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2020年03月

櫻井龍子裁判長不当決定 捜査報告書の証拠能力否定 最高裁平成27年

前田最前線登載  公務執行妨害被告事件

最高裁判所第1小法廷決定/平成26年(あ)第1422号

平成27年2月2日

【判示事項】 被害者等が被害状況等を再現した結果を記録した捜査状況報告書を刑訴法321条1項3号所定の要件を満たさないのに同法321条3項のみにより採用した第1審の措置を是認した原判決に違法があるとされた事例

 

【参照条文】 刑事訴訟法321-1

       刑事訴訟法321-3

 

【掲載誌】  最高裁判所裁判集刑事316号133頁

       判例タイムズ1413号101頁

       判例時報2257号109頁

       LLI/DB 判例秘書登載

 

【評釈論文】 警察学論集68巻10号174頁

       ジュリスト1492号178頁

       捜査研究64巻9号11頁

       判例時報2280号174頁

       法学セミナー61巻1号116頁

       刑事法ジャーナル48号114頁

 

       主   文

 

  本件上告を棄却する。

 

        理   由

 

  弁護人佐藤利男の上告趣意のうち,捜査状況報告書の証拠能力に関して判例違反をいう点は,原判決が,第1審判決の証拠の標目に同報告書が掲げられておらず,また,証拠の標目に掲げられた証拠によって判示事実を認定することができる旨判示しているから,原判決の結論に影響のないことが判示自体において明らかな事項に関する判例違反の主張であり,その余は,憲法違反,判例違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。

  なお,所論に鑑み上記捜査状況報告書の証拠能力について検討すると,記録によれば,同報告書は,警察官が被害者及び目撃者に被害状況あるいは目撃状況を動作等を交えて再現させた結果を記録したものと認められ,実質においては,被害者や目撃者が再現したとおりの犯罪事実の存在が要証事実になるものであって,原判決が,刑訴法321条1項3号所定の要件を満たさないのに同法321条3項のみにより採用して取り調べた第1審の措置を是認した点は,違法であるが,その違法は原判決の結論に影響を及ぼすものではない。

  よって,刑訴法414条,386条1項3号により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。

 (裁判長裁判官 櫻井龍子 裁判官 金築誠志 裁判官 白木 勇 裁判官 山浦善樹 裁判官 池上政幸)

 

山崎学裁判長名判決 証拠排除 東京高裁平成25年

前田最前線掲載 覚せい剤取締法違反被告事件

東京高等裁判所判決/平成25年(う)第783号

平成25年7月23日

 

【判示事項】 利益誘導的かつ虚偽の約束で得た被告人の供述と密接不可分の関連性を有する覚せい剤や鑑定書等が違法収集証拠であるとして証拠能力を排除するに当たり,取調べ時間の長さや暴行・脅迫の有無を検討要素とする必要がないとされた事例

 

【判決要旨】 捜査官の利益誘導的かつ虚偽の約束という違法な取調べにより得られた被告人供述と密接不可分の関連性を有する本件覚せい剤,捜索差押調書,鑑定嘱託書及び鑑定書は,違法収集証拠として排除しなければ,令状主義の精神が没却され,将来における違法捜査抑制の見地からも相当ではない。

 

       虚偽約束による供述証拠では,その供述が得られた取調べ時間の長さや暴行,脅迫の有無を検討要素とする意味はなく,捜査官が利益誘導的かつ虚偽の約束をしたこと自体,放置できない重大な違法であり,被告人の供述は任意性を欠く違法収集証拠として排除される。

 

【参照条文】 覚せい剤取締法41の2-1

       刑事訴訟法336

       憲法31

       刑事訴訟法1

       刑事訴訟法317

       刑事訴訟法379

 

【掲載誌】  高等裁判所刑事裁判速報集平成25年98頁

       東京高等裁判所判決時報刑事64巻1~12号169頁

       判例時報2201号141頁

 

【評釈論文】 海保大研究報告 法文学系60巻1号99頁

       警察学論集68巻8号164頁

       ジュリスト1479号189頁

       捜査研究63巻5号13頁

       判例時報2229号147頁

       法学セミナー59巻4号138頁

       刑事法ジャーナル41号230頁

       専修ロージャーナル10号235頁

 

       主   文

 

  原判決を破棄する。

  本件公訴事実中、覚せい剤所持の事実(平成二四年八月三一日付け追起訴状に係る公訴事実)については、被告人は無罪。被告人を懲役一年六月に処する。

  原審における未決勾留日数中一四〇日をその刑に算入する。

 

        理   由

 

  第一 控訴の理由

 控訴の理由は、原判決は、被告人が、平成二四年七月一二日頃(以下の月日は、すべて平成二四年のそれである。)、仙台市青葉区内の被告人方において、覚せい剤を使用した上(原判示第一、八月一日付け起訴状)、七月二一日、被告人方において、覚せい剤結晶一・九三三グラム(以下「本件覚せい剤」という。)を所持した(原判示第二、八月三一日付け追起訴状)という事実を認定しているが、第一に、覚せい剤所持の事件については、取調べ捜査官が、被告人に対し、捜索差押えや逮捕をしない旨虚偽の約束をした上、覚せい剤のありかを自供させ、その自供に基づき押収された本件覚せい剤やその鑑定書等の関係証拠は、違法収集証拠として証拠能力が排除されるべきところ、これらに証拠能力を認めて被告人を有罪と判断した原判決には、重大な訴訟手続の法令違反がある、第二に、被告人を懲役二年四月に処した原判決の量刑判断は、重過ぎて不当であるというのである。

  第二 訴訟手続の法令違反の主張

  一 原判決の違法収集証拠に関する判断

  (1) 原判決が関係証拠から認定した本件覚せい剤が押収されるに至った経緯等について、若干の補足を加えて摘記すると、次のとおりである。

   ① 被告人は、七月一五日、覚せい剤使用の被疑事実で通常逮捕され、警視庁南千住警察署(以下「南千住署」という。)所属のB警部補(以下「B警部補」という。)及びC巡査(以下「C巡査」という。)らが、同日被告人方(被告人の実家)を捜索差押令状に基づき捜索したが、覚せい剤は発見されなかった。B警部補とC巡査(以下、両者を併せて「B警部補ら」という。)が、同月二〇日午前一〇時一五分頃から一時間一五分ないし一時間三〇分程度、警視庁千住警察署で被告人の取調べを行ったところ、被告人は覚せい剤使用の事実を否認した。

   ② その際、B警部補が、先日の捜索差押では覚せい剤を発見できなかったが、実際には覚せい剤は存在するのではないか、参考までに教えてくれないかなどと尋ねると、被告人は、そんなことを聞いてどうするのか、無理です、再逮捕するのだろうなどと答えた。さらに、B警部補らが、覚せい剤所持では逮捕も家宅捜索もしない、ここだけの話にするから教えてくれないかなどと説得するのに対し、被告人は、逮捕等しないのであれば、覚せい剤の保管場所を聞く必要はないではないかなどと応答した。このようなやり取りが何回か繰り返された挙げ句、被告人は、このままでは、被告人方に住む両親が警察から事情聴取を受けることになると考え、B警部補らの言を信じ、被告人の部屋のティッシュボックスの中に本件覚せい剤を隠してある旨告白した(以下「問題の被告人供述」という。)。

   ③ B警部補らが、一旦取調べを終え、同日午後二時一〇分頃、再度、取調べを始め、被告人方にある本件覚せい剤を差し押さえなければならなくなったと告げると、被告人は、話が違うと怒り出し、B警部補らを帰らせ、同日午後三時過ぎ頃、被疑者国選弁護人として接見に来た当審弁護人でもある土屋眞一弁護士(以下「土屋弁護士」という。)に対し、B警部補らにだまされて本件覚せい剤の隠し場所を言わされた旨伝えた。

   ④ B警部補らは、問題の被告人供述に依拠し、同日中に東京簡易裁判所裁判官から捜索差押許可状の発付を受け、翌二一日被告人方を捜索し、被告人の申出どおり、被告人の部屋のティッシュボックスの中から、本件覚せい剤を発見し、八月一三日被告人を本件覚せい剤所持の容疑で再逮捕した。

   ⑤ なお、土屋弁護士は、七月二一日と同月二三日の二度にわたり、南千住署の警察官に対し、抗議と違法収集証拠である旨などを伝えた。また、同日東京地検所属の事件担当検察官(以下「担当検察官」という。)に対して、違法捜査について十分に調べるよう申し入れるなどしたほか、八月二〇日には、南千住署署長や担当検察官に対し、本件覚せい剤所持について被告人を不起訴処分にするよう求めた申入書を送付した。

