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2019年12月

住居侵入,強盗殺人被告事件

最高裁判所第2小法廷決定/平成25年(あ)第1127号

平成27年2月3日

【判示事項】 被告人を死刑に処した裁判員裁判による第1審判決を量刑不当として破棄し無期懲役に処した原判決の量刑が維持された事例

【判決要旨】 殺人等の罪により懲役20年の刑に服した前科がある被告人が被害者1名を殺害した住居侵入,強盗殺人の事案において,本件犯行とは関連が薄い前記前科があることを過度に重視して死刑に処した裁判員裁判による第1審判決の量刑判断が合理的ではなく,被告人を死刑に処すべき具体的,説得的な根拠を見いだし難いと判断して同判決を破棄し無期懲役に処したものと解される原判決の刑の量定は,甚だしく不当で破棄しなければ著しく正義に反するということはできない。

       (補足意見がある。)

 

【参照条文】 刑事訴訟法381

       刑事訴訟法397-1

       刑事訴訟法411

 

【掲載誌】  最高裁判所刑事判例集69巻1号1頁

       裁判所時報1621号25頁

       判例タイムズ1411号80頁

       判例時報2256号106頁

       LLI/DB 判例秘書登載

 

【評釈論文】 研修804号15頁

       ジュリスト1481号68頁

       捜査研究64巻5号69頁

       法曹時報69巻3号273頁

       刑事法ジャーナル46号134頁

       名城ロースクール・レビュー35号117頁

前田『刑事法判例の最前線』2019年102頁

       主   文

 

  本件各上告を棄却する。

 

        理   由

 

  検察官の上告趣意のうち,控訴審における審査の在り方に関する判例違反をいう点は,事案を異にする判例を引用するものであって,本件に適切でなく,その余は,判例違反をいう点を含め,実質は量刑不当の主張であり,弁護人宮村啓太,同坂根真也の上告趣意は,事実誤認の主張であって,いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。

  検察官の所論に鑑み,本件量刑について,職権により判断する。

  第1 事案の概要等

  1 本件犯罪事実の要旨

  被告人は,金品を強奪する目的で,東京都港区南青山のマンションの被害男性方居室に無施錠の玄関ドアから侵入し,室内にいた当時74歳の被害男性を発見し,同人を殺害して金品を強奪しようと決意し,殺意をもって,その頸部をステンレス製三徳包丁で突き刺し,同人を頸部刺創に基づく左右総頸動脈損傷による失血により死亡させた。

  2 第1審判決が死刑を選択した量刑理由の要旨

  本件を裁判員の参加する合議体で取り扱った第1審判決は被告人を死刑に処したが,その理由の要旨は,以下のとおりである。

  最高裁昭和56年(あ)第1505号同58年7月8日第二小法廷判決・刑集37巻6号609頁(以下「昭和58年判決」という。)において示された死刑選択の際の考慮要素やそれ以降の量刑傾向を踏まえ,被告人に対する刑を検討したが,とりわけ,殺意が強固で,強盗目的を遂げるため抵抗の余地のない被害者を一撃で殺害するなど,殺害の態様等が冷酷非情なものであること,その結果が極めて重大であること,2人の生命を奪った殺人の罪等で懲役20年に処された前科がありながら,出所後半年で金品を強奪する目的で被害者の生命を奪ったことは,刑を決める上で特に重視すべきであり,被告人のために酌むべき事情がないかどうかを慎重に検討しても,死刑とするほかない。

  3 原判決が第1審判決を破棄して無期懲役に処した理由の要旨

  原判決は,第1審判決を破棄し,被告人を無期懲役に処したが,その理由の要旨は,以下のとおりである。

  死刑は,窮極の峻厳な刑であり,慎重に適用すべきであることはいうまでもない。死刑が相当かどうかは,昭和58年判決に示された考慮要素を検討した上で,過去の先例の集積からうかがわれる傾向を,事件の重大さの程度を評価する資料となり得るという意味で参考として判断すべきである。本件では,殺意が強固で殺害の態様等が冷酷非情であり,結果が極めて重大であることは第1審判決指摘のとおりであるが,被害者が1名であり,侵入時に殺意があったとは確定できず,殺害について事前に計画したり,当初から殺害の決意を持っていたとはいえないのであって,前科を除く諸般の情状を検討した場合,死刑を選択するのが相当とは言い難い。そして,殺害された被害者が1名の強盗殺人罪のうち,前科が重視されて死刑が選択された事案の多くは,殺人罪・強盗殺人罪により無期懲役に処され仮釈放中の者が,再度,前科と類似性のある強盗殺人罪に及んだという事案,又は,無期懲役に準ずる相当長期の有期懲役に処された者であって,その前科の内容となる罪と新たに犯した強盗殺人罪との間に顕著な類似性が認められる事案である。本件では,被告人の前科は無期懲役に準ずる相当長期の有期懲役であり,その前科は利欲目的の本件強盗殺人とは社会的にみて類似性は認められず,また,もはや改善更生の可能性がないことが明らかとは言い難く,実際にも,被告人が更生の意欲を持って努力したが,前科の存在が就職にも影響して何事もうまくいかず,自暴自棄になった末の犯行の面があることも否定できず,被告人の前科の評価に関しては,このような留意し酌量すべき点がある。したがって,前科を重視して死刑を選択することには疑問があり,第1審判決は,人の生命を奪った前科があることを過度に重視した結果,死刑を選択した誤りがある。

  第2 当裁判所の判断

  1 被告人は,手っ取り早く自由になる金銭を欲し,包丁を用意して強盗目的で被害者方に侵入した上,就寝中の被害者に対し,いきなり首に包丁を突き刺して確実に即死させたものである。被告人は,被害者を見付けた段階では強固な殺意を抱き,前記のとおり,冷酷非情な態様で被害者を殺害した。本件は,重大かつ悪質な犯行といわざるを得ず,被害者の遺族の処罰感情が極めて厳しいのも十分理解できる。また,被告人は,妻を刺殺し,幼少の二人の子を殺害しようとして自宅に放火し,娘一人を焼死させたという殺人,殺人未遂,現住建造物等放火の罪を犯し,懲役20年の刑に服した前科がありながら,出所した後半年で本件に及んだものである。被告人の刑事責任は誠に重いというほかない。

  2 しかしながら,刑罰権の行使は,国家統治権の作用により強制的に被告人の法益を剥奪するものであり,その中でも,死刑は,懲役,禁錮,罰金等の他の刑罰とは異なり被告人の生命そのものを永遠に奪い去るという点で,あらゆる刑罰のうちで最も冷厳で誠にやむを得ない場合に行われる究極の刑罰であるから,昭和58年判決で判示され,その後も当裁判所の同種の判示が重ねられているとおり,その適用は慎重に行われなければならない。また,元来,裁判の結果が何人にも公平であるべきであるということは,裁判の営みそのものに内在する本質的な要請であるところ,前記のように他の刑罰とは異なる究極の刑罰である死刑の適用に当たっては,公平性の確保にも十分に意を払わなければならないものである。もとより,量刑に当たり考慮すべき情状やその重みは事案ごとに異なるから,先例との詳細な事例比較を行うことは意味がないし,相当でもない。しかし,前記のとおり,死刑が究極の刑罰であり,その適用は慎重に行われなければならないという観点及び公平性の確保の観点からすると,同様の観点で慎重な検討を行った結果である裁判例の集積から死刑の選択上考慮されるべき要素及び各要素に与えられた重みの程度・根拠を検討しておくこと,また,評議に際しては,その検討結果を裁判体の共通認識とし,それを出発点として議論することが不可欠である。このことは,裁判官のみで構成される合議体によって行われる裁判であろうと,裁判員の参加する合議体によって行われる裁判であろうと,変わるものではない。

