法螺と戯言

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モリ・カケ解散、久努臣麻呂失脚、核実験後の謎の信号(2)

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:台風18号の爪痕です。アメの日も風の日も葱、野菜をカラスから守って幾星霜。先の台風襲撃にあえなく、ご覧の姿です。この雇用主は案山子を愛する人と見受けたので、立て直しは近日中でしょう)
台風爪痕3087
 

 モリ・カケは 食いたくないと 駄々をこね 金をカリアゲ カツ丼欲せり

 自民党幹事長の二階俊博が森友事件や加計疑惑は「小さな問題」と言ったそうです。が、どうしてどうして、現今の日本国政治の最も深刻な安倍氏スキャンダルの深奥であることを、二階氏は、問わず語りに白状してしまったのです。

 まずは久しぶりに板垣怪情報であります。大変興味深いのですが、その確度については「眉に若干の唾』をつけて情報解読に臨んだほうが良いかも知れません。
%%%%%安倍晋三首相は9月28日、臨時国会召集冒頭、衆院を解散、10月22日投開票後、「総理総裁を辞任」する(板垣 英憲)2017年09月19日 
◆〔特別情報1〕
 「余命わずか」の安倍晋三首相は9月28日、臨時国会召集冒頭、衆院を解散する。10月10日公示・22日投開票となる。内閣支持率回復・民進党の離党ドミノなど絶好のチャンスを「勝機」と捉えて、大勝負に打って出る。しかし、これは、「表向きの理由」にすぎず、「真の理由」は、違う。このため、総選挙後、「総理総裁を辞任」し、安倍晋三首相の母・洋子さんに信頼されて、家族付き合いをしており、安倍家の家族会議にも呼ばれている加藤勝信厚生労働相(拉致問題担当相、働き方改革担当相、岡山5区選出、当選5回、額賀派)を後任に据えるという。「真の理由」は、主に3つある。

自民党を支えてきた巨大組織が、「小沢一郎政権樹立」へ密かに動いており、自民党勢力の大幅退潮⇒大敗北は不可避(板垣 英憲)2017年09月20日 
◆〔特別情報2〕
 これまで自民党を支えてきた巨大組織が、10月10日公示、22日投開票の総選挙を機に、「小沢一郎政権樹立」のため密かに動いているという。このなかには、巨大宗教団体をはじめ、政治運動団体、人権擁護団体などが含まれている。自民党は9月上旬に極秘に全国を対象とした情勢調査を行い、その結果(現有勢力288は多少減っても過半数233は確保できる)は安倍晋三首相やごく少数の政府与党幹部に伝えられ、安倍晋三首相が9月28日召集の臨時国会冒頭解散を決意する最有力な情勢判断材料になったといわれている。だが、巨大組織の離反が、自民党勢力の大幅退潮⇒大敗北は不可避となった。
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 私は視聴していませんが、昨日のTV報道番組で玉川解説員が咆えたとのことです。
http://www.dailymotion.com/video/x617v2d 
野党共闘やんなきゃダメ!玉川さん吼える20170919 

 元外交官の天木直人氏がブログで以下を書いています。
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国外逃亡に見えてしまう安倍夫妻のニューヨーク出発 2017-09-19 天木直人のブログ
 安倍晋三・昭恵夫人がタラップの上から手を振っている姿がテレビで映し出された。それを見ておやっと思った。今度の外遊は国連総会に出席するためだ。ひたすら北朝鮮を批判し、返す刀で中国に法の支配を守れと演説するための外遊だ。演説の合間には、これまた日米韓首脳会談で北朝鮮に対する強硬一点張りの話に終始するらしい。夫人を同行するような外遊ではない。
ただでさえ昭恵夫人は安倍外遊に同行しないことがしばしばだ。なぜ今度の国連総会出席に昭恵夫人は同行するのだろう。ひょっとしてこのまま二人は高跳びして日本に帰ってこないのではないか。もちろん、そんな馬鹿な事はない。しかし、そう思わせるに十分な唐突な解散・総選挙である。この唐突な解散・総選挙が、森友・加計疑惑隠しであることはもはやあらゆるメディアが書いている。野党もこぞって敵前逃亡だと批判している。その通りである。しかし、厳密に言えば、今度の解散・総選挙はズバリ、「昭恵隠し」なのである。昭恵夫人と言えば、森友学園の名誉園長として深くかかわった疑惑が指摘されている。しかし、本当は昭恵夫人は加計学園疑惑に森友学園以上に深くかかわっているのだ。その事を発売中のサンデー毎日が特集記事「加計学園を覆う5つの不可解」の中で教えてくれている。そういえばあの森友学園の理事長であった籠池氏も語っていた。政府の補助を得たいなら加計学園を見習ったらどうかと昭恵夫人から助言を得たと。そうなのだ。森友・加計疑惑に共通したキーマンは昭恵夫人なのである。解散・総選挙は10月22日に終わる。その結果がどうであれ、野党は選挙後の国会で、真っ先に森友・加計疑惑問題を取り上げ、白黒つけるべきだ。いや、絶対にそうしなければいけない。そして、白黒つけるために、何としてでも今度こそ、昭恵夫人の国会招致を実現して、森友・加計疑惑の真実を国民に明らかにしなければいけない。その時こそ安倍首相が逃げられない時だ。内閣総辞職せざるを得なくなる。再び解散・総選挙になる。それがわかっているから、安倍夫妻は日本に帰ってこないのではないか。私が、「国外逃亡に見えてしまう安倍夫妻のニューヨーク出発」と書いた理由がそこにある(了)
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+++++麻続王一族流懺前記(2)
 藤原不比等は日本書紀巻二十九天武四年四月紀の冒頭に書く「斎」の催事を厳粛さを保持しつつ賑々しく仕立てるために、そのことに役立つと見越した出来事をかき集めます。
 9月13日記事で 広瀬での「祀」と竜田での「祭」を書きました。日本書紀は一方で荒々しく出来事を捻じ曲げて書きながら他方で、「漢字」の使い方に注意を払っている。それは、まるで「万葉集」での漢字の使い方を思わせる注意深さです。前記記事で「河曲」なる表現について読者の皆様に注意を促しました。広瀬では菊池川がほぼ直角に曲がっている。それを「河曲」と書いた。所が古代史研究者はこれに「かわわ」と仮名を振りその河の実際には立ち入らない。それは、この河がならと思い込んでいるから(後述)と言うこともありますが、こうした繊細な漢字使いに頓着しなかったが故に歴史の真実を見落としてしまうのです。
 前回、これに関して岩波文庫〔日本書紀(五)〕の校注者の注を書き添えることを忘れていましたので、個々に付記しておきます(上掲書125頁)
 まず竜田の立野:延喜神名式、大和国平群郡の条に「竜田座天御柱国御柱神社二座」とある。今奈良県生駒郡三郷村立野所在;
広瀬:延喜神名式、大和国広瀬郡の条に「広瀬座和加宇加乃売命神社とある。今、奈良県北葛城郡河合村川合所在
 2011年3月9日記事 で、奈良県の広瀬、竜田には日本書紀が記す地形の特徴が全くないことを書いています。
 
 書名は忘れましたが考古学者の故森浩一氏が「何故九州にある地名の多くが、奈良を中心として近畿にあるのか?」との問題設定をした上で、それに対する自説を展開しておられました。結論は文明がすすみ、生活レベルも高い近畿への九州からの移民であろうと言うものでした。言葉を変えれば、そもそものこれらの地名の原点は九州にあったことを暗に認める説です。

 私は、類似の地名がそもそも九州が原点であることには同意しますが、九州からの移民で名前が近畿に移植されたとの説には同意できません。その理由を2013年2月11日記事 を初め、繰り返し書いてきました。それは藤原不比等の壮大な日本列島史「こしらえあげ」(fabricate)政策の必然なのです。何故そうせざるを得なかったのか?倭国の文化は近畿勢力のそれに比べて優れていたのではなかろうかと考えています。なにせ柿本人麻呂と言う偉大な叙事家を擁し、政策の施行とそれらの蓄積は藤原不比等にして見れば羨望の対象であったと思います。
 時が経過し、唐の支援もあり、奈良の権力の軍事的優位が高まり、やがて倭国の転覆にまで至ります。新しく立ち上がる奈良権力には、それを飾る歴史的重みを付与する事跡が乏しい。その中で、日本列島の歴史を「こしらえあげ」(fabricate)為には、倭国の事跡を「盗み取る」しかなかったのです。

 この繊細な漢字遣い、即ち漢字を表音記号としてのみでなく、時に表意記号としてもちいることこそ、柿本人麻呂の真骨頂ではなかったのか、と思っています。このことを以てしてもこの事象は、奈良の地で起きたことではなく、九州の「倭国」での出来事であり、それが、叙事の専門である人麻呂などの手によって書き留められていたことの証であると私は考えています。と、いうことは、藤原不比等は、九州倭国を制覇した際にこうした文書を根こそぎ差し押さえ、日本書紀編纂に当って、これらの倭国文書記載事項を摘み食いしたのです。

 さて、広瀬・竜田での祭・祀を終えた四日後に次の記事が登場します:
  丁亥(十四日)。小錦下久努臣麻呂坐対捍詔使。官位尽追。
岩波文庫「日本書紀(五)」124頁は「小錦下久努臣麻呂が詔使(みことのりのつかい)を捍(こばむ)んだので官位の尽(ことごとく)を追われた」と書きます。「捍」は小学館大漢和字典に拠れば「カン、盾などかたいもので防ぐ(529頁)」とあり、どうも上記文意と異なった事態を創造させます。岩波文庫校注者はそれに以下の注を付しています(125頁):
「詔命を帯びた使いに対してそれを拒んで承まわらないこと。おそらく正月の朝参停止の勅を肯えんじなかったのであろう。養老職制律(しきせいりつ)には“対捍詔使而無人臣之礼者絞”の規定があり八逆の六代不敬に当る罪とされる。」

 この記事は六日前の四月八日の記事をうけたものと思われます。その記事とは(8月28日記事 )。
【八日】勅。小錦上当摩公広麻呂。小錦下久努臣麻呂二人。勿使朝参。;〔中略〕;
 二人の重臣に「朝参するな」との勅。文字通り受け取るなら「天皇は、お前ら二人の顔は見たくない」と勅したと解されます。当摩公広麻呂は天武十四年に死去しますが、壬申の乱に功績があったと日本書紀は付記します。私の立論に従えば、天武A(倭国王)の腹心がまたもやテロで倒されたというべきです。ということは、この天武四年の時点では、この勅は「お前の顔は見たくない」ではない、異なる政治的意思が働いたのです。
 上で書いた文意は岩波文庫〔五〕の校注者によったものです。そこでは、「使」という漢字を無視しています。そのために「お前の顔は見たくない」との解釈になってしまいます。私は、九州に在した倭国王が近畿の権力に遣わす使節、それが「朝参」であったと考えます。「朝参」なる用語は倭国にはありません。すなわち 以前書いたように「倭国」と「扶桑国」が一つの〔政権〕であり、一方は「日出」(朝庭。ちょうてい)でありもう一方は「日入」(夕庭)です。つまり同一の政権内で「参」と言う交渉(関係)は存在しなかったのです。これは軍事的に優位に立ちつつあった奈良の権力が倭国に求めてきた屈辱の拝謁方式であったと考えています。
何がしかの事件が、倭国と奈良権力の間に起きたのです。残念ながらその事件の実相は藤原不比等によって隠蔽されています。だから、倭国王の側近であった小錦上当摩公広麻呂、小錦下久努臣麻呂には、もう奈良には行くなと倭国王は指示したのです。
倭国王は、すでに大来皇女、十市皇女を人質同然に近畿権力に拘束されるという政治状況から、例年近畿に遣わす使節を送らないことを「勅」したのだと思っています。
 
さて、こうした政治環境で、倭国側は、奈良権力との戦闘を回避するべく、使節であった久努臣麻呂を解任し、朝参しないことの理由としたのだろうと考えています。これら二人の側近に関わる事件は、いまだ倭国は壊滅しては居ないが、しかし、戦況としてはすこぶる奈良権力が優勢であった時代と思えます。それが壬申の乱といわれる西暦672年直後であるのか、もう少し年月が経過しての事であるのか、現時点では明確には定まりません。
(つづく)
 
+++++北朝鮮核実験が引き起こした地学現象(2)
 前回の記事の後半部分です。読んでいただくと分かりますが、核爆発の後8分半頃に地震計記録上に出現する波の正体はなにか?というわけです。実験サイトである萬塔山周辺に衛星から観察される地すべりであろうと、当初は大方の研究者は考えていた。が、どうやらそれだけではなさそうであるというわけです。

 話は若干逸れますが、「地スベリ」から連想したのが9月8日14時前(日本時間)にメキシコで起きた巨大地震(Mw=8.2)です。9月20日午前3時(日本時間)に新たな地震がおきました。この地震をふくめて、詳しくは次回書きます。メキシコ巨大地震の発震機構解は「地すべり」が生成する地震波のそれと酷似しています。正確な言い方ではありませんが、1896年(明治29年)の三陸沖地震(Mw8.2と見積もられている)を思い出させます。この地震は日本列島観測点での地震動は極めて小さかった。が、遠くドイツのシュツットガルトで大きな波形が観測され多ことが知られています。のちに金森博雄CIT教授が「ゆっくり地震」、「音無し地震」と言う新しい地震のカエゴリを創出した地震です。以下の記事はそうした過去の論議を思い出させます。
 
%%%%%地すべり説はデータを説明するか?
SLIDING SCALE(地すべりの規模)

Although the satellite data do show a lot of landslides on Mount Mantap, other researchers argue that they could not have caused the magnitude-4.1 event. Much larger landslides, such as at Bingham Canyon mine in Utah in 2013, haven’t produced seismic signals close to that size, says Ekstrom.

衛星写真には萬塔山上に多数の地スベリ痕が認められるが、ある研究者達はその地すべりがのマグニチュード4.1相当の地震波を放出することには懐疑的だ。2013年のBingham Canyon mine in Utahのようなずっと大規模な地すべりでもそれほどの地震波は放出していない、とEkstromは言う。
He also argues that the seismic signals he has seen do not match the pattern expected from a landslide. Such an event would have longer-duration signals (matching the time that it takes rocks to fall down a slope) and fewer high-frequency waves (because the energy in a landslide is released more slowly than in earthquakes or explosions) than what was recorded in the North Korean event. He says that a collapse cannot yet be ruled out. The crater formed by a collapse sometimes does not become visible at the surface until much later.
彼が見た地震波形は地すべりから想定されるそれとは一致しないと言う。そのような事象が生ずる波はずっと長い振動継続時間(岩体が斜面を滑り落ちる時間に相当する)であり、短周期成分はもっと少ない(地すべりのエネルギは自然地震、爆破地震にくらべて、もっとゆっくりと放出される)。そうした特徴が北朝鮮での核実験に伴ったこの事象では記録されていない。彼が言うには山体崩壊と言う事象が完全に考察から排除されたわけではないと。崩壊によって形成されたクレータが時には、ずっと後になるまで地表に現出しないこともあるからだ。

Another theory comes from Ekstrom’s colleague at Columbia, seismologist Won-Young Kim. Kim rules out a collapse, a landslide and the possibility that there was an earthquake triggered by the explosion. He says that the seismic event was probably a rock burst—a violent fracturing of rock around one of the many tunnels under Mount Mantap. That could explain the frequency of the seismic waves, which were lower than an earthquake rupture but higher than a landslide, as well as the other features, he says.
Ekstrom’s colleague at Columbia, seismologist Won-Young Kimが別の解釈を言う。Kimは崩壊説を排除しない。地すべりに加えて核実験によって引き起こされた地震の可能性である。地震波の形状は岩石破裂であると。即ち萬塔山下の多くのトンネルの一つで猛烈な岩石破砕がおきた。それは地震波の短周期成分を説明する:それは地震の破壊速度よりは遅く、地すべりよりは高速であると。

The characterization of landslides and rock bursts could help researchers to assess how unstable Mantap is. Even if the whole mountain isn't going to collapse, as some have warned, subtler signs from landslides or rock bursts could indicate whether a major section of the mountain above the tunnels may have cracked. If so, that could lead to contamination of the mountainous area by radioactive material. “It is difficult to imagine how to contain that, given the altitude and remoteness of the place,” says Kim.
地すべりと岩体破裂の特徴を調べることは、萬塔山がどれだけ不安定であるかのアセスに役立つ。山全体が崩壊しなくとも、何人かの研究者が注意を促すように地すべりや岩体破砕の小さな兆候がトンネルを覆う山体の主要部分がひび割れているかどうかの指標になる。それは、放射性物質による山全体の汚染に繋がる。その場所が隔離されており、高度も関係しているため、どれだけの危険性があるかは想像できない、とKimは言う。

Stations outside of North Korea have started to detect radiation from the latest test. On September 13, the South Korean Nuclear Safety and Security Commission in Seoul announced that several ground- and sea-based monitoring stations downwind of the test site had detected the radioactive isotope xenon-133, an indicator of a nuclear test. However, no other isotopes were detected, preventing a determination of what type of bomb was used. It also did not indicate whether radiation is leaking from the site at a higher rate than expected, said Cheol-Su Kim, the head of the environmental radioactivity assessment department at the Korea Institute of Nuclear Safety in Daejeon, South Korea.
Based on South Korea's ground-based network of reporting stations, overall radiation levels there ranged from 50–300 nanosieverts per hour—no higher than the country's background level.
北朝鮮外の周囲の観測所が放射性物質の検出を始めている。9月13日にはthe South Korean Nuclear Safety and Security Commission in Seoulがテストサイトの風下にある監視観測所で放射性同位元素ゼノン133(それは核実験があったのかなかったのかの指標であるが)を検出したとアナウンスした。しかし、他の同位体元素は検出されなかったため、実験での爆弾のタイプを同定できなかった。また実験で予想より高いサイトからの放射性物質漏出を見積もる情報もない、とCheol-Su Kim, the head of the environmental radioactivity assessment department at the Korea Institute of Nuclear Safety in Daejeon, South Korea.は言う。
南朝鮮の地表観測網によれば、全体の放出レベルは一時間当たり50−300ナノシーベルトで、それは背景放射に比べてとりわけ大きい値ではない。
With reporting by Mark Zastrow
This article is reproduced with permission and was first published on September 14, 2017.
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MFL定期演奏、モリカケ隠しの解散、北核実験がもたらした地変(1)

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(写真: " target="_blank" title="">柴崎岳がバルセロナ相手にスーパーゴール! )


稀勢ちゃんよ 次場所の活躍 待ってるぜ 我(われ)らが岳(がく)は メッシを出し抜く

 郷土愛熱き私は、相撲は稀勢ちゃん、サッカーは鹿島アントラーズであります。稀勢ちゃんには,
じっくりと損傷した胸の筋力と足の完全回復を果たして貰います。さすれば、又、あの強い稀勢里相撲が土俵で展開されます。そして、サッカーです。アントラーズが快進撃です。そのアントラーズ出身の岳ちゃんが、メッシの居るバルサを向こうに回しての見事なゴールです。大迫もドイツ・ケルンで復調している気配。鹿島で育った興梠も浦和で頑張っています。嬉しいことです。

 台風18号が接近しつつある土曜日、江戸へ出ました。知人が参加するオーケストラMFL の定期演奏を静聴するためです。場所は400名余の座席を持つ中央線・武蔵小金井の音楽ホールです。1960年代半ばに五年程国立に住み、私の通学経路でありましたから、周囲の光景を懐かしむはずでした。が、昔の面影の欠片を見つけることは出来ませんでした。あの当時は沿線はもっと緑があった筈なのですが。
(図:演奏会聴衆に配布されたブローシャより。一部が撮影の具合で光ってしまいました。しかし、名前と経歴は明瞭に見えます)
violinist3080


 バイオリン奏者の演奏が、予想を裏切って誠に見事であったことをまずは書いておきたいと思います。演奏に先立って曲の解説をした指揮者が「今日のバイオリン奏者は美しい音を出す」と語ります。実際、そうでした。指揮者氏の耳は確かでした。こうした将来を嘱望される演者を世間に教えたく思い、あえてプログラムの頁を掲載しました。
 オーケストラは「管弦楽」と訳されます。見事な訳語です。原義にそうした意味があるのか否かは知りませんが、まさに「管」と「弦」の共同作業です。ここから派生する動詞「orchestrate」には“多様な人が共同して一つのものを創造する”なる意と辞書は書きます。その共同作業を指揮するのがconductor です。Conductorの仕事は演奏会場で指揮棒を振り、聴衆にオーケストラが作り出した音楽を楽しませる。それは、仕事の一部でしかありません。最終的な成果を得るべく、事前にConductorは団員に自らの思いを練習を通じて周知し、技術向上の手助けをするのでしょう。この作業は、プロであろうがアマチュアであろうが同じであると思います。

 さて、音とやら音程とやらにはそれほど喧(やかま)しくない門外漢の私にも、バイオリン奏者がオーケストラの音程に引きずられ、結果として音を損ねた(外す)ことに気づきました。しかし、バイオリン奏者は若いに似合わず動揺する素振りも見せずその困難を乗り切っていました。
 こうした場面に遭遇すると、アマチュア・オーケストラの演奏にはどのような感想を寄せるべきかを考えます(例えば2016年9月12日記事 )。具体的には指揮者による団員訓練こそが楽団のパフォーマンス・アップに大きな役割を果たすのだろうと思っていました。このMFL常任指揮者のHP を見る限りでは、三ヶ月で五回の演奏会。これが多いのか、少ないのか分かりません。ともかく、指揮者自身も自らの生活と一ヶ月に二回の演奏会の間に、楽団の指導、訓練をする時間を作らねばなりません。「訓練」とは練習回数であり、指揮者が創りだしたい音に少しでも近づいているのかどうかは練習によってのみ確認できるのだろうと思います。個々の団員も、夫々仕事を持ち、その中から時間を捻り出して練習に参加してくるのでしょう。と、すれば貴重な練習の成果を個々の団員に納得づくで獲得させるのは指揮者の力量と熱意であろうと思っています。指揮者には団員の能力を最大限引き出す工夫があるべきではないのだろうか?どんなに忙しくとも。

 二曲目の第一楽章に、ファゴットとクラリネット(?、あの長い金管楽器に見えたが)のちょっとした掛け合いを数回繰り返すパートがあります。二人の奏者は見事にその掛け合いを、やってのけました。が、概して今般の演奏でも相変わらず、金管楽器が聴衆を不安でやきもきさせました。多分、指揮者はそうした聴衆が感ずるであろう不安を熟知しているのだろうと思います。奏者の技術向上を手助けするべく、指揮者は何がしかの手立てを講じたのだろうか。
 アマチュアオーケストラの演奏鑑賞は、成長の跡を確認することであり、指揮者は聴衆にそれを訴えられるような訓練・指導の証を見せることではないのか。と、現ブログ管理人は思います。以前書いたように指揮者の知識を語ることではなく、今回の演奏では「この点で著しい成長があり、それを訴えるために演目にこの曲を選んだ』と、語って欲しかった。

 と言うわけで、聴衆たる私は、定期演奏会にいたる様々を色々と想像するしかありません。練習と適切な助言を団員に与えたのだろうか、と。それは、指揮者が創り出したい音と音楽がアマチュア楽団によって現出されるに必要な行程と思うからです。そうしてこそ指揮者と楽団員に達成感をあたえ、それが双方に大きな喜びとなるのではなかろうか、てなことを考えながら、中央線に飛び乗りまっしぐらに神田の居酒屋に走りました。
 上に書き連ねたことを読み返してみると、いささか指揮者氏に対してはきつい事を書いてしまったようです。上にも書きましたが、氏には日常の生活、指揮者としての活動に加え、福祉活動への貢献もされていて至極多忙なのだろうと想像します。しかし、団員の音楽性の向上はひとえに氏の指導性に強く依存しているはずです。演奏会冒頭の挨拶で、せめて団員のひたむきな演奏技術向上への熱意に言及があって欲しいものと思った次第です。

 安倍氏が9月28日の国会開会冒頭に衆議院解散を目論んでいるとのことです。金“刈り上げ”将軍の助けを得て、国民の支持率が回復したからだそうです。
 【金子勝】安倍アラート連発で森友加計問題ぶっ飛んじゃった!
 
 こんな時期に最大野党である民進党は”離党するのしないの”とスッタモンダしています。彼らは日本国民の安全と平和を担おうとする「政治家なのか!」と厳しく問い質したい気分であります。「そんなことをほざいている場合ではなかろう。まずは自公政権をストップさせることが先決だろう!!」と。
 既に書いたように自公の中に垣間見えるちっぽけな亀裂に手を突っ込んで現在の与党を力づくで分裂させ、来るべき選挙で安倍一派を敗北に追い込む。それこそが野党代議士たることの醍醐味ではないのか。
 
 弁護士の郷原信郎氏が上記動画で語る金子氏の危惧を指摘しています:
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森友捜査終結「特捜部はやる気なしで財務省は逃げ切り」郷原信郎・元特捜検事
AERA dot. 9/15(金) 16:32配信

 学校法人「森友学園」をめぐる事件で、大阪地検特捜部は11日、籠池泰典前理事長と妻の諄子氏を詐欺などの罪で追起訴した。捜査開始の時点から「国策捜査」との批判が噴出した今回の事件。いったい何が問題なのか。元東京地検特捜部検事の郷原信郎氏が解き明かす。

* * *

──森友問題で「国策捜査」との批判が多いのはなぜでしょうか?

 今回ほど、政治的色彩が濃い捜査はありません。幼稚園や保育園の補助金不正は珍しいものではなく、不正がわかった場合は行政が調査や指導をするのが一般的です。悪質であっても捜査をするのは警察。大阪地検特捜部が出てくる事件ではありません。籠池泰典氏が「国策捜査」と思うのも無理もないと思います。

──捜査は不自然な部分が多い?

 籠池氏は、不正だと指摘された国交省からの補助金は返還していました。にもかかわらず、3月29日に大阪特捜部が補助金適正化法違反の告発を受理したことが、一斉に報道じられました。当時、籠池氏は国会の証人喚問で証言をして、注目を集めていた。その時期に、東京の法務・検察サイドから出たと思われる情報がメディアに流れたのです。

 それだけではありません。籠池夫妻は、補助金適正化法が適用される事案なのに、詐欺罪で起訴されました。従来の検察ではあり得ない処理です。「詐欺」の罪名を付けることで、特捜部は籠池夫妻に悪いイメージを付けたかったのでしょう。

──政治的な意図を持って特定の人物を狙い撃ちする「国策捜査」だとしても、森友問題では、財務省近畿財務局も8億2千万円の国有地の値引きに関わっていたと指摘されています。近畿財務局の担当職員も起訴されるのでは?

 担当職員が起訴されることはないでしょう。背任の成立は「自己や第三者の利益を図る目的で損害を与えた」ことが必要です。担当職員が、自分の利益のため不当な値引きを行って、国に損害を与えたことを立証できなければ、背任容疑で刑事責任を追及できません。

 特捜部は「籠池夫妻は詐欺をした悪者」というイメージを世間に広げることで、近畿財務局は「不当な圧力を受けた被害者」とのストーリーを作ろうとしているように思える。それによって、近畿財務局の不起訴が世の中に受け入れられやすいようにしたいということでしょう。

──しかし、国有地の値引き交渉では、安倍昭恵首相夫人付の政府職員だった谷査恵子氏も、財務省とやりとりしていたことが明らかになっています。「近畿財務局は被害者」というストーリーは成り立たないのでは?

 特捜部の捜査では、特定の人物の捜査をしない「国策不捜査」もあります。本気で捜査するなら、特捜部は近畿財務局を強制捜査をしているはず。証拠隠蔽が国会で大問題になっているのに、ガサ入れをしていないのは、最初から起訴の方向で捜査する気がないからでしょう。「籠池夫妻=悪党」を世間に広め、「籠池夫妻が昭恵夫人の名前まで使って脅してきたので、不当な値引きに応じざるを得なかった」というストーリーに持ち込みたいのでしょう。

──近畿財務局を調査している会計検査院の報告書が、今月中に発表されると報道されています。森友問題は、今後どうなるのでしょうか。

 会計検査院の報告書がどのようなものであれ、特捜部が「近畿財務局は被害者」というストーリーを基本的に変えることはないでしょう。

 幼稚園の補助金に関しては、多くの施設で同様の問題が大なり小なりあるはずです。本来は行政指導で対応すべき問題です。特捜部が捜査を始めた経緯も、捜査のやり方も処分も不可解でなことだらけです。もともと動機が不純だからでしょう。

 このまま籠池夫妻に「悪党」のイメージを広めるだけで捜査が終結してしまえば、検察は一体何のためにこの事件でしゃしゃり出たのか、という疑問を持たざるを得ない。そうなれば、特捜部が国民から批判を受けるのは避けられません。(AERA dot.編集部・西岡千史)
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  今夕、郷原氏のメルマガが届きました。長くなるので、全文をここに掲載しませんが、誠にいつもながら説得力があります。是非の一読をお勧めします。
“憲政史上最低・最悪の解散”を行おうとする「愚」〜河野外相、野田総務相は閣議で賛成するのか


+++++北朝鮮核実験が引き起こした地学現象(1)
 9月3日の“刈り上げ”金将軍の核実験は、新たな地変を引き起こし、その地変による地震動が世界の地震観測所で観測されているといいます。以下の記事がそれを書いています(長い記事なので、二回に分けて掲載します):
%%%%%A second jolt felt minutes after this month's detonation continues to confound researchers
今般の核実験の数分後の一秒程度の揺れが研究者を困惑させている。
Scientific American誌より 
• By David Cyranoski, Nature magazine on September 15, 2017

Eight-and-a-half minutes after North Korea set off a nuclear bomb on September 3, a second burst of energy shook the mountain where the test had just occurred. More than a week later, researchers are still puzzling over what caused that extra release of seismic energy—and what it says about North Korea’s nuclear-testing site, or the risks of a larger radiation leak. Monitoring stations in South Korea have already picked up minute levels of radiation from the test.
 9月3日北朝鮮が核爆発をセットした8分半後に一秒間ほどのエネルギ放出がが実験が起きた山を揺さぶった。一週余の後になっても、研究者達は何がこの振動を生じせしめたのかー北朝鮮のこのテストについて何が見えるのかー放射性物質の拡散は動であったのかなどの謎解きに取り組んでいる。南朝鮮(韓国)の監視観測所はテストサイトからの微小レベルの核物質を検出している。

A number of theories have emerged to explain the second event, ranging from a tunnel collapse or a landslide to a splintering of the rock inside Mount Mantap, the testing site. But seismologists can’t agree and say that they may not get enough evidence to pin down the cause.
“This is an interesting mystery at this point,” says Goran Ekstrom, a seismologist at Columbia University in New York City.
この二番目の事象について幾つかの説明が提示されている。それはトンネル崩壊、テストサイトである萬塔山の地すべりと言ったことだ。しかし、地震研究者たちはそれだけで原因を特定するに充分であるとは考えていない。と、Goran Ekstrom, a seismologist at Columbia University in New York City派言う。

The nature of the first seismic signal is clearer because it matches the profile of a bomb blast. The US Geological Survey (USGS) determined the magnitude of the seismic event associated with the nuclear explosion at 6.3, whereas the Comprehensive Nuclear-Test-Ban Treaty Organization (CTBTO) in Vienna calculated it at 6.1 on the basis of a separate analysis. The explosion was many times the size of past North Korean tests and was the largest seismic signal from a nuclear test ever detected by the international network of seismic monitoring stations used by the CTBTO.
 地震記録上の最初の波はそれが核実験の特徴と良くがっちするので明瞭であった。The US Geological Survey (USGS)は核爆発に伴う地震波の放出はマグニチューど6.3に相当するとした。一方the Comprehensive Nuclear-Test-Ban Treaty Organization (CTBTO) in Viennaは異なる解析から6.1とした。その爆発は過去の北朝鮮による核実験規模を大きく上回っておりCTBTOによる地震観測網で検出された核実験の中では最大級であった。

The second event came 8.5 minutes later and registered as magnitude-4.1, reported the USGS. The agency suggested that it was associated with the test and may have been a “structural collapse”. The possibility that the smaller shock was caused by a tunnel collapse inside the testing site has dominated discussion in the media. But Paul Earle, a seismologist at the USGS, told Nature that was just one possibility that was raised in the immediate aftermath of the explosion. The USGS, he said, was “basing that on previous nuclear tests of comparable size that had a collapse”.
二番目の事象は8分半後であり、マグニチュードは4.1であった、とUSGSは書く。それはテストに伴ったものであり、構造的な崩壊であったと、付け加える。テストサイトないぶのトンエル崩壊によって引き起こされた可能性をメディアは書く。しかし、Paul Earle, a seismologist at the USGS,はnature誌にそれは一つの可能性に過ぎないと語った。それは、以前の実験が同程度の規模の崩壊を引き起こしたとの事実に倣っているだけだ、と。

Possible signs of a collapse are visible on satellite images taken of the testing site, according to an analysis released on September 12 by 38 North, a partnership of the US-Korea Institute and the Johns Hopkins School of Advanced International Studies in Washington, DC.
But the seismic signal doesn’t match what would be expected from a collapse, says Lianxing Wen, a geophysicist at the State University of New York at Stony Brook. A collapse would produce mostly vertical movement of rock, but his own unpublished work suggests that the seismic clues point to a large horizontal movement as well, something he says would be more consistent with a landslide.
 崩壊についてのありそうなことがテストサイトで撮影された衛星画像から見える。それは9月12日に撮影されたもので、38 North, a partnership of the US-Korea Institute and the Johns Hopkins School of Advanced International Studies in Washington, DCによる。
しかし、地震波はそうした崩壊から予期されるものとは合致しないとLianxing Wen, a geophysicist at the State University of New York at Stony Brookは言う。崩壊は岩石に鉛直落下を招じたようであるが、彼自身の未発表の調査は、地震波が水平方向の巨大な運動ウをも示唆している。それは地すべりと野考えに調和的であると。
(つづく)

メキシコ巨大地震(2)、官邸の東京新聞非難

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:JR上越線列車内のつり革棒に掴まる巨大鬼ヤンマ。先日のカワセミは特打ねであった筈が、撮り逃がしたは誠に無念でありました。そんなわけで、やや古い写真です。先日、弥彦からの帰宅途上で乗った上越線の車内に大きな鬼ヤンマが飛び込んできました。座席に居た男子大学生グループ、捕まえようとするのかと思いきや、皆一斉に車外に逃げ出してしまいました。呆れましたが、まあトンボと遊んだ私の育った時代と今は違うんですな。私が捕まえる前に駅員さんが飛び込んできて、四苦八苦の末、逮捕しました。トンボには何の咎もないことを承知していた駅員さん、殺さずにトンボを空に放ちました。)
とんぼ2996


 朝七時 眠気を覚ます サイレンに 頼みの安倍氏 インドで商談

 %%%%%国民保護に関する情報
【発表時間】
2017年09月15日 7時07分
政府発表
【内容】ミサイル通過。ミサイル通過。先程のミサイルは、北海道地方から太平洋へ通過した模様です。不審な物を発見した場合には、決して近寄らず、直ちに警察や消防などに連絡して下さい。
【対象地域】北海道 、以下省略
%%%%% 
 その安倍氏は、今回は公邸泊どころか、昨日の報道ではインドとの商談成立でインド政府高官とハグしておりましたな。
(図:東京新聞、9月14日付けより)
安倍インド3067


インドといえば慶応大学教授金子勝氏が重要指摘をツイッタしています5:15 - 2017年9月15日、金子勝 ;@masaru_kaneko
%%%%%【絶望的なバカの無責任】森友加計で連携するアベ夫妻のインド訪問は何という低レベル。ウラン、プルトニウムの濃縮技術の「平和利用限定」などという無意味なフレーズだけで、世界に原爆燃料をばらまく。そして「世界一安全な原子力技術」と嘘をつき、インドでの原発事故の補償負担まで勝手に決めた。
%%%%%

 隣国金将軍から一昨日、下のようなメッセージが投げつけられています:

%%%%%北朝鮮「列島、核で海に沈める」=制裁に便乗と日本非難 
2017年9月14日 8時23分
時事通信社
 【ソウル時事】14日の朝鮮中央通信によると、北朝鮮の朝鮮アジア太平洋平和委員会は13日、報道官声明を出し、国連安保理での対北朝鮮制裁決議に関し「日本は米国の制裁騒動に便乗した」と非難した。その上で「日本列島4島を核爆弾で海に沈めなければならない」と威嚇した。
 声明は「わが軍や人民の声」として、「日本の領土上空を飛び越えるわれわれの大陸間弾道ミサイル(ICBM)を見ても正気を取り戻さない日本人をたたきのめさなければならない」と主張した。
 さらに、米国を「決議でっち上げの主犯」と決めつけ、「わが軍や人民は、米国人を狂犬のように棒で打ち殺さなければならないと強く主張している」と警告。声明の英語版は日本人を「ジャップ」、米国人を「ヤンキー」と蔑称でののしっている。
%%%%%
 安倍氏は、このメッセージを知りながら大枚の札束を抱えてインドやらどこぞやらで商談旅行です。勿論、ミサイルへの心配は全くしていないからです。むしろ金将軍の罵倒こそが安倍氏の国民支持率のアップに繋がっているのです。前回も書きましたが、わが同胞、一体何を考えているのやら、であります。こうしたメッセージを送りつける金将軍の意図は、「何時までも安部氏に日本国首相で居てほしい」と言うことなのでしょう。金将軍と安倍氏はうわべはともかく互いにもたれあいの関係であると私は見ています。

 元共同通信記者の分析(9月11日記事 )を参照してください。どうやら大掛かりな背後の動き。それは米国に拠点を置く軍産複合体によるトランプ大統領の排除ではなかろうか、と思えてきます。

+++++メキシコ巨大地震のはなし(続)
 9月9日にメキシコでMw8.1の巨大地震が発生しました。その発震機構は誠に興味深いものです。なにせココスプレートの中米陸下へのもぐりこみと言った当然予期される構図とは全く異なっています。
 (表1:前回記事で用いた表の再掲)
170909Mexicomt無題

  断層面を知るには余震分布の形状が役に立ちます。幸いIRISはその余震の3D形状を提供しています(図1)。

(図1:メキシコ地震(2017年9月8日)の余震三次元分布、書きHPで右の3Dを選ぶと色々な方向からの地震分布を見ることが出来ます(IRIS余震分布 )
20170909Mexico3D無題

 それによれば、この地震の断層面は東に傾く面と思えます。が、3Dで見る限りではその面は上記GCCSで示される解のb面とは違っています。解は77度と大きく傾いていますが、3Dではそうは見えない。
 そこで、本ブログ6月5日記事 で示した手法をこのメキシコ地震の断層面の特定に適用することを考えました。
( 図2:CMT計算から得られる位置から断層面を決定する試み)
20170909Mexico模式


上の図の手続きに従って、二つのベクトルの内積を計算した結果が下の表です:
(表2:図2に示した構図に基づいた計算結果)
20170909Mexico表2


 この表では、今後に予定した調査のために、本記事とは関係のない計算結果も示されています。たとえば「絶対座標」(上表四行目)です。GPS計測結果から地動変化を求める際の計測点の座標は、緯度・経度で表現されており、そこでの東西南北座標で変化は表現されます。従って異なる二地点では、厳密には東西南北の方向は異なりますから、二つの地動変化を比較するには、その拠ってたつ座標系は同一でなければなりません。村井俊治氏がGPS計測から地動変化を算出するに当ってはそうした差異の補正を行っています(多分、観測点が地球規模から見て小さい日本列島に限られるならば、そうした補正は極小であろうとは、持っています)。
 本ブログでは近い将来地震を引き起こすダブルカップル力対(上表の最下行、”Nvector on Earth”)を地震間で比較することを考えています。そのためには、多地点での力対の方向を同一の座標系、即ち「絶対座標」系で得ておく必要があります。

 さて本ブログ記事の主題に話を戻します。表で赤字で以て指示した行は、CMTによって得られた震源の相対位置です。「相対」とは、IRISで算出された(P波の到達時刻に基づく)震源位置からの位置です。東方向に-0.94km (即ち、西方向に0.94km)、北方向に0.36km、上方に0.19kmに破壊の主要部分が移動したというわけです。そこで、この方工と二つのスリップベクトルとの内積を計算します。結果は同じような値になっています(最下から二・三行目)。それでもより小さいのは下から三行目です。つまりCMT解の方向ベクトルは面aとより直行している。従って、面bがこの地震の断層面であろうと言うわけです。

 と言うわけで、図3のような模式図を作ることが出来ます。しかし、二つの内積値がそれほど違わない。原因の一つは表1に示される31.3秒なる大きなHalf duration値です。これはP波の観測点での出現が極めて曖昧であった、言い換えれば、P波の到達時刻が精度良く決まらなかったために、それによって計算される震源位置に大きな不確定をもたらしたのであろうと考えています。
(図3:今般の地震の断層破壊、鉛直断面図、左側が太平洋、西側がカリブ海)
Cocos3070


 発震機構解が示すところでは、この地震が正断層であり、その断層面の傾きは水平から77度と言います。極めて珍しい地震と言えそうです。あたかも、プレート下部の重みに耐えかねて千切れてしまったかの如くです。おもえば、ココスプレートは東太平洋海嶺で誕生してすぐにメキシコの下にもぐりこみます。生まれて時が経っていませんから日本列島近傍での太平洋プレートとはその硬度が小さい。それが理由かも知れません。
 
 ところで、前回書いたように1940年から本年九月までの巨大地震を全体として眺めてみました。一部は前回の記事で紹介しましたが、まだまだ興味深い事があります。それを次回書きます。

+++++官邸の東京新聞記者への恫喝
 七月の東京と議会選挙での自民党惨敗直後、安倍氏と官邸は殊勝気にも自らの「驕り」を反省するそぶりを示しました。ところが、昨今の金将軍の応援を得てまたもやその尊大振りが復活しようとしています。その端的事例が東京新聞記者で、菅内閣官房長官への率直な質問を繰り返した望月衣塑子氏に対してそれを封じたいとの思惑からでしょう。東京新聞に「注意」したと言うのです。以下はそれを論ずる記事です。

%%%%%『東京新聞』望月記者に強まる官邸の圧力(横田一) 
〈官邸報道室、東京新聞を注意 「不適切質問で国民に誤解」〉と銘打った9月2日付『産経新聞』記事に、素朴な疑問が湧いてきた。「官邸と産経新聞が“共謀”をした言論弾圧に等しいのではないか」と。
官邸が問題視した社会部記者は、加計問題での厳しい再質問で注目された『東京新聞』望月衣塑子記者。8月25日(金)午前中の菅義偉官房長官会見で望月記者は、すでに報道関係者や国会議員の間で広まっていた「加計学園獣医学部設置の認可保留」に触れながら質問したが、官邸は文科省の正式発表(解禁)前であったことを問題視(注1)。
7日後の9月1日、『東京新聞』に「質問に不適切な点があった」「国民に誤解を生じさせる」として注意喚起と再発防止を求める文書を送り、翌2日に『産経』が次のように報じたのだ。
〈獣医学部の新設計画は大学設置・学校法人審議会が審査し、答申を受けた文部科学省が認可の判断を決めるが、この時点ではまだ公表されていなかった。/官邸報道室は東京新聞に宛てた書面で「未確定な事実や単なる推測に基づく質疑応答がなされ、国民に誤解を生じさせるような事態は断じて許容できない」として、再発防止を強く求めた〉
ありもしない「被害」をでっちあげ
これに対して望月記者は、こう反論する。「文科省の正式発表(解禁)の前に質問しましたが、加計学園獣医学部設置の『認可保留』という事実関係自体が誤っていたわけではありません。うちの担当記者が取材で大学設置審議会の保留決定の方針を詰めて、記事も出ていたため、菅官房長官会見で触れたのです。ただし文科省の正式発表であるかのような印象を与えたとすれば、私の落ち度といえるでしょうが」。
加計問題を多少追っている大半の報道関係者や国会議員は、望月記者の反論に軍配を上げると同時に、官邸の抗議文に違和感を覚えるだろう。「認可保留」という公知の事実を、文科省が設定した正式発表よりも少し前に触れたところで、国民に誤解を生じさせるとは考えられないからだ。
ちなみに文科省の正式発表(報道機関への解禁)は8月25日午後で、望月記者の質問は同日の午前中。閣議終了後に菅官房長官会見が行なわれ、この日の閣議は「10時2分から11分」(首相動静)であったから、2時間足らずのフライングにすぎないのだ。
しかも保留を決定した設置審議会が開かれたのは8月9日で、テレビや新聞は保留の方針決定を報じていた。官邸の抗議文を報じた『産経新聞』でさえ、翌10日に「加計獣医学部の判断保留 設置審、文科相答申 延期へ」という記事を出していた(注2)。
官邸の抗議文を「事実関係に反する意図的な表現」と一刀両断にしたのが、民進党の小西ひろゆき参議院議員だ。ツイッタ―で官邸が送った書面を公開、こう書き込んだのだ。
〈「未確定な事実や単なる推測に基づく質疑応答がなされ、国民に対して誤解を生じさせる」との下りは、「記者は、政府が事前提供した解禁期限付の確定情報に触れただけ」という事実関係に反する意図的な表現。まさに、不当な言論弾圧そのもの。東京新聞は断固抗議すべきだ〉 ツイッタ
こんな光景が目の前に浮かんでこないだろうか。「強面のオッサンがありもしない被害をでっちあげて騒ぎ立て、気に食わない人物を黙り込ませようとしている」と。
官邸の対応を解くカギ
官邸が常軌を逸した対応をしたのはなぜか。この“謎”を解くカギは、望月記者が質問した8月25日から抗議文が出る9月1日までの7日間のタイムラグ。この間の菅官房長官会見で、望月記者は北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)のミサイル発射前夜に安倍首相が公邸に宿泊したことなどについて問い質し、この質問を『産経』が批判的に紹介した記事が広まった結果、安倍首相は公邸に留まらざるを得なくなったのだ。「その逆恨みで官邸は1週間前の些細な出来事を引っ張り出して、望月記者に嫌がらせをしたのではないか」という見立て(推論)が有力のようにみえるのだ。
私邸通い中止の一因の可能性のある『産経』1日付の記事〈「北朝鮮に応じる調整しているか」…!? 東京新聞、官房長官に迷質問〉は、以下の通りだ。
〈菅義偉官房長官の31日の記者会見で、米韓合同演習を批判し、弾道ミサイルを相次いで発射する北朝鮮を擁護するような質問が飛びだした。
質問したのは、学校法人「加計学園」獣医学部新設計画をめぐって菅氏を質問攻めにした東京新聞の社会部記者。「米韓合同演習が金正恩朝鮮労働党委員長の弾道ミサイル発射を促しているともいえる。米韓との対話の中で、金委員長側の要求に応えるよう冷静に対応するように働きかけることをやっているか」と質問した。
菅氏は「北朝鮮の委員長に聞かれたらどうか」と返答。東京記者は「北朝鮮側の要望に応えて、冷静かつ慎重な対応をするよう米韓に求めていく理解でいいか」と改めて迫った。
東京記者はまた、北朝鮮が過去2回ミサイルを発射した前日にいずれも安倍晋三首相が公邸に宿泊したことを取り上げ、「前夜にある程度の状況を把握していたのなら、なぜ事前に国民に知らせないか」「Jアラートの発信から逃げる時間に余裕がない。首相動静を見て、(首相が)公邸に泊まると思ったら、次の日はミサイルが飛ぶのか」とも追及した〉
逆恨みの可能性も ≫
逆恨みの可能性も
一方、「迷質問」と『産経』が批判したこの日の質問について望月記者は、こんな補足解説をした。
「金委員長が米韓合同演習の中止を求めたのは『斬首作戦』が含まれていたからです。米国の攻撃で国家が崩壊したイラクやリビアの二の舞にならないように、自国防衛のために核武装をしようとしている。相手の立場に立って考えることが重要。北朝鮮に核ミサイルを連射されたら日本全土を守り切ることは難しい。悪の枢軸として圧力をかけるだけではなく、北朝鮮との対話を模索して欲しいとの考えから質問をしたのです」
官邸が恫喝的対応(言論弾圧)に走った心情が垣間見えてくる。北朝鮮を「悪の枢軸」として米国と一緒に圧力をかける一方、ミサイル防衛強化などに巨額の血税を投じようとする安倍政権に対し、望月記者は斬首作戦中止などで緊張を和らげて北朝鮮との対話を重視する“ハト派的対応”を提示したといえる。
この考えは、報道ステーションで「I am not ABE」のフリップを掲げた元経産官僚の古賀茂明氏と同じ立場だ。ちなみに両者は共著本出版や対談をする間柄だが、結局、官邸は古賀氏出演の報ステに抗議したのと同様、安倍政権に異論を唱えた形の望月記者の質問(言論)も針小棒大な抗議文で封じ込めようとしたようにみえる。
外交安保政策についての異論封殺に加えて、逆恨みのような感情が働いた可能性もある。これまで安倍首相は「公邸に常時泊まるべきだ」との批判が出ても、私邸からの通いを続けてきた。「体調管理や精神衛生の面で好ましいためか」といった推測が囁かれていたが、その理由はさておき、これまでの生活パターンが望月記者の質問後に変わったことは紛れもない事実。安倍首相と菅官房長官が激怒する姿が目に浮かんでくるのは私だけであろうか。
官邸の常軌を逸した恫喝的文書の謎解きには、この“逆恨み説”が有力なヒントになるのではないか。
北朝鮮情勢が緊迫する今、異なった立場から質疑応答をすることは極めて重要だ。官邸の抗議文に屈せずに望月記者が、菅官房長官会見でどんな質問を続けていくのか否かが注目される。
(横田一・ジャーナリスト。ネット独自記事)
******************************
注1 官邸報道室の書面にも添付された質疑応答は以下の通り。
1. ●望月記者 最近になって公開されています加計学園の設計図、今治市に出す獣医学部の設計図、52枚ほど公開されました。それを見ましても、バイオセキュリティの危機管理ができるような設計体制になっているかは極めて疑問だという声も出ております。また、単価自体も通常の倍くらいあるんじゃないかという指摘も専門家の方から出ています。こういう点、踏まえましても、今回、学校の認可の保留という決定が出ました。ほんとうに特区のワーキンググループ、そして政府の内閣府がしっかりとした学園の実態を調査していたのかどうか、これについて政府としてのご見解を教えて下さい。

●菅官房長官 まあ、いずれにしろ、学部の設置認可については、昨年11月および本年4月の文部科学大臣から大学設置・学校法人審議会に諮問により間もなく答申が得られる見込みであると聞いており、いまの段階で答えるべきじゃないというふうに思いますし、この審議会というのは専門的な観点から公平公正に審査している、こういうふうに思っています。
*******************************
注2 8月10日付『産経新聞」
〈加計獣医学部の判断保留 設置審、文科相答申 延期へ
政府の国家戦略特区制度を活用した学校法人加計(かけ)学園(岡山市)の獣医学部新設計画をめぐり、同学園が来年4月に愛媛県今治市で開学を目指す獣医学部設置の認可申請を審査する文部科学省の大学設置・学校法人審議会(設置審)の非公開会合が9日開かれ、獣医師養成に向けた教育環境に課題があるとして、認可の判断を保留する方針を決めた。設置審は今月下旬に林芳正文科相に答申する予定だったが、延期される見通しとなった〉
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メキシコ巨大地震、麻続王一家の「流懺」

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:飛び立つカワセミをレンズが捕らえたと思い、画像を拡大するやら、明るくするなどいろいろ試みましたが、見つかりません。ともかくここは本日朝のカワセミ目撃の現場であります。写真拡大は二回クリック)
カワセミ3029


 ありがたや 眼福までは いかずとも 麗しき姿 瞼に残れる

 どう見ても清流とは言いがたい水田用水路です。しかし、カワセミ君には居心地が宜しいようです。橋の上に人の気配を察すると、さっとすばやく飛び立ってしまいます。眼福なぞと言う悠長な一時ではありませんでした。此処を歩くときは、デジカメのシャッタは開けておき、足音を忍ばせて近づくのですが、今朝もレンズで捉えることは出来ませんでした(もしかすると映ってるのかもしれません、未練たっぷりであります)。しかし、しかとその宝石色を目に焼き付けました。

+++++メキシコ巨大地震
 9月8日にメキシコ南部でMw8.1の巨大地震が発生しました。この地震については地震後に発光現象があったなぞと言う報告があります。が、IRISによれば震源の深さが地下70km(GCMRによれば50km)と深いので、私は、目撃された光はいわゆる「地震発光」ではなかろうと思っています(例えば地震発光 を参照)。 本ブログでもしばしば考察してきた地震と電磁気現象について「地下の電磁現象について」 なるブログ記事が地下の岩石圧縮が移動する荷電粒子の物理的仕組みを説明しています。それはさておき、まずは震源域とその余震活動状況です。

(図1:IRISが掲載する当該地震の震源域:発信時Ot=4:49:21(世界標準時), 震央15.0678N, 93.715W, 震源の深さH=69.65km, 地震規模Mw=8.1,図拡大は二回クリック)
170909Mexicomap無題


 図1で気づく特徴の一つがこの地震の余震活動の水平的広がりがMw=8.2の地震にしては著しく狭いことです。そのことをGCCS(Global Cmt Catalogue Search)解析結果で見ることにします(表1)

 (表1:Global Cmt Catalogue Search による地震波解析結果(上)と、ブログ管理人による追加的解析(下)。表拡大は二回クリック)  
170909Mexicomt無題


 上の表でまず指摘しておかねばならないことは、Fault planeの行です。slipが負値でです。即ち、この地震の断層は予想に反して正断層であるということです。右下にその発震機構解を示していますが、節面a,bのどちらが断層面であるにせよ、それは逆断層の岩盤運動ではなかったということです。図1で示すように余震の空間的広がりが小さいことから、節面、b,がこの地震の断層であろうことが予想されますが、その議論は次回にします。

 もう一つ、注目しているのがHalf duration=31.3秒とかなり長い時間です。Centroid time minus hypocenter time=22.8秒とこの規模の地震では通常の時間です。というわけで、31.3秒は大変考え難い大きすぎる値です。波動が極めてゆっくりと立ち上がったことを暗意しており、今後の詳細な解析を待ちたいと思っています。

 今般のメキシコ巨大地震の断層面の議論を先送りにしたので、今回は1940年以降の世界の巨大地震をざっと眺めることにします。
(図2:1940年以降の巨大地震(Mw>=7.8、縦軸はMw(但し、1976年以前にはそうしたマグニチュードの物差しが無いのでMsを用いている)。横軸は2011年3月11日の東日本巨大地震から勘定した時間(日数)。図拡大は二回クリック)
170912since1940Mw vs Time


 1952年のカムチャッカ地震から1964年のアラスカ地震、即ち12年間にマグニチュドが9を超える地震が4回にもわたり頻発した時期があります。それから52年後の2004年にスマトラ沖地震が起きています。過去の例に倣えば巨大地震は一旦発生すると連発するということであればスマトラ巨大地震後十数年目にあたる昨今は要警戒時期かもしれません。尤もスマトラ地震からは既に十三年が経過しています。 図から見えることは、1964年のアラスカ地震から2004年のスマトラ沖地震までの40年間ははいわば「巨大地震ギャップ」と言っても良い期間です。これは一体何か?要研究対象と思います。一体この期間に何があったのか?Mw>9の地震が欠落するその代替に他の巨大地学変動が無かったのか?あったのか?

 改めて、地震発生に関しては統計学の適用が誠に難しいことは上の図からも容易に見て取れます。つまりこれだけの情報からはその規則性を嗅ぎ取ることは難しい。それに加えて、1940年以前に遡りたくとも、しかるべきデータはありません。
 昨今、一部の防災研究者によるいい加減で安易な地震予測が横行しています。それに便乗して在野の素人さんが極めて短時日内での「地震発生数の推移」から「明日にでも大地震が起きる」が如きの発言を巨大掲示板などで公言しています。「当るも八卦、当らぬも八卦」の自己顕示欲にそそのかされての行動でしょう。何せ地震国日本では、予想まがいの言を弄していれば、必ずや一回は当るでしょう。しかし、それは地震科学とは無縁です。
 地震専門家の多くが地震予想を安直に語らない理由について少しでも想像力を働かせれば安易な思いつきを口にすることは、自らの無知を晒けだしていることに自ら気づくはずなのですがね。とはいえ、地震国日本に生きる国民の大半は聡明ですから、そうした他愛もない地震予想には惑わされません。

 素人地震予想が蔓延る背景には、防災専門家を名乗る研究者の安直な言動があると私は考えています。研究費を獲得したいという動機か名声かは知りませんが、科学的論拠とは到底言えない誠に杜撰な地震予測なのですが(本ブログでも時にその類を批判しました)、それがメディアで持ち上げられたりします。これを見た素人さんが〔自分でも出来る〕と勘違いし地震予測をするのです。地震発生予測を手がけている学者研究者の真摯な取り組みが求められるところです。とは、言ってもその論拠が中々無い。悩ましいことです。

(図3:1940年から2017年9月の期間に発生した巨大地震(Mw>=7.8)の空間的分布。左は東日本巨大地震震央から見た等距離・等方位作図。右は東日本巨大地震震央の対極点から描いたもの、図拡大は二回クリック)
1940_2017greatmap無題


 巨大地震はもっぱらプレート潜り込み域に限られていることが分かります。対照的に大西洋、即ちプレートの生成域では皆無です。それは何故か?地球科学の謎は沢山あります。

+++++麻続王一家の「流懺」を考える
 少し時間を置いてしまったので、ざっと現今主題のこれまでの考察を振り返っておきます。常陸国風土記が麻続王の潮来(板来)滞在を記しています。万葉集巻一・二十三歌、二十四歌が、麻続王の鹿嶋(荷四間、カシマ)での生活を詠っています。そして日本書紀巻二十九・天武四年四月紀は、その麻続王一家の遠方地への流懺を書いています。この三つの古文書記録は同一の史実に基づいているはずです。その史実および史実の背後を探ることを通じて、日本列島の八世紀の実相に迫ろうというわけです。

%%%%%天武天皇四年(西暦六七五年、但し日本書紀編年による)
夏四月甲戌朔戊寅(五日)。請僧尼二千四百余、而大設斎焉。
辛巳(八日)。勅。小錦上当摩公広麻呂。小錦下久努臣麻呂二人。勿使朝参。
壬午(九日)。詔曰。諸国貸税。自今以後。明察百姓。先知富貧。簡定三等。仍中戸以下応与貸。
癸未(十日)。遣小紫美濃王。小錦下佐伯連広足、祠風神于竜田立野。遣小錦中間人連大蓋。大山中曾禰連韓犬、祭大忌神於広瀬河曲。
丁亥(十四日)。小錦下久努臣麻呂坐対捍詔使。官位尽追。
庚寅(十七日)。詔諸国曰。自今以後。制諸漁猟者。莫造檻穽、及施機槍等之類。亦四月朔以後。九月三十日以前。莫置比満沙伎理梁。且莫食牛・馬・犬・猿・鶏之完。以外不在禁例。若有犯者罪之。
辛卯(十八日)三位麻続王有罪。流于因播。一子流伊豆嶋。一子流血鹿嶋。
丙申(二十三日)。簡諸才芸者。給禄各有差。
四月是月 新羅王子忠元到難波。
%%%%%
 四月五日の大規模な「斎」なる催事の権威付けに資する出来事、そして臣下、民への賞罰が記載されていると考えています。上記五日の記事はその「罰」に当るとして、不比等はそれを此処に書き込んだのでしょう。藤原不比等にすれば、それほどに重大な政治的問題であると捉えたのかも知れません。この記事の解読は、日本書紀では一人の人物として描かれる天武天皇が、実は二人の首領を重ねてfabricateされた人物であったとの事実を探り当てる端緒となりました。
 そこで、本ブログ記事では、倭国王を継承していた人物で、古事記が書く建身名方命でもある人物を天武Aと書いています。一方、奈良盆地にあって持統天皇とともに西の倭国と東国の殲滅に指揮を取った人物を天武Bと書いています(x月x日記事)。

 翌九日は百姓への「慈悲」です。これも大掛かりな「斎」なる催事への権威づけといういわば「印象操作」の一環です:
壬午(九日)。詔曰。諸国貸税。自今以後。明察百姓。先知富貧。簡定三等。仍中戸以下応与貸。
曰く:
〔民に貸し出す稲の苗葉については、百姓の貧富を見定め、三等級に分け、下層の二つの等級の民に貸し出すべき〕(岩波文庫「日本書紀(五)」、124頁より)。
 これは、倭国および扶桑国で採用されていた百姓への農事支援政策であったと考えています。藤原不比等は、「斎」に盛り込むべき恩恵施策として、天武Aの事跡を取り込んだのです。

 前回記事で、弥彦山周辺に頻発したであろう地滑り、土石流などから民を守るために治山・治水事業のための技術開発がなされてであろうことを書きました。そのイニシアティブを取った首領が民から深く崇敬され、死後には引き続き自然災害からの守護神として、山麓に丁重に埋葬し、祈りを捧げてきたのだろうと考えています。こうした事業の担い手が西域からの渡来人であった。が、藤原不比等が天下を取るに当り、彼らの業績はさておき、彼らの出自を隠蔽する姑息な細工が行われたらしいことも前回書きました。

 そうした弥彦神社での見聞が、十日の記事の解読と重なります。
「十日】遣小紫美濃王。小錦下佐伯連広足、祠風神于竜田立野。遣小錦中間人連大蓋。大山中曾禰連韓犬、祭大忌神於広瀬河曲;
 これについては2011年3月7日(あの大地震津波災害の直前!!)「熊本県の広瀬・竜田、前原氏辞任とNHKの報道」と題する記事 で詳論しました。この記事は、この祭祀の場所を特定できる手掛かりを与えており、結果として天武Aが九州にしっかりと足跡を残していることがわかります。重要点ですので過去記事の一部を再掲します。
%%%%%過去記事再掲
(大意) 4月10日、美濃王と佐伯連広足(さえきのむらじひろたり)を遣わして、竜田立野に風神を祠(まつ)らせた。間人連大蓋(はしひとのむらじおおふた)と曾禰連韓犬(そねのむらじからいぬ)を遣わして、広瀬河曲の大忌神(おおいみのかみ)を祭った。(岩波文庫(五)、124頁より)

 まず私が着目するのは「祠」と「祭」です。上記にみるように、岩波文庫の校注者(敬称略、坂本太郎、家永三郎、井上光貞、大野晋)は、この二つの漢字の違いを区別せず「まつる」と仮名を振ります。「漢和大字典」(藤堂明保編、学習研究社)によれば、「祠」は、「神や先人をまつる社(やしろ)」とあります。人工の建築物の存在が前提とされます。竜田立野にはそうした「祠」(社)があったと思われます。あるいは、この時点では始めての「まつり」行為であったため、新たに建造された社であったかもしれません。
 一方「祭り」は「神霊をまつる儀式」とあり、そこには、必ずしも「社」風の建築物は必要とされません。例えば、家を新築する際の「地鎮祭」を思い浮かべればよいと思います。広瀬河曲には、「社」は無いのです。ところで、大矢野氏が「この場所こそ、天武紀が書くところの「広瀬」である」とする場所を見てみます(下図4)。
(図4:白川と竜田そして菊池川と広瀬。)
619432e4-s


 まずは図4の下です。北から流れ下る菊池川が、ここで、その向きをほぼ直角に西方向に転じています。まさに「河」が「曲がって」いるのです。岩波文庫は「河曲」に「かわわ」と仮名を付していますが、その意味するところには一言もしません。「河曲」は広瀬の地形を表現したものであることが上図わかります。「瀬」は「急流」を意味します。その急流がほぼ90度流れの向きを変えるとなると、流水は一旦そこで流れを止められ結果として「瀬」は広がります。この地名の由来が自ずとわかります。さらには、そこは当然洪水の発生が頻繁であったはずです。とすれば、そのような場所に「社」を建造することはありえません。そうした建築物は、洪水の発生毎に流されてしまうからです。だからこそ、平時に、そこで、「洪水が起きませんように」との祈りを捧げたのです。そして、広瀬は、洪水の災を蒙る南側であることも納得がゆきます。

 同じ議論を竜田立野にも適用してみます(図4上)。
 白川がうねうねと蛇行しています。この蛇行から、当時竜田の住民は、この川の形状を見て「龍」を連想したのだろうと思います。
そう思える根拠があります。私は、
2009年12月5日の記事で 「英語でよむ万葉集」(岩波新書、リービ英雄著Ian Hideo Levy、2004)についての私の感想を書きました。そこで、取り上げたのが「国見の歌」として有名な万葉集「二歌」です。万葉集二歌には「煙立龍」という表現があります。そして著者のリービ氏はそれを
smoke from the hearths rises, rises.
と、英訳します。私は、この英訳について次のようにコメントしました:
++%%%%わたくしのコメントの再掲
「煙立龍」は竈からの煙が立ちのぼる様子が、龍が天に登るような形状であることを詠っているのです。しかし、英語では、rise で置き換わってしまったため、煙の「もくもく」、「うねうね」と昇ってゆく情景が思い浮かびません。
++%%%コメント再掲終わり

 この歌から、わかることは、「龍」とくれば「立」なのです。「竜田」の「竜」は白川の形状から名づけられたと私は考えています。龍なのです。そして、「立野」の「立」は龍の形をした白川が天に向かって昇ってゆく様を形容しているのです。日本書紀のこの記述は、万葉集さながら、歴史的事象を語りつつ的確な情景描写をしています。
%%%%%過去記事再掲終わり

 この記事は九州倭国に拠した天武Aの事跡であることは明らかです。天武Aは、弥彦神社に祀られる人物同様に、具体的な防災工事も手がけたと思っています。しかし、当時はそれだけでは水害、風害から民を守ることは出来ない。水害・風害は人智が及ばない。そうした存在への「祈り」、自然への畏怖と畏敬を表明するのが祈りです。これは、藤原不比等が構想した「斎」とは、明確に異なります。しかし、藤原不比等はそれを「祀」に関わるという理由から此処に書き込んだことは間違いありません。

 (つづく)

弥彦探訪(2)、山尾志桜里氏失脚を惜しむ、田中宇氏ブログより

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:朝6時前の東の空です。相似形の雲が直線状に並んでいました。どういった過程がこの規則的配列を形成したのでしょうか?右に始まり左に行くほど成長するかのごとくです。やがて、右端での生産が止み、半時間ほどで くっきりとした輪郭が薄れてきました)
朝の雲3016


整然と 夜明けの雲が 並びおり 田に賑々し 秋虫の唄

  私は民進党の山尾志桜里氏を政治家として高く評価していました。緻密で論理的な国会での論戦は、早晩、あの伝説的な代議士・故正森成二氏の高みに達することを期待させました。しかし、「不倫」疑惑で民進党を離党してしまいました。誠に残念と思っています。こうして、国民の気持ちを代弁できる論客がその活躍すべき舞台から離れてしまいました。代議士を辞めたわけでは無いけれども、その活躍の機会は大きく限られることとなってしまいました。そして国会内での最大野党である「民進党」の行く末もなにやら覚束ない。安倍一強が日本国民の生活と安全を根底から揺るがしている、そのときに最大の野党のこの体たらく。なんとも言葉がありませんな。

下にも書きましたが安倍氏にとっては、国会休会中という機に恵まれ「モリカケ」問題で追及されるという事態に直面せずにいます。一見それは沈静化して終ったかの如くです。その間隙を縫うかのように、まさに安倍氏に救済の手を差し伸べるかのごとく、浮上したのが、金将軍による核実験、ICBM打ち上げです。安倍氏は「日本国」の救済者のような出で立ちで「制裁!制裁!」と叫びまわっています。このポーズにあっさりと騙されるのが「お人好し」のわが同胞です。
 我が同胞(私を含む)の特質は眼前の事象に惑わされ、ことの本質を用意に失念することです。金将軍の手助けで以て、いまやあの「モリカケ」疑惑は彼方に押しやられつつあり、何と、安倍氏への支持率も回復しつつあるというのです。隣国が「核」で武装し、それを日本列島に打ち込む装置も保持している。それは確かに脅威です。しかし、金将軍が愚かにもそうした選択・アクションを取れるのか?私には疑問です。それは即、北朝鮮の消滅です。かって、米国はイラクとアフガンで、「捻じ曲げられた言いがかり」でもって他国殲滅の戦争を仕掛けています。そう考えると金将軍を含む周囲の関係国が「ことの落ち着くべき先」を議論するしか方法は無いと思っています。金将軍にとってもそれしか道は無いはずです。

 そのように、思うならば、なおさらの事、日本国民は、北朝鮮の問題もさりながら、“国民の財産を私的欲望のままに恣意的に払い下げ、そこから何がしかの相当額の見返りを得る(田中真紀子氏の指摘)という犯罪を首相としての権限を用いてやっている”ことを、見逃してはならぬ、と。くどいようですが、とするならば安倍氏への支持率が更に下落しても上昇するはずはないんですがね。

+++++弥彦神社(2)
 弥彦神社の参拝形式は二礼四拍であると神社のガイドさんは語ります。神社事務所で購入した由緒書(多くの神社では無料で入手できますが、此処では50円)にはそれは書かれていません。神社の宮司さんが二礼四拍を公に認めているのかどうかは定かでありません。
 が、そうであるとすれば中々興味深いことであると前回書きました。繰り返しますと「四」(シ)は「死」(シ)と同音であることに着目するのです。そのことを最初に指摘したのが哲学者梅原猛氏でした。この発想から出雲大社の背後にある日本人の精神思考を梅原氏は考察しました。

 この弥彦神社の背後にも「死」なる思いが貫かれているのではなかろうか?と、するならばその人物とは誰か?これが当面の設問です。
 それを考える前に一つ想起しておかねばならないことがあります。邪馬台国(八女連邦国)を構成する国の名前を考察した2013年8月5日記事 で書きましたが、倭国に住んだ民が用いた数詞は「ツイ、フ、ミ、ヨ、イツ、ム、ナ、ヤ、クヌ、トオ(ソオ)」であったことは明らかです(一が「ヒ」ではなく「ツイ」であったことは各月の一日が「ツイタチ」と音されることからわかります)。
 「四」を「シ」と音するのは、大陸漢字の音そのものです。日本列島の支配階級が大陸文化を公に受け入れて始まったことです。それが日本書紀を漢文で編集した理由ともなっています。因みに万葉集、古事記はいわゆる倭習漢字です。主として表音の手段として漢字を用い、そこに巧みに表意としての漢字ももぐりこませるのです。

 ところが、「四」と「死」を「シ」と音してその同一性を重視する。これは明らかに日本列島の支配階級が漢字音を公に受け入れていることの現われです。即ち藤原不比等以後の漢字用法です。「二礼四拍」は死者への鎮魂という発想にもとづいてものとすれば、それは藤原不比等出現以前ではないことが分かります。

 この弥彦神社についても、「二礼四拍」が語り伝えられていたとすれば、そこに死者しかも鎮魂せねばならない死者を想像すべきでしょう。神社境内と周辺を散策して気づいたこと。それは神社境内の内外を問わず、小さな側溝があちこちに配置されていることでした。それ自体はとりわけ珍しいことでは無いのですが、その側溝には「砂防ダム」と思しき細工がほどこされています。
(写真:弥彦神社内外のちいさな水流。そこには階段状の小規模ダムが設けられている。いわゆる「砂防ダム」。これによって流れ落ちる水量が多量の際、水が巻き込む土石が下流に吐き出されるのを食い止める。下は、あちこちで見かける注意書き看板)
170911弥彦土石無題


 どうやらこの地は古くから雪水をたっぷりとしみこませた弥彦山からの土石流に大いに苦しめられてきたらしいことが窺えます。この神社の大鳥居の真ん中の柱は、水没を免れるために宙に浮いています。境内には「空飛ぶ謎の石」が鎮座していますが、これも土石流の跡なのでしょう(写真)。
170911弥彦土石b無題


 神社の祭神は、周辺住民の安全のための技術の開発・定着を含む土石流対策を献身的になした人物であったと想像しています。祀られる祭神の偉大さを由緒が語っています。この祭神の名前は「天香具山命」と由緒は書きますが、在地の研究者の調査によれば、この祭神を勧請したのは江戸時代とのこと。「天香具山」と聞けば一言も二言も言いたいことがある現ブログ管理人でありますが、ここではそれを語らないことにします。
 この祭神の出自を末社に祀られる神々たちが示唆しています。前回摂社に祀られる神々の着目点を書きました。彼らには「天」「建」が先頭に付されます。それは彼らの出自を誇示しています。と、言っても「天」は「阿毎』(隋書倭国伝)に「天」と言う漢字を宛て、それを「アメ」と訓ませたのは藤原不比等の「天才」です。「天」にはそうした政治的由来があるにもかかわらず、後世の歴史家たちは古代日本列島には「天孫族」と「国津神」が対立したなどとあたかも「天」が大昔から存在したかのごとき虚偽にはまっているのです。その最たる人たちが「日本会議」「神道政治連盟」に集る人たちです。一方「建」、これは武王の血をひいていることを誇示したのでしょう。
 
 さて、摂社に祀られる神々に加えて、末社といわれる範疇に祀られる多数の神々が居ます。この多数の神々の大多数は神社境内に祀られているとされています。多分小祠が散在しているのでしょう(時間が無かったので確認していません)。全国津々浦々の著名な神々が祀られていると由緒は書きます。
 興味深いことは、境内の外に祀られる七つの末社があることです。それらを列記します(括弧内はブログ管理人が加筆したものです):
火宮神社 加具都知大神 (カグ=高に由来か、拝火教の名残)
住吉神社 住吉三前大神  (スミ=黒が転じたものか。黒姫に由来)
上諏訪神社 建御名方命  (九州倭国王を継承した人物、日本書紀では天武なる名)
祓戸神社 祓戸四柱大神  (ペルシア語で「開墾」意味する語に由来か、2016年12月12日記事2016年12月12日記事
下諏訪神社 建御名方命  (上を参照)
湯神社 大穴牟遲命、少彦名命 (ペルシア語で「酒」を意味する語に由来か。酒は薬に通ずる)
某神社 祭神不詳
 
 境内の外に「はじき出されている」神々の出自はどうやら遠く西域からの渡来人であったと思えます。彼らは、住民に技術を教え防災、食料生産なで大いに活躍した。しかし、藤原不比等政権下で彼らを賞賛するわけには行かなかったのです。さりとて「粗末」にしたのでは「祟り」を怖れねばなりません。しかし、境内に招じ入れるのは出来ない。かくして境内の外に置かれたのです。同様がこの神社の設計です。あからさまにシリウス星信仰を否定できない。そこで「反シリスル」方位の配置としたのでしょう。
 神社を建て替え補強した宮大工さんにはこうした神社にまつわる精神史の一端でも語り伝えられているのでしょうか?お尋ねしたいものです。

 次回は、本題に戻って日本書紀・天武四年・四月紀の考察です。 

+++++北朝鮮緊張(再び田中宇氏ブログより)
 安倍氏はウラジオストックでプーチン大統領に北朝鮮への制裁を強く迫ったにも関わらず、全く相手にされなかったらしい。しかし、つよく迫った様子のみが国内大手メディアによって報じられることから、安倍氏は救国の愛国者とし描き出されその支持率が若干アップしたのだそうです。
 上でも書きましたが、この問題は関係国での協議でしか帰結できないことははっきりしています。私は前回、米国にあっては戦争を好む軍産複合体がトランプ氏を窮地に落とし込むために密かに北朝鮮と結びついて進行する謀略ではなかろうかと書きました。優れたジャーナリストの田中氏がそのあたりを探っています。 
%%%%%北朝鮮と日本の核武装
2017年9月10日   田中 宇

この記事は「北朝鮮危機の解決のカギは韓国に」(田中宇プラス)の続きです。
 ここ2週間ほど、北朝鮮の核ミサイルをめぐる米朝対立が激化する中で、日本や韓国が北に対抗して独自の核兵器を持つことを許すべきだ(もしくは、そのことを議論すべきだ)という主張が、米国の外交専門家らから次々と出ている。
 9月4日には、大手紙ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)の社説欄に、日本人の多くをぎょっとさせる提案が掲載された。「トランプは日本の核武装を望んでいるか」と題し、日本が自前の核兵器を持つ可能性が増していると指摘している。筆者は、タカ派の定期コラムニストで国際政治学者のウォルター・ラッセル・ミードだ。この論文で、私が重要と思ったのは以下の点だ。 (Does Trump Want a Nuclear Japan?)
「北の核ミサイル危機を機に、日本の支配層は、独自の核武装をしたいと考える傾向を強めている」「核武装すれば、対米自立した大国になれる。日本の保守派は、そうなりたいと考えている」「一般の日本人は従来、核武装に対して深く懐疑的だったが、北のミサイルの脅威の拡大を受け、考えを変える人が増えている」「日本が核武装すると、韓国や台湾も核武装する。日本はこっそり台湾(や韓国)の核武装を支援する」
「日本の核武装に対する米政府内の意見は分裂している。日本の核武装を阻止した方が米国の覇権を維持できると考える人と、日本が核武装し、つられて韓国や台湾も核武装した方が、中国の台頭を抑止できるし、日韓から米軍が撤退できて防衛費を節約できるので好ましいと考える人がいる。トランプ自身は後者だ。覇権維持に対する米国民の支持も疑わしくなっている」「北の核ミサイルの出現は、米国に、北との戦争か、アジア覇権の放棄か、どちらかを選ぶことを強制している」
 米海軍のジョン・バード元中将も最近、以下のような主張を発した。「トランプは、北の核の脅威に対抗するため日韓に核武装を許すと公言すべきだ。日韓に核武装させたくない中国は、本気で北に圧力をかけるようになり、北核問題を解決できる」「近年、日本はしだいに自前の核武装に前向きになり、米国もそれを容認する傾向だ」 (Let Japan develop nuclear weapons to lessen North Korea threat, former US Navy commander says) (North Korea crisis: Calls to hand Japan nuclear weapons to stop WW3)
 米国の右派の論客であるパット・ブキャナンも、日韓の核武装を肯定的に見ている。「米本土が北から核攻撃される可能性が出てきた今、米国は朝鮮半島政策を再検討すべきだ。在韓米軍は、中国やソ連が米国の仇敵で、韓国が貧困国だった冷戦初期の遺物だ。北はGDPの25%を軍事費に割いている。韓国は2%台、日本は1%台しか割いてない。日韓は、対米貿易黒字で大儲けしているのに、防衛を米国にやらせている。米国は日韓に、自立した防衛と、独自の核兵器を持つことを計画させるべきだ。核武装は日韓を台頭させ、アジアでの中国の一強体制が崩れて均衡する良い効果もある」 (Pat Buchanan Asks "Should Japan And South Korea Go Nuclear?")
 アリゾナ州の分析者(Robert Robb)は「北のミサイルが米に届くようになった瞬間に、米と日韓の利害が分裂し始めた。韓国は、北の2倍の人口と50倍のGDPがある。日本は北の5倍の人口と125倍のGDPがある。日韓は、こんなに強いのに、安保を米国に頼っているので、北から脅威を受けてしまう。日韓が自前の核兵器を持てば、事態を改善できる。英仏が何百発核を持っていても、誰も脅威に思わない。日韓の核も同じだ。抑止力として、技術的に難しいミサイル防衛より、核兵器の方が手っ取り早い。日本人は核反対の意識が強いので、まず韓国からか」という趣旨を書いている。 (North Korea has nuclear weapons. South Korea and Japan need them too)
 このほか、日本が核兵器を持つなら、英国などと同様、潜水艦に搭載するのが良い、などといった気の早い提案もある(昨年書かれた論文の再掲載)。 (Everything You Need to Know: How Japan Could Get Nuclear Weapons)
▼トランプらの自作自演
 この問題に関し、まず言っておかねばならないのは、日韓に自前の核武装を許すと最初に宣言したのが、選挙期間中のドナルド・トランプであり、北を先制攻撃するぞと喧嘩を売って挑発して北の核ミサイル開発を急がせたのもトランプであることだ。北が米本土に届く核ミサイルを持った後、トランプはまだ日韓核武装容認に再言及していない。だがもし、いずれトランプが日韓核武装容認を再宣言するか、もしくはそれと同等の効果を持つ事態(たとえば韓国が対米自立を意味する中露のダブル凍結案を承諾するとか)を誘発するのだとしたら、北の核武装を扇動して日韓を対米自立に追いやるという一連の動きの全体の黒幕はトランプ(もしくはトランプの後ろにいて米覇権放棄戦略を立案した人々)だ。 (世界と日本を変えるトランプ)
 北は、何もないところから全く独自(北風に言うなら主体的)に核武装を思いついてやっているわけでない。トランプや、以前のブッシュ政権が、北を先制攻撃して潰すと脅しつつ、その一方でおそらく米諜報界が北に核やミサイルの技術を入手できるよう取り計らった末に、北の核ミサイル開発が加速している。 (北朝鮮の脅威を煽って自らを後退させる米国)
 トランプらが北を核武装させたのは、日韓に高額な兵器を売り込むためだといった見方をしたがる人が多いが、それは近視眼な間違いだ。たしかに日韓は軍事費を急増し、米国から武器を買い込んだり、韓国が飛距離の長いミサイルを急いで配備したりしているが、これは中長期的に、米軍が撤退傾向になっても大丈夫なよう、軍事的な対米従属の度合いを下げるための動きだ。 (Japan requests record-high defense budget amid Korean Peninsula tensions)
 北を核武装させた後、米国では逆に、今回紹介したように、日韓の核武装を容認して対米自立をうながしたり、前回の記事に書いたように、韓国が米国でなく中露と組むよう仕向けたりしている。北の核武装は、日韓の対米従属の終わりや、東アジアでの米国覇権の縮小を早めている。トランプやブッシュが北を核武装させたのは、米国覇権の維持拡大でなく、全く逆方向の、覇権縮小や多極化につながっている。米国は02年以来、断続的に(オバマ時代を除く)10年近く、この策をやっている。その長さから考えて、これは隠然と意図した戦略だ。「隠れ多極主義」の戦略である。 (北朝鮮危機の解決のカギは韓国に)
 この戦略の目標は、日韓に核を持たせることでもない。目標はおそらく、日韓を対米自立させることである。「米国の最良の戦略は、単独覇権体制の恒久化である」と教科書的に思い込んでいる人々は「米国が日韓を自立させたいはずがない」と思うだろう。だが現実の国際政治の流れを見ると、この常識は間違っている。政治面はイラク侵攻以来、経済面ではリーマン倒産以来、米当局がやってきた世界戦略の多くが、反直観的な、米国覇権の縮小、中露イランなどの台頭、ドル基軸制の脆弱化を引き起こすものになっている。今回紹介した日韓核武装容認論の多くも、米国覇権の縮小を肯定的にとらえている。 (北朝鮮問題の変質)
 日韓を核武装させることは、日韓の対米自立、東アジアの多極化を引き起こす最も手っ取り早い方法だ。核武装を宣言したら、米国はすぐに「それなら米国の核の傘は要らないね」「これは安保条約の放棄にあたる」と言い出し、その日が対米従属の終わりになる。だが、現実を見ると、おそらく日韓ともに核武装しない。北はNPT(核拡散防止条約)を離脱したが、日韓はNPTを批准しており、核武装は国際法違反の大きな犯罪だ。日本人は、反核の意識が強い。韓国は、対米自立すると中露との関係を強化するだろうが、中露は韓国の核武装に賛成しない。
 日韓の上層部では、自前の核を持つのでなく、米軍の核兵器を日韓に再配備してもらい、北への抑止力向上策とする案が出ている。日韓が、自前の核を開発・配備することと、米軍に核を配備してもらうこととは、政治的な意味が正反対だ。自前の核配備は対米自立だが、米国の核を日韓に配備するのは対米従属の拡大になる。日韓を対米自立へと誘導したいトランプは、米軍の核を再配備してほしいと日韓が頼んできても、断るだろう。 (North Korea’s nuclear test has left the South wanting nukes too)
 日本では(韓国も似ている)、自前の核武装が、国内の権力構造の根本的な転覆につながる。戦後日本の権力を握ってきたのは官僚機構であるが、彼らは、本来なら自分たちより上位なはずの政治家(国会)を牛耳るため、対米従属(日米安保体制)の国家戦略を必要としている(日本の官僚機構が勝手に米国=お上の意志を代弁して日本を支配する構図)。日本が核武装すると、米国は、日本を核の傘から外して対米自立させるので、官僚が権力を詐取し続けられなくなり、政治家(国会)に権力が移る。対米従属による権力維持の永続を望む官僚機構は、日本独自の核武装に反対している。対米従属型の官僚独裁を主導してきた日本外務省とその傀儡「専門家」たちは、核武装論になると、急に平和主義者として振る舞い、核武装に強く反対する。 (日本の官僚支配と沖縄米軍)
 だが、そんな中でも最近、独自の核武装を主張ないし議論しようとする動きが、自民党などの一部から出ている。これは、近年の米国覇権の低下を受け、日本の政治中枢で、官僚独裁と、それを打ち破ろうとする自民党(や民進党右派?)との権力闘争が少しずつ起きているからだろう。官僚機構は民選されておらず独裁勢力だが、自民党など国会議員は民主的な勢力だ。政治家勢力が右から官僚独裁を打破して権力を奪うことは、民主化闘争である。産経新聞は最近、日本では核武装すべきかどうかという議論すら封じられていると怒りの社論を出した。安倍首相のお気に入りである産経は、官僚対右派政治家の闘争の中で、政治家の側についていることになる。 (核武装議論、日本では“禁句”…世論の猛反発不可避、是非すら論じられず)
 蛇足になるがもう一点。今回の記事の冒頭で紹介したミードの論文に「日本が核武装すると台湾も核武装する。日本はこっそり台湾の核武装を支援する」という趣旨の部分がある。これはまさに、私が3月に書いた「台湾に接近し日豪亜同盟を指向する日本」で指摘したことと一致している。現実論として、日本が核武装しないなら、台湾も核武装しないだろうし、日本が台湾の核武装を支援することもない。しかしミードの論文のこのくだりからは、国際政治的な構図として、米国が、台湾の面倒を見ることを日本に任せつつあると感じられる。やはり日豪亜は、未来の予定的な枠組みとして存在している。国際政治的に見ると、日韓台の核武装は、比喩的な話でしかない(国際政治的な意味を分析せず、浅薄な軍事論に終始する日本の言論界は、官僚機構の傀儡だ)。本質は、米国覇権縮小後の東アジアの諸国間の関係がどうなるか、というところにある。 (台湾に接近し日豪亜同盟を指向する日本)
%%%%%

弥彦神社探訪(1)、トランプ大統領苦戦(田中宇ブログ)

夏休みボケのため、今回は弥彦神社見聞記であります。
(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:弥彦神社拝殿近くから山頂へ通ずるロープウエイからの車窓風景。左遠く越後平野の向こうにかすかに飯豊(いいで)山が見えます。山麓中央に見える構造物は競輪場。その右の森の形状は前方後円墳を思わせます.)


