横領罪と不法領得の意思 東京高裁平成8年
刑法判例百選Ⅱ 第7版66事件の原審 所得税法違反、業務上横領被告事件
東京高等裁判所判決/平成6年(う)第1301号
平成8年2月26日
【判示事項】 株式会社の取締役経理部長らが自社の株の買い占めを図っていた者に対抗する目的で、第三者に対し、右株の買い占めの妨害を依頼し、その工作資金及び報酬に当てる目的で、業務上保管中の現金を交付した行為につき、業務上横領罪の成立を否定した第一審判決を破棄し、同罪の成立を認めた事例
【参照条文】 刑法253
刑事訴訟法382
【掲載誌】 高等裁判所刑事裁判速報集平成8年41頁
東京高等裁判所判決時報刑事47巻1~12号29頁
判例タイムズ904号216頁
判例時報1575号131頁
【評釈論文】 ジュリスト臨時増刊1113号151頁
捜査研究45巻10号105頁
判例タイムズ916号40頁
主 文
被告人両名に対する原判決を破棄する。
被告人Aを懲役三年及び罰金七〇〇〇万円に、被告人Bを懲役一年六月に各処する。
被告人Aに対し、原審における未決勾留日数中六〇日を右懲役刑に算入する。
被告人Aにおいて右罰金を完納することができないときは、金四〇万円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。
被告人Bに対し、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
原審における訴訟費用のうち、証人小林準に支給した分の二分の一は被告人Aの負担とし、証人Cに支給した分は被告人両名の連帯負担とする。
当審における訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。
理 由
本件控訴の趣意は、検察官甲斐中辰夫名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、被告人Aの弁護人赤松幸夫の意見書及び被告人Bの弁護人椎名啓一、同喜田村洋一連名の答弁書に、それぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。
そこで、原審記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討し、所論に対し以下のとおり判断する。
第一 被告人両名に対する業務上横領被告事件についての事実誤認の主張について
論旨は、要するに、被告人両名の共謀による業務上横領の公訴事実につき、犯罪の証明がないとして被告人両名に無罪の言渡しをした原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるというのである。
一 公訴事実の要旨
本件公訴事実(被告人両名に対する平成二年七月二五日付及び同年九月一一日付起訴状記載の各公訴事実)の要旨は次のとおりである。
被告人Aは、昭和五九年六月から昭和六三年五月までの間、國際航業株式会社(以下「國際航業」という)の取締役経理部長として、被告人Bは、昭和六〇年四月から昭和六三年一二月までの間、同社経理部次長として、いずれも同社の資金の調達運用、金銭の出納保管等の業務に従事していたものであるが、
(一) 被告人Aが、先に同社の株式を買い占めていたKに協力して同社の経営権を同社代表取締役会長F1(以下「F1会長」という)の一族から奪取すべく画策しており、他方、被告人両名らにおいてF1会長らの方針により密かに右買占めに対抗していわゆる防戦買いの挙に出たことがKの知るところとなり、Kと被告人Aとの間に確執が生じ、Kが同社の経営権を取得したときは被告人両名の右役職を直ちに解任されることが必至であったことから、被告人両名は、共謀の上、右地位を保全するため、政財界研究所代表S及びM政治経済研究所代表Mの両名に対し、Kの取引先金融機関等に融資を行わないよう圧力をかけ、あるいは同人及びその協力者を誹謗する文書を頒布してKの信用を失墜させ、同人に対する金融機関等による資金支援を妨げ、同人による株買占めを妨害し、さらには買占めにかかる株式を放出させるなど、同人による同社の経営権の取得を阻止するための種々の工作方を依頼し、その工作資金及び報酬等に同社の資金を流用しようと企て、別紙1のとおり、昭和六三年二月二日ころから同年四月一一日ころまでの間、前後六回にわたり、業務上保管中の同社の現金合計八億九五〇〇万円を、ほしいままに、右工作資金及び報酬等に充てるためにSらに交付して横領した、
