2017年08月20日

坂の名前

風邪をひきました。
あちこち痛くて寝付けない。
明日も仕事が休めない焦りが風邪の一番の辛さかも。

昨日からブエルタが始まりましたね。
グランツールの最中に風邪をひいたら辛かろうな。

喜多方へ気持ちよくまっすぐ続く道をアップしておきます。
ネーミングセンスがちょっとなんですが。

好きな坂の名前というと、多摩蘭坂を思い出します。
それからむじな坂。
(たまらん坂自体は走りにくくて好きな道ではないけど)

道はまだまだ続いてる。

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oiharamumay at 23:16|Permalink

2017年08月17日

0809 夏休み1日目-2 眠りの湖の食卓

旅行中自炊だったので、夕飯と朝ごはんの買物は猪苗代のヨークベニマルに行った。
都内のヨーカ堂と同じ品揃えがあるスーパーだ。
けれど折角違う土地に来たのだから土地のものを食べたい。
という訳で土地の野菜をまず探す。
桃をたくさん食べるのが旅の目的のひとつ。

桃を2個とキュウリを4本買って宿に帰ったら、宿のオーナーさんから桃を2個とキュウリを20本もらった。
昨日台風予報が出たので、台風で桃が落ちる前に慌てて全て収穫したのだそうだ。
桃はまだ固かった。固いけど甘い。

1日目の夕飯はこんな感じ。
キュウリは味噌つけて食べ放題。
食べきれない分は持って帰って干しきゅうりにしよう。
大好物の干しきゅうり炒め!

夜になると雨が降る。
テレビも特に見たい番組もなく、移動疲れですぐ寝てしまう。

今年の猪苗代は眠りの精のお祭りかと思うほどよく眠れた。
眠ることが格別似合う空気。

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oiharamumay at 23:06|Permalink

0809 夏休み1日目 猪苗代湖・コーヒー

今年も猪苗代で夏休みを過ごしてきました。
雨がちながら日に一度は青空も見え、涼しくてよく眠れた。
寝すぎかという気もしたけれど、春からの新しい仕事でわりとへとへとだったので必要睡眠だったのかもしれない。
夏休みなんだから。
休むのが目的。

しばらくは写真を少しずつ載せていく。
きのう、自分の記憶力の無さに愕然としたことがあったので日記帳を買いました。
このブログはアルバムの代わりみたいだな。
携帯やスマホで写真を撮るようになり、プリントした写真のアルバムも持たなくなった。
データで持っているからと思うわりには、前に写した写真も見返さなくなった。
機種変更したりパソコンが壊れたりするたび、たくさん写した写真も消えてしまった。
写真が簡単になった時代に、私は思い出の写真から離れてしまったみたいだ。


超低速の大型台風と共に旅に出たので天気が心配だったが、猪苗代湖は変わらずに静かだった。
湖沿いのサイクリングロードを少し歩いた。
磐梯山は雲の中。

去年見つけて気に入った、世界のガラス館のカフェでコーヒーを飲んだ。
スイス直輸入の生チョコ付き。
コーヒーもチョコレートも大変美味しい。

コンビニコーヒーもシアトル系カフェも好きだし、家でいれるコーヒーもエスプレッソも最高だけれど、たまにはこんなお店のコーヒーが飲みたい。

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2017年07月10日

シロヤギさんたら書かずに食べた

昔ほかの場所に書いたことなのですが…


今や「メールは簡潔に短文で」というのは主流だろう。
うん。
長文好きの自分さえもメールでいただくと
「文字がたくさんあるな〜」
と思っているかも。

 特にビジネスメールは簡潔なのがいいな。
友達からもらうなら長文も歓迎。
「メールが長い人」って人の個性として言うこともある。
 メールは日々手軽に使うイメージ。
こみいった話は電話。

ああ、そうか。
文にしたためて心を伝える文化の終焉なんだ。
朝、湿気の高い道端の百合の花を見ながら
1枚で終わる手紙に添えられる2枚目の白紙便箋を思い出した。

 添える理由の諸説はひとまず脇におくとして 。
多くの手紙は便箋1枚では収まらないことが多かった。
今の日常メールはすべて便箋1枚以内だろう。
ハガキ1枚よりおそらく短い。

踊りの師匠など手紙をしたためる相手は幾人かいたけれど、皆天国に引っ越してしまった。
抽斗にしまいこんだ懐かしい手紙がいくつかある。
手書きの文字を見ると書いた人の笑顔がそのままこぼれる。
目の前にいるように魂を感じる。