ムサシなる エチゴの山に 立ちぬれば 西に佐渡の 黒き島影 

 何故、ムサシなのか?それは弥彦山の標高が何と634mなんですね。

 9月始めの五日間の夏休み、海外旅行を楽しみました。旅券無しで海外に行けるのか?との疑問、誠に尤もです。実は、私が越えたのは太平洋でも日本海でもなく、津軽海峡です。目的地函館で見つけたのが「ハマナス」の実です。
(写真:石川啄木で知られる立待岬で見たハマナスの黄色、赤い実。私が住む茨城県南東に位置する鹿島はハマナスの花の南限として知られています。それがこのような実をつけるとは知りませんでした。私の義父は死後、その遺骨の一部をこの立待岬から散布したとのことです。)
CIMG2901


 函館からの帰途、機上から見る下北半島の西岸マサカリの刃の部分、当たり前の話ですが、地図そっくりでありました。それをじっくりと眺め新潟に降り立ちました。私、新潟を訪れるのは今回で二度目です。一回目は五十年以上も昔です。大学共同の野外実験が越後平野で実施されました。私はアルバイトとしてその実験作業の人夫の一人でありました。朝早く計測器やらケ−ブルやらを背負って現場に行き、感震器をあちらこちらに設置するなどが仕事でありました。夕方はヘトヘトで夕飯・風呂を終えるとフトンに倒れ込む一週間でありました。この人夫には他大学の学生も居ました。その中の一人、昼間の重労働にもけろっとしてるんですな。夕飯が終えるとさっさと街中に出かけ朝方すっきりした顔で帰ってきます。「何処へ行ってたんだ」と尋ねると、にやっと「親戚がいるんだよ」とか、「砂浜で一晩過ごしたんだよ」とか、惚けます。てなことを思い出しました。

 さて、そんな元気は疾うに失せた老いぼれの私の今回の新潟訪問の目的は弥彦神社を訪ねることでした。この神社は越後の国一ノ宮とされ、広い信仰を集めています。在野の歴史研究家であり、多くの古代史に関する著作を物している関裕二氏が東国を論ずる際にしばしば言及する神社でもあります(例えば「いま蘇る縄文王国の全貌」(KKベストセラーズ刊、1996、187頁))。ここでは関氏の主張を紹介することでブログ記事を冗長にすることは避けたいので、致しません。

(図1:弥彦神社の位置。この神社位置がシリウス星信仰に基づいて設計・建造されたとするならば、その計測基点はどこであろうか?試案として八海山(ハッカイザン、標高1778m )
が候補です。)
170908弥彦_八海a

 八海山と聞けば誰しもが思い浮かべるのは魚沼産米で作られる銘酒ですが、それは本論では脇においていただきます。まずは弥彦神社と八海山との位置関係を計算しておきます。
-->exec('C:\FR55G_B\SCI_lesson\cl_delazm.sci', -1)
epi(lat,lon)=[37.711371 138.816849] (弥彦神社の位置:緯度・経度)
sta(lat,lon)=[37.106993 139.027219] (八海山の位置)
Dlt,Azm,Bzm= 69.7-km 164.48 344.61 0.63deg (距離、方位)
 此処で得られる164.5度と言う角度を私のシリウス星年代決定表に照らして、その年代を推定すると西暦480年代後半になります。八溝山頂から常陸国・二の宮である静神社の設計がなされた年、そして、九州宇佐神宮を設計するに当って米神山を基点とした測量に基づいて設計がなされた年となります。

(図2:弥彦神社境内、明瞭に反シリウス方位で建築物が配されている。)
170908弥彦a無題


 拝殿の主軸は真西からほぼ20度時計回りの向きです。従ってその直角方向は「反シリウス」方位となります。この拝殿を設計させた人物の政治志向、すなわち藤原不比等の意向に逆らわないとの志向が表れていると思っています。言葉を変えるならば現今の境内配置は八世紀以降、東国での扶桑国の影響を完全に排除したいとの強い思惑が反映されているのです。上の図で、末社十柱神社が書き込まれています。これらについては、下で、若干の議論をしています。

(図3:弥彦神社奥宮、配置は真北ではなく5度ほど反時計周りに作られている。シリウス方位であるのか?誠に興味深い事です)
170908弥彦_奥宮


 てな概要を語った上で、以下に、この神社を紹介しているブログ記事からその一部を引用させていただきます:
%%%%%弥彦神社 新潟県西蒲原郡弥彦村大字弥彦2898番地 
祭神
天香山命
摂社
櫻井神社(天香山命) 妻戸神社(熟穗屋姫命) 武呉神社(天五田根命) 船山神社(天忍人命)
草薙神社(天戸國命) 今山神社(建筒草命) 勝神社(建田背命) 乙子神社(建諸隅命)
(図4:摂社群とその向こうの十柱社)
170903yahikoj8

(引用させていただいているブログには書かれていませんが、私には誠に興味深いのでここで注記させていただきます:
 摂社建築物、これらは周辺の神々がこの地に参集して会合を開く際のいわば宿泊施設です。七柱については親族ですから一戸建て住居が与えられています。神の名前が古代より伝えれらたそれなのか、否かは定かでありませんから鵜呑みにはできませんが一名の正妻と六名のお子(男子のみ、女子は勘定されていない)がいたようです。「天」は「アメ」であり、それは隋書倭人伝の記事を連想させます。つまり「姓は阿毎』(せいはあめ)の「阿毎」が転じて「天」となったからです。この転化を考え出したのは藤原不比等であろうと考えています。
 「忍」(おし)が古代ペルシア語に由来することは以前にも書きました。そして「建」です。古事記にあっては倭建命と表記される「建」です。これを「タケル」と音するならば、それは行田の稲荷山古墳から出土した鉄剣に刻された「ワカタケル」と同じ出自を思わせる人物となります。すでに2009年12月28日記事で書いたように、「ワカタケル」は、その墳墓と宮廷の位置関係から、西域ペルシアからの渡来族であったことが確かです。「タケル」なる言葉がどうやら古来の日本列島にいきわたっていた言葉であるらしいことが見えてきますが、その考察は後日にします。
 写真で一番奥の大きい建物は、いわば近しい親戚でしょうか。かれらは会合で参集すれども、夜は相部屋と言うわけです。その分建物の面積は幾分大きくなっているようです。以上ブログ管理人注)
末社 (境内)
二十二所神社 伊勢大御神、石清水八幡宮、加茂大明神、松尾大明神、平野大明神、稻荷大明神、春日大明神、大原大明神、大神神、石上神、大和神、廣瀬大明神、竜田大明神、丹生神、住吉明神、貴船大明神、吉田神、廣田大明神、北野大明神、梅宮坐神、祇園神、日吉神
八所神社 香取大明神、熱田大明神、香嶋大明神、氣比大明神、諏訪大明神、江文大明神、渡津大明神、氣多大明神
十柱神社 大穴牟遲命、彌都波能賣神、速秋津日子神、速秋津日女神、阿須波神、波比岐神、大山祇神、大地主神、埴山姫神、草野姫神
末社(境外)
(これら境内外の末社については、まことに興味深い事を指摘せねばならないのですが、永くなりますので,次回に書きます:ブログ管理人注)
火宮神社 加具都知大神
住吉神社 住吉三前大神
上諏訪神社 建御名方命
祓戸神社 祓戸四柱大神
下諏訪神社 建御名方命
湯神社 大穴牟遲命、少彦名命
某神社 祭神不詳
御神廟 天香山命
由緒
 『延喜式神名帳』越後国蒲原郡名神大社の伊夜比古神社である。 越後平野の西端で日本海にせり出した弥彦角田山塊の東端に」鎮座。 この山塊には縄文時代以降の遺跡や古墳が散在する。
 以下『日本の神々』による:
 『弥彦縁起断簡』によれば、祭神は和銅二年(709年)に来臨、養老三年(719年)に宮を造営、天平勝宝年間(749年〜)に金智大師が来、弥彦明神の本地を阿弥陀如来としたと言う。
 中世、『大日本国一宮記』には「伊夜日古社饒速日尊皇子天香久山命ナリ」とあり、これが延宝六年(1676年)神祇宗の橘三喜が神主の求めに 応じ、神号「天香久山命」と」揮毫したことがあり、以降、天香久山命が祭神として崇敬されるようになった。と言う。
 江戸時代に天香久山命となったとすると、周辺の伝承、また祭神の御子神等を祀った周辺の神社など、すべては江戸時代以降の作為となるのだが、それほどの勢いで、伝承、摂社ができあがるものだろうか、とも思われる。 それ以前から天香久山命への崇敬はこの地方にあったのかも知れない。
 伊夜比古神の伊は偉大などの敬称で、これを除くと夜比古神となる。 夜比古神の夜の弥栄などの美称かも知れない。比古神が残る。弥彦山には金属採取精錬が行われていたと言う。これらは男の仕事、男神を祀ったのを比古神と称したとも言える。

 夜比古神に戻る。敬称の「大」をつけると大屋彦神となり、これは五十猛命と同じ神とされる。弥彦神社では祭神の天香久山命は紀の国から来たとされているが、五十猛命もまさに紀の国の神である。 弥彦神社と夫婦神とされるのが能登(石川県鹿島郡能登町)に鎮座する式内社の伊夜比弯声劼虜弯世大屋津媛命であることからも、伊夜比古神が大屋彦神説も充分にありうるようだ。伊夜比弯声劼離スズミ祭は、女神が越後の男神を呼び寄せるもので、年に一回の夫婦の逢瀬を楽しむのだと言う。越後の弥彦神とされる。または佐渡の伊太祁曽さんの神だと言う古老もいる。佐渡の伊太祁曽さんとは度津神社の五十猛命(イソタケル)を指す。別名は大屋毘古神(オオヤヒコ)である。
 また伊夜比古神社と佐渡の度津神社とは古来より関連があるようで、毎年正月には弥彦のカラスが佐渡の一の宮へ渡ると言う。度津神社が元社かも知れないと内心思っている。
弥彦神社の神紋は○に大の字である。伊太祁曽神社のそれは○に太の字であり、酷似している。

 摂社に某神社「祭神不詳」と言うのがある。
 また祭神は一目であるとか、アラハバキ門があったとか、古い伝承が残っているようだ。
 神社から弥彦山登山口への社叢の中の道沿いには万葉集で歌われた植物の内、弥彦山系に自生の約60種が植えられている。
 弥彦山頂には御祭神の神廟がある。登拝した日はガスがかかっており、視界数メートルであった。
 山道は赤土と赤石でできており、金属の豊富さを示しているように思える。徒歩下山は約1時間。
参考 『峰の桜』大森宮司著、『日本の神々』、『式内社調査報告』
%%%%%ブログ引用終わり
 この神社の参拝流儀は二礼四拍とのことで老男老女一行を引き連れたガイドさんが、参拝前の注意としてそれを強調していました。この流儀は出雲大社、宇佐神宮で採用されているものです。梅原猛氏は「出雲大社」に祀られる大国主命の非業な死を悼んでのことであろうと自著で書いています。つまり「四」(し)は「死」(し)に通ずるという推論です。同様は宇佐神宮です。学者さん方は、梅原氏の推論を真似たわけでは無いでしょうが(どうも正統古代学者さんは梅原氏を長くシカト(無視)しています)、奈良政権に抑圧された薩摩隼人の鎮魂であろうと語ります。私は九州薩摩には「隼人」なる一族は存在せずそれは「隻」(セキ)すなわち「サカ」族であったろうと書きました。東国扶桑国から南下した一族が倭国を構成する一族と合流した部族「サカ」族であったと考えています。彼らに藤原不比等が加えた苛烈な虐殺、そして彼らからの怨念を鎮魂したのが宇佐神社であったと考えています。そしてそれが東大寺大仏開眼儀式に先立って宇佐神宮から禰宜が特に招聘された理由でもあったのです。

 この議論を弥彦神社に適用するとすると、鎮魂さるべきは一体誰なのであろうか?ところで、冒頭の動画の後半部、山麓右方に前方後円墳らしき形状が見えます。私は、これこそ、鎮魂されている人物野墳墓ではなかろうかと考えています。
(つづく)
 どうやら長くなりそうです。次回にこの続きを書きます。

+++++トランプ米国大統領と北朝鮮
 昨日の東京新聞コラム木曜執筆者の竹田氏が以下を書いています:
(図:
竹田3004


 このコラム記事を転載した理由、それは竹田氏がこれまで止まなかったトランプ氏への非難の論調を少し変更したのかなと思えるからです。曰く「昨年の大統領選は米国社会の大変換を反映する」と。これはまさに私のトランプ観でもあります。それはトランプ氏の人格、貧弱な政治経験があったとしても、氏が大統領に選出されたのは、なんといっても米国民の格差社会への嫌悪、他国への戦争回避であった。
 トランプ氏はアフガンからの兵力削減撤退を公言していた。が、それを妨げたのがヒラリ氏を推した米国軍産複合体であったのです。しかし、米国とそれを崇敬する日本のメディアは政治に熟達しているというだけでトランプ氏を未だに悪し様に罵っています。
 今般の北朝鮮によるICBM,核実験について、詳細は別の機会に論じますが、私は背後に米国軍産複合体が蠢いているのではないか、金将軍にこっそりと闇のルートを通じて技術・部品供与をしているのではなかろうか?と疑っています。トランプ氏を大統領の座から引き摺り下ろさないことには、これまでのような戦争政策の推進には桎梏となるからです。
 そのように考えると下に紹介する田中宇氏の議論がすっきりと腑に落ちます。
%%%%% トランプの苦戦 2017年8月31日   田中 宇
 米国のトランプ大統領は、8月18日に最重要の側近だった「米国第一(覇権放棄)主義」のスティーブ・バノンを辞任させ、8月21日には、アフガニスタンへの米軍の増派を発表し、米軍総撤退の公約を反故にした。トランプを支持してきた反戦右派の人々の間に、トランプは、覇権放棄の策を捨て、軍産エスタブの覇権維持派へと寝返ったとする失望感や後悔が広がっている。 (What Happened to Making America Great Again?) (Neocons Love Trump's New Afghanistan Plan, Blackwater Calls It "Obama-Lite")
 私は、トランプがバノンを辞めさせたり、アフガン撤退を棚上げした理由について、根本的な転向・戦略転換でなく、トランプの覇権放棄策に反対している米議会の共和党主流派との敵対を緩和するための、暫定的でうわべだけの方策だろうと考えてきた。減税や財政出動策、健康保険改革など、トランプの経済政策は、議会に次々と否決され、ほとんど実現していない。このままだと株価の急落や景気の悪化を引き起こす。それを回避する策として、トランプは7月末、4か月間の約束で、軍産・覇権派の代理人であるジョン・ケリーを大統領首席補佐官に就任させた。それ以来、ケリーは、マクマスター安保担当補佐官、ティラーソン国務長官、コーン経済担当補佐官ら、政権内の覇権派(軍産や金融界出身者)と結束し、バノンら覇権放棄派を政権から追い出し、アフガン撤退やイラン核協定離脱などの覇権放棄派の策を阻止してきた。 (バノン辞任と米国内紛の激化) (トランプの軍産傀儡的アフガン新戦略の深層)
 こうした私の見立ては、楽観的すぎないだろうか。米マスコミは、トランプを正常な人間とみなさず、トランプの政策を理にかなったものとみていない(日本のマスコミは米マスコミの鵜呑み)。私から見ると、それはマスコミが軍産・覇権派の一部なので、公正な報道をせず、トランプ敵視に変更しているからなのだが、同時にいえるのは、報道が信用できないため、政治の動向について正確な見立てが難しくなっていることだ。今回は、最近のトランプ政権をめぐる動きの意味を、再度、分析してみる。 (軍産に勝てないが粘り腰のトランプ) (金融界がトランプ政権を乗っ取り米国をTPPに戻す??)
▼トランプは過激なツイートをしている限り潰されてない
 まず、トランプ政権内で、覇権維持派(軍産エスタブ・金融界)と覇権放棄派(バノンらナショナリスト)が激しい暗闘を続けてきたという、私の見立ての可否を再検討する。トランプは、選挙期間中から、NATOは時代遅れだとか、日韓がこれ以上米軍の駐留費を負担したくないなら、独自の核武装をして対米自立することを認めるとか、アフガンから米軍を撤退させるとか、ロシアと和解するとか発言し、米国が軍事安保的に世界を運営(支配)する覇権構造の放棄(米国第一主義)を言い続けてきた。就任演説では、ワシントンDCのエリート支配を壊せと、米国民に檄を飛ばしている。この手の扇動や、覇権放棄の方針は、バノンが掲げてきたものと同じだ。トランプはバノンと組み、軍産エスタブの支配を壊そうとしたことがうかがえる。 (世界と日本を変えるトランプ) (トランプ革命の檄文としての就任演説)
 トランプは就任後、まずTPPを離脱した(改定要求でない点が重要)。NAFTAも、米国が損をしている部分を改定する策をとっている。中国にも、不公正な貿易をしていると言って制裁しようとしている。これらは、米国が世界の自由貿易体制を主導する経済覇権体制を放棄することを意味する。これらもバノンが立案し、米国民が被る経済損失を解消する「経済ナショナリズム」と称している。だがこの政策の実際の最大の効果は、米国民救済でなく、世界経済に対する米国の支配力の低下だ。従来の米政府は、自由貿易体制を拡大して米国の覇権を維持しつつ、同盟諸国に厳しいことを言って米企業の利益を拡大する策によって、自由貿易に伴う米国の経済損失を減らしてきた。対照的にトランプ政権は、自由貿易体制自体を破壊しており、覇権放棄が前面に出ている。 (Donald Trump reportedly considering starting global trade war, despite Cabinet's concerns) (米国民を裏切るが世界を転換するトランプ)
 同様に、従来の米政府は、日韓や欧州を米国の安保の傘に入れ続ける一方で、同盟国の安保タダ乗りを批判し、同盟国により多くの負担金(思いやり予算など)を払わせる策だった。NATO廃止や日韓核武装容認に言及し、G7の協調を重視しないトランプは、従来の米政府よりも、覇権放棄の指向が強い。 (理不尽な敵視策で覇権放棄を狙うトランプ)
 ロシア(ソ連)敵視は、軍産・覇権派にとって重要な戦略だ。トランプは、プーチンと和解し、この覇権戦略を壊そうとした。軍産(米諜報界)は、それを阻止するため、対露和解を担当していたフリン安保補佐官(バノン派)に、針小棒大な微罪のスキャンダルを吹っかけて2月に辞めさせ、代わりに覇権派のマクマスターを据えさせた。その後も、非覇権派の側近に対するスキャンダル吹きつけが相次ぎ、トランプは対露和解の構想を放棄した。それ以来、トランプとバノンの、覇権派に対する敗北傾向が拡大していき、8月18日のバノン自身の辞任にまで発展した。 (フリン辞任めぐるトランプの深謀)
 トランプは、米政界を支配してきた覇権派を無力化することを目標に、覇権放棄の戦略を持って大統領になったが、政界からの大きな圧力を受けて側近群の中に覇権派を入れざるを得ず、政権中枢は覇権派と放棄派の激しい政争となり、放棄派が劣勢になっている。トランプは苦戦している。ここまでは事実と考えていいだろう。次に思いつく疑問は、トランプはバノンを切ることで、放棄派から覇権派に転向したのでないかというものだ。私は、トランプが転向したのでなく、放棄派としてやりたいことの一部をあきらめて維持派に対して(時限的に)譲歩することで、妨害されている経済政策の推進をはかる「取引」をしたとみている。
 トランプが転向したのでないことは、相変わらずツイッターで勝手に発信しまくっていることからうかがえる。覇権派を強化するため7月末に首席補佐官になったケリーは、トランプのツイッター利用を制限し、大統領府からの情報発信を、覇権派の検閲のもとで一元化しようとした。もしトランプが転向したのなら、ツイッターの発信が減り、公式論のつまらないツイートしか出てこなくなる。トランプが相変わらず吠えている限り、トランプは転向していない。 (White House Watch: Trump Picks a Fight With Congressional Republicans) (Kelly Loses Control As "Vacationing" Trump Unleashes Angriest Tweetstorm Yet)
 米国社会で強まるリベラルと右派の対立の中で、トランプは右派を擁護する姿勢をツイートしている。バノンは右派の指導者の一人であり、トランプとバノンとの親近感も切れていないことがうかがえる。トランプは直情型の人で、転向したのに目くらましで過激なツイートを続けるという隠微な芸当をやるとは考えにくい。トランプのツイッターは、覇権派による大統領府の乗っ取りを防ぐための重要なゲリラ戦法の道具となっている。 (Trump retweets claim that 'true' source of violence is from anti-fascists and not the right)
 トランプがバノンの策を廃棄せず踏襲しているもう一つの点は、中国との貿易関係についてだ。トランプは依然として、中国が鉄鋼などを米国に安すぎる価格で輸出しているので制裁すると言っている。覇権派の側近群たちは、このトランプの策を「やりすぎ」だとして反対し、米国の要請で中国が改善策を出してきたので、それで手を打つべきだとトランプに進言した。だがトランプは、この進言を拒否し、貿易面での過剰な中国敵視に固執している。 (His advisors supported it, but Trump reportedly declined Chinese proposal to cut steel overcapacity) (Trump Reportedly Slams Administration's Globalists, Demands "Bring Me China Tariffs")
 米国が中国と貿易戦争をすると、世界最大の市場である中国に米企業が参入しにくくなり、長期的に米国の損になる。中国は、これまでWTOなど米国覇権体制の傘下で経済拡大を試みてきたが、米国から貿易戦争を仕掛けられるほど、米覇権とは別の国際経済体制を構築する方向に進み、世界の覇権構造が多極化する。安保面で、米国がロシアやイランを敵視するほど、露イランは米国に頼らない国際体制の構築を急ぎ、多極化が進むのと同じ流れだ。 (Trump Seems to Genuinely Want a Trade War With China)
 トランプは「合意形成」よりも「取引」を重視する。大きな組織を信用していないので、孤立を恐れない。従来正しいとされきた常識よりも、自分の直感を重視し、自分が正しいと思えば、非難されても喧嘩腰で押し通す。誇りが高く、自尊心が強い。軍産・外交界(=覇権派)という巨大組織に包囲されて圧力をかけられるほど、トランプは闘志を燃やす。取引の結果、いったんは譲歩もするが、敗北は受け入れない。元世銀総裁で隠れ覇権放棄派(親中派)のロバート・ゼーリックは、トランプを、そんな感じで評している。 (The conflict at the heart of Donald Trump’s foreign policy by: Robert Zoellick)
 結論として言えるのは、トランプは転向しておらず、やはり、覇権勢力と取引しているということだ。今のところ、トランプを弾劾する罪も見当たらないので、彼が辞めさせられることはない。覇権派との闘いはまだ続く。今後、議会の共和党がトランプの経済政策を通すようになると、今回の取引はトランプにとってうまくいったことになる。たが逆に、10月になっても何も議会を通っていない場合、トランプと覇権勢力の関係が、また荒れることになる。トランプは、覇権派の側近たちを辞めさせるかもしれない。財政赤字上限到達による米政府の閉鎖、金融相場の急落などが起きる可能性も高くなる。 (Report: President Trump Growing Increasingly Frustrated With Secretary of State Tillerson)
▼ネオコンに加勢してほしかったトランプ
 ここからは、やや難解な、国際政治オタク好みの話になる。今回、覇権派が全力でバノンらを追い出そうとした理由は、バノンが、ネオコンのジョン・ボルトンに、03年のイラク戦争前の「大量破壊兵器」の時のような諜報の捏造をやってもらい、それを使ってイランと米欧などが結んでいる核協定を破棄しようと動き出したからだったようだ。 ('Strong indications' Trump won't recertify Iran nuclear deal)
 イラク戦争の開戦事由が、捏造された大量破壊兵器情報だったことは、米国の諜報機関と軍に対する世界からの信用を失墜させた。あれをやったネオコンは、軍事による政権転覆など、覇権派の主張を振りまきつつ、実のところ米国の覇権を自滅させる「隠れ覇権放棄派」(隠れ多極主義者)である。覇権派つまり諜報機関や軍産と戦うトランプは、捏造した諜報によってイラン核協定を破棄することを画策し、覇権派に大損害を与えようとしたと考えられる。 (Trump era continues to work out just great for Iran)
 8月28日、ブッシュ政権で国務副長官や国連大使を歴任したネオコンのジョン・ボルトンが、保守派の雑誌サイトであるナショナルレビューに「イラン核協定の離脱方法」と題する文書を掲載した。イラン核協定は、2015年にオバマ政権の米国が主導し、英仏独露中と国連も参加してイランと結んだ協定で、イランが平和利用を含む核開発を制限する見返りに、国際社会がイラン制裁を解除する骨子だ。 (How to get out of the Iran nuclear deal - John Bolton)
 トランプ大統領は選挙戦時から、オバマが作ったこの協定を、イランを甘やかすだけの最悪の協定と批判し、自分が大統領になったら廃棄すると公約していた。だがトランプは就任後、覇権派の側近に反対され、就任半年後の今も、しかたなく協定を保持している。米政府(大統領府)は、90日ごとに、イランが核協定を順守しているかを調査し、議会に報告する規定になっている。ボルトンの論文によると、7月中旬に、この報告を行うに際し、トランプやバノンは、イランが協定を順守していないという報告書を出し、核協定破棄への一歩としようとした。 (Trump puts Iran nuclear deal in jeopardy)
 これに対し、覇権派の側近たちは、イランが協定に違反した事実はないし、米国が破棄しても他の諸国が協定を維持するので米国の孤立にしかならないと主張した。激しい議論の末、報告書にはイランの協定順守を書くことにする一方、核開発でなく、ミサイル開発や人権侵害など、他の要素を使った米国独自の新たなイラン制裁法を議会に提案し、核協定破棄に代わるイラン敵視策とすることを決めた。米議会は7月下旬、圧倒的多数でイラン制裁新法を可決した。 (The Danger of Trump's Shifting Strategy on the Iran Nuclear Deal) (Here’s how Trump can drop Iran deal)
 この一件の後、バノンは7月末にボルトンに対し、米国がイラン核協定を破棄する方法はないかと相談してきた。トランプは就任前からボルトンを好み、一時は国務長官に据えることも検討した(覇権派の反対で潰された)。就任後も、トランプはボルトンと何度も会っている。バノンの依頼を受け、ボルトンは5ページの報告書を書いた。だが、書き上がった時には、すでにバノンが辞めさせられ、それまで頻繁に会ってくれていたトランプも、ボルトンの面会要請を拒否するようになっていた。しかたなくボルトンは、自分が書いた報告書を、ナショナルレビューに投稿して公開した。 (How to get out of the Iran nuclear deal - John Bolton) (Bolton writes in op-ed he can't get in to see Trump anymore)
 このボルトンの報告書公開を機に、トランプやバノンが、諜報機関に、イランが核兵器開発を再開しているという捏造の諜報をでっち上げさせようとしていたという指摘が、諜報界から出てきた。 (US Intel Officials Resist Trump’s Push to Claim Iran ‘Violates’ Nuclear Deal) (White House 'pressuring' intelligence officials to find Iran in violation of nuclear deal)
「バノン辞任と米国内紛の激化」にも書いたが、最近の記事7月末にケリーがトランプの首席補佐官になってから、8月18日にバノンが辞任させられるまでの間に、トランプ政権の安保戦略を立案するNSC(安全保障会議)で、戦略立案を担当していた3人のスタッフが、マクマスターによって相次いで解任されている(Ezra Cohen-Watnick、Derek Harvey、Rich Higgins)。3人とも、イランとの核協定を破棄すべきだと主張し、バノンと親しくしていた。3人は、イランがこっそり核兵器開発を続けていることを示す証拠となる捏造された諜報を流布しようとしていたので、マクマスターに解任され、その親玉であるバノンも、この筋で辞めさせられた可能性がある。 (バノン辞任と米国内紛の激化) (McMaster Fires Iran Hawk From NSC)
 捏造諜報の流布は、犯罪にならないのだろうか。イラク戦争前に「フセイン政権がニジェールからウランを買って核兵器にしようとしていた」とする捏造の契約書などが出回り、米軍イラク侵攻の大義がでっち上げられたことが、事後に発覚したが、この件では、誰も罪に問われていない。契約書の捏造者が不明で、契約書を流布した人々も「捏造と気づかなかった」と主張すれば無罪だからだ。ネオコンが発案したと考えられる、この諜報捏造の手法を、トランプやバノンがやっても、ネオコン同様にうまくやれば、罪にならない。トランプやバノンは、そのあたりをボルトンに相談していたのだろうが、一連の策略は、マクマスターら覇権派の察知するところとなり、バノンは辞めさせられ、トランプも覇権派側近群に包囲され、幽閉状態に置かれている。 (諜報戦争の闇) (ホワイトハウス・スキャンダルの深層)
 ネオコンは「米国は世界を率いる特別な国なので、独裁政権を軍事力で転覆し、強制的に民主化するのが任務だ」という、選民思想を借用した、軍事偏重の国際主義を掲げ、90年代に共和党内で影響力を拡大した。冷戦後、米国の支配層(安保外交界、議会、金融界、財界、マスコミ)は、米国の覇権を維持するための新たな建前を渇望していたので、ネオコンの考え方を歓迎した。だが、イラクやアフガニスタン、リビアなどで政権転覆後の国家建設が失敗し、イラクの捏造諜報も問題になり、ネオコンの戦略は、最初からうまくいくはずのない詐欺的なものだったことが、ほぼ確定している。
 トランプやバノンは、ネオコンが米国の世界支配を失敗させた後の、米国の厭戦機運や反覇権的な心情を利用して台頭してきた。国際介入主義・覇権主義のネオコンと対照的に、トランプやバノンは、孤立主義的な米国第一主義を掲げ、NATOや自由貿易体制といった米国中心の覇権体制を嫌悪している。覇権主義のネオコンは支配層との親和性が良かったが、反覇権主義のトランプやバノンは、支配層から敵視されている。トランプやバノンは、厭戦機運が強まる草の根の人々の支持を集め、支配層と草の根、右派と左派の対立を扇動するポピュリズムによって大統領の地位を得た。
 覇権主義のネオコンは当初、反覇権のトランプの当選を阻止するための組織「ネバートランプ」を結成していた。だがトランプは就任後、政権内に取り込んだ覇権派との対立に苦戦した挙句、ネオコンの手法のうち、覇権主義的な敵視策を、諜報の捏造が後からばれるようにするなどの稚拙なやり方によって(未必の故意的に)失敗させ、覇権主義を自滅させるというやり方を採用したいと考えた。トランプやバノンはネオコンに接近し、ボルトンと親しくなったが、ネオコン的な策略を完遂する前に、政権内の覇権派に見つかり、排除された。
 トランプはバノン辞任後も、イラン敵視策を何とか続けようともがいている。貿易面の中国敵視策も、側近の反対を押し切って続けている。トランプの動きを、今後さらに注目していく。

7月10日〜8月20日の関東の地震(夏休みにつき、図版のみ)

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
以下の3つの図についての解説は夏休み明けに行います。
(図1:7月10日から8月20日の期間内の関東地方の地震活動です(ソースは気象庁、m>0)。二回クリックで拡大)
170830関東s


(図2:上図矩形ABCD内の地震活動についての調査:地震の深さ分布,錬腺惰置いた鉛直断面への投影、△錬贈辰肪屬い娠直断面への投影。
上図との対応が直感的には分かり難い不便はご容赦願います。ABCDの位置を参照しながら活動状態を把握してください。。二回クリックで拡大)
170830関東DD


(図3:領域ABCD内の日毎の地震活動、 辺ADからの距離と発生日。最下部は7月10日、目盛り40は8月19日に相当。◆地震の発生頻度分布目盛りの最左は7月10日、目盛りの目盛りの15(7月25日)から25(8月4日ごろ)の期間にに地震活動の顕著な静穏が見られる。二回クリックで拡大)
170830関東DT

9月8日からブログ再開します。8月の龍ヶ崎写真

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
夏休み中です。龍ヶ崎の夏の写真を数様掲載しておきます。
(左の枝を伝って脱皮場所をこの葉の裏に定めたはずです。所が、何故か、脱皮は尻を葉の先端に向けています。どこで方向転換したのやら?であります)
脱皮2892


(この夏は、日照時間が少なかった。その所為でしょうか、いたるところに妙な形状の茸が生えました。あぜ道脇の農道の石垣です。)
茸2860


(農道にかぶさる椚の木の枝から白い糸が垂れていました。その先端に円い白い玉。これは虫でありました。)
虫2848


 (物干し竿で寛ぐ蛙)
蛙2828


(ドイツ国旗をまとった案山子)
案山子2783

三角法開発者は古代バビロニア人(夏休みにつき、解説なし)

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
本日9月1日から6日まで、夏休みをとらせていただきます。休暇中の埋め草として中学で習う数学の話を紹介します。
(写真:古代バビロニアで既に知られていたという三角法を記載した粘土板楔形文字文書)
170827三角法d7


%%%%%“三角法の父”はギリシャ人ではなかった?数学の歴史を覆す研究が発表されるhttp://news.livedoor.com/article/detail/13525520/
2017年8月26日 9時0分
IRORIO
「直角三角形の2つの角度から他の辺の長さを求めよ」……といった数学の問題。なかなかマスターできず、数学の時間に悩まされた記憶がある人もいるでしょう。
その起源である三角法は古くから測量や天文学の分野などあらゆる分野で活用されており、紀元前120年前頃の古代ギリシャの天文学者、ヒッパルコスが月と太陽の軌道を計算するために使われたのが最初というのが定説でした。
ところが、オーストラリア・ニューサウスウェールズ大学のダニエル・マンスフィールド博士とノーマン・ワイルバーベルガー教授の研究により、三角法を発見したのは古代バビロニア人であることが新たにわかりました。
Mathematical mystery of ancient clay tablet solved by Daniel Mansfield & Norman Wildberger @UNSWScience http://bit.ly/2w9vkCi #science pic.twitter.com/XIDuJAli9A
9:49 - 2017年8月25日
発表によると、1900年代にイラク南部で考古学者や学者たちによって“Plimpton322”と呼ばれる石板が発見されましたが、楔文字の内容を解析した結果、ヒッパルコスの研究より1000年以上前に三角法が使用されていたことがわかったのです。

https://newsroom.unsw.edu.au/news/science-tech/mathematical-mystery-ancient-babylonian-clay-tablet-solved 
「私たちが学校で教えてきた従来の三角法よりはるかに単純で正確です」(マンスフィールド博士)
石板に書かれていた内容は、古代バビロニア人が直角三角形を「四角形の半分」と見ており、正確な比率だけで直角三角形を描いていたというものです。

数学がよりわかりやすくなる?
ワイルドベルガー博士は、今後の数学教育にも新しい可能性が生まれていると言及しています。
「“Plimpton322”ではこれまでより簡単で正確な三角法がわかります。数学研究だけでなく教育での新しい可能性を開きます」
これまでとまったく違ったアプローチで理解できる方法があるなら、多くの中高生にとっては朗報にもなりそうです。
170827三角法57

以下はその英語記事です(日本語訳は付しません)
Mathematical mystery of ancient Babylonian clay tablet solved
Twitter Facebook LinkedIn https://newsroom.unsw.edu.au/news/science-tech/mathematical-mystery-ancient-babylonian-clay-tablet-solved
25 AUG 2017
―――――参考までに上記の英語原文をあわせ掲載しておきます:
DEBORAH SMITH
UNSW scientists have discovered the purpose of a famous 3700-year old Babylonian clay tablet, revealing it is the world’s oldest and most accurate trigonometric table.

Dr Daniel Mansfield with the Plimpton 322 Babylonian clay tablet in the Rare Book and Manuscript Library at Columbia University in New York. Image: UNSW/Andrew Kelly
UNSW Sydney scientists have discovered the purpose of a famous 3700-year-old Babylonian clay tablet, revealing it is the world’s oldest and most accurate trigonometric table, possibly used by ancient mathematical scribes to calculate how to construct palaces and temples and build canals.
The new research shows the Babylonians, not the Greeks, were the first to study trigonometry – the study of triangles – and reveals an ancient mathematical sophistication that had been hidden until now.
Known as Plimpton 322, the small tablet was discovered in the early 1900s in what is now southern Iraq by archaeologist, academic, diplomat and antiquities dealer Edgar Banks, the person on whom the fictional character Indiana Jones was based.
It has four columns and 15 rows of numbers written on it in the cuneiform script of the time using a base 60, or sexagesimal, system.
“Plimpton 322 has puzzled mathematicians for more than 70 years, since it was realised it contains a special pattern of numbers called Pythagorean triples,” says Dr Daniel Mansfield of the School of Mathematics and Statistics in the UNSW Faculty of Science.
“The huge mystery, until now, was its purpose – why the ancient scribes carried out the complex task of generating and sorting the numbers on the tablet.
“Our research reveals that Plimpton 322 describes the shapes of right-angle triangles using a novel kind of trigonometry based on ratios, not angles and circles. It is a fascinating mathematical work that demonstrates undoubted genius.
“The tablet not only contains the world’s oldest trigonometric table; it is also the only completely accurate trigonometric table, because of the very different Babylonian approach to arithmetic and geometry."

Plimpton 322, a 3700 year old Babylonian tablet held in the Rare Book and Manuscript Library at Columbia University in New York.
The new study by Dr Mansfield and UNSW Associate Professor Norman Wildberger is published in Historia Mathematica, the official journal of the International Commission on the History of Mathematics.
A trigonometric table allows you to use one known ratio of the sides of a right-angle triangle to determine the other two unknown ratios.
The Greek astronomer Hipparchus, who lived about 120 years BC, has long been regarded as the father of trigonometry, with his “table of chords” on a circle considered the oldest trigonometric table.
“Plimpton 322 predates Hipparchus by more than 1,000 years,” says Dr Wildberger. “It opens up new possibilities not just for modern mathematics research, but also for mathematics education. With Plimpton 322 we see a simpler, more accurate trigonometry that has clear advantages over our own.
“A treasure-trove of Babylonian tablets exists, but only a fraction of them have been studied yet. The mathematical world is only waking up to the fact that this ancient but very sophisticated mathematical culture has much to teach us.”
Dr Mansfield read about Plimpton 322 by chance when preparing material for first-year mathematics students at UNSW. He and Dr Wildberger decided to study Babylonian mathematics and examine the different historical interpretations of the tablet’s meaning after realizing that it had parallels with the rational trigonometry of Dr Wildberger’s book Divine Proportions: Rational Trigonometry to Universal Geometry.
The 15 rows on the tablet describe a sequence of 15 right-angle triangles, which are steadily decreasing in inclination.
UNSW researchers have revealed that Plimpton 322, a 3,700 year old Babylonian tablet, pre-dates Pythagoras by 1,000 years.
The left-hand edge of the tablet is broken and the UNSW researchers build on previous research to present new mathematical evidence that there were originally six columns and that the tablet was meant to be completed with 38 rows.
They also demonstrate how the ancient scribes, who used a base 60 numerical arithmetic similar to our time clock, rather than the base 10 number system we use, could have generated the numbers on the tablet using their mathematical techniques.
The UNSW Science research provides an alternative to the widely accepted view that the tablet was a teacher’s aid for checking students’ solutions of quadratic problems.
“Plimpton 322 was a powerful tool that could have been used for surveying fields or making architectural calculations to build palaces, temples or step pyramids,” says Dr Mansfield.
The tablet, which is thought to have come from the ancient Sumerian city of Larsa, has been dated to between 1822 and 1762 BC. It is now in the Rare Book and Manuscript Library at Columbia University in New York.
A Pythagorean triple consists of three, positive whole numbers a, b and c such that a2 + b2 = c2. The integers 3, 4 and 5 are a well-known example of a Pythagorean triple, but the values on Plimpton 322 are often considerably larger with, for example, the first row referencing the triple 119, 120 and 169.
The name is derived from Pythagoras’ theorem of right-angle triangles which states that the square of the hypotenuse (the diagonal side opposite the right angle) is the sum of the squares of the other two sides.
Links for news media:
The research paper in Historia Mathematica
Images of Dr Mansfield and Plimpton 322 at the Rare Book and Manuscript Library at Columbia University in New York. Credit: UNSW/Andrew Kelly.
Background information on Plimpton 322 and trigonometry.
Article on the find in The Conversation by Dr Mansfield and Associate Professor Wildberger

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倭国継承者・天武(5),金将軍のミサイルに怒る振りの安倍氏

9月1日〜6日、夏休みでブログ休載します。
(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:水田の中からカメラを向ける当ブログ管理人を見つけたんですな。鋏を振りかざし威嚇ポーズをとりながら後ずさりしています170829ザリガニ )


 水抜かれ 住いを失う 生き物が 畦に這い出て カラスに狙わる

水田の稲もそろそろ収穫の時期を迎えます。早くに田植えを終えた水田は水を抜き始めています。そうなると、慌てるのがこの水に住んでいた生き物たちです。タニシはいつの間にか姿が見えなくなりました。ザリガニ達は水を求めて、あぜ道を横切り水のまだある水田に移動します。「移民」であります。悲劇はそこで起きます。このところ、鋏をのこしたザリガニの欠片を畦でしばしば見かけます。カラスがザリガニの腹部辺りのやわらかく美味な部位だけをついばんだんですな。贅沢な奴め。硬い鋏や、肉のつまっていない足は放置されています。

 昨朝六時ごろです。用水路に潜んでいるやもしれないカワセミの飛び出す一瞬を捉えんとデジカメを構えていました。そこに、突然の大音響です。「ミサイルが発射された模様です。急いで、身を隠せる場所に避難してください。・・・・」なるいわゆる“Jアラート”が繰り返し町内有線放送マイクを通して拡声されました。7月末の警報では「これは訓練です」なる前フリが付きましたが、今回はそれはありません。しかし、我等の上空を通過してるのであれば、もうどうしようもありません。幸い、上空にはそれらしき姿はありません。犬連れの知り合いなど多くの散歩人が慌てる風もなく悠然と散歩を続けていました。

 帰宅してTVを点けました。まるで戦時の空襲警報です(と言っても私は体験していませんが)。ラディオも通常番組を止め、ミサイル情報の連呼です。二時間以上もこうした異常事態が続きました。朝7時の時点では、疾うにミサイルは北海道東方はるか沖にに沈んでいたはずなのです。

 「ああ、こうして庶民の耳目は奪われるのだ」と、実感しました。クーデタのような政変では、こうした情報遮断が意図的に作り出されるのでしょう。まさに安倍氏は承知の上で怒りを装い、狼狽を装っているのです。そう思うと、まさにこれは安倍氏がもくろむ次のステップ、「負けたくない奴らへの報復」の予行演習かなと危惧した次第です。ネットに散らばる各種情報を眺めていると、安倍氏はこの前夜に限って私邸には戻らず、官邸(公邸)に宿泊し「あたかも、ミサイルの打ち上げを待機していたかのごとくであった」との事。このところ体調不良を理由に夜は私邸で過ごす安倍氏が28日の夜に限っては公邸泊です。
(写真:東京新聞8月29日付「首相の一日」コーナより。二回クリックで拡大)
CIMG2898

 夕方6時18分以降、8名と公邸で会食(豪華レストランでもなく、料亭でもない!!、これも驚きです。)、7時50分に3名との半時間ほどの打ち合わせ後「8時20分、全員退出。宿泊」とあります。ゆうに私邸に戻れる時刻です。奇異に思ってよーくっと眺めると、この日は朝10時に官邸に出勤してから12時まで何も無い。官邸執務室で安倍氏は何をやっていたのか?まさか、金将軍と翌早朝のミサイル発射に関する打ち合わせをしていたのではなかろうか、なぞと疑ったりしています。

 それにしても酷いことです。民の安全を願うなら、事前に周知すべきでしょう。飛んでいる最中のJアラートは国民の不安をあおるだけで国民の生命の安全には全く関係ありません。Jアラートを連呼すること、報道をミサイル一色にすること、これが安倍氏の支持率挽回の材料と目論んだのです。改めて、金王朝と、安倍氏の間の見えざる闇の関係を暗示するかの如くです。この日の安倍氏はいつもよりはつらつと動き回っていたようです。と言うわけで、意味不明の箇所はありますが、いつもの”板垣情報”です。
%%%%%新型中距離弾道ミサイル発射で、安倍晋三、トランプ、金正恩が、「何がしか利益を得ている」という「闇の情報」あり(板垣 英憲
2017年08月30日 板垣 英憲(いたがき えいけん)「マスコミに出ない政治経済の裏話」
◆〔特別情報1〕
 「第2の日本」北朝鮮の金正恩党委員長=元帥が8月29日午前5時55分、新型中距離弾道ミサイルを日本列島に向けて発射した。午前6時6分、北海道襟裳岬550km上空を通過して、1180km先の太平洋上に3つに分解して落下した。この奇襲攻撃のターゲットは、紛れもなく「安倍晋三首相」だった。大東亜戦争(日中戦争、太平洋戦争などの複合的戦争)に敗れる直前、大日本帝国陸軍の満州・関東軍が守備範囲を朝鮮半島「38線」まで南下拡大し、敗戦後、帝国陸軍中野学校出身の残置諜者(スパイ)が北朝鮮に建国して、折角、日本を守り続けてきたのに、安倍晋三首相が、台無しにしてしまった。
 平和憲法の下で築いた「専守防衛態勢」を破壊し、自衛隊を米軍(陸海空・海兵隊4軍+コーストガードの計5軍)の「第6軍」化してしまったからである。朝鮮半島一旦有事の場合、自動的に参戦させられる。だが、情報は「表裏陰闇」の4重構造になっている。「商人外交」を進めている安倍晋三首相、トランプ大統領、金正恩党委員長=元帥が、「幾何かの利益を得ている」という「闇の情報」をしっかりと把握する必要がある。
%%%%%

+++++天武四年四月紀(5)
 天武(A)天皇(倭国の王)の側近の出自が、投馬国、狗奴国であった、と書きました。何故、僅か二人の臣下の名前から天武(A)天皇(倭国の王)の宮が現在の熊本あたりであると推断できるのでしょうか?そのことを2013年7月10日記事 に書きました。この記事は万葉集二十九歌を解読したものです。詳細は上記ブログ記事を参照いただきますが、この歌の題詞「題詞 過近江荒都時柿本朝臣人麻呂作歌」に全ての古代史学者が惑わされてしまったのです。
すなわち、
「かって近江に宮を構えた天智天皇が壬申の乱で敗北した。そのために宮のあった地はいまや廃墟となってしまった」と柿本人麻呂は歌ったというのです。その論拠となったのが歌に詠われる「淡海」です。
%%%%%万葉集二十九歌、該当部分
第三文節: 天離 夷者雖有 石走 淡海國乃 樂浪乃 大津宮尓
%%%%%
「淡」は「あわい」、「海」は「うみ」と音しますから二つをつなげると「アワウミ」それが転じて「オウミ」となるという理屈を古代学研究者は編み出したのです。しかし、上記記事で書いたようにそれは歌の「脈筋」にはそぐわないのです。そして狗奴国と投馬国の境界になんと「たんかいの」と呼ばれる場所が存在するのです。それを上記2013年7月7日記事で書いています。

 歌の雄大さは、人麻呂が天武(A)天皇の君臨する倭国の国の素晴らしさを嘆美した歌であることが分かります。決して廃墟に漂う寂しさではありません。

 既に書きましたが、天武(A)天皇の嫡男は高市皇子です。この皇子は天武(A)天皇と、胸形君徳善の娘です。胸形君は「みなかた」即ち「みな」国出自の人物と思われます。そして魏志倭人伝はこの国の存在を記しています。
%%%%%魏志倭人伝より
南至邪馬壹國、女王之所都、水行十日・陸行一月、官有伊支馬、次曰彌馬升、次曰彌馬獲支、次曰奴佳 、可七萬餘戸。
自女王國以北、其戸數道里可略載、其餘旁國遠絶不可得詳。次有斯馬國、次有己百支國、次有伊邪國、次有郡支國、次有彌奴、次有好古都國、次有不呼國、次有姐奴國、次有對蘇國、次有蘇奴國、次有呼邑國、次有華奴蘇奴國、次有鬼國、次有爲吾國、次有鬼奴國、次有邪馬國、次有躬臣國、次有巴利國、次有支惟國、次有烏奴國、次有奴國、此女王境界所盡。
%%%%%
 天武(A)天皇を私は倭国王と書いて来ました。その根拠の一端を現在書いていることになります。まだまだありますが、もう一つだけ付け加えておきます。昨年四月の熊本大震災、最初の被災地は益城でした。私はこれについて2016年4月18日記事 で以下を書きました:
%%%%%過去記事抜粋
さて、今般の熊本地震の発端は熊本市内から東方の益城町直下に走る日奈久地震断層の活動であったとの事です。かっての益城郡の一部であり、肥後の国の一つの郡(こおり)であったとウイキは書きます。又、地名由来辞典 は益城の由来を以下のように書きます。
%%%%%ましきまち【熊本県】[益城]
江戸期、細川藩の支配下に属した地。1954年、木山町、飯野村、広安村、福田村、津森村の合併により誕生した町名。町名は、郡内第一番目の合併村であったことから、古代以来の郡名を採用。「和名抄」は「益城」に肥後国「万志岐(ましき)」郡と訓を付し、国府所在地としている。郡名は、放牧場を意味する「馬城(まき)」、「柵木(ませき)」に由来する説、川筋などが交わる地・「マジ(交)・キ(場所)」とする説などがあるという。
%%%%%
 熊本県は魏志倭人伝が書くところの狗奴国であったろうと私は考えています。更には、大海人(おおあま、日本書紀は天武天皇の倭名と書く)の活躍の舞台、具体的には壬申の乱と後世の人々が呼ぶ「大規模内戦」の中心舞台は、この熊本であったろうと考え、それらを詳しく論じてきました(大津、菊池、当間などなどの地名の存在がそれを確かとしている)。日本書紀の二十九巻はこの大海人の治世を書きます。この巻の最大の特徴は、41名もの死者を書いていることです:
(表:日本書紀二十九巻が書く死者達、2013年5月31日記事に掲載)
tennmu_deathV4


 この 表の天武紀十一年に土師連真敷(土師のむらじましき)と言う方が亡くなっているとの記事があります。私は今般大きな震災で苦しむ益城の名前の由来は土師連真敷にあると思っています。つまり、この人物もまた、熊本、狗奴国の出自であったと思っています。
%%%%%過去記事転載終わり

 どうやら、此処で書く天武(A)天皇はまさに魏志倭人伝が書く倭国を継承した人物であることは確かで、その宮は狗奴国(現在の熊本県)であったろうと考えることが出来ます。この天皇が北方から移住してきた渡来族・アイヌ族とどのように和合・共生し強大な倭国の形成に至ったのか?それは定かでありません。が、天武(A)天皇なる漢風諡号にその一端が垣間見えていると私は考えています。それは「武」です。五世紀末、日本列島を席巻した「武王」に重ね合わせたのではなかろうか、と思っています。

 更なる根拠もありますが、それらは別の機会に紹介するとして、話を進めます。
(つづく)

+++++不正選挙開票
 ネットで妙な動画とその解説を見つけましたので、貼り付けておきます。真偽のほどは確かでありません。しかし、投票用紙の改竄はこれまでも疑われてきました。国民の唯一の権利である政治参加、それが投票です。そのように考える真偽は定かでないけれどもあえて転載しました。こんなに簡単に民意が、権力者の意に沿うように摩り替えられるのであれば、民の政治参加の権利は行使すれども政治には反映されないことになります。

%%%%%【衝撃!】選管ぐるみの不正選挙を証明する決定的な証拠映像 2017/08/30(水) 03:17:24

諫早市選挙管理委員会の不正集計の決定的証拠映像!
12月14日の開票作業終了、県への結果報告は、午後11時49分
日付が変わった15日午前1時頃、片付けられ誰もいないはずの開票場の体育館に明かりが灯り数人の影と集計機の作動音が鳴り響く。 何をやっているんだろう?誰もいないはずなのに。
階段を上りおそるおそる近づいてみる。 その眼前に繰り広げられた光景とは!? 封印されたはずの票を袋から取り出すxx選挙管理事務局長(実名らしき名前が書かれていたので、xxにしました。ブログ管理人)。 その票を傍らの女性が集計機に入れている。 この女性も選管の職員だ。 よく見れば次長のxxもいるではないか! 選管の人間が終了した開票所に残り封印された箱を開封しインチキ票の数え直しを行っていた!驚愕!
選管ぐるみの不正選挙など有り得ないなどと言っている人。 あなたは為政者からすれば立派な家畜人間です。 日本に巣食うマイノリティ裏社会の存在を知ってください。
諫早市だけではなく全国でこのような不正選挙が行われているのです。

%%%%%

反原発・反自公勢力の足を引っ張る似非左翼(怒!),天武四年四月紀(4)

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:頭を下げ始めた稲穂をついばむ鴨の家族170825鴨親子2873 )


秋近し 頭(こうべ)をかしげる 稲の穂を 家族でつつく 鴨の愛(いとし)さ

 誠に残念でありました。昨日投票の本県知事選結果です。私が応援した現職の橋本氏が僅差とはいえ敗れました。投票結果は
大井川かずひこ 497361
橋本まさる 427743
鶴田まこみ 122013
でした。原発再稼動反対を公然と掲げた二人の候補の得票を加えると、再稼動への見解を明言しない大井川氏を五万票上回りました。これが、誠に残念に思う第一の理由です。まさに2014年の東京都知事選と同じ悪夢でありました。
 現職の橋本氏は六期二十四年間知事をつとめてきました。当県の保守陣営のトップに位置する人物です。しかし、橋本氏をこれまで支持してきた自公陣営が経産省出身の人物を対抗馬に立てたため、俄然この選挙の政治的重みが大きくなりました。当県には東海第二原子力発電所をはじめ日本の原子力産業にとって不可欠な主要・原子力発電関連事業体が集中しています。因みに東海(第一)原子力発電所は、日本で最初の商業用原子力発電所ですが、1998年に発電を停止し、現在 廃炉の過程を辿っています。
 橋本氏は選挙民の意向を汲んだのでしょうか、原発再稼動に明確な反対の意思表示をしました。何と言っても福島第一原子力発電所事故を隣県として目のあたりにして、原発事故の再来を危惧していたはずです。当県では事故で想定される被災住民は事故の規模にも拠りますが全人口の三分の一に当る100万弱と試算されています。こうした住民の避難・救援対策の整備は喫緊の課題でした。しかし、前回の知事選では有力対抗馬も無く、それへの具体的言を約することはありませんでした。しかし、全県民の思いを受け止め、県行政の長として明言したと思っています。とするならば、反「再稼動」派が力を合わせることが出来なかったのか?

 今般の敗戦を誠に残念に思った、もう一つの背景、それは安倍氏を首相の座から降ろすという日本政治の大変革への重要な一歩として今般の選挙を捉えたからです。安保、共謀罪、といった悪法で国民を縛りつける体制を構築しつつあることにくわえ、安倍氏は加計・森友事件の紛れも無い実行・主犯です。
 こういった人物が国の采配を引き続き取ることをストップすることが国民の財産を守ることです。いま日本列島に生きる国民に課せられた責務ではなかろうかと思っています。そのためには、従来の保守陣営の真ん中に手を突っ込んででも保守を分裂させ、反自公で共同するべきです。今般の県知事選は、まさに保守陣営が自発的に二つに分裂したのです。しかも、保守の一方は原発再稼動反対を表明しているのだから、共同できる理由があったのです。なぜ、これを利用しなかったのか?

 原発推進の経済産業省と権力の権化・公安警察に囲まれて、やりたい放題をなしてきた安倍政権をストップさせる重要な第一歩となった筈です。てなわけで、私の愚痴は尽きません。どうやら私の憤懣を2003年の米国によるイラク侵攻戦争直前まで在レバノン国・日本大使であった天木直人氏が自身のブログで怒っています:
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はじめから不毛だった今度の茨城県知事選挙  天木直人
参考
2017-08-28 天木直人のブログ
 茨城県知事選が27日、投開票され、自民・公明推薦の大井川和彦候補(53)が、現役知事最多となる7選を目指した現職の橋本昌氏(71)を破った。これを報じる今日の各紙は、これで安倍政権は10月22日投開票の3つの衆院補欠選挙に向けて弾みをつけたと書いている。
しかし、そもそも7選を目指す現職の橋本昌候補と大井川候補の一騎打ちは、はじめから不毛な選しかも野党共闘といっても、それを最も強く打ち出す共産党が独自の候補者を立て、三つ巴の戦いとなった。得票数を単純計算すれば、もし共産党が候補者を立てず、その票が橋本候補に向かっていれば橋本候補が楽勝していたはずだ。なぜ共産党は橋本候補に一本化しなかったのか。
矛盾だらけだ。
はじめから不毛だった今度の茨城知事選挙である。いまの日本の政治のいかさまぶりを象徴するような選挙である。しかしその事を政治報道は一切書かなかった。いまの日本の政治報道もまたいかさまだということである(了)
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 このブログ記事に付されたコメントもあわせ掲載しておきます:
1. 乳良〜く:
私は共産党支持ですが、「反原発大同団結」をせずに候補を立てたことに、「最大限の怒り」を覚えます。これだから、ビタ一文共産党にカンパしないのです。

2. 2017年8月28日 10:56:49 :
横浜市長選も同じだが、地元の勢力図・情勢が本当に分かっている人間、団体、機関が戦略を練っているかどうか、と言う問題だな。自民党は地方議員数が多いから読みは一番正確なのだろう。
しかしこういう事を繰り返していくと政党は信頼を失っていくだろう。例えば共産党に投票した有権者の中には二度と野党側の話を信用しないで自分で決める、てなことで後悔しているのが居るだろう。
3.孫崎 享‏ @magosaki_ukeru 16h
茨城県知事に自公推薦の大井川氏 橋本氏の7選阻む,、多選批判の影響大きく、原子力政策で急な方針転換への不信感等から支持は広まらなかった。立候補表明後、菅官房長官を始め、閣僚や自民党幹部が次々と応援に駆けつけ、県議も全面的に支えた(朝日)。反自民、割れれば勝てぬ。それでいいの
%%%%%

 左翼政党の政治の大局を見ない自己満足に酔う狭量さをあらためて見せ付けられた想いです。それとも昨今の代々木党の「柔軟」を装った、権力屈服の発現であったのか?私はそれを疑っています。9月にも予想されるという総選挙を視野に入れていたならば、知事選はその土台固め、すなわち反自公への前哨戦と位置づけられたはずで、今回のような選択は無かった。またしても口を突くのは愚痴でありまするよ。

 うっとうしいことを書き連ねました。この動画は皆様を癒します:
(箱でじゃれる子猫)


+++++天武四年四月紀(4)
【八日】勅。小錦上当摩公広麻呂。小錦下久努臣麻呂二人。勿使朝参。;
 これから書く麻続王一家への処罰を考えるならば、この記事も二人の臣下への処罰であるとの印象を読者に与えます。それは藤原不比等による「印象操作」であるのか?
 この記事を書紀に書き込むに当っては、倭国の政治を叙した文書がまずは存在していた筈です。そこには上記のような出来事が記載されていたのでしょう。事態の真実は分からないけれども、藤原不比等は「斎事の記事の肉付け材料として利用できる」と、考えたのです。現時点でなしえる推理は此処までです。

 次に、この文節に登場する二人の人物、小錦上当摩公広麻呂。小錦下久努臣麻呂を考察します。彼らに私は強い関心を抱いています。当摩公広麻呂を岩波文庫・日本書紀(五)は、その124頁で「タギマのキミマロ」と仮名を振ります。しかし、漢字原文を見る限りではこれは「トウマ」と音することが出来ます。それが何故「トウマ」とオンせず「タギマ」なのか?これが問題意識の出発点です。
 私の回答を書く前に、次に久努臣麻呂を考えます。岩波文庫・日本書紀(五)は、その124頁で「クノのオミマロ」と仮名を振ります。私はこの二人の人物は高市皇子とともに天武天皇A(倭国王)の出自の謎解明の手掛かりをあたえていると考えています。この人物、六日後に、「使節」たるの命を拒否した廉で、役職を追われています。尚、岩波文庫〔五)の校注者はこの方の出自を久能山ではないかと書きます〔125頁〕。

 私がこの二人の臣下の名前から連想したのは魏志倭人伝です。その該当箇所は以下です:
%%%%%魏志倭人伝抜粋
東行至不彌國百里、官曰多模、副曰卑奴母離、有千餘家。
南至投馬國水行二十日、官曰彌彌、副曰彌彌那利、可五萬餘戸。
南至邪馬壹國、女王之所都、水行十日・陸行一月、官有伊支馬、次曰彌馬升、次曰彌馬獲支、次曰奴佳 、可七萬餘戸。
自女王國以北、其戸數道里可略載、其餘旁國遠絶不可得詳。次有斯馬國、次有己百支國、次有伊邪國、次有郡支國、次有彌奴國、次有好古都國、次有不呼國、次有姐奴國、次有對蘇國、次有蘇奴國、次有呼邑國、次有華奴蘇奴國、次有鬼國、次有爲吾國、次有鬼奴國、次有邪馬國、次有躬臣國、次有巴利國、次有支惟國、次有烏奴國、次有奴國、此女王境界所盡。
其南有狗奴國、男子爲王、其官有狗古智卑狗、不屬女王。自郡至女王國萬二千餘里
%%%%%
 魏の視察員は、倭国から派遣された通訳を伴って倭国内を巡察します。それは對馬國に始まって順次幾つかの国を経巡りめぐり、やがて不彌國に至ります。学者・専門家が着目するのは、巡察の行程表現です:
 それは方角(上の例では東)・行・至・xx国(上の例では不彌國)・距離(上の例では百里)で始まり、その国の官吏の名前やら、戸数などの説明が続きます。それが不彌國までの記述フォーマットでした。

 ところが、不彌國の記述を終えた後、次の残る二つの国の位置表記がガラッと変わります。即ち、
方角(この例では南)・至・国(この例では投馬國”とうま”)・移動手段(この例では水行、つまり舟)で記載されます。これに国の描写が続きます。
同様の記載が続きます:
方角(この例でも南)・至・国(この例では邪馬壹國)・移動手段(水行)・更なる移動手段(陸行)と記載され、国の描写が続きます。
そして二十二の国名が列挙された後につづくのが
其南有狗奴國(くな)です。

 この記載フォーマットの変更について、日本国の古代史研究者たちは喧喧顎々の論争を始めます。それは「邪馬壹國は何処?」との論争にまで発展したのです。その論争をここで紹介することはしませんが、京都大学の学者さんは「それは奈良であった」と主張し、東京大学の学者さんは「九州」と言います。それに加えて近年は遠く南シナ海であったなどの説を唱える学者さんまで出てきています( 2013年8月2日記事)。

 しかし、現ブログ管理人は2013年8月2日記事、および8月5日記事で、この邪馬台国が九州の地にあり、当麻国は現在の鹿児島であることを明快に結論しています:
(図 魏志倭人伝の記載は下の図で合理的に解釈できます。つまり文脈は連続しておらず、改めて倭国の全容を記載したのです。そこで距離起算の出発点は対馬になったのです)
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 この発見の直接のきっかけが上記日本書紀天武四年紀の第二文節であったのです。
つまり「当摩公広麻呂」は「タギマ』と訓(よ)むのではなく、「トウマ」と訓み、「久努臣」は「くぬのおみ」と訓するならばそれは魏志倭人伝に登場する国名です。言葉を変えるならば、彼らの名前は出身国名からそのように呼称されていた人物ではあろうとの推測に至ります。

 倭国の王は側近として身近の国出自の人物を配していたと思うことは合理的です(参考:2013年7月10日記事 )。

 このことからは倭国の王、日本書紀では天武天皇(但し天武A)と称される人物が采配をふるった地が奈良盆地ではなく、九州の地であったことが見えてくるのです(他にもいくつもの証拠がありますが、本論から逸脱するので詳論は省略)。

 かくして天武四年四月紀、第二文節で語られている事象は倭国(九州)での出来事であるが、それを藤原不比等は自らの「史観」である日本書紀に改竄して流用したものであると結論できます。
(つづく)

天武四年四月紀(3),政治主導(東京新聞)、地震予知を前提せず

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:去年までは、白鷺は珍しかったのですが、本年は頻繁な滞在です。しかも単独ではなく集団です。アオサギまでそこにいます。白鷺一家 )



 夏休み 当地で過ごす 快適さ 白鷺の群 ゆったり談笑

 どうやら、白鷺一家、親戚一同が、今夏の避暑地として当地を選んだようです。思えば、この用水路の水質も改善されたんですかね。なにせ、カワセミを今朝もこの用水路で見かけました。残念ながら今回もシャッタを押し損ねました。
 今後とも鳥たちの格好のリゾート地として訪問に備えるべく市の観光課にも私の観察を伝えようと思います。なにせでかいジェットコースタ、賭博場建設は不要です。ひたすら清浄な空気と水、自然を整えるだけで良いんです。

 そして、この鷺が訪れる緑豊かな茨城を原発の恐怖に晒ないために、27日の知事選では現職の橋本氏に私の票を投じます。それを通して原発の経産と治安維持の公安警察に囲まれてきた安倍政権を辞めさせたいと願っています。

 ところで、本日中央防災会議地震作業部会が、東海地震の「予知を前提」とした対応を居なおすこととした、とのことです。1978年に制定された大規模地震対策法の前提は「マグニチュードが8を超える地震については前兆があるはずなので予知できる」と言うものでした。しかし、その前提は2011年3月11日に脆くも潰えました。
 あれからほぼ四十年が経過した今も、地震欲に関しては専門家の言は極めて歯切れが悪い。その実情に便乗した風聞まがいの地震予測がネットなどで無責任に垂れ流されています。
 地震防災と言う視点からは、これは好ましからざる事態です。何か異なる地震研究パラダイムの新たな構築は無いものか?しかし、それは地震現象の可能な限り精査な研究野上に構築さるべきです。 研究者の皆さん、そんなおもいで 研究しているのだろうと思っています。

%%%%%南海トラフ地震 予知前提を見直し 政府作業部会が防災対応で報告書案
8/25(金) 11:28配信 産経新聞

南海トラフ地震 予知前提を見直し 政府作業部会が防災対応で報告書案
南海トラフ地震の防災対応案(写真:産経新聞)
 南海トラフ地震の新たな防災対策を検討している政府の中央防災会議作業部会は25日、予知を前提とする防災対応の見直しを柱とする報告書案を大筋で了承した。発生時期を「確度高く予測することは困難」として直前予知を否定し、震源域で地震が連動する恐れがある場合などに避難を促す方針を盛り込んだ。

 報告書案は、東海地震の直前予知を前提とした大規模地震対策特別措置法(大震法)に基づく防災対応について「現在の科学的知見では取ることは困難」と指摘。改める必要性を強調したが、法改正などの具体的な議論は先送りした。

 地震が連動する可能性については、1900年以降に全世界で発生したマグニチュード(M)8以上のケースを例示するにとどめ、「数字が独り歩きする」などとして発生確率を明記することは避けた。

 南海トラフの震源域の東側でM8級の地震が発生した場合、連動して西側でもM8級が3日以内に発生する可能性は96回のうち10回(10%程度)と推定し、短時間で津波が到達する沿岸地域の住民には発生から3日程度の避難を促す。

 また、震源域のどこかでM7級の地震が発生した場合、同規模以上の地震が同じ領域で7日以内に発生する可能性は1368回のうち24回(2%程度)と推定。7日間は避難に時間がかかる高齢者らに避難を呼びかけることを提案した。

 この日の作業部会で小此木八郎防災担当相は「最終的な報告書を踏まえ、防災対応がレベルアップするように政府も一丸となって取り組みたい」と述べた。

 政府は東日本大震災を受け東海地震を含む南海トラフ地震の防災対応の見直しに着手。平成25年に確実な予知は困難とする見解をまとめ、議論を進めていた。
%%%%%記事転載終わり


+++++天武四年四月紀(3)
 前回、藤原不比等が実は「天武を名乗っていたのではなかろうか」との推論を書きました。中津国の支配形態は日本書紀巻二十九、三十からからその概要は掴めても、そのトップにある人物像と藤原鎌足・藤原不比等と中津国の首領たる天武なる人物との関わりが見えてこない。したがって、私の推論を検証する手立てはありません。なんせ、参照できる文献は記紀と万葉集、そしてもしかしたら史実が漏れ記載されている各国風土記です。
 勿論、上宮聖徳法王帝説、扶桑略記、『藤氏家伝』、懷風藻などといった文献があり、それらは記紀を補足する資料であると位置づけられています。実際、これらの補足資料を駆使して記紀が語る七・八世紀の政治、風俗を語ることが学者さんの仕事でもあります。したがってどれだけ注意深くそれらの資料を読みこなすか。そこに研究者としての力量が問われることになります。そして出来ることなら古社、古寺の天井裏から新資料などが発見されれば、それは研究者の一大業績ともなるのです(松本清張がそうした古代史学会の実情を小説にしていたことがありました。題名は失念)。
 しかし、私が思うには、上宮聖徳法王帝説、扶桑略記、『藤氏家伝』、懷風藻、聖徳法王定説なる文書群は古事記、日本書紀の記述を後付けするために作成されたものです。此処からは、細かい記述についての新解釈は生まれることはあるやも知れません。しかし、記紀が内蔵する記載間の矛盾、或いは依然として歌意が定まらない万葉集初期の歌群など、日本列島古代史を貫く歴史理解の流れは滞ったままです。
 
 実は、こうした曖昧な歴史理解を妨げているのは、記紀作成と時代を同じくする独立の別の文書が廃棄されてしまっているからです。いわゆる焚書です。

2012年9月14日記事で私は以下を書きました:
%%%%%続日本紀和銅元年正月記事からの抜粋
《和銅元年(七〇八)正月乙巳(乙未朔十一)》和銅元年春正月乙巳。武蔵国秩父郡献和銅。詔曰。(前段省略)
自和銅元年正月十一日昧爽以前大辟罪已下。罪無軽重。已発覚・未発覚。繋囚・見徒。咸赦除之。其犯八虐。故殺人。謀殺人已殺。賊盗。常赦所不免者。不在赦限。亡命山沢。挟蔵禁書。百日不首。
(以下省略)
文意:和銅元年正月十一日、武蔵野国秩父郡から和銅の献上があった(中略、これを祝って慶雲から和銅に改元)。正月十一日夜明け以前の死罪以下罪の軽重に関わらずすでに発覚した罪も、まだ発覚しない罪も語句につながれている囚人も全て許す。八虐を犯した者、故意の殺人、殺人を謀議して実行したもの強盗窃盗と律により平常の赦に許されないとしている罪は除く。山川に逃げ禁書をしまい隠して百日たっても自首しないものは罰する(現代文訳は、「続日本紀(上)」、宇治谷孟、講談社学術文庫、2000 によった)。
%%%%%抜粋おわり

 708年といえば、古事記が献上された和銅五年(712年、元明天皇、天智天皇の第四皇女)の直前、および日本書紀が奏上された養老四年(720、元正天皇、草壁皇子と元明天皇の娘)の直前です。藤原不比等による日本列島歴史観が「定め」られるにおよび、それと整合しない其れまでの古文書・記録は一切隠蔽されたことがこの記事から分かります。そうした文書を隠し持って山奥深くに逃げ隠れていたことが露見すると死刑に相当する極刑だったのです。まさに「焚書坑儒」です。しかも。この記事からは、古代「焚書坑儒」は、和銅五年に始まったことでは無く、以前からこれが大罪であったことが読み取れます。これを思うと、藤原不比等が歴史の真実に「忠実」である側面があったなぞとは言い切れないようです。
%%%%%過去記事転載終わり
 
 後世に生きる知識人は現存する古文書の記載には、史実に迫る上での限界があることを承知していたはずです。しかし研究者として、行間を読み、紙背を想像する知的好奇心に欠けていた、そしてそれは現在もそうであると私は考えています。古代史研究者は深刻にこの学問の現状を見つめるべきではないか!

 本題に戻ります。日本書紀は、四月五日の大「斎」と言う催事の三日後の四月八日に以下を書きます:
%%%%%日本書紀より
【八日】勅。小錦上当摩公広麻呂。小錦下久努臣麻呂二人。勿使朝参。;

 文意:二人の重臣に「朝参するな」との勅。文字通り受け取るなら「天皇は、お前ら二人の顔は見たくない」と勅したと解されます。当摩公広麻呂は天武十四年に死去しますが、壬申の乱に功績があったと日本書紀は付記します。
%%%%%
 上記の文意に随えば、この大「斎」の趣旨を著しく損なう行為を二人の臣下が働いた。そこで、彼ら臣下に何がしかのペナルティを課した。と読みとれるよう細工がほどこされた記載であると私は思っています。

 私の立論に従えば、この天武四年の時点では、この勅は「お前の顔は見たくない」ではない、異なる政治的意思が働いたのです。西暦663年の白村江の海戦で倭国は惨敗します。以後十年以上にもわたって戦勝国である唐新羅連合部隊が九州の大宰府に鎮守府(いわゆる筑紫都督府)をおいて、倭国の軍事支配を強めます。この海戦で唐新羅連合軍に加担し、以後の倭国支配にも加担したのが中津国です(2013年2月15日記事)。したがって後世語られる「壬申の乱」は天武元年の事ではなくもっと時間が経過した後の事なのです。勿論その舞台も近畿ではなく九州です。このように整理するならば、万葉集初期歌群がすっきりと歴史と言う時間そして地理空間の中におさまる事をこれまでも書いて来ました。が、これについては、後日稿を改めて補強します。

 さて、上記一節に戻ります。岩波文庫〔五〕はこの記事の文意で「使」という漢字を無視しています。そのために「お前の顔は見たくない」との解釈になってしまいます。私は、九州に在した天武天皇A(倭国の王)は、上述した政治環境の中で近畿の権力に遣わす使節、それが「朝参」であったと考えます。天武天皇は、大来皇女、十市皇女を人質同然に近畿権力に拘束されるという政治状況から、例年近畿に遣わしてきた使節を本年は送らないことを「勅」したのだと思っています。

 もう一人の人物、久努臣麻呂、私はこの人物こそが高市皇子とともに天武天皇A(倭国王)の出自の謎解明の鍵を握る人物と考えています。この人物、六日後に、「使節」たるの命を拒否した廉で、役職を追われています。尚、岩波文庫〔五)はこの方の出自を久能山ではないかと書きます〔125頁)。これは過ちであることを次回に詳述します。
(つづく)

+++++政治主導の実態
 消費税増税に同意しない内閣なり財務大臣なりに徹底抵抗し、内閣の方針を変更させる、或いは大臣を更迭させる。そのために財務省は徹底した嫌がらせ、たとえば基本的な情報すらも政治家に伝えないなどといった話をしばしば聞きます。
 又、米国による沖縄基地占有問題への日本政府としての新たな施策、日米地位協定を見直すべく外務大臣なり首相がイニシアティブを取ろうとする。米国政府がそれに異論を唱えるのならまだしも、日本国の外務省が真っ先にそれに抵抗し、虚偽の情報を意図的に大臣に提供するなどの策謀も辞さず、妨害する。こうしたことが、おおっぴらに明るみに出たのは2009年、民主党が自民党を政権の座からひきずり落とした時でした。当時の鳩山氏はまさに大望を持って政権運営に挑みました。が、外務省の徹底した妨害、米国の意を汲んだマスコミの反民主(反小澤)キャンペーンの前に挫折させられてしまいました。取って代わった菅氏は、首相の座に着くや直ちに消費税導入への意欲を語り、結果としてこれが民主党の短命政権の直接のきっかけとなりました。

 官僚が描く国家経営構想に政治家が唯々諾々と行う。この明治の山縣有朋以来の長く続いた日本政治の実態は、日本に長く滞在する欧米のジャーナリストには誠に奇異に映ったのでしょう。カレル・ヴァン・ウォルフレン(Karel van Wolferen、1941年4月 - )はそうしたオランダ人ジャーナリストでした。陸山会事件でマスコミが大騒ぎをしている最中に改めて氏の著作が広く日本国民に行き渡りました。『日本/権力構造の謎(原題はThe Enigma of Japanese Power)』(早川書房、1990年、全2巻/[ハヤカワ文庫]、1994年、全2巻、上巻 ISBN 4150501777・下巻 ISBN 4150501785)です。

 政治家が国の経営の楫をとる。当たり前の事ですが、私には至極説得的でした。しかし、何事によらず、物事には相対立する二つの面がある。それを御してゆくのはヒトの知恵しかない。そのことを思い知らされたのが、今般の「モリカケ」蕎麦屋事件でした。東京新聞8月25日付「こちら特報部」がこの問題を上手にまとめています。
 (図:東京新聞8月25日付記事、26−27面、クリックすると拡大できます)
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天武四年四月紀(2),素人獣医学部構想(前川氏)、室大金鼎談

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:畑に山百合の花が咲いており、蜜を求めて蜂が出入りしていました)
山百合2856

 
 百合子さん 昔の女(ひと)に その名前 清楚な姿 まぶたに浮かべり

 女性にキャーキャーと騒がれることも無く過ぎてしまった七十年余。当方が思いを寄せた女(ひと)は山ほど居ました。その中には百合子さんもいました。”百合子さん”と言っても東京都知事ではありません。勿論宮本百合子さんといえば、超インテリ、私のストライクゾーンの女性ではありません。

(写真:昨日、今日の突然の猛々しい暑さを予兆するかの如き昨日の日の出)
朝2850


 長く、涼しい日々でしたからこの二日の暑さに堪えています。昔の時代であれば、こうした気候の揺り戻しに耐え切れず昇天(私の場合は悪行三昧の報いで地底行と連れ合いは言いますが)する人も少なくなかったのでしょう。年寄りの皆様!どうぞ、ご自愛を!

+++++天武四年四月紀(2)
 引き続き、天武四年の四月紀をよみます。目的は、何故、ここに麻続王の流罪(日本書紀では麻続王の一子とありますが)記事を藤原不比等は持ち込んできたのか、その理由を探ることです。
 前回、は
“天武天皇四年(六七五)四月戊寅【五日】請僧尼二千四百余、而大設斎焉”
の件(くだり)を検討しました。ここで記載されている催事が日本書紀神代紀に書かれる「斎』同一であると書きました。二つの記事の時代は大きく隔たっています。一つは神代紀であり、一つは三十巻から構成される日本書紀の最後巻二十九の記事です。それなのに同一の事件が記載されている。そのカラクリは日本書紀巻一〜巻九に記載されている事柄の骨格は、藤原不比等が生きた現代から卑弥呼の時代に遡って構成されている、いわば時間を逆にした回顧録だからです。

 その様に考えると、この大斎事は藤原不比等の生きた時代、それも日本書紀編纂と言う大作業の大詰めの時期であったろうことが窺われます。藤原不比等による日本列島政治支配構想、そして藤原不比等が作り上げた天照大神信仰なる新興宗教による人心収攬構想の実現がこの催事であったのです。しかし、宗教構築による人心収攬は直ちに機能することはありません。そこで、持ち出されたのが仏教です。上記四月五日の記事は、既存の宗教・土着の宗教を排して仏教(普都大神、フツのおおかみ)をも動員したことの現われと考えています。
 言葉を変えれば、藤原不比等による九州の倭国殲滅、東夷征討軍による東国の扶桑国征服による人心の混乱恐怖は大きかったのだろうと思います。この後長く、藤原不比等の後継者による東国の民への「剣」による屈服強要と「新宗教」による慰撫が続きます。その一端を下の続日本紀の一節がしめしています、がその詳細は後日書きます。
 
 当然、この「斎」の主催者は藤原不比等に繋がる中津国の首領です。最近のブログではこの人物を仮に「天武B」と表記してきました。何せ、この人物は、巧みに日本書紀から己が身を隠しているからです。

 時折姿を現せども、大方の期間尼あっては日本書紀にその姿を表に出さない人物が居ます。誰でしょうか?そうです。藤原不比等です。私は、最近、天武Bこそ藤原不比等そのものではなかろうかと考えるに至りました。言葉を変えれば、藤原不比等が天皇を僭称したか否かは定かでは無いけれども、天武Bと思しきほどの力をふるった人物と言うことでもあります。天武Bなる天皇は存在せず、日本書紀でそれらしき挙動が伝えられる人物は藤原不比等を除いてはいません。続日本紀は、藤原不比等の死に対して尋常ならざる処遇をしています。
%%%%%続日本紀巻八より
原文:
養老四年(七二〇)五月癸酉(二十一日)。太政官奏。諸司下国小事之類。以白紙行下。於理不穏。更請内印。恐煩聖聴。望請。自今以後。文武百官下諸国符。自非大事。差逃走衛士・仕丁替。及催年料廻残物。并兵衛・采女養物等類事。便以太政官印印之。奏可之。」頒尺様于諸国。」先是。一品舍人親王奉勅。修日本紀。至是功成奏上。紀卅巻、系図一巻。
五月乙亥(二十三日)。給伊豆。駿河。伯耆国三剋鈴各一。
(中略)
八月辛巳朔。
右大臣正二位藤原朝臣不比等病。賜度卅人。詔曰。右大臣正二位藤原朝臣疹疾漸留。寝膳不安。朕見疲労。惻隠於心。思其平復。計無所出。宜大赦天下。以救所患。養老四年八月一日午時以前大辟罪已下。罪無軽重。已発覚。未発覚。已結正。未結正。繋囚・見徒。私鋳銭。及盗人。并八虐。常赦所不免。咸悉赦除。其癈疾之徒。不能自存者。量加賑恤。因令長官親自慰問。量給湯薬。勤従寛優。僧尼亦同之。
壬午(二日)。令都下〓八寺一日一夜読薬師経。免官戸十一人為良。除奴婢一十人従官戸。為救右大臣病也。
壬辰(十二日)。勅。征隼人持節将軍大伴宿禰旅人宜且入京。但副将軍已下者。隼人未平。宜留而己屯焉。
癸未(三日)。詔。治部省奏。授公験僧尼多有濫吹。唯成学業者一十五人。宜授公験。自余停之。是日。右大臣正二位藤原朝臣不比等薨。帝深悼惜焉。為之廃朝。挙哀内寝。特有優勅。弔賻之礼異于群臣。大臣、近江朝内大臣大織冠鎌足之第二子也。
甲申(四日)。詔以舍人親王為知太政官事。新田部親王為知五衛及授刀舍人事。
(中略)
九月丁丑(二十八日)。陸奥国奏言。蝦夷反乱。殺按察使正五位下上毛野朝臣広人。
(中略)
十月壬寅(二十三日)。詔遣大納言正三位長屋王。中納言正四位下大伴宿禰旅人。就右大臣第宣詔。贈太政大臣正一位。


文意:「続日本紀(上)」(宇治谷孟訳)206頁より
養老四年(七二〇)五月癸酉(二十一日)。(途中から引用)。一品舍人親王が日本紀を修したと奉ずる。至是功成奏上。紀卅巻、系図一巻。
五月乙亥(二十三日)。伊豆、駿河、伯耆国三剋鈴各一。
《養老四年(七二〇)八月辛巳朔。
右大臣正二位藤原朝臣不比等が病にたおる。得度賜わること卅人。詔して曰く「右大臣正二位藤原朝臣は疹疾で漸くは病床に留る。寝ること膳すること安定せず。朕は疲労の状態をみて惻隠於心である。ひたすた平復を願い計る無と所出となし。そこで天下に大赦を行い、以って所患を救いたい。
養老四年八月一日午時をもって、それ以前の大辟罪の罪は軽重を問わず、すでに発覚したる者、未だ発覚せざる者、すでに処罰が宣せられたもの、判決を待っているもの、獄に繋れし囚人・まだ露見していない徒(やから)私的に銭を鋳した者(贋金)、及盗人、并びに八虐を犯せしもの、など常であれば赦所がなき者共、悉く、赦し放免せよ。其癈疾之徒、不能自存者には量加せよ(食物をあたえよ)。長官は親しく慰問し量給湯薬を与え勤従寛優せよ。僧尼に対しても亦同滋養に遇せよ。」
壬午(二日)。都下八寺一四に命じて日一夜読薬師経。官戸(賎人)十一人を良民とsる。奴婢一十人従官戸。これすべて右大臣病を為救也。

壬辰(十二日、多分二日と思われる)。勅。征隼人の任務を持った将軍大伴宿禰旅人をしばらく入京させる。但し、副将軍已下者は、隼人が未だ平服していないので、そのまま留るよう下知する。

癸未(三日)。詔。治部省が以下を奏上した「公験僧尼に授けるに当っては唯成学業者一十五人に限るべし。他にはそのままとせよ」と。是日、右大臣正二位藤原朝臣不比等薨。帝は深く死を悼む。為に朝廷での政務を廃め、ひたすら部屋尼篭った。特有優勅。弔賻之礼異于群臣。大臣は近江朝内大臣大織冠鎌足之第二子である。

(中略)
九月丁丑(二十八日)。陸奥国から奏言があった。蝦夷で反乱があり、按察使正五位下上毛野朝臣広人が殺害された。
(中略)
十月壬寅(二十三日)。遣大納言正三位長屋王と中納言正四位下大伴宿禰旅人を遣わして右大臣に太政大臣正一位を贈るとの詔を伝えた。
%%%%%

 まずは、藤原不比等の死に先だつこと三ケ月前の五月に日本書紀(続日本紀は「日本紀」と書きます)が奏上されています。 そして、三ヵ月後に藤原不比等が死に、二ヵ月後に太政大臣正一位を贈られています。藤原不比等の死にあたっては、 大恩赦が宣せられています。

 実は藤原不比等の死について下劣な想像をしているのですが、それは次回に書くこととして上記で引用した続日本紀の一節に注目しておきます。
 八月十二日です。九州薩摩で隼人がいまだ平伏していないというのです。さらには、九月二十八日には蝦夷で叛乱があり上毛野朝臣広人が殺害されたと記事は書きます。私は「隼人」は「隻人」ではなかろうか?それを意図的に異なるしかし似ている漢字を当てたのが、藤原不比等ではなかろうか、と考えています。薩摩大隅半島には壬申の乱からの敗残兵が多数逃げ込んできたとの言い伝えがあり、渡辺豊和氏がそれを書いています(残念ながら氏のブログは現在リンク切れとなっています)。「隻」は「セキ」と音します。つまりサカ族の民であったと思えます。サカが転じたのだろうと私は考えています。
 これも余談ですが、古代学者のある方々は九州には多様な部族が居たと書きます。その一つが「安曇」族です。しかしちょっとでも思考するならば「アヅミ」は「安積」です。即ち「火又は明」を信仰する「サカ」族に由来することは想像がつくはずなのです。薩摩隼人も同様であると思っています。大隅半島に逃げ込んだ「サカ」族というわけです。

 日本書紀はいまだ定まらぬ日本列島の国情を危惧しながらいわば「主観的希望」を書いていた。したがって、その文書は西暦720年にあっても長く公開できず、それは支配階層に限定されて留まっていたということのようです。そう思うと、現在考察している「斎」事も七世紀の事ではなく、八世紀の事ではなかろうかと思えます。
(つづく)

+++++加計問題
 前文科相事務次官の前川喜平氏が「獣医学部新設の経緯」についてある雑誌で発言しています。以前から前川氏が繰り返し指摘していたことは「獣医師の需要予測」について官邸は、農林水産省に提出を求めなかったこと、そしてもう一つは「石破四条件の一つである先端生命科学への貢献」にかんして厚生労働省がダンマリを決め込んだことの「奇異」さです。どうやら安倍氏に沈黙を強いられていたようです。とすれば出来上がる「案」は専門家の知見が反映されない杜撰なものであることになります。前川氏はそこを鋭く指摘しています。
%%%%%
前川喜平・前文科事務次官が証言「加計学園獣医学部新設は、素人が説明・評価して進められた」
2017.08.22 日刊SPA!

