2017年04月23日

からげんきに見えますか

このところ文のトーンが暗いでしょうか。
音に例えるとマイナーコード。
世界は新緑、空は青。
色合いは曇天にソメイヨシノより明るく鮮やか。
なのにいまひとつ元気が出ない。
自然体がいいねと言うなら、しおれた菜っ葉のように過ごせばいいのだろうけど。
本当にそれがいいねと思えるか。

無理しないのもよし、するもよし。
正解は時により人により。
とにかく今は走りたい。

スカルポーニが交通事故で亡くなってしまいました。
驚いて言葉も出ない。ショックです。
自分で意外なほど色々思いが尽きない。

言葉に出来るのはただ、走り続ける全てのみんなの道が無事でありますように。

好きな選手が、かの人があの人が、君があなたが今走っていると思うと痛い体も動くだろう。
痛い心もあたたまるだろう。
大好きな演奏をする音楽仲間からラインがきて、曲を作っていると書いてあったのを見て少し元気が出たよ。

うまく元気がでなくても、無理しても不格好でも空元気でも、元気にやりたい時がある。
やりたいことを。

去年まで通勤したこの街の風景が、さらに前の記憶のようにはかない甘さを取り戻して見える。
けれど通勤した頃お昼休みを過ごしたカフェの、ほっとする空気は今でも変わらない。

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oiharamumay at 18:38|Permalink

2017年04月20日

かくれが

癒しの隠れ家だったお店が来月閉店すると知り動揺を隠せない。

常連という程通えなくても、自分の中では特別な場所。
そこで会える人たちも特別だし、お店自身も人みたいに感じている。

人間みたいに思えるお店は、今までいくつか出会った。
そこで出会えた人たちとはその後も会うことがあるけれど、その店でなければおそらく全員集まっても1人足りないような気がしてしまう。
座敷わらしみたいだね。

店が私を人と繋いでくれていたことを、後から気づくこともあった。
店がなくなって切れてしまう縁もある。

何かに繋がれた縁が、何かが不在になった後も続けばいいなあ。

閉店前になるべくたくさんあのお店に会いに行きたい。

(何かと擬人化したがるのは感傷的な人間の悪い癖かもしれないけれど…)

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oiharamumay at 00:02|Permalink

2017年04月19日

せめて野に咲く花のように

毎朝の謎。
ラッシュの通勤電車にて。

私は本にはさまったしおりみたいに身動き出来ないというのに、どうして私の周りの人たちはスマホでゲームをしているのだろう。

私が植物なら押し花になりそうよ。
もしみんながスマホ見るのやめてくれたら、道端の野草ぐらいにはなれるのに。
踏まれたりひしゃげたりしつつつも、もう少し楽になるはず。

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oiharamumay at 08:47|Permalink

2017年04月16日

春の夢


あの子が欲しい
あの子じゃわからん
この子が欲しい
この子じゃわからん

「35歳位までをイメージしています。経験者歓迎。」

「若くない」女性向けな話題。
それでもって別にキラキラしない、ただのおしゃべりです。
誕生日過ぎたばかりでふさわしい話題。
まずは就活の話からスタート。

就活中は、求人票を見ると年齢不問と書いてあっても応募したいと電話をすると「35歳位まで」という答えが多くてエントリーすらなかなか叶わなかった。
企業の言い分は色々。
こちらの反論も色々。
建前と本音は語り尽くされているし退屈だから省略。

断られ続ける内にどうしても煮詰まる。
煮詰まって疲れると負の言葉を己の胸の内に見つけてしまう。
見つけたら見つめちゃって、見越し入道現る。
(私の好きな妖怪のお話ね。見上げれば見上げるほど大きくなる妖怪。なんてうまい比喩のお化けなんだろう。昔の人もこんな比喩で自分の感情とつきあったのかなーと思うとなごむ。)

誕生日がくるほど、社会から「いらない」って言われるみたいな被害妄想に陥る。
いやいや歳を気にした時点で負けてる…
なんてぐるぐる考える就活中の「若くない女性」は多いはず。
女として見られるのも35歳までとか、よく見ますが就活の方が深刻よね。

ニュースでも見ようかとつけたCATVのCMは延々と若返り化粧品やサプリのオンパレード。
そんなに誰もが若さを求めてますか。
若さが好きですか。

ところで女性の皆さん。
理想の女性像は自分より年下?年上?
無茶で雑なたとえだけど、ガッキーに似てるって言われるのとモニカ・ベルッチっぽいねと言われるのと、どっちが嬉しい?