(二) 被告人両名は、被告人Aが昭和六三年五月一一日右職を解かれた後、さらに共謀の上、被告人Bの地位を保全し、被告人Aの同社取締役への復帰を図るべく、S及びMの両名に対し、前同様の工作方を依頼し、その工作資金及び報酬等に同社の資金を流用しようと企て、別紙2のとおり、同年七月一三日ころから同年一〇月一八日ころまでの間、前後三回にわたり、被告人Bが業務上保管中の同社の現金合計二億八〇〇〇万円を、ほしいままに、右工作資金及び報酬等に充てるためにSらに交付して横領した。
二 原判決の無罪理由の骨子
原判決は、「被告人両名が、買占めにより國際航業株約一七〇〇万株を保有しているKに対抗して、最終的には右約一七〇〇万株の株式を当時の國際航業の経営の体制側の支配下に置くために会社として買い取ることを企て、S及びMの両名に対し、Kの取引先金融機関等に融資を行わないよう圧力をかけ、あるいは同人及びその協力者を誹謗する文書を頒布してその信用を失墜させ、同人に対する金融機関等による資金支援を妨げ、同人による株買占めを妨害し、さらには買占めにかかる株式を放出させるなど、同人による同社の経営権の取得を阻止するための種々の工作を依頼し、このような裏工作の経費及び成功報酬を、一株当たり、前者を五〇円、後者を一〇〇円とし、これを含む株の買取り価格を一株当たり三五〇〇円と合意し、別紙1及び2のとおり、業務上保管中の國際航業の簿外資金を、右工作資金及び報酬等として、Sらに交付した」という争いのない事実を認めた上、被告人両名をはじめとする各関係者の、検察官の主張にほぼ沿う検察官調書と、これに反する被告人両名の公判廷における供述とを対比検討し、後者の信用性が高いと判断し、「國際航業においては、K問題に関する基本方針について検察官主張の長期持久戦の方針が確立されていたとは認められず、Kからの株買取り策が一貫した底流としてあったのであり、右の株買取り策へ向けた被告人両名の工作、さらに被告人両名の本件各金員の支出は、会社の方針に反するものであったとはいえないどころか、まさに委託者本人である國際航業の方針に沿ったものということができる。そして、別紙1の番号1及び2の各金員の支出については、そもそも被告人Aに支出の一般的権限があったと認められ、また、別紙1の番号3以降の各金員の支出については、F2社長の包括的承諾があり、被告人Aに具体的支出権限が与えられていたと認められるから、これらの支出に関し、同被告人に権限逸脱の領得行為はなかったということができる。被告人Aの指示に従った被告人Bについても同様のことがいえる。また、別紙1の各金員の支出は、被告人両名が専ら委託者本人である國際航業のために行ったものと認められるから、不法領得の意思を欠くという面からも、被告人両名に業務上横領罪の成立は認められない。別紙2の各金員の支出については、F2社長の明示の承諾はなく、被告人Bに支出権限があったとは認められないものの、同被告人が専ら委託者本人である國際航業のために行ったものと認められるから、同様に同被告人には不法領得の意思が欠けており、業務上横領罪の成立は認められない。占有者の身分を有する被告人Bに犯罪が成立しない以上、これに加功したとされる被告人Aに業務上横領罪の共同正犯が成立する余地はない(なお、被告人Aについても、専ら國際航業のためにする意思で各金員の支出に関与したものと認められる)」と結論付けて無罪の言渡しをした。