  (2) 一方、原判決は、「被告人は、七月二〇日の午前中の取調べにおいて、覚せい剤を使用したことや本件覚せい剤のありかを自発的に供述したが、調書作成には応じなかった。しかし、午後の取調べの際に、本件覚せい剤の差押えの話をすると、被告人は急に怒り出した。調書作成に応じなかったにもかかわらず、本件覚せい剤を差押えするとの話を聞き、目論見が外れたと激怒したのではないか。被告人に対し、覚せい剤所持による逮捕も捜索もしない旨の約束などする筈がない。そんなことをすれば、事件が壊れる。」旨口をそろえて証言するB警部補及びC巡査の原審各証言について、次のとおり信用できないと判断した。すなわち、(ア)B警部補らの証言によると、任意に本件覚せい剤の保管場所を話した被告人が、弁護人に対して相反する内容を話すとは考え難く、(イ)被告人は、既に七月一五日に被告人方を捜索されており、たとえ本件覚せい剤のありかを供述しても、調書作成に応じさえしなければ、捜索差押えを受けることはないとの目論見を持っていたとは考えられないとした。

  (3) その上で、原判決は、既に認定した本件覚せい剤の差押えに至る経緯等を前提とすると、B警部補らの取調べは、被告人の供述の自由を奪うもので、黙秘権を侵害する違法なものであるばかりか、B警部補らは、原審公判において、取調べの実態を隠蔽しようとする証言のとおり、自らの行為の違法性を認識しており、問題の被告人供述は任意性を欠くと説示した。しかし、本件覚せい剤は、問題の被告人供述を一つの疎明資料として発付された捜索差押許可状に基づいて発見押収されたものであり、第一次的証拠である問題の被告人供述と密接な関連性を有することは否定できないが、問題の被告人供述がなされた取調べの時間は長くて一時間半程度であり、暴行や脅迫も用いられておらず、違法性の程度は高くない上、事案の重大性、証拠の必要不可欠性等一切の事情を併せて考えると、本件捜索差押手続に令状主義の趣旨を潜脱するような重大な違法があるとは認められず、将来における違法捜査抑止の観点から証拠排除することが相当ともいえないので、第二次的証拠である本件覚せい剤や鑑定書等の関連証拠には、証拠能力があると結論付けた。

  (4) また、原判決は、被告人の検察官調書(原審乙二、以下「乙二号証」という。また、以下に記載する「甲」及び「弁」は、原審甲あるいは原審弁の略称である。)のうち、本件覚せい剤の所持を認めている不同意部分については、被告人自身、その取調べ検察官に対し、B警部補らの違法捜査を説明し、その言い分が正確に録取された同一日付の別の検察官調書(弁六)が存在する上、弁護人からも、その検察官に対し、警察官による違法捜査に対し、申入れを行っていることなどからすると、任意性に問題はなく、違法収集証拠でもないとした。

  二 弁護人の主張

  これに対し弁護人は、(A)B警部補らは、互いに意思を通じて、その取調べの違法性を知悉しながら、本件覚せい剤を差し押さえるという計画的な意図の下で、被告人に対し、捜索、逮捕をしないとの虚言を弄して取り調べ、問題の被告人供述を引き出し、被告人の黙秘権を侵害する任意性のない自白を取得した、(B)B警部補らは、任意性のない問題の被告人供述を任意の供述であるように装い、これを唯一の疎明資料として捜索差押許可状を請求し、裁判官から令状の発付を受けて本件覚せい剤を差し押さえ、違法性を隠蔽するために、原審公判で揃って虚偽の証言をした、(C)原判決は、取調べの違法の程度に関して、取調べ時間の長さや暴行、脅迫の有無を検討要素としているが、本件のような虚偽の約束による自白獲得が問題となるケースでは、それらの要素を検討する合理的根拠はないなどとし、将来の違法捜査抑制の見地からも、違法に収集された第一次的証拠のみならず、それと関連を有する第二次的証拠、すなわち、本件覚せい剤等や乙二号証の不同意部分も証拠排除されるべきであるなどと主張して、原判決の判断を論難する。

  第三 違法収集証拠の排除

  一 本件覚せい剤押収に至る経緯等

  まず、本件覚せい剤が押収されるに至る経緯等に関する原判決の事実認定は、正当である。B警部補らの証言と被告人の原審供述を比較すると、原判決も指摘するとおり被告人供述の方が流れとして自然であり、土屋弁護士の提出した南千住署署長や担当検察官に対する各申入書等の客観的証拠や被告人の警察官に対する供述調書が一切証拠請求されていないこととより整合している。

  二 本件覚せい剤及び鑑定書等の関連証拠

  (1) そこで考えてみると、被告人から問題の被告人供述を引き出したB警部補らの一連の発言は、利益誘導的であり、しかも、少なくとも結果的には虚偽の約束であって、発言をした際のB警部補らの取調べ自体、被告人の黙秘権を侵害する違法なものといわざるを得ず、問題の被告人供述が任意性を欠いていることは明らかである。

  (2) また、本件覚せい剤の捜索差押調書(甲五)によると、本件覚せい剤は、問題の被告人供述を枢要な疎明資料として発付された捜索差押許可状に基づき、いわば狙い撃ち的に差し押さえられている。さらに、原判決の覚せい剤所持の事実(原判示第二の事実)に関する証拠の標目に掲げられた「捜索差押調書」(甲五)、「写真撮影報告書」(甲八)、「鑑定嘱託書謄本二通」(甲九、一一)及び「鑑定書二通」(甲一〇、一二)は、いずれも本件覚せい剤に関する捜索差押調書、写真撮影報告書、鑑定結果等の証拠であり、問題の被告人供述と密接不可分な関連性を有すると評価すべきである。しかも、弁護人が正当に指摘するとおり、虚偽約束による供述が問題となる本件においては、その供述を得られた取調べ時間の長さや暴行、脅迫の有無を検討要素とする意味はなく、捜査官が利益誘導的かつ虚偽の約束をしたこと自体、放置できない重大な違法である。

  (3) 確かに、本件全証拠によっても、B警部補らが、当初から虚偽約束による自白を獲得しようと計画していたとまでは認められないが、少なくとも、被告人との本件覚せい剤のありかを巡るやり取りの最中には、自分たちの発言が利益誘導に当たり、結果的には虚偽になる可能性が高いことは、捜査官として十分認識できたはずである。現に、B警部補らは、「事件としては成り立たない。」(B警部補)あるいは「違法ということを重々承知しております・・・」(C巡査)と証言し、違法性の認識があったことを自認している。

  (4) そうすると、B警部補らの違法な取調べにより直接得られた、第一次的証拠である問題の被告人供述のみならず、それと密接不可分の関連性を有する、第二次的証拠である本件覚せい剤、鑑定嘱託書、鑑定書及び捜索差押調書をも違法収集証拠として排除しなければ、介状主義の精神が没却され、将来における違法捜査抑制の見地からも相当ではないというべきである。

  三 乙二号証の不同意部分

  原判決は、乙二号証の不同意部分は違法収集証拠により証拠排除されることはないと判示しているが、そもそも、乙二号証自体、覚せい剤所持の事実に関しては証拠請求されておらず、原判決の証拠の標目にも記載されていないのであって、違法収集証拠として排除するか否かを判断する意味がない。なお、関係証拠によると、乙二号証は、B警部補らの違法な取調べとは関係がなく、任意性にも問題はない。

  第四 原判決破棄・自判

  一 そうすると、原判決が原判示第二の事実の有罪認定に用いた証拠はいずれも違法収集証拠として排除されるべきであるから、被告人を有罪とする証拠は皆無になるので、量刑不当の主張を判断するまでもなく、弁護人の訴訟手続の法令違反の主張は理由があるので、原判決は破棄を免れない。

  二 そこで、刑訴法三九七条一項、三七九条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書に従い、更に次のとおり判決する。本件公訴事実中、覚せい剤所持の事実(平成二四年八月三一日追起訴状記載の公訴事実)、すなわち、「被告人は、みだりに、平成二四年七月二一日、仙台市青葉区《番地略》G方において、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの結晶約一・九三三グラムを所持したものである」との事実については、前記のとおり、犯罪の証明がないから、刑訴法三三六条により、被告人に対し無罪を言い渡し、原判決が罪となるべき事実の項で認定した第一の事実に、法令の適用の項において原判決が掲げる法条を適用し、原判決摘示の累犯前科による再犯の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一年六月に処し、刑法二一条を適用して原審における未決勾留日数中一四〇日をその刑に算入し、原審及び当審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項ただし書を適用してこれを被告人に負担させないこととする。

