以上によれば,③に関する検察官の主張は,採用できない。
(エ) ④被告人が共同経営者である旨の被告人自身の供述の評価について
一審判決は,被告人がAをBと共に共同経営してきたと供述する検察官調書について,経理や資金繰りに関することが中心に記載されるが,これは黒服トップの幹部従業員の業務としても説明できることであって,本件で重要となる待遇面でBとは格段の違いがあるのに,なぜ共同経営者といえるのか,いつ共同経営者となったのかという肝心な部分の記載が全くないことなどを指摘し,本件における経営者性の判断に関して証拠価値は低いといわざるを得ないと判断しており,平成24年3月12日の被告人のメールについても同様のことがいえると評価しているところ,以上の説示は相当として是認できる。
これに対し,検察官は,一審判決の判断は,論理則・経験則に照らして不合理な評価である旨主張し,同日付けの被告人からBに対して送信したメール(一審弁62写真51ないし53のメール)によれば,被告人自身がBに向かって自らを「共同経営者」であると宣言していることを指摘し,単なる従業員に過ぎない被告人が自らを雇用している経営者に対して,このようなメールを送るはずがないなどと指摘する。確かに,前記メールの存在のみに着眼すると,被告人自身が当時,自らをAの共同経営者であると認識していたことを指し示す事情とみることもできる。しかし,同メールの内容の主眼は,Bが本当は経営者であったという点にあるとみられるのであって,被告人自身の経営者性に関しては,具体的な事情を指摘するものではない。本件では,被告人とBとが待遇面で格段の違いがあるのに,なぜ被告人が共同経営者といえるのかという点が問題となることは,一審判決も指摘するところであり,この点については,前記検察官調書と同様にメールにも記載はなく,被告人がAの業務を長年裏方トップとして仕切ってきた以上自分にも責任があるという趣旨で共同経営と言われても仕方がないという感覚を持っていたということでも説明が可能であり,前記検察官調書と共にメールも,その経営者性の判断に関して証拠価値が低いとする一審判決の判断は,論理則,経験則に照らして不合理なものとはみられない。
以上によれば,④に関する検察官の主張は,採用できない。
(オ) ⑤被告人が経営者であることを示唆するその他の事情について
一審判決が,被告人が共同経営者であることを示唆する方向の事情について,いずれも被告人が経営者であることを示すあるいは推認させる事実などとはみられないとしているのに対し,検察官は,源泉所得税の課税実務においては,原則として源泉徴収義務者として届出を行っている名義人を源泉徴収義務者として取り扱っているところ,被告人がAにおいて,被告人名義で個人事業の開業等届出書を出していること,所得税の確定申告を行ったこと,源泉所得税を納付したことなどを挙げ,被告人が現に源泉徴収義務者であることを表明し,行動していたことは,被告人が共同経営者であったことを推認させる旨主張する。
確かに,被告人が平成21年,税務署長宛に被告人名義の事業の開業等届出書を提出したこと,Aの平成20年度分ないし平成22年度分の事業所得につき,税理士(藤本)を通じて被告人名義で所得税の確定申告を行ったこと,Aの従業員等の給与等につき,平成22年6月30日に,平成21年1月分から同年12月分の源泉所得税をいずれも被告人名義で納付したことなどという被告人自身が源泉徴収義務者として行動していた事実は,被告人を共同経営者であったことを推認させる一事情とみることもできる。しかし,検察官主張のように,課税実務において,原則として源泉徴収義務者として届出を行っている名義人を源泉徴収義務者として取り扱っているとしても,名義人が常に源泉徴収義務者となるわけではなく,実質的な観点から検討されるべきである。そして,一審判決も指摘するように,C他,Aと経営面で連続して営業がなされたクラブの各種名義人についてみると,Bが経営者でありながらその名前は一度もないのに対し,被告人以外にも複数の従業員名義で届けられており,名義貸しが普通に行われていたことをも踏まえると,Bは,自らがAの経営者であることを国税等の対外的には秘匿しようとしており,被告人は,Bが経営者であることを隠すべく各種名義人となり,国税に対しても源泉徴収義務者であるかのように振る舞ったと認められる。そうすると,前記事情は,被告人が黒服従業員であったとしても合理的に説明できる事情といえ,本件においては,これをもって被告人の共同経営者性を推認させる事情とみることはできない。
