今日の出来事

明日への道標 みんなのプロフィールSP

3
小林正稔・第三者委員長

2014.04.10 11:03:00 【神奈川新聞】
 湯河原町立中学校でいじめを受けていた男子生徒=当時(13)=が自殺した問題は、教育現場や社会に何を問い掛け、何を教訓として残したのか−。 「自殺はいじめの結果と推認できる」と結論付けた第三者委員会の小林正稔委員長(県立保健福祉大教授)は、「大人が注意深く接していれば状況は違った」と 訴える。中学2年の進級直後に自ら命を絶った悲劇から、10日で丸1年。「その死を決して無駄にしない」ため、調査の過程で浮かび上がった課題と再発防止 策を探る。


 「いじめによる自殺は県内でずっと続いている。もうやめたい、起きてほしくない。何としても、彼の死を無駄にしたくない」


 県内の児童福祉分野に長く関わり、1万人近い子どもたちに接してきた小林委員長。数多くのいじめ問題にも向き合ってきたからこそ、その思いは強い。


  町や町教育委員会に対し第三者委がまとめた報告書の公開を求めたのは、「悲劇を二度と繰り返さないため」。大人として子どもに何を伝えるべきかと、「良心 の問題」として調査を重ねた。常に根底にあったのは「彼の死をどう理解するかが、子どもたちを育む基本になる」との思いだ。


 男子生徒が抱いていた思いをどう受け止めるか。ほかの多くのケースと異なり、湯河原の男子生徒は生前、いじめられた相手などへの恨みや憎しみを一切口外しなかった。だからこそ、自殺に至るまで内に秘めてきた苦悩を理解する重要性が増す。


  自殺した当日の学級委員への立候補、親に心配をかけたくない、いじめを受けていた同級生ともうまくやりたい−との思い。「男子生徒が同級生と離れようとす ればできたはずだ」と指摘し、こう分析する。「彼は最後まで努力している。努力してきたが、魔が差してしまった。あえて言えば、燃え尽きてしまった」


  男子生徒が入学直後から1年間にわたり受け続けたいじめ。自殺直後のアンケートで約2割の生徒がいじめの実態を指摘したにもかかわらず、学校現場はその事 実に気づくことができなかった。小林委員長は「彼がされていたようなことが、日常の中で珍しくなく起こっていたのだろう」と推測し、「後になってから、そ の行為がいじめだったと認識することの方が多い」と強調する。


 それは、ほかのケースを含め、いじめた側の生徒にも言えることだ。「『相手が嫌だと言わなかったからいいと思っていた』という言葉は重い」。当時、ちょっとやり過ぎたと思っていても、その行為がいじめとは認識していなかった。そこに深刻な悲劇性を見る。

  小林委員長が繰り返すのは、大人の在り方や子どもとの関係性だ。「大人が子どもを見ていない。見ていれば、もうちょっと違った展開があったのでは」。教師 をはじめとする大人たちは自分のことに一生懸命で、周囲が見えていない。「大人の怠慢、日常的にやるべきことを怠った結果、若い命を失ってしまった。社会 全体の責任だ」


 不安を抱えながらも自立に向かう思春期の子どもたちが、大人に頼ってはいけないとの風潮は強い。大人は度々 「思春期の子どもは分からない」と口にする。しかし、「子ども自身が自分のことを分かっていないときに、頼るべき大人にそう言われると、余計に混乱す る」。子どもとの距離を埋めながら健全な情緒の発達を考えないと、根本的解決には到達しない。


 そもそも教育とは、時間や手 間がかかるもの。「生きていく上で逸脱してはいけない範囲や、正しいやり方を示すのが本来の教育であるはず」と説く。だが、今は「悪いことをすると、それ をただして訓練する」という指導が目に付く。何か問題が生じて、子どもの責任だけを問うのは「大人の無責任」だ。


 「これを越えてはいけない」ではなく、「はみ出たものは排除する」という発想。湯河原のケースに限らず、訴えがなければ対応しなくていい、という意識は変えなければならない。


 では、子どもたちと接する際に、大人は何を心掛けるべきか。


  小林委員長は「子どもの顔をちゃんと見て、同時に子どもと同じ景色を見る姿勢を持ってほしい」と呼び掛ける。心理カウンセラーが相談者に45度の角度で向 き合うのは、相手の顔と相手が見ている景色を同時に見られるから。目に映る景色と、相手の感じ方を共有することで、互いに共感を深められる手法という。


 しかし、「今の大人は『子どもの顔を見て』と言うと顔だけを見てしまう」。家庭・地域・学校が補い合うという理念の広がりを期待するとともに、こう願う。「ちょっと工夫をしてほしいだけ。少しだけ子どもと同じ景色を見られれば、世の中は変わる」


