと。出たら勝った」
 永田町の数でいえば、安倍さんが圧勝と見えるが?
「わからんよ。これは間際までわからん」
 石破茂、野田聖子氏は?
「出ると言っている」
 岸田文雄氏は禅譲期待。小泉さんにはどう見える?
「まあ成功する場合もあるでしょう」
「加藤の乱」の失敗が効いているらしい。
「野党の不信任案に同調するというのは禁じ手だ」
 その顔ぶれだと原発が争点になりにくい。
「わからんね」
 息子の進次郎氏は?
「聞いていないが、進次郎は私のことは見ているし、福島は原発ゼロにしなければとはっきり言っている。あまり進次郎には言わないことにしている。自分の判断でやれと」
 河野太郎外相は明確な原発ゼロ論者だ。
「河野さんに電話して言ったことがある。あんたは先見の明があったと、前から原発ダメだと言っていたと。だが今は封印している」
 彼が出れば争点になる?
「なるね。出たかったんだけど(12年の総裁選では)推薦人が集まらなかった。今度はわからんよ」
9条改憲「急いではダメだ」
 9条改憲論についても聞きたい。安倍首相の悲願は成就するか?
「自衛隊が戦力ではない、という建前は、皆おかしいと思っている。ただ、日本国民の中には、無謀で愚かな戦争で犠牲者を多く出してしまった、二度と戦争はやらない。そういう意識が強く残っている」
 それがあるだけに9条改憲は難しい。
「時間が必要だ。急いではダメ。対立してもダメだ。野党と話し合って、自然に前に進む問題だ。(首相が)黙っていても衆参両院の3分の2の議員がこれがいいな、という状況に持っていかなければ」
 小泉さんも首相在任中は改憲しなかった。
「いくら首相が執心してもできないことがわかっていた。郵政民営化は首相が決断すればできると思ったからやった。今思うと原発のほうが楽だ。民営化は全政党が反対だった」
 9条改憲についてはまだできない状況が続いている?
「まだ無理だろうな」
 安倍首相の言う9条3項論には賛成か?
「野党と相談して、もっといいものを考えたほうがいい。憲法改正は逐条でいい。全体を考えなくていい。9条をわかりやすく、自衛力が必要だという形にする。いずれなるよ。海外で武力行使はしないというのを残せばいいんだから」
 むしろできるのは原発ゼロか?
「そうだ。首相の時は在任中に何ができるか判断するのが大事だ」
 ただ、安倍首相もここまでくると、9条改憲に突き進むしかない?
「ないだろうね。ただ、強引にやると失敗する」
 国民投票でノーと言われる可能性がある?
「なっちゃう。失敗はしたくないというのが自民党の中にも出てくる」
 そうすると、引きずり降ろされる?
「どういう形になっていくか。議論の進展を見ないとわからないね。野党がどう変わってくるか」
 振り上げた拳を下ろすのが難しい状況にも。
「うん」
 大きな政局要因だ。
「間際で判断すると首相が言っている。それは当然だ。雰囲気というのはいつ変わるかわからない」
 最後は微妙な表現ながら9条改憲がむしろ安倍3選の妨げとなる、との含みを当方としては受け止めた。
 当年とって76歳。「後期高齢者になっちゃったよ」と言いながら「まだまだ立ったまま90分間講演できる」と意気軒高だ。最近は憲政の神様、尾崎行雄翁が94歳で揮毫(きごう)したとされる言葉をよく引用する。「人生の本舞台は常に将来にあり」。原発ゼロの本舞台は、まだまだ始まったばかりだ。
(サンデー毎日2月4日号から)
%%%%%転載終わり

望月東京記者と古賀氏が語る森友事件、草津火山〔続)

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
〔写真:東京新聞一面トップ紙面より。拡大は二回クリック〕
マラソン3908

 
マラソンは アフリカ勢に 勝てないと 負け犬根性 設楽が駆逐

 私はマラソン競技を視聴するのが好きです。が、昨日の東京マラソンは見逃しました。そんな劇的な記録達成があったとは! 16年ぶりとのこと、驚きました。もう一人の逸材、大迫選手ともども、いよいよ世界のトップクラスに迫って欲しいと期待しています。あの川内選手も大きな刺激をうけた事でしょう。一段も二段もパワ^アップして舞台に登場してくるとの”ウメー‘筋書きも期待したいものです。
〔写真:というわけで、当家の「ウメ」も開花が始まりました。拡大は二回クリック〕
梅3907

 
 今朝未明二時半ごろ地震で目が覚めました。震源は福島県沖、この地域の地震についてはかねてより関心があり〔例えば、2017年8月18日記事〕、その発震機構解が分かった時点で、もう少し詳しく、その活動性状を調べようと思っています。ところで、地震調査委員会は南海トラフで発生が予期される大地震が30年以内に起きる確率を70%から80%に修正しました〔2月12日記事〕。南海トラフ関連の地震帯での直近の活動として誰しもが注目している地震は2月19日3時半の豊後水道の地震です〔m5.7〕。Hinetによれば、この地震の発震機構は正断層です。
〔図1:HINET, 拡大は二回クリック〕
180226豊後無題


 Hinet情報は速報にこだわるが故と思われますが、しばしば、その解に正確さを欠くことがあります。私も以前Hinet情報を鵜呑みにしてもっともらしい解釈記事を書きました〔2016年4月1日記事 この解釈は文字通りApril fool 記事でありました〕。そこで、上記の2月19日に地震についても、気象庁、GCCS( Global CMT Catalogue Search)
のCMT解の公表を待っています。どうやら解の確定に何か問題が生じているのではなかろうかと想像しています。何か、ややこしいことが起きているとするならば、それはそれで地震学的には興味深い現象に由来するのかもしれません。

+++++森友学園を古賀氏と望月記者が論ずる 
 いくつか、本ブログ上に書きとめておきたい記事があります。一つは今回転載した「モリトモ」事件です。もう一つは「小泉純一郎氏インタビュ」記事です〔これは次回紹介します〕。
 どちらも、長い記事ですので、「常陸国風土記・香島条」の解読、および「チバラギ地震」〔続編〕は休載します。
 望月衣塑子東京新聞社会部記者は、菅官房長官を記者発表会見でしばしばたじろがせてきた、気骨ある記者です。写真で見る限り、華奢な美人です。こういう記者が出現すると男が長く牛耳ってきた「記者クラブ」のだらしなさが露呈し、いいかえれば改めてジャーナリストの使命はどこにあるのか考えさせます。もう少し、私が、若ければ「これからは、女について行こう」と決めるのですが、これまでどおり「男尊女卑」の“虚勢”をしばらくは張り続けようと思っています。その望月氏が反骨の元高級官僚・古賀茂明氏と「森友」問題を語っています。
 
%%%%%昭恵夫人はいつまでしらばっくれるのか  BEST TIMES 2/23(金) 18:00配信
 鉄壁•菅官房長官に鋭く斬り込んだ話題の記者•望月衣塑子氏と日本の政治の裏の裏まで知る、元経産省官僚•古賀茂明氏。空気を読まない二人が首相夫人の疑惑に切れ込む! 以下、新刊『国難を呼ぶ男! 安倍晋三 THE 独裁者』よりお届けする。
■古賀茂明が断言する! 昭恵夫人の関与
望月 安倍昭恵夫人の森友問題への関与。安倍首相や首相官邸は必死になって、否定しています。首相がムキになって否定する答弁は、かえって「関与があったんじゃないの」という、国民の疑いを深める結果を招いているように思うのですが。
古賀 安倍政権や財務省側に何ひとつ問題はなかったのか……。私の解釈では、絶対それはない、関与はあったと考えます。
望月 古賀さんが「関与はあった」と思う根拠は何ですか? 
古賀 役人の感覚ではどうにも腑に落ちないところがいくつかあるのです。最大限好意的に見れば、たとえば、贈収賄でなかったと言えるかもしれません。証拠がないから。しかし、寄付の100万円も渡していなかったかもしれないなど、彼らにとって好意的な解釈をしていっても、どうしても腑に落ちないところがあるんです。「これはやはり、おかしい」と、ピンときたのは、籠池泰典氏が証人喚問で経緯を語ったときです。籠池氏は昭恵夫人の携帯に連絡して国有地の「定期借地契約の延長」を依頼し、後日、経産省から出向している昭恵夫人付の官僚・谷査恵子(たにさえこ)氏からファックスで回答を受け取っています。谷さんはこの案件を、財務省の財産審理室長に直接伝えて、向こうから返事をもらったことになっている。これは、役人の感覚では絶対ありえないことなんですよ。
望月 絶対ありえない? 
古賀 なぜかというと、省庁のなかには暗黙の序列があるからです。予算を握っている財務省は、省庁の頂点。ほかの役所に比べるとワンランク格上なのです。最も端的に表れるのは、予算の復活折衝のときです。 たとえば、主計官というのは、財務省主計局のなかの一課長ですが、他の省庁から交渉に行くのは課長であれば誰でもいいわけではない。各局の筆頭である総務課の課長でなければいけないのです。そして、主計局の「次長」は、ほかの省庁の「局長」と同等です。

■なぜノンキャリの谷さんが…
望月 外部からは見えないけれど、揺るぎない序列があるんですね。そうです。そしてもう一つ。これは財務省だけではないけれども、官僚には企業でいう総合職と一般職にあたる、キャリアとノンキャリア(ノンキャリ)という職制があります。実質的なことは全部幹部候補生のキャリアがやります。国有財産審理室長は財務省のキャリア。一方、谷さんは、経産省のノンキャリです。だから二人の間には財務省と経産省、キャリアとノンキャリという二重のハードルがあって、まず、普通では直接話せない相手なわけです。谷さんが国有財産審理室長と直接やりとりすること自体がありえない。これは絶対にないですよ。せいぜい、経産省の会計課長や総務課長がいるときに、説明補助者として後ろにいて、何かわからない細かいことを聞かれたら答えるぐらいで、名前を名乗ることすらないわけです。
望月 つまり、二人が対等にやりとりするのは相応の理由がある……。
古賀 そういうランクの差があるにもかかわらず、ノンキャリの谷さんの問い合わせに、財務省のキャリアが答えるというのは、普通は考えられません。しかし実際、谷査恵子さんは、田村嘉啓国有財産審理室長に電話をかけたようです。 これは共産党の宮本 岳志 (みやもとたけし)衆議院議員が、田村さん本人から直接聞き取り調査をしてわかった事実です。谷さんはまず「安倍昭恵付の谷査恵子と申します」と身分を名乗ってから「安倍内閣が一億総活躍ということで女性を活躍させるため、介護施設に国有地を貸し付けている場合、その賃借料を10年間半額に負けるという政策を行っています。同じことを学校に適用できないか」と打診し、またこれが「籠池さんからの願いである」ということも付け加えたのです。
(第41回メディアを考えるつどい「森友事件の政府とメディアの幕引きを許さない」西宮市立勤労会館大ホール2017年6月10日より)
望月 ということは、「安倍昭恵さんのおつきの人」からの問い合わせだという認識はあったんですね? 
古賀 田村さんは、もとから安倍昭恵さん関連であると念頭にあるはずです。当然このファックスが作成されるときには、「これは特別案件で、谷さんから話があったけれども、それは昭恵夫人の代理という位置づけでやり取りしている」という話で来ているわけです。「きちんと素早く対応しないといけない」というのが、田村 嘉 啓 国有財産審理室長はじめ財務省のなかで共有されていたことは確実なんですよ。逆に谷さんが、昭恵さんの指示もなしに独断で「昭恵さんから言われました」と、財務省のキャリアに直接話したりするかといえば、答えはNO。普通は勝手に上司の名前を使ったりしたら懲戒ものになる話だし、そもそも相手にしてもらえない。まったくありえないことです。
望月 しかし、財務省の田村室長は、よく宮本岳志議員の聞き取り調査に応じましたね。
古賀 はじめはなかなか応じなかったようです。あとでお話ししますが、籠池夫妻が2015年3月15日に「(土壌改良中に)ゴミが出てきた」と財務省にねじ込んだときの音源データという、動かぬ証拠が出てきたので観念して応じたのでしょう。(同つどいより)
望月 これまでの話を総合すると、やはり昭恵夫人がかかわっていたのは明白なわけですね。

■二つの資料から分かること
古賀 はい。官邸主導の報道では谷氏のファックス(資料一)前半部分をもとに、「現状ではご希望に沿うことはできないようでございますが」といったお断りの部分のみが強調され、これをもって「ゼロ回答だったので問題はない」と押し切ろうとしていました。しかし後半には「なお本件は昭恵夫人にもすでに報告している」と昭恵夫人が認識していたという、大変重要な内容が書かれています。また二枚目のファックスには(資料二)、10年の定借の是非、50年定借への変更の可能性、土壌汚染や埋設物の撤去期間に関する資料の扱い、特に、工事費の立て替え払いの予算化についても書かれていることは「ゼロ回答では決してなかった」証ですね。
望月 午後からの衆議院の証人喚問では民進党(現・立憲民主党代表)の枝野 の幸男氏の質問に対して籠池氏が読み上げたとき議場内がどよめきましたよね、このとき。衆参両院の証人喚問後に、外国特派員協会で開かれた籠池氏の会見時に配付された資料がこれです。(資料一と二)官邸もファックスの存在と内容は認めています。余談になりますが、相当あわてて出したらしく、谷さんの携帯番号等も黒塗りされることなくそのままコピーされて配られました。

<<資料一枚目塚本幼稚園 幼児教育学園 総裁・園長籠池 泰典 様
前略 平素よりお世話になっております。
先日は、小学校敷地に関する国有地の売買予約付定期借地契約に関して、資料を頂戴し、誠にありがとうございました。時間がかかってしまい申し訳ございませんが、財務省本省に問い合わせ、国有財産審理室長から回答を得ました。大変恐縮ながら、国側の事情もあり、現状ではご希望に沿うことはできないようでございますが、引き続き、当方としても見守ってまいりたいと思いますので、何かございましたらご教示ください。なお、本件は昭恵夫人にもすでに報告させていただいております。
内閣総理大臣付 谷査恵子
※明日より出張のため、携帯番号がしばらくつながらない可能性がございます。ご迷惑おかけいたします。
<<資料二枚目 籠池様
平素よりお世話になっております。先月頂戴した資料をもとに、財務省国有財産審理室長の田村嘉啓氏に問い合わせを行い、以下の通り回答を得ました。
1)10年定借の是非
通常、国有地の定借は3年を目安にしているが、今回は内容を考慮し、10年と比較的長期に設定したもの。他の案件と照らし合わせても、これ以上の長期定借は難しい状況。
2) 50年定借への変更の可能性
政府としては国家財政状況の改善をめざす観点から、遊休国有地は即時売却を主流とし、長期定借の設定や賃料の優遇については縮小せざるをえない状況。介護施設を運営する社会福祉法人への優遇措置は、待機老人が社会問題化している現状において、政府として特例的に実施しているもので、対象を学校等に拡大することは現在検討されていない。
3)土壌汚染や埋設物の撤去期間に関する賃料の扱い
平成27年5月29日付 EW第38号「国有財産有償貸付合意書」第五条に基づき、土壌汚染の存在期間中も賃料が発生することは契約書上で了承済みとなっている。撤去に要した費用は、第六条に基づいて買受の際に考慮される。
4) 工事費の立て替え払いの予算化について
一般には工事終了時に清算払いが基本であるが、学校法人森友学園と国土交通省航空局との調整にあたり、「予算措置がつき次第返金する」旨の了解であったと承知している。平成27年度の予算での措置ができなかったため、平成28年度での予算措置を行う方向で調整中。

■なぜ谷氏本人を証人喚問しなかったのか
古賀 官邸は、この文書そのものが谷氏の独断で書かれたもので、昭恵夫人は関与していないとしました。それならなぜ、谷氏本人を証人喚問しなかったのか。渦中の谷氏は2017年8月、在イタリア日本大使館一等書記官になりました。これは、異例の栄転です。イタリアはヨーロッパのなかでも、みんなが行きたがる国なんです。ノンキャリアの谷さんが、外務省へ、しかも一等書記官ですから、かなりの厚遇ですね。 昭恵夫人付職員として真実を知り得る立場にいながら、無言を貫いたことへの論功行賞であるのは間違いないと、これまた官僚ならば誰もがわかること。安倍首相という権力者に逆らわず不利益なことをしない者は、守ってもらえ、最終的には報酬を手にすることができる。官僚たちは改めて、そのことを心に刻んだはずです。
望月 最後に昭恵夫人が2015年9月5日、塚本幼稚園で講演を行ったときのことを。午前の部終了後、籠池氏から正式に名誉校長就任を依頼され快諾。その午後からの第二部の講演で語った内容です。「名誉校長就任」を嫌がっていませんし、自ら喜んで関与したのは明らかですね。
「瑞穂の國記念小學院、え〜、来年開校予定だったのが再来年に延びたということでございますけれども、素晴らしい小学校ができるということで、私もあの、名誉校長で私はいいのかしら? (笑)と思いますけれども。あの、何か籠池園長、そして副園長のもう本当に熱い熱い、この国に対する、教育に対する思い。お手伝いできればなぁ。という風に思っているところです。
(著述家・菅野完 音声データより)
(『国難を呼ぶ男! 安倍晋三 THE 独裁者』より構成)
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+++++草津(再)
 前回、草津・視察ツアを書きました。視察の結果、「安全」又は「否」であるとの判断はできませんでした。現ブログ管理人の力量をはるかに超えているからです。「行く前からそんなことは分かっていたろう!」との野次が耳に届いております。
 研究者達は基本的な地震発生・火山噴火の物理機構は理解しつつあるが、個別の地震源、火山源での活動直前の挙動については、解明していない。まだまだ研究者の知恵・理解からほど遠いところにあるようです。それを朝日ネット記事が書いています:
%%%%%草津白根山、噴火繰り返されていた? 過去の痕跡を発見
2/25(日) 13:14配信
〔図:草津白根山・本白根山周辺の画像。1月23日の噴火口(青)と、同様の火口とみられる痕跡(紫と緑)が確認された=国土地理院・アジア航測作成、拡大は二回クリックで)
180226白根無題

 1月23日に噴火した草津白根山(群馬県)の本白根山で、同様の噴火が過去に繰り返されていたとみられる痕跡が、国土地理院や産業技術総合研究所の分析で見つかった。今回のような噴火は、従来考えられていたより頻繁に発生していた可能性がある。1月の噴火では、最長で約500メートルにわたる列状の火口が複数生じた。こうした火口は比較的小さく、時間が経つと樹木に隠れてしまうため、従来の航空写真では見つけることが難しかった。 国土地理院などは今回の噴火をきっかけに、上空からレーザーで計測したデータを使った特殊な地形図を精査。同様の火口があるかを調べた結果、直径10メートルから100メートルほどの火口とみられる痕跡が数百メートルの範囲に列状に並んでいる場所が複数あった。今回の火口に並行して約1キロの範囲に4、5列存在するという。 本白根山はこれまで、富山大の調査などから直近の噴火は1500〜3千年前と考えられていた。産総研によると、今回見つかった火口の一部は、最新とされていた噴火口より新しく、より近年に噴火した可能性があるという。登山コース近くにあるものもあり、富山大などが今後、詳細に調査する見通し。気象庁も、全国の火山で同様の痕跡がないか再調査する方針。
 産総研の川辺禎久・主任研究員は「これまで知られていたよりも多くの噴火が繰り返されてきた可能性がある。全国の火山に同様の噴火の跡が残っている可能性があり整理が必要だ」と話している。 噴火から1カ月となった草津白根山の本白根山周辺では、22日時点でも火山性地震が続くなど活動が高まった状態が続いている。気象庁は「今後も噴火が発生する可能性がある」として、噴火警戒レベル3(入山規制)を維持し、火口のある鏡池付近から約2キロの範囲で噴石への警戒を呼びかけている。(竹野内崇宏)
%%%%%朝日新聞社

 次も草津関連、とりわけ現状です。記事に拠れば、微小地震が収まっていないと書きます。ニュートリノと呼ばれる素粒子が自然界を飛びかっています。この素粒子は環境にほとんど反応しないことで知られています。しかし、高温物質には稀に反応するとの事です。この性質を利用して地球内部の温度状態を調べる研究がなされています。その研究では、かなりの精度で、地下の高温マグマの存在が確認できる技術開発が進んでいる、と聞きます。間断の無い監視によってそマグマの動き、地表近くにまで上がってきているのか否かを捉えようとしています。しかし、この計測にはどれだけの経費を要するのかはわかりません。何せ、最近だけでも北は蔵王から南は九州まで多数の要警戒火山を抱えているのが日本列島です。限られた政府財源で草津界隈の地下にまで手が回るのか。記事では、取り合えず二千万円が投ぜられたと書きますが。
 どうやら、当面は下記・記事に見るように「微小地震観測」に頼るしかないようです。
%%%%%<草津白根山噴火1カ月>「観光と安全の両立」難題に直面
2/22(木) 20:28配信
 1人が死亡、11人が負傷した草津白根山の本白根山(もとしらねさん=群馬県草津町)の噴火は23日で1カ月。火口から半径2キロ圏内で立ち入り規制が続く中、観光が主産業の草津町は観光と安全の両立という難題に直面している。町が期待するのが、一部が規制区域に含まれ、現在は冬季閉鎖中の観光道路「志賀草津高原ルート」の扱い。4月の開通に合わせ、町は規制から外したい考えだが、気象庁は慎重な姿勢を崩さず、先行きは不透明だ。 本白根山周辺では噴火以降、気象庁が噴火警戒レベルを3(入山規制)に引き上げたのに伴い、火口付近の鏡池から半径2キロ圏内で立ち入りが規制された。町と長野県山ノ内町を結ぶ「志賀草津高原ルート」(国道292号)も、全23キロの区間のうち約8キロが規制区域にかかる。 草津を訪れる年間計300万人超のうち、約15%はこのルート経由。12人が死傷したスキー場のロープウエー廃止と山頂エリアのゲレンデ閉鎖、風評被害による宿泊客のキャンセルなど観光面で大打撃を受けているだけに、ルートが規制範囲から外れるかどうかは町の死活問題だ。 立ち入り規制は、町や気象庁、専門家らでつくる「草津白根山防災会議協議会」(会長=黒岩信忠・草津町長)が決める。今回の噴火は想定外だったため、現在の規制区域は気象庁のレベルに合わせた「暫定的」措置。黒岩町長は19日、毎日新聞の取材に「火口付近を中心に一律に円形で規制がかけられているが、高原ルートを変則的に外してもいいのではないか」と話し、規制区域を見直す考えを示した。 黒岩町長は見直しの理由として、噴石が高原ルートまで飛んでいない▽高原ルートから噴火口の間に高い尾根があり、噴石が飛び越えなかった−−などと強調。警戒レベル2(火口周辺規制)の宮城・山形県境の蔵王山が、「卵形」の想定火口域を基に規制している「先例」も挙げる。 これに対し、気象庁火山課の担当者は「規制区域の見直しは今後の火山活動の見通し次第ではないか。仮にルートを規制区域外に変更した場合、観測態勢をどうするかなどが問題になってくる」と慎重な見方を示す。今月27日には町役場で同協議会の専門部会を開催予定で、黒岩町長は見直しを提案して意見を聴いたうえで、最終的に判断する。【吉田勝】

 ◇現在も火山性地震が観測
 噴火から1カ月がたった草津白根山の本(もと)白根山(群馬県、2171メートル)では、現在も火山性地震が観測され、気が抜けない状態が続いている。 気象庁によると、地下の岩盤が破壊されるなどして起きると考えられる火山性地震は、噴火した1月23日に639回に達したが翌日から急減。ただ26日以降は、ほとんどが10回未満ながらほぼ毎日観測され、2月17日には噴火直後を除いて最多の12回を記録した。 地下で熱水やマグマなどの流体が移動する時などに発生すると言われる火山性微動は、1月26日以降観測されていないものの、火山活動は高まった状態が続いているとして、気象庁は警戒を緩めないよう求めている。 想定外だった本白根山の噴火を受け、気象庁は、同山周辺3カ所に火山活動を監視する地震計やカメラなど計五つの機器を新設し、観測態勢を強化した。文部科学省も、同県草津町に観測所を持つ東京工業大など12機関に対し、緊急に計2000万円を交付し、詳しい調査研究に着手した。【荒木涼子】
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 2月10日のネット科学雑誌livescienceで以下の記事を見つけましたので、紹介しておきます。場所は鹿児島県薩摩半島のすぐ南西の硫黄島・竹島です〔図2参照〕。
〔図:硫黄島と竹島、拡大は二回クリックで〕
180226硫黄島無題

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8 Trillion 'Gallons'! Huge Blob of Magma Found Atop Undersea Volcano
8 Trillion 'Gallons'! Huge Blob of Magma Found Atop Undersea Volcano(1)
八兆ガロン(約五千億バーレル)もの巨大量マグマが海底下火山頂上付近で見つかっている)
By Stephanie Pappas, Live Science Contributor | February 10, 2018 11:02am ET
〔図:The volcanic islands of Take-shima and Satsuma Iwo-jima (shown here) are the subaerial parts of the northern rim of the Kikai caldera.Credit: The Yomiuri Shimbun/AP
180226火山3


A giant undersea caldera near Japan hosts a lava dome made from 8 trillion gallons of molten rock.
The dome, which is 6.2 miles (10 kilometers) wide and 1,968 feet (600 meters) tall, is solid rock now, and it doesn't presage an impending eruption. However, it does add a new wrinkle to the history of the Kikai caldera, a huge depression that formed during a massive volcanic super-eruption about 6,300 or 7,300 years ago (the broad range has to do with different methods of dating the eruption). That eruption sent heated pyroclastic flow 50 miles (80 km) across the sea and spread ash up to 620 miles (1,000 km) away, said Yoshi Tatsumi, the author of a new study on the caldera's inner workings, published today (Feb. 9) in the journal Scientific Reports.
 巨大な海底カルデラは五千億ガロンもの溶岩からなるドームである。
それは10kmの広がりと600mの高さだ。現在はっ噴火が差し迫っているわけではないしその予兆も無い。しかし、喜界カルデラの歴史に新しい知見を加えている。喜界カルデラは66300から7300年前に巨大噴火で大規模な沈下が起きた場所である(年代推定の違いはその手法による)。そのカルデラの研究に携わってきた巽好教授はその噴火の規模は火砕流が80kmにまで届き、火山灰は1000kmにまで及んだと、2月9日に専門誌で論文を発表した)。

The system is still active, and it's a relatively high-risk place for eruptive activity, said Erik Klemetti, a volcanologist at Denison University, who was not involved in the study. The volcano also blew its top in super-eruptions 95,000 years ago and about 140,000 years ago. It occasionally burps ash and steam even in the modern day, with the last recorded eruption occurring between 2013 and 2014. [The 11 Biggest Volcanic Eruptions in History]。
この火山系はまだ活動しており、噴火活動の比較的危険な場所であると、Erik Klemetti, a volcanologist at Denison Universityはいう。95,000年前、およそ14万年前の超噴火では、火山の頂点も吹き飛んだ。現代でも灰と蒸気を噴出し、最後に記録された噴火は2013年から2014年の間に発生した。[ 11の火山噴火の歴史]
(つづく)

草津視察、榛名神社、八場ダム そして沼田河岸段丘

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
〔写真:草津の名所・湯畑と榛名神社拝殿軒の龍の彫刻〕
180223草津無題

 
 わが国土 自然と歴史 満ち満ちて 見るも読んでも 驚きばかり

 町内のバスツアーに参加し、草津温泉界隈を視察してきました。主催者によると50人規模のツアーとなる筈が実に四割減の30人に減ってしまったとの事です。一ヶ月前の1月23日の本白根火山の噴火の再活動を恐れ脱落したと思われます。というわけで、旅は「観光」から「視察」へと一変しました。残った30名は死をも恐れぬ決死の勇気ある視察隊というわけであります。「行程に含まれるイチゴ狩り」という看板に惹かれたという若いお姉〔ねえ〕チャンの一組も例外ではありません。「イチゴ」一筋と、危険を顧みずこの視察に加わったのです。残る隊員の殆ども七十歳前後の老体と見受けますから、「死をも恐れぬ」という形容は間違っていません。
〔写真:草津連山の北方山景。左側に白根山があるが、画面には無い〕
草津から望む北方の山並3887

〔図:東京新聞2月23日28面記事より〕
白根記事3902

 この記事によると1月の観光客はこれまでより5%の減との事です。その減小は噴火から月末までの一週間で生じた考えられます。単純に見積もるならば、一ヶ月あたりでは20%に相当することになります。西側窓から白根山の外輪の尾根が見えます。私も「視察の任務」を忘れず、時折その尾根の向こうの夜空が赤く光っていはしないか、と頻繁な観察を続けました。

 本白根火山については噴火予兆とも思える現象が見つかったとの記事がネットで配信されていました。
%%%%%突然噴火の草津白根山 実は前触れあった2/23(金) 1:43配信
Nippon News Network(NNN)
群馬県・草津白根山の噴火から23日で1か月。突然の噴火はなぜ起きたのか。実は、去年頃から噴火の「前触れ」があったことがわかってきた。
先月23日、群馬県の草津白根山が噴火し、自衛隊員1人が死亡、11人がケガをした。今回の噴火は、過去何度も噴火してきた「湯釜」ではなく、およそ3000年も噴火がなかった「鏡池周辺」で突然起きたものだった。草津白根山を20年以上研究してきた東海大学の大場教授は、噴火後、改めて観測データを分析した。東海大学理学部・大場武教授「昨年あたりに地震が増えていたという兆候が、今からするとあったということです」大場教授によると、去年頃から過去何度も噴火してきた「湯釜」の地下では、マグマからの火山ガスの流れがふさがれ、地震の回数が減った一方、今回噴火した「鏡池周辺」の地下に、行き場を失った火山ガスが集中したという。その結果、地震の回数が増えて震源も浅くなり、これが噴火の「前触れ」だったとみられている。東海大学理学部・大場武教授「地震が起きている場所は要注意ということです。そういうところでは、たとえ噴火の履歴がなくとも噴火の可能性はゼロではない」
気象庁は、草津白根山に地震計などを新たに設置し、監視を強めている。
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 草津は浅間山のすぐ北側25kmに位置します。天明の浅間山大噴火〔西暦1783〕による溶岩流が作り出した奇岩「鬼押し出し」は浅間山の北、すなわち草津側5kmほどにあります。白根山系の火山活動は、浅間大噴火をもたらした溶岩溜りと通じているはずですから〔同根)、火山研究者がかねてより研究・観測を続けてきた場所です。

 命を賭した草津・視察を終え、温泉に体を沈めて、地球をゆっくりと変化させている熱源を堪能したしだいです。プレート境界の周辺で発生する浅い場所の熱源、其れが周辺の岩石を溶融させるのが、鬼押し出しで観察できる溶岩です。一方、そのプレートを突き動かしている深所に由来する熱源は、地球生成時に地球深奥に取り込まれた多様な放射性元素であると理解されています。その元素の中で比較的密度の小さい〔比重の小さい〕ウランはゆっくりと地表近くに上昇し、花崗岩などに取り込まれます。其れが、現在大問題となっている日本国での原子力発電、北朝鮮による核実験、トランプ米国大統領がもくろむ小型核兵器開発などの政治問題を作り出しています。
 何はともあれ、放射能元素の壊変によって放出される熱こそが、地球の地学史はいうまでも無く昨今の国際政治史にも関わっていることを体験を通じ視察してきました。

+++++榛名神社
 往路に榛名神社を見学しました。神社へ達するには、榛名山中腹の駐車場から700mほど急峻な崖道を登らねばなりません。道は観光客のために雪が取り除かれていますが、参道の反対側の崖を流れ落ちているはずの滝が凍り付いています。あちらこちらに点在する「奇岩」に囲まれていることが、この神社の特徴です。山岳信仰の拠点の一つであったということで山麓には修験者が宿泊したという「坊」があちこちにあります。
 
〔写真:神社は崖道伝いの参道を700m登ります。参道の脇は奥深い谷です。その谷の向こう側崖から流れ込むはずの滝水が凍りついて固まっています〕
滝3855


%%%%% 榛名神社の歴史を書く二つのインタネット記事を見つけました。
 (1)まずはウイキによる歴史記載です:
綏靖天皇の時代に饒速日命の御子、可美真手命父子が山中に神籬を立て天神地祇を祀ったのが始まりといわれ、用明天皇元年(586年)に祭祀の場が創建されたと伝えられる。
延長5年(927年)完成の延喜式神名帳に上野国十二社として位置づけられている。古くから神仏習合が定着し、山中には九世紀ごろの僧坊とされる巌山遺跡がある。
祭神[編集]
赤城山・妙義山と共に上毛三山の一つとされる榛名山の神を祀る神社で、現在の主祭神は火の神・火産霊神と土の神・埴山姫神である。水分神・高靇神・闇靇神・大山祇神・大物主神・木花開耶姫神を合わせ祀る。
中世以降は「満行権現」と称され、「元湯彦命」が祭神とされていた。『榛名山志』には東殿・饒速日尊、中殿・元湯彦命、西殿・熟真道命と記されている。明治元年に現在の二柱に改められた。

(2)つぎは 神社HPによる歴史記載です 
榛名神社の起源
延長5年(927年)に完成したこの記録には、全国の主要な神社名を書きあげた『神名帳』があり、その中に上野国十二社の群馬郡小社とし て榛名神社は位置づけられています。この記録に登載された神社は「式内社」と呼ばれ、格式の高い神社と考えられています。これが榛名神社が歴史書の中で取 り上げられた最初だといわれています。したがって、この時すでに「式内社」といわれるほどの神社に榛名神社は成長していたことがわかります。
その他十世紀から十二世紀にかけて著された『三宝絵詞』『上野国交替実録帳』『僧妙達蘇生注記』などからも当時の榛名神社の様子がうかがえます。近年、榛名神社境内で小金銅仏(地蔵菩薩立像)、寛平大宝(皇朝十二銭の一つ)、錫杖頭部、鉄釘、鉄鏃、甕、坏などの破片(土師器、須恵器など)等の遺物 が採集され、建物の礎石も確認されたことから、この遺跡は寺院跡であると考えられています。土器片には九世紀のものも含まれていますので、遺跡もその頃の ものと考えられます。
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 このインタネット記事を読むまでも無く、大変に興味深い神社であることを知りました。ここは伊香保温泉のすぐ近くです。子供たちが小さいころ夏休みの旅行で伊香保温泉に行きました。帰路、榛名湖でボートを漕ぎましたが、この神社を訪ねませんでした。
 これから、おいおい調べようと思ってますが、現時点で気付くことのみを列挙しておきたいと思います。
 ウイキが書く神社の歴史には「用明天皇」が登場します。この天皇は聖徳太子の父とされる方です。神社に伝えられるという文書以外にどのような記録があって、こうした由緒になったのかは定かでありませんが、六世紀末という時代は、用明天皇であるか否かはさておくとしても存外その辺りの時代ではなかろうかと考えています。
 五世紀末に榛名山は大噴火をしたと群馬大学・早川由紀夫氏は書いています 。その際に噴出した溶岩が神社周囲の異様な風景を作り出したのでしょう。「お姿岩」と称される奇岩をあちこちに見ます。噴火は「火」をあがめる渡来族にとっては格好の信仰対象となったはずです。噴火活動が収まった六世紀半ば過ぎに、彼らはここ急峻な崖に拠点たる難攻不落の砦を建設したのです。それが彼らが言う「宮」〔みや〕です。「myan」は古代ペルシア語で「中心」を意味します。部族の統合の中心たる人物がここに座して、部族を指揮したのです。 そうしたことを連想させるのが、バス駐車場周辺の家々の姓の多くが「宮本」であることです。 

 しかし、この難攻不落と思われた「宮」も七世紀から八世紀にかけての奈良の軍事攻撃に抗しえなかった。時代はわかりませんが、ここに拠した部族は斬殺されたのでしょう。そして斬殺した側は彼らの怨念による祟りを恐怖し、その地を寺に置き換えたのです。実際上記の歴史を見ると「寺」として築造されたのではなかろうかとの考察もあるようです。

 そしてこの神社の本殿に通ずる「双龍門」、そして拝殿軒下の左右に刻まれる精巧な「一対の龍」こそが、その哀しい歴史と鎮魂を体現しているように私は思います。「龍」(りゅう)は「霊」〔りょう〕に通ずるからです。こうした転化を渡来族自身がするはずがありません。後世の侵略者の発想と私は考えています。同様な事例が福島県 矢吹町にも見られます。
〔この項、日を改めて再考察します〕

+++++沼田河岸段丘
 草津視察を終え、帰路の途次、まずは吾妻川(あがつまがわ)沿いを東に走ります。そこはかの有名な八場ダム建設工事現場です。このダム建設について、大方の議論では金の無駄使いであるとの評価が一般的でした。事実、民主党政権では一旦工事建設を取りやめるとの意思決定が前原・国土交通大臣〔当時〕によって決断されました。ところが、その後、建設をめぐってすったもんだがぶりかえし、現在は工事が再開されています。
 この工事の要点を共産党の塩川鉄也氏が国会で議論しています八ツ場 検証は「身内」 ムダ続けて増税か  16分ごろから、)。当時の議論を新ためて思い出しました。

 さてそこから東進し国道120号に入ります。関越自動車道をくぐって東に行った先に本ブログ冒頭に書いた「イチゴ命」のお嬢さま方の目的地があります。ふと車窓を眺めて驚きました。広い谷が120号沿いに走り、その谷の崖が階段状です。
 これぞ、あの沼田河岸段丘であるか、と目を凝らしました。目の前に広がる光景はまさに「沼田河岸段丘」でした。高校時代の地理の時間に習ったのでしょうが、まったく記憶はありません。昨年末、NHKTV「ブラタモリ」の訪ねた地でありました。走行中のバスからの写真こそ取れませんでしたが、しっかりと目に焼き付けました。この河岸段丘は世界にも知られており、フランスでは教科書にも掲載され、子供たちの教育に資しているのだそうです。

 かっての川底が地域全体の隆起運動で持ち上げられる。その平らになった川底が水面上に残される。次にできた川底も次の隆起運動で持ち上げられ、新たな水平面を残す。これが河岸段丘です。この隆起運動は、周囲一帯にかかる地学的大規模圧縮力によって引き起こされるのでしょう。岩体が圧縮されると、逃げ場が無くなった岩の部分が上方に膨らむことで、かかってきた負荷を解消しようとするからです。
 目の保養をしました。いかに関連する動画を紹介しておきます。
日本一美しい河岸段丘 沼田IC 01 

ブラタモリ 動画 #31 真田丸SP・沼田 大河ドラマ「真田丸」スペシャル、舞台は群馬県北部にある真田の城下町・沼田市 160213 !!!!!!! 

大隣投手(ロッテ)の活躍を祈る、ゴルゴ13もどきの外交官の死〔五年前)

本日から明日にかけ所用で他出します。新ネタを準備する時間を作ることが難しいので、ネットから得た情報を転載させていただきます。
(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
〔写真:蓮沼の梅がほころび始めました〕
梅3847


 難病に 挫けず鍛錬 あきらめず ついに復帰の 大隣投手

 かってプロ野球・ソフトバンクでエース級の存在として活躍していた大隣投手が、難病との長い戦いを経て、再びマウンドに立つことができそうです。同選手を応援していましたから、心から喜んでいます。以下はそれを伝える記事です:
%%%%%【ロッテ】大隣ロッテと正式契約「これで終わりじゃない。スタートです」
2/16(金) 15:19配信

 ロッテは16日、入団テストを受けていた大隣憲司投手(33)=ソフトバンク=と正式契約を結んだと発表した。背番号は55に決まった。年俸は1000万円(推定)。
 正式にロッテの一員となった大隣は「こうやってまた野球ができるのでうれしい」と笑顔。「自分としては先発でやりたいが、チームの方針もあるので与えられたところで頑張りたい。僕は拾ってもらった立場。1勝でも挙げてチームに貢献したい。チームに貢献することが恩返しになる。これで終わりじゃない。スタートです」と今後に向けての意気込みを口にした。
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 本ブログでは2016年11月18日で大隣投手を書きました。難病を克服できたのか否かは定かでありません。むしろ難病と真正面から向き合いながら自己の鍛錬を怠らず、復活の努力を継続してきたのだろうと想像しています。そして、何とか投げられるまでになった。尊敬の一言です。熱烈に応援します。少し長いのですが大隣投手についての過去記事を以下に再掲します。

%%%%%過去記事再掲〔抜粋〕
〔冒頭部分省略〕 何時であったか、普段ほとんど観ないTVで偶々野球放映を観戦をしていた時に投げていたのがソフトバンクの大隣投手でした。この時には、なんと読むのかすら知りませんでした。ところが、この投手の表情、そしてベンチでの同僚選手との対応、自らの後を投げた投手への労(ねぎら)いの表情、仕草に清々しさを見て、以後この選手に注目するようになりました。日本代表にも選ばれるほどの実力のある投手でした。ところが、程なく大隣投手は、国が指定する大きな難病に取り憑かれてしまったのです。真っ先に連想したのが、悪性髄膜腫のため投手生命を立たれた盛田幸妃投手です。病を克服したけれども結局45歳の若さで他界を余儀なくされました。
 前回記事で強く批判をしたサッカの本田選手も、本人は語らないが、バセドウ氏病に罹患し、以後のサッカ・プレイヤとしての能力は大きく後退しました。思えば、私が敬愛する中田英寿氏もグロインペイン症候群を抱えながら世界の舞台で戦っていました。サッカーは「格闘技」そのもので、常に怪我のリスクに晒されています。
 野球では、ゲームの7割は投手によって決まるといわれています。つまり投手だけが常に他の選手より何倍ものリスクに晒されています。それに加えて難病です。詳細は下の記事を参照いただきますが、何とか大隣投手が難病と言う困難を克服して、輝かしい野球選手人生をこれからも長く続けて欲しいと心から願っています。
%%%%% 過去記事再掲おわり

 以下はネットで見つけた関連記事からの転載です。すでに元記事は削除されていますので、ここでしか読むことができない「貴重」お宝記事です。
===ソフトB大隣が抱えた“爆弾” 一瞬を完全燃焼する男の生き様 2016年11月17日 10時44分
 爆弾がまだ3つある。彼は平然と言う。その穏やかな表情から深刻さの度合いは伝わってこない。だが、医師からこうも告げられている。「もう一度、出たら野球はできない」。ソフトバンクの大隣憲司投手(31、明日11月19日が誕生日)が国指定の難病・黄色じん帯骨化症の手術を行ったのは、2013年の6月。もう3年以上、付き合っている。
「また、出たときは出たとき、しょうがないっす」。そう、明るく言うと、記者に向かって「変顔」を見せた。周囲に心配をかけさせたくない、この男ならではの気遣いだと思う。
 検診は年に一度。手術した箇所以外に再発する可能性がある部分が3つある。黄色じん帯の骨化で胸椎の神経に当たることにより、たちまちしびれなどの症状などを引き起こす。今年10月の定期健診では「厳密に言えば(神経に)当たっているものもある」と医師に指摘されたグレーゾーンも存在し、プレーできなくなる日が訪れるのは今日か、数年先なのか、また、出ないままなのかは分からない。
この難病にかかった投手で史上初の1軍での勝利をマークした14年には、クライマックス・シリーズ(CS)ファイナルステージ第6戦に中4日で先発し、7回無失点。勝利投手になった。日本シリーズでも1勝し「陰のMVP」と賞賛される。ただ「難病」と言われるのは、困難が何度もやってくるからだ。今シーズンは7月10日の楽天戦(ヤフオクドーム)で6回1失点で白星も、直球の平均は130キロ台の前半。1試合のみで大半は2軍暮らしだった。
「切れがない。思っているように(体が)軸回転できなかった。いろんなトレーニングをやったけど合わなかったですね」と原因不明のスピード不足に悩んだ。明確ではないが、理由は想像がついた。近鉄時代に同じ難病を患った宮本大輔氏とプレーした高村2軍投手コーチ(現1軍投手コーチ)に「黄色じん帯骨化症をやった投手は体の回転に苦しむことがある」という話を聞いたからだ。「自覚症状はなくとも、影響が出た可能性もあるのか…」。逃れようのない運命でもあるとも悟っている。
11月上旬、福岡県筑後市のファーム施設で練習する大隣を訪ねた。普段、ベテランは肩肘を休ませる時期にブルペン入りしていた。「健太郎の目慣らしもありますよ」。オフに戦力外通告を受け、現役続行を目指す猪本の調整役を買って出た。ただ、それは同時に自分のためでもあるように思う。「今はいい状態になりつつあります。うまいこと(来春に)キャンプインできればいい。もう、ラスト1年のつもりでやらないと若い投手もいますし、簡単にはローテーションに入れない」。その姿はつかみかけた感覚を忘れないよう、その一瞬、一瞬を完全燃焼する男の生き様に見えた。
いつ、終えるかも分からない野球人生。ならば全力で駆け抜ける。マウンドに立つ背番号28を見る機会があるならば、彼の背負う運命も合わせ、声援を送ってほしい。(記者コラム・福浦 健太郎)
===過去ネット記事再掲終わり

+++++警察・内閣調査室など、権力の背後で謀略に関わる政府機関の恐ろしさ
 1979年後半から1980年半ばにかけて、モスクワ〔当時はロシアではなく、ソビエト連邦共和国〕に家内と当時二歳の息子を伴って滞在しました( 2011年2月15日2014年3月7日 2016年4月11日 、2016年8月19日記事  などを参照)。
 帰国後に驚いたことがあります。自宅に何回か電話がかかってくるんですね。一つは東京の警察庁であったと記憶します。外事課のxxと名乗り「話を聞きたい」とのことでした。残りは、自らを名乗らず「モスクワの様子」を聞きたいと言います。なにやら怪しいんであります。大体何故、どこから私がモスクワ帰りであることを知ったのか?当時の国際情勢はまだ冷戦構造の元におかれていました。そんな時勢に社会主義国に滞在するなんぞは、きわめて稀有であった時代です。私もかっては左翼シンパでありましたから、当然そうした「公安」筋から眼をつけられるとの警戒心が働いたはずで、それなりの覚悟もあってモスクワ行きを決行しました。
 電話にどのように応答したのかまったく記憶がありません。ありのまま見たままを語ったと思います。幸いにして、その後は電話もありませんでした。また国際スパイ映画で見るような尾行を感じたことも幸いにしてありませんでした。
 
 あの伊藤詩織さんがレイプ被害にあい、被害届を出した。被害届を受理した警察は逮捕案件と判断し帰国する容疑者を羽田で待ち受けた。犯人の逮捕は間違いないはずの状況。しかし、その直前に、「公安」筋が、その逮捕執行をやめさせた。さらには、レイプ事件、逮捕執行停止という両方を「無かったことにする」工作までしていたことが後日判明したのです。逮捕されるはずの人物が安倍氏の近しい知人であったことが理由です。裏でごそごそ情報をあつめ、何がしかの工作を仕掛ける警察を始めとする内閣調査室など関連組織の動きがあったにちがいありません。詩織さんにはさぞかし恐怖に近い気味の悪さであったろうと想像しました。

 加計スキャンダルで勇気ある発言を報道の舞台、国会で理路整然と発言した前川喜平・前文部科学省事務次官が「出会い系バー」で若い女の子と接触していた。いつの間にそれをかぎつけて、それでもって国会での口ふさぎ工作を仕掛けた。しかし、前川氏の毅然とした対応でこれは成功しなかった。

 こうした一連の事件の背後にうごめく「裏」の闇を実感します。もみ消しに動いた、あるいは口封じに動いたのが安倍氏を取り巻く公安筋〔警察、内閣調査室、公安調査庁〕です。親衛隊の如く安倍氏をきっちりと囲い込み、安倍氏に害をなすと判断するや「刺客」を送ってくる。その具体的で現在進行中の事件が森友学園の元理事長である籠池氏と夫人の収監です。逃亡の恐れがないにもかかわらず、口封じのためにだけ牢獄に閉じ込めている。公平であるべき裁判所はこの蛮行を許容している。まさにこれぞ「刺客」の実態そのものです。この蛮行に元警察高級官僚として加担した官邸スタッフの一人が茨城三区選出の自民党議員・葉梨信行氏と思っています(それを自認するかのごとく、A3サイズの釈明ビラを選挙区で総選挙前に配布しています)。先の衆院総選挙では、葉梨氏から国会の議席を奪うという一点で市民と野党が合意を形成・協力するべきであった。と、今も残念に思っています。かくして、とんでもない世の中になってしまっている事を実感しています。
 
(1)%%%%%東スポ詩織さん準強姦疑惑 森議員が逮捕状止めた警察官僚に“出頭”要請 2018年2月16日 17時0分  
 ジャーナリストの伊藤詩織さんが、元TBS記者でジャーナリストの山口敬之氏(51)からレイプ被害を受けたと訴えている問題で、超党派の国会議員による「準強姦事件逮捕状執行停止問題を検証する会」が15日、国会内で開かれた。“安倍首相に最も近い男”の触れ込みで「総理」などの著書がある山口氏が3年前に詩織さんをレイプしたとされる疑惑。否定する山口氏を東京地検は不起訴とし、検察審査会も不起訴相当と議決したが、詩織さんは不当と訴え、民事で山口氏と係争中だ。
 議連では、逮捕状が発布されながらも事実上取り消された経緯や、検察審査会での審査が公平に行われたかを最高裁判所や法務省、警察庁の官僚からヒアリングしているが、4回目となったこの日は何を聞いても「捜査の経過については差し控える」「捜査は尽くされている。再調査はしない」など、一般論の役人答弁だった。これに座長を務める自由党の森裕子参院議員は「逮捕状が出て、それが直前でストップされた。ストップしたのは官邸にいた中村格元官房長官秘書官。みなさんには説明責任があるのに、何が一般論ですか。これは異常な事態ですよ」と激高。他の野党女性議員らも「ブラックボックスか」と批判した。永田町関係者は「ハリウッドでのセクハラ問題もあって、米ニューヨーク・タイムズが詩織さん問題を1面で取り上げるなど、海外メディアでも関心事となっている。警察、司法側は終わった話とフタをして、時間切れを狙っているのでしょうが、誠実な対応が迫られる」と話す。議連では検察審査会の審査員の男女比や年齢構成などの公開を求めているが、検審を管轄する最高裁はかたくなに拒否している。あきれる森氏は「陸山会事件では、検審の審査員を決めるくじ引きソフトもデタラメと分かった。説得力のある説明をいただきたい」と官僚にダメ出し。議連は、逮捕状の執行停止を認めていた現警察官僚の中村格氏に対し「お出まし願いたい」と次回の会合や国会等への出席を求める構えだ。
%%%%%詩織さん記事転載終わり
 
 上にも書きましたが、私がモスクワに滞在したのが、モスクワ五輪開催年、すなわち38年前ということになります。私の記憶が正しければ、現在安保法制に強い危惧の意思表明を公然としておられる孫崎享氏も当時モスクワ駐在の外交官であったのだろうと思います。余談でありますが、当時の在ソ連日本国大使の招きで二回ほどアルバーツカヤ街の大使公邸で美味なウオッカ・コニャック付・夕食をご馳走になったことがあります。ドストエフスキの研究者として名高い中村健之介氏ほか数名の方々とご一緒でした。 後年、大使のご子息と職場をご一緒することになろうとは、その際は思いもしませんでした。
 そうした余談はさておき、ソ連というべきかロシアというべきか、それに絡んだ奇妙な事件が最近報道されました。 謎にみちており、国家間の背後の闇の実相を垣間見せた事件であるようにもみえます。少々長くなりますが、関心のある方はご一読ください。20数年もの昔に終わったはずの冷戦構造はいまだに尾を引いており、そこに世界最強のモサド〔イスラエル)が関わっているのだとすれば、一般人が意識せずにそのなかに足を踏み入れてしまうことの恐怖はいかばかりか。詩織さんも、レイプされた後の事態の推移に巨大な闇を覗いたのではなかろうかと、想像しています。

(2)%%%%%国家機密を扱う外交官が自殺… 「暗殺であった方がまだ気が楽」と妻が吐露
2018年2月15日 13時16分
14日放送の「家、ついて行ってイイですか?」(テレビ東京系)で、自殺した外交官の妻がスタッフに本音を吐露した。
番組では、東京・渋谷駅周辺を行き交う人々に、スタッフが「家、ついて行ってイイですか?」と声を掛け、了承した人の自宅を訪問していた。その中で、20歳の女性・もりさんから許可をもらうことに成功した。もりさんは家に向かう道中、亡き父が外交官だったため、幼少期から海外を転々としていたと明かす。フランス・パリの高校を卒業してから日本に戻り、現在は東京で生活をしているとのことだ。スタッフが父親の死因を尋ねると、もりさんは自殺だったと説明していた。家に着くと、もりさんの母親がスタッフを出迎えてくれた。母親によると、もりさんの父親は参事官として南アフリカやロシアで勤務。イスラエルの情報機関「MOSSAD」(イスラエル諜報特務庁)の情報官ともつながりがあったそうだ。最終的に、内閣情報調査室に出向して機密事項を扱う仕事に就いていたが、5年前に自殺してしまったという。この死をさまざまなメディアが報じたものの、現在も詳細な自殺の理由は判明していないようだ。もりさんの母親は「何があのときあったのか、それは私も知りたい」と漏らす一方で、暗殺もあり得る立場だったと明かす。だが死後に、両親の介護や仕事で精神的に追い詰められていたと知ったという。もりさんの母親は「正直なところ、私にとっては暗殺であった方がまだ気が楽だった」などと、悲痛な本音を打ち明けていた。
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 上記記事に登場する娘さんが語るこの事件は五年ほど前にネットでも大きな話題になっていました。以下は関連記事です。「ゴルゴ13」(さいとう・たかお著)の世界そのものではないかと思わせます。鈴木宗男氏は国会議員時代にしばしば在外公館勤務の外交官不祥事を質問主意書の形式で政府に質していました。それは不正蓄財であったり、女性問題であったり、泥酔・ご乱行であったりです。しかし、それに紛れて、まさに国家間の暗闘を反映した謎の事件も頻発しているようです。この事件がそうであるのか否かは定かでありませんが:
%%%%%インテリジェンスレポート 大物メンバーが自殺 日本版CIA「内閣情報調査室」の闇 現代ビジネス「経済の死角」2013年04月15日(月)週刊現代 

