2012年01月08日

「小説☆カキコ2011年冬・小説大会」結果発表!

小説投稿サイト小説☆カキコをご利用の皆様、いつもありがとうございます。

いつもたくさんの連載作品を投稿してくださり、まことにありがとうございます。
大変おまたせいたしました!!

■t当サイト内で行った「2011年冬・小説大会」の投票結果を発表します!(以下は元スレッドです)


シリアス・ダーク小説 金賞
  パラノイア (作者/風(元:秋空  ◆jU80AwU6/. さん)
コメディ・ライト小説 金賞
  小説カイコ (作者/ryuka ◆wtjNtxaTX2 さん)
複雑・ファジー小説 金賞
  神々の戦争記 (作者/海底2m さん)
二次小説 金賞
  [イナズマ]多分…私は、貴方を愛しています (作者/伊莉寿(元・西木桜) さん)
社会問題小説 金賞
  リストカット中毒 (作者/黒紅葉 ◆uB8b1./DVc さん)
BL・GL小説 金賞
  メイドと追っかけと職人と巫女と (作者/マッカナポスト ◆dDspYdvRLU さん)


たくさんのご応募・ご投票、ありがとうございました。
次回からまたよろしくお願いします!下の記事からまとめて読めます!
過去の小説大会については小説カキコ☆小説の殿堂一覧でご覧いただけます。

惜しくも今回入賞を逃したかたも、次回以降の大会で入賞するチャンスがあります
次回大会もお楽しみに!。


【シリアス・ダーク小説/金賞】パラノイア【1】

パラノイア

風(元:秋空  ◆jU80AwU6/.さん





Prologue  「現実を超えていけよ」

             もし、ゲームの世界が実現したら?
          楽しいだろうか……否、そんな生易しい物では無いのではないだろうか?
         是は、夢の終着駅。 夢の終わりの始まり……暗闇がその先にはポッカリと穴を開けている。
            そこに、ダイブする事がゲームの世界へと入って行くと言うこと。
                  それが彼らの中の現実――――

                        その世界は、決して華やかではない。 血に塗れている。
                            さぁさ、おいでませ!
                          そんな、イカれた世界を愛するパラノイア達よ!
                           普通の世の中は飽きただろ?     


                                                   ――――End




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Episode1

Stage1「痛みを感じ感触が有り涙が本当に出ている感覚になるのが、このゲームだ」Part1

「田舎……嫌い」

  平成二十三年七月十一日月曜日 福島県 

  外を見回せば畑や田んぼ。 ド田舎なのが良く分る。
  そんな山間地の農家の家系で国枝円は、生まれ育った。 
  黒髪で肩に掛かる程度のセミロング。 長身痩躯で色白。 優しげな顔立ち。 
  どちらかと言えば、美人の部類だろう。 
  寡黙で男嫌いで人見知りな性で友人は少ないし男女の仲になった事は極端に少ないが。
  そんな彼女は。農家嫌いで田舎で農業を継ぐのはゴメンだと千葉県の大学に入学した。
  平成二十三年三月上旬頃、血の滲む努力の元、何とか試験に合格したが。
  悲しいかな、大震災で職場に行く前に内定は取り消しとなった。 それからと言うもの彼女は、職安に通いながら家の仕事、即ち農業をしながら暮らしていた。
  四ヶ月近くが過ぎたが、新しい職業に有り付くのはまだまだ、厳しそうだ。
  そんな、真夏の昼下がり…

「眠い……ダルイ。 気持ち悪い。 暑い。 筋肉痛い。 肌荒れる。 暑い。 暑い。 気持ち悪い。 ダルイ。 お腹減った。
寂しい。 眠い。 詰らない。 詰らない。 詰らない……あの頃が、懐かしい。 ゲームしたい……ゲーム」

  彼女は、何時もの様に、お腹を出して自室で寝そべっていた。
  周りには、漫画や小説が煩雑としていて机も無い。 
  PCは、地震の影響で倒れた箪笥に潰されて壊れた。 
  其れゆえ、彼女は、日中は、仕事を手伝ったり職安に通ったりするからと言い、夜は、少しの楽しみと職業検索のためにネットをさせてくれと父に頼んでいた。 彼女は、ネットゲームが好きだ。
  特に、最近は、最新のネットゲーム、アストラルに嵌っている。 夜が恋しい。 
  暑い時間が辛い。ゴロゴロと寝苦しそうに体勢を変えながら明日、職安に行くかなだとと思い立ち履歴書を書く。 履歴書を書きながら時計を見る。 時計の針は三時半をさしている。 まだ、長い。
  悶々とする。 ネトゲの魔力に魅了されている事が分る。小説投稿サイト、小説カキコと言うサイトも彼女は好きだが、今は、それより遥かにアストラルに夢中だ。
  履歴書を書きながら無意識に今の感想が漏れる。
  身体中がジリジリと暑い。 汗がべた付く。 午前中の仕事で筋肉が疲労している。 
  履歴書を書くのは面倒くさい。 毎回似たような事の繰り返しだ。 やりたい。 ゲームを。
  そして、月読愛や野宮詩織と言ったゲーム仲間に速く会いたい。
  この現実が、嫌だ。
  
  彼女は、思い立ったように立ち上がり服を着始める。 
  まだ、書き終わっていない履歴書用紙を乱暴に畳み布団の下に隠し二階へと歩き出す。
  父の部屋は二階だ。 父のPCの二つの内、一つを彼女は、使わせて貰っている。
  父は、教は丁度、職安に通っていて部屋を留守にして居た。 
  彼女は、約束などどうでも良いと目を爛々と輝かせて電源を居れネットゲームを開始した。

「はははっ、ははは……知ってる人居るかな? この時間は、居ないだろうなぁ……」

  彼女のネトゲ仲間は、皆、学生で日中は退屈な授業と言う苦行に耐え忍んでいる。
  小説カキコの場合もそうだ。 日中など土曜や日曜、祝日でなければ会えない。
  だが、一人でもゲームは出来る。 それに、このゲームをやっているのは学生ばかりではない。
  十代の少年少女から五十代まで実に雑多だ。
  廃人に陥り、毎日アストラルの世界に入り浸っている者も多い。
  彼女がゲーム内で知り合った者にもそう言う存在は、多数居た。
  彼女もそうなるかも知れない存在の一人なのかも知れない。 いや、確実に予備軍だろう。

「あぁ、何時も思うんだけどこのゲームの中に入るときの感覚が最高に気持ち良い! 病み付きっ」

  この時、彼女は知らない。 これから先、起こる事を――――


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Episode1

Stage1「痛みを感じ感触が有り涙が本当に出ている感覚になるのが、このゲームだ」Part2

              アストラル……そこにあるは、想像の限界――――――……


  ザザァッと言う波が押しよせては引いていく音。
  そして、吹き抜けていく適度に、涼しい風。 商人達や通行人の活気に溢れた声。
  自らの体を優しく包み込む太陽の光。 ゲームとは思えない圧倒的な感覚が有る。 しかし、それは現実ではない。 
  ユーザーの意思がゲームの世界の中に入り込んだのだ。 多くの人間が一度や二度、夢に見たことが有るだろう。
  だが、今まで夢で終ってきた。 画面からは、人の温もりや香り、手を触れ合う感触は、感じられなかった。
  このゲームは違う。 そう、オンラインゲームは進化し続けてきた。 
  リアルタイムで人々と付き合い言葉を重ねあうことが出来る。 しかし、今だ、リアルな表情を感じる事やその世界の物の香りや感触を確かめるには至れなかった。 人間は、巨大な欲求の塊だ。 有る一定以上に至り満足しても何れ次を求める。
  多くの今迄のゲームの限界に空腹を覚えていた人間たちが、アストラルの魅力の虜となった。

  痛み……本当の人間の様な筋の動き。 どんな台詞を言っても全てに肉声が加えられる驚き。 
  地に足を付けて歩いているという実感。 
  物の感触や温もり、そして、匂いを感じられるこの世界。
  それは、今までになかった現実と遜色のない圧倒的リアル。
  皆が、酔い痴れるのも頷ける。

「それにしても、我ながら此方の世界の私は格好良いなぁー」
  
  彼女は、気楽な口調で目を開けて周りを見回してから言う。 まるで、現実の世界の歴史の教科書に出てくる海賊の様な風貌だ。 
  身長も十数センチ縮み目の色は青となり勝気な表情だ。 現実とゲームの中では、姿が変化するのだ。  
  この世界はユーザー達の意思は投影されるが姿や声、身長や体重は変更する事が出来る。
  現実世界の性ではない性になり、その性差を実感する事すらできる。
  アルカトラズには、職業がありプレーヤー達は、夫々、最初に好きな職業を選ぶ。
  忍者・武士・騎士・魔法使い・陰陽師・暗殺者・ガンマン……そして、今、正に目の前に居る女、国枝円が、選んだ職業、海賊である。 尚、開発者の話によれば、今後のアップデートにより新たなる職業の登場も有るとのことだ。 
  まだ、若い作品だ。 ファン達の間では、是からの進化も注目点とされている。
    
  一方でこの現在化科学の限界を軽々と超えた技術の粋に、今、世界は、多くの危惧を見せている。
  当然だ。 現在科学の何十年いや、或いは何百年先を行った技術なのだから。 
  このアルカトラズと言うオンラインゲームは、東日本大震災二週間後に開設された。
  世界の関係者達の間では、その大震災が、ゲームの開発に関連しているのではないかと言う推測が絶えない。
  しかし、どの様に関連しているのかは、今の所、皆目見当がついていないのが現実だ。 
  当然といえるだろう。 今の技術の限界を突出した技術なのだから。
  
「あっ、風さんじゃ無いですか? こんな時間に珍しいね?」
「あっ、リノウェイさん! 何時もお世話になっています。 今日は、非番ですか?」

  しばらくの間、ログインしたは良いが、何をすれば良いかと問答していると後ろから男性の声が聞こえてきた。
  風と呼ばれ国枝は、自分の事だと理解し振り向く。 ゲーム内では、無論、本名を使っている者は少ない。
  大概が、他のネットゲームや掲示板などのようにハンドルネームと言う偽名だ。 リノウェイもHNなのは言うまでもない。
そして、目の前に居るポンチョを羽織りテンガロンハットを被った、焦げ茶色の癖毛の長身痩躯の美青年に挨拶をする。
  リノウェイと呼ばれた男は、彼女の言葉に何やら後ろめたそうな表情を浮べ帽子の上から頭を掻いた。 
  その様子を見て「やれやれ」と察したように彼女はぼやく。 青年もそれに釣られてケラケラと笑う。

「ご一緒しませんか?」
「あぁ……君を誘いたいから声を掛けたんだから……喜んで!」

  彼とは、何度か一緒した事が有る。 それなりに優しくて適度に頼りになる良い男だと認識している。
  彼女は、自分から誘う振りをして彼の勧誘に乗るという意思表示をする。
  すると彼は、茶色のグローブを嵌めた右手を彼女にむけ悪手を求めてくる。
  風は、少し照れ臭そうに彼の手を握った。



     感触が伝わる……握られている感触が……温度が、まるでリアルのように――――……



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Episode1

Stage1「痛みを感じ感触が有り涙が本当に出ている感覚になるのが、このゲームだ」Part3

「なぁにー? 見ない顔ねぇ?」
「大した実力じゃねぇな……初心者よりはマシだがよ」

  レンガ造りの家々の間に有るこじんまりとした木造の建築物。 
  扉には、カエルゴギルドと書かれている。 カエルゴとは、この港町の名前だ。
  そこは、プレーヤー達からプレーヤーズギルドと総称される場所だ。
  プレイヤーズギルドには、基本的には、このアストラルをプレイする者達のクエストの依頼所の役割が有る。 
  他には、メンバーの指南や基本情報の開示と言ったバックアップなどもしている。
  詰り、プレーヤー達が、ゲームの主目的である任務を進めるには、此処に来てクエストを選び、契約を結ばなければいけない。 カエルゴギルドと言えばギルドのカエルゴ支部と言う意味だ。

  二人は、慣れた様子で颯爽とギルドの扉を開く。 其処には、多くのこのゲームに魅せられた者達が居た。
  何人かは、呼び鈴の音に新客の登場を察知し彼らを見詰る。 装備品で大体の実力が分る。
  何故なら、任務をこなした数の証明になるからだ。
  基本的に、クエストをクリアすれば軍資金や生活費となる、金が手に入る。
  当然ながら、普通は、更なる任務成功率の上昇のために金を使う。
  生き残り有意義に過ごすためには、自身の戦闘力の上昇と装備の上質化を図るのが、常識的だ。 

  彼らは、二人の装飾品の程度を見て、大した実力は有していないと判断し、大概が鼻で笑った。
  当然だろう。 此処に居る者達は、基本的には、日中は来れない風やリノウェイ等とは違い、昼夜を問わずこのゲームに明け暮れる者がほとんどなのだ。 

  彼らは、二人を品定めして小さな声で仲間内と話をして居た。 恐らくは、評価は芳しくない。
  何だか視線が、気分の良い物ではないので風は、目を下にやり何とか彼等と目を合せないようにする。
  そんな彼女を見て「可愛い反応だねぇ」などと冷やかす者が居たが、其れは同胞の女性に、殴られていた。
  恐らくは、彼女を庇ったと言う訳ではなく他の女に目移りするのは赦さないと言う所だろう。
  昼間と深夜一時以降は、群雄割拠だ。
  一般社会人や学生達が帰宅する夕方四時ごろから明日の仕事や学校が、有る者達の大半が、眠りに就く十二時位までの間が、一番、雑多な人間が交じり合う時間だ。 その時間では、流石に人が多すぎて実力者達も弱者にまで目を向けない。
  リノウェイ達のような普段、夕方からしか来れない者達は、そう言う昼夜問わず着ている者達からは、弱者として軽蔑されるのだ。
  しかし、彼は、そんな視線を物ともせず風をエスコートする様に優雅に歩き出す。

「へぇ、中々、肝の据わった良い男じゃないか?」
「…………其処の子、可愛いね? そんな弱そうな奴じゃなくて俺と付き合わない?」

  野卑た顔つきの明らかに上段者の雰囲気を漂わせた武士姿の男の誘いも、赤の野生的な髪型の闊達な盗賊姿の女の言葉も無視して、黙然と彼等の座るテーブルの横を通り抜けていく。    

  彼の眼前には、木造りのカウンター。 ランク、総合五段階に分割されていて夫々、五人の受付け嬢が居る。
  彼等は、ランク二。 初心者から脱却した程度の者達だ。 基本的には、下級者と呼ばれる。
  そんな、彼等の向かうカウンターには、紫を基調とした青のツインテールの笑顔の似合う美女が待っていた。
  彼女の名前は、リノア。 無論、プレイヤーでは無く、RPGなどで言うモブだ。 
  彼女から任務の依頼書を見せて貰い確認し選択し受注する。 そうすれば、この汚い目からも解放する事が出来る。
  男の足は、無意識に速まっていく。 無言のプレッシャーを感じ風は、目を細めた。

「依頼を受けたい」

  カウンターに着くや否や彼は、用紙を見せるように促す。 すると、彼女は、用紙を出しながら、彼に話しかける。

「珍しいですねぇ? お二人が、こんな現実世界では、明るい筈の時間に、此処に訪れるなんて?
さてはさては、リノゥエイさんは、サボりだったりしますな? サボってまで来て貰えるのは嬉しいんですがぁー
仕事を辞めて毎日、朝から晩まで嵌っちゃって貰えるとあたしとしては、もっと、嬉しいかなあぁー!」

  真剣な面持ちで配布された用紙を見詰る彼に、退屈させないために彼女は、話し掛ける。
  モブだが、何ともリアリティが有るものだ。 彼女等は、笑い泣き理論を持ち成長し記憶し忘れ嫉妬し愛する。
  現実世界で生活する人間では無いと言うだけでそれはもう、リアルの人間の如くだ。
  
  心底、珍しそうな表情で風とリノウェイを見詰ながら彼女は話す。  リノウェイは職場勤めで風は、家の仕事で朝は、基本的に来れないと言う事を把握した上で彼女は、話を続ける。 彼女にサボりかと問われた瞬間、彼は、薄ら笑いした。
  そんな、彼の表情に怪訝に眉根を潜めながら彼女は、話を続ける。 サボりなんかじゃなくて、どうせなら仕事を辞めて永遠に、アストラルを楽しんで貰えれば良いのにと彼女は、冗談めかして言う。 無論、実生活が掛かっているのだからそのような事は出来ないだろうと理解した上でだ。 しかし、その言葉に、彼は、更に口角を上げて凄絶に笑う。 何が可笑しいのだろうと、リノアは呆然とする。
  隣に居た風も狂気染みた彼の表情に恐怖を感じ眉根を潜める。

「はははははっ! 勘が良いなぁリノア! そうさ、俺は、辞めたよ……このアストラルは最高だ。 是から俺は、先駆者になる!」
 
  笑いながら彼は、言った。
  ゲームのために辞職したのだと。 
  其れを聞いたリノアは、愕然とした表情をして居た。 
  現実での生活はどうするのだろうと言う疑問が鬱積しているのだろう。
  憐憫にも似た表情だ。 現実とゲームの区別がつかなくなった人間の末路を知っているからこそだろう。
  仕事を忘れ稼ぐ事を忘れ辞職金で暫くはゲーム三昧の生活も出来るだろう。
  しかし、その後はどうだ。 何れ金は底を尽き住む場所は追われやがて、食事も取れなくなる。
  結果、命を失いアストラルに二度と訪れる事は出来ない。 
  現実的な未来を予測しながらも風は、彼のことが理解できる気がした。
  現実などより耽美で刺激的で余程楽しいこの世界、永遠に居られるものなら居てみたい――――……


   心の底から……そう、思えた。 現実が嫌いな彼女には、此処は、天国だった――――――





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【複雑・ファジー小説/金賞】神々の戦争記【1】

神々の戦争記

作者 海底2m さん



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むかーしむかしあるところに
ギョクテイ
「嶷帝」という、大きな神様が住んでいました。

嶷帝は自分のできる限りのものを世界に作りましたが、
それでも足りないので7人の神様を作りました。

炎の神は火を作りだし、多くの発明の源になりました。
水の神は水を生み出し、たくさんの命を支えました。
氷の神は氷を作り出し、世界の温度のバランスを取りました。
地の神は地を司り、大地と、そしてすべてを支える地球を作りました。
幻の神はすべての生き物たちとなかよく、楽しく暮らせるようにしました。
雷の神は電気を作り、人々の生活を豊かにしました。
志の神は人に個性と愛情を沸かせました。

でも、ある時嶷帝が死んでしまいました。

世界が混乱したのをいいことに、志の神は悪の心を操ってほかの六人の神様を殺してしまいました。

神様たちの最期に残した力は、六人の人間たちに委ねられ、
志の神が作り出した悪い悪魔たちを倒していき、ついに志の神を封印しました。

でも、残ってどんどん増えていく悪魔たちを六人で倒すことはできません。
そこで彼らは、自分たちを犠牲に、多くの人々にこの力を与えました。
そして人々は彼らを英雄としてたたえ、悪魔を倒していくのでした。









と、いうおとぎ話が存在するように、
現在世界には悪魔である『妖魔』、神々から受け継がれし力…『シピア』を持った人間がいる。

しかしこの話は、今の現状のもとを探った時に「こう考えるのが一番良い」という仮説なだけで、
実際には神も糞もいなくて、ただ妖魔とそういう人間がいただけ、という人もいるわけだ。
つまり、人間様が後から作り出した単純な「おとぎ話」

しかし、元がどうであれシピアを持った人間が妖魔を駆除しなければならないのは変わらず、
『ゼンザス』と呼ばれる組織によりこれは行われている。

ゼンザスは世界の中心地、『セリアム』に本拠を置き、世界各地に支部を置いている。



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第一章
 第一話  「神とか…いるわけねーじゃん」



「って聞いてんのか五十嵐!!」
心臓を貫く罵声で、五十嵐勇は教科書に突っ伏していた頭を跳ね起こした。
「はいっ、聞いてます!」
ちっ、せっかくいい心地だったのに…と、胸奥で愚痴りながら、勇は声を張り上げた。
「そうか?じゃぁ今何ページか言ってみろ」
「え、えーと…」
教官のたしなめるような口調に反抗しようと、勇は教科書のページを確認した。が、
「教官、こいつの教科書によだれと思われる液体が付着しています」
クラス…というよりは講堂に近い部屋の中で爆笑がはじけた。
が、黒板の前の教官は違った。
「んだとぉ!?五十嵐お前終わったらちっとついてこい!」
「なーに―――!!?」
この教官に呼ばれるということはすなわち死を意味する。
しかも普通の教科書と違い、何年使っているかわからない支部管理の強者の教科書である。
よだれを垂らすなど天皇陛下に空手チョップを食らわせたような重罪だ。
クソッと舌打ちして告げ口した隣の同期をにらみつけた。
視線に気が付いたのか、同期である川島誠也は机の下でピースサインをした。
うわ、こいつうっざ……!!あとで殴り倒す!!
膝の上で握りしめた拳に静電気がパチッとはじけた。
川島は「こわいこわい」とでもいうかのように俺との距離を少し伸ばした。

やがて長い長い講習が終わり、俺は教官に一発締められた後、多くの部員の溜まり場となっているフリースペースに向かった。
案の定、奴はそこにいた。
俺は早足で川島の座っているテーブルへと向かうとバン、とテーブルをたたいた。
「どうした、そんな殺気飛ばして」
川島は部外者かのような口調で言い放った。川島は結構長身で、座っていてもその頭の位置は高い。
しかもそれがかなりイケメンというのがまたさらに気に食わない。
「お前これで俺階級落ちたらどうするつもりだよっ!」
そう怒鳴って俺は胸につけている「二等防衛士」の階級章である並んでいる二つの十字架を見せつけた。
去年ゼンザス防衛隊ネクラフ支部に入隊し、こないだようやく試験に合格して得た階級である。
川島の胸にも同じ十字架がつけてあったが、あくまで顔は冷静である。
「大丈夫大丈夫、よだれ一滴で階級落ちないって
 そんな話聞いたことないし。
 それに、荒川教官は結構お前のこと気に入ってるし」
「お前がそうさせたんだろうが…!てか、気に入られてねぇ!」
荒川克之教官は、さっき勇を怒鳴り散らした、部員の間でも「鬼」で有名な御方である。
「おいおい、せっかくの休憩なんだからもう少し休めよ。次からまた射撃訓練だぜ?」
まだ腹の虫はおさまらなかったが、川島の言葉ももっともなのでひとまずそこで区切りをつけた。



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          *登場人物 & 世界観*




五十嵐 勇   身長:165cm    シピア:雷    容量:4200 バーゼルシピア換算
  
  所属:ネクラフ支部防衛課 第一部隊荒川班
  階級:二等防衛士
  性格:バカ、お調子者、向こう見ず、礼儀知らず
  外観:髪も瞳も茶
     髪は少々立っていて、服は基本的に支給される制服か赤とかオレンジのTシャツ+ジーンズ
    技:サンダーミキサー
       雷鎚(クラッシュ)


川島 誠也   身長:172cm    シピア:氷    容量:4100

  所属:ネクラフ支部防衛課 第一部隊荒川班
  階級:二等防衛士
  性格:冷静沈着、の割にはよく突っ込む
     勇とは中学の時から一緒で、勇の制止役でもある
  外観:黒髪で長め。ペタッとしてる。
     服装は制服かワイシャツにジーンズ。腕はまくる。


荒川 克之   身長:175cm    シピア:炎    容量:8600

  所属:ネクラフ支部防衛課 第一部隊荒川班班長
  階級:二等防衛曹
  性格:怒鳴りっぱなし。メリハリはついているのだがあまり接客が得意ではない。        
  外観:茶髪で短いツンツン。部員からは「猟眼(ハンターアイ)」で有名な瞳。
     基本的に制服しか着ないが、フリーな日は白Tシャツ。
   他:勇達の教官でもあり荒川班の班長。
    技:流星群


滝浦 玄助   身長:173cm    シピア:なし

  所属:ネクラフ支部防衛課 第一部隊隊長
  階級:三等防衛佐官
  性格:導火線が短く、また思いついたら即行動。しかもその行動が大胆。
  外観:髪は白髪交じりで黒髪。髪は立てていて、顎髭と連結している。
     制服のほかは佐官以上に支給される黒一色の浴衣を羽織る。
     

桐山 颯希   身長:159cm    シピア:水    容量:3900

  所属:ネクラフ支部防衛課 第一部隊井上班
  階級:二等防衛士
  性格:バカであるのは勇同様だが、元気ハツラツどころのレベルではない。
  外観:髪は少し茶色っぽく、ショート。
     服は制服以外も積極的に着用し、白いワンピースを着ることが多い。
   他:実は川島の実家の近所に住んでいた。


鈴原 遼    身長:178cm    シピア:雷    容量:5700

  所属:ネクラフ支部防衛課 第一部隊荒川班
  階級:防衛士長
  性格:テキトー & マイペース
     本を読むのが好きだったり、お金にはシビアだったりする。
  外観:着るのが面倒、という理由で制服も着崩していて、よく上官に注意される。
     それ以外では真っ白けっけのポロシャツにジーンズ一枚と、素朴。


井上 春樹   身長:175cm    シピア:?    容量:8400

  所属:ネクラフ支部防衛課 第一部隊井上班班長
  階級:二等防衛曹
  性格:親切丁寧紳士的。
     天使教官とまで下等防衛員に謳われる。
  外観:結構オシャレ。
     制服でも戦闘時以外は色々と装飾をつけているので荒川に怪訝な目をされる。


上蔵 間    身長:168cm    シピア:?    容量:12700

  所属:ネクラフ支部防衛課 第一部隊副隊長
  階級:二等防衛佐官
  性格:かなり真面目。だがよく冗談を放ったりする。
     家事全般が得意で、「第一部隊のお父さん」とも呼ばれる。
  外観:真面目さゆえ制服とジャージしか着ない。
     ただ、戦闘服だけはオーダーメイドで、色々入っているらしい。


ルティア・O・ヴィレイトリム    シピア:雷    容量:12870

  所属:ネクラフ支部防衛課 第一部隊ルティア班班長
  階級:二等防衛佐官
  性格:冷静さに事欠かない。自他に厳しい。故に冷たい先入観を周囲に与えてしまいがち。
     しかし実は戦闘中は命懸けな事を常に頭に入れている為、態度が厳くなってしまうだけ。
     彼女は戦闘能力が高い為滅多にしないが、
     いざと言う時は弱者を自分の身を盾にしてでも守ろうとしてしまう傾向があるような心優しい女性。
     射撃もかなり得意で身のこなしが軽い。影で人気。
  外観:ピンクブロンドと金の瞳、雪肌の美女。
     筋肉質だが身体の線は細く出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる。
     滅多に笑わない為目撃談はかなりレア。笑うとかなり柔らかく見える。
  服装:制服かミニスカ&スパッツ、ロングブーツ。ちゃらちゃらした服装が嫌い。
     戦闘に邪魔だから。露出多過も嫌い。動きやすく尚且つ戦闘に適した服を着る。
  備考:過保護な面のある実は母性愛のある女性。まれにその面を下官に晒してしまうことがある。
     一人称は「私」。実は異世界の人間。
  提供:JUDGE様
  原典:>>23


ファレン・S・サンタアレラク    シピア:炎(蒼い) 容量:5500

  所属:ネクラフ支部防衛課 第一部隊ルティア班
  階級:一等防衛士
  性格:優しく時に心配性。常に敬語で頑張り屋。目的の為にはコツコツ派。
     生真面目な面もあるがそれなりに明るく、秀才。実はルティアに前々から好意を寄せている。
     本人は鈍感なのでファレンの思いに気付かないのだが周囲には察知される程度に態度に出てしまう。
  外観:美少年ぎみ。将来有望な顔立ちであr((
     毛先が少し茶色っぽい銀髪。瞳は藍。華奢だが意外と異常に力持ちである。
  備考:ルティアと同じ異世界から来ている
     一人称は「僕」
  提供:JUDGE様
  原典:>>31


青木 和一    身長:182   シピア:なし

  所属:ネクラフ支部総務課 最高総務部 支部長補佐
  階級:一等総務佐官
  性格:真面目。
     総務課はもちろん、ネクラフ支部員から絶大な支持を得ている。
     仕事はそつなくこなし、支部長になることをそこまで望んでいるわけではない。
  外観:総務課仕様の制服(スーツっぽい)ものを着用。
     身長が結構あり、すらっとしている。
  備考:容量検査の際の特別出席としている。


五十嵐 吾郎     享年:28   シピア:氷?   容量:不明

  詳細不明
  ゼンザスセリアム本部から一度勧誘を受けていたらしい。


鈴原 氷雨   身長:162cm    シピア:なし
  
  所属:ネクラフ支部研究課 武器開発部鶴迫室
  階級:二等研究士
  性格:おとなしく、人見知りが激しいが、親しい人とはよくしゃべる。
     機械、医療、数学、妖魔学など、研究課のスキルにおいて右に出る者は同期の中にはいない。
     ただし、総務に関して著しく知識がないため、階級は同じぐらい。
     ちなみに、勇達が配属される一年前からネクラフ支部に所属していた。
  外観:髪は水色と銀を少し混ぜたような色。セミロングで少し癖がついている。
     垂れ目が特徴で、巨大な隈ができることも。
     服装は研究服(白衣)以外は特に着ない。公休でも白系のシンプルな服を着る。

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妖魔
   志の神が作った(とされている)人間のシピアを喰らい、人々を襲っている悪魔。
   人間と同様、炎・水・雷などのシピアを持っている。



シピア -Sipirt-
   六人の神が死に際に放った魂に憑依する(とされている)力。
   炎・水・雷・氷・地・幻の六種類があり、シピアを持つ者(シピアー)とそうでない者(非シピア)がいる。



ゼンザス防衛隊 -Zensus-
   妖魔を駆除するために作られた独立組織。
   セリアムに本拠地を置き、世界の至るところに支部がある。
   防衛課、総務課、研究課の三つの柱で構成されている。(詳しくは後述)



セリアム -Ceriam-
   「世界の中心地」と呼ばれる大都市。広大な面積と人口を誇り、ゼンザス防衛隊の本部がある。



ネクラフ -Necraf-
   勇達が所属するネクラフ支部がある。まぁまぁそれなりの都市。
   セリアムと海を一個隔てたところにある海洋都市。



シピア弾 -Sipirt Bullet-
   銃弾の中にシピアを詰め込んだ、研究科開発の特製弾。
   自分のシピアが効かないときや、非シピアが戦闘で用いる。


シピア容量 -Sipirt Capacity-
   妖魔やシピアー(シピアを持つ人間)に存在するシピアの量。
   妖魔はこの量により9つのレベルに分かれていて、確認次第リストに登録する。
   ゼンザスに所属する全シピアーは2ヶ月に一度の測定が義務付けられている。
   基本的に、これがなくなると魂が朽ち、死ぬが、減っても時間経過で回復する。


アグニックス第四交番 -4th Agnix Box-
   そこら辺にある交番。名前に深い意味はない。


防壁 -Guard Wall-
   市民を妖魔の危険から守るために(ネクラフでは)東西南北に設置された高さ約10m、長さおよそ40kmの壁。
   市街地を囲う様に建てられていて、通常市民は出入りができない。
   ネクラフ支部の勇士達によってシピアが大量に内蔵されている(容量約200000)


イディオット統括交番 -Idiot Supervise Box-
   ネクラフ南部に位置する山岳地帯、イディオットの周りを囲っている13の交番のうちの一つ。
   それぞれの交番からの情報を収集、解析し、イディオット内の妖魔の様子を観察している。
   

東の大惨事 -East Tragedy-
   12年前、ネクラフ東防壁エリア内にレベル9の妖魔が侵入し、
   20数名の死者と百数十人の負傷者を出した事故。
   妖魔の驚異的飛躍力で5mの壁を乗り越え、シピアーの家屋を多く破壊した。
   その時の監視カメラによる映像が、現在セリアム本部に保管されている。

コア宝石 -Core Stone-
   妖魔、またはシピアーの魂が完全に朽ち果てたときに残る残骸。
   ごく微量のシピアを内部に保有しており、現在これをシピア弾に転用している。が、効率はイマイチ。
   手段によっては魂が朽ちる前に宝石化させられるとも言われているが、詳細不明。
   しかし、これが確立すれば武器開発技術は大幅に進化すると考えられる。

バーゼルシピア -Burzel Sipirt-
   通常、シピアの粒が二個ペアで結合しているのに対し、
   何らかの原因で一つの粒しか生成されなくなった異常なシピア。
   非常に不安定な状態で、威力は半減するといっても過言ではない。       フォースドフュージョン
   『融合液』と呼ばれる特殊な液体に触れると、身近なシピアを引きつけ、結合(強制融合)する。
   なお、バーゼルシピアにも、通常シピアと同じ様に「火」「雷」などの属性がある。

強制融合 -Forced Fusion-
   本来結合しないバーゼルシピア粒と通常のシピア粒を強制的に融合させた状態。
   氷雨は一つのバーゼルシピア粒に二つのシピア粒が融合すると発言しているが、
   実際は鎖のようにして次々に連結されていくため、強制融合によるシピア容量は無限に等しくなる。
   ただし、それは融合液の量にも大きく左右され、
   容量1のバーゼルシピアと1mlの融合液で結合するシピア容量は約310。
   容量10と融合液10mlならば容量31000となる。

融合液

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       *ゼンザスについて*

【構成】

     防衛課    総務課    研究課

 
 【全般】
   二士以下の下等課員の間は教育期間とされており、それぞれの課によって方法は異なるものの、
   訓練や講義が行われる。なお、防衛部であっても総務課や研究課の教育も受ける。
   一部の階級に上がるためには昇任試験があり、
     ・二士試験
     ・一士試験
     ・士長試験               
     ・三曹試験                の四つがある。
   それ以降の階級に上がるためには、ずば抜けた成績を残すか、何かの機会に活躍するしかない。
   昇任、及び昇任試験は毎年4月と10月に行われ、試験には自分の所属する課以外の知識も必要とする。
   試験は筆記と実技の二種類で、三日にわたって行われる。

   一般的な課員の昇進は以下の通り。

   1年目(春)  :  入部、教育期間開始
   2年目(春)  :  二士試験合格、二士昇格
    〃 (秋)  :  一士試験合格、一士昇格、教育期間終了
   3年目(秋)  :  士長試験合格、士長昇格
   5年目(春)  :  三曹試験合格、三曹昇格
   ?年目(不問) :  昇格

   早い者であれば、一年目の秋に二士、二年目春に一士、二年目秋に士長、三年目には三曹と、
   恐ろしい速さで昇格していくことも可能。
   ちなみに今現在、勇達は二年目(秋)で、一士試験が間近に迫っている。

   なお、二士以下はおろか、士長以下の課員はアルバイトという定義があり、
   各課では様々な措置が取られている。(研究部では雑用など)
   
   それぞれの課内では、独自の単位での公休がある。
   防衛課では班ごと、総務課では科ごと、研究部は番号ごと。など。
   基本的に一人あたりの公休は年間30日程度。


 【防衛課】
   防衛課の下には
     第一部隊   第二部隊   第三部隊   がある。

   各部隊には10〜5個の班があり、各班10名程度で構成される。
   三曹以上は班長に昇進することができ、各部隊長にその指名権がある。
   
   通常、支部付近の任務は第一部隊が持ちうけることになっており、
   第二、三部隊は半数が全国の交番に派遣されている。
   そのため、支部から遠く離れたところで妖魔が暴れだしても問題はない。
   二士以下の下等防衛士は教育期間中であるため任務への出動は少ない。
   
   防衛部は毎年六月、集中訓練期間が存在し、各班から班長副班長以外の二名がどこかしらの交番に派遣される。

   第二、三部隊の派遣交代はこの時である。
   第一部隊の派遣は訓練期間中のみだが、派遣されない者でも集中訓練は行われる。
   ルティア二佐の「地獄」は有名である。

 【総務課】
   総務課の下には
     人員管理部 - 支部内部員の管理などの人事を行う
     防壁管理部 - 支部周辺の防壁状態を二十四時間管理し、異常があれば通信連絡部に報告する。
     通信連絡部 - 主に支部内外への通信や報告を行う。支部内のセキュリティー全般も管理する。
     衛生管理部 - 支部内の環境整備や、空調管理などを行う。
     会計管理部 - 支部の予算等々の事務を行う。
                                     などがある
     
   総務課は支部周辺の至る所に設置してある『交番』からもらった情報をもとに、
   防衛課への出動命令を下したりする。
   他に、人員管理やセキュリティー管理など、いわゆる「デスクワーク」を主にしている。

   各部はさらに「科」という単位で区切られ、「人員第3科」「衛生第1科」という呼び方をする。

 【研究課】
   研究課の下には
     武器開発部 - 主にシピア弾、制御装置などの武器開発を担当する。
     生態調査部 - 妖魔の生態調査を行ったり、シピアによって発生した公害の調査を行う。
     保険医療部 - シピアによる被害研究を行ったり、怪我人の治療を担当する。
                                            などがある
   
   研究課はシピアによる武器の開発や、妖魔の生態研究を主とし、防衛課が出動するときは迅速に
   駆除する妖魔の弱点や特性を見出す、裏のエリート。

   各部部にはA1〜F18までの担当割り振りがされており、例えば武器開発部では
   Aはシピア弾、Bはコアからのシピア摘出、などと決まっている。
   


【階級】
   階級は自分で勝手に作ったもので、「なんだこれ?w」みたいなのもあると思いますが、ご了承ください。
   あまりにひどいと思った時はコメントください。


   *下から順に昇任する
   *○○のところには、自分の所属する課の名称が入る
    防衛課の場合は「防衛」など
   *階級の隣には、主な登場人物を記載しています

     特等○○佐官 小田原信夫
     一等○○佐官 青木和一
     二等○○佐官 上蔵間 ルティア・O・ヴィレイトリム 鶴迫櫂
     三等○○佐官 滝浦玄助

     ○○曹長
     一等○○曹
     二等○○曹  荒川克之 井上春樹
     三等○○曹

     ○○士長    鈴原遼
     一等○○士  ファレン・S・サンタアレラク
     二等○○士  五十嵐勇 川島誠也 桐山颯希 鈴原氷雨
     三等○○士


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           *妖魔大図鑑*

   *上から登場した順に並んでいます
   *名前が出てきていない妖魔も、一応ちゃんと名前があります
   *複数個体(子孫を残す)タイプと、単体個体(古くから生きている)タイプがあります

  *容量について*
    以下に、レベルと容量の表を載せました(修正しています)

    レベル  |  容量
      0    | 100未満
      1    | 500以下
      2    | 1000以下
      3    | 3000以下
      4    | 5000以下
      5    | 6500以下
      6    | 8000以下
      7    | 10000以下
      8    | 12000未満
      9    | 12000以上


No.1    エリフ          Erif
  シピア:炎
  タイプ:複数個体
  見た目:恐竜(モン○ンのジ○ギィみたいな)
  レベル:3
    容量:2750
  
  炎シピアを持つ恐竜型の妖魔。
  火球を発することができ、球型制御装置のサンプルになった。
  一般的に数匹で群れを成して生活し、狩りを行う。


No.2    黒ウサギ         BlackRabbit
  シピア:地
  タイプ:複数個体
  見た目:普通のウサギより一回り大きい
  レベル:2
    容量:630
  
  地シピアだが、シピア攻撃の能力は退化している。
  普通のウサギに地シピアが乗り移っただけとされているが、詳細は不明。
  強靭な脚力を持ち、3mぐらいの壁ならば楽々と飛び越えられる。
  また、歯も鋭くとがっているため、噛み付かれると危険。


No.3    氷獣           Siedel
  シピア:氷
  タイプ:複数個体
  見た目:白い狼
  レベル:3
    容量:1900

  氷獣(ヒジュウ)というのはネクラフで使われる俗称で、本名はシーデル。
  吐息の温度を-100度程度まで下げることができ、それを使って敵を凍死させる。
  滝のそばに水蒸気を固めて作った洞窟を形成し、エリフ同様群れで生活する。
  放射型制御装置の元になるのでは、と研究部の間では期待されている。


No.4    イディオゴン       Idiogon
  シピア:地
  タイプ:単体個体
  見た目:大昔の甲殻恐竜(草食系)
  レベル:4
    容量:3300

  イディオット一帯を支配する主。単数個体として古くから有名な妖魔。
  地中では足が自在に伸縮し、地面を突き上げ敵を攻撃。その際土塊を作り上げる。
  自身が土塊に包まれる時があり、集中力と気配察知力が倍増する。
  甲殻で覆われているため弱点は少ないが、腹部への攻撃が効果的。


No.5    ザーダ・N・フェンリル  Zerdel-N-Fenrir
  シピア:幻
  タイプ:単体個体
  見た目:黒く、巨大な狼
  レベル:9
   容量:不明

  東の大惨事の首謀者。志の神以外が生きていた時からすでに存在していた古い妖魔。
  容量が不明なのは、空の壁を通り抜ける時間だけでは計測が間に合わなかったため(それほど多い)
  紫色の球体で自身の周りを覆うと、一瞬で消えるという謎の技を持つ。
  強制融合状態の勇の攻撃を静電気のごとく受け流すほどの強大な力を持ち合わせている。



 
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【BL・GL小説/金賞】 メイドと追っかけと職人と巫女と【1〜10話】

メイドと追っかけと職人と巫女と    作者:マッカナポスト ◆dDspYdvRLU さん

(。・ω・)ノ゙【御挨拶】
はじめましての人は……はじめまして!マッカナポストと申します(*^∀^*)

この小説は薔薇。。。っすね^p^(なのか?……たぶん)
意外な職業の絡み的なものをコンセプトとして書きたかったので((変態


屑作ですが、最後までお読みいただければ幸いです。
という訳で……応援宜しくお願いします。
特に最初の方は文が酷いので後々修正する予定です。
ちなみに暇があったらリクエスト小説『暇潰しの幻想@』の方にも立ち寄ってくだされば嬉しくて吐血します。(※現在全く更新できていない為、スレッドをロックしてあります。申し訳ございません)
あと、本館のほうで『ぱらぷっ!』というボカロのイメージ小説を書き始めましたので、退屈すぎて世界を壊したくなってしまった人は是非。



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【第一話・・・出会い】


・・・その日は、見事に晴れていた。
やわらかな木漏れ日がほのかに、かつ心地よい度合いで差し込む昼下がり。
静かに出来上がったばかりのガラス細工を見つめる、一人の青年・・・・。


_____そういえば聞こえは良いが、実際は俗称『ノンケのへタレメガネ』。特に抜きん出たところも無く(本人も自覚しているわけなのだが)、どこぞのサクセスストーリーに打ってつけと言わんばかりの普通の青年。


それが、菅野 優大(21)だった。




無音の空間は彼の心に安らぎを与えており、逆に言えばこの工房は他の者を寄せ付けないような不思議なオーラを湛えていた。




そして運命の_____本人はそんな事知る由も無いのだが_____扉は鐘を派手に鳴らしながら開くのであった。
開いてしまったのだ。






「いらっしゃい・・・・・?!」
気だる気に珍しい来客を迎える優大はつい顔を歪ませた。

一人の客のあまりの姿に優大は驚きを隠せない。
堂々たる立ち振る舞いに似合わぬ美しい脚と、可愛らしい顔立ち。
それだけではない。
(・・・・・メイドさん・・・・・・?)


*************************************

【第二話・・・沈黙】

おいおいおいおいおいおいおいおいおいおい!!!!
この人場所間違えてるって!!

今までの静寂が打ち砕かれてしまった憤慨の念もあるのか、なぜか脳内は緊張と興奮と(ほんの少しの)好奇心が入り混じる錯乱状態へ突入する結果となった。
口にこそ出さないが、なぜか手にべっとりと汗をかく優大。

メイドがこんな工房に来るとか・・・・夢か。いつもより強めに頬をつねる。_____痛い。

「本日はどのようなご用件で・・・・・・?」恐る恐る声にならない声で、宇宙人を見るような目で呟く。

「ゆうちゃんっ★」


不意打ちのウインクに思わず身震いする。本人曰く天性の真面目男菅野優大は、ウインクごときでは動じない(らしい)。そうは言えども、自分の事を真面目と言っている人間は確実にへタレのレッテルが貼られる運命なのだが。____へタレがそんな事に気づいていたらへタレという種族とは言えないが。


そんな変なプライドはさておき。
ウザいという第一印象もさておき。


こっ、こいつ_____
なぜ俺の名前を知ってるんだ・・・?


刹那、中性的な声色で目の前のメイドは艶めかしく衝撃的な一言を放つ。
「“オレ”のこと、忘れちゃったのぉ……?」



_____こいつ・・・・男!?
俺って此処まで感情に動かされる人間なのか、と良い年したへタレメガネは心で呟くのであった。



*************************************


【第三話・・・あいつ 】

「んふふ★変わんないなあ・・・」不敵な笑みを見せるメイドに相反して、優大は明らかに動揺を隠せぬままで。対照的な温度差が、奇妙なほどに同調している。
「おま・・・・ななな何者だ」


それしか、発する言葉が見つからなかったのかもしれない。


でもそれが、優大にとっての純粋な、最も真実に近いルートでの疑問符であった。


*************************************


【第四話・・・憂鬱と葛藤】

「拓夢・・・・・!!」
愛おしそうに一言放つと、優大は拓夢を力強く抱きしめた。
一般人から見れば、只の感動の再会なのだが、その抱擁の中には秘めた何かがある気がしてならなかった。

歪み、
狂おしい、
表現できない、あるいは“してはならない”、
その何かが。



拓夢は、その全てを悟り、一言。
「あーあ。久々の再会のノリで抱いたんだろうけど
 さ、反則行為だぜ?……まったく、僕のこと好きになっちゃうぞ・・・?」


優大は、同性愛者___俗に言う【ホモ】の意味を身をもって知る事となった。


あくまでも推測だが(自分の心の中とは案外分からぬものである)。
優大は恥ずかしそうに(あくまでも故意的だが)見つめる彼のことを、
好きになってしまった、のかもしれない。


========================
         その後


拓夢は何故か毎日工房に来るようになった。
本当に何故か、である。
「優ちゃん、お仲間つれてきた。」




「誰だこいつ」



*************************************


【第五話・・・その手を】

「どうも、虚と言います。田丸の友人です。」
という、単純すぎる素っ気無いあいさつで、明らかに異質過ぎる人間が入ってきた。

優大としては不覚、発してはならぬ本音をついつい発してしまった。
「また変なの来た」
あくまでも『偽りの本音』だ……と信じたいが。

一つに束ねた黒髪の長髪に、切れ長の透き通った瞳。が官能的で、妖艶で。
男である優大でさえ惚れ惚れしてしまうくらい、
場違いな人間だった。

「あの……お、んなですか……?」もう優大は日本語が分からなくなってしまったようだ。
優大は、答えの分かる質問を繰り返し問いただすと言う理性もへったくれも無い、馬鹿馬鹿しい会話手段を選んだ。

彼女(?)は、黒々しい堕天使の如く妖艶な笑みを浮かべ、一言。

「このたわけが。判るだろうが、細部を見ろよ馬鹿」

当然の事だが確かに喉仏もある。
本当に当然過ぎるが胸もない。

寧ろ、色気しかない。
色気の一言しか無い位に。
言葉の語彙が少ないとかは無しにして。

___これが歩く18禁ってやつか。
今日一日で俗語ばかり覚えてしまった優大であった。

「優ちゃん、幸せだねえ、(俺も含めて)こんな美少年がたくさんで」


拓夢の見せる不敵な笑み、
小学校からの、あいつの癖。


*************************************


【第六話・・・輝きを放つもの。】

平和な工房で、悲鳴が上がる。

<pm 3:30>
「どどどどうした!!!!」
「優ちゃんに言ってなかったよね、俺らがここに来た理由。それを説明しないとわからない事なのっ!」
「じゃあ早く説明しろ!!!」

早口に進められてゆく会話を、虚はただ呆然と見つめている。

「俺は、メイドだろ?だから、必然的に”追っかけ”が存在する。しかも、俺はいちおー女として活動してるから、変態共がわんさか集まってくる。分かるか?このことの意味がっ!!!」
「??????????????????????」
「優ちゃん……馬鹿?
だ・か・ら!!!!俺がここに来たのは……」
「その変態野郎が追っかけてきたから!」
「そーいうこと!」

速過ぎる会話を、虚は眺めていることしかできなかった。

「むむた〜〜〜〜〜〜ん!!!!!!!!!」


そう叫びながら、ひとりのデブがド派手な音を立てながら駆けていく。

「ハアハア……やっとみ〜つけ_____」

その言葉を掻き消す様に、拳が彼の頬にめり込む。

「言っておく。こいつは、正真正銘の男だ!親友である俺がその証拠だ。てめえみたいな豚は、とっとと出て行け!!」

余りにも一瞬の惨事に驚いたのだろう。
……優大の男らしい一言で、追っかけは出て行き、ひとまず事件(?)は終わりを告げた。


「優ちゃん、かっこよかった……よ?」
「俺もそう思った」
「そ……そうか?////」
「でもな〜、親友じゃなくて!“恋人”でしょっ?」
「何時の間にそんな設定に……?」
「何か言った?」
「何でもないですっ!!」何故かしゃきっとしてしまった。
不覚。



*************************************


【第七話・・・苺の味は。】

【早速和解同盟】

「わあ!かわいいじゃんっ!」
「なぜ俺がこのような格好を……っ/////」
「で、この服……何?」
黒地にピンクと赤のラインの入ったエプロンを身に着けながら、二人は言う。

それに対して、優大が口を開いた。
「お前らのせいで金がパーだからな……
今日からお前らに働いてもらうことにした!」
「ちょっと待て!俺だって霊媒師という仕事があるんだ。拓夢だって……」
「おい、お前こそ待て。虚、お前、拓夢とどういう関係があってここに来た!?」
「はあ!?おまえ……何言ってんだよ……?」
「だって霊媒師なんて全くメイドに関係ないだろ?
お前と拓夢が一緒になる理由が何処にある!!!」
「ああ、言ってなかったな。拓夢と俺は、お隣さんなんだ。俺が403号室、あいつが402号室。」
「それなら丁度いい。働くにはぴったりだ」

優大の言葉に、拓夢が割り込んできた。
「ちょっとお!!!優ちゃん、隣同士なんていう俺のこといつでも襲える絶好の位置に、少しでも嫉妬の
念を抱かないのお!!!!!!????」
「今はそういう問題じゃな___」
「そういってのんびりしてると、虚ちゃんに俺の事奪われちゃうぞ……?」
「……」




             沈黙。






虚が重い口を開く。
「……俺、霊媒師って言ってるけど、家族と縁切りかけてるんだよ。祖父が一家の大黒柱だったんだけどな、……死んじまって。それから親が金目当てで離婚話持ちかけやがって……。もう家族はぐっちゃぐちゃだ。それで俺は家を出て、前は叔父さんの元で暮らしてたんだが、今はアパートに住み込んで、近所の神社で少しだけだがお手伝いさせてもらってるんだ。」
「そういうことだったのか・・・・・」
「でもさあ、それだったらこっちで働いたほうが給料高いだろうし、アパートすぐ近くだし。神社で働きたいんなら週一でいいんじゃない?」
「拓夢、お前も働くのか?」
優大と虚が珍しく同時に口を開く。
「……まあね、そのために此処に来た様なものだし」



本日、時給570円で契約完了。
もちろん、二人とも今までの仕事を続けながら、ね。


*************************************


【第八話・・・木漏れ日を見つめて 】

「おっはよ〜〜〜!!!!!!!」
「・・・・・はよざいます/////」

アルバイト一日目。木漏れ日がほのかに差し込む工房。あいつが俺の工房に初めてやってきたあの日と、おんなじ空だった。

「優ちゃんも、そんなボロいTシャツ着てないで、もっとおしゃれなヤツ着ればあ?」
「職人はな、拓夢。服装にはこだわらないモンなんだよ」
「半人前のくせに何言ってんだよ、こいつ・・・」
「いちいちうるせえなっ・・・//////
のったらしてないで、始めるぞ!」
「優大、こいつ・・・話流しやがった((怒」
「悪いか?!この・・・・」
「まあまあ。始めよおよっ★」______

_______こんな日が、いつまでも続くといいな。



*************************************


【第九話・・・雫、滴___】

アルバイト2日目。
昨日とは裏腹に、叩きつけるほどの大雨。木々はまるで泣いているかのようにうなだれ、通勤時間のサラリーマンはかばんを頭に乗せて、ただひたすらに駆けてゆく____

そんな外の様子を見つめながらふと優大は思う。
(二人とも遅えな・・・もう2時間も経ってるし)
イライラした時、優大にはいつもあの言葉が甦る。

「そういってのんびりしてると、虚ちゃんに俺の事奪われちゃうぞ・・・?」
言われた直後はそんなに気になる訳ではなかったが、
今となってはその言葉ばかりが脳裏を廻る。