 (裁判長裁判官 山崎 学 裁判官 加藤 亮 大野 洋)

小池裕裁判長不当判決 最高裁平成30年

無理な事実認定と思われる。

邸宅侵入,公然わいせつ被告事件

最高裁判所第1小法廷判決/平成29年(あ)第882号

平成30年5月10日

 

【判示事項】 いわゆるSTR型によるDNA型鑑定の信用性を否定した原判決が破棄された事例

【判決要旨】 犯行現場で採取された精液様の遺留物について実施されたいわゆるSTR型によるDNA型鑑定について,15座位のSTR型の検出状況を分析した結果等に基づいて,遺留物が1人分のDNAに由来し,被告人のDNA型と一致するとした鑑定の信用性を否定し,被告人を無罪とした原判決は,同鑑定が遺留物を1人分のDNAに由来するとした理由の重要な点を見落とした上,科学的根拠を欠いた推測によって,鑑定の信用性の判断を誤り,重大な事実の誤認をしたというべきであり(判文参照),刑訴法411条3号により破棄を免れない。

 

【参照条文】 刑法130前段

       刑法174

       刑事訴訟法411

【掲載誌】  最高裁判所刑事判例集72巻2号141頁

       裁判所時報1700号1頁

       判例タイムズ1458号120頁

       判例時報2403号122頁

       LLI/DB 判例秘書登載

 

【評釈論文】 季刊刑事弁護98号118頁

       警察学論集71巻8号159頁

       ジュリスト1531号176頁

       ジュリスト1532号80頁

       捜査研究67巻7号2頁

       法学教室460号149頁

       法学セミナー63巻8号126頁

       刑事法ジャーナル58号151頁

 

       主   文

 

  原判決を破棄する。

  本件控訴を棄却する。

 

        理   由

 

  検察官の上告趣意は,判例違反をいう点を含め,実質は事実誤認の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。

  しかしながら,所論に鑑み,職権をもって調査すると,原判決は,刑訴法411条3号により破棄を免れない。その理由は,以下のとおりである。

  第1 本件公訴事実並びに第1審判決及び原判決の要旨

  1 本件公訴事実の要旨は,「被告人は,正当な理由がないのに,平成27年2月22日午後9時41分頃,堺市内の他人が看守するマンション(以下「本件マンション」という。)に,1階オートロック式の出入口から住人に追従して侵入し,その頃,1階通路において,不特定多数の者が容易に認識し得る状態で,自己の陰茎を露出して手淫し,引き続き,2階通路において,同様の状態で,自己の陰茎を露出して手淫した上,射精し,もって公然とわいせつな行為をした」というものである。

  2 被告人は犯人との同一性を争ったが,第1審判決は,本件の現場で採取された精液様の遺留物(以下「本件資料」という。)について実施された大阪医科大学医学部教授鈴木廣一医師によるDNA型鑑定(以下「鈴木鑑定」という。)を踏まえ,以下のとおり被告人を犯人と認めて,公訴事実どおりの犯罪事実を認定し,被告人を懲役1年に処した。

  本件資料は,犯人が犯行の際に遺留した精液であり,そのDNA型は被告人に由来するものであって,被告人の精液であることが認められる。また,被告人が犯人として射精する以外に被告人の精液が現場に遺留されるような理由は見当たらない。

  3 第1審判決に対し,被告人は事実誤認を理由に控訴した。原判決は,本件資料が混合資料である疑いを払拭することができず,鈴木鑑定の信用性には疑問があり,被告人と犯人との同一性については合理的疑いが残るとして,事実誤認を理由に第1審判決を破棄し,被告人に対し無罪の言渡しをした。

  第2 当裁判所の判断

  しかしながら,原判決の上記判断は是認することができない。その理由は,以下のとおりである。

  1 第1審判決及び原判決の認定並びに記録によると,本件の事実関係は,以下のとおりである。

  (1) 犯人は,帰宅した住人に追従して,オートロック式の出入口から本件マンションに侵入し,自己の陰茎を露出して手淫しながら,1階通路から階段で2階通路に上がり,上記住人方の玄関前まで後を追った。上記住人は,手淫している犯人に気が付き,玄関ドアを閉めて,110番通報した。間もなく臨場した警察官が現場の実況見分を実施したところ,上記住人方の玄関ドア下の通路上に液状の精液様のたまりを発見し,専用綿棒を使って本件資料を採取した。

  (2) 捜査段階で,大阪府警察本部刑事部科学捜査研究所が実施した鑑定(以下「科捜研鑑定」という。)では,本件資料が付着した綿球部分から1か所を切り取り,精液検査により,多数の精子を認めた一方,精子以外の特異な細胞が見当たらず,また,STR型検査等により検出された15座位のSTR型とアメロゲニン型が被告人の口腔内細胞のものと一致した。

  (3) 鈴木鑑定は,本件資料が付着した綿球部分から2か所を切り取り,科捜研鑑定とは別のキットを使って抽出した3つのDNA試料液について,STR型検査等を実施したところ,それぞれ14座位のSTR型とアメロゲニン型が科捜研鑑定と一致したものの,1座位で,科捜研鑑定と合致する2つのSTR型に加え,これと異なる3つ目のSTR型を検出した。これについて,鈴木鑑定は,15座位のSTR型の検出状況等から,本件資料は1人分のDNAに由来し,被告人のDNA型と一致する,上記1座位で検出された3つ目のSTR型は,男性生殖細胞の突然変異に起因すると考えられ,他者のDNAの混在ではない,とした。

  2 原判決は,一般には,資料が1人分のDNAに由来すれば,1座位に3種類以上のSTR型が出現することはないのに,鈴木鑑定で,上記1座位において,3種類のSTR型を検出し,かつ,本件資料がマンションの通路上という他者のDNAの混合があり得る場所で採取されたことから,2人分以上のDNAが混入している疑いが生ずる,鈴木鑑定が本件資料に他人のDNAが混合した疑いがないとしたのは,刑事裁判の事実認定に用いるためのものとしては十分な説明がされていない,とする。

  しかしながら,鈴木鑑定は,本件資料から抽出した3つのDNA試料液の分析結果に基づいて,15座位で,それぞれ1本又は2本のSTR型のピークが明瞭に現れ,かつ,そのピークの高さが1人分のDNAと認められるバランスを示していると説明するところ,1座位で3つ目のSTR型が検出された点に関する上記説明を含め,その内容は専門的知見に裏付けられた合理的なものと認められる。

  これに対し,原判決は,本件資料が混合資料であるとすれば,混合したSTR型の種類や量によっては,外観上多くの座位で1人分のDNAに由来するように見える形で,もととなる型とは異なるSTR型が出現する可能性がある,というが,鈴木鑑定人が原審の証人尋問でその可能性を否定しているのに対し,原判決の根拠となる専門的知見は示されていない。そして,原判決は,鈴木鑑定で被告人のSTR型と完全に一致したのは14座位であったことの推認力に限界があると指摘する一方,鈴木鑑定が,上記15座位で現れたSTR型のピークと高さを分析した結果に基づいて,本件資料が1人分のDNAに由来すると説明した点については,特に検討していない。

  さらに,原判決は,科捜研鑑定についても,混合資料の一部が当初のオリジナルなSTR型以外の形式で再現されたものである可能性が否定できない,鈴木鑑定と科捜研鑑定の結果が食い違っているから,本件資料が精子であるとの前提が確実に成り立つかどうかも疑問である,という。しかしながら,本件資料が採取された経緯,その保管及び各鑑定の実施方法には問題がないこと,上記のとおり,科捜研鑑定の精液検査で精子が確認され,鈴木鑑定と科捜研鑑定の結果がほとんど一致していることを踏まえると,本件資料に犯人の精子以外の第三者のDNAが混入した可能性は認め難い。結局,原判決は,鈴木鑑定が本件資料を1人分のDNAに由来するとした理由の重要な点を見落とした上,科学的根拠を欠いた推測によって,その信用性の判断を誤ったというべきである。

  3 以上によれば,原判決が,本件資料は1人分のDNAに由来し,被告人のDNA型と一致する旨の鈴木鑑定の信用性には疑問があるとして,被告人と犯人との同一性を否定したのは,証拠の評価を誤り,ひいては重大な事実の誤認をしたというべきであり,これが判決に影響を及ぼすことは明らかであって,原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認められる。