「自殺するような人ではなかった」—亡くなったキャリア官僚を知る人はみな、口をそろえてこう言った。謎の死の背景にあった国家間の情報戦。完全秘密主義の内閣情報調査室をレポートした。
*まるでミステリー小説 4月1日、午後3時7分。
 険しい表情で首相官邸へと入っていく二人の男の姿があった。一人は北村滋・内閣情報官。内閣情報調査室のトップだ。
 3時17分、同行していた防衛省の木野村謙一・情報本部長が先に官邸を出た。そこからさらに10分間、北村氏は安倍首相と「密談」を続けたのだった。
「会談内容は極秘扱いですが、もちろん、同日朝に自殺した内調大物メンバーの件に間違いありません。防衛省の情報本部長が同席したことからも、国家機密漏洩の可能性も含めて、緊急の会談が持たれたのでしょう」(官邸担当記者)
 時計の針を7時間前に戻そう。
 4月1日、午前8時前。東京都渋谷区恵比寿の閑静な住宅街に、消防車のサイレン音が鳴り響いた。
 通報のあったマンションの一室に駆けつけた消防隊員は、内側から目張りしてあったドアを蹴破って、浴室へ入った。
 浴室内は練炭のたかれた跡があり、床には内閣情報調査室・加賀美正人参事官(外務省から出向中・享年50)の遺体が横たわっていた。
 通報をしたのは、加賀美氏が同居している母親の介護を務めるヘルパー。浴室のドアにあった「死んでいます。部屋に入らないでください」と書かれた奇妙な張り紙を見てのことだった。
 この加賀美氏の死は官邸と外務省に大きな波紋を呼び、それがいま永田町にも広がりつつある。
「『介護疲れによる自殺のようだ』と外務省幹部はふれ回っていたが、どう考えても家庭の事情による突発的な自殺とは思えない。練炭という苦しみを伴う方法からみても、加賀美氏には何か、確実に死ななければならない理由があったのではないか。
 さらに言えば、そもそも、加賀美氏の死は本当に自殺なのか……」(自民党議員)
 なぜ一人の外務省キャリアの死が、ミステリー小説のような憶測を生むことになるのか。
 謎解きを始めるにはまず、内閣情報調査室(内調)という耳慣れない組織の実体を知らなければならない。
 内調の役割について、元内調幹部は言う。
「内外の情報を収集、分析し、それを首相官邸に上げる、内閣総理大臣直轄の諜報機関で、いわば日本版CIA。組織のトップは内閣情報官で、その下に約200名の人員がいる。メインの諜報部門は国内部門、国際部門、経済部門の三つ。それぞれ約50名の調査員を抱えているが、各自がどんな調査をしているか、席が隣の人間にもわからない。国内外の膨大な秘密情報が集約される、日本で唯一の諜報機関だ。めいめいが独自の人脈で情報収集をしており、諸外国の中枢まで食い込んで情報をとってくる者もいるが、逆に相手国に取り込まれて『二重スパイ』に堕してしまう危険性も常にはらんでいる」
 慶応大学を卒業し、'86年に外務省に入省。対ロシア外交のエキスパートだった加賀美氏は、今月末に予定されている安倍首相の訪ロにも深く関わっていたと言われている。
 その矢先の自殺だけに、ますます疑念は渦巻く。
「そもそも外務省から'11年に内調に出向したのは、高齢の母親の介護のためや、出世コースから外されたためなどと噂されているが、それは『隠れ蓑』のようです。加賀美氏は父親が国連大使まで務めた外務省エリートで、いわばサラブレッド。『鈴木宗男殴打事件(後述)』の当事者でもあり、外務省としてはゆめゆめ粗末には扱えない人材です。
 実際、加賀美氏は同い年の世耕(弘成・官房副長官)さんと非常に近く、訪ロにも同行する世耕さんが、加賀美氏に密命を与えていたのではないか、とも言われています。世耕さんとすれば、外務省本省にいるよりむしろ、官邸直轄の内調にいてくれるほうが、仕事が頼みやすいという事情もあったのでしょう。
 加賀美氏は内調で冷や飯を食っていたというより、本省よりも自由に動ける上に、内調に集まる情報も活用できる『別働隊』として、安倍政権の対ロ政策に関わっていた可能性が高い」(外務省職員)
*死ぬはずのない人が死んだ
 この言葉を裏付けるように、加賀美氏が母親と同居していたマンションの住民はこう語る。
「加賀美さん本人を何度か見かけたことはありますが、こちらから挨拶をしても返さないような人で、あまり家にも帰っていないようでした。挨拶をしないのは無愛想というより、あまり近所の人とかかわりを持ちたくないような、そんな避け方でした。お母さんは車イス生活で、介護が必要なんですが、ヘルパーさんに任せきりで手伝っている様子もありませんでした」
 そして、死の2日後に都内のカトリック教会で行われた、加賀美氏の通夜に参列した慶応大学の同級生もこう語る。
「私は大学時代のゼミも一緒で、彼の結婚式の司会も務めた仲ですが、自殺したと聞いてとても驚いています。彼は身体も大きく、おっとりしていて、あまり思い悩むようなタイプではなかった。悩みを持っていたとしても、それは一般の社会人が共通して持つようなものだったと思います」
 さらに、同じく通夜に参列していた、息子が加賀美氏の親友だという70代の知人女性の話。
「私は正人君が小さい頃から知っています。いつも明るくて元気な子でした。最後に会ったのは昨年の12月。一緒にお酒を飲んだけれど、その時もいつもと変わらない明るさでした。だから介護疲れのノイローゼで正人君が自殺をするなんて、信じられません」
 加賀美氏の省内での立場やこうした近しい人々の証言からは、自殺の原因が介護疲れといった、個人的かつ精神的なものでないことが浮かび上がってくる。
 加賀美氏とロシアの関係を語る上で、避けて通ることができないのが、前述した「宗男殴打事件」である。
 '02年にいわゆる宗男バッシングが起きた際、「かつて鈴木宗男に殴られた」と名乗り出たのが、この加賀美氏だった。
 外務省側が主張する概要はこうだ。'96年、北方領土とのビザなし交流が始まって5周年の記念で、日本の桜を植える計画を鈴木宗男氏が中心となって立てた。北方領土に向かう船上で、ロシアが求めている検疫証明書を外務省としては出せないと宗男氏に伝えると、逆上した宗男氏が加賀美氏を殴った。加賀美氏は全治1週間の傷を負った—。
*北方領土をめぐる利権争い
「亡くなった加賀美さんの冥福を祈りたい」と前置きしながら、宗男氏本人は本誌にこう語る。
「身体が大きくて、相撲取りみたいな見た目でした。外務省の中には彼を『関取』と呼んでいる人もいましたね。でも、別に威圧感があるわけではなく、ちょっとボーッとした感じの人でしたよ。
 不思議でならないのは、私に殴られたというのならば、すぐに傷害罪で訴えればいいわけですね。ところが5年も6年も経ってから持ち出してきた。組織として、私に対して何かの時に、この話を使おうと考えておったんでしょうな。
 私としては、あの嘘話はなんだったのかと言いたいですね。『診断書がある』と言ったって、(北方領土への)船の中にだってお医者さんはいたし、根室で船を下りてから病院に行ったっていいじゃないですか。それをわざわざ東京に帰って、しかも知り合いの診察所に行ったわけですから、そんなのなんとでも(診断書を)書いてくれますよね。
 あれは組織ぐるみの陰謀だったと思います。外務省はそういうことをよくやるんですよ。亡くなったいまとなっては無理ですが、私はやはり、加賀美さんの口から真実を聞いて、事実関係を明らかにしたかったという思いがあります」
 この事件の背景を、外務省に詳しいジャーナリストはこう解説する。
「実は加賀美さんは、モスクワ大使館に赴任していた時代にトラブルがあり、KGBに弱味を握られていたと言われています。それもあって、外務省と宗男さんが対立した時に、先頭に立って宗男バッシングをすることで省内での地位を保とうとした。
 以来、加賀美さんのロシア人脈にはどこか危うさがつきまとうと言われるようになった。たとえば2月28日に、プーチン大統領に近いイシャエフ極東発展相が来日したが、加賀美さんは事前に世耕さんに『安倍総理が会う必要はない』と進言している。
 ところが直前になって森(喜朗・元総理)さんと宗男さんが動き、急遽、安倍総理との会談が組まれた。加賀美さんがイシャエフを安倍総理に会わせないようにしたことにも、何か裏があるとしか思えません」
 結果的に、安倍総理とイシャエフの会談は「4月の訪ロのよい先鞭となった」と言われているが、「そんな単純な話ではない」と語るのは前出の外務省職員だ。
「森さんも宗男さんも2島返還論者として知られていますが、外務省の中にもクレムリンにも、それを面白くないと思う勢力がいるわけです。北方領土には様々な利権が絡んでいる。加賀美さんが過去の弱味も含め、KGBから揺さぶりをかけられていた可能性も十分にあるでしょう」
 最後に宗男氏が、国家の情報管理の観点からこう苦言を呈する。
「内調の参事官であれば国家機密も扱っている。自殺と聞いて、私は真っ先に『情報漏洩は大丈夫か』と心配しました。官邸、内調、外務省はその点についてしっかり調査すべきです」
 機密情報が漏れていたとしたら、内調の責任は重大である。
「週刊現代」2013年4月20日号より
 ◎上記事は[現代ビジネス]からの転載・引用です
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◆ 内閣情報調査室内閣参事官のA氏が練炭自殺 インテリジェンス業務には、激しいストレスがかかる 2013-04-05
 自殺外務省キャリアと宗男氏の浅からぬ因縁… ロシア問題で激しくバトル
 zakzak2013.04.02
 東京・恵比寿にあるマンションで1日、内閣情報調査室内閣参事官のA氏(50)が練炭自殺しているのを発見された。このA氏、外務省のキャリア官僚でロシア問題の専門家として知られ、新党大地の鈴木宗男代表とは激しいバトルを繰り広げていた人物だった。
 1日午前7時50分ごろ、恵比寿南3丁目のマンション一室の風呂場で、A氏が倒れているのを119番で駆け付けた救急隊員が見つけ、間もなく死亡が確認された。
 風呂場は内側から目張りがされており、練炭がたかれた跡が見つかった。A氏は母親と同居しており、別の部屋には「中に入らないでください。死んでいます」との置き手紙があった。警視庁渋谷署ではA氏が自殺したとみて、調べている。
 A氏は外務省のキャリア官僚で、国際情報統括官などを歴任。鈴木氏が1996年5月に、北方領土・国後島を訪問した際、同行したA氏が鈴木氏に殴られたと騒動になった。
 この件について、A氏は「全治1週間」の診断書を出したが、鈴木氏は事実が違うなどとして、政府に対する質問主意書などで対抗していた。
 外務省関係者は「A氏はやり手として知られていた。あの鈴木氏相手でも引かなかった。ロシアの専門家で、安倍晋三首相のロシア訪問(4月末)でも活躍したはず。心身の不調でもあったのか。正直驚いている」と語っている。。
 ◎上記事は[zakzak]からの転載・引用です
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心理負担大きい情報業務
中日新聞2013/4/5 Fri.「本音のコラム」佐藤優
 1日朝、外務省から内閣情報調査室に出向している内閣参事官のA氏(男性、50歳)が、都内自宅の浴室で遺体で発見された。状況から練炭自殺をしたのではないかとみられている。筆者は、A氏をよく知っている。心から哀悼の意を表明する。外務省のキャリア職員でロシア語を研修し、インテリジェンス部局で勤務することの多い人だった。外務省では、国際情報統括官組織(前国際情報局)の幹部として勤務したことがある。
 インテリジェンス業務には、激しいストレスがかかる。適性のない人が、こういう業務に従事すると、心理的に追い詰められて自殺を図ることがある。筆者が国際情報局分析第1課に勤務したときも隣の課の首席事務官(外務省独自の役職で、他省の筆頭課長補佐に相当)が、地下1階のボイラー室で縊死した。このときは国際情報局が総力を挙げて、「ノイローゼによる自殺だから事件性や構造的問題はない」と新聞記者に働きかけ、大きなニュースにはならなかった。去年は、海上保安庁から出向している国際情報統括官組織の企画官が自宅で自殺した。種々の憶測報道がなされたが、外務省から納得のいく説明はなされなかった。
 A氏の死に関して、外務省は誠実に真相究明をし、今後、インテリジェンス部局から自殺者が出ないような人事配置をしてほしい。(作家・元外務省主任分析官)
 ◎上記事は[中日新聞]からの書き写し(=来栖)
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◆ 「インテリジェンス 闇に消える内調幹部自殺 / 米国における日本のプレゼンスの低さ」 佐藤優 2013-04-17
 情報界震撼、闇に消える内閣情報調査室幹部自殺 
 マスコミが報じない米国における日本のプレゼンスの低さ〜佐藤優氏
 2013.04.12(金) JBpress 「マット安川のずばり勝負」2013年4月5日放送
マット安川 ゲストに元外務官・佐藤優さんを迎え、北方領土をめぐる対ロシア外交の現状をはじめ、インテリジェンスの問題や日米関係の懸念点などを幅広く解説していただきました。
*北方領土交渉の流れに変化、12年前に戻る
佐藤 今年2月、森(喜朗、元首相)さんがモスクワを訪問したのは、安倍(晋三、首相)さんの訪露を準備するという意味では非常によかったと思います。
 プーチン(ロシア大統領)さんは昨年から北方領土問題について「引き分け」などと言っていましたが、それがどういう意味なのかよく分からなかった。それが、日露双方が受け入れ可能な形を考えようということだと分かりました。ロシアとしては、何も条件をつけないで話し合いをするのであれば、何らかの妥協はしましょうと。
 ただし具体的なものはありません。ですから、この4月の終わりに安倍さんが訪露を予定していますが、その時は、1年以内くらいを目処に動かしていきましょうというような合意しかできないと思います。
 双方の外務省が1年以内に十分な準備を行って何らかの合意ができれば、来年プーチンさんが来日する時に北方領土問題は動きます。逆に、合意できなければ、プーチンさんは来日しない。そういう意味では日本の外務省の責任はこれから非常に重くなります。
 北方領土問題は、2001年に当時の森総理大臣とプーチン大統領が署名したイルクーツク声明をベースに交渉すれば、再び動き出す可能性があります。要するに、12年前に鈴木宗男さんが森さんと一緒にやろうとしていた路線に戻るということです。
 ただ12年経って、日本はその時よりも弱くなり、ロシアは強くなった。この状況でどういう妥協ができるのか、非常に難しい交渉になると思います。
 私としてはちょっと愚痴をこぼしたくなるのは、鈴木さんと私はあの時、国賊だと言われて捕まったわけです。ところが、いま政府がやっているのはあの時の路線です。それならなぜ捕まったのかと。
 まあちょっと早すぎたのか、もしくは12年経ってみんなが理解してくれたと思えば、それほど腹も立ちませんが。いずれにしろ、北方領土交渉の流れが変わってきたということです。
*内調幹部の自殺で、日本のインテリジェンス業界に震撼
 いま日本のインテリジェンス業界を震えあがらせていることが起きています。この4月1日、東京都内のマンションの1室で、内閣情報調査室の幹部が自殺したんです。
 この人は外務省から出向していて、米軍の学校でロシア語を勉強して、そのあとモスクワにも勤務している。さらに外務省の国際情報統括官組織の課長級の幹部でした。
 こういう世界の人が自殺するというのはたいへんな話です。精神的にものすごく強い人が配置されるわけですからね。自殺は間違いないようで、何か追い込まれるような状態になったんでしょう。
 しかし、この問題が闇に葬り去られようとしています。外務省も内閣情報調査室も、本人の名前すら明らかにしていません。
 ただ、鈴木宗男さんのホームページを見ると名前が出ています。実はこの人は、かつて鈴木さんがやっていた北方領土交渉に反対して、やめさせようとしていた外務省の幹部なんです。
*NSCとインテリジェンスとは役割が違う
 現在、日本版NSC(国家安全保障会議)創設の議論がなされていますが、NSCとインテリジェンスは別ものであることがあまり理解されていません。NSCをつくって、ここで情報を集めるんだと勘違いしている。
 NSCは何をするところかというと、戦争をするかしないかを決めるところです。高度な政治決断を行うところであって、情報を集めてくるのは別の部局がやらなければいけない。このへんのポイントを理解せずにNSCの議論をしている感じがします。
 また、総合商社などによるビジネスのインテリジェンスと、国家安全保障のインテリジェンスも違うものです。
 国家安全保障では、時には経済的にマイナスになってもやらなければいけないこともある。乱暴なことを言うと、自国の国益に有害な人には死んでもらうこともあるわけです。
 ビジネスではそういうところまではやらない。そこまで踏み込まないといけないのが、インテリジェンスの真実の姿なんです。
 では、日本はどう対応すればいいのか。インテリジェンスをどうやって育成するのか。それは政府機関でやるしかありません。我われは陸軍中野学校などの伝統を持っていますから、そのへんを復活させればいい。
 ただ、現代的な民主的な統制の下でのインテリジェンスをどういうふうにやるかはなかなか難しい課題です。
 本当に秘密裡に処理しなければいけないことは、そのためにおカネもつけないといけない。おカネというのは、民主主義国家においては透明にしなければいけませんから、その中で完全な機密費をどうやってつくるかというのはけっこうたいへんな話です。
*安倍首相の訪米で露呈した日本のプレゼンスの低さ
 2月の安倍さんの訪米は、日本では成功だと言われています。ところが、東郷和彦(京都産業大学教授)さんという私の前の上司に聞いた話では、まったく違います。
 東郷さんは先日アメリカに行ってこられたんですが、アメリカにおける日本のプレゼンスがほとんどないというんです。例えば、安倍さんの訪米について、ワシントン・ポストは8面に掲載していたという。それはアフリカの国のトップが訪米した時のような扱いと同じです。
 また、中国軍のレーダー照射事件について、アメリカのエリート層の多くが、日本のでっち上げだと思っているというんです。
 中国はものすごくプロパガンダをやりましたから、事情をあまり詳しく知らないアメリカ人は政治家も含めて、日本のでっち上げだと見ていると。そういうことが日本には伝えられていません。
 これから日米関係を強化していかなければならないわけですが、いまアメリカで一番注目すべきことは「シェール革命」です。シェール層にある天然ガスや石油を採ることで、アメリカは2030年代くらいにはエネルギーの輸出国になります。
 その時にアメリカがどういう戦略を取るのか。再びパックス・アメリカーナということで、アメリカの影響力を世界中に広める方向でいくのか。それとも、世界から嫌われて面倒くさいから、例えば中東などから手を引くのか。
 これまではエネルギーが必要だから中東から手を引けなかったけれど、自分のエネルギーを持てば手を引くこともできます。
 アジア地域についても、金持ちケンカせずということで、中国と住み分ける可能性が高い。
 すると日中の争いは勝手にやってくれ、我われは知らないよということになりかねません。すでにそういう感じに少しなっています。日米関係も、アメリカのエネルギーがどうなるかで大きく変わってくると私は見ています。
*佐藤 優(さとう・まさる)氏
元外交官、文筆家。インテリジェンスの専門家として知られる。第38回大宅壮一ノンフィクション賞などを受賞した『自壊する帝国』の他、『獄中記』『国家の罠−外務省のラスプーチンと呼ばれて』『3.11 クライシス!』『世界インテリジェンス事件史』など著書多数。
 ◎上記事は[JBpress]からの転載・引用です *リンクは来栖
%%%%% 関連記事転載終わり

この外交官について、鈴木宗男氏が衆議院議員であった2008年に質問主意書を通じて政府に質しています。自殺する五年前ということになります:
%%%%%外務省職員の長期欠勤に対する外務省の対応に関する質問主意書 
 「政府答弁書」(内閣衆質一六八第三六一号)を踏まえ、以下質問する。
ブログ管理人の注:この答弁書は鈴木議員による「加賀美正人氏の勤務実態」に関する質問主意書への回答。主意書によれは氏は月数日しか出勤しないことを質している。

一 「政府答弁書」では、現在外務省国際情報統括官組織国際情報官(第四担当)として配属されている加賀美正人氏の勤務状況について、「職員が長期間にわたって休暇を取得する場合には、一般に、休暇を取得する期間を分散させたり、やむを得ず一定期間まとめて取得する必要があれば当該職員の事務を代行する者をあらかじめ指名する等により、業務に支障が生ずることのないよう対応することとしている。御指摘の職員の場合にも、同様の対応をとっており、現時点で業務に支障は生じていない。」との答弁がなされているが、加賀美氏が長期にわたり休暇を取得していることは事実であると解して良いか。確認を求める。
二 加賀美氏はいつから休暇を取得しているか。
三 加賀美氏が長期休暇を取得していることで業務に支障が生ずることのない様、現在外務省において具体的にどの様な対応がとられているか明らかにされたい。
四 加賀美氏の事務を代行すべく、現在他の職員が外務省国際情報統括官組織国際情報官(第四担当)のポストに充てられているのか。
五 四で、他の職員が同ポストに充てられているのなら、外務省HPの幹部職員名簿の同ポストの欄に、未だに加賀美氏の氏名が掲載されているのはなぜか。他の職員に代行させているのなら、その者の名前を業務代行者として並記すべきではないのか。
六 四で、他の職員が同ポストに充てられていないのなら、その理由を明らかにされたい。加賀美氏が長期休暇を取得し、外務省国際情報統括官組織国際情報官(第四担当)としての職務を全うできない中、代行者を立てることをせずに業務に支障は生じないのか。
七 外務省国際情報統括官組織国際情報官(第四担当)が担当する業務内容につき説明されたい。
八 加賀美氏が長期休暇を取得し、職務を全うできない中で、七の業務に支障を来したことはないのか。
九 一九九六年五月のビザなし交流による北方四島訪問団(以下、「訪問団」という。)に加賀美氏が同行したという事実はあるか。
十 九のビザなし交流の際、ビザなし交流五周年を記念して桜の植樹(以下、「植樹」という。)を行うことを日ロ間で合意していた。しかし、結果的に「植樹」は行えなかったと承知するが、その理由を説明されたい。
十一 二〇〇六年一月一日に講談社から発行された『闇権力の執行人』の百四十六頁に、
 「平成八年(一九九六年)五月、ビザなし交流が始まって五周年の記念として桜の苗木を植えることになった。このときロシア側は、検疫証明書の提出を求めてきたのだが、検疫証明書を出してしまうとロシアの管轄に服してしまう。こうした理由で検疫証明書は出せないというのが、『条約局マフィア』の幹部である鶴岡公二法規課長の理屈だった。この際、私たちと同行していた加賀美氏は、船の上から鶴岡課長の指示を仰ぎ、頑なに植樹の中止を迫った。
 しかし、そんな建て前論ばかりいっていては、いい意味で北方領土問題解決の糸口になっていた玉虫色の関係が崩れてしまう。加賀美氏は、準備不足で背景を知らなかったようだが、じつは、事前にロシア側と連絡を取り合って、『日本から検疫証明書は出せないが、自発的にある書類を出す』ということで合意していた。
 その書類は、『ロシア側には検疫証明書になるが、日本の認識としてはそうではない』ということになる。そうやって、玉虫色の解決策を考え出したという事情があったのだ。」
との記述があることを外務省は承知しているか。
十二 十一の記述にある、「植樹」にまつわるやり取り等は事実を反映しているか。
十三 加賀美氏は「訪問団」の日程を十分に把握していたか。
十四 「訪問団」に加賀美氏が同行した際、同じく「訪問団」に参加していた鈴木宗男衆議院議員から加賀美氏が殴打されたという事実はあるか。
 右質問する。
%%%%%
「衆議院議員鈴木宗男君提出外務省職員の長期欠勤に対する外務省の対応に関する質問に対する答弁書」は、ここでは掲載しません。関心のある方は、上をクリックしてください。

憲法改定案」〔井上達夫氏)、続チバラギ地震(2)

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
〔写真ではなく、音声です。何の鳥なんでしょうか?〕

 ピヨピヨと 雑木の中から かよわけき 新たな命の 誕生を思わす
 
  いつも書くことですが、二月半ばを過ぎたというのに、北関東の夜明け前の冷たさは痛いのであります。せん。されど、この時期、雑木の中から新しい生命の誕生を思わせるか弱い鳥の鳴き声が聞こえるようになりました。
 
  各種の法律が憲法に照らしてそれが違憲であるのか否かを判断するのは、内閣法制局であると誤解していました。しかし、彼らには厳密な意味ではそうした判断をする権限は与えられていないのです。実際、ここの長官ポストは裁判所経験者に加えて大蔵省〔現在の財務省〕、外務省その他というわけで、必ずしも法の専門家とは限らないのです。憲法判断という重要な任務は司法、すなわち裁判所が担うべきなんですね。とはいっても昨今の裁判所の政府忖度の屈辱的な有り様からはそれを過度に期待することはできません。そんなことを思いながら下の動画を視聴しました。
 
 枝野氏が、裁量労働制の本質、そして憲法問題について鋭い質問をしています。
《憲法バトル》枝野幸男・立憲民主党 VS 安倍晋三内閣【国会中継 衆議院 予算委員会】平成30年2月14日午前 
 動画の20分辺りから憲法問題の質疑が始まります。このことに関して私自身の関心事の一端を以下に書いておきます。 2月16日記事で、井上達夫氏の憲法観〔東京新聞への投稿記事〕と、氏が一年半ほど前2016年に公表した「憲法改定」試案を掲載しました。
180216井上憲法022


 「九条を守れ」なるスローガンに違和感を持つが、法学的知識・知見が欠如している私には、井上氏の主張はわかりやすい。戦力の保持に関する選択は国民の「意思に基づくべき」であると59条で明記します。すなわち国民の選挙で選ばれた議員で構成される国会の仕事である。「時々の情勢」によって、いかようにも変転するからです。ただし、戦力の行使に当たっての兵員の調達は戦力統制「規範」の基本と位置づけます。そこから下に書く徴兵制導入が導かれます。
勿論、いかような事態に合っても戦力は保有しないという理念を憲法に書き込むことはありえます。しかし、厳然として「自衛隊」なる戦力が存在している現状で、それを主張することの意味が問われてくるのだと思います。私はこれでしか現存する戦力たる自衛隊を国民合意の存在として、位置付ける方途は無かろうと、まことに説得的に思っています。

 憲法が定める戦力統制規範の幹として徴兵制施行に導きます。現行の法体系は、すなわち自衛隊の隊員の調達方式は、志願制です。それは「経済的徴兵」(井上氏の表現)である。すなわち、結局のところは貧困者を兵隊に仕立て上げる制度である、と井上氏は喝破します。徴兵制にあっては、金持ち貧乏人の区別無く公平に適用されるべきというわけです。金持ちの子弟、有力政治家の師弟は兵役義務を免れることができるというのであれば、著しく不公平です。とは、言っても、この徴兵制に規定する兵役義務は59条の二項で人権理念てらして拒否できるのです。ただし、兵役義務拒否者は相当の代替役務が課せられると定めます。 
 私は、多くの国民が注目するに値する改定案であると考えています。
 この改定案では国会の役割が本質的に重要です。それは、国民の政治意識の向上を促します。モリカケ・ダンゴ・スパゲッティ醜聞があっても首相支持率は五割を維持するという、政治意識の日本国民では、危険極まりない改定案である考える人も多かろうとは、思います。

+++++〔続〕チバラギ地震(2)
 久しぶりに「チバラギ地震」を考察するとあって、まずは前回これまでの議論を振り返りました。そこで明らかになったのが、茨城県・霞ヶ浦―千葉県・市原を結ぶ南北線の地下60kmに存在する地震帯です。この地震帯に発生する地震の最大特徴は、その発震機構です。
〔図1:「チバラギ地震」の典型的な発震機構解。防災科学技術研究所・Hinetデータベースによる結果の再掲〕
180216c無題

 この発震機構解の特徴は、東に傾く節面の傾斜角は大きく、ほぼ鉛直に近い場合もあります。もう一つの節面は西に傾き、二つの節面の交線はほぼ水平で南北を走っていることです。そこで、上図の地震発生域からこの特徴を有する地震のみをまずは拾い出します。

 上に書いた特徴を数値で表現することでもって「拾い出し」作業に恣意を絡ませずにすむはずです。その試みの準備が図2です。これから使う2004年から2016年までの13年間 気象庁CMT解データベース )にあっては、発震機構解は震央を原点とした右手系座標システムで表現されています。すなわち、南方向(x軸、図2でOS軸)−東方向(y軸、OE軸)―上方向(z軸、Oから手前に立てた垂線の軸)の座標系です。CMT解が導き出す最尤度の高い3つの主応力方向、すなわち主圧力(OP)、主張力(OT)、主中間応力(OM)の方向は、モーメント・テンソルの固有ベクトルから知ることができます〔詳しい説明は省きます〕。

〔図2:CMT解数値から、特徴をみつける〕
180219example無題

 
 こうして計算で得られた主応力の向きは、地震学で使われる発震機構図〔図2の表下の図〕とは異なることがあります。理由は、震源球の下半分を水平面に投影することが地震学では慣例となっているからです。この違いは深くこだわる理由はありません。単なる便宜上の都合です。が、一見この図と図の上に列記される数値との間に、食い違いが生ずることがあります。
 たとえば、計算ではT=(-0.2,0.3,0.9)を得ます〔図2の上の数値群参照〕。これは発震機構図では青のTで表示されています。しかし、Tの位置からはそのOS(x)成分は正値であるべきが、計算では負値となっています。同様のOE(y)成分の値も図では負値となるべきが正値を計算は与えています。この一見した”齟齬“の理由は鉛直成分にあります。計算では正値、0.9347を与えています。ところが上に書いたように地震学の慣習では発震機構図の下半球が使われます。したがって、発信機構図作成では、鉛直成分が正になった場合には、原点に関して対称点を発震機構図に投影するとの約束になっているのです。符号の逆転は、発震機構図に投影されるベクトルの鉛直成分が正値の場合のみ、こうしたことが起きることになります。上の例では、P軸に関しては計算値と投影には”齟齬”は生じていません(実際の投影にあっては「等積投影」という特別なやり方が使われており数値がそのまま図に反映されているわけではありません)。

 さて、本ブログ管理人が着目すること。それは、図3に見るような領域で起きる地震群の特徴をどこに見るのか、というわけです。一通りではありません。たとえば、P軸とT軸がほぼ東西方向にあることを特徴として選別するのも一方です。
本記事では、その発震機構の中間主応力がほぼ南北を向いているとの特徴を目印にそうした地震のみを取り出します。まずは選別のための母集団を示しておかねばなりません〔図3〕。
〔図3:チバラギ地震界隈の地震活動。六千を超える地震を霞ヶ浦から房総半島に渡って表示しているため、陸と海の境界が隠れてしまっています、拡大は二回クリック〕
180219活動図


この6340個もの地震の中から、上記の条件を満たす地震を選び出すという作業を経て出来上がったのが図4です:

〔図4:特徴的発震機構解を持つ地震群。2004年ー2016年の13年間に33個について発震機構解が気象庁によるCMT手法から判明しています。驚くべきことは、それらが霞ヶ浦−市原線の地震活動帯を体現しています。拡大は二回クリック〕
180219中間応力軸


 このチバラギ地震活動も311直前はまったく静穏であったことがわかります。そして其れが活発化したのは地震から一年後の2012−2013年です。この時間遅れの地学的解釈も考察対象になるでしょう。

 ところで、本ブログ管理人は、TVで島村英紀氏が「昨今の関東には地震が頻発している。地震活動期に入ったのではないか」とのコメント1月19日記事が気になってこのところそうした兆候のありやなしやを観察しています。その当座の結論は1月22日記事で書きました。その作業で得た、このチバラギ地震の発生環境を以下の図に示しておきます。
〔図5:図3に示した地震活動分布をABを含む南北断面に投影したもの〕
180219南北断面

 
 深さ60km辺りに分布する地震活動が 北端Aから80km辺りまで途中で途切れながらも続いています。そしてそれは120km辺りで再び活発になりB点〔南端〕に近付くにつれ、浅くなります。興味深いことは、70km−120kmの範囲でのチバラギ地震活動の低下に対応するかのようにその上部深さ20km以浅での地震活動が持ちめられます。さてこれらをどう解釈すべきなのか?興味深いことです。
 又北端A界隈では、「チバラギ」地震の10kmほどの上部に30kmほど北〔Aの方に〕に傾く地震活動があります。これがフィリッピン・プレートの投影であるのか?更なる考察が必要です。地震現象、言葉を変えれば地下の岩盤の破壊現象の時間的・空間的推移はわからないことだらけです。にも関わらず、東大地震研究所を中心とする地震学者は「南海トラフでの地震発生確率は80%にまで高まった」と言わざるを得ない。業務とは言え「無理難題を言わせられる」、まことに気の毒と思っています。

 上記調査で見えたこと。それは霞ヶ浦から千葉県市原を越えて房総半島の先端まで、地下50kmあたりに一連の傷があることです。フィリピン海プレートなのか太平洋プレートの傷であるのか?発震機構解が互いに似ているので、その傷は連結しているのだろうと思えます。どの様に岩盤内に一連の長い亀裂が走っているのか?次回の記事でそれを考察します。
(つづく)

井上達夫氏の憲法改定提言、チバラギ地震復習、脳内記憶〔3、nature)

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
〔写真:朝の散歩道の風景。〕
180216無題

 
九条は 国の誇りと 叫べども 放置されるは 自衛隊違憲 

日本国は世界にも有数の自然災害国です。災害のたびに救援、復興で大活躍するのが自衛隊でス。311原発事故にあっても、大震災、水害、土砂崩れ、などなど枚挙に暇がないほどに自衛隊に国民は頼っています。しかし、日本国憲法に照らすならば戦力である自衛隊は憲法九条二項に違反した存在です。まことに「ねじれている」というべき、日本の法体系と素人の私は思っています。この疑念・問題の論理的で、しかし、絵空事ではない決着の道を井上達夫氏が唱えています。 
 
 前回記事で「ザ・議論」(井上達夫・小林よしのり共著)の一部を引用しました。いずれ、この本を紹介しますが、2月3日付け東京新聞に著者のお一人である井上氏が憲法を語っています。
〔図1:東京新聞2月3日付け。クリック二回で拡大〕
井上達夫3783

 あの分厚い井上氏の手になる「正議論」はいまだ読了していませんが、『憲法の涙 リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください』( 毎日新聞出版、2016年3月16日刊)はその説得力ある既述に強い感銘を受け、しばしば再読します。 上掲新聞記事でも短い言葉で明快に「憲法論」「九条」問題の論点を指摘しています。これに加えて、以下の二つも、これから大問題となるであろう憲法問題についての論点が整理されています。
緊急対談「井上達夫、小沢一郎 憲法、そして民主政治を語る」
 
護憲派vs改憲派・大論争 長谷川三千子×井上達夫×伊勢崎賢治×松竹伸幸2016 06 08 

 その井上氏の憲法改定に関する提言をいかに掲載しておきます:
〔図2: 井上達夫氏による憲法改定案、「ザ・議論」(毎日新聞、2016)170頁より、拡大は二回クリック〕
180216井上憲法022


 常陸国風土記香島郡条を語るにあっては、まずは八溝山・静神社・吉田神社そして鹿島神宮の直線配列を考察する必要があります。なぜならば、以後にも書きますが、鹿島神宮については記紀はいうまでも無く、風土記もなにやら言葉を濁しており、その神社の設置背景、政治的経緯がまったく明瞭ではないのです。
 私が、普段に利用している近くの私立大学図書館には膨大な歴史文献が備えられています。当然、あちらこちらの古社に関する書籍も少なくありません。ところが鹿島神社に関する書籍はまことに少ない。茨城県にある大学ですから、まずは鹿島神宮に関する活発な研究の文献・書籍が豊富に蔵されていると思うのは勘違いなのです。
 理由は想像がつきます。研究者の興味・関心が薄いということではなさそうです。そもそも、調査すべき材料・資料が少なく、手をつけられないというのが現状です。本ブログで指摘したような八溝・静・吉田・香島の線状配列を指摘した歴史調査は、門外漢の私が始めてなしたことです。
 いよいよこれから香島の地に足を踏み入れるに当たってのいわば前言であります。今回は一休みをして、久しぶりに地震の話を書きます。

+++++ひさしぶりに「チバラギ地震」を語る
本ブログで「チバラギ」地震を書いたのは2013年末でありました。このころは。犬吠崎周辺に地震活動が顕著でありました。茨城県原住民としては(江戸の地からこの常陸の国へ移住したのが1978年ですから、40年この地に住み着いていることになります)、自らの地震への警戒・安全からも他人事ではありません。
2014年6月6日記事2014年6月6日記事で初めて「チバラギ地震」なる呼称を用いました。三十年以上も昔の私はつくば市〔当時は筑波市に隣接する桜村でありました〕に居住していました。江戸へ頻繁に出張する人のために筑波−東京を結ぶJR直通バスの運行が開始されました。このバスは途中で利根川を渡ります。橋上を走行していた際、乗客の一人が、「茨城県から千葉県に入る。ってことは、今はチバラギ県だ」と言ったんですね。というわけで、「チバラギ」なる呼称は私のオリジナリではないことを告白しておきます。それはさておき、千葉・茨城界隈の地震を眺めていた際、興味深い発震機構を持つ地震に気付きました。
(図3:節面の一つが鉛直、もう一つがほぼ水平という興味深い地震が霞ヶ浦の西下60kmで発生した 2013年12月21日記事より.拡大は二回クリック)
180216a無題


 この地震は日本列島下に潜り込んでいる太平洋プレートが霞ヶ浦の下60km辺りで発現したのだろうと考え、上図左にあるような断層面の形成によってこの地震が起きたと解釈しました。ところが、似たような発震機構をもつ地震が次々に出現します。そして、それらの地震配列がなんと南北に線状に並びます。その長さは100km近くにも及びます〔図4〕。

(図4:似た発震機構をもつ地震群が霞ヶ浦から千葉県市原の下まで直線状に並んでいることが見えてきた。2014年11月12日記事 拡大は二回クリック)
180216b無題

  線状に並ぶ地震群について大きいものは防災科学技術研究所の解析に拠れば、お互いに大変似通っています〔図5〕。

〔図5 ほぼ同じ発震機構の地震群2014年10月6日記事 拡大は二回クリック 〕
180216c無題

 
 上でも書いたように、どうやら、霞ヶ浦のやや西から千葉県市原に通ずる地価60kmに地震活発ゾーンがあるらしいのです。そこで、これを本ブログではあたらためて「チバラギ地震帯」と呼称することにしました。
〔図6 東西鉛直断面にこの地震の震源位置を重ねることによって、地下の地震活動が特異な場所で起きていることが赤い↑で示されている。2014年10月1日 拡大は二回クリック 〕
180216d無題

 ところで、上で再掲されている図はいずれも防災科学技術研究所Hinet提供のデータベースです。このサービスは2013年1月に始まっており、311大地震直後、あるいはそれ以前についての推移が見えてきません。

 そのためには気象庁のデータ・ベースに頼るしかありません。幸いにしてCMT発震機構解のデータ・べースは1994年からavailableになっています。(気象庁CMTデータベース) 
 気象庁は日本国での地震観測を国の業務として所掌しています。したがって作成するデータベースの内容は多岐に渡っています。そのなかから利用者は必要な情報だけを選んで、自らの使い勝手の良いファイルを編成することになります。またしても老いぼれの愚痴になりますがこの作業が大変です。Scilabという科学計算ソフトウエアを用いてデータの取捨選択、取り込んだデータの配列などをする作業では、Scilabに備わっているデータ入力機能を用いるのですが、これが又無料のソフトウエア故か、まことに使い勝手が悪い〔別言すればエラーメッセージが真に不親切〕。てなことで、ついのびのびになっておりました。このほど、なんとか読めるようになりました。
(つづく)

+++++脳内の記憶をみる(3最終回、nature誌)
最終回です:
脳内の記憶をみる 
%%%%%記事紹介始め
A broader brush より広いブラッシング
Advances in brain-imaging technology in humans are giving researchers the ability to zoom out and look at the brain-wide activity that makes up an engram. The most widely used technique, functional magnetic resonance imaging (fMRI), cannot resolve single neurons, but instead shows blobs of activity across different brain areas. Conventionally, fMRI has been used to pick out regions that respond most strongly to various tasks. But in recent years, powerful analyses have revealed the distinctive patterns, or signatures, of brain-wide activity that appear when people recall particular experiences. “It’s one of the most important revolutions in cognitive neuroscience,” says Michael Kahana, a neuroscientist at the University of Pennsylvania in Philadelphia.
人間の脳イメージング技術の進歩により、研究者はエングラムを構成する脳全体の活動を縮小して見ることができる。機能的磁気共鳴イメージング(fMRI)は、単一のニューロンを解像することはできないが、代わりに異なる脳領域にわたって活動の塊を表示する。従来、fMRIは、様々なタスクに最も強く応答する領域を抽出するために使用されてきた。しかし、近年、強力な分析によって、人々が特定の経験を想起するときに現れる脳全体の活動の特徴的なパターンや特徴が明らかになってきた。Michael Kahana, a neuroscientist at the University of Pennsylvania in Philadelphiaは、「認知神経科学における最も重要な革命の一つだ」という。

The development of a technique called multi-voxel pattern analysis (MVPA) has catalysed this revolution. Sometimes called brain decoding, the statistical method typically feeds fMRI data into a computer algorithm that automatically learns the neural patterns associated with specific thoughts or experiences. As a graduate student in 2005, Sean Polyn — now a neuroscientist at Vanderbilt University in Nashville, Tennessee — helped lead a seminal study applying MVPA to human memory for the first time9. In his experiment, volunteers studied pictures of famous people, locations and common objects. Using fMRI data collected during this period, the researchers trained a computer program to identify activity patterns associated with studying each of these categories.
Later, as subjects lay in the scanner and listed all the items that they could remember, the category-specific neural signatures re-appeared a few seconds before each response. Before naming a celebrity, for instance, the ‘celebrity-like’ activity pattern emerged, including activation of an area of the cortex that processes faces. It was some of the first direct evidence that when people retrieve a specific memory, their brain revisits the state it was in when it encoded that information. “It was a very important paper,” says Chen. “I definitely consider my own work a direct descendant.”
マルチボクセルパターン分析(MVPA)と呼ばれる技術の開発は、触媒の役割を果たしてきた。脳の解読と呼ばれる、統計的方法は、典型的には、fMRIデータをコンピュータアルゴリズムに供給して、特定の思考または経験に関連する神経パターンを自動的に学習させる。2005年にSean Polyn げんざいはneuroscientist at Vanderbilt University in Nashville, Tennesseeの大学院生として初めてMVPAを人類の記憶に適用するための精力的な研究に貢献した。彼の実験では、ボランティアは有名な人物、場所、共通の物体の写真を研究した。この期間に収集されたfMRIデータを使用して、研究者はコンピュータプログラムに改良を重ね、これらのカテゴリのそれぞれを研究することに関連する活動パターンを同定した。
 その後、被験者がスキャナーに横たわり、覚えていたすべての項目を列挙すると、各応答の数秒前にカテゴリ固有の神経シグネチャが再び現れた。たとえば有名人の名前を付ける前に、「有名人のような」活動パターンが現れ、顔を処理する皮質の領域の活性化が含まれていた。人々が特定の記憶を取り出すと、彼らの脳は、その情報をコード化したときの状態に戻ったという。それが最初の直接的な証拠の一部であった。「これは非常に重要な論文であった」とChen氏は言う。"私は自分の仕事を直接の子孫と思う。"

Chen and others have since refined their techniques to decode memories with increasing precision. In the case of Chen’s Sherlockstudies, her group found that patterns of brain activity across 50 scenes of the opening episode could be clearly distinguished from one another. These patterns were remarkably specific, at times telling apart scenes that did or didn’t include Sherlock, and those that occurred indoors or outdoors.
Near the hippocampus and in several high-level processing centres such as the posterior medial cortex, the researchers saw the same scene-viewing patterns unfold as each person later recounted the episode — even if people described specific scenes differently. They even observed similar brain activity in people who had never seen the show but had heard others’ accounts of it.
“It was a surprise that we see that same fingerprint when different people are remembering the same scene, describing it in their own words, remembering it in whatever way they want to remember,” says Chen. The results suggest that brains — even in higher-order regions that process memory, concepts and complex cognition — may be organized more similarly across people than expected.
 それ以来Chenと同僚は、精度を高めながらメモリをデコードする技術を改良してきた。ChenのSherlock研究にあって、彼女のグループは、最初の50のエピソードにわたる脳活動のパターンが互いに明確に区別できることを発見した。これらのパターンは、シャーロックを含んだり、または含まなかったシーン、屋内または屋外で発生したシーンを時におり識別するなど非常に印象深いものだった。
 海馬の近くにある後頭部大脳皮質のようないくつかの高レベル処理センターでは、特定の場面を別々に記述したとしても、後でエピソードを記入したときと同じ場面観察パターンが展開されていた。研究者たちはその場面を見たことがなかったが、それを他人の記憶を聞いていた人に似た脳の活動を観察した。
「さまざまな人々が同じ場面を覚えているときに同じ表現を見て、自分の言葉で説明し、覚えている。どのような方法でも記憶していることは驚きであった」とChen氏は言う。この結果は、記憶、概念、複雑な認知を処理する高次領域であっても、脳は予想よりも多くの人々に同様に記憶を組織化する可能性があることを示唆している。

Melding memories
記憶の混在

As new techniques provide a glimpse of the engram, researchers can begin studying not only how individual memories form, but how memories interact with each other and change over time.
At New York University, neuroscientist Lila Davachi is using MVPA to study how the brain sorts memories that share overlapping content. In a 2017 study with Alexa Tompary, then a graduate student in her lab, Davachi showed volunteers pictures of 128 objects, each paired with one of four scenes — a beach scene appeared with a mug, for example, and then a keyboard; a cityscape was paired with an umbrella, and so on. Each object appeared with only one scene, but many different objects appeared with the same scene11. At first, when the volunteers matched the objects to their corresponding scenes, each object elicited a different brain-activation pattern. But one week later, neural patterns during this recall task had become more similar for objects paired with the same scene. The brain had reorganized memories according to their shared scene information. “That clustering could represent the beginnings of learning the ‘gist’ of information,” says Davachi.
 新しい技術がエングラムを垣間見るようになるにつれて、研究者は個々の記憶がどのように形成されるかだけでなく、記憶がどのように相互作用し、時間とともに変化するかを研究することができる。
ニューヨーク大学では、神経科学者Lila DavachiがMVPAを使用して、脳が重複する内容を共有する記憶をどのように分類するかを研究している。Lila Davachiは、彼女の研究室の大学院生であるAlexa Tomparyとの共同研究で、128シーンのボランティアの写真を見せた。それぞれのシーンは4シーンの1つとペアになっていた。都市景観は傘と組合わされていた。各オブジェクトは1つのシーンのみで表示されたが、同じシーンで多くの異なるオブジェクトが表示された。最初、ボランティアがオブジェクトを対応するシーンにマッチさせると、各オブジェクトは異なる脳活動パターンを引き出した。しかし、1週間後、このリコールタスク中の神経パターンは、同じシーンとペアになったオブジェクトの方が似ていた。脳は共有された情景情報に従って記憶を再編成した。「そのクラスタリングは、情報の「要点」を学ぶ始まりになるかもしれない」とDavachi氏は言う。

Clustering related memories could also help people use prior knowledge to learn new things, according to research by neuroscientist Alison Preston at the University of Texas at Austin. In a 2012 study, Preston’s group found that when some people view one pair of images (such as a basketball and a horse), and later see another pair (such as a horse and a lake) that shares a common item, their brains reactivate the pattern associated with the first pair12. This reactivation appears to bind together those related image pairs; people that showed this effect during learning were better at recognizing a connection later — implied, but never seen — between the two pictures that did not appear together (in this case, the basketball and the lake). “The brain is making connections, Presrepresenting information and knowledge that is beyond our direct observation,” explains Preston. This process could help with a number of everyday activities, such as navigating an unfamiliar environment by inferring spatial relationships between a few known landmarks. Being able to connect related bits of information to form new ideas could also be important for creativity, or imagining future scenarios.
neuroscientist Alison Preston at the University of Texas at Austinによる研究によれば、クラスター関連の記憶は、人々が新しい知識を学ぶための先験知識を利用するのに役立つ。2012年の調査では、Prestonのグループは、バスケットボールと馬のような1組の画像を見て、共通のアイテムを共有する別のペア(馬や湖など)を見ると、脳が再び活動する第1の対12に関連するパターンを活性化することを確認した。この再活性化は、それらの関連する画像対を結合するように見える。学習中にこの効果を示した人々は、一緒に現れなかった2つの写真(この場合はバスケットボールと湖)の間で、後で暗示されたが、決して見られなかった接続を認識することがより良好であった。「脳は、直接の観察以外の情報や知識を表すつながりを持っている」とPrestonは説明する。このプロセスは、いくつかの既知のランドマークの間の空間的関係を推測することによって、未知の環境をナビゲートするなど、さまざまな日常的な活動に役立つ。関連する情報を結びつけて新しいアイデアを形成することも、創造性や将来のシナリオを想像する上で重要なことだ。

In a follow-up study, Preston has started to probe the mechanism behind memory linking, and has found that related memories can merge into a single representation, especially if the memories are acquired in close succession13. In a remarkable convergence, Silva’s work has also found that mice tend to link two memories formed closely in time. In 2016, his group observed that when mice learnt to fear foot shocks in one cage, they also began expressing fear towards a harmless cage they had visited a few hours earlier14. The researchers showed that neurons encoding one memory remained more excitable for at least five hours after learning, creating a window in which a partially overlapping engram might form. Indeed, when they labelled active neurons, Silva’s team found that many cells participated in both cage memories.
 フォローアップ研究で、Prestonは、メモリリンクの背後にあるメカニズムを調べることを開始した。そして関連するメモリが単一の表現に合体することを見つけた。とりわけメモリが近く連続して取得している場合はそうなる。顕著な収束において、Silvaの研究は、マウスが、時間の経過とともに密接に形成された2つの記憶を連結する傾向があることも見出している。彼のグループは、2016年に、マウスが1つのケージで足のショックを恐れることを学んだとき、彼らは数時間前に訪れた無害のケージに向かって恐怖を表明し始めた。1つの記憶をコードするニューロンは、学習後少なくとも5時間興奮し続け、部分的に重複するエングラムを形成するウィンドウを作成することを示した。実際、彼らが活動ニューロンに標識したとき、Silvaのチームは、多くの細胞が両方の”恐怖の篭”記憶に関与していることを発見した。

These findings suggest some of the neurobiological mechanisms that link individual memories into more general ideas about the world. “Our memory is not just pockets and islands of information,” says Josselyn. “We actually build concepts, and we link things together that have common threads between them.” The cost of this flexibility, however, could be the formation of false or faulty memories: Silva’s mice became scared of a harmless cage because their memory of it was formed so close in time to a fearful memory of a different cage. Extrapolating single experiences into abstract concepts and new ideas risks losing some detail of the individual memories. And as people retrieve individual memories, these might become linked or muddled. “Memory is not a stable phenomenon,” says Preston.
 これらの知見は、個々の記憶を世界に関するより一般的な考えに結びつける神経生物学的メカニズムに関するいくつかを示唆している。「私たちの記憶は、情報の孤立した島ではない」とJosselyn氏は言う。「私たちは実際にコンセプトを構築し、それらの間に共通のスレッドを持って物をつなぎ合わせている」。この柔軟性は、虚偽または間違った記憶の形成である可能性がある。Silvaのマウスは、他のケージでの恐ろしい記憶が形成された時に形成された。単一の経験を抽象化し新しい概念にみちびくことは、個々の記憶の詳細を失う危険性が伴う。人々が個々の記憶を取り出すと、これらがリンクしたり混乱したりする可能性がある。「メモリは安定した現象ではない」とPrestonは言う。

Researchers now want to explore how specific recollections evolve with time, and how they might be remodelled, distorted or even recreated when they are retrieved. And with the ability to identify and manipulate individual engram neurons in animals, scientists hope to bolster their theories about how cells store and serve up information — theories that have been difficult to test. “These theories are old and really intuitive, but we really didn’t know the mechanisms behind them,” says Preston. In particular, by pinpointing individual neurons that are essential for given memories, scientists can study in greater detail the cellular processes by which key neurons acquire, retrieve and lose information. “We’re sort of in a golden age right now,” says Josselyn. “We have all this technology to ask some very old questions.”
 研究者は、特定の回想がどのように時間とともに進化し、どのようにリモデリング、歪ませ、または再生時に再現されるかを探求したいと考えている。そして、動物の個々のエングラムニューロンを同定し、操作する能力を持つことで、科学者は、細胞がどのように情報を蓄積して提供するかについての理論 - 試験困難な理論を補強することを望んでいる。「これらの理論は古くて直感的ですが、私たちはその背後にあるメカニズムを本当に知らなかった」とPreston氏は言う。特に、与えられた記憶に不可欠な個々のニューロンを特定することにより、科学者は、重要なニューロンが情報を獲得し、回収し、失う細胞過程をより詳細に研究することができる。Josselyn氏は次のように語る。「今は黄金時代だ。私たちはこのすべての技術を使って、非常に古くからの疑問を問いかけている」と。

doi: 10.1038/d41586-018-00107-4
クレジット:Jasiek Krzysztofiak / Naturedoi:10.1038 / d41586-018-00107-4
%%%%%nature誌記事紹介終わり

脳内記憶〔2、nature誌)、吉田神社、「日本人=黄色猿」観

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
〔写真:市内にある某私立大学・最上階から、きれいな富士山を遠望しました。拡大は二回クリック〕
180213富士山3819


寒いけど 腹が減っては たまらない 霜を覆(かぶ)れる 畑突く鴉

 天気予報によれば今日の昼は三月並の暖かさとのこと。しかし、夜明け前、田は降霜で真っ白です。さすがの小鳥君たちもどこぞで寒さをしのいでいたようです。ところが、鴉は別でした。白き霜に覆われるたんぼの土を黒きカラスが数羽つつき回っていました。よっぽど飢えていたんでしょう。

 「ザ・議論」(井上達夫・小林義則著、毎日新聞、2016年)なる本が「歴史認識を問う」と題した一節で、日本国が戦前犯した他国侵略についての捉え方を論議しています。討論者である井上氏と小林氏の極近い親族が戦役に駆りだされた体験を見聞きしたお二人がどのように感じたのかを語った上で「戦前の日本国がしでかした中国・東南アジアへの侵略」を語ります。日本がしでかした他国への犯罪を口にする同じトーンで以って、それに関与した親族を「非難・批判」できるのか!というかなりきわどいテーマが語られます。
 私自身も、母のすぐ上の兄がニューギニアの東方海上で米国軍艦に撃墜され、いまだに海の底に眠っています〔2015年5月11日記事〕。これだけであれば、涙を誘いもしましょうが、その戦死の一年半前の1940年に、伯父28歳時には、海軍将校指揮官として重慶爆撃に加わって「名誉の負傷」が軍歴に記載されています〔親族がこの軍歴の写しを入手するためには厚生省に申請せねばなりません。その際には申請者の身元を明らかにする一連の書類が必要となります〕。この重慶爆撃は米国による1945年3月の東京空襲と匹敵するほどの残虐さであったと歴史書は語ります。井上・小林の両氏は、日本がアジアでなした残虐行為、その政治的には侵略と断ぜらる行為への真摯な直視があってこそ、東京空襲でなした米国の犯罪、そして欧州英・仏帝国主義による植民地政策の蛮行を真正面から非難・批判できると語ります。
 
 以下のアジアの歴史を専門とするフランス人学者の論評を眼にして即座に連想したのが上に書いたことでありました。そして、欧米人のアジア蔑視には抜きがたいものがあることを、解説した当事者がどのように言い繕おうとも、その本音は垣間見えてくるように思ったしだいです。少なくも私の世代、次の世代は、そうした「蔑視」観を念頭に置きながら欧米人と付き合うべきなのだと改めて思います。そうであるならば、いや、だからこそ、日本は、アジアの国々と平和的に共存できる体制の構築に心を注ぐべきです。ところが、わが国のトップ安倍氏は何を勘違いしたのやら。黄色のくせして「自分だけは白」なる振る舞いです。滑稽であります。

以下、記事〔訳文転載〕
%%%%%[インサイト]平昌五輪、フランス放送解説者として出席した一「韓国専門家」の発言が議論になっている。 ソースはハングル語で、以下はその翻訳:
平昌冬季五輪開会式が行われた先週9日、いくつかのネットユーザーがフランス2TVの開会式中継で解説者が韓国文化に対する誤った解説をしたという主張を繰り広げた。
ネットユーザーによると、解説者は、中国選手団が入場すると「中国が日本と韓国のような野蛮人を文明化させました(La Chine aciviliseles barbares comme le Japon et lacoree)」という説明を付け加えた。また、ハングルを紹介し、「中国語を表記するため、19世紀に作った」の発言をしたと主張した。論議に包まれた解説者はパリ7大学で韓国学科長を歴任したマーティン・フロスト教授だった。
彼女は1970年頃、ソウル大学で韓国語を勉強した後、パリで20年以上韓国語と韓国文化を教えた。ネットユーザーたちは、このように韓国文化に造詣が深い専門の学者が、韓国で開催したイベントで「文明化」という発言をしたことに対して、信じられないという反応だ。波紋が広がると、今回の五輪メダル授賞式でフランス語解説者を務めたフロスト教授の娘オリビアが釈明に乗り出した。彼女はSNSに「母は放送中に絶対に韓国を卑下する発言をしたことがない」と明らかにした。「文明化」発言について「中国代表チームが入場する時、中国の漢字の意味を説明し、過去の中国が日本と韓国を東夷族と考えて文明化させようとしたということを説明したものです」と釈明した。むしろ母親(マーティン・フロスト)が、美しい韓国の文化について紹介しようと努力したという点を強調した。さらに、「それにもかかわらず、フランスの放送で解説をしたことに物足りなさがある、不便をさしあげましたら、代わりにおわび申し上げる」と伝えた。このような説明文に彼女を応援するコメントが書き込まれたが、全く異なる意見を示しているネットユーザーらも多数あった。まだ公式の立場が確認されなかったため、簡単に非難するのは難しい状況だ。韓国で開かれる国際的な行事で、あえて敏感な歴史をもとに紹介する理由があったのかという批判を避けて通るのは難しいとみられる。
%%%%%

