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<title>法螺と戯言</title>
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<description>ためになるブログ、面白いブログ、自己顕示のないブログ
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<title>標準偏差と存在確率（Higgs Boson)</title>
<link>http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/51773661.html</link>
<description>（PCおよび管理人が健常であるかぎり本ブログは月水金に更新されます。）

　廃墟かと　見紛う四つの　建屋見る　事故の鎮静　事実の隠蔽

　 2月20日に東京電力が二回目の福島第一原子力発電所の現状を報道関係者に公開したそうです。この惨状といまだに減らぬ放射線量...</description>
<dc:creator>oibore_oobora</dc:creator>
<dc:date>2012-02-22T22:00:56+09:00</dc:date>
<dc:subject></dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[（PCおよび管理人が健常であるかぎり本ブログは月水金に更新されます。）<br>
<br>
　廃墟かと　見紛う四つの　建屋見る　事故の鎮静　事実の隠蔽<br>
<br>
　 2月20日に東京電力が二回目の福島第一原子力発電所の現状を報道関係者に公開したそうです。この惨状といまだに減らぬ放射線量と放射に塗れて散在する大量瓦礫に妨げられ使用済み燃料棒除去作業も捗らない。どうしてこれが冷温停止「状態」つまり鎮静しつつあると言う状態なのか？<br>
<br>
「ついに始まった「放射能は怖くない」!?横浜市で放射線授業始まる　親ら不安の声、教員にも戸惑い (原発の嘘)」<br>
　と、題された記事が下記のブログで紹介されています。横浜市当局の誠に酷い決定、市民の健康と安全を、行政は守らないと宣言しているのです。<br>
http://blog.livedoor.jp/ryoma307/archives/5862291.html<br>
この記事が、とあるインタネット掲示板で紹介された際、一つの感銘を与えるコメントが付されましたのでそれをここに転載します。<br>
％％％％％井戸川双葉町長の証言<br>
http://www.asyura2.com/12/genpatu20/msg/864.html#c8　<br>
08. 2012年2月12日 08:47:17 : zpdwxgZS1c <br>
井戸川克隆双葉町長の証言。急性被曝症状が出ているにも関わらず、国は検査さえしないのでしょうか？<br>
＞烏賀陽さんからの福島県双葉町の井戸川町長の話<br>
１２日「ズン」という鈍い音がした。「ああ、とうとう起きてしまった」と町長は思った。数分して、断熱材（グラスファイバー）のような破片がぼたん雪のように降ってきた。「大きなものはこれぐらいあった」と町長は親指と人差し指でマルをつくった。<br>
双葉厚生病院は福島第1原発から２キロしか離れていない。雪のように断熱材（？）の破片が降るのを、３００人くらいの町職員や医師、看護師らが呆然と見つめた。町長は「これでもう終わった」と思った。福島第1原発から断熱材（？）が雪のように降り注ぐ光景を、町長は「それはそれは不思議な光景だった」と振り返る。「そういう映画にでも出てきそうな光景だった」。なすすべもなく、服についた「チリ」を手で払い落とすしかなかった。そうした「福島第1原発からのチリ」を浴びた町長に「それは危険なものだという認識はあったのですか」と問うと「今でも『もう終わった』と思っている」と応えた。「それはどういう意味ですか」と問い返すと「鼻血がとまらない」と言った。「ずっと鼻血がとまらない。鼻をかむと今でも血が出る。たらたら垂れることもある。もう乾燥しているんだかなんだかわからない」「胸から下、すね毛まで毛が抜けてつるつるになった」「銭湯で隣に座ったじいさんが『おい、女みたいにすべすべになっているぞ』というので気づいた」「陰毛だけは大丈夫だった」「体毛がないと肌着がくっついて気持ちが悪い」）３月１１日直後から東電の職員は２人が町役場に来ていた。ふだんから担当している広報課の職員だ。しかしメルトダウンや水素爆発の情報は何も教えてくれなかった。今から思うと顔面蒼白で、知っていたのかもしれない。<br>
http://togetter.com/li/256190　<br>
％％％％％証言転載終わり<br>
　上で引用されている烏賀陽（うがや）氏（元朝日新聞記者）と上杉隆氏（自由報道協会）が「報道災害」（幻冬舎、2011年7月）を共同で著わしています。大手報道機関が政府・東電の意向を忖度して酷い真実を書かない、報じてこなかったことを書いています。それどころか、大手報道機関の記者にはジャーナリストとしての問題意識が問われねばならないような実態が書かれています。東電、或いは官邸での会見で、ともかく本質的な質問を一切してこなかったと書いています。なんとかという医学部出身のお笑いコンビによる質問が当を得ており鋭かったそうです。原発震災の真実、酷さを真正面から国民に知らせる、これこそ、ｼﾞｬｰﾅﾘｽﾄと思います。<br>
<br>
＋＋＋＋＋ヒッグス粒子検出と統計<br>
　私は2011年12月16日の記事で、<br>
http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/51759609.html<br>
CERNが12月13日のプレスコンファレンスでヒッグス粒子発見確度が98.5％であると報じた事を書きました。大分旧聞になりますが、そのことを報じたnature記事「2011年12月15日号、301頁」の一部を紹介します。<br>
<br>
 <a href="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/3/b/3bdd6109.jpg" title="higgsnature8" target="_blank"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/3/b/3bdd6109-s.jpg" width="500" height="613" border="0" alt="higgsnature8" hspace="5" class="pict"  /></a><br /><br>
<br>
　この記事には「検出器（複数形）がヒッグス・ボソンに辿り着いたようだ」との見出しで始まります。検出器が複数形であるのは、この粒子検出を二つの独立した機械（ATLAS,CMS）で別々の研究グループが行っているからです。「home」という単語に、「いろいろあったがどうやら落ち着くべきところに落ち着いた」との感慨がこめられているようです。この記事とほぼ同一の内容を、2012年の「科学」(岩波書店)2月号でパリ大学の田中氏が寄稿しています。<br>
<br>
　さて上の記事の右コラム最下から五行にこんなことが書いてあります：<br>
　「ＡＴＬＡＳの結果は標準偏差が高々３．６の統計水準で125－126Ｇｅｖヒッグス発見と整合しており、ＣＭＳは高々２．６の標準偏差で124Ｃｅｖと整合している。」と、あります。この記事は右上に移り（上に添付した記事の外）以下のように続きます。「素粒子物理学では、標準偏差5の統計的有意が粒子の存在の証明になり、それが３は存在するかもしれないと言う程度の確かさである」と。そんなわけで、ＡＴＬＡＳもＣＭＳも存在を証明したことにはなっていないというのです。ここで、Ｇｅｖは陽子と陽子が衝突する際のエネルギです（1.602x10(-19乗)ジュール）。<br>
　恥ずかしながら、私はこの文章（月刊誌「科学」の田中博士の説明も）の意味が良く分かりませんでした。標準偏差とは<br>
<img src="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/1/8/189f899a.jpg" width="158" height="55" border="0" alt="hensa" hspace="5" class="pict"  /><br /><br>
 で与えられます。標準偏差が大と言うことは、観測されるエネルギのばらつきが大きいのかなと理解したわけです。しかし、もしそうであるなら、標準偏差が大きいほど、ﾈﾙｷﾞ（質量）が確と定まらないわけですから、ヒッグス粒子の存在確度が高いと言うことと整合しません。<br>
<br>
　その解答を月刊科学誌「ニュ＾トン」（2012年2月号）が与えてくれました。<br>
 <a href="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/0/0/00e325bc.jpg" title="Higgs8" target="_blank"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/0/0/00e325bc-s.jpg" width="500" height="430" border="0" alt="Higgs8" hspace="5" class="pict"  /></a><br /><br>
　上の図は、実験の際の衝突エネルギと、夫々のエネルギでの光子放出件数の関係を示しています。図中の右下がりの直線に沿ってエネルギが下がるとともに、光子の放出件数も減少することが理論的に予測されているようです。さて、このグラフを見ると126Ｇｅｖあたりで、光子の量が若干増えています。これが、ヒッグス粒子の瞬間的な生成によると研究者たちは判断しています。<br>
<br>
　と言うことは、通常考えられる光子放出件数とｴﾈﾙｷﾞの関係は<br>
　（光子放出件数）＝A*( 衝突エネルギ）＋B<br>
であるはずというわけです。従って、計測される光子検出件数がこの右下がり直線に素直に従っていれば、研究者の予測どおり、言い換えれば、nothing new というわけです。予測どおりか否かは、予測と観測の件数の差の二乗を加えたもの、つまり標準偏差で判断するということになります。<br>
　この標準偏差、言い換えれば「ずれ」が大きいほど、観測された件数ーエネルギ関係は予測から外れている。つまり、それは異常な光子放出現象があったからだと判断するのです。それこそがヒッグス粒子生成によるのだという理屈です。ここで用いる手法は「適合度検定」というものです。言い換えれば、どれだけ通常現象と適合していないか（「はずれている」のか？）を調べていることになります。これはｶｲ二乗検定とも呼ばれます。<br>
<br>
　そこで、この「ずれ」がどれだけの頻度で起きているのか？それを「科学」誌が書いています。それによれば、これまでに300兆回の陽子ー陽子衝突を行わせ、そのうちで10万回はヒッグス粒子が生成されたはずと言います。つまり10億回の衝突で一個のヒッグス粒子が生成される勘定です。しかし、その10億回の生成のうちわずか500回のみが光子の放出されるのだと言います。実際、上のグラフでの光子の異常といわれる射出もずいぶんとわずかです。だからこそ、標準偏差が5に達するくらいの「はずれ具合」があってこそ存在確認となるというわけです。<br>
<br>
<br>

<img src="http://counter2.blog.livedoor.com/c?ro=1&act=rss&output=no&id=2976977&name=oibore_oobora&pid=51773661" width="1" height="1" />
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<item rdf:about="http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/51772800.html">
<title>週刊ポスト誌1月27日号「ピラミッドの嘘」について</title>
<link>http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/51772800.html</link>
<description>（PCおよび管理人が健常であるかぎり本ブログは月水金に更新されます。）

　わが国も　ここまで変化と　驚いた　若い男々　お手々をつなぐ

先日、上野駅で妙にぴったり寄り添う男の二人連れを見ました。彼らを追い越して、振り返るとその二人、ひっそりと手を握り合っ...</description>
<dc:creator>oibore_oobora</dc:creator>
<dc:date>2012-02-20T22:00:03+09:00</dc:date>
<dc:subject></dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[（PCおよび管理人が健常であるかぎり本ブログは月水金に更新されます。）<br>
<br>
　わが国も　ここまで変化と　驚いた　若い男々　お手々をつなぐ<br>
<br>
先日、上野駅で妙にぴったり寄り添う男の二人連れを見ました。彼らを追い越して、振り返るとその二人、ひっそりと手を握り合っていたのです。そういえば、今から四半世紀ほど昔、第三次中東戦争停戦からそれほど経過していない時期に、初めてエジプトに仕事で出張しました。砂漠の岩陰で用を足そうと走り出すと同行のエヒプト人スタッフが「行くな、どこに地雷が埋まってるか分からないから。先日も同僚が重傷を負った」と厳しい注意を受けるという時代でした。カイロ市街で、軍服を着た若い兵士が手をつないで歩いてるのを見たのは衝撃でした。一組二組なんてものではありませんでした。後日、動物生態学を専門とする竹内久美子さんの著作を読み納得しました。「戦乱時は、オスがメス化する」というわけです。今日の日本は、非正規勤労者が増加し、若い世代には辛い時代です。<br>
<br>
＋＋＋＋＋ピラミッドの謎<br>
週刊ポスト2012年1月27日号が、「ピラミッドの嘘」と題する特集記事をグラビア頁で掲載しています。そこに下のような図がありました。気になったので検証してみました。<br>
 <a href="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/f/8/f8bd8259.jpg" title="DSC05600" target="_blank"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/f/8/f8bd8259-s.jpg" width="500" height="332" border="0" alt="DSC05600" hspace="5" class="pict"  /></a><br /><br>
上の図にある中国西安の泥のピラミッドについては、ウイキペディアで見ることができます。<br>
　<img src="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/8/a/8a613e07.jpg" width="297" height="167" border="0" alt="chinese_pyramid" hspace="5" class="pict"  /><br /> <br>
　これらの5つの地点は地球上つまり球面上にあります。その球面を平面に展開するならば、その上でこれら三点を結ぶ線が直線状になるとは限りません。そこで、先ずはエジプトのギザの周辺に他の4点がどのように配列されているかを調べてみます。それには、本ブログで高・蘇我聖方位算出で用いてきた球面三角法を用います。<br>
先ずは、エジプトのギザとペルのマチュピチュの位置関係を球面三角法で算出します。<br>
lon(d=200 stop,m,s) lat(...) of epi=>[31 8 3.69 29 58 45.03]　Gizaの緯度経度<br>
lon(d=200,next,m,s) lat(...)of sta=>[-72 32 44 -13 9 47] Peru, Machupicchuの緯度経度<br>
これを用いると<br>
(１)d=12037.8961(km),a=265.0353,b= 62.4048<br>
との計算結果を得ます。これは、ギザとマチュピチュを結ぶ大円を計算しています。三つの数字は左から距離(km、大円に沿った距離)、ギザーマチュピチュを結ぶ大円が経線とギザで成す角度（ギザから見たマチュピッチュの方位、azimuthal angle）、そしてマチュピチュから見たギザの方位(大円が経線とマチュピッチュでなす角度)です。　265度はほぼ270度に近い角度です。ギザからマチュピチュに向けて地球表面上で最短距離を取るように第一歩を踏み出す際、ほぼ真西に向えば良いと言うことになります（飛行機の国際線は概ね大円コースに沿って飛行します）。<br>
　そこで、同様をギザとイースタ島の関係について計算して見ます。<br>
lon(d=200,next,m,s) lat(...)of sta=>[-109 19 20.79 -27 4 28.06] Moa’s statue,Easter<br>
(２) d=16157.7867(km),a=264.8443,b= 75.6677<br>
　ギザから見ると、イースター島の方位は264.8度つまり、それはマチュピチュの方位とほぼ同じになります。つまり、週刊ポスト誌が掲載した図はほぼ正しいことがわかります。ギザのピラミッドはBC3000年前後、マチュピッチュの階段状都市遺跡は多分13－1５世紀、そしてモアイ像の遺跡もそれほど古いと推定されていません。従って、これら三つの古代遺跡は同時代ではないので、この三つの遺跡を巨石と言うキーワードで結びつけるのは、いささか荒唐無稽の感があります。しかし、そもそも、それらは、太古の昔に居住した一族の跡を、数千年後に異なる部族が襲ったとすれば、こうした位置関係は説明が可能であるとも言えます。<br>
<br>
　とは言え、エジプとから海を渡って「大円」コースを、人間がどのように辿ったのか？その手法が全く想像できません。マチュピッチュへの、あるいはイースタ島への最短距離をどのように探り当てたのか？よしんばその技術があったとしても、いかなる動機でかくも遠く隔たった二地点間の最短距離を知らねばならなかったのか？地球上には、人類が残した数々の遺跡があります。その内の適当な3つを選んでくると偶々（たまたま）それらが同一の大円に乗ってくる事はありえます。ギザ＝＞マチュピチュ＝＞モアイ像はそうして偶々選ばれた三点なのではなかろうかと、今のところは考えています。理由は、技術および理由がわからないからです。<br>
<br>
 序でですから、一つ荒唐無稽な妄想を書き加えておきます。それは、この三点が太古の昔、赤道上にあったというものです。言葉を変えると、当時の地球の回転軸が現在の北極ではなく<br>
lat=59.5676Ｎ,lon=１40.6821Ｗ (アラスカのアンカレッジ東方500キロあたり）にあったとすると、ギザ、マチュピッチュ、モアイ像はそうした回転軸の基では赤道に相当する大円を形成します。そしてその回転軸を天空に延長した方向に何がしかの星があれば、それは地球にいる人類からは不動の星となります。その星を赤道から深夜眺めると何時も地平線上の固定点で眺められるのです。つまりこの星を地平線上に眺めることのできる場所は、ギザ、マチュピチュ、モアイ像に限らず、同一大円上にあるのです。私にはそれを満足する恒星があるのか無いのか分かりません。そもそも現生人類の時代以降で地球の回転軸がかくも大きく傾いた時期があったのかどうかも定かでありません。というわけでこれは妄想の類というべきでしょう。<br>
<br>
　次に、ギザ＝＞テオチワカンです。<br>
lon(d=200,next,m,s) lat(...)of sta=>[-98 50 37.68 19 41 33] Mexico、Teotihuacan<br>
計算結果は<br>
(2) d=12324.1804(km),a=309.4726,b= 45.25<br>
となり、メキシコ遺跡は、ギザから309度の方位となります。一方、中国の西安は<br>
lon(d=200,next,m,s) lat(...)of sta=>[108 34 11 34 20 17] Si’an<br>
(3) d=7123.1888(km),a=63.6701,b= 289.9154<br>
となります。二つの方位の和、又は差が180度になれば、メキシコ＝＞ギザ＝＞西安は一つの大円上に位置することになります。従って週刊ポスト誌の図は誤りです。　<br>
　この計算をしていて、フト気になったのがシルクロードです。上にも書きましたが、地球上の二点間の最短距離は大円コースです。ペルシャから西安を結ぶシルクロードはほぼ大円コースなのではなかろうかと思い、二つを比べて見ました。私の予想は概ね正しかったのです。<br>
　そうなると、再度、どうやって中国からペルシャへ行くに当たって大円コースを見つけたのだろうか？謎です。<br>
<a href="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/d/6/d6a6c2f0.jpg" title="800px-Silk_route" target="_blank"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/d/6/d6a6c2f0-s.jpg" width="500" height="326" border="0" alt="800px-Silk_route" hspace="5" class="pict"  /></a><br /><br>
上の図は、シルクロードです。<br>
 <br>
　下の図は　エジプト中国をむすぶ大円コースです、ほぼ同じであることがわかります。<br>
<a href="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/4/4/4416f15e.jpg" title="DSC05611" target="_blank"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/4/4/4416f15e-s.jpg" width="500" height="425" border="0" alt="DSC05611" hspace="5" class="pict"  /></a><br /><br>
　そして、陸続きであれば、大円コースをたどる事で、より早く目的地に到達できるわけですから動機は明瞭です。問題は、このコースをどうやって探し当てたのかが良くわかりません。旅を繰り返す中で最短経路を見つけたと考えるのが妥当でしょう。実は、メキシコ＝＞エジプト＝＞中国についても、太古の昔、この三点が同一緯度上（赤道ではない）にあったと仮定してそのときの地球の回転軸の方向を計算することができます。妄想に近いのでこれについては書き加えません。<br>
<br>
　せっかくメキシコ古代ピラミッドの話になったので、一言「マヤ暦」つまり本年12月23日の地球終末論にも触れておきたいところですが、2008年5月17日付けブログ記事で若干書きました。以下、その部分のみを再掲します：<br>
％％％％％過去記事の再掲（「大いなる秘密」David Icke著の批判の一部抜粋）<br>
(前略)　フォトンベルトもその一つ。よしんば、そうしたベルトがあったとしてもその壁が宇宙空間に突然ありよう筈はなく、当然例えばガウス分布型の厚みがあるべきだろう。つまりいきなりそのベルトに我が地球が突入するはずはなく、じわじわと地球が浴びるフォトン（光なのか電子なのか定かでないが）濃度が増すはずである。つまり、いきなり2012年12月12日のカタストロフィにはなりえないのである。地球磁場逆転の議論もお粗末極まりない。しかし、ベンジャミンフルフォド氏の議論の立て方同様「。。。はありえる」「。。。は理論的には可能だ」の類の立証不能な諸々が書き並べられているのだろう事は想像できる。（後略）<br>
％％％％％過去記事再掲終わり<br>
<br>