  そして,評議の中では,前記のような裁判例の集積から見いだされる考慮要素として,犯行の罪質,動機,計画性,態様殊に殺害の手段方法の執よう性・残虐性,結果の重大性殊に殺害された被害者の数,遺族の被害感情,社会的影響,犯人の年齢,前科,犯行後の情状等が取り上げられることとなろうが,結論を出すに当たっては,各要素に与えられた重みの程度・根拠を踏まえて,総合的な評価を行い,死刑を選択することが真にやむを得ないと認められるかどうかについて,前記の慎重に行われなければならないという観点及び公平性の確保の観点をも踏まえて議論を深める必要がある。

  その上で,死刑の科刑が是認されるためには,死刑の選択をやむを得ないと認めた裁判体の判断の具体的,説得的な根拠が示される必要があり,控訴審は,第1審のこのような判断が合理的なものといえるか否かを審査すべきである。

  3 このような観点から第1審判決をみると,第1審判決は,前記1と同旨の事情を挙げており,その認定自体に誤りがあるとはいえない。しかしながら,第1審判決が死刑の選択をやむを得ないと認めた判断の根拠については,次のような疑問がある。

  まず,第1審判決は,刑を決める上で特に重視すべき事情として,「殺意が強固で殺害の態様等が冷酷非情であり,その結果が極めて重大であること」を指摘している。殺害された被害者が1名の事案においても,死刑を選択することがやむを得ないと認められる場合があることはいうまでもなく,本件が重大かつ悪質な事案であることも前記1のとおりである。しかしながら,本件は,被害者方への侵入時に殺意があったとまでは確定できない事案であり,殺害について事前に計画し,又は当初から殺害の決意をもって犯行に臨んだ事案とは区別せざるを得ない。早い段階から被害者の死亡を意欲して殺害を計画し,これに沿って準備を整えて実行した場合には,生命侵害の危険性がより高いとともに生命軽視の度合いがより大きく,行為に対する非難が高まるといえるのに対し,かかる計画性があったといえなければ,これらの観点からの非難が一定程度弱まるといわざるを得ないからである。

  本件については,かかる計画性があったとはいえず,また,前科に関する情状を除くその他の要素を総合的に評価した場合,死刑を選択するのがやむを得ない事案であるとは言い難いところである。

  第1審判決は,その他特に重視すべき事情として,「2人の生命を奪った殺人の罪等で懲役20年に処された前科がありながら,金品を強奪する目的で被害者の生命を奪ったこと」を挙げているところ,これは,被告人に殺人罪等による相当長期の有期懲役の前科があることの指摘にほかならない。しかしながら,人を殺害した罪で有期懲役に処された前科を有する者が,その刑を受け終わった後に1名を殺害する強盗殺人に及んだ事案については,死刑が選択された事案と,無期懲役が選択された事案が存在することからもうかがわれるとおり,有期懲役の前科があってその服役後に再度の犯行に及んだ場合の,再度の犯行に対する非難の程度については,前科と再度の犯行との関連,再度の犯行に至った経緯等を具体的に考察して,個別に判断せざるを得ないものというべきである。これを本件についてみると,本件強盗殺人という自己の利欲目的の犯行である点や犯行の経緯と,第1審判決が重視する前科の内容,すなわち,口論の上妻を殺害し,子の将来を悲観して道連れに無理心中しようとした犯行とは関連が薄い上,被告人は,刑の執行を受け終わり,更生の意欲をもって就職するも前科の存在が影響して職を維持できず,自暴自棄となった末に本件強盗殺人に及んだとみる余地があるのであって,本件強盗殺人の量刑に当たり,前記のような前科の存在を過度に重視するのは相当ではない。

  以上のとおり,前科を除く諸般の情状からすると死刑の選択がやむを得ないとはいえない本件において,被告人に殺人罪等による相当長期の有期懲役の前科があることを過度に重視して死刑を言い渡した第1審判決は,死刑の選択をやむを得ないと認めた判断の具体的,説得的な根拠を示したものとは言い難い。第1審判決を破棄して無期懲役に処した原判決は,第1審判決の前記判断が合理的ではなく,本件では,被告人を死刑に処すべき具体的,説得的な根拠を見いだし難いと判断したものと解されるのであって,その結論は当審も是認することができる。したがって,原判決の刑の量定が甚だしく不当であり,これを破棄しなければ著しく正義に反するということはできない。

  よって,刑訴法414条,386条1項3号,181条1項ただし書により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官千葉勝美の補足意見がある。

  裁判官千葉勝美の補足意見は,次のとおりである。

  私は,法廷意見に関連して,以下のとおり補足して私見を述べておきたい。

  1 まず,裁判員制度の趣旨と控訴審の役割について,次の点が指摘できよう。

  本件は,第1審の裁判員裁判で死刑が宣告されたが,控訴審でそれが破棄され無期懲役とされた事件であり,これについては,裁判員裁判は刑事裁判に国民の良識を反映させるという趣旨で導入されたはずであるのに,それが控訴審の職業裁判官の判断のみによって変更されるのであれば裁判員裁判導入の意味がないのではないかとの批判もあり得るところである。

  裁判員制度は,刑事裁判に国民が参加し,その良識を反映させることにより,裁判に対する国民の理解と信頼を深めることを目的とした制度である(裁判員の参加する刑事裁判に関する法律(以下「裁判員法」という。)第1条参照)。そして,死刑事件を裁判員制度の対象とすることに関しては,反対する意見も存するところであるが,死刑という究極の刑罰に対する国民の意見・感覚は多様であり,その適用が問題となる重大事件について国民の参加を得て判断することにより,国民の理解を深め,刑事司法の民主的基盤をより強固なものとすることができるのであって,国民の司法参加の意味・価値が発揮される場面でもある。

  ところで,裁判員法の制定に当たり,上訴制度については,事実認定についても量刑についても,従来の制度に全く変更は加えられておらず,裁判員が加わった裁判であっても職業裁判官のみで構成される控訴審の審査を受け,破棄されることがあるというのが,我が国が採用した刑事裁判における国民参加の形態である。すなわち,立法者は,裁判員が参加した裁判であっても,それを常に正当で誤りがないものとすることはせず,事実誤認や量刑不当があれば,職業裁判官のみで構成される上訴審においてこれを破棄することを認めるという制度を選択したのである。その点については,米国の陪審制度の多くは事実認定についての上訴を認めないという形での国民参加の形態を持っているが,これとは異なるものである。

  もっとも,国民参加の趣旨に鑑みると,控訴審は,第1審の認定,判断の当否を審査する事後審としての役割をより徹底させ,破棄事由の審査基準は,事実誤認であれば論理則,経験則違反といったものに限定されるというべきであり,量刑不当については,国民の良識を反映させた裁判員裁判が職業裁判官の専門家としての感覚とは異なるとの理由から安易に変更されてはならないというべきである。

  そうすると,裁判員制度は,このような形で,国民の視点や感覚と法曹の専門性とが交流をすることによって,相互の理解を深め,それぞれが刺激し合って,それぞれの長所が生かされるような刑事裁判を目指すものであり(最高裁平成22年(あ)第1196号同23年11月16日大法廷判決・刑集65巻8号1285頁参照),私は,このような国民の司法参加を積み重ねることによって,長期的な視点から見て国民の良識を反映した実りある刑事裁判が実現されていくと信じるものである。

  2 次に,本件で争点となった死刑という量刑の選択の問題については,次のように考える。死刑は,あらゆる刑罰のうちで最も冷厳でやむを得ない場合に行われる究極の刑罰であるから,その適用は,慎重にかつ公平性の確保にも十分に意を払わなければならないのである。