 東京新聞の最終面に「私の東京物語」と題する連載コーナがあります。一シリーズ10回で、今シリーズにはロバート・キャンベル氏〔東大名誉教授、現国文学資料館長〕が自らの日本・東京体験を語っています。私は欧米人が「親日家」として日本を語るその語り口、観察にいわれの無い嫌悪感をいつも感じています。つまり彼らにとっては、たまたまその観察・研究対象が「ニューギニアの猿」ではなくて、「アジアの黄色い猿」であったのだろうと想像するんですね。まあ黄色の猿の僻みなのかも知れませんが。私の在外生活でもいつも心底にわだかまっていたのがこの「我、黄色猿也」意識でありました。

+++++吉田神社から香島へ
 この神社は常陸国風土記の分類に従えば、那珂郡に在します。したがって、詳しい考察は、風土記解読の作業で致します。ここでは、概論のみに留めます。たとえば、静神社から見たシリウス星の方位は吉田神社への方位とは異なります。それはどういうことなのか。単純な幾何学の問題でありますが、本議論が香島に遷(うつ)った時点でそれを考えます。
〔図1: 吉田神社と周辺の地形。拝殿と参道が北々西に向いて築造されている。表示されている北方1.4kmに千波湖をはさんでJR水戸駅がある。拡大は二回クリック〕
180211吉田神社無題


 吉田神社についてウイキは以下を書きます
%%%%%ウイキ記事
水戸市中心市街地の南部、小高い丘である朝日山の山上に鎮座する。創建には日本武尊の東征との関わりを伝える。武神である日本武尊を祀ることから、蝦夷征伐の過程で古くから朝廷からの強い崇敬を受けた神社である。社殿は戦災で焼失したが、境内には日本武尊にまつわる場所が現在も「三角山」として残されている。
祭神
祭神は次の1柱。
日本武尊 (やまとたけるのみこと)
第12代景行天皇皇子で、第14代仲哀天皇の父。『古事記』『日本書紀』によると、景行天皇の命で九州や東国豪族の討伐を行ったという。
創建:
『常陽式内鎮座本紀』『常陸二十八社考』によると、日本武尊が東征の際にこの地(朝日山/三角山)で兵を休ませたといい、これにちなんで社殿が造営されたのが創建であるという[2]。創祀年代は不詳であるが、吉田神社所蔵の古文書によれば、正安4年(1301年)に鎮座以来800余年を経過した旨の記載が見える[2][1]。1985年10月19、20日開催の秋季例大祭は創建1500年祭として実施した[3]。休憩場所とされる地は、現在も境内一角に伝えられている。
この伝承に対して、『常陸国風土記』では那賀郡における日本武尊の説話が見えないことから、日本武尊への結びつけを平安時代初期頃と推測する説もある[4]。
%%%%%

 上記ウイキ記載の要点を繰り返すと
1 祭神は次の1柱、すなわち日本武尊 のみであること:
2 朝日山・山上に鎮座すること;
  上記に加えて、現ブログ管理人は、
3 拝殿と拝殿への参道が”シリウス“方位を向いていること
  を付け加えておきます。

 まず、一番目です。祭神が「日本武尊」(古事記では倭建命)の一神〔柱〕のみであることです。周辺原住民に言い伝えられてきた強い思い入れが反映されているのだと思っています。私の史観では「日本武尊」は、いわゆる倭の五王のお一人「武王」であると思っています。日本書紀編纂の元締め藤原不比等は、ここまで歯切れ良く(話し言葉にこうした表現はふさわしくないとは思いますが)露(あらわ)に、古事記では「倭」で以って漢字表記をし、日本書紀では「武」を以って漢字表記をしてこの古代英雄説話を長々と論じているのです。まさに後世の人間は、たちどころに、この人物「日本武尊・ヤマトタケルミコト」こそ、武王であると、見抜くであろうことを想定して、記紀説話を語っているのです。ところが、後世の識者達は現代に至ってもその「示唆」をまともには受け取らない。私にすれば、奇怪至極との思いです。勿論、学者さんたちにはその理由があります。すなわち記紀編年と時代が合わないという「矛盾」です。これについては〔2017年12月20日以前も書きました〕ので、繰り返しません。

 二番目です。この吉田神社は朝日山と呼ばれ、そこで、倭武王は太陽を遥拝したとの言い伝えがあります。その地を訪ねると、そこにはそれを刻んだ石碑を見ることができます。朝日から直ちに連想することは、夏至日の朝日の昇る方向です。この小高い丘からそれを観察したに違いない。とすれば、吉田神社の位置確定作業は、静神社のそれと同様であった。すなわち、八溝山からのシリウス星方位と、どこやらから見た夏至日の太陽方位の交点に吉田神社の位置が確定されたのだろうと、推定しました。地図を眺めると確かにその方向にあるのが筑波山です。
 早速、吉田神社と筑波山頂の緯度・経度をグーグルマップで調べます。その二対の数値を入力して、方位を調べます。
吉田=[36.362 140.482]
筑波山=[36.225 140.106]
Dlt,Azm,Bzm= 37.0-km 24.44 0.33deg
 筑波山頂から見た夏至日の太陽の上る方位は東29度北で、それは静の地、あるいは堅破山からのそれと大きくは変わりません。一方、筑波山から見た吉田神社の方位は上記に見るように東24.4度北、すなわち、4.6度もの違いがあります。太陽は、日出後、1時間に15度ずつ方位を変えます。したがって4.6度の違いは時間に換算すれば、18分強の遅れとなります。あてが外れました。これは誤差の範囲と思う方もおられましょうが、この時代にあっても太陽の昇る方位の測定はきわめて高精度で観測されています。

 これでは、どうも、諦めがつかないので、筑波山の麓の古社である飯名神社で同様の計算をしてみます。この神社は常陸国風土記・信太郡の条で登場しました。稲荷信仰の起源であると本ブログで私は以前書きました。ウイキも「常陸国風土記の信太郡の条にある「其里西飯名社此即筑波岳所有飯名神之別属也」(その里の西に飯名の社あり。こはやがて筑波の岳にある所の飯名神の別属なり)の「飯名神」に比定する見解がある。これによれば創建は8世紀以前に遡る古社である。ここから飯名神社は筑波山では最も古い神社ともいわれている」と書いています。
 この神社は背後に巨石を背負っており、それは鏡岩のようにも見えます。
飯名神社=[36.205 140.093]
Dlt,Azm,Bzm= 39.0-km 26.31 0.35deg
 残念ながら計算結果はご覧のとおりで、2.7度ずれています。武王が朝日山で遥拝した朝日とはどの朝日であったのか?なぞといまだになぞが解けず拘っております。
〔図2:筑波山の南麓斜面にある飯名神社の所在地〔赤印の左下。赤印の右上に「月水石神社」がある。地図には書かれていないが、飯名神社のさらに南一体は「神郡」〔かみごおり〕と称されている。拡大は二回クリック〕
180214飯名神社無題
 

 と、いうわけで、この議論はしばらくペンディングにさせていただきます。
 ところで、かれこれ10年以上も昔のことでしょうか。筑波山の麓に車をおいて、家族と山登りをしました。昔は若かったのです。標高は877mですが、関東平野にそびえているため、麓は海抜0mに近く、かなりしんどいのです。当然下山も徒歩です。そこで、この飯名神社を詣でることにしました。その途次、「月水石神社」という変わった名前の神社に立ち寄りました。この神社のご神体も大きな岩です。なんと岩を囲んで十人ほどのご婦人方が拝んでいるのですね。しかもどうやら日本語ではない。一人のご婦人に尋ねると、一人通訳と思しき日本婦人が面前に現れ「韓国では子授けが叶う神社として知られている。そこで、今回ツアーを組んで参拝しに来た」と説明してくれました。今ほど、アジアからの観光客が茨城くんだりまでやってくる時代ではなかったので驚きました。

 さて最後に三番目です。この神社はそもそもは神を祀る社〔やしろ〕ではなく、渡来族の南方進出のいわば基地であったはずです。しかし、その地は八世紀初頭に奈良の軍勢によって破壊され、渡来族は虐殺に近い仕打ちを受けたのでしょう。それを目の辺りに見聞したであろう、近郷の在来住民は「陣屋の建築に取り入れられていたシリウス方位」の言い伝えを尊重したのだろうと思います。彼らの霊を慰めるべく建立した神社の建築に当たってはそうした古老の記憶に基づいて拝殿と参道が作られたのだろうと思っています。
(つづく)

+++++脳内記憶を見る(2、nature誌)
前回記事の続きです:なんとノーベル賞を受賞した利根川氏の研究業績が引用されています。
 
%%%%%Hear Sheena Josselyn describe the work to picture memory in the mind.
Sheena Josselynが心の中の記憶を描写する作業について語る。

The work represents a dramatic departure from previous memory research, which identified more general locations and mechanisms. “The results from the rodents and humans are now really coming together,” says neuroscientist Sheena Josselyn at the Hospital for Sick Children in Toronto, Canada. “I can’t imagine wanting to look at anything else.”
この研究は、より一般的な場所やメカニズムを特定した以前の記憶研究とは大きく異なる。neuroscientist Sheena Josselyn at the Hospital for Sick Children in Toronto, Canadaは次のように述べる。「げっ歯類とヒトの結果は今は実際に混在している。「他に何かを見たいとは想像できない」と。

In search of the engram
記憶の痕跡を研究する

The physical trace of a single memory — also called an engram — has long evaded capture. US psychologist Karl Lashley was one of the first to pursue it and devoted much of his career to the quest. Beginning around 1916, he trained rats to run through a simple maze, and then destroyed a chunk of cortex, the brain’s outer surface. Then he put them in the maze again. Often the damaged brain tissue made little difference. Year after year, the physical location of the rats’ memories remained elusive. Summing up his ambitious mission in 1950, Lashley wrote2: “I sometimes feel, in reviewing the evidence on the localization of the memory trace, that the necessary conclusion is that learning is just not possible.”
Memory, it turns out, is a highly distributed process, not relegated to any one region of the brain. And different types of memory involve different sets of areas. Many structures that are important for memory encoding and retrieval, such as the hippocampus, lie outside the cortex — and Lashley largely missed them. Most neuroscientists now believe that a given experience causes a subset of cells across these regions to fire, change their gene expression, form new connections, and alter the strength of existing ones — changes that collectively store a memory. Recollection, according to current theories, occurs when these neurons fire again and replay the activity patterns associated with past experience.
Scientists have worked out some basic principles of this broad framework. But testing higher-level theories about how groups of neurons store and retrieve specific bits of information is still challenging. Only in the past decade have new techniques for labelling, activating and silencing specific neurons in animals allowed researchers to pinpoint which neurons make up a single memory (see ‘Manipulating memory’).

エングラムを探して

エングラムとも呼ばれる単一のメモリの物理的なトレースは、長い間、捉えられなかった。US psychologist Karl Lashleyは、それを追求した最初の人の一人であり、彼のキャリアの多くを探求に費やした。1916年頃から、彼はラットに単純な迷路を走らせるように訓練した後、脳の外面である皮質の塊を破壊した。それから彼は再び彼らを迷路に入れた。損傷した脳組織はほとんど影響が無いように見えた。年々の研究にもかかわらず、ラットの記憶の物理的な位置は依然として分からなかった。Lashleyは1950年に彼の野心的な研究を要約する論文を書いた題して:“I sometimes feel, in reviewing the evidence on the localization of the memory trace, that the necessary conclusion is that learning is just not possible.”というものだ。
記憶は、非常に分散したプロセスであり、脳の特定の領域に偏在していない。また、異なる種類のメモリには異なる領域が含まれる。海馬のような、メモリへの書き込みと取り出しにとって重要な多くの構造体が皮質の外側にあり、Lashleyはそれらをほとんど見逃していた。ほとんどの神経科学者は、与えられた経験によって、これらの領域にわたる細胞のサブセットが発火し、遺伝子発現を変化させ、新しい接続を形成し、既存のものの強さを変えると考えている。これらのニューロンが再び発火し、過去の経験に関連した活動パターンを再生すると、現在の理論によれば、想起が起こる。
研究者たちは、この広い枠組みのいくつかの基本原則を研究した。しかし、どのようにニューロンのグループが情報の特定のビットを格納し、検索するかについてのより高いレベルの理論をテストすることは、依然として困難だ。過去10年間で、動物の特定のニューロンを標識し、活性化し、沈静化する新しい技術が研究者によってどのニューロンが単一の記憶を構成するのかを特定することが可能になった(「記憶の操作」参照)。
〔図3:記憶の操作、模式図、拡大は二回クリック)
180214記憶nature

Credit: Jasiek Krzysztofiak/Nature

Josselyn helped lead this wave of research with some of the earliest studies to capture engram neurons in mice3. In 2009, she and her team boosted the level of a key memory protein called CREB in some cells in the amygdala (an area involved in processing fear), and showed that those neurons were especially likely to fire when mice learnt, and later recalled, a fearful association between an auditory tone and foot shocks. The researchers reasoned that if these CREB-boosted cells were an essential part of the fear engram, then eliminating them would erase the memory associated with the tone and remove the animals’ fear of it. So the team used a toxin to kill the neurons with increased CREB levels, and the animals permanently forgot their fear.
Josselynは、マウスでエングラムニューロンを捕捉するための最も初期の研究のいくつかを用いて、この研究を先導した。2009年に彼女と彼女のチームは、扁桃腺(恐怖の処理に関与する領域)のいくつかの細胞で、CREBと呼ばれる重要な記憶タンパク質のレベルを興奮させ、マウスがそれを学んだときにそのニューロンが特に発火し、聴覚のトーンと足のショックとの間の恐怖に関する関連性をつきとめた。研究者らは、これらのCREB増強細胞が恐怖エングラムの不可欠な部分であった場合、それらを除去することにより、トーンに関連する記憶を消し、動物の恐怖を除去すると推論した。そのチームはある薬を使ってCREBレベルの増加したニューロンを殺し、動物に恐怖を忘れさせた。

A few months later, Alcino Silva’s group at the University of California, Los Angeles, achieved similar results, suppressing fear memories in mice by biochemically inhibiting CREB-overproducing neurons4. In the process, they also discovered that at any given moment, cells with more CREB are more electrically excitable than their neighbours, which could explain their readiness to record incoming experiences. “In parallel, our labs discovered something completely new — that there are specific rules by which cells become part of the engram,” says Silva.
数ヶ月後、Alcino Silva’s group at the University of California, Los Angelesのグループは、生化学的にCREB過剰増殖ニューロンを抑制することでマウスの恐怖記憶を抑制し、同様の結果を達成した。このプロセスでは、彼らはまた、ある瞬間に、より多くのCREBを有する細胞が、近隣の動物よりも電気的に興奮性が高いことを発見した。「並行して、私たちの研究室は全く新しいものを発見した。細胞がエングラムの一部となるような特別なルールがあった」とSilva氏は言う。

But these types of memory-suppression study sketch out only half of the engram. To prove beyond a doubt that scientists were in fact looking at engrams, they had to produce memories on demand, too. In 2012, Susumu Tonegawa’s group at the Massachusetts Institute of Technology in Cambridge reported creating a system that could do just that.
しかし、これらのタイプの記憶抑制研究は、エングラムの半分しか描写していない。科学者が実際にエングラムを見ていることを疑う余地がないことを証明するために、彼らは必要に応じて思い出させる実験が人用であった。2012年に、Susumu Tonegawa’s group at the Massachusetts Institute of Technology in Cambridgeのグループが、それを可能にするシステムの構築を報告した。

By genetically manipulating brain cells in mice, the researchers could tag firing neurons with a light-sensitive protein. They targeted neurons in the hippocampus, an essential region for memory processing. With the tagging system switched on, the scientists gave the animals a series of foot shocks. Neurons that responded to the shocks churned out the light-responsive protein, allowing researchers to single out cells that constitute the memory. They could then trigger these neurons to fire using laser light, reviving the unpleasant memory for the mice5. In a follow-up study, Tonegawa’s team placed mice in a new cage and delivered foot shocks, while at the same time re-activating neurons that formed the engram of a ‘safe’ cage. When the mice were returned to the safe cage, they froze in fear, showing that the fearful memory was incorrectly associated with a safe place6. Work from other groups has shown that a similar technique can be used to tag and then block a given memory7,8.
マウスの脳細胞を遺伝子操作することにより、研究者は発火ニューロンに光感受性タンパク質をタグ付けすることができた。彼らは、記憶処理の重要な領域である海馬のニューロンを標的とした。タグ付けシステムをオンにして、科学者は動物の足のショックを与えた。ショックに反応したニューロンは光反応性タンパク質を分解し、研究者は記憶を構成する細胞を単離することができた。彼らはレーザー光を用いてこれらのニューロンを発火させ、マウスの不快な記憶を回復させることができた。フォローアップ研究では、Tonegawa’s teamは新しいケージにマウスを置き、同時に足にショックを与え、同時に安全なケージのエングラムを形成するニューロンを再活性化した。マウスが安全なケージに戻されたとき、彼らは恐怖で凍って、恐ろしい記憶が安全な場所に誤って関連付けられていることを示した。他のグループからの研究は、同様の技術がタグ付けした後、所定のメモリをブロックするために使用することができることが示された。

This collection of work from multiple groups has built a strong case that the physiological trace of a memory — or at least key components of this trace — can be pinned down to specific neurons, says Silva. Still, neurons in one part of the hippocampus or the amygdala are only a tiny part of a fearful foot-shock engram, which involves sights, smells, sounds and countless other sensations. “It’s probably in 10–30 different brain regions — that’s just a wild guess,” says Silva.
 複数のグループから研究の全体から、記憶の生理学的痕跡(またはこの痕跡の少なくとも重要な要素)が特定のニューロンに固定されているという強力な事例が構築されていることがわかった。それでも、海馬や扁桃体の一部にあるニューロンは、恐怖、発火エングラムのほんの一部であり、視界、匂い、音、その他多くの感覚を伴う。「これはおそらく10〜30の異なる脳領域にある。それは単なる大雑把な推測だ」とSilva氏は言います。
(つづく)

静から吉田、安直な地震予想屋、脳内記憶を見る(1,nature誌)

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
〔写真:一昨日の蓮沼の風景。青鷺の憩いのときを邪魔してしまいました青鷺


 久方の 温〔ぬく〕き大気が ありがたい 一転今朝の 寒さがしみる

 従軍慰安婦問題での遺恨ゆえか、ぎりぎりまで平昌五輪参加を渋っていた安倍氏が、周辺の説得もあったとかで、出かけてゆきました。着いた早々に韓国文大統領に「北とは仲良くするな」と助言したとのことです。大統領は「内政干渉である」と不快感を隠さなかったとのことです。五輪が政治から独立した平和の祭典であるか否かはともかく、隣国日本が韓国と北朝鮮の融和を望まないと露骨に言う。安倍氏の政治家としての資質を疑っています。1940年代、不幸にも大国の都合で分断させられ、実にその状態が70年余続いているのが朝鮮半島です。日本国にできることがあるとすれば、まずは南北交流実現のお手伝いであろうと思います。そうしてこそ、アジアの平和への貢献と思っています。

 昨・日曜日の昼のTVプログラムで「近く、噴火を警戒すべき火山はどれか!」との議論を視聴しました。私は本ブログで高橋学氏という“いい加減な地震予言(知?)”をする学者さんを、その“まるで素人さながら”の論拠がゆえに数回本ブログで批判したことがあります。今回この御仁を初めて画面で拝見しました。高橋氏の言にはまるで地球科学的素養は感じられません。実際同席した島村英紀氏よりやんわりとその”暴言“ともいうべき発言がたしなめられていました。氏の学問的キャリアを眺めると、御専門は地理学です。これは表層の地形などから過去のキャタストロフィとでも言うべき地学的大変動を明るみに出す研究分野です。田んぼの中を走る些細な段差が実は大きな断層の露出部分であることを明るみに出すなど、地震防災技術への貢献が大きい研究分野です。したがって地震火山についての必要最低限の知識は備えているべきでしょう。

 たとえば、高橋氏は2011年3月11日の巨大地震で、進行するプレートの留め金が外れてしまったため、プレート進行速度は地震前には8.5cm/yearのスピードであったが、今や 30-40cm/yearと急増した。そのために日本列島を載せる北米プレートへの圧迫が強まり、あちらこちらの火山活動の顕在化として現出していると語ります。私が時折閲覧する投稿掲示板でもしたり顔をして〔といっても投稿者の顔が見えるわけではありませんが)この趣旨の書き込みを頻繁になしている人物がいます。生半可にプレート理論なるものを聞きかじった「一知半解の知ったかぶり屋さん」の陥りやすい誤解なのです。
 GPSによる連続観測、個々の地震解析から得られる地変の変動量などからわかってきたことは、プレート潜り込み域でのプレート運動の六割以上は地震を伴わない「ゆっくり地震〔音なし地震〕」によって「潜り込み作業」が進行しているのです。残りの三割強が強地震発生によってまかなわれています。

 私は2011年3月11日の地震をLHC(Large Hinge Collapse, 巨大引っかかり崩壊)であったと書きました。その実態は、その巨大ひっかり実体がゆっくりとひずみで変形しており、其れが耐え切れなくなったという物理破壊現象であったと理解しています。だからこそ、現時点ですらプレートの進行速度の急増は検出されていないのです。高橋氏は、あまりにも自己完結な理屈を構築するに急ぎすぎたのです。

 ところで、昨日、「南海トラフ地震の発生確率が高まった」との報道がありました。現時点ではそれを解説する文書が地震調査委員会HPにアップロードされていません。どうした観測事実を積み重ねての結論であるのか、強い関心があります。
 
%%%%%南海トラフ発生確率「70〜80%」に引き上げ2018年2月9日 19時11分 読売新聞
 政府の地震調査委員会(委員長=平田直(なおし)・東京大教授)は9日、静岡県から九州の太平洋側に延びる南海トラフで今後30年以内にマグニチュード(M)8〜9級の巨大地震が発生する確率を「70〜80%」に引き上げたと発表した。
 調査委は、毎年1月1日現在の発生確率を計算して公表している。時間の経過に伴い、2014年に発表した「70%程度」から確率が高まった。13年までは「60〜70%」だった。
 今後10年以内の発生確率もこれまでの「20〜30%」から「30%程度」に引き上げた。50年以内の確率は「90%程度、もしくはそれ以上」に据え置いた。
 南海トラフでは、おおむね100〜150年おきにM8級の海溝型地震が発生してきた。地震は様々なパターンで起きることなどを考慮し、調査委は平均発生間隔を88・2年と仮定している。
%%%%%

+++++静から吉田そして香島へ
 常陸国久慈郡の静神社を第一橋頭堡としての更なる南進地は那珂郡の吉田神社です。風土記・香島郡の解読が終わり次第、那珂郡〔こおり〕に進みます。したがって吉田神社の詳細な考察も今回はせず、概略だけに留めておきます。
 1月5日記事 で書きましたが、まずは三地点間の距離を確認しておきます:
八溝―静 d=49.5307(km), a=164.2934, b= 344.3831
八溝―吉田 d=66.0126(km), a=163.4255, b= 343.551
八溝―鹿島 d=111.6941(km), a=163.1633, b= 343.3768
 八溝−吉田間の距離はわずか、17kmですから、技術的困難は大きくは無かったと想像しています。が、方位角から推定される拠点確定年代は
-->x=510-(Yshizu-163.7)*50/1.2 = 485
-->x=510-(Yyosida-163.7)*50/1.2 = 522.5
-->x=510-(Ykasima-163.7)*50/1.2 = 530.8
2月5日記事 )ですから、実に37年余と計算されます。八溝山でシリウス星の方位を定めたのが西暦464年と書きました。念のために急いで付け加えておきますがここで書く年代は計算上で算出される年代です。きっちり西暦522年に吉田の地に陣屋が設営されたわけではなく〔その可能性もありえますが〕、多分前後十年ほどのばらつきがあるのでしょう。それは以前も書きましたが、1.2/50と見積もられているシリウス星の天空上での遷移速度に強く依存しているためです。
 そうではあっても、距離が一番短い静神社から吉田神社までの経路確定にこれほど多くの年月がかけられているのは何故なのか?上の表でいう西暦485年とは、「静の地」に設営地が定まったということであり、陣屋が完成し次の段階への開始には相当の年月を要したであろうことは容易に想像できます。

 八溝山頂に集中していた計測機材を山麓に降ろし、静まで運搬する〔多分川筋を辿ったのではなかろうか〕のに時間がかかります。又陣屋設営のための木材伐採と関連資材の調達、そして陣屋建設にも時間がかかります。したがって、実際の計測が開始されたのは、場所確定から四半世紀ほど後であったのではなかろうかと推定しています。理由は、吉田神社から香島神宮は距離にして45kmもあり、それは八溝山―静神社間の距離49kmとさして変わりません。しかし、その年間隔たるやわずか8年強と見積もられています。これだけの短期間で大事業がなしえたのは、静神社でそれまでの膨大な経験を集約し観測・設営技術の体系を作り上げた故であると考えています。
 忘れないうちに付け加えておきますが、2017年12月6日記事で埼玉県行田の稲荷山湖噴出土の金錯銘鉄剣を書きました:
%%%%%金錯銘鉄剣に刻まれた銘文
<鉄剣表側>
辛亥年七月中記、乎獲居臣、上祖名意富比垝、其児多加利足尼、其児名弖已加利獲居、其児名多加披次獲居、其児名多沙鬼獲居、其児名半弖比
<鉄剣裏側>
其児名加差披余、其児名乎獲居臣、世々為杖刀人首、奉事来至今、獲加多支鹵大王寺在斯鬼宮時、吾左治天下、令作此百練利刀、記吾奉事根原也
%%%%%ウイキ はこの銘文を以下のように解読します:
 「辛亥の年七月中、記す[2]。ヲワケの臣。上祖、名はオホヒコ。其の児、(名は)タカリのスクネ。其の児、名はテヨカリワケ。其の児、名はタカヒ(ハ)シワケ。其の児、名はタサキワケ。其の児、名はハテヒ。(表) 其の児、名はカサヒ(ハ)ヨ[3]。其の児、名はヲワケの臣。世々、杖刀人の首と為り、奉事し来り今に至る。ワカタケル(ワク(カク)カタキ(シ)ル(ロ))の大王の寺[4]、シキの宮に在る時、吾[5]、天下を左治し、此の百練の利刀を作らしめ、吾が奉事の根原を記す也。(裏)」
概要[編集] ウイキより) 
 %%%%%
 この記事で、注目したいのは、鉄剣に銘されている「辛亥」年です。歴史家は、この刻まれている人物を雄略天皇と考えています。同天皇の在位期間は日本書紀編年では西暦456〜479年ですから、この「辛亥」年は西暦471年であると考えています。しかし、雄略天皇に関するウイキ)から容易に推察できるように、実は日本国古代史を一生かけて学び研究してきた学者さんですら、実は腹の内では日本書紀の記載をまともに信じ切ってはいないのです。しかし、それを言い出したら元も子もない。この鉄剣に刻される「ワカタケル」王が雄略であると思い込むことにして、そこの記載される辛亥年も西暦471年である当不承不承考えているのです。この議論の成り立たないことは本ブログでも詳しく書いてきました。「辛亥」年は471年に60を加えた西暦531年、あるいは西暦591年の可能性すらあります。

 ところで、上記の八溝―香島シリウス線の完成年は西暦531年と算定されています。そこで、改めて「さきたま古墳群の稲荷山古墳」と「志木の宮戸神社」の位置関係、すなわち方位から推定されるこの配置年代を算出してみます:
埼玉古墳―宮戸 d=33.3733(km),a=163.4781,b= 343.5399
12月8日記事 より)
-->510-(163.48-163.7)*50/1.2= 519.16667、すなわち西暦519年ごろと算出されます。なんと水戸の吉田神社位置確定とほぼ同時期であったらしいことがわかります。
 
 これを鑑みるに、水戸の吉田神社位置に橋頭堡の延長を設営すると同時にそれと並行して、稲荷山神社―志木・宮戸陣屋の設営工事が着工されていた。其れが、年月を要した理由ではなかったかと、想像しています。と、なると、武王はそろそろワカタケル王への権力移譲を考え始めていたことが背景にあったのではなかろうか、など想像は膨らみます。

 ここで、若干の自慢話です。私の古代史」解析には無理な造作・小細工は必要ありません。にもかかわらず、他の計測事実、観察と整合していることがわかると思います。


%%%%%脳の話題(2)
 2月9日の記事で、「キツツキの頭は脳震盪を起こしているのではないか?」との記事を紹介しました。脳に関係する記事を見つけました。海外科学週刊誌natureが“ヒトの記憶を見る”と題した記事を掲載しています。少し長いのですが、数回に分けて紹介します。
 ところが、この記事の冒頭部分が理解不能なんですね。記事を書くということは難しい。読者の大まかな理解を改めて提供しておこうという親切心が仇になるんですね。そのことをお断りして、訳を始めます:
%%%%%How to see a memory 
Every memory leaves its own imprint in the brain, and researchers are starting to work
out what one looks like.
どんな記憶も脳内に刷り込まれている。そして研究者達は其れがどんなものであるのかの解明を始めている。
Helen Shen

〔図:Illustration by Andy Potts; Photos from Getty
アンディポッツによるイラストレーション。ゲッティからの写真)
180112Nature_memory

For someone who’s not a Sherlock superfan, cognitive neuroscientist Janice Chen knows the BBC’s hit detective drama better than most. With the help of a brain scanner, she spies on what happens inside viewers’ heads when they watch the first episode of the series and then describe the plot. Chen, a researcher at Johns Hopkins University in Baltimore, Maryland, has heard all sorts of variations on an early scene, when a woman flirts with the famously aloof detective in a morgue. Some people find Sherlock Holmes rude while others think he is oblivious to the woman’s nervous advances. But Chen and her colleagues found something odd when they scanned viewers’ brains: as different people retold their own versions of the same scene, their brains produced remarkably similar patterns of activity.
Sherlockのスーパーファンではない人にとって〔文意不明、訳者〕、認知神経科学者Janice ChenはBBCが放映してヒットした探偵ドラマをよく知っている。脳のスキャナーの助けを借りて、彼女」はドラマ視聴者が犯人の計画を理解する際に視聴者の頭の中で何が起こっているかに興味を持ち、脳内を探査することとした。
〔訳者注:記事冒頭の文節が”文意不明“と書きました。{モルグ街の殺人}と聞けば誰しもがエドガー・ランポです。ところが冒頭に登場するのが「シャーロック・〔ホームズ〕」です。ネットを駆けずり回ってたどり着いたのが「エドガー・アラン・ポー『モルグ街の殺人事件』とシャーロック・ホームズ」と題されたブログ記事でした(https://ameblo.jp/bunshoukai/entry-11979617621.html)。どうやら、シャーロックはランポ小説の主人公ヂュパンの才能に嫉妬していた。と、この記事は書きます。さて、それを理解しても、私にはまだ、この文節が以下の文章とつながりません。読者の皆様にお任せします〕
Johns Hopkins University in Baltimore, Marylandの研究者Chenは、ドラマの最初のほうについて、いろいろなエピソードを聞いた。それはある女性が、モルグ街で有名な探偵といちゃついている場面であった。シャーロック・ホームズは失礼だと思う人もいれば、女性の緊張を忘れている人もいると思う人もいる。しかし、Chenと彼女の同僚たちが、視聴者の脳をスキャンすると、何か奇妙なことを発見した。異なる人が同じ場面について自分自身の感想を語るにつれて、脳の活動パターンは著しく似てきたのだ。

Chen is among a growing number of researchers using brain imaging to identify the activity patterns involved in creating and recalling a specific memory. Powerful technological innovations in human and animal neuroscience in the past decade are enabling researchers to uncover fundamental rules about how individual memories form, organize and interact with each other. Using techniques for labelling active neurons, for example, teams have located circuits associated with the memory of a painful stimulus in rodents and successfully reactivated those pathways to trigger the memory. And in humans, studies have identified the signatures of particular recollections, which reveal some of the ways that the brain organizes and links memories to aid recollection. Such findings could one day help to reveal why memories fail in old age or disease, or how false memories creep into eyewitness testimony. These insights might also lead to strategies for improved learning and memory.
Chenは、特定の記憶の作成および想起に関与する活動パターンを識別するため脳画像を使用する研究者の一人である。この分野の研究者は現在増えている。過去10年間でのヒトと動物の神経科学研究分野での強力な技術革新が、いかにして個々の記憶が形成されるのか、いかにして互いに関与しあうのかについて基本的な法則を明るみに出している。活動するニューロンに印をつける技術を用いて、研究チームは齧歯類の動物での痛みの記憶に関わる神経回路を特定した。そして、その記憶を刺激してその経路を活性化することに成功した。そして、人間においては、特定の回想の信号が識別されている。この研究から、脳が編成される方法のいくつかを明らかにし、回想を助けるための記憶のリンクが明らかになった。このような発見は、老年や病気で記憶が失われた理由を明らかにするのに役立つ。あるいは、偽りの記憶が証人の証言につながるケースを明らかにする。かこれらの洞察は、学習と記憶の向上のための戦略につながるかもしれない。
(つづく)

鏡石(堅破石)による古代測量を想像する、壬申乱時の多数大陸人駐留

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
〔写真:かじかむ手をこすりながら、今朝も霜で白くなっている田の周囲を40分ほど歩いてきました。”春よ来い、早く来い“と、童謡を口ずさみながらであります〕
180209龍の朝無題


 にこやかに 天気を語る お姉〔ねえ〕さま 明日は温〔ぬくい〕と ご託宣あり

 寒い日が長く続きました。TVに登場するお姉様の「予言」が的中し、明日は三月なみの陽気となって欲しいものです。

 TVでの国会中継を視聴できませんでしたがyoutubeで原口氏による良質の質問に接し、わが意を得たりの思いでありました。

  原口一博・民進党【衆議院 国会中継 予算委員会】平成30年2月7日 


+++++鏡石による古代測量を想像する
 今回は鹿島神宮にひっそりと埋められている”鏡石“の紹介をするはずのところ、どうも「堅破石」が気になっています。そこで、前回の記事を振り返りながら、その存在を再考してみたいと思います。

 課題は、八溝山からシリウス星の方位を計測し、その方位に合わせて建築物を設営する話であります。まずは頂上からの近地二点に目印を立てます。図1のA,Bです。
〔図1:静神社方位の決定〕
測量13801


 次に遠地でABを結ぶ直線上に並ぶと思われる場所に目印看板を持ったXを派遣します。X氏は候補地域を目印をかかげて徘徊し、頂上にいる計測責任者からの合図を待ちます。この作業は昼間できます。八溝山頂上には、Y氏がおり、Xさんの看板の動きを注視しています。。
 X氏が線分ABの延長上にいると判定した時点で、責任者のY氏は、現地にいるX氏に「視認した」との合図を送ります。かくして、第一中継点の位置が定まりました。
X氏は次の中継点候補に移動する前に、この地で、再び二本の目印を立てます。その第一の目印は決定したばかりの地点Cです。そのうえでCと山の頂上を結ぶ線上に二本目の目印Dを立てます。次の作業はこのCD測線に基づいてなされます。こうして、静神社に到達するという工程です。

 この工程には、残念ながら疑問があります。山頂の観測責任者、Y氏が現地に派遣されているX氏または彼が掲げている看板を識別できるのか?という問題です。距離が大きくなるにつれ、それは難しくなります。そこでX氏に鏡を持たせるならば事情はグーンと改善されます。
〔図2:鏡〔岩〕使用による事態の改善〕
測量23802


 X氏は八溝山・山頂にいるY氏に自己の所在地を告げるため、鏡〔図でM2〕を用いるとします。しかし、そのためには鏡面は北を向けねばなりません。太陽はXさんの背後にありますから、太陽光を反射光源として使えない。これをどう解決するか?

 ここに堅破石が登場します。まずは堅破石〔図でM1〕は南から降り注ぎ来る太陽光を受け止めます。そしてその太陽光を反射してX氏がいる場所の北東側からX氏に太陽光を提供するというわけです〔図2〕。光を貰ったXさんは手元の鏡石でそれを北方向八溝山山頂のYさんに送ります。
 Y氏は、Xさんからの光を受理したとの合図を送らねばなりません。それには、たとえば鏡岩の反射面を黒布で覆い鏡面を隠したり、露にしたりといった作業を短時間内に繰り返します。X氏には、八溝山頂上の光源が点滅しているよう見え、Xさんは自らが発信した信号が無事相手側に届いたことを確認します。こうして測量の一クール完了と言うわけです。これぞ「古代光通信」です。

 この場合には堅破石が金砂神社から太平洋岸にある天妃山を結ぶ線、すなわち夏至日の日の出方位線上にある必要はありません。南からの光を受け止め、それを南西にいる計測者に返すだけです。
 堅破山の鏡石は単に夏至日の太陽方位を定めるだけに作成されたのでしょうか?其れだけが目的ならば 樹木、あるいは目印をしかるべきところに設置するだけですみます。あれほどの岩を割り、破砕面を磨き上げるなぞの大仕掛けの細工は不要に思えます。何か、別の思惑が隠されているのではないか?と、現ブログ邪推し、その幾何学配置を眺めてみました。
 そこで、見えてきたのが、堅破山をめぐる”意味不明な謎“〔いささか大仰な表現でありますが〕であります。舞台は常陸国風土記久慈郡の条で語られる地です。したがって後日、似た議論をすることになりますので、ここではその”さわり“だけを紹介しておきます。

 まずは、八溝山頂・堅破山・静神社を通る円を考えます〔直線上に無い三点を通る円は必ず一つある〕。この円は、堅破山で南北に走る経線と(ほぼ)接しています。〔接点は図3のT点〕
〔図3:八溝山(Y)、堅破山(T)、静神社(S)の幾何学的配置。オレンジ色の曲線はYTSを通る円〕
堅破3803


 図で堅破山(T)と静神社(S)を結ぶ線が統計140.5度の経線となす角は28.4度であることが、球面三角法計算でわかります。一方、堅破山で望む太陽の日の出の方位〔夏至日〕は東から反時計周りに29.8度です。二つの角は1.4度のちがいがありますが、ほぼ同じといってよい。言葉を変えると次のようにも言うことができます:
 静神社の位置は、これまで縷々書いてきたように、シリウス星の方位線上にあらねばなりません。すなわち図3で直線YS上のどこかです。さて、そのどこかとは、どこか?これを決める上で、堅破山頂での日の出の方位が“意図的に”選択されたらしいと思えます。
 T点では、太平洋を望む天妃山へ向かう線と、静神社へ向かう線が、直線YTに関して対称の関係にあるように見えます。言葉を変えると、鏡面を南東に向けた堅破石が天妃山からの太陽光を反射して静神社に届けているという配置になっています。これは、直線YTと東経140.5度の線がほぼ45度で交わっているという自然配置の偶然によっています。何故なら八溝山、堅破山は自然が作り出した配置です。どうやらこの偶然を利用して静神社の位置を決めたのではなかろうか、と私は考えています。
 夏至日には、太陽が東北東に上るのは午前四時です。一方、このときシリウス星は南西の方位に高度を小さくしながらも輝いています(2017年1月17日記事)。夜明け直前とは言え、東北東二太陽、南西にシリウス星が拝めるという瞬間です。この天体の現象を東北日本に渡来した一族が厳粛な気持ちで受け止めたのか、どうか。私にはわかりません。

 しかし、計測事実は確かにそのように見えますが、その背後の設計思想破、その厳粛さだけであったのか。現段階では、この疑問は謎として残し、解を得ることを急がないことにします。

 記事が長くなってしまったので、鹿島神宮の鏡石については次回書きます。
(つづく)

+++++大陸からの進駐軍勢
 壬申の乱の前後、大陸から多くの人間がやってきたと書く記事を見つけましたので下に転載しておきます。壬申の乱とは、九州から四国にかけて威を張っていた倭国を、奈良に拠した一族〔当時の中大兄・中臣一派、後の藤原一族)と唐・新羅が挟撃して殲滅したという、いわば政治クーデタ事件です〔2013年5月10日記事2013年5月10日記事から以後十数回続く記事を参照して下さい。現ブログ管理人は従来の”壬申の乱”理解とまったく異なっています〕。当然その戦後処理として、大陸から多くの武人が進駐してきたのです。
%%%%%遣唐使より遣日使の方が多かった遣唐使より遣日使の方が多かった 
2018/02/06(火) 03:01:05
これまで飛鳥、奈良時代というと「遣唐使」の時代と言われてきた。唐から大陸の文化を学び、日本の「古代」の文化と政治をつくりだした、というのがお決まりの歴史である。
日本人は常に学ぶ方で、大陸の人々は常に教える方であり、日本にやってくる人々は、戦争や政争で仕方なく逃げてきた人々に過ぎない、と考えられているようなのだ。

世界で最初の博物館といえる奈良の正倉院には、多くの唐からきた文物があるが、その大部分は遣唐使がもたらしたものではなく、
唐の人々が持ってきたものであることは知られている。
天智天皇の時代には唐から毎年のように、唐人がやって来た。669年には千余人、671年には二千人の人々が船47隻に乗って遣ってきた。
天武天皇の時代にも、来日した唐人が唐のものを献上したのに対し、日本側からは〈純千六百七十三匹、布二千八百五十二端、綿六百六十六斤を賜った〉と書かかれており、
日本から唐人たちに絹や綿の織物を与えていたのである。
日本から行く人々がせいぜい五、六百人であるのに、彼らは三倍以上来ていたことは何を意味するのか。

 今日の中国の一部となっている渤海から、日本へは約2百年の間に33回も使節を送ってきている。これに対し日本からは13回である。
新羅からは8世紀の百年だけで日本へ35回も遣日使がやって来ており、日本の遣唐使が17回ほどである
%%%%%
+++++脳の話題
 サッカ選手が頻繁にプレイ中に行うヘッディングについてその安全性、脳への損傷の危惧が時折話題になります。ボールをはじき返すために頭を激しく揺さぶることの影響です。キツツキの研究からその脳への影響の一端が見え始めたとのことです:
%%%%%キツツキの「つつき行動」、脳に損傷与えている可能性=研究
2018年2月6日 15時24分
ロイター
キツツキ180209

[ワシントン 2日 ロイター] - 頭を使って連続的に木の幹をつつくキツツキについて、この「つつき行動」が脳に損傷を与えている可能性があるとの研究結果が初めて発表された。論文誌「PLOS ONE」に2日に掲載された。
研究では、キツツキの一種であるセジロコゲラと、キツツキでなく、木をつつかないムクドリモドキ科のハゴロモガラスの脳繊維を調査。その結果、人間では神経変性疾患や頭部外傷による脳損傷と関連のあるタウ・タンパク質の蓄積がセジロコゲラに見られたのに対し、ハゴロモガラスでは見られなかった。
この研究に携わったボストン大学医学部の大学院生は「キツツキは脳損傷を受けていないと考えられてきたが、この研究により逆の結果が示唆されたようだ」と述べた。
科学者らは、このタウ・タンパク質がキツツキの脳損傷を示すものなのか、ある種の保護作用を持つものなのかを特定中という。
キツツキは、昆虫や樹液の餌を得たり、つがい相手を呼び寄せたりするためにつつき行動をしており、その際、最大1400Gという大きな重力加速度を受けている。人間は、60─100Gで脳震盪を起こす可能性があるが、キツツキには、くちばしや頭蓋骨、舌、脳と頭蓋骨の間にある隙間など、つつき行動による影響を緩和する機能が備わっている。
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 上記記事に続いて、科学雑誌natureに掲載された「記憶」に関する記事”How to see a memory”を紹介しようとおもっていたのですが、原口衆議院議員の中身の濃い質疑を紹介して本ブログが長くなっていますので、それは次回に順延します。

八溝−静神社設営作業推測、佐高氏の西部氏自死追悼、大学貧困

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
〔写真:昨日と一変。またしても蓮沼は凍り付いていました。周辺の沼畔にはもぐらによる激しい地下空間開発の跡があちらこちらに。一体何故そんなにも?と、訝っております。二回クリックで拡大できます。〕
180207乱開発無題


 モグラ君 乱開発の 後始末 市の行政 監視しとるぜ

 池の畔はモグラの土饅頭だらけです。何故、こんなにも多いのか?多産で家が手狭になったのか?それとも、「いいとこ有るぜ」なる噂につられて移住がふえたのか?謎であります。

〔記事:西部氏の自裁を悼む左高信氏、東京新聞1月31日付け。二回クリックで拡大できます。〕
西部3767

 十年近くも前から、西部氏は自らの死を口にしていたといいます。人が「自殺」を語る場合は、其れがいじめなどどうにもならない苦痛から逃れたいという切羽詰った事情を除けば、「他者」、「外界」への「あてつけ」、「恨みの発露」です。「死んでやるっ」には、「あいつはこれから寝覚めが悪い思いがするだろう」との報復です。西部氏の自死はそれら「怨」とは違う。仏教にいう「苦」からの解脱とも違うようだ。だからこそ、うらやましい、と思っています。

++++八溝山→・・→香島線〔4〕
 まずは前回記事についての訂正を書かねばなりません。まことに粗忽ではあるけれども重大な誤記をしました:
 %%%%%前回記事の夜十時前の記事抜粋:
 同様に現在の静神社、吉田神社に陣屋を設営し最後に香島に大本拠地を建設した年代も推定できます:
-->Yshizu=164.3; 〔静〕
-->Yyosida=163.4; 〔吉田〕
-->Ykasima=163.2;  〔香島〕
-->x=510-(Yshizu-163.7)*1.2/50 = 509.9856
-->x=510-(Yyosida-163.7)*1.2/50 = 510.0072
-->x=510-(Ykasima-163.7)*1.2/50 =  510.012

 第一橋頭堡である静神社での陣屋設営〔地点の探索などを含む〕には実に510-464=46年もの長い年月をかけたことがわかります。シリウス星方位計測のための足場作り、必要な技術開発、道具作成で長い年月を要したと思われます。残る二つについてはほぼ静・陣や設営と同時期、すなわち一気に吉田、香島への設営です。穂簿並行してこの作業をしてのけたのでしょう。いかに最初の46年間が難事業であったかが推察できます。
%%%%%前回記事〔訂正前〕抜粋終わり

 2月5日夕方六時から夜十時の間に当記事を閲覧してくださった方は、上記を読んだはずです。これについて注意深く当ブログ記事を閲覧してくださっている方からコメントを頂きました。それは物理学でいう「次元解析」視点からの、至極真っ当な指摘でありました。
 前回記事で
x=510-(Yshizu-163.7)*1.2/50
とあります。左辺、x、の次元〔単位と呼んだほうがわかりやすいかもしれません〕は「年」です。したがって右辺の第一項の次元、510、も「年」です。右辺第二項の括弧で括られた第一因子の次元は「〔方位〕角度」です。その因子に乗ずる係数“1.2/50”〔遷移速度)の次元は“角度/年”です。かくして右辺の第二項の次元は「角度*角度/年」となります。それは左辺の次元および右辺の第一項の次元「年」とは合いません。
 そこで、それを
x=510-(Yshizu-163.7)*50/1.2
とするならば、右辺の第二項の次元は「角度*年/角度=年」となり、左辺の次元と合います。言い訳がましいのでありますが、老いぼれるとこうした些細な誤記が頻繁であります。しかし、その誤りがとんでもない方向に議論を導きますから、気をつけねばならないと自省しました。勿論注意はしますが、今後ともご注意ご鞭撻を心から願う次第であります。
 と、いうわけで上記の記載は2月5日夜十時に以下のように訂正いたしました:

%%%%%訂正記事〔2月18日22時〕
-->x=510-(Yshizu-163.7)*50/1.2 = 485
-->x=510-(Yyosida-163.7)*50/1.2 = 522.5
-->x=510-(Ykasima-163.7)*50/1.2 = 530.8

 第一橋頭堡である静神社での陣屋設営〔地点の探索などを含む〕には485-464=21年もの長い年月をかけたことがわかります。シリウス星方位計測のための足場作り、必要な技術開発、道具作成で長い年月を要したと思われます。残る二つについても静・陣屋設営から吉田陣屋の設営には38年弱の年月を要しています。これは、距離が伸びたことに伴う困難であったろうと想像しています。如何にこの三つの陣屋設営が難事業であったかが推察できます。

%%%%%訂正記事抜粋終わり
 
 2018年1月5日記事で書いたように、八溝山と静神社の距離は49kmです。幾何学的には標高1022mの八溝山から「静」の地を遠望できることは以前書きました。逆も可能です。しかし、古代に日本列島に渡来した一族の視力がどれほどに優れていようとも49km先の目印を見分けることができたのか?という疑問が残ります。八溝山頂に設置した平面図には、深夜計測したシリウス星の方位が書き込まれています。その方向を辿って、まずは近地に目印を作る。こうすることで、第三の地が観測者と近地目印を結ぶ線上にあればよいことになります。すなわち望む方向からそれているのかいないのかが判別できます。これは現在でも使われている測量技術です。そのうえで、計測者と近地に設けた目印が同一線上にあるという条件を満たすように、視界の届く限界まで足を伸ばし、そこに次の目印を設定します。たとえば其れが15kmとすれば、一度のずれは262mです。15kmであれば、その違いは識別できるので、修正可能です。この作業を順次繰り返すことで距離を伸ばし、「静」まで到達できます。

 さて、“堅破岩(たちわれ)”を私は「鏡石」であろうと以前書きました。この「鏡石」の役割は何であったのか?少なくも上の作業では、測線途上、または静の地点でその方位を確認するために、その地に「鏡」を設置し、太陽光を反射させるならば、それは八溝山頂上の計測責任者にとっては識別が容易になるはずです。
 こうした鏡石が、あちこちに携帯可能な形で存在したのだろうか。西暦239年に卑弥呼が魏王朝皇帝から銅鏡100枚を与えられたと史書は書きます。しかし、この東北の地で、そのおよそ200年後にこの銅鏡が伝わっていたとすると、古墳などからの出土もあるはずですが、どうやらそうした報告も少ないようです。高崎で出土したとの事例があるのみです(2017年11月1日記事)。

 「鏡」〔きょう〕を「かがみ」と訓む由来はどこにあるのでしょうか?渡来族で主導的立場にあった高一族が、鏡の光学的性質を用いて測量に用いたからである、と私は以前書きました。「カガ」は「高」〔コウ〕の転化した音〔おん〕です。私がしばしば引用する事例が万葉集十三歌です。この歌の冒頭に「高山」なる漢字が使われますが、これは「カグヤマ」と仮名が振られます。ほかにも事例が多いのですが、ここではそれに留めておきます。

 「カガミ」とは、高一族が星、大地を見る(ミ)ために用いた道具という意味です。「み」〔見〕は在来の日本列島東北人の言葉であったのかもしれません。どうやら「アイヌ」語でも古代ペルシア語でもないようです。

 私が知る限りでは、東日本には二箇所、「鏡石」なる言葉が存在します。一つは私の父祖が生まれ育った福島県 矢吹町の隣町です。この地名の由来を同町の広報はいろいろと書きます。わたくしは、鏡石が作成された、あるいは使われた地であると考えています。それは2014年8月15日記事で書いたように、須賀川市西部にある古代族の「町設計」に関わっているからです。

 もう一つは、なんと当面の本ブログ主題である鹿島神宮です。それを次回書きます。
(つづく)

+++++モリカケ・スキャンダル
 一時代が過ぎたならば、必ずやモリカケ・スキャンダルの真相が明るみにでて、安倍氏と連れ合いの醜い権力乱用が指弾されるのでしょう。それを私が死ぬ前に見届けたいものです。国会での答弁を眺めるならば、ひたすら「やってない」と理屈をそっちのけでくりかえすことで、しのげるとの思惑がミエミエであります。理性そっちのけのわが国の政治は北朝鮮と同レベルです。しかし、世界は疾うにわが国首相の低劣な知性を承知のはず〔たとえば2017年12月30日付、NewNew York Times 紙)が、いまだ、日本国からは得をする人士が多いのでしょう。表立ってはそれを指摘せず、原のなかで馬鹿にしているのです。「黄色のジャップではさもありなん・・・」と。こんなばかげた国のトップが居座り続けます。

 しかし、良質の国会議員ががんばっています:
  
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山本太郎代表「籠池夫妻の口封じのために長期勾留を指示した?」 
2018/02/06(火)
 自由党の山本太郎共同代表は1日の参院予算委員会で、学校法人「森友学園」の国有地取得をめぐり、国会での説明を求められている
安倍晋三首相の昭恵夫人が説明に応じない姿勢を、強く批判した。

 首相への質問の中で、「一方の当事者(籠池前理事長)は国会に(証人喚問で)呼び、一方(夫人)は呼ばないのは不公平で、あり得ない ことだ」と批判。その上で、「総理大臣夫人という立場を使い、国有地をただ同然で差し上げるきっかけをつくったと疑われる人物が、何も 説明することなく、毎日をエンジョイ。通常運転に戻っている」と、痛烈に批判。一方で、「籠池前理事長と奥さんは半年以上、窓もない独房に 長期間拘束されている」と、前理事長夫妻が昨年7月の逮捕以降、現在も拘置所での勾留が続いていることを指摘した。

 さらに「安倍総理が(夫妻の)『口封じ』のために長期勾留を指示したなんて、ありえませんよね」と挑発。与党議員が「いいかげんに しなさいよ」と反発し、与野党理事が発言について協議。委員長は「議事録で精査の上、理事会で協議します」と、山本氏に通告した。
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+++++大学研究費事情
 二千年代初頭、「独立行政法人化」問題で、大学関係者は激しく揺さぶられていました。ことの発端は行政改革です。言葉を変えれば公務員削減です。国立大学を国の機関からはずすならば、一気に十四万人もの国家公務員が削減できるからです。スッタモンダはありましたが、結局は、そのとおりになりました。もはや政府は、大学を国が抱える研究教育機関として位置づける必要が無くなったのです。
 かくして、政府の意向に沿う大学、国の役に立つ研究をできる大学を選別しそこに金をつぎ込む制度を得たのです。それから十余年、その政策がもたらした惨状が以下に紹介する記事です:
%%%%%没落する地方国立大の何とも悲惨な台所事情
2018年2月5日 6時0分 東洋経済オンライン

日本の大学が危機に瀕している(イラスト:門川 洋子、デザイン:新藤真実)
岡山大学で免疫細胞を研究する田中智之教授の研究室には、計15人の学生が所属する。
「僕らぐらいの陣容の研究室だったら最低限の実験機材、試薬代などで年間500万円はないと回らへん」(田中教授)。だが、大学から定期支給される研究費(運営費交付金に基づく講座費)はたかだか年50万円しかない。日本学術振興会の競争的資金制度である科学研究費(科研費)助成事業に応募したり、民間の科学研究助成財団からかき集めたりするが、十分な資金を安定的に確保するのはなかなか難しい。
地域の人材輩出機関としての権威からほど遠い
地方国立大学は「地域の雄」である。通う学生の多くは、地元でもよりすぐりの進学校から入学し、卒業後は地域のエリートとして地方の産業や行政を支える。しかし、今の地方国立大学を取り巻く現状はそんな地域の人材輩出機関としての権威からはほど遠いものだ。
2月5日発売の『週刊東洋経済』は、「大学が壊れる」を特集。資金不足で疲弊する国立大学や、18歳人口の減少でいよいよ淘汰の時期を迎えた私立大学の実情を特集している。