また,検察官は,被告人の共同経営者性を根拠付ける事実として,Aの後身であるクラブJにおいても被告人の報酬に未払分が発生したり,被告人が経費を負担したりしていたことを指摘する。しかし,この点の主張は,先に検討した主張と同様に,被告人が,クラブにおいて現金が不足するときに,経理担当者としての責任感から,自らの報酬の支払を遅滞させて,他の従業員等の給与等の支払に回したことがあったというものとみられ,後日精算が予定されていたと解されるから,このこと自体が被告人の共同経営者性を根拠付けるものとはみられない。
検察官は,被告人が共同経営者であることを根拠付ける事実として,被告人はBと共にクラブ経営の業務部門に関する意思決定を行っていたと主張する。しかし,検察官が具体的に指摘する点は,被告人が売上げの低い月にイベントを企画して売上げを上げるよう努めたこと,司会進行を務めるミーティングを月に1回行って,ホステス及び従業員に対し,Bと事前に打ち合わせをしたテーマに沿って,Aの今後の目標や接客のあり方,店の方針を示していたこと,平成22年末頃,平成23年の目標を,黒服全員に書かせて被告人に提出させて,被告人はこれを作成せず提出を受ける立場にあったことなどであり,これらは,被告人が黒服のトップの幹部従業員であったことによっても十分説明しうる事情とみられる。
さらに,検察官は,被告人がAの財務面を掌握していたと主張し,被告人が収支及び資金を管理していたこと,従業員らに対する給料の計算と支給を行っていたことを根拠として指摘する。確かに,被告人は,売上等の金額を把握し,Bが休みの日などは売上金を一時預かるなどし,Aの売上金が入金される銀行口座の通帳等を管理して,その支払等について事務を行っていたもので,Aにおいて財務関係を管理する責任者であったとみられる。しかし,検察官の主張によっても,現金売上げはBが持ち帰り,自己の報酬額を確保した上で管理していたもので,被告人は,支払についてもホステス等の給料明細を作成して事前にBに了解をとり,売上げ等についても記録した書類等はBに渡し,仕入れの支払等についてもBの了解をとるなどしていたというのであって,このような事情は,被告人がBの意を受けた幹部従業員として,財務面を管理,把握していたとみることができ,上記検察官の主張が共同経営者性を根拠付けるものとまではみられない。
検察官は,被告人が資金繰りの手段の一つとして,ホステスから徴収した源泉所得税を納付せず,Bに渡す500万円の原資に充てたり,Aの運転資金に回すなどしていたことを指摘する。しかし,これは,Bが自己への月額500万円の固定費の支払を強く求めていたことから,その意に逆らえずにBの意思によりBが取得していたにすぎないとみられ(ちなみに,本件期間(平成21年8月ないし平成23年7月の2年間)において,源泉徴収として納付すべき所得税合計額は,約7940万円であり,1か月あたり約330万円となり,その金額はBの500万円の固定取得金員及び私的取得金員の一部にとどまるものである。),それは被告人自身がBと比較して,財務関係の意思決定権が弱い立場にあったことのあらわれであって,前記指摘は被告人が共同経営者であったことを推認する事情には当たらない。
以上によれば,⑤に関する検察官の主張は,採用できない。
(カ) まとめ
その他,検察官は,主として源泉徴収義務者に関する裁判例を挙げるなどしてるる主張するが,一審判決の認定評価を不合理せしめるものとはみられない。
以上によれば,検察官の主張を個別的にみても,また,総合的にみても,被告人が共同経営者とは認められないとした一審判決の認定は不合理とはいえず,この点に関する検察官の主張は採用できない。
イ 被告人が共同経営者とは認められない場合に,源泉徴収義務者と認められるかについて
(ア) 一審判決の認定説示
検察官が論告において,被告人がBと同列の経営者であるとは評価できないとしても,源泉徴収義務は免れないと主張したため,一審判決は,被告人が幹部従業員であることを前提にした源泉徴収義務者性についても検討し,被告人は,Bのわずか5分の1しか利得配分を受けておらず,給与等の計算は,黒服従業員のトップとして事実上行っていたにすぎないものであるから,そのような者を経済的出捐の効果の帰属主体などとはいえず,被告人を源泉徴収義務者とみることはできないと認定したが,その認定説示は相当として是認できる。
(イ) 検察官の主張