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<item rdf:about="http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/51772599.html">
<title>「「地震は兵器だ！】(科学、岩波書店、2012年2月号)(2)</title>
<link>http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/51772599.html</link>
<description>（PCおよび管理人が健常であるかぎり本ブログは月水金に更新されます。コメントは
Mytube20062000@yahoo.co.jp にお寄せください）

高い杉　梯子を架け　剪定す　墓参の妨げ　せじと鋏休む（字余り）

　先日ふと思い立ち、亡母の月命日で墓参に行ってきました。墓地内...</description>
<dc:creator>oibore_oobora</dc:creator>
<dc:date>2012-02-17T22:00:00+09:00</dc:date>
<dc:subject></dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[（PCおよび管理人が健常であるかぎり本ブログは月水金に更新されます。コメントは<br>
Mytube20062000@yahoo.co.jp にお寄せください）<br>
<br>
高い杉　梯子を架け　剪定す　墓参の妨げ　せじと鋏休む（字余り）<br>
<br>
　先日ふと思い立ち、亡母の月命日で墓参に行ってきました。墓地内の高い杉の木に長い梯子をかけて職人さんが「チョキチョキ」とリズミカルに剪定をしていました。ところが、私が墓石を洗い、線香を上げて合掌を始めると、「パタ」っと剪定音が止みました。粋な植木屋さんです。<br>
<br>
＋＋＋＋＋承前(国連決議の背景)<br>
　ここで、問題となるのが「地球の運動」です。米国国防省の文書などではもっと露骨に【地殻】の運動といった表現があったように記憶します。いずれにしてもこうした決議は米国のイニシアティブで国連の場にのぼせるわけです。当時の米国国防省には「地震兵器」について危機感があったのだろうと想像しています。詳しくは、本ブログでも折に触れ書いてきました。その背景は以下の三つに整理されるようです：<br>
<br>
（１）1970年代になって、プレート理論こそが地震発生を合理的に説明できるとの説が大方の研究者にうけいれられるようになった。本ブログでも度々引用してきた金森博雄博士(2011年2月2日記事http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/51662338.html　)　さらには今でこそVANで知られる上田誠也博士　(2011年6月3日記事)、<br>
http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/51713240.html　など日本の地球科学者がその説の科学的裏付けに大きな貢献をしました。<br>
<br>
（２）現在、御用地震学者あらざる正義の地震学者として知られる石橋克彦博士による「東海地震切迫説」が説得性を持って迎えられ、地震予知技術の実用化が現実的と受け取られるようになった（1976年）。<br>
<br>
（３）　デンヴァ(米国)での水注入による地震惹起現象(1962)などから、「地震制御」論、つまり地震発生を自在に操作できるのではとの構想が生まれた。上記の国連決議文第二条にあるmanipulationはまさにそれを強く意識して用いられた「用語」であろうと私は思っています。<br>
<br>
　この三点セットが揃うならば、「プレート境界で、地震の切迫した場所を探します。そこでは少しのきっかけで地殻の大破壊を起こすことが分かっているので、そこに爆薬を仕掛ける、あるいは、破壊想定域内の摩擦緩和剤のようなものを注入する」ことで地震を兵器として使うことが可能になるとの発想が生じます。このことに米国国防省関係者が危機意識にとらわれたと私は想像しています。<br>
　<br>
　しかし、現実はどうでしょうか？地震予知は、現時点ではいまだ現実的でありません。又、地震破壊途上のアスペリティなる障害物の挙動の物理性状も定かでないので、よしんば摩擦緩和剤を注入せどもそれがしかるべく機能する保証はありません。<br>
　然るに、起きてしまった地震については、世界中に張り巡らされた地震観測網が捕らえた地震波の精密解析からそこで起こった物理破壊過程がいまや詳細に分かります。しかし、地震制御するにしても、アスペリティなる地震大規模崩壊を妨げる（或いは促進する）力学的存在の物理像が未だ定かで無いのです(滑るのやら滑らないのやら、お笑いの世界の事ではありません）。かくして将来の地震についてはいまだ、分からず、日本ではあちこちで色々な地震学者があそこは危ない、ここは危ない、と論拠無く（一応尤もらしい観測そして分析結果に基づいてはいるようであるが）叫んでいるのが現状です。<br>
<br>
　フランスの思想家ボルテール(その生地は、CERNによるヒッグス粒子探索のための陽子陽子衝突リングが埋設された地の真上にある田舎村フェルネです)は、1755年6万を超える人命を奪ったリスボン地震の惨状に大きな衝撃を受け一編の詩を詠んでいると植木氏は書きます。そこで、地震陰謀論が何故人の心を捕らえるのか、その心理をボルテールの詩を引用して次のように書きます：【自然災害を神の下（くだ）した天罰ないし予定調和と読み替えて納得しようとする】。私も同様の感想をかって、2011年４月４日のブログ記事で以下を書きました。<br>
http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/51692760.html　<br>
「こうした無責任な「陰謀論」は、数万にも達すると思われるこの地震の犠牲者そしてそのご家族に対して誠に酷い「物言い」であると私は思います。今回の巨大な震災をすべて「闇勢力」に帰するならば、犠牲になられた方々の無念を思い、生き残った我々がこの災害から教訓を学び、この災難を繰り返させないための行動には、いかなる意味も無いことになります。何故なら、陰謀論に拠って立つ限りでは、無力な庶民には、それに抗う術がないと宣告しているも同然だからです。」<br>
　<br>
　以上が「科学」誌での植木氏の論説紹介です。ところで、「検証　大震災の予言・陰謀論】(文芸社、2011年11月)なる本が出版されています。著者はASIOSを名乗る複数の方々です。Association for Skeptical Investigation of Supernatural だそうで　HP　はhttp://asios.org/　とのことです。概ね妥当な記述です。例えば、陰謀愛好論者が好んで引用する、地震発生当日に、科学技術庁海洋研究機構の調査船「地球」号が、まさに震源域で「作業」していたことを指摘し、「爆薬」を海底に設置したのではないかと疑っています。これについて、この本は、この調査船に乗船していた研究者への長時間インタヴュをして、当該調査船の当日の行動を明るみにしています。しかし、こうしたインタヴュ記事も陰謀愛好論者は「泥棒に、自らは泥棒していない】と、語らせるに等しいと言うのでしょう。しかし、私は愛好論者に、こうした、自らの考えに真っ向から反する主張をきちんと読んで、それへの科学的反論をして欲しいと、思っています。<br>
<br>
　さて、この書は、この後思いがけ無い展開となります。なんと、陰謀論者を一刀のもとに切り捨てる返す刀で「小出裕章氏が反骨学者であるが故に未だに助教(昔の助手)であること」に異論を呈します。研究者、とりわけ自然科学分野では論文をどれほど多く書こうとも、或いはどれほど多くの本を出版しようとも、それはどうでも良いのです。論文掲載誌のレベルを問うのです。論文掲載に当たって、その掲載誌が論文の質を問う審査システムを有しているのか、そして件の研究者はそのシステムをクリアして論文掲載に至ったかを問うわけです。これを「査読」制と呼びます。上に例として紹介した「科学」、「ニュートン」などにはそうした査読制度は在りませんから、雑誌編集者の意向で掲載諾否が決まります。さて、小出氏には、こうした査読制度を持つ学術誌への論文掲載が極めて少ないのであるから「助教」待遇は仕方がない。一部マスコミが「反骨研究者」であるが故に小出氏が六十歳過ぎても京都大学「助教」であると書くが、それは間違っている。助教たる地位は当然であって、それを【差別」と書くのは正しくないと書きます。<br>
<br>
　これで一つ思い出すことがあります。上に引用した非御用地震学者、石橋克彦氏です。氏はかって、「科学」に原子力発電が「原発震災」を引き起こす可能性を論じた論考を掲載しました(1997年10月号)。この論考を重く受け止めた静岡県は専門家である静岡県原子力対策アドバイザ4名および、経産省、科学技術庁(当時)に、この論考に関する見解聴取を行っています。複数の地震工学、原子力工学、放射線医学の専門家の回答に「石橋氏には、この分野での査読制度を持った学術雑誌での論文がない」とわざわざ断った上で、石橋論考に反論しています（「科学」2011年7月号）。石橋氏に査読制度がある学術誌への論文掲載が多いのか少ないのかは知りません。しかし、研究者の世界では、研究者の発言の重みを、こうしたことに求めるのは仕方が無いのかもしれません。何故なら、一般大衆誌への投稿・記事が多くTVなどへの出演も多いが故に国民への露出度が高い研究者が即、優秀であるとは断じがたいからです。<br>
<br>
　2009年末にClimate GateとよばれるIPCC絡みのスキャンダルが起こりました。その際、問題になったのが、「地球温暖化」に異議を唱える論文が「論文査読制度付き」学術雑誌に殆ど掲載されていないのであるから、彼らの主張は信頼するに足りないとの見解が公になったりしました。<br>
<br>
　研究者の研究レヴェル評価はさておくとしても、研究者が社会に向けて発信する見解の評価は、結局は受け取る側が当該研究者の主張に納得するのか否かであるということです。外界のお墨付で判断してはいけないと言う事です。<br>
<br>

<a href="http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/51772599.html">続きを読む</a>
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<item rdf:about="http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/51772598.html">
<title>「地震は兵器だ！】(科学、岩波書店、2012年2月号)(1)</title>
<link>http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/51772598.html</link>
<description>（PCおよび管理人が健常であるかぎり本ブログは月水金に更新されます。）

　立ち向かう　岩盤乗り越え　溶かし尽く　ただひたすらに　地下へ地下へと

　メルトスルーした燃料棒は、チャイナシンドロームさながらに、今の瞬間も地底へ地底へと突き進んでいるのでせうか...</description>
<dc:creator>oibore_oobora</dc:creator>
<dc:date>2012-02-15T20:30:11+09:00</dc:date>
<dc:subject></dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[（PCおよび管理人が健常であるかぎり本ブログは月水金に更新されます。）<br>
<br>
　立ち向かう　岩盤乗り越え　溶かし尽く　ただひたすらに　地下へ地下へと<br>
<br>
　メルトスルーした燃料棒は、チャイナシンドロームさながらに、今の瞬間も地底へ地底へと突き進んでいるのでせうか？今回の高温騒動もその事態の一側面ではないのか？東電は今回の「高温騒動」を温度計故障のせいにしてしまったようです。昨日は一千度を記録したと新聞は報道しています。事実隠蔽のため、当該温度計になにやらの信号を送り意図的に温度計を故障させたのではと私は疑っています。ともかく、繰り返し書きますが、福島原子力発電所の監視、制御を東電に任せず政府が積極的に介入し、その作業の中で東大をはじめとする原子力専門かが現場で方策を立て実行するような体制を早急に構築するよう求めます。研究者専門家の助言に基づき東電に指示することなしには、どうしても隠蔽工作の入り込む余地を残します。<br>
<br>
＋＋＋＋＋「地震は兵器だ！】(科学、岩波書店、2012年2月号)<br>
月刊科学誌「科学」(岩波書店)2012年2月号が標題のコラム記事を掲載しています(143－146頁)。筆者は気骨のある芸能人であった植木等ならぬ植木不等式というサイエンスライタだそうです。【科学】は、日本の研究者に信頼されている雑誌ですから、内容は読まずとも「まとも」(陰謀論愛好家には不愉快な表現かもしれない)なものであろうことは想像できます。<br>
<br>
　先ず、コラムの冒頭に、1923年9月1日の関東大震災直後のエピソードを紹介しています：<br>
東京の大塚警察署に一市民が駆け込んできて「この地震は西洋で起こしたと聞いたんですが、本当ですか？」とたずねたのだそうです。同様は他の警察署にもあり「今は、西洋で地震を起こす機械が発明されており、日本を真っ先にやつけてしまおうと、したんだって言うんですが、本当ですか？警察のほうには宣戦の詔勅通知が来てますか？」との問い合わせが十数件あったというのです。（大日本雄弁会講演社編、1923）<br>
<br>
　地震人為説は昔からあったというわけです。東大の先生が、「冗談言（ごと）」として、第二次世界大戦の終戦直前の1943年に「科学朝日」誌に、人為地震を書いたこともあるそうです。お名前は平田森三という方で、「地殻からの様々な振動をビーム状に集め、それを紐育(米国ニューヨーク)に向け発射するなら、かの都市を爆砕できる」なぞと書いたそうです。当時の「鬼畜米英憎し」の国家戦略のお先棒を担いだエッセイとも思えます。平田先生の名誉のために付け加えるなら、先生は広島で原爆に遭われ、被爆者としての苦しみを語ることを通じて、原爆に一貫して反対されています。研究者としては【寺田寅彦】自然観に強い影響を受けておられたようで、戦後の東大では実験物理学の講座を持っておられたと聞きます。2008年10月5日の記事でも書きましたが<br>
http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/51301894.html　<br>
「寺田」自然観が月刊科学誌「自然」(中央公論社)で連載されていた「ロゲルギスト」に引き継がれました。多分、平田先生はこのロゲルギスト討論者のお一人として参加されたこともあったのだろうと想像しています。それにしても、上に書いた「科学朝日｣誌は前世紀末1990年代半ばに廃刊、「自然」はそれより10年ほど前の1980年代に廃刊となっています。というわけで、現在の科学誌は、「科学」に加え「ニュートン」、「日経サイアンス」ですが、後者は米国の科学月刊誌「Scientific American」誌の日本語翻訳版です。<br>
<br>
　この人為地震説は風聞として、1989年1月17日に米国西海岸を襲った「ロマｐリエタ」地震後にも流れ、この地震を根拠に、数年後に米国東部での大地震襲来の噂が誰からとも無くしつらえられ、米国の社会心理学者の研究対象となったこともあります。いずれにせよ地震人為説は事あるごとに息を吹き返すのです。<br>
<br>
　ところで、地震人為説を信ずる陰謀論愛好者が好んで持ち出すのが一つは第二次世界大戦末期にニュージーランド沖で実施されたというSEAL計画です。<br>
http://en.wikipedia.org/wiki/Project_Seal<br>
http://inpursuitofhappiness.wordpress.com/2010/03/09/project-seal-tsunami-bomb-papers-declassified/<br>
　SEALが何かの　abbreviationであるのか、文字通り「封印」(極秘プロジェクトとして)の意で用いられているのかは定かでありません。植木氏はこのプロジェクトの経緯と結論を以下のようにまとめています：<br>
　19４4年、米国南太平洋方面司令官が、ニュジーランド政府の要請に基づき、爆発物によって起こる震動を攻撃兵器として使用することの有効性検討を行った。この検討は、水面下の珊瑚礁上での爆破は想定を超えた大きな波を励起するとの観察事実に基づいた。そこで、オークランド大学、ニュージーランド軍、米軍が共同して実験を行った、というものです。<br>
　実験で達した結論は、「海底地形が急勾配であるなどの特別な条件下であれば、大波をひきおこすことが可能である。しかし、そのために大量の爆薬を広く設置せねばならず、兵器としては使えない。結局、原爆を標的に直接に落とすほうが実用的である。」であったそうです。<br>
<br>
　もう一つ、陰謀論愛好者が引用するのが、「地震兵器は国際的に認知されている」というものです。ストックホルム国際平和研究所（SIPRI,　Stockholm International Peace　Research　Institute、http://www.sipri.org/　 ）の1976年版が「地震兵器」に一節を費やしているからです。しかし、同研究所は「地震は兵器として使いにくい」と、結論して以後の年報ではこの節は無くなったといいます。<br>
<br>
　ところで、この研究所の年報の一節が地震兵器に割かれたのは（植木氏はそれに言及していませんが）その年の国連決議に在ると思われます。<br>
Convention on the Prohibition of Military or Any Other Hostile Use of Environmental Modification Techniques （環境変更技術を戦争又は敵対行為に使用することを禁止する条約）と題する決議が1976年１２月の第３１回国連総会で72番目の決議として議決されました。<br>
http://www.un-documents.net/enmod.htm　<br>
この条約の第二条（Article II）は「環境変更技術」を次のように説明しています：<br>
As used in article 1, the term "environmental modification techniques" refers to any technique for changing - through the deliberate manipulation of natural processes - the dynamics, composition or structure of the Earth, including its biota, lithosphere, hydrosphere and atmosphere, or of outer space.<br>
　それは「自然本来の多様な過程を何がしかの操作を通じて変えてしまうことだ」と書きます。自然本来の多様な過程とは、地球の運動、内部構成、構造、さらには生物圏（biota）、地圏、水圏(海)、大気圏、大気外圏での自然本来の科学過程をも含む。<br>
（つづく）<br>
　実は、このブログを丁寧に読んでくださっている読者の方から、「一つの記事が長すぎると読む気力が萎える」と言う、誠に率直なご助言を頂きました。と言うわけで、この続きは、次回にします。<br>