____ガチャッ、と扉の開く音がした。即座に反応し振り返ると、ずぶぬれの二人が入ってきた。
「遅えよ」・・・なんて言えなかった。
「うわあ、あったか〜い!・・・すごい雨だね・・」
そう笑顔で振舞っているものの、彼から滴るものは水だけではなかった。紅く点々と滴り落ちる何かがあった。
「・・・おい、どうしたんだよ、その血・・・・」
「ああ、これ?車に轢かれてさあ・・・」
「ひひひ轢かれただとお!!?JAFは呼んだか!?」
「・・・あ、忘れてた。」
「おおおおおおおおおい!!!!損害賠償払ってもらわねえと・・・・」
「いいんだよ、轢いたの、俺の従兄弟だし」
「・・・身内なら仕方ねえか」

____俺、いつも変なこと考えちゃうんだ。この世界全てがお前の敵のような気がするんだぜ。・・・馬鹿だろ?たとえ身内だとしてもさ。あの追っかけみたいなヤツがおまえの周り全てのような、変な現実感。

「俺、お前の事守る・・・から。困ったことあるんならいつでも言えよ?」___ああ、言わなきゃよかった。後悔の塊・・・・。
「何言ってんだよ優ちゃん・・・。今の状況でその言葉は関係ないぞっ?___まったく優ちゃんはタイミングってモノを知らないんだから・・・・でも、その言葉、胸にしまっておく。ありがと。」
「あ、でも優大。俺と拓夢の怪我の応急処置やっとけよ」
「虚、お前こそタイミングを知らないヤツだなww」


工房に笑い声が響く。
「ほれ、じゃっ虚!傷見せてみろ」
「ん。」無言で服を脱ぐ虚にちょっと期待感を抱いたのは俺だけだろうか。
「ここ。」そういって、上腹部を指差す。
拓夢が脚を轢かれた時に、うっかり転んで腹を切ってしまったらしい。

理想とも言うべきか、美しいくびれに思わず優大はドキドキしてしまった。
「どうしたんだよ、・・・早くしろ」
・・・・そんな声にまでドキドキするなんて、確実に罪だ。何乙女になってんだ、俺。
「染みるかもしれないけど我慢しろよ」
「・・・フッ、そんなこと俺が分からないとでも思ったか?___優大、お前おもしろいな」





_____心臓爆発しました。   By,優大
浮気とかじゃないけど・・・この複雑な感情を、誰か理解してくれる人はいませんか・・・・・・?



*************************************


【第十話・・・林檎色の口紅】

「はい、終わり」
____やっと終わった・・・。このドキドキから開放される・・・。
「ありがとな」
素っ気無い一言が優大の心臓に突き刺さる。
「優ちゃんってさあ、顔に出るよねえ・・・」
「・・・・・っ」__バレてたか。
「お顔が真っ赤っかだぞ、可愛いなあ、ほんとに」
そう言って優大の頬にそっと触れる。その顔はまるで女のような色気があったが、どこか幼いような、物悲しそうな瞳をしていた。
「ほら、座れ」
「・・・ぶっきらぼう」拓夢はうっすらと笑みを浮かべる。
「で、脚か?・・・まだ血が出てるから、包帯で止血しておいた方がいいな」
「お願いな」一瞬、昔の拓夢が戻ったような気がした。
「・・・・・・・」

女のようにか細い拓夢の脚に、包帯を巻いていると、拓夢が話しかけてきた。
「優ちゃんって、本当変わらないよな。すぐ顔に出るのも昔っから。・・・大切な人にもいつも優しかったもんね。俺がこんなに変わっちゃったのに、昔とおんなじ様に話しかけてくれる。・・・だから・・・好きに・・・・なったんだろうね」
優大の手に一滴の雫が落ちる。
「泣いて・・・るのか?」
「泣いてなんかっ、・・・無えよっ////・・・優大のばかあっ・・・優大のせいだからな・・・/////」
「___お前こそ、顔・・・真っ赤だぞ・・・?」

____拓夢は、静かに笑みを浮かべた。
「・・・・・・・優大、・・・・・好き、だよ」

恋なんてした事無かった。女のこと好きになった事も無かった。このままで良かった。独りで、誰にも縛られずに生きたかった。たとえ人生が退屈だったとしても。ドラマとか漫画とかの世界だけでも良かった。

_______なのに。

”恋”なんていう行き止まりだらけの「迷路」に、俺は”故意”に飛び込んでしまった。
___「敵」がいることも知ってたのに。



「・・・・・優ちゃんの・・・・・ばか。」





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【社会問題小説/金賞】リストカット中毒【1】(1〜9話)

リストカット中毒

黒紅葉 ◆uB8b1./DVcさん



小さくなっていった光は遠すぎて――


*
この場をお借りして。

黒紅葉、もとい「つまみ」が愛した女の子へ。
幸せになってよアホンダラ。
はっきり顔を合わせて言う勇気すらないから此処で言わせてもらうけど。
愛してたよアホンダラ。あんたの隣にいてくれる人とあんたが笑顔でいられることを心から願うよ。
*



 初めに
初めまして,もしくはお久しぶりです,黒紅葉(クロクレハ)と申す者です。
突然、誰かへの独白でスレが始まってしまって申し訳ありません。おそらく、スレに目を通していけばわかることでしょう。
私はまだ義務教育を修了してない未熟者ですが,リストカットという問題についての小説を書いていきたいと思います。

まず……私はリストカットはあるべきだと思っています。
私の中でのリストカットは「生きるため」。死ぬのと,切り傷の一つや二つが増える事。
どちらがいい? 当然後者。
なので私の書く話はリストカット賛成の意見が多めになるかと。
ですが,リストカットを正当化しようとは一切思っておりません。
傾向としてはリストカット賛成,でもやめよう,と。

それと,前々から読んでくださっていた方はおわかりになられたかと思います。
半実話,です。最近はほとんど作っているので,四分の一実話……が最も正しいですね。
何かがわからない。本当に頭が真っ白。
こんなので生きてる意味がある? いいやない。
でも死んだら未来が無い。それは嫌だ……リストカット。
救いの天使かと思いました。
そういうリストカットについて,書いていきたいなと。
この掲示板では,そういった重たいテーマはあまり推奨されていませんが,けれどどうしても伝えたいものがあるので,書かせていただいてます。

このスレでは「リストカット」だけの問題ではなく,他の中毒者・社会問題の事も書いていきます。
麻薬,ネット,虐待,DV,性犯罪,その他もろもろ。

また,この小説は暴力・流血描写が多々あります。
お気をつけください。

*


リストカット中毒


読んで下さり,ありがとうございます。
足跡を残して下さり,ありがとうございます。
リストカットについて,考えて下さり,

本当に心から,ありがとうございます。

*
連載開始 2010/3・26





*************************************


恐怖はなかった。
傷が自分の罪を拭い去ってくれるような気がしたから。
恐怖はなかった。
傷が自分をいつか救ってくれるような気がしたから。
恐怖はなかった。
それ以上の恐怖が自分にはあったから。



*************************************



【序章】



 “死にたがりピエロ”
 私に付けられたあだ名は正に今の私で,私が望んだ名前だった。


 道化師の化粧は何を意味するのか。何故仮面をかぶるのか。知る由もないが,私的にこうだ。


「道化師は本当の自分をさらけ出して他人の笑顔を奪ってはいけない」


 道化師の本性なんて,大体は残酷なものだ。その残酷さを知られてしまい,客の笑顔を奪ってしまっては道化師失格。
 所詮そんなもの。



「何でピエロのくせにそんな絶望的なツラしてんのさ」
「所詮ピエロなんてうわべだけだよ,少なくとも私はそう」




 玉乗りピエロは頭を打って死んだ。



*************************************


【登場人物】


葉桜 美早希  -ハザクラ ミサキ-

「死にたがりピエロ」
常に相手に笑っていてほしいと同時に,死にたいという“欲”にまみれた女子だと自分では思ってる。


皆木 希美  -ミナキ ノゾミ-

「世話焼きカミサマ」
世話好きでおせっかい,男子にもてそうなタイプだが心にはぽっかり穴が開いた「不安の神」と呼ばれる。


春 陽子  -ハル ヨウコ-

「空色ひまわり」
自虐的な性格とは裏腹に明るく笑顔が眩しい女子。自分に欠けた部分がわからず体が空白なのを痛感する。情報屋。



*


リストカット中毒者。
ネットで知り合った人々。


幸花 拓真  -サチハナ タクマ-

「血まみれクレイジィ」
手足に何百本と言う切り傷がある少年。世界に失望し,リストカットで命を繋ぎとめているも同然。


幸花 柚月  -サチハナ ユヅキ-

「絶望クレイジィ」
拓真の妹。針を一ミリ程肌に刺し,サシュッと引き裂くように抜くのがお気に入りのこまったちゃん。



春風 瑞貴  -ハルカゼ ミズキ-

「流血エンジェル」
壁を頭に打ち付けるという少女。笑顔・性格は天使そのもので,その為にたまるストレス解消法が壁に頭を打ち付ける。



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第一章  救いの天使
【01 遥か先の未来】



 幸せなんてすぐに逃げていくものよ。
 そんな事ない,幸せはずっと幸せだよ。
 所詮ある日突然奪われるのよ。
 お願い,そんな事いわないで。

*

 己の中の天使と悪魔の口げんかの夢。私は何度見ただろうか!
 最悪の目覚めで少しだけ不機嫌な美早希は嘆く。

「何でこんな夢ばっかり……」

 理由はとっくに分かってるはずなのに。見る度に嘆く自分に呆れる。
 手鏡を取り出し,膝の裏にある切り傷跡を見つめる。痛々しく走ったその赤い跡は,見るだけで悲しくなってくる。何があったかは大方予想はつくであろう。

「死にたがりだもんね…私」

 相手に笑っていてほしいから生きる。相手が笑っていないから死にたくなる。
 ピエロは素顔を見せない。見られたら死ぬか殺すか。
 そしてピエロは常に助けを求める。首吊りロープも刃物もみんな仲間さ。
 素顔を見られてはならないからこそ,素顔を見せられる仲間と救いを求める。ピエロ同士でさえ,素顔を見せられないから困る。


 枕もとの小物入れには手鏡,消毒薬,絆創膏,コットン,ハンドクリーム,そして小さなカッターや裁縫バサミ。それらがぎゅっと詰まった魔法の小物入れ。
 女の子らしい,ピエロらしい。そんなイメージを目指してつくった魔法。持ってるだけで,安心する。
 だから,手鏡だけとは言わず,小物入れごと抱きしめる。逃がさないよ,とでもいう様に。

「そろそろ先の事,考えなきゃ」

 これ以上【精神的】傷を増やせば,将来の生活に支障が起こるかも。それは困る。
 だからといって,ピエロは行き当たりばったり的なところがある。まして,遥か先の未来の事なんて考えようともしない。
 美早希はまだ中学生にもなってない。ちゃんとした生活をおくれてるのに,こんなのにも深い闇を抱えてる小学生はおそらく日本で美早希だけだろう。
 深い闇。何も分からない,真っ白と真っ黒。
 たまに真っ赤。何も見えない,瞼を持ち上げても,ここが瞼の裏か本当に今己がいる空間かわからない。
 そのうち,己が誰かもわからなくなる。

 ……一種の病気かもしれないな,と美早希は思う。

「でも,病気だった時はちゃんとこの病気治してよね,希美」





「死にたがりピエロさん,お次はどこのサーカスへ?」
「きっとまた森の奥。迷える子羊しか来ませんよ」
「そんなことないわ,私(ワタクシ)が行って差し上げますから」
「光栄,光栄。だけど危ないからお嬢様はお帰り下さい」



*************************************



【02 見えない穴】



癒しの場所。――美早希にとっての学校はそれだった。
 傷を癒し,傷を増やし,また癒し。エンドレス,虐めのループの様だと美早希は思う。
 楽しみであると同時に憂欝でもある学校に行く途中,ほんの少し前の事を思い出した。


*

 教室に入れば迎えてくれる友達,笑う男子,いつもの明るい教室。それが癒しで,時に恐ろしくて。怖くて怖くて,たまらなくて。
 美早希は自分が酷くあいまいな境界線を持ってるんだと知った日から不安定である。幼い頃の記憶,もう消えたはずの傷はまだ痛んで,いつ傷口が開くのかと思うと,怖くて。

「私はどこにいるの」

 一度呟いてみた。騒がしい教室のはずなのに,美早希が口を開いた途端水を打ったように静まり返った。彼女の声は高く,通りやすいというのもあるのだろうが,美早希の声には不思議なオーラがあるからだろうか。

「あ,君私と同じ事言ってる」

 誰も返事しない,時が止まった教室で唯一動けたのは「希美」。
 美早希とは一度も話した事のない少女で,明るく良い意味で目立つ少女だった。世話焼きで,全体的に頼れるイメージのある希美。

「お,同じ事…?」

 美早希は考えるより先に言葉が出た。正直な言葉だった。


「そ,同じ事」

 希美はそれ以上何もいわなかったが,美早希には彼女が何を「言っているのか」,理解できた。彼女の表情が,まなざしが,何を言わんとしているのかを物語っていた故に。
 ――そっか,仲間なんだ。

*

 あの時の衝撃は忘れられない。
 築いた特別な関係は,崩れやすいけれども。

「この心の穴埋められるの,あんただけなのよ」

 美早希はポソリと,自分でも聞き取れないほど小さな声で呟いた。
 幸せそうな周りの笑い声とはしゃいでる声に,すぐにかき消されてしまった。





「どうしてどうして」
「一緒だから」
「何も聞いてないのにどうして分かるの?」
「貴女が私と同じだから,一心同体だから」



*************************************



【03 中庭でお話しましょう】



 希美という少女と仲が良くなったのは,美早希が希美に興味を持ったからだろう。年齢にしては細目で,それでいてスリムと呼べる十分な美しさを持ってるのに対し,それを何かに生かそうともせず相手を第一に考え動き何かあったら自分が傷ついてもその誰かを守ろうとする希美に。
 紹介は,希美の幼馴染であり美早希の親友である陽子。どこからか仕入れてきた情報をいつも美早希に伝え,またどこからか情報を仕入れてくる。
 アホか,と言ったらうん,と笑顔で言う彼女には呆れるが,今回ばかりは感謝した。


「希美ちゃんはさ,リストカットについてどう思う?」


 仲が良くなりかけの頃,まだ呼び捨てではなくちゃん付けだった頃。
 美早希は昼休み,人の少ない教室で日誌を書いている希美に訊いた。


「んー,良いと思うよ。実際私も二回くらい切ったし」


 ケロリと希美は言った。日誌を書くための鉛筆を動かす手を止めず,興味のない話に適当に相槌を打つように。


「…はい?」


 美早希がその言葉の意味を理解し,思わず間抜けな声を出す時には希美はもう日誌を書き終わり,今日のもう一人の日直の子の机の横に日誌についている紐をかけていた。


「だから,二回くらい切ったんだって,多分ハサミで」


 もう一度その言葉を言う時にはもう黒板の前に移動してて,耳障りとも安心感を覚えるとも言える音を立て黒板に書かれた文字を消していた。


「何かねー空っぽだったんだよ。んで,私に血が流れてんのかなーって思って切ったん。ちゃんと肉も見えたし血も出たよ。嬉しかったわー」


 笑いながら希美は言った。いや,笑い事じゃないだろうと美早希は思ったが敢えて口には出さなかった。
 食われる,と思ったから。


「興味あるんなら,やらない?」


 ほら。……まぁ,確かに一度,切ったけど,ね。
 美早希は,希美に興味を持っていたが,わざわざ食われに行くつもりはなかった。

「遠慮しとくわー」


 そう言えば彼女は,


「そうかーでも切る時は私も誘ってよ」


 と残念そうに,でもどこか嬉しそうに言った。
 獣だ。心のどこかで思ったのに,それでも彼女から離れようとしなかったのは本当に興味があったからだろう。
 自分とどこか似通ってると,感じたから。
 何でも受け入れられるのではないかと,過信したから。





「憧れは執着へ変わり」
「執着は妬みへ変わる」
「その偽物の友情は」
「いつか絶対枯れ果てる」



*************************************



【04 その時はまた】



 美早希の姉は姉妹間差別の犠牲者だと思う。最近美早希が気がついた事だ。
 美早希の姉は思春期,小学五年生の頃,美早希は年中だった。何らかの理由で美早希の姉――史恵はとてもイラついていて,そのストレスを発散するのが美早希だった。

 口うるさくなる年頃で,その妹に更にストレスを感じていたのか,良く暴力をふるった。美早希も負けじと言い返し泣きわめいていたのでいつも味方がつくのは美早希。親はいつも史恵を叱った。そのせいで史恵は家出・自殺・虐め・反抗など色々な事を試み,それをいつも己の敵だと感じていた親に止められ……苦しい毎日だっただろう。
 リストカットは,してなかったと思う。


 美早希はいつも母に「お姉ちゃん可笑しいね,呆れるわ」と言われていた。そのせいか,姉に対し冷たい態度をとっていた。
 史恵は,耐えていた。


「ごめんね,お姉ちゃん」


 気付いた時は遅くて,史恵はすごく良い笑顔で笑ってる時で。その「ごめん」の意味を理解してくれなかった。悲しいと思う反面,嬉しかった。



 姉妹間差別が原因で,リストカットをする人はたくさんいる。
 姉であるが為に,重たいプレッシャーに圧し負けそうになり,厳しく叱られる。妹であるが為に,姉に虐められ恨まれ悲しみを多くもつ。

 悲しい。



 いつか史恵と美早希が過去の事を語り合う日が来たら,その時は。


「笑って話せるようにしてよね,お姉ちゃん」






「似ているが為,同じ血が流れてるが為」
「比べられてしまうのが使命なら」
「私はこのまま消えた方が」
「きっと幸せ,絶対に幸せ」



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【05 興味】



 美早希と希美の距離が大分近くなり,それでも絶妙な距離をとって,「普通の友達」をやっていた頃のこと。
 希美はある日,美早希をトイレへ呼び出した。「大事な話だから」。何の話は教えず,とにかく来い,と。美早希は躊躇った。

 真冬という,厳しい寒さに耐えようと,多くの人が露出を控えた格好の中。希美は短パンにニーソックスといかにもファッション重視です! と主張するような服装だった。
 そんな希美は,美早希がトイレに来るなり,個室に連れ込んだ。当然美早希は焦る。希美は美少女なのだ。友達・同姓ということを入れても,二人きりなら,ドキドキしてしまうものである。
 真っすぐで鋭い視線が,ひとり勝手に頬を赤く染める美早希を貫いた。
 人の視線に敏感な美早希は,反射的に顔を上げる。

「あんたに,私の弱さを知ってもらいたいの」

 希美は,真面目な顔で,強い意志を持った瞳で,美早希にそう言い放った。
 希美は,美早希が自らに焦点を合わせたのを確認し,左足のニーソックスを膝下まで下げた。


「…!?」


 声が,出なかった。
 そこから現れたのは,所謂切り傷で,しかし切り傷と言うには深いものだった。
 白いふとももから膝下までに走る赤いそれは,生々しい。

 まるで刃物で切った,というよりは裂けた傷跡から,中の肉が見え隠れする。それが尚更痛々しく,美早希は金縛りにあったように動けなくなった。
 そんな美早希に,希美は呪文をかけるように耳元で囁く。


「昨日ね,切ったの。姉さんに死ね,って言われて,母さんも黙って見てて,嗚呼,生きてるのかな私って……確認の為に切ったんだ」

 見えないように,と。
 それはカッターの刃を食いこませ,しゅっと引き裂いたらしい。彼女いわく,「全然痛くなかった」だそう。
 やっぱり裂いたのか,と美早希はまだ理性のある冷静な心で思った。


「だらだら血出てね,でもティッシュで抑えてたらとまったわ」


 綺麗な笑顔で言う希美。美早希はショックで声が出なかった。
 リストカットに関する知識はある。陽子に教わり,ネットで吸収した。だけど……。

 だけど?
 実際に周りの人がやってるとは思わなかった?
 違う。



「なんで笑ってるの?」
「…え?」
「なんで自慢話みたいなの? ダメだよ,そんなの」


 美早希の口からは自然と言葉が出てきた。考えてないのに,ほろほろと零れおちてく見たい。



「なんでって,美早希には全部さらけ出せると思ったから」
「違う違う,私はそんな…」


 受け止められる人じゃない。
 その一言は,言えなかった。



「…そんなの,ヘン」



 その代わりに,彼女は一番言ってはいけない言葉を投げかけた。
 そのまま個室から飛び出て,一人で教室に駆け込み,机に突っ伏した。

 飛び出る直前に見えた希美の,傷つき揺らいだ瞳が,脳裏に焼き付いて離れなかった。


 闇に染まる,直前。
 少しだけ,興味をもってしまった。





「どうして私が悪なの」
「道化師は悪の名を買って出るわ」
「もしそれが本当ならば」
「私はサーカスの途中で首吊りしてみせる」



*************************************



【06 ネット】



 何であんな事言ってしまったんだろう。
 美早希は今更ながらに思っていた。本当は今すぐにでも謝りたい。だけど負けた気になるのが嫌で。悔しくて。

 希美はあの日を境に,離れていった。
 同じ境遇に居て,初めて言葉を交わした時を思い出す。


「涙の水溜り作っちゃダメかなあぁ」


 その声は,かき消された。
 声が通らない教室が気まずくて,美早希は友達に早退すると伝え,希美が教室に戻ってくる前に帰った。廊下ですれ違った気がした時,きっと彼女は泣いてた。


*

 家,洗面所で水で手を洗ってからランドセルを無造作に部屋に投げ捨て,小物入れを掴み,自らのパソコンの前に座る。

 検索サイトをブックマークから開き,迷わず打ち込む文字。



「リストカット」



 もっと知らなくちゃ。
 彼女の事を,今の事を。


*


 分かった事を直球にまとめると。

 リストカットは自殺行為でありながら,リストカッターのほとんどが「生きるため」にリストカットをしているという事。リストカットは「切る」だけでなく,頭を壁に「打ち付ける」等も入るという事。
 リストカットをしてる人を,叱ってはいけないという事。鬱病になりかけてる人がリストカッターに多い事。キチガイと自虐している人も多い事。

 女性が,圧倒的に多い事。


 美早希はそれなりに知識を持ってるつもりだった。ピエロだから,知識は持っておかないと生きのべない。基本中の基本である。だけど,ここまでとは思わなかった。美早希はこれを機に,「私の世界は狭いな」と苦笑しつつ思った。


「はは…私は本当は【道化師(ピエロ)】なんかじゃなくて,【自己陶酔者(ナルシスト)】だったのかもしれないなぁ……?」


 静かに響く,音。
 心が意味もなく痛み,ふと目につく小物入れ。いざという時,掴んで傍に置いた小物入れ。

 何を血迷ったか,何も考えてなかったのかあるいは……。
 美早希はゆっくりと小物入れから小さなカッターナイフを取り出し,袖をまくしあげ二の腕に刃を向ける。腕を切るのは初めてだった。今まで増やした傷は全部【精神的痛み】だから。膝裏のその傷は,自傷だがそれとは違う意味を持つから。

 浅く,刃を肉に食い込ませ,小さく引抜く。痛みは,なかった。痛みなどなくて,むしろ罪人を処罰する時の様な快感しかなくて,あまりにも楽しくて,美早希は自我を失った。



 痛みで気がついた時には,二の腕は傷だらけだった。





「べたべたするけど」
「きれいであざやかだね」
「うん,わるくない」
「じゃあ,きりつけるのをばつげーむにしよう」



*************************************



【07 中毒】



 ピリ,という静電気が流れるような痛みで我に返った美早希は二の腕を見て声を失う。

「何よ…これ……」

 傷だらけで,深い傷もあったのか,手首まで赤い雫が流れていた。ツゥ,となぞるように流れる其れは,酷くもどかしいもので。
 血まみれになったカッターナイフ。汚れた手。切り傷が痛々しい腕。…興奮。


「あはっ…ははははっ」


 私,生きてる。
 …そう思った。


 希美は生存確認の為に切ったそうで,安心したそうだが美早希は余計に不安になった。
 私,生きちゃってるよ。死んでないよ。血,流れちゃってるよ。

 それが無性に楽しくて,強い痛みとそれを遥かに上回る快感を求めて手首を切る。

 ざく,という音。溢れだす血液,心。傷は深い。
 戻り,また失いかけた理性を掴み,美早希はカッターを無造作にゴミ箱へ捨てた。

 ズタズタになった刃,真っ赤に汚れところどころに黒くなった,雑誌の切り抜き用のカッターナイフ。


 それが痛々しいほど,鮮やかに目に焼き付いて,悔しかった。
 逃げられないのを,直感した。





「ズタズタ」
「バラバラ」
「痛いの? 気持ちいいの?」
「どっちも違う,カナシイの」




*************************************



【08 迷子】



 見放すような視線。
 その先にあるのは,明らかに【大切にしてた】小物入れで。

「…こんなもの」

 美早希は呟き,小物入れを乱暴に掴み取る。その時に,小さな裁縫ばさみや消毒薬,絆創膏が落ちる。切った時の為の消毒薬やコットンや絆創膏は,今の美早希を前にしては意味を持たない。
 道化師ではなく,自己陶酔者。自己陶酔者ではなく,傍観者。傍観者に似た,見物人。

 今や見物人は,【見物人の道化師】だ。


「こんなものっ!」


 【見物人の道化師】は,小物入れを投げ捨てた。
 いつしか,姉に買ってもらった,幼い頃の宝物。珍しく優しい日,特別に買ってもらった,桜色の小物入れ。


「私なんてっ,消えれば良いっ!」


 そう叫んだ途端,美早希は頭を床に打ち付け,意識を失った。


*


 目が覚めたら,知らない空間だった。
 白と黒の市松模様。天井も壁も無い,あるのだろうけど目に見えない,のっぺりとした影なしの空間。嗚呼,これは夢なのね,と美早希はまだ上手く働かない頭の隅で思った。


「ここ,私の精神世界?」


 そんなわけ,ないでしょう。
 美早希の精神は,不安定。もしも精神世界ならば,もっと不安定な足場の,油断したらすぐ落ちてしまう様なところだろう。


「あーあ,こりゃまた迷子になりそうな空間で……」


 その声は,気持ち悪いほど響いた。





「私の影無いね」
「光はあるのに」
「何でだろう?」
「興味ないけど」



*************************************



【09 精神迷子】



 気持ちの悪くなりそうな市松模様の空間。全体的に茶色っぽくて,限りなく黒に近い不安定な空間。山積みになった【何か】は,近づく度に遠ざかる。
 距離感が掴めない。


 山積みになった【何か】を知るために,美早希は走って近づいた。そしたら酷くあっけなくそれが何かか分かった。
 小瓶に入った,薬。
 小瓶に書かれた文字は,【Drag】。

「…Drag……医学薬品じゃなくて麻薬とかね……」

 ふぅん,とでも言いたげに美早希は呟く。
 ドラッグは市販の薬ではなく,覚せい剤や麻薬など薬物乱用の対象になりがちな薬を示す。


「麻薬,か……もっと面白いものかなと思ったのに」


 精神安定剤とかさ。
 美早希はつまらなさそうに言った。



「もうこんな世界,無くなればいいのにねぇ。
 いっその事,私の存在を消す特別薬とかないかな?」


 笑い交じりの声,響く狂気じみた叫び。
 現れる何か。割れる小瓶。


「誰か首吊りロープ持ってきて!」


 大きな叫びだったのに,ちっとも響かなかった。
 目はうつろ,体もふらふら。希美は,まだ泣いてるの?


「そうだ……このまま寝てしまおう……市松模様の,狭い空間で」


 意識を手放すように呟き,涙をひと粒零して眠りについた。





「もう私,死にたい」
「あら,死にたがりピエロさんじゃない」
「はは,世話焼きカミサマは苦労しないのね?」
「そんなことないわよ? 十分苦労してます」


09/終


+


死にたがりにとって友達の存在は,すごく大きなもので,家を支える大黒柱的存在。
もしもその友達を失ったら,死にたがりは「人間不信者」へ変わる。
人間不信者は,いつしか自分をも呪う様になる……。


悲しい輪です。








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【コメディ・ライト小説/金賞】小説カイコ【1】

小説カイコ

作者 ryuka ◆wtjNtxaTX2さん




               □

 
  弘化二年 夏


    深き深き奥山 出羽の里 
        嗚呼、瓜木の茂りしかの谷よ


    時知らぬ高き山々その嶺に、
            朝に夕に白き霧をば降りさしむ




               □







「はぁ。。。」

今日も疲れた。肩を回すと、ゴキゴキと凝った音がした。高校に入学してはや一か月が経とうとしているが、相変わらず毎日疲れる。もう年なのだろうか。
今、「小説カキコ」という小説投稿サイトを開いている。しかし、何か変だ。

何かが変だ。

どこが変なのかよくわからないが、なんとなくいつもと違う気がする。何が違うんだろう、としばらく考えたが全然分からなかった。
まあ、わからないものをいつまでも追及しても仕方がない。いつも通りあの小説を見に行こう。一番左端の「小説を書く・読む」のアイコンをクリックしようとカーソルを動かす、と


「カイコを育てる・観る」


カイコ。ん、カイコ?
目を疑った。なんだカイコって。カイコって虫の蚕か?
更によく見ると、左上の「小説Kakiko」の文字。「小説Kaiko」になっているではないか。うーん、管理人さんがリニューアルしようとして間違えちゃったのだろうか。いや、んなアホなことある訳ないか……

「あれれ?」
羽ペンを持ったクマのキャラクター。これまた何か変だ。目を凝らしてよく見てみると、いつもより幾分か眼つきが悪くなっているような気がするし、握っているハズの羽ペンは白い芋虫になっている。なんだろ、この芋虫はアレか、蚕のつもりなんだろうか………



………?



*************************************



ピピピピピピピピピピピ…… ピピピピピピピピピピピ……


翌朝。目覚まし時計の音で目が覚めた。時刻は5時半。布団の温もりの中でぼうっとした意識のまま、何となくさっき見た夢を思い出そうとした。が、あまりうまくいかなかった。草刈りをしている男の子の夢だったことは確かなんだけど。

意味分かんないや(´Д`;


そういや、昨晩のカキコの異変はどうなったのだろうか。カイコは流石にないだろ。小説カイコか……ぷぷぷ。
朝ごはんのお茶漬けを胃袋に流し込み、歯を磨きながらパソコンの電源を点ける。しばらくするとブーンと聞き慣れた粗動音がして、デスクトップの草原が現れた。そのまま、インターネットを開いてカキコのサイトへと飛ぶ。
…………特に異常なし。
昨日「カイコ」だった部分は何事も無かったかのように「カキコ」に戻っていて、熊のキャラクターが持っていた白い芋虫もいつも通り羽ペンに戻っていた。まるで、ハナっから何も無かったかのように。
謎は多いままだったが構っているヒマはない。腕時計に目を落とすともう6時になっていた……まずい、これ以上ゆっくりしていると電車を逃してしまう。
玄関を出て、自転車の置いてある駐車場へと向かった。昨日の晩は雨が降ったらしく、玄関のタイルがじめじめと湿っていて、植木の葉も多く朝露を光らせていた。自転車のハンドルも水で湿っている。

―――― ん?
チャリのカゴの中にエナメルを詰めようとしたら、いっぱいに何か妙なものが詰まっていた。ピンポン玉より一回り小さめのカラフルなボール。赤もあれば青も黄色も緑色もあって、目がチカチカする。あれだ、スーパーボールって言うんだっけ。奴らがざっと100個以上詰まっているっぽい。
しかしこんなタチの悪いいたずらをしたのは誰なんだろう。それより、これは一体どうしたらいいんだろうか……。
そんなことを考えていると、ポーンと後ろから軽い音がして、足元で何かが跳ねていた。勢いよく跳ねるソレは青い、スーパーボールだ。

急いでボールの飛んできた方向を見ると、誰かがこちらを見ていた。朝って言ってもまだ暗くて顔がよく分からない。けれど、シルエットから判断するに投げた犯人は子供らしい。俺と目が合うと、そいつは走って逃げて行った。

「おい、ちょっと待てよ!」
走りながら叫んでも振り向きもしない。数十メートルくらい走るとそいつは急にピタリと止まった。華奢な体に山吹色の腰まであるパーカー。近所の中学生だろうか?


「スーパーボール投げたの、き…」
「やっぱり。」
君だよね? と聞こうとして、急に言葉を遮られた。すると、そいつはくるりと体の向きを変え、いきなり真正面から俺に体当たりを食らわせた。細い体のどこにこんな力があったのかと思わせるぐらいに物凄い勢いで。

「うわっ、」
派手に尻餅をついてしまうかと思ったが不思議なことに俺の背後にあるべき地面が無かった。……どうやら信じられない事にマンホールのフタが開いていて、俺はその中に突き落とされたらしい。






              嘘だろ/(^o^)\wwww



*************************************



(」゚ロ゚)」(。ロ。)(゚ロ゚」)」「(。ロ。「)
軽く死ぬかと思った。叫びまくった。

バフン、と大きな音がして自分の体がマンホールの冷たい底に打ち付けられる。

けれどそこには新体操で使うような真っ白な超やわらかいハンペンみたいなマットが敷いてあって、どうやら怪我はせずに済んだらしい。ゲロりそうだけど。さらに地上までの距離を見てみると、2mも無い感じだった。
それから数秒すると俺の背後でトスンとまるで猫みたいに軽い音がして、あいつ(謎の中学生)が着地してきた。
………マンホールの中は以外と明るい。たった一つ、電球が天井から吊るされていて、それが黄色を帯びた光であたりを照らしているようだった。天井にぽっかりと空いた、マンホールの出口からは眩しい朝日が降り注いでいる。

「洞窟みたいだな……」
あたりを冷静に見まわしてみると意外と奥行きがあった。どこまで続いているのか知らないが、前後に続く通路はとても長くて薄暗い。通路の先は真っ暗で、どこが通路の終わりなのか、どこまで続いているのかは全く見当も付かない。

「おい、お前。」
「え?」
一瞬、好奇心が祟ってこの中学生のことを忘れていた。そうだった、俺はこいつに落とされたんだった。
……つくづく自分の呑気さに笑える。
よく顔をみれば、女の子だった。かなりボーイッシュな感じの顔つきで、髪は肩につくかつかないかくらいだ。ぱっちりと開かれた真っ黒な瞳は大きく、言ってみればけっこう可愛い。

「昨日、幸せだったか?」その子は急にそんなことを聞いてきた。
「え、いや別に。」
するとその子は満足そうにふーんと相槌を打った。右手の人差し指を顎の先に当てて、斜め上の方を意味ありげに見上げている。整った横顔が上から差し込む白い朝日に照らされていた。
それから少し長めに瞼を閉じた後、ゆっくりと俺の方に振り返ると、


「そう。じゃあアンタは今日からカイコマスターだ。」

と、言い放った。



*************************************



「わかった。お前、


            カイコマスターになれ。」




………えーと。
蚕??

「え、、、蚕マスターって言った?」
奴は何も答えずに、パソコンの電源を点けた。まだ真っ暗なパソコンの画面の方を見つめて、俺に背中を向けたまま、また話しかけてきた。

「昨日、変なもの見たろ。」
「うん。」
「おい、なんだった…?」
ゆっくりと俺の方に振り返った奴は、興味津々な顔をしている。
「――― えーっとね、いっつも行ってるサイトがあるんだけど、そのサイトの中のいろんな文字が“カイコ”になってたな。あとそのサイトに熊のキャラクターがいるんだけど、それが芋虫を握ってたりしてたぐらいで――――― あとはいつもと変わりないかな。」…………自分で説明していて思ったけど、けっこう昨日すごいことがあったんだね。

「そうか。そんじゃ、説明してやろう。カイコマスターについて」
たった今立ち上がったそのパソコンの壁紙は真っ黒だった。真っ黒な背景に一つ、穴が開いたように“インターネット”のアイコンがあった。

「昨日のそのサイトでお前は勘違いしているみたいだが、カイコマスターっていうのは、昆虫の蚕とはあまり関係ない。」
「……あまり?」
「察しの通り、少しは関係があるという事だ。まぁ、その話は一段落してから話そう。」
そこまで話すと、奴はパソコンの方に向き直って真っ黒な画面に一つだけあるアイコンをダブルクリックした。
「カイコマスターは様々な方法でランダムにこの国に在住している者の中から選ばれる。お前が選ばれた方法は“ネット選出”だろう。
まぁ、そんな事はどうでもいいが―――― カイコマスターというのはお前の知っている言葉で表すなら………うーん、まぁ人助けと言ったところか。私もカイコマスターに救われた身だからな。その活動内容は契約終了後にしか伝えられない。ああ、収入は約束するから安心しろ。」


……はぁ(´A`; 
朝から変な奴に捕まってしまったようだ。あれかな、こいつは厨二病ってやつかな……

「へぇ、そうなんだ」とりあえず、返事をする。
「もう帰れ。人が来る。」
「え?」
「帰れと言っている。そこにハシゴがあるだろ、登れば地上に出れる。助けが欲しいなら手伝ってやるが?」

いいや、けっこうです。

それにさ、
電車、行っちゃったと思うんだよね。もうやだ……



*************************************



           ■
            
結局、朝のマンホール事件で朝練には出れなかった俺。でも何とか学校には間に合った。。。で、今一時間目な訳だ。一時間目から地学の授業。でもただの地学ではない。
地学教室……そこは……





     まさに魔境。




地学教室はハンパなく薄暗い。さらに先生がハンパなく喋るのが遅く、声がめっちゃ小さい。………まあ、そういう教科なわけで、もちろん俺は今まで授業を最後まで起きていたことがない。そんなんで、一時間目が終わり休み時間になった。こんなんでいいのだろうか……(´A`;;

クラスに帰ると、背面黒板にA4サイズの紙きれが張り出されていた。どうやら校外学習の鎌倉遠足の班メンバーが決まったらしい。ぶっちゃけ、みんな知り合って一か月も経っていないんだから、メンバーなんてどうでもいいのだが。

「あ、高橋君?」
名前を呼ばれたので振り向くと、黄緑色のファイルを持った女の子がいた。……確か、柏木杏ちゃんだっけな。

「私と高橋君、同じ班なんだけどメアド交換してくれる?まだ高橋君のはもらってなかったと思うんだ。」言いながら、杏ちゃんはブレザーのポケットから携帯を取り出した。

「え、あ、もちろんです。」急いで自分の携帯を出して、赤外線交換をする。犲信しました" の表示が出ると、杏ちゃんはお礼を言って俺の前からいなくなった。



……なんか、嬉しい(笑)

それから、二時間目の授業があり、三、四時間目をこなして、午後の授業は七時間目まで頭がボーっとした状態だった。どうやら熱が出たらしい。クラクラする。

部活を休んで、フラフラの状態で家に帰ると、無人のはずの自分の部屋に電気がついていた。節電のご時世なのに勿体ないな……

部屋のドアを開けると、誰かが居た。妹でも弟でも母親でもない。今日会った中学生だ。

「おう、随分と待たせてくれたな。待ちくたびれたぞ。」




……本当に、頭がクラクラした。



*************************************



「おぅ、遅かったな。随分と待たせてくれたではないか。」
今朝の怪力中学生が俺の部屋のベッドの上でせんべい片手にあぐらでくつろいでいる。

「……え?」
「警察を呼ぶぞ! とかベタなこと言い出すなよ。要領の悪いお前のことだ、面倒になるぞ。」
「はあ………。」

きっと、俺は熱でやられているのだろう。

「要件は何?ここ、俺の家だしさ。出て行ってくれよ。ただでさえ今日はだるいんだ。」
「―――― お前の家ではない。お前の両親が稼いだ金で住ませてもらっているんだろう。第一、来客に対して人当たりが悪すぎるぞ、高橋。」

ん?今高橋って呼んだ?
「――― 名字は表札で分かった。お前、高橋任史って名前なんだな。タカハシタカシって名字と名前が似たり寄ったりじゃないか(笑)」
「(笑)って、人の名前で笑うなよ…そうだ、お前、名前は何ていうの?」

すると、奴はニヤリと笑った。
「契約するんだな?」
「は?」
「私の名前は、杏だ。」

堯福Д゜) 杏!?

「時木杏、だ。契約終了だな。」
「ちょ、待て!契約終了ってなんだよ!!」
「おめでとう。これで高橋も今日からカイコマスターだな。まーせいぜい頑張れ。」

そう言うと、やつは紙切れを渡してきた。
「我々のサイトだ。毎日確認するように。パソコンは持っているな?普通に検索すれば出てくる。パスワードはkaiko-japanだ。」

………母親が階段を上がってくる音がする。
「高橋もそのうち分かるよ。そのうち、この仕事が自分の中で一番大切なものになるから。」

言うが早い、奴はパッと窓に近寄ると窓から飛び降りた。
「おい、ここ、2階だぞ!!」

「任史ー。なに一人で騒いでんの?」
母親が俺の部屋のドアの横に立っていた。

「え、あ、母さん……いつからここに居た?」
「たった今だけど。」
「じゃあ、今さ、窓から、」
言いながら窓の方に振り返ると、窓は閉まっていて、カーテンもきちんと引いてあった。時木杏がここに居た気配もない。

「え……」
「窓が、どうかしたの?」キョトンとする母親。無理もないだろう。
「……いや、ごめん。何でもない」
「あ、そう。ごはんできたから。早く降りてきてね」

それから、パタンとドアを閉めて母さんはまた階段を降りていった。

カーテンを開けて、窓の外を眺めてみた。もう時刻は8時をまわっていた。外は真っ暗で、電灯の光が遠くに一つだけ見えるだけだった。



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次の日。

昨日、時木にカイコマスターのサイトのURLを貰ったので、早速つなげてみた。つながったはいいものの、時木がドロンしたショックでパスワードを忘れてしまい、結局見れなかった。


「よっ、高橋!」

高校へ続く坂を登っていると、同じ陸上部の鈴木が後ろから追い付いてきた。朝日で鈴木のメガネが光っていて、ちょっとウケた。

「おはよ。鈴木は今日朝練やってく?」
「いんや。ちょっと野暮用があるんでね。今日は出ない。」

鈴木は男の俺が言うのもなんだか気持ちが悪いが、かなりのイケメンだと思う。女子ウケよりも男子ウケの方が良さそうな感じのイケメン。

「そういやさー、高橋お前、川口さんと同じ班なんだって?」

あーまだ班員誰だか把握してなかったんだよねー。てか川口さんって誰だっけ?

「あの、ちょー可愛い子。茶髪でオシャレな感じの!」
「ああ、あの人ね。あんま興味ない」

そう答えると鈴木は マジでー!?ありえんー!! とか絶叫した。
「だって川口さんと一緒になったのって、お前と柚木とあと何だっけ…忘れたけど、あと男二人と一人女の子でしょ。いいなあ。ラッキーだよなあ。お前もうちょい嬉しそうにしろしwww」

鈴木はそれからずっと いいなぁーいいなあぁー しか言わなくなった。

「はあ……」
まあ、川口さんだか何だろうが俺は杏ちゃんが居るだけでいいんだけどね。

……杏。
そういや時木も杏だったね。なんたる偶然。

「おい、高橋聞いてんのか?」
「あ、ごめん。なんか言った?」

鈴木は アハハハハ と笑って俺の右肩らへんを指さして言った。



「なんかお前、肩に芋虫のっけてるぞwww」 



なんと。
なんと俺の右肩に。

蚕がのっかっているではないか






うぎゃあああぁぁぁあああああああ ΣΣ(´Д`川


「取って!とって!鈴木、頼むとってえええええぎゃああああああああ」
「……(゜ー゜笑」
「笑 じゃねー!! うぎゃあああ鈴木とって!とってよ!うぎゃああああ」

鈴木は悠長に写メを取り始めた。いや、ムービーか!?
「いいよーいいよー高橋君。もっと騒いでーwww」

 もう鈴木なんて信じねー(´;ω:`)
なんとか走ったり跳ねたりしたら蚕は取れた。もうこの学ラン着たくない。………後日談になるが、俺はこの日から学ランを着ていない。気温13℃でもワイシャツ一丁だぜ。

鈴木はまだケータイを構えている。
「おい、高橋、顔が泣きそうだぜ。かわいーwww カシャっとな。」
「撮るなーっ!」
「さっき、とって!とって!言ってたじゃんかwww」

鈴木はヒャハハハハハハと醜悪な笑い声を残して残りの坂を一気に駆け上がっていった。ちくしょう……速い……

ふと、昨日の朝に聞いた時木の言葉を思い出した。
“昨日のそのサイトでお前は勘違いしているみたいだが、カイコマスターっていうのは、昆虫の蚕とはあまり関係ない。”


――――――――― 関係おおアリじゃねえか!


それから。
部室に行って着替えて、朝練を済ませた後に校舎に入って上履きに履き替えたわけだが、上履きの中に何か入っている。B5サイズの紙切れ。
 
紙切れにはこう書いてあった。
“カイコには気づいたか?あれはお前の蚕だからな、名前とか付けてやるんだぞ。ちなみにどこ行ってもちゃんとついてくるから安心しろ。”




………安心できねぇ。



*************************************



昼休み。屋上で鈴木と弁当をつっついていた。

放送部の放送が流れている。「一、二年生へ連絡です。火曜日のホームルームは総合超過となります。遠足の予定等は各自で立てるようにしてください。」

………我が校では7時間授業がスタンダードだ。だから「放課後あつまろー」っていうのは部活ができなくなる。更に朝も夕もホームルームが無く、一週間に一回だけ火曜の7限にホームルームがあるのだが……


ぬん。いつ話し合えばいいんだ。

班員は男子は俺と柚木君と荒木君と田中君、女子は杏ちゃんと川口さんだった。まぁ、それはいいものの、杏ちゃんとこの前少し喋っただけで、あとは全く喋ったことがない。さらに田中君は出席番号的に近いから分かるが、柚木君と荒木君って……顔も分からないなぁ……

口下手がここで効いてくるとはね。


「あーあ。面倒くせー。」鈴木が大きく伸びをしながら叫んだ。
「え。鈴木ってそういうの好きそうじゃん。女子と話せればそれだけで幸せなんでしょ?」

鈴木はふぅ、とため息をつくと、そのまま後ろへ倒れて寝っころがった。「俺、男子だけの班なんだ。」

「あー。F組もやっぱ作ったかぁ、男子だけ班。ま、女子が少ないからしょうがないよね。」
「だってさ、高橋、考えてみろよ。男子だけじゃ観覧車もプリクラも気持ち悪いぢゃんか。お化け屋敷もつまんないよ。」

その時、左ポケットの携帯が着信を知らせた。

“時木 杏”

……あいつにメアド教えてなかったよな?!
「お、着信?だれだれー女の子だったら許さんぞ。」鈴木が携帯を覗き込んで来た。


「あ、いや違うんだ。別にそういうのじゃなくて、」


瞬間、俺の携帯の画面に伸ばした鈴木の腕が止まった。
鈴木は携帯の画面を見つめたまま何も言わない。
鈴木特有のふざけた表情も消えて、大きく目を見開いている。なんか、異常だ。演技じゃない。


「鈴木?」 ―――― 何も答えない。
「おい! 鈴木ったら、」


ハッと、鈴木が俺の方を振り返った。鈴木の薄い茶色の瞳と目が合った。
「あ、俺、いや………大丈夫だ。そんなハズないよな……」
「そんなハズって……?」

鈴木はううん、と首を横に振る。「なんでもないからよ!」いつも通りのふざけた笑顔が顔に戻ったが、無理に笑顔を作っていることぐらい俺にだってわかる。

「鈴木!」
思わず、立ち上がろうとした鈴木の手首をつかんだ。

鈴木は うん?と俺の方へ振り返った。
「やだなぁ、高橋。俺は女のコとしか手ぇ繋がないって決めてんの。それとも俺がイケメンすぎて俺のこと好きになっちゃったとか?」

アハハハハハハと鈴木は陽気に笑った。



気のせいかもしれない。鈴木は本当になんでもないかもしれない。
でも、やけに胸が騒ぐのはなんでだろう?


………その時、風が吹いて鈴木の食べていたカレーパンの袋が顔に当たった。



         ◇

鈴木と別れてから、時木からのメールを確認した。

“お前あんまりだな!最悪だな。お前のカイコ、泣いて帰ってきたぞ”

……蚕って泣くの?
なんか泣いてるところ想像すると鳥肌が立つが、泣かせてしまったのなら謝ろう(笑)
っていうかどうやって蚕は時木のところまで行ったのだろうか。まさか電車に乗ったりしないよな。蚕が改札通ってたりしたら、少し面白いかも……いや、気持ち悪いだけか。

教室につくと、川口さんと思われる人が俺の方に駆け寄ってきた。

「高橋君!みんな待ってるよ!」
「へ?」
「忘れたの? え・ん・そ・く」
「あ、ごめん。」

いやー申し訳ない。みんな集合していたとは。
川口さんに引っ張られて教卓の後ろに行くと、男三人と杏ちゃんが居た。

「じゃ、高橋も来たところで全員集合だね。」声をあげたのは男三人の中で唯一顔が分かる、田中君だった。

川口さんがハーイ!と手を挙げた。「まず、自己紹介でしょ」
「んじゃあ遅刻の罰として、高橋君からー!」


……はあぁぁ。
ちゃんと俺、やってけるかな。



*************************************



その後は、5時間目に倫理、6・7時間目に総合学習という爆睡コースをこなしていった。―――――やっと帰れる、と思ったら部活がまだあったね。

今日は鈴木が先輩から借りた過去問をくれるらしい。

中間考査が近い(。。川
でもたいして勉強してない(。。川川
う〜ん、部活なんか出てる場合じゃないんだけどね。でもみんな出てるから休むわけにもいかないだろう。

そんなこんな考えながら校庭をジョグしていると、先輩と鈴木が追いついてきた。……二人ともテストの話してるよ(´;ω;`)

「高橋、後でテスト回すから先に帰るなよ。」鈴木が肩を回しながら話しかけてきた。
「任史くんはさ、得意なのは文系なんだって?」この先輩がテストの主。
「そうですね……文系ですね。」
「そっかじゃあ気をつけなよ〜。数学はあっという間に意味不になるからね」先輩は笑いながら、俺がそのいい例だよと付け加えた。しかしこの佐藤先輩、常時学年5位以内と聞く。恐ろしや。

その時だった。カーンといい音のした野球部の流れ弾が見事、鈴木のろっ骨らへんに直撃した。鈴木は グハッ と、断末魔を吐いて倒れ込んでしまった。

「おい、大丈夫か!?」
鈴木は蚊の泣くよう声で チヌ… とだけ呟いてぐったりとした。野球部の二年生が謝りながらめちゃくちゃ取り乱している。
「とりあえず医務室に運ぼう。任史くんは足の方持って。俺はこっち持つから。」 先輩は野球部の人に医務の先生を呼ぶように指示した。よく見たら眼鏡が吹っ飛んでいたので、眼鏡も拾って先輩と一緒に鈴木を持ち上げた。鈴木は低い声でうめいて救急車は呼ばなくてイイ、とか言い出した。呼んだ方がいいんじゃないか。

医務室に着いてベッドに寝かせると、先輩は救急車の問題は医務の先生に任せよう、先生が来るまで国由くんと一緒に居てね、と俺に言い残してどこかへ消えていった。
しかし5分しても先生が来ない。俺たち以外には誰も居ない医務室はシーンとしていて、校庭の騒がしさとは対照的に静寂そのものだった。


「……カイコ」
いきなり、鈴木が耳を疑うような発言をした。

「は?」
「お前、朝、蚕、乗せてたろ。」
「あ、うん。そうだね」……コイツ本当に大丈夫か!?