これに対し,検察官は,仮に被告人がAの経営者ではないと判断されたとしても,被告人が経営者か否かは,被告人が源泉徴収義務者であったか否かという争点を判断する上で,中心的な論点ではあるがそれを基礎付ける要素に過ぎず,経営者であれば源泉徴収義務者であるという論理必然には立たないとし,Ⅰ)被告人の指揮命令の下に労務が供給されていた,Ⅱ)被告人が報酬等の支払主体であったから,被告人は,Aで稼働するホステス及び従業員との間の雇用関係の当事者としてふさわしい実体を有する者であり,被告人を源泉徴収義務者とみることはできないとした一審判決の判断は著しく不合理であると主張する。
(ウ) 検討
そこで検討するに,Ⅰ)について検察官が主張するところは,被告人が,黒服を自ら面接して採用したり,他の黒服が面接をした結果について報告を受け,その採否を判断していた上,ホステスの採用についても,最終的な決定権はBにあったとはいえ,少なくとも他の黒服と比較すればBと比肩する上位者として採用に関わっていたこと,配下の黒服から,来年の目標,ホステスの採用,給与の前借り等といった業務上の事柄について報告を受け,Aの営業中はホステスの配席を指示し,経理担当従業員に指示して給与等の支払い準備をさせるなどしていたことであり,検察官は,これらをもって被告人は労務を提供する者を選定し,従業員を指揮命令する立場にあったというのである。しかし,検察官主張の事実が存在するとしても,これらはいずれも黒服従業員としての役割分担,あるいは黒服従業員の中のトップとしての業務として説明できるものにすぎず,これをもって雇用関係の当事者としてふさわしい実体を有する者とみることはできない。
また,Ⅱ)について検察官が主張するところは,被告人は,B及び従業員等に対する給料の支払を優先させ,売上げから経費を差し引いた残りを自己の報酬としていたのであるから,自己の利益の中から,いわば身銭を切って従業員等に給与等を支払っていたということであるが,先にも述べたとおり,被告人は,ホステスや従業員の報酬の計算や支払の実務を担っていたとはいえ,いずれもBの了解の下に行われていたものであって,被告人が自らの報酬ないし給料の取得に優先して,ホステスらの報酬等の支払に充てていたからといって,雇用契約上の報酬等の支払主体が被告人であったと評価することは困難である。前記のとおり,Aの経営において,経費等の支払を除いた売上げを実質的に管理していたのはBに他ならず,そもそも,このような収益の帰属主体こそが通常,事業を行う上での報酬等を支払い得る者であって,被告人は事実上Aの売上げの多寡により不利益を被ることがあっても(それでも,前記のとおり,基本的には月額80万円から100万円程度の報酬を得ることができたのであるから,従業員の立場としてもこれを甘受することは不合理とはいえず,上記不利益を受けることが雇用者性につながるものとはみられない。),その収益等を取得する立場にあったとはみられないから,被告人がAで稼働するホステス及び従業員との間の雇用関係の当事者としてふさわしい実体を有する者であったとみることはできない。
検察官は,Aの前身であるC,Gにおいて,Bの休職中は被告人が中心となって運営し,従業員等も勤務を継続したことを指摘するが,経営者であるBが店に出てこなくとも,店の運営が幹部従業員を中心になされることは特段不自然ではなく,Bは店に長期間出ていない間も月額500万円を受け取るなどその売上げは同人に帰属していたとみられるから,この期間も被告人が中心となって店の営業を行っていたからといって,被告人が雇用関係の当事者として給与等の支払義務を負っていたことにつながるものではない。
検察官は,Aにおけるサービスの対価として支払われる代金請求権が被告人に帰属し,被告人が雇用関係等の当事者として給与等の支払義務を負う旨主張し,Aで使用されていた売掛金の入金口座及びクレジットカード売上げの立替金入金口座(被告人名義及びH名義の銀行口座)の通帳を,被告人は被告人の母Fに管理させ,各口座のキャッシュカード及び届出印を被告人が管理していたとして,これらは,いずれも被告人に帰属しており,被告人が給与等の支払義務者ではないとすると,Aの従業員等に対する給与等の支払が滞った場合に,従業員等は,被告人に帰属するこれらの預金債権を差し押さえて給与等を回収することができなくなり,著しく不合理な事態となるなどと指摘する。しかし,検察官の主張によっても,前記売上金等の入金口座である預金債権というものは,Aの預金口座名義については,H,I,被告人と時期により異なり,本件当時はH名義の口座も使用されていたもので,被告人名義のものも名義貸しにすぎないと考えられる。また,Aの経理事務を補助していた被告人の母Fが通帳を保管し,被告人が口座のキャッシュカード,届出印を保管していたとしても,経理事務を担当していた者の業務形態として不自然なものではなく,被告人は前記のとおり,Bに毎月500万円を交付するなどせざるを得ない状況にあったもので,前記事実関係の下での前記預金債権の帰属主体は,結局,Aの経営者であったBであるとみられるのであって,この点に関する検察官の主張は,採用できず,被告人が,ホステスや従業員らの雇用契約の当事者としての給与等の支払義務を負っていたとは認められない。
