岡本法律事務所のブログ

2019年07月

また,検察官は,被告人はBに比して開店運営していく資金力,資金調達能力がなかったため,Aの事業全体から生じた損失を負担するというリスクをとって共同経営者となり,それに基づき高額の報酬を得ていたと指摘し,待遇も,被告人の場合,報酬が事業全体の損益と連動していて,当初から明らかに他の黒服従業員と異なり,この点は経営者性を肯定する事情であるなどと主張する。しかし,Aにおけるそれについて先に述べたのと同様に,被告人は,事実上,約定の給料を得ることができない場合もあったものの,Bと被告人との間で,Aの事業を負担するというリスクを被告人がとり,被告人の報酬が事業全体の損益と連動していたと評価することはできないから,検察官の主張は,採用できない。

  以上によれば,③に関する検察官の主張は,採用できない。

  (エ) ④被告人が共同経営者である旨の被告人自身の供述の評価について

 一審判決は,被告人がAをBと共に共同経営してきたと供述する検察官調書について,経理や資金繰りに関することが中心に記載されるが,これは黒服トップの幹部従業員の業務としても説明できることであって,本件で重要となる待遇面でBとは格段の違いがあるのに,なぜ共同経営者といえるのか,いつ共同経営者となったのかという肝心な部分の記載が全くないことなどを指摘し,本件における経営者性の判断に関して証拠価値は低いといわざるを得ないと判断しており,平成24年3月12日の被告人のメールについても同様のことがいえると評価しているところ,以上の説示は相当として是認できる。

  これに対し,検察官は,一審判決の判断は,論理則・経験則に照らして不合理な評価である旨主張し,同日付けの被告人からBに対して送信したメール(一審弁62写真51ないし53のメール)によれば,被告人自身がBに向かって自らを「共同経営者」であると宣言していることを指摘し,単なる従業員に過ぎない被告人が自らを雇用している経営者に対して,このようなメールを送るはずがないなどと指摘する。確かに,前記メールの存在のみに着眼すると,被告人自身が当時,自らをAの共同経営者であると認識していたことを指し示す事情とみることもできる。しかし,同メールの内容の主眼は,Bが本当は経営者であったという点にあるとみられるのであって,被告人自身の経営者性に関しては,具体的な事情を指摘するものではない。本件では,被告人とBとが待遇面で格段の違いがあるのに,なぜ被告人が共同経営者といえるのかという点が問題となることは,一審判決も指摘するところであり,この点については,前記検察官調書と同様にメールにも記載はなく,被告人がAの業務を長年裏方トップとして仕切ってきた以上自分にも責任があるという趣旨で共同経営と言われても仕方がないという感覚を持っていたということでも説明が可能であり,前記検察官調書と共にメールも,その経営者性の判断に関して証拠価値が低いとする一審判決の判断は,論理則,経験則に照らして不合理なものとはみられない。

  以上によれば,④に関する検察官の主張は,採用できない。

  (オ) ⑤被告人が経営者であることを示唆するその他の事情について

 一審判決が,被告人が共同経営者であることを示唆する方向の事情について,いずれも被告人が経営者であることを示すあるいは推認させる事実などとはみられないとしているのに対し,検察官は,源泉所得税の課税実務においては,原則として源泉徴収義務者として届出を行っている名義人を源泉徴収義務者として取り扱っているところ,被告人がAにおいて,被告人名義で個人事業の開業等届出書を出していること,所得税の確定申告を行ったこと,源泉所得税を納付したことなどを挙げ,被告人が現に源泉徴収義務者であることを表明し,行動していたことは,被告人が共同経営者であったことを推認させる旨主張する。

  確かに,被告人が平成21年,税務署長宛に被告人名義の事業の開業等届出書を提出したこと,Aの平成20年度分ないし平成22年度分の事業所得につき,税理士(藤本)を通じて被告人名義で所得税の確定申告を行ったこと,Aの従業員等の給与等につき,平成22年6月30日に,平成21年1月分から同年12月分の源泉所得税をいずれも被告人名義で納付したことなどという被告人自身が源泉徴収義務者として行動していた事実は,被告人を共同経営者であったことを推認させる一事情とみることもできる。しかし,検察官主張のように,課税実務において,原則として源泉徴収義務者として届出を行っている名義人を源泉徴収義務者として取り扱っているとしても,名義人が常に源泉徴収義務者となるわけではなく,実質的な観点から検討されるべきである。そして,一審判決も指摘するように,C他,Aと経営面で連続して営業がなされたクラブの各種名義人についてみると,Bが経営者でありながらその名前は一度もないのに対し,被告人以外にも複数の従業員名義で届けられており,名義貸しが普通に行われていたことをも踏まえると,Bは,自らがAの経営者であることを国税等の対外的には秘匿しようとしており,被告人は,Bが経営者であることを隠すべく各種名義人となり,国税に対しても源泉徴収義務者であるかのように振る舞ったと認められる。そうすると,前記事情は,被告人が黒服従業員であったとしても合理的に説明できる事情といえ,本件においては,これをもって被告人の共同経営者性を推認させる事情とみることはできない。

  また,検察官は,被告人の共同経営者性を根拠付ける事実として,Aの後身であるクラブJにおいても被告人の報酬に未払分が発生したり,被告人が経費を負担したりしていたことを指摘する。しかし,この点の主張は,先に検討した主張と同様に,被告人が,クラブにおいて現金が不足するときに,経理担当者としての責任感から,自らの報酬の支払を遅滞させて,他の従業員等の給与等の支払に回したことがあったというものとみられ,後日精算が予定されていたと解されるから,このこと自体が被告人の共同経営者性を根拠付けるものとはみられない。

  検察官は,被告人が共同経営者であることを根拠付ける事実として,被告人はBと共にクラブ経営の業務部門に関する意思決定を行っていたと主張する。しかし,検察官が具体的に指摘する点は,被告人が売上げの低い月にイベントを企画して売上げを上げるよう努めたこと,司会進行を務めるミーティングを月に1回行って,ホステス及び従業員に対し,Bと事前に打ち合わせをしたテーマに沿って,Aの今後の目標や接客のあり方,店の方針を示していたこと,平成22年末頃,平成23年の目標を,黒服全員に書かせて被告人に提出させて,被告人はこれを作成せず提出を受ける立場にあったことなどであり,これらは,被告人が黒服のトップの幹部従業員であったことによっても十分説明しうる事情とみられる。

  さらに,検察官は,被告人がAの財務面を掌握していたと主張し,被告人が収支及び資金を管理していたこと,従業員らに対する給料の計算と支給を行っていたことを根拠として指摘する。確かに,被告人は,売上等の金額を把握し,Bが休みの日などは売上金を一時預かるなどし,Aの売上金が入金される銀行口座の通帳等を管理して,その支払等について事務を行っていたもので,Aにおいて財務関係を管理する責任者であったとみられる。しかし,検察官の主張によっても,現金売上げはBが持ち帰り,自己の報酬額を確保した上で管理していたもので,被告人は,支払についてもホステス等の給料明細を作成して事前にBに了解をとり,売上げ等についても記録した書類等はBに渡し,仕入れの支払等についてもBの了解をとるなどしていたというのであって,このような事情は,被告人がBの意を受けた幹部従業員として,財務面を管理,把握していたとみることができ,上記検察官の主張が共同経営者性を根拠付けるものとまではみられない。

  検察官は,被告人が資金繰りの手段の一つとして,ホステスから徴収した源泉所得税を納付せず,Bに渡す500万円の原資に充てたり,Aの運転資金に回すなどしていたことを指摘する。しかし,これは,Bが自己への月額500万円の固定費の支払を強く求めていたことから,その意に逆らえずにBの意思によりBが取得していたにすぎないとみられ(ちなみに,本件期間(平成21年8月ないし平成23年7月の2年間)において,源泉徴収として納付すべき所得税合計額は,約7940万円であり,1か月あたり約330万円となり,その金額はBの500万円の固定取得金員及び私的取得金員の一部にとどまるものである。),それは被告人自身がBと比較して,財務関係の意思決定権が弱い立場にあったことのあらわれであって,前記指摘は被告人が共同経営者であったことを推認する事情には当たらない。

  以上によれば,⑤に関する検察官の主張は,採用できない。

  (カ) まとめ

 その他,検察官は,主として源泉徴収義務者に関する裁判例を挙げるなどしてるる主張するが,一審判決の認定評価を不合理せしめるものとはみられない。

  以上によれば,検察官の主張を個別的にみても,また,総合的にみても,被告人が共同経営者とは認められないとした一審判決の認定は不合理とはいえず,この点に関する検察官の主張は採用できない。

  イ 被告人が共同経営者とは認められない場合に,源泉徴収義務者と認められるかについて

 (ア) 一審判決の認定説示

  検察官が論告において,被告人がBと同列の経営者であるとは評価できないとしても,源泉徴収義務は免れないと主張したため,一審判決は,被告人が幹部従業員であることを前提にした源泉徴収義務者性についても検討し,被告人は,Bのわずか5分の1しか利得配分を受けておらず,給与等の計算は,黒服従業員のトップとして事実上行っていたにすぎないものであるから,そのような者を経済的出捐の効果の帰属主体などとはいえず,被告人を源泉徴収義務者とみることはできないと認定したが,その認定説示は相当として是認できる。

  (イ) 検察官の主張

  これに対し,検察官は,仮に被告人がAの経営者ではないと判断されたとしても,被告人が経営者か否かは,被告人が源泉徴収義務者であったか否かという争点を判断する上で,中心的な論点ではあるがそれを基礎付ける要素に過ぎず,経営者であれば源泉徴収義務者であるという論理必然には立たないとし,Ⅰ)被告人の指揮命令の下に労務が供給されていた,Ⅱ)被告人が報酬等の支払主体であったから,被告人は,Aで稼働するホステス及び従業員との間の雇用関係の当事者としてふさわしい実体を有する者であり,被告人を源泉徴収義務者とみることはできないとした一審判決の判断は著しく不合理であると主張する。

  (ウ) 検討

  そこで検討するに,Ⅰ)について検察官が主張するところは,被告人が,黒服を自ら面接して採用したり,他の黒服が面接をした結果について報告を受け,その採否を判断していた上,ホステスの採用についても,最終的な決定権はBにあったとはいえ,少なくとも他の黒服と比較すればBと比肩する上位者として採用に関わっていたこと,配下の黒服から,来年の目標,ホステスの採用,給与の前借り等といった業務上の事柄について報告を受け,Aの営業中はホステスの配席を指示し,経理担当従業員に指示して給与等の支払い準備をさせるなどしていたことであり,検察官は,これらをもって被告人は労務を提供する者を選定し,従業員を指揮命令する立場にあったというのである。しかし,検察官主張の事実が存在するとしても,これらはいずれも黒服従業員としての役割分担,あるいは黒服従業員の中のトップとしての業務として説明できるものにすぎず,これをもって雇用関係の当事者としてふさわしい実体を有する者とみることはできない。