鈴木はまぶたを閉じたまま話を続けた。
「俺の姉ちゃんもよく乗っけてた」
「……はあ、すごい姉ちゃんだね。」病人には逆らわないのが看病のコツだと聞く。
「でさ、俺の前の名字、時木っていうんだ」
「えっ……」前の名字?離婚かなんかだろうか。
「姉ちゃん、俺と3歳差だった……けどさ、小学生の時、死んじゃった」

そこまで言うと、黙ってしまった。どうやら眠ってしまったらしい。起きた時に困るだろうから眼鏡は枕元に置いておくことにした。それからしばらくすると医務の先生がバタバタと走って来る音が聞こえたので鈴木の看病を先生にバトンタッチした。

医務室を出るとき、鈴木がむっくりと起き上って「高橋ぃー!テスト、エナメルに入ってるから抜いとけよー」といつもの調子で俺の背中に話しかけてきたのでびっくりした。先生がああ、鈴木君意外と大丈夫そうね、と言って俺に先に帰るように指示した。




その後、どうしても気になって先になんか帰れなかった。校門のところで待っていてもなかなか来ない。ついに7時を回ったが来なかった。
7時半を過ぎて事務員さんが もう帰れ、と追い払ってきたので、しょうがなく帰ることにした。

……… 一人で帰る道は、虫の音が嫌になるくらい煩かった。



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2012年01月07日

【シリアス・ダーク小説/金賞】パラノイア【2】

パラノイア

風(元:秋空  ◆jU80AwU6/.さん



【続き】


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Episode1

Stage1「痛みを感じ感触が有り涙が本当に出ている感覚になるのが、このゲームだ」Part4

「俺が、囮になる。 風は、後ろをついてターゲットを倒してくれ」
「分った。 無茶はしないでね?」

  リノウェイの爆弾発言の直後、クエストが決まり彼は、クエストを受注した。 
  内容は、このカエルゴに巣食う悪党のリーダー格の暗殺だ。 
  今回は、この町の外れの裏通りで同業者同士での情報交換が、行われるらしい。 
  そこで、情報交換を阻止するとともにターゲットを暗殺すると言う内容だ。
  無論、任務依頼の内容には、他にも種類が有る。 要人の護衛や屋敷や会社の警護。
  他には、町の外で跋扈する怪物の討伐や怪物たちの生態調査や捕獲。 危険地帯での情報の収集及び情報の伝達。 そして、他国からの攻撃の防衛。
  唯一つ、共通しているのは全ての任務が、戦闘力を必要とする傷つく危険性の高い物だと言うことだろう。
  
   指定の通りへと到着した二人は、懐中時計の時間を確認する。 対象の待ち合わせ時間までは、まだ暫く有る。
   二人は、夫々役割分担を決める。 
  先ずは、銃による遠距離攻撃が出来る後方支援型のリノウェイが、相手の注意を惹きつける。
  そして、それに敵が、気を取られている隙に、海賊と盗賊の特技である忍び足で相手側の背後へ回りこみ殺害対象を殺す。
  尚、任務は、護衛の部下達を倒さずともクリアとなる。 最も、部下を倒したほうが高得点なので倒すのが常識だが。

  カチカチと言う時計の秒針が進む音が、緊張感を煽る。 定時の時間を時計が告げる。
  しかし、暗殺対象である男も取引相手も来ない。 焦燥感が、襲う。 良く有る事だ。 
  より、現実性を出す為に必ず待ち合わせ時間通りに現れない様に調整されている。
  プレイヤーの焦燥感を掻き立てると言う二段構えだ。 
  無論、この世界にも組織間での信頼関係は有る。
  故にほとんどは、待ち合わせ時間通りに来るが。
  十分ほどして風達の正面の方から対照の男が現れる。 護衛は二人。 黒いスーツに身を包んだサングラスの巨漢だ。
  なお、彼女らの姿は、彼らには見えない。 当然ながら相手にばれない資格に隠れている。 
  程なくして、大きなバックを持った女が現れる。 ワインレッドのジャケットが似合う背の高い美女だ。 
  どうやら、暗殺対象の男の交渉相手だろう。 
  役者は、揃ったと言う事だ。

「すまないね……少し、遠回りしていた」
「いえ、此方こそ。 約束の時間に遅れましたのでおあいこです。 此方が例の物です」

    男は、女に優しげな口調で語りかける。 恐らくは、尾行に注意して遠回りして居たということだろう。
  其れに対しあらかじめ了承していた風情で女は頷き、例の鞄をアスファルトの通路に鞄を置く。

「少々、お待ち……」

  女性は、鍵を開ける素振りをしながら鍵を開けるまでの間、辛抱するように頼もうとする。 
  しかし、その瞬間、銃声が響き渡り女の後頭部に銃弾が命中する。 女は、ドサリと音を立てて倒れ込み痙攣し息絶える。
  突然の襲撃に、男の部下達は浮き足立ち荒い声を上げる。 部下達が、うろたえている間に、銃撃が更に放たれる。
  しかし、その銃弾は、男に容易く防がれてしまった。

「……そこ、敵は、あの建物の最上階に居るようだ」

  うろたえる部下達を牽制する男。 流石は、リーダー格という風格だ。 しかし、彼らは、風と言う伏兵を知らない。
  早足に、遮蔽物を利用しながらリノウェイの居る場所へと近付いていく。
  しかし、幾つかの十字路を進んだ後だった。 突然、暗殺対象の男は、背中から血を噴出し倒れこむ。
  巨大な何かにより骨が叩き砕かれる音が、遅れて響き渡る。 部下達が振り向くと其処には、青い目の勝気な海賊姿の女。
  ギルドの手の者として男達は、座り込み「見逃してくれ」と降伏する。
  だが、降伏する男の脳漿を容赦なく、弾丸が襲う。 一人の男が、倒れこむ。

「ヒイィ!」

  今や、唯の肉塊となった仲間を見詰め男は、怯えた声を上げる。 彼女は、そんな男を見詰め渋面を造りながらも大斧を振るう。
  グシャッ……肉に刃物食い込む嫌な感触手が手に伝わる。 そして、その重量で骨を容易く砕く武器は、不快な音を奏でる。
  夥しい血の量。 獣相手なら気分も爽快になれるが、人間相手だと本当に悲しくなる。
  しかし、そんな現実では味わえないリアリティが好きなのだから笑うしかない。
  しばらくの間、立ち尽くしていた彼女は、リノウェイが来るとケタケタと狂人の様に笑い出した。

  任務の成功をギルドに伝え二人は、新しく手にした報酬で道具を買おうと店へと足を運ぶ。
  ゲームの中では、既に八時間が経過しているが、現実世界では二十分しか経っていない。
  二人は、先ずは、武器や回復道具の店へと行きワイワイとショッピングを楽しんだ。
  そして、その店を後にして直ぐ、事件は起こった。

「はぁぁ、一杯、買えましたね! 何だか気分が良いです!」
 
  良い買い物を出来たと満足げな表情で風は言う。

「そうだろう? 一杯、物を持つと裕福な感じになって満たされる……なぁ、風? 俺が、気分を良くしてやっているよな?」

  彼の理屈に成程と相槌を打っていると彼は、突然、表情を湾曲させた。 凶器に歪んだ顔だ。
  言葉は疑問系だが、確実に答えの内容は狭められている感じだ。 彼女は少し後退りする。 しかし、男は、見逃さない。

「俺は、お前の事、前から可愛いなと思ってたんだ。 興味が有って調べてたら俺と同じ福島県の中通の出身じゃないか?
運命を感じたね……そして、俺は、本当の君を見た。 このゲームでの普通位の大きさの普通位の体格の可愛い君じゃない。
それは、スラッとした痩せ型の長身の美人だった。 憧憬を感じたね。 こんな綺麗な女の子と一緒できたらって夢が膨らんだ!
なぁ、風? 男と一緒に遊びたいだろう……はは、良いだろう? お前みたいな女、男が放って置くわけ無いって!
初めてじゃないだろう? ほら、いつまでも女友達と生温い馴れ合いしてないで欲望を……」

  彼は、彼女の手を握り捲し立てるように話し出す。 彼女の中のリノウェイと言う男の姿が崩れていく。
  自分を裏でストーカーする変態男。 そして、今まで、何度か一緒して語り合ったのは唯、体が目的だったからと言う事実。
  更には、心底、楽しんで信頼して付き合っている野宮詩織と月読愛を強く否定する言葉。
  ゲームのために仕事を捨てたと聞いた時は、哀れみを感じた物だが今は、そんな物は無い。
  巨大な憤怒の炎が、彼女の中には燃え上がっていた。

「お言葉ですが、私は、彼女達との関係を心の底から楽しんでいるし彼女たちに深く感謝しています!
そもそも、体が……顔が目当て!? 女を馬鹿にするっ……」

  精一杯、対抗するために彼女は、声を張上げ手振り身振りをして反論する。
  しかし、男は、聞く耳持たず彼女の手を強引に握りラブホテルと書かれた看板の有る方へと歩き出す。
  男の力には敵わない。 ゲーム内の設定では、ガンマンは海賊より基本的に、腕力は劣る。 しかし、それは、クエスト中での話だ。
  そんなゲームの設定に苛立ちを感じる。 何故なら、素での腕力では男である彼には、彼女は全く敵わないのだから。
  抵抗虚しく、男の目的地へと彼女は、ズルズルと連れて行かれる。 涙が、自然に湧き上がって来る。

「誰か……助けて」

  幾ら、助けを求めても誰一人助けようとしない。 それどころか、その状況を楽しんでいるようでさえある。

「誰も助けないさ……男なんて精々、お前の泣き叫ぶ顔を見て欲情しているだけだぜ?」

  絶句する彼女に彼は振り返り、凄絶な笑みを見せ無情なる真実を告げる。
  風は、絶望に嗚咽するしかなかった。 
  しかし、其処に、突然、一人の女が現れる。 ツインテールの紫を基調としたメイド服。
  リノアだった。 彼女は、ギルドの下級者のクエスト受付で有ると同時に下級者の取り締まり役だ。
  それは、全ての暴力行為やルール違反を取り締まることは出来ないが今回は、運良く来てくれた様だ。
  彼女は、リノウェイの腕に手刀を入れる。 痛みに呻き彼は、風の腕を放す。

「リノア……さん?」

  風は、彼女を認め安堵した様子で肩を下ろした。 
  其れに対してリノウェイは、歯軋りをして追い詰められた表情だ。
  間違いなく取り締まられ最悪、ゲームへのアクセス権を永久に失う。 
  彼は、逃亡を図る。 捕まらずペナルティを押されなければ大丈夫なのだ。 ルール違反者とゲームのシステムが認識しない。
  だが、彼女から逃げられると思ったのが彼の間違えだった。
  逃げる彼に彼女は疾風のように追いつく。

「女相手に力付くですか? はあーぁ、なっさけなっ! モテない男の真骨頂ですね?」

  追いついた彼女は、ゲームのシステムが違反者だと区別できるように識別コードを彼に刻み付けようと彼の胸部に手を当てる。
  仕事を辞退してまで、このゲームに集中しようとした男にとっては何としても避けたいシナリオだ。
  彼は、手を振り翳し必死に対抗する。

「くっ……くそおぉぉぉ!」

  しかし、彼の拳など彼女には、静止しているようにしか見えず容易く止められる。 そして、棟に×の形の紋章が刻まれる。
  瞬間、彼の体が透けていく。 このマークを彼女達受付兼取締官付けられると現実世界に強制送還されるのだ。  
  
「…………有難う御座います」

  彼が、消え去ったのを確認して風は、彼女に駆け寄りお詫びをする。
  其れに対して、彼女は、自分の仕事をしただけだよと少し嬉しそうに答えてくれた。
  安堵と共に風の心の中には、彼への憐憫の情が流れていた。 
  彼女自身に対する仕打ちは許す気にはなれないが、あれ程、ゲームにのめり込んでいたのに……と。


            ――――しかし、強制送還された彼は、幸せだったのかも知れない


                              是からの未来を考えうると――――――……




*************************************



Episode1

Stage1「痛みを感じ感触が有り涙が本当に出ている感覚になるのが、このゲームだ」Part5

「おいちぃっ」

  風は、ゲーム内の店舗で買ったチューハイに口を付ける。 
  ゴクリと音を立て飲み込むと炭酸飲料の様な感覚が喉を通り踊る様に弾けた。
  彼女は、最初の一口を堪能し一気にグビグビと呑み始める。
  まるでリノウェイが自分に行った悪行を忘れようとするかの様に。 一気に、酒を流し込み派手に音を立てて呑み出した。

「プハァッ! はぁ、今は、現実では三時半くらいかぁ……愛達が来るのは八時位からかなぁ?」

  空になるまで飲み干し彼女は、無造作に缶を握り潰す。 そして、外を見やる。
  外の人間達は皆、一様に彼女とは、時間が隔絶されたかのような速度で動き回っている。
  今、彼女が居る場所は、アストラルの中の宿屋だ。 
  基本的には、此方の世界の一日は、現実世界の一時間だが、宿屋などの幾つかの場所では、現実と同等の時間の流れになるのだ。
  彼女は、何時も付き合っている仲間達を待つ事にした。 仲間でる月読愛や野宮詩織は現実世界での八時頃に主に此処に来ている。
  それまで、アストラル内での時間間隔の中で居たら感覚的には、五日分の時間を孤独で過ごすと言う事になる。
  親しい仲間が来るのを待つ為に宿は、良く使われる。 
  宿主に、相手の名前を伝えて置くと対象が来ると同時に、個室に電話が掛かってきて知らせる仕組みになっている。
  彼女は、まだ、当分有るなと一人ゴチながら仮眠を取ろうとベッドへと向かう。

『ふかふかだ……こんな寝心地の良さそうなベッドは初めて』

  アストラルにログインする時間が大体決まっていて、基本的には何時も仲間達と一緒に居る事の出来る彼女は、宿を使ったことが実は、今まで無い。 
  入室した瞬間は、畳み十五畳分は有ろう広い間合いと高い天井、控え目ながら絢爛とした内装に愕然とした物だ。
  見た雰囲気だけではなくて使われている素材も最高の物の様だと肌で感じる。
  彼女は、しばらくの間、ベッドを愛撫する様にして触り心地に感嘆する。 
  そして、十秒以上が経過し彼女は、はっとなる。 何故、ベッドに近付いたのかを思い出し彼女は、ベッドへと横たわる。
   
  目を瞑っていると頭がボーっとしてくる。 部屋は、冷房が効いて寝心地が良い。
  だが、あの男との忌わしい時間が消える訳ではない。 あの短絡的で身勝手な発現。 獣の様な行動。
  全てが、鮮明に思い出される。 彼女は、眠りながら渋面造る。 しかし、そんな中で最も嫌だった事が有る。
  彼に手を引かれ抵抗しながらも彼女は、ある種、恍惚とした感情に襲われていた。
  男が嫌いだ。 身勝手で下品で女を性欲の捌け口としてしか見ていない気がして。
  彼女は起き上がり、電話を取り更に、チューハイを二本ほど注文する。 それを直ぐに飲み干しまどろみの中、眠りにつく。
  兎に角、忘れたかった。 リノウェイという男の事を……

  数時間が過ぎた。
  テレホンの音が、部屋に響き渡る。 彼女は目を覚ます。 そして、眠たそうに眼を擦る。
  そして、覚束ない足取りで電話を取りに向かい、受話器を取り耳に当てる。

「月読愛様と野宮詩織様、両名が到着しました。 ギルド五十七番テーブルにてお待ちです」

  淡々とした口調で従業員らしき女性が、仲間の到着ち居場所を知らせる。
  風は、眼を輝かせ、外していたヘアピンを着け顔を洗って部屋を出た。
  そして、彼女は、月読達の居る場所へと足を進めた。 
  現実では、夜の筈だが、ゲーム内での時間は、夕方の様だ。 彼女が寝てから、五度目の夕方だろう。
  やっと、安心してこの世界を楽しめると彼女は、少しスキップするような感じで二人の下へと進む。

「よっ、災難だったみたいだな姉貴? つーか、リノウェイの野郎、ザマァだぜ! 野郎の分際でよ!」

  五十七番テーブルへと向かう彼女を見つけて、小柄で細身な姿には不釣合いな甲冑と大太刀を背負った、肩につく程度の長さの髪の人物が話しかけてくる。 仲間の野宮詩織だ。 現実の彼女は、河倉 美子と言うらしく貧乳なのだが、巨乳願望が有りゲーム内では巨乳である。
  既に、二人とも今日、彼女が何をされたのかは、リノアから聞き及んでいるらしい。 
  開口一番に、女性優先主義の詩織が、彼女の代弁をする。 実に、彼女らしい言葉だなと風は、微苦笑を浮かべる。

「詩織……愛」

  感極まり風は、涙を浮かべながら二人のHNを呼ぶ。

「なっ……何ですの? 改まって!?」

  いつもと明らかに違う雰囲気の彼女に驚き、もう一方の仲間、月読愛が、口を開く。
  緑色を基調とした魔女姿の前髪は整えられた紫掛かった黒の腰まである髪が特徴的な女性だ。
  実は、現実世界では目と髪の色が赤と言う珍しい容姿だそうだ。 本名は、志摩 桜子と言うらしい。
  三人は、夫々の本名を知る程度には、親しい。何しろ、彼女たちの交流は、このオンラインゲームだけではない。
  小説投稿を主とした大型サイトである小説カキコと言うサイトでこのゲームが出来る以前から付き合っていた。

「んっ……何か、こんなに愛達に会って嬉しいと思ったの初めてで……是からも友達で居てくれるよね!?」

  大きく腕を広げて抱きついてくる彼女を二人は拒まなかった。
  そして、二人は苦しそうにしながらも夫々の顔を見回して言う。

「当たり前じゃねぇかよ? そんなこと聞くなんてよっぽど怖かったんだな!」
「当然ですわ! 風は、月読のお姉さんですもの?」

  その当然の言葉に、彼女は思わず涙ぐんだ。 
  余程、嫌な経験だったのだなと二人は、涙する仲間を見て察し彼女が落ち着くまで彼女に抱き付かれたままで居た。

「ふぅ……ゴメン、そろそろ、クエスト依頼してスリリングなゲームをしようか?」

  落ち着きを取り戻して周りを見回し彼女は、二人から手を放す。 苦しかったと言う様子を二人は、態とらしく顔に出す。
  風は、二人に謝り、落ち着いたからゲームの本懐を始めようと促す。
  月読と野宮は、目を見合わせて呆れた風情の顔を見せると風の言葉に賛成した。



    ――――温かい友、その存在が、どれだけ大事か、彼女達は、この後、知る事となる――――……        


   〜Epsode1 Stage1「痛みを感じ感触が有り涙が本当に出ている感覚になるのが、このゲームだ」 The end〜





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Episode1

Stage2「物語の歯車が動き出す……アストラルと言う名の檻へようこそ」Part1

    ――世界は、檻だ……常識と言う都合の良い言葉で塗り固められた異常者を収監する檻だ。

             アストラルもまた、檻だ。 異常者を捕らえて離さず異常者の中に僅かに有った常識を鎖す――――

  七時十五分。 風が、野宮達と会う一時間程度前の話。 
  何処かの居住区。 バスが止る音がする。 一人は男で一人は女。 
  一時間以上隣の席に座りバスに揺られながら家から最も近いこのバス停で降りる。
  何時もの事だ。 二人は、まだ、残っている友人に会釈して並んで歩き出す。
  適度に涼しい風が吹いていて日中と比べて心地良い。
  バスが停車をやめ動き出し少しして女性の方が話し出す。
  男の方より頭一つ分くらい小さい黒髪黒目のボーイッシュな娘。 

「ねぇ、アストラル、面白そうでしょう? 一緒にやらない!?
風さん達もやってるみたいだしさぁ?」

  慣れた様子で話しかける彼女。
  どうやら、話の内容は最近、噂のあの痛みを感じるゲームだ。
  其れに対して男の方は、全くと言って良いほど表情を動かさず仏頂面に面倒そうな口調で答える。

「うーん、そうだな不知火。 お前を含むハーレム王国を創造できるって言う確証があれば俺は迷わず!」

  生憎な事にそのオンラインゲームに嵌っている者達でネット上での知り合いは、女性だけだ。
  風も月読愛も野宮詩織も小説カキコというサイトでの知り合いだが皆、女だ。
  不知火と呼ばれた女は、男の言葉に草臥れた様に首を振って立ち止まる。 そして、上目遣いで彼に訴えかける。

「あーぁっ! もう! アンタってばそんなだから何時まで経っても持てないのよ! ったく、馬鹿みたい!
博樹! 先に言っておくわね! あたしは、ゲーム内では絶対、男役だからそこんとこ宜しく!」

  博樹と呼ばれた黒髪の青年は、彼女の言葉に立ち止まる。 善ジュの通り彼女も無論、彼のハーレム計画の中に入っているのだ。
  彼女が、ゲーム内で男の姿では満たされないではないか。 普段、仏頂面の彼の顔が、渋面を造る様が街頭の灯りに照らされる。

「マジかよ! そんな……いや、男の娘!? それはそれで……燃えるぜ!」

  ハーレムを体験したいなどと言う不順な動機でゲームに参加されても嫌だと言う思いにより、彼女の口から出た言葉は、博樹に意外な勘定を芽生えさせる。 彼女は、彼の多少ポジティブ気味な発現に失言だったと反省しながらも思う。
  長年付き合ってきて分っていた。 彼の行動原理はあくまで女性なのだと。 

「はぁ……アンタらしいよ」
「大丈夫! 人は簡単に変れないから」

  知り合いが居るとは言え、一人でログインすれば風達と合流するまでの最初の間は、一人になってしまう。
  不知火は、それに大きな恐怖を感じていた。 だから、有る程度提携を組むことが出来る近場の友人である彼を誘ったのだ。
  本当は、女性と付き合うことが目当て等と言う不純な動機ではなく、ゲームを楽しむと言う気にさせたかったが面倒になった。 彼もアストラルの中を体験しているうちに嵌っていくだろう、彼女は、そう心に言い聞かせた。
  呆れた口調で返答する彼女に彼は、軽い口調で流すように答えた。
  了承のサインだ。 取り合えず、一人でログインしないで済みそうだと、彼女は安堵する。
  その時だ。 彼が、不知火の肩に手を置く。

「なぁ……お前さ? そのゲーム痛みとか感じるんだろう? 人助けだ……とか無茶するなよ?」

  先程までの適当な様子とは違う真剣な口調。
  彼と彼女は昔からの知り合いだ。 二人は、大事な友を失ったことが有る。
  親友だった。 素敵な女性だった。 だが、虐められていた。 必死で二人は、助けようとした。
  しかし、彼女を救うことが出来なかった。 
  結果、彼女はマンションの屋上から飛び降り自害した。
  そんな過去のトラウマが鬱積して博樹の女性擁護と不知火の人助け精神が、形成されたと言える。
  この二人の夫々のトラウマが、ゲームの中で強い波紋を造るのはしばらく後の話だ。

「何よ? 改まって……」

  さっきまでの軽い口調はどうしたのだ。 突然の変化に彼女は最初、動揺と気持ち悪さを感じた。

「無茶はするな……きっと、体の傷は残らなくても心の傷は残る!
本当ならそんな危険そうなゲーム、俺はお前に推奨しない。
でも、お前、強情だから一回、やると決めたら行っちまうからなぁ」

  しかし、直ぐにそれ以上に違う感情が込上げてくる。
  幼馴染の腐れ縁の自分を良く観察し理解している優しい言葉。
  大事な親友を失って心にぽっかりと穴が開いてしまったのは自分だけじゃ無かったのだと理解する。 友達からの誘いと好奇心と言う面白半分な自分に、彼は、本気だった。
  本気でストッパーになろうとしている。 思わず涙が出る。
  前情報として分っている事が有る。 傷つくと現実的な痛みが体を襲うと言う事実。
  浅はかだったと反省してゲームに参加するのを止めようかと彼女は自問自答する。

「止めるなよ? 友達との約束なんだろ?
 俺がケアするから……本当にヤバイと分ったら皆を説得しようぜ?」

  立ち止まる。 街頭の下。 ジジジッと言う街頭から発せられる音が虚しく響く。
  時が止ったような感覚。 彼女は、しばらく俯き意を決したように、上目遣いで博樹を見詰る。
  何を言わんとしているのか理解し彼は、不知火を制止する。
  そして、彼は、ネット上のつながりを今は、優先しようと言った。
  優しく……そして、絶対護ると言う強い意志を篭めて――――

「ありがとう、今までで最高に格好いいよ今のアンタ」

  彼女は、博樹に心の其処からの感謝の念を篭めて言った。


  ――強い意志は美しい、しかし、其れは思い込みと近しい

     特に、護ると言う意思は時に厄介だ……彼等は、後に悲劇を見るのだろう――――



【シリアス・ダーク小説/金賞】パラノイア【3】

パラノイア

風(元:秋空  ◆jU80AwU6/.さん



【続き】


Episode1

Stage2「物語の歯車が動き出す……アストラルと言う名の檻へようこそ」Part2

  平成二十三年七月十一日月曜日 二十時十五分――――

「ごちそうさまでしたぁー」
  
  お茶の間に響く溌剌とした声。
  博樹と別れ帰宅した不知火は、夕食を終えると勢い良く立ち上がり自分の茶碗を持って台所に向かう。
  台所で自分の食器を手早く洗うと彼女は直ぐに、二階に有る自室へと向かった。
  そして、直ぐにPCを立ち上げる。 画面が出るまでの間に彼女は、博樹にメールを送る。
 
  『先ずはカキコに行って他の人達も誘って見ようよ?』 メールにそう、書き込んで送信する。
  直ぐに、彼からの返信が来る。 液晶画面には、肯定の言葉が短く乗せられていた。
  よし!と、小さくガッツポーズして彼女は、立ち上がったPCの画面を見詰ながら早速、インターネットに接続する。
  お気に入りをクリックし小説カキコに飛ぶ。 
  其れと同時に、雑談掲示板の方で「オンラインゲームに一緒に参加してくれる仲間を募集」という事でスレッドを建てる。
  この間、僅か夕食終了から五分半。 そこそこのタイピングスピードと言えるだろう。
  最も、アストラルと言うゲームでは、タイピング技術などほとんど関係が無いのだが。
  スレを掲示板に掲載させると彼女は、参加者がくるまでの時間潰しに、今サイト内で執筆している小説の更新を開始する。
  四十分程で試行錯誤の末に出来た四千文字程度の文章を掲載する。 そして、希望を抱き雑談掲示板に戻る。
  思った以上の数の賛同者が居るようだ。 安堵の溜息を彼女は漏らしレスの確認を開始する。

『へぇ、あの風達が嵌ってるゲームか? 俺も興味有るな! 
是を期に参加してみるかな? 参加するときは、HN、pikoって変えるけど!』

  先ず、一つ目のレスは、ゆnと言う風と親しい人物だ。 彼女は、カキコ歴が長く人付き合いを大事にするタイプなため人脈が広い。
  彼女の名前がスレの一番上に載っているだけでゲームに参加しようかなと言う声が聞こえてくるレベルだ。

『仁都です。 初めまして……あのゲーム、有名ですよね? 風さんがやってるんですか!? うわぁ、やってみようかな?』
『ゲーム大好きでさ。 アストラルとかマジやべぇから大歓迎!』

  ゆnに続くのは、仁都に玖龍とこれまた、風と縁のある面々だ。
  特に玖龍は、小学六年生とは思えない文章力で彼女に一目置かれている存在だ。
  その後も、山下愁や朔、翡翠、朱雀の順に彼女を知る面々が名を連ねる。 画面を見ながら不知火は小さく呟いた。

「もて過ぎだぞ風さん……一体、どんな姿なのやら気になりますなぁ」

  そんな、軽い嫉妬の入った愚痴を言いながら彼女は、返信の為にキーボードを高速で叩いていく。
  肯定的な者達のやる気に火を付ける様な文章を脳内で構築しながら。
  そして、返信の所をクリックする。 少し待つと新しいレスが、幾つか到着していた。 
  ばっと目を通す。 中には、風や月読愛のレスも有った。

『迷っているのなら一度試して見れば宜しいのですわ。 だって、体験と予想とは全く違うものですもの?』

  不知火が、返信するより僅かに先に届いた愛のレス。 彼女も変身中に書いた言葉だ。 彼女は、愛に心の中で感謝した。
  そして、『面白くなかったら改めてログアウトしてやめれば良いのさ』と言う言葉を掛けてくれた風にも感謝の念を現す。
  そして、九時半までの間に集まったのは、最初の方でレスした七人と、妖、焔錠、涼儀の三人を合せた十一人となった。
  無論、博樹と不知火も参戦する。 総勢十二人と言う事だ。

「十人か……結構集まったな」

  先ず先ずの結果に彼女は、グッと伸びをする。 その時、携帯の着メロが鳴り出す。 
  彼女は、慣れた手つきで形態の液晶を見て相手を確認し携帯を耳元に当てる。
  毎日のように会う幼馴染の元気な声が聞こえてくる。 彼女は嬉しくなり優しく笑う。

「そうね。 アストラル……楽しみだわ」

  カーテンを開け月に祈りを捧げるように目を瞑って合掌して彼女は言う。
  其れに対して、博樹は、小さく「そうだな」と、彼女に合せるように言うのだった――――……
  そして、直ぐに彼女は、アストラルのホームページを開く。
  会員登録をしてキャラクタ作成をして、今日にでもアストラルを試したい。 自分の立てたレス内でそう、書き込んだ。
  皆、賛同して十人は今日、アストラルに集合する事が決定した
。 アストラルのホームページが開いた。
  禁断の扉を開いてしまったと言う事実を彼女たちは、知る筈も無い。
  一方、ホームページを前にした彼女には、言い知れぬ高揚感が襲っていた。 
  ついに、あの話題のオーバークオリティを体験できる。 
  体中が沸騰するようだ。 彼女は、体の火照りを癒そうと博樹に電話を掛ける。

「よぉ、今更、ビビッてるのか?」

  彼の的を射た発言に内心、ドキッと心臓を鼓動させながらも彼女は冷静を取り繕い答える。

「違うわよ……今、あたし……遠足前の小学生の気分なの。 目がギラギラしてる!」
「そうかい……実は、俺もさ! ハーレム天国なんて組織があるみてぇじゃねぇか!」

  不知火は、今の自分の現状を端的に表現する。 すると、自分も同じだと彼は、笑いを含んだ声で言う。
  それに続く幼馴染の答えに、内心、苛立ちながら彼女は、冷静に、「アストラルで会いましょう」と言い電話を切った。


                 ――――好奇心とは、時にその身を滅ぼし、時に、新たなる世界の扉を開く――――……




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Episode1

Stage2「物語の歯車が動き出す……アストラルと言う名の檻へようこそ」Part3

  年齢・性別・出身地・身長・体重・趣味・特技と言った現実での情報に続き、ゲーム内での容姿・ゲーム内での性別・髪の色・輪郭・声・身長・体重等の表示欄が示される。 項目が多いことに、面倒そうに博樹は、顔を歪めるのだった。

「まっ、ハーレムのキングになるなら俺は、男じゃ無いとな!」

  小さく誰に言うでもなく口ずさみながら少しずつ彼は、項目を埋めて行く。  
  そして、約五分程で容姿の設定に突入する。

「結構、細けぇなぁ……不知火の奴、こう言うの絶対時間掛かるぜ」

  項目にざっと、目を通し彼は、嘆息するように吐き捨てる。 女は好きだが、こう言うことに時間が掛かる所が面倒だ、と……
  言いながら、髪の色や目の色など決めやすい所から決めていく。
  髪の色は金髪。 長さは、肩に掛からない程度。 目の色は碧眼、誰が見ても笑っているのが分る感じで瞼は二重。
  身長は、女性は基本的に長身が好きだからと普段より十冂度多角設定してみる。
  そして、輪郭、細すぎず太すぎず詰りは普通程度。 体のパーツは、適度に筋肉が有るが付き過ぎではないと言う程度に。

「順調だな……しっかし、俺カッケェ! リアルに居たら博樹様ぁーっとか呼ばれるに違いねぇ! ヒャッハァ!」

  順調に進む容姿の構築。 見る見る間に理想に近付いていく画面の中の自分像。 
  彼は、奇声を浮かべながら見るからに馬鹿そうな笑みを浮かべて妄想に耽る。
  その時、机に置いてあった携帯がガタガタと震えだす。 誰からの電話かは、大体分っている。
  彼は、電話に出ると先ず、「不知火か?」と一応の確認をする。

「…………後、十二人」

  しかし、その予想は、外れた。 聞き慣れない重低音の人間の声とは思えない声。 
  それは、唯、一言、言うと強引に自分から電話を切った。 瞬間、背筋を何かが通り抜けるような感覚が、襲う。
  このゲームに手を出すなと言う警告の様な気がして彼は、一瞬手を止める。

「いや、何でもねぇよな……馬鹿馬鹿しい」

  カキコで集まった人数に近い数字だったのが妙に気になったが彼は、疑問を奮い捨て次の設定事項の確認をする。
  次は、声に関してだ。 声優で選ぶ形式と直接声を聞きながら選ぶ形式に分割されている様だ。
  彼は、声優に詳しいから迷わず声優から選ぼうとする。 
  女性にもてそうな甘い声の声優のに的を絞り彼は、数十秒迷い自分の声を決定させる。 福山潤と言う人気声優だ。
  残るは、ゲーム内での年齢と性別だけだった。 
  性別は、単純に男。 そして、年齢は、実年齢の十七より一一歳上の十八とした。 
  年齢の理由は、十八禁と言うワードに関係しているようだ。 欲望に従順な彼らしい決定と言えるだろう。

『また、電話か?』
  
  彼が、全ての項目を埋めると携帯の着メロが、鳴り響いた。 一瞬、あの宛先不明の男の声が、頭の中を過る。
  彼は、不信感を顕にしながら恐る恐る携帯の画面を覗く。 祈るような目付きで。
  そこには、何時も帰宅途中で一緒になる幼馴染の名前。 彼は、安堵の溜息を漏らし電話に出る。

「おっそいぞぉ! あたしの電話にそんなに出たくないってかぁ?」

  気楽な調子の幼馴染の声が、耳に届く。 少し、心が落ち着く。

「あ・た・し・は、減点だぜ不知火? 是から男演じるんだろう?」
  
  先程の不審な電話。 そのことについて彼は、話したいとも思ったが、幼馴染が混乱しそうなので自重する。
  取り合えずと言った様子で彼女の一人称が、余りにも男らしくない事を指摘する。
  あからさまに慌てふためく彼女の声が、漏れる。 

「もっもう! アストラルの中に、入ったら姿が男で声も男なんだから自然に一人称も男になるって!」

  恥ずかしそうに弁明する幼馴染の彼女。 何時も、ツンケンとしているがこう言う所は実に可愛らしいと、博樹は思うのだった。
  「そんなもんかねぇ」と、冷やかすように彼は、返す。 すると、不知火は、急に黙り込む。

「あのさ……博樹?」
 
  改まった口調に、彼は違和感を覚え何を言うのかと身構える。

「うーん、何でもない! 楽しもうねアストラル!」

  何秒かの沈黙の後、彼女の溌剌とした声が響き渡る。 少しの付き合いの人間なら安心するほど自然だ。
  しかし、彼には、彼女の心情が手に取る様に分った。 大きな不安を抱えている事を。
  恐らくは、彼女の携帯にも似たような言葉が届いたのだろうと彼は、考察する。
  だが、彼女は、その不安を抑えて必死でアストラルの世界へと行きたいと訴える。
  彼は、其れを止めることが出来なかった。

「あぁ、楽しもうぜアストラル……項目の空欄はねぇか確認したか?」

  何事も無かったかのように穏やかな声で彼は、彼女の言葉に応じる。
  そして、姉気質で気の強いながら、どこか抜けている自分の幼馴染で有ると同時に親友で有る彼女を気遣う。
  彼女は、「大丈夫、何時でもログインできるよ」と、少し間を置くと返信してきた。 
  安心したように博樹は、「よし!」と言いログインの所にカーソルを動かす。

「覚悟は良いか?」

  彼は、自分に言い聞かすように言う。
  其れに対して、幼馴染は、いつでもと答えた。
  二人は、粗、同時に、ログインのボタンをクリックする。
  瞬間、二人の体を慣れない感覚が襲う。 数秒後、見たことも無い世界が眼前に広がる。

「凄い……まるで、現実だよ」

  博樹の近くに、彼女は居た。 無論、男の姿だ。
  そんな二人の周りには、満天の星空と何処までも続く水平線の見えないような広大な海。
  頬撫でる涼しい風に乗って運ばれる磯の香り。 全てが、今までのゲームを超越して居た。
  思わず二人は、手をつなぐ。 二人は少し、恥ずかしそうに顔を染めながら交互に、見詰め合う。

「うわっ、博樹、あんた! 金髪碧眼とかベタ過ぎ!」

  現実の姿とは、全く違う幼馴染の姿に彼女は、呆然とするばかりだった。
  しかし、それは、博樹も同じだ。 否、相手は、性別すら変化しているのだから更に、驚愕しているのが事実だ。

「白い鉢巻とかベタだなぁ、おい! ってか、中性系だから、全然OK!?」
  
  輪郭が少し角ばっていて肌の色が少し焼けている。 目や鼻も心なしか男らしいどっしりとしたパーツになっている。
  髪の色や目の色など変わらずとも随分と印象は、変る物だなと当然の事ながら彼は、思案するのだった。
  そんな、彼に、彼女は、纏わりつく様に「ねぇねぇ、新撰組に見えるぅ?」等と、気楽極まりない様子で話しかけてくる。

「ねぇねぇ……」

  幾ら、容姿が男になっても動きそのものは、まるで女性だ。 そのアンバランスさが、彼の琴線に響く。
  身長が頭ひとつ分も差が有るのもポイントだったろうか、彼は、青年武士の姿をした不知火を徐に抱き寄せた。

「おい……あんまり可愛いと……困る」

  抱き寄せて耳元で彼は、心底困った口調で言う。
  其れに対して、彼女は聖母の様な笑みを浮かべながら唇を動かす。

「……良いよ? ……して良いよ? キス……」

  唇を窄め男を惑わすような色っぽい口調で彼女は言い寄る。 博樹は、心拍数が上がっている事を悟る。
  男相手に興奮するなんて気色悪いと強く体に言い聞かすが、目の前の武士姿の見た目からすれば男にしか見えない奴の正体を知っている彼には、どうしても現実世界での彼女の本当の姿がチラつく。 
  こんなに積極的だったか?等と自問自答する。 しかし、誘惑と心の中のビジョンには勝てない。 
  唇を近づけて行く。 吐息が、喉元に吹きかかる。 確実に吐息が、口の方へと近付いている。
  彼女の唇が自らの唇に近づいているのが分る。 鼓動が、激しい。 呼吸が苦しいほどに……
  今、最高に興奮している事を彼は、悟りながら唇を近づけていく。

「凡さぁん、トレモロさぁん、ラブラブですねぇ?」

  其処に、遅れて現れた他の面子の声が、聞こえてきた。 二人は、慌てて二人の世界から脱却するのだった。


     ――――加速する、物語が、動き出す……加速、加速、加速! 限界を突破した先に有るのは何――――――?




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Episode1

Stage2「物語の歯車が動き出す……アストラルと言う名の檻へようこそ」Part4
 
      ――――――揺れる揺れる……青春の塔。 踊る踊る……愛の摩天楼……僕達は、非日常に恋してた――――

  近付いてくる仲間達。 何故、自分達の名前が分ったのだろうか。 トレモロと呼ばれた青年は、思案する。 
  例えば、現実の姿を仮に知っていても此処では、当てにならない。 何故なら、キャラクタの姿は、各々で設定する物だからだ。 性別すらも変更が可能なのだから当てにできるはずは無い。
  大体、キャラクタの容姿は、ユーザーの理想像となる場合が多い。 今の自分に満足できていると言う人間は多くないだろう。
  それに、不特定多数の人間が跋扈するネット上で本当の姿を曝け出すなど馬鹿げた話だ。
  二人が直ぐに、分り合えたのは、昔書きあった絵のお陰だろう。
  昔のノートに書かれていた理想の自分の姿に二人はそっくりだった。
  当時は、凡はトレモロに馬鹿にされたものだ。 性別違うじゃないか……と。

「何故、分った?」

  トレモロは、怪訝に眉根を潜め質問する。 
  彼等の姿を見てもカキコ内で応募した人物達の誰かで有る事が分る程度で、誰が誰だかなど特定は出来ない。 
  そんな彼らが、カキコ内で応募に応じてくれた人物だと信じるのも実は、名前を知っている事とフランクな態度くらいなものだ。
  もしかすると、初心者相手に何らかのコンタクトを望む上段者だったりするかも知れない。
  色褪せた表情の右は浅黄、左は黄褐色のオッドアイの相貌が、トレモロを見詰る。
  彼と凡は、其れに気付き何故、名前を知ったのか教えて欲しいと目で伝える。

「それについては、私が答えよう。 手を額の上に当てて意識を集中させるとHN及びプロフィールが、見えるらしい」 

  黒の短髪で右と左で揉み上げの長さが違うアンバランスさが特徴的な地味目な色のガンマン姿の女だ。
  彼女は、勘定に欠ける水晶の様な瞳を僅かに揺らし喋り始める。 二人は、成程と納得する。 
  その様なシステムがゲーム内に有るのは当然の事だ。 其れと同時にまた、疑問が浮上する。 
  何故、その様な分り辛い本来なら早々やらない仕草をしなければならないプロフィール認識のプロセスを彼女たちは知っているのか。 疑問に思うのは当然だ。 察したのか更に、そのガンマン姿の女は説明を続ける。

「二人とも……ちゃんと、基本操作などの頁は閲覧しましたか? 明記されてましたよ?」

  一旦、言葉を切り思案気な表情をしてながら彼女は、更に言葉を続ける。
  
「最も、親睦を深める会話の短縮につながる気がするとかで不特定多数の人間との触合いを大事にしたいメインユーザーは、組み込むのを反対したとか……道端の私達より明らかに上っぽい人達が言っていましたが?」

  どうやら、彼女達は、真面目に基本操作などを見てきたらしい。 トレモロ達は、速くアストラルの世界を実感したいと思いそれらの項目を読まずログインした。 
  彼女等と合流するのに僅かに時間が、掛かったのはそのためだろう。
  実は、あのキス未遂。 唇を接近させるだけの行為だったというのに羞恥心と初心さがこうじて相当な時間が掛かっていた。
  体感時間にして正に、十分近くだ。 緊張状態での体感だから本当は、それより短かったのかも知れないが。

「やれやれ……じゃぁ、メインユーザー様の意思に反する事を俺もしようか?」

  トレモロは、ガンマンの女に言われたとおり額に手を当て強く念じる。 しかし、その集中力は幼馴染によって解かれた。

「あったしもぉ!」

  彼は、直ぐ近くに居る幼馴染をキッと睨む。

「凡……あたしとか私は、女の一人称だぜ?」

  少し前に言った指摘を彼は、また、繰り返す。 しかし、今回の言葉には違うニュアンスが含まれているようだ。
  彼にとっては、姿が男でも凡は、女にしか見えないのだ。 何せ、現実世界での付き合いは長い。
  そう簡単に払拭は出来ない。 責めて一人称位は男らしく有って欲しい。 自分が、目を背け易くするために。 
  反省する彼女を見て彼は、落ち着きを取り戻しまた、額に手を当てる。

「朔……朱雀! 妖! 焔錠さん! 翡翠……愁、は山下さんか……」

  目をやると集中して見た対象のHNと年齢と性別と職業とランクが、頭の中に流れ込んだ。
  彼は、成程と一頻り納得する。 其れに対し幼馴染が、彼の袖を引っ張ってくる。

「ねぇねぇ……名前読めなーぃ」

  普通の女子の様な喋り方をする彼女に、彼は、頭を抱え「ねぇねぇじゃなくて、なぁなぁ…な?」等と頭を抱えながら言う。
  そして、彼女が読めないといった対象に目をやる。 
  青色の一見優しげだが、少し狂気を孕んだ目に藍色の髪を腰まで伸ばした女だ。 
  限界まで動き易さを追求した造りの灰色の装束から職業は、暗殺者と目される。
  どうやら、HNは涼儀と言う漢字表記だ。 彼は、其れを見てリョウギじゃないかと適当に答える。

「当りでぇっす! 間違えたら殴ってやろうかと思ったのに!」

  楽しそうに、凶悪な事を言う暗殺者の女に肩を竦めながら当った事に安堵するトレモロ。
  しかし、今度は、違う所からブーイングが巻き起こる。

「アンタ、そいつの漢字は一発で読めて私の漢字が読めないとは、どう言う事だ?」
  
  相手の情報を知るすべを教えてくれたオッドアイのガンマンだ。
  彼女が何を怒っているか理解できない彼は、沈黙する。 其れに対して、彼女は怒鳴り声を上げる。 
  朔の読み方は、“さく”ではなく“もと”だと。 小さい事は気にするなと気さくに話しかける彼は、次の瞬間倒れこんだ。

「名前間違われたの相当嫌だったんですねぇ……」

  最初に、トレモロ達の名前を呼んだ少女だ。 情報によればどうやら翡翠らしい。
  方に付く程度の茶髪の漆黒の瞳のフリルなどで少しアレンジの入った、陰陽師衣装の娘だ
  彼女は、横たわり殴られたのに嬉しそうな、トレモロの殴られた部分を撫でながら憐憫の目を向ける。

「殴られた……女の子。 最高、グーパンチ、愛の香り」

  しかし、それは、直ぐに嫌悪の色へと変る。 こんな男に何故、同情しなければならないのだと彼女は、嘆息し立ち上がる。
  そして、バツの悪そうな表情をしたまま、彼女は彼から距離をとった。
 
「凡さん、馬鹿は幼馴染の貴方に引き摺られてギルドに行きたいそうですので宜しくお願いします」
  
  朔に吹き飛ばされた馬鹿な男を何の心配も無く見詰る凡に、翡翠は、彼からの言葉をきつい口調で告げる。
  凡は、複雑な表情でどんなにゾンザイに扱われてもこの男は、元が女性なら許すのだろうなと溜息ながらに思う。
  仕方ないから幼馴染の情けなく横たわる馬鹿男を連れて行ってやろうと考えトレモロの両足を持つ彼女。
  
「じゃぁ、そろそろギルドに行こうか……いや、ぜ? っても、ギルドって基本的に目印とかあんの?」

  用意は出来たとばかりに、彼女は周りを見回し慣れない口調でギルドに行く事を宣言する。
  しかし、案の定、ギルドの手掛かりを知らない様だった。
  周りの面々は、一瞬、よろめくが予想通りという事も有り直ぐに体勢を立て直す。
  彼女に質問には、朔が答える。 ギルドのマークは、レイピアをクロスさせたマークなのだそうだ。
  「そうか」と、短く凡は答え、辺りを見回し松明の炎に照らされるギルドのエンブレムを発見する。
  発見し次第、トレモロを勢い良く引き摺りながら走り出した。

『痛い……是が、痛みを感じるゲームか。 男相手だったらマジ切れ確定だな』

  この様な状況でも律儀に自分の信念を貫き通すトレモロだった。
  しかし、それを受け流すと同時に、逸早く痛みを体験した彼は、危惧を感じていた。
  どれ程の痛みを感じても傷つく事の無いシステムは、容易く暴力至上主義者を生み出してしまうのではないかと。
  それに伴い、このゲームを楽しむには、実は、倫理観や生死観を強く保つ精神力が必要なのではないかと強烈に感じるのだった。


     ――――――このゲームの趣旨は、全てを手に入れるか一つを手に入れるかだ

                  その本当の意味を彼等は、是から長い時間を掛けて知ることとなる――――――…………


【シリアス・ダーク小説/金賞】パラノイア【4】

パラノイア

風(元:秋空  ◆jU80AwU6/.さん



【続き】




Episode1

Stage2「物語の歯車が動き出す……アストラルと言う名の檻へようこそ」Part6 副題『暗転 Part1』


        揺れる揺れる後悔の塔 軋む軋む安全を確約する堤防……逃れること敵わず、進むしかない――――

「嘘だろ? 何でログアウトできないんだ!?」

  大鎌を背負ったがっしりとした体つきの無精ひげの男が、怯えた声を出す。 
  ログアウト出来ない、それは、ゲームの中に幽閉されたことを意味する。
  現実に戻ることが出来ないと言う事は、詰り魂の抜けた殻の様な状態の肉体がそのまま放置され続けると言うことだ。
  そして、更なる問題が発生した。

「あれ? 現実の世界の方を見ようとしても見えな……い?」

  バニーガールと言う職業は無いのかと酔いながら叫んでいた陰陽師の女だ。
  この世界は、のめり込み過ぎこの場から動けなくなる者のことを考えて現実の世界が見えると言う措置がされている。
  それは、現実世界における家事だったり地震だったりといった不慮の事態を察知するための措置だ。
  主に肉体を護るためや外でのユーザー本人にかかわりの有る事態、例えば親戚の葬式や仕事の繰上げなどが起こった場合に迅速に行動できるようにとのことだ。 アストラル全体には、幾つもの現実世界計算の時計が有るが、それで確認できるのは時間だけだ。
  それでは、現実生活を行っていくには不十分だ。 
  しかし、今は、その情報が、全く入ってこない。 誰もが疑問に思い始めていた。
  
「貴方達は、此処から出られなくなったのですよ? 外の肉体など何の意味も持たないでしょう?」

  うろたえる面々。 
  其れに対して淡白な口調で初心者用受付で有ると同時に、受付プログラム五人で最も権限の有るノーヴァが告げる。
  その瞬間、嫌な空気が立ち込める。

「嘘だろぉ!? 冗談じゃねぇよ……」

  彼女の鉄拳を喰らい倒れこんでいた山下が、上体を起しながら吐き捨てるように言う。
  しかし、目を見れば分る。 彼女の目には、冗談だなどという軽い気持ちは微塵も無かった。
  サァッと、体中から血の気が引き悪寒で体中の毛と言う毛が立ったのを感じ取る。
  恐怖だ。 何か、言い知れぬ恐怖が体中を襲った。 恐らく、このギルド内に居る全ての人間が感じただろう。

「待てよ! 現実の方の体はどうなるんだよ!? 万一、事件に捲き込まれたりして死んだら……」

  意気を荒げて武勇伝に花を咲かせていた海賊姿の男が、机を叩く。 憤怒の表れだろう。
  しかし、五人の受付嬢達は、誰一人眉根一つ動かさなかった。 それが、逆に恐怖を煽る。 ゴクリと彼は、唾を飲んだ。

「お言葉ですが……現世での肉体の生命活動の停止は、貴方方の心配する所では御座いません。 我々の方で手は、打って有ります」

  自信に満ちた声で宣言する。 
  その言葉は、暗に、彼等の魂と呼べる此処、アストラルに送り込まれている物が、現実世界に戻れる可能性を示唆していた。

「……戻れると言うことか……現実に?」

  山下愁は、怪訝に眉根を潜める。
  其れに対し、目の前の彼を殴り飛ばした女は、平坦な表情だ。 否定も肯定もしない。
  それが、彼には、苛立たしかった。 
  しかし、一方で何故か、この世界に一生、居られるのなら居たいと言う気持ちも有った。 彼は、面白いことが好きな青年だ。
  現実の中の日常と言う同じことの繰り返しには辟易して居た質だ。
  そう、この世界が幾ら危険でも彼は、楽しければ此処にいたい。 そう思ったのだ。 
  彼は、完全に立ち上がると質問を変える。

「なら、もし、仮にあんた等の善処が遅れてあっちの俺が死んでも此処では、生きていられるか?」

  其れを聞いた彼女は、あっさりと肯定した。 
  肉体は、魂が無くなれば腐り、腐臭を放ち何れ骨まで分解されるが、魂は、肉体が、消滅しても消える事はないのだと。
  それを聞いて彼の心中には、安堵よりも希望して居た展開の来訪への歓喜の意思が広がっていた。

「どきどきしてます? 同じ穴の狢って奴ですね?」

  体を震わせる彼に、話しかけてくる声。 場の雰囲気に合わせて小さく抑えられた声だ。
  後ろには、彼より頭一つほど小さい勝気な赤い瞳の・灰色の整った長髪の魔法使い姿の少女。

「えっと、妖さん?」

  妖と呼ばれた彼女は、にこりと笑う。
  そして、顔を上下に振って肯定した。 彼は、徒党を組むなら彼女と組みたいとその瞬間思うのだった。

「受け入れるしかないか……」

  ポツリと声が聞こえる。
  諦めの滲んだ声だ。
  同時に、何人かの人間が声を上げ始めた。 
  家族を持つ者や会社で重要なポストを担う者も居るようで簡単に諦めをつけた男への憎悪の様な物が滲んでいる様だった。
  諦めなければ活路は開けると、彼等の目は語っていた。

「家族や友人、仕事などの事も一切、気になさらずとも良いのです。
 貴方方は、唯、このアストラルから生きて現世に戻ることだけを考えれば良いのです」
  
  淡々と事務的に、ノーヴァが語る。
  その言葉は、家族などのことも自ら達が、擁護する或いは、それに順ずる策を講じると言っている様だった。
  しかし、驚愕すべきは其処ではなかった。 何を言っているのだ。 皆が、一瞬瞠目した。
  静寂。 本来の時間にすれば十秒に満たないだろうその静寂の時間は。 其処に、存在する全ての人間には何十秒に感じただろう。 
  否。 何十分に感じた者さえ居るだろう。 “
  生きて”その言葉には、確実に死ぬ危険性が有ると言うニュアンスが篭められていた。 
  