  ◆湯河原中の男子生徒自殺問題 男子生徒は昨年4月10日午後、自宅で「誰も僕の心をわかってくれない」などと記したメモを残し、首をつって自殺した。町 教委による生徒らへの聞き取りやアンケートの結果、頭や頬を手でたたくといった暴力行為や、物を隠すなどの嫌がらせがあったことが判明。第三者委は3月、 暴力行為などのいじめが約1年間続いていたと指摘した上で、「自殺はいじめの結果によるものと推認でき、両者には関連性が認められる」と結論付けた調査報 告書を公表。教員らがいじめに気付くチャンスはあったとし、「日常の教育活動が手抜きになっていた」などと学校側の対応を非難した。


 【第三者委員会がまとめた 答申書の概要・提言】

・男子生徒の自殺はいじめの結果によるものと推認でき、いじめと自殺の間には関連性が認められる

・支援対策本部がまとめた調査報告書の事実経過はおおむね適切だった

・自殺後に学校が直ちに事実調査に着手したことは適切だったが、加害者とされる生徒を絞ることが性急に過ぎたきらいがある

・男子生徒が自殺した4月を町の「いじめ防止・人権月間」のように位置付け、小中学校で講演会などに取り組むこと

・町がどんな子どもを育みたいと考えているかについて、宣言や条例の制定をすること

・町教委はいじめ防止対策の実践について毎年検証を行い、町議会に報告すること

・支援対策本部と第三者委の調査報告書をできうる限り公開し、教訓を関係者で共有すること


  こばやし・まさとし 1956年長野県生まれ。愛知学院大文学部心理学科卒。県立保健福祉大保健福祉学部教授、臨床心理士。県内児童養護施設のスーパーバ イザーも務める。昨年4月、湯河原町立湯河原中学校2年の男子生徒が自殺した問題では、いじめと自殺の因果関係などを調べる第三者委員会「湯河原町いじめ に関する調査委員会」の委員長を務めた。鎌倉市在住。58歳。


3
男子中学生重体
04月07日 19時20分 NHK
Clipboard0407
 7日午後、始業式があったばかりの名古屋市の私立中学校で、2年生の男子生徒が校舎の窓から転落して、意識不明の重体になっています。

 学校によりますと、男子生徒は、ほかの生徒と何らかのトラブルがあったあと、自分で飛び降りたということです。

 7日午後1時すぎ、名古屋市昭和区の南山中学校から、生徒が校舎から転落したようだと、消防を通じて警察に通報がありました。

 警察によりますと、転落したのは2年生の男子生徒で、校舎4階の廊下の窓から落ちたと見られるということです。 生徒は病院に搬送されましたが、全身を強く打ち、意識不明の重体となっています。

 中学校によりますと、7日は始業式で、授業は午前中で終わり、男子生徒は、ほかの生徒と何らかのトラブルがあったあと、自分で飛び降りたということです。

 警察などは、関係者から事情を聴いて詳しい状況を調べています。


3
私立南山中学校男子部
 (07日23:45) TBS
Clipboard0409
 名古屋の私立中学校で始業式が行われた7日、男子生徒が校舎の4階から飛び降り、重体となっています。 7日の午後1時半頃、名古屋市の私立南山中学校男子部で「校舎から人が転落した」と消防に連絡が入りました。飛び降りたのは2年の男子生徒で、「4階から落ちた」と自分で話していましたが、背中と腰の骨を折るなどして重体です。南山中学校は7日が始業式で、生徒が転落したのは部活動が始まる直前でした。 「鈍い音が聞こえてきた」(男子生徒の同級生)

 「(男子生徒は)『1人で落ちた。転落した』と答えた。イザコザがあったということは分かっている」(南山中学校男子部 澤田秋善 副校長)

 学校の会見では生徒は飛び降りる直前、同級生の男子生徒と何らかのトラブルがあったということで、学校側は飛び降りの原因を詳しく調べる方針です。


3
アンケート開示求め提訴
[04/04 18:19] MBC

 2011年に出水市で女子中学生が自殺した問題で、4日、遺族は出水市に対し、いじめの実態を調べたアンケー トの開示を求める訴えを起こしました。

 この問題は2011年9月、出水市の当時中学2年の女子生徒が九州新幹線に飛び込み、自殺したものです。学校はいじ めの実態をアンケート調査し、遺族側はこれまで開示するよう求めてきましたが、出水市教育委員会は「二次被害のおそれがある」として開示を拒否してきまし た。

 このため遺族は、4日教育委員会のアンケート不開示の決定を取り消すよう求める訴えを、鹿児島地裁に起こしました。

 提訴について、出水市教育委員会 は、「アンケート不開示の姿勢は変えられない」とコメントしています。

3

遺族に賠償するのは「自治体」――なぜ違うのか?