  また,Ⅱ)について検察官が主張するところは,被告人は,B及び従業員等に対する給料の支払を優先させ,売上げから経費を差し引いた残りを自己の報酬としていたのであるから,自己の利益の中から,いわば身銭を切って従業員等に給与等を支払っていたということであるが,先にも述べたとおり,被告人は,ホステスや従業員の報酬の計算や支払の実務を担っていたとはいえ,いずれもBの了解の下に行われていたものであって,被告人が自らの報酬ないし給料の取得に優先して,ホステスらの報酬等の支払に充てていたからといって,雇用契約上の報酬等の支払主体が被告人であったと評価することは困難である。前記のとおり,Aの経営において,経費等の支払を除いた売上げを実質的に管理していたのはBに他ならず,そもそも,このような収益の帰属主体こそが通常,事業を行う上での報酬等を支払い得る者であって,被告人は事実上Aの売上げの多寡により不利益を被ることがあっても(それでも,前記のとおり,基本的には月額80万円から100万円程度の報酬を得ることができたのであるから,従業員の立場としてもこれを甘受することは不合理とはいえず,上記不利益を受けることが雇用者性につながるものとはみられない。),その収益等を取得する立場にあったとはみられないから,被告人がAで稼働するホステス及び従業員との間の雇用関係の当事者としてふさわしい実体を有する者であったとみることはできない。

  検察官は,Aの前身であるC,Gにおいて,Bの休職中は被告人が中心となって運営し,従業員等も勤務を継続したことを指摘するが,経営者であるBが店に出てこなくとも,店の運営が幹部従業員を中心になされることは特段不自然ではなく,Bは店に長期間出ていない間も月額500万円を受け取るなどその売上げは同人に帰属していたとみられるから,この期間も被告人が中心となって店の営業を行っていたからといって,被告人が雇用関係の当事者として給与等の支払義務を負っていたことにつながるものではない。

  検察官は,Aにおけるサービスの対価として支払われる代金請求権が被告人に帰属し,被告人が雇用関係等の当事者として給与等の支払義務を負う旨主張し,Aで使用されていた売掛金の入金口座及びクレジットカード売上げの立替金入金口座(被告人名義及びH名義の銀行口座)の通帳を,被告人は被告人の母Fに管理させ,各口座のキャッシュカード及び届出印を被告人が管理していたとして,これらは,いずれも被告人に帰属しており,被告人が給与等の支払義務者ではないとすると,Aの従業員等に対する給与等の支払が滞った場合に,従業員等は,被告人に帰属するこれらの預金債権を差し押さえて給与等を回収することができなくなり,著しく不合理な事態となるなどと指摘する。しかし,検察官の主張によっても,前記売上金等の入金口座である預金債権というものは,Aの預金口座名義については,H,I,被告人と時期により異なり,本件当時はH名義の口座も使用されていたもので,被告人名義のものも名義貸しにすぎないと考えられる。また,Aの経理事務を補助していた被告人の母Fが通帳を保管し,被告人が口座のキャッシュカード,届出印を保管していたとしても,経理事務を担当していた者の業務形態として不自然なものではなく,被告人は前記のとおり,Bに毎月500万円を交付するなどせざるを得ない状況にあったもので,前記事実関係の下での前記預金債権の帰属主体は,結局,Aの経営者であったBであるとみられるのであって,この点に関する検察官の主張は,採用できず,被告人が,ホステスや従業員らの雇用契約の当事者としての給与等の支払義務を負っていたとは認められない。

  その他,検察官の主張を踏まえて検討しても,一審判決の認定は不合理とはいえない。

  (4) 結論

  以上によれば,検察官の事実誤認の主張は理由がない。

  2 訴訟手続の法令違反の主張について

 (1) 検察官の主張

  一審判決の認定に従っても,被告人は,Aにおいて,従業員に対する給与等の支払事務を統括していた者であり,経営者であるBの「使用人その他の従業者」に該当し,被告人を両罰規定(所得税法243条1項)によって処罰できることは明らかであったのであるから,一審裁判所には,検察官に対し,両罰規定の訴因に訴因変更手続を促し,少なくとも釈明を求めて検察官の意向を確認すべき義務があったのに,一審裁判所が,検察官に対して訴因変更手続を促さず,釈明すら求めずに無罪判決を言い渡した手続には,判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある。

  (2) 検討

  ア 裁判所が検察官に対し,訴因変更手続を促し,あるいは釈明を求めて検察官の意向を確認すべき義務は,基本的には,現在の訴因では無罪とするほかないが,新しい訴因に変更すれば有罪であることが証拠上明白であり,新しい訴因の罪が重大である場合に生じ得る。加えて,公判前整理手続を行う事件においては,検察官は,整理手続の中で弁護人の主張も踏まえて,自己の主張や根拠の内容を検討する機会が存したのであり,訴因変更が必要となる可能性があると解される場合は,公判前整理手続段階においても予備的な訴因の追加を請求することも可能であり,同手続を経た後の公判においては,計画的かつ集中的な審理が行われていることなどに照らしても,公判審理開始後,特に,その終局段階における訴因の変更請求については,公判前整理手続制度の趣旨を没却させるようなものではないことなどの考慮も必要となる。

  そこで,以上を前提にして,一審裁判所には一審検察官に対し前記訴因変更手続を促し,あるいは釈明を求めるなどの義務があったか否かについて検討する。

  イ 記録によれば,本件の手続経緯は次のとおりである。

  本件は平成24年7月に起訴(本件公訴事実は,被告人がAを経営し,給料,報酬の支払をする源泉徴収義務者であったが,源泉徴収して納付すべき所得税を納付しなかったというものである。)された後,公判前整理手続に付されて争点及び証拠の整理が行われた。

  その中で,一審検察官は,被告人はBと共にAを共同経営していたものであり,源泉徴収義務者である旨主張したのに対し,一審弁護人はこれを争い,AはBが単独で経営しており,被告人は,Bの下で従業員等の管理,経理等を統括する店長的立場で稼働していた,被告人は,Bに対し,源泉所得税を納付すべきであると進言したが,Bは取り合わなかった,被告人はBに雇われていた従業員にすぎないから,源泉徴収義務者ではない旨主張した(平成25年9月6日付け「予定主張記載書面(2)」)。第5回公判前整理手続期日(平成26年1月23日)において,争点整理の結果が確認され,主たる争点は被告人がAを経営し,稼働する従業員等に対する給与の支払をするとともに,ホステスに対する報酬の支払をする源泉徴収義務者であったか否かであるとされ,さらに被告人が源泉徴収義務者であることを基礎付ける事実関係についても争点整理が行われ,その結果が確認された。

  平成26年2月5日の第1回公判期日から同年7月3日の第11回公判期日まで審理がなされ,同年8月20日の第12回公判期日において,論告,弁論がなされた。一審検察官は,論告において,被告人が経営者である旨の主張に付加して,仮に,被告人とBとの間に一定の上下ないし優劣の関係が認められ,被告人がBに対して従属的であったことを理由に,被告人がBと同列の経営者であるとは評価できないとしても源泉徴収義務は免れない旨の主張をした。これに対して,一審弁護人は,検察官の論告の主張は,被告人が経営者ではなくとも支払義務者にあたるというような内容であり,本件の争点とはされていなかった新しい主張にあたる,これは公判前整理手続を踏まえた本件審理の過程に照らすと,違法であって削除されるべきである旨の異議を申し立てた。一審検察官は,「本件の争点は被告人が源泉徴収義務者か否かということであり,検察官は証明予定事実記載書にも被告人が共同経営者であることを根拠付ける事実と合わせて納税上の行動などを記載しているのであるから,何ら争点整理手続の結果を逸脱するものではなく,異議は理由がない」旨の意見を述べ,同異議は棄却された。

  同年11月10日の第13回公判期日に,一審判決が宣告されたが,一審判決は前記論告の主張を踏まえ,被告人が幹部従業員であることを前提としても源泉徴収義務者とは認められない旨の判断(一審判決第3)をも行った。

  ウ 以上によれば,一審弁護側は,早期から,AはBが経営しており,被告人はBに雇われ経理等を統括する幹部従業者として業務を行っていたこと,被告人は,従業員らの源泉所得税を納める必要があることを認識し,それをBに進言していたことを主張しており,一審検察官は,公判前整理手続段階においても,一審弁護側の主張を前提として,検察官が当審係属後請求した予備的訴因のごとく,Aの経営者はBであり,被告人はその従業員として経理を担当し,源泉徴収義務者であったBの業務に関し,源泉徴収して納付すべき所得税を納付しなかったとの予備的訴因を請求することは十分可能であったとみられる。

  そして,証拠調べを経た後の論告において,前記のとおり,一審検察官は被告人とBとの関係に上下関係があり,被告人がBに対して従属的であったとして,被告人がBと同列の経営者であると評価できない場合を前提とした主張も行っているので,裁判所による釈明等を待つまでもなく,一審検察官は,被告人がBと同列の経営者として認定されない可能性,その場合の法律関係についても検討することは十分可能であったとみられる。そうすると,当審において検察官が提示するような両罰規定による予備的な訴因変更請求の要否についても検討され得たにもかかわらず,一審検察官はそのような措置を講じていないものと認められる。このような本件の審理経過にあって,さらに一審裁判所が一審検察官に対し,予備的訴因への訴因変更手続を促し,あるいは,釈明を求めるなどの措置を講じる義務があったとみることはできない。

  また,検察官が主張する新訴因の罪(所得税法243条1項ないし平成22年法律第6号による改正前の所得税法244条1項)は,本件訴因の罪と法定刑は同一であるが,その内容は,Aを経営し,源泉徴収義務者であったBの従業員である被告人が,Bの業務に関して,源泉徴収して納付すべき所得税を納付しなかったというものであり,一審裁判所は,証拠調べの結果,BがAの売上げによる利益の相当額を取得するほか,売上金の現実的な管理もしていたものと認定していること,Bの毎月取得していた報酬等の金額(月500万円プラス相当金額)の一部を供出すれば,源泉所得税(月平均約330万円)の支払をなすことは可能であるのに,Bはその供出をせず(被告人は,源泉所得税の不納付により,捻出された現金はBの収益になったもので,その分をBに渡さないようにすることは自分の権限ではできなかった旨供述している。),実質的に不納付による利益を取得しているとみられること,そのBは,特段刑事訴追されることはなかったことなどを併せ考えると,訴因変更しないことにより著しい不正義な結果が生ずるものともみられない。

  以上のような本件審理の経過,本件事案の性質及び内容,予備的訴因の内容,経営者であるBとの処分の均衡等にも鑑みれば,一審裁判所に,訴因変更手続を促す義務はもとより,検察官の意向を確認すべく釈明を求める義務があったとは認められない。

  したがって,一審裁判所が,一審検察官に対して訴因変更手続を促さず,あるいは釈明も求めずに,無罪判決を言い渡した手続に法令の違反があるとは認められない。

  なお,検察官は控訴審において予備的な訴因変更請求を行っているが,控訴審における訴因変更は,あくまで一審判決の破棄を条件として破棄後に備えて行われるものであるから,前記のとおりの破棄事由が認められない本件においては,控訴審における訴因変更請求もこれを許可することはできないものである。

  (3) 結論

  以上によれば,検察官の訴訟手続の法令違反の主張は理由がない。

 第3 適用法令

  刑事訴訟法396条

   平成27年11月20日

     大阪高等裁判所第2刑事部

         裁判長裁判官  横田信之

            裁判官  酒井康夫

        

高級クラブ所得税法違反控訴事件大阪高裁平成26年判決

所得税法違反被告事件 大阪地裁平成26年12月10日の控訴審

【事件番号】 大阪高等裁判所判決/平成27年(う)第39号

【判決日付】 平成27年11月20日

【判示事項】 クラブの共同経営者と称する被告人を,源泉徴収義務者に該当しないとした判決に対する控訴事件。控訴審も原審の判断を支持した上で,原審が両罰規定の訴因に変更すべき釈明を求めずに無罪判決を言渡した手続に法令違反があるとは認められないし,控訴審における訴因変更請求も許可できないとして,控訴を棄却した事例

