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雪あがり 路上の水が 凍てついて まだら模様が 車すべらす

昨朝未明にどうやら雪はやんだようですが、その寒さは道を凍らせました。路上はぎっしりと八角形の雪状結晶で敷き詰められています。歩く私は恐る恐るでした。路上を走る車も低速です。しかし、通常を上回るスピードで走る車が滑っていました。幸い敷石の車止めで難を防いでいました。

 ある高校生が物理の問題を私に尋ねました。彼の質問は「この公式をどう使うのかわからない」と言うのです。私は「物理は数学と違う。物理学では公式と言われるものはすべて経験則である。数学の三角関数倍角公式とは違う。だからこそ、ニュウトン力学が量子力学に発展した」と彼に語ったのですが通じたかどうか。彼が言うには、学校での先生の授業は悲惨のようです。先生は、黒板に教科書に書いてあることを殆ど丸写しにし、一時間を終えるのだと言います。一二の家庭教師をつけていると思われる生徒を除き、殆どは授業の理解を諦めていると言います。生徒からの質問は皆無だそうです。この子は私立の進学校の生徒ですが、同じ事を公立高校の生徒からも聞きます。高校の授業では、実験は殆ど無く、自然現象の物理的理解も説明しない。当然自然現象の背後に潜む論理性、それが故の面白さを生徒に語らないのです。これでは、日本国から物理学でのノーベル賞受賞学者は今後は生まれにくかろうと悲観した次第です。

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前回、「仮説」の設定を書きました。そもそも、仮説は諸状況の整合的な説明が可能であるように設定されねばなりませんが、どうしてもその仮説を以ってしては説明又は解釈できないような事態に直面した際は、大胆にそれを撤回するか、又は修正をせねばなりません。それが真実への接近の過程です(「科学と仮説」ポアンカレ、岩波文庫)。
 さしあたり、私が設定した仮説は、大きな説明困難に直面していません。そこで、このまま話しを進めます。私は、1月14日の記事で、藤原広嗣の乱を理解するための鍵として次の五点を挙げました:
%%%%%以前の記事の引用
 この乱を私風に解釈してみたいと思います。この乱を理解する鍵は五つあります。
1. 乱の舞台は九州であること;
2. 広嗣は、唐から帰国したばかりの吉備真備と玄昉の処分を求めていること;
3. 官軍司令官・大野東人は、同地に停泊している新羅船の人員と機器の採用の許可を求めていること;
4. 藤原広嗣の生い立ちに曰くがありそうであること;
5. 乱の平定を知る前に、聖武天皇の彷徨がはじまっていること。
 %%%%%引用終わり
ここ数回は、上記の(4)に焦点を宛てて来ました。藤原広嗣の父方は、姓からも明らかなように藤原一族です。しかも広嗣は権勢を誇った藤原宇合(うまかい)の嫡子でもあります。一方、母方を見ると二つの説があります。一つは母が物部麻呂の娘であるとする説、もう一つは蘇我倉山田麻呂の娘であるとする説です。どちらも藤原一族に「恨み」を残していることを既に書きました。そして、父方の藤原一族は文字通り唐、現代風に言い換えれば「中国」の傀儡と言っても言いすぎでないほどの身の来し方でおおよそ百年に渡り出世を極めてきた一族です。もし、広嗣が母贔屓であったとするなら、なにかと不満が残る時世ではなかったろうか。
 どう言うものか、子というのは母方に付きますね。子は母から食を与えられ、母から衣を与えられ、母から庇護されていると刷り込まれてるのですね。そうであれば当然、母贔屓になるのは仕方ないことです。ライオンを初めとして、四足動物にあっては、父親は子が生まれたその初めだけは、子と子を産んだ雌(メス)を守らねばならないので、周辺をうろつきますが、やがてその存在を消してゆく。それが自然なのです。ところが、何故か、人(ヒト)だけは老いても雄(オス)は雌(メス)の近くにいる。不自然極まりないのです。雄(オス)たるもの一時も早く独りになり、どこかで人知れず朽ちねばいけないと思っています。それがy遺伝子を持たされた性の業(さが)です。
 