「冗談じゃないよ! 勝手すぎる!」

  大勢の人間は、そう、叫んだ。

「面白そうだな……そうじゃなくちゃいけねぇ」

  等と、言っている狂気を孕んだ様な人物も居たがそれは、稀だ。 場は、一瞬にして混乱の極み。
  混沌の地獄の様に慌しい。
  
「まぁ……普通に安全にプレイしていれば、絶対に死ぬなどと言う事は無いのでご安心を……
ゲームの安全性が現実の安全レベルに変っただけですよ?」

  慌てふためく人々に、気楽な様子で初級者の受付嬢であるリノアが告げた。
  其れを聞いて、皆は、沈黙する。 このゲームには、元々、危険になったら即離脱出来ると言うシステムが有る。
  ゲームの世界を登用しているのだから自らの有する体力値が零にならない限りは死滅しないのだろう。
  そう、危険になったら命を優先して戦線から離脱すればいいのだ。
  肉体に関しては、目の前の者達が面倒を見ると言っている。 恐らく、現実世界での何らかの対処法が考案されているのだろう。
  それも、この様な無茶苦茶な行動に出ると言う事は、それなりに確実な。
  彼等は、どうやら一番の近道は、何とかゲームオーバーにならないようにこのアストラルを攻略し目標を達成する事だと言い聞かせる。

「では、次の方……」

  辺りが、静かになったのを確認するとノーヴァが、妖を手招きする。
  妖は、天真爛漫な笑顔で前に出る。

「楽しませて貰うね?」

  その表情には、純粋さと無邪気さと言う奇抜な悪意が滲んでいた。 
  其れを見た、受付嬢の女は、直ぐに其れに惚れ込んだ様だ。

「素敵なお嬢さんですね?」

  今までに無い、嬉しそうな……感情の有る声が漏れる。


          楽しんだものが勝ちだ。 人生も。 趣味も。 仕事も。 人間関係も。 無論、ゲームも――――……



************************************



Episode1

Stage2「物語の歯車が動き出す……アストラルと言う名の檻へようこそ」Part7 副題『暗転 Part2』

「あぁ、一つ聞いて良いですか?」

  妖は一瞬、自分の後ろにいる何人かの面々に目をやる。 最後に直ぐ後ろに並んでいる弱気さの滲んだ表情の目が隠れるくらいの長さの前髪の長髪の少女。 仁都に、目を遣り振り替える。
  そして、彼女は、勝気な紅い瞳をギロリと鋭利な刃のように細め問う。 
  其れに対して、受付嬢の女性は、「答えられる範囲なら何でも」と答える。

「あのさぁ? 此処って漫画とか娯楽とかあんのかなぁ? そう言うの好きな人結構居るから……あたしも比較的そうだし?
そう言うの無いと苦痛だと思うんだけど?」

  手を組みニヤニヤとしながら彼女は、促す。
  其れに対して、ノーヴァは、感情の色の無い相貌を揺らして口角を上げる。

「その点は、全く問題御座いません。 当オンラインゲームは、日本全土に有る娯楽を提供するシステムが御座います。
ネット・ゲーム・テレビ・漫画……スポーツ。 更には、風俗も。 心配など欠片も必要ないのですよ?」

  淡々とした冷めた口調で事務をこなしながら彼女は返答する。 
  彼女が返答し終わる頃には、手続きは終り妖は、カウンターから離れ後ろに居た仁都に、次を譲る。

「あー、良かった」

  そう、震える声で言う仁都。 実は、彼女はかなりのオタクだ。 見たいアニメや漫画が沢山有る。
  それが、見ることも聞くことも読む事も出来なくなったら相当の苦痛なのだ。 
  彼女と似た様な人種が存外なほど、周りにはいたらしくホッと一息、吐く者も居た。

「ん? 生死を掛けた戦いの世界で娯楽は、大事だよな!」

  呆れるほどに気楽な口調で彼女の感謝の会釈に妖は、答える。 そして、ポンと肩を叩き彼女の緊張を解す。

「ひゃっ!?」

  思わず高い声を上げる仁都。 其れを見て、彼女は笑みを見せ「可愛いぃっ」と冗談めかす。
  仁都は、キッと彼女を睨み返してみるが矢張り反応は同じだ。 肩を竦め素直に手続きを行うことを仁都は、決める。

  何の滞りも無く、手続きは終了していく。 皆が、死へのカウントダウンが近付いている様な感覚に襲われていた。
  唯単なる予感だ。 この若者達の一行が来てから雰囲気が変動したのは、皆が理解していた。
  だから、彼等の手続きが終了してから更に何か起こる。 そんな胸騒ぎが、皆の中に鬱積と溜り続けている。
  そして、最後尾に並んでいたトレモロの契約が、終了した。 いよいよ、周りの表情が強張って行く。
  ログアウト出来なくなったが、それ以外のことは何一つ知らされていない。 
  閉じ込められた後の趣旨が、必ず語られるはずだと身構える。

  瞬間――――

「あーん? 何だぁ、この辛気臭ぇ面のアホどもは!? 寝覚めが悪くなるんだよ……酒もマジィしよぉ? 
ったく……俺の気分を損ねる奴はクソなんだよ! 本当、雑魚の癖によ……」
 
  突然、響く野卑だが、体を揺さ振るような色気の有る声。 新人は知らなかろうが、この界隈では相当な有名人である男だ。
  多くの人間が、恐怖に体を震撼させ瞠目しているのが、見て取れる。
  危険人物。 通称ストレンジア。 筋肉質の長身、面長の細い顎。 ギラつく翠の相貌。 赤茶色の無造作な長髪。
  顔の中央に通る真一文字の刀傷。 全てが、此処に居る者達を恐怖させる。 
  そして、先程まで居なかった男が、突然現れた事に驚愕する。 しかし、直ぐにログインして来たのだと気付く。 
  ログアウトは出来ないがログインは自由なようだ。
  通常、アストラルのシステム上、ログインした時は、町を選択すればその町の決まった場所に送られる。
  だが、場所指定を更に細かくすると指定の建物や通りに行き着くことが出来る。
  常識的に、ユーザーはギルドに付くまでの間に、何をするか考える事が多い為、ギルドの中を指定する事は少ない。
  彼は、何も考えずギルドにログインして何も考えずクエストを受注する事が出来るほどゲーム慣れしているのだ。
  そして、何より今、此処に存在するユーザーたちの中で確実に、最強といえる実力を有している。
    

「何だよ? 状況位教えてくれよ? それとも何か? 後発の俺様が、楽しいショーを見逃したのがわりぃってか!?」

  その男は、尊大な態度で今の状況の説明を求む。 細長いテーブルの上、散乱する食器やジョッキを蹴り落し座り殺気を漲らせて。
  そして、近くに居る女を睨みつける。

「ログインは、出来るみたいですね。 ログアウト出来なくなったんです。 何と言うか閉じ込められた……」

  女の言葉を繁々と聞きながら男は、平然と受付嬢の一人にビールを注文する。 そして、自分の見解を述べ始める。

「何? お前等? 嬉しくねぇの……下らねぇ俗世間から解放されたんだぜ?
殺人も何も認められないあの空虚で刺激の無い……詰らない、詰らない、詰らない、詰らない! 
ひっっっじょ――――――――に、詰らねぇ世界からなぁ!」

  一人、自分の世界に酔い痴れる狂人。 そのオーバーリアクションに多くの人間が青ざめる。
  こう言うイカれた人種が居るのだ。 安穏とログアウト出来る機会を待てるはずが無い。
  彼は、心底、この世界を愛してる。 歪んだ瞳で愛してる。 全てが許されるような感覚の有るこの世界を。
  合法を非合法で破壊する事のできるこの世界を。 

「相変わらずストレンジアさんは、素敵だね! あったし、惚れちゃいそう」
「黙れ……屑がッ!」

  頭の軽そうな陰陽師姿の女が、ストレンジアへと歩み寄る。
  其れを見た彼は、冷徹な瞳を彼女に向け小さく舌打ちをすると抜刀した。
  その斬撃は、面々の合間を塗り受付へと直進した。 狙われたのは、リノアだった。
  彼女は、冷静な面持ちでその斬撃に片手を翳して対処する。 防御膜の様なものが彼女の体を覆い、攻撃を防ぐ。
  衝撃波すら完璧に防ぎ、周囲のプレーヤー達に危害が及ばないように衝撃を吸収した。

「駄目ですよ? もう少し、我慢強くならないと」

  そう、薄らと笑みを浮かべて彼女は、彼に指摘する。 
  彼は、「自分とてゲーム以外のことで死人を出すような真似はしたくないよ」と、思っても居ないような事をさも、当然の様に言った。 一番近くに居た陰陽師の女は、ぺたりと床に座り込んで口をパクパクさせている。

  そんな、余興も終り、あの低い声が響き渡る。

「さて、痴話喧嘩も終ったようだな。 私は、アストラルのメインプログラムであるテッサイアだ。 
既に知っていると思うが、君達のログアウトを無効にしたのは私だ。 
だが、君達は恐らく、ログアウトする頃には私に感謝するだろう」

  携帯電話から響いたあの声だ。 低く抑揚の有る落ち着いた声。 だが、何処か色気があり忘れられない声。
  場の空気が張詰める。 
  恐らくメインプログラムと言うからには、この言葉は、アストラルにある七つの町全てで流されているのだろう。 
  最後の言葉に多くの人間が表情を変える。 戸惑いの表情から明らかな憤怒の表情へと。

「おいおい! 待てよ! 死ぬ思いして生延びないといけないのに感謝とか自殺志願者位しかしねぇっての!?」

  開口一番に声を上げたのは、玖龍だった。 その声には、焦燥感と恐怖が綯交ぜになっていた。
  その言葉に、多くの人間が便乗するように怒声を上げる。 
  しかし、テッサイアと名乗ったプログラムは、それらを無視し自らの話を続ける。

「状況を理解しない君達が、そう思うのは理解していた。 しかし、君達は、最後に感謝する。
是からこの世界の流れる体感時間を現実の時間と同等にする。 その中で二年間生き残れ。 されば、救われる」

  淡々と述べられる言葉。 しかし、淡々としているが故に嘘が無い。 そんな風にも感じる。
  だが、人間は、理由を、それも納得できる理由が無ければ理解出来ないと言うのも事実だ。
  皆が、最後に何故、感謝することになると言い切れるのだという疑念を抱き質問を浴びせる。
  しかし、彼は、沈黙を貫いた。

「君達の安全は、出来る限り保障する。 君達を疲れさせない工夫は出来る限りする。 それは、約束する。
その手始めとして、新たなる世界と新たなる職業をアップデートした」

  何を言っても無駄だと悟り皆が口を紡ぐ。 
  それを確認した彼は、冷淡な感情の篭らない声で謝罪の念を述べ更に続ける。 是から、新たなる世界と新たなる職業が出現する事を。 
  新たなる職業の数は総勢十、今、彼らが所属する国、ケテルブルクではないアップデートにより出現する新たな国、メサティアを所属国として選ぶとその新種の職業を選ぶ事になるらしい。 この状況で彼等は、其れを聞いて不覚にも胸躍らせていた。
  他の世界の出現。 新たなる職業。 子供心をくすぐるワード。
  そんなワードを聞いて直ぐに興味を示す楽観的にすら見える此処に居る人間達。
  矢張り、誰も彼も……この痛みを伴うゲームに参加する連中など何処か狂っているのだとストレンジアは、嬉しそうに嗤う。
  受付嬢から受け取ったビールを嗜みながら……

「ははっ、お前等、やっぱり……やっぱり、期待通りだぜ? 所詮は、ちょっと、常識の量が違うだけで同族なのさ……」

  
          ――――痛みを伴い、死を実感する危険な遊戯。 しかし、尚をも狂人達は揺るがない――――……
 

       〜Stage2「物語の歯車が動き出す……アストラルと言う名の檻へようこそ」The end〜 



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Episode1

Stage3「楽しもうぜ? 基本なんて良いじゃない適当で? 基本を疎かにすると死にますヨ?」Part1

  ――――始まりは、唐突に来た。 引き金となった俺達は、罵倒の対象になる事を恐れた。 しかし、其処に有ったのは激励だった――こんなゲームで死人が出るのは嫌だ。 でも、楽しもうぜ?――
  皆の思いは、少なくとも外面上はそうだ。 だから、生き残ろう――――


  そう、思ったんだ     トレモロより――


  ギルドの出入り口が開閉可能となると同時に彼等は、外へと出た。
  別に、風に当りたいなどと言う理由ではない。 それも、多少は有るが。 
  それ以上に自分達の体が、どれだけ人間に近いかを確かめたかったのだ。 今後のために。 もし、病気や怪我をする様ならそれに費やす金が必要になるだろうし、腹が減ったりのどが渇いたりすれば食費も必要になる。 
  眠気が襲うのならば、睡眠を取る必要も有るだろう。 寒暖の差を感じるのなら恐らくは、布団などの寝具も必要になる筈だ。
  そして、それらの予測は全て当っていた。 ひとしきり歩いていると時々、風邪をひいている者や怪我をしている者が居た。
  より、以前より現実味が増した結果と言えるだろう。 空腹や眠気も溜るし肌寒い。 
  どうやら、此処で生きていく為には、水分や食料……そして、睡眠を取る場所が最低限必要なようだ。
  嗜好品や生活必需品も此処で暮らす上では必要になってくるだろう。 
  それらは、全てこの世界の通貨で売買される。 詰り、必然、この世界で生延びるには、危険なクエストを行わなくてはならない。

  一応の状況確認をして皆は、ギルドへと戻った。 
  ギルドを出る前に風性質に聞いた情報によればチームとして動けるのは三人一組だとのことだ。
  彼等は、一旦、ギルドへと戻りチーム編成をすることにした。 帰路の間にも何人かは、既にグループを作っていた。
  トレモロと凡、そして、山下愁と妖、最後にpikoと玖龍の六人だった。  
  最初に来た数は、十二人だったが焔錠が抜けて十一人で行動していた為、一組、二人だけの組が出来てしまうが。
  しかし、二人一組はになるのは、凡とトレモロの二人だろうと他の皆は、無意識に思い空気を読んでいた。
  
「じゃぁ、チーム別け始めようか?」

  意外と仕切りや気質なのか、朔が、ギルドの扉を抜け周りに人が少ないスペースに行くと口を開く。
  「言われずともそうするだろう」と、涼義がぶっきら棒に言うと、彼女は強く涼義を睨み返した。

「へぇ、君、楽しそうだねぇ? じゃぁ、あったしと手ぇ組もう?」

  アストラルに入った最初の頃と比べて全く違う雰囲気を漂わせる彼女に、逡巡し沈黙する涼義。
  しかし、そんなクルクルと変る彼女の表情に興味が有る、もとい、壊れ易そうで面白そうだと思い彼女は、申し出に了承する。

「悪くないね? アンタもサディストだろ? どっちがスゲェか勝負だ」
「負ける気は無いよ……あたし?」

  瞬間、凶悪なコンビが誕生した。 更に、それを見て玖龍がpikoから離れ彼女等と合流、そして、pikoは、シンパシーを感じた妖達と合流する。
  その空気と三つの組が既に出来たと言う事に、気圧される様に背中を合わせる女達が居た。
  仁都と翡翠、そして、漆黒のように黒い瞳と二つ結びの黒髪の凛とした顔立ちの少女、朱雀だ。
  本来の気の弱い気質同士なためか三人は、顔を向き合わせ直ぐにシンパシーを感じ徒党を組むこととなる。
  こうして、意外なほどに何の揉め事も無くチーム分けは終了した。 何も悩まず決定したこの四つのチーム構成。
  以外にも、良く周るのではないかと、トレモロには、確信があった。
  十一人は、チーム登録をしに、ノーヴァの元へと歩む。

「チーム登録に来ましたよッ!」

  小柄な玖龍が、カウンターに身を乗り出す。
  先ずは、朔と涼義、そして、玖龍のチームが前へと出る。 初心者受付嬢の女性は、無機質な声で応答し淡々と業務をこなす。
  何の摩擦も起こらず直ぐにチーム登録は終了し次のチームが、前へ出る。 piko、妖、山下愁のチームだ。
  矢張り、何も波乱は起こらず、朱雀達も直ぐに契約を済ませる。 最後に、トレモロ達が前へと出る。

「チーム登録ですね。 仲が良さそうな事で……有る意味、焔錠さんとやらが居なくて良かったですね?」

  面々のリーダー格と彼を認識しているのかノーヴァは、少々毒づくように祝福の言葉を口にする。
  其れに対し、彼は、嘆息する。

「出来れば、彼とも一緒に行動したかったけどな?」

  その言葉に、少し虚を疲れたという風情で瞠目するが、彼女は直ぐに正気に戻り更に毒づく。

「成程、例え十二人全員揃っていてもチームメンバーが女性なら問題なしと?」
  
  彼女の言葉に、「そう言う事!」と、満面の笑みを浮かべる。
  だが、その物言いは、彼女が自分のことを女性好きだと気付いている様な雰囲気である事に気付く。 
  もしかすると、彼女は、凡の事を形状的には、男の姿をとっているだけの女性だと気付いているのかも知れない。 
  十分有り得る話だ。 彼女は、コンピュータ側のソフトとして他のユーザーが知りえない情報を知ることが出来る。
  サァッと、彼の表情が青ざめる。

「凡様が女性なのは、最初から分っていますよ? ちなみに…………実は、焔錠様も女性です」

  矢張りそうかと、彼は、一旦嘆息する。 そして、その後に続いた言葉に、一瞬、愕然とし暫し後に、絶叫するのだった。

「えっ? えぇぇ!? え゛ェええぇぇええェェェェェェえええええっッッッッ!」

  全く、気付いていなかった。 
  真横に居る彼女などと違い最初から完璧な男口調。 男性的な態度。 全く、疑う余地も無かったのだ。
  彼は、狼狽する。 拙者などと言う口調で喋る実は、女の子な存在を手放してしまった事を……


             是から、始まる。 新たなる旅路。 何者にも変えられぬ稀有な経験が、待っている――――――


【シリアス・ダーク小説/金賞】パラノイア【5】

パラノイア

風(元:秋空  ◆jU80AwU6/.さん



【続き】



Episode1

Stage3「楽しもうぜ? 基本なんて良いじゃない適当で? 基本を疎かにすると死にますヨ?」Part2

「何だって……彼は、彼女だった……グフッ!?」
「…………博樹ィ? 浮気性は、何時か殺されるんだよぉ?」

  ノーヴァの言葉を聞いて青年は、踵を返す。
  どうやら、焔錠を探して自分のチームのメンバーにしようと思い立ったらしい。
  焔錠が現実では、女性であると知るや否や、軟派でもするかのようなノリになるトレモロを見て近くにいた凡は、深い溜息を吐く。
  そして、容赦なく彼の顔面に裏拳を入れ黙らせる。

「お見事」

  そんな夫婦漫才の様な二人を見つめながら受付嬢は、迷いなく放たれた凡の右拳に目を向けながら感嘆の声を上げる。
  速度、容赦の無さ、威力全てが、素晴らしいと彼女は、それを評価したのだ。

「所で皆様。 今日は、クエストを行いますか? 
夜分も遅いので今日は、お休みになって明日からと言う方が、宜しいかと思いますが?」
 
  そんな二人のやり取りを見て何人かの仲間達が、笑い声を上げる。
  皆、家に戻れない事を知り、このゲームに参加してしまったことに後悔し、今後の過酷であろう日常に不安と恐怖を抱いていた。
  ほのぼのとした雰囲気に、僅かながらに場の空気が和む。
  それを確認したノーヴァは、彼等に問う。 今日は、是からどうするのかと。

「そうだなぁ……でも、俺等無一文じゃん? 宿とか泊まんないと寝れないんだろ? 駄目じゃん?」

  朔が、正論を口にする。 この世界には、彼らの家と呼べる場所が無い。 
  一通り街中を歩いた彼等だが、ギルドメンバー用の宿舎などがある様子は無かった。
  
「…………あっ、忘れていた。 
当ギルドでは、要らぬ事でユーザーの方々が死亡なされない様ギルド登録と同時に本来は、宿代や初期装備の充実化の為の資金を配布するのです。 最も、大した額では御座いませんがね」

  メインコンピュータであるテッサイアの今回の行動は、実は、ノーヴァ達にも急を要することだった。
  なまじ人間らしく造られていた彼女は、その急展開に冷静に対処しようと考えたあまりミスを犯してしまったのだ。
  隣の下級者用受付である妹分に当たるリノアが、その様を見て可愛い物を見たとでも言いたげな表情を彼女に見せる。
  彼女は、機械的な仏頂面を僅かに赤らめるのだった。

「大した額じゃないってどれ位ぃー?」

  金と聞いた瞬間から目を爛々と輝かせていた玖龍が、身を乗り出して積極的に問い掛けて来る。
  彼女は、昔は、有名会社の令嬢だったのだが、今では、没落しその日暮も実は、厳しいと言う状況に陥っている。
  そのため、金と言う物に常人以上に反応するのだろう。 
  そんなことなど露知らぬ、彼女とチームを組んだ仲間達は、怪訝そうな顔をする。

「宿で暮らすだけなら一週間程度暮らせますが……貴女方は、是から此処で二年間生きないといけないと言うはお忘れなく」

  彼女の言葉に皆が、そんなことは当然だろうと毒づく。 
  その様子を見て一応、それなりに状況を理解しているのだなと安心した様子でうなずき彼女は、皆に、金の入った封筒を渡した。

「それでは、お休みなさい皆様。 今日は疲れたでしょうのでごゆるりと……
あぁ、そうそう、本クエストを受ける前にチュートリアルで基本を学んだほうが良いと思います。
チュートリアルは、私に話しかければ体感できるので……では、また明日」

  彼女は、宿泊施設へと歩き出す面々を見送りながらぺこりとお辞儀をする。
  
「お姉さん? チュートリアル、今日でも良かったんじゃ無いの?」

  姉に当たるノーヴァに、リノアが語りかける。
  それに対し彼女は、目を細める。

「お客様を慮るのは、私達の役目です」

  彼女が、一言それを言い切った時、一人の男が現れた。
  現実では女であると言うことをノーヴァにより暴露された焔錠だった。

「クエストを受けたい」

  ご条件はとノーヴァが聞くより速く彼は、はっきりとした口調でクエストを受注すると宣言した。
  彼女は、チュートリアルで確認操作もせずにいきなりクエストをするのかと問う。

「クエストを失敗したらチュートリアルを受けるで御座る。 少し、気分が悪いゆえ、本格的なスリルを体感したいだけで御座る」

  訝しい顔をする彼女に、そこに隠れていたと示唆するようにギルドの扉を指差すと、少し時の篭った声で彼は答える。
  成程、先ほどの事は聞かれていたのかと悟り、彼女は自らの短慮さを自嘲する。
  そうして、プレイヤーの意向を無視することは出来ないと心に言い聞かせ受注可能なクエストを選びカウンターに出す。

「どれになさいますか?」

  受注された用紙をつぶさに彼は、確認し一切の言葉無しに選出したクエストの紙を渡す。

「お客様、このクエストは今のお客様には多少厳しいかと……」

  彼は、渡したクエストの中で最も何度の高い物を選んできた。
  彼女は、血相を変える。 
  確かにユーザーの意向を無視することは出来ないがそれと是とは別だとばかりに声を荒げ抵抗する。
  唯のゲームではなくなってしまった。 命が掛かっているのだ。 しかし、焔錠は怜悧な瞳を向け黙殺する。

「…………もし、危ないと思ったら直ぐにリタイアするように! 
リタイアしたらペナルティとして資金の二割を失いますが、命よりは軽いものだと割り切って下さい」

  忌々しげに歯噛みし彼女は、彼に命を大事にするようにと告げた。
  彼は、小さく頷いてギルドを後にした。

「あぁ……何、あったし面倒なことやってんだろ?」

  人通りの少ない道の真ん中で彼は、現実世界での本来の口調でポツリと言った。
 そうして、クエストの内容を思い出す。 街の北部の湿原地帯の中にある洞窟に巣食う怪物の討伐と言う物だ。
  初心者と一口に言っても更に、ランクは細分化される。 全部で十段階あり一から三が初心者下位、四から七が初心者中位、八から十が初心者上位と言う具合だ。
  言わば、今、彼女が受注したクエストは初心者のランク一からランク二へと昇格するための昇進クエストだ。
  初心者になり立ての彼女が、打破できるクエストではない。
  本来は――――

「ふふふ、ストレンジアさんってば酷いわぁ。 屑だなんて。 あーぁ、涙出てきた!
何かスカッとしたいなスカッと! あぁ、そう言えば死んだら元の姿に戻るんだっけ?」

  焔錠を眼にした女は、可愛らしく小首をかしげ舌で唇を嘗め回す。
  そして、カモでも見るかのような瞳を彼女に向けながら歩みよる。
  このゲームの特徴の一つにこう言う物がある。 クエストを受注した後も三人一組までならパーティを作ることが出来る。
  チームを組まずにフリーで行動している者か一人パーティに空きの有る物に限られるが。
  そして、彼女は、チームを組まずにフリーで行動するユーザーの一人だった。
          
      ――――世界には、様々な欲望が渦巻く物だ。 個性と言う物が存在する限り、その個性と同数の欲望が有る


                    ――牙を剥く。 牙を剥く。 美味しいお肉に突き立てる。 濃厚な味が広がる――

                         快楽と言う名の甘い果実の美味が――――



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Episode1

Stage3「楽しもうぜ? 基本なんて良いじゃない適当で? 基本疎かにすると死にますヨ?」Part3副題『冬音とストレンジア』
※微エロ注意(苦手な人は読まない事を推奨)

「へーぃ、そこの忍者ボーイ! あったしと一緒にデートしなーぃ?」

  苛立ちを前面に出した表情で声のする方向へと焔錠は、顔を向ける。
  其処には、つい数刻前、酔ってバニーガールなどと叫んでいた栗毛のツインテールの童顔の陰陽師の女が立っていた。

「何の用で御座るか?」

  彼女は、警戒の念を抱き後退する。
  そんな彼女の様子に陰陽師の女は、臆面も無く近付いて行き、ついには壁に追い詰める。

「そんなに逃げなくても良いじゃない?」
 
  小首を傾げ壁に手をつけながら女は話を続ける。
 
「基本的なことなんだけどさ? このゲームでは、ミッションを開始する寸前まで仲間集めが出来るよね?
まぁ、フリーの奴かメンバーに空きの有る奴しか出来ないけどさ? んで、あたしは、フリーなわけ!
詰り、何が良いたいのかと言うと……貴方と一緒したいなって事。 
良いでしょう? 貴方一人じゃどうせあのクエストは突破できない」

  目を逸らす彼女の事など気にせずに冷淡な声で彼女が一人では、任務を突破出来ないと言う事と今、この瞬間でも仲間を作る事もできるという事を伝えていく陰陽師の女。 僅かに当る呼気が酒気を帯びて臭う。 
  そんな中、目の前の女の行為を迷惑に感じながらも自分自身、一人でこのクエストを制覇するのは今の時点では不可能だと考えていた彼女は、目の前の女を仲間に加えれば任務を制覇できるだろうと推断した。 見るからに格上の女だ。 役に立つ。
  そう、言い聞かせながら彼女は頷いた。

「君は、良い判断をしたよ。 是で君は、新しく来た初心者達の中で一歩抜きん出た存在になる事を君は、確約された!」

  嬉々として笑いながら陰陽師の女性は、握手を求めてくる。 焔錠は、其れを面倒だと黙殺し歩き出す。
  そんな釣れない態度を取る彼女に、「そんな態度も素敵」等と、女は冗談めかしに言って後ろを付いていく。

「しかし、強い仲間を獲得するだけで下位のクエストなど易々と突破できるで御座ろう?
拙者が、確実に同期の上位になれるとは……」

  歩きながら焔錠は、ふとした疑問を口にする。
  其れに対して、彼女はあっさりと答えを提示した。 
  理由は容易く、初心者のクエストは報酬が極端に低い故、有る程度以上の水準に達する者は態々率先してやることは無いそうだ。
  ならば、何故、彼女は……そう、怪訝に思い焔錠は、眉根をひそめる。

「あぁ、あたしが何で君のクエストの手伝いしてるのか不思議って感じだねぇ?
簡単な理由だよ? あたし貴方のファンになっちゃったの。 孤高って感じが溜んないのよね!
このゲーム内では、珍しい感じの性格だしさ?」

  何時の間にか焔錠の前へと飛び出していた彼女は、その表情の動きを察知し理由を述べる。
  精々、此処に来て三時間程度しか経っていないのにファンなどと言って寄って来る奴が居るのかと面倒そうに嘆息する焔錠。
  焔錠は、彼女の事を昇進のために利用するだけだと心に言い聞かせ成るべく面倒にならないようにと離れて歩き出す。
  既に、彼女を仲間として同行させた時点で面倒の引き金は引かれていると言う事を心の底で打ち消して。

  一方、彼女等が、一夜限りの同盟を組んで街の北部の門を出た頃。
  ギルド内で動きが起っていた。 焔錠に付随した陰陽師の女の話のようだ。
  ギルドの入り口付近で武勇伝をジェスチャーを交え大声で語っていた、海賊姿の無精髭の大男が捲し立てる様に話す。
  初心者用受付嬢であるノーヴァの表情に険が滲む。

「それは、本当ですか!? 彼女が……冬音と同行しているなど!?」

  その声には明らかな焦りがあった。 海賊姿の男は、ノーヴァが焔錠を彼女と言っていることを奇怪に思いながらも今は、それを聞いている場合では無いと判断し彼女の問いを肯定する。 自分も目撃したら危ないと思って報告に来たと。

「兎に角、ヤバイぜ……最近、なりを潜めてたがアイツの性欲のやばさは尋常じゃねぇ!」

  冬音とは、陰陽師の女のHNだ。 海賊の男は、一ヶ月程度前までは、彼女と友にチームを組んでいたので彼女の特性を良く理解している。 彼女の変態的な性欲に付いていけず他の仲間の男と一緒に脱退したのだ。

「彼女は、男の姿をしていますが現世では、女性です。 恐らく、冬音様はそれを何らかの方法で把握しているかと……」

  ノーヴァは、更に懸念事項を提示する。
  其れに対して、成程そう言うことかとかと男は頷く。 
  そして、直ぐに彼は、焔錠が更に危険な目に合うことに直ぐに気付く。

「あーぁ、そう言えば、死ぬと現実世界の姿に戻るんだったな。 
しかも、死体は現実と同じで燃やしたり何らかしない限り腐るまで残り続けるって話だ!」

  初心で若い男女が冬音は好きなのだ。
  詰り、女性と男性の両方を味わう事が出来る本来の性別を偽って入ってくるプレーヤーは、彼女にとっては、最高の供物なのだ。
  海賊の男の背中を氷解が滑り落ちる様な冷たい感覚が襲う。 昔は、一緒に戦った仲だ。
  何度も彼女の悪癖には苦労したが、それでも、人間としての義理が彼女が悪行に手を染めるのを見たくないと悲鳴を上げる。
  男の表情が鬼気迫る物へと変っていく。

「待てよ、成神? てめぇは、そう言う許可は落ちてねぇだろうが……
あいつに対して思う所が有るのは俺様もなんでな。 少し俺様に任せろ!」

  海賊姿の男が、まだ、間に合うかもしれないと思い立ち上がった瞬間だった。
  後ろから忘れられない低い声が、覆い被さる様に響く。 ギルドに所属する全ての戦士達の頂点に立つとさえ言われる男。
  ストレンジアだ。 成神と呼ばれた男は、汗を噴出させ後退りする。
  そんな彼を視界にも居れずストレンジアは、ノーヴァ達受付嬢一同に目を向ける。

「申し訳ありません」

  受付嬢一同の代表格であるノーヴァが、目を落として謝罪の言葉を述べる。
  実は、冬音は目の前の男の妹なのだ。 そして、その両刀遣いと言う変態的な欲望は、彼との幼少期に有ると目されている。
  否、彼本人が、それを明言している。 彼の妹は、昔から女子校に通い男性との付き合いが疎らだった。
  そして、彼女の好く先々で会う僅かな数の男性よりストレンジアは、遥かに端麗な容姿を持っていた。
  何時しか、彼女は彼の事しか見なくなり男性では彼以外に興味を示さないようになっていた。
  一方で、女子校に通う彼女にとって魅力的な女性を見つけることは容易かった。
  彼女は、生来より他より高い性欲を仲の良い女性で処理するようになっていく。
  そして、兄を異性として気にする故に、兄を喜ばせられるほどの女になるために少しずつだが、顔や声など劣ってもそれなりの男とは付き合いそして、体を重ねる様になって行く。 歪な正常が冗長し彼女は何時しか、両方の性欲へと目覚め戻れなくなった。

「俺の責任だ……もし、そいつが死んだりしたら正にな……」

  そんな冬音の兄であり現プレイヤー中、最強の称号を持つストレンジアには、特殊な資格が有った。
  それは、街等、人がコミュニティを成す場所以外での違反者を罰する資格だ。
  強大な能力を有する実力者達五人が、彼以外にもその権限を有しているが、それは一重に、受付嬢達が、コミュニティの有るフィールド以外でのユーザーの処断を許されていないからである。 
  嬉々として殺人の理由が出来たとでも言う風情で彼は、歩き出す。 既に、街の北門から沼地へと彼女等が出たことは、ノーヴァ達には、報告されている。 此処から先は、元々彼等の領分だ。 もし、目の前の男が、妹を殺害しても彼女等は、文句を言えない。

「待て……本当の妹だぞ!?」

  何の感慨も無く冬音を殺せるだろう目の前の愉快犯の様な男を許せなくて成神は、彼の肩を掴む。
 
「どうだって良いだろう? あの女は、俺に殺されることが望みなのさ……
だから、こんな楽しい真似をしてくれる……くくっ、あははははははっあひゃっ、ひぃーっはははははは!」

  正に狂人と言った感じの盛大なる笑い声。 
  愉悦に歪んだ禍々しい笑顔。 其処には、家族の情など微塵も無い事をありありと証明出来た。
 
  ストレンジアがギルドを出て二時間が過ぎた。
  冬音は、容赦なく切り刻まれ無残な姿で横たわっていた。 
  細い腕を切り捨てられ、胸を貫かれ口内から大量の血を流して。
  
「      」

  最後に、彼女は、涙を流しながら消え入る様な声で兄、ストレンジアに語りかけた。
  何と言ったのかは分らない。 ストレンジア自身も聞き取れなかっただろう。
  彼は、最後に、一筋の涙を流した。 彼の中にも人間としての愛情が残っていたのか。
  それとも、恐らくは彼の人生史上初めての殺人に身を染め興奮しているのか。
  誰も分らない。 彼は、普通の人間が図るには余りにも現実離れした人間だから。
 
「冬音殿……死んで……しまったの……か?」

  圧倒的な死の存在感が其処にはあった。 
  露出度の高めだった陰陽師の衣装は霧散して消え此方の世界での姿とはまた違った美しさを持った冬音の本当の姿が顕になる。
  どちらかと言えば童顔だった冬音の本当の顔は、大人の色香に溢れたなまめかしい顔立ちだった。
  正直、本当は女である焔錠さえ一瞬頬を赤らめた。 そんな彼女の死体を見て彼は言う。

「殺されかけてたのに何で同情するんだお前?」

  その言葉には、何一つ感情は無かった。
  唯々、彼女への純真な疑問しか無かった。 
  確かにそうだ。 任務終了後、冬音は豹変し自分の体を強引に抑え付け衣装を力付くで破り出した。
  実力差が有りすぎて本来、体力の少ないはずの陰陽師の彼女に全く焔錠は、手出しできなかった。
  男の姿で女を相手に初めて性を交あわせるのかと大きな悲しみに駆られていた時だった。
  ストレンジアに救われたのは。 
  そして、直後に彼女が、自分を殺して現世の姿となった自分を犯して遊ぼうとしていた事を知ったのは。

「面倒で御座るな……本当に、人間ってのは…………面倒で御座る!」

  混みあがる思いは沢山あった。
  初めて人の死を目撃した。 飛び交う鮮血……声、鼻を突く咽返るような血の臭い。
  喉がざらつくほどの嗚咽。 まるで生気の無い土気色の肌と文字通り死んだ魚の様な双眸。
  美しい女性の死体だったからこそ余計におぞましく……何処か妖艶な死骸。
  言いたい事は沢山有った。 だが、口に出して言う事は出来なかった。


    ――――救われたのか? この心の鬱積は、取り払えるのか? 何の罰だ? 私が一人を望んだからか?――――



                                            焔錠より――――――



【シリアス・ダーク小説/金賞】パラノイア【6】

パラノイア

風(元:秋空  ◆jU80AwU6/.さん



【続き】




Episode1

Stage3「楽しもうぜ? 基本なんて良いじゃない適当で? 基本疎かにすると死にますヨ?」Part4副題『憎悪の鬼神』

  人間は、何も出来ぬとわかっていても奔走するときが有る。 それは、何故か?
        私は、確信する。 大切な人間一人の命は、時にその他大勢の万倍の価値に成ると言う事を――――……


  男は、走っていた。
  全力で走っていた。 男の名前は、成神。 冬音と過去、一ヶ月程度前まで徒党を組んでいた人物だ。
  彼は、彼女に好意を抱いていた。 否、正確には今も尚強く彼女を求めている。
  何故、今、彼女とチームを組んでいないのかと言われれば、理由は彼ではなく彼女にあった。

                    ――――「もう、君飽きたっ」


  彼女は、そう言って成神をあっさり切り捨てた。
  自分に何の非が有ったのかも理解できない彼は、逡巡した。 
  彼女が脱退する前日までは、幸せそうな顔で彼女と彼は町の各所に設けられるベンチの上で語り合っていた。
  何か、酷いことを言った記憶は彼には無い。
  寧ろ、彼は、ガサツな外見とは全く違う紳士的な態度で彼女と付き合い周りから祝福を受ける程だった。
  其れなのになぜ。 疑念を抱いた頃にはもう遅く彼女は、受付嬢と話を済ませ彼の所属しているメンバーから脱退した。
  話し合う機会も与えられず。 あの頃から鬱積した思いは、糸を引き続ける。

「俺は、欠片も飽きてねぇよ!」

  彼は、苦々しい顔をしながら走り回る。
  もう一人の仲間、今や唯一のパートナーで有る騎士の男を捜して。
  カエルゴ以外の町に移動していると言うことも想定したがどうやら、男は、カエルゴ内に居るらしい。  受付嬢達は、敷地内の情報は、全て認識する事を出来る故、確実な情報だろう。
  其れを聞いて彼は少し安心していた。 
  他のギルドのある町に居る可能性が有るとなると一気に、索敵範囲が広くなり探す時間が、倍増する。
  受付嬢達に聞けば、管轄の町に居るか居ないかまでは、分るがどの町の何処に居るかなどは、彼女たちも分らない。
  ギルドを管轄する受付嬢システム達は、皆、何処も同じ顔ぶれなのだが、過去のユーザーとの会話などの情報は共有していても思考は、分化されている為、常に情報の共有を行う事は困難らしい。
  最も、管轄の町内に居ても基本的には、プライバシーの侵害の関係で何処にいるのかという明確な位置までは知れないのだが。 場所によって、その日に出されているクエストの種類には当然、差異が生まれる。

  最初に、登録したギルドと関係なく一度、何処かのギルドで登録を済ませればギルドが所属する国内なら何処のギルドでもクエストを受注出来るシステムゆえ、往来は、盛んだ。
  手軽に、ギルドの所有する魔力による移動システムで一瞬で移動できるのと言うのも往来の盛んさの理由に挙げられるだろう。
  兎に角、他の町に仲間が移動していなくて良かったと安堵する。
  しかし、そんな中、仲間を発見できたとして自分は何を出来るのか彼は、考えていた。

『どうせ、あいつの居る沼地の洞窟にはいけない。 強行突破も出来ない……馬鹿か、俺は?
違う……俺は奴を全力を殴りたいだけだ……そうだ、あいつが死体になるのはもう、確実だ。 逃れようが無い!
ならば、俺は、アイツの仇を撃つ……何も出来なかった俺のせめてもの罪滅ぼしをする!』

  楽しかった日々が、頭の中を流れる。 
  現実と遜色ないリアリティ。 全ての時間が値千金だった。 趣味を共有しあい愛や夢を語り合ったことも有った。
  現実世界では、遊園地や動物園などにも行った。 
  その間に、彼女の異常性癖も知ったが、それでも彼は、彼女を本気で愛した。
  愛とは、正義ではない。 愛人を包み込む誠意だ。 例え相手が悪意を持っていてもそれを全力で抱擁する。
  それが、彼の彼女への愛情だった。
  此処一ヶ月の彼は、空回りばかりだ。 
  彼女に突然振られメンバーから脱退された。 無論、それで熱愛が冷めた訳ではないが。
  彼女が目の届かない所で動くようになり始め彼も彼女を把握しきれなくなった。

『ちゃんと護っていれば……彼女を護っていれば奴が彼女を殺す口実が出来たなどとのたうつ事も無かった!』
  
  どう足掻いても彼女の死は確定だろう。 
  例えその沼地で行われるクエストを選んで後を追う振りをしても意味は無い。
  何故なら、地形等は同じでも彼女等は其処に居ないから。
  そして、強行突破も出来ない。 本来、ギルドメンバーは、クエストを受注せねば門を潜れない。
  最終手段として受付嬢達を頼ると言うのも有るが、彼女等は頑なに其れを拒むだろう。
  自責の念が沸々と湧き上がる。
  兎に角探し続ける。 相棒を。 唯、彼女を同じく愛し護ると語り合った仲間を。

「くそっ! 何処だよ柊!? 柊☆カイト!?」

  彼は、苛立ちながら仲間のHNを大声で呼ぶ。 人目も憚らず必死に。 喉が裂けるほど。
  瞬間、北の門の辺りを通った瞬間。 見慣れた人影が佇んでいた。

「何を頓狂な事をしているのだ。 遅いぞ成神! 
此処で待ち伏せてストレンジアの奴を殴り倒すのだろう?」

  トレモロ達が目にしたチェロを弾いていた騎士の男。
  優しげなたたずまいの茶髪の痩せ型の男、柊☆カイトだ。
  彼は、既に何らかの口コミなどで元仲間である冬音の情報を得て成神の行動を読んで此処で待っていたようだ。 どうやら、メールも送られていたと言うことに気付き彼は、額に手を当てる。
  メンバーを組むとメールのやり取りが出来るようになるのもメンバーを組む利点の一つだ。
  メールの着信音は本来、脳内に響き渡る仕組みになっている。
  右耳を弱く抓り軽く念じれば声を立てずに遠くに居る知り合い同士会話が出来るのだ。
  ちなみにメールアドレスを交換した者同士でしか当然出来ない。
  冷静さを完全に失っていた事を理解した。
  脳内に直接響き渡るメールの着信音を聞き逃すなど本来、無い事だ。

「殴るんじゃなくて殺す……」

  甘い事を言うな。 そう、彼は、柊に憤りを顕にする。
  襟の部分を強く掴み彼は、柊を引き寄せる。 しかし、彼は冷静な瞳で成神を見つめていた。

「それは、困る。 こんな町内で殺人を犯しては恐らくお前は、極刑だ。 
お前が、居なくなったら私は、誰とも共闘する気がなくなってしまうよ?」

  一瞬、殴ろうと手を上げるが成神は、手を止めた。 
  クエストに出てフィールド上で奴を殺害する機会を伺う事を脳内で瞬時に決定する。
  何時までも愛した女の仇を泳がせている積りは無いが、絶対に二年の間に殺害のチャンスは訪れると強く信じた。
  殺意は、微塵も消えない。 頭は冷静さを取り戻したが心情は、苛烈に燃えていた。 彼は、紳士的で情の強い男なのだ。

「分った。 今回は、殴るだけにする……だが、必ず何れ殺す!」

  酔い痴れている。
  この世界は、ユーザー同士が、戦いあうクエストも多々ある。 
  そんなクエストでは、どちらか一方が死ぬまで戦うという状況も作りやすい。
  ストレンジアの様な男は、自負と戦いを楽しむ気性が有る。 本当に体力尽きるまで食い下がってくるだろう。
  彼は、ストレンジアと同位には居ないが相当の実力者だという自負が有る。 それこそストレンジアと互角に戦えるほどに強いと。
  彼の脳内では、既に、茨の道を行く覚悟が出来上がっていた。 是から選ぶクエストは全て対人クエストだ。
  その中で例え復讐対象と違う人間を殺す事になっても構わないと彼は、本気で思っている。
  その心情を的確に分析した柊が言う。

「そうだ。 フィールド上で冷静に処理すれば良いのさ。 此処ではそれがまかり通る」

  その目は、自分自身もその復讐劇に参加すると訴えていた。

  彼等が、北門前のベンチに座り語らい始めて二十分。 ストレンジアと焔錠が姿を現した。
  焔錠は、やつれ切った表情をしている。 どうやら、冬音は、殺害されその現場を直に目撃したのだろう。
  大きなショックが今も尚、彼女の中には鬱積としていることが見てて取れる。

「よぉ、お帰り」

  成神は、燃えきった心を限界まで押し込め冷静な態度を取る。

「ただいま、成神君? 柊君? 何のようだい?」

  何事も無かったかのように挨拶を返すストレンジア。 そんなストレンジアに彼は、歯軋りする。
  そして、パキパキと音を鳴らして拳を作り顔面にストレートを叩き込む。 ストレンジアの巨体が大きく仰け反り吹き飛ぶ。
  焔錠は、その光景に怯えしゃがみ込みガタガタと震える。 そんな彼女を柊が、優しく抱かかえその場から離れる。

「あっ? 何だ……俺様、何か殴られるようなことしたか?」

  状態を起し本気でストレンジアは逡巡した。 成神は、ピクリと眉根を潜める。
  そして、憤怒の炎を足に溜め本当に心当たりが無いのかと言わんばかりの表情で彼の顔面を蹴った。
  彼は、地面に横顔を擦りつけ吹き飛び痙攣した。

「お前の妹だ。 夏目ルキアを俺は、愛して居た! 否、今も尚、強く愛している!」

  フーフーと息を上げて成神は宣言する。
  その言葉を聞いて不敵な笑みを浮べ男は、立ち上がる。
  そして、正対する。 その表情は、まるで獲物を前にした獣のようだった。

「はっはっはっはっはっひゃはっ! ひーっはははははは! 良いねぇ! 狂愛! 俺の大っ好きなテーマだ!
俺の妹の夏目ルキアのことは綺麗さっぱり忘れちまったが、良いだろう! お前の復讐劇! 受けて立つ!
でも、不思議だな。 本当に、愛して居たなら何で片時もはなれずその俺様の妹とやらを護らなかった?」

  ストレンジアは、何時ぞやの様に手を大きく広げ愉悦に歪んだ表情を浮べ狂乱した様に笑い出す。
  そして、右目をカッと見開き成神を直視する。 
  成神の愛した存在など自らの妹など全くどうでも良かったと宣言し彼の中に有る復讐心を的確に感じ取りストレンジアは言う。
  狂っているように見えて何処か冷淡な声で。
  まるで、何かの人物を演じているかのように。  
  そして、最後に心底不思議そうな表情をして頭の中に浮んだ疑問を臆面も無く口にした。

「理由か……それが出来なかったら俺は、アンタを憎むんだぜ?」

  ストレンジアの言葉が、心に刃となってグサリと刺さった事を彼は認識した。
  そして、其れを否定する事も無く自分の復讐心が身勝手で有る事を認め彼は宣言する。
  こうして二人の中に、復讐と言う名目の戦いの舞台は生まれた。
  後は、正当にクエストをこなし二人が、ぶつかり合う機会を待つだけだ。
  殺戮を何よりも好む死神は、口角をこの上なく吊上げ血湧き肉踊る戦いが待っている事に歓喜した。
  成神と言う男の強さを心の底から理解しているから。

  ストレンジアの中に過去の残影が蘇る。
  
「お前程強い奴ならクラウツを五天の席から落とせるんじゃねぇか?」

  二週間ほど前だ。
  メインプログラムであるテッサイアが、町の外で起こる違法行為の激化に悩み、ユーザーの中から優秀な者を選抜しフィールド上で罪を犯した者を罰する資格を持つ戦士を選出した。 その最終選考まで粗、何のアピールもせず残ったのがこの成神だ。
  最終的に何のアピールもしなかった為、五天と呼ばれる五人には選ばれなかったが、それでもストレンジアも一目置く実力者だ。
  そんな実力者に戦いを申し込まれたのだから断る理由など無い。

「俺は、人を罰するとか興味ねぇよ? 唯、楽しくアストラルをプレイしたいだけだ」

  過去の彼は、五天と言う称号を手にしない理由をこう述べていた。
  ストレンジアは、嬉々として笑う。 今の彼は、道化だ。
  何故なら、復讐とは自分の悪感情を正当化して他者を罰する行為だから。

「あぁ……始まりだ……なぁ、テッサイア? このゲームの本当の題名は何だ?」



        ――――――パラノイア……このゲームの本当の名前――――――…………



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Episode1

Stage3「楽しもうぜ? 基本なんて良いじゃない適当で? 基本疎かにすると死にますヨ?」Part5副題『血反吐の夜』
(一人称視点:HN・焔錠 本名・海淵 焔視点)(微エロ注意)


     夢幻の空は、血に染まる。 真の空は暗く暗く……壊された心の闇だけが紅く紅く…………紅く――――――
  
  夜、アストラルに来て始めての安息の時間。
  柔らかいベッド、高級感の有るシックな部屋。
  それは、戦いに疲れた戦士達を癒すに十分な物なのだろう。
  だが、私の心は、悲鳴を上げ続けていた。
  あの洞窟で起こった出来事が忘れられない。 初めての死……冬音殿に襲われた恐怖。
  何もかもが私の心の根幹に染み込んでしまった様な感覚。

  私は、ゼェゼェと荒い息をしながら飛び起き目を瞑る。
  目を瞑ると自然とあの時の記憶が蘇っていく。 洞窟に入ってから彼女が殺されるまでの記憶が駆け巡る。

  最初に見えた風景は、藻による緑の絨毯が降り頻る沼地の中にぽっかりと開いた大きな洞窟。
  それは、怪物の口の様な入り口。 鍾乳石が不気味に垂れ下がり丁度、怪物の牙を思い浮ばせる。
  足が竦むのを彼女は、胸を勢い良く叩いてフォローしてくれた。

「本来は、陰陽師ってのは後方支援型なんだけどね……今の君よりは、あたしの方が接近戦も遥かに強いよ?
だから、大船に乗った積りで君は、お姉さんの戦いを拝見してなさーぃ!」

  洞窟に入った瞬間に、倒すべき対象であるモンスターの根城だと言う事に無意識に緊張感が走ったのを覚えている。
  その緊張感を和らげるために彼女は、言葉を掛けたのかとあの時は思っていた。
  だが、実は違ったのだろう。 君は、逃げられないと釘を刺していたように感じる……今に成っての話だが。

「十九かぁ……若いなぁ。 生延びないとね? 二年間頑張らないとね……」

  私が緊張しているのを確認すると彼女は言葉を掛けてきた。 緊張感に私が、押し潰されないようにと気を使ってくれたのか。
  それとも、自分の欲のために唯単に私の情報が出来る限り欲しかったのか。
  今の私の心情からすれば後者を取りたいが、あの時の彼女は母性に溢れた表情で。
  私の未来を心底、気遣うようだった。
  何故。 犯して殺そうとしたくせに……分らない。 人間とは、面倒だ。

「職業には職業ごとの間合いが有るわ。 其れを知ればレベル以上の働きをすることも可能よ?」

  敵との戦闘になる事に彼女は、私に、戦闘のノウハウをレクチャーしてくれた。
  あの時は、既に警戒などせずフランクで優しい彼女に心酔さえしていたように思う。
  そして、洞窟の奥深くに悠々と私達は、何の苦も無く近付いていく。
  次第に、巨大な咆哮が響き渡りだす。 恐らくは、この洞窟の主、今回の討伐対象だろうとその時の私は、体を強張らせた。

「強大な体力を誇るギルドが狩猟対象とする手強いモンスターには、幾つかのほかのモンスターには無い特徴が有るわ。
其れを肌で感じ書物で知り把握する事が、戦士にとっての急務ね。 今回の相手は、背後に回られると極端に弱いタイプよ。
あたしは、正面からでも倒せるから君は、相手に狙われないように背後に回るようにしてね?」

  しかし、私は、何もすることは無かった。
  彼女の言葉を噛締めそして、唯、対象の後ろへと逃げ込んだ。
  是が、最初の壁か。 とても今の自分が相手に出来そうにない巨体と存在感に逃げるだけでもあの時は押し潰されそうだった。
  そんな巨大な巻角が特徴的な紫の皮膚の四速歩行の巨獣。 ゴルガスを相手に、冬音殿はまるでダンスをするかのよう。
  その細くしなやかな体躯は、本来、女である筈の私が見惚れる程。
  心酔していた。
  強さに……美しさに。
  
「止めよ……雷神招来!」

  手刀を造り、強力な雷の陰陽術を彼女は、ゴルガスに食らわせた。 一撃で、巨獣は、黒焦げになり崩れ落ちた。
  焦げた臭いが鼻孔に入り私は、むせって思わず鼻水を流してしまった……