「6割が50万円未満――」
文部科学省が2016年7月に行ったアンケートで、国立大学教員の窮状が明るみになった。所属機関から研究者に支給される個人研究費は、「50万円未満」と答えた教員が6割にのぼったのだ。「年の終わりになる11月〜12月頃になると、研究資金が底をついて開店休業状態になるラボが続出する」と、取材に答えたある地方国立大学理系学部の教授は話す。
研究に要する金額が大きい理系学部において、これは深刻な事態を生む。「研究室配属になった学生は、教員たちと一緒に研究をすることが教育にもなる。したがって開店休業状況では学生の教育すらできなくなる」(同教授)。
どうしてこうなったのか。
多くの国立大教員は2004年の国立大学の独立行政法人化が転機になったと話す。国は、国立大学へ定期配分する基盤的予算(運営費交付金)を年々削減し、研究資金は公募・審査を通じた競争的資金で取ってくる形に変わった。しかも、その競争的資金の配分は、しばしば最新機器があって人数の多い大規模研究室や、学会の有力者がいる研究室に有利となるバイアスがある。結果として、研究資金は東大・京大など一握りのトップ大学に過度に集中する形となった。
他方で地方国立大学は、運営費交付金削減の影響をもろに被って、教員の新規採用凍結(定年などで退職した教員のポストの不補充)や、個人研究費の削減を余儀なくされた。教員は減っても、授業は既存の教員が受け持たなければならないので、教育負担は増えて研究時間は減った。このように資金面でも時間面でも研究しにくい環境になった。
カネに窮する国立大学は、そして何のために行うのかわからないような「大学改革」に乗り出す。たとえばカリキュラム変更や、グローバル化対応を目的とした頻繁な改組、新学部の開設などである。
名目としては、世の中の変化に対応して大学の社会的存在感を高めるためであるが、文科省から改革に関する補助金を得られるからという事情も大きい。それがまた、改革を本質的でないものとし、教員達は関連する学内事務に膨大な時間を割かれることになり、疲弊ぶりを深めてしまう逆効果になっているのである。
国立大学の科学研究論文は10年前から2620本減
日本の研究力の低下が叫ばれている。科学論文数の世界シェアの順位は主要先進国の中で日本だけが顕著に落ちている。文部科学省 科学技術・学術政策研究所「科学研究のベンチマーキング2017」によれば、2013〜2015年における国立大学の科学研究論文は3万1850本と10年前から2620本減、8%減となっている。

ドイツが代表例だが、欧米では比較的層の厚い中堅上位校が論文生産量と研究の多様性を担保している。日本の改革は、中堅層の大学を没落させる結果となった。
競争原理による集中は、マクロで見ても研究力を強くはしなかった。週刊東洋経済が2月5日発売号の特集で国立大学における研究費と論文の生産性を独自に調べてみたところ、一握りの上位大学だけに資金を過度に集中させても論文の生産性は結局上がらないこともわかった。
日本国内で産み出される論文の半分は、国立大学に所属する教員たちによるもの。研究力の低下を突きつめれば、科学研究の担い手である国立大学の疲弊が表面化したものであるといえる。
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八溝山測量年代決定、憤怒!安倍政治二題

(本ブログは月水金に更新されます。コメントは ryuuzaki_i@yahoo.co.jp  へ)
2018年2月5日記事には重大な算術上の誤りがありました。指摘してくださった読者に感謝であります。同日夜10時に式と計算結果を訂正しました。これに伴い説明文も変更しました。
(写真:立春の日、当地では早くも田の土お越しが始まりました。早速、小鳥たちが掘り起こされた土のなかに潜む虫たちを狙って集まってきました。 180205セグロセキレイ )


 春なのか 悲鳴をあげる 虫どもを ついばむ小鳥 満腹に笑う

 尊敬すべき熊の働く姿をとらえた動画を見つけたので貼っておきます:
Лапа помощи: дрессировщика в инвалидном кресле возит по Москве медведь   〔歩行介助:障害者用車椅子を押す調教された熊。どうやらこの熊は誕生後に孤児となったところ、このご主人が救助し育てたようです。まさに“熊の恩返し”というわけです〕

+++++深夜の時間を測る
 夏至日では太陽が真西にあるのは、午後6時です。その際のシリウス星の位置は、今から1500年前にはまだ地平の下にあることが図1からわかります〔1月17日記事
〔図1:1500年前のシリウス星運行奇跡、再掲、拡大は二回クリックで)
20180115_510軌跡修正前A

 シリウス星が地平に姿を現すのは図1右上によれば午後8時です。偶然でありますが、1500年前に八溝山で太陽が地平下に姿を隠すのが午後8時です。4時間後に太陽は地平下の最低位置に達する。すなわち「北中」点を通過するわけです。すなわち真夜中12時です。深夜にこの太陽の運行が視認できれば、その瞬間のシリウス星の方位計測が可能となるわけです。それができないために、いろいろな工夫、試行錯誤、絡め手からの接近などが求められるのです。

 北極星の尾〔北斗七星のこと〕は北極星の周りで一晩に360度回転します。したがって、夏至日の夕方8時の尾の位置が40度回転する瞬間を知ることはできます。そのときのシリウス星の位置が求めたい方位です。夏至日が近づくことは、太陽が沈む方向の移動から知ることができます。その前後日にシリウス星の運行を地上に写しとり図面を作成します。その図面と北極星の尾の位置〔目印となる星を定めておく必要があります〕を図面に重ねることで、精度の良い計測ができるのではなかろうか、と想像しています。
 八溝山頂にはそうした作業を行った跡が残されているのではなかろうか?さらには周辺の古墳にはそうした作業に使われた道具が発掘されているのではなかろうか、なぞと想像しています。

 ところで、1月15日記事 で書いたように2010年夏至日深夜12時のシリウス星方位は北から時計回りに測って128度(東38度南)です。1月17日記事では1500年前、すなわち西暦510年夏至日真夜中のシリウス星方位が163.7と求まっていることを書きました。最近の1500年間に超巨大地震が起きており地軸が大いに変動したというような大事件が起きていないとすれば、シリウス星方位変動はほぼ等速的にその位置をシフトしてきたと仮定することは合理的です。この仮定によるならば、シリウス星の方位は1500年間に(163.7-128=)35.7すなわちおよそ36度時計回りに回転したことになります。言葉を変えると およそ「速度=1.2度/50年」のスピードです。これを以後「遷移式」と呼ぶことにしますこの見積もりが正しいとすると渡来族が八溝山頂上で計測を行った年代が推定できます。

(図2:1月12日記事 の再掲、拡大は二回クリックで)
180109八溝ー鹿嶋


 上図は、八溝山から見た静神社(最左)、吉田神社〔中央〕、そして鹿島神宮〔最右〕の方位です。それら3点から最小二乗法で求めた「当て嵌め直線」が青点線です。この青点線が距離0すなわち方位角軸との交点が八溝山での観測方位角となります。その値は164.8です。

 ここから、八溝山頂でシリウス星を計測した年代が上に書いた遷移式にしたがって見積もることが出きます。すなわち
(164.8-163.7)=(510-x)*1.2/50
->x=510-(164.8-163.7)*50/1.2
x = 464.16667 (西暦年)
となり、五世紀の半ばごろとの推定ができます。まさに武王が日本列島を北から南へ驀進した時期ということになります。同様に現在の静神社、吉田神社に陣屋を設営し最後に香島に大本拠地を建設した年代も推定できます:
-->Yshizu=164.3; 〔静〕
-->Yyosida=163.4; 〔吉田〕
-->Ykasima=163.2;  〔香島〕
-->x=510-(Yshizu-163.7)*50/1.2 = 485
-->x=510-(Yyosida-163.7)*50/1.2 = 522.5
-->x=510-(Ykasima-163.7)*50/1.2 = 530.8

 第一橋頭堡である静神社での陣屋設営〔地点の探索などを含む〕には485-464=21年もの長い年月をかけたことがわかります。シリウス星方位計測のための足場作り、必要な技術開発、道具作成で長い年月を要したと思われます。残る二つについても静・陣屋設営から吉田陣屋の設営には38年弱の年月を要しています。これは、距離が伸びたことに伴う困難であったろうと想像しています。いかに。この三つの陣屋設営が難事業であったかが推察できます。

 もう一つ指摘しておきたいことは、このシリウス方位を用いた建造物配置が現在でも遺跡として残されているならば、これまでの年代決定法を はるかに超える高精度でその構築年代を決定できるのです。実際、本ブログではその多くの事例を検証してきました。
〔つづく〕

+++++安倍政治二題
 株価が上昇したとか、貿易収支が良くなったとか、安倍氏が自らの経済政策を国会で、自慢げに語ります。言いたかないですが、「モリ・カケ・ダンゴ・スパゲッティ」疑惑については一切の説明を回避しての自己宣伝です。しかし、安倍氏の経済政策の失敗が数字でも表れていることを指摘した記事を以下に紹介します:
%%%%%安倍政権で実質賃金は4%も減少2018/02/03(土) 00:33:06
 安倍政権が掲げる働き方改革は、日本をどのように変えようとしているのか。経済アナリスト・森永卓郎氏は、「安倍晋三総理がやろうと しているのは、一億総活躍社会という名のもとに国家総動員で働かせる富国強兵策に他ならない」と論破する。森永氏は、お金目当てに嫌な 思いまでして働く必要はない」と、以下のように提唱する。 日本の生産年齢人口(15〜64歳)は、1995年をピークに大きく減少してきた。ところが、第2次安倍政権が発足して以降、何と日本の 労働力人口は280万人も増えている。
 なぜそんなことが起こったかというと、高齢者や女性の労働参加が拡大したからだ。安倍政権下の5年間で、経済のパイは確かに大きく なったが、一方で労働者の実質賃金は4%も減少している。それを棚に上げて、安倍政権は、賃金が下がって生活が苦しいなら、今まで 働いていなかった人もみんな働けばいいじゃないかと提唱した。高齢者でも女性でも、働ける者は全員働けというのが、まさに働き方改革 という政策の実体なのだ。
 実は、高齢者が体に鞭打って労働に参加して所得を増やしても、感じる幸福度は上がらないというデータがある。10数年前に、医学者で 経済学者のイチロー・カワチ氏が、所得と幸福度と寿命の相関関係を世界的規模で調査した研究結果だ。
 それによると、1人当たりの所得が1万ドル、100万円ぐらいまでは、所得の増加とともに幸福度も上がり寿命も延びる。ところが、所得が その水準を超えると、幸福度の上昇も寿命の延びも頭打ちになってくるというのだ。この研究結果が端的に物語るのは、どうやら「幸福は カネでは買えない」ということだ。
 私は、お金目当てに自分の自由時間をすべて失うほど、あくせく働くことは止めた方がいいと思っている。もちろん、お金に縛られない ために、最低限生活できる程度のお金を稼ぐことは重要だ。かといって、嫌な思いまでして働く必要はないだろう。ほどほど稼いで、後は 好きなことをやるのが一番いいのではないか。たとえば、年間生活費の3年分、1000万円程度のお金を持っていれば、暮らし方の工夫次第で 困ることはないはずだ。
 最近、ある経済記者から、3億円の資産を持つ富裕層のこんなエピソードを聞いた。3億円もあれば、誰が考えても悠々自適な生活が 送れると思う。しかし、その資産家は6億円ないとまだまだ不安だと、漏らしているというのである。そんな欲をかき過ぎる富裕層みたいに
なってもしょうがないだろう。
ーーーーーーー
以下はこの記事に付された、コメント。ウイキまでが安倍氏の意向に沿って書き換えられている。驚きました:
1: 2018/02/03(土) 01:01:22
雇用数が上がればいいんじゃね。
労働基準法や最低賃金法が実質存在しない中国と真っ向から勝負しないといかんからな。 バブル時と違ってそう簡単に賃金は上がらんよ。 恨むなら中国投資を必死に宣伝してた大新聞(特に日経)を恨め。

2:2018/02/03(土) 02:22:38 ID:X0//JKPP8s
日本の経営者はアホが多いから、先が読めないから大幅な利益が出ても社員に還元(賃金アップ)しない。 一度上げたら下げにくいとか嘘をつく。(黙ってしれっと直ぐ下げる) バブルがはじける前は、利益が出ていれば賃金アップは当たり前だった。 官僚、政治家、議員は問題が発生するとその報告、解決を先送りして…。

3:2018/02/03(土) 07:39:02 ID:o4NjHi5qes
デフレ=実質賃金の上昇
インフレ=実質賃金の下落
みんな、デフレ(=実質賃金の上昇)は嫌だー!
イフンレ(=実質賃金の下落)にしよー!って言ってたじゃん
お望み通りインフレ(=実質賃金の下落)になったんだから素直に喜べよ
名目賃金も上がってるんだし
〔図3:賃金の推移、パート・アルバイトの上昇率が定職者より大きく見えるが、そもそもベースが低い。っ労働力不足であらたなパートを得るには給与を高くせねばならないという事情を反映している)
180205インフレ

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 これもまたデタラメナ答弁。しかし、日本のメディアはすっかり安倍氏の前ではおとなしい。こんな暴論「貧乏人は麦を食え」といった脚気の首相の暴言に匹敵すると、騒ぐのかと思ったのだが。
%%%%%「エンゲル係数」ウィキペディア書き換え 首相答弁直後に...
2018/2/ 2 18:39 J−CASTニュース
001 2018/02/03(土) 04:16:21 ID:apZjsu2pOc
国会でエンゲル係数をめぐる議論が行われた直後、ウィキペディア(日本語版)の「エンゲル係数」の内容が、あるユーザーによって書き換えられたことが注目を集めている。
編集後の文章が政府側の主張を擁護するような内容だったため、批判派は「政権の主張によって事典の内容まで書き換えられるのか」などと紛糾、中には政府による「工作」「陰謀」を唱える人も。2018年2月2日午後の時点で、件の項目は編集できない状態となっている。
■エンゲル係数の上昇をどう捉える?
発端は、1月31日の参院予算委での質疑だ。
民進党の小川敏夫・元法相は、各種の指標を挙げて「アベノミクスによって国民生活は苦しくなった」と主張、特にエンゲル係数の上昇を指摘し、政権批判を展開した。
「エンゲル係数」についてウィキペディア(日本語版)で調べると、以下のようにある。
“「エンゲル係数とは、家計の消費支出に占める飲食費の割合(パーセント単位)のこと。(中略)一般に、エンゲル係数の値が高いほど生活水準は低いとされる。これは、食費(食糧・水など)は生命維持の関係から(嗜好品に比べて)極端な節約が困難とされるためであり、これをエンゲルの法則という」
総務省の統計によれば、エンゲル係数は2005年まで低落傾向が続いたものの、以後はゆるやかに上昇、特に2010年代半ばからはそのペースが速まり、2016年には25.8%(前年比0.8ポイント増、2人以上の世帯)と、1987年以来の高い数字を記録した。
小川氏はグラフを示しながら、「エンゲル係数はアベノミクスが始まってから上がっている」として、
“「安倍総理、これは厳然たる事実ですよ。国の行った調査でエンゲル係数が上がっている、国民の生活は苦しくなっている。それがアベノミクスの実質じゃないですか」
などと質した。対して安倍首相は、エンゲル係数の上昇自体は「ファクト」だと認めつつ、その原因には「物価変動のほか、食生活や生活スタイルの変化が含まれている」と反論する。野田聖子・総務相も、高齢化や共働きの増加など、やはり「豊かさ」以外の要素がエンゲル係数の上昇に関わっているとの認識を示した。
■「安倍官邸が、wikipediaを書き換えてるようだ」

かみ合わないまま終わった論戦だが、ウィキペディアの「エンゲル係数」の項目が、あるユーザーによって書き換えられたのは、その翌日2月1日の午前だ。
ネット上のフリー百科事典であるウィキペディアは、そのルール・方針に従う限りはユーザーが自由に編集できる。ところがこのユーザーによる編集は、「値が高いほど生活水準は低い」とする「概要」の項を全面的に改稿、エンゲル係数の重要性を否定する内容に書き換えるものだった。
ーーーーー以下はこの記事に付されたコメント
1: 2018/02/03(土) 04:18:34
このことに気付いた別のユーザーがツイッターで指摘したことで、一気に話題が拡散した。直前には、安倍首相がエンゲル係数の上昇は「食への消費が拡大し景気回復したということ」だと答弁したという不正確な要約がツイッター上で広まっていたことも(上述の通り、そうした趣旨の直接的な発言はない)、批判の燃え上がりに拍車をかけた。ジャーナリストの岩上安身さんがツイッターで、
“「ウィキすらが即座に歪められる怖さ。ネット市民は、随所で知的防衛戦線を張り続けないと、無知と詭弁と卑劣とデマの連合軍に押し切られる」
と発言したのをはじめ、
“「総理の発言に合わせて、Wikipediaのエンゲル係数が早速書き替えられたとか。アホに合わせて書き換えてたら、この国おかしくなるよ」
「王様が黒いものを白いと言えば愚民が『そう!白いですね!』という中世ジャップランドしぐさ」
などといった書き込みが続出、それどころか中には、
“「国民をだますため、ウィキペディアまで書き換えた?」
「安倍官邸が、wikipediaを書き換えてるようだ」
「ただのバカにはできない、高度な雇われチームの暗躍はまず確実だな!」
など、「官邸の陰謀」説を唱える人まで出始めた。
■わずか4時間後には差し戻されている
もっとも、ウィキペディアの「編集履歴」を見ると、問題の記述はわずか4時間で、情報の出典が小説だったことを理由に差し戻されている。その後、ツイッターでの話題を聞きつけて訪れたと思われるユーザーたちの間で編集合戦となり、最初の書き換えから8時間後には、編集をしばらくの間差し止める「保護」状態となっている(内容は当初のもの)。決してウィキペディアが、書き込みをそのまま許していたわけではない。
なお、最初に書き換えを行ったユーザーはこの編集以外に活動履歴のないいわゆる「捨てアカウント」であり、正体は定かではない。編集合戦に加わっていたユーザーの中には、英語版のウィキペディアにも同趣旨の加筆を行う者もいたが、その英語はGoogleによる機械翻訳そのままの文章である。「高度な雇われチーム」の暗躍ではなさそうだ。
おしまい

堅破〔たちわれ)山、夫人の介入も「知らぬ、存ぜぬ」と、安倍氏

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
〔写真:降雪のため外の風景写真を得ることができませんでした。ので、昨日の風景となります。〕
180202皆既無題


 あのひとは 嘘をぺらぺら 誰にでも と、安倍氏の言(げん) あんたが言うか!

 いまだに獄舎につながれている籠池夫妻による、入獄させられる前の言辞が国会で取り上げられています。その追及に安倍氏が吐いた言が上の歌です。あることあること、すべて無かったと嘘を吐き通す安倍氏だからこその言。繰り返しますが、とんでもない人物を国のトップに据えてしまったんですな。

〔図:東京新聞2月2日付記事より、拡大は二回クリック〕
CIMG3776

CIMG3777


+++++常陸国風土記香島条
 前回、八溝山からシリウス方位を計測するには、まずは夏至日の特定をせねばならないことを書きました。夏至日が近づくと、毎朝太陽がどの方向から地平上に顔をだすかを測ります。地上に棒などを立てて印〔マーク〕したかもしれません。あるいは既存の樹木を目印にしたかもしれません。日々、太陽の登る方向は北に移動します。やがてその方向は着て経の移動を止めます。そして今度は時計回りに東へ戻り始めます。その日が夏至日ということになります。そしてその方位は年の移り変わりで大きな変化をしないと考えられるので、一旦決まってしまえば、次の年からは、前年に確立した目印の方位から太陽が昇る朝を夏至日の始まりとすることができます。その作業をした形跡が残っていることを前回かきました。
〔図1:*印で示される古社の列は夏至日の太陽の昇る方位をさしている。
大甕神社


 上の図にしめす*印の最も左〔西〕の神社は西金砂〔かなさご〕神社です。北から南に流れる久慈川の東4kmほどのところにあります。そしてその東に東金砂〔かなさご〕神社があります。この神社は東金砂山を祀っています。「金砂」〔かなさご〕は、十二世紀後半、東北日本制覇を目指す源頼朝軍勢と土着の豪族佐竹一族が激しく戦闘を交えた地です(金砂の戦い )。戦闘は、内部に裏切りが出た佐竹軍の敗戦で終結します。
 それはさておき、この地の名前が「金砂」と表記されていることは興味深いことです。まさに「砂金」〔さきん〕です。この地は、砂金が産出された八溝山界隈から30数キロ南に隔たっています。しかし、八溝山との深いかかわりから呼称されるようになった地名と考えています。
 勿論八溝山から流れ落ちる渓流が含む砂金が30数キロ南方で久慈川で採取されたことに由来するのかもしれません。「砂金」をそのまま神社、あるいは土地の名称としており、周囲の地名も「西金(さいがね)」、「盛金(もりがね)」があり、さらには「照山」など金の輝をさらに連想させます。

*印が指し示す神社列をさらに東北東に行くと黒前(くろさき)神社 があります。この神社は「堅破(たちわれ)山」をご神体とします。この山に居並ぶ奇岩の数々、なかでも図3の岩がこれからの議論の焦点の一つとなります。

〔図2 堅破山 拡大は二回クリックで〕
180202八溝夏至線

〔図3:堅破岩 拡大は二回クリックで〕
180202堅破山145412

 この岩の由緒は、東国に跋扈する夷人を平らげるために北上する八幡太郎義家が、その途上の山地で見かけた岩を大刀で「スパッと断ち割った」ものであると書きます。ハイキング客がネット上に書残した写真、文章などを見ると、どうやら石工場であったようです。この地で石を加工していたのでしょう。そのなかでもとりわけ目立つのがこの「タチワレ」岩です。
 切断面の滑らかさが写真からも十分見て取ることができます。私は、いわゆる「鏡石」であろうと考えています。そしてこれが、八溝−静−吉田―香島での「陣屋」〔後世これらは神社として祀られることになる〕配列設営に関わったと考えています。その段取りを想像してみようというわけです。

 夏至日の特定を終えた後の作業、それは、いよいよ、その夏至日の深夜12時という時刻を特定です。夏至日の真夜中12時は計測する人たちにとっては一瞬の作業です。それを逃せば、又一年後のその日、その時刻を待たねばなりません。言葉をかえるならばこうした測定は一回限りでは終了せず、年月を要する大きな事業であったのです。
 
 春分、秋分日は夏至日と同様の段取りから特定できます。この日には太陽は真東から昇り真西に沈みます。すなわち東西方向を特定できます。太陽が南中時は太陽高度が最も大きい時ですから、それまでの時間を計測することで、6時間という長さを特定できます。夏至日に太陽が真西に来たときから6時間後が夏至日の深夜12時です。
 さて、この6時間という時間をどのように記憶するのか?言葉をかえれば深夜に六時間という長さをどのように「きりだすのか?」です。砂時計、水時計の使用は一つの可能性です。振り子の等時性がガリレオ以前にも知られていたということはないのだろうか。それらを用いないとすれば、天体の運行に頼ることになります。
 まずは月です。月の天空上の運行はよく記録されていたはずですから、満月日でなくとも深夜12時の特定はできたはずです。また、冬至の日の夕方に北極星の周囲を回る北斗七星の運行を計測し、それが180度回転するまでの長さを定め、その半分を6時間とするというやり方もあります。そのうえで、時間の経過を測ったのではなかろうかと想像しています。
(つづく)

+++++電力需給と東電の「嘘」
 今冬の連日の寒さで家庭での電力使用が東電の供給容量限界に近づいていると、東京電力が広報のなかで語っています。それならば、太陽光、風力などかの電力供給でまかなえば良いではないか。と、質すと、今度は自然エネルギ源電力を配電するだけの送電応力が限界であるというのですね。それが嘘であったことが明るみに出ました。
• 志村建世
• 2018年01月31日 14:30
%%%%%やっぱり嘘だった東電の「送電線に余裕なし」
 東京電力が「送電線に余裕がないので巨額の設備投資資金が必要」という理由で、再生可能エネルギーの新規事業者の参入を妨げている件については、当ブログでも昨年12月22日の記事で紹介した。
「電力会社とは何者なのか」 
 東京新聞は、この件を継続取材して、きょうの朝刊でその結果を伝えてくれた。やっぱり「送電線に余裕なし」は嘘だったのだ。すべての原発がフル稼働した場合のことも考えて枠を空けておかなければならないという理屈は、常識のある頭で考えたらバカげている。今さら原発がフル稼働する時代が来ると本気で思っているのか、あるいは単に決めたことは変えられない無能な役人根性なのだろうか。

 前記の記事でも書いたが、こういう「私企業」に送電線の管理を任せておいていいものかどうか。発電と送電とは分離して、送電設備は公共財として管理するという、世界の趨勢に早く合わせるべきではないだろうか。再生可能エネルギーの時代に備えた、地産地消型の電力を増やす「電力自由化」のためにも、送電事業は公共化が望ましいと思う。

 それと同時に、住宅団地でも工業団地でも、電力会社から独立した「電力解放区」を作ることはできないものだろうか。電力会社は、たぶん地域独占の見返りとして、採算のとれない僻地にも電力を届ける義務も負っていると思うのだが、その問題なら、拠出金で基金を設けて対応するなど、方法がないわけではあるまい。

 今の「名ばかり電力自由化」ではない、本当の電力自由化が欲しい。
%%%%%

+++++やくざという暴力機構を活用する自民党政治
 かねてより、「安倍一強」なるものは暴力による自民党支配の内実であると、当ブログで書いてきました。それがインタネット記事で明るみに出ました。私としては野田聖子さんは自民党といえども、骨のある女性代議士と考えひそかに応援していたので残念な思いであります。
%%%%%自民党とやくざ<本澤二郎の「日本の風景」(2869)
<野田大臣の足元で敗北> <やくざが跋扈する日本列島!>
2018年01月29日 「ジャーナリスト同盟」通信

<野田大臣の足元で敗北>
 保守的な岐阜で、しかも自民総裁候補を自認していた大臣の足元で異変が起きた。その鍵はやくざ。「大臣の夫がやくざ」を有権者が気付いたからだ。やくざ撲滅のメツカから帰国して、まがない岐阜の市長選である。女性に限らない。入れ墨やくざアレルギーが健在の日本である。
<やくざが跋扈する日本列島!>
 大衆浴場・スポーツジム・温泉旅館でも、入れ墨を拒絶する健全な日本である。それでいてやくざが跋扈する日本。不思議なからくりは、国民の代表である国会議員や悪徳経済人が、やくざを悪用しているためである。
 「血も涙もないやくざ」と人々が恐れるシンボルは、不気味な入れ墨である。比国では、容赦なく逮捕、銃で撃ち殺して、女性に喜ばれている。
 最近、中国でも黒社会撲滅にZ旗を掲げた。日本やくざの荒稼ぎ場所が封じ込められている。
 やくざの縄張りは、全国の繁華街・性ビジネスだ。そこへと強姦した内外の女性が送り込まれている。レイプされた女性は、数え切れないほどである。
 これを黙認してきた日本政府と警察の責任が、ずっと問われてきた。
<「木更津レイプ殺人事件」の取材でも判明>
 やくざとレイプ・性奴隷は、強く結びついている。被害者は魅力的女性である。
 「木更津レイプ殺人事件」の被害者は、美人栄養士で、犯人やくざ浜名は、ハマコーとは同じ千葉県富津市の生まれで、介護施設デーサービスKを、木更津市のJR岩根駅に近い場所で、いまも営業中。千葉県が、なぜ認可したのか、これも謎である。
 栄養士を浜名のKに誘惑した人物が、同じ信仰者の吉田ふみえ。職業はホームヘルパー。木更津市真理大稲在住。浜名の忠実な配下である。事件の全てを知る人物だ。
 浜名の目的は、水商売のほか、瀟洒な住宅と土地。後者はきれいになくなっている。
<警察は借りてきた猫でいいのか?>
 やくざ事件は、山ほどあるが、「木更津レイプ殺人事件」の被害者がそうだったように、ほとんどが泣き寝入りである。
 ここに警察の大きな課題がある。「借りてきた猫」というイメージが、被害者の声だ。
 やくざに対して有害無益というと叱られるかもしれないが、被害者は警察を信用していない。3本指の入れ墨やくざにレイプされた時点で、美人栄養士が110番通報すれば、性奴隷も脅し殺人もなかったのだが。
<自民党はやくざと手を切れ!>
 やくざが存在する理由は、政治屋特に自民党議員が彼らを擁護している点にある。
 ここが問題の鍵なのだ。そのことを国民は知っている。今回の岐阜の選挙でも判明した。
 このさい、安倍晋三・自民党総裁に言いたい。「党員はやくざと手を切れ」と公約すべきだろう。議会は、政治倫理綱領に「やくざ排除」を、特別に明記すべきだろう。
<やくざ撲滅にフイリピン・中国に続け!>
 悲しいかな、パソコンのキーボードが故障した。書き込みしたくても不可能だ。要は、レイプ文化の排除は、やくざ撲滅が政治の王道である。ドゥテルテ・習近平に続け!
 野党・言論の自民攻撃の標的は、やくざ撲滅にあるのである。女性票で天下は動く!
2018年1月29日記(東京タイムズ元政治部長・政治評論家・日本記者クラブ会員)
▲△▽▼
・・・・以下はこのブログ記事に付されていた一つのコメント
 児玉誉士夫と読売新聞の渡邊恒雄は昵懇の関係だった
児玉は情報関連企業に関係者を送り込んで支配していた
児玉は政界では自民党の次期総裁についての取引に立会し勢力を誇示しスキャンダル情報を握り当時の社会党の国会議員を呼びつけて口止めを画策していた
読売の渡邊恒雄は九頭竜川ダム事件では鉱業権者の補償交渉に児玉と暗躍していた
甘利明がヤクザでも何でも相手にしないと当選できないと共存共栄を当然視していた
わたしの九州でも読売の勧誘に怖い人物が徘徊して戸口に鍵をするようになった

八溝山が何故選ばれた?安倍氏のはちゃめちゃぶりが次々と(2)

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
 〔写真:昨日、一ヵ月半ぶりに所用で江戸に出府しました。1月21日の大雪から十日も経ったのに、街にはたっぷりと雪が残っていました。とりわけ、南側に高層建築物がある歩道は、お日様が当たらないため、雪がアイスバーン状になっており、人はこわごわ寒さに身を縮ませながらソロソロと歩いていました。写真の背後はかの有名なセレブの住む白金台、前方は目黒駅、右には都立自然植物園があります。拡大は二回クリック〕
東京残雪3762


 残雪を たっぷり残す 江戸の町 歩む町人〔まちびと〕体(からだ)縮(ちじむ)る

 ネットで見つけた記事です:
%%%%%ナスカの地上絵、トラック進入で一部破損 100メートルにわたりタイヤ跡

1/31(水) 9:55配信
【AFP=時事】ペルー文化省は30日、南部にある国連教育科学文化機関(UNESCO、ユネスコ)の世界遺産「ナスカの地上絵(Nazca Lines)」で、貨物トラックが誤って進入して絵の一部が破損したことを明らかにした。 同省の声明によると、貨物トラックの運転手は27日、標識を無視して遺跡地帯に進入。「約100メートルにわたって深いタイヤの跡」を残し、地上絵の直線3本の一部を破損させた。
 運転手は警備員によって拘束され、地元の警察署で告発の手続きが行われた。
 ペルー当局によると、遺跡地帯への進入は地上絵周辺の地面が崩れやすいため厳しく禁止されており、立ち入る場合はスポンジ状のもので覆われた靴を履くことが義務づけられている。
 首都リマから南へ435キロの砂漠地帯にあるナスカの地上絵では、動物や植物などの巨大な複数の絵が500キロ平方メートル余りにわたって描かれている。紀元前500〜紀元後500年に制作されたが、その巨大さや形状が長らく謎を呼んできた。
 ナスカの地上絵の破損は今回が初めてではない。最近では2015年9月に男が敷地内に立ち入って自分の名前を刻んだとして逮捕された。その前年12月には、国際環境保護団体グリーンピース(Greenpeace)が気候変動への対応を呼び掛けるメッセージを設置し、ペルー政府の猛反発を受けている。【翻訳編集】 AFPBB News
%%%%%
 およそ30年ほど前の昔、マチュピチュ遺跡の地盤調査で一ヶ月ほどペルーに滞在したことがあります。1986年にクスコ近辺でM6.5の地震があり、それがマチュピチュ遺跡の一部を損壊したため、その修復作業の事前調査でした。前回、アルジェリアの青年から聞いたサソリの話を書きました。実はマチュピチュで私はとんでもない事をしでかしたことを思い出しました。
 調査の合間を縫って近くの山に散策にでかけました。岩を縫って頂上を目指すのですが、途中の岩に指が入りそうな穴を見つけたんですな。何気なくその穴に指を入れたんです。同行していたペル人地質学者から怒鳴られました。「何をするんだ!!」っと。この地は猛毒のタランチュラの生息地なんです。今思い出してもゾットします。
 調査を終えて、しばしの観光日をナスカ遺跡見物で費やしました。軽量小型セスナ機で地上絵の上を飛び回るのです。目は回らなかったけれども、セスナ機か客サービスのため地上すれすれに急降下し、又急旋回するの繰り返しで、正直のところ生きた心地がしませんでした。理由があります。われわれの観光の数年前にそのセスナ機が墜落し、パイロットを含め全員が落命したとの話を聞かされていたからです。

+++++常陸国風土記鹿島郡の条
 八溝山−静−吉田−香島配置の設計の大元となる思想解明には、その線形配列が提示する特異の方位の由来を特定する必要があります。一つの有力な仮説は、地球から遠望できる一等星シリウスであると書きました。そこで、1月17日記事で、日本列島からシリウス星を眺めた際の方位を調べました。

 茨城県北縁の最高峰八溝山〔標高1102m〕から常陸の国二宮〔にのみや〕・静神社、三宮〔さんのみや〕・吉田神社、そして一宮(いちのみや)・鹿島神宮がほぼ一直線状に並んでおり、その八溝山から見た方位のばらつきはわずか0.2度です。これは、誰にでも検証できます。それぞれの神社の由緒書には、それらの神社がまったくかけ離れた遠地から移築されたとの記載はありません。よしんば、移築されていたとしても、上記の幾何学的制約にはきつく縛られているのです。すなわちこれは現代に受け継がれている歴史的「事実」であると確定できます。さてその線形配列は、どのような思想の元で、誰が設計し、どのように地上にその設計を写しとったのか?これを考えてみようというわけです。
 まずは、八溝山を測定の基点に選んだ背景です。2017年2月15日記事 でそれについて触れています:
%%%%%続日本後紀巻四・承和三年より
原文:承和三年(八三六)正月乙丑【廿五日、辛丑が朔】。詔奉充陸奧國白河郡從五位下勳十等八溝黄金神封戸二烟。以應國司之祷。令採得砂金。其數倍常能助遣唐之資也。(続日本後紀 荒山慶一氏の大変なご努力による電子化によって古文書のアクセスが可能となっています。感謝であります)

文意:(漢文の素養が無いため不正確であることをお断りしておきます)西暦836年正月25日、以下を詔りした「陸奧國白河郡從五位下勳十等の地位にある役人を以下の作業に充て、八溝黄金を奉ぜよ。さすれば、二烟(煙の異体字、意味不明、領土の用なものか、それとも炭ともなる木材か)封ずるであろう。」と。國司がこれに応じて祷(「学研大漢和辞典」に見あたら無い。鋳か)することとなり、砂金の採得を命じた。其の量たるやこれまでに遣唐使費用の資として使ってきた金量の數倍にもなった。
 %%%%%
 八溝山には金の産出があったのです。2011年10月17日記事でも書きましたが、福島県の天栄村のある天栄山も金が産出されていたことが、この地を渡来族の拠点に選んでいます。経済学で「重金主義」なる語があるそうです 。それは十六世紀の話です。それよりはるか昔にあっては、日本列島に限らず、世界中で金を求めた時代の、「金の価値」は、その化学的安定性もさりながら「光り輝く」という性質です。天空で一際明るく輝くシリウス星を地上に体現する物であったからです。
 これまでもしばしば書いた様に、西域渡来族がシリスス星を崇める理由は天空にあって最大の輝きを放つ一等星であるからです。それが、人類にとって、もっとも苦手な闇夜を照らすのです。それを地上で体現しているのが、『火』であり「金」というわけです。拝火教は暗黒からの恐怖をやわらげるのです。「アベ、アペ、アピ」これらは「火」であり、「輝く物」です。興味深いことは、この「語」は、アイヌ語も遠く西域の語でも共通です。接点は「火」です。

 八溝山から香島への線形配列設計で、出発点に八溝山が選ばれたのには上記の理由、すなわち金が算出するが故に渡来族の信仰を強化する場所であったのです。

 1月12日記事で掲載した図から、推察されること。それはこの線形配列が段階的に構築されたことです。それは八溝山から望む方位が少しずつ増えていることです。方位角が増加している理由は、シリウス星から見たシリウス星の方位が時計回りに少しずつ変化してるからです。その小さな変化をも測定するほどの測定精度、それを支える高い技術力の存在があります。まったく以って驚くべきことです。

 というわけで、まずは八溝山から静神社です。私はこの地にまずは渡来族の南進のための橋頭堡としての陣屋が設営されたと思っています。
〔図1:八溝山―静神社の位置と風景。拡大は二回クリック〕
180131八溝ー静無題



 八溝山から夏至の日の夜にシリウス星を見つける。これは渡来族にとっては難しいことではなかったでしょう。次に夏至日の特定です。これも太陽が昇る方向をきちんと測定すれば可能です。すなわち、6月、日本列島が梅雨時になったら毎日太陽が地上に上がる方向を調べ、その方向を示すマークを地上につけてゆく。太陽の登る方向は日々北に移動します。やがてその方位は行き止りとなりこの度は南に方向を転じます。その日が夏至日です。私はこの夏至日特定に使われた拠点が図3の線形に並んだ*印であろうと思っています。その最東が天妃山です。どうやら、図3に示す米印の神社列もしかるべき歴史を持っていたことが見えてきます。
〔図2:2011年11月4日記事 より〕
180131静神社-s

〔図3:八溝山−静−吉田−香島配置と夏至日確認線。拡大は二回クリック〕
大甕神社

 さて、こうして、夏至日の特定ができた。この日にシリウス星の方位を計測せねばなりません。それは深夜の12時です。闇夜に太陽はありません。どうするか?
(つづく)
 
+++++安倍政治のはちゃめちゃぶり
 まずはモリカケ・スキャンダルです。次々と無かったはずの文書が明るみに出ています。財務省筋が、少しずつ意図的に漏らしているのでしょう。こうして安倍氏に財務省がもくろむ消費税に関する政策実施の圧力を匂わせているのだとの読み筋もあるようです。それはそうとしても、一政治家が私利私欲に駆られて国民の財産を私物同様に扱っているのが今回の事件の本質です。国民は何故怒らないのか?不思議であります。

%%%%%森友と事前調整努める」財務局に内部文書 売買額巡り
001 2018/01/26(金) 13:02:08 ID:3STkX5a1z6
学校法人森友学園(大阪市)への国有地売却をめぐり2015年12月、財務省近畿財務局が売買金額について「できる限り学園との事前調整に努める」との方針を内部文書に残していたことがわかった。
同省は国会などで事前の価格交渉はなかったと説明してきたが、整合性を疑わせる内容となっている。
この文書は、財務局が今月、上脇博之(ひろし)・神戸学院大教授の情報公開請求に対して開示した文書の一部で、交渉担当者から法務担当者にあてた「照会票」(15年12月1日付)。
これへの法務担当者の回答は請求の対象期間外に作成されたとみられ、開示されていない。
 財務局は15年5月、学園が10年以内に国有地を買い受けるとの条件で定期借地契約を結んだ。当時は売買価格は決まっておらず、売却前に不動産鑑定士による鑑定を踏まえて決める手順だった。
照会票はその7カ月後に作成され、交渉担当者がその先の「事務処理手順(案)」について法務担当者に確認を求めていた。
%%%%%

 つぎはアベノミクスは疾うに破綻していることを明るみに出した弁護士さんの話です。
〔図:日刊ゲンダイ、1月29日付け記事より。拡大は二回クリック)
180129アベノミクス6487

311前後の関東地震概況比較(1)、中国との付き合い方

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
〔写真:カワセミが出没する用水路でセグロセキレイが水辺で餌をさがしていました。拡大は二回クリックで)
180129せぐろ


 寒風を ものともせずに よちよちと 歩く姿に 不覚の涙

 娘夫婦が昨日神社境内に嫡男を連れ出して、はじめての屋外散歩をさせたと動画を送ってきました。視聴して思わず不覚にも目が滲みました。地面に立つとまずは、外界を見渡します。驚いたことには、前景ばかりでなく、わざわざ振り返って背後にも害を為しそうな危険の存在しないことを確認するんですな。次に歩き出す前にしゃがんで地面を触ります。地面にはじゅうたん風の敷物があり、転んでも痛くないことを確認します。そしてヨチヨチ歩きが始まります。すぐに面白そうな石ころをみつけ拾います。
 こうした知恵を屋内にあっても、いつの間にか習得していたんですな。小児の体内で構築されつつある「学習(learning)」の機構・仕組みの不思議さに心を打たれました。

+++++311地震直前の関東地方
 311地震発生をはさんで関東域での地震の発生環境は、ガラッと変貌したことを1月22日記事で書きました。何せ311直前の地震活動は一日当たり200個たらず(m<1.5)であったものが、突然1000を超える、50倍もに増えました。しかもその対象とする地位域は311地震の震源域からは100kmほども南に離れた場所です。それほどまでに広大な地域で、地殻内に蓄積されていた地震発生応力が突然開放されたのです。
 前回記事では311直後の関東界隈の地震活動を示しました。群発地震状に固まって集中的に発生する様子を見ることができました。

 LHC( large size Hinge Collapse)すなわち大規模なプレ−ト運動の突かい棒が突然外れてしまったのです。それまではこの突かい棒がひたすら支えていたのです。どうにも持ちこたえることができずに、其れが壊れてしまった。この突かい棒が外れてしまったために、それまで突かい棒に集中していた地殻内応力は、数分のうちに開放されるとされています。その開放された応力が周辺の地震場にどのように拡散するのでしょうか?これまでの知見に拠れば、その大きさはともかくその応力の方位〔圧力軸、聴力軸〕は変わらないだろうとの観測です。
 関東域のような大地震の”主戦場”から外れた地域ではどうであったのだろうか?少なくも地震の発生前は、強い応力による地殻・岩盤のハードニング(haredening、硬化)によって、変形を引き起こすような歪も小さくなってしまい(これは歪応力も小さくなったことを意味しない)、あたり一帯は関東域も含めてほぼ均一の応力場にあったのでしょう。 
 その広域の応力場の大元の“たが”が2011年3月11日に突如外れたのです。これまで、「巨大な権力」のまえに沈黙を強いられていた中小の地震場”粒子“が声を上げます。それが前回記事で用いた図の意味するところです。自由気ままにあちらこちらで気勢を上げては、静まり、又他の場所で騒ぎます。さてその気勢を上げた地点では、311地震の前はどうであったのでしょうか?それを今回は考察します。地震後の活動との比較を下の図で示します。
(図1:2011年3月11日地震前後の関東地方の地震概況。上は311前、下は311後(前回図の再掲)。拡大は二回クリックで)
180129Beforetoafter無題


 緯度で言うと水戸から霞浦に相当する茨城県東方沖は2008年頃は地震活動はしかるべく活発であり、図示すると真っ黒状態になっていることがわかります〔図上左〕。ところが、2009年から311発生直前にかけて、その真っ黒状態にいくつかの空白域が生成されます。これが前述した「硬化、ハードニング」現象であるのか。このあたりに無数に散在した小さいひび割れが、プレートの西進ストレスのもとで閉じられてしまい、一見、無傷の岩体のように挙動する。すなわち、地震がおきにくくなる状態であったと解されます。
 ところが、311地震で、この西進応力が除去されたことで、圧迫から開放された「人民」が再び喜びの声を上げた。其れが、上図の左下という筋書きです。しかし、この筋書きにもいくつかの説明困難があります。なぜなら、左上の「真っ黒状態」はそもそもが太平洋プレートの西進が作り出した応力です。それは311地震後に消失したはずです。もはや、この域には地震を引き起こす応力環境は無いはずです。それなのになぜ?
 一つの解釈があります。それは図の上の中央および右では該当地域の地震活動の空白域の生成に関わっています。すなわちこの311直前に生じた空白域は、この地が過度に圧縮されており、311後、その圧縮からの開放に努めたと解釈することです。まさに圧迫されていた「民」が圧政からの解放後、手足を伸ばして開放感を味わう状況です。其れが地震直後の真っ黒状態〔上図左下〕です。この解釈は確かめることができます。すなわち主だった地震の発震機構解を調べることです。現在、その作業をしています。

 上図は さらに興味深い地震環境の変遷を示唆しています。追々それらを本ブログ記事で開陳します。
(つづく)

+++++隣国・大国・中国とどうつきあうか?
 隣国・中国の海外進出は目覚しいものがあります。ネットで以下の記事を見つけたので転載しておきます。
%%%%%中国がモルディブの土地「収奪」、同国元大統領が非難
2018/01/26(金) 01:33:47 ID:DSKA..8Nn2
インド洋の島国モルディブのモハメド・ナシード(Mohamed Nasheed)元大統領(50)は22日、訪問先のスリランカで記者会見を開き、不安定な政情が続くモルディブの土地を中国が奪い、主権を傷つけていると非難した。
 モルディブは1192の島々からなる島しょ国で、人口およそ34万人の大半がイスラム教徒。ナシード氏によると、うち少なくとも16の島を中国の関係者が賃借し、港湾開発やインフラ整備を進めているという。
 自身が率いるモルディブ民主党(Maldivian Democratic Party)の活動家が拠点を置くスリランカのコロンボで行われた記者会見でナシード氏は、中国の存在感が増していることはモルディブのみならず、より広範なインド洋地域にとっても脅威であると指摘。また、中国の行動を「土地の収奪」と評した。
 ナシード氏は「これは植民地主義であり、許してはならない」とし、「どんな国に対しても、また外国からの直接投資に対しても反対はしていないが、自国の主権の放棄には反対する」と強調した。
 ナシード氏によると、モルディブの対外債務の約8割は中国が占めており、モルディブが返済に行き詰った場合、島やインフラ設備をさらに中国に引き渡さざるを得なくなる可能性があると指摘している。
%%%%%
 
 これは他人事ではありません。日本列島内でも中国の大金持ちが山林、とりわけ水資源の豊富な場所を買いあさっているとの報道もあります。私の住む茨城で数年前に豪邸建築が始まり、最近完成し住人らしき影が見えるようになりました。ガレージには大型メルセデスが二台鎮座しており、更なるスペースにも高級車を見かけます。立派な門の内側の広い庭園には噴水池と周囲を囲むいくつかの石像物が置かれています(門扉の隙間から見た風景)。どんな人が住んでるのかと思っていたところ、中国人であると知れました。日本に移り住む中国人金持ちが増えているとは、上記を教えててくれた情報通の語るところでありました。

 そもそも、華僑と呼ばれる中国出身の人たちが世界中に存在していますから、引っ込み思案の日本人が敵うところではありません。三十数年前にインドネシアを訪ねたことがあります。インドネシア政府が主催する周辺国・若手地震技術者の養成コースのお手伝いで、二回ほど合計で四ヶ月ほど滞在しました。周辺・隣国とはいえ、そこにはインドネシアの政治的思惑もあり、インドからは参加者が無く、タイ、マレーシア、フィリッピンそしてフィジなどミクロネシア諸島からの参加者に加え遠くアルジェリア、チュニジア、アルジェリア、ケニアなどアフリカ大陸からの参加者がいたのには驚きました。 アルジェリアからの青年は向学心にもえ、ずいぶんと熱心な質問をぶつけてきました。昼食時には、1980年のアルジェリア地震〔たとえば日本建築学界調査報告書参照〕の調査で砂漠を歩き回った経験なぞも面白おかしく話してくれました。調査の邪魔になるからと一抱えもある岩を動かさねばならない時には、まず、岩をハンマでコンコンと叩くのだそうです。岩の下に潜み隠れているサソリに敵の襲来を察知させ場所を移動させるのだそうです。いきなり動かすとびっくりしたサソリに襲われる、てなエピソードを手振り身振りで語ってくれます。
 このコースはバンドンで行われましたが、時にコース・カリキュラムの一こまとして首都ジャカルタでの関連政府機関見学もあります。そこで、コース参加者が一様に驚いたのが、メイン道路に大きくかがげられた横断幕です。付き添いのインドネシア人研究者に聞くと、なんと「漢字排斥」を呼びかけるものでした。時代は1980年代半ばです。華僑がインドネシアの経済の主導権を握っていた時代です。政府・官界はそれを好ましく思わず、官界への中国人華僑登用に厳しい制限を設けていると聞かされました。この横断幕は在インドネシア中国人へのいわば警告であったのです。
 
 他国での経済活動を通じた政治活動への介入に習熟している国です。他国水域に「人工島」を造成してしまうなど、手法も乱暴であったりしますから、ずいぶんと付き合い方が難しいと思っていたら、あっという間に世界第二の大国です。以前も書きましたがそれは経済ばかりでありません。科学研究・技術開発でも世界第二の大国として、今や首位米国の座を窺う勢いです。実際、先日猿のクローン作成に成功したニュースが世界を驚かせています(猿クローン)。

 こうした大国、しかも一朝一夕になりあがったというよりは千年以上も昔から世界に地歩を築き上げてきた国です。平和共存を主張するのであれば、そこに深い思想的肉付けのできる政治指導者を日本国は擁立するべきと思っています。少なくも安倍氏にはその資質が欠けています。

311地震直後の関東、似非保守政治の実態

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
〔写真:前回に続き、当地の冬景色ですフォレスタ 冬景色。西部氏と親交のあった鮫島由美子さんの歌を、と思ったのですが見つかりませんでした。 〕
180126残雪


 残雪が 冷たく凍る 北関東 朝の散歩は 命がけなり

 おっかなびっくりで歩いてきました。鳥たちも寒さに震えているのでしょうか。なりを静めています。考えてみれば、彼らのあるものは極寒のシベリアの地からはるばる当地へ渡ってきたはずです。多分仲間内で「話が違うではないか」と愚痴ってるのでしょう。

+++++311直後の関東地方の地震活動
 前回1月23日のアラスカ地震(M7.9)を書きました。一・二その記事を補足しておきます。
 〔図1:1月23日アラスカ地震余震と発震機構解。拡大は二回クリック)
180126余震メカニズム無題


 この地震はどうやら右横ずれ断層を伴った〔右横ずれ断層の活性が地震を引き起こした。〕しもいえる〕。しかもそれは海溝の外側〔海側〕でおきているというまことに地学的には興味深い地震です。この様相から直ちに連想するのが2004年のスマトラ地震の余震とも思える2016
すんだ年の地震です。
(図2:2016年3月11日記事所載の図の再掲。拡大は二回クリック)
180126海溝外58-s


 海溝の外側ではしばしばM>7の地震が発生します。図2で上右は2013年10月26日日本海溝の東側で起きたM7.7の地震です。私の分類では、今一歩がんばってくれれば7.8に達し巨大地震の仲間入りができる地震でした。この地震は典型的なアウタ・ライズ型の発震機構解を有していました。
 一方下の図はインドネシア・南東スンダ海溝の海側で発生した地震で、その発震機構はまさに横ずれ断層です。この地震については海底地形の精査などから、地学的解釈が進んでいるようです。ほぼ同一の地学的条件で発生した、今般のアラスカ地震についてもいずれ、興味深い考究が世に出てくるでしょう。楽しみに待ちたいと思っています。

 さて、関東地方の地震活動の話に戻ります。今回はあの2011年3月11日14時44分以後〔すなわち巨大地震発生の2分前〕を眺めることにします。
〔図3:311地震発生直後の関東の地震活動。左は4月30日までの49日間、右は5月1日から6月30日までの二ヶ月間。拡大は二回クリック〕
180126311直後


 先回の記事で素粒子実験のために建造されたLHCになぞらえて巨大地震もLHC(large Hinge Collapse、巨大つっかい棒破断)であると書きました。それは、上の図を見ての感想でありました。巨大地震発生によって、地震発生前には顕在しなかった地震活動が出現したり、消えたりするからです。こうした地震クラスタ(cluster 群れ)の消滅発生があたかも陽子・反陽子の衝突によって生成する新粒子に思えたからです。何故ここにクラスタが生成し、何故其れが程なく消滅し、新たに別の場所で生成するのか・・・・などの調査研究に素粒子実験の解析手法が適用できないものだろうか、と妄想したしだいです。
 図では粒子生成・消滅になぞらえた地震クラスタに番号を付しています。“屬龍綵酋緡げのクラスタは二ヵ月後に消滅します。日本海溝の外側のクラスタ△眛瑛佑任垢、その代わりすぐ南にい離ラスタが登場します。尤も顕著な消滅がです。311直後に図が真っ黒になるほどのクラスタが2ヵ月後にスポッと消滅します。

 こうした小地震クラスタの生成・消滅以上に注目すべきが房総半島の南東および南域での地震の空白化です。311地震の前はどうであったのか?それはいずれお見せしますが、これは一体何だ!? であります。このあたりは素粒子実験になぞらえるなら、それなりに「小粒子」が飛び交っていたのです。なぜ?
 一つの理由として考えられることは、大地震直後は、気象庁の設置した地震計には膨大な地震波があちこちから押し寄せています。それぞれの波が自らの出自を著す看板をかかげているのであれば、識別しやすい。ところが現実はそうではない。結局膨大な数の観測点での夫々の波の到達時刻に整合するように、夫々の波の出自を決めてやらねばなりません。観測点Aの記録上に出現した波の出自は某地であるとされる。然るにB点では対応する波はこれであるはずがあれになっているなどの錯綜が頻発したに違いありません。一方、気象庁の注目の重点は三陸沖とその界隈であったので、結果として関東南部がないがしろにならざるを得なかった、などの事情もあるのかなとも考えています。この空白が現実であるとするなら、それはそれで何がしかの解釈が必要になってきます。
 これらをうまく説明する力学を模索するためにも、何がしかのモデルを設定し、シミュレーションできないものだろうか?勿論老いたる私の力量をはるかに超えた課題であります。
(つづく)

+++++経済学者の逮捕
 いささか旧聞ですが経済学者三橋 貴明氏が家庭内暴力で逮捕されたことについて、経済学者の盛田常夫氏が、逮捕についてではなく、三橋氏に対して厳しい批判を浴びせています。目をひいたのは、経済学者自身が
「経済学は科学と言うにはほど遠い学問だから、こういうインチキな輩でも、経済政策を「論じて」金儲けできる土壌が存在する。」
 と、書いていることです。思えば先般自栽された西部氏もそもそもは経済学者として自らのキャヤリアをスタートさせた方です。その際に書きましたが、獲得した知識を自らの頭の内部で整合的・論理的に組み立てなおすがゆえに、自分の言葉で語ることができる、そのことについて私は感銘を受けました。こうした作業は、その対象に深い関心と興味があることの証拠です。面白いから調べる。これが学問たるものの本性であろうと思っています。
 ネットで散見する三橋氏の論説もさることながら、そして、このブログ記事の執筆者盛田氏の指摘にはおおむね賛同できるのであるが、氏の経済学徒としてのスタンスがどこにあるのだろうかなぞと考えました。
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どうしてアベノヨイショにこれほど「くず」が多いのか
2018.01.13 盛田常夫(在ハンガリー・経済学者) リベラル21