 今治市の加計学園獣医学部新設問題で、「総理のご意向」を告げられたと証言した前川喜平・前文科事務次官にインタビュー。「ご意向」のもと、文科省が成功をおさめていた「共同獣医学部構想」とはまったく逆の方向で、“素人の説明・評価”によって官邸が獣医学部新設を進めようとしていたと前川氏は語った。

「獣医学を知らない素人が決めた加計学園獣医学部新設は、税金のムダ遣いになる」と懸念する前川氏

◆文科省が進めていた「共同獣医学部」は成功している

――前川さんが事務次官になる前から、文科省は国際水準に達していない日本の獣医学部のレベル向上をはかろうとしていましたね。

前川:文科省としては、「量の拡大」ではなくて「質の向上」が課題でした。獣医学教育を国際水準に引き上げるために、獣医学部がある16の大学同士で協力関係を作って質を高めようと考えた。これが「共同獣医学部構想」(大学同士の獣医学部の合体)です。すでに取り組みが始まっていて、成功していると思います。

――16大学のうち8大学で再編が進み、鹿児島大学と山口大学をはじめ4つの共同獣医学部が誕生。文科学省は国家戦略諮問会議の配布資料の中で図示しています。

前川:そうなのです。「黒い猫でも白い猫でも(何でも)良かった」と国会で発言した加戸守行・前愛媛県知事(今治商工会議所特別顧問)は2016年9月21日、国家戦略特区の今治市分科会で「世界に冠たる先端ライフサイエンス研究を行う国際教育拠点」と「アジア・トップクラスの獣医大学・学部」を作ると説明したのですが、それなら共同獣医学部を作るべきです。

◆獣医学部新設は、国際水準にレベルアップしようとする文科省構想に逆行

前川:獣医学部新設は、国際水準までレベルアップをしようとする文科省の構想と逆行しています。加戸さんは獣医学について素人だし、「実に説得的だった」と評価した八田達夫教授(国家戦略特区ワーキンググループ座長)も同じく素人。素人が説明をして素人が評価しただけで、専門的な見地から検討されていなかったのです。

 獣医学の教員のマンパワーは限られていて、新たに獣医学部を作れば人材が足りなくなるし、安倍首相が言うように「(獣医学部新設の)2校目、3校目を作る」というのも論外。専門家たちは「実態を知らない素人の発言だ」と口を揃えて言っています。

◆加戸守行・前愛媛県知事は、地元に大学が来れば何でもよかったのでは


 獣医学部新設を喜ぶ加戸守行前愛媛県知事(右)は前川氏の文科省での先輩にあたる

――前川さんの元上司でもある加戸守行・前愛媛県知事は、なぜ“古巣”の政策(共同獣医学部構想)に逆行する主張をしたのでしょうか。

前川:加戸さん自身が文科省で高等教育行政をほとんどやったことがない。文科省OBというよりは愛媛県知事経験者として、とにかく地元に大学が来てくれれば良かったのだと思います。国家戦略特区の目的は「日本中でどこにもないものを作って国際競争力の強化と国際的拠点を形成する」ということ。もし作るのであれば「国際競争力」のある、「国際的拠点」と言えるようなものにしなければならない。

――しかも加計学園の場合は、教員と学生の比率が約1対3(国立大学は約1対1)という国内最低レベルです。

前川:(国際競争力のある国際的教育拠点になるのは)ありえないですよ。計画をどうやって実現するのか、本当に質の高い教員を集められるかという具体的な道筋については何一つ語っていない。それでも、獣医学部新設が決まってしまうわけです。

 さらに前川氏は「加計学園獣医学部新設の“司令塔役”は和泉洋人首相補佐官だろう」とも指摘する。また、今治市民からは加計学園の建設費水増し疑惑・賄賂疑惑に関する告発も出てきた。これら多くの疑惑が未解決の加計学園問題について週刊SPA!8月22日発売号掲載記事「加計学園 黒幕と補助金水増し」では、さらに詳しくリポートしている。

【前川喜平氏】
1955年1月、奈良県生まれ。東京大学法学部卒業後、1979年に文部省入省。初等中等教育局教職員課長や官房長などを経て2016年6月、事務次官に就任したが、2017年1月に天下り問題で引責辞任。祖父は前川製作所の創業者。

取材・文・撮影/横田 一 写真/時事通信社
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 安倍首相は北朝鮮がICBMをガム島へ打ち込むという騒動の中でさっさと河口湖の別荘に夏休み。このまま「モリカケ」蕎麦事件を国民は忘れてよいものだろうか?皆様方の怒りの火を掻き立てるべく二編の動画をお送りします。

金子・大竹。室井対談

 対談の聴き手は、私が大好きな室井佑月さん、お笑いのタケシとは「良好な関係」を保っていてもタケシに阿ねたり流されたりしない大竹マコト氏です。そして論者は慶応経済学部教授の金子勝氏です。金子氏は駒場の東大教養学部学生の頃から論客として鳴らしたつわものです。左翼運動に関わっていたようですが、しっかりと勉強を続け、日本国の経済政策に大きなインパクトを与える提言・指摘を続けている方です。

「斎」を考える,日本政治工作・謀略を主導し続けてきたCIA( 植草ブログ)

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:昨年までは頻繁ではなかった白鷺の当地来訪。本年は連れ合い同伴で頻繁に登場します。おかげで飛び立つ瞬間の映像 )をキャッチできました。

 
毎朝の 散歩のお目当て カワセミは 姿見せねど 白鷺舞えり

 何とか今夏もう一回カワセミに遭遇したいと、いつもの用水路で待ち伏せしました。残念ながら今朝もあの青いエメラルドの鳥はどこぞに姿を隠したままです。構えたカメラのスイッチをオフにしようと思っていたそのとき、目の前に白鷺が降り立ちました。連れが居たんですな。直ちに彼女を追って飛び立ちました。そこを捉えました。しかし、早い。カメラは追いかけ切れません。

(写真:土曜日に江戸へ出ました。帰りの汽車で、ウトウトしていると、目の前にバッタが止まっていました)
バッタ2846

 私:「おい、何処から乗ってきたんだ?」
バッタ:「そこの田んぼだよ。いつも目の前通るから、なんだろうと思ってたんだ」
私:「親御さんが心配してるぞ」
バッタ:「大丈夫だよ。次で降りるから」
 てな、バッタとの会話を、いずれ孫に話してやります。

 私が住む、茨城県では8月27日の投票日に向けて二人の知事候補がしのぎを削る接戦と、報じられています。何としても反安倍を掲げる現職橋本氏の勝利を期待しています。それが、次の総選挙勝利に繋がると思っています。
 折角保守陣営が二つに割れたのです。利用しない手はありません。そこに手を突っ込んで、分断を拡大する。そして安倍陣営を孤立させる。これが大局を見据えた政治家のスタンスであろうと思うのですが、あいも変わらず「どっちもどっち」なぞと「正義感」なるものを振りかざし、現実の政治への働きかけを回避する勢力があるのは残念なことです。
 
+++++「斎」を考える
 万葉集巻一・二十三歌は、麻続王が「荷四間」(かしま)に居られる事を明瞭に詠いこんでいます(何故か、古代学者は「カシマ」と読む事を認めようとしないのですが)。一方、日本書紀巻二十九・天武四年四月紀記事は、麻続王の一子が罪を犯して血鹿嶋(ちかのしま)に流されたと書きます。この記事には、天武四年の四月の催事「斎」に関わりがあると、書紀読者に印象付けたいとの藤原不比等の思惑が見えます。
その「斎」を語る冒頭の一節です(以後の引用のために番号を付しておきます):
‥敬霤傾鳥庸(六七五)四月戊寅【五日】請僧尼二千四百余、而大設斎焉(岩波文庫校注者は「おおきにおがみす」と、訓をふります);

 四年前には、この記述について以下のようなコメントを書きました:
“ 二千四百人もの僧、尼僧による大斎事が、壬申の乱での戦死者の霊を弔うための催であったのか、それともどなたか貴人の法事であったのか、定かでありません。しかし、この斎事は12日後に詔される半年間の「生類哀れみの令」と関っていると思えます。この斎事は近畿権力が主催したと想像しています。”

 しかし、現時点では上記は私の無知故のコメントでありました。この記事が日本書紀の下記の記事を直ちに連想させることに思いが至らなかったのであります:

◆埖莇綯憤貊饌萋鵝娑貊騷。天神遣経津主神。武甕槌神、使平定葦原中国。時二神曰。天有悪神。名曰天津甕星。亦名天香香背男。請、先誅此神。然後下撥葦原中国。是時斎主神号斎之大人。此神今在乎東国楫取之地也。
 
文意:岩波文庫「日本書紀(一)」136頁より
一書は書く。天神は経津主神、武甕槌神を派遣して葦原中国を平定させた。その時この二神が言うには、「天には悪神がいる。その名を天津甕星、亦の名を天香香背男と言う。先ずは此神を征伐して然る後に葦原中国に進軍すべき」と。是時、斎主(いわいぬし)神を斎之大人と呼ぶ。此神は今は東国の楫取之地在乎東国楫(かとり)に在る。(2016年5月13日記事より )。
 
 日本列島にあって、八世紀始めに作られた「新興宗教」は天照大神信仰です。その出発点としての宗教的祭事こそがこの「斎」、なる催事に集約されていると私は考えています。
 言葉を変えるならば、天武天皇四年(六七五)四月戊寅【五日】で記載される記事(,竜事)と《第九段一書第二》一書曰で叙される催事(△竜事)は全く同じ出来事を叙しているのです。日本書紀は同一の事象を超古代と現代(藤原不比等の生きた時代と言う意味)に書いていることになります。
 もちろん、そこにはカラクリがあります。しつっこいようですが、本ブログ管理人が繰り返し書いてきた日本書紀の巻一〜九の構成の真実です(それを書くとしつっこいですなと呆れらるので、此処では繰り返しません)。

 △竜事(神代紀)、それは、藤原不比等の生きた「現代」から時間的に遡って構成された現代史の重要な一部として書かれています。藤原不比等が大陸史書を真似て立案した日本列島政治・宗教史記述のいわばオリジナル版と言うことになります。従って、そこには「斎」の実相が透けて見えるのです。それはまず第一に倭国・扶桑国を滅ぼしたという政治闘争への勝利宣言です。しかし、それに留まらなかったのです。多数の倭国・扶桑国の民を殺戮した祟り、敗残者からの反抗が、あちこちで火の手のように上がっていたのです。

 それを鎮圧しながらも一方で犠牲となった民を慰撫せねばならなかった。そのための催事、それが「斎」であったのです。つまり、政治軍事闘争勝利に加えて、宗教宣言を余儀なくされたのです。この「斎」を「いわい」と訓むことにもその鎮魂の意味がありそうです。これは「磐」(いわ)に由来するのだろうと思っています。藤原不比等が鎮圧した倭国・扶桑国の出自は邪馬台国と東国磐背・磐木です。この出自の民を鎮魂するとの意が込められていると考えています。

 上で引用した,呂修痢嶌悄廚噺世Ε札譽皀砲鮓譴辰討い泙后此処に2400名余の僧・尼が請われて読経したと書きます。まさにこれが「フツ」神です。2016年11月30日記事で書きましたが「フツ」は「仏」です。鎮魂に「ホトケ」様にお出ましを願ったのです。その一方で新興宗教たる新たな神「天照大神」までも創造してしまったので、その二つの「聖なる」存在(?)の調整を余儀なくされます。それが「神仏習合」です。
 
 梅原猛氏が指摘した「怨念」は、敗残者からの祟りへの恐怖・怯えです。つまり勝者に纏わり突いた精神構造です。この精神構造からの安寧を得る、こうした「精神史」の原点となったのが香取にまつわる「斎」であったのです。この催事が執り行われたのは、奈良盆地であったのか?私は香取の地であったろうと考えていますが、現時点ではそれを裏付ける材料はありません。しかし、香取神社の来歴がそれを反映していると私は考えています。その時期は日本書紀編年に従えば。西暦675年ですが、実際は八世紀前半であったろうと考えています。言うまでも無いことですが、この催事の挙行者は天武Bです。つまり奈良盆地にあって、東国軍事攻略の指揮者です。
(つづく)

+++++日本政治工作・謀略を主導し続けてきたCIA
  植草氏といえば、2000年代初め、その豊かな経済知識と先見性から政府の各種審議会委員として大活躍された方です。しかし、その主張は市場経済に固執する竹中平蔵氏との間に大きな対立を生み、結果として政府による政策決定プロエスから排除されてしまった。その排除の仕方が奇異としか言いようの無い卑劣な罠でした。いわゆる「手鏡」事件です。
 この事件について一貫して無実を主張し続けながら、氏は経済研究を継続しています。そうした氏の視点を以下に紹介しておきます。
 私が植草氏の論説に注目した理由は、昨今の米国でのトランプ大統領叩きです。私はその背後に米国に拠点を置く軍産共同体の策謀を見るように思えます。そして逸れは、世の「良識的知識人」と「良識的ジャーナリズム」の意図的後押しを疑っています。そのことを田中宇氏がブログで指摘しています。この田中氏の指摘は説得力があります。
 となると、トランプ氏の政策志向は植草氏が書くCIA或いは世界の奥の院の目論む方向とは異なっているがゆえに斯くも酷く非難されているのではなかろうか。こうした疑念に応えるのが以下の論説です。
%%%%%植草一秀氏のブログより

次の総選挙は来年12月までに必ず実施される。この選挙で、日本政治の転換を図らなければならない。国政は国民の厳粛な信託によるものである。その国政の基本方向を定めるのが衆議院の総選挙である。選挙によってどのような政権を構築するのか。そして、どのような政治を実現するのか。これを決めるのは、主権者である国民だ。森友・加計疑惑のような政治私物化問題、政治腐敗問題は論外で、そのような腐敗政治は一秒でも早く消滅させなければならないが、
万が一、次の衆議院総選挙まで安倍政権が存続している場合には、その腐敗政治を排除するとともに、安倍政治の基本政策路線の是非を、主権者国民が判断しなければならない。
具体的には、原発稼働の是非、集団的自衛権行使の是非=戦争法の是非弱肉強食推進政策の是非
を主権者が判断する必要がある。したがって、これらの基本政策課題について、安倍政治の基本方針に賛成する勢力と、これに反対する勢力とが真正面から対峙して、これを選挙の争点として掲げることが望ましい。政策を争点に、主権者が政策を選択する「政策選択選挙」を実現しなければならない。
したがって、どの党が好きだとか嫌いだとか、この政党と組みたいとか組みたくないといった、低次元の発想ではなく、基本政策路線を共有する政治勢力と主権者が大同団結して選挙に臨むことが求められる。「政策連合」の構築が何よりも大事になる。
この意味で、いま、何かと話題に上る小池国政新党は、安倍自民党と対峙する反対勢力にはなり得ない。なぜなら、小池国政新党が示す基本政策路線が安倍自民勢力とほとんど同一であるからだ。日本の主権者の求めている基本政策路線が安倍自民および小池国政新党勢力が示す基本政策路線と同一であるなら、安倍自民と小池国政新党勢力が二大勢力を形成して、政権交代を繰り返せば、それで問題はないだろう。
しかし、安倍自民および小池国政新党が掲げる基本政策路線には絶対に反対であるとする主権者が広範に、多数存在するなら、安倍自民と小池国政新党勢力という二つの勢力では主権者国民の意思を反映する政治は実現しない。安倍自民および小池国政新党の基本政策路線と明確に対峙する基本政策路線を掲げる政治勢力と主権者が大同団結して、選挙で戦うことが求められる。三つ巴の戦いになるなら、反安倍政治を掲げる勢力が勝利する可能性は極めて高くなると考えられる。
戦後の日本政治を支配してきたのは米国である。米国が表と裏側から日本政治に介入して日本政治が誘導されてきた。その対日政治工作の中心を担ってきたのがCIA(米中央情報局)であると考えられる。

CIAは米国の政権に支配される存在ではない。米国を支配する勢力に支配される存在である。ときに米国を支配する勢力の直接支配下にはない大統領が誕生することがある。このようなときに、CIAは大統領の指令によって動かず、米国を支配する勢力の指令によって動く。そして、CIAが大統領に対して牙を剥くことも生じるのである。日本のNHKが時の政権の指令ではなく、日本の支配者=米国を支配する者の指令に従うのと極めて類似している。日本支配を維持しようとする「米国を支配する勢力」は、日本支配の構図を維持するために、日本を新しい二大勢力体制に移行させようとしている。現在の日本の政権は自公勢力が担っているが、これと類似した「第二自公勢力」を構築して、自公と第二自公による二大勢力体制に移行させようとしているのだ。米官業が支配する日本政治の基本構造を、何が何でも維持し続ける。これが日本支配者の絶対的な課題である。これは、裏を返せば、日本政治の基本構造を改変してしまう政権の誕生、
あるいは、強い政治勢力の出現を、何としても阻止するということである。第二次大戦後の日本において、彼らにとって真正の危機が三度あった。第一は、1947年に片山哲内閣が誕生したとき、第二は、1993年に細川内閣が誕生したとき、そして第三は、2009年に鳩山内閣が誕生したときである。
本当の意味で、日本政治の基本構造を変えてしまう勢力、変えてしまう可能性のある勢力が日本に出現することを阻止する。これが、彼らの最重要課題になっている。
この文脈を正確に理解することが、日本政治刷新を実現するためには必要不可欠なのである。
彼らが危険視した最大の存在が、2006年に誕生した小沢民主党であった。民主党の大躍進は2006年4月に小沢一郎氏が民主党代表に就任した瞬間から始動した。千葉7区の衆院補選で民主党が奇跡の逆転勝利を収めてから大躍進が始まった。
2007年7月の参院選で大勝。そして、2009年の衆院選で見事に政権交代を実現させたのである。私がブログを立ち上げた当初に、既得権勢力が以下に小沢民主党を危険視していたのかを詳述した。民主党の外側から、そして、民主党の内側から小沢氏は激しい攻撃と謀略工作を
受け続けたのである。
2008年夏にフジテレビが「CHANGE」と題する政治ドラマを放映した。「第三極政党」を人為的に創出するための下地を作るためのドラマであった。この延長上に創設されたのが「みんなの党」である。反自民票が、真正の対峙勢力政党=当時の小沢・鳩山民主党に集中して流れるのを阻止するために、「隠れ与党」としての「第三極政党」を人為的に創作したのである。しかし、「みんなの党」の勢いは弱く、小沢・鳩山民主党による政権樹立を阻止できなかった。
このことから、日本支配勢力は、新たに橋下徹氏を活用することにしたのだと思われる。日本の巨大御用メディアが超絶的な広報宣伝費を投じて、橋下勢力をひとつの政治勢力に押し上げた。そして、その延長上に、新たに起用されているのが小池百合子氏なのである。同時に推進されてきたことが、民主党=民進党の「隠れ与党化」である。2009年の小沢−鳩山民主党は、
まさに彼らが恐れる真正の既存政治体制破壊勢力であった。この危険な民主党を殲滅することに彼らは総力を結集したのである。その成果として鳩山政権が破壊され、既得権勢力に寝返った菅直人氏を首班とする政権が創設された。その流れを受けたのが野田佳彦政権である。この野田佳彦政権が消費税増税に突き進んだことで、民主党は事実上、完全破壊されたのである。このとき彼らにとって、最大の危険物が、小沢新党=国民の生活が第一だった。日本のメディア、既得権勢力、そして、野田佳彦政権が総力を結集して取り組んだのが、小沢新党潰しだったのである。

いま、彼らが全力を注いでいるのが、小池国政新党を核に、第二自公勢力を結集させることである。小池国政新党勢力を核に「第二自公勢力」が二大勢力の一角を担う存在が誕生したとしよう。
そうなれば、定期的に政権交代が生じることも起こりえるだろう。しかし、そのときには、米官業が支配する日本政治の基本構造は、完全に固定化してしまう。
基本政策路線に反対する主権者の声は、国政から抹殺されてしまうことになるのだ。しかし、よく考えてみると、この構図=構造には決定的な矛盾がある。それは、「主権者多数の声が抹殺される」ことだ。民主主義の根本原理に反する状況が生まれることになるのだ。事態を打開するための方策は単純明快だ。「民主主義を活用すること」だ。民主主義を活用することにより、この矛盾を顕在化させ、状況を変えることができる。大事なことは、基本政策路線の相違に沿って、
基本判断を共有する者が連帯することだ。
原発稼働を止め、集団的自衛権の行使を容認しない。そして、消費税増税を阻止し、消費税廃止を断行する。この方針を明確に打ち出し、その基本方針に賛同する主権者が連帯して戦うのである。政治を変えるには選挙で勝たねばならない。この選挙に、「政策」の旗を掲げて、連帯して戦う。次の衆院総選挙では、原発、戦争と並んで、「消費税」が最大争点になると私は判断する。
消費税増税の是非ではなく、消費税減税・廃止 対 消費税増税 の図式で選挙が戦われることになると考える。消費税は社会保障拡充のために拡大していない。消費税は所得税と法人税の減税のために拡大しているのだ。格差拡大推進の中核的施策が「消費税増税路線」なのだ。だから、消費税減税・廃止の政策路線は、格差拡大是正政策の核心にもなるのだ。主権者は、第二自公に引き込まれぬよう、「えせ野党」の動きに最大の警戒を払わなければならない。
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8月2日いわき南(北茨城)地震余談(3),加計問題現状(ダイヤモンド誌)

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:緑の田に、二羽の白鷺が仲良く語らっています。本年は例年になく、白鷺が顔をみせます



 ひさかたの 陽射し強けき 夏の日に ツクツク法師 秋を急かせる

 一昨日までの涼しさが、一転して昨日は高温多湿でありました。しかし、すでに二・三日前より秋到来を急かしてしまったツクツク法師君。急な心変わりもならず、「秋よ来い、ツクツク」と経を念じています。

+++++8月2日いわき南(北茨城)地震余談(3)
 8月2日いわき地震の周辺活動の概要を振り返っておきます。この地震は福島県の南縁と茨城県北縁にまたがって起きています。気象庁では「北茨城」地震活動と呼んでいるようです。

(図1:2017年7月10日〜8月12日の期間内の福島県いわきとその周辺の地震活動:
(右)m>=4.5の地震、データは防災科研Hinet,青は 5.5<=m<6.4 の地震; (左)右図の赤い点線域で囲まれる地域での地震、白(黒点に見える)は0<=m<3.5の地震、青は3.5<=m<4.5 の地震、4.5<=m も赤、黄色で示されているが、激しい白丸で以て見えなくなっている。データは気象庁。  
 作図の原点は2013年10月26日M=7.7(日本海溝東沖)地震の震央。そこからの等距離・等方位図法を用いている。軸の目盛りはkm。(余談:再度の愚痴であります。当初のプログラムに手を加えて時間削減を図りました。しかし、対象期間が長くなったため、左の図を作成するのに要した時間は1時間2分。使用PCはpanasonics,“Let7s note”, Window7, program softは Scilab)
いわき170812s0s45


 強調すべきことは、気象庁の地震データから見る世界と、防災科研Hinetから見える世界とは大違いであるということです。Hinet(最近大きな地震コラム)で見る限りでは、いわき界隈、福島沖、そして茨城県東沿岸、犬吠崎の活発な地震活動が見えてきません。この活動には私のかねてよりの関心事である「チバラギ」地震も含まれます。

 本ブログ記事では、そもそもの関心が早川正士氏による地震発生予測にありました。氏は、図1左に見える青の矩形領域内(南北の辺をABとする)での地震を予測したと主張しています。そこで、この領域内の活動を調べておくことにします。

(図2:図1(左)で示される矩形領域内の地震活動:
上:縦軸は日数で表す時間、最下が7月10日、最上が8月23日。横軸は矩形の辺ABに沿って北から南に測った距離(km)。
下:縦軸は地震源の地上kらの深さ(km)、横軸は矩形の辺ABに沿って北から南に測った距離(km)。
いわき170812dtdt


 上の発生時刻分布で見ると、8月2日の地震は、激烈とも思える小地震活動を余震群として引き起こしているが、その規模はmが4.5を超えないものだけです(図4参照)。
 一方、下の図は深さ分布に見る地震活動です。AからBにわたって25km(40〜65km)程の広がりを持っています。しかし、それを発生時刻分布で見ると、余震は45−50kmの極(ごく)狭い領域に集中していることがわかります。何が起きているのか?誠に興味深いのですが、地震観測からこれ以上の考察を加えることは難しい。ロックハンマ、地下から放出されているやも知れない種々のガスなどといった計測器を携えて現地調査に入るべきでしょう。

(図3:矩形領域内に発生した地震の日毎の発生頻度分布。図の左端が7月10日)
いわき170812余震


 激しい余震活動がバースト状に発生した様子が見えてきます。地震前の7月20日前後(上図目盛りで10〜13日)の活動増加を私は以前の記事で大騒ぎしていました(汗!!)。その活動が「可愛らしく見えるほどの余震活動の噴出です。
 それはともかく、「可愛らしい地震活動(7月20日前後)」の活動が緩やかに静穏化した二週間後に件の地震が起きました。早川氏の地震予測システムが異常を検知したのはこの活動推移のどのあたりであったのでしょうか?
 ネット上で公開されている早川氏のHP を通じてそのあたりを教えていただこうとしました。このHPに付されている「お問い合わせ」機能を通じて上記を尋ねました。しかし、この機能は、早川氏が運営する地震予測事業への加盟など、事業活動に関することに限られているとの回答でした。即ち、地震学的な質問への窓口はこのHPでは用意されていないことが分かりました(これはGPS地震予測の村井俊治氏のHPも同じ)。
 地震予測は地震に伴う災害に付随する損害算定などの重要なファクタです。多くの事業体が関心を寄せて居るであろうと想像しています。科学的な視点からの疑問に応える体制は無いと言うことです。

 それはさておき、これまでに使っていた計算プログラムに新たな機能を昨日追加しました。それは、地震マグニチュードとその発生頻度との関係です。いわゆるグーテンベルグ・リヒタ(日本では表現式は異なるが石本―飯田として知られる)の関係を得ることです。
(図4:8月2日余震のマグニチュード・発生頻度の関係図。縦軸は横軸は地震マグニチュード、縦軸は対応する地震マグニチュードの発生頻度の常用対数)
170802aftershkMN

 地震発生頻度を示す縦軸については、詳しい説明が必要(通常発生数の積算数が使われる)ですが話をややこしくしないためにそれは割愛します。このグラフから赤丸印の最適あてはめ直線(最小二乗)の傾きとして0.81なる値を得ます。これは“b−value”として知られるものです。通常は”1.0”
に近い値をとります。その地学的解釈は後日書きます。
 
 この調査をする過程で得た副産物を最後に示しておきます。
(図5:余震活動から見た8月2日の地震の断層面.図2の下にも地震活動の深さ分布を示しています。図2では地震活動はABを含む鉛直断面に投影されています。一方此処ではABに直交する鉛直断面への投影を南側から眺めたものとなっています)
170802afterDDx


 余震活動の深さ分布の形状はこの地の地学断層が西側(図の左側)が滑り落ちる、又は東側(図の右側が隆起する正断層であることを明瞭に示しています。この観察はこの地震の発震機構解と調和します。図6で示す2011年4月(あの巨大地震の直後)、2016年12月の地震と同類であることがわかります。言葉を変えれば、これら二つのマグニチュード6を超える二つの地震も東側, 赤い三角形状の域、が隆起することで発生したと思えます。

(図6:2016年12月の地震を含む三角形縁で起きる二つの地震タイプ、2017年3月6日記事  の図を再掲)
いわき170105


+++++加計事件、うやむや決着か?
 まずは山本太郎氏の街頭演説です。天は二物を与えずと言われます。私なんぞは何も与えられなかったどころか、逆に閻魔さんから邪悪・醜悪な諸々を付与されてこの世に出てきたのではなかろうかと、時に親を恨んだりしています。
 この山本太郎氏、何と言ってもハンサムです。そして良く勉強し、自分の言葉で語ります。それが実に見事。突然とは言え、立派な政治家が輩出したものです。私の余計なコメントはしません。耳を傾けてください。
山本太郎 7/21新宿西口・街頭記者会見1
 

 ネット雑誌「ダイヤモンド」が加計問題をまとめていますので転載させていただきます。
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加計・獣医学部を白紙撤回?安倍政権が人気挽回サプライズ作戦か
2017.8.17  山田厚史の「世界かわら版」 山田厚史:デモクラシータイムス同人・元朝日新聞編集委員 ダイヤモンド・オンライン

 内閣改造、北朝鮮のミサイル騒動など目先が目まぐるしく変わり、支持率急降下の政権は土俵際で踏みとどまった。しかし政治家安倍晋三の信用は傷ついたままだ。
悲願の憲法改正は遠のいてしまった。体制立て直しに解散・総選挙という観測さえ流れている。
総選挙だろうと憲法改正国民投票だろうと「国民の信」なしに果たせるものではない。避けて通れないのが加計・森友のみそぎだろう。火元は安倍家、首相の不徳に根源がある。個人としてどこまで関与していたかは不明だが、安倍夫妻の人間関係が疑惑の底流にある。追及を逃れようと首相周辺は「記憶にない」を連発、決定に関与した役所は「書類はない」「廃棄した」という。
うやむやにして逃げ切ろうとする政権の姿勢が有権者の不信を増幅している。お友達が厚遇されているのではないか、と国民は疑っている。そんな中で、加計学園の獣医学部新設を白紙に戻す、という選択肢が首相周辺で語られているという。人気挽回のサプライズとしての戦略だという。

加計問題は疑惑を抱えたまま逃げ切りではたして「安倍政権の勝利」になるのか
獣医学部の新設が今の日本に必要なのか、加計学園が新学部を作って担当することが望ましいのか、衆目監視の中できちんと議論する。冷静になれば誰でも分かることだ。行政を正常軌道に戻すことしか信頼回復の道はない。その決断が安倍首相にできるか、そこが課題だろう。
加計学園の理事長は、安倍首相の親友で、これまで事業の手助けを頼んできたことはなかった、という。ならば「認可申請の取り下げ」を学校法人として決断することは、親友の窮地を救うことになる。加計孝太郎氏もまた決断を問われている。
文科省の大学設置・学校法人審議会は、8月末までの予定だった獣医学部新設の認可を10月に先送りした。教授数など教育体制が十分でなく、経営主体である岡山理科大(加計学園系列)からさらに事情を聞く必要がある、という。審議会は専門的な見地から厳格な審査を行うことになっているが、政治問題化している獣医学部の認可は荷の重い仕事だろう。事務局である文科省高等教育局は、学部新設に慎重だった局長が7月の異動で外された。文科大臣も「加計疑惑収拾」を使命とする林芳正氏に替わった。審議会が「不合格」を決定した前例はない。普通なら危ない案件は事前に指導が加えられ、審議会にかかる前に条件はほぼ満たしているからだ。
今回は、文科省の慎重姿勢を押し切って「2018年4月開学」という官邸からの要請で進んだ案件なので、しわ寄せが大学設置審議会に及んだ。
審査を遅らせ、その間に体制を整えたので認可しました、という筋書きのようだが、果たして世論は納得するだろうか。獣医学部が認可されれば、加計学園の「無理が通った」ということになる。国家戦略特区での新設は、国際競争力の強化、国際ビジネスの拠点化、という特区ならでは認定条件に合致しなければならない。さらに、既存の獣医学部ではできない研究や新分野への挑戦という「石破4条件」を満たすことも必要だ。ペットのお医者さん養成という程度の軽い大学では認可の対象にならない。
文科省の内部文書では荻生田官房副長官(当時)もこの点を懸念していた。強引に進めることを迫ったのは「総理のご意向」という殺し文句だった。普通なら認められない申請が認められる、という流れを指摘したのが「行政が歪められた」(前川喜平・前文科省次官)という表現だった。
審議会が認可すれば、あれだけの騒ぎになっても、走り出した「政府の方針」は変えることができない、疑惑を抱えたまま逃げ切った、と国民の目に映るだろう。この決着で「安倍政権の勝利」になるのだろうか。

楯突いた籠池夫妻は逮捕 役所側は“証拠隠滅”と“高飛び”の対照
森友学園では籠池理事長夫妻は、補助金詐欺で逮捕され、拘留された。加計学園の理事長は姿をくらまし、表舞台に出て説明することもない。自民党は証人や参考人として国会に呼ぶことさえ反対している。
籠池夫妻は「切り捨てられた」という思いから安倍夫妻に異議申し立てしたら、刑事責任さえ問われた。逃げ回る加計理事長は学部新設まで認められ、盾突いた籠池夫妻は留置場。田舎芝居のような現実を、国民はどう受け止めるだろう。憲法改正を叫んでも誰が耳を傾けるだろうか。
安倍昭恵夫人付きの秘書として森友学園と財務省の連絡役を務めた経産官僚は、イタリア大使館に赴任した。この女性は、文書による仲介の事実が明らかになってから役所にも出勤していない。今度は「ローマの休日」か。一等書記官という厚遇の裏には、東京に置いておけない事情があるとしか思えない人事である。
籠池夫妻は「証拠隠滅、逃亡の恐れ」と認定され逮捕された。籠池夫妻の要望を受け入れ、9億円の国有地を1億円で売った側はどうなったのだろう。証拠となる内部文書は廃棄、仲介した官僚はローマに「高跳び」。証拠隠滅・逃亡は役所の側のように思える。権力を持つ側は、都合いいことはなんでもできる。森友疑惑はツッコミどころ満載。これで信用回復ができるのだろうか。

モリカケ問題で安倍政権は3つの誤りを犯した
北朝鮮の核ミサイルや中国の膨張主義、北東アジアの脅威は高まり、アメリカではトランプ政権で自国中心主義が露骨になった。加計や森友など小さな問題で大騒ぎしている時ではない。そんな意見をよく聞く。もっともらしく聞こえるが、事件の規模が小さいからと、たいした問題ではない、と考えるのは浅はかである。加計・森友は政権の体質を表す出来事だ。
政権の命取りになりかねない大事になったのは、致命的な「3つの誤り」を犯したからだ。第一は「権力の私物化」。第二は「都合の悪いことをウソで切り抜ける隠蔽」。第三は「誰も自分の責任と思わない空洞行政」である。「安倍さんはいい人だ」とよく聞く。「知り合いを大事にする」という。そんな性格は決して悪いことではないが、最高権力者という自覚がないと周りを振り回すことになる。留学仲間の加計クンとの友情を大事にすることが、加計学園の事業を応援することに繋がっては困る。
50年門戸が開かなかった獣医学部の扉をこじ開けなければ、と思ったのかもしれないが、こじ開けるとこととお友達関係が直結すると「権力の私物化」になってしまう。友達を大事にしたい首相の我がままに周囲が従ったのが事の起こりではないだろうか。
「加計学園に」という結論が先に決まり、その結論に落とすよう行政が歪められたとしたら問題だ。首相の奥さんが名誉校長に就任した小学校は、国有地の買い取りが格安にできた。普通ありえないことが「安倍つながり」だと可能になる。悪気がないところが深刻である。上に立つ者が「権力の私物化」に鈍感なら、下はどうなるだろう。未熟な首相に強い権力を与えてしまったことに間違いがあったのかもしれない。

常識をわきまえた政治家が中枢におらず、誰一人として深く責任を感じていない
二つ目の隠蔽体質は、健全な常識をわきまえた政治家が政権中枢にいないことを示している。「ウソで固めて逃げ切る」という対処方針が誤りだった。メディアや国会対策に目が奪われ、その場しのぎの答弁や説明で切り抜けられると思ったのか。
その場しのぎでウソをつくと、どんどん辻褄が合わなくなり、さらに大きなウソをつかなければならない。多忙な首相が年に5回もゴルフや焼き肉でご一緒しながら、「加計学園が国家戦略特区に申請するということを知ったのは今年1月」。誰も信じないような答弁をする結果となった。
答弁のつじつま合わせに知恵を絞るが、大局が読めない。浅知恵に長けた側近を重用した結果である。「首相は本当のことを言っていない」と多くの人は受け取った。平気でウソをつく首相が支持を失うのは自然なことだろう。
官邸主導で迷走する今回の事態に、深く責任を感じている当事者が見当たらない。指揮を執るのは菅官房長官だが、厄介な仕事を押し付けられた、という素振りが見え見え、と官邸詰めの記者は言う。事実上の司令塔は政務担当の今井尚哉秘書官だという。秘書グループが答弁書などの方向付けをしているというが官僚の集まりでしかない。今井秘書官を軸に森友学園は財務省、加計学園は内閣府とその後ろにいる経産省が対応していることに限界がある。
役人は論理的整合性を重視するが、世間がどう受け止めるかには無頓着だ。担当する部分には知恵を絞るが、全体像に想像が及ばない。菅官房長官の下で事務を仕切る杉田官房副長官や、国家戦略特区を担当する和泉首相補佐官も同様。だれもが責任を感じていないから、誤った政策を転換する、という大きな決断ができない。決めた方向を変えることができないまま、政策暴走を許している。

憲法改正を画策する首相、本気で加計学園と心中するか
 事件は小学校や獣医学部の認可で起きたのがせめてもの幸いだった。満州事変から太平洋戦争へとのめり込み、原爆が落とされるまで「政策の軌道修正」ができなかった大失敗の経験が日本にはある。その反省の上に今日があるのに、歴史に学ぶことをしない安倍政権は、愚行を繰り返している。
森友学園は籠池逮捕で終わらない。詐欺で起訴され、これにて一件落着となれば、「国有地安売り」の財務省へ批判が沸騰するだろう。国税庁長官になったまま姿を現さない元理財局長の佐川宣寿氏への風当たりだけでなく、事件当時の近畿財務局長らに厳しい視線が注がれるだろう。この件については、改めて書く。
 加計学園の獣医学部新設を政府は本気で正面突破するつもりだろうか。方向転換できない政権は突っ走るかもしれないが、冷静に考えれば、一歩後退して安倍政権の体制を立て直すことが得策であると誰でも分かることだ。責任を取らない側近の差配で愚行を改められないなら、政治家はいらない。憲法改正を画策する首相が加計学園と心中するとは思えない。首相周辺で、白紙撤退のダメージを瀬踏みしつつ「選択肢のひとつ」として密かに検討されているという。
 新国立競技場の建設費が膨大になって、政府は計画を白紙に戻した。誰の入れ知恵か知らないが、賢い選択と評価され、安倍内閣への風当たりは和らいだ。完成は東京五輪にはなんとか間に合うが、前年に予定されるラグビーワールドカップの東京開催に間に合わなくなった。ラグビーWCの旗を振った大先輩の森喜朗元首相の顔に泥を塗ってでも決断したのである。背後に高い支持率があった。 今回は親友の加計理事長に泣いてもらうしかない。その決断を、安倍首相ができるか。政治家としての正念場である。
デモクラシータイムス同人・元朝日新聞編集委員 山田厚史)
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天武四年四月の出来事、ウーマン村本の真っ当な言

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:連日の雨がフト小休止。その合間を縫って外に出てきました。水量の増えた用水路に母子ずれが浮いていました )


 暖かき 眼差しおくる 母鴨を 信頼・安心 前を泳ぐ子

+++++麻績王は板来(潮来)に「居た」(駄洒落!)
 自画自賛をまずはさせてください。2008年春、娘に引っ張り出されて九州から出雲へ旅行しました。九州で見学した九州国立博物館の展示物は、日本列島古代史への興味を掻きたてました。ボランティア解説員の明快な解説が、歴史の筋道の理解の助けになりました。爾来、万葉集、記紀の原文を眺める日々となりました。そうした解読を丹念に積み重ねてきたことが、現在大いなる助けとなっています。このところ頻繁な過去記事の再掲は、いわば私の財産を活用しているということになります。

 常陸国風土記は麻績王が板来にいたのは飛鳥浄御原に宮廷を構えた天皇の治世であった、と書きます。「古老曰く」なる枕が付されていないことから、それは遠い昔の事ではないと考えることが出来ます。罪科を問われて流されたのであれば、風土記行方郡条の執筆者はその旨も書き加えていたと思ってよい。実際はそうではなかったのです。

 にもっかわらず、「罪科を問われて流された」なる風説が広まったのは、日本書紀二十九巻天武四年四月紀の記事です。そしてその風説を「史実」として後世の認識に固定してしまったのが万葉集二十三・二十四歌に付された「題詞」、と「左注」です。万葉集のこの二つの歌は既に書いたように海水と戯れる若者の歌です(8月4日記事)。
 ことほど左様に万葉集の初期の歌群には未だに定まった解釈・理解がなされていないのです。原文を素直に眺めるならば、歌意を掴むことは、それほどに難しいことではないのです。が、当時の日本列島の政治状況を歌意が赤裸々に詠っているとの懸念を藤原不比等とその一統は抱いていたからでしょう。

 麻績王の板来滞在時期を推定するために再度日本書紀の記事を眺めることにします。この記事を本ブログでは幾度も考察してきました。しかし、今回は、これまでの検討の積み重ねでえた視点から、再度見直してみようというものです。
%%%%%まずは原文です:
《天武天皇四年(六七五)
夏四月甲戌朔戊寅(五日)。請僧尼二千四百余、而大設斎焉。
辛巳(八日)。勅。小錦上当摩公広麻呂。小錦下久努臣麻呂二人。勿使朝参。
壬午(九日)。詔曰。諸国貸税。自今以後。明察百姓。先知富貧。簡定三等。仍中戸以下応与貸。
癸未(十日)。遣小紫美濃王。小錦下佐伯連広足、祠風神于竜田立野。遣小錦中間人連大蓋。大山中曾禰連韓犬、祭大忌神於広瀬河曲。
丁亥(十四日)。小錦下久努臣麻呂坐対捍詔使。官位尽追。
庚寅(十七日)。詔諸国曰。自今以後。制諸漁猟者。莫造檻穽、及施機槍等之類。亦四月朔以後。九月三十日以前。莫置比満沙伎理梁。且莫食牛・馬・犬・猿・鶏之完。以外不在禁例。若有犯者罪之。


丙申(二十三日)。簡諸才芸者。給禄各有差。
四月是月 新羅王子忠元到難波。

(文意:岩波文庫「日本書紀(五)」(124頁)。以下は2013年6月7日記事 からの抜粋です)
 抜粋とはいえ、過去記事を再掲したのには理由があります。それは、四年前の私の解読を晒すことでもって、その過誤或いは解釈の変更を確認したいと思うからであります:

*****過去記事転載
天武天皇四年(六七五)四月戊寅【五日】請僧尼二千四百余、而大設斎焉;
 二千四百人もの僧、尼僧による大斎事が、壬申の乱での戦死者の霊を弔うための催であったのか、それともどなたか貴人の法事であったのか、定かでありません。しかし、この斎事は12日後に詔される半年間の「生類哀れみの令」と関っていると思えます。この斎事は近畿権力が主催したと想像しています〔後述〕。

【八日】勅。小錦上当摩公広麻呂。小錦下久努臣麻呂二人。勿使朝参。;〔中略〕;
 二人の重臣に「朝参するな」との勅。文字通り受け取るなら「天皇は、お前ら二人の顔は見たくない」と勅したと解されます。当摩公広麻呂は天武十四年に死去しますが、壬申の乱に功績があったと日本書紀は付記します。私の立論に従えば、天武の腹心がまたもやテロで倒されたというべきです。ということは、この天武四年の時点では、この勅は「お前の顔は見たくない」ではない、異なる政治的意思が働いたのです。
 岩波文庫〔五〕はこの記事の文意で「使」という漢字を無視しています。そのために「お前の顔は見たくない」との解釈になってしまいます。私は、九州に在した天武天皇が近畿の権力に遣わす使節、それが「朝参」であったと考えます。天武天皇は、大来皇女、十市皇女を人質同然に近畿権力に拘束されるという政治状況から、例年近畿に遣わす使節を送らないことを「勅」したのだと思っています。
 もう一人の人物、久努臣麻呂、私はこの人物こそが高市皇子とともに天武天皇の出自の謎解明の鍵を握る人物と考えています。この人物、六日後に、「使節」たるの命を拒否した廉で、役職を追われています。尚、岩波文庫〔五)はこの方の出自を久能山ではないかと書きます〔125頁)。これは過ちであることを後に詳述します。

【十日】遣小紫美濃王。小錦下佐伯連広足、祠風神于竜田立野。遣小錦中間人連大蓋。大山中曾禰連韓犬、祭大忌神於広瀬河曲;
 これについては2011年3月7日(あの大地震津波災害の直前!!)「熊本県の広瀬・竜田、前原氏辞任とNHKの報道」と題する記事 で詳論しました。この記事は、この祭祀の場所を特定できる手掛かりを与えており、結果として天武天皇が九州に在したことを明示しています。

【十四日】小錦下久努臣麻呂坐対捍詔使。官位尽追。;
  【八日】の勅で書きましたが、久努臣麻呂は近畿からの呼び出しに応えなかった。そのため、近畿権力は、天武に処罰を求め、結果として、彼の官位が剥奪された、というややこしい経緯を短い文章で書いていると思っています。詳しい説明は、近畿権力の存在を明るみに出してしまうため、短文にせざるを得ないのです。

【十七日】詔諸国曰。自今以後。制諸漁猟者。莫造檻穽、及施機槍等之類。亦四月朔以後。九月三十日以前。莫置比満沙伎理梁。且莫食牛・馬・犬・猿・鶏之完。以外不在禁例。若有犯者罪之。
 古代版「生類憐れみの令」の詔です。上でも書きましたが、これは十二日前の大斎事という行事の重大な部分をなしていたのです。そして、この「令」は翌日の麻続王と二人のお子を罪に陥れるためのものであったと考えています。
*****過去記事転載おわり

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 過去記事では
“辛卯(十八日)。三位麻続王有罪。流于因播。一子流伊豆嶋。一子流血鹿嶋。”
の文意が付されていないのは、これについては特に重視し、次回記事で考察を加えています。現在、この四月十八日記事の背景を再度、新視点から考察しようと言うわけです。

過去記事を再掲したために、文章が長くなってしまったので、続きは次回に書きます。
(つづく)

+++++板垣(怪)情報
「リップリーダー」安倍晋三首相は、米ペンス副大統領に「6月に解散する」と公約したのを破り、信用を失った(板垣 英憲)
2017年08月14日 板垣 英憲(いたがき えいけん)「マスコミに出ない政治経済の裏話」
◆〔特別情報1〕
 「リップリーダー」(口先だけのリーダー)とは、トランプ大統領が安倍晋三首相に貼りつけた悪評だ。安倍晋三首相は4月18日、来日した米ペンス副大統領に「6月に解散する」と公約しており、これに反することはできない。にもかかわらず、すっかり公約を破り、信用をすっかり失っている。日本国内では、解散・総選挙について、「ウソをついてもよい」とされているけれど、国際的には、通用しない。ドイツのハンブルクで開催されたG20サミット(7月7日〜8日)の裏舞台で、トランプ大統領はフェイスブックに「安倍晋三は、口先だけのリーダーなので、日本に割く時間は全くない。日米首脳会談を断った。日露首脳会談も断った」と書いている。内閣改造を「仕事人内閣」と名付けて「結果を出す」と大見得を切ったものの「国民有権者の68%は、安倍晋三首相は信用できない」(テレビ朝日8月12日未明、「朝生テレビ」)と断罪しているので、もはやこれ以上、政権を維持していくのは難しい。
%%%%%

 トランプ米国大統領が壊したとされる「オバマケア」(米国で始めて実施された国民医療保険)について米国在住の 
堤未果氏がその実態を語っています。


 トランプ大統領については、未だに日本を含む欧州のジャーナリズムは辛辣な評価を浴びせています。「何をやらかすか分からない。政治のド素人だからだ」と言う具合で、比較的真実に近い論評を掲載する雑誌「世界」(岩波書店)に登場する論客達、日曜朝のTBS 報道番組の常連寺島実郎氏、然りです。トランプ氏の政治手腕はともかくその志向を見抜こうとするジャーナリストもいないではありません。上の堤氏、そして田中宇氏などです(例えばちょっと古い記事ですが田中宇 氏の論考の大部分は有料であるため、ここでは転載できません)。私なんぞも、この田中氏の視点に説得力を感じています。例えば、昨今の「白人至上主義」にかこつけた反トランプ運動の背後には、旧勢力、即ちヒラリー氏などの息のかかった軍産複合体勢力の策動があるのではなかろうかと疑っています。

+++++芸能界にも世の中を直視している人がいる!
 過日、脳科学者の茂木健一郎氏が、お笑い芸能人たちの政治的発言が無いことを痛烈に批判したことがありました。例えば、松本何のチャラと言う大御所にいたっては安倍氏への阿り発言を機械あるごとに発言していました。当然、大御所様の言に逆らえる芸人は出てこない。茂木氏はそうした風潮を指摘したのでしょう。ところが、率直に物を言う骨っぽいお笑い芸人がいたんですね。驚きました。その芸人は”ウーマン村本“と言う人だそうです。私はほとんどTVを視聴しないので知りませんでした。以下の発言を見ると、まっ正面から物を言っています。好感を抱きました。

%%%%%ウーマン村本は“最強反戦芸人”だ! 朝生で安倍批判連発、終戦記念日に「国よりも自分が好きなので戦争は行きません」
ウーマン村本こそ“最強反戦芸人”だ!
2017.08.15  リテラ

 芸能人による政治的発言がタブー化し、「物言えば唇寒し」の空気が蔓延するこの時代に、驚くべき論客が現れた。ウーマンラッシュアワーの村本大輔が8月11日放送の『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日)に初出演し、タブーを破りまくったからだ。
すでにネットニュースでは、司会の田原総一朗が「国民には国を守る義務があると思う」と発言したことに対し、村本が「絶対に戦争に行くことがない年寄りに言われてもピンともこないわけですよ。絶対行かないじゃないですか」と反論、田原が激昂したことが話題となっているが、じつは、このやりとり以外でも、村本の覚悟と本気が感じられる場面は多々あった。
たとえば、この日の番組テーマは「安倍政治と日本の平和」で、自民党の山本一太参院議員や小林よしのり、国際政治学者の三浦瑠麗といったおなじみの朝生メンバーと肩を並べてパネリストとして登場した村本だが、初っ端から田原に「安倍晋三という男は好き、嫌い?」と尋ねられた村本は「まあ、会ったことないので好きか嫌いかわかんないですけど」と前置きしつつ、秋葉原での『こんな人たち』発言を例に挙げ、「感情的になってああいうことを言うのは大人じゃないんだなと思った」と述べた上で、こうつづけた。
「安倍さんに対していろんなニュースを見て思うのは、みなさんにぜひお聞きしたいんですけど、やっぱりこう、戦争の臭いがプンプンする人な気がする。戦争臭というか。それがずっと感じるのが怖さみたいなのがあって」
村本は以前より共謀罪について〈国民から声を奪う法律〉と訴え〈大反対〉の意思をTwitter上でも表明してきたが、この日も安倍政権に対して「内閣改造して、メンバー改造するだけで、支持率がぐっと上がるような人たちの支持率を信じて討論するべきなのか」と疑問視。内閣改造はお為ごかしに過ぎないと喝破したのだ。
■三浦瑠麗の“上から目線”発言も一蹴、「国際貢献の言葉がきれいすぎる」
さらに、駆けつけ警護という新たな任務が加わった南スーダンへのPKO部隊の派遣についても、村本は自身の弟が自衛隊員であると明かし、スタジオの議論で「(PKOで自衛隊員が)命落とす可能性ありますよね?死ぬ可能性ありますよね?と言ったら、結構みんな簡単に『はい』って言った」ことを俎上に載せ、「そのPKOに自衛隊が行かないといけない理由を教えてもらいたいんですけど」とパネリストたちに疑問をぶつけた。
だが、他のパネリストは、三浦が“憲法の前文に諸国民の平和や自由を尊重すると謳われているから”といつもの上から目線で語ったり、山本も「国際貢献」であることを強調しながら「日本以外はかなり亡くなっている」と述べるなど、村本が提起した「自衛隊員を簡単に死なせていいのか」という問いには答えないまま。そんな状況に、村本は、自衛隊員やその家族は生きるか死ぬかの戦時中のような思いを抱えているなかで「国際貢献という言葉がきれいすぎて」と指摘。“PKOの実態をきちんとメディアが伝え、どういう状況なのかを自衛隊員や家族にまで届くくらい議論するべきでは”と訴えたのだ。
日本の核保有の是非について議論になれば、「お盆で返ってきている原爆で亡くなった方、人たちはどう思ってるのかな」と是非を語ること自体に抵抗感を示し、「核の抑止力っていうのは本当に意味がない」と意見を口にする。──リアリストを気取るパネリストが高圧的に振る舞うなかで、村本は一貫して、人の命の問題であるという本質を突きつけつづけた。
しかし、村本の本領が発揮されたのは、北朝鮮問題についてだ。たとえば、「さっきから国防、国防って言いますけど、守るような状況に追い込んでいるのは政治家」と発言し、田原から「追い込んでない!」と怒鳴り散らされても怯むことなく「だから外交っていうのがあるんじゃないですか」と反論。“まずは対話から”という外交努力の必要性を村本は訴えた。その上、田原にこう迫ったのだ。「誰かが北朝鮮に行って金正恩とちゃんと対話する、喋る。田原さん、ちょっと安倍さんに言ってきてくださいよ」
先月、田原が官邸で安倍首相と対面し、そこで「政治生命を賭けた冒険をしないか」と提案したと報じられたが、このとき田原は「安倍首相による電撃訪朝、金正恩委員長との首脳会談を提案したんじゃないか」という噂があることを本サイトは指摘したが、村本は直接、田原に対して「電撃訪朝とか安倍さんはできないんですか?」と問いただしたのだ。
■北朝鮮非難にも村本は「日本だって北朝鮮を侵略した」と毅然と発言
このとき、田原は「できないことないでしょ」と答えたが、日頃から対北朝鮮への「防衛戦争」準備の必要性を語っている小林よしのりなどは「対話してもね、嘘しかつかないの」と村本の意見を一蹴。だが、村本はこうした意見に、こう反論した。
「すいません、すごいバカな喩えするんですけど、たとえば日本なんかも昔はヤバイときあったわけですよね。北朝鮮を植民地にしたりとか、っていう歴史があったわけですよ。満州とかあるわけですよ。ドイツなんかもあるわけですよ。どの国にも反抗期があるとしたら、北朝鮮に対して『こいつやべえ奴ら』だと、『話すのやめようぜ』っていう対応していたら、どんどんどんどん悪くなっていくと思う。最終的にはアメリカっていうめちゃめちゃ強いヤンキー連れてきて『殴る』って言ったら殴り返してくると思うんですよ」
さらに、山本一太議員が、拉致問題を例に「日本人みんな基本的に北朝鮮嫌いですよね?」と言うと、村本はすかさず「ぼく、嫌いじゃないです」と返答。やはり、このように持論を述べたのだ。
「ぼくの友だちが北朝鮮の学生とこのまえ喋ったときに、日本のね、北朝鮮の拉致問題の話をしたときに、だったら日本はそのまえに北朝鮮を植民地にしているじゃないかと。なんで自分たちの都合のいいところだけ切り取るんだということを喋っていたんですよ。それで『嫌い』って、都合いいなって思うんですよね」
朝鮮半島を植民地にしたという歴史を踏まえないで拉致問題だけを問題にし、憎悪を煽るのは都合が良すぎる──。「どの国にもある反抗期」という表現は問題を矮小化する危険性があるが、それでも日本が北朝鮮と同様に「ヤバイ国」だったこと、そして、そもそも朝鮮半島を侵略した加害国であることを前提にしなければならないと、村本ははっきりと口にしたのだ。
拉致問題の議論のなかで、日本の加害責任に踏み込んだ発言をテレビでおこなった芸人が、近年いただろうか。過去には爆笑問題の太田光も近いことを述べていたが、いまはテレビでそんな話はしない。「北朝鮮との対話」を求める時点でネトウヨが大騒ぎするのに、さらに加害責任にまで言及するなどということはタブー中のタブーだからだ。
しかし、村本は毅然と発言した。たしかに、これまでもベッキーをはじめとするタレントの不倫を断罪してバッシング攻撃に晒す道徳ファシズムを批判したり、前述したように共謀罪に反対を表明するなど、批判や炎上に晒されるような問題にもはっきり意見してきた。だが、現在のテレビと芸能界が置かれた状況を肌身で感じているであろう芸人である彼が、評論家でさえ尻込みする問題に突っ込んだのだ。正直、ここまで本気でぶつかる芸能人を見たことはない。
■朝生出演の理由を「百田尚樹という人の安っぽさを見て俺でもいける」と
しかも、村本がすごいのは、発言がネット上で炎上しても、まったくたじろいだりしていないことだ。
村本の「植民地」発言に対しては、案の定、〈植民地支配じゃなく併合だ〉〈コイツは拉致問題と植民地を同等と考えてる馬鹿、こんなゲスで馬鹿を出すな〉などと攻撃を受けたが、村本は撤回することなく、逆に高校の日本史教科書採択率の高い山川出版社の参考書をひきながら“韓国併合によって日本は完全に朝鮮半島の植民地支配した”との記述をつきつけた。一方、『朝生』への出演についても、こう述べている。
〈百田尚樹という人と杉田水脈と言う人が朝生に対して自分たちの動画で語っていた。そのほとんどが安っぽい想像と自分主観の人格批判。あれを見た時に、あれでもでれるなら、おれもいけるな、と緊張はなくなった。〉
『朝生』に初出演した百田が無知を晒してとんだ赤っ恥をかいたことは既報の通り【朝生】だが、その後、百田がおこなった“負け犬の遠吠え”のレベルの低さによって、村本がのびのびと発言できたのなら、百田の言動にも意味があったというべきかもしれない。無論、村本は放送中の発言が攻撃に遭っても、番組出演や終戦記念日に際した感想を、このように投稿している。
〈年寄りに、若者はいざとなった時に日本を守るために戦争が起きたら戦うべきと言われても、過去にその年寄り達がおかした失敗から学んで同じ間違いを犯さないようにするのが次の世代。年寄りは、愛国心押し付けるより経験から学ばせてくれ。そう思った夜。議論はとても楽しかった。〉
〈軍人さんがいたからいまの平和があるって言うやついる。もしいま戦争が起きたら10代20代の若い子が戦争にいく。これからの若い子が爆弾で体バラバラになってまで得る平和に強い疑問がある。〉
 終戦記念日のきょう、テレビは相変わらず北朝鮮のミサイル攻撃の脅威を煽り、バスに設置された慰安婦像について政府の見解だけを垂れ流している。当然、朝鮮半島に対する加害責任に言及する空気など微塵もない。そんななかで、歴史を修正しようとする偽物を見分け、しっかりと人の命から学ぼうとする村本。彼はきょう、こうツイートした。
〈終戦記念日 僕は国よりも自分のことが好きなので絶対に戦争が起きても行きません
よろしく〉
どれだけ批判を浴びても胸を張って自分の意見を貫くこの姿勢を、ぜひずっと続けてほしい。
(編集部)
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早川氏地震予測(2、その背景)、二人の天武正妃

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:カナカナゼミが遠くで鳴いてます。「何処かな?」と背伸びをして鳴くほうを眺めやる案山子。つい先日までは野菜の陰に隠れてカラスを見張っていたのですがね。春ごろまでは木に縛りつけられていた相方(5月3日記事の冒頭写真お仕置き案山子 )、今度は投網に絡め取られています。どうなってるんですかね?事態がのみ込めません。案山子とカナカナ蝉 。私の息も絶え絶えの呼吸音に邪魔されていますが、じっと耳をすますと20秒ぐらいからカナカナの鳴き声が聞こえます)


 上の句:稲の穂が こうべを傾(かし)げて 秋を待つ
 下の句:カナカナゼミが 予兆を告げおる

 当地の稲も一部は既に頭を垂れ始めています。秋が着実にそこまで来ているようです。そして朝晩には近くの雑木林でカナカナが寂しげに鳴いています。ツクツク法師が経を唱え始めました。

 +++++2017年8月2日いわき南東界隈の地震活動(3)
 本年七月初旬から八月始めにかけての茨城福島界隈は、地震活動が活発であったらしいことが見えてきました。そうした地震環境のなかで、私がかねてより注目している「チバラギ地震」がつい先日の8月10日に起きています。近日中に、久しぶりにこの地震を考察します。
(図1:「チバラギ」地震を報ずるHinet)
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2014年9月29日記事 で、チバラギ地震の特徴を書いていますので、ここではそれをくりかえしません。発生場所とその特異な発震機構は、太平洋プレートの抱え持つ傷とその「疼き」現象として、大いに本ブログ管理人が注目しています。

 サテ本題に戻ります。早川氏が発生を予測したとされる8月2日早朝の地震に先立つこと約二週間前の7月20日に、いわきの北東、福島沖にM6.1の地震が発生しています。この界隈は2011年3月11日以後、地震活動がとりわけ活発になった地域ですから、こうして時間的に近接して顕著地震が起きることはさほど珍しいことではありません。
 早川氏の地震予測手法には、この7月20日の地震も関わっていたのではなかろうか?との推測がわきます。そこで二つの地域での地震活動を比較することにします。

 (図2:左,倭畧郢瓩予測したとされる地震(黄色マーク)とその活動域、右△7月20日のM6.1の地震(黄色マークが多くの地震活動で隠されてしまっている)とその活動域。図内の矩形領域について以下でその発生状況を比較検討する、二回クリックすると拡大できます)
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 上記の二つの矩形ABCD,GHIJ内の地震活動を二つの視点から調べます。まずは辺AB,および辺GHからの距離と発生深さ、および発生時間の関係を調べます。 
(図3:矩形ABCD,GHIJ内の地震活動、二回クリックすると拡大できます)
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 8月2日の地震,呂修糧震機構解と関係付けられることを以前書きました。それを緑の矢印対で示しています。所が、7月20日の地震は深さ40kmで、△両綽泙らは、地殻内地震ではなく、直接的に太平洋プレートの潜り込み運動の発現であることが、発震機構解からもわかります。
 となると⊂綽泙7月20日の地震より浅部の地震活動は、かなり特異であることが分かります。
いずれにしても、この二つの地震活動に挟まれる一帯がどうやら隆起をしていたのではなかろうか。それを引き起こしているのが潜り込む太平洋プレートの運動ではなかろうかとの想像にたどり着きます。

(図4:二つの地震活動域の活動状況、期間は2017年7月10日から8月2日午前2時まで 同年7月10日から8月3日23時まで◆二回クリックすると拡大できます)
170710histFI無題


 二つの地震活動の活発さは同程度であることが分かります。△粒萋亜平4の下)は7月20日以前に既に始まっていたことを示しています。それが意味することは、この活動は7月20日の地震によって引き起こされたのではないことになります。そうではなく、7月20日の地震を引き起こすべく太平洋プレートが自らの上にのしかかっている陸部分に圧力をかけていたのです。その結果、陸部分に陸塊の隆起を伴う活発な小地震活動が励起された。この隆起は7月10日以前に始まっていた(データをそこまで広げればよいのですが、現時点では老いぼれの体力不足であります)。それが7月20日前までの高頻度の地震数であろうと思われます。△任7月20日以後地震数が急激に減少していることが見て取れます。一方,任3日ほど遅れて地震活動が減少に転じます。これは7月20日の地震発生で陸にかかっていた応力が解放されたためと理解できます。応力解放後の約二週間後に8月2日の正断層地震が起きます(これ自体興味深い事ですが)。

 隆起する陸塊には引っ張り力が生じます。すなわち引っ張り力によるクラックが多数生じたはずです。そこから漏れ出る多様な物質、その中には荷電粒子も多く含まれるでしょう。早川氏の観測はそうした荷電粒子を間接的に計測していたということなのかなと考えています。

 図4は更に色々な興味深い想像をさせますが、本日は、このあたりでとどめておきます。

+++++二人の天武夫人
 常陸国風土記行方郡の条は、麻績王が滞在したと伝えられる潮来(板来)を語ります。その時代は飛鳥浄御原に宮廷を構えた天皇の治世であったと書きます。
 この天皇は通説では「天武天皇』であり、その宮のあった場所は奈良盆地南部とされています。このことに異論を唱えたのが故古田武彦氏です。氏の年来の主張は「九州王朝」説です。飛鳥浄御原こそはその九州王朝の宮廷の所在地であると氏は主張しました。氏は、暗黙裡に天武天皇が九州人であったと認めているわけです。
 私は古田氏の主張に全面的に同意しているわけではありません。大きな理由の一つは「九州王朝」と言う理解(表現)に違和感があるからです。「学研・漢和大辞典」(藤堂明保編)は「王朝」を以下のように書きます:
%%%%%漢和大辞典より
帝王が自分で政治を行うこと。またはそのときの朝廷;
同じ一族の統治者の系列
%%%%%
 古田氏の主張は当時の日本列島政治史の一面を正しく捉えてはいるが、もう一つの史実が見えていないと思われるからです。万葉集一巻三歌は、日本列島に「朝庭」と「夕庭」が存在したことを明瞭に詠っています(下の原文でゴッチクで示している):
%%%%%01/0003
題詞:,"天皇遊猟内野之時中皇命使間人連老獻歌",
原文:"八隅知之 我大王乃 朝庭 取撫賜 夕庭 伊縁立之 御執乃 梓弓之 奈加弭乃 音為奈利 朝猟尓 今立須良思 暮猟尓 今他田渚良之 御執<能>

歌意:(2013年11月11日記事参照、但し、歌意の詳細については再検討の余地があります)
%%%%%
 この歌が詠まれる時代の直前までは、日本列島には、東の扶桑国と西の倭国と言う二つの権力が平和的に共存していたのです。当時の九州にあった倭国には、「夕庭」と言う意識はあっても、自らが「王朝」であるとの意識は無かった筈です。

 余談ですが、扶桑国は「日出国」、倭国は「日入国」と相互に親愛を込めて呼び合っていたことを示す歴史文書が存在するのです。時は西暦607年です。
%%%%%隋書倭国伝より
大業三年、其王多利思比孤遣使朝貢。使者曰:「聞海西菩薩天子重興佛法、故遣朝拜、兼沙門數十人來學佛法。」其國書曰「日出處天子致書日沒處天子無恙」云云。帝覽之不、謂鴻臚卿曰:「蠻夷書有無禮者、勿復以聞。」
%%%%%
 西暦607年、倭国王は再度隋に使節を派遣します。そのご挨拶の中に「日出處天子致書日沒處天子無恙」なる文言があった、という有名なエピソードです。隋皇帝は大変不愉快に思った。そんなことを好き好んで倭国王が言うはずが無い。日本列島古代史専門家は、倭国王の無知に帰します。私はそうは思いません。倭国から見れば、隋は西に位置します。従来東の扶桑国との間で交わした親愛の篭った挨拶を隋皇帝に贈ったのです。それが、深刻な誤解を招いて終った。これが事の真相であったろうと思っています。

 倭国と扶桑国の間に地理的にも挟まれていた「中津国」が、その二つの権力に戦いを仕掛けた。それが「壬申の乱」であり、「東夷征討」戦です。中津国の倭国への軍事侵攻が二度三度波状的になされたことは、万葉集の三歌〜二十八歌から窺い知ることが出来ます。万葉集三歌はそうした侵略戦争の危機に晒された倭国の緊張を詠ったものであり、断じて「狩猟」なぞと悠長な催し物ではありません。それは三歌から十二歌を通して解読することからはっきりと読み取ることが出来ます。
170721行方3802無題

 上の風土記行方郡の条で、もう一つ指摘しておかねばなりません。四角で囲われた節の冒頭に登場する麻績王の話はいわゆる古老の語ったことではないこととして書かれていることです。即ち麻績王はつい最近まで板来にいたようです。
 それは一行はさんで「新貴満垣宮」に宮廷を構えた天皇との対比から見えてきます。この天皇は祟神天皇とされ、「シキ」に宮廷を構えたとされています。関連する話は多々ありますが、それは私の悪癖、つまり長い脱線に繋がります。祟神天皇は東征で知られる神武天皇と重なることを研究者は指摘するだけに留めておきます。となると、この話こそは直近の過去の話しのはずです。しかし、日本書紀がそれを大昔の事にしてしまったからには風土記執筆者もその政治的指示には逆らえなかったのです。

 飛鳥浄御原に「原」が付されていることは、この地が九州であったであろう事を思わせると以前書きました。これについては万葉集二巻167歌(柿本人麻呂が詠んだとされる)が言及されねばならないのですが、それは後日の話題に取っておくとして表題の話に入ります。

 持統女帝を語る象徴的な出来事は(2015年10月28日 )
(1)皇位在位中に34回にわたる吉野を詣でていること;
(2)女帝は幼名、和風諡号のどちらも二つ持っていること;
(3)大和三山をあたかも砦とするかのような藤原京で治世したこと;そして
(4)唐の則天武后と同年に皇位についたこと〔即位〕 
です。
 上記(2)について2013年7月1日記事 で書きました。
 “持統女帝の謚号(おくりな)は、別にあり、日本書紀編纂時にはその諡号が使われている”と書きますが、その謎を以前考察しました。
%%%%%日本書紀巻三十の冒頭の記事です:
持統天皇即位前紀:高天原広野姫天皇。少名ウ(漢和字典に無い字:ブログ管理人)野讃良皇女。天命開別天皇第二女也。母曰遠智娘。〈更名美濃津子娘也。〉天皇深沈有大度。天豊財重日足姫天皇三年。適天渟中原瀛真人天皇。為妃。雖帝王女。而好礼節倹、有母儀徳。天命開別天皇元年。生草壁皇子尊於大津宮
 「高天原広野姫天皇」(持統女帝への和風諡号)、少女時代の名は「うのささらひめみこ」で、天命開別天皇(天智天皇の和風諡号)の次女。母は「おちのいらつめ」<別名“みのつこのいらつめ”>。冷静沈着、度量大。皇極天皇三年時、天武天皇の妃となる。帝の娘でありながら礼節をわきまえ、質素、賢母としての徳をそなえる。天智元年に大津宮で草壁皇子を生む。」

 持統女帝になんと二つの諡号が諡(おく)られたのです。持統女帝だけが二つの諡号、誠に奇妙です。この「奇妙さ」は、以下によってしか理解出来ません:
 二人の女性、一人は「確かに天皇経験者」です。そして、もう一人は正史編纂の都合でおおっぴらには登場させることは出来なかったが、しかるべき処遇を与えられるべき「皇后相当の女性」だったのです。日本書紀編纂者は、政治的思惑から二つの「号」を二人の女性に諡(おく)ったのです。
%%%%%
 上記の二人の女性の内、正史に登場しない夫人こそ天武Aすなわち七世紀半ば頃の倭国王の正妃であったのです。
(つづく)

早川氏による地震予測考察(8月2日地震の場合)

8月2日の茨城県北部(いわき南)の地震について、補足計算をしていました。所が、思わぬ手間がかかってしまいました。本日の主題の一つとして予定していた”二人の天武と二人の妻(一人は持統天皇)”の話は次回に順延します。
(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:妙てきりんな動きをするイモムシ。放射汚染でしょうか。気持ち悪くなる方も居られるやも知れませんので、閲覧注意です。芋虫 )


 将来は 華麗な蝶にと 神様が 約束したとは 思えぬ姿

 こんな動きをする芋虫にお目にかかったのは初めてです。放射能汚染の犠牲者ならぬ犠牲虫では無かろうかと思いました。とすれば誠に不憫です。そんななか、茨城県知事選(開票8月27日)です。三名が立候補しています。一名は経産省キャリアです。一名はNGO, そして六選に挑む現職です。大きな争点の一つが東海第二原子力発電所の再稼動です。自公推薦候補は再稼動については見解を表明せず、他の二候補は明確に凍結との方針を明示しています。
 思えば、安倍首相は経産省と公安警察にしっかりと防護されての五年です。それを思うに、安倍氏の治世を県政に持ち込むような人物は勘弁して欲しい。となると残る二人のどっちか?私は安倍氏の思惑を打破するために現職を今回は支持しようと思っています。

 次の総選挙での野党連合勝利を視野に置いた候補の擁立を期待していました。NGO候補はそんなことも考えていたのかも知れません。が、此処は従来の保守陣営の真ん中に手を突っ込んで分断し、反自公勢力を反安倍側に引き寄せる。そして、まずは反安倍で勝つという選択肢があったのではなかろうか、と思いました。残念ながら、そうはいかなかったようです。このままでは先の横浜市長選と同じ展開になってしまうのではなかろうかと危惧します。

+++++8月2日の茨城県北部(いわき南)地震(補足)
 8月2日の北茨城・いわき南のM=5.7の地震発生を、早川正士氏が予測していたと夕刊紙フジが8月5日付で報道しました 。氏はその予測手法の背後の物理プロセスの概要は以下のようなものと説明します。
“地下岩盤内にクラックが生じる。クラックの生成が電流を生み、電場を形成する。生成された電場は地表に染み出し、上空の電離層の荷電粒子の偏在・異常分布をもたらす。それがFM電磁波の伝播に影響を与える”
 というものです。私が知る限りでは、上記の過程は定性的にのみ語られ、定量的な議論には至っていないようです。数学的に取り扱いの難しい非線形の電磁気学を含むからと思われます。そうではあっても、その第一段階では地下のクラック形成に言及していますから、それについては、微小地震活動に反映されているかもしれません(8月7日記事、 8月2日記事3月8日記事 等)。
 しかし、8月7日の記事では、北茨城地震に遡ること僅か8日間の微小地震活動の観察でした。その前はどうであったのでしょうか?以下はその調査の苦労譚(愚痴話)です。手続きを以下に再現することで愚痴を聞いていただきます。
まずは、気象庁の震源データは、最近の地震についてはテキスト・ファイルとしてまとめられていません。
( 図1:気象庁、最近の地震に関する震源位置、発信時データ、拡大は二回クリック)
170811JMA無題


 上記のデータをまずはテキストとしてファイルにコピペします。そこから空白行などを取り除き、一つのテクストファイルにします。関心をもっている期間ついてそれらのテキストファイルを作成し、時間順に合体させ大きなファイルを作ります。この作業がまずは老いぼれには誠に手間がかかります。どうでも良いようなミスを頻繁にやらかすからです。集中力と注意力がめっきりと劣化していることを実感する長い時間であります。
 こうして作成したデータ・ファイルについて以下のプログラムを走らせます:
-->exec('C:\FR55G_B\SCI_lesson\seisJma170725.sce', -1)
ndata=12293:>m0=10947 (期間内の地震は一万二千個余であり、そこからM>0の地震を選び出すと約一万一千個となります)
期間は、プログラムの指示に従って以下のように指定します(7月16日0時0分から8月2日2時3分まで)。
begin:yy mm dd hh mm=>[2017 7 16 0 0]
end:yy mm dd hh mm=>[2017 8 2 2 3]
こうしてプログラムは走り出します。その出発時刻は:
start_t = 2017. 8. 11. 14. 50.(2017年8月11日14時50分にスタート)
そして約1時間13分後の午後4時過ぎに
end_t = 2017. 8. 11. 16.  3. (2017年8月11日16時3分に地震活動図完成)
図2ができあがります。
 ここで愚痴であります。データに欠損があると最初からやり直しとなります。つまりその都度新たに一時間余を要します。それに加えデータ欠損、或いはプログラムの不備の発見で多大の時間が使われてしまうのです。(こうした苦労を経てやっと最終版がスタートできたのが本日の午後3時ごろ、というわけです。じつはこの作業を朝からやっていたのです)
(図2:指定期間内に指定域で発生したM>0の地震。黄色は8月2日午前2時の地震。
この地震群から、とりわけ関心の高い地域をカーソルを使って指定。それがABCDで示される矩形領域。二回クリックで拡大)
いわき170716_0802s無題


 この図上で、カーソルで特に関心のある地域を矩形で指定します(勿論座標値でも指定可能、このオプションでもって、後日の同一の地域指定が可能となる)。図中の青い矩形がそれです。この域の指定で注意を払っているのが7月20日に福島沖30kmほどで発生した地震とその余震群です。以下に書くように、これから日日毎の地震数を勘定せねばなりませんから、7月20日の地震の余震を含まぬよう矩形ABCDは設定されています。
(図3:矩形ABCD内の地震についてその深さ分布を辺AD)からの距離でしまして居る。深さ分布が一見真横に線状に分布するのは、震源計算精度の限界によるもので、実際に水平に分布するわけではありません。二回クリックで拡大)
いわき170716_0802dd


 この図はこれまでもたびたび掲載してきたので、説明をしません。が、興味深い事は、地震活動は深さを増すにつれてばらつきが大きくなりますが、それでもAからB方向に浅くなっていることがわかります。発震機構解を勘案するなら、図中に書き込んだような岩塊の運動、すなわち西側(A側)が東側(B側)に対してずり落ちた(又は東側が隆起した正断層)と思えます。

(図4矩形ABCD内の地震についてその発生日を辺ADからの距離で示している。二回クリックで拡大)
いわき170716_0802dt

 図4もおなじみです。8月2日M5.7の地震前に、まさに局所的に地震活動が活発であったことが分かります。しかし、狭い領域に限っているので、地震活動の遷移などは顕著には認められません。

(図5:矩形ABCD内の地震についてその発生日ごとの地震の発生数、二回クリックで拡大)
いわき170716_0802hist無題

 さて、図5が今回記事のまさにハイライトです。件の領域、即ち図2の矩形領域ABCD内での一日毎の地震発生頻度です。8月7日の記事では僅か8日間と言う短い期間から推定を示しました。ところがその期間を17日間に広げると、その様相は大幅に異なるものとなりました。
 7月20日に活動のピークを迎えています。どうやら早川氏の観測する電波異常は7月20日前後ではなかったろうかと想像するのですが、手元にはそのデータはありません。早川氏のメルマガを購読して無いので、その詳細はわかりません。

 村井俊治氏の地震予想についても同様の考察をかって行いました。3月31日記事を参照してください 。その際の結論は、村井俊治氏の主張するプレスリップに対応すると思われる地震活動は認められ無いと言うものでした。その意味では現時点では早川氏の予測に軍配を挙げるべきかも知れません。

 図5を作成するのに思いのほか手間取ってしまいました。本日も終わりに近づいていますので、さらなる議論は次回に行います。
(つづく)

+++++二人の天武の奥方
 三十巻から成る日本書紀(実際はもう一巻あると続日本紀は書きますが)で二つの巻を一人の天皇の記事に充てている。それは天武天皇だけです。一つは巻二十八で、もっぱら西暦672年に始まったとされる「壬申の乱」とよばれる壮絶な内戦です。この内戦の主人公が天武天皇です。すでに詳しく天武天皇、および壬申の乱については論じてきたので(2013年5月10日記事以降十数回にわたる )、前回記事では、それを繰り返しませんでした。巻二十九は確かに天武Aです。しかし、天武Aが戦った「壬申の乱」は、まさに惨敗、多くの敗残兵が東国に逃散する仕儀となりました。しかし、巻二十八は天武Aの勝利と描きます。勿論そこには藤原不比等の政治的計算・思惑があります。

 天武天皇にAと Bが存在するならば、当然夫々の方には奥方が居ます。この奥方も日本書紀では〔持統天皇〕一人に重なっています。すでにこれも考察してきました。今回、再考察する予定でしたが、地震の話で手間取ってしまいました。次回にそれを書きます。
(つづく)

「天武は二人居た」と不比等が暗黙に語る証拠!、東京新聞一面

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:用水路の水、昨日は台風明けで濁っていましたが、今朝は一転、珍しいほどにすんでいます。今日こそは久しぶりにカワセミちゃんに会えるかなとカメラをしばし構えていたのですが現れませんでした。鴨の姿で涼感を味わうことにします


 うらやまし 水路すいすい 鴨およぐ 波紋をけたて 心地よげなり

 十年一日、この時期になると「暑いよ〜っ!」「暑いよ〜っ!」と大仰に騒ぎ立てる現ブログ管理人であります。そんな私の呻きをよそに一羽の鴨が気持ち良げに用水路を泳いでいます。規則的な波紋が奴の快適感をあらわしています。

 こんなに暑いのに当家の居候、食欲旺盛であります。
(写真:当家の居候カブトムシ・カップルのリンゴ食い散らかし痕。幸いにして里親が見つかりました。元気で暮らせよと背中をなでて別れました)
 林檎甲2790

 
+++++「天武は二人居た」を藤原不比等が暗黙に語りおる
 風土記は、麻續王が倭国王から何がしかの使命を託されて常陸国鹿島に派遣された、と書きます。それは、奈良盆地に拠点を構え虎視眈々と東国制覇を狙う「東夷征討軍」への軍事的対抗措置を構築することでした。その一つが行方馬8なめかたうま)と呼ばれる良馬を集めることであったろうと前回記事で書きました。しかし、良く考えてみると、軍事的対抗措置構築の指揮を取ることこそが主要な任務であったと考えるほうが分かり易い。

 そのように考えると上掲の風土記の△竜述が、実は麻績王の使命の一環であった、と分かります。即ちこの記述は単なる風景描写ではなく、戦線構築のための地理・地形の把握であったことが分かります。△諒言瓩虜埜紊某啓に言及しています。新治なる呼称は多くの時間経過後の東征軍によるものです。つまり時代が違います。風土記は八世紀前半に編纂されていますからこうした時間の「意図的」混用は大いにありえることと思っています。

 少し脱線しますが、もう一つ、忘れないうちに付け加えておくことがあります:
%%%%%日本書紀巻二十九・天武四年紀四月の条より
天武天皇四年(六七五)夏四月甲戌朔戊寅(五日)。請僧尼二千四百余、而大設斎焉。
辛巳(八日)。勅。小錦上当摩公広麻呂。小錦下久努臣麻呂二人。勿使朝参。
壬午(九日)。詔曰。諸国貸税。自今以後。明察百姓。先知富貧。簡定三等。仍中戸以下応与貸。
癸未(十日)。遣小紫美濃王。小錦下佐伯連広足、祠風神于竜田立野。遣小錦中間人連大蓋。大山中曾禰連韓犬、祭大忌神於広瀬河曲。
丁亥(十四日)。小錦下久努臣麻呂坐対捍詔使。官位尽追。
庚寅(十七日)。詔諸国曰。自今以後。制諸漁猟者。莫造檻穽、及施機槍等之類。亦四月朔以後。九月三十日以前。莫置比満沙伎理梁。且莫食牛・馬・犬・猿・鶏之完。以外不在禁例。若有犯者罪之。
辛卯(十八日)。三位麻続王有罪。流于因播。一子流伊豆嶋。一子流血鹿嶋。
%%%%%

 上記文節には、大方の古代史学者同様、私も強い興味を抱き、本ブログでも繰り返しその解釈を試みてきました。
 その中には上記引用文の最下行「辛卯(十八日)」も含みます。万葉集二十四歌に誰が付したかは定かでありませんが「誰か」が、注を付したのです。その人物は、上記の記述の最下行こそ、万葉集二十四歌と同じ事件を叙事していると考えたわけです。

 所がその事件の発生日時を「天皇四年乙亥夏四月戊戌朔乙卯」と書いてしまったのです。
%%%%%万葉集巻一、二十四歌左注
"右案日本紀曰 天皇四年夏四月戊戌朔(四月一日)乙卯(十八日)三位麻續王有罪流于因幡 一子流伊豆嶋 一子流血鹿嶋也 是云配于伊勢國伊良虞嶋者 若疑後人縁歌辞而誤記乎"
%%%%%
 万葉集の左注でも、その事件は四月十八日に起きたことになっているのですが、その干支が違っているのです。天武天皇四月一日の干支は、上記日本書紀最上行に見るように「四月甲戌朔」であり「四月戊戌朔」ではありません。
 私は、この違いこそ、藤原不比等が天武紀を監修するに際して日本列島史に持ち込んだfabricationの名残に違いないと、当時の暦やらをいじくりまわすなどの考察をしてきました。残念ながら、現時点では色々な可能性があり確論とよべるものには達していません。が、史実に何がしかを持ち込むことで歴史野真実を隠蔽したことには変わりはないと確信しています。

 麻績王は東国の抵抗戦線構築のため東上する際に、重要な戦略基地と見なした一つが因播であったろうと思っています。それを上掲の常陸国風土記の△諒言瓩如峅質躪餔波」と書いています。多分この視察メモは藤原不比等の手にすることとなり、彼のfabricationの補強の材料として使われたのではなかろうか、と想像しています。

  さて、話を戻します。麻績王に東国鹿島への出張を命じたのは誰か?であります。「この任務を麻續王に課したのは、飛鳥浄御原大宮臨軒天皇です。この天皇は日本書紀巻二十八、二十九で語られる天武天皇であるとされています。飛鳥浄御原大宮は奈良盆地内にあったとされていますから、「おかしいではないか?」と、古代史学専門家からは冷笑・嘲笑されてしまいます。
奈良盆地に拠する権力者は、東国の軍事支配を目論む側であり、その権力者が東国の反奈良勢力を支援するとすれば奇妙な話です。

 この奇妙な議論を整合的に理解できる歴史の道筋があるのです。私は、かねてより、「日本書紀は人格の異なる二人の人物を合体させて一人の「天武天皇」をfabricateしている」、と書いて来ました。仮にその二人を天武A,天武Bで表記します。天武Aは九州に基盤を置く倭国王です。一方天武Bは奈良盆地に基盤を置く最高権力者です。日本書紀はこの天武Bの人物のプロフィールを露に書きません。が、この人物こそ、まずは壬申の乱で倭国を敗残に追いやり、いまや、東国の野蛮人(東夷)征伐と称して征討軍を送らんとしているのです。

 実は、日本列島近・現代史の総監督者であった藤原不比等はこの事実を大ッピラに明らかにしているのです。それは日本書紀で天武紀だけが二巻あることです。即ち巻二十八、巻二十九です。古代史研究者は巻二十八は壬申の乱を記録する文書であり、二十九は天武の治世を記録する紀であるから奇異なことではないと自らを納得させてきたのです。しかし、藤原不比等の「学者」としての本心は、二人の天武の存在を(直接表現ではないにせよ)後世に知らしめておきたかった。巻二十八は天武Aであり、巻二十九は天武A+天武Bであったのです。
 古代史研究者が精査すべきは日本書紀二十九の構造であろうと思っています。さすれば、天武Aと天武Bの峻別が可能となり、ひいては七世紀から八世紀前半の日本列島政治史の未知が開かれるのだろうと思っています。

 さて、常陸国風土記行方郡の条(上掲△諒言瓠砲暴颪れる「飛鳥浄御原」は、この天武Bの宮廷であると、大方の古代史研究者は疑いません。つまりそれは奈良にあると。わたくしは自らの文脈からそれを疑っていますが、あの異端の古代史研究者として知られる故古田武彦氏もわたくしとは異なり視点から「飛鳥浄御原」は九州にあったと主張しその場所も示しています。そもそも地名に「原」がつくだけで、それは九州にあるの可能性が高いのです。九州の地では「原」は「ハラ」とは音せず、「バル」と音します。

 飛鳥浄御原も「あすかきよみはら」ではなく「あすかきよみばる」であったと思われます。古田武彦氏は、自らの九州王朝説に従ってこの宮は小郡であろうと言います:
(図1: 小郡官衙遺跡が飛鳥浄御原であると古田氏は言います、二回クリックすると拡大できます)
飛鳥浄御原跡小郡無題

(つづく)

+++++今日の東京新聞
 話題満載であります。余りの暑さで、例年のように脳がとろけています。ので、論評は致しません。日米地位協定に言及した江藤所管大臣には仰天であります。安倍氏から疎まれた古参日銀審議委員の直言、そして2015年5月の国家戦略特区に関する今治でのヒアリング議事録です。安倍氏周辺の嘘が次々にばれてゆきます。

(図:東京新聞8月9日付朝刊一面、二回クリックすると拡大できます)
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 (関連動画菅氏の記者会見 菅官房長官))

8月2日の地震(再)

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:優雅に朝空を舞う白鷺です。h 白鷺
二時間余 倫敦市街を 徘徊す 無念 川内 三秒及ばず

 昨夜と言うべきか、今朝未明と言うべきかマラソンを安物のウイスキをチビリチビリと舐めながら観戦してしまいました。おかげで、本日は死人同然であります。7月3日記事で昔の「選挙開票速報」の話を書きました。TV観戦はまさにあの開票情況の実況を思わせました。今般の川内選手。必死の形相でのゴールインという大健闘にも関わらず三票(三秒)と言う僅差で当選圏内に入る事が出来ませんでした。レース終了後、係員が川内選手を車椅子の乗せてどこぞに連れてゆく映像が流れました。消耗度のすさまじさ思いました。

 通常であれば、土曜日・日曜日は次週のブログ記事のネタの整理で明け暮れます。計算を必要とする課題ではそのPCでのScilabプログラムを作成し、さらには気象庁のHPからデータを取り出し、しかるべく加工するなどの作業があります。老いぼれるとこの作業に時間がかかります。古代史関連では、その週の筋書き概要に沿った原文収拾と解読(文意)整理などでこれもそれなりに時間がかかります。ところが上に書いたような事情(TV観戦)から、その準備が捗りませんでした。オマケに睡眠不足から本日は”死人”状態です。

 賢明な読者におかれましては疾うに見抜いておられることと思いますが、本日のブログ記事への長々とした言い訳であります。上記の事情から古代史の話は休載させていただきます。

 (写真:里親募集中の甲虫に毎朝林檎の切れ端を与えているのですが、かなりの大食漢であることが分かりました。果汁のみでなく、果肉もかじり取っています。このかじりの後から連想したのがカオスでありました)
林檎2778


+++++早川氏の地震予測と背景の地震活動
 一昨日土曜日のネット記事で早川氏が8月2日午前2時の地震発生を予測していたとの記事をみました :

%%%%%茨城で地震続発…次はどこで起きるのか? 早川名誉教授、
関東から東北8日まで引き続き警戒を
2017年8月5日 17時12分
ZAKZAK(夕刊フジ)
茨城を震源とする不気味な地震が相次いでいる。3日の昼過ぎにもマグニチュード(M)4・5(推定)が発生し、2日から3日までにM4以上の地震が3度、最大震度4を2度も記録した。まだ地震は続くのか。起きるならどこなのか。地震予測の専門家は茨城を含む関東地方から東北にシグナルが出ていると警戒する。
 3日の地震は午後1時45分ごろ、茨城県南部、深さ約50キロを震源として発生。茨城、埼玉、千葉などで震度3を計測した。2日の2度の揺れを含めて立て続けの印象だ。
 日本地震予知学会の会長で電気通信大名誉教授の早川正士氏は、これらが起きる兆候を事前にキャッチ、自らが主宰する地震予測サイト『予知するアンテナ』(会員制)で発表していた。
 「南東北から関東地方にかけて揺れを感じる地震がありそうだったため、1日の時点で(『予知するアンテナ』に)情報を出した。茨城が最も揺れる兆候があったため、警戒が必要な地域として茨城を赤字で示していた」と話す。
 早川氏は、地震が起こる約1週間前、前兆現象として起きる地殻のヒビ割れに着目。このヒビが発生させる電磁波が地球上空の電離層に与える影響を分析し、発生場所と地域を割り出している=別項。
 1日発表の予測では8日までの間に茨城、千葉、福島、宮城にかけて、陸ならM5・0程度、海底の場合はM5・5程度とシミュレーション。発表翌日と翌々日、この予測通りに地震が発生した。
 ゾッとするほど当たるこの分析、次はどこで起きるのか。
 早川氏によると、先の茨城、千葉、福島、宮城は8日まで引き続き警戒が必要。このほか、「青森、岩手のあたりでも兆候が出ている。規模は陸ならM5・0程度、海底ならM5・5程度をみられる」(早川氏)。こちらはこの1週間が危ないという。備えだけはしっかりしておきたい。
 【早川氏の理論】地震が起こる約1週間前、前兆現象として地殻のヒビ割れが起こる。このヒビが電磁波を発生させ、地球上空の電離層に作用する。電離層は通常、上空60キロメートル〜800キロメートルに存在するが、電磁波の影響を受けると地上に数キロメートル近づく。地上から送信される電波は電離層ではね返り、再び地上で受信されるため、異常があった場合は、電波の送受信がいつもより短時間で行われることになる。各地の観測所で得られた結果から地震の震源地と発生時期を予測している。
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 早川氏は、いつものように地震前に震源域とその周辺で小クラック(ひびわれ)が生じ、その際に発せられる電磁波が真上の電離層を乱した。具体的には電離層を構成する荷電粒子の分布を変動をもたらした。早川氏らは、その変動を観測し、そこから直下の地震発生を予測したというシナリオを語っています。

 そこで、直下とされる場所での地震活動を気象庁公表データで見てみました。尚、8月2日記事では、いわき界隈の地震の特異性を考察していますので、参照願います。精細な地震活動情況が見えてきたので、近日中に再度議論します(本日は深夜のマラソン視聴のため未だに脳が覚醒していないため)
 (図1:2017年7月25日から8月2日地震直後までの東北日本の地震活動。黄色が8月2日麻2時のM5.7地震。データ源は気象庁 。m>0のみの地震)
170807いわき無題


 8月2日の地震は福島県いわき南西に蔓延る直角三角形状地震活動帯の西側縁で起きたことが分かります。その発震機構解も含めた詳細は本ブログ8月2日記事を参照してください。
(図2 8月2日記事掲載の図の再掲)
いわきメカニズム比較無題

マグニチュードが0からと言う小さい地震を含むため、その震源位置の精度には問題があるのかもしれません。が、興味深い様相が見えています。
 
(図3 上は矩形領域ABCD内の地震についてその深さとADからの距離の関係:下はその発生時刻とADからの距離の関係)
170807いわきAB無題

 図3の上(深さ分布)は、いわき直角三角形地震活動域は10km以浅に限定されている。これも興味深い事です。そこでの地殻内物理環境が電離層内の荷電粒子分布を変動させるほどの電位を生じしめるのか?物理プロセスを若手研究者には追跡して欲しいものです。
 図3の下は、時間経緯です。今般の地震については、7月25日以後ずっと活動が続いていることが分かります。気象庁のデータを7月25日以前にまで遡るならば何がしかの変化が認められるのかもしれません。いずれデータを追加します。

(図4:2017年7月25日から8月2日未明地震直後までの矩形ABCD内の地震発生頻度)
Hist2017 725- 8 2

 この図を見る限りでは7月30日およびその前後に地震発生頻度が大きくなっている。8月2日以前の7日間での地震発生頻度が平坦であるとして、図4の分布からカイ二乗分布値を算出すると207と言う大きな値になります。すなわち、7月30日を挟む3日間の地震活動は「活動が平坦」との仮定から大きくずれているということを示しています。この地震活動は8月2日の地震に先行する前兆的地震であったことは間違いないでしょう。さて問題は、この前兆活動が早川氏の観測と同期しているならばそれはそれで興味深い。どうなのでしょうか?

