2016年07月27日

やるせない花が見たい やるせない歌が聞きたい

涼しくて嬉しくて
久しぶりの帰宅ウォーキング

踏切の脇に背の高い黄色い花が見えて、一瞬ときめいた。
大待宵草!?
近寄ったら、なんだ。
カンナだった。
悪くはないけれど。

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駐車場の隅や線路脇で、無造作に咲く大待宵草が好きです。
出来れば熱帯夜の散歩道。
あら、雲の合間に月が見えかくれ。
なんてね。そんな風情。
自動販売機やマンションの壁に大きな蛾。

白いのが月見草。
背が高くて黄色い大輪の大待宵草。
小ぶりな待宵草が宵待草。

どれも見なくなったね。
寂しいね。
宵待草のやるせなさ。

淡谷のり子の宵待草が聞きたいな。
映画「夢二」にも使われていた。

夏の夜の散歩は良いね。
歩こう歩こう。

選ぶ道はつい自転車ゆかりの

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思い切り歩くならポケモンよりstravaよね。




oiharamumay at 21:54|Permalink

2016年07月26日

夜の向日葵

ツールが終わったのが寂しくて
向日葵を買ってしまった

真剣に毎日見ていた訳でもないのに
見ていなくても
ツールが走っている日は安心する

この目で見て応援出来なくたって
大好きなヒーローが世界のどこかを
走っていると最高にときめく

観られなくても好きなミュージシャンが
世界のどこかで音楽を奏でていると
なんか幸せ

…というのと同じ。

さて。自分が走る番。奏でる番。

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oiharamumay at 00:01|Permalink

2016年07月25日

悪役として完全無欠

先週は映画「疑惑のチャンピオン」を鑑賞。
スポーツ記者の本がベースの映画で、ランスに感情移入することもなく記事を読んだりして知っていたことをそのまま映像で見たという感じ。

感情移入しにくいのは元々「ランスは敵!」だったからかしら。
ランスは私の1番思い入れ深い時期のスーパー・チャンピオンだったけれど、最高の敵役だった。
映画中も良心と葛藤するランディスには感情移入していた。

月日が流れる中、ランディスやランスがドーピングを認めたり、それにタイラー・ハミルトンの本も読んだり、こうして映画を見たりもして。
多くの様々な選手の優勝記録も削除されたし、あの頃のレースの見え方は変わったとは思う。
けれどそれでも感動したレースへの想いは、案外全く変わらないものだなあ…というのが今の気持ち。

想い入れは深いまま。
あの頃の、日常の真っ黒な憂鬱から救ってくれた輝きもそのまま。
映画のドーピング場面を見てもそのまま。
むしろプロトンの裏にあった選手たちの苦しみや葛藤がリアルになって、胸をしめつけられるようなあの時代への想いは強くなったかもしれない。

Livestrong。
癌にかかわる人たちの中にはランスに失望した人もいるだろうけれど、それでもやはりもらった勇気をそのまま燃やし続けている人たちもたくさんいる気がします。

ただ、私がランスが好きじゃなかった部分が、映画の中で、よりはっきりわかったりもしました。
映画中ランスが自分の目標を貫くために… 勝つために、もしくは癌患者支援の運動をするために、邪魔なものを排除するやり方。
(ドーピングはもちろんルール違反だけれど、それを貫くための強要、脅迫的な部分の方がさらに受け入れ難い)
もともと他人への威圧感の雰囲気が私はどうも好きではなかったのね。

世の中には、言動の各パーツはとても素晴らしくても、実行のための行動が総合的にとてつもなく間違っている人がいるものですが、大概本人は大義名分のための自己正当化をいつの間にか唯一絶対の真実と信じ込んでしまったりするみたい。
あくまでも私の勝手なイメージだけれど、ランスは特に、やり過ぎな悪役に見えていたのよね。
それでも強さと勝利への情熱の輝きは圧倒的に本物だったので、益々パーフェクトな悪役だったのでした。