【掲載誌】  LLI/DB 判例秘書登載

【評釈論文】 税法学576号155頁

判例特別刑法第3集 34頁

 

       主   文

  本件控訴を棄却する。

        理   由

          (注)以下,略語等はおおむね一審判決の例による。

             証拠については,一審におけるそれを指す。

 第1 控訴理由等

 1 検察官の控訴理由

  (1) 事実誤認

  被告人は,クラブ「A」で稼働する従業員及びホステスに対して給与及び報酬の「支払をする者」(所得税法183条1項,204条1項6号)にほかならず,その給与及び報酬に対する所得税の源泉徴収義務者に該当することは明らかであるのに,被告人が源泉徴収義務者に該当しないと判断した一審判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある。

  (2) 訴訟手続の法令違反

  一審判決の認定に従っても,被告人は,Aにおいて,従業員等に対する給与等の支払事務を統括していた者であり,経営者であるBの「使用人その他の従業者」に該当し,被告人を両罰規定(所得税法243条1項)によって処罰できることは明らかであったのであるから,一審裁判所には,検察官に対し,両罰規定の訴因に訴因変更手続を促し,少なくとも釈明を求めて検察官の意向を確認すべき義務があったのに,一審裁判所が,検察官に対して訴因変更手続を促さず,釈明すら求めずに無罪判決を言い渡した手続には,判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある。

  2 弁護人の答弁

  一審判決には検察官が主張するような事実誤認はなく,一審裁判所の訴訟手続には検察官が主張するような法令違反はない。検察官の控訴趣意にはいずれも理由がなく,本件控訴は棄却されるべきである。

 第2 控訴理由に対する判断

  1 事実誤認の主張について

 (1) 本件公訴事実の要旨と一審判決の概要

  本件公訴事実の要旨は,「被告人は,クラブ「A」を経営し,同クラブで稼働する従業員等に対する給与の支払をするとともに,ホステスに対する報酬の支払をする源泉徴収義務者であったものであるが,平成21年8月から平成23年7月までの間,同クラブで稼働する従業員等に対し,給与として合計1億3163万1960円を,同クラブで稼働するホステスに対し,報酬として合計6億0276万7900円をそれぞれ支払った際,これらの従業員等に対する給与について所得税として合計3143万1591円を,ホステスに対する報酬について所得税として合計4797万4278円をそれぞれ源泉徴収し,各法定納期限までに所轄税務署に納付しなければならないのに,これを納付せず,もって源泉徴収して納付すべき所得税合計7940万5869円を納付しなかった」というものであった。

  これに対し,一審弁護人は,AはBが単独で経営しており,被告人はBの従業員にすぎず,本件給与等に対する源泉徴収義務を負う立場にはなかったから,真正身分を欠き,無罪であると主張した。

  一審判決は,源泉徴収義務者について,給与や報酬等の支払をする者と支払を受ける者との間に特に密接な関係があって,徴税上特別の便宜を有し,その能率を挙げ得ることが,そのような支払をする者に源泉徴収義務が課された趣旨であることに鑑み,かかる特に密接な関係とは,原則として,雇用契約や請負契約等の法律上の債権債務関係を意味すると解され,給与等の支払をする者とは,本来の債務者あるいはこれに準ずる関係にある者とみるのが相当であると説示し,Aは,個人経営のクラブであったから,通常はその経営者が債権債務関係の当事者といえるとした。

  そして,第1に,被告人がAの経営者といえるかについて検討し,その中で,(1)Aの営業状況,B及び被告人の利得や費用負担等の待遇,(2)従業員の採用状況,採用権限,(3)A以前の経緯,(4)被告人が共同経営者である旨の被告人自身の供述の評価,(5)被告人の経営者性を示唆する事情等を検討した上で,①被告人のA営業による利益は,Bの利得の5分の1かそれ以下にとどまっており,Bの待遇は,経営者と考えなければ合理的でない待遇であるが,被告人の待遇は,幹部従業員のトップとして考えても合理的なものであること,②Bは,幹部ホステスに関し裁量で採用を決定する権限があったと認められるが,被告人には,そのような権限はなく,ホステスを含むAにおける従業員の採否の最終的決定権限はBのみが持っていたと認められること,③Bと被告人は,被告人が20代の頃開店したクラブ(C)当時,被告人が経営者とはいえないことは明らかであり,その後経営が,被告人を含む共同経営に変わったことを示す事情がないことを指摘できるとし,④自分が共同経営者であることを認める被告人の検察官調書は信用することができず,⑤被告人が経営者であることを示唆する方向の事情も,それ以外の説明が十分に可能といえるとして,被告人は,Aの幹部従業員に過ぎず,共同経営者ではなかったと認められると認定説示した。

  第2に,検察官が,論告において,Bが上位者で優位な立場にあったとしても,被告人は源泉徴収義務者であると主張したことから,被告人が幹部従業員であることを前提にした源泉徴収義務者性を検討し,被告人は,Bのわずか5分の1しか利得配分を受けておらず,給与等の計算は黒服従業員のトップとして事実上行っていたにすぎないものであるから,そのような者を経済的出捐の効果の帰属主体などとはいえず,被告人を源泉徴収義務者とみることはできないと認定した。

  そして,AはBの単独経営であり,被告人は,いわば黒服従業員のトップとして経理等の業務に従事していた幹部従業員に過ぎず,ホステスや黒服従業員の請負,雇用契約の主体には当たらないから,本件給与等の源泉徴収義務者には該当せず,本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるとし,無罪を言い渡した。

  (2) 検察官の主張

  検察官は,一審判決の前記認定説示を争い,大要,以下のとおり主張する。

  第1に,一審判決が,被告人を共同経営者でないと認定したことは誤りであるとし,一審判決が前記(1)ないし(5)の事情について①ないし⑤のとおり認定説示しているのは証拠の評価を誤った判断で失当である。

  第2に,仮にAの経営者はBのみで,被告人は経営者とまではいえなくとも,経営者に限らず,労働者との間の雇用関係の当事者としてふさわしい実体が認められる場合には源泉徴収義務者であると認められるところ,被告人は,雇用関係の当事者として給与等の支払義務を負い,「給与を受ける者と特に密接な関係にあって,徴税上特別の便宜を有し,能率を挙げ得る者」であることは明白であるから,源泉徴収義務者である。

  (3) 検討

  当裁判所は,検察官の主張を踏まえても,一審判決の前記認定説示は相当なものとして是認できると判断した。以下では,検察官の主張に沿って,被告人が共同経営者と認められるか,被告人が共同経営者とは認められない場合に源泉徴収義務者と認められるかについて検討する。

  ア 被告人が共同経営者と認められるかについて

 (ア) ①Aの営業状況,B及び被告人の利得や待遇について

 一審判決が第2の1で認定するAの営業状況やB及び被告人の利得や費用負担の実情に事実誤認はなく,是認できる。そして,同事実によれば,本件当時,Bの利得はAの売上げの変動にかかわらず月額500万円とされ(これはAの売上げの約1割に相当する。),現実に同額が支払われていたこと(なお,Aの営業状況,B及び被告人の利得や待遇は,Aの前身のクラブ当時と基本的に違いはなかったところ,この利得額は,Aの前身のクラブ当時,Bが仕事を休んでいた期間においても支払われていた。),また,他の幹部ホステスは自分の客に対する売上げの未収金を回収できなかった場合には,各自の報酬額から未収金相当額が控除されるという個人負担を負っていたのに,Bにはこのような負担はなく,他のホステスとは異なり,美容治療の費用等をAの経費として計上していたもので,Bは営業部門の他の幹部ホステスと比較して破格の待遇を受けていたことが認められる。また,Aの現金売上げの相当額はBの預かりとなっていたと認められ,Bは,売上金の現実的な管理も行っていたといえる。これに対し,被告人の利得は経費込みで月額120万円と定められていたが,現実には月平均で80万円から100万円程度の金額を得ていたにとどまり,分割で受け取ることも多く,他の黒服従業員との比較においても,同系列のトップと評価できる待遇であったことが認められる。一審判決が説示するように,被告人とBとは,利得の面で5倍以上の開きがあるもので,この点は,営利活動における経営者か否かの判断において,両者を同様に扱うことを困難とする事情といえる。以上のようなBの待遇は,経営者と考えなければ合理的でないとみられる待遇であるが,被告人の待遇は,利得額や他の黒服従業員同様に経費が個人負担となっていることからみても,黒服従業員と同系列のトップと評価することのできる待遇とみられ,同旨の一審判決の認定,説示は相当として是認できる。

  これに対し検察官は,クラブのような特殊な業界においては,報酬金額の差が共同経営者性を否定する要因とはならず,Bの利得額が高額なのは,同人が単独経営者だからではなく,その個人的な営業能力に基づく売上げが,Aの売上げに高く貢献していたからであって,他のトップクラスのホステスの売上げと比較してもBの売上げが突出していることからすると,Bが売上げに見合わぬほど格段に高額の報酬を得ていたとまではいえないなどとして,被告人がBに比して報酬が低いことをもって被告人の経営者性を否定することは誤りである旨主張する。しかし,一審判決は,単に報酬の多寡のみによって被告人の共同経営者性を否定しているのではなく,Bがクラブの売上げの約1割という極めて高額の利得を固定的に得ていたこと(Aの前身のクラブ当時にも,Bが休んでいた期間を含めて固定的に得ていたこと),前記未収金の個人負担もなく,他店での飲食費や美容治療の費用など個人的な費用についても,Aの経費に計上することが認められていたことなどの点で,他の幹部ホステスと比較しても,営業部門の中でBの待遇が破格であったということが経営者と考えなければ合理的とはいえないのに対し,被告人の待遇は,他の黒服従業員と大差なく黒服従業員のトップと評価できるものであると説示し,両者を同様に経営者として扱うことの合理性を検討しているのである。そして,その報酬や待遇の差は,Bが営業能力の高いホステスであったことを考慮しても,一審判決が被告人を経営者として扱うことを困難にする事情の一つとみたことは不合理とはいえず,検察官の前記主張は採用できない。

  検察官は,Bが個人的な費用の一部をAの経費として計上されていたことについて,集客力があって突出した稼ぎ頭であるトップホステスに対する優遇措置といえるなどとも主張する。しかし,前同様,他の幹部ホステスにはこのような待遇が認められていないことや,前記のとおり,Aと同様の営業形態をとる前身クラブ時代にはBは休んでいた期間においても高額の報酬が支払われていたことなどに照らすと,その優遇措置は,売上げの貢献度のみでは説明できないといえるのであって,前記主張は採用できない。

  検察官は,共同経営者間の利得配分には,事業開始時の出資割合,収益への寄与度,営業能力,管理能力等による事業の貢献度により,様々な形態があるのであって,Aでは,クラブ経営において,売上げが経費を上回った場合には第一次的にBの所得が増加し,経費が上回った場合には第一次的に被告人が自らこれを負担するという形の役割分担による共同経営が行われていたなどと主張する。しかし,このような役割分担は,共同経営としては不自然かつ不合理なものといわざるを得ない。