 経済評論家を自称する三橋某が逮捕された。アベノミクスを礼賛するアベノヨイショの1人である。専門論文を書けるほどの教育を受けたことも研究活動に携わったこともない御仁だから、経済評論家は僭称というしかない。三流以下、偏差値で言えば30前後の四流評論家である。この程度の人物でも、テレビやラジオの番組に度々登場し、そのお陰で日本各地の経済団体から講演依頼があるようだ。経済学は科学と言うにはほど遠い学問だから、こういうインチキな輩でも、経済政策を「論じて」金儲けできる土壌が存在する。
 「日本経済は何の問題もない、世界で一番素晴らしい経済だ」と言っている人がいますと、知人から三橋が2016年に某県の経済同友会で行った講演録が送られてきた。「講演」の内容から見て、どこでも同じようなことを言っているなと予想できる。90分の講演時間だが、講演構成に熟慮した形跡が見られず、雑な放言が続くだけで、論理不明瞭。最初から、地方の聴衆にはこの程度で済むだろうという見下した態度や自画自賛。あまりの雑ぱくさに驚いた。こんな放言に、数十万円も払っているのが日本社会の現状だ。経済評論家バブルとしか言い様がない。しかも、この御仁、大仰にも「(私には)講演依頼が殺到していて、年間200回を超える講演をやっている。...もし来年も講演を依頼される時には私の講演料は絶対に値上がりしていますからね」などと恥ずかしげもなく自己宣伝している。こうやって講演依頼が来るのを待っているのだろう。一知半解の聞きかじりを次から次と披露しているが、自分でも整理が付かず、何を言おうとしているのかはっきりしない。講演と言うにはほど遠い。とても頭脳明晰とは言えず、何を言いたいのかさっぱり分からない。だから、大学の論文試験で評価すれば偏差値30点。
 その論調から推測できるのは、粘着質な性格で、自己を中身より大きく見せようとする小心な尊大さだ。だから、DV報道を見ると、「然(さも)もありなん」と思う。財務省を批判しているから、国税庁の調査を受ける恐れがあるとか、えん罪を受ける可能性があるなどとブログで自らを過大評価しているようだが、一種の炎上商法だろう。講演録からうかがえる尊大な態度から、品格に欠け、性格が良くないことはすぐに分かる。この四流「評論家」が私生活で何をしていようとも関心はないが、ニュースの中で12月23日に安倍首相と会食したことが触れられていた。こちらの方が興味深い。「ああ、またか」というのが率直な感想だ。
 それにしても、アベノヨイショにはどうしてこれほど屑が多いのだろうか。アベノヨイショ本と準強姦で世にその名が知られ、フィクサーのように政界と経済界の境界を彷徨って甘い汁を吸っている山口敬之、能力がないのにアベノミクス擁護で飯を食っているDVの三橋(ペンネームで本名ではないようだが)、三橋と同様に、「巨額国家債務の宣伝は財務省の企み」と批判してアベノヨイショしている剽窃と窃盗の前科がある高橋洋一、経済学研究の論文も実績もないのに、アベノミクス発案に貢献してスイス大使に抜擢され、次期日銀総裁に自らを売り込む厚顔無恥と自己過信の権化のような人物で、特攻隊を礼賛する偏狭な愛国者本田悦朗。そういえば、「アベ友学園」問題の発端となった篭池一家も、奇妙な家族だった。
 山本孝三、高木毅、稲田朋美など無能で破廉恥な大臣を次から次への据えてきた安倍晋三の周辺には、どうして品格、知性、能力に欠ける胡散臭い人物が集まっているのだろう。それは偶然ではないだろう。安倍が懇意にしている人物は知性と品格が己と同じ程度か、それ以下なのだ。「類は友を呼ぶ」だ。自分より知性があって知的水準が高い人物や難しい議論を避けて、自分が簡単に理解できる単純な経済政策イデオロギーや愛国イデオロギーに靡(なび)いてくる連中を、すぐに仲間だと考えるからだろう。要するに、「人を見る目がない」のだが、それは安倍自身がその程度の人物だということを証明している。そういう人物が長期にわたって日本の宰相として居座り続けているのだから、日本社会にとってこれほどの悲劇はない。
%%%%%ブログ記事転載終わり

+++++西部氏の「保守」論からみる安倍氏の立ち居振る舞い
 技術開発の怒涛の進撃の前には、「保守」、「非保守」の議論は褪せてしまいそうです。そうは言っても当面は、日本列島の政治状況を眺める上では有効な視点であるように思えます。そんなことを論じた記事を見つけましたので、下に転載しておきます。

%%%%%実はリベラルの筆頭は安倍氏で、保守の筆頭は小沢一郎氏だ。(日々雑感)
2018/01/22 17:58
 安倍氏は自民党総裁で保守政治家だといわれるが、飛んでもない。グローバル化を推し進め、法人税減税と消費増税に邁進する安倍氏こそリベラルの筆頭だ。
 いや、むしろ日本を壊す反日政治家という方が正しいか。そして、その対極に位置するのが「国民の生活が第一」を掲げる小沢一郎氏こそ保守政治家の旗頭だ。
 勘違いしないで頂きたい。憲法改正を訴えて、何が何でも自衛隊を世界の何処でも戦争できる「武力」集団として憲法に書き込みたい、という安倍氏の主張はリベラルそのものだ。保守政治家なら憲法を守り、国民に対して「武力の行使」をしないように憲法で政権の裁量に枠を嵌めるのが本来の役割だ。
 小沢一郎氏の「国民の生活が第一」はまさしく仁徳天皇の政治手法そのもので、国民の竈から立ちのぼる煙を高殿から眺めて政治を行うという手法だ。それは日本の古来からあるべき政治権力者の姿そのものだ。決して財務官僚の「政府の借金が大量だから消費増税を」との世迷いごとに惑わされない政治理念がある。
 消費税は法人税減税の穴埋めに使われてきた。それは消費税収納増額と法人減税による税収減分と丁度見合うことから明白だ。そして国の無駄遣いや公務員の報酬減額もなしに税金を上げることに狂奔する政治家とは何かを国民は真剣に考えるべきだ。
 安倍氏が世界漫遊するのはタダではない。政府専用機を飛ばせば一回のフライトで幾ら掛かるかご存知だろうか。
<ヨーロッパへ合計5日間の日程で燃料だけで片道200000ポンド=114300リットル
1リットル100円として11430000円。往復で2286万円。
2機ですので約4600万円。
(航空機燃料って100円はしませんか?分かればその値段に訂正して下さい)
パイロットの給料を日割りします
●機長1=2500万円/年を200日で割って(365日中200日稼働)5日分=62.5万
●機長2=同上
●機長3=同上
●機長4=同上
●予備機長1=同上
●コパイ1=1500万円/年を200日で割って(365日中200日稼働)5日分=37.5万
●コパイ2=同上
●コパイ3=同上
●コパイ4=同上
CA=扉の枚数分=年収500万円を(10人×2機+予備2人)×5日=250万
人件費だけで750万位になりますね。
それに
・機材の償却費用(政府専用機なので、JALやANA機よりも使用頻度も償却年数も格段に変わります)
・燃料費
・離陸、着陸料
・停泊料
これだけ見ると単純に5億位でしょうか>(以上「ヤフー知恵袋」より引用)

 国民は困窮に喘いでいるにも拘らず、安倍氏は世界を漫遊して政権にある五年間で飛行機代とは別にバラマキで50兆円以上も浪費している。そして成果は少しも上がっていない。それどころか北朝鮮に対する「強硬姿勢で制裁する」態度に固執するため、ついには孤立している無様さだ。
 安倍氏は彼が「ばら撒きだ」と批判した民主党政権移譲のばら撒きを世界規模で演じている。似非・保守政治家の何という愚かな姿だろうか。
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+++++安倍政権のハチャメチャ振りの一端
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http://www.houdoukyoku.jp/posts/25043放射能汚染除去事業を食い物にする
・ 国の除染事業を請け負った清水建設の下請け企業の除染作業員およそ100人が「危険手当」付きで野球応援・この企業は105億円を売り上げ、役員に43億円もの報酬 FNNの取材で明らかに・国が民間企業同士の取引内容を精査できれば、除染費用を大幅に減らせる可能性がある

2017年10月、近畿地方で開かれた野球大会の様子をFNNが撮影していた。
そろいのジャージーでの、一糸乱れぬ応援。
 国の除染事業を請け負った清水建設の福島県にある下請け企業の除染作業員およそ100人が、平日を含む数日間、会社の野球チームの応援にあたっていた。
野球好きで知られる下請け企業の代表のもと、貸し切りバスで現地入りし、自前の応援歌を歌い、巨大な旗を振っていた。
2016年、部下が応援に行ったという下請け企業の元除染作業員は、「『野球の応援なんか嫌だ』って言ってたのですが、無理やり連れていかれる感じで、なんで出勤扱いになっているのかなと。危険手当もいただいて」と、応援は勤務として行われたと証言する。
企業のレクリエーション活動自体に問題はないが、国の除染費用が野球の応援に使われていたのか。
下請け企業の代表は「そんな事実はないと思う。(去年・おととしは?)ないです。(一切ない?)ない。断言します」と話した。
清水建設とこの下請け企業をめぐっては、除染事業を統括していた清水建設の執行役員が、自分の実家の草むしりと雪かきを下請け企業の除染作業員に無償でさせていたことがFNNの取材で発覚し、12月に辞職している。
これら不透明な除染作業の実態に加え、今回新たに下請け企業の役員が巨額の報酬を得ていたことが、関係者の話でわかった。
この企業は、清水建設が国や自治体から受注した除染と関連事業を請け負うことで、2016年の1年間で105億円を売り上げたが、このうち、利益が56億円にのぼったうえ、代表ら役員が43億円もの役員報酬を得ていた。 福島県にある下請け企業の代表は、高級車を次々と乗り換えるなど、地元でも派手な生活ぶりで知られていた。
国と自治体の除染費用は、東京電力に請求することになっていて、税金や電気料金が当てられる可能性がある。

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〔図 上の記事にかんれする内容が東京新聞1月22日記事「こちら特報部」コーナで指摘されています。拡大は二回クリック〕
汚染除去13750

汚染除去23746


アラスカ地震〔2018.01.23)、不正科学〔京都新聞)

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〔写真:突然の大雪でありました。拡大は二回クリックで〕
180123雪景色


白銀が 大きく変える 風景に 寒さを忘れ 思わず見入る

 このところ、アラスカでの大きな地震、インドネシア、フィリッピンでの大規模火山噴火など天変地異とも思える地学事件が頻発しています。昨日の本白根山の噴火もその全地球的変動の一翼であるのでしょうか?
 なにせ地球深部、といっても地球の半径6400kmからするとほんの表層、高々深さ200km程度です。しかし、その表層深部での地塊の変動が、全地球的規模で関係し合っているらしい。どのように関係しあっているのか?ある場所での変動が遠地の他の場所に伝わる機構等々、科学的解明からほど遠い課題・難問が山ほどあります。

 さてそのひとつであるアラスカ大地震について下記が報道されています。
%%%%% 〔海外地震〕アメリカ・アラスカ湾でM7.9・日本への津波の影響なし(1/23)
1/23(火) 18:45配信

 米国地質調査所(USGS)によると、日本時間1月23日18:31頃、アラスカ湾を震源とするM7.9の地震が発生しました。気象庁によると、この地震による日本への津波の影響はありません。【1月23日20:00現在、レスキューナウまとめ】
%%%%%

 インタネット科学誌も下記の記事を掲載しました:
%%%%%Major Earthquake Triggers Tsunami Warning in Alaska〔和訳は付しません〕
〔図1:震央。拡大は二回クリックで〕
180123震央

• By Megan Gannon, Live Science Contributor | January 23, 2018 07:15am ET

A major earthquake hit Alaska, about 163 miles (262 kilometers) southeast of Chiniak and 360 miles (578 km) south of Anchorage, on Jan. 23, 2018.
Credit: USGS
A strong earthquake struck off the southern coast of Alaska early Tuesday (Jan. 23), prompting a tsunami warning.
The earthquake, which had a magnitude of 7.9, hit 175 miles (280 kilometers) southeast of the island of Kodiak at 12:31 a.m. local time (4:31 a.m. EST), according to the U.S. Geological Survey(USGS). The quake struck at a depth of about 16 miles (25 km).
Some people on Kodiak felt light shaking, according to community reports sourced by the USGS, but the bigger danger was in the possibility of a tsunami striking afterward.
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The Kodiak Police Department urged residents to get to higher ground, and tsunami sirens sounded the alarm in the middle of the night, according to the Anchorage Daily News.
〔図2:津波伝播予想。これに拠れば、日本列島には第一波は午後6時から9時に到達していたと思われる〕。拡大は二回クリックで〕
180123津波

A tsunami warning is in effect in some parts of Alaska and British Columbia, Canada, after a 7.9-magnitude earthquake struck off Kodiak Island.
Credit: NWS
According to the National Tsunami Warning Center (NTWC), a tsunami warning was in effect along a large stretch of coastline, from Canada's British Columbia province to Alaska's Aleutian Islands.
In areas where a tsunami warning is in effect, damaging waves, powerful currents and coastal flooding arepossible, the alert from the NTWC said.
A tsunami watch, meanwhile, was in effect for the coastal areas of the United States from Washington state south through California, and residents were urged to stay alert and prepare to take action if needed.
In a message posted to Twitter, Alaska's Gov. Bill Walker said his office is "closely monitoring" the tsunami warnings and urged residents to heed local warnings to move inland or to higher ground.
%%%%%
 この地震について現時点で判明した報道のいくつかを掲載します〔情報information は非勘定名詞であるため”情報のいくつか“という書き方は英語文法では正しくないんですな〕。
まずはGlobal CMT Catalogue Searchが公表するモメントテンソル解です:
〔図3 2018.01.23アラスカ地震の発震機構解:CMT発震時と初動発震時との差;▲謄鵐愁訐分;C覗慳漫P波節面の幾何性状、っ録霧擦任留力の方位(南北−東西−上下の右手系座標;ゥ瀬廛襯ップル回転軸の方位と、θ鵐瀬屮襯ップル成分。拡大は二回クリックで〕
180124fps無題


 計算では非ダブルカップル成分の比値が20%近くの大きな値となっています。これが有意であるとするならば、圧縮場が地震発生に寄与したということになります。現時点ではこれ以上の考察はできません。断層面がでしめすa面、b面のどちらであるのか?それも余震分布からは判別しにくい。更なる解析調査をまたねばなりません。

 さて、もうひとつIRIS〔Incorporated Research Institutions for Seismology〕提供の地震情報です:
%%%%%Latest earthquake table
http://ds.iris.edu/ds/nodes/dmc/tools/event/10607586
〔図4 余震分布。拡大は二回クリックで〕
180123Alaska無題


〔図5:CMT解を得るために解析された全世界の地震観測所で得られた地震波形。表示はそれをさまざまな効果を考慮して補正された波形。複数の地震が短時間に発生していたことをうかがわせる。拡大は二回クリックで〕
20180123093142R1STFmapsmall


〔図6:(上〕 1940年以降の世界の巨大地震〔MW>7.8〕。1964年アラスカ地震二基準にしての考察であるので、0年は1964 年に相当。〔下〕地震の大きさMwとCMT時間のずれとの関係〔図3 〇仮函諭3搬腓脇鷁鵐リックで)
180124巨大地震系列


〔図7:1964年のアラスカ地震から見た世界の巨大地震分布。拡大は二回クリックで〕
180124地図


〔図8:巨大地震発生月の偏り。拡大は二回クリックで〕
180124冬至



〔図9:1964年アラスカ地震から見た他の巨大地震との距離と発生時間間隔。なにやら三つのグループに分類できるように見える。詳論は別の機会にします。拡大は二回クリックで〕
180123DT分布無題

 1964年のアラスカ地震に向かって他の巨大地震群が時空間上を移動しているように見えます。もう一つは、1960年チリ地震に始まりアラスカに向かう地震群も存在するのかもしれません。ここには2011年3月11日の東日本巨大地震も入っているようです。それが赤点線でくくった大きなグループです。 そしてそれらの二つの群とは別の存在も見えます。
 いずれにしても、なにやら地下で関係しあう力学が介在しているのだろうとは、想像するのですが、それがどのようなものであるのか?

 
+++++研究開発(RD Research and Development)
 中国の科学技術分野での研究開発能力が急成長していることが、国際的科学雑誌への論文数の急増などで裏付けられています。日本は疾うに 中国の後塵どころか、ドイツなどにも遅れを取っています。人間の存在形態を抜本的に変えてしまうと「恐怖」されているAI技術開発でも中国の進展は著しいと言われています。
 そうした世界のRD(Research and Development)情勢のなかで短期間とは言えかって「わが世の春」を謳ってきた日本の現在の立位置はどうなのか?それを垣間見せるような事件が発覚しました。しかし、これはどうやら氷山の一角のようで、東大でも論文不正が相次いでいることが、報道されています。
%%%%%チェック形骸化、有期雇用成果焦りか 京大iPS研論文不正
1/22(月) 23:00配信
京都大iPS細胞研究所(京都市左京区)で22日、論文の不正が発覚した。所長を務める山中伸弥教授は会見で深々と頭を下げ、悔しさをにじませた。降圧剤の臨床研究で不正が行われたディオバン事件やSTAP細胞問題など、日本において研究不正は後を絶たない。世界のiPS細胞研究をリードし、厳しい不正防止策を講じてきたはずの同研究所。チェックが形骸化していた実態や、成果が求められる有期雇用の制度が背景に見えてくる。
 2010年の開設以来、iPS細胞研究所は実験専用ノートを全研究者に配布する。「(書き換えが可能な)鉛筆の使用は不可」「プロジェクトごとに別のノートを使う」「データなどの記入は続けて行い、空白部分がある場合は斜線で消す」などの注意書きが添えられており、3カ月ごとに知的財産の担当者に提出することが定められている。データ管理を徹底し、データの改ざんや捏造(ねつぞう)を防ぐ役割を持たせている。
 同研究所によると、山水康平助教のノートの提出率は86%と高かったが、記入内容は「メモ書き程度だった」という。論文発表の前には、実験の生データについても研究所に提出することを義務付けていたが、ノートやデータの内容についてのチェックはほとんど行われていなかった。
 不正防止策について、山中教授は「厳しくやっていると自覚していたが、気が付くと形骸化していた」と反省の弁を述べた上で、「実験の段階から主任研究者が各研究者のノートを自らチェックし、不備がある場合はイエローカードを出すことをしないと不正は防げない」と語った。
 iPS細胞研究所に所属する研究者は、教授ら一部の主任研究者を除いてほとんどが有期雇用だ。山水助教も雇用期限が今年3月末に迫っており、研究成果が、雇用延長や別の研究機関での就職に反映される状況だった。
 学内の研究を管轄する湊長博理事・副学長は「(成果を出さないといけないという)プレッシャーはみんなが感じている。研究不正は個人の資質によるところが大きい」とした上で、「大学院、学部時代からの教育こそが非常に重要だ」と、さらに研究倫理に関する教育を学内で徹底させていく考えを示した。
 ■有期雇用も背景か
 位田隆一・滋賀大学長(生命倫理法学)の話 不正は第一には研究者の良心の問題だと思うが、有期雇用のため、短期間で業績を上げないと任期を延長してもらえない恐れがあるなど焦りを生む研究環境も影響しているのではないか。また、不正防止には研究者間のコミュニケーションが重要になる。論文を提出する前に共著者がしっかりと目を通し、承諾する仕組みを徹底できれば、研究不正は起こりにくいはずだ。そうした環境づくりをせずにただルールを厳しくしても、網の目をすり抜けるケースが出てきかねない。
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 私自身はRDで日本国が他国を凌駕するべ使途目くじらを立てることに疑念がありますが、これも又別の機会に考察します。中国流の大量物資を投入しての技術開発、そしてそれを享受する人間側との関係のいく先になにがあるのか?私自身はすでにこの世にはいないとしても、なにや寂寞たるものが漂っているように思えます。

地震活動期〔2〕、西部邁(すすむ)氏の死

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
〔写真:昨日昼。陽だまりにくつろぐ猫。左下の影は猫にレンズを向ける現ブログ管理人〕
180122猫無題

 
 陽だまりに 二匹の猫が くつろぎおる 凍える今日は 予想だにせず

 昨日昼は、久ぶるに温かったのです。あの温くさが一変、今日の寒さ。天気予報で覚悟はしてましたが、こんなに寒いとは。窓の外には白い片が舞っています。

 自らの近日中の死を予測していたならば、頭脳の中身をすべて、後世の人間が追跡できる様式で遺して行って欲しいと思える人物は多くありません。古代でいえば、藤原不比等です。この人物が実在したのであれば、その脳内を知りたいものです。いきなり時代は近代に飛び夏目漱石、芥川龍之介、ショパン、ベートーベン(整合性が無いなぞとお嗤い召されるな)。そして現代ではアインシュタイン、ディラック、南部陽一郎氏です。地震学分野であれば、世界の地震学を牽引した安芸敬一博士〔MIT教授〕が思い浮かびます。
 私は技術屋ですから、政治・経済分野には馴染みはいません。しかし、そこから誰かを?と問われれば、丸山眞男氏、宇沢弘文氏、加藤紘一氏、正森成二氏などのお名前が浮かんできます。そして、そこに昨日亡くなられた西部邁(すすむ)氏のお名前を付け加えたく思っています。西部氏のご冥福をお祈りいたします。

 「自裁」と知り、いくばくかの驚きはありましたが、むしろ「日本武士らしい」死に方と感銘を受けました。本物の「死ぬ勇気」を見たというべきか、貰ったとでも言う気分でありました。私より半世代ほど前に、学生運動のリーダとして活躍されていた方なので、当然名前は知っていました。
 1980年台半ばごろであったでしょうか?私は風邪か何かで勤務を休み、布団のなかで転がっていました。その時ラディオから西部氏の講義が聞こえてきました。確か重商主義について、其れがアダム・スミスの国富論につながるとの話ではなかったかと記憶しています。大学の教養課程で、ただ「単位取得」のためのみに聴講していた際のお偉い先生の話とはまったく異なっており、至極論理的でわかり易い。
 自分の頭のなかで整理された内容を自分の言葉で語っているからであろうと、後刻思った次第です(2017年11月13日記事)。四十台前後の経済学徒なるものの語り口は、とかく、自分の言葉で語らない。いや、語れない。今も昔も、脳で咀嚼できていないことを知ったかぶりで、他人を威嚇するこけおどしのために語る人間は多い。しかし、西部氏の語り口は若くして、すでにそこからは抜け出ていたんですね。そのたびに思い出すのが西部氏のラディオ講義でした。爾来、西部氏の発言は、専門分野の小難しい話で無い限り目を通してきました。語り口に説得力があり、しばしば「だまされまいぞ!」と自らを戒めねばならないこともありました。本ブログ記事末尾に付した室井祐月氏との対談youtubeなぞもその事例かも知れません。

 以下は死を報ずるニュースです。本ブログ文末に氏の最近の言説を添付しました。
%%%%%評論家・西部邁さん死去、多摩川で自殺か 78歳…遺書のような文書も 
1/21(日) 16:36配信
 21日午前6時40分ごろ、東京都大田区の多摩川河川敷で、「男性が川に飛び込んだようだ」と110番通報があった。駆けつけた警視庁田園調布署が男性を救助し、病院に搬送したものの、まもなく死亡が確認された。死亡したのは評論家の西部邁(すすむ)さん(78)で目撃情報などから自殺とみられ、同署で当時の状況を調べている。
 同署によると、西部さんに着衣の乱れや目立った外傷などはなく、付近では遺書のような文書も見つかった。 西部さんが21日未明から行方不明になっており、同居していた家族が探していたところ、多摩川に流されている西部さんを発見したという。
 現場は東急東横線多摩川駅から西に約600メートルの野球のグラウンドやサッカー場などがある河川敷近く。
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+++++2016年以前の関東の地震活動
 島村英紀氏が「関東での地震活動はこれまで異様に少なかった。」と語り、一月始めの相次ぐ有感地震について、「最近、その活動が活発になった。関東域が「活動期」に入るのではないか」と夕刊フジ紙にコメントしたとのことです〔1月19日記事前回記事参照〕。
 私は、かねがね”地震活動期“なる言葉の「曖昧さ」が気になっていました。すなわち、どのような条件が満たされれば活動期に入ったと判定できるのか、誰もその判定基準を提示していません。限られた短期間、T,にしかるべき大きさの地震がx個以上起きる。そのうえで、それはL日〔又は年〕続く。その活動がそのまま静まれば、Lを満たさないので、それは単なる群発地震、てな具合の議論が無いからです。
 たとえば、下に示す一連の巨大地震については、話がわかりやすそうです:
〔図1:1940~2017年におきたM>7.8 の巨大地震〕
171108Mw_time


 巨大地震に限れば、わずか12年間に4つのM>9 地震が起きた1952〜1964は、地球にとっての〔巨大〕地震活動期であったといえそうです。その意味では、2004年〜現在もそうであるように見えます。地震活動期突入判定は、初期の時点ではまことに難しい。適切な日本語を正しく使うことで知られる島村氏が「活動期」なる言葉を使うからには、何か、言葉には出していない内実があるのだろうと想像しています。

 それは、さておき、昨今の関東地方の地震活動が、これまでとは異なる様相を呈しているのか否か?それを知るには、わずか、過去一年半の間の活動を比較しただけでわかるはずもありません。そこで、2004年から現在までの地震活動を眺めることにしました。過去14年間の地震データを一気に取り込んで解析することは気象庁、防災科学技術研究所、あるいは高性能のコンピュタを有する研究機関でしかできません。私のPCでは、すでに書いたように容量にあわせて、対象とする地震の下限、発生期間を調整しながら、少しずつ調べるしかありません。

 本ブログでの調査では、対象域は1月19日記事の図1と同じです。調査期間は2004年から2018年初頭までの14年間を14の期間に分割します。ただし、上にも書いたように、14年間を14に分割するといっても各期間の長さが同じ一年ということではありません。たとえば、2011年の地震の個数は膨大で、その一年分を一括りにして所有のPC で処理することはできません。というわけで、以下のような分割をしています:
〔表:14年間の14分割と、それぞれの期間での地震の個数。「M下限」は調査対象とした地震マグニチュードの下限〕
180122Table無題


 その上で、個々の分割期間での地震活動の特徴を眺めてゆくことにします。その前にまずは14年間の地震活動の概観です。2004年から調べることは、言葉を変えるなら、あの巨大地震発生前七年間と発生後七年間を比較することでもあります〔これは格別意図したことではありません〕。興味深い何かが見えてくれば幸いです。

 所有するPC性能の限界によって、8〜12行目の地震マグニチュード下限値は1.5ではなく2.5又は2.0になっています。これは1.5にすると地震の個数が膨大になってしまうためです。そこで、この場合にはグテンベルグーリヒタの関係式で“b値=1”として、M>=1.5の地震総数を 見積もり、その値で置き換えることにします。又、この期間はとりわけ地震数が多いので、その期間長も適宜PC容量に応じて変えています。個々の調査期間も異なるので、上の表の数値をそのまま使うわけにはいきません。そこで、比較を可能とするために一日あたりの発生地震回数に換算し、且つその値を、それぞれの期間の中間日の代表値とします。そうして作成したものが 図2です。
〔図2:2004年から2018年初頭までの14年間の一日あたりの地震数比較。上表8,9行の地震数は下図には収まらない(saturate)ので、、枠の上辺に仮に赤点を付している。“311-Apr”は地震発生直後から4月末日まで、を意味し、そのときの換算地震個数は1248、”M-J’は五月1日から六月末日までの期間で換算総数は333個。拡大は二回クリック〕
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 2011年3月11日以後の地震数は急激な減少です。その挙動は“指数関数”的です。余震に関する時間的減衰・経験則に叶っているように見えます。そして、2018年1月の現時点でもその傾向が維持されています。すなわち、現時点も依然として311後の余震活動の継続状態であるということです。ただし、そのレベルは一日あたり20個弱ですから、311地震の発生前の状態に復したかのようにも見えます。

 一方311地震の発生前は、一日当たりの地震個数は10〜20個の間でほぼ安定しています。しかし、注意深く見ると四年周期でその数が波打っているようにも見えます。そしてその波動の二回目の谷の後に311の地震が起きたかのように見えます。この因果関係は、何がしかの力学モデルでシィミュレートできるのかもしれません。

次回は、上表で示した各期間での地震活動を眺めます。はて!何が飛び出すやらであります。
(つづく)

+++++西部氏発言より
 以下は最近の西部氏の発言の抜粋です。
安倍首相は「真の保守」ではない!西部邁氏が迷走政治を一刀両断 
o ダイヤモンド・オンライン編集部 
長らく一強と言われながらも、ここに来て迷走気味の安倍政権。自他共に認める「保守」のリーダーシップは揺らいでいるように思える。一方で、今の政治には保守に対する明確な対立軸もない。にわか新党ブームの中で行われる大義なき解散総選挙を経ても、理想的な政治秩序が生まれるとは考えにくい。内憂外患の日本はいったいどこへ向かっているのか。保守派の論客として名高い西部邁氏が、今の政治や本来の保守の在り方について、想いを語った。自身の集大成となる新著『ファシスタたらんとした者』(中央公論新社)を上梓した西部氏が、保守の意味を取り違えた人々に送る最後の警鐘である。(聞き手/ダイヤモンド・オンライン 小尾拓也、まとめ/ライター 大西洋平)
日本において「保守」の意味が
ここまで誤解されている嘆かわしさ

――安倍政権は国民から保守志向が強い政権と思われており、安倍首相自身も保守を自認しています。ここに来て、「一強」と言われた支持率は以前より低下。外交では米中韓との駆け引きに振り回される上、足もとでは北朝鮮の脅威も増大、国内では森友・加計学園問題が噴出するなど、まさに内憂外患の状態です。最近では、「そもそも安倍首相を真の保守と言えるのか」という疑問の声も聞こえます。保守の論客として、西部さんは今の安倍政権をどう評価していますか。
 口にするのも辟易してしまうような論点ですね。残念ながら、日本は保守という言葉の意味をきちんと理解しようとしない人ばかりのように思える。私はそうした人々に憤りを込めて、あえて「ジャップ」と呼んでいます。保守は一般に思われているように、「現状を維持する」という意味では決してありません。
 本来の保守とは、その国のトラディション(伝統)を守ることです。近代保守思想の始祖とされるエドマンド・バークは、「保守するために改革(Reform)せよ」と説いています。現状が伝統から大きく逸脱していれば、改革を断行するのが保守なのです。
 そして伝統とは、その国の歴史が残してきた慣習そのものではなく、その中に内包されている平衡感覚のことを意味している。とかく人間の意見は左右に散らばって対立するものであり、そういった分裂を危機と呼ぶなら、時代は常に危機に晒されていると言えるでしょう。
そうした状況下において、いかに平衡を保つかが問われているのです。ドイツの実存主義者であるカール・ヤスパース曰く、「人間は屋根の上に立つ存在」で、油断すればすぐに足を滑らせて転落しかねません。
 もっと極端に言えば、綱渡りのようなもの。1本の綱の上を歩くという危機に満ちた作業こそ、人間が生きていくということです。こうした平衡術は、凡庸な学者が考えた理屈から生み出されるものではありません。歴史という紆余曲折の経験の中から、曲芸師的に対処するための知恵のような感覚、あるいは言葉遣いや振る舞いを習得していくのです。
 常に状況は新しいわけだから、それは処方箋ではあり得ません。対処法を示唆してくれる存在として、伝統というものがある。だから、悪習と良習を区別しながらも、伝統を壊してはならないと考えるのが保守主義です。
安倍首相は保守ではなかった
社会の方向性が見えていない
 こうした定義に照らし合わせると、安倍首相は最初から保守ではなかったわけです。実は第一次安倍政権が退陣した後、世間から総バッシングを受ける中で、僕だけは彼に手を差し伸べた。1年間にわたって毎月1回のペースで「保守とは何か?」というテーマの勉強会を開催して励ましたのです。
 ただ、第二次安倍政権が発足してからは一度だけ食事をともにしただけで、意識的に距離を置くようにしています。だって、政治になんて関わりたくないし、もともと安倍さんには特に悪意を抱いていない一方で、特別に期待もしていないから。
 ただ、アベノミクスにおいて、安倍政権が国土強靱化をはじめとするインフラ投資に躍起になっていることは嘆かわしい。あまりにも近視眼的で、ただ橋を何本つくり替えるとかいった施策を進めているだけに過ぎないからです。国のインフラ(下部構造)を整備するに当たっては、まずはスープラ(上部構造=日本社会の今後の方向性)についてしっかりと議論することが大前提。しかし、それがまったく欠如しているのが実情です。
 これで保守と言えるのでしょうか。
米国の実像は左翼国家
実はロシアと二卵性双生児
――確かに、安倍政権がどうのという前に、ほとんどの日本人は保守という言葉をそのように受けとめていませんね。では、ほとんどの国民が捉え違いをしているとしたら、その中で安倍政権はどんな方向へ進もうとしているのでしょうか?

 今の安倍さんがやっていることは、まさに「米国べったり」。どうして保守がそのような振る舞いができるのかは甚だ疑問だし、大問題であると僕は考えています。僕は何十年も前から指摘し続けてきたけれど、結論から言うと米国は「左翼国家」なのです。
 そもそも左翼とは、フランス革命期に急進的なジャコバン派が国民公会で左側に座って「自由、平等、博愛」と唱えたことがその由来となっている。彼らは「理性を宗教とせよ」とも訴えており、いわゆる合理を意味します。そして、これらを実践するために、旧体制を急速に破壊せよと扇動したわけです。
 その直前には米国の独立戦争も勃発しており、これに勝利した同国が制定した憲法も「自由、平等、博愛、合理」を掲げ、ジャコバン派の思想とほとんど変わらない。古いものは悪いもので、新しいものは良いものだというジャコバン派の考えに近いのです。
 それでも建国当初の米国には、欧州出身の上流階級による保守主義が存在していました。しかし、19世紀前半にジャクソン大統領によるジャクソニアンデモクラシー(自立と平等を理念とする草の根民主主義)が台頭し、米国は自らを欧州から完全に切り離してしまった。こうして歴史が寸断されたわけなので、平衡術を学びようがありません。
 にもかかわらず、戦後のジャップが犯した大きな間違いは、「米国側につくのが保守でソ連側につくのが革新だ」という政治の構図で物事を捉えるようになったことです。米国はそんな状況だし、一方のロシアには歴史があったものの、大革命によって徹底的な破壊が加えられたため、こちらも歴史が寸断されてしまった。
どちらも歴史から学べない左翼であるという意味で、米国とロシアは二卵性双生児なのです。そのような両国が対立したのは、米国が個人主義的な方向で変化を起こそうとしたのに対し、ソ連は共産党の集団主義的な指導のもとでそれを推進しようとしたからです。
 要するに、「どちらが中核で革マルなのか」といった程度の違いにすぎず、米国もロシアも言わば左翼同士の内ゲバ、もしくは内紛を繰り広げてきただけの話。こうした背景を知らないまま、ジャップは長く保守と革新の意味を捉え違えてきました。
 繰り返しになるけれど、今の安倍政権なんて、保守とはまったく何の関係もない。それなのに安倍首相は日米が100%の軍事同盟関係にあると悦に入る始末で、戦後の日本人の愚かさ加減がにじみ出ていると言えるでしょう。
世間はポピュリズムと
ポピュラリズムを混同している
――米国べったりと言えば、日米軍事同盟やわが国の安全保障の在り方については、北朝鮮情勢の緊迫化などを機に、改めてスポットが当てられていますね。
 そもそも、治外法権となっている外国の軍隊の基地が国内にあり、憲法さえ他国からあてがわれた日本が、独立国であるはずがない。カーター政権下で安全保障問題を担当したブレジンスキー大統領補佐官(当時)が断言したように、日本は米国の保護領であるのが実態。自治領で大統領選挙の投票権は持たないプエルトリコと変わらない立場にすぎないでしょう。
 集団的自衛権にしても、本当に日本を米国に守らせたいなら、相応の対処が求められます。米国は自国に実害が及びそうなら守ってくれるけれど、そうでなければ動いてはくれません。
 まずは、日本が個別的自衛でもって、ギリギリのところまでは自力で頑張るという姿勢を示す必要がある。すなわち、「日本も核武装を行うべきかどうか」が議論になっても当然にもかかわらず、ずっとタブー視され続けてきました。
 日米安保には双務性があると言われるが、相手側にそれを果たしてもらうためには、自分自身にも実力がなければならない。それは自衛力のみならず、外交力や政治力も含めてです。
―― 一方で世界に目を転じると、米国で保守色が強いトランプ大統領が誕生し、欧州でも極右政党が躍進台頭するといった動きは、第二次世界大戦前夜のポピュリズム台頭を彷彿させるとの見解もよく耳にします。こうした言説をどう見ますか。
 愚かなジャップは、ポピュリズムの本来の意味さえ誤解しているようですね。ポピュリズムのルーツを遡ると、1891年に米国のシカゴで農民たちによって結成された政党「人民党」(Populist Party)に辿り着きます。
 ニューヨークの金融市場に牛耳られるようになって農産物の価格が下がり、不満を抱えた農民たちが立ち上がったのです。ポピュリズムはグレンジャー(農民)運動とも呼ばれ、本来は真っ当な抵抗運動だった。ところが、いつの間にか世間では、「ポピュリズム=大衆迎合主義」などいった解釈がなされるようになっています。
 そこで、僕は何十年も前から、「大衆迎合主義のことをポピュリズムと呼ぶな! 要は人気主義なのだから、ポピュラリズムと呼べ!」と訴え続けてきたわけです。
 この「ポピュラリズム」か否かということで言えば、トランプはもちろん、日本はずっと前からその典型例であると言えるでしょう。今の政治活動に日本人の生活欲求が反映されているとはとても思えない状況で、ほとんどの大衆は折々のムードに流されて付和雷同的にワーキャーと騒ぎ立てているだけなので。
 太平洋戦争にしても、実はそれを引き起こしたのは日本の人民。軍部、特に海軍はうかつに開戦するとヤバイということを承知していたけれど、朝日新聞や日本放送協会(NHK)にも扇動されて、人民たちが一丸となって囃し立てた結果、あんなことになった。あれこそ、まさしくポピュラリズムでしょう。
変革で失うものは確実、
得るものは不確実
――では、保守の対極に位置する左翼(革新派)について、西部さんはどのように捉えてきたのでしょうか。
 左翼が掲げる「革新主義」(Progressivism)とは、変化を起こせば何かよきものが生まれる、との考えに基づいています。これに対して英国の政治哲学者であるマイケル・オークショットは、「変化によって得るものは不確実だが、変化によって失うものは確実」と指摘しました。
たとえば、離婚すれば妻を失いますが、新たな妻をめとることができるか、めとったとしても離婚した妻よりましなのかは定かではない。失うのは確実ですが、新しく得るものは不確実であるだけに、「変化に対しては常に注意深くあれ」とオークショットは説きました。変化を拒めという意味合いではなく、変化したからといって確実によくなるとは限らないのだから、いたずらに舞い上がるな、と諫めたわけです。ロシア革命や毛沢東の所業も然りで、多くの歴史がそのことを裏付けている。
 結局、「人間は素晴らしい」というヒューマニズムが革新主義の原点にありそうです。大多数が求めている方向に変化を起こせば、人間は本来の素晴らしき姿に近づいていくという発想で、要はフランス革命期に唱えられたペルフェクティビリティ(完成可能性)。「人間は欲することに沿って変化を続けていけばやがて完成に至る」というのです。
戦後の日本には
革新派しか存在してこなかった
 しかしながら、僕は人間が素晴らしいとはこれっぽっちも思っていない。人間なんてロクなものではないと自覚する力を備えていることがせめてもの救いであって、性善であるのはせいぜいその分だけです。
 ましてや、ペルフェクティビリティ(完成可能性)なんておこがましい話です。完成してしまうと、人間は神と化すわけだから。ニーチェは「神は死んだ。人間が神を殺したのだ」と記しているけれども……。ともかく、己の顔を鏡に映せば、とても完成可能性があるとは思えないはず。保守派の見解のほうが正しいのです。
 ところが、戦後の日本には革新派しか存在してこなかったのが現実だった。左翼のみならず、自民党さえも革新という言葉を口にしてきたのです。おそらく日本では、変化によって一新させることがよきものだと思い込まれてきたのでしょう。
 みなさんがたは、「リボルーション」(Revolution)の真意をご存じですか? 「革命」と訳されているが、「再び(Re)」と「巡り来る(volute)」が組み合わさった言葉で、「古くよき知恵を再び巡らせて現代に有効活用する」というのが本来の意味です。愚かなことに現代人は、いまだかつてない新しいことをやるのがリボルーションだと解釈してしまった。
 維新という言葉にしても、孔子がまとめた「詩経」の一節「周雖旧邦 其命維新(周は古い国だが、その命〈治世〉は再び新たに生かせる)」を引用したもの。改革(Reform)も然りで、本来の形式を取り戻すというのが真意なのです。
自分の中にはずっと
ファシスモが蠢いていた
――最近上梓された著書『ファシスタたらんとした者』によると、ファシスタ(ファシスト)については必ずしも政治的な意味合いではなく、西部さんの経験や理念を束ねていくという意味合いで用いられていますね。西部さんにとって「ファシスタ」とはどんな概念ですか。
 そもそも「ファッショ」という言葉には、束ねる、団結するという意味がある。この世に生まれ、他者と気心を通じたいと考える僕は、自然とファシスタになろうとしていたわけです。その願いが実現されたことは一度もなかったけれど、自分の中には絶えずファシスモめいたものが蠢いていることを自覚していた。単に「保守派に属する者」という位置づけではなく、もっと広い意味でのファッショが、これまでの自分の活動の根底にあった、ということです。
 誤解されたくなかったし、関心もなかったから、あの本の中では政治的なことにはほとんど触れていません。ただ僕は、1920〜1930年代にあれだけ資本主義が暴走してアングロサクソンたちがやりたい放題をやった挙げ句、どうなったのかということについて振り返ってみたかった。
 暴走の最たる例は、第一次世界大戦の戦勝国が、ドイツに対して当時の同国のGNP(国民総生産)の20倍に及ぶ賠償金を要求したこと。その結果としてドイツがハイパーインフレに陥れば、アドルフ・ヒトラーのような人間が出てくるのは当たり前です。
 米国にしても、フランクリン・ルーズベルト大統領のニューディール政策が「公共投資でしか消費は生み出せない」と唱えているように、社会主義への傾倒ぶりが顕著だった。当時の知的水準では、自由主義、資本主義が限界に到達すれば、社会主義に進んでいくのはごく自然のことだったわけです。
 その一方で、イタリアにおいては「束ねる(団結する)」を語源とするファシズムが活発化しました。ヒトラーが先導したナチズムは合理的に国家を設計するという社会主義的な色彩が濃かったのに対し、ファッショはもっとロマンチックに「ローマの栄光を取り戻そう」という思想に基づいたものです。
 もちろん、実際のファシスタにはゴロツキと呼ばれる手合いも少なからず加わっていたし、よく考えもせずに酷いことをしでかしたのも事実。しかしながら、当時の資本主義の滅茶苦茶ぶりからすれば起こるべくして起こったことで、デモクラシーの中から生まれたものでもあります。
西部 邁(にしべ・すすむ)/評論家、雑誌『表現者』顧問。1939年生まれ。北海道出身。東大経済学部卒。専攻は社会経済学。元経済学者、元東京大学教養学部教授、雑誌『北の発言』元編集長。保守派の論客として知られる。『経済倫理学序説』で吉野作造賞、『生まじめな戯れ』でサントリー学芸賞。著書に『六〇年安保―センチメンタル・ジャーニー―』『妻と僕―寓話と化す我らの死―』『ファシスタたらんとした者』など
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西部邁 私が左翼と縁を切り道を失った理由を暴露!プライマリーバランス信奉の財務省と新聞のバカっぷり 20180119

若いころの万引き・吃音 選挙投票しない人生
【大竹まこと×西部邁×室井佑月】

関東域は地震活動期に再入したか?(1)、卓上素粒子実験(3)

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
〔写真:昨日は突然暖かくなりましたが、これから今冬一の寒さ襲来とのことで、今から怯えております。拡大は二回クリック〕
180119山茶花無題

 
寒さゆえ 可憐な赤が 枯れ褪せり モグラの痕に 霜柱立つ

+++++首都直下地震に警戒
 一週間ほど前のことですが、夕刊フジで地震学者・島村英紀氏が「「3・11が過ぎてからの太平洋プレートでの地震活動は静か過ぎた。再び活動期に入ったのは間違いない。首都直下地震も含めて注意が必要だ」と語ったとの事です。島村氏の談話を報ずる記事を転載したうえで、関東地方の地震活動を調べてみます。
%%%%%マグニチュード7級の首都直下地震に警戒 島村氏「3・11以降、再び活動期に」
2018.1.9 夕刊フジ

 「誤報」は警鐘だったのか。5日午前、気象庁が首都圏で最大震度5強の地震が起こるという誤った緊急地震速報を出した半日後の6日未明、東京で震度4を記録する地震が発生し、伊豆でも同日午前6時までに震度3の地震を2回記録した。専門家は「首都圏の地震活動は活発になり始めている」としている。
 気象庁が5日午前11時2分頃、茨城県沖の海底を震源に推定マグニチュード(M)4・4、最大震度3の地震を「過大予測」してしまったのは、同じ時刻に富山県西部震源に発生したM3・9の地震を「1つの地震として処理した結果」(気象庁担当者)だった。
 だが、この地震が引き金になったかのように、6日午前0時54分頃には千葉県北西部の地下約80キロを震源に推定M4・8、東京23区や神奈川県などで最大震度4を記録する揺れが発生。早朝にも伊豆半島東方沖と伊豆大島近海を震源に推定M4・4〜4・6、最大震度3の揺れが相次いだ。
 夕刊フジで「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」(木曜)を連載する武蔵野学院大学特任教授の島村英紀氏は「千葉北西部の地震は太平洋プレートが潜り込んで起きたものだ。残りの2つはここ1〜2年で活動が活発化してきている『東伊豆単成火山』と呼ばれる伊豆から伊豆大島にかけての海底火山が起こした」と解説する。
 首都圏では過去にM7級の大地震が発生している。島村氏は「3・11が過ぎてからの太平洋プレートでの地震活動は静か過ぎた。再び活動期に入ったのは間違いない。首都直下地震も含めて注意が必要だ」と話す。
 電気通信大学名誉教授で日本地震予知学会会長の早川正士氏は4日時点で、自身が代表を務める早川地震電磁気研究所のメールマガジン(会員制。http://hi-seismo-em.moo.jp/)を通じ、首都圏での地震を予測していた。「今後も11日までに南東北・北関東で、M5・0程度、最大震度は茨城で4。千葉、群馬、福島、宮城、山形で3、東京、神奈川、埼玉、栃木で2」の地震の恐れがあるとしている
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 素粒子物理学の研究が五千億円を超える膨大な費用をかけてLHCという粒子衝突機械の作製をすることで、理論の検証に成功した。が、そこにいくばくかの“反省”とでも言うべき感慨があるとの研究者の雰囲気を紹介しました。そこから、従来とは別のもっと規模の小さい手法であっても、自然の本質に迫れるのではなかろうかと考える物理学者達の発想があり、それに基づく実験記事を紹介しています〔今回が最終回〕。

 翻って、地震学にたちかえるならば、巨大地震発生は地震研究にあっては、まさにLHC(Large Hinge Collapse巨大ひっかかり崩壊)ではなかろうか、と考えています。尤もこの場合には巨大な経費ではなく巨大な人命損失という哀しい事実が付随します。そうとすれば、この失われた悲劇から最大限のことを学んでこそ、犠牲になった方々への慰霊ともなるのだろうと思います。巨大地震の発生過程を精密に解明することも結構ですが、それにとどまらず、周囲の地震場の地震前後の変動・変化を組織的に調査・研究する必要があるのではなかろうか。そんな思いであります。

 そうした視点へのささやかなアプローチになりえるのか否かは定かではありませんが、まずは島村説の検証をして見ます。気象庁データベースを用いてまずは、昨年7月1日から本年1月初旬の期間での関東地方北部の地震活動を概観します(注:当方の地震ファイルが7月1日に始まっている理由は、その作成を老人〔私のこと〕の入力に頼っているからです。2017年の前半・半年分というと180日余です。根気よく一日一日入力するしかないのですが、そればかりをしているわけにはいきません)。
そのうえで、2016年6月から12月初旬までのほぼ同期間の地震活動を比較してみます。
〔図1:最近半年の地震活動と、同じ場所での一年前:震央分布。拡大は二回クリック〕
180119活動比較S

 まず領域内の地震数は、一年前の半年間と比べて、2/3と減じています。この現象がそれ以前の活動と比べて著しい減少であるのか、それとも、むしろ減少が底を打ち、これからは増加の傾向を辿る兆しであるのかは不明です。いずれにしても、2016年以前の活動を調べる必要がありそうです。
地震の調査というのは、何せ先〔未来〕が見えないので、結局のところ、過去へ過去へと遡り、そこから何がしかの「傾向」を探り出すということになります。時間を含んだ物理学が地震学分野では確立されていないが故の「哀しさ」であります。
 さてそうは言っても、二つの半年間の地震活動に何か違いが見えるだろうか?其れが赤字で示した ↓△任后
 活動 Ш鯒6月からの半年に日本海溝のいわゆる「三重会交点」のすぐ北で活発な地震活動が起きています。地震研究者の何人かは「慶長」、または「元禄」大地震の再来か!なぞと危惧した地震活動でした。しかし、半年後にはその活動は消失しています。
 一方、右の活動図では、△埜るような直線上の並んだ地震列が生まれています。この活動は八丈島東方300km沖を南に走る伊豆・マリアナ海溝に達しています。この活動を北西に延長した先に1974年伊豆半島先端を掠めた石廊崎の地震(M6.9)が発生し、さらにその延長上には1965年静岡地震(M6.1)というわけで、気味の悪い地震といえます。今後の注意深い観察が必要かもしれません。上記の活動を東西に引いた鉛直断面上で眺めたものが下図です。
〔図2:最近半年の地震活動と、同じ場所での一年前東西鉛直断面への地震活動の投影を南から眺めた図:縦軸は地震発生場所の深さ(km〕。拡大は二回クリック
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 図1に示した活動 ↓△紡弍する鉛直断面への投影を示しています。△粒萋阿伊豆マリアナ海溝界隈であるにも関わらず、その深さが大きくなっています。多分気象庁による地震の深さ決定の不確かさにあると私は考えています。陸の地震観測点から遠くなるためです。八丈島にも気象庁の観測点がありますが、300km離れている上の一点での地震計では、深さ決定の改善には大きくは寄与しないでしょう。
〔図3:最近半年の地震活動と、同じ場所での一年前:頻度分布。拡大は二回クリック〕
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 島村氏の指摘するように最近の半年間ではMが5を超える地震は四回起きているのに対して、前年の半年では二回。しかし、これをもって、最近の半年は地震活動が活性したと結論するのはいかにも性急です。左図で、Mが5を超える地震はおおむね五日間あたりで100個程度の活動です。一方、最近の半年では70個弱のあたりで分布しています。すなわち個々一年半の地震活動はきわめて定常的で、そのレベルが徐々に低下している。これが常識的な見方であるように思えます。

 いずれにしても、2016年以前はどうでしょうか?次回それを眺めることにします。
〔つづく〕

+++++安上がりの素粒子探求実験(3、nature 誌より)
 自然の根源を追求する研究者たちのあくなき努力が語られています。
%%%%%前回記事の続きです:
180117Gabirekse0458

Gerald Gabrielse prepares to replace a cryogenic SQUID — a superconducting quantum interference device — in his lab.Credit: Alyssa Schukar for Nature.