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以下どうでもいい余談。
2004年の夏は毎日 Time to say goodbye ばかり聞いて過ごしていました。
その年パンターニや父や高校時代の友人が亡くなったからという訳ではなくて、7、8月と某百貨店の店頭勤務になったら店内放送でエンドレスに流れていたので。
印象的な年にこのドラマティックな旋律を聞き続けたせいで、今でも聞くだけで何かの扉が開くような気分になってしまう。
そしてその翌年2005年のツール・ド・フランス中継、最終日のエンディングが確か Time to say goodby だった。
(思い違いだったらごめん)
ランス・アームストロングの引退したこのレース、この曲がぴったりで。
ひとつの時代が終わって次の扉が開くんだなあと、エンディングにひそかに涙がこみあげたのでした…たしかたぶん。

今年の夏はやけにまたTime to say goodbyeが聞きたいみたい。
ロードレースやオリンピックのクリーンな時代を祈りつつ、古きヒーローたちはずっと愛してる!
ランスのことも変わらない気持ちで、お気に入りの物語の中の悪魔に対するような気持ちで嫌っておこうかと思います。



oiharamumay at 22:44|Permalink

2016年07月04日

桜の実をたべながら

性質というものは、殆ど良くも悪くもですね。
結果起こったことが一時的に良し悪し、善悪どちらに属するか決まるとしても。

そして他人の嫌われる言動や物事をそういう意識で見ることはわりとたやすいけれど、自分のことだけはそれが苦手です。

自分の良さなんてわからない。
弱さばかりが目につく。
すると強さもちょっとだけ自覚する。
自分のことは良し悪しよりも強さ弱さだけかもしれない。

弱さを知るることも良くも悪くもな訳で…

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oiharamumay at 09:04|Permalink

2016年07月03日

棚の上の休日

最近休日の外出は9センチヒールを履くことにしている。
私の身長ではそんな必要ないでしょ?!
と言われるし、仰る通りなのだけれど。
自分の「遊び」なのでごめんなさい。

ヒールを履くと使う筋肉が変わる。
歩行も姿勢を保つのも筋肉を意識して楽しい。

9センチ背が高くなると見えるものも違う。
目線が電車の網棚の上になる。
これはちょっと新鮮。

子供の頃、とても広くて緑深い自然の中で遊んでいた。
背丈を越える草むらの中を三輪車で走りまわる冒険は楽しく、自分はかなり野生児の気分だった。
あとから母に聞くと、それは近所ののんびりとした普通の原っぱだったらしい。
それでも幼児が三輪車に座れば視界は深い森だよね。

「今を生きる」を思い出しちゃったな。
机の上に立つ場面。

そんな訳で9センチヒールはひそかなスイッチなのです。
(私が履くとひそかとは言えない身長になるけど。)

オンオフ切り替え
目線リフレッシュ
慣れの色眼鏡をはずすこと


oiharamumay at 11:46|Permalink

2016年06月23日

もちものかくにん

何にせよ「持つ」というのは持ち方が肝心みたいで。
面倒になって、何も持ちたくない!
なんて言いたくなる気持ちもわからなくない。

まずお金ね。
女性は服の持ち方もよく言われるね。
物は極力持たない主義とか、
コレクターとか。
こころざし、計画、夢、理想、希望。
しまいに気の持ちよう、心の持ちよう。

人間関係の持ち方が案外大きくて重い。
どんどん手放す人が評価される場も多いけれど…
人の関係が寄木細工や石垣みたいに
組み合わさり積み重なる細密画が、
曇天の白い空に浮かび上がるわ。
人が去って、また去って、またぬけて…

石垣は瓦礫の山になるのかしら

などと考えながら夜道を歩いていると
今年もくちなしが近所の庭に咲いている。

見えなくてもこんなにも甘美な存在。

良いにおいを美しく持ちたいね。
いろんな意味で。

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oiharamumay at 13:16|Permalink