所論は、原判決の右判断について、関係者らの検察官調書の信用性とも関連付けて逐一反論している。
三 本件をめぐる事実の経過について
所論の検討に先立ち、便宜必要な限度で関係証拠上明らかな本件をめぐる事実の経過の概要を摘記しておく。これらの事実は、原判決が詳細に認定するところであって、検察官、弁護人及び被告人も概ね争わないところである。
① 國際航業は、航空測量等を主な営業目的とする株式会社であり、その株式を、昭和三六年一〇月、東京証券取引所第二部に上場し、昭和六二年九月一日、同取引所第一部に上場した。同社の同年三月末現在の資本金は八〇億円余、発行済み株式総数は二八〇〇万株余であり、昭和六三年三月末現在の資本金は一六七億円余、発行済み株式総数は四〇〇〇万株余であった。
② 國際航業は、昭和六二年当時、代表取締役会長F1の下、F1の長男であるF2が代表取締役社長を、F1の娘婿であるC(以下「C専務」という)が専務取締役を務める同族支配の会社であった。そして、同社の営業、技術部門においては、代表取締役副社長営業本部長のT(以下「T副社長」という)が実権を握り、その下で、取締役技術営業副本部長Hが営業部門を掌握していた。また、総務部と経理部を合わせた同社の管理部門は、F2社長らF一族が実権を握っていたが、被告人Aが取締役経理部長として、F一族の信頼を得て管理部門を掌握し、被告人Bが経理部次長として被告人Aを補佐していた。そして、会社の簿外資金は、自社資金のほか、関連子会社から仮払金等として支出し、被告人両名がその管理を担当していた。國際航業では、当時、Hや被告人Aら若手幹部を中心とする層から、F2社長やC専務の経営者としての資質に疑問が呈され、他方、T副社長の専横に対しても批判が高まっていた。また、F一族の間においても、F1会長とF2社長の確執が表面化していた。
③ Kは、コーリン産業株式会社(その後、株式会社光進と商号変更)のオーナーであり代表取締役を務め、株式の買占めを行なったり、いわゆる仕手戦を仕掛けたりする人物として知られていた。Kは、國際航業株の買占めを企図し、昭和六二年六月中旬ころ、國際航業の関連会社であるウィング株式会社(以下「ウィング」という)の代表取締役Dを通じて、当時國際航業内におけるF一族による支配体制に不満を抱いていたHや被告人Aに接近し、D、H及び被告人Aと会談し、自らは國際航業株を買い集め、F一族に代わってHら三名が同社の経営権を掌握できるよう協力すると言明して、被告人Aらの協力を取り付けた。その後、Kは、同年七月中旬ころまでに、当時の同社の発行済み株式総数の約四二・五パーセントに当たる約一六〇〇万株を買い集め、Dの仲介により、同月下旬ころ、F2社長と会談し、同人を社長に留まらせることを条件に國際航業をKとF一族との共同経営とし、双方が折半して出資した新会社を設立してその会社に國際航業から借入れさせた資金で、K側が買い占めた國際航業株を買い取らせるという構想に合意させ、同年八月七日、KとF2社長との間で、その旨の共同経営に関する覚書が作成、調印された。
④ F2社長は、右覚書を実行に移すために、五〇〇億円の株買取り資金を銀行から調達するように被告人Aに指示し、同被告人において國際航業の取引銀行を回って協力を求めたが、いずれからもKとの共同経営構想に反対されて融資を断られた。このため、F2社長は、同年八月中旬ころ、Kとの覚書の実現を断念し、Kとの共同経営構想を反故にするとともに、自社株の防戦買いを行って、K側と対決することとなった。同社では被告人Aが中心となって防戦買いを行った結果、同年九月下旬ころまでに、当時の発行済み株式総数の約五一・二パーセントの株式を確保するに至った。このようなKによる買占め及び國際航業側による防戦買いの過程に乗じ、被告人Aは、H、D、Yらと國際航業株の売買をして多額の売却益を得た。これを申告しなかったのが被告人Aに対する所得税法違反被告事件の主要部分である。