Precession procession 歳差運動処理

The group set up shop at Harvard. Gabrielse worked on making the team’s lasers — eight in total — more stable and accurate. Doyle focused on producing high-quality beams of thousands of thorium oxide molecules. And DeMille designed a system to align the molecules and shield them from outside interference.
In the experiment, a lab-made electric field orients the thorium oxide molecules. A pair of lasers then sets the spin direction of an electron inside each molecule to be perpendicular to the molecule’s internal electric field, and a magnetic field is used to make the particle’s spin precess. If the electron has an EDM, it will slightly add to or subtract from that rotation. After about one milli¬second, polarized laser light bouncing off the molecules reveals how far their electrons have precessed. The experiment is then repeated with the molecules’ orientations reversed, which should reverse the direction of precession due to an EDM. The larger the difference in precession angle, the larger the EDM.
 グループはハーバードに実験拠点を設立した。Gabrielseはチームのレーザーを合計で8つにすることに取り組んだ。これまでよりは安定で精度のよいものだ。Doyleは、何千もの酸化トリウム分子の高品質のビームを生成することに焦点を当てた。そして、DeMilleは、分子を整列させ、それらを外部の干渉から遮蔽するシステムを設計した。
 実験では、実験室で作られた電場が、酸化トリウム分子の向きを揃える。次に、一対のレーザーが、各分子内部の電子のスピンの方向を分子の内部電界に垂直に設定し、磁場を用いて粒子のスピンの歳差運動を行わせる。電子にEDMがある場合、その回転がわずかに増加する、または減少する。約1ミリ秒後に、分子から跳ね返る偏光レーザー光は、その電子がどの程度歳差運動しているかを明らかにする。次に、分子の向きを逆にして実験を繰り返し、EDMによる歳差運動の方向を逆転させる。歳差運動角の差が大きいほど、EDMは大きくなる。

In early 2014, the researchers reported4 that they had not seen evidence for an EDM in their set-up, which was sensitive to an angular difference of about 100-millionths of a degree. That drove the upper limit of the electron EDM down by more than a factor of 10, to 8.7 × 10−29 in units of centimetres multiplied by electron charge. If an electron were the size of Earth — and Earth a perfect sphere — the limit would correspond to moving a patch of material roughly 20 nanometres thick from one pole to the other.
The ACME team argued that the result has big implications for theories beyond the standard model, nixing many hypothetical supersymmetric particles that would exist in an energy range probed by the LHC. But some theorists counter that plenty of remaining theories — supersymmetric and otherwise — predict an electron EDM smaller than those ruled out by the ACME team. Gabrielse finds the surviving theories more and more contrived. “Theorists are wily,” he says. “Every time we exclude something, they try to wiggle out.”
 2014年始めに、研究者たちは以下を報告した:EDMの証拠を見つけていない。壱億分の一の角度差に敏感であるように設計された。電子EDMの上限を、電子の電荷を乗じたセンチメートルの単位で、8.7×10 -29に電荷を乗じた程度までに縮小した。それは電子が地球の大きさであるとすれば、その限界は、ある極から他の極におよそ20ナノメートルの厚さの材料のパッチを移動させることに対応する。
 ACMEチームは、その結果は、LHCによって探知されたエネルギー範囲内に存在する多くの仮説的な超対称粒子を除いて、標準モデルを超える理論に大きな影響を及ぼすと主張した。しかし、何人かの理論家は、ACMEチームによって除外されたものよりも小さい電子のEDMを予測する他の理論的可能性(超対称的であるかそうでないか)を対置する。Gabrielseは生き残った理論がますます不自然になると感じ、"理論家たちはずるい"と言う。「何かを除外するたびに、彼らは逃げようとする。」

ACME is not alone in this effort. After earning a Nobel prize in 2001 for creating a new phase of matter called a Bose–Einstein condensate, JILA physicist Eric Cornell teamed up with Jun Ye, also at JILA, to look for an EDM. Rather than manipulate molecules as they pass by in a beam, as ACME does, Cornell and Ye decided to use a rotating electric field to trap molecular ions with large internal fields, giving electron precessions longer to reveal themselves. DeMille calls the idea “brilliant and far from obvious”.
Cornell faced a setback when he lost an arm to necrotizing fasciitis in 2004. But it led to a joke he likes to tell when he gives talks: “His left sleeve is empty, and he’ll say, ‘If anybody should know about asymmetry, it’s me’,” says former lab mate Chris Monroe, now a physicist at the University of Maryland in College Park. After a decade building and refining what Cornell calls a “two-tabletop experiment” (because it occupies two tables in his lab), he and his co-authors finally published their first results last year, coming within a factor of 1.5 of ACME’s 2014 limit. “I might not have started if I had realized how hard it would be,” says Cornell.
 この取り組みは、ACMEだけではない。2001年にボーズ・アインシュタイン凝縮という新たな段階を創出しノーベル賞を受賞した後、JILA physicist Eric Cornell teamed up with Jun Ye もEDMを探した。ACMEのように、ビームが通過する際に分子を操作するのではなく、回転電界を利用して大きな内部電界を持つ分子イオンを捕捉し、電子歳差運動がより長くなるようにした。DeMilleは、「賢いが、明瞭とは程遠い〔訳者注、意味不明〕」と彼らのアイデアを評した。
 Cornellは2004年に壊死性筋膜炎で腕を失い大きな困難に直面した。彼の好きなジョーク: "彼の左袖は空であり、誰かが非対称性それは私のものだ」とformer lab mate Chris Monroe, now a physicist at the University of Maryland in College Parkは言う。Cornellが10年の間、その建物内の机上の装置にとりくんでいたので、「卓上実験」と呼んでいる〔二つの机に彼の装置はあった〕。彼と彼の共著者は、昨年に最初の結果を発表した。2014年 Cornellは、「どれほど難しいのか分かっていれば、始めたことはないだろう」と語った。

Now, researchers are closing in on new EDM results. The ACME physicists have increased the number of molecules they can send into their experimental apparatus by a factor of 400. They expect this and other improvements to sharpen the experiment’s precision by a factor of ten — allowing them to hunt for effects beyond the energy range of the LHC. The JILA team is also gearing up for experiments set to push beyond the LHC’s reach. And researchers at Imperial College London who held a former electron-EDM measurement record6 have plans for experiments with laser-cooled ytterbium monofluoride molecules; they hope their test will be 1,000 times more precise than ACME’s first run.
The electron isn’t the only low-energy peephole into the world beyond the standard model. Some physicists are searching for EDMs in neutrons or atoms, which, like the electron, could reveal a violation of one of nature’s symmetries. Others are adapting an entirely different technology in service of fundamental physics: atomic clocks. The frequencies of radiation absorbed and emitted by the atoms that make up these clocks depend only on certain fundamental constants of nature. A slight deviation in those frequencies could lend support to theories that attempt to explain why gravity is so much weaker than the Universe’s other forces.
 今や、研究者は新しいEDM結果に着手している。ACMEの物理学者は、実験装置に送ることができる分子の数を400倍に増やした。彼らは、今回を含む改良が実験の精度を10分の1に鋭くすると期待している。 LHC。JILAチームは、LHCの手の届かないところにプッシュする実験も準備中だ。かつての電子EDM測定記録を保持していたImperial College Londonの研究者らは、レーザー冷却した一フッ化イッテルビウム分子の実験計画を立てている。彼らのテストがACMEの最初の実験よりも1000倍正確になることを願っている。
 電子が、標準モデルを超えて、世界に唯一の低エネルギー領域で標準モデルの向こうをうかがわせる粒子というわけではない。何人かの物理学者は、電子と同様に、自然の対称性を破る可能性がある中性子や原子のEDMを探している。またある人々は基本的な物理学のための全く新しい技術、すなわち原子時計を採用する。これらの時計を構成する原子によって吸収され放出される放射線の周波数は、自然の特定の基本定数にのみ依存する。これらの周波数のわずかなずれは、なぜ重力が宇宙の他の力よりもずっと弱いのかを説明しようとする理論に支持を与えることができる可能性がある。

The ability to test this idea was out of reach until the early 2000s, when researchers developed atomic clocks that operate in the optical range of the electromagnetic spectrum instead of in the microwave. Their higher frequencies meant that time could be sampled at a much higher rate, enabling the creation of clocks so precise that they would lose or gain less than one second over the age of the Universe. Researchers have since used data from such clocks to search for changes in the ratio between the electron’s and proton’s masses and in the fine-structure constant — a fundamental parameter that governs the strength of the electro¬magnetic force. Others, following a proposal7 by Asimina Arvanitaki, a theorist at the Perimeter Institute for Theoretical Physics in Waterloo, Canada, are using clocks to look for subtle oscillations that might be created by a hypothesized dark-matter candidate called the axion, or a related particle.
 このアイデアをテストする可能性は2000年代初めまでは手が届かなかった。その頃は、研究者は電子レンジの代わりに電磁スペクトルの光学的範囲で動作する原子時計を開発した時期であった。周波数が高いほど、より高い頻度でサンプリングすることができ、宇宙の全期間に渡って、1秒未満で失われる時間を非常に正確に作成できるようになった。研究者は、このようなクロックからのデータを使用して、電磁気力の強さを支配する基本的なパラメータである電子と陽子の質量と微細構造定数の比の変化を探索してきた。他の手法はAsimina Arvanitaki, a theorist at the Perimeter Institute for Theoretical Physics in Waterloo, Canada,による17の提案に従って、軸と呼ばれる仮定された暗黒物質候補や関連する粒子によって生成される微妙な振動を探すためにクロックを使用している。

So far, these investigations have yielded no new physics. But they show how a younger generation of physicists is infusing the field with new ideas, says Dimopoulos, who was Arvanitaki’s PhD adviser. “There’s a lot of theoretical ideas that have been, in a sense, overlooked because everybody was focusing on the LHC and the previous colliders,” he says.
No one expects such tabletop experiments to replace particle colliders. Rather, they could guide physicists to the right energy range for more detailed study. Right now, the collider community suspects that it needs more energy than the LHC is designed to reach, but it’s unclear how much will be sufficient. Findings from low-energy experiments might influence a multibillion-dollar decision about the next big collider, and that has put added pressure on researchers working in this tabletop realm. “We have to do almost every¬thing with more care than is typical in the standard atomic-physics experiment,” says DeMille.
Gabrielse has high hopes for the team’s next experiment — and for the work at his centre at Northwestern, which is set to open this year. But he can make no promises. “We’re fishing for a fish whose shape and colour and speed and equipment for biting are completely unknown.”
 これまでのところ、これらの研究は新しい物理学をもたらさなかった。しかし、彼らは若い世代の物理学者がどのように新しいアイデアを研究分野に注入しているのかを示している、とArvanitaki博士のアドバイザーであるDimopoulosは語る。「誰もがLHCと以前の衝突装置に焦点を当てていたため、ある意味では見過ごされてきた理論的アイデアはたくさんある。
誰もそのような卓上実験が粒子の衝突を置き換えることを期待していない。むしろ、より詳細な研究のために物理学者を適切なエネルギー範囲に導くことができる。現在、コライダーのコミュニティは、LHCが到達するように設計されているよりも多くのエネルギーが必要だと考えているが、どれくらいの量が十分かは不明だ。低エネルギー実験の結果は、次のビッグコライダーについての数十億ドル規模の決定に影響を与える可能性があり、それがこの卓上領域で働く研究者に圧力をかけている。「標準的な原子物理実験の典型よりも多くの注意を払って、ほとんどすべてを行う必要がある」とDeMille氏は言う。
 Gabrielseはチームの次の実験、今年開かれるNorthwesternでの彼のセンターでの作業に大きな期待を寄せている。しかし、彼は約束をすることはできない。
doi: 10.1038/d41586-018-00106-5
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1500年前のシリウス運行(2)、格安実験で標準モデルを超える(2、nature)

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
〔写真:一昨日の未明、日の出前、東の空が赤く輝いていました。拡大は二回クリック〕
CIMG3727


 後光射(さ)す 東の空に 放ちおる 温(ぬく)い日ざしを 待ちわびる我

+++++シリウス星方位(2)
 今回も過去記事の加筆付再掲です。自慢話となりますが、今から8年前の2010年、日本列島古代史考察の先行きはさっぱり見えませんでした。しかし、目の前の課題、すなわち地道な検討をしておこう、と丁寧に当面の課題を解決しておいたことが、今になって大変役に立っています。これは老いぼれが現代を一生懸命に生きている世代に残せる貴重な「訓」〔おしえ〕ではなかろうか、と自画自賛しています。さて、2010年1月18日・過去記事です :
%%%%%西暦510年のシリウス星
 上で自画自賛したように、8年前の丁度今頃、現今ブログ管理人はシリウス星の運行を天体力学の教科書に従ってきちんと計算していました。それをまずは再掲します。

+++++万葉集関連話(九)http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/51340379.html 
  図1は今から1500年前、つまり紀元510年の春分(左上)、夏至(右上)、秋分(左下)、冬至(右下)での夜の天空上のシリウス星の動きを表したものです。図の見方についての詳しい説明は前回書きました。春分日には、朝の6時(左上のキャプション30h)最高高度に達し、以後は太陽光の明るさに前に、天空上に在れども姿は見えなくなります。冬至の夜には、夕方6時〔18h〕に南西の低位置に姿を現せども、シリウスはわずか1時間半で地平に没することがわかります。いずれにしても、シリウス星は南17度東(八溝山―鹿島の方位)の方向に姿を出しません。そこで、夏至の日を見ることにします(右上)。高度が最大になるのが26時つまり6月21日の朝2時で、高度36度です。計算によれば、シリウス星が南17度東の方向に輝くのは、25時と25.5時、つまり6月21日の夜中1時と1時半の間であることがわかります。一方秋分の日では、9月20日の夕方7時から7時半であると計算されます。

〔図1:西暦510年のシリウス星の運行軌跡。拡大は二回クリック〕
20180115_510軌跡修正前A


 いずれにしても、夏至の日の夜中の0時に近い時刻にシリウス星が、八溝山から南々東に位置しているらしいことがわかります。あの聖なる方向が、シリウス星の夏至日の真夜中であるらしいと結論できそうです。図1・右上によれば、1500年前、AD510年の夏至日の真夜中のシリウス星を八溝山から眺めた際の、その方位はどうやら南々東です〔図中に矢印で示している〕。まさに八溝山から鹿島神社を眺める方位とほぼ同一です。めでたし!メデタシと思いました。

 ところが、ここで、大きな難問が生じてきました。地球の太陽の周りを回る公転軌道が実は少しずつずれるために、地球から見ると、見かけ上シリウス星の位置がずれてくるのです。実はこれを考慮した補正されたシリウス星の動きが以下の本で計算されています。
「星の位置と運動」(大金要治郎著、東海大学出版)
 ずれの細かい観測値についての記述を此処ではしませんが、シリウス星の「赤経、赤緯」(この説明も省略します)は現在の(-16.717,101.275)から5千年前には(-24.37,45.63)であったと、上記の本で算出されています。この二つの値から、内挿することでもって1500年前のシリウス星の「赤経、赤緯」が(-19.0129、84.5815)と推定されます。そこでこれらの値を用いて、1500年前、つまり510ADのシリウス星の挙動を算出したのが下図です。〔ブログ管理人注:天体の座標系については、なかなか複雑でありまして、上述のように太陽の運行軌道〔黄道と呼ばれます)に基づいた座標系がしばしば併用されます。本ブログではその複雑性解説が議論の筋道を失わしめることを危惧し、あえて説明を昌楽しました〕
〔図2:西暦510年のシリウス星運行軌跡:補正後の計算結果。拡大は二回クリック〕
180117_510修正後


 この修正は事態を大きく変更はしませんでした。とは言え、最大の違いは冬至日です。右下に見えるように、夜中〔夕方60時から翌朝6時まで〕にはシリウス星は天空に輝きません。春分日(左上)では、朝の6時にシリウスは南17度東に見ることができます。朝6時といえば、既に明るくなっていると思われます。はっきりと見えるでしょうか?秋分日(左下)は日没前後となります。

 さて、夏至日(右上)です。最高高度に達するのが25時、つまり6月21日の午前1時です。従ってその2つ隣が真夜中の0時ということになります(図では星印)。この方位が、なんと南17度東なのです。高度32度です。私、こんなにドンピシャリと行くなぞとは思っても見ませんでしたから、ただただ、驚いています〔これは、8年前の今頃です。1500年前の計算も、まずはやってみようと思って計算したのです。其れがいきなり実測に近い値です。天にも昇る心地でありました)。感動をお伝えするために計算結果を下に書いておきます。
day=-492495,hour=24,altitude=32.4145,azimt=163.699
繰り返します。紀元510年に茨城県北端の八溝山から見たシリウス星は南17度東に見えるのです。そして、まさにその方向に常陸の国の一宮、二ノ宮、三宮が極めて正確に配置されているのです。念のために途中の計算結果の一部を下に示しておきます:
〔表:上図の数値解析例表示。赤字は、深夜午前零時のシリウス星の方位と高度、青は地平の舞台に上がる時刻と舞台から姿を消す時刻。拡大は二回クリック〕
180117_510修正後計算表


驚きました!!!!!
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 図と表で、まことに興味深いことの一つが、夏至日の夕方8時に天空の舞台に上がるシリウス星は翌朝6時まで、天空にあって地上・八溝山頂上でシリウス星の観測に従事する人たちの労苦に誠意を持って報いているということです。じっくりと運行が計測できるところから、工夫次第でその計測精度を飛躍的に高めたと思えます。其れが西暦510年とその前後二〜三年の天体観測の物理環境であったのです。と、するならば、この深夜の観測はどうやってなしとげられたのでしょうか?次回は、その技術を想像してみたいと思います。
〔つづく〕

+++++安上がりの素粒子探求実験(2、nature 誌より)
〔図3: 粒子の海を探る:存在と非存在の中を漂う粒子の海を電子は動き回っている。多くの理論によれば、こうした電子は電子の雲をひずませ、その結果、電気双極子モーメントと呼ばれる性状を創りだす。。拡大は二回クリック〕
180117EDM60

〔上図3の説明の後半部分:もし電子がEDMをもてば、粒子は回転し歳差運動を電場の周りに起こす。標準モデルはその歳差運動は小さいと予測するが、ある理論によればEDM効果は大きく、歳差運動のスピードは速いと予測されている。この歳差運動の測定が、まだ未知の新しい理論への突破口となりえる〕

 前回の続き、すなわちEDMです。その概要は上図にしめされています。統一理論の背後に何があるのかそれへの回答を示唆するのがEDMであると研究者は考えているようです:
%%%%%前回記事の続きです:
Squashed sphere ぐにゃぐにゃした球
In some ways, these small-scale experiments are a return to how particle physics was once done. Gabrielse drew particular inspiration from a 1956 experiment by physicist Chien-Shiung Wu. In a laboratory at what is now the US National Institute of Standards and Technology in Gaithersburg, Maryland, Wu found an asymmetrical spatial pattern in how radioactive cobalt-60 atoms emit electrons. The finding, along with theoretical work, confirmed that two particles discovered almost a decade before were actually one and the same. It also helped to solidify faith in the burgeoning theoretical framework for the Universe’s fundamental particles and most of its fundamental forces, which would soon evolve into the standard model.
いくつかの点で、これらの小規模な実験は、素粒子物理学のかっての研究への回帰である。Gabrielseは、物理学者Chien-Shiung Wuによる1956年の実験から特別なインスピレーションを得た。the US National Institute of Standards and Technology in Gaithersburg, Marylandでは、放射性コバルト60原子がどのように電子を放出するかについて、非対称な空間パターンが見いだされた。この発見は、理論的研究とともに、ほぼ10年前に発見された2つの粒子が実際には同一であることを確認した。それはまた、宇宙の基本的な粒子と、すぐに標準モデルに進化するその基本的な力の大部分についての急進展している理論的枠組みへの確信につながった。

But physics was already moving towards bigger and more-expensive experimental machinery. Buoyed by a flush of post-Second World War cash and prestige, and by predictions that new particles would emerge in high-energy collisions, physicists proposed increasingly powerful and expensive particle accelerators. And they got them: facilities sprung up at Stanford; at Fermilab near Batavia, Illinois; at CERN near Geneva; and elsewhere. Quarks, muons, neutrinos and, finally, the Higgs boson were discovered. The standard model was complete.
And yet, as a description of the Universe, it is incomplete. The standard model doesn’t explain, for example, why antimatter and matter were not created in equal parts at the start of the Universe. If they had been, they would have annihilated each other, leaving behind a featureless void. The standard model also says nothing about dark matter, which seems to bind galaxies together, or about the dark energy that is pushing the Universe apart at an accelerating rate. “I like to call the standard model the great triumph and the great frustration of modern physics,” says Gabrielse. On the one hand, he says, it lets physicists predict some quantities “to ridiculous accuracy. On the other hand, we have a hole we can drive the Universe through.”
しかしその頃、物理学は既に、より大きくより高価な実験装置に向かっていた。第二次世界大戦後、新素粒子が高エネルギー衝突で出現するとの予測によって、物理学者は強力で高価な粒子加速器が金力で実現できるとして提案した。そして、彼らはそれらを手に入れた。スタンフォードで施設が誕生した。イリノイ州バタビア近くのフェルミラブで、ジュネーブ近くのCERNで 等々だ。こうして、クォーク、ミューオン、ニュートリノ、そして最後にヒッグスボゾンが発見された。標準モデルは完成した。
それでも、宇宙の起源を説明するには、十分ではない。標準モデルでは、例えば、宇宙の始まりに反物質と物質が同じ割合で作られなかった理由を説明していない。両物質が存在したならば、お互いを消滅させ、空白のみが残る。標準モデルでは、銀河を結束させていると思われる暗黒物質や、宇宙を加速させる暗黒エネルギーについては何も言及しない。「私は、標準モデルを現代物理学の大きな勝利と大きな欲求不満と呼んでいる」とGabrielse氏は言う。一方で、彼は物理学者がいくつかの量を高精度にまで予測することをばかげていると言う。宇宙には、駆け抜けることができる穴がある」と。

Gabrielse’s work trapping and probing particles at very low energies has taken him to a smaller facility at CERN, home of the LHC, to hunt for differences between matter and antimatter (see Nature 548, 20–23; 2017). He and his colleagues have produced the most precise measurement yet of a physical quantity — the size of the electron’s internal magnet, or spin1.
But one of his biggest focuses in the past decade has been pinning down the shape of the electron. Although it is usually seen as a simple point with negative charge, the electron could have hidden complexity. If certain symmetries of nature — rules that say the Universe behaves the same under various reversals — are violated, the electron’s charge won’t have a perfectly spherical distribution. Instead, virtual particles that constantly wink in and out of existence will skew the overall distribution of charge, squashing it slightly out of shape and giving it what physicists call an electric dipole moment, or EDM (see ‘Searching the particle sea’).
非常に低いエネルギーで粒子を捕捉しその内部を探るというGabrielseの研究は彼をCERNのより小さな施設に誘い込んだ。そこでは物質と反物質との違いを捜す実験がなされていた。Nature 548, 20–23; 2017)。彼と彼の同僚は、物理量(電子の内部磁石の大きさ、すなわちスピン)の最も正確な測定をした。
しかし、過去10年間の彼の最大の焦点の1つは、電子の形状を固定することであった。それは通常、負の電荷を有する単純な点として見られるが、電子は隠された複雑さを有する可能性がある。自然の特定の対称性 - 宇宙が様々な逆転の下で同じように振る舞うと言う規則 - が破られた場合、電子の電荷は完全に球形の分布を持たない。その代わりに、常時現れている仮想粒子は、全体の電荷分布を歪ませ、物理的な双極子モーメントやEDMと呼ばれるものを与える(Electro Dipole Moment電気双極子モーメント ‘Searching the particle sea’を参照)。

The standard model predicts a tiny squashing — so small, Gabrielse says, that “there’s essentially no hope to measure it in my lifetime”. But some theories posit as-yet-undetected particles that could make the electron’s EDM roughly one billion times larger. Many of those theories fall into a class called supersymmetry, an extension of the standard model that could explain why the Higgs boson’s mass is smaller than expected, and that could unify the electromagnetic, weak and strong forces in the early Universe. It might also reveal the nature of dark matter.
Attempts to measure the electron’s EDM go back more than four decades. Physicists have taken advantage of the fact that an electron with an EDM can rotate, or precess, around an electric field, tracing out a loop. The stronger the electric field, the faster — and more easily detectable — the precession.
But complications abound. Experimentalists can’t work with solitary electrons, because a strong electric field would cause them to skitter away. Luckily, atoms and molecules effectively lock electrons in place — and can produce internal electric fields stronger than the strongest laboratory-made field. Because atoms and molecules absorb light at specific frequencies, researchers can use lasers to trap and cool them — and nudge their internal electrons into different configurations.
標準的なモデルは、小さな”グニュグニュ状態“を予測している。Gabrielseは「私の生きている間にそれを測定することは本質的に望みがない」と言う。しかし、いくつかの理論は、電子のEDMをおよそ10億倍も大きくする可能性のある未知の粒子を仮定している。これらの理論の多くは、ヒッグス塊の質量がなぜ予想よりも小さいとする標準モデルではなく、それの拡張である超対称性と呼ばれるクラスに分類され、それでもって初期の宇宙における電磁気力、弱い力および強い力を統合することができる。それはまた、暗黒物質の性質を明らかにするかもしれない。
電子のEDMを測定しようとする試みは、40年以上前に行われている。物理学者は、EDMを備えた電子が電界の周りを回転したり、歳差運動したりしてループをトレースできるという事実を利用している。電場が強いほど、歳差運動が早く検出されやすくなる。
しかし、複雑さが絡んでくる。実験者は、強い電場が飛び散る原因となるため、孤立電子を扱うことはできない。幸いなことに、原子と分子は、電子を所定の場所に効果的に固定し、最も強い実験室製の電界よりも強い内部電場を生成することができる。原子や分子は特定の周波数で光を吸収するため、研究者はレーザーを使ってそれらを捕まえて冷却することができ、内部電子をさまざまな配置に変化させることができる。

By the mid 2000s, several generations of experiments building on these techniques had ratcheted down the upper limit on the size of the electron’s EDM, but not quite to the level that would reveal the influence of particles predicted by supersymmetry or other extensions of the standard model. One of those experiments was conducted at Yale University in New Haven, Connecticut, by physicist David DeMille and his colleagues, using thallium ions2. But DeMille was running out of ideas for teasing more accuracy from his experiment, which was demanding an increasingly byzantine arrangement of highly calibrated lasers, vacuum chambers and cryogenics.
A breakthrough came in 2008, when two theorists at JILA, a research institute in Boulder, Colorado, reported3 that the molecule thorium oxide had an internal electric field roughly 1,000 times the strength of thallium’s, which would make a precession effect in its electrons much easier to see. Around the same time, Gabrielse — who was then at Harvard University in Cambridge, Massachusetts — had wrapped up a long-running study and decided that he wanted to get into the electric-dipole game. He talked to John Doyle, also a physicist at Harvard, who had invented a new way to make focused beams of cold, slow-moving molecules. DeMille also contacted Doyle, and the three decided to join forces. In 2009, the trio’s experiment, called Advanced Cold Molecule Electron EDM, or ACME, received a 5-year, $6.2-million grant from the US National Science Foundation.
2000年代半ばまでに、これらの技術を用いた数世代の実験では、電子のEDMの大きさの上限に歯止めをかませてきた。が、スーパーシンメトリーやその他の標準モデルの拡張によって予測される粒子の影響を明らかにするレベルではなかった。これらの実験の1つは、Yale University in New Haven, Connecticut, by physicist David DeMille and his colleaguesらによってタリウムイオンを用いて行われた。しかし、DeMilleは、高精度に較正されたレーザー、真空チャンバー、極低温装置のビザンチンの配置を不可欠とする彼の実験を追求するあまり、より正確さを損なうアイディアを使い果たしてしまった。
JILA, a research institute in Boulder, Colorado,の2人の理論家が3つの報告をした2008年にこの研究の突破口が訪れた。分子酸化トリウムは、タリウムの強度の約1000倍の内部電場を有し、その電子の歳差効果がはるかに分かりやすくなることを示していた。同じ時期に、at Harvard University in Cambridge, MassachusettsにいたGabrielseは、長い年月の研究後、電気双極子ゲームに取り掛かることを決めた。彼は、John Doyle, also a physicist at Harvard,(John Doyle)と話した。ハーバード大学の物理学者は、冷たくてゆっくり動く分子の集束ビームを作る新しい方法を発明した。DeMilleはDoyleにも連絡を取り、3人は力を合わせることに決めた。2009年、Advanced Cold Molecule Electron EDM(ACME)と呼ばれるトリオの実験は、米国国立科学財団から5年間、620万ドルの助成金を受けた。
%%%%%(次回につづく)

Sirius方位,伊東光晴氏経済予測,安価素粒子実験(nature),他

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
〔写真:蓮池の氷。表面だけ薄く張っているのかと思いきや、意外にも三センチと厚く、驚きました。何人かがこの氷を割らんと太い棒で突いた痕がのこっており、腹立ち紛れか、その棒を氷の上に投げつけたようであります。拡大は二回クリック〕
凍る3719


 蓮池の 氷の厚さ 三センチ なげた石ころ すうーっと滑りぬ

+++++鹿島の地に陣屋を建造する
八溝山から鹿島神宮を遠望する方向は、シリウス星ではないのか?それをいよいよ天体力学が提供する公式でもってチェックしてみようというわけです。因みに2010年の時点で、シリウス星は、夏至真夜中に北から時計回りに計測すると、143度の方向に輝いています。これは、これまでの議論で紹介した163度の方向から大きく異なっています。しかし、前回書いたように、過去の時点で163度の方位を取ったことがあるとするならば、それは何時か?それを推定することが現時点での課題ということになります。

 本ブログでは2010年1月10日の記事を再掲することで以ってそれを検討します。以下では、その過去記事を補足を交えて再掲することで、今プログでの考察とします。再掲記事ですので、最近に書いたことの重複もありますが、話の筋書き上ご寛恕願います:
%%%%%補足つき過去記事〔2010年1月13日〕転載
+++++万葉集関連情報(七)
(2009年) 12月28日の記事で私は一つの図を示しました。それは、あの有名な「金錯銘鉄剣」が出土した埼玉県稲荷山古墳と、その南南西にある志木・宮戸神社の位置関係を示したものでした。既に書いたように、鉄剣に銘された「斯鬼宮」(しきのみや)は、奈良盆地の磯城ではなく埼玉県の志木であると私はブログ2009年12月28日の記事、および2008年12月22日の記事で書きました。
 そこで、稲荷山古墳から見て、志木にある宮戸神社の方位を算出してみます;
埼玉古墳―宮戸 d=33.3733(km),a=163.4781,b= 343.5399
この 163.5度は、(2010年)1月1日の記事で書いた八溝山―鹿島神宮の方位と同一と言っても良いほどです。何故なら、その違いは一度を越えないのですから。私はこの一致は驚くべき事と思っています。12月28日に掲載した地図の右に付した説明で私は、「南南西」の方向がシリウス星の方向と書きました。そこで、今回はそれを検討する事とします。

 ウィキペディアは「シリウス (Sirius) は太陽を除けば地球上から見える最も明るい恒星(-1.47等星)。意味はギリシャ語で「焼き焦がすもの」「光り輝くもの」を意味する「セイリオス(Σείριος, Seirios)」に由来、中国語では天狼 (Tiānlang) と呼ばれる。和名は『青星(あおぼし)』と呼ばれている。古代エジプトでは季節の始まりを示す星としてあがめられ、女神イシス(夫はオシリス神、太陽神ラー)に擬せられ、崇拝されてきた。」と、書きます。この事から分かるように、昼の神は太陽、夜の神がシリウスというわけです。万葉集三歌で書いた「朝庭」(あさのみかど)、「夕庭」(ゆうのみかど)を連想させます(2009年5月8〜13日記事)。 

 さて、八溝山から見て、このシリウス星は一体どの方角に見えるのでしょうか?それを計算するために用いたのが、下記の「天文計算入門」と題されたHP です。
 ここで示されている式にしかるべき値を代入する事で、特定日、特定時刻でのシリウス星の位置を求める事ができます。但し、この計算では、1582年を起点とする特別なカレンダが必要になります。それは下記のWEBが便利です。このカレンダを知るために、以前の記事では アドレス http://www.toyama-cmt.ac.jp/~mkawai/htmlsample/mjd/mjdgjjs.html 
を表記しました。が、今回チェックするとこれが消失しています。このHPは MJD 修正ユリウス日(Modified Julian Date)の求め方を記していました。幸いにして(「グレゴリオ暦をユリウス日に変換と題されたHP )が利用できることがわかりました。

 近日中に、scilab科学技術計算用ソフトウエアで作成したプログラムを公開します(現在Matlabからscilabへの書き換え中)。以下は2010年1月にMatlab科学技術計算ソフト〔高額有料〕での計算結果の一例を示します。
(図:2010年のしかるべき日のシリウス星の天球運行奇跡、2010年1月11日記事の図に加筆。拡大は二回クリック)
20180115_2010軌跡A


 上図に四つの円があります。夫々の円の中心に観測者である貴方が降り、天空を観察しています。円の上は北方、右が東方、下は南方、そして左方は西を顕わします。四つの円は上の二つが、春分時(左)、夏至日(右)、そして下の二つは秋分日(左)、そして冬至日(右)です。
 まずは図の見方です。注釈を加える前に図そのものの説明によって、概要をつかんでいただきます。

 左上〔春分日〕では、赤丸が円の中心に登場します。これはシリウス星の高度がゼロ、すなわち水平線上に登場する直前であるので、その方位は不明です。30分後になるとその方位が東南東であることが明らかになります。そして次の30分後に青丸になって以後消失します。すなわち赤、青の丸印は30分毎のシリウス星の位置を図に示しているのです。青丸は最高高度を表します。最高高度になった途端消失するその時刻が図の左上に示されています。それは30h、すなわち30-24=6、朝6時を意味します。星は朝になると太陽の明るさで見つけにくくなると考え、夕方6時から翌朝6時までのみを計算しているからです。以上の説明から、この図ではシリウス星は時計回りにその天球上の位置を変えていることがわかります〔太陽や月と同じ。まあ当然といえば当然です〕。

 そこで、次に右上図に移ります。図の上のキャプションからこれが2010年6月20日、すなわち夏至の夜のシリウス星の天球運行軌跡であることがわかります。右上の説明では最大高度に達するのは27.5hであると記されています。すなわち24を引いて、翌朝の三時半であることがわかります。その方位は真南であることが青丸の位置からわかります。夫々の円に書き込まれた赤丸がシリウス星を八溝山から観測した際の、その方位と高度を表しています。高度とは、星を見上げる角度を水平から測ったもので、それは円の中心からの距離で表されています。円の半径は、高度が30度を意味しています。4つの赤丸が続いた後にそれは消失します。四番目は朝5時半で、次は6時になるので、計算をやめているからです。

 一方、この最高時から運行軌跡を逆に辿ります。10番目、すなわち5時間前に原点に達します。27.5-5=22.5 、22時半〔夜の10時半)にシリウス星が地平に姿を現すことがわかります。そして、そこから3つ双六ゲームのように右回りに移動するとそこが、夏至日の深夜0時のシリウス星の方位ということになります。この計算結果は現実の観測との照合から正しいことが確認されています。

 当たり前のことですが、シリウス星の軌跡が南半分にのみ登場するのは、シリウス星が北半球に住む人間にとっては赤道の向こうに位置しているからです。

 読者の皆様のご理解を確認するためにくどいようですが、左下の図についても若干付け加えておきます。これは2010年秋分日の夜のシリウス星運行です。最大高度は真南で21.5h すなわち夜の9時半です。そして、さらに運行を追跡すると10点すなわち五時間で原点に達します。これは21.5+5=26.5,すなわち翌朝未明二時半に地平に没することを意味します。一方、3時間半〔点の数で7つ〕前に戻るとその先はありません。つまりそこは18時、夕方6じなので、計算をしていないからです。
%%%%%
(つづく)

+++++机上の安上がりの実験で物質の本源に迫る:科学雑誌natureより
 六年も昔の2012年にジュネーブのCERNに建造されたthe Large Hadron Collider (LHC)を用いた実験がついにヒグス粒子の存在を確認しました。その建造費、そして運転費は莫大でありました。
〔図:http://cds.cern.ch/record/2255762/files/CERN-Brochure-2017-002-Eng.pdf HLCの建設・運転・データ解析費用 より、1CHF(スイスフラン)=¥114〕、433nMCHF=4900億円。拡大は二回クリック〕
180115LHC無題


 ところが、もっと安上がりでいわば机上の実験とでも言うべきやり方で物質の本源に迫れる、と主張する記事を見つけたので、以下にその記事を数回に分けて紹介しておきます:
%%%%%Step aside CERN: There’s a cheaper way to break open physics
CERNの脇道:もっと金のかからないやり方で物理学の新発見が
How tabletop experiments could find evidence of new particles, offering a glimpse beyond the standard model.
机上実験が標準模型を超える何がしかの職工を与えるような晋粒子の証拠を見つけられる! 
Gabriel Popkin

It’s possible that no one knows the electron as well as physicist Gerald Gabrielse. He once held one in a trap for ten months to measure the size of its internal magnet. When it disappeared, he searched for two days before accepting that it was gone. “You get kind of fond of your particles after a while,” he says.
And Gabrielse has had ample time to become fond of the electron. For more than 30 years, he has been putting sophisticated electro¬magnetic traps and lasers to work to reveal the particle’s secrets, hoping to find the first hints of what’s beyond the standard model of particle physics — the field’s long-standing, but incomplete, foundational theory. Yet for many of those years, it seemed as if he was working in the shadow of high-energy facilities such as the Large Hadron Collider (LHC), the 27-kilo¬metre-circumference, US$5-billion particle accelerator near Geneva, Switzerland. “There was a time in my career when there weren’t very many people doing this kind of thing, and I wondered if it was the right choice,” he says.
Hear Gerald Gabrielse describe the resurgence of the tabletop in the hunt for fundamental physics.
Now, he’s suddenly moving from the fringes of physics to the limelight. Northwestern University in Evanston, Illinois, is about to open a first-of-its-kind research institute dedicated to just his sort of small-scale particle physics, and Gabrielse will be its founding director.
The move signals a shift in the search for new physics. Researchers have dreamed of finding subatomic particles that could help them to solve some of the thorniest remaining problems in physics. But six years’ worth of LHC data have failed to produce a definitive detection of anything unexpected.
 物理学者Gerald Gabrielseだけでなく、誰も電子を知り得ない可能性がある。彼はかつて内部磁石の大きさを測定するために10ヶ月間電子を捕まえた。それが消えたとき、彼はそれがなくなったことを受け入れる前に2日間捜した。「しばらくすると素粒子が好きになる」と彼は言う。

 ガブリエルは電子と十分な長い時間つきあってきた。30年以上にわたり、彼は工夫を凝らした電磁気回路とレーザーを素粒子の秘密を明らかにするために用い、素粒子物理学の標準モデルを超える存在の最初のヒントを見つけようとしてきた –標準理論とは素粒子場の長年にわたる、しかし不完全な、 基礎理論である。それでも、スイスのジュネーブ近くの27キロ圏内の50億ドル規模の粒子加速器であるLHC(Large Hadron Collider)のような高エネルギー施設の影で「この種の仕事をしている人があまりいない時があり、それが正しい選択かどうか疑問に思った」と彼は言う。

 ジェラルド・ガブリエルの言い分を聞いてみよう。“基本的な物理学の探究で卓上の研究の復活”をと。
 今、彼は突然、物理学の縁から脚光を浴びる場所に移動しつつある。Northwestern University in Evanston, Illinoisは、小規模の粒子物理学だけに特化した最初の種類の研究機関を開設しようとしている。Gabrielseはその初代所長に就任するだろう。
 この動きは、新しい物理学へのシフトの兆候だ。研究者は、物理学における最も厄介な問題のいくつかを解決するのに役立つ原子核構成粒子を見つけることを夢見てきた。しかし、6年分のLHCデータは、予期しない何かを確定的に検出することに失敗している。
More physicists are moving in Gabrielse’s direction, with modest set-ups that can fit in standard university laboratories. Instead of brute-force methods such as smashing particles, these low-energy experimentalists use precision techniques to look for extraordinarily subtle deviations in some of nature’s most fundamental parameters. The slightest discrepancy could point the way to the field’s future.
Even researchers long associated with high-energy physics are starting to look to low-energy experiments for glimpses beyond the standard model. If such hints emerge, they could point the way to explaining the mysteries of dark matter and dark energy, which collectively constitute some 95% of the Universe. “This is sort of a tectonic shift in the way we think of doing physics,” says Savas Dimopoulos, a theorist at Stanford University in California.
 物理学者の多くは、標準的な大学の研究室に適した控えめな設備での研究を志向するGabrielseの方向に関心を示した。それは、粒子を衝突させるという荒々しい力づくのやり方ではなく、これらの低エネルギーでの実験だ。彼らは、自然の最も基本的なパラメータのいくつかの非常に微妙な偏差を探すために精密技術を使用する。わずかな差異は、場の未来への道を指し示す可能性がある。
 長い間、高エネルギー物理学に関連した研究者でさえも、標準モデルを超えた低エネルギー実験を開始している。そのようなヒントが出現すれば、彼らはそれらを集めて宇宙の約95%を構成する暗黒物質と暗黒エネルギーの謎を説明する道を目指すことができる。「これは、物理学を考える上での地殻変動のようなものだ」とSavas Dimopoulos, a theorist at Stanford University in Californiaは言う。
(つづく)

+++++伊東光晴氏の経済予測
 大変興味深い指摘を見つけました。長いので一部だけ抜粋して置きます。記事は毎日新聞・倉島記者の伊東光晴氏へのインタビュ形式でつづられています。したがって、質問者は倉島記者です。
%%%%%アベノミクス続けば5年以内に財政破綻 経済学の巨匠・伊東光晴が本気の直言! 
###抜粋
記者:早速お聞きする。18年の日本経済、どうなります?
「結論から言うと、今の状態がだらだらと続く」

記者: だらだら続く?
「例えて言いましょう。もし、日本がユーロ圏、つまりEUの一員だったらどうなっているか。現行のままでいるわけにはいかない。なぜならば、日本の財政赤字がひどすぎる。EU加入基準である単年度ベース(対GDP3%以内)、累積赤字ベース(対GDP60%以内)をいずれも超えている。特に、累積ベースは、240%(IMFの世界経済見通しの政府一般ベース18年予測)というとんでもない数値、世界一だ」
「EUはこういう国に厳しい緊縮財政を求めている。日本もEU加盟国だとすれば、緊縮財政に転じなければならない。公務員給与削減、年金給付削減、医療費負担大幅増……等々。緊縮財政の結果は、不況、失業率の大幅上昇、国民生活の困難を引き起こす。ところが、日本の保守政権は、欧米保守政権であれば必ず取るような緊縮政策を取らない。そのために日本は国民がある意味でのんびりした生活を続けてこられた。同じような状態が続くというのはそういう観点からだ」

記者:財政赤字対応が日本の政治と欧米では異なる、という説明だが、なぜ日本では緊縮化せずにすんでいる?
「中曽根康弘政権がその典型だったように、過去の財産を食い潰してきた。国鉄、電電を民営化してその株を売却するなど、明治以来の財産を食い潰し、取りあえず今の生活を維持する、ということをしてきた」
 先人の築き上げてきたストック(資産)だ。
「そして、次第に食い潰すストックがなくなってきた。そこで、安倍晋三政権は、未来を食い潰し始めた。未来に国債と借金を押し付けて、現在は取りあえずの生活をしようとしてきた。その結果、国の累積債務はGDPの2倍、1100兆を超えた」
「原子力発電と同じだ。原発は放射性廃棄物という処理不能のゴミを出しているが、何とかなるだろうと言って発電を続けている。この取りあえず主義は、日本の庶民の心に深く根差しており、それに対抗する明治以来の西欧合理主義と、さまざまなところでぶつかり合うが、ほとんどが取りあえず主義の勝ちとなっている。国債発行、原発……。皆、根っこは同じだ」
###以下は上記アドレスを参照してください。

 伊東氏は「経済再建」には増税が必要と力説するのでドキッとしました。しかし、氏の言う増税とは以下です:
%%%%%景気に影響しない「増税」を!
 まさに、3メガバンクが大リストラ計画を発表した。大規模なICT(情報通信技術)投資が背景だ
「私は、日本の銀行業は欧米に20年遅れていると指摘してきた。高給で安定した良い職場がなくなる。その代表が銀行業で技術革新に狙い撃ちされる。日本経済に与える影響は大きい」
 肝心の製造業は、技術革新が起きない。むしろ、金融業の大リストラが景気の足を引っ張る、との論だ。
「そこで、取るべき政策は何か、だ。取りあえず主義からの脱却にはどうするか。それを真剣に考えるなら、増税しかない。増税は景気に影響がないものからやる。二つある。一つは、法人税だ。大企業が円安の影響もあり内部留保を380兆円ため込んでいる。そこから20兆円なり25兆円を引き出すしかない」
「もう一つは、所得税の累進課税強化だ。これも景気に影響はほとんどない。それゆえにニューディールの時にあれだけ強い累進課税をかけた」
 日本経済に必要なのは、実は所得、法人増税だ。欧米の政権政党であれば、当然のことながらそちらの方に舵(かじ)を切っているだろう、との見立てだ。ただ、取りあえず主義の日本は異次元緩和で日銀がほぼ無制限に国債を購入することで、増税策を回避し続けてきた。その出口はどうなる?
%%%%%
なるほどでありました。つまり金のあるところにもっと税金を課せということです。しかし、尤も安倍氏のしたくない政策です。

+++++婦女暴行犯・元TBS記者・山口敬之が未だに野放しにされている。
 安倍晋三氏のお気に入りで、首相を誉めそやす本を出版していた元TBS記者が、婦女暴行の廉で逮捕されるはずがそれを免れ世間から姿を隠していました。しかし、検察審査会による「不起訴相当」の決定以来、再び、世間におずおずと顔を出し始めたようです。日本の報道界は安倍氏のご機嫌を損じてはならじと氏の言動を記事にすることを差し控えていました。しかし、海外のメディアがこの事件に注目しています。

%%%%%レイプに対する「日本の沈黙文化」、海外の視線集まる 
◆ 世界は性的暴行に厳しい目。日本では注目されない
 山口氏の逮捕が取り止めとなったとき、詩織さんはメディアに話すことしかほかに道はないと思ったという。信頼するジャーナリストに話をしたが、取り上げてくれたのは当時1社のみだった。(山口氏が安倍首相と親しい間柄だったという)政治的に敏感な状況ではあったものの、性的犯罪は「存在」しない、黙して語らずというのが、通常の日本のメディアだと詩織さんは指摘する。レイプという言葉さえタブーで、被害者が未成年であれば、「乱暴された」、「いたずらされた」などの表現に置き換えられてしまい、大衆が事実を知らされない一因になるとしている(ポリティコ)。
 詩織さん事件を一面で大きく報じたニューヨーク・タイムズ紙(NYT、レイプに関する日本の沈黙を突き壊す(NYT記事翻訳) 31/12/2017 久保田直己 よう知らんけど)が1面と8面を使って、長文の記事 "She Broke Japan’s Silence on Rape"を掲載した。別の場所であれば大騒動になったかもしれないが、日本ではわずかな注目しか集めなかったと指摘する。アメリカでは性的な不正行為が首都、映画界、シリコンバレーやメディアまでを揺らしているが、詩織さんのケースは、日本ではいまだに性的暴行が避けられる話題のままであることの紛れもない例だとする。そして、日本は女性がレイプ被害をほとんど警察に通報せず、通報しても、彼女らの申し立てが逮捕や起訴につながることがまれな国だと述べている。
駒澤大学の社会学教授、片岡栄美氏は、性的暴行やレイプの被害者が表に出ることがまれな日本においては、詩織さんのケースは注目を浴びるかもしれないが、重大な変化を引き起こすことはありそうもないと、悲観的な考えをシンガポールのストレーツ・タイムズ紙に示している。
◆激しいバッシング。被害者の声は聞き入れられない
 ストレーツ・タイムズ紙は、日本の最新の犯罪白書に触れ、レイプ、強制わいせつともに数字の上では減少傾向だと指摘するが、これは通報する被害者が少ないことによる可能性もあると見ている。前出の片岡教授は、被害者が通報をためらうのは、日本が男性優位の社会であり、女性は家族や周りの人々に合わせていくことを求められるためと指摘する。性的被害やレイプを公表すれば、それは「不都合な事実」となり、家族や周囲に批判されることになる。また、警察は「明らかな証拠」がない限り申し立てを受け入れてくれないため、関係当局に事件を認識させるのも困難だとしている。
 詩織さんの場合は、声を上げたために、全く知らない人々からもバッシングを受け、「ふしだら」「娼婦」「死ね」などとソーシャルメディア上で罵声を浴びせられている。男性のみならず女性からも、自分で自分の身を守らなかったと批判を受けた。また、シャツの一番上のボタンを留めなかったことで信用できないとされ、それがレイプされた原因だとまで言われた。詩織さんは、着る物、行くところ、ふるまいなどによって日本社会は女性側に非があるとして、被害者を責めると断じる。また被害者は被害者らしく振舞えという忠告にも、疲れてしまったと述べている
%%%%%

八溝山から鹿島遠望、原発即時ゼロ法案を!〔小泉元総理)

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
〔写真:夜明け前のタンボは今日も霜で真っ白。東の空がオレンジ色に染まり始めています〕
霜田夜明け3709


 本日も 今冬一の 凍える日 北関東の 畑地 真っ白

 ったく!連日の”今冬一の冷え込み”報道です。もう、麻痺してしまいました。

+++++常陸国風土記香島郡条
 常陸国には、天体観測技術、地表での測地技術を駆使した精密な建造物の空間配置が行われた痕跡があると、前回も含め、これまで繰り返し書いてきました。その精密さたるや、八溝山から香島神社への111kmにわたる中間に二つの拠点、すなわち現在の静神社と、吉田神社を配置するに当たってその方位のばらつきがわずか0.2度というものです。

 ところで、八溝山頂から鹿島までの距離は111.6941kmです。この数字も実は偶然とは思いますが、まことに不思議な数です。人類が円一周の角度を360分割することを考え付いたのが紀元前三世紀とのことです。この時点では地球の一周距離は約四万キロメートルであることが、当時の「知恵者」によって、わかっていました。この二つから地表上での1度を算出すると
->1*%pi/180*6371.2= 111.19842  (%pi は円周率)
 です。すなわち、八溝山頂から鹿島までの距離は角度にしてほぼ“一度”に相当するのです。鹿島の地は西に北浦、東に太平洋、そして南に現在の利根川に囲まれ、まさに自然の砦に囲まれた地です。一方、次回書きますが八溝山も、熟慮を重ねた後に選定された地です。とするならば、この距離が地球・地表上の一度に相当するなぞは偶然であったろうと、思っています。
 それはさておき、100キロ余も離れた地を古代日本と言えども一方から他方を見渡せたのだろうかとの疑問が生じます。そこで、次のような幾何学の問題を考えます。すなわち、
“地表から高さhの地点に立ったとき、どれだけ遠くを見渡せるのだろうか?”
との問いへの解を考えます。中学生の数学の問題です。
〔図1−1、遠方視界〕
距離3714


上図で、黒い円弧は地球と考えてください。Oは地球の中心です。このとき
PB*PA=PT*PT
という関係が成立します。PTAがTBAと相似であることから証明できます。∠POTが十分に小さいときにはPTがPAとほぼ同じであろうから、結局問題はPTを求める問題に帰着します。
まずは、浜辺に立ったときの水平線は、立ち位置からどれほど離れているのかを計算してみます。人間の目の高さが150cmとすれば
h=1.5*0.001= 0.0015
視界-->sqrt((2*6371.2+h)*h)
ans = 4.3719106
というわけで、おおよそ4.4kmとなります。童謡の「蜜柑の花」に歌われる「お船」の距離というわけです。そこで、八溝山から鹿島が見えるかという問題です。八溝山の標高は1022mです。
八溝山 h=1.022
視界-->sqrt((2*6371.2+h)*h)
PT = 114.12177
 八溝山からは、114kmまでは遠望できるのです。これは二地点間の距離111.7km より大きい。すなわち見えるのです。ただし、肉眼で見えるのかどうかという問題が残ります。これは次の検討課題として、次に、111km余遠方の地点をわずか0.2度の精度で以って見分ける事ができるや否やという問題を考えて見ます。すなわち111km先では0.2度の違いがどれだけ横方向に隔たっているか?という設問です。下図でAB間の隔たりです。
〔図1−2:遠方分解能〕
間隔3714


AB->111.7*0.2/180*%pi= 0.3899066  (%piは円周率)
390mの隔たりを111kmの遠方から識別する技術があらねばなりません。太陽反射光と直接光との干渉を使うなどの手法が工夫されたのであろうか、など、いろいろと想像しています。

〔図2:常陸国三古社の八溝山からの距離〔km〕と、それぞれの古社の方位〔角度、北から時計回り〕
180109八溝ー鹿嶋


 わずか、三地点とはいえ、方位と距離に強い負の相関関係〔相関係数=-0.84〕があることは明瞭です。当てはめ直線とのずれはわずか0.2度です。この当てはめ曲線に従えば、八溝山頂上〔すなわち距離=0km〕では164.8度という方位角が得られます。この角度は一体何であるのか?
 