「メールが長い人」が書いたメールって、
たぶん昔の一般的な手紙の長さだと思う。
しかし風情は違う。
子供の頃想像した21世紀よりも今の風景は変化が少ない。
子供たちが携帯で話しながら歩く姿は想像以上かな。
でも本当は、したためたおたよりを
「メールが長い人」
 って言っちゃう変化の中にこそ、時代は流れているのかもね。

文章の長さの価値観と伝える方法、返事の速度など、徐々に変わりやがて当たり前になったら、気づかないうちに人間の内面もなかなか変わっているんじゃないかしら。

時代が変わっても日本の夏の暑さには昔ながらの日本の食べ物が1番。

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oiharamumay at 12:34|Permalink

2017年05月20日

雨の日だから 晴れだから

今日の午前中は心ゆくまで眠るぞ!と思っていたのに、いつもの時間に目が覚めて雨戸を開けたら眠くなくなってしまった。

青空がいけない。
青空は怠けたい者の敵だ。
動きたくなって困る。

とか言いながら雨の日も。
晴れたら気持ちがそわそわするが、雨の日だから落ち着いて出来ることや行ける場所がある。

先週の雨の日、気まぐれに見たソール・ライター展がとても心地よくて、写真を撮ることが苦手という長年の思い込みが溶けました。
雨じゃければ、全然知らない写真展にポスターの印象だけで行ったりはしない。

ずっとその時々の自分の気持ちに素直な写真がうまく撮れない気がしていたけれど、ソール・ライターの写真を見たら存分にやればいいって気がしてきた。
素人がプライベートに楽しむ写真撮るだけなんだから当たり前なんだけれど、素人で凡人であればこそ「写真はこうあるべき」みたいな気持ちに縛られがちなのかも知れない。

写真は発見
絵は創造

という言葉も、彼の写真を見てから読むとすんなり気持ちにしみこむ。

ソール・ライターはファッション・カメラマンとして大成功しながら商業写真の世界から退き、個人的に撮り続けた作品集で再び脚光を浴びたという人。
商業写真もその後の写真も私の目にはどちらも心地よかったけれど、彼にとって商業写真はあまり意味がなかったようです。
そして彼はボナールが好きで、彼自身も絵を残している。
彼の描いた絵や、撮った写真に加筆した作品が、私にはこの上なく魅力的で刺激的でした。

ところで、モノクロからカラー移行期の作品展を見ながら考えたのは、フイルム時代とデジカメ時代の写真の違いです。
それから、子供の頃、限りあるフイルム数で何を撮るのか迷い考えていた時のことを思い出しました。

あの頃、遠足のスナップ写真を見る時、どきどきわくわくしたこと。
1枚1枚の写真の持つ存在感、重みが今とは違っていた。
今が軽いとは言わないが、質の違いは強く感じる。
一瞬ぼんやりと、フィルムのカメラが欲しいなあと思ったりした。一瞬ね。

傘好きなソール・ライター。
Bunkamuraを出たらまだ雨模様だったので、自分も傘を撮ってみた(笑)
今日からやってる映画も観たいな。

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oiharamumay at 10:08|Permalink

2017年05月04日

あの日のつづきの今、今のつづきのいつか

2011年7月14日、ライブカフェ弁天で私は大変みっともないライブをした。
みっともないのはいつものことだとしても、この日は史上最悪。
歌っている途中で曲を忘れ、ついに思い出せなかった。
その日はしかも私の企画ライブイベント第一弾だった。
その上アルバムを引っさげて出演してくれた阿部珠美さんのサポートで、ショーロクラブの沢田ジョージさんもいらした。
その時全く自覚していなかったけれど、かなり緊張していたのかもしれない。

ステージの上で、曲が思い出せなくてもうダメだと諦めた時、イベント企画者としてはとにかくお客さんに今この瞬間を含め楽しんでもらうことだ!と思い、その曲の代わりにじぶんが音楽以外に愛しているもの…サイクルロードレースについて話した。
ちょうどその日は自転車仲間も見に来てくれていたので。

その日終演後、ジョージさんに声をかけられた。
なんと!
ジョージさんもロードレーサーに乗っていた。
彼も自転車を愛する人だったのだ。

さらに私の音楽のふるさと中野ちむ屋の常連であることもわかり、後日ちむ屋で会うことになった。
何がどう繋がるかわからないなあ。
ひたすら感動してしまった。

ちむ屋でジョージさんとお会いした時、ジョージさんは同じく常連のロードレース・ファンの二人に引き合わせてくれた。
その後ずっとその二人は最高のレース観戦仲間。
グランツールTV観戦も彼らの家に押しかけて、ワイワイやるのが楽しみ。