  法廷意見は,死刑の選択が問題となり得る事案においては,その適用に慎重さと公平性が求められるものであることを前提に,これまでの裁判例の集積から死刑の選択上考慮されるべき要素及び各要素に与えられた重みの程度・根拠を検討し,その検討結果を評議に当たっての裁判体の共通認識とし,それを出発点として議論することが不可欠であるとしている。その意味するところは次のようなことであろう。すなわち,殺人という犯罪行為の特質やそれに対する死刑という刑罰の本質を見ると,圧倒的に重要な保護法益である生命を奪う殺人という犯罪行為に対する量刑上の評価としては,まず被害者の数が注目されるべきであり,死刑の選択上考慮されるべき重要な要素であることは疑いない(もっとも被害者の数を死刑選択の絶対的な基準のように捉えることは適切ではなく,最終的には他の要素との総合考慮によるべきものであることには注意が必要であろう。)。そのほか,生命という保護法益侵害行為の目的(動機)は,一般に,行為に対する非難の程度に関わるものであり,犯行の計画性は,生命侵害の危険性の度合いに直結するものであり,侵害の態様(執よう性・残虐性)等も究極の刑罰の選択を余儀なくさせるか否かの要素となることは,いずれも,これまでの裁判例が示してきたところである。さらに,遺族の被害感情,社会的影響,犯人の年齢,前科,犯行後の情状等も取り上げられ得る要素である。これらの各要素をどの程度重要なものとして捉えるかは,殺人という犯罪行為の特質や死刑という刑罰の本質という刑事司法制度の根本に関係するすぐれて司法的な判断・考察と密接に関係するものであり,これまでの長年積み上げられてきた裁判例の集積の中から自ずとうかがわれるところである。裁判官に求められるのは,従前の裁判官による先例から量刑傾向ないし裁判官の量刑相場的なものを念頭に置いて方程式を作り出し,これをそのまま当てはめて結論を導き出すことではなく,裁判例の集積の中からうかがわれるこれらの考慮要素に与えられた重みの程度・根拠についての検討結果を,具体的事件の量刑を決める際の前提となる共通認識とし,それを出発点として評議を進めるべきであるということである。このように,法廷意見は,死刑の選択が問題になった裁判例の集積の中に見いだされるいわば「量刑判断の本質」を,裁判体全体の共通認識とした上で評議を進めることを求めているのであって,決して従前の裁判例を墨守するべきであるとしているのではないのである。

  このことは,裁判員が加わる合議体であっても裁判官のみで構成される裁判体であっても異なるところはない(それが控訴審であっても同じである。)。

  そして,裁判員を含む裁判体は,これらの共通認識を基にした上で,具体的事件で認定された犯罪事実等における前記各考慮要素を検討し,それらの総合考慮により非難可能性の内容・程度を具体的に捉え,結論として死刑か否かを決定するのであり,そこでは正に裁判員の視点と良識,いわゆる健全な市民感覚が生かされる場面であると考える。

  3 さらに,本件では,被告人の前科の評価が問題になった事案であるが,ここで留意されるべき点は,次のとおりである。

  (1) 第1審が死刑を選択した理由においては,前科の存在に言及し,かつて2人の生命を奪ったという自己の罪を見つめ,生命の尊厳への思いを深めたはずであるにもかかわらず,再び人の生命を奪う本件犯行に及んでおり,人の生命を余りにも軽くみており,強い非難に値すると説示している。確かに,合計3名の殺害に至った経緯を見ると,前科に係る2名の殺害のみならず3人目の本件殺害も深刻な理由もなく短絡的に行っており,生命軽視のそしりを免れないとの評価も理解できないではないところである。

  (2) 一般に,前科が刑を重くする要素として扱われることがあるのは,前科による刑の感銘力と行刑による教化改善の結果を受け付けないで再犯に及んだという犯情面での非難が増大するという点に着目し,さらに,そのような短絡的な犯行に走る被告人の人命を軽視する危険な人格に着目するためであろう。しかしながら,前科については,前科の内容,再度の犯行との時間的な間隔の長さや犯行内容における関連性等が様々であり,それが刑を重くする要素になるか否か,どの程度重くする要素なのかは,これらの諸事情を慎重に検討する必要がある。特に死刑か否かの量刑判断に際しては,なおさらである。

  (3) これまで,被害者1名を殺害した者について,過去の人を殺害した罪による前科を考慮して死刑の量刑が選択された事案としては,殺人を含む罪で無期懲役の刑を宣告されて服役し,仮釈放中に再度殺人を含む罪を犯した場合が見られる。これは,無期懲役の仮釈放中の者が,かつての重大犯罪についての刑事責任を果たし終わっておらず,服役を一時猶予し更生を期待されており,その点を深く自覚すべき状態にあって,当然のことながら再度の犯行に及んではならないという強い警告を現に受け続けている中で強盗殺人等を犯したという点で非難の程度が著しく,矯正,更生の余地も容易に認められないとして,特に重い刑事責任を科す要素とされたものと理解でき,刑事責任の観点からは当然である。このような事情が存する場合は別にして,同種類似の前科があるということは,確かに死刑選択の考慮要素の一つではあるが,その重要性の評価に当たっては,前科と今回の犯行との関連性等,その内容を吟味する必要があるといわなければならない。

  (4) 本件に即して言えば,例えば,短絡的な理由で2名の殺害に至って服役したにもかかわらず,再び短絡的な理由で1名の殺害に及んだという点から,ひとくくりにして「生命軽視の傾向あり」と評価することも理解できないではない。しかし,前科と今回の犯行との関連等の吟味が不十分なままこの点を死刑選択の重要な考慮要素として過度に強調するとすれば,死刑の選択の場面では疑問がある。仮に,前科と今回の犯行との関連が薄いにもかかわらず,生命軽視の傾向という被告人の危険性ばかりを強調する文脈で前科を死刑の選択に傾く重要な要素とするとすれば,犯罪行為それ自体に対する評価を中心に据えて死刑の是非を検討すべき場面において,行為者としての被告人の人格的な側面を過度に評価するものといわざるを得ず,これもまた疑問である。そもそも,本件前科は,夫婦間の感情的な対立や子供の将来を悲観しての犯行であり,そのきっかけ等をみても,本件犯行が強盗殺人という自己の利欲目的のものである点やその経緯との関連が薄く,非難の程度,生命侵害の危険性の程度の点でも,死刑選択の際の重要な要素として強調するには限界があるといわざるを得ないのである。

 (裁判長裁判官 千葉勝美 裁判官 鬼丸かおる 裁判官 山本庸幸)

住居侵入,強盗強姦未遂,強盗致傷,強盗強姦,監禁,窃盗,窃盗未遂,強盗殺人,建造物侵入,現住建造物等放火,死体損壊被告事件

 

 

最高裁判所第2小法廷決定/平成25年(あ)第1729号

平成27年2月3日

 

【判示事項】 被告人を死刑に処した裁判員裁判による第1審判決を量刑不当として破棄し無期懲役に処した原判決の量刑が維持された事例

 

【判決要旨】 女性1名を殺害するなどした住居侵入,強盗殺人,建造物侵入,現住建造物等放火,死体損壊等のほか,その前後約2か月間に繰り返された強盗致傷,強盗強姦等の事案において,女性の殺害を計画的に実行したとは認められず,また,殺害態様の悪質性を重くみることにも限界があるのに,同女に係る事件以外の事件の悪質性や危険性,被告人の前科,反社会的な性格傾向等を強調して死刑に処した裁判員裁判による第1審判決の量刑判断が合理的ではなく,被告人を死刑に処すべき具体的,説得的な根拠を見いだし難いと判断して同判決を破棄し無期懲役に処したものと解される原判決の刑の量定は,甚だしく不当で破棄しなければ著しく正義に反するということはできない。

 

       (補足意見がある。)

 

【参照条文】 刑事訴訟法381

       刑事訴訟法397-1

       刑事訴訟法411

 

【掲載誌】  最高裁判所刑事判例集69巻1号99頁

       裁判所時報1621号28頁

       判例タイムズ1411号80頁

       判例時報2256号106頁

       LLI/DB 判例秘書登載

 