  よって,刑訴法411条3号により原判決を破棄し,上記の検討によれば,第1審判決の事実誤認を主張する被告人の控訴は理由がないことに帰するから,同法413条ただし書,414条,396条により,これを棄却することとし,原審における訴訟費用の不負担につき同法181条1項ただし書を適用し,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

  検察官菅野俊明 公判出席

 (裁判長裁判官 小池 裕 裁判官 池上政幸 裁判官 木澤克之 裁判官 山口 厚 裁判官 深山卓也)

 

税関検査によって得られた証拠の証拠能力 最高裁平成28年

前田最前線288頁 覚せい剤取締法違反,関税法違反被告事件

最高裁判所第3小法廷判決/平成27年(あ)第416号

平成28年12月9日

 

【判示事項】 郵便物の輸出入の簡易手続として税関職員が無令状で行った検査等について,関税法(平成24年法律第30号による改正前のもの)76条,関税法(平成23年法律第7号による改正前のもの)105条1項1号,3号によって許容されていると解することが憲法35条の法意に反しないとされた事例

【判決要旨】 税関職員が,郵便物の輸出入の簡易手続として,輸入禁制品の有無等を確認するため,郵便物を開披し,その内容物を目視するなどした上,内容物を特定するため,必要最小限度の見本を採取して,これを鑑定に付すなどした本件郵便物検査(判文参照)を,裁判官の発する令状を得ずに,郵便物の発送人又は名宛人の承諾を得ることなく行うことが,関税法(平成24年法律第30号による改正前のもの)76条,関税法(平成23年法律第7号による改正前のもの)105条1項1号,3号により許容されていると解することは,憲法35条の法意に反しない。

 

【参照条文】 憲法35

       関税法(平24法30号改正前)76

       関税法(平23法7号改正前)105-1

       関税法(平23法7号改正前)105-3

 

【掲載誌】  最高裁判所刑事判例集70巻8号806頁

       裁判所時報1666号26頁

       判例タイムズ1452号67頁

       判例時報2383号118頁

       LLI/DB 判例秘書登載

 

【評釈論文】 海保大研究報告 法文学系62巻1号171頁

       ジュリスト1518号28頁

       ジュリスト1524号103頁

       捜査研究66巻2号2頁

       法学教室439号121頁

       法学セミナー62巻5号122頁

       法曹時報70巻11号271頁

       刑事法ジャーナル52号128頁

 

       主   文

 

  本件上告を棄却する。

  当審における未決勾留日数中550日を第1審判決の懲役刑に算入する。

 

        理   由

 

  1 弁護人小松圭介の上告趣意のうち,税関検査の憲法35条違反をいう点について

 (1) 原判決の認定及び記録によれば,本件税関検査に係る事実関係は,次のとおりである。

  ア 東京税関東京外郵出張所で郵便物の検査等を担当していた税関職員は,平成24年8月21日,郵便事業株式会社東京国際支店内にあるEMS・小包郵便課検査場において,イラン国内から東京都内に滞在する外国人に宛てて発送された郵便物(以下「本件郵便物」という。)につき,品名が分からなかったことなどから輸入禁制品の有無等を確認するため,本件郵便物の外装箱を開披し,ビニール袋の中にプラスチック製ボトルが2本入っているのを目視により確認した。

  イ 同職員は,両ボトルにつきTDS検査(ワイプ材と呼ばれる紙を使用する検査)を行ったところ,両ボトルから覚せい剤反応があったため,同出張所の審理官に,本件郵便物を引き継いだ。

  ウ 同審理官は,本件郵便物を同出張所の鑑定室に持ち込み,外装箱から2本のボトルを取り出し,ボトルの外蓋,内蓋を開け,中に入っていた白色だ円形固形物を取り出して重量を量り,その様子を写真撮影するなどした後,上記固形物の破砕片からごく微量を取り出し,麻薬試薬と覚せい剤試薬を用いて仮鑑定を行ったところ,陽性反応を示したため,同税関調査部を通じ,同税関業務部分析部門に鑑定を依頼し,同調査部職員は,上記固形物の破片微量を持ち帰った。

  エ 同審理官は,本件郵便物を同出張所内の鑑定室に保管していたが,前記鑑定の結果,覚せい剤であるとの連絡を受けて,同税関調査部に対し,摘発事件として通報した。

  オ 同通報を受け,同税関調査部の審議官は,同月24日,差押許可状を郵便事業株式会社職員に提示して,本件郵便物を差し押さえた。

  (2) 所論は,本件郵便物に対して行われた前記(1)アからウまでの各検査等(以下「本件郵便物検査」という。)は,本件郵便物を破壊し,その内容物を消費する行為であり,プライバシー権及び財産権を侵害するものであるところ,捜査を目的として,本件郵便物の発送人または名宛人の同意なく,裁判官の発する令状もなく行われたもので,関税法上許容されていない検査であって,憲法35条が許容しない強制処分に当たるから,本件郵便物検査によって取得された証拠である本件郵便物内の覚せい剤及びその鑑定書等の証拠能力は否定されるべきであるのに,これらの証拠能力を認めた第1審判決及びこれを是認した原判決の判断は,関税法,刑訴法の解釈を誤り,憲法35条に違反すると主張する。

  (3) 平成24年法律第30号による改正前の関税法76条は,郵便物の輸出入の簡易手続を定めるものであるが,同条1項ただし書において,税関長は,簡易手続の対象となる郵便物中にある信書以外の物について,税関職員に必要な検査をさせるものとすると定め,同条3項において,郵便事業株式会社(現行法では日本郵便株式会社)は,当該郵便物を税関長に提示しなければならないと定めている。そして,平成23年法律第7号による改正前の関税法105条1項は,税関職員は,同法等の規定により職務を執行するため必要があるときは,その必要と認められる範囲内において,郵便物を含む外国貨物等について検査すること(同項1号)及び郵便物の輸出入の簡易手続における検査に際して見本を採取すること(同項3号)ができると定めている。

  これらの規定(以下「本件各規定」という。)は,関税の公平確実な賦課徴収及び税関事務の適正円滑な処理という行政上の目的を,大量の郵便物について簡易,迅速に実現するための規定であると解される。そのためには,税関職員において,郵便物を開披し,その内容物を特定するためなどに必要とされる検査を適時に行うことが不可欠であって,本件各規定に基づく検査等の権限を税関職員が行使するに際して,裁判官の発する令状を要するものとはされておらず,また,郵便物の発送人または名宛人の承諾も必要とされていないことは,関税法の文言上明らかである。

  (4) ところで,憲法35条の規定は,主として刑事手続における強制につき,司法権による事前抑制の下に置かれるべきことを保障した趣旨のものであるが,当該手続が刑事責任追及を目的とするものではないとの理由のみで,その手続における一切の強制が当然に同規定による保障の枠外にあると判断することは相当でない。

  しかしながら,本件各規定による検査等は,前記のような行政上の目的を達成するための手続で,刑事責任の追及を直接の目的とする手続ではなく,そのための資料の取得収集に直接結び付く作用を一般的に有するものでもない。また,国際郵便物に対する税関検査は国際社会で広く行われており,国内郵便物の場合とは異なり,発送人及び名宛人の有する国際郵便物の内容物に対するプライバシー等への期待がもともと低い上に,郵便物の提示を直接義務付けられているのは,検査を行う時点で郵便物を占有している郵便事業株式会社であって,発送人または名宛人の占有状態を直接的物理的に排除するものではないから,その権利が制約される程度は相対的に低いといえる。また,税関検査の目的には高い公益性が認められ,大量の国際郵便物につき適正迅速に検査を行って輸出または輸入の可否を審査する必要があるところ,その内容物の検査において,発送人または名宛人の承諾を得なくとも,具体的な状況の下で,上記目的の実効性の確保のために必要かつ相当と認められる限度での検査方法が許容されることは不合理といえない。前記認定事実によれば,税関職員らは,輸入禁制品の有無等を確認するため,本件郵便物を開披し,その内容物を目視するなどしたが,輸入禁制品である疑いが更に強まったことから,内容物を特定するため,必要最小限度の見本を採取して,これを鑑定に付すなどしたものと認められ,本件郵便物検査は,前記のような行政上の目的を達成するために必要かつ相当な限度での検査であったといえる。このような事実関係の下では,裁判官の発する令状を得ずに,郵便物の発送人または名宛人の承諾を得ることなく,本件郵便物検査を行うことは,本件各規定により許容されていると解される。このように解しても,憲法35条の法意に反しないことは,当裁判所の判例(最高裁昭和44年(あ)第734号同47年11月22日大法廷判決・刑集26巻9号554頁,最高裁昭和61年(行ツ)第11号平成4年7月1日大法廷判決・民集46巻5号437頁)の趣旨に徴して明らかである。