昨日、誕生日の母の家にいたら二人から連絡があった。
何かと思えば、今日これから婚姻届けを出すって。
光栄なことにそれについてちょっとたのまれごとをした。
二人は母の家に来てお茶を飲んで行った。
そこに二人がいることは、とても不思議な光景だった。
母の誕生日と二人の結婚の日。
すごく地味な台所で、静かに祝いの日の幸せが輝いていた。

みんな2011年のあの日、私が曲を途中で忘れなかったら起きなかった、出会えなかったことなんだなあ。
だから曲を忘れてもいいってことではないけれど。
失敗をできる限りの最良のものに変えることはできるのね。

これからも失敗したら、最後まで未来につなぐ努力をしよう。
今のつづきのいつかの日に向けて。


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oiharamumay at 14:00|Permalink

2017年05月01日

なぜか笑ってしまう

筋肉痛でおはようございます。
ゴスペルシンガーのHalさんのマネをして、プランクチャレンジを始めました。
以前体幹トレーニングの本を買って始めた時はメニューを色々あって面倒で続かなかったけれど、プランクだけなら単純で続けられそうな気がする。

そう思っていざチャレンジしたら、ものすごくきつかった。
そして筋肉プルプルしながらストップウオッチを見ていたら、なんだかやたら笑いがこみ上げてきた。
体が鈍りすぎていることが可笑しかったのか、負荷をかけることで脳内に何か出てきたのか、とにかくすっかり陽気な気分。
筋トレハイ?
アドレナリン?
理由はわからないけどやたら楽しい。
これなら続けられそう。

体に負荷をかけた時の反応や結果が興味深いように、心に負荷をかけた時のそれらも悪いことばかりじゃないのかもしれない。

なんて考えながら、午後は藤の花を見に出かけた。
美しい季節だ。

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2017年04月23日

からげんきに見えますか

このところ文のトーンが暗いでしょうか。
音に例えるとマイナーコード。
世界は新緑、空は青。
色合いは曇天にソメイヨシノより明るく鮮やか。
なのにいまひとつ元気が出ない。
自然体がいいねと言うなら、しおれた菜っ葉のように過ごせばいいのだろうけど。
本当にそれがいいねと思えるか。

無理しないのもよし、するもよし。
正解は時により人により。
とにかく今は走りたい。

スカルポーニが交通事故で亡くなってしまいました。
驚いて言葉も出ない。ショックです。
自分で意外なほど色々思いが尽きない。

言葉に出来るのはただ、走り続ける全てのみんなの道が無事でありますように。

好きな選手が、かの人があの人が、君があなたが今走っていると思うと痛い体も動くだろう。
痛い心もあたたまるだろう。
大好きな演奏をする音楽仲間からラインがきて、曲を作っていると書いてあったのを見て少し元気が出たよ。

うまく元気がでなくても、無理しても不格好でも空元気でも、元気にやりたい時がある。
やりたいことを。

去年まで通勤したこの街の風景が、さらに前の記憶のようにはかない甘さを取り戻して見える。
けれど通勤した頃お昼休みを過ごしたカフェの、ほっとする空気は今でも変わらない。

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oiharamumay at 18:38|Permalink

2017年04月20日

かくれが

癒しの隠れ家だったお店が来月閉店すると知り動揺を隠せない。

常連という程通えなくても、自分の中では特別な場所。
そこで会える人たちも特別だし、お店自身も人みたいに感じている。

人間みたいに思えるお店は、今までいくつか出会った。
そこで出会えた人たちとはその後も会うことがあるけれど、その店でなければおそらく全員集まっても1人足りないような気がしてしまう。
座敷わらしみたいだね。

店が私を人と繋いでくれていたことを、後から気づくこともあった。
店がなくなって切れてしまう縁もある。

何かに繋がれた縁が、何かが不在になった後も続けばいいなあ。

閉店前になるべくたくさんあのお店に会いに行きたい。

(何かと擬人化したがるのは感傷的な人間の悪い癖かもしれないけれど…)

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2017年04月19日

せめて野に咲く花のように

毎朝の謎。
ラッシュの通勤電車にて。

私は本にはさまったしおりみたいに身動き出来ないというのに、どうして私の周りの人たちはスマホでゲームをしているのだろう。

私が植物なら押し花になりそうよ。
もしみんながスマホ見るのやめてくれたら、道端の野草ぐらいにはなれるのに。
踏まれたりひしゃげたりしつつつも、もう少し楽になるはず。

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