【評釈論文】 季刊刑事弁護87号129頁

       法学セミナー60巻6号122頁

       法曹時報69巻3号298頁

       刑事法ジャーナル46号134頁

       名城ロースクール・レビュー35号117頁

前田『刑事法判例の最前線』2019年102頁

       主   文

 

  本件各上告を棄却する。

 

        理   由

 

  検察官の上告趣意のうち,控訴審における審査の在り方に関する判例違反をいう点は,事案を異にする判例を引用するものであって,本件に適切でなく,その余は,判例違反をいう点を含め,実質は量刑不当の主張であり,弁護人遠藤直也,同村井宏彰の上告趣意は,憲法違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であって,いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。

  検察官の所論に鑑み,本件量刑について,職権により判断する。

  第1 事案の概要等

  1 本件犯罪事実の要旨は,以下のとおりであり,全て被告人の単独犯として認定されている。

  (1) (ア) 平成21年10月20日夜頃から翌21日未明頃までの間に,千葉県松戸市内のマンションの当時21歳の女性方居室に侵入した上,帰宅した同女に対し,金品強取の目的で,同所にあった包丁を突き付け,両手首を緊縛するなどの暴行脅迫を加え,その反抗を抑圧して,金品を強取するとともに,殺意をもって,同女の左胸部を同包丁で3回突き刺すなどし,同女を左胸部損傷による出血性ショックにより死亡させて殺害し,(イ) 同月21日,合計3回にわたり,強取に係るキャッシュカード等を使用した現金窃盗に及ぼうとし,うち1回は既遂,その余の2回は未遂に終わり,(ウ) 翌22日,15名が現に住居に使用する前記マンションに放火し,前記(ア)の女性の死体を焼損するなどして強盗殺人の犯跡を隠蔽しようと企て,前記居室内に侵入した上,死体付近に置かれた衣類等にライターで火を放ち,前記マンションの前記居室内を焼損するとともに,同女の死体を焼損した(以下これらを総称して「松戸事件」という。)。

  (2) 松戸事件の前後約2か月間に,(ア) 民家等への住居侵入の上,窃盗に及んだもの3件,(イ) 民家への住居侵入の上,当時76歳の女性に対して全治約3週間を要し後遺症が残る傷害を負わせた強盗致傷,(ウ) 民家への住居侵入の上,当時61歳の女性に対して全治約8週間を要し後遺症が残る傷害を負わせた強盗致傷,帰宅した当時31歳の女性に対して全治約2週間を要する傷害を負わせた強盗強姦,監禁,さらに,強取に係るキャッシュカード等を使用した現金窃盗,(エ) 当時22歳の女性に対して全治約2週間を要する傷害を負わせた強盗致傷,及び(オ) 民家への住居侵入の上でした当時30歳の女性に対する強盗強姦未遂の各犯行に及んだ。

  2 第1審判決が死刑を選択した量刑理由の要旨

  本件を裁判員の参加する合議体で取り扱った第1審判決は被告人を死刑に処したが,その理由の要旨は,以下のとおりである。

  すなわち,(ア) 松戸事件は,殺意が極めて強固で,殺害態様も執ようで冷酷非情であり,放火も類焼の危険性が高い悪質な犯行であり,その結果が重大である。(イ)松戸事件以外の犯行も重大かつ悪質なものであり,殊に前記1(2)(イ)ないし(オ)の各犯行は,生命身体に重篤な危害を及ぼしかねず,被害者らが受けた被害も深刻である。(ウ) 累犯前科や同種前科の存在にもかかわらず,直近の服役を終えて出所後3か月足らずの間に本件各犯行に及んだことは強い非難に値し,一連の犯行を短期間に反復累行した被告人の反社会的な性格傾向は顕著で根深い。(エ) 松戸事件では殺害された被害者が1人であり,その殺害自体に計画性は認められないが,これらの点も,短期間のうちに重大事件を複数回犯しており,被告人の性格傾向にも鑑みると被害者の対応いかんによってはその生命身体に重篤な危害が及ぶ危険性がどの事件でもあったという事情を考慮すると,死刑回避の決定的事情とはいえない。(オ)被告人が反省を深めているとはいえず,更生可能性が乏しいといわざるを得ず,被害者らの処罰感情が極めて厳しい。以上のような事情に鑑みると,被告人の刑事責任は誠に重く,死刑をもって臨むのが相当である。

  3 原判決が第1審判決を破棄して無期懲役に処した理由の要旨

  原判決は,第1審判決を破棄し,被告人を無期懲役に処したが,その理由の要旨は,以下のとおりである。

  すなわち,死刑は,窮極の峻厳な刑であり,慎重に適用すべきであることはいうまでもない。最高裁昭和56年(あ)第1505号同58年7月8日第二小法廷判決・刑集37巻6号609頁(以下「昭和58年判決」という。)に示された死刑選択の際の考慮要素につき検討すると,松戸事件における被害女性の殺害行為は,いかなる意味においても計画的なものであるということはできない。松戸事件以外の事件は,人の生命を奪って自己の利欲等の目的を達成しようとした犯行ではなく,その重大悪質な犯情や行為の危険性をいかに重視したとしても,各事件の法定刑からして死刑の選択はあり得ない。前科を見ても,殺意を伴うものはなく,松戸事件のように人の生命を奪おうとまでした事件ではない。前記2(イ)(ウ)の事情中に死刑を選択すべき特段の要素は見当たらない。そして,殺害された被害者が1名の強盗殺人の事案において,その殺害行為に計画性がない場合には死刑は選択されないという先例の傾向がみられるところ,このような先例の傾向がある場合に,その傾向と異なる判断をするときには,死刑は慎重に適用すべきであるという観点からも,その合理的かつ説得力のある理由が示される必要がある。しかし,前記2(イ)(ウ)の事情があることを理由として,その傾向に沿った判断を排した上で死刑を選択し得るとすることは,合理的かつ説得力のある理由を示したものとは言い難い。松戸事件前後の強盗致傷,強盗強姦等の事件の犯情が重大,悪質,かつ危険であることなどを併せ考慮し,更に一般情状を十分に斟酌しても,本件で死刑を選択することが真にやむを得ないものとはいえず,第1審判決には,無期懲役と死刑という質的に異なる刑の選択に誤りがある。

  第2 当裁判所の判断

  1 被告人の量刑判断の中心となる松戸事件は,殺害の態様が被害女性の胸部を包丁でほぼ続けざまに2回突き刺し,更に同女が死亡する直前又は直後に首を包丁で2回傷つけ,胸部を1回突き刺すというものであって,執ようかつ冷酷非情で強固な殺意に基づく犯行である。被害女性の死体を焼損して犯跡を隠蔽することを企て,マンションの被害女性方居室に放火した点も危険性が高く悪質である。松戸事件以外の犯行も重大,悪質なものであり,殊に前記第1の1(2)(イ)ないし(オ)の各犯行は,生命身体に重篤な危害を及ぼしかねず,被害者らが受けた被害も深刻である。被告人は,累犯前科のみならず,強盗致傷,強盗強姦の同種前科があるにもかかわらず,直近の服役を終えてから3か月足らずの間に本件各犯行に及んだ。松戸事件の被害女性の遺族及び松戸事件以外の事件の被害者らの処罰感情が極めて厳しいこと,被告人が反省を深めているとはいえないことも指摘できる。被告人の刑事責任は誠に重いというほかない。