  やったでござるな! そう、祝福しようとした瞬間だった。 
  彼女が、満面の笑みを浮かべながら私の腹部に装備品の杖を突きつけたのは。
  私は、一瞬理解できなかったが、世界が反転し倒れこんだ後に来た鈍痛に何が起きたのか把握した。
  目の前の女、冬音殿に攻撃された事を。 胃酸が競り上がり喉を酸っぱい味が支配する。  
  そして、喉が傷付いたのか僅かに流れ出た血の味が口内を支配する。 
  一体、何を?と、口にする間もなく私は、彼女に馬乗りにされて身動きが取れなくなった。

「ふふふっ、男で女とか……最高に、魅力的じゃない? そして、初心者でガードが緩いってのも良いわよね!
じゃぁ、遠慮無く……バリバリッと! 良いよね? 君は、あたしのお陰で任務完了させられたんだから!」

  私の服は、容赦なく破られていく。 少しずつ、肌を見せるようにねちっこい破り方。 彼女の趣向だろうか。
  適度に筋肉の付いた二の腕を愛で、腹筋を目で……私の引き攣る表情と緊迫感で汗ばむ体を彼女は、存分に堪能する。
  時には、二の腕を下から上に嘗め回し腹筋を数分にも渡り撫でまわした。
  私の体は、良い知れぬ悦楽……快楽に支配され弛緩し痙攣していた。

「ふふっ、可愛い。 感じちゃってるの? じゃぁ、もっともっとお姉さんが気持ちよくしてあげるわ」

  嫌なのに抗えない。 嫌なのに体は喜んでいる。 何処のエロ漫画だよ!? ふざけるな……あんたには、失望した!
  彼女の言葉など聞かずに立ち上がろうとするが、私の力では、彼女は微動だにしなかった。
  絶望感が襲う。 その絶望感が表情に一瞬出る。 それを察知した彼女は、更に火をつけ行動をエスカレートさせていく。
  ついに、私は、全裸にされた。 あぁ、今迄の人生の中で一度も見たことの無かった男性性器……
  彼女に欲情しているのか膨張してそそり立っている……眩暈がするのが理解できた。

「わぁっ! 案外、おっきいじゃん! じゃぁ、お姉さんも脱いじゃおっと」

  私の陰部を一頻り撫で回し彼女は、羽織っている服を脱ぎ始めた。 臆面も無く。 目の前の私が、同性だと理解しているように。
  否、裸を見られても恥ずかしくない……愛する者に見て欲しいとでも言うように……
  人生最大の恥辱が、私の体の全てを支配していた。 
  上半身が顕になる。 乳房が揺れる。 私は、目を伏せる。 同性とて……否、同性だからこそ恥じらいが有る……
  嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ。 こんなのは嫌だ! 望んでいない!
  誰か、助けて……

「助けなんて来ないよ? 此処は、マゾフィストとサディストの愛の巣。 迷い犬の君は最初からメインディッシュ」

  私の心が鳴らす警鐘を感知した彼女は、希望など無い事を突きつけてくる。
  涙が浮ぶ。 でも、あの杖の一撃は予想以上に自分の体を侵食していて…… 
  手も足も動かない。
  恐怖で声も出ない。 声が出た所で助ける者など誰も居ない此処では、彼女を喜ばせるだけなのだろう。
  あの時の私の脳内には、自尊心の破壊による絶望と是から殺されるだろう絶望と恐怖と……
  憧れの崩壊と言う善意の滑落が綯交ぜになっていた。

「あったしってさぁ、着やせするタイプなんだよねぇ? 胸、結構有るだろう少年少女……」

  顕になった自分の胸を誇張させながら冬音殿は、履いてスカートを脱ぎ捨てた。
  そして、パンツに手をやる。
  私は、是から何をされるのか明白に理解し目を瞑った。 是は、何の罰だ。
  本来、女性である私が女性に犯されようとしているなど。

「ストーップ! はいはい、パーティも其処までだ。 我が妹よ……相変わらず良いスタイルしてやがるな!」

  あぁ、もう駄目だ……そう、思って全てを諦めた時だった。
  男の声が聞こえてきたのは。
  聞き覚えの有る声。 そうだ、ギルドで聞いたあの低い声。
  どうやって来たのかその男が今、此処にいる。
  助かる、希望が見えた……私は、その後に行われる惨劇の事など当時は、予想もしていなかった。
  冬音殿もストレンジア殿も……全く理解できていなかったから。

「あら、愛しのお兄様! ゴメーン! 冬音反省! あたしったらお兄様だけの女なのに……」

  何も反省している様子の無い冬音殿の言葉を無視して疾風が彼女の横を駆け抜けた。
  私の目になど線すら映らぬほどの神速で……何が起きたのか分らなかった。
  理解した時には、冬音殿の細い左腕から大量の血が噴出し数メートル離れた場所に切断されたと思われる手が落ちていた。
  一瞬にして、彼女の周りは血溜り化し冬音殿は、ヒューヒューと荒い呼吸を繰り返していた。

「俺様さ……お前みたいなキショい女、心底興味ねぇんだわ……あえて言うなら今、男の姿して倒れてるそいつのが好み?
唯、お前が罪を犯して俺様に殺されてくれる事だけは感謝してるんだ。 だからさ……俺様好みに血塗れになって死ね」

  何の勘定も伴わない語調。 会話の内容からするに家族関係。 そして、近親輪姦紛いの事をしてきたのか。
  呆然とする。 世界の縮図が見えた気がした。 
  唯、彼は、身の丈以上有る長大な太刀を彼女を殺すために振るいたくて仕方ない。 そんな様子なのだ。
  私を助けるのはあくまでついで。 そして、冬音殿は、処刑する気しかない。

『何だ是? 有りえない。 何の罰だ?』

  私に非が有るのではないか? 日ごろの私の行いが悪いから此処まで苦しいのではないか。
  冬音殿に絶望し彼女を糾弾して居た心は、何時しか彼女を責めることすら愚かと悟り、自分ばかりを叱責していた。
  もう、何も分らない。

「痛い……いたい……よぉッ! お兄様、是……凄い血だよ? 冬音、お兄様の為に見も心も全て捧げる覚悟なの!
だから……だから、許してお願い! 愛しているから……許してよ!」

  上半身丸裸の彼女は、既に片腕は無い腕を大きく広げ精一杯自分の体を誇張しながら許しを請う。
  それは、まるで愛する男に身も心も全て捧げている事を証明させているかのよう。
  R指定の映画のワンシーンの様……私は、嫌だった。 冬音殿が、殺される事が確実に分ったから。
  人が死ぬのが嫌な私は、必死で立ち上がり止めようとする。 だが、体に力は入らない。
  死を見たくない……彼女の様な見知った言葉を交わした人間なら尚更、恐怖を感じる。

「お前の愛には、節度ってモンが足りねぇんだよ……ルキア」

  ズッ……音を立てて彼女の胸に、兄であるストレンジア殿の刃は減り込んだ。丁度、乳房は傷つけないように胸の中央を。
  刃は通る。 彼女の目から生気が失せて行く。
  「やめてくれ!」 私が、怒声を上げたのは、彼女に致命傷が、命中した数秒近く後の事だった。

「あたしって……お兄様。 あたしって……可笑しかったのかな? 人に、迷惑……掛けてたのかな?」  
 
  彼女は、満足げな瞳でストレンジア殿を見詰た。
  それは、恋人に態と迷惑を掛けて困らせたいと言うお茶目な彼女の計らいの後の表情に見えて美しい。 
  何も殺すことは無いじゃないか? 本当の妹なんだろう! 何で……言い知れぬ罪悪感と彼女への憎悪……
  矛盾した感情の奔流……
  そんな中でも二人のやり取りは続く。

「あぁ、掛けたな。 だが、俺達は、須らく皆、人に迷惑を掛けているさ。
ルキア、お前は、俺様にとって最高に美味しい妹だった。 最後に感謝する。
そして、俺は、永遠に化物として他人に迷惑を掛け続ける……恐怖を与え続ける。 断りの中で……」

  ストレンジア殿は、口内から大量の血を流し徐々に生気を失っていく妹君を気にすることも無く。
  太刀を彼女の胸から強引に抜き去った。
  冬音殿は、支えが無くなったと同時に、崩れ落ちる。 軽い彼女の体は、予想通り何の音も立てず木の葉のように倒れ臥す。
  乳房が、地面に密着し扁平系に形を変える。
  ヒューヒューと血が詰ったのか、狭い所を風が通るような音が響く。 目の色が薄れていく。
  健康的な透き通る肌の白が、生気を失っていく。
  死が、形を現す。

「さようならだ……」

  彼は、横たわる冬音殿に止めを刺そうと太刀を構える。
  
「待て! 本当の妹だぞ!?」

  今度は、何とか声を出せた。
  あぁ、どうせ、彼女は直ぐに事切れるから意味が無いのか……嫌だ、何も考えたくない。
  今も、そんな状況だ。

「どうだって良いだろう? あの女は、俺に殺されることが望みなのさ……
だから、こんな楽しい真似をしてくれる……くくっ、あははははははっあひゃっ、ひぃーっはははははは!」

  狂乱の瞳で唯、ストレンジア殿は、殺戮に興じるサイコ趣味を全開にしてけたたましく笑い続けた。 
  止めを刺す前に、実際には彼女は息絶え現実世界での艶やかな姿へと変貌して居たのだが。

  私の経験した一日目のアストラル。
  それは、正に私にとっての地獄の集大成の様な物だった。
  私は、心に深く決めた。 行動は、もっと慎重にすること……もう、他者と絡まないと言うこと。
  失う痛みを知ってしまったから――――…………

「怖い……痛い………痛いの怖いの嫌なの……」

  唇が震えるのが分る。        
         

         〜Stage3「楽しもうぜ? 基本なんて良いじゃない適当で? 基本疎かにすると死にますヨ?」〜



【シリアス・ダーク小説/金賞】パラノイア【7】

パラノイア

風(元:秋空  ◆jU80AwU6/.さん



【続き】






――――――――Ep2 Prologue A――――――――

Ep1「アストラルからパラノイアへと変る世界」

から、

Ep2「何もかも鎖された嘘の集合体」

へ、
移行する事を決定する。




――――――――――――――――Ep2開幕を此処に宣言する。



                                     ――――――メインプログラム「テッサイア」より



    ――――響き渡る、無機質な声が……何者可の夢の中に。

                                 その者は、理解できない。 その言葉の意味に――――



  理解できる筈も無い。 全てが彼の思惑通りだなどと感じたくなかったのだ。
  否定したかったのだ。 そして、それは、強く強く彼の者の心の奥底で反響しあい次第に膨大な怨嗟へと変貌していく。

   ――――人間は、多くの失敗を犯す。 それは、多くが無思慮と思い込みからなる物だ
 
                   思い込み思考を停止させ嘘の記憶で過去を取り繕い未来に目を背ける――――

 
  その結果は、因果と言う形で現実から目を背けた者を業火の濁流へと飲み込む――――――…………

⇒Prologue Bへ




Prologue B 「藍色のイレギュラー」
(一人称視点:HN・葵 本名・雨水 蒼点)

「愛ちゃん、媚薬買いに来たあぁ」
「……何に使うのですの? いえ、聞くのが間違えというものですね。 一番安いので五千ガルになりますわ!」

  私の名前は、雨水 蒼であり葵。  この世界、あぁ、名前変わったな。 今は、パラノイアと言ったっけ?
  この世界では、ゲーム内でのHNと現実の名前の二つの名前を持つのが当たり前だ。 無論、私もそうだ。
  最初に名乗ったのが、本名で次に名乗ったのがHNだと言っておく。
  あたしは、カキコでも多少、交流のある愛から良く媚薬を買う。 
  この世界の媚薬は、人間に近い姿の種族の怪物から抽出されるフェロモン成分から生成出来る物だ。
  基本的には、フェロモンなどと言うものは肉体を拝借して顕微鏡などを使い作るのが、愛の話では常識らしい。
  最も、それには精巧な技術が必要らしく彼女のように媚薬を造ることを出来る物は少ない。
  最初も言ったが媚薬は色々と役に立つ。 そして、特定の人物しか造る事は出来ない。
  彼女のように特殊な才能がある存在は、唯それだけで莫大な金を手にすることが出来るってこと。
  正直、一番安いもので五千と言うのさえ顔馴染みに対しての優しさが入っているのは間違えないのだ。
  ちなみに、ガルとはこのゲーム内での通貨単位の一つで一ガル十円に相当する。

「買った……一万ガル以下無いんだけど良いかな?」
「お釣は、渡しませんわよ?」

  やれやれ、すっかり大金持ちの気分だ。
  私は、あの地獄から帰還してから何とかネット環境の整った親戚の家に匿ってもらうことが出来。
  このオンラインゲームが、解説された時から足しげく通っている。
  今の私の財布には、一万ガル以下のお札が無いのだ。
  そんなことを自慢する訳でもないのだが、素直に一万ガル以下が無いことを愛にカミングアウトすると……
  愛は、何食わぬ顔でお釣を払う気は無いですと気楽に答えた。
  その表情がどこか小悪魔的で、あたしは、苦笑して彼女を許しかなかった。

「良いよ。 お金は、それなりに有るし!」

  所詮は、商売ではなく交友のような物だから監視者でもあるノーヴぁさんたちが、動くことは無い。
  気になると言えば、周りの目だが、幸いなことに誰もいなかったので事なきを得た。
  私は、手をひらひらと振りながらその場を去る。
  さてと、媚薬の効果を教えておこう。 文字通り、女なら男を男なら女を惑わす薬と言った所かな?
  ラブホテルを良く利用する人は、結構使うらしい。 あぁ、後、フリーの私みたいな人間が、他者をたぶらかす為とかな。
  私は、後者だ。

「愛ぃ? そうやって媚薬とか造るのやめない?」
「駄目……ですの? 結構、儲かりますわよ? あっ、私、少し風に使いたい媚薬が有りまして……」

  私が、彼女に背を向け歩き出すと直ぐに、近くに待避していた風が、愛に話しかける。
  まるで保護者のようだなと微笑ましい目で見ながらそれが、彼女の弱さだと私は、認識する。
  まぁ、愛には、全く風の言葉なんて届いてないっぽいけど?
  それにしても、私の耳に届くところでそう言う話をするのはどうかと思うんだなぁ……どうでも良いけど。

「さてと……誰に使おうかな? やっぱり、面白いのは、あの焔錠ってくの一青年かな?」

  私は、しばし誰に媚薬を使おうかなと思案する。
  出来ることなら精神が安定していない状態の簡単に、弱みを握れそうな奴が良い。
  例えば、初心者でいきなり地獄を見た奴とか最高ね。 
  誰って? ほら、冬音さんに捕まったあのリアルでは女の子って言う娘が、私の脳内には、浮かび上がっているよ。
  昨日の今日で悪いね。 まぁ、幾らなんでも本当に昨日の今日だと流石に、酷い気がするから一日位待とうかな?
  私も眠いし……ふわぁぁーっ、盛大に欠伸が出る。

  私は、行き付けのホテルへとチェックインし部屋の鍵を貰うと早足で部屋へと向かう。
  いつもこの時に思い出す事がある。 忘れてはならないと心の底で決めている事だ。
  此処は、私の生きる現実ではなく……あくまで私が足跡を残してきた現実ではなくゲームの中なのだと。
  入り浸りすぎて忘れそうになる事実。 この世界から二年間出ることが出来ず……
  更に、純然たる死すらも存在することになってしまったこの世界を自分の生きる現実ではないと区切るべき境界線。


                「パパッ! パパァッ!」

                      「蒼! 蒼ッ……お前は、生きてくれ!」


  私は、三月中旬に起こったあの大震災の被害者だ。 
  実際に多くの人間の死を目にしたものだ。 今、こうして親戚の家でゲームをやっているのは本当は、許されないことなのだろう。
  父を失った。 私と母が助かり逸早く救出されたのは、本当に偶然だ。 多くの友人も失った。
  母は、父の死体を見たとき泣き崩れうずくまっていた。 私は、それが死だと理解できず涙も流すことは出来なかった。
  人の死を家族の死を受け入れるなど当時の私には出来ず。 受け入れた時には、このネットという世界に逃走していた。
  逃げるしかなかった。 恐ろしかった。 迫りくる確実な死の姿。 生き延びた唯の偶然。
  死んだほうが良かったと思う生き地獄。

「私……ママよりパパのほうが好きだったなぁ」

  いっつも、過去の記憶を紐解くと最後にこの言葉が出てくる。 
  本当は、どうか、分からないんだ。 ポッカリと家族という記憶があの時から消えているような気がして……
  悲しさを絶望を紛らわせる術が無くて。
  今、恐らく目の前で人間の死を目撃した、あの焔錠って子もそんな絶望感を覚えているだろうと推測する。

  私は、部屋へと入りふかふかのベッドに寝転がる。 一人で寝るには、広過ぎるベッドだ。
  誰か近くに居てほしいと思える程に。 あぁ、寝よう。 今日は疲れた……

「お休み、パパ……ママ」

 幾ら、手を伸ばしてももう、届かない幸せ。 どれだけ声を上げても助けなど来ない。 人の力など儚い。
  ならば、せめて夢の中でだけでも会おうと……私は。
  夢を見よう。 幸せな夢を。 その夢が嘘でも良いから、叶わない物でも良いから。 すさみ切った心を慰めよう。
  本当は、慰めにもなっていないのに……

  幸せな団欒。 いつも通りの挨拶。
  望んでいた日常的な光景。
  そんな私の夢の中に突然、チュンチュンと言う小鳥の鳴き声が響いてくる。 いつも、こんな夢の終わり。
  あぁ、朝がきたのか。 私は、重い瞼を開く。 すると燦燦とカーテンの合間から光が、差し込んでくる。

「あっつぃ……あぁ、そう言えばテッサイアが言ってたな。 是からは、人間界にあわせた環境、気候にするとか……
ははっ、少しは気が利くな。 是で少しは、現実感を保てるよ」

  日差しがやけに暑い事を認識して私は思い出したように呟く。
  私は……数少ないテッサイアと交流を持つことのできる存在だ。 
  このアストラル……いや、今は違うかな。 パラノイアか。 全く、唐突に名前変えやがって。
  正直、テッサイアと交流を出来るようになったのはこの世界に入り浸っていたからであって、誇れることではないのだが……

「あぁ、はははっ……テッサイア、私は……お前を信じていないぞ?」

  誇れる事ではなく、テッサイアという暴走した悪魔が、手綱を握る唯の部下だ。
  手綱を握られたとは気づかなかったよ……五天に入ったときは……
  声が響く。 低く良く通る声。 私の脳内に……
  あぁ、何でそんなこと言うんだよ? 言われなくても……テッサイア。 私は、焔錠君に媚薬を……
  寝巻き姿から何時もの服へと着替える。 そして、外に出る。
  日差しが暑い。 UV対策くらいするべきかな?
  そんなことを思いながら歩いていると……直ぐにその時は訪れた。

「あぁ……見つけた」

  焔錠君と私は、交錯した。
  私と彼……彼女かな? まぁ、どうでも良いか? 
  それにしても何で……テッサイアは、この人を指定してきたのだろう。 腑に落ちないが……
  彼女を彼が利用しようとしているのなら……私が、逆手に取ってやる。
  面倒だけど……



*************************************



Episode2

Stage1「慟哭が心の空を貫くがゆえに……」Part1


  意気揚々、夢に溢れて……軽い足取りで、そう、前へ進めるのは何も知らないから?――

  意気揚々と彼等は、夢を見て足を運んだ。
  此処は、昨日も通った場所。 そう、磯の香り漂うカエルゴの街のギルド。
  先頭に立つ金髪碧眼の青年、トレモロがギルドの扉を開く。
  その先に有った光景は、彼等の夢と希望、昨日の夜の間に立てた即席の覚悟を崩すには十分なものだった。
  宿泊施設から此処までの道中でも昨日と比べて重い空気が、流れていたのは気付いていた。
  しかし、通行量自体が多くモブの人間も存在した道中と比べ其処は、遥かにその湿度が明確なのだ。
  昨日、初めて入ったときにあったあの陽気な雰囲気は、其処には微かにも残っていない。

「もう、駄目だ……たった、一日でこうなるか!?」
「畜生! 何で、ゲームでこんな思いしてんだよ!?」

  幾つもの悲嘆の念の滲んだ言葉。 慟哭するように絶叫する者。 双眸に大粒の涙を潤ませる者。 不のスパイラルが満ち溢れているのが手にとる様に分る。
  昨日から行動を共にする彼等は、尻込みし後ずさりした。 
  しかし、そんな彼等の動きを初心者専門の受付嬢であるノーヴァは見逃さない。

「逃げるのですか? 逃げて……生延びられるとお思いですか? 貴方達人間は、生きていくために衣食住が必要でしょう?
お金も無しにそれを成せますか? 立場を状況を弁えるのなら逃げる事は出来ないのはお分かりでは?」

  冷淡な口調で淡々と事実を警告する。
  それは、全て紛れもない事実。 昨日より定められた事実だ。 外の世界の事はどうなるのか。 危険な任務を行わずに、物作りなどして凌ぐ事も出来るのではないかなど、色々と疑念は湧くが、恐らくは、不可能なのだろう。
  何を造るにも自分が集めた物を材料にしなければ製造権は、発生しないと明記されている。 
  少なくとも危険の有る場所に赴かなくてはならないのは確実。

「あぁ、お前らが来なければ……」

  何をする気力も無いようにくたびれた表情の四十台程度の忍の男が、トレモロたちを睥睨してくる。
  しかし、殴りかかるでも何するでもなく直ぐに俯き、「あぁ、あんた等が悪いわけじゃないのはわかってるんだ」と反省するように、消え入るような声で誰に言うでもなく言う。 そして、木造りのテーブルに置かれたジョッキの柄を握り一気に酒を口内に流し込んだ。
  大切な人を失ったりしたのだろうか。 悲痛にくれる人々の姿を見てそう悟る。
  痛みを感じ、死を実感するゲームへとレートを上げ、アストラルはパラノイアへと名前を変貌させた。

「何人、死ん……だ?」

  カウンターの近くまでいきトレモロは、消え入るような声で目の前の女性に問う。
  彼女は、色の無い双眸に僅かに剣呑な気配を滲ませる。 そして、肩を震わせながら重い口を動かす。

「二百人です。 単純計算では二年で十四万が死ぬ計算になりますね。 否、昨日は一夜しかなかったので……更に」

  淡々と述べている。 声音は淡々としてると言った方が正確か。
  しかし、彼女の表情と本来では、口にしなそうな予想の範疇の情報。 それが、彼女の焦燥感と心境を語る。
  顔色が蒼白としている。 直ぐ横に居るリノアが、心配そうに顔を覗く。

「もう、良いよ……無理するなって」

  その様子を自分が質問した手前だと言い聞かせ静観していたトレモロが、制止する。
  予想以上の人間が一夜にして死んだ事への絶望と憤慨は確かにあった。 
  しかし、それ以上に目の前で震える女を彼は、容易く許してしまった。
  それ程の人数が死んだのは、彼女たちのサポートの不届きが原因なのだろうと罵倒したい人間は多いだろう。
  だが、直接、仲間や友を失っていない彼は、其処までに鬼畜には成れなかった。

「所で……あの今、このゲームをプレイしているユーザーさんって何人居るの?」

  
  薄紅色の綺麗な双眸をキラキラと輝かせながらトレモロと凡の間から少女が顔を出す。
  妖だ。 彼女は、知的好奇心が強く興味の有る事を直ぐ聞きたがる人間らしい。

「今、現在、十五万名が当オンラインゲーム パラノイアのユーザーIDを所有しています」
「ふーん、ってことはこのままのペースで行くとほぼ全員死ぬのですね。 嫌だなぁ……死ぬのは」

  質問した彼女は、静かにノーヴァの言葉を聞く。
  それを聞いて死者数の予想をして居た時のノーヴァの表情が、相当に逼迫していた理由を察し胡乱げに目を潜める。
  そして、素直に感想を述べどうすれば死なないだろうかと言外に問う。

「恐らくは、安全を第一に行動する事が前提に置かれるようになると思います。
皆様、どれだけ慎重になればいいのか掴みあぐねていたのでしょう。 是からは……」

  今回の失敗を糧にし今後は、死者の数も減衰して行くだろうと言う見立てをノーヴァは、言う。
  その言葉に希望的観測の様な物が有るのは、感の鋭い妖等は、直ぐに理解できた。
  しかし、何を理解できた所でこのゲーム内から逃れる事は出来ないと考えその希望的観測を受け入れる事を妖は、決める。

「そうですか。 じゃぁ、次に……私達の体は、今一体どうなっているんですかね? 昏睡状態だとヤバイのでは?」

  思案気に口元に手をあて先鋭的と言っても良いほどに目を背けながら彼女は、更に受付嬢に問い掛ける。
  それは、昨日も出てきた問い。 昨日は、有耶無耶にされたがどうしても気になるのが彼女の中の実情だ。
  何せ、もし、此処で二年生延びても帰るべき肉体が無ければ何の意味も無いのだから。

「それは、ご心配無いと……」
「言葉だけじゃ信用できないよ。 せめてどのような対処をしているか……聞かないと」

  はぐらかす様に言うノーヴァに、彼女は、冷たく警告する。
  其れに対し当然の反応だとノーヴァは、嘆息し説明を開始する。
  どうやら、ゲームの中で精製された人間の脳を解析するシステムを利用しているらしい。
  それは、その人物の記憶を解読し通常のその人物の思考や感情、思考をそのまま肉体や言葉に投影させる事できるとのことだ。
  詰り、仕草や行動、信念など通常のその人物を完全に演じきる。 他人には分らないほどに精巧に操作する。
  俄かには信じ難い話に騒然とする。 そんな技術は、明らかに現在科学の領域を超えているのではないか。  
  そう、疑念を感じたときふと思う。 あぁ、この痛みを感じるゲーム自体が完璧に浮世を逸脱しているのだ。
  このゲームを造ったものが何を出来ても可笑しくない。 
  そう、心に言い聞かせることが出来るほどにこの世界観は、精緻でオーバーテクノロジーの祭典と言えた。

「凄いな……肉体の方は安心だ」

  少し皮肉を篭めて妖は、色気の有る伏目を造りお辞儀をする。
  お辞儀された彼女は、剣呑とした表情を解かない。 どうやら、昨日の発現に対する多くの反省があるのだろう。
  彼女は、この事を話していないし普通にプレイすれば先ず死ぬ事は無いだろうと楽観的に言ってしまったのだ。

「まぁ、兎に角、余り悲しい顔しないでよ? 是から死地へ向かう夫を見送るような目って言うの?
正直、不安に成るだけなんだよね? ほら、アンタさ……美人なんだし受付さんなんだし……笑いなよ? 気が滅入る」

  ひたすら暗い表情の彼女を見続けていた妖は、ついに渋面を造る。
  そして、彼女の事を笑顔であるべき立場なのだからと笑う事を促す。
  其れを聞いた彼女は、小さく浮き出る涙を拭う。
  そして、容姿的に自分より明らかに若輩であろう妖に諭された事を恥ずかしく思いながら微笑む。

「ありがとう」
「んっ、良い顔してる! やっぱ、美人じゃんアンタ!」

  素直に感謝の念を口にする彼女に妖は、お世辞の欠片もない声音で褒め称えた。
  唯単純に、異性からみても美しい彼女の美貌を。 此処に、ノーヴァと妖の奇妙な関係が生まれる事は誰も知らない。
  そんな事は露知れず聞きたい事を一応全て質問した妖は、カウンターから立ち去る。

「じゃぁ、兎に角……えっと、焔錠さんどこ?」
「はっ?」

  他に質問が有る者が居るかを一しきり確認したトレモロが、口を動かす。
  その彼の口から発された質問の余りの突拍子の無さに一同は、瞠目し異口同音に声を上げた。
  ノーヴァなど声を上げる事もできず普段は、冷静そのものなクリスタルの様な瞳を大きく見開き驚愕するばかりだ。

「トレモロ……お前、其処まで本性は女な男の子に興味が有るのか!?」

  トレモロとチームを組む凡が、凄絶な笑みを浮かべながら容赦ない拳を顔面に浴びせる。
  彼は、何か少し嬉しそうな表情でそれを受け倒れこむ。

「喜んでましたね?」
「天性のドMなんですよトレモロは! ノーヴァさんも溜ってる時は、殴ってやってください!」

  一切の手加減無い痛打に彼は、満面の笑みを浮かべた瞬間に昏倒。  そして、数秒の間、床に臥しビクビクと痙攣した後、立ち上がる。  そんな様子を見てノーヴァが、引き攣った表情で凡に問う。
  凡は、苦笑いを浮かべながら辛い時は、目の前の男でストレス解消すると良いでしょうと推奨した。
  それを聞いた彼女は、「仲が良いのですね?」と、微笑ましげに頬緩めて笑う。
  
「グッドスマイルです姉さっ……ベバッ!」
「五月蝿い。 黙れ」

  立ち上がり透かさずノーヴァを抱かかえようと猛進する変態。 
  それからかよわき女性を護ろうと凡は、遠慮の欠片も無い蹴りを幼馴染の胸板にヒットさせた。
  其れを見た彼女は、これ以上やると此方の日常部分で死にかねないと危惧し仲の良い夫婦喧嘩を制止する。

「はぁはぁ、違くて、本当に……純粋に気になったから聞いてるだけで」

  ほとぼりも冷めた所で荒い呼吸を整えながらトレモロは質問を繰り返した。 
  本当に、あの人物を気に掛けているのだと言う事が、心配そうな表情からも分る。
  一時的とは言え一緒に組んで行動して居たのだから動向が気になるのは、当然の事なのだろう。
  そう、ノーヴァは、推察し焔錠の昨日の動向の一部始終と今の精神状況を伝える。
  精神状況については、昨日ストレンジアに連れられてきた意気消沈した彼女を目撃した程度だから実は、分りかねるのだが。

「成程! 癒しが必要ってことだな!」

  そう、早合点してトレモロは、走り出す。 何処に彼女が居るのかも分らないと言うのに。
  愚かな行動を幼馴染が、叱咤する。 そして、此処に来た本来の目的は何かを問い質す。
  其れに対し彼は、絶望感漂う酒を漁るユーザー達の表情を一瞥する。 其れを見ると恐怖心が沸々と湧き上がるのだ。
  本当は、チュートリアルとて痛みを感じるのならやりたくない。 そんな、臆病な心が、彼を踏み止まらせる。
  切り立った崖に突進していくのは愚かと言うものだ。

「無力な者が、何を言っても言葉に力は宿らない物です。 
彼は、今回の過ちで自分の無力を呪い仲間を失う恐怖を味わっているでしょう。
ならば、発言に力を持つ程度の実績と実力を有さなければ」
「…………チュートリアル頼むわ」

  何もしないで逃げているだけでは前には進まない。
  ノーヴァの言葉は、其れを示唆しているように彼には感じられた。
  思いがけない鼓舞に彼は、立ち止まり彼女を見詰る。 彼女が照れ臭そうに顔を赤らめる。
  立ち止まっていても仕方ない。 閉じ込められた。 此処でしばらく生延びなければ成らない。
  その為のノウハウを習得するのは速い方が良い。
  彼は、額に手をあて眼光を輝かせて務めて自信満々な声でチュートリアルの許可を取る。

「承諾しました」

  其れに対し受付嬢は、快く承諾する。 鬱屈として居た何かが、少し霧散した気がした。


                 甘い幻想は、打ち砕かれる為にあると天邪鬼が嗤う――――



【シリアス・ダーク小説/金賞】パラノイア【8】

パラノイア

風(元:秋空  ◆jU80AwU6/.さん



【続き】



Episode2

Stage1「慟哭が心の空を貫くがゆえに……」Part2

  水泡のように浮き上がっては、音を立てずに消えて行く……疑問の嵐。 人は弱い……それは、そう、教える――――

「では、先ずはどのチームが挑戦いたしますか?」

  僅かに笑みを翡翠色の表情の無い瞳に浮べ怜悧な声で質問する。
  その質問に、トレモロは直ぐに挙手して答えた。
  カウンターの端の部分が、ガチャッと言う扉の鍵が開閉する時の様な音を立て開かれる。
  ノーヴァは、掌を上にしてチュートリアルの場所を示す。
  それに、彼と凡の二人は従う。 彼女は、その二人の後ろを歩く。  二十秒程度歩くと物々しい鉄錆びた扉が姿を現した。

「開けて下さい」
「行くぜ、覚悟は良いかよ凡!?」

  どうやら、その扉は、チュートリアルの受講者が、開ける決まりになっているらしい。
  その先に待つ未知を受け入れる覚悟が有るのかどうかを確かめると言う名目の様だ。
  トレモロの言葉に対して、彼の幼馴染である現実世界では女性である凡は、頷く。

「足、ガタガタさせて……ホント、男ってだらしないんだから! さっさと開けなよ?
後、五秒以上開けるのに時間掛かる様だったらチキンの称号が、めでたく手に入るぞぉ?」
「えっ? 俺のこと、蔑んで虐めて愉悦に歪んだ顔をして……マジ!? 最高に鬼畜素敵!」

  しかし、実は、肝心の取っ手を握るトレモロ自身が未知への恐怖を感じているようだ。
  チュートリアルなのだからそんなに、急な事態など有ろう筈もないのに。
  矢張り、普段は飄々としてる青年でも多くの人間が、短い間に落命とした事実を知れば尻込みもするということだ。
  その有る意味、現実的な恐怖との戦いをノーヴァはいたたまれない表情で覗いている。
  しかし、相方の凡はといえばそんなものは関係はなかった。 いつもと全く調子の違う幼馴染に苛立ちが抑えられないのだ。
  男らしさの欠片もない女言葉。 
  しかし、それは、低く脅しているような声で、彼に恐怖と同時に一種の変態的な感覚を覚えさせた。
  そんなこの幼馴染共にとっては標準的な会話。 彼女は、片目を覆うようにして嘆息しながらも見続けていた。

  へたれと罵られあられもない姿で泣き叫ばされたいからと彼は抵抗するが、結局は凡が扉を開いた。
  そんな二人の夫婦漫才に彼女は、「ふふっ」と、小さく笑い声を上げていた。 二人には、聞こえない様な声で。
  開かれた扉の先。 其処には、二人が、思っていたより遥かに殺風景な部屋。 正方形上で広さは一辺辺り五百メートル位と言ったところだ。 三人で居るにはいささか広い。 そして、配色は、殺風景さに拍車を掛けるような暗めのグレイ。
  気が滅入りそうだと正直、トレモロはげんなりしていた。

「其処まで、あからさまだと私が悪者みたいですね?」
「悪女!? えっ、クール系控え目美人な悪女!? やっぱり……ボガスッ!」

  彼の表情を一瞥しノーヴァは、少し呆れたような表情をしながら口を開く。
  そんな彼女の言葉に対して彼は、明らかに意味を勘違いしたようだ。 体を大きく動かし見当違いの事を口走る。 
  瞬間、何時も通りの凡の鉄拳制裁が飛んできて、彼女の狙い済まされた裏拳が左頬を打ち抜く。
 彼は、グラリと体を揺らしてそのまま、倒れこむ。 今日二度目の光景だ。 
  然程、何の感慨も沸かない風情の表情で彼の痙攣する様を少しの間見詰るノーヴァ。
  そんな彼女に、凡は捲し立てるように質問をする。
  チュートリアルとは、具体的に何をするのか? 戦う基本を学ぶのなら武器が、無いのだがどうすれば良いのか? そもそも、時間はどれ位かかるのか? 等々、頭の中に浮上した疑問を逐一一気に吐き出していく。

「チュートリアルは、任務即ちクエストにおける基本的な立ち回りや管理……武器の使い方や敵対者の能力の見極め方の基本などをレクチャーします。 武器は、手を翳し“装備”と言うと顕現されます。
最初は、大した武器は支給されていないのでご注意ください。 時間としては、この中では二時間近くの体感ですが外では、二〜三分程度ですので余りお気になさらず」

  凡の問いに彼女は、焦る様子も無く淡々と事務的な口調で答える。 其れに対してトレモロが、倒れながら質問を投げかける。
  二〜三分とは言えノーヴァは、カウンターから消えるのだから職務が滞るのではないかと。
  其れに対しての彼女は、自分は飽くまでパラノイアの中のアストラルをまかされた自立型プログラムに過ぎず幾らでも同じ人格のプログラムが、精製されるのだとまた、事務的に答える。 
  幾つもの同一のプログラムが決まった配置に立っていて情報記憶を共有している仕様の様だ。
  詰り、例えばあるギルドのノーヴァが、トレモロと話している時、違うギルドで凡と話していたとする。
  その場合、両方の記憶を蓄積する事になると言うことらしい。
  十五万人ものユーザーが居るのだ。 その一瞬一瞬の処理情報も相当の物だろう。 
  膨大な情報データを処理するキャパを受付嬢システム達は、それぞれ有しているという事が言える。
  そんな事を考えながらトレモロは思う。 となると、彼女達が従うメインプログラムはどれ程優秀なのだろうと。

「所で、この体勢、役得だよね? だって、ミニスカだと普通にパン……どぅおぶぅ!?」

  顔から倒れ込み地面と睨めっこ状態だった彼は、徐に体位を建て直し、草原で空を見上げるような感じの大の字になる。
  そして、妄想に耽っている時の様なぼんやりとした表情で呟く。 次の瞬間、ノーヴァと凡の強烈な踏付けが青年の腹筋を襲った。
  彼は、「ゲブッ」と、奇声を上げ口から泡を吹きながら意識を閉じ混濁の淵へと落ちて行った。

「装備! おっ、おぉ! 小太刀っぽい武器がっ!」
「武士の初期装備である小刀です。 
近距離戦に優れる近距離戦の基本知識と武士としての動作をマスターするには持って来いの武器です。
ひとしきり振るってみて下さい。 貴方の体の動かし方の癖などを確認します」

  時々、うわ言を発しながら痙攣する幼馴染を意にも介さず凡は、ノーヴァに言われた事を思い起こし武器を顕現する。
  驚嘆の声を上げる彼女をノーヴァは、母性に溢れた瞳で一瞬見詰る。 そして、直ぐに気持ちを入れ替え武器の説明をする。
  そして、彼女の特徴を見極めるために武器を適当に振れと命令した。
  少し厳しい語調に彼女は、顔を引き締め小刀を思う存分に振るう。 それをノーヴァは、冷静に観察し二分位して手を打つ。

「なっ何?」
「もう、良いですよ? 貴方は、振り下ろすより切上げる動作の方が速いみたいですね。 中々、珍しいタイプです。
そして、足がすらっとしている性か足元の動きが機敏な様です。 まぁ、まだまだ稚拙ですが……
兎に角、相手を撹乱し強烈な攻撃を与えることが出来ます。 おまけに武士なので装備品を整えれば守備力も相当の物となるでしょう
このチームは、凡様が、前衛を引き受け敵モンスターを引き付けトレモロ様が、標的の後ろを確実に攻撃するパターンが宜しいかと……」

  いきなりの衝撃音に驚いて凡は、取り乱し武器を落とす。
  そんな、彼女を咎める事はせずノーヴァは分析の結果を述べる。 良く見ているなと彼女は、驚嘆しながらノーヴァの話を聞く。
  そして、盗賊だから攻撃力は低いのは仕方ないが男が後方支援かと悲しい気分になり哀愁を帯びた目で幼馴染に目をやった。
  未だに苦しそうだが、時折漏れる独り言がやけに腹立たしいのでつい舌打ちしてしまう凡だった。

「それと、最後に……愛の巣はよろしいですが、当然クエストの成功率は、二人より三人の方が高いです。
一夜にして二百人が死にました。 貴方達は、このゲームから逃れられないという事実も再確認したと思います。
念には念を入れることを推奨します。 早急に新たな仲間を獲得するべきです。
出来れば、仁都様や月読愛様、朔様と言った遠距離攻撃型の後方支援タイプがよろしいでしょう。 
本来ならば貴方方にこのような痛苦を与えるのは我々としても本位では無いのですが……
申し訳ありません」

  その舌打ちを無視して彼女は話を続ける。
  どうやら、生延びる術を解いているようだ。 管理者としてではなく一人の人格あるプログラムとして。
  口調は冷淡そのものだが、肩が震え目が潤んでいる様を見ると心底、この状況に嫌悪を抱いているのが分る。
  そんな彼女を見て凡は、憤りを覚えたが所詮は彼女は、製作者の人形に過ぎないプログラムだと言う事を思い出す。
  それでも、出来うる限りのバックアップをするのが、このイカれたゲームの製作者に対する精一杯の抵抗なのだろう。
  凡は、彼女を攻める気にはなれなかった。

「まぁまぁ、なっちまった物は仕方ねぇって……何ていうか、本当に人間みたいですね? 悩んで世話焼いて……」

  人間のように思考し苦しみ心配し助け舟を渡そうとするその様。 凡は、それに哀愁の様なものを感じていた。
  愛情は抱けるのに愛し合えない。 抵抗を感じるのに反論できない。 意思のある奴隷と言うのは、本当に苦しい事だろう。
  耐え難いほどに。 彼女に意思を与えた存在は、外道だ……凡は、心の底からそう、思った。


  そんな頃、トレモロ達がチュートリアルルームに入室してからギルド内では一分程度が経った頃だ。
  新しくクエストを依頼する者達の邪魔になってはいけないと空きテーブルに腰掛けていた面々に掛けられる声。

「あっちゃぁー、予想はして居たけど暗いなぁ……」
「当たり前ですわよ? 一夜で相当の数の死者が出たのですし……いたたまれないですの」

  誰に向けられた訳でもない声だが、皆、この声の主達を知っている。
  凡が、このゲームに参加したいという感情を抱いた理由の一つである風とその相方である月読愛と野宮詩織だ。
  流石に、ギルドの陰鬱な空気に心を沈めているのだろう。 沈鬱とした表情が見て取れた。
  月読愛などは、瞑目し黙祷を捧げている。

「何しに来たんだ? クエスト受ける気!?」
  
  一斉に、声のしたほうに振り返る。 そして、一番、風の近くに居た玖龍が、声を上げる。
  珍しく心配しているようだった。 そんな、彼女の様子に気付いた風は、「心配してくれるの? 嬉しいな」と、微笑する。
  言いながら彼女の頭に手を乗せ撫で、この世界で生きていくためには、危険でもクエストをこなさなければいけないだろうと、少し不安を孕んだ表情で言う。

「そうですわ。 昨夜は、一日目ですし色々と実感が湧かなかったり判断が甘かったりしたのでしょう?
是から、皆様、気を引き締めるようになれば死傷率は一気に減るのではないかしら?」

  そんな不安げなチームの年長者を他所に手を併せ小首を傾げる如何にもお嬢様らしい仕草で愛が、フォローする。
  そんな彼女の姿を見て風は、何故か頬を赤らめる。 一方的な風の惚気に毒され玖龍は、溜息をつき机に向き直った。

「兎に角、心配してもらえるのは嬉しいよ。 何が何でも生きて帰らないとって気になれるからさ」

  風が、遠くを見るような表情で言った。
  それは、まるで死地に向かう軍人が、家族に相対するときの様な戦争映画のワンシーンの様な顔――――
  より一層、その真っ直ぐな顔は、面々を不安にさせた。
  しかし、彼女らの言う事は事実で、それを止める事は出来ないことを皆が理解していた。




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Episode2

Stage1「慟哭が心の空を貫くがゆえに……」Part3

       ――――恐怖しても後退しても……進まない。
        進まぬ者は、後ろから迫り来る更なる絶望のアギトに喰われる……理解しろ、進むしか無いのだ――――

  「じゃぁ、リノアっち! 頼むわ依頼!」

  陽だまりの様な明るい野宮詩織の笑顔。 それは、まるでこの空間に充満する沈鬱とした空気を吹飛ばそうとしているよう。
  その空気に飲み込まれて前進する覚悟を揺さ振られないようにしているかのようだと、下級者用受付嬢リノアは、思った。

「うん、分った! じゃぁ、依頼用紙見せて?」

  緊張しているのか、用紙の提示を忘れた野宮は、彼女の指摘にアタフタしながら用紙を愛から貰い提示する。
  微苦笑を浮べ彼女は、以来の内容に目を通しOKサインして認定印を押す。
  存外にあっさりとその行為は行われた。 少しは、助言や戸惑いの念が出る物かと野宮達は、危惧していたのだ。
  しかし、彼女は、今の状況を理解し、自分たちのような底辺のプログラムではどうにもできないことも理解していた。
  止める事は無意味。 金も稼がず唯、そこにいれば人は、何れ飢え死にする。 
  飢えて死ぬなら危険を犯し生延びる。 古今東西、人間はそうして生きてきた。
  太古の昔、人間と言う存在が、この世に顕現した瞬間から。

「……止めるとかしない……の?」

  唯、少しは、止めて欲しかった。 心配しているという素振りを見せて欲しかった。 野宮は、その感情を吐露させる。
  それにたいしてリノアは、ニコリと笑みを浮べて、

「危惧したり引き止めるより後押しする方が良いと思うんだ? だって、負のスパイラルに捲き込まれたら嫌だろう?」

  言う。 彼女は、リノア自身が自分たちのことを心配していないわけではないことをあらためて理解する。
  唯、机上に振る舞い旅の祝福を願うことを選んだのだ。 
  心配性で真面目なノーヴァと長く付き合ってきたせいもあり、新鮮な感覚だったが、正直、そのカラッとした雰囲気が気楽だった。

「うん、あんがとっ! 行こうぜ愛、風!」

  野宮は、リノアから認定証を貰い仲間達に向かい手を煽ぐ。 それは、野宮詩織なりの出発の合図。
  言われなくても行きますよと、少し疲れた風情で嘆息する愛。 気楽そうな足取りで彼女へと歩み寄る風。
  野宮は、そんな夫々のらしいリアクションを見てクシャリと無邪気な笑みを見せた。
  慎重に、真面目にやれば大丈夫だ。 絶対、全員で帰る。 本心からそう願う。
  
  クエストは、今までに七度ほど完遂したクエストだ。 
  任務名を「小赤竜の討伐」、彼女等のランクでは、最も容易い部類に位置するクエストだ。
  赤竜などと言うと手強そうな印象を受けるが、その幼生体は、並のモンスターと遜色ない程度である。
  むしろ、彼は、臆病者で敵の気配、すなわち殺気にたいする察知能力が極端に高いゆえ、遭遇するのが難しい。
  下級者から使用可能な媚薬などの薬物を使うのがベターであり愛の得意分野でもある。
  どの様に環境が変ったのか、余り無理をしないための肩慣らしのようなものだろう。
  そのチョイスには、それなりの慎重さが漂う。
 
「愛、こう言うクエストだと重宝するよな」
「あら、どんなクエストでも詩織よりは、良い活躍しますわよ?」

  三人は、颯爽と不安など臆面にも出さず歩く。
  その間に交わされた雑談は、余裕が伺えた。 彼女らを良く知る面々は、胸中ホッとしたように肩を撫で下ろす。

「あっ、風さん! 一つ、質問……ノーヴァさんってどんな人!?」
  
  突然、妖が声を上げる。
  文脈の無い突拍子も無い質問。 それに、怪訝に愛は眉根をひそめるが、質問されたとうの本人は気楽そうに答える。
  
「そうだなぁ、一番、まともなんじゃないかな? 後は、そうだな……クールに見えて初心ですっ!」
「例えばどんな所が初心なの?」
  
  妖は、風の初心と言うワードに過剰反応し更に突っ込む。
  少し気圧されたように目を瞬かせるが直ぐに落ち着きを取り戻し、人差し指を絶て唇に当てながら風は続ける。 

「そうだなぁ、何と言うか優しくすると直ぐに落ちちゃうお嬢ちゃん……みたいな感じかな?」

  どこか遠くを見るようにして風は言う。
  それに対して何か思いついたように、小悪魔的な妖艶な笑みを妖は浮かべる。
  それは、あどけない彼女の容姿には、不釣合いな妖艶さが漂っていた。 

「有難うございました。 本当にありがとうございました!
こんな唐突な問いに答えてくれるなんて風さんは、本当に人付き合いの良い優しい人ですね」

  その笑みは、正対していた風でさえ一瞬しか認知できなかった。
  すぐに、彼女の笑みは、いつものような無邪気で好奇心旺盛な子供っぽい笑みに戻っていた。
  彼女は、立ち上がり風達に会釈して情報をくれたことに対する感謝の念を述べた。

『この娘、絶対、ノーヴァちゃんで遊ぶ気だな』

  平常心を失うまいと心に言い聞かせながら風は、ノーヴァの今後の不運に一人、同情した。
  同情する一方で彼女が、どんな風に彼女を弄り操作するのか何が狙いなのか、強い興味を感じた。
  彼女は、何事にも目的を持って行動するタイプだと推断したから。
  しばらく周囲を見回してもう、話しかけてくる人物は居ないということを確認すると風は、きびすを返し愛と詩織の間へと移動した。 その瞬間、リノアの声がした。

「…………妖さんって言ったっけ? 
あまりお姉ちゃんをからかうとあたしが唯じゃ置かないから。 よろしく!」

  妖に対しての忠告。 声音は優しいが、その目は笑っていない。 
  彼女は、それを確認し肩を竦めていた。
  そんなやり取りを無視し三人は、目的地へと向かい歩みだす。
  すでにここに来るまでに、必要な準備は整えてある。

  一方、その頃、トレモロ達のチュートリアルは終盤へと突入していた。 
  彼も気絶から復活し武器であるナイフを手に握っている。 体力値の見方や道具の使用法の基本などを教わった後の光景。
  二人は、トライデントと盾を装着したノーヴァを相手に、戦闘を繰り広げていた。 
  どうやら、ユーザーの精神、或いは魂が此方に組み込まれたさいに体力値の減りに有る一定の変化が生まれたのだと言う。
  突然のプログラムの開闢によりデータ領域に不和が生じた。
  それにより現実だと致命傷といえる損傷を受けるとそれが致命傷と誤認されるのだそうだ。
  つまり、その大きな誤差を修正回復させるまでは、この電脳世界内で生延びるには、以前よりはるかな注意が必要と言うことだ。
  彼らも彼女も真面目に最終審査に挑む。

「これで本番なら四回死んでます……目の前だけではなくもっと広範囲を見るように! 視野を狭めるは愚の骨頂です!」

「ぐっ! どうしても目の前の凶器に目が行くんだよおぉぉ!」

  トレモロは、槍の一撃を回避した後のノーヴァの膝蹴りを喰らい倒れ込み槍を突きつけられ顔を引きつらせる。
  それを見た彼女は、嘆息し空いての体の全てを観測するようにうながす。 しかし、彼は純粋だった。
  まだ、刃物と言う殺戮の道具の存在感に飲み込まれて居たのだ。
  それは間違えでは無い。 戦場での回避すべき第一優先事項は、より殺傷力の高い武力だ。
  当然、打撃より刃物による裂傷の方が、人体にとっては脅威である。

「しかし、そればかりに捕らわれていれば結局は、複線を入れられ容易く崩れることになる」

  甘くは無い。
  相手は、ありとあらゆる手を使い殺しに来るのだと考えろ。
  冷たい現実が、突きつけられた様な気がした。
  いかに彼とて美人に殺されるなら本望だなどと解釈するほど自分の命をお粗末にはしていない。
  彼は、頭を抱え懺悔する。 後悔する。 目の前の幼馴染に手を差し伸べたこと。 このげーむをすることを止めなかったこと。
  しかし、全て理解していた。 ここから出られないと言う事実。 今更、喚いても自分たちが優位には居ないということ。
  しばらく、頭を抱え続けたあと彼は瞑目し、奇声を上げ振り解く。 恐怖を。 無意味な後悔を。
  そして、再び幼馴染を見詰め男の姿をしていても彼女は女性であり護るべき幼馴染だと心に言い聞かせる。
  彼女自身もおそらくは、捲き込んでしまったと罪悪感を感じているだろう。
  自分ばかりが壊れていて言い訳がない。 自分とて自分からこの血塗られたゲームに参戦したのだから。

「ガアアァァァアああアアああああアァァァァアああアァァァァあああぁぁぁああああアァァァァああアアあぁぁぁッッッ!」

  殺風景な部屋全体に巨大な慟哭が響き続ける。
  周りを厚い壁で覆われた無機質な部屋は、彼の咆哮を反響させ二人を瞠目させた。

「トレ……モロ? トレモロ……博樹!」

  気がふれて可笑しくなってしまったのか。 
  訝ると同時に罪悪感が胸中を充満させていくのが理解できる。 体を脈動させて凡が、青年の名を呼ぶ。
  最初は、ゲーム内での名前。 次第に、脳内の不安が形を成し呼びなれている名前に変化する。

「あぁ? 心配するなよ……覚悟したのさ。 絶望したら、渇望が生まれたのさ。 吹っ切れた。
ここから今すぐ出るのが無理なら楽しもうじゃねぇか! 生延びる術を見につければ……それなりに楽しめるんだろ?
何せ、ゲームも漫画も買い放題だぜ!」
  