  (5) そして,前記認定事実によれば,本件郵便物検査が,犯則事件の調査あるいは捜査のための手段として行われたものでないことも明らかであるから,これによって得られた証拠である本件郵便物内の覚せい剤及びその鑑定書等の証拠能力を認めた第1審判決及びこれを是認した原判決の判断は正当であり,所論は理由がない。

  2 同弁護人のその余の上告趣意のうち,判例違反をいう点は,事案を異にする判例を引用するものであって,本件に適切でなく,その余は,単なる法令違反,事実誤認の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。

  よって,同法408条,181条1項ただし書,刑法21条により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

 (裁判長裁判官 大谷剛彦 裁判官 岡部喜代子 裁判官 大橋正春 裁判官 木内道祥 裁判官 山崎敏充)

 

        弁護人小松圭介の上告趣意

        目   次

 上告趣意第1 白色楕円形固形物を含む郵便物等の採用

  1 事実経過

  2 「必要な検査」と強制処分

  3 Aらの行為は強制処分である

 4 Aらの行為は犯罪捜査目的である

 5 荷送人や荷受人の承諾はない

 6 郵便事業株式会社の占有は失われていた

 7 仮鑑定及び緊急鑑定は「見本の採取」ではない

 8 令状主義の精神を没却する重大な違法があるので、白色楕円形固形物を含む郵便物等は証拠能力がない

上告趣意第2 B証言の採用と事実認定への利用

  1 原々審の審理経過

  2 性格証拠禁止の法理とその例外

  3 本件は性格証拠禁止の法理の例外には当たらない

上告趣意第3 事実誤認

  1 Cが他人のために荷物を受け取ったことの証拠はない

 2 現場にいた白人女性はDさんではなかった

 3 Dさんは警察が怖かったから逃げた

 4 Dさんは郵便物の中身が覚せい剤であると知らなかった

 5 結論

        上告趣意第1 白色楕円形固形物を含む郵便物等の採用

  原々審は、白色楕円形固形物等を含む郵便物(甲31ないし34、76ないし79)とそれらを対象とする写真、鑑定書等の文書(甲17、19、29)を採用し(記録480)、Dさんの有罪認定に利用した。原審もこの判断を是認した。

  しかし、これらの証拠は、令状主義の精神を没却する重大な違法を帯びる捜査によって獲得された違法収集証拠であり、これを証拠として許容することが将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でない。これらの証拠を採用したことは違法であり、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

  1 事実経過

    平成24年8月21日、郵便事業会社東京国際支店内にあるEMS・小包郵便課検査場において、東京税関東京外郵出張所の職員であるAは、本件郵便物(黄色い箱)の検査を開始した(記録582-23)。

    Aは「イラン来の個人から個人の郵便物で品名が判読できなかった」「個人から個人の品名が分からなかったから」「ちょっと怪しいなと思った」「中身がわからないので、中を確認したくて」(記録582-34)という理由で、本件郵便物の外装箱を開披した。外装箱の封を開披するにあたって、Aは、荷送人、荷受人、郵便事業者いずれの承諾を得ることもなかった。捜索差押許可状を請求することもなかった。また、開披検査をする前に、エックス線検査等をすることもなかった(記録582-34)。本件郵便物の外装箱を開披し、箱から2個のボトル(タブレット型プロテインの容器)を取り出した。

    さらにAは、ボトル内に入っていた「サプリメントの大きさが異常に大きいと感じた」(記録582-36)ので、ボトルの外蓋を開けた。そして、内蓋の周辺をワイプ材で拭い、そのワイプ材をTDS検査の機械にかけて、TDS検査を行った(記録582-29)。ボトルの外蓋を開け、TDS検査を行うにあたって、Aは、荷送人、荷受人、郵便事業者いずれの承諾を得ることもなかった。検証許可状や鑑定処分許可状を請求することもなかった。

    TDS検査の結果、覚せい剤の反応があったので、Aは「厳重検査」が必要と判断して、取り出したボトルを外装箱の中に戻して、同僚の税関職員Eに引き継いだ(記録582-30)。

    Eは、Aから本件郵便物の引継ぎを受けて、それを東京税関東京外郵出張所内の鑑定室に持ち込み、「厳重検査」を行った(記録582-57)。Eは、ボトルの内蓋をはがして開けて、内容物を順次取り出して、順次写真撮影した。(記録582-78)。ボトルの内蓋を破壊するにあたって、Eは、荷送人、荷受人、郵便事業者いずれの承諾を得ることもなかった(記録582-78,79)。捜索差押許可状を請求することもなかった(記録582-79)。エックス線検査等をすることもなかった。

    さらに、Eは、2個のボトルの中から白色楕円形固形物を含む内容物を取り出し、白色楕円形固形物の破砕片から微量を採取し、試薬を使って鑑定(仮鑑定)を行った。試薬が陽性反応を示したので、東京税関の業務部の分析部門に鑑定(緊急鑑定)を依頼した。緊急鑑定の結果、白色楕円形固形物が覚せい剤であるという鑑定結果が出た(記録582-71)。仮鑑定を実施するにあたって、Eは荷送人、荷受人、郵便事業者いずれの承諾を得ることもなく、鑑定処分許可状を請求することもなかった(記録582-79~80)。また、緊急鑑定を依頼するにあたって、Eは、荷送人、荷受人、郵便事業者いずれの承諾を得ることもなく、鑑定処分許可状を請求することもなかった(記録582-79~80)。

    その後、Eは、税関で用意した透明のビニール袋に白色楕円形固形物を入れ、番号を振り、トレイに入れ、それ以外のボトルや白いビニール袋は外装箱に戻し、全ての物品を鑑定室の中にある保管室のキャビネットに入れて鍵をかけた(記録582-73)。これらの物品を東京税関東京外郵出張所内の鑑定室の中にある保管室で保管するにあたって、差押許可状を請求することもなかった。

    その後、税関職員の誰かが、この一連の無令状捜索・差押え・検証・鑑定の結果に基づいて、「郵便事業株式会社東京国際支店」を「差押の場所」とする内容虚偽の差押許可状請求書を東京簡易裁判所に提出した。この虚偽の請求によって、差し押えるべき証拠物が郵便事業株式会社東京国際支店の管理下にあると誤信した裁判官は、同支店を差し押える場所とする差押許可状を発布した。

    8月24日、Eは、東京税関東京外郵出張所内の鑑定室の中にある保管室のキャビネットの中から本件郵便物を取り出し、鑑定室内において差押許可状を携行した東京税関職員Hに引き渡した(記録582-75,94)。彼らはこれを「差押許可状」の「執行」と偽った(記録582-93)。

  2 「必要な検査」と強制処分

    関税法67条、76条1項、105条1項が規定する「必要な検査」は、税関職員に対して、輸出入許可のために「必要な検査」を行う権限を与えるものである。検査を行うためには、荷送人や荷受人ないし運送事業者の承諾が必要であり、そのような状況で行われる任意の検査を当然の前提としている。輸出入の審査のために税関が「必要」だと考える「検査」の要請に対して、荷送人や荷受人が承諾しなければ、彼らは輸出入許可を受けられないだけである。荷送人や荷受人の同意を得ないで検査を行うという事態は想定されていない(法曹会編『最高裁判所判例解説刑事篇平成21年度』(法曹会2013)385頁[増田啓祐])。

    海外から日本国内に郵便小包で荷物を送る人やこの荷物を日本で受け取る人が、荷物についてのプライバシー権や財産権を放棄している--他人に荷物を開けられる、中身を取り出される、破壊される、写真を撮られる等の権利侵害を予め承諾している--などと言えないことも明らかである。彼らは荷物が勝手に開けられたりしないことを、たとえ税関職員に対してであっても、荷物の内容を知られないことを期待している。もちろん荷物が破壊されたりせずに、無傷に受け取られることも期待している。これらの期待は合理的なものであり、守られるべきである。そうした権利を放棄しないと輸出入の許可が下りないというのであれば、輸出入を断念するという選択肢も別途保障されるべきである。こうした選択の自由も法的な保護に値する。これは荷物の中身の如何にかかわらない。また、輸出入に郵便事業者(事件当時は郵便事業株式会社、現在は日本郵便株式会社)を利用する場合も何ら変わらない。

