2017年01月11日

屋上の薔薇

新年あけて10日もたってしまった。

先週、空いた時間に買い物をしていたら、屋上の案内に「英国様式公園」と書いてあったので登ってみた。
するとその屋上には木と植え込みとベンチがあって人影がまばらで、寂しくて。
まさに日本の商業ビルの屋上だった。
英国的なものは感じなかった。

青い空には飛行機雲が澄んでいた。
それから孤独に薔薇が咲きかけていた。
薔薇を見たら「星の王子さま」を思い出して、そこから「夜間飛行」と「人間の土地」を思い出し、それからずっと考えている。

夜空をひとり飛行機で飛ぶことを考える。

実際には私には出来ないことだけれど、毎日自分と向き合いながら人間性を問われるような気分で過ごしていると、本の中の夜間飛行にシンパシーを感じるね。
幻想ね。

それにしても、わかっているつもりでも経験すると全然ちがうものですね。
どんなに想像力が豊かでも経験は違う。
そして全てを経験することは出来ないのだから、わかったような気持ちにおさまってはいけないね。

幻想の飛行機が見下ろす街の灯は何者?

ついきのう、間違った方向に飛んでいることに気づきました。
気付いて良かったけれど疲れた。
それにもう2、3日「飛ばないと」軌道修正できない。
疲れるとプリンが食べたくなります。

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oiharamumay at 01:04|Permalink

2016年12月27日

寒い夜

元仕事仲間たちとお疲れさま会をした。
なんだかお洒落なボーカルやサックス、キーボードの生演奏を聴きながらディナー。

それでいま思うことは
「ほんとに思い通りにならない悔しいことばかりであればこそ、ことさら自分の最善を尽くす以外ないんだなー。」

仕事の話も、SNSで見るアイドルグループのファンの嘆きも、誰かの早すぎる死も、どれもこれも。

最善を尽くせ。
我が身を燃やせ。

もうそれしかないだろう。
悔しければなお。

それにしても何かと色々寒くて眠れない。
燃えろ自分。

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oiharamumay at 01:39|Permalink

2016年12月20日

うたえばたのし

ギフト、プレゼントの季節です。
お歳暮とかクリスマスとか悩ましいものです。
贈ったり贈られたりするには上手い下手がある気がします。
私はとりわけ贈ることが下手。
もらってばかりで、本質的には何も贈ることができていない。
返すことが出来ていない。
そう思うことばかり。
そんなことをうだうだ言う時は歌うようにうだうだ言えば、自己流ブルーズやシャンソン遊びができます。
明るめのメロディで読んでください。


この星に命をもらい
誰かに、どこか聞こえてくる歌に
安らぎをもらい
喜びや力をもらい
知恵や生き様を見せてもらい
胸を満たしてもらい

けれども何も返せない
どんなに言葉や物を送っても
何も贈ったことにはならない
そう思うことばかり

それでも聞く人のない歌をうたうように
リボンを結ぶ
風に木の葉を散らすように
カードをしたためる
誰もいない森のモミの木の枝で
鳥がさえずるようにハッピーホリデー


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oiharamumay at 11:34|Permalink

2016年12月18日

I should tell you といえば

新しい年が近づき、キラキラ輝くものが多い季節です。
電飾も人々の笑顔や言葉も、何かと shiny days ですね。
そんな季節にふさわしいミュージカル、RENTを観てきました。
生きること、死、時間、笑顔、恐怖、信頼、愛情、夢。
真の強い輝きを描くには影も闇も深いものです。

映画しか観たことがなかったので、迫力に心打たれっぱなしでした。
そんな時って笑いながら泣けるのね。
席も前から2列目、キャストの表情もまばたきも、目元に光るものなども全てが見えて息するのも忘れそうでした。

今も有名なあの曲、Seasons of love のメロディがずっと頭の中をぐるぐる。
Five hundred twenty-five thousand moments so dear…

私は1年をどうやってはかっているかしらね。
この愛しい瞬間の連続を。
とにかく私も自分なりの一曲を作りたい。
(ロジャーに感情移入派!)