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<item rdf:about="http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/51772257.html">
<title>大飯原子力発電所(福井県）ストレステスト一次評価</title>
<link>http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/51772257.html</link>
<description>（PCおよび管理人が健常であるかぎり本ブログは月水金に更新されます。）

燃料棒　炉を突き破り　いずこにぞ　冷温停止に「状態」付する

＋＋＋＋＋ストレステスト評価書
関西電力から提出されていた大飯原子力発電所(福井県)ストレステストの一次評価書を、経済産業...</description>
<dc:creator>oibore_oobora</dc:creator>
<dc:date>2012-02-13T21:30:06+09:00</dc:date>
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<content:encoded><![CDATA[（PCおよび管理人が健常であるかぎり本ブログは月水金に更新されます。）<br>
<br>
燃料棒　炉を突き破り　いずこにぞ　冷温停止に「状態」付する<br>
<br>
＋＋＋＋＋ストレステスト評価書<br>
関西電力から提出されていた大飯原子力発電所(福井県)ストレステストの一次評価書を、経済産業省原子力保安院は概ね妥当であるとした『審査書』を作成していました。その審査書に若干の修正を加えたものを2月8日に専門家からなる意見聴取会に提示し意見を求めたと、新聞が報じています。これについては、一般参加の傍聴人を会場外の映像視聴に追いやったとして、経済産業省関係者が枝野大臣の指揮も含めて、東京新聞は批判的に報道しています。<br>
そのことは、措いておくとして、一つ気になりました。この会合の大半の専門家が原発稼動再開に好意的です。わずかお二人の専門家が、この修正された保安院審査書に厳しい質問を浴びせたとあります。新聞記事は、そのお二人の内の一人後藤政志芝浦工大非常勤講師の発言を引用しています「質問に対して全部(保安院)答えてもらったわけではない。原発の安全性は証明できていない」と。後藤氏がそのような発言をしたとは思え無いからです。これまでの氏の講演、或いは雑誌などでの論説を聞く限りでは、「安全な原発は無い｣と、一貫して主張しています。後藤氏の問いの真意は「ストレステスト記載の項目全てをクリアした、即それが原発安全を意味するのか」との根源的問いであったろうと思っています。<br>
<br>
このストレステストは、コンピュータ上での、いわば「性能テスト」です。ﾃｽﾄ対象の原子力発電所を特徴付けている様々な特性値に基づき、仮想的な過酷条件をコンピュタ上で課します。その上で、どの過酷条件をもクリアすればそれで、一次評価は合格となります。性能値なり特性地を適当に調整することで以って過酷条件を満足させることが可能です。数値シミュレーション技術ではごく常識のことです。３１１原発事故直後から指摘されてきた疑問の一つが、圧力容器へ非常用冷却水を供給する配管系が地震動で損傷していたのではないか？というものです。最新号の月刊「科学」2012年2月号(岩波書店、138－141頁)が、これを論じ、それを否定する説得力のある議論が未だ無いことを書いています。<br>
 <br>
上記のストレステストで、こうした配管系が、従来に無いほどの長い時間地震動で揺さぶられる場合の損傷の可能性といった「過酷条件」は設定されていないのです。何故なら、こうしたこれまでに無い物理環境は計算機上でシミュレーションできる筈は無く、実際にそうした配管系を長時間振動にさらして、挙動を計測するしかないのです。<br>
<a href="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/c/e/cec1abc5.jpg" title="DSC05599" target="_blank"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/c/e/cec1abc5-s.jpg" width="500" height="838" border="0" alt="DSC05599" hspace="5" class="pict"  /></a><br /><br>
上の図は、福島第一原子力発電所一号機非常用復水器作動時の原子炉挙動解析の一部です。これは、東京電力が米国が開発したというシミュレーションプログラムを用いた解析結果です。着目すべき点は、地震発生直後の圧力容器内の急激な圧力低下、および水位低下です。東電は3平方cmの穴が開いた場合には(上図にはその結果は示されていない)、水位の低下が実測を大きく上回るので、あり得ない。と、報告したそうです。しかし、穴の大きさを０．３平方ｃｍとすると、穴が無い場合と同様に、水位および圧力低下を説明できる。「しかも穴が開いていれば、そこからの漏れ出す冷却水の量は7.2t／時間となり、6－7時間で炉心が水面から顔を出すという現象が説明できる」と、「科学」に寄稿した上澤氏は指摘しています。0.3平方cmは穴が円形とすれば、その直径はおよそ0，62ｍｍに相当します。<br>
　一号機炉の水位、圧力の地震直後の変動について、東京電力はあえて、それが冷却水配管系の損傷の可能性があることに、口をつぐんでいることを指摘せねばなりません。つまり現在稼働中の全ての原子力発電所の安全性評価に大きな影響があるからです。福島の事故を全て「想定外」の津波に帰することが東電の思惑なのです。国民の安全より、企業の保身なのです。こうした言動がますます東電への不信感を募らせるのです。<br>
<br>
ところで、これまでのこうした構造物の耐震性能は、最大加速度でもって評価されてきました。対象とする構造物を振動台に載せ、その振動台を実際の地震記録と同じ振動で揺さぶります。さらには、その構造物を小部分から構成される集合体として表現し、その集合体に加速度を数値時系列で与え、有限要素法などでその集合体の挙動を調べます。これによって特定の部分に異常な力が集中するなどを見つけることができます。外力として与えるのは過去の大地震で実際に記録された加速度記録です。時には構造物の振動に癖(特別な振動周期に共振するなど)がありますから、周波数解析成分を観察します。こうした技術は概ね建築物の耐震性評価などでしかるべき結果を産出するなどの成果をあげ有効とされてきました。<br>
<br>
問題は、外力としてこの対象物にあたえる振動は、過去の大地震の記録であり、それは、振動時間が高々一分程度です。今般のような3分にも及ぶ異様に長く続く振動での集合体の挙動ではありません。針金を折り曲げると一ないし二回曲げてもちぎれませんが、数回それを繰り返すとそこが熱くなり、あっさりと折れます。配管系、複雑な構造物でも、長時間にわたる振動を加えられると、その物理性状が変化する、脆くなる等があり得ると思わねばなりません。大飯原子力発電所に対してなされたというストレステストには長時間地震動に対する原子力発電所の耐性項目は欠落していたでしょう。何故なら、これまでの地震工学にはそうした視点がなかったからです。言い換えると、先ずは今回の福島原子力発電所事故分析結果を分析することこそ、再稼動を目論む人たちがなすべきことと思えます。こうすることで、新たに何をどういう手法で検査、テストすべきかが明らかになります。然るに、現実はどうでしょうか？事故の９９％が未だ把握されていないのです。勿論、福島原子力発電所にあって、その長時間振動への耐性を先ずはシミュレーションすべきと思います。<br>
<br>
　後藤氏の発言は「これだけの放射能汚染を引き起こした原発稼動を見直すことこそ保安院の仕事ではないのか？」との問いかけであったのだろうと、私は想像しています。しかし、昨日のTBS朝のニュース番組で報道されましたが、経済産業省・原子力保安院の担当官は、専門家の「まだストレステスト評価が大飯原子力発電所の安全性を確認したとは言いがたい。さらなる検討をするのですね？」との問いに「概ね、保安院の審査書を専門かが妥当と理解したと判断したので、これについての更なる会合は無い」と、答えているのです。そして、それから数日も経たない日曜（2月12日)午後、福島原子力発電所に剛毅の炉の温度がついに80度を超えました。「冷温停止状態」とは到底言いがたく、依然として予断を許しません。本日の朝の報道では「温度計の不具合」が原因と東電は発表しています。しかし、昨年3月11日直後の東電の頑なまでの隠蔽体質を思い出すなら、この「発表」を鵜呑みにはできません。<br>
<br>
　東電に監視をまかせっきりにするのでなく、これまで御用学者といわれつづけてきた研究者たちが、「汚名を挽回」する好機と捉え、先ずは自らの学問を賭けて、大学での研究を中止してでも福島原発の廃炉へ向けての安全な道筋を辿らせるべく、知恵と体を捧げるべきと私は思います。<br>

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<item rdf:about="http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/51771696.html">
<title>小沢氏と四億円</title>
<link>http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/51771696.html</link>
<description>（PCおよび管理人が健常であるかぎり本ブログは月水金に更新されます。）