  2 しかしながら,刑罰権の行使は,国家統治権の作用により強制的に被告人の法益を剥奪するものであり,その中でも,死刑は,懲役,禁錮,罰金等の他の刑罰とは異なり被告人の生命そのものを永遠に奪い去るという点で,あらゆる刑罰のうちで最も冷厳で誠にやむを得ない場合に行われる究極の刑罰であるから,昭和58年判決で判示され,その後も当裁判所の同種の判示が重ねられているとおり,その適用は慎重に行われなければならない。また,元来,裁判の結果が何人にも公平であるべきであるということは,裁判の営みそのものに内在する本質的な要請であるところ,前記のように他の刑罰とは異なる究極の刑罰である死刑の適用に当たっては,公平性の確保にも十分に意を払わなければならないものである。もとより,量刑に当たり考慮すべき情状やその重みは事案ごとに異なるから,先例との詳細な事例比較を行うことは意味がないし,相当でもない。しかし,前記のとおり,死刑が究極の刑罰であり,その適用は慎重に行われなければならないという観点及び公平性の確保の観点からすると,同様の観点で慎重な検討を行った結果である裁判例の集積から死刑の選択上考慮されるべき要素及び各要素に与えられた重みの程度・根拠を検討しておくこと,また,評議に際しては,その検討結果を裁判体の共通認識とし,それを出発点として議論することが不可欠である。このことは,裁判官のみで構成される合議体によって行われる裁判であろうと,裁判員の参加する合議体によって行われる裁判であろうと,変わるものではない。

  そして,評議の中では,前記のような裁判例の集積から見いだされる考慮要素として,犯行の罪質,動機,計画性,態様殊に殺害の手段方法の執よう性・残虐性,結果の重大性殊に殺害された被害者の数,遺族の被害感情,社会的影響,犯人の年齢,前科,犯行後の情状等が取り上げられることとなろうが,結論を出すに当たっては,各要素に与えられた重みの程度・根拠を踏まえて,総合的な評価を行い,死刑を選択することが真にやむを得ないと認められるかどうかについて,前記の慎重に行われなければならないという観点及び公平性の確保の観点をも踏まえて議論を深める必要がある。

  その上で,死刑の科刑が是認されるためには,死刑の選択をやむを得ないと認めた裁判体の判断の具体的,説得的な根拠が示される必要があり,控訴審は,第1審のこのような判断が合理的なものといえるか否かを審査すべきである。

  3 このような観点から第1審判決をみると,第1審判決は,前記1と同旨の事情を挙げており,その認定自体に誤りがあるとはいえない。また,殺害された被害者が1名の事案においても,死刑の選択がやむを得ないと認められる場合があることはいうまでもない。しかしながら,第1審判決が死刑を選択した判断の根拠については,次のような疑問がある。

  すなわち,殺害された被害者が1名の強盗殺人の事案において,自己の利欲等を満たす目的で人の生命を奪うことを当初から計画していなかった場合には,死刑でなく無期懲役が選択されたものが相当数見られる。これは,早い段階から被害者の死亡を意欲して殺害を計画し,これに沿って準備を整えて実行した場合には,生命侵害の危険性がより高いとともに生命軽視の度合いがより大きく,行為に対する非難が高まるといえるのに対し,かかる計画性があったといえなければ,これらの観点からの非難が一定程度弱まるといわざるを得ないからである。したがって,松戸事件が被害女性の殺害を計画的に実行したとは認められない事案であることは看過できない。また,殺害直前の経緯や殺害の動機を具体的に確定できない以上,その殺害態様の悪質性を量刑上重くみることにも限界があるといわざるを得ない。

  第1審判決は,その他の事情として,松戸事件以外の事件の悪質性や危険性,被告人の前科,被告人の反社会的な性格傾向が顕著で根深いことを指摘するけれども,松戸事件以外の事件については,いずれも人の生命を奪おうとした犯行ではないこと,犯罪行為に相応しい責任の程度を中心としてされるべき量刑判断の中では,被告人の反社会的な性格傾向といった一般情状は,二次的な考慮要素と位置付けざるを得ないこと,被告人の前科にしても,人の生命を奪おうとまでした事犯はなく,無期懲役やこれに準ずる長期の有期懲役に処されたものもないことからすれば,松戸事件以外の事件の悪質性や危険性,被告人の前科,反社会的な性格傾向等をいかに重視しても,これらを死刑の選択を根拠付ける事情とすることは困難である。

  以上のとおり,松戸事件が被害女性の殺害を計画的に実行したとは認められず,殺害態様の悪質性を重くみることにも限界がある事案であるのに,松戸事件以外の事件の悪質性や危険性,被告人の前科,反社会的な性格傾向等を強調して死刑を言い渡した第1審判決は,本件において,死刑の選択をやむを得ないと認めた判断の具体的,説得的な根拠を示したものとはいえない。第1審判決を破棄して無期懲役に処した原判決は,第1審判決の前記判断が合理的ではなく,本件では,被告人を死刑に処すべき具体的,説得的な根拠を見いだし難いと判断したものと解されるのであって,その結論は当審も是認することができる。したがって,原判決の刑の量定が甚だしく不当であり,これを破棄しなければ著しく正義に反するということはできない。

  よって,刑訴法414条,386条1項3号,181条1項ただし書により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官千葉勝美の補足意見がある。

  裁判官千葉勝美の補足意見は,次のとおりである。

  私は,法廷意見に関連して,以下のとおり補足して私見を述べておきたい。

  1 まず,裁判員制度の趣旨と控訴審の役割について,次の点が指摘できよう。

  本件は,第1審の裁判員裁判で死刑が宣告されたが,控訴審でそれが破棄され無期懲役とされた事件であり,これについては,裁判員裁判は刑事裁判に国民の良識を反映させるという趣旨で導入されたはずであるのに,それが控訴審の職業裁判官の判断のみによって変更されるのであれば裁判員裁判導入の意味がないのではないかとの批判もあり得るところである。

  裁判員制度は,刑事裁判に国民が参加し,その良識を反映させることにより,裁判に対する国民の理解と信頼を深めることを目的とした制度である(裁判員の参加する刑事裁判に関する法律(以下「裁判員法」という。)第1条参照)。そして,死刑事件を裁判員制度の対象とすることに関しては,反対する意見も存するところであるが,死刑という究極の刑罰に対する国民の意見・感覚は多様であり,その適用が問題となる重大事件について国民の参加を得て判断することにより,国民の理解を深め,刑事司法の民主的基盤をより強固なものとすることができるのであって,国民の司法参加の意味・価値が発揮される場面でもある。

  ところで,裁判員法の制定に当たり,上訴制度については,事実認定についても量刑についても,従来の制度に全く変更は加えられておらず,裁判員が加わった裁判であっても職業裁判官のみで構成される控訴審の審査を受け,破棄されることがあるというのが,我が国が採用した刑事裁判における国民参加の形態である。すなわち,立法者は,裁判員が参加した裁判であっても,それを常に正当で誤りがないものとすることはせず,事実誤認や量刑不当があれば,職業裁判官のみで構成される上訴審においてこれを破棄することを認めるという制度を選択したのである。その点については,米国の陪審制度の多くは事実認定についての上訴を認めないという形での国民参加の形態を持っているが,これとは異なるものである。

  もっとも,国民参加の趣旨に鑑みると,控訴審は,第1審の認定,判断の当否を審査する事後審としての役割をより徹底させ,破棄事由の審査基準は,事実誤認であれば論理則,経験則違反といったものに限定されるというべきであり,量刑不当については,国民の良識を反映させた裁判員裁判が職業裁判官の専門家としての感覚とは異なるとの理由から安易に変更されてはならないというべきである。

  そうすると,裁判員制度は,このような形で,国民の視点や感覚と法曹の専門性とが交流をすることによって,相互の理解を深め,それぞれが刺激し合って,それぞれの長所が生かされるような刑事裁判を目指すものであり(最高裁平成22年(あ)第1196号同23年11月16日大法廷判決・刑集65巻8号1285頁参照),私は,このような国民の司法参加を積み重ねることによって,長期的な視点から見て国民の良識を反映した実りある刑事裁判が実現されていくと信じるものである。

  2 次に,本件で争点となった死刑という量刑の選択の問題については,次のように考える。死刑は,あらゆる刑罰のうちで最も冷厳でやむを得ない場合に行われる究極の刑罰であるから,その適用は,慎重にかつ公平性の確保にも十分に意を払わなければならないのである。