福田元首相怒る!!麻続王は流されたのか(2)

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:木の枝にたわわになるうつせの実(空蝉、蝉の抜け殻)、二回クリックで拡大)
うつせの実2775


 上の句:うつせの実 たわわになりて 暑い夏 
 下の句:オミのおおきみ 海で涼(りょう)とる

(オミごと!・・・・・と自画自賛する短連歌であります。解説はブログ本文を参照願います)

 さて、散歩の終盤、いつものカブトムシ街灯の下を通りました。かっては、路上、草むら、そして街路柱にカブトムシが群がっていたのですが、本年はどうやらどこぞの誰かが毎朝根こそぎ持っていってしまうようで、皆無です。と言うわけで、全く期待していなかったのですが、何と「大量拉致者」の目を逃れて側溝の雑草に身を潜めて恐怖に体を震わせているカブトムシを発見しました。直ちに救出することとしました(今回は拉致ではありません)。自宅に連れ帰り、リンゴとバナナでまずは飢えの問題を解決し、現在「里子」として引き取ってくれる里親を探しております。
(図、難民として保護された番のカブトムシ、二回クリックで拡大)
CIMG2776

 
+++++麻続王は流されたのか(2)
 表記の疑問への解答をさがすために、万葉集を再度、眺めます。大方の万葉集研究者は、流されたにせよ、派遣されたにせよ麻続王が行方の地に滞在したことについては否定的で、伊勢の対岸の伊良湖半島であろうと考えているようです。それは日本書紀二十九巻天武四年紀記事(西暦674年)が念頭にあるからでしょう。此の記事については,これまでもクドクドと考察してきましたが、近く、現時点での私の整理された古代史観に基づいて再度解読をします。

 考えの大筋は以下です:
 九州に本拠を置く倭国(日入国)の王の命令で麻続王は、「中津国」による、倭国・扶桑国への軍事行動に備える抗戦準備の一環として東国(扶桑国、又は日出国)に派遣されたのです。実際、後世「壬申の乱」と称される中津国の倭国への侵略がありました。私の解読に拠ればこの乱の舞台は、通説で語られる現在の滋賀県・奈良県のその一帯ではありません。舞台は九州であることが、万葉集などと併せての検討から明らかになります。
 九州の倭国を制圧後、引き続き東夷征討軍が組織され、東国に軍事攻勢をかけたことは、本ブログでも繰り返し書いて来ました。
(図1:常陸国風土記より、二回クリックで拡大)
170721行方3802無題

 私は此の麻続王の抗戦準備活動の具体的な活動が行方の地で良馬を得ることであったと考えています。図1の行方郡の条の文節,鉢△隆屬暴颪込まれた一節こそが麻続王の重大任務であったのだろうと考えています。そこには:
「飛鳥浄御原大宮臨軒天皇之世同郡大生里建部袁許呂命得此野馬献朝廷所謂行方之馬」

 飛鳥浄御原の大宮で統治に携わっていた天皇之世であった。行方郡の大生里の建部袁許呂命と言う人があり、此の地の馬を得て、朝廷に献じた。所謂(いわゆる)行方之馬である。
 
 麻続王は倭国での戦闘準備の一環としてこの行方之馬を集めるという任務を負って此の地に派遣されたのではなかろうか。そこで、此の視点から二十三歌を読み直して見ます。先入感を排除するために題詞、および訓読、仮名を全て除き原文のみ残します。
 01/0023(巻一、二十三歌)
"打麻乎 麻續王 白水郎有哉 射等篭荷四間乃 珠藻苅麻須",
 「打麻」を後に続く「麻續王」の「麻」の〔枕詞〕であるとして、通常は冒頭の三文字は読み飛ばされてしまいます。これは古代文学研究者が犯してきた「重大な誤り」です。例えば「青丹吉」(あおによし)は〔奈良〕の枕詞であるとして読み飛ばしてしまうが故に、万葉集十七歌の誤読解に導いてきたことを2009年7月29日記事で書きました。

 「打」は「ブヅ、又はブス」と訓むのです。これは古代ペルシヤ語の「駿馬」を意味します。似た使用法が万葉集三歌の「取撫賜』(トリブシ)です(2013年12月16日記事)。次の「麻」は「マ」と訓します。実は、これは「馬」なのです。万葉集にはこうした言葉を巧みに操ることによる「表現」の遊びが多いのです。二十三歌の一つ前の二十二歌にはそれが明瞭に認められます(2009年8月7日記事、後述)。
「打麻乎 麻續王」とは
「馬、馬、馬と良馬を求めて来たのではないですか!麻續王さんよ!」
とまずは詠ったのです。
 ところが、この麻續王さんはなんと
「白い海人の衣装に身を包んでしまった」そして
「射等篭」(竹又は蔓でくんだ矢来の籠)を荷なって「荷四間」(かしま)の海で珠藻を刈り取っています。「荷」と言う字に「荷う」と「カシマ」の「カ」の両方を掛けているのです。見事な言葉遣い、その伝統が「落語」で生き続けているのです。蛇足ですが、「射等篭荷四間乃」を古代文学研究者は「伊良湖のしまの」と訓氏、「荷」を「の」と音させることで此の歌の面白みを消し去ってしまいます。さらには此の歌の詠み手は「麻」を三通りに使うことで聴き手の興趣を高めているのですが、学者さんは歌意に囚われ、そうした面白みにも目が向かないのです。

 麻續王は勿論任務を忘れてはいません。しかし、余りにも暑い夏。海人に混じって水遊びをしたくなったのです。お付きの人がその姿を微笑ましく詠ったのだと思います。季節は暑い夏真っ盛り。それが、次の二十四歌で分かります。

01/0024(巻一二十四歌)
"空蝉之 命乎惜美 浪尓所濕 伊良虞能嶋之 玉藻苅食",
 
 冒頭に「空蝉」が登場します。まさに常陸国の今の光景、即ち暑い夏真っ盛りです。
せみは空蝉(蝉の衣)を惜しみつつも脱ぎ捨てて新たな命を生きる(本日記事の冒頭の写真と歌参照されたい)。私も波に濡れてしまった白い海人(あま)の衣装を脱ぎ、本来の任務に戻るべく馬に鞍を置く(伊良虞=yaragh:古代ペルシア語、馬具をかける)。今摘んだ玉藻を口にしながら。

 中津国からの侵略が予想される政治環境下、その防衛戦の準備でまずは重要な良馬を求めてやってきた、鹿島の地。緊張感の中で、一時の安らぎ(万葉集巻一の二十三歌)と新たな決意(万葉集巻一の二十四歌)を詠ったのであると解読しました。

 実は、此の歌の背後にある麻續王の「つらい気持ち」にまで私の想像は及んでいます。それを次回書きます。
 ところで、この任務を麻續王に課したのは、飛鳥浄御原大宮臨軒天皇です。この天皇は日本書紀巻二十八、二十九で語られる天武天皇であるとされています。飛鳥浄御原大宮は奈良盆地内にあったとされていますから、「おかしいではないか?」と、古代史学専門家からは冷笑・嘲笑されてしまいます。所が、さにあらずなのです。次回はこの話にも触れます。

(つづく)

%%%%%モリそば事件、籠池氏の逮捕
 フリーのジャーナリストである古川氏が福田康夫元総理大臣の憤激を紹介しています。さらには、誰しもが「えっ!!」と驚く籠池夫妻の詐欺容疑での逮捕をにも怒りを露にしています。
%%%%%古川利明氏ブログより
(記事:福田元首相の言、二回クリックで拡大)
福田2773

#で、今朝(=8・3)の東京シンブンに、共同電だが、ナイカク改造にぶつけるカタチで、元総理ダイジンの福田康夫が顔出しで喋っておってだな、猛烈、熾烈な「アベ批判」をブチ上げておったな。曰く、森友&加計学園ジケンでは、「省庁の中堅以上の幹部は、皆、官邸を見て仕事をしている。恥ずかしく、国家の破綻が近づいている」として、14年に発足させた「ナイカク人事局」を槍玉に挙げて、「政治家が人事をやってはいけない。アベ内閣最大の失政だ」とブッタ斬っておったな。
 さらに曰く、コレまで「アベ1強」なるものが続いてきた理由について、「(自民トウ内に)競争相手がいなかっただけだ。(脅かすような)野党もいないし、非常に恵まれている状況だ」と、言う言う。それで、今日のナイカク改造だが、目玉は総務ダイジンの野田聖子と、外務ダイジンの河野タロウか。特に野田はここんところ冷や飯を食わされ、ブスブスと燻っておったんで、今後、「石破茂と結託」して、アベ包囲網へと暴走せんよう、釘を刺したわな。
 福田からしてみると、「アベの1回目の登板」で、途中投げ出し、「貧乏クジ引いて」、後釜に座ることになったんだわな。しかし、07年の参院センキョでの自民惨敗による「ねじれ出現」で、コクタイで苦労させられたんで、無論、清和会では自分の方が全然、キャリアが上ってのもあるが、「それ」もあると思う。石破の憤りの根源も全く同じで、「自民下野」の最大要因をこしらえたA級戦犯はアベなんだが、その民主党セー権下で、石破は政調会ちょーとして、地方をドサ回りして、アタマ下げマクっておったんだよな。「それ」があったからこそ、セー権復帰につながる12年総センキョでの勝利があったんだわな。ところが、美味しいところは全部、アベが持って行ってだな、「用済みになったら、あとはポイ」なんだから、ホンマにハラワタが煮えクリ返っておるよなあ(笑)

(記事:籠池夫妻逮捕、、二回クリックで拡大)
籠池2755

 #んで、今朝(=8・3)の朝日に、森友学園ジケンの本筋である、評価額9億円超の国有地のタダ同然の払い下げの背任罪について、「ケンサツ幹部のハナシ」として、「立件がムズカシイ」っていう、「あーでも、こうでもない」っていう、ま、愚痴だわなあ。出ておったな。
 ただ、今回の記事で何が読み取れるかと言うとだな、ゲンバのレベルでは、この背任ジケンをヤリてえんだよな。ましてや、コクミンの疑念が有りマクって、今や噴出寸前っていう、この世論状況も、わかっておるかかな。要するに「上」っていうのは、具体的には、検事総ちょーの西川克行以下、垢レンガのジム次官の黒川弘務、刑事局ちょーの林真琴、官房ちょーの辻裕教と、この最中枢のラインがアベ官邸の意向を忖度してだな、潰しにかかっておるからな。
 だから、背任罪の構成要件である「任務に背き、故意に損害を与えようとした」っていう、この「故意」の立証が大変だってことで、「うまくやれば出世できる」「失敗すれば左遷」「本省からのプレッシャーがあって、断ればクビが飛ぶ」はOKだが、「ソーリが喜ぶ」「訴訟リスクの回避のため」だとNGってことで、愚痴っとるんだよな。でも、こんなもん、そんなややこしく捉えんでもだな、「評価額9億円超の国有地が、タダ同然で払い下げになる」なんて、マトモに考えて、あり得るかよ? 当事者の籠池泰典だって、「神風が吹いた!」と、腰を抜かさんばかりにぶっタマげておったんだよな。
 常識的に考えてもだな、「1〜2割引き」だったら、「ソーリが喜ぶ」っていう忖度も十分あり得るわな。でも、半額や3分の1のディスカウントどころでのうて、「実質ゼロ円」だぞ。これだけの措置は、元大蔵キャリアで元同ダイジンの藤井裕久のオッサンが赤旗日曜版で顔出しで喋っておったように、「本省の了解案件」で、局チョウ以上の決裁を必要とする事案だからな。だから、出先の近畿財務局のレベルで判断できるハナシぢゃねんだ。
 だから、こんなもん、今回の背任ジケンの主犯は、当時の大蔵ショウ理財局ちょーで、現・酷税庁ちょー官の「佐川宣寿のおやぢ」だなんて、そのへんの小学生だってわかる。そして、この佐川に指示しておるアベだ。この2人の身柄を取らなアカンわけや。しかし、マトモに捜査のメスを斬り込んだら、セー権が、即、ピャーッとフッ飛ぶからな。仮にアベを見逃して、佐川に立件を絞っても、アベは即、退陣だからな。垢レンガにしてみりゃ、あの凶暴罪ホウアンを強姦サイケツして貰った手前、そんなデキるワケねえからな。だから、どうでもエエ、補助金受給サギでお茶を濁してだな、「籠池の野郎、我らがアベ総理ダイジン様の顔に泥を塗りやがって、懲らしめてやる!」と、モンダイの所在をスリカエてだな、見せしめ的に生贄にするしか、ねえんだよなあ(笑)
 
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 籠池夫妻の「詐欺罪」逮捕について、郷原氏が論じています:
検察はなぜ”常識外れの籠池夫妻逮捕”に至ったのか

8月2日早朝の二つの地震、風土記が書く麻績王、板垣情報

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:先日、近くの集落脇の雑木から拉致してきた番(つがい)のカブト虫。愛着が湧き、故郷へ帰すのを一日伸ばしにしてしまいました。しかし、当家で命を落とさせたのでは、余りにも酷かろうと今朝拉致地点に戻してきました。 )


拉致カブト 生まれ故郷に 帰還せり 椚(くぬぎ)に上りて 飛翔せるなり

 当家滞在中の奴らの活動を大いに楽しみました。ブーンと羽音がするので、覗くといつの間にかダンボールから脱出し窓のスダレに止まっています。おとなしいと思い覗くとリンゴの欠片にしがみ付いています。ダンボール内でガサゴソ動き回るのは夜中二時ごろ。愛しい奴等でした。
 椚(くぬぎ)の木に戻してやるとしばらく根元を這いずっていました(上の動画)が、やおら木に登り、そこから飛び立ちました。突然のことで、レンズを向けるひまなし。何と私に向かって飛んで来たんであります。「よ〜〜くも、このワイらを拉致しやがったな〜〜っ!!」との怒りが篭っているかのごとくでありました。払いのけて地面に叩き落したのでは、故郷に戻した意味がなくなります。辛うじて体をかわしました。奴さん、そのまま私の背後の雑木に飛び去りました。

+++++8月2日早朝、茨城を揺さぶった二発の地震
 早朝二時、当家はかなり大きく地震で揺さぶられました。こりゃでかいと思ったのですが、しばらくして揺れが収まったので、布団から飛び出すことはありませんでした。枕もとのダンボールに住む甲虫の番(つがい)がしばらくごそごそと騒ぎまわっているのを耳にした程度でした。朝六時前、その甲虫を拉致被害家族の元に帰し(と言っても、そこでご家族を見つけたわけではありませんが)、まずはhinet情報の確認です。

(図1:Hinetによる震源情報、http://www.hinet.bosai.go.jp/とこの地域の顕著地震の発震機構(メカニズム)解との比較、拡大は図を二回クリック)
 いわきメカニズム比較無題

 今般午前二時の地震は直角三角形状地震活動ゾーンの西側の南北縁上に起きています。とするならば、この地震の発震機構解は張力軸(図でTで表示される)は北東ー南西の方向に向くはずです。ところが、Hinetの情報に随えば、それは北西―南東です。こうした知識によるならば上図左の発震機構図は妙です(3月8日記事参照)。

そこで、気象庁速報ペイジを見ます。 案の定、Hinet情報は速報であるが故に間違っていたと思われます。
(図2:気象庁による発震機構解)
17080202無題


 と言うわけで、疑惑は解けました。しばしのんびりとインタネットをいじくり回していました。突如、朝7時15分ごろ、下からズンと突き上げる衝動があり、ほど無く我が身体は大きく揺さぶられました。ついにチバラギ地震!が来たのかと思い、Hinetでこの地震の詳報を待ちました。しかし、この地震は「チバラギ地震」帯の西側、典型的なフィリッピン海プレートの潜り込みを体現する地震であったようです。
(図3:2017年8月2日午前7時15分ごろの地震)
17080207hinet無題

 そういえば、ずいぶんと長く東日本の地震活動を眺めていません。詳しい論考はさておいて、その概要を以下に掲載しておきます。
(図4:東北日本の地震活動。左:2013年1月1日から2017年8月2日までの地震活動;右同2017年1月1日から2017年8月2日まで。但しMw>7.5(黒)、>6.5(赤)、>5.5(青)、それ以外は>4.5。、拡大は図を二回クリック)
seis13-17NEJap


 2013年1月1日から今日までの東北日本の地震活動を図4の左に示しています。2013年1月1日はHinetサービスが開始された年です(地学的に特別の意味はありません)。一方右は本年だけの東北日本の地震活動です。今般、茨城を揺さぶった地震が表示されています。この期間設定にも特別な地学的意味はありませんが、図の、a,b,c,dで示された領域での低い地震活動は、要注意と言うことなのかも知れません。
 
+++++麻績王の話
 これから考察する麻績王についてはこれまでも幾度か論じてきました。その都度新しい発見があったにもかかわらず、未消化、というのか咀嚼しきっていない残滓のようなものがあります。今回の考察でもすっきり感は期待できるのか定かでは無いのですが、せめて新しい発見を付け加える次へ接近できることを願っている次第です(例えば2015年9月23日記事)。
 多くの事柄が未解決です。まずは「麻績王」と言う名前です。そもそもの原典である万葉集では「麻續」(「続」の旧体字、ゾク、ショク)です。「おみ」の王と称されるが、それは何故か?「續」が時間経過の中で「績」に変化したとすれば「績」は「ツム、ツミ」と訓することに由来するのか?そもそもこの王は何者か?罪人であるのか?潮来に来たのは何時なのか?潮来の利根川を挟んで千葉県には「安喰』(あじき)と言う地があります。この由来が「あしょく(喰)」にあるとすれば、まさに「オミ」ではなく「アショク」であったのではないか?等々です(  2017年4月26日記事 )。
(図5:常陸国風土記行方郡の条)
170721行方3802無題


 そうした、いまだ整理されていない疑問点を沢山抱えて、常陸国風土記行方郡の条を読むことになります。東夷征討軍は玉造での夜刀(ヤズド)軍との激戦を制した後、板来(潮来)に達します。この地から本陣のある香島への軍事攻勢を仕掛けるべく北浦の渡河を計画していたかも知れません。しかし、潮来近辺でも大変な苦戦を強いられます。それは後述するとして、風土記は麻績王の事件を語ります。

 それが上図J言瓩遼粗です。それによればこの王は「遣麻績」とあります。風土記の執筆者は「麻績王は罪を犯して流されたのではなく、常陸の国に遣わされた」と認識しているようであります。後述しますが、日本書紀の書きっぷりとは違っています。そこで、これを詠(うた)った万葉集をまずは眺めてみることにします。何故なら、万葉集こそは真実を叙事しているからです。:
%%%%%万葉集巻一、二十三、二十四歌
01/0023,"麻續王流於伊勢國伊良虞嶋之時人哀傷作歌",
"打麻乎 麻續王 白水郎有哉 射等篭荷四間乃 珠藻苅麻須",
"打ち麻を麻続の王海人なれや伊良虞の島の玉藻刈ります",
"うちそを をみのおほきみ あまなれや いらごのしまの たまもかります",


01/0024,"(麻續王流於伊勢國伊良虞嶋之時人哀傷作歌)麻續王聞之感傷和歌",
"空蝉之 命乎惜美 浪尓所濕 伊良虞能嶋之 玉藻苅食",
"うつせみの命を惜しみ波に濡れ伊良虞の島の玉藻刈り食す",
"うつせみの いのちををしみ なみにぬれ いらごのしまの たまもかりをす",

"右案日本紀曰 天皇四年乙亥夏四月戊戌朔乙卯三位麻續王有罪流于因幡 一子流伊豆嶋 一子流血鹿嶋也 是云配于伊勢國伊良虞嶋者 若疑後人縁歌辞而誤記乎"
%%%%%
 この歌の解読者に大きな先入感を与えているのが冒頭の題詞:
"麻續王流於伊勢國伊良虞嶋之時人哀傷作歌"
です。
 即ち「麻續王が伊勢國にある伊良虞嶋に流された際に、当時の人たちが王の境遇を哀み傷んで作った歌」である。との言に強く惑わされるのです。それによって歌の解釈の道筋が定められてしまうのです。万葉集の題詞が時の権力者或いはその近辺にいる人たちによって付された「解説」であることを本ブログではしばしば指摘してきました。実際、先日逝去された詩人の大岡信氏も、「万葉集」(大岡信著、岩波書店。1996年)で題詞と詠まれる歌の関係にしばしば疑問を呈しています。

 ところが、この題詞について多くの人が疑わない理由、それは、日本書紀巻二十九・天武四年紀に挙行された大斎事に関連付けた記事の一部を構成しているからです。そのことを二十四歌に付された左注が書いています:
 "右案日本紀曰 天皇四年乙亥夏四月戊戌朔乙卯三位麻續王有罪流于因幡 一子流伊豆嶋 一子流血鹿嶋也 是云配于伊勢國伊良虞嶋者 若疑後人縁歌辞而誤記乎"
 文意は
"右の歌は日本紀が書く以下の出来事である。日本紀によれば“ 天皇四年乙亥夏四月戊戌朔乙卯に三位の地位にあった麻續王への有罪が認められ于因幡に流され、 一子は伊豆嶋にそして 一子は血鹿嶋に流された也。 是を伝えるに、配于伊勢國の伊良虞嶋者とは 若干疑いがあり後人が縁歌辞を誤記したとも考えられる"。

 万葉集二十四歌に付された「左注』が日本書紀巻二十九天武四年紀(日本書紀編年に拠れば西暦676年)四月の記事と、ほぼ同じであるけれどもその干支が異なっていることが知られています( 2015年10月28日 )。それは、措いておくとしても、この記事に基づいて万葉集二十三歌の題詞があることは確かと思われます。

 ところが、常陸国風土記行方郡の条は、麻績王は、何がしかの使命を帯びてこの地に遣わされ、滞在したと書くのです。いずれ書きますが、麻績王の「流罪」に関する日本書紀記事が天武四年の出来事であるのか否かも検討の余地があることが分かっています。
前回も書きましたが、日本書紀巻二十九は、編纂の監督者である藤原不比等が生きた時代とその直前の時代です。歴史改竄が大いに疑われる巻です。というわけで、風土記のシナリオを次回検討してみます。
(つづく)

+++++安倍内閣は終焉するのか?
 安倍氏の延命策を政治評論家の田原総一郎氏が授けたと8月2日付の日刊ゲンダイ紙 が報じています。その秘策とは、電撃的平壌訪問だそうです。その真偽を私は知るよしもありません。私にはいつもの板垣情報に強い関心があります。
%%%%%大阪地検特捜部の捜査の手が安倍晋三首相と妻の昭恵夫人にも伸び、「第3次改造内閣」は、短命に終わる可能性が大だ(
板垣 英憲)
2017年08月02日 板垣 英憲(いたがき えいけん)「マスコミに出ない政治経済の裏話」
〔特別情報1〕
 安倍晋三首相は8月3日、自民党役員人事・内閣改造を行う。また、8月下旬に予定していた訪米日程をキャンセルしたという。「内閣改造」と「訪米日程キャンセル」との脈略から、「安倍晋三首相は、8月20日から9月上旬に衆院解散・総選挙を断行するのではないか」という憶測が、国会周辺を駆けめぐっている。大阪地検特捜部が、「森友学園」の前理事長・籠池泰典容疑者(64)と妻の諄子容疑者(60)を詐欺容疑で逮捕したのを受けて、安倍晋三首相と妻の昭恵夫人にも捜査の手が伸びる可能性があり、これを封じ込めるため、衆院解散・総選挙に打って出るとの見方もある。水面下では、自民党、民進党の重要閣僚経験者らが、小沢一郎代表を担ぎ上げ新党を結党する動きを進めているので、第3次安倍晋三第3次改造内閣は、短命に終わる可能性が、大になっている。
%%%%%

新生児体重増加とプレート厚さ、加計・真の黒幕

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
あっという間に一年の半分を過ぎ、残すところ本年も五ヶ月となってしまいました。
(写真:朝の散歩コース途上には三箇所、カブトムシの出没地があります。昨日朝、一つの秘密地をコッソリと訪ねました。居ましたね。奴さんたちも暑さは苦手なんですね。枯れ草の陰にもぐりこもうとしていました。)
甲虫2746


 夏盛り カブトムシやら 鍬形が 大樹の根元で 暑さしのげり

私はカブトムシ資源を守るため、他人様には彼らの生息地を口外せずに居りましたが(人に取られたくないためというのが正直な理由でありますが)、どうやら、他人様の知るところとなってしまったようです。三箇所の内の二箇所では、カブトムシの「カ」の字も見えないほどになっています。近くの街路灯(光の波長がカブトムシをそそるようであります)にへばりつくカブトムシに
「見つかるから街路灯にはつかまるな。カラスに突かれるから路上を這い回るな」
と、折に付け厳しく忠告していたのですが、それは子供達には伝わっていなかったようで、相変わらず親から受け継いだ地に姿を現すというわけです。どうやら、どこぞの誰かが、それを待ち構えていてごそっと捕まえてしまっているようです。
 写真の番(つがい)は、当家で二泊ほど滞在させようと思い、連れ帰り、リンゴやらバナナやらを供したのですが、“ふてって”います。昨晩早朝一時ごろです。いやー煩いのなんの。ダンボール箱の中でせっせと動き回っているんです。ガサゴソガサゴソと小一時間も騒いでいました。孫どもに見せたり触らせたりしたいと思っていますが、叶わぬようです。明日にでも故郷に返してやります。

+++++新生児の体重増加計測
 本年三月初旬に出生した男児の日々の体重測定データを閲覧する機会を得ました。このデータから真っ先に連想したことは、とある数理科学者の著書で紹介されている内田氏(京都大学農学部)の研究でした。内田氏は直径5cmほどの容器内で餌となる豆と一緒に番(つがい)の豆ゾウムシを飼育し、その繁殖の過程を丹念に追跡しました。容器内の豆ゾウムシの個体数を一定期間ごとに勘定し、その時間変化を調べその変化を報告しています。その時間変化の形状が、新生児の体重変化曲線と似ていると本ブログ管理人は考えたわけです。内田氏はその曲線形状を数理的に再現する微分方程式としてロジスティック方程式に近い表現にたどり着きました。

  本ブログ管理人は、いきなりロギスティックに行かずとも、まずは新生児体重変化曲線として以下の2つがどれだけ不具合であるかを調べました(5月8日記事)。
  ‖僚伝加率が日々一定である。変動は直線で表現され、その直線の傾き,a,が日々の体重増加量をあたえる(図1の左上。生後120日当たりまでは、かなり良く計測データの推移を再現しているように見えます);
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増加率はその時点での体重に比例するというプロセスです。Toは体重が2.7倍になるまでに要する日数ということになります。この過程は、生後40日ぐらいまでは中々良く、計測値を説明したのです。が、日々の経過にしたがって、明らかに計測値の系列から離れてきました(図1の右上◆法
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(図1:二つの体重・成長モデル。どうやら二つとも120日目あたりで破綻したようです。
 ↓△亘槓源仮函:日々の体重増加の頻度分布。100グラムを超えるケースは欠測のため、数日間の欠測で日々の増加が記録されていないので大きな体重増加値となる。ぁ体重増加とその時点での体重。データはばらついているが、大局的に見ると、体重増加量と体重には負の相関が認められる)
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 上図,如…樟の傾き31.4が現時点での平均的一日あたりの体重増加量です。◆扮上)で162.0とあるのは 体重が約2.8倍になるのに162日5ヶ月を要するという意味です。 は体重増加の頻度分布です。右端に250グラムに出現しています。これは計測データの欠測に拠るもので、10日間にわたる体重増加です。一日当りにすれば25グラムで、まあ平常量です。い和僚伝加とその時点での体重との相関を見ています。現時点ではその相関係数はー0.18と負値です。生後日数が経過しない時点では、明らかに正値であり、上に書いた過程と考えたのですが、その後、,硫當に遷り、いまやい硫當(後述)と言うわけです。

 サテ、話を急ぎすぎました。私の思考過程を簡単に振り返っておきます。
  そこで、いよいよ内田氏のプロセスの適合性を調べることとしました。その基本となる微分方程式とその解は以下で与えられます 、5月10日記事以降数回書きました:
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 上の式で第二項は体重増加率を抑制するという意味を持ちます。体重が大きくなりにつれて体重の増加スピードを小さくするのです。計測データから最適のTo,と を求めたいところですが、式が線形でないため、このままでは難しい。逆数を取ったり、いろいろと工夫すれども、今度は数値計算が旨く行きません。なので、Toを固定し、のみを求めようとしました。所がこれも難関でした。結局、読者の皆様には何食わぬ顔をしてこの難題は無かったことにして「知らぬ顔の半兵衛」と、長いことスルーしてきました。白状しますが、欠測値を数値処理でどのように扱うかなどの難題をクリアできなかったこと、ロジスティック式は既に書いたようにパラメータの選択が挙動に大きな影響を与えるなど、複雑な問題が山積していることを思い知らされたが為でありました。

 が、ずっと気にはしていたのです。計測値曲線は上に凸の二次曲線(中学校数学で習う)で表現できそうです。しかし、それは、単なる曲線当てはめであり、その背後の生物・物理プロセスを想像させません。いわゆるマクロ経済学手法とでも言うべきものです。これは面白くもなんとも無い。

 そこで、計測値曲線を眺めていて思いついたのが次の方程式です:
体重増加率が現時点での体重に反比例する、つまり△反慎佞硫當です。
 体重が時間経過の平方根に比例するという解です。
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 この場合には、以下の数値的プロセスに従って最適の定数、C,Dを得ることが出来ます。
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 そこで、上式を計測値時系列解析に適用します。
(図2:驚くほどの良い合致をみせています。赤丸は計測数値列、青の鎖線はシミュレーション数値列です。)
170729root2


 見事に、体重増加計測値変動が再現されています。良い一致に驚きました。この一致の背景にある生物・物理、或いは生物・数理学を考察するに当って、下記の事例は参照に値すると考えています。

 時間の平方根に比例する量としてよく知られているのが地球表面を覆う岩盤(いわゆるプレートとして知られている)の厚みとその生成からの年代との関係です。 太平洋プレートで言えば、東太平洋海嶺で地下から湧き上がるマントル物質によって作られるプレートは北西に進むにつれてその厚みを増します。出来立てのプレートは高温ですが、海嶺から遠ざかるに連れてその温度を失ってゆきます。そのときのプレートが持つ温度、プレート形成そのものであるその厚みは、プレート下のマントルの温度とのバランスから定まってくるという仮定です。
(図3: プレートの厚みと生成からの年代)
プレート厚み無題

 新生児の体重増加過程をプレートの厚み増加の筋書きになぞらえるとすれば、新生児の体内で進行する成長過程を具体的な物理プロセスとして描ける一助となるのか?興味深い事です。後日、考えてみたいと思います。図2と言う極めて良く合致する成長曲線を得たので、とりあえず、この話は一休みします。
(つづく)

+++++加計問題の真の黒幕は?

加計問題、「総理のご意向」を仕組んだ“真犯人”は誰か 〜恐るべき18歳の推理
投稿日: 2017年7月31日

 と、題して郷原信郎氏が、今般の加計問題の真犯人を論じています。尤もそれは、郷原氏自身の推理と言うよりは18歳の灘高(あの有名な東大理靴悗旅眇奮慘─忘潦慇古未箸里海箸任后 この高校生の推理が真実を指摘しているとすれば、その”真犯人“は、国家戦略特区WG(ワーキンググループ)と言うことになります。さしあたりはその座長の大阪大学名誉教授八田達夫氏です。この人物は、先の国会閉会中予算委員会での証言挙動を見る限りではさして大物とは思えません。とするなら、このWGの構成員、おなじみの竹中平蔵氏が真の黒幕と言うことになります(6月2日記事国家戦略特区WG議事録 )。竹中氏が今般の事件の設計図を引いたとするならば、そこには当然米国多国籍企業の深謀遠慮が働いていたことになります。まさに国際的経済陰謀のもとで日本国政が壟断されつつあったという大事件です。サテ、そうであれば、安倍氏を今般の大疑獄の首犯として断罪できるのか?

 国家戦略特区WGこそが首班であり、安倍首相を「まずは目に見える成果を』と急かした。とすると、現在大騒ぎして居るこの事件の様相は上っ面に過ぎない。即ち、「腹心の友」であるが故に「加計」氏を特別視したという極めて分かり易いがゆえに国民も怒るのは、ミーーチャンハーチャン的事件理解である、と。
 
 郷原氏の指摘で改めて認識したことが「規制撤廃」の乱暴さです。国民は一つ一つ吟味すべきと思っています。

%%%%%安倍自民党政権の指南役になってしまった森田実氏
2017-07-27 天木直人のブログ

 まず次の文書をお読みいただきたい。
 ・・・今は「安倍政権の危機」というより、「自民党の危機」だ。安倍首相は石破氏に協力を要請し、石破氏も素直に応じ、懐の深さを示すべきだ・・・「加計問題」などで、安倍首相や自民党に批判が集中している。この事態を甘く見てはいけない。石破氏は次期総裁選をにらみ、閣外に留まろうとするかもしれない。だが、そうした私利私欲を捨てて、愛党精神で「党の団結」に一役脱ごうとすれば、男の株が上がる。今は党内抗争をするタイミングではない。結束が重要だ・・・
 これは田崎史郎や橋本五郎などに代表される御用政治評論家の言葉ではない。
 日刊ゲンダイなどで安倍政権批判を繰り返す森田実氏がきのうの夕刊フジ(7月27日号)で語っている言葉である。
 実はそのとおりなのだ。
 政治に素人の私でもわかる。
 危機の時こそ結束が必要なのだ。
 蓮舫民進党は7月31日にも新執行部を明らかにするという。
 その結果いかんでは民進党の方が先に分裂するかもしれない。
 安倍自民党はそんな民進党と分裂を競い合っていてはいけないのだ。
 先に分裂した方が負ける。
 だから森田実氏の解説はもっともなのだ。
 しかし、このような意見を産経新聞の夕刊フジで語る森田実氏は、やはり変節したのだ。
 すっかり安倍自民党の指南役になってしまった。
 そして、それは取りも直さず自民党と連立政権を組む公明党・創価学会の考えに違いない(了)
%%%%%
 ヤレヤレですな。森田氏の晩節を悼むべきなのか、それとも元々権力の薄皮一枚にいた人物であるのか?

+++++ 別件トピックス
%%%%% 稲田氏辞任会見でも失言 今度は安倍首相の虚偽答弁に発展
辞任会見でも、またやらかした。稲田防衛相は記者から辞任を決めたタイミングを問われると、「かねてより総理と相談してきた。「そのつど自分の気持ちを伝えてきた」と答えた。
辞任の相談をしてきたのなら、安倍首相に「その原因」も説明しなければ不自然だ。稲田防衛相は日報問題を巡る監督責任を取って辞めるわけ だが、日報問題について安倍首相は、特別防衛監察の実施中であることを理由に「一切、報告を受けていない」と国会で繰り返し答弁してきた。
辞任を相談していたなら、安倍首相にも日報問題を詳細に説明したのではないか。だとすれば、安倍首相の国会答弁は虚偽にあたる――。 記者団がそう繰り返しても、稲田防衛相は目を泳がせながら「漠然と相談してきた」とゴマカし続けた。
%%%%%

 昨日早朝未明に北朝鮮が北海道渡島方向に着水するようなICBMを発射しました。この日の朝10時でした。突然〔ただ今より、弾道ミサイルを想定した住民避難訓練を行います〕と。有線放送ばかりではなく市の広報車までもが大音声で避難を呼びかけました。
 
(図:避難訓練ビラ)
空襲警報2748

 この避難訓練のまさに当日に金将軍様の発射があったので、もしかしたら事前に日本政府関係者は知っていたのかな、なぞと疑っています。何故なら上記のビラは二週間ほど前に各戸配布されていました。何回も書きますが、真の恐怖は原子力発電所への投下です。どうやら、この避難訓練は悪戯に国民への恐怖をあおるだけであるように思えます。政府は、原発の燃料を全部取り除くことこそ、がやるべきことです。

鹿島侵略直前, 獣医学部新設四条件、板垣(怪)情報

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:あぜ道の脇の藪に猫が潜んでいました。どうやら水田に浮かぶ鴨にちょっかいを出そうとしていたようです。いつもであれば猫を呼び寄せるところです。が、先日の五十代女性の悲運のニュースが頭をよぎり、撮影だけにとどめました 水田脇の猫


  鴨狙い 藪に潜めり 猫を見ゆ 蒸し暑き朝 汗を厭わず

 ダニによる深刻な疾病に関して警告を受けたのは二十年近く昔のカザフスタン滞在の折でした。昔の首都であるアルマアティは、北は十kmも行かないうちにジンギスカンが馬で疾走したのではなかろうかと想像させるような広大な草原です。一方、南は鬱蒼とした美しい森林です。この森林を散策する際には、1000人に一人と小さい確率といえども、脳炎を引き起こすダニがいるので注意するべし、長袖シャツと帽子を着用スベシと勧告されました。これが、どうやら今大騒ぎになっているダニであったようです。

 +++++常陸国風土記、鹿島侵略直前
 下に掲載した行方郡の条の中盤部分はカスミなる地名の謂れを語っています。そこで登場する大足日子なる天皇名が隋書倭国伝意登場する「倭国王姓阿毎字多利思比弧」と由来すると書きました。「大」は「王」であり、そして「足日子」は「多利思比弧」です。この名前を隋の皇帝に告げた。言葉を換えれば、この名前こそ倭国の首領の呼称であったことが分かります。さらには首領を隋国は「オウ」(大)と呼んだのです。倭国に戻った使節は「隋では首領をオウ」と呼ぶことを知り、それに「大」と言う字をあてた。それは「おおきい」という意味と関連づけたのでしょうか?当時の日本列島での言語を推理する手立てはあちこちに転がっています。

 既に書いたように(例えば、2015年6月3日記事 )。この「倭国王姓阿毎字多利思比弧」の呼称から、日本列島の新興宗教の中心に据えられる「天照大神」なる神がこしらえあげられたのです。この新興宗教の神は拵え挙げた張本人藤原不比等の思惑をはるかに超えてその後1200年余にわたり、日本国の宗教の首座をしめてきた。そしてこの神の復権こそが「日本会議」であり、「神道政治連盟」がしきりに主張するまさに論拠の無い日本史観です。
 (図1:常陸国風土記行方郡記載から)
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 上記の第三節(上図の)に話を進めます。下毛野国から常陸国に死境に侵入した東夷征討軍は、まずは後に「新治郡」と呼ばれる地を制覇します。戦闘に先立って常陸国の攻略は難攻することを覚悟した板のだと思います。「新治」との「雄叫び」には侵入軍の高揚した気分が込められているのです。
 そこから本陣鹿島には直ちには接近せず、その周囲の地を次々と攻略し、鹿島の最大・最強防衛線であった行方の地での大激戦です。此処を軍事制覇し、いよいよ鹿島です。しかし、それでもまだ、鹿島への突撃をせず、南の麻生、潮来の残党の征伐です。図2にも見るように潮来から鹿島への侵入は一見すると一足飛びで果たせそうです。しかし、守る鹿島がこの地に堅固な傍線を強いていたのです。そこで、征討軍は用心深く一旦北上し大生に出撃基地を構築するのです。
 (図2:玉造から潮来。潮来での残党征伐の後、いよいよ大生で鹿島突入のための出撃基地の構築にかかります。拡大は二回クリック)
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 潮来界隈での戦闘を語る前に、何故か風土記は麻績(おみ)王がこの地に居られたと書きます。それは、日本書紀によれは天武天皇四年四月の事件です。〔古代・生類憐れみの令〕としてしばしば歴史書に登場する事件です。日本列島の政治史・精神史を語る史書は二つから構成されていると書いて来ました。すなわち
神代紀から神功皇后紀(日本書紀で言えば、巻一〜巻九)まで;と
△修谿文紂米本書紀では巻十〜巻三十)
です。この構成は古事記も同じです(但し、古事記では推古紀(日本書紀巻二十二)で終わっている)。
 本ブログでは機会に応じてそのことを具体的事例を挙げながら書いて来ました。記紀が冒頭で「神」を語る。それが意味するところは、日本列島史では、最も新しい出来事、まさに藤原不比等の生きた現代の直近の出来事が「神」の創生であった、即ち宗教体系の構築であったのです。

 私がこのことに気づいたのが日本書紀巻二十九の検討時でありました。この巻は上図風土記本文の文節の冒頭に登場する飛鳥浄御原(あすかきよみはら)天皇の治世を語ります。この天皇には後年「天武天皇」なる漢風諡号が贈られることになります。
 その思考の詳細については2015年10月28日記事など を参照していただくことで、ここではその議論は繰り返さず、結論だけを書いておきます。この天武天皇なる人物は古事記に登場する「建御名方神の服従」の説話に重なっています。本ブログでは、日本書紀巻二十九を詳細に検討しています。この結論、即ち「天武=建御名方神」なる仮説は日本書紀巻三十(皇后とされる持統天皇の治世記)と併せ読むことで、確信に至りました(2013年7月29日記事。一例だけを挙げるならば 持統天皇には二つの幼名と二つの和風諡号があります。これについて長く不思議で、ずいぶんと文献を当りましたが、明確な解説に出会うことはありませんでした(2013年7月1日記事持統天皇考察 )。

 結局、分かったことは、日本書紀巻二十八と二十九に登場するのは二人の人物であったのです。その人物の一人は「建御名方神」であり、日本書紀では「大海人」(おおあま)と記載される人物でもあります。一方 持統天皇の夫としての天武天皇を日本書紀(藤原不比等)が語る際には、意図的に、二人の全く異なる人物を混在させているのです。ある時は「大海人」であり、ある時は幼名(和風諡号)不明である持統天皇の夫です。「大海人=建御名方神」は、九州の地にあって、九州の倭国を率いて「壬申の乱」を指揮した首領です。結局九州での乱は敗北に終わり、最後は長野県の諏訪に幽囚されたのです。これが古事記が書く“「建御名方神の服従」の説話”(岩波文庫「古事記」61頁)です。つまりこの幽囚事件は藤原不比等が権勢をふるった事件つまり現代史の大事件であったのです。

 その壬申の乱で九州の倭国を殲滅したのが和風諡号が不明な「天武天皇』と、後世呼ばれることになる人物と言うことになります。つまり日本書紀は(藤原不比等はと言っても良い)、諏訪に流した人物(奈良盆地の権力者)と諏訪に流された人物(倭国の首領)を同一人物であると書いているのです。こうすることで七世紀の後半の史実を隠蔽・捏造したのです。言葉を換えるならば、七世紀の後四半世紀にこそ日本列島の現代にまで持ち越された政治史・宗教史の原風景が潜んでいるはずです。が、それを語るadditionalな文献が無いのです。後世の学者・知識人による記紀解説は現存の記載の解釈にとどまり、そこの深奥を想像力を発揮して扉をこじ開けることはしません。だからこそ私のような素人の出番と言うことになります(コホンッ!!)。

 こうした背景、すなはち「麻績王」の説話は七世紀末の後四半世紀の出来事です。この事件を万葉集一巻の二十三・二十四歌が詠んでいます。この歌の解読も既に本ブログでは詳細になしてきましたが、新しい視点からこの歌を眺めることにします。
(つづく)

+++++加計問題
 今治市での加計学園岡山理科大学が平成18年度の獣医学部開設を前提として学生募集を公開していると日刊ゲンダイ紙が報じています。
%%%%%許認可待ちでも自信満々 加計学園“18年学生募集”の不可解 、2017年7月28日
 閉会中審査で安倍首相の“加計ありき”疑惑がさらに深まったにもかかわらず、加計学園は予定通りの獣医学部新設に相当な自信を持っているようだ。最終的な「許認可」がまだ出ていないのに、すっかり“開学前提”で学生募集にひた走っている。先週末には獣医学部が設置される岡山理科大学でオープンキャンパスを開催。しかし、そこでの学部の説明内容は首をかしげることばかりだった。
 25日の参院予算委員会で民進党・桜井充議員が、「おととい(23日)、岡山理科大学でオープンキャンパスが行われた」ことを明らかにしたが、日刊ゲンダイはそのオープンキャンパスのパンフレットを入手。表紙には〈2018年4月開設予定〉とハッキリと記されている。
 現在、獣医学部新設については、文科省の大学設置・学校法人審議会が認可を審査中。開設できるか否か結論が出るのは8月だ。さらに、国会では「計画を白紙にすべき」との議論まで出ている。そんな状況にもかかわらず、加計学園は堂々と学生を募集しているのだから不可解だ。
(以下 省略)
%%%%%
 ところで、前川氏が指摘する「獣医学部新設に関する4条件」とは以下です(
官邸のHPより、121頁)

獣医師養成系大学・学部の新設に関する検討
• 現在の提案主体による既存獣医師養成でない構想が具体化し、
• ライフサイエンスなどの獣医師が新たに対応すべき具体的需要が明らかになり、かつ、
• .既存の大学・学部では対応困難な場合には、
• .近年の獣医師需要動向も考慮しつつ、全国的見地から本年度内に検討を行う。

 上の四条件に照らして、加計学園・岡山理科大学が平成18年度新入学生募集要項に含める宣伝文には以下の文言があるとのことです(7月25日参議院委員会で桜井民主党議員が指摘)
(図:加計学園・岡山理科大学が平成18年度新入学生募集要項抜粋、拡大は二回クリック)
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農林水産省資料に拠れば、日本国での獣医師数の現況は以下の通りとのこと:
%%%%%『 国内飼育戸数の推移(日本国内) 』
●肉用牛
平成6年_________1,844戸数
平成26年_________575戸数
●乳用牛
平成6年__________476戸数
平成26年__________186戸数
●犬・猫飼育頭数
犬/平成16年___約1,200万頭
猫/平成16年___約1,000万頭
犬/平成26年____約990万頭
猫/平成26年____約990万頭
/農林水産省・資料
いずれも、獣医師数は増え続け・・・、
家畜飼養数は減り続けております。
「 現状、獣医師数は十二分に足りております 」
%%%%%
 加計学園岡山理科大学獣医学部の新設について上記四条件が満たされているのか?上の資料に拠っただけでも、逸れは極めていかがわしいと言うことが分かります。

例によって板垣情報を最後に付しておきます。近く安倍氏が首相の座を離れると予測していますが、どうなることやら:
%%%%%小沢一郎代表は、自民党、民進党の重要閣僚経験者らの「大きな神輿」に担がれて、「総理大臣」の座を射止める(板垣 英憲)
2017年07月28日 板垣 英憲(いたがき えいけん)「マスコミに出ない政治経済の裏話」
◆〔特別情報1〕
 小沢一郎代表にとって、好ましい政治状況が、急ピッチに生まれつつある。1つは、安倍晋三首相が、「贈収賄容疑」で東京地検特捜部の「捜査対象」になっている。2つ目は、南スーダンの「戦闘」(日報)を隠させて、「武力衝突」とウソ説明を強いた稲田朋美防衛相を「辞任」に負い込み、自ら窮地に追い込まれた。3つは、官房機密費、外交機密費の使い込みで、財政ピンチに立たされた。次に、民進党の蓮舫代表、野田佳彦幹事長が、東京都議会選挙で大敗、民進党支持率も低落したため、揃って「引責辞任」に追い込まれ、解党が必至となっている。小沢一郎代表はいま、自民党、民進党の重要閣僚経験者らによる「大きな神輿」に担がれて、いよいよ「総理大臣」の座を射止めようとしている。
%%%%

国会観戦記(プレイヤの評点付き)

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:このところ、当地の水田には鷺が集団で訪れてきます。何と昨朝はアオサギのカップルでありました。バレリーナの如く足を優雅に交互に踏み出し、水田を歩いていました170725アオサギ2722


 朝なれど ムシムシ高湿 汗まみれ されどアオサギ 優雅に歩ける

  じっとしていても水が体内から湧き出てきます。夏は嫌だ。今はその思いだけです。此れが冬になると、ころっと変心し「冬は勘弁」と言い出す。わが身は身勝手であること、自覚しております。 

+++++加計国会閉会中審査
 月曜に続き、昨・火曜日もTVの国会中継にかぶりつきました。なんと、二日間で10時間の長きにわたりTVの前に座っていたことになります。老い先短い私には、これが最後の〔面白い〕政治バトル観戦ではなかろうか、と思っています。なにせ、今般の事件は、安倍氏が主導する政治上の失政ではなく、日本国首相たる安倍首相自身が主役をつとめる大疑獄事件です。サッカー観戦とは違いビール片手にと言うわけにはいきませんでした(実は両日の午後は好物の煮干(にぼし)を肴にした缶ビールを傍に侍らせていました)。

%%%%%「2017年1月20日問題」
 アット驚くような新事実の発掘ネタの披露は無かったようであります。そうなると質問者の力量が問われることになります。昨今、落ち目といわれる民進党ですが、火曜日の蓮舫代表も含め質問に立った各氏は健闘していたと思います。「加計学園申請」を安倍氏が知ったのは本年1月20日である」との、明らかに嘘と分かる答弁を引き出した質問は天晴でした。しかし、この答弁は安倍氏が加計氏との無関係を主張したいがために思慮が行き届かず、咄嗟の思いつきで発してしまったのではなかったか?安倍氏のいわば「オウンゴール」というわけです。まあ疚しいところがあるが故の性急さが、安倍氏にとっては相当なダメージとなってしまった。
郷原弁護士がブログで鋭くえぐっています。
(図:1月20日問題、日刊ゲンダイより。二回クリックで拡大できます)
170725一月二十日3988

%%%%%安倍氏と加計氏との癒着
 さらには、最近二年間だけでも加計氏との別荘でのバーベキュ・ゴルフ・会食・クリスマスパーティ、などを重ねたとの一連の事実が、加計氏とのスナップ写真(一枚は「男共の悪巧み」なるキャプションつき写真、昭恵夫人撮影とのこと)も含め一気に明るみに出てしまった。国会「観戦」者の前に、安倍氏と加計理事長との親密な関係・癒着が晒された意義は大きかったと思っています。これをあれこれの弁明で取り繕うことは難しいでしょう。一昔前であれば安倍氏が、「印象操作だ!!」と喚き散らすことで事態の収拾を図れた案件であったかも逸れませんが、今回はそうはいきますまい。この癒着自身は贈収賄を直ちに連想させますから、検察捜査の対象となる重大案件と思っています。

 と、同時に、この癒着は2017年1月20日に加計の申請を始めて知ったとの主張が虚偽であることを示す有力な状況証拠です。安倍氏には当事者ですから、この大疑獄の主役として「1月20日・・・」を立証出来ないならば、即刑事犯ということになります。
(図:安倍:加計氏の癒着、日刊ゲンダイより、二回クリックで拡大できます)
170724国会加計3982


%%%%%高級官僚諸氏の記憶力問題
 翌火曜日は、文化・科学・教育関係の専門家であるインテリ医師の桜井氏です。首相官邸と今冶市との関係を、市側からの情報(これらの文書は先日突然非開示となった、7月17日記事東京新聞ネット )に基づいて丹念に追及しています。今治市が国家戦略特区に申請する直前の二〇一五年四月二日、特区担当の市課長が首相官邸を訪問した出張記録を元に、首相官邸で応接したとされる柳瀬秘書官(当時)への追及は誠に興味深いものでした。柳瀬氏は「そうした来訪者の応接をした記憶がない」を繰り返します。私はその回数を勘定していませんでしたが報道によれば二日間で十数回にものぼるとのこと。
【加計学園問題】 参議院予算委員会 閉会中審査 民進党 櫻井充 2017/07/25 

 経産省事務次官のポストを目の前にぶら下げられた柳瀬氏が「今治市課長に応接しました」などと証言することは無いであろうことは、視聴者たる国民は疾うに予測しています。むしろ将来を約束された高級官僚がこの追及を必死になって堪える、その様子をじっくりと観察したいのです。そこから柳瀬氏の「嘘を抱え込んだ苦衷」を見て取るわけです。改めて「加計ありき」に基づく事業者選定の背景を官僚に〔暴力的に〕押し付ける安倍氏の横暴を見ることができます。これは、今回のスキャンダル解明の鍵を握るとされる和泉首相補佐官も同様です。二十年ほど前、建設省の若手官僚として図抜けた才能が輝いていたのが和泉氏です。いまや和泉氏に輝いているのは「豊田暴言女史」のあの罵声(「xゲーッ!」)のみです。往年の氏の頭の切れ(輝き)を目撃した者としては一抹の寂しさがあります(5月31日記事)。

 柳瀬氏には、必ずしも自己の榮達のために「記憶」が薄れたわけではないという哀しさが漂っています。そこには「省益」が関わっており、経産省で後に続く官僚にいささかの不利益をもたらしてはいけない。又、経産省の所掌事項の縮小などの不利益に繋がってもいけない。柳瀬氏はまさに経産省をあの時点では背負っていたのです。

 こうした「記憶にない」、「記録にない」、「廃棄した」なる一連の証言は重いボディブロとして政府・官邸に利いてきます。結果として次の総選挙では自民党は大きくその支持を落とすことは間違い無いでしょう。国税庁長官への栄達をなした佐川前財務省理財局長も例外ではありますまい。氏は財務省の英雄かも知れない。しかし、あの証言は財務省への国民の信頼感を大きく失わせたことは確かです。このツケはいずれ同省に跳ね返るでしょう。

 この点で、私は文部科学省を見直しました。五十年以上も前の大昔、左翼系学生であった私はしばしばデモの一員として虎ノ門の文部省建物に押しかけシュプレヒコールを叫んだものです。2000年代初頭には、国立大学の独立行政法人化に反対する行動に加わり文科省行政を批判しました。勿論、その批判にはしかるべき根拠があり、その当時の危惧が現実のものとなりつつあります。その一つが、現在日本の科学にとって深刻な様相です。下の記事がそれを書いています。
(図:2017年6月15日付東京新聞記事より。記事では2004年ごろより日本の科学研究者の世界ベースでの活躍が後退しているとの現実を指摘している。二回クリックで拡大)
研究能力低下2517

 
 それはさておき、その文科省に前川喜平氏と言う逸物が居たのです。かっての経産省(当時は通商産業省)の佐橋滋氏が重なってきます。この人材を日本国が生かさないとすれば、それは大損失です。政治の世界で生かすとすれば、混迷の民進、狭量の共産は、使いこなせないでしょう。その力を発揮させられるのは自由党しかないかな、なぞと考えています。

%%%%%国会質疑雑感
 何故、安倍氏の答弁はまどろっこしいのか?「時間稼ぎの意図があるのかなぞと勘ぐっています。安倍氏の口癖をメモしてみました:
“まさにXXと言うわけでありましてですね”、“・・・・についてはですね、まさにxxxさせていただいたところでございます。”などなど。
〔まさに〕、「・・・ね」、「したところでございます」をやたらと文章の前やら文末に付することで答弁を長くするんです。
もっと簡潔に応えることが出来るはずですが、上のような修飾詞が本テキストの前後に長々と付される。結果として文意まで不明になります。安倍氏は政治家としては著しく「語彙」が不足しています。だから「印象操作」なぞと言う言い回しを覚えると「・カの一つ覚え」のように乱用するんですね。

 最後に、本ブログのタイトルを「観戦記」としたので、サッカーの試合観戦よろしくプレイヤの評点を以下にまとめて置きます。
民進党 7(合格点)
 「1月20日答弁」は安倍氏の稚拙な応答と言う偶然から出たいわば「瓢箪から駒」ではあるが、攻めの手掛かりを作った。又ネットなどでは安倍氏と加計氏の密着振りは流布されていたが、国会の審議の場でそれらの全体像を国民の前に明るみにした。さらには、柳瀬首相秘書官、和泉内閣補佐官など官僚の「記憶喪失」対応を国民の目の前に晒した。これらは、大いに評価されるべきである。民進党は優れた多くの論客を擁していることを知りました。だからこそ、昨今の党内混乱が惜しまれます。勤労者に寄り添うスタンスから乖離した現連合執行部とのしがらみを早急に断ち切り身辺をすっきりさせるべきだろう。その上で、来るべき総選挙での挽回を期して、今から野党共同戦線構築で中心的役割を果たすべきだ。

共産党 5.5(合格点)
プレー(質問)時間が限られた中で、どのようなパフォーマンスを為すか。これがこの党の宿命的課題。稲田問題について、任命権者たる首相自身の問題意識の浅薄さを白日に晒した小池質問は良質。衆議院に論客・人材が居ないことは深刻な問題。民主集中制なる狭量な縛りが党員の自由な発想を妨げている。そのツケが創造力の欠けた質問に現出している。今後は、深い知性・教養を備えた発想力豊かな論客を育成して欲しいところであるが、現体質ではそれは望むべくもない。せめてそうした人材を急ぎ発掘、擁立すべき。

自由党 6(合格点)
共産党と同じくフル出場が叶わぬ立場にいながら、インパクトのある質問を繰り出している。森氏、今回は出番が無かったが山本氏の熟慮を尽くした国会質疑はきわめて良質。こうした人材を抱えるこの党に国民有権者はもっと関心を寄せるべき。参考までに一月ほど昔の山本太郎氏の国会委員会質疑を以下に添付して置きます。
【山本太郎事務所編集】2017.4.18内閣委員会「岩盤規制にドリル!チョーお友達のために 

自公 2(不合格、本当は0点であるが、不憫な稲田ちゃんに免じて二点のアドヴァンテージ)
安倍首相と加戸氏に思いのたけを語らせるためのいわば幇間役に徹していた。それでも衆議院の小野寺氏はそれなりの論理構築を試みた形跡があった。が、参議院の青山氏の質問は国会の場での論戦の質を貶めた。つい先日までの安倍首相の言動に倣ったのか。加戸氏の口を通して前川氏への人格攻撃まで国会の場でするに至っては低劣の極みと言うしかないが、老齢の故か、国会の場で人格攻撃を厭わない加戸氏には呆れる。そんな人物までも動員する自民党のなりふり構わぬ浅ましさをしっかりと目撃した。
 捨てれば拾うメディアありで、“前川氏は想像のみで、有りもしないことを有ったかの如く語る”との青山氏の品格の無い質問を引用する産経新聞・読売新聞は、もはやメディアのプライドをかなぐり捨てているのだろう。
参考までに加戸氏の略歴を語るブログを紹介しておきます:
%%%%%
加戸氏の政治スタンスを以下の記事が書いています(抜粋)
この加戸の前川攻撃に対し、前川氏は次のように答えています。
<<まずは一昨日の加戸参考人による前川氏人格攻撃への前川氏の陳述
前川「これは誤解」
  「加戸さんは総理が直々選んだという話はした」
  「教育再生実行会議の場で加戸さんが獣医学部の話をした」
  「しかし総理に頼まれて加戸さんが言ったみたいなことは私は話してません」
  「加戸先輩なので嘘は言ってないと思います」
  「多分誤解があるのだとおもいます」
<<前川氏陳述終わり
と加戸の立場を思いやりながら否定をしています。つまり前川氏は、加戸の数十分にも及ぶ長い話をきっちり聞いてなおかつ、先輩に傷がつかないように否定したのです。ここでマスコミが加戸発言をカットした別の理由についてですが、加戸が「教育再生実行会議」のメンバーだったことを隠したかったからだと思うのです。
 
また加戸守行が日本会議のメンバーであることも隠しています。
170726加戸4026

また、この男がリクルート事件が取り沙汰された際、リクルート社からゴルフ接待を受けていたことなどから文科省官房長を辞職、辞職後は公立学校共済組合理事長に見事「天下り」を果たし、更迭されている。さらには続いて文科省が監督官庁であるJASRACに天下りし、在任3年で退職金含め1億円以上の報酬を得た。天下り利権に溺れる官僚の悪い見本のような人物であることも
見過ごしてはならないことです。
%%%%%加戸氏と言う人物紹介記事終わり

最後にいつもの板垣情報です。
2017年07月26日 板垣 英憲(いたがき えいけん)「マスコミに出ない政治経済の裏話」

%%%%%〔特別情報1〕
 「東京地検特捜部の贈収賄容疑捜査を恐れる」安倍晋三首相は7月24日の衆院予算委、25日の衆院予算委で、国家戦略特区を活用した加計学園の獣医学部新設計画の申請を知った時期について野党側に追及されて、「加計学園を事業者とすることを正式決定した今年1月20日」とこれまでの答弁と矛盾する答弁を初めてした。これは、「行政各部を指揮監督する職務権限」を有する総理大臣である安倍晋三首相が、「腹心の友」「タニマチ」である加計孝太郎理事長から頻繁に酒食の持てなしとゴルフ接待を受けて、「便宜供与」していたと「贈収賄罪」で逮捕されるのを恐れている証拠である。加計孝太郎理事長との交友関係が、いまや「迷惑」らしい。
%%%%%

夜刀神との戦い後、国会委員会は「モリ・カケ」疑惑を解明できるか!

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:蝉の“実”が桜の樹に生る時期となりました。もう少し日が経つと、この抜け殻の上に別の抜け殻が、というわけで、抜け殻の重層構造を形成します)
蝉2709


 蒸し暑き 汗にしみいる 蝉の声

 九州に続き、名古屋、そして秋田と次々に豪雨が襲っています。被災者の方々には心からのお見舞いを申し上げます。気象学のド素人ではありますが、昨今の気象災害は地球温暖化によるものであろうと考えています。この温暖化はCO2排出によって引き起こされたのか?それについては最近異論が声高に叫ばれています。直接の原因は海水面の温度上昇であるが、それはCO2の空気中の増加が原因ではないという主張です。説得力があります。そうなると先般のG20で論議されたパリ協定の地球環境視点からの意義は問い直さねばならないのかもしれません。ひいてはトランプ大統領の慧眼と言うべきかも知れません。  

+++++行方郡での攻防
(図:常陸国風土記行方郡の条より)
170721行方3802無題

に話を移す前にもう少し前回の話を補足して置きます:
%%%%%7月21日記事一部再掲 
 ,諒言瓩棒萠って、風土記は「向香島陸之駅道也」と、書きます。夜刀神一族との激戦を制した征討軍は、「さあ、いよいよ敵の本丸、香島へ」と、次の激戦を見据えて高揚した気分をまずは語ります。その戦闘激戦の地であった玉造の北に「香取神子之社」が在ると風土記は書きます。実際は、この戦闘の後に現在の利根川を南にまたいだ、現在の千葉県に 設営される香取神社のいわば出先を此処に置いたのです。それほどに、戦乱を制したといえども、この玉造の地は依然として要監視地であったのでしょう。
%%%%%再掲終わり

 古老が語るには「大足日子(おおたりしひこ)天皇が、かって下総(現在の千葉県)で印波(印旛)の岡で常陸国を眺めやった」と。「香澄」と言う地名の由来はそこから見た風景にあるというわけです。日本書紀は漢風諡号「景行」はこの天皇であると書きますが、景行天皇の東国への行幸は「美濃」までであり、更なる東国への進出は息子の倭建命に指示したことになっています。此れが有名な倭武命の長期間にわたる東国武勇譚です。
 大足彦(大足日子)天皇について少し考えておきます。この天皇の漢風諡号は上にも書いたように景行天皇です。この人物の名前は隋書倭国伝に登場する”阿毎多利思比弧(アメタリシヒコ)”と「音」が同一です。隋皇帝の近くで侍る書記官は倭の使節が発する「音声」をそのまま漢字表記に置き換えたのです。隋書で用いられた「表音」記法と言うことになります。

 時は西暦600年です。景行天皇の在位は日本書紀編年に従えば、西暦71年から141年とされています。古代史学研究者も流石にこの在位年を丸々信じきっているとは思えません。しかし、余りにも時代が違うので、景行天皇と阿毎多利思比弧が同一人物とは思いも拠らないのです。何故日本書紀編年に従うとこうした納得しがたい「時間系列」が生じてしまうのか?鍵は卑弥呼を神功皇后と暗黙に比定してしまうからです。

 日本書紀の巻一〜巻九(古事記の対応する記述も同じ)は日本列島政治・思想史を編纂するに当って書いた時点、即ち現代から遡って卑弥呼の時代に至った記述であると考えると、この「納得しがたい時間系列」のカラクリが見えてくるのです。私はこれを「記紀の原本」と考えています。

 そのように考えると、卑弥呼の時代から、武王(倭武尊)、大足彦(大足日子)を経て大規模な東夷征討軍事行動の首謀者祟神天皇にいたる史実が見えてきます。とりわけこの大規模な征討は東国の民からの深い恨みを買ったのです。祟神天皇に「たたり」が付きまとい太田田根子に祈祷させた背景でもあります。この祟神天皇の軍事行動は神武の東征でもあります。二段階の征討軍事行動であったのか、それは定かでありませんが、祟神天皇紀よ神武紀の記述が重なり合うことは歴史学者が指摘するところでもあります。その最終段階がまさに常陸国風土記の記載に垣間見えているのです。この後二やってくるのが日本列島の新しい宗教、即ち天照大神の「創造」なのです。

 このように考えると上記△能颪「古老」の話は、まさに伝えられる大足彦(大足日子)にまつわるエピソードではなかろうかと思っています。大足彦(大足日子)は利根川の南である下総国から常陸国を眺望した。と言うことは、この時点ではすでに北九州のしかるべき地(私は吉野ヶ里とかんがえています)に「宮」を構えており、そこから遣隋使を派遣していたのです。
 遣隋使を派遣して7年後の西暦607年、日本列島に強い関心を抱いた隋皇帝は視察団を派遣してきます。この視察団が遠く東に足を伸ばし奈良盆地内に〔漢語〕を話す一族が逼塞していることを掴みます。此処から、大陸勢の日本列島への干渉が始まります。

 危機意識を抱いた大足彦(大足日子)は父祖の地である東国の備えを固めるべく足を向けたのではなかろうか。古老の話は私をして色々な想像をさせます。

 ところで△蓮屬すみ」なる地名の由来を語るためでもあります。下世話な話ですが、当地茨城の大手スーパは「カスミ」です。私も筑波に長く住んだ折には大変お世話になりました。1980年代末に社長に就任したのが神林章夫氏です。この御仁は1960年代末の大学紛争の頃、東京大学の助手のポストにあり、一方で、全共闘系運動へのシンパシを公言していた方と記憶します。その後、信州大学の学部長を経て、この茨城県の企業チェーンを統括する立場についたことを知ったときには大変に驚きました。

 脱線から本筋に戻ります。常陸国風土記行方郡の語り手は、玉造での夜刀軍との激戦の後その南に広がる麻生の地を語ります。麻生の地名の由来は、これから語る麻続王(おみのおう)の麻に由来すると考えています。私は2月17日 の記事で書いたようにゾロアスタ教の集団の居留地「ヤズド」の信仰を支えた「麻多智」(学者研究者はこれを「マダチ」と読むが、これは明らかに「アダチ」)に由来すると考えるべきです。彼らが玉造での激戦で反征討軍を支えたのだと思います。しかし、その激戦は敗北に終わり、玉造の南の地はいわば政治的には静穏の地となってしまったのです。

 征討軍は直ちに北浦を挟んで向こう岸にある扶桑国の本陣鹿島に対峙できる大生には向かわなかったのです。それは当然です。鹿島との戦に際して、南側からの攻撃、即ち常陸川(現在の利根川)周囲に居る夜刀軍残党が側方から攻撃を仕掛けてくる可能性を潰しておきたかったのです。かくしてまずは、「香澄」、「板来」(いたく、 現在の潮来)の残党殲滅をすることになります。
(つづく)
 
+++++「モリ」「カケ」大疑獄事件
 このようなオドロオドロしいタイトルを掲げたのには理由があります。1990年代末、公務員の綱紀に関わる幾つかのスキャンダルが露呈し、勤務規則として物品発注などを伴う企業関係者との会食、ゴルフなどの遊興をしないことが定められています。確か500円程度のコフィーは許容範囲か否かナドのどうでもよい議論までありました。
 本日の閉会中予算委員会で公務員の範たるべきトップにある安倍首相自らがその規則をおおっぴらに破っており、それについて全く意に介していなかったことが民進党議員の質問から明らかになりました。こうなると7月17日に紹介した田中真紀子氏の鋭い指摘の信憑性がますます高まったというべきです。すなわち、「お友達だから特別に計らった」ではとどまらないその先があるのです。その先とは「特別のはからの見返りがあった」に違いないのです。「越後屋と悪代官」の関係そのものです。これはまさに重大な収賄疑惑であり、それは即刑事事件です。
 本日は朝から夕方までTVに噛り付くこととなりました。改めて判明したこと、それは、安倍氏があくまでも自らが犯した刑事犯罪に、しらを切ろうとしている醜い姿でした。自公、そして維新の三名の議員はもっぱら安倍氏に語らせ、足りないところを加戸前愛媛県知事に語らせることで強弁したと言う構図でした。
 自公側は、それなりに問答を想定した論陣構築をした形跡があります。が、どうやらそれは成功しなかったようです。明日の参議院での議論を併せて後日、私の考えをまとめたいと思っています。

 読売新聞とならんで一貫して安倍氏を擁護してきた産経新聞、その傘下にあるフジTVが以下の報道をするに至っています
%%%%%【衆院予算委】加戸氏が爆弾発言「正攻法ではムリなので通用門から入った形」加計「どちらが説得力があるか」前川氏52・2%、加戸氏23・5%(フジ産経) 
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 7月14日記事 で、メディアに登場するいわゆるコメンテータと称される人たちの「劣化」を案ずる記事を書きました。「官邸メシ」の恩義と言う「一飯」にとどまらない安倍氏への忠誠振りです。その代表がスシロ、すなわち田崎司郎氏です。今日昼に登場し、発言すれども、その理路不整然のため周囲から厳しく論駁されていました。この御仁についての記事を見つけましたので以下に転載しておきます。
%%%%%田史郎から目が離せない『ひるおび!』――
亀和田武「テレビ健康診断」 7/23(日) 7:00
 田史郎はどうなるのか。支持率が急降下し、しかもその理由が、総理の人格を信頼できないという致命的なものだから、政権の今後は、まあ大体の予測はつく。
しかし政局がさらに混迷の度合を深めて、政権維持も困難と誰の目にも映ったとき、田史郎は『ひるおび!』のスタジオで、なおも総理とその取り巻きを擁護し続けるのだろうか。それが知りたい。
ともかく時の権力者におもねり、媚びへつらう。田史郎の印象といえば、これに尽きる。おまけに論旨は不明確だし、滑舌は悪い。華もないのにエバッてる。見ていて嫌ァな気分になるから、彼の顔がアップになると、テレビを消す。そんな習慣が変わったのは、加計学園疑惑が過熱してからだ。ある日。前川喜平氏の国会参考人招致が話題になった。官房長官が前川氏の人格攻撃をし、招致する必要はないと言い放っていたころだ。
前川招致の必要性について訊かれた田は「あり得ないですよ」と一言。「スキャンダルを攻撃されたりして、国会が混乱するだけ」。驚いた。権力に徹底しておもねるマスコミ人と知ってはいたが、まさか官房長官の発言を、そのままオウム返しで視聴者に投げつけるとは。山本地方創生相が、獣医学部を新設する際に「需給について、数量をハッキリさせるのは無理」と発言した件についてコメントを求められた荻原次晴が「普通の会社なら、ちゃんとマーケティングして検討しますけど」と至極、真っ当な感想を述べた。すると田史郎は「ただ、これは国が作るわけではなくて。獣医学部を作りたいという人がいて、その認可権をどうするという問題ですから」と詭弁を弄する。さすがに呆れたか、伊藤惇夫が「私学助成金が多額に出されるわけですから」国民の問題ですよと指摘すると、黙りこむ田であった。権力の露払いに特化したジャーナリスト。その存在に憤りを覚え『ひるおび!』を見るようになった。恐らくTBSには多くの田批判が寄せられているだろう。なのに彼をなぜ降板させないか。ひょっとすると。田が安倍内閣をなりふり構わず弁護するたび、逆に内閣への不信感は募る。田を出せば、視聴者は覚醒して内閣支持率は下落する。そんな深謀遠慮が働いて、きょうも田史郎はゴマスリ役を演じることを許されている気がしてきた。
%%%%%

最近の国外地震、夜刀との激戦後、加計問題迫力欠ける野党

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:朝四時半過ぎです。ほぼ地平にまん丸の太陽が顔を出しました。すでに蝉はうるさいほどに鳴いています。秋も近いはずなのですが、暑さはこれからです。)
170721日の出2699


 夏至過ぎて 日の出の時は 遅れども 日に日に暑さ 酷く増せれる

+++++最近の国外の地震
7月14日記事で, IRIS(Incorporated Research Institutions for Seimology )が提供する最深地震情報のHP
Latest Earthquakes Worldwide が開かないと大騒ぎしました。私が関心を抱いた地震は米国国防省がわざわざ、「北朝鮮の核実験とは関係ない」と記者発表した2017年7月12日の地震でした。日本の地震機関はこうした地震については、それが国外で発生したとの理由から、情報提供はしません。そこで、上記のHPに頼ったのですが、7月13日の時点で、それが何とアクセスできなくなっていたのです。“スワッ!”北朝鮮からのIRISHPへのハッキングかと想像しました。この地震は深発地震ですから、S波が真下から北朝鮮に大きな横揺れをもたらしたはずです。金将軍としてはこの大きな揺れを政治的思惑に利用したいと考え、その地震学的情報源をマスクしてしまおうとしたのではなかろうか、なぞと勘ぐったわけです。理由は不明ですが、今は通常通りアクセスできます。

 前回記事で示すことができなかった、この地震の震央と地震活動図を転載しておきます。その記事で示唆したことですが、この地震はプレート内に北々西―南々東の向きに存在すると思われる鉛直亀裂が活性化したと考えることが出来ます。西側が南に、東側が北にずれる左ずれ地震と思われます。その事情をIRIS提供の図に加筆しました。余震分布を見る限りでは、私の推論は正しかったようです。
もう一つ興味深い事は、この地震が活発な余震活動を伴ったことが下の図からわかります。深発地震が余震を伴うことはめったにありません。一発パリンと起きるとそれっきりです。余震を伴ったということは、プレート内に既に大きな亀裂がありそこが、2011年3月11日の地震で活性化した。つまり過去の傷が疼いた地震と言うことが出来ます。
(図1:2017年7月12日、北朝鮮東沖深発地震の震央と地震活動、拡大は二回クリック)
170712NorthKorea

 
 7月17日には北太平洋アリュシャン列島の西端コマンドル諸島南岸でMw7.7の地震が発生しています。津波の日本列島への来襲が案ぜられた地震でもあります。
(図2:2017年7月17日、コマンドル諸島地震、拡大は二回クリック)
170717アリュシャン

 
この地震は本震発生の半日前(12時間前)から顕著な前震がおきていることです。下の表に寄ればその数は少なくも三個を数えます。
(表1:コマンドル諸島地震に先行した顕著な地震活動、拡大は二回クリック)
170717アリュウシャン1

そこで、最大前震と本震の発震機構を図3、図4に示しておきます。
(図3:前震の発震機構、典型的な右横ずれ断層。面aが断層面であろうことは図2から推断できる。Global CMT Catalogue Search より、拡大は二回クリック)
170717Aleutian前震


NonDC成分は4%、きわめて小さいので、地学的意味をこの値から論ずることは適当で無いでしょう。
(図4 本震の発震機構Global CMT Catalogue Search より。この地震の断層面も地形から面”a”と推断できるので右横ずれ断層、拡大は二回クリック)
170717Aleutian無題

 この地震のNonDCは8%。負値であるので、引っ張り応力が大きい力学環境で発生したと考えても良いが、誤差の範囲であるのかも知れません。

 この地震については、気象庁が津波に関する情報を発信していました。上の図、および発震機構解から見る限りでは横ずれ断層です。つまり海底の上下運動が極めて小さい地震です。したがって巨大地震といえども津波の発生能力は大変小さい地震です。
 tプレート運動とは、地表岩盤の地球表面に沿った回転運動です。今般の地震はまさに太平洋プレートの回転運動の現出ですから、この地震も2011年3月11日巨大地震の広義の余震であったということが出来ます。
 さて、本震はGCCSではmw7.8と計算されていますので、本ブログ管理人の分類にしたがって、この地震を巨大地震と呼んでおくことにします。そういえば、ずいぶんと長く巨大地震の議論を休んでいます。巨大地震の調査から地球規模の変動の一端を垣間見ることができるのではなかろうかとの期待があるので、この地震を含めて、関連議論をちかく再開します。

 東日本の地震活動、そして「チバラギ」地震の話(2016年6月23日記事など、まさに本日午後4時過ぎにm4.8の地震があり、この震源の真上にある当家はかなり揺れました)も長いこと休んでいます。近々それらの話も書きます。
(図:2017年7月21日16時のチバラギ地震、防災科研HInetより、拡大は二回クリック)
170721無題

(つづく)

+++++常陸国風土記行方郡
 藤原不比等が統帥する東夷征討軍は、鹿島の本陣攻略を控えて最大の激戦を制し、夜刀神を玉造の地の森の奥に閉じ込めました。これは首領を生きたまま幽囚したということではなく、首領を含め一族を根絶やしに近いほどに殺戮したのです。だからこそ、彼ら一族の怨念に恐怖し、その霊を閉じ込めたのです。それが「鎮魂」の始まりであったと考えています。その場所を「ヤシロ」(これは古代ペルシャ語の〔勇者〕を意味する)と呼び、祀られる一族に対して、アイヌ族の「カムイ」に由来する「カミ」と称したのです。こうして「神社」の原型が作られたと考えています。
 図5の イ納┐甲蓮⇔琉茲聾什澆龍迷い任后この地には行方半島(正式の地理名称ではありませんが)側と霞ヶ浦の狭い水路を挟んで浮島半島(これも正式地理名称ではありません)に多くの古墳があります。前方後円墳あり、横穴古墳ありです。前方後円墳についてはあの有名な三昧塚古墳をはじめとして、墓の軸はいわゆる「シリウス」方位ですから、これらの古墳群の被葬者が東夷征討活動で戦死した将軍・将校らの墓ではないでしょう。
反征討軍、言い換えれば抵抗軍の陣営に属した幹部を弔った墓であるとすると、戦闘での戦死がその墓構築の理由とは思えません。何故なら、そのような築造の時間は無かったはずです。

いずれ、考察しますが奈良盆地内の膨大な数の古墳の多くが、事態落着後の造営であろうと私は考えています。奈良盆地内に敵の墳墓を造営する。それが祟りを回避する、即ち鎮魂であったのです。私は、八世紀後半に権力中枢を奈良から京都に遷した大きな理由が怨霊からの解放にあったのではなかろうかとも想像して射ます。
それはともかく、墳墓の再構築事業では、そもそもの地にあった墳墓の材料をわざわざ運搬したのだろうと思っています。そうした事例が幾つか明らかになっています。例えば阿蘇近辺の凝灰岩が岡山県の造山古墳の葺石として使われているなどです。

 (図5:藤原不比等が統帥する東夷征討軍の常陸国内の侵入経路、拡大は二回クリック)
170712進軍路無題

 
 さて、前置きはこのくらいにして、風土記行方郡の記載をもう少し追いかけてみます。
(図6:常陸国風土記行方郡の条、夜刀神一族との戦闘後、拡大は二回クリック)
170721行方3802無題

 この節の直前で風土記は以下を書きます:
「向香島陸之駅道也」
 夜刀神一族との激戦を制した征討軍は、「さあ、いよいよ敵の本丸、香島へ」と、次の激戦を見据えて高揚した気分をまずは語ります。その戦闘激戦の地の北に「香取神子之社」が在ると風土記は書きます。実際は、この戦闘の後に現在の利根川を南にまたいだ、現在の千葉県に 設営される香取神社のいわば出先を此処に置いたのです。それほどに、戦乱を制したといえども、この玉造の地は依然として要監視地であったのでしょう。

 さて玉造を越え南進すると、現在の麻生です。どうやらそこは鬱蒼とした原始林であったのでしょうか。夜刀族から解き放たれた良馬を征討軍は我が物にしどうやら奈良に持ち帰ったようです。
 △諒言瓩蓮大足彦(大足日子)天皇の見た東国・常陸です。この天皇の漢風諡号は景行天皇です。この人物こそ七世紀初頭の倭国の王であった人物です。この王は遣隋使を派遣したことで知られる阿毎多利思比弧ですから、九州に権力庁舎を構えていたと思われます。風土記の執筆者は他の人物と意図的に取り違えているのだろうと思っています。私の古代日本列島編年では、この王は武王の子供あるいは孫に当ると筈です(記紀ではその関係を逆に描いています。それは記紀編纂の固有の事情により、そのことは以前書いているのでここでは繰り返しません)。この文節は東北日本から鹿島を経て南下する武王又はその子息の見た風景であろうと考えています。

 そしていよいよ文節に入ります。それは歴史的大事件です。
(つづく)

+++++加計問題、山本担当大臣発言
 7月24、25日衆参の予算委員会が閉会中審査会を開きます。私の心配事は民進・共産両党の戦う姿勢、言葉を換えるなら「対決姿勢」です。以下のような記事を見ると心配が増します:
(図:東京スポーツ紙、拡大は二回クリック)
170718東スポ3574

関連して、森裕子参議院議員がこんな指摘をしています:
%%%%%野党議員が、森と同じなら状況は一変する!
2017/07/21 11:48 半歩前へ
▼野党議員が、森と同じなら状況は一変する!
自由党の森ゆう子が毎日新聞のインタビューに応えてこう言った。「野党の本気度が足りないからだ」100%同意する。続けて野党が今やるべきことは、「政権のおごりや緩み、権力の暴走を厳しくチェックする」ことだと訴えた。ほかの野党議員が、森と同じなら状況は間違いなく一変するのだが・・・。
****************
インタビューの核心だ。
野党支持が伸びないのは極めて単純な理由です。
野党が本気で結集し、独裁政治の安倍政権に代わる国民の側に立った政治を行おうという気構えがないということを国民が分かっている。
煮え切らない野党に対する失望です。
この話をすると、大げさなことを言っていると怒られるんですが、今の政治状況で、国民が「まあ、しょうがない」と諦めてしまって政治に無関心になると、権力者にとって都合がいい状況ができあがってしまう。
これでは大政翼賛会につながりかねません。
−−民進党内に熱がないというが、その原因は?
森氏 まだ野党になり切れていないからではないでしょうか。民進党が提案型などと言っているのが、私には全然理解できない。良い提案をしたところで、安倍政権にいいとこ取りをされるだけ。そもそも、野党の話なんか安倍政権はまともに聞いてはいません。そういう状況ですべきことは、政権のおごりや緩み、権力の暴走を野党として厳しくチェックすること。
そこに全力を傾け、どんなに批判されてもいいからやり通す。それでこそ野党なんです。
その点は、自民党が野党に転落したときはすごかった。民進党にはなりふり構わずというのが足りない。どこかで、それに気付くのではないかと期待しています。
毎日新聞記事
%%%%%

 さて、加計問題について連日に渡り鋭い指摘をされている郷原氏が昨今の中傷に等しいような安倍擁護議論について論理的に鋭い批判を加えています。ご一読を勧めます。郷原弁護士ブログ
山本担当相語録が明るみに出ました。この人物、徹底して安倍氏への忠誠を誇示しています。自らがむなしくなることもあるのではなかろうかと想像して居ます。
%%%%%「加計に決めた」政府決定2カ月前に山本大臣発言 議事録を入手
2017年7月19日 16時0分
文春オンライン
 獣医学部の新設を巡る問題で、内閣府の山本幸三担当大臣が、政府が学校法人を決定する2カ月前に、加計学園に決めたと日本獣医師会に通告していた議事録を「週刊文春」が入手した。
 獣医師会の議事録によると、2016年11月17日、山本大臣は、日本獣医師会本部を訪問し、会長ら役員に次の通り述べている。
〈獣医師が不足している地域に限って獣医学部を新設することになった〉
〈四国は、感染症に係る水際対策ができていなかったので、新設することになった〉

議事録に残る「加計ありき」 禁無断転載/文藝春秋

学部新設に前のめりの山本大臣 c共同通信社
 四国では、加計学園が愛媛県今治市で獣医学部新設を目指しており、加計学園に決まったことを獣医師会に通告した形だ。
 この日は、獣医学部の新設をどの学校法人が担うかを政府が決定する2カ月前だったが、この議事録により、「加計ありき」で進んでいたことが裏付けられた。
さらに、山本大臣は、
〈今治市が土地で36億円のほか積立金から50億円、愛媛県が25億円を負担し、残りは加計学園の負担となった〉
 と、「加計学園」と明言して事業費の負担額を詳細に説明し、加計学園に決めた理由を語っていた。

一大学校法人を率いる加計理事長 c共同通信社
 加計学園、山本大臣はともに、小誌の事実確認に応じなかった。一方、山本大臣との会合に同席した獣医師会の北村直人日本獣医師政治連盟委員長を直撃すると、「詳細に自治体の負担額をあげて、『加計に決まった』と言われたので、驚きました。反対意見を申し上げた記憶があります」と答え、小誌記者が議事録を見せると、本物であることを認めた。
 7月20日発売の「週刊文春」では、問題の議事録の詳細を報じる。あわせて教職員から学部新設に多数の反対意見が上がっていたことなどを紹介し、加計学園の経営実態や加計孝太郎理事長の知られざる素顔についても詳報する。
(「週刊文春」編集部)

(図:東京新聞7月20日付関連記事、拡大は二回クリック)
山本担当相2692


  上の新聞記事の左に登場する防衛相の余りにも稚拙な省経営。話は逸れますが、私この稲田防衛相はタイプなんであります。〔整形〕美人との噂もあったり、やってることは誠に「遺憾」なのでありますが、憎めないんであります。困ったもんです。

閉会中審査を考える、安倍首相の祖父とCIA

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
 常陸国風土記の考察は加計関連記事が長くなりすぎたので、休載します。
(写真:田のあぜ道で雉の子どもが戸惑っていました。近づいても逃げません。どうしたものかと、奴さんのつぶらな瞳を見つめていました。やおら奴さん決意したようで小走りに藪に潜ってゆきました。 )


 雉の子が 親にはぐれて 困惑す つぶらな瞳は ヘルプの表示か

 都議会議員選挙開票作業中にフランス料理店で内閣要人と会食、G20から帰国すると今度はマスコミ関係者とどこやらのホテル料亭での夕食会。安倍氏の10年前の突然の総理辞任は大腸潰瘍性胃炎とやらの難病が理由であった筈です。そしてそれは難病であるが故に今でもその病気を抱えていると報道は伝えています。しかし、マスコミ関係者との会食前の昼にはかっての左翼闘士・森田実氏と特上ウナギをペロリと平らげたとネットを通じて森田氏が語っています。私は以前本ブログでも書いたように安倍氏の病気なるもの、それは仮病ではなかろうかと疑っています。強烈な自己保身欲のため、ストレスが高じると本当に具合が悪くなるのです。

 私にも覚えがあります。小学校時代、下校するとランドセルを放り出しすぐに友達と三角ベースに興ずるため原っぱに飛び出しました。働いていた母親の職場はバス・井の頭線・小田急線乗り継ぎでざっと一時間半の通勤時間ですから帰宅は早くても夕方7時直前です。暗くなるまで遊んでいたので当然の事ながら宿題は完全に忘れています。草野球で疲労困憊していますから夕食をとりながら居眠りする始末です。そして恐怖の翌朝、ランドセルから出てきたのが宿題です。突然「頭が頭痛、腹が腹痛」で、なんか体も熱っぽく「コンコン」と咳も出したい気分です。
 出勤前の母親に体調不良を訴えました。しかし、わが母親、慌てず動ぜずであります。「あー、そう」と言いながら、前夜の夕食の残りであるカレーを敷きつめ上に米飯を乗せた弁当箱を、風呂敷に包み「傾げるとこぼれるからね」と言うだけでありました。私の稚拙な演技は見抜かれていたというわけです。実際、登校後、先生の叱責と半時間余りの廊下での立ちんぼの「おしおき」儀式後は、頭・腹痛は消えています。

 しかるに今般の安倍氏の「体調不良演技」です。周囲はとっくに見抜いているのだろうと思います。しかし安倍氏の意向を忖度してあちらこちらに「体調悪化」の噂を撒き散らしていると私は見ています。誠に卑怯・未練な男、それが安倍晋三氏であると思っています。

 サテ、その安倍氏が「深刻な体調不良演技」にも関わらず、いよいよ国会閉会中の委員会審査に「自ら手を挙げて」出席するとのことです(これも側近の振付けた演技であろうと、あるTVコメンテータが指摘していましたが真偽は不明)。安倍氏は通常国会終了後の6月19日、そして都議会議員選挙開票日翌日の7月4日に「説明が丁寧でなかった。機会があれば丁寧に説明したい」と記者の前で表明していました。
 所が、いざ審査会が迫るとなると、またもやその会の進行に関して竹下国会対策委員長の口を通してあれこれと尋常でない「くちばし」をさしはさんできました。まずは、発言時間の与党・野党の比は同じであるべきとの主張です。権力を握る与党が自らの政治への国民の多数の同意を得るためには、野党の疑念のほとんどを晴らすべく力を尽くさねばなりません。国会にあっては与党の一方的な主張をまくし立てるのではなく、むしろ野党の疑念を可能な限り多くひきだし、丁寧に疑念を晴らすのが国会運営での暗黙の了解であったのです。今回の審査も例外ではありえません。何せ、国民と野党は抱えきれないほどの安倍氏への疑念を抱えているのですから。それが先の都議会選挙で噴出したのです。しかし、安倍氏は「俺の言いたいことを言わせろ」と頑張っているわけです。

 今般の森友・加計スキャンダルを国民の目に酷く晒した大立者は「安倍夫人」、「佐川前財務省理財局長」です。彼等のあまりにも常識外れた振る舞いが、国会の場では一切指弾されていません。さらには、前川前文科省事務次官による加計問題の本質に迫る諸事実に関わる国会での発言に登場する和泉首相補佐官、加計理事長などの出席はいまださだかでない。しかし、安倍氏はこれらのスキャンダル事件の鍵を握る人物との同席は拒否すると竹下氏の口から言わせています。私に言わせれば「安倍さんよ、アンタがそんなことをいえる立場にあるんですか!?」と、強く言いたいところであります。

  ともかく、安倍氏が、審査会の場であの舌足らずの口調で自己弁護をまくし立てたいという思惑がミエミエであります。「自己弁護をまくし立てたい」その意図から改めて思い出したのが月曜日の電話アンケートでありました。おもえば、この電話アンケートは、異様でありました。これまでに経験した電話アンケートでは、質問者は質問事項を簡潔に述べて回答者の「Yes, No」又は幾つかの選択肢の提示です。しかし、先日のアンケートでは、まずは質問者の見解を延々と語るのであります。回答者の機先を制するべく、まずは「印象操作」という安倍氏のお好みの手管であったと、今にして思い至ったのであります。設問の力点が偏向報道にあったことは、今振り返ると改めてわかります。安倍氏とその取り巻きが「報道」を最重視していることを強く思い知った次第です。その思いの実践が、先の「報道陣との夕食会」であったのです。しかし、それだけでは不十分。そこで、アンケートと言う姑息なやりかたで、報道の「偏向」を言い立て、それでもってメデャイ支配の再構築を企てていることが見えてきました。必死なんですね。そこには国即ち国民の財産を私物化して友達に便宜を図りそこから見返りを得るなぞと言った醜い欲望が露見したことへの(田中真紀子氏指摘)反省と羞恥心はいささかも感じられません。ただひたすら力づくで自らが招いたこの難局を強引に切り抜けようとの浅ましい魂胆のみが見えています。

 先日、前川氏の国会陳述を確認すべくyoutube動画を検索しました。驚いたことに、「反前川」キャンペーンとでも言うべき加計・安倍応援団が作成しアップロードしたと思われる動画がずるずると引っ張り出されてきました。そのいくつかを閲覧しましたが、まともな批判に耐えないものばかりです。いわゆる「プロのネット工作人」の手によるものなのでしょう。郷原信郎氏が最新のブログでその実態に触れながら、加計スキャンダルについて的確に問題の本質を挙げています。加計学園問題のあらゆる論点を徹底検証する 〜安倍政権側の“自滅”と野党側の“無策”が招いた「二極化」投稿日: 2017年7月18日 です。
 郷原氏は「二極」と控えめな表現をしています。しかし、私には問題は事実隠蔽をする安倍氏一極であり、それを解明する勢力は一方の一極たりえず有象無象でしか内。それが現状です。そうではあっても、前回も書きましたが民進・共産の不甲斐なさに苛立ちが募ります。何か強く攻勢に出ることの出来ない事情を両党は抱えているのでしょうか?

 この安倍氏の出席を前提とする審査会の開催期日は、7月24日以降とのことです。それは国会でこの事件を所掌する委員会メンバが国外視察と称して外遊に出かけてしまっているからとのことです。この視察団の構成は呉越同舟とメディアは書きます。が、そうだろうか? 外遊中、メンバは国会での対立を忘れたかの如く和気藹々と過ごしていることは想像できます。
 十五年ほどの昔でありますが、そうした国会委員会視察団と遭遇したことがあります。視察団は私の勤務する機関を訪ねるということで、前日に大使公邸での昼食会に招待されました。視察団は委員長の民主党(当時)議員と自民、公明、社民、共産議員等から構成されていました。外務省の機密費スキャンダルの影響で、昼食は市内の日本食レストランから取り寄せた重箱弁当でしたが、添えられたワインは全て上物でありました。国会議員の先生方は、皆さん舌が肥えておられるので、口々にこのワインを誉めていました。当時は、国会での対決場面は無かったとはいえ、至極和やかな一時でありました。昼食の最後に団員の一人がハンカチ一セットを取り出して「家内が絵付けをしたもんです」と大使にお土産を差し出しました。隣にいた他党の委員が「なんせ、xx先生の奥様は著名な画家ですからね」と口を添えました。この後、議員の方々は、国立オペラ劇場で観劇、その後は念願のナイトライフを楽しんだ方も居られたのでしょう。これが外遊を共にした国会議員の先生方の生態です。成田に降り立った瞬間に眦を上げることは出来ますまい。

 今般のスキャンダルは日本国の戦後政治史ではきわめて稀で、醜悪な事件です。事件真相解明には、野党が安倍氏と厳しく対峙すること以外には無いはずです。そうした厳しい対決を脇において欧州旅行を楽しめるものなのだろうか?まさにこの点を上記の郷原氏が突いていると思えます。とりわけ民進、共産の両党にはしっかりと安倍氏の「犯罪」を暴くという覚悟があるのだろうか?首相ぐるみの犯罪であるからには、追及する側は腰を据えねばならないはずです。

 以下は関連記事です:
 %%%%%安倍首相は体調悪化 閉会中審査に引っ張り出され…〈週刊朝日〉
 2017年7月28日号 https://dot.asahi.com/wa/2013051700001.html 
 森友・加計問題の疑惑を払拭できず、支持率の急落を招いた安倍晋三首相。ようやく閉会中審査に出席する意向を示したものの、体調悪化が指摘され、最大の危機を乗り切れるのか。一方、チャンスのはずの民進党は、情けない内輪揉めで相変わらずの自爆。混迷の政界に突破口はあるのか──。
 安倍首相は野党が求める加計学園問題についての国会の閉会中審査に出席することを7月13日、ついに受け入れた。
 10日の閉会中審査には欧州外遊中で出席しなかったが、国民の不信感は一向に払拭されず、高水準を誇っていた内閣支持率も、惨敗に終わった都議選前後から30%台前半にまで一気に下落し、いよいよ尻に火がついてきた格好だ。
 そんな中、渦中の安倍首相の体調を懸念する声があがっている。官邸関係者がこう語る。
「安倍首相、会食はいつもどおりしているが、体調はあまり良くないようです。会議でも目を閉じたり、ボーッとしたりしていますし、しょっちゅう水を飲んでいるのが目につく。外遊中も、あまり会談が入らなかったようだ。ロジ(スケジュール)担当が、やたらトイレへの動線を気にしていたという話もある」
 安倍首相の主治医らが所属する慶応病院関係者がこう語る。
「外遊にも消化器内科の権威である主治医が1人ついていったそうです。ただ、帰国後の顔を見ると、かなり顔がむくんでおり、体調は悪そう。安倍首相の持病の潰瘍性大腸炎はストレスがかかると悪化し、がん化する恐れもある。心配です」
 昭恵夫人との結婚記念日だった6月9日には、安倍首相が深夜に自宅で体調を崩し、主治医らが駆けつけたとも報じられた。
「その日は確かに主治医らが駆けつけたが、それほど病状は深刻ではなく、検査入院するような事態ではなかったようです。普段は消化器内科と腫瘍センターの3人の主治医が安倍首相を診ていて、首相が慶応に来ると騒がれるから、六本木のホテル内のジムなどに医師が呼ばれ、点滴や診察などを行っているそうです」
体調不良の影響もあるのか、国会で森友学園問題や加計学園問題を追及されて以来、安倍首相には不用意とも思える感情的な発言が相次ぎ、それがまた形勢を悪くするという悪循環に陥っている。
 安倍首相を待ち受ける課題は、加計学園問題についてきちんと説明し、国民を納得させることだ。
7月10日に前川喜平前文部科学事務次官を参考人に呼んだ国会の閉会中審査では、政府側は「手続きに問題はなかった」とする従来の答弁を繰り返し、疑惑の解明にはほど遠い状況だった。
特に議場が騒然としたのは、民進党の緒方林太郎衆院議員が山本幸三地方創生相に、加計学園が獣医学部の新設に必要な「4条件」を満たしているのかを詰め寄った場面だ。
2015年に閣議決定された「4条件」では、新設する獣医学部には既存の大学にない新たな構想が具体化することや、具体的な需要が存在すること、既存の大学では対応困難であること等に合致することが求められている。
答弁に自信がなかったのか、山本氏は聞き取れないような早口で4分以上にわたってペーパーを読み上げ続け、野党議員からは怒号が飛んだ。同じ自民党の委員長からも「答弁は簡潔に」と注意される始末だった。元東京地検特捜部検事の郷原信郎弁護士は、この場面が重要なポイントだったとして、こう語る。
「野党には大臣が原稿を棒読みした『獣医学部新設を正当化する理屈』に対して、もっと斬り込んでほしかった。国家戦略特区ワーキンググループ(WG)の議事録を見ても、『4条件』に基づく獣医学部新設の是非の議論はまったくされていないのに、昨年11月9日の国家戦略特区諮問会議でいきなり獣医学部の新設を認めるという結論が出ている。18年4月開学に間に合わせるため、WGの議論とは関係なく強引に文科省に認めさせたとしか思えません」
 政府側の「前川いじめ」も相変わらずだった。菅義偉官房長官は杉田和博官房副長官に確認した話として、前川氏が文科省の天下り問題の責任をとってすぐに辞職せず、今年1月に「せめて3月まで次官を続けさせてほしい」と言ってきたなどと主張。前川氏が「地位に恋々とした」という従来の主張を繰り返した。
 これに対し、前川氏は「今、官房長官がおっしゃった経緯は全く事実に反します」と、真っ向から反論。議場は騒然とした。前川氏は本誌の取材にこう語る。
「私は1月6日に松野博一文科相に辞職の意思を伝えました。その際には小松親次郎文科審議官と義本博司総括審議官(当時)も同席していました。同じ6日に義本総括審議官とともに杉田官房副長官を訪問し辞意を伝えたと記憶しています。もし3月まで続けたら国会開会中の辞職となり各方面に迷惑がかかる。そのようなことを言うはずがない。意図的に事実に反することをおっしゃっているなら由々しきことですが、菅官房長官も杉田官房副長官も、どこかで事実を誤解しているのではないか。同席者に確認するなどして誤解を解消していただきたい」
真相解明の突破口はどこにあるのか。前川氏はこう語った。
「私は知る限りのことを申し上げましたが、それだけでは真相は解明できない。和泉洋人首相補佐官や加計学園の加計孝太郎理事長、また、愛媛県今治市の菅良二市長や京都産業大側の担当者など、より多くの関係者を証言義務のある証人として呼んで、証言を求める必要があると思います。私も、もし呼ばれたならば、証人として証言します」
 和泉首相補佐官は次の閉会中審査で参考人招致される方向。前川氏との“直接対決”が実現するのか。
理事長は、15年9月に昭恵夫人から100万円の寄付を受け取った後、近くのレストランで「ビー一方、森友学園問題もまだ謎だらけだ。10日に大阪府議会で参考人質疑に出席した籠池泰典前フステーキを一緒にいただきました」と述べた。沈黙を続ける昭恵夫人だが、本当に森友学園の土地取得に関与していなかったのか。
 もはや真相解明の一番の早道は、安倍首相夫妻を国会に証人喚問することなのではないだろうか。(本誌・小泉耕平、西岡千史/今西憲)
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+++++安倍氏の祖父とCIA
 安倍氏の祖父である岸信介元首相と米国CIAにまつわる調査の報告記事が目に留まりましたので以下に転載しておきます:
%%%%%岸信介とCIAの密接な関係 自民党にも金の流れ?
更新 2013/5/17 07:00
米国の戦後アジア政策は、米国の権益を守ってくれる、その国の「ストロングマン」を探し出すことから始まる。巣鴨プリズンを釈放された岸信介(後に首相)は、「強い男」として米国保守派に見いだされ、CIAの庇護を受け続けていた。
 実態を垣間見ることのできる「聖地」がワシントン郊外にある。米国国立公文書館別館。米軍諜報組織や米中央情報局(CIA)の機密解除書類を手に取って読むことができる。「岸信介」ファイルの閲覧を請求すると、30分ほどでひとつの箱が出てきた。そこには一体何が入っているのか。しかし、その中身は意外に拍子抜けのするものだった。
 書類の束は薄く、CIAが作成した資料はわずか5枚しかなかった。しかも岸の政治的プロフィルの紹介ばかりで、CIAとの深い関連が指摘される人物のファイルとは到底思えないようなものだった。
 しかし、実を言えばこのこと自体が、研究者には意味をもっている。「岸のCIA関係資料はほんの薄いものです。しかし、われわれにしてみれば、逆にそのことが両者の深い関係を疑わせるに十分なものになっているのです」。こう語るのは、一橋大学名誉教授の加藤哲郎だ。
 CIA内部では、各国の諜報エージェントや諜報対象者について暗号名で呼び合う。日本関係には「PO」を頭につける。解明されているものの一部を挙げると、自由党総裁だった緒方竹虎はPOCAPON、読売新聞社社主で原子力委員会委員長などを務めた正力松太郎はPODAM、あるいはPOJACKPOT‐1、などだ。
 しかし、岸については暗号名すらわかっていない。
 加藤は、緒方や正カの分厚いCIA関係資料を手に取って見せた。緒方は1千枚近く、正力は500枚ほどもある。戦後の日本政界とCIAとの関係を追究してきた加藤は、岸のCIA関係資料はまだ、ほとんどが機密指定を解除されていないとみている。「岸資料の5枚目のあとには、『not declassified』、まだ公開されない、という紙が1枚だけ挟まっている。この1枚の紙の後ろには、何百枚もの秘密資料があるかもしれないのです」。
岸とCIAの知られざる関係を追って、米アリゾナ州ツーソンに飛んだ。アリゾナ大学の歴史学研究室で教鞭を執る同大教授、マイケル・シャラーは、歴史資料と学生たちのリポートの束に囲まれていた。シャラーは米国務省の歴史外交文書諮問委員会委員を務め、非公開資料にも目を通していた。文書を公開するかどうか国務省に参考意見を述べる立場にあった。
―岸元首相に対してCIAから資金提供があったという話をどう思いますか?