⑤ Kは、同年八月下旬ころ、被告人Aに対し、会社側に立って防戦買いを行っていることを責めて脅迫し、また、F2社長に対しては前記覚書の実行を迫った。また、Dは、Kの代理人として、國際航業の役員にF2社長の覚書締結の事実を暴露し、同人の信用失墜を図り、F1会長を訪ねて覚書の実行を迫るなどした。これに対し、会社は、覚書はF2社長の独断によるものであるから会社には効力が及ばないと主張して対抗し、F1会長をはじめとして社内では、そのような行動に出たF2社長に対する非難が強まり、同年一〇月二〇日の取締役会で、F2社長に覚書締結の責任を取らせる形で同人を会社運営から事実上外し、F1会長が中心となり、T副社長がこれを補佐することが決定された。同社では、防戦買いによって取得した株式の処理等をめぐって月曜会議が開かれていたが、これ以降、F2社長を除いて新たなプロジェクトチームが発足して右の問題の処理に当たることになった。
⑥ 被告人Aは、同年九月三日ころ、HとDとの共同による國際航業株の売却益の分け前としてDから現金二億三〇〇〇万円を受け取った。同年一〇月一一日ころ、Dが被告人Aに、同被告人が管理する國際航業株二〇〇万株の譲渡を要求したが同被告人はこれを拒否した。同年一〇月末から一一月初めにかけて、T副社長と被告人AがDに会い、K側からの株の買取りを打診したところ、DはK側が保有する全株の買取りをほのめかしたが具体的話合いに入るまでには至らなかった。同年一一月以降、Dは、被告人Aに対して、K側から一株当たり三〇〇〇円で買い受けたものの代金が未払いとなっている國際航業株二三〇万株の代金六九億円の融資を申し入れ、被告人Aは、これに応じて、Dとの間で國際航業の関連会社からDの経営するD電工株式会社に六九億円を融資し、右二三〇万株を担保に取るという契約を結んだ。そして、同年一二月一一日六九億円を振込んだが、Kが株の引渡しを拒否したため、株の引取りは実現しなかった。その後、DはK側の保有する約一七〇〇万株について一株当たり三〇〇〇円プラス同社所有ビル二つという条件での買取りをF1会長に持ちかけ、F1会長の指示を受けて被告人Aがその交渉を担当したところ、K側からこの買取り資金の融資元として地産グループのオーナーを紹介されたため、被告人Aは、同人とKとの仲を警戒して、結局、この買取り話を断念した。Dは、同年一月二一日ころ、被告人Aと会い、自分がKの信頼を失ったことを伝えるとともに、被告人Aが管理する國際航業株二〇〇万株を渡さないと妻子に危害を加える旨脅迫したが、同被告人はこれを拒否した。
⑦ 昭和六三年一月上旬から下旬にかけて、F1会長は、被告人A及びT副社長に、F2社長が両名を辞めさせようとしていると伝えるとともに、取締役会等の席上で、F2社長を辞任させた上自らが社長職を兼務する意向を明らかにした。しかし、取引銀行がいずれもF2社長の辞任に難色を示したため、結局、役員懇談会において、F2社長を当分の間休養させ、同年六月の株主総会において正式に辞任させることとした。なお、F2社長は、同年二月五日ころ、被告人Aと会って、同被告人を辞任させると言ったという噂は事実無根のことであると釈明した。
⑧ 同年一月二七日ころ、被告人Aは、元住友銀行行員で、行員当時國際航業の得意先係をしていたEから、政財界に人脈を持ち、株式をめぐる裏工作のベテランであるとして、M政治経済研究所代表のM及び政財界研究所代表のSを紹介された。そして、被告人両名は、同月二九日ころ、MとSから、怪文書を流してKの信用を失墜させたり、政治家からKの取引銀行に圧力をかけさせて、Kを資金的に窮地に追い込み、同人に國際航業株を投げ出させる工作をしてこれを買い取るという計画を聞かされ、当面の活動費として三〇〇〇万円を要求された。被告人両名は、SにK側からの株買取りの裏工作を依頼することにし、國際航業の簿外資金から、別紙1の番号1及び2のとおり、Sらに対して、同年二月二日ころに一〇〇〇万円、同月八日ころに二〇〇〇万円を交付した。