  検察官は,被告人がBに比して所得が低いことや,事業として損害が出た場合の危険を負担していたことは,クラブ経営における特殊性やBが並外れて売上げの高いホステスであったという本件特有の事情に基づくものであり,営業能力が際立って高いBと組むことによって高収入を得ていた被告人が,このような役割を承認し,選択していたものであると主張する。しかし,被告人の現実の収入額(月額80万円から100万円)は,一般には高収入というべき金額ではあるものの,A内の他の幹部クラスの黒服従業員とさほど変わらないもので,被告人が他の幹部黒服従業員と大差ない待遇であったことに鑑みれば,被告人が黒服として高収入であったとしても,その収入状況から被告人が前記のような役割を経営者として承認し,選択していたとみることは困難といわざるを得ない。

  検察官は,そもそも従業員であれば,当該事業活動の損失を個人として負担することはあり得ないから,損失負担を負っていることは,被告人の経営者性を強く基礎付ける要素であると考えられるとも主張する。被告人のAにおける給料はもともとBから120万円の固定給と言われていたものの,現実には80万円から100万円程度の金額を得ていたというものであるが,これは,被告人が,経費や他の従業員への支払等を優先して自らの報酬の支払を後払いにして,遅配となったり未払となったりしていたというものである。しかし,被告人は支払を受けた給料額を記録し,その後もらえなかった分を未払給料として請求するつもりであったが,Bから叱責されるなどして支払ってもらえなかったことが常態化していたとみられ,被告人が120万円の支払を受けられなかったことは,実質的には,Bの意向によるものとみることができ,固定給の全額の支払を受けられなかったことが,Aの事業活動の損失を個人として負担していたと評価することにつながるものとはみられない。幹部従業員が事業活動の状況により給料全額の支払を受けられないということは実際上あり得ないことではなく,また,本来の金額には達しないとしても月額80万円から100万円の金額は相当高額の給与であり,被告人がそのような状況下で従業員として稼働を続けることも不自然なものとはいえず,被告人が従業員であったとしても合理的な説明が可能であり,このような事実関係をもって,共同経営者性を肯定するのも困難である。

  検察官は,被告人は,月額120万円の給料名目でBとの間で報酬額を合意していたが,実際は固定給ではなく,月額80万円ないし120万円という幅のある報酬額であり,Aの事業全体の収支によって報酬が増減するのは,Bと被告人のみであって,両名の報酬は,他の従業員の報酬等と質的に異なるもので,経営全体の利益と損失は両名に帰属している,被告人の報酬体系は,Aの経営状態が直接に反映される変動的報酬体系であって,個人事業主の場合の典型的な報酬体系といえるなどとも主張する。しかし,そもそも被告人の報酬は月額120万円の固定給であったもので,未払分についても請求する意思を有していたことは前記のとおりであって,Aの事業全体の所得と連動していたようにみえるのは,単に被告人の報酬が約束通り受けられなかったという前記事情によるものと考えられること,被告人の給料がAの収支により,120万円を越える金額に増えることがあったとはみられないのに対し,Bは,500万円の報酬の他,Aの売上金の一部を自己の手元に置き,実質的には自らが取得していたものがあるとみられ,Aの事業全体の収支により,まさに報酬が増減したとみられるのであるから,両名の報酬は質的に異なるものとみられることなどに照らすと,Bの報酬は個人事業主の典型的な報酬体系とみられるのに対し,被告人の報酬はそのようにみることはできず,検察官の主張は採用できない。

  なお,検察官は,全ての黒服及びホステスの中で,被告人とBのみがタイムカードが存在せず,経費帳(給与等の金額や支給日が記載されるもの)や入出金伝票等にも報酬額の記載がなされず,給料支払明細書の作成もされていなかったなどとも指摘する。しかし,被告人が固定給の幹部従業員であったとすれば,タイムカードがなくとも特段不自然ではなく,また経費帳等に記載がないことについても,被告人の給料は実際上遅滞や未払が続いており,被告人は,当初は従業員の給料明細表にも記載していたが,実際は給料日当日に被告人に対しては支払われなかったことから,載せるとややこしいので載せないような処理をするようになったと供述しており,この供述を否定すべき事情もないことを踏まえると,このような書類に記載がないことも,被告人が幹部従業員であったとしても不合理な事情とまではみられない。

  検察官は,被告人は,従業員等から源泉徴収し,不納付として手元に留保した金員の一部を被告人個人の報酬に充てていたと認められるから,実質的な意味でもA全体の源泉徴収の不納付による違法な利得を得ていたなどとも主張する。しかし,証拠上,源泉徴収の不納付による実質的な利益を得ていたのはBであったとみられ,被告人においては,Bから約束された月収額すら支払われていなかったことに鑑みると,不納付として手元に留保した金員につき被告人自身が違法な利益を得ていたという評価は困難であって,前記主張は採用できない。

  以上によれば,①に関する検察官の主張は,採用できない。

  (イ) ②従業員の採用状況,採用権限について

 一審判決は,Bは,幹部ホステスに関し裁量で採用を決定する権限があったと認められるが,被告人には,そのような権限はなく,その点から,ホステスを含むAにおける従業員の採否の最終的決定権限はBにあって,被告人にはない旨説示するところ,検察官は,一審判決には,従業員の採否の最終決定権はBのみにあり,被告人にはないとした誤りがあり,また,一審判決は,トップホステスの採用権限のみに目を奪われ,クラブ全体の営業・運営に当たって必要なホステスや従業員の採用権限は誰が有していたのかという事情を一切考慮していない旨主張する。しかし,一審判決は,そもそもアルバイト的なホステスや黒服従業員を採用する権限は,黒服従業員であってもそのポストに応じて認められており,これらの権限は経営者から一部の権限がそれらの者に委託されたものと考えられるから,源泉徴収義務者かどうかの判断にとっては,Aの営業に大きな影響を与える高額報酬の幹部ホステスの採用権限を誰が持っていたかが重要になると説示しているのであって,クラブ営業における幹部ホステスの重要性に照らせば,このような認定評価は不合理なものではない。

  検察官は,幹部ホステスの採用について,Bのみが排他的かつ最終的な決定権を有していたとは認められないとし,黒服従業員であったDの一審公判供述について,その供述を正しく理解すれば,Dがチーママ(ママと呼ばれる幹部ホステスを指す。)の採用を第一次的に決めており,ただ,チーママとして採用しようとするホステスが持っていた顧客とBの顧客とが競合するおそれがあったので,その調整のためにBに相談をしていたにすぎないというものであって,一審判決はその評価を誤っているなどと主張する。しかし,Aの部長あるいは店長の肩書であったDは,下のホステス,ヘルプのホステスの採用については,自分たち黒服の裁量に任されていたが,チーママや役職をつける女性の採用についてはBの許可がいるという認識であったと明確に述べており,Dら黒服がチーママクラスの者をまず面接して採用してもよいとの心証を持ち,これをもって,検察官がいう採用を一次的に決めたとみるとしても,結局,Bの許可がなければ採用できないのであるから,Dの供述するところは,幹部ホステスの採用にあたってBに決定権限があったというものに他ならないもので,一審判決のD供述の評価に誤りは認められず,検察官の主張は採用できない。

  検察官は,一審判決がBからAへの転職の勧誘を受けたというEの公判供述を根拠に,Bが幹部ホステスの最終的な採用権限を持っていたなどと認定するのは,E供述の証拠価値の評価を誤っており,その証拠評価とE供述に基づく推認過程は,論理則・経験則に照らして不合理であると主張する。

  この点,E供述によれば,一審判決が指摘するように,別のクラブで売上げトップのホステスであったEは,Bから,Aへの転職を勧誘され,報酬はEの希望する額でよい,入店した場合,当時のE付きの顧客は,Aのママを含む他のホステス付きとなっていた顧客についても,当該ホステス付きからE付きに変更する,条件については自分の店だから言ってくれたらそうしてあげるなどと言われており,このような勧誘の席に被告人は同席していなかったというのである。検察官は,Eは結局採用には至っておらず,Bが被告人と相談するなどしていた可能性があるなどとも指摘するが,被告人に相談したことを窺わせる事情はみられないのであって,その指摘する点を踏まえても,前記E供述に特段信用性を疑わせる事情は見当たらない。E供述によると,Bが前記条件をEの対応に応じて提示しているのであって,このような事情は,前記幹部ホステスの採用権限に関するD供述も踏まえると,Bが幹部ホステスの採用権限を有していたからであると考えられ,また,前記の重要な面接の際,被告人が同席していないのは,その採用に際して最終的な権限がなかったからと考えるのが合理的であるといえる。

  一審判決は,前記E供述のほかD供述をも踏まえ,Bには幹部ホステスの採用についての最終的な決定権限があり,自分にはなかったという被告人の公判供述の信用性が高いと評価しているもので,E供述の内容からすれば,前記被告人の公判供述を十分支え得るものと評価されるから,E供述に対する一審判決の証拠価値の評価や推認過程が不合理とはいえない。検察官の前記主張は採用できない。

  検察官は,A又はその前身となるクラブの元従業員らが被告人から採用面接を受けて雇用条件の話をされたという事実を,一審判決が全く考慮していないなどと主張する。しかし,検察官が指摘する元従業員とは,いずれも幹部ホステス以外の主として事務職の者らであり,これらの者について,被告人が採用面接を行い,雇用条件の話をしたとしても,黒服従業員の系列の幹部として行ったものともみられるものであるから,前記認定に影響を与えるものではない。したがって,この点に関する検察官の主張は採用できない。

  また,検察官は,被告人が経理経験の乏しい被告人の母親であるF(以下「F」という。)をA開店当時から経理担当として雇い,月額20万円を支給していたが,Fについては給料明細表に氏名及び給与額を記載していなかったことなどを指摘して,親族について給与の支給額を秘匿するような特別扱いがなされていたという事実は,被告人が人事に強い影響力を行使できたことを裏付けるものであると主張する。しかし,そもそも経理等の事務担当者を探していたのはBであったとみられる上,幹部従業員の縁故者を事務職として雇うということは必ずしも不自然なこととまではいえないこと,Fのことを給与明細表に記載していなかったのは,欠勤や早退の多いFに対して他の事務員から出たクレームに対処するためであったというのであり,Fの採用は,幹部ホステス等に比較すると支払われる金額は低額であり,クラブ経営全体との関係では営業上大きく影響するものともみられないから,検察官が主張する上記の事情は,被告人が黒服従業員中の幹部であるとしても説明可能なものとみられる。

  以上によれば,②に関する検察官の主張は,採用できない。

  (ウ) ③A以前の経緯について

 一審判決は,Bと被告人とがCを開店した当時からの経緯,すなわち被告人がウエイターをしていてホステスであったBと知り合い,被告人が26歳頃,Cにおいて,専務の肩書で黒服のトップとしてホステスの出金管理,ホステスをどの客に付けるかという差配,売上げや経費に関する計算や支払等の業務を行い,月額70万円の報酬を得ていたことのほか,その頃,Bは,収入は月額500万円で前記未収金の個人負担はなしという待遇で,自由出勤の形態で業務にたずさわっていたことなどを認定し,C当時の被告人の業務は,黒服従業員のラインのトップとしてAにおけるそれと変わらない内容であったといえるが,被告人のCにおける肩書,待遇,資金力等からみても,その当時,被告人が経営者といえないことは明らかであり,その後経営が被告人を含む共同経営に変わったことを示す事情がないことを指摘できるとしており,このような認定説示は関係証拠に照らし相当として是認できる。