「そういう証拠はあると思う。賄賂的な意味合いよりは、派閥の運動資金や政治キャンペーン資金というような形で提供されたと理解している」
――資金はどのような形で渡されたのでしょうか?
「当時、CIAから経済団体や企業を通じて岸のほうに資金が流れたという記述を米国側の書類で私は目にしたことがある」
――経済団体とは経済団体連合会のことですか?
「それも一つだと思う。それから個々の企業と何かしらの契約を結んで資金を流していくということがあったと思う」
 シャラーは、委員として知りえたことは具体的には明らかにしなかったが、研究者として発掘した機密解除資料については明確に語った。その概略はシャラーの著書『「日米関係」とは何だったのか』にも記されている。シャラーによれば、のちに岸内閣の蔵相になる岸の実弟、佐藤栄作は1957年、米国に対し何度も秘密の資金提供を要請していた。
 このため、CIAから自民党にカネが流れ、「CIAによる資金は、1958年5月の衆議院選挙運動をはじめ、さまざまな方面に使われた」(『「日米関係」とは何だったのか』)。
週刊朝日 2013年5月24日号
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fake news、真紀子さん咆える、夜刀戦後、森友ゴミの虚偽

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:普段、当地に出没する白鷺は、単独行です。今朝は珍らしくも六羽の白鷺が、まとまって談笑しています(笑い声も聞こえたような気がしましたが、気のせいかもしれません)。気配を消して近づかんとせしが、向こうからやってくる犬連れ老夫婦が彼らの団欒を妨げ、一羽が飛び立ちました。その様子を何とかhttps://youtu.be/Tf1xbv2LRbEカメラで捕えました。)

 水田に 珍しきかな 白鷺の 群が降り立ち 餌をついばめり

 


 本日昼です。「フェイクニュースに関するアンケート」調査なる電話を受けました。冒頭部分を聞き取れなかったのでどのような団体であったのかは確認できませんでしたが、調査内容は誠に興味深いものでした。質問は「事実を装った虚偽のニュース」に関するもので、まずはその概要を説明した上で幾つかの事例を挙げ、それを知っているかと問うています(順序不同):
(1)7月1日の安倍氏の秋葉原演説に際して「安倍やめろ」なる野次が飛び交いました。野次を飛ばしたのは100人程度の小グループであったにもかかわらず、声をあげていたのは一般聴衆であるような報道がなされた。これを知っているか?これが第一の設問です。「安倍氏」が「こんな人・・・」と金切り声を上げたのは知っているけれど、「アベ辞めろ」との大きな声が高々百人と言うことは知らないので、回答に迷いました。が“知っている”と回答。コンピュタ化した電話音声なので、事実関係を問い質すことはできません。質問者の一方的な断定への異論をさしはさむことは出来ないんですね。

(2)7月10日の国会閉会中委員会での参考人招致で元愛媛県知事の加戸氏が「文科省の岩盤規制こそが愛媛県民の希望を妨げてきた」との陳述を、TVは報道しなかった。この事実を知っているか?これが設問2です。此れについても、TVの報道はいざ知らず、国会中継を注視していた者としては、あの質疑の最大関心事は前川氏の証言です。しかし、そうした私の考えをアンケート者に伝える手段はありません。というわけで、国会招致の事実は知っているが、TVの報道は知りません。とりあえずは”知っている”と回答しましたが、加戸氏の陳述は私にとっては瑣末なことです(尤も7月2日朝のTBS報道番組に出演していた大宅女史には大きな問題であったらしい)。

 この時点でアンケート者の政治的立場は明瞭になりました。となると残る質問に興味がわきます。まずはTVの報道実情に関わる問題に移りました。
(3)放送法第四条を知っているか?(ここでその条文を読み上げる)。その上で、現在のTV報道はこの放送法を遵守していると思うか?NHKはそれを遵守していると思うかと言った質問です。
 私の回答は、「現在のTVは放送法を遵守していない」、「NHKは遵守しておらず偏向している」と回答しました。
 私の回答は「NHKが政権ベッタリ報道である」と伝えたかったのです。が、ああした設問の流れ(設問の文脈)では、設問者の意図、即ち”現在のNHKは偏向しているのでもっと政府よりになれ”との思惑に叶った解答をしてしまったことになるのかなと、反省しました。

(4)現在のTV電波法では総務省が謂わば既得権者優先で申請局に電波を割り当てています。これはオークションなどのやり方で広く申請者を募り、そこから公正・公平に電波使用を割り当てるべきか?との設問です。私は直ちに、広く電波使用申請者に門戸を開くべく、即ち既存の電波利用局に固執せず「オークション」等で最適の電波利用を図るべき回答しました。

(5)最後は支持政党に関する質問です。数日前の「茨城県知事選」電話アンケートでは、私が支持する政党は「その他」のカテゴリに分類されていましたが、今回は回答対象として挙げられました。私は「自由党」を選択しました。

 昨日の新聞報道では、今治市が市行政記録である文書の公開を取りやめるとの決定をしたとのことです。
(図1:東京新聞7月15日付新聞一面記事)
170715今治2675


 こうした記事は、なんともやるせないですな。庶民、我等一般下等の民(たみ)は、不当な手続きが疑われるような行政運営で不利益をこうっむたのではと疑われる場合、それを不当と証する書類を手にしたい。しかし、上の手続き変更によって、入手の手掛かりが失われかねないのです。勿論国の行政にあっては、民の不利益はもっと重大になりかねないのです。文書公開請求をしても、門前払いは免れたとしても、手にするのが、「海苔弁」というのであれば、民主主義と言う建前を疑惑せねばならなくなります。

 その今治市を舞台にする加計学園問題でひさしぶりに
真紀子さんが咆えています。至極真っ当な指摘、さすがであります。

 蛇足ですが、真紀子さん、鋭く今般の問題の本質を突いています。
一つは、現政権内閣幹部の出自であります。ほとんどが政治家の秘書です。つまり一種の政治ずれ(馴れというべきか)発想がこうした秘書上がり政治家の思考法なのです。政治家間の駆け引き、競合を如何にしのぐか、これに上手に立ち回る手練手管が”政治をよすぎとする者の資質”と勘違いしていると真紀子氏は見抜きます。そこには庶民目線と言う視点は無い、とも指摘します。 
 もう一つは、安倍内閣の性格は「お友達」と規定されるがそれは誤り。お友達であるからこそ「持ちつ持たれつ」すなわち「友情などと言った甘っちょろいものではない、相互の損得勘定がある。安倍氏は加計氏からの見返りを当然期待している」と。

 流石角栄氏の長女です。政治家として「経綸」に強くこだわっていました。そして安倍氏はそれが決定的に欠落していると強調します。

 +++++東夷征討軍の夜刀との戦とその後
 前回、松木武彦氏が語る埼玉古墳群に関する若狭徹氏説を批判しました。この方は、ずいぶんと若い学徒と思えるのですが、そこには旧態然たる思考に強く絡め取られている、すなわち東国に大きな勢を張った渡来族の存在を一顧だにしません。以前、松木氏の講演を聴講したことがあります。その際、知ったことは考古学者はずいぶんと頻繁に渡航し、海外の歴史遺構を調査し、その結果を母国たる日本の遺構と比較するなど多様な観点から研究していることを知りました。その際には、海外の遺構構築の技術的視点からの比較に基づいて国外文化の移入の可能性なども探る努力もしていることも知りました。
 古代日本の文化・文明への海外からの影響は、明らかにそれは渡来人がもたらしたものであることを認識しているからです。しかし、その渡来人が一介の個人或いは単なる技術・知識集団人としてしか、とらえていないのです。そうではなく、列島に住み着いた一族として日本列島の政治風土、精神風土に影響を与えたかもしれないとは決して発想しないのです。私にはそこが不思議でなりません。遠く西域から一介の行商人として日本列島にやってきたとの勝手な思い込みなのです。

 既に何回も書きましたが、注意深く日本書紀を精読するならば、列島に住み着いた一定のサイズの渡来人勢力の存在が行間に書き込まれていることが分かるのです。
%%%%%日本書紀・神代紀下より抜粋
(1)葦原中国之主。然彼地多有蛍火光神及蠅声邪神。復有草木咸能言語。(文意はx月x日記事参照、岩波文庫「日本書紀」(一)110頁参照)

(2)二神誅諸不順鬼神等、〈一云。二神遂誅邪神及草・木・石類。皆已平了。其所不服者。唯星神香香背男耳。故加遣倭文神。建葉槌命者則服。故二神登天也。〉倭文神。此云斯図梨俄未。〉果以復命。(文意は6月28日記事参照、岩波文庫「日本書紀」(一)120頁参照)
%%%%%

 「蠅声邪神」を東国の野蛮人の雄たけび声(或いは地方訛りの強い言葉)のような言葉であると決め付け、この言い回しに学者さんは何の注も払いません。そして(2)で言う唯星神香香背男耳を巷に言う「星辰信仰」即ち北極星信仰であり中国大陸からの渡来であると勝手に解釈し、ここでもいかなる疑義も抱かないのです。
 しかし、上の二つの文節は、紛れも無く渡来一族を語っているのです。しかし語り手である藤原不比等(記紀の編纂総括者)は、日本列島に席巻した渡来俗が日本列島に持ち込んだ政治体制、渡来精神(宗教)文化の存在をできれば隠蔽したかったのです。それを、露(あらわ)に書くことが東征軍による渡来族への残虐な抹殺に触れることになります。しかし不比等はそれを避けたかったようです。策得るための一つの方途、それが「怨霊への鎮魂」であると私は考えています。辛うじて、その残虐への「罪滅ぼし」が現代に至るまで残った残滓です。

 さて、前々回記事に書いたように、東征軍は茨城からわざわざ一旦北方に迂回して南下したのです。ところで霞ヶ浦北半部には現在の霞ヶ浦町のある陸が半島状に東に突き出しています。その先端は玉造町のまさに鼻先です。
(図2:東夷征討軍の常陸国内での進軍経路)
170712進軍路無題


 東征軍は信太郡から茨城郡に行かずとも、直接この半島を東に進軍し現在の歩崎から霞ヶ浦を渡河し玉造に攻め入ることが出来たはずです。しかし、東征軍はそれをせず、まずは茨城郡に北上しそこから行方郡北部に侵入しています。それを警戒した夜刀軍勢が、この半島状陸地からの侵入をしっかりと押さえていたのでしょう。

 侵攻した先々で捕虜(奴隷)とした住民を先兵として軍勢に組み込んだ東征軍は、その人数の力で、激戦を制したのでしょう。この戦闘を指揮したのが、日本書紀が書くところの祟神天皇であろうと考えています。この天皇は日本書紀の編年によれば、三世紀〜四世紀と換算されます。その時代は卑弥呼の時代です。本ブログでの私の所論二通じていない方は「何だ!おかしいではないか!」とお思いになるはずです。そこで、若干の説明をしておきます:

 私は日本書紀を構成する巻一〜巻九こそが、日本書紀のいわば初稿(原本)であったと考えています。しかもその初稿たるや、藤原不比等が現に生きている現代史から書き起こし、時間を遡り卑弥呼の時代にまで時間を逆送したのです。それが巻九に何の脈絡もなく卑弥呼が登場する理由です。
 所が、諸般の政治事情から、巻九以後を書き加えねばならぬ必要に迫られ、現代史であった筈の日本書紀巻一は神代紀とされ、それに応じて古色めかしく加筆されたのです。従って、そもそもは神代紀こそが藤原不比等が生きたまさにその時代の「同時代」事件が記載されたのです。祟神天皇天皇紀にはその現代に至る直前の数十年前の事件が書かれているはずです。それが祟神天皇紀が書く四道将軍説話なのです。従って、図1で常陸国制覇を終えた将軍はそのまま北上しやがて会津(古事記が書く相津)での説話となるのです。

 こうした筋書きに行く前にはしかるべき段取りがあります。急ぎすぎました。玉造での激戦後、征討軍は行方「半島」を更に南下し、そこからUターンして大生(おおふ)に至り、そこで、北浦を挟んで対岸にある鹿島の本陣と対峙します。
(つづく)

+++++原発汚染処理水
 世界史にも長く記憶にとどめらるべき悲惨な事件を起こした東京電力とそれを拳支えてきた日本国政府は、事故処理によって招じた汚染水の処理に思いあぐねて、結局は海洋投棄に毛団下とのことです。
%%%%%東電会長、汚染処理水の放出言及 福島第一から海に 2017/07/14(金) 08:41:06
 東電福島第一原発で高濃度汚染水を浄化した後に残る放射性物質を含んだ処理水を巡り
同社の川村隆会長が報道各社のインタビューで「(東電として)判断はもうしている」と述べ、海に放出する方針を明言した。 処理水はトリチウムを含み、第一原発敷地内のタンクに大量に保管されているが、風評被害を懸念する地元の漁業関係者らが海への放出に反対している。 東電の経営トップが公式の場で海洋放出に言及するのは初めて。 トリチウム水については、有識者による政府の小委員会が現在、海洋放出を含めた処分方法を絞り込む議論を続けており、川村氏の発言は波紋を広げそうだ。
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 現実に汚染処理水の行き先については東電に厳しい責任を追及しつつも福島県漁民の納得行く手立てが無いものなのか?なんとも悩ましいことと思います。

+++++森友問題:
土地払い下げ根拠のごみ、存在しないこと示す証拠公開 
 7月10日の国会閉会中の参考任招致委員会で、質問立った民進党の福島議員は驚くべき事実を明らかにしました。以下はその詳報です。
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 森友学園問題をめぐり10日、大阪府議会は臨時会本会議に、籠池泰典・前理事長を参考人招致した。籠池氏は「私だけがトカゲのしっぽ切りの ように罪を被せられるのではなく、松井(一郎)知事や私学課長らを議会に呼んで、真相究明を進めてもらいたい」などと述べた。 その森友学園が運営する予定だった小学校(大阪府豊中市)の園庭には、地下3m以深から掘削した土壌が山のように積み上げられていたが、今は 片付けられている。その土壌中にごみがどれだけ混入していたのかを示すマニフェスト(業廃棄物管理票交付等状況報告書)が公表された。国は 敷地内に2万tのごみが埋まっていることを理由に、国有地を8億円値引きして森友に売却していたが、同マニフェストには「新築混合廃棄物」が 194.2tとの記載があり、国が主張していた量の100分の1であることがわかった。今回は、同マニフェストが持つ重大な意味を考えたい。
170717森友3448

籠池氏の自宅や森友が運営する保育園に家宅捜査が入り、大阪府議会で籠池氏が参考人招致された。そして補助金の不正受給があったなどとして、 籠池氏に近々に逮捕状が出るとも報じられている。一方、森友問題をめぐる国会での追及で、証拠資料を廃棄したなどと、のらりくらりの答弁を 繰り返し、事実解明の盾となった財務省の佐川宣寿理財局長が、国税庁長官に就任するとの発表があった。
森友問題の核心は、9億円の鑑定価格である土地が、約90%の8億円も値引きして森友に売却された点にある。地下3mまでの深さに埋もれていた ごみを1億3000万円かけて撤去した後に、さらに3m以深に2万トンのごみがあり、その撤去料に8億円かかるというのが国の説明である。安倍 晋三首相夫妻が関与し、国有財産を所有している国交省大阪航空局と財産管理している財務省近畿財務局が、根拠なく値引いた疑いが持たれている。 森本の小学校建設を請け負った藤原工業株式会社のマニフェスト(資料1)が、市民団体「森友告発プロジェクト」の記者会見(7月7日)で公表 された。豊中市の市議が行った情報公開請求を入手したものである。これによって、2万tのごみが存在したというのは、虚偽であったことが実証 された。そして、8億円を値引いた国や大阪府の背任行為が明らかとなった。財務省近畿財務局職員らに対する背任罪の告発状を、すでに大阪地検 特捜部は受理しているが、ただちに立件の手続きに入るべきである。 もし2万tのごみが存在するとすれば、今は整地されていた場所に置かれていた土壌中にあったはずであり、撤去作業に伴ってマニフェストで報告 されるはずである。土壌は再生資源であるが、廃棄物は運送も処理・処分も許可を持つ業者しか取り扱うことができない。事業者は事業活動に伴い 廃棄物を発生させたときには、これら許可業者に依頼し、運搬・処分を頼むことになる。その際、どの業者に依頼し、運送・処分したのかを廃棄物の 種類や数量までマニフェストで報告するよう義務付けられている。このようにして廃棄物の違法な処理処分を防ぐのがマニフェストである。法人事業体は会計処理の報告にあたり会計監査の承認を得ることが必要だが、 マニフェストの提出は廃棄物に関する最終承認活動といえる。したがって筆者らは、近畿財務局による2万tのごみの算定に対して、マニフェストで どのように報告されるかを注目していた。 豊中市の事業ごみ指導課によると、今回マニュフェストで報告されている新築混合廃棄物は、校舎建設中に建設に伴って廃棄された建築材料や梱包材、 木切れ、金属片などであり、同地に大きな金属の箱「バッカン」を複数個備え、いっぱいになると運び出したという。運び出した回数は71回になり、合計重量が194tのため1杯分は約3tになる計算となる。この新築混合廃棄物には埋設ごみは含まれていないということである。 では、埋設ごみはどうしたのかというと、埋設ごみは今も園庭にわずかであるが積み上げられているという。その概略の容積は5m(縦)×5m(横) ×5m(高さ:地上3m、地中2m)ほどで、土を含んだ容積でも125立方mぐらい(重量は200t未満)であると、豊中市の担当者は現場確認した うえで報告している。本来なら今回のマニュフェストで報告されるが、校舎建設の最終段階で廃校の可能性が出て、園庭にその分を放置したという届けが、 藤原工業から豊中市にあったという。
8億円のごみ問題は、全国からその驚く理由に批判が飛び交った。
森友問題では、一度レーザーで探索調査し、68カ所で地下約3mまでに埋まっていたごみを撤去し、1億3000万円支払ったうえに、その上で3m 以深にも2万tのごみがあるといわれてきた。 しかし財務省が所有する「(仮称)M学園小学校新築工事−地盤調査報告書 H26年12月」の森友用地の地層図では、地下3mより深い地層には ごみがないことがわかり、また国会での審議で、近畿財務局は自ら調査して2万トンのごみがあると判断したのではなく、総合的に判断して、つまり業者の 意見を聞いて判断したことが、民進党の小川敏夫参議院議員の質問でわかってきた。 さらに5月16日の民進党のヒアリングで明らかにされた籠池氏のメールは、さらに衝撃的だった。国が業者任せにしてきたその業者も、ボーリング 調査の結果をまとめた柱状図などから深部にごみがないことを把握していたのである。そして籠池メールでは、ごみが無いことが分る柱状図は、近畿 財務局には出さないでおこうという相談内容が示されていた。 しかし筆者らが豊中市への情報公開請求数百枚の中から見つけた資料は、さらに衝撃的であった。大阪航空局も、「平成23年度大阪国際空港場外用地
(0A301)土壌汚染深度方向調査業務報告書」は、12年度2月にこの資料を自ら作成し、近畿財務局や大阪航空局は、深部にはごみがないことを 知っていたのである。この問題は国会審議のなかでも追及されてきたが、近畿財務局(財務省)と大阪航空局(国交省)は居直り続けたのだ。そしてとうとう今回のマニフェスト では、2万tのごみがないことがわかったのである。これは、これまでの論証の範囲を超えた事実報告である。
森友問題では、交渉経過や重要資料を、国のレベルでは、財務省がことごとく情報隠ぺいしてきた。写真は、豊中市の木村真市議が撮影したものであり、 問題が大きな話題になる1年前から工事中の写真を記録していた。その写真による時系列の記録が、問題の解明に大きく役に立った。自治体への情報公開 請求は、国といえども網をかぶせることができなかった。 こうした事実が判明した以上、大阪地検には以下の取り組みを期待したい。
・なぜ近畿財務局が、大阪航空局と計らって2万tのごみの仮想を行ったのかについて、関与した担当者たちへの事情聴取 ・藤原工業や請負業者の作業にかかわった人物、現場で実情を知っていた人物への聞き取り調査 ・財務省や大阪府が安倍首相夫妻の意向を忖度した上で背任行為を行ったのか、その調査 そして何よりも、財務省と国交省は2万tのごみはなかったという事実についてまず釈明し、その上で責任をどう取るのか発表する必要がある。上記の 背任行為を隠そうとしてきた佐川元理財局長の国税庁長官就任を取り消すべきではないか。提案したい。
なお今回のマニフェストで報告されていた3m以深にごみが無いことは、少なくとも今年3月31日には、わかっていた事実である。藤原工業がその 時点でなぜ発表しなかったのか。同社ホームページには、同社の顧客として近畿財務局の名がある。
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安倍友の会食、北朝鮮深部の大地震、埼玉古墳群

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:田んぼの水取り入れ口近くに屯するザリガニ。写真では一匹しか写っていませんが、少なくも五匹は数えました。カメラを向けた私に気づき、生意気にも鋏を振り上げて威嚇するのであります)
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 稲植わる 泥土の下から 顔を出し 鋏を振り上げ 吾を脅すか

 +++++共謀・もり・カケ蕎麦
 安倍氏が、国会閉会中審査への出席を決めたとのことです。しかし、自民党側はあれやこれやと注文をつけているとのことで、実現は定かではないようであります。それはさておき、またもや奇怪な話が報じられています。
(図:東京新聞7月14日付「首相動静コーナ」
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 東京新聞・朝刊で必ず目を通すのが「首相の一日」コーナーです。大変驚きました。安倍首相が二階俊博自民党幹事長と昼食を共にしながら面談していることは、驚くに当りません。しかし、何と政治評論家の森田実氏がそこに同席していたというのです。 森田氏といえば、ウイキも書くように1950年代、東大在学中に全学連の幹部として学生運動を牽引した左翼闘士と知られています。東大卒業後も政治的信条を保ち、政治評論家として、政治的場面では反政府の立場から率直な意見表明をしてきたことでも知られています。

 森田氏は、反小澤一郎氏の思いが強かったゆえか、2010年の陸山会事件では、無実が明らかであった小澤氏を批判する一方で、同様に西松建設から多額の政治献金を受けていた自民党・二階俊博氏との親交を強め、氏への政治献金など積極的な支持を表明してきた方でもあります。

 こうした経緯を思い返すならば、苦境にある安倍氏が二階俊博氏の意見を聴取する際に森田氏の同行を思いついたことは不思議ではないのかも知れません。そうとするならば、その場で、森田氏が安倍氏にどのような政権延命策を授けたのでしょうか?そして今後、森田氏は「スシ友」ならぬ「(文字通り)モリ友』に変ずるのでしょうか?

 この「動静」の最後に、「紀尾井町のホテル・ザプリンスギャラリ」とあります。この大変な時に絵画鑑賞かいなと思っていたのですが、朝日新聞がその謎をといてくれました。
%%%%%首相動静―7月13日2017年7月13日22時50分 朝日新聞
 6時49分、東京・紀尾井町のホテル「ザ・プリンスギャラリー東京紀尾井町」。レストラン「WASHOKU 蒼天」で曽我豪・朝日新聞編集委員、山田孝男・毎日新聞特別編集委員、小田尚・読売新聞グループ本社論説主幹、石川一郎・BSジャパン社長、島田敏男・NHK解説副委員長、粕谷賢之・日本テレビ報道解説委員長、田崎史郎・時事通信特別解説委員と食事。10時10分、東京・富ケ谷の自宅。
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 ”寿司郎”として今や全国にその名を知られる田崎史郎氏、寿司友と揶揄されるNHK島田敏男氏をはじめ主だった報道関係幹部との何と三時間近い会食です。私が奇怪と書いた理由は、安倍氏の思惑がミエミエのこの時期に、こうした会食に報道者たるものが安易に応じたことです。経費は内閣機密費から出ているであろう事は確かです。此れまでの安倍氏は、自らが批判されるとこうして“官邸のメシ”を報道陣に振舞ってきました。その政治的思惑が込められた「官邸のメシ」を報道陣が食らっていることへの自覚が無いことを「奇怪」と書いたのです。こうした報道人が、どう語ろうとも、その報道の中立性に対して国民が疑っても不思議でありません。いずれにしてもこの“官邸メシ”がこの後の報道にどう映り出されるのか、注視をておこうと思っています。それは昼食を共にした森田実氏についても同様です。

 ところで、国民がやっと安倍氏の不正を重大と認識し、それを投票行動、街頭運動などで意思表示を強めているのと対照的に、自民党ときっぱりと対峙することを期待される民進党・共産党の姿勢が今一つはっきりしません。即ち対決姿勢ではなく、「示談」に持ち込んで欲しいとの期待がこの二党にはあるのではなかろうかと勘ぐりたくなるほどです。以下のブログが書いています。
%%%%%都議選後の「もう一つの深刻な問題」!2017/07/12 23:54 半歩前へ
 7・1都議選の結果は自民党大敗のほかに、もう一つの深刻な問題を浮き彫りにした。秋葉原での安倍首相の「こんな人発言」で、自民党からの有権者離れが起きた。この千歳一隅のチャンスを野党は生かすことが出来なかった。これこそが問題である。
 代わって反自民党の受け皿となったのが都民ファーストの会だ。民進、共産はなぜ、反自民票の受け皿になれなかったのか?この点への反省が全くと言っていいほど聞かれない。
 民進党は恒例の党代表への責任追及に終始。共産党は2議席増えたのは「大勝利」と怪気炎。そこには反省の「ハ」の字も感じられない。野党を支持する有権者も、自民党が負けたのはいいが、都民ファーストの会の勝利は気に食わないと不満を並べるだけ。せっかくのチャンスを生かし切れなかった点については、なぜか触れようとしない。
 政権を倒しても、そのあとの受け皿が見当たらなければどうにもならない。野党の最大の問題点がここだ。自民党はそれを知っているから強気なのである。これでは何度、チャンスが訪れても同じだ。生かせないと意味がない。
 都議選後の世論調査で各社が示した数字は深刻だ。NHKの世論調査を見てみよう。自民党の支持率は確かに減った。と言っても30.7%だ。これに対し民進党は5.8%、共産党が3.3%と相変わらずの低迷。民進党に至っては絶好の状況で2.1%もダウンした。いかに人気がないか分かろう。代わって自民党が支持を減らした票を吸収したのが「支持政党なし」の数字47%だ。この傾向は各社ともおおむね一致している。では、どうして民進、共産両党が反自民の受け皿になれなかったのか。そこには明確な理由がある。
こんな投稿を見つけた。
 本日、「共謀罪法」施行 野党支持率の低迷理由は、阻止できる「共謀罪法」を阻止せず、 政局利用した結果である。ここにすべてが込められている。民進、共産両党の態度に「本気度が感じられない」のである。少数政党はここだけは譲れない、と言う場合には身体を張って闘わねばならない。だが民進、共産は審議拒否をするでなし、淡々と自民党の土俵で相撲を取っている。
 自民党にとっては誠に「都合のいい野党」である。国会質問でも新聞や週刊誌に書かれたことの点検に終始。これでは政府自民党はビクともしない。舐められるのがオチだ。
 民進党には初めから期待していないが、共産党の体たらくも甚だしい。期待外れもいいとこだ。共産党から久しく爆弾発言なるものを聞いたことがない。果たして、やる気があるのか疑わしい。
 こんな両党だから、反自民の受け皿になれないのは当たり前だ。その結果が5.8%や3.3%の数字となって表れている。有権者は正直だ。安倍首相が長期政権を維持できているのは、こうした民進、共産両党の、物わかりのいい“なれ合い体質”が大きく作用している。
 無党派層はシンパではないので冷静に見ている。だからどの政党が真剣か、単なるポーズに過ぎないか、よく見える。自由党や社民党は必至だ。その必死さが有権者にビンビン伝わって来る。惜しむらくは、候補者がいないので投票したくても出来ないのである。内部矛盾を抱えた民進党は解党するしかない。
 共産党はこの先も少数の批判政党として生きて行くのだろう。両党とも現状では絶対と言っていいほど、政権奪取は無理だ。本気度が感じられない政党には、有権者が付いて行かないからである。
%%%%%

+++++2017年7月12日・北朝鮮沖東部の地震
 この地震は日本海に起きた深発地震です。その規模は比較的大きかったので、米国防省も注目してわざわざ報道機関にこの地震情報を流したのでしょう。それが下のロイタ記事です。しかし、もう一つ不可解なことが起きています。この種の国外地震では、私は “ The latest earthquake in the world wide region”を必ず参照します。ところが、昨日からこのHPをアクセスできません。北朝鮮からのハッキングにでもあったのでしょうか。 

%%%%%北朝鮮沖の地震、核実験によるものではない=米国防総省 7月12日、米国防総省は、北朝鮮沖の日本海で発生したマグニチュード5.8の地震は核実験により引き起こされたものではないとの見方を示した。写真は北朝鮮の国旗、2014年10月撮影(2017年 ロイター/Denis Balibouse)
[ワシントン 12日 ロイター] - 米国防総省は12日、北朝鮮沖の日本海で発生したマグニチュード5.8の地震は核実験により引き起こされたものではないとの見方を示した。
国防総省のジェイミー・デービス報道官は、地震が発生した地点や震源の深さを踏まえると、北朝鮮による核実験により引き起こされたものではないことが示唆されると述べた。ただ国防総省は引き続き地震活動に注視するとしている。
地震は現地時間13日早朝に発生。震源地は北朝鮮の清津の南東180キロ、震源の深さは海底より538キロ深い水準。マグニチュードは当初の6.0から5.8に改定された。
米地質調査所(USGS)によると、日本海のこの地域で大規模な地震が発生したのは1994年以来。
参考記事 
%%%%%そこで、
 Global CMT catalogue Search(GCCS)を検索しました。 
その結果 が図1です。
(図2: 2017年7月12日北朝鮮東沖下深発地震の発震機構、この種の図は此れまでも掲載していますので詳細は書きません。T,Pはこの地震の起振力、即ち張力軸と圧力軸です。圧力軸が円の中心と同じ象限にあることから、この地震が正断層地震であることがわかります。クリックすると拡大できます)
20170712JapanSea無題

GCCSが最適DC力系に導くようなモーメントテンソル解を高精度で与えるということ自体に、この地震が核実験に由来する地震ではないことが明らかです(例えば、2011年4月4日記事参照 )。ましてやその深さは600kmです。人間が所有する地下掘削技術は現時点では高々十数キロメートルです。600kmもの地球深部に核物質を持ち込むことは出来ません。又持ち込めたとしてもそのような深部での核実験は軍事的意味を持たないでしょう。

 一つ興味深い事があります。上図は、P波の節面a,bの幾何性状を示しています。もし、この地震の断層面が面"a"であるとすると、600kmの深部に潜り込んだかっての太平洋プレートに鉛直の亀裂が存在していることを示唆します。左横ずれで、しかもその方位は7月7日記事で書いた1978年12月6日Mw7.8地震、および、つい先日の6月28日の国後島南東沖地震の断層面の幾何性状と似ています。
 大変興味深い事です。日本列島下に深く潜り込んでいるプレートにも北西・南東に走る鉛直の亀裂があちらこちらに残存(勝手は改訂面にあった亀裂が地下深くに持ち込まれた)ということになります。
 もう一つ指摘できることは、NonDCの値が17%と正値でそれも小さくない値です。此れが有意であるとするならば、圧縮力(上図でP軸)が卓越した地震であるということになります。潜り込んだプレートが最深部の硬い層に達しており、もはや潜り込めない。にもかかわらず2011年3月11日地震で新たなプレト潜り込みが発生した。そのためプレートの最深部が強い圧縮力で「悲鳴を上げた」地震とも解釈できます。

  
+++++未完成古墳の話
 前回に続き藤原不比等が統帥する東夷征討軍による常陸国侵攻、とりわけ行方郡での激烈な戦闘と、その後の展開を本ブログは語るはずでした。が、東京新聞7月14日付で考古学者松木武彦氏(国立民俗博物館教授、千葉県佐倉)が寄稿記事を見ました。今回は予定を変更し、その寄稿を紹介しておきます:
(図3:東京新聞7月14日付より、クリックすると拡大できます)
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 オレンジで示した一節に古代学者の若狭徹氏の説が紹介されています。多分これはつい最近発刊された氏の著所からの引用ではなかろうかと考えています(私はまだ読んでいません)。
(図4:若狭徹氏の最近著作)
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 松木氏は「丸墓山古墳も予定された前方部をつけないまま終わった可能性があることを明治大学の若狭徹さんが指摘している。古墳の大元締めである大和王権の承認が下りなかったからだ。と若狭さんは推定する。」と若狭氏の推測を紹介しています。
 この若狭説には大いなる異論があります。この推論では近くの稲荷山古墳から発掘された“銘文が刻まれた鉄剣」に関する真っ当な(素直な)解釈を一切無視し、従来の大方の学者先生の説に随い「シキなる宮」を奈良盆地であると思い込んでいます。それが「大和王権の承認」なぞといった、荒唐無稽な推論に繋がっています。しかし、(2009年12月28日記事参照「シキの宮」 )は現在の埼玉県の志木にある宮戸神社なのです。
 
 (図4:埼玉(さきたま)古墳群の分布。クリックすると拡大できます)
170714埼玉古墳群無題

%%%%%ウイキ解説埼玉古墳群(さきたまこふんぐん)
 埼玉県行田市にある、9基の大型古墳からなる古墳群。「埼玉古墳群 −古代東アジア古墳文化の終着点−」として世界遺産への登録を推進している。
県名発祥の地とされる「埼玉」の地にあり、前方後円墳8基と円墳1基の大型古墳が残る全国有数の大型古墳群である。現在は国の史跡として整備がなされている。
なお、かつては大型古墳の周りに陪臣の小型古墳があり、円墳35基、方墳1基からなっていた。しかし、昭和初期に周囲の沼地の干拓で取り壊されてしまっている。
『日本書紀』によると534年、安閑天皇より笠原直使主(かさはらのあたいおみ)が武蔵国国造を任命され、埼玉郡笠原(現在の鴻巣市笠原)に拠点を持ったとされる。何の基盤もない当地に突如として、畿内に匹敵する中型前方後円墳が現れたこと、稲荷山古墳から出土した金錯銘鉄剣の銘に見える「ヲワケ」の父の名の「カサヒヨ」が「カサハラ」と読めることなどから考えれば、笠原を本拠とした武蔵国国造の墓ではないかという説[要出典]があるが、まだ不明確な点が多い。
古墳群は5世紀末から7世紀にかけて成立したと考えられている。
この地に古墳のあることは、江戸時代の『新編武蔵風土記稿』や『忍名所図会』(おしめいしょずえ)に記されている。また、付近に多くの古墳が存在したことは、「百塚」という字名からも知られる。 1893年(明治26年)には将軍山古墳が発掘された。1935年(昭和10年)の埼玉村古墳群調査で、前方後円墳11基、円墳11基が確認されている。1938年(昭和13年)8月8日には、9基の大型古墳が国の史跡に指定された。 1966年(昭和41年)以降、整備がはじめられ、1968年(昭和43年)に「風土記の丘」整備に先立つ航空写真測量で墳丘・濠の影(クロップマーク)が認められた[1]。同年8月に稲荷山古墳がその事業の一環として発掘調査された。この時出土した鉄剣から、1978年(昭和53年)9月の保存処理中に金象嵌銘文が検出されたことで、この古墳群が日本国中に知れ渡ることとなった。 その後、さきたま風土記の丘という公園として整備され(現在のさきたま古墳公園)、古墳のほかに移築民家(旧遠藤家、旧山崎家)、さきたま史跡の博物館、はにわの館(実際に埴輪を作ることができる)などがある。
• 埼玉県や行田市を中心として世界遺産への登録を目指しており、周辺の整備などを実施している。また、世界遺産登録の前段階として、国の史跡から特別史跡に昇格も視野にいれている[2] 。稲荷山古墳 - 金錯銘鉄剣が出土。推定全長120mの前方後円墳。後円部径62m。
• 丸墓山古墳 - 日本最大の円墳。直径約100m。
• 二子山古墳 - 武蔵国最大の前方後円墳。全長135mの前方後円墳。後円部径66m。
• 将軍山古墳 -全長101mの前方後円墳。後円部に横穴式石室の内部が見学できる展示館が設置されている。
• 愛宕山古墳
• 瓦塚古墳 - 形象埴輪が多数出土。
• 奥の山古墳
• 鉄砲山古墳 - 数少ない三重の周濠を持つ前方後円墳。全長112mの前方後円墳。
• 中の山古墳
鉄砲山古墳のすぐ東には浅間塚古墳があり、埼玉古墳群に含まれる場合がある。
埼玉古墳群の前方後円墳は、方形の多重周濠を持つことが明らかになっている。前方後円墳の周濠の多くは盾形をしており、方形の周濠は他に例が少なく[3]、埼玉古墳群の特徴の一つとなっている。また稲荷山古墳・二子山古墳・鉄砲山古墳・将軍山古墳の中堤に造り出しが付く点[4]、丸墓山古墳を除くと葺石が認められない点[5]、古墳の主軸がほぼ一定の方向を指している[6]などの特徴が認められる。
%%%%%
  このウイキ記事は興味深い観察事実を書き留めています。
「 古墳の主軸がほぼ一定の方向を指している[6]などの特徴が認められる。」の件(くだり)です。
この方位は私がホンブログで呼んできた「反シリウス」方位でもあります。これは藤原不比等による渡来族精神史の徹底的否定の表れと思っています。岡山県には「造山古墳」、「作山古墳」と言う巨大な前方後円墳があります。この古墳も「反シリスウス」方位です。藤原不比等による渡来宗教の徹底した忌避が貫徹されているのです(後日詳論します)。

 私は埼玉古墳は藤原不比等の指揮下で、東国制圧後、古墳に用いる部材はそのまま使いながら、構造体そのものは再構築されたと考えています。

安倍氏は政権を投げ出すのか?東夷征討軍の常陸国侵略経路

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:水田で小鳥を見つけましたコチドリ )
 

水田を 駆けずり回る コチドリか 三つ指跡が 泥土にくっきり 

 カメラに収まったのが”コチドリ“であるのか否か定かでありません。ネット上の写真と見比べました。いずれにしても、見るからに愛くるしい小鳥を神様がお創りになった意図はいずこにありや?なぞと微笑ましく、そんな思いでシャッタを押しました。

%%%%%板垣情報(1):トランプ大統領、プーチン大統領は、ハンブルクG20サミットで、口先だけの安倍晋三首相との「サシの首脳会談」を断った
2017年07月11日 板垣 英憲(いたがき えいけん)「マスコミに出ない政治経済の裏話」
◆〔特別情報1〕
 「米トランプ大統領は、日本の総理大臣である安倍晋三が、口先だけのリーダーなので、日本に割く時間は全くないと日米首脳会談を断った。日露首脳会談も断った」−これは、ドイツのハンブルクで開催されたG20サミット(7月7日〜8日)の裏舞台について、米国のトランプ大統領とロシアのプーチン大統領がそれぞれの「フェイスブック」のなかで特定の人のみ閲覧できるコメントから明らかになった「極秘情報」の1部である。「極秘情報」は「フェイスブック」に登録している「秘密グループ」(天皇陛下を戴く世界支配層「ゴールデン・ファミリーズ・グループ」が主なメンバー)だけが閲覧できる。メンバーとして登録されているある通信社が、「秘密グループ」に向けて詳報を開示したという。安倍晋三首相は、トランプ大統領、プーチン大統領との親密ぶりをアピールしていたけれど、実際には米ロ両大統領から、ほとんど信用されていないという事実が奇しくも暴露された。
%%%%%板垣情報(2):「狂暴宰相」安倍晋三首相は、政府自民党内で「安倍晋三首相を入院させるべきだ」という意見が出始めている(板垣 英憲)
2017年07月12日 板垣 英憲(いたがき えいけん)「マスコミに出ない政治経済の裏話」
◆〔特別情報1〕
 「狂暴宰相」安倍晋三首相は、共謀罪施行日の7月11日午後、ハンブルクG20サミット閉幕後、北欧外遊を1日早く切り上げて帰国、政府専用機のタラップを昭恵夫人とともに降りてくる際の表情は、険悪そのものだった。この日夕刻から国会議事堂周辺、JR新宿駅西口などで「共謀罪反対」を訴えるデモが行われた。安倍晋三首相が肩入れし「政府広報紙」に成り下がった読売新聞の世論調査(7月7日〜9日)でさえ、安倍晋三内閣の支持率は36%(前回調査49%から13ポイント下落)、2012年12月の第2次安倍内閣発足以降で最低を記録、不支持率は52%(前回41%)で最高となっている。「加計学園」(加計孝太郎理事長)岡山理科大学獣医学部新設疑惑をめぐり、野党各党が安倍晋三首相や加計孝太郎理事長を国会に呼んで、説明を求めるべきだと厳しい声を上げているなか、政府自民党内では、「安倍晋三首相を入院させるべきだ」という意見が出始めているという。
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 上記はいつもの板垣情報です。精度の高い上方とはいえないにしても、それなりに説得力を漢字、こうして転載しています。さて、我々が大きな関心を寄せるもり・かけ蕎麦スキャンダルです。国会予算委員会を安倍首相の出席を得て開催し、その場に和泉首相補佐官、杉田官房副長官などこの間の文科省文書に登場した少なくとも四名の内閣府官僚および加計理事長を証人喚問すべきと思っています。民進党山井国会対策委員長はその旨を自民党の竹下国会対策委員長に強く申し入れたが、竹下氏はそれを拒否したそうです。去る10日の衆参特別委員会で新事実が出ていないことが理由だそうです。それをフォローして菅官房長官は野党側の質問は「繰り返しが多く」新事実の解明に繋がらなかったとのたまわった。
 政府官邸が、文科省から指摘されている不明点を積極的に明るみにしない。それが根本的理由で、まさに屁理屈であります。先日の委員会でも和泉補佐官は出席を求められたにも関わらず出てこない。これこそが真相究明が進捗しない真因です。

 国民が国の政治のために選挙で選び政策実施を付託したのが並み居る国会議員先生様です。にもかかわらず、付託を負っている国会議員自身、すなわち阿部首相が自ら私利私欲追求にどっぷりはまっているらしいことをこの半年の経緯が明瞭に示しています。そして安倍首相に、自らそれを明らかにして国民にわびるなぞの期待が出来ないことは、上の板垣上方からも容易に予想できます。

 サテ、こうなると、我々国民はどのように鬱憤を晴らせばよいのか?まずは報道機関には頑張ってもら意、記者会見などでは、此れまでのキシャクラブの箍に囚われず、執拗に何時もんを浴びせて欲しいと思っています。素晴らしい先例を東京新聞の女性記者・望月氏が範を垂れています。各種世論調査では徹底して安倍氏にノーを突きつける回答をするよう国民の皆様にはお願いしたい。そして来るべき総選挙で安倍氏とその一味を国会から追放する。これしかありません。


+++++常陸国風土記・行方から香島へ
 常陸国風土記は、他の現存する他国・風土記同様、奈良政権の国土制圧の象徴的事跡としてしか語られてこなかった。その要点は以下のウイキがまとめています。
%%%%%参考(ウイキウイキ風土記 
風土記(ふどき)とは、奈良時代初期の官撰の地誌。元明天皇の詔により各令制国の国庁が編纂し、主に漢文体で書かれた。律令制度を整備し、全国を統一した朝廷は、各国の事情を知る必要があったため、風土記を編纂させ、地方統治の指針とした。[2]
『続日本紀』の和銅6年5月甲子(ユリウス暦713年5月30日)の条が風土記編纂の官命であると見られている。ただし、この時点では風土記という名称は用いられておらず、律令制において下級の官司から上級の官司宛に提出される正式な公文書を意味する「解」(げ)と呼ばれていたようである[2]。なお、記すべき内容として下記の五つが挙げられている[3]。
1. 郡郷の名(好字を用いて)
2. 産物
3. 土地の肥沃の状態
4. 地名の起源
5. 伝えられている旧聞異事
%%%%%
 八世紀はじめ、日本列島の「来し方」を記載する古事記、日本書紀が撰上され、此れを補足する形で各国の風土記がまとめられた、と続日本紀は書きます。これが、今日までの一貫したこの文書への理解であったのです。つまり、各地の美しい景色、物産、風土を記載する資料に過ぎなかったのです。概して、この古文書は権力に歴史と言うよりは、民俗史としてしか解読されてこなかったのです。

 しかし、古事記・日本書紀編纂の元締めたる藤原不比等の東国への並々ならぬ警戒心を勘案するならば、少なくとも常陸国風土記については、上記五点を柱とした編纂にとどまっていないことおこれまで書いて来ました。編纂者による何がしかの後世へのメッセージが行間或いは紙背に見え隠れしていると私は書いて来ました。

 既に書いたことの繰り返しですが、常陸国風土記は国を構成する九つの郡について記載します。なぜか、行方郡に関する記載は2016年12月23日記事 (常陸国風土記構成 )で書いたように多くの字数を用いているのです:

%%%%%下記は常陸国の各郡について「風土記」〔小学館.刊〕が使っている頁数です。香島、行方郡がダントツに多いことがわかります。
総記(3頁)、新治郡(2頁)、筑波郡(5頁),信太郡(3頁)、茨城郡(5頁)、行方郡(17頁)、香島郡(14頁)、那珂郡(4頁)、久慈郡(8頁)、多珂郡(5頁)
%%%%%
 何と行方郡は17/66=26%,鹿島は14/66=21%,つまりこの二つの群の記述で全体の記述の47% ほぼ半分を占めているのです。此れについて、研究者はそれほどの注意を払っていません。

 もう一つ着目すべきは群の記載順序です。郡の登場する順番2は、当時の政治情勢が厳しく反映されていると見るべきです。 なぜか、記載の先頭には常陸国の西縁「新治郡」に始まるのです。そして以後の記載順が下図です。
(図1:常陸国風土記、群記載順序、夜刀神率いる現地人の抵抗線跡地は現在の玉造周辺と思われる(図底部中央)。)
170712進軍路無題


 後にも触れますが、常陸国風土記には八柱の天皇が十八回登場しますが、そのうち五回は倭武、三回は祟神天皇です。このお二人の天皇こそ東国の制覇に出陣したと古事記・日本書紀は書きます。しかし、その東国への経路は必ずしもつまびらかではありません。にもかかわらず、大方の研究者は、お二人は、東夷征討軍事行動は鹿島への先端上陸に始まったのだろうと考えています。
 参考までに常陸国風土記に登場する天皇(原文は和風諡号で記述されるが、便宜上漢風諡号を用いている)。
  
 %%%%%行方郡の条に登場する天皇を列記してみます。
孝徳(総記)
倭武(総記)
古老:祟神天皇(新治)
古老:祟神天皇(筑波)
古老:景行(信太)
古老:倭武(信太)
昔:倭武(茨城)
古老:孝徳(行方)
昔:倭武(行方)
古老:継体(行方) 夜刀神
古老:孝徳(行方)
天武(行方) 馬
昔:景行(行方) 霞
天武(行方)麻続(潮来)
古老:祟神天皇(行方)安婆(江戸崎)
建貸間(行方)激しい戦闘
神功(行方) 田里
倭武(行方) 大生
%%%%%
 この天皇の登場から推測できることは、常陸国風土記の編纂は五世紀巷間から六世紀にかけての「武王」(倭武尊)の時代と、七世紀末から八世紀初頭にかけての東夷征討軍の時代(具体的にはsれが祟神天皇紀、これは大事な点ですので後日詳述します)を意図的に混在させているのです。

 上の図の郡記載順序は、巷間伝えられる(記紀が書くという意味)倭武(ヤマトタケルのみこと)の東征順路とは著しく異なっています。そもそも、鹿島から上陸するにしてもその前段、即ち安房、上総、下総ではどうであったのか?全く記載がありません。私は現在の千葉県での”風土記”記述が無いことと、常陸国風土記郡の記載順序とは密接に関係しあっていると考えています。

 この議論の中心には「香島=渡来族・アイヌ族連合軍本拠地」との発想が置かれるべきなのです。幸いにしてこの発想は、現在においても、誰にでも地学として検証出来る即ち歴史的事実であることは2010年1月1日の記事八溝山−鹿島・聖線で書いていますので、ここでは繰り返しません。
(図2:八溝山・静。吉田。鹿島神社の直線状配列)
hitati150729

 図2から導き出される結論は、
(1)五世紀末にこの連合体による本陣が設営され、
(2)そこからこの連合体は日本列島東岸を西に移動し、
(3)九州に達し、在来の邪馬台国住民と政治的合体を遂げた
と私は考えています。
 全国にある「ヤサカ」神社の由来は「邪馬台国」の「ヤ」と渡来族・アイヌ族連合体の首領「サカ」族からつくられた呼称と考えています。これについては後日考察します。

 当然、藤原不比等を統帥とする東夷征討軍は本拠地(本陣)が設営されている鹿島を目指したのです。征討軍は下毛野国(現在の栃木県南部)から常陸国中西部に侵入します。あえて、下総国を経由しなかった理由は、現在の千葉県には強力な東夷(渡来・アイヌ連合体)の勢力が存在していたからであろうと思っています。残念ながら、下総・上総、そして安房、さらには武蔵国での事跡は文字として残されたものが廃棄されたのか、そもそも文字文化が無かったのか、それすらも不明です。しかし、「死の国」へ通ずることを意味する「とね」川(「ね」は死の世界を意味する)が下総国の南、現在の江戸川であることを思えば、その東側にある現在の千葉県でも悲惨な殺戮の戦いが東夷軍によって仕掛けられていたに違いありません。これはいずれ、詳しく考察します。

 概略、上述したような、東国での政治・軍事情勢から東征軍の常陸国軍事進出はその西側縁から始まるしかなかったのです。その経路が上の図1に示されています。途中経路にあたる郡風土記の解読は、すでに本ブログでなしてきましたから繰り返しません。東征軍にとって一番の難関と想定される行方郡には直接向かわず、そこを包囲するように迂回・進軍していることが図1の矢印を追ってゆくことから見えてきます。

 どうやら常陸国風土記の編纂は他の風土記とは全く異なる、いわば東夷征討軍の事跡をなぞって書かれたのではなかろうかとの推測に達します。こうして図1に示すように、現在の玉造近辺で最大の戦闘があったと考えています。この地は霞ヶ浦と北浦を結ぶ海域に北から突き出した謂わば半島状の地で二つの浦をつなぐ常陸海(常陸の海、現在の利根川)に突き出しています。この半島状地形の中間あたりに夜刀(ヤズド)勢力が鹿島の本陣のいわば前哨地としてしかるべき軍勢を配置していたのです。
(つづく)
 
+++++科学技術トピックス
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(1)太陽光発電がコスト低下で躍進へ、将来最安の選択肢にも   
ここ1、2年で、太陽光発電の世界で何かが変わった。
間もなく世界中に太陽光発電が浸透すると期待しているのは環境保護主義者だけでない。
冷静な公益事業担当エコノミストも今ではコスト見通しを検討し、わずか数年前ならば頭がおかしいと思われかねなかった結論に達しつつある。
太陽光発電のコストは低下が続いており、今や多くの地域で石炭火力発電を下回っている。10年もしないうちに、ほぼすべての場所で風力や天然ガスを下回る、最もコストの安い選択肢になる公算が大きい。
だが、コストだけが状況を変えているわけではない。
屋根タイル一体型の太陽光パネルや、夜間や曇りの日に電力潮流を安定させるために必要なバッテリー技術の進歩といったイノベーションが、太陽光発電向け補助金の削減や化石燃料に肩入れする米大統領の影響を相殺している。

環境保護団体のグリーンピースは長いこと、太陽光発電は世界のエネルギー需要を満たし得ると繰り返し主張してきた。
ブルームバーグ ニュー エネルギー ファイナンスは、太陽光発電が世界全体の発電能力に占める割合は15年の4%から増加して40年には29%に達すると予想している。
化石燃料支持派は、太陽光発電は太陽が照っていない時は発電できないため、決して実用的な電力源にならないと主張するが、
太陽光・風力発電支持派は自然に左右される発電の性質に対処して行く上で必要な蓄電技術はそれほど遅れていないと反論。

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%%%%% (2)蚊をひきよせる原因とは何か?高校生が大発見!
蚊をひきよせる原因とは何か。
高校生が世界的大発見をしました。

「なぜ妹ばかり蚊に刺されるの?」疑問に思った兄。
「本当に何とかしてあげたいと思って」中学生の時に独自に蚊の研究をスタートしました。
衣類や帽子などで蚊の反応を観察した結果、蚊が靴下に興奮することに気づきました。
しかし靴下が特に臭うワケではありませんでした。

そこで、注目したのが足の裏の「菌」です。
蚊に刺されやすい妹は兄よりも足の裏にいる「常在菌」の種類が3倍多いことを突き止めたのです。
足首から下をアルコールで消毒すると、蚊に刺される箇所が3分の1まで減少しました。
妹を思う気持ちが 世界的な大発見へとつながりました。
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加計問題論点

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:前回のブログ更新日は7月7日、七夕(たなばた)でありました。思えば旧暦では文月、初秋です。例年どおり、まずは私が近所の藪で枝振りの良い笹を見つけ、家内が飾り付けをしました。この日の月齢は13日。ほぼ満月に近い月が浮かんでいました)
七夕2610


 短冊を 笹の小枝に ぶらさげて 孫子(まご・こ)の無事と 息災祈れり

+++++前川前事務次官の参考人招致の中心的論点
 本日、朝から夕まで前川前事務次官を参考人として国会に招致しての議論が放映されます。そこでの重要論点を官側、そして、反官側の視点から整理したものを以下に列記しておきます。
 しかし、でありますよ。下の論点にかみ合う議論は皆無でありました。それ以前、とりわけ自民党・公明党の質問は、なんとか失言狙いと言うものでありました。一方、民進党はそこそこでありましたが、共産党はエース不在。色々批判しても今日はそれなりに期待していたんですがね。
 それにしては、前川氏の落ち着き払った理路整然とした答弁、深く感銘を受けた次第です。と言うわけで、以下の論点は次の機会に再度参照したいと思っています。

%%%%%官側の主張

前川前事務次官の参考人招致(経済コラムマガジン)-官邸擁護派高橋洋一氏の主張まとめ
おそらく与党側参考人(原氏、加戸氏)はこう主張するでしょう。参考用にどうぞ。
「前川前事務次官の参考人招致
・ワーキンググループの位置付け
都議会選では、都民ファーストの会が大勝し自民党が予想外の大敗を喫した。この敗因は色々と指摘されている。まず公示日の前日、秘書に対して暴言を浴びせ暴力を振っていた自民党議員の話が週刊誌に掲載された。また稲田防衛大臣の不規則発言的な選挙応援演説が問題になった。選挙終盤で下村都連会長の「ヤミ献金問題」が週刊誌で報じられた。
これらに加え、森友学園、加計学園の問題が尾を引いていた。さらに公明党が自民党ではなく都民ファーストと連携を組んだことが大きく影響した。たしかにこれだけの悪条件が揃えば、今回のような大敗が有り得るのだと筆者も納得している。
ただ暴言議員に代表される「自民党の魔の2回生」については言っておきたいことがある。自民党の2回生は安倍政権の「風」だけで当選してきた「問題児」の集りという評価が定着している。しかしこの2回生の20名弱が集り「政策目標になっているPB(プライマリーバランス)の放棄」や「積極財政」を訴える勉強会を始めた。このように極めてまともな2回生の国会議員がいることに筆者は注目している。
最近のマスコミの攻撃は自民党や安倍政権全体ではなく、安倍総理個人に照準を絞っている。森友学園、加計学園問題はまさに安倍総理やその近辺を狙ったものである。これらの問題に対する総理の国会答弁が感情的になると、「一強体制の驕り」とさらに畳み掛けるような批難を浴びせる。このようにマスコミは安倍総理個人を攻撃することが最も効果的であり有効と分かっている。
安倍一強体制へのマスコミの攻撃が、ここ半年ほど激しくなっている。今回はテロ等準備罪(共謀罪)法案の成立阻止が主な狙いだったと筆者は見ている。今後、安倍政権が憲法改正に動けば、安倍総理個人への攻撃はさらに激しくなるものと覚悟する必要がある。
マスコミが総理への個人攻撃に使っている題材はいい加減で、根拠が薄弱なものが多い。先々週号から取上げている「家計学園の獣医学部新設騒動」もその一つと筆者は見ている。国会は7月10日に前川前事務次官を参考人に招致することを決めた。そこで筆者が考えるこの参考人招致のポイントを今週は取上げる。
先週・先々週号は新聞・テレビで見聞きしネットで調べたことを中心に書いた。今週は、これらに加え月刊文芸春秋7月号の前川氏の手記と国家戦略特区ワーキンググループ議事録、さらに閣議決定議事録を参考にした。ちなみにこれらの議事録はネットで公開されている。高橋洋一氏がリンクを張っているので、これを検索サーバーを使って見つければ良い(高橋洋一、ワーキンググループでヒットする)。
まず先週・先々週号の訂正から始める。16年3月末に担当課長レベル(文科、農水、内閣府)の会議が開かれたとしたが、文科省が準備ができなかったので(獣医学部新設はまかりならぬという挙証責任が果たせなかった)流会となっていた。したがって議事録はない。また担当課長レベル(文科、農水、内閣府)の会議と記したが、正式名はワーキンググループである。
一回目のワーキンググループは15年6月8日に開かれた。メンバーは特区有識者委員、文科省(課長、課長補佐)、農水省(課長、課長補佐2名)、事務局として内閣府の担当4名であった。ここで議論がなされ「既存の獣医学部で対応できない新たなニーズに応える獣医師を養成するのなら認める」と決定された。ちなみに議事テーマは国際水準の獣医学教育特区(愛媛県・今治市)と明らかに加計学園を念頭に置いていた。対立の図式としては新設推進派は特区有識者委員と内閣府であり、反対派が文科省と農水省であった。
一回目のワーキンググループの結論を受け、15年6月30日に4条件を付け獣医学教育特区が閣議決定された。ただ4条件は獣医学部新設に高いハードルを課すものであった。当時の石破茂地方創生相が無理矢理ねじ込んだものと前川氏も言っている。石破氏は昔からのバリバリの農水族であり、明からに獣医師会の意向を受けこの4条件を入れたと筆者は見ている。ともあれ閣議決定で本年度中(つまり16年3月末日までに・・実際には文科省の不手際で流会)に結論を出すことが決められた。したがって16年3月末日までに挙証責任を果たせなかった文科省の負けであり、獣医学部新設は認められてしかるべきであった。ここで結論の先延しを願い出たのが文科省であった。
・二回目ワーキンググループで全てが決定
延長戦の二回目のワーキンググループは9月16日に開かれた。メンバーは特区有識者委員、文科省(課長、課長補佐)、農水省(課長、課長補佐)、事務局として内閣府は藤原豊審議官1名であった。議事テーマは獣医学部新設である。
この会合は獣医学部新設の可否を最終的に決めることが目的であり、反対する省はその挙証責任を果すことになっていた。文科省は許認可権を持っているのだからこの挙証責任があり、この場でこれを示す必要があった。ところが文科省は獣医学部新設に関わる4条件についての資料を提出し説明しただけであった。もし反対するための挙証責任を果すとなれば、当然、文科省は獣医師の需要予測を含め様々な客観データ(経営主体の財務状況なんかも必要になると思われる)を示す義務があった。ところがなんと文科省はこれらは今後検討すると言出した。
一方、同様に反対の立場だった農水省は「農水省からは特に説明はない」「新設については特段コメントをする立場にない(ただし獣医師が不足しているという認識はない)」と明らかに戦線離脱している。これまでの特区有識者委員・内閣府VS文科省・農水省という図式は、特区有識者委員・内閣府VS文科省に変わった。
文科省が挙証責任を果たせないのだから、どうも文科省を除く出席者(特区有識者委員、内閣府、農水省)は獣医学部新設はここで決まったと思ったはずである。大した議論もなく二回目のワーキンググループはわずか22分間で終了し、もちろん「総理のご意向」なんて話は一切出ていない。この会合で新設が決まって動きは速まり分科会が開かれ、最終的に国家戦略特区諮問会議(11月9日)で正式に決着した。16年12月22日の内閣特命担当相、文科相、農水相の正式合意はセレモニーである。
山本幸三地方創生相の認識では、まず16年3月末に文科省が挙証責任を果たせなかったことで新設は事実上決まったという。延長戦の9月16日の二回目のワーキンググループでまたしても文科省は挙証責任を果たせず、これで最終確定したと山本大臣は認識している。高橋洋一氏も全く同じ認識である。筆者は、二回目のワーキンググループで99%が決まり、国家戦略特区諮問会議で100%決まったという感想を持つ。
ところが驚くことに文科省は全く異なった認識を持っていたようである。二回目のワーキンググループこそが、これで新設が決まるという重要な会合という認識が全くなかったと見られる。もしこれによって政府の意思決定がなされるなら、当然、十分事前準備をして、さらに文科省内でどのようにワーキンググループに臨むか話合いが持たれ、様々な根回しがあったたはずである(例えばどこまで妥協するかとか)。
しかしそのような気配は微塵も見られない。おそらく需要予測なんかは反対する農水省が用意しているだろうと甘く考え、文科省は何も準備していない(まさか農水省が反対派から離脱するとは思わなかったと見られる)。おそらく担当者(課長、課長補佐)は二回目のワーキンググループ会合で全てが決まることさえ知らなかったと筆者には思われる。明らかにこれは担当者の大失態である。しかしここからが大変であったと思われる。この会合で新設が決まると知り、おそらく担当者は必死に文科省内への言い訳を考えたと思われる。それが「総理のご意向」という怪文章となったと筆者は見ている。
筆者は、このような文科省のていたらくを生んだ一つの要因は、担当者が変わったことと見る。一回目ワーキンググループの文科省の出席メンバーは北山課長、牧野課長補佐であったが、二回目ワーキンググループは浅野課長、辻課長補佐に変わっている。人事異動があったのである(おそらく前川事務次官就任が6月であるから、この頃省全体で異動があったと考える)。どうも担当者同士の引継ぎが適切にされていない可能性が極めて強い。つまりワーキンググループ会合が最重要という認識が新メンバーに引継がれていないのである。
月刊文芸春秋7月号の前川氏の手記にはこの最重要のワーキンググループの話は一切出ていない。あってはならないことであるが、いまだに前川氏はワーキンググループのことをよく知らない可能性がある。つまり獣医学部新設に関する政府の意思決定の段取りやルールを、事務次官だけでなく担当者も全く知らなかったと筆者は見ている。したがってその後内閣府などとギクシャクを起こしているのも、この文科省官僚の非常識が原因と筆者は思っている。
前川氏は手記で、10月23日の福岡の衆議院補選の結果しだいでは、獣医学部新設の結論が覆るかもしれないと思ったとトンチンカンなことを書いている。この補選では麻生副総理(獣医師問題議員連盟会長)の盟友である蔵内氏(獣医師会重鎮)の子息と故鳩山邦夫氏(安倍総理の応援団きさらぎ会を主宰)の子息の一騎討ちになっていた(結果は鳩山氏の子息の圧勝)。
しかし獣医学部新設はこの一ヶ月以上前の9月16日のワーキンググループ会合で既に決定しているのである。獣医師会も「新設を1校に限り認める他はない」とかなり前に方針を転換していたと筆者は見ている。だから二回目ワーキンググループで農水省側は全く反対論を出していない。それにしても事務次官を始め文科省官僚のデタラメさは度を越している。もし文科省が民間企業だったら、何十回も倒産していてもおかしくない。ともあれ前川前事務次官は参考人招致で、「私は部下を信じている」で逃切る算段でいると筆者は思っている。

今週号は10日に前川前事務次官の参考人招致が行われるので早めにアップした。 」
%%%%%

次にこの主張が成り立たないことを主張する郷原信郎氏の指摘です。上記の高橋氏の立論は完膚なきまでに粉砕されていると私には思えます。
%%%%%加計問題での「挙証責任」「議論終了」論の崩壊
投稿日: 2017年7月9日投稿者: nobuogohara
昨日(7月8日)放映のBS朝日「激論!クロスファイア」(司会田原総一朗氏)に、元大蔵官僚の高橋洋一氏とともに出演した。 

森友学園問題・加計学園問題に関して、安倍内閣の不誠実な対応、疑惑の高まりで、安倍内閣への支持が大きく低下し、都議選でも自民党が歴史的惨敗したことなどを受けて、加計学園問題が、改めて取り上げられた。
当初、菅官房長官が「怪文書」等と言っていた「総理のご意向」文書の存在が、文科省の再調査の結果、否定できなくなった後、山本地方創生担当大臣は、
今回の話というのは、(国家戦略特区)ワーキンググループで議論していただいて、去年の3月末までに文科省が挙証責任を果たせなかったので、勝負はそこで終わっているんですね。もう1回、延長戦で9月16日にワーキンググループやってますが、そこで議論して、もう「勝負あり」。その後に何を言っているのかという気がして、私はなりませんけども。
などと述べている。【山本幸三・地方創生相、加計学園問題の「勝負は終わっている」】
このような「挙証責任」「議論終了」論による文科省批判は、高橋氏が、朝日新聞が「総理のご意向」文書をスクープした時点から行っている。その後、前文科省次官の前川喜平氏が記者会見で、加計問題で「文科省の行政が捻じ曲げられた」と発言するようになって以降は、高橋氏の前川氏批判の根拠にもなっている。
高橋氏の主張は、単なる個人的な主張というだけではなく、今では、担当大臣による安倍内閣の「公式な主張」にもなっている。そればかりか、現在の状況からは、加計学園問題での安倍内閣防衛ラインが、この「挙証責任」「議論終了」論だと言っても過言ではない。
そのような状況を踏まえて企画されたのが、加計学園問題についての「安倍政権の主張」の提供者とも言える高橋氏と私との討論番組だったものと思われる。
獣医学部の認可に関する国家戦略特区での議論の経過は、以下のように整理できる。
2014年7月18日 第1回新潟市区域会議:新潟市追加要望項目の1つに獣医学部新設
8月 5日 WG:文科省・農水省ヒアリング(7/18要望について)
8月19日 WG:文科省・農水省ヒアリング(8/5WGの続き)
2015年6月 8日 WG:文科省・農水省
6月30日 閣議決定:獣医学部新設の4条件が明示される
12月15日 第18回諮問会議:「広島県・今治市」特区指定が決まる
2016年3月24日 第8回関西圏区域会議:京都府が獣医学部の設置提案
9月 9日 第23回諮問会議:重要6分野の1つとして獣医学部新設が挙がる
9月16日 WG:文科省・農水省(2015/6/8WGの続き)
9月21日 第1回今治市分科会:獣医学部提案、
10月4日 第24回諮問会議:9/21提案について・告示への問題意識提起される
10月17日 WG:京都府(京都産業大構想の説明)
11月9日 第25回諮問会議:「広域的に獣医師系養成大学等の存在しない地域に限り獣医学部の新設を可能とするための関係制度の改正を直ちに行う」ことを 決定
高橋氏は、
需要見通しについて文科省に『挙証責任』がある
2016年3月末の期限までに挙証責任を果たせなかったことで『議論終了』
文科省の『負け』が決まり、『泣きの延長』となった2016.9.16時点でも予測を出せずに完敗
文科省文書はそれ以後のもので、文科省内の『負け惜しみ』
という従来からの自説を展開したが、その「挙証責任」「議論終了」の論拠は全く示せなかった。
獣医学部の認可については、2014年の8月に、新潟市の提案に関連して2回のワーキンググループ(以下、「WGが」)開かれ、文科省・農水省からのヒアリングが行われている、そこで、小動物、産業動物、公務員獣医師という既存の獣医師の分野の需給に大きな支障が生じることはない、という説明がなされ、一応議論は終わっている。
そして、2015年6月8日のWGで、今治市からの提案を受けて、「ライフサイエンスなど獣医師が新たに対応すべき分野」に関して議論が行われ、ここで、「新たな分野」についての対応方針を文科省が示したのを受けて、「ライフサイエンスなどの獣医師が新たに対応すべき分野における具体的な需要」を前提に、獣医学部の新設を検討するとの閣議決定が行われているのである。
このような経過からも、「ライフサイエンスなどの新たな分野」が議論の核心であることは明らかだが、それを高橋氏は全く認識していなかったらしく、私からの反論の冒頭で、高橋氏が「挙証責任」の対象としている「需要見通し」とは、獣医師のどの分野の見通しなのか、と質問したのに対して、高橋氏は「全体の見通し」と答えた。その時点で、高橋氏との議論はほぼ終了したに等しかった。
その後、「9月16日WGで議論が終了した」という高橋氏の主張の誤りを、諮問会議やWGの議事録に基づいて指摘したが、これに対して、高橋氏は、
文科省が挙証責任を果たせなかった時点で終わっている
終わっていなかったら、課長レベルではなく、上のレベルで話をする
などと譫言のように繰り返すだけであった。なぜ、ライフサイエンス等に関して具体的かつ充実した説明をした京都産業大学ではなく、加計学園が認可の対象に選定されたのかという疑問に対して、
申請した順番で決まる
と答えたことには、唖然とせざるを得なかった。
番組では、高橋氏が無理解を露呈し、「閣議決定により文科省に挙証責任がある」と譫言のように繰り返したため、そもそも高橋氏の「挙証責任」「議論終了」論が成立するのかという点についての議論はできなかった。
担当大臣の山本氏も、この高橋氏の主張の「受け売り」で同じように述べており、もはや公式の主張になっているので、明日(7月10日)国会で開かれる「閉会中審査」での、前川氏や、国家戦略特区WGの民間委員で獣医学部の認可の議論にも終始関わってきた原英史氏(高橋氏が会長を務める「株式会社政策工房」社長)の参考人質疑でも、主要な論点となるものと思われる。それだけに、高橋氏が説明できなかったところも含め、この「挙証責任」「議論終了」論の是非について、検討をしておくことが必要であろう。
ここで、まず問題になるのは、2015年6月30日の獣医学部認可に関する「4条件」(いわゆる「石破4条件」)の閣議決定の趣旨である。以下に、正確に閣議決定の内容を引用する。
現在の提案主体による既存の獣医師養成でない構想が具体化し、ライフサイエンスなどの獣医師が新たに対応すべき分野における具体的な需要が明らかになり、かつ、既存の大学・学部では対応が困難な場合には、近年の獣医師の需要の動向も考慮しつつ、全国的見地から本年度内に検討を行う。
ここで書いてあることは、 峺什澆猟鶲銅臑痢廚弔泙蝓国家戦略特区で獣医学部の新設を提案していた「主体」(この時点では新潟市と今治市)から、「既存の獣医師養成でない構想」が具体化されることが大前提であり、それは、文科省が行うことではない。そして、そのような構想が具体化した場合に、次に、▲薀ぅ侫汽ぅ┘鵐垢覆匹僚丹綮佞新たに対応すべき分野における具体的な需要が明らかになること、4存の大学・学部では対応が困難な場合、という2つの条件が充たされることで、次の、ぁ崕丹綮佞亮要の動向を考慮して」、「全国的見地から《本年度内に》に検討を行う」ということになるのである。
したがって、この閣議決定からは、まず「構想の具体化」がなければ、文科省としては、義務は何も生まれないのであり、文科省としては、閣議決定を受けて構想が具体化した場合に備えて、「獣医師が新たに対応すべき分野における具体的な需要」や、「既存の大学・学部での対応状況」などについての調査検討を一応行うであろうが、「需要見通し」についての「挙証責任」などという話が出てくる余地はない。
したがって、この閣議決定の文言を見る限り、
文科省が「挙証責任」を負い、2016年3月末の期限までに「挙証責任」が果たせなければ、自動的に「文科省の負け」となって、告示の例外を認めて獣医学部の設置認可をせざるを得なくなる
とは全く言えないのである。
それに加え、この閣議決定に関しては、当時の担当大臣の石破茂氏が、最近になって自らのブログのインタビュー動画で、以下のとおり説明している。
(1)獣医学部は50数年作ってこなかった。それにはそれなりの理由があるが、新しく作るということにするとすれば、今まで認めてこなかったわけだから、新しい原則がいる。「石破4原則」というが、閣議決定しているので、安倍内閣全体の方針。新しく今まで認めてこなかった獣医学部・獣医学科を認めるとするならば、新しいニーズ、新しい必要性が生まれた、たとえて言うと感染症対策・生物化学兵器対策とか。アメリカには獣医の軍人がいる。軍馬だけでなく、いわゆる生物化学兵器に対処するためには獣医の軍人がいるだとか。そういう新しいニーズが生まれた、というのが一つ。もう一つは、新しいニーズに対応するだけの立派な教授陣、立派な施設とかがある。東京大学農学部獣医学科でもできないし、北海道大学農学部獣医学科でもできない、この新しい学校でなければできない、というのが3つ目の条件。今獣医さんが足りないわけではなく、犬や猫のお医者さんはいっぱいいる。だけど産業用動物と言われる牛とか豚とか、そういうお医者さんは足りない。新しく獣医学部を作っても、獣医全体の需給のバランスに悪い影響を与えないよね、ということ。さらに進めて言えば、牛や豚のお医者さんが充足されるようになる。
(2)つまり、新しいニーズができ、それに対応できるだけの立派な教授陣、立派な施設がある、今ある獣医学部ではできない、全体の獣医さんバランスに悪い影響を与えない、という4つの条件をクリアしたら、今までダメと言ってきたのを認めようという原則・条件を内閣全体として決めた。だから、石破4条件というのは、私は心外で、安倍内閣4条件と言ってほしい。
(3)獣医は全国いくつもの大学で養成しているが、大体充足しているということになっている。自由競争に任せればいい、いっぱいライセンス持った人を作って需給は市場が決める、というのも一つの考え方だが、今まで政府・文科省としては、せっかくライセンス持ってても仕事がない人いても大変だし、どんどん給与が下がっていってもそれは畜産業全体のためにもよくない、という色んな配慮があって、獣医さんの数を増やさないようにしてきた。獣医学部は従来4年だったのが、1980年代から6年に伸ばして高い能力を持つようになった。人間の病気と一緒で治療方法間違えたら大変なことになる。蔓延したらその地域の畜産業全体がすごいダメージを受ける。最近でも、狂牛病、鳥インフルエンザとかがある。それは、酪農家や畜産家だけの対応では限界があって、きちんとした能力を持った獣医さんが適切に対処するというのが畜産業全体、酪農全体のために大事なこと。
石破氏は、(2)で、 (ア)「新しいニーズができ」、(イ)「それに対応できるだけの立派な教授陣、立派な施設がある」、(ウ)「今ある獣医学部ではできない」、(エ)「全体の獣医さんバランスに悪い影響を与えない」とわかりやすい表現で、4つの条件を説明しているが、このうち、(イ)が上記,法(ア)が◆(ウ)が、(エ)がい紡弍するものと解される。
いずれにせよ、当時の担当大臣が、閣議決定の内容について明確に説明しているのであり、上記のとおりの趣旨であることに疑いの余地はない。
しかも、石破氏は、(3)で、従来、獣医の数を増やさないようにしてきた政府・文科省の政策の理由について、「十分な能力を持った獣医が適切に対処するのが畜産業全体、酪農全体のために必要」と説明している。
獣医学部の新設を一律に認めてこなかった従前の告示には相応の理由があり、基本的にそれを維持していく方針の下で、「新しいニーズ」「それに対応できるだけの教授陣・施設」「既存の獣医学部では対応できない」「獣医全体の需給関係に影響を与えない」という4条件が充たされた場合に限って獣医学部の新設を認める趣旨であることは、石破氏の説明からも明らかだ。
結局のところ、現在の担当大臣の山本氏が、そのまま受け売りしている「高橋氏の主張」のように、《期限までに「需要見通し」を示さなかったら自動的に「文科省の負け」になって議論が終了して、告示の例外を認めざるを得なくなる》ということではないことは、閣議決定の文言からも、石破氏の説明からも、疑いの余地のないところである。
上記のような「挙証責任」「議論終了」論は、その「期限」として設定されたとする「2016年3月末」の前後の、この問題の動きからも明らかだ。もし仮に、そのような期限が設定されていて、文科省側が挙証責任を果たさない限り告示改正ということになるのであれば、内閣府側でも、国家戦略特区WGのヒアリングを開いて、期限までに文科省がどのような検討を行い、どのようなことを「挙証」できたのかを確認するのが当然であろう。
しかも、高橋氏の主張どおり、期限までに挙証責任を果たさなかったため「議論終了」になったのであれば、同年4月から5月にかけて開催された国家戦略特区諮問会議で、そのことが議題に上がるはずだが、全く議題にはなっていない。
これらのことからも、「平成28年3月末の期限までに需要見通しを示さなかったら自動的に文科省の“負け”になって議論が終了する」というような話ではなかったことは明らかだ。
その後、獣医学部の認可の問題が国家戦略特区諮問会議で取り上げられたのは、9月9日で、民間議員の八田氏が岩盤規制の一つとして「獣医学部の設置」の問題を挙げ、最後に安倍首相が、総括の中で
本日提案頂いた「残された岩盤規制」や、・・・をこれまで以上に加速的・集中的にお願いしたいと思います。
と発言し、それを受けて、獣医学部の認可をテーマに開かれた9月16日のWGの冒頭で、内閣府の藤原氏が
先週金曜日に国家戦略特区の諮問会議が行われまして、まさに八田議員から民間議員ペーパーをご説明いただきましたが、その中で重点的に議論していく項目の1つとしてこの課題が挙がり、総理からもそういった提案課題について検討を深めようというお話もいただいておりますので、少しそういった意味でこの議論についても深めていく必要があるということで今日はお越しいただいた次第でございます。
と発言し、その時点から、改めて獣医学部の認可の問題について「議論を深めていく」とされている。そのWGの最後で、藤原氏は、
今まさに、提案の具体化なり提案者の今後の意向みたいな話がありましたけれども
今治市の分科会は21日に開催させて頂きまして、まさに提案自治体である今治市、商工会議所の方と委員の先生方も含めて、そのあたりのまた詰めがございます。
今治市だけではなく、てこの要望は今、京都のほうからも出ていまして、かなり共通のテーマで大きな話になっておりますので、WGでの議論もそうですが、その区域会議、分科会のほうでまた主だった議論をしていくということになろうと思います。
と発言して、議論を締めくくっている。このことからも、9月16日のWGで「議論終了」などとは到底言えないことは明らかである。
この時点では、閣議決定の「4条件」からすると、文科省の告知を改正して獣医学部を認可するべき条件は一つも充たされていない。しかも、それは、文科省側の問題ではなく、「現在の提案主体による既存の獣医師養成でない構想が具体化」という前記「4条件」の,両魴錣充たされていない状況だったことから、藤原氏は、上記のように締めくくって、さらに今治市分科会や今後のWG等で議論を継続していくと述べたのである。
そして、藤原氏が述べたとおり、その後、今治市分科会が開かれて、今治市側から市長や商工会議所顧問の加戸氏が出席して、特区構想についての説明がなされるが、獣医学部の新設については従来どおりの抽象的な構想にとどまっていたので、10月17日のWGで京都産業大学関係者のヒアリングを行い、ここで初めて具体的かつ充実した資料に基づき「ライフサイエンス等の新たな獣医師の分野」についての具体的な説明が行われた。 ここで、閣議決定の「4条件」のうちの,両魴錣鮟爾燭慌椎柔のある「具体的な構想」が明らかにされたのであるから、本来であれば、この後、さらにWGで、文科省、農水省のヒアリングを行って、それを踏まえて、△離法璽困砲弔い討慮‘ぁ↓の既存の大学で対応可能か否かの検討を行って、最終的に、い僚丹綮嫣澗里亮給動向を考慮して、告示の改正の是非を議論するということになるはずである。
ところが、そのようなプロセスは全くなく、その後WGの議論が全く行われないまま、11月7日に、安倍首相も出席した国家戦略特区諮問会議が開かれ、そこで、「広域的に獣医師系養成大学等の存在しない地域に限り獣医学部の新設を可能とするための関係制度の改正を直ちに行う」ことが決定された。その際の山本担当大臣の説明は
文科大臣がおっしゃったように、この件については、今度はちゃんと告示で対象にしようということになったので、改正ができるようになった
ということだった。
要するに、この諮問会議で決定した獣医学部の認可は、WGの議論の結果ではなく、それとは別のところで、文科省が、自主的に「獣医学部の設置を一律に認めない告知の例外を認める」と決定したということなのである。
このような国家戦略特区諮問会議やWGでの議論の経過を見る限り、「挙証責任」「議論終了」説とは真反対のことが言える。文科省告示改正によって獣医学部新設を認めることの文科省の決定は、WGの経過に基づくものとは考えられない。むしろ、その枠組みによることはできない事情(結論を急がざるを得ない事情)があったため、内閣府と文科省との非公式の接触が繰り返され、その結果、文科省が自主的に告知改正を受け入れたということなのである。そして、その経過に関して、既に明らかになっている文科省の内部文書の存在は、重要な傍証になるということなのである。
国家戦略特区によって、不当な規制を正し、新たな事業領域を拡大していくこと自体は、決して間違っていない。しかし、それが一部の人間達の新たな利権を生むことがないよう、十分に注意することが必要だ。
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https://www.youtube.com/watch?v=LIS2sodvoUI 
 私がゴチャゴチャ付け加えることはありませんが、はじめ威勢の良かった高橋氏が見る見るうちに萎んでゆく変貌過程を観察できます。読者の偏見を誘うつもりはありませんが、この高橋氏、かって銀座の時計店での高級時計を万引きしていたことで逮捕されていた人物であると最近知りました(http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-e732.html )。

上記二つの記事が長くなってしまったので、風土記関連、地震関連の話は順延します。その代わりに関連ニュースを転載しておきます:

%%%%%安倍首相がG20閉会後も帰国しない理由

 九州北部を襲った記録的豪雨の被害は日を追うごとに大きくなっている。9日午前10時現在、死亡した人は18名、行方がわかっていない人は 少なくとも20名以上といい、避難者数も約1700名におよんでいる。いまなお自衛隊によって懸命な捜索活動が行われているが、道路が寸断 されて復旧活動が進んでいない地域も多い状態だ。
このように被災地で不安や心配が募るなか、到底信じがたいニュースが伝えられた。災害対応の最高責任者である安倍首相は、予定通り外遊を つづけるというのだ。G20は終わったというのに、そのままスウェーデンに向かい、日本時間9日未明、ストックホルム・アーランダ国際空港に 到着した。
そもそも、安倍首相は7日開幕のG20首脳会議出席の前にベルギーを訪問するため、5日午後羽田空港を出発。しかし同じ5日の午前5時55分の 段階で島根県浜田市や益田市などに最大級の警戒を呼びかける特別警報を発令。気象庁も「重大な危険が差し迫った異常な事態」と会見で述べ、
その後、福岡県や大分県で局地的な大雨が降り、土砂災害警戒情報が出されるなど危機感が高まる状況となっていた。無論、安倍首相もこうした 現況を把握していたはずだ。
そして、同日夜には避難者の孤立などが伝えられ、菅義偉官房長官も臨時会見を開き「情報を政府もふくめ確認しきれていない部分がある」と 発表。被害状況が拡大するなか安倍首相はベルギーに到着し、NATO本部でストルテンベルグ事務総長との会談や、全国農業協同組合中央会の 副会長との面会などをこなした。さらにドイツに場所を移し、トランプ大統領や文在寅両大統領、プーチン大統領らと会談。8日にG20首脳会談に 、夜には閉会セッションが行われた。
だが、G20が閉会したあとの予定は、スウェーデンとフィンランド、デンマーク、エストニアへの訪問という緊急性のない日程だ。事実、北欧への 訪問は4月にも予定されていたが、北朝鮮情勢を理由に取りやめている。しかも、今回はすでに大きな被害が出ているのだ。だいたい、国のトップが 国内での災害発生を受けて訪問を中止したり外遊を切り上げることは普通にあることで、訪問先の国々もそれで文句を言うことなどない。
にもかかわらず、安倍首相は昭恵夫人とともにドイツから北欧に旅立ってしまったのだ。 いや、それだけではない。安倍首相は5日に関係省庁に指示を出したあとは臨時代理の麻生副総理兼財務相に任せきり。その上、災害発生 からいままで、安倍首相は九州豪雨についてFacebookで2回ほどメッセージを出しただけで、国民に向けてほとんどまともなメッセージを 発していないのである。これでは災害そっちのけで北欧バカンスかと誹りを受けて当然だろう。
安倍首相といえば、2014年2月に山梨県が記録的な豪雪に見舞われたときも、自身の支援者らと赤坂で高級天ぷらに舌鼓を打っていた。 さらには同年8月の広島土砂災害の際も、一報を受けたあとも別荘地近くでゴルフを1時間つづけ、その後官邸に入ってまた別荘に戻るという 信じがたい行動を取っている。そして、今回の被災地を無視した北欧バカンス。国民の命の安全よりも自分の欲を優先させる、とんでもない 薄情総理と言わざるを得ない。
しかし、今回はもうひとつ事情があるらしい。大手紙記者は苦笑いを浮かべながら、こう語る。
「G20はともかく、北欧歴訪はキャンセルできるし、低下する一方の支持率を回復させ、国民の信頼を取り戻すためにも本来は早く帰国する べき。それは安倍首相もわかっている。でも、それをしないのは、いま帰国すると、10日に開かれる閉会中審査に出席しなくてはならなく なるから。せっかく外遊中の閉会中審査開催を押し切ったのだから、帰るわけにはいかないんです」
加計学園問題の追及を恐れるがあまりに外遊を続行させる人間が、災害対応の最高責任者だとは。だが、それは稲田朋美防衛相も同じだ。 6日の昼、稲田防衛相は防衛省から外出し、政務三役が不在となる事態になっていたことが発覚したが、その外出理由は、「民間の方々との 防衛政策に関する勉強会への出席」。さらには7日の会見で「昼時だったので食事は出ていたが、食事はせずに戻った」などと自己弁護を はじめたのだ。
 いま、安倍政権が目指している緊急事態条項の新設について、安倍首相や稲田防衛相はもっともらしく「大規模災害に対応するためには 首相の権限を強化しなくてはならない」などと語っているが、現実には大規模災害が起こってもこの通り、国会に出たくないからと外遊に 逃げ、民間の勉強会があるからと席を外してしまうのだ。
 私利私欲でしか動かない人間にさらなる権限を与えるなど恐怖でしかないが、今回の安倍首稲田防衛相が取った行動を、国民はよく 目に焼き付けておくべきだろう。
%%%%%

アルミとアルツハイマ、安倍失政による都議選敗北、北海道東方沖地震補足

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:当家の七夕飾りの全容です。とりたてて自慢するほどのものではありませんが記録として掲載します。短冊には孫・子に関するありったけの願いが書き連ねてあります。牽牛・織姫さん!良しなにお願い致します。中央部の赤い半円は家内自慢のスイカで、牽牛・織姫さんへの貢ぎ物ということであります)
CIMG2682


(写真:当地の田植えは五月はじめ一斉にと言うわけではなく、四月末から父が津はじめ、実に二ヶ月の期間にまたがります。七月はじめの田植えの水に鴨が頭を突っ込んで餌を探していました。その向こうの藪は右から左に流れる用水堀です。なんと、そこにカワセミがいました。常備のデジカメを慌ててポケットから引っ張り出しましたが遅すぎました。仕方ないので堀手前の愚直な鴨を映像メモリーに写し取りました)
CIMG2602


翡翠色 背中に帯びて 飛び去りぬ 用水掘りに カワセミを見ゆ 

 カワセミは美貌であるがゆえに清流に住む清い魚を好むと思っていました。そのような高貴なお 小鳥様がこのようなところにお出まし頂けるとは! ビックリしました。

+++++アルミニウムとアルツハイマとの関係
 前回、燕と人の間の交流に関する研究紹介の前振りで「アルツハイマとアルミニウムとの関係に関する疫学調査』の事を書きました。両者の関係は疾うに否定されていると思い込んでいたのですが、何と昨日のアサヒネット記事で以下の記事を見つけました。
%%%%%アルツハイマーとアルミ、関連ある? 海外では論文続々 
アルツハイマー型認知症(AD)と生活に身近なアルミニウムとの関連を調べた学術論文が最近、海外で相次いで発表されている。一時はADの原因物質と疑われたアルミだが、単独の要因ではないとする見解が定着し、国内の議論は低調になった。一方、発症に関わる多くの「危険因子」のうちの一つとみる研究は、欧米を中心に続いている。
今年1月、英キール大学などのグループの論文が、国際学術誌トレース・エレメンツ・イン・メディスン・アンド・バイオロジーに発表された。近親集団で多発し家族性ADと呼ばれる患者らの脳を、直接分析した結果が注目された。
グループは同国の研究機関が保存している、家族性ADを発症して死亡した男女計12人の脳組織から、高濃度のアルミを検出した。通常、乾燥させた脳組織1グラム中のアルミは1マイクログラム(マイクロは100万分の1)程度だが、対象者の脳の一定の部位から1人につき12点ずつ採取した計144点の検体で、57点(40%)が倍の2マイクログラム超だった。
また、発光物質を使った顕微鏡観察では、アルミ濃度が低い検体でも、脳の病変部分にアルミが多く含まれていたという。同論文は「これらのデータは家族性ADでアルミが果たしている恐ろしい役割を一層高めた」と結論づけた。
%%%%%

 そこで、この関連の議論の所在をググッて(google)見たところ、まずは以下の記事が検索にひっかりましたので、紹介しておきます。英訳は「自動翻訳」を使いました。概して科学論文を自動翻訳に頼ると「日本文字」の羅列になります。しかし、今回はブログ管理人が手を入れるところは少なくて済みました。
%%%%%Aluminum and dementia: Is there a link? 
Risk factors are aspects of people, their lifestyle and environment that contribute to the likelihood of getting a disease. While there are some risk factors that you can control, such as changing your diet to help lower your blood pressure, there are other factors that are beyond your control like your age or genes.
アルミニウムと認知症:関係はありますか?
リスク要因は、病気の可能性につながる人々の側面、生活様式、環境です。あなたの血圧を下げるのに役立つダイエットの変更など、あなたがコントロールできるいくつかのリスク要因がありますが、あなたの年齢や遺伝子のようなあなたのコントロールを超えている他の要因があります。

Studies have not provided strong evidence of aluminum being a risk factor for the development of dementia.
What is aluminum?

We usually think of aluminum as a light silvery metal used to make pots and pans, airplanes or tools, but it also has a non-metallic form. This form of aluminum makes up eight per cent of the earth's surface. Aluminum in small amounts is referred to as ”trace elements,“ and are found in our environment and in our bodies. These amounts are “normal” and are not harmful.
研究は、アルミニウムが認知症の発症の危険因子であるという強い証拠を提供していない。
アルミニウムとは何ですか?
私たちは通常、アルミニウムを鍋やフライパン、飛行機や道具を作るために使用される軽い銀色の金属と考えていますが、非金属の形もしています。このアルミニウムは、地球表面の8%を占めています。少量のアルミニウムは「微量元素」と呼ばれ、私たちの環境と私たちの体に見られます。これらの存在量は「正常」であり、有害ではありません。

Where is aluminum found?

In the environment
Because these trace elements are present in the earth, they occur naturally in the foods we eat, in our drinking water and are even added to the water treatment process in some municipalities. Trace elements of aluminum may also be found in:
• Many processed foods
• Cosmetics and personal hygiene products, such as deodorants and nasal sprays
• Some drugs in order to make them more effective or less irritating
• The air we breathe from dry soil, cigarette smoke, pesticide sprays and aluminum-based paint.
In our bodies
Aluminum is present in the body, but its role is not fully understood. Very little of the aluminum taken in by a healthy individual is actually absorbed; most of it is flushed out by the kidneys.
アルミニウムはどこにありますか?
環境の中:
これらの微量元素は地球に存在するため、飲食水中に自然に存在し、一部の市町村の水処理プロセスにも加えられます。アルミニウムの微量元素も次の中にあります:
• 多くの加工食品
• 脱臭剤や鼻スプレーなどの化粧品や個人衛生用品
• いくつかの薬には、それらをより効果的にまたは刺激を少なくするために使われている
• 乾燥土壌、タバコ煙、農薬スプレー、アルミニウム系塗料から呼吸する空気。
私たちの体:
アルミニウムは体内に存在しますが、その役割は完全に理解されていません。健康な人が取り込んだアルミニウムはほとんど吸収されません。そのほとんどは腎臓によって洗い流される。

Is there a connection between aluminum and the development of dementia?

Aluminum has been studied for over 40 years as a substance that might be linked to dementia. However, there have been many conflicting findings.
• Some studies show increased levels of trace elements of aluminum in the brains of people with dementia, while others do not.
• Studies have not found an increased incidence of dementia in people with occupational exposure to aluminum.
• Tea is one of the few plants whose leaves accumulate larger trace element amounts of aluminum that can seep into the brewed beverage. However, there is no evidence that dementia is more prevalent in cultures that typically drink large amounts of tea.
• Unfortunately, earlier animal studies focused on one animal that is particularly susceptible to aluminum poisoning, which has led to incorrect conclusions about the general effects of aluminum on the body.
アルミニウムと認知症の発症の関係はありますか?
アルミニウムは、認知症に関連する可能性のある物質として40年以上にわたって研究されてきた。しかし、多くの相反する発見がありました。
• いくつかの研究では、認知症の人の脳におけるアルミニウムの微量元素の量が増加していますが、他の研究ではそうではありません。
• 研究は、アルミニウムに対する職業暴露の人々における認知症の発生率の増加を見出していない。
• 紅茶は、その葉が醸造飲料中に浸透し得るより大きい微量元素量のアルミニウムを蓄積する数少ない植物の1つである。しかし、通常は多量の茶を飲む文化では認知症がより一般的であるという証拠はありません。
• 残念なことに、初期の動物研究は、アルミニウム中毒に特に敏感な1匹の動物に焦点を当てており、これは身体に対するアルミニウムの一般的効果についての誤った結論を導きました。

What about pots and pans?