RENTを見に行った日、表参道を通りかかったら今年のイルミネーションは暖かい色に見えました。
去年までは仕事でくたくたに疲れて眺めたイルミネーション。
点灯している時間に帰れる日は写真を撮ったりもしたものだけれど、今年は何故か立ち止まりもせず通り過ぎた。
青空の写真は撮ったのにね。

イルミネーションもサンタクロースも嫌いじゃない。
メリークリスマスも嫌じゃない。
身近にわんさか当たり前のように目にするし。
けれどもイルミネーションどころか電気が通っていることも、信仰あるなしかかわらずクリスマスがあることも当たり前であろうはずもなく。
してみると「ハッピーホリデー」という言い方は良いな。

…I should tell you (レントの曲)はアイシテルって聞こえるよね。
言わなくちゃ…って、言うべき言葉そのものだよね。

けれども今はとりあえず。
ハッピーホリデー。

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oiharamumay at 21:24|Permalink

2016年12月15日

パープル・ハート

部屋の大掃除を始めた。
もう使えなくなった昔のお気に入りを
いくつかゴミ袋に入れた。
クロゼットにスペースが出来ると
気持ちもゆとりが出来た。

仕事場から引き上げた紫のストールを
ようやく洗濯した。

長年寒さを共にした
相棒みたいなストール

洗い上がるとしなやかにふわりとして
気持ちもしなやかに柔らかくなった。

そして昭和記念公園へ。
端正な美しさ、気品、静かな迫力。
紫の空の下に輝く電飾。

けれどもそれにも増して凄かったのは
ビルの谷間に昇った月だった。
山吹色でとても大きな。

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oiharamumay at 01:43|Permalink

2016年12月10日

ど忘れの海

小田原から伊東へ。

暮れる冬の海や夜が早い伊東の町に感じるこれは何だろう。
当てはまる日本語はあるのかな。
限りなく「寂しさ」に近い美しさ。
限りなく「寂しさ」に近い心地よさ。
何でも言葉に出来るものではないけれど。
もっと的確な表現。
ど忘れしているだけじゃないか。

古い歌が似合う海です。
寝る前に古い本を読み直したくなる夜です。
星はたくさん見える。

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oiharamumay at 23:41|Permalink

2016年11月28日

鷺娘のうた

白い大きな鳥が川面から飛び立つ
水面にうつった雲と建物が揺れる
人も時間も通り過ぎていく
気持ちも記憶も通り過ぎていく

かたむく太陽に励まされながら
もうすぐ夜になる
夜には星も月も笑う
雲の向こうでも笑っている
通り過ぎた時も人も
そこで笑っている

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oiharamumay at 02:08|Permalinkプロット帳 

2016年11月25日

雪見散歩

雪が降ったので、いつものジョギングコースを散歩した。
いつもは風景として眺めて通り過ぎるだけの秋の景色と、一対一で向き合えた。
もみじの紅さがコンコン心を打った。
池の真ん中で首をすくめている鷺たちが、たおやかすぎて天女のようだった。
玉三郎の鷺娘を思い出す。

そしてあの紫。
雪の中に咲く菖蒲とは摩訶不思議。

冴え冴えと美しいものを見ると、自分の曇り濁りも少し晴れる気がする。

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oiharamumay at 00:43|Permalink

2016年11月22日

南の島から紅葉の東京

今朝は地震で目が覚めた。
静かな朝に、揺れを感じるより前に音が先に聞こえたような気がする。

私たちの大半は忘れっぽいようだけれど、覚えておけよ2011年を、と言われているみたいだ。
まだまだ悲しみと喪失の現実と闘う人たちがたくさんあるということ。
自分が惑星の皮膚に住まわしてもらっている小さなやつだってことを思うと、朝は益々静かでした。