  法廷意見は,死刑の選択が問題となり得る事案においては,その適用に慎重さと公平性が求められるものであることを前提に,これまでの裁判例の集積から死刑の選択上考慮されるべき要素及び各要素に与えられた重みの程度・根拠を検討し,その検討結果を評議に当たっての裁判体の共通認識とし,それを出発点として議論することが不可欠であるとしている。その意味するところは次のようなことであろう。すなわち,殺人という犯罪行為の特質やそれに対する死刑という刑罰の本質を見ると,圧倒的に重要な保護法益である生命を奪う殺人という犯罪行為に対する量刑上の評価としては,まず被害者の数が注目されるべきであり,死刑の選択上考慮されるべき重要な要素であることは疑いない(もっとも被害者の数を死刑選択の絶対的な基準のように捉えることは適切ではなく,最終的には他の要素との総合考慮によるべきものであることには注意が必要であろう。)。そのほか,生命という保護法益侵害行為の目的(動機)は,一般に,行為に対する非難の程度に関わるものであり,犯行の計画性は,生命侵害の危険性の度合いに直結するものであり,侵害の態様(執よう性・残虐性)等も究極の刑罰の選択を余儀なくさせるか否かの要素となることは,いずれも,これまでの裁判例が示してきたところである。さらに,遺族の被害感情,社会的影響,犯人の年齢,前科,犯行後の情状等も取り上げられ得る要素である。これらの各要素をどの程度重要なものとして捉えるかは,殺人という犯罪行為の特質や死刑という刑罰の本質という刑事司法制度の根本に関係するすぐれて司法的な判断・考察と密接に関係するものであり,これまでの長年積み上げられてきた裁判例の集積の中から自ずとうかがわれるところである。裁判官に求められるのは,従前の裁判官による先例から量刑傾向ないし裁判官の量刑相場的なものを念頭に置いて方程式を作り出し,これをそのまま当てはめて結論を導き出すことではなく,裁判例の集積の中からうかがわれるこれらの考慮要素に与えられた重みの程度・根拠についての検討結果を,具体的事件の量刑を決める際の前提となる共通認識とし,それを出発点として評議を進めるべきであるということである。このように,法廷意見は,死刑の選択が問題になった裁判例の集積の中に見いだされるいわば「量刑判断の本質」を,裁判体全体の共通認識とした上で評議を進めることを求めているのであって,決して従前の裁判例を墨守するべきであるとしているのではないのである。

  このことは,裁判員が加わる合議体であっても裁判官のみで構成される裁判体であっても異なるところはない。

  そして,裁判員を含む裁判体は,これらの共通認識を基にした上で,具体的事件で認定された犯罪事実等における前記各考慮要素を検討し,それらの総合考慮により非難可能性の内容・程度を具体的に捉え,結論として死刑か否かを決定するのであり,そこでは正に裁判員の視点と良識,いわゆる健全な市民感覚が生かされる場面であると考える。

  3 さらに,次の点を指摘しておきたい。

  本件各犯行については,法廷意見が述べるとおり,松戸事件を除けば,その前後の約2か月間に起こした他の女性5名に対する強盗致傷,強盗強姦等では,殺意を伴うものではなく,その犯行の重大悪質性等を重く見ても,死刑の選択を根拠付けるには足りないといえるので,結局,死刑の選択については,松戸事件をどう評価するかに係っている。

  松戸事件は,死刑を選択する際の考慮要素の一つである「殺害の計画性」は認められない点が重要である。また,この事件だけ何故面識のない被害女性に対してこれほどまでの強固な殺意を抱き執ような殺害行為を行ったのかについては,殺害直前の経緯や殺害の動機がどうであったのかが問われるところであり,この点は,松戸事件の非難の程度に直接影響する重要な情状の一つである。しかしながら,本件ではこの点は明らかになっていないといわざるを得ない。そうすると,法廷意見が述べるとおり,死刑の適用には常に慎重さと公平性が求められることからすると,犯行態様が執ようで冷酷非情なものであるとしても,本件における前記の事情からすると,第1審が本件につき死刑の選択がやむを得ないものと認めた判断の根拠は合理的なものとは言い難いところである。

 (裁判長裁判官 千葉勝美 裁判官 鬼丸かおる 裁判官 山本庸幸)

精神疾患にある者の自殺の失敗により高度機能障害となった場合の保険金支払い

保険金支払請求事件

故意免責の対象外として請求認容

 

奈良地方裁判所判決/平成20年(ワ)第325号

平成22年8月27日

 

【判示事項】 精神障害者のマンションからの自殺的な転落について保険会社の自殺免責を認めなかった事例

【参照条文】 保険法51

       保険法80

 

【掲載誌】  判例タイムズ1341号210頁

【評釈論文】 ジュリスト1441号123頁

       法律のひろば68巻5号62頁

 

       主   文

 

  1 被告は,原告に対し,2000万円及びこれに対する平成20年2月3日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

  2 原告のその余の請求を棄却する。

  3 訴訟費用は被告の負担とする。

  4 この判決第1項は,仮に執行することができる。

 

        事実及び理由

 

 第1 請求

  被告は,原告に対し,2000万円及びこれに対する平成18年1月5日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

 第2 事案の概要

  本件は,原告が平成18年1月4日原告の自宅の入っているマンション棟(以下「本件マンション」という。)から転落したことにより(以下「本件転落」という。),高度障害になったとして,被告に対し,平成7年7月1日締結の保険契約(以下「本件保険契約」という。)に基づき,2000万円及びこれに対する本件転落の翌日である平成18年1月5日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

  1 前提事実(争いがないか,掲記の証拠及び弁論の全趣旨により認められる。)

   (1) 原告は,平成7年7月1日,被告との間で,被保険者を原告,死亡保険金2000万円,その受取人を甲野春子,高度障害保険金2000万円,その受取人を原告として,以下の約定のある定期保険特約付終身保険契約を締結し,平成13年5月5日,保険契約者を原告から姉の乙山秋子に,死亡保険金受取人を甲野春子から同じく乙山秋子に変更した(本件保険契約)。

  ア 保険金は,事実の確認のため特に時日を要する場合を除き,被告所定の請求書類が被告の本社に到達してから5日以内に支払う(乙1)。

  イ 被保険者が責任開始時以降に発病し若しくは発生した疾病又は傷害によって身体障害表の第1級の障害状態に該当したときは,高度障害保険金を支払う。

  ウ 保険契約者又は被保険者の故意又は重大な過失により被保険者が障害状態に該当したときは,高度障害保険金は支払われない(以下「本件免責条項」という。)。

   (2) 原告は,平成18年1月4日,本件マンションから転落した(本件転落)。

   (3) 原告は,本件転落のため,第1腰椎脱臼骨折等の重傷で入院治療したが,両下肢麻痺等の後遺障害が残存し,「肢体不自由両下肢機能障害1級」と認定され,平成18年7月10日付けで身体障害者手帳を交付されたところ(乙2),上記原告の障害状態(以下「本件障害」という。)は,本件保険契約の高度障害保険金の支払事由である障害状態に該当する。

  2 原告の主張

   (1) 本件障害は,本件保険契約の高度障害保険金の支払事由である障害状態に該当するから,原告は,本件保険契約に基づき,2000万円及びこれに対する本件転落の翌日である同月5日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める。

   (2) 免責事由の不存在について

 ア 被保険者の自殺を免責事由としているのは,射倖契約としての生命保険契約において要請される信義誠実の原則に反すること,及び生命保険契約が不当の目的に利用されることを防ぐためであるとされているところ,本件転落が,これらに反し,原告が保険契約者と保険者との間の高度の信頼関係を一方的に破壊したとまでいうことはできない。