  これに対し,検察官は,C以降,G,AとBと被告人の役割,立場,関係が変わったという事情は見あたらないとの一審判決の指摘はそのとおりであるとしつつも,一審判決がC当時被告人を経営者ではなかったと説示した点を争い,一審判決が,黒服のラインのトップは経営者でないことを当然の前提とし,被告人がCの経営において実質的に果たしていた役割を検討することなく,被告人が黒服従業員のラインのトップと位置付けられることから直ちに経営者性を否定するという誤りがあると主張する。しかし,一審判決は,C当時の被告人の経営者性について,被告人の業務内容,資金力,肩書,待遇等から被告人が経営者ではなかったと判断しており,黒服のラインのトップが経営者ではないことを当然の前提とはしていない。C当時被告人が共同経営者とはいえない旨の一審判決の説示は,Cの設立経緯,被告人及びBの役割,報酬等の待遇,肩書等からみて合理的なものと認められる。なお,検察官は,クラブ事業において肩書は重要でないと主張するが,被告人が他の幹部黒服従業員と大差ない待遇であることが問題となる本件において,他の幹部黒服従業員同様の肩書であったことは,被告人に対する待遇が他の幹部黒服従業員と同列であったことを示すものとして,C当時の被告人の共同経営者性を否定する一事情とみられる。検察官の主張は採用できない。

      裁判官  向井亜紀子

第3 当裁判所の判断

  1 争点1(本件点数付加の処分性)について

  (1) 行政事件訴訟法は,処分の取消しの訴えとは,「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」の取消しを求める訴訟をいう旨を規定するところ(同法3条2項),ここでいう取消訴訟の対象となる「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」とは,公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち,その行為によって直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうと解される(最高裁判所昭和30年2月24日第一小法廷判決・民集9巻2号217頁,最高裁判所昭和39年10月29日第一小法廷判決・民集18巻8号1809頁参照)。

   (2) 道交法及び道交法施行令の点数制度は,免許を受けた者が交通法規に違反する行為を行った場合において,当該違反行為の種別に応じて点数を付し,一定期間に付された点数の累積点数により,公安委員会において,当該免許の効力の停止又は取消し(道交法103条1項,道交法施行令38条5項)をすることを主たる内容とする制度である。もっとも,違反点数の付加は,累積点数が所定の点数に達しない場合のほか,所定の点数に達した場合においても,直ちに免許の効力に影響を及ぼすものではなく,これを要件とする免許の効力の停止等の処分がされた場合に初めて,免許を受ける者の権利義務に具体的影響を生じさせるものである。また,自動車安全運転センターは,免許を受けた者に対し,一定の場合に,違反行為者に対する累積点数等の通知や運転に関する経歴の書面の交付をするが(自動車安全運転センター法29条1項3号,4号,自動車安全運転センター法施行規則8条),違反点数が付加される度に,当該違反行為者に対して,その旨を通知するものではない。

     したがって,道交法及び道交法施行令における違反点数の付加は,その行為によって直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものとはいえず,取消訴訟の対象となる「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」には当たらないというべきである。

   (3) よって,本件点数付加の取消しを求める訴えは,不適法である。

  2 争点2(本件更新処分取消しの訴えの適法性)について

  (1) 免許は,自動車及び原動機付自転車の運転という道路交通の危険と障害を生じさせるおそれがある危険な行為を一般的に禁止しつつ,運転免許試験に合格した者に限り,上記おそれがないものとして,上記禁止を解除して,適法に運転を行わせることとしたものである。そして,免許は,所定の有効期間のある免許証を交付して行うものであり,免許を受けた者が免許証の更新を受けなかったときは,免許の効力が失われる(道交法92条1項本文,92条の2,105条)。そうだとすると,免許証の更新処分は,免許証を有する者の申請に応じて,免許証を更新することにより,免許の効力を時間的に延長し,適法に自動車等の運転をすることのできる地位をその名あて人に継続して保有させる効果を生じさせる点に本質があるというべきである。

     そして,優良運転者及び一般運転者と違反運転者の区分により,免許証の有効期間を異にし(道交法92条の2第1項),優良運転者,一般運転者及び違反運転者の区分により,他の公安委員会を経由した更新申請書の提出の可否(同法101条の2の2第1項),更新時講習の講習事項,講習方法,時間(同法108条の2第1項11号,道交法施行規則38条11項)等を異にする。これらの差異を生じさせる運転者の区分は,上記の免許証の更新処分の本質的効果を制限し又は付随的部分を決するものというべきであるから,運転者の区分ごとにそれぞれ別個の処分が存するとみるべきではなく,処分の一部ないし講学上の法定附款とみるべきである。

   (2) そして,客観的に優良運転者の要件を満たす者であれば優良運転者である旨の記載のある免許証を交付して行う更新処分を受ける法律上の地位を有し,一般運転者として扱われ優良運転者である旨の記載のない免許証を交付されて免許証の更新処分を受けた者は,上記の法律上の地位を否定されたことを理由として,これを回復する利益を有する(最高裁判所平成21年2月27日第二小法廷判決・民集63巻2号299頁)ところ,前記(1)のとおり,そもそも,免許証の更新処分は,免許証を有する者の申請を認容して利益を名あて人に付与する授益処分であるから,上記の法律上の利益を回復するに当たっても,その更新処分の全てを取り消す必要はなく,そのうち一般運転者として扱うとする部分のみを取り消せば足りる。

     また,免許証の更新は,道交法101条4項所定の適性検査の結果及び同法101条の2の2第3項に規定する書面の内容等から判断して,当該免許証の更新を受けようとする者が自動車等を運転することに支障がないと認めたときになされる一方,運転者の区分は,前記第2の1(2)のとおり,違反行為の有無等を要件とするものであって,両者は,要件を異にする。

     そうだとすると,免許証の更新処分の前記本質的部分と同処分の一部又は法定附款たる運転者の区分は,不可分一体のものと解するべきではなく,両者を区別した上で,後者のみを取り消すことが可能というべきである。

   (3) よって,本件更新処分のうち原告を一般運転者とする部分の取消しを求める本件更新処分取消しの訴えは,適法である。

  3 争点3(本件違反行為の有無)について

  (1) 本件取締りにおいて現認係を担当していたdは,本件証人尋問において,本件取締りでは別紙図面記載Aの地点に立ち,原告車両が同記載①の地点において狭山市方面からさいたま市方面に向けて走行しているところを発見し,原告車両が同記載②の地点に到達した際,原告車両のフロントウィンドウ越しに原告が左手に黒っぽい二つ折りの携帯電話を把持して左耳に当てていたのを現認し,原告車両が同記載③の地点に到達した際,本件違反行為があったことを停止係に無線連絡し,原告車両が同記載④の地点を経て同記載⑤の地点に到達する時点までの間,原告が左手に携帯電話を持って耳に当てる姿勢を継続して取っていたところを目撃した旨の証言をする(d作成に係る捜査報告書〔乙2〕,実況見分調書〔乙5〕及び陳述書〔乙16〕にも同旨の記載がある)。

     また,本件取締りにおいて停止係を担当していたeが作成した捜査報告書(乙3),実況見分調書(乙5)及び陳述書(乙17)において,eが,別紙図面記載「B’」の地点に立って,原告車両が同記載④の地点まで進行した時点において,同車両のフロントウィンドウ越しに左手に携帯電話様の物を把持し,左耳に当てて口を動かしていた,その後,警笛を鳴らし,停止旗を示して停止の合図をしたが,原告車両は減速することなく,再度警笛を強く鳴らすと減速し,その際にも,原告が左手に携帯電話様の物を把持して,左耳に当てていたのを目撃し,eが同記載「B”」の地点に立って,原告車両が同記載⑤の地点まで進行した時点において,原告が,左手を左耳に当てながら右手のみでハンドルを切って左折したのを目撃した,その際には携帯電話様の物は死角となって見えなかった旨の記載がある。

     そこで,以下において,上記のとおりのd証言及びe作成に係る捜査報告書等の信用性について検討する。

   (2) 証拠(甲23,乙2,4,8,9,16)によれば,原告車両は別紙図面記載①ないし③の地点を走行する際の速度は時速約20キロメートルであったこと,dが本件取締りにおいて立っていた別紙図面記載Aの地点から同記載①の地点までの距離が25.4m,同記載②の地点までの距離が13.2m,同記載③の地点までの距離が8.0mであったこと,原告車両の助手席側2列目窓,助手席側3列目窓及びリアウィンドウには着色フィルムが貼付されていたこと,原告が,本件取締りの当時,長髪を垂らし,黒色キャップを被っていたことが認められる。

     これらの事実からすると,dから,動き続けている原告車両の奥側の運転席に座る原告の左耳元を視認する状況は,停止している車両内部を視認する場合に比して悪く,また,原告車両の助手席側2列目窓以降に貼付された着色フィルム並びに原告の頭髪及びキャップによって,dからの視認は,相当程度妨げられていたというべきである。

     この点,dは,本件証人尋問において,原告が本件取締りの際に通話のために使用していたのは,「黒色っぽい二つ折りの携帯電話」であったと証言するが,証拠(甲2,3,14ないし17,19,乙4,18,19,b証人,原告本人)によれば,原告は,本件取締りの当時,二つ折りの携帯電話(株式会社fとの契約に係るもの。)とg(h株式会社との契約に係るもの。)を各1台所持していたところ,この二つ折りの携帯電話の大部分は青色に塗装され,運転席で左手に把持した際に,d側を向く背部下側は,青色の塗装が剥げて水色になっていたことが認められるのであり,dの上記証言は,dの視認条件が良好ではなかったことを窺わせるものである。

     なお,原告は,原告本人尋問において,本件取締りの際,原告車両の助手席側2列窓の後部側半分及び助手席側3列目窓並びにリアウィンドウの全面のカーテンが閉まっていた旨の供述をし,この事実を示すものとして写真撮影報告書(甲23)を提出する。しかしながら,これらのカーテンを閉めることによって,運転席から車両後部の視認が遮られ,相当程度運転の妨げとなるところ,原告は,これらのカーテンを閉める必要性について,原告本人尋問において,遊びや仕事の道具に日を当てたくなかった旨を供述するのみで,何ら首肯に足りる説明をしない。よって,この点についての原告の上記供述は採用することができない。

   (3)ア 証拠(甲14,15,乙15)によれば,原告が本件取締りの際に所持していた二つ折り携帯電話に係る料金明細内訳表においては,平成22年5月13日午後8時25分50秒から26分30秒通話して以降,同月14日午後1時44分4秒までの間,gに係る通話料明細書においては,同月13日午後6時1分15秒から2秒通話して以降,同月18日午前7時44分23秒までの間に,少なくとも原告に通話料が発生する通話(全ての通話の内,相手方からの着信を受けての通話,フリーダイヤル及び110番等の緊急電話番号への発信に係る通話,コレクトコールでの発信に係る通話,電話会社が提供する各種問い合わせ番号への発信に係る通話,留守番電話サービスセンターに接続してもメッセージの録音をしない場合等を除くもの。)をした記録がないことが認められ,原告が本件取締りの際に所持していた携帯電話については,本件現認時刻の前後には原告に通話料が発生する通話をした記録がない。

    イ また,証拠(甲2,3,19,乙4,18,19,b証人)によれば,bは,本件取締りの際,原告から,原告が所持していた二つ折り携帯電話の発着信履歴が表示された画面を示され,本件現認時刻の直前に発着信があった旨の記録がないことを確認したことが認められる。