 それを考える上で、重要なヒントが大甕神社のHPが示唆しているのですが、ここでは、渡辺豊和氏の指摘にしたがうことにします:
 「この方位は、夏至日の深夜〔真夜中〕の南東に一際明るく輝くシリウス星の方向」であろう。

 この星が甕星〔みか〕であろうというわけです。さてシリウス星については太古の昔より砂漠の民を含む西域の民によって高精度で観測されてきました。其れは、ガリレオによる高精度の天体観測にも受け継がれています。シリウス星は恒星でありその輝度は一等級です。北極星よりも明るい星ですから、深夜にはとりわけ目立つ星でもあります。そうした由緒正しい出自の星であるがゆえに、その長年にわたる精度良い観測から、このシリウス星が年々微小ながら天空上の位置を変えることがわかってきたのです。
 正確にいうならば、恒星であるので、人類が眺めている限りでの時間間隔ではその天空上の位置は固定されているはずですが、観測する人間が乗っている地球の方が動いてしまうために、人間から見ると、その位置が年々ずれているように見えるのです。
 原因の一つは、太陽を回る地球の軌道が毎年同一ではなく、少しずつずれていることです。もう一つは、地球の自転軸そのものも一定の方向を維持(角運動量保存則)しているわけではなく、平均的回転軸の方向の周りに揺れ動いているからです〔際差運動〕。恒星そのものは宇宙空間にあって、高々一万年程度の期間では不動であるとしても、それを眺めている地球そしてその上に立つ人間はそのつど場所が変わっているというわけです。
 そのために、一年前あるいは十年前の夏至日に地球の天体空間の中での位置は少しずつずれるのです。どうやら西域に活動した人たちはそれを知っていたようなのです。その知識と天体観測技術を有した部族がこの常陸国に渡来していたと考えると、八溝山―香島神社の方位のなぞが解けることがわかりました。そのためには、天文観測の知識が必要となります。

 天文観測の本〔必ずしも学術的でなくとも、大学生程度の数学力を持った〕には、シリウス星の天空上の移動を数学的演習として取り上げているものあります。たとえば、本ブログ記事では以下の出版物を参照しています:
「星の位置と運動」地学団体研究会責任編集/大金 要治郎著シリーズ:新版地学教育講座、東海大学出版部、1994年。

 地震の発震機構を表示するために地震源を中心とする仮想的な球を考えました〔震源球とよばれる〕。この球と断層面やら、応力やらとの交線、交点で持って、地震の幾何学的性状をあらわしました。天文学も同様です。地球に中心をおく仮想的な大きな球を考えます。その天球と地球の北極線の延長が交わる点を天頂として、赤道の延長が天球と交わる円弧を赤道、中央子午線と天球が交わる円を子午線とすれば、天体上のすべての星の位置は、地球上の任意の地点と同様に、天球上の「緯度、経度」で表すことができます。

 この座標系で、現在のシリスウスの「緯度・経度」はわかっています。それを地球上の観測者が夏至の真夜中にどの方向、どの高度に観測できるかは、少々ややこしい計算をすればわかります〔基本的には三角関数のみ〕。ところで、前述したように、シリウス星の天体上の運行〔地球から見た〕については精密な観測から観測式が導出されています。その式を用い早速、日本列島古代史に関わる時代のシリウス星の方位を算出します。ただし、上はいわば前置きでして、これからが重要ですので、次回に書きます。
(つづく)

+++++原子力発電即時ゼロ法案
 前首相の小泉純一郎氏等が昨日「原発即時ゼロ法案」の成立を訴えその骨子を公表しました:
〔写真:「原発即時ゼロ法案」を報ずる東京新聞1月11日記事一面, 拡大は二回クリック)
原発ゼロ3710

〔写真:法案骨子)
CIMG3711


 原発削減、ましてやゼロに同意しない政府の反応はまことに冷ややかです。それどころか、外国に日本の原発技術を売り込むことに躍起となっています。そんななか原発売り込み促進のため、驚くべきことを相手国に持ちかけています。倫理もヘッタクレも無い。原発の売却で企業が儲かり、事故を起こせば、国民の税金で補填する。まさにわが国の政治が誰のためのものであるのかが如実に現れています。
%%%%%政府が公金で債務保証 日本の原発輸出に英国現地の反応は
 日立製作所が英国で進めている「原発新設プロジェクト」で、政府が債務保証すると報じられた問題。三菱東京UFJ、三井住友、みずほの
国内金融機関3行と、国際協力銀行(JBIC)が英国での原発事業費の半額にあたる約1.5兆円の融資を行う予定というが、貸し倒れの リスクに備えて、政府全額出資の日本貿易保険(NEXI)が3行の債務保証をする。さらに政府系の日本政策投資銀行が出資するため、 国が抱えるリスクは莫大だ。
 言うまでもなく、万が一に事故が起きた場合、大損害を被るのは国民だ。そんな英国の原発輸出問題について、9日、国際環境NGO 「FoE Japan」が都内で会合を開き、「日立によるイギリス・ウィルヴァ原発建設は実現するのか」と題して昨年11月の現地調査に ついて発表した。

「イギリスでは1995年以降、原発新設はありません。フランス電力がイギリスで建設予定のヒンクリー・ポイント原発は2017年に稼働 開始予定でしたが、26年稼働に延期され、30年までに建設予定のイギリス国内の原発12基は、いまだにひとつも完成していません。 (日立が計画する)ウィルヴァ原発は19年の着工を目指していますが、これから一体いくらの事業費がかかるのかは不明なのです」 (FoE Japanの深草亜悠美氏)
 日立の原子力事業子会社(ホライズン・ニュークリア・パワー)が英国で開発を進めるのは、福島第1原発と同型の「沸騰水型」である。 「建設予定地のアングルシー島(英国ウェールズ)では、新設の原発が福島原発と同型という理由で、反対する声がある。雇用創出の点で建設
賛成派が多いですが、人口約7万人の島に安価な労働力が流入することや環境破壊を懸念する声も出ています」(深草氏)  原発が「安全」なら、わざわざ政府が税金で民間事業者の“ケツを持つ”必要はない。福島原発事故後の事故処理もままならない中で、なぜ、
海外に原発を輸出するのか理解不能だ。
%%%%%
もう一つ関連記事を掲載しておきます。
%%%%% 原発輸出で損失を出したら日本国民の税金で全額債務保証決定
【1.5兆円】イギリスへの原発輸出が損失を出したら日本国民の税金で全額債務保証することが決定
2018年1月4日11:06 by 深海 | カテゴリー 社会 | タグ エネルギー, 政治, 震災
いったいそんな財源がどこに存在しているのでしょうか?
日立製作所がイギリスで進めている原発新設プロジェクトに関し、日立製作所の東原敏昭社長が採算の見通しが厳しく、着工の条件としている出資者の確保が難航することが見込まれることから、日本政府に支援を求めていたことをBUZZAP!が報じたのは昨年末のこと。
この支援要請に対し、三菱東京UFJ、三井住友、みずほの3メガバンクと国際協力銀行(JBIC)を含む銀行団が、総額1.5兆円規模の融資を行う方針を固めました。政府系の日本政策投資銀行は出資による支援を行うほか、中部電力など電力各社も出資を検討する。総額3兆円規模に上る原発輸出が政府主導の「オールジャパン体制」で行われることになります。
そして極めて重要なことに、事故などによる貸し倒れに備えて日本政府がメガバンクの融資の全額を債務保証する事を決定しました。もちろん債務保証の際につぎ込まれるのは私たち日本国民の税金です。
一度事故が起これば原発がどれほど大きな人的、経済的被害を出すかについては日本人なら誰でも知っている話ですし、海外でどれほど巨額な損害賠償請求が行われることになるのかは想像だにできません。
また、東芝の経営危機を招いた原発新設の事案は事故ではなく、子会社の米原発会社ウェスチングハウスの経営破綻に起因するもの。福島第一原発事故以降世界的に原発の安全性への規制は極めてコストの大きなものとなっており、工事遅延などが起これば訴訟に発展する可能性もあります。
営利企業が商行為の一環として、自らのリスクで原発輸出を行う分にはまだ理解ができますが、政府が全額債務保証を行わなければ銀行が融資しないプロダクトというのは資本主義的観点からは商品価値のないゴミでしかありません。
社会保障を極端に削らなければならない程に状況が逼迫している現代日本において、国民生活すら犠牲にし、政府が1兆5000億円にも上る可能性のある債務保証を行ってまで原発輸出に邁進する意味がどこにあるのでしょうか?
%%%%%
関連記事:原発輸出:政府が債務保証 大手銀など1.5兆円融資 英で新設 – 毎日新聞

騒がしいチバラギの地震、安倍氏は国会出席したがらない

本日は、今朝に「チバラギ県(千葉・茨城)」を揺さぶった地震の話が長くなりました。関連の図を作成するのに時間がかかってしまうのです〔老いぼれて故です〕。そういうわけですので、鹿島神宮関連の話は次回に順延します。
(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
〔写真:未明に南方に浮かぶ二十三月、拡大は二回クリック〕
二十三月3661


 未(まだ)明けぬ 凍える空に 二十三月 日に日にやせて 光も淡し

 朝の散歩は、目が覚めたときが勝負です。そのとき「寒かろう、億劫だ」なぞと思ったらもう駄目です。本朝は、ガバッと布団から這い出しました。東の空がやっと赤くそまり始めました。二十三月がやせ細った体を空にくくりつけてぶら下がっていました。まだ、鳥も鳴きません。

+++++最近の北関東の地震活動
 今朝の七時半ごろ立て続けに二発の地震が千葉県銚子沖で発生しました。一つはHinet情報ではM5.1とのことです。小さなゆれがいつもより長く感じたので、もっと大きい地震かなと推察しました。いずれ、この地震のより正確な素性が気象庁から報告されることと思います。

 一昨日の朝のTV報道番組は、年末から年初にかけて比較的多い関東地方周辺の地震活動を話題に取り上げていました。解説者としてその番組に出演した地震学者の島村英紀氏が主として以下の二点を語りました:
(1) 最近の地震活動が増えているように見えても減っているように見えても、そこから地震研究者が一秒先の大地震発生を予測する「知見」を残念ながら現時点では有していない。;
(2) しかし、茨城県下で地震を発生させる仕組みは、世界にも珍しい地下構造に起因する。これが将来の地震発生予測を難しくしている要因の一つである。

 と。至極、真っ当な解説でありますが、国民の皆さんからすれば、「民から吸い上げた税金でこうした地震研究者を養ってきたのに、ちっとも役に立たないではないか!」との非難・批判が生まれます。しかし、地震研究者の多くは「売名に走って、虚偽を語るよりは、科学的事実を追求したい」と考えているはずです。現今の地震学は、地震予測が可能になるほどの知見は蓄積されていないのです。むしろ地震が起きるたびに新知見を獲得して、将来の地震予測を可能ならしむる技術開発を目標としているのです。いまだ、基礎研究の段階なのです。ですから、決して地震研究予算を自己の興味追求のためにのみ浪費しているわけではない、と私は思っています。

それはともかく島村氏の言をここで振り返ってみます。まずは茨城県下の昨今の地震活動です。
〔表1:Hinetがまとめる各月の大きな地震〕
180110Hinet13無題


 確かに、12月から新年1月10日までの41日間に東日本で顕著な地震〔m>4.5〕の地震が15個発生していますが、そのうちのなんと9個が千葉・茨城県界隈ということになります。まさに千葉・茨城界隈〔私はこの地域を「チバラギ」と個人的に呼んでいますが〕は地震の活動期に入ったのではなかろうかと、早とちりする方のために、あえて島村氏は「そのように断言できない。そうした判定ができるほど、地震学者がものを知っているわけではない」と語っています。これは「今後大きな地震が起きない」と言っているわけではありませんので、「不断の用心は不可欠」と付け加えるのです。

 さて、上表では、昨年12月からの顕著地震のみがリストされています。現ブログ管理人は、早川正士氏、村井俊治氏による地震予測の背後の地震活動に関心があり、幸いにして2017年7月1日から2018年1月6日までの地震リストを気象庁のデータ・ベースからダウン・ロードしています。実はこれは大変な作業なのです。気象庁は最近の地震については月、年でまとめておらず、一日毎に公開します。それをダウンロードし、ユーザの見やすいように編集し、そのうえで、日々の地震を順番につなげてゆくのです。その苦労話の一部を本ブログでも書いたことがあります。

 そうして走らせたプログラムの一例です:
〔図1:地震活動図の作成プロセス、拡大は二回クリック〕
180110Hinet14無題


 こうしたプロセスを経て作成した地震活動を下に示しておきます。
〔図2: 上:気象庁データベースによる震央分布図〔期間、地震個数、マグニチュード範囲は図内に表示〕、下:表示されている地震の10日間ごとの発生頻度分布。尚図内の矩形領域EFGHについては字数を考慮して次回に考察〕
180110JMAdata無題


 本日早朝の地震は九十九里沖60kmあたりです。ここは北西から南東に伸びる地震帯があるように見えます。今朝の地震はその帯の南東端(図中の赤点線域内)で発生したようです。この帯がさらに南東に伸びるようであると「気味が悪い」のです。それを予測するためには、過去の活動が参考になります。ここの帯を含む域については、2004年から2016年までの地震ファイルがすでに作成されています。別の機会に本ブログで紹介します〔記事が長くなるので本記事ではそれを書きません〕。

 さて、図2下は最近過去六ヶ月余の地震活動の時間的変動が示されています。地震活動の増減で一々大騒ぎする地震愛好者には大変興味深い図ではないでしょうか?わずか半年間でもこうして波を打つように、挙動します。こうした変動が村井俊治氏のGPS地殻変動にも反映されているのであれば、それはそれで興味深いことと思います。これも今後の動向を観察し続けるならば何がしかの知見を獲得できるでしょう。もう一つ気に留めておくことは、波打つ時間変動の最大頻度が三ヶ月から四ヶ月ごとにそのピーク値が大きくなっているように見えます。この観察が有意であるとすれば、今般の茨城・千葉の地震活動の今後の趨勢については然るべく注意深く見守るべきかもしれません。

〔図3:図2〔上〕で示される矩形ABCD内の地震活動について、BCを通る鉛直断面に投影される地震活動〕
180110JMAdata断面


 以下に詳述しますが、この域の複雑な地震発生因を反映して、その様相はまことに複雑です。左下に斜めに垂れ下がっているのは太平洋プレートの映像と思われます。中央の地震密集域(深さ0~50km)は日本海溝軸〔最深〕近辺でしょう。問題はそのすぐ左側、深さにして50km界隈の地震活動(上記図の座標値で(100、−50)周辺)は、太平洋プレートと北米プレートとの相互作用であると「一言で」説明するにはあまりにも複雑なのです。すなわち、その複雑さを作り出しているのがフィリッピン海プレートというわけです。言葉を変えれば、陸の下で発生していようとも、海洋性プレートの運動に起因する地震活動も含まれており、それらを単純に「陸」か「海」かで分類したところで、ことの真実・本質には迫れません。

 というわけで、次に島村氏が語る第二の論点に移ります。

 まずは島村氏がTVで語った内容の概略図です。大変ややこしい「プレート環境」であることがわかります。
〔図4:千葉・茨城〔チバラギ〕県下の入り組んだプレート概観、「日経サイアンス2017年10月号」29頁より、拡大は二回クリック〕
180110フィリッピン海プレート無題

 
 上記研究・調査記事の情報提供者は高橋雅紀氏(産業技術総合研究所)と思われます。上図で興味深いことは、高橋氏はどうやら、北米プレートが、本州にまでその「触手」を伸ばしていることを認めたくないようであります。図には「北米プレート」なる文字が見えないので、現ブログ管理人が「赤字」でそれを書き添えました。そして、島村氏を含む大方の研究者が認めている北米プレートとユーラシアプレートとの境界を、高橋氏は「日本海東縁歪集中帯」と呼びます。すなわち、ここはプレート境界ではないと、氏は考えているようです。又中央構造線も九州にまでは及んでいないと考えている節が上図から推察されます。こうした多様な考え、アイデアを持つ研究者が輩出することは楽しみなことです。
 実際、高橋氏は、東北日本沖を南北に走る日本海溝が、最近300万年間に西方へ50kmほど移動している」との説を掲げています。言葉を変えれば、300万年前には日本海溝は現在の位置より東へ50km隔たったところを走っていたというわけです。この主張の概要も上記・記事で詳説されていますので、その時間的推移を描いた模型図のみを以下に転載します:
〔図 東日本が西方に移動するモデル、高橋雅紀より、拡大は二回クリック〕
180110西方移動無題


+++++国会審議、首相の出席は当たり前
 下に転載した記事を読みました。呆れて言葉が出ないなぞと言ってる場合ではありません。国のトップにあるものは自らの政治について最大限言葉を尽くして語り、できるだけ多数の国民の同意を得る。そうした努力をしてこそ「愛国の政治家」です。つまり国会での議論こそ首相の最重要な任務なのです。然るに、安倍氏は、それを回避したがっているわが同胞に訴えたい。「怒りましょう!」と。
 %%%%%与党、首相出席の削減狙う=「追及逃れ」と野党反発―国会運営見直し
1/9(火) 7:03配信 時事通信

 与党は22日召集の通常国会で、安倍晋三首相の常任委員会への出席削減など国会運営の見直しを提起する方針だ。

 昨年の特別国会に続き、与党の質問時間拡大も求める構え。これに対し、野党側は「追及逃れだ」(立憲民主党幹部)と激しく反発している。

 与党側は、首相と野党党首が1対1で議論する党首討論を毎月開催する代わりに、予算委員会などへの首相出席を大幅に減らすことを目指す。党首討論は全体で45分と短いが、予算委では1日7時間程度、出ずっぱりとなるケースが多い。

 与党は見直しの理由として、他の先進国と比べて首相出席が多い現状を挙げる。自民党の調べによると、安倍首相は2016年に89日、計376時間出席。これに対し、ドイツのメルケル首相は14日、計34時間(15年)、英国首相は37日、計40時間(16年5月から1年間、キャメロン、メイ両氏の合計)だったという。同党幹部は「今のままでは首脳外交で出遅れてしまう」と話す。

 野党側は通常国会で、学校法人「森友学園」「加計学園」の問題に加え、スーパーコンピューター、リニア新幹線工事をめぐる不正などの解明を迫る方針。このため、首相出席削減や野党の質問時間削減には「絶対反対」(立憲幹部)と対決姿勢を見せる。「丁寧に説明する」とした昨年来の首相の発言とも相いれないと受け止めている。

 与党が攻勢をかける背景には、民進党分裂の影響で野党の連携が十分ではないという事情がある。実際、昨年の特別国会では、与党は衆院の質問時間配分見直しを主導し、従来の与野党「2対8」から、おおむね「3対7」に変えた。統一会派構想などをめぐり立憲、民進、希望の党がぎくしゃくした関係を続ければ、通常国会でも与党側に押し切られる可能性がある。

 14年に自民、公明両党と民主党(当時)などは、党首討論を月1回開催する代わりに、首相の予算委出席を減らすことを申し合わせた。しかし、野党側は予算委で質疑時間を確保することを優先したため、合意は形骸化。17年の党首討論開催はゼロだった。

 野党からは、党首討論の時間拡大やテレビ視聴者の多い夜間開催を求める意見が出ている。一方、与党は閣僚外遊時の副大臣らの代理出席増加なども求める方針だ。
%%%%%

星野氏の死、風力発電、TVドラマ「相棒」、「霞零」香島(1)


(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
〔写真:凍った蓮池とモグラの地下都市インフラ整備活動〕
もぐら3655


 蓮池の 周りの地下に インフラを 日に日に増える 土のかたまり

 一体、何を建設しているのやら?と日に日に増える土の塊を眺めています。多分、door to door の地下高速道路網でしょう。池の氷もこれまた日に日に厚みを増しているようです。近くの雑木で「ツクツク・・・」と百舌が鳴いています。

 元中日のエース星野仙一氏が亡くなられたとのこと。ネットでは氏の「闘魂」を賛美する記事が氾濫しています。記事を配信している報道機関について吟味せねばいけないと改めて思います。なぜなら、星野氏は野球界にあって、その暴力的言動で稀有の存在でした。北京五輪では不運にも相手チームに打たれた川上、岩瀬の両投手が降板後、激しい殴打を食らいました。それを知った、当時の中日監督落合氏が強く憤激したと言います。星野氏の指揮には常に暴力性が付きまとい、選手の多くが怯えていたといいます。今になって、その暴力性を「闘魂」と言い換えて、美談に仕立て上げるかのような言辞が飛び交うことに私は強い違和感を感じています。
 星野氏のもう一つの側面が「おじん殺し」です。政財界の大立者に対してまさに幇間のごとき言動であったことも私の強い違和感に重なります。「死者に鞭打つ」つもりはありませんが、報道にはそれなりの理性をわきまえていて欲しいと思います。以下は、私が共感するツイッタです。 
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http://www.asyura2.com/18/senkyo238/msg/216.html
ぽこぽこ@gashin_shoutan
星野仙一氏の暴力性について批判的なツイートをいくつか見かけるようになった。死去直後はその鉄拳制裁をも評価・肯定するかのような死を悼むツイートばかりを目にして絶望的な気分になったので、救われる思い。遺族などがその死を悼むことは否定してはならないけれど、私は絶対に悼まない。20:49 - 2018年1月7日
和田靜香#石ころ@wadashizuka
星野さんという亡くなった方はすごい体罰の人だとみんなが書いてる。でもメディアはすごく持ち上げてる。。。相撲界の殴るのはあんなに怒るのに、野球界の殴るのはOKなの? なんだかよく分からないダブルスタンダード。18:23 - 2018年1月7日
Wikipedia アロンゾ・パウエル から
星野仙一の鉄拳制裁と称した暴力行為には前々から不満を持っており、1997年のシーズン中に星野が打ち込まれたリリーフ投手に殴るなどの激しい暴行を加え、病院行きになるほどの怪我を負わせた翌日、「自分がそんなに強いと思うなら、私を殴ったらどうだ。救急車で病院行きになるのはあなたのほうだぞ。これ以上、ほかの選手を殴るのはやめてくれ!」と訴えたという。

もちろんこんな意見もあります:
Shoko Egawa
✔@amneris84
亡くなった人を偲ぶ場面で、その人を裁き厳正に評価するより、その方のよい思い出を反芻しながら冥福を祈ることが悪いとは思いません。 https://twitter.com/hirohirohi777/status/950002995005042688 …23:04 - 2018年1月7日
%%%%%

+++++常陸国風土記香島郡条
 鹿島神社−吉田神社−静神社が地図の上でも一つの直線上に配列されていることを書きました。そしてその北への延長上には、標高1100m、常陸国最高峰の八溝山があることを書きました。因みに常陸国でもっとも名前が知られているのは筑波山です。しかし、その標高は765mで八溝山には及びません。
 上に挙げた3つの神社の中でいわば「全国区」の神社は鹿島神宮です。常陸国一宮〔いちのみや〕ともよばれます。ウイキ(神宮E )は:
「『日本書紀』では、伊勢神宮・石上神宮・出雲大神宮(出雲大社を指す[)のみが「神宮」と記載されていた。その後、平安時代に成立した『延喜式神名帳』では、大神宮(伊勢神宮内宮)・鹿島神宮・香取神宮が「神宮」と表記されている。」
 と書きます。つまり香島神宮は八万を越える日本列島内の神社の中で、平安時代より「神社」ではなく「神宮」と呼称されている神社ということになります。
 ところで、ほかの二つの神社、すなわち静神社、吉田神社は、夫々、常陸国二宮〔にのみや〕、三宮〔さんのみや〕と呼ばれており、常陸国原住民は最も由緒深き古社と考えています。しかし、この順序付けについては誰が、いつそれをなしたのかは定かではないようです。

 いずれにしてもその常陸国・三大古社と八溝山が直線上の配列を形成していることの背後にはしかるべき設計思想が存在するはずです。ましてや、その線状配列の方向が、埼玉県行田の稲荷山古墳−志木・宮戸神社と位置関係とほぼ同一です。そして、これは、関心がある方は誰でもが、現在ですら検証できる事実であることを強調しておきたいと思います。

 さて、その香島の議論に移る前に前回示した図について若干の補則をしておきます。
〔図1:前回掲載図の再掲〕
大甕神社


 八溝山−香島を結ぶ直線の東側に妙見山(標高653m)、大甕〔おおみか〕神社が描きこまれています。この二つを結ぶ線があるとすれば、それは八溝−鹿島線とほぼ平行、すなわち同一方向を示しているように見えます。学研大漢和辞典は妙見について:
「国土を守り民の貧窮を救う菩薩の名」
と、書きます。一方、ウイキは妙見山(みょうけんさん、みょうけんざん、みょうけんやま)について以下を書きます:
「日本の山の名前である。全国各地に存在するが、主に西日本に多く分布し、特に岡山県では12箇所を数える。
山名の「妙見」は北辰(北極星)に通じ北辰妙見信仰との関連がある。妙見菩薩を祀る日蓮宗との係わりも深い。山域内に妙見神社、妙見宮、星神社などが建立されて信仰を集めている所が多々見られ、そのために古くからの名が現在のものに移り変わった例も多い。」と。

 妙見山が、どうやら星の信仰に〔一般は、ウイキが書くように北極星〕関わってきたようであります。これが、上に書いた「線状配列の設計思想」と関わってくるのです。そして、その対となっていうかのごとき位置にあるのが大甕神社(おおみか)です。この神社については、「常陸国風土記・久慈郡条」を読む際に詳述するので、ここでは細部には立ち入りません。が、上記HP作成者の注意深い観察がそのままそのペイジのタイトルになっています。曰く、「南東向きの鳥居と拝殿」です。これは、常陸の国三大古社の参道拝殿の向きと同じです〔上図の右側の神社境内図参照〕。そして、「甕星」〔みかほし〕信仰の神社であることを紹介しています。これも以後の考察にきわめて重要な手がかりです。

 どうやら、八溝山―香島神社線状配列を設計し、実際にそれを構築した集団は、複数のこうした線状配列の構築を構想していたのではなかろうかと考えています。

 さて図1には、もう一つの線状配列が認められます。それは*印で示されています。図中に書き込んであるように、この線状配列は、夏至時に太陽の上ってくる方位に向いています。右端は天妃山と呼ばれており、海に少し突き出た小島状の場所です。標高21m強は茨城県では下から二番目の高さ〔低さというべきか〕の山です。中国から来日した高僧が持参した天后像を祀ったとの言い伝えのある小さな祠が頂上にあります(2010年1月11日記事)。
〔図2:天妃神社の由緒〕
180108天妃山


 この地は大津漁港でも知られるように漁業の盛んな地です。海の神様に安全を願うことは極自然なことです。しかし、2011年3月11日の地震では、この小祠も津波に襲われたと聞きます。それを思うと、この地は、どうやら太古の昔から大津波に襲われた体験が反映しているのだろうと今は考えています。其れが弟橘媛が合祀されている背景でもあろうと想像しています。どうやら、*印の神社線状配列は、太陽の恵めへの感謝とともに、大津波からの守護を願って構築されていたのだろうと思います。
 2011年3月11日の地震後、福島県いわきで医療活動に専念していた娘を案じて、でこぼこの常磐自動車道を走りました。帰路は、国道六号を津波、地震の被災後を観察しながら走りました。途中この天妃山の脇を走りましたが、当時は大津波にかぶさって天妃山へ通ずる道が閉ざされており、その惨状を見ることはできませんでした。おまけに途中でデジカメを落としてしまい、一切の画像も消失してしまいました。それはともかく、あの天妃山、いまはどうなっていることやら心配しています。 

 さて、八溝山―香島神宮、妙見山−大甕神社といった特異な神社線形配列そして拝殿・参道の南東向きが厳然と観察されているにも関わらず、常陸国風土記香島郡の条はその背景思想に触れることを忌避しているかのようです。
〔図3:鹿島の条の書き出し部分
行方最終節


 上記に見るように、天之大神社、坂戸社、沼尾社の三社を一所に集めて香島天之大神と惣称することとした。それにちなんで郡の名前を「香島」とした。現地の民は「霞零」(あられふる=小学館「風土記」訳より)香島の国と言った。
 私は、この現地の民の呼称に香島の地の日本列島古代史に本質がこめられていると考えています。それを論ずるには、まずは、線状配列の思想を考察します〔すでにこれまで書いてきたことの繰り返しとなりますが、ご寛恕願います〕。
(つづく)

+++++エネルギ源
 エネルギ・ニーズは当然の事ながら国の面積に比例するだろうとは思っていました。そうではあっても、中国が風力発電導入では世界最大であると知り、改めて中国という国のいろいろな意味での「大きさ」を知りました。正月に日本の家電量販店に大挙押しかけ福袋を買い占めする行為から見えてくることから中国を理解しようとするのは無理があるのでしょう。だからといって他民族からなる領土を一つの政治理念二押し込め、それでもって統一せんとする現在の中国政府にも合理性をみるこてはできない。まだまだ世界は動くということを実感する契機となりました。
%%%%%1位はあの国!? 風力発電導入量の国別ランキング! 
 世界の風力発電の累積導入量は既に約5億kWに到達しており、これは原発約500基分に相当すると言われている。今回は各国の風力発電導入量の推移をご紹介。日本はいったい何位にランクインしているのか!?
日本は336万kWで19位
風力先進国との差は歴然
NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の統計によれば、2016年度末の時点での風力発電の設備容量は、中国が世界1位で1億6873万kW、次いで2位のアメリカが8218kW、3位のドイツが5001万kWとなっており、日本は336万kWで19位と、風力先進諸国とは大きく水をあけられる形となっている。
なぜ日本では「風力発電」導入が遅れているのか?

 なぜ日本では「風力発電」導入が遅れているのか?
2017/12/11
風力発電は、いま新たな局面を迎えている。欧米や中国では既に基幹電源としての地位を確立し、日本においても飛躍に向けた準備が着実に進められている。風力学会の第一人者・足利工業大学理事長の牛山泉氏に、その現状と課題を聞いた。
世界の風車は500GW
「世界の風力発電の累積導入量は既に約500GW(5億kW)、つまり原発約500基分に達しています。これは日本の全発電設備の合計(約3億kW)よりも、はるかに大きい容量です。2016年に新しく建った風車だけでも、世界全体では約5500万kWに上ります。一方、太陽光発電の累積導入量は世界で約270GW。日本の 再生可能エネルギーにおいては、太陽光発電の導入量が圧倒的ですが、世界では風力発電がそれを上回っている状況です」(牛山氏、以下同)。
では、日本の風力発電は、現在どの程度のレベルにあるのか。NEDO(新エネルギー・産業技 術総合開発機構)の統計によると、2016年度末時点の設備容量は336万kWに過ぎない。中国1億6873万 kW、米国8218万kW、ドイツ5001万kWなど、風力先進諸国との差は歴然だ。
日本の風力ポテンシャル
「しかし日本も、風力発電ポテンシャル(最大導入可能量)では海外に引けを取りません。環境省の試算では、国内太陽光のポテンシャルが1億5000万kWであるのに対し、国内風力のポテンシャルは19億kW(陸上風力3億kW・洋上風力16億kW)に達しています。とくに北海道電力管内の風力発電ポテンシャルが大きく、陸上風力だけでも約6500万kW。これは、北海道電力の全設備容量(泊原発を含む)の10倍強に相当します。次に大きい東北電力管内も約4000万kWのポテンシャルをもっています」。
なぜ日本では「風力発電」導入が遅れているのか?
2017/12/11
導入促進に向けて
では、それほどのポテンシャルをもちながら、なぜ日本では風力発電の導入が進まないのか。その理由を牛山氏は、次のように解き明かす。「北海道・東北に関して言えば、 まず系統連系の問題を挙げなければなりません。他の地域に比べて送電網が脆弱なため、風車で発電した電力を十分に受け入れ、電力需要地に送ることができないのです。しかし現在、送電網整備事業も進められていますから、状況は徐々に改善されていくでしょう」。
風力発電の導入促進を阻む全国共通の課題としては、やはりコストが一番のテーマだという。風力発電のコストには、設計開発費、タービン、土木工事費、電気工事 費、輸送据付費、環境アセス費などがあるが、日本特有の制度的な制約も大きい。
「例えば大型の風車の場合、日本では陸上風力22円/kWh、洋上風力36円/kWhですが、ヨーロッパでは洋上でも10円/kWhを切り、6〜7円/kWhというケースさえ珍しくなくなってきました。この違いは、たんに部品代や工事費だけに起因するものではありません。送電網への接続に伴う費用を誰が負担するのかなど、国の政策に依るところが大きいのです」と牛山氏は指摘している。
風力発電の累積導入量が全世界で5億kWに到達する一方、日本ではなかなか風力発電の導入が進まず、「風力先進国」に遅れを取っている現状がある。しかし、日本も風力発電ポテンシャル(最大導入可能量)では決して見劣りしていない。日本が抱える課題は何か。風力学会の第一人者・足利工業大学理事長の牛山泉氏にお聞きした。
日本型風車の誕生
日本には、地理的特性に起因する課題もある。1年を通して安定した風が吹くヨーロッパなどとは違い、台風や乱流に注意しなければならない。かつて、それらが風力発電の足枷になっていた時代もあったが、じつは今日では、ほとんど課題は解消されている。牛山氏が委員長となって策定したNEDOの「日本型風力発電ガイドライン」が活かされているからだ。このガイドラインは、台風・強風・風の乱れ、あるいは落雷によって、運転停止や機器の損傷が起きないよう、設計技術や機器選定、保護対策等についてまとめたもの。実際、このガイドラインに従った日本型風車は、ほとんど事故を起こしていないということだ。牛山氏は、「日本型風車のノウハウは、東南アジアなど類似した気候条件の国々にも貢献できる」と期待する。
可能性の先へ
日本の風力発電には課題も多いが、日本型風車の例からも分かる通り、その解消に向けた動きは着実に進んでいる。また、周囲を海に囲まれた日本ならではの洋上風力発電設備など、世界をリードする技術も極められようとしている。長期間を要した環境アセスメントについても、期間短縮の効果が実を結びつつある。日本の風力発電は、いま可能性に満たされているのだ。
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+++++http://lite-ra.com/2018/01/post-3721.html テレビドラマ「相棒」
  
 ヘエーっと驚きました。正月に昨今の日本の政治状況を活写したドラマが放映されていたのだそうです。多分、再放送されるでしょう。ぜひとも視聴しようと思っています。
%%%%%「ドラマ『相棒』に“官邸のアイヒマン”北村滋内閣情報官が登場!? 公安が反町や仲間由紀恵を監視・恫喝する場面も(リテラ)

「ドラマ『相棒』に“官邸のアイヒマン”北村滋内閣情報官が登場!? 公安が反町や仲間由紀恵を監視・恫喝する場面も
2018.01.06
 元旦早々、なんとも興味深いドラマが放送された。『相棒16 元日スペシャル』(テレビ朝日)だ。実は、そのストーリーに、安倍政権中枢に実在するある人物を彷彿とさせる“黒幕”が登場するなど、いま日本が直面する現実を批評的に描いた作品となっていたからだ
 まずは、その概要をざっと紹介しよう。年末のイベント会場で発砲事件が起こる。使用された拳銃は警察官に支給される拳銃(サクラ)だ。会場から加害者と同時に被害者も姿を消すが、被害者と接触のあった3人の高校生が半年前から行方不明となっていたことが明らかになる。
 この少年たちは、ハッカーとして警察庁のサーバーに侵入してしまったことをきっかけに、「安田」を名乗る人物に軟禁されていた。そして発砲事件も「安田」から逃れるために、少年たちが計画したものだった……。
 ストーリーだけ追うと少々荒唐無稽に思えるかもしれない。が、しかしその内容とそのディテールは現在の安倍政権下で現実に進行する監視社会、公安警察の暗躍、そしてその危険性を示唆する要素が散りばめられていた。
 まず、「安田」が少年たちを連れ去る際に使ったのが「特定秘密保護法」だった。警察庁のサーバーに侵入したのは、「10年以下の懲役、または1000万円以下の罰金」だとして、貧しい祖母と生活する少年を恫喝した。そして「安田」の目的こそ、リストアップされた政府要人、官僚たちのPCなどにハッキングさせ、その個人情報やスキャンダルなど弱みを握ることだった。「安田」の正体は公安関係者(公安警察か公安調査庁かは明らかにされなかったが)であり、実際、ハッキングして得た情報収集をもとに、要人たちを脅迫、ある時にはスパイにするなど思いのままに操り、ある時にはその地位から失脚させるなど様々な工作を行っていった。
 たとえば、各省庁の幹部人事を一元管理する内閣人事局長を脅し、官僚人事を牛耳ろうとするが、しかし局長はこれに耐えられず自殺。その局長のカバンから何者かが遺書を抜き取ったと証言をした男性には、息子の就職をネタに口を封じる。さらに反町隆史演じる特命係・冠城亘に対しても「安田」が接触、「(ある人物の)人生がめちゃくちゃになる。警察キャリアもおしまい」などと脅して、捜査情報を提供させる。さらに仲間由紀恵演じる広報室課には、過去にロシア諜報部員との間に一人娘をもうけるなどの不適切な関係、スパイ容疑が存在したが、その際の秘密のやりとりをちらつかせ、都合のいいフェイク情報をマスコミ発表させようとする。また内閣官房副長官には息子の薬物使用をネタに、辞任を迫る──。
 これって何かに似ていないだろうか。そう、これらは決してドラマの中の絵空事などではない。現実社会においても、公安が政治家の身体検査を行い、また官僚に対する監視が行われてきたことは公然の事実だ。とくに安倍官邸は、公安警察を使って官僚たちを勤務時間外もその監視下に置くなど、徹底している。
・ドラマと同じ!安倍官邸は公安警察を使い、官僚の私生活まで監視し恫喝
 たとえば2016年12月、韓国・釜山総領事だった森本康敬氏が電撃更迭されたことがあった。その理由は森本氏が慰安像をめぐる安倍政権の報復措置に、不満を口にしたことだったとされるが、その批判は公の場でなく、知人との会食というプライベートの席で出たものだった。つまり、森本氏は何らかの方法で、密かに監視・盗聴されていたということだ。
 また2017年5月、読売新聞に「出会い系バー通い」を報道された文科省元事務次官の前川喜平氏にしても、その前年秋頃、杉田和博内閣官房副長官から呼び出され、この「出会い系バー通い」を厳重注意されている。やはり勤務時間外の違法性もない私的な言動まで把握されていたのだ。
 秘密警察さながら、スキャンダルや秘密を握り、それをネタに恫喝、自分たちの思いのままに動かす。『相棒』では、こうした安倍政権の暗黒面を投影するエピソードが散りばめられているのだが、しかし、それ以上に驚いたのが、重要登場人物であり、「安田」の背後にいた黒幕の存在だ。それが鶴見辰吾演じる内閣情報調査室(内調)審議官の有馬武人だ。そもそも「安田」の違法手段を含めた様々な諜報活動は、それを影で牛耳る有馬の指令であり、有馬は多くの諜報情報を駆使し、周囲を都合のいいように操り、また自らの地位を確固たるものにしようと目論むのだが、この有馬、実在の“あの要人”とオーバーラップするのだ。
 その人物とは“官邸のアイヒマン”との異名を持つ内調のトップ・北村滋内閣情報官だ。内調は総理直属の諜報機関で、北村氏は安倍首相の側近中の側近。もともと警察庁外事課長などを歴任した公安警察のエリートだが、第一次安倍政権時、首相秘書官に抜擢されたのをきっかけに安倍首相と急接近。警察と官邸のパイプ役として、日本版NSC立ち上げにも深く関わり、特定秘密保護法の法案策定でも中心的役割を担った。
 しかも北村氏はほぼ毎日のように安倍首相と面会し、菅義偉官房長官を飛び越えて情報を直接伝えることもしばしばという親密さであり、政権
  しかも北村氏はほぼ毎日のように安倍首相と面会し、菅義偉官房長官を飛び越えて情報を直接伝えることもしばしばという親密さであり、政権批判に対するカウンター情報や政敵のスキャンダルを流しているとされる人物でもある。
 たとえば、“御用ジャーナリスト”・山口敬之氏の「準強姦もみ消し疑惑」でも、「週刊新潮」(新潮社)がそれを報じることを知った山口氏は、北村氏と思われる人物にメールで報告していたことがわかっている。また民進党代表だった蓮舫参院議員の二重国籍疑惑や山尾志桜里衆院議員のガソリン代巨額計上問題、そして沖縄県の翁長雄志知事に対するバッシング・デマ情報も内調の仕掛けだったとされる。これらの大元はすべて、北村氏の指示で内調や公安に嗅ぎまわらせた情報で、それを御用メディアやジャーナリストにリークするなどしたといわれている。
・北村滋内閣情報官の特高警察を称賛する危険思想もドラマで再現?
 まさにドラマ中の有馬そのものだが、さらに類似点があった。北村氏は数年前に「外事警察史素描」という論文を発表しているのだが、そこで戦前・戦中の特高警察、弾圧体制を生んだ法体系を高く評価している。
〈我が国が近代国家として誕生してから、外事警察は、国家主権といわば不即不離の形で発展を遂げてきた。本稿は、戦前・戦後を通じた外事警察の組織としての歴史的歩み、任務及び権限、現在直面する課題を素描することにより、いささかなりとも外事警察の全体的な理解に資そうとするものである。〉
〈昭和一二年七月に支那事変が勃発するや、我が国は、次第に本格的に戦争に介入せざるを得なくなり、近代船に対応する国内体制整備に迫られた。戦時における外事警察は、適正外国人の抑留と保護警戒、俘虜及び外国人労働者の警戒取締りは勿論のこと、敵性国による諜報、謀略、宣伝の諸活動に対抗する防諜機関として国策遂行上極めて重要な任務を担うことになった。〉
 このように論文全体において北村氏は、戦前戦中の警察を礼賛し、大衆運動や思想の取り締まりを渇望しているのだが、それはドラマ中の有馬審議官も同様だった。水谷豊演じる杉下右京に、その諜報活動が多くの人々を追い詰めた責任を問われ、有馬はこう言い放っている。
 このように論文全体において北村氏は、戦前戦中の警察を礼賛し、大衆運動や思想の取り締まりを渇望しているのだが、それはドラマ中の有馬審議官も同様だった。水谷豊演じる杉下右京に、その諜報活動が多くの人々を追い詰めた責任を問われ、有馬はこう言い放っている。
「大局に立って国を守る上でもっとも重要な武器はミサイルではない。情報だと考えている。テロや国家間の争いにおいてはもちろん、国内に潜む不穏分子をあぶり出すには、綿密に張り巡らされた情報網が不可欠です。その点我が国の情報収集能力は脆弱と言わざるを得ない。危機感を持つ人間が結集し、すみやかに制度を強化する必要があるんです。国民一人一人が国防の目となり耳となる。不穏分子を見つけ出し、ただちに通報するよう義務づける」
 これに対し右京は「そして誰を調査するかはあなたがお決めになる。そうやって恐喝の材料を集め、あなたの意に沿わない者を次々排除したわけですか」と反論するが、有馬はさらにこう続けている。
「確かに我々は政府要人を調査することもあります。国家の中枢に大勢を脅かすような思想の持ち主がいては困りますからね。しかしやましいことがなければ調べられても何の問題もないはずです」
「国家間の争いや不穏分子の活動においては、ルールは存在しないのです。(略)瑣末なルールに囚われた結果、国への脅威を増大させることになれば、大罪というべきではありませんか」
 どうだろう。まさに要人や市民への監視、弾圧に対する有馬の言動は、北村氏、そして北村氏が仕える安倍政権そのものではないか。このように現実の情報当局、警察の暗部を見事にえぐった『相棒スペシャル』だったが、脚本を担当した太田愛氏は、これまでにも共謀罪、特定秘密保護法、警察内部の抗争、公安の暗躍などの現実の警察が抱える問題を作品に投影することで定評のある脚本家でもある。
 安倍政権の過剰な言論統制が、ジャーナリズムだけでなくお笑いやドラマ、映画、音楽などの表現世界にまで蔓延し浸透している今、果敢にも現実を風刺しその暗部をえぐる今回のような作品は、表現の自由にとっても非常に貴重だ。
(伊勢崎馨)」
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素数・記録更新、八溝山→香島方位(1)

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
〔写真:やっとのことで、当地にもそのお姿を現した富士のお山。二回クリックで拡大〕
 富士3650


 富士山は 確かにあそこに 鎮座せり 当地で確認 正月四日

 何せ、むちゃくちゃやる安倍氏です。もしかしたら年末に大土木工事、リニア新幹線の軌条確保のために大手ゼネコンと結託して富士山を削ってしまったのではなかろうかと案じていました。なにせ、安倍氏は「あるもの」を「無いもの」とする、「あったもの」を本当に「無くして」しまうことはお手の物の御仁であります。昨日、いつもの場所に鎮座していることを確認し安心しました。
 寒い日が続きます。当地の防災用水池も氷が張っています。そのなかで、まるで、シャーレの中でうごめく培養細菌のように鴨が鴨動いています。

夜明け前の鴨

+++++常陸国風土記・鹿島郡条
 常陸国風土記の解読作業は、新治郡条から始まり、筑波、信太、茨城、行方を経て、香島郡の条に辿りつきました。この郡を語る上で欠かせないと現ブログ管理人が考えたのが、埼玉県行田市の稲荷山古墳とその南々東に位置する志木の宮戸神社です。正確には、この神社は志木市の南東に位置し、行政区分としてはお隣の朝霞市に在ります。志木といえば、つい先日「ハゲーっ!!、チガウダロウーっ!!」で一躍全国区にのしがった有名女性国会議員を輩出した地でもあります(先般の総選挙ではこの絶叫が災いして落選したようですが)。

 位置関係の前段として、埼玉県行田郡の稲荷山古墳の話をまずは書いてきました( 12月6日記事 〜 12月20日 12月20日 )。鹿島を語る際に不可欠な宗教的背景〔ゾロアスタ教〕を北関東の二つの史跡が共有しているからです。そこで、まずは鹿島のそれを書いておきます〔もういやっと言うほど本ブログ記事で繰り返し書いてきたことです〕。
 この位置関係が、この香島にそのまま再現されているのです。そこで、まずはそれを詳述した八年前の記事を抜粋再掲します。
 以下に書く発見〔これは紛れも無く現ブログ管理人の発見であると自負しています〕の経緯を書くことは避け、観測〔観察というべきか〕事実のみをまずは書きます〔2010年1月1日記事: 〕。 というわけで、過去記事の抜粋から始まります:
%%%%%過去記事抜粋
〔図1:八溝山・静神社・吉田神社・鹿島神宮の線状配列、拡大は二回クリック〕
大甕神社

さて、この図の5つの大きな黒丸から説明しましょう。5つの点の内、4つが北北西に向いた線に沿っています。これは、下(南)から、鹿島神宮、吉田神社、静(しず)神社、そして最北端(上端)は八溝山です。前回予告したようにこの4つが見事に一つの直線状にあることがお分かりと思います。
 地図は、地球が球形であることを考慮に入れにくいため、その表現がなかなか難しい。当然ですね。丸い球上の地形を平面に書き込むわけですから。そのために地図の標記にはいろいろな工夫があります。たとえば、メルカトール法などはその一つです。又、現ブログ管理人が地震活動分布図を表示するのに用いる正距方位図もその一つです。地図上で複数点が直線上にあるからといって、其れが実際の地表上でそうなるとは限りません。そこで、念のために、これら4つの相互の位置関係を球面三角法を用いて(地球が丸い事を考慮した計算法)計算します。それには、各神社などの地球上での座標値、すなわち緯度、経度が必要です。これらの座標値から計算された値が下記です。いずれも八溝山から測ったもので、距離(キロメートル)、八溝山から見た方角(角度、azimuth)、および、対象物から見た方角(度,back azimuth)です。最後の値についてはここでは議論しません。
八溝―静 d=49.5307(km), a=164.2934, b= 344.3831
八溝―吉田 d=66.0126(km), a=163.4255, b= 343.551
八溝―鹿島 d=111.6941(km), a=163.1633, b= 343.3768
 八溝―静では、静神社は北から測って時計回りに164度の方向に静神社が位置する(つまり南から東に16度)と言う具合に読み取ってください。吉田神社が163度、鹿島神宮が163度。なんとわずか一度の範囲内にこの3つの神社が並んでいるのです。当然、偶然ではありません。詳しくは前前回書いた渡辺豊和氏の著作を参照してください。尚、渡辺氏の著作に刺激されて栗本慎一郎氏がその著作で、香島と筑波山の位置関係が、「まさに渡辺氏の主張に叶っている」と図をつけて記載しています。が、それは間違っています。経済学者であるがゆえにその主張する歴史学考察には大いに首肯できるのですが、こうした地学的な記述については、正確さを欠いていることを指摘しておかねばなりません。こうしたことは、私のブログ、
2008年12月3日より12月26日でも書いています。
 さらに興味深い事が、上記地図の右に付された3つの神社の拝殿、参道の配置です。下から鹿島神社、吉田神社、静神社です。拝殿がどれも北西と北北西の間を向いており、決して南面でもなく東面でもありません。特に鹿島神宮の拝殿は、左地図の直線の方向に向いています。これは渡辺豊和氏も詳しく論じておられます。

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 以上が過去記事の引用です。少し上図について補足しておきます。まずは、八溝山から、紫静、吉田、そして香島への方位の平均値が163.6度となります。この値を行田の稲荷山古墳―宮戸神社の位置関係である163.5度( 2017年12月8日記事 )と比べてみます。わずか0.1度の違いであることがわかります。私は、これら二つの角度はほぼ一致していると考えました。言葉を変えれば、この角度には、これらの位置関係を設計する段階で、何がしかの「基本思想」があったのだろうと想像しました。
さらには、八溝山から、紫静、吉田、そして香島への方位値はきわめて安定しており、ばらついていません。何よりも、八溝山から、遠ざかるにつれてその方位角が漸減しています。これは、基本設計の土台となる思想に関わっているのではなかろうかと、発想しました。それを次回、書きます。

尚図1に関してはさらに触れておかねばならないことがありますが、話が錯綜しますので、現在の主題の展開終了後に振り返ります。
〔つづく〕

+++++素数の話
 本ブログで葉、管理人の個人的興味もあり、何回か素数の話題を取り上げてきました。私の関心は隣り合う素数の距離の分布です。其れが2であるような素数を双子素数と呼びます。二億余までの素数の個数は二千万を超えますが、その間の双子素数をPC を使って勘定したりしてきました。私が勘定してきた素数の最大は高々8桁ですが、下記の記事ではなんと2300万桁というわけで私の計算とは比較になりません( 2010年12月31日記事
 さて、大方の素数研究者の関心の一つは最大素数の発見です。理論的には、素数には上限がありません。しかし、現時点での最大素数を知りたいというわけです。その記録更新が二年ぶりになされたとのこと。その記事を転載しておきます(訳は付しません)。

%%%%%「史上最大の素数」約2年ぶりに更新、50番目のメルセンヌ素数で桁数は2324万9425桁2018年1月5日 10時47分  by jon jordan

 新たなメルセンヌ素数を探している「グレート・インターネット・メルセンヌ数検索(GIMPS)」が、既知の素数として最大のものとなる50番目のメルセンヌ素数を見つけました。新たな素数は「2 77,232,917-1」で、「M77232917」と呼ばれています。
50th Known Mersenne Prime Discovered

GIMPS Project Discovers
Largest Known Prime Number: 277,232,917-1
RALEIGH, NC., January 3, 2018 -- The Great Internet Mersenne Prime Search (GIMPS) has discovered the largest known prime number, 277,232,917-1, having 23,249,425 digits. A computer volunteered by Jonathan Pace made the find on December 26, 2017. Jonathan is one of thousands of volunteers using free GIMPS software available at www.mersenne.org/download/.
The new prime number, also known as M77232917, is calculated by multiplying together 77,232,917 twos, and then subtracting one. It is nearly one million digits larger than the previous record prime number, in a special class of extremely rare prime numbers known as Mersenne primes. It is only the 50th known Mersenne prime ever discovered, each increasingly difficult to find. Mersenne primes were named for the French monk Marin Mersenne, who studied these numbers more than 350 years ago. GIMPS, founded in 1996, has discovered the last 16 Mersenne primes. Volunteers download a free program to search for these primes, with a cash award offered to anyone lucky enough to find a new prime. Prof. Chris Caldwell maintains an authoritative web site on the largest known primes, and has an excellent history of Mersenne primes.
The primality proof took six days of non-stop computing on a PC with an Intel i5-6600 CPU. To prove there were no errors in the prime discovery process, the new prime was independently verified using four different programs on four different hardware configurations.
• Aaron Blosser verified it using Prime95 on an Intel Xeon server in 37 hours.
• David Stanfill verified it using gpuOwL on an AMD RX Vega 64 GPU in 34 hours.
• Andreas Hoglund verified the prime using CUDALucas running on NVidia Titan Black GPU in 73 hours.
• Ernst Mayer also verified it using his own program Mlucas on 32-core Xeon server in 82 hours. Andreas Hoglund also confirmed using Mlucas running on an Amazon AWS instance in 65 hours.
Jonathan Pace is a 51-year old Electrical Engineer living in Germantown, Tennessee. Perseverance has finally paid off for Jon - he has been hunting for big primes with GIMPS for over 14 years. The discovery is eligible for a $3,000 GIMPS research discovery award.
GIMPS Prime95 client software was developed by founder George Woltman. Scott Kurowski wrote the PrimeNet system software that coordinates GIMPS' computers. Aaron Blosser is now the system administrator, upgrading and maintaining PrimeNet as needed. Volunteers have a chance to earn research discovery awards of $3,000 or $50,000 if their computer discovers a new Mersenne prime. GIMPS' next major goal is to win the $150,000 award administered by the Electronic Frontier Foundation offered for finding a 100 million digit prime number.
Credit for this prime goes not only to Jonathan Pace for running the Prime95 software, Woltman for writing the software, Kurowski and Blosser for their work on the Primenet server, but also the thousands of GIMPS volunteers that sifted through millions of non-prime candidates. In recognition of all the above people, official credit for this discovery goes to "J. Pace, G. Woltman, S. Kurowski, A. Blosser, et al."
About Mersenne.org's Great Internet Mersenne Prime Search
The Great Internet Mersenne Prime Search (GIMPS) was formed in January 1996 by George Woltman to discover new world record size Mersenne primes. In 1997 Scott Kurowski enabled GIMPS to automatically harness the power of thousands of ordinary computers to search for these "needles in a haystack". Most GIMPS members join the search for the thrill of possibly discovering a record-setting, rare, and historic new Mersenne prime. The search for more Mersenne primes is already under way. There may be smaller, as yet undiscovered Mersenne primes, and there almost certainly are larger Mersenne primes waiting to be found. Anyone with a reasonably powerful PC can join GIMPS and become a big prime hunter, and possibly earn a cash research discovery award. All the necessary software can be downloaded for free at www.mersenne.org/download/. GIMPS is organized as Mersenne Research, Inc., a 501(c)(3) science research charity. Additional information may be found at www.mersenneforum.org and www.mersenne.org; donations are welcome.
For More Information on Mersenne Primes
Prime numbers have long fascinated both amateur and professional mathematicians. An integer greater than one is called a prime number if its only divisors are one and itself. The first prime numbers are 2, 3, 5, 7, 11, etc. For example, the number 10 is not prime because it is divisible by 2 and 5. A Mersenne prime is a prime number of the form 2P-1. The first Mersenne primes are 3, 7, 31, and 127 corresponding to P = 2, 3, 5, and 7 respectively. There are now 50 known Mersenne primes.
Mersenne primes have been central to number theory since they were first discussed by Euclid about 350 BC. The man whose name they now bear, the French monk Marin Mersenne (1588-1648), made a famous conjecture on which values of P would yield a prime. It took 300 years and several important discoveries in mathematics to settle his conjecture.
At present there are few practical uses for this new large prime, prompting some to ask "why search for these large primes"? Those same doubts existed a few decades ago until important cryptography algorithms were developed based on prime numbers. For seven more good reasons to search for large prime numbers, see here.
Previous GIMPS Mersenne prime discoveries were made by members in various countries.
In January 2016, Curtis Cooper et al. discovered the 49th known Mersenne prime in the U.S.
In January 2013, Curtis Cooper et al. discovered the 48th known Mersenne prime in the U.S.
In April 2009, Odd Magnar Strindmo et al. discovered the 47th known Mersenne prime in Norway.
In September 2008, Hans-Michael Elvenich et al. discovered the 46th known Mersenne prime in Germany.
In August 2008, Edson Smith et al. discovered the 45th known Mersenne prime in the U.S.
In September 2006, Curtis Cooper and Steven Boone et al. discovered the 44th known Mersenne prime in the U.S.
In December 2005, Curtis Cooper and Steven Boone et al. discovered the 43rd known Mersenne prime in the U.S.
In February 2005, Dr. Martin Nowak et al. discovered the 42nd known Mersenne prime in Germany.
In May 2004, Josh Findley et al. discovered the 41st known Mersenne prime in the U.S.
In November 2003, Michael Shafer et al. discovered the 40th known Mersenne prime in the U.S.
In November 2001, Michael Cameron et al. discovered the 39th Mersenne prime in Canada.
In June 1999, Nayan Hajratwala et al. discovered the 38th Mersenne prime in the U.S.
In January 1998, Roland Clarkson et al. discovered the 37th Mersenne prime in the U.S.
In August 1997, Gordon Spence et al. discovered the 36th Mersenne prime in the U.K.
In November 1996, Joel Armengaud et al. discovered the 35th Mersenne prime in France.
Euclid proved that every Mersenne prime generates a perfect number. A perfect number is one whose proper divisors add up to the number itself. The smallest perfect number is 6 = 1 + 2 + 3 and the second perfect number is 28 = 1 + 2 + 4 + 7 + 14. Euler (1707-1783) proved that all even perfect numbers come from Mersenne primes. The newly discovered perfect number is 277,232,916 x (277,232,917-1). This number is over 46 million digits long! It is still unknown if any odd perfect numbers exist.
There is a unique history to the arithmetic algorithms underlying the GIMPS project. The programs that found the recent big Mersenne primes are based on a special algorithm. In the early 1990's, the late Richard Crandall, Apple Distinguished Scientist, discovered ways to double the speed of what are called convolutions -- essentially big multiplication operations. The method is applicable not only to prime searching but other aspects of computation. During that work he also patented the Fast Elliptic Encryption system, now owned by Apple Computer, which uses Mersenne primes to quickly encrypt and decrypt messages. George Woltman implemented Crandall's algorithm in assembly language, thereby producing a prime-search program of unprecedented efficiency, and that work led to the successful GIMPS project.
School teachers from elementary through high-school grades have used GIMPS to get their students excited about mathematics. Students who run the free software are contributing to mathematical research. David Stanfill's and Ernst Mayer's verification computations for this discovery was donated by Squirrels LLC (http://www.airsquirrels.com) which services K-12 education and other customers.
[1] Science (American Association for the Advancement of Science), May 6, 2005 p810.
%%%%%原記事紹介おわり
%%%%%日本語記事始め
メルセンヌ素数とは、「2のべき乗より1小さい自然数」であるメルセンヌ数の中でも素数のものを指します。

GIMPSによると50番目のメルセンヌ素数「M77232917」は2324万9425桁の数字で、これまで最長だった49番目のメルセンヌ素数「M74207281」の2233万8618桁と比べて、約100万桁大きくなっています。

以下のZIPファイルには、「M77232917」の書かれたテキストファイルが入っています。ZIPファイルのサイズは11MBほどですが、テキストファイルは22.6MBあります。
22.6MBの素数
 180105素数無題

「M77232917」は2017年12月26日に、GIMPSにボランティアとして参加しているジョナサン・ペース氏のコンピューターが発見したとのこと。ペース氏はテネシー州ジャーマンタウン在住の51歳の電気技師で、これまで14年にわたってGIMPSプロジェクトに協力してきました。今回の発見で、ペース氏にはGIMPS研究発見賞として3000ドル(約34万円)が贈られます。

 なお、素数であることの証明は、Intel i5-6600プロセッサを搭載したPCなら、6日間ノンストップで計算を続ける必要があります。今回は、4つの異なるハードウェア構成の上でそれぞれ異なる4つのプログラムを使い、独立した検証が行われました。

 GIMPSは新たな素数を見つけるために1996年にジョージ・ウルトマン氏が結成した組織で、公式サイトで公開されているソフトを使い、誰でも素数探索に参加することができます。1996年11月にジョエル・アンメルガード氏が35番目のメルセンヌ素数を見つけて以降、この50番目のメルセンヌ素数まで、16個のメルセンヌ素数を続けて発見しています。
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巨大地震、貯蓄乏しい若年勤労者

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
前回記事末尾で「女心」について書きました。脳内への、アルコール浸潤状態で書きなぐったとは言え、私の本音が潜んでいます。映画「わが青春に悔いなし」の監督は名匠黒澤明氏です。当然この映画も黒澤氏の「女性観が」どっぷりと反映されているのでしょう。そして絶世の美女原節子さんはこの黒澤観を体現するべく演じたのです。私がこだわるのは、そこなんですね。私にとっては美女は神様です。神様が一介の映画人しかも男の女性観をそのまま言われたとおりに演ずる、そこがなんとももどかしいんですな。黒澤氏への「嫉妬、羨望、・・・・」が私の中にない混じっています。神様たる原節子さんは、黒澤氏の演出に何を感じたのか?「そうだ、そうだ」と共感したはずは無いと思いたいのであります。
〔写真:例年、正月三が日のどれかの日に富士山が望めるのですが、本年は、晴天にもかかわらず、西には濃い靄がかっておりました。しかし、二日の未明には、橙色の満月の「月没」を目撃しました。てなわけで、年末同様、ツクバ山を眺めました。この寒い朝、猫がうずくまっていました〕
180103月猫つくば無題

 
正月の 富士のお姿 拝まんと 三日連続 未明を歩けり

 さて、そろそろ始動を、と自らに言い聞かせています。が、早朝からの箱根駅伝とやらを二日間にわたって掌上の猪口を舐めながら観戦していました。そのうち体全体がフニャケテきました。
 そういえば、私の母親もこの箱根駅伝が好きでした。以前も書きましたが、娘時代に住んだ家が、現在の東大医科学研究所近く、今ではセレブが住むという港区の白金です。ご近所に住んでいたのが森繁久弥氏です。森繁氏の巧みな話術にとろかされて、しょっちゅうお邪魔していたようです。この森繁氏の兄上・菅沼俊哉氏が慶大陸上部の長距離走者としてこの箱根駅伝の常連出場者であったからです。駅伝中継がラディオで流れると、母親からそうした昔話を聞かされたものでした。本年は第一区で現役の東大生が走るというので、どんな走りをするのかと楽しみにしてました。が、前日にインフルエンザに罹り、出場できなかったのは残念でありました。

%%%%%驚き!新年早々からショッキングな情報!
2018/01/03 11:55 半歩前へ

▼驚き!新年早々からショッキングな情報!
 新年早々からショッキングな情報をお伝えする。相変わらずノー天気な安倍晋三は正月2日からスポンサーの経団連とゴルフ三昧。日本はいま、そんあに遊びほうけておれる状態なのか?
 日銀の外郭団体である「金融広報中央委員会」が昨年6、7月に実施した「家計の金融行動に関する世論調査」によると、「金融資産無し」の世帯が急増している。
とりわけひどいのは若者世代だ。
 20歳代で独り暮らしの若者の「金融資産ゼロ世帯」は、2007年が30・7%、2008年31・8%だったのが、2016年には59・3%に、さらに2017年になると61・0%へとさらに広がった。
 単身20歳代で将来に備えた貯蓄なしが6割という数字は、結婚して世帯をもつことが困難だと暗示している。それはとりもなおさず、将来のさらなる人口減を物語っている。
 そればかりか、そうした人々が高齢した状況を想像すると、果たして誰が彼らを支えるのかと不安が消えない。加速する少子高齢化の中で、生活保護費にも限界がある。
 安倍晋三は「雇用が改善された、雇用が増えた」と強調する。確かに増えたが、増えた約8割が非正規雇用だ。居酒屋やコンビニ、スーパーは人手が足りなくて悲鳴を上げている。
 週一度の休みもとれない状況だ。そんなところのバイトが増えてどうして生活が安定するのか?
 働き方の多様化、などと適当なことを言って若者をこき使う。奴隷代わりに使い捨てにする。こんな社会を作ったのが竹中平蔵の口車に乗った小泉純一郎だ。それに輪をかけブラック企業をはびこらせたのが安倍晋三政権だ。
 次代を担うのは若者だ。その者たちをそんなにコケにして、使い捨てにしていいのか?このままでは貯蓄ゼロ世代が増える一方だ。
まことに深刻な状況が下の統計表から窺えます。
***家計の金融行動に関する世論調査[単身世帯調査] 平成29年調査結果
***
%%%%%記事転載終わり

+++++新年始めの話題は巨大地震から
 巨大地震の発生については、その時間的発生挙動、空間的発生挙動をこれまでに書いてきました。しかし、それらについては1964年のアラスカ地震を中心としてケースの考察のみをお見せしました。それ以外のM9レベルの他の地震を中心とした場合に世の中がどのように見えるのであろうか?それを年始のデモンストレーションとしたいと思います:
〔図:1940−2018年の期間のM9サイズの4つの地震を中心とした他の巨大地震〔Mw>=7.8〕野分布:/民から見た他の巨大地震;⊃民の対極点〔裏側〕から見た巨大地震の分布;震央から見た他の巨大地震の震央と震央間の距離〔度〕〕
〔図1:2011年3月東北日本巨大地震、拡大は二回クリック〕
180103東北


〔図2:2004年スマトラ地震、拡大は二回クリック〕
180103スマトラ


(図3:1960年5月チリ地震、拡大は二回クリック)
180103チリ

〔図4:1964年3月アラスカ地震、拡大は二回クリック〕
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〔図5:北〔南〕極から見た巨大地震の分布、拡大は二回クリック〕
180103ポール


 上の5つの図を比べるとの点の分布が系統的であるのは、図4であることがわかります。そこで、これからの議論は図4を元に考察することになります。
(つづく)

新年のご挨拶

 今日から西暦2018年です。稀勢里は復調してくれるのだろうか?モスクワWCで私がとりわけ贔屓にする柴崎、武藤、大迫、久保、香川、岡崎、長友は活躍してくれるのだろうか?そして何よりもわが国の元凶・安倍晋三氏は国民の怒りの前に屈辱の退陣なるシナリオとなるのだろうか?そうした不安やら期待やらのこもった新年であります。
本年も本ブログをお訪ね頂きますよう、お願い申し上げます。皆様からの下記メールアドレスを通じたコメントにはきちんと対応致します。これまでも誠に貴重なご助言、情報を頂いておりました。
まずは、新年のご挨拶を申し上げた次第であります。

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〔写真:雑煮とお神酒の前に村の鎮守様に初詣をしてきました。帰路、富士山を望める高台に立ち寄りました。が、残念。富士のお山を遠望することは叶いませんでした〕
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 皆様の 幸多かれと 願いこめ 村の鎮守に 初詣すなり

 
 北関東・寒村の正月早朝。鎮守様への道は凍てついて、油断をするとスッテンコロリと転げます。そんな危険をおかして、まずは年初の宮参りであります。帰路、期待した富士のお山は雲に隠れて拝むことはできませんでしたが、まずは正月日和の朝日を享受しました。

 初詣の後、雑煮を食しながらTVを視聴せんと、スイッチを点けました。まあ、なんと!であります。年寄りには面白くもなんとも無い番組のみのオンパレードであります。そこで昨年末に録画したビデオを視聴しました。タイトルは「わが青春に悔い無し」〔原節子主演、黒澤明監督、1946年製作〕です。
 私の育った終戦後十年と、景色はそれほど変わっていません〔白黒のせいでしょうか〕。あの京都大学・滝川事件を題材にしたドラマです。冒頭、京大生が、教授のお嬢様とともに背後の吉田山にピクニックをするんですな。その際、山頂近辺で、原節子さんのスカートの裾が翻り、白い下着がチラッとのぞくシーンがありまするよ。私のような昔の人間は、それだけで、胸がときめくんですな。そんな想いが蘇りました(男の哀しい性の一端であります)。
 原節子さん演ずる主人公が思いをかけた男は、満州開発に関わっていた。よく知られていますが、満州鉄道は「左翼分子」の巣窟と知られた機関です。実際、戦後には満鉄から多くの左翼人士が輩出しています。ここで、その人物は終戦直前にスパイとして獄舎にとらわれの身となります。原節子さんは愛する男を信じ、男の両親と農作業にいそしみ、やがて終戦をむかえるという話でありました。
「切れ長の目」という美人・美男を形容する表現があります。主演の原節子はまさにそれですな。私がうん十年早く生まれていれば、この女優さんのハートをなんとか射止めたいと思ったに違いありません。

 年始の記事としては、まことにたわいも無い雑記となりましたことをお許し下さい。

〔追記)実は、序でに私の「女心」観なるものを書こうと思っていました。家内や娘の観察からすれば、「女心」にはなんとも得体の知れない何がしかを感ずることは無いにも関わらず、男として生きてきた七十余年では、それはなんとも「つかみどころの」無い難しい考察対象であり続けました。余命いくばくも無い今になって言っても仕方が無いことでありますが、「その謎」の追求こそがわが人生であったのかな。それがこの映画の視聴後の感想であります。

皆様におかれましては、良い新年を迎えられますよう!!