東京も紅葉が始まり、走るのに良い季節。
日曜日の公園にいつもの10倍くらいのたくさんのランナーがいたのは、つくばマラソンを走った友達に触発されちゃった人たちなのかも…と勝手に想像しながら私も走りました。
人から見たら走っているように見えないだろう速度で。

それでも心密かに、昨日の自分をライバルに、走れる「友人たち」を憧れと励みに走りたくなってしまう。

走ってるレベルでなく走るって…弾いていると言えないレベルの自分のギターと一緒だな。
下手のレベルにも達しないので、やめるとか諦めるとかも逆にうぬぼれに思える(笑) だから続ける…言い訳です。

文を書く時、書こうとする目的と理由を考える。
人の文章を読む時にもよく考える。
人に読ませたいのは何なのか。
読み手にいかなる理解を求めているのか。
自己承認欲求という言葉でよく片付けられるけど、そんな見方は大雑把過ぎて意味がない。
細かく読み取ろうとする。
やりすぎると疲れるからほどほどに。

自分はよく、大多数の声の濁流みたいなものを感じた時、そうじゃない人もたくさんいるぞと書きたくなってしまう。
ただしうんざりした気分のそのまま書いてしまうと伝わる文章にはならないので、そういう時は書かないよう必死に堪える。

あたりさわりなく書こうとして、もしくは日記の体裁を整えようとして、言い訳の羅列みたいになることもある。
結局そんな風に書いた文は捨てる。

こんなことを色々書くのも名護に行ってきたからでしょう。
陽気な名護の妖精山城さんと話した後は、我に返って、書くことについてよーく考える。

話が飛び過ぎたけれど、小さな結論。
卑下はしないように。
卑下もうぬぼれの裏返し。
自分に対して誠実に頑張ればいいかなと、時折ぼんやり考えながら走るのです。
走りながら考えると、余計なことは考えすぎないからいいね。
それよりフォームを改善したい…

紅葉が紅いとがんばれるよ。

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oiharamumay at 11:25|Permalink

2016年11月19日

人。もしくは自転車続き。

今年も10月にはジャパンカップを見に宇都宮へ行き、その翌週にはさいたまクリテ見物で、そのまた翌週は幕張のサイクルモード。
そしてその次の週はツールドおきなわを見に名護へ。
4週連続の自転車イベント。
今はそれが終わったところ。

それぞれについての詳細はまた思いついた時にでも書くとして、すべてに共通することは…人。
人だなあと、何度も心の中でつぶやいたことよ。

宇都宮とさいたまは海外からのトップ選手のレースを観戦出来る貴重な機会な訳だけれど、熱烈に好きな選手たちはとっくに引退した今、レースの空気を一緒に楽しんだり餃子を食べたりする友人の存在がとても大きい。

そして特に名護は、私には人そのものだ。
それから海。
山城さんなんかもう、名護の妖精みたいな気がするわ。

しかしながらレースに出る訳でもない私がひとりで何をしていたかと言うと、海沿いの道をサイクリングしたり、写真を撮りながらジョギングのまねをしたりしておりました。
(羽地でちゃんと応援もしたけど)

サイクリングはブロンプトン。
ビアンキのロードとマウンテンバイク(ビザンゴ)も持っている自分ですが、メインはめっきりブロンプトンになりました。
この折畳み小径車の良さは乗る人だけがやたら感動していて、一般のロード自転車乗りには全く興味を持たれないものなんですよね。
はまる人だけはまる。
私はとにかく詩的な旅にはブロンプトンだと思っています。
折畳みも組み立ても瞬時だし、乗り物に乗せるのも簡単だし、軽快に走れつつスピードも出過ぎないし。
ロードにはロードの、マウンテンバイクにはマウンテンバイクの風のような詩があるけれど、ブロンプトンの詩は旅先の空気にたゆたうことが出来る。
それが好きなのです。



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旅の写真から話が戻りますが、仕事もまた人でした。
仕事を辞めて1ヶ月。
人のつながりに無所属なことを痛感中…



oiharamumay at 02:50|Permalink