      この点,被告は,Ⅰ原告が,原告車両を別紙図面記載⑥の地点に停止させた後,直ちに携帯電話を取り出して発着信履歴が表示された画面を見るように要求しなかった,Ⅱ警察官が現認した地点を確認するためとしてc及びbの視界から逃れようとした,Ⅲ免許証を探すためとして原告車両の中に入って運転席ドアを閉め,c及びbの視界から逃げた,Ⅳ携帯電話の発着信履歴の記録は即座に消去することが可能であるなどとして,二つ折り携帯電話における発着信履歴に本件現認時刻の前後に発着信があった旨の記録がなかったとしても,原告が本件取締り時に携帯電話を使用していないとはいえない旨の主張をする。

      しかしながら,証拠(乙4,18,19,b証人)によれば,原告は,原告車両を別紙図面記載⑥の地点に停止させた後,c及びbと相対し,その後,本件違反行為を現認された場所を確認するとして,同⑥の地点付近と同Aの地点付近を往復するに際しても,c及びbが,原告の1ないし3メートル後方を終始追随していたことが認められ,その間,原告が携帯電話を取り出し,その操作をしたといった事情は窺われない。また,前記各証拠によれば,原告は,c及びbから,免許証の提示を求められ,これを探すために原告車両の運転席に乗り込んで,運転席ドアを閉め,その後運転席の窓越しに免許証を提示したことが認められるものの,原告車両の運転席窓のすぐ脇には,cとbがおり,また運転席ドアを閉めてから免許証を提示するまでの時間はわずか10秒から15秒程度に過ぎなかったことが認められる。さらに,前記各証拠によれば,cは,交通反則切符の作成のために原告車両の運転席横を離れ,bは,原告が執拗に弁解することから,供述調書の作成に集中するために,必要事項を運転席脇で聞いては原告車両の前方に移動して供述調書を書き込むということを繰り返していたところ,原告車両の前方に移動した際も原告の胸から上が見えるような状況であったことが認められるのであり,その間に,前記二つ折り携帯電話の発着信履歴を操作して,本件現認時刻の前後における発着信の記録を消去する操作をしたとは考え難い。また,bが,原告が所持していた二つ折り携帯電話の発着信履歴を確認する際,原告に対して,原告が本件違反行為の後に本件現認時刻前後の発着信履歴を操作して記録を消去する操作をしたことを疑うような言動をしたといった事情は見当たらない。

      また,前記前提事実(2)イ,ウのとおり,cは,別紙図面記載⑤の地点から同記載⑥の地点まで原告車両を誘導し,また,bは,同地点付近に立っていたのであるから,原告が,原告車両を同記載⑤の地点から同記載⑥の地点まで走行させるまでの間に,本件現認時刻前後の発着信履歴を操作して,記録を消去することは不可能であったというべきである。

      以上からすると,原告が,本件現認時刻からbが二つ折り携帯電話の発着信履歴の表示を確認するまでの間に,同携帯電話の発着信履歴を操作して,記録を消去させる機会はなかったのであり,bが二つ折り携帯電話の発着信履歴の表示を確認して,本件現認時刻の前後に発着信の記録がなかったことは,原告が,そのころ,携帯電話を通話のために使用していなかったことを示すものというべきである。

    ウ よって,前記(1)のとおりのdの証言の内容は,原告が本件取締りの際に所持していた携帯電話の通話料明細等の記録及び発着信履歴の表示と矛盾するといえる。

   (4)ア bは,別紙図面記載⑥の東側の道路内の地点にいたところ,原告車両が本件道路を左折して前記地点から4メートルから5メートルの距離に近づいた時点から原告車両が同記載⑥の地点に停止するまでの間,原告車両の運転席に座っていた原告が,不自然に体を後ろに反らした状況で,左肘を原告車両の座席の肘掛けに置いて,左手で左耳を掻く仕草をしていたところを目撃した旨の証言をする。

    イ この点,証拠(乙5,19,原告本人)によれば,別紙図面記載⑤の地点から同記載⑥の地点までの距離は19.6メートルであること,cは,同記載⑥の地点付近において,原告車両が前記各地点間を走行する間,同記載⑥の地点に同車両を停止するように誘導していたこと,原告は,本件取締りの当時,比較的生地の硬いジーンズのズボンを着用していたことが認められる。

      上記b証言及び前記(1)のとおりのd証言並びにe作成に係る捜査報告書等を前提とすると,原告は,左手で携帯電話を持って左耳に当て,その姿勢を保ちながら,原告車両を別紙図面記載②の地点から同記載③及び同記載④の地点を経て同記載⑤の地点まで進行させ,その後同地点から,原告車両が本件道路を左折して,誘導兼取調べ係のcが原告の目前で原告車両を誘導している状況下において,bが立っていた地点から4メートルから5メートルの地点までを進行させる間(その距離は19.6メートル以下である。),左手に持っていた携帯電話を,運転席に座った姿勢のまま,比較的生地が硬いジーンズのズボンの前ポケットに入れたことになるが,かかる行動は,原告の当時の姿勢,時間及び周囲の状況から,極めて困難といわざるを得ない。そして,c作成に係る陳述書,b作成に係る陳述書及びb証言には,原告が,かような行動を取ったことを窺わせる部分は何ら見当たらない。

   (5)ア 証拠(甲4,10,11,13)によれば,原告は,本件現認時刻よりも前の平成22年5月14日午前10時52分ころ,同日に行う予定の免許証の本籍及び住所の変更手続のために,富士見市β出張所において住民票を取得し,同日午前11時1分ころ,同駅東側のクリーニング店であるi店にワイシャツ1点を預け,同日午前11時5分ころ,同駅西側で本件道路の西側にあるj店で缶コーヒーを購入したことが認められる。また,証拠(乙3,17,b証人)によれば,停止係のeは,本件取締りにおいて,縦横各50センチメートルの停止旗を所持していたことが認められる。

      これらの事実からすると,原告は,本件現認時刻の直前において,本件道路を,dによって現認された時とは逆方向であるさいたま市方面から狭山市方面に向って原告車両を走行させ,その際,停止旗を持つ停止係のeを見たことにより,本件取締りを認識した可能性が高いといえる。

    イ この点,被告は,原告が平成24年4月4日付け準備書面(3)になって初めて,本件現認時刻の直前に逆方向を走行し,本件取締りを認識していた旨の弁解を行うようになったこと,原告が本件取締り時にdに気付いておらず,eが警笛を鳴らして停止旗を示しても原告が気付かなかったとして,原告が,本件道路を逆方面に走行するに際しても,本件取締りに気付いていなかった旨の主張をする。

      しかしながら,原告は,本訴提起に至るまで,ふじみ野市出納員の領収証(甲11),i店のレシート(甲10)及びj店のレシート(甲4)をそれぞれ保管し,これらを書証として提出したのであって,上記準備書面によって突如として,事前に本件取締りを認識していた旨を弁解したというのは当たらない。また,原告は,dに現認された際,現認係のdの方向を向かず,また,eによって停止旗を示され,警笛を3回程度鳴らされるまで原告車両を減速させなかったことが認められるとしても,かかる事実は,原告が本件取締りを事前に認識していなかったことを示すものとは必ずしもいえず,むしろ,原告が,携帯電話を使用していたとの認識がなかったことと整合する事情というべきである。

   (6)ア 原告は,原告本人尋問において,本件取締りの際には,左手で左耳を掻いていたのであって,携帯電話を使用していない,携帯電話は2台所持していたところ,それぞれ原告が着用していたズボンの左右の前ポケットに入れていた旨を供述する。

      原告は,本件取締りの際,原告車両を別紙図面記載⑥の地点に停止させた直後から,c及びbに対して,耳を掻いていただけであり,携帯電話を使用したことはなく,携帯電話はズボンのポケットに入っている旨を述べ(乙4,18,19,b証人),原告の供述を録取したb作成に係る供述調書(乙6)にも,左手で座席の肘掛けに肘をついて耳を掻いていただけである旨の記載があるほか,原告は,平成22年5月17日付けの苦情申立て(甲2)及び同年10月9日付けの異議申立て(甲1)においても,同旨の主張をしている。

      このように,原告の前記供述は,本件取締りの際から一貫したものであり,相互に矛盾するところは見当たらない。

    イ また,原告の原告本人尋問における供述内容は,前記(2)で判示した部分を除いては迫真性があって具体的であり,不自然な点は特段見当たらない。

      この点,被告は,Ⅰ原告車両が別紙図面記載①の地点から同記載⑥の地点を走行するまでの間,原告は左手で左耳を掻き続けていたことになるが,これは異常な程に耳が痒かったと考えざるを得ない,Ⅱ不自然に身体を後ろに反らせて左肘を座席の肘置きに載せて左手を左耳に当て,c及びbに対して殊更耳を掻く仕草を見せようとした等の主張をする。

      しかしながら,身体を掻くのは痒さを解消する目的もあるが,手癖による場合も十分にあり得るのであり,原告が,原告車両が前記地点間を走行する間,継続して耳を掻き続けたとしても,何ら不自然とはいえない。また,被告の主張,bの陳述書及びbの証言における「不自然」が如何なる姿勢をいうのか判然としないが,原告車両が別紙図面記載⑥の地点に停止する直前の原告の姿勢は,原告車両が同記載②ないし⑤の地点を走行していた際に原告が取っていた姿勢と同じであったというべきであって,原告がc及びbに対して殊更耳を掻く仕草を見せようとしたとはいえない。

      よって,この点についての被告の主張は採用することができない。

    ウ よって,原告の本人尋問における供述は,前記(2)で判示した部分を除いて,信用することができるというべきである。

   (7) 以上からすると,dの証言及びeの作成に係る捜査報告書(乙3),実況見分調書(乙5)並びに陳述書(乙17)は,信用性に乏しく,採用することができない。

   (8) そして,その他,本件記録を精査しても,原告が,本件道路において携帯電話を通話のために使用したと認めるに足りる的確な証拠はない。

     よって,原告が,本件現認時刻において,原告車両を,本件道路の狭山市方面からさいたま市方面に向けて進行させるに当たり,携帯電話を通話のために使用したと認めることはできない。

  4 本件決定の取消しを求める訴えの適法性について

  (1) 前記3のとおり,原告が,本件現認時刻において,携帯電話を通話のために使用したと認めることはできないのであり,原告については,その事実について違反点数を付加すべきではなく,原告の免許証の有効期間が満了する日である平成22年▲月▲日の直前の原告の誕生日である同年▲月▲日の40日前の日の前5年間において,違反行為又は道交法施行令別表第4若しくは第5に掲げる行為をしたことがないことになる。したがって,埼玉県公安委員会は,本件更新処分において,道交法92条の2第1項備考一の2,道交法施行令33条の7第1項1号に基づき,優良運転者である旨の記載のある免許証を交付して免許証の更新処分をすべきであったにもかかわらず,優良運転者である旨の記載のない免許証を交付したのであり,本件更新処分のうち原告を一般運転者とする部分は違法であるから,取り消されるべきである。

     また,優良運転者である旨の記載のある免許証の交付それ自体は,免許証の更新申請の対象に含まれていないと解されるものの,同記載のない免許証の交付は,免許証の更新申請に応答してなされる更新処分に付随して,申請者に法律上当然に付与されるべき権利利益を与えなかったものというべきであるから,かような場合においては,行政事件訴訟法3条6項2号所定のいわゆる申請型義務付け訴訟に準じ,同法37条の2第1項の要件は不要と解するのが相当である。そして,同委員会が,原告に対し,同記載のある免許証を交付すべきであることは,その処分の根拠となる法令の規定から明らかであると認められる。