It would be difficult to significantly reduce exposure to aluminum simply by avoiding the use of aluminum cookware, foil, beverage cans and other products. Use of aluminum in pots and pans only contributes to a very small percentage of the average person's intake of aluminum.
鍋や鍋はどうですか?
アルミ調理器具、箔、飲料缶および他の製品の使用を避けるだけで、アルミニウムへの接触・摂取を大幅に減らすことは困難です。鍋やフライパンにアルミニウムを使用することは、平均的な人のアルミニウム摂取量のごくわずかにしか寄与しません。

In summary

Current research provides no convincing evidence that exposure to trace elements of aluminum is connected to the development of dementia.
要約すれば
現在の研究は、微量元素のアルミニウムの摂取が認知症の発症と関連しているという説得力のある証拠を提供していない。
%%%%%

+++++安倍政冶危機
 私が大好きな室井佑月さんが指摘し、私も共感している”北の将軍様のミサイル飛ばしと核実験”が安倍首相の政権運営危機と符節があっている”、との指摘について昨日の日刊ゲンダイ紙が以下を報じています:

%%%%%偶然なのか 内閣支持率と北ミサイル発射に“あうんの呼吸” 2017年7月6日

 実は裏でつながっているのではないか――。
4日午前10時ごろ、北朝鮮から弾道ミサイルが発射され、日本海の排他的経済水域に落下した。それから約5時間後、北朝鮮は「特別重大報道」としてICBMの発射実験に成功した、と発表した。
が、これは偶然なのか。過去、北朝鮮がミサイルをブッ放すタイミングを時系列で追ってみると不思議なことが見えてくる。安倍政権に不都合が生じると、それを揉み消すように北朝鮮がミサイルを撃ってくれるのだ。
2017年1月から今日に至るまで北朝鮮は計10回13発の弾道ミサイルを発射しているわけだが、どれも安倍内閣の支持率が低下した月にブッ放している。唯一6月は例外だが、ICBM開発が最終段階を迎えていたからか。
もはや安倍首相と金正恩の間に“ホットライン”があるのでは? と勘繰りたくなる。悪い冗談であって欲しいが……果たして。
170707金将軍26406

%%%%%

 上記について興味深い雑誌記事を紹介しておきます。私が、市の図書館で愛読する月刊誌の一つが「新潮45」です。地震学者のロバートゲラー東大名誉教授は「地震予知否定論』を開陳する際、しばしばこの月刊誌を用いることでも知られています。この雑誌の2月号と言いますから森友スキャンダルが火を噴く直前の時期です。以下のような記事が掲載されました。
170707統一教会1929

 上の目次「安倍・トランプ会談を実現させた「カルト宗教人脈」記事は副題として「ルートがなかったはずのトランプ氏と当選直後に会談できたのは、霊感商法や合同結婚式で知られる韓国系新興宗教のおかげだった」と記し、安倍・トランプ会談の内幕を暴いている(記事紹介要約より)。
%%%%以下記事抜粋
安倍・トランプ会談は統一教会の手配だった!新潮45が伝える
記事によると、昨年11月9日夜、米大統領選での電撃的なトランプの勝利宣言に慌てた安倍晋三首相が激怒、外務省を含む官邸ブレーンがヒラリー勝利を予想し全く準備をしていなかったからだ。その安倍首相の怒りを収めたのは、トランプとのホットラインを持つ統一教会=国際勝共連合と近しい安倍側近議員だったという。
側近の進言で安倍首相は勝共連合の“重鎮”に電話を掛け、その重鎮から韓鶴子総裁を経由してトランプの親族に繋がったとしている。その結果、15時間後の翌10日午前7時55分から20分間の安倍・トランプの電話会談が行われ、18日(日本時間朝)の直接会談が実現したのだ。
統一教会ルートで実現した「安倍・トランプ会談」(産経ニュースより)
記事は、安倍晋三一族と統一教会=勝共連合の関係にも触れている。本紙や週刊朝日、FORUM21 で本紙鈴木エイト主筆が報じた北村経夫問題や教団名称変更、安倍側近と同教団との関係、トランプの次男と文鮮明の四男・七男との関係、そして世界戦略研究所についても言及している。
トランプとの外交ルートを持っていなかった外務省の幹部は「不愉快な非公開ルート」と統一教会ルートを評している。
霊感商法や偽装伝道などで日本国民に多大な被害を与え続けてきたカルト教団と安倍政権との関係はより緊密なものとなったと云える。
%%%%%

「AプラスTHIS」 
今般の東京都議会選挙で自民党は大惨敗しました。自民党内部でこっそりとささやかれているフレーズが 「AプラスTHIS」だそうです。Aはいわずと知れた安倍首相自身です。そしてIとして名指しされた稲田防衛省について弁護士の郷原信郎氏がその稲田氏の大臣としての欠格性を鋭く指摘しています。郷原弁護士ブログ 


+++++北海道東方沖地震の補足
 下の図は6月30日記事で考察した北海道東方沖地震についての補足です:
170628KurileEast無題

 千島列島下にもぐりこんでいる太平洋プレトにはどうやら北西―南東方向に200kmの長さを超える大きな断裂(傷、図の赤点線)が存在するらしいということです。この傷は大きな緑丸の地点(現在は地下200kmにある)が千島下に潜り込む前、即ちこの場所がまだ海底にあった300万年ほど昔に形成されたようです。そしてその傷を抱えたまま、プレートは地下に潜っていたということになります。この傷が形成された事情を推定させる事例が2008年にスマトラ島はるか沖で起きています(2016年3月11日記事参照 )。

古河研修旅行、安倍氏国外逃亡

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真 利根川の燕 https://youtu.be/pMhonMvIQ-o )


 餌をねだる 子ツバメのため 行き戻る 利根の川風 燕尾(えんび)にいれて

 ご存知「天保水滸伝」の一節を剽窃しました。月刊誌「科学」の二十世紀末(多分1997年頃)の号誌に「アルツハイマ」と「アルミヌム」に関する疫学的調査論文が掲載されていました。思えば我々が小学生の頃の弁当箱は「アルミニューム製(アルマイト)」でした。日の丸弁当であれば、そのアルミの蓋に円く腐食した穴が開いたものでした。1990年ごろにアルツハイマとアルミ摂取の関係が関心を呼んだ時期でありました。その同じ号に「燕の生態への人間のかかわり」に間する論文も掲載されていました。その論文の冒頭は燕の生態に関する観察事実が列記されていました。曰く「燕の巣作りは、必ずや人間の普段に目の届く場所である」と。この論文がどのような筋書きをたどったのか忘れてしまいましたが、「燕のヒトへの信頼感」の醸成の生物学的考察であったと記憶します。

 日本列島内のあちこちを春から夏にかけて歩くと気づくのが燕の巣作りの場所です。トイレの入口、道の駅売店の入口、など人が頻繁に出入りするところが選ばれています。ツバメが多い利根川流域も例外ではありませんでした。
 思えば、ヒトとツバメの親密な出会いを童話で語ったのがオスカ・ワイルドの「幸福の王子」です。ツバメとヒトの信頼は日本に限らず、世界でも観察されている。誠に不思議であると思っています。
20170705幸福王子20081207171117
 

コンコンと 湧き出る泉 涼しげに

 上の句は、今夕の「トウチャコ」TVプログラムの最後の場面で聞こえた泉の湧き出る音です。まさに「コンコン・・・」です。この番組をみるにつけ羨ましいのは「故郷」のある人たちです。あちらこちら、流浪の民然のわが人生には懐かしい故郷がありません。

+++++地位恋々・悪徳宰相
%%%%%「加計ありき」 獣医師会長も認識 学部新設 特区方針決定前に 
7/4(火) 9:43配信
 政府の国家戦略特区制度を活用した学校法人「加計(かけ)学園」の獣医学部新設問題を巡り、日本獣医師会の蔵内勇夫会長(自民党福岡県連会長)が西日本新聞の単独インタビューに応じた。蔵内氏は、政府の国家戦略特区諮問会議が昨年11月に獣医学部新設計画の方針を決定する以前に、文部科学省に近い複数の大学関係者が「加計で決まる」と話していたと証言。「最初から『加計ありき』で話が進んでいると思わざるを得なかった」と語った。一連の問題について蔵内氏が報道機関の取材に応じたのは初めて。東京都議選の自民党惨敗を受け、野党は疑惑追及に攻勢を強めており、国会の閉会中審査で取り上げられる可能性がある。
 加計学園が国家戦略特区の事業者として認定されたのは今年1月。政府はこれに先立ち、昨年11月9日に獣医学部新設を認める規制緩和を決めている。
 インタビューで蔵内氏は、昨年11月以前に開かれた地方の獣医学会の会合などで、複数の大学関係者から「加計で決まる」「加計が教師を集めている」との話を聞いたと証言。「あの手この手の根回しがあった」と言い、「水面下で加計(の学部新設)を認める方向で進んでいると分かった」と述べた。
 さらに規制緩和が獣医師の地域偏在解消になるとする安倍政権の主張について「国家資格の獣医師は日本中で働ける。処遇の悪い場所に行くはずはなく、特定地域の人材不足解消にはならない」と批判。文科省を「獣医師は充足しているとのデータに基づき、新設ではなく既存大学の改革に当たってきた」と評価し「指示が下りてくれば(新設を)認めざるを得なかったのだろう。行政がゆがめられたのは当然だ」と語った。
 獣医師会は一貫して学部新設に反対。首相官邸は「抵抗勢力」と非難したが、蔵内氏は「われわれは長年、獣医師の処遇改善や獣医学の充実などに当たってきた改革勢力だ。(学部新設が)決定した以上、反対はしないが、教育水準の劣化が起きないかなどチェックを続けていく」と述べた。=2017/07/04付 西日本新聞朝刊=
%%%%%西日本新聞社記事転載おわり

 先般の都議選は自民党の驕りへの批判であると一部メディアは書きます。そうではありますまい!安倍氏の権力による国有財産私物化への手厳しい批判、即ち、安倍氏への批判と糾弾、此れ以外には無いのです。
 にも関わらず、安倍氏の対極にあった筈の民進党の不甲斐なさです。思えば、あの新潟県知事選挙で、その戦闘力の無さが露呈していました。弁護士の郷原信郎氏が厳しく指摘しています。
「“自民歴史的惨敗”の副産物「小池王国」の重大な危険 〜代表辞任は「都民への裏切り」 
 私は、郷原氏の指摘に共感しています。思えば六月初旬、共謀罪審議が衆議院から参議院に移るその時期こそが、安倍氏の大スキャンダルをおおっぴらに国会で審査すべく積極的な術策を展開すべきでした。所が実際は皆様ご承知の通りです。共産・民進の両党は全く抗わずに参院での審議入りを合意してしまったのです。私はその時点で、両党は自民党と言うより安倍氏の周辺を取り巻く警察親衛隊から何がしかの弱みを握られているのではないかと疑って来ました。

 とりわけ国民がせめてと期待したはずの民進党には、再出発を期した建て直し、具体的には党首と幹事長の更迭による新たな戦う執行体制の構築を期待したいと思っています。共産党には、それなりの党の体質があり、それは公明党とも通ずるものがあります。公明・共産は「世論顔色伺い政党」でありますから、その旗のなびく方向は世論次第です。そのためにも自由党と山本太郎氏の勢力がもっと大きくなって欲しいと思っています。

 それはさておき、以下のような報道がありました。なんとも情けない我が国首相です。国会の場で支離滅裂な反論で醜態を晒さずに済むやり方を模索していたことが窺われます。:
%%%%%<前川前次官>招致へ 閉会中審査、10日実施 首相は不在

7/4(火) 20:53配信 毎日新聞
 自民党の竹下亘、民進党の山井和則両国対委員長は4日、国会内で会談し、学校法人「加計(かけ)学園」による獣医学部新設計画を巡り、野党が求めていた国会の閉会中審査を10日に行うことで合意した。文部科学省の前川喜平前事務次官を参考人として招致し、衆院文部科学、内閣両委員会の連合審査会とする。
 首相はドイツで7、8両日開かれる主要20カ国・地域(G20)首脳会議に合わせて欧州を訪問。12日に帰国する予定で10日は出張中となる。山井氏は会談で、帰国後に首相が出席しての予算委員会も開催するよう要求したが、竹下氏は「連合審査会の状況を見た上で総合的に判断する」と述べるにとどめた。
 当初、政府・与党は閉会中審査を拒否していたが、加計問題などへの批判から東京都議選で自民党が惨敗し方針を転換した。
 これに関連し自民、民進両党の参院国対委員長も4日、国会内で会談。民進党の榛葉賀津也氏が「国民の疑問に答える努力をしてほしい」と参院でも閉会中審査を求めたが、自民党の松山政司氏は要求を持ち帰り、結論は出なかった。
 野党側は攻勢を強めている。民進、共産、自由、社民の野党4党の幹事長・書記局長らは同日、臨時国会召集や都議選応援で失言した稲田朋美防衛相の罷免などを求めていくことを確認した。【光田宗義、真野敏幸】
 ◇「きちんと答えたい」前川氏
 文部科学省の前川喜平前事務次官は4日、国会の閉会中審査の参考人招致に応じる意向を示した上で「尋ねられたことにはきちんと答えたい」とするコメントを出した。
%%%%%

 そして、案の定、北の将軍様が安倍氏救援の手を差し伸べてくれたようです。以下は板垣情報です(真偽のほどは不明)

%%%%%北朝鮮「ICBM」発射は、キッシンジャー博士の了解を得て、プーチン大統領が命令、安倍晋三首相に「早く辞任せよ」と圧力
2017年07月05日 板垣 英憲(いたがき えいけん)「マスコミに出ない政治経済の裏話」
◆〔特別情報1〕
「北朝鮮は4日午後、国営メディアを通じ、大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射に成功したと発表した。高度は2802キロに達し、飛行距離は933キロ、39分間飛んだとしている。専門家は、最も遠くまで飛ぶ角度で発射すれば米アラスカ州に届く可能性がある指摘する」とロイター(東京/ソウル)が7月4日報じた。天皇陛下にごく近い筋が、米キッシンジャー博士サイドから聞いた情報によると、「金正恩党委員長=元帥がロシアのプーチン大統領の命令で発射させた。プーチン大統領は、キッシンジャー博士の了解を得ている。安倍晋三首相に『早く辞任せよ』と向けた圧力だ」という。「トランプ大統領も、安倍晋三首相に相当怒っている」という話だ。
%%%%%板垣情報

+++++古河への研修バス旅行
 町内自治会が催す「茨城・歴史と産業見学・研修」なる一日バス旅行に参加しました。“お茶とお八つ”が付く豪華・デラックス・バスの旅でした。
(図:バスは出来立てほやほやの圏央道を西へ走りました。鬼怒川を越えて古河への道の両側はまさに稲が程よく成長した時期。その緑の絨毯はまさにヨーロッパの草原を汽車で走った気分でした。日本、いや茨城には美しい光景がまだまだ残っています。)
170705圏央道無題


 折しも東京新聞7月2日付け茨城面(東京新聞には、関東圏のニュースを報じる面があります)で鷹見泉石が紹介されていました。
(図 7月3日付東京新聞、茨城版)
鷹見ー古河2601

 旅の最初の訪問先である古河歴史博物館がこの人物の事跡に焦点をあてていたのは幸いでした。江戸時代末期の徳川幕府老中の一人土井利位(としつら)の家老として国政にも関わった人物です。歴史に残る多くの人物との交流が展示されていました。
 中でも私の関心を惹いたのが、大阪の庶民の味方として私が尊敬する英雄である大塩平八郎の乱(西暦1836年、天保7年、徳川家斉期)鎮圧で幕府探索方責任者としてその任に当たった人物であったことです。余談ですが、蝦夷探査で知られる最上徳内はこの年に亡くなっています。

 何よりも驚いたことは、河口信任と言う優れた医師を古河が輩出していたことです。古河藩医の職にありながら、人体への深い探究心に駈られ、「解屍編」なる書を著しています。それは杉田玄白による「解体新書」(1771年、安永3年、徳川家治第十代将軍)に先んずること二年、即ち1769年です。この五年後に平賀源内が誕生しています。やがて来る田沼意次時代前夜と言うことになります。河口信任の人体への関心は「目と脳」にあり、処刑された罪人を腑分けし細密なスケッチ図を残しています。驚きました。河口信任の関心は、目に映るものがどう認識されるのか、その「認識」のメカニズムにあったのだろうと推察しました。まさにデカルトからヘーゲルにいたる思索を、日本列島の知識人がなしてしいたということであると思っています。その哲学的考察にまで立ち入った「著作」を知りたいものです。
(図: 脳スケッチ)border="0" alt="河口信任37" hspace="5" class="pict" />


 さて、私の古代史観では、この古河に残された事物、或いは研究成果紹介はすこぶる楽しみでありました。しかし、僅か一時間ではじっくりと見学できなかったことは心残りでありました。
 とりあえず、目を惹いたのが万葉集に書き残された記載です。それは巻十四いわゆる「東国」編です:
%%%%%万葉集十四巻から三首
 
14/3449歌,"題詞なし",
"思路多倍乃 許呂母能素R乎 麻久良我欲 安麻許伎久見由 奈美多都奈由米",
"白栲の衣の袖を麻久良我よ海人漕ぎ来見ゆ波立つなゆめ",
"しろたへの ころものそでを まくらがよ あまこぎくみゆ なみたつなゆめ"

14/3555歌,"題詞なし",
"麻久良我乃 許我能和多利乃 可良加治乃 於<登>太可思母奈 宿莫敝兒由恵尓",
"麻久良我の許我の渡りの韓楫の音高しもな寝なへ子ゆゑに",
"まくらがの こがのわたりの からかぢの おとだかしもな ねなへこゆゑに",

14/3558歌,"題詞なし",
"安波受之弖 由加婆乎思家牟 麻久良我能 許賀己具布祢尓 伎美毛安波奴可毛",
"逢はずして行かば惜しけむ麻久良我の許我漕ぐ船に君も逢はぬかも",
"あはずして ゆかばをしけむ まくらがの こがこぐふねに きみもあはぬかも",
%%%%%
 現在の古河は、かっての下総国であり、藤原不比等が統帥する東夷(東国の野蛮人)征討軍にとっては決して無視できる存在ではなかったはずです。その下総国・上毛野国を屈服させた征討軍が常陸国に乱入した地が新治郡です。此処から遠巻きに行方郡に接近し、夜刀神の勢力を苦戦の末に討ち破り香島に侵入する。此れが常陸国風土記が語る筋書きです。
 こうした視点から、古河の古代史にはかねてより大きな関心がありました。残念ながら一時間の閲覧時間は少なすぎました。次回を期したいと思っています。

 そうではあっても、上記の万葉集3首から、“麻久良我”を古代歌の枕詞として一切の解読を放擲する方々はさておいて、それを「枕香」と解読し「枕に残った愛しい君の匂い」と解読する向きもあるようです。またコガを「許我」と表記する。すなわち「古くからの河」との意ではなかったのかもしれない等々、おおいに興味をそそられました。性急に解釈することなくじっくりと考察したいと思っています。

 江戸時代の徳川将軍の日光社参では利根川を渡らねばなりません。その際の「船橋」スケッチが展示されていました。話には聞いていましたが誠に興味深いものでした。
(図:船橋、これは展示されていたスケッチではありません。利根川河畔古河のそれとは違います)
170705舟橋funabashi

 と言うわけで今回の研修旅行は私にはまことに有益でありました。このあとヤクルト工場も見学し、可愛らしいお嬢さん(もしかしたら人妻?)の明快な説明に、ヤクルトは「広報にプロを育てている」と思いました。つまりかってのバスガイドさんはマニュアルに書かれた通りを暗記して語り、一切のアドリブを受け付けないのですが、このヤクルト姐ご(あねご)はそうではありませんでした。見事でありました。

夜刀神の祀られた場所、都議選雑感

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:ミルルと思われる小鳥が休耕田で土をつついています。多分虫を探しているのでしょう ) 


 夜八時 時報の直後に 子供達 一気に都庁の 議席を占拠

 夜八時になった途端であります。NHKが三十数名の百合子チルドレンの当確を報じました。昔の選挙開票は楽しめましたね。各選挙区でのつばぜり合い、それはさながらマラソン、時には競泳観戦気分でありました。しかし、今はまさに瞬時です。投票締め切り直前の7時59分に票を投じた有権者の思いは複雑でしょうね。投票時には既に結果が分かっているんですから。期日前の票は既に開けられているのだろうと思います。それは最も確かな「世論調査」でもありますから、正確な予測が出来ます。此れに加えて、出口調査です。かっては、投票日当日の出口調査がそのまま政権党に提供され選挙結果を左右したことを時の官房長官がある月刊誌で語っていました(2013年2月6日記事野中広務氏の独白 )。

 実際、本日昼のニュース番組で、いまやその本名は知らずとも「寿司郎」(スシロ―)と言うだけで、「あああ!あの眼鏡の」と思い浮かぶ政治コメンテータが言いました。曰く「昨日、昼には出口調査から、自民党は、結果が見えていた」と。「語るに落ちる」も屁ったくれもありません。アケスケであります。動向を逐次権力者に提供する報道関係者がいるンですね。
 候補者が鍔迫り合いの真っ最中であれば、そこに登場するのが、公明党支持団体です。情勢に応じて、どうにでも動かせる大量の票の塊があるからです。そんな存在そのものが「民主主義」なるものとは無縁のはずですが、現実の政治ではそうはいきません。

 しかし、今般の選挙では、その塊を動かす必要もありませんでした。なにせ、「国政」と「都政」は別であるとして、この党は自民党との距離を置くとの幟色を掲げていたからです。小池グループの進出には、この政治的「鵺」(ぬえ)風言い分丸出しのこの集団が与(あずか)っているのです。安倍政治への打撃を緩衝する役割を担ったのではなかったのか?そんな疑問がわきます。実際、安倍氏の言い訳は、「都議会選挙」での厳しい審判は「国政」批判では無いと言いつくろっています。

 となると、安倍氏は今後も「カケ・モリ」蕎麦疑獄にはダンマリを続けるのでしょう。過日の共謀罪参議院法務委員会で、採決すらしないと言う不明朗な指揮を取ったのが公明党出身議員です。

 まあ、日本列島に住む住民の思考法は「物事をきっちりさせず、そのままに放置することこそ「和」の精神」と言うものです。「右手」で共謀罪成立にどっぷりと加担しながら、「左手」で都政と国政の違いを言い立てて、共謀罪を押し通した自民党への反対勢力に協力する。そして、それを誰も「奇異」に思わず、咎めない。この宗教団体の真骨頂と言うことになります。となると、「都民ファースト」による都政の行く末が案じられます。

+++++常陸国行方郡の攻防
 6月30日付け東京新聞一面の三八書籍広告で「古代の東国」と銘打った三冊の本が紹介されていました。いまだ手にしていないので、発行元の芳川弘文館のHPから、これらの本の外観でも眺めたいと思いました:

%%%%%  東国から読み解く古墳時代全3巻 
9784642068192
   
古代の関東地方はどのような社会を形成し、畿内の王権や周辺の諸地域といかなるつながりをもっていたのか。自然環境・地形、人びとの生活や生業、信仰、支配者たちの動向など、さまざまな視点から地域の独自性を明らかにする。文献史学・考古学の最新研究をもとに、新たな歴史像を提示した、古墳〜平安時代までの東国を概観する初めての本格通史。
3仞辰垢襦甸愿譟咫(唇損代
荒井秀規著  本文332頁 978-4-642-06820-8
平安時代、東国の律令社会はどのように変化したのか。「兵(つわもの)」誕生と勢力拡大の背景を、事件・災害・土地開発・信仰・他地域との交流などから探る。〈関東〉としての自立に目覚め、古代社会の終焉に向かうさまを描く。
〈既刊〉
〜以後円墳と東国社会 古墳時代
若狭 徹著  本文300頁 978-4-642-06818-5
なぜ関東各地に多くの前方後円墳が造られ、独自の文化が生まれたのか。古墳の立地・形態・規模・出土品などから、当時の社会のあり方や変化、朝鮮半島との交流、豪族たちの実像を読み解き、東国古墳社会の実態に迫る。

∈篥譴寮立 飛鳥・奈良時代
川尻秋生著  本文304頁 978-4-642-06819-2
卓越した軍事力を誇った坂東は、ヤマト王権から特殊な位置づけを与えられ、征夷や防人の拠点となった。飛鳥・奈良時代の東国を、古代人の信仰や交通・交流、東北との関係から多面的に蘇らせ、新しい地域像を提示する。
%%%%%
 本の概要を見る限りでは、どうやら私の関心とはかみ合わないようです。それは、東国に遅くとも六世紀には存在した文明度の高い、技術力を有した政治権力が前提とされていないからです。それは、現在本ブログでも考察している常陸国風土記の行間に時折、暗示されています。しかし、全く著者の念頭には無いであろうことが容易に想像できます。

 というわけで、どうやら急いで読まねばならない本ではなさそうです。いずれ私の行きつけの某私立大学図書館にこれらが入庫した際には閲覧することとして、私の考察をつづけます。

(図1:夜刀神の下り常陸国風土記や行方郡より抜粋)
170620夜刀神無題


 上図い遼尾に風土記は以下を書きます:
“即向鹿島陸之駅道也“
 この表現は侵略者たる藤原不比等が統帥する東夷征討軍の現地指揮官の「安堵」気分が書かれていると思っています。「ヤレヤレ、最大難関と覚悟していた行方の要塞を破った。いよいよ次は、本陣香島だ』と言うわけです。実際 風土記はこの後、北浦をはさんで香島の向かいにある大生までの事件・風物を語ります。その風物は行方の南部つまり現在の麻生、潮来(板来)と南に下ります。そこで、日本書紀巻二十九の説話に言及します。その地を議論する前に、地図で夜刀神が閉じ込められた地を考察しておきます。

(図3:図2のつづき, 二回クリックで拡大できます)
風土記380-382
 

 上図の赤枠で囲んだ記載によれば、北に香取神子之社があるはずです。多分、風土記研究者はその記載を手掛かりにして夜刀神が幽閉された地を探したのでしょう。それが現在の愛宕神社とされ、そこに夜刀神が祀られているとネット情報は書きます夜刀神が祀られているとされる愛宕神社 。

 私は、下の地図にある 石井戸稲荷神社であろうと考えています。
(図4:石井戸稲荷神社が青色レ印で示されている。その200mほど西に泉区浄水場があり、愛宕神社はこの「水」と言う字の辺りにある。なお図の中央よりやや西上方に香取神社がある。これが風土記が書く香取神子之社と研究者は考えている。二回クリックで拡大できます)
石井戸稲荷無題
   

 なぜ、石井戸神社こそが夜刀神を祭った場所と考える理由を書いておきます。まず「戸」は「刀」が転じたものと思えます。石井は元々は研に由来しすると思えます。この漢字の旁は神社の鳥居を連想させます。元々は標梲、すなわち木製の境界であったものが、その後に続く祟りのために、石之鳥居に変え、そこに「刀」神を祭ったことに由来すると考えた次第です。
 この神社にアイヌ族二由来する稲荷が合祀されていることも頷けます。
 さて、もう一つ私が注目しているのはこの香取神社西南西にある谷島(やじま)です。これは「ヤトウ」(夜刀)に由来するのではなかろうかと思っています。それが時代の変遷の中で「トウ」に「島」と言う漢字を当ててしまったのではなかろうか。

 
 (つづく)

+++++加計スキャンダル
 このスキャンダル、次から次と新事実が明るみに出てきます。安倍官邸によって封じ込められていたメディアがぽろっぽろっと穿り出してきます。一説では、自民党内部からの通報者がメディアに意図的にリークしているとのことです。
 下村氏が、政府助成金を受けていた加計学園から政治資金を受けていたことが明るみに出ています。以下はそれに関する投稿記事です。
%%%%%下村元文科相が加計学園からの寄付を頑なに否定するワケ:たんに収支報告書未記載なら言い逃れも可能だが...
投稿者 あっしら 日時 2017 年 6 月 30 日 04:38:52: Mo7ApAlflbQ6s gqCCwYK1guc
   
「森友学園小学校新設疑獄」だけで安倍政権は吹っ飛んでいなければならないのに、「加計学園獣医学部新設疑獄」や稲田防衛相不埒発言などとどまるところのない政治的悪徳噴出状況でも安倍政権は延命している。
 以前から書いてきたように、民進党も主要メディアも、点数稼ぎや視聴率稼ぎの安倍批判には精を出しても、安倍政権が倒れてしまうような決定的な動きは控える“現代版大政翼賛会”構造なのだから仕方ない。
 安倍政権は、米国と中国の強い要請で誕生したいきさつがあるため、目的を成就するまで生き延びて貰うしかないのである。民進党の幹事長に野田元首相が就いたのも、そのいきさつをよく承知しており、対安倍政権をうまく制御すると期待されているからである。
 トップの安倍晋三氏があのレベルの政治家だから、彼の周りにくっついている政治家が問題を起こすのは当然と言えば当然である。
 始末が悪いことに、安倍最側近でる菅官房長官は、政治手法として嘘をつくことに躊躇がない一方リベラルで身内に甘い性格でもあるため、「泣いて馬謖を切る」ということができず、“味方”はだれもかれも傷つけないよう、ゴマカシと言い逃れに終始するため、問題の傷口をかえって深くしている。
(稲田防衛相に対しては厳しく叱責し辞任してもらうのがぎりぎり妥協できる“人情”的対応策)
 森友学園疑獄でも、早い段階で財務省キャリア3人ほどに責任をとらせていれば、もっと早く落ち着いていただろう。(しかし、森友学園疑獄が中央政界や主要メディアからすっかり消えたことには驚かされる)
 加計学園問題も、文科相流出文書を怪文書扱いするのではなく、首相の名を出した内閣府の官僚を気持ちはわかるが行き過ぎと叱責し、今治市に獣医学部を“特別”に新設する意義を説明したほうが事態は収束に向かっていただろう。
 (民泊や白タクの限定地区での“お試し”導入なら国家戦略特区という話も理解できるが、明治以来存続する獣医学部の新設を国家戦略特区でやろうという話自体がデタラメ)
 しかも、トチ狂った安倍首相は、獣医学部は2つでも3つでも新設していいとまで発言している。
 安倍首相は、規制緩和をやる、岩盤規制に穴を開けると豪語しているが、獣医学部に限らず、大学や学部の新設は国庫が負担する補助金が増大することを意味する。
加計学園が自己資金と入学金や授業料などの学費だけで国庫補助を受けずに獣医学部を運営するというのならまだしも、今治にできるかもしれない加計学園獣医学部にはおそらく毎年3億円程度の補助金が支給されるのである。
 だからこそ、獣医学部の新設が必要かどうかの議論が必要なのである。
(加計学園は、学校建設費が実質的にタダになるよう今治市に補助金を不正に申請した疑惑が指摘されている)
 前段の話が長くなってしまったが、国庫から補助金が出ている私立大学を経営している加計学園は政治活動のための寄付ができない法的立場であるがゆえに、下村元文科相は、加計学園からは寄付を受けていないと言い張っているのである。
[加計学園系列大学に支給された経常費補助金]2015年度文科省実績
岡山理科大学:7億316万円
千葉科学大学:3億4476万2千円
倉敷芸術科学大学:2億8996万1千円
大学のみで合計:13億3788万3千円
※高校などもあるが補助金額は不明。
[政治資金規正法]
 第五章 寄附等に関する制限
(寄附の質的制限)
第二十二条の三  国から補助金、負担金、利子補給金その他の給付金(中略)の交付の決定(中略)を受けた会社その他の法人は、当該給付金の交付の決定の通知を受けた日から同日後一年を経過する日(中略)までの間、政治活動に関する寄附をしてはならない。
<中略>
6  何人も、第一項又は第二項(これらの規定を第四項において準用する場合を含む。)の規定に違反してされる寄附であることを知りながら、これを受けてはならない。
※政治資金規正法の全文:
 陸山会事件で小沢一郎氏は借入金の扱いや不動産取得の期日問題で極悪人のように騒がれたが、自民党系の政治家は貰った政治資金を記載していなくてもそれが発覚したあとで修正すればお咎めナシというケースがほとんどである。
 しかし、国庫から毎年多額の補助金をもらっている加計学園から寄付を受けた疑惑が浮上している下村元文科相のケースはそうはいかない。
 文科相であったどうかも関係なく、国家から補助金を貰っている加計学園から寄付を貰うことだけで政治資金規正法違反になる。
(私立大学経常費補助金は毎年交付されているので、“空白の一日”があるかもしれないが、政治資金の寄付はできないはず。また、下村氏は、加計学園が私立大学を経営していることを知らないとは言えないだろう)
 仮に、加計学園から収支報告書に記載の必要がない20万円の寄付を受け取っていたとしても、下村氏も加計学園も、政治資金規正法違反に問われるのである。
 百歩譲って、加計学園からは寄付がなかったとしても、下村文科相向けの寄付を加計学園の秘書室長が取りまとめたことは、政治資金規正法第五章寄附等に関する制限の第二十二条の三(寄附の質的制限)の法的趣旨に抵触する“脱法”行為と言えるだろう。
 国庫から補助金を貰っている法人(加計学園)が、下村氏のために労苦を費やして政治資金を集めて届けたというだけで、政治資金規正法の意図に反すると言える。

 安倍首相には、米国や中国が期待している政治的使命を先送りせずにさっさとやり遂げ、早々に身を退くことを進言する。
%%%%%
 私は、この投稿者が菅官房長官の思考はリベラルであると評していることに違和感があります。かってこの御仁は安倍首相をもそのように評していました(3月3日記事 )。確かに、菅氏はかって二世代議士を厳しく批判していました。しかし、立場上とは言え、「怪文書」などの決め付けは、氏の思想的立脚点を疑わせます。
 もう一つ上の投稿で気になるのが末尾の一節です:
「安倍首相には、米国や中国が期待している政治的使命を先送りせずにさっさとやり遂げ、早々に身を退くことを進言する。」

 投稿氏は安倍氏が北朝鮮に対して負い目があるとしばしば語ってきました。多分この一節もその文脈上で解するべきなのでしょうが、私のような政治音痴の理解を超えています。

 そして真偽が定かでないけれども、いつもの板垣情報です:
%%%%%小池百合子知事は、都議選で大勝、自民党大敗させた安倍晋三首相は「死に体」、下村博文都連会長は辞任、東京地検特捜部強制捜査へ
2017年07月03日 板垣 英憲(いたがき えいけん)「マスコミに出ない政治経済の裏話」
◆〔特別情報1〕
 「都民ファーストの会に公明党、生活者ネット、都民ファーストの会が推薦する無所属を合わせた小池百合子知事を支持する勢力(候補者88人)が、過半数(64議席)を上回る79議席を獲得」「自民党(57議席)は、23議席に止まって大敗」―東京都の小池百合子知事就任初の都議会議員選挙は7月2日、投開票が行われた結果である。安倍晋三首相は、加計学園問題、稲田朋美防衛相の大失言、豊田真由子衆院議員の「このハゲー発言」(悪魔の2012年問題の1つ)、下村博文都連会長(党幹事長代理)のヤミ献金報道などで壊滅状態となった失政責任を問われ、「再起不能」となり、史実上「死に体」となる。「憲法改正」も一瞬のうちに吹き飛んだ。ドイツ北部の港町ハンブルクで開催されるG20サミット(7月7日〜8日)に出席しても、天皇陛下と小沢一郎代表に託された「MSA」巨額資金の分配(シェア)を麻生太郎副総理兼財務相とともに妨害しているのがバレているので、厳しい批判を受け、相手にされない。下村博文都連会長は引責辞任を表明した。二階俊博幹事長も辞任を迫られる。東京地検特捜部は、加計学園の当時の秘書室長から2013年、2014年にパーティ券代として計200万円分を受け取っていた問題で政治資金規正法違反容疑により強制捜査に踏み切る可能性が大だ。
%%%%%

 安倍氏への検察捜索こそがなされるべきと思っています。

北海道東方沖地震、加計とNHK報道

本日で、2017年もその半分を終えます。ヤレヤレ! まさに光陰矢の如しの想いであります。
(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:鴨の離陸 170627鴨離陸ならぬ離水)


 これからは 見張りの仕事 さぼりませぬ どうやら許され 畑に立てり

(写真:あまりの怠惰に業を煮やし、長く樹に縛り付けられていた右側の案山子君。どうやら「これからはしっかりやります」と泣いて詫びを入れたようです。かくして職場復帰していました(5月3日巻頭グラビア参照。新たに職場服も支給されたようです)
CIMG2573


 五月の日本列島の地震活動は低かったとHInet情報が示しています5月26日記事参照。それが六月に一転しました。5月末(27日)に若狭湾、6月20日の高知、豊後水道、25日の長野県西部と立て続けでした。これに加えて
“2017年06月29日東北から北関東にかけて「警戒怠らないで」”なるニュースが地震予測事業者から発信されたとのことです。(2017/06/29  地震ニュース)これは、村井俊治氏の地震予測事業が公開した情報で、その論拠として以下を書いているとのことです:
 それによると6月22日に「青森県むつ市、山形県の村山、宮城県気仙沼」の電子観測点において「ほぼ同時に異常変動」が現れているといい、これを受けて「週刊MEGA地震予測」では「東北・北関東の太平洋岸、奥羽山脈周辺」を「最高警戒レベルのレベル5にいたします」として「警戒を怠らないで下さい」と注意を呼びかけている。

私は『「青森県むつ市、山形県の村山、宮城県気仙沼」の電子観測点において「ほぼ同時に異常変動」が現れている』と村井俊治氏が書いていることに疑念を持っています。異常変動らしきものの同定への疑念ではありません。私はその観測に関わっていないので、その真偽を判断できません。かくも広域に出現した変動はGPS観測、すなわち電離層の向こうにある人工衛星と地上観測点との電波のやり取りを通じて検出された「結論」なのです。とするならば、まずは東北日本一体の上空の電離層の挙動調査がなされていたのかどうかを知りたいものです。つまり以前も書きましたが広域に出現する変動は、まずは電波通信の異常を疑うべきと思うからです。だからこそ3月31日の当ブログ記事 村井予測への疑問で、私は電通大学の早川正士氏との連携を強く期待すると書きました。GPS観測で広域に変動が認められるのであれば、それは地殻変動観測で長い経験と解析のノウハウを有している国土地理院がしかるべき情報発信をしてるはずと思えますが、現時点ではそうした話は聞こえてきません。

 時間は前後しますが、北海道東方沖でM5.7の地震が発生しました。一部の地震予測愛好家達が“スワッ!2011年の東日本巨大地震の北への遷移の始まりだ!”なぞと叫んでいます。

 防災科学技術研究所は自らのHPに設けたHinetコーナで日本列島とその周辺の地震活動をほぼリアルタイムで報じてくれます。しかし、この機関は独立行政法人です。つまり日本国の地震防災政策の実施がその存立基盤です。従って公開される情報は日本とその周辺海域に限ります。この緊(しば)りは厳格に守られています。今般の北海道東方沖地震は、その緊(しば)りの外で起きています。かっては2015年5月の小笠原沖深発地震、これは地球科学研究では大変重要な地震であったにもかかわらず、Hinetはこの情報を提供しませんでした。そうした緊(しば)りの外の地震の情報をすぐに知りたければ、国外のデータベースに頼るしかありません。
(図1:IRIS(Incorporated Reerac Institution for Seismology)による今般地震震央近辺の地震活動 IRIS Eq search )
170628Kuril_iris無題


上に書いたように、Hinet情報は上の図の四角領域の地震をカバーしないので、この地震が日本列島周辺の地震活動と位置的にどう関わるのかが見えてきません。そこで、いつもの図に今般の地震を加えて見ました:
(図2:2013年10月26日日本海溝東沖地震(M7.7)以後2017年5月28日までに東日本で起きた地震(M>4.5、データソースHinet)に二つの北海道東方沖地震を重ねてある)
170628無題
 
 上の図からわかるように、Hinetはきっちりと歯舞島の東側は越えないという約束を守っています。この東には地震が起きないということではありません。

 まずは北海道東方沖地震の発震機構を、いつものように(Global CMT Catalogue Search, GCCS)から見てみます。

図3:GCCSが公開する2017年6月28日の地震のモーメントテンソル成分と、それから得られる発震機構解。下半分の6行からなり数字群は発震機構の力系を構成する3つの軸の成分(座標系は南―東ー上方の右手系))
170628fps無題


この地震は太平洋プレートの千島列島下の単純なもぐり込み過程では説明できない発震機構です。左に示した表上半分の最下行のslip=-128と負の値であることからこの地震は正断層地震であることがわかります。表中の6つのモーメントテンソル成分を用いて尤もありそうな力系とその発震機構図を算出したものが、表の下半分でそれを図示したのが右です。図に見るように大きな横ずれ成分を持っています。関心事は二つの赤い曲線、fとg、のどちらが、この地震の断層面でしょうか?

 そのことを考える上で、大変参考になる地震が40年近く昔に発生しています。それを図4に示しています。この地震は下の表身見るようにエトロフ島の東沖で、地下200kmほどの深さで起きています。

(図4:GCCSが公開する1978年12月6日の地震のモーメントテンソル成分と、それから得られる発震機構解。下半分の6行からなり数字群は発震機構の力系を構成する3つの軸の成分(座標系は南―東ー上方の右手系))
19781206fps無題


 図4に示した解析結果(左)と右の発震機構図から、この地震は大きな横ずれ成分を持つ正断層地震です。この結果を今般の2017年6月28日地震と比べると興味深い事が見えてきます。
 ところで、この地震については大変珍しいことが地震波形上に見出されています。

図5:地震波形に見出された珍しい現象。震央から見て特定の方位に位置する観測点では、長い距離を走ったはずの表面波の振幅が短い走行距離しか走っていない表面波の振幅より大きい。
表面波2577


 星印は震源(hypocenter)、家印は地震観測点(Observatory)です。震源と観測点を含む大円で地球を輪切りにして見た図であると考えてください。表面波は震央から地球表面を伝って観測点に達するので、震央から反対方向に発射された表面波は時間遅れで観測点に達します(右に波形の模式図)。一般に表面波の振幅は走行距離の平方根の逆数(sqrt(r))で減衰します。従って通常であれば上の場合R2の振幅はR1の振幅よりはるかに小さいはずです。しかし、この地震ではそうではなかったのです。理由は地震の破壊がR2の波の出射方向に走ったためです( 一種のドップラ効果、ですが、数学的なそれとは異なります。directivityと呼ばれています)。このことから、この地震の断層面が図3でfと付された面であることが分かったのです。
 この事実、そしてその後の研究(1978Dec6 eqrthq )などからもこの地震の断層面はfと記された面、即ち潜り込んだプレートに鉛直に長く包丁を入れたような形状になっているらしいことが判明しています。となると、その運動の向きは左横ずれと言うことになります。言葉を変えれば断層面を挟んで北海道の側が南々東に、エトロフ島側が北々西に運動するような横ずれ運動であったということになります(但し、潜り込むプレートの断裂ですから横ずれ即水平運動と言うことではありません)。

 ところで、1978年12月6日の地震の断層面を南々東に延長した先に今般の2017年6月28日の地震が起きていることが分かります。と、言うことは、この地震の断層面も北西南東に走向を持つ面ではなかろうかと推測できます。面は鉛直ではなく南西のほうに傾いていますが、左横ずれです。
 どうやら、今般の地震は1978年12月に地中深くで発生した鉛直断裂が浅いほうに進展したものとして理解できそうです。
 つまり太平洋プレートと千島を載せる大陸プレートの間の相互作用(擦れあい、逆断層)ではなく、潜り込むプレートの内部に招じた鉛直の切れ目に沿った断層が活動したというわけです。
 こうした潜り込んだプレートのそれ自身が傷をかかえて、地下で「その傷がうずく」地震があることは本ブログでも以前書きました(3月6日記事、古傷が疼く地震)。
 
 さて、今般の地震です。二つの地震間の距離は
-->exec('C:\FR55G_B\SCI_lesson\cl_delazm.sci', -1)
epi(lat,lon)=[43.80 148.00]
sta(lat,lon)=[44.74 145.82]
Dlt,Azm,Bzm= 202.6-km 301.81 120.29 1.82deg
と算出できます.

 発生時間間隔からその破壊伝播速度は以下の計算で見積もることができます。
Scilab calculation on console
-->t2=[2017 6 28 12 2 37]
-->t1=[1978 12 6 5 2 36]
-->etime(t2,t1)/(3600*24)= 14084.292 (days)
-->202.6/etime(t2,t1)
-->202.6*10^6/etime(t2,t1)= 1.6649097 (mm/sec)

 思ったよりは早く破壊が上方に伝播することが分かります。興味深いことです。

 こうした深部でのプレートの鉛直断裂事例については東北日本下ばかりでなく、四国の愛媛県下でも起きたらしいことを本ブログで議論しています:
2,014年3月14日午前二時過ぎ愛媛県を震度後強の地震が襲いました(2,014年3月19日記事2014年3月14日愛媛下地震)。この地震の発生解釈が、その発震機構解から、今般の地震、或いは40年前のオホーツク海西端の200kmやや深発地震と似た環境下であることが想定できます。

+++++加計とNHK
 6月23日夕刻に日本記者クラブで行われた前川前文科事務次官の記者会見で前川氏は日本のメディアと政府権力との癒着を指摘しています。その深刻な事例として氏が言及したのがNHKです。これについてネットジャーナル・リテラがフォロウしています。

%%%%%社会ジャーナリズム NHK国会中継は政治部=官邸が判断 NHKが国会中継しないのは、政治部=官邸の判断だった! 前川氏の会見は中継せず、“アベ友”民間議員の反論垂れ流しも 

2017.06.28先週行われた前川喜平・前文部科学事務次官の記者会見に対抗し、26日、国家戦略特区諮問会議の八田達夫座長や竹中平蔵氏、坂根正弘氏といった民間議員、同ワーキンググループの原英史委員らが記者会見を開催した。
 案の定、彼らは「岩盤規制の改革がようやく実現した」「獣医学部新設は民主党政権の時代も含めて長年の懸案だった」(八田氏)、「文科省からは需給見通しが何も出てこなかった。(文科省は)政策論議に敗れている」「総理自身から特別の優遇をしろとかそんな要請はなかった。いや、そんなことを総理がおっしゃることはありえない」(竹中氏)と、まったく安倍官邸と同じ言い訳を重ねた。竹中氏にいたっては、現在起こっている疑惑の声を「歪められた議論だ」、前川氏に対しても「あなたたちが行政を歪めてきたんでしょう」と一蹴。さらに「(獣医学部を)相当多くつくってもいいよね、という印象をもっていた」と言い出し、安倍首相の「全国展開」宣言をフォローして見せたのだった。
 まったくよく言うよ、である。本サイトの既報の通り、国家戦略特区諮問会議は神奈川県で家事支援外国人受入事業の実施を認めたが、この事業者に選ばれた企業は竹中氏が取締役会長の座に就いているパソナだ。さらに、同じように農業特区に選ばれた兵庫県養父市でも、竹中氏が社外取締役を務めるオリックスの子会社・オリックス農業が参入している。しかも、竹中氏は諮問会議で民間議員として、「この農業生産法人の問題こそが岩盤中の岩盤、ザ・岩盤」「これをどう突破できるかというのが本当にいろいろな意味での象徴になろうかと思います」と強くプッシュしていたことが議事要旨に残されている。
 つまり、安倍首相が特区制度を利用してお友だちの学校を優遇したように、竹中氏は自分が関係する企業のために利益がもたらされるよう“自作自演”していたのだ。そのくせ、いけしゃあしゃあと「歪めているのは前川氏やメディア」などと非難するのだから、その厚かましさは安倍首相と同等だ。
 このように、どこから見ても安倍官邸と口裏を合わせた茶番に過ぎず、国民の疑問に何も答えない退屈極まりない自己正当化会見だったわけだが、さすがにニュースバリューがないと判断したのか、昨晩〜今朝のニュース・情報番組で触れられることはなく、あの日本テレビやフジテレビさえスルー。しかし、そんななかにあって、あの局だけは違った。NHKだ。
NHKは前川前次官の会見は中継せず、竹中平蔵ら特区諮問会議民間議員の逆ギレ言い訳会見を生中継
 NHKは26日夜の『ニュースウオッチ9』でさっそく会見の模様を伝え、昨日朝の『おはよう日本』でも報道。「あなたたちが行政を歪めてきたんでしょう」という竹中氏の発言を紹介する場面では、パソナ取締役会長ではなく「東洋大学 竹中平蔵教授」なる肩書きを出す始末で、竹中氏が批判に値する行為を特区で行ってきたことを覆い隠して紹介したのだ。
 しかも、NHKの忖度ぶりはこれだけに留まらなかった。会見の模様を番組内で報じただけではなく、なんとネットで生中継まで行ったのだ。ちなみに、注目度が段違いだった先週の前川氏の記者会見で、NHKは中継など行っていない。
 前川氏は記者会見で「国家権力とメディアの関係」に言及した際、「私に最初にインタビューを行ったのはNHKです。ですが、その映像はなぜか放送されないままになっています」と述べ、官邸への“忖度”が働いているのではないかと指摘したが、今回“反前川会見”を生中継するなど力を入れることで、まさにNHK自らが裏付けたのだ。
 だが、一方でNHKは「一枚岩」ではないところも見せている。26日夜の『時論公論』では、「加計学園問題 丁寧な説明は」と題しNHKの西川龍一解説委員が加計疑惑を解説。民間議員の会見を取り上げながらも、「疑問を突きつけられた一方の当事者である内閣府や官邸が疑問を払拭するために当事者意識をもって対応していないのではないかというのが前川氏の考え」とし、萩生田光一官房副長官の関与が疑われる文書についても「(文科省職員が)誰からも言われなかったことを職員が文書に残すというのは考えにくい」と疑問視。安倍首相の「全国展開」発言に対しては、「いま国民の疑念を招いているのは半世紀ぶりに獣医学部の新設を認めるに足る議論が公平公正になされたのかということで、ほかでも獣医学部の新設を認めれば払拭されるということにはなりません」と一刀両断したのだ。
NHKが国会中継するかしないか決めているのは、政治部だった!
 前川氏のインタビューをお蔵入りにする一方で、萩生田文書を『クローズアップ現代+』がスクープ。反前川会見に力を入れながらも、同日には安倍首相の対応を厳しく批判する──。このような“せめぎ合い”が起こっている背景にあるのは、既報の通り、安倍応援団と化した政治部と、それに反旗を翻す社会部というNHK内の抗争だ。
 現に、『クロ現+』で萩生田文書をスクープした記者は文科省担当だったが、今回、安倍首相をはじめ関係大臣たちの対応を批判した西川龍一解説委員も旧文部省を担当した社会部出身者である。
 しかし、対する政治部は、同じ報道局内でも強い権限を握っている。そのため前川氏インタビューも政治部によって放送が潰されたのだが、さらに政治部をめぐっては、とんでもない話が取り沙汰されている。
 それは、今週発売の「サンデー毎日」(毎日新聞社)に掲載されている、東京大学名誉教授である醍醐聰氏の証言だ。醍醐名誉教授は参院予算委員会での共謀罪法案審議を中継しないのかとNHKの視聴者窓口に問い合わせたところ、責任者はこう答えたのだと言う。
「編成局と政治部が協議して判断する」
 この返答について、醍醐名誉教授は「『番組制作部門と取材部門は互いに独立を保つ』と規定したNHKの放送ガイドラインに抵触する可能性があります」と指摘しているのだが、これは大問題だ。
 いまやNHKの政治部は、岩田明子記者を筆頭に、安倍官邸と距離を保つこともなく広報部隊と化している。その政治部が編成に口を挟んでいるという事実は、放送の決定権を官邸が握っていると言っても過言ではない。しかもこれは、放送法に規定された番組編集の「政治的公平」を超えて、国会中継という公共放送局の根幹にかかわる問題だ。
 NHKはこの国会中継の問題についてきちんと説明する必要があるが、それでなくてもNHK政治部の安倍官邸への隷従ぶりは、いわば総理による公共放送の私物化を許している状態にほかならない。この暴走に歯止めをかけるためにも社会部の奮闘には今後も大いに期待したいが、同時に政治部には恥を知れと言っておきたい。
%%%%%リテラ記事転載おわり

 もう一つ紹介しておきたい記事があるのですが長くなるので次回にします。

夜刀神(再考察7),加計スキャンダル(体調不調は逃げの口実?)

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:水田すぐ上を滑空する燕。愛しいのう 。それに引き換え、鳩の憎たらしさ(下の一首をご覧じられたい)


 枯れた木を 集めて花を 踏みしだき 巣作りはげむ 鳩 あつかまし

家内がベランダに置いた花鉢がこのところ鳩に狙われています。鉢に植えられた花を踏みつけて木々の小片が敷き並べられています。そして、鳩がその上に座り込んでいるんですな。追い払っても、電線の架線に止まり、こちらを隙あらばと凝視しています。頃合を見計らって又座り込んでいます。やがて、「彼氏」と思しき鳩を引き込むんですな。「他人(鳥?)様の恋路」の邪魔立てをするつもりはないのですが、あの「糞害」(あの悪臭)に憤概させられる情況は困ります。「人間様の目の届かぬところで“好きだ滑った”はやってくれ」と言いつつ追い立てました。

 新生児の体重増加曲線を説明するかもしれないロジスティック方程式が含む二つの助変数(パラメータ)の最適値を得るべく、計算式を前回導出しました。しかし、哀しいかな!老いぼれの身では、此れを計算機言語に書き換え、それを意図通りに走らせることは「大事業」なんであります。折角作ったプログラムは、気づかなかった障害で停止してしまいます。以前、愚痴をこぼしましたが、無料の科学計算用言語( Scilab, ネットから簡単にダウンロードできます)は、機能も優れ、熟達者には至極優れものらしいのですが、老いぼれにとっては、計算が停止したときの原因究明が難しい。理由は、いたってエラーメッセージが不親切なのです。作った本人の「大丈夫」との自信過剰と強い思い込みが妨げになって、バグ(虫、プログラム・ミスの事)が見つかり難い。と言うわけで、現在計算プログラムを見直しています。結果は後日と言うことに成ります。
Kindly please be patient of my delay!!

+++++夜刀神再考察(7)
八世紀始めに体系が整ったと思われる日本神道の原点、すなわち「天照大神」信仰の外形様式は:
(1)境界の設営、すなわち「注連縄」(しめなわ)です;(2)「社」の設営、そして(3)「祭り人」の配属
にまとめられます。ここで、(1)は鳥居、(2)は神社、(3)は宮司さんと言うわけです。狭い域に閉じ込められ、境界を仕切られ、そこに住いを与えられ、時に食事の面倒を見てもらえる。それが夜刀神と言うわけです。常陸国風土記行方郡の条はまさに「神道様式」の発祥を記載している、即ち日本書紀神代紀が書く「斎」なのです:
原文:
《第九段一書第二》一書曰。天神遣経津主神。武甕槌神、使平定葦原中国。時二神曰。天有悪神。名曰天津甕星。亦名天香香背男。請、先誅此神。然後下撥葦原中国。是時斎主神号斎之大人。此神今在乎東国楫取之地也。(以下略)

文意:〔岩波文庫「日本書紀〔一〕」130頁
 天神は経津主神、武甕槌神を派遣して葦原中国の平定をさせた。その際、この二神が言うには「天の悪神有り。名を天津甕星〔天罪か星〕と言う。又の名を天香香背男〔あまかがせおお〕という。請う。この神を誅し、然る後に葦原中国をからわ」と。このとき斎主神を斎之大人と号した。この神、今は東国の楫取之地〔香取〕に在る。
上の書紀引用に登場する天津甕星〔あまつみかほし〕がどうやら「夜刀神」である、あるいは「夜刀神」の信仰体系から天津甕星〔天つみか星〕と言う表記を作り出したといっても良いのです。

さて、斎の外形が判明した。そこで、内実とは何か?を考えます。それも常陸国風土記に見ることができます。
(図:常陸国風土記行方条抜粋(再掲))
170620夜刀神無題

 上記の一節に先だつ文面がそれです。そこでは以下を書きます(文意のみ):
文意(「風土記」(植垣節也訳、小学館、377頁):
 家族を引き連れて危険を逃れるときに振り返って蛇を見るものがあると一族を滅ぼし、子孫が後を継がなくなる。一体この郡役所の側の野原には非常に沢山住んでいる。

 私は、これぞ「斎」で表現される「宗教様態」の内実、つまり動機であると考えています。それは「祟り」です。藤原不比等が統帥する東征軍が東国で働いた残虐な蛮行のいわば裏面が風土記で語られているのです。此処にこそ「神道」なる新宗教が必要とされた政治・軍事情勢があったのです。
しかし、いかに「神道」なる新宗教があれども、東国の軍事侵攻者への怨念は静まらなかったのです。そこで登場するのが2016年11月30日記事で書いた普都神です )。つまり仏教を駆り出すことになります。外来宗教と、自前の新興宗教を合体させることで、なんとか東国の叛乱を鎮め、恨みへの「鎮魂」を達すると言うわけです。これが「神仏混交」で、後日、考察します。

 上掲の風土記抜粋部分の後半では、継体天皇の治世の後、孝徳天皇に治世時にも大反乱があり、壬生連麻呂(この人物については後日考察)がこれを鎮圧したと書きます。そこに大変興味深い記載があります:
%%%%%
まずは原文:
「目見雑物魚虫類無憚懼隋尽打殺」(中略)「即向香島陸之駅道也」 
 文意(参照は上に同じ):
目に見ゆる雑(くさぐさ)の物、魚虫の類、ははばかり無く、おそるることなく打つ殺せ」(中略)かくしてそこが鹿島に向かう駅路である。
%%%%%
 大方の古代研究者はこの件を重視しません。しかし、これは日本書紀神代紀の以下の件と照応しているのです:
%%%%%2016年5月13日記事より日本書紀巻(二)抜粋 
(1) 原文:神代下
遂欲立皇孫天津彦彦火瓊瓊杵尊、以為葦原中国之主。然彼地多有蛍火光神及蠅声邪神。復有草木咸能言語。

文意:岩波文庫「日本書紀(一)」110頁
 遂に皇孫である天津彦彦火瓊瓊杵尊(あまつひこひこほのににぎのみこと)を立て、葦原中国之主(葦原中津国のぬし)とせんと欲する。然うして彼地には多くの蛍火の光る神や、蠅のようにブンブンとうるさく騒ぎ立てる邪(よこしまな)神が多く居た。さらには、草木までもが咸(よく)言語を話すことができた。

(2)原文:神代下
於是、二神誅諸不順鬼神等、〈一云。二神遂誅邪神及草・木・石類。皆已平了。其所不服者。唯星神香香背男耳。故加遣倭文神。建葉槌命者則服。故二神登天也。〉倭文神。此云斯図梨俄未。〉果以復命。

文意:岩波文庫「日本書紀(一)」120頁
 ここにおいて、二神(武甕槌神、経津主)は諸々の不順(まつろわぬ)鬼神等を誅(せいばつ)することとした。〈或る伝承は以下のように書く:二神は遂に邪神を征伐したさらには草・木・石に宿る神をも屈服させた。かくして皆これに平服した。しかし、其所そこ〉に不服者(従わない)者たちがいた。それは星神(ほしのかみ)である香香背男(かがせお=こうしょう=こしおう)であった。そこで倭文神(わぶみ)を派遣した。さらには建葉槌命(たけはつち)を派遣したところ平伏した。こうして二神は天にもどった。〉倭文神を斯図梨俄未(しとりがみ)と言う。〉こうして命を果たして復した。
%%%%%
「目見雑物魚虫類無憚懼隋尽打殺」とは、「誅邪神及草・木・石類。皆已平了」なのです。即ち、ゾロアスタ教に限らず、在地原住民の素朴な「自然信仰」までも敵視せよと檄を飛ばしたのです。
(つづく)
 
+++++加計スキャンダル
 東京都議会選挙が真っ只中です。しかし、自民党の看板たる安倍氏が候補者応援で街頭に立つことは無いのだそうです。とは言え、氏は、身内の集会では威勢の良い言辞をはいているようです。過日の神戸での「獣医学部を沢山作る」などがそれです。これについては即弁護士の(前回記事参照郷原信郎氏が鋭い批判を浴びせていました )。
 「加計学園選定はきわめて公正・公平になされており首相が口をさしはさむ予知はありえない」と強弁してきたことを失念し、神戸では「いくらでもつくれるのだ」と叫んだのです。つまり自分の影響力でそれが出来ると誇示してしまったのです。「知恵が回らない」と言ってしまえば身も蓋もありませんが、お粗末の限りです。
 この安倍氏に「体調不良」なる噂が一週刊誌記事をきっかけに巷に流布されています。それを「応援演説」にも立てない、国会での論戦にも対応できないなどの政治活動休止の理由にするとなると、「ホンマかいな?」と疑ってかかるべきでしょう。逃げ切り作戦ではなかろうか、と私は考えています。
 いつもの板垣情報は以下を書きます:
%%%%%「帰れコール」浴びる安倍晋三首相は、「臭いものにフタをしてあらゆるものを隠す」など公私ともに「隠し事」が多すぎる
2017年06月28日 板垣 英憲(いたがき えいけん)「マスコミに出ない政治経済の裏話」
◆〔特別情報1〕
 安倍晋三首相は、「臭いものにフタをしてあらゆるものを隠す首相」との悪評をもはや隠し切れなくなっている。東京都議会議員選挙戦で街頭演説に姿を見せると、「森友学園・加計学園疑惑隠し」に不満を抱いている有権者から「帰れコール」を浴びせられるので、終盤戦になっても、自民党は、姑息にも「安倍隠し」を続けている。しかし、本当に隠したいのは、「肺ガン(ステージ4、リンパ節に転移)で余命3か月」と主治医から告知され「ドクターストップ」をかけられていることだ。
%%%%%

 私は上に書いたように安倍氏の体調不調を疑っています。何せ、嘘をつくことが体中に染み渡っている人物です。
 ところで、東大の先生が、「大学教育」の視点から説得力のある議論を展開していますので、転載します。
%%%%%語るに落ちた安倍首相、政治家の致命傷を露呈
国家戦略特区の意義にそぐわない獣医学部新設はあり得ない
2017.6.27(火) 伊東 乾
 
 前回のコラムが公開された6月23日、前川喜平・前文部科学事務次官が日本記者クラブで記者会見を行いました。物事にはタイミングがあるようで、偶然ですが軌を一にしたようです。
前川氏の記者会見、その内容について細かにここでは触れません。筋道を通して曇りなく話しておられたこと、原稿の棒読みではなく、視線を定めて丸2時間、一貫して自分の言葉できっちり話される胆力は、40年間にわたって1つの官庁で責任を取り続けた器量と思いました。 
また末尾に示された「個人の尊厳」「国民主権」という2つの言葉は印象的でした。 
天下の大新聞が必要なチェックを怠ったまま報道したとされる、極めて恣意的な前川さんに関する報道は、どう見ても個人の尊厳を踏みにじるものだとしか言いようがありません。万が一、情報の出所が官邸などということがあれば、憲政の本義から問い直されねばならないでしょう。 
この翌日、安倍晋三内閣総理大臣は出先の神戸での新聞社系主催の 講演の中で仰天の「決意」を表明したと報道されました。以下、私も郷原信郎さんの指摘で気づいたのですが、これ、アウトです。
せっかく「総理の口からは言えないから」と、和泉洋人・内閣総理大臣補佐官とか官房副長官とか、様々な人材が陰日なたで動いて努力してきたのに(それ自体、やってはいけないことだと思いますが)、本人自らが全否定してしまったのですから、周りもたまったものではないでしょう。 
つまり、官邸が必死で糊塗してきた「内閣総理大臣は、獣医学部設置認可の問題に一切関わっていないし、具体的に関わる立場ではない」という主張が覆ってしまった。これで終わった、「自爆」と郷原さんは表現しておられました。 
当該部分を引用してみます。 
「獣医学部の新設も半世紀以上守られてきた堅い岩盤に風穴をあけることを優先し、獣医師界からの強い要望をふまえ、まずは1校だけに限定して特区を認めました」 
「しかし、こうした中途半端な妥協が、結果として、国民的な疑念を招く一因となりました。改革推進の立場からは、今治市だけに限定する必要は全くありません」 
「すみやかに全国展開を目指したい。地域に関係なく2校でも3校でも、意欲あるところにはどんどん獣医学部の新設を認めていく。国家戦略特区諮問会議で改革を、さらに進めていきたい、前進させていきたいと思います」( http://www.sankei.com/west/news/170624/wst1706240054-n1.htmlから引用)
これはさすがに成立しないと言わざるを得ないでしょう。 
まず郷原弁護士の 指摘を引用しておきます。
「安倍首相は、『獣医学部新設の認可』に関しては権限を一切行使することも、全く関わることもなく、自分とは全く関係ないところで行われたものだ」と説明し、国会で野党から質問を受ける度に、『自分は関わっていない』『指示したことはない』と関与を否定し、野党の質問自体を『印象操作だ』と言って逆に批判をしてきた」はずでした。 
実際、首相自体が行脚して権限を行使したりはせず、「総理の意向」と官房副長官が言ったとか言わなかったとかいうメモが 怪文書扱いされて、そうやって周りが庇ってきたのに、あろうことかご本人様が
「1校に限定して特区を認めた中途半端な妥協が、結果として国民的な疑念を招く一因となった」 
「今治市だけに限定する必要は全くない。地域に関係なく、2校でも3校でも、意欲あるところにはどんどん新設を認めていく」 
という「総理の意向」を露骨に語ってしまったのですから、将棋で言えばこの時点で詰んでしまいました。さらにその内容は、政策本来の目指すべき方向とほとんど無関係なものになっています。 
「特区の全国展開」と読める内容ですが、限られた財と資源を国家戦略に基づいて「選択」し「集中」するのが特区選定の効用で、「全国展開」となれば「特区」の意味がどれほどあるか、一つひとつの特区に十分な拠点形成が可能であるか、率直に疑わしいと思います。 
また、より明確に指摘するなら、この特区は「しまなみ海道国際交流・ビッグデータ活用拠点」として、スポーツ、観光など様々な分野を対象とするものであるはずです。 
ところが、なぜか最初から「教育」として1点だけ「獣医学系」という「選択」と「集中」があったことは、前回、2015年12月の諮問会議配布資料に即して指摘したとおりです。 
残念ながら、前川前次官の記者会見でも「大学設置・学校法人審議会」では、大学として成立し得るか否かはチェックするけれど、特区に設置するにあたっての前提となる政策意図に合致しているかどうかは審査の対象にならない、とコメントされています。 すでに存在している普通の意味での設置基準に照らして、合致していればOKを出す、それだけの機能であるということです。

となると、いったん諮問会議さえ通してしまえば、あとは国家戦略特区の趣旨に合致しようがしまいが、ノーチェックで勝手な大学を作っても、結果的に誰からも何のお咎めもないということになる。 
これは制度設計の穴、バグと言わねばならないでしょう。 
筆者は過去約20年、公務でわが国高等学術の国際戦略にアカデミック・ディプロマットとして携わってきました。その観点から、たぶんどこから見ても文句のつかない「国際教育交流拠点」としての具備すべきミニマムの条件を記して見ます。 
1最低3割は非日本人教員採用でのスタート 
2国際的な学生採用通知、外国語(英語、中国語など)での募集要項と入試、授業体制の確立 
3ビッグデータ活用特区の政策課題に対応した情報システム専門家の採用・教職員チームの編成(これは生物統計の専門家などが兼務して務まる仕事量ではありません。システム管理者として最低大講座1つ分程度のスタッフが必須不可欠 
4国際学寮など教育交流拠点として必須の設備投資 
5本質的には、学部学生教育程度の水準で、未踏のバイオサイエンス新分野の国際競争力拡充などできるわけがありません。沖縄科学技術大学院大学のような先端教育研究組織の設立であれば判る話ですが、単に地元の獣医不足対策では7〜8年後から新卒の獣医が出るというだけで、喫緊の国家戦略とは無関係です。大学院を含む戦略組織としての段階的強化の現実的な計画は提出必須と思います。 
仮にこれらを「国際交流・ビッグデータ活用拠点」チェックの5条件と呼ぶとして、これらの1つでも満たされていなければ、行政から強い指導が入るべきと思いますし、3つ以上が満たされていない計画なら見直し=そのままでの進行はいったん停止させるのが妥当な判断と思います。 
この種の業務に就かれたことがある方なら過半数が、極論でない妥当な条件と言ってもらえると思います。ちなみに上では、国際人事3割でよいといっている。 
つまり7割は日本人でいい国際交流拠点、実は大甘な採点基準で、こんなものも満たせないなら、本当にただのローカルな話で、国家戦略全体の力になるアウトプットとして特区優先される成果は、まず期待できません。 
前川前次官も、政策としての設置条件に本当に合致しているか、大学設置審でチェックできない「国際競争力の強化」や「国際経済拠点の形成」といった目的に適っているかどうか、あるいは閣議決定されている4条件に適合しているか、といった審査は、大学設置審議会では審査されずスルーであること、それらについては改めて問われなければならないと思う、と会見で述べています。
音声動画を リンクしておきます。1時間7分目前後で詳細に触れられています。
前川さんの指摘はあくまでデュープロセス、正当な手続きを念頭に置くもので、結果的に文科省の設置審が通したとしても、その時点での「最終的な仕上がり」としての大学の姿が国家戦略特区の満たすべき諸条件に照らして合致しているかどうか、きちんと確認してもらうということが必要ではないか、とのコメントがありました。 
私も全く同意見です。少なくとも、ノーチェックで通すというのは良くないでしょう。「中国地方の獣医師不足」「地元長年の悲願」といった要請がローカルにあるのは当然ですが、それが国家戦略特区の趣旨に合っているかどうかは全く別問題です。 
「地元の悲願」「全国展開」?
別の一例を挙げて客観的に考えてみます。私がよく散策に出かける東京都武蔵村山市には鉄道がありません。バスの運行網は発達していますが、都内に出るにも他県に行くにも、電車に乗るには路線を乗り換えねばならず、はっきり言って不便です。 
このあたりは小学校1年次から私には慣れ親しんだ地元で、過去40数年の住民感情を等身大で認識していま すので、あえて便・不便まで踏み込んで記しましょう。
武蔵村山には、1929年にトロッコの軽便鉄道線(東京の水源として作られた人造湖ダム「 村山貯水池」(1927―)の工事で敷かれたもの)が廃止されて以降、ほぼ90年間にわたって鉄道がありません。戦後72年、高度成長の昭和30年代ですら、鉄路の敷設とは無縁でした。
1998年、すぐ近くまで「 多摩都市モノレール線」が開通した頃は「武蔵村山にも延長を」という声が強く上がりましたが、あれから約20年、延伸案は絶えて実現していません。
「地元の悲願」だけで言えば、日本全国あらゆる自治体が「悲願」だらけと思います。また「それなら」と日本全国に新たな鉄道を敷設しまくるということがあり得るでしょうか。 
赤字ローカル線の廃止はあっても、その逆が進むわけがないのは火を見るよりも明らかです。「地元の事情」は国家戦略とは別の審級に属します。 
一個人としては、武蔵村山に鉄道線の延長があると地元の人が喜ぶだろうなと思いますが、仮にそれができたとして、国家全体のGDP(国内総生産)が上がるとか、景気が目に見えて回復するとか、雇用が優位に伸びるとか、そんな期待は全くできません。 
同様に、国際研究大学院大学などであればまだしも、アンダーグラジュエイト、つまり高校を出たばかりの国内の青少年に獣医学を講じる学校組織を全国展開しても、国際交流の進展はまず一切なく、また未踏の先端バイオサイエンスもビッグデータ活用も、特段の配慮がなければ全く関係ないでしょう。

そもそも国家試験合格まで、学部教育のカリキュラムが満杯のはずですから、戦力になるような新教程を学部に混ぜ込むというのは、少なくとも東京大学では絶対に前提としない議論です。研究と教育が一体化した大学院それも博士レベルで、真剣に議論する内容であることを記しておきます。 
日本国全体の公益のため、「国際競争力の強化」「国際経済拠点の形成」といった本来の目的に合致しているかが国家戦略では問われます。 
ただ単にしゃんしゃん総会で有識者にプリントが配られ、「ご異議がなければ承認と看做します。ご異議ございませんね。では承認といたします」方式で流してしまえば、スルーのトンネルであって、合理的な適否の審査とは呼べるものにはなりません。 
正確を期すなら、諮問会議が委嘱して弁護士などを含む第三者審査委員会を招集、厳密に「国家戦略と合致した獣医学部の実施体制になっているか」といった具体項目を徹底して客観的に審査、結果を広く納税者国民、特に費用負担する地元住民に開示して、公正性を明らかにすべきでしょう。 
まともに公の施策を考えたことがあるものであれば、誰でもそのように言うはずです。今日の行政アカウンタビリティ、政策コンプライアンスに照らして、避けては通れないポイントと言うに違いありません。 
念のため付記しますが、私は前川前次官と一切の面識もなければ、お友達でもありません。文科省の管轄下にある国立大学―国立大学法人でこの20年弱、諸般の政策には関わってきましたので、そこでの常識的なことを記しているだけです。 
まともな人なら誰でも同じようなことを言うであろう、その範囲のみを記しています。またこれは「岩盤規制」などと揶揄されるものとまるで反対であることも明記しておきましょう。 
「岩盤規制にドリルで穴をあける」のだそうですから、それがきちんと開いているか、ほかならぬ諮問会議自身が責任を問われる局面です。第三者評価の通風性をもってしっかりチェックして、きちんと効果を上げなければなりません。 
万が一にも「国家戦略」は絵に描いた餅で、実際には許認可以降、羊頭を掲げて狗肉を売るみたいなことになっていたら、諮問会議そのものの意図が完遂されないことになってしまいます 
「実現可能性評価」:フィージビリティ・チェックという観点
神戸での安倍首相の講演で、もう1つ気になったことがあります。少し長いですが当該部分を引いて見ましょう。 
「『2050年の技術』。こういうタイトルの本を最近英国のエコノミスト誌が出版しました。その中には、ステーキや牛乳が生身の動物からではなく、細胞培養によって工場で大量生産されるといった近未来が描かれています」 
「(中略)さらには人間の脳とインターネットが直接つながる。写真や動画などのデジタルデータがDNAに保存されるようになる。私たちの想像を超える世界が展開されています」 
「『2001年宇宙の旅』。みなさんご存じでしょう。(中略)半世紀前は、SFの世界だった話が、人工知能の日進月歩により、今やしゃれにならなくなってまいりました。現代の私たちですら、驚くような未来が目前に迫っています。そうした変化に今よりもはるか昔、50年も60年も前の時代に作られた制度が対応できるはずがありません」( http://www.sankei.com/west/news/170624/wst1706240053-n1.htmlから引用)
もしかすると安倍首相は、こういう話の枕を振っておけば、「しまなみ海道特区」が「国際交流・ビッグデータ活用特区」として、なぜか理由を一切明示されず「獣医学系」だけが最初から指定されている理由を示したことになると考えたのかもしれません。 
しかし、この政策は、前川前次官もフェアに言及しているとおり、向こう数年の現実の話として「国際競争力」が上昇し「国際経済拠点」が形成されるのが目論見で、きちんとした中間評価のシステムなどがあれば、期間途中でも達成度が低ければ予算の縮小があっても不思議ではない性質の、重点政策にほかなりません。

10年ほどTLO(大学技術移転企業)の技術評価委員を務めた観点から、安全な範囲で申しますが、エコノミスト誌が描いたという「2050年の技術」の技術の大半は、今後5年10年で実現される期待は希薄で、つまるところ成長戦略として、喫緊の課題に応えて、2020年代の日本の競争力に直結することは、まずありません。 
上の講演では、SF映画や海外の未来予測に関する雑誌記事のお話は出てきますが、向こう1か年間に確実な成果の上がる国家戦略の具体が、確かな予測やプルーフを背景に語られる局面は見当たらないように思われました。 
もっと言うなら、それらが実現化した折には、2017年頃に急拵えで作られた施策は「50年も60年も前の時代に作られた制度」としてカビが生えているはずで、対応できるはずがありません。安倍氏自身が言っている通りになるでしょう。 
つまり、向こう数年でも役に立たないし、長期的な未来にも使い物になるあてがない。どこにも落としどころがない「国家戦略」に開いた穴となってしまいかねないということです。 
政策を考えるうえで重要な観点が1つ、完全に欠落しているから、こういうことになります。それは、期限がつけられた「実現可能性評価」、フィージビリティ・チェックという審査の観点です。 
また、いったん動き始めた政策は、必ず中間評価で達成度、当初目的からのずれや、内政外交の情勢変化によって必要があればプランの変更なども随時していく必要があるはずです。しかし、そうした観点がほとんど示されていないように見えます。 
改革、改革と言えば良さげに聞こえますが、その実、勝算がきちんとあるプランに、綿密細心なチェックを随時実施して、必要があればそのつど変更を加えていく、ということがなければ、あらゆる政策は失敗すると思います。 
私が具体例を知るケースとして、ドイツ連邦共和国の「インダストリー4.0」政策を挙げることができます。 
内外情勢の変化、昨年は移民問題に加えてブレグジット(Brexit)、米大統領選挙、暮れにはベルリンでのテロと、大変な事件が続きました。 
こうした情勢変化も見ながら、高度先端科学技術行政の随所で、詳細なチェックと変更、新政策の導入が、 ドイツ技術科学アカデミー(AKATECH)を中心として検討、実施され、妥当性の低い政策、効率の低い施策などは随時再検討がなされます。
国際的な観点で、短期から長期まで、様々なタイムスパンで責任ある政策戦略を立て、随時チェックしながら敢行していくには、それなりの準備が必要です。 
この原稿を6月25日、日曜の朝に入稿した後、同日夕刻のテレビ番組「真相報道バンキシャ」(日本テレビ系列)で、安倍総理の言葉として「あれは、あまり批判されるから頭にきて言ったんだ」という言葉(リンク先= https://www.youtube.com/watch?v=BYMjCOl-lrA)が報道されたのを知り、呆気に取られました。
リンクの動画36分頃で、あくまで記者の取材による内容、くれぐれも誤報であってほしいと願わないわけには行きません。 
大学の観点から厳しく見てしまうと、そういうものが大きく欠落したまま、子供向けの夢物語のようなイノベーションのお話だけで物事が動くように、政治家も多くの有権者も根本的に誤解しているように思われてなりません。そんなに安易にことが動くなら、誰も苦労しないでしょう。 
次回は、そうした国家戦略を巡るマクロな理論解析などの話題を、値引きなしのレベルで扱ってみようかと思っています。 
2007年に日経ビジネスオンラインにコラムを書き始めてから丸10年、自分自身で引いた歯止めを1つはずして、次回は数式の使用を含むまじめなマクロ戦略をご紹介することを検討しています。 
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夜刀神(再考察,6),前川氏記者会見(6.23)より,長野地震

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:雑木の中から規則的な音が聞こえてきます。何の鳥でしょうか?  キツツキかと思えるのですが、当地では目撃されていません )

手と足を バタバタさせて 独り言 昨日(きのう)は寝返り 更なる前進

 新生児は自らの体内に組み込まれたDNAの指示に従って着実に方向性を持った生長をしているのでしょう。それを見定める楽しみと喜び。ただひたすら健やかな成長を祈る日々であります。

 新生児の体重増加曲線にその体重増加を抑制する因子がどのように入り込むであろうかとの興味がわきました。早速数値計算をと思っていた矢先の昨日曜の朝です。長野で大きな地震が発生しました。道路等への被害はあったものの人命が失われることは無かったとの事、幸いでした。豊後水道の地震考察を放りだした状態ですが、とりあえずはこの地震のレポートを二つの地震機関のHPから拾い出しておきます:
+++++2017年6月25日長野県中部地震
%%%%%気象庁HP
 今般の地震の震央近くでは、33年前に長野県西部地震が発生しています。 。この地震の五年前には御岳山が噴火しており、又近くの牧尾ダムの貯水量増加に伴って地震活動が活発になったなどの報告もあります。関東大地震の発生の4時間後に山梨県東部(今般の地震の100kmほど東)でM6.8の地震が発生していることもノートしておくべきかも知れません。
170625jma長野無題


%%%%% 防災科学技術研究所HP 
 発震機構解は横ずれ成分を持った逆断層地震です。今般の地震の北に東北東ー西南西にまっすぐな軌跡を招じている地震活動があります(跡津川断層)。右の図は南北の鉛直面への地震活動の投影です。日本列島下に沈みこむフリッピン海プレートが明瞭に映し出されています。
jma

%%%%%
+++++夜刀神(再論、4)
170620夜刀神無題

 上掲は常陸国風土記のいわば要の部分です。風土記編者が語るには:
行方の地を開墾して田畑に転ずる作業を妨害する「夜刀神」を追討し、しかるべき場所に閉じ込めた。その閉じ込めた境界に標梲をめぐらしたのは継体天皇の時代であると書きます。風土記が編纂された時期は日本書紀が撰上された西暦720年から更に十年余の後とされています。

 既に日本書紀撰上の後ですから、続日本紀が書紀の記載をフォローする、すなわち書紀の史観を事実としてそれに基づき記載を積み重ねているであろうことは当然です。しかし、それが地方の「風土」を語る文書にまで、わずか十数年の間でいきわたるのであろうか?私は疑っています。その土地に言い伝えられた伝承と記紀史観は整合しなかったはずです。

 何故なら、此れまでにも書いてきたように、常陸国風土記を語るには二つのエポックメイキングな事件があったのです。最初は、扶桑国の時代です。毛沼国(ケヌ、現在の群馬・栃木県)の南にあった「ワカタケル王」が君臨した国があり、その王の時代ですが、興王(高王、又は香王とも後に表記される)の子孫である「武王」の息子がその高度な測量技術を以てして香嶋の地に陣屋を設営しました。既に書いたようにそれは五世紀末です(シリウス星の天体位置から年代が決定されるので、現在でもその検証が可能である)。この際の伝承は、ほとんど残っていないが、その一部が断片的に風土記編纂者のメモに残されていたようです。
 そしてもう一つのエポックメーキング事件が藤原不比等が統帥する東夷(東国の野蛮人)征討軍による野蛮な軍事侵攻です。それは八世紀初頭から大々的に始まったはずです。常陸国風土記の記載は大昔の史実をさしはさみながら、その大半では八世紀の事件を記述しているのです。

 いずれ、常陸国風土記香島郡の条で詳述しますが、風土記編纂作業で五世紀末の鹿島での本陣設営に関わるエピソードがどれだけ伝承として後世に伝えられたのか?それを現今我々が目にする古文書から復元できるのか?私の一つの重大な関心事です。

 それはさておき、東征軍(これは書紀が書く神武天皇の東征ではありません。念のため)が夜刀神を現在の行方市のどこかに封じ込めようとしたのが、継体天皇の御世であると風土記は書きます。とするならば、継体天皇は早くとも七世紀末に日本列島の歴史に登場せねばなりません。
 しかし、記紀の編年でその登場は六世紀始めとされています。この時期は鹿島に渡来族・アイヌ族共同体が本陣を設営した時期と重なります。このことが暗示することは、六世紀始めに渡来族アイヌ族の連合体の活動を記紀の筋書きの構築者であった藤原不比等が知っていたということです。継体天皇の実際の活動時期は、私の編年では七世紀初めから半ばです(下表参照)。

(表:天皇在位における法則を補正して作った古代日本列島編年、天皇名についての実在火実在については考慮されていない。いずれ精査したものを作成する予定)
編年150405
 
 私は常陸国風土記行方郡の上の件にとりわけの関心があります。「標裞」をまずは張り巡らし、その内部に社を設営し、麻多智がその社を「祭る」と言うのです。私はこれこそ現行と言うべきか、現状と言うべきか定かでありませんが「神道」儀式の外形の嚆矢ではなかろうかと思う故です。これぞ私がたびたび引用する日本書紀神代紀に記載される以下の記述の内実の一つであろうと思うからです。
原文:
《第九段一書第二》一書曰。天神遣経津主神。武甕槌神、使平定葦原中国。時二神曰。天有悪神。名曰天津甕星。亦名天香香背男。請、先誅此神。然後下撥葦原中国。是時斎主神号斎之大人。此神今在乎東国楫取之地也。(以下略)

文意:〔岩波文庫「日本書紀〔一〕」130頁
 天神は経津主神、武甕槌神を派遣して葦原中国の平定をさせた。その際、この二神が言うには「天の悪神有り。名を天津甕星〔天罪か星〕と言う。又の名を天香香背男〔あまかがせおお〕という。請う。この神を誅し、然る後に葦原中国をからわ」と。このとき斎主神を斎之大人と号した。この神、今は東国の楫取之地〔香取〕に在る。
%%%%%

(つづく)
 いずれ考察したいと思っていますが、藤原不比等が日本列島に新興宗教たる「天照大神」を拵え上げた際、彼はゾロアスタ教に続くユダヤ教そしてキリスト教、イスラム教のような一神教大系の構築まで目論んでいたのだろうか?すぐには考察しませんが、いずれ論議するための備忘のためにここに書き留めて起きます。

+++++森友・加計スキャンダル
 通常国会閉会後、安倍氏と首相官邸は挙動不審の様態です。どうなってるんですかね。森友・加計で追い詰められた情況下、国民の目くらましのために、なんと北朝鮮による弾道ミサイル攻撃への警戒を呼びかけています。此れまで金将軍様には安倍氏と官邸は散々世話になっており、もはや日本国民にとっては「狼少年」状態と思うのですが、どうやら未だ効き目があると安倍氏は思っているようです。完全に常軌を逸していると思えます。
%%%%%投じた税金4億円 安倍政権「ミサイル避難CM広告」の思惑 2017年6月25日
ミサイルからの避難を呼びかけるテレビCM(上)と新聞広告/(C)日刊ゲンダイ拡大する
 明らかに無駄な支出だろう。23日、全国の民放43局で「弾道ミサイル落下時の行動」の政府広報CMが始まり、新聞の朝刊各紙にも「Jアラートで緊急情報が流れたら、慌てずに行動を。」と題された広告が掲載された。やっと静かになった北朝鮮のミサイル危機をあらためて国民にあおってどうするのか。しかも、内容は「屋内や地下へ避難」「物陰に隠れる」などトンチンカン。ミサイルがどの方向から飛んでくるのか分からないのに「物陰」をどう判断するのか。相変わらず「竹やりでB―29を撃墜」の発想だ。こんなバカバカしいCM・広告に一体いくらの税金を投じたのか。内閣府に問い合わせると、担当者はこう答えた。
「CM制作費と放映費で1億4000万円、新聞広告で1億4000万円、ウェブ広告で8000万円です」
170626核警報640636

%%%%%
 本当にそうした危険があるとすれば、最も日本への効果的な打撃は日本海側、新潟から島根県沿岸に分布する原子力発電所を標的にすることです。日本列島は壊滅します。此れだけのCMを流すのであれば、当然こうした原発への攻撃を想定した警戒注意が、電力会社はいうまでも無く日本海側住民には特に周知徹底するべくアクションがとられているはずです。当然原子力発電所の再稼動なぞはありえません。それらの核燃料を除去するべきです。
 そうした防護措置に関するアクションは秘匿されていたのでは、国民を守ることにはなりません。しかし、関連する報道はありません。安倍氏と内閣府は、国民の生命と安全はどうでもいいと軽視してるのでしょうか?
 それともこのCMは森友・加計に関わる火の粉をよけるべく「ためにする」ガセネタなのでしょうか?もしそうであるならば、誠に怪しからぬ話です。自己にかけられた深刻な疑惑をごまかすために「ありもしないことを想定したデマCM」を大金かけて放映するのですから。一事が万事、近来稀に見る最低の首相ですな。こうした人物を支持すると表明する若者が少なくないとの世論調査を見るにつけタダタダ驚きであります。

 過日、安倍氏は、苦し紛れに神戸での身内向けの講演会で「獣医学部を沢山作ることが国家戦力特区構想を体現する趣旨」とまで言ってのけたとのこと。滅茶苦茶です。そうした確信があるのであれば、安倍氏は野党幹部との会談申し入れを拒否する理由は無いはずですが、どうやらその要請からは逃げ回っています。安倍氏の尖兵として働いてきた萩生田内閣官房副長官は、いまや雲隠れ状態です。

郷原信郎氏が「獣医学部を全国で認可」発言で“自爆”した安倍首相と。語っています。 
投稿日: 2017年6月26日投稿者: nobuogohara
%%%%%そのブログ記事の冒頭部分を紹介しておきます:
【獣医学部新設問題 首相「加計以外も認める」 優遇批判を意識】というニュースを見て、思わず目を疑った。
安倍首相は、6月24日に、講演の中で、「1校に限定して特区を認めた中途半端な妥協が、結果として国民的な疑念を招く一因となった。」「今治市だけに限定する必要は全くない。地域に関係なく、2校でも3校でも、意欲ある所にはどんどん新設を認めていく。」などと述べたとのことだ。

政府側の従来の主張を根底から否定するもの
この発言に対しては、様々な批判が行われているが、決定的なのは、安倍首相自身も、その周辺も、これまで、必死に「安倍首相は、獣医学部設置認可の問題に一切関わっていないし、具体的に関わる立場ではない。」と主張してきたことを、根底から否定するに等しいということだ。
(以下省略、本文は上記を参照してください)
%%%%%

 興味深い動画を見つけましたので紹介しておきます。どうやら、5月末のG7では、他国首脳との会議合間のブレークタイムでも仲間はずれ状態であることが下の動画から窺えます。英語力だけの所為ではなく、他国首脳も安倍首相の胡散臭さを見抜いている。そして安倍氏にも「自らの胡散臭さが見抜かれている」との実感があるゆえにああしたオドオドした挙動に繋がってると思えます:
安倍氏のひとりぼっち状態5月27 日   

 いつもの「板垣情報」が安倍氏の重大収賄疑惑に言及しています:
%%%%%前川喜平前文科事務次官が、日本記者クラブで記者会見、安倍晋三首相と加計孝太郎理事長の「汚職関係」を示す(板垣 英憲)
2017年06月24日 板垣 英憲(いたがき えいけん)「マスコミに出ない政治経済の裏話」
◆〔特別情報1〕
 前川喜平前文科事務次官が6月23日午後、都内の日本記者クラブで記者会見し、岡山市の学校法人「加計学園」(加計孝太郎理事長)の岡山理科大学獣医学部新設問題で、「加計のみが恩恵を被った。一部の者のために国家権力が使われるならば、正さねばならない」と述べた。この指摘は、安倍晋三首相と腹心の友・加計孝太郎理事長が、「贈収賄容疑」の「汚職関係」にあることを端的に示している。東京地検特捜部は、この記者会見を厳粛に受け止めたに違いない。
%%%%%

 6月23日、前川前文科事務時間が記者クラブの要請に応じて記者会見 これは必見です。
 この記者会見を神保・宮台氏が論じています。此れも必見です。個人的な話ですが、二つの動画の視聴で先週末が終わってしまうほど密度の濃い動画でした。
神保・宮台170624

  
前川氏の記者会見の中から、メディアの部分について文字お越しがありましたので、以下に転載します:
 このエピソードは我が国がまさに警察権力による国民監視国家となりつつあることを示しています。まず、新聞社が「おめえのスキャヤンダル掴んでるよ」と当該人物に接触してきます。そしてそれにあわせて政府要人から「オメー、何か頼みがあるならば聞いてやっても良いぞ」との打診があるのです。まさに恐喝そのものです。これはヤクザ暴力団の話では無いのです。ヤクザと化した内閣官邸の話です。誠に恐ろしい背筋の凍りつく話です。
%%%%%転載はじめ
◇ 読売の出会い系バー報道は「私ははっきりと官邸の関与があったと思う」

 もう1点付け加えると、獣医学部を巡る問題で、私としての発言を1カ月前に行った。そして、全く別の問題として認識を新たにしたのは「国家権力とメディア」の関係だ。ここには日本を代表するメディアが集まっている。

 一つは私に対する個人攻撃と思われる記事が、5月22日の読売新聞に掲載されました。私としては不愉快な話だったが、その背後に何があったのか。それはきっちりとメディアの中で検証される問題だと思う。私ははっきりと官邸の関与があったと思っている。

 また、文書の存在や官邸からの働きかけについて、私に最初にインタビューを行ったのはNHKだった。しかし、その映像はいまだに放送されず、報じられていない。

 また、真相を示す内部文書の中でも非常に決定的なものに、9月26日の日付のものがある。「官邸の最高レベルが言っていること」という文言を含むものだ。これは朝日新聞が報じる前夜に、NHKは報じていた。しかし核心の部分は黒塗りされていた。NHKを責めているわけではないが、これはなぜなのだろうか?

 また、報道番組のコメンテーターの中には、いかなる状況証拠が出てきても、官邸の擁護しかしない方がいた。その方の名前は差し控えるが、森友学園のときも官邸を繰り返し行われていた。名前を出すことは控えるが、森友問題で官邸を擁護し続けた中には、ご本人の性犯罪が検察、警察にもみ消されたという疑惑を受けている方もいる。

 こういったことを踏まえて考えると、私は今の日本での「国家権力とメディアの関係」に非常に不安を覚える。国家権力と「第4の権力」とまで言われるメディアの関係を国民の視点から問い直す必要性、またメディアの方々の中で自浄作用が生じることを強く期待したい。
◇「出会い系バー」報道「官邸と読売のアプローチ、連動していると感じた」

 −−5月22日付の読売報道について「官邸の関与があった」とおっしゃられた。その根拠は何か。

 もともと私がそういうバーに出入りしていることについて、官邸は承知していた。杉田和博副長官からご注意を受けたことがあるので、まず官邸で知っていた情報だ。それがまず一つ。それから読売新聞の記事が出たのは5月22日だが、20、21日の両日にわたって読売新聞の記者からアプローチがあった。私の私的な行為、活動について「報道するつもりがあるんだ。ついては私のコメントが欲しい」とアプローチがあった。私は答えなかった。ま、正直申し上げて、読売新聞がそんな記事を書くとは思わなかった。

 同じ21日だが、一方で、和泉首相補佐官から文科省の某幹部を通じて「和泉さんが話をしたいと言ったならば応じるつもりがあるか?」と打診があった。5月21日の日曜日。私は「ちょっと考えさせてほしい」とそのままにしておいた。私は何か報道が出てもかまわないというつもりだった。報道が出ることについて、何かそれを抑えてほしいとか官邸に頼もうということは思っていなかったので、私はこの読売新聞からのアプローチと官邸のアプローチは連動していると感じた。それは一つの根拠だが、もしこういうことが、私以外の人にも起きているとするならば、それは大変なことだと思う。監視社会化とか、あるいは警察国家化とか言われるようなことが進行していく危険性があるのではないかと。あるいはさらに権力が私物化されて、「第4の権力」と言われているメディアまで私物化されることになれば、これは日本の民主主義が死んでしまう、その入り口に我々は立っているのではないかという危機意識を私自身が持った。そのことがこの問題の大きなインパクトだと思っている。
◇  −−今回の一つの特徴として、前川さんに直接、加計問題について働きかけがあった。いろんな人物が出てくるが、この問題の首相周辺のキーパーソンは一体誰なのか。誰がものごとを進めて中心的に動いたのか、整理をしてほしい。

 私の目から見ると、和泉首相補佐官が一番キーパーソンではないかなと思う。

 −−それはどうして?

