2016年12月10日

ど忘れの海

小田原から伊東へ。

暮れる冬の海や夜が早い伊東の町に感じるこれは何だろう。
当てはまる日本語はあるのかな。
限りなく「寂しさ」に近い美しさ。
限りなく「寂しさ」に近い心地よさ。
何でも言葉に出来るものではないけれど。
もっと的確な表現。
ど忘れしているだけじゃないか。

古い歌が似合う海です。
寝る前に古い本を読み直したくなる夜です。
星はたくさん見える。

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oiharamumay at 23:41|Permalink

2016年11月28日

鷺娘のうた

白い大きな鳥が川面から飛び立つ
水面にうつった雲と建物が揺れる
人も時間も通り過ぎていく
気持ちも記憶も通り過ぎていく

かたむく太陽に励まされながら
もうすぐ夜になる
夜には星も月も笑う
雲の向こうでも笑っている
通り過ぎた時も人も
そこで笑っている

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oiharamumay at 02:08|Permalinkプロット帳 

2016年11月25日

雪見散歩

雪が降ったので、いつものジョギングコースを散歩した。
いつもは風景として眺めて通り過ぎるだけの秋の景色と、一対一で向き合えた。
もみじの紅さがコンコン心を打った。
池の真ん中で首をすくめている鷺たちが、たおやかすぎて天女のようだった。
玉三郎の鷺娘を思い出す。

そしてあの紫。
雪の中に咲く菖蒲とは摩訶不思議。

冴え冴えと美しいものを見ると、自分の曇り濁りも少し晴れる気がする。

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oiharamumay at 00:43|Permalink

2016年11月22日

南の島から紅葉の東京

今朝は地震で目が覚めた。
静かな朝に、揺れを感じるより前に音が先に聞こえたような気がする。

私たちの大半は忘れっぽいようだけれど、覚えておけよ2011年を、と言われているみたいだ。
まだまだ悲しみと喪失の現実と闘う人たちがたくさんあるということ。
自分が惑星の皮膚に住まわしてもらっている小さなやつだってことを思うと、朝は益々静かでした。


東京も紅葉が始まり、走るのに良い季節。
日曜日の公園にいつもの10倍くらいのたくさんのランナーがいたのは、つくばマラソンを走った友達に触発されちゃった人たちなのかも…と勝手に想像しながら私も走りました。
人から見たら走っているように見えないだろう速度で。

それでも心密かに、昨日の自分をライバルに、走れる「友人たち」を憧れと励みに走りたくなってしまう。

走ってるレベルでなく走るって…弾いていると言えないレベルの自分のギターと一緒だな。
下手のレベルにも達しないので、やめるとか諦めるとかも逆にうぬぼれに思える(笑) だから続ける…言い訳です。

文を書く時、書こうとする目的と理由を考える。
人の文章を読む時にもよく考える。
人に読ませたいのは何なのか。
読み手にいかなる理解を求めているのか。
自己承認欲求という言葉でよく片付けられるけど、そんな見方は大雑把過ぎて意味がない。
細かく読み取ろうとする。
やりすぎると疲れるからほどほどに。

自分はよく、大多数の声の濁流みたいなものを感じた時、そうじゃない人もたくさんいるぞと書きたくなってしまう。
ただしうんざりした気分のそのまま書いてしまうと伝わる文章にはならないので、そういう時は書かないよう必死に堪える。

あたりさわりなく書こうとして、もしくは日記の体裁を整えようとして、言い訳の羅列みたいになることもある。
結局そんな風に書いた文は捨てる。

こんなことを色々書くのも名護に行ってきたからでしょう。
陽気な名護の妖精山城さんと話した後は、我に返って、書くことについてよーく考える。

話が飛び過ぎたけれど、小さな結論。
卑下はしないように。
卑下もうぬぼれの裏返し。
自分に対して誠実に頑張ればいいかなと、時折ぼんやり考えながら走るのです。
走りながら考えると、余計なことは考えすぎないからいいね。
それよりフォームを改善したい…

紅葉が紅いとがんばれるよ。

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oiharamumay at 11:25|Permalink

2016年11月19日

人。もしくは自転車続き。

今年も10月にはジャパンカップを見に宇都宮へ行き、その翌週にはさいたまクリテ見物で、そのまた翌週は幕張のサイクルモード。
そしてその次の週はツールドおきなわを見に名護へ。
4週連続の自転車イベント。
今はそれが終わったところ。