     したがって,本件更新処分のうち原告を一般運転者とする部分の取消しを求める請求及び埼玉県公安委員会に対し,優良運転者である旨を記載した免許証の交付の義務付けを求める請求は,いずれも認容すべきである。

   (2) そうだとすると,本件決定のうち,異議申立てに係る本件更新処分取消しのうち原告を一般運転者とする部分の取消しを求める請求及び埼玉県公安委員会に対し優良運転者である旨を記載した免許証の交付の義務付けを求める請求をいずれも棄却した部分の取消しを求める訴えは,いずれの請求についても認容判決がされ,訴えの利益を欠くというべきであるから,不適法である。

  5 争点4(本件決定の適法性)について

   本件決定のうち,本件点数付加の取消しを求める原告の異議申立てを却下した部分の抹消を求める訴えは,訴えの利益があり,適法であるから,以下において,本件決定のうちの同部分の適法性について検討する。

    行政不服審査法4条1項は,行政庁の処分に不服がある者は,同法5条及び6条で定めるところにより,審査請求又は異議申立てをすることができると規定し,この「処分」には,各本条に特別の定めがある場合を除くほか,公権力の行使に当たる事実上の行為で,人の収容,物の留置その他その内容が継続的性質を有するものが含まれる(同法2条1項)。これは,この種の行為が国民の権利義務に直接関係し,その違法又は不当な行為によって国民の法律上の利益に影響を与えることがあるという理由に基づくものであり,行政庁の行為であっても,性質上このような法的効果を有しない行為は,行政不服審査の対象となり得ないと解するべきである(最高裁判所昭和43年4月18日第一小法廷判決・民集22巻4号936頁参照)。

    本件点数付加は,前記1のとおり,公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち,その行為によって,直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められたものに該当せず,行政不服審査の対象となる「処分」には当たらないというべきである。

    よって,本件決定のうち,本件点数付加の取消しを求める原告の異議申立てを却下した部分は,適法である。

  6 争点5(損害賠償責任の有無)

    公安委員会が行う免許証の更新処分において,その処分の前提となる事実につき誤認があるなどの理由があり,その一部につき取り消さざるを得ない場合であっても,そのことから直ちに国賠法1条1項の適用上違法との評価を受けるものではないものの,同処分の前提となる事実の認定に当たり,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と処分をした場合には,前記違法の評価をすべきである。

    そこで,検討すると,原告は,本件違反行為があったとして原告車両の停止を求められたときから,耳を掻いていただけであって,携帯電話を通話のために使用していないと供述していた(乙4,6)ものの,原告が携帯電話を通話のために使用しているのを現認した旨のd及びeの捜査報告書の内容(乙2,3),原告を取り調べたcの捜査報告書の内容(乙4)及び実況見分調書におけるd及びeの指示説明の内容(乙5)のほか,原告が本件現認時刻の前後に携帯電話で通話していたか否かについて,本件訴訟における調査嘱託によっても携帯電話会社の不回答によって客観的に明らかにならなかったことからすれば,被告が,上記各証拠に基づいて,本件違反行為があったとして,違反点数を付加し,優良運転者である旨の記載のない免許証を交付して行った本件更新処分をしたことについて,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くさなかったとはいえず,国賠法1条1項の適用上,違法ということはできない。

    よって,原告の国賠法1条1項に基づく損害賠償請求は理由がない。

 第4 結論

   以上の次第で,本件訴えのうち,本件決定のうち異議申立てに係る請求を棄却した部分の取消しを求める部分及び本件点数付加の取消しを求める部分は,いずれも不適法であるから,これらを却下し,その余の訴えに係る原告の請求のうち,本件更新処分のうち原告を一般運転者とする部分の取消しを求める請求及び埼玉県公安委員会に原告に対して優良運転者である旨を記載した免許証を交付することを義務付ける請求は,いずれも理由があるから,これらを認容し,その余は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。

     さいたま地方裁判所第4民事部

         裁判長裁判官  原啓一郎

            裁判官  古河謙一

            裁判官  猪坂 剛

 (原裁判等の表示)

        主   文

 

  1 本件訴えのうち,以下の部分をいずれも却下する。

   (1) 埼玉県公安委員会が,平成23年3月3日付けで原告についてした決定のうち異議申立てに係る請求を棄却した部分の取消しを求める部分

   (2) 埼玉県公安委員会が,平成22年5月14日,原告について「携帯電話使用等(保持)」により違反点数1点を付した処分の取消しを求める部分

  2 埼玉県公安委員会が平成22年10月6日付けで原告に対してした運転免許証有効期間更新処分のうち,原告を一般運転者とする部分を取り消す。

  3 埼玉県公安委員会は,原告に対し,優良運転者である旨を記載した運転免許証を交付せよ。

  4 原告のその余の各請求を棄却する。

  5 訴訟費用は,これを5分し,その1を原告の,その余を被告の各負担とする。

 

        事実及び理由

 

 第1 請求

  1 埼玉県公安委員会が,平成23年3月3日付けでした,原告の異議申立てのうち違反記録の抹消を求める申立てを却下し,その余の申立てに係る請求をいずれも棄却した決定を取り消す。

  2 埼玉県公安委員会が,平成22年5月14日,原告について「携帯電話使用等(保持)」により違反点数1点を付した処分を取り消す。

  3 主文2項と同旨

  4 主文3項と同旨

  5 被告は,原告に対し,150万円を支払え。

 第2 事案の概要

   本件は,平成22年5月14日に普通乗用自動車を運転中に携帯電話を通話のために使用した(以下「本件違反行為」という。)として,道路交通法(以下「道交法」という。)及び道路交通法施行令(以下「道交法施行令」という。)所定の違反点数1点を付加(以下「本件点数付加」という。)された原告が,本件違反行為はなかったとして,本件点数付加の取消しを求め(前記第1の2),埼玉県公安委員会から優良運転者である旨の記載のない同年10月6日付けの運転免許証(以下,単に「免許証」という。)を交付して行われた免許証の有効期間の更新処分(以下「本件更新処分」という。)のうち,原告を一般運転者とする部分が違法であるとして,その取消しを求め(以下,かかる請求に係る訴えを「本件更新処分取消しの訴え」という。同3),同委員会に対し,優良運転者である旨を記載した免許証の交付の義務付けを求める(同4)とともに,原告の本件点数付加の抹消,本件更新処分のうち原告を一般運転者とする部分の取消し及び優良運転者である旨を記載した免許証の交付を求める異議申立てについて,本件点数付加の抹消を求める申立てを却下し,その余の申立てに係る請求をいずれも棄却する旨の平成23年3月3日付けの同委員会の決定(以下「本件決定」という。)の取消しを求め(同1),さらに,本件違反行為がなかったにも拘わらず,同委員会によって本件点数付加をされ,優良運転者である旨の記載のない免許証の交付を受けたことによって精神的苦痛を受けたとして,被告に対し,国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条1項に基づく損害賠償として150万円の支払を求める(同5)事案である。

  1 法令等の定め

  (1) 点数制度及び携帯電話使用等の基礎点数

     道交法及び道交法施行令は,道路交通法令の違反行為をした自動車等の運転者について,違反行為等にあらかじめ定められた一定の点数を付し,その累積点数に応じて運転免許(以下,単に「免許」という。)の取消し又は効力の停止等の処分をする点数制度を取り入れている(道交法103条1項5号ないし8号,道交法施行令38条5項等)。

     道交法71条5号の5は,自動車等を運転する場合においては,その運転者は,当該自動車等が停止しているときを除き,携帯電話用装置,自動車電話用装置その他の無線通話装置(その全部又は一部を手で保持しなければ送信及び受信のいずれをも行うことができないものに限る。)を通話(傷病者の救護又は公共の安全の維持のため当該自動車等の走行中に緊急やむを得ずに行うものを除く。)のために使用してはならないと規定する。そして,同号の違反(携帯電話使用等(保持))によって付加される基礎点数は1点である(道交法施行令別表第2の一,備考二の101)。

   (2) 免許証の有効期間の区分

     道交法92条の2第1項は,免許証の交付又は有効期間の更新(以下,単に「免許証の更新」という。)を受けた者を「優良運転者」及び「一般運転者」と「違反運転者等」に区分して,免許証の有効期間を規定する。このうち「優良運転者」とは,更新日等までに継続して免許を受けている期間が5年以上である者であって,自動車等の運転に関する道交法及び道交法に基づく命令の規定並びに道交法の規定に基づく処分並びに重大違反唆し等及び道路外致死傷に係る法律の規定の遵守の状況が優良な者として政令で定める基準に適合するものをいう(同項表備考一の2)。そして,上記基準は,道交法施行令33条の7第1項1号により,所定の更新期間内に免許証の更新を申請する者については,更新前の免許証の有効期間が満了する日の直前のその者の誕生日の40日前の日の前5年間において違反行為又は道交法施行令別表第4若しくは別表第5に掲げる行為をしたことがないこととされている。

     そして,違反行為とは,一般違反行為及び特定違反行為をいい(道交法施行令33条の2第3項柱書),一般違反行為とは,自動車又は原動機付自転車の運転に関し道交法等に基づく処分に違反する行為で道交法施行令別表第2の1の表の上欄に掲げるものをいい(同条1項1号),携帯電話使用等(保持)はこれに該当する。

  2 前提事実(証拠等を付さない事実は,当事者間に争いがない。)

   (1) 当事者

     原告は,昭和▲年▲月▲日生まれで,埼玉県公安委員会から大型,普通,大型二輪,牽引の各免許を受けている者である。(甲12)

     被告は,埼玉県公安委員会が所属する公共団体である。

   (2) 本件点数付加の経緯

    ア 原告は,平成22年5月14日午前11時6分ころ(以下「本件現認時刻」という。),埼玉県ふじみ野市α×番26号付近道路(以下「本件道路」という。)において,普通乗用自動車(a。登録番号所沢○。以下「原告車両」という。)を,狭山市方面からさいたま市方面に向けて進行させるに当たり,別紙「現場見取り図」(以下「別紙図面」という。)記載①ないし⑤の地点を直進走行させ,その後,同記載⑤の地点の十字路交差点を左折して,路地を南から北に向けて直進走行させ,同⑥の地点に停止させた。(乙5,8)

      原告車両は,いわゆるミニバンであり,車内には3列のシートが並び,窓は,フロントウィンドウ及びリアウィンドウのほか,側面の運転席側(進行方向右側)及び助手席側(同左側)にそれぞれ3枚の窓(以下,特に助手席側の側面窓を前から順に「助手席窓」,「助手席側2列目窓」及び「助手席側3列目窓」という。)がある。