無能ゆえ　無駄な努力も　報われず　無理を承知で　虚しき歌哉

歌を毎週三つも詠うことの苦しみを上で表現しました。せめて、五七五七七の先頭を「む」で始めてみました。「だから、どうしたの...</description>
<dc:creator>oibore_oobora</dc:creator>
<dc:date>2012-02-10T20:14:31+09:00</dc:date>
<dc:subject></dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[（PCおよび管理人が健常であるかぎり本ブログは月水金に更新されます。）<br>
<br>
無能ゆえ　無駄な努力も　報われず　無理を承知で　虚しき歌哉<br>
<br>
歌を毎週三つも詠うことの苦しみを上で表現しました。せめて、五七五七七の先頭を「む」で始めてみました。「だから、どうしたの？　（So what?）」と、問われると、返す言葉はありません。<br>
<br>
年明け早々再開された、小沢一郎氏への検察審議会議決による裁判、経過を見るに付け腹立たしいことばかりです。そして、一昨日の「ゲンダイ」がその重要点を記事にしています。<br>
％％％％％転載開始(夕刊現代紙より)<br>
検察が小沢裁判で守りたいモノ　マトモな調書は1通もない<br>
http://asumaken.blog41.fc2.com/blog-entry-4961.html<br>
2012/2/8　日刊ゲンダイ　：「日々担々」資料ブログ <br>
<br>
検察はどこまで恥の上塗りを続ける気なのか｡東京地裁が､民主党の小沢元代表(69)を起訴した｢東京第5検察審査会(検察審)｣に提出された検察資料の開示を求めたところ､東京地検は照会を突っぱねたのだ｡裁判所の要求に検察が従わないなんて､異例中の異例だ｡検察は｢資料を開示すると､公判に影響を与えかねないと考えた｣(検察事情通)らしいが､自分勝手も甚だしい｡<br>
裁判所の開示要求は刑事訴訟法にのっとった正当な手続きだし､裁判所だって検察官役の指定弁護士､弁護側双方の主張を｢立証｣するのに欠かせないと判断したから資料を照会したのである｡ <br>
小沢裁判では､検察審が｢起訴相当｣議決を下す決め手になった捜査報告書が田代政弘検事のデッチ上げだったことが発覚｡元祖･改ざん検事の前田恒彦受刑者も｢裏金授受を否定した建設業者の事情聴取のﾒﾓが検察審に提供されなかった｡検察の証拠隠しがあった｣と証言した｡ <br>
｢東京地検は一切合切の資料を差し出すべきなのに､拒否したということは､よほど隠したい事実があるのでしょう｡田代検事だけでなく､当時の吉田正喜特捜部副部長や､主任の木村匡良検事が録取した調書､捜査報告書なども相当ズサンな内容なのでは｣(司法ジャーナリスト) <br>
小沢弁護団の喜田村洋一弁護士がこう憤る｡<br>
｢裁判所は裁判におけるアンパイア(審判)です｡そのアンパイアが(開示を)命令しているのに拒否するとは聞いたことがありません｡これはもう裁判でも何でもありません｣<br>
検察から｢イヤ｣と言われた裁判所が今後､どういう対応を取るのか分からないが､おとなしくヘーコラ従ったらアンパイア失格｡本紙が再三､指摘した通り､検察とグルになっている証しだ｡司法組織が一蓮托生になって､小沢に圧力をかけているとしか思えない｡<br>
％％％％％　転載終わり<br>
<br>
　一月中旬に、小沢氏が「四億円」の出所をたずねられ、それが国会議員としての歳費、および、国会議員であった父親からの遺産などであると証言しました。これについては、検察庁が、2009年早々に、秘書を立て続けに逮捕した時点で、陸山会事務所、小沢氏口座銀行、自宅捜索を含め執拗にかぎまわったにもかかわらず、水谷建設、などからの裏献金を証拠立てる材料は何も出てきませんでした。だからこそ小沢氏は「政治家として日本の政治に精力を注ぎ、四億円にはさほどの関心は無かった」と証言しています。私なぞは、この証言に説得力を感じますが、大手TV,新聞は、ここぞとばかりに「怪しい、怪しい」を連呼したため、流石にこの「連呼」は、これまでの「異様な小沢叩き」に違和感を持っていた主婦層に何がしかの影響を与えたようでした。この四億円について要を得た説明がされていますので下に添付します。<br>
<br>
％％％％％とあるブログ投稿からの引用（原文のままでなく現管理人の責任で編集しています）<br>
http://kinpy.livedoor.biz/　　<br>
http://kinpy.livedoor.biz/archives/51989140.html#comments　<br>
【F氏の意見、前段は省略：管理人】<br>
共産党に関しては、今までの執行部の見解を見る限り私は見切りをつけています。おそらく有罪になれば我々の主張は正しかったと大宣伝するでしょうし、無罪になってもこれっぽっちも反省などしない政党と思っています。私は西松事件・陸山会事件そのものが、検察権力の暴走とそれを手助けするマスコミ権力のなせるわざと考えています。小沢氏への政策批判はいいのですが、このような形で有権者から選ばれた政治家を排除する手法は、私はとんでもないと思っています。<br>
結果は平行線とは思っていますが、Tくんとは（できればバトルフィールドで）徹底的に議論したいと思っています。（他の皆様でも小沢氏の方が悪いという見解の方であれば、私の理解の範囲内で疑問にお答え致します。）【具体的に】今回の一連の裁判で小沢氏やその秘書の言動のどこに問題があるとお考えなのですか？<br>
<br>
【第三者、S氏、からの割り込みコメント】<br>
あんまりバトルする体力がないんでｗ、理由はいいませんが、小沢氏が「クロ」と」言うなら、日本共産党における「政治とカネ」は「まっくろくろすけのブラックホール」だと断言できますよ。それから、小沢氏を「クロ」に検察すら出来なかった状況で「さらし者裁判」をやらせるいまのやり方は間違いです。「グレー」の汚名をはらすのは、その後の政治活動での検証に待つのが筋です。どこかが原稿料出してくれれば、５年分くらい共産党中央委員会の政治資金収支報告書を分析して違法・脱法行為の根拠を示しますよ。ちょっと、時間と手間をタダでやるには、生活に差しさわりがありますからねｗ　<br>
結論だけ言えば、日本共産党の何が「清潔」なもんか、違法・脱法のオンパレードで、これくらいのコンプライアンス感覚で他党や政治家を批判する神経が信じられません。<br>
ちなみに、個人としていつまでも反省し、謝罪しなくてはなりませんが、私は党員時代、党機関の違法・脱法の隠蔽を任務としてやりました。「やむを得ない」と思って。いまでは、一番悔いの残る汚点です。それにしても、ザル法の政治資金規正法をくぐる智慧もなく、隠蔽できずに違法・脱法をさらけだす共産党担当者の知的後退には呆れるばかりです。その方がいいけどｗ<br>
<br>
【T氏の問い】<br>
文芸春愁２月号に記事があります。<br>
公開質問「小沢一郎「全財産目録」・・答えて欲しい、あなたの歳費だけでどうしてこの資産が買えるのか・・・松田賢弥著<br>
<br>
【T氏へのF氏による答え】<br>
【４億円の原資】は【歳費だけ】とでも小沢氏が言ったのですか？松田賢弥は頭が悪いのです。小沢氏は一昨年の１月に４億円の原資の内訳をマスコミに公表しています。<br>
http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/mb/23_1.html<br>
付け加えるならば、検察は過去２０年間の小沢氏の金融機関の入出金記録を強制捜査によって調べ上げているのですよ。それでも不起訴にせざるを得なかった案件です。おかしな事実があれば当然立件してますよ。それをマスコミと一緒になって共産党などが、４億円の原資の説明がなされていないと、未だにバカ騒ぎしているのが、実態とは思いませんか？<br>
<br>
【T 氏の再質問】<br>
小沢問題。週刊新潮1月19日号。元筆頭秘書の告発記事があります。岩手めんこいテレビ疑惑の記事は何度か読んだ記憶があり、目新しいものではないでしょうが、今度はかっての筆頭秘書、高橋嘉信氏の実名告発。管理人同志も含め、どのように進めるか相談いたしましょう。できれば、時間がかかりますが集団的検討をふまえて批判を実証的にまとめる方向で行くのが望ましいと思います。<br>
<br>
【第三者、M氏、からの割り込みコメント】<br>
私からも、ぜひ無制限バトルフィールドの開設をお願い申し上げます。それこそSさんのコメントでおっしゃるところの"小沢氏が「クロ」と言うなら、日本共産党における「政治とカネ」は「まっくろくろすけのブラックホール」だと断言できますよ。"の論理に拠れば、日共をクロと見なすためにも、小沢をクロと見なさなければいけないようにも思いますし、また、Fさんのお話も興味がありますし、小沢のシロと日共のクロが両立するかど<br>
<br>
【F氏の回答】<br>
１．松田賢弥の件はスルーですね。白旗宣言と受け取りました。<br>
２．高橋嘉信氏は具体的にどんな正式な告発をしたのですか？<br>
まさか、改革フォーラム２１の資金を政党支部を通じて陸山会に移した事を、【迂回献金】などと騒いでいる低レベルな事を言っているのではないでしょうね。検察はとっくにその事実は把握していたと思いますよ。個人的には小沢氏のお金の問題と共産党のお金の問題は分けて考えた方がいいと思っています。小沢氏が「クロ」だから共産党も「クロ」、小沢氏が「シロ」だから共産党も「シロ」という考え方はおかしいと思います。<br>
私もこちらで皆さまのお話を伺い、共産党は企業献金・政党交付金こそ受け取っていないが、それ以外のお金はブラックホールの政党だと思っています。しかし検察（国税）が小沢氏と同じように強制捜査で徹底的に調べ上げても、不起訴とせざるを得ないならば、私はそれを尊重しようと思っています。<br>
私が今の共産党中央の姿勢に憤りを覚えるのは、戦前戦中を例にすると、自分達の迫害の歴史を忘れて、特高や翼賛マスコミと一緒になって他者を迫害する立場になっている点です。共産党中央は【今の自分たちに良ければ】という視点でしか物事を見ていないと感じています。<br>
<br>
【P 氏】<br>
＞私が今の共産党中央の姿勢に憤りを覚えるのは、戦前戦中を例にすると、自分達の迫害の歴史を忘れて、特高や翼賛マスコミと一緒になって他者を迫害する立場になっている点です。共産党中央は【今の自分たちに良ければ】という視点でしか物事を見ていないと感じています。 その通りだと思います。そうやって支持率を落としている。自らを省みることなく、それを「反共攻撃」のせいにする。多くの末端まで染み付いたこの体質は変わらないでしょう。<br>
<br>
【異なる第三者、N氏、からのコメント】<br>
はじめまして。Tさんとのバトルはボヤ騒ぎ程度で終わってしまったようですね。私は何も日共のクロを立証するために小沢はクロではなければいけないという主張はしていないつもりなのですが。ただ、Sさんのコメントを引用すれば、ロジックの上で同じ穴のムジナ扱いすべきになったからというだけのことなのですが。個人的に、小沢4億円疑惑についての印象を申し上げますと、決して良くはありません。これが鳩山家なら出所がよくわからないけど、なぜか手元に4億円あったといっても不思議ではないのですが、小沢など父親は苦学力行の末に大臣まで勤め上げた苦労人ですから、何億ものお金を残せるほどの人物でもなさそうですし、本人でやっと2代目ですから、4億円を無視するに足りる金額というには無理が多いという印象です。それに、4億円の由来についての説明も変遷するので、余計に不信感が募ります。<br>
あげく、小沢擁護で必ずいうのが「国策捜査、マスコミ扇動」という表現です。田中角栄を思い出します。あげく、ベンジャミン・フルフォードのような陰謀論を振り回されると、余計に吊るし上げたくもなります。<br>
だいたい、田中角栄と同じく戦後最年少の47歳で自民党幹事長就任祝いのパーティの壇上で、「最高の目標は、総理・総裁にあらず。大自民党の幹事長として腕を振るうことにある」とスピーチしているそうですから、小沢一郎の政治家としての姿勢にも疑問が残ります。<br>
一国の首相を目指さずに、単に政権与党の権力の座に座ることだけが目的であって、本来の国政の責任者としての地位に就かないのは、本末転倒でもあり、三権分立に基づく立憲民主政体を軽視しているのではとも思います。党の幹事長など、原則的にはあくまでも私的な立場の集まりについての責任者でしょう。<br>
だからといって、無理やり有罪にして収監しろとも思いません。議員として相応の贖罪をすれば済む程度のレベルだと思いますし、自民党など「まっくろくろすけ」で、その自民党はねじれを背景に正義感面する資格などありえません。ただ、ルーピーともども政界から引退してもらいたいと思います。ありがとうございました。<br>
<br>
【F氏の答え】<br>
失礼しました。Nさまの真意を私が誤解していたようです。お許しください。<br>
１．＞小沢など父親は苦学力行の末に大臣まで勤め上げた苦労人ですから、何億ものお金を残せるほどの人物でもなさそうですし、本人でやっと2代目ですから、4億円を無視するに足りる金額というには無理が多いという印象です。　<br>
見解（印象）の相違ですが、小沢氏が父親の遺産を相続したのは昭和４３年です。私はその後の土地の値上がりも考慮すべきと思っています。また４億円の内訳は説明がなされています。<br>
◇平成16年10月に私が陸山会に貸し付けた4億円の原資について<br>
（1）昭和60年に湯島の自宅を売却して、深沢の自宅の土地を購入し建物を建てた際、税引き後残った約2億円を積み立てておいた銀行口座から平成元年11月に引き出した資金2億円（2）平成9年12月に銀行の私の家族名義の口座から引き出した資金3億円（3）平成14年4月に銀行の私の家族名義の口座から引き出した資金6000万円を東京都港区元赤坂の事務所の金庫にて保管していました。平成16年10月には、同金庫に4億数千万円残っており、うち4億円を陸山会に貸し付けました。何ら無理が多いとは感じません。<br>
<br>
【Ｆ氏の答え補足】<br>
２．＞それに、4億円の由来についての説明も変遷するので、余計に不信感が募ります。<br>
よくマスコミなどに指摘される点ですね。私からすると、【いつ】と【形態】と【内訳】を全て一緒にしている頭の悪いマスコミの指摘だと思っています。参考例でご説明致します。<br>
１）2007年2月 「皆さまからの献金」<br>
２）2009年10月 「銀行からの融資」<br>
３）2012年1月10日「多くは両親からの不動産、現金を相続したもの。印税、４０年間の議員報酬<br>
１）については小沢氏の【立替】が全て返済された【以降】の事を述べています。<br>
２）については小沢氏の【立替】は銀行預金を担保にした銀行融資という【形態】で行われた事を述べています。<br>
３）については【立替】た４億円の【内訳】について述べています。<br>
３．＞あげく、小沢擁護で必ずいうのが「国策捜査、マスコミ扇動」という表現です。田中角栄を思い出します。あげく、ベンジャミン・フルフォードのような陰謀論を振り回されると、余計に吊るし上げたくもなります。<br>
これも見解の相違ですが、私は西松事件は国策捜査、陸山会事件は西松事件の失敗を隠すための検察のメンツを守るために行った無理筋の事件だと思っています。<br>
４．＞だいたい、田中角栄と同じく戦後最年少の47歳で自民党幹事長就任祝いのパーティの壇上で、「最高の目標は、総理・総裁にあらず。大自民党の幹事長として腕を振るうことにある」とスピーチしているそうですから、小沢一郎の政治家としての姿勢にも疑問が残ります。<br>
私は当時とは違うと思っています。西松事件が無ければ小沢首相の可能性は極めて高かったと考えています。<br>
<br>
【N氏のF 氏回答への反応】<br>
細かに解説をいただいてありがとうございます。ただ、現在の強制起訴による公判について、個人的にはこのことが違憲とも違法とも思いませんので、事態の推移を眺めたいと思います。また、小沢が首相に就任した場合について言及しておられますが、ここはあながち否定できません。何せ、ルーピー、空き缶と二代続けてこのザマですから、もし、政権交代時に小沢内閣だったら、昨年3月11日以来の国難やTPP交渉でもうちょっとマシな対応をしていたのではという思いはあります。<br>
％％％％％引用終わり<br>
<br>
　上の議論で田中角栄氏が引用されています。私も、このブログで田中角栄氏が罪に問われたロッキード事件に関心があり、その何がしかを書いてきました。これについては、裁判が結審した（田中氏が亡くなったため）1995年の5年後に、田中氏の弁護人を務められた木村喜助氏が「田中角栄の真実」（弘文堂、2000年）を、著しています。今般の小沢問題は、そっくり田中裁判の再現であることを見ます。木村氏は法原理の適正な運用という視点から、共犯とされた榎本氏のアリバイ、異常と言うべきコーチャン氏への嘱託証人尋問などの問題点を明るみにしています。そして、裁判所が易々と検察の膝下に屈する様は、今回の小沢氏三秘書裁判と全く同じである事が分かります。裁判官としての論理・筋がいとも簡単に放擲されるさまは怖ろしさを感じさせます。いずれ、これも本ブログで書きます。<br>
<br>
長くなりましたので、「須賀川市の古代史」は次回に書きます。<br>

<img src="http://counter2.blog.livedoor.com/c?ro=1&act=rss&output=no&id=2976977&name=oibore_oobora&pid=51771696" width="1" height="1" />
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<item rdf:about="http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/51771340.html">
<title>福島県須賀川市・須賀神社</title>
<link>http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/51771340.html</link>
<description>（PCおよび管理人が健常であるかぎり本ブログは月水金に更新されます。コメントは
　Mytube20062000@yahoo.co.jp へお寄せください）

久方の　雨もよい故　立つ春の　匂い漂う　梅花の蕾

　昨日は、朝から小雨がぱらつく陽気でしたが、このところの厳しい寒さがやや緩...</description>
<dc:creator>oibore_oobora</dc:creator>
<dc:date>2012-02-08T22:00:55+09:00</dc:date>
<dc:subject></dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[（PCおよび管理人が健常であるかぎり本ブログは月水金に更新されます。コメントは<br>
　Mytube20062000@yahoo.co.jp へお寄せください）<br>
<br>
久方の　雨もよい故　立つ春の　匂い漂う　梅花の蕾<br>
<br>
　昨日は、朝から小雨がぱらつく陽気でしたが、このところの厳しい寒さがやや緩みました。春の初めの空気の匂い、気のせいか、家の前の蕾を付け始めた梅の赤みも増してきたように思います。<br>
　福島第一原子力発電所二号機の炉内の温度がここ数日内に20度以上上昇しているそうです。本日の報道では、最高時の73度から69度へとやや下がっているとのことですが、依然として温度上昇前のそれと比べると20度もの開きがあります。先日公開された炉内のファイバ・スコープによる映像には核燃料棒の残骸と思しき姿は映し出されていません。したがって設置されている3本の温度計が一体何を測定しているのかは定かではありません。<br>
 <a href="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/3/a/3a990898.jpg" title="13285970360026" target="_blank"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/3/a/3a990898-s.jpg" width="500" height="281" border="0" alt="13285970360026" hspace="5" class="pict"  /></a><br /><br>
炉内に注ぎ込む冷却水の管の取替えを行ったため、水が有効に放熱物体に当たらなくなった、とか、炉内で燃料棒残骸の塊が動いているであるとか、東電関係者は解説します。しかし、これらは全て憶測なのです。すべては、現在メルトスルした燃料棒残骸塊の現状が把握できていないことにあります。昨年4月の時点で、メルトスルが確実視されていたのです。あれから既に10ヶ月近くが経っています。しかし、東電とそれを指揮監督するはずの経産省が、この間、その実態を把握する努力をしていたとは　思えません。従って、事態を安全な方向に向けるための最善の方途をも研究調査、開発していなかったのではなかろうかと強く疑惑します。この研究は、緊急で何をおいても最大の優先度で為されるべきなのです。経済産業省は、東電への指導監督を強めるべきのところが、一方の軸足は原発再開においていますから、東電を叱咤督促できないのです。何時ぞや、国会で、原発の緊急時の操作マニュアルの提出を求められたことがありました。その際、東電は、自らの犯した「犯罪」の重大さをいささかも自覚することなく「真っ黒」な資料を提出したことがあります。その際、経済産業省原子力安全保安院はその東電の『傲慢』な対応に批判すらしていません。国民を、そして福島県民に原発事故の更なる犠牲を強いることの無きよう、もっと国の機関が原発処理に深く介入すべきと思っています。<br>
<br>
＋＋＋＋＋須賀神社<br>
　須賀川市栄町遺跡で発見された遺構に見られるは、紛れも無く、(少なくも)二つの出自の異なる、或いは宗教を異にする部族が、この地を時間を違えて拠したことを示しています。須賀川市教育委員会もそのことに多大の関心を示し報告書に記載しているわけです。<br>
　後期建造物が南面していること、この背後には強い太陽神信仰が窺われます。言い換えれば「天照大神」信仰です。これは、梅原猛氏が指摘する「日本書紀」で確立された『新』日本列島宗教です。とすれば、南北方向に立つこの建造物は、日本書紀編纂720年以後であろうことが想像されます。<br>
　このことから、北から西に偏する(報告書)は、それ以前であり、これまでの本ブログでの議論から、これらの建造物はシリウス星信仰集団、つまり高・蘇我一族であったろうことがわかります。<br>
　さて、この地は須賀川です。当然、この地名の由来となった「須賀」に因む神社があるはずです。須賀川市博物館から南へ坂を下ります。「すが＝＞すか＝＞さか」ということではないでしょうが、須賀川市中心部は観光案内所に言うように坂が多いのです。途中、二階堂家所縁の悲運のお姫様を祀る祠をすぎると右に小高い丘があります。「妙見」と呼ばれています。これも既に繰り返し書いてきました。「見」は「星を見る」の意なのです。実際、この岡の上に須賀神社が座しています。博物館に着く前に持参の「カメラ」が作動不能となりましたので、ここではHPから頂いた写真を拝借することにします。このせいで、栄町の遺構の写真も撮ることができませんでした。<br>
　<img src="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/1/9/19aa16c0.jpg" width="400" height="300" border="0" alt="img_961340_17474159_0" hspace="5" class="pict"  /><br /><br>
神社への坂は長く、急勾配です。途中に三つの鳥居がありますが、どれも低く頭をかがめねばなりません。神社そのものは、数回にわたり再建されているようですが、再建に際して、鳥居の高さにも何がしかの伝承があり、知れが厳しく守られてきてるとすれば、興味深いことです。<br>
<br>
　さて、栄町遺跡(国衙跡)には、明瞭な高・蘇我一族の拠した痕跡が遺されているのですから、それと須賀神社の間にもそれとわかる明瞭な位置関係が残っているにちがいありません。<br>
　lon(d=200 stop,m,s) lat(...) of epi=>[140 22 18 37 17 53]　栄町に接する古峰社の位置 <br>
lon(d=200,next,m,s) lat(...)of sta=>[140 22 54 37 14 14]　須賀社の位置<br>
　この二つから球面三角法を用いて計算すると<br>
 (2) d=6.8222(km),a=172.5439,b= 352.55 栄-須賀<br>
を得ます。<br>
既に、お気づきでしょうが、この方位は、須賀川市中心部から西にある八幡山―飯豊姫社―永倉社の方位とほぼ同一であることが分かります。大変に古い、言い換えれば三世紀前後であるらしいと推定できるのです。<br>
2011年11月30日記事を参照されたい：<br>
http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/51756368.html<br>
<br>
但し、上にも書きましたが、国衙跡の座標を用いず、それよりやや東にある古峰神社の座標を用いていますから、上記の方位は大きめな値です。いずれにしても八幡山ー飯豊姫社―永倉社の方位とほぼ同じであろうとの結論は変りません。<br>
 <br>
　（つづく）<br>