 まず、私に直接働きかけがあったのは和泉さんから。9月上旬、和泉首相補佐官に官邸の執務室に呼ばれまして、そこでこの特区における獣医学部解禁といった課題について文科省の対応を早くしてほしいというお話があった。その際に、「総理は自分の口から言えないから私が代わって言うんだ」という言葉もあったわけで、「総理に代わっておっしゃってる」ということであれば、これは一番、総理のご意志に近いところからお話が出てるというふうに思う。また、10月21日の萩生田光一副長官のご発言の内容を見ても、萩生田さんは和泉さんと話をした結果、その結果を文科省に伝えている。従って、やはり情報発信源になっているのは和泉さんではないかと思われるので、私は補佐官が一番全体のシナリオを書き、統括もしているという立場にいたんではないかなと思っている。
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夜刀神(再考察、5)、新生児成長曲線考(2)、加計疑獄

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:葱守る筋肉マン。過日、この畑で樹にくくりつけられた案山子を掲載しました。しかし、あの案山子君、無能に過ぎたようです。つまり鴉がバカにしていたようです。そこで、新たに畑のオウナーは筋肉マン案山子を設置しました。二回クリックで拡大できます)
筋肉マン?2538


 報道の 存在意義は 真実を 民に知らせる 社益二の次

 望月衣塑子さん(東京新聞記者)、森裕子参議院議員と、このところ女性の英姿が眩く輝いているだけに、間逆の凄い女性国会議員がいたものと、驚きました。一回りも年長の秘書さんを「はげ」と怒鳴りつけ機関銃の如く罵声を浴びせたのは、なんと二児の母親でもあります。早速、同じような経歴を持ちTVの朝のニュース番組の常連女性弁護士コメンテータが「彼女は超エリートではない。準エリート」と件の代議士を貶める解説をしていました。解説者の嫉妬交じりの気分がにじみ出ており、興味深いですね。女同士のあてつけを聞いているというわけです。

 この女性代議士のTVで放映される顔、誰かに似ていると考えていました。私が好きな女優さんで重田千穂子(おしげちゃん)さんでした。野球帽をかぶせるとメジャーリーグ・ドジャースの前田投手(マエケン)にも似ています。この前田投手、如何にも悪戯坊主と言う雰囲気が漂っており、私は好きです。しかし、当の女性代議士さん、私の贔屓の二人とは大違いですな。東大出の高級官僚との強い自意識故「あんたらとは身分が違うのよ」というわけです。このての女性にありがちな勘違いにはまり込んでしまったようです。この代議士さん、実は極平凡な女性であるということでもあります。
  
 本年5月8日付け記事で(新生児の体重増加の推移を論じました )。そこでは、体重増加が、その時点では、
(1) 体重増加率が一定である;
(2) 体重増加率がその時点での体重に比例する
このどちらも体重の時間変動に合致するような「あてはめ」が可能であると書きました。そのうえで、上記(2)の仮説に従って、体重増加係数に体重増加抑制因子を付加した際の変動を概括しました。すなわち5月12日記事、ロジスティック方程式です。経済学ではこれは需要変動を表現する式として知られています。この記事では、そのロジスティック方程式による数値シミュレーションの数事例を示したのみで詳細には立ち入りませんでした。理由は幾つかあります。現実を反映するようにパラメタを決めるのがいささか厄介だからです。

 さて、5月8日以後、一ヶ月半もの時間が経過しました。再度体重増加推移を作成してみました。
(図1:‖僚伝加一定と言う仮説と実測値比較;体重増加が体重に比例するとの仮説と実測値比較;B僚伝加のヒストグラム(正規分布ではなく小さいほうに分布が偏在することが興味深い); ぢ僚伝加の日変化(45〜50日の周期で変動幅が大きくなる。二回クリックで拡大できます)
170623a無題


 上記(1)の青線は計測にほぼ合っているけれども、(2)の当てはめ曲線は時間の経過に連れて実測から大きくはずれて来ました。まあ当然といえば当然です。体重が増えるほど、増加量も大きくなるというのであれば、まさに指数関数的に急激に体重は増加してしまいます。とうぜん、何がしかの抑制が生長過程のある時点で働くはずです。
 抑制が働くとは、細胞間の連携が強まり、生物としての機能が働きだす、或いは高度化すると言うことと思っています。それが見かけ上細胞増加の抑制として現出するのではなかろうかと考えています。実際、(2)で示す曲線から実測値がずれてゆく時期に、首が据わってきたからです。そしてい示しているのは、首が据わる時期、そして次に生物としての主要な飛躍時期に体重変化が大きくふれます(体重測定が同一時刻、同一環境でなされていないとしてもこの大きな変動は一つの特徴を形成していると思える)。

 というわけで、この抑制因子を数値的に求めてみようと思い立ちました。出発の微分方程式は線形ではないので、最小二乗法の適用過程はややこしくなります。そこで、まずは成長因子をこれまで求めてきた数値として固定し、そのうえで最適な抑制因子を求めることにします。
 まずはその定式化です:
(図2:抑制係数を求める数値的手続き、(1)経緯を表現する微分方程式:(2)微分方程式の差分表現;(3)差分方程式の漸化式表現:(4) 抑制係数を求める数式
170623凌無題

 式を一々説明はしません。次回計算結果を紹介する予定です。
(つづく)

+++++(続)夜刀神考察(常陸国風土記・行方郡)
(図3:常陸国風土記行方郡の条、夜刀神の段)
 170620夜刀神無題
 

 前回記事の続きです。風土記行方郡の条についての、編纂者(執筆者)の描きたかった筋書きは以下のようなものであったのでしょう。その筋書きは、後世の知識人に継承され、いまや概ね定説扱いとなっています:
 「西国(日本列島中央)からの”高度な文化・技術”を有した集団が東国のこの地で原住民のために畑作耕地の開墾事業を展開していた。しかし、開墾する傍らから夜刀神と称するならず者、ごろつき(破落戸)集団がやってきてぶち壊す。業を煮やした麻多智は鎧と剣を持ち、彼らを追い払った。それでも抵抗するものは打ち殺した。その上で、開墾地に出てくることが無いように標脱を立てそこを境界とした。」

 この筋書きは、茨城県(常陸の国)住民にとっては愉快ではありません。私どもにとっては、これは明らかに軍事侵攻者への常陸国住民の抵抗と読み取ります。地元茨城大学古代史研究者もそのように指摘しています。「鎧を装着して、抵抗者を追い払い打ち殺した」と記し、常陸の国の部外者でありながら、勝手に境界を設け、ここから出るなと言うわけです。1960年代の米軍によるベトナム侵攻を連想させます。
 
 ところで、「標梲」(シメノウダチ :校注者による訓)の「梲」は「タツ」と音します(学研大漢和字典)。古代ペルシア語に takht なる語があり、「王座」を意味します。なぜ夜刀神が邪なごろつき集団であるのに「神」が付されているのか?古代ペルシア語からはそれが理解できます。なぜ「柵」とでも書いとけば良いのに、難しい「標梲」なる漢字表記です。その理由が見えてきます。

 「風土記」校注者は「梲」について以下を書きます(377頁):
建物の棟木を支える木。杖、柱、樹木などを垂直に立て神の光臨を待ち、又土地占有の印とする古代の習俗

 すなわち風土記の「標梲」なる用語は、ならず者と思われる「夜刀」集団は、実は「神」に比せられる存在であることを、常陸国風土記の編者は暗に書いていることになります。そのように考えると、それに続く節が納得行くのです:

 すなわち(常陸国風土記行方郡の条)原文:
「告夜刀神云 自此以上 聴為神地 自此以下 須作人田 自今以後 吾為神祝 永代敬祭 冀勿祟勿恨 設社初祭者 即還発耕田 一十町余 麻多智子孫 相承致祭 至今不絶」

文意:(「風土記」(小学館)校注者訳(379頁)
夜刀神に告げて云 此より以って上は 神の地為すとの主張を聴きいれる(校注者はユルスとルビを振っている) 自此より以って下は 須べからく人が田をつくる 今より以後 吾は神の祝(はふり、神に仕える存在)となりて 永代敬い祭る。 冀わくば、祟る勿れ、恨む勿れ 設社を設営し初めて祭る者なり 即ち、還りて耕田をはじめる 一十町余 麻多智子孫 相承けて祭をいたし 今に至るも絶えず」

 真っ先に注目すべきポイント、それはゾロアスタ教聖地アズドでのアタチの役割をそのまま風土記が記載していることです(2月17日記事、麻多智(アダチ)とは?)。ゾロアスタ教の聖地ヤズドが、行方郡の地に現出していたのです。日本列島古代史研究者は研究視野を広げることが求められていると思います。

 さらには上記の風土記文節には、日本国神道なるものの儀式・様式が記載されています。次回それを考察します。が、一言付け加えたいことは、中央政府が編纂したとされる古事記・日本書紀だけでなく風土記も注意深く”問題意識“を以て対峙するなら、そこから思いがけない日本列島古代史の真相が厳然と顔をのぞかせていることに気づかされるのです。
(つづく)

+++++加計・森友国有資産の権力による私物化疑獄
加計追及!山本太郎&森ゆうこ6/21: 自由党・加計問題・省庁ヒアリング
 170622ゲンダイ12178

https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/n ews/207930

 (上記新聞切り抜きのつづき)この時は特区を担当する山本幸三地方創生相が「修正を指示したのは私」と萩生田の身代わりを申し出て、メールの送り主の内閣府職員について、「事実関係を確認しないまま発信した」「文科省から出向していて、陰で隠れてご注進した」と語り、責任をなすりつけた。メールで発言の主とされた藤原審議官も国会答弁で、「山本大臣の指示を受け、私が手書きでこの文案に修正を加えた」と同調したのだ。
 「いやあ、ミエミエの『口裏合わせ』ではないですか。2人の発言が事実なら、山本大臣に一方的に非難された職員は『山本』と『萩生田』の名前を取り違えたことになる。『ヤマモト』という平凡な名前と違って、『ハギウダ』はかなり珍しい名前です。そうそう聞き間違える人がいるとは思えません。“身代わり出頭”の大臣が後に偉くなれるのなら、安倍政権はかつてのヤクザ社会顔負けです」(高千穂大教授・五野井郁夫氏=政治学)
 事前にスリ合わせた小芝居で切り抜けようとした直後、新たに萩生田の関与をにおわす決定的文書の存在が判明したのだ。まさに次から次で、「黒を白」と言いくるめようとしても、そうは問屋が卸さないってことだ。
 新たな事態に菅官房長官も「詳細は文科省に聞いて欲しい」を連発し、防戦一方。苦しい弁明の末に文書の流出が止まらない理由を記者に聞かれると、「私が聞きたい」と語気を強めて凄んでみせた。
 悪相長官の醜悪な姿をみれば、もはや誰の目にもデタラメ政権の大ウソはお見通しのはずだ。
 
  
   部下に責任転嫁(C)日刊ゲンダイ

親分に直結で必死に小物を守る不気味な光景


 それにしても異常なのは、決定的文書に関する「チーム安倍」の言動だ。松野博一文科相は19日のNHK「クローズアップ現代+」に存在をスッパ抜かれるまで、文書をヒタ隠し。専門教育課が「共有フォルダー」に文書を残していたのに、再調査でもシラを切り通したのだ。恐らく流出させた人物は、大臣が一役人に罪をなすりつける醜悪な姿を見て、義憤に駆られたに違いない。当然、松野は文書の隠蔽を国民に詫びるべきなのに、謝る相手が違った。「正確性の面で著しく欠けていたメモが流出した。副長官には大変迷惑をかけた」と言って萩生田に陳謝したのだ。松野は’訐古弔糧言萩生田と面会した際の常盤局長の説明J現颪鮑鄒した課長補佐の伝聞情報――3つの内容が文書に混在していると勝手に決めつけたが、どんな情報がどう混在しているのか、萩生田の発言はどの部分かは答えない。
 文書に「文科省だけが怖じ気づいている」と発言したとの記載がある和泉洋人首相補佐官は、「話をした記憶はない」「記録に残っておらず確認できない」とコメント。山本・藤原コンビと同じパターンである。萩生田の関与をうかがわせる文書が表に出るたび、関係者は口裏を合わせてシラばっくれる。たった1人の職員に責任転嫁して開き直る。あまりに大人げない対応の連続だ。
 文科省の義家ヤンキー副大臣に至っては「文科省の一部で、萩生田氏の名前を出して事に当たる傾向がある」と奇天烈な理由をもって、萩生田に頭を下げる始末だ。
 おかげで疑惑の張本人の萩生田も救われた気分になっている。NHKの取材にも「心当たりのない内容が、私の発言・指示として文書・メールに記載されていることについて、非常に理解に苦しむとともに、強い憤りを感じております」と文書で回答。すっかり被害者ヅラだが、国民をナメてもらっちゃ困る。これだけ次々と事実誤認の文書やメモが見つかるほど、この国の官僚は低レベルなのか。怪しい説明の連続で、誰が「黒を白」の大ウソをついているのか、国民はとうに見抜いている。

悪あがきが裏目で支持を失う末期症状

 詳しい経緯は省くが、萩生田はひと言で言えば、安倍の「腰巾着」に過ぎない。文科省に「加計ありき」を迫ったバックには当然、安倍の存在が垣間見える。文書の内容を認めれば、萩生田が「絶対やると言っている」とした「官邸」とは誰を指すのか。必ず追及の矛先は安倍に向かう。前出の五野井郁夫氏はこう指摘する。「萩生田氏はまだ当選4回。いくら首相の最側近とはいえ、お世辞にも政権を挙げてかばうほどの大物ではありません。それなのに皆、必死で萩生田氏の肩を持ち、一致団結して守るのは、すぐ背後に安倍首相の存在が控えているため。萩生田氏の立つドアが打ち破られたら、いよいよ加計疑惑の炎が首相本人に飛び火するからです。ただし、見え透いたウソでごまかすほど逆効果。皆がウソをつかなければいけないほど、首相と加計学園のやましい関係を怪しまれるだけ。それすらも理解できないとは、この政権は末期的です」安倍は19日の会見で加計疑惑について、「指摘があればその都度、真摯に説明責任を果たしていく。国会の閉会、開会にかかわらず、分かりやすく丁寧に説明していきたい」と明言したばかりだが、その約束をちっとも果たそうとしない。野党4党が首相出席で衆院予算委員会の閉会中審査を求めても、竹下亘国対委員長は「局面が変わっていない。議論しても堂々巡り」と門前払い。民進党は22日、憲法の規定に基づき、臨時国会召集を求める方針だが、安倍政権に応じる気配はゼロだ。政治評論家の森田実氏はこう言った。「本人も含めて大臣や側近が皆、国民にウソをつき、安倍首相をかばう姿は異様です。親分の身に危険が及べばウソも方便、全力で守る。そこには政治権力に求められる『公の精神』に根差した『正義』や『公正さ』はない。ひたすら首相の座を維持するための“私党”に成り下がっています。だから、親分はツケ上がる。加計疑惑の本質は“俺なら何でも許される”と独裁者気取りの首相と側近が、無理で道理を引っ込める手法で行政を歪め、『腹心の友』に甘い汁を吸わせた。まさに国家の私物化で、疑惑の本丸は安倍その人です。政権挙げてのエキセントリックな対応が裏目に出て、国民はもう本丸に気付いています。民衆の支持を失ったリーダーは必ず没落する。悪あがきを続けても、安倍政権は崩壊の一途です」
その日が一日でも早く訪れることを祈る。
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+++++安倍放送局のNHKは”改心”できるのか?(ジャーナリストとしての魂が戻るのか?)
 “安倍さまのNHK”に変化? 『クロ現』総理圧力新文書スクープを後押しした上田新会長、一方で政治部によるスクープ潰しも…
              NHK『クローズアップ現代+』6月19日放送より


“安倍さまのNHK”に変化? 『クロ現』総理圧力新文書スクープを後押しした上田新会長、一方で政治部によるスクープ潰しも…
http://lite-ra.com/2017/06/post-3266.html
 萩生田光一官房副長官の直接関与と安倍首相が開学時期を切っていたことが判明した、加計学園をめぐる文科省の新文書。安倍首相が「腹心の友」のために、官邸を動かし、行政をゆがめ、国家戦略特区を利用して便宜を図っていたことが実証されたも同然だが、今回、もうひとつの衝撃が走った。それは、この新文書をスクープしたのがNHKの『クローズアップ現代+』だったことだ。
 NHKといえば、籾井勝人会長時代、リニューアル前の『クロ現』で国谷裕子キャスターが菅義偉官房長官を集団的自衛権の憲法解釈変更をめぐり質問攻めにしたことで官邸が激怒。2016年3月で国谷キャスターを降板に追い込んだほか、露骨に報道内容に介入した結果、NHKの報道は完全に萎縮し、「安倍チャンネル」などと揶揄されてきた。
 それが、ここにきて加計学園問題の決定打となる文書を突きつけた──。もっともこの報道までには、大きな障害があったらしい。「今回のスクープを取ってきたのは社会部の文科省担当記者で、数日前には取材を終え、いつでも報道できる体制が整っていた。ところが、政治部出身の小池英夫報道局長の横槍が入って、国会閉幕後、しかも安倍首相の記者会見後に放送をずらされたんです。安倍首相や政権幹部が新たな材料で追及されてしまうのを避けるという忖度です。新文書の第一報が『クロ現+』だったのも同様で、政治部が主導権を握るニュース枠で第一報をやるのを拒否されたためです」(NHK関係者)それでも、『クロ現』のこの新文書報道は籾井氏が会長だった時代なら、絶対に考えられなかったスクープ報道だ。以前なら、そのままお蔵入りどころか、取材前につぶされていただろう。これだけではない。最近、NHKでは他にも、安倍政権の不正を報じる社会部発のニュースが時折、流されるようになった。たとえば、同じ加計学園をめぐる問題では、6月2日に他メディアに先駆けて、文科省の現役職員の証言というかたちで、「官邸の最高レベル文書は今も職員のPCなどに保管されている」事実を報じた。

 上田良一NHK新会長が「国家権力に追随するのは望ましい形ではない」
 “安倍さまのNHK”のこうした変化の背景にあるのは、今年1月にNHK新会長に就任した上田良一氏が理事会で発した発言だったという。「上田会長は、就任してしばらくたった後、公共放送であるNHKの権力を追随する姿勢に対して海外メディアから予想以上に厳しい批判や疑問の声があがっていることを知って、理事会で“ジャーナリズムの使命を果たす必要がある”“調査報道にも力を入れていかなければならない”といった趣旨の発言をしたようなんです」(NHK関係者)上田会長は、経営委員のひとりとして登壇した昨年5月の「視聴者のみなさまと語る会in函館」でも、「放送、ジャーナリズムが国家権力に追随するような形というのは、必ずしも望ましい形ではありません」と発言。この発言は受信料についての話題であったとはいえ、「籾井前会長よりは公共放送局としての意識をもっている」という声も局内に広がっていた。そこに、この発言があり、籾井時代から、現場の報道に圧力をかけまくっていた小池報道局長ら忖度官僚の圧力が弱まったということらしい。「この発言は我々現場にも伝わっていて、籾井時代に牙を抜かれ、ガタガタにされていた社会部が息を吹き返した。少しでも、調査報道をやろう、権力チェックをやろうという空気が出てきた」(社会部記者)だが、上述したように、これはあくまで籾井時代と比べた場合であって、けっして自由に報道できるようになったわけではない。社会部はたしかに頑張っているが、安倍首相の代理人、岩田明子記者が牛耳る政治部は相変わらず安倍政権の広報機関という姿勢を崩さず、相変わらず社会部の報道に圧力をかけて、政権批判潰しを続けている。たとえば、NHKの社会部は5月、朝日新聞がスクープした最初の文科省内部文書についてもその存在と告発の動きをいち早くキャッチ、朝日より前に報道する準備を進めていた。ところが、これも政治部と小池報道局長の圧力によって、『文科省の審議会が加計学園の獣医学部設置に課題があると報告をまとめた』というニュースのなかで少し触れるという扱いにされ、肝心の『官邸の最高レベル』などの文言は黒塗りにされてしまったのだ。また、社会部は文科省前事務次官の前川喜平氏が記者会見する前に独占インタビューを収録済みだったが、これも同様にお蔵入りをしている。それでも社会部の政権不正追及は政治部と報道局長に潰され続けている。実は、こうした政治部の社会部に対する圧力は、今回の『クロ現+』の放送内容からも如実に伝わってきた。
 たとえば、新文書の内容を報告するVTRを受けてのスタジオでは、社会部の大河内直人記者とともに政治部官邸キャップの原聖樹記者が出演。そこで原記者は「(国家戦略特区の手続きに)間違いが起きるはずがない」「規制を緩和したくない文科省」など、手書きのフリップを持ち込んでまで官邸の方針をそのまま垂れ流すように解説を行った。対して大河内記者は、原記者の解説を「表の議論」とし、今回発覚した新文書を「内閣府と文科省の水面下の交渉が記録された文書のひとつ」「公平性・透明性が保たれたかどうかは、こうした省庁間の交渉も含めて検証する必要がある」と“反論”。両記者は横並びで座りながら、真っ向から対立したのだった。
 さらに同番組では、国家戦略特区諮問会議の民間議員で今回の獣医学部新設にもかかわった八田達夫氏の「どこを選ぶなんてことを贔屓するなんてことはない」「各省庁に対してリーダーシップを発揮できる制度」などという言い分まで放送。特区制度に疑問を投げかけた立命館大学の高橋伸彰教授の発言と“両論併記”するという忖度も見せた。また、今回のNHKの報道に官邸は激怒しており、今後、官邸の意を受けた政治部、「忖度の塊」と評される報道局長がこれまで以上に圧力を強めるのは必定だろう。上田会長も「籾井氏よりはマシなだけ」で、「とてもじゃないが官邸に楯突くような人物ではない」というのが大方の見立てであり、事態はまったく楽観できる状況にはない。ただ、それでも現場ではその官邸と政治部の圧力に抗おうという動きが広がっている。たとえば、今回の『クロ現+』放送を受けて、20日に萩生田副長官が「不確かな情報を混在させてつくった個人メモ」と反論すると、21日にNHKは「行政文書であることは法的に疑いがない」という専門家による見解をニュースにするなど、再反撃に出た。これは最近のNHKではありえなかった姿勢だ。
 社会部を中心に出てきたこうした動きは、官邸─政治部の力によって押し潰されてしまうのか。それとも、公共放送としてあるべき姿を取り戻し、“安倍チャンネル”という汚名を払拭できるのか。正念場にあるNHKの状況を注意深く見守る必要がある。

(編集部)
%%%%%記事紹介終わり

夜刀神(再4、神道儀式)、野党は一強にどう対抗するべきか

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:あぜ道に突然出現した大きな蛇


 ニョロニョロと 長いクチナワ 畦に這う おお 健在だったかと 思わず問いぬる

 最近数年蛇を見かけませんでした。ところが、昨日、あぜ道をのたりと歩く(?)おおぶりの蛇に出会いました。急いで動画撮影をしました。

+++++夜刀神(続2)
 常陸国風土記行方郡の条は夜刀神について、「風土記」(植垣節也訳)は以下を書きます:
「夜刀はヤトと東国方言のヤチ・ヤツと同じで山の谷間の湿地帯を言う。「大系」は「ヤツ」と訓むが、刀を「ツ」の仮名に使った確例がない。夜刀の神は蛇を指す」

 揚げ足を取るつもりはありませんが、夜刀が「ヤツ」で「谷」を意味するのであれば、なぜ紛らわしい「夜刀」なる表記を使わずに「谷」なる表記を使わないのか?また「刀」を「ツ」と訓ませる事例は無いとも書きます。ここまで書いておきながら古代文学の大家は「もしかして、それは外来語ではなかろうか?」と発想しなかったのでしょうか。

 私が本ブログでしばしば引用する「ペルシア文化渡来考」(岩波書店)の著者である伊藤義教氏は1909年出生、1940年より1972年まで京都大学文学部で教鞭をとってこられた方です。いっぽう「風土記」(小額館)を訳しておられる植垣節也氏は1927年出生で京都大学文学部大学院課程を終了後、関西圏の大学で教鞭をとられています。大学院で五年間過ごしたとすれば、1954年ごろまでは京都大学文学部に在籍したことになります。当然、伊藤氏の著名なお仕事にも身近で接しておられたと思います。しかし、植垣氏の風土記校注を見る限りそうした影響をうけておられることは無かったようです。ウイキによれば植垣氏も既に他界しておられるとのこと、このあたりについては確認のしようがありません。
 一般論でありますが、京都大学文学部がどのような学科から構成されており、学科間での学際的交流がどれだけ活発であるのかなどに依存しますから、上で書いたことは実際とは異なるのかも知れません。

 中央政権に激しく抗った民の姿形を「蛇身頭角」と風土記は形容しています。確かに前回掲載した千葉県芝山古墳出土の埴輪の姿形は 纏っている衣装はディスターシャを思わせます。三角帽を頭に載せ、巻き毛風挑発というわけで文字通り異形です。
(図1: 芝山古墳、はにわ博物館にくわえ漢音教寺内の埴輪展示が必見です )
170621芝山p181-011


 この異形の埴輪については、ウイキで見る限りでは学者先生方は太古の大和の武人としてしか認識していないが故に、どうやら調査がなされていないようです。顔つき、長い髪、何よりも写実性のある造形に注意を払うべきと私は思っています。こういう古代人の作成物を現代に生きる人が観察するにあたっては、自らの目で見て何か感ずるものがある、それが大事なことと思っています。
 しかし、残念ながら、現時点ではこの「蛇身頭角」論ずるには、材料が不足しており、これ以上の考察は一旦停止せざるを得ません。

 そこで、引き続き行方郡条を読み進めることにします。
(図2:常陸国風土記行方郡の条、夜刀神の封じ込め)
170620夜刀神無題


 まずは上記で示すくだりです。
“田畑を荒らす夜刀神に怒った麻多智が怒りにふるえ決起し、鎧を付け、鉾を持ち彼らウィ打ち殺さんとの勢いで追い払った。こうして彼らの拠する地点まで追い詰め標の梲(仕込み杖、家の梁の上の支柱)をおいてそれを境とする。”
 と、書きます。私はこれこそが、藤原不比等が作り出した「神道」なるものの様態の始まりではなかったと考えています。ここで言う「標梲」こそが、注連縄(しめなわ)に転じてゆくのです。詳細は次回書きます。
(つづく)

+++++蕎麦(もり・かけ)スキャンダル
 何と言っても特記しておかなければならないことは安倍氏が「(みせかけの)反省の記者会見をした夜」に、なんとすっかり安倍放送局に成り下がってしまった筈のNHKが極め付きの新文書の存在を放映してしまったことです。詳細は以下の動画参照:
加計問題、NHKクロ現 加計問題、NHKクロ現


 私は、前回記事で、今般の共謀罪に関する民進党、共産党の国会での対応に強い不審を感じました。与党の強行採決に全力で抵抗することが出来ない事情があったのではと勘ぐりました。
そのことを自由党党首小澤一郎氏が語っています:
%%%%%小沢一郎氏 野党は人数少ないから荒っぽいやり方は仕方ない
週刊ポスト2017年6月30日号

 今国会ほど「野党の存在価値」が問われたことがあっただろうか。野党は政権をチェックする責任をどこまで果たし得たか。総理が国政の節度を失ない、野党に追及能力がなければ、為政者による政治の私物化はエスカレートし、民主政治は機能不全に陥る。

 初当選以来24人の総理に仕え、あるいは野党のトップとして対峙してきた小沢一郎氏(自由党代表)に、「総理とは何か」「野党とは何か」を問うた。

◆聞き手/武冨薫(政治ジャーナリスト)

──総理の権力ということでいえば、民主党政権が終わった後、鳩山由紀夫・元首相が、「総理が方針を示せばみんな従うものだと思っていたが、誰も自分の考えに従ってくれなかった」と語ったことがある。総理に法的に与えられる権力と、それを行使できるかは人によって違う。その差はどこから生まれるのか。

小沢:総理大臣の権力は非常に大きいが、総理一人で何でもできるわけではない。やはり人を使わなければ。そのためには人を説得するだけの力が必要だ。自民党の総裁・総理は、長い時間をかけて人間関係を培い、兵を養った人がなってきた。ポッと出てきた者が「総理の言うことに従え」と命じたところで、誰も聞かない。

──逆にいえば、当時の自民党には総理・総裁に物を言える伝統があった。中曽根(康弘)総理もあなたにさんざん批判された。

小沢:僕は“反主流派”だった(笑い)。

──現在の自民党には、総理に意見できる議員がいない。小選挙区制の導入以降、選挙の公認権を持つ総裁・執行部に逆らえなくなった。

小沢:いや、それは本質的な問題ではない。確かに、地盤を固めきれていない1、2回生議員は執行部の顔色を窺わなければならないだろうが、例えば谷垣禎一君や石破茂君はじめ、党の公認がなくても選挙で当選する力を持っている議員は今の自民党に何人もいる。選挙区の有権者が支持してくれれば何も怖くない。総裁が相手でも自分の筋を通せるはずです。それなのに黙ってしまうから駄目なんだ。

──言う勇気がないのか、言いたいことがないのか。

小沢:両方かもしれないな(苦笑)。

──なおさら政権に厳しく対峙すべき野党も、民進党をはじめ、本気で戦っているようには見えない。

小沢:無気力に見える。野党がやるべきはいい意味の政権批判。僕は、第1次安倍政権のときは年金問題、次の福田内閣はガソリン税問題で攻め立てた。「民の竃」(※注)の話だから必ず国民の共感を得られると信じていたから。それらが響いて安倍さんは退陣した。今でも野党が本当に国民の暮らしを考えて反対すれば共感を得られる。多少荒っぽいことをやってもね。

【※注/都の人家の竈から炊煙が立ち上っていないのを見た仁徳天皇は、3年間租税を免除し、その間は倹約のために宮殿の屋根の茅を葺き替えなかったと伝えられる】

──それはどうか。ガソリン国会の時のように院内でピケを張ったりすれば、国民に冷ややかな視線で見られるだけではないか。

小沢:違います。政権と一体となったメディアが国民にそう思い込ませようとしているだけだ。ガソリン国会では野党がとことん騒いだからメディアが報道し、国民に野党の主張が伝わった。今回の共謀罪だって、野党がもっと騒いで委員会で採決させずに国会を止めていれば、国民は「野党は何を騒いでるんだ?」となる。野党は人数が少ないから、国民に知らせるために多少荒っぽいやり方は仕方がない。

 野党がそういう空気に萎縮して騒ごうとせず、形式的に反対してもすぐに引き下がるなら、政権にとってこれほど都合がいい状況はない。

──「反対ばかりするな」と批判されるのを恐れて「建設的野党」になろうとしている。

小沢:法案を作る役人はあらかじめ修正の“のりしろ”を考えて提出しているから、野党が修正協議に乗ってくればしめたもの。本来、野党は対案を出さなくても困らない。堂々と「基本的な考え方が違うから、政府の法案に沿った対案なんかない」と言えばいい。
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 サテ、最後に紹介するのはいつもの”板垣ビックリ情報“です。しかし、1980年始めの総選挙で劣勢を伝えられた大平首相(当時)の急逝で自民党が大量の同情票を得て躍進したことがあります。私は、安倍氏の健康に関する情報については眉に唾を塗りたくりながら見ています。こうした情報をもっともらしく流布させながら次の作戦を構築しているのではなかろうか?
 それはともかく、国民をしてそこまで、「人間性を疑わしむる」人物が国を代表するトップにいる。誠に不幸なことと思っています。
%%%%%安倍晋三首相は、慶応大病院で精密検査、「肺ガンの末期(ステージ4)、リンパ節、脳幹に転移、余命3か月」と告知される
2017年06月21日 板垣 英憲(いたがき えいけん)「マスコミに出ない政治経済の裏話」

◆〔特別情報1〕
 「肺ガンの末期(ステージ4)、リンパ節までに転移しており、脳幹までの転移するのは時間の問題、余命3か月」−安倍晋三首相は6月17日午前、母・洋子夫人(安倍晋太郎元外相の妻、岸信介元首相の長女)に付き添われて慶応大病院で精密検査(MRI検査など)を受けた。この結果を、こう告知された。安倍晋三首相本人も、主治医も、「肺ガンが末期」になるまで気づかなかったのは、「潰瘍性大腸炎」に気を取られて、胸にまで気が回らなかったからだったという。東京・六本木のホテル「グランドハイアット東京」内の「NAGOM汽好僖▲鵐疋侫ットネス」の個室で主治医の診察を度々受けていても、ここでは、精密検査(MRI検査など)を受けることができなかった。そのせいか、6月19日午後6時から、通常国会の閉幕を受けて首相官邸で記者会見したときの安倍晋三首相の表情は、精彩を欠き、覇気がなかった。元気がなかったのは、主治医から「多臓器不全」(潰瘍性大腸炎)により、ドクターストップ(6月10日)をけられていたためではないかと受け止められていたけれど、「手遅れで、余命3か月」と告知されたのが、原因だった。このことを耳にした麻生太郎副総理兼財務相が、「ポスト安倍」狙いで、自民党内に言いふらしており、衆参両院議員は、安倍晋三首相亡き後の身の振り方に悩み、右往左往しているという。
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 昨日の豊後水道沖の地震について私は注目しているのですが、次回そのことを書きます。

夜刀神(再論、3)、警察権力に守られた「一強」

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:雑木の隙間から雉が無警戒にトコトコ歩く姿を盗撮しました。雉歩き2438 )


支持率が 五割を切ろうと 気にはせず 海の向こうの 将軍頼むぜ

 さすがに国民の多くがあきれ返ったのでしょう。世論調査による支持率が五割を切ったとのことです。しかし、何と三十代前の世代では依然六割近い支持が安倍政権に寄せられているとのこと。海の向こうの将軍に正面切って対抗できるのが安倍氏と、この世代は信じているのでしょうか?

 プロ野球巨人軍の高橋由伸監督が成績不振で辞意を抱いているとのことです。悪名高き読売新聞を親会社とする球団です。負けが重なること大いに結構と思いつつも高橋氏には同情の念があります。私の母親の長兄は慶応・理財科を卒業しています。そんなわけで、長兄の長女(私の一回りも上の従姉)には、慶応大学の試合を神宮球場ネット裏の最良席でしばしば観戦させてもらいました(但し、早慶戦は券の入手が困難とのことでしたが)。慶応での有名選手、佐々木、衆樹、中田、巽、清沢、萩野、高橋(捷)、藤田等など、今でも多くの選手の名前を覚えています。と言うわけ、今でも慶応贔屓です。ですから、長島と言う選手としては優秀であっても監督としては最低に近い人物の下での高橋由、大森などについては同情していました。その高橋由氏、大学卒業時、父親の借金のために意中の球団を選ぶことが出来ませんでした。親のおかげで野球が出来たのだから恩返しというわけです。それに引き換え私の子供は・・・なぞと愚痴の一つはさておき、今般は球団の都合で選手を断念させられ監督にされてしまったのが一昨年です。誠に気の毒と思っています。何せ、落合氏、イチロがその打者としての高い素質を評価していた選手です。いっそのこと、一プレイヤとして現役復帰して欲しいものです。

+++++常陸国風土記(続)行方郡条
  上記記載の末尾の後半部については、2月13日記事 で解読しています。私は、古代史、又は古代文について、学者さん方の解読はえてしてお座なりであることを指摘してきました。それは、平安時代に生きた有識者の解釈と思われるそれをそのまま引きずり、結果として文の意味を曖昧にしたまま放置していると思えるのです。この文に含まれる単語は夫々何がしかの意味があるとして、解読をするなら異なった常陸国行方郡の古代が見えるかもしれないのです。

 例えば「箭括(やはず)」を考えて見ます。これについては既に解読していますが、その概要をお浚いしておきます:
%%%%%過去記事抜粋
箭括(やはず)氏の麻多智(またち)とは?何者でしょうか?市図書館から借り出してきた「風土記」(植垣節也編、小学館)は「箭括(やはず)氏」とは、“他に見えない氏族名である”、と書きます(376頁)。それに付け加え『矢筈』は弓に矢をつがえるとき弓弦が食い込む矢の端の部分」と、同書は解説します。しかし、「箭括」であって、「矢筈」ではありません。『矢を括る』ことを生業(なりわい)とする氏(うじ)がいたのか?揚げ足取りと思われるかも知れませんが、『矢を括る』などの生業が成り立ちえるのか?等々疑問はつきません。古代文学研究者は、「これ以上の考察は不可能」と断じてしまう。我ら素人はどうすればよいのですか!

「箭括(やはず)」とは、風土記の此の条を執筆する時点で現地に存在していた言葉ではなかったのかと私は思っています。「ヤハズ」なる言葉に単に漢字を当てはめたのではなかろうか、つまり「表音』漢字です。そこで、音が似た言葉をアイヌ語に捜しますが、どうも見つかりません。そこで、いつもの手順です。古代ペルシア語です。継体天皇が奈良盆地での支配権を確立した頃、つまり大陸政権の影響が藤原不比等一派が拠する奈良を強く拘束し始めた頃、此の行方の地は、雲行きの悪化を案じつつも、渡来族・アイヌ族の影響下にあったのですから、ペルシャ語が。現地の在来語・アイヌ語ともども一般的に使われていたのです。

ところで、読者の方から「古代ペルシャ語」に由来を求めるのはよいが、どの言葉でも捜してみれば似たような音(おん)を持つものがあるのではないか」との指摘を頂いたことがあります。私もそのように思っています。私が古代ペルシア語に由来を求める最大の根拠は、日本列島に認められるサカ族の痕跡です。此のサカ族の出自については2015年1月12日記事サカ族の出自 で書きました。
(図1:上記記事掲載図に「夜刀神」の出自を加筆、2017年2月17日記事 参照)
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 日本列島では「スカ(須賀)」、「サカ(栄)」、そしてそれが転化した「ソガ(蘇我)」として、あちこちに残されています。夫々の由来を求めると、「サカ」族に収斂するからです。私が古代日本列島の真実を探るきっかけも東北本線「須賀川」駅、一つ隣駅の「安積永盛」(アスカよ永く盛えよ)駅、更に北に一駅『郡山』([Khorre]( 光輪の意)への関心に始まりました。

 日本列島文化へのペルシア文化の影響については多くの研究者が言及しています。何と言っても真っ先に挙げるべきは「ペルシャ文化渡来考」(伊藤義教著、岩波書店、1980)です。さらには「天平のペルシア人」(杉山二郎著、青土者、1994年)、松本清張氏も小説「火の路」でペルシア文化の古代史への影響を論じています。
言葉の由来をペルシャ語に求めることは決して「奇」ではなく、むしろ在来の日本人古代研究者がそうした努力を怠っていることのほうが「奇」であると私は思っています。

 かって「宮」の由来を古代ペルシア語に求めたことがありました(1月11日記事宮とは?)。それは「中央」と言う意味の「miyanogei」(ラテン文字表記)であると考えています。それには理由があります。当時の日本列島では、部族を束ねる指導者とその配下を常駐させる機関と言う概念を言い表す言語があったとは思われない。アイヌ族と連合して初めてそうした機能とそれを機能させるための場所が作られたのではなかろうか、と発想したからです。そこで、古代ペルシア語辞典のペイジを捲ることになったのです。本ブログでは未だ書いていませんが、「屋敷」、「館」など東北日本に多い地名もそうした統括(支配)体形の機能であったろうと思っています。これについてはいずれ書きます。

 さて、風土記に戻ります。ラテン文字表記「yakhzur」という語があります。「ヤフズール」とでも音するのでしょうか。「青々とした原」と言う意味です。風土記はこの氏の麻多智が「田」を開墾して提供したと書きます。まさに風土記執筆者は、「ヤハズ」なる言葉が「青い原」を意味することを言い伝えか何かで知っていた節があるのです。すなわち「ヤハズ」は青々とした田なのです。

 次は麻多智です。これはどういうものか上記風土記の監修者は「マダチ」と仮名を振りますが、これは「アダチ」と読むべきところをわざわざ「麻」を「マ」と音させています。これが政治的意図にったのか否かは定かでありません。これから連想するのは福島県安達太良山の東麓の安達が原です。私は此の人物の出自は安達が原で、その業(なりわい)は鉄鍛造ではなかったかと考えています。そして「アタチ」がゾロスタ教の聖地ヤズド域内の(場所が図1に示されている)宗教施設であったことを2017年2月17日記事で書きました。
%%%%%2015年1月12日記事再掲、一部加筆付き(終わり)

 以上の考察からは、行方郡が遠く西域から渡来した部族とアイヌ部族の連合体が活動していた地であることが分かっていただけるもとの思います。さて、図1に示したヤズドの位置を見て興味深い事に気づきます。それは、この地が三つのサカ族の中の一つである「尖帽サカ族」の拠点の近くであることです(2015年1月12日記事、   2012年7月30日記事 )
 この一族の特徴である尖帽は蛇の頭を思わせます。私は行方の地で藤原不比等が統帥する東夷征討軍と対峙し激しく抵抗した渡来族は「尖帽サカ族」では無かったかと思います。
(図2:千葉県芝山古墳出土の帽子をかぶった埴輪像。顔は明らかに鼻が高く出自は西域を思わせる)
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中央からの軍事征討軍と渡来族・アイヌ族を中心とする住民との激しい戦闘、むしろ住民側の激しい抵抗を窺わせます。そこから藤原不比等が構築した宗教とその儀式の一端が常陸国風土記行方郡条の解読から見えてきます。
(つづく)

+++++“特高まがい警察”に守られる首相官邸、既に日本は治安維持法下にある!
うわぁ、信じられん。菅は子どもか。記者会見で詰め寄った望月衣塑子記者の身辺調査を警察に指示だって。これは、みっともないぞ  下の画像は、本日発売の週刊新潮の記事だとのことだ。この雑誌、買うべしかもな。
転載元: 🏕インドア派キャンパー @I_hate_camp さんのツイート〔21:06 - 2017年6月15日 〕
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転載元:Tad‏ @CybershotTadさんのツイート〔21:59 - 2017年6月15日 〕
市原恵子@boochanhouseさんのツイート。
――@I_hate_camp 菅さんは、NHKのキャスター国谷さんを土下座させたこともありますから、そういう御仁なのでしょう。〔2017年Jun15日 22:43 〕――相手が女性となると、虐めに燃えるタイプなんか。気色の悪いおっさんやな。そういや、強姦魔を逃がしたんは、こいつの元秘書・中村格やったな。ところで、これまで、文書の調査に向けて歩を一歩進めたのは、森ゆうこさんだとばかり思っていた。しかし、その判断、誤りだったかもしれない。菅官房長官は、会見の後、逃げたというのが大袈裟でないほど追い詰められ、狼狽していたのか。本当とするなら見方を変えなきゃいけない。そしてそれは、どうやら本当なようだ。
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 知性においても、議論の相手を論理的に説得できる教養・弁舌どれをとっても自民党は言うまでも無く政界で、安倍氏の能力は疑われています。それにもかかわらず“一強”と称された。それは周囲を固めた祖父と祖父の弟から受け継いだ公安警察力であったことが、やっと明るみに出てきました。以下に紹介する記事もその私の考えを補強するものです。


安倍政権と警察の闇−−元TBS政治部記者のレイプ疑惑をもみ消した?「中村格刑事部長」とは何者なのか(週プレNEWS)
「新聞やテレビに、この疑惑を本気で追及しようとする姿勢が見られないことが何より問題」と訴える古賀茂明氏
安倍政権と警察の闇−−元TBS政治部記者のレイプ疑惑をもみ消した?「中村格刑事部長」とは何者なのか、週プレNEWS 6/17(土) 6:00配信

被害女性が会見を開いて話題となった、元TBS政治部記者、山口敬之(のりゆき)氏のレイプ疑惑。
『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏が、山口氏の逮捕をもみ消したとされる人物の闇に迫る!

* * *
このほど上梓(じょうし) した『日本中枢の狂謀』(講談社)の刊行に際し、6月5日、日本外国特派員協会で記者会見を行なった。武器輸出三原則の撤廃、安保法制や秘密保護法のゴリ押し、メディアコントロール―ここ数年の安倍「一強」政治を見るにつけ、日本は後戻りできない危機的状況に陥っているのではないかと危惧してきた。本書ではその権力中枢による“狂ったはかりごと”と、危機からの脱出の方法を書いたつもりだ。この会見では、やはり加計(かけ)学園に関する質問が多かったが、私が驚いたのは、会見後も多くの記者から取材の電話がかかってきたことだ。その内容は、「中村格(いたる)とは何者なのか?」。そして、「中村格氏の圧力メールはどんな内容か」というものだ。2015年3月いっぱいで、私はテレビ朝日の『報道ステーション』のコメンテーターを降板した。その2ヵ月前の1月23日のオンエアで、安倍首相が外遊中、「イスラム国と戦う周辺国に2億ドルを出す」と表明したことを批判し、「I am not ABE」と発言したのが原因だった。このとき、私の発言に激怒した官邸からテレビ朝日の幹部に直接、抗議のメールをしてきたのが当時、菅義偉(よしひで)官房長官の秘書官だった中村格氏だった。後にテレビ朝日関係者からそのメール内容を知らされたが、相当に激烈な言葉で私への非難がつづられていたという。
この抗議がテレビ朝日を萎縮させた。オンエア直後、報道局長や政治部長など、局幹部が集まり対応策を協議。その後、私の降板が決まった。外国人記者らは、この中村格という名前に強く反応した。
つい最近、「安倍首相と昵懇(じっこん)」とされる元TBS政治部記者、山口敬之(のりゆき)氏のレイプ疑惑が話題となった。被害に遭った女性が「逮捕状が出ながら、警視庁刑事部長の指示で、山口氏の逮捕がもみ消された」と告発したのだ。
この刑事部長こそ、中村格秘書官その人だった。警察庁から出向していた中村秘書官は、私が『報道ステーション』を降板する4日前の15年3月23日付で、警視庁刑事部長へと異動になっていたのだ。15年6月、山口氏の逮捕状を請求したのは警視庁高輪(たかなわ)署だった。逮捕状は犯罪の証拠などを検察がチェックし、了解をした後、所轄からの請求を受け、裁判所が交付する。それを執行直前に所轄の“雲の上”の存在である警視庁本部の刑事部長が止めたのだ。警察幹部OBに聞いてもよっぽどの事情がなければありえないという回答が返ってきた。
私の『報道ステーション』からの降板と、この事件はつながっている―つまり政権の意を受けた中村氏が、メディアへの圧力や逮捕状の取り消しに暗躍しているのではないか、という疑惑である。
真相はまだわからない。ただ、私が何よりも問題だと思うのは、新聞やテレビに、この疑惑を本気で追及しようとする姿勢が見られないことだ。事実を証明するのが難しいからか、あるいは官邸の意向を忖度(そんたく)したのか、手を引いてしまっている。
言うまでもなく、メディアの役目は権力の監視である。安倍官邸の強権を背景にした警察の腐敗疑惑から目を背けるようなことがあってはならない。徹底した調査報道を望む。

●古賀茂明(こが・しげあき)
1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。新著は『日本中枢の狂謀』(講談社)。ウェブサイト『Synapse』にて動画「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中
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文科省メールは存在した、6月14日高知中部地震

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:ザクロの花の上方にうかぶ二十一月、朝五時半頃)

ザクロ花二十一月2500

 
 為政とは 民を疑い 民(たみ)騙すこと まさに地でゆく 官邸の主(ぬし)

 共謀罪の採決強行。そして本会議では民進党・共産両党は粛々と反対票を投ずる。まさにセレモニです。森友・加計の両疑惑を抱えての共謀罪の参議院審議入りに何故異を唱えなかったのか?ここは、前文科事務次官の証人喚問なかりせば、審議せずと野党に踏ん張って欲しかったところです。が、いとも簡単に審議日程協議です。
 私は、この両党には審議入りを拒否できない何がしかの弱みがあったのではなかろうかと、疑っています。いわゆるブーメランです。警察権力によって守り固められている安倍官邸はブーメランの実体を共産・民進にちらつかせたのではなかろうかと疑っています。そう考えると本日の委員会での両党の迫力の無い追及がうなづけるというものです。

 自らが仕掛けた国有財産詐取への批判には、「日本語ではない」分けのわからぬ言辞で国会で咆えまくる。民(たみ)は当然の事ながらそれに異議を申し立てる。しかし、共謀罪後の日本列島では、そうした「異議申し立て」は、謀議嫌疑の対象になりかねません。
(図1:東京新聞6月16日付朝刊一面、筆洗より.クリックで拡大できます)
筆洗2509

 とんでもないことになったものです。又。松本五郎氏、小林多喜二氏のような方々が囚われの身になるやも知れません。
 
 本日の東京新聞二・三面記事は文部省が件の文書の存在を認めたと書きます。しかし、首相に音を売りたい、或いは貸しを作りたい面々が必死になってこの文書の威力を減殺せんと理屈にならない理屈を国会で口にしています。日本語が失われてゆく、との思いであります。
(図2:東京新聞 記事、二回クリックすると読みやすくなります)
加計2505


 これについて郷原氏が鋭い指摘をされています。一読をお勧めします。菅「怪文書」発言、義家「守秘義務」発言こそ、国民にとって“残念” 

 本日の参議院・委員会での集中審議。側近による入れ知恵が効を奏したようです。「岩盤規制に穴を」なる言を安倍氏は繰り返すのみです。「規制」なるもの、自民党与党が嫌がるにもかかわらず、天の誰かが押し付けたかのような言い草です。しかし、待ってほしい。それは自らが作り上げてきた制度です。それが昨今の米国・多国籍企業などの経済活動にとって目ざわりとなると、いわば「脱法措置」として特区なるものを作ったのです。「岩盤」と言うなら、国会の場で何が宜しくないのか、まずは論議すべきなのです。それを避けてきて、今更何を言うか?と私は思います。
 そして、野党側の追及は「手駒」不足のせいか、いまいち迫力に欠けるのでありました。このまま逃げ切るのでしょうか。国会と言う国政上最も重要な論戦の場で、一国のトップはひたすら逃げ口上にしがみ付く。教育上よろしくありませんな。こうした国会のありようは小泉元首相時代に始まった。ひどいもんです。

 その安倍氏について真偽定かでない「板垣情報」です。
%%%%%安倍晋三首相は、「余命3か月〜6か月」と見て、「秋の衆院解散・総選挙、憲法改正案の賛否を問う国民投票」を画策している
2017年06月16日 板垣 英憲(いたがき えいけん)「マスコミに出ない政治経済の裏話」
◆〔特別情報1〕
 「命は長くない」とドクターストップがかかっている「多臓器不全」(潰瘍性大腸炎)の安倍晋三首相は6月安倍晋三首相の表情が芳しくない。内閣不信任決議案が否決され、「共謀罪」法案が成立したにもかかわらず、である。それは、祖父・岸信介元首相がやり残していた自主憲法制定は無理でも、「第9条1、2項をそのままに、3項を付け加える」加憲を成し遂げ、憲政史上に名を残すまでは「死んでも死ねない」と執念を燃やしているからである。この「加憲案」だけなら、衆参両院の各議院が、「3分の2」以上の賛成を得て、憲法改正発議ができる。このため、安倍晋三首相は、「余命3か月〜6か月」と見て、「秋の衆院解散・総選挙、憲法改正案の賛否を問う国民投票」を画策しているという。これは、安倍晋三首相にごく近い筋の情報である。
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+++++中央構造線に起きた地震
 水曜日の夜7時過ぎにM4.4の地震が高知県中部で発生しました。場所が誠に微妙です。
%%%%%2017年06月14日高知県中部でM4.4・震度3の地震が発生、ほぼ同時に豊後水道付近でもM3.02017/06/14 地震ニュース

 6月14日の19:24に高知県中部でM4.4・震度3の地震が発生した(画像はHi-netより)。
高知県中部での有感地震としては2016年12月26日のM3.7・震度3以来約半年ぶりであったが、この2016年12月末の地震は2015年8月14日以来約1年4ヶ月ぶり、そしてその前が2014年3月1日であった。
 また高知県中部におけるM4以上の地震としては、2012年10月27日のM4.5・震度3以来約4年半ぶりであることから、非常に珍しい場所における珍しい規模での地震だったと言ってよいだろう。
南海トラフ巨大地震の前には周辺部における内陸地震が増加すると言われているだけに気になる場所が揺れたということにもなるわけだが、今回の地震で気になる点がある。ほぼ同時と言っていい19:24に、西側にあたる豊後水道付近でもM3.0の無感地震が起きていたからである。震源の深さは高知県中部の36.8kmに対し豊後水道付近が4.5kmと異なってはいるが、ほぼ同時に南海トラフと関連深い場所が揺れたということで注目を集めそうだ。
(図3:高知中部地震の震央)
170616中央構造線無題

また、最近付近で気になる現象が見られていたことについても思い出しておくべきだろう。6月1日に紹介したが、山口県の瀬戸内海側で海岸に大量のイワシが打ち上げられていた件である(関連記事参照)。イワシの大量打ち上げは地震の前兆ではないかと囁かれ、関東大震災の前にも見られていた現象であるが、高知県中部と豊後水道付近でほぼ同時に発生した地震や、今後起きるかもしれない地震との関連はあるのだろうか。
%%%%%ブログ記事紹介終わり

 この地震の発震機構図が気象庁によって報じられています。
(図4:発震機構図 、左は今般の地震, メカニズム, 右は五年前のほぼ同規模の地震 
170616MTL2eqs無題


北東−南西に向かう節面を断層であると仮定すると、それは左横ずれ地震となります。下図に示すように、中央構造線に沿っては岩塊の運動は右横ずれであるとの一般的な理解に反します。地震学は分かったようでいながら、こうして突然理解不能なことが起きるのです。二つの地震の震源位置を見ると、どちらも中央構造線のやや、南でその深さも30km強と深い。そして、M>2.5の余震が観測されないのです。パリンと割れてそれきりと言う奇妙な地震です。予兆は村井俊治博士のGPS解析で検出されていたのでしょうか?
(図5:中央構造線に沿う岩盤の運動方向)
20170616MTL20160427-054011


+++++加計スキャンダル
%%%%%前川前次官が「官邸から内閣府の天下り隠蔽を指示された」と証言! 文科省だけ天下り摘発は加計問題抵抗官僚への報復
2017.06.16 文科省天下り問題の裏には官邸が  リテラ

「総理のご意向」文書を“本物”と証言して以降も、さまざまなメディアで数多くの証言を続ける前川喜平・前文科事務次官だが、さらなる衝撃的証言が飛び出した。それは、前川氏が事務次官を辞任するきっかけとなった「文科省天下り」に関する“官邸の隠蔽工作”だ。
 文科省の天下り、再就職あっせんは、今年1月にNHKの報道で明らかになったのだが、実は前年から、内閣府の再就職等監視委員会が調査しており、この調査によって事務次官だった前川氏が引責辞任しただけでなく、歴代の事務次官8人を含む43人が処分された。つまり、政権が率先して不正を明らかにした非常に珍しいケースだった。
 だがこの天下り問題について、前川氏は今週発売の「週刊朝日」(朝日新聞出版)6月23日号で、驚くべき証言を行っているのだ。それは昨年12月当時、文科省がまさにその内閣府再就職等監視委員会による厳しい調査を受けていたときのことだったという。

監視委は文科省職員のメールを片っ端から提出させていたが、その中に外務省と内閣府OBが問題に関わっていたことを示すメールがあった〉
 文科省の天下り問題に外務省、そして監視するはずの内閣府関係者が関与していたというのだ。しかし問題はそこからだ。他省庁OBに関するメールも含め、すべてを監視委に提出せざるを得ないと、その意向を関係省庁に伝えていたが、昨年12月28日夜、官邸の杉田和博官房副長官から急な呼び出しを受けたという。その要件は驚くべきものだった。
〈杉田氏は、私が監視委に出す前にこのメールの存在について杉田氏への報告がなかったことに怒っており、その場で「とにかく外務省と内閣府に関わるメールは出すな」と言われました。つまり、再就職等規制違反問題は文科省内だけに限定して、他省庁に及ぶ証拠は出すなということです。そこからズルズルと他の役所にも被害が及んだら困る、というわけです〉

 杉田官房副長官といえば、前川氏が在任中の昨年秋の時点で“出会い系バー通い”を厳重注意した人物であり、警察庁警備局長を務め“公安のドン”とも称される元エリート公安警察官僚だ。さらに現在は官邸の危機管理担当を担い、出身母体の公安警察の秘密部隊を動かし、政敵や官邸に従わない官僚を徹底調査しているといわれる。そんな“官邸のゲシュタポ”に、前川氏は他省庁の天下りの証拠隠蔽を命じられていたのだ。文科省天下りが発覚した当時、“再就職あっせんはどの省庁もやっており、この程度で規制委が調査に入るなら霞ヶ関全体にまで波及するのではないか”と指摘されていたが、結局、文科省以外の天下り問題は一切表に出てこなかった。表に出てこないのは当然で、文科省追及の裏で、官邸は他省庁の天下りを握り潰していたというわけだ。

天下り処分は、やっぱり加計認可に反対する文科省への報復だった!
 この事実は、たんに官邸が不正を隠していたというだけではない。加計問題が勃発して以降、ずっとささやかれてきた噂を裏付けるものだ。それは、文科省の天下りあっせん調査が、加計学園認可に反対していた文科省幹部への報復、狙い撃ちだったという噂だ。
 前川氏は天下り処分と加計問題との関わりについては一切コメントせず、ひたすら自らの責任を認める発言を繰り返しているが、たしかにこの天下りは発覚の経緯自体が非常に不透明だった。
 前述したように、文科省天下り問題は17年1月18日、NHKがこの事実をスクープし、世間に発覚したことになっている。表向きは、NHK報道の直後、菅偉義官房長官がいち早くその事実を認め「遺憾」の意を表明。さらに翌日には、官邸周辺から、当時事務次官だった前川氏の責任論が浮上し、20日には前川氏が辞任に至ったという流れになっている。
 しかし、実際はその前年から官邸主導のもと、内閣府の再就職等監視委員会が率先して文科省の天下り調査を実施し、前年末には調査内容を確定させていた。政権が文科省の天下りを徹底調査し、これを受けて、前川氏も1月5日に事務次官辞任の意向を杉田副長官に伝えていた。
 ところが、官邸はこの事実を一切公表せず、NHKに情報をリーク。世間の批判を煽って、前川氏を辞任させたかたちにしてしまったのだ
 これはおそらく、この調査の本当の意図を隠すためだろう。官邸が文科省の天下り問題調査でターゲットにしたのは、15年8月に退職した吉田大輔高等教育局長が、2カ月後に早稲田大学に再就職したことだった。しかし、吉田局長が教育局長の椅子を追われたのはそもそも、加計学園の獣医学部新設に強硬に反対していたからだという。

〈高等教育局が大学などを所轄するわけですが、早稲田大学の教授になった局長は、加計学園の獣医学部新設には強硬に異を唱えていました。そのため、安倍官邸が、その首を挿げ替えたとも言われているのです〉(「週刊新潮」6月1日号/新潮社)
 つまり、文科省は吉田局長が官邸に首を切られたため、早大に再就職あっせんしたわけだが、官邸は逆にこの事実をつかんで、抵抗派一掃に利用しようと目論んだ。前川氏をはじめ、加計学園の獣医学部新設に抵抗していた幹部たちに天下りの責任を追及し、粛清に動いたのである。
 ところが、その過程で、当の内閣府や外務省がこの天下りあっせんにかかわっていることが明らかになった。そこで慌てて隠蔽を命じたということだろう。官僚OBもこう語る。
 「そもそも文科省しか出てこないというのが不自然。経産省なんていまも、文科省の何倍もの規模で天下りあっせんをやっている。それを放置しながら、文科省だけを率先して調査し、処分したというのはどう考えても、狙い撃ちしたとかし思えない」

産業革命遺産でも、加計でも、反対派を排除し“お友だち優遇”
 抵抗する官僚に対してはスキャンダルと人事権を使って報復し、他の官僚を問答無用で従わせ、強引に“総理のお友達”への利益誘導を実現させる――。そのやり口は恐怖支配そのものだが、じつは前川氏は、この天下り隠蔽以外にも、官邸が人事権を使って総理のお友だちの利益誘導を推し進めたケースを暴露している。それは、2016年に世界遺産に登録された「明治日本の産業革命遺産」をめぐってのものだ。前川氏はこの「明治日本の産業革命遺産」を世界遺産の国内候補にするために、和泉洋人首相補佐官が候補を決める文化審議会の委員から反対派の委員を排除するよう圧力をかけてきたと、同誌で証言したのだ。「和泉氏は文化庁の幹部に対し、文化審議会の委員から日本イコモス委員長(西村幸夫氏)を外せ、と言ってきた。日本イコモスは産業遺産の推進に消極的だった経緯があり、とにかくけしからんから外せ、と。結局、西村氏は委員から外れました」
 世界遺産登録直後に本サイトでも指摘していたが、「明治日本の産業革命遺産」は幼少時から安倍首相と家族ぐるみの付き合いで、加藤勝信一億総活躍担当相の義理の姉でもある加藤康子氏が中心になって推し進めていたプロジェクト。「週刊新潮」15年5月21日増大号に掲載された彼女のインタビューによると、自民党が野党に転落していた頃、安倍氏は「明治日本の産業遺産」の世界遺産登録への熱意を語った康子氏にこう語ったという。

「君がやろうとしていることは『坂の上の雲』だな。これは、俺がやらせてあげる」
 そして、安倍首相は総裁の地位に返り咲いた3日後、彼女に電話をかけ、「産業遺産やるから」と、決意を語ったという。ようするに、お友達の願いをかなえるために、和泉首相補佐官を使って、現場に圧力をかけていたのである。これは加計学園とまったく同じ構図ではないか。前川氏は記事のなかで、安倍政権下の「ゴリ押し案件」をこう分析している。「加計学園の件にしても産業遺産の件にしても、大がかりな仕掛けの中で、一見正当な手続きを踏んだかたちをとって、実態としては特定の件を特別扱いすることを正当化する。こういう手法がすごく増えてきているように感じます」なりふり構わないお友だちへの利益誘導と政治の私物化を強行し、意のままにならないものへは徹底した攻撃と排除を加える。こんな異常な政権、そして総理大臣をこのまま放置しておいて本当にいいのか。いまなお安倍内閣を支持し続ける人々はそのことをもう一度、自分に問い直してみてほしい。

(編集部)
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学者の夜刀神論(2)、男気ならぬ女気ある東京新聞記者を賞讃を!

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:私も含め住民の暖かい眼差しに守られツバメ君の子育ては順調のようであります


 灼熱の ピッチで激突 死闘戦 イラクの抵抗 感嘆 賞讃

 深夜までサッカー観戦してしまいました。2003年の米国主導のイラク不当軍事侵攻とそれへの粘り強い民の抵抗を思い出しました。地震関連のブログネタ準備には幾つかの計算が必要であったのですがそれを放り出して、画面にしがみ付いてしまいました。鹿嶋出身であるが故に贔屓にしている大迫選手のゴールで大いに気分良く始まったのですがその後はいけません。灼熱の地での死闘をよくも引き分けで凌いだものと思っています。イラクの選手にしてみれば、出来ることなら母国で闘いたかったろうにと思います。金持ち日本に「一つ泡をふかせん」との激しい闘争心に脱帽であります。

 6月5日以来、安倍首相の酷い国会答弁はありません。あれは子供には見せられませんな!。そもそもデタラメな日本語は教育上有害ですな。その安倍氏が文科相に件の文書の精査を指示を出した(茶番そのモノと分かっていて)のが先週末の6月8日(金)です。しかし、全ての嫌疑は自らと自らの伴侶にかけられているのです。誠実たらんとすれば、積極的に自己の無実を国会で言葉を尽くして主張するべきなのです。が、それはできない。何故なら、加計・森友事件は明白な刑事事件であり、「語る」ことが即、刑事犯の立場に身を落とすことになるからです。それだけは、祖父、父に面目が立たない。しかし、安倍首相の面目で民の財産が私利で恣意的に「友」に投げ与えられることを見逃してしまうほど、民はお人好しであるとは思いたくありません。

しかし、本日日刊ゲンダイ紙が下記を報じています:
170614加計犯人1761


 何故、安倍一強が四年間以上維持しえたのか?まさに「暴力・武力」に近い脅しです。到底先進国の統治形態とはいえません。

+++++歴史専門家が論ずる夜刀神(2)
 前回紹介した「神話で世読み解く古代日本」(松本直樹著)の終章は“モノを祀る王の<神話>つくり”と題して章の冒頭に「カミ」を以下のように書きます(267頁):
 「この列島に生きてきた人々は自然界に属する事物は勿論時には人工物や人としての営みにさえ超自然的な存在が宿ると信じていた。大和言葉ではそれをカミという。(著者は上記に続けて、モノについても語ります。すなわちカミと同様に超自然的存在ではあるがしかとは認識できない存在?)。この視点から、古代史でしかるべくレスペクトされてきたオオモノヌシ神、アシハラシコヲ大神をまずは語ります。

 そうした議論を前提にして、前回紹介した夜刀神を語ります。夜刀神と題された小節の冒頭で
「列島で信仰されていたカミの全てが手厚い扱いをうけたわけではない。常陸国風土記(行方郡)にはカミが虫けらに零落したという記事が載っている」
と書いて以下を続けます。
(図1:「神話で読み解く古代日本」(松本直樹著)、274頁より)
gps024


 上記のような解読は一般的でとりわけ珍しくありません。勿論、これまでとは違った著者による考察が新たに付け加えられているのかもしれません。しかし、本質的な日本列島東国史への斬新な視点はありません。

 夜刀神が「虫けら」にまで貶められたとの解釈は地元に住む私には不快であります。がそれはさておいても。夜刀神にふられるルビ「ヤツ」です。行方郡の条の執筆者はこの神が「ヤットウ」と呼ばれていたことを忠実に書き留めていたはずです。ところが、そうした個々の単語への「音」が後世に伝えられる分けではありません。後日、知識層がそれに「ヤツ」なるルビを振ってしまった途端、それは1300年もの長きに渡って誰一人それを疑わず、挙句の果てに「谷」のことであるとして、誤った読解のまま研究対象外に置かれてしまうのです。上記は、その意味で、極当たり前の如くなされている日本列島古文書のいわば学者による典型的な「取り扱い方」が示されているのです。

 近代の日本列島古代の古文書解読に大きな影響を与えたのが折口信夫氏、柳田國男氏です。このお二人の仕事は多岐にわたりますが「オニ」、「モノ」についての考察は後に続く歴史研究者、歴史愛好家に多大の影響を与えています。例えば、在野の歴史家では関裕二氏を上げることが出来ます。学界にあっては、この本の著者松本氏がその影響下で古代史を考察している方とお見受けしました。そして、それが実は歴史研究者の「目を曇らせる」ことにもなっていると思っています。

 難癖をつけるわけでは無いのですが、著者の解釈が描く「夜刀神」は、もはや「神」では無く「モノ」であろうと思えます。さてこの「モノ」を折口氏も、そしてそこから強い影響を受けている松本氏もその起源は大和言葉にあると思い込みます。
 ところで、古代ペルシア語には”霊力“を意味する「mana」なる言葉があります。大和言葉で言うならば「魂」(タマ)に相当するのだろうと思っています。そしてこれが「モノ」の起源であろうと考えています。古代日本列島には死者への畏敬の念はあっても、その霊におののく様態を表現する言葉があったとする考えには同意しません。それはむしろ一神教の誕生の地砂漠で起きた思考法ではなかろうかと思っています。本ブログでキリスト復活を記事にしたことがあります。キリスト復活、5月3日記事こそ霊の祟りの物語です。その砂漠の発想が渡来人の手によって日本列島に持ち込まれたと思っています。

 藤原不比等がその発想法の中に「祟る」と言う報復を体感し、それが記紀でもあちらこちらで語られているのです。例えば藤原鎌足邸への落雷説話などがまさにそれです。

 風土記執筆者は夜刀「神」と明記します。常陸国風土記執筆者には、藤原不比等が規定した神なるものの概念は伝わっていなかった。とは言え、「カミ」は、住民・古老の語りを通じて執筆者の耳に伝わってきた「畏怖すべき」存在であったのです。それは「神話」ではなく、ツイ数百年前の実際の大事件、すなわち出来事であったのです。そのことを、これまでも繰り返し書いてきました。が、折口氏、そして松本氏はそれを「神話」として片付ける、いいかえれば日本列島に住む民の精神・感性に過ぎないとして、「歴史的事実」であるとの視点を投げ捨ててしまうのです。くどいようですが、ここからは、更なる歴史の真実をほりさげようとのmotivationは生まれません。ましてや悲惨な東国史解明作業は発しません。そして更に言うならこのスタンスこそ「日本会議」、あるいは「神道政治連盟」にあらぬことを口走る土壌を提供していると考えています。

(図2:常陸国風土記行方条での夜刀神の登場)
夜刀神
 

 さて、図1に解読されている件の原文が図2です。行方郡の上を通過した政治的事件は二回あったのです。一回は扶桑国、すなわち夜刀神の統治の時代です。それは多分五世紀末から七世紀初頭までであったでしょうか。「武王」或いはその子・孫こそが夜刀神であり、その時代でもあります。それから半世紀後の八世紀初頭に藤原不比等が統帥する東夷征討軍が個々常陸国二出動し苛烈な軍事行動が展開された。それがが上記図2末尾にに描写されているのです。
(つづく)

+++++安倍氏による民の財産の横奪(加計スキャンダル)
まずは東京新聞の勇敢な女性記者による菅官房長官追及です。余計な説明は不要です。他のNHKを含む大手報道機関記者がなしえていないことをこの女性記者が果敢に攻め立てています。敬服であります。

東京新聞・望月衣塑子
 
 この民が知りたいと思う事案への質問行為に日本国の大手報道機関の記者が不快感を隠さなかったという嘘のような話が伝わっています。さらには、この勇気ある女性記者への罵詈雑言がネットで溢れるようになりました。いわゆる「ネット工作員」であろうといわれています。内閣府の外郭団体から金を貰った人たちであろうと私は思っています。
170614望月1749


 権力の実相は、それが有する暴力的仕掛け、つまり軍事・警察力です。これがあればこそ 安倍一強なる政治体制が四年間にもわたって継続したのです。マスコミは言うまでも無く政府与党の政治家ですら長く沈黙を強いられてきたのです。その一端が前川氏の言で少しずつ明るみに現出しています。
%%%%% 「ちょっと待て」と警察官僚の杉田!
2017/06/13 00:20 半歩前へ

▼「ちょっと待て」と警察官僚の杉田!
前文科事務次官の前川喜平は昨年夏、政府が毎年顕彰する文化功労者を選抜する文化審議会の文化功労者選考分科会の委員の候補をリストにし、官邸の警察官僚の杉田和博官房副長官のところに持っていった。(敬称略)
 杉田は警察庁出身で、官邸の危機管理担当。加計学園問題の渦中にあった前川に対し、「出会い系バー通い」について昨秋、注意・警告してきた人物だ。
 前川はこう証言する。
 「杉田のところにリストを持っていくと、『ちょっと待て』と言われて、1週間くらい後に、『この人物とこの人物は代えろ』と。一人は、『安保法に反対する学者の会』に入っていた。もう一人は、雑誌の対談か何かで、政府に批判的なことを口にしていたんです」
 15年に成立した安保法制をめぐるスタンスが、翌年の委員の人選に影響したのだ。安倍政権に批判的な言論がどんどん封殺されていくという現実が垣間見える。前川はこう危惧する。
 「かつては政府に批判的な言動をしているかどうかまではチェックしていませんでしたよ。文化功労者選考分科会の委員は学者さんや芸術家、文化人などを、その実績や専門性に着目して任命するものですから。
 杉田がどういう基準で判断しているかはわかりませんが、おそらく菅(義偉)官房長官には報告を上げていると思います。杉田の指示には、私の立場では逆らうことはできませんでした」
 杉田との間では、昨年12月にも驚くべきやり取りがあったという。
 当時、文科省は水面下では天下り問題の渦中にあり、内閣府の再就職等監視委員会による厳しい調査を受けていた。
 監視委は文科省職員のメールを片っ端から提出させていたが、その中に外務省と内閣府OBが問題に関わっていたことを示すメールがあった。
 前川は監視委にメールを提出する意向をそれぞれの役所に伝えていたが、御用納めの12月28日の夜、杉田から急に呼び出しを受けたという。
 「他省庁のOBに関わるメールを含め、私は監視委がすべて出せと言うので出さざるを得ないと思っていたのですが、杉田は、私が監視委に出す前にこのメールの存在について杉田への報告がなかったことに怒っており、その場で『とにかく外務省と内閣府に関わるメールは出すな』と言われました。
 つまり、再就職等規制違反問題は文科省内だけに限定して、他省庁に及ぶ証拠は出すなということです。そこからズルズルと他の役所にも被害が及んだら困る、というわけです」
 文科省に端を発した天下り問題は中途半端な幕切れとなったが、杉田のこうした指示はいわば、「隠ぺい工作」としか解釈しようがないのではないか。
 杉田に前川の証言について取材を申し込んだが、官邸・官房副長官室は「個別の取材には対応していない」と、質問の書面すら送らせてくれなかった。(週刊朝日 2017年6月23日号より抜粋)
***************
 「共謀罪」の先取りか? この記事を読むと、既に警察権力の専横が始まっていると言っていい。箱根の関所ではないが、細かなことまで検閲、報告させ、頭ごなしに変更させている。
 こんなことを許していたら市民生活は大変なことになる。みんな、危機感がなさ過ぎる。どうしたのだ。全員、思考停止したのか? 不気味だ。
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 つぎは、いつもの“板垣情報”です。真偽が定かでないので、論評はしません。
%%%%%2017年06月13日 板垣 英憲(いたがき えいけん)「マスコミに出ない政治経済の裏話」

◆〔特別情報1〕
 「公正公平な行政が行われているかは国民が判断する。透明性を高めて国民が判断をできる状況をつくっていくというのが、私は民主主義のイロハであると思うんですね」(テレ朝NEWS6月12日午後5時5分配信)―自民党の重鎮・古賀誠元幹事長(「宏池会」前会長)が加計学園問題について述べた安倍晋三首相に対する厳しい苦言である。お坊ちゃま育ちの安倍晋三首相は、第1次政権に就く直前、父・安倍晋太郎元外相の老秘書らに、複数の女性関係をカネにより口封じ工作に奔走させるなど都合悪いことは何かにつけて隠蔽するクセがついている。大阪市の「森友学園」(籠池泰典前理事長)の国有地格安払い下げ・土地ころがし事件に続いて発覚した岡山市の「加計学園」(加計孝太郎理事長)の岡山理科大学獣医学部新設(愛媛県今治市)問題で「不公正・不公平」な扱いを必死に隠蔽しようとしている。ひどいのは、いくつかの文科権益を強奪していながら、前川喜平前文科事務次官を人格攻撃する「印象操作」により煙幕を張って逃げようとしてきた。古賀誠前幹事長は、「一国の宰相がこんな卑劣な振る舞いをして平然としてよいのか」と諌めているのである。
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学者が論ずる夜刀神(1)、加計情報(2)

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:隣家の屋根で逢引をする可愛い小鳥。どうも私の目はゆがんでいるようで、二羽でいるとそういう目で僻むのであります(漫画家東海林サダオの世界)。思えば、若かりし頃全く女性にもてなかったことのトラウマであると自覚しております。知らん振り


地位使い 甘くて旨い 汁を吸う 露見におよび 戯言連発

 国のトップにあるものの昨今の醜態。それでも内閣支持率は五割維持とのこと。あの醜態がなんらの影響も国民の政治意識に与えないことは奇異観と言うよりはむしろ恐怖ですね。「国家戦略特別区域」(いわゆる「特区」)で本年一月に指定されたのが四国・今治です。
170610千葉科学1500

 今般の今治に加えて、上の記事で引用されている千葉科学大学も「岩盤規制」にドリルで穴を開ける役割を期待されているとのこと。
 特区こそ日本経済の再生・成長の鍵であるとさんざん煽ったのが小泉・竹中時代です。そしていまや「規制」を破ることが 政治家による「大英断」であるかのごとく語られる時代です。しかし、1990年代まで、規制は「野放図な経営者による収奪」を抑制するべく機能していたはずです。つまり勤労者を経営者の横暴から守る役割を果たしていたのです。しかし、それが、日本に経済活動を大々的に拡大することを意図した米国にとっては障害と映ったのです。こうして日米経済構造会議が始まりました。建築分野で活躍したのが前川前文科相事務次官に圧力をかけたとされる和泉洋人氏です。この御仁は下の記事紹介でも登場する建設省でも屈指の有能な官僚と語られています(5月31日記事参照)。

 それにしても、経済界は千葉の東端犬吠崎に科学大学を作ることが「規制岩盤」にドリルの役割を果たすと心底期待しているのでしょうか?上の記事にもあるように分母の違う分数の加算すらおぼつかない学生を集める。どうやってそれを経済効果につなげるのか?誠に疑問であります。

+++++常陸国風土記・行方郡(再考察)
 「神」、「天」について現ブログ管理人は、あれこれクドクドと書いています。前回記事でも書いたように、大方の学者さんが「神」、「天」を精神史、政治史の中でどのような位置づけをしていたのか?つまりその「概念」が定かでないことに加え、用いている漢字表現とそれに付する「音」(読み)についていささかの疑念をも表明しないからです。結果として、現代に生きる人間の発想から「神」、「天」を解釈しているのです。まさに「天下り」風議論であり、日本列島古代史の中で政治的にfabricateされたと「神、天」との視点が完全に欠落しているのです。
 これは議論する私が「日本列島古代史」のド素人であるか否か、つまり研究者としての蓄積の度合いには依存しないのです。何故ならば、古代歴史の専門家の手元にあるものと全く同一の文献である古事記、日本書紀、万葉集、そして風土記がド素人である現ブログ管理人の前にも供されているのです。この四つの古文書と同時代に作成され、それを補足するような追加的な古文書は存在しないのです。素人と学者さんは全く同じ土俵上にある、または全く同じスタートラインにいるのです。この分野ではド素人と学者さんは全く対等なのです。どちらがどれだけ深く考察するか?その違いなのです。

 にもかかわらず、学者さんの見解が世に蔓延る。その理由は何か?!それは上記四つの古文書を解説するおびただしい数の書が平安時代以降、僧侶・公家と言った当時の知識層の手によって世に出てきており、それを増殖する形で、江戸時代になると本居宣長などがそれまでの蓄積をコピし、膨らませてきたからです。しかし、ヨーク考えてみるとこうした夥しい数の著作もすべては上記四つの古文書に出発しており、そこで記載される歴史観・精神史観に強く束縛されているのです。従って、学者たちが後世の著作をどれだけ読もうが、それはそもそもの四つの文書の思考の枠内にあると思わねばなりません。

 そもそも(このコトバの意味について下記(*)を参照されたい)現ブログ管理人の神への関心は日本書紀巻二・神代紀での記述に始まりました。それは、以下の引用にも見るように「天」への関心、具体的にはそれを「アマ」と訓(よ)む由来の考察でもありました。
原文:
《第九段一書第二》一書曰。天神遣経津主神。武甕槌神、使平定葦原中国。時二神曰。天有悪神。名曰天津甕星。亦名天香香背男。請、先誅此神。然後下撥葦原中国。是時斎主神号斎之大人。此神今在乎東国楫取之地也。(以下略)

文意:〔岩波文庫「日本書紀〔一〕」130頁
 天神は経津主神、武甕槌神を派遣して葦原中国の平定をさせた。その際、この二神が言うには「天の悪神有り。名を天津甕星〔天罪か星〕と言う。又の名を天香香背男〔あまかがせおお〕という。請う。この神を誅し、然る後に葦原中国をからわ」と。このとき斎主神を斎之大人と号した。この神、今は東国の楫取之地〔香取〕に在る。
%%%%%

(注*) 「そもそも」発言、政府が答弁書で正当化それにしても凄い世の中です。コトバの意味を内閣が決めるんですな
安倍晋三首相の国会答弁で話題になった「そもそも」の用法について、政府は12日午前の閣議で、 「大辞林」(三省堂)に「(物事の)どだい」という意味があり、「どだい」には「基本」の意味があるとの答弁書を決定した。

 上記には二柱の神が登場します。日本書紀を読む限りでは、神代紀上の冒頭で次のように書かれていますから、神代紀下で神が登場しようともそこには違和感は無いと、研究者たちは考えます:
%%%%%日本書紀・神代紀上、冒頭より。
原文:故天先成而地後定。 然後、神聖生其中焉。開闢之初、洲壌浮漂、譬猶游魚之浮水上也。 于時、天地之中生一物。 状如葦牙。 便化爲神。
文意:岩波文庫16頁
天が先に成り、地が後にさだむる。然る後に、その中に神聖が生まれる。開闢(あめつちひらける)之初、洲壌(くにつち)は浮き漂(ただよ)いことは、譬(たとえ)れば、水上で猶游魚(ウキおよぐ)魚の如くであった。 于時(このとき)、天地之中に一物(いちもつ)が生じた。 それは葦牙(あしかび)のようであった。 便(すなわち)これが化けて神となった。(ブログ管理人注:このくだりについて一言・二言ありますが話が脱線することを回避したいので詳論しません。余談ですが開闢といえば、私が大学に入学した際「開闢」会なるサークルがありました。当該高校からの初めての大学入学者のみをメンバとするサークルでした。)
%%%%%
「神」とは、どういう存在であるのか、日本書紀は一切を説明していないことが分かります。記紀が撰上された八世紀初頭には、どうやら「神」なるものの概念は既に定まっていたのです。しかし、その存在がどういうものであるかが語られ無い。にも関わらず、日本書紀・古事記を解読する識者・学者はこのことを問題視しないのです。するまでも無いというスタンスなのです。この思考過程を分析するならば、学者さんの頭の中には既に自分たちが生きている時代の神なるものの概念が形成されており、それに従って事態を理解しているからなのです。しかし、「神」をfabiricateした藤原不比等にしてみれば、そうではなかったはずなのです。私はそこにこだわっているのです。

 というわけで、八世紀の始め、日本列島での「神」とは(6月2日記事の再掲)「偉いのか?」、「強いのか」それとも「得体の知れない存在なのか?」、「妖(あやかし)なのか?」などなど、言ってみれば捉えどころの無い存在なのです。
 「神」を日本列島の既存の宗教体系を鑑みて「カミ」なる概念を持ち込み、さらには「天」なる崇高の場所をも「アマ」と音することで「天照大神』なる新興宗教を八世紀初頭に作り上げたのが藤原不比等です。これが何と1300年後の現在にいわば「祟り」の如く日本の政治に負の様相で登場するのですから藤原不比等も泉下でビックリこいているのだろうと思っています。神をそうした状態に置いたまま、神代紀下では葦原の国を経津主神、武甕槌神の二神が平定したと書きます。

 その「神」認識の事情からは、ここ行方郡に登場する「夜刀神』は、まさに「神」と称される存在で、風土記が編纂される時点では「ぶよぶよした天地」から生まれた存在の一つに過ぎないと編者は書きます。言葉を変えるなら、神の出自を日本書紀神代紀冒頭にあるように定義したため、その実態を語ることをせずに済ませたのです。

 この夜刀神は「妖」(あやかし)の存在であったことは、その後の件で詳述されることになります。そのことを議論する前に、夜刀神登場の前の記述に触れておきます。図1の,鯢佞靴拭嶌濆疆膺聖卩啓辧廚覆覽述です。香島にも民の畏敬をあつめる神が居り、そこには神の座す場である「社」があると書きます。藤原不比等の宗教改変は充分にはいきわたっていない中でこの風土記は編纂されたことを思わせます。

(図:常陸国風土記行方郡の条抜粋)
夜刀神

 
(図:2 「神話で読み解く古代日本」(松本直樹著)273頁より)
gps023

 次回、この本の著者による夜刀神議論を見ることにします。
(つづく)

+++++加計関連、あのTBS記者による強姦事件
 前回 “安倍首相がピンチになると北朝鮮ミサイル。連携しているの?(笑)北朝鮮ミサイル ”と題したブログ記事を紹介しましたが、私がフアンをつとめている室井佑月さんがこの件でとばっちりを蒙ったという話であります:
%%%%%「奥さん、あの噂、知ってます?」と室井佑月!
2017/06/12 06:10  
 強姦魔の山口敬之に安倍昭恵が「いいね!」をした。いくら山口が安倍晋三の飼い犬だといってもひど過ぎる。室井佑月がこう言った。(敬称略)
***********************
 週刊新潮が安倍首相応援団のジャーナリスト、山口敬之氏のスクープをあげた。山口氏にレイプさたと訴える27歳の女性の話で、その事件は握りつぶされたというのだ。 あたしはさ、びっくりしちゃった。だって、ゴールデンウィーク中に山口さんのことで、取材電話がかかってきたばかりだった。 なんでも山口氏がネット番組で、「北朝鮮危機を煽るな、なんていってる評論家やコメンテーターは、みんな北から毒まんじゅうをもらっている」というトンデモ発言をしたみたいで。
 「失礼なことを聞きますが、北から毒まんじゅうをもらっていますか?」という内容の取材電話であった。はぁ? 馬鹿かっ! だからこう答えた。
 「あたしが、北朝鮮からいきなりミサイル攻撃されることなんてないし、米朝戦争だってすぐに起きないと発言しているのは、山口さんの大好きな安倍首相や閣僚のみなさんがのんきに休暇とったり、外遊していたから。評論家とかコメンテーターにケチつける暇があるなら、自分の親分に『せっかく煽ってるのに、そんなことされたらバレバレですよ』と文句言えばいいのに」と。
 電話を切ってからもムカついて仕方なかった。だから、レギュラーで出演しているラジオで思いっきり悪口をいってやった。「あの方、病院へいったほうがいいレベル」と。その後、すぐだ。新潮に山口氏のスクープが出たのは。ひゃー!
 記事の中で被害者の女性は、酒にデートレイプドラッグを入れられ、意識が混迷している間に山口氏にホテルへ連れ込まれ犯されたといっている。ちなみに、ホテルまで運んだタクシー運転手とホテルのベルボーイが、彼女の証言の裏付けになる証言をしている。
 女性は警察に訴え、逮捕状が出され、山口氏が米国から帰国する成田空港で捜査員が待ち構える事態に。しかし、その直前に上層部からストップがかかる。ストップをかけたとされるのは、警視庁の中村格(いたる)刑事部長(当時)。この人、第2次安倍政権発足時に菅義偉官房長官の秘書官をつとめた人。記事には、所轄が扱い逮捕状まで出た準強姦のような事件に、警視庁刑事部長が介入するのは異例中の異例、との専門家の意見も書かれていたぞ。でもって、中村・元刑事部長にも取材をしているのだが、彼は官邸からの忖度(そんたく)などは否定しているものの、逮捕を阻止したことは認めている。山口氏は記事が載るなりFacebookで反論した。それに、アッキーがいいね!を押した。この疑惑の2人、どーなんですかねぇ。
 つーかさ、この手のスクープは、鳥越俊太郎さんの大昔のものをマスコミが掘り起こし、後追いし、ワイドショーにまで流れたじゃん。なぜこっちは流れない?片方は現政権の犬で、片方は反政権だったから? だったら、森友とおなじ構図だ。国会で追及すべき話かも。  
※週刊朝日  2017年6月2日号
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+++++加計スキャンダルの背後(2)
%%%%%「忖度や謀略の裏で“お友達”優遇 安倍官邸に巣くう加計学園人脈」アエラ/週刊朝日 2017年6月16日号(2017/6/ 7 07:00)
“前川の乱”に続き、新たな証拠が続出しても、官邸は完全に黙殺を貫く構えだ。しかし、安倍晋三首相の人脈と加計学園との関係を取材すると、ただならぬ「親密ぶり」が見えてきた。時の権力者にがっちりと食い込んで拡大を続ける加計学園の「学校経営術」とは……。
「奇麗に辞任する形を取るために菅(義偉官房長官)さんが一生懸命やったのに、今さら何なんだ! 官僚を40年近くやっても、政治を何にもわかっちゃいない」
安倍首相は加計問題をめぐり告発を続ける前川喜平前文部科学事務次官に対し、周辺にこんな不満をぶちまけているという。次々と噴出する疑惑について政府筋がこう語る。
「ここまで続くと政権へのダメージの蓄積が心配。加計(孝太郎)さんが首相シンパのパトロン的存在なのは事実でしょうが、安倍首相が直接指示した証拠はなく、あくまでも周囲が忖度した話のはず。野党は批判し続けるだろうが、官邸は『前川氏が勝手に言っていること』と同じフレーズを続けて無視する構え。内部では必殺“黙殺作戦”と呼んでいるようですよ」
だが、事態はもはや黙殺できないレベルに達した。6月2日には、政府が「確認できない」としてきた文科省の内部文書が省内の複数の担当者にメールのCCで共有されていたことを示す資料が発覚。同日の民進党の調査チームの会合では、文書の送信先に名前があったF企画官らが呼ばれた。民進党の玉木雄一郎議員らに、パソコンに今もメールが残っているかを確認するよう要求されると、F企画官は会議室から出ていったが、そのまま戻ってこず。会場にいたK総務課長は、「(F企画官とは)連絡がとれない。松野博一文科相とも連絡がとれないので、確認できない」と言いだす始末だった。また、前川氏の証言では昨秋に和泉洋人首相補佐官に呼ばれ、「総理は言えないから私が言う」と、獣医学部の新設への早期対応を求められたという。
和泉氏を知る国土交通省OBはこう語る。「彼は国交省出身の技術系。財務省も一目置くほど優秀で、事務系の官僚たちからはよく嫉妬されるみたい。安倍さんというより菅さんの懐刀。菅さんが横浜市議だった時代に知り合い、早くから信頼を得ていた。発言に影響力があるのも、背後に菅さんがいることを霞が関では理解しています」和泉氏の発言の背後には安倍官邸の意向があるというのは、官僚の共通認識だったようだ。
加計学園と“安倍人脈”の奇妙なまでの近さを見ると、やはりただ事とは思えない。最たるものが、加計学園理事で系列の千葉科学大の学長である木曽功氏だ。前川氏の証言では、木曽氏は内閣官房参与だった昨年8月、文科省の後輩でもある前川氏と面会し「獣医学部の件でよろしく」と伝えてきたというのだ。内閣官房参与は首相のブレーン。背後に首相の“威光”を感じたとしても不思議ではない。それだけではない。千葉科学大では首相の“お友達”たちが、次々とポストにありついている。首相の側近中の側近である萩生田光一・官房副長官は、落選中(2009〜12年)に千葉科学大の客員教授を務め、月約10万円の報酬を得ていたことを国会で認めた。現在は無給だが、名誉客員教授の肩書を持っているという。また、ノンキャリアの官僚出身ながら第1次安倍内閣で首相秘書官に抜擢された井上義行参院議員も、07年の安倍首相の辞任後、同大の客員教授を経験。井上氏の事務所によれば、「危機管理学部で授業を持っていたが、09年の衆院選に出馬する際に辞職した」とのこと。
安倍首相の地元・山口県下関市の元市長で「子飼い」として知られる江島潔参院議員も、市長退任後の10年から加計系列の倉敷芸術科学大で客員教授を務めた。13年には補選で参院に初当選。江島氏の事務所は「客員教授は15年10月に国交政務官に就任した際に辞職しました」と説明する。要するに、3氏はいずれも“浪人中”に加計学園のお世話になっていたわけだ。
そもそも安倍首相自身が、衆院に初当選した1993年ごろから数年間、広島加計学園の監事として1年間に14万円の報酬を得ていたことを国会で認めた。つまり、安倍首相は加計氏と40年来の親友であるばかりでなく、浅からぬ「借り」があるのだ。
奇妙な偶然なのか、16年7月19日に最高裁判事に就任した弁護士の木沢克之氏は、13年から加計学園の監事を務めていた人物だ。加計氏と同じ立教大学の同窓生で、立教卒の最高裁判事は史上初。
加計氏らはこの2日後、安倍首相と会食、翌日には山梨県でゴルフを楽しんでいる。その人脈は司法界にも及んでいることになる。時の政権にここまで食い込んだ加計理事長とは、いったい何者なのだろうか。加計学園グループは加計氏の父親の加計勉氏が創始者。64年に開学した岡山理科大(岡山市)を中心に拡大を続けてきた。孝太郎氏の実姉である美也子氏が運営する順正学園系列も合わせると、現在は大学、高校、小中学校、専門学校など全国で30校以上を運営する、西日本では有数の規模を誇る私学グループだ。
加計孝太郎理事長は01年に先代の跡を継いだ。安倍首相とは20代の米国留学中に知り合って以来の「ゴルフ友達」として、約40年間、家族ぐるみの親交を続けてきた。昭恵夫人は自身のフェイスブックに<男たちの悪巧み>と題した安倍首相、加計氏らの飲み会写真を載せている。千葉科学大関係者が言う。「お酒好きで陽気な性格で、ビールのジョッキにウイスキーのショットグラスを落として飲む“バクダン”という飲み方がお気に入り。年に2回ある職員や地元関係者との親睦会では、周囲にも“バクダン”をすすめて、楽しそうでした」
 加計氏の思い入れが特に強いのは、理事長として04年に自ら設立した千葉科学大だという。開学時には薬学部のほか、日本で初めて危機管理学部を設置。「歴史のある岡山理科大は教授会組織の力が強く、好き勝手はできない。理事長からすれば新設の千葉科学大は自分の思いを実現できる場なんでしょう。ただ、どんどん学科やコースを新設するので現場は大変。『どうして定員が集まらないんだ』とテレビ会議で怒られるけど、こちらからすると理事長の思いつきに翻弄されている感覚もある」(前出の関係者)(本誌・小泉耕平、亀井洋志)
※ 週刊朝日 2017年6月16日号
%%%%%記事転載おわり

