








今日、新潟は高校野球、県予選の準決勝です。
夏らしくなってきました。梅雨明けも間近ではないでしょうか。
さて、13日~15日は小千谷市本町にある二荒神社の祭礼がありました。
二荒神社は現在の魚沼神社の末社の一つであったそうです。小千谷の発展がめざましくなるにつれ、独立し、安政2年に町の氏神となったと言われています。この祭礼は、町民の長い間の願いが叶ったことを祝って行われるようになりました。
毎年、子供達が舞う「豊年獅子舞」や爺と巫女の人形が屋台で演じる「巫女爺」(みっこんじっさ)など昔からの郷土芸能が行われます。
写真で紹介しているのが巫女爺で、平成20年には県の無形文化財の指定を受けました。
おぢやファンクラブでは、この巫女爺の伝説を紹介しています。
-以下抜粋-
むかし、いまの元町(もとまち)一帯を蓮華谷といっていました。この蓮華谷に、弥右エ門という百姓が住んでいました。この弥右エ門にお妙という美しい娘がありました。お妙は年ごろになるにしたがってますます美しくなり、町じゅうの評判でした。
ところが、お妙はふとした風邪がもとで病床にふせるようになりました。弥右エ門は、祈祷師をたのみ、信濃川の生きのいい魚を食べさせ、いろいろ手をつくしましたが、病気は重くなるばかりでした。
ある日、弥右エ門はいつものように、お妙に好きな魚を食べさせてやろうと、網をもって魚をとりにでかけました。
いつも行く場所をまわりましたが、どうしたことか、今日は1匹もとれません。
そのうち日も沈み、あたりはうす暗くなりかけてきました。
「これまでこんなことは一度もなかった。不思議なこともあるものだ。・・・いま一度だけためしてみよう」と決心して、最後の網を打ちました。
引き上げて見ましたが、やはり一匹も入っていません。しかし何か木のかたまりのようなものがはいっています。水から上げてみると神様のお像でした。
弥右エ門は、有難そうなそのご神像を大切に持ち帰り、神棚の大神宮さまのわきに安置して、朝夕おまいりをしていました。
それからというもの、弥右エ門の家には、不思議によいことばかりつづきました。
何より、娘のお妙の病気が目にみえてよいほうにむかい、秋のころにはすっかり元気を取り戻したのです。
弥右エ門は、この霊験あらたかな神様を、そまつな自分の家に置くのはもったいないと思いました。
そこで、自分の家の鬼門の方向にあたる崖の上に、社を建て、それまで小さなほこらに祀られていた二荒様(にっこうさま)と一緒に、その御神体を祀りました。
それが二荒神社の最初の社殿だということです。
-----------------------------------------------
現在では、"にっこう様の祭り"として市民に親しまれています。
本町1丁目を歩行者天国にして、ご家族で楽しめる企画が盛りだくさんです。
特設ステージでは、子供達のダンスや歌の発表もあり、たくさんの人で大変盛り上がっていました。
夏の訪れを感じるお祭りでした。
おぢや元気プロジェクトのホームページはコチラ↓
http://www.ojiya-genki.jp/