その他,検察官の主張を踏まえて検討しても,一審判決の認定は不合理とはいえない。
(4) 結論
以上によれば,検察官の事実誤認の主張は理由がない。
2 訴訟手続の法令違反の主張について
(1) 検察官の主張
一審判決の認定に従っても,被告人は,Aにおいて,従業員に対する給与等の支払事務を統括していた者であり,経営者であるBの「使用人その他の従業者」に該当し,被告人を両罰規定(所得税法243条1項)によって処罰できることは明らかであったのであるから,一審裁判所には,検察官に対し,両罰規定の訴因に訴因変更手続を促し,少なくとも釈明を求めて検察官の意向を確認すべき義務があったのに,一審裁判所が,検察官に対して訴因変更手続を促さず,釈明すら求めずに無罪判決を言い渡した手続には,判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある。
(2) 検討
ア 裁判所が検察官に対し,訴因変更手続を促し,あるいは釈明を求めて検察官の意向を確認すべき義務は,基本的には,現在の訴因では無罪とするほかないが,新しい訴因に変更すれば有罪であることが証拠上明白であり,新しい訴因の罪が重大である場合に生じ得る。加えて,公判前整理手続を行う事件においては,検察官は,整理手続の中で弁護人の主張も踏まえて,自己の主張や根拠の内容を検討する機会が存したのであり,訴因変更が必要となる可能性があると解される場合は,公判前整理手続段階においても予備的な訴因の追加を請求することも可能であり,同手続を経た後の公判においては,計画的かつ集中的な審理が行われていることなどに照らしても,公判審理開始後,特に,その終局段階における訴因の変更請求については,公判前整理手続制度の趣旨を没却させるようなものではないことなどの考慮も必要となる。
そこで,以上を前提にして,一審裁判所には一審検察官に対し前記訴因変更手続を促し,あるいは釈明を求めるなどの義務があったか否かについて検討する。
イ 記録によれば,本件の手続経緯は次のとおりである。
本件は平成24年7月に起訴(本件公訴事実は,被告人がAを経営し,給料,報酬の支払をする源泉徴収義務者であったが,源泉徴収して納付すべき所得税を納付しなかったというものである。)された後,公判前整理手続に付されて争点及び証拠の整理が行われた。
その中で,一審検察官は,被告人はBと共にAを共同経営していたものであり,源泉徴収義務者である旨主張したのに対し,一審弁護人はこれを争い,AはBが単独で経営しており,被告人は,Bの下で従業員等の管理,経理等を統括する店長的立場で稼働していた,被告人は,Bに対し,源泉所得税を納付すべきであると進言したが,Bは取り合わなかった,被告人はBに雇われていた従業員にすぎないから,源泉徴収義務者ではない旨主張した(平成25年9月6日付け「予定主張記載書面(2)」)。第5回公判前整理手続期日(平成26年1月23日)において,争点整理の結果が確認され,主たる争点は被告人がAを経営し,稼働する従業員等に対する給与の支払をするとともに,ホステスに対する報酬の支払をする源泉徴収義務者であったか否かであるとされ,さらに被告人が源泉徴収義務者であることを基礎付ける事実関係についても争点整理が行われ,その結果が確認された。