    関税法は、裁判所が発布する令状なしに、税関職員独自の判断で郵便物を開披するなどして捜索や差押え、検証をする権限、すなわち独自に強制処分を行う権限を税関職員に与えていない。「必要な検査」が令状主義の及ばない、行政機関の独自の権限であるということは、少なくとも憲法35条は許容していないし、そのように解釈する最高裁判所の判例も下級審の判例も存在しない。郵便物の荷送人・荷受人の同意がない場合に、税関職員が捜索・差押え・検証等の強制処分を行うためには、裁判官の予め発布する令状が必要である。

    最高裁判所第三小法廷平成21年9月28日決定(刑集63巻7号868頁)は、宅配業者が運送中の荷物を、荷送人や荷受人の承諾を受けずに、宅配業者の同意を得て借り受けてエックス線検査を行ったという捜査を違法とした。

     本件エックス線検査は,荷送人の依頼に基づき宅配便業者の運送過程下にある荷物について,捜査機関が,捜査目的を達成するため,荷送人や荷受人の承諾を得ることなく,これに外部からエックス線を照射して内容物の射影を観察したものであるが,その射影によって荷物の内容物の形状や材質をうかがい知ることができる上,内容物によってはその品目等を相当程度具体的に特定することも可能であって,荷送人や荷受人の内容物に対するプライバシー等を大きく侵害するものであるから,検証としての性質を有する強制処分に当たるものと解される。そして,本件エックス線検査については検証許可状の発付を得ることが可能だったのであって,検証許可状によることなくこれを行った本件エックス線検査は,違法であるといわざるを得ない。最3小決平21・9・28刑集63-7-868,870

  3 Aらの行為は強制処分である

   Aは、本件郵便物の外装箱の封を破壊して開披し、内容物を取り出して確認した。さらに、ボトルの外蓋を開け、内蓋の周辺をワイプ材で拭いそのワイプ材を機械にかけて、いわゆるTDS検査を行った。

    また、Eは、接着剤様の物で密封されていたボトルの内蓋を剥がして開披し、内容物を取り出して写真撮影した。さらに、白色楕円形固形物の破砕片から微量を採取し、鑑定(仮鑑定)を行った。仮鑑定の結果、試薬が陽性反応を示したので、Eは東京税関の分析部門に鑑定(緊急鑑定)を依頼した。そして、白色楕円形固形物を他の物と仕分けたうえで、東京税関の保管室に収納し、施錠した。

    これら一連の行為は、荷送人及び荷受人の内容物に関するプライバシー権及び本件郵便物に関する財産権を大きく侵害する「捜索」「検証」「差押え」にあたる。最高裁判所が「荷送人や荷受人の内容物に対するプライバシー等を大きく侵害するもの」と言ったエックス線検査とは比較にならないほどに著しいプライバシー権等の侵害である。そのような強制処分にあたる行為が、裁判所の令状もなく、荷送人、荷受人、郵便事業者のいずれの承諾を得ることもなく実施されている。その違法は重大である。

  4 Aらの行為は犯罪捜査目的である

   原々審の証拠決定は、Aによる外装箱の開披及びTDS検査、Eによるボトルの内蓋の破壊及び本件郵便物の写真撮影については「未だ犯則事件の具体的嫌疑のない状況において、輸入の許否や課税処分等の行政目的で行われる郵便物の検査に際し、本件郵便物の外観からはその内容物が判別できないことなどから、その目的に必要な範囲で行われたものである」と述べる(記録481)。しかし、これは2つの点で誤っている。

    Aらの行為が強制処分にあたるかどうかについては、その行為の態様と侵害する人権の内容・程度によって判断すべきであり、その行為をなす人物の主観的な意図(その実態は法廷での後付けの言い訳である)によって判断すべきではない。捜査官の内心によって行為の評価が変わりうるのであれば、恣意的な運用がなされ、令状主義が潜脱されることを許すことになるからである。

    Aは「個人から個人の品名が分からなかったから」「ちょっと怪しいなと思った」「中身がわからないので、中を確認したくて」などと述べた。しかし、本件郵便物に添付されていた税関告知書には「Category of parcel」という項目があり、小包の種類が記載されている。この記載がアラビア語だったので、単にA自身が判読できなかっただけなのである。アラビア語に詳しい職員を読んできて、翻訳してもらうことも可能だっただろう。しかし、Aはそのような手続を一切取らなかった。そのような手続を取るつもりすらなかった。なぜか。それは、本件郵便物を見たAが関税法上の無許可輸入罪(関税法109条1項)等にあたるのではないかという疑いを持った(「ちょっと怪しいなと思った」)からである。だからAは中身を確認しようとした。関税法違反という犯罪捜査のために「捜索」「検証」を実行したのである。犯罪捜査目的であったことに疑いはない。「ちょっと怪しいな」という捜査官の直観は、令状発布の根拠となる「正当な理由」(日本国憲法35条、”adequate cause”)に当たらないことは言うまでもない。

    Aから引き継いだEも、Aから覚せい剤の探知反応があったという連絡を受けていた(記録582-56)。Eが、本件郵便物が関税法上の無許可輸入罪(関税法109条1項)や覚せい剤の密輸にあたるのではないかという疑いを持っていたことは明らかである。にもかかわらず、令状を請求することもなく、関税法違反や覚せい剤取締法違反という犯罪捜査のために「捜索」「検証」を実行したのである。犯罪捜査目的であったことに疑いはない。

  5 荷送人や荷受人の承諾はない

  (1) 原々審の証拠決定は、Aによる外装箱の開披及びTDS検査、Eによるボトルの内蓋の破壊及び本件郵便物の写真撮影について、「国際郵便物については通関業務が行われることを前提として委託されているところ、上記開披検査は、郵便事業株式会社からの検査依頼により行われており、税関職員による検査の一環として本件郵便物の開披等が行われることについて郵便事業株式会社が承諾していた」と述べる。しかし、控訴趣意書でも主張したように、この判断は2つの点で誤っている。

抽象的事実の錯誤と訴因変更の必要性 東京高裁平成25年

前田最前線280頁

覚せい剤取締法違反,関税法違反(認定罪名 関税法違反)被告事件

東京高等裁判所判決/平成24年(う)第2255号

平成25年8月28日

 

【判示事項】 1 税関長の許可を受けないでダイヤモンド原石を輸入する意思で禁制品である覚せい剤を輸入しようとした場合の罪責

       2 禁制品である覚せい剤の輸入(未遂)の公訴事実について,訴因変更手続を経ることなく,ダイヤモンド原石の無許可輸入(未遂)の事実を認定した原審の訴訟手続に法令違反はないとした事例

 

【判決要旨】 1 税関長の許可を受けないでダイヤモンド原石を輸入する意思で禁制品である覚せい剤を輸入しようとした場合には,関税法111条の貨物の無許可輸入罪(未遂)が成立する。

       2 覚せい剤の輸入罪と貨物の無許可輸入罪の犯罪構成要件は後者の限度で重なり合っているから,原則として訴因変更は要しないものと解され,また,被告人自身がダイヤモンド原石を密輸入する意思であった旨明確に供述しているなどの訴訟経緯(判文参照)に鑑みれば,本件において無許可輸入罪(未遂)を認定することが被告人の防御の利益を損なうものではなく,禁制品である覚せい剤の輸入(未遂)の公訴事実について,訴因変更手続を経ることなく,ダイヤモンド原石の無許可輸入(未遂)の事実を認定した原審の訴訟手続に法令違反はない。

 

【参照条文】 関税法109

       関税法111

       刑事訴訟法312-1

       関税法111-3

       関税法111-1

       関税法67

       関税法109-3

       関税法109-1

       関税法69の11-1

 

【掲載誌】  高等裁判所刑事判例集66巻3号13頁

       高等裁判所刑事裁判速報集平成25年103頁

       東京高等裁判所判決時報刑事64巻1~12号178頁

       判例タイムズ1407号228頁

       LLI/DB 判例秘書登載

 

【評釈論文】 近畿大学法学63巻1号45頁

       ジュリスト1479号155頁

       捜査研究63巻12号19頁

       法学新報122巻3~4号373頁

       刑事法ジャーナル40号152頁

 

       主   文

 

  本件控訴を棄却する。

 

        理   由

 