2016年06月12日

あやめさん

筋肉痛は好き。

久しぶりにジョギングしよう!
と思ったけれど、体と相談してまずはウォーキングへ。
しっかりきっちり追い込んで歩くのよ。

すると川には超級の緋鯉がいた。
みとれていたらハクセキレイが横切った。
歩くうちにスズメが3羽。
川から池の入り口に白鷺のだんな。
向こうの枝には川鵜のだんな。
鳩が2羽。
大きなカメラをかまえ息を殺しているバードウォッチャー…カワセミを撮っているらしい。

蓮が咲いていた。
向こうには紫陽花。
あちらには芙蓉。
そして菖蒲。

菖蒲…あやめと言えば思い出す。
藤娘でおどった潮来出島。

 潮来出島の 真菰の中で
   あやめ咲くとは しおらしや

 宇治の柴船 早瀬を渡る
   わたしゃ君ゆえ 上り船

 花は色々 五色に咲けど
   主に見かえる花はない
     
あやめという名に子供の頃憧れていました。
あやめさん。
凛と艶やかで、すっとしてて。
藤娘と潮来出島が踊れて、夢みたいに嬉しかった。
いつか潮来に行ってみたいなあ。

花鳥華やかな土日トレーニング。
しっかり筋肉痛になれました。

体を動かし重みを感じること。
筋肉の痛みを感じること。
気持ちいいね。
筋肉が喜んでいるね。

動ける喜び。
歩いて行ける喜び。
もっと動きたくなる。

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oiharamumay at 20:56|Permalink

2016年06月10日

もどかしく美しく

昨日、アイスコーヒーがとても美味しくて驚いた。
わたくしホットコーヒー党で、アイスコーヒーにはいつも全く期待していなかった。
記憶の中の唯一美味しかったアイスコーヒーは、学生時代に京都の裏道で飲んだ水出しコーヒー。
毎日飲むコーヒーよりも、昔飲んだ一杯のコーヒーの方がはるかに美味しいということは、時々ありがちなものだけれど。


6月の空気は季節のはざまの色で、もどかしく艶かしいね。
「六月の詩」が聴きたいな。
歌いに行きたいな。

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あのさ
もし私のことを思い出してくれる人がいたら
そして悲しい気持ちで思い出されるよりも
思い出して明るい気持ちがしてくれたら
この上なくしあわせだと思うのさ

好きな人のことを思い出している時の
あの子の輝く笑顔みたいにね
そこにいなくても想い微笑む人がいたら
想う人も想われる人もね

それは恋や愛に限らず

君が悲しいとボクも悲しい

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oiharamumay at 08:59|Permalink

2016年05月16日

総帆展帆

横浜でとても美しいものを見た。
日本丸が全ての帆を広げる総帆展帆。
青空に白帆。
帆には風。
優美、優雅でいてワイルド。

年に12回あるらしいからまた見に行こう。
今度は開く作業も全部見たい。

気のせいかも知れないけれど、本当に美しいと思うものを見ると正気に戻るわ。
普段正気じゃないのかというとそんなことはないけれど、色んなフィルターが解除されたり価値感がリセットされるような気がするの。

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飛行船が浮いてた。
金曜夜、同僚が光る飛行船を見て
「あっ!UFO!」
と叫んだのを思い出した。

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帰路はシーバス。

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oiharamumay at 13:21|Permalink

2016年04月19日

星の皮膚の上

桜が散って、誕生日がきて、その夜熊本で大きな地震が始まった。

地震、火山、惑星こそ生きていて、私たちはその皮膚に間借りする微生物みたい。

生き死には身近になる程とても単純な事実だけれど、取り巻く構造はいつも複雑で悩ましい。
感情とかいう現象を持つ微生物として火山の上に暮らす私たちは、惑星を見つめたり周囲を見回したり手元を見つめたりして、生きる道を探すのですね。


誕生日は正月よりも新年気分で、歳をとることが古びることとも全く思えず、新しくなったような気がします。

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生きるための様々が戻りますように。
悲しみが癒えますように。
柔らかに強く生きられますように。
海の向こう、エクアドルにも。


oiharamumay at 18:35|Permalink