磁極逆転・チバニアン、加計関連(1)、古代史解説書

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:当地の栗の木が賑々しくなってきました)
170609栗無題


 栗の木に 創造主(ぬし)が 言ったとさ 花はよいから 実だけはしっかり

 栗の花紐が見る見るうちに長くなってきます。どう見ても美しくはありません。そこで、創造主が栗を激励したんですな。かくして栗は秋に旨い実を生すと言うわけです。「人格欠陥」といわれる私が人生訓を語ることに違和感を持った方も居られるでしょう。「外観より中身を磨け」というわけです。死んだ母親が、栗を砂糖で包んだ“マロン・・・”が好物であったことを思い出しました。

 文房具屋さんで買った教材用の棒磁石の中央に紐をつけてぶら下げると磁石のN極側が北を、S極が南を指します。と言うことは、磁石としての地球については北極にはS極が南極にはN極があるということになります。ややこしい話ですが、磁石の性質を知った昔の人たちがそう呼ぶことにしてしまったので、今更変えることは混乱を招くので、そのまま使っているということになります。

 本ブログでも地震を語るときには、しばしばS,Nなる記号を用いますが、そこでは地球が磁石であることは意識しておらず、地球回転軸の向きを指しています。それは、概ね北極星の見えるほうを“北”、その反対を“S”と呼ぶように世界的な約束に従っているからです。何故、北極星なのか?それは北極星が地球の回転軸のほぼ延長上にあるため、地球の公転の最中にも地球人からは不動、つまり北極星は動かないように見えるためです。

 サテ、余談はさておき東京新聞6月8日付社説で以下を書いています:
(図:日本列島に残る地球史大事件の痕跡
170609チバニアン無題

 本ブログでも、かってこのことを書いた事があります(2015年11月11日記事)。 その記事で、用いた図を再掲しておきます:
(図:href="http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/52043661.html" target="_blank" title="">日本列島に残る地球大事件の痕跡
 )
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 日本列島は、地球上の誠にちっぽけな島であります。が、地球史上の大事件解明に欠かせない痕跡を残す場所がいくつもあるということです。これに加えて地学変動・最大級の事件である地震・火山も起きます。地球科学を学ぶ学徒にとっては日本列島は最適の国といえます。が、それらがもたらす災害は甚大です。しかも大事件の発生予測は未だ科学となりえていません。地学関係者は地球への科学的好奇心に加えて、防災への役割を強く求められています。

+++++常陸国風土記・行方郡の条
 私の日本列島古代史観では、九州と私の住まう東国は8世紀に藤原一族により不当な戦争を仕掛けられた被害者です。ですから、私は九州出身者には強い親近感・連帯感があります。まずは八代亜紀さん、松田聖子さん、そしてタモリさんなどです。既に書きましたが私はタモリ(以後敬称略)の知性を高く評価しており、何気ない言葉に記憶し手いると言うだけではない咀嚼された教養を見ていました。これは、どちらかと言うと「知識をひけらかす」風がある「北野タケシ」とは全く異なっていると感じています。かってタモリの主宰する番組に安倍首相が登場したことから、安倍氏の支持者のように誤解されているようです。タモリが政治を語らないのはある種の「照れ」であろうと思っています。言い換えると「自己顕示欲」を人前に晒すことに「限りない羞恥」があるのだろうと見ています。
 タモリが畏敬してやまなかったのが漫画家の赤塚不二夫氏です。この赤塚氏の一見破茶目茶な漫画には鋭い社会風刺、権力批判そして権威への揶揄が込められていたことはよく知られています。タモリがその影響を受けなかったはずは無かろうと想像するからです。
 先日、ブラタモリなるTV番組を視聴していました。舞台は倉敷でした。とあるお寺で祀られている観音様が話題になりました。タモリが「観音、音を観る。つまり民を観、民の音に耳を傾けるということですよね」と住職さんに語ります。住職さんにしてみれば、自分が語るはずの言を取られてしまったというような表情でした。
 無学な私は「観音とはサンスクリット語の表音」であると思い込んでいましたから、TVの画面に向かって「タモリ君、お主、ミスッタな」と語りかけました。しかし、後刻ウイキで観音を調べて「ミスった」のは私であったことを知りました。これは、サンスクリットのアヴァロキテシュヴァラの意訳 であったのです。まさに表意の言葉であったのです。

 日本列島に住む民が使ってきた「コトバ」は、上代つまり神代以前からの「ことば」であったり、八世紀ごろのいわば造語であったりすることを本ブログで書いてきました。その峻別を可能な限り追求・考察することが、日本列島の古代史の解明に繋がることが見えてきたからです。

 造語とすれば、それは外来語の音をそのまま「コトバ」にした「表音」語であるのか、それとも上の事例で書いたように外来語の意味を列島の既存語で表現した「表意」語であるのかを見定める作業が、日本国に住む民の精神史の解読にも繋がります。

 風土記考察の記事を休んでいる間に「神話で読み解く古代日本」(松本直樹著、ちくま新書、2016年)を読みました。この著者が率直に書いていますが、この分野で大きな影響力を古代文学研究者に与えたのが「古事記と日本書紀」(神野志隆光著、講談社現代新書、1999年)です。
 あらためて古代史研究の大家の手になる古事記・日本書紀論を読み返すとなにやら澱のようなものが体内に残ります。理由は、どうやら上記の視点、すなわち「ことば」の解釈、背後の経緯についての吟味が見えてこないからではなかろうか、と思うに至っています。この著作については、機会を見て、おこがましくも「私の批判的読後観」を書いてみたいと野望しています。久しぶりに古代史に復帰するにあたって上に書いたことを改めて強く思う次第です。その具体例が「神」、「天」です。

 学者さんは「神話」なるものの構造、込められた理念について、又は国外の神話との比較を微に入り細にいり考察します。よくもまあ、こんなことが研究課題になるものだと関心しきりですが、それは技術屋の視点なんでありますから、他人様の関心に四の五の言える筋ではありません。
 地震、洪水、火山などの自然災害による食料の欠乏など、突然に生活の基盤を奪われてしまう。あるいは突然の病で大切な身内が奪われてしまう。誰がこうした理不尽をなすのだろうか?それが分からないので、ヒトはいつも一寸先についての不安を抱えています。正体の見えない「存在」への恐怖。一方で、毎年秋には米が実り、果物、野菜、獣肉、魚肉を得て、厳しい冬が過ごせることへのありがたさ。これも何か「正体の見えない」存在への感謝。

 これは、大陸で作られた「神」の概念とは多分異なっていたはずです。ましてや遠く西域では「神」は複合的でゾロアスタ教にいたっては階層的です。日本列島にあって、藤原不比等はアイヌ族の信奉する「カムイ」が大陸、ないしは遠く西域の「存在」に近いと発想したのです。「神」と言う漢字を「カミ」と訓(よ)ませたのは藤原不比等の慧眼であったのです。

 私は、古事記・日本書紀で「神話」として一括りにされる説話のほとんどは史実ではなかろうかと考えています。勿論、当時の不十分な科学的知識・経験から、それらが「神秘的」事象と語られているのです。上に書いた二つの著書を含め、「日本神話」研究者にはそうした視点が欠落しているのです。

 そして、もう一つは「天」です。これを「アメ」と訓(よ)ませる。これも藤原不比等の手柄と言うべきです。既に書いていますからここでは繰り返しませんが、隋書倭国伝に登場する倭国王の姓「阿毎」に由来するのです。それは、日本列島に古来から天(てん)なる表現があったのではありません。それを、常陸国風土記を読み進める作業の中で私は明らかにしました。そうした作業から「天照大神」がfabricate(適切な日本語が見つからないので外国語を使いました)されたのです。「でっちあげた」との表現は正確ではありません。いってみればアダムが土埃りから作り上げられたようなプロセスとでも言うのでしょうか。

 さて、常陸国風土記の解読を再開するに当って、「神話で読み解く古代日本」(松本直樹著、ちくま新書、2016年)が夜刀神を論じています。そこで、再開は松本氏の議論を遡上に上げることから始めたいと思います。

(つづく)

+++++加計スキャンダルの背後(1)
 今般の政治スキャンダルは如何にも単純です。しかし、安倍一強の元では難なく突破できるとの読み違いからその構図が暴かれたのです。そこで、それを整理した記述を以下に転載しておきます:
加計問題に匂う許認可利権、アベノミクスは国家社会主義か 山田厚史の「世界かわら版」(ダイヤモンド・オンライン)
%%%%%加計問題に匂う許認可利権、アベノミクスは国家社会主義か2017.6. 山田厚史:デモクラシータイムス同人・元朝日新聞編集委員 ダイヤモンド・オンライン

 ビールや発泡酒が6月1日から値上げになった。「スーパードライ」は350cc缶で15円ほど上がった。酒税法が改正され「安売り」が禁止されたから、という。自由競争であるはずの「モノの値段」を政府が規制する。日本は市場経済ではなかったか。
安倍首相の旗振りで「生産性向上国民運動推進協議会」が5月24日、官邸で開かれた。全国から300社が動員された。冒頭の挨拶で首相はこう意気込んだ。
「生産性向上を全政府的な動きにしたい。私が先頭に立つ」
日本経済の課題が生産性向上というのはわかるが、首相が先頭に立って国民運動を展開するというのは、大きなお世話だ。東芝の半導体子会社を売却にも政府は介入する。台湾企業はよろしくない、政府は大手企業に「奉加帳」を回して受け皿にしようと動く。日本は、規制緩和を叫ぶ「小さい政府」と思ったが、いつの間にか「大きい政府」になっていた。
 アベノミクスの変転から、「加計学園疑惑」を眺めると、今の政権の本質が読み解ける。
自治体の声を活かした小泉政権の特区
安倍政権は中央主導の「上が決める特区」
「分厚い既得権益の岩盤に、穴を開けるドリルが国家戦略特区」
 安倍首相は国会で何度も「既得権益に風穴を」と繰り返した。
 この考えは小泉純一郎首相のころから政府の基本的な方針となった。既得権益支配する古い経済が日本の成長を阻んでいる。抵抗勢力を打破するのは規制緩和だ。経済活動を自由にする。新しいビジネスが生まれ、日本の生産性を向上する。突破口が「特区」だった。
日本の法律で認められていない制度や事業を、地域を限定して特定の業者に認める。うまくいけば全国に拡大しようという目論見だ。「制度に風穴を空ける」試みだった。
2002年末、小泉内閣は「構造改革特区」を制定、第1号は群馬県太田市の「外国語教育特区」だった。自動車産業で働く大勢の外国人労働者の子どもたちが公立学校で母国語を習えるようにした。こうした特例は、酒税法の適用除外を認めた「どぶろく特区」や「ワイン特区」などユニークな取り組みにつながり、地域起こしにひと役買うこともあった。
構造改革特区は、地域の特性に合わせ自治体が例外を求める「ボトムアップ型」だった。安倍政権になって始まった国家戦略特区は、これとは真逆、中央主導の「トップダウン型」である。
分かりやすい例が外国人による家事代行サービス。アジアから「家政婦さん」になる女性を集め、共働き家庭などに派遣する。大阪市、神奈川県、東京都が特区となり、人材派遣業のパソナなど6業者が指定業者として認可された。
外国人材の受け入れは、日本ではビジネスエリートや技術や資格を持つ特別な人材に限定される。いわゆる「肉体労働」にはビザは発給されてこなかった。
政府は「働く女性支援」として家事労働を支える人材が必要と判断。東京・神奈川・大阪を指定したのは、稼ぎのいい女性が働き手として多数いるので、ニーズがあるから。
国家戦略特区は、文字通り国家戦略として政府が事業を吟味し、地域に割り振る。「上が決める特区」である。
家事代行サービスは「能力・技術・資格のある人材」に限って認めていた労働ビザを、家事労働にも門戸を広げた。認可された人材派遣会社は「外国から肉体労働者を連れてくることができる資格」を手にした。
特区は政治家・業者癒着の温床にも
加計学園の認可はフェアだったか
特区のビジネスは、「規制緩和」ではあるが、誰もが参入できる「自由化」ではない。参入業者は政府が決める。特定の業者に「特権」を認める制度なのだ。実質的に許認可の権限を握る政治家と、資格が欲しい業者が「お代官様と越後屋の関係」にならない、と誰が言えるだろうか。
さて、加計学園の疑惑である。今年3月、内閣府は愛媛県今治市の特区に加計学園が経営する岡山理科大学に獣医学部新設を認可した。先発の獣医養成機関によって新規参入が閉ざされていた学部新設に、52年ぶりに風穴が空いた、というストーリーだ。新設に慎重だった文部科学省は、既得権益を守る側の「抵抗勢力」と描かれた。
その側面は皆無とは思えないが、現実はどうか。獣学部の新設をめぐる動きはこれまでもあった。2015年6月には「獣医学部新設4条件」が閣議で決まった。
 1. 現在の提案主体による既存獣医師養成でない構想が具体化し、
 2. ライフサイエンスなどの獣医師が新たに対応すべき具体的需要が明らかになり、かつ、
 3. 既存の大学・学部では対応困難な場合には、
 4. 近年の獣医師需要動向も考慮しつつ、全国的見地から本年度内に検討を行う。
 要するに、最新の医学技術に挑戦する必要が生じ、既存の大学・学部で対応ができない場合は、獣医師の需給動向を見ながら対応する、ということだ。かなり高いハードルで、当時の担当大臣の名をとって「石破4条件」とされた。
獣医学部の新設は、加計学園だけでなく、京都産業大学、大阪市立大学からも申請が出ていた。
 農水省は「獣医は概ね足りている」、厚労省は「技術革新へ特段の対応が迫られている状況とはいえない」という対応だった。文部科学省は「4条件を踏まえ、獣医学部を新設する必要性は認められない」と主張していた。

“政治主導”で大逆転
既得権益がまた一つ増えただけ?
それがひっくり返ったのは、「総理のご意向」とされる。文科省の前川前事務次官は「2016年9月と10月首相官邸に呼ばれ、和泉洋彦首相補佐官から『総理の口から言えないから私が代わって言うが』と獣医学部の新設を認めるよう言われた」と述べている。
一連の傍証は大手メディアで詳しく報じられているのでここでは省くが、首相周辺の「政治主導」で獣医学部の新設が決まり、加計学園に認可が下った、という流れは疑いようがない。
これが「規制緩和」なのだろうか。規制緩和とは、政府が民間に対して口出しや指導を極力行わないことだ。企業の創意を引き出し、対等・平等の市場で思い切り競争させることではないのか。
安倍政権が、加計学園にしたことは、政治力を使って「お友達企業」を既得権益勢力の一端に押し込んでやった、ということではないか。
大学の定員管理を文部科学省が握っている今の制度は妥当か、ということに議論はあるだろう。役人が大きな権限を握っていることが正しいか、という問題もあろう。では、定員など決めずに私立大学は自己責任で学部の新設や増員をすればいい。教育機関も市場原理に委ねればいい、という考えが国民に支持されている、とも思えない。学部の乱立、教員の不足、知的水準の維持できない教育環境などの弊害が生じる恐れがある。学部を新設するには、大学としてふさわしい基準を満たし、それをチェックするのは文科省の責任でもある。
仮に獣医学部が必要だとしても、認可されたのが加計学園でよかったのか。選考は公正に行われたのか。示された「内部文書」を見る限り、疑問符をぬぐうことはできない。
中国で大成功した特区制度
半面で深刻な政治腐敗の温床に
ある業者だけ「特別扱い」にする「特区」は、行政による「許認可」とワンセットになっている。国家戦略という仰々しい言葉がかぶさり、政治主導が叫ばれると、許認可の差配には政治家が絡みやすい。
分かりやすい例をもう一つ上げよう。カジノである。
賭博は法律で禁止されている。カジノができる地域を特別な法律を作って、そこだけは刑法の賭博罪が適法されなくする。つまり特区だ。そこで特定業者だけに免許を与えカジノを経営させる。過当競争を抑えるため業者の数や地域は制限し、儲かる仕組みを作ってあげる。それが「カジノ解禁法」である。
カジノ業者は、自治体が決めることになっているが、実際はカジノ解禁に突破口を開いた政治家が仕切る、と言われる。それが政治主導だが、カジノ議員と業者の癒着は大丈夫だろうか。
加計学園と首相の関係も同じだろう。中国で問題になってる「政治腐敗」も同じ構造なのだ。
特区という制度は、途上国で成功した制度だ。国内に成熟した法秩序がなく、外資企業を誘致するために「特区」を作って優遇した。際立った成功例が中国だった。深センなどに外資を誘致して国内資本との合弁を条件に事業を認可した。小平が特区の旗を振り、「社会主義市場経済」だと言った。
社会主義は国家が経済を管理する。市場経済とは相容れない概念だ。小平は、能力に恵まれた者は自由に金儲けしていい、と市場経済を支持しつつ、国家・共産党が、業者を決めることで「社会主義」を堅持した。許認可である。
党が認可した業者だけ市場経済に参加できる。
この「許認可権」が腐敗の温床となった。中国市場でビジネスをしたければ、役人から認可を得なければならない。許認可をカネで買ってでもビジネスをしたい。賄賂の横行は自然の成り行きだ。
特区は許認可権限復活の足場
市場に介入する政治主導に透明性はあるか 1990年代の日本での銀行・証券を巡る汚職の構造が問題になった。大蔵省や日銀が握る許認可がスキャンダルの根元にあった。
 特区は、許認可の塊である。小平が深センで始めたようなことを安倍首相は国家戦略特区で行っている。知恵を付けたのは安倍政権を支えている経産官僚である。かつては産業育成や業界再編で、許認可の味を知っていた役所である。自由化・国際化・規制緩和という流れで、許認可権限は原子力など限られた業界だけになってしまった。特区は、権限復活の足場である。
国家戦略特区諮問委員会は、「岩盤規制」として槍玉に挙げているのが教育・農業・医療・労働の4分野だ。市場経済を導入すれば効率化する、と単純に言えない分野である。だから、行政の関与が必要だった。この4分野の権限を握るのが文科省、農水省、厚生労働省である。これらの役所に問題がないとは言わないが、守旧派に見立てて権限を剥奪すれば成長戦略になる、というほど簡単な話ではない。
特区を管理するのは総理府だ。旧経済企画庁や行政管理庁が母体の寄り合い所帯の役所だが、特区を差配するのは経済産業省から出向した役人。首相官邸の要請だ、と言って文科省の担当者に圧力を掛けたとされる、藤原審議官の経産官僚である。
経済は市場に任せよ、という構造改革から、市場に介入する政治主導に経済政策の流れが変わってきた。特区もその一環だろう。「大きい政府」は決して悪ではない。問題は、行政の介入が「公正」であるかが問われる。
公正を担保するには「情報公開」「政策過程の透明性」だ。しかし、加計も森友も、透明性は限りなくゼロである。
(デモクラシータイムス同人・元朝日新聞編集委員 山田厚史)
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+++++それにしても!!
%%%%%安倍首相がピンチになると北朝鮮ミサイル。連携しているの?(笑)(まるこ姫の独り言)
北朝鮮ミサイル 2017-06-08
北朝鮮ミサイル、あまりどんどん飛ばすので何のインパクトもないね。それでも、なぜか安倍首相に取って一番大変な時期になると北朝鮮がミサイルを打ち上げる。
偶然というには説明がつかない程、いつも連動している。
今回もあちこちから火の手が上がり、さすがの安倍さまのNHKでさえ報じるようになり、ワイドショーでも安倍首相の国会での答弁の異常さを検証するような番組であったり、コメントであっ
たり、九菅鳥の会見の個人へのすさまじい人格攻撃に対しても、記者が食い下がったり、疑問視する声があちこちで上がったり。そろそろこの政権もヤバいぞと思うようになった途端、この時とばかりに北朝鮮ミサイル打ち上げ。
全く不思議だ。。。。。
(図:ミサイルちゃんと文科省に当ててよ、昭恵さん、ずいぶんお怒りの様。。。。
170608安倍電話1458

図:もしもし、でんでん?
また注文通りミサイル発射しといたけど、もういい加減あきらめたら? さすがにもうバレてるんじゃない?)
170608金電話1459

 こんな感じで、安倍首相、金ジョンウンと内通しているんじゃないの?持ちつ持たれつで。。。。(笑)そうなると、北朝鮮ネタだの大好きなひるおびは、待ってましたとばかりに報道し始める。
フジの報道2001も、安倍政権の不祥事には一切関心がないのか、事あるごとにミサイル報道。
ミサイルが国内に着弾した場合の対策など何一つしていないのに、番組内で他人事のように煽りに煽っている。どの番組も、ミサイルが飛んできた数、日にちを表にして解説。それを説明されても、どうなんだ?という話で。。。

もう、北朝鮮ネタになるとチャンネル変える。飽き飽きする。

 新報道2001の平井文夫、報道局解説副委員長の肩書だそうだが、番組内で「北朝鮮に先制攻撃できないのか」と口をとがらせて悔しそうに語っていたが、表向き一定程度の中立性や公平性を求められる人間の言葉とも思えず、この人も言葉の端々からネトウヨ脳だと言うのが良く分かる。結局、北朝鮮ネタを盛んに煽る番組は、北朝鮮ミサイルネタが飯の種になっているだけじゃないか
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関連情報を添付しておきます。
郷原氏、読売社長を語る
  加計学園6/8森ゆうこ

六月五日の国会、前川氏の人柄(姪御さんのブログより)

お詫び:ずるずるとサッカー観戦してしまい、予定していた記事を掲載できませんでした。贔屓の久保が後半引っ込められたり、香川の怪我が心配であったり。で、もやもやしております。
(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:虫の“不純異性交遊”とゆう、不届きな場面に遭遇しました。なんと朝の散歩中の私の背中がその舞台に使われました。ケシカラン。後ろを歩いていた家内がその現場をカメラに収めました。さて、虫社会での風紀取締りはどうなってるんだ!」と思いましたが、・・・)
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我が国の 安全生活 そっちのけ 我欲に走る 官邸のヒト

 月曜日の参議院決算委員会審議での安倍首相の不真面目な答弁、みずからに浴びせられる追及への敵意むき出しの反応があちこちで話題になっています。これでも支持率が五割。この調査が本当だとしたら我が同胞は一体何を考えているのやら。
 それにしても一国の首相たるもの、これだけの疑惑を証拠つきで突きつけられているのですから、口先だけでも「真相を究めるべく、内閣を指導する」ぐらいの言が欲しいものです。が、安倍氏にはそうした知性・理性は無いものねだりです。

(図:日刊ゲンダイ紙6月5日付)
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<<以下上の記事の続き>>
加計学園は昭恵氏がライフワークにするミャンマーの教育支援事業にも絡んでいて、昭恵氏が名誉顧問を務めるNPO法人「メコン総合研究所」と加計は事業提携を結んでいる。
外務省の事務方は、「加計学園はミャンマーに支局を設置し、留学生受け入れに努めるなど、同国との協力を積極的に進めていた。(政府専用機は)所定運賃をお支払いいただいた」と答弁。首相外遊時の経済ミッションでは同様のことをしていると説明するが、留学生を受け入れる程度の規模で経済ミッションなどと言えるのだろうか。「アベ友」だからの便宜ではないのか。
この“安倍家の癒着”疑惑に関する一連の質問には、安倍はとりわけムキになって猛反論した。加計がいかにミャンマーで活動しているかを長々説明したうえ、「加計学園がいいことをやっていれば、(昭恵氏が)一緒にやるのは当然だ」と、5分以上にわたってわめき散らしたのである。
安倍という男は権力者なのに慎しみがない。友人だからこそ、疑われるような行動は避けるものだ。「李下に冠を正さず」という言葉を知らないのか。政治学者の五十嵐仁氏がこう言う。
「加計問題は間違いなく『安倍夫妻の問題』です。理事長が政府専用機に同乗していたことについて、外務省は『所定運賃をお支払いいただいた』と答弁しましたが、運賃を払えば誰でも乗せるのでしょうか。そんな訳ない。友人だから乗せたのでしょう。一般論と個別の話を一緒にするなと言いたい。日本はもはや法治国家ではなく、『人治国家』だということですよ。政治も行政も一部の司法もマスコミも、首相と首相夫人のご機嫌取りで動く。安倍首相は外遊先で『法の支配』などと言いますが、今、国内で行われているのは、まさに『首相夫妻の支配』です」
夫婦で国家を私物化し、政治や行政を歪める。これを犯罪と言わずして何と言うのか。
私物化と疑惑にフタのいかがわしい“醜い国”

安倍は高支持率にあぐらをかいて強権を振るっているが、世論の風向きは変わってきた。安倍のウソに、国民は確実に気づいてきている。
TBS系列のJNNが週末(3、4日)に行った世論調査。加計疑惑に関し、「総理のご意向」文書が本物だと証言した前川喜平前文科事務次官と「調査したが確認できなかった」とした政府のどちらを信じるかを聞いたところ、「前川次官」が58%で、「政府」はわずか19%だったのだ。
 政府の説明に「納得できない」は72%の高さ。その結果、内閣支持率は前回5月調査と比べ、9ポイントもの大幅下落となった。
そりゃそうだ。前川氏の「手続きを急がされた」「行政が歪められた」という説明は、論理的で誰もが納得できる。「出会い系バー通い」も、知り合った女性らの告白(週刊文春)から、「貧困女性の実地調査」を裏付けるエピソードが出てきた。“エロ親父”のレッテル貼りには、官邸の“謀略”のにおいがプンプン漂っている。
前川証言がウソなら、政府は堂々と何度でも調査すればいいのに、5日の国会でも、安倍も松野文科相も再調査を拒否。文科省内部から新たな内部告発メールまで出てきているのに、それでも調査を突っぱねた。苦しいのはバレバレ。前川か安倍政権か、どちらがウソをついているか、国民には一目瞭然である。
政治評論家の森田実氏がこう言う。
「安倍首相は強気のように見えて追い詰められてきたと思います。5日の国会で『責任を取る』という意味について聞かれた際、『責任があるから責任を取る』というような抽象的な答弁をした。『辞める』という意味で答えていたこれまでより後退しています。これは動揺の裏返しでしょう。加計学園の理事長が政府専用機に同乗していたことが明らかになりましたが、世論への影響は大きいと思います。国民は『やはり、そこまで親しいのか』と受け止める。安倍首相のいかがわしさが、より深まりました」
官邸と内閣府はみんなグル

5日の毎日新聞が獣医療の需要低下を指摘する記事を大きく掲載していたが、そこにショッキングなセリフが出てくる。加計の獣医学部新設計画を指して獣医師が、「定員160人というのは天文学的な数字」と言ったというのだ。獣医系学部・学科は現在、全国に16あり、定員は合計930人。加計はそれを一気に160人と2割も増やす計画だ。
そのために教員70人を確保しなければならないが、特区申請は今年1月なのに、それ以前の昨年から教員確保に奔走していて、「加計ありき」の疑念が獣医業界を駆け巡っていたという。
「もはや国民は、官邸と内閣府はみんなグルじゃないかと思い始めている。首相に官房長官、秘書官、補佐官、参与、そして内閣府審議官と、寄ってたかって安倍さんにスリ寄り、行政を歪め、その一方で、疑惑にフタをして逃げ回っている。『美しい国』といいますが、こんな“醜い国”にしたのは誰なのか」(五十嵐仁氏=前出)
それでも安倍は疑惑を振り切って、18日に国会を閉じて逃げ切るつもりだ。共謀罪も強行成立させる。だが、やれるもんならやってみろ、だ。世論はそこまでバカじゃない。ウソで塗り固めたメッキが剥がれた政権などもう信じない。支持率急落がその兆候だ。必ず、鉄槌を下すことになるだろう。
%%%%%日刊ゲンダイ紙記事紹介終わり。

そして審議終了後の「すてぜりふ」です。低い人間性が丸出しです。カッコつける余裕も無くなりつつある表れと私は観察しています。
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 前川氏が本物と明言している文科省メールについて、それを裏付ける証拠も出てきました。 
%%%%%文科省対応「おかしい」 加計文書、共有証言の現役職員 
 安倍晋三首相の友人が理事長を務める学校法人「加計(かけ)学園」(岡山市)による獣医学部新設をめぐり、文部科学省が内閣府から「官邸の最高レベルが言っている」などと言われたと記録された文書について、文科省の現役職員が朝日新聞の取材に対し、文書が省内の複数の部署で「共有されていた」と証言した。文科省は文書は確認できなかったと結論づけたが、これについて現役職員は「おかしいと思っている」と語った。
 文書については、民進党が文科省内でやりとりされたメールに添付されていた可能性を指摘。朝日新聞も入手している。取材に応じた現役職員は「自分が見た文書、メールと同じで共有されていたものだ」と認めた。文科省の調査結果には「自分は(文書の存在を)知っていたから、大丈夫なのだろうかと思った」と疑問を呈し、「安倍政権の方針に反対ではないが、今回の政府の対応はおかしいと思っている」とも述べた。
 文書は「藤原内閣府審議官との打合せ概要(獣医学部新設)」。昨年9月26日の日付や、出席した内閣府の藤原豊審議官(地方創生推進室次長)と参事官、文科省専門教育課長、同課長補佐の4人の名前が書かれている。
%%%%%

これについて
文科相は“出元明確なら再調査検討”と答弁。=加計文書で松野文科相6/6(火) 12:06配信
だそうです。
%%%%%時事ニュース転載 
 学校法人「加計学園」(岡山市)の獣医学部新設計画をめぐり、内閣府が文部科学省に「官邸の最高レベルが言っている」などと伝えたする文書の存否について、松野博一文科相は6日の閣議後記者会見で「現状では再調査をしない」との考えを改めて示す一方、「出どころが明確になれば、調査に関して対応を検討したい」と述べた。
同省は先月19日、「該当する文書の存在は確認できなかった」との調査結果を発表。民進党は、文書が同省内で共有されていたことを示すとするメールの写しを新たに示し、再調査を求めている。メールの送信先などとして記載されている複数の氏名について、文科相は「(文科省)職員の名前」と認めたが、「メールに名前が記載されていることと、出元、入手経緯が確定されたということは事実の認定として全く違う」と語った。
%%%%%転載終わり

 指名があげられた人物の在籍が確認されるや否や、当該役人は以後の出世は愚か、退職を迫られ、就職先を求めざるを得なくなるのでしょうか?そうしたことをやりかねないのが安倍―菅 支配です。安倍一強とは、安倍ー菅恐怖支配と同義なのです。江戸時代のお庭番ならぬ警察幹部が安倍ー菅氏をしっかりと警護し、反対分子の動きを忍者を使って監視しているのです。それは当然ながら国民にも向いています。何度も書きますが、更に長く生きる現代の働き盛りの方々には、大変名日々が強いられることになる予感ですね。

%%%%%加計、申請前に市職員が官邸訪問
2017/6/6 14:10 共同通信

自由党の森裕子参院議員は6日の参院農林水産委員会で、愛媛県今治市が国家戦略特区で獣医学部新設を申請する前の2015年4月2日に、同市の幹部職員が首相官邸を訪れていた文書を示した。森氏は申請前に、市職員が首相官邸で政府幹部らと会談した可能性があるとして、加計学園(岡山市)の獣医学部を今治市に新設することが前提だったと指摘した。
 森氏の質問に対し、萩生田光一官房副長官は官邸の幹部と今治市の職員の会合があったかどうか「私が知る限り、承知していない」と答弁した。
 森氏によると、今治市への情報公開請求で入手した稟議書に記されていた。
森ゆうこ議員 農林水産委員会(2017.6.6) 
%%%%%

+++++前川氏を語るブログ 
さて、以下の記事を見つけました。前川前文科事務次官を神格化するつもりは無いのですが、気持ちよく読んだので、以下に転載しておきます:

%%%%%前川前事務次官はやはり凄い人だ 「キヘイおじ入院」 (中曽根弘文ファミリーブログより)気分転換にちょっと良い読み物でも。。。前川喜平氏の妹さん(中曽根弘文議員の奥様)のご長女が2012年の10月に投稿された文章です。
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キヘイおじ入院  [長女・川鍋文子・27歳・主婦]
こんにちは、長女・文子です
突然ですが、母には1歳年上の兄がいます。名前は「キヘイ」。
国家公務員、いわゆる「役人」です。
世間では悪く言われるのは必ず、「政治家」と「役人」。私の身近にいる人ばかりです。
でも頑張っている姿も沢山知って頂きたく、今日は私の「おじ」について書きたいと思います。
母の実家は代々奈良県で山林業を営んでいましたが、母の祖父は二男だったので家業を継ぐ必要がなく上京し、早稲田大学理工学部を卒業後、自らコンプレッサーを開発し工業用冷凍機製作の会社を創業しました。
母の父が二代目の社長となり、今はこの業界では世界シェア1の会社となっています。当然母の兄であるキヘイおじも入社すると思いきや、『企業利益を追求する仕事は自分には合わない。「公」の為に働きたい。』と後を継がず、公務員試験を受け「役人」になりました。
私の祖父・中曽根康弘も政治家になる前は官僚でした。必死で勉強し、公務員試験を受け、合格発表を見に行くと、成績が6番で『ウソじゃないか?問い合わせたら間違いだったと訂正されるんじゃないかと思い、急いで家に帰った。』と話していました。キヘイおじはもっと上位で合格しました。
おじは、麻布中学高校・東大法学部卒。麻布に入学したのは単に麻布に住んでいて家が近かったからで、祖母はおじに『勉強しなさい』と一度も言った事がなかったそうです。法学部ながら理系に強く、高校のあだ名は「物理のキヘイ」で、ずっと理(東大医学部)受験クラスにいました。
要するに「秀才クン」だったらしいですが、私からするとただの秀才クンではなく、おやじギャグの絶えない面白い、ほんわ〜かした、ドラ焼きが大好物の、体型もややドラえもんの、姪に優しいおじさんです。
大学時代の前川氏
大学時代は原始仏教やインド哲学に興味を持ち「仏教青年会」に所属し、ガウタマ・シッダールタ研究をしたとか。相当カタブツ!?、、、しかし、妹達(母と叔母)に言わせると、『ポン女、ポン女(日本女子大学)と憧れて騒いでいた』そうです。結婚する時(お嫁さんは叔母の親友。日本女子大卒ではない)、挿絵も自分で描いた詩集(結構良く出来ていると評判)を自費出版し「愛の証」としてプレゼントしたロマンティストぶり。
まぁ、妹達は『よくぞ兄の所などに来て下さった』とお嫁さんに大感謝したそうです。
・ 大学で第二外国語はロシア語専攻。留学はイギリスのケンブリッジ大学大学院。海外赴任はフランスのパリへ。語学が堪能。
・ 約30年間、殆ど朝4〜5時に帰宅し、仮眠又は着替えるだけで又出勤。早ければ夜中1〜2時に帰宅できることもあるとか。
・ 足の指を骨折したが、病院に通う時間がなく自然治療。少々の体の不調は黙殺。
・ 自分の信念を曲げない、圧力に負けない強い人。相手が誰であれ、言うべき事は言う。辞表を懐にしまいながら仕事をした。
等々、武勇伝も多いのです。
奥様である伯母はずっと『よく体が持つ。不思議。』と言っていましたが、遂に持ちませんでした。
原因不明の高熱が続き、緊急入院。病院の医師から普段の生活状況を聞かれ伯母がありのまま答えた所、全く信じてもらえず、完全に先生の想定外だったようです。明らかに積年の過労による発病でした。
結局2週間入院し無事退院出来ましたが、入院中も病室で電話・fax・メール・役所の方がいらして打ち合わせをしたりと、仕事から離れられなかったようです。
キヘイおじだけではなく、おじの周りにはおじと同じように死ぬほど日夜働いている役人が大勢いるそうです。
「命懸けで」とよく聞く台詞です。ちょっと前も、野田総理が「消費税を命懸けで」と叫んでいました。おじ達はそんな宣言を声高には決してしません。マスコミにどれだけ悪者扱いされようとも、突然お給料をカットされようとも、使命感を持ち、持てる能力の全てを駆使して日々黙々と働きます。
入院の為の書類作成の時、看護師さんに『ご家族は?』と聞かれキヘイおじは『息子が2人で妻は1人です』と返事。高熱でもおやじギャグ精神は健在はのです。伯母曰く、『そこだけは譲れないのよね〜』と呆れ気味。
類は友を呼び、キヘイ入院と知った友人から『ついに産まれた?男?女?』とお見舞いメールが。臨月程のドラえもん体型とは思えませんが、、、。
ちなみにそんな父親の姿を見て育った息子(私のイトコ25歳)も役人になりました。
その壮絶さを誰よりもわかっているはずなのに。尊敬出来る姿だったのでしょう。彼に先日久しぶりに会ったら『毎日死ぬかと思っている』と言っていました。既に凄まじい日々が始まっているようです。

先日も、中国大使に任命された直後の外務省の方が突然路上で倒れ亡くなられました。さぞお忙しく、お疲れだったのではと拝察します。
真剣に日本の将来を考え、非力かもしれませんが全力を尽くしている「役人」や「政治家」が私の身近にいます。そんな面を少しでも知って頂ければ幸と思います。
%%%%%転載終わり

文科省資料と前川氏の発言、熊本地震検証(2)

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:田の舗装されたあぜ道で危険な接近を目撃しました。この時期のカラスは縄張り根性丸出しです。そこにおっとり鴨が不用意にも接近しました。カラスが鴨を睨みつけています。どうやらバトルは避けられたようですが170604異常接近 )

(写真:この時期に当地から富士山が見えるのは大変珍しいのです。二回クリックで拡大)
170604富士2410


 海苔弁の おおもと消して 安心を あの財務省 PC総取替え

 海苔弁資料が出てくるということは、何時なんどき、本物が公になるかもと言う不安がつきまといます。安倍氏の心配を回避すべく(これぞ「安心」という)、財務省が省内の実務処理コンピュタ・システムのリプレース(replace)をするのだそうです。システムのヴァージョンアップは何処にでもありますが、この時期に行うことに強い違和感があります。行政の継続性と言う視点からしてもこれまでの文書がシステムの取替えに応じて完全にこの世から消失するとは思い難い。東大・京大出の”秀才”集団からなる財務省がそれほど愚かとは思えません。むしろ、これは安倍首相への脅しであると同時に財務省の存続に関わる取引の呈示なのだろうと思えます。つまり、安倍氏在任中はあの森友・加計(まさに「もり」と「かけ」、まるで蕎麦屋でありますが)関連文書は出前をしないと言うわけです。これによって財務官僚は現内閣官邸に「恩」を売ったのです。当然ながら、そこには財務省の省益はあっても、国民の財産を私利私欲に利用したという弾劾の視点は欠落しています。

(図:加計スキャンダル記事(1、文科省内メール痕跡、拡大は二回クリックで)
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(図:加計スキャンダル記事(2、前川前次官インタビュ、拡大は二回クリックで)
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前川氏のインタビュは、このスキャンダルの本質を更に一歩明るみに出しています。

%%%%%<加計学園>「獣医特区」 農水省、需要減指摘が、安倍氏の強引な加計学園への偏重に格別の根拠が無かったことを傍証しています。

 学校法人「加計(かけ)学園」が国家戦略特区で新設を計画する獣医学部を巡り、実は獣医師を所管する農林水産省が、特区の協議で獣医療の需要が低下する可能性を繰り返し指摘していた。実際、ペット数が急減しているとの統計もある。獣医学部特区の認定で獣医師の需給予測は十分に検討されたのか。
 農水省によると、獣医師資格保有者は全国約3万9000人で、内訳は(1)犬猫などのペット獣医約1万5200人(2)牛などの産業動物獣医約4300人(3)食肉検査などを行う公務員獣医約9500人。残りは製薬企業勤務や研究職など(2014年12月時点)。
 獣医業界の複数の関係者は「産業動物獣医や公務員獣医は多くの地域で不足しているが、ペット獣医は余り気味」と証言。全体として数は足りているとみる。一方、国が示した獣医師需給予測は農水省の07年推計のみで、獣医師の需給がトータルでどうかの結論は明確にしていない。国家戦略特区での獣医学部新設方針を固めたワーキンググループ(WG)の議事要旨によると、農水省は14年8月に獣医師需給見通しのデータを求められたが、新たな推計は出さなかった。だが15年1月のWGでは一転、上昇傾向にあった犬猫の数が08年をピークに減少に転じたとする社団法人「ペットフード協会」の調査結果を強調し、家畜や畜産農家戸数も減ると主張。16年9月にも慎重姿勢をにじませた。
%%%%%

 更に、もう一つ追加しておきます。加計・森友問題で尋常ではないのがNHK報道です。これについては上の動画でも前川氏が指摘していたとキャスタが語っています。
%%%%%加計文書スクープを揉み消したNHK…“忖度メディア”だらけの現場に何が起きているのか?
6/5(月) 6:00配信 週プレNews
文科省の前のトップである前川喜平氏の証言で、官邸が文科省に「加計(かけ)学園の獣医学部新設を認可せよ」と迫る内部文書が、本当に存在したことが明らかに。
だが、この「前川の乱」の裏では、大手マスコミによる“忖度合戦”が展開されていた! 前川叩きに走った読売新聞、加計文書スクープを揉み消したNHK…その時、現場の記者たちは? 彼らの証言を集めた。
* * *「官邸の最高レベルが言っている」「これは総理のご意向」
加計学園(岡山市)が愛媛県今治市に獣医学部を新設する計画をめぐり、文部科学省が内閣府とのやりとりを記録していたとされる8枚の「怪文書」(菅義偉官房長官談)の存在を、朝日新聞(以下、朝日)がすっぱ抜いたのは5月17日のことだった。
ところが、世間はほとんど気づいていないが、NHKはその前夜である16日の夜9時台のニュースで、朝日に先んじてこの文書の存在をひっそりと報じていた。NHK記者はこう歯ぎしりする。
「誰も気づかないはずです。だって、『文科省の大学設置審議会が、獣医学部の新設に難色を示した』というニュースの中に紛らわすような形で、8枚の文書の件にサラッと触れただけなんですから。つまり、本来1面トップ級のスクープをわざと弱めて、目立たないように報道したというわけです」
別のNHK関係者がこう証言する。
「実はNHKは“加計文書”どころか、その存在を証言した前川喜平(きへい)前文科事務次官のインタビューも収録済みだったんです。文書を手に入れた記者は、現役の文科官僚ら複数の内部告発者から情報を得つつ、前川氏にも接触、実名での告発を促していたと聞いています。
しかし、局の上層部から圧力がかかり、結局、独自のスクープとして流すことができないままになってしまった。また、5月16日という絶妙のタイミングで、秋篠宮眞子さま婚約のスクープを入手したため、加計学園関連ニュースは、さらに影が薄くなりました」
前出のNHK記者はこう続ける。
「籾井(もみい)勝人前会長時代から安倍政権への忖度(そんたく)報道が横行し、それは今年1月より上田良一新会長になってからも続いている。官邸の圧力にからっきし弱いNHKとしては、あの報道の仕方ができるギリギリの線だったんです。ウチの夜9時台のニュースに文書がちらっと映り込んでいたことを知った朝日が、慌てて翌日朝刊の最終版に『総理の意向』と大見出しを打ちました」
NHKは17日の夕方に朝日スクープの追っかけという形で、このニュースを報じている。
「でも、それっきり。17日夕方の放送後、局上層部から『前川氏に取材して得たものは、一切放送するな』とのお達しがあり、まったく報道できなくなった。独自映像として持っていた前川氏への単独インタビューもお蔵入りのままです」(前出・NHK記者)
★「忖度メディア」はNHKだけではない! 『週刊プレイボーイ』25号(6月5日発売)「政権『忖度メディア』の現場記者に今、何が起きてるのか!?」では、前川前次官の出会い系バー通いをスクープした読売新聞、さらにTBSとテレ朝の忖度にも迫る!
%%%%%
 報道といえば、読売新聞は死んだに等しいと題した郷原信郎弁護士さんの論説も一読に値します。

 今日の国会審議での安陪氏の見苦しいまでの答弁。まさに地位に「恋々」としているのが前川氏ではなく安陪氏ご本人であることがTV視聴者の前にさらけ出されてしまいました。誠に見苦しいといわねばなりません。大和男児らしく、ここは潔い「自栽」すなわち首相・政治家としての生命を自ら断つ決断の時であると思えます。そして後世に名前を残すべく自己の過ちを全て開陳するのであれば「名宰相」としてその名を残すこともできましょう。

++++++++++熊本地震を気象庁データベースから見る(2)
 大分県大野で進行中の地割れ現象はなにやら薄気味悪いですな。それが中央構造線を巡る地学過程の表現であるかもしれないからです。となると2016年4月に熊本県に大災害をもたらした一連の地震活動と「根を同じ」と考えられるからです。そこで、本ブログでは気象庁公開のデータベースを使って、昨年4月の熊本から大分にかけての地震活動を本ブログ管理人の目で見ようと言うわけです。言うまでもないことですが、気象庁自身が自らのデータベースを解析して詳細なレポートを出していますから、ここでは、異なる視点から眺めようというわけです。

 九州を斜めに横断する中央構造線を挟んで概ね南北の張力場に置かれているらしいことを前回書きました。それはNDC(非ダブルカップル)成分が負値であることに反映されています。尤もこのNDC値については種々論議が在るところではありますが。

 まずは前回結果についてもう少し詳しい考察を書いておきます。
 P波の解析(“P”と略記)とCMT解析(“C”と略記、P波を含む多くの地震波相解析)から得られる二つの震源位置計算結果の比較です。
 dir(E(x),N(y),U(z))=-0.16-0.98-0.13 (方向余弦)
 数値の意味は “P”の震源位置から見て、“C”の震源位置は西方向に0.16*17(2.7km)南方向に0.98*17(16.7km)、そして鉛直下方に0.13*17(2.2km)位置するということです。震源位置計算のが数km程度以下の精度であるのかどうかはここでは論議しないことにします。
 この位置が、発震機構図で与えられる二つの節面のどちらに乗るであろうか。それがわかれば、この地震の断層面が、実際の地表での断層観察をせずとも知ることが出来るということになります。
(図1: 2016年4月14日、21時Mw=6.2地震の発震機構図。P‘,T’は夫々圧縮方向軸、張力方向軸を示す。それ以外の記号は図2を参照)
170604fpsKuma無題


 ”C”による震源位置は、発震機構図ではC印で示されています。二つの面” a”,”b”のどちらに近いかと問われるならば、それは面”a”に近いことは明らかです。すなわちこの地震の断層面は”a”であろうと推定出来ます。この地震は発震機構図からは、逆断層成分を少し持つ、横ずれ断層ですが、面”a”
が断層面であると推定されるのであれば、「右横ずれ」であることが確定できます。これは、気象庁はじめ地震・地質学者の注意深い地表での破砕の観察などの地震調査と整合的です。
 
 上の手続きでは、発震機構図の上に”P”決定からみた”C”決定位置の幾何学的配置を発震機構図の上で重ね合わせています。この作業をルーチン的に判断が出来ないものだろうか?と考えて見ました。
 それは今後のルーチン的解析のための「手法」のCalibrate(適用性)しているようなものです。今般の熊本地震では偶々断層が地表に露出し、その余震分布も精度良く得られているので、断層面の特定が可能です。が、多くの地表下深部、あるいは海底下の地震ではそうした精度良い情報がいつでも得られるわけではありません。この場合にも図を作成せずとも考察できるような方法がありそうです。
(図2:図1の発震機構図と照合しながら見てください。P:”P”解析による震源位置、C:”C”解析による震源位置、a,b:二つの節面で図1の夫々に対応、X,Y,Z:図1のそれらに対応)
力系2426


 ベクトルPCが面a上にあるとすれば、それはベクトルPYと直交するので、二つのベクトルの内積は0(zero)に近い値を取るはずです。すなわち、面a,bのどちらが断層面の可能性を持つかを調べるに当って、その判定は「ベクトルPCとベクトルPX」、又は「ベクトルPCとベクトルPY」との内積を計算すれば可能ということになります。その内積がゼロに近ければ、それはPCと直交するということです。言い換えれば、直交しない方の面が断層面と推定できることになります。

 それを計算して見ます:
Pressure=0.957 0.260 -0.126,Tension=-0.234 0.953 0.191,Medium=0.169-0.153 0.974
 まずは圧力、張力、そしてMedium(中間主応力、図1,2でのZに対応)です。数値は東西軸を横軸、南北軸を縦軸、そして上下を鉛直軸に取った座標系で示しています。

 話をややこしくする意図は無いのですが、この表示には地震学での暗黙の約束事が絡んできており、これらの数値と、図1で掴み取る直感とは会わない事があります。
 例えば、P軸は数値と点の位置が整合的ですが、T軸は真逆になっています。図1では小さな正の東西成分と大きな負の南北成分であるべきが逆になっています。これは上に書いた約束事に発震機構図が縛られている、詳しくは書きませんが下半球投影によります。簡単な識別法は上下動成分が正値の場合には、こうした逆転が起きます。

 さて、以下はベクトルPY、およびPXの座標と夫々のベクトルとベクトルPCとの内積です。
Plane a= 0.512 0.858 0.046,s_prod=- 0.9286969 (図1,2 でのベクトルPXとの内積)
Plane b=-0.842 0.490 0.224,s_prod= - 0.3707269(同 ベクトルPYとの内積)
 上の議論から、内積値がゼロに近いと言うことは、それが直交すると言うことです。従って、この事例で言えば、
Plane a= 0.512 0.858 0.046,s_prod=- 0.9286969が この地震の断層面であろうと推断できます。これは、大方の調査とも整合します。
この算法で、機械的にどちらが断層面であるのかを決定できるやもしれません。しかし、私の関心は図2で示すDC(ダブルカプル)のどちらの力対がこの地震の源であったのか?言い換えればZ軸の回りに右回りであったのか、左回りであったのかそれに着目しています。そこで、次回、この回転軸の話を書きます。
(つづく)

竹中平蔵氏の阿り発言、熊本地震検証(1)

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:なんとかあの無礼千万の「テッペン・カケタカ」節(ぶし)を皆様にお届けし、私の悔しい思いを共有していただこうとビデオを構えたのですが、奴め今日は別の頭髪薄人を冷やかすべく他所に出張しているようです。聞こえてくるのは、鴨、雉、鶯、カラス、雀、よしきり、雲雀、蛙、その他です。と、言うわけで雑木林の向こうの日の出です。拡大は二回クリック)
170602朝日2401


水無月に 日の出喜ぶ 小鳥達 今日の平穏 願って唄えり

 面白い記事を見つけたので、その冒頭部分のみを抜粋紹介します:
%%%%%芸能人が政治的発言を自粛する風潮にAAAメンバーのSKY-HIが異議…「人前に立つ人こそ意見を言うべき」(リテラ)
2017.06.02 AAAメンバーが政治発言自粛を批判  リテラ
脳科学者の茂木健一郎による「権力者に批判の目を向けることのできない日本のお笑い芸人はオワコン」論争。
 この一連の論争については、最近新たな展開があった。オリエンタルラジオの中田敦彦が『ワイドナショー』(フジテレビ)で茂木を切り捨てたダウンタウン・松本人志をブログで暗に批判したことに関して吉本興業の社員が問題視。事務所側から中田に対し、松本に謝罪するよう指導が出て、それを中田が突っぱねていた件が明るみとなったばかりだ。これによって、松本の強権的な姿勢と、彼に対する事務所の陰湿な忖度体質が改めて浮き彫りとなり再度炎上しているが、「権力者に批判の目を向けることができない」という点では、お笑いだけでなく音楽も同じである。(以下省略)
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(図:6月1日付東京新聞「本音のコラム」より。拡大は二回クリック)
170602竹田2397


 竹田氏はこのコラムの木曜日担当の執筆者ですが、氏の経済分野での博学が、言葉・文章に直結していないがゆえにその説得性に欠ける嫌いがあります。「岩盤規制打破のための正々堂々たる議論では加計学園への特別の配慮はありえない」と、氏は書きます。諮問会議で安倍氏の言動を否定するような発言が飛び出すはずは無いと考え、それを確認せむと戦略特区諮問会議議事録を見ました。小泉・竹中政治が日本の貧困格差問題を増大させたとは、多くの評者の診立てです。その竹中氏が審議会で発言しています。噂に拠れば、「税逃れのため」、氏は日本国籍を捨て米国人であるとの真偽の定かでない情報を見たことがあります  。そうであるならば他国籍の人物が日本国の政策立案の根幹に居座っているとすれば、違和感は大です。そんな疑問がわきます。  
(図:上記審議会での竹中氏の発言抜粋、拡大は二回クリック)
170602戦略無題


「11月の会議で広域的な獣医学部の無い所で、作ろうと一点の曇りも無い議論をしてきた」、「今証拠として出ている文書は出所不明」「無いものを証明するのは悪魔の証明だ」なぞなぞと安陪・菅氏がこれまで繰り返してきた「言い逃れ」がそのまま竹中氏の口から出てくる。思わず苦笑いと言うところですな。
 それはさておき、あの鋭い切り口でなる検事出身の弁護士さん郷原氏がこの問題で鋭い指摘をされています。長いので、ここでは転載しませんが一読をお勧めします:郷原信郎氏ブログ 

 この戦略特区諮問会議議・議長たる安倍氏が前川前文科省事務次官の発言に対して読売新聞系ラディオで反論したとのことです。疑惑に対して、国会の場で反論せず、お気に入りの報道者に対しての実。物を言う。卑怯の極みですな。身内の報道局であれば「きつい質問は来ない」。つまりこれは「ヤラセ」です。やましいことが無いのであれば、国会の場で正々堂々と自らのなしたことを陳述する。これが国を真に思うトップに立つ人間のありようと私は考えます。

%%%%%安倍首相、ラジオ番組で前川氏発言に反論 2017年6月2日 1時0分 日テレNEWS24
 加計学園の獣医学部開設をめぐる問題で、安倍首相は1日夜、ニッポン放送の番組収録で、文科省の前川喜平・前事務次官の発言に反論した。安倍首相「前次官が私の意向かどうかということは確かめようと思えば確かめられるんですよね。次官であればですね、どうなんですかと、大臣と一緒に私のところに来ればいいじゃないですか。霞が関にしろ永田町にしろ『総理の意向ではないか』という言葉はね、飛び交うんですよ。最終的に3省の大臣が認めたんですね。そこには(前川)事務次官もいるんですよ。一体じゃあなんでそこで反対しなかったのか、不思議でしょうがないですね」安倍首相はさらに、「岩盤規制に穴を開けるための議論をした民間議員の皆さんは、まるで私の意向で決めたかのごとく言われるのは極めて失礼だと怒っている」と述べ、不快感をあらわにした。
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 それにしても、国会での野党の動きが見えてきません。共謀罪の参議院審議も始まってしまいました。共謀罪は「人を見たら泥棒・テロリスト」と思えとの猜疑心から、「尻の穴」どころか「胸の中」まで探るべく、会議、通信全てを覗き見することを正当化するものです。前回記事でも書きましたが、権力を持つ側が民に対して抱く疑心暗鬼はすさまじいのです。そのためにはハイテクを活用した可能な限りの手段を使います。その一端が下記です:
%%%%%監視技術、米が日本に供与 スノーデンCIA元職員が会見 に応じるCIAのエドワード・スノーデン元職員(共同)
 米国家安全保障局(NSA)による大規模な個人情報収集を告発し、ロシアに亡命中の米中央情報局(CIA)のエドワード・スノーデン元職員(33)が1日までにモスクワで共同通信と単独会見した。元職員は持ち出して暴露した文書は全て「本物」と強調し、NSAが極秘の情報監視システムを日本側に供与していたことを確認した。
 日本政府が個人のメールや通話などの大量監視を行える状態にあることを裏付ける証言。元職員は、参院で審議中の「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ組織犯罪処罰法改正案が、個人情報の大規模収集を公認することになると警鐘を鳴らした。(モスクワ共同)

(6月1日19時26分)
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 一方加計事件のような大政治スキャンダルについては、権力を使った暴挙、即ち“悉くの書類を廃棄したとの取り繕い”、”海苔弁資料”提出です。こんな馬鹿げた行為を”成熟した民主主義国”がするのでしょうか?東大・京大出が大多数を占める高級官僚は、こうした事態を心底是と思ってるのだろうか?そうではないと思いたいものです。なにはともあれ、民への秘匿は「公正・公平」を欠いた現今政治の重要な一環です。
 私は、野党たるもの「前川氏・昭恵夫人の国会証人喚問を求めて審議拒否」ぐらいの強硬な姿勢を取るべきと思っていました。しかし、そうでは無い。「自由党」をのぞく他の三野党には「ブ−メラン」、つまり返り討ちへの強い不安・危惧があるのだろうかなぞと勘ぐっています。
(図:2017年6月2日東京新聞一面記事より、拡大は二回クリック)
170602内閣補佐2404

 長くなりましたので、上記掲載の記事についての私が思うところは別の機会に書きます。 

+++++熊本地震を気象庁データベースから見る
大分県大野での地割れは収まる気配が無いとのことです。週刊誌がそれをフォローしています:
%%%%%大分県で発生した謎の「地割れ」は巨大地滑りの前兆か…
2017年06月02日 06時00分 週プレNEWS
 大分県豊後大野(ぶんごおおの)市の朝地町綿田(あさじまちわただ)地区で発生した謎の地割れは5月22日現在、81ヵ所に広がっている。20日に確認された地割れは20ヵ所にすぎなかった。わずか2日間で4倍に増えた計算だ。住民にすれば、今後の地割れ情報が気にかかるところだが、なぜか、市役所は23日以降はぷっつりと情報提供をやめてしまった。
一体、なぜ? 防災担当者がこうサジを投げる。「地割れがどんどん大きくなっている。そのため、数本の地割れがつながって1本になるケースも。つまり、地割れの被害は拡大しているのに、地割れの数そのものは少なくなっているんです。これでは地割れの数を市民に知らせても意味がないと考え、公表をやめることにしました」
確かに最も大きい地割れは長さ80m、幅3cm、深さ1.5mにもなっている。地割れの広がるスピードも毎時最大4mmと加速中だ。綿田地区の住民がこう悲鳴を上げる。
「昨日、市役所の人に道路の亀裂部分をアスファルトで埋めきれいに舗装し直してもらったのに、今朝起きてみると、また何本もの地割れが出現して舗装が粉々になってしまった。たった一日で道路が元の状態に戻ってしまうなんて、いったい綿田はどうなってしまうんじゃろうか?」
棚田に張っていた水もすっかり地割れに吸い込まれてしまった。地区の公民館に避難した農家の男性は不安を隠せない様子だった。
「亀裂が初めて見つかったのは16日のこと。それ以来、ずっと晴天が続いていたからよかったけど、雨が降るとどうなるかが心配です。地割れ部分に雨水が流れ込んだら、さらに地盤が緩みかねません。何か悪いことが起きるんじゃないかと、はらはらしています」
なぜ、地割れが起きているのか? 昨年の熊本地震でも各地に大きな地割れが出現した。ひょっとすると、巨大地震の前兆?
現地調査をした国立研究開発法人「土木研究所」のスタッフが言う。
「地震というより、地下深い場所で地滑りが起きていると考えられます。綿田地区の地中数十mにとても滑りやすい地層があって、それが移動した影響で地表に地割れが発生していると思われます」
このスタッフによると、地割れが発生している範囲は南北400m、東西300m。標高の高い北側から低い南側へと滑り落ちているという。
「北側は開口亀裂、南側には隆起が目立ちます。上(北)から下(南)へと地層が引っ張られている証拠です」隣接した地区では53年前の1964年にも巨大地滑りが発生している。住民のひとりがこうため息をつく。「この地域には『引地(ひきち)』と呼ばれる地名があるんです。その由来について深く考えたことはなかったけど、昔の人が『ここは土地が引っ張られ、地割れができる土地』ということを子孫に伝えたくてつけた地名なのかもしれませんね」
九州はそろそろ梅雨入りの時期。豪雨が地割れに流れ込めば、地滑りを起こし被害が拡大しかねないだけに、長期避難を強いられる住民の今後が気がかりだ。
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 なんといっても地割れを起こしている場所は地学的に大きな関心を集めています。四国から西に伸びる中央構造線の九州上陸地点に当ります。となるとこの中央構造線が関わっているのかとの不安があります。九州に上陸した中央構造線上で昨年4月に立て続けに大きな地震被害をもたらしました。そこで、熊本地震を調べるならば、大分の地割れ解釈について何がしかの手掛かりがあるやも知れないと思い立ちました。
 そこで、熊本地震の気象庁データベースを使った再吟味作業を始めました。まずは、P波から(計算で)決まる震源位置とCMT法で決まる震源位置の関係を調べます。これが有用となれば、以後の地震活動について「ルーチン」的に系統的な比較検討ができるはずです。
-->exec('C:\FR55G_B\SCI_lesson\seis_cmt.sce', -1) (意図した計算を行う計算プログラム)
 まずは、調べる地震の発生時(2016年4月14日21時頃)を挟むようにして、データべ−スの検索期間を設定します。
begin:yy mm dd hh mm=>[2016 4 14 15 0]
end:yy mm dd hh mm=>[2016 4 15 14 0]
 選ばれた地震について、まずは基本的な情報解析をします:
(16041421)Mw=6.2,mom= 2.1(18Nm),NDC(%)=-13.5
 モーメントテンソルの対角化とその固有値からまずはこの地震のモーメント(Nm、ニュートン・メータ)とMwを算出します。さらには非DC成分をも計算します。負の値をとっているということは、最大応力(張力)が最小応力(圧力)より大きかった。つまり張力が勝っていた地震と言うことになり、それはこの地震が九州中央部で南北に引っ張られて起きたとする解釈と整合します。

dir(E(x),N(y),U(z))=-0.16-0.98-0.13,D= 16.9(km),v= 2.4 (km/sec),o_ct= 7.0
 次はP波の観測所への到達時刻から算出される発震時・震源位置を、CMT手法で計算されるそれら諸量結果と比較します。
 まずは、二つの手法による震源位置が計算されているので、P波解析で算出される震源位置から見てCMTのそれが何処に位置するのか、つまり相対位置を計算したものが
dir(E(x),N(y),U(z))=-0.16-0.98-0.13
です。二つの震源間の距離を“1‘として(実際にはD= 16.9(km))、その東西、南北、上下方向への”方向余弦“を示したものです。言葉を変えれば、三次元座標系(x−東西、y−北南、z−上下)でのCMT 計算による震源位置の方位を示しています。

 さて、D= 16.9(km)と二つの震源位置間の距離が与えられ、夫々の震源位置での地震発生時刻の差が“o_ct= 7.0”とあたえられています。この差はP波で求まった震源位置を、この地震発生の最初の破壊地点であったと考えれば、破壊の伝播によって主要な破壊がD= 16.9(km)離れた地点でo_ct= 7.0秒後に起きたと考えられます。そこから震源破壊域の拡大速度を見積もることが出来ます。それが、v= 2.4 (km/sec)です。

 この議論が、説得的であるためには、CMT解で得た震源位置が、この地震の発震機構解から推定される断層面上にあらねばなりません。次回、それを検討します。
(つづく)

官僚の出世、神を「カミ」と音し、天は「アメ」と音する

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:明日から六月。梅雨の時期です。しかし、この月を水無月と言います。旧暦では、まさに梅雨を終えたまさに仲夏だからでしょう。このところ、朝早くに時鳥(ほととぎす)の「テッペンカケタカ、テッペンカケタカ」なる私には「あてつけまがしい」いやみな歌が聞こえます。藪の中から、「よしきり」の姿は見えねど大声の唄が響き渡っています(動画よしきりの斉唱 )。言うまでも無く、雲雀もいつものように頑張っています。


 時鳥(ほととぎす) 朝も早よから 大声で 私の頭上で てっぺんかけたか!

 余計なお世話なのでありますよ。当方、好きで毛髪が欠けたのでは無いんですよ。髪がフサフサのナイス・シルバで在りたかったんですよ。ったく!、嫌味な鳥であります。姿は可愛らしいんですがね。

板垣情報が「官僚一揆」を予言しています。果たしてそのとおりに事態は進行して欲しいものですが。どうなることやら、であります。
%%%%%「官僚一揆」
前川喜平前文科事務次官が嚆矢となり、「財務官僚」「厚生労働官僚」が、一斉に安倍晋三首相に対して
「官僚一揆」を起こす
2017年05月31日 板垣 英憲(いたがき えいけん)「マスコミに出ない政治経済の裏話」
◆〔特別情報1〕
「官僚一揆」前川喜平前文科事務次官が嚆矢(会戦の始まりを知らせる用具)となったのに続いて、「財務官僚」「厚生労働官僚」・・・が、間もなく一斉に「官僚一揆」を起こすという。安倍晋三首相に対して「叛旗」を翻して、「堪忍袋の緒を切らした官僚たち」による倒閣運動が霞が関から始まる。文科省で「奇兵隊」を組織していた前川喜平前文科事務次官が記者会見して「あるものを『ない』と言ったり、知っていることを『知らない』と言ったり、これ以上やるべきでない」と抗議の声を上げたことに感動する国民は、少なくない。貧困母子家庭や低所得者の子どもへのボランティア活動していた高潔の士・前川喜平前文科事務次官を個人攻撃して貶めた菅義偉官房長官の卑劣さは、「官僚一揆」を誘発していると断じてよい。

 いま前川喜平前文科事務次官が退官後に人知れずボランティア活動をしていた様子について触れられた「キッズドア渡辺由美子オフィシャルブログ」(すべての子どもたちに夢と希望を)5月27日投稿の「『あったものをなかったものにできない。』からもらった勇気」前川氏のボランティア が、多くの国民の共感を呼んでいる。
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 昨日、前川前文科省事務次官が報道からのインタビューに答えて以下を語っています:
(図:東京新聞5月31日付け)
前川コメント2394

和泉補佐官からの催促 
 二十年近くも昔の事です。上記記事に登場する和泉洋人氏と、ある会議でご一緒したことがあります。1995年・神戸大震災後の、建築基準法改定作業中の時期です。この作業は、米国が日本に対して、各種基準・規制に対して強い改変要請をしていた時期でもありました。いわゆる「日米構造協議」を背景としたものです。建築分野では、それまでの機能仕様から性能仕様への転換が求められており、和泉氏はその対応の中核にあったと聞きました。
 まさに建設省の「エース」の一人として局長のポストは約束されたも同然の人材であると、隣席に座っていた建設省(当時)課長が教えてくれた記憶がよみがえりました。大変な早口ながら、理路整然と語る姿に感嘆したものです。早口は仕方ないのです。限られた時間で事の要点を全て説得的に且つ論理的に語り尽さねばならないからです。同席した件の課長ですら、「和泉君の話は、聞いてすぐには分からない。後刻、反芻してそういうことだったのか」と理解できることが多いと言いつつ和泉氏の頭の回転の早さを語っていました。
 しかし、建設省では、和泉氏のような技官系官僚の栄達は事務官との関係もありスムーズではありません。それに加えて和泉氏は建設省の本流ではない「住宅局」ですから、事務次官への道はありえません。どうやら氏の才能を高く評価した、幹部達が内閣官房での働き場所を斡旋したのでしょう。

 出生は1953年とありますから前川氏の二歳下、つまりほぼ同時期に高級官僚への一歩を踏み出したというわけです。前川氏は省内の本流を歩いて栄達を極めた方ですから、お二人の会話には屈折するものもあったのだろうかなぞとゲスの勘繰りをした次第です。官僚と呼ばれる方々は他省庁の幹部の大学卒業年次、経歴にも大変精通しています。経歴やら入省席次やらが、省庁間にまたがる事案をネゴシエート( negotiation)するやり取りで勘案されるのです。
 それはさておき、数十年後、一方は文科省生え抜きとして自らの信条をおおっぴらに主張できる情況に身を置くことが出来ています(但し、身体の安全と言う視点からは今後とも緊張を強いられるに違いありません)。一方は、その置かれた立場からして、自らの信条とは全く相反するものであるならば、内心との乖離を見つめねばならないこともあるでしょう。安倍氏のような知性・教養が欠落した人物を支えるには余りにも惜しい人材であります。しかし、そうした人物が安倍氏を支えていると思えば、安倍氏の無内容な国会答弁にはそうした人材による支え・入れ知恵があると改めて実感した次第です。
 どうやら、ネットでの情報を概観すると安倍氏の首相としての命運は、ほぼ尽きているように思えます。とするならば、和泉氏のように「安倍氏の周囲」での生き様は今後の氏の生き方に負の影響を与えるのではなかろうか?もっと建設的な生き様があったのではなかろうかと自らを省みることになるのだろうか。他人様の事ながらそんなことに思いを致しました。

+++++常陸国風土記行方条
 訃報記事に記載されているように、岡田氏の日本列島古代史への視点は、説得力がありました。本ブログでも数回、岡田氏の大衆向け雑誌への寄稿を引用しました
(図:岡田英弘氏逝去を報ずる5月31日付東京新聞)
170531岡田英弘2395

(3月18日 岡田氏の寄稿(1) 3月16日岡田氏の寄稿(2) 記事など)
 日本列島古代史の学徒が、列島内に残された古文書のみにしがみ付くならば、どうしてもそこからは、過去の知識層のなした文言の解釈に戻るしかありません。岡田氏はそこから脱却を試みた方であると思っています。全く、面識はありませんが、図図しくも何時の日かお訪ねしたいと思っていました。心から氏の逝去をお悼み致します。

+++++地震と神社
 興味深い記事を見つけたので転載しておきます。三年ほど前の夏、当時、気仙沼で働いていた娘を訪ねた際、タクシで気仙沼の地震被災跡を回ってもらったことがありました(2015年3月30日記事 気仙沼滞在記 )。タクシの運転手さんは小野寺さんと言う方で(気仙沼ではよく知られた方で観光案内所で尋ねれば連絡を取ってくれます)、あの311大地震以後、この体験を日本中の人々の教訓として残して欲しいとの強い使命感に駆られ営業利益を度外視してボランタリで観光客を主要なサイトを案内してくれます。夫々の地で、その地にまつわる出来事、被災エピソード、教訓などを語ってくれます。小野寺さんの説明で記憶に残ったのが、神社の話でした。たしかに、神社分布は津波災害が大昔より起きたこの地では大きな役割りを果たしてきたことを示していました。
(図:気仙沼市の海辺に多く点在する神社群)
気仙沼神社2396


以下はそれと共通する話です:

%%%%%http://news.livedoor.com/article/detail/13119178/大津波は“古い神社に逃げろ” 学術論文が話題に 
2017年5月27日 5時58分
デイリー新潮
170531津波神社無題
写真拡大
〈スサノオを祀った神社は被災を免れている……〉
 近頃ネットを駆け巡るオカルト話。かと思えば、元を辿れば東京工業大学 社会理工学研究科のグループが土木学会に発表した論文。
「私達が学生時代、6年前の論文です。東日本大震災の支援活動を行っている際、被災を免れた鳥居(写真)が目に付いて研究しました」
 とは神戸高専の高田知紀准教授だ。論文では、宮城県沿岸部に鎮座する神社の内、スサノオを祀る神社、熊野系神社、八幡系神社のほとんどが津波を免れた一方で、アマテラスを祀る神社の大半が被災したことが確認されたというもの。皇室の祖先は御利益がない?
「そうじゃないんです。スサノオは斐伊川(ひいかわ)に住むヤマタノオロチを退治したと古事記にありますが、川の氾濫を例えた話といわれます。スサノオは水害など自然災害、震災を治める神だからこそ、そうした災いに遭わない場所に祀られたと考えられるのです」(同)
 理工系大学とは思えぬが、
「我々の教授は“地を這う哲学者”ですから」(同)
『生命と風景の哲学』などの著書もあり、東大文学部哲学科出身ながら、東工大の教授(3月に定年で退官)を務めた桑子敏雄氏である。
鳥居の手前で津波が止まった(神戸高専高田知紀研究室HPより)
「今ごろ話題に上がるのは、巨大な防波堤などハード面が整備されてきて、心構えなどのソフト的欲求が出てきたからかも」(桑子氏)
 神社と震災の研究はその後、和歌山、四国へと発展。
「南海トラフ地震などの津波災害リスクを、平安時代の延喜式に記載された神社に着目して分析しました。沿岸部の神社は高知では555社、徳島では308社が津波を回避しうる」(同)
 古社に逃げれば安全?
「いえ、地域の神社をよく見て欲しい。それが避難に繋がるヒントになればいいし、古来からの神社空間の維持に繋がります」(同)
 安全神話ならぬ、本物の神話に目を向けてみるか。
「週刊新潮」2017年5月25日号 掲載
%%%%%以上記事転載終わり

 長く「私の日本列島古代史」を休んでしまいました。常陸国風土記の丁寧な解読は、日本列島の宗教史の前段階の理解に導くと考えています。具体的事例が「神」です。「神」なる存在は大陸文化に精通していた藤原不比等は、その概念について熟知していたと思っています。しかし、「神」なる漢字に「カミ」なる訓(よみ)をあたえたところに藤原不比等の炯眼があったのです。そのことを真っ先に指摘したのが梅原猛氏です。それは列島に長く暮らした「アイヌ族」の新興「カムイ」です。水から新興宗教を確立する際、
東の扶桑国、西の倭国に浸透した「カムイ」を、その内実を変えて、すなわち換骨奪胎して「カム」を作り上げたのです。以後、これに類似する語に「神性」が付与されています。「亀」、「甕」、などなどです。しかし、その理解がいきわたるには相当の時間がかかったのでしょう。一体「神」なるものは「偉いのか?」それとも「得体の知れない存在なのか?」、「妖(あやかし)なのか?」などなどです。常陸国風土記に登場する「夜刀神」はさしず「妖」(あやかし)の存在であったことが風土記から読み取ることできます。
 その「夜刀神」の「妖」(あやかしさ)を考える前に、「天」についても考察を加えておきます。「神」を日本列島の既存の宗教体系を鑑みて「カミ」なる概念を持ち込み、さらには「天」なる崇高の場所をも「アマ」として取り込んで「天照大神』なる新興宗教を八世紀初頭に作り上げたのが藤原不比等であるからです。これが何と1300年後の現在にいわば「祟り」の如く日本の政治に負の様相で登場するのですから藤原不比等も泉下でビックリこいているのだろうと思っています。
日本列島古代史にあっては「国つ神」と「天つ神」の確執をへて、後者が優勢となった。彼らは「天孫族」と称されるようになったと、研究者は考えます(参考ウイキよりhttp://c23.biz/kX5k)。
しかし、以前書いたように「天」なる漢字を自らの出自を正当化するために用いたのが古く見積もっても、八世紀始め、実際には藤原不比等の死前後ではなかろうかと思っています。天孫族とは八世紀初頭に勃興したことにさせられた「新興宗教」に基づいて作られた族であることは間違いありません。その内実は、すでに書いてきたように「中津国」を支えてきた一族です。この一族は東の扶桑国と西の倭国(とその継承する一族)の狭間で長くその力関係の転換のために大陸政権と連携するやらの策謀を続けてきたのです。そして、その連携・協力の効あってついに八世紀初頭にどうやら力関係をかえるに至りました。そこで、民を屈服させるために必要としたのがこの新興宗教です。

 当然、こうした新しい神の「概念」あるいは神聖化された新興の支配者一族の威勢、呼称が地方に行き渡るには時間を要した筈です。とりわけ、八世紀初頭までは、日本列島でのゾロアスタ教の拠点であった行方郡、鹿島郡では、依然として、色々な信仰対象である神が存在していました。実際、常陸国風土記・鹿島郡の条に見るように、この新興宗教のご本尊名は全国津々浦々にまでは行き届いていなかったことを以前書きました。
その「神」認識の事情からは、ここ行方郡にあって住民の畏敬の対照であった「夜刀神』は、まさに「神」と称される存在であったのです。つまり「妖」(あやかし)の存在であったので巣。図1の,鯢佞靴拭嶌濆疆膺聖卩啓辧廚意味するところは、香島にも民の畏敬をあつめる神が居り、そこには神の座す場である「社」があると書きます。藤原不比等の宗教改変は充分にはいきわたっていない中でこの風土記は編纂されたことを思わせます。

(つづく)

公権力による素行調査、福井沖地震

(本ブログは月水金に更新されます。コメントはryuuzaki_i@yahoo.co.jp へ)
(写真:鎮守さんの参道に落ち葉が積もっています)
落ち葉2375


  初夏なのに 社(やしろ)の道に 枯葉舞い サクサクサクと 足元が鳴る

 まずは真偽不明な板垣情報です。
%%%%%三菱東京UFJ銀行の小山田隆頭取は在任1年、全銀協会長を2か月で退任、官房機密費と外交機密費が原因という(板垣 英憲)
板垣情報
2017年05月28日 板垣 英憲(いたがき えいけん)「マスコミに出ない政治経済の裏話」
◆〔特別情報1〕
 三菱UFJフィナンシャル・グループ傘下の三菱東京UFJ銀行は5月24日の臨時取締役会で頭取交代の人事を決めた。それによると、「小山田隆頭取は6月14日付で退任、後任に三毛兼承副頭取が昇格する」という。しかし、小山田隆頭取は1年でスピード退任となるのに、その理由がはっきりしてない。三菱UFJフィナンシャル・グループの平野信行CEO(最高経営責任者)は24日の会見で、「今年2月に小山田頭取本人から体調が思わしくないと伝えられた」「健康上の理由なのでやむを得ないと判断した」と説明しているけれど、真実味がなく「不可解交代」と言われている。国際金融の裏側に詳しい筋の話によると、「小山田頭取は、地球儀を俯瞰する空飛ぶ外交に憑りつかれた安倍晋三首相が、官房機密費と外交機密費を湯水の如く使いすぎたのが原因で、詰め腹を切らされた」という。一体、三菱東京UFJ銀行の頭取の責任とどういう関係があるのか?
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 板垣氏自身も安倍氏の頻繁な外遊と大手銀行頭取の首の挿げ替えの間にどのような筋書きがあるのか、二つが繋がらないと書いています。

 G7から帰国した安倍氏を待ち構えていたのは「特区」を利用した私利私欲三昧の意向強制への国民の厳しい視線であった筈でした。ところがであります。またもや日本海を挟んだ向こう側の「国王様」が飛翔体を打ち上げました。かくして帰国後の安倍氏のTVへの初登場は「国王様」への怒りの表明でした。さらには、前川前文科省事務次官による告発をフォローする朝のニュース番組に割り込む菅官房長官の記者発表でした。室井佑月さんならずとも、もう「ネタバレ」と言うしかありません。前川氏への下半身攻撃が効果を上げないとなると、「国王様」頼みと、私も勘ぐっています。何せ安倍氏の怒りの表明も上っ面に過ぎなかったことは、去る4月末の外遊と帰国後のゴルフ場直行で「バレバレ」なのです。
TBSニュース 
 (図:週刊現代の記事の一部)
170529現代798


 2003年、小泉首相(当時)にイラク侵攻加担を諌め、そのために外務省を辞めさせられた天木直人氏(当時在レバノン日本大使)がブログで以下を書いています:
%%%%%天皇陛下の言動まで監視している安倍政権の恐怖政治  天木直人
天木直人のブログ 
今日発売の週刊ポストと週刊現代の最新号(6月10日号)が、そろって特集記事を書いている。
前川前文科省事務次官の内部告発の動きを官邸は事前につかんでいて、秘密警察を使って前川潰しを徹底したと。週刊誌が書くまでもなく大手新聞もこれまで断片的にそう報じて来た。
そして、これから週刊誌は次々と今度の前川前次官の反乱に関する安倍・菅暴政コンビの情報操作と恐怖政治の実態を次々と書くだろう。
私も、そのようなメディアの公開情報で知ったのだが、前川前次官は筋金入りの反骨官僚だったようだ。小泉改革までも批判していたらしい。加計学園の獣医学部承認についても、ここまで行政が安倍首相に捻じ曲げられてはいけないと常日頃考えていのだ。たとえそれを公の場で口に出さずとも、官邸は危険視して目をつけていたに違いない。
 突然文科省の天下り問題が報道され、そして大騒ぎになって前川次官辞職にまで発展した時、私は、どこの省庁でも行われている天下りであるのに、なぜ財務省や経産省のそれがまったく問題にされずに、ここまで文科省だけが騒がれるのか。それは文科省が三流官庁であるからであり、財務相や経産省へ広がらないように一罰百戒の見せしめだと考え、その事をメルマガで書いた事があった。しかし、そうではなく、いまから思えば、あれは加計学園疑惑を批判する前川潰しだったというわけだ。安倍官邸は現役・OBの警察官僚を人事で掌握し、安倍政府に楯突く官僚を排除し、意のままに動く官僚たちだけを重用してやりたい放題して来たのだ。その安倍政権が共謀罪を強行採決し、その安倍政権が東京五輪まで続くのである。暴政ここに極まれり、である。
そして、その暴政は天皇陛下にまで及んでいる。私が書きたいのは、その事である。
週刊現代の最新号で、前川前次官の反乱を書いた特集記事とは別の小さな記事があった。
その記事は、天皇陛下が安倍首相の退位特例法に不満を持っている事をスクープした毎日新聞について書いている記事だ。そこにはこういうくだりがある。
「・・・報道を即否定した西村(宮内庁)次長は元警視総監。官邸では同じ警察官僚出身の杉田和博内閣官房副長官がにらみをきかせており、この二人が事実上、天皇の言動を監視する『お目付役』を、安倍総理から申し付けられてている・・・」
「安倍総理は陛下の積極的な言動を恐れており、その対応を西村・杉田両氏ら元警察官僚に命じ、情報管理の徹底を図っていますが、そうした措置が、ますます陛下のご不信を募らせる結果になっていると言えます」(宮内庁幹部のひとり)
なんと安倍・菅暴政コンビは天皇陛下まで容赦しないのである。まさしく国家権力のクーデターである(了)
%%%%%
 
参考:【ダイジェスト】前川喜平氏:官僚は政治に一方的に押し切られてはダメだ

 上で書いた天木氏の記事に加えて、こんな指摘もあります。
%%%%%身の危険を顧みず会見した前川喜平の勇気!
2017/05/29 12:34 半歩前へ
▼身の危険を顧みず会見した前川喜平の勇気!
けさのラジオで元新聞記者の大谷昭宏が、前文科事務次官の前川喜平の記者会見についてこんなことを言っていた。
「暗黒時代に入ったかと思った。どこでやってるか会見場所を一切言ってはいけない。会見が終わり、前川氏の身柄の安全が確保されるまで一切、報道してはいけないと。こんなことはメディアに関わってきて初めて。ここまで締め付けるのか、脅しが効いてるのか、と」
背筋が寒くなる話である。
 私たちが住む日本では、記者会見一つやるにも身の危険を感じなければできないのか? 気付かないうちに日本は恐ろしい国に変身した。裏を返せば前川喜平はそんな危険を冒してまで記者会見したのだ。安倍晋三のウソを白日の下にさらしたのだ。私たちに真実を伝えようとしたのである。彼の勇気ある行動を称えたい。私はひるまない。これからも書き続ける。みなさんも、どうか勇気を出して声を上げてもらいたい。民主主義を守ってもらいたい。政権ぐるみの不正隠しを糾弾してもらいたい。
%%%%%

 我が茨城三区選挙区から選出されている人物は警察官僚出身です。去る3月23日の籠池氏の国会証言での直後、籠池氏を何かの罪に陥れるべく策動した人物として知られています(3月24日記事国会証人 )。また、共謀罪の審議では意図的に「シドロモドロ」の答弁をする金田法相に耳元で しばしばなにやら助言をしていた人物でもあります。
 次回の総選挙でも、この人物が当選挙区から国会に出るということになると、日本国民に多大の迷惑をかけるということになります。何とかそれは防ぎたい、と思っています。
 てなことをブログでおおっぴらに書くことは控えたほうが良いのかなとも思えます。米国に倣って、日本国の警察・公安関係も個人のメールやらブログやらスキャンして、「危険用語」の検出をするシステムが稼動していると聞きます。いずれ、本ブログ管理人にもそうした探索の手が伸びてくるのでしょうか?私なんぞもPCの履歴を探ればポルノ画像閲覧の恥ずかしい過去が明るみに出ることでしょう。「それをバラスぞ!!」などの脅しで、本ブログの閉鎖已む無してなことになりかねないと危惧しています。まさにこれは現在参議院で審議が始まった共謀罪の筋書きでもあります。

 ところで、その共謀罪について国連人権理事会の報告者が大いなる懸念を表明しました。共謀罪に懸念を抱く側からは「我が意を得たりと」の共感が上がり、政府は露骨に不快感を表明しました。これについて北大の先生がある指摘をしています
%%%%%北大・鈴木一人教授「国連人権委員会を『国連』と略すな」
北海道大学公共政策大学院の鈴木一人教授(国際政治学、国際政治経済学、EU研究)が28日、自身のツイッターにて、 沖縄の反基地活動家の逮捕・拘留についての疑義を示したメディア各社の報道スタンスについて触れ、 「国連人権理事会の特別報告者の声明を『国連」と略すのは止めてください。国連の総意でも何でもありません」と述べ、波紋を呼んでいる。
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 5月26日記事(前回)でも書きましたが、国連の個別の理事会はえてして「ビューロ活動」が幅を利かすのです。言い換えると、偶々国連幹部に知り合いが居り、そこに話を通すと、「こうした報告」に結実することがあります。と、言うわけで結局は悪法成立を阻むには「外圧」に頼らず、民の力で抗うのが筋なのだと思っています。

+++++大分地割れと中央構造線
 5月22日記事で大分県大野地区で進行中と思われる地割れについて言及しました。気象庁の用意するデータベースを紐解いて2016年4月の熊本地震を調べなおすつもりであることを書きました。その前段として、気象庁のデータベースと多岐間のデータベースとの比較をいわば「calibration」として行ってみました。選んだ地震は2016年4月1日に三重県南西おきで発生した地震です。地震防災関係者が神経を尖らせている東南海地震想定発生域です。
 この地震については、ブログ記事が長くなることを避けるために会えて言及しませんでした。ところがであります。
 前回記事の末尾に、本年五月は、東日本でM>4.5の地震は起きていないと、図まで添えて書いてしまいました。その途端に福井県沖にM5の地震が起きました。私は、この地震は2016年4月1日に三重県沖で起きた地震と関連していると考えています(参考記事2011年4月29日東海地震
(図1:2011年ブログ記事掲載図の再掲。左側の赤線は濃尾地震断層線(1891年明治24年、M8)。この北端延長上に5月27日の地震が発生)
東海地震


 図1の赤線方位は下の図2で示される発震機構図の北西・南東の節面と走向が一致しています。その岩盤運動も左横ずれでこれも濃尾地震と同じです。そしてこの赤線の南東延長上の近くで2016年4月1日の三重県南東沖地震が起きたことになります。
(図2:Hinetより)
170527福井沖無題

 
 そこで、そのことについての気象庁、地震調査委員会の報告を以下に転載しておきます。

<<2016年4月1日・三重県南東沖地震についての地震調査機関の報告>>
 防災科学技術研究所が公開する「Hinet最近の大きな地震」コーナはこの地震の発震機構が「正断層」と速報し、私もそれをそのまま鵜呑みに信じ込み奇天烈な考察をしています。2016年4月1日 恥ずかしい考察

 サテ、現ブログ管理人に失敗談はともかく、地震調査委員会は下の記事に紹介するように、この地震が東東海地震と関連付けて研究徴する必要があると指摘し、以下を付け加えています:
”また、この日公表された分析結果で、4月16日の熊本地震の本震(M7・3)後、三重県沖の地震の震源近くで、微動地震が一時、活発化していたことも分かった。”

 地震調査委員会はフィリッピン海プレート運動と熊本地震との関連を否定していないようです。しかし、私が本ブログで々書くように、関連の物理学が欠落しているのです。従ってその「関連」は推量の域を出ることが出来ない。これが現今の「地震予知学」の実情です。
 それはさておき、この地震の情報を以下にまとめて整理しておきます: 
気象庁の見解 

%%%%%地震調査委員会
4月の三重県沖地震は「プレート境界地震だった」地震調査委 南海トラフ地震への懸念も 地震調査委員会 

 政府の地震調査委員会は13日、三重県の南東沖で4月1日に発生したマグニチュード(M)6・5の地震について、南海トラフ地震につながる可能性のある「プレート境界地震」との見解を明らかにした。
熊本地震の本震後、微動地震も活発化…
 地震は4月1日午前11時39分、三重県南東沖を震源として発生し、最大震度4の揺れを記録。被害はほぼなかったが、大阪で超高層ビルのエレベーターが一時停止するなどした。
 プレート境界地震は、海側のプレートと陸側のプレートが上下で接する境界で発生する。紀伊半島沖では、海側のフィリピン海プレートが、陸側のプレートにすべり込み、蓄積したひずみに耐えきれず、陸側のプレートが跳ね上がって南海トラフ地震が発生。その際、周辺の海水を大きく押し上げ、大きな津波が発生する仕組み。
 ただ、今回は、そこまでの蓄積はなく、局所的にとどまったとみている。
 気象庁は発生直後から、プレート境界地震と分析していた。だが、各機関のデータから、今回の震源の南側で発生した平成16(2004)年9月の「紀伊半島沖地震」と同様に、南海トラフ地震に直接つながらない「プレート内部地震」の可能性が指摘された。このため、調査委が分析を続けてきた。また、この日公表された分析結果で、4月16日の熊本地震の本震(M7・3)後、三重県沖の地震の震源近くで、微動地震が一時、活発化していたことも分かった。
熊本地震との同期

%%%%% NHK - 三重県沖の地震 「巨大地震との関連は精査が必要」(4/11) (※抜粋。太字は管理人)今月1日に和歌山県で震度4を観測した三重県沖の地震について、政府の地震調査委員会は、
  南海トラフの巨大地震の想定震源域で起きたとしたうえで、想定される巨大地震と同じように陸側と海側のプレート境界で起きたかどうかは現時点では判断できず、今後さらに精査が必要だとした。政府の地震調査委員会は11日、定例の会合を開き、今月1日に和歌山県で震度4を観測した三重県南東沖の地震について、南海トラフで想定される巨大地震との関連性の有無などを議論した。
会合では気象庁の担当者が、その後の詳しい解析の結果、地震の規模を示すマグニチュードは65、
震源の深さはおよそ10キロとみられ、南海トラフの巨大地震の想定震源域の中に当たることを報告した。また、大学や研究機関の担当者からは、地震のあとに発生した余震の回数は通常より少なく、
およそ10キロ北西へ離れた海域で起きていることや、地震の前後に奈良県や和歌山県の内陸や震源の南東側の海域で、いずれもプレート境界付近を震源とする「低周波地震」と呼ばれる体に感じない小さな地震が観測されたことなどが報告された。11日の会合では、観測された余震については、過去の知見がないため評価はできず、低周波地震については、過去にも観測されているものの4月1日の地震の前後に起きているため、今後検討が必要だとした。そのうえで、今回の地震が、南海トラフで想定される巨大地震と同じようにプレート境界で起きたかどうかについては異なる複数の見解が示されたため、今後、沖合の観測データをさらに精査するなどして、判断することになった。
記者会見した地震調査委員会の平田直委員長は「海で起きる地震は観測の精度が悪く、さらに精査する必要があるという結論に至った。ただ、南海トラフでは巨大地震がいつ起きても不思議ではなく、
今後、プレート境界でマグニチュード6を超える地震がたびたび起きるようなことがあれば、プレート境界の状態が変化していると解釈できるため注意深く監視を続ける必要がある」と述べた。
<<気象庁 - 気象庁「巨大地震との関連性は分からない」(04/01) (※抜粋)>>
1日昼前、三重県沖を震源とする地震があり、和歌山県で震度4の揺れを観測した。気象庁によると、今回の地震は震源の深さや地震のメカニズムから、陸側と海側のプレートの境界付近で起きたと見られ、南海トラフの巨大地震の想定震源域の中にあたる。周辺の南東側では、12年前の平成16年9月にマグニチュード7クラスの地震が2回発生したが、今回、地震が起きたのはそれよりもやや陸に近い、地震活動があまり活発ではない領域で、プレートの境界付近でマグニチュード6前後の規模の地震はあまり発生していない。これまでのところ、余震はあまり観測されていないとしている。
気象庁は今回の地震は、想定される巨大地震に比べて規模が小さく、関連性は分からないとしたうえで、今後、同じ規模の地震が相次ぐなど、地震活動が活発する兆候がないか注意が必要だとしてる。
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