⑨ 被告人両名は、同年二月八日ころ、M及びSとの間で、Sらの裏工作の経費及び成功報酬を、一株当たりそれぞれ五〇円及び一〇〇円とし、これを含むK側からの國際航業株の買取り価格を一株当たり三五〇〇円とすることで合意した。Sは、同月一五日ころ、被告人両名に活動費の名目で三億円を要求し、被告人両名からの依頼に沿う行動であるとして、KやDらを中傷する怪文書を作成して政界や金融機関等の各方面に配布したり、被告人両名を代議士の事務所に連れて行くなどした。そして、被告人両名は、同月一九日ころ、國際航業の簿外資金から、別紙1の番号3のとおり、Sらに現金三億円を交付した。
⑩ Dは、Kの信頼を失い、同年二月末限りで國際航業の株式問題から手を引き、これに代わって、GがKの代理人となった。被告人Aは、同年三月上旬ころ、Gから、前記③のようにいったんKに協力したことや、⑥のように被告人A、H及びD共同取引による多額の國際航業株の売却代金を受け取ったことを材料に脅迫され、再びK側へ協力するよう求められたがこれを断った。他方、このころからF1会長がGと接触するようになり、これが社内で明らかになったことからF1会長に対する不信感が生じた。國際航業では、同月末日までに防戦買いによって取得した株式の他社へのはめ込み作業を完了したが、この間、F1会長が右作業に消極的姿勢を示したためF2社長がこれに代わって他社を積極的に回ることとなり、F2社長は社内での地位を回復した。しかし、F2社長は覚書問題について新聞記者の取材に応じた記事が同月一〇日付けの新聞に出たため、F2社長に対する信頼は再び低下した。このように、國際航業においては、昭和六二年九月ころから、会社内において、会社としての方針を決定するに当たっての核となる人物が誰なのか不明確な状況が続いた。
⑪ 昭和六三年三月七日ころ、被告人両名は、Sらから、Kに協力している暴力団への工作資金として二億円を要求され、同月一〇日ころ、國際航業の簿外資金から、別紙1の番号4のとおり、Sらに現金二億円を交付した。その際、Sから、同人らの買取り工作を表に立って仕上げる弁護士としてP弁護士を紹介され、また、SらからF2社長に会わせるよう要求されたため、同月一八日、F2社長及びC専務をSらに引き合わせた。また、F2社長は、同月二三日ころ、右弁護士と國際航業との顧問契約を結んだ。
⑫ 同年三月一一日、新聞に、被告人AがK側と内通してF一族の追い落としを図ったという暴露記事が掲載され、また、同月一八日には、同被告人がK側から二億八五〇〇万円を受け取っている旨の暴露記事が出た。しかし、F2社長やC専務らは、この記事をK側が意図的に流したデマであると認識していた。被告人Aは、被告人Bに対して、Dから二億を超える現金を受け取った事実はあるが、これはDから押し付けられたのでやむなく受け取ったものである旨話して引き続き協力を求め、被告人Bもこれを了解した。
⑬ 同年四月初めころ、被告人両名は、前記⑩のとおりDに代わってK側に立って行動しているGを取り込むための工作資金として三億六五〇〇万円を要求され、別紙1の番号5及び6のとおり、國際航業の簿外資金から、Sに対して、同月六日ころ二億円、同月一一日ころ一億六五〇〇万円をそれぞれ交付した。なお、F2社長は、同月二三日ころ、Sの素性を調査してもらっていた政財界の裏情報に詳しいLに被告人Aを引き合わせたところ、Lは、被告人Aに対して、Sに前科があるので気を付けるように忠告した。
⑭ F1会長はGからの情報により被告人Aに対する不信感をつのらせ、同年四月二二日ころ、被告人Aに取締役の辞任を迫り、同日付けの辞表を提出させた。そして、同年五月一一日付けで辞任の登記をした。F2社長やC専務はこれに反発し、被告人Aに対して、当分の間、関連子会社の東洋リースに出社して、従来どおり株問題の処理に当たるよう指示した。同月一二日ころ、Gが國際航業の○○顧問弁護士の事務所に押しかけたため、被告人両名は、Sに対して、Gの牽制を依頼したところ、Gの事務所にSの意を受けた暴力団が押しかけた。Gがこれに怒り、同月中旬ころ、暴力団員風の男を連れて被告人Aの自宅を訪れ、同被告人を脅迫した。