2014年04月02日 19時24分 (弁護士ドットコム トピックス)
 http://www.bengo4.com/topics/img/1337.jpg

 児童が自殺した主な原因は、担任や校長の対応にある――。群馬県桐生市で2010年に小学6年の女子児童が自殺し、遺族が学校側に損害賠償を求めた裁判。

前橋地裁は3月中旬、群馬県と桐生市に計450万円の賠償を命じる判決を下した。県と市は控訴した。 報道によると、前橋地裁は、女児が学校でいじめを受けていたと認定したうえで、「学校が孤立感や絶望感を解消するために動いてくれず、生きる意義を見いだせない状況に陥った」と指摘。担任や校長がいじめた児童への指導といった具体的措置をとらず、「安全配慮義務を怠った」と判断したという。

 今回、自殺の原因とされたのは「校長と担任の対応」だった。だが、判決で賠償を命じられたのは、校長や担任教諭ではなく、群馬県と桐生市だった。なぜ、県や市が賠償を命じられるのだろうか。児童の両親は直接、校長や担任に損害賠償を求めることはできないのだろうか。

 湯川二朗弁護士に聞いた。

●「国家賠償法」でルールが決まっている

 「もし、こうした事件が私立の小学校で起きていたなら、学校はもちろんのこと、校長や担任も損害賠償請求の対象となります。 ところが、公立小学校となったとたん、県や市は責任を負うけれども、校長や担任は責任を負わないことになります。この違いが気になるのはわかります」 なぜそうなるのだろうか。

 「その理由は、国家賠償法に書いてあります。 国家賠償法1条1項は、公権力の行使に当たる公務員が、職務を行ううえで、不法行為をしたときには、国または公共団体がその損害を賠償する責めに任ずると定めています。

 この規定があるため、公務員個人は、被害を受けた人に対する賠償責任を負わないと解されているのです」 つまり、被害を受けた人が公務員個人に直接賠償請求をすることは、できないわけだ。

●公務員個人が手厚く守られるワケは?

 一方でその場合、公務員個人は自らの不始末の責任を、国や自治体にとってもらった格好となる。国などが被害者に支払ったお金を、返さなくてもいいのだろうか。

 「そういったケースで、公務員個人の責任は国や公共団体が公務員個人に求償したり、公務員法の懲戒により追及されることとなっています。

 ただし、公務員個人が求償責任を負うのは、『故意または重大な過失』があった場合に限られています(同条2項)」 つまり、故意か重過失がなければ、公務員個人は、国からの求償請求も受けないわけだ。制度的にかなり手厚く守られているようだが、どうしてなのだろうか。

 「公務員はそもそも、全体への奉仕者として、積極的に公益に貢献することが求められています。そのため、公務員は不満を持った人たちからの批判を受けがちになります。

 もし、公務員が『個人責任を追及されるかもしれない』という懸念を抱き、適切な行動をためらうようなことになれば、かえって公益が阻害されるおそれがあります。

 このことは、警察や消防、あるいは消費生活センターの商品事故情報の公表を考えれば、よく分かると思います」

●その行為は「公権力の行使」に当たるのか

 たしかに、仕事で難しい判断を強いられ、それが裏目に出るたびに個人的な責任を追及されたら、働き続けるのは難しくなるだろう。

 「しかし、たとえば私立学校と公立学校を比較した場合、教師という仕事の性質は、何ら変わりはありません。

 私立学校の教員が、個人責任の追及をおそれるあまり、教育活動に支障が出たという話は、私は聞いたことがありません。

 そう考えると、どうして公立学校の教員だけが個人責任を免れるのか、という疑問は残ります。かえってその結果、児童や保護者に無責任な教育が行われているのではないか。

 そんな問いかけに、もう一度原点にかえって、向き合う必要もあると思います」

 公務員の中でも「教員は別」という扱いは可能なのだろうか。

 「たとえば、国公立病院の医療行為は、私立病院と同じ取扱いを受けて、『公権力の行使には当たらない』とされています。公立学校における教育活動も、公権力の行使にあたらないと考える余地は、十分にあると思います」

 湯川弁護士はこのように話していた。学校でのいじめ問題のように、根深く難しい問題に取り組む際には、いったん最初に戻って、それぞれの「責任」について考えてみることも必要なのかもしれない。

このページのトップヘ