  彼女の心配を他所にトレモロは歓喜していた。 それは、無論、今の弱々しい羽虫の様な自分を鼓舞する意思。
  口角をつりあげ嘲笑する。 このゲームを。 ふざけるなと叱責しながらはけ口を探す。  
  戦って生延びて帰る。 それしか無いのなら選択肢など最初からないのだ。
  理解している。 だが、覚悟ができなかった。 しかし、彼は、この瞬間、唐突に本当の意味で理解し受け入れた。
  諦めと生への執着。 それが、彼を……久島 博樹を強烈に突き動かした。
  まるで映画や漫画の独裁者や殺人鬼がやるような馬鹿笑い。 何処かネジが、吹き飛んだような振る舞い。
  それを見てノーヴァは、恐怖よりも侮蔑よりも生延びる光を強く感じていた。

「狂った世界なら狂うしか……無い。 ストレンジアさんの理論でしたか……本当なのかも知れませんね」

  彼女の脳裏に浮んだのは狂気に彩られた悪魔。
  今後、あの武士の男の様な変質者に変貌する者も増えるだろう。 なぜなら、それが人間の処世術なのだ。
  人間は、環境により個を変質させる。 その環境が劣悪ならその劣悪な環境で生延びられるように悪意で武装するのが大勢だ。
  彼女は、今は、それを許さなければならないと思った。 あくまで戦場の中ではの話だが……

           ――終わり無き憎悪は、理不尽から来る。 世界は、理不尽に彩られている。 理不尽こそ神なのだ――


【シリアス・ダーク小説/金賞】パラノイア【9】

パラノイア

風(元:秋空  ◆jU80AwU6/.さん



【続き】




Episode2

Stage1「慟哭が心の空を貫くがゆえに……」Part4副題『無知』




  知らないことが罪なのなら……世界のほとんど人間は咎人なのだろう。 人間は、余りにも無知だから……――――

「余裕だなぁ、ノーヴァさんよ! 俺は、吹っ切れたぜ! さっきとは、違うんだよッッッ!」

  空をつんざく様な奇声を上げトレモロは、最初から配布されていた投げナイフを三つ夫々、違う位置に投擲する。
  ノーヴァは、それを槍を回転させえの部分で弾く。 その瞬間に、槍の回転により一瞬視界が遮断される。
  その隙を彼は逃さない。 容赦なく距離を詰め盗賊の初期装備である標準的なダガーを死角から振り翳す。

「甘い!」
「甘いのはあんただ……俺達は、一人じゃない!」

しかし、彼の行動は、彼女に読まれていた。 すぐさま、彼の攻撃を払いのけ胴に柄の先端部分を叩き込む。
  ガハッと咳き込み彼は、倒れこむがその表情には、絶望感は無かった。
  むしろ、上手く行ったと言う自信に溢れた意思表示が有った。 彼女は、忘れていたのだ。
  本来、後方支援を専門とする盗賊である彼が、真正面から突っ込んできたせいで感覚がズレたのだろう。
  本来のアタッカーである彼の幼馴染である凡の存在を視野から外していたのだ。
  しかし、すぐさま悶絶するトレモロから目を外し彼女の方へと目を向ける。
  そして、彼女の攻撃を易々と盾で防ぎ突きを放とうと構える。
  しかし、トレモロが全力でノーヴァの肩に飛び掛りそれを阻止した。
  その瞬間だった。 盾を縫って振上げられた凡の剣戟によりノーヴァの手から盾が放された。
  グルングルンと回転しながら盾は、空へと舞う。 ノーヴァの中の時間が止る。 
  まさか、たった二人の初心者にここまでやられるとはと油断しすぎていた自分を叱責する。
  しかし、そのような反省をしている間に勝負は決していた。 二人の武器がノーヴァの喉元に添えられている。
  彼女は、ごくりと唾を飲み込み負けを認めた。

「手を抜いていたとは言え大した物です。 はぁ、私の危惧は杞憂に終りそうな気分ですわ」

  最後の何時もと違う彼女の口調、二人は微苦笑した。
  こうして、二人のチュートリアルは一端の幕引きを迎える。


  風、野宮詩織、月読愛の三人は、トレモロ達がチュートリアルを終えた頃、クエストの目的の近くの門前へと到着していた。

「覚悟は宜しいですの風? 今まで以上に注意が必要ですわよ?」

  釘を刺すように棘っぽい声で風に月読が問う。
  それにたいして風は一度、瞑目し「行こう」と、合図する。
  三人は、ひとしきり自分たちの用意してきた道具を調べ合い門をくぐった。
  その先には、見渡す限りの草原。 所々に丘陵が有りそこに上がる道が幾つか存在している。
  空は、今にも泣き出しそうな曇天。 彼女達が、フィールドに足を踏み入れた瞬間に、ポツリポツリと雨が降り出す。
  彼女達の髪の毛を濡らし雨粒は頬を伝う。

「雨か……初めての天候だな」
「不安ですわね。 天候云々で生物の営みは随分と変るものですし……何より、媚薬……効果半減以下ですわ」

  三人は、同時に同質の不安を感じるのだった。
  天候の変化により地形も変更するしモンスターの行動パターンも変化するのだ。
  更に、同じモンスターでもフィールドによって行動パターンが変更する。
  つまり、何度もこの任務を達成している彼女たちにとってもこの天候でのクエストは、未体験なのだ。
  初心者のような不安に晒されるのは当然のことだ。
  三人は、神妙な表情をして歩き出す。

  しばらく草丈の高い所に身を隠しながら歩いていると眼前に敵影が現れる。  
  三人はそれを見た瞬間に、「装備」を唱え武器を顕現させる。 
  風の武器は、昨日新調した長い柄を中心に、巨大な円形を描いて作られた大鎌、円陣鎌の一種。 
  緑色の刀身を持つブルスヴェイブ。 攻撃力は、二百二十と言うし彼女級の戦士が持つには最高威力の武器だ。
  そして、愛が、持つのは、長剣ほどの長さがある六本の刃を何本もの長いワイヤーで装備者の体に巻きつけて、繋がった刃を操る武器、ABYSS。 魔法使い様に作られた武器による後方支援をするための武器だ。 
  魔法より武器の方が効き目が良い相手が、居る事にたいする対策と言う意味で作られた武器。
  魔法使いの武器としては最高威力を有する。 その中でも彼女達のクラスで持てる最高の威力を有する武器。
  九つ全ての刀身に爆発の魔法の呪譜が貼られた爆撃孔雀だ。 刀身が、孔雀の羽に似ている事から付けられた名前である。
  そして、チームの最大のアタッカーである野宮詩織の武器は、巨大な太刀、大振りの太刀と言う名の青龍刀に似た反りのある形だ。
  極限まで斬る性能を高めた殺傷能力に優れた武器で威力は、風の有するブルスヴェリブと同等である。
  
  三者が三者、現時点での自分達が装備できる最大威力の武器を大枚を叩いて買ってきたと言うことだ。
  決して、今の状況を楽観視していないことは分るだろう。
  彼女達は、身を屈め陰影の主へと慎重に最大級の警戒を払い近付いていく。 
  既に、雨は土砂降りに近くバチバチと肌を叩きつける大粒の雨が痛い。 伝い体を濡らす雨が鬱陶しい。
  しかし、彼女達は、体温を奪われて死ぬような愚は冒さない。 そして、声を上げて敵に警戒心を与えるような愚も。
  距離が徐々に詰る。 遠距離攻撃の可能な愛の射程圏へと到達する。 
  音も無く魔力を開放し愛が相手の姿を確認する。 
  魔法より武器に弱いモンスター、頭の天辺が剥げている紫色のダチョウを退化させたような化物カルクオットゥアだ。
  彼女は、弱点部分である頚椎の部分を正確に爆撃孔雀で狙い打つ。
  瞬間、血飛沫が上がり続き魔力による爆発が発生する。
  突然の襲撃に一瞬にして一匹のカルクオットゥアが命を落とす。 しかし、相手は一匹ではなかった。
  他に三匹。 彼等は、既に爆発の音で敵襲を察知し警戒態勢に入っている。
  だが、相手は、所詮は、主賓を相手をするには邪魔と言う程度の雑魚である。 
  敵襲に気付いたとは言え浮き足立っている状況にある程度では、彼女達の相手になるはずも無い。
  何の危なげも無く彼女達は、三匹を蹂躙した。

「はぁっくしょん! うぅ、さびぃ……どっかで雨宿りしようぜ? 流石に、少しヒットポイント減ってるしよ?」
「そうですわね……お手頃な洞窟が近くに有りましたわね?」

  血の鉄錆びた臭いが充満する。 雨により臭いはすぐにかき消されるが三人は、そんな血の香りを全くなんとも感じず会話をする。
  この世界に来て先ずなれるのは痛み。 そして、次に慣れるのが血。 三番目に死、最後に腐臭と言う言葉がある。
  彼女達は、それら全てに既に慣れている状態にあった。 これが何を示唆するかは、分らない。

「よし! 周りには何も居ねぇみたいだし競争だ! 一番乗りが、夕食おごりな!」
「は――、餓鬼ですわねぇ……まぁ、やるからには、負けられませんけどね!」

  野宮の提案により三人は、雨宿りするために近くに有る洞窟地帯へと駆け込む。
  一番、遅かったのは、風で一番速く到着したのは、愛だった。 風は、罰ゲームの内容を聞いていなかったのか愛の肩を揉みだす。
  それを見た詩織は、態と最後になったなと苦笑した。
 
「えっ? 罰ゲ違った!? って言うか愛、相変わらず肩柔らかっぐぁ!?」
「セクハラは……めっですわ?」

  愛は、彼女に向かって頭突きを食らわせ小指を立て彼女の唇に押し当てて小悪魔的な笑みを浮かべる。
  そんな二人の仲睦まじい様子を見て詩織は一人疎外感を感じながら呟いた。

「あたしだけ距離を感じるんだよなぁ……」

  二人には聞こえない声で。 それでも自分が此処にいるのは、彼女たちと居るのが心地良いからだと知って。
  二人のじゃれあいを見詰ながら彼女は、しけって居ない草木を集め火をつける。
  愛と風のじゃれあいが終ったころには、紅蓮の炎が燃え上がり此処地良い暖かさが骨身に染み渡り始めていた。
  パチパチと言う火花の音が胸に響く。 三人は、寄り添い合い夫々の思いを語る。

「あたし達さ。 まだまだ、これからだよな。 こんな所で死ねないよな!」
「当然だよ……この洞窟の中に潜んでいる可能性も有るし油断はしないでよ詩織?」

  夫々の思い、夫々の将来の夢を語り合う。 生延びるためのエンジンを充足させる。
  茶々を入れる風に「お前らがじゃれ合ってる間、あたしがずっと気をはってたんだぜ?」と、胡乱げな目で詩織は答えた。

  十数分が過ぎた。 ある程度以上、服も乾き三人は、移動を開始する。
  その瞬間だった。 聞き覚えのある咆哮が、洞窟内を乱反射する。
  それは、今回の攻略対象の泣き声。
  近くに居る。
  三人は臨戦態勢に入る。 反響音のせいでどこから声が聞こえてくるのか良く分らない。
  しかし、彼女たちとて馬鹿ではなく、どこから相手が来ても対応できる場所で暖を取っていた。
  前方、後方、左右、四箇所。 上空は警戒対象として有り得ない。 どこから来る。 
  緊迫感が伝染する。 心臓が早鐘を打つ。 妙な冷や汗が、体を覆う。

「どちらから来るか賭けません? 四箇所……良い数字ですわ! 私は、正面!」
「面白いね! あたしは、左側だな! 風は?」

  彼女達は、良く賭け事をする。 彼女達なりの緊張の解し方だ。 賭け事の勝利金は、大した物ではなく仲の良さが伺える。
  野宮の質問に、風は、「じゃぁ、後ろ」と答え、罰ゲームは何? と、言い出した愛に促す。
  そんな事をしている間にも大音響の泣き声とずんずんと言う胸に響く足音が、耳朶を付く。
  容易い言葉を掛け合っていなければ正気を保っていられないのだ。
  愛は、少し逡巡した後、口を開く。

「負けた二人は、勝者にマッサージしろっ! ですわ!」
「何て嬉しい罰ゲー…………真正面ですね。 負けました。 有難う御座いました!」

  風にとっては、愛が勝者であれば有る意味嬉しいゲームである罰ゲーム。
  風は、是非、愛が当りますようにと祈りを捧げる。 願いは届いたのかその祈りは叶い真正面から小赤竜は現れた。
  紅い外殻に覆われた尖鋭的なフォルムで尾の側面にも棘がびっしりとついている。
  口からは、日をチロチロと出している。 間違えなく小赤竜エルティグマだった。

「グガアアァァァァァアああああああアアアァァァァァァァアあっアァッッアァァァああアアああアァアアああぁぁあアアッッッッ!」

  見慣れぬ生物を見つけ興奮したのか彼は、大きく息を吸い威嚇のために精一杯の咆哮を発した。
  ビリビリと大地が揺れる。 先ほどの小物とは違う強者と呼べる存在だ。
  一瞬の油断が、死を招くだろうと彼女達は察し武器を構える。

「詩織! 正面は任せますわよ!」
「了解!」

  重装備の詩織が、モンスターにとって一番目に付きやすい場所で動き回り比較的軽装で機動力に優れた風が、死角へと接近する。
  一番、防御力に劣る愛は、常に相手の後ろを付くように動き、援護射撃や回復を行う。
  騎士、海賊、魔法使いと言ったバランスの取れたパーティの基本的な戦術を彼女等は、忠実に再現する。
  あっと言う間に、エルティグマは痛苦に悲鳴をあげ逃走した。
  逃げ足が速いこともこの小赤竜の特徴である。

「思った以上に簡単に遭遇できましたわね。 幸先が良さそうですわ」
「あぁ、次の遭遇で倒せそうだしな! そもそも、直ぐに追い付けそうだし!」

  エルティグマを追いながら小さく安堵の溜息をつくように愛は言った。
  それが、甘かったことを直ぐに三人は知ることになる。




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Stage1「慟哭が心の空を貫くがゆえに……」Part5副題『護るための代価』

         ――――世界は、何事にも平等である。 人々がそれを感じぬのは。
                世界の求める平等が万人が求める平等ではないからだ――――……

  エルティグマの動きには普段の戦いなれた天候と比べ、別段の変化は無かった。
  何度も闘い行動パターン、どのような行動が出来るか。 どんな状況でどう思考するか、手に取るように分る。
  驚くほど順調に戦闘は、進む。 相手の攻撃を確実に回避し痛打をくらわせていく。
  竜と呼ばれる強固な肉体の持ち主の中では体が出来ておらず脆弱な部類に入るエルティグマ。
  彼は易々と消耗し既に、眼に見えるほどに憔悴していた。 踵を返しまた、逃走を図る。
  おそらくは、次に彼に追いついたときに勝敗は決するだろう。 彼女達は、そう、踏んでいた。

「逃しませんわよ! ポイズンティル!」

  しかし、なるべくなら早く倒せた方が良い。 何しろ雨天は手探りのようなものだ。
  モンスターは大概、状況により居住するテリトリーを決めているが、その基本的な雨天時の生息エリアが分らない。
  つまり、一寸先は、見たい券の闇のようなものなのだ。 
  できれば、戦い易いことを確認できた空間で長く戦いとどめをさすのが望ましい。
  遠距離攻撃に優れた愛が、爆撃孔雀より更に攻撃力の高い魔法による攻撃を試みる。
  今、彼女が使用可能な最強の魔法。 毒々しい色の酸性の大量の液体を放出する呪文。 
  うねりを上げて放たれるそれは、エルティグマへと吸い込まれるようにして向かって行き命中する。
  ジュワァッと音を立て鱗を焦がす臭いが充満する。 
  血抜きされていない肉が焼けるような一般人にはキツイ異臭が立ち込めるが、彼女達は慣れているのか物怖じ一つしない。
  
「ギガギャアァァァァァァッッッッ!」

  痛みに体を脈動させ慟哭するエルティグマ。 動きを止めた瞬間に風と野宮詩織が近付き力の乗った強力な一撃を急所へと叩き込む。
  頭蓋が軋む音が響く。 メキメキと言う音を立てる。 何度も打ち込まれる攻撃の衝撃に耐え切れず頭部が砕けたのだ。
  それが致命傷となり竜の子供は、白目をむき小さく断末魔を上げ地面へと四つん這いになった。
  少し脈動した後、それきり動かなくなった。 絶命したのだ。 狩りは終了した。
  
「やったな! 楽な部類の奴だったとは言えちゃんと生延びられたぜ!」
「そこっ! 当たり前のことで喜ぶな!ですわ粗忽者!」

  対象の死滅が確認されると同時に風たちの脳内にクエストクリアの報告音が響き渡る。 
  生延びたという証明のものだ。 これがなった後は、敵の攻撃を受けてもダメージにならない。

  筈だった。 長い間、このゲームに慣れ親しんできたゆえに彼女達の中にはその常識が根付いていた。
  だが、否、だからこそというべきか。 悲劇は起こった。 
  完全に油断していた愛は直ぐ近くで地面が掘られている音を聞き逃していた。
  それは、集中していなければ分らないような小さな音だが、普段の緊迫した任務の最中では聞き逃さない音。
  勢い良くその穴から回転しながら突進してきたモグラのような魔物が、彼女の腹部、子宮の辺りをえぐる。
  以前までのゲームならそれほどの損傷にならないはずのそのモンスターの攻撃。
  本来のゲーム設定上でのダメージとしてなら千ヒットポイントあるうちの十程度の痛撃。
  アストラル領土に生息するモンスターのうちでも最も攻撃力の劣る貧弱なモンスター。 ヒャラルの攻撃、
  しかし、今の彼女には、否、彼女たちには、唯のそんな取るに足らないはずの雑魚の一撃が致命傷となった。
  その一撃は、軽々と彼女の薄い肉体を貫通し。

「ぅっ!?」

  愛は、激痛に表情を曇らせ小さく呻く。 それ以上は、傷が深すぎて声が出ない。
  文字通り腹部に巨大な穴が開き大量の血が流れ出す。 えぐられた筋肉や内臓が散乱する。
  頚椎と思しき部分が、露出している。 彼女は、口内から血を流し音も無く倒れこむ。

「愛? そろそろ帰ろうぜぇ……って? おい……何、やってんだよ?」
「あれ? 愛の腹部見て? 何か……おっきな穴が……あっああぁぁぁああっあっ穴……がっ!?」

  程なくして風たちが異変に気付く。 野宮詩織の出発の合図に返事が無い。
  普段なら「言われなくてもこんな湿気の強い所、長居は無用ですわ!」などと愚痴ているところなのに。
  あのキーの高めの声が、返ってこない。 小さな恐怖が巡る。 それは、確実に大きくなっていき鼓動が高鳴っていく。
  ドクンドクン。 このスリリングなゲームで感じる恐怖の脈動を遥かに上回る絶大な緊迫感。
  振り返るまでのコンマ数秒が長い。 永遠のように。
  その永遠のように長い時間。 二人の感情は同調していただろう。  チームとして結成はされていなくても長い間、気が会うからと言う理由で支えあった仲間同士だ。
  愛が、何か不慮の事故で自分たちの知らない何かのせいで倒れこんでいると言う予感。 恐怖。
  確認していない彼女たちにとっては死んだと決まったわけでも無いのに、喪失感すら鬱積する。

「愛……なんだよこれ……なんなんだよ!?」

  言葉が出ない。 目に映る光景が理解できない。 なぜ、仲間が腹部に風穴を上げているのか。
  血が、絨毯のように大量に流れているのか。 生気の無い土気色をしているのか。
  そして、逡巡する。 ゲームクリアの報告後の話なのだ。 
  つまり、彼女らの常識の中では、何が起こっても傷はつかないはずなのだ。
  彼女達は知らない。 ストレンジアに冬音が殺されたのはゲームクリア後であることを。
  多くのプレイヤー達がゲームクリア後に命を落としたという事実を。

「とにかく、とにかく、速く町に戻って……愛! まだ、生きてる! 息微かにしてるからッッッッ!」

  状況を理解できず戸惑う風。 務めて冷静に彼女は、愛の脈を取り呼吸を確かめる。
  しかし、その冷静な行動も彼女が、愛に情を持っていてこそのものだった。 口調に冷静さは無い。
  彼女の悲痛な叫び声にハッとなり詩織が、顔を上げる。
  右手を握り拳で翳す。 すると三人が、光源に包まれてその場から消えた。  
  ゲーム中断やリタイアの時の動作でありフィールドから町の所定の場所に移動する事ができる手段だ。
  本来は、クエストをクリアすることが困難と見たときのリタイアに用いられる。
  本来ならゲームクリアすれば仕様として五分後にその事象が起こるのだがその時間が勿体無いと判断した詩織は、それを行ったのだ。  
  飛ばされる場所は、契約を受けたギルド。 三人は、数秒の明滅の濁流の中をさまよい目的地に到着した。

「…………愛を、愛を助けてッッッッ――――!」

  恫喝にも似た絶叫。 一人横たわる白い肌の腹部を大きく損傷した若い女。 一瞬で、周りの面々は状況を把握する。
  それを見て、大体は、可愛そうにやもう助からないと言った悲観的な言葉を投げかけた。
  彼女たちを曲がりなりにも知るトレモロや玖龍と言った面子は、絶句している。

「見世物じゃないんだ! てめぇら消えろ!」

  涙を浮かべながら詩織が周りのしみったれた面々を糾弾する。
  それを聞いたほとんどの面々は、ギルドを後にした。

「これは、私達じゃ……」

  損傷状況をつぶさに観察してリノアが、無力を悔やむように言った。

「あたしの命を使っても良い! 出来るんでしょ!? このゲームでもあるじゃん! 犠牲呪文みたいなの!」
「正気!? それやったらアンタ、今のアストラルだったら確実に死んじゃうよ!?」

  絶望的な状況なのは最初から知っている。
  そう、風は、自分の心に言い聞かせ宣言する。 自分の命を使えと。
  それを聞いたリノア達、受付嬢達は瞠目する。
  当然、野宮詩織も絶句した。
  リノアが、それはさせまいと全力で自分に許された範囲の提言と言う反論を口にする。
  口調は冷静だが表情は、命を安く使うなと激怒しているようだ。

「あたしは死んでも良いって言ってるのよ! あたしは、元々、この世界に絶望してた! 愛が居たから生きたいと思えたくらいなんだ!
あたしは、弱くて無能で無学で……このネットの世界じゃないと人と交流も出来ないような社会不適合者だ!
愛は違う! 彼女は、若くて才色兼備で優しくて真面目で……少し小さくてオタクだけど……夢に溢れてる!」

  風は、熱の篭った声で言葉を募り続ける。
  彼女の人生は、失敗に満ちていた。 自分自身に親切にしてくれる人物に対する裏切りの連続だった。
  結果、二十過ぎになってもまともな友人すらリアルには存在しない有様。
  せめてネット上では、仲間を裏切らない。 彼女は、そう心に言い聞かせながらカキコやアストラルをプレイし続けていた。
  誠心誠意つくし友達になれた存在にはお節介なほどに五月蝿い。 絶対、もう、裏切らない。
  彼女は、言ったのだ。 昨日の夜。 愛や詩織に。 命に代えても年長者として年下の二人を護ると言うことを。
  死なせて詩織だけ護るでは、許されないのだ。 
  鬼気迫る表情で彼女は、リノアを睥睨する。

「本気? 言っておくけどあたしは、現実の貴方を知らないけど十分貴方に魅力を感じてるんだけど……
それこそさ。 失いたくない! って、程度にはね」
「ゴメン……でも、あたしを尊重するなら……お願いだよ」

  そんな風に対して下級者受付嬢であるリノアは、テーブルを強く叩いた後、思いの丈を語る。
  その彼女の言葉を聞いても風の信念は揺るがない。 その目には、強い炎がギラついていた。
  詩織が、何かを言おうとかぜに近付くが、思いとどまり立ち尽くす。

「では……此方へ。 儀式を開始します。 最後に、愛様に何かお言葉は?」
「死んじゃってゴメンって言ってたって……」

  覆る可能性は低いだろうことを理解して居たノーヴァは、既にその儀式の準備を開始していた。
  風の細胞を愛の細胞と変換して移植すると言う儀式。 つまり、欠損している体の部分が大きいほど移植する側もリスクが高くなる。
  そして、当然、対象が傷付いた部分と同じ部分を移植しなくてはならない。
  愛が、即死しなかったのだから彼女も即死しないのだろう。 しかし、これ以外に助ける方法が無いのなら堂々巡りになる。
  風の体は、愛が復活する数秒のタイムラグの間に、移動させられ火葬されることとなった。
  最後の、風の言葉がどこまでも自分を考えていなくて野宮詩織には苛立たしい。 詩織は、怨嗟の声をあげていた。
  何も出来ず苦しい思いばかりが彼女の体を駆け巡る。 

  儀式が開始される。 
  虹色の明滅が、不規則に発生する。 それが、数十秒続く。
  光が霧散し消えて行く。 それは、まるで朝焼けのような神々しいさまだった。
  光が消滅した儀式の魔方陣の中。 二人の女。 
  愛の傷は、まるで無かった事になり、その代わり風の腹部に大きな穴が開いていた。
  儀式は成功したのだ。

「成功した……んだよな? 何でだよ……全然、嬉しくねぇよ」
「……野宮様、風様の焼却処分を開始します。 愛様が目覚める前に……」

  まるで魂の抜け殻のようになって倒れこんだ野宮詩織には、ノーヴァの言葉は届かなかった。
  彼女の震える背中を見詰めノーヴァは、唇を噛締めながら手から焔を発し風の死体を焼却した。
  勢い良く一瞬で燃え尽きた彼女の遺灰を旋風の呪文で吹き飛ばし事後処理を終了させる。
  淡々としているようだが彼女の表情には、嫌悪感と罪悪感が滲み出ていた。

「あれ……私? 生きてますの―――――ー――?」


  程なく立って愛が目を覚ます。
  野宮詩織がいるのに風が居ない事に訝り彼女は問う。

「あの、風は? お姉様は……どこに?」



【シリアス・ダーク小説/金賞】パラノイア【10】

パラノイア

風(元:秋空  ◆jU80AwU6/.さん



【続き】




Stage1「慟哭が心の空を貫くがゆえに……」Part6副題『過去を断つ覚悟』
(一人称視点:HN・月読愛 本名・志摩 桜子視点)



  何故、お姉様が? 何故、彼女が犠牲になってしまったのですの? あいつなら……まだ、良かったのに――


                                      月読愛――――――

  
  “死んじゃってゴメンって言ってたって……”ですって? 
  何で……なんでそんなに馬鹿なことを言い残していくのですの?
  本当に、どうしようもない馬鹿ですわ!

「私が、あんな油断さえしなければ……お姉様は……」

  涼しい夜風が今は鬱陶しい。 
  誰もがインターネットと言う名の脱出不能の堅牢な檻に収監された今、ここは、以前よりはるかに人口密集度が増している。 行きかう人々の声がうるさい。 うっとうしい。
  分っていますわ。 それは、ここを歩く人々の中にも私のように仲間を失い沈んでいらっしゃる人々がいることくらい。 でも、一人で何も聞こえない所で喚きたいのですの!
  わがままですわね……ハァ、少し前は……結構、一人になれる場所もあったのものですのに。

「おっ、黄昏てるそこの美少女! 俺が、このゴールデンハンドで癒してやるぜ!」

  黄昏ている美少女……一体誰のことでしょう? 卑下な男の声を考えるに狙われている少女は危険なのでは……
  そんなことを他人事のように考えている私に声の主は、近づいてい来る。
  卑下た声にお似合いの下賎な身なりの男。  
  左目を眼帯で隠した無精ひげの角ばった顔つきの男。 年齢は四十台半ば位かしら?
  見るからに馬鹿丸出しで下品そうですわ! 汚らわしい、来るなとオーラを飛ばしては見たけれど相手は、全く気付かぬ様子。
  相当、女に飢えているのか……私の情動などまったく察せず、ズカズカと進軍してきますの。
  私、胸の鼓動がドクンドクンとうるさく感じるほどに緊張してきましたわ!
  正直、怖いですの。 女子高の出身と言うこともあって男性経験も乏しいですし……何より近寄ってくる男は威圧感が……凄いの。

「っ……それ以上近寄るなですわ! 変態野獣男! 汚らわしい手を近づけるなと言っているのです!」

  でも、何の抵抗もしなかったら良いようにやられるのも明白。
  私は意を決して大声をはりあげ男を罵倒する。 周りの目も加わり相手は、行動に出にくくなるはず。
  逡巡しているすきに、ダッシュで逃げれば振り切れるはず!
  周りの目……えっ、何ですの? 
  皆さん……女の子が叫んでいるのに……悪漢に襲われているのに何のリアクションも無しって……
  あっ、ここは、そうだ。 歓楽街のような場所。 ラブホテルの乱立する場所。
  比較的静かな場所で心の整理をしようとしていたらこんな場所の裏通りにきてしまったのですの私。
  これじゃ良いカモじゃありませんこと!? ヤバイ。 周りは、襲われる弱者を見て快楽を覚えるような変態ばかり!
  危険……危険危険危険……あぁ、貞操の危機という奴ですの? こんな野獣のような粗忽物に……やられるのは絶対、ごめんですわ!
  でも、退路は絶たれていますし……どうすれば? くっ! 風……なにをもう、居ない人に頼っているの!?
  詩織……リノアさん……助けに来てですの! 自分の不注意で助けを求めるしかないような私が情けないですわ!

「誰も君の心配なんてしてないぜ? ここに来てるってことは欲求不満なのかとばかり思ってましたお姫様」
「あら? 貴方のような粗野で無学そうな男でも一応の敬語は話せるのですね……」

  逃げ場はない。
  なるべく時間を稼いで急所に一撃入れて……逃走するべき! そうですの!
  何を甘えたことを考えているのですの志摩桜子! いつも優しくしてくれた風は、もういないのですの!
  私を護ろうとしてくれる存在なんて後は、詩織位なものですの! 私自身が、シャキッとしないでどうしますの!?
  なるべく隙を見せずこの場を自分の力で切り抜けるのですわ。
  正直、相手の体の幅は広くこちらを逃すつもりも無いようで退路を断つように上手く近寄ってきていますわ……
  でも、言葉の押収をしている間で奴の動きを一瞬でも止めれる言葉を発することができれば……
  無理矢理一気に私を抱き込もうとしてこないコイツなら何とか……

「言ってくれるね子猫ちゃん? そう言う女王様気質ってここらへんじゃ始てだぜ! きゅんと来るじゃねぇかぁ!」

  男は、私の罵倒に恍惚とした表情を浮かべる。 
  こいつ、マゾですの? 何だか相当な性的嫌悪感を感じましたわ。
  断定ですの! コイツからは何が何でも逃げ延びねば!
  しかし、無骨で馬鹿そうな男ではあるけど何度もこの手のことを成功させてきたのでしょう……
  手馴れているというかこちらの動きを制限するのが上手い……
  うぅ、こうなったらいっそ挑発して動きの単純化を……狙いましょうか。
  いえ、相手の体の体積は広く、単純になったとしても回避しきれるとは限りませんわ。 リスクが大きい。
  そんなことを考えている間にもやつは、じりじりと近付いてきて……

「もう、逃げれないぜ子猫ちゃん? つーかーまーえー……」
「ふわあぁぁぁ……あら、ごめんなさいね。 あまりに冗長なのであくびがでてしまいましたわ。
本来なら貴方、とっくに警察呼ばれて刑務所行きですわね? 
もっとも、現実の世界では、できないことをこちらでやっている臆病者なのでしょうけど」

  男が私を捕獲する動作に入る。 その瞬間、私はわざとらしくあくびをして長髪の言葉を並べたてる。
  瞬間、男の動作が緩慢になったのを私は見逃さずすかさず股間に膝蹴りをくらわす。
  悶絶し苦悶のうめきを上げくずれおちる男。 私は、それを一瞥もせずに全力疾走しましたわ。
  だって、振り返れば捕まる気がして……私を逃した男の怒声が耳に響く。
  速くあの野卑な奴の声の届かぬ所へと逃れたい。 

  過去に思いを馳せたい。
  同じポッキーを一緒に食べてデュエットしかけたときのこと、私のことの妄想で転がり回って頭を打った馬鹿な風のこと。
  私に大学進学についての手引きを初々しい雰囲気で慣れない手つきでして下さった風のこと。
  あぁ……一緒に、私の街に来て夜空を見上げて……
  私のお父上の船で一緒に海に出て……そんな日々を暮らしてみたいと誓ったあの日。

  思い出される過去の残影。 その全てに浸りたいですわ。
  何で……何でですの? 何で死んでしまったの……なんで私のために命を捨てたのですの!?
  私のために命を捨てたなど傲岸不遜にすら聞こえる自分勝手な夢のはずなのに……
  彼女は、私のために本気で命を捨てた。 そこに彼女自身のなにか、彼女自身への言い訳があったとしても……
  本来……しえないことですわ。
  私は、彼女を犠牲にして生き延びた。 そうなら彼女の分も人生を謳歌しないといけないという義務があるはず。
  今まで、彼女に沢山助けられきた。 でも、彼女はもういない……いないのですの。

「はぁはぁはぁはぁ……どうやらおってこないようですわね」
「やっぱ、愛は、はぁはぁする声がエロいよな。 釘宮さん……いや、堀江さんみたいで」

  何分走ったでしょう。 足は既にガクガクして酸欠状態で呼吸が困難でめまいがしますわ。
  体も火照って汗ばんでいるようですの。 息が……苦しいですわ。 息ができない感覚。
  彼女を失ったときのような感覚。 あのときにあった切なさと喪失感がこみ上げてきて涙が流れる。
  生暖かい涙、流れたら止まない……雨のようですわ。 
  変態男をまいたと安堵したら瞬間に私は、過去の記憶にしがみついていた。 そう言うことですの……?
  
  泣き崩れそうですわ本当……立ち止まり呼吸を整えていると聞き覚えのある声。
  顔を上げてみるとそこには、見覚えのあるボーイッシュな少女。
  華奢で小さな体に反して、大きな胸のアンバランスさが特徴的な私の友人。

「詩織……こんな所で何をしてましたの?」
「あぁ、リノアの姉さんに愛がピンチになってるって聞いてな。 あたしが助けた方が良いんじゃないかってさ」

  なるほど、機械とは思えない感情を考慮した判断ですこと。
  そんな判断ができるからこそ私達は、彼女達受付嬢システムと人間を相手にするように楽しくコミュニケーションできるのですけどね。
  それにしてもその根回しは少しありがたかったですわ。 私、籠の中の鳥のような状況でしたもの。
  きっと、風と一緒だったらいつまでもこれからも長い間、そうだったのでしょうね。
  勿論、それでも私は、彼女が大好きですし……彼女に感謝して尊敬してを何度も繰り返すでしょうけど……

  あぁ……少しは、自立したいから私のやりたいようにさせて! とか、彼女に言って困らせてみるのも楽しいかもしれませんわね?
  楽しいか……もう、会えないのですね。 本当に、もう、会えないのだから。

「詩織。 私、本当は風を失ったとき貴方が犠牲になってくれれば良かったのにと思っていましたわ。 ごめんなさいね?」
「良いって良いって! きっと、あたしが死にかけて愛と同じ状況になったら似たようなこと言ってるから!」

  一歩ずつ前に進みましょう。 
  存在しないものを見ていてもなにも前には進まないのですから。
  そう、少し開き直ることができた気がした。
  だから、私は、思い切って詩織に言ってみたのですわ。 本当なら胸のうちに閉まっておくべきことを。
  すると彼女は、眉一つ動かさず達観した表情で言いますの。 似た様なことを思っていたと。
  つまり、彼女も私のことより風のことの方が好きだったって事実。
  なんだか、嫌悪感より親近感を感じましたわ。
  はっきり言っていままでは私、彼女のことが苦手でしたの。 女性ですのに男みたいではしたなくて……
  でも、そんなはしたなさと言うか男らしい一面を憧れる自分がいて……
  そこも嫌で……女性とは清楚であるべきだからと認めたくなくて。

「はっきり言いますのね?」
「案外、突っかかってこないな? キーキーと反論してくれよ? 萎えるだろ?」

  だからこそ、彼女の言葉があっさり肯定できましたわ。
  あぁ、やはり私達は反目しあっていたのだと……良い部分を見出しながらもどこかすれ違っていたのだなと。
  そんな達観した私の胸のうちを見透かしたように詩織は、質問攻めと言うか何と言えばいいのですの?
  自分の理想を私に押付けてきますの。
  反論するのが私の良い所? なんだか、こちらこそ萎えるですの。

「何だよ、何か可笑しい?」
「いえ、少し……気が楽になったと言いますか……詩織、これからも宜しくお願いしますわ」

  えっ、私、笑っていましたの?
  あぁ、数刻前に大事な人を失ったばかりなのに……人は、笑えてしまうのですわね……
  何だか儚いような虚しいような……でも、哀れみの気持ちが離別した存在への手向け酒ではないような……そんな気がして。
  きっと、彼女も私が笑っているほうが嬉しい気がして……

「当たり前だろ?」

  詩織は、私の申し出に間髪いれずに答えてくれた。
  私達は、この日を機に正式なチームを組むことを決意したのだ。

     
          ――――――ねぇ、愛? 愛は、笑っているほうが可愛いよ? だって、愛の笑い声可愛いもん――――――


                                         風より――――――――


〜Stage1「慟哭が心の空を貫くがゆえに……」The end〜



*************************************



Episode2

Stage2「現実も非現実も分らないんだ……だから、赦してくれよ」Part1

(一人称視点:HN・Neuron 本名・馬宮 優希)

    ――何が正しくて何が間違っているのか? それは、誰が判断するのか? 面倒クセェ……考えるだけ無駄さ――


                                         Neuron――――


  寝て喰ってゲームして本読んで……ゲームして寝て本読んで学校とか面倒クサイ。
  良い暇つぶしはねぇかなぁ? 暇潰しとかなくて良いんだけど……良くないんだ。
  訳が分らない。 何を言いたいのかも考える気もない。 でも、退屈ってのは……心身に堪えるらしく余計に面倒だ。
  学校には一応通ってるけど正直言って周りはただの風景にしか見えない。
  僕を見ている奴もいなければ僕も周りなんてみていない。 って言うかなんだか人間ってぼやけて見える。
  鬱陶しいし思い通りにいかないし馬鹿ばかりだし……同じことの繰り返しでマジだるい。
  正直、アニメとかみたいなスッゲェありえないピンチとかなったら僕絶対ゴメンなんだけど今の状況もゴメンなんだ。
  退屈すぎても躍動しすぎていても体が付いてかない。 無気力の極致ってやつかな?
  まぁ、そんなわけで僕は、少しリアルに刺激を虚無的な感覚で探していたんだ。

  そしたらさ。 あるとき突然、凄い興味有ることが転がってきた。
  アストラルって言う今、巷で大流行している痛みを感じるゲームって触れ込みの奴。
  そのゲームの参加者が突然、全員消失したとかさ。 凄いよな。 まぁ、僕は、全然実際、なーんにも感じないんだけど。
  動かない心が何か少し変な風がさ? 興味ない。 無気力。 いや、一応は、僕だって求めているんだぜ?
  そう、なんだか楽しいと思えば適当に楽しむくらいの甲斐性はあるんだ。
  ログインしてキャラクタ作って中に入る。 簡単そうだし現実から逃げられそうじゃない。
  そういえば、その消失? 失踪? 消滅? どうでも良いけど居なくなった人たちはどうしたのかな?
  PCに吸い込まれたとか言ったら面白いな。 もっとも、多くのそれが有力視されているけど。 
  面白いか。 面白いってどういう意味だっけ? ははっ、どうでも良いや。 
  唯単に生きているのに適当な暇潰しが必要なだけさ………

  そう、思って僕は、何箇所かのサイトを周って適当にどんな奴が興味持ってるか確認する。
  そして、行きつけのサイトの一つ。 多分、五番目位? の“小説カキコ”にログイン。 
  カキコでも結構、アストラルに参加していた奴が居るみたいで結構、例の騒ぎが起こっているみたいだ。
  さっきのPCに取り込まれたのが有力って言った理由の一つがこれ。
  アストラルに参加しているのは確実のはずで世間的には行方不明扱いのはずの人間の名前が、画面上では普通に現れているのだ。
  それも、なんだか、周りの会話とまったく噛合っていないのに話が垂れ流されていく感じ。
  適当に、言葉を羅列してスパムするような感じじゃなくて……如何にも本人らしくてその話自体が続いている。
  それなのに他人の会話は無視する感じがする妙な感覚。 
  あれだ。 言うなれば、みんなの言葉を脳内で構築しなおしてして衆人の情報に有ったような偽りの情報を与えられているような……
  そんな感じ。 分りづらいかな?
  僕も分らないや。 面倒くさいからどうでも良いし。

  とにかく、それが多くのサイトで蔓延しているんだ。 とても面白半分の構ってちゃんとは思えないレベルなわけ。
  あぁ、後、もう一つ面白い情報といえば政府の人達がコンタクトした行方不明者の身内の人たち。
  皆、一様にその家族のことを忘れてるらしいんだ。 不思議だね?
  何かにおうよね。 面白そうだよね……仮想のリアルの檻に収監されてデスゲームでもさせられているのかな?
  

「刺激的だろうな。 無気力に眺めていると楽しそうだなぁ」

  僕は、ただただそんなことをお気軽に思っていた。 
  そして、多くの人間が、アストラルに何かあると当りをつける。 当然だよな。
  あたりをつけるというか確定事項だろそれ? そんな確定めいた恐怖は、刺激の少ないリアルに生きる面々を駆り立てる。
  多くは警戒したり恐怖したり馬鹿馬鹿しいと罵ったりするけどそんな中に僕みたいな破滅的な奴や探究心に負けたやつは必ず居る。
  信じがたいほどに多い現実。 
  そして、現実的に考えてありえないが、PCの容量の枠内に人間がプログラム化されて存在している可能性が考慮されている中。
  今尚、その危険なゲームは、政府の上層の誰からも危険視されているのに消去させられる気配は無い。
  それどころか、プログラムの防衛システムがやけに硬いらしくサイトを強制閉鎖させて新規の参加者を規制することもできないらしい。
  言うなれば、お化け屋敷に入って永遠に帰ってこれない餓鬼を沢山量産する可能性のある状況で……
  それに魅せられる阿呆どもは確実に存在して……ただ、退屈から逃れたい平凡なチビの自堕落青年もその一人で……

  気付くと僕は”NeuronとHNを打ち込んでメールアドレスを打ち込んで。
  そして、アストラルの囚人になるならなんの意味があるのか分らないパスワードを設定してアストラルの世界の門戸を叩いている。
  
  細かい項目を見て顔を歪める。
  顔とか声とか面倒クサイ。 あぁ、職業……処刑者とか魔王とか厨二チックな職業名が心をくすぐる。
  目の色は、何か魔王っぽい赤にして髪の色は黒じゃつまらないから適当に、選択欄の上に記載されている白を選択。
  結局、魔王っぽいちょっと強そうなイケメンと強面を合体させたような顔を造るのに時間が掛かった。
  まぁ、頭の中は全然、何にも感じては居ないけどこういうところ手を抜けない主義らしい。
  最後に、声は、結構渋めの格好良い声を選択。 中田譲二って人の声らしい。 声優に興味ないから分らないけど。
  こうして、百六十センチメートルギリギリ程度のチビの渋い声のアンバランス魔王が完成した。

  それでは、いざログインである。
  今からわくわくするぜ。 頭の表面が火山の溶岩みたいにガツガツフツフツしてるけど心はまったく熱くならないんだなこれが。
  さぁ、いざ、未知なる悪夢の世界へとログイン。 勿論、魔王である僕に災いは降掛らないよね?
  何たってそれを見越してでもあるんだぜ。

『ログイン……っと。 うっ、うわおぉぉぉぉぉっうぅっ!? 
グニャングニャンの妙な感覚。 何か気持ち悪、気持ち良いんだけどぉ』

  瞬間、PCのディスプレイ全体が、凄まじい光を発する。 それは、激しい勢いで明滅しやがて僕の体を包み込む。
  その瞬間、僕の視界はグニャリと気持ち悪い感じに湾曲して体中が無重力みたいななんか未だかつて感じたことない感覚に襲われる。
  やばい。 ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ……なんだか癖になりそう。
  でも、これがネット全般や一部の政府の見解に付随するものなら二度と味わえないだろうなぁ。
  まぁ、ゲーム内でも似た現象があるなら別だけど。 気に入ったから有って欲しいなぁ。
  頻繁に――――

  風。
  頬を撫でる風。 気持ちが良い。 まるでリアルの夜長を散歩しているときみたいだ。
  まぁ、散歩とかしないから実際知らないけど。
  凄い完成度だなとひとしきり新世界の空気を満悦して、辺りを見回してみる。 
  時間は、現実世界と同じで夜。 月や星達が、空を賑わす。 
  深緑の葉をたわわに茂らせた木々の間から見える星々が都会では見れない景観を作る。
  しかし、そんな中にちらほらと異物が居る。 僕と同じ、このゲームに興味を持った人間達だ。
  皆、一様に同じ方向を目指して歩いている。
  理由は分る。 その皆が向かう方向には、コミュニティが確認できるからだ。
  木で造られた自然をふんだんに使った建物が等間隔で並ぶ趣と精緻さの両方が、存在するそんな町だ。
  僕もぼーっとしていてもゲームは始まりそうにないと悟り皆の向かう方へと歩き出す。
  
  存外に、遠くにあったらしく到着してみると思った以上に規模の大きい町だと知る。 名前をフランカスカというらしい。
  まるで星明りで生きてますって感じの松明の控え目な灯りが心地良い。

「新規のプレイヤーは、此方へ」

  凛とした声が、僕に投げかけられる。
  声の方向に目をやるとそこには、このフランカスカにしてはやけに明度の濃い点灯設備が設けられた建物。
  そして、その入り口に白い絹のコートとミニスカートを履いた美女。
  表情の少ない精緻な人形のような顔にモスグリーンの右目。 龍のエンブレムの刻まれた眼帯と言う井出達だ。
  まぁ、正直、厳しそうでS性な僕の興味の対象外だ。 そもそも、女とか興味ないし。
  いやいや、男にも興味ないよ!? ホモとかきもいって正直に思えるほど気力も無いけど……
  まぁ、兎に角、そんな馬鹿なことを考えていても意味ないしあの姉さんの言うとおりにしようか。

  入り口を通り抜けるとき、何か、案内の人と目が合った気がした。
  無表情で厳しそうでムカつく。 壊したい。
  ゲームの目的ってなんだろう。
  どうでも良いや。
  僕は、唯の傍観者に徹するつもりだし。

「物好きって多いんだな」

  中に入った感想は、そんな感じだ。 うん、そんな感じ。
  目に付くだけで百人は超えてる。 
  気持ち悪い。 人間嫌い……  


【シリアス・ダーク小説/金賞】パラノイア【11】

パラノイア

風(元:秋空  ◆jU80AwU6/.さん



【続き】




Episode2

Stage2「現実も非現実も分らないんだ……だから、赦してくれよ」Part2

(一人称視点:HN・Neuron 本名・馬宮 優希)

  全てが鮮明に映るけどやっぱり、人間はぼやけて見えるんだなぁ――――

                                 Neuron――――


  ハウスの中はそれなりに広い。
  でも、それにしても人が多すぎて……あぁ、人。  人人人ヒトヒト人ヒト人人人ヒトヒトヒト。
  百人は超えてるその数。
  正直、酔いそう。 明らかに人口過密で肌が密着するし……
  いや、正確にはそこまでじゃないけど……やっぱりさ。 キモイ。
  パーソナルスペース内に十人も知らない人間が居て……吐き気する。
  キモイ。 キモイ。 キモキモキモキモキモキモッッッッッッ!
  
  あーぁ、早速、後悔だよ。 
  ログアウトシステムがおじゃんって言うか最初っから無いから出られないみたいだし。
  マジ、人生の選択って奴を完全に謝った感じ。
  僕の人生自体が常人から見えれば間違えの塊なんだろうけどさ……
  この間違いは大きいかなぁ。 
  何だか、ゲームの中で死ぬことになります系な感じがモワッとするのよね?
  そこはかとかじゃなくてマジで強烈な異臭を放っててさ?
  まぁ、そんなやばい感じが面白そうなんだけど。

  何だけど……
  ん? んんんんんんんんんんんんんんんん!?
  あれ? 気色悪い肉塊の樹海を抜けてみるとなんだか見覚えのある陰が。
  え? なんで人嫌いとか気持ち悪いとか言っておいて積極的に人ごみに入ったかって?
  そりゃぁ、面倒なのが嫌いだから色々状況とかどんな間取りかとかを知りたいからさ。
  ほら、こんな沢山の人間収容する場所、重要じゃないはずないじゃん?
  それに、どんな職業の奴が多いかとか知っといた方が良いだろうしさ……
  じゃなくて! あれ? あのインフォメーションとか書いてあるカウンターみたいな場所。
  あそこに居るのあの眼帯色白美人姉さんじゃん!?
  どうなってるの? あぁ、ゲームマスター的立場だからテレポートとか出来るのね?
  そうですか。 最高です。 ごちそうさま!

「今日、ログインした面々はこれで全員ですね。 
総勢、二百八十八名の新規の入会のお客様ごきげんよう。
私は、本オンラインゲームのメインオペレーティングシステムにして受付嬢を務めるフリーダです。
多くの方々のご参加、この作品が評価されていることを感じ感無量でございます。
では、このゲームのシステム等についての説明を開始します。 よろしいでしょうか?」
  
  三百人近くもいたのかよ?
  それにしても、なっがい台詞だ。
  いやぁ、何て言うか社交辞令みたいなゲームだったら一々聞かないで飛ばすような台詞。
  でも、肉声が入ると中々飛ばせないよな? 澄んだ声に思わず聞き入る……うん、僕も人間嫌い全開ではないみたいだ。
  まぁ、ここから説明口調全開のゲームの内容説明に入るわけだけど……
  正直、たるいけどこの話は聞いておいて損は無さそうなのでご清聴しようと私は思います。 ハイ。
  
  ログアウト出来ない状況、そして、このゲームに手を出したプレイヤー達が、一週間経っても誰も帰ってこないこと。
  今更ながらに危険な山に手を出したんだって理解した連中が、滑稽にも不安げな表情を浮かべる。
  遅い。 遅いよ今更か? 何の覚悟も無しに手を出したのか? って、深みにはまる気は毛頭ない僕は、一笑してみる。
  そんなこんなで訪れた沈黙。 彼女の言葉をさえぎる者は誰一人いなかった。

  彼女から語られるゲームの概要は、こうだ。
  このゲームは、苦痛、臭い、温度など全ての感覚を現実と一切違わぬ感度で体感できる次世代型のゲームである。
  んなこた知ってるって……とか、誰も言わない。 ってか、言えない。 そこからが本筋。
  ゲームに決まったクリアと言うものは無くただただ、ギルドから出されるクエストをこなして行きプレイヤーレベルを上げていく。
  クエストの内容は、モンスターの討伐から危険地帯への物資運搬、要人暗殺などさまざまだ。
  クエストごとに一区切りまいに大別して五つのレベルがあり今の僕達は初心者クラス。
  頂点が、下級者・中級者・上級者・最上級者と続くらしい。
  普通にプレイして最上級者が生まれるのは、二年位掛かるとの概算だそうだ。
  んで、ここが最も気になるところでこの可視化されているHPバーみたいなのがゼロになったらどうなるのかって話。
  彼女がその話にさしかかったとき、皆が息を飲む。

「なお、HPバーがゼロになりますとその場で人生が終ると思ってください。 
アバターが砕け散り元の肉体へと変換されるのが死のサインとなります」

  一気に周りがざわめいた。
  そりゃ、そうだ。 面白半分で入った連中がほとんどでゲームで死ぬ気なんてサラサラ無いんだろうから。
  そして、彼女は更に訥々とつづける。 このゲームの難易度から計算される死亡率。
  クエストのレベルが一段上がればそれ以前の最強装備でも雑魚モンスターの一撃でも容易く死ぬ可能性があること。 
  ダメージが必ずしも一定ではないこと。 
  すべてを加味して少なくとも戦い方を知らない僕等では、この数では全滅だろうと言う。

「そもそも、ゲームのクリア条件はなんなんだ!? どうやったら俺達は現実に戻れる!?」

  始めてプレイヤーが声を上げた。
  何か、黒髪長髪の面長の少しイケメン程度のオンラインゲームにしては少しパンチの少ないプレイヤーだ。
  選んだ職業は、服装からして聖職者らしい。 
  そいつの言う事は最もだ。 俺も気になる。 
  まさか、永久に出口の無い地獄で戦い続けろなんて理不尽なこと言うんじゃないだろうな?
  そうなったら、ここの連中の何人かがパニック起してやばいことになりそうだ。

「貴方方にはクリア条件が設けられます。
貴方方のために用意された最終クエストをそれぞれがクリアする事です。
その最終クエストは、最上級者用クエスト最高難易度。 オペレーション零とします。
なお、このクエストは、プレイヤー単体でのエントリーは不可能。 
無論、安全のため、一人でも最上級者に達していない場合は参加できません。
そして、最後に、これをクリアする事により脱出するに可能な貴方方に与えられた猶予時間を二年とします」

「もし、それを二年以内にクリアできなかったらどうする!?」

  
  最上級者になるのに普通にプレイして二年。
  その最上級者用のクエストの最高難易度。 それを二年でクリアするって滅茶苦茶じゃないか?
  レベルの制限は無いってことは最上級者になってからが長いってことだろ?
  それの最高難易度ってことは、相当なはずだ。 
  全員、最上級者になってから相当レベルを上げた方が良いと言うことが容易に読み取れる。
  しかも、必然、団体行動をくまないといけないよな? 僕、団体行動とか嫌いだ!
  って言うか、集団で連係プレイとかできないとそのオペレーション零とかってのはクリアできないよな?
  あれれ? やばい。 傍観者をこのゲームは許さないみたいだ。
  じゃぁ、二年経つまでにそれをクリアできなかったら僕はどうなるんだ?
  当然の疑問。 それをまた、あの聖職者は問う。
  どこまでも真っ直ぐな声で……状況飲み込めてるのかってくらい焦りのない声で……

「二年の間にクリアできなかった者達は、死ぬということはありません。
唯、新たにオペレーション零以上のクエストを用意します。 一年周期で脱獄ミッションのレベルを上げていきます」
『脱獄ミッションって……やっぱり僕らは囚人なのか』

  脱獄ミッションとか言っちゃったよこの人。 なんだか急に腹立ってきたよ。
  僕は、唯、慌てふためく馬鹿達の姿を見たかっただけなのに。 
  あぁ、ゲームマスターでもない僕が、神様になれるはずも無いか。
  ふっ、ふふふふふっ……仕方ねぇなぁ。 あいにくとゲームは得意だ。 キャパもあるんだぜ?
  やれやれだ。 乗ったよ。 で? まずは、チームを組まないとな。 
  確か、組める人数は最大三人。 僕は中間型だから後衛と前衛が欲しいな。

「では、私からの話は以上です。
最後に、貴方方はこれから自らのオーラの色と同じプレイヤーとチームを組むことになります。
チームの脱退などは許可されていません。 女地色の方々がこれから運命共同体となるのです」

  えっ?
  澄ました顔で何言ってんの?
  それって選択の自由が無いじゃん!? メンバーが偏ったりしたらそれだけで苦労じゃん!?
  ランダムなんだろう……ランダムとか最悪!
  でも、覆りようが無さそうだ。 とにかく、相手を見つけよう!
  まずは……あぁ、あの半端にイケメンな聖職者が僕と同じ青紫色だ! 
  あとはあとは…………どこ? どこだ!?