つまり。
自分より若い人が理想って人はいるのかな。
私の理想や憧れに近い女性は自分よりも年上なんだけど。

若さでなく美しさに憧れる。

長文書くまでもなく、美と若さはイコールじゃない。
美はどんなものにも見つけ得る。
枯れた花にも朽ちた建物にも、ふとした目線で美を見つけかねないのが人間。
美しさはありようだったり、動きだったり、あらゆるものであり得る。

そして若返りサプリのCMに醜さを感じたりもする。

美の価値観、年齢の価値観。

もっと歳をとると、高齢者は部屋を借りるのも断られることがあるって知ってた?
人間は歳をとった人間になんと残酷なのだろう。
自分も毎日歳をとっていくのに。

歳をとることをやたらポジティブに「楽しみ」とか言うのも好きではない。
ただ、美と若さは分けて考えたい派です。

就活はその後良い会社と出会えました。
クリエイターでアーティストである会社の大ボスが書いた本を読んだら、50歳を少し過ぎた頃、やっとその仕事が見えてきたと書いてあった。
創造する者に歳は関係ないと…もちろんだ。

「若く見える」が唯一の褒められ言葉なんて人間にはなりたくないものね。
歳の話なんか思い出させない位の生き方をしたいわね。

なんて書いてたら、シューベルトの「春の夢」が頭の中に流れてきた…。

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oiharamumay at 00:06|Permalink

2017年04月12日

水の中を走る夢を見ますか

毎日が新しいことの連続で、時間の感覚がなくなってる。
プールの中を走っているみたいに速度も重力も距離もおかしい。

特別なものではなくとも、新しい気持ちで出会うと心によく響くものですね。
国立競技場駅前の風景も、永田町で見た白い鹿も、やけに鮮やかでした。

鹿は後で調べたら剥製を3Dスキャンして作ったものらしい。
3Dスキャンのアートの受け止め方はまだ慣れない。
鹿を無機質な材料で生き生きと表現するアートには慣れている。
それが剥製という「死」をスキャンした作品だと知ると、何が表現されるのかなとかややこしく考え始めてしまう。

考えちゃいけないんだよね。
何も知らずに見たままの印象で、感じよう。

スタートを間違えたくなくて何かと慎重に考えすぎてしまう。
昨日はちょうどよく頭を空っぽに楽しめました。
思いがけず野球を観に東京ドームへ。

突然仕事場で「行く?」と聞かれて、好きなカープの試合だったから「行きます!」と即答。
初めてのひとり野球観戦。
だがしかし座席は一塁側。敵地。
緊張する…かな?

結局ひとりでも全然問題なかった。
楽しかった。
シンプルになれた。
リフレッシュしてまた、今日も明日も新生活という液体の中を頑張って走ろー。

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oiharamumay at 22:20|Permalink

2017年04月06日

険しい道

新しい仕事場に通うようになって、最初無意識だったけれど大きく変わったことがふたつあります。

ひとつ。
緊張のせいで花粉症がピタリと止まった。
週末リラックスすると思い出したように始まるのね。

ふたつめ。
iPhoneの示す1日の「上った階数」が前の通勤の頃の4〜5倍になった。
これは職場が5階にあることと、地下鉄の中でも最深と言われる大江戸線を使っているせい。
それぞれエレベーターやエスカレーターはあるのですが、待ったりそこまで歩いたりするのが面倒なことが多くて。

軽い気持ちで上るけれど、案外5階まではきつかったり、1日の終わりには脚が筋肉痛気味。
上りだけでなくヒールだと下りもわりと脚力使うよね。
これを積み重ねたら何かが少し変わるかも。

しかし、もし自分が足腰にトラブルを抱えたら?と思うと、都心の高低差、上り下りは随分険しいものだなと痛感します。
今朝は何の塩梅か左膝が痛いわ…

新しい風景と毎日出会えます。


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oiharamumay at 07:49|Permalink