  イ 原告は,本件転落当時,境界性パーソナリティー障害あるいは双極性感情障害に罹患していた(甲16)。

  本件転落は,原告が境界性パーソナリティー障害あるいは双極性感情障害に罹患することによって,自由な意思決定能力が喪失又は著しく減退した結果生じたものであり,本件免責条項は適用されない。

責任能力を総合判断した例 平成27年最高裁

殺人,殺人未遂,現住建造物等放火被告事件

最高裁判所第2小法廷判決/平成25年(あ)第729号

平成27年5月25日

 

【判示事項】 妄想性障害に罹患していた被告人が実行した殺人,殺人未遂等の事案につき,事理弁識能力及び行動制御能力が著しく低下していたとまでは認められないとされた事例

 

【参照条文】 刑法39

 

【掲載誌】  最高裁判所裁判集刑事317号1頁

       裁判所時報1628号134頁

       判例タイムズ1415号77頁

       判例時報2265号123頁

       LLI/DB 判例秘書登載

 

【評釈論文】 捜査研究64巻8号55頁

       同志社法学69巻4号1487頁

       年報医事法学31号163頁

       法学新報125巻1~2号185頁

       法学セミナー60巻10号129頁

  前田『刑事法判例の最前線』東京法令出版・2019年・70頁

       主   文

 

  本件上告を棄却する。

 

        理   由

 

  弁護人明石博隆,同戸谷嘉秀及び同谷林一憲の上告趣意は,判例違反をいう点を含め,実質は事実誤認の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。

  なお,所論に鑑み記録を調査しても,刑訴法411条を適用すべきものとは認められない。その理由は,以下のとおりである。

  第1 本件の事実関係と原審の判断等

  1 本件の概要

  本件は,平成16年8月2日の未明,被告人が,自宅の東西に隣接する2軒の家屋内等において,親族を含む隣人ら8名を,順次,骨すき包丁で突き刺すなどして,7名を殺害し,1名に重傷を負わせた後,母親が現住する自宅にガソリン等をまいて放火し,全焼させた事案である。

  2 被告人が本件犯行に至った経緯

  原判決の認定によれば,被告人が本件犯行に至った経緯は,次のとおりである。

  (1) 被告人宅の東隣に居住する家族は,被告人の親族であり,被告人の家族からみて本家筋(被告人らの地域の言葉では「母屋」)に当たるところ,被告人は,子供の頃から,母屋の家族は被告人の家族を見下しているなどと感じ,反感や憎しみを感じていた。

  (2) 平成12年頃,母屋の飼い犬の件で苦情を言ったにもかかわらず,何の手立ても講じられなかったため,被告人は,骨すき包丁を携帯して母屋に抗議に行き,激高して,今回殺害された被害者の一人に対し包丁を突き付けるところまでいったが,それ以上の行動は思い止まった。

  (3) その頃,被告人は,母屋の家族を殺し,建物も燃やしてしまおうと考え,一斗缶5本分のガソリンを購入して保管するようになった(その後,母屋に火を付けるのは止め,母屋の家族を殺した後,老朽化した自宅が報道されることがないよう,自分の家の方を燃やすことにし,保管中のガソリンもそのために使うこととした。)。

  (4) 被告人宅の西隣には,中高年の夫婦と成人した長男,長女の4人家族が暮らしていたところ,被告人は,その家族から,馬鹿にされ,陰口をたたかれているように感じていた。平成14年の6月か7月頃,西隣の家族の長男の自動車が公道にはみ出して駐車してあったため抗議に行ったところ,対応した西隣の家族と怒鳴り合いのけんかになった。被告人は,母親に促されてその場は引き下がったものの,止めにきた母親まで「くそ婆,黙っとれ」などと罵倒されるのを聞いて,激しい怒りを感じ,この上は,母屋の家族だけではなく,西隣の家族もまとめて殺さなければ気が済まないと思うようになった。

  (5) 平成16年8月1日夜,被告人は,自宅北側に居住する隣人と口論になったことをきっかけとして,同人のほか,母屋の家族及び西隣の家族をまとめて殺害しようと決意し,本件犯行に至った。

  3 第1審で実施された精神鑑定の結果及び第1審の判断

  (1) 第1審で被告人の精神鑑定を命じられた山口直彦医師は,被告人は,本件犯行当時,妄想性障害・被害型(パラノイア)に罹患していたと診断した上,当該障害に罹患している者の被害妄想を訂正させることは極めて困難で,妄想のテーマとなっている領域については,理非判断能力が著しく侵されていたと判断するのが妥当であるとの意見(以下「山口鑑定意見」という。)を述べている。

  (2) 第1審で2回目の精神鑑定を命じられた山上皓医師は,被告人は,情緒不安定性人格障害と診断されるにとどまるとしつつ,被告人には表出性言語障害が認められ,これが人格形成に大きな影響を及ぼしたと考えられることや,隣人たちに対する強固な被害念慮が本件犯行を促す上で重要な役割を果たしたと考えられることなどを総合して考えれば,心神耗弱を認められても不当ではないような精神状態にあったと考えられるとの意見(以下「山上鑑定意見」という。)を述べている。

  (3) 第1審は,被告人が精神障害に罹患していたとは認められないとして完全責任能力を認め,被告人を死刑に処した。

  4 原審で実施された精神鑑定の結果及び原審の判断

  (1) 原審で,山口医師及び山上医師の各鑑定意見についての鑑定を求められた五十嵐禎人医師は,以下のとおりの意見(以下「五十嵐鑑定意見」という。)を述べている。

  被告人は,妄想性障害に罹患していたと診断でき,これを否定する山上鑑定意見は適切と思われない。山口鑑定意見は,臨床精神医学的には妥当であるが,生物学的要素から直接的に責任能力を判定するいわゆる不可知論的手法によっており,妄想性障害が本件犯行に与えた影響に関する考察は十分とはいえない。両医師の問診結果等から,被告人の妄想性障害が本件犯行に与えた影響について検討すると,被告人は,被害妄想のために,周囲から監視され,嫌がらせをされていると確信し,それに対する反撃として様々な脅迫的言動を行ったが,そうした言動のために隣人たちから白眼視されるようになり,その結果,特定の隣人たちが自分たちを追い出そうとしているものと確信するようになり,その者たちに対する脅迫的言動がエスカレートするという悪循環に陥り,本件犯行の直前には,妄想性障害の病状が悪化し,被害妄想に基づく恨みや怒りが募り,衝動性や攻撃性がこう進した状態にあったと考えられる。そうした状態にあるときに,自宅北側の隣人との口論を契機として,本件犯行に至った。直接の契機が自宅北側の隣人との口論であったのに,被害者らのみを殺傷し,口論をした相手を攻撃することなく犯行を終了しているのは,本件犯行が妄想性障害の被害妄想に基づくものであることを示すものといえる。もっとも,被告人の被害妄想の内容は,特定の隣人たちが自分たちを追い出そうとしているというものであって,自分たちを殺傷しようとしているといったものではなかった。犯行時の記憶はおおむね保たれている。犯行時の行動も合目的的で首尾一貫している。以上からすると,被告人は,妄想性障害により,その判断能力に著しい程度の障害を受けていたものの,判断能力が全くない状態にあったとまではいえない。

  (2) 原審は,以下のとおりの理由を示して,第1審判決の結論を是認し,被告人の控訴を棄却した。

  ア 第1審判決のうち,被告人が妄想性障害に罹患していなかったとする点は,五十嵐鑑定意見に照らすと是認することができない。被告人の精神状態については,五十嵐鑑定意見に基づき認定するのが相当である。

  イ しかしながら,五十嵐鑑定意見中,被告人が,妄想性障害により,その判断能力に著しい程度の障害を受けていたとする部分は,前提事実の評価を誤っており,合理性を欠く。五十嵐鑑定意見は,被告人と被害者側との長期にわたる確執,それが深刻になった地域的社会的背景要因,被告人の元来の性格特徴と動機形成との関連性など,本件犯行に特有な事情について十分な考察がないまま結論を下しているといわざるを得ず,上記部分については採用することができない。