平成26年2月5日の第1回公判期日から同年7月3日の第11回公判期日まで審理がなされ,同年8月20日の第12回公判期日において,論告,弁論がなされた。一審検察官は,論告において,被告人が経営者である旨の主張に付加して,仮に,被告人とBとの間に一定の上下ないし優劣の関係が認められ,被告人がBに対して従属的であったことを理由に,被告人がBと同列の経営者であるとは評価できないとしても源泉徴収義務は免れない旨の主張をした。これに対して,一審弁護人は,検察官の論告の主張は,被告人が経営者ではなくとも支払義務者にあたるというような内容であり,本件の争点とはされていなかった新しい主張にあたる,これは公判前整理手続を踏まえた本件審理の過程に照らすと,違法であって削除されるべきである旨の異議を申し立てた。一審検察官は,「本件の争点は被告人が源泉徴収義務者か否かということであり,検察官は証明予定事実記載書にも被告人が共同経営者であることを根拠付ける事実と合わせて納税上の行動などを記載しているのであるから,何ら争点整理手続の結果を逸脱するものではなく,異議は理由がない」旨の意見を述べ,同異議は棄却された。
同年11月10日の第13回公判期日に,一審判決が宣告されたが,一審判決は前記論告の主張を踏まえ,被告人が幹部従業員であることを前提としても源泉徴収義務者とは認められない旨の判断(一審判決第3)をも行った。
ウ 以上によれば,一審弁護側は,早期から,AはBが経営しており,被告人はBに雇われ経理等を統括する幹部従業者として業務を行っていたこと,被告人は,従業員らの源泉所得税を納める必要があることを認識し,それをBに進言していたことを主張しており,一審検察官は,公判前整理手続段階においても,一審弁護側の主張を前提として,検察官が当審係属後請求した予備的訴因のごとく,Aの経営者はBであり,被告人はその従業員として経理を担当し,源泉徴収義務者であったBの業務に関し,源泉徴収して納付すべき所得税を納付しなかったとの予備的訴因を請求することは十分可能であったとみられる。
そして,証拠調べを経た後の論告において,前記のとおり,一審検察官は被告人とBとの関係に上下関係があり,被告人がBに対して従属的であったとして,被告人がBと同列の経営者であると評価できない場合を前提とした主張も行っているので,裁判所による釈明等を待つまでもなく,一審検察官は,被告人がBと同列の経営者として認定されない可能性,その場合の法律関係についても検討することは十分可能であったとみられる。そうすると,当審において検察官が提示するような両罰規定による予備的な訴因変更請求の要否についても検討され得たにもかかわらず,一審検察官はそのような措置を講じていないものと認められる。このような本件の審理経過にあって,さらに一審裁判所が一審検察官に対し,予備的訴因への訴因変更手続を促し,あるいは,釈明を求めるなどの措置を講じる義務があったとみることはできない。
また,検察官が主張する新訴因の罪(所得税法243条1項ないし平成22年法律第6号による改正前の所得税法244条1項)は,本件訴因の罪と法定刑は同一であるが,その内容は,Aを経営し,源泉徴収義務者であったBの従業員である被告人が,Bの業務に関して,源泉徴収して納付すべき所得税を納付しなかったというものであり,一審裁判所は,証拠調べの結果,BがAの売上げによる利益の相当額を取得するほか,売上金の現実的な管理もしていたものと認定していること,Bの毎月取得していた報酬等の金額(月500万円プラス相当金額)の一部を供出すれば,源泉所得税(月平均約330万円)の支払をなすことは可能であるのに,Bはその供出をせず(被告人は,源泉所得税の不納付により,捻出された現金はBの収益になったもので,その分をBに渡さないようにすることは自分の権限ではできなかった旨供述している。),実質的に不納付による利益を取得しているとみられること,そのBは,特段刑事訴追されることはなかったことなどを併せ考えると,訴因変更しないことにより著しい不正義な結果が生ずるものともみられない。
以上のような本件審理の経過,本件事案の性質及び内容,予備的訴因の内容,経営者であるBとの処分の均衡等にも鑑みれば,一審裁判所に,訴因変更手続を促す義務はもとより,検察官の意向を確認すべく釈明を求める義務があったとは認められない。
したがって,一審裁判所が,一審検察官に対して訴因変更手続を促さず,あるいは釈明も求めずに,無罪判決を言い渡した手続に法令の違反があるとは認められない。
なお,検察官は控訴審において予備的な訴因変更請求を行っているが,控訴審における訴因変更は,あくまで一審判決の破棄を条件として破棄後に備えて行われるものであるから,前記のとおりの破棄事由が認められない本件においては,控訴審における訴因変更請求もこれを許可することはできないものである。
(3) 結論
以上によれば,検察官の訴訟手続の法令違反の主張は理由がない。
第3 適用法令
刑事訴訟法396条
平成27年11月20日
大阪高等裁判所第2刑事部
裁判長裁判官 横田信之
裁判官 酒井康夫