<img src="http://counter2.blog.livedoor.com/c?ro=1&act=rss&output=no&id=2976977&name=oibore_oobora&pid=51771340" width="1" height="1" />
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</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/51770939.html">
<title>政府学識者審議会</title>
<link>http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/51770939.html</link>
<description>（PCと管理人が健常である限り本ブログは月水金に更新されます）

空の箱　何かで埋めよと　指示される　能力ありなし　それで決めらる

受験の季節です。多くの大学は、学生の選抜を一月中旬のセンター試験の学力考査に任せています。その試験は、採点の公平性と客観性...</description>
<dc:creator>oibore_oobora</dc:creator>
<dc:date>2012-02-06T21:00:19+09:00</dc:date>
<dc:subject></dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[（PCと管理人が健常である限り本ブログは月水金に更新されます）<br>
<br>
空の箱　何かで埋めよと　指示される　能力ありなし　それで決めらる<br>
<br>
受験の季節です。多くの大学は、学生の選抜を一月中旬のセンター試験の学力考査に任せています。その試験は、採点の公平性と客観性・採点作業の迅速性を担保するという理由から「マークシート」方式で回答することになっています。これに加え、幾つかの国公立大学では、独自の考査を実施していますが、少なくない有名大学でも、再度、マークシート方式の回答を求めるような出題です。そこには、その回答に辿りつくに至る受験生の思考過程、その背後に芽生えていたかもしれない受験生の論理構成力なぞを見ることはできません。つまり大学側が手間隙をかけてそれを見ようとはしていないことを白状しているんですね。むしろ、入学者を獲得すべく「当大学では、多様な資格を取得できます」なぞの宣伝、言葉を変えれば「「四角」をうまく埋めれば入れるよ」と誘います。<br>
　今更「大学とは何ぞや？」など問いを発しようとは思いませんが、随分といい加減ですな。大学とは「知の継承と知の創造」であった筈などと言い、1990年代に大学を大学院大学に再構築しました。が、大学院重視の大学では、修士一年の後半は就活に駆けずり回るという実態を見ると、ただ就学年齢がこれまでの18歳から22歳を経て24歳に伸びただけなのかなとも思えます。<br>
　しかるべき能力を秘めた人材を発掘し、育成するような機関なり制度なりはどうあるべきか？<br>
日本国を生き延びさせてくれる人材を育成するための理念を熟視し、真っ当な制度つくりを真剣に考えているのは誰なのでしょうか？文部科学省のお役人でないことだけは確かなようです。<br>
<br>
＋＋＋＋＋政府学識者審議会<br>
東京新聞の特報部コラムは私がお気に入りの頁です。2月3日の記事は、今般の東京電力福島原子力発電所事故をきっかけとして発足した政府または官庁とりわけ経済産業省が所掌する審議会の実態を報じています。<br>
　 <a href="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/0/1/019c6795.jpg" title="DSC05583" target="_blank"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/0/1/019c6795-s.jpg" width="500" height="637" border="0" alt="DSC05583" hspace="5" class="pict"  /></a><br /><br>
 <a href="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/2/c/2cf92697.jpg" title="DSC05584" target="_blank"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/2/c/2cf92697-s.jpg" width="500" height="639" border="0" alt="DSC05584" hspace="5" class="pict"  /></a><br /><br>
　私もある時期、こうした委員会の事務方席に座っていたことがあります。私の経験した会合は、緊迫感の無い「毒にも薬にもならない」類の会合でした。しかし、そうではあっても、この種の会合では所掌する省庁・局・課が事務局の立場からﾒﾓを細かくとります。次回会合で、前回会合の討議内容を確認いただくべくそのメモは議事録としてまとめられ会合に提出されます。さらには、前回会議での意見とそれに暗意される意向を忖度し、当該会議で討議頂くべく議題をも事務局が整理し会合に提出します。かくして、審議内容および、議論は概ね事務局が方向付けした方向で進むのです。<br>
<br>
　有識者として参加する委員の先生方は、普段は日常の自らの職場で働いておられる方々ですから、会合のその時に始めて前回の議事録を目にします。前回会合で重大な指摘をした筈であっても時間の経過の中でそれが書き込まれていないことに気づきません。それは時に事務局が無視したいような事柄であったりします。本来は前回討議を踏まえての今会議であるはずが、都合の悪いアジエンダの欠落した議事次第が配布されます。<br>
<br>
　したがって、会合では、有識者委員お方は、偶々目にした「文言」を捕らえて発言することはあっても、審議会のミッションを踏まえた流れの中での的確な発言をすることは出来ません。結局、自らの研究歴・体験を鼻にかけるような発言にとどまることもすくなくありません。そうした発言は、事務局には痛くも痒くもありません。「毒にも薬にもならない」類の審議会であればそれはそれでよいのですが、上記新聞記事で紹介されている日本国の将来に深刻に関わることを議論する委員会での委員の参加態度はそれではすまないんです。審議会委員には多額の日当が支払われている（私たちの税金）と言うことにとどまりません。審議会委員は、事前に議事録を確認できるよう、さらには、次回の会合の議題をも事前に通知すべしと事務局に要求すべきなのです。その上で、委員諸氏はしっかりと勉強し、準備して会合に臨むべきなのです。<br>
<br>
　上記、東京新聞の指摘はそれはそれで鋭い指摘なのですが、選ばれた委員が自らに課せられた責任とそれに伴う行動を強く自覚することを、事務局は迷惑であっても、国民は求めています。<br>

<img src="http://counter2.blog.livedoor.com/c?ro=1&act=rss&output=no&id=2976977&name=oibore_oobora&pid=51770939" width="1" height="1" />
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<item rdf:about="http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/51770301.html">
<title>石背（いわせ）国の国衙（古代政庁舎）跡、福島県須賀川市</title>
<link>http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/51770301.html</link>
<description>（PCと管理人が健常である限り本ブログは月水金に更新されます）

東電と　歴代政府が　犯したる　重い犯罪　解明すべき

報道によれば、国会事故調委員会が、原子力組織改革法案等の閣議決定に関して、異を唱える声明を行いました： 
％％％％％原子力組織改革法案等の...</description>
<dc:creator>oibore_oobora</dc:creator>
<dc:date>2012-02-03T21:00:19+09:00</dc:date>
<dc:subject></dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[（PCと管理人が健常である限り本ブログは月水金に更新されます）<br>
<br>
東電と　歴代政府が　犯したる　重い犯罪　解明すべき<br>
<br>
報道によれば、国会事故調委員会が、原子力組織改革法案等の閣議決定に関して、異を唱える声明を行いました： <br>
％％％％％原子力組織改革法案等の閣議決定に関する国会事故調委員会声明<br>
<br>
政府は、去る1月31日、原子力組織改革法案及び原子力安全調査委員会設置法案を閣議決定しました。 <br>
私が委員長を務める東京電力福島原子力発電所事故調査委員会（国会事故調）は、法律に基づき、国会に設置された委員会です。その法律によれば、本委員会は、今般の事故を踏まえた「行政組織の在り方の見直し」を含め提言を行うことを任務の一つとしております。 <br>
本委員がかかる役割を担い、昨年12月から調査を行っている最中であるにもかかわらず、政府が「組織の在り方」を定めた法案を決定したことは、私には理解できません。 <br>
政府の決定の見直し及び国会における責任ある対応を求めます。 <br>
<br>
東京電力福島原子力発電所事故調査委員会<br>
　<br>
委員長　黒川　清<br>
％％％％％　転載終わり<br>
　この声明の意義を理解するために若干の説明を以下に付け加えておきます。先ずは「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会（とうきょうでんりょくふくしまげんしりょくはつでんしょにおけるじこちょうさ・けんしょういいんかい）」なる委員会が、2011年5月に内閣官房下に設置されています。その委員会のミッションは、「東京電力株式会社福島第一原子力発電所及び福島第二原子力発電所における事故の原因及び当該事故による被害の原因を究明するための調査・検証を、国民の目線に立って開かれた中立的な立場から多角的に行い、もって当該事故による被害の拡大防止及び同種事故の再発防止等に関する政策提言を行うことでした。この目的に沿って昨年12月末に700頁余にわたる中間報告がなされたことは良く知られています。これとは独立に国会が設置した東京電力福島原子力発電所事故調査委員会(委員長黒川清・元日本学術会議会長)が昨年12月に設置され、活動を開始しています。この委員会は、東京電力福島原子力発電所事故調査委員会法に基づいて設置され、福島第一原子力発電所事故の経緯と原因の究明と、今後の事故防止、事故が起きた場合の被害軽減策について提言する任務を課されています。<br>
<br>
この二つの調査委員会に加え、東京電力も事故の内部に調査委員会を発足させていると言います。又、政府から独立した民間の福島原発事故独立検証委員会(委員長・北澤宏一・前科学技術振興機構理事長)が、2011年10月から調査活動を始めているとのことです。<br>
　本日の声明は、こうした上記4つの委員会のうちの国会の事故調査委員会委員長によってなされたものです。これは、民主党政府の原子力政策の無知・混乱を意味しています。これまでの原子力政策の不十分な点欠陥を今回の事故の検証から明るみに出す。その上で、あり得べき原子力政策の骨子が浮かび上がってくるはずです。そのことこそが、日本国民の最大の関心事です。今回の内閣議決定は、そのことに一切の頓着をしないと言明したに等しいものです。原発事故から国民の安全を確保するという政治家としての最も基本的視点が決定的に欠落していることを自ら露呈してしまったのです。<br>
<br>
＋＋＋＋＋<br>
「栄」がついた地名は全国に沢山あります。ウイキベディアもそれに気が付いたのでしょう。どなたかが、調べられる限りでの地を列記しています。勘定すると50を越えます。東北と鹿児島に偏在するような印象がありますが、勘定漏れがあるのでしょう。実際、これから議論する須賀川の栄町が含まれて居ません。<br>
これに加えて「弥栄」と言う地名も少なくありません（例えば、矢吹（福島）、日立（茨城）など）。私は、これらの地名の多くは「須賀＝蘇我」に由来するのだろうと思っています。それは「そが＝＞すが＝＞すか＝＞さか」と転換したと思われるからです。すでに「か＜＝＞が」の相互転換については、口蓋音という発声学からも明らかであることを書いてきました。そう思うと、全国で一番数が多いとされる「八坂神社」の「坂」も、もともとは「栄」では無かったのかと私は想像しています。<br>
その須賀川市の栄町は石背（いわせ）国の国衙（古代政庁舎）があった場所とされています。須賀川市の教育委員会がその地を発掘し、多くの木造建築物の痕跡（土台石、柱痕など）を発見しました。この発掘で何よりも注目すべきは以下であると私は思っています：<br>
調査・発掘委員会は、建築物柱跡の配列を丁寧に分類し、跡列が時代にまたがって同じ場所に異なる様式で建築されたことを見出したのです。つまり古い建築物を建て替える際に、その様式を以前と違えて建築していることが分かりました。誠に興味深い発掘結果が、参観者に強烈な印象を与えるます。須賀川市立博物館内での写真撮影は、宜しく無かろうと考え、手元の紙にメモした図が下です「拙いスケッチであることをお詫びします」。<br>
 <a href="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/3/0/30a3ffef.jpg" title="DSC05424" target="_blank"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/3/0/30a3ffef-s.jpg" width="500" height="375" border="0" alt="DSC05424" hspace="5" class="pict"  /></a><br /><br>
　ローマ数字I, IIと付されている建物群は南北を向かず西に傾き、且つその建築年代は古いと展示に付された説明文は書きます。上の図に私は書きませんでしたが、それ以外の建物群には、III-VIのローマ数字が付いています。これらはどれも南北「東西」に向いています。<br>
この図の説明には、私がここで、書くよりは、以下の報告書写しをご覧ください。これは、須賀川博物館学芸員の方のご好意で閲覧させていただいた発掘調査報告書の一部です。衝撃的です。<br>
 <a href="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/c/0/c0ed9b77.jpg" title="DSC05574" target="_blank"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/c/0/c0ed9b77-s.jpg" width="500" height="973" border="0" alt="DSC05574" hspace="5" class="pict"  /></a><br /><br>
　この報告書IVまとめの②でこの遺跡の建物郡が時代に応じたきわめて重要な特徴を有していることがしるされています。先ずは「I期」です。これは、私の拙いスケッチ図で「I」と記された建造物跡を指します。この建造物が南北方向に建築されておらず、西に偏していることに、報告書は強い関心を示しているのです。このブログを読んでくださった方々は「I、II期の建築物の方位」、つまり具体的な角度について多大なる関心をお持ちと思います。私もそれについて最も大きな「問い」を持っていたのですが、当日午前、鉾衝神社の背後の森の探検（磐座（いわくら）探索）で藪の中を歩き回り相当な頭痛に悩まされ（寄宿後鼻血、これらが年齢を顧みない急激な登坂による一種の熱中症であるか否かは不明）、学芸員の方に尋ねることを失念していました。判明次第、このブログにてご報告いたします。<br>

<img src="http://counter2.blog.livedoor.com/c?ro=1&act=rss&output=no&id=2976977&name=oibore_oobora&pid=51770301" width="1" height="1" />
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<item rdf:about="http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/51769905.html">
<title>須賀川市栄町郡衙跡</title>
<link>http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/51769905.html</link>
<description>（PCと管理人が健常である限り本ブログは月水金に更新されます。）