 それはさておき、藤原広嗣が、母の愛を他の三兄弟より多く享けたとするなら、その思考も母方贔屓になったのではないでしょうか。そのように思うと
「広嗣は、唐から帰国したばかりの吉備真備と玄昉の処分を求めていること」
に合点が行きます。667年に九州王朝が放逐された結果、唐・新羅によって日本列島西半分が支配されるにいたりました。2003年に始まる米国によるイラク侵攻に思いを致すまでも無く、他国への侵犯・占領は原住民からの強い反抗を招きます。七世紀半ばの九州北部にあっても事態は同様であったでしょう。しかも、その反抗は現代と違って長く続いたのだろうと思います。反「唐・新羅」の気運は一向に鎮まらない。そこに、新たに唐からなにやらの密命を帯びたと思しき二人の学者が帰国(もしかすると「来日」か?)し政府中枢に入り込んだのです。ただでさえ反占領軍の意識に下にある庶民には反抗意識を掻き立てられたでしょう。その気分に広嗣は巧みに乗っかったのではないでしょうか。
(続く)

+++++毎日新聞岸井記者の暴言
日曜朝、TBSのニュース番組を視ていました。エジプト問題、日ロ会談、菅首相の話題がひとしきり終えた後、恒例のごとく小沢問題が取り上げられました。司会者側(関口宏氏)から提示されたパネルには(ブログ作成者の記憶力減退のため、正確ではなく、その概要)三点ほど書かれています:、
(1)小沢氏は離党も辞職しないのは、影響力を保持するため;、
(2)無罪判決が出たときには民主党執行部に責任問題が跳ね返ってくるので、執行部は強気に出られない;
(3)小沢氏は「政治と金」については、すべて公開していると言っている(ソースは「自由報道協会」、
(仮)fpaj.exblog.jp による小沢氏のインタビュであるが、TBSはそのニュース源をTV視聴者に明示せず)。
と、書かれています。発言を求められた毎日新聞の岸井氏が、三点目に言及した際、突然ボルテージが上がりました。「小沢氏は、すべてを公開していると主張するが、絶対に隠している」、「そのことは、殆どの国会議員が知っていることだ」などと、口を極めて罵倒したのには驚きました。隣に座っていた左高信氏は、数年前、同じ番組で隣席の岸井氏を指して「あなたは小泉信奉者だから」と皮肉まじりに指摘した人です。その左高氏、昨日は、この小沢罵倒を無視して、「民主党のマニフェスト放棄」についてやんわりと批判し、岸井氏の罵倒を受け流していました。すると、浅井信雄氏(かってカイロ駐在新聞記者)が「政党の公約違反は驚くことではない」と、左高氏に反論していました。
 かって、岸井氏は「検察リーク」を否定して、「記者クラブで検察庁見解を語る担当者の顔の表情から裏を読んで記事にするのである」との「迷言」を吐いたことで一躍有名になりました。その御仁の証拠・論拠も無いこの暴言。岸井氏に下記を尋ねたいと思っています:
「(1)あなたはご自分の暴言の責任が取れるのですか(真実であるとの証拠を提示できるのか)?
(2)そこまで確かなら、何故それを記事にしないのですか?
(3)脛に傷持つ国会議員が他にもいると漏れ聞こえてきます。何故、その議員にもこうした批判の矢を射ないのですか?
(4)検察が二度にわたって不起訴としたことの意味をどう考えているのですか?
(5)言論と金の問題で、あなた自身が疑惑されています。あなたにはそれについての説明責任があると思います。お答えください。」