    イ 埼玉県東入間警察署交通課警部補b(以下「b」という。),巡査部長c(以下「c」という。),巡査d(以下「d」という。)及び巡査e(以下「e」という。)のほか地域課の警察官数名は,平成22年5月14日,本件道路において,交通違反の取り締まり(以下「本件取締り」という。)を行っていた。(乙2ないし6,8,16ないし19)

      bは,本件取締りにおいて,別紙図面記載⑥の地点付近に立って,本件取締りに当たる警察官の業務の把握や突発事案への対応等,本件取締り全体を統括する現場責任者を務めていた。(乙5,18)

      dは,本件取締りにおいて,別紙図面記載Aの上部の「◎」の地点(以下「Aの地点」という。)に立って,交通違反を現認し,交通違反を現認した場合には,本件取締りに当たる他の警察官に対し,無線を使用して,dが現認した違反事実,違反車両の登録番号等を連絡する役割(以下「現認係」という。)を担っていた。(乙5,16)

      eは,本件取締りにおいて,別紙図面記載Bの地点に待機し,dから無線で,同人の現認に係る違反事実,違反車両の登録番号等の連絡を受けた場合には,同記載「B’」地点等に出て,警笛の吹鳴及び停止旗の提示等により,当該車両の停止を命じ,同地点の十字路交差点を左折して路地に入るように指示する役割(以下「停止係」という。)を担っていた。(乙5,17)

      cは,本件取締りにおいて,別紙図面記載⑥の地点付近に立って,停止係が停止させた車両を誘導し,当該車両の運転者の取調べをする役割(以下「誘導係兼取調べ係」という。)を担当していた。(乙5,19)

    ウ dは,本件取締りにおいて,原告車両が別紙図面記載②の地点から同記載③の地点を走行する間において,本件違反行為を現認したとして,本件取締りに当たる他の警察官に対し,違反事実及び原告車両の登録番号等を無線連絡し,eは,同記載④の地点の付近において,原告に対して,原告車両の停止を命じた。原告は,同記載⑤の地点で原告車両を左折させ,cの誘導に応じて,同記載⑥の地点に原告車両を停止させ,b及びcから取調べを受けた。(乙2ないし6,8,16ないし19)

    エ 原告の本件違反行為には,違反点数1点が付加された。(甲8)

   (3) 本件更新処分の経緯

     原告は,平成22年10月6日,埼玉県公安委員会に対し,免許証の更新を申請した。同委員会は,同日,免許証の更新を受けた原告について,更新前の免許証の有効期間が満了する日である同年▲月▲日の直前の原告の誕生日である同年▲月▲日の40日前の日の前5年間(道交法施行令33条の7第1項1号)において,本件違反行為があるとして,道交法101条5項,同条6項,道交法施行規則29条8項に基づき,道交法92条の2第1項,道交法施行令33条の7第1項1号が規定する一般運転者に該当するものとして,優良運転者である旨の記載のない免許証を交付して本件更新処分をした。(甲12)

   (4) 原告の異議申立ての経緯

     原告は,平成22年10月9日付けで,埼玉県公安委員会に対し,本件点数付加の抹消,本件更新処分のうち原告を一般運転者とする部分の取消し及び優良運転者である旨を記載した免許証を交付して行う更新処分を求める異議申立てをした。(甲1)

     埼玉県公安委員会は,平成23年3月3日付けで,上記異議申立てのうち,本件点数付加の抹消を求める部分を却下し,その余の申立てに係る請求をいずれも棄却する決定(本件決定)をした。(甲1)

   (5) 本訴提起及びその後の経緯

     原告は,平成23年8月23日,本件決定の取消しを求めて(前記第1の1)本訴を提起し,同年11月2日の第1回口頭弁論において,前記第1の2ないし4の訴え及び被告に対して1000円の損害賠償を求める訴えを追加し,平成24年2月15日の第3回口頭弁論において,前記損害賠償請求について,同5のとおり請求を拡張した。(顕著)

  3 争点

   (1) 本案前の争点

    ア 本件点数付加の処分性(争点1)

    イ 本件更新処分取消しの訴えの適法性(争点2)

   (2) 本案の争点

    ア 本件違反行為の有無(争点3)

    イ 本件決定の適法性(争点4)

    ウ 被告の損害賠償責任の有無(争点5)

  4 争点についての当事者の主張

   (1) 争点1(本件点数付加の処分性)

    【被告の主張】

     道交法及び道交法施行令に基づいて違反点数を付加する行為は,これら法令が採用する点数制度の下に,免許に係る行政処分の前提となる違反行為に係る点数を内部的に確認し,記録する行為に過ぎず,直ちに免許の効力に影響を及ぼすものではない。

     よって,本件点数付加は,処分性を有しない。

   (2) 争点2(本件更新処分取消しの訴えの適法性)

    【被告の主張】

     免許証交付処分は一体不可分であるから,免許証を更新する処分の中から一般運転者とする部分のみを取り出すことはできない。よって,本件更新処分取消しの訴えは不適法である。

   (3) 争点3(本件違反行為の有無)

    【原告の主張】

     原告は,原告車両を運転し,本件道路を走行中,携帯電話を使用したことはない。原告は,左手で左耳を掻いていたに過ぎない。

    【被告の主張】

     原告は,原告車両を運転し,本件道路を走行中,左手に携帯電話を保持し,通話のために使用した。

     dは,本件道路の別紙図面記載①の地点で原告車両を発見し,原告車両が同記載②の地点に進行した際に,原告が左手に携帯電話を保持して左耳に当てて通話している状況を現認し,原告車両が同記載③の地点に進行するまで,その状況を目視し続けた。また,eは,原告車両が同記載④の地点を進行した際に,原告が携帯電話様の物を左手に持ち左耳に当てて口を動かしているのを目撃した。

   (4) 争点4(本件決定の適法性)

    【原告の主張】

     公安委員会は,異議申立てに係る審理において,刑事訴訟法に定められた手続によらなければならず,事実認定において,警察官の現認と認定のみで認定してはならない。しかしながら,埼玉県公安委員会は,原告の異議申立てについての審理において,これをしていないのであり,本件決定は違法である。

    【被告の主張】

     本件決定は適法である。原告の主張は独自の見解である。

   (5) 争点5(被告の損害賠償責任の有無)

    【原告の主張】

     原告は本件違反行為をしておらず,本件点数付加及び優良運転者である旨の記載のない免許証を交付して行った本件更新処分は,いずれも国賠法1条1項の適用上違法であり,これらの行為により,原告は,精神的苦痛を受けた。よって,被告は,原告に対し,同項に基づく損害賠償として150万円を支払う義務を負う。

    【被告の主張】

     本件点数付加及び優良運転者である旨の記載のない免許証を交付して行った本件更新処分は,いずれも適法である。よって,被告は,原告に対し,国賠法1条1項に基づく損害賠償をする義務を負わない。

 

運転免許の点数減少を取り消した東京高裁平成25年判決

判例秘書くらいしか掲載されていないようです。平成25年の判決ですから、もう主要な判例雑誌にはのりそうもないですね。

 

       裁決取消請求控訴事件

【事件番号】 東京高等裁判所判決/平成25年(行コ)第182号

【判決日付】 平成25年8月28日

【判示事項】 自動車運転中に携帯電話の使用(以下,本件違反行為)により道交法所定の違反点数を付加された被控訴人(原審原告)が,本件違反行為はなかったとして,①本件点数付加の取消し,②免許証の更新処分のうち,原告を一般運転者とする部分の取消し,③公安委員会に対し,優良運転者の免許証交付の義務付け,④本件点数付加抹消及び異議申立てにつき,前段部分の請求を却下し,その余の請求を棄却した決定の取消し,⑤損害賠償(国賠法1条1項)等を求めた事案。原審は,①,④の一部を却下し,②,③を認容し,その余を棄却したことから,控訴人(原審被告)が控訴した。控訴審は,本件違反行為は認められない等とし,原審を支持して,控訴を棄却した事例

【掲載誌】  LLI/DB 判例秘書登載

       主   文

  1 本件控訴を棄却する。

  2 控訴費用は,控訴人の負担とする。

 

        事実及び理由

 第1 控訴の趣旨

  1 原判決中,控訴人の敗訴部分を取り消す。

  2 上記取消部分に係る被控訴人の請求をいずれも棄却する。

  3 訴訟費用は,第1,2審を通じ,被控訴人の負担とする。

 第2 事案の概要

  1 事案の要旨

  本件は,平成22年5月14日に普通乗用自動車を運転中に携帯電話を通話のために使用した(以下「本件違反行為」という。)として,道路交通法(以下「道交法」という。)及び道路交通法施行令(以下「道交法施行令」という。)所定の違反点数1点を付加(以下「本件点数付加」という。)された被控訴人が,本件違反行為はなかったと主張して,①本件点数付加の取消しを求め,②埼玉県公安委員会から優良運転者である旨の記載のない同年10月6日付けの運転免許証(以下,単に「免許証」という。)を交付して行われた免許証の有効期間の更新処分(以下「本件更新処分」という。)のうち,被控訴人を一般運転者とする部分が違法であるとして,その取消しを求め(以下,かかる請求に係る訴えを「本件更新処分取消しの訴え」という。),③同委員会に対し,優良運転者である旨を記載した免許証の交付の義務付けを求める(以下「本件義務付けの訴え」という。)とともに,④被控訴人の本件点数付加の抹消,本件更新処分のうち被控訴人を一般運転者とする部分の取消し及び優良運転者である旨を記載した免許証の交付を求める異議申立てについて,本件点数付加の抹消を求める申立てを却下し,その余の申立てに係る請求をいずれも棄却する旨の平成23年3月3日付けの同委員会の決定(以下「本件決定」という。)の取消しを求め,さらに,⑤本件違反行為がなかったにも拘わらず,同委員会によって本件点数付加をされ,優良運転者である旨の記載のない免許証の交付を受けたことによって精神的苦痛を受けたとして,控訴人に対し,国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条1項に基づき慰謝料150万円の支払を求めた事案である。

  原審は,上記請求①及び④の一部(本件決定のうち異議申立てに係る請求を棄却した部分の取消しを求める部分)については,いずれも訴えを却下し,上記請求②及び③については,これらをいずれも認容し,被控訴人のその余の請求(上記請求④の残部及び⑤)については,これらをいずれも棄却した。これに対して,控訴人が原審での敗訴部分に係る請求全部の棄却を求めて控訴した。

  被控訴人の訴えを却下した部分及び同人の請求を棄却した部分については,被控訴人から不服の申立てがないから,当審の審判の対象ではない。

  2 当事者の主張等

 法令等の定め,前提事実,争点及び争点についての当事者の主張は,原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」の1,2,3(1)イ,同(2)ア,4(2)及び(3)に記載のとおりであるから,これを引用する。

 第3 当裁判所の判断

  1 当裁判所も,被控訴人の上記請求②及び③は,いずれも理由があると判断する。その理由は,次のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」の2ないし4に説示するとおりであるから,これを引用する。

   (1) 14頁4行目冒頭から同13行目末尾までを削除する。

   (2) 21頁1行目の「本件決定」から同行目末尾までを「本件更新処分取消の訴え及び本件義務づけの訴えについて」に改める。

   (3) 同2行目の「(1)」を削除し,同行目の「前記3」を「以上」に改める。

   (4) 同26行目冒頭から22頁5行目末尾までを削除する。

  2 控訴人は,本件違反行為の存在が認められないとした原審の事実認定が誤りであるとして縷々主張し,当審において追加の証拠を提出するが,原審が認定した本件の事実関係に照らせば,それらによってもなお本件違反行為の存在を認めるには足りないというべきである。

 第4 結論

   以上によれば,被控訴人の上記請求②及び③は,いずれも理由があるから認容すべきであり,これと同旨の原判決は相当である。よって,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとする。

     東京高等裁判所第12民事部

         裁判長裁判官  難波孝一

            裁判官  中山顕裕

            裁判官  飛澤知行

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