　鬱々と　我が来し方を　顧みて　来（こ）し世に歓（よろこび）　来（こ）ぬと悟りぬ

　小説家が、私小説仕立てで己が心情を語ります。あれは、「自分を語りたい」との内部からのつきあげがあるのだ...</description>
<dc:creator>oibore_oobora</dc:creator>
<dc:date>2012-02-01T21:00:02+09:00</dc:date>
<dc:subject></dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[（PCと管理人が健常である限り本ブログは月水金に更新されます。）<br>
<br>
　鬱々と　我が来し方を　顧みて　来（こ）し世に歓（よろこび）　来（こ）ぬと悟りぬ<br>
<br>
　小説家が、私小説仕立てで己が心情を語ります。あれは、「自分を語りたい」との内部からのつきあげがあるのだろうと思います。そして、その語る内容には「普遍性」がある故に、読者の共感を得られるとの確信があるのだらうとも思います。そこには、「自分は他者とは異なる」との傲岸な自尊心が無いのだろうか？作家というものは最も自尊心の強い人種であると思うのですが。<br>
　文才の無い凡人は、なかなか上手に自己を語れない。「（私の嫌いな）自己顕示（つまり自慢話ですね）」あるいは、「自己顕示と他者に悟らせないための自虐」という、二つの「自己愛」の狭間で凡人は右往左往します。この二つは言わば盾の両面です。まあ、「自虐」のほうがより「知的」との印象を他者に与えるので、インテリはそちらを好む傾向があります。<br>
まあ、私は文才がないという事も理由ですが、自分を語りたいとの衝動は起きません。ではありますが、時々、誰にという事でなく「ウオーッ」と叫びたい衝動が体の芯を駆け抜けることがありますね。それは過去の敗北感・懺悔感・罪悪感などの綯い混ざった感情です。上記の歌はその衝動が収まってから詠んでみました。現世で抱え込んだ敗北感・懺悔感・罪悪感を来世にも引き摺って生（？）きねばならぬのか、との絶望と諦めの歌であります。生に？を付したのは、「来世」があるとしてそこで死者は「生き」るのか否かが定かでない故です（こういうのを「蛇足」といいます）。<br>
<br>
さて今朝の東京新聞朝刊一面に下記の記事が出ています：<br>
％％％％％％東京新聞記事引用<br>
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2012020102000039.html<br>
被ばく基準緩和　ＮＨＫ番組　原発推進団体<br>
2012年2月1日 朝刊<br>
 <br>
　ＮＨＫが昨年末、国際的な低線量被ばくのリスク基準が政治的な判断で低く設定されたという内容の番組を放映したことに対し、原子力発電推進を訴える複数団体のメンバーらが「（番組内容には）誤りや論拠が不明な点、不都合な事実の隠蔽（いんぺい）がある」として、ＮＨＫに抗議文を送っていたことが分かった。　<br>
　団体側はＮＨＫに先月末までの回答を求めていた。ＮＨＫの広報担当は「番組内容に問題はないと考えているが、（抗議には）誠実に対応させていただく」としている。<br>
　抗議文は外務省の初代原子力課長、金子熊夫氏が会長を務める「エネルギー戦略研究会」、東京電力出身の宅間正夫氏が会長の「日本原子力学会シニア・ネットワーク連絡会」、元日立製作所社員の林勉氏が代表幹事の「エネルギー問題に発言する会」の三団体が作成、提出した。<br>
　番組は昨年十二月二十八日に放送された「追跡！真相ファイル　低線量被ばく　揺れる国際基準」。国際放射線防護委員会（ＩＣＲＰ）が被ばくによる発がんリスクの基準設定を政治的な判断で低くしたという趣旨を同委員会メンバーへの取材を交えて報じた。<br>
　これに対し、団体側は「インタビューの日本語訳が意図的にすり替えられている」「政治的圧力で（被ばく）規制値を緩和したかのような論旨だが、論拠が不明確」などと指摘し、調査を求めた。<br>
　三団体は過去にも報道機関に「原子力は危ないという前提で、編集している」といった抗議活動をしてきたが、東京電力福島第一原発事故後では今回が初めての行動だという。<br>
　原爆の影響調査に携わってきた沢田昭二名古屋大名誉教授は「番組の内容は正確。日本語訳もおおむね問題はなかった。重要な情報を伝える良い番組だった」と話している。<br>
％％％％％引用終わり<br>
　あの大規模原子力発電所災害が起きて一年も経たずして、その災害の張本人の側から「巻き返し」の動きがおおっぴらになりました。今般の事故について未だ、東京電力、日本政府、そして原子力村に寄生する学者・官僚の誰もが責任の「せ」の字も取っていない中での全く驚くべき新たな事態の新展開と思えます。<br>
<br>
＋＋＋＋＋<br>
　話しを須賀川市に戻します。ここで一つ疑問があります。すでに書きましたが、蝦夷民の106度聖方位（以後、そう呼ぶ事にします）と高・蘇我一族の聖方位構築との時間的順序です。これが見えてくると須賀川市西方の錯綜する方位の時間的順序が見えてきます。そうすると何時の時期にどの部族がこの地に拠していたのかが見えてきます。<br>
前回書きましたが最上徳内が自著に書いた蝦夷民の生活風習では「米を通じた年貢」に言及しています。それは、「荘園」という仕掛けで貴族が田舎の農民を収奪した時期までさかのぼることができます。このとき既に蝦夷民は東北に居たのでしょうか？平城京に拠点を置く大和王朝は度々蝦夷征討のため軍をこの地に送っています。その対象は蝦夷民であったとされていますが、、実は九州王朝の殲滅後この地に逃げてきた一族ではなかったのか？<br>
十五世紀に、カムイ館跡に二階堂氏が諏訪神社を勧請したときには、その時には既に、須賀川からは蝦夷民は退去していたのでしょう。とすると、それ以前まで蝦夷民はこの地で長く生活を営んでいたのでしょうか？とするなら、須賀川市西部に痕跡をとどめる高・蘇我一族活動時期との時間的、あるいは地政学的関係はどうであったのでしょうか？このことを少し考察してみたいと思います。私の関心は、東北地方に一時期たりといえども盤居した高・蘇我一族と蝦夷民が共存した時期があったのだろうか？というものです。<br>
<br>
ところで、石背国の郡衙は須賀川に在ったとされています。郡衙跡と思われる須賀川市栄町が市の教育委員会の手で発掘されています。その発掘写真数葉が須賀川市博物館に展示されています。下の図で栄町は1番、博物館は5番です。博物館に上記の疑問に答える何かがあるやも知れません。<br>
<a href="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/a/b/ab92eb8c.jpg" title="sukagawa" target="_blank"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/a/b/ab92eb8c-s.jpg" width="500" height="611" border="0" alt="sukagawa" hspace="5" class="pict"  /></a><br /><br>
　この博物館はこじんまりとしていますが、展示は良質です。この地の篤志家が個人的に収集し自宅で展示していたのを須賀川市に移したとのことです。須賀川市のみでなく周辺村町の資料が揃っておりそれらは自由に閲覧できます。既に書いた二つの神社の調査を兼ねて、近日中に泊りがけで博物館を訪ねることを計画しています。博物館には魅力的な女性が数人、館員として資料の整理などに当たっていますので、何か甘いものなぞを持参して行こうと思ってます。<br>
（つづく）<br>

<img src="http://counter2.blog.livedoor.com/c?ro=1&act=rss&output=no&id=2976977&name=oibore_oobora&pid=51769905" width="1" height="1" />
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<item rdf:about="http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/51769461.html">
<title>神炊館神社（４）、福島県須賀川市</title>
<link>http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/51769461.html</link>
<description>（PCと管理人が健常である限り本ブログは月水金に更新されます）

きな臭い　富士のお山の　足元に　起きた事件が　わが地を揺らす

土曜日の地震は気味の悪い地震です。報道などでは、富士山直下の大きなマグマ溜りへの地震などによる「ゆさぶり」がマグマを目覚めさせ...</description>
<dc:creator>oibore_oobora</dc:creator>
<dc:date>2012-01-30T21:00:02+09:00</dc:date>
<dc:subject></dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[（PCと管理人が健常である限り本ブログは月水金に更新されます）<br>
<br>
きな臭い　富士のお山の　足元に　起きた事件が　わが地を揺らす<br>
<br>
土曜日の地震は気味の悪い地震です。報道などでは、富士山直下の大きなマグマ溜りへの地震などによる「ゆさぶり」がマグマを目覚めさせると書いています。マグマが動くから地震があるのでなく、逆だと言うのです。2002年にノーベル物理学賞を授与された小柴博士の研究対象は、ニュートリノでした。このニュートリノを用いて地下マグマの挙動を把握できると言います。近日中に何がしかの成果が見えることと期待します。このニュートリノ、今やしっちゃかめっちゃかの状態となっている福島第一原子力発電所で、メルトスルーし、破断した圧力容器、格納容器を通り越して地下深く浸入中といわれいぇいる、高温ウラン燃料の現状把握の強力な道具としても期待されています。地下水と接触すれば、地下水が瞬時に蒸発、所謂水蒸気爆発です。こうした一寸先のシナリですら予測できていないにも拘わらず、『冷温停止「状態」』と野田氏は言い張るのです。<br>
<br>
前回、書きましたが、１０６度方位は１１月の初旬の祭祀行事の日を与えるためである事がわかりました。「神」である「熊」に、寒い冬の間お休み頂くという慰労の祭礼であったのでしょうか？それとも二年おきに小熊を祭るとされる、所謂「熊」祭り（イヨマンテ）が、この時期であるのか、要調査課題です。<br>
　「くま＝神」と、思うと宗教書としての日本書紀を改めて認識させられます。景行天皇の指示で九州討伐に向かった倭武尊が「征討」したとされる相手は「熊襲」であり「土蜘蛛（くも＝くま」です。つまり在来の「熊＝神」が、征服されてしまいます。神功皇后の九州遠征でも同様です。日本書紀が書く九州征討は文字通り宗教戦争であることがわかります。しかし、この戦争は苦難の連続であった。それは、この熊襲・土蜘蛛退治話が繰り返し書紀で語られていることから窺い知れます。つまり日本書紀は「石」、「木」に神が宿るとする「産土（うぶすな）」さん信仰を弾圧・排除しました。次には、「くま＝かみ」信仰勢力をも制圧しました。そして、最後に残された最強の敵「シリウス星」信仰を抱く「高・蘇我」一族を唐・新羅の力で屈服させたのです。それが、666年の事です。日本書紀では、その時期を645年と２１年ほど前にずらし、「大化の改新」としてその制圧を「蘇我＝逆賊」とするシナリオを以って描き出しました。まさに日本書紀は宗教戦争の書であると思う由縁です。<br>
　<br>
さて、それはさておき、以前私は入浴・トイレでの「おかず」に時代小説を持ち込むと書きました。いずれ、このブログでも「時代小説」論を書きたいと思うくらい、市の図書館に備わっているそれらを読んでしまいました。作家の作風もおおよそわかり、未読の時代小説は作家の名前から筋書きの展開、主人公の様態が想像でき、それほど魅力的でなくなってしまいました。そうしたなかで、手にしたのが宇江佐真理です。北海道函館出身ということで、松前藩を舞台にした小説を多く書いています。学研文庫が「人情捕り物傑作選」と題して力量があると思われる作家の短編をまとめています。その中にこの作家が選ばれています。直木賞候補にも上ったとのことで力のある作家のようです。その宇江氏作品の一つに「最上徳内」を書いたものがあります。「錦衣帰郷：最上得内（高宮元吉）伝」です。<br>
　その短編の中で、主人公最上徳内に、何故彼が蝦夷に関心を持つに至ったかを語らせています<br>
「昔な、うっと昔だ。このあたりにも蝦夷が住んでいだごとあるんだ。やつ等は狩ばかりすて米ばつくらねがった。米ば作らねごったば年貢のいらねってことだ。蝦夷は庄屋にも代官にもお屋形様にもいばられんってことだ。おらは、誰にもしばられね蝦夷がうらやましかっただ。したどもこのあたりは米作りの本場ださげ蝦夷は次第に土地を追われた。残ってるのは蝦夷が島だけだ。蝦夷がそこでまた土地を追われるのが不憫だと思って蝦夷に米つくり場教えるベ。。。。」と。<br>
これが、最上徳内が著した「蝦夷草紙」からの引用なのか、それとも作者宇江氏の手になるものかわかりません。しかし、東北日本では、確かに現在「アイヌ」と呼ばれる部族が生息していたのです。そして「思想」（宗教）史の視点からは上で書いてきたように神社とその特殊な参道方位を通じてその痕跡をしっかりと遺していることが判明したのです。と、言ってもアイヌ族が神社なる建築痕跡を遺したとは思えません。何がしかの伝承を通じて１５世紀に二階堂氏がその地に社を建立し、さらには特殊方位を尊重しそれをも参道として残したのだろうと思います。<br>
　上に書いた時代は、田沼意次から白川藩主松平定信が老中となる１８世紀から１９世紀にかかる頃です。宇江氏は松前藩での騒動を題材にした短編集を書き、その中で蝦夷と本州列島徳川幕府との確執（奴隷扱い）にも言及し、さらには松前藩に加えて大陸・山丹人との交易を通じた蝦夷のお人良しが故の収奪されっぱなしの悲哀を詳述しています。<br>
　この最上徳内は多数回の蝦夷行きで「蝦夷の民」の悲惨な生活を目の当たりにします。それは大陸との交易を通じた不平等、そして松前藩による非道な収奪・酷使によるものでした。溜まりかねた蝦夷の民は反乱を起こします。それが、偶然とは言えなんと1789年のことです。海を越えて遥か西の国フランス革命の年です。それはさておき、その惨状を見かねた徳内はそれを幕府高官にありのまま報告するのですが当時の老中松平定信はその報告を邪推し、獄舎につなぐなどの事件もありました（後日、徳内の学者仲間の尽力で嫌疑が晴れ、その後も数回蝦夷調査にいっています）。<br>
　最上得内の生地は山形県東部です。何時の時代か定かではないけれども蝦夷の民は、確かに東北日本、それは福島県南部にいたる広い域で活動していたのです（茨城県にも活動の痕跡が残されていると主張する研究者もいます）<br>
。<br>
　さて、この神炊館神社の宮司さんから頂いた由緒書きにはもう一つ注目すべきことがかかれていました：特殊神事として以下が書かれています「秋季例大祭の際に執行される神事で，神官三人がお鉾を奉じして社殿を三周します。このお鉾はこれまで渡御祭で旗場をお払いした御幣を巻きつけ上部に突き出た鍬型の鉾の周囲を茅と榊で飾ってつくられています（下の写真、由緒書より」。<br>
<a href="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/3/0/306324f6.jpg" title="DSC05573" target="_blank"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/3/0/306324f6-s.jpg" width="500" height="829" border="0" alt="DSC05573" hspace="5" class="pict"  /></a><br /> <br>
なんと、この神社神事に「鉾」が登場したのです。由緒書には鉾衝神社との関連は書かれていません。しかし、この神社とのつながりを思わせる神事が神炊館神社に残されていることが判明したのです。私としても再度、この神社を訪ねねばならないことになりました。<br>
（つづく）<br>

<img src="http://counter2.blog.livedoor.com/c?ro=1&act=rss&output=no&id=2976977&name=oibore_oobora&pid=51769461" width="1" height="1" />
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<item rdf:about="http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/51768906.html">
<title>神炊館神社（3）、福島県須賀川市</title>
<link>http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/51768906.html</link>
<description>（PCと管理人が健常である限り本ブログは月水金に更新されます）

　この寒さ　放射能故かと　思いつつ　日向で丸まり　居眠りこく

遅ればせながら下は2011年１月２0日（土）付けの東京新聞切抜きです。
 
　スロー地震については、本ブログ2011年１１月28日にも書き...</description>
<dc:creator>oibore_oobora</dc:creator>
<dc:date>2012-01-27T20:22:43+09:00</dc:date>
<dc:subject></dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[（PCと管理人が健常である限り本ブログは月水金に更新されます）<br>
<br>
　この寒さ　放射能故かと　思いつつ　日向で丸まり　居眠りこく<br>
<br>
遅ればせながら下は2011年１月２0日（土）付けの東京新聞切抜きです。<br>
 <a href="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/8/d/8d74edf5.jpg" title="DSC05558" target="_blank"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/8/d/8d74edf5-s.jpg" width="500" height="645" border="0" alt="DSC05558" hspace="5" class="pict"  /></a><br /><br>
　スロー地震については、本ブログ2011年１１月28日にも書きました。<br>
http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/51755968.html<br>
 こうした、ゆっくりとした岩盤の動きが大地震の引き金になるのか、それとも、来る筈であった大地震の謂わば「ガス抜き」の役割を果たすのか？これまで多くの研究は全て後付けです。これも後付ですが、興味深い。あの巨大地震前の2011年2月7日に始まった微小地震群を締めくくるように起きた3月9日のマグニチュード７．５の地震は、「ガス抜き」ではなく、まさに巨大地震域にさらなる歪を付加する過程であったと、上記研究は言います。どこに「ガス抜き」地震か否かの差異があったのか？考察をさらに極めて欲しいものです。私自身は、2010年1月17日（奇しくも15年前の神戸地震発災日）に近辺で起きたマグニチュード５．６の地震にまで遡って、応力変化とその及ぼす領域を丹念に計算するならば、翌年311地震までの近辺の歪（ひずみ）蓄積過程が見えてくるのではと思っています。<br>
　そして、その結果を、一年間での微小な地殻変動変化、地震現象とはあまり関わりがないと思われるような地磁気変化、電離層、海底地殻熱流量、地下水位、地下水温度、三陸近辺の温泉温度、さらには地下からの希ガス放出（ラドン）など、さらには近海で収穫される魚類などのデータを収集し、比較することから何がしかのアイデアを搾り出すことが肝要と思います。<br>
<br>
兎角、地震研究者は「地震現象は岩盤の破壊という物理（力学）現象であるからして、破壊にかかわる岩盤の歪こそに何よりも信頼できる前兆が生ずるはず」との信仰に凝り固まってるように思えるのです。ところが、これまでの巨大地震に限らず、さほど大きくない米国のパークフィールドの地震においてすら、破壊物理（力学）現象に先立つと思われる一切の破壊的（力学）症状が観測されていない。地震研究者はここから学ぶべきなのです。地震現象は、地学的に多様な物理化学熱学プロセスを付随する複合的な岩盤破壊現象であることを肝に銘じ、少々無駄かなと思うような観測にも触覚の手を伸ばしておくべきです。<br>
<br>
<br>
　さて、本題に戻ります。このブログの意図するところは、「朝鮮半島を経ずして、沿海州を横切って、或いはカラフト・北海道を経て本州に渡来した一族が存在した」との仮説の検証です。何故ならこの仮説こそが、万葉集一巻に詠われる初期の歌群の解読に有効と思えるのです。そして、繰り返し書いてきましたが、これまでの殆どの万葉集研究者・学者さんは、巻一の歌群の解読をほぼ諦めているのです。例えば、一巻「九歌」は解釈不能と投げ出し、「十五歌」は、それが何故「十三歌」の反歌かわからないと匙を投げています。一巻の歌は学者さんたちを深く悩ましているのです。<br>
<br>
　検証の手段の一つは、この一族が本州および九州に遺した「特殊な方位」でした。私は、この一族は渡辺豊和氏の説に従い「高・蘇我連合体」であったろうとして、その方位に「高・蘇我聖方位」と名づけています。この方位は、地球から最も明るく輝く恒星であるシリウス星を崇める宗教に因って居ます。漆黒の真夜中を照らすことから、それは「火」を崇めることでもあります。宗教学的には更なる深遠な思考が幾層にも重なったゾロアスタ教（拝火教）に結実したものです。これについては、すでにこのブログでも繰り返し引用してきましたが、よく知られている研究者が松本清張氏です。これも繰り返し書いてきました。<br>
<br>
　このシリウス星の方位は夏至日の真夜中に北から時計回りに測って150度ー180度の範囲で、高度は35度当たりに輝きますから可視です。実際どのように方向を測定し、それを地表の目標建造物に投影したのか？大変興味深いことです。そもそもシリウス星を崇める思いは、エジプト、ペルシャなど、それが、もっと天空上の高い位置に観測され、しかも周囲に観測のための障害物が多くない砂漠域です。しかし、日本列島にあっては、高度は低く山が多い。深夜の観測ですから、山の頂上に定められた固定点から、星を眺めその線上に何がしかの目印をつけたのだろうと思います。観測は深夜ですから目印は「火」しか考えられません。こうして目印を延長し、八溝山ー鹿島のような長大な「聖方位」が構築されたと想像しています。夜中に立てた目印は、昼間の作業で確定されます。その昼の作業で用いられたのが「鏡」です。「かがみ」との音は「香々」（かが）背男一族が用いたということからその「香々」をとったのではと思います。勿論卑弥呼の時代に魏から鏡を貰っていますから、鏡すらも「高・蘇我」一族が日本列島に持ち込んだとは思っていません。<br>
<br>
　さて、いずれにしてもこの高・蘇我聖方位は天空上にあるれっきとした目印を使って構築されています。然るに、前々回までに議論してきた106度にどのような目印があるのでしょうか？昼であれば、太陽、夜であれば月またはシリウス星と言うことになります。月は満ち欠けがあります。シリウス星以外の星を考えることが出来ますがそれはシリウス星と比べて暗い。となると、目印は昼、つまり太陽と言うことになります。<br>
　北から時計回りに測って106度、つまり東から南に16度の方位から太陽が昇る時期を考えることにします。秋分が真東、冬至時は須賀川ではほぼ東から南へ30度です。従って106度は秋分と冬至の中間日となります。9月23日＋１６度ｘ（90日／30度）という簡単な計算から、それは11月10日前後となります。　前回須賀川市の松明祭りが11月第二週と書きました（神炊館神社由緒書き）。ピタリと一致しました。この時期に何を祀ったのでしょうか？私は「神」であるクマの冬眠が始まる時期ではないかと考えています。<br>
<br>
　下記は、本ブログを何時も丁寧に読んでくださり、ご本人も九州にあって大宰府近辺を調査しておられる私の大切な知人から頂いた通信に私が差し上げた返書の一部です：<br>
『「神」と「カム」の語感の酷似を梅原猛氏は度々その著作で指摘し、その酷似が偶然ではないだろうと書いておられます。私は、本来の聖なる存在「カム(くま）」が書紀編纂一派のどす黒い思惑で、「神」に置き換えられ、その漢字に、当時の在来の民が用いていて、「くま」と音が似た「かみ」を当て在来の民の目をごまかしたのだろうと思うに至りました。』<br>
<br>
　実際、神炊館神社から愛宕山を経てさらに東に行くとすぐに阿武隈川（アブ＝火、くま＝かみ、火の神）です。そして、この視点から、もう一度万葉集一巻を読み直す必要があると考えています。何故なら、そこには、一歌にとどまらず、十六歌など、いたるところに「クマ」（隈）が遣われています。これは、実は「神聖な存在」、『崇むべき存在』つまり、書紀の言葉遣いで言うところの「神」を暗示しているのではと思うに至っています。とするならば、これまでの解読の視点は変ってきます。<br>
　（つづく）<br>