以下、前回に引き続き、浅井基文氏の考察の引用を続けます:
%%%%%引用続き
主要発言(強調は浅井)
(1)宮本見解(本書pp.8-12)
−社会主義国の核実験に対する態度の問題
 アメリカが核兵器を開発し、その後ソ連が開発した。その途上でソ連が、核兵器全廃の提案をした時期もあったがアメリカは受け入れなかった。そして、現状のような核競争が続いている。われわれは初期のあいだは、アメリカがその侵略政策のもとで、核兵器を背景に第一にはソ連、第二には中国にたいして封じ込め政策をやった。この段階では、社会主義国の核実験には賛成はしないが、よぎなくされたもの、防衛的なものという見方をしてきた。これには根拠があった。アメリカは核を背景にして、朝鮮やベトナムで侵略戦争をおこない、実際に核を使うという脅迫もやっていたからだ。
 しかし、この数年間重要な変化がおこった。社会主義国であるソ連と中国自体が互いに対立し合うようになった。…またソ連のチェコスロバキア侵略という、われわれが非難した事態、残念ながら社会主義国の大義に反した侵略行動がおこっている。このように中ソの国際政治における立場には変化が生じている。
 そういう段階で初期のように、中ソの行動がすべて無条件に防衛的なものだとか、よぎなくされたものだとは、簡単にいえなくなってきている。全体としては、この十年来、社会主義国−中ソなどの核実験にたいしても、とくに賛成という態度はとってこなかった。今日は、はっきりこれらすべての核保有国にたいし、核開発競争の悪循環からぬけでるべきであると率直に求める、同時に、根本的には核兵器の全面禁止を求めるという態度である。…
 だが、そうだからといって中ソとアメリカが国際政策全体で同じようになったという見方は決してしていない。ベトナムへのアメリカの侵略戦争にさいし、中ソ両国がはっきり侵略反対の立場をとったということは、他にいろいろ問題はあるにしても明白である。
−社会主義国の核実験は防衛的というかつての見方は誤っていたのか、との問いにたいして
誤っていなかった。しかし、社会主義国同士が国境で武力衝突をしたり、他国を侵略するということは、社会主義本来のあり方からはずれている…。
(2)不破報告 (本書pp.25-29)
−核保有5カ国への党中央委書簡の意義
第一、核戦争の危険の根絶のためにも、核実験や核兵器の開発競争に終止符をうつためにも、これを根本的に解決する道が核保有5カ国による核兵器全面禁止協定の締結にあるということをあらためてあきらかにしたこと
第二、原水爆禁止運動、平和運動にとっても、運動の原点が核兵器全面禁止協定の締結という核兵器禁止の根本課題にあることをあきらかにし、いわばここに運動をすえなおすという点でも、重要な意義
第三、中ソをふくむ核兵器開発競争の悪循環にたいし、わが党が国際情勢の変化に即して明確な批判的態度を提起したこと
 「中ソの核開発をめぐる状況を全面的に分析した結果、従来のように中国やソ連の核実験を、アメリカ帝国主義との関係での防衛的措置だとは無条件に評価できない事態になっている。それにどのような「根拠」づけをおこなうにせよ、今日の具体的な国際関係のもとでは、中国やソ連の核実験も、全体としては、アメリカを起動力とする際限のない核兵器開発競争の悪循環の一部とならざるをえないものとなっている。」
「一部には、中ソの核にたいするわが党のこうした現実的な評価をとらえて、共産党が核問題でこれまでの理論的見地を修正したといった議論をしているのもいますが、これはまったくの誤りです。われわれが、核の問題にかんしては侵略と被侵略の区別はないとして、すべてを同列視したり、核兵器そのものが人類と平和の敵だとして、アメリカ帝国主義が核戦争の危険の元凶であり核兵器開発競争の起動力であることを見失い、これを免罪するような態度をとらないことは、われわれの変わらない一貫した見地であります。中ソの核にたいする今日の評価も、そういう明確な科学的見地にたちながら、この中国やソ連の社会主義核保有国の現在の国際情勢のもとでの役割や態度を具体的に分析し、現情勢のもとでの現実的な評価を明確にしたということであって、これは、われわれが理論的に「いかなる国の核実験にも反対」などのスローガンに表現される侵略、被侵略の同列視論に移行したなどということとは全然共通点のない問題であります。」
%%%%%引用は次回に続きます。
 どうですか! 本音がチラと見えつつあります。