  弁護人坂根真也の控訴趣意は,法令適用の誤り,訴訟手続の法令違反及び量刑不当の主張である。

 第1 法令適用の誤りの主張について

 論旨は,原判決は,被告人が,本件ボストンバッグの中に隠匿されていたものが覚せい剤を含む違法薬物であることを認識していたとまで認めることはできず,これをダイヤモンド原石であると考えていた可能性を排斥できないとしつつ,最高裁昭和54年3月27日第一小法廷決定・刑集33巻2号140頁を引用して,ダイヤモンド原石を無許可で輸入する罪と輸入してはならない貨物である覚せい剤を輸入する罪とは,ともに通関手続を履行しないでした貨物の輸入行為を処罰の対象とする限度において,その犯罪構成要件は重なり合っているものと解されるとし,被告人は,税関長の許可を受けないでダイヤモンド原石を輸入する意思で,輸入してはならない貨物である本件覚せい剤を輸入しようとしたことになるから,輸入してはならない貨物の輸入罪の故意を欠くものとして,同罪の成立は認められないが,両罪の構成要件が重なり合う限度で,軽い,貨物を無許可で輸入する罪の故意及び同限度での氏名不詳者らとの共謀が成立し,貨物の無許可輸入罪(未遂)が成立する,としているが,ダイヤモンド原石と覚せい剤の違いを無視しており,そもそもダイヤモンド原石の無許可輸入罪と禁制品である覚せい剤の輸入罪の間では構成要件の重なり合いが認められないというべきであるから,原判決には,上記最高裁決定及び関税法の解釈適用に誤りがある,というのである。これに対し,検察官は,上記最高裁決定は,関税法中の禁制品輸入罪と無許可輸入罪との関係については,「実質的に」という限定を付すことなく,犯罪構成要件は重なり合っていると判示しており,実際の対象物と被告人の故意に係る対象物との類似性を必要とする理由はなく,弁護人は上記最高裁決定の理解を誤っている,と主張する。

  そこで検討すると,貨物を無許可で輸入する罪と輸入禁制品である貨物を輸入する罪の犯罪構成要件が重なり合っているものと解し,無許可でダイヤモンド原石を輸入する意思で,輸入禁制品である本件覚せい剤を輸入しようとした被告人に,無許可で貨物を輸入する罪の故意及びその限度での氏名不詳者らとの共謀の成立を認めた原判断は,当裁判所もこれを正当として是認することができ,原判決に所論のいう法令適用の誤りはない。以下,所論にかんがみ,検討を加える。

  1 まず弁護人は,無許可輸入罪に関する関税法111条及び同法67条は,関税の確定,納付,徴収の他,貨物の輸入の適正な実施と公正な管理の確保を目的とし,輸入された物品そのものに対する規制ではなく,不正な手段による輸入に対する規制という方法をとっているのに対し,禁制品輸入罪に関する関税法109条及び同法69条の11第1項の趣旨は,社会にとって有害な物品が日本へ持ち込まれることを防ぎ,社会公共の秩序,衛生,風俗,信用その他の公益の侵害を防止する点にあり,特定の物品の輸入自体を禁止するという規制の方法をとっており,両者の保護法益は異なる上,構成要件としての行為の内容としても,無許可という不作為であるのか,積極的な持ち込み行為という作為であるのかという点及び輸入の対象となる物品の範囲において,大きく異なっており,構成要件の重なり合いを認めることはできないと主張する。

  しかし,そもそも関税法は,関税の確定,納付,徴収及び還付と並んで,貨物の輸出及び輸入についての税関手続の適正な処理を図るための法律であり(1条),税法であると同時に,貨物の輸出入に関する通関法としての性格を有するものであって,このような通関法としての輸出入の適正な管理を図るため,貨物の輸出入について,一般に通関手続の履行を義務づけている(67条)。そして,同法111条は,貨物の無許可での輸出入を処罰する規定であって,密輸出入犯に対する原則的規定であり,109条は,弁護人が指摘するとおり,本来,社会公共の秩序,衛生,風俗,信用その他の公益の侵害の防衛を目的とするものではあるが,これが関税法中に規定されたのは,公益の侵害の防衛という目的を達成するためには,公益を侵害する物品の輸入を禁止することが特に重要であり,かつ,その調査処分を,輸出入にかかる貨物について直接にその取締りの任にあたる税関職員に行わせるのが最も適当であると考えられたことによるものである。すなわち,111条と109条は,いずれも関税法の目的の一つである貨物の輸出入についての通関手続の適正な処理を図るための規定であって,111条が無許可での輸出入を禁止する密輸出入犯に対する原則的規定であり,109条は,特に取締りの必要性が高い禁制品の密輸入につきその責任非難の強さに鑑み,特にこれを重く処罰することとした規定であると解することができる。また,確かに,111条は,無許可の輸出入行為を処罰の対象としており,109条は,許可の有無にかかわらず,禁制品の輸入行為を処罰の対象としている点で,対象となる行為の内容が異なるようにも見えるものの,禁制品の輸入が許可されることは通常あり得ないから,共に通関手続を履行しないでする貨物の密輸入行為を対象とする限度において犯罪構成要件が重なり合うものということができる。上記最高裁決定も,許可の有無という事情にかかわらず,覚せい剤を無許可で輸入する罪と輸入禁制品である麻薬を輸入する罪との間に犯罪構成要件の重なり合いを認めており,弁護人の指摘する差異が構成要件の重なり合いの判断に影響することはないというべきである。そして,禁制品も輸入の対象物となるときは貨物であることに変わりがない。以上からすると,111条の無許可輸入罪と109条の禁制品輸入罪とは,ともに通関手続を履行しないでした貨物の密輸入行為を処罰の対象とする限度において,犯罪構成要件が重なり合っているものと解することができる。

  2 以上に対し,弁護人は,上記最高裁決定の事案は,覚せい剤と誤信して麻薬を輸入したというものであり,覚せい剤と麻薬は,ともに身体に有害な違法薬物であり,物理的な形状や輸入することの社会的意義も共通しているのであって,上記最高裁決定は,この点を前提として,「類似する貨物の密輸入行為を処罰の対象とする限度」において,例外的に構成要件の重なり合いを認めたものと解すべきであり,一般的な無許可輸入と禁制品の輸入行為との間に構成要件的重なり合いを認めたわけではなく,本件において被告人が誤信していたダイヤモンド原石と覚せい剤とは,物理的な形状や性質も,輸入にかかる社会的意義もまったく異なるから,構成要件の重なり合いを認めた上記最高裁決定の規範をそのまま適用することはできないと主張する。

  しかしながら,上記最高裁決定は,覚せい剤取締法の営利目的による覚せい剤輸入罪と麻薬取締法の営利目的による麻薬輸入罪については,輸入の目的物が覚せい剤か麻薬かの差異があることを前提としつつ,その余の犯罪構成要件要素と法定刑が同一であり,麻薬と覚せい剤の類似性に鑑みて,構成要件が実質的に重なり合っているとみるのが相当であるとしているのに対し,関税法109条1項と111条1項については,関税法が貨物の輸入に際し一般に通関手続の履行を義務づけており,その義務を履行しないで貨物を輸入した行為のうち,貨物が輸入禁制品である場合には109条1項によって,その余の一般輸入貨物である場合には111条1項によって処罰することとし,前者の場合は,その貨物が関税法上の輸入禁制品であるところから,特に後者に比し重い刑をもってのぞんでいることを指摘した上で,密輸入にかかる貨物が覚せい剤か麻薬かによって関税法上その罰則の適用を異にするのは,覚せい剤が輸入制限物件であるのに対し麻薬が輸入禁制品とされているだけの理由によるものにすぎないことに鑑みると,覚せい剤を無許可で輸入する罪と輸入禁制品である麻薬を輸入する罪とは,ともに通関手続を履行しないでした類似する貨物の密輸入行為を処罰の対象とする限度において,その犯罪構成要件は重なり合っているものと解するのが相当である,としている。すなわち,上記最高裁決定は,関税法上は,覚せい剤を無許可で輸入する行為も禁制品である麻薬を輸入する行為も,貨物の内容が覚せい剤であるか麻薬であるかの差異にかかわらず,通関手続を履行しないでする貨物の密輸入行為を処罰の対象とする限度において犯罪構成要件が重なり合っていると判断したものであって,「類似する」とは必ずしも貨物の内容が類似していることを意味するものではなく,単に貨物の密輸入行為が類似していることを示したにすぎないものと解するのが相当である。そうすると,貨物に隠匿された内容物が,いずれも身体に有害な違法薬物であるか否か,物理的な形状が類似しているか否か,それを輸入することの社会的意義の同一性などといった事情は,ともに貨物の密輸犯取締規定である111条と109条の犯罪構成要件の重なり合いの判断に直接影響するものではない。弁護人の上記主張は採用できない。