<img src="http://counter2.blog.livedoor.com/c?ro=1&act=rss&output=no&id=2976977&name=oibore_oobora&pid=51768906" width="1" height="1" />
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<item rdf:about="http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/51768500.html">
<title>「福島原発、人災記、安全神話を騙った人々」（現代書舘）を読む</title>
<link>http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/51768500.html</link>
<description>（PCと管理人が健常である限り本ブログは月水金に更新されます）

雪ダルマ　さああ作らんと　張り切るも　遊んじゃダメと　母親叫ぶ

　下校途上の子供たち。最近は登・下校途上の子供たちが犯罪などの危険に晒されるのを防ぐべく数人の親が付き添います。その付き添い...</description>
<dc:creator>oibore_oobora</dc:creator>
<dc:date>2012-01-25T19:30:30+09:00</dc:date>
<dc:subject></dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[（PCと管理人が健常である限り本ブログは月水金に更新されます）<br>
<br>
雪ダルマ　さああ作らんと　張り切るも　遊んじゃダメと　母親叫ぶ<br>
<a href="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/4/a/4af7bba3.jpg" title="DSC05566" target="_blank"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/4/a/4af7bba3-s.jpg" width="500" height="375" border="0" alt="DSC05566" hspace="5" class="pict"  /></a><br /><br>
　下校途上の子供たち。最近は登・下校途上の子供たちが犯罪などの危険に晒されるのを防ぐべく数人の親が付き添います。その付き添い者の隙を窺っては子供らは畑に積もった雪で遊びたがっています。しかし、お母さんは、雪が放射能で汚染されている可能性を案じ、「汚いからダメ」と子等を牽制しています。「雪、黒くなってないよ」と子等はぶつぶつ。３１１以後子供たちは雪遊びすら出来なくなっています。東電よ！どうしてくれるのだ！<br>
 <br>
そして、又も腹立たしい事実が明るみに出ました。以下はNHKの報道テキスト版から。<br>
％％％％％「重大疑惑　犯人は誰だ　官邸「原発対策本部」議事録がない！」<br>
【政治・経済】<br>
2012年1月23日 掲載<br>
民主党政権のデタラメが改めて俎上に上っている。「原子力災害対策本部」の議事録の問題だ。昨年５月に枝野官房長官（当時）が「議事録を取る場がほとんどなかった」と明かしていたが、“ほとんど”ではなく“まったく”作成されていなかったのである。<br>
「原子力災害対策本部」は、総理大臣が本部長に就き、全閣僚がメンバーとなって、事故当日の昨年３月１１日に設置された。除染の基本方針や避難区域、農作物の出荷制限など、原発事故をめぐる重要な決定をしてきたとされる。<br>
　ところが、ＮＨＫによると、会議の議題を書いた「議事次第」を作っただけ。会議でどんなやりとりがあったかが分かる「議事録」は作っていなかったという。事務局を務めていた原子力安全・保安院の担当者は、ＮＨＫの取材に「業務が忙しく議事録を作成できなかった」と釈明している。<br>
　しかし、公文書管理法は、政府の意思決定の過程を検証できるようにするために、重要な会議の記録を残すように定めている。議事録ゼロはあり得ないし、あってはならない。自分たちの失策が記録されると困るので残さなかったか、本当はあるのに誰がなにを話したかバレるとマズイので、なかったことにしたのではないか。どう考えても不自然だ。公文書の管理に詳しい名古屋大特任教授の春名幹男氏はこう言う。<br>
「議事録を作成しないという重大事を、官僚の一存で決められるとは思えません。民主党は“政治主導”を掲げていたからなおさらです。菅総理か枝野官房長官の指示があったと考えるのが自然。恐らく、情報もなく、微妙な問題なので『フリートークでいきましょう』となったのでしょう。ただ、官僚の習性として個人的にメモを残しているはず。あとで大臣から『あれはどうだったかな？』と聞かれた時、答えられないと困りますからね。３・１１以降、官邸がどう動いたのかは、将来、同じ過ちを犯さないためにも、絶対に記録しておくべき。議事録がないのは国民的な損失です」<br>
　いったい、誰が「議事録」の作成を止めたのか、会議でなにが話されたのか。官僚の個人的なメモでもなんでもいいからかき集めて、真相を明らかにしないとダメだ。<br>
％％％％％<br>
<br>
　3月11日の大震災、原発災害に当たって、国民の生命と安全を早急に確保することを第一義とする原子力対策本部会議の議事録が無いというのですから驚きを通り越し呆れます。自らの無能・無策を曝け出したくないとの政治家自らの保身故との断定は、この内閣の当時の言動から容易にうなづけます。国家存亡の折こそ、そこで何がどう議論されどう結論されたのか、その過程を詳細に残し事故対応の検証に役立てるとの発想が欠落していたのです。また、それを後世に残すことが、将来の同様の災害への対処に不可欠だなぞの思考は完璧に欠落。菅・枝野氏など官邸中枢には全くそうしたことは念頭に無かった。繰り返します。ただひたすら、取り乱し、自らの無能・無策を後世に曝け出したくなかった。ためにその証拠となる議事録が作成されなかった。これは法律違反、つまり犯罪なのです。なぜ司直の手がはいらないのか？<br>
<br>
　官邸中枢の無能・無策、それらを隠蔽する役割を担ったのが所謂「御用学者」達の存在です。「福島原発、人災記、安全神話を騙った人々」（川村湊著、現代書舘、2011年4月25日）は、原子力委員会、原子力安全委員会、経済産業省原子力安全・保安院の幹部達が311事故前に言い放っていた「原子力発電は安全であり、且つ日本国の経済発展に不可欠である」との発言（放言）、会議録などを忠実に記載しています。この本は大原発震災直後に発刊されました。著者は文芸評論を専門とする法政大学教員です。多分震災以前には、自然災害、原発問題にほとんど関わりがなかったのではないでしょうか。3月11日から二週間の主要出来事をメモしつつ、それらに関連付けて学者達の事故前の言動を挿入します。読者は学者たちの過去の発言と、それとは間逆に悪化・進行する事故を対比できる仕掛けとなっています。単に「昔、随分と威勢のいい事を言ってたじゃねえか」と、学者たちを揶揄するにとどまらない資料的な価値を有しています。但しこうした硬派出版物が堅持して欲しい「論理」が幾分軽んじられ、情念的怒りを読者に訴えるという軽さが垣間見られます（緊急出版であるので仕方が無いという面はあったのでしょう）。<br>
<br>
　それはさておき、何人かの主要人物についてはその経歴をも紹介します。一つ補足するなら、現在の原子力委員のお一人は、東京電力幹部在職中の数年前までIAEA部局長（IAEA幹部ポスト）を兼任しています。当時、日本政府は「大物をIAEAに送り込めた」と語り、喜んだと言われています。IAEAには相当数の原研、東電、三菱などからの出向者が働いています。彼らの役割はIAEAとその背後の国際原子力マフィアの動向を探る事もさり乍ら、むしろその意向を日本国内の上記原子力関連国内機関に伝えるという役割であったのだろうと思っています。現代書館はこれまでも原子力発電が抱える諸問題をいろいろな切り口から解き明かす良本を、想定される読者数が多くないと見込まれるにも拘わらず出版してきました。2011年9月26日記事参照。<br>
http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/51742049.html<br>
とすれば、原子力にかかわる国際的背景を切り口とした出版をも期待したいものです。<br>
<br>
　ところで、私のような技術屋は正直なところ、忸怩たる思いでこの本を読みました。読み進めるのがかなり辛い本でもありました。171-178頁に記載される班目原子力安全委員長の言は、私には誠に「理解」できるのです。氏の議論は「安全、安全と言ってたら限（きり）が無いじゃないか」に行き着きます。それは、何時（いつ）の時代にあっても「技術」問題が抱える宿痾のようなものです。ワクチン問題しかり、遺伝子工学しかり、薬品然り、です。「耐震技術を含む防災技術」、「自動車、汽車など運搬技術」も例外ではありません。技術には必ずや解明されないままの部分があり、それがどういう事態でどう「悪い方に」発現するか予測ができないのです。結局は「見切り発車」となります。実際、「タミフル騒動」に見られたワクチン問題では、医師・研究者間で未だに見解がまとまっていないとも聞きます。<br>
<br>
　しかし、それらの分野の技術と原子力問題との間には決定的な差異があることも事実です。それは技術が破綻した際に及ぼす害の途方も無い甚大さです。原子力技術分野にあっては、御用学者と呼ばれる人たちは「限が無い」論に逃げ込んで、この重大な差異に意図的に目を瞑ったと言えます。現在名指しされている学者さんがこの差異を重大視し、非協力を申し出たところで、権力は金力で代替学者を立ててくるであろう事も明らかです。とすれば、学者の側の非協力で以って原発政策推進を阻止することは先ずできません。<br>
<br>
　この「限が無い」論は、更なる問題を孕んでいます。昨今、３１１大地震で面目を失った地震学者さん達が、「東京も４年以内に直下型地震」、「東海地震も巨大型で発生確率は８７％から８８％」、「中央構造線沿い、松本を中心に巨大地震」、「日本海溝外側で巨大津波地震の可能性」という具合であそこも、ここも危ないとの警告を発っしています。市井の素人予言者の「言」でないところが悩ましいのです。以前、藤田和夫先生の本をここで紹介しましたが、日本列島はどこもかしこも危ないのであって、それこそ「限が無い」のです（2011年12月５日記事）。<br>
http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/51757408.html　<br>
<br>
　日本列島に住む我々は「限が無い」論にこだわっていると「限が無い」ので、それに目を瞑って、なけなしの金をはたいて「危ないかもしれない場所」に家を建て、津波の危険が指摘されていても、そこを漁場拠点にするしかなかったのです。どこかで「見切り」をつけざるを得ない。しかし、「見切りの付け所」を間違えた結果が今回の酷い甚大災害です。<br>
　であるからして、「あそこも危ない、ここも危ない」と言い立ててきた地震学者だけが真っ当な学者であり、それ以外はすべて御用地震学者なのか？上記本の著者は冒頭でそのように明言しています。が、私はそれに異を唱えたく思っています。<br>
　『「あそこも危ない、ここも危ない」と言い立てるにしてはそれほどの地震災害が起きていないではないか？」、だから「浜岡も福島でもそうすぐに大地震は起きないと想定できる」（こう露骨に証言したわけでは無いが）。』とは、班目委員長の浜岡原発裁判での証言でありました。３１１前に、その証言に一定の説得力を持たせてしまったのが「あそこもここも危ない」論ではなかったか？「あそこもここも危ない」論者の地震予知の雑駁さ（単純論理）に付け込まれているのだと思います。科学的根拠を明示できていないのです。東京直下地震についても、それは統計学であって、「ああなってるので、こうなるはず」と言った議論ではありません（じゃあ、どうすれば良かったのか？私は対案を持ち合わせません）。<br>
<br>
　この本の著者は冒頭で「広瀬隆」氏を引用しています。氏について思い出すことがあります。とある田舎町でタクシを利用しました。1990年代の初めではなかったかと記憶します。運ちゃんは大変饒舌な方で「数年前から数回にわたって乗せた乗客からとんでもない話を聞いた。その人は東電から付け狙われており、命の危険を感じていると、言っていた。どうも原発がらみらしい」と語るのです。風貌、年齢などから推察すると、その客はどうも広瀬隆氏ではなかったかと、後日私は想像しました。この話に直接の関わりがあるのか無いのか定かでありませんが、運ちゃんの夫人が後日自殺、運ちゃん自身も数年後死亡されたと運ちゃんの同僚から後日聞かされました。<br>
<br>
　本の著者は、広瀬氏の原子力発電所問題の発言および著作を高く評価しつつ広瀬氏のもう一つの大きな業績である「ロスチャイルド」一族研究については、自分はわからないとして記述を避けています（「赤い盾」、集英社文庫、2006年）。世界のウラン資源の大半に大きな影響力をかぶせていると思われるロスチャイルド一族に言及せずにすますことは出来ないのではないでしょうか。著者には、ここにも議論の手を広げる責任があるのではと考えます。必然的にIAEAに言及することにもなるのでしょうが、これには出版社ともども大変な勇気が求められるのかもしれません。<br>
 <a href="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/8/8/88b01d0a.jpg" title="wine" target="_blank"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/8/8/88b01d0a-s.jpg" width="500" height="418" border="0" alt="wine" hspace="5" class="pict"  /></a><br /><br>
（どなたから頂いたのか記憶が無いのですが、チリ産ロスチャイルドラベルのワインです。右に書かれている能書きが興味深い）<br>
<br>
「御用学者」論が長くなってしまいましたので、須賀川市の続きは次回書きます。<br>

<img src="http://counter2.blog.livedoor.com/c?ro=1&act=rss&output=no&id=2976977&name=oibore_oobora&pid=51768500" width="1" height="1" />
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<item rdf:about="http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/51768036.html">
<title>神炊館神社（2）、福島県・須賀川</title>
<link>http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/51768036.html</link>
<description>（PCと管理人が健常である限り本ブログは月水金に更新されます）