それぞれについての詳細はまた思いついた時にでも書くとして、すべてに共通することは…人。
人だなあと、何度も心の中でつぶやいたことよ。

宇都宮とさいたまは海外からのトップ選手のレースを観戦出来る貴重な機会な訳だけれど、熱烈に好きな選手たちはとっくに引退した今、レースの空気を一緒に楽しんだり餃子を食べたりする友人の存在がとても大きい。

そして特に名護は、私には人そのものだ。
それから海。
山城さんなんかもう、名護の妖精みたいな気がするわ。

しかしながらレースに出る訳でもない私がひとりで何をしていたかと言うと、海沿いの道をサイクリングしたり、写真を撮りながらジョギングのまねをしたりしておりました。
(羽地でちゃんと応援もしたけど)

サイクリングはブロンプトン。
ビアンキのロードとマウンテンバイク(ビザンゴ)も持っている自分ですが、メインはめっきりブロンプトンになりました。
この折畳み小径車の良さは乗る人だけがやたら感動していて、一般のロード自転車乗りには全く興味を持たれないものなんですよね。
はまる人だけはまる。
私はとにかく詩的な旅にはブロンプトンだと思っています。
折畳みも組み立ても瞬時だし、乗り物に乗せるのも簡単だし、軽快に走れつつスピードも出過ぎないし。
ロードにはロードの、マウンテンバイクにはマウンテンバイクの風のような詩があるけれど、ブロンプトンの詩は旅先の空気にたゆたうことが出来る。
それが好きなのです。



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旅の写真から話が戻りますが、仕事もまた人でした。
仕事を辞めて1ヶ月。
人のつながりに無所属なことを痛感中…



oiharamumay at 02:50|Permalink

2016年10月27日

さようならの月でした

「Thank you so much for all the support during the time I worked for this company. 」
10月の初めに長年勤めた会社を辞めました。
最終出勤日から20日が経過。
たくさんさよならメールを書きました。
Farewell, and thank you.…

次に何をするかもまだ決めていません。
最初単発のアルバイトとしてスタートしたのが、気がつけば18年。
正社員になり、徐々に忙しくなり、ものすごく忙しくなり…、ラスト2年はライブのようなものも出来ないまま月日が流れました。

いつの間にか完全に会社中心の人間になってしまってた。
辞めてみて気づいた。
自分のありようが慣れないわ。

かくなる上はその間に研がれた感性やタフさで、また挑戦したり取り戻したり出来ればいいなー。
元に戻ることと取り戻すことは別物ね。
どちらにしてもいつでも新しく頑張ることね。

しばらくのんびりしてと言われるけれど、のんびりの仕方だけはよくわからない…
ただ仕事に無所属の今、音楽も自転車も離れている今、無地の白いページの良いにおいと心地よい緊張感を思い出している。

良いとか悪いとか
前向きとかネガティヴとか
両極端の価値観は捨て去り

既知の何かに引き寄せて考えたりもせず
ニュートラルで

星空と向き合うように、時に向かいたい。

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oiharamumay at 00:22|Permalink

2016年09月26日

秋は夕暮れウォーキング

彼岸花の紅が鮮やかな盛りもそろそろ終わりか。
夜気は甘く、霧雨は優しくなってきました。
時折激しくも降るけれど、昨日は少し晴れて暑かった。
池の周りを歩いて夕景色を楽しみました。
ウォーキング7キロ。

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鬼の9月も終わり。
私は先週で一区切り。

しんどかった最後の山場で、私と同じ名前の土地を通りかかった人から写真が送られてきた。
全国あちらとかこちらとか幾つかある地名なのね、真弓。
古い由来の地名が多いみたい。

よその土地からのリアルタイムの写真を見たら旅したくなった。
目の前のことにキリキリ舞いしている視野をリセット。
目の前のことも切実で、決して小さくはないけれど全てじゃないさ。

我が家の私以外の真弓…盆栽は、花咲か爺さんから戻ってきたらまた少し元気をなくしていたので、外に出したら元気になった。
室内の人工的環境よりも外の自然ですね。
盆栽と言わず大きく育てたくなってきた。