2017年02月10日

まだまだ真っ白なページ

80パーセント比喩的な話。

コートを脱いだ時の軽さが最近心地良い。
これは春の気配のせい。
真冬なら服を脱ぐと一瞬心細い。
「動けるぞ!」と強気になれたら春のはじまり。

重たい服、持ち物、重い体(脂肪?)。
脱ぎ捨てたいと人は言う。
手放せば心も動きも軽くなるからと。

言葉もそうかもしれない。
美しく適量の言葉は、大切な場面である程残念ながら難しい。
言葉が多すぎて自ら重苦しくなり、打ち消したくてさらに言葉を重ねて…自爆。

捨てろ、減らせ、軽くしろ。

けれど削って捨ててからっぽにしただけの部屋や白紙のノートは、望ましいとは言えませぬ。
それはただの通過点。

身につけたことのある1番重い服は日本舞踊の藤娘の衣装だった。
裾の長い早変わりのある二重構造の衣装で、かつらもひたすら重かった。
けれどもそれを身につけて、たおやかにふわり軽やかに踊ることは出来るはずなのよね。
当時の私には重過ぎたけれど。

結局軽快さはそれぞれの体力である。
己に見合った量以上を持たないことも大事だけれど、目指す道のりを歩く(走る)ために「体力」をつけることはいつも考えていたいな。
走りながら鍛えられることもあろうよ。

言葉もまた。
清らかに口をつぐみつづけても世界は変わらない。
言葉を精一杯探して。
届け、伝われと思う時には、自己満足と伝えるべきことを間違わずに。

今手元には白いノート。
そして日々、言葉を重ね過ぎて失敗の気配。
美しく黙るべきか。
口を開くべきか。

白いノートを文字で埋めろ。
それが人生よね。

雇用問題について口を開いたら止まりそう…。


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oiharamumay at 01:30|Permalink

2017年02月07日

Het begin van de nacht 夜のはじまり

全てのいきものが背負ういつもの孤独。
生き死に直面する時の。

けれどあったかいお風呂はいつも私に優しい。
星や音楽は常に側にある。

道は遠く続いてる。


Het hele leven is eenzaam.
…Wanneer geconfronteerd met leven en dood.

Echter, warm bad is vriendelijk voor mij.
Sterren en muziek is altijd aan de kant.

De weg is veel verder.

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oiharamumay at 00:45|Permalink

2017年01月11日

屋上の薔薇

新年あけて10日もたってしまった。

先週、空いた時間に買い物をしていたら、屋上の案内に「英国様式公園」と書いてあったので登ってみた。
するとその屋上には木と植え込みとベンチがあって人影がまばらで、寂しくて。
まさに日本の商業ビルの屋上だった。
英国的なものは感じなかった。

青い空には飛行機雲が澄んでいた。
それから孤独に薔薇が咲きかけていた。
薔薇を見たら「星の王子さま」を思い出して、そこから「夜間飛行」と「人間の土地」を思い出し、それからずっと考えている。

夜空をひとり飛行機で飛ぶことを考える。

実際には私には出来ないことだけれど、毎日自分と向き合いながら人間性を問われるような気分で過ごしていると、本の中の夜間飛行にシンパシーを感じるね。
幻想ね。

それにしても、わかっているつもりでも経験すると全然ちがうものですね。
どんなに想像力が豊かでも経験は違う。
そして全てを経験することは出来ないのだから、わかったような気持ちにおさまってはいけないね。

幻想の飛行機が見下ろす街の灯は何者?

ついきのう、間違った方向に飛んでいることに気づきました。
気付いて良かったけれど疲れた。
それにもう2、3日「飛ばないと」軌道修正できない。
疲れるとプリンが食べたくなります。

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oiharamumay at 01:04|Permalink

2016年12月27日

寒い夜

元仕事仲間たちとお疲れさま会をした。
なんだかお洒落なボーカルやサックス、キーボードの生演奏を聴きながらディナー。

それでいま思うことは
「ほんとに思い通りにならない悔しいことばかりであればこそ、ことさら自分の最善を尽くす以外ないんだなー。」

仕事の話も、SNSで見るアイドルグループのファンの嘆きも、誰かの早すぎる死も、どれもこれも。

最善を尽くせ。
我が身を燃やせ。

もうそれしかないだろう。
悔しければなお。

それにしても何かと色々寒くて眠れない。
燃えろ自分。

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oiharamumay at 01:39|Permalink