霙降り　凍える寒さに　地が揺れる　福島人の　苦痛如何ばかり

　ひどい話です。原発被災者用に建設されたアパートの一階の部屋の放射線量が異常に高かったことがわかりました。TVニュースでお母さんが...</description>
<dc:creator>oibore_oobora</dc:creator>
<dc:date>2012-01-23T21:00:19+09:00</dc:date>
<dc:subject></dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[（PCと管理人が健常である限り本ブログは月水金に更新されます）<br>
<br>
霙降り　凍える寒さに　地が揺れる　福島人の　苦痛如何ばかり<br>
<br>
　ひどい話です。原発被災者用に建設されたアパートの一階の部屋の放射線量が異常に高かったことがわかりました。TVニュースでお母さんが「子供にすまないことをした」と泣き崩れていました。浪江町の砂利を使ってこのアパート建設を請け負った業者もまた、「知らなかったとは言え、とんでもないことをしてしまった」と、顔面蒼白で謝罪しています。ご家族、業者の辛い心情を思うと暗澹とします。最大の責任を負うべきは、地震津波対策を軽視し甚大・深刻な事故を引き起こした東京電力、および「直ちに影響は無い」をTVで繰り返し放言し、汚染の拡大を許した枝野官房長官（当時）です。彼らへの再度の批判・非難こそが、まずはなされるべきです。<br>
　そして、更なる重大な事実が今頃になって明らかになっています。その犯罪的所業が1月21日（土）の東京新聞社説で指弾されています。言葉が出ません。私は何はさておき枝野氏を過失傷害容疑の廉で刑事事件犯罪者として収監するべきと思っています。<br>
 <a href="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/5/2/522f77f4.jpg" title="DSC05562" target="_blank"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/5/2/522f77f4-s.jpg" width="500" height="602" border="0" alt="DSC05562" hspace="5" class="pict"  /></a><br /><br>
<br>
枝野氏への怒りが湧き上がりますが、繰り返しません。もう一つ以下を書きとめておきます：<br>
％％％％％大飯原発意見聴取会記事転載<br>
　「密室」判断に市民ら怒り＝意見聴取会、開けず－「逃げるな」怒号も・保安院<br>
http://www.jiji.com/jc/eqa?g=eqa&k=2012011800942<br>
2012/01/18-19:41　時事通信 <br>
<br>
　経済産業省原子力安全・保安院が関西電力大飯原発３、４号機のストレステスト（耐性評価）結果を「妥当」とした結論をまとめ、提出するはずだった１８日の意見聴取会。議事進行の混乱を恐れた保安院は、会場に傍聴者を入れずに別室で中継する方法を取ったが、傍聴を求める市民が反発。十数人が委員らのいる部屋に押し掛け、聴取会は開けない状態になった。<br>
　午後４時すぎから、経産省内で始まる予定の意見聴取会では、反原発を訴えるプラカードを手にした市民らが「密室で決めるのか」などと保安院の姿勢を口々に非難。今後の対応を協議するため、事務局の呼び掛けに応じた一部の委員が別室に移動しようと席を立つと、「逃げるな」と怒号が飛んだ。<br>
％％％％％転載終わり<br>
<br>
この会合に先立って所管大臣であり且つ刑事事件犯罪者として検挙さるべき枝野幸男氏が「個人的には皆様の気持ちに私は深く共感するが。。。」と前置きをして、傍聴者たちの退場を迫ったとTVが報じています。こんな心にも無い前置きをする前に、先ずは官房長官時代の無責任な言明、および上記ＳＰＥＥＤＩ隠しなどを全国民、とりわけ福島県民の前に謝罪し、大臣のポストを固辞すべきであったのです。この安っぽい一言で枝野氏の酷い人間性を再確認した思いで、怒りがこみ上げ上の二つの記事の添付となりました。<br>
<br>
前置きが長くなりました。先ずは下の図を見てください。<br>
 <a href="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/2/c/2c8183e9.jpg" title="神炊館神社参道" target="_blank"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/2/c/2c8183e9-s.jpg" width="500" height="319" border="0" alt="神炊館神社参道" hspace="5" class="pict"  /></a><br /><br>
　前回、私はやや勿体をつけて「次回にすごい発見を書きます」と、予告しました。それがこの図です。左上の楕円の内部その左上に神炊館神社があります。そこから右下がりに細い参道が走ります。佐藤歯科医院のあたりでその参道は広くなります。この参道の延長方向に愛宕山があります。これら参道の位置を確認できずに居るかもしれない読者の方々のために、やや下に点線で参道に平行な方位をしめしてあります。そして、図の上部に書きましたがこの参道の方位がなんと北から時計回りに測って106度なのです。<br>
　2011年11月23日の記事で私は、鉾衝神社の参道の方位を書きました。その図を再掲します。それが106度でその延長上に古墳と思われる岩淵神社があると書きました。<br>
 <a href="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/f/3/f3dfbe4e.jpg" title="hoko_iwa" target="_blank"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/f/3/f3dfbe4e-s.jpg" width="500" height="280" border="0" alt="hoko_iwa" hspace="5" class="pict"  /></a><br /><br>
（11月23日の記事　http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/51754614.html　で用いた図の再掲）<br>
鉾衝神社は「亀居（かめい）」山と接しています。一方、神炊館神社は文字通り「かみい」と音することが出来ます。これまでのところわずか二例ですが、この二つの神社は「カムイ」つまり「アイヌ」族にかかわりがあり、その特徴は参道方位が106度であるのではと考えることができます。重大な大発見であると私は思います。この「106度」の意味については次回論ずることにします。<br>
　鉾衝神社の参道の先に岩淵古墳がありました。とすれば神炊館神社の参道先にある「愛宕山」も古墳であったろうと思います。実際、「愛宕山」或いは「愛宕神社」は全国いたるところにありますが、概ね古墳の上にあります。龍ヶ崎市の愛宕山も古墳とされています。<br>
　愛宕神社は火伏せ・防火に霊験のある神社として知られ迦遇槌命（かぐつちのみこと）を祀っています。迦遇槌命とは、記紀神話における火の神です。ウイキペディアは次のように書きます：<br>
％％％％％ウイキベディアより<br>
『古事記』では、火之夜藝速男神（ひのやぎはやをのかみ）・火之炫毘古神（ひのかがびこのかみ）・火之迦具土神（ひのかぐつちのかみ；加具土命）と表記される。また、『日本書紀』では、軻遇突智（かぐつち）、火産霊（ほむすび）と表記される。<br>
神話の記述 [編集]<br>
神産みにおいてイザナギとイザナミとの間に生まれた神である。火の神であったために、出産時にイザナミの陰部に火傷ができ、これがもとでイザナミは死んでしまう。その後、怒ったイザナギに十拳剣「天尾羽張（アメノオハバリ）」で殺された。<br>
％％％％％<br>
イザナミを恋しく思ったイザナギは黄泉（よみ）の国へ彼女を迎えに行きます。黄泉の国の出口を出るまで後ろを振り返るなと言われていたのにイザナギは振り返ってしまい、そこで見たのが蛆虫にたかられていたイザナミであったという有名な神話の発端です。<br>
　何故、愛宕山が「火」に関わる山となったのでしょうか？それは愛宕の「あ」にあります。これはアイヌ語の「火」を意味する「アピ（又はアビ）」に由来するからです。静岡県にある「秋葉神社」も同様と思います。そこで、火をかざした祭り（儀式）が執り行われたのです。須賀川がすでに書いたように「アイヌ」一族にかかわりがあるとすれば「熊を囲む火祭り」であったろうと思っています。後世つまり日本書紀が編纂された後、そこに登場する「火」に関わる神である「迦遇槌命」を愛宕山に無理やりこじつけたのだろうと考えています。<br>
　須賀川市のこの愛宕山こそは、愛宕山の原点であるように私には思えます。何故なら、ここで火祭りを催したのだろうと想像できるからです。文字通り、愛宕山は「火」を祀る山であったと思います。そしてそれが現代に引き継がれています。須賀川市の最大の祭りが11月第二土曜日の「松明あかし」で、日本三大火祭りの一つとされています。これが、実は106度と関係していると私は考えています。このことを次回書きます。<br>
（つづく）<br>

<img src="http://counter2.blog.livedoor.com/c?ro=1&act=rss&output=no&id=2976977&name=oibore_oobora&pid=51768036" width="1" height="1" />
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</item>
<item rdf:about="http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/51767483.html">
<title>神炊館神社(おたきあげ神社）（１）</title>
<link>http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/51767483.html</link>
<description>（PCと管理人が健常である限り本ブログは月水金に更新されます）

　免許証　写った我が顔　おぞましき　スッピン女優の　劣化をうわまわる

私のお気に入りの女優さんである川島直美さんが素顔（化粧の無い顔）をTVに晒したそうです。それを写真と共に報じたものをネッ...</description>
<dc:creator>oibore_oobora</dc:creator>
<dc:date>2012-01-20T20:21:04+09:00</dc:date>
<dc:subject></dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[（PCと管理人が健常である限り本ブログは月水金に更新されます）<br>
<br>
　免許証　写った我が顔　おぞましき　スッピン女優の　劣化をうわまわる<br>
<br>
私のお気に入りの女優さんである川島直美さんが素顔（化粧の無い顔）をTVに晒したそうです。それを写真と共に報じたものをネットで見ました。この番組に出演した他の女優さん方は、「50歳過ぎてもお肌が瑞々しい」なぞとおべんちゃらを言ったそうですが、ネットで見る川島さんは年齢がそのまま顔に出て、まあ美しいとは到底言いがたい。八千草薫さんのような知性と優しさが表情に伴っているのであれば、それが年齢を補って余りある美しさそして魅力を滲み出させていたのでしょう。そう思うと奔放に生きてきたであろう川島さんを大層不憫に思いました。<br>
　さて、他人のことをとやかく言えません。先日運転免許証の更新手続きをしました。否応無く免許証の我が顔と対面せざるを得ません。思わず「ぐえっ！」とうめき声を漏らしてしまいました。高橋英樹なぞとは自分でも言いませんが、かくもすさまじい面相とは！<br>
あらためて自らの「酷い真実」をTVに晒した川島さんの健気さに感銘を受け、彼女（と呼べるほどの近しい関係ではありませんが）への愛おしさを募らせた次第です。<br>
<br>
　前回、ﾌﾟﾘｵﾝの事を書きました。ネットで関連記事を見つけましたので転載しておきます。私自身は、福岡教授の著書に強く影響され、狂牛病の病原体が異常プリオン感染ではなく、新種の何かではと疑っています。人は傲慢ゆえに病原体、ウイルス、を超えた新たな病原体の発生・出現を許してしまったのだとすると、20ヶ月なぞと言わず、とりあえずは米国産牛肉の全面輸入禁止とすべきと私は思います。：<br>
％％％％％日経新聞記事転載<br>
月齢30カ月以下の牛の頭部など　特定危険部位と扱わず 厚労省：日本で月齢２１ヶ月のＢＳＥ牛が見つかっているのに？<br>
http://www.asyura2.com/09/gm15/msg/152.html<br>
投稿者 あっしら 日時 2011 年 12 月 17 日 02:39:05: Mo7ApAlflbQ6s <br>
<br>
月齢30カ月以下の牛の頭部など　特定危険部位と扱わず 厚労省 <br>
　厚生労働省は15日、ＢＳＥ（牛海綿状脳症）の原因となる「異常プリオン」が蓄積しやすい頭部、脊髄、脊柱について、月齢30カ月以下の牛では「特定危険部位」として扱わない方針を決めた。現在は月齢を問わずに食肉から除去し、焼却している。同省は「国際獣疫事務局（ＯＩＥ）の基準に合わせたい」と説明している。 <br>
　同省は食肉検査の免除とともに、輸入を認める牛の月齢については、現行の「20カ月以下」から「30カ月以下」に規制を緩和したい考え。特定危険部位の見直しと合わせ、来週明けにも内閣府の食品安全委員会に諮問する。 <br>
　同省は「30カ月以下」よりさらに牛の月齢を緩和した場合のリスク評価についても諮問する。30カ月以下は国際的な基準の一つとなっているが、欧州連合（ＥＵ）は検査対象を72カ月超まで緩和している。同省は「今後、政府の規制をどこまで緩和できるのか食安委の判断を求めたい」と説明している。 <br>
［日経新聞１２月１６日朝刊Ｐ．３８］<br>
　％％％％％転載終わり<br>
<br>
<a href="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/a/b/ab92eb8c.jpg" title="sukagawa" target="_blank"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/a/b/ab92eb8c-s.jpg" width="500" height="611" border="0" alt="sukagawa" hspace="5" class="pict"  /></a><br /><br>
<br>
　さて、いろいろな謎への回答を留保して、先ずは須賀川市の西方長沼町、天栄村から須賀川市中心部に議論の中心を移すことにします。すでにブログでも書きましたが、震災の影響は大きく、放射性物質の汚染が重なり、路上に行きかう人の数は殆どありません。須賀川中心部の古刹[普応寺]の墓石は2011年9月上旬、震災の半年後も転倒したままで、手を付けられずにいました。<br>
http://blog.livedoor.jp/oibore_oobora/archives/51743578.html　<br>
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この図は、須賀川駅で入手した観光地図です。行きたいところは山ほど在ったのですが、諸般の事情から上の五点にとどまりました。古刹[普王寺]の西隣にある神社を先ずは訪ねました。<br>
「神炊館神社」です（上図の2番）。「じんすいかん神社」と呼称されることもあるそうですが、正式には「おたきあげ」神社と訓されると、神社由緒書にあります。この神社名はどのように訓しようとも「かみい（カムイ）」と読めることに注目してください。次回、驚くべき発見を書きます。<br>
下記のHPにその概要が書かれています。<br>
http://www.fukutabi.net/fuku/sukagawa/jin.html　<br>
神炊館神社概要：　神炊館神社は案内板によると「主祭神は建美依米命。同命は、成務天皇の御代に初代石背国国造として当地に赴任しました。着任するや、社壇を築き収穫された新殻を炊いで天神地祇に捧げて政治の成功を祈願しました。社名はこの故事に由来しています。その場所（現西川茶畑町）は、「社壇様」と呼ばれましたが後に社殿が築かれ、「神炊館神社」と名づけられました。後世当地を支配した二階堂氏は、城郭内に諏訪社を建立し建美名方神を勧請しましたが、落成後の慶長３（１５９８）年に両神社を併せて新たに社殿を造営し、諏訪大明神と称しました。会津城主上杉景勝公の庇護を受けてきましたが、北門の石鳥居は景勝公寄進のものであります。正徳２（１７１２）年、正一位の神階を授けられ、「岩瀬総社諏訪大明神」を称し、末社は郡内８０社に及びました。松尾芭蕉が「奥の細道」行脚の途次、当神社を参拝したのは、元禄２年４月２８日でした。（「曽良随行日記」）明治１１年現在の社名に復称し、須賀川町の総鎮守となり、現在に至っています。　神炊館神社社務所」とあります。<br>
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　この神社境内も、鉾衝神社同様、震災半年後を経ても灯篭の倒壊などの復旧が進捗せず宮司さんも困っておられました。<br>
 <a href="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/e/2/e2640164.jpg" title="DSC05380" target="_blank"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/e/2/e2640164-s.jpg" width="500" height="375" border="0" alt="DSC05380" hspace="5" class="pict"  /></a><br /><br>
正面の鳥居。右側柱の横に神炊館神社と彫られた石柱があるはずが転倒している。<br>
 <a href="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/5/7/577c07f2.jpg" title="DSC05382" target="_blank"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/5/7/577c07f2-s.jpg" width="500" height="375" border="0" alt="DSC05382" hspace="5" class="pict"  /></a><br /><br>
鳥居横の倒壊した石造灯篭、鳥居の基礎部分にも大きな円環状亀裂<br>
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<a href="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/3/3/3333dbb8.jpg" title="DSC05383" target="_blank"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/3/3/3333dbb8-s.jpg" width="500" height="375" border="0" alt="DSC05383" hspace="5" class="pict"  /></a><br /> <br>
石造組灯篭（達磨落しのように中間部が抜け落ちている）<br>
 <a href="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/6/4/64792772.jpg" title="DSC05385" target="_blank"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/6/4/64792772-s.jpg" width="500" height="375" border="0" alt="DSC05385" hspace="5" class="pict"  /></a><br /><br>
灯篭の台座に上部の柱部分が擦れた痕跡がある。<br>
<a href="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/9/3/93c52a05.jpg" title="DSC05390" target="_blank"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/9/3/93c52a05-s.jpg" width="500" height="375" border="0" alt="DSC05390" hspace="5" class="pict"  /></a><br /> <br>
摂社の一つである天満神社。左右の灯篭が転倒。左の由緒書板破損。著名な数学者である岡潔博士がここに合祀されているのには驚きました。<br>
 <a href="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/7/8/78a42948.jpg" title="DSC05386" target="_blank"><img src="http://livedoor.blogimg.jp/oibore_oobora/imgs/7/8/78a42948-s.jpg" width="500" height="667" border="0" alt="DSC05386" hspace="5" class="pict"  /></a><br /><br>
奥の細道碑<br>
元禄二年（1689）4月に芭蕉は須賀川に8日間滞在し、この神社を参詣したとのことです。この碑には<br>
「うらみせて涼しき瀧の心哉」<br>
と彫られていますが、実際は、日光「裏見の滝」での詠で、参拝の時に芭蕉が奉納した真蹟を碑に刻んだとのことです。<br>

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