⑮ 同年五月一二日から同月一八日にかけて、國際航業の社内で、同社の裏金を捻出している興亜開発等の子会社からSらに合計五億円が出金となったまま回収されていないことが明るみに出て、被告人Bは、N総務部長や○○弁護士から追及された。また、被告人Aも、F2社長からこの支出について確認を求められ、株取引の際に清算される旨答えているが、特段に責任を追及されることはなかった。同月三〇日ころ、Eから被告人両名に、株式会社イトマンのルートによるK側からの買取り話が持ちかけられたが、C専務が消極的であったためこの話は流れた。同年六月二三日ころ、被告人Bは、C専務の指示により、Mにこれ以上動かないように頼んだが、同人からこれを拒否された。
⑯ 同年五月中旬ころ、F1会長は、Kとの間で、K側が役員一人を入れる予定で自己の支配する國際航業株の議決権をKに委任することに合意した。F1会長は、同月二七日の取締役会で、被告人Aの後任の経理部長として監査室長のRを推薦して了承を得たものの、Gを取締役に推薦したところ他の役員の反対にあって、この案を撤回した。F1会長は、同年六月一七日ころ、自己が支配する國際航業株をK側に譲渡し、委任状を同人に交付した。これによって、同月二九日開催予定の株主総会においてK側が同社の経営権を掌握することが必至となったが、F2社長は、K側の議決権行使停止の仮処分を申請し、同月二八日、この申請が認められた。この結果、翌二九日の株主総会はF2社長のペースで進行し、その直後の取締役会でF1会長の代表権が剥奪された。F2社長は、同年七月一日、被告人Aを東洋リースの代表取締役就任予定に発令した。
⑰ 同年七月五日ころ、Gが再び被告人Aの自宅を訪れ、同被告人を脅迫するとともに、Sと手を切りF2社長に協力しないよう要求した。そのころ、被告人両名は、株主総会後初めてSを訪ね、株主総会の模様を報告する一方、Gによる脅迫の件をSに相談した。そして、同月一一日ころ、被告人両名は、Sから、地産ルートでの工作資金と称して一億三〇〇〇万円を要求され、同月一三日ころ、國際航業の簿外資金から、別紙2の番号1のとおり、同人に現金一億三〇〇〇万円を交付した。
⑱ 被告人Aは、同年八月五日、本件の過程での國際航業株の売買益についての所得税法違反の嫌疑により、当局の査察を受けたことから、同月八日ころ、F2社長らにそれまでのインサイダー取引やDからの金員の受領の事実を打ち明け、國際航業の関連会社の役職もすべて辞任した。
⑲ Sは、同年四月ころから、いわゆるサラ金業者の株式会社武富士(以下「武富士」という)と接触し、武富士ルートによるK側からの國際航業株の買取り工作を積極的に進めようとした。それに対し、Mはその動きを被告人両名に伝え、武富士を下ろすための工作資金として一億五〇〇〇万円を要求した。被告人両名は、Sに対し、國際航業で株を買い取れるようにして欲しい旨依頼したが、Sは、被告人両名の希望に反して武富士に買い取らせる意向を示し、被告人両名に武富士の会長を紹介するなどした。被告人両名は、買取り工作から武富士を下ろしてもらいたいとの気持から、別紙2の番号2及び3のとおり、國際航業の簿外資金から、Sらに対して、同年一〇月五日ころ五〇〇〇万円、同月一八日ころ一億円をそれぞれ交付した。この間の同年九月二一日ころと一〇月六日ころ、被告人Aは、F2社長に簿外資金の交付を除く武富士ルートの工作について説明した。
⑳ F2社長やT副社長はそれぞれ独自のルートでK側からの國際航業株の買取りを試み、F2社長が会社の裏金八〇〇〇万円を、T副社長が同じく一億円を使ったが、同年一〇月下旬ころまでにすべて失敗に終わった。K側は、臨時株主総会招集を請求し、同年一一月二日に東京地方裁判所の許可を得て同年一二月一〇日開催された臨時株主総会において勝利を収め、同社の経営権を掌握した。なお、被告人Bは、同月二〇日付けで同社財務部次長となり、平成二年六月に本件で逮捕されるまでその地位にあった。