目標に向かって直進する人もいれば、直進したいのに螺旋を描く人もいる。
いずれにせよ、立ち止まっても同じ場所に居続けることはできないんだなー と思った9月でした。
後何日かあるけれど、私はもう9月はおしまいにしようと思う。

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oiharamumay at 08:45|Permalink

2016年09月20日

霧雨の道

先週は無理した結果、胃痛や目眩でダウンしたりしてました。
原因も自覚があるし、すぐ病院で薬をもらい、あとはひたすら眠り姫。

しかし眠っても悪夢ばかりで両手握りこぶしでの目覚め、肩はこりすぎの痛み。
とにかく今の自分には良質の睡眠とリラックス、そして血行を良くすることが大事なのだ!と思い、今日は少しジョギングの真似事をしてみました。

歩いていても車酔いみたいでだるかったのですが、ゆっくり走り出してみたら歩くより楽なことを発見。
テンポというのもあるかもしれない。
早歩きは出来ないのに、早歩き位の速度で走ることは出来る。

どこまでもいつまでも進める速度が良いみたい。
秋の涼しさも良いのでしょう。
途中から霧雨の中、川沿いをゆっくり、肩の力をぬくことを一番に考えながら走りました。

川には鷺、ゴイサギ、カルガモ、ハクセキレイ、咲いているのは紫の菖蒲?
美しくて楽しくて、池に着いたら蓮がまだ少し咲き残り。
そんな景色も効果的。

池の弁天様は大好きな江ノ島の弁天様由来だと今ごろ知りました。
女神でしかも琵琶を持つ音楽神の弁天様ですもの。
何か気持ちもしゃきっとします。
以前何度も企画をさせてもらったライブハウスの名前も弁天だったし…。

帰路の川に、鮮やかな瑠璃色が閃き羽ばたきました。
翡翠。


歩くよりゆっくり走ることが出来るなんて知らなかった。
嬉しい。
速度はその時にふさわしければ良いと思う。

自分を痛めつけるような走り方だけはしてはいけないんだと…痛感。
それは自分と闘いながら頑張って走ることとは違う。
むしろ逆のことだと思う。
「自分のために走る」ということを、いつでも見失わなければ大丈夫。

走ることっていうのはもちろん、全てについての走ること。

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oiharamumay at 00:44|Permalink

2016年09月12日

またね

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余裕。ゆとり。
ありすぎてもいけないけれど、無いと本当にだめだ。
ろくなことを考えない。
発する言葉もろくでもない。
とても人にはお聞かせできない。
話さない方がいい。

それでも、行きたい方向を言葉にすることは、ただの悪あがきでも、しないよりマシ。
遠い昔、言葉に出したからこそ動き出して実現できた頃があったから。
今はもう言葉の力を失ってしまったかもしれないけれど、別の使い道もあるし。
言ったからにはやらねばならぬというやつね。

真実だけを紡いで出来るだけ澄んだ言葉で。
大切なのはそれだけだ。

それが苦しみや嘆きに満ちた言葉でも、いつの時代もそこから詩が生まれ、歌が生まれてきたのだから。


そんなことを考えながら、ビアンキカフェに行った。
なかなか行けないでいる内に、今日で食事のメニューはおしまいになってしまった。
改装後は飲み物とデザートだけの小さなカフェになるとのこと。

時間はまだあると思っていても、本当は無いのよね。

それでもまだ
「またね。」
と言える。

言えるうちにしっかりしたいね。
じゃあまたね。



oiharamumay at 00:59|Permalink

2016年09月04日

ストレスをありがとう

人間的、社会的な猛烈なストレスを受けた夜、1日中ダークサイドの感情の津波に溺れたその後で。
ようやく。
限界と思えた後、ようやく。
またあの「最後のスイッチ」が入りました。

人はこれを開き直りと呼ぶのでしょうか?
それってあまりにも明暗激しい。
本来開き直るってこれほどギリギリで激しいことなのかしら。

気力を使い切った後、別の場所から段違いに大きな気力が湧き上がり、全く関係ないのに大きな創作意欲まで湧き上がる。

今までも何度もこのスイッチに助けられた。
自分はそれを持っていると思うことが、自信になるのかしらね。

神様?
あの最低な登場人物による最低なストレスをありがとう。

私は強くよみがえっちゃったよ(笑)

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oiharamumay at 15:26|Permalink