  ウ 被告人の両隣の家族に対する殺意は,それぞれに先立つ被告人ら家族との確執を背景に,きっかけとなるもめ事が起こり,被告人がそれに憤慨したことによって形成されたものと認められ,被告人の性格傾向を考慮すれば,十分了解可能である。被告人は,隣人たちへの憎悪を募らせて殺害を計画し,警戒・監視を続けるうち,自宅北側の隣人から罵倒されて激高し,本件犯行に及んだものと認められるのであり,本件犯行当時,被告人の事理弁識能力,行動制御能力が著しく低下していたとは認められないとする第1審判決には,十分な合理性があり,是認することができる。

  第2 当裁判所の判断

  1 被告人の精神状態が心神喪失又は心神耗弱に該当するかどうかは法律判断であって専ら裁判所に委ねられるべき問題である(最高裁昭和58年(あ)第753号同年9月13日第三小法廷決定・裁判集刑事232号95頁)が,責任能力判断の前提となる生物学的要素である精神障害の有無及び程度並びにこれが心理学的要素に与えた影響の有無及び程度について,専門家たる精神医学者の意見が鑑定等として証拠となっている場合には,これを採用し得ない合理的な事情が認められるのでない限り,裁判所は,その意見を十分に尊重して認定すべきである(最高裁平成18年(あ)第876号同20年4月25日第二小法廷判決・刑集62巻5号1559頁)。本件についてみると,山口鑑定意見や山上鑑定意見を採用し得ないことは,五十嵐鑑定意見に基づいて原判決が判示するとおりである。一方,五十嵐鑑定意見によれば,本件犯行当時,被告人が妄想性障害に罹患しており,本件犯行も一定程度その影響を受けたものであることは否定し難いというべきである。しかしながら,五十嵐鑑定意見中,被告人が,妄想性障害により,その判断能力に著しい程度の障害を受けていたとする部分については,以下のとおり,これを採用し得ない合理的な事情が認められ,これと同様の判断を示した上で被告人に完全責任能力を認めた原判決の結論は,当裁判所も是認することができる。

  2 五十嵐医師は,被告人が7名もの人間を連続的に殺害するというのは尋常なことではなく,妄想性障害の影響で衝動性や攻撃性が高まっていたところに,きっかけとなる隣人との口論があって,爆発的に興奮したからこそできたのではないか,その原因となる妄想性障害がなければ本件犯行は行われなかったのではないかという趣旨の意見を述べ,本件犯行時の被告人は,妄想性障害によりその判断能力に著しい程度の障害を受けていたと結論付けている。しかしながら,同意見は,原判決が指摘する以下のような事情を十分に考慮しないものである。

  (1) 被告人は,子供の頃から短気で,些細なことに興奮しやすい性格で,小学生から高校生までの間に,嫌がらせをしてきた相手を包丁を持って追いかけたり,刃物で斬り付けたりするなど,自分に対し侮蔑的な態度を見せる相手に対しては強い攻撃性を見せる一方で,自分を尊重してくれる相手とは特にトラブルを起こすことはなかった。

  (2) 被害にあった家族との間では,いずれも本件犯行の数年前に比較的大きなトラブルを起こしており,被告人は,それらのトラブルをきっかけとして,被害者らに対する殺意を抱くようになり,本件犯行の日まで殺害の機会をうかがっていた旨の供述をしているところ,そのような供述は,上記(1)のような被告人の性格傾向や,被害者らとの長年にわたる確執を考慮に入れれば,十分了解可能で,不自然,不合理とはいえない。

  (3) 被告人の唯一の精神症状である妄想は,被害者らが自分たちを除け者にし,陰口をたたいたり,監視したりしている,あるいは,自分たちを追い出そうと画策しているというものであって,自分たちの生命,身体を狙われていて,攻撃しなければ自分たちがやられるといった差し迫った内容のものではなかった。また,被告人らの居住する地区は,住民同士の付き合いが濃厚で,他人の言動がうわさ話になりやすい土地柄であったところ,被告人が被害者ら隣人から疎まれ,警戒されていたことは事実であり,被告人の家族ですら,疎外されているとか,様子を探られているとか感じていたから,被告人の妄想は,現実とかけ離れた虚構の出来事を内容とするものでもなかった。

  (4) 本件犯行の際の被告人の行動は,合目的的で首尾一貫している。また,犯行時の記憶に大きな欠落はみられない。

  (5) なお,被告人は,口論になった隣人を後回しにして,被害者らを襲うことにした理由について,最も強い恨みや憎しみを感じていた被害者らに逃げられてはいけないと考えたためである旨供述しており,そこにも特段の異常性はみられない。

  3 上記2(1)ないし(5)に掲げた事情からすれば,本件犯行は,長年にわたって被害者意識を感じていた被告人が,母屋の飼い犬の件や西隣の家族の長男の駐車の件といったトラブルにより被害者らに対する怒りを募らせ,殺意を抱くにまで至り,犯行前夜の自宅北側に居住する別の隣人との口論をきっかけに,この際被害者らの殺害を実行に移そうと決断し,おおむね数年来の計画どおりに遂行したものであって,その行動は,合目的的で首尾一貫しており,犯行の動機も,現実の出来事に起因した了解可能なものである。被告人が犯行当時爆発的な興奮状態にあったことをうかがわせる事情も存しない。被告人は,妄想性障害のために,被害者意識を過度に抱き,怨念を強くしたとはいえようが,同障害が本件犯行に与えた影響はその限度にとどまる上,被告人の妄想の内容は,現実の出来事に基礎を置いて生起したものと考えれば十分に理解可能で,これにより被害者意識や怨念が強化されたとしても,その一事をもって,判断能力の減退を認めるのは,相当とはいえない。

  そうすると,被告人が,妄想性障害により,その判断能力に著しい程度の障害を受けていたとする五十嵐鑑定意見は,その結論を導く過程において,妄想の影響の程度に関する前提を異にしているといわざるを得ない。五十嵐鑑定意見につき,本件犯行に特有な事情について十分な考察がないまま結論を下しているとする原判決は,これと同様の判断を示したものと理解できる。また,以上によれば,被告人の事理弁識能力及び行動制御能力が著しく低下していたとまでは認められないとする原判決は,経験則等に照らして合理的なものといえ,所論がいうような事実誤認があるとは認められない。

  4 念のため,量刑についても検討する。親族を含む隣人ら合計8名を襲撃し,うち7名を殺害し,1名に瀕死の重傷を負わせた本件殺人及び殺人未遂の結果は極めて重大である。被告人は,被害者らの頭部,頸部,胸部など身体の枢要部を,あらかじめ用意していた鋭利な骨すき包丁で次々と突き刺すなどして,7名につき殺害の目的を遂げている。一部被害者の命乞いの懇願も一顧だにしていない。本件殺人及び殺人未遂は,強固な殺意に基づく,冷酷かつ残虐な犯行というほかない。被害者らに殺害されるような落ち度はなかった。住宅地において未明に実行された本件現住建造物等放火は極めて危険な犯行であり,建物を全焼させた上,近隣建物に対する延焼の危険を生じさせた点で強い非難に値する。本件殺人及び殺人未遂と併せ,地域社会に与えた影響も甚大である。被告人が妄想性障害に罹患しており,その障害が本件犯行に一定の影響を与えたことは否定し難いこと,被告人に前科がないことなどを考慮しても,被告人の刑事責任は誠に重大であり,原判決が維持した第1審判決の死刑の科刑は,当裁判所もこれを是認せざるを得ない。

  よって,刑訴法414条,396条,181条1項ただし書により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

  検察官徳久正 公判出席

 (裁判長裁判官 千葉勝美 裁判官 小貫芳信 裁判官 鬼丸かおる 裁判官 山本庸幸)

 

https://www.honzuki.jp/book/284874/review/239038/

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