  論旨は理由がない。

 第2 訴訟手続の法令違反の主張について

 論旨は,原判決には,起訴状記載の公訴事実が営利目的での覚せい剤の輸入及び関税法上の禁制品である覚せい剤の輸入であったのに対し,訴因変更手続を経ることなく,ダイヤモンド原石の無許可輸入の事実を認定した点において,判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある,というのである。これに対し,検察官は,原判決は,両罪が実体法上重なり合うため,いわゆる「縮小の理論」によって訴因変更が不要と認められる場合であることを前提に,被告人自身がダイヤモンド原石を密輸入する意思であった旨を明確に供述しているなどの訴訟経緯に照らして,訴因変更を不要としても,被告人の防御の利益を損なうことはないとしているもので,その判断に誤りはないと主張する。

  そこで検討すると,この点に関し,原判決は,原審弁護人の同旨の主張に対し,関税法上の輸入してはならない貨物である覚せい剤の輸入罪と貨物の無許可輸入罪の犯罪構成要件は後者の限度で重なり合っているから,訴因変更は要しないものと解され,また,被告人自身がダイヤモンド原石を密輸入する意思であった旨明確に供述しているなどの訴訟経緯に鑑みれば,本件において無許可輸入罪を認定することが被告人の防御の利益を損なうものではないと説示している。上記判断は,当裁判所も相当としてこれを是認できる。

  これに対し所論は,上記最高裁決定で問題となったのは実体法上の錯誤論であり,構成要件の重なり合いが認められるとしても,手続法上の問題である訴因変更が不要となるという論理的帰結が導かれるわけではないから,原判決の上記判断には誤りがある,という。しかしながら,原判決の上記説示は,禁制品輸入罪と無許可輸入罪の犯罪構成要件が後者の限度で重なり合っているから,いわゆる縮小の理論によって原則として訴因変更は不要とした上で,被告人の弁解を踏まえた訴訟経緯に照らしても訴因変更を要しないと説示したものと理解できる。所論は,原判決を正解しないものである。

  所論は,禁制品については許可を得て輸入することが観念できないから,禁制品輸入の事実と無許可輸入の事実について一般的,抽象的に対比を行った場合,許可を得て貨物を輸入したなどと主張する機会が奪われるという被告人の防御上の不利益が生じる,という。しかし,禁制品は許可を得て輸入することが観念できないから,禁制品輸入の事実は,通常は貨物の密輸入の事実であるといえ,隠匿していた貨物の輸入について許可を得ていたという主張をすることはおよそ観念し難いから,禁制品輸入の事実と無許可輸入の事実を対比した場合,所論の指摘するような不利益が現実に生じるとは考えられない。

  また所論は,無許可輸入罪の成立については,本件の公判前整理手続においては何ら問題とされず,第1回公判期日から第3回公判期日までそのまま公判審理が行われたという経過からして,訴因変更がされずに無許可輸入罪が認定されたことにより,被告人は,無許可輸入罪の成立を想定した防御方法を選択する機会や情状に関する主張,立証の機会が奪われるという具体的な防御上の不利益を被った,という。しかしながら,所論の指摘する事情が訴因変更の要否の判断に影響を及ぼすものとは解されない。確かに,原審記録上,原審弁護人において,第3回公判期日までに,無許可輸入罪の成否やその成立を前提とした情状に関する主張,立証を検討した形跡は見受けられず,特に無許可輸入罪の成否については判例上明確な判断が示されていない法律問題を含んでいたことに鑑みれば,不意打ち防止の観点からは,これを検討する十分な機会を与えるのが相当であったとはいえるものの,本件の証拠関係,特に被告人の弁解内容からして,その弁護人として全く予想できない法律問題であったとはいえない上,原審裁判所が第4回公判期日に職権により弁論を再開し,当事者にそのような主張,立証の機会が与えられていることに照らせば,原審の訴訟手続に違法とすべき瑕疵があるともいえない。

  弁護人はその他るる主張するが,いずれも採用できない。論旨は理由がない。

 第3 量刑不当の主張について

 論旨は,被告人に対し貨物の無許可輸入罪の成立を認めた上で,被告人を懲役10月の実刑に処した原判決の量刑は重過ぎて不当である,というのである。これに対し,検察官は,原判決は被告人に有利不利な諸般の事情を十分考慮し,被告人を前示の刑に処しているもので,その量刑判断は正当であって,弁護人の論旨は理由がない,と主張する。

  そこで検討すると,本件は,被告人が,携帯するボストンバッグ内に,国際条約によって輸出入が制限されているダイヤモンド原石が隠匿されているものと思って,無許可で日本に輸入しようとしたが,税関検査で隠匿物を発見されて遂げなかった,という事案である。

  原判決は,不正取引が紛争の資金源になっている状況に鑑みて多国間の条約によって国際的に輸出入が制限されているダイヤモンド原石の密輸入の仕事を共犯者から持ちかけられ,その違法性を認識したにもかかわらず,報酬を得る目的で,安易かつ積極的にこれに応じたという経緯や動機が悪質であるとする一方,被告人の身柄拘束が長期間に及んでいることなど,被告人のために酌むべき事情を考慮して,被告人を前示の刑に処した上,未決勾留日数をその刑に満つるまで算入するのが相当と判断したものである。その量刑判断は,当裁判所も結論としてこれを是認できる。

  これに対し弁護人は,無許可輸入罪は,一般総則的な規定であり,海外渡航に多数の日本人が赴く現状を考えると,誰しもが起こしうる事件であり,海外から携行するものを必ず許可を受けなければ違法であるという認識を持っている一般市民もそう多くはないと思われるのであって,無許可輸入罪に対しては,罰金刑のみが科されることがほとんどであるというのが実態と考えられる旨主張する。確かに,無許可輸入罪が一般総則的な規定であることは所論指摘のとおりではあるものの,無許可輸入罪の行為には,単なる貨物の無申告輸入から隠匿行為を伴う貨物の密輸入行為まで含まれ,対象となる貨物も輸入自体が制限されているものから数量が規制されているもの,そもそも輸入自体は制限されないものまで広汎に渡り,その刑罰も5年以下の懲役若しくは500万円以下の罰金又はその併科と規定されているところ,本件の輸入行為は,貨物をボストンバッグの底板に巧妙に隠匿して密輸入しようとしたものであり,被告人がこのようにして密輸入しようとしていた貨物は,原判決が指摘するような国際条約によって輸入が制限されていたダイヤモンド原石であって,しかも密輸入の見返りに高額の報酬が約束されていたことからすれば,およそ一般の旅行者が犯すとは想定できない組織的犯行の一環としての悪質な貨物の密輸入行為であると評価することができ,原判決がこれに対する刑罰として懲役刑を選択したことが,不合理であるとはいえない。

  なお,被告人がラトビアの専門学校に在籍する学生であり,本邦におけるだけではなく,本国においても刑法上の前科がないことや被告人の反省状況を考慮すると,懲役刑について執行猶予を付すことも考えられるところではあるが,原判決は,被告人の身柄拘束が長期間に及んでいることなどを考慮して,未決勾留日数をその刑に満つるまで算入しており,これに加えて刑の執行猶予を付するまでの必要はないとした原判断は,上記のような本件事案の内容に照らして不当であるとはいえない。

  また,所論は,無許可輸入罪を処罰する趣旨は,関税行政上の秩序を維持し,関税の徴収を確保し,貿易統計上の正確性を確保する点にあり,国際条約の制度趣旨を守ることは無許可輸入罪を処罰することによって守るべき法益とはされていないから,無許可輸入罪の量刑判断においてこの点を重視することはできないはずである,という。確かに,無許可輸入罪のもともとの趣旨は所論の指摘するようなものであったものの,本条はそのような趣旨から密輸出入犯に対する原則的規定へと変質せしめられ,罰則についても,立法当初は1000円以下の罰金とされていたものを上記のように強化されているのであって,このような密輸出入犯に対する原則的規定としての本条の性質からすれば,その違反行為が上記のような密輸入行為の態様やその対象となる貨物の性質等によって非難の程度に違いの生じることは当然であって,所論は本条の性質を正解するものとはいえず,採用できない。

  以上のとおり,所論を踏まえて検討しても,原判決の量刑が重過ぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。

 第4 結論

  よって,刑訴法396条,181条1項ただし書により,主文のとおり判決する(なお,原判決は法令の適用として,「関税法67条」,「関税法69条の11第1項1号」と挙示しているが,それぞれ「平成24年法律第19号による改正前の関税法67条」,「平成23年法律第7号による改正前の関税法69条の11第1項1号」と記載するのが正しい。)。

 (裁判長裁判官 八木正一 裁判官 川本清巌 裁判官 佐藤正信)

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