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
〔写真:今朝、日の出直前、写真拡大は二回クリックで〕
171230朝無題


 薄氷を 押し分け泳ぐ 鴨の群れ  葱を連想 よだれ たまれり  

 年賀はがき作成・印刷という過酷労働を涙ながらに耐え抜いた四日間でありました。本日はこれから大掃除という重労働に駆り立てられることになっています。が、なんとか、その前に、皆様に一言年末のご挨拶をさせていただくべく、PCの前に座っております。

+++++世の中
 というわけで、本日は定例の更新日ではない土曜日でありますが、2017年最後のブログ更新です。まずは一年間、お付き合いしてくださった読者の皆様に御礼申し上げます。前年末には鹿島アントラーズが柴崎岳選手の2ゴールで世界最強レアル・マドリの心胆を寒からしむる快挙、年が明けると、わが郷土の誇り稀勢里の優勝・横綱昇進、と茨城県民にはまことにハッピーな出だしでありました。 
 しかし、そこからがいけなかった。いわゆる「モリ・カケ・団子・スパゲッティ」醜聞です。
〔写真:日経サイアンス五月号に紹介されたペジ・スパコン記事です。まさかこんな醜聞が背後にあろうとは想像だにせず、むしろそのアイディアに感心しました。拡大は二回クリック)
スパこん3609


 一強を誇り、支持率も六割強を誇ってきた安倍氏の真実の姿を晒した、スキャンダルであったことを考えると、それはそれで、意味があったのかなと、今は思えます。今後の政治転換を予兆しているのだと思えるからです。なんといっても前川喜平氏という大物官僚の登場が政治転換を確信させます。前川氏の登場が他の高級官僚の「酷さ」を際立たせました。とはいえ、10月の総選挙では、安倍陣営が圧勝するという、国民の側のまことに「不可思議な反応に」大いに戸惑う一年でもありました。世の中のベクトルは、あっち向いたりこっち向いたりすることを実感しました。せめて逆方向に向きを転じぬよう願いたいものです。

+++++日本列島古代史
 私が10年近くにわたって追いかけてきた「日本列島古代史」で、本年最大の出来事は「常陸国風土記行方郡条」に登場する「夜刀神」と「麻多智」の実像に迫ったことです。かって松本清張氏は、日本列島古代史にゾロアスタ教の痕跡があることを指摘していました。この指摘は、アジアの歴史に強い関心を抱く一部の東大・京大等の研究者の認識でもあったはずなのですが、いまだに日本列島古代史のなかでは、然るべく位置付けられていないように思えます。
 しかし、常陸国風土記行方郡に登場する「夜刀神」なる人物が、まさにゾロアスタ教聖地の地名に由来していること、「麻多智」は「安達」(アダチ)と同音で、ゾロアスタ教の「司祭」又は「祭殿」であることが、判明しました〔2017年2月15日記事 〕。それと同時に、行方の地は、その東側背後にある香島の防衛砦として重要な役割を担っていたことも、風土記から読み解くことができました。これは大発見と思っており、年が明けてからも追求を続けます。

 さらに、もう一つの「ワカタケル」王の解明です。この王の名前は行田市の稲荷山古噴出土の金錯銘鉄剣に刻まれた名前です。かねてより「ワカ」は日本列島固有の言語であり、「若、稚、幼」を意味すると本ブログで書いてきました。とするならば「ワカタケル」王は「タケル」王の息子ないしは孫であろうと考える、かつ「タケル」王は日本書紀に登場する「日本武尊」〔ヤマトタケル〕であろう、さらには、この「タケル」王こそが「倭の五王」のお一人「武王」であろうとの推断は合理的です。古代史専門家は辛亥年を西暦471年と何の根拠も無く断ずるなどして古代史理解を複雑にしています。が、ここでは反論を省略し、話の筋だけで済ませます。
 実は以前から気になっていたのは「ブ=タケル」との思い込みが正しいのか否かと言う問題でした。大陸の皇帝の面前では名前は「ブ」であると倭王の使節は語った。にもかかわらず、日本列島古代史には「ブ」なる名称の王は文字の上では登場しません。代わりに登場するのが「タケル」王です。言い換えれば、上述の金錯銘鉄剣に刻まれているのは「ブ」ではなく「タケル」、すなわち「ワカ」とともに現地日本列島・東国の言語が鉄剣に刻まれていることです。
 これは一種の「逆輸入」現象なのです。大陸の皇帝書記官が「ブ」なる名前に「武」を当ててそれを正史に記録したのです。この漢字を日本列島に持ち帰った使節が倭王に報告する。その漢字の意味が列島言語では「タケル」に相当した。かくして倭王あるいはその息子は「(ワカ)タケル」と名乗ったのです。

+++++地震
 本年は、地震予測成功譚がジャーナリズムで大きく取り上げられました。電磁波伝播異常を観測する早川正士氏、GPS観測から異常を検出する村井俊治氏です。地下の荷電粒子の離合集散が作り出す電磁場変動が上空至近距離の電離層の荷電粒子の離合集散をもたらし、電磁波伝播に影響を与え、ひいてはGPS計測にも影響を与えているのだろうと思っています。しかし、地震発生前の岩盤からの荷電粒子の放出のメカニズムが物理的に把握されていない。したがって、しかるべきモデル構築がなされておらず、数値シミュレーションで現実観測と照合するという研究にはいたっていないようです。上記のお二人の活動は「営利」活動として賛助会員からの寄付を仰いでいるとのこと。とするならば、そのお金の一部を大学研究者への研究助成金として提供し、モデル構築研究に資し、説得力ある「予測」に仕立て上げる方向を目指して欲しいものです( 2017年3月31日記事 )。

 上記お二人の観測結果の背後を突き止めようと、気象庁の地震データベースを用いて東北日本の地震活動を眺めていました。そこから気付く事は、地震活動が東北日本の東側はるか沖を南北に走る日本海溝の東側に多くの地震活動が染み出していることです。その滲みだしは、2011年3月11日の巨大地震の前からです。一方、日本海溝の北東千島海溝ではその滲みだしは顕著でありません。この強い対照には海溝が折れ曲がる起因となっている海山が関わっているのではなかろうか、と考えています。これらは来年の課題です。

 巨大地震に関しては興味深い発見をしました。一つは、2004年12月のスマトラ巨大地震が放射した巨大振幅の表面波が米国西海岸サンアンドレアス域での微小地震活動を励起したことが知られれています。まったく同様のことが、日本列島九州北部で発見されています〔2017年11月10日記事 〕。
 もう一つは、巨大地震の地球上での発生場所の連なりはおおむね大円状に分布することも興味深いことであります。さらには、巨大地震の発生月に偏りがあり、どちらも冬至月が、他の月よりも多いのです(2017年9月25日記事 、同年9月27日記事 。これらは、簡単な力学モデルで解釈できそうですが、老いさらばえた現ブログ管理人はやる前からその挑戦をあきらめております。

それでは、皆様良い新年をお迎えください。

襟裳海山の地震塊(2),もりかけ・団子・スパゲッティ

お断り: 本日夕刻より、家内印刷従事者として、低報酬で酷使されることとなり、ブログの更新が滞ります。水曜日は休載するにやむなき状況にいたるであろうことが確実視されております。あらかじめお詫び申し上げます。金曜日にその過酷労働から開放されるとの目途は立っていません。が、開放された場合には土曜日にブログを更新し、それを以って本年最後の記事と致します。
(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
〔写真:未明の強雨後、久しぶりのまばゆいばかりの日差しであります。拡大は二回クリック〕
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 年の瀬の 年賀はがき なかりせば さぞかし嬉しき 時、過ごせるかも

 昨年も同じ愚痴をつぶやきました。何で、こんな過酷な労働が一年の終わりにあるのか?涙!であります。

+++++襟裳海山の地震塊(2)
 前回、襟裳海山界隈で2012年3月14日〔あの巨大地震発生のほぼ一ヶ月後〕に突然起きた地震活動を書きました。この活動についてもう少し詳しく見ておきます。
 まずは発生場所の海底地形です:
〔図1:襟裳海山界隈の海底地形と2012年3月の二つの顕著地震、拡大は二回クリック〕
171225襟裳海山無題

 まず最初の地震〔m6.9〕は海山の東麓に起きています。同日の一時間余後の地震〔m6.0〕は、海山の南麓に起きていることがわかります〔気象庁の震央計算の精度が高ければ〕。そこでこれら二つの地震の震央を、地震活動図の中でみることにします。
〔図2:襟裳海山地震塊のクローズアップ、期間:2009.01.01-2016.11.30, m>=2.5,
図中の地震総数は1920個、気象庁データベ−スより、拡大は二回クリック)
171225襟裳海山地震


 最初の地震〔3月14日18時〕は襟裳海山の山麓東側に広くひろがって余震活動をもたらしています。一方、一時間余後の地震は、余震活動も多くありません。そこで、この違いが発震機構に反映されているのや否やを見る前に、もう少し地震活動の概要を眺めて起きます。まずは、現在着目する襟裳海山界隈の地震活動は、2011年3月11日の地震活動で活性化はしなかったように見えます。そこで、注目期間を一気に2009年1月1日まで拡大しました(2009年1月1日という日時には特別の地震学的意味はありません。現ブログ管理人のデータベースの最初の期日というだけの意味です)。この期間での当該地域での地震活動を見ると〔図3− 諭△泙気法襟裳海山の地震活動は突発的に発生し速やかに終息したことがわかります。一切の前兆、すなわち2011年3月11日の巨大地震に触発されたらしい兆候すらも見えません。これはこれで、まことに興味深いことであるな、と私は思っています。
 強烈な太平洋プレートの北々西への圧力にめげずに耐えていたのが襟裳海山であり、拓洋第一海山です。こらえきれずについつい音を上げそうになったのが襟裳海山ですが、拓洋第一海山に顕著な地震活動は見えません。
〔図3:ゞ濔愕せ鈎録眠瑤2009年から016年まで7年間の地震活動、活動詳細の精査域赤印は2012.03.14m6.9地震、ABを付した矩形域内の地震の線分ABを含む鉛直断面への地震活動。赤印は2012.03.14m6.9地震。 青点線は本文参照、拡大は二回クリック〕
171225襟裳海山地震余震


 図3◆↓は最大の地震すなわち2012.03.14.18m6.9の地震性状を知るために作成したものです。すなわち余震分布から断層面が特定できないだろうか、というわけです。すでに書いたように気象庁が計算する地震源位置の震央はともかく、その深さについては大きな問題があります。ましてや今回の地震は海溝の東で、甚だ遠い。しかし、どの地震についてもそのもって生まれた宿阿から逃れられない。とすれば、それらの相対的位置関係は何がしかの真実が反映されているのだろうと思うことにして作成したのが図3です。深さの絶対値については疑念があるとしても地震相互の相対的深さ分布を見る限りでは、なにやら余震はBからA 〔すなわち北にずれ落ちる正断層)に向かって下がっているように見えます。そこで、これを発震機構図〔解〕と対照することにします。

〔図4:GCCS(Global CMT Catalogue earch)とJMAによるCMT解の比較、m6.9地震について〕
171225襟裳海山69メカ

 二つの地震調査機関の計算結果は、発震機構解も含めほぼ同じであることがわかります。何よりも強調すべきことはJMAによる震源の深さが69kmであるのに対して、CMT解が導く震源の深さがJMA 9km、GCCSが13kmと浅く求まっていることです。どちらを信ずるか?海溝の外側で、このような深部に地震が発生する力学的環境を想像することは難しい。とするならば、この地震の深さは10km程度であろうと考えるのが妥当です。図2の深さ分布は全体として50kmほど浅くすべきでしょう。いずれにしても気象庁は、日本列島から離れた場所の地震の深さを精度良く求める手法をできるだけ早く開発するべきと思います。

 上の発震機構図から、この地震は正断層地震であったことがわかります。断層面は北に傾く面と南に傾く面が解としてえられていますが、図2と照合するなば、どうやら北に傾く面が断層面、すなわち襟裳海山の北東斜面が北に滑り落ちる運動であったと思えます(不確かさは残っていますが)。
 非DC成分が10%程度の大きさを持つ正値を取っています。これは、圧縮力が引っ張り力より大きかった。すなわち、図3の発震機構図からは鉛直方向の大きな圧縮力がこの地震を引きこしたと解釈できます〔ただし、非DC成分値が有意であると仮定すればの話ですが〕。考えられるのは、襟裳海山の“自重(じじゅう)”ということでしょう。物理過程を想像することは難しそうです。

 m6.9地震の一時間余後に、襟裳海山の南麓でm6.0の地震が起きています。余震であるのか、それとも偶発的に同規模の地震が起きたのか、それは定かでありません。この地震の余震活動はあまり高くない。そして何よりも発震機構解が先行する地震と違っています。断層面がどちらであるかは定かでないにしても、走行は北々東―南々西であり、それは日本海溝軸の走向に平行です〔図5参照〕
〔図5:2012.03.14.19m6.0地震の発震機構〕
x171225襟裳海山60メカ

 NonDC値はJMAは微小の負値、に対してGCCSは20%強という大きな正値を算出しています。すなわち、上下〔鉛直〕方向の大きな応力がこの地震の起震力であったとの解釈ができるのかもしれません。

 どのような解釈、あるいはシナリオを考えることができるのか?次回には、言いたい放題で、2017年を終えるのもよろしきかななぞと考えています。
(つづく)

+++++NHK と TV視聴料
 下に紹介する指摘、まさに正論と思うのですが、「オカミ」とその僕〔しもべ〕の司法はそうは考えないようであります。
%%%%%今のNHKに「受信料制度」は本当に必要なのか
2017年12月23日 6時0分 東洋経済オンライン
NHKは国家権力からの独立性が認められているが・・・(撮影:尾形文繁)
受信料の徴収を合憲と判断した12月6日の最高裁判決に対し、違和感を持つ声がネット上に溢れている。
なぜ見もしないNHKに受信料を払わなければならないのか。災害報道や教育関連の放送に公共放送としての役割があるのだ、と言われてもなお、違和感をぬぐえないのは、民放の災害報道がNHKに比べて決定的に劣るという実感がないだけでなく、この説明だけでは「なぜ国営放送ではないのか」という素朴な疑問を解決できないからではないだろうか。
その疑問を解く鍵は、放送法1条2項にある。
戦争の教訓から認められた「独立性」
NHKの根拠法である放送法が誕生したのは終戦から5年後の1950年5月。この前年には、弁護士に自治を認めた弁護士法が誕生している。
戦前の弁護士は旧司法省に懲戒権を握られていたため、国家から弾圧を受け、国民の人権を守るという職務を全うできなかった。その教訓から、弁護士には国家権力から完全に独立した自治権が与えられたのだが、同じく戦時中国家権力の宣伝部隊となったNHKにも、国家権力からの独立性を認めた。それが放送法1条2項だ。
放送法は1条で、「放送を公共の福祉に適合するように規律し、その健全な発達を図ることを目的とする」とし、そのための原則として、同2項で、「放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保すること」を謳っている。
国家権力のみならず、資本家の権力からも独立した放送局であるためには、国家にも資本家にも頼らない収入源を確保しなければならない。だから国民が負担する受信料なのである。
だがしかし、NHKの最高意思決定機関である経営委員会を構成する委員は、衆参両議院の同意を得て内閣総理大臣が任命する。経営委員会はNHKの会長、副会長、理事といった執行幹部の決定権を握っている。したがって結局のところ、NHKのトップ人事を、条件さえ揃えば内閣総理大臣がコントロールしうる設計になっているのだ。
官邸の「忖度」が働く
官邸の意向を汲む経営委員を送り込んでも、経営委員自身は番組制作に干渉することはできない規定になってはいる。しかし、官邸の意向を汲む経営委員が、自らの意向を汲む人物を会長や副会長、理事に据え、「忖度」が働けば、官邸は間接的にNHKをコントロールできる。
実際、2013年秋に就任した委員4人はいずれも安倍晋三首相に近いとされ、その経営委員の選んだ会長が、籾井勝人氏である。
その籾井氏が、就任早々問題発言を繰り返したことは周知のとおり。とりわけ、「政府が右と言うことを左と言うわけにはいかない」は、放送法1条2項の精神を根底から否定しかねない発言だった。
それではなぜ、放送法はそのような権限を内閣総理大臣に与えたのかというと、国民の代表機関である国会がにらみをきかすという前提があったからだろう。
国会は経営委員の選任についての同意権だけでなく、予算や受信料の承認権も握っているのだが、そうなったのは、国民は国会審議を通じて視聴者の代表たる経営委員の選任に影響を及ぼし、NHKの経営をチェックできるというロジックだったからだ。
しかし、さまざまな思想の傑物が互いに牽制し合うことで、幅広い支持者を得、時の首相といえども独走が許されなかったかつての自民党と、今の自民党は違う。
だからこそ、実際に国家権力が番組制作に干渉するかどうかの問題ではなく、それが可能な制度になっているということが問題なのだ。国家権力からの独立性が確保できないのであれば、受信料制度を維持する大義名分は失われる。
職員の平均給与は1100万円
NHKは民放では考えられないほど贅沢に番組制作にお金を投入する。職員の給与水準も高い。2016年度のNHKの経常事業支出は6910億円。このうち給与(退職金、厚生手当含まず)は1110億円。2017年3月末時点の職員数は1万0105人で、平均年齢は41.1歳。1人当たりの給与は1098万円という計算になる。
税金で運営する国営放送になれば、お金の使い方も現在とは大きく変わるだろう。『クローズアップ現代』の国谷裕子キャスターの降板騒動、高市早苗総務相(当時)の電波停止発言など、国家権力からの独立性を疑われてもおかしくない事態が次から次へと発生している状況からすれば、今のNHKならいっそ国営放送になったほうがわかりやすい。
だがしかし、果たしてそれで良いのか。NHKが国家権力からの独立性を確保できている報道機関であると、国民が心から信じることができれば、受信料に対する理解は格段に高まるはずだ。
経営委員の任命権を国家権力が及ばないところへ移す法改正は、官僚主導の立法では無理だ。議員立法でも党議拘束でがんじがらめの自民党議員には期待できない。このところ不甲斐なさばかりが目立つ野党議員の奮起を望む。
%%%%%

+++++モリカケ・団子・スパゲッティ疑惑
 三月以降、逃げて逃げて逃げての九ヶ月。安倍氏には欝々とした長い時であったのでしょう。如何にぼんくらであっても、人間褒められれば嬉しいけれど、手なずけたマスコミの手加減にも関わらず、無能・卑怯なる言外の声は届いたはずです。さて、来年はどうするのか?
いつもの「口の悪い」古川氏のブログです。
%%%%%古川利明ブログ
#ほいで、今日(=12・20)発売の新潮砲に、斉藤元章が社ちょーを務めるペジコンによる補助金詐取ジケンの続報で、「蝪釘aScaler(エクサスケーラー)」っていう、ペジコンとニコイチの関係にあるんかよ。とにかく、法務局で登記簿を取らんことには、詳しい実態はわからんのだが、あー、コイツで検索をかけると、会社HPが出てきて、「所在地:東京都千代田区神田小川町2丁目1番地 木村ビル3F、設立:2014年4月、資本金:27億1394萬5千円、社員数:16人」かあ。とにかく、このエクサスケーラーっていう会社が、文科ショウの外郭団体であるJST(国立研究開発ホウジン・科学技術振興機構)」ってところから、あの加計学園ジケンを彷彿とさせるように、要は「八百長融資」を受けておったってことを「字」にしておったな。
 その融資ってのは、省電力仕様のスパコンを開発する企業に貸し付けるっていうんだが、ただ、周知期間が「たったの2週間」で、あの出来レースの極みである国家センリャク特区による「大学獣医学ブ新設」のやうに、とにかく、事前にそうした情報をゲットしておらんことには、ちゃんと準備をしておいて、エントリーのしようもねえってんだな。だから、応募があったのは、このエクサスケーラーと合わせて「たったの2社」で、当然、今年1月、同社に融資が決まったんだが、その金額がぬあんと、「60億円」ってんだな。このうちの52億円が既に下りたってんだが、金額的には、ペジコンと合わせて、〆て100億円が国庫(=ワシらの血税)から出ておったことを考えるとだな、メインの受け皿は「ココ」だったってことだよな。しかし、コレまでのシンブン報道では、全然、出てきておらんよな。
 だから、ワシ思うんだが、今回のジケンの本筋は、金額の大きさも含めて、むしろ、「こっち」と違うんかよ? そもそも、どういう経緯で、この融資アンケンが決まったのか、興味津々だよなあ。あのアベの腰巾着である元TBS政治ブの山口敬之のおやぢが、ワサワサと暗躍しマクっておったってことは、ねえのかよ? 年明けの「1・22」に通常国怪が召集されるってんだが、コイツは予算イイン会、春の嵐のごとく、大荒れの予感がしマクリンスキーだよなあ(笑)
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襟裳海山の地震塊,SWCが説く「人権」のいかがわしさ

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
〔写真:上は昨朝未明の散歩風景、下:今朝、フトひらめくものがあり、シャッタを押したところ、〕構想どおりのピカソ風写真〔というのは嘘で実際は撮りそこない〕)
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狭霧(さぎり)這う 霜の畑を 見て思う 冬至〔きたれ〕ども 春は遠きに

 北関東の寒村。刈入のすんだ田をうすく霧が覆っています。秋の末まで残っていた蓮が水面の氷と一緒に固まっています。本当に“春は来るんかいな“と訝っています。

 過日、安倍首相が、韓国屋党代表と官邸で面談した際の椅子の高さが話題になっています。
〔写真:左端上下、因みに他の面談者に対しては椅子の高さを上げたり、同じにしたりで、相手を見て画策している様子が推察できます。拡大は二回クリック〕
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 この写真を見て誰しもが連想するのがチャっプリの名画「独裁者」の一シーンです:
〔写真:映画「独裁者」より。拡大は二回クリック〕
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 まあ、何を書いても所詮は蛇足。コメントはしません。外国通信に拠れば、日本の首相が汚職(corruption)追及から逃げ回っているということは良く知られた話なのだそうです。これは、ひいては、「金に汚い人物」を何回選挙やっても大勝させる日本国民が、外国からはあきれられているということなのでしょう。情けないやら・・・・でありまする。

+++++襟裳海山の地震塊
本年8月半ばごろ福島から茨城にかけてM5クラスの地震発生が早川正士氏によって予測されました。予測された地震とおぼしき地震が発生したとの報道に接し、それならばその背後に何がしかの地震活動があったに違いないと考えて作成したのが下図左です〔2017年6月14日記事〕。この図を作成した後、私の関心は、地震活動の日本海溝東側への滲みだしに移りました(2017年10月23日記事)。9月下旬と10月上旬にM>6の顕著地震がこの滲みだし域で発生したため、期間も12月8日までをカバーしています。したがって、当初の図面とはだいぶ違っています。この図を見て気付いたのが、,任后秋田県の西方沖に線状の地震活動が見えています。長さは200kmほどです。ここは1983年5月26日の日本海中部地震〔Mw7.7〕の震源地です。あれから三十余年、経過したにも関わらず、くっきりと明瞭に地震活動が続いているのです。それとも、新たな活動のぶり返しの兆しなのでしょうか?この活動を時間的に遡って見ずばなるまいと思っておりました。
 滲みだし現象については、観察期間を少し長く取らずばなるまいと考え、大震災の発生年の翌年、すなわち2012年からの地震活動を眺めることにしました。PCの許容力から、観察期間を長く取れば、観察する地震規模の下限は大きくせねばならないという厳しい条件が課せられています。いずれにせよ、興味深いことは大変多く、それらはいずれ考察します。
〔図1:東北日本の東西海域の地震活動〕
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 そんな折、去る12月19日、政府・地震調査委員会は、北海道東部から千島列島沿岸部にかけて巨大地震の発生が差し迫っているとの報告を公開しました。その危険性を確率で見積もると今後30年以内に8%〜40%とのことです(12月20日記事)。その切迫性の認識、あるいは発生確率の算定において、どの程度2011年3月11日の東日本巨大地震が関わっているのか?それについての議論は130頁もの報告書を見る限りでは、深くは検討されていないようです。
 すなわち、311地震の発生が、北海道東部、千島沿岸での地震発生を早めたのか、それとも逆に遠ざけたのか、それは「わからない」ということです。311の巨大地震によって、日本列島下に潜り込むプレートとその上に覆いかぶさる北米プレートの間の「相互作用(mutual coupling)」を勘定〔estimate〕できない限りは、その類の議論はありえません。
 というわけで、12月20日のブログ記事でも紹介したように、議論の根底の80%は北海道陸部地下にうずもれている大昔の津波痕砂の層の発見と、その年代測定です。

 私自身は、巨大地震の発生は全地球的な地学変動の一形態であると考えています。したがって、今般の巨大地震切迫域にあっても、それは太平洋プレートの北西への進行とあいまって、周辺の巨大地震の影響伝播があると考えています。
〔図2:地震調査委員会報告書より〕
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 ところで、311巨大地震後の北海道太平洋岸沿いの地震活動を気象庁データで眺めていて思い出したのが図1右の△納┐靴臣録務萋阿任后これは一体何だ!、というわけです。
 この地震活動が直ちに地震調査委員会の語る「北海道東部・千島」での巨大地震の「切迫」を推定する指標になるとは思えませんが、調べてみました。

〔図3:2011年4月1日~2016年11月30日までのm>3.5の震央分布、nは図中にプロットされる地震の総数、mの下限値を下げると、地震数が多くなりブログ管理人の所持するPC の能力を超えてしまう;⊃淬罎龍觀僧琉(ABCD)内の地震発生頻度を月単位で集計したもの。Nは矩形領域内の自身の数。〕
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 上図は311巨大地震の約九ヶ月半後の地震活動です。矩形領域内の地震活動に限るならば、それほど、311台地震の影響は残存していないといえるのかもしれません。襟裳海山界隈の地震活動は、どうやら突発的に発生したらしいことが△ら窺えます。そこで、対象領域をクローズアップしますが。その前に北海道になじみの無い方のために若干の図を添付しておきます。
〔図4:,亘務て仔邊濂地震活動の鉛直断面;地震活動の時間推移〕
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 上図△任盡るように襟裳海山の地震塊は311のほぼ一年後に突然出現し、あっという間に消えました。まことに不可思議な地震活動でありました。次回、襟裳海山界隈の地震活動塊のクローズアップを眺めることにします。
(つづく)

++++人権問題をめぐって
 “Human Rights Now”なる団体が主催する「今、問われるメディアの独立と報道の自由」国連勧告を受けて」と題する集会の動画を視聴しました。なんといってもご婦人方の活躍が目覚〔めざま〕しいことを実感させる会合です。
 私事ですが、私たち二人兄弟は、連れ合いを早くに無くした母親の細腕で育てられました。実際母親は身の丈150cmそこそこでありました。子供を抱えての長きにわたる苦労、女であることの不利益を体中で感じていたんですね。したがって女性の権利と待遇の向上を求めて戦うという生き様があったはずです。が、母は違っていました。抱える二人の男の子が、成人して、威張って日々を過ごせるようになることこそ尤も重要な生甲斐・価値観であったのです。口からついてくる言葉は「女はダメヨ」なぞ典型的な「男尊女卑」のセリフであります。そのくせ、平塚雷鳥、与謝野晶子、漱石の小説、戦争と平和のナターシャ等の女主人公など〔ともかくその音楽知識・読書量たるや洋の東西を問わず、私共兄弟を大きく凌駕していました〕の影響を受けていたようです。医者の娘として若い頃文化的素養を育む環境下に育った故でしょう。だからこそ、内心では同性の不甲斐なさにいらだっての「いかにも母親らしい」〔裏返しの〕表現であったのかもしれません。
 そうした母親内部の苦衷に思いを致さずに育った私はまさに母の望むとおり「男尊女卑」主義者として大人になりました。というわけで、動画を見ていても、「女性が肩を張って、目があっちのほうを向いて言葉を発している」との印象を持ってしまいます。
 日本の報道自由度は今や世界74位であると下に添付した動画で強調されています。そもそもこの件で国連専門委員のデイビド・ケイなる人物に連絡を取ったのは司会をした弁護士伊藤和子氏であると女史自らが発言していました。女性特有の正義感がなせることであったのでしょう。しかし、私には上に書いた「違和感」から、この女史に西欧崇拝、言葉を変えれば、西欧からの圧力で日本を変えるとのゆがんだ発想を感じないでも無いではありません。
 そうした、正義感を体からみなぎらせている東京新聞・望月記者がモリカケそして菅官房長官とのやり取りを報告しています。この記者には外圧もヘッタクレもありません。まさに日本国内の不正義と対峙しています。てなわけで、この女性記者には頼もしさを感じ、好感を抱いています。私の「女」観もいい加減であることよ、と、自戒する日々であります。

%%%%%東京新聞望月記者の指摘〔他〕
今、問われるメディアの独立と報道の自由」国連勧告を受けて
 「

 さて、人権に関して、昨日以下の記事が目に入りました:

%%%%%欅坂46「ナチス風」衣装問題で「色使いが面白くて好き、というわけにはいかない」 ユダヤ系人権団体幹部が会見2017年12月21日 15時35分  J-CASTニュース
 ユダヤ系人権団体「サイモン・ウィーゼンタール・センター(SWC)」のエイブラハム・クーパー副所長が2017年12月20日、東京・有楽町の日本外国特派員協会で記者会見した。
SWCは、アイドルグループ「欅坂46」がナチスドイツを想起させる衣装を着たとして非難声明を出していた。クーパー氏は、欅坂46を運営するソニーミュージック側が同氏を招いて研修会を開いたり、SWC主催の展示会に幹部が訪問したりしていることに言及し、「この事実は我々の誇りとするところ」「ソニーは適切に対応した」などと高く評価し、「不幸な事案を学びの機会にすることが我々の関心事」と話した。
ソニーの対応には評価
欅坂46をめぐっては、16年10月のイベントで着た衣装がナチスドイツを想起させるとして波紋が広がり、SWCも
「10代の若者がナチス風の衣装を着てステージや観客席で踊っているのを見ることは、ナチス大量虐殺の犠牲者に多大な苦痛を引き起こす」
とする非難声明を発表。声明発表から24時間足らずで欅坂46の運営会社や総合プロデューサーの秋元康氏が謝罪することになった。
ソニーミュージック系列に所属する歌手としては、氣志團が11年にナチス親衛隊(SS)の制服に似た衣装を着てテレビに出演して問題化したという経緯がある。クーパー氏によると、氣志團の件でSWC側の懸念を伝えソニー側も謝罪したが、新たに事案が起こったため「さらに強く反応」したという。
その後のソニー側の対応に、クーパー氏は総じて理解を示している。都内で開幕したSWC主催の「3500年の歴史を持つユダヤの歴史展」にソニーミュージックの幹部が2人来たとして、クーパー氏は「この事実は非常に誇りとするところだ」と述べた。数か月前にはソニー側から招待を受け、130〜140人を前にプレゼンテーションしたことも明らかにした。
「我々の本当の関心事は、不幸な事案を学びの機会にすること」
その上で、
「ソニーは適切に対応した。すぐに人を(SWCの本部がある)ロサンゼルスに派遣し、私は東京に来た。こういったことも踏まえて、その数か月後にまた東京に来た。我々の本当の関心事は、不幸な事案を学びの機会にすることだからだ。好む好まざるにかかわらず、『文化の通訳』なのは若者だ」
と述べた。
「ナチスのイデオロギーを読んでしまうと、逃れられなくなってしまう」
クーパー氏は、
「SWCは日本に敵がいるとは思ってないことは強調しておきたい。理解や知識が足らない、というのはよくあることだと理解している。だが、ソニーのような国際ブランドだと、単に『10代前半の若い女の子だし、(衣装の)色使いが面白くて好き』というわけにはいかない」
「アジアの皆さんには、一度でもナチスのイデオロギーを読んでしまうと、誰であろうと逃れられなくなってしまうことを覚えておいてほしい」
などと話し、若者を介してナチスを容認するような考え方が広まることへの警戒感を示した。
SWCは、ホロコースト否定論やユダヤ陰謀論を唱えるメディアに対して、広告主を巻き込みながら強硬な抗議活動を展開することで知られている。1995年1月に文芸春秋社の月刊誌「マルコポーロ」が掲載した「ナチ『ガス室』はなかった」と題する記事をめぐっては、SWCやイスラエル大使館が猛烈に抗議。文芸春秋社のスポンサーに広告出稿を取りやめるように働きかけるなどの運動を展開した。その結果、文芸春秋社は雑誌の回収と廃刊、編集長の解任を決め、全面謝罪。社長も引責辞任に追い込まれた。
SWCは2017年11月、高須クリニックの高須克弥院長が、所属する米国美容外科学会(AACS)から「追放」されたとする声明を発表。高須氏は事実関係を強く否定した。今回の会見では高須氏の件に関する言及はなかった。
%%%%%

 人権を謳って、日本国の芸能活動に米国の一団体SWCが警告を発したのだそうです。私はこのSWCなる米国に本部を置く団体に強い嫌悪感があります。その理由の一部を2012年4月9日記事に書きました。)
%%%%%2012年4月9日記事「僕のお父さんは東電の社員です」(現代書舘)を読む(3)からの記事抜粋:

 森氏は数年前にアウシュビッツを訪ねたと書きます。とすれば下の写真を見たはずです。ここには、虐殺されたユダヤ人の数が当初彫り込まれていた400万超という数から150万と書き換えられているのです。これだけでも600万ー(400-150)万=350万となります。600万の数字の根拠は定かではないけれども、それにはアウシュビッツでの「400万」が勘定に入っており、おり、それが書き換えられたのですから、せめて300万強と書くべきであったでしょう。何がしかの効果を期待して、「600万」と書いたと疑われてもしかたありません。
(写真:「アウシュビッツの争点』(木村愛二著)より)
171222アウシュビッツ無題


 私は、かって、ダッハウ(ミュンヘン郊外)、マウトハーゼン(ウイーンの西百数十キロ)の強制収用所跡を訪ねたことがあります。ダッハウの近傍のホテルのフライヤにはガス室を連想させる写真が説明なしで掲載されています。収容所跡地で入手した資料には「ガス虐殺」は記述されていません( 2005年5月13日記事「ダッハウ旅行記 ) 。

 ドイツ国政府は、「反ユダヤ言動」に極めて神経質です。その理由を観光客に理解させるためにも、ドイツ国が犯したとされるホロコストを、あらゆる機会に謝罪をこめて書き込んでおくと思っていました。しかし、史跡案内書、ホテルのフライヤには、上記ブログ記事にあるように「自国の犯した犯罪そして謝罪」の意志が強烈に紙に表現されているわけではなく、なにやら心許無いのです。

 そこで、まずはマルコポーロへの寄稿者である西岡昌紀氏が著した「ガス室の真実」(日新報道、1997)、そして氏がこの本で推薦する「アウシュビッツの争点」(木村愛二著、リベルタ出版、1995年6月)を読みました。この二冊には「ホロコースト」に関する多くの疑点が指摘されています。森氏が書く「ヘスの供述調書」作成経過にも多くの疑点を指摘しています。

 例えば、西岡氏は、「戦後直ちに、連合軍が収容所に散乱する多くの死体を検死した。ガスによる窒息との医学所見は皆無で、殆どはチフス等の病死であった」、「ナチス虐殺の証拠写真として使われるベルゲン収容所の夥しい数の遺体について、そもそもベルゲン収容所にはガス室が存在しないことを連合軍が認めている。従って写真の夥しい数の死体はガス虐殺であるはずが無い」。又、木村氏は「世界年艦1938年版はユダヤ人総数を1660万と見積もっている。ニューヨークタイムス1948年2月22日付け記事では戦後のユダヤ人数は1500万から1800万と書いている」と指摘します。600万人減るどころか、ほぼ現状維持もしくは増加しているのです。

 何が本当なのか?市営図書館に備わった「ホロコースト」関連本の九割はホロコーストを肯定(「ホロコースト肯定」とは、「ホロコーストがなされたと認識する」、との意味。ブログ管理者注)していますから、西岡・木村両氏の主張の真偽・検証が出来る筈でした。ところが、上記のわずか3つの事例ですらまともな反論は皆無、むしろホロコスト肯定者達は東大教授、専門家も含めて事実関係を検証していないことが分かったのです。更に驚くべき事は、ホローコースト専門家であるビダル・ナケ氏は「(ホロコーストを否定する輩は)こまい事をグチグチいってくる。相手にしたら敵の思う壺だ。相手にしないのが最良」と、言ってのけ、一々事実関係は議論しないと公言したのです。そして日本のホロコースト肯定論者も「この対応に倣う」と公言し、自らの著書にそれを堂々と書くのです。(2006年9月9日記事参照)
  
 %%%%%上記記事の部分引用
(途中抜粋)山崎、三鷹氏らが下記の様に語るとき、彼等は、学者研究者であった筈の自らを自己否定していることになりはすまいか?(これは、当該ブログ管理人のコメント、念のため)
否定論者への対処法(引用はじめ)
「まともな論争ができる相手ではない。そういう相手の土俵に乗って議論することは、客観的には彼らの意図(=否定論の拡散)に加担してしまいかねない」、 「ガス室があったかなかったかという議論をすると、否定派は際限なく『論拠』を繰り出し、都合が悪い事実には口をつぐ むか、まったく見当はずれの罵声を浴びせるだけである。ヴィダル=ナケが『否定派を相手に議論はしないが、否定派については議論すべきだ』と述べている が、私はこの意見に賛成である」。
%%%%%引用終わり。

 にも拘わらず、東大の教授は「ジェノサイド(大量虐殺)を研究課題として文部省(当時)から科学研究費を獲得しています。「事実関係究明」をせずして、こうした研究課題がありえるのは奇妙なことです。

 ホロコーストについては疑惑する側から夥しい疑点が指摘されているにも拘らず、肯定する側の研究者がそれに正面から否定・反論しないために、まさに「意図的」にそれらの疑点は闇に置かれままになっているのです。「ホロコーストはあった」との前提に立つ限りにおいてのみ、議論が許されるのです。それへの疑念は「あってはならず」、あれば、それは外圧で押しつぶされるか、又は無視されるのです。日本の「左翼」陣営は、ホロコーストに疑念を持つことをより強烈に犯罪視します。あたかもそれが自らの「左翼性」の証の如く。かくして、ホロコ−ストへの疑惑は「禁忌」(タブー)なのです。何故なのか?ジャ−ナリストたる方々が疑惑し探求すべき課題と思います。
 
 4月5日付東京新聞は、文化欄で関根謙氏(慶応大学)の寄稿「発信続ける南京、文学に刻まれる記憶」を掲載しています。関根氏は、その文を「大虐殺捏造論は近年特に声高に叫ばれているが科学的根拠と言う美名に走って人間性の根源を見失ってはいけない」と結んでいます。

 ホロコースト肯定論者と同じ「論法」を見ることができます。歴史学は「文学」であって「科学」であってはならないと主張しています。「南京虐殺」、「ホロコースト」の議論から「科学」を放逐してしまっているが故に、これらは政治的に微妙な問題になってしまったと私は思います。
 歴史学は「文学」と「科学」の両面を有しているのだから、「科学」を排除し、「文学」を強調することは事実認識を曖昧にします。その結果、あってはならない事件が起きた、或いは起きているのがパレスティナ問題です。ここでは、パレスチナ人女性・子供達が連日残虐な非道に晒されています。

 私は「西岡・木村氏が真実を語り、森氏は嘘を信じている」と言ってるのではありません。ホロコーストについては、真実を知ろうとする努力、つまり「科学」の介在が阻害されている現状があるということを書いているのです。森氏は、安易にホロコースト問題に言及しているので、森氏がジャーナリストとして、自らに突きつけるべきは「自らの言葉から「科学」を欠落させて良いのか?」という問いであろうと思っていました。これは「ごめんなさい」と、言うことよりはるかに大きな勇気が要ることだからです。
 %%%%%過去記事再掲終わり

 私は、世界を駆け回って「ホローコースト弾劾」を叫びまわるこのSWC団体のいかがわしさをこれまでも、幾たびも見聞してきました。こういう類の団体が、「人権」を口にすることにつよい違和感があります。その違和感を生じしむるSWCの言動の一端を下に引用しておきます。このHPの作成者は1970年代、学生運動の中心にあって日本の左翼運動にどっぷりと身をおいた方です。そして左翼の閉鎖的史観の呪縛から自らを解き放ち、むしろ「正義」という視点から、諸々を論じている稀有な論客であると私は考えているので、ここに紹介する次第です。
 とりわけSWC幹部の広島観は衝撃です。SWCにとっては、世界の最大の被害者は「その数も定かではない第二次世界大戦のユダヤ人」だけであるということを吐露しているのです。
%%%%%「ユダヤ人人権擁護団体・略称SWC」考
【シモン・ヴィーゼンタールの出自】
 シモン・ヴィーゼンタールは、1908年、ガリチア(現在のウクライナ西部ブチャチ)生まれのユダヤ人である。同国リビウで高校卒業後、ユダヤ人であることから専門学校進学を認められず、プラハの工業大学に進んだ。リビウで設計事務所に勤務していたが、第2次大戦開始後の旧ソ連軍占領下で職を追われ、41年のドイツ軍侵攻後にリビウ郊外の強制収容所に入れられた。第二次世界大戦中多数の強制収容所を転々としているところを連合軍によって救出され、アメリカ軍の「戦略情報局(OSS)」の戦犯追及機関の情報員になり、オーストリアにおける戦犯捜索に協力した。ヴィーゼンタールや彼の妻の一族のうち、ナチスによって殺された人は89人にのぼったという。夫妻は収容所から逃走するなどして生き延びた。
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【シモン・ヴィーゼンタールのナチス摘発運動】
 1961年に連合軍による占領時代が終わると、ヴィーゼンタールは、オーストリアのウィーンに、「ナチ体制下のユダヤ人犠牲者連盟・記録センター」を設立した。この記録センターには、約2万2500名の元ナチスに関する情報が納められているという。
 ヴィーゼンタールの組織は、民間の情報収集機関のため、逮捕の権限はない。戦争犯罪人についての情報を収集し、犯罪の証拠を発掘し、関係当局にしかるべき情報を提供する活動に限られている。この組織の運営費は、全世界に散らばっているユダヤ人からの寄付によって賄われている。
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【「アイヒマン摘発事件」】
 ヴィーゼンタールを一躍、名高いものにしたのは、1960年の「アイヒマン事件」である。ヴィーゼンタールは、アドルフ・アイヒマンの過去から、1945年5月の失踪までの経過を克明に調べあげ、失踪の足どりを執拗に追った。そして、アイヒマンが、リカルド・クレメントという偽名でアルゼンチンのブエノスアイレスに生存している事実を突き止め、この情報を、同じくアイヒマンを追っているイスラエルの秘密情報機関「モサド」に連絡し、アイヒマンは逮捕された。アイヒマン逮捕(拉致)の知らせは全世界を驚かせたが、この「アイヒマン事件」により、ヴィーゼンタールは“ナチ・ハンター”としての名声を得たのである。(イスラエルで裁判にかけられたアイヒマンは1962年5月に絞首刑に処せられた)。
 ヴィーゼンタールは、フランスやオーストリアの抵抗運動組織から表彰され、オランダ自由勲章やルクセンブルク自由勲章を授けられた。国連による最高の表彰を受けた。
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【「シモン・ヴィーゼンタール・センター(SWC)」創設】
 1977年、ヴィーゼンタールの業績をたたえてアメリカのロサンゼルスに「シモン・ヴィーゼンタール・センター(SWC)」が創設された。このセンターは、ナチ戦犯の追跡調査ばかりでなく、啓蒙組織としての顔も持っている。このセンターが運営する「寛容の博物館(Museum of Tolerance)」は、非ユダヤ人を中心とする学生に、ナチスのユダヤ人迫害を理解してもらうためのガイド・コースが設けられていて、博物館を訪れた人々は、館内の資料や展示によって、ナチスの残虐さについて理解を深めることができるように作られている。(毎年30万人以上の人が訪れるという)。「シモン・ヴィーゼンタール・センター」はニューヨーク、シカゴ、ワシントン、トロント、パリ、エルサレムにもオフィスを開設している。

 ヴィーゼンタールは、1980年にはジミー・カーター大統領に金の特別勲章を授与された。1986年には、フランスのレジオン・ドヌール勲章も受章している。
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【「SWC」と「創価学会」の友好関係】
 現在、「SWC」は「創価学会インターナショナル(SGI)」と友好関係にある。池田大作会長が最初に「SWC」のロサンゼルス本部を訪れたのは1993年1月である。この時、「SWC」は池田大作に対して「国際寛容賞(人類愛国際賞)」を贈り、池田大作を称えた。そして、この訪問を機に「SWC」と「SGI」は連携し、「ホロコースト展」の日本での開催の準備が始められた。

 戦後50年の1995年8月15日、「ホロコースト展」が広島の国際会議場で開催された。「ホロコースト展」のオープニングには、「SWC」のマービン・ハイヤー館長、アブラハム・クーパー副館長、ジェラルド・マゴーリス事務長、アルフレッド・バリッツァー博士らの一行が列席した。マービン・ハイヤー館長は、「SWC」を代表して次のようにあいさつした。
 「本日、ここに『ホロコースト展』広島展が開幕の運びとなりましたが、これは創価大学の皆様、並びに創立者・池田SGI(創価学会インターナショナル)会長のひとかたならぬご尽力で実現したものです」。
 「ホロコースト展」が無事成功に終わると、翌年1996年には、「SWC」による「マキグチ記念人権講演会」がスタートした。その第1回に招待を受けた池田大作は、「SWC」が運営するロサンゼルスの「寛容の博物館」で記念講演を行なった。参加した識者からは、「池田氏の闘争に強く心を揺さぶられました。人間の権利、そして平和のために、世界で繰り広げておられる『限りなき闘争』に」「教育で『人類愛』『兄弟愛』を分かち合う──この一点こそが池田氏の講演の魂でしょう」などの感想が寄せられた。
 ところで、「マルコポーロ廃刊事件」の時、「SWC」の背後で「創価学会」が暗躍していたという情報がある。『マルコポーロ』の記事を最初に「SWC」に報告したのは「創価学会」の信者だったという。
 また、『マルコポーロ』廃刊号には、ガス室の記事と並んでもう1つ重大な記事が掲載されていた。それは、「徹底調査・新興宗教に入っている有名人一覧」という記事である。この中で、創価学会に入信している有名人がリストアップされていたのだ。(創価学会の日蓮宗破門も詳しく報じられていた)。『マルコポーロ』が廃刊になったのは、ガス室の記事よりも、この有名人信者一覧リストが原因だったとの見方がある。
 その『マルコポーロ』廃刊号に掲載されていた。「新興宗教に入っている有名人一覧」はここで見れる↓
 http://home7.highway.ne.jp/tobicco/geinou10.h

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【「SWC」と「統一教会」の友好関係】
 現在、「SWC」は、「統一協会」とも友好関係を結んでいる。「統一協会」は、1982年にアメリカで新聞『ワシントン・タイムズ』を創刊したが、イスラエルのシオニズム活動を熱烈に支持し、最近ではイスラエルの右派リクードを支援している。
 教祖である文鮮明は、次のような言葉を口にしている。
 「2012年までには神の摂理のすべてを完成させなければなりません。イエス様が2000年前に受け入れられずに失敗したすべてを蕩減(とうげん)しなければならない。キリスト教徒はユダヤ人と共にそれを成し遂げなければならない。
 私は私の100%の力を投入し、イスラエルを救うために歩む覚悟でいます。すべてのアメリカ人が目覚め、そのことのために働かなくてはなりません。皆さんもそのようにお願いします。皆さん、キリスト教の指導者はキリスト教の統一のために働いて、それを成し遂げてください」。


【「SWC」の広島・長崎の原爆投下観】
 「SWC」は広島・長崎の原爆投下についてはどのような見解を持っているのだろうか? ナチスのホロコーストに匹敵する悲劇だと思っているのだろうか? アメリカが犯した「戦争犯罪」だと思っているのだろうか? 
 前章で紹介した広島での「ホロコースト展」に参加した「SWC」の関係者たちは、式典の中では、もっぱらアウシュビッツの悲劇を強調していたようで、原爆の悲劇についてどう思っていたのかは明らかにはされていない。
 しかしここに「SWC」の主張と活動を知る上で、非常に興味深い取材記事がある。『新潮45』(2000年12月号)に掲載された、『特別インタビュー「ユダヤは怖い」は本当ですか? 「SWC」のアブラハム・クーパー副館長に聞く』という新潮社編集部の取材記事である。
 この取材記事の中で、「SWC」の副館長であるラビ、アブラハム・クーパーは、南京虐殺事件と原爆投下について驚くべき見解を披瀝している。取材記事の一部分を下に掲載しておくが、これは、日本人にとっては看過することのできない内容であろう。

 新潮社編集部の「第二次世界大戦で人類に対する明らかな犯罪が2つあったと思います。ひとつはホロコースト、もうひとつは原爆投下です。その責任追及を『SWC』がする予定はないのでしょうか?」の質問の中で、次の問答がある。
編集部  原爆による無差別爆撃の事実は明らかで、これは戦争犯罪ですから、アメリカの戦犯追及を考えるべきです。
クーパー  率直にお話ししますが、個人的に言うと、私は原爆投下は戦争犯罪だと思っていません。
編集部  それは納得できません。非戦闘員の殺害は明らかに戦争犯罪じゃないですか。
クーパー  ノー。戦争というのは非常に悲惨な出来事なわけですけれども、2つの原爆を落としたことで、戦争が終わったという事実はあるわけです。もしトルーマンが原爆を落とさなければ、さらに多くの死傷者が出たでしょう。

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