「青紫のオーラ出してる奴どこー!?」
「あっ、はい、それなら私ですけど……ちょっと、そこの殿方、どいて下さい!」

  僕は、一刻でも速くこのデスゲームに慣れたいがために急ぐ。 それが荒げた声に出る。
  僕の心が警鐘を鳴らしている。 あの女の冷徹なまでに抑揚の無い声。
  それが、このゲームは確実に本当に人が死ぬと告げている。
  その声に答えたのは、女の声。
  少しお嬢様っぽい口調の良く通る落ち着きのあるボイス。
  僕は、声のした方向に顔を向ける。

  そこには、青のウェーブ掛かった長髪の金と緑のオッドアイの黒のゴスロリ風の日傘を差した色白の美女。
  この無頓着が少しだけ見惚れるくらいの美人。 
  正直、だいこん大魔法とやらは、護らなくても良いけど彼女は、護りたい。
  いやいや、一人でも欠けたらやばいんだけど……って、れれれれ? 待て。
  二年の間に仲間が欠けたらどうするんだ? 補充されるのか?
  っていうか、二百八十八って、運良く割り切れる数字だけど割り切れなかったら二人の場合も有るのか?
  可愛そうに。

「おい、レディーには、優しくしろよ。 そこの俺以上に無特徴な夜兎とか言う奴!」
「…………ゴメン。 悪かったね? えっと、菫さん?」

  おのれ、だいこん大魔法! 僕が、声を掛けようと……うん、恋愛イベントとかなったら面倒だからしないけど?
  って言うか、本当に夜兎って奴……何の特徴もねぇなぁ……服装は、移動性を考慮した軽装備。 
  殺人鬼のオーソドックスな奴だ。
  まぁ、深く関わる事も無さそうだからすぐ忘れるだろうな。
  彼は、すぐに自分のチームを探しその場から姿を消した。 どうやら、町の施設を確認しに行くらしい。

「ところで貴女の職業は? 前衛型がいないから前衛型だと好ましいんだけど?」
「そうですわね? 
命がけの闘いになるのでしょうのでメンバー構成は多岐に富んでいたほうが、宜しいですわよね?
各クエストの特徴にあわせて対策も取れますし。
えぇ、ご心配なく。 わたくし、これでも暗殺者ですの。 
この派手なスカートの下にたっくさんの暗器を忍ばせるタイプのね?」

  やれやれ。
  取り越し苦労だ。
  だいこん大魔法の聖職者は中距離サポート型で彼女の暗殺者は、近距離攻撃特化。
  ランダムとか何とか言って周りを見れば計算された組み合わせが良く分る。
  ある程度の良心はあるらしい。
  まぁ、こんなことやるにしてはって程度だけどね?
  この姉さんは、それなりにゲームの熟達者みたいだし……うん、第一関門は突破ってところかな?



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Episode2

Stage2「現実も非現実も分らないんだ……だから、赦してくれよ」Part3副題『裏側 1』



     ――――弱さとは罪なのだろうか。 ならば、弱者を踏みにじり叩き落す強者は罪ではないのだろうか?――――



  
                                  リノウェイより――――――




  男は、唸り声を上げた。
  その声は、追い詰められた獣の威嚇の声のようで。 
  世界と自分に対する乖離を感じた時の世界への憎悪の声のようで――――……
  ギロリと細められた双眸からは憎しみが滲み出ているのが理解できる。
  男の名は、伊崎朱馬。 アストラルの元ユーザーだった男だ。 
  彼は、アストラルの中でガンマンの職業に就き主に暗殺を生業として居た。

  当時のユーザーネームはリノウェイ。 
  プレイ時間自体は少ないが、現実世界での射的の腕の高さも有り実は、一部界隈で有名になっていた男だ。
  だが、彼は一つのミスをおかしそれが明るみに出たことでアストラルを追放される。
  一人の女性を無理矢理、誘拐しようとしたところを警備プログラムに発見され拘束されたのだ。
  愚かしい蛮行と多くのプレイヤー達はライバルが減ったことを喜びこそすれ怒る者はいなかった。
  そして、アストラルがパラノイアと名前を変えプレイヤーを収監する檻と化してから一週間。
  彼の名は風化し今や誰の心にも残ってはいない。 
  それが事実。 
  プレイ時間が短めにも関わらず狙撃手としてのある程度の地位を確立していた彼は、永久追放される少し前。
  このアストラルがパラノイアと変容し殺戮ゲームの舞台になることをメインプログラム、テッサイアの声により理解していた。
  故に、彼にとって何の足しにもならない何も満たしてくれない下らない現実など断ち切った。
  彼にとって現実世界の人脈も職場も家族も空虚な幻影のようなものだったのだ。

  当時の彼は、仕事を辞職した日、早速アストラルへと行く。
  手始めに彼は、みずからの求める血と憎しみに満ちた混沌の階段を登ろうとかねてより興味を抱いていた女性に手を出した。
  女性の名を風。 読みはフォン。 住所も本名も本当の容姿も把握して彼は彼女をターゲットに選んだ。
  本当の容姿を確認したのは、彼はパラノイアで死ぬとアバターが砕け現実世界の姿とおなじになることを理解していたからだ。 
  
「あぁ……良いだろう。 なぁ、何で……あの程度のことで永久追放なんだよ?
乾いて乾いてたまらねぇ! 俺は……俺は、こんな刺激の足りない世界は大嫌いだ! 破滅しても構わねぇ!
ヒヒッ! ヒャーッハハハハハハハッハハハハッハッハッッッッ!」

  男は、何の変哲もないオンラインゲームをしながら突然、笑いだす。
  瞳は、世界への憎悪とアストラルへの渇望で満ちていて。 
  椅子の上で不規則に揺れる体は、まるで何かの禁断症状を訴えているかのようで。
  彼は、父と母、そして五歳離れた妹との四人暮らしだがすでに誰一人手に終えず時おり発する奇声に耳を塞ぐばかり。
  金や他人の眼に見える証拠が有れば家から追い出し隔離することもできるが、生憎と彼の家族にはその資産はない。
  そして、リノウェイをあの痛みを感じるオンラインゲームでリノウェイを名乗っていた男、伊崎朱馬は、絶妙に本性を隠していた。

  そんな彼は、明らかな異常者だ。
  混沌と狂気を渇望する異端者だ。 
  ゆえに、恐怖と絶望がない交ぜとなっている今のアストラルに憧憬の念を感じずにはいられない。

「行きてぇ……行きてぇよぉ……そのために会社辞めたのによぉ!」

  怒り狂ったようにバンっとキーボードの鍵盤を男は叩く。
  そして、半狂乱になって猛り狂う。 猛りくるっては退職金で買った酒を口に流す。
  喉をごくりと鳴らすと口角をつり上げおぞしい声で嘲笑を始める。
  これほどまでに歪んでいるのにこれほどまでに自室では、狂っているのに彼の狂気は近隣には気付かれない。
  それどころか、人に優しい好青年で通っている。
  彼の実家と近隣との距離がそれなりに離れていること。 
  それを全て計算に入れ男は社交の場では好青年を演じ家の中では、牙剥きだしの悪者となっている。
  家族を嘲笑う悪魔。 それが、彼だ。

  夜中の十二時をすでに過ぎていた。
  三人の家族たちは、彼の独壇場であると知り彼の狂気に満ちた笑い声を聞くまいと耳を塞いで震えながら眠っている事だろう。
  そんな満たされぬ狂った男の耳に聞き覚えのある声が突然、響く。


「久し振りだな。 お前の狂気とくと見たぞ」
「あぁ……アンタか? ゲームマスターとか言って完全に枠内越えてるんじゃねぇか?」

  その深く通る男性は、伊崎朱馬にとっては聞き覚えのある声だった。
  いや、アストラルから追放される前までは聞き馴染んだ声だったとすら言える。
  彼は、大した驚いた様子もなく微笑を浮かべた。 ようやく来た。 待っていた、そう言いたげに。
  常に、狙撃手としてレベル以上の実績を上げてきた朱馬。
  彼は、あの巨大オンラインゲーム、アストラルのメインプログラムたるテッサイアに大いなる興味を示されていた。
  彼の誘惑の声に伊崎は直ぐに飛びつこうとする。 しかし、一瞬躊躇う。
  そして、挨拶代わりの皮肉を漏らす。
  彼が声を掛けてきたと言うことは恐らくは、嘲笑や侮蔑ではない。 彼と付き合いの長い朱馬は直ぐに理解した。
  感謝の念と昔のいつものやり取りを篭めて皮肉を投げかける。
  事実、一オンラインゲームの管理者を遥かに越えた枠に存在する人工頭脳に――――――…………

「で、話は何だ?」
「分っているだろう? 私は、狂ったお前を愛しているのだ」


  それ以上の言葉は要らなかった。
  伊崎朱馬は、一瞬にして彼の意図を理解し凄絶な笑みを浮べる。
  まさにこの瞬間、リノウェイが復活したのだ。


  一方、その頃、あの殺戮ゲーム“パラノイア”で死んだはずの人間が目を覚ましてた。
  目を覚ましたとはいっても現実の世界に転換されたわけではない。
  そこは、狭い空間だった。
  空間は、区切りは分るが透明で生四角形をしているらしい。
  黒髪で肩に掛かる程度のセミロング。 長身痩躯で色白。 
  優しげな顔立ち、男受けしそうな少女と呼ぶには少し行っているが十分に若い女だ。
  名を国枝円。 アストラルでは、海賊となり風と名乗っていた。 

「あれ? 何であたし……」

  訳が分らず額に手をあてがう。
  確かな温もりが、額から掌に伝う。
  あの時、確かに死んだはずだ。 あの強烈な痛みと鮮血に満たされら光景。
  フラッシュバックする体に大穴をあけた仲間の姿。 そして、焼き尽くされるときの明らかに処理能力を超えた高温に対する痛み。
  死ぬ前日にメインプログラム、テッサイアから発せられた言葉。
  あのゲームで死んだプレイヤーは、完全に死んだ事とされるはずだ。
  そして、自分は、仲間である愛を助けるために自分の生命力を全て捧げて自決したはず。
  
「嘘だった? あいつの言葉は……」
「違うな。 嘘ではない。 あの後、ゲームオーバーになったプレイヤーで生き延びたのはお前を含めて五人だ」

  厳かな声。
  あの日、聞いた絶望の象徴。
  忘れるはずもない空虚で無感情な声。
  メインプログラム、テッサイアだ。 脳内に直接語りかけているらしい。
  しかし、突然の彼の言葉に信憑性は感じられず信じる気にはなれない。
  風は、彼の言葉を聞いて反発する。

「ふーん、証拠は?」
「証拠が必要なのか? かりに必要としてお前は何を提示すれば証拠として認識するのだ?」

  何を言っているのだろうと彼女は、怪訝そうに眉根をひそめる。
  その表情を何らかの方法で遠方から察知したのかテッサイアは続ける。
  現実と虚構を認識できない愚者に善悪、真偽の評価が下せるのかと。
  ある種、至極最もな答え。 彼女達は、現実よりも現実的なアストラルで長い時間生活し思い知った。
  現実とバーチャルとは、情報量の違いに過ぎない。 事実、痛みや匂いすらあの世界は完全に再現した。
  現実と寸分違わず。 
  それは、人の触れてはならない禁忌だったのだと今更に思い知らされる。
  彼女は、すでに現実と虚構が綯交ぜになっている脳髄を抉り出して踏みにじりたい衝動に駆られた。
  その様を嬉々としてみているのだろうテッサイアはなおも言葉を紡ぐ。

「もし、月読愛が死んでいればこうやって転生していなかっただろうな」
「転生……?」

  理解できぬ言葉に再度、円は、眉根をひそめる。
  転生という言葉の意味は知っている。 しかし、それは、不可能なはずだ。
  一度死んだら生き返れない。 命は、だからこそ重い筈だ。 そんなことは、幼稚園製でも分る倫理のはずだ。
  
「…………墓穴掘ったね? 生き返るなんて有り得ない!」
「正確には、違うな。 ヒットポイントがゼロになり元の世界の姿を晒してすぐに死ななかったのを疑問に思わなかったか?
あれが、生死を別ける審査時間だったのさ」

  益々、分らない。
  仮に、彼の言う事が真実としてなぜ、自分は延命させられたのか。
  疑念が鬱積する。
  自分が優秀だったから。 まず、それは有り得ない。 なぜなら、彼女は、底辺のプレイヤーと言えるからだ。
  何せ、プレイ時間も短く腕前自体もそれ程ではないからレベルも相当低い。
  容貌、性格、人徳、レアな武具を所有していること。 思いつく限りの条件をピックアップしていくが全く、見当違いだ。
  彼女は、途方にくれて遠くを眺める。
  次の瞬間、テッサイアの声が耳に響く。

「お前は、死の瞬間……最後まで他人を思っていた。 それは、稀有なことだ」

  その言葉の意味は、彼女にはそのときは理解できなかった。


  一方、時間は一週間前の深夜、伊崎朱馬の実家での出来事に遡る。
  テッサイアに言われるがままに彼は、パラノイアとログインした。
  血が沸々と煮え滾っているのを彼は理解して改めて疑問をテッサイアに投げかけた。

「ところでよぉ? 俺は何で復帰を許されたんだ?」
「お前の狂気は、パラノイアに災禍を巻き起こす。 そう、私の演算プログラムが教えているのだ。 導くのだリノゥエイよ」

  解を聞きリノウェイと言う最も思い入れのある名前で呼ばれた彼は少し照れ臭そうにする。
  そして、彼は意気込む。 文字通り災禍を引き起こし混沌へと導いてやろうと。
  そんなことを考えながら彼は独り言のように言う。 
  より凶悪なジョーカーが居ても良いだろう、というテッサイアに対する彼なりの提案だ。
  その条件とは、チートを許せということに他ならない。 
  二重職業の許可。 つまり、通常は一つしか選択できないはずの職業を自分だけは二つ有する事ができるということだ。
  テッサイアは、それを受諾する。
  かくして高速アタッカーであるドライヴとガンマンと言う近距離と遠距離の両方の超攻撃型の戦士が完成した。

「なぁ……テッサイア。 俺は、今、最高に興奮してる」
「私もだよ。 リノウェイ」



       猫被って社交辞令言って何がリアルだ? リアルとは力だ。 卑怯も何もかも全て許される――――――



                                    リノウェイより――――――


【シリアス・ダーク小説/金賞】パラノイア【12】

パラノイア

風(元:秋空  ◆jU80AwU6/.さん



【続き】





Episode2

Stage2「現実も非現実も分らないんだ……だから、赦してくれよ」Part4副題『砕ける音』
(一人称視点:HN・菫ーsumireー 本名・橘 菫視点)

       「いつまでも準備ばかりしてもられないな。 現実に変える条件は、厳しいから遊んでる余裕はないぜ」


                   「あーぁ、全くだよ。 覚悟しないとなぁ……」

  Neuron様とだいこん大魔法様と同行し始めから五時間が経過しました。 
  ようやく、わたくし達は準備を終え本格的なクエストへと今から出向きます。
  わたくしは、ゲームオーバー=死と解釈すべき今の状況に胸が高鳴っています。
  速く体感したい! そして、試してみたいのです。そんな中に、矢張り死の恐怖も強いウェイトを占めていまして。
  わたくしは、今までの準備に不安は無いか再確認する。
  
  わたくし達は、先ず、十回ほどフリーダ様の全員、チュートリアルを受けまして……戦闘の基本を体に染み付けましたわ。
  本来、普通のゲームならこんなにチュートリアルなどしないのですが、命が掛かっているのなら別ですわよね?
  本当に、命が掛かっているなんていう自覚も有りませんが。
  わたくし達は実際に、体ごと別世界に移動するかのようなオーバーテクノロジー技術を体感してしまいましたの。
  慎重には慎重を喫するべきとの推断は、多くの面々がしている様子。

  わたくし達以外にも多くのユーザーと呼んでも良いのかも分りませんわね。 まぁ、この際は、ユーザーとしておきましょう。
  それ以外では、良い呼称が思い浮ばなくってごめんなさいな。
  まぁ、とにかく、皆様チュートリアルで基本動作などを入念に確かめていましたわ。
  十回のチュートリアルに現実時間にして二十分。 
  チュートリアルの空間では、一分が一時間になりますから二十時間、修行をしましたわね。
  正直、思った以上に本格的で何度かフリーダ様には「お前、本当ならこれで死んでる」って、指摘されたなぁ。
  最後のほうでようやく三人がかりで、彼女に一本取れましたわ。
  彼女は、反射神経と攻撃速度だけはゲーム内でのモンスターでも最高クラスと言うステータス状態で戦いを挑んできましたので。
  彼女に一撃与えられる状況を作ったと言うことは、つまりどのようなモンスター相手にも攻撃を与えられるということ。
  無論、回避もできるわね。最速状態の彼女と渡り合ったのだから……
  まぁ、攻撃範囲が広いとかそう言うのも絡んでくるでしょうが……

  そして、二十時間におよぶチュートリアルを終了したあとは、操作性の基本や武器の調達。
  便利な店の発見。基本ルールや応用ルールの検証。武器防具、道具などの使い方等の確認。
  最後に、今、装備できる最高の武具と最高級の道具を買える限り買いましたわ。
  うむ、こう考えるとやれることは全部やった感じですわね。これで駄目だったら運が悪かったってことかしら。
  はぁ、まぁ、正直、友達とか家族とか鬱陶しいし現実に未練とか無いし。
  むしろ、此方の方が生延びられるようなら楽しそうですわね。
  だって、漫画とか本とかゲームとか化粧品とかも普通にあるそうですし。
  もっとも、そういうのに手を出すのは、高レベル帯に至り経済的余裕がある程度出てきてからでしょうが。
  
「まぁ、やるべきことは、やったのですから……後は、挑むのみですわ! 大丈夫ですわよ。最下級のクエストですよ?」
「最下級って言っても死ぬのは嫌だよ。死ぬ可能性はあるわけだよ? 僕以外が死ぬのを見学するのは良いけどさ?」

  緊張気味というかやる気のなさげな殿方達を見て、わたくしは、苛立ってらしくないことを口走り口をつぐむ。
  そんなわたくしのことなどお構い無しにローテンションこの上ない声で、Neuron様がボソリ。
  いえ、全くその通り。他人が死ぬのを見学したいとか良い趣味です事。でも、それってアレじゃなくて?
  つまり永遠にここから出れないのでは? 
  あぁ、彼は、世界が大嫌いだというのは、この数時間の付き合いで分っているのだけど。
  一応、このまま居られても困るので聞いてみましょうか。

「貴方、一生、ここで暮らしたいんですの?」
「それも良いかなと思うけどさ。ほら、こっちでもゲームとか小説とかは事欠かないみたいだし?
でもさ。流石にやばそうだよね? この手のこみようと世界観の精緻さ。このままうだうだしている奴に優しいとは思えないな」

  質問に目を伏せる事も無く嬉々とした様子で彼は、それも良いなと笑みを浮かべながらこたえる。
  どうやら、心底、自分の居た環境が面白くなかったのでしょうね。家庭環境、人間関係? それとも彼自身が普通じゃないのか?
  率直と言うか鬱陶しいくらいに暑苦しいだいこん大魔法と比べると観察のしがいのある殿方ですわ。
  でも、そんな彼は、中々に観察眼に優れている様子。だからこそ、世界の穢れを察知し易いのかもしれませんわね。
  そう! こんなデスゲーム紛いのことをさせるのなら安穏と暮らしてられるような本末転倒なことはしないはず!
  何か必ず、ルールが有る。わたくしたちに否が応にもこの遊戯を強制させる何か……
  軍資金? いや、ある程度、力が付くものが増えてからの弱者が持つ欲求からくる焦り?
  もっと、根本的な……例えば一定レベルに達さない人間の排除とか?

「どうした?  菫。顔色が優れないぜ。今日は、やめるか?」
「ちょっと、何を戯言を言いますの? わたくし、うきうきしているのですわよ。全く、殿方達が情けないから冷や冷やしてたのよ!」

  場違いにも心配して話しかけてくるだいこん大魔法。大方、女の子が悲しい顔しているのは嫌だとかお節介をいうのでしょうね。
  女の子大好きだからとか女性は大切にって教え込まれたからとかって感じ? どこまでも単細胞で鈍い男ですわ。
  まぁ、その分、扱い易そうですけどね。あのやる気無いくせに感が良くて疑り深いもう一人と比べれば。
  とにかく、話が進展しないというか、この調子だと折角、受注したクエストの取消しを要請なんてなりかねないから。 
  わたくしは、躊躇わず本音を口にしてみる。二人とも情けない殿方扱いされて憤慨するかと思いきや。 
  片や情けなくてすみませんと真摯に謝り、片や情けなくたって良いよとなんともない様子。
  あぁ………不安になってきましたわ。腑抜けばかりですの。

「まぁ、ここでいつまでも立ち止まって立って意味ねぇし出向こうぜ!
任務は、簡単! どこにでもある唯のキノコの採取だしよ!」

  ふぅ、やっと話が進みましたわね。
  少し不安になったとか言っても正直、不安って言うのは、死ぬとか痛い目あうとかに対してじゃなくてさ。
  腹立ってわたくしが、こいつ等殺しちゃったらって話ですし。まぁ、なったらなったですが。
  絶対、ペナルティ有りそうで面倒ですの。
  もしかしたら、処刑なんてもありかもですし。
  死んでもかまわないとは言ってもここは、現実世界より気に入ってますからなるべく生きたいですしね。できれば気楽に。

「では、門を潜りますわよ。さぁ、行きましょう」
「はあーぁ、めんどうだなぁ……」

  Neuron様の妄言は無視! 先陣を切ってわたくしは歩き出す。門の先は、闇の空間。
  しかし、これがバグではないのは事前に聞いているので躊躇はない。
  門を抜けた瞬間、何か身体が湾曲するような感覚に襲われて目の前が波形上に揺らめく。
  そして、数秒。周りの風景は一変する。起伏に富んだ山々が聳えていて深く青い空が、見上げればあった。
  基本的には廃退的な感じの荒野だ。グランドキャニオンの谷の間にいるような感じかしら。
  通路は狭く周りは、大きな丘が囲んでいる形だ。
  正直、敵に囲まれたら逃場のない面倒な地形といえるだろう。最初の簡単なクエストでこれか。
 
『侮っていたな。これは、後半クリアさせる気のないクエストがドンドン出てくる予感がしますわ』

  微笑む。なぜだか楽しい感情が心の底から湧き出てくる。
  二人の殿方達は、まだこの世界の風景を見ている。きっと、どのような地形かできる限り把握しておきたいのだろう。
  それは、そうだ。どこが広いか、どこが行き止まりか。把握していないとしてるとでは勝手が違う。 何せ命が掛かっている。
  しかし、このフィールドは、どうやら人が周りを見回すには、障害物が多すぎるようだ。
  正直、それでもなるべく把握したいと丘の岩肌をつたい登ろうとする姿を見るとわたくし楽しくて…………―――――
  あれ? わたくし、いかれているのかしら?
  
「あーぁ、やっぱりあそこしか無いか。簡単なクエストとか言ってたからすぐ近くに採取ポイントが有るのかと思ってたのに」
「仕方ないな。だが、場所は有る程度把握したし、モンスターの多い危険な通路も確認できた。収穫はあったぜ」

  十分ほどが過ぎ二人が、ほぼ垂直な壁を走りながら降りてくる。
  会話していますけど舌を噛まないのかしら。いっそ、噛んでくれると失笑物で最高なのですが。
  成程。採取場所の確認や敵モンスターの居る座標の確認なんても基本ですわね。わたくしとしたことが忘れてたわ。
  まぁ、二人の殿方が思ったよりは少しだけ使えるということで安心ですの。

「支給品は人数分拝借しておきましたわ。では、進撃を始めましょう」
「進撃とか……スニーキングミッションの方が効率的な件」

  支給品というのはあらかじめギルドからメンバーの支援のために送られる物資のことですわ。
  大概、自費で道具を購入するのが困難な初心者のためのものでそれ以上のものは置いていないのですが。
  無論、わたくしたちは初心者ですので重宝するものですの。これから末永くね。
  いや、二年で最上級クエストをクリアするという条件を考えると初心者で居ていい期間など短いのですが。

  とにかく、わたくしは、高鳴る鼓動を抑えきれず握り拳をつくり空に掲げましたわ。
  それを見ただいこん大魔法様は、微笑ましそうな顔でわたくしを見ていて。まるで、子煩悩な親馬鹿かって感じ。
  まぁ、Neuron様はというともっと、ムカつく反応をみごとにして下さりましたがね。あとで締めましょう!
  何がスニーキングミッションよ!? メタルギアなら全てクリアしましたし他のも何個も踏破してますわよわたくし!
  正直、このゲームはレベル制。それも、フィールドでの行動がレベルに関連してくるみたいですから。  
  モンスターを多く狩れるようにしたほうが良いのでは? っと、そんなことはどうでも良いですの!
  速く、クエストを楽しみましょう! 


                                 悲しみも絶望も恐怖も全て――――――


「なぁ、幾ら彼女が俺たちのチームの唯一のアタッカーだからって女の子が先兵ってどう思うよ?」
「そういうプライドは強くなってからに取っときなよ。そういうこと彼女の前で言ってみ? 殺される」

  後ろから聞こえる声。余計なお世話ですわ。そう、声を荒げそうになったとき、Neuron様が見事な突っ込み。
  全くその通りですの。英雄気取り騎士気取りのお馬鹿より勘の良い殿方のほうがやはり良いですわよね?

       
「よぉ……初めまして。わたくし、リノウェイと申します」

  敵に遭遇する恐れのない道をだいこん大魔法様達の指示で歩いているせいか。
  わたくしは、気楽な事を考えていて注意力が散漫になっていた。
  そんな私たちの目の前で突然、摩訶不思議な現象が発生する。 
  空間が湾曲し切裂かれテンガロンハットとジーンズといったガンマン風の服装に似合わない刃物を持った男が現れたのだ。
  男は、百八十後半程度の長身で青と翠のオッドアイで綺麗な顎のラインをした流麗な顔立ちの美男子。この殿方は一体? そもそも、わたくしたちの前に新手のプレーヤーがなぜ? 

  ありえない。このフィールドにはわたくし達しか居ないはず! 乱入など出来るはずもない!
  モンスターハンターのような同じフィールドがプレイヤーの数だけある仕様になっていて……
  つまり、同じフィールドで狩をしていてもそこで違うパーティのプレイヤーと遭遇することは有りえない。



 
                      ―――――――ーイレギュラー



  心臓が、警鐘を鳴らす。  
  相手の男は、何もしていないのに。ただ、わたくし達に人の良い笑みを浮かべているだけなのに! 強烈な重圧が圧し掛かる!
  明らかな格上だ。

「そして、さようならとでも言っておこう!」

  数秒のにらみ合いの後、男は、何も無いはずの空間に手を翳し突然、ナイフを召還してみせる。
  そして、一瞬にして強靭な脚力でわたくしたちとの距離を詰め切りかかってきた。
  しかし、その刃は、わたくしが防御するより前に止った。 澄んだ衝撃音が響く。
  目の前には、動き易く改造されたローブを着た男。

「おいおい、いきなり切掛るとかいかれてんのか!?」
「てめぇから先に死にたいかだいこん大魔法君?」

  だいこん大魔法様だった。
  本当にお節介極まりない馬鹿らしい。
  やれやれだ。こういう奴は速く死ぬ。絶対だ。現実は甘くない。



  あーぁ、萎えたな。

「え?」
「あの……貴方。凄く魅力的ですわ! わたくし、貴方と組みたいですの」

  わたくしは、躊躇い無く彼の心臓部を自らの武器である刃渡り三十センチメートルほどの青色のナイフ属性の武器“クールナイフ”で突き刺す。 一瞬、目の前の殿方が目を見開く。
  正直、何の躊躇いも無く人間に切掛れるとか……わたくしと同じにおいがして本当に親近感が湧きましたのよ?
  だいこん大魔法様とは数時間の付き合いですしどうでも良いわ。
  初めての人を刺すという感覚。長く長く手に伝わり続けている。
あぁ、返り血でドレスが汚れてしまいましたわね。
  ナイフを抜けばきっと夥しい量の血が流れるのでしょう。
  そして、その鮮血は、大地に汚い染みを作るのでしょうね。
  あぁ、それが、この殿方の最後の情景にして最後の記憶。素晴らしいですわね本当に!
  それでは…………

「お休みなさい。だいこん大魔法様」
「お前、良いね。最高だぜ!」




*************************************




Stage2「現実も非現実も分らないんだ……だから、赦してくれよ」Part5副題『砕ける音 Part2』
(一人称視点:HN・だいこん大魔法 本名・神林狼牙視点)

  ?
  痛い? 激痛!? やばい……体に異物が投入された感覚! 体中に熱湯が掛けられたような強烈な熱さが襲う!
  痛い。苦しい! 尋常じゃない汗が、体中を覆うような感覚。
  呼吸困難。脳が苦悶を削除することに精一杯で俺の命令を無視する! 動けっ! ヤベェ状況なんだよ! 動け!
  叫びたくても声が出ない! 動かしたくても痙攣した蛙みたいに足をピク付かせることしか出来ない!
  くそっ……こんなに痛いのかよ! 幾ら何でもゲームじゃねぇだろう!?
  分ってるさ……こりゃぁ、唯のゲームじゃねぇのはさ。でもよ。最初からこんなの有りかよ?
  唯のでも何でもゲームならよ。こんな無茶苦茶、なしだろうがよぉ!?
  って言うかよ。刺された場所分ってきたぜ。適度に痛みが引いてさ……あぁ、普通だったらここ刺されたら即死じゃない?
  心臓付近だって! 冗談じゃないぜ。あぁ、ヒットポイントバーが二割しか減ってねぇ……
  この痛みを後、四回は喰らわないとこの世界じゃ昇天できねぇってことか? エゲツねぇ。
  でもよ……ならば、彼女を止めることもこの状況から仲間を救う事もまだできるってことじゃねぇか?
  イカれてるぜ。何で他人のこと考えて俺は、こんなに熱くなってやがるんだ?
  今は、俺自身の心配している場合じゃねぇか!? でもさ……でもよ。全然駄目だぜ?
  俺は……俺が分らねぇから他人が好きなんだよ!

「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

  状況的にヤバイ奴等に絡まれてる俺が生延びれる可能性は低い。
  夜兎の奴がログアウトする時間稼ぎをしたほうが賢明だ。
  
「ログアウトだ夜兎! 俺のことは構うな! 後は、任せる」
「……あぁ。最初からそのつもりさ」

  冷てぇ野郎だなぁ……動いた骸を見て感動もしねぇで最初からそのつもりでしただと?
  一瞬の躊躇いも無くログアウトしやがって。
  だが、それで良いんだ。それに、ちょっと羨ましくもあるぜ。
そう言う合理的って奴が生延びて上に行くのが世の中だ。
  俺は、俺が見えなくて他人が眩しくてお節介で捨て身で……
  捨石にされ易くて一番、直ぐに消えてしまう人間で。だから、こんなことをやっていて。
  あーぁ、こんな殺風景で空が高いだけの色気の欠片もない空間で俺は、散るのか? 
  きっと、ポリゴン撒き散らして最後は消滅するんだぜ。
  笑えないからもう少し足掻いてやりましょうか。
  せめて、目の前の狂気に捕らわれてしまったお姫様は、救ってやる。王子様みたいにな!
  お前が、涙でも流してくれたら救ったってことにしてくれや! 

「あら、心臓を貫いたのに何で楽しそうにスマイルして下さってますの? 眩暈がしますわ殿方」
「このゲームは、ヒットポイント制だからな。
だが、その分、ちまちまと激痛感じさせて拷問して悲嘆のうちに殺すことも出来るぜ?」

  あぁ、クソ、マジ下衆な会話を……俺もログアウトするか? いやいや、絶対無理だな。
  ログアウトするには、一定のポーズ取らないといけねぇしよ。まぁ、どうせ死ぬってことか。
  だがよ。俺は生憎とハイスペックでな!超強力な精霊を召還できるんだよぉ!

「行くぜ! ユグドラシル召還!」

  叫んだ瞬間、体力が一気にもっていかれるのが分る。
マジックポイントって奴を消費しているんだとすぐ気付く。
  この召還と言うのは神の祝福を受けた特殊な聖人のみが使える御技だ。
  陰陽師の使う使い魔などとは根本的に違うらしい。
  しかし、膨大なマジックポイントを使い更に使役すると同時にドンドン主の大量の体力を奪っていく。それは、言わば、利害関係からの契約と言う形だからだ。神が聖人を彼らの苗床としてくれる。
  通常の人間には、精霊が興味を示すほどの上質な魔力が無いのだ。
  厳しい洗礼と修行の果てに手にした最強の召還手段。
  それを行使するのが俺の選んだ職業、聖人と言うわけだ!
  我ながらベストチョイスだと思うぜ!

「どうやら精霊を召還するみたいですわね? それにしても、拷問。素敵なワードですの。」
「待ってたぜルーキー。残虐ショーの開幕だ!」

  俺の視界に入る全てが鳴動する。空が魔力の衝撃波に戦慄し雲を破裂させた。
  尋常ではない力の奔流。体中の毛が逆立つ。自分の使役する存在だと言うのに恐怖を拭い去れない。
  餌を与えなければ直ぐに食う、或いは直ぐに力を貸すのをやめると言う意思が伝わるようだ。
  そんな絶対的ではなく相対的な力の均衡。強大だが燃費が悪くリスクが高いのが聖人。
  矮小だが、従順で制御し易く応用度が高いのが陰陽師と言う分り易い対比。

  今の時点の俺なら正直、ユグドラシルを使役できる時間は二分から三分って所だろう。
  その間に、俺は、彼女を悪夢から叩き起こし二人で逃避行に洒落こまなきゃならねぇわけだ!
  ガッデム! 無茶振りも良い所だぜ!
  だが、不可能じゃねぇはずだ。
  聖人の扱う精霊の力を引き出したり長時間召還するには当然レベルが関係する。
  だが、精霊は、最初から根本的に他の職業とは違い圧倒的なスペックを持っているんだ。
  レベルアップにより体力アップの恩恵で制御時間が延びたり新たな力を魅せてくれるようにはなる。
  だが、攻撃力や速力は最初から最高! 
  そう、相手が幾らイレギュラーで俺たちより遥かに強くても怯ませることくらいはできる!

「何が待ってたぜ、だ? てめぇは、俺の怖さを未だに知らねぇみたいだな! 
精霊ってのは攻撃力とかは、最初から最高なんだぜ!」
「分ってねぇのはテメェだ。悲しいんだよ。俺は、そんな馬鹿な触れ込みに振り回されてそんな雑魚職業を選んだ奴がいることが」 

  俺は、犬歯をむき出しにして威嚇する。目の前の気に食わない気障ったらしい野郎だけを見据えろ!
  彼女を捲き込まないように野郎を一撃する! 
苦悶に顔を歪めている間に彼女を抱き倒しそこからは、勝負有りだ!
  無理矢理、リタイアポーズ取らせてここから逃げる! そして、腹割って説教だ!
  訳の分らない戯言を言う、目の前のクソ野郎をぶっ殺してやりてぇがそれは流石に無理だろう。
  だが、俺の選球眼は兎も角、聖人選んだ全員馬鹿にするような言い方は気に食わない!
  歯ぁ食いしばれ! ぶっ飛ばす! いけ、ユグドラシル!

「な……にッ!?」

  何の音も無く奴が刃を構えた傍からユグドラシルは切裂かれていった。
  音も無く地面へ落ちそれは、腐敗して消失していく。
  嘘だろ。硬度だって最高のはずだ! なんだよ……幾ら格上だからってそんな馬鹿な。
  こんなの聖人は、この世界じゃ生きていけないって証明じゃないか!? 

「最初からの基礎能力は最高? この程度でか? 
悲しくなるな。何がユグドラシルだ? 大層な名前の割りに全くの雑魚じゃないか?
ほら、最高の攻撃力の最高の防御力の最高のスピードのコイツは、何て弱いんだろうな?
お前は、この瞬間、この過酷な世界を生延びることができないと確定したよ。どうした? 
何を震えてる? 寒いのか? 暖めてやろうか? やめてくれよ。
俺にそっちの趣味はないぜ?」

  捲し立てる目の前の男の声。全てが正論に聞こえて俺は、反論する事ができなかった。
  そんな。ちょっと待てよ。この世界観での話じゃなかったのかよ!? 聞いてねぇぞ!?
  って言うか説明書にも参考書にもそんな記述は! 何なんだよ……いや、待て。
  普通に考えろ。これはゲームだ。そんな馬鹿なことがあるか!? 
  そうだ、ランクアップに伴って新しい精霊と契約できるんだ!
  それか、そのランクでの最高の攻撃力とかってだけだろ!?
  一ランク上がれば更に上書きされるみたいな感じで! 俺は、焦っていた。
  焦燥感は脳髄を突き抜けそうなほどだ。正直、この絶望的な状況に冷静になれていないんだ。
  冷静になれ……クールになれ! ひぐらしの鳴くころに宜しくだ! 
  クールになるんだ神林狼牙!


「!?」

  斬られた。
  冷静を取り戻すのが遅すぎた。無様だ。
  俺の身体能力なんて高が知れてる。精霊が破られた地点で終ってたんだ。冷静になるも何も……
  一番……一番、冷静な行動は! 
精霊、盾にして彼女を無視してログアウトすることだったんだ!
  あぁ、最初から分ってた。でもよ。でもよぉ!?
  出来ねぇんだよ。
  俺は、ヒーローになりたいんだ。あのテレビの中で熱く悪役を諭すような理想の塊。
  俺の周りは、理想なんて糞喰らえのゴミ貯めみたいな場所でよ? 
  淀んだ目の仕事もねぇ馬鹿親父や身勝手に金を使って借金して事が上手く行かないとすぐ人を殴る馬鹿な母親が居て……俺は、そんな世界が許せなかった。
  
  きっと、パラノイアなんてイカれた世界に憧れるような奴は、かわいそうな奴が多い筈で。
  助けて欲しいと喘いでいる奴ばかりのはずでさ。だから、そいつ等を救って笑顔を見たくて……

「なぁ、菫……お前、何でここに来たの?」
「私ですの? 私は、スリルを求めてここにきましたわ。そう、スリル!
血塗れで人が倒れ死に! 少しの油断ならば猛獣に捕食され! 弱い女は辱めにあう!
そんな倫理も法律も無い最高のパラダイス! 実は私、ずーっと、昔からこのゲームやってますの。
気付かなかったですわよね?
私、嘘をつくのは大得意ですの。心の中でさえ嘘の役者を演じられるほどにね」

  俺は、死を悟った。
  体が動かないんだ。相手は、容赦が無い。右手が、彼女の武器の一振りで吹っ飛んでいるんだ。
  絶望感に苛まれた瞬間、見限ったように俺の召還した精霊。無骨な大木ユグドラシルは、消滅した。
  瞑目し彼女の目的を問う。唯、知りたいと思ってしまったから。  
  彼女の口から出た言葉は全て、想像を絶するほど俺の思索とは合致していなかった。
  何だよ。一つたりとも本当じゃ無かったって。最初から完全にイカれてやがったのかよ!?
  説得の余地とか全然無かったのかよ!? 滑稽だ。俺は、馬鹿な道化か!?



  畜生――――……

「グッパイ、だいこん大魔法。もう、アンタには本当に飽きましたわ」

  はっ、飽きたら殺すのかよ!?
  あぁ、そんなもんか? 俺だって唯単なる俺の勝手で人助けしたいとか息巻いてた訳だしな。
  結局は、ろくな奴なんてこのゲームにゃ参加してねぇ訳だ。
  そりゃそうさ。普通は、失踪とか行方不明とか聞いたら手ぇださねぇさな。
  何せ自分だってそうなる可能性がある。色々な奴等に迷惑掛けて築いてきたもの全て壊す。
  それすら犠牲に出来る馬鹿か、そんなこと考えない馬鹿しかここには、居ないわけだ。
  狂ってる。まさに自分が主人公!
  そう思ってるパラノイア達の世界……愛しいな。




   


   俺もそうさ……
   そう、思ったと同時に俺の意識は、消え去った。


【シリアス・ダーク小説/金賞】パラノイア【13】

パラノイア

風(元:秋空  ◆jU80AwU6/.さん



【続き】



Episode2

Stage2「現実も非現実も分らないんだ……だから、赦してくれよ」Part6副題『狂乱双頭 序幕』
(一人称視点:HN・菫ーsumireー 本名・橘 菫視点)



  あったかぁい血のシャワー。
  わたくしの心の甘さと言う穢れが堕とされていく。
  最高。最高! マジ本当、無限の快感が体中を駆け巡りますの!
  良い娘は居ないか? 食い物にしてやるよ?
  良い男はいないかしら。狂乱の地獄で刀を交えながらダンスをしましょう?
  断ったら? あっはぁ、詰らない奴ねぇ。ここは、狂人集うパラノイア。
  現実で爆発させられない全ての奔流を垂れ流せ! 聖女はビッチに! 紳士は、真摯に殺人鬼!
  理も希望もうわべも何も無い。開放感。そう、ゾクゾクしますの!
  己が欲望と心の赴くままに動け! 前にある馬鹿は邪魔と断じて切り伏せろ!
  利用できると思えば利用しつくせ! 偽りの愛を語れ! 踊り憎しみ喚き歓喜に打ち震え黒く淀んだ雨に打たれて拳を握れ!
  それこそが……それこそが!




「パラノイア」

  うっとりしてしまいますわ。なんて甘美な言葉でしょう。足枷は何も無い。暴れ回る資格。
  命が軽いと心も軽いですわね。へぇ、貴方の本当の姿ってこんななのですわねだいこん大魔法。冴えない姿ですこと。
  爆発し粒子となり消え去るだいこん大魔法。すなわちこの世に存在する事を拒絶された彼。
  うふっ。快感ですわ。これ、わたくしがやったんですのよ? もう、くらくらきちゃう。
  
「ビッチ野郎。死んでおけ」
「おっと、貴方はそんな殿方でしたわね。お言葉ですけどわたくし初心者ではありませんの?
リノゥエイ、貴方と同じ不正行為に手を出してここを追放された憐れで愚かな阿呆なビッチですの」

  感慨に耽り嘲笑し続けるわたくし。そんなわたくしに嬉々とした表情で男は切掛ってきましたわ。
  貴方は、後方から狙撃するのが大好きなちまちました奴だったと認識して居たのですけどね。
  リノウェイ? 勿論、認識してましたのよ。レベルの割に良い働きしてる奴が居るって好評でしたの貴方!
  でも、如何に昔のレベル及び道具のデータをアップデートしているとは言えわたくしは元来の近距離型!
  貴方に不意打ちを受けた程度で怯えるほど悲しい女では有りませんの!
  まぁ、ビッチって言うのは最高の褒め言葉として受け取っておいて上げますわ!
  ほら、駄犬! わたくしのハイヒールキックを喰らいなさいな!? そして、駄犬らしくキャインと吼えて見せなさい!

「ぐがっ!?」
「へぃ! パリィパリィパリィ! 良い泣き声で啼いたら直ぐに立ち上がって腰振って変態淑女を喜ばせろ駄犬紳士!」

  わたくしの蹴りが腹部に命中して殿方は、大きい体を句の字に曲げて悶絶ダンスでわたくしを楽しませてくれましたわ。
  でも、数秒後に地面に倒れこんで虚ろな目でヒューヒューと息をし始めましたわ。
  幾ら何でも演技が過ぎますわね。体力値はまだまだ、ありやがるでしょう?
  おら! 速く起き上がって次の行動をしてわたくしを愉しませなさい! 
  速くしないとその蹴り易い顔面を蹴ってしまいますわよ!? って、もう、足が出てしまったじゃないですの?

  あーぁ、わたくしの足癖の悪さ最高。自分で濡れるぜ! ん? ほぉ、素手で受け止めやがりましたのね?
  へぇ、凄いじゃないの! 弱っちぃ雑魚殺しキックでしたので止めることができても可笑しくないのですがね。
  わたくしは、上段者だったのに対し彼は、仕事の傍ら夜しかプレイできませんでしたからかなり力量差あるはずなのに!
  良い! 益々、気に入りましたわ! まだまだ、行きますわよ! 
  次は、そのわたくしの左足を掴んでいる手を蹴ってやりますの! おらぁ!

「っ……があぁぁぁぁぁっ!?」
「まだまだ、尻尾を振るのは速くてよ駄犬!? 楽しく愉快に悲鳴祭りですわ!」

  命中。メイ中! メイチュウ命チュウ命中めイちゅウ命中めイちゅウ命チュウ命中めイちゅウ命中!
  ほらほらほらほらほらほら! お前の体力バーがガンガン削られていきますわよ! 足掻きなさいな!
  いかにテッサイアの野郎に特別扱いされて特許持ってるからってデッドはするのでしょう!?
  立ちなさい! 立って銃でも剣でも使ってみなさいな! 抵抗しない奴が相手じゃお姉さん詰らないのですわ!
  あーぁ、弱い物虐めは主義に反しますの! 何て言いながら一方通行な攻撃快感! 病み付き!

「あっ? わたくしの足が……!?」
「はぁ、菫さんよぉ。どれだけ強ぇかと思えばチマチマした攻撃ばかりしてくれて……
ちょっと、俺の不感症なあそこがびんびんしてきたぜ? 攻守交替だ! 上手く逃げ回れよ?」

  いきなりの痛覚。脳内にスパークする凄烈な痛み。なっ? 足を切られた!? 完全に切断されている!?
  ヤバイ、倒れる! 足が完全再生するまでに三秒! 強烈な攻撃を急所に当てられたら……
  数回で消滅してしまう! 遊びすぎましたわ! 銃の達人なら反射神経だって良いはず!
  観察眼だって……わたくしの蹴りの癖を看破するには、充分すぎる量のキックをわたくしは奴にお見舞いしてましたわ!
  迂闊! でも、こんなピンチだからこそ楽しいのですわ。ケセラセラと行きましょうよ!
  そう! わたくしが、こんな所で死ぬはずが無いのですわ! 刃! 顔面にダガーを突きたてる気ですの!?
  回避! 体を転がして回避! 目の前の光景が緩やかになる。集中力がそうしているのでしょうか? それとも走馬灯!?
  悪い方に考えてはいけませんわ! 前者! 絶対、前者……わたくしは、こんな所で死ぬ気は……ないっ!
  うっ……ウアァァぁあアァァアアあぁアアァァァァァァアアァァァァぁアアあぁぁぁぁッッッッ!
  全力で体を転がす。直ぐ近くをダガーが通過する! そして、地面に命中しダガーを中心に大地を小さく陥没させた。
  相当な腕力ですの! あれを直接、頭部に喰らっていたら恐らくは、死なぬまでも五割近くの体力を奪われていたでしょうね?
  でも、足は治りましたわ……よ! 攻撃に失敗して体勢が崩れた状態ならまだ、入るでしょう!?

「楽しい。楽しくなってきましたわよ!」
「ごべあっ! くそ、足癖の悪ィ女だぜ……」

  命中。吹き飛んだ先に有った先鋭的な三角柱の岩石に命中しリノウェイは苦悶の表情を浮かべて喚いておりますわ!
  ここからは、殺し合いですの! 私も武器を使うとしますわ。こんな初心者の使うような武器じゃなくて……

「ふっ、久し振りですわね。ヴァーキラピカ。やっぱり貴方がしっくり着ますわ」
「良いねぇ……素敵に不適にきまっちまってるぜ菫様よぉ! そんな、極まっちまってる姿に痺れる憧れる!」

  ヴァーキラピカ。中級者の購入する事のできるナイフの枠内を越えたナイフとしては破格の攻撃力を秘めた武器ですわ。
  長らくお世話になってますの。この血の様な赤に炎の装飾が施された武器。本当にわたくし好みですの。
  だって、パラノイアを象徴しているようじゃなくて? 血と炎。血は文字通りモンスターのそしてわたくし達の大量の血。
  そして、この火花散る炎の中に居るかのような白熱した感覚! そう、わたくしのパラノイアに対しての理想と思念。
  ヴァーキラピカは、全てを備えていますの! あぁ、あの大会が無くてはわたくしは貴方に会えなかった!
  そして、わたくしがあの大会で優勝できたのは貴方の魔力に絆されていたから。殺戮の象徴に魅せられてたの。
  まさか、本当に殺人をできるとは……神様、この時代にわたくしを存在させてくれて有難うございます!

「ダガー、貰った」
「ソードブレイク!?」

  剣と剣が重なり合う。何の音も無い空間に破裂音が響き渡り、空がざわめく。快感ですわ。
  しばらくは、本当の力をセーブして滑稽なピエロを演じなければと悲観的になっていた所ですのよ!
  さてと、殿方の武器は……どれくらい在庫があるのでしょうかね?
  まずは一本。お釈迦様。
  驚いていますわね? 彼は、この武器を知らないのかしら!? ほらほら、接近戦で銃は愚作ですわよ!
  次は何を出すのでしょうか? まさか、ワインダー程度の武器しか持っていないなど仰らないですわよね!?
  じれったい殿方は嫌いですわ! 速く本気を出しやがれ!

「くっ! 速い! 武器を出す暇が……無いわけが無いだろう!」
『何ですって!? この男、わたくしの攻撃を回避しただけじゃなくてわたくしの腕を握って引っ張ってわたくしの体勢を!?』

  地面が前に? あぁ、わたくしは銃身を崩して転倒しているのですわね?
  この男、強い! 不味い! 間違いなく彼は、次の得物を召還していますわ! この体勢では、迎撃がっ!

