伊藤正己裁判長名判決 換地計画と関係権利者の同意に関する最高裁昭和59年
行政判例百選Ⅰ 第7版 129事件
少数者の権利を守ったといえます
換地計画同意等請求事件
【事件番号】 最高裁判所第3小法廷判決/昭和56年(オ)第184号
【判決日付】 昭和59年1月31日
【判示事項】 共同施行の土地改良事業において換地を行うことが予定されているのを了知して右事業の認可の申請に同意した者と換地計画に同意する義務の有無
【判決要旨】 数人が共同して行う土地改良事業の認可の申請に同意した者は、既に換地を行うことが予定されているのを了知して右同意をしたときであつても、換地計画に同意する義務を負うものではない。
【参照条文】 土地改良法(昭和47年法律第37号による改正前のもの)52-3
土地改良法95-2
土地改良法96
【掲載誌】 最高裁判所民事判例集38巻1号30頁
最高裁判所裁判集民事141号145頁
裁判所時報883号1頁
判例タイムズ519号121頁
金融・商事判例692号3頁
判例時報1105号44頁
金融法務事情1075号29頁
【評釈論文】 季刊実務民事法7号168頁
ジュリスト814号71頁
別冊ジュリスト93号276頁
別冊ジュリスト123号270頁
判例評論307号156頁
法曹時報40巻10号156頁
民商法雑誌91巻6号916頁
主 文
被上告人の本訴請求中被上告人が上告人に対し被上告人施行の土地改良事業に係る昭和四六年三月一四日の換地計画についての同意並びに債務不履行に基づく損害八八万六〇〇〇円及びこれに対する昭和五一年二月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を求める請求を認容した部分につき、原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。
右部分につき被上告人の請求を棄却する。
訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
理 由
上告代理人柴田久雄の上告理由第一点について
本件記録によれば、所論の点に関する被上告人の主張は、(一) 被上告人は、上告人外六五名をもつて組織している土地改良法に基づき設立した任意組合であつて、昭和四三年九月二五日同法に基づく公告をし、昭和四四年三月一八日秋田県知事の認可を得たものである、(二) 被上告人は、組合設立の趣旨に従い土地改良工事を施行したうえ、昭和四四年五月一五日仮換地を指定し、上告人に対しては第一審判決添付別紙(1)のとおりの配分をした、(三) 昭和四六年三月六日右改良事業の工事が全部完成し、総会において上告人を除く六五名の組合員から換地計画の同意承認を得たが、上告人がこれに同意しないため、換地計画に基づく登記手続等が不可能な状態にある、(四) 被上告人は、上告人の換地計画に同意しないという右債務不履行により合計八八万六〇〇〇円の損害を被つた、(五) よつて、被上告人は、上告人に対し、本件換地計画についての同意に代わる裁判並びに右債務不履行に基づく損害八八万六〇〇〇円及びこれに対する昭和五一年二月一七日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める、というのである。
これに対し、原審は、数人が共同して行なう土地改良事業においては、一定の場合換地計画について同意を義務づける規定はないが、右土地改良事業の共同施行主体は一種の民法上の組合のような性質を有するものであるから、土地改良事業施行に対する同意等により同意者と共同施行主体又は他の同意者等との間に私法上の契約関係が生じ、右段階で将来換地等がされることが予想される場合には、換地計画に同意しないことにつき合理的な正当事由の存しない限り、これに同意する意思が黙示的に含まれており、組合員は右のような限定的な同意義務を負うものと解するのが相当であるとしたうえ、上告人は、被上告人の事業認可申請に同意したものであり、しかも事業施行に関する段階で既に換地が予定されていることを了知していたものであるから、上告人には、本件換地計画に同意しないことにつき合理的な正当事由の存しない限り、これに同意すべき義務があるとし、かつ、上告人には本件換地計画に同意しないことにつき合理的な正当事由が存しないなどの判断を示し、被上告人の右請求を認容した。
ところで、土地改良法(昭和四七年法律第三七号による改正前のもの。以下「法」という。)五二条三項によれば、土地改良区が行なう土地改良事業につき、その事業の性質上必要があるものとして換地計画を定めるには、その計画に係る土地につき所有権、地上権、永小作権、質権、賃借権、使用貸借による権利又はその他の使用及び収益を目的とする権利を有するすべての者(以下「所有権等の権利を有するすべての者」という。)で組織する会議の議決(同項の者が三分の二以上出席し、その議決権の三分の二以上で決する。)を経なければならないとされているが、法九六条によれば、法三条に規定する資格を有する者数人が共同して法九五条一項の規定により行なう土地改良事業(以下「共同施行の改良事業」という。)につき、その事業の性質上必要があるものとして換地計画を定めるには、所有権等の権利を有するすべての者の同意を得なければならないものとされている。このように、共同施行の改良事業において、換地計画を定めるにつき所有権等の権利を有するすべての者の同意を得なければならないとした法意は、共同施行の改良事業にあつては、施行者の組織する団体が任意団体であり、しかも、その施行に係る土地改良事業が土地改良区を設立するまでもない簡易かつ小規模なものであつて、その公共性も稀薄であるところから、所有権等の権利を有するすべての者の保護を第一義とし、その全員の同意がない限り、換地計画を定めることができないものとしたことにあるというべきであるから、右のような法意に鑑みると、所有権等の権利を有するすべての者は、換地計画の内容、すなわち換地の用途、地積、水利、傾斜、温度その他の自然条件及び利用条件、清算金の明細等諸般の事情を総合して、任意に換地計画に同意するか否かを判断することが許されるものというべきであつて、他に換地計画に対する同意を義務づける実定法上の根拠がない以上、右換地計画に同意すべき法律上の義務を負うことはないものと解するのが相当である。もつとも、法九五条二項、土地改良法施行規則六条、七三条によれば、共同施行の改良事業を行なおうとする場合において、知事に対する土地改良事業の認可を申請するには、土地改良事業に係る計画の概要、すなわち当該土地改良事業の目的、その施行に係る地域の所在及び現況等のほか、当該土地改良事業がその性質上換地計画を定める必要があるものであるときはその換地計画の要領を定め、所有権等の権利を有するすべての者の同意を得なければならないと定められているところ、原審の適法に確定したところによれば、被上告人の施行する土地改良事業では事業施行に関する同意を得る段階で既に換地が予定されており、上告人はこのことを了知して右事業の認可を申請するについて同意したというのであるが、右事業の認可を申請するにあたつて、所有権等の権利を有するすべての者が換地計画によつて将来取得することになる換地の用途、面積、利用条件及び清算金の明細等が明確にされていたという事情は存しないのであるから、上告人が右事業の認可を申請するについて同意したことをもつて、右換地計画に同意する旨の意思が黙示的に含まれていたと解することもできない。
そうすると、これと異なる見解に立つ原審の前記判断には土地改良法の解釈を誤つた違法があるものというべきであり、右の違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点に関する論旨は理由がある。したがつて、その余の上告理由について判断するまでもなく、被上告人の本訴請求中被上告人が上告人に対し被上告人が施行中の土地改良事業に係る昭和四六年三月一四日の換地計画についての同意並びに債務不履行に基づく損害八八万六〇〇〇円及びこれに対する昭和五一年二月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を求める請求を認容した部分につき、原判決及びこれと同旨の第一審判決は、破棄又は取消を免れず、右部分につき被上告人の請求は棄却すべきものである。
よつて、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
最高裁判所第三小法廷
裁判長裁判官 伊藤正己
裁判官 横井大三
裁判官 木戸口久治
裁判官 安岡滿彦