「意外と弱かったなあぁぁぁぁぁぁ!」
「甘い……反吐が出るほど甘いですわよ! わたくしを出自の良い温室育ちの小娘だと思っていますの!?」

  振り向く。既に刃は、胸部付近に近付いている。回避も打ち払う事も不可能ですわ!
  でも、目の前の一撃で即死する事はこの世界では、先ずありえない! 貴方なら分るでしょう?
  この世界で歴戦の戦士になるには、捨て身の先方も取れねばいけないこと。
  わたくしは、右手に持っていた相棒を放し私の胸元に減り込んだ刃を抜こうとするリノウェイの手を掴む。
  全力で! メキメキと音がするほどの握力の限界で!
  そして、形振り構わず体のバネを限界まで利用した速度と重さの最高に乗った激烈な頭突きを彼の額へと叩き込む!

「ぐるあぁっ!? かっ……あぁぁっ、ぐっ……」
「へぇ、サンクチュアリですの? 中々に良い物持ってますのね? では、止めと行きましょうか?
自分が大金を払って入手した武器で死ねるなんて何て乙なのでしょうね? あら、祝福しているのかしら?
夕焼けのコントラストが綺麗ですわ!」

  リノウェイの額の皮膚が裂け大量の血が噴出している。強烈な苦痛に彼は、悶絶しながら絶叫し続けていますわ。
  全く、この殿方は、強いのですが大袈裟で情けないですわね。
  何だかこう、組んだら楽しそう……はぁ、何をつまらないことを考えてますの?
  この素晴らしい演出を終りにするのはエンターテイメントとして最悪ですわ!
  では、ご機嫌ようリノウェイ。
  
  しかし、わたくしの振った刃は届かなかった。正確には何かに打ち払われたのですわ。
  目の前の殿方とわたくし以外に人間は居ないはず。かと言って人間以外にそんな器用な真似ができるはずが。
  まさか、受付嬢達ですの!? 否、有りえませんわ。領分を越してますの!
  目の前の殿方は、情けなくも悶絶……!?
  手? 背中から……第三の手が!? どこのB級ホラーですの!? それともとある魔術のインデックスですかしら!?
  笑えませんわ! 何なんですの!? その鉄錆び色の汚らわしい乾燥した腕は!
  
  ぐっ!? 捕まれた! 顔を……握り潰す気ですの!?

「合格」
「は?」

  何のことですの? まさか、最初からわたくしを試していたとでも言うのですか!?

「アンタは、世界のルールを破る資格があるってことさ」
「あぁ、現実も非現実も分らないんですわ……わたくし。だから、許してくださいませ。世界は、壊れているほうが好きですの」

  わたくしは、唯、自らの感性に従い握手を求める彼の手を握った。



*************************************



Episode2

Stage2「現実も非現実も分らないんだ……だから、赦してくれよ」Part7副題『孤独輪廻 Part1』


  菫は帰ってこない。勿論、だいこん大魔法は死んだだろう。でも、何にも感じないんだ。何でだろう?


                                               Neuronより――――

「嘘だろ!? 最初の半分も居ないじゃないか!?」
「何で……何でよ!? 最初のクエストでこんな……」
「終わりだ! 俺達はもう……」
「どうしろってんだよ!? あのままだったら俺達は全滅だった!」
「こんなのゲームじゃないよぅ?」
「分ってた。分っていたじゃないか? 危険だってのは……あぁ、僕は恨む。過去の僕を……」

  ここは、ギルド。深緑の森林とそこから燦々と注がれる日光が、幻想的なコントラストを造る自然溢れる町。
  今、そんな美しい町は暗雲が覆い被さり、悲嘆と絶望に満ちていた。それらは、幾つもの声となり空間銃に満ち溢れた。
  
  
  そんな中、一人冷淡な表情で悲しむ素振りも見せないものが居る。
  白の短髪の深紅の鋭い瞳の威厳に満ちたマスクの男だ。アンニュイな顔で受付嬢であるフリーダのすぐ前の席に座って居る。
  彼の名はNeuron。彼は、突然現れた脅威と何の脈絡もなく離反した菫から逃れるため真面目なだいこん大魔法を盾にしたのだ。
  しかし、悲しげな表情をしているのはそのためではない。彼は、仲間の離反や仲間の死を悲しむような情の強い人間ではないのだ。
  今、彼が悲観的な表情をしている理由は一つ。一回のクエストで二人の仲間が失われたと言う事実。

  それは、彼にとって大きな誤算だった。それが、自分たちのチームだけだと言うなら、まだ救いは有る。
  しかし、こうやってログアウトしてみれば周りは、沈鬱として泣きしゃくる声が聞こえてくる始末。
  このゲームが、プレーヤーに優しい遊戯では無いと言うことは明白だ。
  ここにダイブしたほとんどの面子は、受付嬢フリーダから発された死と言うワードを本気で受け止めず怪訝な顔をして居た。
  しかし、その言葉を完全に否定できたわけでもなく相当の準備をして居たのも確かだ。
  だが、実際にはそのプレイヤー達の多く、否殆どが仲間を失い辛酸を嘗めている。
  
  これは、このゲームを舐めるなと言う最初の警告なのかもしれない。
  それならば次は、追い込みは軽くなるはずだ。しかし、そんな甘い事があるだろうか?
  常に、ゲームマスターの勝手気ままでプレイヤーの予想外の妨害が入るのでは。
  否、だからと言ってクエストを行わなければ兵糧攻めを喰らうように苦しんで死んでいくのだろう。
  更に言えば、生延びた新しい仲間と組むと言うのも抵抗がある。
  何せ、仲間を盾にして逃げた奴が大勢で。

  悲嘆にくれている輩も世間体を気にしているような物だ。誰も彼も裏切る可能性の潜んだ信用に足らない人間ばかり。
  無論、彼、Neuronも含めて。しかし、それでも一人で行動するよりは余程、有意義なはずだ。
  とにかく、適当に利用して途中で裏切る。そんな取引が、このゲームのキモとなるのだろう。
  こんなのはゲームじゃない。普通の人間はまさにそうだと思うだろうが――だが、Neuronはそれに異を唱える。
  否、違うだろう、と。これは、最初から普通のゲームではなく。
  人間の理念と損得勘定と強さへの渇望が渦巻く他人同士が重なり合うオンラインゲームだ。

  特定の人間同士で仲良くするなどと言うのは良い。オンラインゲームは、協力を一つのテーマとしている。
  基本的には、一人で突き進むには限界が有るといわざるを得ない。利害関係だ。
  洗練されたチームプレイや仲間割れを起さないために、良好な関係を持った者とは、親睦は深めるべきだろう。
  最も、それ以上は逆に言語道断。何せ、多くの人間と関係を持ちすぎるとそれだけ裏切られるリスクが増えるからだ。
  単純に言えば、自らの見えない所で仲間と言う認識の面子が何をしているのか分らなくなる。
  それは、恐らくは、このゲームでは、相当のプレッシャーとなるだろう。
  一度ヒットポイントがゼロになったら、二度と復活できない辛口な設定と最初から高いゲーム難易度。
  そこから編み出される答えは、信頼できる仲間を肌で感じ目で見て言葉を交わし探すこと。
  それなりの熟達者である彼は、今は、静かに周りの面々の反応を観察し品定めする。

  大事なのは、自分にどれだけ利益が有るか。性格は、なるべく裏表が無く真面目で機転が利く方が良い。
  前者の要素は、裏切る可能性が低いこと。後者は、戦闘中で愚者は、それだけでお荷物で有る事。
  次に、職業。彼は、基本的に後方からの攻撃型。ならば、近距離中距離のアタッカーが一人。
  回復及び補助役一人が、望ましい。
  更に、現時点でお金を浮かせるために良い装備と良い道具を持っていながら金を多く所持していること。
  取り合えず、Neuronが、理想とするのはこれらの全てに該当するものだ。
  言葉にするのは容易いが、恐らくここに居る面子からそれらを探すのは限りなく難しいだろう。
  そう、場の空気からプレイヤー達の気質を読み取って結論付けた彼は、机に腕を突っ伏し溜息を吐く。

「どうかなされましたか? 仲間が亡くなった事を今更になって理解したとか?」
「生憎とそんなに理解が遅いわけじゃないんだ。嫌になるね。僕ほど賢いと世界が、歪に見えるんだ」

   嘆息するNeuronに冷淡な口調で左目に眼帯をつけた精緻な人形のような美女が話しかけてくる。
  受付嬢の直ぐ隣の机に座っているから、相手の反応に付き合ってやらねばと言うプログラム。
  唯の人間で言う所の本能なのだろう。
  そう、合点する彼は、馬鹿馬鹿しいと耳を塞ぐが掛けられたのは意外なほど人間にお優しいプログラムらしくない言葉。
  一瞬、瞠目するも彼は、成程ゲームが規格外ならキャラクタも規格外かと芸の細かさに両の手を上げる。
  そして、自分の頭を左手で指差しながらひけらかす様に自分は賢いとアピールした。
  それに対し受付嬢フリーダは、少し口角を上げる。妙にその表情は色気があり彼は、しばし魅入られる。

「そのようなことを言う男は大概が愚かだと、認識しているよNeuron様」

  夢見心地のNeuronに対しフリーダは、毒舌だ。
  まるでプレイヤーを心配したり、労わったりする気は無いらしい。
  最も、こんな残忍な殺戮ゲームの中でそのような歪なオアシスが有るのも気持ち悪い話だ。
  一瞬でも心に綻びが出来れば、その瞬間総崩れになりかねないのだから。

「はははっ、気が合うね! 世界の全てを知ったわけでもないのに偉ぶってる奴ってのは、滑稽だ!
と言うことで、改めて言わせてもらうと全然、喪失感を感じる意味も無いんだよね?
だって、この世界で死んでも本当に死んだとか思えないわけだし?」

  全く、答えた様子も無くフリーダの毒舌を受け流しNeuronは笑い出す。
  笑いながら右手を翳し何かを握り潰すジェスチャーをして捲し立てる。
  だいこん大魔法が、刺されてリアリティに溢れた血飛沫を上げた時、全く何も感じなかった事実。
  他人に起こった事だから。否、違う。所詮、死んでもこのゲームのプレイ権を剥奪される程度だと思っていたのだ。
  否、今も思っている。現実の世界を覗けない。
  現実の世界へと戻れない今、本当にこの空間から消えた面子が、死んだなどどうやって確かめる事が出来ようか?
  現実感が無さ過ぎるこの状況は、彼の許容量を超え彼を冷静にさせた。

  唯でさえ、他人に対して薄情な彼だからこそ、尚速くその真理へといたる。
  此処に居る多くの面々もそうやって諦めるだろう。
  しかし、それと同時に大きな疑問が浮ぶ。
  それは、ならば何故、このような世界に何時までも彼らは居ようとするのか?
  死ぬ事を恐れるのか、という疑問だ。
  そんな湧き上がってくるのは至極当然な疑念。誰もその事実には目を背けていたが、フリーダは淡々とそれを問う。

「ならば、なぜ、死ぬことを逃れようと躍起になるのかしら?」

  その疑問に待ってましたとばかりNeuronは、拍手を叩く。
  そして、これ以上ないほどに目を瞠らせて、  

「この痛みを感じるゲームが出来なくなるのが嫌だからさ。簡単な理由だろ?
死ぬのが嫌だとか……確かめる術がない故に本当に死ぬ可能性があるのでは……とか。
そんなんじゃない。唯単純に僕達は、世界から嫌われゲームと言う非現実に非難してきた。
恐らく、一部の例外もない! 現実よりも本当に嫌だと思えたら率先して死亡するさ。でも、今は、それほどじゃないってだけ」

  淀みなく喋り続ける。
  そのNeuronの弁に感嘆しフリーダは微笑む。
  自らがそしてゲームマスターが、求めていた人間の駄目な部分が凝縮された存在が、目の前に居る。
  そして、理想的な本音を高らかに叫ぶ。これ以上に楽しい事はないのだろう。
  ついには、無表情な彼女から笑みが浮ぶ。磁器人形のような精緻さは形を潜め、彼女は爆笑した。
  隣の野性味溢れる赤髪と紫の瞳が特徴の長身のバーテンダー姿の受付人もそれに呼応するようにほくそ笑む。
  それを見て、Neuronは「何か、おかしなこと言ったかい?」と、言及した。

「いいえ、私達の望んでいた最高の逸材だと思いまして……こんなに速く念願叶うとはっ!」

  何の隠し事もない本音。
  Neuronは、嘘を見抜くのが得意だ。散々、現実で裏切られてきたから。
  故にその裏表のない言葉が、心地良い。
  彼は、その気分のままにバーテンダー姿の男性に声を掛ける。

「こっちじゃお酒は二十歳になってからとかないだろう?」
「無論ですNeuron様。何になされますか?」

  念の為に確認を取りバーテンダー姿の受付の返答を聞き、Neuronは注文を頼む。
  すると彼は、慣れた手つきでグラスにワインを注ぐ。紅い液体が容器を支配した。
  まるで血の色のようだなと、一瞬嫌気を感じるNeuronだがすぐにその嫌気も消えグイッとワインを煽ぐ。

「良い飲みっぷりでですねNeuron様。所で、Neuron様はこの世界の何処がお気に入りで?」

  彼の飲みっぷりを見て楽しげに男は、褒め称える。
  満更でもなさげにNeuronは、グラスのワインを一気に飲み干す。
  仄かに体が温まり頭がボーっとする。
  どうやら、自分は酒には強くないようだと結論付けながら男の質問にどう答えようかと腕を組む。
  そして、思いついたかのように上擦った声で言う。

「現実も非現実も分らないんだ。だから、殺しても死なないと思って許してくれよってことで通じちゃいそうな世界観かな?」

  そう言う彼の脳内には、最早数刻前共にこの地を歩んだ二人の姿はなかった。
  唯、今有るのはこの残酷でシビアな世界をどう、生延びるか。新たなる二人の穴に誰を迎え入れるか、唯それだけだ。

  そんなNeuronの様子を見てバーテンダー姿の男は、熱烈な視線を送る。
  彼は、この裏パラノイアとも言えるオンラインゲームの受付係システムの中でも異質の男。
  受付係システム全体の統括官の任を持つ存在。
  名を――――レイジア・ライクラインと言う。

「良い答えです。他の皆様もそのような豪気な方々であることを願います」

  その男の浮かべる笑みは、何処までも邪気に満ちこの世は、行けども行けども深淵のように深い黒しか無いと証明していた。


         〜Stage2「現実も非現実も分らないんだ……だから、赦してくれよ」The end〜


【シリアス・ダーク小説/金賞】パラノイア【14】

パラノイア

風(元:秋空  ◆jU80AwU6/.さん



【続き】



Episode2

Stage3「エンドレス・バトル・オブ・パラノイア」Part1


  誰かが言ってたな。人間は、誰しも上に立ちたい。それは、エゴとかじゃなくて、もっと根源的な物なんだってよ――――


                              ストレンジアより――――




「よぉ、葵。何、雑魚と戯れちゃってんだよ?」

  焔錠と葵が、手を組んでから二日後の夜。彼女達は、夜のギルドでチビチビと酒を飲みながら語らっていた。
  まるで焔錠は、葵の使用人のように以前の面影は無い。レベルの低い彼には、月読愛の媚薬は効果覿面だったのだ。
  まだ、しばらくの間はこのままなのだろう。
  そんな偽りの姿の彼と詰まらなそうに付き合う葵。
  上の命令なのだから仕方ない事だと言い聞かせ苦虫を噛む様な表情を浮かべる彼女。そんな彼女に後ろから不敵な声が降り注ぐ。
  彼女の愛する強い男だ。
  筋肉質の長身、面長の細い顎。 ギラつく翠の相貌。 赤茶色の無造作な長髪。
  顔の中央に通る真一文字の刀傷。 全てが、此処に居る者達を恐怖させるには充分な存在感。
  このオンラインゲームの頂点に立つ男。名を知らぬものなどこのゲームのプレイヤーには居ないほどの勇名。
  名をストレンジア。何よりも戦いと痛みを渇望する悪鬼だ。

「好きで戯れてんじゃ無いよ」
「申し訳ありません」

  彼の仏頂面を眺めながら内心では、貴方と一緒に話したいよなどと思いながら彼女は、冷やかな口調で返す。
  それに対し機械のように焔錠が謝る。自らに非があると思い込んでいるかのように。
  その態度を一瞥し、ますます機械的で面白みが無いなと葵は嘆く。

「やれやれ。弱い上に媚薬漬けか……憐憫さが加わるぜ」
「……回答例が有りません」
  
  強い皮肉の入ったストレンジアの言葉に焔錠は、顔色一つ変えずに提携の言葉を繰り返す。
  一度や二度でこんな従順で短絡的な性格になるはずが無い。
  彼は、直ぐに目の前の男が幾つも媚薬を摂取させられているのだと感付く。 
  そして、手を上げ今日、一緒にクエストをしないかと提案する。
  彼に対して盲目的な葵は、すぐにその申し出を承認した。
  焔錠は、主人の命令に従うと何にも思考せずに頷く。

  次の日、焔錠は消滅した。理由は単純だ。唯青いに従順な人形の彼は、受付嬢の反論など無視し葵達についていく。
  性格破綻者である彼等が人を護るなどまっとうな行為をするはずも無くクエスト開始後数分で彼は、命潰えたと言う。
  最後は、男性の姿から本来の女性の姿へと戻って。


  それから、二ヶ月が過ぎた。
  焔錠と一緒に此処にダイブしたトレモロ達もすっかり彼女の存在など頭の片隅に追い遣っていた。
  九月二十二日正午一時二十分。何時もの様に妖とノーヴァが、談笑している。
  今や定番の風景だ。暇が有れば受付嬢と会話すると言う人間は存外に多い。
  そして、特定の者とだけ会話を続けるものもまたしかりだ。
  時々、微笑が漏れ笑顔が零れる。そんなノーヴァの笑顔を見て彼女は、随分持ち直したなと安心する。
  ノーヴァが、不意に笑みを零すようになったのはつい最近のことだ。   
  少し前までは、鎮痛で見てられない表情を浮かべていることばかり。
  普通の人間なら微笑んでいるように見えるだろうが、端々にぎこちなさがあり制裁に欠いていて。
  鋭い人間なら作り笑いだと理解するには充分だ。
  理由は分っている。デスゲームが開催して一ヵ月半は、本当に目まぐるしい速さでプレイヤーが消えていった。

  一ヶ月で五千行った時は、皆が戦々恐々し重圧に耐えられなくなり自害した者も少なくなかったのだ。
  しかし、それでも人間は案外強い。現実で遣り残してきた事。大切な人の下に必ず帰り謝ると言う事。
  幾つもの帰郷したいを胸に、夫々手を取り合い研鑽していく。
  そして、昨今に至り死亡率は急激に減った。以前の十分の一。
  プレイヤー達がゲームの性質を把握し無茶をしなくなったのが要因だ。戦闘技術や強さが上昇しているのも当然あるだろう。

「ノーヴァさんさ。随分、自然に笑うようになったよね」
「えっ? あぁ、隠しきれるものじゃ無いんですね」

  自然な笑みを彼女が見せるようになったのは、三日程度前から。
  直ぐにそれを指摘したら奥手な彼女のことだ。相当驚くだろう。
  自分が自然に笑えていると言う自覚が芽生える頃合を妖は待っていた。
  彼女の言葉にノーヴァは、口に手を充て驚愕の相を浮かべる。
  そして、人間をだますと言うのは、簡単じゃないのだなと実感しながら呟く。
  彼女は、ノーヴァをフォローするように気付いていなかった人間も多いと思うと告げた。
  最も、彼女の表情を警戒する余裕のある人間も居なかったからこそだろうが、と実は妖は気付いているが。

「まぁ、私は、ノーヴァさんに凄く惚れ込んでいるからさ。だからこそ君の悩みとか辛さとか見えるんだよ」

  何故だか頬を赤らませるノーヴァ。そんな彼女の様子を見て何かを思索しながら時おりあくどい笑みを浮かべる妖。
  それでもまわりに気取られないように妖は、周囲への警戒を怠らない。
  そして、時間を見計らって妄想の世界に行っているノーヴァに彼女は追い討ちをかける。
  彼女の優しい言葉にノーヴァは、一層頬を紅潮させた。
  隣のリノアや彼女等の会話の聞こえる範囲に居る中級者用受付嬢カナリアは、余りの惚気ぶりに目を泳がせる。

「妖さん! あのそれは……」
「君は、機械じゃない。孤独じゃない。操り人形じゃない。
人に頼られる資格も人を頼る資格も自分で考える資格も、時には休む資格もある!
私は、いつだって君の味方だからテッサイア何かに怯えないで!」

  声を上擦らせるノーヴァ。当然だ。パラノイア開闢以来こんな優しい言葉を同性に言われたのは始めてだから。
  責任感と孤独感に潰されそうになっていた彼女を何時も日溜りのように暖めてくれたのが妖だ。
  何時だって隣に居て親身にしてくれて寂しそうな表情を見受ければ挨拶してきた。
  純粋に彼女は、それが嬉しくて何時しか妖を待つようになる。男性には、何度か優しい言葉も掛けられた。
  しかし、その多くは、本心ではなく機嫌取りや性欲をもてあましていると言う汚いものばかり。
  だが、彼女の満面の笑みには汚濁は無い。
  なぜなら心の底から笑っているから。それを彼女は、妖が自分を深底心配してその絆を大事にしているのだと。
  そう、認識した。
  彼女の声は、強く後押しするようで。ノーヴァの心を彼女に近づけていく。

「そのような言葉を本気で信じて良いのでしょうか。私は……所詮は人間では……」
「何言ってるの? 君が人間じゃないなら私達だって人間として不確定だ! ほら、額をこうやってあてれば温度が有るじゃない?
完全な意志が有る君を唯の奴隷のように扱う奴は、許せないよ」

  しかし、そんな彼女の嬉しい元気の出る言葉を矢張りノーヴァは真っ向から受け取りはしなかった。
  甘い言葉には毒があると今迄の人間の営みの中で視認して嫌悪してきたから。
  突き放すような言葉を本意では無いと言うような風情で囁く。
  そんな様子を見て付けば壊れる堤防だと妖は思い、彼女にもっと接近したいと言葉の手を伸ばす。
  言語とは、神の与えた甘美なる果実。利用できる限り利用すべきだ。
  彼女は、この欺瞞に満ちた世界でそれを理解している。
  心には嘘偽り無い。なぜなら嘘を付いていないから。
  妖は、微笑む。何もかもが自分の思い通りで有る事を。

「しかし、私の行動は全てメインプログラムに掌握……」
「構わん。一人のプレイヤーと親密な関係になると言うだけのことだ」
 
  だが、妖の話には根本的な無理がある。
  それは、受付嬢と言うシステムの全てがメインプログラムであるテッサイアに監視されていると言うこと。
  詰り、規定外の妙な動きをすれば、即刻ペナルティを与えられるのだ。
  詰り最初から妖の優しさは、無駄と言うこと。そう今更ながらに反論するノーヴァを見て妖は微笑む。
  想定内だと。
  その瞬間、彼女の哄笑を確認したテッサイアがノーヴァに支持を送る。それは、彼女にとって想定外の言葉だ。
  彼女は暫く当惑し妖とカウンターを交互に見やる。
  沈黙。周りは、次のクエストの話や武器についての考察など生延びるための談義でガヤガヤと騒がしい。
  しかし、その場の時間は凍りつく。
  何故ならノーヴァの反応を見てテッサイアが介入してきたのを理解できたから。
  一体、妖の会話の何にテッサイアが反応したのか。
  疑念が湧く。近くに居たプレイヤーの一人、スキンヘッドの忍、ラスが何をしたんだ? と、問おうとした時。

「おぉ、結構居るじゃねぇか。生き残り諸君?」
  
  入り口のドアが、勢い良く開かれ派手な音が鳴り響く。
  そこには、威圧的な容貌の顔面に切り傷のある誰もが知る男。
  ストレンジアが居た。彼は、悠然と騒然となるプレイヤー達の間を通り抜けていく。
  有名人の来訪に息を飲む観衆を見下すような風情だ。
  唯一彼の存在感に飲まれなかった男がそれを遮る。
  無精ひげの巨漢成神だ。その男の怒声にストレンジアは、立ち止まる。

「何だぁ? どうした成神ちゃん? 機嫌が悪そうだなぁ?」
「……楽しみだぜ。今日でテメェの命は終りだ!」

  二人の会話を多くの面々が訝しむ。意味が分らない。
  なぜ、今日ストレンジアが死ぬと言うのだ。嫌悪が過ぎて、願望が口を付いて出たようにしか見えない多くの面々。
  それを聞いてストレンジアは、大きく口角を吊上げて哄笑した。凄絶な笑顔で。心底、目の前の男を嗜虐する。
  言葉の分らぬ愚かな下郎め。何を陳腐な戯言を。そう、言外に告げながら。彼は笑い続ける。
  何分間笑っていたか分らない。それほどの長時間笑っていた彼は、ようやく笑いをおさめ一息つく。

「滑稽だぜ? 始まる前からそんなこと言ってると死んだ後が惨めだろう成神ちゃん?」

  腹を押さえながら囁く悪鬼。
  その言葉に周りが騒然となった。歓喜と興味。それらの正の感情が殺到する。
  詰りは、このパラノイアに存在する最強の戦士同士の激突が始まると言うのだ。
  不定期に行われるテッサイアの気紛れ。今迄は、低レベルな面々の中身の無い薄っぺらな戦闘ばかりだった。
  しかし、今回は、濃密であると期待せざるを得ないだろう。
  乾いた狂気が渦巻く。
  

  ストレンジア対成神の戦いが幕を下ろす。



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Episode2

Stage3「エンドレス・バトル・オブ・パラノイア」Part2『汚濁賛歌』


「成神とストレンジアのバトルとか……マジかよ!?」
「最強に最狂の戦いですって? 最高に燃えるじゃねぇですか!」
「おいおい、どっちに賭けたら良いんだよ? オッズ様よぉ!?」
「何ででしょうね? 少し前までは誰も死んで欲しくなかったのに今は、誰かに派手に死んで欲しいんですよ?」
「神よ。卑しい私をお許しくださいまし! 争いごとに興じる異教徒である私を……」
「へぇ、あいつ等戦うの? 成神にもストレンジアにも仲間が殺されてるからね? 両方死んで欲しいね」
「こうやってさ。命が安っぽく消費されるのって僕は嫌だな。まぁ、あいつ等は同属じゃないから良いけど」
「争わないで欲しい。仲良く遊びたい。こんなのって無いよぉって言いながら画面に釘付けな其処の君! って、あたしかぁ!」

  ストレンジアと成神が、戦う。
  命を賭けた死闘を明日繰り広げる。そのニュースは、瞬く間にパラノイアにいる全てのプレイヤー達に伝わった。
  面々は、皆それに思い思いの反応を見せる。
  現在のパラノイアに置いて強者ベスト十と言う物を作れば確実にベスト五には入る二人だ。
  単純にどのような別次元の戦闘が繰り広げられるか興味のある者は多いだろう。
  それにこの二人のどちらかよくすれば両方が脱落するとなれば生き残った面々にとっては相当の朗報だ。
  何せ、パラノイアは任務によってはプレイヤー同士の闘争もあるのだから。

  そんな闘争の中で仲間を彼らに殺された者も少なくは無い。
  そもそも大概のユーザーは、ユーザーとの戦いで勝敗が見えた場合そこで勝負をやめるのだ。
  しかし、二人は止めない。相手に止めを刺すまで。ストレンジアは兎も角、穏健な成神は何故。
  そう言う声が多いが、成神は、脳内で相対する者の息の根を止めると言う勝手なルールを造っている。
  冬音が、死んで以来人を殺す事に躊躇しないためにそうしているらしい。ストレンジアと言う人間を殺すために。
  故に、彼にとってこの戦いは、最大の山場といえるだろう。
  彼にとってゲームをクリアするなどと言う目的より遥かに大きな指標なのは間違えない。
  
  その情報はトレモロや朔、pikoと言った者達にも当然伝わる。
  トレモロ達が、二人の決闘の情報を得たのは、大陸の北部に位置する万年雪の町“シンブルス”だった。
  二人は、正に中級者用受付でクエストの受諾を待っていた所だ。
  トレモロと凡は、その二人の激突に悲観的だ。彼らは、成神に恩が有るのだ。
  一週間前のクエストでどうしても中級者に上がりたいが、戦力不足だと嘆いていたときのこと。
  見るに見かねた成神が、無償で力を貸すと躍り出た。理由は分らない。目的も。
  唯、クエストの途中で零していたことを思い出す。

「お前等の初々しさを見てると……応援したくなる。昔を見ているようでな」
  
  多分、冬音と過ごした短い時間にその答えがあるのだろう。兎に角、当時二人は育んだ愛を大事にしようとその時誓った。
  彼は、それを頬を染めながら祝福してくれたのだ。

「だからさ。俺は、あの人に死なれるのは嫌だね……」
「ストレンジアさんは良いのですか?」

  一通り事のあらましを語ると彼は、頬杖を突きカウンターに設置されている椅子に座る。
  それに対し中級者受付嬢が、疑念を抱く。至極当然の疑念だ。
  青と赤のオッドアイが特徴的な、おっとりとした顔立ちの青と赤のオッドアイが特徴的な緑のメイド服の受付嬢。
  カナリアは何気に怖いもの知らずである。本来なら口を濁す所を高い好奇心に物を言わせドンドンと踏み込んでいく。
  その声音は、どこまでも差別感を払拭できない様子が浮ぶ。彼女にとっては、成神もストレンジアも等しくお客様だから。
  それに対して凡が、少し困った様子で言う。

「うーん、反対なのは反対なんだけど……それは、あくまで成神さんが心配であってだな。
俺達は、ストレンジアには悔恨の情ってのがあるのさ。ほら、アイツ俺達の知り合いも結構殺してるし……
まぁ、クエストとかこう言う果し合いみたいなのでならまだ分るけど。職権乱用じゃんアイツ?」

  凡の答えにカナリアは、瞠目する。
  一昔前の彼なら殺し合いに諦めなど挟まなかったはずなのだ。
  だが、今は現実を受け止め折り合いをなそうとしている。どんなに努力したって届かない物があると理解してしまったから。
  ほんの二ヶ月前までは女言葉が抜けなかったのに今では、随分と男性を演じているなと言う素朴な驚きも有ったが。
  そのような瑣末なことは、ほとんどカナリアの脳内には無い。
  彼女は、狂気のゲームに常識人が染まっていく事に一抹の寂しさを感じるのだった。
  そして、そんな風に寂しさや恐ろしさを感じるのに事の深奥に加担している自分に強い罪悪感と嫌悪感を感じる。
  吐気がするほどに。

「正直さ。どっちが強いか分るか?」
  
  裂けられない戦いだから。
  そう思ったから凡は、勝率が気になって仕方ない。戦いなど始まってみなければ分らないのだから単なる気休めなのだが。
  それでも無いよりは良い。しかし、普段はどのようなことでも悠長な口調で言ってのけるカナリアが口を紡ぐ。
  それだけで二人は、彼女の脳内での演算の結果では、ストレンジアの勝率が濃厚なのだと悟る。

「ぼっ僕の……評価では、成神さん優せ……ぃっ」
「無理して嘘付かなくて良いぜ? カナリアさんは、のほほんとしているほうが好きだ」

  カナリアが、慣れない嘘を付く。その様が余りにも痛々しくてトレモロは、彼女の頭に手を充て撫でた。
  彼女の大きめな瞳から大粒の涙が零れる。唯、泣いて欲しくなかったから彼は慰める。
  自分が悪かったと自分を責めながら。
  発注された書類にサインをして見たくない未来を忘れようと任務へと意識を移行させる。



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(2012年1月8日時点連載分まで)  パラノイア





2012年01月06日

【複雑・ファジー小説/金賞】神々の戦争記【2】

神々の戦争記

作者 海底2m さん



【続き】


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   *神々の余談 Part1*


川島「ネクラフとかセリアムの名前の由来って知ってるか?」
勇  「知らねーよ。あれか、なんだっけ、あの海の妖精みたいなやつ」
川島「…クリオネ?」
勇  「あ、そうだそうだ。それそれ」
川島「お前のその発想力にはあきれるけど違うな」
勇  「あ、あきれるってなんだよ!ちょっとは誉めろ!てか焦らすな!」
川島「ネクラフはフランスのFRANCEを並び替えてNECRAF
   セリアムはアメリカのAMERICAを並び替えてCERIAMってわけ」
勇  「……そうか…って、セリアム「A」一個足りなくね?」
川島「知らね」
勇  「適当だなおい!質問だしといてそれかよ!
    てかなんで俺らフランスに住んでんのに名前日本語…?」
川島「知らね」
勇  「だぁ――――――――!!」



神々の余談 Part1 おしまい(なんだこのコーナー…)



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「あぁくっそ、五十嵐!貴様何発弾無駄にする気だ!!」
「げっ」
勇の苦手分野の一つである射撃訓練の途中で、荒川の罵声が飛んだ。
射撃訓練は二列に背を向けるようにして並んで行い、教官達はその間を巡回する。
しかし、列が途方もなく長いため、一人一人の指導をしていては他の部員に目がいかない。
そのため、教官は訓練後に色々とアドバイスすることが多く、訓練中に声をかけることはない。のだが、
「お前もっと腕上げろ!当たってねぇのに乱射すんの止め!!」
荒川は勇の腕を乱暴なまでに握り、揺さぶった。
ちくしょー、このお節介教官は……
勇はちっ、と内心舌打ちした。
実際のところ、訓練用の武具はすべて旧式のものでコストを最大限に抑えている。
ゼンザスにはシピアを持たない人間、つまり非能力者も多く、
ネクレフ支部防衛課ではシピアと非シピアの割合が7:3ぐらいだ。
そういった防衛員は妖魔駆除を研究部開発の『シピア弾』を使った銃器で行うことが多い。
しかし、いちいち訓練でシピア弾を使っていてはあっという間に予算が底を尽きるので一般の弾を使う。
なぜわざわざシピア弾を使うのかというと、それは妖魔に物理的攻撃は全く効かないからだ。
シピアを妖魔にぶつけると、それを妖魔は、自分が持っているシピアで相殺する。
つまり、攻撃するたびに妖魔のシピアは減っていき、それが底を尽きる=妖魔の死となる。
しかし、シピアを持った防衛員も、それが全く効かない妖魔も存在するため、この訓練は必須である。
「発砲止め!屋内に戻れ!」
やっと終わった!
荒川の声で勇は銃を放り投げて飛び上がった。
その時である。屋外スピーカーに「ツ――ッ」と通電の音が入った。
『総務課より防衛課へ。
 アグニックス第四交番周辺でレベル4の妖魔を確認。
 各部隊長及び防衛課長は直ちに第5会議室にお集まりください』
支部屋内に向かう防衛員たちからざわめきが起こった。
「…行ってくる」
我らが第一部隊長は教官たちにそう告げると、駆け足で屋内に向かった。
「かっけぇなぁ、滝浦隊長」
そう言って勇のもとへ駆け寄ってきたのは、かの川島である。
滝浦玄助三等防衛佐官、20年以上もネクラフ支部に身を置き、第一部隊隊長としては5年も務めている。
「あぁ、ちょっと…ショートな事もあるけどな」
ショートというのは短気というのと行動が速いという二つの意味を兼ねているのを知ってか、
川島は苦笑した。

そうしてしばらくして、再び放送が入った。
『防衛課より第一部隊へ。
 荒川班、井上班所属の防衛員は直ちに第三作戦会議室へ出頭してください。
 繰り返します。荒川班、井上班所属の防衛員は第三会議室へ出頭してください』
二回繰り返すのは馬鹿な奴がいるから、と考えてのことだろう。
「何?どこだって?」
そのバカの一人である勇は川島へ聞いた。川島は眉間にしわを寄せる。
「第三会議室だよ、お前耳大丈夫?」
川島は片耳を人差し指でコンコンとたたいた。
「ちょっと聞きそびれただけだろ!」
勇がむきになって反発するのを見て川島は笑った。
「お前ちょっと荒川教官に似てるよなー」
「似てないッ!」
二人でやり合いながら会議室がある二階へと足を運んでいると、
「よっ、今回アンタらとだね」
階段の踊り場から聞こえた無邪気な声に、二人は顔を上に向けた。
「あぁ、そうだな」
「よろしく」
「ちょっ、何その無感情!」
抗議したのは桐山颯希二等防衛士である。有り余る元気が逆効果な印象だ。
「いいもん、アンタらの荒川二曹よりうちの井上二曹の方がいいもーん」
「…そうかもな」
勇はよだれの一件と射撃訓練の一件で荒川に対する不満は結構たまっていた。
それに対し、桐山の上官(本来は全下等防衛員の上官なのだが)の井上春樹二曹は温厚で有名だ。

三人は階段を上りきると、早歩きで廊下を歩いた。



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第三会議室に入ると、もうすでにほかの隊員は来ているようだった。
「ギッリギリね」
「お前が話しかけてきたからだろ」
「静かに」
副隊長の威圧的な声で、室内はしんとなった。やがて誰かがドアを閉める。
「これから作戦会議を始める。
 時間もったいないからさっさと終わらせるぞ。
 雷撃隊は鈴原、伊藤、若松、五十嵐の四名。
 水撃隊は…」
副隊長がテキパキと編成を組む中、勇は雷撃隊に、川島は狙撃隊に、桐山は水撃隊の中に入った。
「以上、編成終わり。あとは現場行く途中で班長から聞いてくれ。移動開始!」
隊員たちは即座に地下駐車場へと降りていき、勇達もそれに続く。
基本的に車両はトラックで、班に一台用意されているのでそれを使う。
「じゃ、あとは現地で」桐山を見届けると、勇と川島は荒川班トラックに乗り込んだ」

「よーす」
「あっ、鈴原士長」
移動中、トラック内で話しかけてきたのは鈴原遼士長だ。勇や川島のよき先輩となっている。
「君ら今回3回目ぐらい?」
「…そうですね」
川島は思い出すようにして答えた。
二士以下の下等防衛員は、訓練を主としているので出動はまれである。
今回はたまたま訓練終わったところだったので「じゃぁ連れてくか」という話になったらしい。
「まぁレベル4だし大したことないでしょー」
鈴原はごろんと、トラックの壁に背中をもたれかけた。
「そのレベルってどうやって決めてるんですか?」
勇は結構前から気になってたので聞いてみた。
「単純にシピアの容量だ。あれ、講座でやってないん?」
「いや、こいつ馬鹿なもんで……」
勇は反論する前に川島に口元を押さえつけられた。
なんなんだよコイツ……!
と、勇が内心腹を立てているところに、鈴原は説明した。
「妖魔とか俺ら一人一人にはシピアの容量っつーもんがあって、まぁ基本的にそれがなくなったら死ぬってことだわ。
 んで、妖魔はその大きさで9つぐらいにレベル分けされてんだ」
「レベル1が1000以下、2が2500以下、3が4000以下、4が5000以下っていう感じだ」
優等生の川島は鈴原の説明を補足した。お前には聞いてねぇーっつーの。
「お前よく覚えてんなー、俺もうろ覚えだのに」
鈴原は本気で感心してる様子である。
「この容量は俺らにもあって、ときどき測定されるんだわ。覚えてない?」
そういえば、と勇は頭を回転させた。この前、呼び出されて色々やってたな……
確か4200とうんちゃらかんちゃら。
「あれってこれ量ってたんですか?」
「お前知らないでやってたのかよ!!」
川島は怒鳴った。鈴原はハッハッ、と笑う。
「一応訓練とか駆除作業とかでも使えるシピア量が自分の何パーセントかって決まってるらしい。
 まぁ普通はそんなこと考えないけどなー」
一人一人のシピア量と、妖魔のシピア量を見比べて、適切な編成を執るのが隊長の役割である。
その時、『比数』というものが絶対的に不可欠で、ある妖魔のシピアの種類に対する耐性みたいなものである。
例えば、ある妖魔の雷の比数が1で、シピア量が1000だった場合、こちらも1000の雷シピアを妖魔にぶつければ駆除成功となる。
また、炎の比数3だった場合はこちらは炎シピアを3000ぶつける必要があるので効率が悪い。
逆に水の比数0.5だったら水シピア500ぶつけただけでイチコロだ。今回の妖魔もこういう感じだ。
「そういうことも考えて編成組むんだから相当大変だよなー」
移動中に説明を終えた鈴原は立ち上がって、前のほうに歩いて行った。
「現場到着だ!
 狙撃隊はトラックに残って水シピア弾を使用!雷撃隊及び水撃隊は外出ろ!」
荒川の怒鳴り声で一斉にトラック内があわただしくなる。
「じゃぁな」と小銃を抱えた川島に別れを告げると、勇はよっと、トラックを飛び降りた。



*************************************



トラックを降りると鈴原が待っていた。こっちこっちと手招きされるがままかけていくと、遠くの方を指差した。
「あーれ、見えるか」
勇は鈴原の指の先を雑草が生い茂る原までずーっと追いかけていく、と、
「……なんだ?」
500m程離れた所に、何やら動く影があった。何かとじっと目を見張っていると、
「あれが今回のターゲットだ。典型的な二足歩行の恐竜種で、鋭い歯による攻撃と火球を吐きかけてくる。注意しろ」
「うわっ!?って、は、班長!」
勇は思わず前のめりに倒れた。
勇と鈴原の間に、後ろからひょっこりと荒川が顔を覗かせていた。
「どうした、俺はただ警告をしただけだぞ」
いや、だからそれが怖ェんだよ!
クククと笑う鈴原を見て、ますます機嫌が悪くなる。
「こっちから仕掛けますか」
「そうだな、向こうから向かってくる様子はねぇし、速攻で行った方が手っ取り早い。
 何しろ「今日は君らの実力検査だからね」
荒川は怪訝な顔をした。
荒川の言葉を奪ってやってきたのは
「あー!!井上班長ぉ!」
桐山がいかにも可愛子ぶって手を振ってきた。
ま、またお前か……
勇はさっき倒れていたことも幸い、まさに「orz」な状態となった。
井上は桐山に苦笑いしてこちらを向きなおした。
「何してる。お前らの班統率しなくていいのか」
荒川は妙に不機嫌だ。
「こっちは滝浦隊長が仕切ってくれてるからね。こっちの班見て来いって」
「それはたいそうなお節介だな」
お前が言うかそのセリフをッ!!!
勇は顔だけ上げると荒川をキッと睨みつけた。
「とりあえず、始めますか」
「…そうだな」
鈴原の言葉で、荒川は腰につけた無線機を手にした。
「こちら荒川。これより雷撃隊、及び水撃隊による速攻を行います、オーバー」
『こちら滝浦。了解、速攻隊の指揮はお前に任せる。オーバー」
「了解」
えー、お前が仕切んのかーと、内心不満全開の勇には目もくれず、荒川はまた無線機を操作した。
「雷撃隊及び水撃隊へ。只今より先方の妖魔への速攻作戦を開始する。
 雷撃隊を先頭にして突っ走れ。気づかれたら鈴原、伊藤のみ電線銃準備。
 水撃隊は後ろから吹っ飛ばすまで攻撃し続けろ。 
 合図を出したら放水止め。水撃隊は全員後ろにはけ、雷撃隊の残り二人は直接ぶん殴れ。電線銃も発射許可。
 水撃隊は絶対に水に触れるな。そこまでやったらあとは徐々に前に引きつつ狙撃隊と合同で叩く」
そこまで言って、荒川は無線を切り、向こうの方へ走って行った。
「士長、電線銃ってなんですか?」
勇が尋ねると、鈴原は腰に差していた少し大きめの銃を取り出した。
「これだ。発射すると、さきっちょにかぎ爪付きついた鎖が出てくる。
 銃本体は地面にさせるようになってて、あとは鎖通して電気流すの」
「なるほど……」
勇が感心していると無線が入った。
『速攻を開始する、全員位置につけ!』
さっき雷撃隊が先頭っていったっけ…などと記憶をたどりながら、水撃隊が待機しているところに走っていく。
「緊張する〜?」
鈴原が聞いてきた。一見馬鹿にしているように聞こえるが、これが普通なのだ。
「まぁ、慣れるもんじゃないデス」
「はは」
と、話しているうちに『準備!』という短い無線が入る。
二人は黙って前を見据えた。敵はまだ気づいていない。勇はぐっと足に力を入れた。


『走れッ!!』



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速攻は迅速かつ圧倒的だった。
不意を突かれたティラノサウルスのミニチュア版のような妖魔は、横に転がった鈴原に目が行き、かみつこうとするが、
後方の水撃隊の放水が横から直撃し、2秒と持たずに横転する。それを機に、準備していた鈴原たちが電線銃をお見舞いした。
鋭い鉤爪が妖魔を襲い「ギャァ」と悲鳴を上げる。
そんなことはお構いなしに、勇は拳を青白く発光させ、思いっきり妖魔になぐりつけた。
『ズバババッ』と稲妻がほとばしり、一斉に辺りは煙を上げる。
もちろん、鈴原たちも電線を通して電撃を食らわせる。
「攻撃止め!総員戻れー!」
やがて、荒川が怒鳴った。
放電しっぱなしだと、服やらなんやらが全部だめになるので、早々に切り上げる。
鈴原は鉤爪だけを切り離し、電線を回収する。
勇はもう一発だけ、と最後の蹴りを入れると、ダッシュでトラックの方へ走った。
あとはもう狙撃隊と水撃隊の防衛戦である。
全員、50m程離れたところで膝をつき、体勢を整える。と、煙が上がっていたところからかの妖魔が出てきた。
眼光が赤く輝き、口から煙を吐いている。
うぉ、迫力あんなー、などと感心している場合ではない。
「雷撃隊はトラック戻れー!
 狙撃隊及び水撃隊は真っ向から攻撃しろ!絶対に包囲するな!」
射程が一直線である放水は、妖魔を包囲している状態では味方に流れ弾が当たる可能性があるからだ。
水撃隊が前に出て、トラックに開いた射撃口から銃口が見えたとき、
「ボッ」
妖魔が天を見上げ、口から火球を吐き出した。
ヒュ〜〜〜〜と、花火のようにゆらゆらと昇っていく火球を見とれていると、また荒川が叫んだ。
「回避―――――ッ!!」
勇が一瞬コケ?とした状態で首をかしげていると、上の方で何かが輝くのが見えた。
見上げると、火球がパッと数十個に分裂して、ミルククラウンのように舞った。そして――
『ゴッ』「!?」
分裂したそれぞれの火球は、それぞれの隊員のもとへと正確に突っ込んできた。もちろん、一つは勇に。
回避の準備ができていなかった勇はそのまま硬直して目をつぶる、と。
『ズザッ』
抱きかかえられるようにして、勇は草むらに突っ込んだ。後方で炎上音が聞こえる。
「鈴原士長!」
突っ伏す勇の背中に乗っていたのは鈴原だった。どうやら間一髪、回避に成功したらしい。
鈴原は起き上がるとピースサインを見せた。
「借り1ね」
そういって鈴原はトラックの方へと駆けて行く。残った勇には苦笑しかできなかった。



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「アホかあいつ」
荒川はつい愚痴をこぼした。ご丁寧に井上がそれを拾う。
「事が起こって判断するタイプだね」
井上のその説明はまさに勇ピッタリである。
回避と言っているにもかかわらず、攻撃されてないから動かない。だが井上はその後を間違った。
「荒川も昔こんなだったね」
「井上ェ!!」
荒川は思いっきり井上の手首をつかみ、上に掲げた。
「あッつ!!ちょっと手加減しろよ焦げちゃうよ!」
「知ったことか!」
井上は荒川の手を振り払って、手首にフーフーと息を吹きかけた。
シピアーは、自分のシピアに対しては耐性を持っているので荒川に被害はない。
「これより指揮権は滝浦隊長に移行する!!チャンネル切り替え!!」
やけくそのように怒鳴った荒川を見て井上がクククと笑った。

             *

「ちょっとアンタ何してんの?」
案の定突っかかってきたのは颯希である。勇はため息をついた。
「さぁな」
「アンタさぁ、回避って言われてんのに何でボーッとつっ立ってんの?
 鈴原士長いなかったらアンタ黒焦げだよ!?わかってる!?」
「はい、わかってます、すみません、もうしません」
一方的に切り上げてそそくさと逃げる。その時、滝浦隊長から無線が入った。
『水撃隊はあたりの消火をしつつ遠方から放水し妖魔を少しずつトラックに誘導しろ!
 合図したらトラックの脇から狙撃隊と共に叩く!雷撃隊は待機ッ』
それは天の救いに等しく、颯希はそばにあった燃え盛る炎を消しにかかった。
勇はスタスタとトラックの方に戻っていった。
トラックを除くと、もう鈴原は先に入っていた。
「お疲れ」
「お疲れー」
「…お疲れ様です」
川島と鈴原の声掛けに、勇は沈とした表情で答えた。
「なんだ、さっきの奴か」
川島は弾倉を取り換えながら聞いた。それもあるが、
「あんの桐山マジぶっ殺すッ!!!」
思いっきり蹴ったトラックの底から、バシッと火花がはじけた。
「ちょっとトラック痛むでしょー。いくらすっと思ってんの」
「知りませんッ!」
金のことに関してはその右に出るものがいない鈴原は勇が蹴ったところをすりすりとさすった。と、
『ズグオォンッ』
外から爆発音が聞こえ、トラックが微妙に揺れる。辺りがざわめきに包まれた。
「何、どした?」
鈴原は川島のところにある射撃口から外を覗いた。
「どうなってます?」
直径5cm程の射撃口は、一人だけでいっぱいいっぱいで、二人覗くことは不可能だ。
「あー」と鈴原がしばらく唸った後、顔を戻して出口の方に歩いて行った。
「これはのんびりお花に水やりしてる場合じゃねぇな。
 ちょい命令無視になるが外出るぞー」
「え、ちょ」
ちょこちょこ命令を無視して行動するのが鈴原だ。勇もそれにつられて外に出た。



*************************************



「う…ぉ……」
勇は外に出て思わずつぶやいた。
無理はない、直径10mはあろうか深さ30cmぐらいのクレーターがぽっかり出現していたのである。
しかも、辺りに火球が飛び散ったのか、消火作業もむなしく轟々と燃えている。
「桜井二曹負傷!」
「木戸士長負傷!右腕重度の火傷です!」
辺りには負傷報告の声が響き渡る。勇達は駆け足で荒川達のもとへと向かった。
「おぅ、鈴原。今呼ぼうとしてたところだ。
 水撃隊は消火作業に専念すっから雷撃隊でうまく回せ」
「了解です」
鈴原は滝浦の指名に敬礼し、ほかの雷撃隊を呼びに戻った。一応、命令無視にはならなかったらしい。
ほっと安堵して勇も戻ろうとしたとき、後ろから声がかかった。
「五十嵐、お前なんでここにいるんだ?」
ビクッと振り向くと荒川だった。
「え、いや、今呼ぶところって言ってたんじゃ…」
「今呼ぼうとしてたのは鈴原だけだ!中度の命令無視!減点!!さっさと作戦考えて来いッ!」
「な――――――――!!!!」
ず、ずるいッ!士長――!!
とぼとぼ戻っていく途中で、勇はちらっと横目で戦場を見やる。
今のところ、残った水撃隊が接近を食い止めているらしかったが、そんなことはどうでもよかった。

「おっ来たな」
川島と鈴原が何やらニヤニヤ笑っていた。どうやら鈴原が察して川島に伝えたらしい。
「どうだったー?」
鈴原の完全に他人事口調がまた勇を不機嫌にさせる。
「中度の命令無視で減点です…って先に行くのが悪いでしょう!?」
「何言ってんの、俺は自分の任務を全うしただけ―」
「そうそう、勝手に出てったお前が悪い」
川島にも刺され、勇にはもはや答える気力がなかった。
「さて、冗談もこの辺にして。作戦考えるよー」
鈴原は残りの伊藤と若松を呼び、四人の作戦会議が始まった。
「電線銃はもう使ったから無駄にはできないっしょ。接近でやるか、無理やり空気通すかのどっちか」
いくらシピアの含んだ雷とはいえ、電気は電気なので、空気を通して攻撃するのは無謀だ。
「接近だな」
若松が胡坐をかきながら言う。
「そーすっとどうする。なるべく一撃で決めたいんだよなー」
水撃隊は速攻と消火、それに今の食い止めでかなりのシピアを消費している。頼ることはできない。
鈴原は頭をポリポリとかいた。
「弾薬の方はどうなってんの、川島?」
若松が問いかけた。向こうでいそいそやっていた川島は振り向いて、「あと3分の1ほど」と答える。
「今のとこ一番シピア出せんのが…」
「五十嵐と俺だ」
若松が答えた。実際そうなのだが、勇的にはあまり気が向かなかった。
「じゃぁ、まず伊藤が奴の気をひく。そこらへんにピロピロ電気流してもいい。
 したら俺と若松で後ろから蹴っ飛ばすから、様子見てお前が殴って」
全員が無言でうなずき、外から妖魔の鳴き声が聞こえた。
もう、考えている余裕はない。それは向こうもこっちもだ。
躊躇はするな、一撃で決めろ。
鈴原にしては決めた言葉にうなずき、俺は外に出た。



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